/ ,' 3五つと一つの物語のようです*(‘‘ )*

62 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:12:51 ID:3IpGK9kE0

“――かようなまでに様々な生物の跳梁跋扈するこの樹海の中でもワームにだけは気をつけなければいけない。

ここまで多くの危険な動植物について紹介すると共にその対処方法についても記してきたが、これから紹介するワームについては対応策を論じられないことを先に述べておく。

樹海の中で彼らと出会ったのならば、我々が取れる行動は以下の二つだけである。

即ち、頭から丸のみにされるか、脚から丸のみにされるかだ”

 

――帝国歴189年 アルベルトゥス・ロマネスク著 「博物誌」


63 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:14:12 ID:3IpGK9kE0

 第二幕

〜大父祖〜

65 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:16:22 ID:3IpGK9kE0

〜1〜

――煌々と輝く月明かりの下を、二人のエルフの子供達が歩いていく。

一人は深緑の髪を頭の上で一つに結った少年で、背中には矢筒と短弓、
肩に背負い袋を担ぎ、腰には剥き出しの曲刀を下げている。
月光に照らされるその肌はよく日に焼けており、器用に足元の根の間を跳ねて進むその姿は、
エルフの少年らしくとても機敏で、また子猿のようでもあった。

もう一人は若草色のおさげ髪を栗色のバンダナで覆った少女で、少年と同じように弓矢と背負い袋を背負っていたが、
腰には刀の代わりに革のベルトポーチを三つも重ねて巻いている。
丈の短い胴衣とキュロットから覗く肢体は酷く華奢であったが、少年の半歩後ろから油断なく周囲を見回すその翡翠色の眼光は、
幼いながらも彼女が“狩る側”の者であることを微かに示していた。

( ^ω^)「太っちょトロールおりました〜♪樫の木見上げておりました〜♪」

ξ゚听)ξ「……」

( ^ω^)「リンゴが欲しいと言いました〜♪棍棒振り上げ言いました〜♪」

ξ゚听)ξ「……ちょっと」

66 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:18:06 ID:3IpGK9kE0
( ^ω^)「そこへエルフがやってきて〜♪弓を取りだし言ったとさ〜♪」

ξ゚听)ξ「……ねえちょっと」

( ^ω^)「この矢でリンゴを取ってやろう〜♪あの木をよ〜く見ていなさい〜♪リンゴをじ〜っと見ていなさい〜♪」

ξ゚听)ξ「……おい」

( ^ω^)「間抜けなトロール木を見上げ〜♪哀れエルフの矢で射られ〜♪真っ赤なりんごは」

ξ゚听)ξ「あんたの頭を真っ赤なリンゴにしてあげましょうか?」

(;^ω^)「勘弁して下さい」

幼馴染の構えた鏃の先に捉えられ、ブーンはその調子っぱずれな歌を止める。
険しい顔のままに構えを解くと、少女は声を顰めて辺りを見渡した。

ξ゚听)ξ「ここらは森狼の縄張りが近いわ。何が楽しいのか知らないけど、
      奴らの餌になりたいんだったら一人でやってよね」

(;^ω^)「以後、気を付けますお」

ξ゚听)ξ「よろしい」

67 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:20:14 ID:3IpGK9kE0
真夜中をとうに過ぎた樹海はしんと静まり返り、時折思い出したように鳴く夜啼き鳥と、
遠くで微かに囁く虫達以外には、生き物の気配は感じられない。
月明かりの頼りない燐光の中では、目を凝らしても木々の向こうを確かめることなど到底できよう筈もないが、
山犬の如き夜目を持って生れて来たエルフ達には、獲物を求めて闇の中で息を顰める獣達の姿が木々の間にぼんやりと見えていた。

ξ゚听)ξ「はぁ……あんたが言いだしたことなんだから、もっとしっかりしてよね」

( ^ω^)「おっおっ。大丈夫大丈夫。ブーンに全部任せるお」

ξ゚听)ξ「全部任せられたらついてなんて来なかったわよ」

( ^ω^)「それでもツンは僕が守るお!僕は一人前のエルフの男だお!」

ξ;--)ξ「そう…それは頼もしい限りね……」

最早完全に癖となった溜息をつきながら、ツンは危うい幼馴染の後ろをとぼとぼと着いて行く。

枝苔の里を出発してからひたすら西に六刻(約三時間)ほど。
距離にして1クート(約15キロ)ばかりの道中、彼女は幼馴染が大父祖の聖域に立ち入るなどという狂った考えを思い改めるよう、
数多の言葉を繰って説き伏せようと試みて来た。
結果は言うまでも無く、少女は自分の愚かさと彼の少年の蛮行を呪いながらも、ただ、ただ、その救いようのない背中についていくしかなった。

一体、何がこの少年をここまで頑なにさせているのか。
甚だ不可思議ではあったが、何度尋ねても少年がその真意を語る事は無く、
しまいにはツンも問いただす事を諦め少年が進むままに任せている調子であった。

68 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:22:21 ID:3IpGK9kE0
当のブーンはと言えば、幼馴染の心配もどこ吹く風と言った調子で鼻歌を口ずさみ、
時折背負い袋から地図を取りだしてしばし睨んだかと思えば、再び調子っぱずれな口笛を吹き吹き、大股で歩み出すのを繰り返している。
果たして彼が真に正しい道を歩んでいるのか疑問ではあったが、ツンにしてみればモララーの記した地図を信じる以外にない。
ブーンが地図を読めない、という心底不愉快な可能性については、敢えて目を閉じ考えないことにした。

( ^ω^)「……さて、今日の所はここいらで野営といくお」

幼馴染の言葉に辺りを見渡せば、自分達が立っている地面は周りから1トール(約120センチ)ほど低くなった窪地となっている。
かつては巨木がここに根を張っていたのであろう。その証拠に、二人の横合いには根っこから倒れた大きなクヌギが伏しており、
樹皮の上をキノコ達の小王国が繁栄するに任せていた。

( ^ω^)「どっこいしょ…っと」

ブーンは肩の背負い袋を湿った剥き出しの土の上に置くと、中から麻の寝袋を取りだしせっせと野営の準備を始める。
野営には少し早いような気もしたが、次の日のことを考えると一刻でも長く目をつぶっていられるに越したことは無い。
弓と矢筒を肩からおろすと、ツンはベルトポーチから赤茶色の根を取りだし、薪を集めようと腰を上げたブーンに向かって放った。

ξ゚听)ξ「こんな湿ったとこじゃまともな薪なんて見つからないわよ。それに火をつけなさいな」

( ^ω^)「いくらなんでも僕を馬鹿にしすぎじゃないかお?
       根っこに火が着くわけないってことくらいブーンだって知ってるお」

69 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:23:48 ID:3IpGK9kE0
ξ゚听)ξ「やってみればわかるわよ」

胡乱な眼で幼馴染を見つめていたブーンだが、不承不承火口箱を取りだすと、赤茶色の干からびた根っこの上で火打ち石を打ち鳴らす。
途端、火花を受けた赤茶色の根は、彼が想像すらしていなかった勢いでもって、ごうごうと青緑色の炎を上げた。

(;^ω^)「うおっ!熱っ!あっつ!」

ξ゚听)ξ「それ、スイの根って言ってね、別名“油の木”っても言われてるの。
     そのままじゃ普通の木だけど、根っこを乾燥させると小さな火花でも二刻は燃え続けるわ」

(*^ω^)「ほえ〜。ツンは物知りだお」

ξ*--)ξ「これでも薬師の娘ですから。それ、あんたが何時だったか盗み出した火薬玉の原料でもあるのよ」

珍しく誇らしげな顔をして平たい胸を張るツンを見上げると、ブーンは無邪気に笑う。
自分の母のことについて彼女が語る時、その顔には普段は見せないようなとても自信に満ち満ちたものが浮かぶ。
最近では稀にしか見られなくなってしまったが、彼女がそうやって母親を想いながら浮かべる表情がブーンは好きだった。
どうしてかと聞かれれば少しよくわからなかったが、何となく胸の中がほうっと暖かくなるような感覚が、どうにも好きなのだ。

70 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:25:14 ID:3IpGK9kE0
(*^ω^)「おぉー…ぬくぬくだお」

スイの根を火種にめらめらと燃える青緑色の炎に手をかざすと、ブーンはマントを敷いてその上に腰を下ろす。
マント越しに伝わる黒土の感触はとてもふかふかとしており、寝心地に関しては申し分なさそうだった。
身ぶり手ぶりで幼馴染に寝床の感想を伝えると、彼女もまた旅装を解きブーンと同じマントの上に座り込む。
一日中振り回していたせいで凝った首をこきこきとやる姉代わりの様子が何とも年寄り臭く、
少年は拳骨を食らうと分かっていても笑いを堪えることが出来なかった。

ξ゚听)ξ「誰のせいで私が苦労してるか知ってるかしら?」

( ^ω(#)「……本当にすいませんでした」

ξ゚听)ξ「まったく……」

赤くなった拳をさすりながら、ツンは自分のマントの裾を手繰り寄せると目を閉じる。
焚き火の炎があるとはいえ、夜の樹海は相応に肌寒い。
自然、二人はどちらからともなく身を寄せ合うようにして倒木に背を預ける形となった。

ξ--)ξ「ねえブーン、あんた、自分が枝苔の里に来た時の事は覚えてる?」

( ^ω^)「おお……確か僕が四つの時だお。はっきりとは覚えてないけど、
       ミセリおばさんがあの湧水のとこで、泣いてた僕を連れて来てくれたんだお」

ξ--)ξ「ふふ、あの時のあんたと言ったら本当に泣き虫でね…子猿を見ただけでぴーぴー泣いてたっけ」

71 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:26:49 ID:3IpGK9kE0
(;^ω^)「あ、あの頃は僕もまだ小さかったし」

ξ--)ξ「でも里に慣れて来ると、直ぐにあちこちほっつき歩いては
悪戯するようになって……
     ホント、母さんも私も毎日毎日大変だったんだから」

(;^ω^)「お、おばさんにもツンにも頭が上がりませんお……」

ξ--)ξ「本当よ。……まったく、どうしてこんな悪ガキに育ったんだか……私一人じゃ手に余るわ」

欠伸を噛み殺しながらツンは言う。焚き火が、ぱちりとはぜた。

( ^ω^)「……ミセリおばさんが居ないのは、やっぱり寂しいかお?」

ξ--)ξ「寂しいなんて言ってる暇があったらいいんだけどね……あんたは毎日、
     問題起こしてばかりだし、薬草を切らすわけにはいかないし…それどころじゃないわよ……」

( ^ω^)「おっ……」

ξ--)ξ「はーあ…何処かの誰かさんが早いとこ一人前になってくれたら、私も楽が出来るんだけどねえ……」

もぞもぞと寝返りを打つ保護者の横顔を見つめながら、その発言は多少どころでなく年寄り臭いのではないかと指摘したくなったが、
再び殴られるのも嫌だったのでブーンは口を噤む。
隣の幼馴染はそれきりで会話を打ち切ると、やがて規則正しい寝息を立て始めた。

( ^ω^)「……お疲れ様だお」

少女を起こさないようにそっと呟くと、彼女の肩に自らの頭をもたれかけてブーンもまた目を閉じる。
遠くでは、夜啼き鳥が眠たげな声で鳴いていた。

72 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:28:33 ID:3IpGK9kE0

〜2〜

――朝告鳥の甲高い声に目を覚ますと、少年と少女の二人は目をこすりながらも荷物をまとめ、
朝の光が木漏れ日となって差し込むのを見計らって出発した。

たった六刻(約三時間)ばかりの、眠りとも言えぬ束の間のまどろみではあったが、
二人の顔に疲れは見えず、足取りも何時も通りに軽快なものである。
相変わらず木々の根が這いまわるでこぼこした地を歩きながら、二人はツンがベルトポーチから取り出したプグの実をその日の朝食としていた。

黄緑色の三角形をしたその木の実は、仄かな甘さを覆い隠すほどに強烈な酸味を持つが故、
樹海の住人達の中でも殆ど口に入れようとする者はいないが、エルフの子供達にとってはこれ以上にない御馳走である。
枝苔の里においてはおやつと言えばプグの実で作ったパイであり、ブーンもまたツンやミセリが作るプグの実パイがいたくお気に入りで、
事あるごとにツンの家を訪れては作ってくれるようにせがんでいたのだった。

( ^ω^)「あと一個!あと一個だけだお!」

ξ゚听)ξ「だーめ。明日の朝も食べるんだから、ちゃんと残しておかないと」

早朝の樹海は初夏の澄んだ空気の中にあり、二人の視界を埋め尽くす木々は新緑の若々しさに満ち溢れている。
早起きな小動物が僅かに視界の端を横切るのみの林はとても静かで、今ならば問題なかろうとブーンが鼻歌を口ずさめば、
ツンもまたそれに合わせて肩を揺らすのだった。
梢の間を渡るシマリス達は、そんな朝から賑々しく樹海を渡るエルフの子供達の行進を、物珍しそうに小首を傾げて見下ろす。
そのようにして、その日の旅程は割かし楽しげな空気の中で始まった。

73 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:30:24 ID:3IpGK9kE0
茶色と灰色の幹に囲まれた樹海の中は、常人ならば右と左の区別も着きそうにないものであるが、
生まれてから今に至るまで狩りに薬草採りに森の中を駆けずり回ってきたエルフの子供達二人は、
これと言って迷うような素振りも見せずに木々の根と枝々の間を進んでいく。
時折ブーンが木々の根元に生えた不思議な色彩の花々に足を止め、
その度にツンがそれは食べられないからと肩を竦める以外に問題らしい問題もおこらず、
日が昇りきり寝坊すけな動物達も起き出す頃には、二人は初めにキャンプを張った場所から1クート程(約15キロ)も歩き通していた。

( ´ω`)「おっ…あんまり景色が変わらないから退屈だお……」

ξ゚听)ξ「当たり前じゃない。っていうか、あんたは何を期待して里を飛び出したのよ」

六刻(約3時間)程の道程の間に周囲の景色に飽きてしまったブーンは、立ち止まると心底疲れたと言わんばかりに膝に手をつく。
昨夜の旅程も合わせると里から2クート(約30キロ)も歩いてきたものの、樹海の様相が劇的に変わるということは無い。
なるほど彼の言う事も最もではあるが、こればかりは樹海の外でも内でも変わるものではなく、
仮にモララーがこの場に居合わせたとしたならば、「本来旅というものは急激な景色の変化を楽しむものではなく……」、
等と説教じみた事を言い出しそうであった。

(*^ω^)「だからここらでおやつにするお!」

ξ゚听)ξ「はあ……あんたって子は……」

言うが否や背負い袋を下ろし始めるブーンを嗜めようとしたツンは、
そこで幼馴染の立つ地面よりも10トール程(約120メートル)奥の落ち葉の吹き溜まりに違和感を見つけてブーンの肩を掴む。


74 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:32:16 ID:3IpGK9kE0
( ^ω^)「おっ?なんだお?早く休憩す……」

ξ゚听)ξ「しっ!あれ、見て」

声を顰めてツンが指さす先、件の落ち葉の吹き溜まりには、エルフ達の足よりも二回りも三回りも大きな人型の足跡が、
二人の進もうとしていたのと同じ方向に向かって転々と続いていた。

ξ゚听)ξ「これは、近くにトロールが居るわね……」

警戒しながら吹き溜まりまで近付いて行ったツンが、件の足跡を見分して小さく呟く。
二人の倍はありそうな歩幅の足跡は数から見て、森の蛮族達が二、三人連れ立っていることが窺えた。

(*^ω^)「おっ!?トロール!?トロールが居るのかお!?」

ξ;--)ξ「あんたねえ……」

何故か嬉しそうな声を上げながら近づいてくる幼馴染に軽く拳骨を見舞うと、
ツンは辺りを見回しトロール達が何処からやってきたのかを探る。
木々の根と落ち葉で埋め尽くされた地面をくまなく探したところ、
どうやらトロール達は北からやってきて西へと抜けて行ったようだった。

ξ゚听)ξ「北の方に奴らの住処があるとして…
     これは、進路を南よりに変えなきゃいけないわね」

( ^ω(#)「えー。折角だからトロールを見てみたいお」

75 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:34:41 ID:3IpGK9kE0
ぶうたれる幼馴染を拳を振り上げ黙らせると、
その手に握られた地図をひったくり、ツンは新たな旅程を決めるべく覗きこむ。
黄ばんだ羊皮紙には樹海全土の様子が大ざっぱにではあるが記されており、
未だにツンが訪れた事の無い要所の名前などが綴られているのを見ると、
ブーンが事あるごとに旅を夢見る気持ちも分からなくは無かった。

ξ゚听)ξ「ここから一旦南に折れて、この落葉の滝ってとこまで進みましょう。
     休憩はそこでまた取るってことで」

(*^ω^)「おっおっ?落葉の滝!?ブーンもそこに行ってみたかったんだお!」

予定外の寄り道に嬉々とした声を上げるブーンを冷めた目で見ながら、
内心ではツンもまた未だ目にした事のない落葉の滝なるものに心躍るようなものを感じていた。

トロールという脅威を避けるための進路変更ではあったものの、ブーン達の気分は実に意気揚々としたもので、今までの疲れは何処へやら、
鼻歌交じりに歩く二人は朝方の出発の時の元気を取り戻したようであった。

またブーンに取っては更に喜ぶべき事に、進路を南に変えた途端に樹海の景色は急激な変化を見せ、
今まで不規則に立ち並ぶだけだった木々が開けると、二人の進む先にはくねくねと蛇行する小道が
木々の根を押し分け平らな地面として続いているのが見えて来た。

まるで人の手が入ったかのようにも思われる森の小道のその脇には、色とりどりの小さな花々がちょこちょこと顔を覗かせており、
その間を舞い飛ぶ蝶と共に旅する二人の気分に和やかな色どりを添える。
脇の林から子鹿がひょこひょこと現れ出でた時などは、さしものツンもその顔を年相応の少女らしい形に崩して、
腰のベルトポーチからアマの実を取りだすと、目尻を下げて餌付けに興じたりもした。

76 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:36:04 ID:3IpGK9kE0
ξ*゚听)ξ「……美味しい?」

▼・(エ)・▼

( ^ω^)「僕にも一つ分けてくれお」

ξ゚听)ξ「やあよ。この子みたいに可愛くなってから言いなさいな」

▼・(エ)・▼

(;^ω^)「そんな無茶な……」

この愛らしい闖入者は、初めこそは地面に置かれたアマの実をおっかなびっくり突っついていたものの、
段々と慣れてくるとツンの手から直接木の実を食べるようになり、しまいには彼女の手で喉を撫でられながら甘い声を出すまでに懐いた。
二人が歩きだそうとすると子鹿もまた彼女達の後ろをとことこと着いてくるようだったので、
ツンは仕方なく「アマの実はもう無い」と身ぶり手ぶりで示したのだが、それにもかかわらず子鹿が追いかけて来るものだから、
二人はこの妙に人懐こい獣を小さな友人とし、落葉の滝までの道中の友とするのだった。

こうした道中の出来ごとに心を和ませながら一刻ばかり歩いて行くと、段々と小道の両脇が広くなっていき、
やがて二人と一匹は開けた場所に辿りつく。
およそ500トール程(約600メートル)の広場の中央には、落ち葉が浮かんだ池がぽっかりと口を開けており、
そこに向かって背後の20トール(約22メートル)程の高さの崖から水が流れ落ち、白い飛沫となって水面を叩いていた。

77 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:37:26 ID:3IpGK9kE0
(*^ω^)「おおお……」

ξ*゚听)ξ「綺麗……」

生まれて初めて滝というものを目にした二人は、しばし呆けた顔のままで水しぶきと落葉が見せる自然の中の絵画を鑑賞する。
落葉の滝という名が示す通り、その水面を舞う落ち葉の量はかなりのもので、
崖から流れ落ちて来る水とぶつかって木の葉が舞う様は、さながら白と緑の小人達の激しい舞踏会のようでもあった。

初めの感動が収まってくると、やがて二人は当初の予定通りに荷物を下ろすと、
青々とした芝生の上に座り込み、道中で拾ってきたアマの実やニィギの実を広げて少し遅いおやつの時間を始める。
池の周りにはここまでの道中で咲いていた野花が赤青黄色の花弁をここでも広げており、
二人は子鹿にもアマの実をやりながら、ゆっくりと流れる時間の中で花々を添えた滝の美を心行くまで眺める事とした。

やがて二人ともが拾ってきた木の実を食べ終わり満腹のうちに腹を摩っていると、出しぬけにブーンが立ち上がり池へ向かって歩き出す。
服をいそいそと脱ぎながら進むその背中に彼がこの池でひと泳ぎするつもりである事をツンはぼんやりと悟りつつも、
別段止めることでも無いので食後の一服にと取っておいた水袋からアマ茶を飲んでいた。

78 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:38:34 ID:3IpGK9kE0
( ^ω^)「ひゃあ!ちべたい!」

ξ゚听)ξ「滝つぼにだけは近付いちゃ駄目よー」

勢いよく水しぶきを上げて落ち葉の池に飛び込んだブーンが、黄色い悲鳴を上げる。
不思議そうに子鹿が見つめる中で、少年は池の外周をすいすいと実に器用に泳いでみせると、
一旦ツンの前まで戻ってきてから、大きく息を吸い込みじゃぼんと池の中に潜った。

ξ゚听)ξ「さあて何秒潜ってられるかしらね」

何時だったか里の南の小川で素潜り競争をした時は、四十秒が限界だったか。
相変わらず不思議な顔で水面を覗きこむ子鹿を尻目に、ツンが時間を数える間延びした声が広場の中に響き渡る。

ξ゚听)ξ「さんじゅっく、よんじゅ、よんじゅいっち、よんじゅにっ……」

五十、五十一、五十二、五十三……。
かつての記録を塗り替えた辺りで、そろそろ限界だろうかとツンは水面を覗くも、ブーンが頭を出す気配は無い。
六十を超えた辺りで、流石にもう潜っていられないだろうと水面を覗くも、ブーンが頭を出す気配はまだまだ無い。
七十を超えた辺りで遂に心配になってきたツンが覗くと、突然水面が弾けた。

79 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:40:58 ID:3IpGK9kE0
ξ;><)ξ「きゃっ!」

突然のことに仰け反り尻もちをついたツンの眼前で、水面を押し破るようにして緑色をした巨大な何かが勢いよく立ちあがる。

樽上の太い胴体と、そこから伸びた無数の触手をくねらせるそれは、もしかししたら植物なのだろうか。
5トール(約6メートル)にも迫る巨躯のてっぺんには、毒々しい赤色の花弁のような口が細かい歯をびっしりと生やして開いており、
脈打つ緑の幹の部分から生えた無数の蔓が如き触手は、獲物を求めるようにして池の上をゆらゆらと蠢いている。
未だかつてこのような植物を目にした事の無いツンが唖然としたままに立ちつくしていると、聴き覚えのある声が頭上で響いた。

(;^ω^)「たたたた助けてくれおー!」

声の方に顔を上げれば、化け物の触手に右足を掴まれたまま逆さまに吊るされたブーンが、情けない声で助けを求めている。
突如現れた緑の化け物に驚愕していたツンだったが、これには微かな眩暈を覚えざるをえなかった。
どうしてこう、自分の幼馴染は一時として問題を起こさずには居られないのだろうか。

ξ;゚听)ξ「ホント、馬鹿は休み休みやってよね――っと!?」

悪態をつく暇も与えぬとばかりに素早く伸びて来た触手をすんでで飛び越すと、
ツンは芝生の上に置いてたままの弓と矢筒を取りすぐさま構える。
どうやら目の前の化け物はブーンを捕まえただけでは飽き足らず、眼下のツンも一緒に飲み込むつもりらしい。
ゆらゆらと揺れる触手の群れはその動きを止め、蛇のように鎌首をもたげるとその狙いをツンに絞り、一斉に襲いかかってきた。

80 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:42:07 ID:3IpGK9kE0
これは狙いを付けている場合ではないと構えを解くと、ツンは芝生の上を玉のようになって転がる。
追い縋るようにして伸びて来た触手は、少女の軌跡に食らいつくものの、ぎりぎりの所でツンを捕えられなかった。
すぐさま立ち上がり体勢を立て直すと弓を構え、ツンは反撃とばかりにその太い樽のような幹に向かって矢を放つ。
ひょうっと風を切って放たれたツンの矢が緑の分厚い表皮に突き立つも化け物にひるんだ様子は無く、
再び狙いを定めた触手の群れが、今度こそ生意気な餌を捕えようと殺到してきた。

ξ;゚听)ξ「ちょっと、利いてないっての――っ!?」

化け物の予想以上の頑丈さに驚いていたツンは咄嗟に回避を試みる。
触手達はしかし、
その僅かな隙を見逃さないと言わんばかりに鋭く伸び、ついに一本がツンの左足に食らいついた。

(;^ω^)「ツーン!」

すぐさま化け物が触手を引きよせたことで、ツンは体勢を崩して倒れ伏し、引きずられるままに地を滑る。
このまま食べられてたまるものか。引きずられながらも上半身を捻ると、
ブーンが脱ぎ捨てた衣服の中から彼の曲刀を掴み取ると、ツンは自らの足首に絡みついた触手に向かって振り下ろした。

あっさりと両断された断面から、黄土色の粘液を撒き散らして触手がのたうつ。
吐き気を催すような粘液の臭いに顔をしかめながら立ち上がると、ツンは三度滝のお化け植物と対峙した。

81 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:43:41 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「ふう――危機一髪ね……」

命の危機に早くなった心臓の鼓動を、熱くなった頭でぼんやりと聴きながら、目の前の怪物をどうにかするべく策を練る。
とは言ったものの、自慢の弓が利かないのではツンにはどうする事も出来ない。
あれほど二人に懐いていた子鹿も既に何処かへと逃げ去っており、
このままではブーンがあの真っ赤な花弁のような口に飲み込まれるのを、見届けるしかない。

ξ゚听)ξ「――赤い口……?」

瞬間、ツンの頭に一筋の光明が差し込む。
大きく開いた赤い口。なるほど、これならばもしかしたらいけるかもしれない。
触手の群れは先のツンの英断に気圧されたのか、痙攣するように宙で揺らめいて彼女の様子を窺っている。
やるのならば、今が好機だ。

弾かれたように身を翻すと、芝生の上に転がしたままの背負い袋に飛びつき、その中を漁る。
突然のツンの行動に戸惑うように蠢く触手達を尻目に目当ての“ソレ”を見つけ出すと、
ツンは火打ち石を取りだし“ソレ”から伸びる導火線に火を付け、大きく開いた化け物の赤い口の中に向かって乾坤一擲に放り投げた。

ξ#゚听)ξ「私の代わりにこれでも食べてなさい!」

弧を描きながら宙を飛ぶ茶色の球体は、池の水面を飛び越えると吸い込まれるようにして化け物の口の中に飛び込む。
得体のしれない異物を飲み込んだことに化け物が微かに身を震わせた次の瞬間、
濁ったような爆発の音と共に、怪物の幹が内側から勢いよく破裂した。

82 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:45:14 ID:3IpGK9kE0
化け物は今わの際に僅かにその巨躯を痙攣させると、糸が切れたようにして水面に向かって倒れ込む。
巨大な質量が打ち付けられた事で、水面は小さな大波濤となって打ち寄せると、広場中に束の間にわか雨となって降り注いだ。
主を失ったことで触手の拘束もまた解け、突如として支えを失ったブーンは、
6トール(約7.2メートル)の高さから真っ逆さまに池へと落ちる。
全てが終わった広場の中で、先の水しぶきによって頭からつま先までずぶ濡れになったツンは、
最後の一投を振り抜いたままの恰好でじっと水面を見つめていた。

ξ;゚听)ξ「……助かった――の?」

自分の身に迫った危機が過ぎ去った実感を得られぬままに立ちつくす少女の耳に、再び水しぶきの音が飛び込んでくる。
ぎょっとしてそちらの方に目をやれば、濡れ鼠になった幼馴染が水面から頭を出し、池の縁から這い上がってくる所だった。

(;^ω^)「ふいー助かったあー……いやはや、九死に一生とはまさにこのことだお」

何ともあっけらかんとした物言いでこちらへと歩いてくる半裸の幼馴染の姿に、
ツンの中で今まで張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れる。
へなへなと腰が砕けたようにしてその場にへたり込む少女は、
数秒前までお化け植物相手に大立ち回りを演じてみせた若き射手とは打って変わって、
年相応の手弱女にしか見えなかった。

ξ;凵G)ξ「助かった…助かったのね……」

安心するのと同時に滲んできた涙を止める事が出来ず、ツンは数年ぶりに頬を濡らす透明な滴を拭う事もせずに座り込む。
初めて見る幼馴染の涙にブーンは動揺しつつも、
ゆっくりと彼女の前まで歩み寄るとなるべく優しげな動作で持って右手を差し出した。

83 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:46:40 ID:3IpGK9kE0
( ^ω^)「おっおっ。ツンのお陰で二人とも助かったんだお。
       本当に有難うだお。もう大丈夫だから――」

ξ#;凵G)ξ「ふんっ!」

(;゜ω(#)「ぶふぉっ!?」

突如として振るわれたツンの拳が頬に突き刺さり、ブーンは上半身から濡れた芝生の上に転がる。
久方ぶりに彼女に涙を流させた罪は、相当重いものであると思われた。

84 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:48:45 ID:3IpGK9kE0

〜3〜

――既に南中した太陽の下を歩きながら、ブーンは目の前を行く幼馴染の背中に、何と声を掛けたらいいものかと悩み続けていた。

ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「……」

落葉の滝での大立ち回りから四刻(約2時間)ばかり。
化け物が今わの際に振らせた大雨で濡れた服を乾かし、広場を後に歩き続けて来たその間、
彼の幼馴染が口を開く事ははたと無かった。

あの時広場全体に飛び散った水しぶきのせいで、二人が持ってきた荷物の大半は濡れてしまい、
ツンが件の化け物退治に使った火薬玉も残りの全部が湿気り、
同じくブーンが背負い袋に入れていた乾パンも水を吸って全滅していた。
幸い、昨晩暖を取るのに使ったスイの根はツンが肌身離さず身につけている革のベルトポーチに入っていた為に被害を免れたが、
それでツンの怒りが軽くなるかというとそうはならなかった。

(;^ω^)「あの、ツンさん……?」

ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「えと……本当に…ご迷惑をおかけしました……」

ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「……」

85 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:50:48 ID:3IpGK9kE0
ひたすらにだんまりを決め込んだままに先を進む彼女は最早取りつく島も無いようで、
頭上で照りつけるお天道様の光もブーンに取っては偉大なる父祖の皮肉のようにしか思えなかった。
件の子鹿が居ればツンの機嫌も幾分かはましになったのかもしれないが、
脇の林から彼が再び飛び出してくるなどというのは望むべくもない。
哀れなブーンはであるからして、仕方なしに怒れる姉代わりの機嫌がこれ以上悪くならない事を祈りながら、
再び鬱蒼としてきた森の中を逸れないようについて行くしなかった。

(;^ω^)「……」

ξ#゚听)ξ「……」

(;´ω`)「……」

背後で委縮する幼馴染を振り返りもしない当のツンはといえば、
彼女は彼女で怒りの矛先を向ける場所を間違えた事で、これもまたどうしようもない心持であった。
目の前に水の溜まった池があるのならば、飛び込みたくなるのは歩き続けて来た者の心情として実に真っ当なものであり、
自分もまた服を脱いで飛び込むブーンを止めようとせずに眺めていたのだ。
そも、幾らブーンが根っから厄介事と切っても切れない縁のある性分であるとはいえ、
今回の事は彼が進んで招いた厄災では無く、彼ばかりに辛く当たるのはよくよく考えてみれば甚だ筋違いというものであった。
故に彼女の煮えくりかえったはらわたはいかんともしがたく、ただ事ここに至るまでに頑なにだんまりを貫き通したが故に、
自身もまた引っ込みのつかない会話の袋小路に迷い込んでしまったとこういうわけなのだ。

出来る事ならば今すぐにでも背後を振り返って頭を垂れるべきなのだが、生来の偏屈根性が邪魔をしてそれもままならぬ為に、
ツンの苛立ちはより一層つのるばかりである。
自分でもどうしてこう難儀な星の下に生まれついたのかと、
今更になって彼女は内心で頭を抱えていた。

86 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:52:00 ID:3IpGK9kE0
こうして互いの胸中など知らぬままに二人は沈黙を守り続け、ついぞ言葉を交わす事も無く1クート半(約22キロ)もの距離を踏破すると、
日は少しばかり西に傾き、眼前に広がる光景も再びあの鬱蒼とした木々の生い茂る、太古の原生林のそれへと変容していた。
互いが互いのことで頭をいっぱいにしていた為か、しかし二人がその景色の変化に気付くことはなく、
時折脇の木立の陰から涎を垂らした森狼がこちらを睨んでいても、二人が弓を構えて警戒する事は無い。

(;^ω^)「……あのツン」

ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「ツン?」

ξ#゚听)ξ「……」

相も変わらず少女は自分の気持ちに整理を付ける事が叶わず、弟分の声を背中で無視し続ける。
ブーンもブーンでこれはもう今生では二度と口を利いてくれぬのではないかと、
いよいよもって不安になってきていたが、そこでふとある事に気付いて再び声を上げた。

(;^ω^)「ツン!ツンちょっと!」

ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「ちょっと待ってくれお!お願いだから…!」

87 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:53:04 ID:3IpGK9kE0
ξ#゚听)ξ「……」

(;^ω^)「ツン!ツーン!ツゥゥウウン!」

背後でせわしなく上がるブーンの声が金切り声に近いものになると、
さしものツンも遂に堪忍袋の緒が切れたようで、振り返らずには居られない。

ξ#゚听)ξ「あによ、うっさいわね!」

これまで腹の底で渦を巻いていた感情を叩きつけようと勢いよく振り返ったツンの目に、
幼馴染の切迫した顔が映った時には、しかし既に遅かった。

(;^ω^)「後ろ後ろ!」

ξ;゚3゚)ξ「ンゴッ!?」

振り返りながらも足を止めなかったのがツンの失敗であった。
ごつり、という鈍い音と共に後頭部をクヌギの幹に強かにぶつけると、その反動でツンは前によろめく。

ξ;゚听)ξ「うわ、うわああっ」

(;^ω^)「っとっとっとおっ!」

落ち葉を蹴立ててツンが倒れ込んだのは、皮肉なことに、ここ二刻あまりの間邪険にしてきた幼馴染の腕の中だった。

88 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:54:36 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「……」

(;^ω^)「だ、大丈夫かお?」

ブーンの日に焼けた腕に抱きとめられたツンは、思っても見ない事態に初め考える事を忘れていたが、
自分が今どのような状況に置かれているのかを理解した瞬間、急激に頬が熱くなるのを感じ、慌ててブーンの胸から離れる。

ξ;゚听)ξ「だだだ大丈夫」

(;^ω^)「お?そ、そうかお?痛くないかお?」

ξ;゚听)ξ「大丈夫、大丈夫だから」

心配そうに尋ねて来る幼馴染に背を向けると、
のぼせた頭を鎮めようとツンはしきりに自分の頬を抓ったり叩いたりした。

そうして必死に取り繕っている自分が酷く滑稽に見えて、
何だか馬鹿らしくなったツンは一気に身体の力が抜けてしまい、自然と溜息が洩れる。
今まで意地を張っていた自分の行いも、こうなってくるともう、
ただ、ただ、阿呆の極めであったとしか思えなかった。

ξ゚听)ξ「……ごめん」

(;^ω^)「おっ?え?おおっ?」

89 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:56:19 ID:3IpGK9kE0
ξ゚听)ξ「別にあんたが悪いわけじゃないのに、
     私一人で勝手に怒っちゃって、ごめん」

(;^ω^)「おっ?いや、えと、僕も、何だかごめんなさいだお」

ξ゚听)ξ「だから、あんたは別に悪くないんだってば。
     一人で怒ってたのは私。だから私が悪い」

(;^ω^)「そ、そうなのかお……?」

ξ#゚听)ξ「そうなの!」

(;^ω^)「ご、ごめんなさいだお!」

ξ#゚听)ξ「だから謝らないでってば!」

(;^ω^)「お、おぉぉ……?」

一方的に自分の中で決着をつけると、
腑に落ちない顔のままの幼馴染に背を向けると、ツンは再び歩きだす。
謝罪すらもまともに出来ない自分のひん曲がった性根が、何とも恨めしかった。

(*^ω^)「おっおっおー。おっおっおっー」

ツンがまんじりともしない気持ちで再び歩きだす一方、
ブーンはその後ろを嬉しそうな顔でついていく。
結局この姉代わりがどうして不機嫌なのかは彼には分らなかったが、
こうして声をかけてくれたからには、自分は許されたに違いない。
根っからに単純な気質のブーンにとっては、
それだけが分かれば他は大した問題では無かったのだった。

90 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:58:05 ID:3IpGK9kE0
再び歩きだした二人は、それから更に四刻(約二時間)ばかりの間を緩急の差が激しい地面を進み、
途中で木々の根の下に根ウサギを見つけると弓で狩り、ようやくにして二足も遅い昼食とした。

臭い消しの香草だけで味付けされた根ウサギの肉は、これと言って格別美味いと言うわけでもなかったが、
落葉の滝から一度も物を口にしていない二人にとって空腹に勝る隠し味は必要では無く、
さっぱりとした後味の兎肉に英気を養った二人は、比較的軽い足取りでもってまた西に向かって歩き出す。
上がったり下がったりと勾配の激しい地形はエルフの子供達にとっても歩きづらく、
高低差のせいで見通しの悪い中では前方の警戒を怠るわけにもいかない。
今までと比べて遅くなった脚で樹海の進んで行った二人は三刻程(約一時間半)進むうちに二度も森狼に出くわしたが、
うち一度はツンの弓によって、もう一度はブーンが振り回した曲刀に恐れを為して向こうが逃げ出す事で何とか事無きを得た。

1クートと半分(約16〜7キロ程)をこうして歩き通していけば、辺りの木々は次第にその密度を減らして行き、
いよいよもって目の前が開けて来る頃合いになってブーンが地図を広げて確認すると、
大父祖の聖域は遂に彼らの眼前手の届く所まで迫っていた。

目指す地が近付いてきた事で俄然に浮足立ったブーンは、最後の数千トールを踊るような足取りで進んで行き、
ツンもまたそんな幼馴染の様子を肩を竦めながらも、相変わらず辺りを油断なく見まわしつつついて行く。
太陽が森の木々の頭と平行になり、暑過ぎも寒過ぎもしない風が肌に心地よい程になってきた辺りで、
薄くなった木々のカーテンの向こうに大父祖の偉大なる幹の根元が見えて来ると、
堪え切れなくなったブーンは幼馴染の手を取り今までの疲れなど無かったとでも言わんばかりの勢いでかけ出した。

91 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 21:59:24 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「ちょっと、引っ張らないでってば!痛い!」

(*^ω^)「早く早く!ほらほら見るお!父祖様だおー!」

根を飛び越え、枝を潜り、下草を揺らして最後の木の横を通り過ぎると、
木々の群れから飛び出した二人の眼前に、遂に樹海の大いなる父君がその威容を露わにする。
落ち葉を髪に絡ませたままにその広場に飛び出した二人は、その圧倒的な存在を前にして完全に言葉を失っていた。

(*^ω^)「お…おお……おおお……!」

ξ*゚听)ξ「――」

先ず二人の目に飛び込んできたのは、ベーモスの胴体程もある巨大な根であった。
悠久の年月のうちに苔が生え、種々雑多な茸達の王国が群雄割拠する樹皮に覆われた大父祖の御見足は、
芝生を噛みしめるようにして威風堂々と地に食い込んでいる。
それだけでも一つの大樹として十分な大きさを持つその根は、500クート(約600メートル)にも渡って広場の中央に広がっており、
注意深く見てみれば先に二人が思った通りにそれは何とそれぞれがそれぞれ、一つの独立した樹木であるように見受けられた。
信じられない事に、大父祖とはこの一つだけでも樹齢数千年を超すほどの大樹達が、
それぞれ複雑に絡まりあって一本の途方も無く巨大な樹と成っているもののようだった。

(*^ω^)「凄いお……」

ξ*゚听)ξ「凄いわね……」

92 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:01:06 ID:3IpGK9kE0
自然の中にあっては到底存在しえないであろう、大父祖の神々しい雰囲気に、
最早思考することすらままならない二人は、何とも間の抜けた言葉を漏らすばかりである。

首が折れるのを承知で見上げれば、絡まり合った巨木が織りなす螺旋状の幹からはその威容に相応しい太さの枝々がぽつぽつと生えており、
生命の活力あふれる青々とした葉の群れが天空の森と形容しても差し支えない尺度で広がっている。
広場の中は早朝の樹海のようにしんと静まり返っており、
父祖の途方も無く神々しい姿に畏怖を覚えるのか、動物達の姿は一つも見当たらない。
エルフの子供達の間では、偉大なる父祖の怒りに触れた者はどのような生き物であっても立ちどころに樹木の姿へと変えられてしまう、
と言う噂がまことしやかに囁かれており、それは大人達が悪童をたしなめる為についた嘘だと知っていても尚、
ツンはそのような話を思い出さずには居られなかった。

( ^ω^)「さて、それじゃあ登るかお」

故に、隣に立つ幼馴染が事も無げに言い放った時には、ツンはあっけに取られて即座に言葉を返す事が出来なかった。

ξ;゚听)ξ「え?は?……え?」

( ^ω^)「ほらほら、背負い袋なんかおいて。そんな恰好じゃ登りにくいお」

ξ;゚听)ξ「え?――え?」

さも当然なことででもあるかのように言いながらブーンは自身の背負い袋を下ろすと、
腕まくりをして掌にぺっぺっと唾を吐いて濡らす。
呆気にとられたままに立ちつくすツンは、幼馴染が自分の手を引いて大父祖の根に向かって歩きだした所でようやっと我に返った。

93 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:02:35 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「いやいやいや!あんた何考えてるのよ!気は確か!?」

(*^ω^)「ここまで来て登らない方がおかしいお!
      ツンは一体何の為にここまで来たんだお!」

ξ#゚听)ξ「あんたがそういう馬鹿なことしないように見張る為よ馬鹿!」

(;^ω^)「ぐぬぬ」

ξ#゚听)ξ「何がぐぬぬ、よ!冗談じゃないわ!」

( ^ω^)「ふーんだ!ツンが登らないんならブーン一人でも登っちゃうもんねー!」

ξ;゚听)ξ「あ!こら待ちなさい!」

ここにきてあかんべえをするほどに生意気になった幼馴染の背を追い、ツンも慌てて駆け出す。
ブーンがこのような凶荒に及ぶことは予想出来る事ではあったものの、
彼女もまさか本当に実行に移さないだろうと心のどこかで高をくくっていた。
恐れ多くも全ての生命の偉大なる父祖として崇敬を集めるその身に登るなど言語道断。
ここまでの旅を止めることは出来なかったが、こればかりは何としてでも阻止せねばらなかった。

( ^ω^)「こっこっまっでおーいでー!べーろべーろばー!」

ξ#゚听)ξ「あのクソガキ…!いい度胸じゃないの!」

尻を叩いて舌を出しながらもブーンは勢いよく古々しい父祖の樹皮に張り付くと、
まるで子猿のようにしてするすると登っていく。
あまりのすばしっこさに子猿を取り逃がしたツンは、背中の弓を構えると矢をつがえてみたものの、
もしも大父祖に当たってしまったらと思うと弓を放って再び彼の悪童を追いかけるしか無かった。

94 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:04:22 ID:3IpGK9kE0
( ^ω^)「ツーンさーんこーちら!手―のなーるほーうへ!」

ξ#゚听)ξ「ぐぬぬ…見てなさいよ…」

既に10トール(約12メートル)程の高さにまで登ったブーンは、
巨大な幹に脚だけで巻きつくと離した両手を叩いて眼下のツンを挑発する。
最早怒髪天に来て冷静な判断も出来なくなったツンは、
自分も掌に唾をつけると大父祖の幹に飛びついてブーンの尻を追いかけ始めた。

ごつごつとした大父祖の樹皮はあちこちに瘤があり、樹皮そのものもざらざらとしていて登るのに苦はしない。
エルフの子として生まれついたツンに掛ればそれは尚更でもあったのだが、ブーンを追いかけることとなると話は別だった。
既にブーンは10トールも先じている上に、彼は枝苔の里の子供達の中でも木登りだけは誰にも負けない程に素早く、
ツンでさえも未だに彼に木登りで勝った試しは無い。
時折ツンを見降ろしては尻を叩いたりあかんべえをして見せるブーンは、
何処までも余裕に溢れており、その態度が余計にツンを苛立たせるのだった。

ξ#--)ξ「偉大なる父祖よ、今一時は、私が貴方の肌の上を登る不敬をお許しください」

( ^ω^)「悔しかったらこっこまーでおーいでー!」

ふつふつとわき上がる怒りを噛み殺しながら、ツンは一心不乱に父祖を登っていく。
ここに至るまでの旅程で身体はとうに疲れ果てていたが、
今はそれに構っている場合では無いと気を張り黙々と手足を動かした。
悲しいかな、それでもツンがブーンに追いつく事は叶うわけも無く、
ツンが先ほどブーンが居た高さまで登るころには、
悪童の姿は更に20トール程上(約24メートル)に広がった枝葉による空の林の中に隠れて見えなくなっていた。

95 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:05:36 ID:3IpGK9kE0
ξ#゚听)ξ「ホントに!あいつは!碌でもないこと!ばっか!しでかして!」

一言一句に怒りを込めて吐き出しながら登っていくツンの頭には、ブーンを捕まえてからどうするかという事しか無く、
自分が足をかけている瘤の上に滴っている樹液にまで注意が向いていなかった。

ξ゚听)ξ「――えっ?」

つるりとした感触と共に脚の下から支えが消えて、急激な重さが身体に掛る。
危うく樹皮の割れ目を掴む両の手に力を入れれば、自重によって腕の関節がたまらず悲鳴を上げた。

ξ;>听)ξ「ぐぐぐ……」

歯を食いしばりながら痛みに耐えつつ、新たな足場を探して両足をさ迷わせる。
頭上にはもう手が届きそうなところに巨大な枝々の天井が近付いてきているというのに、
ツンはその寸前で生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて――ぶら下がらされてというのが正しいだろうか――いるのだった。

(;^ω^)「おっ、おっ、大丈夫かお?」

何事かと緑の天井から顔を出したブーンが、慌てて手を伸ばす。
止めるべくして追いかけていた筈の悪童に手を差し伸べられるとは何とも皮肉なことであったが、
そうも言ってられない程に余裕の無いツンは、甘んじてその手を握るしか無い。
長く木の皮を掴んできたことで殆ど感覚が無くなり震え始めている手をツンが束の間離すと、
まめだらけのごつごつとしたブーンの手がそれをしっかと握りしめ、
ツンが思っても見なかった程の力でもって彼女を天の森へと引き上げた。

96 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:06:54 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「……ふう…助かったわ…有難う」

( ^ω^)「おっおっ。ツンもまだまだだおね」

ξ゚听)ξ「そう言うわけで、これがそのお礼」

(;゜ω(#)「おぼっ!?」

救いようも無い程に愚かしい幼馴染の顔面から拳を引きぬくと、ツンは辺りを見渡す。
瞬間、ここに登ってくるまでの間に考えていた説教の文句が頭の中から吹き飛んだ。

ξ*゚听)ξ「――――」

雄々しく広がる巨大な大父祖の枝の上、緑の床の上に立ったツンの目に飛び込んできたのは、
母なる樹海ムンバイが傾き始めた夕日に照らされて浮かび上がる、この世のものとは思えない光景。
地の果てまでをも埋め尽くさんとするかのように果てしなく続く緑と緑と緑の茂みの頭が夕日を受けて琥珀色に染まる様は、
ツンの胸の中に言いようも無い源発の感情を呼び覚まし、喉まで競り上げるその想いを言葉にしようとも、
彼女の頭の中にはその情動を上手く表す言葉がどうしても見つからなかった。

(*^ω^)「ね?すっごく綺麗だお?」

ツンの隣で太い枝に腰を下ろしたブーンが前を見つめながらに問い掛けて来たが、
ツンはそれに言葉を返す事も忘れて大自然が生んだ奇跡のような美しさに見入っていた。

97 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:08:16 ID:3IpGK9kE0
雄大にして壮大なる原初の森の上を、小さくなって飛んでいく鳥達の群れ。
大海原としか形容する事が出来ない程に、視界の果てまでも続く緑の連なり。
母なる樹海の美を引きださんとばかりに照りつける琥珀の残照。
頬を伝う冷たい感触に、ツンは自分が知らぬ間に涙を流していたことを知った。

( ^ω^)「この景色を見せたかったんだお」

どれだけの時間、目の前の景色に心を奪われていたのだろう。
幼馴染の言葉に我に返ったツンは、慌てて頬の涙を拭うと自分をここまで導いた少年を振り返った。

( ^ω^)「誕生日、おめでとうだお」

ξ゚听)ξ「え?」

思わず訊き返すツンの頭に乗った簪を指さすと、ブーンは照れ臭そうにぽりぽりと頬をかく。

( ^ω^)「僕は、モララー兄ちゃんみたいに気の利いたもの、あげられないから……この景色で勘弁してくれお」

そう言ってはにかむブーンに向かって何と言ったらいいものか分からず、
ツンは俯きながらも何とか言葉を探してみてはいたのだが、有難うというただその一言をそのまま口にすればいいだけなのだと気付き、
しかしどうにもそんな言葉を真正面から口にするには妙な気恥しさというものがあって、
と堂々巡りの言い訳を内心で繰り返していた。
目の前で俯いたままに黙りこくってしまった少女を見てブーンもまた不安になったのだろう、
どうにもそわそわと落ちつかな気に幼馴染の顔を窺うその様子は、
まるで未知の木の実を前にしてどうしたものかと思案する子猿のようでもあった。

98 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:10:20 ID:3IpGK9kE0
やがてそろそろ日も落ちてしまうかと思われるような頃になって、
ツンはようやっとその硬く引き結ばれた口を僅かに開けると、絞り出すようにして一言呟いた。

ξ )ξ「――馬鹿」

(;^ω^)「おっ――おおう……やっぱり駄目だったかお?プグの実の方が良かった?」

これには流石の悪童にも慌てたようでおたおたと周りを見渡し、幹から生えた手の平大の丸い果実のようなもの見つけると、
如何にも破れかぶれという様子でそれをもぎ取ってツンの前に差し出す。

ξ#゚听)ξ「そうじゃなくて!ああもう!」

(;^ω^)「おっおっ!?」

まるで厳かな託宣でも告げる神官でもあるかのように少女は咳払いを一つすると、
伏し目がちにではあったがブーンの顔を見つめて言った。

ξ*゚听)ξ「あり…がとう」

思いの外するりとした感触で口から出たその言葉に、拍子抜けしながらもツンは口の中でもう一度その言葉を反芻して見る。
有難う。成るほど、今の自分の気持ちを表すにはこれ程までにしっくりくる言葉は無い。
わざわざ里を追放されるかもしれない愚行を犯してまで、だとか、一体ここに来るまでに何度命の危険に肝を冷した事か、だとか、
そう言ったことが頭をよぎりはしたが、心の底から湧きあがってくるこの気持ちの前では瑣末事でしか無かった。
ブーンが差し出した緑色の蕾のような球をついでに受け取りながら、
ツンは目の前の少年の顔に向かって、ここ数年のうちで最も華やかな笑顔をして見せるのだった。

99 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:11:46 ID:3IpGK9kE0

〜4〜

――日も落ちて琥珀色の残照が姿を消すと、くるりとくり抜かれたような月が代わって聖域を照らしだす。
日暮れ前から動物の気配が無かった大父祖の聖域は、夜の訪れと共にいよいよもってその静謐さを増し、
月と星の控えめな明かりの中に悠然と佇む樹海の父は神話然とした荘厳さを放っていた。

日が暮れる前にロープを伝って天の森から降りて来たブーンとツンは、偉大なる父祖と森の丁度真ん中あたりに焚き火を設け、
その日の夕食とすべく道中で狩ってきた牡鹿の肉と格闘していた。

(;^ω^)「うう、硬いお…ツンも手伝ってくれおー」

ブーンがナイフを繰りながら胡椒の瓶を振る横で、
ツンはと言えば先に大枝の上でブーンから渡された緑色の蕾らしきものを火に照らしぼんやりと眺めている。

ξ゚听)ξ「一体これ、何なのかしら」

焚き火の明かりを反射して、まるで宝石のように輝くそれは、形こそ花の蕾のようであるが表面が妙につるりとした感触で、
光を反射する事もあって翡翠だと言われればそうなのかとも頷ける。
試しに拳で軽く叩いてみるも、予想に反して軟らかい感触が返ってくるようで、
ツンも何と分類したものかと決めあぐねているのだった。

100 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:13:15 ID:3IpGK9kE0
ξ゚听)ξ「ま、いっか」

何であるにしろ、その翡翠のような輝きはとても美しく、生まれてこの方宝石というものに縁の無かったエルフの少女に取っては、
恐らくは生涯を通して他人に自慢出来る贈り物を貰ったと言うその事実だけがあればそれで良かった。

( ^ω^)「ほい、お待ちどう」

焼き上がった鹿肉の乗った木皿をツンに渡しながら、ブーンもまた彼女に横を降ろして自分の分の肉に素手でかぶりつく。
数刻程前まで大枝の上で景色を贈り物にするなどと嘯いていた少年からは考えられない情緒の乏しさに、
ツンは内心で溜息をつきながらも知らずその口元は綻んでいた。

ξ゚ー゚)ξ「……」

( ^ω^)「お?食べないのならブーンが貰っちゃうお」

ξ゚听)ξ「これっ」

(;^ω^)「あでっ」

和やかな空気の中で食事を終えると、二人は食後の楽しみにと道中で拾ってきたニィギの実を広げると、
それを摘まみながらそれぞれ思い思いの格好で寝そべり、ぼんやりと談笑に興じる。
今頃里の皆はどうしているのだろうかだとか、モララーは背負い袋が無くなったことに何時気付いただろうかだとか、
落葉の滝で逸れたあの子鹿は無事に親と再会出来ただろうかだとか、そう言ったことを満腹が齎すまどろみの中で語らいながら、
ツンはこの短い旅が終わる事に少しばかりの感傷を覚えている自分が居る事に気付いた。

101 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:14:22 ID:3IpGK9kE0
思えば最初は悪戯小僧たる幼馴染を監視するという名目でついてきたこの旅路ではあったが、
自分もまたこの旅を楽しんでいた節もある。
面妖なる怪物に襲われた時ばかりは心底怖気がしたとは言え、全てが全て歓迎されざる出来ごとだといわけでもなく、
先に樹上で見た景色などは心が震えるほどのものであったし、だとすれば矢張り何だかんだと悪態をつけども、
ツンはこの悪戯小僧の旅についてきて良かったな、と素直に思えるのだった。

(;^ω^)「やっぱり、里に帰ったらみんなに怒られるのかお……」

ξ゚ー゚)ξ「聖域に行ったってことを言わなきゃ平気よ」

( ^ω^)「……そんなもんかお?」

ξ゚ー゚)ξ「そんなもんよ。それに、どうせ怒られるのはあんただけだし」

(;^ω^)「そんなぁ……」

ξ゚ー゚)ξ「ま、今回は私も味方してあげるから。気楽にしてなさいな」

( ^ω^)「おっおっ!ツンだけが頼りだお!宜しく頼むお!」

ξ゚ー゚)ξ「……はいはい」

里に戻ってからのことを考えると少しばかり頭も痛くはなるが、今はただ、
この旅で出会った諸々について束の間想いを馳せようと、ツンは焚き火の炎の揺らめきを見るともなしに見つめる。
彼女が赤い炎が縁取る闇の向こうに小さな光が過るのを見たのはまさにその時だった。

102 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:15:49 ID:3IpGK9kE0
ξ゚听)ξ「ブーン、何かいる!」

(;^ω^)「おっ?おっ?」

弟分に鋭い声を飛ばしながら足元の弓と矢筒を拾い上げると、少女は弓に矢をつがえながら素早く周囲を見渡す。
今に至るまでに生き物の気配さえ無かった聖域の闇の中を、地面の僅かに上を滑るように揺れ動く二つの光点は、森狼のものだ。
低い唸り声を上げながら焚き火の周りを円を描くようにうろつくその様は、隙あらば二人に食らいつこうとする老獪な狩人を思わせた。

(;^ω^)「ツン!こっちにも!」

曲刀を正眼に構えてツンの背中を守っていたブーンが切迫した声を上げる。
少女が振り返れば、二対の爛々と光る目が反対側からも迫ってきていた。
いや、それだけでは無い。闇の奥、さらに目を凝らせばエルフの二人にはわかる。
四、六、八、少なくともその後ろには三匹が後詰で控えている。
昼間に森で出くわしたはぐれ者とは違い、この狼達は正真正銘、“狩り”をする為に今この場に居るのだ。

ξ;゚听)ξ「不味いわ。この数じゃ押し切られる……」

合計で六体の森狼達は、今の所はツン達が焚き火の近くに居ると言う事もあって今すぐに飛びかかってくるということはなさそうである。
とは言え、それも結局は時間の問題でしかなく、“狩り”をすると狼達が決めているのならば、この樹海の狩人達には一切の恐れは無い。
まるで陣形を組むかのようにして散らばり二人を取り巻いた狼の群れからは、
その瞬間が来たのならば容赦なく喉笛を食い千切ろうとする野生の殺意がひしひしと感じられた。

103 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:17:12 ID:3IpGK9kE0
(;^ω^)「うう……こっちくるなお」

曲刀を構えて狼の群れを睨みつけるブーンの膝は情けないほどに震えてはいたが、
それでも昨晩ツンを守ると言った言葉は嘘ではないのか、必死に虚勢を張りながらもツンより前に出て狼達を牽制しようとしている。

(;^ω^)「た、食べるならブーンを食べるお。ツンは食べても美味しくないお」

緊張の為に訳のわからない事をのたまうブーンの後ろで、ツンもまた弓を構える。
この距離で一気呵成に飛びかかってこられたならば、彼女が弓を射る暇など無きに等しい。
先にこちらが仕掛けてよしんば一匹を仕留めた所で、残りの狼達に狙いを定められる自信は、正直なところツンには無かった。

ξ;゚听)ξ「ブーン。悔しいけど、こんなの相手にして勝てるわけ無いわ」

(;^ω^)「ほえ?」

ξ;゚听)ξ「あいつらが頃合いを決める前に、私があの中の一匹を矢で仕留める。それを合図に父祖様まで走るわよ」

(;^ω^)「……わかったお」

狼達も木の上までは追ってこられまい、との理由からのツンの策である。
大父祖の根元までは大よそ30トール程(約36メートル)。二人の足では、
辿りついて安全な所まで登れるかどうかは五分と五分と言った所だった。

104 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:18:10 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「いい?それじゃ、いちにのさんで行くわよ」

(;^ω^)「――おっ」

まともにやって勝機が無い以上は、逃げる以外に策など無い。
全力でもって走り抜け、日が昇るまでを枝々の上で過ごす。
生唾を飲み込むと、二人はその瞬間に向けて全身の筋肉をたわめた。

ξ;゚听)ξ「いち」

(;^ω^)「……」

ξ:゚听)ξ「……に」

(;^ω^)「……」

ぴんと張り詰めた弓の弦と、そこにつがえた矢の羽を見つめながら、ツンは最後の言葉と同時に矢を放つべく口を開く。

ξ;゚听)ξ「さ――」

研ぎ澄まされた刃のような夜の空気の中に、その轟音が響き渡ったのは、ツンが掌を開こうとしたまさにその瞬間であった。

105 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:19:26 ID:3IpGK9kE0
(;^ω^)「なんだお――!?」

空気がびりびりと震えるような錯覚を覚える程に巨大なそれは獣の咆哮だろうか。
夜が爆発したかのような突然の事態に狼達もがうろたえる中、
遠くで木々が根元からへし折れる音に続いて文字通り地面が揺れた。

ξ;゚听)ξ「今度は何だって言うの!?」

つがえた矢をそのままにツンが素っ頓狂な声を上げる中、
地をどよもしたその音は連続して響くと、こちらに向かってどんどんと近付いてくる。
まるで巨大な生き物が木々をなぎ倒しながらこちらへ近づいてくるかのようだと考えた所で、ツンは最悪の予想に思い当たった。

ξ;゚听)ξ「まさか――」

いやしかしそんなはずは無い、と直ぐにもその考えを頭から振り払おうとするがそんなものは現実逃避でしか無く、
そうして無益な行いをするうちにも音の原因はどんどんと近付いてきて、遂にその姿を露わにする。

ξ;゚听)ξ「そんな――嘘よ――」

木々の壁を食い破り姿を現したその生物は、一見して巨大な灰緑色の蛇のようだった。
ただ、蛇と呼ぶには、あまりにも……。あまりにも巨大すぎるのだった。

106 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:20:56 ID:3IpGK9kE0
ξ;゚听)ξ「どうして――どうしてこんな所にワームが出て来るのよ!」

最早竜と呼んでも差し支えない面構えをした樹海の暴君は、
大樹のように太い胴をくねらせるともったいぶるようにゆっくりとした動きで焚き火の方へと近付いてくる。
一体どれほどの長さがあるのか分からぬほどに長大なその身は樹海の中へと続いており、
一つ一つが板金鎧よりも硬いと言われる鱗の間には、ここに来る途中でなぎ倒してきた木々の枝や葉が挟まっていた。

(;^ω^)「あわ…あわわわ……」

腰が砕けそうになりながらも懸命になって踏ん張っていたブーンだったが、
鎌首をもたげたワームの黄色い瞳に5トール(約6メートル)の高さから見降ろされては、曲刀を落とさないように握りしめるだけで精一杯だ。
ぬらりとしたその瞳が、眼下のブーンをまるで路傍の石ころか地を這う小虫でもあるかのように見降ろすと、
ワームは洞穴のように巨大な口を僅かに開いてそこからくぐもり濁った音を出した。
怯えきった狼達の群れがそれでも逃げ出さずに遠巻きにその様子を眺める中、いよいよもって二人が自らの死を覚悟したその時だった。

「走れ!」

何処とも知れぬ闇の中から、その声が上がった。

107 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2012/05/27(日) 22:21:48 ID:3IpGK9kE0

 

――第三幕へ続く


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