('A`)と歯車の都のようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:23:08.93 ID:VTO+ESn20
歯車を主軸に、独自の進歩を遂げてきた都の住人の生活は健康そのものだった。
夜の十時にはどこの家も電気を消し、眠りについている。
まるで何かを恐れているようなその行動は実際、恐れているのだ。

五年前に起きた抗争は、住民の生活をガラリと変えてしまった。
それまでの住民の生活は、健康とは程遠く、歓楽街と大差なかった。
二十四時間、家の明かりは絶えることなく、喧騒と談笑が絶えないものだった。

それが、たった一度の抗争で変わったのだ。
その当時の事を知る者は少なくはないのだが、語る者がほとんどいない。
麻薬で恍惚している者でさえ、その話をしようとはしない。

数少ない語り手の中に、シャキンも入っている。
抗争で負傷して、ロマネスク一家を引退した彼は、自らの趣味であった酒に第二の人生を捧げることにした。
彼のバーボンハウスに訪れる客は、この店の雰囲気と、店主であるシャキンの人柄の良さに惹かれている者が多い。
ごく稀に、五年前の抗争について話を聞こうとする変わり者もいる。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:24:41.19 ID:VTO+ESn20
その日の最後の客として訪れた男は、そんな変わり者の一人だった。
くたびれたコートを身に纏い、カウンター席に座り、気さくに注文する。
『ロンリコ』、アルコール度数75.5度を誇るラムを頼んだ男は、無造作に伸びた髪をかき上げ、口を開いた。

その口から紡がれた言葉を聞いたシャキンは、思わず顔を上げ、笑みを浮かべた。
グラスにロンリコを注ぎ終わると、いそいそと店の外に出て看板を反転させる。
オープンからクローズにされた看板をそっと置き、シャキンは鍵を閉めて戻ってきた。

(`・ω・´)「この話を聞く人は三年ぶりですね。
      まずは何から聞きます? 概要ですか… つくづくあなたは変わり者ですね」

男はロンリコを一気に呷り、シャキンの言葉に耳を傾けた。
次に彼が口にした言葉は、男を動揺させるのには十分だった。

(`・ω・´)「一言でいえば、あれは戦争です」

死者が四桁に至っているとはいえ、戦争とは穏やかではない。

(`・ω・´)「しかも、静かな戦争です。
      派手な音を立てるよりも静かな方が、人の心に恐怖を植え付けるには最適なんです」

空になった男のグラスに、シャキンは自然な動作で酒を注ぐ。
琥珀色の液体が静かに波を立て、グラスを満たす。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:26:29.20 ID:VTO+ESn20
(`・ω・´)「ほとんどの戦闘員が銃にサプレッサーを付けていたのもあって、銃声はほとんどでませんでした。
      重機関銃にも付けるほどですから、上からの指示だったんでしょうね。
      静かな重機関銃に撃たれたことのある人なら分かると思いますが、相当怖いです」

シャキンは自分のグラスを出し、それに大きめの氷を一つ入れる。
そして、後ろの棚から一本の瓶を取り出し、静かに注ぐ。
『グレンフィディック 18年』、ピュア・シングルモルト・ウィスキーだ。
屈指の逸品として名高いそれを、シャキンは一口飲んだ。

(`・ω・´)「想像してみてください。 銃声もなっていないのに部屋の窓ガラスが割れ、目の前の家族の顔が吹き飛ぶ様を」

男は無意識のうちに身を乗り出し、シャキンの言葉に聞き入っていた。
手にしたグラスの中身を軽く口に含み、続きを待った。

(`・ω・´)「民間人の犠牲者が多く出たのは、市街戦だったからですね。
      屋上からの狙撃と斉射。 時々、RPG-7が周辺家屋を吹き飛ばしてました。
      一夜明けると一家全員が死んでた、なんてこともありました」

(`・ω・´)「だから簡単に言うと、あれは静かな戦争だったんです。
      音のない戦争。 厳密にいえば、抗争なんですけどね」

そう言ってシャキンは、グラスの中身を愛おしそうに眺めた。
水面に映るシャキンの顔には、微かな憂いが浮かんでいる。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:28:06.28 ID:VTO+ESn20
(`・ω・´)「概要としてはこんなもんです。 さて、この抗争で幾人もの猛者が生まれ、死んだのはご存知ですか?
      "帝王"、"女帝"、"鉄壁"、"神槍"、"戦乙女"、そして"魔王"。
       彼らはこの抗争で名を上げました」

(`・ω・´)「私も、時々"かかし"と呼ばれる時があります。
      足が一本しかないからそう言われてるんでしょうね」

寂しげに足元を見やり、シャキンは薄く微笑んだ。

外からは何も聞こえないはずなのに、男の耳には何故か銃声が聞こえていた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:29:52.42 ID:VTO+ESn20
( 'A`)と歯車の都のようです

――――――――――――――――――――

三話「熱く、赤く、煮えたぎる」
 三話イメージ曲「コバルトブルー」The Back Horn

――――――――――――――――――――

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:32:12.30 ID:VTO+ESn20
都の中でも、ホテル・ニューソクの内装の細やかさの右に出るホテルはそうない。
他国から取り寄せることなく、独自に職人を雇い、内装全てを一から作り出させた。
各ジャンル屈指の職人が集まり、約三年の歳月を経て完成したホテルだ。
絨毯一枚、各個室のインテリアの一つ一つが手作りの為、維持費も宿泊費も馬鹿にならない。

一泊だけで庶民の半年分の給料が飛ぶため、ここに泊まれるのは裕福層だけである。
無論、ホテルの警備システムはおろか、従業員一人一人が徹底して管理されている。
最新鋭のセキュリティシステムを採用しているため、泥棒も手をつけようとはしない。
ゴキブリ一匹の侵入も存在も許さないそのセキュリティを破った者に、賞金を出しているほどの自信だ。

ところがその日、何の予告もなしに全てのセキュリティが乗っ取られた。
あまつさえ、ニューソク自慢のインテリアが吹き飛び、自慢の大理石の壁に大穴を開けられた。
何が起きたか確認しようと行動した警備員の動きは、軍隊上がりのそれだ。
しかし、ブランクが長かったせいか、はたまたヒートの用意したクレイモアの設置方法が上手かったのか。

勢いよく扉を開け放った警備員の目の前に映った"それ"が爆発した。
爆発と同時に放たれたのは、ベアリングだ。
ファイブマンセルという極端な体勢で飛び出たのが事態を深刻にした。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:34:09.83 ID:VTO+ESn20
警備員の詰め所の出入り口に仕掛けられたクレイモアで、全部で二十人いる警備員の内、五人は何が起きたか理解する間もなく息絶えた。
悪辣なことに、本来足元に設置されるはずのクレイモアが人の頭の位置に設置されていたため、五人全員の顔は判別が不可能なほどに穴だらけになっている。
一瞬の内に仲間が殺され、頭に血が上った警備隊長は、無謀にも部屋から飛び出し、駆けだそうとした。
その行動はブランク以前の問題で、警備隊長が金でのし上がった屑だということを中の警備員全員が思い知った。

警備隊長が一歩部屋の外に足を踏み出した瞬間、警備隊長は何かを踏んだような感触を足元に感じた。
しかし、気づいた時には換気扇から落ちてきた手溜弾のピンが外れた音を聞いたのを最後に、警備隊長を含む警備員全員の命は途絶えた。
ヒートの仕掛けたブービートラップを掻い潜れる者がいるとしたら、それは歴戦の軍人しかいない。
否、歴戦の軍人ですら危ういだろう。

何故ならヒートは、歴戦の軍人ならその名を聞いただけで震えあがり、普通の軍人なら失禁しかねない程の軍人だったのだから。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:36:10.08 ID:VTO+ESn20
ノハ;゚听)「まずい、ドクオ! 壁から離れろ!」

目の前の壁が派手に吹き飛ぶ直前、ヒートが叫んだことは結果的にドクオを救った。
咄嗟にドクオが伏せた直後、それまでドクオの顔があった空間を拳大の瓦礫が切り裂いた。
その瓦礫が背後の壁にめり込んだのを確認する暇など、当然のようになかった。

しかし、それはドクオだけだ。
ヒートは目の前に出現した"それ"を凝視していた。
ヒートの動体視力でも、壁を破壊したのが人間の拳だということしか分からない。
そしてその拳が、目の前で仁王立ちしている男のだということだけが、ヒートが分かる現状だった。

ノハ;゚听)(ただの一撃で壁をぶっ壊しやがった!)

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:38:33.33 ID:VTO+ESn20
本能的に両手に構えたP90の照準を男に合わせ、ヒートは何の躊躇いもなく引き金を引いた。
防弾チョッキをも貫通するほどの威力と性能を誇るそれを、まともな人間がくらったら激痛にのたうち回るだろう。
しかし、相手はまともではなかった。

放たれた銃弾を防ごうともせず、体に当たった銃弾が明後日の方向に弾かれる。
岩のような筋肉を搭載しているとはいえ、銃弾を弾くのはヒートの予想を上回った。
あまつさえ、男は両手を広げ、全ての銃弾を受け止めた。

弾かれた弾丸は、周囲の壁に次々と穴を開けてゆく。
それでも、ヒートは引き金を引き続けた。
合計で100発の弾丸を吐き出した瞬間、眼前の男の姿が消えた。
そして、ヒートが手放したP90を吹き飛ばし、ヒートの鼻先を男の拳が掠めて行った。

とっさにヒートがP90を手放さなければ、今頃はヒートの手は千切れていただろう。
原型すら分からない形で壁に張り付いたP90を横目で見やり、ヒートは舌打ちした。
すぐさま後ろに飛び退き、背負った回転式グレネードランチャーを男に向かって放つ。
通常の弾ではなく、ナパーム弾を装填していたことが幸いした。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:40:35.53 ID:VTO+ESn20
炎に包まれ、動きが止まった男からさらに距離を開け、ヒートは撃ちつくしたランチャーを捨て去った。
そして、もう一方に背負っていた重機関銃M63を片手で構え、引き金を引いた。
ほとんど繋がって聞こえるその音は、悪魔の咆哮にも似ている。

しかし、男の拳が一振りしたかと思うと、ヒートは手にしていたM63を吹き飛ばされた。
M63の銃声が悪魔の咆哮なら、男の拳が発した音は破壊神の咆哮だ。

ノハ;゚听)(拳圧?! 有り得ない!)

ヒートが懐から拳銃を取り出し構えたのに呼応して、ドクオはP90を男の顔に浴びせかけた。
だが、それはわずかの間の時間稼ぎにしかならなかった。

( ゚∋゚)

金属に撃ちこんでもこうはいかないだろう。
顔にへばりついた弾丸を、顔に入れた僅かな力で吹き飛ばし、男はドクオを見やる。
たっぷり五メートル離れた場所にいるドクオに向かって、男は拳を突き出した。
一瞬、ヒートは相手が何をしたか理解できなかった。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:42:12.16 ID:VTO+ESn20
男が突き出した拳の直線上にいたドクオが、冗談のように宙を舞ったのだ。
それが男の拳圧によるものだと理解したのは、ドクオが壁に叩きつけられて苦悶の声を上げた時だ。
サブマシンガンや重機関銃の直撃にすら耐える男に対して、ヒートの手にした拳銃はあまりにも陳腐だった。
矮小と置き換えてもいい。
そして、ヒートは無意識のうちに笑顔を浮かべた。

ノハ ゚∀゚)

これまで幾多の戦場を駆け巡り、数多の命を屠ってきたヒートにとって、強敵の存在は歓迎すべきものだった。
そのために戦場を駆け巡り、数々の強敵と命のやり取りをしてきたのだ。
腰の後ろに手をまわし、両手に一対の山刀を構えた。
大人の腕ほどの太さがあるそれを、ヒートは軽々と振り回し、男に駆けだした。

その行為は男にとってどのように映ったのだろうか、笑顔を浮かべ、男も駆けだす。
男の拳と刃が激突する直前、ヒートは山刀に仕込まれたスイッチを入れた。
『超振動発生装置』、あらゆるものを軽々と切断できるその装置が仕込まれた山刀の一撃は、戦車ですら切り刻むほどだ。
その一撃は、男の拳とほぼ同等の威力を発揮した。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:44:17.67 ID:VTO+ESn20
ノハ#゚听)「うおおおおあああああああああああああああ!!」

さらに力を込め、刃を男に押し込めるが、男もただでは引かない。
岩のような筋肉が盛り上がり、ヒートの一撃を食い止める。
いかに鍛え上げた筋肉といえど、流石にヒートの山刀の一撃は耐えられないのだろう。
つまり、その場に置いて、男を倒し得るのはヒートの構えた山刀だけということになる。

壁にもたれかかった体勢で、ドクオはその光景を他人事のように眺めていた。
援護のしようはあるのだが、効果がない援護はヒートの邪魔になるだけだということを、ドクオは歯を食いしばりながら理解していた。
そして、ドクオが本能的に横を見た瞬間、ドクオの眼が見開かれた。

从'ー'从「はろー」

吐息がドクオの顔にかかるほどの距離にあった顔は、不気味なほど涼しげだ。
そして、その顔にドクオは見覚えがあった。
すぐに飛び退り、手にしたP90を構える。
しかし、目の前で渡辺は涼しげな顔を崩さずにいる。

(;'A`)「どうして生きてる?!」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:46:03.96 ID:VTO+ESn20
確かにドクオが頭を吹き飛ばして殺した女は、生前と何ら変わらない顔で笑みを浮かべた。
同性ですら惹かれるその笑みは、ドクオにとっては悪寒を走らせるだけだった。
そして、ドクオが次の言葉を紡ごうとした時には、渡辺の姿はドクオの眼前から消失している。

从'ー'从「言っておくけど、私は早いわよ?」

その声が背後から聞こえてきたことが分かったのは、ドクオが宙を舞った時だ。
一瞬、何が起きたか分からなかったが、ドクオが背中から床に叩きつけられた時にようやく理解した。

(;゚A゚)「っごお!」

腹の中の空気をすべて吐き出したような声を上げ、ドクオの目が捉えた渡辺の足は、銀色の輝きを放っていた。
銀色の金属を足に纏っているのではない、銀色の金属が足なのだ。
そして、ドクオが吹き飛ばした眉間には同じく銀色の輝きを放つバンドが巻かれている。

(;゚A゚)「まさか… 機械化したのか!?」

"機械化"―――、歯車の技術が発展した都の中で一番の発明と呼ばれているものだ。
人体の各部を機械と置き換え、半永久的な命と、圧倒的な武力を手にすることができるものだ。
そして、その技術は都の中でも歯車王のいる歯車城でしか行えない。

从'ー'从「そうよ、正解」

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:48:18.48 ID:VTO+ESn20
ふらふらと立ち上がるドクオを追撃するでもなく、渡辺は自らの手を動かす。
次の瞬間には女性らしい細い指が、金属の鉤爪になっていた。
指が醜く変形したことよりも、ドクオにとって脅威だったのは渡辺の眼だ。
顔は笑っているが、光がない。

(;'A`)「へっ、機械化してまで生きたいか…ね……?」

そう言って、ドクオは自分自身の言葉に疑問を持った。
機械化は死者に対してはできない。
脳が生きていなければ、機械化したとしても体が動かないのだ。
しかし、ドクオが渡辺の脳漿をぶちまけたのにも関わらず、渡辺は動いている。

(;'A`)「死体に手を加えた機械化なんて、聞いたことないぞ!」

(;'A`)「死者は絶対に生き返らない! なら、手前は誰だ!」

そのドクオの問いに答えたのは、それまでとは違う渡辺の声だった。

从<●>ー<●>从「そうよ。 死者は絶対に生き返らない。
           でも、生まれ変わることはできるのよ」

次の瞬間、渡辺の体を覆っていた服と、皮膚が弾け飛んだ。
そこに渡辺の面影はほとんどなく、一つの機械仕掛けの獣がいるだけだ。

从<◎>皿<◎>从「ロマネスク一家の元幹部、"雌豹"の実力、教えてあげる!」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:50:11.41 ID:VTO+ESn20
"雌豹"―――、五年前の抗争で名を上げた渡辺に当てられた二つ名である。
名前の由来は、その足の速さもそうだが、攻撃の速さにある。
渡辺が得物を振るえば、それは音速の域に達し、標的を確実に仕留める。
もう一つは攻撃の方法だ。

渡辺は標的に近づき、抱きしめる。
そして、標的が油断した瞬間、犬歯に仕込まれた刃物で動脈をかき切る。
生きながらに喰われる者を見た者が、畏怖と憎悪を込めて付けた名だ。

そして今、渡辺が手にしている得物は、金属の鉤爪。
その一振りが全て音速を超える一撃に変わるということは、全てが必殺の一撃だということだ。
機械化されているため、掠っただけでも骨が折れるのは必至だろう。

肉食獣を彷彿とさせる構えをとり、渡辺は地面に着いた四本の"足"で思い切り踏み込んだ。
四肢の全てを使った加速は、もはやドクオの動体視力で捉えられる領域の速さではなかった。
残像を残して加速した渡辺の体は、周囲の壁を破壊しながら確実にドクオに迫ってきた。
唯一の救いは、高速移動中でも土煙りと音が出ることだった。

音と土煙りを頼りに、ドクオは横に飛んだ。
直前までドクオがいた場所に、爆音と共に渡辺の姿が出現した。
しかし、一瞬でまた姿が消える。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:52:08.78 ID:VTO+ESn20
(;'A`)(むりむりむり! 早い、速い、疾過ぎる!)

手にしていたP90を撃つのも出来ないまま、ドクオは必死に逆転の方法を考えた。
無駄な思考が自らの死に直結していることは、ドクオでも分かることだった。
ドクオが必死に闘っているのと同様に、ヒートもまた、戦っていた。

( ゚∋゚)「ごわあああああああ!!」

男の一撃一撃を紙一重で捌き、避け、ヒートは思案していた。
戦いの最中に考え事をするのはヒートの美学に反していたが、この状況でそんな悠長なことは言ってられない。
鉄球以上の破壊力を誇る男の拳を、ヒートが片腕で防いでいるのは称賛に値する。
大の男でも防げない一撃を、女のヒートが防げるのは男が手加減しているからではない。

ヒートはある目的のために体を徹底的に鍛えていた。
そして、その筋肉は徹底的に凝縮された形でヒートの小柄な体に収められているのだ。
男の筋肉は凝縮などという言葉とは無縁で、鍛えた筋肉が全て表面に出ている。
ヒートの筋肉が凝縮していなければ、ヒートの腕の太さは女性のウエスト程だったろう。

ノハ#゚听)「だりゃああああああああ!!」

一進一退ならばまだ勝機は作れるのだが、一方的に攻められているヒートは、この状況を打破する術が浮かばずにいた。
戦力が均衡しているか、差がそれほどでなければ、ヒートは打破する術をすでに出していた。
しかし、あまりにも戦力差が圧倒的過ぎた。

ノハ#゚听)(あーくそくそ! 少しは休めっつーんだよ!)

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:54:34.27 ID:VTO+ESn20
数百回も打ち合って、男の攻撃パターンは解っているのだが、手が出せない。
決して一撃一撃が速いわけではない、むしろヒートにとっては遅いぐらいなのだが、一撃の重みが違う。
一撃受け止めるたび、ヒートの手が痺れる。
左腕など、ほとんど感覚が無くなって来ている。

( ゚∋゚)「すあああああっしゃああああああああ!!」

依然として拳で攻撃してくる男の顔に、疲れは一切出ていない。
戦車ですら切り刻む山刀と、素の拳で打ち合うなど正気の沙汰ではない。

ノハ#゚听)(やっぱり自前の武器を持ってくるべきだったか…! 不覚、不覚うううう!!)

今ヒートが手にしている得物も、ヒートが無理を言って用意してもらったものなのだが、手になじまない。
ヒートは近接戦闘を得意としているのだが、獲物が違う。
ヒートの性格を反映した"あの得物"でなければ、ヒートはその実力を完全には発揮できない。
しかし、それを言い訳にしないのはヒートのプライドの問題だった。

いかなる戦闘でも全力で、手元にある武器を使って勝利する。
それがヒートの美学だ。

(*゚∋゚)「ど どうしたでごわすか? そ そんなもんでごわすか? さ 最強の女は?」

一瞬、男が何を言ったかヒートは理解できなかった。
打ち合いながら話しかけてきた男は、そのまま山刀の刃を掴んだ。
流石に掌で掴めば傷を負うのは当たり前だった。
血を流しながらも男はヒートの答えを待っている。

ノハ#゚听)「はっ! あたしはお喋りな奴は大っ嫌いなんだよ!」

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:56:07.89 ID:VTO+ESn20
ここぞとばかりに踏み込み、ヒートは男の掌を切り裂く勢いで刃を押し込む。
それでも男は不気味で不器用な笑みを浮かべ、問い続ける。

(*゚∋゚)「さ 最強とはなんでごわすか?」

ノハ#゚听)「黙れって言ってるんだよ! ゴキブリ食わせるぞ!」

掌から止めどなく流れる血を、男は見ようともしない。
むしろ、ヒートの手にした山刀ですら気にも留めていないようだ。

(*゚∋゚)「お おいどんにとって、さ 最強とは、き 筋肉の量と質でごわす。
     ひ ヒートにとっての最強とは、な なんでごわ?」

ノハ#゚听)「あぁ聞きたいなら聞かせてやるよ! この筋肉野郎、よく聞けよ!」

男の金的を蹴りあげ、山刀を男の掌から解放する。
そのまま下がるかと思いきや、ヒートはまっすぐに男に突っ込んでいった。

ノハ#゚听)「あたいの思う最強の像では、あんたは最強じゃない!!」

演武をするように、舞を舞うように山刀を振り回すヒートの姿は、優雅の一言だった。
思わず男がその美しさに目を奪われた隙に、ヒートは次々と山刀を振り下ろす。

ノハ#゚听)「あんたには徹底的に足りないものがある!
      あぁ、そうさ! あんたでは絶対に手に入れられないもんが足りないんだよ!!」


22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 21:58:58.65 ID:VTO+ESn20
それまで思案していたことを、ヒートは恥じた。
考える必要などどこにもなかったのだ。
これまで自分がやってきたように、ただひたすらに"自分"に素直に突き進むだけでいいのだ。

ノハ#゚听)「そいつを教えてやるよ!
      手前に徹底的に足りないのはなぁ!! それはぁぁぁぁ!!」

男は少なからずヒートの猛攻に驚きを感じていた。
これまで自分が押していたのに、自分の問い一つで目の前の女がまるで別人のようになったのだ。
圧倒的に押していたはずなのに、今ではヒートの攻撃を受け止めるだけで精いっぱいだ。

ノハ#゚∀゚)「ト キ メ キ が足りなああああああああああああい!!」

次の瞬間、男は生まれて初めて自分の目を疑った。
かつてこれほど真っ直ぐに、素直に、愚直に、率直に、圧倒的に攻めてくる者など見たことがない。
これまで相対した敵は、自分との間合いをある程度までしか縮めてこなかった。
しかし、ヒートはどうだろう、吐息が聞こえるほどの距離までに近づいて来ているではないか。

この間合いでは男の必殺の一撃は、頭突きしかない。
しかし、ヒートの山刀がそれを許さない。
一瞬でもガードを崩せば、すぐにヒートは必殺の一撃を見舞うだろう。
男の戦い方が力のごゴリ押しだとしたら、ヒートの戦い方は舞いとしか言いようがなかった。

力を入れているにもかかわらず、まるで風のように山刀を振るうヒートに、一切の隙もない。
ヒートの舞は、脱力でもなく、山刀の重みに身を任せているものでもない。
男の動きに合わせ、即興の舞を舞っているのだ。
まるでヒート自身が風になったかのような錯覚に、男はこの戦いで初めて冷や汗を流した。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:01:39.64 ID:VTO+ESn20
(;゚∋゚)(こんな相手… 初めてでごわす!)

男が動くたびに発生する僅かな風を抑えることはできず、その僅かな風に乗るヒートは今の男では止めようがなかった。
苦し紛れの回し蹴りを繰り出すも、風と一体化しているヒートに当たるはずもなく、虚しく空を切る。
拳圧で人一人を吹き飛ばせる程に鍛え上げられた筋肉が仇となり、男は生まれて初めて手詰まりと言う言葉の意味を知った。

ノハ#゚听)「ぬぅん!!」

僅かな隙を突き、ヒートの山刀が男の胸部を切り裂いた。
鮮血が勢いよく吹き出し、男はこの戦いで初めて苦悶の声を上げた。

(;゚∋゚)「ごっわあああ!?」

すぐに胸筋に力を込め、傷を塞ぐ。
しかし、ヒートがその隙を見逃すはずはない。

ノハ ゚∀゚)「もらったあああああああ!!」

山刀が男の首を吹き飛ばすのを、ヒートは幻視した。
そしてそれは0.2秒後に現実の光景になるはずだった。
それを甲高い音と共に防いだのは、渡辺の鉤爪だった。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:03:23.70 ID:VTO+ESn20
从<◎>皿<◎>从「クックル、油断するんじゃないよ! この女のペースに巻き込まれてどうする!」

山刀を片手で受け止めながら、渡辺は男に檄を飛ばした。
もう片方の手でヒートに襲いかかるが、それを見越したヒートの山刀がそれを防ぐ。
男―――、クックルは一瞬だけすまなそうな顔をし、すぐに元の顔に戻る。

( ゚∋゚)「ひ ヒートはおいどんの獲物でごわす。 よ 横取りはいけないでごわす」

从<◎>皿<◎>从「この馬鹿が! あたしが割り込んでなかったら首を吹き飛ばされてたところだったんだ!」

渡辺がクックルに怒鳴りかかった直後、渡辺の顔に無数の弾丸がへばり付いた。

(;'A`)「俺を忘れてるんじゃなーい!!」

手にした拳銃で渡辺の顔に弾丸を撃ち込むドクオの腹は、赤く染まっていた。
ヒートが闘っていた間、ドクオは運悪く渡辺の一撃を受けてしまったのだ。
幸い、肋骨が二、三本折れただけで、死に至っていなかった。
皮肉にも、飛び退きそうな意識をその痛みが繋ぎ止めている。

从<◎>皿<◎>从「ちっ! 死にぞこないが!
            クックル、"あれ"をやる! 援護しな!」

( ゚∋゚)「仕方ないでごわす…」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:04:04.35 ID:VTO+ESn20
何の話をしているのか分かっていないヒートから飛び退き、渡辺は四足歩行の体勢になった。
鉤爪が地面を抉るほどに踏み込み、渡辺の姿が一瞬でヒートの眼前から消失した。

(;'A`)「気を付けろ! そいつ…!」

ノハ#゚听)「なめんじゃなああああああああああああああああああい!!」

ヒートが自らの横の空間を薙いだかと思うと、甲高い音が鳴り響いた。
いつの間にそこにいたのか、渡辺の鉤爪が間一髪、自らの首が撥ねられるのを防いでいる。
しかし、その渡辺の姿は異常だった。
四足歩行のまま、"背中から生えている新たな鉤爪"でヒートの攻撃を防いでいるのだ。

从<◎>皿<◎>从「ちいっ! クックル、今だ!」

渡辺が叫んだ瞬間、ヒートの頭上の天井が崩れた。
咄嗟にヒートが飛び退ったおかげで、ヒートは瓦礫の下敷きになるのを免れた。
それがクックルの放ったアッパーカットだと理解したヒートは、着地した場の足もとを薙ぎ払う。
そのすぐ近くで、渡辺が顔に赤い筋を作っていた。

着地の隙を狙った攻撃を防がれ、渡辺は六足での加速体勢に入った。
この加速は、渡辺ができる限界の加速方法だ。
ひとたび加速状態に入れば、何人たりとも止めることはできない。
そして、この展開こそ渡辺が狙ったものだった。

途中で邪魔になるであろうドクオを放り投げたクックルが正面に、そして背後に渡辺が位置している。
いかに歴戦の猛者であるヒートといえど、強敵二人の挟撃には対応できまい。
現に、ヒートの額には珠のような汗が浮かんでいる。
山刀を床につけて下ろし、渡辺とクックルを回るようにして見やり、ヒートが唾を飲み込んだ瞬間、渡辺が吠えた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:06:04.55 ID:VTO+ESn20
从<◎>皿<◎>从「きゃああああああああああああああああああああああ!!」

(#゚∋゚)「ごわああああああああああああああああああ!!」

同時にクックルも咆哮し、渡辺とクックルの両者が同時に駆けた。
弾丸並の加速を加えた渡辺の一撃は、例え避けたとしても、近くを通り過ぎただけで脳震盪を起こすだろう。
そして、避けた体勢でクックルの拳をどうにかできるはずがない。

ノハ ゚∀゚)

しかし、渡辺は見た。
ヒートが笑みを浮かべた瞬間、ヒートの姿が消えたのだ。
何が起きたか理解できていない渡辺の眼が、クックルの拳を捉えた時には渡辺の意識は無くなっていた。

(;゚∋゚)「ご、ごわああ?!」

理解できていなかったのはクックルも同じだった。
ヒートを貫くはずだった拳は、代わりに渡辺の顔を砕いている。
そして、それまでヒートが立っていた場所に大きな穴を確認した時には、拳に突き刺さった渡辺の体が真っ二つに裂かれていた。

ヒートが山刀を下ろして二人を回るようにして見やったのは、足もとの地面に穴を開けるためだったのだ。
それをクックルが理解した時には、クックルは拳を地面に叩きつけていた。
渡辺の残骸を飛ばしながら放たれた拳は、足もとの地面を吹き飛ばし、真下の廊下にクックルの体を落とした。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:08:07.20 ID:VTO+ESn20
(#゚∋゚)「あ 味な真似を…!」

ヒートを探すため、周囲を見渡したクックルの目がヒートの姿を捉えた。
その姿が目の前の部屋に消えたのを確認し、クックルは目の前の部屋の壁を殴り飛ばした。

(#゚∋゚)「ひ ヒートオオオオオ!!」

吹き飛ばした壁の向こうに、ヒートの姿を確認したクックルは思わず咆哮していた。
それが怒りからなのか、悲しみからなのか、喜びからなのかは、今のクックルには理解できていなかった。
開け放たれた窓から流れ込んでくる冷たい風は、クックルの体の熱を奪うことはできない。
窓を背に仁王立ちしているヒートの目には、余裕が見て取れる。

(#゚∋゚)「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!」

質量をもった風として肉迫するクックルの姿を見てもなお、ヒートは余裕の色を失わない。
全力で拳を突き出すため、クックルが踏み込んだ瞬間、有り得ないことが起きた。
圧倒的な重量をもつクックルの体が、つんのめったのだ。
しっかりと踏み込んだにもかかわらずつんのめったのは、足場の確認を怠ったクックルの失態だった。

(;゚∋゚)(な、なにが…ああっ!?)

自らの足場に散らかっている、食い散らかされた食べ物のなれの果てを視認した時には、ヒートのしなやかな指がクックルの腕に巻き付いている。
大した力をヒートが入れていないにもかかわらず、クックルの体は窓の外に放り出された。
合気道を応用したその技を受けたクックルは、夜の闇に消えていった。
少しの間を置き、クックルの体は下に停められていた車の上に落下した。

それを確認し、ヒートは懐からフラスクを取り出した。
中に入っているウォッカを呷り、ヒートはため息をつく。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:10:20.89 ID:VTO+ESn20
ノハ;゚听)「はぁ…
     ったく、疲れる…」

その場に座り込み、ヒートは夜空を見上げた。
相変わらず星は見えず、月には雲がかかっている。
再びウォッカを一口呷った時、月に掛かっていた雲が晴れた。

ノハ ゚ー゚)「いい月だ… ん?」

月明かりに照らされた"それ"を目の前のビルの屋上に視認したとき、ヒートの全身に寒気が走った。
目の前のビルの屋上にはクーとモララーがいるはずなのだが、ヒートの目にもう一人の姿が映ったのだ。
それはクーでも、モララーのものではないことは、すぐに分かった。
クーもモララーも、"背中にあんなもの"を生やしていないからだ。

背中からいくつも生えているのは、複椀だ。
渡辺が施されていた改造よりも高度で、尚且つその改造が施されているのは都の中では一人しかいない。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:12:06.08 ID:VTO+ESn20
|::━◎┥

腰まである黒髪を風になびかせ、黒い外套を身に纏い、特徴的な仮面を被っている。
歯車の都を統べるただ一人、唯一の王―――、歯車王だ。

首を掴まれ、持ち上げられているのは遠目に見てもはっきりと分かる、クーだ。
表情や声は分からないが、次の瞬間に起こったことだけははっきりと分かった。

生きながらにして首を引きちぎられ、首を失った体に複椀が次々と突き刺さる。
四肢が痙攣し、飛沫を上げるその体。
それを見たヒートは、思わず嘔吐した。

ノハ;゚听)「ァアアア…!」

これまで幾多の戦場を見てきたが、生きながらに首を引きちぎられる者の姿を見たことはなかった。
恐らく、断末魔の叫びとはあのような時に発するものなのだろう。
そんな事を考えながら、ヒートはゆっくりと意識を失った。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:14:15.51 ID:VTO+ESn20
その頃、ドクオはクックルに投げられた衝撃で、無様にも気絶していた。
肋骨に走る痛みで意識を取り戻したドクオの目の前に、見知った女がしゃがんでドクオを見下ろしていた。

(*゚ー゚)「あら、お目覚め?」

その女は、ドクオが渡辺を殺した際に、渡辺と共にいた女だ。
そして、その女の後ろにもう一人の姿を視認したとき、ドクオは己の眼を疑った。

从'ー'从

先ほどクックルが殴り壊したはずの渡辺が、"生きていた"時と同じ姿のまま立っている。
その両手には、"先ほど"の渡辺とは違う鉤爪が付いていた。
それがグローブだと理解したドクオは、ひとまず目の前の女に対して悪態を吐くことにした。

(;'A`)「へっ、あばずれ女がなんの用だ…?」

悪態を吐いたドクオの肋骨に、女は細い指を這わせた。
折れている肋骨の上を這われ、ドクオは苦痛に顔を歪めた。

(*゚ー゚)「あばずれとは随分ね。 あたしの名前はしぃ、覚えておきなさい」

そう言ってしぃは、指を立ててドクオの肋骨を突いた。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:18:35.31 ID:VTO+ESn20
(;゚A゚)「あがああああああ!?」

(*゚ー゚)「歯車王様を殺そうなんて、随分なことするわねぇ?」

立てた爪を強く押しこみ、捻り回す。
言葉を失うほどのその痛みに、ドクオが意識を失いそうになった時、ドクオの顔をしぃの手が叩いた。
何往復も叩かれ、唇から血がにじみ出した辺りで、しぃは手を止めた。

(*゚ー゚)「これはあたしの歯車王様を殺そうとした分。
     そしてこれが…」

折れた肋骨に遠慮なしに打ち込まれたパンチは、ドクオの意識を完全に飛ばした。

(*゚ー゚)「歯車王様を思った分」

白目を剥いて失神しているドクオの腹を何度も蹴りあげるしぃを止めたのは、それまで人形のように立っていた渡辺だ。
無言でしぃの肩を掴み、首を横に振る。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:20:05.82 ID:VTO+ESn20
从'ー'从「それ以上やれば、死にますよ?
      それは歯車王様の意向に反します」

(#゚皿゚)「人形風情が、気易く歯車王様の名を呼ぶな!」

固めた拳で渡辺に殴りかかったしぃを、渡辺は止めようとはしない。
頬に拳がめり込んだまま、渡辺は続ける。

从'ー'从「申し訳ありません。 ですが、意向に反することはしぃ様の為にはなりません」

(#゚皿゚)「あぁ?! あたしに向かってなんだその口の利き方は!
    今すぐスクラップにしてやろうか?!」

さらに渡辺に殴りかかり、渡辺の顔に傷を作ってゆく。
そして、唐突にドクオを蹴りあげた。

(#゚皿゚)「そもそもこいつがいけないのよ!
     渡辺! こいつを壊しなさい! 徹底的に!」

从'ー'从「殺さない程度に善処します」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:22:06.73 ID:VTO+ESn20
恭しく頭を下げた渡辺の横を、しぃは大股で通り抜けて行く。
しぃが建物から出ていったのを確認し、渡辺はドクオを持ち上げた。

从'ー'从「起きなさい。
      ……ん」

なんの躊躇いもなく、ドクオの唇に自らの唇を重ねた渡辺の行為に、ドクオは意識を戻した。

从'ー'从「ん…ふぅ…」

自分の口内を渡辺の舌が蹂躙していることにドクオが気付くのには、たっぷり十秒はかかった。
渡辺を引き剥がそうと試みるが、万力に挟まれたように離れない。

(;゚A゚)(ジーザスガッデムジュッデム!!)

このまま身を委ねたらどうなるか、ドクオには想像もつかなかった。
なおも蹂躙を続けると思われた渡辺の舌が、ドクオの舌と絡まり合った。
次の瞬間、ドクオの舌を自らの口内に引き寄せ、そして噛んだ。
甘噛ではなく、血が出るほど強く噛まれ、ドクオは眼を見開いた。

(;゚A゚)「ゴアアアア!?」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:24:08.59 ID:VTO+ESn20
それまで甘い感覚に浸っていたドクオにとって、その一撃は完全な不意打ちとなった。
噛まれたまま、舌を引き出されたドクオに、もはや甘い感覚の余韻など微塵も無くなっている。

从'ー'从「んふふっ…」

ようやくドクオの舌を解放した渡辺は、ドクオを強く抱きしめた。
先ほどのような万力じみた抱擁ではなく、恋人を抱きしめるような自然な行為だ。
だが、ドクオはその行為に恐怖を感じた。

"雌豹"の最大の攻撃方法は、抱きしめた相手の動脈を喰いちぎるからだ。
案の定、渡辺の口がドクオの首筋に寄せられ、ドクオの首筋に激痛が走った。

(;゚A゚)「がああああ!!」

四肢をバタつかせ、どうにか死の抱擁から逃れたドクオの首筋の肉は、一部喰いちぎられた後だった。
傷口を抑え、止血を試みるがなかなか止まらない。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/27(月) 22:25:45.03 ID:VTO+ESn20
从'ー'从「その傷ではもって後十分。
      よかったわね、死ぬ前にいいことができて」

踵を返して渡辺はドクオの前から姿を消した。

「…オ……か?」

失血のために薄れゆく意識の中、ドクオの耳に聞こえてきた声が誰のものだったか思い出す前に、ドクオは三度意識を失った。

( ´_ゝ`)「あぁ、俺だ。 渡辺が少しやりすぎたみたいだ。
     すぐに救護班をよこしてくれ……。
     流石だろう? あぁ…じゃあな」

手にしていた携帯電話をしまい、兄者はドクオの首筋をハンカチで止血した。
その手つきは手慣れたもので、ドクオの止血でなかなか止まらなかった血が、止まりはじめていた。
軽くため息をつき、兄者は小さく呟いた。

( ´_ゝ`)「全て、計画通り…か」

( ´_ゝ`)「歯車王も嫌われたものだな」

憂いを帯びたその表情はいったい何を意味しているのだろうか、それを知るのは兄者だけだ。


第三話 了

戻る 次へ

inserted by FC2 system