(,,゚Д゚)消去士のようです

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:20:04.16 ID:lci8FFHH0
( ^ω^)『消去士という言葉は一般的に、国家消去士を総じて指し示す名詞だけど――――』

ホライゾン長官は言った。
環境省の頂点、長官室でのことだ。

( ^ω^)『本来、消去技術というものは誰でも持ち得る能力であって、何も君だけが特別な人間であるわけじゃあないお』

俺はその言葉に短く頷き、話の続きを待った。
ひどく煙草が吸いたかったが、俺はピンと伸びた姿勢を僅かでも崩すわけにはいかなかった。

( ^ω^)『君も知っているはずだお。 消去士は誰もが“容量”を抱えている。
      一人の人間が生涯を通して消去することのできる、限界量のことだお』

(,,゚Д゚)『存じております』

“キャパシティ”、と俺は言った。
なるべく声に感情を混ぜないよう、注意深く。
長官は感情を持った道具を嫌う。

( ^ω^)『そう、“キャパシティ”。 忘れがちだけど、大切なことだお』

( ^ω^)『僕は今までに何人も、自分のキャパシティを超えてしまった消去士を見てきたお。
       君は知ってるかお?限界を超えた消去士が、どうなってしまうのか』

(,,゚Д゚)『はい。 どんなに訓練を受けても、どんな優秀な消去士でも、キャパシティを増やすことはできません。
     容量が限界値に達してしまえば、消去士は何も消すことができず、ただの一般人へと身を堕としてしまいます』

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:22:37.07 ID:lci8FFHH0
キャパシティには個人差がある。
消しゴム一つ消しただけで限界を迎える者もいれば、街をひとつ軽々と消してしまえる者もいる。

だが、消去士たちは自分のキャパシティーを知ることができない。
ある時突然、何の前触れもなく消すことができなくなるだけだ。
飼い慣らしていたつもりのドーベルマンが、朝になって鎖を引き千切り、どこか自分の知らない遠い地へ行ってしまうようなものだ。

( ^ω^)『それはね、ギコ・カードボード君』

( ^ω^)『言ってしまえば嘘なんだお。 君たちはそのように学んだのかもしれないけれど』

(,,゚Д゚)『……と、言いますと』

( ^ω^)『君にだけ教えてあげるお。 キャパシティを超えてしまった消去士は、実を言うとね』


( ^ω^)『“消える”』


頭が痛かった。

消去士として働き始めてから、常に感じ続けてきた痛みだ。
頭蓋骨の中に隙間なく棘を詰め込まれたような気分だった。

( ^ω^)『消える。 分かるかお? 君だって、僕だって』

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:28:29.86 ID:lci8FFHH0
ホライゾン長官は、過去最高の消去士だった。
突然現場から退き、環境省のトップに君臨してからは、新たな消去士の育成に力を注いだ。

現在の国家消去士たちの地位が固まったのは、他ならぬ彼の尽力によるものだ。
彼に褒められるためなら死んでもいいと言う消去士を、俺は何人か知っている。


(,,゚Д゚)『私たちは力を失うと同時に、この世界から消えてしまうと?』

( ^ω^)『そうなんだお。 原因はわからない。 とにかく消えてしまうんだお』

( ^ω^)『だからね、ギコ君。 僕はその事実を知ってから、ひたすら怯えて暮らしていた』

( ^ω^)『なんたって、消えるのは嫌なんだお。 君もそう思うお?』

(,,゚Д゚)『はい。 できれば、まだ消えたくはありません』

長官は薄笑いを浮かべて俺を眺めた。

( ^ω^)『だからこそ、僕はここまで上りつめた。 消すのではなく、消させるため』

(,,゚Д゚)『消させる……』

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:31:26.63 ID:lci8FFHH0
( ^ω^)『人間ってのは不思議なものでね、技術のある者ばかりが称賛される。
      英語がしゃべれる日本人がなぜ評価される? 学べば誰でも身につけられる低レベルな言語だお。
      アメリカ人でさえ喋れる。 そんなものを習得するために時間を無駄にすることはない』

( ^ω^)『真の実力者とは、そういった人間をアゴで使う者のことだお。
      辞書の内容を暗記する必要はない。 辞書の使い方を知っていればね。 僕はそうありたい』

(,,゚Д゚)『………』

( ^ω^)『物の例えだお。 実際、僕は大した苦労も努力もせず、世界の主要な言語の大半を習得した。
      三か月もかからなかったお。 語学力など、取るに足らない能力だ』


腐った傷口に蠢く蟲。
地上を行き交う人々を、ホライゾン長官はそう比喩したことがある。
それを聞いた時、吐き気を抑えるのに苦労した。

膿に群がる蛆を想像したからではない。
その時の長官の顔が、人間のものとは思えなかったからだ。

( ^ω^)『だけど覚えておくべきだお………君は優秀だ。 ひょっとすると、僕よりも出来がいいかもしれない』

( ^ω^)『君はまだ、僕に使われなければならないんだお』

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:35:30.91 ID:lci8FFHH0




Chapter 5   Holdup



11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:39:20.28 ID:lci8FFHH0


事務所には、例によって俺と経理の女の子しかいない。
気に食わないほどに仕事熱心なもう一人の社員は、今日も朝早くから事務所を出て依頼を片付けに行った。

(゚、゚トソン「ギコさんは仕事に行かないんですか?」

(,,゚Д゚)「行くよ。 煙草を吸い終わったらね」

(゚、゚トソン「コーヒーが残ってますよ」

(,,゚Д゚)「うん」

面倒臭い。
それが正直な気持ちだと言いたいところだが、実際はこの忌々しい頭痛のせいだった。
この慢性的な痛みは、一時も和らぐことはない。
思考が白み、吐き気さえする。

(゚、゚トソン「警視庁からの依頼ですよ」

(,,゚Д゚)「それが嫌なのさ」

(゚、゚トソン「まったく……身に余る報酬が出るというのに」

警視庁から出る報酬と言う事は、元は国民から巻き上げた税金と言う事だ。
俺のようなロクデナシのために血税が使われるのだと思うと、涙が出そうだった。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:44:33.33 ID:lci8FFHH0

数時間前、ある銀行が一人の強盗の手に堕ちた。

強盗は爆発物を所持し、サブマシンガンで武装しているらしい。
すでに銀行職員を数人撃ち殺している。
人質をかき集めて盾とし、逃走車と現金30億を要求。
マトモじゃない。

(゚、゚トソン「マトモな人間が銀行強盗なんかしませんよ」

ラウンジ事務所に送られてきた依頼の内容は、犯人の武装解除および人質の救出。
スーパーマンの派遣会社だとでも思っているのか。

(゚、゚トソン「犯人が痺れを切らしてドカンとやってしまったらどうします?
     報酬ももらえないし、事務所の信用だって落ちてしまいますよ」

(,,゚Д゚)「でもさ、考えてもみなよ。 拳銃と爆弾だぜ?」

(,,゚Д゚)「そりゃあ消すのは簡単さ。 要するに信管とトリガーを消せばいい」

(゚、゚トソン「はぁ」

(,,゚Д゚)「あのね、俺が言いたいのは」

(,,゚Д゚)「警察の奴らは少しも俺の身を案じていない。 それが気に食わないのさ」

ソファーに寝転んで、足を投げ出す。
この世界で一番マシなのは、まったくもってこのソファーだけだ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:47:10.45 ID:lci8FFHH0
(゚、゚トソン「子供ですか」

(,,゚Д゚)「ん?」

(゚、゚トソン「僕のことも心配してーっ」

(,,゚Д゚)「……そうじゃないって。 奴らはラウンジ事務所に依頼することで、俺との接触を図っている。もしくは」

(,,゚Д゚)「事件のドサクサで死ねばいいと願っているか」

経理の女の子は慣れた動作で俺を睨みつけ、受話器を手に取った。
電話帳をめくりながら、わざとらしく呟いた。

(゚、゚トソン「………警視庁……いえ、環境省のほうが適切ですか。あのゲス長官、喜ぶでしょうね」

(,,゚Д゚)「分かった、行く、行くよ。今から行こうと思ってたんだ」

古いブラウン管の黒縁テレビの画面には、建物を上空から撮影している映像が映し出されている。
そのニュース映像を見る限り、例の銀行強盗はまだまだ元気に立て篭もっているらしい。
活気があっていいことだ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:49:19.22 ID:lci8FFHH0

『………現在の………状況は……以前変わらず………人質の安否は………』


まったく、ホッとするよ。
さっさと爆弾のスイッチを押してしまえばいいのに。

俺ならそうするね。
逃げ場なんてどこにもないんだから。

(,,゚Д゚)「じゃ、行ってくる」

(゚、゚トソン「何かあったら、連絡をください」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 18:56:35.19 ID:lci8FFHH0
―――
――――――
―――――――――


地下へ降りていく鉄の箱。
信じがたいほどに頑丈なワイヤーで吊るされ、滑らかに回転する滑車の力で音もなく降下していく。

俺はホライゾン長官の脇に立ち、まっすぐ前を向いて彼の言葉を聞いた。
彼の声は鈍く輝くエレベーターの壁に一度ぶつかり、水気を抜かれて俺の耳に届いた。

( ^ω^)『消去能力の限定条件。君なら覚えているはずだお?』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『言えるかお?』

(,,゚Д゚)『はい。 三つあります』

(,,゚Д゚)『一つ目は、消去可能範囲の存在。 消去可能範囲外の物体、または事象を、消去能力者は消去することができません』

(,,゚Д゚)『消去可能範囲には個人差があり、今までに確認された消去可能最大範囲は、ホライゾン長官の7.316km』

(,,゚Д゚)『平均では、5.4メートルです』

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:00:25.52 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)『二つ目は、先刻も話題にあった“キャパシティ”。 消去士が生涯を通して消去することができる限界容量です』

“キャパシティ”の容量平均は、現在では正確に確認されていない。
誰がどこで何をどれだけ消したのか確かめる術はないし、現象・概念の消去となるともはや論外であるからだ。

建前だけの報告書による“キャパシティ”の平均は、857.2リットルだったはずだ。

( ^ω^)『続けて』

(,,゚Д゚)『最後、三つ目が――――』

(,,゚Д゚)『不可消去。 この世界には三つ、決して消すことのできないものが存在します』

( ^ω^)『なんだお?』

(,,゚Д゚)『一つは消去能力者自身。 自分の髪の毛一本たりとも消せません』

消去士同士で肉体を消し合う事は可能である。
だが消去士は、自分で自分を消去することはできない。

( ^ω^)『あとの二つは?』

なぜ長官がいまさらこのようなことを聞いてくるのか、俺には理解できなかった。
こんなことは、消去技術について学ぶとき、一番最初に頭に刷り込まれる事だ。
確認する必要などないはずだった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:03:38.24 ID:lci8FFHH0
俺が口を開く直前、エレベーターが止まった。
小さく電子音が鳴り、目の前の扉が左右に開いていく。
いったいここはどこなのか、なぜ俺はこんなところに連れてこられたのか、まったく見当もつかなかった。


(,,゚Д゚)『あとの二つは………』

( ^ω^)『なんだお?』



(,,゚Д゚)『魂と死』

(,,゚Д゚)『それだけです』

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:09:38.09 ID:lci8FFHH0


( ,,^Д^)「依頼を出してから何時間経ったと思ってる?」

現場に到着した俺を待っていたのは、歓迎ではなくむさくるしいおっさんの臭い息だった。
まだ運転席から降りてもいないというのに、タカラ警部は手に持った拳銃で乱暴に俺の車のウィンドウを叩き、唾を飛ばして怒鳴った。

窓を開けてやると、彼はその顔を車内に入れて、仰け反る俺に言った。

( ,,^Д^)「お前の車はゼンマイで動いているのか?」

(,,゚Д゚)「申し訳ないと思っています」

( ,,^Д^)「心にもないことを平気で吐くな」

(,,゚Д゚)「そんなこと言わずに……それとこの車、買い替えたばかりなんだからあまり叩かないでください」

( ,,^Д^)「だったら早く降りろ。さもないとこの酒臭い車を今すぐ廃車にしてやる」

しぶしぶドアを開け、車から降りる。

( ,,^Д^)「貴様らの事務所に手を出さないでやっているのは、こういう時のためなんだ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:13:22.16 ID:lci8FFHH0
( ,,^Д^)「それなのになんだ? 貴様の愚鈍さは」

( ,,^Д^)「どうせ事務所でのんびり煙草を吸いながら、あの女の子と一緒に世間話でもしていたんだろう」

(,,゚Д゚)「その通りです。いやあ、今朝は実に腰が重かった」

( ,,^Д^)「よーし分かった、続きはまた後だ。 まずはやるべきことをしてもらおうか」

銀行の正面入り口は警察車両の壁に阻まれ、何一つとして状況を知ることはできない。
テレビの実況で見たヘリによる上空からの映像では、周囲をヴァンやパトカー、それに警官隊と野次馬たちに取り囲まれた、
何の変哲もない灰色の建物しか確認できなかった。

(,,゚Д゚)「情報が欲しいですね」

( ,,^Д^)「何が知りたい?」

(,,゚Д゚)「武装の詳細を」

( ,,^Д^)「MP5の軍用モデルを一艇」

(,,゚Д゚)「どこで手に入れたんだか……」

( ,,^Д^)「ジャンク屋の掘り出し物だろう。 もしくは商店街のくじ引きか」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:16:41.40 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)「人質の位置は」

( ,,^Д^)「二階応接室にまとめられている。 犯人の監視で身震い一つできない」

(,,゚Д゚)「人質の誰かが催したらどうするんですかね」

( ,,^Д^)「洩らすしかないだろう」

(,,゚Д゚)「大きい方でも?」

( ,,^Д^)「ああ」

(,,゚Д゚)「勘弁してくれよ」

( ,,^Д^)「これが銀行内の見取り図だ。 一枚持っていろ」

(,,゚Д゚)「はいはい」

手渡された図面にざっと目を通し、適当に折りたたんで尻のポケットに入れる。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:21:23.35 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)「逃走車と30億を用意するつもりは?」

( ,,^Д^)「本部にはない」

(,,゚Д゚)「人間の命はそこまで高くないか」

( ,,^Д^)「とにかく人質を助けてやってくれ。 これ以上善良な市民が死んだら、この街は悪人しかいなくなる」

(,,゚Д゚)「切実ですね」

( ,,^Д^)「犯人についてだが、本部の御達しは『生死問わず』―――しかしだな」

( ,,^Д^)「私としては、当然、生け捕りにしてもらいたい」

(,,゚Д゚)「……無茶言うな」

正直、人質を巻き込んででも、犯人周辺をまとめて消去してしまいたかった。
だがそんなことは許されないし、現実には困難なことだ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:26:04.25 ID:lci8FFHH0
人間は、他の有機物と違って消去しづらいのだ。
消去対象物の構造を理解しなければならないという点において、人間の脳ほど厄介なものはない。

それに消去目標の正確な位置が分からなければ、何一つ消すことはできない。
まずは建物内に侵入し、対象を目視、そして最低でも5メートルは近づかなければならない。
時間もかかる。

(,,゚Д゚)「……じゃあ、ぼちぼちやりますか」

( ,,^Д^)「どこから入るつもりだ?」

(,,゚Д゚)「銀行の東側から、穴を開けて」

( ,,^Д^)「野次馬共に見られるなよ」

(,,゚Д゚)「分かってる、うるさいな」

( ,,^Д^)「ム……突入部隊を正面玄関と裏口に待機させているが」

(,,゚Д゚)「必要ない。足を引っ張られると面倒だから、追い払って」

( ,,^Д^)「了解」

タカラ警部は無線を取り出し、大声で撤退命令を下した。
数分もしないうちに、防具で固められた集団がぞろぞろと引き上げてくる。
この男は口は悪いが、自分のやるべきことはちゃんと心得ている。

警察にしては珍しく、頭の悪くない男だった。
だからこそ出世ができない。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:30:03.70 ID:lci8FFHH0
( ,,^Д^)「こいつを頭につけて、行動を逐一報告しろ」

使い古した通信機付ヘッドギアを警部が渡してくる。
しぶしぶそれを受け取り、頭部にかぶった。

だせえ。

( ,,^Д^)「似合ってるぞ」

(,,゚Д゚)「黙ってくれ」

口元に伸びるマイクと、耳に押しあてられるスピーカー。
送受信の作動の確認を終える。

(,,゚Д゚)「それじゃあ、またあとで」

( ,,^Д^)「心配はしていないが、失敗するなよ」

まったく、いちいち口うるさい人間だ。
俺は軽く手を振って正面玄関前を後にした。


向かった先は、建物の東側面。

等間隔に突き出す換気ダクトから漏れる空気が、のっぺりとした銀行の白い壁を灰色に汚している。
窓の奥に人影はなく、室内は薄暗く濁っているようだった。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:34:20.02 ID:lci8FFHH0
上空を飛びまわる撮影ヘリに注意しながら、壁と植木の間を這い進む。
俺の姿をテレビに映されでもされたら、かなり危うい。
犯人は中で実況を観ているはずだ。

周囲に人気がないことを確認して、音声送信のボタンを押す。

(,,゚Д゚)「カードボードです、どうぞ」

一瞬の間があり、警部の声がノイズと共に流れ出た。

“コピー”

(,,゚Д゚)「現在位置、建物の東側。壁の向こうは職員用トイレです。どうぞ」

“了解、合図があるまで入るなよ。どうぞ”

(,,゚Д゚)「早くしてください。俺は今すぐにでも帰りたいんです。どうぞ」

“黙れ”

(,,゚Д゚)「オーヴァ―」

無線は一度途切れ、代わりに正面玄関の方からやかましい音が聞こえてきた。
警部の声だ。拡声器で増幅された中年の濁声。

言葉の内容は、犯人へ向けたお決まりの説得だった。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:41:39.95 ID:lci8FFHH0

『……この建物は包囲されている……逃げ道はないぞ……』


(,,゚Д゚)「あれが合図ね……あの歳でよくやるよ」

犯人や野次馬、その他諸々の目が正面玄関に惹きつけられている間に、俺は侵入作業に取り掛かった。
右手を前に掲げ、壁に一歩近づく。
ポケットに両手を突っ込んだままでも消去作業に滞りはないが、こうした方がイメージしやすいのだ。

(,,゚Д゚)「……消去」

音も前触れもなく、鉄筋コンクリートの壁が溶けるように消えていく。
原子ほどに細かい砂でできた壁を、掃除機で吸い取っているようだ。

もちろん吸い取られた砂の行方は誰にも分からない。
俺にも分からない。

(,,゚Д゚)「強盗だと?面倒なことしやがって……」

(,,゚Д゚)「逃げられると思うなよ」

独りごちて、俺は小さく開いた穴の中に身を潜らせた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:45:20.58 ID:lci8FFHH0
―――
――――――
―――――――――


環境省の地下深く、得体の知れない空間に佇んで、俺は目を見開いていた。
ホライゾン長官自らが案内してくれた鉄製の部屋。

その中央に、影が蠢いていた。

( ^ω^)『ここに君を連れてきた理由』

( ^ω^)『説明するお。 でも少し待って』

長官は俺の隣を離れ、その影に向かって歩いて行った。
彼の乾いた足音と、時折影から漏れるうめき声以外、何も聞こえなかった。

影はおそらく人間だった。
そして部屋の中央にある頑丈そうなベッドの上に仰向けに寝かされ、全身を拘束具で戒められている。

( ^ω^)『上々だお。 ギコ君、こっちへ』

手招きする長官が、悪魔の使いにしか思えなかった。
肩に大鎌を担いでいても不思議じゃない。
俺は今すぐに回れ右をして、全速力で地上へ駆けあがりたかった。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:48:11.27 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)『……はい』

しかし逃げることなど許されるはずがない。
俺は彼の言葉に従った。

( ^ω^)『死んでいたらどうしようかと思ったけど、結構しぶといみたいだお』

ニヤつきながらベッドを見下ろす長官。
俺はゆっくりと近づき、その男を見る。

男の顔に見覚えはなかった。
青年と言ってもいいくらいの、精悍な顔つきをした若い男。
その顔が、憤怒の形相に歪められている。
猿轡を噛まされ、時々わけのわからない音を喉の奥から絞り出していた。

( ^ω^)『死んでもいい人間はたくさんいる』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『たとえばこの男。 ジャーナリストだとかなんとか言ってたお』

( ^ω^)『こそこそと僕の周りを嗅ぎまわって、くだらない情報を集めていた。
      僕の事を、消去士を私的に使用している不正者だと』

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:50:41.90 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)『身元は分かっているのですか』

( ^ω^)『調べる気にもならないお。 こんなゴミが社会から消えようと、誰も気にも留めない。
      なにしろ社会はこういうゴミで溢れているのだから』

(,,゚Д゚)『消しますか?』

長官はゆっくりと首を振った。

確かに、これほどの手間を掛けて一人の人間を消す必要はない。
殺したほうが簡単だろう。

( ^ω^)『あのね、ギコ君。 ただ殺したり消したりするだけじゃあ、もったいないと思わないかお』

男がまた一度、大きく呻いた。
糞野郎、と言おうとしたのかもしれない。

( ^ω^)『僕は死にたくないんだお』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『死にたくない。 君は死ぬことについて深く考えた事があるかお?』

(,,゚Д゚)『ありません』

( ^ω^)『それはいいことだお。 だけど、僕はよく考えるんだお。 死んだら人はどこへ行くのだろう』

( ^ω^)『そんなとき、僕は無性に泣きたくなる。 だけど泣くには歳をとりすぎた』

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:54:19.34 ID:lci8FFHH0


(,,゚Д゚)『……消えるのなら―――――』

( ^ω^)『お?』

(,,゚Д゚)『考える必要はありません。 消えるのなら、どこへも行かない。 ただ無くなるだけです』

長官は笑いを噛み締めた。
そして俺の肩に手を置いた。
ぞっとするような感触だった。

( ^ω^)『君を選んで正解だったお』

蛍光灯が一瞬、不自然に瞬いた。
灯りがあるのに、なぜこの部屋はこんなにも薄暗いのだろう。
一体俺はなぜここにいるのだろう。

( ^ω^)『君はさっき言ったね? 魂と死は、決して消えるものではないと』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『そこでね、カードボード君。 この男を使って、ある実験をしてもらいたいんだお』

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 19:56:30.61 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)『実験?』

( ^ω^)『そう』

足元が揺らいだ気がした。
天井が見えない。
ただ不確かな闇が俺を見下ろしていた。


( ^ω^)『消してほしいんだお、この男の』

( ^ω^)『死を』

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:02:07.50 ID:lci8FFHH0


薄暗く人気のない銀行のロビーを、1人歩く。
つるつるに磨かれた床に、ぼんやりと天井が映し出されている。
馬鹿みたいに長く続く受付のカウンターに人影はなく、おびただしい量の書類と客たちが取りこぼした荷物が転がっているだけだ。

(,,゚Д゚)「おっとぉ……これは」

のっぺりとした白くて太い円柱、つまり建物の柱。
その各々の根元に、ダイナマイトと思われる爆薬が巻き付けられていた。

(,,゚Д゚)「ここまでやるかね」

警官隊が突入してくる気配を感じたら、すぐさま起爆するつもりだったのだろう。
危ないところだったぜ、警部。
突入隊を撤退させて正解だった。

(,,゚Д゚)「カードボード、どうぞ」

“コピー”

(,,゚Д゚)「爆弾を発見。 一階の円柱4本の根元に、ダイナマイトが数十本ずつ。 恐らく遠隔起爆型。どうぞ」

しばし沈黙。
次いで声。

“無効化しろ。 どうぞ”

(,,゚Д゚)「了解」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:05:23.90 ID:lci8FFHH0
強盗の無駄な努力を労い、手早く爆弾の消去を済ませる。
警部に報告しながら、二階へ続く階段を上る。

(,,゚Д゚)「早く終わらそう」

通信機からの音声も、俺の声も、残さず消去している。
もちろん俺の足音も。

犯人が俺の存在に気づく事はないだろう。
自然と足が速まっていく。


(,,゚Д゚)「……30億……逃走車」

銀行強盗の成功率は極めて低い。
いちど包囲されてしまった場合、逃げきることは不可能といっていい。

おかしな話だ。
犯人はなぜこれほどの爆弾を用意している?
立てこもりを予定しての行動としか思えない。
包囲を突破する手立てがあるとでも?

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:08:55.86 ID:lci8FFHH0
銃声が鳴る。
悲鳴が聞こえた。
一人くらい殺されて、窓から投げ捨てられたのだろう。

それくらいの犠牲は予想していた。
犯人だって焦っているんだ。

さっさと車と金をよこせ。
もっと殺すぞ。

今は犯人の胸の内などどうでもいい。
人質がゼロになる前に、奴を仕留める。
じゃなきゃ金がもらえない。

(,,゚Д゚)「おいおい……!」

また銃声。目の前のドアの向こう側から。
予想以上に短気な奴だ。

(,,゚Д゚)「消去……!」

ドアを消す。
粉になった扉を突き抜けるように、俺は戦地に飛び込んだ。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:14:27.96 ID:lci8FFHH0
( ゚ ゚)「……!? だッ」

(,,゚Д゚)「―――消去」

突如として消えた扉と、姿勢を低くして駆け込む俺の姿に気づいた覆面野郎。
咄嗟に短機関銃を向けてくるが、視界にとらえた時点で、すでにトリガーの消去は完了した。

( ゚ ゚)「おッ……おい、待て―――」

(,,゚Д゚)「待つかボケッ」

拳を男の鳩尾にねじ込んだ。
少し手が痛んだが、間を置かずに肘を男の顎に入れる。

( ゚ ゚)「ゥグッ……!」

体勢を崩す男。
素早く室内を見回す。
人質たちは身を小さくして部屋の中央に固まっていた。

(,,゚Д゚)「さっさと外に出ろ! 銃と爆薬は消えた! もう安全だ!」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:17:57.24 ID:lci8FFHH0
( ゚ ゚)「お、お前……お前、は……」

(,,゚Д゚)「黙ってろ!」

鉄板の入った革靴のつま先を、犯人の鼻面に叩きこむ。
呻きながら地面をのたうつ男をうつ伏せにし、両腕を背中にまわして手錠をかけた。

( ゚ ゚)「……お…お前……」

(,,゚Д゚)「喋るなよ。 結構ムカついてるんだ」

男の背中にまたがる。
応接用のガラス・テーブルの上に血痕が見える。
見せしめに殺された人質の血だ。

(,,゚Д゚)「もうちょっと早く来てればパーフェクトだったのによ……」

拳を傷めないよう注意して、殴る。
後頭部、首、頭頂部。
狙いをすまして殴りつける。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:25:04.00 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)「檻に入ったらもうお前を殴れないからな」

髪を掴んで、顔面を床に叩きつける。
顔の骨でバウンドするのが分かる。
バスケット・ボールみたいに。

( ゚ ゚)「……かッ……は……」

あらかた気が済んだ所で、ようやく送信機のボタンを押す。

(,,゚Д゚)「……タカラ警部。 犯人の身柄を確保しました」

ノイズ。
少しして、興奮した声で言葉が返る。

“よし、部隊を突入させる。 よくやった。 人質たちは今、無事に保護された”

(,,゚Д゚)「そんなに急がなくて平気ですよ。 もうちょっと楽しみたい」

“あまりやりすぎるな……よくやったぞ”

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:27:51.74 ID:lci8FFHH0
( ゚ ゚)「ぅ……」

(,,゚Д゚)「潰す前に顔を見ておけばよかったな」

血で汚れた覆面をむしり取り、男を仰向けに転がす。
鼻のひん曲った、不細工な面。
見てるだけで吐き気がする。

(;;;゚;−;゚)「あんたは……」

(,,゚Д゚)「あ?」

(;;;゚;−;゚)「か………カードボード……だろ……」

(;;;゚;−;゚)「知って、る……ホライゾン長官の…お気に入り、だった……」

(,,゚Д゚)「……」



(,,゚Д゚)「なんだと?」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:36:54.88 ID:lci8FFHH0

ドン、ドン、ドン。

こもった銃声が三発。
衝撃が腹を突き抜ける。

(;;;゚;−;゚)「辞めたって、な……あんたほどの、消去士が」

コイツ、まだ銃を隠し持っていたとは驚いた。
いや、それより手錠は?

ああ。

(;;;゚;−;゚)「こんな、ところで、死ぬなんて、な……悪いね」

(,,゚Д゚)「……お前」

(,,-Д゚)「消去士……なのか」

俺の腹にめりこんでいる銃を、消す。
だけど遅すぎる。
弾丸はすでに俺の体内を破壊して、背中から飛び出ていった。

俺の体を使ったサイレンサーのおかげで、突入隊のいるところまで、銃声は届いていない。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:43:51.85 ID:lci8FFHH0
(;;;゚;−;゚)「“だった”。 俺も、あんたと同じ、消去士、だった」

(;;;゚;−;゚)「あんたが、辞めたあと、俺も、すぐに、辞めた。 任務で、ヘマを、した」

(;;;゚;−;゚)「消去士が、消去士でなくなる、てことは、つまり」

(;;;゚;−;゚)「……殺される、てことだけど」

複数人の足音が、遠くから聞こえてきた。
援軍が来る。
犯人の確保を聞いて気の抜けた警官隊が。

(;;;゚;−;゚)「あんたは、生かされた。 長官の、お気に入り、だったから。 あんな事件、起こしても」

(;;;゚;−;゚)「お咎め、なしだ……でも、俺は、違った」

(;;;゚;−;゚)「追われた。 消されそうに、なった。 消去士は、知りすぎてるから」

(;;;゚;−;゚)「俺は、あんたと、違う。 怯えながら、暮らしてた。 どこにも、逃げられない。 長官の、手が、回ってる」

男の声がフェード・アウトしていく。
意識が遠のいている。

危ない。
警部はこの部屋に来るだろうか。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:46:17.58 ID:lci8FFHH0
(;;;゚;−;゚)「長官から、逃げ回るのは、もう、限界、だった。 あんたほどの、消去技術は、俺にはない、だから」

(;;;゚;−;゚)「だから、金に、頼った」

(,,-Д゚)「……そうかい……」

(,,-Д゚)「大金を積んで……闇ルートで……国外逃亡を」

(;;;゚;−;゚)「そ、そうだ。 銀行に、たいした、現金は、置いてない。 だから、籠城して、金を、用意させようと」

(;;;゚;−;゚)「思った。 上手くいかないのは、分かってた、けど、ほかに、どうしようも、なかった」

(;;;゚;−;゚)「金が、いるんだ!」

体が二つに千切れるかと思った。
それでも、俺は力の限り叫んでいた。

(;,,゚Д゚)「入ってくるなァッ!」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:48:36.22 ID:lci8FFHH0
(;;;゚;−;゚)「……し、しし」

(;;;゚;−;゚)「消去」

背後、部屋のドアがあった位置から、悲鳴が上がった。
到着した警官隊のものだ。

振り向く気力もない。
恐らく男に体の一部分を消されたのだろう。

( ;,,^Д^)「カードボード! 何が起きてる!」

通路から警部の声が飛ぶ。
残った体力を振り絞って答えた。

(;,,-Д゚)「消去能力者だ! 姿を見せたら、消されるぞ!」

これ以上、叫ぶ力はない。
腹に開いた穴から、ドロドロと血液が流れ出ている。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:51:26.67 ID:lci8FFHH0
(;;;゚;−;゚)「あまり、人を、消したくない。 疲れるし、頭が痛む」

(;;;゚;−;゚)「消去能力の、使用は、最小限に、抑えたい。 無駄遣いは、したくない」

(,,-Д゚)「……じゃあよせよ……どうせ逃げられない……」

(;;;゚;−;゚)「逃げる、さ。 消去能力の、使いどころを、間違え、なければ、部隊の、包囲など、どうってこと、ない……
     あんたさえ、邪魔、しなければ」

(,,-Д゚)「……ふん……」

(;;;゚;−;゚)「そ、そうだ……手を」

(;;;゚;−;゚)「手を、組まないか、あんたがいれば、む、無敵さ」

(,,-Д゚)「……よく言うぜ」

(,,-Д゚)「俺の腹に……三つも風穴開けといて」

(;;;゚;−;゚)「いいますぐ、逃げて、手当てを、するよ。 俺だって、あんたを、殺したくない」

(;;;゚;−;゚)「あんたは、素晴らしい、力を持ってる。 そう、ししよう」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 20:57:12.04 ID:lci8FFHH0
(,,-Д゚)「……お前だけか?」

(;;;゚;−;゚)「え、あ、ああ、俺だけ、だ。 他に、仲間は、いない」

(;;;゚;−;゚)「そそ、そういえば、爆弾を、売ってくれた、奴、すごい。 あいつも、仲間に、さそえば―――」

(,,゚Д゚)「ちがう」

(,,゚Д゚)「長官から逃げている『元消去士』は」

(,,゚Д゚)「お前だけなのか?」

(;;;゚;−;゚)「……わ、わからない―――そんなこと」

(;;;゚;−;゚)「だけど、環境省には、まだ、優秀な、消去士が、たくさん、いるから」

(;;;゚;−;゚)「俺みたいなのが、いないとも―――」

(,,-Д゚)「そうかい……なら消えろ……ゲス野郎」

(;;;゚;−;゚)「え?」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:00:24.04 ID:lci8FFHH0

もうコイツと喋ることはない。

生かしておく必要も、ない。


(;;; ;−; )「はr」


心臓から脳へ血液を運ぶ総頸動脈。
皮膚のすぐ下にあるその極めて重要で、かつ狙いやすい血管を、左右とも消去。


(;;; ;−; )「かっ……」


脳への血液の供給が大幅にダウンし、脳の機能が徐々に停止していく。
一度脳細胞が壊死、硬化してしまえば、元通りになることは決してない。

早い話が、首を切断されたようなもの。

終わりだ。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:04:07.40 ID:lci8FFHH0
(;;; ;−; )「ゲッ……」

(,,-Д゚)「もうだめになったんだよ、お前の脳みそは」

(;;; ;−; )「……」


痙攣しながら崩れ落ちる男。
その様子も、すぐに見えなくなった。
目が霞んでいく。


(,,-Д゚)「俺も人のことは言えないがな……クソったれ……」

(,,-Д゚)「早く助けろよ………死んじまうだろーが……」

(,,-Д-)「……役立たずの……警察め……」


ブラック・アウトしていく視界。
体中にまとわりついてくる死の感触を、払いのける力もなかった。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:07:37.25 ID:lci8FFHH0
―――
――――――
―――――――――


( ^ω^)『やることは分かってくれたお?』

果てしない地の底から舞い戻って、再び長官室。
長い旅をしてきたような気分だった。

( ^ω^)『実験に取り掛かる準備ができたら、僕に声を掛けてほしい。 もう一度あそこへ案内するお』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『ただ、あまり長引かせないでもらいたいお。 できれば一年以内には』

(,,゚Д゚)『了解しました』

( ^ω^)『間違っても他言はしないように』

(,,゚Д゚)『はい』

( ^ω^)『僕が死を恐れているだなんて――――』

( ^ω^)『知られるわけにはいかないお? 不死を得るために一人の若者を実験体にしようだなんて』

                         ・ ・ .・ ・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ .・ .・
( ^ω^)『知られるわけにはいかない。 これはね、決まりごとなんだお』

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:11:09.37 ID:lci8FFHH0
( ^ω^)『これは今日の話を聞いてくれた報酬。 受け取ってくれお』

目の前の長官のデスクに、分厚い封筒が投げ出された。
中身は、一般人が一年かけてなんとか貯蓄できるほどの金。
厚みを見ただけで額が分かるようになってしまった。

(,,゚Д゚)『……前金、というふうに受け取ってもいいのでしょうか』

( ^ω^)『君の自由だお。 なんだっていい。 小遣いにも満たないはした金』

( ^ω^)『チップだお。 受け取ってほしい』

(,,゚Д゚)『……はい』

・ ・ .・ ・ ・
決まりごと。

省庁を出て、専属の車で自宅へ向かう途中。
その言葉は、俺の心の中で何度も乱反射し、存在を強めていった。

( ´ー`)『こんな時間まで御勤め、お疲れ様です』

運転手が、がらんとした機能都市の道路に車を走らせながら、声を掛けてくる。
人工的な光を無秩序に浮かべる夜の街を眺めていた俺は、数秒遅れてその言葉を認識した。

(,,゚Д゚)『御勤め?』

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:12:56.81 ID:lci8FFHH0
( ´ー`)『ええ。 国民の幸せのために身を捧げることを惜しまない。 お若いのに、実にご立派です』

この運転手は、なにを言っているんだ?

国民のため?
身を捧げる?
ご立派?

(,,゚Д゚)『申し訳ないのだが』

( ´ー`)『はい?』

(,,゚Д゚)『言っていることが理解できない。 少し黙っていてもらえるかな』

( ´ー`)『は……す、すいません』


感情を極限まで削ぎ落した、無駄のない近代都市。
ネジの一つにまで表情がない。
人工物だというのに、まるで人間性を感じないというのはおかしなことだ。

(,,゚Д゚)『ここまででいい』

(;´ー`)『え、し、しかし……ご自宅にはまだ……』

(,,゚Д゚)『いい。 歩きたいから』

(;´ー`)『で、ですが……』

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:14:46.18 ID:lci8FFHH0
食い下がる運転手に、長官からもらった封筒を渡す。
彼は中身のはみ出たその封筒を確認して、両目を見開いた。

(,,゚Д゚)『これを受け取って、何も喋らず、私が車を降りたら、三秒以内に視界から消えろ』

(;´ー`)『は……』

(,,゚Д゚)『ここまで送ってくれてありがとう』

車を降り、夜風を受けて歩き出す。
タイヤが削れる音が背後から響き、次第に排気音と共に遠ざかっていく。


環境省に隣接するように、消去士専用の宿舎が建っている。
国家資格を得て、ホライゾン長官の印を受けた上級消去士は、そこにタダ同然で住むことが出来る。
手厚いサービスと最新の娯楽設備を備えた楽園と言われ、そこでの暮らしを夢見て消去士を目指す者も多い。

俺は断った。 そんな家畜小屋に住みたくなんかない。
長官の飼育で邪悪を溜めこみ、ブクブクと肥え太っていく豚共。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:18:48.55 ID:lci8FFHH0


(,,゚Д゚)『死を消す』

(,,゚Д゚)『できるか?』


できるかもしれない。

だけど、できたとして、俺はどうなるのだろうか。
命の法則を捻じ曲げるほどのことをして、俺の“キャパシティ”は、どうなってしまうのだろうか。


分からない。
一秒後の世界がどうなっているのかが分からないように。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:20:22.45 ID:lci8FFHH0


―――病室の真っ白い天井を見上げる。

無駄に広い部屋の隅には、上品で清潔なソファーが置かれている。
ラウンジ事務所のヤニが染み込んだソファーには劣るだろうが、良質なのだろう。

そのソファーに座っているのは、とても良質とは言い難い、腐れスケコマシ野郎。
気取った体勢で何かの雑誌を読んでいる。

( ・∀・)「なぜ犯人はキミの心臓を撃ち抜かなかったんだ?」

これが生命の危機に瀕した同僚に対する見舞いの言葉だろうか。
おい待て、あいつが読んでるの墓石の雑誌じゃねえか。
クソが。

( ・∀・)「三発も無駄にして………まったく」

(,,゚Д゚)「悪いね、死に損なって。 せっかくのチャンスだったのにな」

(゚、゚トソン「いえ、幸運でしたよ」

ベッド脇でリンゴの皮を剥いている経理の女の子。
彼女の言葉に思わず頬を緩めてしまう。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:22:34.93 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)「トソンちゃんは優しいんだ、人間が出来てる。 どっかのスケコマシと違うよ」

(゚、゚トソン「犯人が私じゃなくて幸運だった、と言ってるんです。 私が撃ってたら、心臓に一つの穴が開いていたでしょうね」

(,,゚Д゚)「へへ……そんな」

( ・∀・)「トソンちゃんは三発撃っても穴は一つしか開かないんだ。 三発とも正確に同じ軌道を描くからね」

(゚、゚トソン「この人を撃つのに三発も使いませんよ、もったいない」

(,,゚Д゚)「もうそのへんにしてよ」


結局、強盗犯は死亡した。

元・消去士だったという事実は勿論伏せられ、マスコミは精神に異常をきたした男が妄想の果てに及んだ犯行として報道。
一週間もすると、蛆のように湧き出る他の凶悪事件の波に流され、新聞にさえ載らなくなった。

小汚い血を垂れ流しながら病院に運ばれた俺は、十数時間に及ぶ大手術の末、一命を取り留めた。
脊髄の損傷を免れ、大した後遺症も残らないそうだ。
経理の子が言うように、幸運だったと思う。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:25:28.46 ID:lci8FFHH0
( ・∀・)「しかし、ずいぶんと金の掛かってる病室だな。 キミの部屋より上等じゃないのか?」

(,,゚Д゚)「トソンちゃん、言われてるぞ」

( ・∀・)「あんたに言ってるんだロクデナシが」

(゚、゚トソン「あの警部の計らいにしては、気が効いてますね。 今度お礼をしに行かなくちゃ」

(,,゚Д゚)「いやいやいいって。 調子に乗って口説いてくるだけだぜ、あのムッツリ親父」

( ・∀・)「なんだと? あのデカ、そんな奴だったのか……トソンちゃんに手を出したら殺す。容赦なく」


報酬額は過去最高だった。
向こうの会計は適当に大きな数字を書き込んだだけとしか思えない。
乱暴と言えるほどの金だった。

タカラ警部は、それを聞いて嫌味を言いながらも、俺の車を自宅まで運んでくれた。
多少の罪悪感はあるのだろう。
この病院で一番いい部屋を使えるように手配してくれたのも彼だ。

あんなおっさんに気を使われても吐き気がするだけなのだが。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:28:24.99 ID:lci8FFHH0
(,,゚Д゚)「これだけ稼いだんだ。 しばらく休暇がとれるな」

( ・∀・)「何を言ってるんだろうね、毎日がエブリディのくせに」

(,,゚Д゚)「はっ、吠えてろ負け犬。 ラウンジカップ報酬額ランキングは俺がトップだ」

( ・∀・)「すぐに追い抜くさ。 同業者が出てきただけでこのザマだろう? キミの余命も長くはないぜ」

俺の余命は長くはない。

確かに。
返す言葉もないほどに的確な意見だ。

(,,゚Д゚)「……強盗犯の話だけどな」

(,,゚Д゚)「元消去士だったんだ」

( ・∀・)「なに?」

(,,゚Д゚)「俺以外に、あそこを抜け出した消去士がいたなんて、初めて知ったよ」

( ・∀・)「ふうん……まあ、消去士ってのは基本的に化け物だからな」
                                 ・ ・ ・ ・ ・ ・
( ・∀・)「そういう奴が何人かいてもおかしくないさ。 頭のイカれた抹消部隊。 もちろんキミもその一人だけど」

(,,゚Д゚)「ホライゾン長官が裏で何かをやっている。 そんな気がするんだよ」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:31:18.71 ID:lci8FFHH0
( ・∀・)「……あれの話はするな」

(,,゚Д゚)「今まで大人しくしていたのが、動き始めた……そんな感じだ」

(,,゚Д゚)「これからも何らかの形で接触してくるだろう。 それだけ肝に銘じとけ」

窓の外に浮かぶ空が、煤けたオレンジに染まり始めていた。
夕刻は過ぎている。

欠伸をしながら、スケコマシ野郎が立ち上がった。

( ・∀・)「……トソンちゃん、帰ろう。 もうどうでもいいだろう、こんな奴」

(,,゚Д゚)「ふん、帰れ帰れ。 お前のツラなど二度と見たくない」

(゚、゚トソン「待ってください……もうちょっと……なんです……」

( ・∀・)「え? まだリンゴ剥いて………って下手!」

(゚、゚トソン「えっ……」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:34:15.67 ID:lci8FFHH0
(;・∀・)「なんだこの奇形……ゾンビでも削りだそうとしてるのかい?」

(゚、゚トソン「いえ、これはうさg」

(;・∀・)「分かった、ゴーレムだ! なんだよ、ビックリさせるね」

(゚、゚トソン「ち、違いまs」

(,,゚Д゚)「うっわ下手くそ……ウサギだろう? 失敗? 受け狙いならまだしも、それ素でやってんの? 素で?」

(゚、゚トソン「……」

( ・∀・)「ウサギではない。 これは断言できる。 僕の人生経験から言って、ウサギはありえない」

(,,゚Д゚)「いやどうみてもウサギ型に切ろうとした人間の手によって取り返しのつかない損傷を受けた無残なリンゴの肉片だ」

( ・∀・)「繰り返す。 ウサギではない。 これは警告だ」

( 、 トソン「……」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:36:08.55 ID:lci8FFHH0
ガヂァン。

撃鉄の起きる音。

(,,゚Д゚)「おい」

( 、 トソン「なんでしょう」

なぜ病院内に拳銃がある?
どうやって持ち込んだ?

ああ、分解して服の中に隠して、いま組み立てたのか。
すごい。まさにガンズ・アンド・ガール。
君はきっと原始時代に産まれていたとしても、銃を持っていただろうな。

( ・∀・)「オーライ、僕らが悪かった。 まずはそれを仕舞おうか」

( 、 トソン「あなたたちの前頭葉に穴を開け終えたら、すぐに」

銃器に関しては天才的な技能を持っているのに。
なぜリンゴもまともに切れない。


このあと、銃声と弾丸の消去に、仕事以上の気力を要したのは言うまでもない。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/01/19(水) 21:37:44.43 ID:lci8FFHH0




Chapter 5   End




戻る 次へ

inserted by FC2 system