- 184 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:24:10 ID:N71eS1n60
“はじめにわれらが父祖は、自らの姿ににせてツリーフォークたちをおつくりになられた
ツリーフォークたちは父祖のためによく尽くし、父祖が住まうための森を創り出した
これが母なるムンバイの始まりである
次に父祖はワームをおつくりになられた。ワームはツリーフォークたちよりも力は強く頑健であった
尊大なうぬぼれ屋のワームは父祖を敬うようなことはしなかったが、父祖はそれに構うことなく最後はレンをおつくりになられた
レンはとても器用でかしこく美しかったが、そのぶんとても残酷であった
こうして父祖は自らがおつくりになったこの三つの生き物たちに、栄えよ、とだけ仰られるとそれから長い長い眠りにつかれた
これが始まりの三種族のお話である”
――成立年不明 帝都出版 「こども向け 大父祖神話」
- 185 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:25:12 ID:N71eS1n60
第四幕
〜老人と幼子〜
- 186 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:26:38 ID:N71eS1n60
〜1〜
――燦々と照りつけていた初夏の太陽が傾き始める頃合いになると、樹海の動物達の中でも
気の早い者は自らのねぐらへと取って返して床の用意を始める。
夕暮れ時の涼しげな空気の中を、鹿や森獅子達が欠伸をこらえつつ巣穴に引き返すのと入れ替わるように、
今からのそのそと起き出してくる動物達が居るのもまた、この樹海が生命の坩堝たるところであった。
暮れなずむ夕日の残照の中、頭を垂れた夜百合の蕾からのそのそと這い出してきた彼女達スプライトもまたこの闇夜の住人の一員であり、
エルフの小指ほどしかない背丈を欠伸交じりに伸ばして透き通った羽の皺を直すと、
この夜舞う小さな妖精達は今宵の楽しみを探すべく、自らの寝床からくすくす笑いながらに飛び立つ。
一見して小さな小さなエルフの背中に蝶の羽を生やしたような格好の彼女達は、
日の照りつける昼日中は夜百合のすぼまった花弁の中で指を咥えて夢を貪り、
日が落ちるとその寝床にしている夜百合同様、月の光の滴を求めてこうして起き出してくるのだ。
崖の下の薄ら暗い広場の中央、咲き乱れた色とりどりの夜百合畑の中を踊るようにして飛び回る彼女達は酷く好奇心に富んでおり、
百合の蜜を求めるのと眠る以外の時間の全てを、自らの悪戯心を満たす為、
あっちにふらふら、こっちにふらふら、と樹海の中をさ迷い舞っている。
まさに今も三匹のスプライト達が、くすくす小さな笑い声を上げながら戯れるようにして飛んでは、
一本の大きく古々しい樹の枝々の中に入っていく所だった。
スプライト達がくすくすと笑い声を上げながら飛びまわる森の広場は、中央に彼女達の寝床たる夜百合の花畑が密集している以外には、
その脇を流れるか細く浅い小川と、件の太く大きな古木以外にはこれと言って目立つものが存在しない。
互いの肩を小突きあいながら古木の枝葉の中に分け入って行った彼女達は、
何時も自分達が朝の日課として曲芸飛行ごっこをするその葉の林の中に、
何時もとは違ったものの気配を目ざとく嗅ぎつけるとそれへ向かっておもむろに近付いていく。
- 187 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:28:12 ID:N71eS1n60
- 彼女達が好奇の心にその小さな瞳を爛々と輝かせて羽ばたいていくと、果たして古木のかさかさとした枝の上に「それ」が居た。
深緑の髪を頭の上でちょんまげのようにして結ったそいつは、スプライト達よりも遥かに大きな図体をしている。
生まれてこの方この百合畑の広場より外に出た事の無い彼女達は、初めて見るこのでかぶつを前にして、
溢れ出る好奇心を抑えることが出来なかった。いや、元より抑えるつもりなど毛頭なかったと言うべきか。
どういうわけか目を瞑ったままぴくりとも動かないでかぶつの身体のあちこちに取りつくと、
スプライト達は抓ったりくすぐったり、ひっぱたいたり噛みついたりと好き放題を始める。
それでも何の反応も見せないでかぶつにスプライト達が段々と飽き始めてくると、
彼女達のうち一番小さいスプライトがでかぶつの顔の上に二つ並んだ穴を見つけた。
残りの二人に手を振ってそれを知らせると、彼女は小さな胸をわくわくさせながら穴の中へと四つん這いになって頭を突っ込む。
真っ暗な穴の中は草でも生い茂っているのか妙にわさわさとしており、その表面は夜百合の蕾の中のようにぬめりとした湿気に覆われていた。
どうにも気持ちの悪いような感触に彼女が顔をしかめた時、穴の壁が突然悶えるようにして揺れたかと思うと、
奥から凄まじいまでの突風が吹きつけ彼女の小さな身体を勢いよく吹き飛ばした。
( >ω<)「っくちゅん!」
砲弾のようにして飛んでいく仲間を見上げていたスプライト達は、今まで微動だにしなかったでかぶつが、
にわかにもぞもぞと蠢き始めたのを見て取るや、脱兎の勢いで仲間の後を追う。
こうして小さな悪戯屋達が散り散りになって逃げ去ってしまった後、でかぶつは重たげに瞼を開けると、
全身の痛みに顔をしかめつつその上半身を起こした。
(;^ω^)「ででで……」
焦げ茶の葉っぱが乗った頭を振るその少年こそは、あのスプライト以上に悪名高き悪戯屋のブーンに他ならない。
- 188 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:29:10 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「ここは一体……」
妖精達の悪戯に目を覚ましたブーンは、薄い膜のように霞が掛った視界を左右に揺らして辺りを見渡す。
意識を取り戻したばかりのぼんやりとした頭の中に声が響いて来たのは、その時だった。
「おや、目を覚ましおったか」
(;^ω^)「だ、誰だお!?」
声はすれども姿は見えず。正体不明の声にブーンが慌てていると、突如その背中を掴む感触があった。
(;^ω^)「うわ、うわわ!うわああ!」
軽々と持ち上げられて宙に浮かんだブーンは慌ててもがくも、彼の背を掴んだ何者かが力を緩める事は無い。
意識を取り戻して直ぐ再び命の危機に瀕し、死に物狂いで手足を振り回すブーンであったが、
彼の足が無事に芝生を踏んだ事でその心配は杞憂に終わった。
「ほっほっほっ、こりゃすまなんだ。お前さんを驚かせるつもりは無かったんじゃよ」
今度は頭上から響いてきたしわがれた声にブーンが首を再び首を巡らせる。
年老いて萎びてしまったような中にも優しげな響きのあるその声は、何とはなしに歳経て角の取れた好々爺を連想させる。
- 189 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:30:33 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「お?お?どこだお?」
「ほっほっ。こっちじゃよ」
再びの声は前方の少し高い所から聞こえて来る。しかしブーンが目を向けても、
そこには一本の枯れかけた古木があるばかりで、人の姿は何処にも見当たらない。
|(●), 、(●)、|「じゃから、お前さんの目の前じゃよ」
故に、その古木の幹に突然目と口が出来て言葉を発した時、ブーンは腰を抜かして芝生の上に尻もちをついてしまったのだった。
|(●), 、(●)、|「ほっほっほっ。小さき友よ、ワシらを見るのは初めてかね?」
(;^ω^)「おぉ…木が…木が喋ってるお……」
|(●), 、(●)、|「ほーほっほっほほーう!木だってたまには、
喋りたくなることくらいあるだろうさ、おちびさん!」
苔生した幹を仰け反らせ、頭の枝葉をわっさわっさと揺らしながら、その古木がしわがれた笑い声を上げる。
エルフの少年にとってはまっこと面妖なることではあったが、確かに目の前の古木は息をし、
声を発する一つの意志持つものに相違なかった。
- 190 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:32:08 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「いやはや、しかし長生きはしてみるものだ。
まさか空からエルフの小僧っこが落ちて来るとは、
五百年も生きていて夢にも思わなんだよ」
大層愉快そうに笑うその古木から悪意が感じられなかったことで、ブーンはこっそりと握りしめていた曲刀の柄から手を離すと、
改めてこの年老いた生ける木々と向き合う。
どうやら自分は、この好々爺然とした古老の頭の枝々の上に落ちた事で、今こうして事無きを得たようであった。
( ^ω^)「僕の事を助けてくれて、有難うだお」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほーう!別に助けたわけではないさ。
わしはただここに立ってまどろんでいた。そしたらお前さんが降ってきた。
わしゃこの通りの老体だから滅多に歩く事もない。
だからお前さんが起きるまで、黙っていた。全ては偶然じゃよ」
(;^ω^)「えっと、でも、頭の上にずっと乗っかってたわけだし……」
|(●), 、(●)、|「なあに、頭の上に小さき友を乗せるのには慣れておる。
それに、この歳になると新しい出会いというものは早々あるもんじゃない。
寂しい老いぼれにとっては、若い者と会うだけで楽しいというものじゃよ」
深く落ち窪んだ灰色の瞳を細めて、古老は幹から生えた枯れ枝のような腕で口元に生えた髭のような苔をしごく。
|(●), 、(●)、|「それに、お前さんも新しい友達が増えるのは嬉しいじゃろ?」
一段声を明るくした古老のその言葉は、ブーンの背後に向けてのものだ。
つられてブーンが振りかえれば、果たしてそこには少年が生まれてこの方初めて目にする、
世にも奇妙な樹海の住人が芝生の上に立っているのだった。
- 191 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:33:40 ID:N71eS1n60
- (;><)「えう…あうあう……」
突然言葉を掛けられてびくりと震えるその者の背丈は、僅か1トールのその半分(約60センチ)程にも満たない。
鈍い玉虫色をしたその姿は二本の脚で立ち上がった昆虫、取り分けカナブンに似てはいたが、
四本のか細い腕を胸の前でせわしなく動かしながら、両の眼をどぎまぎしたかのようにくるくるとさ迷わせる様は、
妙に人間めいているのだった。
果たしてブーンの姿を認めたこの珍妙なる生き物は、慌てて古老の幹の影に隠れるとその陰から怯えたような視線を向けてくる。
紫色の真珠粒のような小さな小さなその瞳は、未知のものへの不安と恐れがないまぜになり、
ブーンの一挙手一投足に自分を害しようとする気配が無いかと絶えず観察を怠らない、力弱きものの必死さが溢れていた。
(;^ω^)「えと……」
(;><)「ひっ!」
何と言葉を掛けていいか分からずにブーンが手を差し出せば、細く甲高い悲鳴を上げてその姿を古老の後ろに隠す。
ここにきてブーンは、生まれて初めて初対面の挨拶においてやりにくさというものを感じるのだった。
|(●), 、(●)、|「この子はビロードと言ってな。この通りひどく臆病なものだから、
三つになっても友達の一人もおりはせん」
(;><)「と、友達ぐらいいるんです!」
必死に抗弁するビロードを落ちついた視線でたしなめると、古老は改めてブーンの方へと向き直る。
- 192 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:35:13 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「そして、わしはここでこの子の面倒を見てやっとる」
( ><)=3「僕がダディの面倒を見て上げてるんです!」
(;^ω^)「おっ?おっ?」
|(●), 、(●)、|「ほっほっ、まっことその通りやもしれんなあ。おお、申し遅れてしもうたな。
わしのことはダディと呼んでおくれ。本当の名前は他にあったと思ったが、
この歳になるともう思い出せんわい」
(;^ω^)「そ、そうなのかお」
( ><)「ぼけぼけなんです!お間抜けなんです!」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほ。……それで、お前さんは?」
( ^ω^)「僕はブーンだお!」
|(●), 、(●)、|「ブーンか、良い名じゃ。…して、お前さんはどうしてまた空から?」
ダディと名乗った意志持つ古木の言葉に、ブーンは自分の身に起こった事の顛末を語って聞かせる。
言葉にしていくうち、今になってようやく、少年は自らが今現在どのような状況に置かれているのかを思い出して焦るのだった。
(;^ω^)「そうだお、ツンは!ツンの事を見かけなかったかお!?」
|(●), 、(●)、|「いや、この広場に落ちて来たのはお前さん一人だけじゃったよ」
(;´ω`)「おっ……」
- 193 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:36:51 ID:N71eS1n60
- 古老の言葉に肩を落とせば、ブーンの身を後悔と焦燥が支配する。
果たして彼女は無事なのか。あの高さから落ちて自分が助かったのが奇跡のようなものである以上、
ツンもまた同じように助かっているなどとは幼いブーンの頭でもそれが途方もなく薄い可能性でしかない事が知れている。
どうか無事でいてくれと願う一方で、少年の頭の中を過るのは悪い予想ばかりであった。
|(●), 、(●)、|「そう、気を落とすでない。あの崖は確かに高いが、
お前さんだってこうして生きておるのじゃ。その娘さんも同じように何処かで、
木に引っ掛かっていないとも限らんさ」
目に見えて落ち込むブーンを憐れんでか、ダディはその深い瞳の奥に限りなく優しげな色を湛えて慰めを口にする。
めっぽう打ちのめされた少年がそれに深いため息でもって返答を返す中、
古老の陰に隠れたままに顔を出していたビロードが、おずおずといった風体で口を開いた。
(;><)「エ、エルフの女の子なら…み、見たんです」
古老に向かった時のはねっかえりな口調とは裏腹なつかえがらのその言葉に、
ブーンははっとして顔を上げると、まるで飢えた狼のようにしてビロードの方へと詰め寄る。
(;^ω^)「そ、それは何処でだお!?」
(;><)「ひっ!」
切迫したブーンの口調といきなり近付かれたことで狼狽したのだろう、ビロードが悲鳴を上げてあとじされば、
ブーンは自分の行動に気付いてはたとその身を離すとその場で居住まいを正すのだった。
- 194 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:38:22 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「ご、ごめんだお…びっくりさせるつもりは無かったんだお…」
(;><)「……」
(;^ω^)「その子の事について、教えてくれるかお?」
(;><)「……うぅ」
|(●), 、(●)、|「ビロード、お前の友達に教えてやったらどうじゃね?」
縋るようにして見上げた古老に諭されるような言葉を掛けられて、
小さな住人は暫くうろたえる様にしてブーンとダディの間でその小さな紫真珠の瞳をさ迷わせていたが、
やがておずおずといった風体で口を開いた。
(;><)「……こ、こっちなんです」
( ^ω^)「おっ!おっ!」
縮こまった身のままにおっかなびっくりと古老の影から歩み出でると、
ビロードはその背中の甲殻から紫陽花のような紫色をした羽を広げてふわりと浮く。
ブーンがその様子に目を丸くすれば、ビロードの顔にはにわかに緊張のようなものが走ったが、
続いてブーンが感嘆の声を上げると、何やら拍子抜けしたような毒気を抜かれたような何とも言えない表情を浮かべて、
この小さな友人はエルフの少年を先導するようにしてふらふらと飛び立ち、広場の中を小川に沿って進んで行くのだった。
( ^ω^)「凄いお!ビロードは飛べるのかお?」
(;><)「べ、別に凄くなんかないんです…こんなの誰にでも出来るんです……」
( ^ω^)「誰にも出来るわけじゃないお!僕は飛べないお!だからビロードは凄いんだお!」
( ><)「そ、そうなんです?」
- 195 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:40:01 ID:N71eS1n60
- ちょろちょろと流れる小川に並んで広場から木々の間の細道へと入ったところでブーンがそう口にすると、
初めこそは卑屈な声音で否定したビロードもにわかにその硬そうな頬を緩めて木々の間をそわそわと舞い飛ぶ。
月明かりを反射して銀色に輝く水面の上には、大小の石が顔を覗かせており、
ブーンはその上をぴょんぴょんと跳ねるようにして歩き、その少し先をビロードが紫色の羽をぶんぶんと羽ばたかせて行く形になっていた。
( ^ω^)「でもびっくりしたお。木が喋るなんて、生まれて初めて見たお」
(;><)「ええ…う、うっそだあ……」
( ^ω^)「おっおっ!僕は今年で13になるけど、ビロードみたいな子を見たのも今日が初めてだお」
エルフの少年の言葉を、自分を騙そうとしているのではないかとしきりに疑うビロードだったが、
ブーンの瞳の中にあるのが純粋な無知である事が分かると、
あまり慣れないながらにも口を開いては自分達の事を少しずつ語って聞かせる。
ビロードの弁によれば、ダディはツリーフォークという名前の動く木の種族であるそうで、
先にダディ本人が言ったように今年で齢五百を超える程の古株なのだそうだ。
エルフ、特にビロード達が言う「崖の上の人達」にとっては、このツリーフォーク達はあまり馴染みの無い種族で、
実際このムンバイの樹海の中でも枯れ谷より南にしか住んでいないのだと、ビロードはかの古老に教わったという。
そういうビロード達はその名をセムと言い、ブーンが聞いた事の無いその種族はやはりツリーフォーク達と同じく、
崖の下の彼らが「黒羊ヶ森」と呼ぶ地域にしか住んでいないのだとか。
- 196 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:41:51 ID:N71eS1n60
- この一見して昆虫のような姿をしたセム族は、ダディのようなツリーフォーク達と古くからとても深い結びつきがあり、
身体の小さなセム達がツリーフォークの頭の枝々の中に住まう事で樹海の獣達からその身を守って貰う一方で、
ツリーフォークの身体が悪い病気に罹らないよう、この小さな下宿人がその幹の手入れをするという形の下、
確かな共存関係が成り立っているのだ。
(*^ω^)「おお!初めて知ったお!もっと聞かせてくれお!」
(*><)「そ、そう…?」
このような話をビロードの口から聞いてる間、ブーンは目を輝かせては盛んと頷く事を繰り返していたものだから、
ビロードも最初に抱いていた警戒心が段々と薄れてきて、森の小道を半分も進んだ頃には、
自分からこのエルフの少年に対して質問を投げかけるようにまでなっていた。
( ><)「ブーンは崖の上から来たって言うけど、何でまたこんな所に来たんです?」
( ^ω^)「おっおっ。それを話せば少し長くなるお」
齢にして三つとダディが語ったこのセム族の少年は、エルフ達などの類人種にすると大体九つか八つ辺りになるとビロードは言った。
自分よりも少しばかり年下になるこの少年もまた、先のブーンと同じように彼の話しに目を輝かせて聞きいっては、
しきりに頷いてその先を促すのだった。
このようにして互いが互いに初めて出会う種族という事で、二人共がお互いの事を興味津々で尋ね合ううちに自己紹介が終われば、
当初の妙な緊張感も程好く解れて来て、小川のせせらぎの隣を歩く二人の間には、
年相応の子供達が交わす賑やかな笑い声が上がるようになっていた。
( ^ω^)「それで、僕は必死に走ってトロールを追いかけたんだお。
走って、走って、走って、やっとこさ追いついて。あと少しの所だったんだお」
( ´ω`)「でも、後少しの所で間に合わなかったんだお……」
( ><)「……」
- 197 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:42:57 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「でも、ビロードがツンを見つけてくれたっていうからもう安心だお!本当に有難うだお!」
(;><)「で、でもまだそのツンって子かどうかわからないし……」
( ^ω^)「若草色の髪に栗色のバンダナを巻いてたんだお?だったらツンで間違いないお!」
(;><)「そ、そうなんです?」
( ^ω^)「おっおっ!これで一安心だお!」
( ><)「……そのツンって子は、ブーンの大切なお友達なんです?」
( ^ω^)「おお…お友達というか、お姉ちゃんというか…」
( ><)「?」
( ^ω^)「うーん、何と言ったらいいかわかんないお。でも、とっても大切な人だお!」
( ><)「……そうなんですか」
( ^ω^)「おっ?」
ブーンの口から語られたツンの話しに、ビロードは何やら寂しそうな様子で肩を落として俯く。
一体どうしたのだろうかと訝しむブーンであったが、小道が開けて小さな広場が姿を現すと、
その中央に横たわった緑色の巨体を認めるやにわかに駆け出した。
- 198 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:44:42 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「ツン!ツーン!」
先にブーンが目を覚ました広場よりも更に二周り程小さい猫の額のようなその広場には、
色とりどりの大きなキノコがまるで毛足の長い絨毯のようにして繁茂しており、
そこから微かに立ち上る微小な胞子の粒が柔らかな月光を受けて星屑のような綺羅々々とした輝きを放っている。
地上の星雲のただ中で、でっぷりとした腹を上に仰向けで倒れ込んだトロールのまさにその腹の上では、
ブーンが先に死に物狂いで走っては救おうとした幼馴染が、その白く細い面に安らかな寝顔を浮かべて胎児のように丸くなっていた。
( ^ω^)「ツン!ツンー!ツー……」
極彩色の茸の絨毯とトロールの腹の緑のベッドの上で、星屑の輝きに包まれて眠る彼女は、
ともすれば帝国の子供達のお伽噺に出て来る綺羅星の姫君めいて神秘的な雰囲気を放っており、
我も忘れて駆けだしたブーンも思わず息を呑んで足を止めると、そのこの世ならざる美しさに呆けて見惚れてしまうのだった。
にわかに騒がしくなった事で、この眠れる綺羅星の姫君も気がついたのか、
大きな欠伸を一つしてもぞもぞと身じろぎし始めると、ようやっとブーンも我に返って彼女の下に駆け寄り、
寝ぼけた姫君の手を取ってベッドから立ち上がらせる。
トロールの肩に担がれてから今の今まで眠り続けていた為に、エルフの少女は大層に寝ざめの悪そうな顔で自らの幼馴染の顔を見上げると、
糸のように細くなった翡翠の眼(まなこ)をこすった。
ξう凵])ξ~゜「――あによ、うっさいわね……」
( ;ω;)「ツン…ツン…良かったお…本当に良かったお……」
いたく不機嫌そうな目覚めの第一声にも、ここに至るまでの間に心配が膨れ上がっていたブーンが気色ばむことはなく、
とにかく今目の前に自分の幼馴染が無事でいるという事実がしっかりとした実感となって確認できることが、
何よりも少年の口から安らかな溜息を吐き出させるのだった。
- 199 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:46:42 ID:N71eS1n60
- ξ;゚听)ξ「――って、ちょっと、何いきなり泣いてんのよ」
( ;ω;)「おーん!おーん!本当に無事でよかったお!僕は、僕は、本当に、本当に……」
ξ;゚听)ξ「ええ…?ちょ、ちょっと……」
( ;ω;)「おーん!おーん!」
無事な幼馴染の顔を見た事で緊張の糸がぷっつりと切れたしまったのか、
でっぷりとしたトロールの巨体の側に膝をついて泣きだす少年の姿にツンはうろたえる。
今まで悪童だのなんだのと様々な人々にそしられ続けて来たブーンも、根っこの所ではまだまだ13の幼い子供なのだ。
剣を手にして大人になると形ばかりに誓ってはみたものの、その実甘えの抜けきらない少年でしか無い彼が、
ここまで何でもないような素振りで笑顔を見せていたのも、
樹海の木々の間から感じられる無慈悲な獣達の視線が生み出す野生の非情さがあったからこそ。
今こうして自分の唯一の心の拠り所たる姉代わりの幼馴染を前にして、もう大丈夫だと分かってしまえば、
彼が取り繕って編みあげた強がりの心など簡単に折れてしまい、後はもう歳よりも幼い子供に相応しく滝のように涙を流すしかなかったのだ。
ξ‐凵])ξ「よしよし、大丈夫、大丈夫だから…もう何ともないからね……」
そのようなことをツンもまた咄嗟の中にも理解しているようで、普段は決して見せないような優しい顔でブーンの頭をかき抱くと、
手なれたようにしてその頭を白く細い手で撫でる。
嗚咽を漏らして鼻を啜る稚児めいたブーンをあやす彼女はまさに唯一の姉のようであり、
その様を離れた所から見守るビロードは、何とはなしに疎外感のようなものがブラシのような歯の並んだ口の中に広がるのを感じていた。
( ;ω;)「おっ…おお…ぐずっ……」
ξ゚听)ξ「ほら、鼻かんで。何時までもめそめそしないの」
- 200 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:48:41 ID:N71eS1n60
- ベルトポーチからツンが出したハンカチで盛大に鼻をかむと、ブーンも幾らか落ち着きを取り戻してきたようで、
たどたどしくもこれまでの顛末をツンに語って聞かせる。
息絶えたトロールのしとねの上で幼馴染の話しに耳を傾けていたツンは、
全ての話が終わると彼の新しい友達の方を向いて栗色のバンダナに覆われた頭を下げた。
ξ゚听)ξ「貴方が見つけてくれたお陰ね。有難う」
(;><)「えう…えと…えとえと……」
ブーンとまともに話せるようになったものの、未だに他のエルフと話すのは慣れないのか、
ビロードはどぎまぎとした様子で四つの腕をわたわたさせるが、ツンはそんなビロードの様子に少し小首を傾げたばかりで、
別段とがめる様な顔をするわけでもなしに礼を言う。
小さなセムの少年も、そんなエルフの少女の物腰にほだされたのか、矢張りおずおずとではあるが、二人の元へと近付いて行きその輪に加われば、
ブーンはこの新たな友達に恥ずかしい所を見せられないと慌てて涙の跡をごしごし拭って取り繕うのだった。
ξ゚听)ξ「ホント、この子ったら赤ん坊みたいに泣きだすものだから、困ったものよ」
(;^ω^)「おっおおう…あれはだって……」
(*><)「ふひひ。ブーン、赤ちゃんみたいだったです」
(;^ω^)「ビロードまで、酷いお…!」
矢張り初めこそはおっかなびっくり怯えたような様子のビロードだったが、
ツンもまたブーンと同じく邪気の無い笑みを浮かべられるのだと知るや、
強張った態度を少しずつ崩して行き、そのうち茸の楽園には三人分の笑い声が賑やかに響きわたるのだった。
年若い子供達とのこと、初めのとっかかりさえあれば直ぐにも仲良くなってしまえるものなのだ。
今日初めて会ったのだという事も忘れてお喋りに興じる三人の子供達を、
夜空に浮かんだか細い月は幽玄な燐光を放って優しく見降ろしていた。
- 201 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:51:27 ID:N71eS1n60
〜2〜
――やがて、ひとしきりの談笑を終えた三人は、ビロードの提案の下に足元の茸畑から持てるだけの茸をもぎ取って背負うと、
ダディの居る広場へ向けて歩きだす。
小さな友人が言うには、この原色の巨大茸はその名をヒヒダケと言い、柔らかい中にも程良い歯ごたえのあるとても美味なる茸なのだそうで、
ビロードは週に一回はここに来て、その日の夕食のとっておきにするのだという。
聞けば、ツンを見つけたのもこのヒヒダケを採る為にやって来た時の偶然だったそうで、
エルフの少年少女は重ねてこの類稀な運命に感謝を捧げるのだった。
肝心のヒヒダケについては、
ブーンがビロードの弁を信じて生のままにかぶりついてみると、これがまたどうして焼いた肉のような濃厚な歯ごたえが格別で、
ブーンはすぐさま背負い袋から胡椒の瓶を取り出そうとして崖の上に背負い袋ごと忘れて来てしまった事を思い出してしょんぼりと肩を落とすのだった。
( ^ω^)「そう言えば、フサはどうしてるのかな……」
ξ゚听)ξ「あいつのことだから、きっと大丈夫よ」
( ^ω^)「でも、僕達のこときっと心配しているお……」
自分がトロールに襲われた時の事はあまり覚えていないというツンは、ブーンに比べてどうにも危機感というものが薄いらしく、
存外に大変な目にあったというのにも関わらず何ともあっけらかんとした物言いをする。
ブーンにしても、フサとその兄弟たる夫婦狼達の事については心配はしていなかったが、
別れの挨拶も言えずにこのような形で離ればなれになってしまったことは、少しばかりの心残りとなっていた。
何時かまた、樹海の中で出会う事が出来たのならば、今度はフサに恥じない立派なエルフの男になっていようとブーンは胸中で秘かに誓うのだった。
- 202 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:52:51 ID:N71eS1n60
- ( ><)「フサ?」
( ^ω^)「おっおっ。ブーン達の事をワームから助けてくれた、命の恩人だお」
(;><)「ワーム!?その人、ワームをやっつけたんです!?」
ξ゚听)ξ「まっさか!やっつけたんじゃなくて、逃げるのを手伝ってくれたのよね」
(*^ω^)「おっおっ!こう、狼の群れがひゅんひゅんと飛び回って、兎に角凄かったんだお!」
(;><)「ひぇー!逃げ切れただけでも凄いんです!
僕なんかワームが出て来ただけで失神しちゃいます」
身ぶり手ぶりを交えてブーンがその時の顛末を語る様を、ビロードは終始唖然とした顔で見つめていたが、
最後にはフサに対して憧れるような素振りを見せるもので、矢張りこの年頃の少年達が強い者に惹かれるというのは、
種族を超えての共通項なのだな、とツンはぼんやりと考えた。
( ^ω^)「んで、僕はフサからその時剣の扱い方を教えて貰ったんだお」
(*><)「わっ!わっ!いいないいな!」
( ^ω^)+「エルフの剣術は剛に非ず、葉に隠れて枝を渡るは忍ぶ剣なり!」
(*><)「か、か、かあっこいいんですう!」
(*^ω^)「おっおっおっ〜!もっと褒めていいのよ!」
ξ--)ξ「まあた直ぐそうやって調子にのって……」
- 203 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:54:45 ID:N71eS1n60
- そのようにしてブーンがえい、やあ、とうっと習いたてのお粗末なチャンバラごっこを披露すれば、
ビロードもビロードで手を叩いて喜ぶものだから、この悪童も尚更調子に乗ってしまい、
傍らの木々の幹を登って自分がトロール達を待ち伏せた様を再現して飛び降りてはみたものの、
勢いよく小川の中に頭から着水して二人の笑い声を浴びせられるのだった。
(*><)「エ、エルフの剣術は…忍ぶにあり…とう!くすくす……」
(;^ω^)「おお…こ、これはちょっとした準備運動だお。次が本番だお」
ξ゚听)ξ「やめんか青二才」
このようにしてたいそう賑やかな様子で三人が広場に戻ってくれば、老いたツリーフォークのダディは、
その罅割れた幹を笑みの形に歪めて優しげな瞳で出迎える。
ブーンに話を聞く以前から、薬師の娘たるツンはこのツリーフォークという種族については聞きかじり程度に知っていたようだったが、
いざダディがその10トール(約12メートル)もの巨体を揺すって話しかけて来ると、
ブーン程ではないにしろ驚きを隠せない様子であった。
ξ゚听)ξ「ブーンがお世話になったそうで、本当に有難うございます」
|(●), 、(●)、|「じゃから礼を言われることなどわしゃ何もしとらんよ。
はてさて、しかしこれはまた可愛らしい娘さんだ」
ξ*゚听)ξ「あう…えと…そんな……」
|(●), 、(●)、|「ほーっほっほ!いやはや!
歳甲斐もないことなど言うもんじゃあありゃせんな!
これはまた、老いぼれが失礼してしまったのう」
ξ*゚听)ξ「いえ、そんな……」
- 204 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:56:36 ID:N71eS1n60
- 世にも珍しくは照れを浮かべるエルフの少女のその横顔かな。
滅多に見られる事の無い幼馴染の赤ら顔に、ブーンはひたすらに首を捻っていたが、
やがてビロードもがそれを真似してしきりに首を傾げ始めると、ツンもこれを見過ごしてはおけずに、
哀れ少年の頭には新たなたんこぶがこさえられることになるのだった。
( ^ω(#)「なんで僕だけなんだお……」
(*><)「ふぃひひひ!でっかいたんこぶなんです!」
ξ゚听)ξ「因果応報!」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほっほ!若い者は元気があってこそじゃの。羨ましい限りじゃ」
こうしてブーンとツンは大きなツリーフォークの翁と小さなセムの少年という新たな友人を囲んで、随分と遅くなった夕食を始める。
曲刀と弓以外の殆どの荷物を崖の上に残してきてしまったエルフの子供達だったが、
ビロードと一緒に採ってきたヒヒダケは生のままでも十分以上に美味であり、
新たな友人の為にとビロードが古老の枝葉の中から夜百合の蜜を出してきた事もあって、
その日の夕食はここ数日の間でも一番美味い御馳走とあいなった。
この夜百合の蜜というものは、エルフの少年少女達にとって矢張り未知の調味料なのではあったが、
小指にとって舐めてみれば、何ともまろやかな舌触りの中に柑橘類のようなさっぱりとした味わいがあり、
ヒヒダケの脂っ濃い食感に見事にはまっていて、ブーンもツンもこの味を偉く気に入ったようだった。
三人がそうやって舌鼓を打っている中で、ダディはと言えばにこにこと好々爺然とした笑みを浮かべてその様を眺めるばかりだったので、
ツンがヒヒダケを差し出してみたのだが、この古老が言うにはツリーフォークというものは言葉を喋る口はついていても、
基本的にはエルフやセム達のように口から食べ物を食べるという事は無いのだという。
ダディ達、歩める大樹にとっては朝の日の光と夜中の雨が何よりの御馳走であり、
またこうしてブーン達の食事を眺める合間にも、地に降ろした彼の脚たる根の先から地中の水分や栄養やらを採っているので、
自分もまた食事の輪の中に居るのだとダディはしわがれた声で言うのだった。
- 205 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 21:58:40 ID:N71eS1n60
- 夜百合の放つ白く淡い燐光に包まれた小さな広場は、焚き火の必要が無い程の明るさがあり、
食事を終えた四人はスプライト達が遠巻きにその様子を眺める中をそのままの姿勢で談笑に興じる。
エルフの子供達が、如何にして自分達が旅に出て道中でどのような事件を体験してきたのを、
ブーンが楽しそうに、かたやツンが皮肉たっぷりに語って聞かせれば、ビロードはその度に目を丸くして耳をそばだてて聞き、
ダディは大仰に頷きつつも大父祖の聖域の下りになると、何とも懐かしそうな顔をして口を挟んだ。
|(●), 、(●)、|「父祖の聖域とな…お前さん方はそこに行って来たというのだな?」
( ^ω^)「おっおっ!すっごくでっかかったお!すっごく眺めがよかったお!」
|(●), 、(●)、|「そうか…父祖様の聖域に行ったとな……そうか……」
ξ;゚听)ξ「ちょっと、ブーン……」
(;^ω^)「おっ……」
先だってのフサとの出会いであまり咎められなかったせいもあってか、悪びれもせずに語るブーンだったが、
ダディの表情が何やら神妙なものになっているのにツンが気付いて二人は慌てて口を噤む。
肝心のダディはと言えば、二人がばつの悪そうな顔をしているのにも気付かぬ様子で、
遠くを見つめては何とも重たげな溜息を繰り返していたが、やがて一度大きく瞬きをすると、
その年季の入りに入ったしわがれ声でもって遥か昔の記憶を語りだすのだった。
|(―), 、(―)、|「あれは…さて…どれくらい前になるのさな……。
東の森の大老がまだ健在だった頃じゃから、
今からもうかれこれ二百年も前の事になるのかの……」
- 206 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:00:48 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「まだわしが頭に緑色の葉を茂らせていた頃のことよ……。
当時、まだ若かったわしは今のお前さん達みたいに、
あちこちを旅して回る風来坊のような暮らしを送っておった」
懐かしむようにして述懐するダディの想い出は、そのような語り口から始まる。
若く活力に溢れたツリーフォークの流離い樹だったダディは、元々はここより遥かに南に位置する黒羊ヶ森の中で生を受けたのだという。
セム族の一大拠点であるこの黒羊ヶ森には、数多くのセムの民達と彼らの住まいとして三十株程のツリーフォーク達が共に仲睦まじく暮らしている。
歩める大樹達の上には木の葉を編んで造られたセム達の家が並んでおり、
ダディもまた生まれてから百年余りの間はそのようにして頭の上にセム達を住まわせては小さき友達と慎ましやかにして暮らしていたのだそうだ。
しかしある時、北の方からやってきた一株のツリーフォークの女性から、
樹海が如何に広大な所なのかという事を聞かせられるや、自分もその光景を直に目に収めたいという気持ちが大きくなり、
遂にはその雌株について黒羊ヶ森を飛び出した。
こうしてダディとその相棒の、樹海を巡る実に四百年に渡る長い長い旅が始まったのだ。
|(―), 、(―)、|「あの頃はわしも若かった…世界を見て回りたい、
というその気持ちだけで故郷を飛び出したのじゃからの……。
今からもう一度旅をしろなどと言われても、根が動かんわい」
ダディはこの旅の中で相棒と共に樹海の隅から隅までを渡って歩いては、その先々で途方もない程に様々なものに出会った。
落ち葉の吹き溜まりの中に潜んで獲物の到来を待つ形なき捕食者たるウーズ、口から毒の霧を吐きだす鰐めいたバジリスク。
木立の中に紛れては不慣れな旅人を襲うスプリガンは、ダディ達よりも遥かに身の丈は小さいが、
ツリーフォークと同じく意志を持つ樹木の化身だ。
枯れ谷を上から見下ろし、その底に巣くうレンの末裔達に心底怖気を覚える事もあれば、
木々を蹂躙せしワームの行進をすんでの所でやり過ごして肝の冷える想いをした事もまたあった。
- 207 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:03:56 ID:N71eS1n60
- 幾つもの危険な生き物と出会い、その度に相棒と一緒に苦難を乗り越えれば、
あくる日の朝日に感謝を捧げてまた進み、夜中の霧雨に歓喜を分かち合う。
旅の途中立ち寄ったエルフの集落で旅の土産話を聞かせてやれば、代わりにエルフ達からその周辺の珍しいものの話を聞いて再び旅立つ。
長い旅の中には喜ぶべき出会いがあり、涙を堪える別れがある。
崖の上では多くのエルフ達の里を回り、その度にその里のエルフの何人かと仲良くなっては、数週間で別れる事を繰り返した。
枝苔の里にも立ち寄った。飛び石の里では大層に美しい翡翠の枝飾りを貰った。
寝ず草の里では若いエルフの青年と共に地平線の果てに何があるのか、夜を通して語らった。
そうしてあちらこちらを巡りに巡って百年が経っても尚、ダディの胸の内には旅に対する情熱がまだ今だ冷めやらずに赤々と燃えていた。
しかし、彼の相棒は違った。
|(●), 、(●)、|「初めてわしらが会った時で、もう既に彼女は若くなどなかったのじゃ。
わしが旅の味をしめ、樹海の中をもっともっと探求しようと息巻く頃には、
彼女は既にツリーフォークの生において、晩秋に差し掛かっておった」
生命の晩年を迎えた彼の相棒は、自分の身がもってあと十年程だという事をある時語った。
暮れなずむ夕日の中でその告白を聞いたダディは、もうこの老いたツリーフォークの婆やと共に樹海を渡ることが出来ないという事実に酷く打ちのめされ狼狽した。
悲哀と絶望が彼の心の奥底にどろりとわだかまったが、嘆いた所で命の営みをとどめることなど出来はしない。
今まで長い間樹海を渡ってきたその相棒は、自分の生の幕引きとして最後の旅についてをダディに語って聞かせた。
樹海の中で最も古い種族と言われているツリーフォーク達は、自分の生の最後が近付くと偉大なる父祖の御元へと帰るべくかの聖域を目指して旅に出る。
彼の相棒は、ダディにその最後の旅路の共をしてくれるように告げたのだ。
- 208 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:06:18 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「わしに、彼女のその申し出を断る理由などあろうものか。
長年連れ添ってきた相方の最後の願いなのだ。無論、わしは二つ返事で承諾した」
それからダディ達は、樹海の中央たる偉大なる父祖の聖域を目指して最後の旅に出た。
長年の旅によって培ってきた経験から、その旅路は大して苦の無いものであった。
獰猛なる獣の群れへの対処の仕方も覚えているし、10クート(約150キロ)先からやってくるワームの行進の音も聞き分ける事が出来る。
それらが全て隣を歩む相棒によって授けられたものだという事を、噛みしめれば噛みしめる程に、
ダディの心はいよいよもって近付いてきた別れの瞬間を想って胸が苦しくなった。
春の花畑を横切り、夏の生い茂る青葉の上を踏みしめて、秋に赤く染まった林の中を歩んでいけば、
いよいよ冬の枯れ枝の先にかの大父祖の聖域が見えて来た。
旅の終わりは生の終わり。今まで共に歩んできた彼のともがらは、
偉大なる父祖の威風堂々たる御姿を背にしてこれまでの旅路を振りかえってはダディに礼を言ったのだ。
|(●), 、(●)、|「あの時の事は、今でもよおーく思い出せる。
今まで自分たちよりも大きな樹々など見たこと無かったわしは、
彼女が別れのあいさつをする様を、父祖の偉大なる御姿を前に
呆けたようにして見つめていたのだ」
やがて別れを惜しむような思い出話を終えると、彼の相棒はゆっくりとダディに背を向けて父祖の根元まで歩んで行き、
その御身に寄り添うようにして目を閉じた。
するとどうだろう、にわかに辺りがざわつき始めたかと思うと、今まで動くものの無かった聖域の中で、
大父祖の巨大な根がまるで意志持つ蛇のように蠢くと、目を閉じ寄り添う相棒の身に絡まり始めのだ。
そこでダディは初めて、大父祖の御元に帰るという事の本当の意味を知ると、
堪え切れなくって大父祖の元へ、彼女の元へと向かって駆け出した。
- 209 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:08:41 ID:N71eS1n60
- |(―), 、(―)、|「今にして思えば、わしは彼女に恋をしていたのじゃろう。
父祖様の根が動いて彼女を取り込もうとしているのが分かった瞬間、
わしは自分でもどうしようもない程に焦りうろたえ、走っていた」
もつれるようにして走ってくるダディの姿を認めて、しかし相棒は静止の声を上げた。
自分はこれから偉大なる父祖と一つになり、未来永劫にかの父と共にこの樹海を見守る勤めにあるのだと。
それが、最も古き父祖の実の子たる我らツリーフォークに与えられた、使命なのだ。と。
それでもダディは聞き分けられず、根が絡まるのも頭の枝が折れそうになるのも構わずに父祖の元へ取りついたが、
その時には既に彼の相棒は父祖との合一を果たし、目も口も見えなくなった幹の表面を拳で打っては、慟哭の咆哮を上げるしか無かった。
後には、残酷なまでの静寂と、一つの生が終わって父祖の下に召された事を祝うように、
空を飛んでいく小鳥達のさえずりが僅かに聞こえて来るばかり。
その日、百余年に渡る、長い長い旅路が終わりを告げたのだった。
|(●), 、(●)、|「それからのわしは、彼女を失った悲しみを埋めるべく各地をさ迷った。
再び長い時間が流れて、森もまた少しずつその姿を変えていった。
あの頃の空虚さが埋まったかどうかは、今になっても良く分からない。
だが、時折思い出してはかの大樹の方を見る時、
わしはなんとはなしに、彼女の事を思い出してしまうのだよ」
こうして、ダディの長きに渡る旅の話もまた終わりを迎えた。最愛の人を失ってからダディが辿った旅路は、
皮肉なことに彼女と旅した時間よりも長かったが、そこで経験した多くの出来事は、
彼が相棒と共に過ごした百年のそれには敵わなかったのだろうか。
そんな事を考えてしまうと、エルフの子供達は何となく悲しい気持ちになってしまい、
ダディのその罅割れだらけの茶色い幹を真っすぐに見つめる事が出来なかった。
- 210 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:11:19 ID:N71eS1n60
- ( ´ω`)「……」
ξ゚听)ξ「……」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほ。お主たちがそんな顔をするでない。所詮は年寄りの昔語り。
お前さん達が父祖様の下を訪れたと聞いて、ふっと思い出したに過ぎんよ」
( ´ω`)「でも、なんだかダディ、寂しそうだお……」
|(●), 、(●)、|「寂しくなんぞありゃあせんよ。
確かに彼女はわしの生において特別な存在だったが、
何も彼女以外の人々と出会わなかったわけじゃあない」
ξ゚听)ξ「……」
|(●), 、(●)、|「現に、今もこうしてわしの頭をねぐらにしてくれるおちびさんもおる」
(*><)「です!です!」
|(●), 、(●)、|「それに、お前さんたちみたいなエルフのちびっこ達が、
迷子になってくることもあることのじゃ。それをして、どうして寂しいなどと言えようか」
( ^ω^)「おお……」
|(●), 、(●)、|「少なくとも、わしはこの四百年の旅の事を、後悔などはしておらんよ。
長い長い、生なのだ。出会いがあって別れがある。涙を流す事もたまにある。
けれども、それが生きるという事で、だからわしはこうして今も、
愚にもつかん思い出話をお前さん達に語って聞かせているのだよ」
- 211 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:13:48 ID:N71eS1n60
- 古老の言葉の端々には、五百年という、エルフ達にとっては想像もつかないような時の流れの中を生きて来た事による疲れの中にも、
彼が今までに見て来た一瞬一瞬の閃きのような何かが見え隠れしていて、
子供達はその「何か」が一体何なのかとそれぞれに胸の内で考えてはみるのだが、
まだまだ年若い彼らにとっては全く持って想像もつかないものなのだった。
|(●), 、(●)、|「ふむ、随分と長話をしてしまったの。さあさ、おちびさん達、今日はもう遅い。
難しい事は考えんでいいから、今日はわしの頭の上で眠るがよい」
わっさわっさと枝葉を揺らしてダディが告げる事で、その日の語らいはひとまずのお開きとなる。
エルフの子供達は微かにこれからの帰路の事を考えはしたが、一度考え出せば無くした背負い袋や、
ここから枝苔の里までの道筋などと実に込み入って煩雑な事になるのは目に見えていたし、
今日の所は少しずつ這い寄って来た眠気に任せる事にして、古老の幹を登った。
(*><)「ブーン!ツーン!一緒に寝るんですー!」
(*^ω^)「おっおっ!大賛成だおー!」
ξ゚听)ξ「ちょっとブーン、もう少し詰めなさいよね。あたしが落ちちゃうでしょうが」
このようにして、新たな出会いの夜は更けていくのだった。
- 212 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:15:45 ID:N71eS1n60
〜3〜
――夜百合の花弁が窄まり、妖精達が欠伸を堪えながらに花畑へと舞い戻ってくる頃、樹海の空に朝日が昇る。
朝露を啜る為に早起きな小鳥が羽ばたけば、木々の枝々は微かに揺れて瑞々しい葉の滴を辺りに撒き散らした。
大樹の枝の上を寝床にする、というのはエルフの子供達にとっては初めての試みであった。
一流のエルフの狩人ともなれば、木々の上で幾晩も過ごすことなど造作もないのだろうが、幼い彼らにとってはそうもいかない。
一晩を過ごしただけでも彼らの全身は軋むようにして痛み、ビロードが元気な声で起こしに来ると二人は苦痛に歪んだ顔でもって朝の挨拶を口にするのだった。
(*><)「ふぃひひひひ!ブーンもツンも“なんじゃくもん”なんです!」
ξ;゚听)ξ「そんな事言ったって…あいちち…しょうがないじゃ…ないの!あだだだ!」
(;^ω^)「おおお…ぐぬぬぬ…むおおおお……」
調子に乗ったビロードが二人の間をからかうようにしてぶんぶんと飛び回れば、
悔し紛れに一つ目に物見せてやりたくもなったが、悲しいかな、今の二人にそのような余裕などあるわけもない。
一夜明けてすっかりこのエルフの子供達に慣れたのか、昨日までのびくついたビロードの姿はそこには無く、
代わりにそこに居たのは生意気盛りの小さなセムの少年であった。
この変わり様には二人も少しばかり面くらいもしたが、こうして新たな友人と打ち解けることが出来たというのは喜ぶべきことだとして明るい気持ちのままに古老の枝から下へと降り立った。
- 213 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:16:55 ID:N71eS1n60
- 眩く輝く朝日の下で、昨日の残りのヒヒダケを朝食としてそれぞれ一切れずつ食べると、
いよいよもって楽しげな表情を浮かべたビロードが口火を切った。
(*><)「そ、それじゃあ今日は僕がここら辺を案内してあげるんです!」
( ^ω^)「おっ!おっ!そいつは楽しみだお!今日一日、宜しくお願い――」
ξ;゚听)ξ「ちょっと、ブーン、あたしたちそんな事してる場合じゃないでしょ」
(;^ω^)「お、そうだったお……」
( ><)「ふえ?」
ξ゚听)ξ「あのね、ビロード。私達、今日にでもここを発たないといけないの」
(;><)「え?え?」
ξ゚听)ξ「折角こうして出会えたばかりで、直ぐにさようならするっていうのも寂しいんだけど…」
|(●), 、(●)、|「……」
ξ゚听)ξ「もう、随分と長い事里から離れちゃってるしね。これでも一応、私も村の薬師だし、早いところ帰らないと……」
(;><)「そんな……」
紫真珠のような瞳を見開いて、わなわなと震えるビロードを前にして流石のツンもこれ以上言葉を紡ぐのが苦しくなって口を閉ざす。
実際、ツンもまたこの小さな友人と別れねばら無いという事実に言いようもない程の寂しさを感じているのだ。
- 214 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:18:12 ID:N71eS1n60
- (;><)「そんな…だって…昨日会ったばっかりなのに……」
(;´ω`)「おっ、本当にごめんお。僕もホントはさよならなんかしたくないんだお……」
(;><)「そ、それじゃあどうしてバイバイするんです!?もっとここに居ればいいのに!」
ξ;‐凵])ξ「だから、そう言うわけにもいかないの…本当に、残念だけど……」
( ><)「そんなのわかんないんです!バイバイしたくなかったらここに居ればいいんです!
そんなのおかしいんです!」
|;(●), 、(●)、|「これ、ビロード、あまり無理を言っては……」
(。><)「あーん!あーん!わかんないんです!僕にはわかんないんです!」
一声叫ぶや否や、遂にビロードは泣きだしてしまう。
二人の腰ほどしか無い小さな身体を思い切り震わせて抗うその姿に、エルフの子供達もどうしていいか分からずにうろたえるしか無かった。
最早どのようにして収集をつければいいのかも分からぬこの場で、しかしというか流石というか、
ダディだけは歳の甲とも言うべき冷静さで静かに口を開くと、枯れ枝のようなその大きな手でビロードの頭を撫でた。
|(●), 、(●)、|「もうそこら辺にしておきなさい、ビロード。二人も困っているじゃろうが」
(。><)「だって、だって……」
|(●), 、(●)、|「二人だって何も意地悪で言っているのではないのだよ。
ただ、人には帰らなければならない場所というものがあるのだ」
(。><)「……ぐずっ」
- 215 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:19:33 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「昨日も言っただろう。長い生には出会いがあって別れがある。
それはこの大いなる父祖の定めたこの世の掟であり、必然なのだ」
(。><)「そんな、難しい話…分かんないんです……」
|(●), 、(●)、|「――つまり、こんにちはをしたなら、さようならもしなければならない、ということさね」
(。><)「でも……」
|(●), 、(●)、|「じゃが、そのさよならだって、生きていれば“またね”になるやもしれんぞ?
お前さんも二人もまだ若い。何時か、この偉大なる父祖の腕(かいな)の中で、再び会う事になるやもしれん。
そう考えてみれば、少しだけわくわくもしないか?」
(。><)「うぅぅ…本当です?」
そこでダディはちらりとエルフの子供達へと視線を向ける。二人の会話を聞いていたブーンとツンは、ただ黙って、古老の瞳にしっかりとした頷きを返した。
|(●), 、(●)、|「ああ、本当だとも。わしが保障しよう。生ある限り、いいや、その生が尽きたとしても、
この母なる樹海がある限り、わしらは巡り巡って再びまた出会う」
(。><)「嘘じゃないです?」
|(●), 、(●)、|「わしが嘘をついたことがあるか?」
(。><)「……たまに歳をごまかすんです」
|(●), 、(●)、|「五百年も生きておれば自分の歳を忘れる事もあるわい」
- 216 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:21:00 ID:N71eS1n60
- 古老の言葉を咀嚼するようにしてセムの少年は俯く。
自分の中の苦悩と戦っているのだろうか。随分と長い間、そうやってビロードは考え込んでいたが、
やがてゆっくりと顔を上げると、涙を堪えるようにして震える声で呟いた。
(。><)「じゃあ…今だけ、バイバイするんです……」
絞り出すような少年の決断の言葉に、古老は優しげに頷くとブーンとツンの方へと視線を向けた。
|(●), 、(●)、|「さて、随分とうちの洟垂れ坊やが迷惑を掛けてしまったが、
お前さん達だって何も今すぐに発とうというわけじゃあ、ありゃせんだろう?」
ξ゚听)ξ「ええ、発つにしても、食料とかの準備もしなきゃいけないし、
ここから里までの道だってまだ分からないし……」
|(●), 、(●)、|「だったら、今日一日はその準備に充てる事にして、
ここを発つのは明日にしたらどうじゃね?
そうしてくれれば、ビロードも喜ぶじゃろうて」
( ^ω^)「おっおっ!そうするお!」
|(●), 、(●)、|「それと、ここから枝苔の里までの道についてじゃが、
これはビロードに道中の案内を任せようかの」
(*><)「ふぇ?」
思わぬその言葉にビロードがにわかに古老を振り仰げば、この粋なツリーフォークの老人は悪戯っぽく笑うとその左の眼を微かに細めた。
- 217 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:22:18 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「大ざっぱな道のりは二人にも教えるが、
ここいらの道ならお前さんにだってわかるだろう?」
(*><)「も、勿論分かるんです!」
|(●), 、(●)、|「二人の事を、しっかりと“見送って”あげなさい」
(*><)「ま、まーかせるんです!」
|(●), 、(●)、|「うむ、良い返事じゃ」
こうしてビロードが満面の笑みを浮かべると、いよいよもってブーン達は旅立ちの準備を進める為に早速動き始めた。
お説教に時間を割かれた為に既に日は上がり切っていたが、南中する前の刻限であれば一日を丸ごと費やすまでもなく準備は整いそうだった。
ビロードとツンが二人揃ってダディに里までの道筋を聞いて覚えるのを待ってから、
ビロードの案内で広場を出ると、三人は旅に必要な食糧と万が一の為の薬草類を補充する為に森の木々の間へと分け入っていく。
ビロードに教えられた薬草の群生地でツンがしゃがみ込んで木々の根元をまさぐる合間に、
ブーンとビロードの少年二人は岩場の陰で一休みする鹿や森山羊などを追いかけ回していた。
フサに教えられたとおりの手順で息を殺して忍びよれば、最初の一頭は苦もなく仕留める事ができ、
ビロードも喝采を上げてくれるのだが、どうしてもそれなりに長い旅路になる以上多く狩る必要があった。
新たな獲物を探して動こうとすれば、自然とツンからも距離が離れてしまう事になり、
その度に顔を上げたツンがあまり遠くに行かないようにたしなめるのだが、
少年が二人も合わされば多少の無茶もしでかすもので、中々に言う事を聞かない二人に遂に堪忍袋の緒が切れたツンが立ち上がると、
後は自分が弓で狩るからと二人は薬草を蓄えた籠を押しつけられるのだった。
- 218 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:28:36 ID:N71eS1n60
- お天道様が三人の真上に輝く頃には、ツンの類稀なる弓さばきによって牡鹿と狐が一頭、根兎が二羽ずつを仕留め終え、
これだけあれば食料は十分だと判断した三人は、昼食を採るべくヒヒダケが群生する昨日の広場に戻って来る。
昨日、ツンがその腹の上で綺羅星の姫君を演じていたトロールの骸は未だにそこに伏しており、
ブーンがこの肥満体をばらして何か旅に役立つものを作れないかと問えば、薬師の娘の面目躍起とばかりにツンが口を開き、
トロールの腹から採れる油は火を灯すのに使える他に軟膏としての効能も非常に高い一品であることを告げた。
これを聞いて二人の少年はにわかに盛り上がると、ビロードがダディの頭の上から小さな薬壺を引っ張り出してくる間に、
ブーンがその自慢の曲刀を森の蛮族の分厚いどてっぱらに突き立てて、汗まみれになりながらも苦心して脂を採りだす。
お世辞にも食欲が湧くようなものではないこの光景に、ツンは早々にブーンの側から離れると一人小川のほとりに腰かけて、
さらさらと流れるその清水に白く滑らかな足を晒して鼻歌を歌っていた。
小さなセムの少年もまた、戻ってくる途中で彼女の楽しげな様子に自分も加わった為に、
ブーンはそれから二人が水遊びに飽きるまでの二刻(約一時間)ばかりの間、一人孤独にトロールのはらわたと格闘していたのだった。
かようにして一面が屠殺場と化してしまった件の広場ではとても昼食など採っていられるものではなく、
せめてもの後始末としてブーンとツンの二人でトロールの遺骸を目につかない木々の群れまで運んで行った後は、
吐き気を催す血臭を小川で洗い流してからダディ達の広場で遅めの昼食を採ることにした。
例によって例の如く、昨晩の残りのヒヒダケを夜百合の蜜につけて齧りながら四人が談笑する中、
ブーンは得意げにその胸元から小さな白い歯のようなものをとり出して見せれば、
それはどうやらかのトロールの口の中に生えてあった牙のようで、何とも生臭い臭いを漂わせるそれにツンが顔をしかめて悪態をつくのを見ながら、
自分が直接に討ち取ったわけでもないのにブーンは誇らしげな顔でそれを胸元にしまうのだった。
このようにして、早い段階で明日の旅支度を終えてしまえば、後は別段とりたててしなければいけないこともないので、
三人は食後の満腹感がひと段落つくまで夜百合の閉じた蕾を眺めながら芝生の上をごろごろと転がり、
まどろむようにして鼻歌などを口ずさんだりした。
- 219 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:30:46 ID:N71eS1n60
- やがてビロードがにわかに跳ね起きて遊びに行こうと言いだせば、これに反対するものは無く、
とっておきの場所に案内するというセムの少年の弁に従って三人は小川の流れを今度は遡って木々の林を進んで行く。
ふらふらと舞い飛ぶ紫の羽の後ろを二人がついて行く事半刻(約15分)ばかり、
鬱蒼とした木々の林を抜けた先にはこれもまた小さな小さな広場があり、
そこにはブーンとツンが見たヒヒダケよりも更に大きい、少年少女の背丈ほどもある極彩色の茸がぽつぽつと生えているのだった。
一体これは何なのかとエルフの子供達が目を丸くする間にも、ビロードは巨大茸の傘に飛び乗るとその上でてしてしと小さく飛び上がる。
するとどうだろう、セム族の少年の脚で踏まれた茸が何とも珍妙奇天烈な音を立てたではないか。
ぷう、だとかぴいだとか言う間の抜けたその音を聴いて、ブーンとツンの二人が顔を見合わせ思わず噴き出せば、
ビロードもまた飛び上がりながらに腹を抱えて笑いだし、こっちへ来るように四つの腕で手招きしてみせた。
恐る恐るお化け茸に近付いた二人は、初めはおっかなびっくりといった様子で茸の傘をつついていたが、
やがてブーンが思い切って傘の上に飛び乗るや、ぶぶうというまるでトロールのひり出す屁のような音が響き渡り、
遂に堪え切れなくなったツンはわき腹を抑えて芝生の上を転げ回った。
こうして摩訶不思議なるお化け茸の立てる珍妙なる音に愉快も極まった三人は、
手当たり次第に傘の上を跳ねまわっては、間の抜けたその音色にいちいち腹を抱えて笑い合い、
気でも違ったかのようにして午後のひと時を過ごしたのだった。
やがて笑い疲れて誰にもとなく芝生の上に寝転がると、三人は頭を並べて木々の合間から見える空をぼんやりと見るともなしに見上げ、
時折互いの顔を覗いてはくすくすと忍び笑いを漏らす。
ブーンもツンもビロードも、ここまで腹の底から笑ったのは実に久しぶりの事で、
満ち足りた顔で空を見上げる三人は、自然とその手を芝生の上で繋ぐ形となった。
- 220 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:32:09 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「今日は、本当に楽しかったお」
ξ゚ー゚)ξ「ええ、ホントに。こんなに笑ったのなんて何年ぶりかしら」
( ><)「また今度、遊びに来るんです!そしたら今度は、
もっともっと面白い所に連れて行ってあげるんです!」
( ^ω^)「おっおっおっ!そいつは楽しみだお」
ξ゚听)ξ「約束よ?本当に今日より面白い所じゃないと、許さないんだからね」
(*><)「だーいじょーぶなんです!僕を信じるんです!」
傾き始めたお天道様を見上げて、三人はそれぞれの顔を見ては再びくすくすと笑い合う。
今日という一日の終わりを彩る茜空の下で、子供達は今この刹那の一つ一つを心の奥底に刻みつけようと、
強く、強く、その光景を睨みつけた。
夕日の残照が溶け落ちてしまいそうな頃合いになると、三人は誰はともなしに立ち上がると、
ダディの居る広場を目指してきた道を戻っていく。
はしゃぎ過ぎて疲れたのか、道中で船をこぎ始めたビロードをブーンがおぶると、
最初は堪えるような素振りを見せていたビロードもエルフの少年の背の上で直ぐにか細い寝息を立て始めた。
( ^ω^)「おっおっ。はしゃぎ疲れて寝ちゃうなんて、ビロードはまだまだ子供だお」
ξ゚ー゚)ξ「あらあら、あんたの口からそんな言葉が出て来るなんて驚きね。
昨日、私に泣きついて鼻水塗れになっていたのは何処のどちらさんかしら?」
(;^ω^)「おお…そ、それを言うのは反則だお……」
ξ゚ー゚)ξ「ふふ、まったく私の周りの男どもときたら、みんながみんな赤ん坊みたいで困っちゃうわ」
- 221 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:33:28 ID:N71eS1n60
- 幼馴染に向かって皮肉を投げるツンも、今日の所はその口元に何時もの毒気は微塵も見当たらず、
後ろで両手を組んで若草色のおさげ髪を揺らす様は、さしずめ少年達の面倒をみる厳しくも優しい姉貴分といったところだった。
( ^ω^)「枝苔の里に帰っても、何時かまたきっと、ビロードに会いに来るお」
ξ゚ー゚)ξ「その時まで、ビロードに恥ずかしくないような大人のエルフの男になれるかしら?」
(*^ω^)=3「ふふん、今だってビロードには負けてないお」
ξ゚ー゚)ξ「あららら、これはまた随分と頼もしいことですねえ。そうやって油断してると、
ビロードに追い越されるかもよ?」
(*^ω^)「僕の目標はフサみたいな逞しい男なんだお!
今はまだ修行が足りないけど、だからこそ僕が油断することなんてありえないお!」
ξ゚ー゚)ξ「そうね…また今度ビロードと会う時は、きっとフサともまた会いましょう。
そこで、フサにどっちが逞しい男かを決めて貰うっていうのはどうかしら?」
( ^ω^)「望むところだお!」
また今度、会う時までを思い描いて希望を膨らませる少年と、その傍らで肩を竦めながらも優しく微笑む少女。
そして、少年の背で無垢な寝顔を浮かべる小さな小さなその友人。
三人の前には未だ見果てぬ道がどこまで続いており、もしもこの場にフサが居たのなら、
夕焼け空を背景にその先へと進んで行く子供達は、樹海の恵みの中で確かに逞しく育っていくのだろうと、そう確信したに違いなかった。
- 222 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:35:03 ID:N71eS1n60
- 再びダディの広場に戻ってきた二人は、ブーンの背中で寝息を立てるビロードを古老の頭の枝葉の上にそっと寝かせると、
最後に残っていたヒヒダケを流石に少しばかり飽きて来たような顔で齧り、
明日から始まる長旅の前の最終点検として例の如くビロードが引っ張り出してきた新しい背負い袋の中身を確認する。
必要なものが全て揃っている事を確かめた二人が、そろそろ明日に向けて英気を養うべく寝床へ移ろうとすると、
二人の様子を見守っていたダディがそっとその口を開いた。
|(●), 、(●)、|「二人とも、今日はうちの洟垂れ小僧に付き合わせてしもうて、すまなんだなあ」
( ^ω^)「おっ?別に僕達はそんなつもりは……」
|(●), 、(●)、|「いやはや、何とも我儘な子に育ってしまって、
わしとしても恥ずかしい限りじゃよ」
( ^ω^)「そんな、我儘だなんて。僕だって、ビロードとお別れするなんて本当は嫌だお」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほっ。実を言うと、わしもじゃよ」
( ^ω^)「おっおっおっ」
|(●), 、(●)、|「――これで最後というわけでもないのじゃが…聞いて、くれるか」
( ^ω^)゚听)ξ「?」
|(●), 、(●)、|「昨日、セムの一族はここからずっと南に行った黒羊ヶ森とその周りに、
集落を築いて暮らしていると、そう言ったのは覚えておるか?」
( ^ω^)「おっおっ。そう言えばそんな事も言っていたおね」
- 223 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:40:31 ID:N71eS1n60
- |(●), 、(●)、|「黒羊ヶ森はここから20クート(約300キロ)も離れておる。
それなのに、どうしてまだ幼いビロードがここでわしと共に暮らしているか、
お前さん達は不思議には思わなかったか?」
( ^ω^)「おお……」
ξ゚听)ξ「確かに、言われてみればそうだけど……」
もったいぶるようなその物言いにも素直に二人が首を傾げるのを見て、古老は少しばかり苦笑すると、先よりも重く低い声で続きを口にした。
|(●), 、(●)、|「あの子は…ビロードはな、その黒羊ヶ森のセム達から追放された、忌み子なのじゃよ」
( ^ω^)「いみ…ご…?」
ξ;゚听)ξ「――忌み子……」
ブーンが言葉の意味も分からずオウム返しにするのに対し、その意味を理解するツンの顔はにわかに暗く曇る。
|(●), 、(●)、|「あの子の羽と瞳が紫色をしているのは、二人とも見てわかるじゃろう?
セムの一族の間では、古くから紫羽は魔を呼ぶ子として嫌われておってな…
まだ右も左も分からぬうち、里の外に捨てられていたのをわしが見つけて、
ここに連れて来たと、こいうわけなんじゃよ」
- 224 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:42:42 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「ビロードが、捨てられた子……」
ふと、ブーンの頭の中を、幼き日の幻影が刹那に横切りかすめる。
枝苔の里、その近くの湧水で泣き腫らしていたという四つの頃の自分。確かな事は覚えていないとはいえ、それはなんだか、ビロードの境遇と似ているような所があるように思えた。
|(●), 、(●)、|「生まれてから直ぐに里から追放されたとはいえ、
里に居る間はきっと皆々から忌避され、蔑まれたのじゃろうな。
物心がつく前のこととはいえ、頭のどこかではきっとその時の事を覚えているのじゃろう。
あの子は、わし以外の者に対して、極端なまでに怯えるのじゃよ」
言われて、ブーンの中で意識していなかった違和感が、ぼうっと浮き上がってきてはっきりとした形をとった。
初めて自分と会った時の怯えたようなビロードの顔に、そのような悲しい意味があったのかと思うと、
ブーンは胸の奥底がきりきりと痛むような錯覚を覚えた。
|(●), 、(●)、|「じゃから、お前さん方が崖の上から落ちて来て、
あの子と仲良くなってくれたことには、本当に、本当に感謝してもしきれんのじゃよ」
ξ;゚听)ξ「そんな、別に私達は…普通に喋っていただけで、そうやって感謝されるようなことは何も……」
|(●), 、(●)、|「そんな普通の事さえも、あの子にはとんと縁が無かったから、言うておるのじゃよ。
わしが言うのもなんじゃがな、恐らくはお前さん方があの子にとって、
生まれて初めての“友達”だったんじゃよ。
だから、お前さん方がここを離れなければならないと言った時、
あそこまで駄々をこねたのじゃろうて」
- 225 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:44:11 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「僕達が初めての友達かお……」
自分の家族に捨てられて、森の中で一人ぼっち。
ダディのような優しいツリーフォークと共に暮らしていたとはいえ、一体ビロードはどれだけの寂しい夜を古老と共に過ごしたのだろう。
ミセリとツンという家族に囲まれて、里の人々に呆れられながらも暖かく接して貰っていたブーンの十三年の生からは、
ビロードが抱えて来たであろう孤独は容易に想像する事も叶わなかった。
|(●), 、(●)、|「ほっほっほっ。まあまあそんなに重たく考えないでおくれ。
あの子もお前達の前では年相応のセムの子として振舞いたいじゃろう。
どうか、明日からの旅の中でもビロードには今まで通り接してやっておくれ」
(;^ω^)「おぉ…出来るかどうか、ちょっと自信がないお……」
|(●), 、(●)、|「本当ならばこんな話をする必要など無いのじゃがな……。
お前さん方ならば、この老いぼれの我儘を聞いてくれるかと思って、
甘えてみたのじゃが…矢張り少しばかり厚かましかったかの」
(;^ω^)「そんな事無いお!僕だって、ビロードと仲良くしたいお!
ただちょっとその、知らないふりーなんて出来る自信がないだけだお」
ξ゚听)ξ「何言ってるの。あんたなんかどうせこのまま寝て起きて、
朝になったら綺麗さっぱり忘れてるわよ。この上ない得意分野じゃない」
(;^ω^)「ぼ、僕だってそこまで図太くないお!これでも意外と繊細なんだお!」
ξ--)ξ「はいはいそうですねー」
- 226 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:45:15 ID:N71eS1n60
- 気の抜けたようなやり取りをする二人のエルフの子らを前に、古老はしばらく面くらったかのような顔をしていたが、
やがて我に返ったかのように破顔すると、くつくつとした忍び笑いを漏らして二人を見下ろした。
|(⌒), 、(⌒)、|「いやはや、これはまたまっこともって愉快な子らじゃて。
これならば、ビロードのことも安心して任せられるわい」
(;^ω^)「お?おお。おお…おおお?」
|(●), 、(●)、|「あの子は、種族は違えどわしの孫のようなものじゃ。
お前さん方さえよければ、この先もずっと、仲良くしてくれると有り難い」
(*^ω^)ノ「おっおっおっー!それについては任せるお!」
元気良く拳を振り上げて頷くブーンを見て、古老は満足したような頬笑みをその罅割れた幹の上に浮かべる。
夕闇が迫る広場の中では、夜百合の蕾が開き始め、夜に向けて悪戯な妖精達が起き出してくる頃合いになっていた。
- 227 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:46:37 ID:N71eS1n60
〜4〜
――それは、考えても見ればエルフの子供達の生においては、本当に一刹那の出来毎に他ならなかった。
崖から落ちた二人が、目を覚ましてから僅かに一日と少しばかり。
時間にすれば、崖の上でフサと過ごした時間よりもほんの少しだけ長いばかりのその束の間の触れ合いは、
しかしブーンとツンにとっては確かに掛け替えの無いものとなっていた。
( ^ω^)「食料よーし、刀よーし、靴紐よーし、元気よーし!」
ξ゚听)ξ「ちょっと、トロールの油は私に寄こしなさいよね。
あんたが持ってたらすっ転んだ拍子に壺ごと割っちゃうでしょ」
( ><)「まだらの木を右に行ったら、おっきな岩が見えて来て…えーとえーと……」
|(●), 、(●)、|「そこを真っすぐ進んで、木々が少し開けたらそこから北じゃよ」
(;><)「北って右?左?どっちなんです?」
朝もやのけぶる夜百合の広場の中、いよいよもって出発に向けての最終確認を行う三人の顔に浮かぶのは三者三様で、
これからのお別れに向けての旅路に対する諸々の感慨などは今はその表面には浮いてきていない様子だった。
昨日、半日を掛けて準備を終えていたとはいえ、旅そのものが急なものであった為にその出発前は否応にも慌ただしくなってしまい、
三人共にそのようなことを考えている暇が無かったのだろう。
何よりも、まだ旅も始まっていないうちから、この子供達がそのような感傷的な事を考えるつもりなど毛頭なかったのだろうが、
それでもダディにとってはエルフの子供達とここでしばしの別れとなる事に変わりはない。
どたばたと背負い袋を引っかき回す三人の様子を黙って見つめる古老はしかし、
少しばかりの寂しさを浮かべた瞳の奥にも、泰然とした風貌を崩す事は無かった。
ξ゚听)ξ「――はい、これでもう大丈夫ね?」
- 228 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:48:02 ID:N71eS1n60
- (*^ω^)ノ「おっおっ!準備万端、だお!」
(*><)ノ「準備万端、なんです!」
やがて、諸々の準備をようやくにして済ませた三人が、この古老の前に一列に並ぶと、
ダディはその深い理知を湛えた瞳を線のように細めて、自らの孫達を見降ろす。
それぞれがそれぞれ、真新しい背負い袋を担いだ子供達は、実に晴れやかな顔でダディを見上げては、
思い思いにその口を開いて別れのあいさつを告げるのだった。
( ^ω^)「ほんの短い間だったけど、ダディと会えて楽しかったお。
僕達は一旦里に帰っちゃうけど、きっとまた何時か会いに来るお。
その時まで、本当の名前を思い出しておいてくれお!」
|(●), 、(●)、|「ほっほっほ!自信は無いが、そう言われたからには努力しようかの」
ξ゚ー゚)ξ「また会う時まで、ちゃんと私達の事待っててね。
ダディには、枝苔の里の薬師として聞きたい事がまだまだ山ほどあるんだから」
|(●), 、(●)、|「おお、おお、そうじゃなあ。
この老いぼれが覚えている限りの事じゃったら、好きなだけ聞かせてやろう。
それまでわしもせいぜい長生きせんとのう」
( ><)「……」
|(●), 、(●)、|「さて、最後はそこなおちびさんじゃが……」
- 229 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:49:54 ID:N71eS1n60
- (;><)「えーと……えーと……」
|(●), 、(●)、|「お前さんとは、これから先も暫くは共に暮らすじゃろうから、
別れの言葉というのとは違うのじゃが……」
(;><)「ふぇ?」
|(●), 、(●)、|「出発するに当たって、一つだけ。言わせてもらうとするかの」
(;><)「な、何なんです?」
顎鬚のような苔を撫でながら、愛おしむようにして孫の顔を見つめると、やがて古老は乾いた目尻に皺を寄せて言った。
|(●), 、(●)、|「ブーンにツンの二人は、お前さんにはもったいないくらいの友達じゃ。
愛想を尽かされないように、大切にするんじゃぞ」
(;><)「そ、そんなの言われなくても分かってるんです!余計なお世話なんです!」
|(⌒), 、(⌒)、|「ほーほっほっほっ!そいつは大いに結構!それでこそ、わしの孫よのう!」
(;><)「え…うえ…?」
|(●), 、(●)、|「――気をつけて、行ってくるのじゃぞ」
(*><)「は、はい!行ってくるんです!」
- 230 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:50:41 ID:N71eS1n60
- 森の古老に大きく手を振りながら、三人は日の当たる広場を後にする。
朝霧が薄くなり始めた森の中へと一歩踏み出せば、
そこには前も見えない程に果てしなく広がる木々の群れ。
新たな友を加えたブーンとツンは、こうして故郷へと向けて二度目の旅に出るのだった。
- 231 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:52:13 ID:N71eS1n60
〜5〜
――見渡す限りに木々一色、昼なお暗き樹海の懐の中。
ブーンとツンにとっては既にこの数日のうちに見慣れ果ててしまったこの光景も、
旅というものを初めて経験するビロードにとっては目に映るもの全てが新鮮だ。
実際の所はこの小さきセムの少年も、樹海の木々の間を日々舞い飛んでいる以上、
別段に珍しいことでも無いのではあるが、友と一緒の旅という名目が加われば、
そのように見慣れた筈の景色もまた、退屈から一転して色どり鮮やかな万華鏡の様相を呈する。
低木から垂れさがった長衣苔も、木々の根元に屯するアミガサダケも、盛り上がった地面の側面に空いた穴からこちらを窺う根兎も、
初めて出来た友の横で見たならば、それは即ち初めての体験に他ならなかった。
(*><)「見るです見るです!子猿の兄弟が鬼ごっこしてるんです!」
( ^ω^)「おっおっおっ。朝早いのに猿たちも元気なもんだお」
ξ゚听)ξ「まるであんた達みたいね」
下生え茂る道なき道を、ダディに教えられた通りの目印を探しながら三人は元気に進んで行く。
紫色の羽を生やしてぶんぶんと飛び回るビロードは、楽しさを抑えきることが出来ない様子でブーン達の周りをせわしなく飛び回るものだから、しまいにはブーンでさえも苦笑を浮かべる始末であった。
(*><)「飛んで〜飛んで〜森の中〜♪スプライトの姉妹が森の中〜♪」
ξ゚听)ξ「聴いたこと無い歌ねえ。ダディに教えて貰ったの?」
(*><)「ですです!スプライトの姉妹って言うんです!ツンも一緒に歌うんです!」
ξ;゚听)ξ「えーと、私は遠慮しておくわ……」
- 232 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:53:22 ID:N71eS1n60
- 広場を出発してから六刻(約三時間)の間、終始賑やかにブーン達の周りを飛び回っていたビロードだったが、
果たして彼の体力はまるで尽きる事の無いと謳われるかのシッスイの湧水の如く、
エルフの少年少女がここいらで少し休憩を入れようと声を上げれば、不思議そうな顔で小首を傾げるという有様だ。
ξ゚听)ξ「今で大体あそこまで来たから、これからもう二刻程歩いた所で岩が見えて来る筈だから……」
(*^ω^)「おっおっー!何だかんだ言ってヒヒダケはやっぱり美味いおー!」
(*><)「ですでっす!毎日食べても飽きないんです!」
ξ#゚听)ξ「こらっ!それは明日の分の晩御飯でしょ!今食べたら駄目でしょうが!」
このようなやり取りも増えて来ると、矢張りツンにとっては世話を焼く弟分がまた一人増えたようなものに他ならず、
しかもこれが二人合わさると二倍どころか四倍にも六倍にも増して何をしでかすか分からないと来たものだから、
彼女の気苦労が絶えると言う事は決してない。
心なしか溜息を吐きだす回数が増えて来たのをぼんやりと悟りながらも、
こうして何時も以上に賑やかになった旅路をツンもまたどこかしら楽しんでいるようではあった。
( ^ω^)「太っちょトロールおりました〜♪樫の木見上げておりました〜♪」
( ><)「リンゴが欲しいと言いました〜♪棍棒振り上げ言いました〜♪」
ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「そこへエルフがやってきて〜♪弓を取り出し言ったとさ〜♪」
( ><)「この矢でリンゴを採ってやろう〜♪あの木をよ〜く見ていなさい〜♪リンゴをじ〜っと見ていなさい〜♪」
- 233 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:54:14 ID:N71eS1n60
- ( ^ω^)「間抜けなトロール木を見上げ〜♪哀れエルフの矢で射られ〜♪」
ξ*゚听)ξ「ま、真っ赤なリンゴはお前の頭あ〜♪間抜けな太っちょのすかすか頭〜♪」
( ^ω^)「……」
( ><)「……」
ξ;゚听)ξ「あ、あによ……」
( ^ω^)「いや、別に……」
( ><)「別に…なんでもないんです……」
ξ;゚听)ξ「い、言いたい事があるならはっきりと言いなさいよ」
( ^ω^)「べっつに〜」
( ><)「何にもないんです〜」
ξ#゚听)ξ「こっの――!」
ヾ( ^ω^)ノ「わーいツンが怒った〜」
( ><)「にっげろ〜」
- 234 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:56:38 ID:N71eS1n60
- かように騒がしい道中、気が付けば日は既に南中しきり、僅かに西へと傾き始めている。
昼食時であることにはたと気がついた三人は、5トール(約6メートル)程もある真新しい切り株の上に腰を下ろすと、
スイの根で火を起こして背負い袋の中からと笹の葉に包んだ鹿肉を取り出し、
行きがけに汲んできた小川の水を水袋から飲みつつ一日目の昼飯とした。
( )^ω^()「おっおっおっ。何時…飲み込めばいいか…んぐんぐ…分かんないお」
( ><)「でふ…でふ……」
ξ゚听)ξ「こんなに大きな切り株があるなんて、珍しいわね」
明らかに鋸か何かで横一文字に切られたであろう、滑らかな切断面を白い手で撫でながら、ツンはその細い首を傾げる。
刃物を扱っているとなると、これはもう人の手によるもの以外の何物でもないのだが、
だとするとこの近くには随分と罰当たりなエルフが居たものだ。
( ^ω^)「ツンは食べないのかおー?」
ξ゚听)ξ「これっ」
( ^ω(#)「まだ何もしてないお……」
( ><)「ふぃひひ!“いんがおうほう”!なんです!」
相も変わらず間の抜けた事ばかりする少年達に向き直ったツンは、
自分もまた早々に昼食を片付けてしまうべくして背負い袋の中へと腕を滑らせる。
ざらざらとした笹の葉の感触を指先に感じて引き抜こうとした時、彼女の耳にその音は届いた。
- 235 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:57:42 ID:N71eS1n60
- 落ち葉を踏みしめる、乾いたその音にとっさに顔を上げれば、果たして林の向こうからこちらへと近付いてくる人影があった。
否、それは人の形こそしてはいたが、決してツンが知るようなエルフや人間などでは無い。
異常なまでにか細い体躯と、茶色と灰色の中間のような色合いの肌は酷くがさがさとしており、
ひょろりと伸びた頭の先は枯れ木の枝のように幾筋にも分かれている。
ξ;゚听)ξ「もしかして、あれがダディの言ってたスプリガンなの……?」
枯れ木、まさにそう形容することこそ相応しいその人型の生き物は、ツン達こそ初めてその姿を目にする為にはっきりとした確証は無かったが、
昨晩ダディの話の中に出て来た意志持つ樹木の化身と言われるスプリガンのそれと似たような姿なのであった。
(;^ω^)「ビロードは、下がってるお」
(;><)「は、はいですっ」
ブーンがビロードを庇うようにして前に出ると、腰の曲刀抜いて正眼に構える。
既に向こうがこちらを見つけている以上、今から不意打ちというわけにもいかない。
右隣で幼馴染が弓に矢をつがえるのを横目で確認すると、ブーンはこの突然の襲撃者を相手にどう渡り合うべきかと考えを巡らせる。
彼我の距離は目測で10トール(約12メートル)程。お互い、地を蹴れば直ぐにでも手が届くほどの距離だ。
ツンもそのことを知ってか、前をブーンに任せると言わんばかりにじりじりと後退してスプリガンと距離を取ろうとしていた。
(;^ω^)「ツン、どうするお…?」
ξ;゚听)ξ「どうするもこうするも、相手がどんなのか分からないと……」
- 236 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 22:59:18 ID:N71eS1n60
- 囁き声で話し合えば、自分達がこの朽木の化身を目にするのが初めてだと言う事を思い出す。
今まで崖の上の世界の、そのほんの一握りまでしか知らなかった二人にとって、
息巻く獣以外を相手取って立ち回るというのは、全く持って未知の領域であった。
ダディからスプリガンという怪物の話を聞いていたとはいえ、目の前の化け物がそのスプリガンだという確証は無い。
いや、スプリガンだという確証が得られた所で、肝心の対処法については惜しい事にダディから聞いてきていない。
幸いなことに、近くで火の粉を爆ぜさせる焚き火があるからか、
朽木の化身は10トール先で足を止めたままにこちらを睨みつけるばかりで、こちらの方へと近付いてくる気配は無い。
しかし幾らスイの根によって燃え盛る青緑の炎と言えども、燃えている以上はいずれ燃え尽きる。
それまでに、何とかして打開策を考えるしか無かった。
(;^ω^)「真正面からやり合って、勝てると思うかお?」
ξ;゚听)ξ「分からない…そんなの分からないわよ…
何でも私に聞けば解決するだなんて思わないでよね……」
なる程、全く持ってその通りだ、とブーンは胸中で溜息をつく。
分からないのならばどうするか。
今ここには、頼れる熟練の狩人たるフサは居ない。
何時も自分の面倒を見てくれるツンも、よくよく見ればその脚は未知の生物を前にして微かに震えている。
気丈に振舞ってはいるが、先にトロールにさらわれかけた事が知らず知らずのうちに彼女の心の奥底で確かな恐怖となってツンを蝕んでいるのだろう。
落葉の滝で起死回生の逆転劇を見せたあの時の活躍も、これでは望むべくもない。
初めて旅に出たビロードに関しては言うまでもない。今、この場で判断を下せるのは、ブーンにおいては他に居ないのだった。
- 237 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:00:45 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「どうする…どうするお……」
生唾を一つ嚥下し、狂乱しそうになる頭を必死で落ちつけさせる。
自分がどうにかするしかない。二人分の命を否応が無しに背負う事を考えた瞬間、
責任という重圧が凄まじいまでの吐き気となってブーンの喉まで競り上がってきた。
“ベーモスの巣に蜂の巣を投げ込もうが構わない。俺みたいに樹海の外へ旅に出ても構わない”
“だが、その行動の責任は全部自分で取れ。ベーモスに追いかけられようが、樹海の外で飢えに苦しもうが、全て自分で何とかするんだ”
あの晩、モララーが言っていた言葉が頭を過る。
責任とは、果たしてこういうことを言うのだろうか。だとしたら、それは今のブーンにはあまりにも重すぎた。
じり、と微かにスプリガンが一歩を踏み出す。最早、これ以上考えている猶予は無さそうだった。
(;^ω^)「どうする…どうする……」
少年が答えを出せぬ間にも、既に朽木の化身たる襲撃者の腹積もりは決まっているらしい。
落ち葉を踏みしめて今にも飛びかかってこようと、身を折りそのか細い脚に力を込める禍々しい姿に、
ブーンは曲刀の柄を知らず右の手だけで握ると、逆さに持ち替える。
どうする、どうする。
遂に、朽木の化け物がその脚にたわめた力を解き放って、三人へ向かって飛びかかってきた。
両の腕を頭の上で大きく振り被った姿勢で、一番近いブーンへと一直線に跳躍してくる。
一瞬が永遠にも感じられるような錯覚の中、曲刀を握ったブーンの右手が咄嗟に動いて、
すぐ脇で燃え盛る青緑の焚き火の中に差し入れられた。
- 238 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:02:40 ID:N71eS1n60
- 金切り声の絶叫を上げて、スプリガンの両腕が振り下ろされる。
焚き火の炎を舐めたブーンの曲刀がひるがえり、枯れ木のような細い身へと向かって弧を描いて吸い込まれて行く。
間にあえ、間にあえ、間にあえ。頭の中で、ブーンは何度も同じ文句を繰り返す。
瞬間、エルフの少年の右手に確かな手応えが走った。
( ^ω^)「おっ――」
石にぶつけた時のような、硬質な感触。めきっ、という湿った音。相前後、ブーンの頭の上で、枯れ木の両腕が止まった。
(#^ω^)「おおおおおお!」
ここで攻め立てる。一気呵成に裂帛の気合を乗せて右手を振り抜こうとブーンが力を込めれば、
朽木の悪鬼はつんざくような絶叫を上げて抵抗する。
悪鬼が曲刀の刃から逃れようともがくのに合わせ、その枯れ木のような身体の周囲では空気が不自然な渦を巻き始め、
それに吸い上げられるようにして足元の落ち葉が宙を舞う。
どんどんと空気の渦が激しさを増せば、遂にその舞い飛ぶ落ち葉は触れるものを切り裂く緑色の刃の嵐となってブーンに襲いかかってきた。
(#^ω^)「倒れろおおおお!」
緑の竜巻にその身をなぶられ、全身から血の筋をほとばしらせながらも、ブーンはその右手に込める力を緩めることなく押し続ける。
それでも金切り声をあげる悪鬼が抵抗を止めないと見るや、やにわにその左足をずらして悪鬼の脚下を払った。
最早痛みの為にまともな判断が出来なくなっていた悪鬼が一度体勢を崩せば、
既に踏ん張りを再開したブーンの曲刀に押され、その醜く節くれだった姿は傍らで燃え盛る焚き火の中へと倒れて行くしかない。
青緑の焔にその身を焼かれて断末魔の金切り声を振り絞ると、朽木の化身は緑色の螺旋を描くようにしてのたうちまわり、
やがては糸が切れたように動かなくなった。
- 239 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:05:19 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「はあ…はあ…はあ……」
右手の曲刀を逆手に振り抜いた形のまま固まっていたブーンは、スプリガンだった人型の枯れ木を見下ろしながら肩で息をする。
全てが咄嗟の事で考えている時間などありもしなかったが、こうして何もかもが終わってみると、
身体の奥の底の方から、何かがじわじわとこみあげて来るのが分かった。
(;^ω^)「倒した…倒したんだお……」
言葉にすれば、それは確かな形を取ってブーンの胸に刻まれる。
牡鹿を仕留めた時とは比べ物にならない程、遥かに大きな達成感のようなその感情の高ぶりは、
しかし達成感と呼ぶよりかは、生への喜びの方に近いような気もした。
自分は、この手で、この曲刀一つで、自分を襲う悪鬼から自分の命と、後ろの二人を守り切ったのだ。
フサの隣に居た時と違って、歓喜の声が口をついて飛び出してくる事は無い。代わりに口から吐き出されたのは、
安堵の溜息に近い放心と脱力の綯い交ぜになった何かだった。
ξ;゚听)ξ「ブーン!ブーン!大丈夫!?」
後ろで矢をつがえたままに固まっていた幼馴染が、我に返ったように駆け寄ってくる。
全身を緑の刃に切り刻まれて血だらけになった少年の姿を見るや、彼女はベルトポーチに下げたトロールの脂の薬壺を引きぬくと、
言葉を発する暇も惜しんで直ぐ様傷の手当てに取り掛かった。
薬師の娘らしいその的確な判断に、ブーンがぼんやりとした頭の中で舌を巻いていると、
近くの茂みががさがさと動いて、ビロードが頭を覗かせる。
悪鬼の脅威が去っても尚今だ震えが収まらないように見えるセム族の少年は、翅で羽ばたく事も忘れて四つん這いに近付いてくると、
ブーンの治療をするツンの手元を不安げに覗きこんだ。
- 240 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:06:58 ID:N71eS1n60
- (;><)「あ…あう…あうあう……」
(;^ω^)「大丈夫…僕は、大丈夫だお……」
何と声を掛けたらいいのかも分からない様子の小さな友人を安心させるよう声を出して見るも、
ブーンの声は途切れ途切れになってしまい、これでは逆効果やもしれぬ。
実際、身体中のあちこちに切り傷をこさえたとはいえ、一つ一つの傷は浅い。ただ、その量が少しばかり膨大なだけだ。
ツンの繊細な指先で塗られるトロールの脂に顔をしかめつつも、ブーンはぎこちない動作で左の手を上げると、
どうにかこうにか震えないようにして親指を立ててみせる。
(;^ω^)Ъ「おっ…おっ…やあってやったお…!」
途端、ビロードの顔もぱあっと明るくなれば、彼もまた真似をするようにして三つの指のうち一番太い指を上げると、
二つの左手をブーンの前に突き出した。
(*><)ЪЪ「やあってやったんです!」
- 241 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:08:24 ID:N71eS1n60
〜6〜
――ぱちりぱちりと爆ぜ返る火の粉が宙で踊る様をぼんやりと見つめながら、ビロードは左の上の手で振り回していた小枝を焚き火の中へと放り込む。
日は既に没し、月明かりの下でキャンプを張った彼ら森の子供達は、既に夕食の根兎の肉を食べ終えた後で、あとはもうこのまま朝が来るのを待つばかりであった。
結局の所、あれからツンによってブーンも手当を施されたものの、このまま傷を押して進むには多少どころではなく無理がありそうであった為、切り株の所から動かずにそのまま夜を明かそうと言う事に決まったのだった。
こんな傷なんか傷の内に入らないとブーンは強がってみせ、実際歩く分には何も支障は無さそうにも見えたが、今一度スプリガンのような未知の悪鬼に襲われたとなったら、次こそは危うい事を三人はきっちりと理解していた。
特にツンなどは手当てを終えてからというもの、何が何でもブーンに安静にしているようにきつく言い聞かせ、彼が水袋から潤いを得ようとするだけでも自分で動かせようとはせず、水袋を口にあてがってやり甲斐甲斐しく接していた。
何時もはぷんすかぷんすか不機嫌そうにしている彼女は、ブーンが危ない目にあったらあったで随分と過保護になるようで、そんな様子がビロードにとっては少しばかり愉快に見えた。
今も彼女はマントの上で鼾をかくブーンの側に寄り添い、血の滲んだ包帯を取り替える事に精を出している。
今日は自分が寝ずの番をしているからゆっくり休め、という言葉が彼女を口をついて出た時には、あのブーンも目玉を見開いて驚いていたようだったが、ツンに拳骨を振り上げられるや大人しく従った。
( ><)「ツンは、優しいんだか怖いんだかわかんないんです」
ξ゚听)ξ「へ?何か言った?」
(;><)「ななななな何でもないんです」
- 242 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:09:48 ID:N71eS1n60
- 今の所ビロードに対してツンが拳骨を振り上げる事は無かったが、何時なんどきその牙が突き立てるや分かったものでは無い。
それとも知り合ってまだ間もないから、彼女は自分に遠慮しているのだろうか。だとしたら、少し寂しい。
二本目の小枝を焚き火の中に放り込みながら、ビロードはそのような事をぼんやりと考えていた。
ξ゚听)ξ「さ、てと。そろそろあんたも寝なさいな。夜番は私がするわ」
( ><)「で、でもツンだって疲れて……」
ξ゚听)ξ「大丈夫大丈夫。前にもブーンが熱を出した時だって、
徹夜でついてた事もあるのよ。薬師の娘を舐めないでよね」
( ><)「でもぉ……」
ξ゚听)ξ「それに、疲れてるって言ったら朝からはしゃいでたあんたが一番でしょ。
ほらほら、いいから後は私に任せて、さっさと寝ちゃいなさいな」
( ><)「は、はいです……」
ツンは拳も強いけど口も強い。ビロードがこの短い間に学んだ事だった。
根っから気の弱い自分では肝っ玉の座った彼女に抗弁した所で敵わないのはもう分かっていたので、
ビロードは仕方なしにツンが引いてくれたマントの上にころりと横になると、紫真珠の瞳を閉じる。
瞼を降ろせば、直ぐにも昼間のブーンとスプリガンの大立ち回りの様子がありありと思いだされてきて、中々眠れそうにもなかった。
- 243 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:11:46 ID:N71eS1n60
- ぶつかり合う鋼と樹木、空気をつんざく悪鬼の絶叫、逆巻く緑の刃の群れ、全身全霊を掛けたブーンの怒号。
初めての友の活躍は、ビロードからしてみればまさに英雄譚に謳われるかのような、
化け物と英雄の戦いめいたものであって、こうして思い出すだけでも胸の中が勝手に高鳴る程だ。
自分もまた、友のように勇ましく剣を握っては、化け物相手に大立ち回りを演じてみたいと言う気持ちが無いかと言われれば、嘘になる。
落ち葉を蹴立ててブーンと悪鬼が真正面からぶつかり合っていた時、当のビロードはと言えば、
茂みの陰に隠れては枝葉の間から友達の戦いを震えながらに見守ることしか出来なかったのだ。
女の子であるツンさえもが、あの時はブーンの後ろで弓を構えていたのに、曲がりなりにも男の自分がこれでは、どうしようもない。
そう思う一方では、セムの一族たる自分とエルフであるブーンとツンとではそもそも体格というものがまるきり違うのだから、
こればかりはどう転んでも仕方の無いことなのだという諦めの心もあった。
実の所、ビロードのか細い腕では、四本あった所で剣など握れるわけもなく、
それよりだったら彼はもっと他の所でブーン達の役に立てないものかと考えるのだった。
とりたててもの分かりの良いわけでもない無いビロードがこのように考えるのは、
本当を言えば少しばかり「戦う」という事に対する恐れがあったからに他ならない。
だからと言って臆病者の彼にしては建設的なものの考え方であり、ビロードもまた自分に対してそう言い聞かせては、
何か自分に出来る事は無いかと小さな頭をうんうん唸らせる。
ブーンとツンの故郷までは、これからさらに四日ほど歩かなければならない。
けれども、ビロードがついて行くことが出来るのは、明日も含めてあと二日。
それより先を超えてついて行くと、土地勘の無いビロードは帰りの道で迷子になってしまう。
ただでさえ、一人での帰り道は危険が付きまとうのだから、これ以上は着いて行ってはいけないのだと、
出発前にダディに言い含められていた。
あと二日の間に、何とかしてブーン達に何か恩返しがしたい。感謝の気持ちは勿論だったが、
何よりもそれは、自分でも何かが出来るのだと二人に証明したい負けん気の表れでもあった。
- 244 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:12:59 ID:N71eS1n60
- ( ><)「何か…僕にも…出来ること…ぐう……」
結局、ブーン同様あまり考えるのが得意でないビロードは、
慣れない頭脳労働に頭がついていけなくなって眠りの神の腕の中に沈んで行くのだった。
- 245 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:14:12 ID:N71eS1n60
〜7〜
――二日目の朝がやってくると、ビロードは朝告鳥が鳴くよりも早くに起き出すと、
気合一閃とばかり背中の翅を羽ばたかせては木々の間を縫って飛び、アマの実やらプグの実やらをもいで回っては自分の背負い袋に落とし込み、
エルフの子供達が目を擦りながら起き出して来た所に、木の実でいっぱいになった背負い袋を担いで降り立つ事で朝の挨拶とした。
(*><)「おはよーございます!ですです!」
( うω`)「おお…おはようだおビロード。何でそんなに元気なんだお……」
(*><)「普通です!別に!普通なんです!です!」
(;´ω`)「おっおっ…そうかお…普通かお…ふぁ――あ……」
ξう-)ξ「まーた朝から張り切っちゃって…ホントあんたは元気ね……」
(*><)「普通です!別に!ちっとも!普通なんです!ですですです!」
ξ;--)ξ「あー分かった分かった、普通でいいからも少し静かにして。
あんたの声、頭にきんきん響くのよ……」
(*><)「はいです!ですです!」
ξ゚听)ξ「……」
( ><)「はい…です……」
ξ゚听)ξ「よろしい」
- 246 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:16:02 ID:N71eS1n60
- 昨日と同じかそれ以上に騒々しい朝を迎えた二人と一人は、
ビロードが張り切って採ってきた種々雑多な木の実を取り合えずの朝食として食べると、二日目の旅程に取り掛かる。
あまりにも大量であった為に全部を持っていくわけにもいかず、この木の実達は昨日ブーンが打倒したスプリガンの灰に、
供養の意味を込めて三分の一ほどを置いてきたが、それでも随分と余ってしまった為、
三人が代わる代わるに袋の中身を食べながら歩く事でこの問題の解決とすることにした。
(;)^ω^()「おお…最初は幾らでも入ると思ってたけど、これは結構きついお……」
ξ;--)ξ「私、もう無理…あとは宜しく……」
(;><)「……ちょっと、採り過ぎたです」
ξ;--)ξ「ちょっと、ね……ふふ…ふふふ……」
結局三人全員がもう食べれないと根を挙げた所で、申し訳なくなったビロードが断腸の思いで袋を逆さまにすると、
すかさず木の枝々からシマリスの群れがちょろちょろと降りて来ては、
三人の足元に転がったアマの実やらプグの実やらをその小さくも大きい口の袋に溜めこみ、
後には礼も言わずにそそくさと四方に散っていくのだった。
こうして小さな森の住人の食糧事情に一時の潤いを与えた三人は、相変わらず変化に乏しい樹海の木々の間を縫うようにして進んで行き、
昼前程になってその日一番最初の目印にしていた苔生す大岩まで辿りつくと、そこでしばしの休憩をとる事にした。
休息と言った所で、先にしこたま木の実を食べ続けた三人が間食を採るようなことはなく、
もっぱら食べ過ぎて動きにくくなった腹ごなしをするべく、それぞれが思い思いの格好で岩場により掛って、
その脚を休めるだけにとどめる。
この間、ビロードは矢張りせわしなく二人の頭上を飛び回っては、辺りに自分達を害しようとする影が無いかを見張っていた。
- 247 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:17:35 ID:N71eS1n60
- ( ><)「右よーし!左よーし!以上なーし!」
( ^ω^)「ビロードもそんなに張り切らなくていいから、ちょっと休んだ方がいいおー」
( ><)「上よーし!下よーし!大丈夫なんですー!」
ξ゚听)ξ「なんか朝から随分張り切っちゃってるけど、そんなんじゃ今日一日もたないわよー」
( ><)「前よーし!後ろよーし!全然全然大丈夫なんですー!」
二人のやんわりとした言葉にも、ビロードが止まる事は無く、
帝国の近衛騎士もさながらにきびきびと動いてはいちいち声に出して確認するのだった。
はてさて、そんなビロードの努力が功を奏したのかどうかは分からぬものの、
休息中に樹海の獣達が襲ってくるということもなく、ブーンとツンの二人は程良く疲れを癒し終えて旅程を再開する。
しきりと岩の上を飛び回っていたビロードはと言えば、何十回目かの確認の往復の際に、
近くの木の枝から垂れさがった蔓のカーテンに頭から突っ込み、がんじがらめになった所を呆れる二人の手によって助け出されてからは、
終始むっつりとした顔で黙り込んでしまっていた。
(;^ω^)「……」
ξ;--)ξ「……」
(。><)「……」
ここまで来ると流石の二人も呆れを通り越して憐れみすらも覚えるようになり始め、
この小さな友人に対してなんと声を掛けたらいいものかと、沈黙のうちに思い悩む。
ビロードもビロードで、二人が自分に対して気を使っていることを肌でひしひしと感じては、
自分のあまりの情けなさに腹を立てていいのか泣いていいのか分からなくなっていた。
- 248 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:18:51 ID:N71eS1n60
- 折角、初めて出来た友達だというのに、このままでは嫌われてしまうのではないか。
悪夢めいた考えが頭を過る度、ビロードの心は引き裂かれんばかりの焦燥感に苛まれる。
何とかして役に立たねば。何とかして、自分の良い所を二人に見せてやらねば。
最早強迫観念にも近い程の思いで小さな身体をいっぱいにしたビロードは、
だからして目の前でツンに声を掛けられていても直ぐそれに気付く事が出来なかった。
ξ;゚听)ξ「ねえ、ちょっとビロードったら。あんた大丈夫?」
(;><)「ふぇえ?」
ξ;゚听)ξ「なんか、さっきから顔色悪いわよ。
いや、それがセム族の普通の顔色なのかはわかんないけどさ」
(;><)「だ、大丈夫。大丈夫なんです。……です」
ξ゚听)ξ「そう?気分が悪いんだったら言ってね。薬は一通り揃っているから」
(;><)「ほ、本当に大丈夫なんです。有難うなんです」
また気を使わせてしまった。そう考えれば考える程に、ビロードの気持ちはど壺にはまって沈んでいく。
セムの少年が自己嫌悪に思い悩むうちにも既に三人はその日二つ目の目印である大きな一本クヌギの前まで辿りついていた。
この木を過ぎれば、今日の所は道なりに進むだけでいい。日暮れまで歩き通してからキャンプを張り、
次の朝がくればもう目と鼻の先に崖上へと続く古墳坂が見えて来る。
ビロードが着いて行けるのは、よくて明日の昼前まで。帰り道の事を考えれば、古墳坂の前までも同行出来ないだろう。
- 249 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:20:04 ID:N71eS1n60
- このまま自分は、何も良い所を見せる事も出来ずに、二人に別れを告げなければならないのか。
変に気を使われながら、折角仲良くなった友達とぎくしゃくしながら別れなければならないのか。
ξ゚听)ξ「ねえ、そう言えばここってどっちへどう行けばいいんだっけ?」
( ^ω^)「おっおっ、ど忘れかお?ツンもお馬鹿さんだお〜」
ξ#゚听)ξ「その通りなんだけど、あんたにだけは言われたくないわね……」
嫌だ、嫌だ、そんな風にお別れするなんて、そんなの嫌だ。
ξ;゚听)ξ「ねえ、ビロード、このクヌギのとこ、どっちに行くんだっけ?覚えてる?」
僕は。僕は。
(;><)「えっと…左に回り込んでから、湧水に沿って…だったと思うんです……」
僕は。
ξ゚听)ξ「ああ、そうだっけ。ありがと」
(;><)「……」
- 250 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:22:13 ID:N71eS1n60
〜8〜
――傾きかけたお天道様の下を、三人の子供達は脇を流れる湧水に沿って黙々と進んで行く。
日暮れを前にして暗くなってきた樹海の中では、足元を微かに流れる湧水の行方を追うのにも苦労するが、
それでも何とか目を凝らしながら先へと歩んでいけば、ただでさえ頼りない細さの湧水はどんどんと先細りになっていき、
やがては遂に土の中に隠れて見えなくなってしまった。
( ^ω^)「おお…ここで止まっちゃってるお」
ξ゚听)ξ「……そうね」
( ><)「……」
( ^ω^)「それで、こっからどう進むんだお?」
ξ゚听)ξ「……さあね」
(;^ω^)「ってちょっと待ってくれお!さあねって、もしかして道に迷っちゃったのかお?」
ξ゚听)ξ「私に聞かないでよ。この道であってるって言ったのは、ビロードなんだから」
(;^ω^)「おおっ……」
二人の視線が、ゆっくりと背後のビロードへと注がれる。
ここに至るまでだんまりを決め込んでいたビロードは、二人の視線に気付いたのか、
あの最初にブーンが会った時のような怯えきった様子でその顔をあげた。
- 251 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:23:53 ID:N71eS1n60
- (;^ω^)「えっと、ビロード。この道で、間違いない、のかお?」
(;><)「……」
(;^ω^)「えーと、えーと…間違っちゃったんなら、間違っちゃったでしょうがないお。だから、その……」
びくり、とビロードの肩が震える。
間違った。自分は一体、何処で間違ったんだろうか。本当はこんな筈じゃなかったのに。
(;^ω^)「僕だって道なんか分からなかったんだから、ビロードが間違えちゃっても、それはそれで……」
ξ゚听)ξ「ねえ、ビロード」
Σ(;><)「……」
ξ゚听)ξ「あんた、本当に“道を間違えちゃった”の?」
ちょっと。ほんのちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、良い所を見せたかっただけなのに。
ξ゚听)ξ「ねえ、正直に答えて。あんた、本当は道を間違えたんじゃなくて、
わざと間違った道を教えたんじゃないの?」
ツンがその言葉を言い終わるや否や、今まで黙して語らなかったセムの少年が、まるで怒涛のようにしてその口を開いた。
- 252 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:25:43 ID:N71eS1n60
- (。><)「だってだって!僕だって良い所を見せたかったんです!
ブーンとツンの役に立って、僕だって何か出来るんだって知って欲しかったんです!」
(。><)「だけど頑張っても頑張っても上手くいかなくて!
このままじゃブーンとツンとバイバイしなきゃいけなくて!
でも嫌なんです!このままお別れするなんて僕は絶対嫌なんです!」
小さな顔をくしゃくしゃにして叫び終えると同時、セムの幼子はブーン達に踵を返すと紫の翅を広げて夕闇迫る木々の林の中へと飛び出して行く。
虚をつかれたブーンとツンには、その小さな背中を咄嗟に捕まえる事が出来なかった。
(;^ω^)「待つおビロード!こんな暗くなってから飛びまわったら危ないお!」
ξ;゚听)ξ「ちょっと、あんたも待ちなさいよ!」
慌てて駆けだすブーンの後を追い、ツンもまた走り出す。
既にビロードの姿は木々の黒いシルエットと同じようにぼやけて霞んでしまい、エルフの夜目でも追いかける事が難しい。
それでもあの小さな友人を放っておくことなどこの二人に到底出来るわけもなく、
遮二無二に足を回転させると今にも夜の影が落ちようとする森の中を、紫の翅のきらめきを探して疾走するのだった。
(;^ω^)「ビロードー!ビロードー!待ってくれおー!」
ξ;゚听)ξ「お願いだから出て来てよー!私が言い過ぎたわ!謝るから仲直りしましょー!」
声の限りを尽くして叫びながらも、同時に足を動かす。
会ったばかりの友人をこんな形で無くしてなるものか。
我武者羅な想いを胸に森を駆け抜ける二人は、焦燥感の為にビロード以外のことなど完全に頭から抜けていた。
それが、仇となったのだ。
- 253 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:27:01 ID:N71eS1n60
- 空をも覆わんばかりに木々の密集した樹海のその懐、二本の木々の間を駆け抜けようとした瞬間、二人の全身を粘つく感触が包み込む。
何事か、状況を理解する暇も、悲鳴を上げる暇もなく、二人がその粘つく網のようなものによって樹上へ引き上げられれば、
後には不気味なまでの静寂が残るばかりとなった。
- 254 名前: ◆71lo1vyJp6 投稿日:2012/06/08(金) 23:28:15 ID:N71eS1n60
――第五幕へ続く
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