( ・∀・)モララーと不思議な消しゴムのようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/08/07(金) 21:16:55.64 ID:tVuHFtUg0
 
              Epilogue
 
 
 今年はこの秋すらもまるで夏のよう、例年よりだいぶ暑いらしく、
雨が止んでまだ間もないことも手伝って、酷く過ごしにくい陽気である。
 
 
  そんな風景の中に、男が一人。
30代後半といったところだろうか、どこか悲壮さを感じさせるその男は、
 だらしなく胸元を緩め、気持ち悪い汗を流していた。
 
項垂(うなだ)れつつも下り外に出てみると、男の前に何かが落ちてきた。
 
 
  男はソレを、わざとらしくまじまじと見つめる。
 
 
 どこにでもあるような、ありふれてた“消しゴム”。
しわくちゃの、今にも剥がれてしまいそうな、紙のケースに包まれていた。
しかしそれを外さなくても、消しゴムの様子が男には手に取るように分かる。
 
 きっと手垢や黒鉛で汚れ角はすべて削げ落ちている。
しかしまだまだ大きいあたり、使い始めてさほど経っていないのだ。
 
 
 何かをやり遂げたように溜息を吐き、それを見送ると、
男は再び歩き出した。先ほどよりほんの少しだけ急ぎ足で――

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:19:36.41 ID:tVuHFtUg0
 
.              Chapter I
               第一章
 
 
                -1-
 
( ´・ω・`)「君さ、この企画書の期限は今日までだと知っていたかい」
 
( ・∀・)「はい‥‥すいません」
 
( ´・ω・`)「君にはちょくちょくこういったことがあるよね。
      いいかい、ここは会社なんだ。人格形成のお手伝いは学校で終わりなんだ」
 
(;・∀・)「‥‥‥‥」
 
( ´・ω・`)「とりあえず、仕事に戻りたまえ。企画書は翌日まで待つ。
      プロジェクト全体に影響しかねないから、次はこんなヘマをしないようにね。以上」
 
(;-∀-)「失礼しました」
 
 
 男は大きく溜め息を吐いた。
そうして丁度学校の教室2つぶんくらいの事務所に詰め込まれた、
十数個の内のデスクうちのひとつに戻り、再びぼやけた光を放つパソコンとの睨めっこに勤しむ。
 
 街は闇を追い立てるかのごとく光に溢れ、
空は霞み、星ひとつ望むことすらできそうもない。
紫に灰色を考えなしに混ぜ込んだような、よくある曇り空。
そんな淀んだ夜空は、叱責された男の横顔を不思議そうに見つめていた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:23:57.48 ID:tVuHFtUg0
 
 時が経つにつれオフィスから段々と人影が減っていき、終いには男と向かいの女だけになった。
薄暗く、ここでは対蹠(たいしょ)的に闇が光を追い立てているかのようだったが、脆弱な光が、まだふたりを包んでいた。
女は仲良く真上を指す時計の針をちらりと見ると、くたびれた書類の間から覗き込むように顔を出した。
 
 
(゚、゚トソン「ねえ、今日は何時に上がれそう?」
 
( ・∀・)「うーん、あと30分ほど掛かるかな」
 
(゚、゚トソン「そう。ならもう少し、頑張りましょうね」
 
( ・∀・)「ああ」
 
 
 パソコン特有の機械音と時を刻む音がこの空間に同居していた。
その他と言えば、ときおり車のエンジンらしき音が近づきそして離れていくだけだ。
そんな状況に時計の方は居心地が悪くでもなったのだろうか、幾らか焦って両腕を動かしているようだった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:28:05.03 ID:tVuHFtUg0
 
(;・∀・)「ふう、おわった」
 
(゚、゚トソン「お疲れさま」
 
 
( ・∀・)「毎度毎度付き合わせちゃって悪いね」
 
(゚、゚トソン「好きで付き合ってんだから気にしないってこと。
      けど代わりと言ったらなんだけど、帰り際にコーヒーでも飲みたい気分だわ」
 
( ・∀・)「缶コーヒーで良ければ。いくらでもどうぞ」
 
(゚、゚トソン「ならいつもの公園の自販機でね」
 
( ・∀・)「うん。じゃあ帰ろうか」
 
 
 簡単な支度を済まして、ふたりは会社を後にした。
蒸しかえるような雑踏を抜け、やわらかい街燈の明かりがぼんやりと照らし出すアベニューをふたり寄り添って歩く。
遅い時間であるため人影はまばらだが、電燈や建物のライトは無心に辺りを照らし出している。
こんな息苦しいところでも街路樹はその葉を広げ、新芽は橙色の石畳を押しだしていた。
 
はしゃぐ女の横顔は話に合わせてきらきらと変容し、男はそんな様子をただ眺めていた。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:29:52.38 ID:tVuHFtUg0
 
商店街を抜けると、辺りは会社が建ち並ぶ、冷たい鼠色に再び塗り潰された。
 
 
 すると――
 
 
( ・∀・)「ん?」
 
白い小さな何かが、男の足に当たって、不規則に転々とする。
 ちょうど、街燈の足下で、ソレは止まった。
 
 
 
 
 
――――消しゴム?
 
 
 
 
11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:33:55.60 ID:tVuHFtUg0
 
 
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────────\  \/── モララーと不思議な消しゴムのようです_ Chap. I / 第一章
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13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:39:04.84 ID:tVuHFtUg0
 
 男はさして気に留めなかったようだが、女はわざわざ消しゴムを拾いあげ、まじまじと見つめた。
どうして棄てられた消しゴムなんか拾うんだろうか、切らしているのなら新しいのを買えば良いのに。
 
 
 女はてのひらでそれを弄りながら、男の隣へと駆け戻った。
それから暫くなにも話さずに歩くと、ぽつんと緑色が淋しそうに佇んでいる公園が現れた。
 
男はなるべく明るいベンチに女を座らせると、適当な缶コーヒーを買って直ぐ戻ってきた。
女はありがとう、とだけ言って男から缶コーヒーを受け取ると、タブを起こし、口をつける。
 
 頭の丸い外灯に照された控え目な茶髪は、女にとても似合っていて良いな、などと男は思った。
取り上げて美人だというわけではないのだが、たまに垣間見えるなんとも言い表しがたい綺麗さが、男はとても好きだった。
 
 女は缶コーヒーのラベルを見つめながら、振り向かず口を開いた。
 
(゚、゚トソン「ねぇ」
 
( ・∀・)「ん?」
 
(゚、゚トソン「‥‥消しゴムって、献身的だよね」
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
男にはどういった意図なのか、なんと返せば良いのか分からなかったので、とりあえず黙っておいた。
こういった男にとって不可解な発言を女がすることは珍しくなく、男は差して深く考えなかった。
 女はコーヒーを少しずつ飲みながら、空いた手で消しゴムを弄っている。
 
  肌寒い風が、緑をざわつかせた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:42:26.59 ID:tVuHFtUg0
 
(;・∀・)「どうかした? 」
 
(゚、゚トソン「え、あ、何でもない」
 
( ・∀・)「そう? ならこのまま家まで送ってくよ」
 
 
(゚、゚トソン「うーん、それは遠慮しとくわ。今日は1人で帰る。
      えぇと‥‥じゃあね」
 
( ・∀・)「‥‥じゃ。おやすみ」
 
 
女は背を向け、少し歩いたところで、
 突然振り返って付け足した。
 
(゚、゚トソン「新しいプロジェクト、一緒に頑張ろうね!」
 
(;・∀・)「え?」
 
そう言うと、女は再び踵(きびす)を返し、駆足で去って行ってしまった。
 
 
 その姿を見届けると、男は夜空を仰いだ。
薄暗い公園には、疲れた遊具と木々と男だけが立っていた。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:47:14.05 ID:tVuHFtUg0
 
周りは住宅地となり、車二台すれ違うのがやっとという車道と歩道の区別もないような道になった。
 
 暖かい光が幾つかの家から惜しげもなく洩れ出している。
男は焦点が定まっていないような虚ろな目をしながら、静かな闇の中に革靴のコツコツという音を響かせた。
 
 
 足音がカンカンと乾いた音に変わると、男の部屋は間近だ。
よくある古いアパートの2階へと、金属製の、所々塗装が剥がれた階段を昇らねばならないからだ。
玄関のドアには、数枚の保険のDMや、近所にある美容室の広告が挟まっていた。
 前に立つと、ポケットから慣れた手つきで鍵を取り出し、部屋に入る。
 
 
 カチッ、と乾いたスイッチ音が鳴ると、いつもの光景が現れた。
 
玄関から長くない廊下を抜け、臨む畳敷きの古臭くて狭い居間。
 安物の座椅子に、正方形の大きくないテーブル。
その上には開きっぱなしのノートパソコンがあり、いつも書類が散らばっていて。
向こうにはベランダのない昭和のような窓があり、左手には棚、右手には寝室へつながる襖がある――
 
 
しかし今夜はいつもと、ひとつだけ違っていた。
 
 (;・∀・)「だ、誰だ!」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:53:32.69 ID:tVuHFtUg0
 
 そこには少女が、姿勢良く正座していた。
 
誰もが見入ってしまうであろう、艶々した黒曜石のような長い髪の少女。
真っ白い肌を強調する薄い空色のワンピースは、背から吹き込む風でゆらゆら揺れている。
 
 
川 ゚ -゚)「ん、あぁおかえり」
 
 さも当然かのように挨拶をし、
表情ひとつ変えることなく、その紺色の瞳を男に向けた。
 
 
川 ゚ -゚)「どうして突っ立っているんだ。君はこの家の主だろう? 堂々とそこらへんに座れば良いじゃないか」
 
少女はほれと、ばんばん紫色のいかにもな座布団をたたいてみせた。
 
 よく見てみると彼女も座布団を下に敷いている。
まったく座布団なんてどこから引っ張り出してきたんだろうか。
少なくとも、そんなものを買っておいた記憶なんぞ彼には無い。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 21:56:38.09 ID:tVuHFtUg0
 
(;・∀・)「だから誰だ? どうやって入ったんだ!」
 
川 ゚ -゚)「何を言っているんだ。
     私が誰かは君だってよく知っているだろうし、以前から私はこの部屋に居た」
 
 いやキミこそ何を言ってるんだ、とでも言いたげな様子で男は立ちすくむ。
 
まだ状況を、まるで理解できてはいないだろうが、目の前で坦々と話すポーカーフェイスを見ていると
一人でしどろもどろするのも可笑しな気がしたのだろう、男はひとまず少女と向かい合って座った。
 
 
 夜風が、嫌な熱(ほて)りを少しだけ紛らわしてくれた。
 
大きな溜息をひとつ吐くと、男は心の中で意気込んで、少女を見つめた。
吸い込まれてしまいそうな瞳というのは、こういうことをいうのだろうか。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:00:37.53 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「アナタの名前は何ていうんだい」
 
川 ゚ -゚)「私の名か? ‥‥勿論そんなものはない。
     ちなみに君の名前なら知ってるぞ。モララー君だろう」
 
(;・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
( ・∀・)「じゃあ、年と出身地は」
 
川 ゚ -゚)「そこのところ、私自身はよく分からないんだ。すまんな」
 
(;-∀-)「‥‥‥」
 
 モララーと呼ばれた男は額に手を当て、いかにもやれやれといった素振をして見せた。
少女はそのモララーの知り合いではないようだし、先ほどの会話からして、少なくとも今は普通の神経を持ち合わせていないらしい。
 
モララーは少し考えた後、立ち上がって携帯電話を手に取ると、廊下の方へ行き話し始めた。少し大声で。
 
 
 会話の流れからすると、十中八九警察の類だろう。
家出少女だとか、気の触れてしまった人だとか何とか。
そんな状況でも少女は仏教面のまま、他に何をするでもなく、ただただ正座し続けていた。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:05:19.33 ID:tVuHFtUg0
 
 暫くして、ノックの音がした。
 
モララーはまた溜息を吐くと、ゆっくりとドアを開け、顔のよく似たふたりの警官を招き入れた。
 正装に身を包んだ彼らは、申し訳ないな、といって靴を脱ぎ廊下を通りぬけた。
 
( ´_ゝ`)「やぁ、連絡をくれたのは貴方かね」
 
( ・∀・)「はい、家に帰ったら少女がいまして」
 
 
(´<_` )「ふむふむ彼女か‥‥別に不審者には見えないが」
 
( ・∀・)「でも、しかし‥‥」
 
(´<_` )「しかし、なんだね? 言っておくが、不審者はどちらかというと貴方のほうだよ」
 
( ´_ゝ`)「日付はとっくに変わったのに、まだこんな高校生ほどの少女と一緒に起きているなんてな。
      正直私には君たちが兄弟とかそのたぐいであるようにも思えん」
 
 
(;・∀・)「‥‥‥‥」
 
 そこまで言われてしまったら、言い返しても話が拗(こじ)れるだけだ。
警官の言い分や態度に甚だしい不条理さを感じながらも、黙っているしかできない。
 
この状況の判断権は警官にあり、少女もそれを自由に歪められるが、これらに関してモララーはほぼ無力に等しいのだ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:08:15.45 ID:tVuHFtUg0
 
(´<_` )「ん?」
 
( ´_ゝ`)「どうした」
 
(´<_` )「いや、消しゴムを蹴飛ばしただけだ」
 
 
 まんまるいそれを拾い上げ、警官達は続ける。
 
( ´_ゝ`)「おい君、消しゴムくらいしっかりしておけ。」
 
(´<_` )「これだけ使い込んだものなのに愛着も湧かないのか?」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 モララーは消しゴムを受け取ると、
それを手に、魂が抜けたかのように黙り込んでしまった。
警官はその様子を見、少女の顔を窺い軽く一礼すると、さっさと背を向け出て行ってしまった。
 
ドアを閉める音の後少しして、カンカンカンと乾いた音が聞こえた。どうやら警官は去ってしまったらしい。
 
 だが、もう既にそんなことなど頭の片隅にもなかった。どうでもよかった。
ただモララーの意識の中では、なぜか先ほどの彼女の言葉が反芻されているだけだ。それこそ、何万回とも思えるほど。
 
 
――消しゴムって、献身的だよね。
 
24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:11:11.62 ID:tVuHFtUg0
 
川 ゚ -゚)「おい、どうした」
 
(;・∀・)「え、あ、何でもない」
 
 
 そう言うと、思い出したような顔をして、ついモララーは失笑した。
 
そうして現実に引き戻されたのか、消しゴムを後ろのポケットにつっこむと、
 モララーは少女の前に座り、暫し考えた後、話しかけた。
 
( ・∀・)「君のことはよく分からないが、たぶんこれは分からなくて良い様な気がするんだ」
 
川 ゚ -゚)「ほう、確かに私みたいなのについて、深く考える物好きはなかなか居ないだろうな」
 
( ・∀・)「だから、君は今まで通りここに居てくれていい」
 
川 ゚ -゚)「そう言ってくれるのは有り難い次第だ」
 
 
( ・∀・)「そしてだ。君には名前がないんだよな」
 
川 ゚ -゚)「うむ」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:14:39.95 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「じゃあ名前は‥‥少し恥ずかしいけどクー、とかどうかな?
      君の空色のワンピースが印象的だった、なんていう安直な理由だけど」
 
川 ゚ -゚)「なかなか良いじゃないか。クーか。気に入ったよ」
 
( ・∀・)「そうか、それは良かった。とりあえず今日は遅いから寝るといいよ。
      シーツは昨日干したばかりだから、良ければそこのベット使ってくれ」
 
 そういってモララーは寝室の方を指した。
しかしクーはそれを追わず、モララーの顔を見つめていた。
 
 
川 ゚ー゚)「ふ、ははははは」
 
(;・∀・)「ん?」
 
川 ゚ー゚)「いや、すまない。私に名前なんかをつけて、布団に寝かせようとは、
     君は変わった人だ。実に変わっている」
 
( ・∀・)「そうなのかな」
 
 
川 ゚ -゚)「そうさ、なんせ私は消しゴムだぞ?」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:17:32.47 ID:tVuHFtUg0
 
 筋というか、それ以前に話自体が全く見えてこない。
もはや分からないものは分からないままにしておくのが得策であるとモララーは考え始めていた。
 
(;・∀・)「消しゴムって?」
 
川 ゚ -゚)「消しゴムは消しゴムだ。けれど私は少し特殊でな。その特殊な2点は説明しておこう」
 
 そういうとクーはテーブルに肘をついて身を乗り出し、左の掌をこちらに見せるかたちにした。
見てみると、クーは強く抱き締めたら折れてしまいそうな、まるで枝のような体つきをしている。
 
 
 クーは親指を折り、話を続けた。
 
川 ゚ -゚)「まずひとつめ。当たり前だが、私は誰が見ても普通の人だし、基本的に、ヒトと同じ活動をする」
 
 
( ・∀・)「‥‥‥ならふたつめは?」
 
川 ゚ -゚)「急かすな急かすな、これから話そうと思っていたところだ」
 
(;・∀・)「そ、そうか、悪かった。とりあえず続けてくれ」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:21:17.44 ID:tVuHFtUg0
 
川 ゚ -゚)「ふたつめは、私は黒鉛以外のものでも消せるという点。例えば記録や記憶。
     少人数間で共有されているもののほうが容易だ。けれど私は小さい。それだけは留意しておいてほしい」
 
 
( ・∀・)「‥‥‥」
 
 
 クーは続けて人指し指も折り、モララーを見つめた。
 
 
川 ゚ -゚)「まぁ確かに、直ぐに理解しろという方が無茶だな。何か例を示そう。
     最近会社でミスや厳しい仕事を押し付けられたりしてないか? 」
 
( ・∀・)「えーと‥‥そうだ、明らかに成功率の低いプロジェクトをやらされそうだな」
 
 
川 ゚ -゚)「よし、少し大変だがそれを消してみよう。当然、君に異存はないよな? 」
 
 
 クーは、左手を下ろし顎をテーブルの上に乗せ、腕の垣根からモララーを覗き込んだ。
 
 
( ・∀・)「ない。やってみてくれ」
 
川 ゚ -゚)「‥‥‥わかった」

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:23:03.37 ID:tVuHFtUg0
 
川 ゚ -゚)「では、私の手を握ってくれ」
 
( ・∀・)「‥‥これでいいかい」
 
川 ゚ -゚)「ああ。そして、消したいことを頭の中に強く思い浮かべてほしい。
     これはしなくても何とかなるのだが、より成功し易くなるのでな」
 
 モララーは、言われた通り企画書のことを考え出した。
催眠術にかかってしまったかのように、モララーは忠実にクーの言葉に沿う人形になっていた。
 
 
川 ゚ -゚)「よし、ではいくぞ」
 
 
( -∀-)「‥‥‥‥‥」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:24:00.51 ID:tVuHFtUg0
 
 
 
――暫しの静寂。
 
しかし、殊に、何ら変わったことはないようだった。
 
 
30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:24:42.67 ID:tVuHFtUg0
 
川 ゚ -゚)「終わったぞ。拍子抜けしたかもしれんが、こういうものなのでな」
 
 消えるのは、消すのは虚しいくらいに自然で簡素なものだった。
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
川 ゚ -゚)「どうやら、君は一回寝でもしたほうがいいな。何も考えずに」
 
( -∀-)「‥‥そうさせてもらうよ」
 
31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:26:34.51 ID:tVuHFtUg0
 
寝室へ行くとモララーは、スーツ姿のまま糸が切れたかのようにベットへ倒れ込んだ。
 
 それを見たクーは、部屋の四角い傘の電燈から垂れる紐を引き、
一番小さい燈色にすると、部屋から出て行き、それっきり音がしなくなった。
 
 いや、聞こえなくなった、が正しいのであろうか。
モララーの頭の中にはそれほどの感情が占領していた。
それは好奇心でも安堵感でも達成感でもない、へばりつくような後悔と恐怖だった。
 
こんなにどうでも良い、むしろ無くなってくれた方がありがたい、とまで思っていたものですら、
 消すのに、消えてしまうのにこれほどまでの覚悟が必要であるとは。
もし、大切なものが消えてしまったら、と思うと、胸が締め付けられ、焼きつくように苦しくなる。
こういったことに全く疎遠だったモララーには、それがまるで自分の死に対する苦悩であるように思われた。
 
 
  未曾有の恐怖。
経験したら同時に途絶えてしまう。
 
しかし、まだ消えてはいない、消えたと確認できていないことが救いだった。
 
 そして、決心する。もう消すのは止めよう。
いままで通り、こんなものに頼らないでいよう、と。
 
 
 そこで、彼の思考は止まった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:31:59.64 ID:tVuHFtUg0
 
                -2-
 
 
  翌朝。
 
右手側にある窓の、水色をしたカーテンから漏れる朝日がモララーを射した。
 
 丁度良い時間に目が覚めた。
着替えずに寝てしまうなんて、どれだけ振りだっただろう。
シャツとズボンの替えは、押入れも探せば二着ずつあるが、
ひとまず溜まったものと一緒にクリーニングに出そうなどとぼんやり考えた。
 
 どうやらずいぶん汗をかいてしまったようだ。
体を起こすとその部分だけ色が変わってしまっている。
 
 
 何気なく居間を覗いてみる。
 
 ワンピース姿のままバスタオルに包まって、
寝息をたてているクーを見ると少なからぬ罪悪感が襲ってきた。
 
 やはり昨晩のことは夢ではなかったらしい。
纏わりつくそれを洗い流すようにシャワーを浴び、喉を潤し、身支度をする。
 どうしても携帯電話を見つけることができなかったが、
時間が差し迫ってきたので、簡単な置手紙と一万円を残して家を後にした。
 
 
 空は快晴で、雲もほとんど見受けられない、よくある秋の日であった。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:35:59.42 ID:tVuHFtUg0
 
汗だくだったシャツやらズボンやらをクリーニングに出すと、時間もそこそこに会社に着いた。
 
オフィスの窓からは光が入り込んでくるが、雰囲気は相変わらずのままだ。
 いろいろ考えれば考えるほど、なんとも言いがたい気分になってしまう。
だがそうしていても仕方が無いので、自分のデスクに座り仕事に手をつける。
 
 
 そして、ひどく虚ろな気分で仕事も全く捗(はかど)らないまま、世の中は昼休みを迎えた。
いつか埋まると思っていた向かいのデスクは、朝からずっと空席のままだ。それだけではない、
モララーの親しい友人や、向かいの女の、モララーが知る限りの友人のデスクも、ほどんど空席であった。
 
 もしかしたら、という考えが過る。
 
クーの手を握ったとき、余計なことを思い浮かべてしまったのか。
少人数のほうが都合が良いといったのは、こういった意味なのか。
 
 そうであれば、自分は卑怯で狡猾でなんとも愚かな大馬鹿者だ。
 
冷房が効いているのに汗が止め処も無く溢れ出す。昨晩がまだ続いている気がした。
 
 
 次第にその思案の重圧に耐えられなくなり、
思い切って部長に空席の理由を尋ねてみることにした。
 
部長は早々に飯をたいらげ、窓際にある喫煙室で煙草を吹かしていた。
それは密集する背の高くないビルを、ただ見つめているようにも思えた。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:41:08.80 ID:tVuHFtUg0
 
(;・∀・)「あの」
 
( ´・ω・`)「ん、どうした珍しい」
 
(;・∀・)「今日は空席が目立ちますが、
     理由を知っていたら教えていただけないでしょうか?」
 
 
すらすら出てきた言葉とは裏腹に、動悸がおさまらない。
 真っ白な頭の中で、漠然と何かを願っていた。
 
部長はどこまで感づいていたのだろうか、その理由だけを話してくれた。
 
( ´・ω・`)「ああ、君は知らなかったか? 彼らはね、新しい本部の方の企画にまわってもらったんだよ。
      なかなか大掛かりな仕事らしくてね、特例として、こちらから数人派遣したのさ」
 
 
 思わず安堵の息が漏れた。汗がひき、鼓動がゆっくりになっていく。
しかしながら、自分でも驚くほどに落ち着きを取り戻したとき、再び脳裏に過るものがあった。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:43:44.98 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「それでは、この会社のは?
      この支社のプロジェクトは一体どうなったんです?」
 
( ´・ω・`)「この支社の? ここ暫くはそんなもの存在しないが」
 
 
 また僅かに心拍が早くなる。
しかし、そういった感情はすっかり出尽してしまっていたから、
これは単純に、不思議なことに触れてしまったことが原因なのかもしれない。
 
 その証拠に、あの気持ち悪い汗は全く噴き出ていない。
だがこの感情が崩れないうちに、早くここから離れたいと思った。
 
( ・∀・)「ありがとうございました。失礼しました」
 
( ´・ω・`)「おう」
 
 
喫煙室を出ると、今更ながら空腹を感じた。
そういえば、朝飯すら食べていなかったな。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:46:24.14 ID:tVuHFtUg0
 
中層ビルの林の狭間にある近くのコンビニで簡単に食事を済まし、再び仕事に手をつける。
 午前とはうって変わり『現実離れした現実』に浮かれていたような感覚だった。
 
 
 そうして気が付いてみればもうじき定時なのであった。
今日は久方振りにこのまま上がれるようなので、早々に帰り支度を始める。
 
 時間が潰れるのを早くしたのは、モララーの好奇心によるものらしい。
 
 
会社を出て、商店街やオフィス街、公園を横目に軽やかな足音をこだまさせる。
 
老朽化した退紅色の階段を上がり、馴れた手つきで鍵を開ける。
そこには、モララーの想像していた通りの光景が広がっていた。
 
 
川 ゚ -゚)「おかえり。仕事お疲れさまだったな」
 
( ・∀・)「ん、ただいま」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:48:45.42 ID:tVuHFtUg0
 
家に帰ると人がいて、労いの言葉をかけられるという喜びは、
 分かる人ではないと決して分からないものである。
古臭くて狭い部屋でも、二人ならまったく違ってくるものだ。
 
( ・∀・)「ご飯は食べた?」
 
川 ゚ -゚)「昼食は君の厚意に甘えさせてもらい適当に済ませたが、夕食はまだだ」
 
( ・∀・)「じゃあ出前でもとろうか。そこら辺にあるチラシから自由に選んでね」
 
 
 クーはチラシを幾枚か手にとり、うーむ、と真剣な様子で考え出した。
モララーはその間に寝室へ行き、手早く部屋着に着替え居間に戻ってきた。
 
( ・∀・)「決まったかい」
 
川 ゚ -゚)「では、この『カツ丼』とやらで」
 
(* ・∀・)「え、カツ丼を選ぶのか。‥‥なら僕もそれでいいや」
 
川 ゚ -゚)「なんだ突然ニヤニヤしだして。
     ほら、カツ丼ってなにかこう、食欲をそそる響きではないか」
 
(* ・∀・)「はは、全くそうだな。さて、じゃあ電話するから少し静かにしていてくれ」
 
 
 そうしてモララーは今時珍しい黒電話に手を伸ばした。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:50:02.00 ID:tVuHFtUg0
 
 電話をして数分で、カツ丼はやってきた。
 
 テーブルの上が散らかったままなので、それらを適当にどける。
出前先の食堂はここから近かったようで、早速二人で丼に手をつけた。
 
 しかし初めて二人で食べたものがカツ丼なんて、話のいいネタだ。
そういえば彼女との初めてのデートでは、堅実なものを選んで食べたな。
 
川 ゚ -゚)「なあ」
 
(;・∀・)「お、なんだ」
 
 
 様々な考えも一緒に、モララーを驚かせた。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:51:42.45 ID:tVuHFtUg0

川 ゚ -゚)「君は読書が好きなのか?」
 
( ・∀・)「さては、あの本棚を見たのか。
      確かに好きだけど、その本棚のほとんどがSF小説さ。無類のSF好きでね」
 
 
モララーは居間にある棚の、手の取り易い部分に並んでいる本たちの方に目をやったが、
 クーはモララーの顔を、なにか探るように眺めていた。
 
川 ゚ -゚)「‥‥成程‥‥それでか」
 
( ・∀・)「ん?」
 
川 ゚ -゚)「あぁ、いや、なんでもない。
     ところで、昨晩のあれは成功したか?」
 
( ・∀・)「それは‥‥」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:53:13.75 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「どうやら成功したみたいだよ」
 
 
川 ゚ -゚)「おお。それは良かったな。これで私の力を信用したろう」
 
( ・∀・)「確かに信用したよ。また力を借りることは当分無いだろうがね」
 
川 ゚ -゚)「ほう」
 
 実のところモララーの昨晩の結論は、情けなくも今や大した効力を持っていない。
クーの力に並ならぬ興味を持ってはいるだろうが、それでも、とりあげて消したいものがないことや、
 まだどこかで息づいている体を削った苦悩が、モララーにこう言わせたのかも知れない。
 
 
川 ゚ -゚)「ご馳走様」
 
( ・∀・)「早いな‥‥」
 
川 ゚ -゚)「とても美味しかったからな。
     では、私は風呂を借りるぞ。覗きは自由だから気にしなくていい」
 
( ・∀・)「おう」
 
 
(;・∀・)「‥‥あれ?」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 22:57:59.13 ID:tVuHFtUg0
 
 当然覗くわけにも行かないので、
モララーは出窓のようなベランダの格子に腰掛け、外に目をやった。
 
 この時は、昨日とはまるで違う、澄んだ星空であった。
モララーの住む場所は、仕事先から徒歩15分程の郊外にある。
一応名目上は県庁所在地に含まれるが、それでもせいぜい隣接する都県の地方と同程度という田舎ぶりだ。
開発で中心部はすっかり汚れてしまったが、その手はまだここへ及んでいない。
 
 こんな田舎だからこそ、こういった絶景が溢れている。
そして本来なら、今週日曜から祝日である来週月曜にかけて、
駆足ながらもこの田舎を絶景を二人で堪能するつもりだったのだが。
 
 どうやら、予約までしたのに企画倒れになってしまうようだ。
 
寝室へ行き、無造作にソファの上に散らばっている旅行パンフレットから、特によれているものを手にとると、
ぱらぱらと捲(めく)りながら目を通し、溜息ひとつ吐いてそれを放り投げた。
 
 
ふと、その先をみると、ハンガーに掛ったワンピースが目に入った。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:01:15.25 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「‥‥」
 
 これは昨日彼女が身に着けていたものだ。
このときになってようやく気付いたのだが、今日彼女が着ていたものと微妙にデザインが違っている。
 
 丸一日着続けたはずなのに全く汚れていないワンピース。
その奇妙さはクーの雰囲気にマッチしていて、それは“彼女特有の”衣服であるような気がするが、
クー自身は大体人間と同じであると言っていたから、ワンピース以外もたぶん着ることは出来るのだろう。
 
 準備期間として空けていた土曜日は、クーの為に割いてやるのも良いかもしれない。
後ろめたい気持ちが全く無いと言えば嘘になるが、それ以上にクーの違う一面が見てみたかった。
 
 
 予報を確認すると、その日は暑さも後退して過ごし易い陽気になるんだとか。
 
そんなような雑多なことばかりを、浅く撫でるようにモララーはしばらく考え続けた。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:03:33.36 ID:tVuHFtUg0
 
川 ゚ -゚)「あがったぞ」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
 クーはバスタオルで最低限隠すところだけ隠していた。
 
確かにモララーも風呂上り、タオル一丁でうろつくことがしばしばあるが、
 まさかクーはそんなところまで見ていたのだろうか。
いや、それ以前に、クーはモララーのある意味すべてを見ているわけで‥‥
 
 
川 ゚ -゚)「厚かましくて悪いんだが、牛乳とかあるかな」
 
(;・∀・)「あ、あります!」
 
川 ゚ -゚)「そうか、ありがとう」
 
 
(;・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
 クーはぺたぺたと台所へいってしまった。
どうやら寝間着も買ってやらねばならないらしい。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:06:48.51 ID:tVuHFtUg0
 
( ・∀・)「じゃ、次僕が風呂入るんで!」
 
 聞こえるよう大声で呼びかけると、大声でかえってくる。
ちなみに壁は薄いが角部屋で、更に下、隣が空部屋なので問題ない。
 それもある意味で問題なのかもしれないが。
 
川 ゚ -゚)「背中くらいなら流してやらんでもないぞ!」
 
 
‥‥視界に入った何かも、耳に入る雑音も、台所も、脱衣所にある何かも、さっぱり無視。
脱衣所、つまり風呂もお手洗いも、玄関と居間を結ぶ廊下から根のように生えた部屋なので嫌でも聞こえてくるのだが。
 
 あの女に負けない程、コイツもこういったことには鈍感らしい。
やれやれ女らしくないな、と思ったら果てしなく妖美に感じたりするところまでも。
 
 何も考えないふりをして、とりあえず浴槽に浸かる。
少しの間外で物音がしていたが、それもじきに聞こえなくなった。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:10:29.27 ID:tVuHFtUg0
 
 体を洗いながす。ちょっと温めのお湯がまた気持ちいい。
大して広いわけでもないし、やっぱり古臭いわけだがモララーはここを気に入っている。
 耳を澄ますと、鈴虫の鳴声が聞こえてきた。
 
 しかし可笑しなほどに頭が覚めてしまっている。
どうしても、否応なしに、ぐるぐると思いは巡ってしまう。
 
 そして、少し以前の記憶を掘り起こすと、
はっきりしているようにも霞んでいるような思えるソレを、
いつからか現在まで飛び飛び、頭の中で再生させてみせた。
 
 
 もちろん、その上映会には、モララー自身しかいない。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:14:31.26 ID:tVuHFtUg0
 
 そして今に戻ってきたモララーは、とうとう考え出してしまった。
ひたすらのでこぼこ道であろう、この先について。“女”について。現在について。
 
 
 ‥‥同棲とは、まさに今、こんな感じなのだろうか。
 
結構長い間一緒にいて、いや、付き合ってきたが、どうもそこまでは至らなかった。
 ただ単純に、お互い、人一倍寂しがり屋で、人一倍臆病だからか。
それにしても、もうそろそろ、遠慮し合う時期は終わりを迎えても良いはずなのに。
 
 なにも無くて、ただ気持ちだけが有るような、あの時が妙に恋しくなる。
積み上げてきて、ただ気持ちだけがすっかり薄れてしまったような、この時が嫌に虚しくなる。
 だからこそのあの週末旅行も、結局は気泡と帰してしまうのだろうか。
 
 そういえばあれから、まるで連絡がとれていない。
例え総てが自業自得であっても、逆らえない漠然とした流れみたいなものを感じた。
予め決まっている時の流れが、必死の足掻きを、さっぱり総て修正してしまっているかのよう。
 
 
 更に言うなら“白紙に戻して”しまっているかのようだった。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:25:10.82 ID:tVuHFtUg0
 
              -3-
 
 
  外を眺める。
幾つかの建物が、重機を頭に載せて届くことのない空へ手を伸ばしている。
 
 つらくなったときは、いつもこうして空を見ていた。
今日みたいに機嫌が悪くても、私を励ましているように思えるのだ。太陽の姿はほとんど見えない。
そろそろ泣き出してしまいそうでもあったが、それでもまだ冷たい色した空を見つめていた。
 
 
(*゚∀゚)「やぁ」
 
 ぽん、と前触れなしに肩を突然たたかれた。
 
 
(゚、゚トソン「わ、びっくりしたぁ。なんだ、部長じゃないですか。どうしてまたこんなところに?」
 
(*゚∀゚)「特に理由なんてないさね。それと、仕事じゃない時はつーって呼んでね」
 
(゚、゚トソン「はぁ。」
 
オシャレなスーツに身を包んだつーさんはキャリアウーマンといった感じだったが、きっと私がそれを着てもきっと恰好がつかないだろう。
 
私は地味な、お茶汲みで生涯を磨り潰すようなうだつの上がらない恰好が分相応だなんて思った。
まあこうやって本社に飛ばされた以上、お茶汲みなんてやってるようなヒマは、どうせ無いんだろうが。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:26:59.83 ID:tVuHFtUg0
 
(*゚∀゚)「そういうアンタこそ、なんで屋上なんかに居るのさ。さっさと帰んないとずぶ濡れになるわよ」
 
(゚、゚トソン「私もなんとなくなんですけどね。もう少しだけ、ここに居たいような気がするんです」
 
(*゚∀゚)「そうかい。じゃあアタシもいっちょ、夕立にうたれてやるさね」
 
 
 高層ビルはうごめく灰色を映している。
 
 どこか、そう遠くないどこかでゴロゴロという音がしている。
支社と全く同じ、腰の高さ程しかない手摺のような柵に身を預け、二人は暫しの時をやり過ごしていた。
 
 
(*゚∀゚)「病んでるね、悩んでるね。
     どれ、話を聞いてやろうじゃないか」
 
(゚、゚トソン「別に病んでるとも悩みがあるとも、話したいとも言ってませんが‥‥」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:28:56.04 ID:tVuHFtUg0
 
(*゚∀゚)「アンタより、ちょっとだけだが長生きしているからね。それくらい判るさね」
 
この人に言われると不思議なことに、悩んでなくても悩みがあったような、
 話す気がなくても話してみたくなるような気になってしまう。
 
 
(゚、゚トソン「悩み、ですか」
 
(*゚∀゚)「ないなら良いさ。こっちの単なる思い違いだからね」
 
 わざと逃げ道を示すなんて、かなりズルいような。
結局は私から、悩みなり何なりを打ち明けることになってしまうみたいだ。
 
(゚、゚トソン「ほんと、つーさんには頭が上がりませんよ」
 
(*゚∀゚)「アタシはなんたって部長だからね!」
 
(゚、゚;トソン「‥‥‥‥‥」
 
 
(゚、゚トソン「‥‥悩み、というのが適当かは分かりませんが、彼氏からの連絡がないんですよ。
     というより連絡がとれない、と言った方が的を得ているのかもしれませんけど」
 
(*゚∀゚)「それでアンタ、あんなによく携帯をパカパカしてたのね」
 
(゚、゚トソン「よく見ていらっしゃいますね‥‥」
 
(*゚∀゚)「それが上司の務めのひとつでもあるからね。
     初めは、イマドキのケータイ大好きな若者かと思ってたけど、どうやらそうでもないみたいだし」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:30:53.04 ID:tVuHFtUg0
 
(*゚∀゚)「しかし、アンタに彼氏がいるとは思わなかったわ。
     独りが好きなタイプだと思ったんだけど。あ、いや変な意味はないさね」
 
(゚、゚トソン「確かにそれも一理ありますが、私の場合は単に『寂しがり屋の強がり』だっただけなんです。
      彼と出会って一緒に居るようになって、よく分かりましたよ」
 
(*゚∀゚)「似た者同士かえ? いや、その彼のことは全く知らないがね」
 
(゚、゚トソン「えと‥‥、まったくその通りだと思います。だから、自惚れかも知れませんが、
     彼から連絡を絶つなんて、正直ちょっと困惑というか、パニクってます」
 
(*゚∀゚)「へぇ。普通に考えればアンタの言うように自惚れだわね。
     浮気とか、気持ちが冷めたとか辺りが、まず最初に浮かぶんだろうし」
 
 
(゚、゚トソン「イジワルですね」
 
(*゚∀゚)「ふふっ、けどアタシは単純に今は、連絡がとれない状況にあるだけだと思うわよ」
 
(゚、゚トソン「どうしてです?」
 
(*゚∀゚)「勘だわね。結構当たるわよ、アタシの勘」
 
(゚、゚;トソン「どうせそんなようなことだろうと思いましたよ」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:33:51.20 ID:tVuHFtUg0
 
ぽつぽつぽつ、と鼠色だったコンクリートに黒い染み。
 そういえば、さっきより雲が厚くなったような。
 
(*゚∀゚)「ひゃっ、冷たいねぇ。どうだい、雨に濡れてくかい」
 
 
(゚、゚トソン「‥‥つーさん、本当は帰りたいんですよね?」
 
(*゚∀゚)「明日は土曜日だから、普通の人なら濡れても問題は無いんだがね。
     こー見えてもアタシ、実はミチノナンビョウを患う不運な乙女でね‥‥‥」
 
(゚、゚トソン「はいはい、素直じゃないですね」
 
(*゚∀゚)「なに言ってるのさ、素直じゃないかい」
 
(゚、゚トソン「そういうことにしておきます」
 
 
(*゚∀゚)「さて、この雨はそうしない内に止むだろうから、
     アタシは喫茶店にて一人で寂しく時間を潰すがアンタはどうするさね?」
 
(゚、゚;トソン「やっぱり素直なんかではないじゃないですか」
 
(*゚∀゚)「んん? 充分過ぎるほどに素直じゃないか」
 
(-、-トソン「‥‥はぁ。分かりました、私もお供しますよ」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:35:35.03 ID:tVuHFtUg0
 
雨の日特有の、コンクリートと草々のそれが混じった臭いがする。
会社にあった適当な傘を拝借して、女ふたりで外へとくりだした。
 
(*゚∀゚)「アタシはこの雨、余り好きじゃないな」
 
(゚、゚トソン「つーさんが雨嫌いなんてなんか意外ですね。私は雨、好きですけど」
 
 
 どしゃ降りとまではいかないが、それなりに雨脚は強い。
足元にはもう既にいくつかの水溜りがあって、それぞれがそれぞれの波紋を描いていた。
 
(*゚∀゚)「まぁそれなりの理由があるのさ。アタシはアンタのことをある程度知っちゃったから、
     暇つぶしがてら、今度はアタシの身の上話を少しだけしようかね。聞くかい?」
 
(゚、゚トソン「聞きますよ。つーさんの人生の遍歴、気になりますし」
 
(*゚∀゚)「そんな人生の遍歴なんていう大層なもんじゃないよ。
     あ、雨宿りの喫茶店はここでいいかね? ここはアタシの行きつけでね」
 
(゚、゚トソン「こっちに来て二日目の私には、まるで判断材料がないですよ」
 
(*゚∀゚)「なら決まりさね」
 
 
 木製のドアを開くと、からんころん、と小さな鐘の音が響いた。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:38:45.88 ID:tVuHFtUg0
 
 中に入ると、カウンターから初老の男が現われた。
 
/ ,' 3 「いらっしゃい。
    おや、久方振りのお客様ですな。ほっほっ」
 
 店内はほとんどが木製で、テーブルからイスまでもがそうだった。
木の色は褪めていて、ところどころ虫食いのような穴がある。こういったデザインなんだろうか。
 
障らない程度にジャズが流れていて、そう広くはないがガラガラの喫茶店を満たしていた。
 これは確か、ガーシュインの“ラプソディー・イン・ブルー”だったような気がする。
 
(*゚∀゚)「奥の方の、二人掛けのテーブル座るよ」
 
(゚、゚トソン「あ、はい」
 
 腰掛けたイスには年季が入っているようで、妙に座り心地が良かった。
室内は暖房が利いているようだったので、上着をマスターにお願いして掛けてもらう。
テーブルの端には調味料とナフキン、そして洒落た字で書かれたメニューがあった。
 
(*゚∀゚)「アタシはいつも通りブレンドを頼むが、アンタはどうするね?」
 
(゚、゚トソン「じゃ、私もそれでお願いします」
 
(*゚∀゚)「‥‥よし。ちょっと良いかいマスター」
 
 
/ ,' 3 「はい、ご注文ですね」
 
 つーさんは慣れた口調でブレンドをふたつ頼むと、左腕で頬杖をしてこちらを見た。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:41:51.46 ID:tVuHFtUg0
 
(*゚∀゚)「さてさて。では小話でもしようかね」
 
そう言うと、ちらりと窓の外に目をやった。
 
(*゚∀゚)「実を言うと、私は未亡人でね。
     亡くなった夫は、腑抜けながらも憎めないやつだったさね」
 
 
内容に似合わず明るいトーンで話してくれたので、こちらも返しやすかった。
 
(゚、゚トソン「私の彼氏とちょっとだけ似ていますね」
 
(*゚∀゚)「ふ、アンタもなかなか言うねぇ。
     そいでね、ソイツは雨の好きな男だったんだよ。
     蝸牛(かたつむり)のように、雨が降り出すといつのまにか外に居て、
     びしょ濡れで帰ってくるような、どうしようもないヤツだったさね」
 
 曲が終わり、ざあざあという雨音が、遠く聞こえてきた。
 
 
(*゚∀゚)「そして、アタシがソイツに告白したのも雨の日で、
     ソイツが死んじまったのも雨の日だったのさ」
 
(゚、゚トソン「‥‥そこはまるで反対なんですね。
     私の彼氏は晴れた日が好きで、告白も晴れた日に彼からでした」
 
(*゚∀゚)「ははっ、じゃあアンタは晴れた日に死ぬということかい」
 
(゚、゚;トソン「縁起でもないことを、笑いながら言わないで下さいよ」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:43:32.37 ID:tVuHFtUg0
 
 コーヒーの匂いが店内に広がる。
 
/ ,' 3 「お待たせしました。
    当店自慢のブレンドです。
    ではどうぞ、ごゆっくり」
 
 
(*゚∀゚)「ミルクや砂糖はどうするかい」
 
(゚、゚トソン「いえ、このままで結構ですよ」
 
(*゚∀゚)「おやおや、アンタも分かってるね」
 
 
 そう言って、つーさんはコーヒーを一口飲んだ。
 
白いカップを持つ左手は、ふるふると僅かに震えていた気がした。
初めて間近で見たその手の薬指には、何もはめられてはいない。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:45:17.60 ID:tVuHFtUg0
 
 私もコーヒーに口をつけてみた。
 
何とも言えない心地よい香りが鼻をくすぐり、
 その後に柔らかな苦味が口に広がる。
 
後味には酸味があまりなく、中途半端な缶コーヒーとはやはりまるで違った。
 
 
(*゚∀゚)「そういえば今回の本社の企画は臨時の徴集だったらしいけど、
     よくもまぁアンタこんなとこまでノコノコと来たもんさね」
 
(゚、゚;トソン「ノコノコって‥‥。
      部長に電話で直々に頼まれたら、さすがに断れませんよ」
 
(*゚∀゚)「あぁ、アンタの“アッチでの”部長はショボンらしいね。
     ヤツも、一応公では人格者で通るから、分からんでもないさね」
 
(゚、゚トソン「えっ、ショボン部長をご存知なんですか?」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:51:01.43 ID:tVuHFtUg0
 
(*゚∀゚)「知ってるもなにも、この会社にヘッドハンティングされる前は、
     上司部下の関係だったからね」
 
(゚、゚トソン「ヘッドハンディング‥‥なんて初耳ですね。
     それで、以前の会社でのショボン部長はどうだったんです?
     差し支えなければ教えてください」
 
(*゚∀゚)「そうさね。今だから言うけど、アタシは好きになれなかったさね。
     外側は良いヤツなんだが、内側が余りに見えなすぎて不気味だったわ」
 
 
 ボーン、と壁に掛けてある振子時計が何時かの時間を示した。
 
窓の方を向くと外は既に真っ暗になっていて、車のライトが行き交っていた。
再び流れ始めた音楽は、度々のエンジン音で消し去られ、水溜りを跳ねる音まで聞こえた。
 
 気づいてみれば、雨音は消え去りそうなほどになっていたのだ。
 
 
(゚、゚トソン「さすがに不気味とまでは思いませんが‥」
 
(*゚∀゚)「今回の貧乏くじを進んで引きに行かせたのもショボンらしいさね。
     ホント、あの男は一体何を考えているのやら」
 
(゚、゚トソン「ショボン部長のことだから、なにか妙案でもあるのでしょう」
 
(*゚∀゚)「そんな気がしないでもないさね。
     さて、雨ももう止むだろ。出ようかね」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/07(金) 23:54:58.79 ID:tVuHFtUg0
 
/ ,' 3 「毎度ありがとうごさいます」
 
(*゚∀゚)「いやいや」
 
(゚、゚トソン「コーヒー、おいしかったです」
 
 
(*゚∀゚)「‥‥ブレンド二杯なら、これで足りたわよね」
 
/ ,' 3「はい」
 
 
(゚、゚トソン「あ、私も‥‥」
 
(*゚∀゚)「無理やり連れてきたのはアタシだし、コーヒーの一杯くらい、ね。
     んじゃマスター、ご馳走さま」
 
 
/ ,' 3 「またのご来店を」
 
 つーさんは入ってきた時と同じようにドアを開ける。小さい鐘の音が、再び店内にこだました。
雨は水溜の波紋でかろうじて分かる程度にまで弱まり、ぶ厚い雲はほとんど西へと流されてしまっていた。


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