- 2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:11:23.48 ID:+a8JDHoJ0
- バケツをひっくり返した様な豪雨の中、一人の女と一組の男が対峙していた。
月の様に美しい銀髪をヘアバンドで留めた女は、少女のような幼さの残る顔だけを見れば世の男性諸君が振り向かざるを得ない程の相当な上玉だ。
しかし、彼女の赤い瞳よりも尚深く、血の様な色をした深紅の鉤爪が、それを許さない。
鉤爪を付けた女は名を渡辺―――、渡辺・フリージアと言った。
対する男は二人とも揃って、アジア系の顔立ちをしている。
一人は典型的な中国人、もう一人は韓国人と言ったところだ。 少なくとも、日本人を好いている顔立ちをしていない。
お世辞にも整った顔立ちとはいえず、渡辺と比べれば蝶とゴキブリの差だった。
強いて釣り合っている部分と言えば、その手に持つ得物の凶悪さだけだ。
H&K社製G36突撃銃、渡辺の手にした鉤爪とは対になる存在である。
突撃銃と鉤爪の優劣の差は、結果を見るまでも無く突撃銃の圧倒的優勢だ。
決闘をしようとしている状況にも見えるが、得物の差が無粋極まりなかった。
だが、これは決闘では無い。
決闘とは、実力が拮抗している者同士の間で行われるもので。
"一方的に戦闘力が勝っている者"と、"最新の兵器を有している者"同士の間で行われるのは、ただの戦闘だ。
ただの戦闘とはいえ、決闘との共通点が幾つかある。
例えば、その始まりが同時では無く、”片方から始まる事”とか。
先に動いたのは、渡辺だった。
雨に濡れた銀髪は、ヘアバンドのお陰で眼に入って戦闘の邪魔になる事は無い。
それでも眼に入る雨雫も一切気には留めず、右手のケードルを振りかざし。
石畳が抉れるほど力強く、地を蹴り飛ばした。
- 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:16:04.98 ID:+a8JDHoJ0
- 踏み込みの速度の影響で、顔面に打ちつける雨雫はまるで雹の様に硬い。
しかし、そんな事では渡辺の戦闘に支障は出ない。
獲物を前にした豹のように口を開き、その八重歯を光らせる。
熱いと息と共に、短い気合の声が大気を震わせた。
从'ー'从「つァッ!」
最初の標的は、眼前でG36を構える事すら出来ていない大間抜け。
シナー・チャレイルド・イナだ。
その正体は、数週間前にこの都に新規参入を試みた中国系のマフィアの首領。
正確に言えば、元首領である。
ヒートに惨殺され、後日クールノーファミリーによる武力介入によって無残に散ったマフィアの元首領。
それが、シナーという男の素性だ。
渡辺が覚えている限り、シナーの戦闘経験は乏しく、机に向かっての事務作業が得意な奴と聞いている。
そんな奴なら、ケードルの一薙ぎで喉元を掻き切れる。 そう内心で樮笑んだ。
だが、そうはいかなかった。
コンマ数秒で進む視界の中で、ようやく反応を見せたシナーがこちらに向ける銃口が。
―――"自分の急所"に向いていない事に、気付く。
咄嗟に銃口の先が向いている場所を、横眼で追った。
- 6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:21:05.38 ID:+a8JDHoJ0
- シナーの喉元を掻き切る為に、振りかざした右腕。
そこに付いている、"ケードル"に銃口が向いているではないか。
ほぼ一瞬の間で、渡辺がシナーの真意に気付いた時にはもう遅い。
その時にはシナーの手にしたG36の銃口が、火を噴いていた。
もし背後に壁があれば、その反動で右手が壁に叩きつけられていただろう。
思い切り背後に流れて行く右手の代わりに、反射的に残った左腕を眼前に翳す。
直後、その手に幾つもの連続した衝撃が訪れた。
NATO弾の直撃を受けても尚、破壊されなかったケードルの頑丈さは賛嘆に値した。
何より、それに対応できた渡辺の反射神経と運動神経が異常だった。
機械化を加えたその身体能力を用いても、こうはいかないだろう。
銃弾が放たれるより早く行動できたのは、渡辺が生まれ持ったその才能の賜物だ。
反応速度とそれに付いて行く身体能力に関して言えば、ヒートにも勝る程の才能が渡辺の命を救った。
銃弾に撃ち落とされる形で落下すると同時に、渡辺は四肢のバネを最大限に生かして着地、すぐに脚首を捻ってその場を横に飛ぶ。
ついでに、バック転の要領で優雅且つ、しなやかに体を逸らし。
固定軸の代わりとして、ケードルを石畳に突き刺す。
その行動がバック転と違う点は、両脚できちんと着地するのではなく。
- 9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:26:35.66 ID:+a8JDHoJ0
- "豹のように四肢を使って"低い体勢で着地する点だった。
更に、それだけでは終わらずに、その際に発生した力を最大限に使って。
ケードルに突き刺さった小石を、シナーの持つG36の銃身に投げつける。
その行動のどれか一つがコンマ一秒でも遅れていれば、小石の直撃で逸らされなかった銃口から放たれた弾丸が、渡辺の顔面に蓮コラ処理をしていただろう。
明後日の方向に向いた銃口から放たれた弾丸が、代わりに民家のガラスや壁を破壊する。
その音で、シナー単体に集中しきっていた渡辺は思い出した。
"敵は一人では無かった"。
もう一人、いるはずだ。 いつの間に自分の視界から消失したのだろうか。
シナーと並ぶ韓国系マフィア、トライアッド・ライアット。
その幹部であるニダー・キムェル・チーが、どこかにいるはず。
その事を頭の片隅に置き、一先ずはケードルを用いて四肢を使っての加速。
一瞬でシナーの眼前に接近し、その顔面を回し蹴りで蹴り飛ばす。
シナーが蹴り飛ばされて仰け反った体勢になったおかげで、ようやく渡辺は見つけた。
まるで寄生虫のように"シナーの後ろに重なるように隠れていた"、ニダーを。
銃口がこちらを向いているのを見るに、こうなる事を予測していたのだろう。
しかし、こちらとて"この展開は予測済み"だ。
- 10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:31:16.65 ID:+a8JDHoJ0
- 長い銃身のG36なら、そのリーチの内側に入り込めば。
―――"銃弾が当たる事はまずない"。
遠心力を利用して体勢を低くし、右手のケードルを振り上げ、その銃身に向かって振り上げる。
だがしかし。
ケードルが銃身に触れるか触れないかというところで、その一撃は見舞われる事はなかった。
顔面を蹴り飛ばされ、仰け反った筈のシナーが渡辺の腹部に両足蹴りを見舞い。
それを渡辺が咄嗟に腹筋に力を入れてダメージを減らしたにも拘わらず、民家の壁まで吹き飛ばされたのだ。
背中から壁に叩きつけられ、肺の中身を全て吐きだしたかのような声を洩らす。
体勢の影響で、受け身すらままならなかった。
まるでこちらの手の内を知り尽くしているかのように、行動を先読みされている。
こうも戦いにくい相手は、これまで初めての経験だ。
しかし、それが実戦。 文句は言ってられない。
从'−'从(面倒くさい事になるなぁ…)
高速戦闘の申し子たる渡辺と互角に殺り合う者など、そうそういるものでは無い。
もともと時間が逼迫している事もあり、この事は余計に渡辺を苛立たせた。
着地し、目の前で余裕の笑みを浮かべる二人組を睨みつける。
知らず、渡辺は舌打ちをしていた。
- 13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:36:10.82 ID:+a8JDHoJ0
- ――――――――――――――――――――
少しだけ、昔の話をしようと思う。
これは、一人の少女の歯車のほんの一部の話。
渡辺・フリージアの脳裏に蘇る、追憶の話である。
渡辺がロマネスク一家に加わって、半年が過ぎた。
この頃になると、ロマネスク一家の面々にも慣れていた。
変わり者が多いロマネスク一家だったが、犬神三姉妹ほどの変わり者は渡辺はこれまで見たことが無かった。
噂では聞いていたが、噂以上の変わり者達だったのだ。
まずは三女、千春。 三姉妹の中で唯一、飛び道具を使う女中だ。
全身に武器を隠し持ち、一日で撃った弾の数は最高で十万発。
あらゆる"銃器"に精通し、撃った事のない銃はない程の銃好きである。
銃を改造するのが趣味で、その自慢のグロック17を見せてもらった時は顎が外れるかと思った。
ストライカーシステムを撤廃してハンマーを付けるなど、どう考えても改造の域ではなく製造の域に入っている。
甘いものには目が無くて、給料の半分を駄菓子などに費やし、残りの半分で"銃器や弾丸"を買っている。
それでもやはり、なかなかに憎めないところがあり。
一家の中で、皆の妹のように可愛がられていた。 それが千春だ。
- 15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:41:07.18 ID:+a8JDHoJ0
- 続いて二女、狼牙。 三姉妹の中でも特に異彩を放つ存在だ。
トンファーを得物とする変わり者だったが、そのトンファー捌きは眼を見張るものがあった。
全身に仕込んだトンファーの数は、渡辺が確認しただけでも六つ。
袖、腰、腿のそれぞれに二つづつ。
その使用方法はまるで、スリーブガンの如くである。
体のどこかに隠したスイッチ一つで、強力なスプリングを起動。
そして、隠していたトンファーを素早く抜き放ち、後は撲殺あるのみだ。
狼牙の腕力は、三姉妹の中でも随一である為、トンファーを使えば人間の一人や二人朝飯前である。
その腕力から繰り出されるトンファーの打撃の嵐は、暴力と破壊の嵐と言い換えても過言では無い。
車を素手で殴り壊したという逸話を持ち、一家の中でも一等恐れられていた。
更には三姉妹で一番の好戦家で、よく渡辺相手に訓練と銘打って闘いを挑んでいた。
情けないことに狼牙は、渡辺に負けっぱなしだった。 それでも渡辺は狼牙の事を、苦手ではあったが嫌いでは無かった。
最後に長女、銀。 三姉妹の中でも現実離れした美貌、そして古風な言葉づかいをする女中だ。
不可視化光学迷彩を用いた無音高速戦闘を得意とし、無音戦闘に関する腕前なら、渡辺とほぼ同等だった。
得物は、自身の身長とほぼ同じ丈の日本刀を使い、文字通り敵を一刀両断にする。
三姉妹で一番の戦闘力の高さを誇っているだけあって、渡辺とも互角に闘った経験がある。
- 17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:46:00.08 ID:+a8JDHoJ0
- その幻想的な見かけとは裏腹に、可愛い物には目が無く。
彼女の部屋にはぬいぐるみが溢れていたのを、渡辺はよく覚えている。
その事を知られた時の反応と来たら、今でも思い出しただけでも笑いが止まらない。
千春を贔屓目に見ている節があり、時折狼牙にやきもちを焼かれていた。
そんな個性豊かで、有脳な三姉妹だったが。
仕事はもっぱら屋敷の警備か、家事手伝いだった。
渡辺が一家のNo2になると、ロマネスクは待ってましたとばかりに三姉妹にそれらの仕事を押し付けたのだ。
ロマネスクの護衛を、奇妙な格好をした三人組がすれば目立ち過ぎる。
着物、メイド服、獣耳、そして尻尾。
どこかの島国ではこれが最新の文化だそうだが、この都ではただの変人だ。
目立ち過ぎれば、ロマネスクに恨みを持つマフィア達がそれを放っておく理由が無い。
ロマネスクの独力でそれらを迎撃するのは訳ないが、流石に腰が折れる作業である。
その点、新たにNo.2になった渡辺は全く目立たない。
その美貌という点では、確かに目立つかもしれないが。
実力的にも外見的にも、渡辺はロマネスクの護衛にはぴったりだったのだ。
外出する時は常に共に行動し、仲睦まじく振舞う。
傍から見れば父と娘そのものだった為、襲撃を受ける数が格段に減った。
無論、その外出を渡辺が"逢引"と思っているなどとは、ロマネスクが知る由も無いかったが。
兎にも角にも、渡辺は非常に優秀な護衛としてロマネスク一家での地位を会得したのだ。
"少女の恋心すら、擦り潰す歯車の揺り籠の中で"。
- 18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:47:59.44 ID:+a8JDHoJ0
- ――――――――――――――――――――
('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十四話『誰が為に爪を持つ』
十四話イメージ曲『CROW』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=xcX3_yuUpNk
――――――――――――――――――――
- 20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:53:08.32 ID:+a8JDHoJ0
- ロマネスク一家、クールノーファミリー、水平線会の力は拮抗している訳では無かった。
冷酷さと非情さに置いて、筆頭に挙げられるのはロマネスク一家。
人情や義を重んじたクールノーファミリー。
金銭に関する事にとことん敏感な水平線会。
この御三家が協力すれば、とてつもない力の勢力になっただろうが。
如何せん、クールノーと水平線会の不仲は尋常では無かった。
故に、この御三家が結託する事は当時は想像もつかなかった事だ。
更に付け加えるならば。
拮抗していない理由の一つに、その他の弱小マフィアの存在があった。
自身の不利益に繋がる前に、もしくは繋がった場合にその存在を"消滅"させるのが常であった。
その際に、先んじて消滅させに掛かったのがロマネスク一家だ。
その後にクールノーが捕虜の説得をし、部下を増やす。
残された金品等を質に入れるのが、水平線会の主な仕事だった。
弱小マフィアと言っても、それは御三家中最強のロマネスク一家から見た力量で。
クールノーから見れば普通、水平線会から見れば少し格上の相手だ。
このマフィアに対する見方が、力が拮抗していない事の何よりの証明だった。
- 22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 21:58:29.66 ID:+a8JDHoJ0
- ロマネスクの事をよく知らない者からすれば、人の良さそうなロマネスクが冷酷さと非情さを持ち合わせているなどと、夢にも思わない。
しかし、ロマネスクの冷酷さと非情さは、一度それを見た者の記憶から消えることはない。
その事を、渡辺はよく分かっていた。
彼、ロマネスクは自身の目的の為には手段を選ばない。
それが例え、女子供であろうとも、だ。
一家を護り、支える父は時には鬼にも悪魔にもなる。
その事を再認識したのは、"あの事件"がきっかけだった。
それは同時に、渡辺の心に"ある種"を植えることにも繋がった。
"理想郷の追放者事件"。
アメリカンマフィアの経営する、巨大カジノ。
"シャングリ・ラ"で起きた、都の歴史に残る事件だ。
加害者は1名、被害者は90名以上。 生存者、0名。
被害者の最高齢、80歳。
被害者の最年少、8歳。
この事件は、ロマネスク一家の力を都中に知らしめることになった。
その立役者は、言わずもがな渡辺だった。
- 24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:03:16.55 ID:+a8JDHoJ0
- 不利益に繋がる存在の撃滅は、一家のNo.2に一任されている。
その日、ロマネスクは渡辺に天気の話をする気軽さで命じた。
( ФωФ)「ただの一人として生かすな、女子供でも容赦はしなくていい」
別段、生きる為に人を殺める事など何とも思っていない渡辺にとっては願ったり叶ったりだ。
ここで成果を見せれば、ロマネスクは自分に振り向くはず。
そうすれば、ロマネスクは自分を見てくれる。
あぁ、何とも素晴らしいことではないか。 そう渡辺は考えた。
从'ー'从「分かりました、ロマネスク様」
力強く頷き、渡辺はロマネスクの自室を後にした。
その背中を、どこか不安げに見つめるロマネスクの視線に、渡辺が気付けたかどうか。
勇ましく、可憐に部屋の扉をくぐって行った渡辺はすでに、階段を下りて行っていた後だ。
誰に言うでもなく、ロマネスクは小さく呟いた。
( ФωФ)「…気をつけてな」
その声は、寂しく部屋に響いた。
- 26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:08:41.32 ID:+a8JDHoJ0
- ――――――――――――――――――――
渡部の体は機械化を受けている為、身体能力が格段に飛躍している。
その体から繰り出される一撃は、正に必殺の一撃だ。
しかし。
それはあくまでも人体に対しての必殺であり、機械化とは別の、頑丈な体を持っている者には必殺では無かった。
ましてや、ケードルの一撃が掠りもしないほどの身体能力を持っている相手ともなると、更に必殺は遠のく。
G36は確かに優秀な突撃銃ではある。
だがしかし、それだけでは渡辺の動きを止める事が出来ている理由にはならない。
"動きを先読みして撃てば"、話は別だが。
ケードルはその形状上、二種類の攻撃方法しかない。
引き裂くか、突き刺し抉る。
その攻撃を繰り出す為には同じく二通りの動作を用いて、攻撃準備に入る必要がある。
振りかぶるか、引くか。
ほんの僅かなその動作に対して、"銃弾で抑制"するなど渡辺は予想もしなかった。
振りかぶればケードルを撃たれ、腕が後ろに剃らされる。
引けば同じく撃たれ、腕が後ろに引き過ぎてしまう。
腕の立つ渡部にとって、この攻撃は厄介極まりなかった。
これが渡辺でない未熟者だったら、そんな攻撃は意に介さずに"神風アタック"を仕掛けただろう。
そんな事をすれば、攻撃の目処が立つ前にハチの巣だ。
闘いの最中でも常に三手先を読み、冷静に対処するのはこの都で長生きするコツである。
G36がジャムる事はまず期待できないし、雨による動作不良もまず起きないだろう。
- 27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:13:33.73 ID:+a8JDHoJ0
- 流石はH&K社。
信頼と実績の会社である。
土の中に埋めようが、水の中に30分間浸そうがその動作に不良が起きなかっただけある。
この悪天候の中でも正確に渡辺のケードルを狙い撃てるのは、銃の性能だけでは無い。
渡辺はうっすらとではあるが、彼らの能力に気付き始めていた。
"情報"だ。
彼らは、情報を武器として闘っている。
こちらの動きが読まれているのも、それで納得がいく。
ならば、やる事は一つ。
手に付けたケードルを、太ももに戻し。
その場でくるりと優雅に一回転する間に髪を上げていたヘアバンドを外し、回転が終わったのと同時に渡辺は"ハインリッヒ・高岡"へと変貌した。
胸元から一対のチンクエデアを抜き放ち、眼を閉じる。
ここぞとばかりに、”渡辺”と対峙していたシナーとニダーはG36の銃爪を引く。
しかし、目を閉じた状態のハインに弾丸が当たる事はなかった。
柳の様に体を曲げ、紙一重で弾丸を避けて見せたのだ。
すぐさまデータリンクが更新され、二人は導き出された戦術データをダウンロードする。
二人にとってそれは呼吸するぐらい自然な動作だったのだが、そこから生まれた隙はあまりにも致命的過ぎた。
- 29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:19:03.50 ID:+a8JDHoJ0
- よりにもよって、"あの雌豹"に反撃の隙を与えてしまったのだ。
こうなれば終点にある殺戮まで、途中下車は無しである。
半透明の弾倉内に五発あるのをシナーが視認した時には、ハインの姿が音も無くシナーの背後に現れていた。
無音高速戦闘の最高峰"クレイドル"、その技術は渡辺がロマネスク一家で会得したものだ。
すぐ隣に現れても、心得のない者ならば知覚すら出来ないこの技術はそう簡単に知り得るものではない。
"ロマネスクが直々に一家のNo.2に伝える"、言わば伝統芸能なのだ。
如何に高性能な戦術データリンクと云えど、それがデータ化されている訳も無く。
ましてや、その原理を理解できるはずも無かった。
背後から首元に繰り出されたチンクエデアの一閃を、シナーは振り返りざまに辛うじてG36の銃身で防ぐ事が間に合った。
両断されたG36を持った両手が力の関係上、それぞれ上下に流れる。
眼を閉じた状態のハインが、G36を両断したのとは逆のチンクエデアでシナーの"眼を奪う"。
"不幸にも"、ゼアフォー唯一の弱点である脳にまで達しない程深く眼元を抉られたシナーが、仰け反る。
倒れこむようにして、ハインの体がシナーの懐まで潜り込む。
すぐ横に待機していたニダーは、味方を撃つ事が出来ないようプログラムされていた為、G36の銃爪を引く事が出来ない。
もう少し双方の距離が開いていれば、まだ近接戦闘という行動が可能だったのだが。
ハインがあまりにも深くシナーの懐に潜り込んでいた為、それすら敵わない。
その間に片方の脛を切り落とされたシナーが、絶叫を上げながらバランスを崩して背後に転倒する。
ハインは逆手に構えていたチンクエデアを、回転させながら順手に持ち替える。
次の瞬間には、残ったもう片方の脛から先が切り落とされていた。
受け身を取る事が間に合わないまま、シナーは頭から地面に崩れ落ちる事になった。
- 30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:20:40.70 ID:+a8JDHoJ0
- 宙に浮かんだ両手も、二の腕から先をチンクエデアの一閃によって切り飛ばされる。
完全に攻撃の手段を失ったシナーを、驚愕の面持ちで見ていたニダーにもハインの凶刃が迫る。
しかし、ゼアフォーシステムがニダーの寿命を延ばした。
肩付けに構えていたG36を、渡部に向かって放り投げる。
同時に、足のスプリングを最大まで使って思い切り跳び退る。
直後、チンクエデアによって三分割されたG36が地面に落ちる。
ニダーはすぐさま、後ろ腰から一対のヌンチャクを取り出した。
着地と同時に、それを体の前で振り回す。
次第に、体の周りにもそれの旋風を広げ、打撃による防御が完成した。
<ヽ`∀´>「ホルホルホル、如何に雌豹と云えど、この旋風はどうにもできないニダ!」
――――――――――――――――――――
- 32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:24:34.42 ID:+a8JDHoJ0
- カジノ【シャングリ・ラ】。
開店して一ヶ月しか経過していないにも拘らず、その売り上げは周囲のカジノの数十倍にも及んだ。
表向きは、健全なカジノを装っていたのだが。
裏で麻薬取引、人身売買、武器売買を扱っていた為、このような売り上げになったのだ。
それが仇となり、ロマネスク一家の怒りを買って制裁を受ける次第となった。
一応は警告をしたのだが、アメリカという名を楯にして無視を決め込んだ。
もしも、シャングリ・ラの経営者がもう少し聡く、この都の裏社会の鉄則に忠実だったとしたら。
後に起きた惨劇は回避できただろう。
シャングリ・ラ。
理想郷の意。
その言葉をカジノの名に冠したのは、何も客目線から見た理想郷という訳では無い。
カジノ経営者からしても、正に金の湧く理想郷だったのだ。
二階建ての建物の一、二階は一般客に解放されている。
しかし、店の正体を知っている客は地下一階も店の一部である。
一階はスロット、カードが中心。 階の一角にあるバーは、某タイヤ会社の発行したグルメ本で二つ星を獲得した。
二階はルーレット、ダイスが中心だ。 窓際に沿って並ぶテーブルは、上記の本で三つ星を獲得したレストランの席である。
では、地下一階は何が中心かというと。
ロシアンルーレット、売春、武器売買、情報売買、薬物の取引など。
決して綺麗な駆け引きではない、人間同士の暗いギャンブル。
それこそが、地下の商売の中心だ。
- 35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:29:13.12 ID:+a8JDHoJ0
- ―――時刻は夜の八時。
カジノが最も賑わう時間よりも、三十分程早い。
渡辺はシャングリ・ラの前で、左腕に付けた女用の時計を確認し、小さく溜息を吐いた。 その姿は、いつもとかなり違った。
大きくスリットの入った純白のドレスを身に纏い、可愛らしい同色のリボンを腰に巻いている。
顔にうっすらと化粧を施したその姿は、どこか名門貴族の御令嬢かと見違えるほどだ。
吐いた溜息も、まるで御令嬢の憂鬱にも見える。
カジノの入り口へと続く階段をゆっくりと登り、渡辺は扉の前で厳しい表情を浮かべる警備員に軽く微笑みかけた。
警戒心を弱めた警備員が、渡辺を中へと案内する。
紅い絨毯を踏みしめ、渡辺は素早くその視線を動かす。
天井からつり下がる豪奢なシャンデリアが照らし出す店内は、裕福層の客たちで賑わっている。
雑踏の中から上階へと上がる階段を見出し、そこへと迷いなく進む。
階段を登り切り、二階のルーレットの台の前に出てきた。
左腕の時計を見て、時間通りであることを確認する。
(´・_ゝ・`)「お譲さん、一勝負如何か?」
从'ー'从「…えぇ、やりますわ」
ルーレット台に付き、渡辺はディーラーと一騎打ちの賭けをする事にした。
この台のルールは至ってシンプル。
赤か、黒か。
回転するルーレットに設けられた赤と黒のポケットに、ディーラーが投げいれた玉がどちらに入るかを賭けるだけだ。
- 37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:35:14.39 ID:+a8JDHoJ0
- 从'ー'从「ノワール」
渡辺は、黒に賭ける。
一回目、渡辺の勝ち。
二回目、三回目と次々と回を重ねるが、渡辺は黒以外には賭ける様子が無い。
確率が二分の一の賭け事だけあって、渡辺の勝率も50%と言ったところだった。
山のように積み上げられたチップが、渡辺の両脇で"サグラダファミリア"を建造し始めた時。
ふと、渡辺の肩を叩く者があった。
カジノの経営者、ルージュ・ド・ノワール。
赤と黒の二色に染めた髪が特徴で、凄腕の女社長として雑誌に掲載された経験がある。
ノリ゚ー゚ハリ「随分面白い賭け方をするじゃない、子猫ちゃん」
その瞬間、カジノ全体に殺気が溢れ出した。
しかし、それに気付ける者は誰一人としていない。
渡辺の殺気は、無味無臭。 まるで二酸化炭素の様に自然体である為、手練でさえ把握できない場合がある。
このカジノにいる警備員の力量が、渡辺の足もとにも及ばない事がこれで証明された。
ノリ゚ー゚ハリ「気にしないで続けて頂戴な」
ディーラーが僅かにその表情を強張らせ、周囲の人間に気付かれないように手にした玉をすり替える。
磁石入りの特製の玉。
ルーレットが回転している時に、台に仕掛けたスイッチを入れる事によって望むがままのポケットに玉を落す事が出来る。
速い話が、イカサマだ。
- 38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:41:49.83 ID:+a8JDHoJ0
- ノリ゚ー゚ハリ「ねぇ、子猫ちゃん。
”私もお金を出す”から、次の勝負、全額賭けてみない?」
このカジノでは公然とイカサマが行われている事も、渡辺は事前に知っていた為別段怪しむ事も無い。
だから、ルージュが”ディーラーに準備の状態を尋ねても”驚きはしない。
傍から見れば、ルージュの行動はディーラーに勝負をしてもいいかどうかを尋ねたようにしか見えない。
如何します?と渡部に尋ね、準備が完了したとの合図をディーラーがルージュに送る。
从'ー'从「いいですよ。 じゃあ、赤に全部」
そう言って勝負を受けた渡辺は、持っていたチップ全てと、札束を積み上げる。
そこにルージュが更に札束を積み上げ、周囲は騒然となった。
どよめきの満ちる空間の中、ディーラーがポーカーフェイスのままルーレットを回す。
一瞬でその空間から、ルーレットが回る音以外の全ての音が消えた。
ディーラーが、優しく玉をルーレットへと投げ込む。
軽い音と共に、玉が運命の歯車の中へと投じられた。
玉がルーレットの周りを走る音と、ルーレットが回る音。
今この空間にあるのは、その二種類の音だけ。
どれほど時間が経っただろうか。
皆が緊張のせいで時間間隔が狂い始めた時、ようやく事態が動き始めた。
ルーレットが最初の勢いを失い、玉も回転速度を緩める。
そして、訪れた。
運命の瞬間。
玉がポケットに収まって、その歯車の一部へと変わる。
玉を乗せた運命の歯車が、ゆっくりと、確実に停止へと迫り。
"ディーラーの思惑通り"の結果が、停止と同時に公開された。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:46:47.10 ID:+a8JDHoJ0
- 白い玉が、"黒のポケット"に入っているのを、誰もが見咎める。
渡辺の負け、親の総取りである。
ルーレットの停止に合わせて、周囲から安堵の溜息と、落胆の声が響く。
その中で、ルージュは笑いを必死に堪えた様な声で、渡部に話しかけた。
ノリ゚ー゚ハリ「あらあら、残念だったわね。
子猫ちゃんには、賭け事はまだ早かったかしら?」
しかし、渡辺は返事をしようとはしない。
"さり気なくスリットに手を伸ばし"、その手にケードルを装着する。
ディーラーがチップと札束を回収するのを、渡辺は最後まで見ずに立ち上がる。
ルージュに向きなおり、屈託のない笑みを浮かべた。
从'ー'从「いいえ。 私の勝ちです」
直後、渡辺の繊手が滑らかに動いた。
その瞬間、その動作の意味を理解できた者は、渡辺ただ一人だった。
自身の胸元に埋まっている渡辺の手を、ルージュは他人事のように見つめる。
ようやく事態を理解した女性客が、悲鳴を上げた。
正確に言えば、本人は悲鳴を上げたつもりだったのだが。
声帯が震えるより先に、もう片方のケードルによって喉元を掻き切られたため、声は出なかった。
勢いよく噴き出た血が、渡辺の純白のドレスを赤に染める。
それを不機嫌そうに横眼で睨みつけ、渡辺はルージュの胸元から手を引き抜いた。
同時に、悲鳴を上げた女が白目をむきながら仰向けに倒れる。
紅い絨毯に、赤黒い染みが広がり始めた。
それでもまだ、周囲は恐怖で思考が停止しているのか。
誰一人として、悲鳴を上げない。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:51:44.61 ID:+a8JDHoJ0
- 从'ー'从「あれれ〜? この心臓、誰のかな〜?」
そう言って渡辺は、"手に持った心臓"を本人の目の前で握り潰した。
水風船を握り潰したかのように、辺りに血が飛び散る。
ノリ゚−゚ハリ「あ…ぁ…」
だらしなく舌を出して、何かを求めるように両手を伸ばしたルージュに、渡辺は小さく言い放つ。
从'ー'从「再三の警告にも応じなかった報いだ。
棺桶の中で懺悔でもしてるんだな」
最後に何かを呟こうとしたのだろうか、ルージュは口を魚のようにパクパクとさせるが。
結局は無言のまま顔面から地面に崩れ落ち、流れ出る血と共に、周囲がようやっと現実に追いついた。
まるで頭を潰されたゴキブリのように四肢を痙攣させるルージュの死体に、渡辺は見向きもしない。
代わりに、周りで恐怖に慄き口を開けたままの客達に、笑顔で死刑宣告をする。
从'ー'从「老若男女、誰だろうと私は容赦はしない。
せいぜい祈るんだな、この私に。
泣いて、喚いて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった面で、私に懇願するんだ。
どうか、楽に死なせて下さい、と。 苦しい生よりも、安楽な死を。 自ら望み、渇望しろ。
さぁ、祈れ。 楽しいショーはもう始まっているぞ」
渡辺の周囲でそれまで賭博を観戦していた者達が、叫びながら逃げだす。
しかし、渡部に最も近かった五人は最初の一歩を踏み出すのと同時にその頭蓋を切り裂かれ。
六人は振り向きながら逃げようとした為、顔面を切り裂かれ。
ディーラーは台の下に隠してあったコルトM1911A1に手を伸ばす前に、心臓ごと胸元を引き裂かれた。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 22:56:46.96 ID:+a8JDHoJ0
- 一瞬でパニックとなった二階の状況が、一階にも伝わったのだろう。
三人のサングラスを掛けた黒服達が、急ぎ足で階段を上って来た。
目の前で繰り広げられている殺戮に、全員が目を疑った。
血に染まった純白のドレスを翻し、一人の美女が"虐殺"をしているのだ。
今まさに、泣いて命乞いをする女の首を吹き飛ばした。
男たちはすぐさま、懐にしまっていたグロック17を抜き放つ。
だが、僅かに眼を逸らした時には渡辺の姿がその場にいない。
一人が、生涯最後の勘で首を上げる。
その眼が捉えたのは。
深紅の鉤爪が、自身の目の前に現れている映像だった。
握り潰された脳漿が、絨毯に飛び散る。
膝から崩れ落ち、脳漿の上に倒れ込む。
その男の横で、事態に気付いた男が銃口をそちらに向ける。
しかし、その時には既に遅く。
渡辺の細長い脚から繰り出された回し蹴りが、男の首を一回転させている。
残された男も、どうにか銃口を上げる事は出来た。
だが、銃爪を引くことは叶わず。
上半身と下半身を切断され、そこらに転がっている者達と同じ道を進む事になった。
二階で息をしている者が、渡辺だけになり。
思い出したかのように、渡辺はルーレットの台を覗き込む。
从'ー'从「ほら、やっぱり赤じゃないの」
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:01:25.40 ID:+a8JDHoJ0
- ルージュの心臓から弾け飛んだ血が、ルーレットを赤に染めていたのを見やり。
渡辺は小さく嘯いた。
頬に付いた血を舐め取り、渡辺は一階に下り始めた。
そこは、生への執着心で溢れていた。
普段は紳士ぶっている男も。
男と永遠の仲を誓った女も。
そんなくだらない物を投げ捨て、ただひたすらに。
"シャッターが下り、電子錠の掛けられた出入口の扉"に群がっている。
ここに来る前に、時限式の装置をセキュリティ室等に仕掛けていた。
それが今まさに作動し、誰ひとりとしてこのカジノから出られないように仕向けたのだ。
階段から降りてきた渡辺を見るや否や、その場が阿鼻叫喚の巷と化す。
数人はもう失禁しているのだろう、僅かだが、アンモニアの臭いが鼻を衝いた。
¥・∀・¥「金か!? 金ならいくらでも出す!」
普段は人権等で綺麗事をその口から吐き出している男が、一目散に渡辺の元へと駆け寄ってくるなり喚き散らした。
懐から分厚い財布を取り出し、クレジット―カードから何からを渡辺に突き出す。 それに合わせて渡辺の元に同じ考えを持つ連中が群がる。
それに続いて、死刑制度に異議を唱えている女が、狂ったように叫んだ。
ヒステリックな声に、思わず渡辺は眉をひそめる。
川 ゚ 々゚)「警備員! どうしてあいつを殺さないのよ! 早くそのピストルであいつを殺して!」
先の男と同じように、我先にと渡部に金での解決を唱える者。
後の女と同じように、警備員に縋る者。
どちらでもなく、無様にシャッターを叩く者。
どこからか、神への祈りさえ聞こえてくる。
- 45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:07:34.66 ID:+a8JDHoJ0
- 汚らしい。
渡辺はそう思った。
裏社会の人間は、確かに汚れてはいるが。
こういう状況で醜態をさらす真似だけはしない。
それに比べて、表社会の連中ときたらどうだ。
誰一人としてこの自分に立ち向かおうともせず、他力本願。
口ではいくらでも強気な事も、綺麗事も言えるが。
所詮は非力な蛆虫の集まりではないか。
生きている価値すら、まるで見出せない。
从'ー'从「害虫風情が、言葉を解すな」
金で命を買おうとしていた者達が、一斉に吹き飛んだ。
ケードルによる、横薙ぎの一撃。
それだけで吹き飛んだ者たちは、例外なく急所を削り取られていた。
それを見た女たちの間から、悲鳴が漏れる。
悲鳴すら上げられない脆弱な女と、男はただ口をパクパクさせているだけだ。
それまで警備員に縋っていた者達も、転じてシャッターへと駆け寄る。
汚い。
汚い。
汚い。
从'ー'从「焦らなくてもいい。 ただ、受け入れるだけでいい」
- 47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:12:13.43 ID:+a8JDHoJ0
- この場に似つかわしくない優しげな声と、慈母の様な笑みを浮かべ。
渡辺はゆっくりと彼らに歩み寄った。
―――十分後。
そこに生者はなく、代わりに死体の山が出来上がっていた。
どの死体も、恐怖と苦痛で顔を歪めており。
その場は、地獄絵図と言い換えても過言では無かった。
死体を踏みつけながら、渡辺は地下へと続く隠し扉の前に来ていた。
扉にもたれかかるようにして死んでいる男を蹴り飛ばし、扉を蹴破る。
目の前にあるのは、無機質なコンクリートの下り階段。
一本しかない蛍光灯の明かりですら、どこか頼り気にも見える。
一段づつ慎重に階段を下り、トラップが仕掛けられていない事を確認する。
階段を下りきり、目の前にある重々しい鉄の扉に足を掛ける。
蝶番ごと蹴り飛ばし、渡辺の体が室内に踊りこむ。
そこにいたのは、数人の娼婦と、幼い子供だった。
すぐに周囲に神経を尖らせ、伏兵がいないことを確認する。
ケードルから滴る血と、渡辺の体中に付いた返り血を見て、子供が泣き叫ぶ。
その子供をあやしながら、娼婦は震える声で言った。
娼婦「お、お願い… 私達は無関係なの…
ただ、ここの経営者に雇われただけで…」
- 49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:17:12.13 ID:+a8JDHoJ0
- つまり、泣き叫ぶ子供も売春をしているという事だ。
どこまで腐っているのだろうか、ここの連中は。
裏社会の風俗を取り仕切っている"フィディック"ですら、仁義をわきまえている。
子供には、決して売春をさせない。
そんな最低限のルールも守れないとは。
つくづく見下げ果てた連中だ。
皆殺しにして正解だった。
娼婦「せめて、この子達だけでも助けて…」
そして、それに対して何も行動を起こさずに。
娼婦「お願いよ…!」
快楽と金に目がくらみ。
娼婦「あなたも人間でしょう!」
連中と同じことをしてきた貴様らも、駆除する。
渡辺に懇願していた娼婦の顔が、醜く抉られた。
絶叫を上げ、思わず手で顔を覆う娼婦。
その手ごと、渡辺のケードルが顔面を貫いた。
突きさしたまま、娼婦の体を天井に叩きつける。
首があり得ない方向に曲がり、遠心力を利用して渡辺は娼婦を横の壁に投げ飛ばした。
子供が投げた人形のように壁に貼り付き、そのままずるずると崩れ落ちる。
その様子を見て、後ずさり始めた娼婦に渡辺はゆっくりと近づく。
- 52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:22:32.32 ID:+a8JDHoJ0
- 左手のケードルで、女の襟首を掴み、自分の眼の高さにまで持ち上げる。
右手のケードルを、人差し指から順に折り曲げ。
拳を作り上げる。
そして、娼婦の顔面を殴り付けた。
娼婦2「ひぎゃあああああああああ!!」
一撃で鼻と頬の骨が折れ、娼婦は激痛で叫び声を上げる。
その様子を無感情に見つめながら、渡辺はもう一度殴り付ける。
同じ個所をもう一度殴った為、頬骨は粉砕骨折状態になった。
痛みと恐怖で失禁した娼婦を、一度高く放り投げる。
娼婦2「ゃっ?!」
落下してきた娼婦に対して、渡辺は渾身の力を込めて拳を突き出した。
綺麗に顔面に入ったそのパンチは、娼婦の軽い体を離れた壁にまで吹き飛ばすほどの威力を見せた。
一瞬、昆虫の標本のように壁に張り付いたが、すぐにずり落ちる。
陥没した顔面は眼球が飛び出し、すでに生命活動をしていない事を物語っている。
残された子供はただ泣き叫ぶだけで、もう一人いた娼婦は奥の部屋に向かって逃げ出していた。
鍵の掛った非常口のドアに必死で掴みかかり、押したり引いたりを繰り返す。
実に哀れで、滑稽な様子だ。
焦る事はない、ゆっくりと近づき。
恐怖を与えてから、殺してやる。
もはや逃げられないと悟ったのだろう。
娼婦はドアに背を預け、顔をくしゃくしゃにしながら泣き始めた。
- 55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:27:15.28 ID:+a8JDHoJ0
- 娼婦3「私には子供がいるのよ…! まだ三歳になったばかりの女の子が…
見てよ、これがその子の写真よ! あの子には親が必要なの、私を見逃しちょうだい… お願いよ…」
懐から取り出した写真入れを、頼んでもいないのに渡辺に見せ始める娼婦。
確かに、写真入れの中には、小さな女の子がほほ笑んでいる写真が入っている。
だが、それがなんだ?
それが私に何の関係がある?
从'ー'从「それがどうかしたのか? 貴様が一人前に親を語るのならば、娼婦などするべきでは無かったのではないか?
子供の為と嘘をつき、欲望に目を光らせた自分の責任だろう。 もし貴様が、親を語りたいなら。
子供に誇れないような仕事をするな。 貴様のような糞虫がいなくとも、子は成長する。
貴様に依存して成長するよりも、施設で成長した方がその子の為だ」
内心で炸裂しそうな怒りを抑え、笑顔を崩さずにヒールの踵で泣きわめく娼婦の顔面を蹴り上げる。
顔面に、ナイフで切り裂かれたような傷が生まれ、娼婦はのたうつ。
その顔に向かって、つま先で遠慮なく蹴りを入れる。
歯が折れ、娼婦が咳き込んでその歯が吐き出された。
何度も、何度も蹴り付ける。
悲鳴と、鳴き声とを上げながら。
娼婦は、血反吐を吐いた。
娼婦3「おね…たすけ…」
从'ー'从「誰に教えてもらったか知らないが、その写真を私が知らないとでも思ったか?
"命乞いの際に見せれば効果絶大"。 そんな売り文句だったな、その写真。
嘘を吐くなら、もう少し知恵を振り絞るべきだった」
- 58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:32:48.09 ID:+a8JDHoJ0
- 一際大きく蹴り付け、娼婦の体がサッカーボールのように飛ぶ。
―――渡辺の言っている事は正解だった。
裏社会に髪の毛一本程でも関わる事になれば、誰もが例外なく命の危機にさらされる。
その際に、とりわけ女が子供を楯に命乞いをすれば、生かされる可能性が高まる。
その為、娼婦の多くはこの様な子供の写真を常に持ち歩き。
有事の際に使用して、難を逃れるのだ。
だが、そんな事がいつまでも続くわけでもなく。
出回っている写真の全てを記憶した渡辺は、女が嘘をついている事を見破った。
从'ー'从「どうした? 命乞いはもう終いか?
私を楽しませてみろ、そうすれば或いは、一篇の慈悲が下るかもしれないぞ」
瀕死の状態の娼婦に、そんな事を言う気力がある訳も無く。
ただ口から乾いた息を漏らし、小刻みに四肢を動かすしかできなかった。
娼婦の元にしゃがみ込み、髪を掴んで顔を上げる。
涙と血で汚れた顔には、痣や大きな切り傷が出来ていた。
娼婦3「あ…あぁ…うぇ…た、すぅ…」
その恐怖に引き攣り、絶望一色に染まった顔を見て渡辺は笑みを浮かべる。
だが、それは一瞬。
次の瞬間には一切の表情を消して、娼婦の顔を思い切り地面に何度も叩き付けている。
その度に、娼婦の足が跳ねあがり、遂にはそれすら無くなった。
息絶えた娼婦の亡骸を、ゴミのように捨て。
渡辺は泣きわめく子供に視線をくれてやる。
ゆっくりと立ち上がり、歩み寄る。
それでも尚、子供は泣いているだけだ。
- 59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:37:45.22 ID:+a8JDHoJ0
- 感情を撤廃した面で、渡辺は子供に尋ねた。
泣く以外に何もできないのか。
そう思い、渡辺はケードルを子供の額に突き立てる。
ひきつった声を上げ、子供はようやく泣きやんだ。
子供「は…はい」
渡辺も、一応は人間の女である。
母性本能というものを持ち合わせているし、無抵抗な子供を殺す趣味は持ち合わせていなかった。
ここでこの子供を見逃すという手もあるが、それではロマネスクとの約束を破る事になる。
どうしたものだろうか。
そんな事を考えていたからだろう。
子供の裾にデリンジャーが隠してある事に、渡辺は気付けなかった。
レミントン デリンジャー。
全長約12cm、重量約300g、中折れ上下二連式。
女子供でも容易に取り扱いが出来る、傑作デリンジャーである。
小型ながらも、殺傷力はきちんとあり。
今の渡辺と、それを持つ子供の距離なら当たれば致命傷は避けられない。
渡辺の隙は、それほどに致命的だったのだ。
この事件が後の決定打だった。
渡辺が、ロマネスクの元を離れる、その理由を生み出した事件。
"理想郷の追放者事件"。
あまりにも巨大な歯車の中にある、一つの小さな歯車である。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:42:28.52 ID:+a8JDHoJ0
- ――――――――――――――――――――
ヌンチャクはその一撃が非常に重く、素手での防御はほぼ不可能である。
それを体の周囲に展開されれば、接近戦は望み薄だ。
しかし、ハインは全く動揺しない。
相変わらず眼を閉じたまま、柳の様に脱力している。
<ヽ`∀´>「ほうりゃ!」
気合いの声と共に、ニダーが踏み込む。
右手のヌンチャクで薙ぎ払い、左手のヌンチャクで振り上げる。
その二撃を、ハインは手にしたチンクエデアで防いだ。
続けてニダーは、ヌンチャクを繋いでいる鎖でチンクエデアを絡め取る。
思いのほかあっさりと、ハインの手からチンクエデアが落ちる。
直後、ニダーの顔面を"ケードルが掴み砕いた"。
背中から生えた複椀の存在を知る前に、ニダーの機能は停止した。
渡辺が機械化を受けているとの情報はあったのだが、その詳細まではデータベースに無かったのだ。
顔面が砕かれたニダーの体が、ハインの足元に倒れこむ。
それを踏みつけ、ハインはようやく眼を開けた。
紅い瞳に宿る憂いの色を、残念ながらシナーが見て取る事は出来ない。
視界を渡辺に破壊され、彼女がニダーを屠った技の正体すらも分からないのだ。
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:47:28.56 ID:+a8JDHoJ0
- ただ解るのは。
雨音の中でもはっきりと聞いてとれる足音が、自分に近づいているという事だけ。
( ハ )「ど、どうする気アルか…」
オリジナルであるこの体が破壊されれば、もはや不死身の肉体では無くなる。
生命活動が今や困難となりつつあるこの状況。
命乞いでも、情報提供でも何でもする気になったシナーに対して、ハインはひどくつまらなそうに言った。
从 ゚∀从「安心しろ。 ただ、お前の脳を取り出すだけだ」
刹那、シナーの意識はロサンゼルス辺りにまで吹っ飛んだ。
同時に、その命は無へと帰した。
切り落とされたシナーの首を、ハインは乱暴に掴み上げる。
从 ゚∀从「―――私です、回収目標物Aの回収に成功しました。
運搬は如何しますか? はい、それほど距離は離れていない筈です。
直々にしぃ様が来る必要は、えぇ。 ―――だけで十分かと」
誰にでもなく、ハインが呟き。
小さく溜息を吐いた。
その後ろから一人の男が歩み寄って来た足音を、ハインは聞き咎めた。
そちらに振り向き、恭しく一礼をする。
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/05(日) 23:56:26.39 ID:+a8JDHoJ0
- 从 ゚−从「これが、例の物になります」
顔を上げ、ハインは手に持っていたシナーの首を、両手で差し出す。
そこには先ほどまでの笑みはなく、代わりにあったのは鋼鉄の意志の表れだった。
顔に包帯を巻いた男は、無言でシナーの首を受け取り。
自身の背中に背負っていた、"棺桶"にしまい込む。
【+ 】ゞ゚)「御苦労… 引き続き、所定を続行する…」
棺桶死オサムは、尻つぼみにそう言ってその場を後にし。
すぐに闇夜に溶けて消えてしまった。
後に残されたのは、首の無いシナーの死体と、顔面が砕かれたニダーの死体。
そして、雨音だけだった。
軋む歯車が奏でる音はワルツか、それともタランテラか。
それを知るのは―――
第二部【都激震編】
第十四話 了
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