('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:32:28.34 ID:mTSBGsEk0
威力、信頼性、共に長ける回転式拳銃にも弱点はある。
安全装置が剥き出しだったり、弾数が少ない事も確かに弱点だ。
しかし、一番の弱点は"装填速度が致命的なまでに遅い"という点である。
クイックローダーを使ったとしても、オートマチックと比べて銃爪を引くまでに二動作も多くなる。

だから軍隊では、装填速度も装弾数も上回っているオートマチック式の拳銃を使う。
例えば、"予想外に多くの敵に襲撃を受けても"大丈夫なように。
残念ながら、軍隊でも元凄腕の特殊部隊員でもないジョルジュは、自慢の回転式拳銃趣味を否定する気はなかったが。
その趣味のせいで、ルガーレッドホークを使えずにいた。

彫刻を入れたグリップも、銃身も今はジョルジュの代わりに雨に濡れて涙を流している。
"銃の都"随一の銃職人に頼んで作らせた、世界に二つとない回転式拳銃だ。
"ラッテ・リ・ソッチラ"、銃身は鋼鉄製、銃把はカーボン製の逸品。
これをジョルジュに持たせようものなら、その腕前は"ハリー・キャラハン"と同等になる。

だが、そうはいかなかったから、こうしてジョルジュは無意識下で悪態を付いているのだ。

レッドホークの代わりに火を吹いているのは、悲しいかなジョルジュが大嫌いなAK-47だった。
何が悲しくてこんな古臭くて、使い勝手の悪い銃を使わなければならないのか。
こんな銃、場末の悪党かテロリスト、紛争地域のゲリラぐらいしか使わないだろう。
しかし、ジョルジュが贔屓にしているP90はとっくに弾切れになり。

ナイチンゲールで入手したAK47以外に、フルオート可能な銃が無かったのだからどうしようもない。
今の状況を手っ取り早く説明すると、殿として誰かと戦闘を繰り広げているハインとは別に、ジョルジュ達も戦闘を繰り広げていた。
生意気な乳のハインの警告が現実になって、早二十分。
これほどあのいけ好かない女の警告をありがたいと思うとは、予想していなかった。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:37:03.08 ID:mTSBGsEk0
とはいえ、まともに感謝する間も与えずに手元の銃が吐き出す弾丸の雨は、一向に止む気配がしない。
今の戦況は、可もなく不可もなく。
負傷者は出ているが、死者はいない。
思いの外患者達が頑張ってくれた事もあるし、何よりギコの力添えがこの戦況を保っている大きな要因だった。

本来だったら患者諸共合い挽き肉になるはずだったのだが、ギコの獣並みの勘と戦闘能力がそれを防いだ。
ベレッタM8000の二挺構えで、果たしてここまで戦えるのだろうか。
警告を受け、全員で全力疾走撃をかましてから三分後。
高い建物に囲われた暗い路地に差しかかった時、それは起きた。

"元入院患者"とは思えぬ程俊敏に、かつジョルジュよりも早く抜き放ったM8000によって、一瞬の間に四人。
ジョルジュの構えるP90の銃口が火を噴いた時には、既に初撃を加えようとした輩は骸へと変わっていた。
無駄に終わったかと思ったP90の銃撃だったが、思わぬ僥倖を招く事になる。
タイミングを僅かにずらして飛び掛かって来た襲撃者を、数瞬でハチの巣にする事に成功したのだ。

続けて銃口を逸らし、"ゴミ箱"の中から躍り出ようとした者も同じように迎撃した。
しかしながら、それは奇襲の"二撃目"を加えようとした者達で、"本命"の襲撃部隊はその何十倍の数で現れた。
こうなると、いやいや銃を持っていた患者達も"ビルに張り付いていた連中"に対して、AK-47の銃爪を引かざるを得なくなる。
紛争地域で女子供がこのAK-47を手にしている映像はよく見るが、患者が持っている図というのはなかなかお目にかかれないものである。

しかも女子供ではなく大人の男達が、暴れる銃身を必死で押さえている様子は、余りにも滑稽だ。
如何せん、それを罵る事も、悠長に観察している暇も余裕も、その場で迎撃に勤しむ者達には微塵もなかった。
唯一、その場で冷静な対応をしているギコを除いて、だが。
ベレッタM8000クーガーGは、ロータリーバレルの搭載により、連射時の精度が落ちにくくなっている。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:42:20.80 ID:mTSBGsEk0
それを最大限に生かし、ギコは先ほどから銃爪を引きまくっているが、ただの一発の無駄弾を使っていない。
これが数々の修羅場を潜り抜けた、本物の手練ということか。
一方のジョルジュはと言えば、患者達程ではないが、じゃじゃ馬の様に暴れるAK47の銃身をどうにか制御しているといった所だった。
そもそも、素のAK47で精密な射撃をしろと言うのがおかしいのだ。

ジョルジュに言わせれば、レッドホークのあの愛嬌たっぷりのリコイルこそが至高であり。
こんなカビ臭いリコイルなんぞ、発泡酒とビールの如き差である。
嗚呼、レッドホークとまではいかなくとも、せめてリボルバー。
我が愛しのリボルバーを使いたい。

聞いた話では、ギコはリボルバーの遣い手だという。
大口径のリボルバーを遣う者同士、美味い酒が呑めるかもしれない。
まずはリボルバーの会話から入って。
さり気なく、"ナイスバディ"のペニサスの事についても話を広げたいものだ。

あわよくば、デレデレの事についても。
この二人、マフィアという戦場にいる身ながらも、実に怪しからん乳をしている。
それについての話を訊きたい。
あの乳、特にデレデレの乳の為ならば死ねる。

それほどに素晴らしい乳の話を訊かずして、死ねるものか。
故に、まだ死ぬわけにはいかない。
生きて、生きて、生き延びて。
"魂が屈服したくなる"あの乳について、必ず訊いてやる。

そう心に硬く誓い、ジョルジュは空になったAK-47の弾倉を放り捨て。
新たな弾倉を装填する。
コッキングレバーを勢いよく引いて、初弾を銃身内に送り込む。
そして、敬愛する"クリント・イーストウッド"の様に冷静に銃爪を引いた。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:45:02.76 ID:mTSBGsEk0
――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十五話『誰が為に銃を持つ』

十五話イメージ曲『A Horse and A Queen』 鬼束ちひろ

――――――――――――――――――――

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:47:48.69 ID:mTSBGsEk0
銃撃戦で最も大切な事は、自分のリズムを崩さないという事である。
敵の動きや言動に惑わされ、少しでも自身のリズムを崩してしまったならば。
一瞬の内に勝負が付いてしまう。
それが対一であればまだ少しの希望もあるが、対多数の場合になると救いようが無い。

その事を、ギコはよく心得ていた。
クールノーファミリーの最盛期は、ほぼ毎日に様に抗争に明け暮れ。
その中でギコは様々な経験を積み、技量を手に入れた。
だからこそ、分かる事がある。

今、自分達が置かれている状況は"可も無く不可も無く"ではなく。
"相手の真意が解らぬまま眼隠しでチェスを打っている"様な状況であると。
連中がこちらにいる誰か、もしくは全滅を狙って奇襲を掛けたにしては、あまりにも奇妙な事だらけだからだ。
何故、よりにもよって"銃"ではなく、"戦斧"で攻撃を仕掛けてくるのだろうか。

しかも、壁に張り付けるほど高い身体能力を有しながら、こちらには一人の死者も出していない。
こちらを嬲殺しにするのだとしても、覇気を感じられない。
素人の集団が"スタンリー・グッドスピード"のように強運に恵まれていたとしても、誰一人として致命傷を負っていないのは如何なる奇跡の成せる技か。
奇跡では無く、ひょっとしたら作意。

―――そうだ、作意。
連中は、こちらの持つ"何か"を手に入れようとしている。
その"何か"が、まだ揃っていないから連中はこちらを殺そうとしない。
では、その"何か"とは一体なんであろうか。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:52:05.48 ID:mTSBGsEk0
次々と襲いかかってくる仮面の男を迎撃しながら、ギコは思案を巡らせる。
冷静に周囲を見渡し、何か特異点が無いかを探す。
―――そして、見つけた。
それはあまりにも自然だが、"我が母"に教え込まれた頭脳戦の心得がそれを見逃さない。

敵の対応している数が、違う。
弱い者に対して少数で襲いかかるのは、なるほど確かに普通のことである。
しかし、その中に一人。
"暗殺に長けた者"がいるのも関わらず、少数で襲いかかっているのはどう考えてもおかしい。

ちんぽっぽはそれほど大人数を相手に戦う事を得意とはしていないが、それでも水平線会きっての暗殺者である。
少なくとも、横でAK-47を闇雲に撃ちまくっているジョルジュよりはよっぽど強い。
そのちんぽっぽに対して、何故。
患者達の中に紛れていても、一際目立っているちんぽっぽに対して、何故少数で攻めるのか。

対して自分とジョルジュ。
特に自分に対して、敵はこれでもかと際どい攻撃を仕掛けてくる。
M8000は確かにある意味では、AK-47よりも脅威なのかもしれないが。
AK-47を持つジョルジュにまで同じような攻撃を仕掛けている、その意味が全く理解できない。

聡明な姉ならば、あるいは理解できるかもしれない。
しかし、今は姉に頼る事は出来ない。
いつまでも依存しているわけにはいかない、ここは考えろ。
自分自身の頭を使って―――

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 21:55:47.48 ID:mTSBGsEk0
(,,゚Д゚)(分かった!)

マガジンリリースボタンを押して、空になった弾倉を吐き出すのと、ギコが敵の真意に気付くのは同時だった。
もし、ギコの仮定が正しいとすれば、こうして闘っているのは非常にまずい。
その場にしゃがみ込み、胸元から新たな弾倉を取り出す。
雨以外の冷たい何かが、背中を伝う。

(;,,゚Д゚)(……戦闘情報っ!)

取り出した弾倉を装填し、すぐに銃爪を引いた。
ギコは銃身内にあらかじめ一発だけ残した状態で装填する、"タクティカルリロード"を物にしていた為いちいち面倒な作業が省かれ、素早く銃爪を引くことが出来たのだ。
その技のおかげで、これまでも、そして今もギコは命を救われた。
背後からギコに切りかかろうとしていた男が、仮面ごと顔面を破壊されて後方に倒れ込んだ。

――――――――――――――――――――

AK-47"カラシニコフ"。
木と金属で作られた突撃銃で、三大歩兵銃の一つに挙げられる名銃である。
ほとんど最悪ともいえる状況下でも、その性能が落ちる事はないのが最大の特徴だ。
ジョルジュは忌み嫌っているが、ちんぽっぽはこの銃を比較的好いていた。

木製のパーツはプラスチックとは違い、手にしっくりと合うし。
金属のパーツは、何よりも信頼性を得るに十分な要素である。
おまけに、比較的大口径である為、その威力も文句はない。
後継機であるAK-74と比べれば連射力は劣るが、それすらも凌駕する信頼性がこの銃にはあった。

金属照準器はとても簡易な作りではあるが、自らの眼を使えばそれほど気にはならない。
"デンジャー・デリンジャー・ちんぽっぽ"と恐れられた自分にとって、一瞬の内に敵の急所に目線を向けるなど造作も無い。
強いてこの銃に文句をつけるとすれば、やはりその重量だ。
約四キロもある為、デリンジャーの軽さに慣れた者としてはやはり勝手が少し違ってきてしまう。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:01:48.24 ID:mTSBGsEk0
渾名の通り、自分はデリンジャーを用いての暗殺が得意分野であり。
突撃銃を用いた攻撃はそれほど得意では無い。
しかし、水平線会。
もとい、でぃの下で多くの作戦をこなす内に、初期よりはまともに扱えるようになった。

デリンジャーの欠点と言えば、その装弾数の極端な少なさ。
後は、銃爪が少し重いという点だけだ。
それに比べれば、このAK-47の銃爪の軽さときたらどうだ。
マシュマロとグミぐらい違うではないか。

フルオートで撃たなければ、そこそこの命中精度があるので。
この銃は慣れた者からすれば、M16やM4よりも優れた銃である。
更に、この銃は女子供でも扱える単純な操作のおかげで、銃把など握った事の無いであろう患者たちでさえ扱えている程だ。
さて、いい加減何体の仮面男を倒したのだろうか。

患者達の中央でこうして迎撃に勤しんでいるが、一行にその数が減る気配が無い。
まるで影か死者と闘っているかのような錯覚に陥りかけるが、それを手元のAK-47が寸手のところで止める。
この肩越しに伝わるリコイルが、ちんぽっぽの意識に冷却水を流し込み、正常な思考を保たせるのだ。
撃ち漏らした十発を除けば、今倒した仮面男で二十体目。

空になった弾倉を取り出し、新たな弾倉を手に取る。
冷静にそれを挿しこみ、コッキングレバーを引く。
再びセミオートでの射撃を開始したちんぽっぽは、ギコとは違い、敵を迎撃する以外に何も考えられなかった。
だから、何も違和感を感じずにいた。

仮面の下にあるその眼が、ジョルジュに向いている事にも。
全く気付けずにいた。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:08:44.09 ID:mTSBGsEk0
――――――――――――――――――――

ジョルジュは、"自慰行為禁止令"をくらった男子中学二年生並の心境で、仮面を付けた敵を迎撃していた。
しかし、時折訪れる虚しさに支配された一時。
その一時に、ジョルジュは気付いた。
敵が際限なく、有り得ない程の物量で攻めているとばかり思っていたが、それが間違いだった。

敵は、"殺られたふりをして、ある程度したら立ち上がってまた攻撃を仕掛けている"。
これが意味するのは何か。
AK-47の銃爪を引きながら、ジョルジュは思案しようとする。
しかし、それを許さないと言わんばかりに敵が戦斧を振りげて襲いかかって来た。

冷静になれと自身に言い聞かせるが、ギコのようにはなれない。
この手が握る銃把の感覚と、リコイルの感覚がいけないのだと、いい訳をする。
木製よりカーボン製、カーボン製より鉄製。
手に触れる銃把は、誰が何と言おうとも鉄製に限るのだ。

早くも空になったAK-47の弾倉を忌々しげに、襲いかかってきた仮面の男に投げつける。
そして、弾倉を入れておいた胸ポケットに手を伸ばすが。
  _,
(;゚∀゚)「あれ、あれれ?」

ジョルジュは思わず声を出して、驚いてしまった。
無い。
あの鉄の感触が、無い。
片目だけを胸ポケットに向け、その現実を目に収める。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:12:30.28 ID:mTSBGsEk0
  _
(;゚∀゚)(うーわー)

サイドアームは、レッドホークのみ。
リロード用のクイックローダーは二つしか用意していない。
銃身内のと、それを使っても十八発。
敵の数は三十は下らない。

更に悪い事に、レッドホークの弾は特別製では無い。
ただの鉛玉である。
44マグナムとはいえ、あの頑丈な装甲を貫けない事は、皮肉な事に手にしたAK-47が教えてくれた事だった。
小指の爪程の大きさの鉛玉でも、貫けないのだ、.44の弾で抜けるとはとても思えない。

否、一つだけ。
一つだけある。
絶対にあの連中の装甲を貫ける方法が。
全滅させる事は出来ないが、一発一殺は確実だ。

しかし、その方法はあまりにも馬鹿げたものだ。
少なくとも、"ジョルジュは出来ない"。
"獅子将ギコ"が噂通りの戦い方をするのであれば、十八体を倒す事は可能である。
意を決し、ジョルジュは声を張り上げた。
  _
(;゚∀゚)「ギコォォォォォォォ!!」

ジョルジュの声を聞き咎めたギコは、ジョルジュに襲いかかろうとしていた男を撃ち落とし。
ジョルジュの元に駆け寄った。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:17:02.29 ID:mTSBGsEk0
(,,゚Д゚)「どうした?! 突き指でもしたか?!」

銃爪を引きながらも、ギコはジョルジュの気を落ち着ける為に冗談の一つを口にする。
残念ながら、今のジョルジュはその冗談に苦笑する事も、対抗して冗談を言う余裕もない。
腰からレッドホークを取り出し、ギコにクイックローダーと共に差し出す。
  _
(;゚∀゚)「こいつで連中をぶっ壊してくれ!」

両手のM8000をしまい込み、ギコはそれを受け取った。
そして、それを一瞥するや。

(,,゚Д゚)「…任せろ!」

―――実に頼り甲斐のある笑みを浮かべた。
彼こそはクールノーファミリーの主力、"クールノーの番犬"の片割れである。
ペニサスと二人で鉄火場に並ぶ様は、正に地獄の番犬そのものだ。
手にしたレッドホークを握りしめ、ギコは駆け出した。

――――――――――――――――――――

ルガー・レッドホークはブラックホークの後続モデルである。
シングルアクションからダブルアクションという進化を遂げ、その汎用性は大きく広がったようにも思われるが。
実際は逆で、ブラックホークの方が比較的汎用的なのである。
シリンダーの交換によって、マグナム弾以外の弾を撃てるという事が、何よりの理由だ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:23:27.39 ID:mTSBGsEk0
場合によっては、ファニングを用いて敵を圧倒できるかもしれない。
しかし、ギコはそんなまどろっこしい戦い方は好きでは無かった。
もっとシンプルに、もっと真っ直ぐに。
正面から堂々と、"撃ち砕く"。

まさか、戦斧相手に接近戦を仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。
仮面の男は少し戸惑った様子で、戦斧を振り下ろすのを躊躇った。
その隙に、ギコは男の必殺の間合いに踏み込んでいた。
男は考えた。

データリンクにあるギコの情報は、まだ十分ではないが。
何を仕掛けてくるのかは、分かっている。
"獅子将"の渾名を持つギコの戦闘方法は―――

しかし、次の瞬間。
男の上半身が"吹き飛んだ"。
その様子を見ていた別の男は、すぐさまデータリンクにアクセスし、何が起きたかを把握する。
少なくとも分かるのは、銃撃では無い。

銃撃だとしても、XM25ぐらいしかないだろう。
XM25を御三家が手にしたとの情報はない。
と、なれば対戦車擲弾発射器による遠距離砲撃。
RPG-7、パンツァーファウスト、パンツァーシュレック、バズーカ?

味方の上半身が吹き飛んだ瞬間の映像を、スローで再生。
弾頭の形から導き出された答えは、機械の思考に驚愕を与えた。
―――パンツァーファウストV。
現在ある対戦車擲弾発射器の中でも、最大級の貫通力を有する物だ。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:28:02.56 ID:mTSBGsEk0
しかし、如何にそれが高威力であろうとも。
"300メートル先から撃って当てる者"など、データに載っていない。
誰だ。
ツンデレか? デレデレか? いや、その二人はまだここに来る予定では無い。

そして、もう一度データリンクにアクセスしようとして。
男の顔面が"弾けた"。

(,,゚Д゚)「よそ見はいけねぇな、君ぃ」

パンツァーファウストVにすっかり意識を持っていかれていた男は、ギコの一撃の恐ろしさを忘れていた。
硝煙の上がる銃口を男から逸らし、ギコは視線を正面の暗闇に移す。
その暗闇に向かって、ギコは大声で叫んだ。

(,,゚Д゚)「ミセリ、トソン! 足手纏いの回収を急いでくれ!」

「はい」

瞬間、声と共にその暗闇から"何か"が飛来した。
円錐形のそれを見咎め、ギコは反射的にしゃがみ込む。
その反応がコンマ一秒でも遅れていれば、背後で爆炎に包まれた男の様になっていただろう。
何かの正体がRPG-7、対戦車擲弾発射器の代表とも言えるそれの弾頭だと分かったのは、ギコの動体視力の賜物だった。

弾頭を対人用に変えていた為、貫通して背後の足手纏いに当たる事は避けられた。

(゚、゚トソン「こんばんわ、ギコさん。
     …っと、状況は?」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:33:11.85 ID:mTSBGsEk0
暗闇から姿を現したトソンは、手にした古めかしい銃で、戦斧で斬りかかろうとした男を撃ち落とした。
その男に、またもや暗闇から破壊の弾頭が飛んできて、男の体を文字通り吹っ飛ばした。
顔に掛かった髪を梳き上げ、トソンはギコに歩み寄る。
事務的な笑顔を浮かべるトソンに対し、ギコは安堵の溜息を吐いた。

(,,゚Д゚)「状況は見ての通りだが、少し事情が悪いな」

そう言うギコの背後では、対戦車擲弾発射器の先制攻撃によってすっかり陣形の乱れた男達が次々と爆散していた。
それを見る限りでは、トソンはギコの言わんとする事が理解できなかった。
確かに、誰がどう見ても奇襲が成功したこちら側の優勢である。
しかし、義理とはいえギコは"あのペニサス"の弟だ。

"智将ペニサス"の弟の言う事なら、間違いという事はまずない。
そういう風に、トソンはミセリからは伝え聞いていた。
ならば、事情が悪いのは確実である。
少しだけ納得のいかない風に、トソンは口を窄めてギコに尋ねた。

(゚、゚トソン「では、その事情に合わせた作戦を」

(,,゚Д゚)「さ、作戦?」

(゚、゚トソン「え?」

一瞬、トソンは我が耳を疑ってしまった。
この状況で、まさか作戦を立てていないとでも言うつもりか。
流石にそれはないだろう。
最悪の答えを、トソンは驚愕で震えるその口から言う事にした。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:39:30.13 ID:mTSBGsEk0
(゚、゚;トソン「まさか貴方、作戦を考えてないんじゃ……」

(,,゚Д゚)「……すんません」

知識の姉、力の弟。
二人揃って"クールノーの番犬"。
噛み砕く牙はギコ、それを制御する首輪はペニサス。
その手綱を握る女帝が、クールノーデレデレ。

なるほど、理に適っているではないか。
大きなため息と共に、そんな事をトソンは思った。

――――――――――――――――――――

ミセリ・フィディック。
"グレートピンクエロス"の渾名で親しまれる彼女の率いる娼婦達は、全員例外なく戦闘経験のある者達である。
とは言うが、得物は基本的に狙って当てるような物は使わず、RPG-7やショットガンの様に周囲を巻き込む武器を使う。
その訳は、戦闘に長けた者は三名しかおらず、その他の娼婦達は狙撃すらままならないからだ。

都村トソン。
"鉄仮面"の渾名で知られる彼女は、同時にミセリの右腕としても名を馳せていた。
冷静に状況を判断し、非情とも思える指示を出す。
例え、味方が死ぬ事になろうとも、だ。

ハロー・サン。
"クレイジーハロー"の渾名で恐れられる、ミセリの左腕だ。
性格、秀でた能力共にトソンとは対になっており、言わばトソンの鏡のような存在である。
強いて言えばその言葉づかいに問題があり、人によっては不愉快になってしまう点だ。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:44:36.59 ID:mTSBGsEk0
"グレン・フィディック"の娘であるミセリは、ある時期を境にデレデレと急激に親しくなった。
見かけは年齢差がほとんどない二人だったが、実年齢で言えば母と娘ほど離れていた。
幼くして母親を亡くしたミセリが、柔和なデレデレに懐くのはごく当り前の事で。
"どれほど急な頼み"でも、ミセリは二つ返事でそれを了承する程の懐きぶりだった。

例えば、今回の様な"急な頼み"も嫌な顔一つせずにミセリは受けた。
数十人の人質の受け入れと、その警護のなんぞミセリにとっては朝飯前だ。
実際に、朝飯を食べていないのだが。
一日の活力の為の朝飯を抜いても、敵の殲滅が容易と踏んだ為である。

事実、ミセリ率いる娼婦の戦闘集団"アルマニャック"がギコ達を補足し、ついでに敵も補足した段階で全ての段取りが完成していた。

(゚、゚トソン『対戦車擲弾発射器による砲火、然る後に対物狙撃銃による残党制圧が有効かと』

擲弾による周囲の被害は避けては通れない道だが、命あってのなんとやら。
多少の負傷(死なない程度)なら、別にいいとデレデレから事前に言われていた為、こちらが立てた作戦に問題はない。
文句を言う勇気のある患者は、恐らくいないだろう。
"鉄仮面"トソンは、それを最大まで利用しての作戦を立案したのだ。

(゚、゚トソン『私が相手の注意を引きます、援護をお願いします』

立案者として、トソンは自らを最前線に送り込む事を微塵も躊躇わない。
それこそが立案者としての義務であり、トソンの信念だった。
立案した者が最後部で安全な場所にいる事を、トソンは毛嫌いしているからだ。
最前線に行くからには、トソンの技量が問題視されるが、そこは問題ない。

ミセ*゚ー゚)リ『そう…、気をつけてね。 無茶はしないように』

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:48:30.65 ID:mTSBGsEk0
その事を熟知しているミセリは、優しくトソンに微笑みかける。
トソンは手に持っていたトンプソンM1A1に、ドラムマガジンを装着してコッキングレバーを勢いよく引いた。
古めかしい木と、鉄で作られた第二次世界大戦のアメリカ軍正式採用短機関銃、骨董品レベルの銃を使うのは別にトソンの趣味では無い。
水平線会のミルナからプレゼントされ、渋々使っているのだ。

―――と、本人は言っているがミセリから見たらそんな事は言い訳としか思えない。
わざわざこんな時にそれを持ち出すのもそうだし、何よりミセリは扉の隙間から時々覗き見ていた。
トソンがあの銃を布で磨き、油を差し、使いやすいように改造しているのを。
一昔前のスポ根漫画に出てくる健気な姉の様な役回りだったが、ミセリはその時久しぶりにトソンの笑顔を見た。

そして、ハローがそんなミセリの思い出を打ち消すように、パンツァーファウストVをぶっ放した。
弾頭の交換が出来ないパンツァーファウストVは使い捨て対戦車擲弾発射器の為、ハローはそれを躊躇いなく投げ捨てる。
雨雫で曇ったメガネが、ハローの視界を隠しているのも関わらず。 むしろそれが功を奏したのか、弾頭の飛んで行った先から爆発音が響いた。
距離にして300メートル、よくもまあこの距離から当てられたものだ。

ハハ ロ∀ロ)ハ『撃った分だけbillが通る!
        日ごろのresentmentをぶつけてやれ、ファッカー!』

早くも狂いだしたハローを、ミセリは呆れ顔で見やった。
ハローに合わせ、娼婦達も手にした得物を次々と構え始める。
確かに、今回の作戦に掛かった費用は一切合財デレ達が負担する事になってはいるが。
流石に遠慮というものをしてもいいのではないか。

特にハロー。
別にパンツァーファウストVなんて高級品ではなく、RPG-7を使えば費用は格段に安くなる。
にも拘らず、ハローは頑としてパンツァーファウストVの使用を譲らなかった。
せめて、買い手が付かずに在庫の山に埋もれているパンツァーシュレックにしてほしかった。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:53:46.60 ID:mTSBGsEk0
そうすれば、在庫も掃けて一石二鳥だったのに。
とりあえずミセリは、両手で担いでいた得物を構え、光学照準器を覗き込んだ。
バレット M82、個人運用を可能にした対物自動小銃である。
従来の対物ライフルの重量は、ほとんどが規格外の重さであった為、個人運用は困難だった。

ステアー社のIWS2000なんて、十八キロもあり。
更にはゲパードM3は実に二十キロもあるのだ。
破壊力と射程の代わりに携行性を犠牲にしたのが、対物ライフルである。
その点、ミセリが構えるM82は十二キロ。

少し鍛えれば、女でもこの銃は立ったまま構える事が可能になる。

ミセ*゚ー゚)リ『ではでは皆さん、始めましょうか』

ミセリは一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと眼を閉じた。

ミセ* ー )リ

そして、深く息を吐きだすのと同時に眼を開き、大きく声帯を震わせた。

ミセ*゚−゚)リ『義を果たせ!』

――――――――――――――――――――

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 22:58:18.48 ID:mTSBGsEk0
ジョルジュはミセリ達の登場により、一度は奈落の底に落ちかけた戦闘意欲が最燃焼し始めていた。
問題だったのはレッドホークが使えないことよりも、実のところは"女っ気"の不足にこそあった為だ。
何と言われようと、ジョルジュは自らの信念に従順であり続けることを誇りに思っており、その為ならば如何なる事も厭わない。
ジョルジュ・長岡とはそういう男だった。

裏社会では珍しいタイプの人間で、どちらかと言えばクールノーに寄りの考え方をしていた。
だからジョルジュはクールノーに憧れ、今回の仕事には人一倍の情熱を燃やしていたのだが。
今回の仕事は少しだけ、何か違和感を感じざるを得なかった。
作戦自体に不備がある訳ではないが、何かがおかしい。

それは戦闘中に生まれた僅かな歪み。
クールノー・デレデレの作戦に問題などある筈が無いが、それでも、だ。
憧れた者故に分かる、違和感。
ケーキの中に入れられた一撮みの塩に感じるが如く違和感、ジョルジュはそれを感じ取った。
  _
(;゚∀゚)(なーんか、なぁ)

得物を全て失い、違和感を感じつつもなお、ジョルジュはこの場を離れようとはしない。
この歪みの正体が解るまでは、この場を"離れてはいけない"気がしたからだ。
まるで、何者かの大きな手のひらの上で踊っているような、そんな気がする。
それでもその愚者の真意を、知るまでは逃げるわけにはいかないのだ。
  _
( ゚∀゚)「ん?」

ふと、仮面の男の繰り出す斬撃が大人しくなり始め、何の気なしに泳がせた視線の先に何かを見つけた。
―――マズルフラッシュ。
図鑑に載っている名も無き星の輝き程小さなものだったが、見紛う事はない。
光を視認してから約四秒後、遅れて銃声が鼓膜を擽った。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:03:09.33 ID:mTSBGsEk0
約1.2キロからの遠距離狙撃、その犠牲となったのは今まさにジョルジュの背後に忍び寄っていた男だった。
眉間を穿たれ、そのままジョルジュに寄りかかるようにして倒れこむ。
思わずジョルジュは、その男を突き放し、大声を上げた。
"おいしいところを独り占め"とは、なかなか狡い奴だ。
  _
( ゚∀゚)「おせーんだよ、ペチャ!」

このタイミングで、この遠距離射撃。
ジョルジュの知る限りでそれが可能な人物は二人しかおらず、うち一人はペチャでは無い。
となると、残されたのは必然的にペチャ。
つまりは、クールノー・ツンデレ。

彼女しか、いないのだ。

「この糞眉毛野郎、後でその眉毛を燃やす! 絶対に!」

恐らくは鬼の様な形相で叫んでいるであろうツンの声が、その場の全員に届いた。
その声の主が、よもや美人であろう事など知らない患者達は一人の例外も無く震えあがる。
仮面の男の振り上げる戦斧より、この声の主の方がよっぽど恐ろしいと、本能が告げたのだ。
事実、声の主の実力は僅かに好転した戦況を、完全に覆したのだ。

( ∴)『高脅威目標の出現を確認』

しかし、それでも男達は全く動じる気配が無い。
自分達の背後にある力を過信し、それに頼り切った者の気配を、ジョルジュは感じ取った。
まるで、ヤクザ気取りのバカ兄を持つ弟の様な気配。
それは酷く不愉快な物だ。
  _
( ゚∀゚)(やっぱり、おかしい。 こいつら何か隠してる)

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:08:30.16 ID:mTSBGsEk0
とは思うものの、それに対応する力も知力も無いジョルジュに出来る事と言えば、"殺戮の女神達"の登場で浮かれだした患者達の避難誘導をする事だけだ。
事前に手渡された発煙筒を、ポケットからジョルジュは戦場で一服する猛者のように取り出す。
その尻を地面に思い切り叩きつけ、発煙筒の先端から赤い光りと煙が噴き出した。
それに気付いた患者達が、一斉にジョルジュを見る。
  _
( ゚∀゚)「よーし、手前等! 死にたくなければ大人しく俺の後に続け!
    女の尻を追いかけたい気持ちも分からなくないが、今は我慢しろ!
    俺だって我慢してるんだ、いいな!」

もはや、文句どころか失笑すら上げられない患者達は駆け出したジョルジュに付いて走り出す。
中にはAK-47を投げ捨て、少しでも身を軽くしようと試みる者までいた。
患者達を率いて、ジョルジュは手近な横道へと駆けこむ。
いよいよ作戦の大詰め、敵の掃討の時間である為、"射線軸上"にいるのは自殺行為であるからだ。
  _
( ゚∀゚)「ミセリ!」

全員が横道へと非難したのを確認し、向い側の路地裏にもトソンやギコ達が避難しているのを確認して。
ジョルジュは叫んだ。
  _
( ゚∀゚)「イッツショウタイム!!」

その声を待っていたのは、患者だけでなく日頃溜まったストレスの解放を望んでいた娼婦達も同じだった。

ミセ*゚ー゚)リ「斉射」

ミセリの掛け声と共に、娼婦達が手にした得物が一斉に火を噴く。
しかし、放たれた弾丸も弾頭も。
ただの一つとして、仮面の男を"仕留めはしなかった"。
―――弾が当たる数瞬前、一斉に仮面の男達が倒れたのだ。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:13:07.44 ID:mTSBGsEk0
ミセ;゚ー゚)リ「あら、あらら?」

それに気付けたのは、一部の手練達だけで。
患者達や娼婦達は敵を倒したと勘違いし、歓喜の声を上げる。
トソンもギコも、ミセリもちんぽっぽも、ジョルジュもツンも。
場所は違えど、皆一様にそれに気付いていた。

(゚、゚トソン「…何なんでしょうか、これは」

拍子抜けにも程があるこの事態は、残念ながら現実で。
誰もが疑念の種を、心に抱かずにはいられない結末になった。
ともあれ、こうして作戦は実にあっけない最後を迎えたのである。

――――――――――――――――――――

この都で、"清々しい朝"という単語はもはや死語になりつつある。
一年中曇りで、百年に一度晴れるか晴れないかというこの都の天候は、人々からやる気だけでなく言葉までも奪い取った。
しかし、この都に五年でも住めば、青空よりも素晴らしい存在に気付ける。
それは人によって様々だが、ドクオにとってそれは酒だった。

共に酒を酌み交わす友がいないドクオは、必然的に一人酒を呑む事が多かった。
懐に余裕があれば、酒場に繰り出して一人酒。
余裕が無ければ、当然ドクオの住むおんぼろアパートでの一人酒である。
ところが、今日は事情が違った。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:18:10.04 ID:mTSBGsEk0
時刻は朝の八時。
健全な者なら、寝ぼけ眼を覚まして一日の作業に勤しむ用意を完了させている時間なのだが。
ドクオは蓄積された疲労と気苦労によって、ただでさえ陰鬱な表情が、よりいっそう陰鬱になっていた。
そろそろ長くなり出した黒髪が眼元を隠し、ドクオは目の前の状況から目を背けようとする。

"ヤーチャイカ"の作戦が終わり、ヒートと共にトラックでクールノーファミリーへと帰還したのだが。
運転をヒートに任せた事を、ドクオはひどく後悔していた。
"スポーツカー並の改造を施したタクシー"の運転手じゃあるまいし、もう少し丁寧な運転は出来ない物だろうか。
乗り物酔いによって青ざめた顔のまま、ヒートに引きずられるようにして作戦本部へと馳せ参じたドクオを待っていたのは、酔っ払いだった。

それも、ひどく"達の悪い"酔っ払い。

(=゚д゚)「ラギ?」

一人は水平線会のトラギコ。

( ゚д゚ )「ウープス?」

もう一人も、同じく水平線会のミルナ。
それぞれ一升瓶を抱えた状態で、数十本の一升瓶と共に地面に転がっている。
二人とも顔を赤らめ、明らかに泥酔状態だ。
酔っ払いにはろくでもない記憶しかない為、ドクオは酔っぱらいを見ると気分が悪くなってしまう。

('A`)「……ぅゎっ」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:23:20.57 ID:mTSBGsEk0
だからドクオは、思わずそれを声に出してしまった。
当然、酒に酔って五感が敏感になっている二人は、それを聞き逃さない。
仮にもこの二人、水平線会が誇る手練である。
今はこんな事になっているが、"その手の専門家"なのだ。

(=゚д゚)「おうおうおうおうおうおうおうおうおううううううぼあああああああああああ!?」

何か言おうとしたトラギコが、顔を持ち上げた瞬間。
ヒートの足がトラギコの腹部を優しく踏みつけた。
実際には優しく踏んだように見えるだけで、ボクサーのパンチをストマックに喰らった程の威力があるのだが。
優しく、かつ威圧的にヒートは囁く。

ノパ听)「大人しく寝てろ、な?」

それは弟の悪戯を諭す姉ではなく、弟を虐める事に快感を覚えた姉の声だ。
口の端を軽く持ち上げ、ヒートは笑みを浮かべる。
本格的に腹部の攻撃が威力を上げ始め、トラギコの表情から一瞬で酔いが消え去った。
荒技ではあるが、他人の酔いを打ち消すなどそうそう出来ることでは無い。
  _,
(;=゚д゚)「わがっだ、わがっだがら足をどげでぐれラギ…」

腹部に乗っているヒートの足を軽く叩き、トラギコは敗北を認める。
それを良しとし、ヒートは足を退ける。
一体あの細い脚のどこに、そんな力があるのだろうか。
そんな事をドクオが思っていると。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:28:31.56 ID:mTSBGsEk0
( ゚д゚ )「おうおっ……!?」

今度はミルナが何か言おうとしたのだが、それも制された。
思わずドクオも、呼吸を止める。
重くて鈍く、鋭く繊細、迅く疾い威圧感。
それが、ミルナの口を塞いだのだ。

(#゚;;-゚)「ミルナ」

でぃが静かに、それでいてハッキリと聞こえる声でミルナに言葉を投げかけた。
血の気が引き切ったかのように、ミルナの顔が蒼白になる。
"帝王"の言葉は絶対であり、それに逆らう事などミルナは想像できない。
否、ミルナだけでは無い。

水平線会に所属する者全員が、でぃの言葉には逆らえない。
クールノーの者も、ロマネスク一家の重鎮だとしてもそれは同じだ。
何せ、御三家の首領は全員が幼馴染。
全員が等しく"絶対的な主"である。

( ゚д゚ )「自分は!大丈夫であります!」

寝転がっていたミルナが一瞬で立ち上がったかと思うと、その場で杉の様に直立。
革靴の踵同士をぶつけ、音を立てて足を揃え。
真っ直ぐにでぃの眼を見て、ミルナは顔を強張らせる。
兵士の様にハキハキとした声と共に、キッチリと敬礼をした。

(#゚;;-゚)「うむ。 そろそろ全員帰還する頃合いだ。
    酔いを醒ましておけよ」

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:33:13.17 ID:mTSBGsEk0
そう言ってでぃは、ミルナとトラギコに水の入ったペットボトルを投げて渡す。

(#゚;;-゚)「さて、ドクオ。 今回はご苦労だったな」

('A`)「え?」

( ゚д゚ )「?!」

(=゚д゚ )「!?」

全く予想していなかった人からの労いの言葉に、ドクオは思わず声を上げた。
それはそうだろう。
ミルナとトラギコが、驚愕の面持ちででぃを見る。
それほど、でぃの言葉は予想外だったのだ。

(#゚;;-゚)「ん? どうした、三人揃って変な顔して」

眼を見開いてでぃを見る三人の代わりに、透き通った声の主が答えを述べる事になった。
それまで笑顔で酒を呑んでいたデレデレが、クリスマスプレゼントを貰った少女のように満面の笑みを浮かべながら口を開く。

ζ(^ー^*ζ「わー、でぃが上機嫌だー」

相変わらずの美声で、デレデレは我が事のように喜んでいた。
実年齢を聞いたとしても、彼女の挙動や容姿はそれを打ち消すのには十分すぎる。
ましてや、成人した娘がいるとは夢にも思うまい。
それが、クールノーファミリーのゴッドマザー、デレデレだった。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:38:40.13 ID:mTSBGsEk0
ζ(゚ー゚*ζ「みんなが無事に帰ってきたから、嬉しいのよね?」

笑顔で問うデレデレ。

(#゚;;-゚)「む…」

無表情で答えるでぃ。

ζ(゚ー゚*ζ「ねー」

笑顔で問い掛けるデレデレ。

(#゚;;-゚)「ん」

ポーカーフェイスで答えるでぃ。

ζ(゚ー゚*ζ「ねー」

笑顔で尋ねるデレデレ。

(#゚;;-゚)「ん…」

ζ(^ー^*ζ「照れちゃって、可愛い♪」

心底幸せそうに、デレデレはふにゃりと微笑む。
とろけてしまいそうな程のその笑みは、いつだってデレデレの家族にしか向けられない。
ちなみに、水平線会に長らく所属しているミルナ達でも、でぃの表情の変化は全く分からない。
でぃの表情が解るのは、世界広しと言えどもデレデレただ一人だけだ。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:42:49.23 ID:mTSBGsEk0
ノパ听)「お、来るぞ」

いつの間にか、デレデレの横で酒を呷っていたヒートが、何かに気付いて声を上げた。
ドクオとミルナ、そしてトラギコが一斉にヒートの目線の先を向く。
そこにあるのは何の変哲も無いドア。
思わずヒートに向きなおり、ドクオは口を開いた。

('A`)「え? 何も来ないけど…」

しかし、ドクオとは対照にミルナ達はヒートの言葉に感心していた。

( ゚д゚ )「……ほんとだ、来た」

(=゚д゚)「収音マイクじゃあるまいし、よく分かったラギね」

ドクオがヒートの言葉の意味を理解したのは、十秒後の事だった。
ドアの外、つまりは廊下から騒がしい声が聞こえてきたのだ。

「痛いって言ってるだろうが! このペチャ!」

「あぁ? 聞こえないわね、この短小野郎!」

だんだんと近づいてくる声、それも聞き慣れた者の声だ。

「おぐおヴぉあああああああ?!
 だがらっで、だまをづぶずごどないだろ…!」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:47:29.96 ID:mTSBGsEk0
声がいよいよドアの前にまで来た時、ドアノブが小さく音を立てて回った。
そして、扉が開かれる。
  _
( ゚∀゚)「やぁ、ただいま!」

そこから現れたのは、何か吹っ切れた顔をしているジョルジュと。

ξ゚听)ξ「ただいま帰還しました。 作戦は無事成功、死傷者はゼロです」

雨に濡れた金髪をタオルで拭きながらも、戦果を報告するツン。

ミセ*゚ー゚)リ「お久しぶりです、デレデレ様」

同じく雨に濡れた茶髪をタオルで拭うミセリ・フィディック。

(゚、゚トソン「御無沙汰しておりました、会長」

事務的な中にも、どこか親しさを込めた礼をするトソン。

(,,゚Д゚)「ただい、ま、ま帰りましした」

机に突っ伏していたペニサスが起き上がるのを見て、少し声が震え始めたギコ。

【+  】ゞ゚)「…」

相変わらず棺桶を背負ったまま、不気味に突っ立ているオサム。

从 ゚∀从「よう、今帰ったぞ」

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:52:08.77 ID:mTSBGsEk0
頭からタオルを被り、その下から歯を見せて笑むハイン。
計七人が、続々と会議室に入ってくる。
それまで広かった会議室が、僅かだが狭く感じる。
これにて"ヤーチャイカ"、"カトナップ"、"ケードル"の三部隊が作戦を完遂し、帰還したことになった。

从 ゚∀从「あれ? ロマネスクsは?」

部屋に入るや否や、周囲を見渡したハインがデレデレに質問する。
その真意は不明だが、答えられない理由も無いだろう。
デレデレはごく自然に、口を開いた。
まるで、午後のニュースの一部を教えるように。

ζ(゚ー゚*ζ「あぁ、少し席を外すって。
       多分千春が騒いだから、その説教じゃない?」

千春は先ほどトマトジュースをぶちまけ、他人の家の絨毯を汚したのだ。 説教は避けて通れない。
ちなみにその躾は、ロマネスクの仕事でもある。
今頃千春は、太ももに竹刀を挟んでの正座説教を喰らっている筈。

从 ゚∀从「じゃあ、俺もその手伝いに行ってくる。
      場所は?」

ζ(゚ー゚*ζ「…んーと、確かこの階の説教部屋だと思うわ。
       場所は解るわよね?」

从 ゚∀从「あぁ、解る。 じゃあ――――」

ロマネスクの場所を聞いたハインが、踵を返して部屋を出ようとしたが。
それをデレデレの言葉が優しく止めた。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/12(日) 23:57:04.89 ID:mTSBGsEk0
ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと待って、その前に皆に重要な話があるの」

その声は、いつものデレデレとは違い。
どこか緊張と、揺るぎない決意を孕んだものだった。
その場にいる全員が、例外なくデレデレの言葉に耳を傾ける。
全神経を、聴覚神経へと集中させる中、"鉄仮面"が怯まずに質問を投げかける。

(゚、゚トソン「その為に、私達も呼ばれたのですね?」

本来なら、患者達の救出が完了した時点で、ミセリやトソンの仕事は終わりだったのだが。
先ほどデレデレから連絡を受け、こうして馳せ参じたのだ。
余談ではあるが、この都の住民が所持している携帯電話の九割が、防水仕様の機種である。
湿気の多いこの都で、通常の携帯電話を使おうものなら、一ヶ月以内に壊れるのは必至。

ゴツイ防水仕様の携帯電話は、女性受けはしなかったが、トソン達は全員それを使っていた。
その為、あの豪雨の中でも携帯電話による連絡が可能だったのだ。
カシオ社製、E03CA。 耐水、対衝撃使用の携帯電話の中でも最強と謳われる、正に最高傑作機だ。
このW42CAの改良型法人向け携帯電話は、裏社会で多く愛用されている機種である。

ζ(゚ー゚*ζ「そうそう。 今からする話は、この都に大きく関わる問題だからよく聞いて」

トソンの質問に対して、デレデレは首を縦に振って肯定し。
そして、これから言わんとする言葉に対する注意を促した。
場に、一層の静寂が訪れる。
ゆっくりと、だが力強い口調でデレデレは"その単語を"言い放った。

ζ(゚−゚ ζ「歯車王…」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/13(月) 00:02:08.55 ID:BiFWNBpw0
その瞬間、最初の歯車王暗殺に関わった面々は、無意識のうちに息をのんだ。
完全に硬直した場に、デレデレが言い放った言葉は、あまりにも衝撃的過ぎ。
ツンからは冷静さ、ヒートからは自制心、ドクオからはそれら二つと、幾つかの物を奪いとった。
全身から音を立てて血の気が引くのが解る。

掌から汗がにじみ、たまらず握り拳を作ってしまう。
唇が渇く。 口の中は、まるで砂漠の様に干上がってしまっていた。
音が消える。
絶対零度とは、あるいはこの状況を指し示すのではないだろうか。

耳鳴りがひどい。
後五分もこの空間にいれば、間違いなく嘔吐してしまう。
耐えられる時間は、もって一分。
速く、迅く次の単語を―――。

ζ(゚ー゚*ζ「……の事は抜きにして、一週間後に控えた歯車祭の準備とか、作戦を明日話し合うから。
       時刻は2100、場所はロマネスク一家の地下大会議室、幹部クラス全員招集の大会議よ」

音を立てて、ドクオは地面に倒れ込んだ。
他の面々も、似たようなリアクションをする。
肩透かしにもほどがある。
と、言うより冗談がひどい。

ζ(^ー^*ζ「祭りよ、祭りっ!」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/13(月) 00:07:05.44 ID:BiFWNBpw0
そんな事は関係ないとばかりに、デレデレはハイテンションになっている。
そして、用件だけを伝えると。

ζ(゚ー゚*ζ「って事で、解散!」

と言い、席を離れる。
でぃの元まで駆け足で寄り、その腕に自らの腕を絡ませる。

ζ(゚ー゚*ζ「でぃ〜、一緒にお酒呑もうよ」

上目づかいで酒の友を誘う。
しかし、でぃは相変わらずの無表情で告げた。

(#゚;;-゚)「…悪い、少し仕事を残しているんだ。 後でな」

ζ(゚、゚*ζ「ちぇ〜」

心底残念そうに拗ねたデレデレが視線を泳がせ、ある一点でそれを止める。

ζ(゚ー゚*ζ「ツンちゃん、呑もう」

ξ゚听)ξ「へ?」

退室し始めた面々と共に、自室に帰ろうとしていたツンを呼びとめる。
完全に予想外だったのだろう、ツンは柄にもなく間抜けな声を上げた。
その様子を微笑ましげに見つめ、デレデレは誰もが惹かれずにはいられない笑顔を浮かべた。

ζ(^ー^*ζ「言いたいこと、あるんでしょう?」

どんなに行動が幼くとも、やはり母は母なのだ。 娘の事など、お見通し。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/13(月) 00:12:08.66 ID:BiFWNBpw0
――――――――――――――――――――

都の中心に聳え立つ城。
歯車の都の中心にして、発展の証。
全ての歯車が集うと言われ、全ての歯車を統べると謳われる王の城。
それこそが歯車城だ。

数本の尖塔で構成された古めかしい城は、一般人の立ち入りは禁止されている。
観光客であろうと、立ち入ろうものなら容赦なくセントリーガンの洗礼を浴びせられ、数秒の内にミンチになる。
その城の最上階に、一つの影が佇んでいた。
背丈は約2m、その体を覆い隠すのは漆黒のマント。

|::━◎┥

王は佇んでいた。
何を言うでもなく、最上階から見下ろす都の景色を無言で眺めている。
一つの光源も無い最上階で、王は都を眺めていた。
彼の名は歯車王。
全ての歯車を統べる、歯車の王。

腰まである長い黒髪。
全ての表情を覆い隠す鋼鉄の仮面。
体だけでなく、その正体も覆い隠しているような漆黒のマント。
彼の名は歯車王。
”始まりの歯車”を持つ、歯車の皇。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/13(月) 00:17:23.55 ID:BiFWNBpw0
|::━◎┥

王は佇んでいた。
声を出さずに、最上階で高らかに笑い声を上げる。
一つの光源も無い最上階で、王は無言で笑っていた。
彼の名は歯車王。
歯車の都で唯一の、歯車の長。

|::━◎┥『―――の準備は?』

(´・ω・`)「順調です、後は―――の―――が、―――だけです」

|::━◎┥『御苦労…』

王は踵を返した。
音も立てずに、最上階から都へと繰り出すために。
一つの光源も無い最上階から、王は無言で去ろうとした。
彼の名は歯車王。
如何なる歯車も、彼の掌の上。

|::━◎┥『オサム、渡辺、御苦労だった』

去り際に、気配と音を消して後ろに佇んでいた二人に、労いの言葉を掛ける。

【+  】ゞ゚)「恐縮です…」

从'ー'从「恐悦です…」

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/04/13(月) 00:23:15.97 ID:BiFWNBpw0
それだけを述べると、歯車王はめんどくさげに自らの頭へと手を伸ばす。
そして、黒髪を掴み。
"長髪の鬘を取り去った"。
下に現れた髪の色は、暗闇の為視認が困難だ。

ただ視認できるのは。
鬘の下の髪は少なくとも肩まで伸びてはいない、という事だけ。

彼は歯車王。
彼は歯車皇。
彼は歯車ではなく、それを統べる者。
歯車の都を統べる、唯一の王である。

王は、音も無くその場を去った。

第二部【都激震編】
第十五話 了


戻る 次へ

inserted by FC2 system