- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:16:13.23 ID:63zROri+0
- 今日も新しい朝が始まる。
とはいっても、希望も糞もない、生きた屍のような朝だ。
この吐き溜めの街、ヴィップ・シティーでは、空を見上げるのにさえ勇気がいる。
うっかりしていると、底なしの絶望に目を焼き切られてしまうからだ。
(,,゚Д゚)「煙草………うー……どこだよ……ちくしょう」
半開きの目を左右に振りながら、俺はベッドから上半身だけ降りて煙草を探していた。
しばらくして、疑いは確信に変わった。
間違いない、煙草の箱は生きている。
自律運動をして、俺の手の届かないところへ毎朝移動しているのだ。
明日にでも論文にまとめて、学会に発表しよう。
ファッキン妄言科学賞あたりを受賞できるかもしれない。
(,,゚Д゚)「おっ……見つけたぞ…もう逃がさねえ………噛みついたって無駄だぜ…ヒヒヒ」
思わず漏れる薄ら笑い。さすがの俺もこの光景は誰にも見られたくない。
俺は苦労して捕まえたポールモールの紙箱を目の前に掲げ、奴の口をこじ開けた。
そして本日最初の絶望を味わうことになる。
- 4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:18:56.56 ID:63zROri+0
(,,゚Д゚)「空っぽ………」
俺はこの忌々しい生命体を、渾身の力で握り潰した。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:22:55.57 ID:63zROri+0
Chapter 3 I Wants Stay Here
- 7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:24:27.51 ID:63zROri+0
(゚、゚トソン「今日はいつにも増して酷い顔ですね、ギコさん」
出勤早々、経理の女の子は俺に言い放った。
事務所の中には、俺と彼女しかいない。
ギコってのは俺の名前だから、第三者がこの場にいたとしても「酷い顔」と言われたのは俺なのだろう。
それでも僅かな希望にすがって後ろを振り向くと、いつだったかあのスケコマシ野郎が壁に貼った
ポルノ・スターの等身大ポスターが目に入った。
彼女は妖美な表情で朝っぱらから俺を誘っていた。
(゚、゚トソン「あなたに言ったんですよ、酷い顔のおじさん」
(,,゚Д゚)「25歳の男はおじさんかい?」
(゚、゚トソン「二十歳を過ぎれば皆おじさんです。下り坂ですね」
(,,゚Д゚)「ちょっとロープ買ってくる」
(゚、゚トソン「その前に仕事を片付けてください。期限はあと二日でしょう?」
(゚、゚トソン「“チャイニーズ・ブッキー”がこの事務所に押し掛けてくるような事になったら、私はあなたを椅子に縛り付けて窓から放り投げますよ」
(,,゚Д゚)「分かってないなあ」
- 8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:27:51.93 ID:63zROri+0
- 俺は新しい煙草の包装を解き、紙巻きを咥えて言った。
(,,゚Д゚)「そのためのロープを買うんだよ。でも残念、俺は消去士だった男だからね」
(,,゚Д゚)「いくら君でも、俺を縛ることなんてできないさ」
(゚、゚トソン「山口組襲撃の件についてですが――――」
これくらいのスルーは慣れている。
俺は慌てずにゆっくりと紫煙を肺へ送り込み、天井に向かって吐きだした。
経理の女の子は続けた。
(゚、゚トソン「どうやら生き残りがいたようです。運が良かったのか、悪かったのか」
(,,゚Д゚)「ほう」
(゚、゚トソン「襲撃者についての証言の記録が手に入りましたよ。読みますか?」
(,,゚Д゚)「頼むよ」
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:30:10.07 ID:63zROri+0
山口組は裏で軍部と手を繋いでいた。
それはもはや周知の事実である。
この国の軍は戦争時、兵に薬物投与を行っている。
それもまた事実。
問題はその薬物だ。
この街では“ストラッヂ”と呼ばれ、ごく最近になって取引されるようになってきた麻薬である。
中国の一部にしか自生しない、珍しい植物だ。
山口組はそれを独自のルートで取り寄せ、軍部に売り付けている。
(,,゚Д゚)「“ストラッヂ”は普通、一般人は手に入れることができない。入手は至難の業だ」
(,,゚Д゚)「山口組がどこからかき集めてくるのか知らんが、奴らでさえそれをジャリ共に撒いたりしない。わざわざ軍部が破格で買い取っているからね」
“ストラッヂ”はシナーも言っていたように、実に特殊な効力を持っている。
極端と言ってもいいだろう。
それを吸引したが最後、アーノルド・シュワルツェネッガーもびっくりの超人的身体能力を得る代わりに、数日で確実に死に至るのだ。
吸引を持続させれば多少の延命はできるが、徐々に体が追いつかなくなり、やがてその命は摩耗し、カスも残さず消えてしまう。
(゚、゚トソン「中国国内の一部では、“竜人”とよばれる存在が昔から語り継がれていたそうです。人間離れした力で地を駆け、空を跳ぶ超人………」
(゚、゚トソン「偶然かも知れませんが、無関係には思えませんね」
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:31:58.22 ID:63zROri+0
- さて数日前、正確には………5日前だ。
“チャイニーズ・ブッキー”を率いるシナー総長の話によれば、彼の娘が5日前から行方不明になっている。
彼らの組織は中国原産の麻薬、“ストラッヂ”を所持しており、それをこの街で捌こうと目論んだが失敗。
倉庫にはいくらかの“ストラッヂ”が日の目を見ずに眠っていた。
そしてシナーの娘、しぃは誤ってそれを吸引してしまった。
興味本位だったのか、偶然の事故だったのかは分からない。
大した理由ではないだろう。
とにかく、残りの“ストラッヂ”と持てるだけの銃器を抱え、彼女は親の元から去っていった。
幼い体には残酷すぎるエネルギーの塊を溜めこんだまま。
それがマフィアの一人娘の、行方不明の経緯だ。
(゚、゚トソン「救いようのない愚か者ですよ、シナーという男は。娘をドラッグの出張取引に同行させるなんて」
(,,゚Д゚)「俺もそう思うよ。もともと、あんな仕事をしている連中は皆、脳みそがバターみたいに溶けてるんだ」
(,,゚Д゚)「でもね、彼の娘に対する心配は本物だったと思うよ。なにせ彼にはもったいないほどの可愛らしい女の子だ」
(゚、゚トソン「屑は何をしたって、何を考えたって屑です。便所で溺死すべきですよ」
- 12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:33:49.60 ID:63zROri+0
- 彼女は決して憤怒しているわけではない。
こんな仕事をやっている以上、これ以上に胸糞の悪くなるような話はいくらでも耳にする。
その度に頭に血を昇らせていたら、体に血液が廻らなくなって手足の先から壊死してしまう。
彼女はただ、呆れているだけなのだ。
(,,゚Д゚)「そろそろ尻尾を見せる頃だと思うんだけどな」
大まかな仕組みは分かった。
後は細部を検証するだけだ。
煙草を三本消費しながら、山口組組員の証言に目を通す。
経理の女の子が淹れてくれたコーヒーに手を伸ばしかけ、やめた。
彼女は物凄い目で俺を睨んだが、仕方のないことだ。
それにしても、しかし………。
(,,゚Д゚)「胸糞悪いなあ…」
午後になって、俺は“チャイニーズ・ブッキー”にアポを取った。
訊かなくてはならないことがある。
事務所を出て車に乗り込み、もう一度あのくだらないマフィアが滞在しているホテルへ向かった。
頼むぜ、シナーさん。
そんなナリでも一応、あんたは生物学上、一人の親なんだからよ。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:35:19.15 ID:63zROri+0
( `ハ´)「――――進展はありましたか?」
(,,゚Д゚)「いえ、これからです」
相も変わらず“チャイニーズ・ブッキー”は男祭りだった。
意味もなくスーツを着て俺を取り囲んでいるシナーの部下たちは、微動だにせずサングラスの向こうから俺を見下ろしていた。
( `ハ´)「訊きたいことがあるとおっしゃっていましたが」
(,,゚Д゚)「それです。しぃさんについて」
( `ハ´)「前に送った資料では足りませんでしたか?」
(,,゚Д゚)「ええ。あんな情報、資料とは呼べませんでしたよ」
( `ハ´)「あなたは変わりませんね。まったく」
こんなゲテモノと世間話を続けるつもりは、爪の垢ほどもない。
俺は単刀直入に言った。
(,,゚Д゚)「しぃさんは怖いことがあると、いつもどこに身を隠しましたか?」
( `ハ´)「………というと?」
(,,゚Д゚)「表現が少し難しいかな………バツが悪かったり、悪いことをしてしまった時……そういうことですよ」
( `ハ´)「なるほど。つまりしぃは今、そういった際の緊急避難場所にいると?」
- 16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:37:43.88 ID:63zROri+0
- (,,゚Д゚)「きっとね。だっておかしいと思いませんか?」
シナーは目を細め、俺を見つめた。
説明を求めているんだ。
全てが与えられると思っている、馬鹿でマヌケな子供のようだ。
(,,゚Д゚)「この街を牛耳っていた山口組という組織が、先日潰されました。あなたもご存じのはず」
( `ハ´)「ええ、ええ。知っています。彼らのおかげで、私たちは“ストラッヂ”の販売ルートを手にすることができなかったのですから」
(,,゚Д゚)「襲撃者は一人だったそうです」
(,,゚Д゚)「つまりね、それがあなたの娘、しぃさんだ」
( `ハ´)「………根拠は」
とっくに感づいていたはずだ。
だが信じたくないのだろう。
そりゃそうだ。
自分の可愛い一人娘が、他国の暴力団組織を壊滅させたなどと、どこの親が認めたがる?
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:39:28.77 ID:63zROri+0
- (,,゚Д゚)「しぃさんが失踪したのが5日前、山口組が壊滅したのは4日前」
( `ハ´)「それだけの事実で、私の娘が細腕を振り回して暴力団を叩きつぶしたと決めつけるのですか?」
(,,゚Д゚)「山口組の組員で、生き残った者が一名いましてね。彼の証言を確かめました」
(,,゚Д゚)「すると、襲撃者の特徴としぃさんに関する情報が一致するではないか」
シナーの目つきは、もはやマフィアのボスのそれではなかった。
大事に育てた一人娘が連れてきた婚約者を睨む目に近い。
おいおい、俺は25歳のおじさんだぜ。
そんな目で見るなよ。
(,,゚Д゚)「私が思うに――――あなた、しぃさんの前で山口組の名を口にしましたね?」
( `ハ´)「していない」
(,,゚Д゚)「いや、したんですよ。部下との何気ない会話だったかもしれない。だけどしぃさんはしっかりと耳にして、それを記憶していた」
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:43:52.75 ID:63zROri+0
- (,,゚Д゚)「―――山口組のおかげで、商売あがったりだ」
(,,゚Д゚)「そう、例えばそんなふうに。“ストラッヂ”を吸引して超絶な戦闘能力と戦闘意欲を得、そして曲がりなりにも
自分を憧れの地へと連れてきてくれた父への敬意を抱いていた女の子が、そんな言葉を思い出し、取った行動―――」
(#`ハ´)「やめろ!」
俺は取り乱すシナーに構わず、言い切った。
(,,゚Д゚)「―――それが山口組の襲撃、撲滅、粉砕、虐殺」
遮ったのは、シナーの叫び声だ。
顔を真っ赤にして俺を睨み、立ちあがって拳を振るった。
動物園で猿の檻に入っていても違和感がないのではないかと思えた。
(#`ハ´)「そんなことがあってたまるか!あの子は―――あの子は―――」
(#`ハ´)「あの子は死んだ妻と私がこの世に残した、唯一の希望なんだぞ!それがこんな―――」
(,,゚Д゚)「あまり大きい声を出さないでください。頭が痛いんですよ」
俺は滅多にキレたりしない。
どんな馬鹿を相手にしても、冷静でいるための努力を惜しまない。
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:45:34.48 ID:63zROri+0
- だから俺は、どうしようもない馬鹿を相手にしたときは、決まってこう言うんだ。
(,,゚Д゚)「消されてえか、くそったれ」
希望だと?
この街に、そんなものが欠片もあるものか。
(;`ハ´)「ぐっ………!」
(,,゚Д゚)「あんたの娘は山口組の襲撃以来、全くと言っていいほど騒ぎを起こしていない。これは驚くべきことだ。
相当な自制心の持ち主か……」
(,,゚Д゚)「すでに死んでいる可能性も高い。なにせ最初の吸引から5日が経っているからな。
持ちだした分と山口組から強奪したストックを合わせても、今日まで持ちこたえているかどうか」
(;`ハ´)「それじゃあ………それじゃあしぃは………」
(,,゚Д゚)「俺が思うに、しぃさんは耐え続けているんだ。ふざけた麻薬がもたらす破滅的な衝動にね」
(,,゚Д゚)「ドラッグはね、怖い物なんだよ。抑制の利かない感情の激流。不自然に体を駆け巡るエネルギー。何も考えられない。何も分からない。
思考が拡散して、まともじゃなくなる」
(,,゚Д゚)「恐怖だ。取り返しがつかない恐怖なんだよ」
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:47:10.35 ID:63zROri+0
- この長いとは言えない人生の中で、俺は嫌というほど見てきた。
涎が垂れている事にも気づかず、口をだらりと開けて路地裏を這い進む老人。
自分の首に釘を打ちつけ、喉から血の泡を吐き続ける女。
笑いが止まらなくなり、人を殺すことでしか救われないのだと信じ続ける少年。
分かっているはずだ。
あんたにだって。
(,,゚Д゚)「どこにいると思う?こういう時、どこで身を潜めていると思う?」
(,,゚Д゚)「なあ、あんたの娘の事を言っているんだよ。頼むよ、シナーさん」
( `ハ´)「………しぃ」
お話にならない。
こいつは一体何者であるつもりなんだ。
中国からこの国にはるばるやって来た、野心に満ちたマフィアのボスじゃないのか?
(,,゚Д゚)「こっちは仕事でやってるんだ。娘に対する親心なんか犬の尻穴に突っ込んでおけ」
( `ハ´)「……なんだと………今、何と言った………」
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:49:54.87 ID:63zROri+0
- 溜息をついて、俺は弁解するように言った。
(,,゚Д゚)「あんたの馬鹿馬鹿しい情のせいで報酬をパーにしたくないだけなんだよ。だからさ、俺の質問にさっさと答えてくれ」
( `ハ´)「あなたには分かるまい………父親の気持ちなど……娘が死ぬかも知れないんだぞ………」
( `ハ´)「こんな仕事をしている私が人間でいられる唯一の理由…………それがあの子なんだ………」
( `ハ´)「消すことしかできない………生み出すことを知らないあなたなんかに………分かるまい」
(,,゚Д゚)「………」
ここのところ、感情の起伏というものがめっきり乏しくなった。
起きぬけに知らない大男から顔を殴られようと、通行人の女子供がブローニングで体を砕かれようと、マフィアに銃を突き付けられようと。
俺は驚きも怒りも焦燥も何も感じなかった。
イラついたりがっくりきたりするのは、せいぜい苦労して手に入れた煙草が空箱だったときくらいだ。
それなのに俺は今、悲しんでいた。
実に久しぶりに手にする感情だった。
行き場のない粘度を持った重苦しい塊が、俺の胸の奥で鳴き声をあげながら蠢いていた。
どうすることもできない。
俺にはわからないのだ。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:53:07.57 ID:63zROri+0
- 消去士になるとき、俺たちは政府の命令で自らの過去を消す。
自分が以前何者であったのか、知る手立てはない。
仕方のないことだが、大切なことなのだ。
誰を責めることもできない。
そうやって生きていくしかないのだから。
( `ハ´)「私の娘は――――」
シナーの話は続いていた。
( `ハ´)「逃げたりしない。悪いことをしてしまった時や、困ったことになった時、しぃは逃げたりしない」
( `ハ´)「自分の力でなんとかしようと、あちこちを歩き回る。誰の力も借りようとはしない。強い子なのだ」
(,,゚Д゚)「………」
( `ハ´)「あなたに分かるか?しぃは、決して自分のことを諦めたり、棚に上げたりしないのだよ。
どんなに足掻いても、努力をしてもどうにもならない時―――」
( `ハ´)「しぃは、私のもとへ帰ってくる。溢れだしそうな涙を、懸命にこらえながら」
建物のどこかで、爆発音が鳴り響いた。
地面が揺れ、悲鳴が聞こえた。
それでもマフィア共は姿勢を崩さず、俺の目を見つめ続けていた。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:55:27.39 ID:63zROri+0
- ( `ハ´)「どんな子供でも、最後に頼るのは親なのです。ギコさん」
銃声が鳴っている。
それに伴った破壊音が、空気を震わせる。
俺にはそれが、徐々にこの部屋に近付いてきているように感じられた。
( `ハ´)「お願いします。人の道を外れた私が、残りの人生の中で唯一願うことです」
(,,゚Д゚)「……オーケイ。分かったよ、やってみる」
( `ハ´)「依頼内容を、忘れてはいませんよね?」
(,,゚Д゚)「もちろん」
(,,゚Д゚)「では、またあとで」
( `ハ´)「再见」
部屋を出て、警報音に満ちた廊下を歩く。
煙草に火をつけて闇に沈むと、やかましく耳を叩いていたその甲高いアラームも、どこか遠い銀河の果てへと消えて行った。
その間にも、地面は揺れ、命は失われていた。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 20:58:25.46 ID:63zROri+0
- (,,゚Д゚)「君のお父さんは、この先にいるよ」
少女だ。
体格に合わない機関銃を抱え、危うい呼吸音を発していた。
全身の皮膚は赤黒く変色し、眼球が飛び出さんばかりに目蓋を開いている。
髪はドロドロに汚れ、歯は殆ど抜け落ちていた。
写真に写っていた少女と見比べたとして、同一人物だとは思えないだろう。
(#゚;;-゚)「……爸…爸…………爸爸……」
(,,゚Д゚)「君の事をとても心配していた。だからほら、そんな君に似合わないもの、捨ててしまいなさい」
(#゚;;-゚)「……ゴボッ………バ…爸………爸……」
(,,゚Д゚)「そう、君のお父さんだよ。頭の悪そうな猿共に囲まれて、趣味の悪いソファーから立ちあがろうとしない」
(,,゚Д゚)「君からも言ってやってくれないかな。どうにもセンスが無い。正直に言うけどね、最悪さ」
(#゚;;-゚)「………痛……可…怕………」
(#゚;;-゚)「……オ゛ェ゛ェ゛っ゛゛」
(,,゚Д゚)「そうかそうか」
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:01:20.93 ID:63zROri+0
- 苦しそうな声が聞こえる。
お父さん。
痛いよ。怖いよ。
彼女はもう助からないだろう。
持ち出した“ストラッヂ”も、底をついたようだ。
極限まで引き延ばされ薄っぺらくなった命の上に、破壊衝動を塗りたくられた幼い少女。
皮膚が肉から剥がれ、布のように垂れ下がっている。
骨までもドス黒く汚染されていた。
こんな状況で、俺は何を消せばいいんだ。
(#゚;;-゚)「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…………」
一声大きく唸った後、少女は俺に銃口を向けた。
震える腕で銃身を持ち上げ、落ちかけた指で引き金を引こうとしている。
(,,゚Д゚)「悪いね」
(#゚;;-゚)「………?」
(,,゚Д゚)「おじさんは消去士だったんだ。お父さんの鉄砲、消させてもらったよ」
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:02:28.56 ID:63zROri+0
- (#゚;;-゚)「为………为什………为什么?……」
(,,゚Д゚)「危ないからさ。女の子はそんなもの持っちゃいけないんだよ」
そろそろ潮時だった。
都心部の高級ホテルが襲われたとなっては、いくらこの街でも警察は仕事をサボるわけにはいかない。
あと数分もしないうちに到着するだろう。
その前に、終わらせなければならない。
俺は少女に手を差し伸べて言った。
(,,゚Д゚)「それじゃ、お父さんの所へいこう」
- 34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:05:11.60 ID:63zROri+0
(゚、゚トソン「―――お疲れさまです。意外と早かったですね」
事務所のソファーに腰掛ける前に、俺はデスクの上にいくつかの札束を放り投げた。
今回の成功報酬だ。
(,,゚Д゚)「5万あるはずだ」
(゚、゚トソン「子供の駄賃じゃないんだから、丸裸で持ってこないでくれませんか?」
(,,゚Д゚)「俺に言わないでくれ」
煙草に火をつけ、深く吸う。
天井に向かって吐きだした煙が、天井扇の羽根にゆっくりと切り刻まれていった。
ソファーに寝転んで、目を閉じる。
(゚、゚トソン「ホテル襲撃のニュース、見ました?」
(,,゚Д゚)「いや」
(゚、゚トソン「結構な騒ぎになってますよ」
(,,゚Д゚)「そう」
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:09:00.21 ID:63zROri+0
- (゚、゚トソン「あまり目立たないでくださいよ。ただでさえここは政府に目を付けられているんだから」
(,,゚Д゚)「悪いね。ほら、俺、おじさんだし」
(゚、゚トソン「関係ないです。いいですか、あなたはそんなナリでも一応雇用主なんですから、いつまでも子供みたいな態度じゃいけませんよ」
(゚、゚トソン「平気な顔して遅刻したり、政府の下っ端と街中でドンパチやったり――――それに私は経理なんです。事務所の管理だって―――」
(,,゚Д゚)「トソンちゃん、俺はね」
(,,゚Д゚)「頭が痛いんだ――――実に酷い。だから少し、黙っていてくれないかな」
視界がぼやけて、全ての動きがスローに感じられる。
立ち昇る紫煙も、天井扇の羽根も、細胞の動きも、世界の回転も。
どこか遠い所で銃声が聞こえた気がした。
路地裏で野良犬が死肉を食い千切っている。
もうたくさんだ。
みんな消してしまいたい。
- 36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:10:49.45 ID:63zROri+0
(゚、゚トソン「………ごめんなさい」
少し後で、経理の女の子が呟いた。
弱音を吐くボクサーのような声だった。
(゚、゚トソン「でも、知らなかったんです………その……」
(,,゚Д゚)「………」
(゚、゚トソン「……ギコさんは、まだ………」
何もかも間違っている。
なぜ彼女が謝る必要がある?
おかしいのは俺の方だ。
世の中を悪くしているのは、俺の方なんだ。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:14:03.22 ID:63zROri+0
- (,,゚Д゚)「……悪かったよ」
(,,゚Д゚)「どうかしていた。こんなふうにするつもりじゃなかったんだ」
(゚、゚トソン「いえ……」
(,,゚Д゚)「トソンちゃん、これから予定ある?」
(゚、゚トソン「あ、あの、大丈夫です。経費の見積もりはもう終わりましたので」
出来るだけ明るい声で、言った。
(,,゚Д゚)「飲みにいこうか。奢るよ」
陽が落ちて、街に暗闇が舞い降りる。
西の空を見ても、赤い夕暮れなど見ることはできない。
空は雑多に建ち並ぶビル群に四角く切り取られ、長い間放置されている貯水池のように汚く濁っていた。
テクノカラーに光り輝く看板の下、地下へ沈む短い階段を下りる。
その先にひっそりと佇むドアを押し開けて、俺たちはバーに入った。
薄暗い店内には、得体の知れない客が数人、額を寄せ合ってこそこそと会話をしていた。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:15:11.02 ID:63zROri+0
- カウンターの向こうでグラスを磨いているバーテンに向かって、手を挙げる。
(´・ω・`)「いらっしゃい」
(,,゚Д゚)「久しぶり、マスター」
(´・ω・`)「はて……昨日来た冴えないおじさんは誰だったのかな」
(,,゚Д゚)「ただの冴えないおじさんだよ。カウンターでいいかな」
(゚、゚トソン「いいですよ。マスター、お久しぶりです」
バーテンは経理の女の子に向かって満足気に頷くと、持っていたグラスを棚に戻した。
(´・ω・`)「どうするんだい?」
(,,゚Д゚)「冷えたビールを」
(゚、゚トソン「ウォッカをストレートで」
(,,゚Д゚)「…いつも思うんだけどさ、君、女の子だよね?」
(´・ω・`)「セクハラかい?」
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:17:28.81 ID:63zROri+0
- (゚、゚トソン「ウォッカに混ぜものなんて邪道です」
(,,゚Д゚)「ロシア人かい、君は」
(゚、゚トソン「違います」
(´・ω・`)「他人の酒の飲み方に水を差すような男は、カバに食われて死んでしまえばいい」
バーテンは慣れた手つきでグラスに酒を注ぎ入れ、経理の女の子の前に置いた。
彼女はそれを手に取り、微塵の躊躇もなく一気に飲み干した。
グラスの底がテーブルを叩く小気味よい音が、店内に響いた。
俺は首を振り、いつの間にか用意された瓶ビールを啜った。
店の隅に配置された古めかしい真空管アンプから、マイルスの「アイ・ワンツ・トゥ・ステイ・ヒア」が流れ出ていた。
(゚、゚トソン「それで………」
(,,゚Д゚)「ん?」
(゚、゚トソン「なにか、あったんですか?」
(,,゚Д゚)「………まあね。それほどのことじゃないさ」
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:19:21.15 ID:63zROri+0
(゚、゚トソン「ホテルで何があったのか、聞いても?」
仕事の話をするには少しBGMがメロウ過ぎると思ったが、差支えはないだろう。
なにせ、マイルス・デイヴィスの音楽に俺なんかがケチをつけられるはずがない。
またビールを少し飲んで、俺は言った。
(,,゚Д゚)「シナーの娘に会ったんだよ。あそこで」
(゚、゚トソン「知ってます。5日以上も経っていたのに彼女が生きていたのは、奇跡だと思いますよ」
(,,゚Д゚)「俺もさ。だけど想像通り、彼女は酷い状態だった。まるでゾンビみたいだった」
(,,゚Д゚)「だけどね、俺が一番ふさぎたかったのは目じゃなかった。耳だったのさ」
何も聞いていないフリをしているバーテンを横目に、俺は思い出していた。
シナーが言った、あの時の言葉を。
( `ハ´)『消すことしかできない………生み出すことを知らないあなたなんかに………分かるまい』
(,,゚Д゚)「がっくりきたよ。そりゃないだろうって。そんなことを言われて、俺はいったいどうすればいい?
消してくれと頼んだのはあんただろうってね」
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:23:53.43 ID:63zROri+0
- 国家消去士。俺は以前、そんな身も蓋もない仕事をしていた。
世間に公表されている消去士の仕事内容は、放射性廃棄物や産業廃棄物、その他お上品な連中が嫌う汚物を地球上から消し去ること。
国家消去士は全て、環境省という仮初の職場を与えられる。
だが、少ない消去技術を持った人間の中でも、さらに少数の有能な消去士はそんな国民の尻拭いなどしない。
力のある人間が、自分をさらに高めるために障害となる存在を消すため、俺たちのような上級消去士を雇うのだ。
当然、まともな人間が続けられる仕事じゃない。
俺はそのうちに自分のやっている事に嫌気がさし、環境省を去った。
その頃に、ある忘れがたい切欠が重なったという理由もあるが――――
どのみち、いつか俺はあの着心地の悪いスーツを脱ぎ捨てていただろう。
逃げ込んだ街は救いがたいほどに劣悪な環境だったが、俺は今のところ、ここを出るつもりはない。
その必要もない。
俺のビールはすでに温くなっていて、経理の女の子は3杯目のウォッカを飲み干していた。
(,,゚Д゚)「大丈夫かい?」
(゚、゚トソン「知ってます?ウォッカって、水っていう意味なんですよ」
(,,゚Д゚)「あのね………」
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:27:53.52 ID:63zROri+0
- (゚、゚トソン「それで?」
(゚、゚トソン「そのあと、どうなったんですか?あなたはその少女を救うことができたんですか?」
(,,゚Д゚)「………」
(,,゚Д゚)「シナーが俺に依頼した内容は、娘さんの体内にある“ストラッヂ”を消去すること。それだけだ」
(,,゚Д゚)「救う必要はなかったし、そんなこと、できるはずもなかった。あのスケコマシ野郎にしたことを、あの娘さんにするわけにもいかない」
(,,゚Д゚)「だから俺は、妥協したんだ」
(゚、゚トソン「妥協、ですか?」
(,,゚Д゚)「娘さんの“痛み”と“恐怖”を、消去したんだ」
シナーの娘はその後、糸が切れたように崩れ落ちた。
俺は生きているのか死んでいるのかも分からない少女を慎重に抱え上げ、彼女をシナーの部屋へ運んだ。
少女の変わり果てた姿を見たマフィアたちは取り乱し、悲嘆し、大声を出して泣き崩れた。
俺に向かって引き金を引く者もいたが、もちろん弾丸は俺に届かなかった。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:31:02.41 ID:63zROri+0
- シナーだけが娘の身体を抱き寄せ、その変形した小さな耳に口を近づけ、言葉を囁いていた。
その目から静かに涙を流し、取れかけた少女の腕を撫でた。
それからシナーは涙を拭い、俺に札束を渡し、震える声で言った。
( `ハ´)『ありがとうございました………しぃは最後の瞬間、苦しまなかったのですね……』
( `ハ´)『安らかな顔だ………本当に………ありがとう』
なぜ感謝されるのか理解できなかったが、とにかく俺は報酬を受け取ってホテルを出た。
事務所へ向かう途中、何台もの警察車両とすれ違ったが、気にも留めなかった。
その時、俺の頭の中は潰されたポテトのようにグチャグチャだった。
(,,゚Д゚)「人の頭の中に手を出すとね――――」
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:32:33.26 ID:63zROri+0
(,,゚Д゚)「――――頭痛が、酷いんだよ」
夜、眠る前。
自分の頭の中を、本気で見たいと思っている自分がいる。
鏡の前に立って、どこで手に入れたのかも分からないリボルバーを手に、自分の顔を見つめている。
どんなに酒を飲んで酔っ払っていても、その儀式は決して忘れない。
髪をかきあげ、額を睨む。その向こうが透けて見えてこないものかと。
銃口をこめかみに突きつけ、引き金に指をかける。
その重みを確かめる。
これが、俺の命の重みだ。
やがて諦め、ベッドへ倒れる。
俺が眠りに就くころには、煙草の箱は足を生やして床の上を這いずりまわっている。
そして俺の1日は終わる。
明日が、今日よりもマシでありますように。
- 50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/10/15(木) 21:33:47.05 ID:63zROri+0
Chapter 3 End
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