('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:03:33.57 ID:BFsqJodS0
作戦が無事に開始され、作戦本部は安堵の空気に包まれた。
作戦本部"デイジー"、場所はクールノーファミリーの本部にある地下会議室だ。
シェルターも兼ね備えたその地下室は、とてもシェルターとは思えない内装をしていた。
まるで、豪華ホテルの一室の様に整えられた家具の数々。

壁紙はヒナギク柄の物で、その一面辺りの金額は一般市民の平均年収にも匹敵する。
天井から吊り下がっているシャンデリアには、職人が丹精込めて作り上げた雀のガラス細工が可愛らしく羽を休めていた。
部屋の四隅には花瓶に活けられたバラが、その上品な芳香を漂わせている。
床に敷いてある絨毯は、最高級品とは言わないが、腕の立つ職人に頼んで織ってもらった世界に一枚しかない逸品。

部屋の中央にある木製の円卓は、純粋な円を描いてはいなかった。
何故なら、その円卓は大樹の幹を切った物なので、綺麗な円では無いのだ。
大人が五人程手を繋いでも、まだ足りないほど大きな円卓の周りには、フカフカの椅子が並んでいる。
これはそれほど高価な品では無く、市民の平均月収の五分の一程度の品だ。

その椅子に、腰掛けているのは五人。
一人は、机に突っ伏して寝息を立てているペニサス。
もう一人は、ペニサスの横で機材を目の前に置いて、それに繋がるヘッドフォンセットを頭に掛けるミルナ。
更にもう一人は、ロマネスク一家の長、杉浦ロマネスクその人だ。

残る男女二人は、互いに椅子をくっつけあい、和気藹藹としている。
とは言っても、一方的に豪奢な金髪の女がもう一人の男にひっついているだけなのだが。
豪奢な金髪を冠し、十代の少女のような笑みを浮かべるのは、クールノーファミリーのゴッドマザー、クールノー・デレデレだ。
彼女がべたべたしている相手、その男は顔の半分以上に重度の火傷を負い、同じく全身にも火傷を負っている。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:07:38.15 ID:BFsqJodS0
彼こそは、水平線会の会長、でぃ。
双方とも違うマフィアの首領でありながら、とても仲がいい。
幼馴染同士、マフィアの首領という点ではロマネスクも同じだが、この二人は特別、仲睦まじかった。
まるで、恋人か新婚の様にも見える。

そんな二人を、何とも言えない心持でミルナは見ていた。
作戦が開始されてから今に至るまで、何ら問題は発生していない。
耳に掛けたヘッドフォンから時折聞こえてくるノイズ交じりの通信を聞く限りでも、大丈夫だ。
だが、この作戦は片時も油断はできない。

にも関わらず、デレデレは心配した様子を全く見せていない。
それどころか、いつもと同じ様子だ。
酒を片手に、でぃと乳繰り合っている。
見ているこっちが恥ずかしくなるような光景だが、今の状況では不謹慎としか言えない。

こんな状況だからこそ、ああやって平常心を保つのも必要なのかもしれない。
彼女なりの考えがあって、あのようにしているのだとしたら、自分はとても失礼な事を考えていた事になる。
自分の愛娘が鉄火場に行っているというのに、ああやってリラックスできているのは大物の証だろう。
下手に口出しが出来ない為、ミルナは内心の隅っこで奇妙な葛藤を繰り広げていた。

その時だった、ミルナが耳に掛けるヘッドフォンに異変が生じたのは。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:11:47.42 ID:BFsqJodS0
今回の通信の管理を一括で行う装置は、ミルナが自腹を出して買った私物を使用している。
純正品の響きが珍しいこの都で、ミルナは文字通り汗まみれになってようやくこの機材を見つけた。
アマチュア無線が趣味の一つであるミルナにとって、この機材はまさに夢の一つでもあった。
いつもなら飲み代に消える給料を、コツコツ貯めて約半年。

そこに至るまでには幾つもの挫折と葛藤があり、涙があった。
トラギコに唆されて買ってしまった、アンティーク物のトンプソンM1A1。
いくら第二次世界大戦時に使われていた物だと言っても、流石に高かった。
実はこっそりと憧れているトソンに対してのプレゼントとして、それは手元から消えた。

そこに至るまでには幾つもの矜持があり、負けられない戦いがあった。
ギコに唆されてバーボンハウスで一気飲みの勝負をして、賭けたのはその場の全員の飲み代。
約六時間にも及ぶ死闘の末、ミルナは敗北した。
それによって、三ヶ月分の給料が消え去った。

幾つもの戦いをくぐり抜け、手元に残った資金を費やして購入したその機材が、ただの一撃で破壊された。
別に、襲撃者が来たわけでもない。
超局地的な地震が来たわけでも、流れ弾が飛んできたわけでもない。
先ほどまで酒を呑んでいたデレデレが、投擲した一升瓶でそれを破壊したのだ。

( ゚д゚ )

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:16:59.14 ID:BFsqJodS0
目の前で露わになった内部機構を、ミルナはまるでモアイの様に無言で見つめる。
先ほどまで元気に動いていた歯車も、今では虚しく転がっているだけだ。
砕け散った外装から滴り落ちる水滴は、一升瓶に入っていた酒に違いない。
円卓に広がり始めたそれが、ミルナの手に触れた時、ミルナの意識は現実に戻ってきた。

(;゚д゚ )「ななな、何しはるんですか?!」

狼狽の声を上げるミルナをよそに、デレデレはいつものように笑みを浮かべて言った。

ζ(゚ー゚*ζ「なぁに陰鬱な顔してんのよ?」

向い側から声を掛けたデレデレの表情は、無垢な少女そのものだ。
とは言え、ミルナの宝物を破壊したのは一児の母。
仮にもマフィアのゴッドマザーが、こんな子供のような事をしていいものだろうか。
いつの間にかでぃの膝の上に座っているデレデレが次に浮かべたのは、少女の拗ねた顔だった。

ζ(゚、゚*ζ「そうやって何を心配してるのかは知らないけど、そんな顔されてるのは"私はとても嫌い"なの」

その時、ミルナは壊された機材よりも、その表情に目が行った。
デレデレが、"明らかに不機嫌"なのだ。
年に数回しか見せないその表情は、水平線会内でも有名である。
言わずもがな、クールノーファミリーの者ならば誰もが知っているその表情が浮かんだ時、生物は本能的に汗をかいてしまう。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:22:18.61 ID:BFsqJodS0
銃口を眉間に突き付けられてもこうはならないだろう。
もっと明確で、実感のある生命の危機。
それこそがこの汗の正体だ。
このような事態が発生した場合、やる事は一つしかない。

(;゚д゚ )「お、お酒取ってきます!」

全力でこの場を離脱する事だ。
敵前逃亡と言われようとも、この際は仕方がないだろう。
デレデレの興味を引くことを言って、この場去るのが賢い選択だ。
頭に掛けたヘッドフォンを投げ捨て、逃げるように椅子から立ち上がる。

('、`*川「んー?」

ここでようやく、物音に気付いたペニサスが眼を覚ました。
寝ぼけ眼をこすりながら、その眼をデレデレに向ける。
その瞬間、ペニサスの顔から眠気が吹き飛んだ。
素早く立ち上がり、ミルナよりも先に部屋から出て行く。

その後を追い、ミルナも部屋を後にした。
残された三人は、それを見送り、揃って溜息をついた。
最初に口を開いたのは、ロマネスクだった。
手元に置いてあった紅茶のカップに手を掛け、それを口元に運ぶ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:26:28.90 ID:BFsqJodS0
( ФωФ)「めずらしいな、人払いをするなんて」

いつも浮かべている凄みのある表情が一変し、ロマネスクは優しげな表情を浮かべた。
今この場にいるのは、彼の幼馴染達だけだ。
いつものように気を張る必要がないのだ。
紅茶を一口飲み、ロマネスクはカップを置いた。

ζ(゚ー゚*ζ「"三人"で話したいことだってあるわよ。
       この事件、どう見る?」

一方、デレデレはいつもと同じ笑みを浮かべたままだ。
手にしたグラスの中身を一気に呷り、デレデレはでぃの首に手を回す。
そのデレデレを、でぃは支えながらも抱き寄せる。
相変わらずの無表情で、でぃが口を開いた。

(#゚;;-゚)「確信がある訳じゃないが、どうにもおかしい。
    連中は別に病院を襲撃する必要なんかない。
    むしろ、俺達が目的だとしたらここに襲撃をした方がよっぽど効率がいいはずだ。
    つまりこれは―――」

( ФωФ)「行き掛けの駄賃、もしくは後々への伏線。
        だとすれば、連中には別の目的がある筈。
        その辺りは見当がつかん」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:30:49.25 ID:BFsqJodS0
でぃの考察を途中で察し、ロマネスクが代わりに続けた。
腕を組んで、ロマネスクは机に置いた紅茶に目を落とす。
とは言っても、彼の眼は閉じられたままの為、その色を見る事も、楽しむ事も出来ないのだが。
でぃとロマネスクの意見は、デレデレの予想通りだったのだろう、特に驚く仕草も見せずにデレデレは頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「どうにも、"でかい祭りを始めようとしている輩"がいるみたいね。
       少しだけ、手を打っておきましょうか」

そう言ってデレデレは、片手をでぃの懐に潜り込ませた。
まさぐるような動作の末、デレデレの手が出てきた時には、その手に黒い折りたたみ式の携帯電話が握られている。
それを開いてメールタスクを起動する。
慣れた手つきでボタンを押し、本文を完成させてそれを送信した。

片手で閉じた携帯電話を、元あったでぃの胸元に戻す。
そして再び、デレデレはでぃの首に手を回した。
そのままデレデレは、顔をでぃの胸元に埋めた。
その様子は、まさに恋人そのものだ。

ロマネスクがいる事など気にも留めない様子で、デレデレはとても幸せそうに微笑んだ。
でぃも、デレデレを抱き寄せる手に力を込める。
次第に二人の顔が近づき、その唇が―――

( ФωФ)「まったく、仲が睦まじいのはいいのだがな。
        吾輩にも少しは配慮をしてほしいのである」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:35:03.49 ID:BFsqJodS0
――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十一話『デイジー』

十一話イメージ曲『眩暈』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=AgrytBewfNI

――――――――――――――――――――
19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:40:15.05 ID:BFsqJodS0
無邪気、天真爛漫、才色兼備。
これらは全て、デレデレを表現する際に使う言葉だ。
少女のように無垢で無邪気な笑みを浮かべ、天真爛漫な性格は誰もが惹かれてやまない。
頭の回転も良く、おまけに都で五指に入る程美しい。

そんな彼女の元には自然と人が集まってきた。
集まってきた者達の多くは、彼女の為に命を賭ける覚悟があった。
最初は、彼女の美貌に惹かれて来たのだが、いつの間にか心の底から彼女に仕えるようになったのだ。
それは、彼女の"ある才能"のせいだった。

デレデレが生まれ持ったその才能は、"人の心を動かす言葉"を紡げることにあった。
雪解け水よりも遥かに透明で、澄み切ったその言葉は、自然と人の心に沁みるのだ。
如何に心を閉ざしていようとも、そのフィルターをも透過して言葉が心に届く。
そんな言葉で、家族の一員になる事を提案されれば断る術がない。

それこそが、若干十三歳にしてマフィアを立ち上げたデレデレの才能だった。
自分よりも年上の、おまけに手練の猛者達を従えて完成したクールノーファミリー。
周辺のカルテルやシンジゲートなども彼女の傘下に加わったため、その規模は都の中でも最大になった。
古参の水平線会すらも脅かす存在に短期間でのし上がったクールノーは、すぐに都で多くの功績を上げた。

それまで無法地帯と化していた裏社会の統治、及びその対策案の提案、それの施行。
表社会との暗黙の協定を結び、デレデレの存在は裏社会の柱となった。
多くの人脈が生まれ、クールノーはロマネスク一家と肩を並べるほどの強力なマフィアへと変貌を遂げた。
かくして、裏社会に三大勢力が生まれたのである。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:44:54.78 ID:BFsqJodS0
水平線会、それと犬猿の仲のクールノー、残る最古参のロマネスク一家は必然的にクールノーの味方になった。
味方とは言っても、下手に介入しない形を取ったのは、水平線会を徒に刺激しない為だ。
無法者の集まりである水平線会を刺激して、下手な反応をされるとデレデレのしてきた統治が無駄になる。
裏社会で起こった犯罪の多くが、水平線会絡みだった為、当然の危惧と言える。

ちなみに、ロマネスクとデレデレの年齢は二倍以上離れているにも関わらず、デレデレはロマネスクに対してそれほど臆する事も無く関わっていた。
この二人が幼馴染である事は、ごく一部の人間しか知らないことだった。
どのような経緯で、この二人が出会ったのかは知らないが、仲がいいのは確かだ。
そんな事を思いながら、ミルナはペニサスと共にエレベータへと続く廊下を歩いていた。

その廊下には紅い絨毯が敷き詰められ、五メートル間隔に花瓶に活けられた華が置かれている。
二人の足音が廊下に反響して、十五メートル先にあるエレベーターの入り口まで届く。
デレデレの不機嫌な顔を見た為、二人とも黙ったままだったが、それに反して足音だけは響いていた。
ふと、目の前のエレベーターの扉が開いた。

エレベーターから出てきた男は、服に付いた水滴を振り払いながらミルナ達に近寄って来た。
この奇妙な沈黙を打破してくれる存在は、頬に大きな傷を負った金髪の男。
水平線会の中でも結構な手練で、ギコの兄貴分に当たる存在。
トラギコだ。

(=゚д゚)「お? 二人揃って浮かない顔してどうしたラギ?」

手振りと目線で、デレデレが不機嫌であることを告げると、トラギコの表情が一変した。
誰だって原発がメルトダウンしそうになっていると聞いたら、こんな顔をするだろう。
この季節に雨風に晒されながら帰ってきたトラギコには悪いが、今しばらく室内での暖かな安らぎは諦めてもらおう。
これから上階に行って、ご機嫌取りの為に酒を取ってくることを伝えると、トラギコはそれに付いて行くと言った。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:51:02.95 ID:BFsqJodS0
来た道を戻るトラギコは、ミルナの横に並んだ。
女であるペニサスを男二人で挟んで歩くのは、いささか気が引けたのだ。
少しだけ和らいだ空気の中、三人分の足音が廊下を満たす。
三人でエレベーターに乗り、メルトダウンの現場からいち早く離脱した。

(=゚д゚)「祭りの準備か知らないけど、空港にコンテナが沢山あったラギ」

扉が閉まるのと同時に、トラギコが思い出したようにミルナに話しかけた。
F-117による"優雅極まりない空の旅"を終えたトラギコは、必然的に都にある空港から帰還した。
空港とは言っても、基本的には海が隣接してないこの都の数少ない輸入路の一つで、基本的には輸入業の者達が占拠している。
この都から他の国に行こうとするならば、空路を行くよりも陸路を選んだ方がある意味賢い。

一週間に一本あるか無いかの便を待つのは、あまりにも馬鹿馬鹿しいからだ。
そんな空港でも、輸入したコンテナはきちんと自社のハンガーに持ち込むのがルールであり、暗黙のマナーだった。
それが滑走路にまではみ出ているのだというから、少しばかり奇妙な話である。

( ゚д゚ )「今年の祭りは500周年記念だから、結構気合が入ってるんだろ」

そのトラギコの質問を、ミルナは"机の上に胡椒がある"程度の事に受け止め、それに答えた。
答えたミルナの顔は、どこか楽しそうである。
まるで子供が自分の誕生日を楽しみにしているかのように、ミルナは口元を釣り上げて笑った。
それに対して、トラギコも似たような笑みを浮かべた。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 22:56:28.46 ID:BFsqJodS0
(=゚д゚)「俺らも出店手伝うらしいし、楽しみラギ」

歯車の都では、毎年この時期になると歯車祭が執り行われる。
これは、都の発展に貢献したノリル・ルリノを尊び―――、という名目で都全体が三日三晩に渡って祭りを行う。
この時ばかりは、表社会も裏社会も共にこの祭りを盛り上げようと協力する。
一年で数回しかない息抜きの時と同時に、裏社会の住人を表社会の住人に知ってもらう機会でもある。

これまでの血の滲むような努力の末、五年前とは比べ物にならないほど裏社会の住人は受け入れられてきた。
今年は発展500周年という事もあり、おそらくは目玉の見世物があるのだろう。
去年は、歯車城の最上階から連続して十八万二千百三十五発の花火が打ち上げられた。
それを超える見世物となれば、トラギコ達には想像できない。

こう言う時、歯車王は気前よく資金を提供し、自らもこう言った目玉の見世物を実行していた。
ちなみに去年、トラギコ達はデレデレの気まぐれで"タコ焼き"なる物を販売した。
これが結構子供たちに評判がよく、普段は近寄ってこない子供たちもトラギコ達に近寄って来た思い出がある。
水平線会とクールノーファミリー、そしてロマネスク一家はこの様な行事をとても大切にし、常に本気を出してきた。

果たして、今年はどうなる事やら。
そんな想像をしている間に、三人を乗せたエレベーターは地階へと到着した。
扉が開き、まず廊下に敷かれた赤い絨毯が目にとまった。
続いて、その絨毯と同じように真っ赤な―――

('、`*川「…っ!!」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:00:07.91 ID:BFsqJodS0
从´ヮ`从ト「げ?!」

真っ赤な、トマトジュースの二リットル瓶を大切そうに抱えている千春がいた。
正確には、扉が開いた瞬間には抱えていた。
そして、扉が開いたのに動揺したのか、次の瞬間には瓶の中身を絨毯に溢していた。
コロコロと空になった瓶が、エレベータの中に転がってきた。

それがペニサスのつま先に当たった時、ペニサスが動いた。

('、`*川「ここ(廊下)で飲み食いをするなと―――」

素早く懐に手を突っ込み、目にもとまらぬ速さでその手を抜き放った。
その手には、ハンカチが握られている。
それを素早くシミの広がりだした絨毯に投げつけ、床を思い切り蹴り飛ばした。

('、`*川「あれほど言っただろうが!!
     子娘えぇぇぇぇぇ!!」

从;´ヮ`从ト「ごーめーんーなーさーいー」

一瞬で距離を詰められ、千春が出来たのは謝罪だけだった。
千春の襟首を掴み、ペニサスはそのまま千春を引きずって手前の部屋の中へと消えて行った。

(=゚д゚)「……女って、怖いラギ」

( ゚д゚ )「…酒、取ってこようぜ」

(=゚д゚)「強心剤飲んでおいたほうがいいかもしれないラギね」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:04:20.67 ID:BFsqJodS0
――――――――――――――――――――

ふと、ロマネスクの懐から振動音が響いた。
紅茶のカップに手を伸ばし掛けていたロマネスクが、それを中断して懐に手を伸ばす。
取り出した黒の携帯電話を開いて、耳に押し当てた。
傷だらけで、今出ている最新の機種よりも五世代も前の物だ。

( ФωФ)「ロマネスク、だが」

威圧感たっぷりの声で、ロマネスクは先手を打った。
いつもロマネスクはこの声で相手を威圧し、相手と自分との立場を明確なものにする。
だが、受話器の向こうから聞こえてきた声を聞くと、ロマネスクの威圧感はあっという間に消え去った。
まるで孫と電話で話す頑固者の爺さんのように、ロマネスクは頬を緩める。

( ФωФ)「久しいな。 最近、調子はどうだ?」

生憎と、ロマネスクには孫はいない。
その様子を、デレデレ達はニヤニヤしながら見ている。
話し方からして、どうやら電話の相手は旧友の類のようだ。
とても懐かしそうに、ロマネスクは電話の向こうの相手に話しかける。

( ФωФ)「ほう、そうか。
        じゃあ、吾輩にもH&Kのを幾つか頼む」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:08:12.75 ID:BFsqJodS0
物騒な話を進めるのとは逆に、ロマネスクの表情は緩みっぱなしだ。
会話に出てきたH&K、所謂ヘッケラー&コック社。
耐久性、信頼性、精度において高評価を得ている老舗の銃器メーカーだ。
MP5やG36と言ったアサルトライフルの知名度は高く、洋画などでも多く使われている。

( ФωФ)「うむ。 次に会った時はまた酒を呑み交そうぞ。
        では、またな」

そう言って、ロマネスクは電話を折りたたんだ。
そのままそれを元の懐に戻し、紅茶カップに手を伸ばした。
まるで、恥ずかしいのを誤魔化すかのように。
だが口元までそれを運ぶ間、ロマネスクの表情は緩みっぱなしだった。

ζ(゚ー゚*ζ「おやおや、"ロマネスクおじさん"も青春してますね〜」

皮肉を込めて、それでいて親しみを孕んだデレデレの言葉に、ロマネスクは苦笑いを浮かべた。
紅茶を一口飲み、ロマネスクは急に真面目な顔を作った。

( ФωФ)「"おじさん"は止めてくれと言っただろう。
        そりゃあ、吾輩だってそのぐらいの歳だというのは理解しているが―――」

ζ(^ー^*ζ「はいはい、分かってますよ」

いくら歳が離れていようとも、結局のところは幼馴染なのだ。
遠慮などせずに、互いの意見を交換し合う。
互いをよく知っているから、このようなコミュニケーションが可能なのだ。
同じく幼馴染のでぃも口数は少ないが、デレデレ達のやり取りを見てその口元が微かに緩んでいる。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:11:56.16 ID:BFsqJodS0
(#゚;;-゚)「青春の部分は否定しないのか?」

( ФωФ)「否定はしないし、肯定もしない」

ζ(゚ー゚*ζ「歳の離れた青春か〜。
       ロマンチックね〜」

――――――――――――――――――――

季節外れの豪雨の中、犬神三姉妹はクールノーファミリー本部周辺の警備をしていた。
長女、銀は背中に通常よりも二倍近の長さの太刀を背負い、純白の着物を身に纏っている。
次女、狼牙はその横で後ろ腰に差したトンファーにいつでも手を伸ばせるように神経を尖らせていた。
三女、千春だけは庭を警備している二人とは違い、クールノーファミリー本部の屋上でココアを飲んでいた。

三人は頭に獣耳型のカチューシャを付け、腰にはカチューシャと合わせた尻尾が付いている。
長女以外の二人は、ロングスカートのメイド服という格好をしており、傍から見れば可笑しな光景だった。
彼女たちとて、こんなマニアックな格好を好き好んでしているわけでは無い。
出来るなら、もう少しまともな格好をしたかったのだが、ロマネスクのごり押しでこうなったのだ。

とはいえ、この格好―――カチューシャと尻尾―――には大きな意味がある。
伊達や酔狂でこれを選んだのではなく、きちんと科学的に考慮した結果がこうなったのだ。
まずは獣耳型のカチューシャ、『テレキャスター』。
これには一キロ先の会話まで聞き取る事の出来る補聴機能と、その端末同士による閉鎖的通信機能が搭載されている。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:17:04.23 ID:BFsqJodS0
続いて尻尾。
これがこの装備の最大の特徴で、これが無ければ犬神三姉妹はその実力の半分も出せないのだ。
如何なる天候、精神状態、体調、足場、体勢、装備、地盤でも決してバランスを崩す事のないバランス補助装置。
それがこの尻尾、『ストラトキャスター』の意味である。

二つの装備の総称は、『キャスターポール』。
発展した歯車の技術の粋を結集して作られた、戦闘補助装置のいわゆる一つの到達点だ。
後もう一つだけ、装備が残っているのだが、それは緊急事態の際にしか使用されない。
その三つで戦闘補助装置、『ビースト』が完成となる。

そして、"テレキャスター"がその真価を発揮した。
豪雨と暗闇に紛れて、この場所に近づいてくる不逞の輩の存在を、三姉妹は同時に聞き取ったのだ。
三姉妹の戦い方は至ってシンプルだ。 サーチ&デストロイ。
屋上に陣取っていた千春は、飲みかけのココアを放り捨て、両脇に置いていた銃を構える。

千春の視力と、その射撃能力はほとんど天才的なものがある。
屋上の手すりに乗せた二丁の"対物ライフル"の狙点を、暗闇に向ける。
そして、"ストラトキャスター"がその機能を解放した。
二挺構えの対物ライフルの反動は、とても女に耐えられるものでは無い。

だが、ストラトキャスターの機能により、その反動はほとんどゼロに軽減される。
豪雨の中に響いた銃声は、十四。
それが契機。
千春の援護射撃を受け、銀と狼牙が地面を強く蹴り飛ばした。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:22:07.43 ID:BFsqJodS0
半瞬までその場にいた者達の代わりに、対物ライフルの直撃を受けた地面が大きく抉れ飛ぶ。
バックステップで回避した者達の眼前に、二姉妹が幻のように出現した。
敵の数は全部で三人。
ノルマは一人一匹の計算だ。

( ∴)「フォローデータリンク」

仮面を付けたその敵が、狼牙の先制攻撃を紙一重で躱す。
背骨が無い生き物のように背中を仰け反らせて回避した直後、その体勢を利用して三人はバック転でその場を退避する。
もしその動作が一瞬でも遅れていたら、狼牙の抜き放ったトンファーの直撃でその腹部を破壊されていただろう。
十分に距離を離した所で、三人がそれぞれ三姉妹に対峙する。

一人は屋上にいる千春に対して、残る二人は眼前にいる銀と狼牙に対して無機質な殺意を向ける。
直後、雷鳴と雷光が同時に訪れた。
それと同時に、それぞれが動き出した。
千春を見上げていた男が、千春の射程の死角、建物の元に全力で駆けつける。

長物に分類される対物ライフルは、そのリーチの大きさが最大の弱点である。
足元に接近されれば、その破壊力溢れる弾丸も意味を成さない。
だが、それは一般論である。
流石に仮面の男も、まさか建物の元に対戦車地雷が埋められていたなどとは知らなかったようだ。

子供が人形を放り投げたかのように後方に吹き飛んだ男は、そのまま地面に叩きつけられた。
相当丈夫な作りをしていたのだろう、対戦車地雷の爆発に巻き込まれてもまだ、男の体は半壊で済んでいた。
だが、その転がっている体に、千春は容赦なく対物ライフルの斉射を浴びせ掛ける。
それまで死体のように沈黙していた男の体が、その場を転がって対物ライフルによる追撃を回避した。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:26:57.69 ID:BFsqJodS0
素早く立ち上がった男は、その腰からG36アサルトライフルを取り出す。
その間に、千春は弾倉が空になった対物ライフルをその場に置き、背中から二本の"聖剣"を取り出した。
回転式グレネードランチャー、エクスカリバーMk2である。
巨大なリボルバーを彷彿とさせるそのランチャーは、マグナム弾の代わりに六発の擲弾を発射する。

重量は約四キロと重く、片手で正確な射撃を望むのは無理がある。
だがそれは、一般人の話である。
ストラトキャスターの補正機能のおかげで、千春は何の負担も感じずに正確な射撃が敢行できるのだ。
仮面の男がG36の引き金を引くのと同時に、千春も"聖剣"を振るった。

从´ヮ`从ト「ちょいやっさ!」

小さく気合を入れ、千春が振るった"聖剣"は、その猛威を余す事無く男に浴びせかけた。
連続した爆発が男の体を包み、その姿を爆炎が掻き消す。
放たれたG36の弾丸は、千春に当たる事は無く、その足元にある屋根のコンクリートを抉るにとどまった。
だが、千春は追撃の手を緩めようとはしない。

撃ち尽くしたエクスカリバーを放り捨て、続いて千春は袖から二本の円錐形の物体を取り出した。
一見してジャグリングに用いりそうなその物体の正体は、使い捨て型対戦車擲弾発射器"パンツァーファウスト"。
狙いを一瞬の内に定め、まだ爆煙の残る場所に向けて二発同時に発射する。
だが、その対戦車擲弾発射器が男にとどめを刺す事は無かった。

豪雨が爆煙を掻き消した時には、その場に男の体は無く、擲弾は虚しく地面にクレーターを作るに留まっている。
あの一瞬の内に、その場から退避したのだ。
そしてその姿を、千春の眼は捉えられていない。

36 名前:>>34 げぇっ! 投稿日:2009/02/17(火) 23:32:33.69 ID:BFsqJodS0
从´ヮ`从ト「おいおい、あれを避けますか」

そう言いつつも、千春は次なる得物に手を伸ばしている。
太ももに吊り下げていたHK69を取り出し、明後日の方向に向かって銃口を向ける。
HK69は携行型擲弾発射器である。
片手でも発射できるように設計されたそれを最大限に生かし、千春が向けたのは、"自分の真上"だった。

小気味のいい音と共に上空に放たれた40ミリ擲弾が、空中で爆発した。
それはまるで、"汚い花火"のようだった。
音を立てて、何かが落下してくる。
その間に、千春は新たな弾を装填していた。

撃ち落とされた何かが、千春の後方に落下する。
まるで、ラジオを三階建ての建物から落としたかのような音を立てて落下したのは、言わずもがな千春に痛めつけられた仮面の男だ。
頭から落下したのか、首があり得ない方向に向いているその男に、千春は振り向きもせずに今度こそ引導を渡した。

* * *

雷鳴と雷光が同時に訪れた時、こちらの死合いも幕を開けた。
狼牙と対峙していた男が、狼牙とほぼ同じタイミングで動いた。
一気に距離を詰めた男は、残像が残るほどの速さで抜き放った戦斧を狼牙の脳天めがけて振り下ろす。
だが、それに易々と殺られる狼牙では無い。

左手に構えたトンファーでそれを防ぎ、ついでに右手のトンファーでそれを弾き返す。
胴体がガラ空きになった体勢の男に対して、狼牙は渾身の力を込めてその腹部を蹴り飛ばした。
たっぷり一メートル以上は吹き飛んだ男の足が地面に着いた時には、男の眼前から狼牙の姿が消えている。
"有り得ない程低い体勢"で男の足もとに現れた狼牙の握るトンファーが、男の左脚部を容赦なく殴りつけた。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:38:06.27 ID:BFsqJodS0
陥没した左足では無く、右足でどうにかバランスを取った男は、反射的にその手に持った戦斧を横薙ぎに払う。
今まさに追撃を掛けようとしていた狼牙のトンファーを切り裂き、返す手で男は残ったトンファーも破壊した。
鋼鉄製のトンファーを切り裂く戦斧の一撃をまともに受ければ、タダでは済まない。
常人ならその警戒によって動きに多少の迷いが生じる。

だが、犬神三姉妹きっての好戦家である狼牙には、警戒が生じなかった。
むしろ、好敵手に出会えた事を喜んでいる。
"オオカミの牙に耐え得る新しい遊び相手"には、ここ最近逢っていなかった。
ロマネスクやヒートでは遊び相手どころか、本気で挑んでも勝てないが、"こいつは明らかに自分より弱い"。

狼牙はその場を一躍し、使い物にならなくなったトンファーを放り捨てる。
代わりに、後ろ腰に差していた新たなトンファーを抜き放つ。
鋼鉄の輝きを放ち、雨を弾いて更に輝くその黒いトンファーは、狼牙の必殺の得物だ。
両手に構えるそれを、まるで風車の様に回転させ、狼牙は短く息を吐いた。

リi、゚ー ゚イ`!「っ…」

それはまるで、狼が獲物を仕留める時の初動作にも似ている
その瞬間、狼牙の立っていた場所に水飛沫が上がった。
同時に、狼牙の前にいた仮面の男はその右手を右腰に伸ばしている。
その手の先にあるのは、大振りの軍用ナイフだ。

肉迫する狼牙の速度は、男がナイフを抜き放つよりも速かった。
鋼鉄のトンファーが男の顔面を横殴りに叩き付けた時に、遅れて男の手が腰のナイフに届く。
勢いよく殴り飛ばされた男は、プログラムに従って落下の瞬間に辛うじて受け身を取る事が出来た。
落下と同時に跳ね上がった体を、片腕の力だけで移動させる。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:45:00.00 ID:BFsqJodS0
もしその動作が一秒でも遅れていたら、男の顔面は砕け飛んでいただろう。
男の顔面の代わりに抉れ飛んだ地面に、狼牙のトンファーがめり込んでいる。
だが、形勢は完璧に狼牙が有利である。
地面にめり込んでいないトンファーで、狼牙はすぐさま追い打ちを掛けた。

着地したその場で男は咄嗟に、右腕でその攻撃を防ぐ。
一瞬で使い物にならなくなった右腕が、男の足元に落ちた。
ここで男が取っておけばよかった行動というのは、残念ながら何もなかった。
例えば、この時に体を横に動かしていたとしても、狼牙のトンファーでその瞬間を狙われただろう。

左腕で攻撃を防いだとしても、両側から挟み込む形でのトンファーの一撃を喰らってしまう。
万力に掛けるように顔面を砕かれる事を想像しただけで、おぞましい。
何か最善の策は無いものか、データリンクにアクセスを試みる。
戦術データリンクが優先可能行動が無い事を告げるのと、狼牙のトンファーが男の顔面を撃ち抜くのは同時だった。

この時点で、男は完全に戦闘手段を失うのと同時に、その機能が停止した。
しかし、狼牙の追撃は止まなかった。
三姉妹随一の好戦家である彼女は、相手の機能が停止しようとその命が尽きようとも攻撃を止めはしない。
"相手の姿が武器を手にする事が出来ないまで"、徹底的に潰すのだ。

それが、彼女に戦闘を挑んで敗れ去った者の末路である。
撃ち抜いた顔面からトンファーを引き抜き、狼牙は逆の手のトンファーを男の右肩に叩き付けた。
関節部から吹き飛んだ右腕が地面に落ちるより前に、顔面を撃ち抜いたトンファーが左肩を撃ち砕いた。
右肩を吹き飛ばしたトンファーを引き抜いたのは、それよりも前だ。

二秒間に二十回、それと同じ動作を繰り返す狼牙はまさに"狼"その物だった。
気が付けば、男の体は粉々になり、如何なる奇跡が起きようとも決して再生が出来ない姿へと変貌を遂げていた。
そして、その"残骸"を見下ろし、狼牙は狼のように雄叫びを上げた。
それは、勝利の雄叫びなのか、はたまた狂気の雄叫びなのかは、狼牙にしか分からない。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:49:27.35 ID:BFsqJodS0
* * *

雷鳴と雷光が同時に訪れた時、銀の姿は対峙する男の眼前から完全に消失していた。
男は断じて、その視覚装置を遮断していた訳では無い。
辛うじて、雷光と同時に銀が動いたのは見て取れたのだが、それ以降の動きは高性能なカメラにすら収められていなかったのだ。
それは、銀の動きが素早かっただけでは無い。

俗称、ステルス迷彩。
正式名称、不可視化光学迷彩。
歯車の都の独自の発展によって生まれた技術は、まるでSFにしか出てこないような兵器を実現させるに至った。
使用者の周囲の景色を投影させ、その姿を肉眼から消し去る事が出来る。

オフの状態の場合、それは一枚の布にしか見えない。
銀の身に着けている和服は、このステルス迷彩で作られた物だった。
持前の俊敏性と、それを併用する事によってあたかも、銀の姿が消えたかのように見せる事が出来たのだ。
これを見破る方法は、温度探知などの肉眼に頼らない物を使うしかない。

もしくは、人間が持ち合わせている直観力を使えばその動きを読めただろう。
だが、銀に対峙していた男は生身の人間では無く、おまけに視界を夜間戦闘モードにしていた為、それに気が付く事が出来なかった。
そして、銀の戦闘方法はデータリンクには一切記されていなかった。
犬神姉妹の長女にして、犬神姉妹師最強の者の戦闘方法を見たことがある者は、死者しかいない。

それが今、解き放たれた。

イ从゚ ー゚ノi、「どこを見ている?
       "弱者"よ?」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:54:09.78 ID:BFsqJodS0
豪雨の中でもはっきりと聞いてとれるその美声が、男の聴覚機器に届いた。
ステルス迷彩を解除した銀の姿が、いつの間にか男の背後に現れている。
振り向きざまに、懐に下げた戦斧に手を伸ばす。
柄に手が触れ、それを握った瞬間だった。

銀が、背中に下げた長物の日本刀に手を伸ばしたのだ。
それも、たっぷりと余裕をもって優雅に。
男の戦闘記憶は、それを最後に途絶えた。
次の瞬間には、男の体は脳天から真っ二つに切り裂かれ、それぞれ両脇に倒れた。

これこそが、犬神三姉妹最強の実力である。
あくまでも、ステルス迷彩は敵の眼を一瞬だけ逸らす為に。
無音戦闘に関して言えば、銀の実力は都随一、否、世界一だ。

イ从゚ ー゚ノi、「千春、ロマネスク殿達に報告に行け。
       我等は警備を続行する」

テレキャスターを装備している為、銀の言葉は豪雨に掻き消される事も無く残りの二人に届いた。
すかさず千春が歓喜の声を上げる。

从´ヮ`从ト「イエッス!
       少し遅れるけど、我慢しててね〜」

間の抜けた声を上げる千春とは対照的に、狼牙は不満を漏らした。

リi、゚ー ゚イ`!「おいおい! 冗談じゃないぜ!
      この糞寒い中を、まだ警備しろってか?
      姉貴、頼むから俺も行かせてくれよ!」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/17(火) 23:59:45.53 ID:BFsqJodS0
狼牙の文句を聞き流し、銀は切り伏せた男の残骸を見下ろした。
もはや生身の部分は完全に無く、残っているのは機械だけだ。

イ从゚ ー゚ノi、「果たして、どうなるのやら…」

小さく呟いた銀の声は、テレキャスターが拾う事は無かった。
何故ならその声は、轟く雷鳴に掻き消されてしまったのだから。

――――――――――――――――――――

ラウンジタワーの地下十階にある会議室、地上の雨音も聞こえないその場所に、二つの人影があった。
巨大なスクリーンから漏れる光に照らされるその人影は、円卓を挟んで向かい合っている。
一人は、葉巻を燻らせるフォックス。
もう一人は、そのフォックスを時折忌々しげに睨むモララーだった。

手元に置いたノートパソコンを操作して、モララーはフォックスの存在を気にしないことに徹している。
それを知ってか知らずか、フォックスはモララーの方を舐め回す様に見てきた。
まだほとんど吸っていない葉巻を灰皿に押し付け、フォックスがその艶めかしい唇を開いた。
唇に塗りたくった紫の口紅とは対照的に、その歯は異常なほど白く輝いている。
爪'ー`)「データの方は、どうかな?」

ねっとりと絡み付く様なその声に、モララーは露骨に顔をしかめた。
だが、聞かれた事にはきちんと答える。
ただし、愛想と無駄な事を一切抜いた言葉で、だ。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/18(水) 00:02:55.70 ID:FCqcBOox0
( ・∀・)「順調だ」

にもかかわらず、フォックスはひどく嬉しそうに頷いた。
大麻のやりすぎで、ついにオツムまでイカレたか。
そうモララーが思っていると、フォックスは新たな葉巻を咥えながら言った。

爪'ー`)「そう連れない態度を取らなくてもいいじゃないか。
     僕と君の仲だろう?」

机に置いてあったマッチで火を点け、咥えた葉巻にその火を移す。
二、三度酸素を吸い込み、葉巻の火を安定させる。
蜂蜜入りの葉巻とはいえ、その香りも密閉された空間では意味が無い。
何故なら、フォックスは全身にこれでもかと香水を振りまいているからだ。

爪'ー`)y-「に、しても。 この都のチンピラ共は扱いが簡単で助かるよ。
       "絶対に死なない体を提供する"、そう言っただけで実に沢山の被検体が集まった。
       おかげで、僕たちはこうして甘い蜜を吸える」

紫煙を吐きだし、フォックスは焦点の合わなくなってきた眼で遠くを見る。
だが、その瞳にはどこか力強さがあり、その行動が演技のように見えなくもない。
そんなフォックスの言葉を聞き流しながらも、モララーは手元のパソコンを操作し、逐一更新されるゼアフォーの戦闘記録に目を走らせていた。
どうやら今しがた、クールノー本部に送りこんだ三体が犬神三姉妹に敗れたようだ。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/18(水) 00:07:50.00 ID:FCqcBOox0
そもそも、ゼアフォーシステムの最大の特徴はその数では無い。
戦術データリンクを介して、全員の情報を共有し、それを元に戦闘をする。
早い話が、一人が学習した事が全員に知れ渡り、敗れた原因を調べて最善の策を作成する。
その情報がFOX社にあるデータベースに蓄積され、ゼアフォー達はそれをダウンロードする事によって弱点を克服していく。

闘えば闘うほど、ドクオ達はその戦闘情報を流し、敗れれば敗れるほど、ゼアフォー達は強くなって行く。
それこそが、ゼアフォーの真価である。
だから、いくら敗れようが構わないのだ。
唯一弱点があるとしたら、"オリジナル"が破壊されるとそのコピーも機能を停止するところだ。

人間に癖があるように、ゼアフォー達にも癖がある。
完全に機械に頼ると、柔軟性が欠けた脆弱な兵士になってしまう。
それを回避する為に、ゼアフォーは複数の人間を元に作られていた。
その性格は常に変化する為、データベースには保存されていない。

代わりにオリジナルがそれの管理を行い、同型機の癖を共有する。
弊害として、癖、つまりは感情の供給源が断たれると、ただの人形になってしまうのだ。
オリジナルさえ破壊されなければ、ゼアフォーは"不死身"である。
今現在、交戦中のゼアフォーは三体。

ハインリッヒにオリジナルが二体。
もう一体は交戦相手が不明となっているが、特に問題は無い。
問題があるとすれば、ヒート達のいるナイチンゲールに行ったゼアフォー達だ。
あそこには自分のコピーが潜入して、更には渋沢の演奏隊が突入した。

"こちらが導き出した歯車王候補"であるヒートに対して、どこまで通用するのだろうか。
歯車王なら、その残骸からこちらの正体が解る筈である。
その事態が発生した場合、モララー達は確実に殺される。
しかも歯車王の戦闘情報は、一件も報告されていない。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/18(水) 00:10:23.67 ID:FCqcBOox0
( ・∀・)(あの場に監視カメラでも置いておけばよかったかな)

歯車王暗殺計画の際、最初の犠牲者になったクーに対して短く詫びた。
だがそれは一瞬で、次の瞬間にはモララーの思考はパソコンの画面に映し出された情報に釘付けになっていた。

(;・∀・)(ハインリッヒが、渡辺だと?!)

どうにか声を上げる事を押しとどめる事は出来たが、その衝撃は尋常では無い。
これまでノーマークだったハインリッヒが、"あの渡辺"だとは、夢にも思わなかった。
手に付けている"ケードル"が、一瞬だけ輝いたように見えた。
今まさに、モニターの中で“渡辺”と二体のゼアフォー達が戦闘を開始した。

(;・∀・)(まずいなぁ…… これじゃあ計画が)

爪'ー`)y‐「どうしたのかな、モララー君?」

その声は、モララーのすぐ後ろから聞こえた。
それまで目の前でラリっていた筈のフォックスが、いつの間にかモララーの後ろに現れている。
蛇のようにモララーに纏わりついてきたフォックスの繊手が、モララーの胸元をまさぐる。
妖艶で、それでいて不愉快なその動作をモララーが振り払おうとした時。

爪'ー`)y‐「ハインリッヒが渡辺だった事に驚いているのかい?
       何も問題は無かろう?」

フォックスが口に含んだ紫煙を、モララーの耳に向けて吹き付けた。
思わず噎せたモララーの耳たぶを、フォックスが甘噛する。
吐き気すら催すこの状況で、モララーはどうにかフォックスを押しのける事が出来た。

爪'ー`)y‐「僕の歯車の上じゃ、そんな物は取るに足らない存在なのさ」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/18(水) 00:13:55.71 ID:FCqcBOox0
そう言ってフォックスは、モララーの前にあったノートパソコンに葉巻を押し付けた。

第二部【都激震編】
第十一話『デイジー』 了


戻る 次へ

inserted by FC2 system