- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:11:06.20 ID:B9uJTJfw0
- 歯車の都の数少ない名物である霧の発生条件は、正直なところ現段階でも分かっていない。
近くに川が流れているという訳でも、標高が高いという訳でも海があるという訳でもない。
確かに湿っぽい都ではあるが、日光がめったに射さないので霧になる条件としては不十分である。
にも拘らず、この都の霧は"霧の都"と大差ない程濃厚だった。
現段階で、この霧の発生に関する考察は三つ存在する。
一つは、都の発展と霧の発生が同時期であることから、その発展にこそ真の原因があるのではないか。
今はまだ分からないが、この霧はひょっとしたら毒性を帯びている可能性も否定できない。
これは都の発展した時、即ち初期の環境学者が唱えた説だ。
二つ目は、この都の地下に巨大な施設があるのではないか、例えば"軍事実験施設"などの非合法な実験の為の施設。
―――という眉唾な風説だ。
仮に地下施設があると仮定して、その地下施設から放出される熱が霧の発生を誘発しているのではないだろうか。
この眉唾な風説の発端は、子供の些細な一言であるのだが、それを知っているのはごく一部の"当時子供だった人達"だけである。
そして最後の説、これが今のところ最も新しい候補として挙げられている。
だが、この説はこの都の名物を根本から否定するものだ。
"これは霧では無く、空気中に漂うナノギアである"。
歯車の都の最大の発明品であるナノギアは、確かに水蒸気よりも小さい為、空気中に漂うことだって出来る。
- 5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:16:25.94 ID:B9uJTJfw0
- しかし、その説が本当だとすれば、都中にナノギアが散布され、浮遊している事になる。
それだけでもこの説を唱えた者の脳を疑いたくなるのに、もう一つ根本的におかしな事がある。
それは、何故"一般市民はおろか、裕福層ですら手をつけたくない程高価な"ナノギアを撒き散らすのか。
という事である。
都の名物になる為には、無論、都全土を覆えるほどのナノギアが必要になる。
不可視化光学迷彩に使用するナノギアは、せいぜい一グラム。
それだけでも目玉が飛び出るほど高価な品なのに、それを都全土に撒き散らすとなると狂気どころの騒ぎでは無い。
最低でも、一キロ平方メートルに使用するナノギアは十トン。
この時点で、例え荒巻コーポレーションなどの金持ちが全員手を組み、その生涯で手にする金の全てを注ぎこんだとしても手が届かない金額になる。
せいぜい、彼らに買えるのは一キロ程度のナノギア。
そんな高価な物を、都中に撒き散らしているというのだから滑稽を通り越して微笑ましくなる程の説だ。
それでもこれが、最新の説なのだ。 なにせ、誰もこの都の霧に興味を示さないのだから。
少なくとも、多くの説があるこの霧だが。
"天候がおかしな時"には絶対に発生しない、という事が分かっている。
例えば、そう。
今日みたいにバケツをひっくり返した様な豪雨の時なんかは、絶対に霧は発生しない。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:20:45.38 ID:B9uJTJfw0
- その事は都に一年でも住んでいれば、頭が正常な者ならば解る事だ。
当然、その事をツンは重々把握していた。
有視界戦闘が困難になる霧が無いのは、これから援護に行く側としてはとても助かる。
しかし、ツンはそんな"心の底からどうでもいい事"を考える余裕を持ち合わせていなかった。
雨音を聞くと心が落ち着くとか言ったのは、どこの誰だっただろうか。
先週逢った路上演奏者だったかもしれないし、数年前に逢った愛しい馬鹿だったかもしれない。
でも今、ツンはそれすらも思い出そうという気にはならなかった。
鼻孔に残る香水の"臭い"が、別の事を考えさせるのだ。
考えるのは、数分程前のまだ真新しい記憶。
ラウンジタワーで死んだと思っていたブーンが目の前に現れ、自分に攻撃を仕掛けたという事だ。
しかも記憶を失っているのか、その眼にツンの姿を反射してはいたが、眼中に無かった。
仮にもデレデレから自分を護るようにと言われていて、自分を見て全く反応が無かったのだから、記憶が無いと考えるのが普通だ。
更にそこから、あの"腐れババア"の正体、目的についても思考が飛躍する。
記憶喪失となったブーンをどの様な経緯で手に入れ、如何なる目的で従えているのだろうか。
自分に接触してきた目的も不明だし、"フォックス"と名乗った"腐れババア"の正体も不明ときたもんだ。
恐らくではあるが、あの女が吸っていた葉巻には大麻が巻かれていた。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:25:13.67 ID:B9uJTJfw0
- つまり、それを吸う人間などこの都には数えるほどしかいないはずだ。
体中にふりまいた香水と、葉巻に入っていた蜂蜜の香りでごまかしたつもりだろうが。
残念ながらツンには全く意味が無い。
獣よりもなお鋭く、人間よりも優れた感覚を有しているツンにとっては、あの臭いの中で大麻の匂いを嗅ぎ分けるなど造作も無い。
大麻を吸う"フォックス"、これだけの情報があればその正体は簡単に割り出せる。
その事だけを、頭の隅っこに置き、ツンは肩に掛けていたドラグノフ"女帝の槍"を路肩に放り投げた。
耐久性が売りのドラグノフならば、この程度の扱いをしても何ら問題はない。
ついでに、頭から被っていた特殊な布を脱ぎ捨てる。
そんな事をした為、あっという間にツンの豪奢な金髪が雨に濡れた。
だが、そんな事は問題では無い。
"これから起こる事に、その二つの装備は必要ない"のだから。
雨に濡れた前髪を掻き上げながら、ツンは手にした暗視装置も捨て去った。
瞼を下ろし、ツンはきっちり三秒後に目を見開いた。
如何にも彼女らしい、強気な視線。
その視線が見つめる先にあるのは、無限とも思えるほどの闇だ。
しかし、ツンには見えている。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:31:06.50 ID:B9uJTJfw0
- 雨音で足音を掻き消し、雨粒でその姿を眩ませ、暗闇に殺意を溶け込ませている者が、視線の先にいる。
あっという間に気持ちを切り替えたツンは、腰に差したホルスターから、一丁の拳銃を抜き放つ。
ツン専用の改造を施したスチェッキン、"砂の楯"。
抜き放ったのとは別の手で、太ももに差したケースから専用のマガジンを取り出して、装填する。
ξ゚听)ξ「覗き見が趣味なのかしら?
薬物中毒の誰かさん?」
その銃口を視線の先にゆっくりと向ける様は、姫が死刑宣告をするのにも似ていた。
セミからフルオートへと切り替え、撃鉄を起こす。
しかし返答は、無い。
代わりに返って来たのは、嘲笑だった。
「あははははは! 流石はクールノーの娘だ!
これは、敬意を払って対応するとしようかね!」
姿は見えないのに、その声はハッキリとツンの耳に届く。
暗視ゴーグルの無い者にとって、この暗闇の中で声の主を見つけるという行為は。
例えるなら、"目隠しをして神経衰弱をする"ような物である。
だが、ツンには"見えていた"。
人間の姿では無く、その輪郭を象った殺気の塊。
それが見えるだけで、ツンにとっては十分だった。
嘲笑を続ける者とは対照に、ツンは無言のまま暗闇に向けて銃爪を引いた。
約三秒。 その間に放たれた弾丸の数は約四十発。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:37:42.10 ID:B9uJTJfw0
- 今降っている雨を真横に降らせたようなその弾丸の驟雨は、銃口の先にあった石畳を無残に砕いた。
そして、その砕かれた石畳のすぐ後ろから、殺気の塊が立ち上がるのが見える。
後反瞬、殺気の主がその場を離れるのを躊躇っていたら、石畳の代わりに顔面が砕かれていただろう。
殺気の主が、不用心にもゆっくりとツンに歩みよって来た。
生憎、ツンは全弾を撃ち尽くした為、その隙をついて攻撃を仕掛ける事が出来ない。
空弾倉を排出し、新たな弾倉を装填したツンと同時に、殺気の主が口を開いた。
「……の為にせいぜい踊ってもらおうか、クールノー!」
そして、殺気の主をはっきりとツンの眼が捉えた。
これでこの男を見るのは、二度目になる。
歯車王暗殺の為に呼び寄せられた面々を襲い、更にはクールノー本部へと攻撃を仕掛けてきた―――
"真正のキチガイ野郎"。
(・∀ ・)「じゃあ、いっくよ―――!」
斎藤またんきが、腰の鞘から大振りのナイフを抜き放ち、地面を強く蹴った。
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:39:26.09 ID:B9uJTJfw0
- ――――――――――――――――――――
('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十三話『誰が為に楯を持つ』
十三話イメージ曲『砂の盾』鬼束ちひろ
――――――――――――――――――――
- 21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:43:33.02 ID:B9uJTJfw0
- 拳銃とナイフで戦った際、どちらが有利かという議論は今のところは平行線である。
ナイフは射程が短すぎるし、拳銃には弾数制限がある。
とはいえ、ナイフはそのリーチの短さが売りであり、拳銃よりも短いリーチを実現している為、潜り込まれれば拳銃は役に立たない。
しかし、ナイフの射程外に出てしまえば、拳銃の独壇場になる。
弾切れを起こさないで、弾詰まりさえ起こらなければ距離を取った拳銃が負ける道理が無い。
まぁ、ナイフも一応は投擲という手段で射程を延ばす事が出来るが、威力は格段に落ちる。
銃剣を付けた拳銃ならば、ナイフには劣るがそれなりの力を有する事が可能になり、基本的な死角は無くなる。
その点で見れば、銃剣の付いていないツンの"砂の楯"にはまだ死角が存在した。
撃鉄から銃爪、果ては金属照準器まで改造したスチェッキンの銃身下だけは、連射時の命中率を上げる為に手を加えられていない。
そのこだわりが、ナイフとの戦闘に僅かな支障をきたした。
またんきの持つ大振りのアーミーナイフは、鉈と言い換えてもいいほどの大きさなのだが。
それを感じさせない程、またんきの動きは素早かった。
常識的にナイフの攻撃方法は、大きく分けて三つ。
振る、刺す、薙ぐ。
この三つを用いて繰り出す斬撃は、簡単には回避できない。
しかし、またんきは更にもう一つの攻撃方法を持っていた。
- 23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:47:48.30 ID:B9uJTJfw0
- 投擲である。
それも、ただの投擲では無い。
"次の技に繋げる為の投擲"だ。
大振りのアーム―ナイフは、当然の事ながら投擲には適していない。
それをツンの眼前に投げ、ツンが必然的に後退するように仕向ける。
その間に距離を詰め、投擲したナイフを空中で掴み、斬撃を見舞うのだ。
道化師でもしないようなこの攻撃方法は、思いのほか意外性があり、有効な攻撃方法だった。
ツンの様な優秀な狙撃手にとっては、尚更だった。
常人よりも発達した視力のせいで、投擲されたナイフを凝視してしまい。
自然と体が動いてしまう。
しかし、その視力のおかげで、投擲されたナイフで顔を傷つける事はなかった。
ただし、手にしたスチェッキンの銃爪を引くどころでは無く、銃口を向けることすらできない。
一薙ぎしたら、投擲、それを掴んで二薙ぎ。
その繰り返しをされていれば、必ずツンはその一撃を喰らってしまう。
仮にもツンは女だ。
体力面などでは確実に男に引けを取っているので、先に体力が尽きるのは必然的にツンになる。
- 25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:52:03.24 ID:B9uJTJfw0
- だが、女は男に負けっぱなしという訳では無い。
男よりも遥かに強いその部分が、ツンの場合は普通の女よりも更に強かった。
"精神力"だ。
男が恐怖で声を失っていても、女だけは声を上げる余裕がある。
その精神力で、この状況がどうにかなるかは分からない。
一つ言えるのは、ツンの精神力はちょっとやそっとではビクともしないという事だけだ。
この状況でも、ツンは冷静に頭の中で新たなタスクを展開して状況の打破を考えていた。
そして、導き出した。
最善の方法、最良の戦略を。
手にした"砂の楯"を、またんきが投擲してきたナイフに向かって投げつけた。
空中で小さく音を鳴らして二つの得物が地面に落ちる。
当然、一番驚いたのはまたんきだった。
情報ではツンは、ナイフなどの接近戦は得意では無い。
銃を使った精密な射撃を得意としているツンが、この状況で銃を捨てたのだ。
新たな銃を引き抜く暇などないというのに、いったい何を考えているのだろうか。
その意味をまたんきが理解したのは、次の瞬間だった。
- 28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 22:57:33.48 ID:B9uJTJfw0
- (・∀ ・;)「デリンジャーっ!?」
落とされたナイフの代わりに、自らの拳で勝負をしようと前進していたまたんきが、咄嗟に足を止める。
薬物で強化されたその六感が、目の前で展開される状況を捉える。
適切な対応をしようとするがしかし、反応が間に合わない。
その目線の先で、ツンが袖から取り出した二丁のデリンジャーを構え。 銃爪を引いた。
(・∀ ・;)「デンジャー!!」
ここでようやく、またんきの反応が間に合う。
軟体動物のように体を後ろに反らし、またんきは二発の弾丸をどうにか避けた。
その不安定な体勢のまたんきに、ツンは強烈な足払いを見舞った。
後頭部から倒れ込み、またんきは鳩が豆鉄砲を食らった様な声を上げる。
(・∀ ・;)「くわっぱ!!」
だが、ツンはここで追撃を掛けるという愚行をしなかった。
仮にも、最初に戦闘をした時にこの男は、生き残った。
"あの"手練達の中を生きて逃げ出すなど、普通は無理な話だ。
しかし、この男は瞬間移動まがいの装置を使い、まんまとそれを可能にした。
- 31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:04:09.35 ID:B9uJTJfw0
- 襲撃を受けたペニサスとギコに話を聞いた限りでも、この男はあの二人に対して喧嘩を売って生き残った。
同じように瞬間移動まがいの装置を使ったとの報告もある事から、この男は何かしらの切り札を持っている筈だ。
だから、追撃を掛ける事はいわば一種の賭けになる。
相手の手の内も分からないのに賭けに出るのは、馬鹿かキチガイのする事だ。
またんきから距離を取り、ツンはデリンジャーを投げ捨てる。
代わりに、腰に差していたマイクロUZIを二丁抜き放ち、倒れた状態のまたんきに弾丸による洗礼を浴びせた。
否、正確に言えば。
"そこにいたまたんきの影"に、浴びせた。
(・∀ ・)「はーい、残念でした〜」
いつの間にかツンの背後に現れたまたんきが、振り上げたその拳をツンの後頭部に―――
(・∀ ・;)「はがああああああああ?!」
見舞う事は、遂に無かった。
またんきの行動を先読みしていたツンが、馬のように足を振り上げて、またんきの急所を。
"男の急所"を容赦なく蹴り砕いたのだ。
大切なイチモツが砕ける嫌な音と共に絶叫したまたんきが、その場で股間を押さえながらのた打ち回る。
- 33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:09:42.53 ID:B9uJTJfw0
- ξ゚听)ξ「残念だったわね。 一ついいことを教えてあげる。
貴様如き虫けらが、この身に気易く触れ得ると思うなよ。
この身に触れ得るのは―――」
その言葉の続きは、直後に響いた音が掻き消した。
もしかしたら、掻き消したのは豪雨だったのかもしれないし、銃声だったかもしれない。
しかし、二つだけ確かな事がある。
一つは、この言葉が掻き消されたこと。
もう一つは、"ツンの持ったUZI"をまたんきの手にした拳銃が破壊したという事だ。
またんきの手に、黒光る小型の拳銃がいつの間に握られていたのだろうか。
考えられる事は幾つもあるが、"そんな馬鹿な事"があるわけがない。
ツンは一瞬の内にその考えを否定して、後ろに一躍してまたんきの手にした拳銃の脅威から身を逃す。
グロック26、グロック社が生み出したコンシールドキャリーの拳銃だ。
確かに、隠し持つという点で見れば、この銃は非常に優秀である。
全長十六センチ、約六百グラムというスペックながら、装弾数は十発。
もとは同社のグロック17の切り詰め型のモデルだが、その性能は決して劣ってはいない。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:14:16.26 ID:B9uJTJfw0
- フルオート射撃は対応していないものの、ストライカーシステムもそのまま受け継いだ事により、弾詰まりが発生しにくくなっている。
従来の拳銃とは違い、ハンマーが存在しない"ストライカーシステム"の搭載がグロックの最大の特徴である。
スライドに内蔵されたスプリングの力で撃針を前進させ、雷管を叩くシステムは当初打撃力不足から信頼性が無かった。
しかし、今ではハンマー式に勝る程の信頼性を得ているシステムだ。
ただし、いくら信頼性があったとしても。
ツンの様な従来の"金属製"の拳銃を好んで止まない者からしたら、このようなプラスチックを多用した拳銃というのは悪趣味としか思えない。
実用性は確かに高いだろうが、命のやり取りをするのにこんな、"玩具同然の得物"は使いたいとは思わない。
それを好んで使う者がいるとしたら、よほどの悪食と相場が決まっているのだ。
まぁ、ロマネスク一家の犬神三姉妹の三女、千春の場合は話が違う。
彼女は何を考えているのか、フルオート機能が付いているグロック18を使えばいいのに、グロック17をフルオート射撃可能に改造した。
曰く、セミとフルの切り替えのスイッチが邪魔だから、ステアーAUGと同じ原理の切り替え方式にしたそうだ。
更には最大の特徴であるストライカーシステムを撤廃、ハンマーシステムを導入している。
もはや、原形も糞も無い程の改造をする者を、悪食とは言えない。 ただの変わり者、もしくは変態だ。
それが、ツンの考えである。
確かに、撃って当たって殺れれば得物として文句はない。
だが、そういう問題では無いのだ。
これは、矜持の問題だ。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:20:48.87 ID:B9uJTJfw0
- 自慢のマイクロUZIが、"玩具"如きに破壊されてしまったのだ。
銃身に穴の空いたそれを投げ捨て、ツンは否応なく得物をナイフに切り替える事を選ぶ。
マイクロUZI二挺と"砂の楯"一挺、袖に仕込んでいたデリンジャー二挺を失った今、得物がそれしかなかったからだ。
後はグレネードが一つ、フラッシュバンが二つしかない。
小振りのナイフを胸元から抜き放ち、ツンは構えを取る。
銃口をツンに向けたままゆっくりと立ち上がったまたんきは、ツンと手にしたグロックを見比べ、迷いなくグロックを投げ捨てた。
またんきの後ろで、グロックが地面に落ちて壊れる音が響く。
そして、またんきはえらくご機嫌な様子で言った。
(・∀ ・)「気の毒だがお譲ちゃん、こいつは使わねえ」
次の瞬間、またんきが文字通り飛翔した。
助走もしないで二メートル近く跳び上がったまたんきが、迷い無くツンへと向かって飛びかかる。
即座に身を転がし、ツンは直後に見舞われた"ナイフ"の攻撃を避けた。
ツンの頭の代わりに切り裂かれた地面に、大振りのアーミーナイフが突き立っているのを、横眼で確認する。
起き上がりざまに、ツンは手にしたナイフを眼前で横薙ぎにする。
牽制程度の一撃が、思わぬ結果を導いた。
ツンの眼でも辛うじて視認できる程の速度で、またんきのナイフが振るわれ。
丁度ツンの顔の前で、打ち合った刃物から火花が散った。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:25:31.82 ID:B9uJTJfw0
- (・∀ ・)「穴だらけにするのは確かに簡単だ。 だが、味気ない。
こいつでじっくりと切り刻みながら―――」
打ち合ったままのナイフを、互いに押し合うが、女であるツンがまたんきに力で勝てるはずも無い。
じりじりと押されるツンは、小さく歯噛みをする。
(・∀ ・)「犯す!」
勢いよく弾かれたナイフが、民家の壁に突き立ったのを、ツンは音だけで確認できた。
だがそれよりも、またんきが返す手でツンの太もも目掛けてナイフを振るったのを視認する方が、僅かに速かった。
理解するよりも早く、地面を蹴り飛ばして後ろに跳躍を試みる。
地面をつま先が離れるが、体が後ろに進むより早く、またんきのナイフが太ももを―――
勢いよく吹き出した血が、ツンの頬に鮮やかな花を一瞬だけ咲かせる。
直後には、豪雨がそれを洗い流した。
雨音にも負けないほど大きな声で響く叫び声が、あまりに遠く感じる。
頭が、一つの事しか考えてくれないのだ。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:30:03.71 ID:B9uJTJfw0
- ( ^ω^)
またんきの力を逆手にとって、またんき自身に浴びせかけた張本人。
かつては最高の楯と謳われ、最後は一人の女の為にその身を犠牲にしたと思われ。
再びツンの前に現れ、その心を乱した者。
"鉄壁"ブーンの登場が、ツンの思考を支配していた。
(・∀ ・;)「て、手前! 何でここにいるんだよ!
…ってそれより、何しやがるんだ!」
ざっくりと切り裂かれた左手を、ブーンにこれでもかと見せつける。
だが、ブーンの反応は冷たい鋼鉄を思わせる物だった。
( ^ω^)「そんな事は知らない。 ルーデルリッヒ、貴様が私に攻撃を仕掛けてきたから、合気で対応しただけだ。
これ以上、私に攻撃を仕掛けてくるのならば、当然、容赦なく迎撃する」
雨に濡れた黒のスーツの懐から、ブーンがゆっくりと取り出したのは一挺の拳銃だ。
スチェッキン、ブーンのかつての愛銃だった。
しかしツンが以前見た物と、それは似ても似つかない代物だった。
ブーンはスチェッキンに特に改造をしていなかったのだが、今のそれは違う。
レーザーサイト、サプレッサー、銃剣、ダットサイト。
恐らく、付加できる限界のアクセサリーがそれには付いていた。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:39:10.51 ID:B9uJTJfw0
(・∀ ・;)「あのなぁ! 誰がラウンジタワーで拾ってやったと思ってるんだよ!
あのままスクラップになって、産業廃棄物にならずに済んだのは誰のおかげだよ、あぁ?!」
( ^ω^)「その件は、今は関係ないはずだ。 それより、いつまでここにいるつもりだ?
これ以上、"私"に攻撃を仕掛けるのは建設的では無い判断だぞ」
抑揚に乏しい声で、しかしツンの聞き慣れ、聞き焦がれた声でブーンはまたんきに警告を発した。
だが、その警告をまたんきが聞いた瞬間。
またんきの表情から笑みが消え、感情が"透明"になる。
怒りの沸点を超えた先にある、その感情。 "白熱化した怒り"とでも言うのだろうか。
(・∀ ・)「……おれを、あまり怒らせるなよ?
その女を庇う理由は知らないがな、俺の楽しみを奪うのは―――」
直後、またんきの姿が消失した。
瞬きをした時には、その姿がブーンの眼前に出現している。
負傷していない方の手で掴まれたナイフが、勢いよくブーンの首に向かって振るわれた。
だが、ブーンはそれを二本の指で撮んで防ぐ。
そのまま宙で固まった体勢のまたんきの左手に、ブーンはスチェッキンによる洗礼を浴びせた。
フルオートで放たれた弾丸が、またんきの腕と服をズタズタにする。
ただでさえ使い物にならない腕に対しての追撃は、後に起こる脅威の排除だった。
(・∀ ・)「誰だろうと、許さない!」
しかし、ツンはその瞬間確かに見た。
―――またんきの肩に、陽炎が立つのを。
先ほど、またんきがグロックを取り出した際に、ツンが考えた"馬鹿げた推論"が"正論"になる。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:45:17.84 ID:B9uJTJfw0
- 不可視化光学迷彩は、確かに優れた兵器だ。
だが、欠点が無いわけでは無い。
動けば音は出るし、何より処理が追いつかない場合が多々ある。
その際に発生するのが、陽炎だ。
周囲の風景、映像を映し出してその空間に溶け込む。
もしくは、"偽物の腕"を映し出す事も可能だが。
映像処理が追いつかない際に、僅かながらラグが生じる。
その正体が、陽炎である。
豪雨で遠目には分からないが、狙撃手のように眼が発達した者からしたらはっきりと分かる。
グロックを掴んだまま、不可視化処理を施し、いざとなればその映像を、"偽物の腕に映し出す"。
映し出された映像によって、あたかも銃を持っているように見えるが、実際に銃を持っている腕は別の所にあるのだ。
不可視化処理をここまで活用できる者を、ツンは今まで見たことが無かった。
ズタズタにされた偽物の腕が地面に落ち、不可視化処理を解いた腕が姿を現す。
またんきが逆手に持ったナイフを、ブーンの脳天に振り下ろした時にようやく、ツンはブーンに対して言葉を投げかける準備が出来た。
しかし、それでもブーンは動じない。
反応が出来ていないのだろうか、そんなツンの危惧は杞憂に終わった。
ブーンが行ったのは撮んだナイフを、僅かに動かしただけだったのだが。
またんきに発生した正体不明の力は、甚大だった。
全く力を加えていない腕が、掴んだナイフごと明後日の方向に進んで行く。
その先に、振り下ろし始めた自らの左腕が待っている。
刃先が自身の腕に半ばまで食い込んだ時に、またんきは両手に掴んでいたナイフを手放した。
もしその判断が一瞬でも遅れていれば、左腕は地面に落ち、振り下ろしたナイフが自身の腹部に突き刺さっていただろう。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:49:56.20 ID:B9uJTJfw0
- (・∀ ・;)「手前… 身内相手にデータリンクを使いやがったな…」
( ^ω^)「データリンク? 違うな。
いいだろう、特別に教えてやろう。 ゼアフォーシステムは完―――た。
もう全ての―――が―――として、保存されている。 後は―――だけだ。
貴様の―――、―――ている。 リンクシステムはあくまでも補助、―――達はあ―――でも―――だ。
最高級の肉を、ミディアムで焼かずに、レアで焼くが如く。 我―――、――――――た」
ただでさえ聞き取りにくいその声は、雨音のせいで断片的にしかツンには聞こえなかった。
故に、意味が全く理解出来ない。
ただ解るのは、仲間割れを起こしていることだけ。
ツンに出来るのは、ただその様子を見ているだけだ。
(・∀ ・;)「なるほどねぇ。 俺を引きいれたのはその為か。
あの雌狐も、ただの薬中じゃないって事だな。 でもな、一つだけ、お前のデータに不備があるぜ」
( ^ω^)「?」
(・∀ ・)「俺はな―――、――――――」
聞き取れない言葉と共に、掻き消えた。
そうとしか、直後に起こった事を説明できなかった。
豪雨に紛れ、豪雨の中に掻き消えたまたんきの姿が、それっきり見えなくなる。
残されたのは、数発の空薬莢とツン、そしてブーンと雨音だけだ。
雨に濡れるブーンの姿は、見紛うとことはない。
あの日あの時、あの場でツンを庇ったブーンに間違いなかった。
振り返る様に見せる横顔など、一寸の狂いも無い。
しかし、その眼は硝子玉の様で。
- 46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/01(水) 23:55:36.60 ID:B9uJTJfw0
- やはりツンの姿を反射していても、見てはいない。
どこか他人行儀で、機械的なその眼。
ツンはどうしても、違和感を感じざるを得なかった。
そんな事を知らない様子でブーンは、ツンに数歩詰め寄る。
反射的にツンは、その歩数と同じだけ下がった。
この男は、"自分の知るブーン"ではない。
そう思ったのだ。
しかし、幼少期に出会った以来の関係なのだから、何とも言えない。
本能的な何か、それがツンの足を動かしたのだ。
視覚的、聴覚的にはそれがブーンだとは分かるのだが。
本能だけは、それを認めなかった。
ブーンの向けるその眼、―――そうだ。
その眼が、原因なのだ。
初めて出会い、共に死地を踏んだその際に見た眼とは明らかに違う。
初めて見た時には、その眼には何かが宿っていた。
母親から伝えられ、父親から頼まれた何かを、硬く誓っていたその眼。
その眼が、硝子玉になってしまっているのだ。
記憶喪失と言えば、辻褄が合う。
しかし、認めたくはない。
この男が、果たしてそこまでする義理があるのだろうか。
自分の記憶には、ほとんど残っていないような存在なのに。
自分を庇い、救う理由はどこにあるのか。
全く理解できない。
この、人の思考が歯車のように巡る都で、義理堅くする必要がどこにあるのか。
- 48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:01:57.78 ID:+YAgUuIl0
- 幼少期に頼まれた、ただそれだけの理由で。
人を庇うなど到底考えられない。
金か? 名誉か?
この男は、何を望んでいるのか。
記憶が無くとも、何かを固く守りぬく意思。
それがあるのか。
有り得ない。
この都に置いて、物を言うのは金か名声だけだ。
何が望みだ?
( ^ω^)「勘違いするなお。
私は、ただ任務に従ったまでだお」
そう言って、ブーンはスーツの皺を正す。
ネクタイを締め、ツンに笑顔を向ける。
だが、その笑顔はあまりにも機械的だった。
あたかも、芸能人がファンに向けるかのような、そんな笑顔。
手を伸ばして、握手を求めてくるが。
ツンはその手に触れようともしない。
ξ゚听)ξ「何? 何なのよ、あんたは?
死んだと思ったら生きてて、裏切ったかと思えば私を庇って。
何がしたいの?」
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:06:54.69 ID:+YAgUuIl0
- ( ^ω^)「…まぁ、いいお。
では、また」
そう言って踵を返し、ブーンは闇の中に消えようとするが。
思わずツンは呼び止めていた。
ξ゚听)ξ「待ちなさいよ。 まだ、あんたの目的を聞いて無いわ。
言いなさいよ、何が目的なの? 何で一人で引き返して来たの?
なんであんな"ファックス"の元にいるの?」
( ^ω^)「"フォックス"様だお。 目的、と言われても困るお。
私は、ただ……ただ…。
この葉巻を、拾いに来ただけだお」
足元に落ちていた、フォックスの捨てた葉巻を拾い上げ、ブーンは何かを押し隠すように言った。
( ^ω^)「それと、こうする事が自然に思えただけだお」
今度こそ、ブーンは闇へと溶けて行った。
革靴が石畳を叩く音は、豪雨に掻き消され、最後にツンが言った言葉も同様に。
豪雨が、掻き消した。
一人残されたツンは、ただ、俯いていた。
あの男が、記憶喪失なのは十中八九間違いない。
デレデレの命令や、当然のことながらロマネスクの命令を受けている様子も無い。
つまり、あの男を動かしているのは僅かな記憶。
体に染み付くほどの、そんな記憶。
- 51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:11:38.26 ID:+YAgUuIl0
- そんな記憶だけで―――
そんな記憶だけでこの男は、自分を助けたというのか。
感謝よりも先に、怒りが込み上げてくる。
家族以外の誰かに頼るなど、"ファミリー"の恥晒しにもほどがある。
家族以外に頼る事は、その者と家族になる事と同義である。
クールノーファミリーの教えだ。
これは、ツンが幼少期からずっと教え込まれた事で、理に適ったことでもある。
つまり、これによれば自分はブーンと家族、即ち―――
夫婦になる事と同義、という事になる。
冗談では無い。
そんな事、天気予報士だって予報しないだろう。
あんな機械的な男と夫婦になるぐらいなら、まだ―――
私は、何を考えているのか。
命を救われたから、惚れたというのか。
莫迦な。
そんな莫迦な事があっていい筈が無い。
しかし。
しかし、だ。
何か引っかかるのだ。
何か大切な事を忘れているような。
何か、忘れてはいけない事を忘れているような。
そんな気がしてならない。
歯の間に引っかかった肉の筋よりも、尚引っかかる。
ひどく気分が悪い。
- 53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:16:51.98 ID:+YAgUuIl0
- 母から、幼少期の話を聞かされて以来。
フラッシュバックのように甦る、幼少期のこっぱずかしい記憶。
その中でも、何かが欠如している。
それが、この奇妙な気分の正体だ。
砂場、私、ブーン。
その三つだけしか、思い出せない。
何だ?
何が欠如している?
自然と脚は動いていた。
投げ捨てた"女帝の槍"の元へと。
宿木を探す旅人のように、ふらふらと。
それでいて、しっかりとした足取りで。
銃身を手に取り、それを構える。
続いて、"砂の楯"へと歩み寄った。
"女帝の槍"の銃口を、"砂の楯"へと向ける。
そして、銃爪に掛けた指に力を込め、引いた。
だが、銃声は響かなかった。
よりにもよってこんな時に、雨で火薬が駄目になったらしい。
虚し銃爪を引く音が、三回響いたところで、ツンは銃爪から指を離した。
代わりに、小さく鼻を鳴らして笑う。
嘲笑とも取れるその笑いの正体は、自嘲だ。
よもや、あの男に今一度命を救われる事になろうとは、夢にも思わなかった。
しかし、腑に落ちない点が多々ある。
その点は、本部に帰った際にデレデレに訊くとしよう。
- 54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:21:49.05 ID:+YAgUuIl0
- 一度眼を閉じ、大きく息を吸って、吐きだす。
ゆっくりと眼を開いた時には、その眼に一切の迷いの色はない。
あるのは、力強くも気高い意志。
そこにいたのは先ほどの戸惑う女では無く、デレデレの娘であるツンデレだった。
母親とは対照的な吊目。
母親譲りの碧眼と豪奢な金髪。
母親から受け継いだ鋼鉄の意志。
そして、"女帝の槍"。
もう、自分は大丈夫だ。
あんな男の一人や二人の出現で、いつまでも戸惑うような人間では無い。
この仕事を早急に終わらせ、酒を浴びるほど飲んでやる。
そう、ツンは心に硬く誓い。
ξ゚听)ξ「…もう、大丈夫。
私は、誰にも負けない」
小さく呟いて、駆けだした。
目指すは、今作戦の最終目的。
人質達を全員無事で生還させる為、応援要請を受けた場所へとツンは向う。
その後ろ姿は、あまりにも凛々しく、そしてあまりにも危うかった。
――――――――――――――――――――
- 56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:23:57.20 ID:+YAgUuIl0
- Attention!!
ここから先は、個人的には閲覧注意であると判断した為、ご注意ください
耐性の無い方は、手のシワを数えているといいかも知れません
- 57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:26:06.38 ID:+YAgUuIl0
- ラウンジタワーの地下。
存在しないはずの、地下十階の会議室に一つの人影があった。
それは一人の女の影。
巨大なスクリーンが逆光となり、表情はおろか人相すら判別が出来ない。
ただ、紫色の口紅を塗った唇の間から覗く異常なほど真っ白な歯。
それを浮かび上がらせている葉巻の灯が、その者が女であることを物語っていた。
女は名前をフォックスと言った。
全ての情報に精通し、全てを知っていると言われる情報の王。
彼女にかかれば、都中の新聞社はその日の内にUFOの特集を一面に持ってくるだろう。
ましてや、歯車王が死んだという情報など、目玉焼きを作るよりも簡単に作り出せる。
そして何より、フォックスは情報戦よりも頭脳戦を得意としていた。
チェスをやらせれば世界大会で二位を取れる頭脳の持ち主である為、いかなる"伏線も作為も"彼女には無意味であり。
推理をさせれば地元警察はおろか、"シャーロック・ホームズ"以上の力を見せつけることが可能だ。
例えば。
そう、これまで得た情報から、歯車王を割り出す事など。
あまりにも容易い事である。
例えるなら、パズルの最後の一ピースを填めるほど簡単な事だ。
手元に置いてあるチェスの駒を、一定のリズムで動かしてゆく。
局面は黒が圧倒的に有利。
溜息と共に、チェックメイト。
同時に、呟くように言った。
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:32:29.41 ID:+YAgUuIl0
- 爪'ー`)y‐「どこに、行っていたのかな?」
フォックスは振り返らない。
いつの間にか現れたブーンが、その背後に現れても尚。
眉ひとつ動かさなかった。
( ^ω^)「…なんでもありません」
爪'ー`)y‐「そうか、ならいいんだ。
ナイトが勝手に盤上を動き回ったら、大変だからね」
唐突に、フォックスは立ち上がった。
眼にかかった髪を掻き上げようともせず。
フォックスは、ブーンの胸倉を掴んで、自分の顔に思い切り引き寄せる。
肌が触れるか、触れないかというほどの至近距離にも拘わらず、双方とも全く動じない。
「記憶が欲しいんだろう? だったら、僕を満足させなよ。
わかるだろう? これから、何をすればいいのか」
ブーンのワイシャツのボタンを、葉巻を持っていない方の手が器用かつ乱暴に外す。
フォックスのスーツに葉巻の灰が落ちるが、フォクスは全く気にした様子も無い。
露わになったブーンの胸板に、フォックがその爪を這わせ、手にした葉巻を喉元に押し当てる。
鋼鉄かと思われたブーンの表情に、僅かに歪みが生じた。
「これ以上、あの娘に干渉するなよ?
あれは、君の敵で、僕の敵だ」
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:37:30.73 ID:+YAgUuIl0
- 葉巻を捨て、突き立てていた爪を胸板に強く押しつける。
小さく皮膚が切れ、そこから鮮血が流れ出た。
フォックスがようやく、目にかかった髪を掻き上げながら。
ブーンの胸元にゆっくりと顔を近づける。
「その体に流れる血の一滴から、精液まで、全て僕の物だ。
君が心と体を許していいのは、この僕だけだ」
胸から流れる深紅の血を、フォックスは啜るようにして舐め取る。
室内にその音が響くが、全く意に介さない。
ひとしきりブーンの血を、舐め終え。
フォックスはごく自然な手つきで、ブーンのズボンのチャックに手を掛ける。
「ふふふ、そう。 これも、僕の物だ」
チャックから男根を取り出し、それに手を掛ける。
フォックスの息遣いが大きくなり、熱を帯び始めた。
興奮した表情で、掛けた手を前後に動かしながら、ブーンの首筋に舌を這わせる。
それでもブーンは、眉を僅かにしかめるだけだ。
否応なく硬くなり出した手の中のそれを見て、フォックスは満足そうに口元を釣り上げた。
ただそれを、掴んで動かしているだけなのに。
その指はひどく艶めかしく。
ひどく、おぞましい物に見える。
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/02(木) 00:41:23.27 ID:+YAgUuIl0
- ふと、フォックスがブーンを机の上に押し倒した。
何の抵抗も見せないブーンの顔を犬のように、さも甘美なる聖杯の様に。
フォックスは、舐め回す。
途中で耳朶を甘噛し、ブーンの見せる僅かな反応を楽しむあたり、フォックスの性癖が窺い知れる。
少し体を離し、自身の胸元を肌蹴させた。
露わになったを乳房を、ブーンの手を導いて掴ませる。
そこから先は、ようやくブーンも自主的に動き出した。
言われずとも、その手に掴んだ物を揉みしだき、手のひらの中でその形を変える。
先端の突起物にも爪を立て、ブーンはフォックスの満足するように振舞った。
ブーンの上に馬乗りになり、フォックスは固くなったブーンのそれを、自身の秘所へとあてがう。
そして、湿った音と共にそれが挿入される。
フォックスが、快楽に満ちた声を上げた。
「……分かっています、マスター」
ブーンの硝子玉の眼はただ。
目の前で狂ったように腰を振るフォックスの姿を、反射しているだけだった。
部屋中に満ちる雄と雌の匂いも、ブーンの鼻腔を刺激はしない。
雌の嬌声もまた、ブーンの耳には届いていなかった。
第二部【都激震編】
第十三話 了
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