('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:00:05.80 ID:4tVWuOTO0
不慮の事故により住居を失ったドクオは、ある男の家で浅い眠りについていた。
以前までのカビ臭さも、湿りっ気も無い普通の住居である。
御三家に程近い、とあるマンションの一室。
そこが、ドクオの今いる場所だった。

更に補足として言うならば。
この部屋の主である、ジョルジュ・長岡も同じ部屋にいた。
誤解のないように寝床についても説明するが、ドクオは床、ジョルジュは布団だ。
泊まらせてもらっている以上、ドクオは寝床について文句を言えない。

ふと、ジョルジュの耳元に置かれていた目覚まし時計が"声を発した"。
どう聞いてもそれは、アニメかゲームの声優の声だ。
可愛らしい声をしているが、こう言う声の主に限って顔が"般若"の様だから困る。 そんな事をドクオは、寝ぼけた頭で思った。
突如、それまで死んだように眠っていたジョルジュの左手が、空気を切り裂いて振り下ろされた。

向かう先は目覚まし時計の上部。
アラームを停止させる為のスイッチ目掛けて、ジョルジュの左手はハンマーよろしくの迫力で迫る。
直後に響いたのは、想像以上に優しい音だった。
そして、同時に布団が蹴飛ばされる音も響く。

眼を細めて眠気に耐えるジョルジュが、起床した。
数分前に目を覚ましていたドクオも、それに合わせて本格的に起床する。
ドクオは自身の腕時計を見て、朝の三時であることを確認し、欠伸をした。
欠伸をしてもカビの香りが鼻腔を擽らないのは、随分いいものだ。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:04:39.64 ID:4tVWuOTO0
互いに無言で挨拶を交わし、同時に起き上がる。
二人揃って小さな洗面所に向かい、同時に洗顔―――
―――出来る筈が無い。
僅かだが出遅れたドクオが押しのけられ、ジョルジュが先に洗顔をする。

男用の洗顔フォームをヌルリと手のひらに取り出し、ジョルジュはそれを顔に塗りたくる。
強くこすり過ぎてもいけない為、適度な力で念入りに洗顔をする。
特に鼻のまわりに力を入れて鼻の脂を取る辺り、ジョルジュの拘りが窺い知れた。
顔に付けたフォームを冷水で洗い流し、清潔なタオルで顔を拭き終えた時そこには。
  _
( ゚∀゚)

愛嬌のある眉毛を上下に動かし、いつものように爽やかな笑顔を浮かべる男がいた。
続けて鏡の前で髪型を整えようとした為、ドクオはそれを押しのけて洗顔を開始する。
何かジョルジュが文句を言ったようだが、それは水道から勢いよく出した冷水の音が掻き消した。
ばしゃばしゃと顔に水を掛け、ジョルジュの使った洗顔フォームをドクオも同じように使う。

ドクオとしては、洗顔フォームよりも洗顔石鹸の方が好きなのだが、贅沢は言っていられない。
他人の家に対してケチをつけるほど、ドクオは無礼ではなかった。
タオルで顔を拭き終え、鏡を覗き込む。
そこにはやはり、いつもと変わらぬ自分の顔があった。

('A`)

眼元まで伸び始めた黒い髪。
猫っ毛の為、寝癖は付いていないが一応髪を手櫛で整える。
首元まで伸びた後ろ髪が、そろそろウザったくなってきた。 祭りが終わったら、散髪に行こう。
そんな思案に耽りながらジョルジュと共に二人で髪型を整える様は、何とも奇妙な光景であった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:08:08.58 ID:4tVWuOTO0
続けて、二人揃って歯を丹念に磨く。 ちなみに歯磨き粉は、大人のミント味。
歯磨き粉独特のメンソールが、二人の眠気を覚ます。
しっかりと口内を漱ぎ、タオルで口元を拭く。
二人揃ってリビング兼寝室に戻ると、早速ジョルジュが口を開いた。
  _
( ゚∀゚)「飯」

ジョルジュの食生活については、この家に足を踏み入れた時に気付いていた。
この男、この家で自炊をした事がただの一度も無い。
家のあちこちに設置されたごみ箱から、少しだけ溢れているコンビニ弁当の容器。
使ったこともないぐらい、不自然に綺麗な台所のシンク。

食器の水切りに立て掛けられている、必要最低限の食器。
机の上に無造作に置かれた新品のインスタントコーヒー、紅茶のティーパック。
見てくれだけは一人前だが、あくまでもインテリアの一部としての機能しか果たしていないそれらは、宝の持ち腐れともいえる。
一応、この家に一晩世話になった為、ドクオは渋々朝飯を作る事にした。

ティーセットがある事を先ほど確認した為、今必要な物は食材だけだ。
ところが、この家に食材と呼べる物は"クロレッツ"ぐらいしか置いておらず、ドクオは近くのコンビニまで買い物に行く羽目になった。
十分後、えらく態度の悪い店員のコンビニから帰ったドクオは、早速朝食の調理を開始する。
今朝のメニューは、今日の労働を考えて腹持ちのいい物と、栄養価のある物にした。

フルーツの入ったヨーグルトとバナナ二本、目玉焼きを乗せたパン、付け合わせのホウレン草とウィンナーのソテー。
砂糖をたっぷり入れたミルクティー、後はサラダ。
ある程度は出来合いの物がコンビニで売っていた為、調理の手間が大きく省かれる。
ドクオが作るのは目玉焼きとソテー、そしてミルクティーだけだ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:12:04.65 ID:4tVWuOTO0
ビニール袋の中からバナナを二本、ジョルジュに向かって放る。
それを空中でキャッチしたジョルジュが、眉を顰めた。
  _,
( ゚∀゚)「なぁ、俺は猿じゃねーんだよ。 解るか?
     こんなバナナなんて喰えるか!」

とか言いながらも、ジョルジュはバナナの皮を剥き始めている。
四方向に皮を剥き終え、ジョルジュはそのままの表情でそれを口に入れた。
一口で半分を食べると、口にバナナが入ったままドクオに向かって言った。
  _,
( ゚д゚)「うめぇ」

ジョルジュはそのまま、サルの様にバナナを食べる。
二本目もあっという間に平らげ、ジョルジュは机の淵を掌で叩き始めた。
それは幼稚園、もしくは小学生が更なる食い物を催促する時の動作である。
ジョルジュほどの歳の男がそれをやっても、可愛くもなんともない。
  _
( ゚д゚)「めしマダー?」

ドクオ自身もエプロンを腰に巻きながらも二本目を平らげ終えたところで、今まさに調理を開始しようとしていたところだ。
催促する気持ちもわかるが、一先ずはこちらの準備が最優先である。
調理には何工程も必要な為、こうして催促されるのは気分のいいものではない。
まぁ、歳相応の子供がやる分には全く構わないが。

('A`)「後15分ぐらい我慢してくれ、頼むから」

そう言ってドクオは、シンク下の収納スペースからフライパンを2つ取り出す。
二つあるコンロ全てを使い、ソテーと目玉焼きを一気に作る算段だ。
更に、新品同様のトースターにパンを四枚突っ込んでツマミを捻じる。
後は、時間との勝負だ。 最速かつ無駄の無い動作、それが要求される。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:16:02.85 ID:4tVWuOTO0
ホウレン草を一口大に切り、フライパンにバターを落とす。
火を点けてフラパンを熱し、そのバターを溶かす。
もう一方のフライパンにも少量のバターを落とし、火を点けた。
そちらに卵を四つ落とし、次の作業に着手する。

袋からウィンナーを取り出し、小さく切って行く。
こうすることにより、火の通りを早くするのだ。
時間短縮をできるだけ行う事が、早めに朝飯を食う事に繋がる。
切り終えたウィンナーをフライパンに入れ、手早く炒め始めた。

目玉焼きの方が5割ほど出来上がったのを見て、そちらに水を少量入れ、蓋をする。
トースターが小さな音と共に停止し、パンの焼き上がりを知らせる。
しかし、ここで開けてはいけない。 その前にホウレン草をフライパンに入れなければ。
開けてしまえばパンの冷める速度が速くなり、焼き上がりの美味しさを損なってしまうのだ。

目玉焼きの方もいい感じで出来上がったのを音で確認し、皿にパンを乗せる。
目玉焼きを火から外し、フライ返しでそれをパンに乗せた。
ソテーも後数分で完成する。 一先ずはあの喧しい男を黙らせる為、パンが乗った皿を運ぶ。
机の上に置くや否や、ジョルジュは猛獣の如くそれに食らいついた。
  _
(*゚Д゚)「ハムッ ハフハフ、ハフッ!! 」

二十分後。

出された朝飯を全て平らげたジョルジュは、腹を叩きながら食後の一時を満喫していた。
満足げに何度も溜息をつき、後は予定の時間になるまで待機するだけである。
こうして生まれた時間的余裕を、ドクオは決して無駄にしない。
まだ、一品作っていないのだ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:20:21.34 ID:4tVWuOTO0
ドクオが一番こだわりを持つ、ミルクティーである。
茶葉などという高価なものはいらない。
要るのは、美味しく飲んでもらいたいという気持ちだけだ。
他に要ると言えば、淹れる為の知識だけだろう。

紅茶の基本は、とことん沸騰させたお湯を使うという事。
ミルクティーの基本は、先に牛乳をカップに注いでおくと言う事だ。
今回は砂糖を多めに入れ、スプーンで事前にかき混ぜておく。
ティーポットにティーパックを一つ入れ、お湯が沸くのを待つ。

二人分のお湯だけを沸かす為、すぐにお湯は沸いた。
ガラガラと音を立てるヤカンを、火から離す。
ティーポットにゆっくりとお湯を入れるが、決してティーパックにお湯が直接ぶつからない様にする。
ぶつかってしまえば色と渋みが出る為、美味しい紅茶が出来ないのだ。

お湯を入れ終えると、素早く蓋をする。
そのティーポットの上に、"タオル"を乗せた。
紅茶は蒸らして入れる飲み物である為、こうしてタオルを乗せて蒸らす事が、更に美味しい紅茶を淹れる秘訣である。
待機する時間は約三分。 カップを二つくっつけて、待機する。

タオルを外し、いよいよ淹れる作業が始まる。
蓋を片手で押さえ、ゆっくりと片方に淹れる。
しかし、いきなり全部は淹れない。
片方をある程度淹れたのならば、もう片方も同量淹れる。

こうすることにより、二つとも同じだけの濃度で淹れる事が出来るのだ。
淹れる時にもう一つ気を付けるのは、カップの内壁に当てるようにして淹れる事。
こうすれば、液体が静かに回転していい感じに牛乳と混ざり合う。
”随分昔”に、一度だけ母親に教えてもらったこの淹れ方は、事実非常に効率が良かった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:21:58.76 ID:4tVWuOTO0
  _,
( ゚∀゚)「何だっ…、何なんだよっ…! この香りはっ…!
     ティーパック独特の安っちい香りなのにっ…! 懐かしいっ…!
     それでいて、気高いっ…!」

台所から漂う香りだけでこれほどコメントできるのは、よほど鼻が利くのだろう。
今度から、ジョルジュ・山岡と改名してはどうだろうか。 そんな事を思いながらも、ドクオは内心でジョルジュの言葉に驚いていた。
あまり素直に感心できないジョルジュは、少しだけ歪曲した表現を使ったが。
ドクオの淹れた紅茶を"誉めて"いたのだ。

('A`)「そうか? ありがとうよ」

自分の紅茶を認めてくれた事に素直に感謝し、ドクオはカップ両手にジョルジュの元へと歩み寄る。
机の上にカップを置き、短いが一時の安らぎを味わう事にした。
今日は、都中が待ちに待った歯車祭初日。
ドクオ達に残された時間は後数時間。

初日に予定されている行事は、"プレ・パレード"。
ドクオ達の仕事は、その警備だ。

――――――――――――――――――――


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:27:39.53 ID:4tVWuOTO0
ギコは悩んでいた。

歯車祭の開始は、朝の8時からである。
それまで露店は営業する事を固く禁じられ、如何に客がねだろうとも、売買をしてはいけない。
今の状況は文字通り、店側からしたら生殺しだった。
何せ、目の前の大通りを行き来する観光客の数は、予想よりもずっと多かったのだ。

財布のひもが緩んだカモがいるというのに、獲る事が出来ない。
これほど商人が歯痒い瞬間というのも、そうはないだろう。
仮に、気苦労や肉体的ダメージで倒れたとしても、数百メートル後ろにある"閉鎖している"ナイチンゲールに入れば、万事OKである。
夜のように暗い空の下、街灯などに照らされた都は昼のように明るかった。

現在の時刻は、07時50分。

店主も、客も、誰もが心を躍らせながら歯車城の時計を見上げていた。
ライトアップされた歯車城の時計の分針が、僅かに動く。
分針が12に近づく度に、大通り中から歓声が沸き起こる。
その様はまるで、"大物ロックスターの引退ライブ"が始まる前のどよめきにも似ていた。

開始までの時間、誰もが心落ち着かない時間を過ごさなければならない。
数秒の遅れすら許されないライブスタッフ同様、露店の店員達にも失敗は許されなかった。
特に、裏社会の面々はただならぬ情熱を注いで今回の商売に挑んでいた。
当然、A17にいるギコ達もその内の一人だ。

ギコ達の展開する飯屋は、都に通じる橋の手前にある。
つまり、観光客達が一番初めに目を付ける場所に位置している。
御三家の"親"が手伝いに来てくれる事もあり、"その手の人達"が足を運ぶ事も必至。
何せ、御三家の各親は其々が厚い人望と、幅広い人脈を持っているのだ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:31:28.41 ID:4tVWuOTO0
何より親の中でも、"デレデレ"の存在が一番心強かった。
彼女一人の美貌で、男千人を釣る事など容易い。
一目見るだけならば問題はないのだが、もしも彼女に手を出そうとした輩は不幸にも。
水平線会会長による"教育的指導"が始まるのだが。

大人しく食事だけを堪能していれば、店にも客にも問題はない。 最大の難関であった人員の配置だが、彼女の提案により一発で解決した。
調理場を仕切るのは、ギコ、ロマネスク、そしてハインリッヒ。
ホールを仕切るのは、でぃ、ペニサス、そしてデレデレ。
今日になって急に、遊撃のハインがこちらのグループに配属された事を除けば、全てが予定通りである。

ハインの料理の腕は、思ったよりも高く。 ギコと並ぶほどいい腕をしていた。
知識と言うよりも、勘で料理をしているようで。 それが、思いもよらぬ一品を作る秘密だった。
ただ、一つ問題があるとすれば。
何故だが、"ロマネスクが近くにいないと"その実力が発揮されないのだ。

それ故、ロマネスクが調理場に緊急配置される事となった。
調理場の後ろの方に特設の椅子を置き、ロマネスクはそこで座っているだけなのだが。
これが効果覿面。 問題は無事解決した。
後は開店までの間に、下ごしらえを全て終えればいい。

御三家の手練達の中でも、料理に自信のある者たちで構成されたこの人員ならば、開始までには間に合うだろう。
そんな事を、ギコはキャベツを刻みながら思っていた。
切り終えた76個目のキャベツをボールに移し、後ろに控えていた銀に手渡す。
ホールのウェイトレスとして派遣された銀は、やはりあの奇妙奇天烈な格好のままだった。

(,,゚Д゚)「ほい」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:33:03.20 ID:4tVWuOTO0
客寄せの格好としては問題ないだろうが、やはりこの場には不似合いの格好だ。
ギコの左手は新たなキャベツに伸び、77個目のキャベツを刻む作業を再開した。
こうして野菜を刻んでいると、不思議と雑念が湧き上がる。
ボールの様に丸いのキャベツがあったなぁ、とか。

いつの間にか後五分で、祭りが始まるなぁ、とか。
相変わらずペニ姐は綺麗だなぁ、とか。
デレデレとでぃは相変わらず仲がいいなぁ、とか。
自由時間にペニ姐とどの店に行こうかなぁ、とか。

坦々とキャベツを刻み、次から次へと湧き上がる雑念を一つづつ処理していく。
―――あれがキャベツなら、今刻んでるのは何だろう。 後四分。 いつものこと。 今度訊こう。 最初はフランカー、最後はこの店かな。
ふと、キャベツを刻む手と、湧き上がる雑念が止まった。
理由はいまいち分からないが、最後に一つだけギコは感じた。

   嫌な胸騒ぎがするなぁ、と。

刻み終えた77個目のキャベツを、ボールに移した。

――――――――――――――――――――


28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:37:12.51 ID:4tVWuOTO0
ヒートは悩んでいた。
目の前にあるご馳走に、手を出すか出さないか。
忙しい中でも軽くつまめるようにと、シャキンが作った特製サンドイッチの香りがヒートの鼻腔を容赦なく犯していた。
もういい加減にしてくれと、限界が近づいているヒートの鼻腔が悲鳴を上げる。

八枚切りの食パンに挟んだレタス、大きめのカツ、それにかかった特製のソース。
ベースはカツ用のソースだが、そこにマスタード、ケチャップをほどよく混ぜたその特製ソースは絶品だ。
それらを挟んだ物を半分に切ったのが、シャキンの言う"軽くつまめる"物だった。
シャキンがヒートの為に作った特製のサンドイッチは、なるほど確かに美味しい。

先ほどしっかりと確認したのだ。 間違いない。
全部で10個あった内、半分の五個を食べて導き出した結論である。 間違いなどありえるはずがない。
しかし、半分を食べた頃にヒートの体に異常が発生した。
―――更なる食欲である。 それが、ヒートの悩みの原因だった。

無意識の内に伸び出した右手を、理性が残った左手で止める。
だが、それもいつまで保つか。
既に指がパンに触れている。
このままでは、仕事が始まる前に全て食べ終えてしまうだろう。

快楽に抗うヒートの頭の中で、悪魔と天使が最終討論を始めた。
結果は見えている。 悪魔の大勝利だ。
だからヒートは、結論が出る前に行動に移った。
右手を止めていた左手も動員して、両手にサンドイッチを掴む。

そして、行儀悪く右手のサンドイッチを一口で口内に収めた。
ハムスターの様に頬を膨らませながらも、ヒートは確実にそれを味わい、咀嚼する。
心底幸せそうな笑みで、それを一気に飲み下した。
左手のサンドイッチも同様に食べ終え、気が付いてみれば皿の上に乗っていたサンドイッチは跡形もなくなっていた。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:41:03.46 ID:4tVWuOTO0
満足げに溜息を吐き、ヒートは頭を抱えた。
―――何をやっているのだ、私は!
後でシャキンにどう言い訳をしようか。
そんな事をヒートが考えていると。

(`・ω・´)「……」

店の奥からこちらを覗き見るシャキンに、気付いた。
まるで見てはいけない物を見てしまった者の様に、シャキンはその視線を動かさない。
同様にシャキンは、ミキサーを手にした姿勢のまま全く動かない。
二人して固まっていると。 先に動いたのはヒートだった。

ノパ听)「私は知らん」

m9(`・ω・´)「……」

シャキンが無言で、ヒートを指さす。
その先にあるのは、ヒートの頬だ。
何事かとヒートが頬に手の甲を当てる。
―――何かが、甲に付着した。

ノパ听)「……そーっすか」

シャキン特製のソース。
それが頬についていたのだ。
あれだけ行儀悪く食べれば、ソースが頬に付く事は必至。
完全に失念していた。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:45:03.56 ID:4tVWuOTO0
(`・ω・´)「……っぷ!」

急に、シャキンが吹き出した。

(`・ω・´)「サンドイッチの一つや二つ、後ですぐに作るよ。
      今日の昼飯は、何が食べたい?」

つまみ食いをしたヒートを咎めることなく、シャキンは笑顔のまま問いかけた。

ノパー゚)「お前の料理なら、何だっていいさ」

ヒートも、笑顔を浮かべてそれに答える。
自然と双方は歩み寄り、互いに抱き合った。
まるで、恋人のように優しく、力強く。
その体勢のまま、耳元で二言三言、言葉を交わす。

何を言っているのか理解するのは、読唇術の専門家でも難しいだろう。
ただ、解るのは。
その言葉を聞いたシャキンは憂いの笑顔を浮かべ、ヒートも無理して笑顔を浮かべたという事だけだ。
仲の良い姉弟が、別れを告げるとしたらあるいは。 このような顔をするのだろう。

都が揺り動く祭りが始まるまで。
―――後、三分。

――――――――――――――――――――

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:49:30.60 ID:4tVWuOTO0
ミルナは悩んでいた。
果たして今日は、客が来るのだろうか。
トソンが立てた計画によれば今日来る客数は5万人以上。
売上も十分出る。

彼女の計画に狂いはあり得ない。
つまり、確実に5万人以上の客が来るのだが。
本当に上手く行くのだろうか。
もしも不慮の事故が起きて、客足が途絶えたりはしないだろうか。

考えれば考えるほど、ミルナの悩みは増えて行くばかりだ。
悩みが悩みを呼ぶこの負の連鎖を断ち切るには、力強い助言が必要。
例えば、そう。
―――トソンの様なしっかり者からの助言が、必要なのであった。

リi、゚ー ゚イ`!「なーに悩んでるんだ? 相談に乗るぜ」

こんな時に限ってミルナに声を掛けて来たのは、悩みの種である狼牙だった。
ロマネスク一家から派遣された彼女は、聞いていた通り性格に難があった。
1時間前には横の店の店主と喧嘩を始めるし、商品の一部を勝手に移動させたりした。
いくら注意しても決して人の話を聞かない彼女の性格は、文字通り正に"一匹狼"そのものだ。

何を考えてデレデレは、この女中をここに派遣させたのだろうか。
確かに子供受けする性格をしてはいるが、大人相手だと厄介な性格だ。
どうにかして彼女に最適な仕事を与えなければ、全てがお終いだ。
ミルナはそこら辺に置いてあったルービックキューブをいじりながら、そんな事を考えていた。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:53:15.72 ID:4tVWuOTO0
(゚、゚トソン「ミルナさん。 そろそろ時間ですよ」

ミルナの背後からかけられたその声は、絶対零度の温もりを孕んだものだった。
ルービックキューブを傍らに置き、ミルナはその声に応じて面を上げる。
"鉄仮面"は手首に巻いた小型の時計をちらりと見やり、トソンは狼牙に目線を移した。
トソンは眉ひとつ動かさずに、狼牙の行動を言葉で封じる。

(゚、゚トソン「もしも商品に汚れでもつけでごらんなさい。
     ロマネスクさんに指導してもらいますから」
  _, ,_
リi、゚ー ゚イ`!「ちぇっ、じゃあ何してればいいんだよ」

トソンの牽制に対し、狼牙は露骨に顔を顰めて舌打ちをした。
そこらに置いてあった商品に伸ばしていた手を胸の前で組んで、狼牙はトソンに指示を促す。
その様はまるで、飼い主の命令の"質"を定める獣にも似ていた。
それを見て、トソンは口元を微かに緩める。

(゚、゚トソン「裏倉庫の商品を整理しておいてください。
     あのままでは、倉庫での作業がまともにできません。
     "力と知恵"のある貴女なら、そう難しくないでしょう」

狼牙の扱いは、事前にロマネスク達から聞かされていた為、トソンは狼牙が最もやる気を出す言い方で指示した。
案の定、狼牙は顔をにやけさせながらも、トソンに食ってかかる。

リi、^ー^イ`!「おいおいおい! 誉めたって何にもでないぜ!
      せいぜい作業スピードが倍以上になるだけだって!」

狼牙は満面の笑みでトソンの肩を叩き、豪快に笑い声を上げた。
トソンはそれに対しても全く表情を変えず、事務的に言葉を掛ける。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 21:57:17.28 ID:4tVWuOTO0
(゚、゚トソン「貴女なら、私達では到底できないほど綺麗に整理してくれると信じております」

勢いよく駆け出した狼牙を見送り、トソンは狼牙が倉庫に姿を消したのを確認する。
作業に没頭し始めたのを見咎め、トソンは溜息を吐いた。

(゚、゚トソン「ミルナさん、もう少し狼牙さんと仲良くしてください。
     彼女、貴方が気に入っているのですから」

何を言い出すのかと、ミルナが口を開こうとしたら。
トソンの人差し指が、ミルナの唇に押し当てられた。

(゚ー゚トソン「ね?」

その仕草に気恥かしくなり、ミルナは黙りこくってしまう。
最近、トソンが表情豊かになったと思うのは自分の気のせいだろうか。
以前までは"鉄仮面"の渾名に恥じないほど、彼女は表情が表に出ていなかった。
それが、今では笑みを浮かべたり、悪戯めいた仕草をするまでになっている。

祭りの影響だろうか、トソンがこうなったのは。
そう言えば、自分の心境も少しは変わっている。
柄にもなく祭りに心を躍らせている反面。
何か、胸がざわつくのだ。 まるで、嵐の前の様に。

都の歴史が変わる祭りまで。
―――後、二分。

――――――――――――――――――――

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:01:20.96 ID:4tVWuOTO0
トラギコは悩んでいた。
酒処という変わり種の露店は、果たして上手く営業出来るのだろうか。
純利益に達さなければ、不足分は確実にトラギコの財布から引かれるだろう。
仮に営業が上手く行って純利益が出たとしても、それだけでは駄目だ。

首尾よく事が運んだとしても、営業中にミセリ達に害を及ぼす輩が出るのは必至。
それを如何に排除するか、それがトラギコにとって最大の悩みだった。
力技での排除は簡単だが、そうすると店全体の雰囲気が悪くなる。
後味が僅かでも悪くなるようでは、この祭りの真の目的が達成されないのだ。

"誰もが楽しみ、誰もが歓喜する"。
それこそが、クールノーファミリーのゴッドマザーが打ち立てた今回の目的だ。
前例の無い規模の祭りの中で、この目的を完遂する為には否応無しに、持てる頭脳の全てを動員するしかない。
後味を悪くしないで利益を上げると言う事は、"お湯を使わないでカップラーメンを作る"事と同義である。

トラギコは生憎と、デレデレやトソンほど頭が回らない。
いくら頭を捻っても答えが出ないことぐらい、トラギコはよく分かっていた。
とはいえ、考えもしないで初めから諦めるなど愚の骨頂。
可愛い妹分達が嫌な思いをしないで、且つ客も嫌な思いをしないという発想。

その答えを出したのは、全く予想していない人物からの提案だった。

ミセ*゚ー゚)リ「トラギコさん、何を悩んでいるんですの?」

頬杖を突いて思案に耽っていたトラギコの横に、気使いの言葉と共にエスプレッソを置いた人物。
"グレートピンクエロス"、ミセリ・フィディックだ。
自身もトラギコの横の席に着き、ミセリはトラギコを覗き込む。
元々顔立ちの良いミセリの顔には、その美貌を引き立てる為の化粧がうっすらと施されていた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:05:53.33 ID:4tVWuOTO0
それに一瞬だけ目を奪われたトラギコは、小さく頭を横に振る。
上目遣いのミセリに、柄にも無く心が揺らいでしまったのだ。
その考えを頭を小さく振ることで否定し、霞みかけた思考を元に戻さなくては。
置かれたエスプレッソを一口で飲み干すと、トラギコは苦みに眉を顰めた。
  _, ,_
(=゚д゚)「……ニガッデム」

いつもの思考に戻ったトラギコは、口を開く。

(=゚д゚)「何も悩んでないラギ。 それより、準備は大丈夫ラギ?」

ミセ*゚ー゚)リ「準備は万端です。 無論、店と心の両方の。
      トラギコさん、確かに私は未熟ですが、相談ぐらい乗れます。
      人の事ばかり心配していると、祭りの前に気苦労で倒れてしまいますよ」

珍しくミセリが、"偽らないで"話している。
ここで彼女の気遣いを無駄にしてしまう事を考えると、自分の悩みはそれほどの価値はない。
正直に話した方が、双方の為になるだろう。
そう考えたトラギコは、ゆっくりと口を開く。

(=゚д゚)「……そうラギね。 じゃあ今回は頼らせてもらうラギ」

それから、トラギコは簡潔に悩みをミセリに打ち明けた。
嫌な顔一つせずにトラギコの相談に乗ったミセリは、聞き終えるとこう言った。

ミセ*゚ー^)リ「トラギコさん、私を信じてください。
      そうすれば、何も心配はいりません」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:09:03.41 ID:4tVWuOTO0
一つ可愛らしいウィンクをすると、ミセリは店の裏へと去って行く。
しばらくすると、裏で待機していた娼婦達の歓声が上がった。
裏から戻ったミセリは、満面の笑みでトラギコの再び横へと腰かける。
その眼はまるで、兄に誉めてもらう事を期待している妹の様だった。

ミセ*^ー^)リ「これで、全ての問題は解決しました。
      後は本番まで待つだけですわ」

一体何を話したのか、それをトラギコはあえて聞かなかった。
何故なら、先刻ミセリが言ったのだ。
"自分を信じてくれ"、と。
ならば、トラギコは信じて本番を迎えるだけである。

(=゚д゚)「これで、借りが一つできたラギね。
    近い内に必ず返すラギ」

心の底から感謝の意を表し、トラギコは席を立とうとした。
しかし、それをミセリは珍しく制した。

(=゚д゚)「ん?」

立ち上がろうとしたトラギコの裾を掴み、俯きながらミセリは何かを呟く。
耳を欹て、トラギコは辛うじてその単語を聞き取った。

ミセ* - )リ「一緒に……祭り……行き…ましょう」

よく見れば、ミセリは耳まで真っ赤にしているではないか。
何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:11:37.48 ID:4tVWuOTO0
(=゚д゚)「……いいラギよ。 休憩時間に一緒にそこらを回るラギ」

ミセ*゚ー゚)リ「よかった……」

特に断る理由も無い為、トラギコは至極簡単にその誘いを受けた。
ミセリが最後に浮かべた笑みが、いったい何を意味しているのか。
トラギコは、知っていた。
何せ、かつて彼女は――――――

都の全てが変わる祭りまで。
―――後、一分。

――――――――――――――――――――

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:15:06.06 ID:4tVWuOTO0
ツンは悩んでいた。
何が悲しくて、オサムと一緒に遊撃の仕事をこなさなければならないのだろうか。
今やツンの心は、この都の空と同じように黒に染まっていた。
夜ではないかと思うほどの暗い空には、やはり星は見えない。

見上げた空に溜息を吐き、ツンは横に目をやる。
そこには、周囲に目を配るオサムがいた。
顔中に巻いた包帯から覗く碧眼は、どこかツンと似ている。
澱みがなく、汚れも無い。 まさにスカイブルーである。

それが更に、ツンの神経を逆撫でする原因だった。
今日は棺桶を背負っていないだけ"マシ"だが、服装は相変わらずの黒一色、更に黒のインバネス。
何か気の利いた冗談の一つも言わないし、お世辞の一つも言わない。
ツンは騒がしい奴も嫌いだが、無口な奴も同様に嫌いだった。

ツンの堪忍袋の緒は、なかなかに丈夫な事で有名であるが。
幾つもの要因が重なれば、流石に保たない。
この男の背格好、匂い、声、仕草。 兎に角ツンは、オサムの全てが気に入らない。
見ているだけで、ツンの心は得体の知れない何かに支配される。

だから、ツンはオサムが心底大嫌いだった。
それなのに、デレデレはよりにもよってこの男と自分を組ませた。
遊撃に必要なのはチームワークであり、それが欠けた遊撃は役立たずもいいところである。
デレデレは一体何を考えているのだろうか。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:19:11.40 ID:4tVWuOTO0
現在巡回をしている場所は、南にあるM19。
文字通り始まりの場所であり、終わりの場所でもある。
この地点の人口密度は、A01とほとんど同じだ。
他のどの地点よりも人が多く、どの地点よりも流れが速い。

ラジオ体操すら出来ない程狭いこの場所で、気に入らない奴と肩を並べているだけならまだしも。
人波のせいでオサムと体が密着している事が、ツンの怒りをオーバーフローさせていた。
棺桶の代わりにオサムが手にするジュラルミンケースだけが、唯一の救いである。
もしもケースが無ければ、ツンの右手とオサムの左手は触れあってしまうだろう。

そうなったが最後、ツンのビンタがオサムの頬に撃ち込まれるのは火を見るよりも明らかだ。
一触即発の状態の中でも、ツンは本来の仕事を忘れてはいない。
ツンとオサムの仕事は、この祭りの最中に発生する喧嘩、犯罪等を未然に防ぐことである。
他にも多くの遊撃隊が派遣されているが、とりわけこの二人の組み合わせは異色中の異色だった。

基本的に同性同士での組み合わせが目立つ中、異性同士の組み合わせ。
しかも、オサムの格好とツンの美貌のコントラストがそれを更に際立たせた。
これで仲睦まじければ、異色の組み合わせにならなかっただろう。
―――ツンの碧眼が、犯罪の瞬間を捉えた。

ξ゚听)ξ「オサム」

感情を殺し、オサムに話しかける。

【=】ゞ゚)「分かってる……」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:23:02.92 ID:4tVWuOTO0
ツンの目線の先、約300メートル先の雑踏で起こった犯罪は、所謂窃盗だった。
人混みの中でもそれを見極めたツンの視力は、そこらに設置されている防犯カメラよりも遥かに高性能だ。
そして、それを理解しているのだろうか、オサムはツンの言葉に従い一人歩みを進める。
大股で素早く窃盗犯の背後にまで忍び寄ると、オサムはツンにハンドサインを送る。

『急いで、単横陣で、来い。 敵、拳銃所持』

なるほど、この都で犯罪を行う為に必要な物を解っている輩が相手のようだ。
何せ、如何に小さな犯罪でも銃を持っていないと話が始まらないのだ。
それを知らない余所者が冷たくなって道端に転がっている事があるが、今回の相手は拳銃を持っている。
種類まではハンドサインで送れない為、ツンは如何に危険に晒されないで連中を屠るか思案を巡らせた。

指示通りオサムの横に付き、ツンは小さく呟いた。

ξ゚听)ξ「人数は」

【=】ゞ゚)「3人」

オサムは言いながら、顎で前方を歩くグループを指す。
頭が悪そうな格好をしている。 そうとしか言えない連中だ。
金髪、趣味の悪いワイシャツ、金のアクセサリー、歩き煙草。
ヤクザに憧れた高校生、と言ったところだろうか。

この都では"プリンシェイク"を手に入れるより簡単に、銃が手に入る。
大抵は粗悪な品を掴まされる為、ほとんど役に立たない。
とはいえ、油断をしてはいけない。
ツンは一応、相手がフルオート射撃可能な拳銃を所持していると見定め、オサムに指示を出した。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:27:06.76 ID:4tVWuOTO0
ξ゚听)ξ「上手いこと路地裏に連れ込むわ。
      援護をお願―――」

【=】ゞ゚)「待った。 それならいい考えがある……
      スチェッキンの撃鉄を起こしておけ……」

ツンの言葉を片手で制すると、オサムは三人組に向かって一気に駆け寄る。
そして、思い切り"肩をぶつけた"。
その衝撃で、一人の男がつんのめる。
それまでイキがっていたのに、それは何とも無様な光景であった。

(゚p゚)「あぁ?! 手前どこに目ん玉付けてんだよ?!」

肩をぶつけられた男が、ヤニ臭い息を吐きながらオサムを下から睨み上げる。
喋りながらも、口から多量の唾を吐きだしていた。
煙草だけでなく、酒でも呑んでいるのだろう。
ヤニに交じってアルコールの臭いが、離れた場所にいるツンの鼻腔に届いた。

(゚L゚)「おめーよー、俺らがどこの組の者か分かってんのぉ?
     ヤマグティ組だぞ、ヤマグティ組!」

その横にいた男が、襟に付けた何かをオサムに見せつけた。
金色の輝きからして、組の紋を見せているのだろう。
やはり馬鹿である。
本物のヤクザならば、自らの家に泥を塗るような行為はしない。

(゚q゚)「ちょっと裏に来いや、なぁ」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:31:03.35 ID:4tVWuOTO0
何故かフェンスが取り払われており、本来は行けない筈の路地裏にいとも簡単に入る。
大通りの喧騒から切り離された、薄暗くて汚い路地裏。
表通り寄りの路地裏とはいえ、その汚さは裏も表も一緒だった。
ごく自然な形で男達を路地裏へと運んだオサムは、ある程度大通りから離れた場所で歩みを止めた。

(゚L゚)「あぁ? 何止まってんのぉ?」

【=】ゞ゚)「ゴミが……」

オサムから滲み出る殺意に、オサムの腕を掴んでいた男は咄嗟に手を離して数歩後ずさる。
すっと細められたオサムの碧眼が、背後の男三人へと向けられた。
眼だけを向けられたにも拘らず、三人とも背中に冷たい物が走るのを感じ取る。
自然と腕が得体の知れない恐怖で震え、男達は強がってオサムを睨みつけた。

(゚p゚)「っんだよ! それがどうしたってんだよ!」

ヤニとアルコール臭い男は腰に手を伸ばし、抜き放った回転式拳銃の銃口をオサムに向ける。
ダブルアクションリボルバー、S&W M36"チーフス スペシャル"。
だが、その銃口がオサムに向いたのはほんの一瞬の事。
次の瞬間にはオサムの手にしたジュラルミンケースによって、それが上空へと殴り飛ばされる。

腕の痛みに瞠目する男とは裏腹に、オサムは落下してきたM36を冷静に空中で掴む。
右手で掴んだそれの撃鉄を起こし、指先に僅かに力を込める。
そして、一撃。
脳漿を背後に吹き飛ばし、男は膝から崩れ落ち、前に倒れ伏した。

(゚q゚)「な、て、手前!」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:35:41.88 ID:4tVWuOTO0
左懐に手を伸ばし、男は指先に触れたS&W M945を抜き放とうとする。
だが、焦るあまり撃鉄が服に引っかかり、思うように抜き放てない。
その隙を見逃さず、オサムは冷静に三発続けて男の胸元を撃ち抜いた。
オサムがわざわざ三発撃ったのは、何も見せしめの為では無い。

一発目は銃把から手を引き離す為に。
二発目は急所からその手を遠退ける為に。
三発目で、ようやく男の急所を撃ち抜くのだ。
肋骨と背骨を撃ち抜かれた男は、口から血の泡を吐き出しながら背中から倒れる。

(゚L゚)「おおっと! 動くなよ、変態!」

正面から響いた声に、オサムは咄嗟に首を上げる。
目線の先には、手にしたM92Fの銃口をオサムに向ける男の姿が。
撃鉄が起こしてある為、オサムがM36の銃爪を引くよりも早く、男の方が銃爪を引ける。
振り上げかけたM36を手放して、オサムは両手を上げる。

(゚L゚)「何なんだよ、手前は! 俺らが何したって言うんだよ!」

目の前で友人二人を失った男の声は、涙声になっていた。
それでも孕んでいるのは、友を奪われた怒りの色だ。
少しでも刺激すれば、間違いなく男は銃爪を引くだろう。
それを解っても尚、オサムは細めた碧眼で男を睨みつける。

【=】ゞ゚)「貴様等は祭りを楽しんでいた者から、楽しみを奪おうとした」

珍しく、オサムの声に力が宿っていた。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:40:13.02 ID:4tVWuOTO0
(゚L゚)「それだけで、それだけで人を殺すか!?」

遂に涙を流した男は、ツバを飛ばしながら友を殺した理由を問うた。

【=】ゞ゚)「貴様等が遊ぶ金の為だけに、人の金を盗んだ。
      それと何が違う」

(゚L゚)「ぶ、ぶっ殺してやるぁ!」

怒りに顔を赤くして、顔を歪めた男の指に力がこもる。
そして、男の手にした拳銃が火を噴いた。
乾いた銃声が一つ。
地面を叩く薬莢の音が、小さく響く。

直後に響いたのは、男の狼狽した声だった。

(゚L゚)「な、ば」

その理由は羽織った漆黒のインバネスで、"弾丸を防いだ"オサムの予想外の動きではなく。
オサムがしゃがみ込んだ次の瞬間に、男の眼に映ったオサムの背後。
そこに現れた、金髪碧眼の女。 ―――ツンに男は目を奪われたのだ。
そして、ツンの手元のスチェッキンが連続して火を噴き、男の顔面をミンチにした。

ξ゚听)ξ「怪我は?」

硝煙を上げるスチェッキンの弾倉を交換し、ツンは目の前でしゃがみ込んだ体勢のオサムに言葉を掛けた。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:45:04.12 ID:4tVWuOTO0
【=】ゞ゚)「怪我はない。 すまない、油断した……」

ξ゚听)ξ「いいのよ、別に。
      少しイライラしてただけだから、いいストレス解消になったわ」

そう言ってツンは手を伸ばし、オサムに手を掴むように促す。
オサムは少しだけ考える素振りを見せ、差し伸べられた手を掴んだ。
一気にオサムを引き上げ、ツンはやれやれとばかりに、溜息を吐いた。
その姿に、オサムは一瞬だけだが目を奪われた。

確かに、ツンが呆れたような笑顔を浮かべたのだ。
どこか優しく、泣き出しそうなほど優しい、そんな笑顔。
しかしそれは一瞬。
次の瞬間にツンが浮かべたのは、少女の様に輝いた笑顔だった。

ξ゚ー゚)ξ「さぁ、祭りが始まるわ。
      これからが本番よ!」

全てが揺り動く。
全てが衝動の渦に。
全てが衝撃の波に。
全てが――――

歯車の様に回り、廻り、巡る祭りが始まるまで。
―――後、0秒。

歯車祭の、開始である。

――――――――――――――――――――

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 22:57:08.98 ID:4tVWuOTO0
都中に光が戻り、都中の露店が一斉に営業を開始した。
開店と同時に、全ての店が人で溢れかえる。
この時に一番人気なのは、歯車城の最上階を見上げられる位置にある店、且つ酒を呑みながらも料理を頂ける店だった。
その理由は、ただ一つ。

プレ・パレードの前に行われる余興。 通称"セミ・パレード"。
世界中で名を馳せる者達による、パフォーマンスの発表の場である。
合計で三枠しかない参加枠は、募集開始1分後に開始を閉め切らなければならない程、人気であった。
何せ、これに参加するだけで名声が約束されたも同義なのだ。 名を馳せるなら、この場。

各国の演奏家、マジシャン、演出家、etc。
当然のことながら、事前に行われる厳密な審査によって"顔だけで演奏力の欠片も無い連中"は弾かれる。
つまり、この場に出るのは純粋な実力者達だけだ。
そして、その審査を無事に通り抜けた者達によるパフォーマンスが始まった。

パフォーマンスの場は、歯車城最上階に設置された特設ステージ。
一組目は幻想の都代表による"ホログラム"の公開だ。
それまで眉唾な風説として囁かれていた"ホログラム"による映像美は、もはや芸術の域すら越えていた。
光によって生み出された巨大な生物の数々が、縦横無尽に都中を動き回り、観客の頭上を歩いて行く。
当然、"爆発"で迎えられ、"爆発"で見送られた。

二組目は、歯車の都代表による幻術だった。
大型液晶に映し出された幻術師は、しょぼくれ顔の不思議な雰囲気の漂う男だった。
シルクハット、タキシードに蝶ネクタイという不思議な格好。 憂鬱気な表情の男はただ一回、指を鳴らした。
しかし、それが観客に与えた衝撃は想像の域を遥かに凌駕していた。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:01:13.91 ID:4tVWuOTO0
何の前触れもなく男の横に、"鬼"が現れたのだ。
それも、巨大。 尋常ではない程に巨大な鬼。
歯車城の最上部からはみ出す程に巨大な鬼が、男の横で唸りを上げている。
体を覆う巨大な鎧、手にした巨大な戦斧。

戦斧を振り回し、落雷にも似た風鳴りが響く。
誰もがその音に耳を塞ぎ、目を閉じた。
それを見た鬼は、醜く顔を歪めて笑いを浮かべる。
恐怖の象徴が雄叫びを上げた瞬間、鬼は影も残さず消え去った。

(´・ω・`)「では、私はこれにて御免」

そう言うと男は、再び指を鳴らす。
そして、男の姿は霧のように掻き消えた。
と、思いきや。
代わりにそこに現れたのは、最初に幕開けを告げた少女だった。

o川*゚ー゚)o「忘れないでください、覚えていてください」

少女が手を一度叩くと、少女の姿は先ほどと同じように掻き消える。
指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、少女の代わりにしょぼくれ顔の男が現れた。

(´・ω・`)「幻想とは即ち、幻覚を想像する事。
      それを、忘れないでください」

礼儀正しくシルクハットを外し、紳士の挨拶をする。
何か意味ありげな言葉を最後に、今度こそ男は消え去った。
数拍の間をおいて、辺りから大喝采が生じる。
しばらく続いた長い長い大喝采が、潮騒のように消えて行く。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:05:19.54 ID:4tVWuOTO0
三組目、いよいよ最後の組である。
これまでで異例の、歯車の都代表が二組参加という事態が観客を待っていた。
爆発で迎えられたのは、まるで一卵性双生児の様に顔も仕草も、"ほとんど全てが似ている"、ギターを持つ二人組の男だった。。
二人が手にしたギターは、セミアコースティックギターの代名詞ともいえる深紅の"ES-335"。

( ><)『僕たちの歌を聞くんです!』( <●><●>)

その声に合わせて爆発が治まり、静寂が訪れる。
静寂の中、ゆっくりとギターが掻き鳴らされた。

「There is a house in New Orleans...」
ttp://www.youtube.com/watch?v=MzcfTDD-tOo

"The Animals"の名曲、『House of the Rising Sun』
自身の経験を歌ったこの歌は、ボーカルとギターの絶妙な調和が物を言う。
この二人組、その基本を心得ている。 更に、この歌に命を懸けているのではないかと錯覚するほど力強い声。
それほどに、この二人の歌声は雄弁だった。

旅をする時に流れるBGMが如く。
風のように、砂ぼこりの様に強く。
伴奏は独特のリズムを崩さない。
二人の声が、まるで一つの声のように聞こえる。

この曲を聴いていると、あたかも西部の荒野を歩いているような錯覚に陥る。
訓戒を一つ一つ述べ、自身の経験も語る。
決して、自分の様な人生を歩むなと。
自分の人生など、狂った歯車の様になっているのだ。

( ><)「To wear that ball and chain...」( <●><●>)

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:09:50.61 ID:4tVWuOTO0
気付けば、曲はいよいよ最後の部分へ。
短い旅を終え、歯車は元に戻る。
主人公が電車に乗り、"朝日楼という名の女郎屋"に帰る。
そこは、始まりの地。

( <●><●>)( ><)「In God I know I'm one...」

演奏は終わり、都中から空気が割れんばかりの拍手が響く。
続けて二人は、観客の余韻が冷めるよりずっと早く、次の曲へと切り替える。
文字通り、掻き鳴らして奏でるその曲は―――
"Simon & Garfunkel"の『The Boxer』。

ttp://www.youtube.com/watch?v=-hqdZ4AWSaI
「I am just a poor boy...」

最近流行りのポップソングとは程遠い、アコースティクギターの似合うこの歌を選んだ理由は何であろうか。
電子音ばかりの曲ではなく、純粋に自分の実力を見てほしいからだろうか。
ならば、皆は十二分に理解している。
この二人は、間違いなく歌の素質がある。

掻き鳴らす335の音色は、優しげな音に。
眼を閉じれば、冬の街の情景が思い浮かぶ。
雄弁な演奏、雄大な歌声。
それが、彼らの才能であり、素質であった。

「Lie la lie ..」

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:13:15.63 ID:4tVWuOTO0
先程とは違う、優しい声で身の上話をするように自然に。
そして、時には力強く否定する。
リズムに乗るにつれ、歌声は力強く。
伴奏も力強く。

「"I am leaving, I am leaving"
But the fighter still remains」

世間という名のリングの中で、一人戦う拳闘士。
何度倒れても。
何度倒されても。
自分は一人の拳闘士。

死ぬまでは諦めない。
何度でも立ち上がり。
何度でも立ち向かう。
世間という名のリングの中で、今日も闘うのだ。

倒れ、嘘だと否定し。
嘘だと否定して、倒れる。
その繰り返しが、自分の人生なのだ。
それでも、陽気な心は失わないで。

演奏がゆっくりと終わり、”爆発”が起こる。
勇気付けられた者、懐かしさで涙する者、自身の人生と重ね合わせて感嘆のため息を吐く者。
それら全ての歓声が、喝采こそが、この”爆発”の正体だった。

『終わるにはまだ早いんです!』

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:17:08.48 ID:4tVWuOTO0
その声は、ギターを手にする二人の声が重なったものだ。
一つにしか聞こえないほど完璧に重なった声が、観客に静まるよう指示をする。
そして、新たにギターを掻き鳴らした。
"John Denver"の代名詞的名曲、『Take Me Home, Country Roads』

ttp://www.youtube.com/watch?v=-eaaR1Ay5P0
「Almost heaven, West Virginia...」

伴奏のギターが流れた時、観客達の間にざわめきが走る。
何故なら、この曲は自らの故郷を想う歌。
帰りたい、帰りたいと願う歌。
汚れた故郷でも、想わずにはいられない歌なのだ。

陽気な中にも、微かに含ませた環境への唄。
忘れていた郷愁を想い起させる唄。

「I hear her voice, in the morning hours she calls me...」

ここでは無い筈の土地から聞こえる懐かしい声。
もう限界だ。
帰りたい、還りたい。
それでも、ラジオが教えるのは故郷が遠い地にある事。

昨日の内に、車を飛ばして帰るべきだった。
昨日の内に、どうして還らなかったのだろうか。
今からでも遅くはない、仕事もデートも。
全てを投げ出して帰ろう。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:21:02.78 ID:4tVWuOTO0
帰ろう、我が愛しの故郷へ。
知らず、歌を聞いた全員の眼に涙が浮かんでいた。
子供も、大人も、年寄りも。
皆、帰るべき故郷があるのだ。

だからこそ、異国の地への旅行が楽しく感じる。
帰ってきた時の安堵感、それが楽しみなのだ。
我が家ではなく、我が故郷。
誰もがこの演奏と曲に感動し、湿っぽい静寂が辺りを包んだ。

―――しかし、その感動と静寂は脆くも崩れ去った。
ttp://www.youtube.com/watch?v=w_Bd5-APPBw

ギターソロから入った最後の曲が、静寂も感動も打ち壊したのだ。
ロックンロールの神が作った、名曲中の名曲。
これを知らずして、ロックは語れない。
知る者は誰もが歓喜の声を上げる。

手を打ち鳴らし、伴奏に加わる。
1958年に発売されても尚、その地位が揺るぐ事の無い一曲。
ES-335を使うなら、この曲を弾かずして何を弾く。
"Chuck Berry"の名曲『Johnny B. Goode』!

「Deep down in Louisiana close to New Orleans!」

これは、ある少年の物語。
田舎に住むギターしか取り柄の無い少年の話。
誰にでもある幼少期、その頃に抱いた夢が叶う、御伽話だ。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:25:36.60 ID:4tVWuOTO0
「Go go!
 Go Johnny go, go!
 Go Johnny go, go!
 Go Johnny go, go!
 Johnny B. Goode!」

綺麗に韻を踏んで奏でられるこの曲は、聞いている者の体を自然と動かす。
更に、歌詞に設けられた遊び心。
それが、この曲が名曲たる理由である。
こうなったら、誰もこの二人を止められない。

ダックウォーク! それだけで、観客から爆発音が響いた。
チャックベリーが生み出した独特のギター奏法と腰を曲げて歩く"ダックウォーク"、それまでも彼らは一糸乱れず再現した。
ギターを体の一部の様に巧みに操り、恋人の様に優しく弾く。
最早、彼らはチャックベリーの何たるかを全てを知っているとしか思えない。

「Saying Johnny B. Goode tonight...」

短い曲ながらも、言いたい事を全て歌詞に凝縮し、余計な装飾はしない。
まるで上質な短編小説のようだ。

「Go go, go Johnny go go go!
 Go go go Johnny go!
 Go go go Johnny go!
 Go go go Johnny go!

      Go
  Johnny B. Goode」

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:30:07.12 ID:4tVWuOTO0
その後、如何なる声が上がったのか。
それを記すのは不可能だろう。
爆発以上の歓声、そうとしか記せない。
かくして、セミ・パレードは大成功の内に幕を閉じた。

――――――――――――――――――――

プレ・パレードの開始前、ドクオとジョルジュはパレード隊の通り道に立ち、警備の準備を整えていた。
幅一キロの通り道を進むパレード隊の参加人数は実に、三十万人。
昨年の動員数を大きく上回る程の人数が参加するとあって、その道に沿って置いたフェンスは昨年までのそれよりも一回り大きい。
そして、頑丈だった。

その目的は、主に写真撮影に情熱を注ぐ馬鹿共が体重をフェンスに掛けても倒壊しないようにとの事。
昨年は10トンの負荷にも耐えられるフェンスが倒壊したとの事で、今回は5倍の強度で挑むそうだ。
これなら、戦車が乗っても壊れないだろう。 "ビグザム級の連中が束になった場合は例外だが"。
背後から実体を伴った熱気が、ドクオとジョルジュの背中を叩いた。
  _,
( ゚∀゚)「すんげーな……」

その熱気に圧倒され、ジョルジュはたまらず感想を口に出す。
それは呟きというには、あまりにも大きな声だった。
残念ながらジョルジュの声は、横に待機しているドクオの耳に届かない。
銃声すら掻き消すであろう大喝采が、ほとんどの音を支配しているのだ。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:35:37.53 ID:4tVWuOTO0
  _, ,_
( ゚∀゚)「おい、ドクオ聞いてるのか!」

('A`)「……」
  _, ,_
( ゚Д゚)「人の話を聞けぇぇぇぇ!」

同意の言葉を貰いたかったジョルジュは、ドクオの肩を掴んで揺さぶるが。
"意識が無いかの様に"、ドクオは全く反応しない。
眼に光は宿っておらず、その様子はまるで別人のようだ。
  _  _
( ゚∀^)+「やぁ、僕の名前は綺麗なジョルジュ・長岡!
      好きな物はおっぱい、特に美乳かな!」

渾身のギャグすら無視され、ジョルジュは項垂れる。
  _
( ゚∀゚)「んだよ、反応ぐらいしろよな……」

ここでようやく、ドクオがジョルジュに気付いた。

('A`)「…あれ? 何へこんでるんだよ?」
  _,
(#゚∀゚)「おめーのせいだろうが!」

ドクオの胸倉を掴み、ブンブンと振る。
いきなり掴みかかられた上に、頭をシェイクされたドクオは、全く状況が理解できなかった。

(;'A`)「悪かった、何か良く分らないけど悪かった!」

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:40:26.18 ID:4tVWuOTO0
平謝りをする中、ドクオの揺れる視界が周囲の様子をちらりと捉える。
遊撃隊である他の組織の黒服達に混じって、ちらほらと見知った顔がある。
クールノーファミリー、水平線会、ロマネスク一家の下っ端達だ。
皆一様に口を閉ざし、手にした警棒を下に構えている。

厳戒態勢の中、こんな馬鹿みたいなやり取りをしているのはこの二人だけだ。
どう考えても場違いだ。
ドクオは揺れる頭の中でそう感じた。

『皆様、大変長らくお待たせいたしました。
 これより、プレ・パレードを開始いたします。
 どうぞ、最後までお楽しみください』

先ほどの少女の声が、スピーカーから響いた。
それに合わせ、背後から伝わっていた熱気が更に加熱される。

『一組目は……』

――――――――――――――――――――

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:45:09.87 ID:4tVWuOTO0
プレ・パレードに参加する総勢30組中、最も動員人数が多かったのが最終第30組目。
どこの都の代表であるかは最後まで分からない仕組みとなっているので、この組の詳細は実行委員会の役員すら解らない。
唯一解るのは、動員人数が5万人という事。
昨年の優勝組の動員人数の2倍以上だ。

最後の組が最大の見世物となる事は、誰もが感じ取っていた。
熱気と大歓声、雄叫び、爆発。
最高潮に達した全ての興奮達は、大気を震わせる。
それらに迎えられたのは、誰も予想していないパレード隊であった。

まず先頭、黒布を被った乗り物が軋みを上げながら列をなして大通りを進む。
独特の離帯音から、それが無限軌道である事が解る。
無限軌道を用いる車両となると、相当重量のあるものだ。
しかし、合計で26台の車両が現れたが、どれ一つとしてその正体が明らかになっていない。

さらに、車両に並走する形で現れた黒装束の団体も、これから何を行うのかを全く悟らせない。
誰もが感じた、その異質さを。
まるで黒雲。 嵐の前に現れ、嵐を伴う災厄の象徴。
何故、彼らはこの場で黒い衣装、布を選んだのだろうか。 パレードならば、もう少し華やかな色を選ぶべきだろう。

不気味、彼らはその一言に尽きた。
不吉、彼らはその代弁者だった。
不相応、彼らはその体現だった。
不可視、彼らの正体は見えてはいるが視えてはいなかった。

頭に被る黒頭巾。
体を覆う黒装束。
手に持つ黒い筒。
足に履いた黒い靴。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/09(土) 23:48:38.44 ID:4tVWuOTO0







都の空を覆う黒雲。
都を包む祭りの活気。
都に現れた異質の存在。
全てが―――

―――全ての歯車が、終に揃った。







120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/10(日) 00:00:14.03 ID:Hzrh4deJ0
|::‐<◎>‐::|「皆様、お待たせいたしました!」

それは、道化の仮面を被った者の一言から始まった。
車両隊の真ん中、E19とe19の車両の上部に乗っているその道化は、心底楽しそうに言葉を紡ぐ。
よく見ればその仮面は、歯車王の被る仮面を模した物にも見える。
故に、人々はその者を道化師と思った。

|::‐<◎>‐::|「皆に問おう! 果たして、静寂とは何か!」

道化師の言葉に合わせ、黒装束は手にした筒を掲げる。
道化師は続ける。

|::‐<◎>‐::|「皆に問おう! 果たして、平穏とは何か!」

道化師の言葉に合わせ、黒装束は手にした筒を肩に付ける。
道化師は続ける。

|::‐<◎>‐::|「皆に問おう! 果たして、真の王とは何か!」

道化師の言葉に合わせ、黒装束は筒を覆う布に手を掛ける。
道化師は続ける。

|::‐<◎>‐::|「皆に問おう! 果たして、真の義とは何か!」

道化師の言葉に合わせ、黒装束はその布を取り払う。
道化師は続ける。

|::‐<◎>‐::|「皆に問おう! では―――」

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/10(日) 00:04:23.71 ID:Hzrh4deJ0
黒装束が取り払った布の下、筒の正体が明らかになった。
イギリス軍が正式採用したブルパップ式のアサルトライフル、エンフィールド L85。
紛れもなくそれは、人を殺める為の凶器だ。
しかもその銃口は観客達、否、―――正確にいえば。

彼らを抑える黒服の男たちに向いていた。

|::‐<◎>‐::|「―――我等は何者か?」

銃声と悲鳴。 悲鳴は波に。
歓声と悲鳴。 悲鳴は渦に。
嬌声と悲鳴。 悲鳴は風に。
悪声と悲鳴。 悲鳴は嵐に。

舞う命の血。    黒服が破れ、血反吐を吐きながら倒れる男たち。
舞う薬莢。      道化はほくそ笑む。
舞う道化の仮面。 その下にあるのは妖艶な魔女の笑み。
舞う長髪。      その顔が歪み、嘲笑の声が上がる。

爪'ー`)「さぁ! ここが土壇場瀬戸際正念場!
     人の持つ生への執着、その全てを見せてもらおうか!」

都中が、恐怖と混乱で激震した。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/10(日) 00:07:21.78 ID:Hzrh4deJ0
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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十八話『破滅の唄、腐蝕の唄』

十八話イメージ曲『Hide & Seek』 9mm Parabellum Bullet
http://www.youtube.com/watch?v=HeaGqTjuCag
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第二部【都激震編】
第十八話 了


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