('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:17:16.49 ID:WygOYRFe0
ナイチンゲール内には、様々な仕掛けがある。
例えば、強盗迎撃用の熱源探知式50口径セントリーガン。
院内のいたる所に仕掛けられ、不逞の輩を容赦なく蜂の巣にする為の防犯兵器だ。
ただし、今それは沈黙していた。

院内中の電源がカットされている為、稼動する事が出来ないのだ。
自慢の熱源探知機能も、50口径の銃口もこれでは張り子の虎である。
数ある他の仕掛けも、同様に使い物にならなくなっていた。
だがこの状況でも一つだけ、使い物になる仕掛けがある。

院内の各要所、消火栓の扉の奥や、ロッカールームの一画、果ては床板を剥がした下。
そこに隠された大量の銃器、弾薬が、静かに使用者を待っている。
それらはでぃが有事の際を予想して、隠させた物だ。
ただし、長年隠せる事を前提としている為、どれもこれも信頼性のある古い型の銃器である。

アサルトライフルは木製ストック付きのAK47。
拳銃は銃剣と銃身が一体となったM8000クーガーG。
それら信頼性に長ける武器の存在は、事前にヒート達に知らされていた。
デレデレの情報は、まるでこうなる事を予測していたかのようにも思える程、的確だった。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:22:32.44 ID:WygOYRFe0
偶然かはたまたヒートの思惑通りなのか、ヒート先導の元、二人が逃げ隠れた部屋は、それらの銃器が隠されている要所だった。
まさか、"健全な看護婦の更衣室"に銃器が隠されているとは敵も気付くまい。
ドクオは看護婦の制服で覆い隠されていたAK47を肩に掛け、予備弾倉を持てるだけポケットにしまい込んだ。
自前のソーコムMk23を胸のホルスターに戻し、銃剣付きM8000クーガーGを代わりに両手で構える。

銃身と銃剣が一体化して成型されているこのクーガーが、特注品なのは間違いなかった。
使用している素材は、銃身から銃剣まで全てが鋼鉄製。 マガジンとその中身だけは、通常のものと同じだった。
軽さよりも耐久性に重きを置いた設計の為、その重量は両手で構えなければ照準を満足に合わせられない程だ。
一方、ヒートはそれら銃器にさほど興味を示しておらず、AK47一丁と予備弾倉五つだけを持ち出した。

ヒートにとっての銃器は、それ程重要ではなく、"ただの飛び道具"でしかないようだ。
むしろ、アクション数が多い分、"刃物よりも役に立たない物"としての見方が強いらしい。
確かに考えてみると、銃に用する動作は全部で三動作を要する。
構える、狙う、引き金を引く。

一方、刃物の場合は一動作。
"抜き放つだけ"だ。
既に眼は目標を捉えている為、狙いを後付けする必要は無く、後は腕と一体化した刃物を振るうだけで済む。
そして、攻撃の始点と終点を直線で結ぶ槍の場合は、近接武器の中でも最速の一撃が見舞える。
だから、ヒートが"真剣"の際の得物は槍なのだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:27:34.57 ID:WygOYRFe0
だが、槍は狭い場所ではその真価を発揮出来ない場合がある。
只でさえヒートの槍は長いので、天井のある場所では振り回す事はおろか、運搬すら困難になってしまう。
今回の様な、潜入隠密作戦の場合は槍よりもナイフの方が圧倒的に賢明な選択だ。
その為、ヒートが今の状況で選んだのは長物では無く、一本のグルカナイフ。

逆手では無く順手で構えたのは、本来の用途である"刈り取り"をしやすくする為だ。
くの字に曲がった独特な刃は刈る事に特化した設計の為、順手で構える事が常識である。
とは言っても、グルカナイフの射程はAK47にもM8000にも劣るので、状況的に見れば常識を逸脱した装備なのだが。
ふと、ヒートが思い出したようにドクオに問い掛けた。

ノパ听)「なぁ、お前は強くなりたいか?」

この状況で、何を言い出すのか。
ドクオは口にくわえていた固形栄養食を取り落としてしまった。
その固形栄養食は、ヒートがどこからか取り出して、ドクオに与えた物だった。
ほんのり甘い、チョコレート味。

(;'A`)「はぁ?」

ノパ听)「だってさ、お前弱いじゃん。
     あのメンバーの中でも、最弱だろ?
     取り柄もないしさ」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:32:51.89 ID:WygOYRFe0
素直な事は取り柄であると同時に、欠点でもある。
ヒートの的確な言葉は、正確にドクオの心の中心にダメージを与えた。
言われなくてもそんな事は、ドクオ自身も薄々気付いていた、というよりも誰よりもその事を知っている。
それでも、ドクオは仮にも一人の男である。

ここでヒートに反論しなければ、男の面目も糞も無い。
落とした固形栄養食をつま先で蹴り飛ばし、拳を握って精一杯の反論を試みる。
反論と言えば聞こえはいいが、実際のところは話題逸らしなのだが。
卑怯と言われようが、この際は構わない。

(;'A`)「そりゃあ、正論だよ。
    でもさ、今はそn」

ノパ听)「よし、今から本気で殴るから、それを避けてみせろ」

ドクオの言葉を途中で切り、ヒートが有無を言わせずに構えを取った。
グルカナイフを持っている時点で、殴るという構えとは少し違う気がするが、ヒートの構えは見ているだけでそういった余計な思考が吹き飛ぶ型だった。
一撃に全てを注いだ型、グルカナイフを握る右腕と共に体全体を捻り、左腕は目標を狙い定め、右足は地面を蹴り飛ばす為に屈め、左足はショックアブサーバとして地面に固定し伸ばす。
この型から繰り出された一撃は、確実に標的を撃砕するだろう。

ノパ听)「鉄拳!」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:37:03.38 ID:WygOYRFe0
ヒートの声が、耳に届く。
冷や汗が滝の様に背中を流れる。
見える世界の全てが、スローモーションで進んで行く。
その間にドクオに出来たのは、声帯を震わせる事だけだった。

(;'A`)「う」

ヒートの右足のつま先が、コンクリートの地面を蹴り付けた。
力強く踏み込んだ為、地面が抉れ飛ぶ。
まるで小型の隕石が落下したかのような跡を残すほど解放された右足の力が、ヒートの腰に伝わる。
美しく括れた腰に伝わった力が、背骨へと伝わる。

その間に、腰に耐えられない余剰力が左足のショックアブサーバーへと流された。
左足の着いた地面が小さく煙を上げ、背骨に伝わっていた力がヒートの右肩へと伝わった。
この時点で、既にヒートの右腕はその先の行動を開始している。
肘を折り曲げた格好のまま、振りかぶる。

これによって、右肩に伝わっていた力がその解放を一旦停止する。
右腕が肘のリミッターを解除。
例えるならそれは、撃鉄が雷管を叩く時のそれに似ている。
または、民間人を虐殺する為に"核兵器使用許可"のスイッチをオンにする時の緊張感。

解放を始めた右肘に呼応して、肩の力が解放される。
左腕の照準が外れ、目標に向かって右腕が、その拳が突き進む。
その攻撃が歪まないように、次に左腕が担ったのは"安定翼"。
肩の力だけでなく、重力、遠心力、加速力が突き進む右腕に爆発的な"推進力"を与える。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:42:09.51 ID:WygOYRFe0
ノパ听)「制裁!」

下半身から伝わった力を余す事無く得た右の拳が、ドクオの顔面に突き出される、本能的に手にしたクーガーGを取り落としてしまう。
まず初めに訪れたのは、未だ"突き出し切れていない拳"から放たれた実体のあるオーラだ。
荒れ狂う暴風のようなそのオーラは、その先がドクオに触れただけでドクオの意識を現実から吹き飛ばしてしまった。
この危機的状況で、ドクオの意識がどこに向かったかと言うと。

それは、自身の記憶の海の中だった。
フラッシュバック、走馬燈、様々な呼び方はあるが、ドクオにとってそれはまるで重機関銃のマズルフラッシュを見ているようだった。
絶え間なく視界に飛び込んでくるのは、"自身の記憶にすらない自身の記憶"。
それでいて、どれもドクオの人生には変わりがない。

この歳までの全ての記憶、9125日分の全てが弾丸となってドクオに浴びせかけられる。
時間にして788400000秒分の情報が、実時間でコンマ一秒以内で処理、再生された。
ここに来てようやく、"拳圧"がドクオの顔に叩きつけられた。
この時点で、ドクオの意識は記憶の旅からようやく帰ってきた。

目の前で停止しているヒートの拳が、まるで夢のようだ。
こうして見てみれば、ヒートの拳は芸術品の様にも見える。
そもそも、ヒートの拳をまともに見る機会などまず無いだろう。
見る機会があるとしたら、"死合"をした時ぐらいだと思っていた。

ノパ听)「どうだ? 走馬燈は見れたか?」

そう言ってヒートは、弟に悪戯を仕掛けた姉の様に微笑んだ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:46:32.71 ID:WygOYRFe0
――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十二話『疑う心と暗い鬼』

十二話イメージ曲『HIDE AND SCREAM』鬼束ちひろ

――――――――――――――――――――

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:49:58.42 ID:WygOYRFe0
更衣室は思いのほか広かった。
それを実感できたのは、目線が低くなったのが一番の理由である。
ここでなら、ボクシングだって出来るのではないか、と言うぐらい広い。
力なくその場に座り込んでしまったドクオに、ヒートは手を伸ばした。

差し出されたその手を力なく握り、ドクオはヒートに引っ張り上げられる形でどうにか立ち上がる。
ずれた暗視ゴーグルを掛け直し、ドクオが何か言おうとしたのだが。
それをヒートの言葉が制した。
どこか姉のような表情で、ヒートは強く優しく言葉を紡ぐ。

ノパ听)「お前は弱い。 だからこそ簡単に走馬燈が見られるんだ」

それから、ヒートによる走馬燈の解説がされた。
曰く、命の危険が目の前に迫った時、多くの者は口を揃えてこれを見たと言う。
科学的な根拠は何もないが、実際に体験したドクオはこれを信じるしかない。
人体の中で最も高性能且つ、最もデリケートな部位は"脳"に尽きる。

一つの例外なく全ての"製品"は、この脳が考え出し、そして製造へと導く。
商品にする事を考えついたのも、名前を考えついたのも人間の脳である。
その脳の性能、それを模した物が今日我々が使っているパソコンなどの情報端末だ。
だが如何に高性能なそれでも、所詮は似せた物。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:54:35.90 ID:WygOYRFe0
オリジナルに敵う訳が無いのだが、それは脳が緊急事態を察知した場合にのみ言える事だ。
緊急事態、即ち、生命の危機である。
この状況になると、それまで惰眠を貪っていた脳がその真価を発揮する。
その最たる例が、走馬燈である。

だが、この走馬燈を見せる力を別の事に回せば、ある奇跡が起きる。
今回ドクオが体験した走馬燈、つまりこの時発揮される脳の力と言うのは。
【ヒートの拳が命中するまでの時間=ドクオの人生の時間】に置き換えて証明する事が可能である。
つまり、【0.1(秒)=788400000(秒)】に時間を圧縮する程の集中力。

これが通常の視界に回されると、あたかも周囲がスローモーションで進んでいるかのような錯覚を覚える。
圧倒的に濃厚な時間を与えられ、的確な行動を起こせる猶予が生まれるのだ。
それこそが、走馬燈の真の意味である。
そして、長らく危機に直面する事に慣れると、脳もそれに慣れてしまい、走馬燈が発生しにくくなるのだ。

ノパ听)「つまり、臆病な奴に出来る事は文字通り"死に物狂い"で頑張る事しかない。
     お前に出来る事は、それだけだ」

どこか説教じみていて、どこか優しい言葉。
言いながら、ヒートは自然な仕草でドクオの肩に掛かっているAK-47を取り上げた。
ドクオはすっかりヒートの言う事に耳を傾けていた為、それに反応する事は出来なかった。
続けてそれの予備弾倉も抜き取り、胸のホルスターからソーコムMk23も抜き取られ、最終的にドクオに残されたのはクーガーGと予備弾倉だけだ。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 21:58:40.64 ID:WygOYRFe0
ノパ听)「こんな余計な物があるから、死に物狂いになれないんだよ。
     まぁ、この仕事が片付いたらあんたに最適な武器を見繕ってやるよ」

言ってヒートは、更衣室の出入り口である扉に歩いて行った。
振り返らずに手を振り、ヒートはそのまま外へと行ってしまう。
残されたドクオは、いまいち理解できていない様子でそれを見送るしかできない。
溜息を吐き、取り落としてしまっていたクーガーGを床から拾い上げた。

('A`)「死に物狂い、ねぇ…」

誰に聞かせる事も無く、自分自身に言い聞かせる。
足手纏いだけは御免だ。
ヒートのアドバイスを考えずに感じ取り、ドクオは小さく決心した。
その証として銃把を力強く握りしめた、正にその時だった。

(;'A`)「ん?!」

ヒートが更衣室から出るのを待っていたかのように、ドクオの立っていた場所の横壁が吹き飛んだ。
壁を破壊した張本人が煙を纏いながら、ドクオの目の前に躍り出る。
刹那、ドクオは相手の姿を確認せず、飛び退きながらも咄嗟に向けたクーガーGの引き金を躊躇い無く引いた。
一発目を辛うじて輪郭の見える顔に撃ち込み、一拍の間を空けて続けざまに三発胸元に撃ち込む。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:07:13.45 ID:WygOYRFe0
纏っていた煙が晴れ、ドクオが敵の胸元に三発撃ち込んだ理由が明らかになった。
壁を破壊した者、―――モララーが抱えていたショットガンを放り捨てる。
"銃身に三つの穴が開いた"それが床に落ちるのと同時に、モララーの目が怪しく光った。
ボロボロになった迷彩服の裾を跳ね上げ、素早く後ろ腰から大振りの軍用ナイフを抜き放つ。

それを逆手に構え、モララーの姿がドクオに肉迫する。
黙ってそれを許すドクオでは無く、肉迫するモララーに連続して五回引き金を引いた。
だが、放った9ミリ弾は虚しく構えた腕に弾かれる。
チタンの複合装甲の前には、9ミリ弾など豆鉄砲も同義だ。

そんな事はドクオだって百も承知だ。
モララーが奇襲を仕掛けてきたこの"五秒間"で状況を変えるのに必要だったのは、"コンマ一秒にも満たない隙"である。
如何なる強者でも豆鉄砲が当たれば、僅かながら隙が生まれる。
その隙に、ドクオは片手に持ち直したクーガーの銃剣を小さく振りかぶる。

その瞬間、ヒートがドクオに教えた"あの"感覚が訪れた。
全身の神経が興奮し、脳が奇跡を起こす。 目に映る全ての光景がスローモーションで流れる。
モララーの突き下ろす軍用ナイフの、その刃先がドクオの姿を映し出しているのが見えた。
自らの命を救う為には、振りかぶった銃剣を相手の刃先に向けてぶつけてやる事が"正解"だ。

その解答を導き出した事によって、死の間際に発揮された感覚が消え去った。
次の瞬間には、ドクオの目論見通り、銃剣が軍用ナイフの刃先とぶつかり合う。
小さく飛び散った火花が、双方に降りかかる。
互いに軌道を逸らし合い、弾き合った刃先を返す勢いのまま再びぶつけあう。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:11:02.16 ID:WygOYRFe0
今度は自身の集中力のみで、その軌道を書き換えた。
相手の刃物の軌道を書き換える事だったら、ドクオが密かに得意としている事だ。
護身術の一つとして練習をした成果が、今ここで顕れた。
だが、一瞬の油断も出来ない。

流石に重量三キロの銃を、片手で振り回していれば利き手と云えど限界が来る。
後数回打ち合ったら、右腕が力尽きて得物を取り落としてしまう事は請け合いだ。
相手の切っ先の軌道を書き換える事が出来なくなれば、待っているのは死。
素手で勝負を挑めるほど、ドクオは筋力に自信が無い。

( ・∀・)「ふぅん…」

唐突に、打ち合っていたナイフを引き、モララーが後ろに一歩下がった。
疑わしげにそれを見ながら、ドクオはさり気なくクーガーを左手に構え直した。
それを見て、モララーは小さく鼻で笑った。
明らかに自分を軽視している事を聞いて取ったドクオは、これ見よがしに撃鉄を起こす。

( ・∀・)「はんっ… そんな玩具で俺に挑もうってか?
     無駄だよ。 "例えお前が元特殊部隊のコック"だとしても、俺には負ける要因が何一つとしてない」

そう言いながら、モララーはナイフを後ろ腰に戻した。
代わりに背中から、見慣れた戦斧を取り出す。
それを見せつけるように振り回し、風を切る音をドクオに聞かせる。
それは、一種の警告と同時に挑発を意味している。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:16:41.80 ID:WygOYRFe0
( ・∀・)「フォローデータリンク」

ドクオの耳にはっきりと聞こえるように呟いたモララーが、腰を屈めて前屈姿勢を取る。
両手で握った戦斧を野球の打者の様に構える。
双方の距離は約二メートル。
その気になれば、モララーは"小学生の投げる球を打つ感覚"でドクオの首をふっ飛ばせる。

だが、次にモララーが取った行動は攻撃では無かった。
前屈姿勢を解き、戦斧を片手に持ち替え、空いた手で眉間を押さえる。
まるで何か予想外の事態が発生し、理解できていないかのような仕草。
先ほどまでの余裕はどこに行ったのだろうか?

(;・∀・)「データリンクに情報が無い?
     リトライ… リトライ… リトライ…!
     どうなってるんd」

モララーにとって全く予想外だったそれは、ドクオにとって最大のチャンスだった。
気付いたモララーが戦斧を振るうより迅く、ドクオはモララーへと向かって駆け出した。
まさに捨て身の一撃にも見えるが、それこそがドクオの狙いだ。
臆病な脳が、一秒を濃密な時間へと変える。

撃鉄を起こした状態のクーガーの引き金を、連続して引く。
遊底が下がりきるまで引き金を引いたその目的は、"如何に身体強化をしても強化しきれない部位"への攻撃だった。
左腕だけというハンデの為、正確な射撃は望めなかったが、このクーガーGの装弾数と連射能力、更にはロータリーバレルの影響でその危惧は緩和された。
目論見通り、モララーの"双眸"を9ミリ弾が破壊した。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:22:17.58 ID:WygOYRFe0
モララーが思わず顔を庇う隙を狙い、ドクオは中指でマガジンリリースボタンを押して空になった弾倉を排出する。
空弾倉が地面に落ちるのと、ドクオが胸元から予備弾倉を取り出すのは同時。
空弾倉が跳ねて地面を二回叩くのと、取り出した予備弾倉がクーガーGに装填されるのも同時。
遊底を引いて初弾を銃身内に装填し、何かを言おうとして開いた口内に、容赦無く連続した弾丸の洗礼を浴びせる。

このゼアフォーがモララーの性格を反映した型で無ければ、その追撃は成功しなかっただろう。
より人間的に創る事によって、誰がオリジナルか判別を困難にする為のその意図が、仇となった。
罵倒文句を吐こうとした口内のその奥、喉にまでは流石に防弾性の素材を使用していなかった為、9ミリ弾は容赦なくその喉を抉った。
だが、仇となったその"電子化"が"コピーモララー"の命を救った。

人間なら悶絶すら叶わず死に至るその攻撃は、幸いにも左腕に繋がる疑似神経線維を切っただけだ。
これが右腕の疑似神経線維ならば、右利きのモララーにとっては致命傷だった。
如何せん、戦術データリンクから利き腕の変更に関するデータのダウンロードをすると、如何に相手がドクオと云えど頭部の破壊は免れない。
時間にして約十五秒程度なのだが、今の状況でその隙を作るのは致命傷だ。

有視界戦闘が困難となった今、"あのメンバーで最弱"のドクオにさえ遅れを取ってしまう。
データリンクに情報が無い事が気になるが、今はそれどころでは無い。
オリジナルのデータから導き出した行動、及びデータリンクにあるこの状況で最適な行動を並べ、計算する。
それはほんの一秒程の時間だった。

その時間はドクオにとって、"十分すぎた"。
走馬燈の時間感覚の中で、モララーの隙はドクオに最適な行動を許してしまったのだ。
今度は弾倉に残った弾丸を撃つことなく、その銃身下と一体となった銃剣を揮う。
例え話をしよう。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:29:42.49 ID:WygOYRFe0
『硬い殻に覆われた人間サイズの甲虫対、ナイフを構えた人間。
人間がこの巨大な甲虫を攻撃するとしたら、相手の"防御の薄い部位"を狙うのが賢明ッ。
それは第一に眼であり、第二に各関節部の付け根ッ。
それを狙うのは、人間対それを模した者同士の戦闘でも同じである。』

クーガーGの銃剣が閃く。
7884000000秒へと変換された濃厚な一秒の世界の中、導き出された行動は理に適っていた。
意識の片隅で展開される自身の人生には目もくれず、ドクオは素早く相手の正面へと踏み込み、右肩の付け根、"肩の関節部"に刃を突き立てた。
刃を抉るようにして、銃口をその"開いた傷口"に向ける。

一切の躊躇いも無く、一切の情も無く連続で引き金を引いた。
"どうして裏切ったのか、いつから裏切ったのか"、という問いを弾丸に込め、撃ち込む。
完全とまではいかないが、指先しか動かせないほどに右肩を破壊した。
硬い装甲が仇となり、内部で跳弾したのが幸いしたらしい。 噴水のように液体が噴き出た。

銃剣を引き抜くのと同時に、モララーが叫びを上げながらその場を離れる。
弾倉に残った弾丸の使い道は、今と同じように至近距離からの"ゼロ距離射撃"しかない。
故に、モララーがその場から離れるのはドクオにとって好ましくなかった。
内心で燃え上がる恐怖を押し殺し、ドクオはモララーの背後に素早く回り込んだ。

一撃とまではいかないが、致命傷を与えられる唯一の箇所。
"首元"に銃剣を突き刺す。
残った弾丸を全て撃ち込み、モララーの機能を停止へと導く。
だが、それで終わるモララーでは無かった。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:37:12.47 ID:WygOYRFe0
仮にもモララーのコピーである。
例えその両眼が機能していなくとも、長年の勘と経験で乗り切る事ぐらいは出来る。
刺された瞬間、咄嗟に体を捩じらせて弾丸からメインケーブルを保護する。
僅かに逸れた銃口から放たれた弾丸が、人工皮膚を焦がしながら明後日の方向に飛んで行く。

振り払われる形になったドクオに対して、モララーは間髪入れずに蹴りを繰り出す。
腹部にまともに命中したその攻撃は、ドクオをロッカーに叩きつけるには十分すぎた。
背後にあったロッカーに背中から突っ込み、その体がロッカーにめり込む。
肺の中身を全て吐き出し、頭から倒れこむ。 その衝撃で、掛けていた暗視ゴーグルが外れてどこかに滑って行ってしまった。

無様に倒れ込んだドクオの姿を視認できないモララーは、聴覚装置に届くドクオの呼吸音を頼りにして、ドクオへと歩み寄る。
せき込むドクオの位置を把握する事など、実に容易い。
両腕が使えない為、右足で思い切りドクオの顔面を踏み潰す。
この一撃で鼻が折れたのだろう、鼻血を噴出してドクオは転げ回った。

ドクオの苦悶の声を愉快気に聞き、モララーはサディスティックな笑みを浮かべた。
転げ回るドクオの顔面に、もう一撃足踏みをくれてやる。
今度は頬骨が折れたのだろうか、血と共に先程とは比べ物にならない声が漏れる。
ついでに、胸の悪くなる音も一緒に響いた。

トドメとばかりに、モララーが右足を持ち上げる。
その時、ドクオ自身にも予想外の出来事が起こった。
踏み潰されるのとは別の、"鈍器で殴られた"かの様な頭痛。
そこで、ドクオの"記憶と意識"は途絶えた。

――――――――――――――――――――

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:41:36.65 ID:WygOYRFe0
室内戦、特に廊下での戦闘の際にはセオリーがある。
それは、"壁際に立たない"事である。
狭い廊下での戦闘で、遮蔽物に頼ろうと壁際に寄るのは仕方がない。
しかし、思わぬ跳弾を受けてしまう可能性が発生する為、セオリーとしては真ん中に低い姿勢でいる事。

それが正しいかどうかは、残念ながら今の状況ではヒートには分からなかった。
更衣室を出て、エレベーターへと続く廊下に来た時に、"熱烈な歓迎"を受けてしまったのだ。
おまけに、遮蔽物も糞も無い。
無論、跳弾も無かった。

コンクリートの壁を貫通して、その後ろの地面に穴を開ける弾丸の歓迎を受ければ、如何にヒートと云えど余計な事を考える余裕は無い。
今の状況で接近戦は不可能と判断して、グルカナイフを太ももの鞘に戻し、肩に掛けていたAK-47で気休め程度の応戦を試みたが。
辛うじて得た唯一の遮蔽物、曲がり角の影から低い体勢で撃ち込んだ弾丸は、虚しく暗闇に吸い込まれるに終わった。
暗視ゴーグルを掛けているにも拘わらず、相手の姿が全く見えない。

発砲音からしてFA-MAS。
あんなデザインセンスの欠片もないような銃に、押されている事実を思うとヒートは舌打ちを抑えられなかった。
だが、こちらの動きが完全に読まれているのもまた事実だ。
迎え撃つ心算で来たのに、これでは立場が逆である。

それでもヒートは、怒りと共に込み上げてくる喜びの感情をはっきりと感じとっていた。
ここ最近、強い敵と対峙していない。
久しぶりに骨のある敵に、ヒートは感謝をした。
絶え間なく続く銃声と、壁を貫通してくる弾丸など、もう眼中にない。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:49:07.68 ID:WygOYRFe0
ノパ听)「負けるかよ……、こんな連中によぉ!」

刹那、ヒートはAK-47を放り捨て、それまで隠れていた柱から飛び出した。
それすらも予想済みだったのか、続いていた銃声がピタリと止む。
微かな違和感を感じながらも、ヒートは一気に相手との距離を詰める。
場所は直線、距離にして約七十メートル。

姿勢を低く保ち、太もものグルカナイフの柄に手を伸ばす。
次の瞬間、それまで暗闇だった空間から三人の人影が飛び出して来た。
一瞬でグルカナイフを抜き放ち、ヒートはそれらを迎撃する準備を整える。
いつの間に手にしていたのか、三人の人影はそれぞれ戦斧を握っていた。

ヒートの体が、相手の戦斧の間合いに入った。
一人は飛びかかり、残る二人はそれぞれヒートの左右から挟撃を仕掛ける。
その動作が瞬く間に行われたにも拘わらず、ヒートは全く動揺しない。
挟撃を仕掛けた二体のゼアフォーが、同時にその戦斧を横薙ぎに払った。

手にした戦斧に確かな感触。
だが、その戦斧はヒートを切り裂いてはいなかった。
向かい合う者同士で、仲良く首を刎ねたゼアフォーがその場に倒れる。
力の矛先をヒートによって僅かに変えられただけで、この様な現象が発生したのだ。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 22:57:18.61 ID:WygOYRFe0
飛び掛かっていたゼアフォーが、その戦斧を振り下ろそうとした時には、低い姿勢を維持したヒートの体が、足元を通り過ぎている。
虚しく地面に振り下ろされた戦斧が、コンクリートの地面を切り裂く。
それと同時に、背後にいたヒートが立ち上がり様にグルカナイフを横に薙ぐ。
それを戦斧で防ぎ、ゼアフォーとヒートの力比べになった。

そうなったら、ゼアフォーがヒートに敵う道理が無い。
見かけとは裏腹に、小柄なヒートが頭一つ分は大きなゼアフォーを押し切る。
おまけに、片手のヒートに対してゼアフォーは両手である。
ヒートのこの馬鹿力はどこから来るのだろうか。

どうにかヒートを押しのけ、ゼアフォーは素早くバックステップでその場を退く。
着地と同時に再びバックステップ。
直前まで自身の首があった空間を、ヒートのグルカナイフが次々と切り裂いた。
目の前に掲げる戦斧が、少しずつではあるがその刃先を削られている。

このままいけば、ゼアフォーの首が刈り取られるのは時間の問題だ。
そう、"このまま"ならば、確実にそうなるだろう。
この状況を打破する算段は、既にデータリンクからダウンロードしている。
ヒートの背後に出現した新たなゼアフォー達を見咎め、対峙するゼアフォーは内心で勝利を確信した。

流石に"十七体のゼアフォーが斉射をすれば"、歯車王であるヒートとて無事では済まないはずだ。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:01:05.70 ID:WygOYRFe0
ノハ ゚∀゚)「甘い、甘いぞ! その考え!」

突如、ヒートが攻撃を中断した。
それまで吹いていた暴風がピタリと止み、ヒートは笑みを浮かべる。
手にしたグルカナイフを構え直し、ヒートはその場で高らかに叫ぶ。

ノハ ゚∀゚)「私に弾を当てるつもりか? 無駄な事だ!
     貴様ら如きに、私の相手は務まらん!」

ヒートのグルカナイフを掴む手が、一瞬だけぶれた様に見えた。
次の瞬間、ヒートと対峙していたゼアフォーの上半身が消し飛んでいる。
ガラスを突き破って外に吹き飛んだ上半身が地面に落ちるより早く、ヒートの背後にいたゼアフォー達がFA-MASによる斉射を敢行した。
だがこの状況でも、ヒートは全く動じた様子を見せない。

そちらに向き直り、ヒートは右手を広げて突き出した。
一瞬、FA-MASの銃爪を絞るゼアフォー達は何が起きたか理解できなかった。
いつの間にかその手に握られていた"スモークグレネード"が、白煙を撒き散らす。
数瞬で周囲を白煙が満たし、弾がヒートに当たったかどうかの判別すらままならない。

更に連続してスモークグレネードが投擲され、廊下を白煙が満たす。
有視界戦闘が困難、不可能と判断したゼアフォー達は夜間戦闘用の視界を、赤外線探知に変更した。
赤外線探知にすれば、いくら白煙を撒こうとも関係は無い。
―――その考えが、一瞬で打ち破られた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:14:44.10 ID:WygOYRFe0
赤外線探知をしても、映し出される映像に人影が見当たらないのだ。
あの一瞬の内に逃げ果せたのだろうか、銃爪を引くのを停止し、三人が確認の為に前進する。
もしこの時、全員で死角を補いながら移動していたら後に起きた惨劇は回避されたかもしれない。
前進した三人の首がごく自然に、まるで呼吸をするかのように無造作に吹き飛んだ。

それを見咎めるも、肝心要のヒートの姿が見当たらない。
映るのは廊下と、割れた窓ガラスから廊下に入る雨だけだ。
どちらにも人間の体温らしき映像は無く、ヒートの姿が完全に消えている。
にも拘らず、三人の犠牲者が出た。

残るは十四人。
否、たった今"十人"になった。
集団で固まっていたのが仇となり、振るわれた大振りのアーミーナイフによって四人の頭が吹き飛んだ。
それでも尚、視認出来たのは青白く表示されるアーミーナイフだけだ。

それが全員の情報として共有されるも、全く意味を成さない。
アーミーナイフの位置から、ヒートがいると思わしき場所は把握できる。
そこに向かって、FA-MASを撃ち込む。
だが、そのナイフがヒートによって仲間の腰に差してある事に気付いたのは、仲間の上半身と下半身が泣き別れてからだ。

これで残り九人。
この時になってようやく、データリンクから最適な行動が送られてきた。
仲間との間、一メートル堅持する。
それが幸いし、次の瞬間には犠牲者は六人で済んだ。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:23:27.54 ID:WygOYRFe0
首を力技で捻じ切られた者が二人、脳幹に突っ込まれた抜き手により一人。
頭部同士をぶつけられて頭を砕かれた者が二人、最後に頭部を中段突きによって粉砕された者が一人。
濃密なスモークグレネードの霧の中、"切り裂きジャック"よりも達が悪い悪魔が笑みを浮かべる。
唐突に、ヒートの姿がその視界に映った。

それを見て、ようやく納得が出来た。
"対赤外線繊維製迷彩服"。
赤外線探知機に視認されないその特殊な繊維で作られた迷彩服は、こう言った状況を想定して準備されたものだった。
ヒートは敵が有視界戦闘が不可能になった際に、赤外線探知機を使用する事を先読みしたのだ。

先ほどまでヒートの姿が見えなかったのは、露出していた部分を煙幕の展開と同時に覆い隠した為である。
全身を対赤外線スーツで覆い隠したヒートを、赤外線探知モードでいくら探しても見付けられないのも納得だ。
そして今、ヒートはその顔に被っていたマスクを外し、一気に決着をつけにきた。
案の定対応すらままならない、残った三名の内、二名が先ほどと同様の動作で顔を潰された。

残った最後の一人は、幸いにも演奏隊の中でも格闘戦に優れたタイプのゼアフォーだった。
手にしたFA-MASを躊躇いなく投げ捨て、構えを取る。
人はその型を、赤心小林拳"梅花の形"と呼ぶ。
梅の花のように敵の攻撃を優しく包むその型の前では、如何にヒートの暴力的な攻撃と云えど。

全く躊躇いなく突き出されたヒートの拳が、そんな幻想を抱いていたゼアフォーの顔を容赦なく砕いた。

ノパ听)「私は梅花よりも梅干しの方が好きなんでね」

そう言ってヒートは、乱れた髪を直す。
ヒートは蹴散らしたゼアフォー達を尻目に、一つ、仕事をする事にした。

――――――――――――――――――――

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:33:16.04 ID:WygOYRFe0
二日酔いとて、こんな悪質な頭痛はしないだろう。
吐き気が無いだけましと言えばましだが、それにしても痛い。
しかし頭痛があるという事は、生きているという事だ。
モララーに踏み潰されずに済んだ頭を押さえながら、ドクオは呻きながら立ち上がった。

ふと、頭を押さえていた手に違和感を感じた。
何かぬるりとしている。
恐る恐る手を頭から離して、手のひらを見てみる。
残念ながら真っ暗闇の為、何も見えなかった。

('A`)「…」

だが、唐突に院内の電燈が一斉に灯った。
しばらく光を見ていなかった為、思わず目を瞑ってしまう。
ゆっくりと目を開き、次に視界に飛び込んで来たのは、無残に大破したモララーの姿だった。
如何なる怪力、道具、兵器を用いてこんな姿に変えたのだろうか。

頭は原形を留めておらず、ドクオが使用不可能にした両腕は"裂かれて"いる。
下半身に至っては、つま先から太ももまで、あちこちに穴が開いているではないか。
"漫画の世界で、地上最強の生物と言われている男"も、こんな破壊はしないし、出来る筈がない。
もし、ハニカム構造のチタンの複合装甲に穴を開ける技があるのならば、是非とも伝授してほしい。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:40:40.99 ID:WygOYRFe0
胸部にも同じような穴が開いて、もたれかかっている背後の壁が垣間見える。
機械と分かっていても、それは見ていて気持ちのいいものでは無い。
それから眼を逸らし、ドクオは先ほど見れなかった自身の手を見てみる。
モララーから染み出している液体と、同じ色をしていた。

嗚呼、よかった。
自分の血では無かった。
恐らく、モララーの肩に銃剣を突き刺した時に浴びた物だろう。
そう言えば、誰が電気を復活させたのか。

ヒートしかいないはず、と言うかヒート以外に誰がいる。
自分にそう言い聞かせ、ドクオは更衣室から外に出る。
更衣室から出てすぐの廊下で、ドクオは取りあえず武器を構える事にした。
飛び道具を全て失ってしまったが、ロマネナイフがまだ腰の鞘に―――

(;'A`)「あれ?」

無かった。
そこでようやく、ドクオの意識がはっきりとしてきた。
冷静に考えてみると、おかしい。
あの状況で、誰が自分を助けたのだろうか?

ヒートは別の場所に行ってしまった後だし、かと言って自分の中に"なんかすごい悪魔的なアレ"を飼っているわけでもない。
無様に意識を失ってしまったあの状況を、如何にしてくぐり抜け、モララーを倒すまでに至ったのか。
折れたはずの鼻も、頬骨も治っている。 考えれば考えるほどおかしな話だ。
命は助かり、おまけにピンチも脱したが、よりにもよって"あのロマネスク"から貰った物を失くしてしまった。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:48:27.18 ID:WygOYRFe0
これは良くない。
どれぐらい良くないかと言うと、"五発の弾丸が入ったマグナムでロシアンルーレットをする"ぐらい良くない。
むしろ状況は最悪である。
命あっての何とやらとはよく聞くが、きっとその言葉を考えた人は、ロマネスクみたいな人に会ったことが無かったのだろう。

この際、モララーを倒したのは自分という事にして、ロマネナイフはその際に壊れてしまったと報告しよう。
それがいい、そうしよう。
誰だか知らないが、モララーを倒してくれてありがとう。
心の中で勝手極まりない葛藤を終え、ドクオはまだ残る頭痛に顔をしかめながら廊下を進む。

途中、ヒートが破壊したと思わしき敵の残骸があったが、ヒートの戦闘を見た時点で非常識な事はもう慣れた。
拳一つでチタンの複合装甲を破壊する事が、すでにドクオの常識の仲間入りをしている事が恐ろしい。
既に着いていたエレベーターに乗り、地階のボタンを押す。
扉が閉まり、非常識な空間からの脱出に成功した。

その時の気分は、長期旅行から自宅に帰ってきた時のそれに酷似している。
つまり、非常識という他の地よりも、常識という我が家の方が居心地がいいという事だ。
奇妙な浮遊感の中、エレベーターはあっという間に地階へと到着した。
扉が開いて目に飛び込んで来たのは、残念ながら再び非常識な空間だった。

('A`)「…」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/24(火) 23:54:54.80 ID:WygOYRFe0
どうにも、ドクオは非常識に惚れられているらしい。
大きく崩れたラウンジ、崩落した床、入口を塞いでいるコンクリートの山に空いた穴。
そう言えば、誰かが床に大穴を開けてC4を仕掛けていた事を思い出した。
あの量のC4が爆発したのだから、こんな光景になっていたとしても不思議では無い。

そんな事を考えていると、耳に足音が届いた。
音の方に視線を向けると、ちょうどヒートがやって来たところだ。
片手にファイルケースのような物を持ち、何か面白い物でも見つけたような顔をしている。
ドクオに気付いたヒートは、それとは逆の手を小さく上げた。

ノパ听)「お、片付いたのか?
     一人でよくやったな」

屈託のないその笑みにゴマ粒程度の罪悪感が生まれたが、次の瞬間にはすり消えていた。
この裏社会で生きる為には、罪悪感など足枷にしかならない。
その事は、昔に身をもって知った。
そんな事はさておき、ドクオは"俺、精一杯努力したんだぜ的な"表情を浮かべる。

('A`)b「まぁな、ロマネナイフが壊れちまったけど、やってやったぜ」

ドクオはわざとらしく親指を上げてみせ、ヒートもそれに同じ動作で応える。
二人揃って出口まで歩いて行く途中で、ヒートがドクオの頭を撫でた。
弟の奮闘を労う姉のようなその手つきに、ドクオは非常識な何かから少しだけ救われた気分になった。
ドクオの頭から手を離し、ヒートはやはり姉のような口調で言うのだ。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/25(水) 00:00:17.40 ID:BTmxfTD30
ノパ听)「まぁ、次からはもっと沢山相手出来るようになれよ。
     とにかく、帰るぞ」

こうしてドクオとヒート、"ヤーチャイカ"の任務は終わりを告げた。
さようなら非常識、また会う日まで。
ドクオは内心で非常識に別れを告げ、作戦本部への帰路を急ぐことにした。
この豪雨の中、傘も無しに帰る事を考えると、無性に酒が恋しくなる。

寒い体を温めるには、やっぱりホットワインだ。
シナモンと蜂蜜を入れて、それを飲んだらあったかい布団で惰眠を満喫しよう。
流石に、今日は疲れた。

ノパ听)「お、トラックがあるじゃん。
     借りようぜ」

本日の"良かった事"探しをするなら、雨に濡れて寒い思いをしないで帰れると言うところだけだ。

* * *

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/25(水) 00:08:54.11 ID:BTmxfTD30
時間はドクオが地階に到着する十分前に遡る。
エレベーターで一足先に降りたヒートは、さっさと電源を復旧させてから、ある物を探して院長室へと足を運んでいた。
院長室に隠されたスイッチを押し、本棚の裏にある隠し扉を展開する。
その扉の最終ロックは専用の錠だったが、力づくでそれを破壊した。

そこにあったのは、膨大な数のカルテ。
この都の住民全員分はあるのではないだろうか、そう錯覚するほどの圧倒的な量だ。
その中から、"か行、さ行、た行、ま行、な行"の付箋を見つけ、適当に取り出して目当てのカルテを探す。
三分ほどで目当てのカルテを全て見つけ出し、院長専用の机の上に放り出した。

目当ての項目だけに目を走らせ、知りたい情報だけを収集する。
この病院の情報は、電子データでは無く"紙"に書かれて保管されている為、他者が情報を書き換える事が出来ない。
都のデータベースに侵入するより、よほど信頼に足る情報。
言ってみれば、不純物が入り得ない純度の高い情報という事だ。

【流石・兄者】:男
発見された肉片をDNA鑑定した結果、本人のものと確認。 肉片の量から死亡と確定。
その他:DNA以外に本人確認の手段なし。
特筆項目:特に無し。

【素直・クール】:女
首と胴体を分断された状態で、ゴミ捨て場に放置されていたのを発見。 死後数日が経過しており、体には多数の損傷を確認。
その他:死亡した後に機械化を試みた形跡有。 ただし、失敗に終わっている。 適合者でない事が判明。
特筆項目:特に無し。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/25(水) 00:12:05.69 ID:BTmxfTD30
【モララー・ルーデルリッヒ】:男・双
その他:特に無し。
特筆項目:シャム双生児。 詳細については別項参照。

【内藤・ブーン・ホライゾン】:男
ラウンジタワー内に当人の肉片を発見。 その量での生死の判別が困難。 死亡と推定。
その他:肉片のみの発見となっており、死体は確認できていない。
特筆項目:特に無し。

【ドクオ・タケシ】:男
その他:特に無し。
特筆項目:解離性同一性障害の疑いあり。

【クールノー・ツンデレ】:女
その他:特に無し。
特筆項目:特に無し。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/02/25(水) 00:16:11.39 ID:BTmxfTD30
ここまでは、目的のカルテが一つとして欠けておらず、ヒートの予想通りの展開だった。
今ヒートが見ている者達に共通しているのは、"あの暗殺計画"に関わった、という事だ。
そして、一番期待していなかった者のカルテに目を走らせた時、思わず目を見開いた。
その部分を指でなぞり、はっきりと確認する。

頭の中で、幾つもの推論を展開し、一つの推論にたどり着いた。
だが、それを結論付けるにはまだ情報が少ない。
この情報は、他の者には知られない方が都合がいいかも知れない。
それらを纏めて、机の上にあったファイルケースの中にしまい込む。

開いた隠し扉を再び力で戻し、先ほどの手順の逆を行い、隠し扉を最初と同じ状態にする。

ノパー゚)「こいつは面白い事になりそうだ…」

そう嘯いて、ヒートは崩壊しているラウンジに向かった。

第二部【都激震編】
第十二話『疑う心と暗い鬼』 了


戻る 次へ

inserted by FC2 system