/ ,' 3五つと一つの物語のようです*(‘‘ )*

361 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:37:03 ID:K31RaQv.0

 

 

【黒の本】

 
「背国の黒騎士」

362 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:38:00 ID:K31RaQv.0
“汝、暗き道を歩む者 その身は霧の沼地の泥の中にありて尚暗き黒也や

汝、獄庭の血を呑み干す者 その腕は朱に染まりて冥府の力を振るいしや

汝、闇鬼の業を背負いし者 その肉の一片までも我らが獄庭の主に捧げしや

剣を持て 冥府を統べよ 漆黒の鎧を纏いて魂を捧げよ

我らは黒薔薇の騎士

獄庭の主になり変わり この地に死を成す徒なり”

 

――金剛歴元年 黒薔薇騎士団の誓い

363 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:38:42 ID:K31RaQv.0

第一幕

〜頽廃の都〜

364 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:40:15 ID:K31RaQv.0

〜1〜

――灰色の雲に覆われた空からしとしとと降り注ぐ雨は、まるで墨汁のように濁った黒い色をしている。
枯葉の一片さえもつけぬ真っ裸の朽木の枝々を濡らす黒い雨粒は、蛞蝓の粘液染みて粘ついており、
霧の立ち込める沼地の水もこの雨に年中振り続けられている為か、同じように黒く粘ついたヘドロのような様相を呈していた。
どす黒いヘドロのため池の中では、芦の生い茂った地面が大小の小島のようにしてぽつりぽつりと隆起しており、
不健康そうな深緑の藻とヘドロの黒の斑模様の中に浮き上がるようにして存在するその様は、さしずめ巨大な両生類の亡骸のようでもある。
およそこの現し世の墓場めいた沼地の上には、薄く黄色が掛った霧が晴れることを知らずに年中薄らぼんやりと漂っており、
ヘドロのような水から有毒な瘴気を吸い上げたこれが齎す惨たらしい疫病は、
「霧の沼地」の名の上に生半な生物が住む事を拒む要因となっていた。

(;ノAヽ)「ハァ――ハァ――」

腐れ胚病の為に黒ずんだ斑点があちこちに浮かんだ芦の茂みの中で、身を隠すように屈みこんで呼吸を荒げている者が居る。
消し炭色のフード付きローブの上から蛙革の軽鎧を着たその者は、破れたローブの袖から覗く罅割れた灰色の腕に、
腐食しかけた鉄製のメイスを握っていた。
目深にかぶったフードの下から覗くその灰色の顔はひどくがさがさとしており、
その表面は腕同様に朽ちかけた砂岩のような醜い罅がくまなく走っている。
罅割れた唇から吐き出されるその荒い息が、古代の地下墳墓めいた黴と腐った土の臭いを漂わせていれば、
この節くれだった体躯の醜い霊長類がグールと呼ばれる屍肉喰らいの種族である事が窺えた。

365 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:41:43 ID:K31RaQv.0
(;ノAヽ)「――モーデギンよ。どうか、どうか我らを救いたまえ」

襤褸布のようなローブの胸元から、複数の丸と十字を複雑に組み合わせたペンダントを取り出し、
屍肉喰らいの民は彼らの神へ古地界語で短く祈る。
地下の湿った穴蔵の中に墳墓めいた都市を築いて住まう彼らは、すべからく彼の神の敬虔なる信徒であり、
モーデギンの教えの下に種族全体で手を取り合って、争う事も無く平和に暮らしていた。
屍肉を喰らう習性を持ちながらも、モーデギンの戒律により喰らう為の殺生を禁じられている彼らは、
自ら進んで他種族に牙を剥く事は無く、月に何度か地上へ出て無念のうちに死した獣達の遺骸を持ち帰れれば、
それで後は万事何も支障は無い筈だった。
少なくとも、二百年程前まではそれで全てが回っていたのだ。

そぼ降る粘ついた雨の向こう、黄ばんだ霧の果てへと血走った目を向けて彼のグールが手にしたメイスの朽ちた柄をしっかと握りしめれば、
薄らぼんやりとした霞の向こうから、粘ついた沼の水を掻き分けて進むがぼがぼとした音と共に、果たしてその姿が現れた。

┏〔 Ж〕┓「――」

夜の闇よりも尚暗き黒鋼の鎧は、板金の各所に血の赤で獄庭語の呪言が掘りこまれており、
攻撃的な禍々しい流線型の造りとも相まって、儀礼用の礼装甲冑を思わせる。
精緻の粋を凝らした漆黒の兜の両脇には、獄庭の悪鬼を模した逆巻きの角飾りが、
対峙した者に絶対的な恐怖を植え付けんとして突き出していた。
各所に棘のついた篭手にはこれまた流麗な造形の両刃の大剣が握られており、
子供の肩幅程もある刃の根元、鍔の部分には黒光りする薔薇の意匠が施されている。
大剣の赤い切っ先は釣り針のような返し刃となっており、これを握る者がその敵に与えるであろう残酷な運命を無言のうちに示しているようだった。

366 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:42:50 ID:K31RaQv.0
地獄めいた悪意と精緻さを極める美のあいのこ染みたこの甲冑達が五人、
鏃のような陣形を組んでヘドロの中を粛々と行進してくると、先頭の赤黒いマントを羽織った黒の騎士が左手を掲げる。
隊長らしきその黒騎士の指示の下、後ろの四人が泥水の中で立ち止まった瞬間、
沼地の各所から鬨の声が上がると同時、消し炭色のローブの一軍が芦の草むらや、朽木の陰、濁り切った水面から飛び出してきた。

「モーデギンの為に!」

「侵略者を許すな!これは聖なる戦ぞ!」

「忌まわしいダークエルフ共めが!我らが怒りを受けてみよ!」

口々に罅割れた声を上げながら、グールの抵抗軍は各々の手に握ったメイスや戦斧を振りかざし、
五人の黒騎士達へと向けて沼地の各所から殺到する。
沼蛙の革をなめしただけの革鎧を纏ったローブの一団は全部で五十人程。
圧倒的な数の不利を前にしても、しかし五人の黒騎士達はうろたえる素振りさえ見せず、
ヘドロの中に立ちつくしたままグール達を超然と見据えると、片手に握った大剣をゆっくりと上段に構えていく。

(#メ皿゜)「覚悟ぉ!」

先陣を切って朽木の陰から飛び出したグールが、歯こぼれの激しい戦斧を頭の上で振り上げ、先頭に立つ黒騎士目掛けて突進して行く。

┏〔 Ж〕┓「汚らわしい痩狗が――」

泰然と大剣を構えたままに先頭で佇んでいた隊長らしき黒騎士は、黒い兜の下で侮蔑の表情を浮かべると、僅かに剣を握る手に力を込めた。

367 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:44:34 ID:K31RaQv.0
戦斧の黒い刃と、大剣の暗い赤の刃が交錯する。瞬間、沼地の上に毬のような影が飛んだ。

( メ皿゜)「ガッ――」

ローブの上から横一文字に両断されたグールの頭が、黒々と濁った水面に叩きつけられて吐き気を催すような水音を上げる。
一拍遅れ、頭と泣き別れた食屍鬼の首の断面から、黄色の血飛沫が勢いよく噴き出した。

┏〔 Ж〕┓「我ら黒薔薇の騎士に指一本でも触れられると思うてか」

毒々しい色彩の返り血を頭から浴びた騎士が、振り抜いた大剣を構え直すと同時、
仲間の死に怒り狂ったグール達がその勢いを増して殺到、五人の騎士を取り囲む。
ヘドロの如き粘ついた沼の水が跳ね上がり、朽ちた鋼と赤き死神の刃がぶつかりあって悲鳴のような音色を奏でれば、
いよいよもって沼地の中はグールと黒騎士の入り乱れる乱戦の場と化した。

(#ノAヽ)「悪鬼の下僕共を駆逐せよ!これは神罰なるぞ!」

我武者羅に飛び跳ねる蛙の如きこのグールの群れ達を相手に、黒薔薇の騎士達は沼地の泥濘の中で、
最小限の動きだけでその朽ちた武器の切っ先を避け、実に的確な狙いでもって食屍鬼達の首を刎ねていく。
振り下ろされた戦斧を体軸をずらしてかわし、横薙ぎの槍を大剣の赤い刃で受け止め、
正面から突進してくる消し炭色のローブ姿を蹴り飛ばし、続いて殺到してきたメイスの嵐から超人的な脚力で跳躍して脱せれば、
黒い泥濘を跳ね散らかして降りたった黒騎士の一人は、全身を覆う黒鋼の甲冑の重さなど無いかのような滑らかな動きで、
舞うようにして断頭台の刃めいた大剣を振るい、食屍鬼達の手足を切り裂いて回った。
悪鬼羅刹かはたまた修羅か。騎士達の剣舞いに、狂乱したグールが泣き叫びながらメイスを振るえば、
騎士の一人が空いている左手でそれを掴み何事かを呟く。
次の瞬間、メイスの頭を握る騎士の手から黒く粘ついた影のような無数の触手が現れ、
メイスを伝ってグールの腕を這い上って行くと、灰色の罅割れた顔面に張り付き、目、口、鼻、耳、およそ穴という穴からその体内に忍びこんだ。

368 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:46:14 ID:K31RaQv.0
┏〔 Ж〕┓「汚物は汚物らしく、醜く朽ち果てるが良い」

異物に痩躯を犯されたグールの一人が恐怖と苦痛に灰色の顔を歪めれば、
直後、そのがさついた肌が内側から膨れ、次の瞬間には腐ったリンゴの如く破裂して黄色と黒の混ざった粘液を撒き散らした。
冥府暗黒魔道のおぞましき秘儀にグールの一団が気色ばんだと見るや、
その隙をついて黒騎士達は悪鬼の如き兜の下で一斉に呪術の文言を呟き始める。

鏃の後方、三列目の一人が宙に左手を振り上げると、開いた掌の中に禍々しい黒い奔流が渦を巻いて集まり、
荒れ狂う黒の球体と成ったそれを黒の騎士はグールの一団へと向かって勢いよく投げつけた。
獄庭語によって紡がれた黒の力の塊は、六人程で固まっていた食屍鬼達の丁度真ん中の地面に着弾すると、
ヘドロのような黒い粘液とも影ともとれるものを撒き散らして爆ぜる。
黒の炸裂に巻き込まれたグール達は、その罅割れた肌を黒い粘液によって溶かされ、
灰色に濁った煙をぶすぶすと上げながら、身を焼かれる苦痛にその罅割れた唇から絶叫を上げて沼の中でのた打ち回った。

┏〔 Ж〕┓「悶えるがいい!泣き叫ぶがいい!我らを呪うがいい!
       貴様らの呪詛こそ、我らが獄庭の主の無聊を慰める詩歌ぞ!」

沼地の各所で黒き塊が爆ぜ、黒の触手が鞭のようにしなれば、忌まわしき獄庭の毒に身を蝕まれたグールが、
苦悶の声を上げて泥沼の中にくず折れていく。
黒騎士達は沼地の中で苦痛に身を捩る食屍鬼達の首を、その手に握る大剣の柄を捻って鎌のような形に変形させると、
まるで稲穂を収穫するかのようにして悠々と刈っていった。
阿鼻叫喚、酸鼻を極める地獄めいたその光景は、最早二つの勢力の争いと呼べるものでは無く、家畜と牧場主とが繰り広げる屠殺の宴であった。

369 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:47:51 ID:K31RaQv.0
怒りに狂乱した五十あまりのグールの小隊も、圧倒的な黒騎士達の力の前では稚児にも等しいのか。
今では立ち上がって武器を握る者すらなく、霧煙る沼地の中には、首から上の無い食屍鬼達の遺骸が散乱している。
一方の黒騎士達と言えば、たった五人の彼らはしかし一人たりとて欠ける事は無く、
精緻な造りの漆黒の甲冑もまた、返り血と沼のヘドロで汚れてこそあれ、その表面にはかすり傷の一つもない。
血戦が始まって僅かに一刻のその五分の一も経たぬ間に、決着はあまりにもあっけなくついた。

黒騎士達は芦の茂みの影や黒きヘドロの水面に浮かぶ賊達の死骸を黙々と運んでは小島の上に集めると、
夥しい数の骸の山に向かって冥府暗黒魔道の黒い炎を放つ。
刹那のうちの殺陣が終わった事を告げるよう黒薔薇の騎士達は集うと、
骸の塚を囲み悪臭を放ちながら天へと登っていく黒々とした煙を見上げながら、
彼らの主たる闇鬼達への祝詞を、古々しき獄庭語でもって詠み上げるのだった。
黄の血糊と漆黒の炎に照らされながら、抑揚の無い声で獄庭の主に贄を捧げる黒の騎士達の様子は、
さながら闇の吹き溜まりの中で佇む幽鬼の群れ染みた不気味さがあった。

呪言めいた響きで祝詞を上げる黒騎士達の背後、沼地の喫水線の芦の茂みの中では、
奇しくも生き残ったグールの一人が、全身を苛む冥府の黒き触手の痛みを堪えながらも、
満身創痍の身体を両の手だけで引きずって、黒薔薇の騎士達へと向かって這い進んでいた。

(;ノAヽ)「カハッ――ゴホッ――ダークエルフ、殺すべし…ダークエルフ…殺す…べし……」

無念のうちに死して行った同胞の為にも、せめて一矢報いねばならない。
満足に言う事を聞かない右の手で朽ちかけたメイスを握り直して更に這い進もうとしたその時、
背後の気配に気付いた騎士の一人が振り返った。

┏〔 Ж〕┓「何だ、まだ生き残りが居たのか」

感情のこもらない声で言う騎士の足元まで這い進んできた生き残りのグールは、騎士の流麗な具足へとそのがさつき罅割れた手を伸ばす。

(;ノAヽ)「我らの解放の為…ダークエルフ、殺すべし……ゲホッ――」

途端、先まで路傍の石ころを見下ろすようにしていた騎士の佇まいに殺気が宿った。

370 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:49:01 ID:K31RaQv.0
┏〔 Ж〕┓「汚らしい屍肉喰らいの分際で――」

黒薔薇の騎士は右足を振り上げるや、グールの頭目掛けて戦槌の如くそれを叩きつける。
人間離れした剛力により、断末魔の悲鳴すら上げることなく食屍鬼の頭が弾けて黄色の血糊と脳漿が飛び散った。

<_プー゚)フ「チッ――甚だ汚らわしい」

精緻な兜を脱ぐと、黒騎士は自らの具足に跳ねかかったグールの体液にその流麗な顔をしかめる。
鎧の首元から零れる程の波打つ長髪は、蚕の絹糸のような純白で、それに覆われた流線型の頬にを掠めて微かに揺れている。
足元のグールを見降ろして侮蔑を浮かべるその顔は病的なまでに青白く、
掘りの深い顔立ちはアラバスター細工の彫刻めいた儚げな美の化身が如く、
長い雪色の睫毛の下で両の瞳が血の色を湛えて揺れれば、それはまさしく霧の沼地に栄華を極める、
頽廃と悦楽の民、ゲーディエに他ならなかった。

┏〔 Ж〕┓「エクストよ、そやつで最後か?」

<_プー゚)フ「ええ、そのようです」

┏〔 Ж〕┓「では、それも火にくべよ。屑肉故、せめて量でもって購わなければな」

<_プー゚)フ「御意に」

マントを羽織った指揮官の言葉に従い、エクストと呼ばれたゲーディエの騎士は足元のグールの死体をずた袋でもあるかのようにして担ぐと、燃え盛る贄の山へと放り込む。
新たな薪を加えて更に勢いを増した黒煙は、まるで食屍鬼達の上げる怨嗟の塊のようであった。

371 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:50:25 ID:K31RaQv.0

〜2〜

――燭台に灯った紫色の炎の中に、石膏で形作られたアーチが浮かび上がる。
絡まり合う蛇と悪鬼の群れを模した怪奇趣味の彫刻が掘りこまれたこのアーチは、
さながら地獄へと続く門めいた不気味さを持っており、両脇の壁際に鎮座した有翼の闇鬼の彫像群とも相まって、
頽廃的な耽美主義の一端を担っていた。
50テッド(約五十畳)程の謁見の間には明かりとりの窓一つなく、唯一の光源たる壁際の燭台に灯った紫色の炎が、
この頽廃の宮殿の一室を毒々しくも怪しげな色合いで照らしているのだった。

「――して、原理主義派の討伐の方はいかほどか」

石膏のアーチの奥、紫の炎の明かりも僅かにしか届かぬ闇の吹き溜まりの中から、艶めかしくも気だるげな声が上がった。
ちろちろと舐めるような紫の炎が揺らめく度に、陰影が造り直され、僅かにその声の主を照らし出す。
四つ角の悪鬼の彫刻が掘りこまれた白亜の玉座は、人二人が寝そべられる程に広い。
ソファのような玉座の上にしなを作って寝そべる声の主は、月明かりのような銀髪を気だるげに掻き揚げると、
血のように赤い瞳を前に向けたまま、傍らに幽鬼のようにして立つ影に声をかけた。

从 ゚∀从「お前に聴いたのだ、オサム。首尾の方はどうなっている?」

闇の中で僅かに何かが身じろぎするかのような気配がし、
紫の明かりの中に喪服のように真っ黒いローブで姿を覆い隠した人物がぬうっと現れる。

【  +】「おや、陛下からその事を尋ねられますか。随分と珍しい事もあらせられるものですな」

金糸で中央に逆十字の刺繍を施した黒布で顔を覆ったその人物は、
罅割れ濁った聞き取り辛い声に嘲弄するかのような響きを込めて言うと、自らの主の斜め後ろに立った。

372 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:51:45 ID:K31RaQv.0
从 ゚∀从「妾とてかような瑣末事になど興味は無い。
     お前がもっと政に関心を持てと言うものだから、仕方なしに聞いたに過ぎぬわ」

さもつまらなそうな声でハインリッヒ女王は反論を返すと、ソファの下へとその病的なまでに白い細腕を伸ばす。
磨きあげられた白亜の床の上では、浅黒い肌をした半裸のゲーディエの男が寝そべっており、
伸ばされた女王の指先を犬か何かのようにしてぺろぺろと舐めた。
奴隷たるサウス・ダークエルフの男は黒革の目隠しと銀の首輪をつけられ、
そこから伸びた鎖は、玉座の背後で翼を広げる八角三つ口の闇鬼の彫像が握る環に繋がれている。
細身ながらも引き締まった肉体の各所には、鞭で打たれた生傷や爪で引っ掻かれたような古傷が無数につけられており、
この青年の主の倒錯的な趣向の片鱗が窺えた。

从 ゚∀从「どうせ血袋を引き裂くのなら、鮮やかな華が咲く方が美しい。お前もそう思うだろう?」

甘い声で囁きながら女王が足元の奴隷へと屈めば、その大きく開いた黒いレースのドレスの胸元から豊満な乳房の白磁色が覗く。
今まさに舐めていた女王の指が、自らの黒い肌の上に爪を立てて真っ赤な鮮血が一筋伝うと同時、
奴隷の青年は溜息のような悦楽の声をその逞しい喉から僅かに漏らした。

从 ゚∀从「そう、真っ赤な血と言えば。帝国に忍ばせた“爪”の方はどうか?
      屍肉喰らいの痩狗共よりも、そっちの方が重要であろ?」

お気に入りの奴隷の肌から手を戻すと、その指先についた粘つく赤血を同色の舌でねぶりながら女王は背後を振りかえる。
禍々しい闇鬼の彫像を背負って佇む側近は、その幽鬼染みたローブの裾を揺らして黒革の手袋に覆われた大きな掌を顎の下へとあてがった。

373 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:53:16 ID:K31RaQv.0
【  +】「そちらの方は万事滞りなく。向こうの貴族さま方も、
      ノーン達の革命運動に目を光らせておかねばならないようで、
      我らも事を運びやすくて助かっております」

从 ゚∀从「重畳じゃ。妾としても中原という土地には興味がある。
     白磁の民とやらも、どのように飾り付けられたものかを考えれば、
     この無聊も幾らか慰められよう」

ほうっ、と悩ましげに溜息をつく主に、足元の奴隷青年はにわかに捨て犬めいた挙動を取ると、
媚びるような鼻声を出して女王のドレスのスリットから伸びる生足に縋りつき、そのやわ肌に懸命に舌を這わせる。

从 ゚∀从「ふふっ、安心するが良い。お前達はこれからも変わらず可愛がってやるさ」

玉座の上でその様子を見ていた女王はくすくす笑うともう一方の脚を降ろし、
黒革の下着だけで覆われた青年の股間に押し付け小刻みに動かした。
悦楽の極みに達した青年が口から甘美な声と涎を垂らすのを見降ろしながら、女王は妖艶な満足の笑みを浮かべるのだった。

【  +】「……」

主の戯れの様を見つめるオサムは、その頽廃的な享楽の様にも言葉を挟む事もなく佇んでいる。
ベゼルにおける北部系のゲーディエにとって奴隷との斯様な戯れは別段珍しいものでは無く、
女王のこの行為も、常日頃からもっと過激な光景に触れているこの側近にとっては何ら感慨を挟む余地のあるものではない。
闇の吹き溜まりの中で、闇よりも尚濃い黒の幽鬼に見守られながら、自らの奴隷と享楽に耽るハインリッヒ女王は、
まさにベゼルという王国の頽廃と耽美を象徴する存在であろう。

374 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:54:32 ID:K31RaQv.0
淫靡な水音が納骨堂めいた謁見の間に湿り気を帯びて響く中、闇鬼とゲーディエのまぐわいの様を彫刻した大扉が重々しい音と共に開き、
具足の立てる硬質な音と共に黒い甲冑の一団が入ってきた。
戦場と同じく鏃の形に整列した黒薔薇の騎士達は、厳かに一礼して地獄めいた彫刻の大扉を閉めると、
色あせた赤絨毯の上をアーチの前まで進み一斉に跪く。
先頭のマントを羽織った騎士団長がその闇鬼を戯画化したような兜を脱ぐと、
背後に控えた団員達も同じようにして兜を左脇に抱えてはそれに倣った。

(‘_L’)「御休み中失礼させていただきます。
     此度のグール原理主義派の討伐から只今帰還しました事、御報告に馳せ参じました」

頭を垂れて慇懃に口上を述べる団長に、闇の中の女王はまっこと退屈そうな溜息を吐きだすと、
奴隷との情事を続けたままで忠臣の報告に耳を傾けた。

(‘_L’)「今回の討伐作戦で掃討しましたのは、グール達の原理主義者が五十と三人ばかり。
    我らが黒薔薇の騎士においては、一人も欠けることなく任務を全うできた次第であります」

从 ゚∀从「――はて…任務にあたっていたのは、誰であったか?」

(‘_L’)「はっ。一番隊から私、フィレンクト、三番隊からエクストが、五番隊から――」

耳だけで報告を聞いていた女王の銀糸の眉がにわかに跳ねあがる。

从 ゚∀从「エクスト、あのロザイエ家のエクストか?」

(‘_L’)「左様でございます」

団長の報告を遮って尋ね返す女王の顔に、にわかに新しい玩具を見つけた子供のような表情が浮かんだ。

375 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:55:32 ID:K31RaQv.0
从 ゚∀从「エクスト、エクストよ。ちこう寄れ」

<_プー゚)フ「はっ」

闇の中から石膏細工のような細腕に手招きされるや、エクストは乳色の長髪に覆われた頭を上げて、
古ぼけた赤絨毯の上をグロテスクな彫刻が施されたアーチの奥へ向かって僅かに緊張した面持ちで進んで行く。
さらけ出した乳房を奴隷に貪らせたままに女王はその妖艶な美貌を上げると、目の前に跪く若き黒騎士に向かって蠱惑的な笑みを向けた。

从 ゚∀从「先ずは、此度の任、御苦労であった。我らが獄庭の主も新たな贄に満足しておられよう」

<_プー゚)フ「私はベゼルと闇鬼の帝(みかど)にこの身も魂も捧げた身。当然のことであります」

从 ゚∀从「――下らぬ儀礼などよい。面(おもて)をあげよ」

言われるがままにエクストがその彫刻めいて掘りの深い白磁の面を上げると、女王は蜘蛛の脚が如き指を繰って手招く。
兜と大剣を赤絨毯の上に降ろしてエクストが闇の中を近付いていけば、手と手が触れ合う所でにわかに女王は右の手を伸ばすと、
若き黒騎士の顎を指先で掴んだ。

从 ゚∀从「お前が騎士団に入団した頃より妾はお前を見ておった。
      お前はこの宮廷のゲーディエの中でも特に美しい。
      黒薔薇の騎士団など止めて、妾の傍仕えにならんか?」

<_プー゚)フ「それは――」

376 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:56:48 ID:K31RaQv.0
悪戯っぽい笑みを浮かべて瞳を覗きこんでくる女王から束の間目を逸らし、エクストは足元の奴隷青年の浅黒い肌を見やる。
南部系ゲーディエの引き締まった肉体は鞭と爪の痕に苛まれ、紫の炎の下で血と愛液に塗れててらてらと光っていた。
離宮にある吸血女帝の私室で、夜毎繰り返されている狂宴の事は、ベゼルの国民であれば誰しもが知っている。
国中から集められた南部系ゲーディエの美男子の数は百とも二百とも言われ、
この吸血女帝はその中からその日の共を選んでは一夜を共にする。
血の神イグヴォッグの僕である純粋な吸血鬼たるハインリッヒ女王が即位してから百と五十年余り。
享楽と放蕩の限りを尽くしてきた彼女の寵愛を受けた男がどうなるか、黒薔薇の騎士たるエクストが知らぬわけもなかった。

从 ゚∀从「そろそろ妾の園にも、北のゲーディエを加えてみてもいいかと思うての。
      どうじゃ、ヴィンシアの小娘など捨てて妾の物にならぬか?
      さすれば途方もない悦楽をくれてやるぞ?」

<_プー゚)フ「私は――」

自らの言葉を真に受けて言い淀む若き騎士に、女王はにわかに破顔一笑するとその頬にやにわに唇を押しつけた。

从 ゚∀从「くははは。これは冗談が過ぎたな。お前が愛らし過ぎるのも悪いのじゃぞ?」

<_プー゚)フ「……お戯れを」

从 ゚∀从「じゃが、妾の近衛となれば別であろ?」

淫靡な唾液の糸をひく赤の唇からまろび出たその言葉に、エクストははっとする。
女王の直属である黒薔薇騎士団の時点でも王宮の中では十分に高い位であるが、近衛隊となると更にその上である。
常にこの頽廃の美姫の側に仕えて警護を任ぜられる彼らは、
通常は黒薔薇の騎士の洗礼を受けてから多くの武功を積んだ一部の者にしか与えられぬ栄えある地位なのだ。
獄庭の闇鬼の魂をその身に降ろしてからエクストはまだ五年。今年で二十五になる若き黒騎士にとって、
女王の申し出は願っても無い一大出世の機会であった。

377 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:57:55 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「私めが、陛下の近衛に――?」

从 ゚∀从「ヴィンシア伯爵には世話になっておる。
     あの御老体の愛娘を無碍に泣かせるわけにもいくまいよ。
     故に、園に入れるわけにはいかぬなら、近衛に置こうと、こういうわけだ」

<_プー゚)フ「――しかし私はまだ洗礼を受けてからまだ五年しか……」

从 ゚∀从「腕の方も十分立つのであろう?」

若き騎士の脇から顔を覗かせて問い掛けて来る女王に、団長のフィレンクトは確かな頷きを返した。

(‘_L’)「はっ。まだまだ若輩者ではありますが、エクストは三番隊の中でも屈指の使い手。
    その身に宿りし御魂も四階梯とあれば、ゆくゆくは我が黒薔薇騎士団を背負って立つにも申し分ない器でしょう」

从 ゚∀从「この通り、団長殿のお墨付きもある。後はお前が首を縦に振るだけじゃ」

<_プー゚)フ「……」

紫の炎の淫猥な揺らめきの中で、エクストはその彫刻めいた美貌を微かに俯けてしばし沈思黙考する。
二十五の若さにして、女王の近衛としてその傍に仕える。願ってもみない栄光だ。
未だかつて、このような異例の速さで近衛まで上り詰めた黒騎士は居ない。
剣や冥府暗黒魔道の鍛錬は常日頃から欠かさぬようにしてきたが、そんなものは他の黒騎士達とて同じ事。
近衛として女王の側に仕えるには、それだけでは足りぬ。
宮廷における信頼、人望、そして何より、この気まぐれな吸血女公のお眼鏡にかなうかどうか。
ともすれば、自分が如何にこの吸血の女帝のお気に召しているのかが窺える。
黒薔薇の騎士団六つの番隊、総勢三十名の中から他を押しのけて選び抜かれたともあれば、
その栄光や歓喜と同時に、それに伴う重さというものも相応に大きいというものだ。

378 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:59:09 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「――身に余る申し出、真に光栄の極みであります」

从 ゚∀从「成るべくして成ったのじゃ。身に余るものなどない」

<_プー゚)フ「ですが、私も今の今までは一介の騎士であったに過ぎません。
        今、この場で直ぐに御答えを返すには覚悟が整っておりませぬ故。
        無礼を承知の上で、今少し愚考を重ねるお時間をば、頂戴頂きたく存じ上げます」

何とかそこまでを言葉にして、エクストは高ぶった胸の鼓動を鎮める様に静かに息をつく。
既に彼の中ではこの申し出への答えは決まっていたが、女王にも述べた通り、
その実感というものを噛みしめ、新たな任への覚悟を固める時間というものは矢張り必要であった。
幼い頃より鍛錬に鍛錬を重ねて、夢見て来た願いが今こうして叶おうとしているのだ。
今こうして直ぐにでも首を縦に振ってしまうのも、それはそれで悪いことでは無いのだろうが、それでは少しばかり情緒が無い。
何より、この栄えある喜びを愛しい人と真っ先に分かち合いたいと言う、
いじらしくも愚直な想いもまた、エクストをしてこの言葉を口に出させるに至った。

从 ゚∀从「ふふ――妾を前にして尚じらすとは。まっこと、お前も女子の扱いを弁えておるわ」

<_プー゚)フ「御無礼を、どうかお許しくださいませ」

从 ゚∀从「よい、よい。待ち焦がれるのもまた、色恋の面白きことよ。     ゆめゆめ、妾を失望させるようなこと無きようにの」

<_プー゚)フ「はっ、心得ております」

从 ゚∀从「一足先に、就任祝いをくれてやろう。気に入らなければ返しに来るが良い」

女王もまたこのエクストの胸の底を見透かしているのか、自らの胸元から下がった黒い石の首飾りを外すと、若き騎士の首にかけてやる。
金鎖に繋がれたその黒い石は、果たして如何様な由来があるものなのか、
黒の甲冑よりも遥かに濃い黒を映して僅かな光さえも反射しない。

379 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 20:59:49 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「有り難き幸せにございます」

満足気な笑みを浮かべて腕を振る吸血女公に一礼して、エクストは赤絨毯の上まで下がる。
吸血女公はそれで全ての話が終わったとでも言うよう、グール討伐に関する報告の続きを述べようとするフィレンクト騎士団長を手で遮ると、気だるげな目線で一同への退室を促した。

(‘_L’)「それでは、御休み中失礼いたしました」

恭しく頭を垂れる団長にも女王は構う事は無く、奴隷との情事へと耽っていく。
何時もの事に慣れた騎士団長を先頭に黒騎士達は踵を返すと、仄かな血臭漂う謁見の間を後にした。

【  +】「……」

再び闇の中に沈んだ謁見の間には、吸血女帝と奴隷青年のまぐわいが奏でる淫靡な水音と、その背後に幽鬼めいて佇む側近の死霊術師だけが残されるのだった。

380 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:01:26 ID:K31RaQv.0

〜3〜

――大陸の南方、晴れる事の無い霧と雨雲の下には黒々とした汚水に塗れた湿地帯が、でこぼこと連なっている。
朽木の林の間には何の動物のものやもしれぬ屍や古の墳墓跡が、汚物に塗れてひっそりと横たわっており、
巨大な蟾蜍の如き“ゴミ漁り”がそれらの上を時折のそのそと歩いては、
巨大な腕を使って頬の中にそれら吐き気をもよおすような生ごみらを溜めこむ事をしている。

止む事を知らない雨と、晴れる事を知らない霞の為に彼の地は常に薄暗く、
年がら年中蔓延っている湿気の為に劣悪な衛生状況は、霧の沼地特有の様々な風土病を育む事となった。
腐れ胚病、黒爛れ病、蝕骨熱、などなど、名前を上げていけばきりの無いこれら疫病は、
沼地で長年暮らしてきた者達でさえも決して無視出来るものでは無く、免疫の無い中原やギデアスの麓からの旅人達を長年拒み続けて来た。

斯様に劣悪な環境にあるこの霧の沼地はまた、逆を返せばそれだけ侵略者に対して強固な天然の守りがあると言え、
この地に居を構えたゲーディエ達の王国たるベゼルが今しも栄華を極めているのもまた、必然のようなものであると言えよう。
大陸に住まう他の諸種族達から「ダーク・エルフ」と呼ばれる彼らは、北部と南部で二つの人種に分かれており、
屍の如く蒼白な肌と血のような瞳を持つものが北部系ゲーディエ、土のような浅黒い肌に金色の瞳を持つものが南部系ゲーディエとして、
それぞれがベゼルの漆黒の城壁の中で暮らしている。
およそこの大陸に住まうどの種族よりも美しいとさえ言われる彼らゲーディエ達の中でも、
北部系のゲーディエ達は特に“美”という観点に重きを置く種族で、
美を追求する為には如何な道徳や既成概念さえをも考慮に入れない彼らの生み出した文化は、
頽廃の中に怪しく光る耽美な魅力を放ち、大陸の各所、取り分け帝国の貴族達の間では、
ノース・ダークエルフ美術の熱心な蒐集家を生むにまで至った。

381 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:03:01 ID:K31RaQv.0
中原やギデアスにおける道徳という観念に縛られない彼らは、他の種族には悪魔とさえそしられる獄庭の闇鬼達を崇拝し、
彼らの力を借りての冥府暗黒魔道を用いては、屍を奴隷として操ることにさえもなんら躊躇を見せない。
北部系のゲーディエ達にとっては自らが信望する美を追求することこそが至上の命題であり、
それらに没頭する為には、日常の瑣末事などにわざわざその身を煩わせてなどいられないのである。
故に彼らは奴隷を使って貴族街の自らの怪奇趣味な屋敷に籠っては、日がな一日を暗鬱とした思索に耽り、
夜は麻薬の香の中で自らの奴隷と地下の拷問部屋でまぐわうような陰惨たる日々を過ごしているのだ。

頽廃と悦楽を極めた北部系のゲーディエ達は自らをして動こうとするような者ではないが、
彼らの獄庭の主に仕える黒薔薇の騎士達はまた別である。
北部系ゲーディエにしか就く事の叶わないこの死神が如き無慈悲な武者は国防は勿論、
ベゼル、取り分けノース・ダーク・エルフ達の間で崇拝される獄庭の闇鬼達に贄を捧げる重要な役割を担っている。
入団に際して彼ら獄庭の徒達は、冥府暗黒魔道の誘いによってその身に獄庭の闇鬼の魂を宿す事により、彼らの主と一つの契約を結ぶ。
生ある者を悉く死に誘う残酷なる魔術の秘儀と、およそ人という枠組みを超越した超人的な力の代償として、
闇鬼達が要求するのは黒薔薇の騎士達の死後の肉体とその魂である。
漆黒の鎧に身を包み、修羅の如く戦場を掛けて悪鬼の形相で返り血を浴びた末に、
彼ら黒薔薇の騎士達に訪れるのは、獄庭の闇鬼に魂を喰らいつくされ、その身を奪われるというあまりにも悲劇的な結末だ。
他の種族にとっては想像するだにおぞましいこの様は、しかし北部系ゲーディエにとっては非常に名誉ある事であり、
死後を自らの主の糧となって永遠に過ごす事は、黒薔薇の騎士達においては至上の幸福に他ならない。
ベゼルの領土の外れには、このようにして騎士達の肉体を経て現世に顕現ましました闇鬼の貴族達を寓する為の、
「常闇の離宮」なる宮殿が立っており、長い年月をゲーディエの身の中で戦いに費やした獄庭の主人達が、
奴隷信徒たちの甲斐甲斐しい世話の下に短い余生を頽廃と享楽の中でまどろんでいる。
若き黒薔薇の騎士たるエクストも、何れは自分も名誉ある死の後に彼の宮殿へ主と共に迎えられる事を夢見ては、
日夜剣と魔術を振るっているのだった。

382 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:04:41 ID:K31RaQv.0

〜4〜

――どんよりとした灰色の雲が垂れこめる空へと向かって、肋骨のような尖塔の群れが伸びあがっている様は、
それを見上げる者に巨大な竜の骸が片膝を立てて跪く様を想起させる。
およそ魚類の骨格を模しているかのようなそのぎざぎざとした白亜の輪郭の中には、
時には彫刻として、時にはステンドグラスとして、此の地の民が崇拝する獄庭の闇鬼達の姿がおどろおどろしい筆致で描き出されていた。
宮殿前広場として市居にも解放されている女王の前庭からは、それら巨竜の白骨死体のような、
ベゼル貴族街の荘厳にして不気味な佇まいが薄白い霧の立ち込める中にも見渡せ、この都の頽廃美を垣間見た者は、胸の中に去来する言いようもない不安感のうちに、
人という者の本性について束の間想いを馳せざるを得なくなったりもするのだった。

(‘_L’)「はてさて、先ずは祝いを述べねばならないかな?近衛騎士殿?」

赤黒い血液のような水を吐き出す噴水の袂に腰を下ろしたフィレンクトが冗談めかして口を開く。
ここより少しばかり離れた騎士団詰所に寄って戦装束を解いた今の彼は、
北部ゲーディエの武家貴族らしい落ちついた深藍のチュニックと黒の絹袴といった格好をしていた。

(‘_L’)「御就任、誠におめでとうございます。
     騎士団長としても、こうして部下が栄えある任に就く事は誠に喜ばしい限りであらせられます」

<_プー゚)フ「止めてくれ、フィレンクト。鎧を脱いだら僕らはただの友人同士、そういう決まりだろう?」

茨の彫刻が這う白亜の手摺に背を凭れてフィレンクトが顔をしかめる。
友人同様、彼もまた黒いチュニックに白の絹袴といった動きやすい出で立ちだ。
死の運び手たる黒の騎士達も一度その漆黒の甲冑を脱げば、その下には若者らしい精気を漂わせた顔つきがそこにはあり、
この者達が超人的な力と暗黒の魔術の担い手として戦場で恐れられるような存在だとはおよそ想像もつかない事だったであろう。

383 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:05:55 ID:K31RaQv.0
(‘_L’)「それじゃあ、友人として祝辞を言わせて貰うだけさ。
     近衛への昇格、おめでとう。せいぜい、女王陛下に血を吸いつくされないようにな」

<_プー゚)フ「おい、茶化すなよ。大体それ、満更冗談にもなっていないじゃあないか」

(‘_L’)「はっはっは!いいじゃあないか!麗しき主君の寝床の中で果てるのならば、本望だろう?」

<_プー゚)フ「確かに陛下の美しさは右に並ぶ者とて居ないが…そもそも、そう言う事じゃあないだろう」

馴れ馴れしく肩を抱いては下卑たにやけ面を寄せて来る悪友の手を叩き落としながら、エクストはむすっとした仏頂面を作って見せる。
今でこそ彼の上司の騎士団長として黒薔薇の騎士達を率いているこのフィレンクトという男は、
エクストにおいては二十年来の幼馴染にして、腐れ縁とも悪友とも親友とも言えるような存在である。
ともすれば上司と部下の関係にある二人はしかし、こうして一度鎧を脱げばお互いに遠慮の無い物言いをするほどには親しい間柄にあり、
実の所はエクストもこの二つばかり年上の悪友には気の置けない所があった。

(‘_L’)「そうだったな。婚約を控えた若旦那を捕まえて言う様な事じゃなかった。
     美しい花嫁と共に近衛の地位も手に入れた心境はいかほどだ?え?」

<_プー゚)フ「そこら辺にしておいてくれよ。僕も就任前に上司殺しの罪で投獄されるなんてごめんだからな」

軽口をたたき合いながら刈りこまれた植え込みの間を肩を並べて歩いて行く二人は、
およそ上司とその部下には見えず、控えめながらも小突き合うその様は悪童をそのまま大きくしただけの男たちが、
麝香の臭いにうらぶれて貴族の庭に忍びこんでいるのではないかとさえも思わせる所があった。

384 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:07:02 ID:K31RaQv.0
(‘_L’)「しかしまあ、まさかこの俺もお前に先を追い越されるなんて、思いもしていなかったぞ。
    一体どのような手を使って陛下を垂らしこんだのだ?」

<_プー゚)フ「ここでそれを口にしたら陛下のお耳に入るやもしれんだろう?
      これからも懇意にして貰う手前、言うわけにはいかないな」

(‘_L’)「はっはっはっ!違いない!」

下らない言葉を交わしながら庭園を奥へと進んで行った二人は、イラクサが絡む石造りの東屋の元まで辿りつく。
白亜の柱に手をついたフィレンクトは苔生した東屋の中をぐるりと見渡すと、その奥に目当てのものを見つけて歩み寄った。

(‘_L’)「さて、再びここを訪れるのは俺の見立てではもう少しばかり先になる予定だったんだが……」

おどけた調子で石の柱の表面を撫でるフィレンクトの白い掌の下には、
拙いゲーディエ文字でフィレンクトとエクストの名前が刻み込まれている。
幼き日の二人が夜な夜な女王の庭園に忍びこんでは買ったばかりの短刀で掘りこんだ誓いの印たるそれは、
フィレンクトの名前の所にだけ縦横に傷がつけられていた。
齢にして僅かに八つか九つの折、互いの夢が叶うことを祈って刻みつけられたまじないの痕。
それぞれの願いが叶った暁には、その証をここに再び刻み込むという、稚児染みた誓いの痕跡だった。

<_プー゚)フ「前に来たのは、お前の騎士団長就任の時だったか。
        あの時のお前と言ったら、鼻水を垂らして顔をしわくちゃにしていたものだから、随分と滑稽だったぞ」

(‘_L’)「おい、今はそれは関係ないだろう。それとも今度はお前が鼻水を垂らしてくれるのか?」

385 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:08:03 ID:K31RaQv.0
今まで散々っぱら茶化された恨みを返すかのようにエクストがせせら笑えば、
石膏のような顔を一転赤くしてフィレンクトは咳払いを一つする。
にわかに厳かな表情を取りつくろう悪友を一瞥し、エクストもまた腰から装飾豊かな短刀を引き抜けば、
二人の間には束の間、幼き日にこの庭園へ忍びこんだ夜の事が思い出された。

<_プー゚)フ「まさか、本当に自分の名前を消しに来ることが出来るなんて、思ってもみなかった」

(‘_L’)「俺だってそうだったとも。こうしている今も、自分が騎士団長だという事が信じられないくらいさ」

<_プー゚)フ「ああ、僕もそれには疑問を禁じえないな。恐らく、死ぬまでこの難題は解けないだろうさ」

(‘_L’)「言ってくれるじゃあないか。近衛になったからと言って調子に乗ってるようなら、俺にも考えがあるぞ」

<_プー゚)フ「ほう?興味があるな。聞かせて貰おうか」

(‘_L’)「……そう、思えばあのクー嬢はお前には勿体なさ過ぎる。だからここは俺が――」

<_プー゚)フ「そうだ、宿直をしている時に団長の鼾が五月蝿くて集中出来ないという報告があったのを今思い出したぞ。
         ここは一つ哀れな同僚の為に問題解決に一肌脱ぐのもいいやもしれんな」

(‘_L’)「――冗談だ。冗談だから、その短刀を離してくれないか?」

両手を上げる悪友の首筋から短刀を引いて、エクストはさも残念そうに肩を竦める。
自分達はこれから先、幾つになってもこのようにして減らず口を叩き合っていくのかと思うと、
少しばかりうんざりするのと共に、それを嬉しいとも思えるほどには彼もあの時よりは成長していた。

386 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:08:49 ID:K31RaQv.0
改めて柱の表面に短刀をあてがうと、エクストは血の色の瞳を束の間閉じて、一つ深呼吸をする。
瞼の裏を苦楽の日々が過る中、短刀を握る手に力を込めて自分の名前の上を往復させれば、
幼き日に願った夢が遂に叶ったという事実が、改めて胸の底から湧きあがってきた。

<_プー゚)フ「……」

僅かに身体が火照るような高揚感と、頭の中から思考が抜けていくかのような達成感に、
思わずその美姫のような唇からほうっと溜息がついて出る。

(‘_L’)「おめでとう。エクスト」

肩を叩く悪友も、この時ばかりはその捻くれた悪童のような顔に、満面の笑顔を湛えて彼の新たな門出を祝福しているようだった。

387 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:10:32 ID:K31RaQv.0

〜5〜

――何処からか葡萄酒の瓶を三つも四つも取りだして祝杯を上げようとする悪友をかわして、
エクストが宮殿前広場を後にした時には、既に短い日は没しかけており、
ベゼルの陰鬱なる曇天には朱色の輝きが紛れこんで毒々しい色彩を醸し出し始めようとしていた。
王宮から伸びる白亜の大階段を足早に降りて、エクストが霞の垂れこめる貴族街の石畳を小走りに駆けていけば、
来るべき夜へと向けて街はにわかにその様相を変えようとしている。
南部ゲーディエを何人も押し込めた籠を乗せた車を引く奴隷商や、
麝香の臭いを漂わせた北部ゲーディエの貴婦人が夜会用のドレスに身を包んで石膏の仮面を手にして歩いているのとすれ違いながら、
エクストがにわかに視線を上げれば、頭上を覆う魚介の小骨めいて繊細な威容の尖塔の窓々には既に明かりの灯っているものも幾つか見受けられ、
路地に漂うどぎついムスクの臭いに混じって家々の戸口から漏れ出る料理のかぐわしい臭いが鼻孔をくすぐる頃には、
いよいよもってエクストはその脚の回転を少しばかり速めて家路を急ぐのだった。

「さあさ!今宵お送りするのはかのアマンダスの手になる秘蔵作、その名も“血の褥に横たわりて”!
 未だ大陸中のどの劇場でも公開された事の無い、本邦初公開の秘作にございます!
 どうぞ、お暇のある紳士淑女の皆々さまはお立ち寄りのほどを!
 これを逃してアマンダスは語れませぬ!お暇が無くとも一度はお立ち寄りを!」

いつもよりも人通りの多い大通りを小走りに駆けていけば、サターニア劇場の前の登り台の上では、
節くれだって異様に長い両手を伸ばした南部ゲーディエの黒い頭が、その手に握ったわら半紙の束を撒き散らしては、
しきりに客寄せを叫んでいた。
なる程どうしてこの人混みはそういうことなのかと得心が言ったエクストは、
劇場の手前でその脚をはたと止めると、近道をするべく劇場と貴族屋敷の間に伸びる小路の方へと足を伸ばす。
世にその名を知らしめる戯曲家アマンダスと言えばエクストも一度ならずとも目にした事がある。
知りあって間もない頃にクーと共に観に行ったのは、あれは確かヨアキムとアエリンだとかいう三文芝居だったか。
あまりに退屈な内容だった為に細かい所までは覚えていないが、人狼の青年と薬師の娘の報われる事の無い悲恋だったような気がする。
何処にでもあるような悲劇の類だ。

388 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:11:56 ID:K31RaQv.0
聞けば、「ヨアキムとアエリン」はアマンダスの処女作であるようで、好事家の友人達の弁によれば、
この頃のアマンダスの作風は彼らに言わせれば語る所の無い拙いものなのだと言う。
熱っぽい語り口で話すその好事家が言う所には、アマンダスの真骨頂は中期から後期にかけての後ろ暗い猟奇的で怪奇的な演出手法にあるそうで、
真にアマンダスの奔放なる想像力が解放される事になるのは、「イビクラセルの丘」以降の作品なのだとか。
もっともエクストにおいては彼らのその熱の入った語りにも、アマンダスに対する興味が湧くような事は無く、
もっぱらクーが暇つぶしに観て来た劇の感想を聞きかじっては、そのような劇が大陸中で評価を受けているのだという事実を知っているのみに留まっていた。

<_プー゚)フ「ふんっ、秘蔵作品だとか言うのも眉つばではあるな」

アマンダスが死して既に半世紀もの時が経つとはいえ、その人気は衰える所を知らない。
未だに帝国の劇場でも連日連夜、彼の残した戯曲の数々が役者を変え、舞台装置を変え、
上演されているのだと言うのと同様に、彼の贋作やその名を勝手に拝借したどこの馬の骨とも知れぬ三文脚本家の書いた芝居が後を絶たぬとも聞く。
大方、今サターニア劇場の前をにぎわせているのも、それらの類だろう。
芝居に精通しているわけでないエクストでさえも、彼らのその浅ましさには呆れを通り越して敬服の念すら湧くのだった。

我ながらに甚だどうでもいい事を考えているものだ、とエクストは胸のうちで自嘲しながら小路を抜ける。
サターニア劇場の裏の通りは、表通りに比べれば空いているとも言えたが、
矢張り先の秘蔵作を一目観ようと集まった人々でごった返している。
僅かに顔をしかめてエクストが人混みの少ない所を探して首を巡らせていると、その胸にぶつかってくる者が居た。

(#゚;;-゚)「す、すいません。急いでいたもので……」

何者かと視線を下げれば、そこには茶色の襤褸を頭から被った南部系ゲーディエの少女の、浅黒い顔がエクストの胸元から見上げている。
大方どこぞの貴族の奴隷か何かであろう。あどけなくも美しい顔立ちの中、
両目の間と右頬にかけて火傷のような裂傷が大きな歪となっているのは、主人の折檻の痕であろうか。
怯えきったような眼差しで束の間エクストを見つめた少女は、慌てて身を離すと逃げる様にして人混みへと走り去っていった。

389 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:13:25 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「汚らしい奴隷風情が……」

僅かに舌打ちをすると、エクストは先の衝突で衣服が汚れていないかを確認し、小走りに駆けていく少女の背中を束の間見送る。
南部のゲーディエ達の多くは、貴族街より東に下った先の下層区に居を構えて暮らしている為、
この区画で目にする浅黒い肌の者は大抵が北部ゲーディエの貴族に買われた奴隷が殆どだ。
エクストの家でも小間使い兼夜の慰み者として一人、17になる南部ゲーディエの娘を使っているが、
彼にはどうもこの浅黒い肌の民が気に入らなかった。
かつては部族単位で暮らし、“皮剥ぎ”達と孤立無援の中で血みどろの抗争を繰り広げていたという彼らは、
何処かしら達観した雰囲気を纏っており、それは彼が飼っている奴隷の娘に言える事で、
鞭をくれてやった時に観返してくるあの金色の瞳は、表面上は虐げられる者の卑屈さを湛えているようで、
その実腹の底では何を考えているのかも分からない気持ちの悪さがあるのだ。

何時だったか、彼が祖父から受け継いだ陶磁器の茶会道具をその奴隷の少女が誤って割ってしまった時、
エクストはその身に二十度ばかり鞭をくれてやって地下の拷問部屋に一晩閉じ込めた事があった。
深夜を回った頃になって、この奴隷がどれほど反省したものかを確かめる為に、
エクストが拷問部屋の木戸をひっそりと開けて中を覗きこんでみると、気持ちばかりに灯された緑色の松明の明かりの中で、
その奴隷の少女は拷問器具の真ん中で胡坐をかいたままで彼らが瞑想する時の体位で固まったまま、
その黄金の瞳を見開いては一心に血糊の凝固した石壁を凝視しているのだった。
ぴくりとも動かずにただただ壁の血糊を見つめるその黄金の瞳には、
先刻エクストに対して声を震わせて許しを請うた時の涙の痕は寸分たりとも見受けられず、
緑色の炎を映して揺れるそこには何もかもを悟りきって尚揺るがないある種の超然とした光だけが宿っていた。
八刻ばかりの間、そうやって延々と壁を見つめ続けていたのかと思うと、
エクストはこの黒い肌に金色の瞳を持つ種族に対して、どうにもうすら寒くも気味の悪い思いを抱かざるを得ず、
御家の瑣末事を言いつける際にも、この奴隷たちの一挙手一投足に注意を向ける様になったのだった。

390 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:14:42 ID:K31RaQv.0
どうにも胸糞の悪くなるような事を思い出して、今日の一大出世にケチをつけられたような気持になったエクストは、
それを払しょくすべくして足の回転を速める。
出来るだけ人混みを避けるように二つの小路を進んで行くと、貴婦人達のつける甘ったるいムスクの香りの向こうに、
自らの屋敷の見知った様相が見えて来た。
既に日の落ち切った夜の帳の中で、術式灯の紫の仄かな明かりを浴びて浮かび上がる大門の前には、
彼が真っ先に本日の快挙を知らせたい人物が、退屈そうな所在で佇んでいる。
緑の夜会用ドレスに身を包んだ彼女の姿にエクストはにわかにその青白い面に喜びを浮かべると、
駆け出しそうになる気持ちを抑えて居住まいを正し、もったいぶった足取りで一歩一歩近付いて行った。

川 ゚ -゚)「あら、随分と遅い到着ですこと」

今しもその肩に手が届くという所でエクストの麗しの君は彼に振り向くと、
その掘りの深い美貌の中に不機嫌を絵に描いてみせては小首を傾げる。
幼さの中にも大人の色香を片鱗を匂わせるクーの繻子のような黒髪が、その動きに合わせて微かに揺れた。

<_プー゚)フ「いや、フィレンクトのやつと少しばかり話し込んでしまってね。待たせるつもりはなかったんだが。すまない」

川 ゚ -゚)「あら、貴方は私よりもあの悪童団長殿との逢瀬の方が大事だと言うの?」

<_プー゚)フ「そんな事などあるものか。君よりも大切なものなど、この世に一つとて無いさ。
         なんだったら、あの間抜けなフィレンクトの首を切り落としてもってこようか?」

川 ゚ー゚)「ふふ、冗談よ。折角貴方と仲良くしてくれる友達なんだから、貴方もそんな事言っちゃ駄目よ?」

<_プー゚)フ「ああ、まあ、なんだ…確かに、君の言うとおりかもしれないな。うむ、間抜けなっていうのは取り消すよ」

391 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:16:56 ID:K31RaQv.0
川 ゚ー゚)「そうじゃなくて。たった一人の親友なんでしょう?
     冗談でも、首を切り落とすなんて言っちゃ駄目よ。仲良くしなきゃ」

<_プー゚)フ「ああ、そうだね。そこも取り消すよ。君が言うなら、ね」

川 ゚ー゚)「もう……」

<_プー゚)フ「はは……」

悪戯っぽい頬笑みを浮かべるクーの唇に軽く自分の唇を重ねると、エクストは夜会用の白い長手袋に覆われた婚約者の細腕を取って、
自分の屋敷までをエスコートする。
良く手入れの行き届いた芝生の中を飛び石めいて続く踏み石を歩いて、控えめながらも精緻な意匠の施された玄関扉を開けると、
小さな玄関ホールが二人を出迎えた。
翼を畳んで台座の上に腰を下ろした闇鬼の彫像に両脇を守られた玄関ホールからは、短い廊下が続いており、二人はそこを真っすぐ進む。
壁に掛けられたデリグの懐古主義的な丘の尖塔を見通す風景画の横を通り過ぎた先は、
30テッド(約30畳)程の広さの応接間となっており、赤いベルベット地のソファや象牙細工のローテーブル、
黒瑪瑙で飾り付けられたこじんまりとしたシャンデリアが二人の帰宅を出迎えた。

川 ゚ー゚)「今日はね、ギュスターブの奥様から珍しい香を分けて頂いてきたのよ」

エクストの手を離すやいなや、勝手知ったる何とやらとでも言うようにクーはドレスの裾をくるくるとはためかせて応接間を横切ると、
大理石の暖炉の側に置かれた香台の前に屈みこみ、左腕に下げた鰐革の小さな鞄から深緑の香の束を取り出す。

川;゚ぺ)「あら、あらあら?むっ、ほっ、とうっ」

不器用な手付きで火打ち石を繰ろうとしては何度も失敗する様を見咎めて、
エクストが代わりに火打ち石を手にとれば、一度の打ち合いで見事に香に火が付き、清涼感の中に甘さを残した匂いが仄かに漂い始めた。

392 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 21:18:32 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「火傷でもしたらいけないから、火を起こす時は僕に言ってくれといっただろう」

川 ゚ぺ)「だって自分でも出来ると思ったんですもの」

<_プー゚)フ「だから、出来る出来ないの問題じゃあないんだよ」

川 ゚ぺ)「あらそーですかー。お優しくていらっしゃるのねえ」

わざとらしいふくれっ面を作っては「いー」とやってみせてから、一転して慌ただしくソファに身を投げ出すと、
クーは仰向けになってエクストの方を見上げる。
はしたないから止めるようにと何度も言い聞かせてはいるものの、出会ってから今日に至るまでの三年ばかりの間に、
彼女がエクストのその御説教を聞き分けた試しは無く、
エクストもエクストでこの無邪気さの中にも妖艶さを漂わせる彼女にソファの上から見上げられては、
それ以上苦言を呈す気が起きよう筈も無かった。
夜会用のドレスのはだけた裾から覗く生白い両足と、乱れた胸元から僅かに覗く白い肌が仄かな赤みを帯びているのを見て取れば、
その広げられた両腕の中に飛び込むのが男子の本懐であり、むしろそうしないのは無礼な行いなのだと自分に言い訳をして、
今宵もエクストは彼女の上に覆いかぶさっては愛を貪るべくドレスの下へと手を伸ばす。

川 ゚ -゚)「あらいけない、その前に言う事があったんだわ」

貪欲に伸ばしたその手を寸でで掴まれたエクストは、少しばかり興がそがれた気分で、婚約者の豊満な胸からその鼻面を上げた。

<_プー゚)フ「僕に言う事?」

川 ゚ -゚)「貴方のお友達から聞いたんだけど、近衛に昇格したんですって?」

白い肌の中で蠱惑的な魅力を引き立てるような赤い唇からその言葉が紡がれた時、
故にこの若き黒騎士は、自分が如何に目先のことしか考えていないかを思い知らされ、
何ともやるせない思いが胸の底から去来するのを実感した。
全く持って情けないことではあるが、彼女の色香を前にした瞬間、その事が頭の中からすっぽりと抜け落ちていたのだ。

396 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:20:29 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ「ああ、うん。実はそうなんだ。今日の任務の報告の時に陛下から直々に言い渡されてね……」

川 ゚ー゚)「フィレンクト様も自分の事みたいに喜んでらしたわよ。親友としてとても鼻が高いって」

397 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:33:21 ID:K31RaQv.0
追い打ちを掛ける様に告げられたその事実に、エクストは胸中で落胆する。

398 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:34:29 ID:K31RaQv.0
何よりも一番に彼女にこの栄誉ある昇進を告げるのは、他ならぬ自分の口からにしようと決めていたのだ。
あの腐れ縁もその事を分かっていて、嫌がらせのようにしてこうして機先を制してくる。
何時まで経っても小にくたらしいことこの上ない幼馴染を持ったものだ。

<_プー゚)フ「あのお調子者め、いらぬ世話を焼きやがって……」

川 ゚ー゚)「何をそんなに拗ねているの?昇進したのは変わらないんだから、黙って喜べばいいじゃない」

<_プー゚)フ「いや、しかしだね。矢張りこういう事は僕の口から直接……」

尚も言い募ろうとするエクストの唇に、クーは自身の人差し指をあてがって黙らせると、悩ましげな目でエクストを見つめる。
そうされてしまえば目先のことしか見えないエクストの事、これ以上細かい事を気にするのも男らしくないと再び自分に言い聞かせ、
その手を愛する女の肌の上へと這わせる。
唇と唇でついばみ合いながら艶肌を愛撫すれば、唾液の糸を引いて離された女の唇から切なげな吐息が漏れて男の心臓を高ぶらせた。
腕と腕、脚と脚を絡ませて愛する女のドレスを徐々に剥きつつ自分の衣服も脱ぎ捨てれば、
いよいよもって目の前にさらけ出された陶磁器のような女の肌に、理性の糸がぷつりと音を立てて千切れる。
豊満な胸に浮いた珠のような汗を舐めとり、形の良い双丘の頂点で桜色に色づいた突起を舌で転がした後、
そこを甘噛みしてやれば、女の唇から押し殺した嬌声がまろび出た。

399 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:35:32 ID:K31RaQv.0
ソファの上で身を捩りながら男が下腹部に沿って硬くなったそれを、女の内股に擦りつければ、
女の方もにわかに右手を動かし硬くなった男を握り締めて上下にさする。
細い五指に力の加減をつけて時には撫でる様に、時には締め付けるようにして愛撫される度、
男の口からは快楽の頂点を目前にして、瀬戸際で踏みとどまる様な苦鳴にも似た悦楽が零れた。
女の方もまた、解放を前にして我慢の利かなくなった恋人の切なげな顔が愛しくて、
少しでも長くその顔を見ていたいと思えば、自ずとその手の動きはじらす様にもったいぶったものとなり、男の解放は先延ばしにされる。
お互いがお互いに白い手を艶めかしく動かしては快楽を与え合い、その奔流がいよいよもって耐えがたい地点にまでやってくると、
どちらからともなく目で合図を送りあい、互いの秘所を突き合わせてはそれぞれにその頂点を目指して愛を貪りあった。
茂み同士が擦れる湿った水音と、男と女が快楽を堪える荒く切ない息遣いが明りをつけたままの応接室に響く。
断続的な律動で繰り返される饗宴の音は、徐々に徐々にその間隔を狭めて行き、
やがて堪え切れなくなった二人がお互いの白い肌に爪を立ててひと際四肢を張り詰めた時、その瞬間は訪れた。
二人の下腹の底から波のようにしてやってくる永遠とも刹那ともとれる解放感に、
押し殺した嬌声が互いの八重歯の間から漏れ出て、香の立ち込める部屋の空気に溶けて消える。
一度目の頂点を迎えた二人は、重なりあった体勢のままでその白い背中を上下させると、快楽の余韻に浸る様にしばらく目を閉じた。
応接間の外、屋敷の台所の隅では、主人たちの営みの邪魔にならぬように息を顰めていた黒肌の奴隷娘が、
口にあてがっていた手を束の間離しては微かに深呼吸する。
今晩はあと何度ほどだろうか。少なくとも、婚約者が居るのならば自分の出番は無さそうだ。そんな事を機械的に考えていると、再び応接間の方から押し殺した嬌声が聞こえてきて、奴隷娘は縮こまった身を更に小さくして気配を殺した。
淫靡な水音と肉と肉のぶつかる湿り気を帯びた音を耳朶から締め出すと、今度は木戸の間から微かに漂ってくる黒綺草の刺激的な臭いが鼻孔を掠める。
北部のゲーディエ達が自分達の祖先が作り出した麻薬の煙の中で狂いまぐわっている様を想起してもなお、この奴隷少女の胸には何の感慨もわかなかった。
痩せ細った膝を抱えて、エプロンドレスの裾を噛んで息を止める彼女が思うのは、今日は鞭で打たれなくて済みそうだ、というその一点に対する僅かな安心のみなのだった。

400 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:36:30 ID:K31RaQv.0
出来るだけ外に音が漏れない様な構造で作られた屋敷の中に、男と女の狂ったような嬌声がこもったように響き渡る。
黒綺草の刺激的な香りに理性のたがが外れた二人は、応接間の中で体位を変え、玩具を変え、文字通り獣のようにしてまぐわい続けた。
やがて、奴隷少女が用意した晩餐が台所の隅のテーブルの上で冷めきった頃合いになって、
ようやくその何時果てるとも知れなかった快楽の宴が終わりを告げる。
既に深夜を回った刻限、応接間の扉が軋むようにして開く音に続いて、寝室へと入っていく二人分の足音が聞こえてくると、
今日の自分の仕事はもう無い事を悟った奴隷の少女は、自らの塒としてあてがわれた地下の拷問部屋へ続く戸板を音をたてないようにしてそっと持ち上げた。

川 ゚ -゚)「そう言えば、貴方にもう一つ言い忘れた事があったんだわ」

シルクの天蓋が覆う羽毛の布団の上に一糸まとわぬ裸身を投げ出して、クーは婚約者の顔を仰ぎ見る。
しなやかに引き締まった白い胸板の上には、彼女がつけた唇と爪の痕がぬらぬらとした汗と体液の中で淫靡に残っていた。

<_プー゚)フ 「言い忘れたこと?」

まっさらな純白のベッドに半身を押しこみながら、エクストは尋ね返す。
愛する女との快楽の交感に満足し切った彼は、溢れかえる幸福感と倦怠感の鬩ぎ合いの中で、その瞳は眠たげに細められていた。

川 ゚ -゚)「女王陛下の遣いの方が、って先に置いて行ったのだけど……」

寝台の脇の小物入れの上から一通の書簡を取り上げると、彼の愛する婚約者はそれをぞんざいに放って寄越す。

401 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:37:19 ID:K31RaQv.0
<_プー゚)フ 「陛下の遣いの者から…?」

川 ゚ -゚)「ええ、丁度貴方が帰ってくる一刻程前だったかしら」

言外にそれだけ長い時間を待たされたのだという彼女の抗議に目で謝罪しつつ、エクストは書簡を手にとってあらためる。
白い封筒には黒インクで女王の名が流麗な筆致で綴られ、封として施された蜜蝋の赤黒い印章も、ベゼル王宮のものと見て間違いない。

川 ゚ -゚)「今日中に目を通して欲しいそうよ」

<_フ#゚ー゚)フ 「なんでもっと早く言わなかったんだ!」

川 ゚ー゚)「あら、貴方がそれを言う?」

淫靡な婚約者の視線に見つめられ、エクストは先の自分の乱れようを思い返して頬が赤くなるのを実感する。
羞恥の中で言い返せない背の君の様子が愛らしくなったクーは、その頬にたまらず唇を押しつけた。
湿った感触にエクストの中で僅かに残っていた欲望に再び火が灯りそうになるが、
慌てて恋人を押しのけると、手の中の書簡の封を切って開く。
お預けをくらった猫のように甘ったる声を上げる女を無視して中の書状に目を通したエクストの背筋に、にわかに冷たい感触が走った。
やにわにベッドから飛び出し、箪笥から胴衣を引っ張り出して袖を通し始めるエクストに、女は不思議そうに小首を傾げる。

402 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:37:59 ID:K31RaQv.0
川 ゚ -゚)「ねえ、一体何があったの?」

繻子のような黒髪を揺らして尋ねてくる女を振り返る事も無く身支度を整えると、エクストは寝室のドアを乱暴に蹴破っては飛び出した。

<_フ;゚ー゚)フ 「ちょっと用事が出来た!明日の晩までには戻る!」

それだけ告げて尻に火がついたようにしてまろび出て行く恋人の背中を見送りながら、
女は蒲団の中で人知れずその白い頬を膨らませるのだった。

403 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:39:04 ID:K31RaQv.0

〜6〜

――夜の闇の中に幽霊めいた細い影を映す柳の林の中に、物々しい石造りの平たい建物が建っている。
北部ゲーディエ達の得意とする尖塔建築の亜種のようなその建物は背の低い二階建で、
六角形の屋根のその角には闇鬼の角を模した細かく精緻な飾りが闇夜の空に向かって突き出していた。
にわかに振り出した小雨と、年中漂い続けている薄霧、更には夜の闇の中、
六角の壁の各所に空いた明りとりの窓から紫の明りがぼんやりと覗く様は、
さながら巨大な牛の死骸が沼地の中で今まさに冥府暗黒魔導の秘儀によって再び立ち上がろうとしている様を想起させる。
このベゼルという国について少しばかりでも知っているものならば、先ず近づこうとしないこの建物は、
ベゼル王宮から南へ1クートのその半分程離れた柳の林の中にひっそりと佇んでおり、
そこで夜毎繰り返される地獄めいた狂乱の饗宴の音は、遥か離れたベゼルの貴族街にまでも時折響いてくる事があった。
ベゼルを覆う漆黒の城壁の直ぐ真下に位置するこの建物は、都の構造上本来ならば中央に佇んでいてしかるべきものである筈だが、
館の主の秘密主義的性向により、黒薔薇騎士団の宿舎からも兵舎からも敢えて離れた位置に建設されている。
風がある日でも微かに漂う血と芥子の混じり合ったような臭いは消して拭い去ることは出来ず、
ベゼルの国情をよく知らぬ者がこの地に足を踏み入れたのならば、言いようのない不安感の中に精神を苛まれ、
自分に振りかかろうとする姿の見えない怪異を想起しては身の毛の竦むような思いをすることだろう。

<_プー゚)フ 「……何とか、何とか間に合ってくれよ」

夜霧を裂いて雨にぬかるみかけた土を蹴立てて、今まさにその柳の林の中へと踏み行ってこようとする者の影がそこにはあった。
甲冑の下に着る簡素なチュニックと黒い袴に身を包んだ青年は、誰あろう若き黒騎士エクストである。
乳のように白い長髪は革ひもでひとくくりにされているとはいえ、ここに至るまでの全力疾走を映すかのようにして千々に乱れ、
薄く形の良い唇から漏れる吐息も僅かに荒い。

404 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:40:09 ID:K31RaQv.0
黒薔薇の騎士としての誓いを立て、闇鬼の洗礼を受けてから五年が絶ったとはいえ、エクストもこの場に足を踏み入れるのは初めてである。
つい数刻前に近衛として昇格した時から、何時かはこの地に足を踏み入れる事になるだろうとは心の片隅で考えてもいたが、
まさかその日の夜に訪れる事になろうとはエクストも思ってもみなかった。

<_プー゚)フ 「しかし、女王陛下もこのような時間に一体どのようなお考えがあっての事か……」

先に受け取った書簡を読んでからこっち、エクストはただただ刻限に間に合う事ばかりを考えてその身を走らせてきたが、
今になって冷静に書簡の内容を思い出せば、少しばかり腑に落ちない所がある。
翁闇の刻(深夜24時、日付が変わる頃)、離れで待たれよ、とだけ綴られたその書簡からは、
送り主である吸血女帝の真意は窺う事は出来ず、辛うじて推し量れるのは指定された場所が女王の私室である離れを指定されている事から、
この用事が極私的な、あるいは秘密裏なものであろうという事だけだ。

普段から彼の吸血女帝にはお気に入りの玩具か何かのようにして目を掛けられているエクストにも、
わざわざ書簡を寄越して密会を取り付ける程の用事となるととんと思い浮かぶものではない。
敢えて邪推を繰るならば、昼間の女王が戯れに口にした言葉が冗談では無かったという事にもなるのだろうか。
流血と苦痛の末に女王の中で果てる自分の淫らな姿を束の間想起したエクストは、
我ながらに随分と益体も無い事を考えているものだと呆れた。
大方、近衛として女王の傍に仕えるにあたって何かしらの内密な話があるのだろう。
それ以外で女王が自分を呼び出す理由など、エクストには思い浮かばなかった。

<_プー゚)フ 「――しかし、誰の姿も見えぬというのはどういう事か」

思考に整理をつけたところで周囲を見渡せば、風の無い夜の底に蟠った霧が亡霊染みた柳の木の根元を漂うばかりで、
辺りにはエクストの他に人影は無い。

405 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:41:11 ID:K31RaQv.0
自分の屋敷を飛び出したところで既に約束の刻限に半刻前であったが、もしかしたら自分は間に合わなかったのだろうかと不安になる。
懐から帝国のノーン達が作ったという懐中時計なる物を取り出し、その長針と短針から時刻を読み取れば、
今しも時刻は翁闇の刻を回ろうとしている所だった。
時間には間に合っていた事に束の間安堵の溜息をついたエクストは、そこでいよいよもって所在が無くなると、
未だ現れぬ待ち人の姿を探して闇深い柳の林とその向うに佇む女王の園へと目を向ける。
霧煙る闇夜の柳林の中で小さな窓から薄紫の毒々しい明りを漏らす「離れ」からは、誰かが出てくるような気配は無い。
もしかすると、既に女王はこの柳の林の中に居り、自分に声を掛ける機会を窺っているのだろうか。
それとも、女王本人ではなく遣いの者がやってきて女王の言葉だけを告げるのだろうか。
取り留めのない事を考えながら、エクストが何とはなしに視線を足元に落とした時、
目前に建つ離れの六角形の中が、にわかに騒がしくなった。

<_プー゚)フ 「――!?」

何事かと首を上げるエクストの耳に、離れの窓から微かに響いてきた金属音が届く。
常日頃から戦場を駆けているエクストには、その音が刃の擦れる音だというのが直ぐに分った。
途端、本能の域にまで染みついた黒騎士としての責務が、エクストの緩みかけていた体に張り詰めた緊張を呼び戻す。
すぐさま両足を広げて腰を落とすと、左の手の平の中に冥府暗黒魔動の力が渦を巻く様を頭で思い描きながら、
右の手で腰から下げた装飾短刀を抜き放つ。
――否、抜き放とうとして伸ばされた右の手が、何も掴めないままに空を切った。

<_フ;゚ー゚)フ 「しまっ――」

慌てて屋敷を飛び出してきた為に、持ってくるのを忘れたのだろうか?いや、あの短刀は先祖代々からロザイエ家に伝わる家宝だ。
何処へ行くにしても、必ずベルトの鞘に納めて携帯している。
事実、今エクストが身につけている胴衣にも何時もしている黒革のベルトが巻かれているではないか。

406 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:42:02 ID:K31RaQv.0
ではどうして今、そこにはあの短刀が下がって居ないのか。
突然の事態に思考が乱されエクストの意識が束の間目の前の建物の騒ぎから反れたその瞬間、
一陣の風が夜霧をざわめかせてエクストの斜め前に降り立った。

( ∵)「――――」

建物の明りを背負ったその人物の姿はぼんやりとしか見えない。
夜の闇と同じ色のローブで全身を覆ったその姿は、幽鬼めいて輪郭があやふやだ。
まるで一切の体重さえも感じさせぬ歩みでぬかるんだ地面に舞い降りたその人影は、
本来人の顔があるべき場所にローブとは対称的な真っ白い仮面を被っている。

<_フ;゚ー゚)フ 「何やつ――!」

騎士としての本能によってその影の接近を辛うじて察知したエクストは、左手に渦を巻く暗黒の魔動を解き放つべく半身を捻った。
もしかしたら、この人物こそは女王の遣いやもしれぬ、という可能性も無きにしも非ずだ。
だが、目の前の建物で起こりつつある騒ぎから、エクストはこの怪しげな影をベゼルの害であると判断し、黒の騎士の力を振るったのだ。

( ∵)「道化が……」

鶏の卵めいた輪郭の仮面、両目と口を模して三つだけ空いた穴の一つから、性別の判断もつかないくぐもった声が漏れる。
憐れむような仮面の言葉と同時、エクストの左腕がローブ姿へと突き出され、
そこに渦のようにして巻きついていた黒紫の奔流が獲物を目掛けて殺到した。
黒紫の蛇の群れのような冥府の触手が四方八方から襲い来る中、白い仮面に空いた覗き穴の右目が微かに金色に光ると、
その襤褸のようなローブ姿が一瞬にしてかき消える。
否、消えたのではない。

407 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:42:59 ID:K31RaQv.0
<_フ;゚ー゚)フ 「なっ――!?」

眼前の獲物を見失った黒の触手が、一瞬前に仮面が立っていた背後の柳の幹に食らいつき、
ぶすぶすと煙を上げながらその皮を侵食しては溶かす。
頬をなぶる風の感触にエクストが振り向けば、夜霧の中に金色の軌跡を描きがら、驚くべき速度で走り去っていくローブの背中が見えた。
未だかつて自分の魔術をこの距離でかわされた事の無いエクストは、信じられない面持ちで束の間その背中を呆けたように眺めていたが、
すぐさま緊張の糸を張りなおすや、その後を追うべくして足を上げた。

<_フ;゚ー゚)フ 「いや、しかし……」

駆けだそうとする足を下ろして、今一度エクストは背後の離宮を振り仰ぐ。
先のローブがベゼルに仇名す逆賊だとすれば、先ずは近衛として女王の安否を確認するのが先ではないのか。
いかな吸血女帝と言えども、灰斑の毒などでも受けていればひとたまりもない。事は一刻を争うやもしれぬのだ。

<_フ;゚ー゚)フ 「陛下――!」

刹那のうちに決断すると、エクストは離宮を目指すべくして踵を返す。
両足に力を込めて、
泥を蹴りあげようとしたまさにその瞬間、件の離宮の扉が開いて、黒い甲冑姿が紫色の明りの中から夜霧の中に飛び出してきた。
エクスト達が纏う甲冑には無い豪奢な深紅の房飾りのついた鎧姿は、数刻前にエクストが昇任してこれからの同僚となる近衛騎士に違いない。
闇の中をこちらへ向かって駆けてくる二人の近衛騎士達の存在に、エクストは胸中で安堵のため息を漏らす。
彼らがこうして逆賊を追って飛び出してきたという事は、女王もきっと無事なのであろう。
いや、そう決めつけるにはまだ早いだろうか。兎に角、今は彼らと合流して事態を確認するのが先決だ。

408 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:43:53 ID:K31RaQv.0
<_フ;゚ー゚)フ 「おおい!こっちだ!」

駆けだしながら右の手を振るって自分のありかを示すと、
近衛騎士たちもエクストの存在に気付いた様子でぬかるみを跳ね上げながら駆けよってくる。
全身に黒き板金鎧を身につけても尚まったく速度の落ちない走りでもって黒薔薇の近衛騎士はすぐさまエクストの下まで辿りつくと、
やおらその黒い籠手に包まれた腕を振るうやエクストですらも反応出来ない程の手際でもってこの若き黒騎士の両腕を捻りあげると、
その喉元にそれぞれが握る大剣の赤い刃を交差させて突き付けた。

<_フ;゚ー゚)フ 「な、おいこれは一体どういう――」

騎士としての格の違いを見せつけられたのも尚の事、
突然の近衛騎士達の行動に面食らったエクストの口からは実に間の抜けた声がまろび出る。
 
┏〔 Ж〕┓「貴様がエクストか!」

<_フ;゚ー゚)フ 「そ、そうだがこの仕打ちはどういう――」

┏〔 Ж〕┓「ロザイエ家の跡継ぎたるエクストで間違いないか?」

疑問を挟む余地さえも許さぬ程の近衛騎士達の強い詰問口調に、エクストがただ黙って頷けば、
近衛の二人は互いの兜を揺らして確かめあうように頷いた。
一体彼等は何を頷き合っているのか。一体どうして自分はこうして拘束されているのか。
若き黒騎士の疑問に答えるよう、近衛騎士の片割れが腰に手をやると、金色の装飾が施された短刀を抜き取りエクストの前に翳す。

┏〔 Ж〕┓「黒薔薇騎士団三番隊所属、エクスト子爵。貴公を女王陛下暗殺の謀反で拘束する」

<_フ;゚ー゚)フ 「なっ――」

近衛騎士の手に握られていたのは、ロザイエ家の家宝たるあの短刀に他ならなかった。

409 名前:執筆チーム 投稿日:2012/06/25(月) 22:45:01 ID:K31RaQv.0

 

――第二幕へ続く


戻る 次へ

inserted by FC2 system