('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:04:53.23 ID:TfiEV53O0
L5にある屋台、"定食屋 モラーバ"。
店の入り口近くにあるカウンター席の端に、一組の男女が腰かけていた。
かれこれ2時間以上、二人はそこに腰かけている
それにも拘らず、二者の間に会話と呼べるものは全く無かった。

必要最低限の、例えば"そこの塩取って"程度しか会話は無い。
それでも、不仲と言うわけではなさそうだ。
もしも二人が不仲なら、二人並んでカウンター席に座る筈がなかった。
しかし、とことん奇妙な二人組である。

特に目を惹くのが、男の格好だった。
黒のロングコートに黒のインバネス。
顔中に巻いた白い包帯。
焦土に残った灰色の髪、包帯の間から覗いている碧眼。

それは明らかに変人の格好であり、カタギの人間には見えない。
男の足元には、1つのアタッシュケースが置かれていた。
そして、あまりにも口数が少ないのがより一層男を怪しく見せる。
それが男、棺桶死オサムであった。

【=】ゞ゚)

オサムはカウンター席に置かれた焼き鳥を摘みながら、猪口に注がれた日本酒を口に運ぶ。
その一連の動作は、呼吸をするように滑らかで自然なモノだった。
"酒にはやはり、塩焼き鳥が一番である"。
その事だけが唯一、横に居る女との一致点だった。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:08:32.58 ID:TfiEV53O0
オサムの横に居る女は、黙ってさえいれば特級の美人だ。
整った顔立ち、豪奢な金髪、蒼穹のように透き通った碧眼。
強気な光を灯すその瞳は、男顔負けの迫力と魅力がある。
その証拠に、この店に来てから10人以上の男が女を口説きに近寄って来た。

しかし、女はそれらを一瞥する事も、ましてや意に掛けることも無く酒を楽しんでいた。
最初の内は、無視された男達はそのまま諦めていたのだが。
後になるにつれ、男達の執念が徐々に悪質化し始めた。
そっけない態度がそそられる、と数人の男が口にした時、それは起こった。

女が近くにあった"金属製の灰皿"を、下品に笑う男の鼻っ面に思い切り投げつけたのだ。
普通の女の力なら、それほど痛みは生まれない行動だったのだが。
この女の場合、"普通"では無かった。
"鼻の骨が折れた"男が、鼻を押さえて地面をのた打ち回る。

流石に黙っていられなかった仲間の一人が、女の肩を掴もうとする。
だがしかし、伸ばした手が女の体に触れることは遂に無かった。
女の横に腰かけていたオサムが、その手を掴んで軽く一捻り。
小気味のいい音を立て、男の手首の骨が折られた。

他の男達も手を出そうとしたが、女とオサムの一睨みによってそれも出来ない。
所詮は烏合の衆。 集まった所で、"ゾウリムシが修羅"に敵う道理は無い。
これまで数多くの修羅場を潜りぬけてきたこの二人に、逆らう術が無い事を細胞が見抜いたのだ。
捨て台詞を残して、男達が退散したのは5分ほど前の話。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:12:25.00 ID:TfiEV53O0
そして、今。
女とオサムは、すっかり静かになった店内で酒を楽しんでいた。
二人が言葉を交わす事は無いが、"無言の会話"があった。
女、クールノー・ツンデレはこの時間がとても気に入っている。

ξ゚听)ξ

言葉を交わすのが嫌いと言うわけではない、ただ。
ただ、こうしているだけで十分だと思えるのだ。
非常に不愉快な話ではあるが、こうして酒を飲める共に人間と言うのはそれほど多くは無い。
母親のデレか、でぃ。 もしくはギコやペニサスと言った馴染み顔でなければ、こんな気持ちにはならない。

頼んでもいないのに、"五月蠅い害虫"を駆除してくれた事に対しては感謝している。
でも、感謝の言葉を口にはしない。
代わりに、日本酒の入った徳利を構える。
無言の行動だったが、オサムはそれに合わせてくれた。

【=】ゞ゚)

手にした猪口を、ツンに突き出す。
それに、ツンはゆっくりとそして静かに日本酒を注いだ。
こうして注いでみて分かった事だが、"日本"という国は非常に風情ある道具を作るのが上手い。
扇子にしてもそうだが、ツンはこの徳利と猪口に特に風情を感じた。

まずは徳利。
形状は特徴的なすぼんだ形の口、細く高い器。
素材は陶製、金属製、硝子製などがあるが。
ツンは硝子製の徳利が特に好きだった。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:16:38.85 ID:TfiEV53O0
それほど中身は入らないが、熱燗にする時に非常に便利である。
おまけに持ちやすく、注ぐ際に零れることもまず無い。
置き場所にも困らないし、形も悪くない。
一人酒をする時に鑑賞していても、アキがこなかった。

そして、猪口。
これこそが、酒飲みの心を最もくすぐる道具であった。
とにかく、この猪口と言うやつは小さい。
ワンショットグラスか、それ以下。

一口に酒を飲める形状だが、一口に飲まないようにするのが、この猪口の楽しみ方である。
酒飲みは、上手い酒程沢山飲みたいと考える生き物だ。
それなのにも拘わらず、猪口は美味い酒を多く注げない。
だが、そのおかげで酒飲みは少量の酒で十分に楽しもうと様々な努力をする。

例えば、水面に映る都の明かりなり、自分の姿を何ともなしに眺めたり。
猪口の形状と徳利の形状を見比べたり。
猪口に描かれた絵を、楽しんだり。
共に酒を飲む人との時間を、掛替えの無い事に感じたりする。

先の騒動で、すっかり店内が静かになった事は何よりの僥倖だった。
ツンは喧騒を好まない。
都の治安を維持する為に、あの人混みの中に身を投じなければならなかったのだが。
当然、あの場所に3時間以上も居たら、流石にツンと雖も気が滅入る。

比較的客入りが少なく、雰囲気の良い店を探した結果。
この店、"モラーバ"をツンは見事に見つけたのだ。
僥倖とばかりにツンはオサムに休憩と称し、ここで酒を飲む事を提案した。
驚いた事に、オサムはツンの提案にあっさり同意した。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:21:30.82 ID:TfiEV53O0
まぁ、300人以上の"馬鹿共"を締め上げたのだから、これぐらいは許されるだろう。
まだ最終組前の、"翠の都"が演技をしている事が音で聞いて取れる。
最終組になったら、再び戻ればいいはずだ。
それまで、酒を楽しむとしよう。

そもそも、翠の都の演出はツンにとって不愉快なモノだった。
金にモノを言わせ、煌びやかな衣装を用意して、踊り子を整形させている裏事情はあまり知られていないが、紛れもない真実である。
そこまでして、名声が欲しいのか。
全く理解できない連中の演技中に、何が起ころうとも全く気に留めるモノは無い。

オサムの猪口に注ぎ終えると、今度はオサムが徳利を構えた。
返杯、と言うやつだ。
薄く笑み、ツンはそれを受ける。
透明な液体で満たされた猪口を、オサムの猪口と軽く打ち鳴らす。

そして、猪口をゆっくりと口元に運んだ。
上唇が静かに沈み、日本酒に漬かる。
目を閉じ、その風味を"目でも味わう"。
杯を傾け、中身を口内に少量注ぐ。

ほんの少量だったが、その美味さはそれまで飲んでいた酒の比では無かった。
ずっと、遥かに美味くなっている。
酒とは不思議なものである。
中身を飲み干さずに、半分に減った杯を静かに置いた。

手元に置かれていた焼き鳥を、箸でつまむ。
先に焼き鳥を串から外していた為、手を汚す必要はない。
ツンの好きなネギマは、その特性上どうしても手が汚れやすい。
だが、この方法を使えば手を汚さずに焼き鳥を楽しむ事が出来るのだ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:26:03.60 ID:TfiEV53O0
口に運んだのは鶏肉と、ネギ。
一噛みで、柔らかい鶏肉と歯ごたえのあるネギの触感が同時に訪れる。
次に、両者に振りかけられていた塩を、舌が感知した。
そして、甘味。

それも、種類も特性も異なる甘味である。
一つは鶏肉から染み出た脂が、塩と混じって何とも言い難い甘味を演出していた。
もう一つは、ネギが持つ柔らかい甘味である。
噛みしめる度、両者から甘味と旨味が溢れ出た。

日本酒と焼き鳥と言う組み合わせは、これだから止められない。
比較的味が濃く、特徴的な味の日本酒にはツマミが必要になる。
日本酒だけを飲むのもいいが、それだけだと物足りない。
思うに日本酒とは、ツマミがあって初めて最高の酒と成り得るのではないだろうか。

どちらかが欠けてもいけないのだ。
難しい問題である。
そう思いながら、ツンは杯に残った僅かな酒と共に、口内の焼き鳥を飲み下した。
ウォッカやラムとは違い、日本酒はそれほどアルコール度数が高くない。

これぐらいの量なら、水を飲むのと同じである。
ふと、外から大喝采が聞こえた。
どうやら、翠の都の演技が終わったらしい。
この時間が名残惜しいが、そろそろ持ち場に戻るとしよう。

ツンは横に控えるオサムの肩を、小さく二回叩いた。
オサムはその合図の意図を理解し、席を立った。
レジに歩み、騒がせた迷惑代と飲み代を置いて二人は並んで店を出た。
背後で、"こんなに受け取れない"と言う声が聞こえるが、無視する。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:31:21.23 ID:TfiEV53O0
何せ、そんな事に構っている暇は無いのだ。
これから訪れる喧騒は、今日一日の中でも最大のモノになる。
その喧騒の中ならば、痴漢をしようが強姦をしようが強盗をしようが、殺人をしようが全く気付かれない。
神経を尖らせる為には、集中する為の時間が要る。

ツンとオサムは人混みの中を、ゆっくりと進む。
進むついでに、スリをした男の腕をオサムがへし折る。
痴漢を働いていた男の股間を、オサムが蹴り砕く。
盗撮をしていた男の目を、オサムの指が突き抉る。

ξ゚听)ξ

【=】ゞ゚)

発見はツン、執行はオサム。
見事な連携である。
悶絶の声を上げる男達を、私服で警備に当たっていた同業者が回収する。
そして、ある程度"屑共"を排除し終えた頃、最終組がいよいよ入場した。

人混みの半ばで足を止め、二人は歯車城に目を向ける。
そこに設置されたスクリーンに、パレード隊の様子が映し出されていた。
上空を飛んでいるヘリコプターがその様子を撮影して、それをリアルタイムで流しているのだろう。
その映像はまるで、夜空のように見えた。

都の明かりは星屑。
黒布を被った車両と人間は、夜空に浮かぶ黒雲と言った所だ。
何か儀式でもしかねない格好は、確かに奇妙ではあったが。
常人なら、その格好を変わった演出程度に考えただろう。

ξ゚听)ξ「ねぇ、何かおかしくない?」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:35:39.27 ID:TfiEV53O0
だかしかし、研ぎ澄まされていたツンの六感が、異質の気配を捉えた。
これまで多くの修羅場を潜り抜けてきた手練だからこそ、その気配を捉える事が出来たのだ。
あの格好は、偽装である。 例えるなら、"花に化けたカマキリ"。
黒布が覆い隠しているのは、明らかに危険な存在。

横に控えていたオサムも、ツン同様その気配を捉えていた。

【=】ゞ゚)「そうだ……、おかしい……
     無限軌道を用いる理由が、連中には無い……
     そうか、そう言う事か……」

何やら一人で納得し始めたオサムに、ツンが問いかけようとした時。
スピーカーから声が聞こえた。
どこかで聞いたような、そんな声。
それでいて、ひどく不愉快な声だ。

何やら問い掛けているが、何を言いたいのかさっぱり理解できない。
はて、どこで聞いた声だろうか。
このねっとりと、"ヘドロのように粘ついた声"は誰のものだったか。
問い掛けが終わりに近づくにつれ、ツンの記憶に掛かっていた靄が取り払われる。

『―――我等は何者か?』

ξ゚听)ξ(この声は確か―――)

【時刻――15:08】

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:40:01.40 ID:TfiEV53O0
直後、銃声が複数同時に響いた。
その銃声から、銃の種類を瞬時に割り出す。
ほとんど本能的な行動だが、その正確さには絶対の自信があった。
エンフィールド L85だ、間違いない。

『さぁ! ここが土壇場瀬戸際正念場!
人の持つ生への執着、その全てを見せてもらおうか!』

ξ#゚听)ξ(フォックス! あんの糞売女あぁぁぁぁぁぁぁ!)

都中が恐怖と混乱で激震する最中。
ツンは、先日味わった憤りを再燃焼させていた。
その怒りは、例え液体窒素を用いても冷却する事は叶わない。
太陽よりも、地獄の業火よりも遥かに熱い怒りの前には。

―――魔女の謀略も、意味を成さなかった。

――――――――――――――――――――

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:43:09.54 ID:TfiEV53O0
時間は都が激震するよりも前に遡る。
都のほぼ全てが、裏社会の面々と対立するよりも前。
人間の生の全てが解き放たれるよりも前。
まだ、プレ・パレード最終組が登場するよりも前の話になる。

とは言っても時間は、最終組直前の組である"翠の都"代表の大行進の終盤である。
翠の都は、文字通り翡翠が多く採掘される都だ。
特産品である翡翠を衣装に、小道具にこれでもかと使用する思い切りの良さは、そう簡単に真似できるモノではない。
おまけに踊り子は皆、生粋の美人揃い。 これは男審査員の評価が非常に高い。

その祭りの喧騒の裏で、誰にも悟られないように進められていた罠が存在した。
都をひっくり返す為のその罠は、そう簡単に破られないように二重三重の"壁"が張り巡らされている。
例えるならその罠は、かの大国にある"万里の長城"並みに幅広く弱点をカバーしていた。
まさに"完璧"と言えるだろう。

ところが魔女の仕掛けたその罠、"灰燼の女王"には幾つかの盲点が存在していた。
流石の魔女もまさか、"警備員がトイレの為に持ち場を離れる"など、予想できるはずもない。
そんな事とは露知らず、ドクオはジョルジュと共に暗い路地裏に来ていた。
場所は、g10の奥。

無論、こんな場所にトイレなど無い。
こんな場所にトイレを設置すれば、翌日無いし当日の内に解体されてしまう。
扉から便器まで、果ては盗撮写真に動画、そして糞尿。
裏社会では、ガラクタに見える物でも金になるのだ。

さて、便器が無いこの状況。
女ならば涙を飲んで民家に駆け込むだろうが、男の場合は違う。
いつでもどこでも取り出せる、便利なモノが付いているのだ。
―――要するに、二人は立ち小便をしに来ていた。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:48:12.09 ID:TfiEV53O0
長時間に及ぶ警備では、事前の水分摂取は必要最低限だけというのが原則である。
ところが、ジョルジュはその原則を完全に無視。
ドクオを引き連れ、屋台巡りを敢行したのだ。
当然、屋台で売っていた"カチワリ"などを飲み、ビールを飲んだのだから二人の膀胱は決壊寸前になっていた。

そこで、二人はパレード隊の喧騒を利用して、まんまとこの場所へと逃げ果せたのである。
立ち小便には、幾つかのコツがある。
一つは、無暗やたらに壁に向かって放尿しない事。
これは、一歩間違えれば自分の足が黄金水によって汚染されてしまうからだ。

その事態を避ける為にも、壁ではなく排水溝などが最適である。
二つ目は、標的を絞る事である。
虫でも染みでも、兎に角的を作ってそれに向かって、心の底から放つ事が重要だ。
今回は、ジョルジュがポケットから取り出した紙屑を代用することにした。

コンビニのレシートだろうか、ジョルジュは何の躊躇いもなくそれを破った。
排水溝に捨てられたそれは、暗闇の中でもハッキリと的になる。
白い紙に向かって、二人は己の魂を解き放った。
まるで蛇口をひねったかのような音を立て、黄金水が的を水圧で吹き飛ばす。

ほどなくして、二人は自らの分身を震わせ、それをしまう。
手を洗う為の水は、近くの自動販売機で先程購入した水を使った。
ほっと溜息を吐き、二人は壁に寄りかかる。
もう二人が戻らなくても、プレ・パレードは安泰だろう。

('A`)「あーあ、疲れた……」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:53:00.65 ID:TfiEV53O0
かれこれ5時間以上も立ちっぱなしだったのだ。
いいかげん腰が痛い。
軽く自らの腰を叩いてやり、ドクオは懐からフラスクを取り出した。
中身はただの水だが、一般的な安いミネラルウォーターの類ではない。

ある経由で手に入れた、アララト山の雪解け水だ。
酒を飲んだせいで、口の中も喉もカラカラである。
蓋を開け、ドクオはそれを一気に呷る。
喉を鳴らし、それでも一口は小さく。

出来るだけ少量で喉の渇きを潤す為には、一気に全部を飲み干すのではなくこうして少しずつ飲むのが一番だ。
半分を飲み終え、ドクオは潤いの溜息を漏らす。
傍らに控えるジョルジュに、ドクオはフラスクを手渡した。
ジョルジュはそれを受け取ると、遠慮なしに飲む。
  _
( ゚∀゚)「ンゴッンゴ! っぱふぁああ!」

喉を鳴らし、ジョルジュは満足げに息を吐いた。
どうやら、中身を全て飲み干したようだ。
もう少し、遠慮と言うモノを知ってほしい。
空になったフラスクを、ジョルジュが"自ら"のポケットにしまう。

(;'A`)「っておい、なんでお前がそれを持って行くんだよ!」

ドクオの愛用するフラスクは、保温性抜群、耐久性良の逸品である。
ドクオの生活費の半分程金額で、決して安くは無い。
当然、ドクオはそれに愛着を抱いていた。
それを奪い取られるのは、勘弁願う。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 22:57:05.62 ID:TfiEV53O0
(;'A`)「こら、返せよ! それは俺のだ!
    さっさと返せ、でないと……」

左の懐にドクオは手を伸ばし、そこにある銃把を握る。
多少の脅しは止むを得ない。
だがしかし、ドクオがM8000を抜き放つより早く動いたのはジョルジュだった。
腰に下げたホルスターから、レッドホークを一瞬で抜き放つ。

ドクオの目は辛うじてその動きを捉える事が出来たが、体がそれに反応できない。
恐らく、ヒートやツンなどの猛者でもなければ、ドクオと同じように反応できなかっただろう。
歯車王暗殺の為に集められたと言うだけあり、この男に秀でた力がある事をドクオは再認識させられた。
レッドホークの銃口をドクオの眉間に付きつけながら、ジョルジュは珍しく真剣な表情を浮かべた。
  _
( ゚−゚)「でないと、なんだ?
     ……お前、変な所で度胸が据わってるよな。
     いいか、いつ何時でもその位頑張れよ」

そう言うと、ジョルジュはレッドホークをしまい込んだ。
一応の警戒だろうか、撃鉄は起こしたまま、だが。
服のポケットに入れたフラスクを、服の上から叩いてジョルジュはいつもの笑顔を浮かべる。
  _
( ゚∀゚)「まぁ、このフラスクは後で返すさ。
     だからよぉ、また後で飯作ってくれよ。
     オムライスか、オムレツがいい」

何を自分勝手な。
とも思ったが、ドクオはジョルジュが言わんとする事をそれとなく理解した。
彼は、手作りの料理をほとんど食べた事が無い。
例えそれが、男の作ったものだとしても。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:01:13.84 ID:TfiEV53O0
ジョルジュにとっては、この上ない"御馳走"なのだ。
家庭の味に飢えた、現代人と言ったところか。
この都では、別に珍しくない話だ。
呆れ混じり、同情交じりの溜息は、歓声にかき消された。

('A`)「別にいいけど。 じゃあ、仕事に戻ろうぜ。
   サボってるのがばれたら、俺ら蝋人形にされちまう」

少しの休憩は目を瞑ってもらえるとしても、流石にサボりはまずい。
何せこの警備は、御三家に依頼された仕事なのだから。
信用第一である。
信用の失墜はドクオの生活、及び生命活動に大きく影響する。

こんな楽な仕事で、信用を失うわけにはいかない。
自由業とは、これでなかなか大変なのである。
"長い間"この都で暮らして、ドクオはその辺をよく心得ている。
複雑な表情を浮かべるジョルジュを置き捨て、ドクオは再び喧騒の中へと身を投じた。

丁度、最終組前がその演技を終えた所である。
人混みを掻き分け、配置に戻る。
先のパレード隊が大通りから完全に消えると、静寂が訪れた。
いよいよ残るは最終組。 最も人数が多く、最も注目されている組である。

気味が悪い程の静寂の中、大人しく配置に戻ったジョルジュが、小さく溜息を洩らした。
何かを諦めたかのような、そんな溜息だ。
細かい理由は後で聞くとして、ドクオはジョルジュに目配せをする。
最後なのだから、今は耐えろ、と。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:05:06.31 ID:TfiEV53O0
それを見て、ジョルジュは最後に未練がましくも溜息を吐いた。
ドクオには、ジョルジュの考えている事が全く分からなった。
何をそんなに溜息ばかりを吐いているのだろうか、これから何か不都合なことでもあるのか。
ひょっとして、最終組に"ジョルジュの知り合い"がいるから、とかだろうか。

それではまるで、高校生のガキの発想だ。
恥ずかしいから授業参観に来ないでくれと言う、あれと同じ。

('A`)

兎にも角にも、今は仕事が無事に終わる事を願おう。
酔っ払いが絡んできたら、まぁその時はジョルジュにでも任せればいい。

『いよいよ最終組となります、皆様どうか盛大な拍手でお出迎えください!』

最終組が入場するとの放送が入り、いよいよ後ろの喝采が冗談で済まなくなってきた。
耳栓でもしないと、耳がおかしくなりそうだ。
例えるなら、"ライブハウスに長時間居座った"のと同じ状況。
その内窓ガラスでも割れるのではないかと思えるほど、その喝采は大きかった。

そして、現れた。
異形の車両が、集団が。
黒一色、そして奇妙な棒を持つ人間。
先程目の前を通過した車両には、道化の格好をした者が乗っていた。

果たして、如何なるパフォーマンスが見られるのだろうか。
このような時だけ、警備の仕事がいいと思える。
何せ、間近でそのパフォーマンスが見られるのだ。
本来なら金を払う程のモノでも、逆に金を貰える。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:09:20.46 ID:TfiEV53O0
警備と言う仕事は、なかなか旨味のある仕事であった。
目の前で止まった黒装束の人間が、道化の言葉に合わせて動く。
その時初めて、手にした物が棒ではなく筒状の何かだとドクオは気付いた。
詳細までは分からないが、随分と変わった持ち方をしている。

そう、それはまるで―――
"銃"を構えるような、そんな持ち方だった。

右手は銃把に。
左手は銃身下のフォアグリップに。
そして銃床は、肩に付ける。
まさにそれだ。

一体、この構えが意味するのは何であろうか。
クラッカーか? それとも想像以上の何かがあるのか。
疑問を抱いたまま、ドクオは目の前に居る黒装束を観察する。
体格からして、男で間違いなさそうだ。

少しの間続いていた魔女の問い掛けが終わり、"それ"は起こった。

目の前に居た黒装束の男の口元が、微かに歪んだ様に見えた。
筒を覆っていた黒布が取り払われ、露わになった"筒"の正体を見咎めても尚。
ドクオは、反応すら出来ないでいた。
布の下にアサルトライフルが隠されていたなどと、誰が予測できただろうか。

これまでの経験で培った"本能"が、ドクオの体を僅かだが動かす。
が、しかし。 発砲音の直後、左胸に強い衝撃。 丁度、心臓の位置だ。
自分が"撃たれた"のだと気付くのには、それほど時間は要さなかった。
ドクオは重力に身を任せるようにして、膝から崩れ落ちる。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:13:59.41 ID:TfiEV53O0
顔からゆっくりと、地面に吸い込まれるようにして落ちる。

横に居たジョルジュに、薄れゆく意識の中、辛うじて視線をずらす。
その映像は、見間違いであったのだろうか。
ジョルジュはドクオとは違い、倒れ伏していない。
代わりに、目の前の黒装束の男と何やら言葉を交わしているようだった。
  _
( ゚−゚)「……り…を……ぞ……」

(*゚∀゚)「あぁ……そ……ま…う……」

流石に内容までは聞き取れず、口を読むことも出来ない。
それに特化した専門家ならば、唇を読んで会話の内容が理解できただろう。
しかし、所詮はただの何でも屋である。
一介の何でも屋に、何ができると言うのか。

―――ドクオの意識は、そこで闇に落ちた。

【時刻――15:08】

歓声が銃声と混じり、恐怖の悲鳴へと変わる。
魔女の仕掛けた罠が、類火となって都中に燃え広がった。

様々な思惑と、陰謀、そして欲望が歯車となって回り始めていた。
その中心に居る者は、果たして―――

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:18:09.30 ID:TfiEV53O0





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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十話『類火の謀略、忘却の絆』

二十話イメージ曲『リムジンドライブ』The Back Horn

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42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:21:04.95 ID:TfiEV53O0
怒りに身を任せ、無暗やたらに突っ込むのは三流のする事である。
感情に流されて行動してしまえば、助かるモノも助からない。
ここで求められるのは、やはり冷静さである。
突然、不測の事態が訪れようとも、決して揺るがぬ鋼の如き精神力。

だが、それだけでは足りない。
如何に鋼の精神力があろうとも、それを生かす技量と技能。
それが欠けているようでは、まだ二流である。
例えるなら、"高級車"を運転する初心者ドライバーだ。

真の一流とは、鋼鉄の精神力と、それを我が物とする技量と技能。
それらを常に進化させるカリスマ性、それが無ければ一流とは呼べない。
裏社会で永く生きる為には、最低でも二流程の力が無ければそれは不可能だ。
特に、勢力の強いマフィアの幹部ともなれば一流以上の力が要求される。

クールノーファミリーの幹部は、全員例外なくその力があった。
当然、クールノー・デレデレの娘であるツンは、その中でも飛び抜けた力を持っている。
母親には及ばないが、"智将"よりも高いその力は、これまで多くの絶望的状況を逆転させてきた。
今回の状況は最悪。

ツンの力が、試される時である。
魔女の悪声が、都中のスピーカーから流れた。
ご丁寧に、歯車城に設置されたスクリーンにもその映像が映し出されている。
やはり魔女の正体は、ツンの予想通り。 フォックスと名乗ったあの糞売女に相違無い。


爪'ー`)『まずは自己紹介をしよう! 僕はフォックス、フォックス・ロートシルト!
     Fall On X-ratedネットワークの創始者であり、君達にとっての救世主だ!』

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:26:10.50 ID:TfiEV53O0
あぁ、これはあれだ。
薬中特有の誇大妄想に違いない。
しかし、Fall On X-ratedネットワークは有名なインターネット企業のはず。
その創始者が、誇大妄想だけでここまで大掛かりな行動を起こすとは思えない。

絶対に何か、この行動が成功する確信があるのだ。
都の大通りを占領した事によって、大きな衝撃を与える心理攻撃。
同時に、そこに居る民間人を"全て"人質にすることが出来る。
陣取りが全て意味を成していることから、相手の計画の細かさが窺えた。

綿密に計画したこの行動は、ツン一人でどうにか出来るモノではない。
大規模な作戦を攻略する為には、その"頭脳"となっている者を始末すれば事は足りる。
即ち、フォックス・ロートシルトを消し去ればこの騒ぎは下火になる。
しかし、大通りの中央に堂々と現れると言う事は、それなりの対応がされている筈だ。

遠距離からの狙撃なら、あるいは可能かもしれない。
だが、生憎と"槍"は持ち歩いていないし、当然ここには無い。
おまけに、ここからあの女がいる場所までは約7km。
懐にあるスチェッキンでは、"伝説の傭兵"並みに相手に気付かれずに接近しなければ、仕留める事は叶わない。

魔女の言葉に、周囲の民間人がほとんど一斉に同じ反応した。
テレビなら間違いなく放送禁止用語に分類される単語の雨が、魔女へと向けられる。
その波に同乗して、ツンも容赦なく罵倒する。
気に入らない相手への罵倒は案外、気分がいいモノだった。

次の瞬間、ツンの本能が警笛を鳴らした。
思わず息をのみ、罵倒文句を並べていた口を噤む。
スクリーンに映し出される魔女が狂った笑みを浮かべたのは、その数秒後だ。
醜い笑みのまま、魔女は口を開いた。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:31:01.63 ID:TfiEV53O0
爪<○>ー<○>)『五月蠅いなぁ』

直後、スピーカーから巨大な音が響いた。
原音をそのまま流しているかのように聞こえるおかげで、ツンは何が起こったか理解した。
"榴弾"が、着弾した音だ。
その事を裏付けるかのように、スクリーンに新たな映像が映る。

それは、惨劇でも悲劇でも、喜劇でも楽劇でも無い。
こんな映像、戦場以外ではお目に掛かれないだろう。
五年前の"あの抗争"でも、ここまで酷い事は無かった。
民間人に対して、榴弾を狙って撃つなど、正気の沙汰ではない。

スピーカーの音に遅れて、約20秒後。
ツンの耳にも爆音が届いた。
遅れて音が届いた事が、これが現実である事を教える。
皆スクリーンから目を逸らして、悲鳴を上げて逃げようとする。

それがより一層の混乱を呼び、余計に逃げられなくなると何故気付かない。
横に控えているオサムに、逸れないように体を押し当てる。
忌々しげにスクリーンに目をやり、ツンは我が目を疑った。
と言うより、魔女の性癖を疑った。

カニバリズムでも、ここまで狂いはしないだろう。
むしろ、カニバリズムの方がまともに見えてきた。
人肉を喰うならまだしも、"人間の臓器や肉、悲鳴に性的興奮を抱く"など、キチガイ以外の何者でもない。
その証拠に、あの魔女は頬を染めて足を小刻みに震わせている。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:35:51.42 ID:TfiEV53O0
この魔女、よりにもよって"イった"。
イっているのは頭だけにしてほしい。
今すぐ魔女の脳天を吹き飛ばせば、世の為人の為になるだろう。
そんな焦りを魔女は知ってか知らずか、調子に乗っているとしか思えない言葉を並べる。

爪'ー`)『僕の話を聞かない場合、こうなる
     解るかい? 次にもし、僕の話を遮るような真似をしてみたまえ。
     次は爆殺ではなく、"轢殺"するよ?』

パニック状態の民間人にその言葉は、あまりにも適切過ぎた。
余計な事を言うなと、ツンは内心で叫ぶ。
何せ、魔女の行動は"全て正しい"のだ。
人間的倫理やその他くだらない見解、感情を除いた場合だけ、だが。

この魔女は、紛れもなく曲者だ。
ツンでは到底敵わない可能性は、十二分にあった。

爪'ー`)『さぁ、そこで一つゲームをしよう。
     なぁに、難しくはない。 単純だ。
     君達には、"かくれんぼの鬼"をやってもらう』

想像し得る限り、展開は最悪になっている。
もしも、ツンがあの魔女の立場だったならば、同じ事を言っていただろう。
ここまで大規模かつ用意周到な計画、その他もろもろから推察する敵の目的。
"要人略取"。 多くの者はクーデターだと推察するだろうが、これこそが魔女の目的だ。

あくまでもこの騒ぎは目眩まし。
もしくは、ただのオマケ。
まるで、"ビックリマンに付いてくるウェハース"のように。
タイミングから考えると、歯車王が目当てだろう。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:40:20.45 ID:TfiEV53O0
よもや、これだけ大げさに騒ぎ立てているのに目的が歯車王ただ一人だけとは、誰も思うまい。
しかし、解るが故にどうしようもない。
成す術が無い事も、同時に解ってしまうのだ。
魔女は、呪文の詠唱を続ける。

爪'ー`)『僕達は君達を救いに来たんだ、解るだろ?」

駄目だしの一言で、周囲のざわめきが次第に収まり始める。
先程までの混乱が、まるで嘘のようだ。
小学校の全校集会で、教師の言葉に従う生徒が如く。
誰一人として、逆らおうとはしなかった。

爪'ー`)『君達が探すのは、この18人。
     彼等は所謂社会の屑だ。 君達の行動は、全て正義なのだよ』

その言葉に合わせて、スクリーンの映像が切り替わる。

|::━◎┥ 1000億
( ФωФ)800億
ζ(゚ー゚*ζ 800億
(#゚;;-゚)   800億

ノパ听)   700億
ξ゚听)ξ  650億
イ从゚ ー゚ノi、 600億
リi、゚ー ゚イ`! 600億

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:44:24.79 ID:TfiEV53O0
从´ヮ`从ト 600億
('、`*川   500億 
从 ゚∀从  500億
(,,゚Д゚)    500億

(=゚д゚)    500億
( ゚д゚ )   500億
ミセ*゚ー゚)リ  500億
(゚、゚トソン   500億
【+  】ゞ゚) 500億

('A`)    30億

しばらくの間それが映し出された後、魔女が両手を広げている映像に切り替わる。
その様はまるで、御伽話に出てくる魔女が、魔法を掛ける仕草にも似ていた。
いよいよ、呪文は終盤へ。
自分の嫌な予感が現実へと変わるのを、ただ見るしか出来ない。

爪'ー`)『―――彼らを探して、そして生きたまま捕らえてほしい。
    無論、タダでとは言わない。 それぞれに賞金を掛けた、最低額でも一生遊んで暮らせるだろうね。
    どうだい? この都をもっと住みやすくしたいとは思わないかい? 僕と一緒に変えようじゃないか。
    裏社会の屑共と手を組んでいる王など、王ではない。』

正論に揺らぐ心に、金の力を注ぐ。
常套手段である。
着ている衣装の裾を掴み、魔女はそれを脱ぎ捨てた。
風に舞い、地面に落ちる道化の衣装。

その下にあった服は、内側が赤い、黒地のマント。
とことん趣味が悪い女である。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:48:21.31 ID:TfiEV53O0
爪'ー`)『他者の犠牲の元、自らの生を打ち立てろ!
     さぁ、"かくれんぼ"の始まりだ!』

その言葉の後、スクリーンは先程の写真と金額の映像へと切り替わる。
怒りで身を震わせるツンの肩を、オサムが軽く揺さぶった。
何事かと、鬼の形相で振り返るツン。
常人なら逃げ出しかねない威圧だったが、オサムは冷静に対応した。

【=】ゞ゚)「ここに居たらまずい……
      急いで移動する……
      こっちだ……」

半ば強引に手を引かれ、ツンとオサムは人混みから路地裏へと身を移す。
先程とは違い、人混みの熱から路地裏の冷気がツンの顔を撫でた。
それが、ツンの思考を切り替えた。
確かに、あの場に長居していたら今頃は―――

「さっきここに居た女と男、あの画面に映っている奴らだ!
 どこに行った?!」

金に目が眩んだ馬鹿に、囲まれて捕まっていただろう。
手を引かれるまま、ツンは路地裏を縦横無尽に駆けて行く。
先程、背後から聞こえた声が確実に遠ざかる。
一体どこを目指して駆けているのだろうか。

と言うより、目的地があるのだろうか。
殆ど考えずに道を進むその姿は、どこか不安であったが。
どこか、頼もしくもあった。
繋いだ手の感触が、とても心地いい。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:52:22.96 ID:TfiEV53O0
ξ゚听)ξ「ねぇ! どこに向かっているの?!」

前を行くオサムに、ツンは声を掛けた。

【=】ゞ゚)「自分の胸に訊いてみるといい……」

何を言っているのだろうか、そう問おうとした矢先。
自分の胸元が、微かに振動しているのに気付いた。
その原因を取り出してみると、デレデレが渡したあの御守りだった。

【=】ゞ゚)「袋の中に、インカムが入っている……」

袋の中に指を突っ込み、そこにある何かを摘む。
取り出してみると、オサムの言った通り白くて小さいインカムが入っていた。
オサムが、それを耳に掛けるように促す。
左耳にそれを掛け、ツンはその先に耳を澄ませた。

『は〜い。 ツンちゃん、元気かしら〜?』

予想していなかったと言えば嘘になる。
その声が聞こえた時、ツンは特に驚きはしなかった。
何故なら、声の主は"女帝"クールノー・デレデレ。
最も誇らしく、最も心強い母親なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ『ちょっと〜、聞いているの〜?』

こんな状況でも、いつの間にか何かしらの手段を用意しているのが、デレデレである。
ひょっとしたら、この状況は想定済みだったのかもしれない。
何せ、彼女の頭脳の高さは都でも随一。
チェスなんぞ、"駒を動かす前の段階で勝敗が決している"程なのだ。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/07(日) 23:56:03.70 ID:TfiEV53O0
ξ゚听)ξ「聞こえていますよ、お母様」

堪らず、ツンは期待を込めた声で答えた。
その反応に気を良くしたのか、インカムから聞こえるデレデレの声に明らかな喜びの色が窺える。

ζ(゚ー゚*ζ『よかった、ツンちゃんに無視されたら、私悲しくて泣いちゃうところだった♪
       で、本題だけど。 詳しい事は全部オサムちゃんが知っているから、知りたい事は彼に訊いてちょうだい』

ξ゚听)ξ「え?」

つまり、オサムは事前にこうなる事を聞かされていたという事になる。
何故、"オサム"がデレデレに話を聞かされたのか。
二人に接点らしいものは見当たらないし、ましてやこんな男がデレデレの知り合いでも。
ましてや、"部下"のはずが無い。

【=】ゞ゚)

そう言えば、魔女がほざいていたのを思い出した。
オサムに気を付けろ、と。
一体どういう意味なのか、ツンは今になって気になり始めた。
オサムの正体は、その目的は?

ζ(゚ー゚*ζ『ツンちゃん、オサムちゃんはとーっても、いい子なのよ?
       "え?"なんて、言っちゃ駄目じゃない。
       フォックスがこの前言った事を気にしているのでしょう?
       あの女はね、そうやって人を疑心暗鬼にさせるのが大好きなのよ。

       気にすれば気にするほど、あの女の思うつぼよ』

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:00:29.10 ID:30hGsvv00
先日、デレデレには"パンドラの箱"で起きた事の全てを話した。
その時にはそれほど反応を見せなかったのだが、どうやらデレデレはフォックスの事を知っているようだ。
どういった関係なのか、それは分からないがデレデレはフォックスが嫌いらしい。
クールノーファミリーの身内にしか分からない微妙な声色の変化が、それを教えている。

ζ(゚ー゚*ζ『さて、ツンちゃん。
       私はそろそろやらなきゃいけない事があるから、通信を切るわよ?』

ξ゚听)ξ「分かりました。
      …………お母さん」

出来れば、人前でこうして呼びたくは無かった。
何だか気恥ずかしいし、何より気まずい。
20歳以上歳上なのにも拘わらず、容姿の面では全く変わらない。
そんな人に、お母さんとは呼びにくかった。

更に、仮にもデレデレはクールノーファミリーのゴッドマザーである。
娘とはいえ、組織内では部下の手前、無暗やたらに"母"とは呼べない。
だから、ツンは普段から"様"を付けてデレデレを呼ぶのだ。
しかし、ツンは知っていた。

自分の娘から、"様"付けで呼ばれる事は非常に悲しい事だ。
家族なのだから、もう少し砕けて欲しい。
デレデレは口には出さなかったが、その事をとても憂いでいた。
何かしらの機会があれば、常にツンと居たがった。

その事を知ったのは、ツン一人の力では無い。
水平線会の会長、でぃが教えてくれたのだ。
でぃとデレデレは、それこそ夫婦以上に仲がいい。
当然、でぃはデレデレの憂いを知っていた。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:04:10.75 ID:30hGsvv00
口止めされていたらしいが、それでもでぃは教えてくれた。

(#゚;;-゚)『一度だけでもいい、あいつの名を"様"抜きで呼んでやってくれ。
     あいつは、お前にまで"様"付きで呼ばれるのが哀しいんだ。
     それだけは、知っていてくれ』

そして、デレデレが自分を心配してくれているのも、知っていた。
現に、通信を切る前にわざわざ"切る事を確認"したのだ。
1秒でも多く、娘の声が聞きたいが為に。
だからツンはここで、でぃとの約束を果たした。

ツンの声を聞いた途端、インカムの向こうからデレデレの嬌声が響いた。

ζ(^ー^*ζ『え、ツンちゃん今私の事"お母さん"って呼んでくれた?!
       ねぇ、呼んだわよね! あらあら、まぁまぁ!
       今日はお赤飯にしようかしら、あーもー、ツンちゃん最高!
       ねぇねぇ、もう一回! 後もう一回"お母さん"、って呼んで!』

普段は冷静なデレデレが、たった一度"お母さん"と呼ばれただけでこの有様だ。
このままだと、話が終わらないのは間違いない。
だからツンは、こう言う事にした。

ξ゚听)ξ「あ、後で何度でも呼びますから! 今は―――」

ζ(゚ー゚*ζ『あら、残念。 でも心の底から楽しみにしているわ、ツンちゃんが私の事をそう呼んでくれるのを。
       じゃあ、また後で会いましょうね。
       オサムちゃん、後はよろしく』

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:08:13.23 ID:30hGsvv00
最後にそう言い残し、デレデレとの通信は途絶えた。
手を引いて走るオサムが、何か小さく呟いたのを、ツンは聞き逃してしまった。
ふと、オサムが路地裏のある一角で駆けるのを止める。
肩で息をしているツンに対し、オサムは息一つ乱していない。

【=】ゞ゚)「これを、使え……」

そう言ってオサムは、後生大事に持っていたアタッシュケースをツンに手渡した。
ケースを両手で受け取り、ツンは戻り始めた呼吸で蓋を開ける。
中に入っていたのは、分解されているが紛れもなく"狙撃銃"だ。
そして、ツンはこの狙撃銃をよく知っている。

―――VSS ヴィントレス(糸鋸)。
銃身一体型のサプレッサー、木製の銃床に金属製の銃身と、どこかドラグノフを連想させるその設計。
弾丸が音速を超えないように設計され、亜音速で弾を放つ。
重量はドラグノフの半分程度にも拘わらず、装弾数は約2倍。

ヴィントレスとその予備マガジン2つが、ケースの中で静かな眠りについている。
この狙撃銃は、ツンが幼少期に狙撃の練習時に使用した物だった。
組み立て作業など久しくしてないが、目を瞑った状態でも組み立てられる自信はある。
一瞬の間はあったが、ツンは素早くそれを組み立て始めた。

その間、オサムは近くの壁に近寄る。
そこには何もない、ただ、コンクリートの壁があるだけだ。
だが、次の瞬間。
オサムは、"空間を掴んで捲り上げた"。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:12:18.29 ID:30hGsvv00
陽炎のように空間が歪んだことで、ツンはその正体を理解した。
空間を掴んだトリックの正体は、光学不可視化迷彩。
そしてそれが覆い隠していたのは、一台の銀色のネイキッドバイク。
バイクに詳しい者なら、暗闇でもハッキリとその車種が解っただろう。

ホンダ社が開発した、CB900ホーネット(スズメバチ)。
この車種の特徴とも言えるのが、モノバックボーンフレーム。
人間の肋骨のように車体を支えるその構造は、安価ながらも非常に丈夫な設計を実現した。
そして走行の際、スズメバチの羽音の様な独特の音を奏でるのが、最大の特徴である。

ヴィントレスの組み立てを終え、ツンはオサムへと歩み寄った。
予備弾倉を入れたアタッシュケースを、オサムに投げて渡す。
オサムは器用に、それを宙で受け取る。
そして、ツンは口を開いた。

ξ゚听)ξ「で、どこに行くの?」

バイクに跨り、エンジンを掛け始めたオサムは、ツンを一瞥するや。

【=】ゞ゚)「ロマネスク一家の地下だ……」

それだけ言って、勢いよくエンジンを回転させる。
ツンはその反応が気に入らなかったが、時間があまりない事を考え、大人しくオサムの後ろに着いた。
バイクの二人乗りは安全上、後ろに座る者がどうしても前の者に抱きつかなければならない。
右手でヴィントレスを持つこともあり、ツンは左手でオサムの背中に強くしがみ付いた。

ξ゚听)ξ「じゃあ、早く行きましょうか」

【=】ゞ゚)

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:17:32.32 ID:30hGsvv00
その言葉を聞いて、オサムは無言でバイクを発進させた。
スズメバチの羽音を鳴らしながら、銀色の風が路地裏を高速で駆け抜ける。
数秒で時速は100キロに達し、通り過ぎる風景がフラッシュバックのように見え始めた。
これだけ高速にも拘らず、オサムの運転は全く乱れない。

しかし、問題がある。
それは別に、オサムの運転でもバイクの種類でもない。
最大の問題は、二人のいる場所だった。
L5は大通りの西側にある。

魔女の罠のせいで、二人がロマネスク一家まで辿りつく為には。
"大通りを縦断"しなければならないのだ。
戦車隊及び敵兵が占拠する大通りを縦断するとなれば、"空でも飛ばない限り"不可能である。
如何に高軌道なバイクでも、あの列に突っ込むのは無謀だ。

オサムは、その事を分かっているのだろうか。
歯車城の位置から、このバイクがどんどん大通りから離れているのが解る。
都の西南にある目ぼしいモノと言えば、飛行場しか無い。
まさか、飛行場でヘリにでも乗り換えるとでも言うのか。

アメリカ映画か、中学二年生特有の展開じゃあるまいし、それはあり得ない。
デレデレの作戦は奇抜ではあるが、そこまで都合のいい作戦では無かった。
と、すると。
オサムは建物や乗り物を探しているわけでは無く、指示された道を進んでいるのだろう。

遠回りしても、結局のところ"川に橋が渡っていない"のでは、どうしようもない。
と、ツンが一人思惑を巡らせていたのを、オサムが悟ったのか。

【=】ゞ゚)「思い出せ……!」

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:21:14.58 ID:30hGsvv00
珍しく、エンジン音に掻き消されない程大きく、オサムが声を発した。

【=】ゞ゚)「目の前に壁があったとしても……!」

思い切り車体を反転させ、元来た道を逆走し始めた。
―――否、少しだけ違う。
先程とは違う道を曲がった瞬間、ツンは気付いた。
オサムは"大通りまで一直線"の道に、車体を運んでいたのだ。

つまり、オサムがデレデレから受けた指示は―――
―――大通りの一点突破、である。

【=】ゞ゚)「それを貫くのが、お前だろう……!」

どうして、オサムが自分の渾名の由来を知っているのだろうか。
しかしそんな事はどうでもいい。
150キロ以上、の速度で一直線の道を走り抜けるホーネット。
路地裏を抜けた先にあるのは、観客を止める為のフェンスだ。

この速度で突っ込めば、まず間違いなく大破する。
おまけに、観客が天然の壁になってそれすら出来ないだろう。

【=】ゞ゚)「ヴィントレスを構えておけ……!」

だが、オサムは全く速度を緩める気配が無い。
大通りから漏れる明かりが、徐々に大きくなる。
案の定、目の前には観客が―――


―――いない?!

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:25:58.28 ID:30hGsvv00
ξ;゚听)ξ「え?!」

どうして、モーゼの十戒よろしく人が道を開けているのか、ツンはオサムに訊こうとして。
耳障りなエンジン音。 それを聞いて、ツンは気付いた。
何故、逃げるのに目立つ銀色のバイクを使い。
エンジン音の五月蠅いこれにしたのか、その意図を理解した。

スズメバチの羽音を聞いて、人間がまず何をするか。
本能的にそちらに振り返り、その正体を確認する。
そして、その正体を視認し、標的の進行方向から咄嗟に身を退ける。
こちらが頼まなくても、自然と道が開ける。

おまけに、"逃げ遅れた奴"とフェンスを踏み台にすれば―――

【=】ゞ゚)「掴まれっ……!」

―――短い時間ではあるが、空だって飛べるのだ。
同業者の警備員達を撃ち殺した連中の頭上を、スズメバチが優雅に飛び越える。
滞空中、ツンは右手に構えたヴィントレスを撃ちまくった。
曲芸とも呼べるその技を、果たして誰が予想できただろうか。

急所を撃ち抜かれ、銃爪に指を掛ける事さえ出来ずに崩れ落ちた敵はキッカリ20人。
ヴィントレスの弾倉内の弾丸を、全て外すこと無く撃ち尽くしたのだ。
弾倉が空になるのと、ホーネットが着地するのは同時だった。
速度を殺さずに、ホーネットは黒布を被ったままの戦車隊の間を素早く駆け抜ける。

その間、オサムはケースの中から弾倉をツンに手渡す。
片手運転で、ここまでバイクを動かせるとは。
感心しながらも、ツンは弾倉を受け取り、器用に装填する。
コッキングレバーを歯で引いて初弾を銃身内に送り込み、戦車周囲の兵士を片端から撃ち殺した。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:30:19.14 ID:30hGsvv00
遅れて、背後から観客共の悲鳴と怒号が響いた。

【=】ゞ゚)「もう一度飛ぶ……!」

それには見向きもせず、オサムはホーネットをm16に向かって走らせる。
流石に、今度訪れる衝撃は対応できない。
先程以上に強烈な衝撃は固く約束されている。
両手で強くオサムに抱きつき、全てをオサムに委ねた。

【=】ゞ゚)「…任せろ……!」

力強い返答に、ツンの腕に力がこもる。
二度とこの手を離さないと、強く誓う。
後は、信じるだけだ。
決して揺るがぬ絆の片鱗が、僅かに覗き見えた。

―――そして。
二人を乗せたホーネットが、再び宙を舞った。
勢いよく"人の上"に着地し、衝撃を緩和する。
その時の音は、ホーネットの羽音がかき消した。

そうでなければ、今後二度と肉料理が食えなくなっただろう。
ホテルニューソクへと続く大きな道へと、バイクを進めるオサムが、背後のツンに声を掛けようとした時だった。
オサムはホーネットとは違う、異質のエンジン音を聞き咎める。
そして、バックミラーに映る二本のライトを確認した。

スズキ社の誇る、世界最速のバイク。
―――隼だ。
ホーネットでは、勝負にならない。
あっという間に横に並ばれ、オサムは運転手を横目で見た。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:34:12.80 ID:30hGsvv00
( ^ω^)

運転手を視認した瞬間、オサムは目を見開いた。
運転手の眼に宿る光は、まともでは無い。
自然とオサムの手に、汗が滲みだした。
得体の知れない恐怖を押し殺し、急いで背後のツンに声を掛ける。

【=】ゞ゚)「起きろ……!」

オサムの声でようやく離れたツンが、異音に気付いて横に目をやる。
一瞬、ツンは呼吸する事を忘れてしまった。
いつの間に並ばれたのか、解らなかっただけでなく。
運転しているブーンの目に、狂気の色が宿っているのを見たのだ。

ホーネットと並走する隼。
捕食関係で行けば、間違いなくホーネットが喰われる。
それだけならまだしも、ブーンの目に宿る狂気が冗談ではすまない色をしている。
あの魔女と同系統の、狂った色だ。

カニバリズムや屍姦を好む、真性のキチガイ。
先日会った時は、こんな目をしていなかったのに。
ツンが驚きで戸惑う中、オサムだけは冷静にハンドルを切っていた。

【=】ゞ゚)「早く撃て……!」

殺らなければならないという事は、言われなくても分かっている。
だけど、こいつは―――

( ^ω^)

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:39:04.85 ID:30hGsvv00
【=】ゞ゚)「どうした……!?
      何故撃たない……!」

そう何度も言われなくても、分かっている。
半ば無理やり右手を振り上げ、ヴィントレスの銃口をブーンに向ける。
しかし、ブーンは全く動じない。
あまつさえブーンは、こちらが撃てない事を分かっているかのように笑顔を浮かべた。

例えるなら、"人気アイドルがファンを弄ぶ時に見せる、不愉快な笑み"。
その笑みが、ツンの逆鱗に触れた。

ξ#゚听)ξ「無礼るなああああ!!」

堰を切ったかのように、ツンは叫びながら銃爪を引いた。
時速160キロ以上で駆け抜けるバイクの上から、同じく高速で駆けるバイクに向かっての射撃は、そう簡単には当たらない。
だがしかし、それはあくまでも常識の話である。
ツンに関して言えば、そんな常識は当てはまらない。

容赦なく放たれた弾丸が、ブーンでは無く隼の車体へと撃ち込まれた。
"前輪"を徹底的に撃ち抜いた為、ブーンの運転する隼は思い切り転倒する。
あの速度で転倒すれば、死は免れられない。
おまけに、ヘルメットを被っていなかったのだ。

トドメとばかりに、ツンはエンジンタンクに向けて一発だけ撃つ。
直後、ガソリンに引火して爆発した隼を、ツンは最後まで見ようとしなかった。
無理やり瘡蓋を剥がした時の様に、ツンの心に血が滲む。
これで、余計な足枷が無くなったと、ツンは内心で溜息を吐いた。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:43:50.43 ID:30hGsvv00
もしも、ツンがこの時一度だけでも背後を見ていたのならば。
燃え盛る火の中から立ち上がった人影に、気付いただろう。
そして、その人影がツンの後ろ姿を愛おしげに見つめていた事にも、気付けたはずだ。

( ^ω^)「……」

"鉄壁"ブーンは、無言でその場を去った。
後に残されたのは、燃え盛る隼の残骸と―――

――――――――――――――――――――

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 00:46:13.81 ID:30hGsvv00
正直ドクオは自分が撃たれて、そのまま死んだと思った。
だが、現実は奇妙なものである。
左胸にしまっていた"M8000"が身を挺して、ライフル弾を止めたのだ。
緩和出来なかった衝撃のせいで、一時期的に気を失って倒れたのがドクオの命を救った。

傍から見れば、ドクオは心臓を撃ち抜かれて死んだと思っただろう。
お陰さまで最高の死んだフリができ、見事に敵の目を欺く事に成功した。
強いて弊害が有ったと言うならば。
受け身も出来ずに鼻から倒れたおかげで、"痛み"で意識が戻った事だけである。

更に相手が一発だけ撃った、と言うのも幸いした。
もしも一発以上撃たれていたら間違いなくドクオは、心臓を撃ち抜かれていただろう。
その事を想像すると、あまり生きた心地がしない。
だが、運が良いのか悪いのか。

相手はまだ、"こちらが死んだ"と思っているらしい。
よほど射撃の腕に自信があったのだろう、念の為に"頭"に弾丸を撃とうともしない。
そのせいで、相手は目の前の位置から動く気配がしない。
このままでは、こちらが生きている事が発覚するのは時間の問題であった。

何か、黒装束の注意を引き付ける事でもあれば。
例えば、"爆発"や"暴動"。
大きな混乱を誘発する事態が発生すれば、どうにか逃げる事が出来る。
さて、どうしたものか。

その願いが通じたのか、遠方から爆発音が響いた。
同時に、周囲が騒然となる。
音の響き方からして、5ブロックは離れているだろう。
何が起きたか、ドクオは見ずとも理解した。

93 名前:マグナムダイナマイト! 投稿日:2009/06/08(月) 01:01:58.04 ID:30hGsvv00
よりにもよって、観客に向かって"何か"をぶっ放したのだ。
騒然とする中、ドクオの耳はようやく悲鳴以外の声が、スピーカーから響いているのを聞き咎めた。
この声は、紛れもなくあの道化師の声だ。
どうやらあの道化師は、女だったらしい。

『僕の話を聞かない場合、こうなる
解るかい? 次にもし、僕の話を遮るような真似をしてみたまえ。
次は爆殺ではなく、"轢殺"するよ?』

撃ち込んだ"モノ"の種類までは分からないが、あの爆発音から推察するに死者100人は下らないだろう。
本人が爆殺と言った上に、次は轢殺とは、悪趣味極まりない提案だ。
だがおかげで、観客達がパニックを起こしてくれた。
その事だけは、感謝せざるを得ない。

後は、この騒ぎを黒装束野郎が収めるために移動してくれれば御の字だ。
しかし、動く気配が全くない。
このような事態の際、指揮官は混乱を極端に嫌う。
―――はずなのだが、どうなっている。

いつまでうつ伏せになっていればいいのだろうか。
正直、先程から鼻が痛い。
スピーカーから響いた魔女の声が、その痛みを打ち消して、疑問を溶解した。
『さぁ、そこで一つゲームをしよう。
なぁに、難しくはない。 単純だ。
君達には、"かくれんぼの鬼"をやってもらう』

この作戦の指揮官は、混乱を好み、混乱を利用する。
つまり魔女にとってこの混乱は、歓迎すべき事態なのだ。
そうなるともう、ドクオに打つ手はない。
逆転の為の布石も、逆転へとつながるモノも、何もない。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:06:28.45 ID:30hGsvv00
こんな仕事をしていれば、何時か死ぬことは分かっていた。
だが、こうも呆気なく。
こうも、惨めな死に方だとは。
魔女の言葉は、もはやドクオの耳には届いていなかった。

『他者の犠牲の元、自らの生を打ち立てろ!
さぁ、"かくれんぼ"の始まりだ!』

かくれんぼでも乱交でも、何でも好きにやってくれ。
唯一の武器は身を挺してドクオの命を守り、漢の夢"ランボータイム"ですら叶わない。
ドクオに出来るのは、こうして何も見ず、何も聞かず、何も言わない事だけである。

ノパ听)『臆病な奴に出来る事は文字通り"死に物狂い"で頑張る事しかない』

―――だが、聞こえた。
聞こえてしまったのだ。
聞こえなければ、ここで終われたのに。
唯一残された、逆転の可能性を秘めた存在。

ヒートが教えてくれた、"臆病ものにしか出来ない闘い方"。 それを、思い出してしまった。
逆転の布石、その正体は銃でもナイフでも、兵器などではない。
それは、他でも無いドクオ自身。
ドクオ自信が持つ、"生への執着"だった。

要領は分かっている。
すべき事も解っている。
散りばめられた、逆転の軌跡も判っている。
後は、ドクオ次第。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:11:20.52 ID:30hGsvv00
諦めて死を待つか。
抗って生を奪い返すか。
道は、二つに一つ。
―――やるしか無いに決まっている!

僅かな可能性でも、しがみ付けるのならば。
格好悪いと罵られようが、諦めが悪いと唾を吐きかけられようが構わない。
意を決したドクオの行動は、素早かった。
ドクオの目の前で、銃を構えている男が、反応できない程に。

(゚L゚)「っ?!」

倒れた状態でドクオは、男の両足を両手で掴み、一気に引いた。
当然警戒も何もしていなかった男は、無様にも背中から転んだ。
素早く立ち上がり、ドクオは男の股間を思い切り蹴り飛ばす。
声にならない叫びを上げ、男は痛みに悶絶した。

この間、実に3秒。

男の手を踏みつけ、その手からアサルトライフルを手放させる。
ドクオは、急いでそのアサルトライフルを奪う。
セレクターがセミオートになっているのを確認し、銃口を男の顔に向ける。
ここでコッキングレバーを引かなかったのは、既に男がドクオに向かって一発撃っていたからだ。

一切の同情も無く、ドクオは銃爪を引いた。
気味の悪い音と共に、男の顔が撃ち抜かれる。
流石に改造を受けていようとも、マーセナリータイプの元は生身の人間。
アヴェンジャータイプならば、あるいは助かったかもしれなかったが、この場合はドクオの運が勝った。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:16:06.95 ID:30hGsvv00
そんな事情は一切知らないドクオは、流れるような動作で銃口を横に向ける。
ようやく異常事態に気付いた男が、ドクオの方に顔を向けた。
それと同時に、ドクオの手に持つL85が火を噴く。
まともな対応すら出来ずに、男は脳漿を背後に撒き散らして倒れた。

ここまで、実に7秒。

だが、相手は腐っても魔女の使い魔である。
控えていた他の男達が、一斉に銃口をドクオに向けた。
所詮は一人の男が暴れただけ、男達はそう思って銃爪を引いた。
如何せん、それでは遅すぎた。

生存本能が、ドクオの意識を誰よりも濃い時間の中へと投じる。
この状態のドクオに、油断したのが男達の運の尽きだった。
深くしゃがみ込み、ドクオは飛来する銃弾の悉くを躱す。
まさか、ここまで素早い動きが出来るとは思っていなかった男達は、挟撃の基本さえ忘れていた。

自らの喉元が撃ち抜かれた時にようやく、仲間の銃弾が襲いかかって来た事を理解した。
ドクオの頭を狙っていた二人が、互いの喉を撃ち抜いて同時に倒れる。
他の男達は銃弾が逸れたお陰で辛うじて、同士討ちは避けられた。
だがしかし、それは死期が僅かに伸びただけだった。

ここまで、13秒。

しゃがみ込んでいたドクオの姿が、いつの間にか眼前から消え失せている。
どこに消えたのかと、男達は視線を巡らせた。
周囲でドクオを探す兵士の数は、数百人は下らない。
隠れたとしても、すぐに見つかるはずだ。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:21:15.12 ID:30hGsvv00
その驕りが、一人目の犠牲者を生んだ。
背骨に当たった固い感触を最後に、男は背骨越しに心臓を撃ち抜かれて絶命した。
絶命した男を楯に、ドクオは標準装備された光学照準器を覗き込んで辺り構わず乱射する。
それが、間違いだとも知らずに。

ここまで、15秒。

そして、遂に。
ドクオに運の尽きが訪れた。
この状況で有り得てはいけない事態が、無情にも発生したのだ。

(;'A`)「はああああ?!」

最近死語になりつつあり。
映画や漫画で主人公側にはまず起こらない現象。
無論、それは弾切れでは無い。

―――弾詰まりである。

ドクオは知らなかった。
エンフィールド L85A1は確かに、"最高にイカした"突撃銃である。
しかし、"イカした"の方向性が間違っているのだ。
恐らく、ブルパップ式のアサルトライフルの中でも最悪の部類に入るとは、思いもしなかった。

部品数が多く、整備性が悪い。
脆い。
ジャムの発生率が異常に高い。
光学照準器を標準装備にした為、無駄に重い。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:26:55.05 ID:30hGsvv00
理解あるイギリス軍の将校から格安で横流しされた品を、魔女は嬉々として買ったのだ。
敵も味方も、まさかブルパップ式でこんなハズレを引くとは思っていなかった。
今回、そのハズレが運悪く顕著に表れてしまったのが、ドクオだった。

(゚p゚)「ちっ、手こずらせやがって!」

そう怒鳴りながら、男がドクオに銃口を向けたまま近寄ってくる。

(゚p゚)「お前も一応、あのリストに載っているからな。
    大人しく捕まってもらおう」

('A`)「……ちょっと待ってくれ」

(゚p゚)「ん?」

手にしたL85を放り捨て、楯にしていた死体も手放した。
ドクオは両手をゆっくりと上げ、降参の意を示す。
その光景を見た男達は、一斉に噴き出した。
笑いモノにされながらも、ドクオは眉一つ動かさない。

('A`)「大人しく降参するから……
 乱暴だけはしないでくれ、お願いだ……」

命が助かるのならば、ドクオは男の尻だって舐める。
涙声で命乞いをするドクオの姿は、擁護の使用が無い程に無様だった。
無駄に終わったドクオの抵抗劇が、これで幕引きだと、誰もが思った。
ドクオにゴミを投げつける民間人、大笑いする敵の兵士。

嘲り笑いながら近づいて来た男は、両手を上げるドクオの顔を思い切り殴りつけた。
堪らず、ドクオはその場に倒れ込む。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:31:15.11 ID:30hGsvv00
(゚p゚)「手前にプライドは無いのかよ、プライドは?」

今の一撃で、口の中を切ったらしい。
血の味がする。

('A`)「プライドなんていうのは、生きてく上で邪魔になるだけだ……」

例えパン1斤の為でも、ドクオは必要とあらば土下座もするし裸踊りだってする。
金や命の為なら、喜んで糞だって食べる。
それが、生きると言う事だ。
余りにも惨めで滑稽な姿に、男の心にあるサディスティックな部分が刺激された。

(゚p゚)「こいつは傑作だ! じゃあよぉ、俺の靴舐めろよ!
    美味そうに、だぞ? 音を立てて、犬みたいに必至に舐めろよ!」

倒れたドクオに目線を合わせる為、男はしゃがみ込んだ。
ドクオの髪を乱暴に掴み、振り回す。
そのまま地面に叩きつけられながらも、ドクオは体を起こした。
目の前に差し出された男の靴に、ドクオは躊躇いもせずに顔を近づける。

そして―――

「っく……」

悔しさで泣いているような声が、辺りに響いた。
靴を舐めるドクオの姿を見て男は笑いを堪えているのか、その体が小刻みに震えている。
男がしゃがみ込んでいるせいで、他の者からはドクオの姿ははっきりとは見えない。
しかし、泣きながら男の靴を舐めまわすドクオの姿を想像するだけで、皆狂ったように笑い始めた。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:36:15.44 ID:30hGsvv00
何とも哀れな!
何とも滑稽な!
何とも無様な!
何とも卑屈な!

浴びせかけられる罵倒文句。
投げつけられるゴミ。
辺りに響く心なき者の哄笑。
だが、そこに同情は無かった。

その間にも響く涙声。
それを聞いて、より一層の笑いが起きる。
必死に何かを伝えようとするが、声にならない。
そんな声だ。 誰もが腹を抱えて笑い狂い、先のドクオの抵抗劇を忘れ始めた。

―――次の瞬間だった。

ドクオの近くに居た数人の男が、突然倒れた。
更に、ドクオを嘲り笑っていた民間人も、数十人単位で倒れる。
どこからか狙撃されたのだろうか。
男達は笑いを止めて素早く散開し、周囲の建物に銃を向ける。

('A`)「全く、愚かな極まりない連中だな」

それは、それまで"靴を舐めていたと勘違いされていた"ドクオの声だった。
ゆらりと立ち上がったドクオの顔には、血が付いている。
目の前でしゃがみ込んだままの男を、ドクオはつま先で軽く蹴った。
すると男の体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:41:29.26 ID:30hGsvv00
仰向けになった男の顔を見た時、誰もが声を失った。
男の顔に、"アーミーナイフ"が突き刺さっているのだ。
それは、ドクオが"死体を楯にした時に拝借した物"だった。
ドクオはそれを裾に隠し入れた後、わざと無様な命乞いをしたのだ。

そうして、敵がこちらに近付く様に仕向けた。
後は、靴でも舐めるフリをして、袖に隠し持っていたナイフで一突き。
脳を一撃で破壊しさえすれば、異常事態の発生を周囲に伝えられない。
案の定、男は奇妙な声を上げてくれた為、周囲はドクオが泣きながら靴を舐めていると勘違いした。

本当は、自分達の仲間が涙声で緊急事態を必死に伝えようとしているのに。
連中は笑い声でそれを掻き消したのだ。
その間に、ドクオは男のL85を奪い取り、笑い声に紛れて周囲の男達と民間人を撃ち殺した。
例え卑怯と言われても、別に痛くも痒くもない。

これが殺し合いであり。
これが臆病者の戦い方であり。
そしてこれが、ドクオの生き方だ。

急いでドクオに銃口を向けるが、それよりも早くドクオは銃爪を引いていた。
元々弾倉内に20数発しか入っていなかった事もあり、ドクオはあっさりとそれを捨てる。
銃が地面に落ちるのと同時に、ドクオによって急所を撃ち抜かれた男達が崩れ落ちた。
直後、ドクオは駆け出した。

この為に、先程民間人を撃ち殺したのだ。
ドクオが近づくだけで、皆道を開ける。
フェンスを乗り越え、ドクオは路地裏へと身を投じた。
ドクオが向かう先は、今この都で最も安全な場所。

―――最短ルートで約六キロの位置にある、ロマネスク一家である。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:45:46.14 ID:30hGsvv00
と、ドクオが内心で格好良く考えた瞬間だった。
胸元が振動している事に気付いた。
首から下げた御守り袋を取り出し、それの中身が振動している事に気が付く。
袋を開け、中身を取り出してみると。

('A`)「インカム?」

白くて小さい、片耳掛け式のインカムが入っていた。
それを左耳に掛け、ドクオはランニングを続行する。
すると、インカムの向こうから女の声が聞こえた。

『もしも〜し。 聞こえていますかぁ?』

確かこの声は―――

('A`)「犬神三姉妹の…… 千春、だっけ?」

从´ヮ`从ト『正解です。
       いや〜、ドクオさんってただの役立たずだと思ったら、結構やれるのですねぇ』

聞こえてくる千春の言葉は、遠まわしにドクオを馬鹿にしていた。
しかし、その言葉にドクオは違和感を覚えた。
違和感の正体は、千春が最後に言った言葉。
"結構やれる"、である。

('A`)「ちょっと待て、その口調だとお前、俺のピンチを見ていたのか!
    貴様、見ていたのか!」

そう、千春の口調は明らかにドクオが先程見せた"醜態と活躍"を、どこからか見物していた事になる。
それなのにも拘わらず、全く助けに来なかった。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:51:00.57 ID:30hGsvv00
从´ヮ`从ト『え゛?! いや、いやいやいや。 そんな事は有りませんよ、えぇ。
       私はドクオさんの事を信じていましたから、ねぇ?』

明らかに狼狽する千春ではあったが、流石はロマネスク一家のメイドである。

从´ヮ`从ト『そんな下らない事はさておき、本題に入りますね。
       ドクオさん、そこからロマネスク一家まで直行してもらいます。
       なぁに、ちゃんと"足"は用意してありますから心配ご無用です。
       そこからだと、そうですね…… "ゴドー亭"の場所は分かりますか?』

素早く本題に入り、ドクオへの配慮も忘れていなかった。
"逆転の成歩堂"が経営するゴドー亭は、確かここから400メートル程先にあるコーヒーショップだ。

('A`)「あぁ、分かる。 で、そこに"足"があるとか?」

从´ヮ`从ト『おぉ〜、すごいですね。 その通りですよ、然りです。
       "スーパーな単車"が用意されています、それを使ってください』

何やら馬鹿にされている気がしないでもないが、とりあえずドクオは"スーパーな単車"に期待する事にした。

从´ヮ`从ト『追っ手の方は心配しなくていいですよ。 私がどうにかしておきますので。
       では、頑張ってくださいね〜』

そう言い残し、千春との通信は切れた。
一体千春は、どこで何をしているのだろうか。
そんな事を考えながら、ドクオはひたすら走る。
ゴドー亭まで、約400メートル。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:56:29.56 ID:30hGsvv00
二分もあれば着くだろう。
しかし、スーツと言うのは走りにくいモノである。
結果、ゴドー亭に着いたのは3分後だった。
おぉ体力が落ちている、なんと情けない。

ゴドー亭は比較的新しい店で、綺麗な洋風建築の外見をしていた。
コーヒーの香りが、この一帯には常に漂っていた。
店主のコーヒー好きは相当なものだろう。
男二人、女二人で経営しているとのこと。

その店の前に、一台の単車が停まっていた。
それを見た瞬間、ドクオは固まってしまった。
確かに、スーパーな乗り物である。
スーパーな単車だ、それは認めよう。

だが、誇張表現という言葉がある。
スーパーな単車と言えば、スーパースポーツタイプの格好いいバイクを連想するのが普通だ。
こんな、こんな情けない単車をスーパーと呼ぶのはあんまりだ。
超実用性重視の単車を、スーパーな単車と呼ばないでほしい。

ホンダ社の傑作原動機付自転車。
スーパーカブである。
燃費よし、操作性良のイカした単車だ。
小学生でも分かるぐらい、簡単な説明をしよう。

新聞屋さん、郵便局の人、警察の人。
が、運転しているあれだ。

(#'A`)「あの尼ぁぁぁ!!」

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 01:59:32.56 ID:30hGsvv00
怒りの言葉を口にしながらも、ドクオはキーの付いたカブに跨る。
そしてアクセルを思い切り入れ、一気にカブを走らせた。
独特のエンジン音が、空しく闇に吸いこまれる。

(#'A`)「うおぉぉぉぉ覚えてろよぉぉぉぉ!!」

それに負けまいと、ドクオは声を張り上げた。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 02:02:17.81 ID:30hGsvv00
――――――――――――――――――――

【時刻――??:??】

ラウンジタワーの地下十階。
そこにある会議室に、五つの影があった。

( ^ω^)「……」
"鉄壁"ブーン。

/ ゚、。 /「……」
"番の戦乙女"ダイオード。
  _、_
( ,_ノ` )「……」
"拳神"渋澤。

爪゚ー゚)「……」
"銃神"じぃ。

魔女直属の部下である四人が、沈んだ表情で魔女の前に整列している。
彼等は皆、魔女の指示通りに要人略取任務を実行した。
しかし皆、任務を遂行する事は敵わなかったのだ。

爪'ー`)「―――で、のこのこと帰って来たわけ、だ?」

任務に失敗しただけでなく、彼等は要人の位置特定すら出来ていない。
つまり、一度は網ですくい上げた魚が、"網を食い破って大海に逃げた"も同義。
再びすくい上げるには、大海の水を干上がらせるしかない。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 02:07:47.83 ID:30hGsvv00
爪'ー`)「ダイオードはまだしも、その他全員。
     君達は何をやっていたのかな?」

魔女の声には、珍しく怒りの色が窺える。
苛立たしげに足を鳴らし、魔女は手近に居たじぃの髪を掴む。

爪'ー`)「じぃ、君はあれほど自分が強いと言っていたのに。
     この醜態は何だ?」

魔女はじぃの顔に、自らの顔を近づける。
ゆっくりと値踏みするようにして、じぃの顔を見る。

爪;゚ー゚)「ご、ごめんなさい……」

許しを請うじぃに対して、魔女は短く答えた。

爪'ー`)「ゆるしてあげない」

そして、魔女はじぃの頬を舐め上げた。
長く、艶めかしい舌でじぃの顔を舐め回す。
耳朶からうなじ、口の周りから唇まで。
じぃが嫌がる度、魔女は髪を乱暴に引っ張ってそれを許さない。

次第に、舐め回しは口元に集中し始めた。
口を開くのを頑なに拒むじぃに対し、魔女は何度も何度も髪を引っ張る。
もう観念したのか、じぃは涙目になりながらも大人しく口を開いた。

「んふふっ…… そうだよ、その顔だよ……
最高にそそられるよ……」

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 02:12:32.18 ID:30hGsvv00
じぃの舌が、魔女の舌に絡め取られる。
戯れるようにして、互いの唾液を交換し合う。
そして、甘い罠に導かれるようにして、じぃの舌が魔女の口内に入り込んだ。

「んっ?! んんんっ!!」

突如、じぃがバタバタと暴れ出した。
何か痛みに耐えるような、そんな仕草だ。

爪'ー`)「……ぷぁっ。 ごちそうさま」

魔女から開放されたじぃは、口を押さえて悶絶している。
抑えた手のひらの隙間から、血が溢れ出ていた。

爪'ー`)「まぁいいさ。 保険は掛けてある。
     どこに居るのかなんて、全部お見通しだよ……」

魔女はそう言うと、じぃの顔を思い切り殴りつけた。

爪'ー`)「……でもねぇ、罰は受けてもらおうか?
     あぁそうだ。 ブーン、次の指示まで犯っていいよ。
     壊れないように、ね」

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/06/08(月) 02:16:39.87 ID:30hGsvv00
それまで沈黙を守っていたブーンが、その言葉で動き出した。
ゆっくりと、倒れこんだじぃに近付く。
まるで、肉食動物が捕食対象を見つけたかのように。

( ^ω^)

「い、いやだ…… 来ないで……
 もう痛いのは嫌だよぉ…… 来ないでよぉ……」

後ずさりして逃げるじぃを、ブーンは確実に部屋の隅に追い詰める。
そして、逃げ場を失ったじぃの前にしゃがみ込むと。
ブーンは、じぃの腹部に拳を振り下ろした。

「げっ、ごほっ?!」

苦しみの声を漏らしたじぃを見て、ブーンは薄く笑む。
そして、腹部を押さえるじぃの上に覆い被さった。
いつの間にか、会議室には二人しか残されていない。
じぃは涙を流して助けを求めるが、ブーンに止める気配は無い。


その後、会議室に響いた悲鳴は誰にも届く事は無かった。

第二部【都激震編】
第二十話 了


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