('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:14:32.74 ID:qf4r7OH40
都の昼空は、やはり夜空のように暗い。
それでも、都中に溢れかえる光と熱気はどの時間帯よりも激しかった。
プレ・パレードがいよいよ終盤に近付くにつれ、その勢いは更に増している。
そして、何も騒がしいのは地上だけではなかった。

空に響いている轟音。
ヘリコプターのローターの回転音が、空の騒がしさの正体だった。
新聞記者やテレビ局のヘリコプターだと、誰もが思っただろう。
現に、ミルナの傍らで頭脳として備えていたトソンも、そう思っていた。

今回の出店方法は、少しだけ複雑化している。
一ブロックに19店舗が入っているが、そこから更に細分化されるのだ。
基本的に"1店舗内"に7種類の店が入り、ハチの巣よろしくの構造となっている。
つまり、一ブロックにある店の種類は133種類と言う事になる。

それだけ店が密集している為、店の外に出てプレ・パレードをまともに見るのは不可能であった。
せいぜい、人一人分だけ外に動けるのがやっとと言った状況だ。
この状況は、夏祭りの最終日、花火大会を彷彿とさせる。 狼牙など、目を離した隙にどこかへと行ってしまったぐらいの熱気だ。
その喧騒の中で、トソンは半ば夢心地で目を細めて喧騒を楽しんでいた。

トソンは昼休みをミルナと共に過ごし、プレ・パレードを店先で立ちながら静観していた。
手にしたビールでほろ酔い気分になり、トソンはいつも張りつめていた緊張の糸を緩めている。
それでも一応は、適度に緊張感は持っていた。
でも確かに、その時は"いつもより気が緩んでいた"のかもしれない。

何せ、思ったよりもミルナと過ごす時間が楽しかったし、更には仕事の方も順調だった。
プレ・パレードの29組目が終わった時点で、店の事は流れに任せればいい程になっていたからだ。
その"緩み"が"揺るぎ"に変わったのは、30組目の異質な車両隊が現れてからだ。
より正確にいえば、それを見たミルナが顔色を変えてから。 道化の言葉が始まって、数秒後の事である。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:18:13.14 ID:qf4r7OH40
【時刻――15:08】

黒い布で覆われた車両は、人混みの中からでもハッキリと見咎められる程大きかった。
現れた車両を凝視して、ミルナはあり得ない物を見たかのように目を見開いた。
ミルナのその反応は、"現れた車両にミルナが恐怖を抱いた"様に、トソンの目には映った。
そして、ミルナは何かに脅える様に、その"単語"を口にする。

(;゚д゚ )「……? 無限軌道……?!」

特殊な車両ならば、無限軌道(キャタピラ)を装備している事はそれほど珍しくないのではないだろうか。
重量のある物を積むとなれば、車輪よりも無限軌道を使用するのが基本である。
何を驚いているのか、横で共にパレード隊を見ていたトソンはそうミルナに訊こうとして。
次にミルナが口にした単語に、トソンは我が耳を疑った。

(;゚д゚ )「おいおい、M1A2エイブラムスだと……?!」

最新鋭の戦車の名を口にしたミルナが、トソンの腕を掴んで駆け足で店の奥へと連れて行く。
客で込み合う店内を掻き分け、店の奥に設置した休憩室に着くと同時に、ミルナはその入り口を固く閉ざした。
更には用心棒、そこらで邪魔になっていた無駄に重い段ボールを積んでいく。
簡素なバリケードを拵え、ミルナは額に浮かぶ珠の様な汗をぬぐう。

急に連れてこられ、ミルナのその行動にトソンは少しだけ戸惑ったが、自分が焦りを見せるのは良くない。
ここで自分までもが焦っては、ミルナが余計に焦る。
だから一先ずトソンは、ミルナの行動の理由を訊くことにした。
いつもの様に落ち着き払い、トソンは疑問を口にする。

(゚、゚トソン「どうしたのですか? そんなに焦って。
     それにM1A2?」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:22:08.28 ID:qf4r7OH40
トソンの知る限りでは、M1A2エイブラムスは都の軍隊が正式採用している物だ。
世界中の軍隊でも採用されているそれは、強固な装甲、そして圧倒的な火力を誇る現代戦車の到達点である。
120mm滑空砲を搭載し、更には無人機銃の搭載までしているという"化け物戦車"だったはず。
そんな物がこんな所にあるわけが無い、トソンはそう言おうとしたが、ミルナの口が開く方が早い。

(;゚д゚ )「話は後です! 連中は絶対にマトモじゃない!
    黒い布で隠していましたが、間違いなくあれは戦車です!
    しかも、履帯音が普通よりも鈍かった。 実弾を積んでいます!」

可能な限り冷静になって、ミルナは自分が把握した状況をトソンに説明した。
水平線会きっての手練であるミルナが、これほど取り乱すなど珍しい。
つまり、ミルナの言っている事は誠に遺憾ながら、まず間違いなく真実であるということだ。
そうなると、流石の"鉄仮面"も動揺を隠せない。

(゚、゚;トソン「つまり、彼らの目的は?」

嫌な汗を流しながら、トソンはミルナの考えを訊く事にした。
もしも、ミルナがトソンと同じ発想をしたならば、現状は最悪である。
誰も予想しなかっただろう。
よりにもよって、この状況で―――

(;゚д゚ )「おそらくは、クーデターか、宣戦布告……
     それも、ひどく大規模で計画的な」

都をひっくり返すような真似をするなんて。
トソンは夢にも思わなかった。
それまで少しだけ浮ついた"心"が、一瞬で氷結していくのが細胞レベルで解る。
この状況で求められるのは、焦りよりも冷静さ。 "鉄の仮面"を被るのだ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:26:53.45 ID:qf4r7OH40
普段の自分自身を呼ぶのに、トソンはそれほど時間を使わなかった。
目を閉じて深く深呼吸をすると、思考の靄が完全に消え去る。
ミルナは自分ほど頭脳戦が得意ではない、だとしたら自分がリードするべきである。
トソンは僅か数秒の内にそれらを考え付き、同時に思い付いた対応策をミルナに提案をしようとした矢先。

複数同時に響いた銃声。
それが、トソンの提案を遮った。
民間人の悲鳴が"実体を持った嵐"となり、都中を覆う。
直後、休憩室に設置されたスピーカーからあの道化の声が響く。

『さぁ! ここが土壇場瀬戸際正念場!
人の持つ生への執着、その全てを見せてもらおうか!』

女の声である事はまず間違いないが、何と愉快気な声をしているのだろうか。
これほど大規模なクーデターを起こすというのに、その声には緊張感の欠片も聞き取れない。
よほど自身の立てた計画に自信があるのだろう、聞いていてもその自負心が滲み出しているのが解る。
それが、逆に人の心に得体のしれない恐怖の種を植え付けた。

トソンとて、それは例外ではない。
何せ、全く相手の"出方も目的も、正体も"解らないのだ。
如何に"鉄仮面"と雖も、本能から湧き上がる恐怖までは押し殺せない。
例えるならそれは、"夜の樹海"に対する本能の警告。

野生の本能が何かを察知しながらも、五感ではその正体が解らないという恐怖。
目隠しをして地雷原を歩くよりも尚、人の心の深部に生まれるその恐怖。
夜の闇に恐怖したからこそ、無力な人間は光を望んで"火"を生み出した。
何故なら、"闇に抱く恐怖に対して人に出来たのは、目を閉じる事だけ"だったからだ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:30:25.11 ID:qf4r7OH40
知らず、トソンの掌には汗が滲んでいた。
先程自分が思い付いた提案も、絶対に役に立たない。
否、如何なる策も無意味ではないだろうか。
きっと相手は、こちらの出方を全て読んでいるに違いない。

まるで子供の様に、トソンの心底からは焦りだけが生まれる。
誰か、この恐怖を和らげる言葉を掛けてくれと願う。
そしてその願いは、思いもよらぬ形で叶う事となった。
自分の胸元が、微かに振動しているのが解る。

どうやら、それはトソンだけではなくミルナも同じらしい。
その振動の正体が、首から掛けた"デレデレの御守り"からだと、トソンは思い至った。
御守りを取り出してみると、振動の正体は御守りの"中"にあるようだ。
不思議に思い、袋を開けてみるとそこには―――

(゚、゚トソン「インカム?」

白くて小さい、片耳掛け式のインカムが入っていた。

――――――――――――――――――――

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:34:26.53 ID:qf4r7OH40
都中が恐怖と混乱で激震するより前。
道化、もとい魔女が率いる異形の集団が馳せ参じるよりも前に話は戻る。
場所はk12、"サラマンダー"率いる酒処。
その店内の片隅に、トラギコはいた。

トラギコの危惧した事態に対する解決方法は、至ってシンプルであった。
"客に手を出す=その気がある"
この方程式を店のルールに加え、ミセリの部下である娼婦達は小遣い稼ぎに邁進していた。
要するに彼女達は、"客を取っている"のだ。

相手に難があれば、金を積ませて小遣いの額を増やす。 当然、その内の3割は店の利益とする。
時折訪れる"顔馴染み"の客も積極的に取るせいで、店の本来の営業内容が曖昧になっていた。
頭を抱えて悩むトラギコではあったが、反対に娼婦達は笑顔だった。
そして、何故娼婦達が笑顔なのか、トラギコがそれを不思議に思っていると。

ミセ*゚ー゚)リ「彼女達は"あれ"が大好きなのです。
       そういう風に、教育しましたから」

少しだけ悪戯っぽく耳元で告げたミセリの声に、トラギコは体をビクリとさせて驚いた。
周囲の客にそれを見られてはいないだろうか、トラギコは辺りを見回す。
幸運にも、トラギコが見せた醜態は誰にも見られていないようだ。
トラギコは今、店の片隅にある客席にミセリと"二人で"腰かけていた。

本来ならトラギコは、こんなにゆっくりとしていられる立場ではない。
客と店員、もしくは客同士。
最悪の場合は、店員同士の揉め事を"優しく"沈めなければならないのだ。
ある意味教育係である為、トラギコの立場はそれほど余裕の生まれる物ではなかった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:38:26.32 ID:qf4r7OH40
ところが、SPとして店の片隅で怖い顔をしていたのだが、それでは堅苦しいと、ミセリに強引に客席に着かされたのだ。
更には"何故か"ミセリもその席に腰かけ、店の指揮を"クレイジーハロー"に一任した。
彼女に任せていいものかどうかトラギコは悩んだが、結局任せるしかないと諦めた。
もしもここで、試しに素人の娼婦にでも任せてみたとしたら、それは大問題である。

祭りのルール上、"風俗、賭博などの如何わしい店"の出店は認められていない。
もしもそれが発見された場合、問答無用で店は撤収。 後釜として控えていたコンビニに、その座を譲らなければならないのだ。
それだけは御免被るので、ハロー以外に適任者はいなかった。
トラギコは人生稀に見る大決断を終え、今に至る。
  _,
(=゚д゚)「なんつー教育をしてるんラギ……」

ミセリの言葉に呆れながらも、トラギコは激しく鼓動を打つ心臓を落ち着かせる。
その際には頭の中にあるタスクマネージャーを起動し、何か考える事を探すのがコツだ。
優先順位一位のタスクを開き、トラギコの意識が現実に戻る。
ふと思い出したように、トラギコは口を開いた。

(=゚д゚)「一緒に店を回る約束したラギね。
     どうせだから、今行くラギ。 ちょうど、プレパ(プレ・パレードの略)が最終組前だから、面白いラギよ」

店が開店する前にミセリに約束した事を忘れては、本末転倒である。
何せ、トラギコの任務は"この店の全員"が楽しく祭りを過ごす事だからだ。
席を立つようにミセリに促し、二人は店の外へと移動した。
そこは、まさに"肉の壁"状態だった。

ひしめく人、人、人。
ざわめく声、声、声。
うごめく壁、壁、壁。
ふるえる肉、肉、肉。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:42:09.08 ID:qf4r7OH40
  _, ,_
(=゚д゚)そ「何とぉ!」

思わず声を上げ、トラギコはその光景に息をのむ。
ミルナの店に顔を出しに行こうにも、これではせいぜい行けるのは隣接する店ぐらいだろう。
J7のターコイズが美味いとミルナに聞いたのだが、そこに行くなど夢のまた夢。
呆気にとられるトラギコの意識を、横に並んでいたミセリが引き戻す。

ミセ*゚ー゚)リ「えと……、私は別に…どこでも……」

俯き加減に呟いたミセリの声は、喧騒に掻き消されかねない程小さかった。
しかし、それを聞き逃す程トラギコはまだ耄碌していない。
遠慮がちにトラギコの裾をつまみ、ミセリは隣の店に行こうとする。
観念したかのようにトラギコは溜息を吐き、ミセリを安心させる為に笑みを浮かべた。

(=゚д゚)「それじゃあ、横の焼鳥屋で一杯やるラギ」

隣の店から漂ってくる香ばしい焼き鳥の香りに誘われるようにして、二人はそちらに足を進めた。
同じ酒処ではあるが、その中身は居酒屋とレストランの差である。
もちろん、こちらがレストランで、相手が居酒屋だ。
赤いノレンを潜ると、そこには居酒屋独特の温かい雰囲気が溢れていた。

駆け足で近寄ってきた店員に"二人"だと告げる間にも、トラギコは店の中を観察する。
どうやらこの店の店主は、昔ながらの酒飲み思想を持っているらしい。
畳の上に置かれた長方形のテーブル、そして座椅子。
見知らぬ者同士でも、共に酒を呑める設計だった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:46:11.97 ID:qf4r7OH40
入った店をこうして観察するのは、裏社会に住む人間の悲しい習性であった。
非常口はどこにあるか、店員は何人で武装は何か、カメラはあるか、死角はあるか、武器になりそうなものはあるか。
そうして警戒しておかないと、有事の際に素早い行動が出来ないのだ。
何せ裏社会のファミレスでは、強盗など日常茶飯事なのだから。

ある程度の目星をつけ、トラギコはミセリと共に案内された席に着く。
隣で大合唱を始めた団体を横目に、トラギコは置かれていたメニューを広げる。
なるほど、やはり居酒屋である。
焼き鳥、ビール、チューハイ、コース、日本酒などの基本装備は整っているようだ。

さて、何を頼もうか。
そんな事を考えながらもトラギコは、面を上げた。
しかし、トラギコが面を上げるとそこには誰もおらず、トラギコは首をかしげる。
トイレにでも行ったのだろうか? そう思い、メニューに目線を戻す。

ミセ*゚ー゚)リ「どうしたんですの?」

その声は、トラギコのすぐ横から聞こえたものだった。
"トラギコの横"に着いていたミセリが、覗き込むようにしてトラギコを見上げる。
少しだけ潤んだ瞳が、トラギコの心を見透かすように見つめる。
ミセリと目が合い、トラギコは油断していた自分を呪った。

(;=゚д゚)「うわぁお!」

トラギコが声を上げて驚くのも無理はない。
何せ、ミセリは正面の席に着いたものだとばかり思っていたのだ。
それが、いつの間にか横にいて、"覗き込まれた"となれば誰だって驚く。
今日のミセリは、どこかおかしい。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:50:15.01 ID:qf4r7OH40
これが素だと言われれば、それまでだが。
こうも"人の横"に居たがる性格だと、流石に男として恥ずかしい。
可愛い妹分だとは分かっていても、ミセリを意識せずにはいられないわけで。
トラギコは、くすぐったい気持になってしまった。

ミセ*゚ー゚)リ「人の顔を見ていきなり驚くなんて、ひどいですわ」

罪の意識が全く無いのだろう、ミセリはトラギコに体を密着させながらメニューを見始めた。
諦めの溜息を吐き、トラギコも三度目の目線をメニューに向ける。
『店主のお勧め!』と赤いポップで書かれた品物を見ると、焼き鳥だった。
『店員のお勧め!』と黄色いポップで書かれた品物を見ると、やはり焼き鳥だった。

(=゚д゚)「ここは焼き鳥専門店ラギか……」

酒の肴の中でも取り分け"焼き鳥"の種類が多く、その力の入れようときたら恐ろしい物がある。
砂肝からモミジまで、焼き鳥マニアが泣いて喜びそうなラインナップとなっている。
ふとトラギコは何の気無しに、店に設置されたテレビに目を向けた。
そこにはプレ・パレードの様子がテレビ中継されており、今まさに最終組がその姿を現す所だ。

【時刻――15:08】

(=゚д゚)「……ん? 履帯音?」

外から聞こえてくる僅かな音に、トラギコは耳を傾けた。
店内の喧騒と、観衆の大喝采をすり抜け、トラギコの聴覚が捉えたのは無限軌道が地面を掻き進む音だ。
テレビに映し出される上空から撮影された異形の車列、それに並歩する集団にトラギコは嫌な違和感を覚えた。
無限軌道を用いる車両などそうそうある有る物ではないし、何よりそれを用いる利点があの"格好"ならばいらないだろう。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:54:20.60 ID:qf4r7OH40
何かを積んでいると言うわけでも無いのに、黒い布を被せているだけ。
まるで、何かを隠すように―――

(=゚д゚)「ミセリ、少し耳を貸すラギ」

そこまで考えた時には、トラギコはすでに行動に移していた。
訓練された番犬が、主人の命令を受けるまでもなく自分で思考し、行動する。
トラギコの一連の動作は、まさにそれだった。
言いながらトラギコは、横に控えているミセリに詰め寄る。

ミセ*゚ー゚)リ「?」

一体何が起きたのか?
そう、"顔で言う"ミセリではあったが、トラギコはあくまでも静かに行動する。
焦るような事態でも、決して焦ってはいけない。
ミセリの肩を抱き寄せ、トラギコは小さく囁く。

(=゚д゚)「急いでこの店、いいや。 "大通り"から距離を取るラギ」

かつての仕事柄、トラギコが抱いた違和感と予感は的中していた。
その事が証明されたのは、ミセリが驚きの表情を浮かべ、トラギコが外に目を向けた瞬間の事だった。
連続同時に響いた、異質の音。
―――発砲音である。

その音が、二人の意識を真白に染めた。
マズルフラッシュの如く一瞬だけ白に染め上げられた二人の思考が、急激に鈍る。
あたかも、コンピューターウィルスに感染したパソコンの様に。
本来なら咄嗟に伏せているこの状況で、二人は伏せることも出来なかった。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 21:58:51.48 ID:qf4r7OH40
それでも、数瞬後にはトラギコだけは冷静さを取り戻しつつある。
その証拠に、トラギコは意識の片隅で、ある状況を想定していた。
もしもそれが現実ならば、状況はこの上なく最悪である。
だが、そんなトラギコの想像も巻き込んで、魔女の嘲笑が二人の五感を強引に犯し始めた。

テレビに映る映像の端に、倒れている黒服の同僚の姿を見咎め。
スピーカーから聞こえる魔女の嘲笑が、耳朶を叩き。
外から届くはずの無い、硝煙を嗅ぎ取り。
有る筈の無い死の味を、舌が感じ取る。
そして、得体の知れない恐怖が体を震わせた。

五感全てが魔女に犯される。
まるで蟻地獄の様に、起こる事態の全てが混沌へと五感が引き込まれる。
そこから逃げようともがけばもがく程、"混乱の坩堝"へと落ちて行く。
―――この状況で、二人に出来る事は何もない。

『さぁ! ここが土壇場瀬戸際正念場!
人の持つ生への執着、その全てを見せてもらおうか!』

皮肉にも、魔女の哄笑が二人の意識を現実に戻すことになった。
冷静とは言えないが、先程よりも落ち着きを取り戻した意識で、トラギコはすぐに状況を確認する。
果たして、あの"魔女"の目的は何であろうか。
それを知らなければ、行動の"選択肢"が生まれない。

幾つもの仮説が浮かべるが、一番濃厚だったのはやはり最初にトラギコが想像した物だ。
トラギコが先程想像したのは、"大規模なクーデター"。
もしくは、それに準じる程最悪な物だ。 例えば、宣戦布告や"大量虐殺宣言"とか。
どれもこれも懐かしい響きではあるが、懐かしみたくはない。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:02:16.39 ID:qf4r7OH40
この想像が正しいとしたら、この場に長居するのは賢いとは言えない。
先程店内を観察した事が、その助けとなった。
この店にある武器の代理、逃走用の経路をあらかじめ推察しておいたことによって、トラギコは余計な労力を使わずに済んだのだ。
同時に、それは時間を短縮し、逃げる為の時間が延びる事を意味している。

どよめきが走り出した店内に視線を泳がせ、トラギコは店の厨房に居る店主を見咎めた。
逞し過ぎる程の巨躯の持ち主だけあって、店主と一人の女店員だけは全く動揺を見せない。
女店員の方は、ひょっとしたら何が起きたのか解っていないのかもしれない。
店主は丸太よりもずっと太い腕を組み、外を眺めていた。

素早く席を立ち、トラギコは厨房前に腰を低くして近寄る。
壁を小さく二回叩き、店主に自分の存在を知らせた。
店主は視線だけでそれに答え、トラギコの目的を促す。
この状況で冷静な行動をするとしたら、まずは"これ"からである。

(=゚д゚)「小刀を二本ばかし貸してもらえないラギか?
     変な事をするわけじゃないラギ、だから……」

トラギコの言葉を店主は目線で受け止め、またも視線で答える。
密かに下から鞘付きの小刀を二本取り出し、トラギコの方に静かに放った。
それを受け止め、トラギコは感謝の言葉を掛けようとする。
しかし、店主は無言の圧力でそれを遮った。

更に、トラギコが次に訊こうとしていた事も、店の奥を首で指すだけで答える。
トラギコが訊こうとしていたのは、脱出の為の裏口。 その場所である。
この店主、自分よりもずっと冷静だ。
トラギコは素直にそう思った。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:06:09.73 ID:qf4r7OH40
懐から長財布を取り出し、"厨房の前"に置いておく。
厨房から先は料理人の聖域であり、料理人でもないトラギコが入るわけにもいかない。
それに、犯しがたい聖域に、"金"を置くのは無礼な事である。
だからトラギコは、長財布を厨房の前に置いたのだ。

店主は軽く笑むと、

「そんな物はいらないでごわす。
さぁ、早く行くでごわすよ、トラギコどん」

そう、呟いた。
自分の名前を知っていた事に驚いたが、先程ミセリと会話していた時にでも名前を聞かれたのだろう。
出来る限り深く礼をし、トラギコはミセリにハンドサインで合図を送る。
それまで不安げにトラギコを見ていたミセリが、姿勢を低くしてトラギコの横に駆け寄った。

(=゚д゚)「じゃあ、これから―――」

しかし、トラギコの言葉が最後まで紡がれる事は遂に無かった。
続きの言葉を紡ごうとしたトラギコと、その横に付くミセリの胸元が同時に振動したのだ。
振動の正体を探り当て、二人揃ってその元を取りだす。
それは、デレデレが前日に皆に配った手製の御守りだった。

振動の元は、この御守りの中で間違いないようだ。
開けるなと言われたが、この際は仕方がない。
そう自分に言い聞かせ、トラギコは袋を開けた。
果たして、そこにあったのは―――

(=゚д゚)「インカム?」

白くて小さい、片耳掛け式のインカムだった。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:10:06.96 ID:qf4r7OH40
――――――――――――――――――――

都の大通りで幕を開けた、今回の騒ぎの根源。
道化の仮面を被り、魔女の素性を隠した愚者の女王。
死者を弄び、人と人の心を弄ぶ事を人生の潤いとする禁忌の魔女。
Fall On X-ratedネットワークの女社長、"フォックス・ロートシルト"は高らかに宣言した。

爪'ー`)「さぁ、諸君! これはほんの前奏!」

その姿が、歯車城に取り付けられた巨大モニターはおろか、都中のテレビに映し出される。
更に、その声は都中に設置されたスピーカーから呪いの様に流れる。
魔女の宣言に、人々は不思議と耳を傾けた。
それはまるで、御伽話に出てくる"魔女の悪質な呪いに掛かってしまった市民"の様だった。

爪'ー`)「まずは自己紹介をしよう! 僕はフォックス、フォックス・ロートシルト!
     Fall On X-ratedネットワークの創始者であり、君達にとっての救世主だ!」

誰もが、魔女の言葉に耳を疑った。
祭りを台無しにしておいて、何が救世主だ、と。
魔女に対して浴びせられる暴言は、先程の悲鳴ほどではないが、圧倒的だった。
しかし、魔女はそれを全身に浴びながらも、笑みを崩さない。

あまつさえ、狂ったような笑みを浮かべたではないか。
画面に映し出されたその笑みは、一瞬ではあるが人々の暴言の嵐を止ませる。
気味の悪い笑みは、人に残された"僅かな六感"を刺激するには十分だったのだ。
そして、魔女は狂笑を"成長させ"、醜いまでの笑みを浮かべた。

爪<○>ー<○>)「五月蠅いなぁ」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:14:17.72 ID:qf4r7OH40
直後、魔女の足元にあった黒布が舞い上がり、その下に覆われていた何かが、火を吹く。
人混みの中に容赦なく撃ち込まれた"砲弾"が、コンクリートの地面ごとその場の全てを吹き飛ばす。
それは映画か、冗談か、はたまた悪夢か。
目の前で起こったその事態を、誰もが一瞬理解できなかった。

"砲弾を撃ち込まれた者"も、例外ではない。
砲弾が撃ち込まれた、と思わなかっただけでは無く、感じる事もなかった。
それでもそれは、紛れもない現実である。 一瞬にして吹き飛ばされた人の数は計り知れず、消え去った命の数も分からない。
砲弾が撃ち込まれた直後、e19に撃ち込まれた120mm砲弾が食い破った人混みには、"本物の生"が産まれていた。

爆煙が消え去り、露わになった"生"はお世辞にも綺麗とは言えないものだった。
運悪く直撃を受け、跡形もなく吹き飛んだ者。
爆風の殺傷効果範囲内に入り、急所が吹き飛んだ者の死骸。
爆発の影響で体の各所が吹き飛ばされ、今まさに死にゆく者。

飛び散った地面の破片で、上半身と下半身が分離させられた者。
飛んで来た、"体の一部"が体にめり込んだ者。
血反吐を吐き、助けを請う者。
そして、肉片、肉塊、血、声、涙、内臓。

ありとあらゆる"生"の証明がそこにあり、"死"がそこにあった。
それを見て、魔女は快楽に頬を染めた。
魔女の足が、小刻みに震えている。 魔女は、その光景に性的な興奮を抱いたのだ。
嬉々とした笑みを堪えながら、魔女は諭すように呪詛を紡ぐ。

爪'ー`)「僕の話を聞かない場合、こうなる
     解るかい? 次にもし、僕の話を遮るような真似をしてみたまえ。
     次は爆殺ではなく、"轢殺"するよ?」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:18:29.23 ID:qf4r7OH40
62tの鋼鉄の塊が人の上に乗っかれば、確実に人体は破壊される。
しかも、半ば拷問じみた痛みを伴うのだ。
それを想像してしまった人々は、死への恐怖でパニックを起こしかけた。
その様子を見て、魔女は樮笑む。

爪'ー`)「さぁ、そこで一つゲームをしよう。
     なぁに、難しくはない。 単純だ。
     君達には、"かくれんぼの鬼"をやってもらう」

魔女の言葉が、恐怖に犯された心に染みる。
その言葉こそが救いであり、その言葉こそが絶対である。
それが正論であり聖句であると、心が塗り替えられ始めた。
恐怖に付け込むその言葉は、正しい判断が出来ない内に素早く思考を塗り替える。

爪'ー`)「僕達は君達を救いに来たんだ、解るだろ?」

呪いの言葉が、まるで祝いの言葉の様に。
呪いの呪詛が、まるで祝福の祈りの様に。
呪いの象徴が、まるで聖なる偶像の様に。
魔女の呪いが、遂に人々の心を動かした。

ストックホルム症候群、それの集団感染とでも言うのだろうか。
恐怖を与えた張本人だけが、彼らにとって唯一頼れる存在に感じてしまう。
それはまるで、折れた骨が再生する際に以前よりも強固になるように。
"極限の恐怖によって壊れた心"の修復に、何かが付加されたのだ。

爪'ー`)「君達が探すのは―――」

次の瞬間、都中のテレビ画面に映し出されたのは、数人の顔写真とその名前だった。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:22:16.46 ID:qf4r7OH40
――――――――――――――――――――

袋の中から出てきたインカムを手にしたトソンは、自然とそれを耳に掛けていた。
ミルナにも袋の中身を取りだすように促し、トソンは掛けたマイクの位置を調節する。
耳に掛けたインカムから、風の様に薄いノイズが聞こえてくる。
そして、二人の準備が整ったのを見計らったかのように、耳朶を"春風"が叩いた。

『もしもーし、"ダスク"聞こえてる〜?』

その声は春風のように優しかったが、何者にも負けない力強さがこもっていた。
クールノーファミリーのゴッドマザー、クールノー・デレデレ、その人の声である。
地獄に仏とは、まさにこの事だ。 否―――、それよりもずっと頼もしい。
あの"魔女"に対抗できる存在と言ったら、トソンは御三家の親を除いて他に誰も想像できなかった。

(゚、゚;トソン「で、デレデレ様? 何故御守りの中にこれが?」

感謝の言葉よりも先に疑問の言葉が、トソンの口から零れた。
本来なら無礼な行為と解っているのだが、この際は仕方がないだろう。
そのトソンの非礼を窘める事もなく、デレデレは優しく答えた。
出来るだけトソン達の気を落ち着ける為に、少しだけ甘い声を混ぜて。

ζ(゚ー゚*ζ『よく出来ました! よく出来ました!
       理由を話すと長くなるから、それは後回しの方向でいくわ。
       いい、よく聞いて。 j08の裏に、"トーブラ"があるのは解るわね?
       その店の脇に、大きめのコンテナが置いてあるから、その中身を使ってその場から脱出して』

(゚、゚トソン「リーマルさんの店ですね。 コンテナの中身は一体?」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:26:09.09 ID:qf4r7OH40
リーマル・マルギッテが経営する"トーブラ"は、ここから直線距離で約1km先にある老舗の居酒屋である。
その木造建築の居酒屋は、裏社会の人間にとっては食堂も同然。
比較的人気のある店ではあったが、店主がこの祭りに参加している為、今は営業をしていない筈だ。
その店の横には、確かに大きめの駐車場があった。 コンテナを一つ置くぐらいのスペースは十分にあるだろう。

ζ(゚ー゚*ζ『その質問も後回し。 とにかく今は、ミルナと一緒にそこまで移動して。
       そうそう、昨日渡したアタッシュケースの中身を使うといいわ。 ついでに、景品の中に不細工な猫のぬいぐるみがあったでしょ?
       あれの中にG18とコーナーショットが入っているから、それは自由に使って』

こちらが口を挿む暇も与えず、デレデレは必要な事を無駄なく伝える。
この状況で無駄な事を言われても、それに答える余力は無いので助かる。
デレデレの美声によって落ち着き始めた心で、優先順位及びj08への最短ルートを模索する。
これでようやく、"鉄仮面"の本領が発揮された。

その事が気配で解ったのだろうか、デレデレはトソンを褒めるように優しい声を掛ける。
その声はまるで、"独り立ちする愛娘に母親が掛ける声"の様だった。
聞いているだけで、その人までもが優しい気持ちになれる。
デレデレの声は、やはり不思議な力を持っている。 その事を、トソンは再認識した。

ζ(゚ー゚*ζ『それじゃあ、後は任せたわよ。 詳しい事は追って連絡するから。
       ミルナ、初心を忘れないように、ね? では、がんばってね〜』

呆気なく切れたデレデレとの通信に少しだけ名残惜しい気もしたが、今はそれどころではない。
急いでミルナと共に、先程バリケード代わりに積んだ段ボールの蓋を引っぺがす。
そこには、やはり不細工な猫のぬいぐるみが詰まっていた。
それを引き出してみると、デレデレの言った通り、"CSH コーナーショット"が入っていた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:30:15.17 ID:qf4r7OH40
どうしてこれに気付かなかったのだろうか。
確かにそれが目的の"アクセサリー"ではあるが、何も景品の中に実銃と実弾を入れておかなくてもいいだろう。
呆れ混じりの感謝を思いながら、トソンはそれを一丁手に持つ。
G18のマガジンを五本取り、それをしまう。

その間にも、ミルナはでぃから渡された銀と黒のアタッシュケースの蓋を開けていた。
銀のケースの中身は、一丁の短機関銃。 H&K社のMP5Kだった。
一方、黒のケースの中には10つ程の予備弾倉とサプレッサーが入っている。
40発も入る弾倉が10という事は、都合400発もある。

( ゚д゚ )「クルツ……」

思わずその名を口にし、ミルナは懐かしさと頼もしさをこめた視線で銃把を見る。
嘗てミルナが嫌という程手にしたそれは、今の様な状況で最大の力を発揮するものだ。
同型の最小モデルという事もあり、片手での取り回しも可能で、尚且つ射撃速度も速いのが最大の特徴である。
ミルナはコッキングレバーを軽く引き、初弾が装填されていることを確認し、セレクターをフルオートに切り替えた。

(゚、゚トソン「では、参りましょうか」

少しだけ寂しそうなミルナの背中に、トソンは堪らず声を掛けた。
あのままミルナを放っておけば、きっとミルナが泣いてしまうと思ったからだ。
ふと、休憩室に置かれたテレビに映し出される映像に目をやると、トソンは一瞬だけ呼吸する事を忘れてしまった。
顔写真と共に、自分達の名前が映し出されていたのだ。

(゚、゚;トソン「え?」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:34:16.40 ID:qf4r7OH40
それだけではない。
"自分達が諸悪の根源"で、彼らはその苦しみから解放する為にこのような事をしているのだという。
誰が諸悪の根源だというのか。
責任転換もいいところである。

誰がこんなデマを信じるのかとも思ったが、トソンはある事を思い出す。
恐怖で思考と判断能力、更には常識も欠如した民衆は"目に見え、聞こえる情報"に左右されやすい。
情報だけが彼らを救うものであり、情報だけが盲目の彼らにとって"唯一の光"なのだ。
それはまるで、"誘蛾灯に群がる羽虫の様に"。

となると、連中の目的の幾つかが解った。
一つ目は、言わずもがな裏社会の面々に対する宣戦布告。
二つ目は、祭りに訪れた客にその手伝いをやらせるという事。
そして最後の目的は、―――

(゚、゚;トソン「歯車王も、標的の一人……」

皮肉にも自分を尊ぶ祭りで命を狙われ、裏社会との暗い繋がりを明るみに曝された孤独の王。
都を統べ、都の発展に貢献した王までをも、その毒牙の餌食にしようとしているという事だ。
つまり、彼らの目的は都の清浄化。
―――クーデターである。

――――――――――――――――――――

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:38:26.52 ID:qf4r7OH40
トラギコとミセリは、御守り袋の中から現れたインカムに我が目を疑った。
それが、対ECM仕様のインカムであったのも要因の一つだったが。
最大の要因は、これが何故御守り袋の中に入っているのかという事だった。
一先ずは、手に取ったインカムを耳に掛ける。

口よりやや下に、マイクの位置を調整する。
すると、それを待っていたかのように力強い声が聞こえた。
まるで夏の風、もしくは冬の風を彷彿とさせるその声は、トラギコにとって聞き慣れた声だ。
何者にも負けない、"父"の声。

『"サラマンダー"聞こえるか?』

付き合いが短い者ならば、その声は無愛想に聞こえただろう。
しかし、付き合いが長い者からしたらその声は、いつもよりもずっと優しい声だった。
―――水平線会会長でぃ、その人の声である。
如何なる最悪な状況下でも彼がいれば、どうにかなる気がしてならない。

(;=゚д゚)「か、会長?!」

歓喜と驚きに満ちた声で、トラギコはインカムの向こうの人物に話し掛ける。
ミセリもトラギコと同様に驚きの表情をしているが、話し掛けるには至らない。
でぃに話し掛けられる者は、実のところあまり多くない。
彼から滲み出る"気配"が、心の強くない者から言葉を奪うのだ。

(#゚;;-゚)『そうだ。 とりあえず落ち着け。
    二人ともトーブラは解るな? j08の裏にある居酒屋だ。
    あの店の駐車場に、コンテナが置いてある。
    そいつを使ってその場から脱出しろ』

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:42:10.95 ID:qf4r7OH40
気を落ち着かせるように、でぃは言葉を一つ一つ確実に、二人の耳に送り込む。
それが焦りで熱くなった二人の血に、液体窒素を流しこんだ。
意識が透き通り、全身の血が鉄血の如く冷たくなる。
訊くべき事を手短に、それが今二人に要求されている事だった。

(=゚д゚)「コンテナの中身、及び脱出先は?」

(#゚;;-゚)『ハンヴィーだ。 脱出先は、ロマネスク一家の地下三階。
    それと、前日に渡した二つのアタッシュケース。 あれを上手く使え。
    ―――以上だ。 ……生きて、二人で帰ってこい』

それだけ言うと、でぃとの通信は途絶えた。
最期にでぃが残した言葉は、トラギコに嘗ての記憶を呼び戻させた。
嘗て一度だけ、経験したあの思い。
あれを再びやらねばならないと思うと、正直な話、身が竦む。

それでも、トラギコは引き下がるという事を考えなかった。
今のトラギコは、あの時とは違う。
それは立場であったり、職業であったりするが、最大の要因はトラギコの背後に居る女。
ミセリ・フィディックを護り抜き、ロマネスク一家まで無事に連れて行くという義務にも似た使命感。

通信が終わるのと同時に、トラギコとミセリは見事な連携を見せた。
トラギコはでぃの言った通り、銀のアタッシュケースを。
ミセリはもう一方の黒のケースを。
それぞれ休憩室の机に置き、蓋を開いた。

トラギコの開いたアタッシュケースの中には、H&K社のMP5Kが一丁。
ミセリのケースの中には、それの予備弾倉が10つとサプレッサー。
これさえあれば、この場から脱出するのはそう難しくないだろう。
手にしたMP5Kのコッキングレバーを軽く引き、初弾の装填がされているかを確認する。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:46:19.71 ID:qf4r7OH40
下手にコッキングして、一発でも無駄にしてしまえばその分不都合が起こりやすくなる。
たった一発の銃弾と雖も、侮れない。
力が拮抗している勝負で最期に笑うのは、装弾数が多い銃を持った者。
それは、手練の猛者ならば誰でも知っている事である。

(=゚д゚)「ミセリ、ちょっと待つラギ……」

そう言いつつ、トラギコは懐に手を伸ばす。

(=゚д゚)「こいつを持つラギ、マガジンは3つしかないラギ。
     でも、無いよりはましラギ」

マガジンと共にトラギコがミセリに手渡したのは、トラギコの愛銃ベレッタM8000。
何せ、用意されていた短機関銃は一丁だけなのだ。 得物を持たないミセリに、トラギコがそれを渡すのは自然である。
ミセリはそれを受け取ると、少しだけ迷ったが撃鉄を起こしてトリガーガードに指を掛けた。
マガジンを懐にしまい、銃把を両手で支える。

ミセ*゚ー゚)リ「では、行きましょうか。
      ……さん」

最後の言葉は、結局トラギコの耳に届く事は無かった。
休憩室に置かれた小型のテレビ、そこから流れた声によってかき消されたのだ。
テレビに映っているのは、奇妙な格好をした女が両手を広げている映像だった。
その様はまるで、魔女が魔法を掛ける仕草にも似ている。

爪'ー`)『―――彼らを探して、そして生きたまま捕らえてほしい。
    無論、タダでとは言わない。 それぞれに賞金を掛けた、最低額でも一生遊んで暮らせるだろうね。
    どうだい? この都をもっと住みやすくしたいとは思わないかい? 僕と一緒に変えようじゃないか。
    裏社会の屑共と手を組んでいる王など、王ではない。』

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:51:00.24 ID:qf4r7OH40
道化の衣装の裾を掴み、女はそれを脱ぎ捨てた。
風に舞い、地に落ちる道化の衣装。
その下にあった服は、内側が赤い、黒地のマント。
それは正に、魔女の衣装に相違なかった。

爪'ー`)『他者の犠牲の元、自らの生を打ち立てろ!
     さぁ、"かくれんぼ"の始まりだ!』

マントを翻し、魔女は高らかに宣言した。
"遊戯"の開始を。
"静寂"の終わりを。
"均衡"の破壊を。

そして、遂に始まる。
都の歴史が変わる、"かくれんぼ"が。
逃げるは社会の影。
追うは愚者の光。

その水面下で行われるのは、最高峰の心理戦。
ありとあらゆる可能性、あらん限りの経験を動員し、戦いに挑む。
舞台は整った。 後は回るだけ。
―――そう、それはまるで"歯車"の様に。

軋みを上げ、回る歯車。
巨大で、複雑なその機構を理解できるのは一人だけ。
都を統べる、唯一の王。
―――歯車王、ただ一人だけである。
その歯車が奏でる曲は、果たして―――

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 22:56:29.33 ID:qf4r7OH40






――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第十九話『愚者の女王、愚直の絆』

十九話イメージ曲『罠』The Back Horn
ttp://www.youtube.com/watch?v=LTUDhaOdg3o
――――――――――――――――――――






64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:00:24.13 ID:qf4r7OH40
デレデレの指摘を受け、トソンとミルナは急いで支度を整え始めた。
ここで悠長に支度を整えようものなら、"鬼"に捕まる事は必至。
如何にこちらが銃器で武装していても、その数に圧倒され、あっという間に二人は鬼の餌食となってしまう。
100万人規模の鬼に対抗できるとしたら、それこそミサイルなどの兵器が必要である。

魔女の宣言によって開始した"かくれんぼ"。
そのルールは悔しいが、遊戯のそれと不変であった。
鬼に対抗する為の手段はこちらには無く、こちらに出来るのは走って隠れて逃げるだけ。
捕まれば最期、二度と日の出を見ることは叶わない。

ミルナはアタッシュケースから取り出したMP5Kの予備弾倉全てを、マガジンクリップで留める。
こうする事によって、素早い装填作業が可能になるのだ。
5つに纏めた弾倉をアタッシュケースにしまい、それ閉じて左手で持つ。
おそらく、ここまで用意がいいとなるとこのケースも防弾性だろう。 有事の際は楯にでもなるはずだ。

右手にMP5Kを構え、ミルナは興奮で荒くなった呼吸を整える。
今、自分に求められている事は何か、それを思い出す。
嘗ての日々を思い出せ。
そうだ、あの日々の延長線上だと思えば、何の事は無い。

通常通りに戻った呼吸で、ミルナはトソンに目を向ける。
どうやらトソンは、入り口に設けたバリケードに、簡易罠を仕掛けているようだ。
段ボールをあれこれいじっているのを見るに、まず間違いなさそうだ。 さて、この休憩室にある出入り口は2つ。
その内の1つが、今トソンの手によって魔改造を受けていた。

残りの1つ。
ミルナとトソンの背後に、路地裏へと続く扉がある。
その先は裏通りの暗い路地裏が、まるで迷路のように広がっている。
方向を見失えば、確実に迷ってしまうだろう。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:04:16.65 ID:qf4r7OH40
向かう先は北東。
御三家やミセリの店がある方向である。
歯車城を常に左手に見れば、迷わずに行けそうではあるが、その余裕が生まれるかどうかは、解らない。
罠を仕掛け終えたトソンが、ミルナにアイコンタクトを送る。

頷き、ミルナはバリケードに銃口を向けた。
その間、トソンは紙袋とコーナーショットを手に裏口の扉に静かに駆け寄る。
扉に手を掛け、僅かにそれを開く。
トソンはその隙間に、コーナーショットを差し込んだ。

曲射用アダプタであるコーナーショットの特性を生かし、トソンはその向こうにある映像を確認する。
どうやら、これといった脅威はいないようだ。
トソンが靴のつま先で二回、地面を叩く。
それを聞き、ミルナはゆっくりとそのままの姿勢で下がる。

トソンが背後の扉を完全に開け、その体を路地裏へと進めた。
ミルナも後退るようにしてそれに倣うが、あと一歩と言うところで事態が急変した。
バリケードの向こうから、あり得ない程の熱気が群れをなしてこちらに来るのが解る。
その様はまるで、B級ホラー映画のワンシーンでも見ているような錯覚を抱く。

限られた幅の扉に対して、明らかにそれを上回る暴力の熱気がぶつけられた。
何回も扉が打ち叩かれ、木製のドアが軋みを上げる。
トソンが先に駆け出すのを待ち、ミルナもそれに続いて駆け出した。
直後、熱気に耐えきれなかった扉が勢いよく吹き飛ぶ。

「いたぞ! やつら逃げる気だ!」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:09:20.58 ID:qf4r7OH40
トソンが仕掛けた罠も意味は成さず、背後から溢れる殺気。
それはまるで、後押しするように二人の背中を叩いた。
そう錯覚するほどに圧倒的な量。
これは、捕まったら絶対にヤバい。

止まるわけにはいかない。
本能が告げる。
"肉食動物に殺されない為には逃げろ"、と。
走る体勢のまま、ミルナはその銃口だけを背後に向ける。

ここで銃爪に力を込められれば、どれほど楽か。
銃口の先に居るのは、紛れもない一般市民である。
武器も持たない市民に対して、威嚇とはいえ銃弾を撃ち込むのは流石に抵抗があった。
しかし、前を走るトソンがその抵抗を打ち消した。

(゚、゚;トソン「殺されたいのですか?!
     彼らには明らかに殺意があります、何も後ろめたい事はありません!」

走りながらも声を荒げるトソンの言葉に、ミルナはようやく思い出した。
あの時の様に、"撃たれる"のを悠長に待つ必要はない。

(;゚д゚ )「すみません、少しぼやけていました!
    もう大丈夫です!」

そう言って、ミルナは一瞬だけ背後に振り返る。
その一瞬で、十分だった。
ミルナの指が引いた銃爪が、MP5Kの真価を解き放つ。
横薙ぎに放たれた弾丸の驟雨が、暴徒と化した市民の"足"に撃ち込まれた。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:14:19.56 ID:qf4r7OH40
あれだけ密集して追ってきているのだ、弾が外れることはまず無い。
それに、足を撃ち抜いた事によって連中は確実に痛みで転倒する。
それが生む連鎖反応は、彼らが集団で行動していたからこそ生まれるものだ。
そう、"転倒が転倒を生み、動きが鈍り、それが新たな転倒を生む"。

ミルナの思惑通り、暴徒はまるでドミノの様にその場に倒れ始めた。
しかし、それもそう長くは無いだろう。
この間に、トソンとミルナは路地裏を縫うようにして進む。
出来るだけ、"表通り慣れした薄ら馬鹿が迷うように"複雑なルートを選んだトソンの配慮は、見事に的中した。

裏通りの路地裏は基本的に、迷い込んだ者を絡め捕る"クモの巣"の役割を果たしている。
ある手順を踏めば、迷い込んだ者は同じ道をぐるぐる歩き回る事になるのだ。
そうして弱った者を、裏通りの"ハイエナ"がゆっくりと啄ばむ。 無一文になったとしても、彼らには過酷な運命が待っている。
"男だろうが女だろうが"、性欲対象の需要には事欠かないのが裏通りだった。

予想していたよりもずっと少ない数の暴徒が、後ろから怒号と共に迫る。
ばら撒く様にして、ミルナは暴徒の群れに弾丸を撃ち込んだ。
その度に、暴徒の中から怒号に交じって悲鳴が聞こえた。
早くも空になった弾倉を交換し、ミルナはトソンの右斜め後ろに付く。

二人の走り方は、スプリンターのそれでは無くランナーのそれだった。
無駄に上半身の軸を動かさず、姿勢はやや前屈に、腕の振りも最小限に、ストライドは大きく、ピッチは一定、そして呼吸はリズムよく。
それだけではない、ミルナの立ち位置は、奇遇にも"ランナーが先頭走者を抜く際"の位置と同じであった。
有事の際に、ミルナがトソンを庇う為には、この位置がより有利になる。

それに対し、無駄に声を張り上げる暴徒たちの走り方は酷いものだった。
上半身の軸はぶれ、腕の振りはスプリンター並みに大きく、それでいてストライドは小さく、ピッチは速かった。
体力の消耗を犠牲に、スピードが得られる走り方ではあるが、せいぜい彼らに走れるのは200メートルがいいところ。
後は減速の一途を辿るだけだ。

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:19:58.07 ID:qf4r7OH40
引き切ったコッキングレバーを叩くようにして戻し、初弾を装填すると、ミルナは再び背後に向かって驟雨を浴びせかける。
今度は跳弾の影響で、数人の頭や胴体に当たったらしい。
先ほどとは違う悲鳴が、ミルナの耳に届いた。
最早、ミルナの頭の中に先程一瞬だけ抱いた"甘い考え"は跡形もなかった。

人殺しなど、裏社会では日常茶飯事。
ましてや、こちらが危機に曝されているというのに手を出さない程ミルナは耄碌していない。
民間人だろうが聖人君子だろうが、こちらの脅威となるならば排除するまでだ。
決意を新たに、ミルナは銃爪を再び引いた。

「見ろ! あいつら本当に人を殺しやがった!
 絶対に許すな!」

嗚呼、何故民衆はこれほどまでに馬鹿なのだろうか。
冷静に考えればどちらが悪いか、一目で分かりそうなものを。
連中は情報と恐怖に踊らされ、自分達が正義だと疑って止まないのだ。
だが、同情する余裕もその気もミルナには無い。

トソンに並走し、路地裏を何度も曲がり、目的地であるj08へと急ぐ。
しかし、ミルナは少し疑問に思っていた。
トソンは走っている間中、歯車城に目も向けていない。
コーナーショットとは別の手が持つ何か、それに目を向けている。

目を凝らしてみれば、それは小さな情報端末機。
より正確にいえば、携帯電話だった。
とは言え、トソンはそのサブディスプレイに目を向けているだけ。
開いた画面を見ているというわけではないのが、不思議だった。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:24:04.99 ID:qf4r7OH40
そして、その疑問を打ち消したのは耳元を掠め飛んだ"何か"。

(;゚д゚ )「うおぅっ! 連中、銃を持ち出しやがった!」

如何なる経緯で銃を手にしているかは分からないが、ミルナの耳元を掠め飛んだのは間違いなく銃弾である。
お返しとばかりに、ミルナも撃ち返す。
一気にフルオートで驟雨を浴びせかけていなければ、恐らくはトソンかミルナのどちらかの足が撃ち抜かれていただろう。
代わりに砕かれた地面を見て、ミルナは内心で舌打ちをしていた。

破壊力から言えば、それほど驚異的な口径ではなさそうだが。
何よりも銃を持ち、それなりの射撃技術がある事が、ミルナの舌打ちを誘ったのだ。
一気に撃ち尽くした弾倉を捨て、ミルナは走りながらアタッシュケースを開く。
取り出した弾倉を素早く取り付けてコッキングレバーを戻し、ケースを閉じた。

(゚、゚;トソン「目標までまだ距離があります、どうにか彼らを撒けませんか?!」

それが終わるのを見計らって、トソンはミルナに言葉を掛ける。

(;゚д゚ )「まだ後ろに200人は来てます! 撒くのは困難かと!」

(゚、゚;トソン「何か、目を逸らす、"煙幕になりうる物"さえあれば大丈夫ですか?」

思いもよらぬ言葉に、ミルナは思わずうろたえる。

(;゚д゚ )「え? えぇ、そんな物があれば大丈夫です」

トソンの横にぴたりと付き、ミルナはトソンの言葉の意味を確認する事にした。
一体、何があるというのだろうか。
少なくとも、スモークグレネードは無かったから、その選択肢は無い。
当然、フラッシュも無い。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:29:20.39 ID:qf4r7OH40
(゚、゚;トソン「4つもあれば十分ですね!」

そう言って、トソンは走りながらも手に提げていた紙袋をミルナに渡す。
思えば、何故彼女は紙袋を持って脱出したのだろうか。
その意味を知ったのは、紙袋の中身を覗き込んだ時だった。
まさか、"これ"を使うというのか。

(;゚д゚ )「十分です、いや、十分すぎます!」

熟慮の時間は無い。
ミルナは袋の中身を一度に2つ掴み、高く宙に放った。
そして、それを宙で"撃ち抜く"。
ミルナは"あの時点で勘違い"をしていた事を、今理解した。

"トソンは罠を仕掛けていたのではなく、これを回収していた"のだ。
確かに、これを撃ち抜けば煙幕の代わりになる。
ミルナは完全に失念していた。
トソンが回収し、ミルナが放り投げた物。

白くて丸い、"あの"ぬいぐるみ。
その中身が、"パウダービーズ"である事を。
そして、それが宙によく舞い、煙幕に成り得る事も。

間髪いれずにもう二つを宙に放り投げ、同じように撃ち抜いた。
まるで雪の様に舞うパウダービーズが、簡易的ではあるが煙幕を作り出す。
その陰に紛れ、トソンとミルナは残った余力を使って全力で駆け出した。
裏通りに精通した者で無ければ知らない道を多く使い、更には追手を惑わす"偽の標"を残す事も忘れない。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:34:19.28 ID:qf4r7OH40
空薬莢や空弾倉を全く別の方向に置き捨て、あたかもそちらに進んだかのように偽装する。
トソンの罠は、愚かな暴徒に効果覿面だった。
その事を、逃げ込んだアパートの三階にある一室からからコーナーショットの映像で確認する。
逃げ込んだ部屋に人が居なかった事は、何よりの僥倖だった。

座って荒い呼吸を元に戻しつつ、現在地を確認する。
しかし、ミルナはもう自分のいる場所はおろか、方向すら分からなくなっていた。
一方、トソンは至って冷静に呼吸を整えている。
またもやトソンは、携帯電話のサブディスプレイを見始める。

( ゚д゚ )「トソンさん、そろそろネタ明かしをしてくれませんか?
     なんでさっきから、サブディスプレイを見ているのですか?」

(゚、゚トソン「あぁ、これはですね」

そう言ってトソンは、携帯電話をミルナに手渡す。

(゚、゚トソン「電子コンパスです」

至極当然の様に言ったトソンだったが、ミルナはその発言に衝撃を受けた。

(;゚д゚ )「この携帯に、そんな機能が付いていたんですか?!」

(゚、゚;トソン「確かミルナさんも同じ型ですよね、知らなかった方が驚きなのですが」

確かに、ミルナも持つこのE03CAには多彩な機能が付いている。
だが、あまりにも多彩過ぎてミルナはその半分も使いこなせていなかった。
防水、そして耐衝撃ぐらいしかほとんど取り柄の無い携帯電話だとばかり思っていたが、こんなところで役に立つとは。
裏社会の人間が好き好んで使う理由が、今ようやく分かった。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:39:19.54 ID:qf4r7OH40
( ゚д゚ )「今度から覚えておきます、とりあえず、目標地点までどのくらいですか?」

(゚、゚トソン「そうですね、この先にある角を曲がった地点にあります。
     しかし、問題が」

( ゚д゚ )「問題?」

思わず訊き返したミルナに、トソンは困った顔で答えた。

(゚、゚トソン「あの街灯の下、見えますか?」

壁に寄りかかったまま、トソンはある地点を指さす。
そこでは、薄暗い街灯が点滅していた。
そして、その明りが照らし出しているのは―――

(;゚д゚ )「軍人?」

グレーの迷彩服を身に纏った、二人組の男がライフルを構えている様子だった。
比較的夜目の利くミルナは、その男が被るベレー帽に注目した。
右目の上にきている紋章。
歯車と剣をモチーフにしたその紋章は、こんな裏通りで見るには不相応な物だった。

(゚、゚トソン「どうやら、この都の軍部もこのクーデターに関与しているみたいです」

一体どこの馬鹿が、こんな騒ぎを考え付いたのだろうか。
ミルナは呆れと怒りで顔を歪めた。
それをなだめるように、トソンはミルナの肩を叩く。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/24(日) 23:42:51.74 ID:qf4r7OH40
(゚、゚トソン「怒っても状況は変わりません、違いますか?
     一先ず、デレデレ様が指示した通りに動きましょう」

( ゚д゚ )「そう、ですね。 どうにも血の気が多くて…… そう言えば、コンテナの中身を使えって言っていましたけど、一体何なので―――」

ミルナの言葉を遮ったのは、それまで沈黙を守っていたインカムから聞こえてきた"春風"だった。
まるで、タイミングを読んでいたかのように耳朶を叩いた春風は、やはりどこか緊張感に欠けている。

ζ(゚ー゚*ζ『"ダスク"、聞こえてる〜? 今どの辺りにいるのかしら?』

(゚、゚トソン「トーブラの東南東、"ワーネスアパート"に居ます」

さほど驚いた様子も見せず、トソンは冷静に対応する。

ζ(゚ー゚*ζ『よろしい。 五分後に、トーブラに向かいなさい。
       途中で"サラマンダー"と合流するはずだから、誤射はしないようにね』

(゚、゚トソン「"サラマンダー"が合流するという事は、ミセリさんとトラギコさんが?」

ζ(゚ー゚*ζ『えぇ、あの子達も少し遅れて来るから、一緒にロマネスク一家の地下三階まで逃げてきてちょうだい。
       そうそう、分かっているとは思うけど追っ手は、容赦なく撃滅していいから』

さらりと恐ろしい事を言ったデレデレに、ミルナは彼女の"強さ"に驚いた。
これまで何度も彼女の"強さ"に驚かされてきたが、今回の驚きはその中でも新しいものだった。
御三家中、一番"優しい"首領であるデレデレが、民間人に対する攻撃を許可したのだ。
せめて、"気を付けて撃て"ぐらい言うかと思っていたのだが、どうやらミルナは考えが甘かったようである。

ζ(゚ー^*ζ『無論、付き纏われないように徹底して、ね?』

最後の言葉は、言われなくても解っていた。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:00:15.55 ID:yMvf3j1M0
――――――――――――――――――――

魔女の宣言によって始まった"かくれんぼ"は、開始するまでにどうしてもラグが生じてしまう。
標的である者の内、誰から優先的に"狩る"か。
そして、その者の居場所はどこか。
それらを暴徒達が決める隙を、トラギコとミセリは見逃さなかった。

素早く裏口を抜け、j08への最短ルートを全力で駆けていた。
二人の手には、それぞれ種類は違えど必殺に成り得る銃が握られている。
そして、二人の後ろには金と生存欲に駆り立てられた暴徒が群を成し、怒号と罵声を撒き散らしながら付いて来ていた。
非常に迷惑な話ではあるが、死に直面した事の無い民間人が簡単に狂気に走る事は残念ながら避けようの無い事だ。

このまま一直線に走れば、トーブラに着くのは10分後と言ったところである。
しかし、10分間もこの速度を維持できる事がその最低条件であり、おまけに休む間も与えられない為、まずその時間は守れない。
とすれば、やはり背後の障害を早急に排除する必要がある。
二人がその気になれば、弾丸分の死体を作るなど訳無いのだが。

民間人に対して発砲と言うのはこれまで御法度とされていた為、銃爪にどうしても力が入らなかった。
そのまま放置しておくのも厄介なので、威嚇として銃口を群に向ける。
銃口を向ける度に少しの動揺があったが、それも今では何の反応もない。
むしろ、逆に暴徒達の怒りを焚きつけていた。

「おい! あいつら銃をこっちに向けたぞ!」

銃口を向けただけで、この反応を示すという事は、撃ったらどうなる事やら。
ミセリの速度に合わせて走っているが、これではその内追いつかれてしまうだろう。
威嚇では無く、本当に撃つ事さえできれば。
そんな事を、トラギコが考えた矢先だった。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:04:08.52 ID:yMvf3j1M0
(#゚;;-゚)『"サラマンダー"、状況を知らせろ』

インカムから聞こえてきた声に、トラギコは荒れた息でどうにか答える。

(;=゚д゚)「か、会長! ちょうどよかった!
     馬鹿共が追いかけてくるラギ、どうしたらいいのか指示を―――」

(#゚;;-゚)「抗戦を許可する。 遠慮するな、今は自分の命が優先だ。
     民間人だろうがなんだろうが、敵意を持って追いかけてくる連中に情けは無用。
    "あの時"と今は違う、しっかりしろ」

言われ、トラギコは背後をちらりと見る。
鬼と亡者の形相が混然一体となったその面は、"市民と言う建前さえなければ"一片の同情すら湧きあがらない。
あの時と同じ、人間の負の感情が寄り集まった面に、トラギコは自分の甘さを改めて叱咤した。
この甘さが、嘗ての友人達を死に至らしめた事を忘れたのか。

(=゚д゚)「了解ラギ」

(#゚;;-゚)『無茶はするなよ、自分の身とミセリを護るのが今回の目標だ』

その言葉を残し、でぃとの通信は途絶えた。
しかし、それだけでトラギコの決意を固めるのには十分だった。
人間など、これまでに飽きるほど殺してきたではないか。
抗争でも、喧嘩でも、あの時も。

冷たい目で見られる事にも、汚物の様に扱われることにも。
―――悲しいかな、もう、慣れている。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:08:03.77 ID:yMvf3j1M0
(=゚д゚)「ミセリ、予定通り最短ルートを突っ走るラギ。
    このまま行けば、ワーネスが見えてくるはずラギ。
    そこまで来たら、あと一息ラギ」

ミセリの近くでそう言って、トラギコは振り返る。
その体勢でMP5Kの銃口を、暴徒に向けた。
やはり、トラギコの思った通りだ。
連中は、"こちらが撃ってこないものだと思っている"。

命中精度の高いこのMP5K相手に、完全に油断をしているのだ。
自分達の油断が、如何に致命的だったかを学び、自覚しろ。
そしてその事を、心の底から後悔するがいい。
心の中で呟き、トラギコは銃爪を引いた。

照準を頭の位置に合わせていた事に、果たして誰が気付いていただろうか。
その事に連中の一部が気付いたのは、先頭を走る10人程が脳天を撃ち抜かれて転倒してからの事だった。
一瞬の内に死体に変貌した仲間と銃声に、暴徒達は足を止める。
先頭が急に止まった為、後ろの暴徒達は止まり切れずに前の人にぶつかる。

それが束となり、先頭の者達は死体の上に押し倒された。
その隙も、トラギコは決して許さない。
倒れた者達に向けて、容赦の無いフルオート射撃。
悲鳴と血煙を上げ、次々と死体が生まれる。

その光景に、暴徒達は物理的にも精神的にも、足を止めざるを得なかった。
誰かが声を上げる間にも、二人はどんどん先に進んでいると言うのに。

「あ、あいつ! こ、殺しやがった……! 人を殺しやがったぞ!」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:12:18.13 ID:yMvf3j1M0
何をいまさら。
トラギコは弾倉を変える間に、そう内心で毒づいた。
金に目をくらませ、真実を見ようともしない連中に何を言われてもなんとも思わない。

ミセ*゚−゚)リ

横を走るミセリが向けてくる視線が、心に突き刺さるように痛い。
だが、それがどうした。
"誰かを護る為なら、如何なる扱いでも甘んじて受ける"。
その覚悟なら、当の昔に済ませている。

如何に可愛い妹分に嫌われようとも、構うものか。
今は彼女さえ無事なら、何と思われようとも平気だ。
少しだけ速度を落としたおかげで、二人ともどうにか呼吸が戻りつつある。

ミセ*゚ー゚)リ

ふと、ミセリが笑顔を浮かべた。
何を考えているのか、トラギコが思った瞬間。
ミセリの手が持つM8000が、火を吹いた。
背後で怒りの声を上げた男が、喉を撃ち抜かれて倒れ込むのを見て、トラギコは驚きの声を上げる。

(;=゚д゚)「なぁっ?!」

続けて、五回銃爪を引き、次々と死傷者を作り出す。
その間、ミセリはずっと笑顔のままだ。

(;=゚д゚)「な、何を?」

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:16:37.65 ID:yMvf3j1M0
汚れ仕事は自分一人で十分だと、トラギコが口を開くが。
ミセリは、それを笑みで否定する。

ミセ*゚ー゚)リ「一人だけで背負うなんて、寂しい事は無しですよ。
      それに、――の――が危険に曝されているというのに、黙って見ているなんて私には出来ません」

肝心の部分は背後の怒号に掻き消されたが、ミセリが言わんとする事をトラギコは理解した。
ミセリに速度を合わせて走っている為、トラギコの体力にはそれなりの余裕がある。
感謝の言葉の一つや二つ言うのが礼儀だが、トラギコはあえて別の言葉を投げかけた。
少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、背後にMP5Kの銃口を向ける。

(=゚д゚)「……まったく! もう少し女らしく振舞ったらどうラギか!
     そんなだから、彼氏の一人も出来ないラギ!」

言い終え、MP5Kをフルバーストで斉射。
空になった弾倉を交換する隙を、ミセリがM8000で援護する。

ミセ*゚ー゚)リ「そんな事はありませんよ! これでも言いよってくる男は結構いるのですから!
      その気になれば、彼氏の一人や二人朝飯前です!」

トラギコの言葉に、ミセリは上機嫌で答える。
その言葉とは裏腹に、手にしたM8000が次々と命を奪い取っていた。
段々と距離が開けてくるが、実力行使を止めるわけにはいかない。
今度は、ミセリのM8000が弾切れになった。

(=゚д゚)「ほほう、だったら今度見せてもらうラギ!
    どんなモノ好きか、興味があるラギよ!」

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:20:06.08 ID:yMvf3j1M0
弾倉を変え終えたトラギコが、ミセリの装填作業を援護する。
MP5Kの銃口から、これでもかと銃弾がばら撒かれた。
それでも一度に全弾放つのではなく、少しの間を開けて撃つ事を忘れない。
既に50人以上の死傷者を出している為、もう心に咎めるものは何もなかった。

ミセ;゚ー゚)リ「ど、どどど、どうしてトラギコさんに紹介しなければならないのですか!
      大体、トラギコさんこそどうなんですか! 彼女いないじゃないですか!」

トラギコの挑発に、装填作業を終えたミセリが焦りと共に噛みつく。
今度は射撃をせず、二人は薄暗い路地を駆け抜ける。

(;=゚д゚)「そんなのどうでもいいラギ! それより―――」

周囲の風景から、今いる位置を見取る。
先程右手に"蜘蛛の口"を確認したことから、トーブラまであと約400メートルだろう。
上手い事、後ろの連中を"蜘蛛の口"に誘導できれば、追っ手の心配はまずないだろう。
あの辺りは、裏社会の者でも好んで行こうとは思わない。

先日、ちんぽっぽが野良犬駆除に駆りだしたあの地帯はそれこそ腕に自信のある者でもない限り、あっという間に身包みを剥がされる。
そう言えば、長い休暇を取ると言ったきり、彼女に会っていない。
果たして、こんな時にどこに観光に行っているのだろうか。
帰ってきたらお土産をせびるとしよう。

"蜘蛛の口"はホテルニューソク方面に広がる、整備の進んでいない地帯への入り口の名称である。
その地帯を、"蜘蛛の巣"と呼び、そこで追剥や強盗に精を出す者たちを"蜘蛛"と呼ぶ。
祭りに彼らが参加するとは到底思えない、とすれば、彼らは迷い込んだ観光客を餌にするはずだ。
どうやって、入口に案内しようか。 "鬼"との距離は、もう300メートルは空いただろう。

(=゚д゚)「ミセリ、連中を蜘蛛の巣に案内したいラギ。 ルートは解るラギか?」

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:24:03.43 ID:yMvf3j1M0
ミセ*゚ー゚)リ「その必要はありませんよ、先程空になった弾倉を"口"に置いておきましたから」

(=゚д゚)「抜け目ないラギね、じゃあ、隠れるラギ」

すぐ傍の路地裏に身を隠し、近くにあった段ボールを咄嗟に被る。

(;=゚д゚)(って、どうして同じ箱に隠れるラギか!)

消え入りそうなほどの小声で、トラギコは"すぐ後ろ"に声を掛けた。

ミセ;゚ー゚)リ(あ、あれ〜?)

(;=゚д゚)(もうっ!)

トラギコと密着する形で、ミセリは同じ段ボールに隠れたのだ。
ここまで来ると、"天然"の言い訳も通じない。
後でたっぷりと説教をするとして、今はこれ以上何も言わない方がいいだろう。
何せ―――

「おい、あいつらどこに行きやがった!」

「こっちよ、こっちにマガジンが落ちているわ!」

「よーし、行くぞ!」

金と生存本能に目がくらんだ鬼が、すぐ目の前に来たのだから。
まんまとミセリの仕掛けた偽装に引っ掛かり、鬼達が引き返していく。
気配を探り、最期の一人がその場を去るのを確認した。
殺していた呼吸を再開し、二人は荒い呼吸をする。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:28:16.29 ID:yMvf3j1M0
すぐに荒い息を落ち着ける為に、深く、ゆっくりと深呼吸。
そんな事を数回繰り返し、ようやく落ち着いた呼吸でミセリに話しかける。

(=゚д゚)(よし、馬鹿共が動いたラギ。
    こっちも動くラギよ)

そう言い、トラギコが段ボールを取り払おうとした時だった。

ミセ*゚ー゚)リ(ちょっと待ってください、インカムにノイズが入ってきています。
       通信が入ります)

トラギコの肩を掴んで止めたミセリの判断が正しかった事は、直後に入った通信が証明した。
インカムの向こう側から聞こえてくるノイズ混じりの声に、トラギコは耳を傾ける。

(#゚;;-゚)『現在地及び状況は?』

(=゚д゚)「鬼を撒くのに成功したラギ、トーブラまで約400メートルと言った所ラギ」

それを聞くと、でぃは良しと頷く。

(#゚;;-゚)『ワーネスに"ダスク"が待機している、1分後にトーブラで合流しろ。
    あと一息だ、決して油断するな。 報告によれば、連中は軍部も引きいれているらしい。
    腐っても軍隊だ、実戦経験こそないが侮れる相手ではない』

都には有事の際、鎮圧や治安維持の為の軍部が存在する。
非常に閉鎖的な存在の為、その情報が外部に漏れる事は滅多に無い。
しかし、彼らが実戦経験の無い軍隊である事だけは、一部の人間に知られている。
外部の人間が詳しい内部事情を知り得るとしたら、都の情報を一手に担う歯車王だけだろう。

(;=゚д゚)「軍部が、ですか…… こういう時に率先して裏切るとは、本当に使えない連中ラギ」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:32:34.49 ID:yMvf3j1M0
心の底から愚痴を洩らすと、でぃは苦笑交じりに答えた。

(#゚;;-゚)『仕方あるまい、痛い思いをしないと理解できない馬鹿もいるんだ。
    念の為、クルツにサプレッサーを付けておけ。 銃声一つが、連中にとっては金の音だ。
    ミセリ、しっかりとトラギコに付いて行け。 満更でも無いらしいぞ、お前に懐かれるのは』

最後にそう言い残し、でぃとの交信は途絶えた。
"あの"でぃが、半ば冗談を口にした事にトラギコが感動していると。

ミセ*゚ -゚)リ「あの、えっと……」

ミセリが頬を赤らめ、トラギコの服の裾を掴んできた。
何もこんな時に、こんな時に。
今はそれどころではない、そう言った話は後でゆっくりと御茶でも飲みながらしようじゃないか。
と、目で訴えかける。

それが通じたのか、ミセリは太陽の様に明るい笑みを浮かべた。
あぁ、もう。
可愛いな、畜生。

(=゚д゚)「後でアイス買ってやるラギ……」

段ボールを取り払い、トラギコは手にしていた黒のケースからサプレッサーを取り出す。
それをMP5Kの銃口に取り付け、ケースを閉じる。

ミセ*゚ー゚)リ「……チョコミント」

(=゚д゚)「分かってるラギ、ダブルを買ってやるラギ」

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:36:24.06 ID:yMvf3j1M0
さぁ、この小さな約束を守る為にも行こうじゃないか。
残った種目は400メートル走。
トラック一周を全力疾走する要領で行けば、1分以内の到着が可能だ。
決意を込め、トラギコは立ち上がった。

(=゚д゚)「ミセリ、クーガーをしまうラギ。
    代わりに、左手でこのケースを持つラギ」

トラギコは言いながら、黒のアタッシュケースをミセリに手渡す。
ミセリはトラギコの指示に素直に従い、M8000をしまって代わりにケースを持つ。

(=゚д゚)「さぁ、行くラギよ。
    ―――二人で」

言って、トラギコは空いた左手をミセリに差し出す。
その手をミセリは右手で掴み、トラギコに引き上げてもらう。
二人で生き抜いて、約束を果たす為に。

ミセ*゚ー゚)リ「……えぇ、行きましょうか」

トラギコに引いてもらう形で、ミセリは駆け出した。
400メートルを二人で走り切るなど、正気の沙汰ではないと笑われるかもしれない。
しかし、彼らには解るまい。
裏社会の御三家で学び、培った絆の意味を。

大切な事は、結果よりも成果。
生きて戻ればそれでよし。
こちらを罠に掛けると意気込む糞野郎共に、ひと泡吹かせてやる。
こちらが絶望していると思っているようだが、とんだ勘違いだ。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:40:07.36 ID:yMvf3j1M0
絶望にこそ罠を仕掛けろ、デレデレの言葉だ。
絶望にこそ真なる希望がある、でぃの言葉である。
絶望など恐れる必要はない、ロマネスクの言葉だった。

暗い路地を、一つの絆が走り抜ける。
愚かと罵られようとも、決して揺るがない絆。
何よりも真っ直ぐな、その絆。

―――愚直の絆が、闇を駆け抜ける。

――――――――――――――――――――

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:42:35.20 ID:yMvf3j1M0
ワーネスの三階から、サプレッサーに抑えられた銃声が連続して響いた。
金属照準器だけを使った射撃の精度は、光学照準器とは比較にならない。
ましてや、夜の様に暗い中での射撃など当てようと思っても当たるものではない。
時刻は既に夕方、弾道も変わる時間帯である。

故に、セミオートでは無くフルオートで射撃した事は正しい判断だった。
もしも、ミルナが一人だったら突撃をかましていたかもしれない。
だがしかし、ミルナには力強い味方がいた。
"鉄仮面"トソンである。

彼女の提案による斉射は、街灯の下に居た軍人二人の脳天を吹き飛ばした。
弾倉一つを空にしたが、むしろ良く一つで済んだ言うべきだ。
デレデレの指示通り、キッカリ五分後に行動を開始した"ダスク"は、急いでワーネスから脱出する。
建物から躍り出た二人は、死体となった軍人の元に駆け寄る。

その手が持っていた得物と弾倉等を回収し、後ろから近づいてくる足音に顔を向けた。
足音の正体を見咎めた時、二人は思わず笑顔を浮かべた。
手を繋いで走ってくるトラギコとミセリ、その二人に合流して共に駆け出す。
息も絶え絶えに、トラギコは口を開く。

(=゚д゚)「よ、よう。 御二人さ…ん、元…気だったラギ?
    トーブラまで、一緒に散歩としゃ…れこ…むラギ」

こんな状況下でも、その口調はしっかりとしたものだった。

( ゚д゚ )「おうおう、よく言えたもんだこの野郎!
     息が切れてるぜ?」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:46:49.92 ID:yMvf3j1M0
トラギコの言葉に、ミルナが食ってかかる。
その口調と顔は、親しい友に再会できた喜びで先程よりも潤っていた。
トラギコも、久しぶりの友の顔と声に口元を緩めた。

(=゚д゚)「五月蠅い…ラギ! そん…な事……どうでも」

(゚、゚;トソン「仲がいいのは解りました、とりあえず体力の消耗的に今は走った方が得策ですよ」

正論を述べるトソンではあったが、二人に耳には届いていないのか、言い争いを止める気配は全く無い。
むしろ、トソンが危惧しているのは二人の声が周りに響く事ではない。
"手を繋いでいる"ミセリが、トラギコの速度に合わせている為、体力の消耗が激しい事だった。

( ゚д゚ )「強がり言ったんだったら、最後まで貫き通せよ!
     男の子だろ!」

構わず言い争いを続けるミルナは徐々にではあるが、速度を落としていた。
その事に気付いたのは、恐らくトソンだけだっただろう。

(=゚д゚)「ち、ちくしょ……う!」

段々と速度が落ち着いてきた二人に、トソンはほっと溜息を洩らした。
ミルナはミセリの事をちゃんと見ていたのだ。 自身が速度を落とす事によってトラギコの速度も落とし、自然な流れで呼吸を落ち着かせている。
どうやら、ミルナは並走に関しての心得があるようだ。
トソンは自然とそんな事を考える。

( ゚д゚ )「ほらほら、後もうすぐそこだ!」

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:50:32.85 ID:yMvf3j1M0
ミルナの様に見ていて飽きない人間と言うのは、実のところトソンはこれまで見た事が無かった。
だから、トソンにとってミルナは未知の塊であると同時に、興味の対象であった。
そうこうしている内に、短い徒競走は終わりを告げる。
曲がり角を進み、遂に目的地であるトーブラに到着したのだ。

(=゚д゚)「ゴール、してもいいラギ?」

冗談交じりに言いながらも、トラギコはふらつく足でコンテナの前にたどり着く。
コンテナに手を付き、呼吸を整えると、トラギコは言った。

(=゚д゚)「まだ……、これ…からが本番ラギ。
     コンテナの中身、聞いたラギ?」

まだ荒い呼吸ながらも、落ち着きを見せたトラギコは冷静に状況を整理する。
トラギコがバンバンと叩くコンテナは、トーブラの駐車場を完全に占拠している。
鋼鉄製のコンテナの中身は、"ダスク"には知らされていなかった。

(゚、゚トソン「いえ、全く聞いていません」

デレデレからは、中身を使う事以外特に指示を受けていない。
その事を告げると、トラギコは真面目な表情で言った。

(=゚д゚)「中身はハンヴィーラギ」

その単語を聞いた瞬間、ミルナは天を仰いだ。

( ゚д゚ )「つまりあれか、"あん時"の再現に近いのか……
     あぁ、だからこっちには言わなかったんだな」

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:54:26.17 ID:yMvf3j1M0
ハンヴィーとは、軍用の高機動多用途装輪車の総称である。
防弾ガラスに防弾使用の装甲、種類によってはミニガンも搭載でき、果ては対空仕様のモデルまでも存在する。
現代戦に置いて、この車両は重要な移動手段であると同時に戦力でもあった。
固い座席、もろに来る振動。 催す吐き気、促す涙。 正直、乗り心地はあまり良い物ではない。

(=゚д゚)「そう言う事ラギ。 それより、急いだ方がいいラギよ」

( ゚д゚ )「ヤバそうな気配がするな……」

その言葉と同時に、二人は南南西に目を向ける。

(=゚д゚)「よし、早いとこ乗るラギ」

そう言って、トラギコはコンテナのロックを解除する。
電子錠が掛けられていたが、御三家共通のパスコードを入力し、解除に成功した。
上に向かって開く扉の隙間に、トラギコとミルナは体を滑り込ませる。
いち早くハンヴィーに乗り込み、トラギコはエンジンを掛けた。

一方、ミルナは車両に搭載された武装を準備していた。
今回の武装は、天井部に取り付けられたM2重機関銃。
文句無しの火力を誇り、問答無用の威力を有するこれさえあれば、暴徒などあっという間に細切れである。
エンジンの始動音と、コンテナの扉が完全に開くのは同時だった。

ミセリとトソンが急いで車に乗り込み、扉が勢いよく閉められる。
助手席にミセリ、運転席にトラギコ。
後部座席にトソン、そして銃座にミルナ。
シートベルトが体を固定し、発進の準備が完了された。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 00:58:16.60 ID:yMvf3j1M0
トソンがトラギコの肩を叩く。
それは、心の準備の完了を告げる為の行為。
それと同時に、トラギコは思い切りアクセルを踏んだ。
シートに背中が叩きつけられ、ミセリとトソンは堪らず声を洩らす。

(=゚д゚)「これより皆様をロマネスク一家まで御連れ致しますのは、トラギコでございます。
     車内での喫煙はお控えください。 ロマネスク一家までは、最短ルートで約10キロとなっております。
     窓から見える景色を、どうぞ最後までお楽しみください」

トラギコはのん気に冗談を言っているが、ミセリとトソンにそれを楽しむ余裕は微塵も無い。
何せ、既に速度は80キロを超えているのだ。
そして今、100キロに達した。
狭い路地を猛スピードで駆け抜けるハンヴィーの車内は、加速による慣性の法則がこれでもかと発揮されている。

シートに押しつけられる二人に、トラギコは変わらない口調で冗談を並べる。

(=゚д゚)「このままの速度を維持すれば、約6分後には到着いたします。
     何事も問題が起こらなければ…… の話ラギ」

突如、トラギコが口調を元に戻した。
何事かと口を開こうとするが、速度を維持したまま右に曲がった影響で、今度は二人の体を遠心力が襲う。
おまけにシートが固い為、その際に生じた振動が容赦なく体を揺らす。
代わりに答えたのは、銃座に付いていたミルナだった。

( ゚д゚ )「後方に敵を視認した、けど……
     なんじゃありゃ?!」

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:02:20.59 ID:yMvf3j1M0
ミルナの言葉に、トソンとミセリはサイドミラーを覗き込む。
ミラーに映し出された異形の敵に、二人とも我が目を疑った。
黒装束、そして奇妙な仮面。
それだけならまだしも、異形の敵はよりにもよって、時速100キロを超えるこのハンヴィーに対して―――

―――"走って"追いついているのだ。

――――――――――――――――――――

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:04:23.58 ID:yMvf3j1M0
魔女が率いた異形の集団。
その正体は、正確に言えばドクオ達が戦った仮面の連中とは違る存在だった。
ゼアフォーシステムの更なる改良を求めた結果、彼らからはハニカム構造のチタン装甲が撤廃されていた。
何せ、彼らは独自に必要な戦闘情報を幾らでも手に入れられる為、"固い楯"は不要と判断したのだ。

相手の動きさえ分かれば、攻撃を食らう確率は格段に下がる。
故に求められたのは、高い戦闘能力と、個々に特化した能力だった。
何も一体のゼアフォーに、全ての能力を付加する必要はない。
基本的に二種類の体を使い、そのゼアフォーは作られる。

一種類目は、生きた人間を元に作られるゼアフォー。
人間の脳に従来のゼアフォーシステムを搭載する事によって、脳を改造するだけで完成となる。
そう、この手間の少なさが、このタイプの完成系最大の特徴であった。
大量の人間を、短時間で兵器へと変える事により、低価格での製造が可能となった。

このタイプのゼアフォーを、"マーセナリー(傭兵)タイプ"と呼ぶ。
マーセナリータイプは従来使用していた仮面を、暗視ゴーグル、赤外線ゴーグルの代わりとする。
戦術的に必要と判断した時にのみ、彼等はその仮面を使用するのだ。
言わば、彼等は新たな人間の進化系とも呼べる存在である。

二種類目は、死体を元に作られるゼアフォー。
人間の生命活動が停止するのは、つまりは脳が活動を停止する事と同じである。
そこに焦点を当て、記憶が保存された脳の部位を取り除く。
それを人工の脳に移植し、人工筋肉と強化骨格で作られた新たな体へ乗せ換える。

このタイプのゼアフォーを、"アヴェンジャー(復讐者)タイプ"と呼ぶ。
大量生産された新たな体に、記憶を移植した脳を乗せるだけのタイプである為、必要な部位が破損していなければ幾らでも生産できる。
ただし、基本性能が全て同じである為、これといった特色が無い。
死者を蘇らせるという点に関しては、これが恐らくは最終進化系だろう。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:08:13.76 ID:yMvf3j1M0
この二種類のゼアフォーに各分野に特化した武装をさせる事によって、魔女の使い魔が生まれる。

警護、哨戒型。 "シーカー・ゼアフォー"。
ごく一般的な武装を施したゼアフォーで、要人の警護、周囲の哨戒を得意とする。
武器を手渡すだけというだけで完成する為、一番量産しやすい型だ。
突撃銃は大量に買い付けたエンフィールド L85、近接武器はアーミーナイフとなっている。

強襲、隠密型。 "アサルト・ゼアフォー"。
隠密行動、強襲を目的とした軽量型ゼアフォー。
マーセナリータイプだけで構成され、常に仮面を被っている。
得物はP90と小型のコンバットナイフ。

高速機動型。 "ファースト・ゼアフォー"。
アヴェンジャータイプに量産型高速機動装置を取り付けた、文字通り高速戦闘を得意とするゼアフォーだ。
時速150キロまで加速する事が可能で、リミッターを外せば亜音速の壁に挑む事も出来る。
得物はFA-MASのみ。

そして、この高速機動型ゼアフォーには別名がある。
"演奏隊"という名が与えられているのだ。
彼らこそ、渋沢昭夫率いる高速機動隊であり、今現在トラギコ達を追っている者に相違なかった。
彼らが迅速に対応できたのには、明確な理由があった。

フォックスの立てた作戦、【灰燼の女王】
3つの目的を誰にも悟られないように、大きな混乱で覆い隠すこの作戦に死角は無い。
如何に頭の回る者でも、この作戦は破られない自信と確信が渋沢にはあった。
それが例え、歯車王や御三家であっても例外ではない。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:12:38.93 ID:yMvf3j1M0
かつて、カダス、そして日本で行われた"スナークハント"と呼ばれる作戦の指揮を執った男がいた。
その男に知恵を貸し与えたのが、当時十代だったフォックスである。
しかし、フォックス曰くその作戦は"醜悪で不完全"だったそうだ。
この事実は表だって知られていないが、今回の作戦がそれを元に作られ、改良されたのは間違いない。

主要部隊を分散させるという大胆な配置も、その作戦の中に入っていた。
歯車城の北側に、自身とダイオードの部隊を。
南側に、じぃと渋沢を配置。
"万が一"に備えた結果、魔女の予想した事態が発生しただけの事だったのだ。

幾多の頭脳戦を征し、名実共に"魔女"に相応しい存在が、フォックスである。
頭脳戦は、一歩間違えればそれこそ廃人にも狂人にも成り得るものだ。
百戦錬磨の経験を生かし、フォックスは自ら会社を立ち上げるに至った。
"殺し合いの戦場"に赴いた事はただの一度もないが、紛れもなく彼女は歴戦の猛者だった。

その部下である渋沢もまた、歴戦の猛者である。 悪い事態が起きようとも、全く動じない。
上官である魔女の性癖は好きになれないが、その頭脳は目を見張るものがあった。
"直前"に彼女から作戦内容を聞かされても尚、渋沢は彼女を信頼していた。
悪質な人間程、知恵が回る事は渋沢の経験上確かな事である。

先程民間人に紛れ込ませた"シーカー"からの報告により、それが不動の物となった。
そして、事前に配置していた自らの部下達に短く指示を出した。
"狩り"の時間である、と。
それに合わせ、"アサルト"が行動を開始した。

合計で5体の"演奏隊"は、恐らく渋沢と魔女の期待に添える結果を出すだろう。
渋沢はそれを確信し、咥えた煙草に火を灯した。
安っぽい煙草の煙を、肺の奥まで吸い込む。
紫煙を"黒い夕空"に吐き出し、渋沢は戦車に凭れかかった。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:16:37.62 ID:yMvf3j1M0
K12とk12の中央にいる渋沢は、横目で歯車城を見上げる。
煙草の火をそれに向け、
  _、_
( ,_ノ` )y━・~「チェックメイトまで、もう少しだ……
        一人ぼっちの王様よ」

そう嘯いた。

――――――――――――――――――――

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:18:13.92 ID:yMvf3j1M0
あり得ない光景に目を奪われながらも、ミルナの対応は素早かった。
M2重機関銃のトリガーを押し込み、50口径の弾丸で迎撃を開始する。
しかし、高速で走行するハンヴィーの銃座から、これまた高速で走行する目標に対して当てるというのは、曲芸染みた行為である。
当然のことながら、弾丸は数瞬前まで襲撃者のいた空間を裂いて行く。

外れた弾丸が、建物の壁を抉り取る。
曳光弾が描く軌跡が、空しく闇に消えた。
ミルナは既に、100発以上の弾丸を襲撃者に撃ち込んだのだが、未だに1人も仕留められていない。
新たな弾の帯をトソンから受け取り、それを装填させた。

(;゚д゚ )「おいトラ! もっとスピード上げられないのか!」

運転席の天井部を叩き、内部に向かって声を掛ける。

(;=゚д゚)「馬鹿! これ以上出したらそれで死んじまうラギ!」

帰って来た言葉に、ミルナは大きく舌打ちをする。
何もそれは、トラギコの運転能力が低いと苛立ったからではない。
むしろ、トラギコの運転能力は御三家でも筆頭に挙げられる程のものだ。
ミルナを苛立たせたのは、襲撃者が本気を出していない所にあった。

その気になれば、連中がこの車に追い付くことなど容易いだろう。
明らかに人間離れした動き、それでいて統率が取れている。
まるでハイエナか、指揮者に従う演奏者といったところだ。
こちらが抵抗を止めれば、その途端に一気に襲いかかってくるだろう。

当たらないと解っていても、ミルナは再びM2のトリガーを押し込んだ。
如何に破壊力のある弾丸を使っていても、当たらなければ意味は無い。
その事を再認識させられ、ミルナが悔しさに歯噛みしようとした時だった。

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:23:08.24 ID:yMvf3j1M0
(゚、゚トソン「ミルナさん、落ち着いてください。 連中の思うつぼです。
     少し待っていてください……」

そう言うと、トソンはミルナが使っていたMP5Kを手に取る。

(゚、゚トソン「連中も所詮は三次元の産物です、となれば、同時に異なる機動をする事は出来ません。
     一人の迎撃でだめなら、二人でやれば可能です」

MP5Kのコッキングレバーを引き、トソンはミルナの後ろに立ち上がる。
設計上、ハンヴィーに設けられた銃座は一人専用である。
そこに二人が立って入ると、否応無しに二人の体は密着してしまう。
だがそんな事、今は問題では無かった。

(゚、゚トソン「私が仕留めます、M2でどうにかできまっ……!」

直後、トソンは急いで体を車内に引っ込める。
その反応が一瞬でも遅れていれば、トソンの顔に風穴が出来ていただろう。
追跡者の一人がFA-MASを発砲した時点で、トソンは確信した。
連中は馬鹿では無い、こちらの作戦が解っている。

今連中が本格的に撃ってこないのは、こちらの"弾"が切れる事を狙っているのだ。
"弾"と言う脅威さえなければ、こちらは正に牙をもがれたトラである。
次なる作戦を考え付くが、その作戦はあまり好ましい物ではなかった。
何せ、"今も荒れている運転がより一層荒れる"のだから。

しかし、今は選んでいる暇はない。

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:27:40.21 ID:yMvf3j1M0
(゚、゚トソン「トラギコさん、一度でいいです。
     車を"回転"させてくれませんか?」

運転席で必死にハンドルを切るトラギコに、トソンは言葉を掛ける。

(=゚д゚)「出来るけど、どうするつもりラギ?」

(゚、゚トソン「"慣性の法則"と"遠心力"を使います。
     車体を回転させて、"バッターの様に"一気に連中を跳ね殺します。
     後は、すぐにミルナさんと私とで後始末をします。
     どうでしょうか?」

ここまで大胆な作戦だと、流石のトラギコも笑わざるを得なかった。

(=゚д゚)「そいつは良い考えラギ! ミセリ!
    クルツを使って援護するラギ!」

助手席で車酔いと格闘していたミセリが、MP5Kを手に笑みを浮かべた。
それは"トソンがしばらく見ない間に成長した"のと、これから起こる事態に対する笑みだ。

ミセ*゚ー゚)リ「いつでも」

弱々しくも答え、ミセリは親指を上に向けた。
トソンはそれを受け、横で銃座に張り付いているミルナにも確認する。

( ゚д゚ )「もう二度とトラの運転する車には乗らねぇぞ!
    絶対だぞ、絶対に乗らないからな!」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:33:44.86 ID:yMvf3j1M0
言って笑みを浮かべるミルナは、手にしたM2をしっかりと構え直す。

(=゚д゚)「行くラギよ、ミルナ!
     アイン!」

トラギコの合図に合わせ、ミルナは楽しげに叫ぶ。

( ゚д゚ )「ツヴァイ!」

トソンは、ミルナの背中に抱きつく様にして隠れる。
ミセリは助手席の窓を開け、MP5Kを窓から出す。

(=゚д゚)「ドライ!」

カウントが言い終わるのと同時に、トラギコはハンドルを思い切り回し、ブレーキとアクセルに乗せた足を巧みに操った。
その後に見せたハンヴィーの動きは、追って来ている連中には想像すらできなかっただろう。
反応すら間に合わない間にも、ハンヴィーの車体はバットの様に唸りを上げる。
そして、"先頭打者による三得点"が実現した。

まずは、左に回転したハンヴィーのフロント側面。
その時点でようやく連中は速度を落とそうとするが、慣性の法則によりどうしても止まれない。
そこに遠心力が加わったハンヴィーのフロント側面が迫り、そして一気に跳ね飛ばした。
民家の壁に叩きつけられた衝撃も相まって、三人とも機能を停止する。

残る二人は、予想外の動きと予想外の結果にデータリンクが混乱していた。
それに終わりを告げたのは、ミルナとトソン、そしてミセリの一斉射撃だ。
回転を利用した横薙ぎの斉射に、成す術もなく仕留められた二人はその場に"ヘッドスライディング"をかます。
元に戻った車内に、歓声が上がった。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:37:57.07 ID:yMvf3j1M0
(=゚д゚)「やれば出来るもんラギね。
     でも、もう二度とやらないラギ!」

苦笑を洩らしながら言うトラギコ。
その横では、車酔いに拍車が掛かったミセリがぐったりとしていた。

( ゚д゚ )「車とあれとは違うんだから、もう少し丁寧な運転を心掛けてくれよ。
    トソンさんは平気で…す……か?」

ミルナの背中に抱きついたまま、トソンは返事をしない。
あの回転の中、よく弾を当てられたなぁ、とミルナはまず感心した。
少なくとも、"銃弾を受けて死んだ"という事は無いだろう。
背中越しに伝わる荒い呼吸から、生きている事が解る。

どうも、彼女もミセリ同様、今の運転で滅入ったらしい。

( 、 トソン「……い」

何やらトソンが呟いたが、それがミルナの耳に届く事は無かった。
何故なら彼女は、その言葉を最後に―――

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:42:13.77 ID:yMvf3j1M0
―――深い寝息を立てたのだから。

( ゚д゚)

その様子を見て、ミルナは思わず言葉を失ってしまった。
確かに連日連夜彼女が徹夜をしていたのは知っているが、何もこんな時にこんな所で寝なくても。
そうミルナが思っていると。

ミセ*'ー`)リ「あらあら、ミルナさん彼女に何をしたんですの?
      トソンがこんなに気を許すなんて」

何やら聞き捨てならない事を、ぐったりとしたミセリが言った。
それでも、その言葉が冗談で無い事だけは聞き取れる。

(゚д゚ )

それが事実なら嬉しい限りだが、ミルナには思い当たる節が無い。
いつもの様に振る舞い、いつもの様に接していただけなのに。
一体いつ自分は、そんなにトソンに信頼されたのだろうか。
背中で寝息を立てるトソンに、いつの日かそれを訊くべきだろう。

( ゚д゚ )

元に向き直り、ミルナは大きく溜息を吐いた。
どうしてこんな時なのだろうか。
順調に祭りが進んでいたのに、こんな時にそれをぶち壊すなんて。
敵の親玉が解ったら、絶対に許さない。

トソンとの間に生まれた、愚かで真っ直ぐな絆が、報復を誓った。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/05/25(月) 01:43:03.27 ID:yMvf3j1M0



     第二部【都激震編】
     第十九話 了




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