( ・∀・)モララーと不思議な消しゴムのようです

311 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 12:48:33.58 ID:0lw/sm/N0
 
              Chapter III
               第三章
 
 
                -1-
 
 
地面を叩く音がモララーを起こした。
 
 
  頭が重い。
それに酷くだるい。
 
まるで体が自分のものではなくなったみたいだ。
 
 
 クーはいつぞやのように、バスタオルに包まり、居間で丸まって寝ていた。
モララーはようやく昨日の、あの一件の後、逃げるように床へ入り寝てしまったことを思い出した。
 
 クーはなにも悪くない。悪いのは僕だけだ。
 
ベトベトした服を風呂場のカゴに投げ捨て、温めのシャワーをさっと浴びる。
 身だしなみを整え、スーツを着てもう一度鏡の前に立つ。
 
使ってそのままの数個のコップの内からひとつをとって水を飲み、
くしゃくしゃの一万円をテーブルの上に置きモララーは家を出た。
 
 それにしても苛々する。
この気持ちの出処は分からないままであった。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 12:50:49.62 ID:0lw/sm/N0
 
 
||||||| ||:                     ||
||||||| ||:                     ||      ┌──┐
||||||| ||___________ ____      ||      |i ロロロ.├───
||||||| ||!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!|│||:::||    ||      || ロロロ│:::::::::::::::::
||||||| || ┌┐┌┐┌┐┌┐ |│||:::||- 、   ||,_.  ,-、_ || ロロロ│:::::::::::::::::
||||||| || └┘└┘└┘└┘ |└||:::||.´^-'´~|| ~´' __||________|__:::::::::::::::
||||||| || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|   ||   |「「「「「「「「「「「|::::|::::::::::::::_
lllllllll l:l  ∧_∧     _____ !___ || _干_|「「「「「「「「「「「|:::::|:::::::::<_>
!!!!!!! !!  ( ´・ω・), -、/       /| |||| || |||||||「「「「「「「「「「「|:::::|:::::::::|L|ロ|:::|
::::::::: :: ,(入  / ,ヘ_つ      /  .|  .||
     \ヾヽ、_ノ\´⌒)   /
      ミ≡≡ | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|    モララーと不思議な消しゴムのようです_ Chap. III / 第三章
        |ト|:::||         |
 
313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 12:54:12.82 ID:0lw/sm/N0
 
( ´・ω・`)「楽しい三連休はどうだったかな?
       だが、これからは仕事モードだ。
       休日出勤をお願いすることもあるだろう」」
 
( ´・ω・`)「それでも君たちは‥‥」
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 朝礼の言葉はまるで頭に入らなかった。
聞き流すのはいつものことだが、しばしば事務連絡を挟むため本来一度は頭には入れねばならないはずのだ。
 
 会社は、今日もまたどこか足りない感じがした。
人数の減ったオフィスは、居ない分を補うためフル回転していた。
多すぎる蛍光灯に照らされ、人々は灰色の絨毯の上を忙しなく歩く。
 
 
( ´・ω・`)「ほれ、これは君の分だ。大変だろうが、締切は翌日だ。頼んだよ」
 
(;・∀・)「は、はい」
 
 モララーも例に漏れず激務を強いられた。
部長からもらった書類に手をつけてみると、デスクはすぐ資料で埋まった。
 
 そうしない内に、キーボードを叩く音がオフィスのに溢れかえった。

315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 12:57:03.21 ID:0lw/sm/N0
 
 本部の企画を補佐する仕事が大半なわけだが、
送られてきた仕事は異常といえるほどに多かったらしい。
どうやらショボン部長が一枚噛んでいると昼休みにお局さん方が噂していた。
 
 仕事の内実としては、実際誰がやっても大差ないような雑務で、
ただでさえ頭の重かったモララーの作業効率はさらに下がっていく。
 
 またこの地域は盆地になっていることもあり、
気温は急激に上がり下がりし、雨が降ると湿度は抜けない。
温暖化の煽りを受けたのか、この建物の冷房は中途半端な動きしかしていなかった。
 
オフィスの士気は最悪で、なんとも気持ち悪い雰囲気が辺りを包んだ。
 
 
 誰もが苛立っていたようだった。
その中でも、モララーは特に酷かった。
パソコンに文字を1つ打ち込むだけでも億劫だった。
余計な考えが脳の一部を蝕んで、まるで頭が回転しない自分にも苛立った。
 
こうなると、同じように苦しむパソコンのファンの音にも苛立つ。
書類や文具の詰まった引出の、滑りの悪さにも苛立った。
 モノで埋め尽くされた机から、何かが落ちる度に苛立った。
中々進まない時計の針にも、減らない仕事の量にも苛立った。

317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:07:29.26 ID:0lw/sm/N0
 
 だがもっとも不機嫌なのはショボン部長だった。
周りの皆が、思い通りに行かずむしゃくしゃしながらも
体裁を取りつくろうとする中、彼はその苛立ちを隠そうともしていなかった。
喫煙室の灰皿は、ショボン部長の吸いがらで山が築かれている。
 
 かといって、決して仕事の手を抜くわけではない辺り流石だ。
元来、部長はこんなとこには居るべきではないくらいに頭が回る人間なのだ。
質はともかく仕事の量も部下と大差ないのに、あんな状態でも、易々と消化していく。
 
 
 それも雰囲気を悪くする一つの原因でもあった。
 
最早、少なくともモララーにとって、このオフィスに裨益となるべき要素は何も無かったのだ。
 
 
白い大きな掛時計は、そういった人たちの視線を一身に受けていた。
日が傾き、足元から光が漏れだしたように湧いても、何も変わらない。
 
モララーの仕事は結局終わらず、家に持ち帰って作業をせねばならなくなった。
 オフィスのコンピュータの配線が不具合を起こしたことにより、
それに関わる人はみな定時で帰らなければならなくなったことが大きい。

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:10:43.34 ID:0lw/sm/N0
 
川 ゚ -゚)「お疲れ様」
 
( ・∀・)「あぁ、ただいま‥‥」
 
 昨晩のことがあってもクーはいつもどおりだった。
あのワンピースを着て、正坐を崩したような座り方をし、
帰ってきたモララーと丁度向かい合う位置で帰宅を待っていた。
 
テーブルの上には、SF小説が2冊ちらばっている。
 
 
川 ゚ -゚)「大丈夫か、だいぶ疲れているようだが」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 無視するつもりはなかった。
しかしなんと言っていいのか分からなかったし、
別段返答する必要がないように、いまのモララーには思えた。
 
 なんだか、無性にコーヒーが飲みたい気分になった。
冷蔵庫を開け覗き込む。しかし、コーヒーなんて入っていなかった。
保存が利く幾つかの食材だったり調味料だったりが、ひんやりとした中で快適そうに眠っている。
 
思い返してみればアイスコーヒーなんて買った覚えがなかった。
 
( ・∀・)「‥‥」
 
 生憎、冷蔵庫の中に飲み物はなかったので、
そこらにあったコップを手に取り、妥協して水を飲むことにした。

319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:11:54.98 ID:0lw/sm/N0
 
 そのとき、空になったコップが気になった。
スポンジに洗剤をつけ、洗って口を下に置いた。
ついでに、溜まっていた多くない食器も洗った。
 
 シンクの水垢も気になった。
違うスポンジに洗剤をつけ、ひたすらに擦った。
 
 
( ・∀・)「‥‥」
 
 
 ひたすらに擦った。
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
 ひたすら、ひたすら。

322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:14:42.11 ID:0lw/sm/N0
 
だが、水垢はさしてとれていなかった。
 
 どれだけ擦っても水垢がとれない。
 
 どれだけ擦っても水垢がとれない。
 
 どれだけ擦っても水垢がとれない、
 
という事実を認識したとき、モララーの中で怒りの感情が急騰した。
 
 
(#・∀・)「ッ――!」
 
 
川 ゚ -゚)「‥‥‥‥」
 
 
  クーの気配を感じた。
 
 スポンジを投げつけようとするのを止め、
クーの方を見た。彼女も、こちらの方を見ていた。
その美しい瞳に映ったモララーも、彼自身を見つめている。
 
どうしてこんな苛立っているのか分からなかった。
自分が一体何を考えているのか、何をしたいのか。
 
幼児が画用紙をクレヨンで乱雑に塗りつぶしていくように、
モララーの頭の中は徐々に埋まっていき、遂には真っ黒になってしまった。

323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:18:29.66 ID:0lw/sm/N0
 
窓際は、風の連れてきた雨水でもう、ずぶ濡れになっている。
 
 モララーもクーも、目をそらそうとしなかった。
クーがモララーを見つめて何を思ったかを知る術もないが、
モララーはクーを見つめて何かを思うわけでもなかった。
 
 
 どこからか不意に、寝てしまいたい、という感情が芽生えた。
真水に墨を垂らしたように、それはあっという間に広がり、モララーの頭の中を再び塗りつぶしていった。
 
 
川 ゚ -゚)「あの、なにかできるよぅ‥‥」
 
クーが何か言っている。
 
 
  クー?
 
 クーなら朝、一万円渡したんだ。
それが一日で無くなることはあるまい。
 じゃあなんとかなるだろう。
 
 モララーはワイシャツ姿のまま、寝室にあるベットへと倒れ込んだ。
幸い電気はついていなかったので、スタンドにも天井から釣り下がる電燈にも構う必要はない。
 
 
 川 ゚ -゚)「‥‥‥‥」
 
クーは寝てしまったモララーを見るため、一度だけ寝室とを仕切る襖を開いた。

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:25:42.70 ID:0lw/sm/N0
 
          -2-
 
 
 目が覚めたのは、結局翌朝のことだった。
 
急ぐ必要はないが、十分な余裕があるともいえない時間だった。
 
不思議なことに、あまり眠気が抜けない。疲れているからだろうか。
薄暗い寝室は、テレビの砂嵐のような雨音にすっかり浸かってしまっている。
 
 
寝ぼけ眼で、浴室へ行こうと居間に出た。
 
 
川 ゚ -゚)「おはよう」
 
 
( -∀-)「おはよう‥‥」
 
 
 珍しくクーは起きていた。
とはいえ、気に留めるほどのことでもない。
温い挨拶を交わし、モララーは熱めのシャワーを浴びた。

325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:29:09.41 ID:0lw/sm/N0
 
(;・∀・)「あ‥‥‥‥」
 
頭が回り始めたとき、モララーは重大なことを思い出した。
 
(;・∀・)「持ち帰った仕事やってないや」
 
 
おかげでシャワーを浴びても、気持ちはさっぱり晴れなかった。
 
脱衣所に出て、タオルで体を拭き、頭をドライヤで乾かしても、
 考えることは間に合わない仕事のことであった。
ワイシャツも、ボタンを掛け間違えては慌てて直した。
 
 
(;-∀-)「はぁ」
 
川 ゚ -゚)「あの」
 
( ・∀・)「ん」
 
 浴室を出た廊下にはワンピースにエプロン姿のクーがいた。
その紺色のエプロンは、面倒で遂に使うことのなかった、押入れに眠っていたものだった。
 
川 ゚ -゚)「朝御飯、つくってみたんだ」
 
( ・∀・)「朝御飯?」
 
 クーのあとをついていってみると、
居間のテーブルには二人分の朝食があった。

326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:33:31.31 ID:0lw/sm/N0
 
 茶色いテーブルに所狭しと並べられた朝食は、
焼鮭に御飯と味噌汁という質素なものではあったが、
家で久しぶりに振舞われた食事であることも手伝って、とても美味しそうにみえた。
 
 
座布団に腰を下すと、クーはどうぞ食べて、と促した。
 
 
( ・∀・)「いただきます」
 
川 ゚ -゚)「いただきます」
 
 
 味噌汁に口をつけてみる。
クーはそれをまじまじと見ていた。
 
 
川 ゚ -゚)「どうだ?」
 
( ・∀・)「美味しいよ」
 
川 ゚ -゚)「それはよかった」
 
 
 食にこだわらないモララーの舌が肥えているはずもないが、
実際、味噌汁は美味しく感じた。御飯も焼鮭も決して不味くはなかった。

327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:36:23.51 ID:0lw/sm/N0
 
( ・∀・)「ごちそうさまでした」
 
川 ゚ -゚)「ごちそうさまでした」
 
 
( ・∀・)「どうもありがとう」
 
川 ゚ -゚)「いやいや。お世話になっているのはこちらだからな。
     食器は私が片付けておくよ」
 
 
食器洗いを手伝おうともしたが、大した量じゃないからとクーに止められてしまった。
 その間、手持ち無沙汰なモララーは、歯を磨くなどしておくことにした。
 
 
( ・∀・)「いってきます」
 
川 ゚ -゚)「いってらっしゃい」
 
 
クーのおかげで、モララーは怒られる覚悟がようやくついた――

330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 13:41:03.65 ID:0lw/sm/N0
 
(#´・ω・`)「君はさ、僕を馬鹿にしているのかい?」
 
(;-∀-)「すみません‥‥」
 
しかしながら、部長の叱責は常軌を逸していた。誰の眼にも、やりすぎであると映っただろう。
初めは健気に平生を保っていたモララーだったが、次第に様子がおかしくなっていった。
 
いや、モララーは異常ともいえるほどに耐えていた。
部長の罵詈雑言は、それを超えるほどに酷いものだったのだ。
まるで、モララーの我慢の限界を試しているかのようにすら見えた。
 
 
(#´・ω・`)「社会人として、当たり前のことだろ!」
 
(#´・ω・`)「昨晩、君は何をしていたんだ!」
 
怒鳴りつけてみたり。

(#´・ω・`)「君みたいな人間の考えは実に、理解に苦しむ」
 
(#´・ω・`)「信用というものは、無くなるのは殊に早いんだがね」
 
 陰湿に突いたり。
 
 
あらゆる手段を講じているかのようであった。

333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:01:36.51 ID:0lw/sm/N0
 
(;-∀-)「‥‥」
 
 そうして憔悴しきったモララーを待っていたのは、
やってこなかった仕事と、加えて昨日と差して変わらない量のそれだった。
 
 
 持ち直しかけた精神のバランスは、再び大きく傾くのであった。

335 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:05:56.18 ID:0lw/sm/N0
 
玄関のドアが開く音に、クーは立ちあがった。
 
川 ゚ -゚)「おかえりなさ‥‥」
 
 
( -∀-)「‥‥‥‥」
 
川 ゚ -゚)「どうしたんだ。大丈夫か」
 
 
( -∀-)「‥‥」
 
 モララーは、自分のことだけで精一杯だった。
会社で仕事が捗るはずもなく、課された仕事は、徹夜無しにはほぼ不可能な量。
座布団の上に崩れ落ちると、モララーは声を無くしてしまったかのように無口になった。
 
 
川 ゚ -゚)「晩御飯‥‥準備できてるんだ。
     また火を通し直すから、待っていてくれ」
 
なにをしてよいのか分からないらしいクーは、
ひとまずエプロンをつけてキッチンへ向かった。

336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:08:27.78 ID:0lw/sm/N0
 
( -∀-)「‥‥‥‥」
 
 
モララーは喉が渇いた。
 
 そうだ。
 
アイスコーヒーを買っておくべきだったのだ。
 
仕方なく、キッチンへ向かった。
 
クーの近くにコップが一つ。
 
それを手に取り、蛇口を捻って水を注いだ。
 
その水の向こうには、シンクにこびりついた水垢。
 
  水垢。
 
水垢をどうしても消したい。
 
水垢をどうしても消したい。
 
水垢をどうしても消したい。

338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:09:36.35 ID:0lw/sm/N0
 
川 ゚ -゚)「コップを持って何突っ立ているんだ。
     飲むんじゃなかったのか」
 
クーが覗きこむようにモララーの視界に入ってきた。
 
 
( ・∀・)「‥‥」
 
川 ゚ -゚)「おーい」
 
モララーはクーをぼおっと見つめた。
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
川 ゚ -゚)「聞こえているのか」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥あ」
 
川 ゚ -゚)「?」
 
 そのときモララーは、ふと思いついた。
 
 
( ・∀・)「クー、そこの水垢消してくれよ」

339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:13:20.14 ID:0lw/sm/N0
 
川 ゚ -゚)「え」
 
 
( ・∀・)「え、じゃないだろう。
      クーは消しゴム。消しゴム。
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      そりゃぁね。
      僕だってフツーの消しゴムで水垢を消そうとは思わないよ。
      まぁそれもいいかもしれないけどさ。
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      えーと。だからさ。
      こう考えてみたわけ。良い思いつきでしょ?
      クーもそう思わないかい。
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      やってみせてよ」
 
川;゚ -゚)「‥‥‥‥」
 
 
( ・∀・)「どうして黙ってるんだい?
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      もしかして嘘なの?
      いや、けど前消してもらったから嘘ではないか。
      じゃあなんで消してくれないの?
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      もしかして僕が嫌いになっちゃった?」

341 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:15:07.15 ID:0lw/sm/N0
 
川;゚ -゚)「嫌いなんかじゃない」
 
( ・∀・)「嫌いじゃないならなぜ?
      あ、嫌わないでくれてどうもありがとう。
      どういたしまして。というわけでさ。
      なんで消してくれないのか教えてほしいんだ。
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?
      ね?」
 
川;゚ -゚)「あぁ‥‥。
     でも、そんなことに使わなくても他にt」
 
 
( ・∀・)「他に?
      他に?
      他に?
      他‥‥‥‥。
      あ、他にもっと消すべきことがあるじゃん。
      さすがクー。
      キミの言うことはもっともだ。
      水垢なんてどっちでもいい。
      どっちでもいい。どっちでもいい。
      なんでどっちでもいいことに固執していたんだろう。
      あぁ、なんてどっちでもいいことに固執していたんだろう」
 
川;゚ -゚)「‥‥」

342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:17:32.63 ID:0lw/sm/N0
 
( ・∀・)「ごめんね、ちょっと疲れててさ。
      うん。それでさ、
      消してほしいものなんだけど。
      ‥‥‥‥。
      ‥‥‥‥。
      ‥‥‥‥」
 
川;゚ -゚)「?」
 
 
( ・∀・)「あー。
      部長が消せれば一番良いんだけどなぁ。
      けど、それじゃ本質的な解決にはならないよね。
      ムカつくけど。
      あームカツク。
      まぁいいけど。
      じゃあ会社を消せばいいのかな?
      って僕ニートじゃん。
      じゃあなんだ?
      あー分からん。
      あー。
      あー。
      あ!」
 
川;゚ -゚)「‥‥なんだ?」

343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:20:50.27 ID:0lw/sm/N0
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
川;゚ -゚)「ちなみに人間は消せないぞ。
     影響力が大きすぎて、私の力じゃ無理なんだ。
     そもそもプロジェクトや仕事だっt」
 
( ・∀・)「わかってるよ!
      もう。まったく。
      だから止めたでしょ?
      ていうかさぁ。
      いまいいところなんだから黙っててほしいな。
      ごめんね?」
 
川;゚ -゚)「‥‥いや、すまない」
 
( ・∀・)「よし!
      じゃ、消してほしいものだけど。
      今日さ、あり得ないほど仕事持ち帰らされたんだよね。
      あー。あー。
      思い出しただけでもムカツク。
      やっぱ部長‥‥。
      って無理なのか。
      うん、わかってたよ。
      あ、そうそう。
      消してほしいのは、
      その持ち帰らされた仕事なんだよ。
      多いったって、できるよね?
      消しゴムと言ってもフツーの消しゴムじゃないんでしょ?」

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:22:58.07 ID:0lw/sm/N0
 
川;゚ -゚)「あぁ。できなくはない。
     じゃあ、私の手を握ってくれ」
 
( ・∀・)「ん」
 
川 ゚ -゚)「その仕事のことを思い浮かべてくれ」
 
( -∀-)「思い浮かべたよ」
 
川;゚ -゚)「ふぅ」
 
 
川 ゚ -゚)「ではいくぞ」

353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:45:38.05 ID:0lw/sm/N0
 
 
 
――暫しの静寂。
 
しかし、殊に、何ら変わったことはないようだった。
 
 
355 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:49:30.76 ID:0lw/sm/N0
 
川 ゚ -゚)「消えた」
 
( ・∀・)「ははっ、ありがとう!」
 
川 ゚ -゚)「‥‥どういたしまして」
 
 
( ・∀・)「あ、コップ持ちっぱなしだったね。飲んでおくよ」
 
 
モララーはクーの手を離し、すっかり温くなった水を飲み干した。
 クーはピントのずれた目で、その光景を眺めていた。
 
コップを流しに置くと、モララーは思い出したかのようにクーを見た。
 
 
( ・∀・)「あ、晩御飯をつくっておいてくれたんだよね」
 
川 ゚ -゚)「うむ」
 
( ・∀・)「ごめん、いただくよ」
 
川 ゚ -゚)「わかった」

358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:54:27.84 ID:0lw/sm/N0
 
 クーは晩御飯を食卓に並べる。
有り合わせで作ったらしいものにしては質素ながらもおいしそうだった。
ひととおり配膳し終えると、エプロンを脱いでクーはモララーの対面に座った。
 
川 ゚ -゚)「いただきます」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 モララーは黙って箸を持った。
 
 クーはいつもと違い、あまり食が進まないようだ。 
機械のように、箸で掴み口へ運びを繰り返していたモララーは、
ゆっくりながらもテーブルに置かれた総てのものを平らげた。
 
 
川 ゚ -゚)「ごちそうさまでした」
 
( ・∀・)「うん‥‥」
 
 嬉しいながらもクーは素直に喜べない様子だった。
 
( ・∀・)「お風呂入ってくるね」
 
川 ゚ -゚)「いってらっしゃい」
 
 食器を片付けるクーを横目に、
モララーは着替を持ち出して浴槽の方へ消えた。

 部屋に残るは、彼女一人となった。

361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/09(日) 14:59:35.97 ID:0lw/sm/N0
 
昨日を境に、つーさんが来なくなった。持病が悪化し、入院しているらしい。
 
 “ミチノナンビョウ”の正体はどうやらこれだったようだ。冗談のように本当のことを言うのは止めてほしい。
本社の雰囲気は悪くなく、普段私を贔屓(ひいき)にしてくれたつーさんがいなくても、仕事上の問題は起きなかった。
 
 
 しかしプライベートはとても寂しいものになった。
以前と変わらないものになった、と言ったほうが正しいのかもしれないが、
この風景につーさんがいないと、ひどい喪失感を感じてしまう。
 
宿舎に帰ってからすることといったら、これまでは寝るだけだったのに、
いまの私はこの余った時間にとても当惑してしまっていた。
 
 
(゚、゚トソン「‥‥‥‥」
 
 言おうと思いつつも先延ばしにし、結局つーさんには相談できなかった。
今となっては、このことが良かったのか悪かったのか、私には分からない。
 
 大きな悩み事一つに頭を沈めたほうがいいのか、
二つあって右往左往したほうがいいのか、それも分からない。
 
 
 ただ、つーさんに会いたいとは切に思った。
とはいえ考えてみても、何を言えばいいのか浮かんでくることはなかった。

それでも、私はつーさんのことを考えずにはいられなかった。
 
 こうして、私の眠った気がしない夜は更けていくのだ。

401 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 00:34:53.06 ID:GaAZp+Jx0
 
               -3-
 
 
 重い瞼を開いてみても、窓の外は夕暮れのような暗さだった。
太陽はすっかり覆い隠されてしまい、モララーの陰鬱な気分に拍車をかける。
床に転がった目覚まし時計がなければ、日没前と勘違いしてしまっても何らおかしくないほどだ。
 
 時刻はまだ、おおよそ五時あたり。
一向に軽くならない体を起こし、ベットの方を見てみると、居るはずのクーがいない。
 
 ベットにはつい先ほどまでそこに、人が横たわっていたような窪(くぼ)みがある。
モララーは襖を開け、冴えない頭のまま居間の方を覗いてみたが、そこには誰もいなかった。
粗方お手洗いにでもいっているのだろうと勝手に結論付けて、モララーはまたソファに身を預けた。
 
 
川 ゚ -゚)「おい」
 
( -∀-)「ん‥‥‥‥」
 
川 ゚ -゚)「起きなくていいのか?」
 
( -∀・)「‥‥あれ」
 
川 ゚ -゚)「おはよう」
 
( ・∀・)「うん、おはよう」
 
 時計を見ると、それは七時前を指していた。
空模様は、時間が経ったのを疑いたくなるくらいに変化がない。

404 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 00:48:28.30 ID:GaAZp+Jx0
 
川 ゚ -゚)「朝食はもうじきできるから待っていてくれ」
 
( ・∀・)「ありがとう」
 
 台所に立つクーの後ろ姿。
つい触れてしまいたくなるような黒髪が、ふわふわと揺れている。
 
 
( ・∀・)「昨晩クーって、どこかに出掛けた?」
 
川 ゚ -゚)「ん、ずっと一緒にいたろう」
 
( ・∀・)「そうじゃなくて、深夜だよ」
 
川 ゚ -゚)「‥‥‥‥。
     私はずっと寝ていたが」
 
 
( ・∀・)「‥‥あ、変なこと聞いてごめん」
 
川 ゚ -゚)「いやいや。
     さて、朝御飯を食べようか」
 
クーはくるりとこちらを向いて、美味しそうなご飯を配膳してくれた。
なんでこんな変なことを聞いてしまったんだと、モララーは反省する。
 
食事中お互いが話せないときは、雨音が窓を抜けて沈黙を埋めた。
テレビをつけても良かったのだが、二人ともそうは言い出さなかった。
食べ終えると、モララーは歯を磨くなどの身支度を済ませ、いってきますと家を後にした。

408 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 01:01:56.19 ID:GaAZp+Jx0
 
それからのモララーは、まるで中身を刳(く)り貫かれてしまったかのようだった。
 
 今日は苛々しているわけでもない。だがとかくやる気が起きないのだ。
 
 
 家を出てからの、その間がすっぽり抜け落ちたかのように、すぐ会社に着いた。
変化のない日課を無意識に行うことは珍しくない話だが、それにしても何もなさすぎた。
 
 きっとなにか素敵なことが起きた後だったら、
雨雲がきまぐれに見せた晴れ間の景色に、何らかの心象が生じてもおかしくはなかったはずだ。
公園を一目見ても良かったはずだし、色を変えたアーケード街の石畳に気をやってもよかったはずだ。
 
浮かぶ雲やびしょびしょな建物、そこらに残る水溜りに悪口を吐くのは構わない。
 それらをまるで無視するほうが遥かに問題である。
平生でも人は周りに意識を配る。余裕のある人なら感動を見出せるかもしれない。
しかし自分で手一杯な人は、常に自分に向いたままで、介意なんてしていられないのだ。
 
 
 ただでさえ遣り甲斐の無いような仕事。
それはクーによって、価値を全く失ってしまった。
 
モララーはほとんど何もしていないも当然だった。
彼がその仕事をする理由はどこにもないのだから。
 
降ったり止んだりを繰り返していた天候は、また大雨へと転んだ。

412 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 01:19:27.01 ID:GaAZp+Jx0
 
( ・∀・)「ただいま」
 
モララーの言葉は、誰にも会うことなく消えていった。
 
 
( ・∀・)「あれ?」
 
モララーが帰ってきたときに、クーが不在だったことはない。
彼女は、階段を昇る音か、扉を開く音かで玄関に来てくれるのだが。
 
 
  クーがどこかへいってしまったとして、
合鍵を渡していないので、鍵が掛っているのはおかしい。
人気の無い居間の電気はつけっ放しで、お手洗いや浴室は真っ暗だった。
 寝室で寝ているのかとも思ったが、やはり誰もいない。
 
居間の机の上には、栞(しおり)の挟まったSF小説が置いてある。
 まるで、クーだけが抜け落ちてしまったかのようだった。
 
 
(;・∀・)「‥‥」
 
 モララーはとりあえず、スーツから部屋着に着替えることにした。
そうしながらも、実はクーなんて最初から居なかったんじゃないか、などと考えはしたが、
スーツを掛けるとき目に入ったワンピースを見て、やはり違うのかと混乱する一方。
 
心ここに在らずなモララーは、ボタンを外すだけでもやたらと時間を掛けた。

416 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 01:25:52.94 ID:GaAZp+Jx0
 
 モララーが襖を開けると、
窓の前の座布団に、クーが座っていた。
 
 
川 ゚ -゚)「‥‥‥‥」
 
( ・∀・)「クー、なんで‥‥」
 
川 ゚ -゚)「ん」
 
( ・∀・)「さっきはここにいなかったよね?」
 
川 ゚ -゚)「何を言っているんだ。私はここに居たが」
 
(;・∀・)「え?」
 
川 ゚ -゚)「あ、申し訳ない。晩御飯をつくるの、すっかり忘れていたよ。
     もしかして腹が減りすぎておかしくなったのかいモララー」
 
(;・∀・)「あ、いや」
 
川 ゚ -゚)「まぁ待て。なるべく早く御飯をつくるから」
 
(;・∀・)「ありがとう‥‥」
 
 
 クーの所作は、それからもずっと今まで通りだった。
そうしてモララーは、勘違いであったと思わざるを得なくなってしまった。

419 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 01:38:15.69 ID:GaAZp+Jx0
 
( ・∀・)「ごちそうさまでした」
 
川 ゚ -゚)「ごちそうさまでした」
 
クーは、綺麗に底が見える食器を、台所へ持っていった。
 
 
( ・∀・)「今晩も、ありがとう」
 
川 ゚ -゚)「いやいや」
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 
腑に落ちない様子のモララーを見て、クーは優しい声で言った。
 
 
川 ゚ -゚)「今晩はひどく疲れているようだな。
     後のことは私が総てやっておくから、
     君は風呂に入ったら直ぐに休むと良い」
 
( ・∀・)「‥‥うん、そうするよ」
 
 
 モララー自身も、きっと今日はいつもより疲れているんだろうと思った。
色々クーに頼みすぎるのも良くないとは思ったが、この機を逃したら、事は悪くなるばかりかもしれない。

  
今日はクーに甘えて、できるだけ早く寝、疲れを取るのに専念することにした。

425 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 02:35:32.04 ID:GaAZp+Jx0
 
        ◆  ◆  ◆
 
 
昨晩よりも、雨脚は弱くなったように思える。
 
 今朝はベットにクーの姿があった。
出された持ち帰りの仕事はクーに頼めば容易いので、
モララーは朝の時間を、何もない休日と同じ様にゆっくり過ごすことにした。
 
 
 立ち上がり、体の調子を確かめる。
うん、悪くはない。きっとじきにそれも上向きになるだろう。
 
  忙しい時期はそろそろ終わるようだし、
なにより美味しいご飯を作ってくれたり家事を手伝ってくれたりの助けは嬉しい。
 時間に余裕ができたら、またクーに何かの形でお礼をしよう。
 
 
川 つ- )「ん‥‥」
 
( ・∀・)「おはよう」
 
川 つ- )「うむ、おはよう‥‥」
 
( ・∀・)「今日くらい朝御飯は外で済ますか」
 
 
 そう言い支度をすると、消すことだけはしてもらい、
カーペットに散らかったパンフレットや洋服をそのままに会社へと向かった。

428 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 02:47:50.21 ID:GaAZp+Jx0
 
本社への出向は週一杯で終わりだと、朝に告げられた。
 振り返ってみれば、たった一週間強の出向であった。
 
なんでも予想より仕事の進むペースが速かったらしい。
そうはいっても、土曜日は潰さなければならないようだが。
 
 
激務も変わらないが、今の私にはそれがありがたかった。
 
今日は比較的早く上がれたので、暫く足の途絶えていた喫茶店へ寄ることにした。
傘を折りたたみ滴を落とし、扉を開くと、閑散とした店内に鈴の音が響く。

430 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 03:02:16.25 ID:GaAZp+Jx0
 
(゚、゚トソン「こんばんは」
 
/ ,' 3 「おや、いらっしゃいませ。
    上着はお預かりしますよ」
 
(゚、゚トソン「ありがとうございます」
 
 
雨音が遠のくと、“ラプソディー・イン・ブルー”が流れてきた。
 
 
席に案内され、私はメニューを手に取る。
 
 ここではブレンドしか頼んだことがない。
今日は思い切って、とあれこれ悩んでみたものの、結局私はブレンドを頼んだ。
 
 
/ ,' 3 「ひどい雨ですね」
 
(゚、゚トソン「そうですね」
 
/ ,' 3 「なんでも月曜の昼過ぎまでは、こんな調子らしいですよ」
 
(゚、゚トソン「‥‥‥‥」
 
 
マスターがカウンターの方に戻ると、音量が幾らか絞られた。
 店内の窓は、彼と私と、透ける外の景色をうつしている。

433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 03:14:17.12 ID:GaAZp+Jx0
 
(゚、゚トソン「この曲、私が初めてここにきたときと同じですね」
 
/ ,' 3 「おや、よく覚えていらっしゃいますね。
    各曜日で決まった曲を流しているんですよ」
 
 
(゚、゚トソン「‥‥‥‥」
 
私はつい黙ってしまった。
 
 
/ ,' 3 「‥‥この口から言おうかどうか、考えたのですが」
 
(゚、゚トソン「はい?」
 
 
/ ,' 3 「もう少しの間、つーさんは姿を見せないかもしれません」

436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 03:31:35.55 ID:GaAZp+Jx0
 
(゚、゚トソン「あの、部長、大丈夫なんでしょうか」
 
 
 狼狽する私を、マスターは往なすように言う。
 
/ ,' 3 「そんなこと私にも分かりません。
    ただ、貴女に黙って居なくなったのなら、
    来週再来週にでも、ひょっこり顔を出す気がしますね」
 
(゚、゚;トソン「マスターの言う“少しの間”とは、
      一体どのくらいの間を指しているんですか」
 
 
/ ,' 3 「さあて、どうでしょう。
    ‥‥ところで、彼女は時々入院するらしいのですが、
    そうなったら一月はいつも居ると、以前おっしゃっていましたよ」
 
(゚、゚トソン「‥‥‥‥。そういえば、私は、
     日曜には支社の方へ帰らねばならないんですよ」
 
 
/ ,' 3 「おや、もう帰ってしまわれるんですか。寂しいですね」
 
(゚、゚トソン「私もです」
 
 
 マスターは思い出したかのようにカウンターの奥へ引っ込むと、
コーヒーを私の前へ持ってきてくれた。私はそれを一口飲むと、深い溜息を吐いた。

444 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:07:05.19 ID:GaAZp+Jx0
 
        ◆  ◆  ◆
 
 
 月が昇って間もない内から私はベットの中に隠れていたのに、
慣れない宿舎のベットは、私が眠りに落ちることを邪魔する方へ加勢した。
 
 
やっとうとうとしかけた時には、メールの受信音。
 
 相手はショボン部長から。
急な移動を頼んで済まなかった、お疲れさまということ。
来週からは、再び同じ職場で頑張ろうということ。
少し話したいことがあるから、空いた時間によろしく頼むということ。
 
などといったようなことが主な内容だ。
 
 
これらをはじめとした邪魔者のおかげで、様々なことを考えさせられてしまった。
 私はポジティブな人間じゃないから。浮かぶのは嫌なことばかりだ。
 
 それらは私の心を、きりきりと削り続ける。
 
 
カーテンが明かりを抑えきれなくなると、私の気持ちは益々暗くなった。
 
 最悪の体調の中、会社へと向かう。
この分じゃきっと日曜は、帰ってすぐ寝たきりだろう。

446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:26:40.95 ID:GaAZp+Jx0
 
 会社では、極めて受動的でしかいなかった。
なにかが与える刺激に対してモララーは反応をかえすだけ。
それが最良らしからずとも、そこに間違えがあっても構わなかった。
 
 してもしなくても同じ、消えてしまうのだから。
 
 
今日もクーに頼み、出された仕事を消してもらうのだろう。
 
 ふと、なぜ自分は会社へ行くのか、疑問に思った。
時間が止まったかのように考え込んだが、結局、カネの対価としての苦痛ということにした。
 
 
 考えることが無駄なことであるような気がしてきた。
何も考えずに日々を過ごすことが幸せなのかもしれない。
 
 
 モララーは体中から、ただただ時間を垂れ流していた。
 
  雨は治まることを知らない。

448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:31:59.08 ID:GaAZp+Jx0
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
玄関の扉を開くと、冷たい風が吹きこんできた。
その他に、モララーの帰宅を待つ者はいない。
 
 
 開けっ放しの窓の方へ行く。
 
その周辺の畳は絞ると水が出そうなほどになり、
書類やチラシ、小説などはぐしょぐしょになっていた。
 
 
( ・∀・)「はぁ‥‥」
 
 浴室から数枚のタオルを持ってきて、それらにあてた。
カーテンを閉め室内をみると、机の上にあったイルカのヌイグルミと目が合った。

449 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:39:32.18 ID:GaAZp+Jx0
 
 そうだ、なぜクーが居ないんだ。
クーが居れば、この程度の水、消してくれるだろうに。
 
 こういうときこそ、消しゴムはあるべきだろう。
誤って鉛筆を滑らせてしまった時に消しゴムが使えないなら、一体いつ使えるんだ!
 
 
 腹立たしい。実に腹立たしい。
だいたいなんだ、この胸糞悪い雨は。
秋雨といったやつだろうか、この一週間ずっと降りやがって。
 
 
 晴天はまだか。
 
足に当たった黒電話を、思い切り蹴飛ばした。鈍い音と、ベルの音が点々と生じた。
 
 
(  ∀ )「‥‥」
 
ヌイグルミを鷲掴みにし、どこかに投げ捨てようと思った時、
モララーの、僅かに残った理性が、なんとかそれを粛清した。
 
 
冷たいシャワーを浴び、どろどろとした余熱を無理矢理押さえつけようとする。
 
 熱った体を布団で包みながらも、モララーは震えた。

450 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:51:21.55 ID:GaAZp+Jx0
 
             -4-
 
 
( -∀ )「ん」
 
 
 モララーはのそのそとベットから起き上がった。
見渡してみると、スーツが二着、よれよれになって掛っている。
 
 週のはじめに、そんなシワの入ったものなど着てはいられない。
ずっと忘れていた衣類を取りに、モララーはクリーニング屋へ行くことにした。
今日はこれといってする予定など無いし、もちろんすべき仕事なんて無い。無くなる。
 
 
( ・∀・)「‥‥‥‥」
 
 ハンガーに掛ったそれを手に取った時、
月曜日というものがとてつもなく億劫に思えた。
 
 
襖を開けると、朝食を前に座っているクーが目に留まった。

452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 04:56:16.94 ID:GaAZp+Jx0
 
川 ゚ -゚)「おはよう。遅かったな。
     なんて、こんなことを私に言われるようじゃ、もうダメだぞ」
 
( -∀-)「うん‥‥」
 
  それにしても気だるい。
 
 モララーは、じとっとした目で、クーの辺りを見つめる。
クーは御飯を見ているのかと勘違いしたのか、ラップのかかった皿を持って立ちあがった。
 
  不快だ、気だるすぎる。
 
川 ゚ -゚)「すまない、冷めてしまったかもしれないな」
 
  この気だるさ、なんとかならないだろうか。
 
 クーは電子レンジの方へ行こうとする。
が、それはモララーに制止されてしまった。
 
 
川 ゚ -゚)「ん、どうした。
     ‥‥悪いがちょっとどいてくれないか。
     それだとレンジが使えないんだ」
 
 
( ・∀・)「ねぇ」

453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:04:43.42 ID:GaAZp+Jx0
 
( ・∀・)「月曜日の仕事も消してくれよ。」
 
 
川 ゚ -゚)「ん」
 
 
( ・∀・)「先週の月曜が休みだったからかさ、だるくて。
      なんかさ、もうだるくてしょうがないんだ。
      月曜日のことなんて考えたくないもんだろ」
 
 
川 ゚ -゚)「‥‥」
 
 
( ・∀・)「だるい。ていうか、
      火曜日もだるい。
      水曜日もだるい。
      木曜日もだるい。
      金曜日もだるい。
      来週もだるいし、
      その翌週もだるい。
      ずっとずっとだるいんだ」
 
 
川 ゚ -゚)「そうか‥‥」
 
 
( ・∀・)「ま、けどとりあえず今月分だけでいいや。
      とりあえず、ね。先々のことは先々になってから考えた方が良い」

457 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:09:43.11 ID:GaAZp+Jx0
 
( ・∀・)「ね。そう思うでしょ、クー。
      ほら、いつもみたいに消してくれよ」
 
 
川 ゚ -゚)「‥‥‥‥」
 
 
( ・∀・)「どうかした?」
 
 
川  - )「ふふ」
 
 
  クーは笑った。
笑ったといっても、それが彼女にとっての、
“笑い”というものだったのかは分からない。
 
 ただ、ふふ、と言っただけで、
彼女は彫刻のように、それに何も付さなかったからだ。
 
それは、いままでモララーが見た中で、最も表情の無い顔だったに違いない。
 空っぽだった、という表現が一番似合う顔だった。
 
誰しもがそれから彼女の考えや気持ちといったものを掬(すく)うことなど決して出来やしない。

458 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:11:26.92 ID:GaAZp+Jx0
 
川 ゚ -゚)「いいだろう。
     では、私の手を握ってくれ」
 
( ・∀・)「‥‥これでいいかい」
 
川 ゚ -゚)「ああ。そして、消したいことを頭の中に強く思い浮かべてほしい」
 
 モララーは、言われた通り、先々に待ちうけているだろう仕事たちのことを考え出した。
催眠術にかかってしまったかのように、モララーは忠実にクーの言葉に沿う人形になっていた。
 
 
川 ゚ -゚)「よし、ではいくぞ」
 
 
( -∀-)「‥‥‥‥‥」

460 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:12:41.36 ID:GaAZp+Jx0
 
 
 
――暫しの静寂。
 
しかし、殊に、何ら変わったことはないようだった。
 
 
461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:15:23.31 ID:GaAZp+Jx0
 
川 ゚ -゚)「終わった」
 
 
( ・∀・)「ははっ、ありがとう!
      これですっきりしたよ!」
 
モララーはクーから手を離すと、心底嬉しそうに言った。
 
 
川 ゚ -゚)「どうも」
 
クーはモララーの掴んでいた方の手を見つめ、撫でながら言った。
 
 
( ・∀・)「あ、クリーニング屋に行くんだった。
      ついでにどこか寄っていくかもしれないけど、クーも来るかい」
 
川 ゚ -゚)「‥‥いや、私はいい」
 
( ・∀・)「そう、まぁ昼頃には帰ってくるから」
 
川 ゚ -゚)「わかった」
 
( ・∀・)「じゃ行ってきます」
 
川 ゚ -゚)「ああ‥‥。いってらっしゃい」
 
 
クーはドアが閉まるまで、モララーの後ろ姿を焼き付けるかのようにずっと見ていた。

462 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:19:30.17 ID:GaAZp+Jx0
 
雨雲の向こう、きっと太陽が、おおよそ真上くらいに居るとき、モララーは家に帰ってきた。
 
 しかし部屋にクーはいないようだった。
 
いつかはまた現れるだろうと思い、モララーは寝ることにした。
 
 
雨雲の向こう、きっと太陽が、山端にその姿を沈め始めたとき、モララーは目が覚めた。
 
 しかし部屋にクーはいないようだった。
 
いつかはまた現れるだろうと思い、モララーは出掛けることにした。
 
 
雨雲の向こう、きっと月が、星の姿が見えないと悲しんでいるとき、モララーは家に帰ってきた。
 
 しかし部屋にクーはいないようだった。
 
いつかはまた現れるだろうと思い、モララーは寝ることにした。
 
 
雨雲の向こう、きっと太陽が、山端から人々に暖かい光を与えだしたとき、モララーは目が覚めた。
 
 しかし部屋にクーはいないようだった。
 
いつかはまた現れるだろうと思い、モララーは出掛けることにした。
 
 
ほんの僅か、雨雲の切れ間から顔を覗かせた太陽と目が合ったとき、モララーは家に引き返していた。

463 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:27:45.19 ID:GaAZp+Jx0
 
 頭の中からぢりぢりという音が聞こえる。
 
焦点を探し出し、それへ合わせていくように、視界は輪郭を取り戻していく。
 
 
  熱い汗が頬を伝った。
それは、モララーが閉め切った薄暗い家の中を右往左往しているからだろうか。
 
いつもより、どの部屋も広く感じた。そして、どれからも冷たい感じしかしない。
嫌というほど、どれもくっきりと見えているのに、どれも死んでしまっているのだ。
 
 
  クーに纏(まつ)わるものは無い。
可愛らしいイルカのヌイグルミも、赤いリボンの麦わら帽子も、
腰から足元にかけて蒼の生地の入った、白を基調としたワンピースも。
 その他、モララーが思いつく限りのものは何も無かった。
 
 一通り家の中を確かめたモララーは、
休むことを忘れてしまったかのようにそのまま家を飛び出した。
 
 
 道路に出て、右か左か。
どっちでもいい、ひたすら体を動かした。
 風景はぬるぬると流れてゆく。
 
出処さえよく分からない体液を吸い、
冷たい雨に打たれ、泥やら何やらを浴び、
クリーニングに出して間も無い、綺麗だったはずのスーツは、もうぐしゃぐしゃになっていた。

464 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:33:46.28 ID:GaAZp+Jx0
 
 モララーの頭を、クーらしきものが埋め尽くす。
許容量を越えたその中へ追討ちをかけるがごとく、
ごちゃごちゃと形容し難い様々なモノが入り込んでくる。
 
     あ そもいなあせこそ冷どご も ど雨
    んこう なにのめのも静うめ う こ が
    なで会 くやと て場そにしん あに ふ
    馬、え なっき さ所も なて 。き い っ
    鹿あなるてはよはな れ、あ らる て
    なあいなん 、な もん 。僕ぁ めんい
     こし?らだ 楽らうで 冷ばな ただる
    と てい 、僕 しく探僕 静っん方 よ 。
    し おやひはからしがにか てがでな
      なけ 、と 。っいたこな り こ賢てん
    けばどこ屑 た言っんる こ と明きて
    れこう とす な いけなんん をだて空
    ばう し くぎ ぁ た 。こだな しろく な
     よはてらる 。い も と 。目て 。れん
    かな もい。戻よ う をでに しあ 。だ
     っら会あ全り 。一 しも合ま き頼 ろ
 
(# ∀ )「 あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!! 」
 
前に進んだかと思えば後ろへ戻ってきて、そのまま行くかと思ったら
 また戻ってきて、しかし先までいた場所と決して同じではない。
一ヶ所に時間を掛けたかと思ったら、それを投げ捨てまた別の場所へ。
虱(しらみ)潰しに行ったかと思えば、何もなかったかのように素通りした。
 
ある人はそれを一番の近道だと言い、ある人はそれをこの上ない遠回りだと言った。

465 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/08/10(月) 05:35:24.64 ID:GaAZp+Jx0
 
  そうして“クーが居なくなった”という、
 限りなく真実に近い仮定を受け入れたとき、
 意を介さずともモララーは再び走り出していた。


戻る 次へ

inserted by FC2 system