/ ,' 3五つと一つの物語のようです*(‘‘ )*

268 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:11:23 ID:Azfv8pYY0
“ラダモスはその自身の赤黒い血に染まった刀身を振りかざすと、玉座の上から駆けおりてこようとするボルススに向かって言い放った。

「我こそは、天から貴様を引きずり降ろす者なりや。我が愛の血に染まった刃で果てるがよい」

裏切り者の身に誅罰を加える為、ボルススはその眩く輝く錫杖をかざすと、周囲には雷雲が立ち込め始めた。

玉座を前にして一色即発の中で二人は睨みあうと、互いにその術を振るう隙を窺ってじりじりと円を描くようにして歩きだす。

ふいに、神殿の外で小鳥が鳴いた。それが合図であったかのようにして両者が互いに術を放つと、突如として飛び出してきた影が、稲妻と血の槍を受けて二人の間で倒れ伏した。

「おお、シェスタール!何故そなたがここに!」

黒く長いざんばら髪を振り乱し、ラダモスが吠える。

「おのれボルスス、貴様だけは決して許さぬ。何時かその身をばらばらに切り裂いて、
貴様が蘇る度に何度でも何度でもそのはらわたを引き摺り出してくれようぞ」

血に塗れたかの神は、その時よりボルススによって永遠に呪われ、天界を追放されることとなった。

二人の術を受けたシェスタールはこれにより正気を失い、何度めかの癒しの術が徒労に終わった末、ノデックの手によって地に落とされた。

こうして六柱いた神は四柱に減り、今日の四大神信仰へと形を変えたのである”

 

――アベナス・アロンソリッチ著 「私家版 四大神信仰研究草稿」
 


269 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:12:06 ID:Azfv8pYY0

第五幕

〜幼年期の終わり〜

270 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:13:29 ID:Azfv8pYY0

〜1〜

――既に真闇の降り切った樹海の懐のただ中。
黒緑の影を落とす木々の枝々の間をひそやかに、しかし恐るべき速度でもって渡っていく一つの大きな姿があった。

ふさふさとした毛の生えた八本のしなやかな脚を器用に蠢かせて、微かな葉ずれの音のみを立たせて進むそのものは、
ずんぐりとした胴体とそれの三倍はあろうかという丸い尻を持った、
身の丈5トール(約6メートル)にも迫ろうかという程の大きな蜘蛛のような姿をしている。
巨体に似合わぬほどの繊細な動きと、黒と黄の縞模様の顔に並んだ七つの眼に湛えられた、
残忍なまでの理智的な光は、ムンバイの大樹海に生ける者全ての恐れを一身に受ける、レンの末裔のそれに他ならない。

今まさに木々の間を縫ってしめやかに進むこの残忍なる捕食者は、大父祖神話における始まりの三種にして、
ワームと並び恐れられる程の悪名高さを持ってして、樹海に生きとし生けるもの全ての頭上に君臨している、いわば食物連鎖の頂点だ。
巨体に似合わぬ俊敏性と、獲物を瞬時に絡め取る粘糸、生半な鉄では貫けぬ甲殻を持った彼女達に狙われたが最後、
どのような蛮勇を誇る獣だろうとその毒牙から逃れる事は敵わない。
尻からの矢弾のような粘糸に絡め取られて簀巻きにされ、彼女達の餌となるべくして運び去られる己の悲運を呪うのみだ。

そのような無慈悲なる夜の捕食者の背中に担がれ、今宵の晩餐として運ばれて行くのは、
他ならぬあのエルフの子供達、ブーンとツンの二人であった。

271 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:14:53 ID:Azfv8pYY0
( ;゚三゚)「――!…!?――!」

ξ;゚三゚)ξ「!?――!……!」

つま先から口元までを大蜘蛛の粘糸によってがんじがらめに覆われた二人の子供達は、
助けを呼ぶ為に叫ぶ事も、自ら抵抗してその身を悶えさせる事も出来ずに、
ただ、ただ、目だけを動かして互いの狂乱を表すことしかできない。
レン達がそのおぞましい体内で創り出すこの粘糸は、獲物の身体に巻き付くまでは柔らかいものの、
一度固まれば帝国の機械弩の巻きあげワイヤーが如く強固な硬さを発揮し、
トロールは勿論、数さえ揃えばワームですらも引き千切れない程の頑健さでもって、不運な獲物の身を拘束するのだ。

ゲーディエ達の地下墳墓に眠るミイラ宜しく大人しくなった獲物を、その微細な毛に覆われた背中に糸で括りつけたレンの末裔は、
新たな保存食を自らの巣穴に運ぶべくして森の中を驚くべき速度でしめやかに進んで行く。
木々の下を歩む夜毎の狩人たる樹海の獣達も、頭上を行く大蜘蛛とその背に括りつけられた二人のエルフに気付く事は無い。
唯一全てを知りえる青ざめた月さえも、この光景にはただ残酷なまでの無関心さでもって仄かな輝きを放つばかりだ。

幾つもの林を超え、数多の獣達の頭上を通り過ぎ、二人が目指していた枝苔の里からも離れてどんどんと進んで行けば、
レンの末裔たる大蜘蛛は木々の梢の中からしめやかに飛び降りると、遂にその脚を止める。
目だけを動かしてエルフの子供達が見渡せば、二人と一体の眼前には1000トール(約1200メートル)程もある大きな地割れがぽっかりと空いており、
大蜘蛛の背中からでは果てしなく続いているかとも思えるような崖の底は窺えなかった。

272 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:16:36 ID:Azfv8pYY0
背中に括りつけた保存食を担ぎ直すと、大蜘蛛はその地殻の底までにも続いているかのような奈落の中へと、
今にも崩れそうな岸壁を伝って実に器用に降りて行く。
決してあり得ることではないと理解しつつも、エルフの子供達はこの自分達を縛り付けた糸がぷっつりと切れたらと思うと、
とてもではないが生きた心地がしなかったが、ともすればこのまま奈落の底へと落ちて行った方が、
この無慈悲なる捕食者によって生きながらにはらわたを啜られるよりも遥かにましであったのかも知れない。

樹海のどてっ腹にざっくりと刻まれた刀傷よろしく暗い口を開ける崖の中には幾つもの粘糸が縦に横にと張り巡らされており、
その白銀の架け橋を伝って無数の大蜘蛛達が断崖絶壁を行き来する様は、
まさしくここがレンの末裔の一大拠点である「枯れ谷」である事を如実に物語っていた。
九つの瞳を月の明かりに爛々と輝かせる大蜘蛛達は、小さいものは3トール(約3.6メートル)から大きいものは8トール(約9.6メートル)にも迫る体躯を持ち、
そのどれもがしゅーしゅーとした囁き声のようなものを交わしながら、崖のあちらこちらで粛々と蠢いている。
身の毛もよだつようなこの光景を目にすれば、常人ならば直ぐ様気を失ってしまったのであろうが、
エルフの子供達は目を見開き無言の悲鳴を発するのみで、何とかこの恐怖に抗っているようだった。
父なる大父祖に一片の憐れみでもあるのならば、この幼子達の意識を真闇に閉ざしてやるのもまた慈悲たるものであろうが、
ここまでの冒険でついた中途半端な勇なる心の為には、それすらもままならぬ。
地獄の釜の中から吹いてくるような冷たい風に頬を弄られながら、二人は大蜘蛛の背に揺られて穴の底へと下っていけば、
月さえもが小さな点となるほどの深さにまで差し掛かった頃、二人を担いだ大蜘蛛はにわかにその脚を止めると、
岸壁に空いた大穴の中へとその頭を向けた。
横穴の中は真なる闇の中に閉ざされており、エルフの夜目を持ってしても中の様子は窺えない。
音もなく岸壁を伝って大蜘蛛はこの穴の中へと潜り込むと、酸のしたたる毒牙でもって糸を噛み切り、背中の二人をどさりと放り出した。
強かに腰を打った痛みにエルフの子供達が顔をしかめている間にも、大蜘蛛は回れ右すると再び音もなく這い進んで横穴を後にすれば、
動くものの居なくなった穴の中には、死の予感を漂わせる絶望的な静寂のみが残された。

273 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:17:52 ID:Azfv8pYY0
(;^三^)「……?――!?――!――!」

ξ;゚三゚)ξ「――!――!――!」

大蜘蛛が去った事によって二人は力の限り叫び、全身に力を込めてもがいてみるのだったが、
あくまでも二人を縛るレンの粘糸は頑強にして無慈悲であり、二人の身体は横穴の底で僅かに転がることさえもしない。
初めの半刻ばかりは全身全霊を持って抗っていた二人もやがては諦め、無駄な体力の消耗を抑える為に黙することにとどめた。

光の届かぬ穴の底に横たわり、二人がこれから訪れるであろう自分達の運命に思いを寄せれば、身体の芯を凍てつく恐怖が貫く。
レンの末裔たるかの大蜘蛛達は、捕えて来た獲物を直ぐには食さない。
糸で縛ってがんじがらめしてからこの自分達の食糧倉庫に転がし、頃合いを見計らって牙の先から毒を注入する。
毒は獲物の血管の中に入ると、この哀れな犠牲者の身体を大よそ三日ほどかけて溶かすと、
大蜘蛛達はドロドロに崩れて食べごろになった元犠牲者の身を、蝶のような管状の口を伸ばしてちゅうちゅうと吸い取るようにして食すのだ。

考えるだけでも気を失いそうな光景を想像して、どうしようもない絶望に二人が打ちひしがれれば、思いだされるのは故郷のことだった。
少年が十三年、少女が十四年を過ごした枝苔の里。門から少しばかり行った先の湧水や、
獣を追いかけ回し回された里周りの林、弓の練習をした里の広場、そして自分達を叱り飛ばしながらも暖かく見守ってくれた里の人々。
そのどれもが、もう二度とあいまみえることの叶わないものとなると悟った時、二人の心を支配したのは完全なる虚無感であった。
やんちゃ盛りの少年少女達も、ただ黙して死を待つ身となってしまえば、
最早その手足に力が入る事は望むべくもなく、ただ、ただ、何時訪れるやもわからない死の使者を思って心を振るわせるのみ。

274 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:18:59 ID:Azfv8pYY0
そうして恐れに慄く事にも疲れて来ると、次に思いだされるのは、しこりを残したままに分かれる事となってしまった新たな友、
ビロードのことだった。
如何様にしてかの小さき友があそこまで思いつめたのか、今となっては二人には理解する術も残されていなかったが、
このような形で離ればなれになってしまうなどとは到底受け入れがたい。
もしも、大父祖の慈悲が働いて今一度あの小さなセムの友と会う事が叶うのならば、
きちんと彼の話を聞いて再び笑い合いたいと叶いもしないことを願う二人なのだった。
結局の所はしかし、大父祖の教えは適者生存、自然淘汰にあり、力無き者は母なる樹海と偉大なる父祖の摂理に従い強者の糧となる事が定められていれば、
エルフの子供達を救済する存在などは望むことからが勘違いに他ならず、冷たい横穴の底には矢張り絶望と諦観のみがわだかまる。
かようにして、いよいよもって二人が全ての思考を投げ出して、安穏なる眠りの闇へと落ちようとしていたその時だった。

「おやおや、これはもしかして、ひょっとしたらひょっとすると、新たなお客さんかい?」

出しぬけに、闇の中からその声は上がった。

275 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:20:11 ID:Azfv8pYY0

〜2〜

――獣達の遠吠えもが遥か遠くに木霊すばかりの闇の中。無慈悲なる月が見下ろす樹海の片隅で、
木々の根元の茂みががさがさと音を立てて揺れると、そこから小さな頭がおずおずと突き出された。

(;><)「……」

夜を渡る獣達の飢えた眼光も届かぬ樹海の一角。辺りをしきりと気にしながら這い出して来たのは小さきセムの少年、ビロードである。
紫真珠のような瞳を恐怖一色に染めてわなわなと震える少年は、
二刻(約一時間)程前に起きた信じがたい体験の衝撃から今なお冷めやらぬようであった。

(;><)「……ああ…あああ……」

泣き喚きながら二人の下から飛び去った彼は、森の中をさ迷った末に二人が見つけてくれることを期待して木の根元に座り込んでいた。
一時の感情に身を任せて飛び立ってみたは良いものの、少年の頭に冷静さが戻ってくるのには大して時間はかからず、
木々の間を縫い飛ぶ合間にも羞恥と後悔の念が押し寄せてくれば、直ぐにでも二人の友人の下に戻って頭を垂れようという気持ちになっていた。
しかし生来の臆病な性根が邪魔をして、今のさっきでどのような顔で二人と立ちあっていいかも分からなければ自ずとその脚は竦み、
結果彼は木の根元に腰を下ろすとブーンとツンが自分を見つけてくれるのを待って謝罪の言葉を考えていたのだ。

そこにあの大蜘蛛が現れ、二人をさらっていったのである。

エルフの少年と少女が、樹上からの無慈悲なる粘糸に絡め取られようとしていたまさにその瞬間を、
ビロードは二人の足元のこの茂みの中に隠れていたにもかかわらず、恐怖に凍りつきながら事の顛末を指をくわえて見つめていることしかできなかった。

276 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:21:13 ID:Azfv8pYY0
(。><)「僕のせいです…僕が…僕が我儘ばっかり言ったから……」

小さな膝を抱えてうずくまれば、押し寄せて来るのは後悔、焦燥、自己嫌悪、絶望のどす黒く、鉛の如く重たい感情の荒波だ。
何故、自分はあの時、頭上からの脅威に友が連れ去られようとした時にも、動く事が出来なかったのか。
何故、自分はあの時、稚児じみた感情に身を任せて二人の下から飛び去ってしまうような愚行を犯したのか。
何故、何故、何故。考えれば考える程に、自分の犯した過ちは少年の胸を責めさいなみ、
小さな顎の間からは情けない嗚咽が漏れて来るばかりである。

(。><)「ブーン…ツン…うあ、うああああ……」

小さな掌で下草を握り締め、苦鳴を振り絞れば、少しばかり冷静になった自分がこんな事をしている場合ではないと小さな背中を蹴り飛ばす。
何とかして、二人を助け出すのだ。泣いている暇など無い。
今すぐ立ち上がって、二人が自分にそうしてくれたようにあの大蜘蛛の後を追うのだ。

(。><)「でも…でもお……」

後を追って何が出来る。自分のような矮小で無力なセムの幼子が、あのレンの末裔たる大蜘蛛を前にして、一体何が出来るというのだ。
剣を握る力も無い。咄嗟に利かす機転も無い。何より今こうして下草を握り締めるばかりの自分には勇気が無い。
何も無い。たった三年ばかりを生きたのみのこのセムの少年の掌の中には、二人を救う手立てなど何も残されていないのだ。

277 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:22:18 ID:Azfv8pYY0
(。><)「そうなんです…僕なんかが行った所で、どうせ何も出来ないんです……」

ここからダディの下まで戻って助けを呼んだとしよう。
年老いたツリーフォークを連れてかの大蜘蛛が住まう枯れ谷まで一体どれだけの時間が掛るというのだ。
二人が蜘蛛達の胃の中に収まるまでには、到底間に合いそうもない。

無理なのだ。

諦めるしか、他に無いのだ。

そもそも、自分のような忌み子が、おこがましくもあのエルフの少年少女と友としての絆を育むことなど、出過ぎた真似だったのだ。
元より自分は孤独な身。
あの夜百合の咲く小さな広場でダディと共に肩を寄せ合って、一生をひっそりと暮らすのが分相応の生であるというものだ。
どうせ、会ってたった一日も二日もしない間柄。
今回は巡り合わせが悪かったと諦めて、広場に戻ればこのような忌まわしい記憶も忘却の彼方へと追いやることなど難しくも無い。

そうだ。忘れよう。こんなことなど忘れて、また明日から何時も通りに生きて行こう。
初めから、ブーンもツンも居なかった。そう思って、再び明日から始まる生を生きて行こう。

(。><)「…………」

下草を握る拳に、力が籠る。それで、いいのか。本当に、自分はそれでいいのか。
自分には何も成す術が無いからと、それで本当に諦められるのか。

278 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:23:29 ID:Azfv8pYY0
ビロードがこの世に生まれて落ちてから三年。
三年と言えば、他の種族にとっては短い時間かもしれないが、セムの一族たるこの少年にとっては、十分な時の流れである。
その中の、ブーンとツンと過ごした三日ほどの時は、ビロードがダディと共に過ごしてきたこの三年間にも匹敵するほどの確かな輝きを放って、目の前に存在していた。
今、その輝きは、どんどんとビロードの前から遠ざかり、今にも見えなくなろうとしている。
このまま手を伸ばさなければ、この輝きは永遠に失われ、
自分のこれからの生にはブーンとツンを見殺しにしたという、暗い影が永遠に付きまとう事となる。
自分はそれで、本当にいいのだというのか。

(。><)「……良いわけ、ないんです――」

何よりも、ビロードは、もう一度あの輝きを手に入れたい。もう一度、ブーンとツンの側に立ち、共に笑いあいたい。

(。><)「――うっ…ぐすっ……」

自分はまだ、二人とちゃんと仲直りもしていないのだ。
このままで、終われるか。いいや、終われるわけがないのだ。

(。><)「助けなきゃ…ブーンとツンを…二人を、助けなきゃいけないんです――!」

何が出来るかとか、自分はどうせだとか、そう言う事では無いのだ。
友なのだ。
初めて出来た友なのだ。たった二人、からっぽの自分の中に残された、唯一確かなものなのだ。
何が何でも、我武者羅になってでも、守り抜かなければならない、友なのだ。

279 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:24:20 ID:Azfv8pYY0
(。><)「弱虫いなくなれ!弱虫なんかいなくなれ!」

頬を叩き、下草を力強く踏みしめると、ビロードは震えそうになる脚を叱咤して立ち上がる。
乾ききった涙の痕を拭い背中の翅を広げれば、さっきまで胸の底でわだかまっていたヘドロのようなものは消えていた。
友を助ける。ただその無垢なる願いの為に飛び立つべく、紫の翅を震わせる。
まさにその瞬間、背後の茂みを踏みしだく微かな足音が、ビロードの耳に飛び込んできた。

280 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:26:03 ID:Azfv8pYY0

〜3〜

――僅かな光さえもない闇の中で、ブーンとツンの二人は硬い岩の感触を粘糸越しに感じながら、暗闇へと目を凝らす。
湿った横穴の空気が、唯一剥き出しになった目元とその周りの肌に触れて、ひやりとした感触を残して行く。
死の影がそこここにこびりついた横穴に似つかわしくないその声は、二人の転がされた所から僅かに奥の壁際から聞こえて来るようだった。

「いやはやいやはや、これはまた嬉しいことだね。
 何しろこの三日間程、誰とも話して無かったんだ。
 三日も話し相手が居ないっての、君達想像したことあるかい?
 気が狂いそうになっちゃうよ」

エルフの夜目も未だ馴染まぬ闇の奥、聞こえて来るその声は男のものだろうか。
場違いな程に陽気なその声は、エルフの子供達が返事を返せない事にも構わぬようにして語りかけて来る。

「とにかく、この場で出会えたことを、慈悲深きナリアに感謝しよう!
 ……いや、まてよ。君達流に言えば、ここは偉大なる父祖のお導きに感謝すべきか?
 まあ、君達にしてみればこんな所に連れて来られて感謝もへったくれも無いだろうけどね!」

エルフの子供達が知るよしも無いことではあるが、男が口に上らせたナリアというのは中原で広く信仰されている暁の慈母神の名であれば、
この姿の見えぬ声の主は樹海の外の者となる。
母なるムンバイにおいては大父祖以外に神はおらず、
大父祖とてもが大陸の人間が言う所の「神」という概念からはいくばくか違った所もあるのだが、
如何様なことも知らぬエルフの子供達にとっては、それよりもこの声の主がまるで自分達の姿が見えているかのような物言いをするのが気にかかった。

281 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:27:26 ID:Azfv8pYY0
「ははっはあ!どうして君達がエルフなのか分かったか、それが気になっているんだろう?
 こんな闇の中で、僕がどうして君達の顔が見えたかのような物言いをするか、それが気になるんだろう?」

自分達の胸中の疑問をずばり言い当てられた事で、二人は知らず身を固くする。
一体、この声の主は何者なのだろうか。

「僕の扱う魔術にかかればそんなの造作も無いさ!何しろ、僕はかの有名な……。
 ――ははっはっはあっ!冗談さぁ!冗談だとも!そんな顔をするなよ!
 いや、どんな顔をしてるかなんて見えないけどね!ははっ!はっはっはあ!
 なあに、単純な事さ!つまる所、こんな樹海の中を歩く物好きは帝国人には居ない。
 故に、この横穴で僕が出会う者といったら、エルフに違いないと、こういうことなのさ!」

少しでも訝しんだエルフの子供達は、この男の弁によって幾らかの肩すかしをくらう。
もしも彼が何か魔術の研鑽でもあるのならば、このような状況にも一筋の光明が見えたかもしれなかったと考えれば無念にも思えた。

「おっと、そう言えば自己紹介がまだだったね。
 こんな闇の中じゃ、僕の顔も見えないだろうけど、この声こそが僕の名刺だからね。
 僕はフォクシニオ・モラード。“風の声”のフォックスと言えばわかるかな?
 君達も、“白詰草の冠の乙女”ぐらいは聴いたことがあるだろう?
 それとも、“洞窟都市に、かの英雄の声は響き渡り”の方が通りはいいかな?」

子供達の落胆などつゆ知らず、男は自信たっぷりな声で名乗りを上げる。
残念ながら樹海の外から出た事の無いエルフの子らには、その名前に聴き覚えなど無かったが、
そもそも知っていた所で返事を返すことなど出来ようはずも無い。
フォックスと名乗ったこの男は、それを知っているのか知らないのか、何れにしてもブーン達の言葉も待たずに続ける。

282 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:28:36 ID:Azfv8pYY0
「どうして僕がこんな所に居て、忌まわしくもこんな糸でぐるぐる巻きにされているのか。
 それについては話すと長くなるんだけれども。さて、どこから話したものか……。
 いや、ここはすぱっと短く切り上げる事にしようか。もったいぶった話し方っていうのは、僕は嫌いだからね。
 そう、僕が大陸のあちこちを渡り歩いているのは知っているね?“風の声”たる由縁さ。
 これは詩想を得る為の旅であるんだが…そこら辺の哲学的な事は長くなるから割愛しようか。
 兎に角、僕は旅をしている。分かっているかとも思うけれど、確認さ。一応、はっきりとさせてかなきゃね」

このフォックスと名乗った詩人の何たる饒舌なことか。返事が無いのにも関わらず、この男の喋ること喋る事、まさに矢継ぎ早である。
もしもツンが言葉を返す事が出来たのならば、それはそれは面白可笑しい事になっただろう。

「さて、それでもって僕は詩想を得る為にこの樹海を訪れた訳なんだが……。
 僕は次の歌を、この枯れ谷に住まうレンの女王のことを歌ったものにしようと思ったのさ。
 美しくも無慈悲なる大蜘蛛達の女主。地の底に横たわり糸を紡ぐ、神秘的な女公を。
 そう、彼女こそは僕の次なる歌の主役に相応しいとね、僕の主たるエスラが囁いたんだ」

一気にそこまで言い終えると、フォックスは一度息継ぎをする。
ここまででブーンも流石にこのお喋りな詩人の話に辟易としつつあったが、
それを止めようにも言葉を紡ぐ口は何度も言うように糸によって塞がれている。
結局の所、この多弁な吟遊詩人の言葉を遮るものはおらず、息継ぎを終えたフォックスは直ぐ様続きを語る事に取り掛かった。

「レンの末裔。そう、君達はあの無慈悲なる大蜘蛛達がどうしてこの名で呼ばれているのか、知っているかい?
 末裔だ。彼らはどのような由縁からか、レンの末裔と呼ばれている。そこが気になったのさ。
 あの大蜘蛛達の先祖であるこの“レン”っていうのは、一体何なのかとね。
 古代の詩歌に精通するこの僕にも、その“レン”というものが何なのかは分からない。
 帝国図書館を探して見たが、“レン”について記された文献は無かった。
 もしかしたら自由都市たるノアンの魔術学院に行けば分かったのかもしれないが、
 御存知の通りあそこは学外の者を寄せ付けないからね」

283 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:30:00 ID:Azfv8pYY0
「そんな訳で、何処をどうしたって手がかりが無いものだから、僕に残された手段は一つしか無かった。
 文献に無いなら、彼らに直接尋ねてみればいい。実に単純なことだが、今まで誰も試してみようとしなかった。
 何故か?彼らはとても残忍で、自分たち以外の生き物はことごとく餌としかみなして無いのさ。
 かの樹海の暴君たるワーム程ではないけれどね。彼らはそれこそ話し合いの余地さえ無い。
 しかし…おお、しかしだよ!何たる摩訶不思議な事か!君達は果たして知っていただろうか?
 あのレンの末裔と呼ばれる大蜘蛛は、言葉を有し、僕ら帝国人よりも遥かに多くの知識を持っているのさ!」

いよいよもって熱の入ってきたフォックスの弁に、エルフの子供達も知らず知らずのうちに尖った耳を傾けて聴き入る。
先ほどまで絶望が重くわだかまっていた横穴は、今ではこの吟遊詩人の独演会場とあいなっていた。

「御存知の通り、僕は世界を渡る流離いの吟遊詩人、“風の声”たるフォックスだ。
 ゴブリンからオーク、ゲーディエが詠唱に使う獄庭語からノーン達の秘密めいた象形文字に至るまで、
 言語の知識に関してはそれ相応の嗜みがある。勿論、レンの末裔達が話す言葉にもそれなりの造詣があった。
 だってそうだろう?歌は確かに言葉の城壁を超えて、心の奥底に染みいるものだが……。
 やっぱり本当に気に入った歌ならば、自分達の言葉でも聴いてみたいと思うのが、情ってもんだ」

言われてみれば、と二人の子供達は気付く。二人の存在に気付き語りかけて来たその時から、
この帝国人らしき顔も見えない吟遊詩人は、実に流暢に古エルフ語を繰っている。
なるほど、そうであるのならばこの姿も見えない男は、ただのお喋りなだけな自称詩人というわけでも無さそうだった。

284 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:31:16 ID:Azfv8pYY0
「それでだ、僕はこの枯れ谷にやってきて、彼女達の言葉で……。
 そうとも!驚くべきことだが、あの大蜘蛛達の殆どは女性なんだよ!
 そりゃ、男も中には居るだろうが…これが本当に少ないんだね。
 十体に一体居るか居ないか、ってほどの女性社会なのさ。ははっ!これは一男性として羨ましいね……。
 あー、何だったかな。……そうだった、それで僕は、その女性社会の頂点に立つ女王に謁見して、
 この自慢の喉を聞かせて、そのついでに彼女達の伝承や文化について質問させて貰おうと、
 こう思ったわけだよ」

「いや、本当に長い旅だったよ。何しろ人づての伝承やら伝聞やらを頼りにした一人旅だったからね……。
 別に僕自身は、護衛を雇えない程に金に困っているというわけではないのだけれどね……。
 本当、全然そんな事は無いんだ。ただ、節約できる所は節約して行かないとね。わかるかい?
 君達エルフには貨幣の概念が無いと聞くけど、そこは想像してもらうしかないな。
 お金、っていうのは…そう、下草のようにそこら中に生えているものじゃない。わかるかい?
 ……ともかく、この旅は大変だったよ。せめて、森の獣達だけでも、
僕の歌を理解してくれたのならば、幾らかの慰めになったんだろうけれども……。」

「いや、気が滅入るような事を考えるのは止めよう。そう、僕は長い旅の果てに遂に辿りついた。
 枯れ谷の、獄庭へと続くかのような深淵の上に立った時は、怖気が立ったね。
 ともあれ僕は、狂おしい風の唸りに負けじと、喉を振るわせてこの声を張り上げたのさ。
 地の底におわす彼女達の女王にも聞える様に、ありったけの大声で歌ったのさ。
 “蒼き瞳の花嫁”だよ。中々に上手く歌えたと思う。僕の人生の中でも五本の指に入る出来だった」

「――そしたら君達、どうなったと思う?はっ!なんてこったい!言わなくても分かるってかい?
 その通りだよ!全く持ってその通りさ、お二人さん!でも僕は、彼女達の言葉で歌ったんだ!
 そりゃ、彼女達の言語に“花嫁”を表す言葉が無いから、完全とはいかなかったけれど、
 それでも僕は、随分と見事に歌って見せたよ。それなのに彼女達はどうしたと思う?
 彼女ら、小首を傾げただけで僕を直ぐ様ぐるぐる巻きにすると……。
ああ!思い出すだけでも、狂おしい慙愧がこの胸を焦がすよ!」

285 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:32:57 ID:Azfv8pYY0
感極まったかのように声を張り上げたかと思うと、フォックスは今度は一転してその後に長く続く溜息を吐きだす。
暫く、彼が遭遇した落胆を表すかのような沈黙を挟んだ後に再びフォックスは語りだしたが、その声は前よりかは幾分か低くなっていた。

「とても賢い生き物だと、聞いていたんだ。しかし彼女達は、
 自身の知能以上の残酷さを併せ持っていたというわけだ。
 会話らしい会話も無かったよ。彼女達はただ一言、こう言ったんだ。
 “我らの言葉を喋るなぞ、珍しい肉袋も居たものだ”ってね!はっ!肉袋だとさ!
 それなら僕は、その中でも一際良い声を持った音袋ってとこさ!
 まあ、それを珍しがった彼女達が僕の口までぐるぐる巻きにしなかったのが、せめてもの救いさ」

「だけれども、それだってきっと彼女達にしてみたら、
 新しい実験動物がやってきたって以上の意味なんか無いんだろうさ。
 ここに来てから三日になるけれど、彼女達がここから餌を持っていく様は二度ほど目にしたよ。
 おお、慈悲深きナリアよ!思い出すだに身の毛のよだつあの光景よ!
 あの牙から滴る毒がこの身を溶かすなど、考えるだに恐ろしいってものさ!」

「兎に角、奴らが僕達を生かしておくかどうかなんてのは、
 狂えるシェスタールの顔を窺わずとも分かると言うものだよ。
 このまま黙っていれば、奴らの毒牙でどろどろのぐずぐずにされて、 ちゅうちゅう吸われるのが席の山さ。
 その前に何とかして逃げ出さなきゃならない。そこで、君達の力を借りたいと言うわけだ!
 観た所さっきから黙りこくってるようだけど、何か良い案でもあるんじゃあないのかい?」

長々と語った後になって、ようやくにして彼は二人に話を回してきたが、エルフの子供達にしてみれば、
そこで尋ねられた所でどうする事も出来ない。
ここまで彼の長話に耳を防げないまでにも耐えて来たのは、
一重にこのお喋りな自称吟遊詩人が何か打開策の一つでも持ち合わせているかもしれないという、ほんの僅かな希望があったからというのもある。
今になって二人は、自分達の現状を思い出して再び重苦しい絶望が足元から再び這い上がってくるのを感じていた。

286 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:36:42 ID:Azfv8pYY0
「なあ、もったいぶってないで僕にも教えてくれよ。何か、策があるんだろう?
 何せ君達は森を渡る狩人たるエルフなんだ。きっと、こんな窮地にあっても――。
 待てよ。もしかしてもしかすると、君達がトロールだった、なんて事は無いだろうね。
 そしたら僕は大層間抜けな男だぞ!何せ、トロールに対してエルフ語で語りかけていたのだから!
 まさか!そんな事はあろうはずも無いよな?いや、でももしかしたら……。
 おおい!頼むから返事をしてくれ!」

聞こえようによっては嫌味のようにも思える弁であるものの、この吟遊詩人はどうにも何処か間の抜けた所があるようで、
本当に今まで自分が語りかけていた存在がエルフかどうかだけを心配しているようだった。
いよいよもってこの姿の見えない男に呆れかえった二人の子供達が胸中で溜息をついていると、
横穴の入り口に何ものかが降り立つ気配があった。
いや、この場でここを訪れるものなど一つしか居ない。

「――ああ、シェスタールよ!なんてこった!さっき餌を運んで来たと思ったら、もうお迎えが来たというのか!」

吟遊詩人が狂乱した声を上げる中、入り口に降り立った気配は微かな土を擦る音のみを立てて、しめやかに横穴の中に入ってくる。
遂に自分達の身にも死が近づいてきた事にエルフの子供達もが身を固くした時、突如、横穴の中を緑色の光が照らしだした。

「なんだ!?この輝きは一体――そうか!君達だね!?これが君達の――」

遥かノール海の底の如きエメラルド色に染まった横穴の中で、吟遊詩人が歓喜に叫び、
大蜘蛛がその九つの瞳に驚嘆の色を浮かべ、光の中心へと釘づけになる。
何の前触れも無く横穴の中に炸裂したこの緑色の光は、どういうことなのか、
一つの糸の塊――エルフの少女の、ツンが包まれた粘糸の繭から発せられているようだった。

287 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:37:56 ID:Azfv8pYY0
大蜘蛛たるレンの末裔がしゅうしゅうと彼女達の言葉で何事かを呟く合間にも、
この光はぐるぐるとうねる様にして横穴の壁を錯綜すると、やがて始めと同じようにして何の前触れも無く唐突に収まり、洞穴の中には再び闇が戻ってきた。
一体この光は如何様なものなのか、当のエルフの少女もが唖然とする中、闇の中から毛むくじゃらの脚が伸びて来ると、
彼女の身体をその身を縛る繭ごと持ちあげる。

「おい、待て!彼女を何処へ連れて行くつもりだ!食べるなら先ずは僕をだね――」

暫くの逡巡の後、大蜘蛛は足をもう二本伸ばすと、お喋りな詩人とブーンの繭をも掴みあげると、
ツンと一緒にそのずんぐりとした背中に背負って糸で括りつけて横穴から這い出した。

「ああっと!やっぱり僕は置いて行ってくれないかな、その…まだ心の準備がだね――おおい!」

一体この大蜘蛛は、如何様な思惑があって三人を連れだしたのか。
黙々と岸壁を伝って下りて行くその様子からは、知れようも無い。
奈落の底へ向かって成す術も無く運ばれて行く三人は、これから自分達の身に如何様な運命が降り掛るのかを想像し、
それぞれにその身を繭の中で震わせるのだった。

288 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:39:08 ID:Azfv8pYY0

〜4〜

――茂みの中で小さな身体を更に小さくして、近付いてくる足音にビロードは耳の神経を集中させる。
先に友人を助けると誓ったばかりなのに、このようにして未だにびくついている自分の事を思うと、情けなさに溜息も出てこない。
頭では逞しくありたいと思うも、しかし自分の中に根付いた臆病心は中々言う事を聞かなかった。

「おい、本当にこっちの道で間違いないんだろうな?」

複数の人が連れだって歩くその足音に混じって、セムの少年には聞き覚えの無い言葉が聞こえてくる。

「目印がちゃんと残ってる。こっちで間違いないさ」

大人の人間の男達らしいその声が話す言葉は、ビロードが知る由も無い事ではあるが、
帝国の位置する中原を中心にして、大陸中で幅広く使われている交易共通語(コモン)である。
彼らの言葉の端々に残る中原訛りからすると、この声の主達が帝国の人間であろう事が窺えた。

「本当だろうな?俺はもう、ワームの巣穴に足首を突っ込むような真似はしたくないぞ」

「違いない。あのエルフの田舎もんが直接案内(あない)してくれればいいものを……。
 全く、おかみの奴らは何を考えているのやら……」

無論、ビロードに彼らが何を話しているのかなど分かるはずもないが、それでも足音と話し声に混じって具足や鎧が擦れる金属音が絶えず鳴っている事から、
この一行が樹海の外からやってきた軍人たちであろう事は何となく予想出来る。
何時だったか、寝物語にダディから聞いた話では、樹海の外にはエルフともセムとも違う「帝国人」という種族が暮らしており、
そいつらは今ビロードの近くを歩いて行く一団のように金属の鎧と金属の「機械」なるものを使って生活しているという。
恐らくは、この者達こそがダディの言っていた帝国人に違いないと、ビロードは確信した。

289 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:40:14 ID:Azfv8pYY0
「お偉方の考えていることなんざいちいち気にしていたら勤まらんよ。
 俺としては、そんな事よりももう二度と眠れるワームの逆鱗に触れることなく、
 無事に樹海を渡れればそれに越したことは無い」

「まだ言うか。だからあれは目印が掠れてたのが悪いのであろうが。しつこいぞ」

言葉の意味は分からずとも、彼らが何やらぶつくさと言い争うようにして歩いて行くことだけはビロードにも分かる。
一体彼らは如何様な理由でこの母なるムンバイに足を踏み入れたのかと幼いセムの少年が考えている間にも、
この帝国の軍人達は進んで行き、やがてビロードの隠れる茂みの前を通り過ぎて行った。

( ><)「……もう、行ったんです?」

具足と鎧の音が遠ざかって行った事を確認すると、ビロードは茂みからそうっと頭を出して周囲を確認する。
北を見れば樹海の木々の間に、十人程の鎧武者の背中が小さくなっていくのが見て取れた。

( ><)「何で、外のニンゲンが……?」

帝国の軍人達が来たであろう方向を振りかえり、ビロードはその小さな首を傾げると、彼らの具足が緑の絨毯につけた足跡を追って低く飛ぶ。
月明かりだけが照らす木々の間を縫い飛びながら、そう言えばさっきの帝国人達が松明も点けずに歩いていた事を思い出した。
ブーン達の話によれば、エルフは夜目が利くと言う事だったが、帝国の人間もそうなのだろうか。

290 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:41:27 ID:Azfv8pYY0
( ><)「わかんないんです……」

考えた所で幼いビロードには分かるはずも無い故、少年はただひたすらに帝国人の足跡を追う事に専念する。
夜の妖精たるスプライト達が面白がって彼の後ろをついて飛ぶのにも構わずに枝々の下を進んで行くと、
やがて少年はその異様な光景を前にして羽ばたきを止めた。

(;><)「こ、これは……」

月明かりだけが照らす夜の樹海。様々な背丈の木々が群れを成して生い茂る植物の楽園の中、
まるでそこだけを天からの稲妻が穿ったかのように、多くの大木がなぎ倒されて地に臥している。
魔術によって作り出された大津波が襲ったのかとも思えるその破壊と蹂躙の痕が示すものを、
樹海の住人達の全ては本能的に知っており、ビロードとてもまた例外では無かった。

(;><)「ワーム……」

無意識的に呟いた少年の言葉は、この天変地異が如き惨状の元凶たる樹海の暴君の名。
母なるムンバイ広しと言えども、ここまでに壊滅的な様相で木々をなぎ倒して行く獣など一つしか居ない。
先の帝国人達は、この大災害にも等しき怒り狂った樹海の暴竜から逃げて来たのだろうか。
気が付けば、今まで後を飛んでいたスプライト達の姿も何処かへと消えてしまい、
ビロードはなぎ倒された木々の間で一人ぽつんと立ちつくしていた。
こんな事をしている場合では無い。自分も早くこの場から立ち去らなければ、
と背中の翅を開きかけた所で、少年の頭の中に有る考えが閃いた。

( ><)「そうです…もしかしたら、これなら……」

だが考えると同時、少年はその考えを振り払うように直ぐ様首を振る。
自分は何を考えているのだ。
そんなの、とてもじゃないが無理に決まっている。

291 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:42:39 ID:Azfv8pYY0
(;><)「……そうです、そんなの、無理に決まって――」

口に出しかけては、もう一度頭が否定する。
無理だとか、そういうことじゃないのだと、先に自分に言い聞かせたばかりではないのか。

(;><)「……」

木々の枝が夜風に揺られてざわざわとなる。知らず、脚が震える。
怖い。これから自分が成そうとすることを思うと、胃袋がでんぐり返しを起こしそうになるほど、怖い。
暗闇の中でただ一人、頼るものの居ない樹海の中でたった一人で、立ち向かわなければならない事を考えると、
身体は自然と回れ右してこのまま飛び去りたい衝動に駆られる。

(;><)「弱虫いなくなれ!弱虫なんかいなくなれ!」

もう一度、自分に言い聞かせるように叫んで頬を叩くと、セムの少年は生唾を飲み込みながら背中の翅を震わせて、
木々が薙ぎ倒されて出来た“通り道”の上を進んで行く。
天におわす無慈悲なる月は、青ざめた顔で彼を見下ろすばかりで、既に深夜に差し掛かった樹海の中は不気味な静けさの中にあった。
しかしそれは何も樹海の動物達の全てが寝静まったというわけでは無く、
ビロードの周囲だけがその異様なまでの静寂に取り残されているのだと言う事を考えれば、
かの怒れる翼なき竜が如何にしてこの樹海の暴君であるかが知れるというものだ。
夜啼き鳥すらもが声を潜め、少しでも頭の回る獣ならば決して近付かぬ死の道をふらふらと飛びながら、
セムの少年はいよいよもってこれから自分が成そうとしている事について思いを巡らせる。

292 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:44:07 ID:Azfv8pYY0
どう思ってもやけっぱちな痴れ者の考えとしか思えぬそれは、しかしこの齢三つの少年が現状で考え得る限りで最上の策だと思えた。
問題は、ビロードの体力がどこまでもつか、その一点だけだろう。

(;><)「……やるしか、ないんです。僕がやらなきゃ――!」

ブラシのような歯のならんだ口を噛みしめて呟くと同時、遂にビロードは目的としていたその広場に辿りつく。
数多の倒木を横目にして飛んで辿りついたその広場は、巨木が放射状に薙ぎ倒されることによって出来たいわば「台風の目」と呼ぶのが相応しく、
その中央にはまさにこの忌むべき天災が如き事象の元凶が、その規格外と呼ぶしかない巨体でとぐろを巻いて横たわっていた。

(;><)「お、大きいんです……」

目と鼻の先、僅かに5トール(約6メートル)ばかり離れた所で鼾をかく樹海の暴君の姿に圧倒され、少年は思わず呟く。
ここまで間近に迫ってワームの姿を見る事などこの幼子にとっては初めての試みであり、
ともすれば今にも逃げ出しそうになる脚を抑えつけるのに少年は腐心した。
胴の太さにしても4トール(約4.8メートル)、頭から尾っぽの先まで大ざっぱに見積もっても100トール(120メートル)以上あるだろうその巨体は、
この小さなセムの少年からしてみればまさに神かそれの使いかのようなものであり、同じ空間に立っているだけでも失神してしまいそうだ。

(;><)「弱虫いなくなれ!弱虫なんかいなくなれ!」

合言葉のようなそれをもう一度繰り返すと、ビロードは目の前に横たわる城塞のようなその巨体をきっと見上げ、
大きく息を吸い込んでから勇気を振り絞って声を張り上げた。

(;><)「おおい、そこのデカブツ!ぐーすか寝てないでさっさと起きやがるんです!」

293 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:45:26 ID:Azfv8pYY0
夜の空気を震わせるようにして、ビロードの声が広場に木霊しては消える。
今まで夜の底を引きずるようにして響いていた暴君の鼾が、それに応じる様にして一拍置いてから止まった。
緑色の鋼のような鱗を纏った蛇腹が僅かに蠕動すると、地を震わせながらかの暴君が遂にその鎌首を擡げて小さなセムを見下ろす。
濁った黄色の瞳には、眠りを妨げられた事への怒りと、自分を起こした矮小なる羽虫に対する侮蔑の色が浮かんでいた。

(;><)「や、やあっと起きやがったですか、こ、このねぼすけ!あんぽんたん!」

射すくめられただけでも意識が飛びそうなほどの眼光を真上から受けても尚、ビロードはくず折れそうになる脚を踏ん張って耐える。

(;><)「何時までもそんな所で寝ぼけてないで、ぼ、ぼくと追いかけっこでもするんです!」

そこまでを何とか一気に吐き出すと、相手の出方を窺うようにビロードが遥か上空を見上げれば、
樹海の暴君はこの小さな挑戦者をぬらりと一瞥するや、洞窟の如き巨大な口を開いて大嵐のような笑い声を上げた。
│\\
Σ::゜益゜E「ぬわあっはっはっは!我に挑む者が未だこのムンバイにおったかと思えば、
        これはまた大なる父祖も粋なはからいをしたものだ!」

雷鳴のようにびりびりと夜気を震わす声にビロードはたじろぎつつも、この樹海の暴君がセムの言葉を口にした事に僅かな疑問を覚える。

│\\
Σ::゜益゜E「――我らが言葉を解さぬ獣と思い侮っておった、そういう顔をしておるな?
        ふんっ、この樹海の王たる我らがそこらの獣と同等な訳がなかろう。
        我らは語れぬのではない。語る必要が無いから口を噤んでおるまでよ」

294 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:46:36 ID:Azfv8pYY0
(;><)「あ、あうあう……」
│\\
Σ::゜益゜E「我らにとって言葉とは、敗北主義者の生み出した言い訳に過ぎん。
        我ら真の覇者にとって、自己を語るのは言葉では無い。
        この樹海においては、力こそが全てだ。適者生存、生き残ったもののみが正しい。
        故に、勝者の正しさを証明するのに言葉は不要であり、
        故に言葉は負け犬どもの遠吠え以上の意味を持たない」
│\\
Σ::゜益゜E「今宵、こうして貴様に語りかけるのも一時の気まぐれ。退屈凌ぎのお遊びよ。
        虫けらに語りかける王が、何処におる?我ながら、相当に痴れた事をしておるわ!」

まるでビロードの考えを見透かしたかのようにして弁を繰っていた暴君は、そこで一度大きく笑い声を上げて樹海の木々を震わせると、
再びあのぬらりとした瞳でもって矮小なるセムの少年を見下ろした。
事実、ここでこうして樹海の尊大なる暴君が口を開いたのは、真に珍しい事に違いない。
一頭をして百の軍勢にも勝ると言われる彼らワーム種は間違い無く樹海の覇者であり、
他の生き物などは自分達の餌か路傍の石ころ程度にしか思っていない。
僅かに身じろぎするだけで潰れてしまうようなものに対して言葉をかけることなどまさに戯れに過ぎず、
それぞれに我が強い彼らは同族ですらも自らの覇権を妨げる障害とし、言葉を交わす事も無いのだ。
この巨大にして尊大な緑色の大海嘯たるワーム種にとって、自分以外の生きとし生けるもの全ては同族ですらも打ち倒すべき外敵でしか無く、
ともすれば偉大なる父祖さえも恐れぬ獰猛さも相まって、彼らはこの大自然の持つ自然淘汰の側面を如実に体現した孤高なる王族として、
この母なるムンバイの食物連鎖の頂点に長い事君臨しているのだった。

295 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:47:33 ID:Azfv8pYY0

│\\
Σ::゜益゜E「さて、如何様な理由から進んで我の晩餐となる事に思い至ったのかは知らぬが、
        貴様の如き羽虫の稚児にしてはあっぱれな勇気である!
        狂気の沙汰かもしれぬが、その意気に免じ僅かばかりの褒美をとらせて遣わそう」

(;><)「あう、あうあうあ……」
│\\
Σ::゜益゜E「半刻やろう。その間に、逃げられるだけ逃げてみせよ。
        その惨めな翅だけで何処まで我から逃げおおせるか、示してみるがいい!」

轟音の如き咆哮がその弁と共に吐きだされるや否や、ビロードは弾かれたように振りかえると矢弾の如き速さで倒木の間を飛び去っていく。
暴君はその後ろ姿を見送りながら、濁ったシトリンのような瞳を残酷な愉悦の形に細めた。

296 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:49:08 ID:Azfv8pYY0

〜6〜

――月明かりさえも届かない深淵、枯れ谷と呼ばれる樹海の裂け目のその奥底。
レンの末裔たる大蜘蛛達があちらこちらを音も無くうろつき回る、彼らのその一大拠点の心臓部は、
月の明かりも届かぬ地の底にあって尚、煌々とした明かるさの中にある。
粘糸が張り巡らされた剥き出しの岸壁の各所には、1トール(約1.2メートル)程もある大きな茸が生えており、
その規格外の茸が青白い燐光を発しては、この奈落を薄らぼんやりと照らしだしているのだ。
ツキミダケと呼ばれるこの特殊な茸は、大陸中でもこの樹海の中にしか生息しておらず、
如何様な理由からかは分からぬが、その菌糸が風に乗って運ばれた所で、樹海の外でその子だねが育つ事は無いという。

幽玄な青白い燐光の中に浮かび上がる谷の各所には、石造りの建物の残骸が岩にうずもれる様にして散在しており、
その表面には古エルフ語ともセム語でもない、およそ今現在樹海の住人達が使うどの言語とも取れない象形文字が彫りこまれている。
遺跡群とも取れるこの建物の骸達は、入り口の大きさから見てエルフや帝国人のような人型の種族がかつてここで暮らしていた事を窺わせるものの、ブーンとツンの二人は勿論、
歴史に詳しいと嘯くお喋り詩人のフォックスにも、この枯れ谷で暮らしていた人族についての心当たりは無かった。

爪*'ー`)「なんてこった!これはもしかしたらもしかすると、世紀の大発見かもしれないぞ!
     我々は遂に、この樹海における歴史の闇のその一端に辿りついたのかもしれない!」

大蜘蛛の背中に揺られながら、興奮したようにしてフォックスが叫ぶ。
ツキミダケの青白い燐光に照らされたその顔は、
男とも女とも取れぬ中性的な美しさをもっており、蜂蜜色の長い髪とも相まって、
喋らなければ彼が男だと分かるものは居ないだろう事が予測できた。

297 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:50:32 ID:Azfv8pYY0
( ´三`)「――……」

ξ´三`)ξ「――――」

太古の建造物の骸を見ては子供のように喜ぶフォックスの横で、
当のエルフの子供達はといえば相も変わらず口元までを糸で縛られ身動きの取れない状態にあった。
横穴から担ぎ出されてからこっち、横合いでひっきりなしに喚かれ続けた為、
二人は既にぐったりと疲れ切っており、レンの末裔によって毒牙の洗礼を受けぬまでも、
このまま黙っていれば父祖の御元に召されるかどうかといった様子であった。

爪*'ー`)「なあ、聴いてるかい御二人さん!?僕達は今、歴史の生き証人になるかもしれないんだよ?
      君達エルフには分からないかもしれないけど、これは凄く――凄く偉大なことなのだよ!」

もしも二人の口元が糸で覆われていなかったのならば、ツンあたりがこのお喋りな詩人に向かってこう言ったことだろう。

ξ゚听)ξ『生き証人って言うのは、生きてるから生き証人なんでしょうが』

喚き続ける詩人と対照的に、彼らを運ぶ大蜘蛛は先からこっち一度も口を開く事は無く、
表情の無い七つの瞳からは彼女が一体何を考えているのかも窺い知れない。
言葉を持ち、人類よりも遥かに高度な知能を持つと言われる彼女達は、背中で喚き続ける詩人に黙れの一言を告げるわけでも無く、
黙々とその八つ脚を動かして燐光に照らされた谷底を奥へ奥へと進んで行く。

298 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:52:02 ID:Azfv8pYY0
爪*'ー`)「うーむ、この建築様式はゲーディエ達のものに近いような気もするが……。
      いや、しかしギデアスのオーク達のものか?いやいや待て待て……。
      ――もしかして、ノーン達の中期王朝様式?うーむ、違う…しかし類似性は……」

ぶつぶつと呟き続ける詩人を余所に三人を乗せて大蜘蛛が歩き続ければ、
幾つもの粘糸と古代の建造物の群れを過ぎて行った先にやがて一際大きな建造物が見えて来た。

爪*'ー`)「こ、これは――!」

高さにして、大よそ50トール(約60メートル)はあるだろうか。
ざらついた白い石灰岩を幾つも幾つも積み上げて造られたそれは、岸壁に沿ってまるで崖に埋め込まれるようにして聳えている。
一見すれば、ひたすらに高くそびえる石の壁は、二つの細い壁と壁の間に更に30トール程(約36メートル)の壁が挟まるような造りになっており、
この間に挟まれた壁はそこで一旦段となって折れまがった後、再び天に向かって高く伸びている。
表面に彫られた象形文字とも意匠とも取れる独特な紋様は、ここに至るまでに三人が横目に見て来た古代の建物群に掘られていたものと同様のものではあったが、
そこからもこれが先の遺跡群と同様の存在によって造り出されたという事が分かるのみであり、
これが如何様な目的の下に建てられたものであるのかを推し量ることは難しかった。

爪*'ー`)「なんと…なんと大きな…これは一体――」

苔生し、積み石の隙間から植物の根が這いだすその巨大な建造物を前にして詩人が恍惚の溜息を洩らす中、
三人を乗せた大蜘蛛がぴたりとその足を止めれば、それに合わせる様にして彼らの前に三体のレンの末裔が天から糸を垂らして降りて来る。
横一列に並んだこの新たな大蜘蛛達のうち、真ん中の一体は他のレンの末裔よりも遥かに巨大ななりをしており、
15トール(約18.4メートル)にも迫る巨体を前にしては、脇に並んだ8トール(約9.6メートル)ばかりの同族がまるで稚児のようにすら見えた。

299 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:53:00 ID:Azfv8pYY0
( :(∴):)「……SRRRYYEKUYY」
  【 】
空気が漏れるようなしゅうしゅういう声でその一際巨大なレンの末裔が何事かを命じると、
三人を背負った個体は背中の繭をその毛深い細腕で掴み上げ、至極繊細な手つきでもって地に降ろす。
いよいよもって自分達が晩餐の皿に乗せられるのかとブーン達が身震いしていると、
今まで恍惚に呆けた顔で巨石を見上げていたフォックスが目の前に降り立った大蜘蛛を認めるや、先ほどにも増して盛大な歓喜の声を上げた。

爪*'∀`)「おお!おお!何たる奇跡か!貴女は、貴女こそはこの枯れ谷の女王ではありませぬか!」

( :(∴):)「……」
  【 】
爪*'∀`)「貴女に一目会う為、わたくしめはこれまで長き苦難の道を押してここまで旅を重ねてきたのです!
      おお、その念願が…遂に、遂に叶おうとは!なんたる僥倖!なんたる奇跡か!
      どうか、どうか女王よ、僭越なことではありまするが、わたくしめの歌を一度お聴きに……」

( :(∴):)「――SFREY」
  【 】
歓喜に打ち震えて弁をのたまうフォックスに女王が短く何事かを囁けば、
脇に控えていた蜘蛛のうちの一体がしめやかに詩人の側へと近付くと、その細くも逞しい脚で彼の頭を強かに殴りつける。
夢中になっていた詩人はその一撃のもとに見事に気を失ったようで、剥き出しの地面の上でようやくそのお喋りな口を噤む事とあいなった。

300 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:54:13 ID:Azfv8pYY0
(;^三^);゚三゚)ξ「――!」

慈悲も容赦も無いその仕打ちに、次は自分達かとエルフの子供達は繭の中で身構える。
ゆっくりとした動きでもって女王は二人の前へと近付いてくると、子供達を運んで来た大蜘蛛に向かってちらりと顔を向け、
それに家臣が頷きを返したとみるや、同族達よりも一回りも大きいその足を伸ばしてツンの繭に引っかけると、
実に器用な動きでもって彼女をひょいと持ち上げた。

( :(∴):)「――SGHUYYY……」
  【 】
ξ;゚三゚)ξ「――!――!――!?」

(;^三^)「――!?――!」

狂乱するエルフの子供達を余所に、レンの女王は爪の先にぶら下げたツンの繭をその七つの桜色の瞳をぐるぐると動かししげしげと見まわす。
魔術師が実験に使う子鼠を検分するかのようなその仕草は妙に人間染みているものの、
およそ慈悲と呼べるようなものの一切は感じられない。
次の瞬間には興味を失って岸壁に向かって投げ飛ばすか、いきなり牙を突き立てて毒を注いでもおかしくないような危険を孕んだ様子が、
その女王にはあった。

( :(∴):)「SLYEREBEEW」
  【 】
たっぷりと時間をかけてねめまわすようにしてツンを眺めまわしていた女王は、
やがて彼女の包まれた白い繭を宝石でも扱うかのようにして丁寧に地に横たえると、
後ろの四つ脚で立ち上がり、残る前の四つ脚を今しがた横たえたばかりのツンへと向かって伸ばす。
ノーンの外科医が振るう切開用のナイフを思わせるその脚の群れに、ツンの瞳が恐怖に見開かれた。

301 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:55:45 ID:Azfv8pYY0
( ;゚三゚)「――!――!――!」

幼馴染の危機を目の前にして、しかしブーンは身動きも取れず、ただ、ただ、声無き叫びを上げることしかできない。

ξ;゚三゚)ξ「――!――!――!」

ゆっくりと、もったいぶるような動きで女王の脚が少女へと迫る。
強固に固まった粘糸の白銀の輝きに、今しもその爪の先が触れようかという時、彼女達の頭上がにわかに騒がしくなった。

( :(∴):)「――SGYRET?」
  【 】
伸ばしていた脚を止めて、女王は何事かと頭上を仰ぎ見る。
遥か上空、粘糸のかけ橋が縦横無尽に張り巡らされた枯れ谷の中では、彼女の子らである大蜘蛛達が、ひっきりなしに走りまわっては、
皆が皆一心に崖の上を目指して駆け昇っていく。
蜘蛛の子を散らすようなとはまさにこの事かとも思われるほどに騒然となった枯れ谷を揺らして、
その咆哮が轟けば、騒ぎの元凶が唐突にその姿を天に踊らせた。

( :(∴):)「――SWURTAYYENNLOS……!」
  【 】
天上の月を覆い隠すような巨体は、樹海の食物連鎖の頂点をレンの末裔と二分する樹海の尊大なる暴君、ワーム種に他ならない。
空気を裂いて地鳴りのような咆哮を上げる樹海の暴君は、大樹の如き太い胴体をうねらせて、
粘糸の張り巡らされた岸壁を緑色の大波濤めいて怒涛の勢いで降りて来る。
岸壁に張り付いた数多の大蜘蛛達が、尻の先から一斉に光り輝く粘糸を噴射するが、
大津波となったワームは粘糸が鱗に絡みつく先からそれを真綿か何かのようにして引き千切り進むものだから、
遂に業を煮やした一頭の大蜘蛛が暴君の目の前に踊り出れば、この獰猛なる樹海の竜王は大剣のような牙の並んだ大口を開いて、
哀れなレンの末裔を一息に噛み砕くのだった。

302 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:57:01 ID:Azfv8pYY0
│\\
Σ::゜益゜E「ぬわあっはっはっは!いいぞ羽虫よ!所詮貴様一匹では何も出来ぬひ弱な身!
        蜘蛛の子だろうがなんだろうが、縋れるものには何でも縋るがよいぞ!」

地割れのような笑い声を立てる暴君の鼻面の先、まるで暴風に弄らて舞う木の葉のようにして飛ぶその小さな影に、
エルフの少年少女達は繭の中で驚きの声を上げる。

(;><)「ブーン!ツーン!助けに来たんですー!」

粘糸を避け、暴君の牙を寸ででかわしながらも必死に羽ばたくその小さなセムの少年こそは、
彼らが無念の内に離ればなれになったビロードに他ならなかった。

(;゜三゜)「――!――!――!?」

ξ;゚三゚)ξ「――!?――!」

数刻前に木々の向こうに消えた筈の友の再来に、しかしブーンとツンは戸惑うしかない。
小さな手足をいっぱいに振り回して彼らの横たわる地の底まで急降下してくる少年の後ろには、
今や大嵐と化した樹海の暴君がその大口を開けて追いすがっている。
ここまでくると流石にレンの女王も腰を上げざるを得ないようで、ツンの下から素早く離れると、
今しも谷底に達しようとする緑の大海嘯へ向けてその巨大な尻から粘糸を吐きかけた。

( :(∴):)「SDREEEY!」
  【 】
両脇の家臣達も加わって白銀の奔流となった粘糸が、樹海の暴君の顔面目掛けて殺到する。
巻きこまれまいとビロードが急旋回で飛び上がれば、遮るものの無くなった宙空で粘糸の大網とワームの鼻面が激突し、
谷底はさながら緑の大津波とそれを食い止めようとする樹海の妖術師達の凌ぎを削る果たし合いめいた様相を呈した。

303 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:58:04 ID:Azfv8pYY0
│\\
Σ::゜益゜E「ぬわあっはっはっはっは!小虫どもが揃いも揃って戦争ごっこか!いいだろう!
        今宵の我は気分がいい!貴様らの遊戯にも付き合ってやるとしようではないか!」

一声吠えると同時、ワームは粘糸の大網を大剣の如き牙で噛み千切ると、谷底にとぐろを巻いて居直る。
今やこの尊大なる暴君の頭にはレンの軍勢を相手に樹海の覇権を賭けた闘争のことしか無く、
先まで追いかけていたビロードの事は既にどうでもいいようであった。

( :(∴):)「……SKOIEEE」
  【 】
レンの女王もこれを真正面から迎え撃つ事に決めたらしく、彼女を中心として枯れ谷の底には生き残った大蜘蛛達が大よそ二十体ほどで群れ集っている。
神話に語られるかのような怪物達の闘争を前にして、緊張の中に静まり返った谷底を、
二大勢力に気付かれぬようにしてビロードは飛ぶと、ブーン達の元へと辿りついた。

(;><)「今、今助けるんです……!」

繭に包まれたまま動けぬ二人に告げるや、ビロードは傍らに横たわる大蜘蛛の骸に取りつくと、
その大顎から未だに透明な毒液を滴らせる牙を引き抜き、エルフの子供達の身を縛る粘糸に突き立てる。
あらゆる生き物を数日のうちに溶かし尽くすと言われる毒液が、鋼の如く固まった粘糸をいとも容易く解きほぐせば、
ものの数秒のうちに再び自由を手に入れたブーンとツンは、立ち上がるや否やこの小さくも勇敢な友人に飛びつくと強く、強く抱きしめた。

304 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 20:59:14 ID:Azfv8pYY0
( ;ω;)「ビロード!ビロード!一体今まで何処に行ってたんだお!」

ξ;凵G)ξ「馬鹿!馬鹿!馬鹿!何で勝手に居なくなったりするのよ!心配したんだから!」

自分達の命が助かった事よりもビロードの事を心配してくれる二人の友人に、
感謝の思いで頭が真っ白になりそうになるも、ビロードは頭を振って冷静さを取り戻すと二人を引きはがす。

(;><)「ぼ、僕の心配は良いから早く逃げるんです!」

言われてみてエルフの子供達がはっとすれば、彼らの背後では今まさに樹海の王者達が互いに互いの覇権を賭けた死闘を繰り広げている最中であった。
粘糸が飛び、緑の蛇腹がひるがえり、大蜘蛛の手足が千切れて宙を舞うその様は、
まさしく小さな大戦争にも等しく、巻きこまれればただでは済まない。

(;><)「あいつらがやり合ってる間に崖を登るんです!早く!」

ξ;゚听)ξ「そ、そうね。こんな事してる場合じゃないわ」

(;^ω^)「おっおっ、その前にこのフォックスとかいうおっちゃんも助けてあげるお」

未だに伸びたままに繭に包まれ横たわる吟遊詩人をブーンが振り返れば、
ビロードは大蜘蛛の牙を繰って手早く粘糸を断ち切り、その頬に二、三発平手をくらわす。

爪うー`)「う、うーん?僕は一体何を……」

ややもって眠たげな声を上げながら目を開けたフォックスを、エルフの二人は無理矢理に立ち上がらせると、
その手を引いて岸壁へ向かって走り出した。

305 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:00:18 ID:Azfv8pYY0
爪;'ー`)「お、おいおい、そんなに引っ張らないでくれたまえ。僕の声は売り切れたりは――」

(;^ω^)「いいから黙ってついてきてくれお!それどころじゃないんだお!」

爪;'ー`)「一体何を言っているんだい?何をそんなに急いで――」

ξ#゚听)ξ「あれが目に入らないっていうのなら、私がその目をほじくり出して上げましょうか?」

今までどれほど喧しくとも口を挟む事が出来なかった鬱憤を晴らすかのように怒鳴りつける少女の声にフォックスが振り返れば、
ようやくにしてこの能天気な詩人も事態を呑みこんだようで、口を噤んで脚を回す事に専念する。

爪;'ー`)「嗚呼、ついぞ女王の口から彼女達の秘密を聴く事は叶わないのか……」

未練がましく後ろの小さな戦乱を振り仰ぐその様子は、しかしというか矢張りというか、彼らしくもあった。

(;><)「あすこの壁からなら、登りやすそうなんです!」

先導するビロードが指さす先の岸壁には、岩の間から這い出した蔓草に覆われており、
少年の言葉通り森の外に生きる詩人にも登頂する分には申し分なさそうである。
目の前に到来した生への脱出口へ向かって三人はいよいよその脚の回転を速めたその時、背後で重たげな音がするのと同時谷底が揺れた。

(;^ω^)「な、何だお――!?」

三人の背筋を冷たい感触が駆け抜ける。
頭上を巨大な質量が飛び越える気配がし、相前後、三人の前に一体の大蜘蛛が音も無く着地すると、その巨体でもって立ちふさがった。

306 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:01:58 ID:Azfv8pYY0
(;><)「そ、そんな――!?」

咄嗟にビロードが振りかえれば、背後ではかつてはワームであっただろう、
白銀の粘糸の塊が物言わぬ巨像めいて谷底に横たわっており、それを囲むようにしてレンの末裔達が勝利の余韻にひしめいている。
あれだけの圧倒的な巨体を誇りながらも数の力には勝てなかったのか、
それでも谷底のあちらこちらにはこの戦が決して容易ならざるものであった事を示すかのように、
無残にも引き千切られ、噛み砕かれた大蜘蛛の死骸が黄緑色の血を撒き散らして散乱していた。
言葉は敗者のものとした暴君はしかし、皮肉にも自身の弁を自らに体現することになり、
それをあざ笑うかのようにして勝鬨を上げる大蜘蛛達の軍勢を背後に、
彼女達を束ねる枯れ谷の女王が巨体を揺らしながら粛々とブーン達の方へと近付いてくる。
見渡せば、既に四人を囲むようにしてレンの末裔達が谷のあちらこちらで七つ目を輝かせており、
いよいよもって逃げ場の無くなった一行は、これから降り掛るであろう自らの運命を呪って固唾をのむことしかできなかった。

( :(∴):)「……」
  【 】
沈黙が支配する谷底を悠然とした足取りでやってきた女王は、四人の前でふいにその歩みを止めると、
周囲の家臣達を仰ぎ見てそのしゅうしゅうという独特の言葉で何やら命ずる。
頭を垂れてそれを聞き届けた大蜘蛛達は、一斉に踵を返すと、
女王の脇に四体ばかりを残して潮が引くようにして崖の各所に散らばって行った。
奇妙な大蜘蛛達の大行進にブーン達が摩訶不思議を顔に浮かべていると、
女王は再びそのしゅうしゅう言う声で何事かを呟けば、彼女の巨体の周囲で空気が渦を巻き、
段々とその姿がぼやけて歪み、空間そのものが捻じれ始める。
呆気にとられたままに一行が見つめる中、歪みはどんどんと強くなって行き、
いよいよもって女王の姿が辺りの景色と混じり合って見分けもつかなくなると、
たわめた弓の弦を放したようにして空間の捻じれが元通りになり、大蜘蛛と入れ替わるようにして一人の美しい女性が姿を現した。

307 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:03:13 ID:Azfv8pYY0
深緑色のドレスを纏った豊満な体つきのその女性は、蜘蛛糸の如く眩く輝く銀髪を波打たせ、
満月を映す湖畔の如き静謐さでもって佇んでいる。
およそこの世のものとは思えぬ美貌の彼女は、優美な弧を描く眉の下で桜色の瞳を優しげに細めると、
瞳と同じ色の薄い唇を開いて吐息を吐きだすように言葉を紡いだ。

<(' _'<人ノ「――やれ、この姿をとるのは何年ぶりであろ。他の種と言葉を交わすことなど、
      久しくなかったものであるから、上手くいくものかとおぼつかぬものであったが……」

自身の身体を見回しながら、古エルフ語で一人ごちると、彼女は自分を見つめて立ちつくす四人に向き直り、優しげにほほ笑む。

<(' _'<人ノ「どうじゃ、中々に様になっておろう?」

(;^ω^)「え、お、おおお……?」

ξ;゚听)ξ「――」

(;><)「ふぇ?ふぇえ?え?」

爪;'ー`)「おろ?おろおろおろ?」

唐突に言葉をかけられて戸惑う一行に、美貌の君は艶やかに微笑むと薄手のドレスの裾を摘まんで粛々とした歩みでこちらへと近付いてきた。

<(' _'<人ノ「なに、この姿の方がうぬらも話し易かろうと思うてな。
      対話というものは、同じ目線に立って行うものであろ?」

言葉の端々から類推するに、どうにもこの女性こそは先に自分達の前に立ちふさがっていたレンの女王である事に一行は気付けば、
その口々からは驚きの声が漏れる。
如何様な妖術を使えばこのような事が出来るのかと皆々が首を傾げる中、
枯れ谷の女王はエルフの少女の前でその歩みを止めると、再びその身をしげしげと眺めまわした。

308 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:04:23 ID:Azfv8pYY0
(;^ω^)「な、何だお。ツンに、何の用だお」

曲刀の柄に手をあてがって牽制するブーンに妖艶な笑みを返すと、女王はやにわにツンの胸元へと手を差し入れる。

ξ;゚听)ξ「ちょっ、何するっ――!」

慌てて抗議の声を上げるツン。曲刀を振り上げて飛び出しかかるブーン。呆気にとられるビロード。ひゅうっと口笛を吹くフォックス。
四者四様の反応を意に介す事も無く女王は少女の胴衣から腕を引きぬくと、そこに握られたものを一行の前に差し出すようにして見せた。

<(' _'<人ノ「うぬらは、これが何かを分かっておるかの?」

白くきめ細やかな女王の掌の上に乗っているのは、あの日ブーンが偉大なる父祖の幹からもぎ取りツンに贈った翡翠色に輝く珠である。
ツキミダケの燐光を受けて微かに緑色の淡い輝きを放つそれには、ツンの手によって網状に蔓が巻き付けられ、
首飾りのようにして彼女の胸元から下げられていた。

(;^ω^)「何って……」

ξ;゚听)ξ「何なのよ……?」

<(' _'<人ノ「……」

問い返すエルフの子供達に、女王は僅かに悲しみと口惜しさの混じり合ったような複雑な顔をすると、
緑の宝珠を再び少女の平たい胸元へとしまい込む。
何かを躊躇うようなその手つきからは、彼女が何かしらを諦めるような雰囲気が感ぜられた。

309 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:05:33 ID:Azfv8pYY0
<(' _'<人ノ「森の申し子らよ、心して聞くがよい」

一転して威厳を漂わせた表情をとると、女王は一行の顔を見回して厳かに告げる。

<(' _'<人ノ「何があっても、その宝珠を手放してはならぬ。
      賊がやってこようと、天変地異が起ころうと、その宝珠だけは守り抜くのじゃ。
      妾の口から理由を語って聞かせる事は叶わぬが、聞き分けるのじゃ。
      よいか、決してその宝珠を手放してはならぬぞ」

恫喝とも託宣ともとれるような語気で言うと、そこで女王は少女の傍らに立つブーンへと目を向けた。

<(' _'<人ノ「なれは、この娘っ子の背の君かえ?」

ξ;////)ξ「な、何を――!」

( ^ω^)「おっ?せのきみ?」

白い顔を真っ赤にして少女がどもる横で、言葉の意味が分からずブーンが首を傾げれば、
枯れ谷の女王はその様子に微かに目を細めて苦笑を洩らすと、再び厳かな表情を戻して少年に語りかける。

<(' _'<人ノ「よいか、なれはおのこじゃ。おのこならば、おなごを守るは必定。
      どのような時もこの娘の側を離れることなく、その手を握り続けるのじゃ。
      この宝珠と共に、この娘のことも守ってやるのじゃ」

( ^ω^)「おっおっ!そんなこと、おばちゃんに言われなくても分かってるお!」

拳を突き上げて元気良く返事をする少年に、束の間女王は目を見開いて驚きの表情を浮かべると、

310 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:06:35 ID:Azfv8pYY0
<(' _'<人ノ「おば――」

( ^ω^)「おっ?」

<(' _'*<人ノ「はっはっはっ!妾を“おばちゃん”とな!なるほどそれも道理やもしれぬな!
      いやはや、妾も老いたものじゃ!“おばちゃん”、“おばちゃん”か――。
      まったき面白きこともあったものじゃ。これじゃから他の種と話すのは飽きぬわ」

一転してころころと笑いだした女王に、少年が首を傾げていると、やがて女王は笑い過ぎて目尻の端に浮かんだ涙を優雅に拭うと、
慈母のような瞳でブーンを見つめる。

(*^ω^)「おっ……」

あまりにも美し過ぎる美貌に真正面から見据えられて、流石のブーンもその頬をにわかに赤くし始めると、
枯れ谷の女王は少年の肩に自分の細腕を優しく置いた。

<(' _'<人ノ「妾の言葉を、決して忘れるでないぞ。
      いかなる時も、この娘の側にあり、この娘と宝珠を守り続ける。“おばちゃん”との約束じゃ」

( ^ω^)「……おっ。約束、するお」

しっかりとした面持ちで少年が頷いたのを確認すると、女王は満足げに頬笑み周囲の家臣達に向かって手で合図をする。
今まで黙して一行の対話を見守っていた大蜘蛛達のうちの一体がしめやかに進み出ると、女王はブーン達にその背へと乗るように促した。

311 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:08:14 ID:Azfv8pYY0
<(' _'<人ノ「崖の上までは送らせよう。そこからは自らの脚で歩むがよい」

ξ;゚听)ξ「え、ちょっと、どういうことなの?」

つい先ほどまで自らの命を脅かす存在でしか無かった大蜘蛛達の掌を返したような行動に、
一行が戸惑うも、枯れ谷の女王がそれに対して明確な回答を返す事は無い。

<(' _'<人ノ「それと、これは妾からの餞別じゃ。よく旅に役立てるがよい」

傍らの大蜘蛛が口に咥えていたそれを受け取ると、女王は白銀に輝く胴衣と糸巻き棒に纏められた銀糸をブーンの手に委ねた。

( ^ω^)「これは?」

<(' _'<人ノ「妾の糸で編まれた鎖帷子と、レンの糸巻きじゃ。
      鎖帷子の方はなまくらの剣ならば寄せ付けぬ故、なれの身を守ってくれよう。
      糸巻きの方は、我らの紡いだ糸そのものじゃ。使い道はなれらに任せる」

手短にそれだけを告げると女王の頷きに合わせて四人を乗せた大蜘蛛は歩み出す。

爪;'ー`)「ああ、ちょっと待って下さい女王陛下!僕にはまだ貴女に聴きたい事が――」

<(' _'<人ノ「なれらの無事を祈っておる」

なし崩し的に大蜘蛛の背に乗せられた四人は、来た時と同じように黙々とした足取りで崖を登るレンの末裔の背に揺られ、
谷底を後にするのだった。

312 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:10:28 ID:Azfv8pYY0
小さくなっていく少年少女達を谷底から見上げながら、女王は僅かな溜息と共に一人ごちる。

<(' _'<人ノ「――あるいは、この場で我らが糧として潰えた方が、あの子らにとっては幸せであろうか。
       妾は、ともすれば最も残酷な仕打ちをしたのやもしれぬ」

<(' _'<人ノ「なれど、先のワームにすらもこれだけの出血を強いられるのならば、
      あの宝珠を一つところに置いた所で、我らに守りとおせる筈もなし。
      妾は正しい判断をしたのじゃ。これでよかったのじゃ」

まるで自分に言い聞かせるような言葉を紡ぐ女王はしかし何処か儚げで、
側近達はそんな彼女の心象を慰むるようにしてその傍に寄り添うように集まる。

<(' _'<人ノ「今はただ、あの子らの旅路が息災である事を祈るより無いであろうな。
      願わくば、彼の者達の進む先に、レンの糸の導きがあらんことを……」

月さえ見えぬ地の底で、レンの末裔たる大蜘蛛達は、何時までも何時までも、天を見上げ続けていた。

313 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:11:31 ID:Azfv8pYY0

〜7〜

――東の稜線が赤く縁取られ始める頃合い。闇を渡る樹海の獣達がそれぞれの寝床へと帰り始めるのと入れ替わるように、
朝告鳥が眠たい瞼を擦り擦り起き出してくれば、未だ覚めやらぬ眠りの縁から樹海に朝の気配が訪れつつあった。
木々の密集地帯にすっぱりと付けられた刀傷の如き枯れ谷の周囲はしかし、
相も変わらず真夜中の如き静寂の中にあり、改めてここが樹海の獣達においては死の国への入り口と大して変わらぬ意味を持つものであろう事が窺える。
谷底から送ってくれた大蜘蛛の背から降りながら、四人は自分達以外に息をするものの気配が感ぜられない崖の縁を見渡し、
未だ自分の身に起きた出来事を上手く消化できないでいた。

( :(∴):)「我々が送れるのはここまでだ。
  [ ]  本来ならば直接お前達の故郷まで送ってやれればいいのだろうが、
      我々が森の中をうろつけば、小さき者達を不用意に恐れさせてしまうだろうからな」

ここに来て大蜘蛛が初めて古エルフ語を口にしたのもさることながら、
彼女達の口から他の種を気遣うような言葉が漏れた事に一行は少なからぬ驚きを覚える。
それは、無慈悲にして残酷なる樹海の捕食者として恐れられる彼女達の口から発せられたとは思えぬ言葉であった。

( :(∴):)「生ける者である以上、他者を喰らわねばならぬのは必定であるが、
  [ ]  それ以外の所で無用な血を流す事もあるまい。
      何より、我々はあのワーム種と違い、力をかさにきて君臨するのは好まぬ」

四人の想い浮かべた疑問を払拭するよう語るレンの末裔の物腰はとても丁寧で、
先にフォックスが言った通りに彼女達が高い知性を有する生き物であることが、
ブーン達はここに来てようやく実感として理解出来たのだった。

314 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:12:37 ID:Azfv8pYY0
( :(∴):)「ここからは自らの脚で歩まれよ。形ばかりではあるが、お前達の息災を願っている」
  [ ]
(;^ω^)「おっおっ、ちょっと待ってくれお。結局僕らは、どうして助けてもらったんだお」

ξ;゚听)ξ「いきなりさらわれたと思ったら、訳も分からないうちに解放されて、良く分からない約束までさせられて……」

爪'ー`)y‐「これは、僕からも詳しい説明を要求願いたいね!」

(#><)「です!です!」

成すがままに大蜘蛛の背に揺られてきた一行が、ここぞとばかりに今まで尋ねる事の叶わなかった疑問を目の前のレンの末裔へとぶつける。
これもまた当然の事であろうとでも思ったのか、大蜘蛛は七つの瞳で静かに一行を見渡すと鋏のような大顎を開いて口を開いた。

( :(∴):)「……当初は、お前達も糧とすべく我らの一体が狩ってきた事は認めよう。
  [ ]  それについては先にも述べた通り、我らが“喰らう”側の者である以上、謝罪はしない」

ξ;゚听)ξ「だから、それからどうして私達はあんた達に解放されて今ここに居るのよ!」

(#><)「ですです!そこを説明するんです!」

( :(∴):)「それについては、我々の口から語って聞かせる事は許されておらぬ」
  [ ]
ξ;゚听)ξ「そんな事一方的に言われても納得出来るわけ無いでしょう?」

爪'ー`)y‐「そうだとも!納得のいく説明を頼むよ、君い!」

瞬間、今まで落ちついた物腰で受け答えしていた大蜘蛛の瞳がにわかに殺気付いた。

315 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:14:15 ID:Azfv8pYY0
( :(∴):)「どうやら誤解があったようだな。先の女王の言葉は約定でも陳情でも無い。
  [ ]  お前達は我らの女王に勅令を下された身なのだ。納得する必要など無い」

ξ;゚听)ξ「なっ――!」

爪;'ー`)y‐「ま、まあ落ちついて落ちついて、そう殺気立たなくてもいいじゃあないかい……」

( :(∴):)「お前達は一度は我々に捕えられ、糧となる筈だった身。
  [ ]   そこを女王のお考えの下に解放されたのだ。お前達に拒める道理があるとでも?」

ξ;゚听)ξ「な、何よ…力をかさにきて君臨するのは好かないとか言ってたくせに……」

( :(∴):)「闇雲に破壊を撒き散らすのと、論理的判断に基づく強迫策とは違う。
  [ ]  我々は力を振るうべき個所を弁えているのだ」

徹底して冷徹な言葉を返すこの大蜘蛛に、先まで緩みかけていた一行の背筋が正される。
理性的な物腰と言動によって忘れそうになるが、このレンの末裔達が樹海の無慈悲なる捕食者であるという事実は曲げられようも無い。
力無き者は淘汰されるのみ、という自然の掟に非常に忠実なこの大蜘蛛達は、間違い無く樹海の食物連鎖の頂点に君臨する覇者だ。

( :(∴):)「我々から言える事は、お前が持つその宝珠が、
  [ ]   如何な物事よりも優先されるに足る重要な存在であるという事だけだ。
      女王の言葉を繰り返す事になるが、それだけは何としてでも守り抜かなければならない」

ξ;゚听)ξ「そんなに大切なものだったら、あんた達が持っていたらいいじゃ――」

316 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:15:18 ID:Azfv8pYY0
そこまで言いかけて、ツンははっとして隣のブーンの顔を窺う。
あの時こそはただの綺麗な宝石のようにしか思っていなかったとはいえ、この緑の宝珠は幼馴染が自分に贈ってくれたものだ。
この小さな蕾とも宝石とも取れぬ球体に如何様な意味があるのかなど知ったことではないが、
ブーンが精一杯の気持ちを込めて贈ってくれたものだと言うその事実だけは変わらない。

( ^ω^)「おっ?」

ξ;゚听)ξ「……」

寸での所で言い淀んだ少女をしかしレンの末裔は意に介した様子は無く、
七つの瞳は相変わらず感情を窺わせない色で不気味に輝いているばかりだ。

( :(∴):)「我らが女王も当初はそのつもりであった。
  [ ]  しかし、あのワームの襲撃で事情が変わった。
      ワーム種と言えども、たった一頭の獣の侵入を許すような我らの防備では、
      この宝珠を守り切るには不足と判断なされたのだろう。
      不確実ではあるが、一つ所にしまい込んでおくよりお前達の手に委ねる事に決められたのだ」

(;><)「も、もしもワームがやってこなかったら――?」

( :(∴):)「女王の判断によるだろうが、そこな三人は我らの糧となっていただろうな」
  [ ]
(;><)「……」

二人の友がドロドロに溶かされて大蜘蛛に吸われている所を一瞬幻視し、
セムの少年は自分が取った行動が必ずしも徒労で無かった事を確認して胸を撫で下ろす。
半ば破れかぶれの策ではあったが、こうして友を救い出せたのならば、この幼子には他のことに対しては取り立てて口を挟む由縁は無かった。

317 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:16:23 ID:Azfv8pYY0
( :(∴):)「聞きたい事はこれで全部か?」
  [ ]
爪;'ー`)y‐「ま、待ってくれ!まだ僕には訊きたい事が山ほど――」

( :(∴):)「無いようなら、もう行くが良い。
  [ ]  日が登りきらないうちなら、樹海の旅路も気持ちばかりではあるが、安全だ」

爪;'ー`)y‐「せ、せめて僕の歌を一曲だけでも!そうだ、“鍛冶屋のゴブリン”なんてどうだい?
       こいつはまだどの酒場でも聴かせた事の無い未発表作なんだが、今日は特別に――」

( :(∴):)「最後に、この地図を持っていくがいい。せめてもの餞別だ」
  [ ]
一方的に話を打ち切ると、大蜘蛛は自身の背中の剛毛の中から粘糸で編まれた地図を取り出して放ってよこすと、踵を返して崖を降りて行く。
取り残された一行はその背中を追うわけにもいかず、呆然とその場に立ち尽くすしか無かった。

ξ;゚听)ξ「一体、何だって言うのよ……」

終始向こうに主導権を握られたままの邂逅にツンが混乱した頭で呟く横では、
ビロードが最後に大蜘蛛が置いて行った地図を拾って眺めている。
白銀の粘糸によって編まれた小さなタペストリーのようなその地図は、樹海の様々な植物から搾り採ったであろう染料によって鮮やかに着色されており、
地名や注釈などが古エルフ語の流麗な字体で細部に渡って丁寧に綴られていた。

( ><)「ここが今僕達が居る所だから…枝苔の里までは、四日も歩けばつくんです」

顔を上げてビロードが朗らかな声を上げれば、
その傍らではブーンが谷底で女王から受け取った白銀の鎧帷子を広げて自分の首元にあてがって小さな唸り声を上げている。

318 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:17:43 ID:Azfv8pYY0
( ^ω^)「うーん、これ、僕が着るには少し小さいんじゃないかお?」

首を捻りながらも少年は胴衣を脱ぐと、日に焼けた健康的な胸板を晒し、大蜘蛛の鎖帷子に袖を通せば、
白銀の粘糸によって編まれたという帷子は、まるでノール海の奥底に住まう蛸か何かのようにしてよく伸びた後、
ブーンの身体に吸いつくようにしてぴたりと密着した。

(;^ω^)「うえ、なんかちょっとぴちぴちしてて気持ち悪いお……」

着心地こそはあまり宜しくない様子ではあったが、如何様な技術によって齎されたかも分からぬその伸縮性は、
そのままこの帷子の頑丈さを物語っている。
打撃に対してはどうしようもなくはあろうが、女王の言った通り生半な剣の一太刀では、
この帷子を着たブーンの肌に傷を負わせることは出来そうも無かった。

爪'ー`)y‐「……君達は能天気で良いね。お土産まで貰ってご機嫌ってかい?
      はっ!傑作だよ、まったく!」

一方の詩人はといえば、レンの女王から何一つ訊き出す事が出来なかった事が余程悔しかったのか、
懐から取り出したであろうパイプを咥えてぷかぷかと不機嫌そうに煙を吐き出している。
ともすれば、ビロードの活躍のお陰でその命をついでに救われたようなものでもあるのだが、
彼にとっては命よりも詩想を得る機会の方が遥かに大事といった様子であった。

爪'Д`)y‐「あんなチャンスはもう二度と訪れないだろうね!
      おお、エスラよ!貴女に歌を贈る事も叶わぬ哀れな下僕をどうか許したまえ!」

( ^ω^)「まあまあ、そう気を落とすなお。生きていれば、きっとまた何時かその……。
      しそう?を得る機会はきっとあるお。それまでまた旅を続ければいいんだお」

爪#'Д`)y‐「詩を紡げずに何が生か!
      再びあの泥沼のような無聊の日々をさ迷わなければならないと思っただけで……。
      おお!なんと!なんと残酷な運命か!エスラよ!シェスタールよ!
      これが貴女たちの信徒への仕打ちだと言うのですか!?」

一際大きな声で叫ぶと、この哀れな詩人は肩を落として力無く項垂れると、とぼとぼと歩きだす。

319 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:18:46 ID:Azfv8pYY0
ξ゚听)ξ「ちょっと、何処へ行くのよ」

爪'ー`)y‐「中原へ帰るのさ。ここに居ても、僕の歌に胸を震わせてくれる感性の持ち主は見つからないだろうしね。
      何より、今回はもう疲れてしまった。一度帝国の宿で英気を養って、それからまた旅に出ようと思う」

( ^ω^)「途中まで一緒に行かないのかお?」

爪'ー`)y‐「いや、遠慮するよ。僕は孤独な流離い人。
      天啓のような詩想は、孤独の中でこそ舞いおりて来るものだからね……」

( ><)「そうですか……」

口やかましく珍妙なる男であったとはいえ、同じ苦難を過ごしてきた身。
僅かな時を共にしただけであっても、三人の間には少しばかりしんみりとした空気が漂っていた。

爪'ー`)y‐「短い間だったが、君達と過ごした時を僕が忘れる事はないだろう。
      この大陸の上で生きている間は、もしかしたらまた会う事もあるかもしれない。
      その時こそは、僕の歌を披露しないじゃないか」

背を向けて片手を上げると、短いの別れの言葉だけを残して流離いの吟遊詩人フォックスは、樹海の木々の間へと分け入っていく。
木々の根に躓き悪態をつきながらも去っていくその背中を見送りながら、
三人は束の間この奇妙な詩人の旅路が安らかなるものである事を願っていた。

320 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:19:37 ID:Azfv8pYY0
こうして大波乱の証人達が過ぎ去った後には、エルフの少年少女と小さきセムの幼子の三人だけが崖の縁に残される。
僅か一晩の間引き裂かれていたとはいえ、命の掛った大立ち回りを経ての再会に、
三人は束の間見つめ合うと、やがてそれぞれがはにかむ様にして笑うと、無言のうちにその手と手を握り合う。

( ^ω^)「……」

ξ゚ー゚)ξ「……」

(*><)「……」

出会ってから一週と経たぬうちではあったものの、三人の間には既に互いの思いを言葉にして伝えあって確認する必要もないようで、
こうしてまた再び無事に手を繋ぐ事が出来るという事実に、互いの顔を見つめてほほ笑むだけで十分なようだった。

( ^ω^)「それじゃあ、僕達も出発するかお」

手を離して樹海を振り仰ぐ少年は、その胸中にいかなる思いを抱いているのか。
唐突に大蜘蛛達によって告げられた秘密めいた勅令を、彼は一体どのような思いで受け止めたのか。
無邪気な笑顔を浮かべて友を先導するその様子からは、窺いようも無い。

321 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:20:26 ID:Azfv8pYY0
( ><)「ぼ、僕も枝苔の里までついていくんです!ここまで来たんだから、最後まで見送るんです!」

傍らを歩む彼の友が、元気良く飛び上がってその先を追いこして振り返る。

ξ;゚听)ξ「あ、こら!まだ食料のこととかちゃんと決めて無いでしょうが!」

世話焼きな彼の幼馴染が、慌ててその背に追い縋る。

( ^ω^)「おっおっ!そんなのは歩きながらでも考えたらいいんだお!」

何れにしろ、少年はただ進む。
遥かな木々の向こうを目指して、三人は早朝の樹海の中へと再び繰り出して行くのだった。

322 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:21:59 ID:Azfv8pYY0

〜8〜

――枝苔の里を旅立ってから五日。旅とすらも言えぬ程の短い時間の間であったとはいえ、
エルフの少年と少女は随分と旅慣れて来たようで、そこからの旅路には今までの危うげな様子は微塵も見られなかった。
幸いなことにレンの末裔たる大蜘蛛に捕えられた時にも、彼らは得物も旅荷も身につけていた為に、
再び旅の準備を整え直す必要性が無かったこともあるだろうが、それでも樹海に潜む様々な危機に対する手際は確実に上達していたし、
何よりも三人寄れば何とやらとも言うように木々の間や根と根の隙間に潜む諸々の危険とは、
出会う前から避ける事で対処する術を覚えたのは実に大きな前進であったと言えよう。

枯れ谷での一件以来、この小さなセムの少年もこの三人での旅路において自分が果たすべき役目というものを少しずつにではあるが自覚してきたようで、
夜毎瞼の裏で思い悩む事が無くなったかと言えば完全にそうだとは言えないまでも、
それでも傍らを歩む二人の道連れと昼日中に戯れながら木々の間を進めば、そのような瑣末事なども頭の片隅を過ることすら無くなった。
何よりも若い三人の事、多少の喧嘩こそあれども夕食に鹿肉とヒヒダケを食べてぐっすりと眠れば、
翌朝にはもうそのような事も忘れ、再び落ち葉を蹴飛ばして進むのはわけも無い。

樹海の中で自然を相手にして育ったこの森の申し子らにとっては、人間関係というものに対して小難しい哲学やらを持ち出す必要すらなく、
喜怒哀楽を素直にその面に浮かべて真正面からぶつかり合うのが彼らの処世術に他ならない。
適者生存、自然淘汰を打ちだすが厳しく敷かれた大自然の中にあっては、
手を取り合うべき仲間に対していちいち遠慮をしていては、明日の日の目を見られぬというのもあるだろう。
何れにしろ、この三人が多少の小競り合い(大よそそれは食事時になるとにわかに表面化する)はあれども、
仲良く並んで樹海の中を渡っていけているのは、矢張り性根の所で互いに通ずるものがあるからと言ってしまえばそれ以上言葉を尽くす必要も無さそうだった。

323 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:23:25 ID:Azfv8pYY0
そうしてさしたる問題が起こる事も無く、四日の時間が流れ、いよいよもってその日の夕方には故郷である枝苔の里に到着する頃合いになると、
三人はこれまでの旅路に思いを馳せると共に、近付いてきた別れの気配ににわかに感傷的な気持ちにならざるを得なかった。

ξ゚听)ξ「もうちょっとで、ビロードともお別れね」

( ^ω^)「おっおっ。でも、またすぐ会えるお」

( ><)「ですです!また遊びに来るんです!」

( ^ω^)「それじゃあ、来週にでもまた旅に出るお」

ξ;゚听)ξ「あんたねえ……」

それでも彼らにとってまた会えるという言葉には既に一片の疑いを挟む余地すらも無く、
冗談めかしてブーンが言った言葉でさえも、会おうと思えばまた直ぐにでも三人揃って肩を並べられる事を示せば、
これから訪れる事になる一時の寂しさがほんの僅かばかりの間のものでしか無い事を実感させるのだった。

道なき道を進み、落ち葉の吹き溜まりを幾つも超えて、苔生す岩場の間を登っては下ってを繰り返せば、
遂にブーンとツンの見知った獣道が緑と茶色の落ち葉の絨毯の下に表れる。
ここをまっすぐに突っ切って三刻(約一時間半)も進んで行けば、枝苔の里の目印たる湧水が見えて来るのに従い、
いよいよもって二人の故郷が手の届く範囲まで収まるのだ。

( ><)「それじゃあ、僕はここら辺で……」

( ^ω^)「ここまで来たら里の皆にも会って行くお!」

(;><)「で、でも……」

324 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:24:15 ID:Azfv8pYY0
ブーンの胸元の辺りに浮いたままそわそわとするセムの少年は、性根の所では人見知りが抜けきらないのだろう。
戸惑うようにして上目遣いで見つめ返してくるその紫真珠の瞳を見つめ返すと、安心させるようにブーンは満面の笑顔を浮かべた。

( ^ω^)「大丈夫だお!里の皆もきっとビロードの事を歓迎してくれるお!」

(;><)「……ホントです?」

ξ゚听)ξ「少なくとも、ブーンよりずっと歓迎されるから大丈夫よ」

(;^ω^)「おっおっ、否定できないのが悔しいお……」

( ><)「じゃ、じゃあ行ってみるんです……」

束の間逡巡したセムの少年がおずおずと頷くのを見ると、エルフの少年少女は互いににかっと笑みを交わして再び歩きだす。
茂みの中にひょろりと伸びた狸か何かの通り道を、藪のささくれ立った枝々を掻き分けて進む事半刻ばかり。
先頭を歩いていたブーンの脚が、ふと止まった。

ξ゚听)ξ「ちょっと、いきなり止まらないでよ」

( ><)「どうしたんです?」

藪の枝に危うく躓きかけたツンが悪態をつき、ビロードが訝しげに尋ねれば、
当のブーンは茂みの葉の間から微かに見える遠方の空を指差したままそこから動こうとしない。
一体何があるのだろうかと後ろの二人がその先へと目を凝らせば、エルフの子供達の故郷のある方向から、幾筋かの細い煙が立ち上っていた。

325 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:25:29 ID:Azfv8pYY0
( ^ω^)「昼間なのに、火を焚いているお」

ξ゚听)ξ「そうね、それが一体何だって――」

( ^ω^)「嫌な、予感がするお」

最後までツンが言い終わらないうちに、ブーンはその身を低くして駆け出すと、藪の中をどんどんと進んで行く。

ξ;゚听)ξ「ちょ、ちょっと何なのよいきなり!」

(;><)「あ、あうあう!」

慌ててその後を追う二人を振りかえる事も無く藪を駆け抜けていくブーンは、その低い姿勢も相まってまるで一頭の緑毛の若狼のようだ。
本能めいたものの枝を掻き分け進む彼は意識していなかった事だろうが、
枝苔の里において昼日中に焚き火を行うと言う事は実際滅多に無いことであった。
木々に対して敬愛の情に近いものを抱くエルフ達にとって、火とはあまり好ましいものでは無く、
自分達が生きていく上で必要に迫られない限りは極力用いる事を避けている節がある。
枝苔の里でもこれは昔から徹底されており、夜の照明と祭りごとの際に巨大な獲物を焼く時以外は、
里の中央で焚き火をする事などは決してなかった。
幼い頃から見て来たその光景は、ブーンの記憶の深い所に根付き、
今こうして立ち上っている煙の筋に言いようもない不自然さを感じ取ったのだ。

(;^ω^)「何だお…何だか、凄く嫌な予感がするお…気のせいであってくれお……!」

森を縫って飛ぶ一筋の矢弾めいて疾駆するブーンは、長い獣道から飛び出すとそのままの速度で枝苔の里の目印たる湧水の傍まで辿りつき、
急停止してそこにしゃがみ込む。
岩と岩の間から染み出すようにして流れる小さなため池の周囲の僅かに抜かるんだ地面には、
エルフの足跡にしては随分と深く角ばったものが無数につけられており、
それが鋼の具足を履いた数十人規模の人間達の足跡である事が窺えた。

326 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:26:46 ID:Azfv8pYY0
(;^ω^)「里のエルフの足跡じゃないお――」

いよいよもって自分の不安が具体的な形をとりつつある事に背筋の冷えるような思いをしながらブーンは立ち上がると、
腰の曲刀を逆手に握って動きやすいように背負い袋をその場に落とす。
樹海の中ではついぞ目にする事の無いその足跡は、落ち葉の絨毯を踏み荒らして枝苔の里へと向かう木々のトンネルの中を進んで行っていた。

大きく一つ深呼吸をすると、ブーンは身を低くして近くの楢の木へとしめやかに歩み寄り、
曲刀を握ったままでするすると楢の幹を音も無く登っていく。
枝の上に身を躍らせたブーンは、そのまま緑の天上の中へと潜り込むと、
マシラの如き素早さでもって枝苔の里へと向かって木々の枝々を飛び渡っていった。

ξ;゚听)ξ「ちょっと、ブーン、何があったのか知らないけど待ちなさいよ!」

(;><)「い、一体全体ブーンはどうしちゃったんです!?」

一拍遅れて湧水まで辿りついたツンとビロードは、樹上へと消えていくブーンの背中を何とか目に収めることが出来たようで、
梢の僅かな揺れに少年が自らの故郷へと向かったことを知る。
未だにエルフの少年が如何様な理由から事を急いているのかを知り得ぬ二人は、
静止の声を上げながら飛び去っていくブーンの気配を追って木々の下を追走するしかない。
風さえ吹かぬ樹海の中は獣の鳴き声も聞こえず、ブーンの名を呼びかけるツン達の足音と声ばかりが不気味な静寂の中に響くばかりであった。

太い枝を選んで次から次へとその上へと飛び移っていくブーンが、五十本目の楢の木の幹に取りついた時、
いよいよもって彼の視界に里の光景が飛び込んでくる。
即座に脚の裏に力を入れて枝の上で踏ん張り止まると、急な運動で跳ねあがる心臓の鼓動を抑えつけ、
ブーンは息を潜めて葉と葉の間から枝を僅かに掻き分けて見下ろした。

327 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:27:57 ID:Azfv8pYY0
仮に二つの櫓とその間の大門をして、枝苔の里の向かって正面とすると、
ブーンは丁度里の右側面の楢の枝の上から里の内側を見下ろす形となっている。
追いかけっこだとかかくれんぼをする時など、ブーンはときたまこうして木々の枝々の上からオニを探して里を見下ろす事もあった。
本来ならば、その時は里の人々が住まう木組みの丸木小屋の苔生した屋根々々の短い円形の連なりが見えるのであったが、
その時ブーンの瞳に映ったのは、紅蓮の炎に舐められていましも軋むような音を立てて崩れようとする家々の瀕死の様相であった。
溢れかえらんばかりの熱気が風さえ無い広場と周囲の森までをも席巻し、
樹上のブーンの頬をなぶっては気持ちの悪い汗をその日に焼けた肌の上に浮かばせる。
舞いあがる火の粉がかつては青々とした芝生に降り掛り、端からどんどんと黒ずんだ灰へと変えていけば、
いよいよもって原形をとどめることが出来なくなった家の柱がめきりと音を立ててへし折れ、
盛大に焔を巻き上げながら小屋の屋根が崩れ落ちた。
炎舞う里の中にブーンの見知ったエルフ達の姿は無く、燃え盛る炎の残酷な舞踏の音だけが無常に聞こえて来るばかり。
一体これはどういうことなのか。何故、自分の故郷が炎に包まれているのか。
一つだけ確かなのは、今まで当然の如くそこにあって自分を溜息交じりにも暖かく迎えてくれた帰るべき日常の原風景が、
今にも失われようとしている事だけだった。

(  ω )「あっ――あっ――」

木の幹を掴んでいた右の掌から力が抜け、樹皮を擦ってだらりと落ちる。
僅かに開いた唇がわなわなと震え、言葉にならない呻き声だけが漏れて来る。
燃える。燃えていく。故郷が、思い出が、自分の帰るべき唯一の場所が、炎に舐められ、火の粉にあぶられ、灰になっていく。

328 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:29:04 ID:Azfv8pYY0
ξ;゚听)ξ「ブーン!ブーン!ってちょっとこれ、な――」

(;><)「――っ!?」

樹上のマシラと化したブーンを追いかけてきたツン達も、その光景を前にして息を飲んで脚を止める。

ξ; )ξ「何なのよ――これは一体、何なのよ――」

里の正面、今にも焼け落ちようとする櫓と門のその下で、ブーンと同様の衝撃にあてられたツンは全身から力が抜け、
膝からくず折れるようにしてその場にへたり込んだ。
白い膝が馬鹿みたいに揺れて、かくりと地につけば、その揺れによって胸元にしまっていた緑の宝珠が胴衣の袂から零れて、炎の紅蓮で赤々と輝く。
まるで、その輝きが呼び寄せたとでも言うように、ツン達の背後で落ち葉を踏みしめる複数の足音がした。

ξ;う凵G)ξ「――誰!?」

流れる涙を拭いつつ咄嗟にツンが振り向けば、少女の前、10トール(約12メートル)程前に、
炎を移して赤銀色に輝く甲冑を着こんだ三人の男が立っていた。

( ´_ゝ`)「おや、まだ捕えていない者が残っていたのか?」

(´<_` )「いや、俺が数えたんだ。お前みたいに間違いをおかす筈が無いだろう?」

三人のうち、両脇を固めるようにして佇んでいた二人が無機的な兜の面頬を上げて、口々に言い合う。
面頬の下から覗いた二人の顔は、まるで双子のように瓜二つで、均整の整った顔はしかし美という観点から見ればこれと言って特徴の無い、
個性をそぎ落としていった末の調和というものを想起させた。

329 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:30:25 ID:Azfv8pYY0
(´・ω・`)「……」

何やら揉め合う二人に挟まれた真ん中の男は、彼らが着こんだ鎧よりも一回り大きな板金鎧の上から赤いシルク地のマントを羽織っており、
鎧のプレートの各所に金字で精緻な意匠が掘りこまれていることからも、両脇の二人より位階の高い人物である事が窺える。
未だに言い合いを続ける二人を放って、彼が一歩進み出て儀礼的な房飾りがついた兜の面頬を上げれば、
その下には剃刀のように鋭い輪郭に縁取られた白い顔があり、細くも長い眉の下の藍色の瞳は深い洞察力と理智を湛えながらも、
退屈そうな表情の中に何を考えているのかを悟らせぬ掴みどころの無さを窺わせた。

(´<_` )「――それで、この娘はいかがいたしましょう?」

( ´_ゝ`)「捕えます?だとしたら、籠に空きがあったか……」

片や慇懃、片や無作法にそれぞれに部下が窺いを立てる中、
真ん中の男はツンの方へと視線を向けたままに鎧を鳴らして更に一歩踏み出すと、如何にも酷薄そうな薄い唇を初めて開いた。

(´・ω・`)「――その娘の首に下がるものが、見えるだろう。お前達には、あれが何に見える?」

(´<_` )「なに、と申されましても……」

( ´_ゝ`)「首飾り、じゃあないんですかね?自分は宝石には疎いものでして……」

首を傾げる部下達に男は僅かに苦笑を浮かべると、板金鎧の肩を起用に竦める。

(´・ω・`)「――そうか、そうだな。…ふふ。さて、私にはあれが何か分からぬ」

一転、そこで男はその細い眼を更に細めて告げた。

(´・ω・`)「分からぬ故、間近でじっくりと検分せねばならぬと思っていた所だ」

330 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:31:27 ID:Azfv8pYY0
直後、全く予兆も無く脇の男達が飛び出すと、ツンの両脇にそれぞれがつき、
その両腕を荒鷲の如き力で掴み上げる。板金鎧が擦れる硬質な音が少女の耳に届いたのは、一拍遅れてからだった。

ξ;゚听)ξ「なっ、ちょっと!何するっ――」

( ´_ゝ`)「悪いな、嬢ちゃん、俺達も別に恨みとか、そんなのは無いんだぜ」

(´<_` )「恨みが無いからこそ、性質が悪いのだがな」

( ´_ゝ`)「へっ、違いねえ」

反応すらできなければ、抵抗のしようがあろうか。素早く鳩尾に拳を叩きこまれた少女は即座に意識を失い、
そのまま双子の如き男たちの腕の中にくず折れる。

( ´_ゝ`)「――こんな所か」

(´<_` )「では、手はず通り……」

一仕事終えた男たちが、自らの主を振りかえろうとしたその時、揺らめく炎の影から小さな影が飛び出した。

(#><)「ツ、ツンを離すんですー!」

紫の翅を羽ばたかせて板金鎧へと突撃をかける玉虫色の影は小さなセムの少年、ビロードである。
あまりに素早く洗練された男たちの手際に出遅れたビロードは、
しかし普段の臆病な彼からは考えられない程の勇敢さでもって自分よりも二回りも大きい帝国人の大人二人へ目掛けてその小さな身で突進していく。

331 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:33:05 ID:Azfv8pYY0
( ´_ゝ`)「あんっ?なんだ?」

(´<_` )「これが話に聞く、セム族というものか?」

怒りに我を忘れて我武者羅に飛び込んでくるビロードを、二人の男はしかし世間話でもするかのようにして振り返ると、
二人のうちの片方が片手を突き出した。
戯れのようにして突き出した男の赤銀色の篭手に覆われた拳が、ビロードの顔面にまるで吸いこまれるようにしてぶつかれば、
湿った鈍い音を立ててセムの幼子の身はそのまま地に落ちる。
腰に吊られた両刃の剣を振るうまでもなく、最低限の動作のみで仕事を終えてみせた男たちの片割れは、
ビロードの顔面を殴りつけた方の腕をまるで汚れでも落とすかのようにして振ると、ツンの脇の下へと腕をまわして支えた。
一見して何気ない出で立ちで佇むこの二人にはしかし一寸の隙さえも無いようで、
燃え盛る炎を背景に世間話でもするかのような口調を保っていることからも、彼らが相当な場数を踏んだ手練れである事が窺えた。

( ´_ゝ`)「で、このちっこいのはどうします?」

(´・ω・`)「籠がいっぱいなのだろう?その娘が入る所だけ空けておけばそれでいい」

(´<_` )「――御意に」

二言三言で要件を済ませると、いよいよもって三人はその場を後にすべく具足を鳴らして歩きだす。
熱気の中で赤々と照らしだされた落ち葉の絨毯の上では、顔面を殴りつけられて気を失ったビロードが、
その滑らかな腹を上に向けて転がっている。
赤銀色の具足がそれをまたぐように越えて踏み降ろされれば、ビロードと同じようにして気を失ったツンを肩に担いで、
三つの甲冑姿が木々の向こうへと悠々とした足取りで歩いて行った。

332 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:34:13 ID:Azfv8pYY0
突如、その頭上の木々がざわめいた。
甲冑達は歩みを止めない。
梢を鳴らして一つの影が、その頭蓋目掛けて跳びかかる。
甲冑達は歩みを止めない。
逆手に握られた曲刀の刃が赤い炎を反射して鈍く光った。

(#゜ω゜)「おぉぉおおぉおおぉおお!」

乾坤一擲、裂帛の気合を乗せたブーンの刃が、彼の腹の底からの怒号と共に振り下ろされる。
今まで樹上で機会を窺っていた少年の振るう怒りの曲刀は、寸分違わず左端のツンを担いだ甲冑の首筋、兜と板金鎧の繋ぎの甘い部分へと吸い込まれて行く。

(#゜ω゜)「死ねええええええええ!」

吸い込まれて行く、筈だった。

( ´_ゝ`)「――次から次へと、今度は何だあ?」

まるで欠伸を噛み殺してでもいるかのような眠たげな言葉と共に、男の空いている左手が跳ね上がる。
直後、彼の頭上で鋼と鋼がぶつかり合う耳障りな音が響いたかと思うと、
力負けしたブーンの身体が跳ね飛ばされて宙を舞い、近くの楢の幹にぶつかってもんどりうって根と根の間に転がった。

(;゜ω゜)「ぐっ――かはっ――」

全身を強かに打ちつけても尚、ブーンは直ぐ様跳び起きると、よろける身体に鞭打って曲刀を構え直す。
突然の襲撃者に対しても面倒そうな顔を向ける甲冑の男の左手には、先ほどの刹那のうちに抜き放たれた両刃の長剣が鈍い光を放ちつつも、
男の腰の横でぶらぶらと所在なげに揺れていた。

333 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:35:12 ID:Azfv8pYY0
(#゜ω゜)「ツンを――ツンを、返すおおおお!」

( ´_ゝ`)「あら、ご友人?」

叫ぶや否や、身を低くしてブーンが地を駆ける。
右手で逆手に握った曲刀を翻し、斜め下から掬いあげるようにして喉元を狙う斬撃が繰りだされる。
習ったわけではないものの、狩人の本能が死角からの攻撃を咄嗟に選び取った結果の一撃だった。

( ´_ゝ`)「いやあ、すまんなあ。こっちも、上官殿が大切な用事があるみたいなんだわなあ」

緊張感の欠片も無い様子で言い、男が左手を動かそうとしたその瞬間。
二人に間に割って入る影があった。

(;゜ω゜)「なっ――!?」

二度止められた斬撃。しかし、ブーンの驚きの声が上がったのはその為では無い。
ぎちぎちと刀身を震わせて拮抗する曲刀の刀身の先、ブーンの握るそれとまったき同じ形をした曲刀を握るのは、
そのつがいの刀の片割れをブーンに預けた本人に他ならないではないか。

( ´_ゝ`)「何だ、エルフ、まだ撤収していなかったのか」

( ・∀・)「……ああ、最後に一つ、やり残した仕事があったのを思い出してな」

まるで知己のようにして甲冑姿と言葉を交わしているのはどういうことなのか。
どうしてここで、彼が己の前に彼が立ち塞がるのか。

334 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:36:29 ID:Azfv8pYY0
( ゜ω゜)「モララー…兄ちゃん……」

乾いた口を開いて、呻くようにして少年がその名を呟いたのを合図に、モララーは曲刀に力を込めてブーンを押しやると、
5トール(約6メートル)ばかりの距離を取って自らの弟分と真正面から対峙する。

( ・∀・)「……」

( ゜ω゜)「どうして――どうして兄ちゃんが――」

次から次へと予想外の事態が起き過ぎたせいで麻痺した頭で、
ブーンは目の前の兄貴分が自分の前に立ち塞がっては曲刀を構えている理由を考えるが、とっちらかった頭では考えがまとまらない。
いや、本当は分かっている。分かっているが、その答えは認めたくない。
そんな残酷な事実を認めるには、この少年はあまりにも幼すぎたのだ。

( ´_ゝ`)「ははあん、そう言う事か。ま、ケジメをつけたいって気持ちは分からなくもないさ。
      せいぜい、遅れないようにちゃっちゃと済ませるこった」

曲刀を構えて睨みあう様から二人の関係をぼんやりと読みとった男は、訳知り顔で肩を竦めると一同を促して歩きだす。

(;゜ω゜)「ツンッ!」

反射的にその後を追おうとブーンが踏み出せば、少年の前に優美な弧を描く曲刀の刃が突き出された。

335 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:38:54 ID:Azfv8pYY0
( ・∀・)「ツンを追う前に、俺と少しお喋りをしようじゃあないか」

冗談めかしたような口調とは裏腹に、曲刀の柄を握るモララーの顔には表情が無い。

(;゜ω゜)「どうして――どういうことなんだお!?意味が分からないお!?なんで、何でなんだお!?」

( ・∀・)「分からないなら、身体に聞かせるまでだ――」

言うや否やモララーの身が沈んでは跳び上がり、狂乱するブーンの脳天目掛けて曲刀の刃が落ちて来る。
直感的に自分とモララーでは押し切られる事を悟ったブーンは、刃で受け止める事を止めて横っ跳びに避けた。
焔の赤銀色に輝く曲刀の刃が空を裂き、直後にモララーの身体が音も無く落ち葉の絨毯の上に着地する。

(;゜ω゜)「いやだお!兄ちゃんとなんか戦いたくないお!止めてくれお!」

( ・∀・)「何時までも駄々をこねてないで事実を受け止めろ」

振りかえりざまに振るわれたモララーの刃を、ブーンが腰を屈めてやり過ごせば、
返す刃が刹那のうちにその足首を狙い、ブーンはそれを飛び跳ねてかわした。

( ・∀・)「俺は里を売って帝国についた。言い訳はしない。俺はな、ブーン――」

三度モララーの曲刀がひるがえり、赤銀の刀身が木の葉舞う樹海の木々の間に踊る。
マントをはためかせて上体をねじったモララーの左手から、断頭台のギロチンめいた一撃がブーンの喉を狙って繰りだされた。

( ・∀・)「今、ここでお前を殺す為に、刀を振るっている」

336 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:39:49 ID:Azfv8pYY0
視線と視線が交錯する程に肉薄した距離。ブーンが胸をそらす。かわせない。
右手の曲刀を構えて受け止める。刃と刃のぶつかり合い。火花が散る。
もつれるようなつばぜり合い。
受け切れない。落ち葉を巻き上げて、ブーンの身体が地に転がった。

(;゜ω゜)「何で――何で――」

うわごとのように疑問を繰り返すブーンを見下ろし、モララーが左手の曲刀を逆手に持ちかえる。
とどめの一撃を振り下ろすその前になって、彼のその端正な顔立ちにふいに哀愁のようなものが浮かんだ。

(  ∀ )「――さて、何でだろうな。自分でも、どうしてこうなったのかなど、分からぬ」

曲刀の柄を握るその両手が、躊躇うようにして震える。

(  ∀ )「敢えて言うなら、これも自分の行動に対する責任というものなのだろう。
      ブーン、俺はお前に言ったな。大人というものは、自分の取った行動に責任を持たねばならないと」

(;゜ω゜)「はあっ…はあっ…はあっ……」

( ;∀;)「なればこそ、その責任とやらは何と重いものなのだろうな――!」

直後、モララーの頭の上で振り被られた曲刀の切っ先が、ブーンの胸目掛けて振り下ろされた。

337 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:40:38 ID:Azfv8pYY0

 

◆ ◆ ◆ ◆

338 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:42:38 ID:Azfv8pYY0

◆ ◆ ◆ ◆

――そこまでを読み聞かせると老人は長い溜息をついて、寝台の頭に備え付けられた抽斗から、
名も知れぬ緑色の花の押し花を取り出し本の間に挟んだ。

*(#‘‘)*「ええー!ちょっと待ってよー!これからが良い所じゃんかあ!」

にわかに物語を中断された事に、少女は腹を立て自分が腰かけた老人の膝を思い切り抓る。

/ ,' 3「あだだだっ!これ、やめんか!」

*(#‘‘)*「お爺ちゃんが悪いんだもん!いいから早く続きを聴かせてよ!」

ケープの上からつねられた所を摩ると、目の端に浮かんだ涙をそっと拭いながら、老人はしかし緑色の本を食卓の上に戻した。
再び少女が抗議の声を上げかけるのを手で制すと、老人は窓の外を指さす。
小屋の中に二つばかりの窓の片方、ベッドの上に据え付けられたそこから見える外は既にとっぷりと日が暮れ、
インク壺をひっくり返したような夜闇の中にテントウムシの群れのような星々がちかちかと輝いていた。
話に夢中になるあまりに少女は気付かなかったが、食卓の上の鉛の皿に乗せられた蝋燭には既に老人によって明かりが灯されており、
一日が終わろうとしている事を告げている。

/ ,' 3「今日はもう遅いから、続きはまた明日じゃの」

長い間膝の上に少女を乗せていたのと、同じだけの時間を細かい文字を追い続けた為に疲れ切った表情で老人が言えば、
流石にこの我儘娘も僅かに頬を膨らませながらも頷かざるを得ない。
食卓の上からホールチーズを一切れ摘まんで少女がベッドへと入ると、老人はその行儀の悪さをしかりながらも蝋燭の明かりを消して自分も少女の隣へ収まった。

339 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:43:33 ID:Azfv8pYY0
*(‘‘)*「ねえ、お爺ちゃん。ブーン達はあれからどうなったのかな?」

ほつれた枕の糸をいじりながら、少女は隣の老人に訪ねる。

/ ,' 3「そうさなあ、一体どうなったんじゃろうなあ」

皺のよった目を閉じた老人が、疲れ切った声を返す。

*(‘‘)*「大丈夫かなあ。死んじゃってないかなあ」

/ ,' 3「さあてのう……」

*(‘‘)*「やだなあ。ブーンが死んじゃうなんてやだなあ」

/ ,' 3「続きはまた明日…むにゃ……」

早くも寝息を立て始めた老人の横では、相も変わらず話の続きが気になる少女が、その小さな頭をうんうん言わせて考え込んでいた。
瞼を閉じれば目の前に浮かぶのは、物語の中で樹海の中を駆けずり回るブーンとその仲間達のこと。
故郷を飛び出し冒険の旅へと出た彼らは、様々な人々との出会いの果てに、これから一体何処へ向かうのか。
海の底から浮かんで来ては消える泡のようなとりとめもない想像を繰っているうちに、
少女にもやがて眠気が訪れれば、次第に薄くなっていく意識の中で彼女は、ただ、ひたすらに物語の主人公であるブーンの無事を祈っているのだった。

340 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:44:37 ID:Azfv8pYY0
翌朝、日の出と共にぴょこんと布団から跳び起きると、少女は未だに横で眠る老人を揺り起こす。

*(‘‘)*「お爺ちゃん!お爺ちゃん!お話読んで!」

何時もは朝食の用意を済ませた老人に起こされる彼女も今日は一段と早起きで、瞼を擦りながら身を起こす老人に食卓に乗せたままであった件の本を押し付けるや、ベッドの中に再び潜り込んで老人の横顔を期待を込めた眼差しで仰ぎ見るのだった。

/ ,' 3「なんじゃ、朝飯もまだじゃというのに……」

*(‘‘)*「良いから早く早くっ!」

むりくりな少女の言葉に老人は渋い顔を作ってみせるが、普段からこの幼子に対して甘い老人は溜息一つで諦めをつけると、枕元から丸いレンズの眼鏡を取ってかけてから、その本の表紙を見て首を傾げる。

/ ,' 3「おや、これは昨日読んでたのとは違うようじゃが……」

*(‘‘)*「いいからいいから!今日はこっちの気分なの!」

はてさて、子供は如何様に気まぐれなるものか。昨日あれだけ続きをせがんでいたのが、一夜明ければこの変わりよう。
皺だらけの口元に苦笑を浮かべると、老人はそれ以上特に何かを言うでも無く新たな本の表紙を開いて口を開いた。

341 名前: ◆Zmr/nqtYKU 投稿日:2012/06/15(金) 21:46:24 ID:Azfv8pYY0

 

――次巻へ続く


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