('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:07:02.74 ID:peonv7ha0
―――真っ暗。
とてつもなく真っ暗だ。
まるで自分の人生のように、お先真っ暗で救いがない。
この暗く湿った地下トンネルと、自分の人生は似たような空気がする。

ドクオ・タケシはこのトンネルに対して、そのような印象を抱いた。
どこか遠い異国の地の農家を想像させる、鼻腔に届く濃厚な土の香り。
悪い香りではないが、あまりいい香りというわけでもない。
どちらかと言えば、嗅がないで済むならば絶対に嗅がない匂いだ。

今までの人生もそれと同じで、目を反らしたくなるような人生であった。
ロクでもない人生ではあるが、捨てることはできない。
そういった点では、このトンネルに居る限り嗅ぎ続ける匂いと同じだ。
つまり、己の人生を捨てない限り、ドクオの足には常に足枷が付いている。

切っても切れない関係である以上、ドクオに出来る事は一つ。
大人しく諦める、それだけだ。
トンネルの暗闇と同様、後ろも先も真っ暗。
他にも理由があるが、ドクオはこのような理由から、狭くて暗い場所が嫌いだった。

しかし、ドクオはただのヘタレではない。
諦めていい事と、諦めてはならない事の分別は付く。
取り分け、自分の命に関係する事に関しては常人以上の執着を持っている。
これまで、その執着心のおかげで何度も命を守って来た。

これからも、それは決して変わる事はないドクオの生き様だ。
こんな都に住んでいても、決して己の命を捨てない。
歯車の都で人生に絶望して自ら命を絶った者の数は、世界でも屈指の人数である。
だが、人間の数が減った所で何も変わりはない。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:11:02.53 ID:peonv7ha0
所詮、自殺した者の身分は下層。
裏社会屈指の者や、歯車王が死んだのならばそれこそ大問題だが、一般人が死んでも都は平常運転。
利益と夢を求めて、この都には毎日数多くの人間が来る為、逆に人口は増加の一途を辿っている。
次々と人が入れ替わる様は、それこそ歯車のようだった。

そんな中、ドクオのような存在は比較的珍しい。
下層の身分ながらも、確固たる己の意見を持っている者は、そういない。
ジョルジュ・長岡もその内の一人であるが、彼の場合は問題が多すぎる。
まぁ、人それぞれと言うことだ。

このドクオの人生を具現化したようなトンネルの正体は、決して自然の産物ではない。
ましてや、何年も何ヶ月も掛けて丁寧に作られたトンネルでもない。
その正体は、"女帝"の指示によって作られた簡易地下トンネル。
トンネルの出口は、丁度ドクオ達の目的地であるナイチンゲール内部だ。

"穴掘り"阿部率いる作業員達の迅速かつ正確な作業により、ドクオ達はこうして安全な道を通る事が出来ていた。
残念ながら、常識破りの超突貫工事の代償として、道や壁等の整備は一切されていない。
足元には小石から、果ては大型自動車並みの岩までが展示会の如く並んでいた。
暗所恐怖症の者でなくても、いつ天井が崩れ落ちるか分からないこのトンネルは、下手な心霊スポットよりも恐ろしいだろう。

せめて、等間隔に照明用のガイドライトを設置してくれればとも思うのだが。
それは欲張りと言うものである。
しかし、暗視装置もなしにこんな足場の悪い場所を進むのは、流石に気が滅入る話だった。
目が"都の天候"で鍛えられている人間でなければ、この闇で行動するのは不可能だ。

それでも、人一倍目が鍛えられているはずのドクオですら、ここに来るまでの間に何度も躓きかけた。
動きやすい格好に着替えていなければ、確実に顔面から転んでいただろう。
ロマネスク一家の所有する武器庫から拝借したこの服は、動きやすさとカモフラージュ性を重視していた。
生地の質がいいのか肌触りがよく、着ているだけでも、体温が一定に保たれて心地がいい。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:15:03.94 ID:peonv7ha0
流石はロマネスク一家。
高級品を取り揃え、それを惜しげもなく提供してくれる辺り、懐の広さが窺い知れる。
この服も、ドクオの持っている一帳羅と同じ値段か、それ以上だろう。
そう考えると、恐ろしくて汚す気になれない。

汚したから弁償、などと言われた場合を想像したら、何があっても汚すわけにはいかなかったのだ。
現在定職がないドクオは、一日の食事代までも節約しなければ、人間らしい生活ができないという悲惨極まりない状況にあった。
そんな状況で高級な服を弁償するとなると、臓器の一つでも売らなければ無理な話だ。
今請け負っている仕事を終えれば、それなりの高収入が得られる。

それからなら、服も買えるし、まともな食事にあり付く事も出来る。
欲しかった本も、家具も、調理器具も買える。
それ以上に、ドクオはもっと大きな買い物を夢見ていた。
今現在、文字通り家なき子であるドクオにとって最も重要なのは衣食住の、"住"。

そろそろ、カビ臭いアパートではなくて、一戸建ての住居に住みたいというのが、ドクオのささやかな夢であった。
周囲の治安はどうでもいいが、部屋の作りには拘りたいところである。
3LDKが理想、最低でも1LDKが望ましい。
その理想の為にも、ドクオは何としてもこの作戦を成功させる必要があった。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「小さな♪」

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「小さな♪」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「歌だよ♪」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:20:23.37 ID:peonv7ha0
そんなドクオの生活臭溢れる理想とは裏腹に、犬神三姉妹は呑気に合唱していた。
三人に共通しているのは、動物の耳と尻尾を模した装備を付けている事。
先頭を歩く女だけは、狼を模した仮面を被っている。
そして、その女は深紅色の迷彩服をその身にしっかりと着込んでいた。

本職の軍人でさえも、ここまで見事に迷彩服を着こなせないだろう。
迷彩服を身に纏う女の容貌は、さながら野生の狼が持ち得る肉食獣のそれだ。
一見して恐ろしく暴力的にも見えるが、何故か惹かれる危険な罠。
彼女の腰には、一対のトンファーが鈍く備わっていた。

対して、殿を務めている女の服装はこの暗闇でも見て取れる、穢れ無き純白の和服。
ゆらりと揺れる長い銀髪が服装と相まって、暗闇に浮かぶその姿はどこか幻想的な存在に見えた。
持ち前の美貌は、幻想的な存在を儚げな夢幻かと錯覚させる。
背負った長身の日本刀が奇妙なアクセントとなって、女の幻想性を強調していた。

まるで鏡花水月を体現しているかのように、あまりにも儚い姿。
瞬きをしてしまえば、もう一度目を開いた時には目の前から消えてしまうのではないかと危惧してしまう。
実際はそんな事は無いのだが、彼女が本気を出せばそれは可能だ。
何せ、彼女の纏っている和服の正体は、光学不可視化迷彩なのだから。

残された女は、この場で一番奇妙な格好をしていた。
ドクオの横で歌に興じるその女は、何とメイド服を着ているのだ。
ここはコスプレ喫茶でも、その手の風俗店が乱立する通りでもない。
モノトーンを強調したエプロンドレスは、マニアックな趣味を持つ者からしたら生唾ものだろう。

春風のような歌声に、春の日差しのように朗らかな表情。
されど、彼女の容姿に惑わされることなかれ。
見ている者を癒す気配とは裏腹に、彼女の服の各所には物騒な物が多数隠されていた。
彼女がその気になれば、軍の一個大隊と渡り合えるだけの武器が取り出せるのだ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:25:07.88 ID:peonv7ha0
彼女達がロマネスク一家の誇る精鋭達であると、誰が想像できようか。
傍から見ればただのコスプレ集団である。
まぁ、それを口に出した瞬間に身をもって彼女達の実力を知る事となるだろう。
後の人生にそれを生かせるかどうかは、残念ながら当人の生命力の強さによる。

殿を務める和服の女、犬神三姉妹の長女である犬瓜銀はふと、思い出したように口を開いた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そう言えば、ドクオ。
       お主、今回の祭りで何か出店に寄ったか?」

暗闇に慣れた目で、ドクオは後ろの銀に振り返る。
うっすらと見える白いシルエットは、月光に照らされる白百合を彷彿とさせた。
純粋に、その姿が美しいとも思ったが、彼女の恐るべき実力がその感慨を相殺した。
"人を真顔でナマス切りにする実力"を持っている事を知っているドクオは、銀に対して姉に対する畏怖にも似た感情を持っているのだ。

('A`)「ジョルジュに連れまわされて、地ビール売ってる場所から射的屋まで、だな。
   どうしてそんな事訊くんだ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「お主の事じゃ、どうせ無駄な買い物をしたり、変な食い物を買ったりしたんじゃないかと思っての。
       まぁ、あれじゃ。 姉心、というやつじゃ」

ドクオの疑問に、銀は茶目っ気たっぷりに答えた。
正直、似合わない。
と、ドクオが心で思った瞬間。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:30:06.15 ID:peonv7ha0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「あ、お姉ちゃん。
       ドクオさんが今失礼な事考えたよ」

横で歌っていた千春が、ドクオの心の中を読んだかのような発言をした。
途端にドクオの背筋に冷たいものが走る。
これは、銀の殺気だ。

(;'A`)「違う! 断じて違うぞ!」

必死に弁解するも、背筋の悪寒は取れない。
それどころか、悪化している。
ドクオの背筋の悪寒はツンドラ地域に限りなく近づく。
千春は、慌てふためくドクオの様子を見て心底可笑しそうに笑っていた。

(;'A`)「こ、この女……!」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「やだな〜、冗談に決まってるじゃないですか〜。
       本気にしちゃって、何か後ろめたい事でもあったんですかぁ?」

(;'A`)「ぐ、ぐうぬぅ……!」

からかわれているのは分かったが、こうも露骨にされると腹が立つ。
ドクオとて男である。
異性に馬鹿にされて黙っているほど、底無しのヘタレではない。
今こそ男の意地を目に物見せてやる。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:35:02.21 ID:peonv7ha0
流石に手を上げるのは気が引けたため、ドクオはあえて言葉で勝負を仕掛けることにした。
と、言うのは言い訳で。
手を上げたところで千春に敵うわけがない。
異性でも平気で殴ったり殺したり出来るが、自分よりも強い異性の場合は下手に出る。

これが、ドクオの処世術だった。

(;'A`)「こ、この……
    ……たぬちゃん!」

あまり汚い言葉を口にしたくない為、ドクオは小学生並みの煽り文句を口にした。
テレビならば間違いなくピー音が入る台詞を言う事も出来るが、もしもそれが千春の怒りに触れてしまった場合。
ドクオは成す術なく骸となって大地に帰化してしまうので、苦し紛れの煽り文句を選んだのだ。
こんな低レベル極まりない煽りで怒る者など―――

ィ∩ハリ∩,
从#゚益゚从ト「なん……だとぉ……っ?
       小僧、貴様あぁぁっ!」

―――ここにいた。

(;'A`)「な、なんでこんなので怒るんだよ!
    つーか、顔怖いから! なんだよ、それ!」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ふふーん。
       私の隠し特技なんですよ、今の」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:40:10.88 ID:peonv7ha0
途端に元の千春の顔に戻った。
いつもの柔和な雰囲気が、千春の周りに生まれ始める。
正直、先ほどの閻魔大王も全裸で逃げだしかねない顔は、夢に出てきそうだ。
無論、悪夢として。

(;'A`)=3「なんだ、冗談か……」

安堵の溜息。
もともと肝っ玉が小さいドクオは、人に怒られるのが怖いと感じていた。
今でこそある程度慣れたが、やはり人の怒りは怖かった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ふふふ……
       ドクオ、お主は珍しい性格をしておるの」

('A`)「え? そうでもないだろ」

薄らと微笑を浮かべた銀の言葉に、ドクオは反射的に訊き返していた。
珍しい性格と言うか、何というか。
人にそんな事を言われたのは、初めての事だ。
むしろ、自分の事を訊かれた事など、これまでに数回しかない。

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「なんていうか、お前あれだよ。
        この都で暮らして、何年ぐらい経つんだ?」

('A`)「まぁ、年齢イコールだな」

狼牙の言葉に対して、ドクオはあえて曖昧な答えを返した。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:45:04.47 ID:peonv7ha0
ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「それにしてはお前、随分お人よしだよな」

('A`)「言われるほど俺って、お人よしじゃあないだろ。
   この前だって、コンビニでお釣りを多く貰ってもそのまま黙ってたんだぞ!」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「いや〜いや。 ドクオさんって、人の痛みが分かる人だと思うんですよ。
       取り分け、精神的な痛みを理解してますね」

('A`)「よう分からんな、お前の言ってる事は。
   それと、お人よしは繋がらないだろ。
   誰か分かりやすく説明してくれ」

確かに、精神的な痛みならよく解っている方だと思う。
他人が不快な思いをしない程度の心配りは、ドクオにとっては無意識の行動だった。
自分がやられて嫌だった事は、他人にはしない。
いじめられた子供が、他人をいじめることに対して抵抗感を抱くのと同じである。

もっとも、抱かない者も少なくないのだが。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「んー、もっと噛み砕いて言うんじゃったら……
       この都の人間にしては、お主は優しすぎるんじゃな」

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「そうそう、それだよ! 流石は姉貴だ」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ひょっとして、ドクオさんっていじめられっ子でした?」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:50:03.29 ID:peonv7ha0
千春の言葉に、ドクオは一瞬だけ黙り込む。
あまりに唐突だった事もあるが、それ以外にも考える事があったのだ。
最適な言葉を選ぼうと、必死に頭の引出しを探る。
事実を混ぜれば、嘘も真実となる。

('A`)「学校らしき学校は、ロクに行ってないからな……
   いじめられはしなかったな」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「うっわ、低学歴」

(#'A`)「て、手前!」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……儂等も人の事を言えないではないか、千春。
       学校に行っていないのは、儂等も同じじゃ。
       しかし、千春。 お主、妙にドクオに絡むのじゃな」

銀の介入もあって、ドクオは怒りを収めた。
しかし、意外だった。
犬神三姉妹を見る限り、非常に育ちがいい立ち振舞いをしている。
それで学校に行っていないとは、にわかに信じがたい話だ。

ドクオがそんな事を考えていると、千春は銀の質問に答えた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「いじり甲斐があって飽きないんですよね、ドクオさんは」

('A`)「……やるせねぇ、世知辛れぇよなぁ、人生って!」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:54:02.75 ID:peonv7ha0



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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十七話『雄々しき力を望む者』

二十七話イメージ曲『シャドウ』鬼束ちひろ

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45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 21:57:51.17 ID:peonv7ha0
―――犬神三姉妹。

長女、"銀狐"銀。
二女、"鎚狼"狼牙。
三女、"鉄狸"千春。

ロマネスク一家が誇る女中であると同時に、高い戦闘能力を有する存在として裏社会では恐怖の対象となっている。
とは言ったものの。
基本的に、三姉妹は無益な戦闘を起こすことは決してない。
彼女達の雇い主であるロマネスクの指示で、無益な戦闘は禁止されているからだ。

―――かつて。
犬神三姉妹はどこの組織にも属していなかった。
今でこそ信じられないが、当時の三姉妹は荒れに荒れていた。
三姉妹は裏社会だけでなく、表社会にまでその行動範囲を広げていた。

裏表関係なく銀行を襲っては、その度に重傷者を出していた程である。
運が悪い時には、警備員や警察官が死亡した事もある。
その為、一時期、都中の銀行が営業を停止した事もあった。
故に、当時の彼女達を知る者が今の彼女達を見ても、自分の目を信じないだろう。

だが、当時の事を知る者は今ではほとんどいない。
そして、何故彼女達がロマネスクの下で女中をしているのか。
その理由を知る者は、それよりもずっと少ない。
果たして、三姉妹とロマネスクの間に何があったのか。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:01:12.77 ID:peonv7ha0
その事を知ろうとする者は、今でも後を絶たない。
好奇心旺盛な者は、その事を探り、そして死んだ。
皆、ある一定の情報を聞いたその場で殺されたのだ。
―――犯人は、未だに捕まっていない。

より正確に言うならば、"捕まえる事が出来ない"のだ。
都の警察の権力は、決して弱くはない。
しかし、暗黙の条約により裏社会に手を出すことは御法度。
それが、裏社会の御三家の重鎮ともなれば尚更だ。

現在、ロマネスク一家のNo.2であるその犯人は過去を知ろうとする者に、一切容赦しない。
日本刀の中でも長身の、大太刀や斬馬刀に分類される"厳狐"。
その一閃は芸術と言い換えてもいいほどに美しく、そして幻想的な一閃である。
目を奪われた瞬間、その者の命も"厳狐"に容赦なく奪われる。

現ロマネスク一家No.2。
犬瓜銀は、そう言った拘りを持つ女だった。
一時はその座を奪われたが、No.2に相応しい実力を持っている。
三姉妹の中で一番頭が回り、そして強く美しい。

彼女こそが三姉妹の参謀であり、頭脳であり、姉である。
かつて起こした銀行強盗の段取りも、彼女が考えたものだった。
聡明な彼女が何故、そのような事件を起こし、ロマネスクの元に付いたのか。
―――時間は、当時に遡る。

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51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:05:02.53 ID:peonv7ha0
この作戦は、これまでで一際大きなものになる。
姉からそう聞かされていた千春は、期待に胸を躍らせていた。
今度襲う銀行は、都の中で一番大きな銀行。
"テラバンク"。

桁違いに巨大なその銀行は、都で一番安全な銀行として知られていた。
その為、これまで三姉妹はその銀行に手を出す事を躊躇っていた。
だが、機は熟した。
自分達がこれまで他の銀行を襲ってきた影響で、民間人達は揃って安全な銀行に金を預け始めたのだ。

こうして金を一箇所に集めさせることによって、後々自分達が襲った際に旨味が増す。
都中に分散していた金の大半、予想では9割以上がテラバンクに集結する。
つまり、今回の作戦が成功すれば自分達は都でも屈指の大金持ちになるのだ。
これまで送って来た悲惨な生活が、これで幕を閉じる。

そうしたら、もうこんな真似をしないでも済む。
千春は逸る気持ちを抑えきれずに、クスクスと笑った。
仕事道具である銃の調子を適当に見て、後は時間が来るのをこうして4WDの車内で待つだけ。
実に簡単だ。

今回も、銀の見立てた作戦通りに事は運び、そして終わるだろう。
それは今までそうだったし、これからもそうだ。
喪服のように黒い服装をしている千春は、助手席のスモークガラスから外を見た。
銀行の前を固める警備員の数は、これまでの3倍。

手にしている武器も、これまでとは違う。
それでこそ、戦い甲斐があるというものだ。
腕時計に目を向ける。
―――後数分。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:10:03.77 ID:peonv7ha0
合図が来るのを、千春は助手席で静かに待った。
ただ待っているのも暇なので、カーオーディオの電源を入れた。
これまで仕事の前に必ず聴いていた音楽が、スピーカーから流れ出す。
リズムに合わせ、千春は心を落ち着かせる。

心臓の鼓動を音楽に合わせ、心情の鼓動も音楽に合わせる。
ふと、懐に入れていた携帯電話が振動した。
誰からの電話かは、待ち受け画面を開いて見ずとも分かる。
時間が来た事を告げる、姉からの合図だ。

千春はオーディオをそのままに、助手席から外に出る。
何食わぬ顔で、銀行の入り口に歩み寄った。
当然、警備員達は千春の顔を見るや否や、その表情を強張らせる。
だが、千春に襲いかかる事はしない。

千春に似た他人という可能性もあるからだ。
その為、警備員達は手に持った短機関銃の安全装置を解除しつつ、千春に近寄った。
合計6人の警備員に囲まれ、千春は無邪気な笑みを浮かべた。

(▼_>▼)「止まれ」

千春の笑みに対して、男達は無表情のままだ。

从´ヮ`从ト「何の用ですか〜?」

(▼_>▼)「少し、こちらで話を聞かせてもらう」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:15:02.51 ID:peonv7ha0
有無を言わせぬその物言いは、高圧的だった。
手にした短機関銃の銃口を、さり気なく千春の太ももに合わせている。
この場で断れば、何かしらの理由を付けて千春の足を撃ち抜く魂胆らしい。

从´ヮ`从ト「わかりました〜。
       でも、外は寒いので中でお願いしますね」

(▼_>▼)「……分かった。 こっちだ、付いて来い」

2人の男に両脇を固められ、千春は店の裏側へと連れられる。
従業員用の出入り口を通り、連れられたのはとある個室。
部屋の真ん中には机が一つと、席が3つ。
席の1つは奥側に、残りは出入り口の扉側に2つだ。

そして、千春は奥の席に座るよう指示された。
大人しく指示に従い、千春は席に着く。
正面の席の前に、千春を連れてきた男二人が立ち並ぶ。

(▼_>▼)「単刀直入に聞こう。 お前は、犬神三姉妹の千春か?」

从´ヮ`从ト「犬神三姉妹って、今巷で銀行強盗をやっているあの?」

(▼_>▼)「そうだ。 質問に答えろ、お前は―――」

直後、男の視界から千春の姿は消えていた。
その原因が、蹴り上げられた机によるものだと理解するのに、そう時間は要さなかった。
しかし、男たちが手にした短機関銃の銃爪を引く事はおろか、構える事も間に合わなかった。
机の向こうから放たれた12発の銃弾が、対応行動を取られる前に2人の胸を穴だらけにしたのだ。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:20:03.75 ID:peonv7ha0
2人が吐血しながら倒れ込むのと、蹴り上げられた机が落下するのは同時。
そして、硝煙を燻らせる拳銃を構えたまま、千春は溜息を吐いた。
消音器によって銃声は聞こえていないが、机が落ちた音は聞こえたかもしれない。
ともあれ、作戦通りに銀行内部。

それも、警備の中枢にまんまと侵入する事に成功した。
弾倉を交換し、千春は倒れこんでいる2人を見下ろす。
1人はまだ、息があった。
今にも消え入りそうな呼吸で、男は血の泡を吐きながら息をしている。

千春はそれを見て、眉を顰めた。
息をしている男の頭に銃口を合わせ、躊躇いなく銃爪を引いた。
今度こそ、男は息絶えた。
男の手元に落ちていたMP5短機関銃を拾い上げ、ついでに予備弾倉も剥ぎとる。

从´ヮ`从ト「さて、始めましょうか」

薬莢と血を踏み進み、千春は部屋の扉を開いた。
ここに来るまでの間、その道程は覚えている。
それを利用して、この銀行の警備を無効化するのが千春に与えられた任務だ。
血の付いた短機関銃を構えながら、千春は警備室を目指す。

道中、異変に気付いた者がいたので、それは消音器の付いた拳銃で始末した。
ここまで来ると、もはや笑いしか出ない。
こんなに順調でいいのか。
こんなに脆くていいのだろうか。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:25:09.67 ID:peonv7ha0
否、いいのだろう。
いいのだから、上手くいっているのだ。
今の自分達は最高にツイている。
きっと、銃弾も当たらない程に。

続々と死体を作り上げながら、千春は遂に警備室へと辿り着いた。
中に何人いるのかは分からないが、話し声が聞こえるので、2人以上は居る。
では、どうするか。
答えは一つ。

扉を勢いよく開け放ち、千春は警備室へと踊りこんだ。
突然の襲撃に、警備員達は呆気に取られたままである。
短機関銃と拳銃の二重奏によって、瞬く間に人が血を流して死んでゆく。
終わってみれば、警備室に居た7人の警備員達は、皆驚きに目を見開いたまま死んでいた。

撃ち尽くした短機関銃と拳銃の弾倉を交換し、千春は部屋の隅に置かれていたパソコンへと歩み寄る。
流れるような操作の末、千春は警報などの装置を全て無力化する事に成功した。
懐から携帯電話を取り出して、姉に電話を入れる。
こうすれば、後は2人の姉が安心して銀行を制圧し、金庫を開ける手筈となっているのだ。

出入り口の電子錠は掛けた。
対戦車砲の直撃にすら耐え得る防壁も下ろした。
完璧だ。
例え警察が総出で介入してきても、手出しが出来ない。

仮に来たとしても、人質を何人か見せしめに痛めつければ、警察も介入しづらいだろう。
少しだけ気の進まない話ではあるが、こちらにもそれなりの理由がある為、譲れない。
警備室を後にした千春は、何故だか妙な気分になっていた。
高揚に近いこの感覚。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:30:05.53 ID:peonv7ha0
なんだろうか。
今までに味わったことのない、この感覚の正体は。

从´ヮ`从ト(まぁ、いっか……)

気にするだけ無駄に思えたので、千春はそれ以上考える事をやめた。
代わりに、裏で生き残っている人間の殲滅に意識を集中する事にした。
そんな事を考えていると、早くも銃声を聞き付けた警備員の足音が千春の耳に届く。
足音の数から、相手の規模を推測する。

从´ヮ`从ト(血生臭いのは嫌いなんだけど、仕方ない、か……)

予備の弾は相手が持ってきてくれる。
その弾を手に入れる為には、相手を殺すしかない。
殺されない為には、相手を殺すしかない。
―――血生臭いループだ。

千春は溜息を吐いて、足音の方に銃口を向けた。

―――終わってみれば、このエリアで息をしているのは千春だけとなっていた。
頬に付いた返り血を袖で拭い、千春は姉達の元へと急ぐ。
店の裏から店内までは、一直線の廊下を進むだけである。
従業員や警備員が素早く店内に到達できるようにとの配慮が、逆に千春達強盗を手助けするとは、皮肉な話だ。

店内に入ると、すでに店内の制圧は済んでいた。

リi、゚ー ゚イ`!「よう、御苦労さん」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:35:02.54 ID:peonv7ha0
近くで人質に睨みを利かせていた狼牙が、片手を上げて声を掛けてきた。
千春も、同じように手を上げて答える。

从´ヮ`从ト「狼牙お姉ちゃんも御苦労さま。
       何か変わった事は?」

リi、゚ー ゚イ`!「特にねぇな。 今のところ、姉貴の計画通さ」

狼牙はニヤリと口元を吊りあげて笑みを浮かべた。
その視線の先を見てみると、そこにはスーツに身を包んだ銀の姿が。
どうやら、従業員に命令して、金庫の金を全て輸送車に移させているようだ。
短時間で作戦は終わる。

―――三人は、そう信じて疑わなかった。

まさか、今回介入してきたのが警察以外の組織であるなどと。
夢にも思わなかったのも、無理はない。
何せ、介入してきた組織は―――

从´ヮ`从ト「ん?―――」

千春が、五感ではない何かの警告に従って、店の出入り口を見た。
そこにあるのは、自分が降ろした分厚い防壁。
次の瞬間、その防壁が爆音と同時に一際強く揺れた。

リi、;゚ー ゚イ`!「な?!」

从;´ヮ`从ト「え?!」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:40:24.91 ID:peonv7ha0
外に居る何者かが、警告なしにいきなり撃ってきた。
仮にも警察なら、マニュアルに従って警告をしてくるはずだ。
おまけに、こちらには人質がいる事を知らないはずがない。
それでも、相手はいきなり対戦車砲を撃ってきた。

どうなっている?!

イ从;゚ ー゚ノi、「どういうことじゃ?!」

三人が狼狽する中、爆音が連続して響く。
防壁だけでなく、建物自体に砲弾を撃っているのか。
ありえない、それだけは有り得ない。
もしも建物が崩れれば、人質も一緒に生き埋めになる。

それが分からないほど、相手は愚かではないだろう。

イ从゚ ー゚ノi、「落ち着け! まだ防壁は生きておる!
       車で裏から逃げるぞ!」

狼牙と千春は銀の言葉に従い、銀の元へと駆け寄った。
だが、その途中。
突如として店内の全ての光源が消え、辺りが闇に包まれた。
人質達が慌てふためき、悲鳴が飛び交う。

そして―――

从´ヮ`从ト「?!」

千春の背中に、硬い感触。
間違いなく、これは銃口だ。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:45:02.53 ID:peonv7ha0
リi、゚ー ゚イ`!「!?」

狼牙も同じようにして、銃口を突き付けられて固まっている。
何時の間に、何者が現れたのか。
店内の電気が全て回復した時には、三姉妹は全員銃口を突き付けられて動きを止めていた。
これまでに会った警官や、警備員とは比べ物にならない。

相当な数の場数を踏んだ手練の兵隊。
まさに、特殊部隊にも似た技量である。
千春は、黙って手に持った短機関銃と、拳銃の安全装置を掛けて地面にゆっくりと下ろす。
まだ、千春の懐には地面に置いた拳銃と同じのがもう一挺入っている。

45口径の大型自動拳銃。
H&K社製、Mk.23"ソーコムピストル"。
隙を見てこれを使えば、この場を乗り切れる。
隣で固まっている狼牙に、アイコンタクトを試みる。

千春の意図を理解した狼牙は、目で肯く。
そして、目の前にいる銀にもアイコンタクト。
狼牙と銀が隙を作り、その間に千春が拳銃で敵を撃ち殺す。

リi、゚ー ゚イ`!「おいおい、にーちゃん。
       あんたら何者だよ?」

狼牙の問いかけに、背後の男たちは一切答えない。
ただ、影のように男達は無言で銃口を突き付けているだけだ。

リi、゚ー ゚イ`!「無視かよ! 話をき―――」

「その必要はないぞ」

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:50:05.55 ID:peonv7ha0
その声は、静かに、それでいて落ち着いていた。
声のした方向に、三姉妹は揃って目を向けた。
果たして、そこに居たのは―――

( ФωФ)「ようやく捉えたぞ、犬神三姉妹」

―――両目の上に大きな傷を負い、杖を付いた中年の男だった。
そして、彼女達は男の名前と正体を知っている。
裏社会で最大の権力を持つ、ロマネスク一家の首領。
杉浦ロマネスク、その人である。

イ从゚ ー゚ノi、「どういうことじゃ?
       何故ロマネスク殿がここにいる?」

( ФωФ)「流石にこれ以上、お主らに暴れられると吾輩が怒られるのでな。
       悪いが、我が部下を率いてお主らを捉えさせてもらった」

リi、゚ー ゚イ`!「はっ! 誰が誰を捉えたって?」

三姉妹の中でも好戦的な狼牙が、恐れを知らぬ戦士の如くロマネスクに食いかかった。
だが、ロマネスクは涼しい顔でそれを受ける。

( ФωФ)「虚勢を張るのはいいが、それはもう少し実力が近い者に使うんだな。
       お主では、吾輩の相手にならん」

ロマネスクの言葉に、狼牙は怒りに顔を歪めた。
周りを囲まれていなければ、間違いなくロマネスクに襲いかかっていただろう。
狼のように唸って威嚇をし、ロマネスクを睨みつけている。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 22:55:04.41 ID:peonv7ha0
イ从゚ ー゚ノi、「よせ、狼牙。 確かに、お主ではロマネスク殿の相手にならん」

( ФωФ)「お主が、長女の銀だな?」

イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃ、と言ったら?」

( ФωФ)「これまでの清算をしてもらう」

両者の間で、互いの殺気がぶつかり合う。
目に見える敵意や殺意はないが、一般人でも理解できるだけの濃厚な殺意の塊。
一触即発の殺意に、人質達は寒気を覚えた。
そんな中、ロマネスクは悠然と言った。

( ФωФ)「民間人を全員避難させろ。
       それと、他の人間をこれ以上ここに入れさせるな」

(■_>■)「はっ!」

銀を囲んでいた男たちが、敬礼をしてその場を離れた。
そして、人質となっていた民間人を非常口から全員外に開放する。
そこでようやく、千春達は男たちがどこから現れたのか理解した。
天井にある通気口から、ロープが垂れているのを見咎めたのである。

あの一瞬の停電を利用して、自分たちの背後を取ったのだ。

( ФωФ)「さて、他の者たちも外で警戒に当たれ。
       警察如きに吾輩達の手柄が奪われないように、しっかりとな」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:00:02.62 ID:peonv7ha0
そして、この場に残されたのは三姉妹とロマネスクただ一人。

イ从゚ ー゚ノi、「何のつもりじゃ?」

( ФωФ)「お主らには、お灸を据える必要がある。
       その為には、このぐらいのハンデが妥当だ」

リi、゚ー ゚イ`!「……っ! その自信、顔面ごと砕いてやるよ!」

吠えるのと同時に、狼牙の姿はロマネスクに肉薄していた。
目の見えないロマネスク相手なら、この一撃で勝負は決する。
その場に居た誰もが、それを信じて疑わなかった。
狼牙のトンファーが、ロマネスクの顔面に撃ちこまれる。

―――だが、その直前。

リi、;゚ー ゚イ`!「ぐ……おおぉう?!」

狼牙の体が、まるで冗談のように吹き飛んでいた。
そのまま壁に激突した狼牙は、ぐったりと意識を失った。
狼牙が激突した壁に、巨大なクレーターが出来上がっている。
そのクレーターの中央に、狼牙は標本のようにめり込んでいた。

( ФωФ)「どうした?
       吾輩の自信を砕くのではないのか?」

次に動いたのは、千春だった。
懐から拳銃を抜き放ち、ロマネスクの急所を狙い撃つ。
しかし、放たれた銃弾は全弾空中で何かに弾かれた。
否―――、切り落とされたのだ。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:05:04.24 ID:peonv7ha0
( ФωФ)「吾輩に飛び道具は効かない。
       それを理解して、全力で掛ってくると良い」

手にした杖。
あれは、仕込み杖だ。
それに気を付けさえすれば、二人掛かりでもまだ戦力差は開かない。
―――それなのに。

从;´ヮ`从ト「銀お姉ちゃん!」

銀は、無言でロマネスクと対峙していた。
一対一。
このような古臭い決闘方法で、ロマネスクに勝てる筈がない。
そんなことぐらいなら、千春にも見ただけで分かる。

ロマネスクは強い。
動体視力に自信のある千春でさえ、ロマネスクが仕込み杖を使用したのを見とれなかった。
あの一閃が見切れないと、勝負の舞台に立てない。

イ从゚ ー゚ノi、「案ずるな、千春。
       儂は負けん」

嫣然と笑みを浮かべた銀の顔は、次の瞬間には真剣な顔に変っている。
銀が、本気を出したのだ。
だが、それでもロマネスクと切り結べるかどうか難しい。

( ФωФ)「妹を気遣う、か……
       ふむ……」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:10:04.45 ID:peonv7ha0
イ从゚ ー゚ノi、「……ふっ!」

ロマネスクが考え込んだ隙を、銀は見逃さなかった。
気合いを入れた、必殺の一閃。
回避など到底間に合わない、亜音速の一閃だ。

( ФωФ)「……弱いな、お主は」

その一閃を、ロマネスクは溜息と共に受け止めていた。

( ФωФ)「弱いが故に、強盗をするのだ」

指2本で受け止めた刃は、微塵も動かない。
驚きの表情でそれを見る銀は、動く事を忘れていた。

( ФωФ)「少し、お主らについて調べさせてもらった。
       "ホライゾン孤児院"、そこの出身らしいな」

イ从゚ ー゚ノi、「……それが、どうした?」

( ФωФ)「"白髭"が経営してたが、奴の死で経営は困難になった。
       しかし、ある時期から、"足長おじさん"を名乗る者から、多額の寄付金が寄せられた。
       その時期と、ある事件が発生した時期が一致した。
       その事件とは―――」

イ从゚ ー゚ノi、「もうよい。 ロマネスク殿が調べ上げた通りじゃ。
       儂等が手に入れた金の多くは、その孤児院に寄付した。
       これで満足か?」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:15:04.56 ID:peonv7ha0
銀の声が、怒りに震えていた。
知られたくない事を知られた、その事に対する怒りだ。
普段の冷静さを失った声は、恫喝と言うにはあまりにも冷たすぎた。

( ФωФ)「まぁそう怒るな。 "白髭"は、吾輩の友人であった。
       その友人の"子供"となれば、吾輩も殺すのは心が痛い。
       そこで、お主らに一つ提案がある」

イ从゚ ー゚ノi、「提案? なんじゃ、それは」

( ФωФ)「吾輩の一家に、加わらないか?
       無論、衣食住はこちらから提供するし、孤児院への支援もこちらが引き継ぐ」

イ从゚ ー゚ノi、「確かに、魅力的な提案じゃな。
       だが……」

刃を掴まれてもなお、銀は"厳狐"に力を込めた。
ビクともしないが、銀は力を込め続ける。

イ从゚ ー゚ノi、「儂はまだ、お主に負けておらん!」

( ФωФ)「意地っ張りめ……
       お主に、吾輩は倒せない」

イ从゚ ー゚ノi、「そんな事、やってみなければ分からん!」

それは、半ば意地であり、矜持であった。
必死に叫んだ銀の声は、悲痛な痛みに震えている。
ここまで歯が立たない自分に対して、銀は怒っているのだ。
これまで自分達がやって来た事の全てが否定されているようで、叫ばずにはいられない。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:20:02.72 ID:peonv7ha0
( ФωФ)「では、訊こう。
       吾輩に負けたら、お主たち三姉妹は吾輩の一家に加わる。
       それでいいのだな?」

焦り一つ見せずに、ロマネスクは言った。
銀は、刀を引き、ロマネスクの手から"厳狐"を取り戻す。
そして、ロマネスクの質問の答えとして、再度亜音速の一閃を繰り出した。

イ从゚ ー゚ノi、「儂が負けたら、なああぁっ!」

金属同士が激突する音が、フロアに響く。
仕込み杖の刃と、"厳狐"の刃。
いずれも有能で強力な素材で作られており、そう簡単に折れない。

( ФωФ)「ふむ……
       その腕、ますます吾輩の部下に欲しいな。
       だが惜しいかな、まだ青さが残っている」

片手に構えた仕込み杖と、両手で構えた"厳狐"。
片手と両手、これもハンデだ。
ロマネスクが自分を舐めている事を知り、銀は歯噛みする。
銀の美貌が、怒りに歪む。

ここまで圧倒的な筈がない。
ここまで劣勢な筈がない。
己の非力を認めるわけにはいかない。
ここで認めてしまえば、銀は銀でなくなってしまう。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:25:12.52 ID:peonv7ha0
ぶつかり合っていた刃を、自ら上段に受け流す。

イ从゚ ー゚ノi、「呑気に言ってる場合か! 真剣に死合え!」

再度繰り出された一閃も、ロマネスクの仕込み杖によって防がれた。
その瞬間、銀は受け止められた刀を捨て、ロマネスクに殴りかかる事を考えた。
咄嗟の判断故に、ロマネスクもこの行動は予想できていないだろう。
他人事のように眺めている千春も、その考えは浮かばなかったのだから。

されど、"魔王"の渾名は伊達ではなかった。

( ФωФ)「……単に、経験の差だな」

銀の手を離れた"厳狐"が床に突き刺さるのと、ロマネスクの拳が銀の腹に深々と埋まるのは、ほぼ同時だった。
その衝撃に一瞬、銀は声と呼吸を忘れた。
腹部に走る激痛と鈍痛は、銀の意識を彼方に吹き飛ばそうとするが。

イ从;゚ ー゚ノi、「ぐ……っ、ま……だ……」

気合いで、どうにか持ちこたえる。
呼吸を再開し、銀は震える右手でロマネスクの顔面に拳を突き出した。
その一撃を、ロマネスクは―――

( ФωФ)「……この程度か?」

―――避けることなく、正面から受け止めた。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:30:05.19 ID:peonv7ha0
( ФωФ)「お主の意地は、この程度なのかと訊いている。
       "白髭"に恩義を感じているならば、何故その名を汚す真似をした。
       それでもなお貫き通したい意地ではなかったのか?
       ……答えろ!」

ロマネスクの一喝に、千春は身を震わせた。
恐怖。
人間が恐れる物理的な恐怖ではなく、精神的な恐怖が、千春の体を震わせたのだ。
全身に走る寒気が、千春の意識から、銀を助けるという選択肢を完全に消し去った。

気を失っていた狼牙も、その一喝に意識を取り戻した。
しかし、やはり千春と同じように恐怖に震えている。
唯一無事だったのは、ロマネスクの拳が腹部に埋まったままの銀だけだ。

イ从;゚ ー゚ノi、「ふ、ふふ……
       お主も都の住人なら、分かるはずじゃ……
       この都で女子供が効率よく金を稼ぐとなると、身を売るか、こうして強盗をするしかない……
       孤児院から出てきた儂等は、身を売る勇気はなかった、それだけの事じゃ……」

( ФωФ)「確かに、その通りだ。
       だが、だからと言って、恩ある者を侮辱するような真似をしていい理由にはならない。
       この都が住みにくいと感じるならば、住みやすいように変えればいい。
       その為に、吾輩の一家に加われ。 我が一家ならば、それが可能だ」

イ从;゚ ー゚ノi、「理想論でこの都を変えられはしない……
       無駄じゃ、儂はお主に仕える気はない……」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:35:04.24 ID:peonv7ha0
( ФωФ)「お主は勘違いをしている。
       1つは、これは理想論ではない。
       2つは、お主は仕えるのではなく、家族になるのだ」

ロマネスクは、銀の腹からゆっくりと拳を引いた。
力なく崩れ落ちようとした銀を、ロマネスクが支える。

イ从;゚ ー゚ノi、「1つだけ、訊かせてくれ……
       どうして、儂等を殺さないのじゃ……?」

ロマネスクの耳元で、銀が囁く。
千春や狼牙には、決して届かない程に声量を絞った声。
それに対して、ロマネスクはさも当然であるかのように答えた。

( ФωФ)「……"白髭"とは、いろいろあってな。
       その娘が、どうしようもない屑に成り下がるのを黙って見ているわけにはいかん。
       そんな所だ」

その言葉に銀は、安心して意識を手放した。
それを見ていた狼牙は、姉の仇を討とうと負傷した体に鞭打って構える。
決死の覚悟で挑めば、ロマネスクと合い打ちにまで持ち込めるかもしれない。
そう考えたのだろう。

千春は、その狼牙に対して―――

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:40:02.85 ID:peonv7ha0
从´ヮ`从ト「駄目だよ、狼牙お姉ちゃん」

―――銃口を向けた。
長女ですらまともに相手が出来なかったのに、決死の覚悟を抱いたところで勝てるはずがない。
無謀と勇気は違う。
そんな事、狼牙だって分かっているはずだ。

リi、゚ー ゚イ`!「千春、邪魔するな!」

从´ヮ`从ト「銀お姉ちゃんの努力を無駄にするの?
       そうやって死に急ぐのは、狼牙お姉ちゃんの悪い癖だよ」

リi、゚ー ゚イ`!「だからって、黙ってろって言うのかよ!
       冗談じゃねぇ!」

千春の警告を無視し、狼牙はロマネスクに向かって一歩を踏み出す。
直後、狼牙の足元の地面が弾けた。
信じられない光景を目の当たりにしたように、狼牙はその弾けた地面を見つめる。
そして、殺意の籠った目で千春を睨みつけた。

リi、゚ー ゚イ`!「てめぇ……!」

硝煙の上がる銃口をそのままに、千春は負けじと睨み返す。

从´ヮ`从ト「銀お姉ちゃんは、私達の代わりに意地を通したんだよ。
       それを、狼牙お姉ちゃんが無駄にするって言うなら、私は全力でそれを止める」

得物の違いから、狼牙は踏み出す事も出来ない。
悔しそうに唸り、狼牙は全身の力を抜いた。
やがて、諦めたように溜息を吐く。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:45:03.79 ID:peonv7ha0
リi、゚ー ゚イ`!「わかったよ、わーったよ!
      ったく、胸糞悪い話だ!」

忌々しげにロマネスクに視線を移した狼牙は、尚も威嚇をしていた。
納得したと口にはしていても、態度に不満が滲み出ているのだ。

( ФωФ)「妹に説教されるとは、面白い姉妹だな。
        さて、あまりここに長居するのは利口ではない。
        我が家に帰るぞ」

リi、゚ー ゚イ`!「なんでだよ? ここを包囲してるのはあんたの部下だろ?
       どうにでもなるんじゃないのか?」

狼牙の言葉に対して、ロマネスクは困ったように唸った。

( ФωФ)「ここの銀行の大株主が、そろそろ来るのでな」

リi、゚ー ゚イ`!「大株主? 殺せばいいじゃねえか」

( ФωФ)「……詳しくは、後で話す。
       今は、吾輩と銀を裏口まで案内してくれ」

渋々、狼牙はロマネスクの指示に従うことにした。
千春も、懐に拳銃をしまってロマネスクの手を取る。
銀の体は、狼牙が担いで移動する事にした。

(■_>■)「ロマネスク様、お急ぎください。
      スカルチノフが間もなくここに来るとの報告が」

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:50:03.67 ID:peonv7ha0
裏口に出たところに、サングラスを掛けた男が待っていた。
男の後ろには黒塗りの高級車があり、扉は開いている。
男の手に握られた突撃銃の安全装置は解除されている。

( ФωФ)「うむ」

先にロマネスクが乗り込み、続いて千春、そして銀を抱えた狼牙が車に乗った。
サングラスの男は、狼牙と銀が乗り終えたのと同時に扉を閉める。
そして、助手席の天井を叩く。
それを合図に、車が発進した。

車内は、甘い匂いに満ちていた。
大麻や煙草、薬物の匂いではない。
これは、お菓子の匂いだ。

从´ヮ`从ト「……ウズウズ」

( ФωФ)「そこのダッシュボードにお菓子が入っている、好きに食べていいぞ」

从´ヮ`从ト「イヤッフゥ!」

お菓子に食らいつく千春をよそに、狼牙は真剣な顔でロマネスクを見る。
そして、重い口を開いた。

リi、゚ー ゚イ`!「で、話の続きをしてもらおうか」

( ФωФ)「面倒くさい話は嫌いなのでな、手短に言おう。
       あの銀行の実質的な持ち主は、水平線会の会長だ。
       今は、荒巻スカルチノフという奴が会長なのだが、そいつの性格が歪んでいてな。
       お主等が見つかって捕らえられれば、それこそ生き地獄になる程にな」

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/27(日) 23:57:00.12 ID:peonv7ha0
水平線会の名は、狼牙でも知っている。
今現在、裏社会を支配している二大組織の片割れだ。
昔と今では随分方針が変わったと思ったのだが、どうやらそれは会長が変わったことによるものらしい。
無論、二大組織と言うからにはもう片方が存在する。

それこそが、ロマネスク一家である。

リi、゚ー ゚イ`!「なるほどね。
      そりゃあ、逃げるわな。 でも、いいのか?
      あたしらがあんたの元に行くと、いろいろ揉めるだろ?」

水平線会の銀行を襲って、死傷者を大勢出したのだ。
それを黙って見逃す程、甘い性格とは思えない。

( ФωФ)「大丈夫だ。 吾輩には頭のいい幼馴染がいてな。
       まだ若いが、随分頭が切れる。
       今回の作戦も、そいつが考えたのだ」

どこか誇らしげに、ロマネスクは言った。

リi、゚ー ゚イ`!「若い、幼馴染?」

( ФωФ)「そうだ。 お主等よりも2歳ほど若いな」

自分達より2歳若い。
それを聞いた瞬間、狼牙は固まってしまった。
そこまで歳の差が離れていると、幼馴染と言うよりは父と子の年齢差である。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:02:10.05 ID:l/7MMcij0
( ФωФ)「幼馴染に年齢も、職業も関係はない。
       価値観の違いだな」

リi、゚ー ゚イ`!「だからって、流石にその年齢差はなぁ……」

从´ヮ`从ト「まぁまぁ、いいじゃん」

クッキーを貪りながら、千春は楽天的に言った。
まだ言い足りない狼牙ではあったが、これ以上他人の価値観に首を突っ込んでも意味はない。
溜息を吐いて、大人しく引き下がる。

从´ヮ`从ト「そう言えば、私達はそちらで何をすればいいんですか?」

( ФωФ)「うむ。 簡単だ。
       吾輩の身の回りを世話してほしい。 料理、炊事、掃除。
       手っ取り早く言えば、家事全般を任せたい」

斯くして、ロマネスク一家に強力な三姉妹が加わる事となったのだ。
これもまた、巨大な歯車の一つである。

――――――――――――――――――――

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:07:03.00 ID:l/7MMcij0
【時刻――00:30】

目的地に近付くにつれ、確実にトンネル内の湿度は上がっていた。
途中に通っていた下水道を破壊してまで通したトンネルである為、湿気が高いのは仕方がない。
だが、湿度の上昇に伴いドクオの不快感も上昇していた。
ドクオは、湿気が嫌いなのだ。

湿気には嫌な思い出しかない。
もちろん、その主な原因は言わずもがな都の雨季にある。
一日中豪雨に見舞われることも珍しくない雨季は、備えのない者からしたら恐るべき季節なのだ。
安アパートに住んでいたドクオに、その備えがあるはずもない。

一番初めに、ドクオが住んでいたアパートの壁が一面緑色になったのはまだ序の口。
作り置きしていたボンカレーが僅か1日にして、グリーンカレーになった辺りからが本番である。
漫画のページが湿気でくっついたり、電子機器が次々と壊れたりと、散々な思い出しかない。
他にも色々な思い出があるのだが、それは思い出さない事にしている。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「どうもこれは、これは王子様♪」

そして、トンネル内には再び歌声が響いていた。
もしも、率先して歌っている千春が音痴であれば、ドクオは迷いなく止めに入っただろう。
だが、千春の歌声は厳しめに評価したとしても綺麗だった。
遠くまで響く歌声が反響しているトンネルは、今ではコンサートホールの役割も担っていた。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:12:02.99 ID:l/7MMcij0
ドクオに対しての絡みがなくなり、今"ジングル"は伸び伸びとトンネルを進んでいた。
犬神三姉妹は脅威がないのをいいことに、随分と羽を伸ばしている。
普段は厳粛なロマネスク一家の女中として働いている姿を見ているだけに、ドクオとしては複雑な心境だった。
やはり、理想と現実は違う。

自分勝手な理想を現実に求めるのは、子供のする事。
ドクオは千春の歌を聞きながら、そんな事を考えた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ん〜…… なんだか暇ですね〜」

歌を中断し、千春がぼやいた。
ドクオは関わり合いになる事を避ける為、素知らぬ顔で足を進める。
しかし、弟に相手をされなかった姉の如く、千春はそれを許さなかった。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ちょっと、話を聞いてくださいよ〜」

('A`)「……分かった、分かったから笑顔のまま銃口を向けないでくれ、頼むから。」

そう言うドクオではあったが。
千春がグロックを構えるのと、ドクオがM84を構えた時間差はごく僅かであった。
ドクオより2秒速くグロックを構えた千春は、ドクオの動作の速さに感心の声を上げた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「おぉ〜。 ドクオさんも結構やりますね。
       でも、まだまだですね」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:17:04.04 ID:l/7MMcij0
千春のグロックの銃口は、ドクオの眉間に。
対して、ドクオのM84の銃口は上がり切っていない。
せいぜい、千春の足元までしか上がっていなかった。
それが、二人の力量の差。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「誰にも気を許さないっていうスタンス、結構いいですね。
       でも、まだ甘さがあります。
       まぁ、そこがドクオさんのいいところなんですけど」

言いつつ、千春はグロックを袖にしまった。
千春は今の行動で、何を知りたかったのだろうか。
ドクオも、その想いと共にM84を懐にしまう。
あくまでも、撃鉄は起こした状態のままで、だ。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「で、話をしましょうよ。
       暇じゃないですか、私達」

('A`)「俺は別に……」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「そうですね〜。
       じゃあ、言い出しっぺの私から話をしましょう」

人の話を聞いていないのか、千春は話を始めた。
どうにも、これは千春の性な気がしてならない。
女中としては天賦の才であるが、ドクオからしたら迷惑である。
育ちの影響から、ドクオは他人と会話する事が苦手なのだ。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:22:31.47 ID:l/7MMcij0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「実は私、―――歳なんですよ」

千春が己の歳を口にした瞬間、ドクオは転んだ。
これで、弁償は避けられない。
だが、そんな事が頭の中から消え去るぐらい千春の告白は、衝撃的なものだった。

(;'A`)「え、え、えぇぇ?!」

某国の大統領が両刀使いである事を知っても、これほど驚かないだろう。
事実、ドクオはカズノコ弁当の中にゴキブリが産卵していても、驚かなかった程の肝っ玉を持っている。
無論、そのカズノコ弁当を提供した店から金を取る事は忘れなかった。
それ以来ドクオがカズノコを食べなくなったのは、言うまでも無い。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「おおぅ、ビックリしていますね。
       軽い冗談ですよ、実年齢は永遠の20歳ですよ」

(;'A`)「……」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「まぁ、デレデレさんと同い年なのは本当ですね。
       銀お姉ちゃんが、デレデレさんよりも2歳、狼牙お姉ちゃんが1歳年上ですよ。
       ビックリしました? しましたよね?」

(;'A`)「正直、20歳と言っても違和感が全くないぞ……」

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:27:02.87 ID:l/7MMcij0
デレデレといい、千春といい。
都の裏社会にいる手練の女の外見は、実年齢と全然違う。
ただし、フォックスは例外である。
あれはただの年増だ。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「どれだけ長く鉄火場に居るか、それが若さの秘訣ですね」

('A`)「寿命が縮みそうな秘訣だな」

となると、デレデレは三姉妹以上に鉄火場に長居しているということか。
女は男より強いというが、まさにその通りだ。
肉体面ではなく、精神面でここまで強いと尊敬を通り越して崇拝すらしてしまいそうだ。
ドクオもそれなりの経験を積んでいるが、デレデレやその他の女の手練に勝てる気がしない。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「寿命など、儂等にはそもそもないぞ。
       こうして、地獄を歩いている以上、死人と同義じゃ。
       まぁ、デレデレ殿は別じゃな」

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「あの人、あれで一児の母だからなぁ。
       有り得ねぇ、有り得ねぇよ」

ドクオの記憶では、デレデレはツンの母親である。
どちらも桁違いの美人で、おまけに狙撃の腕は神業クラス。
おっかない事この上ないが、味方にしたらこれ以上なく頼もしい存在だ。
勝利の女神が二人もいれば、負ける気がしない。

そう言えば、ツンの父親は誰なのだろうか。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:32:19.97 ID:l/7MMcij0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「お、そろそろナイチンゲールに着くぞ。
       ドクオ、準備はいいか?」

('A`)「大丈夫、だと思う」

100m程先に見出したほのかな明かりに、ドクオは一つ意識を集中した。

【時刻――00:50】

大穴が開けられた床下から、鉤爪の付いた縄を投げる。
上手い事鉤爪が何かに引っ掛かり、縄を引っ張って外れない事を確認した。
確認を終え、狼牙はよしと肯いた。

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「これで、登れるぜ。
       ドクオ、お前が先に登れ」

(;'A`)「はぁ?! 誰がどう考えてもお前が登るべきだろ?
    そんな重装備なんだから……」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「お主、仮にも儂等は女じゃぞ?
       それをお主は、儂等に先に登れと?」

(;'A`)「待て待て待て! それはスカートを穿いてる場合だろ?
    だったら、俺が先に行く必要は無いんじゃないのか?」

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:37:03.07 ID:l/7MMcij0
一応、千春はフリルのついた"エプロンドレス"を身に纏っているから、彼女の後に続くわけにはいかない。
だが、提案者の狼牙は迷彩服。
銀に至っては和服である。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「もしもドクオさんが落ちても、私達で助けられるじゃないですか。
       さぁ、どーんと登りましょう」

情けない事この上ないが、千春の言い分はもっともだった。
運動神経がそれほど良くないドクオは、このロープを失敗なしで登り切れる自信がない。
とはいえ、やはり悔しい。
異性に心配されると、男としてはどうにも悔しかった。

しかし、ドクオの特技の一つに、プライドを簡単に捨てる事が出来るというのがある。
ちり紙交換にすら出せないプライドなど、鼻くそと共に捨ててしまえ。
それがドクオの持論である。

('A`)「わかった、登るよ。 登りますよ。
   その代わり、ちゃんと落ちそうな時はフォローしてくれよ?」

千春は無言で親指を立てた。

垂れ下がったロープをしっかりと掴み、ドクオは登り始めた。
高さは精々、30mほどと言ったところだろうか。
もともとは下水道だった場所だけに、匂いが酷い。
C4で下水道もろともふっ飛ばしたおかげで、土に埋まってはいるがそれでも臭い。

さっさとこの場を去りたいドクオは、無意識のうちに手に込めた力が強くなっていた。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:42:03.17 ID:l/7MMcij0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「こーら、焦るんじゃない。
       足も使うんですよ」

下から、千春に声を掛けられた。
その時、ドクオはようやく自分の手に込められた"無駄な力"に気付いた。
そして、足の間でロープを挟んで、ゆっくりと、だがストライドは大きく進む。
まるで芋虫だ、と心の中で一人呟いた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「あっはっは! まるで芋虫みたいですね〜。
       実に滑稽な姿ですね〜」

―――馬鹿にされてしまった。

(#'A`)「覚えてろよ! 後で絶対に復讐してやる! 絶対にだ!」

【時刻――01:00】

病院の機能が停止しているとはいえ、流石は水平線会の所有する病院だ。
電気、ガス、水道などのライフラインはまだ生きており、その他大半の機能も生きていた。
ガスと水道が生きていた事は、四人にとって思いもよらぬ僥倖だった。
取り分け、ドクオにとってそれは他の三人の誰よりも感じていただろう。

ガスコンロの上に乗せたヤカンが、白い湯気を吐きだしているのを見てドクオはこの僥倖に感謝した。
ようやっと、まともな晩飯にありつける。
まともと言えばかなり語弊があるが、ジョルジュに連れられて回った出店のゲテモノ料理に比べたらこれでもマシな方だ。
何が悲しくて、ジンギスカン味のソフトクリームを食わねばらならいのか。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:48:46.68 ID:l/7MMcij0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ごーはんだごはんーだ♪」

ィ∧ハ∧,
リi、゚ー ゚イ`!「さーたべーよー♪」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「かーぜはさわやーかー♪」

ドクオ達"ジングル"は、ナイチンゲール内にある大食堂に来ていた。
となれば、することは一つ。
食事である。
腹が減っては戦が出来ない。

時間もある事だし、ここは一つ呑気に夜食を食べるのが吉である。
犬神三姉妹が料理をまともに出来ないのを聞いていたドクオは、鼻っから三姉妹に期待はしていなかった。
それに、食材があるかどうか不確実な場所で、出来るかどうか分からない調理に期待するよりも。
こうして、確かな味が保障されている保存食を食べるのが賢明な選択だ。

インスタントのキツネうどんが丁度4つあったので、それを食べることにした。
当然、調理はドクオ。
この作業を調理と言ったら、おそらく多くの料理人たちを敵に回すことになるに違いない。
だが、ドクオはただお湯を注ぐだけではない。

計算されつくしたタイミングや、注ぎ方なんぞは知らない。
では、ドクオに何が出来るというのか。
それは至極簡単な話だ。
愛情をお湯と共に注ぐだけ、それだけである。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:52:03.28 ID:l/7MMcij0
それが一番難しい作業である事に気付けないようでは、三流。
気付いて実行しようとして、二流。
無意識のうちに実行して一流だ。

その点でいえば、ドクオは確かに一流の腕を持っていた。
例え、カップうどん相手でも決して手を抜かない。
手の抜きようがないが、気持ちの問題である。
食べてくれる人がいる以上、その期待に応えるのがドクオの信条だ。

あらかじめ蓋を剥がして置いておいた容器に、沸騰した湯を注ぐ。
注ぐ途中、湯気の熱で蓋が微妙に変形するも、支障は無い。
アゲにお湯を集中して掛けないよう、配慮を忘れない。
麺に掛け、麺に付着した粉末スープが上手い塩梅で溶けるよう狙いを定める。

既定の線までお湯を注ぎ終えると、手早く蓋を閉じる。
その上に、まだ熱を持つヤカンを乗せた。
こうして乗せることによって、ヤカンの熱の影響でノリが溶け、蓋が再度接着するのだ。
これこそまさに、一人暮らしの生活の知恵である。

同じ手順で4つのカップうどんを作り終え、ドクオはそれをトレイに乗せて席に運んだ。

ィ∧ハ∧,
リi、゚ー ゚イ`!「ごーはんだごはんーだー♪」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「さーたべーよー♪」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「腹減った!」

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 00:56:03.45 ID:l/7MMcij0
相も変わらず合唱中の三姉妹の元に、それぞれ容器を置く。
ドクオは、腕時計に目を向けた。
どれもほとんど間を開けずに湯を注いだから、時間は同じでいいだろう。
5分きっかりではなく、その少し前になった時に食べ始めよう。

あくまでも腹を満たす為のカップうどんとはいえ、流石に麺類を食べる以上、歯応えが命。
ふやけたうどんなど、食べる気が起きない。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「UDON!うどん!ウドン!」

箸でカップの縁を太鼓のように叩く千春。

('A`)「カップめんだぞ?
   そんなに楽しみにしなくてもいいのに」

ドクオの言葉に、千春はさも当然のように肯いた。
その笑顔は、無邪気な子供そのものだ。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「いいんですよ、見栄えのいい料理よりも心の籠った料理の方が好きですから」

そう言われると、少し照れくさい。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「……ドクオさんのフルネームって、ドクオ・タケシ、でしたっけ?」

唐突過ぎる話題の転換にいい加減慣れたドクオは、そうだ、と言った。
それを聞いて、千春は首を傾げた。
何か腑に落ちない点でもあったのか、歯の隙間に肉の筋が挟まったような顔で、千春は言った。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:00:03.30 ID:l/7MMcij0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「随分前から思ってたんですが、ドクオさんの名前って、変ですよね」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「確かにそうじゃな。
       語呂的に、違和感があるの。
       あぁ、名前が二つ繋がっているからかのう?」

(;'A`)「……言うほど変か?」

いきなり自分の名前がおかしいと言われて、黙ってはいられない。
しかし、その事はドクオも知っていた。
何せ、ドクオの本名は―――

ィ∧ハ∧,
リi、゚ー ゚イ`!「お、時間じゃね?」

狼牙の言葉に助けられ、ドクオは逃げるようにしてカップうどんの蓋を剥がした。
立ち上がった湯気からは、化学調味料の匂いがする。
鰹節と醤油をベースに作られた粉末の化学調味料は、本物のうどんの味を知る者からしたら到底耐えられない。
しかし、現代人の舌の多くは化学調味料に慣れてしまっている為、そう感じる者は多くないだろう。

箸で麺をすくい上げ、顔を麺に近付ける。
口で呼吸をするようにして、麺と空気を口に含む。
唇に触れた麺が滑らかに吸い込まれ、舌の上に麺が乗っかる。
官能的な舌触りこそが、うどんの醍醐味であり、楽しみでもあった。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:04:04.99 ID:l/7MMcij0
舌の上にある麺は、一瞬無味にも思える。
だが、麺に絡まった汁がその存在感を確かに伝えていた。
歯で噛み切るという愚行はせず、一気に箸で掴んだ麺を口に入れる。
たちまち口内は麺で溢れ、まるで口内を凌辱されているかのような錯覚に陥った。

噛んでも、噛んでも、その勢いは衰える事を知らない。
より細かく噛み砕かれた麺は、やがてその勢いを失う。
程良く噛み砕いた麺を飲み下し、間を置かずにドクオはうどんの容器に手を掛けた。
口元まで運び、汁を口に含む。

安くて、科学的で、人工的な味だ。
だが、素直に美味しいと言える。
この状況で贅沢は言っていられない。
甘みが強く設定されたこの汁は、どうにも病みつきになってしまう味だった。

一口飲んだだけでも、口内は鰹節の風味の利いた香りに支配される。
息を吐けば、鼻腔から、腹の底からその香りが蘇る。

('A`)「ほぅっ」

温かい物を飲んだ後、何故だか溜息を吐いてしまう。
我ながらオヤジ臭いと思うが、こればっかりは止められない。
千春も狼牙も銀も、皆一様に無言でうどんを味わっていた。
と、思いきや。

早くも完食した千春が、手元に置いていた水の入ったグラスを手に取る。
それをゴクゴクと飲み、潤った溜息を吐いた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「はふぅ……」

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:09:03.61 ID:l/7MMcij0
うどんなどの塩気のある汁を飲むと、のどが渇く。
それを見越して、あらかじめ水を置いておいたのだ。
ドクオの気配りは常に一手先を読んでいた。

ィ∧ハ∧,
リi、゚ー ゚イ`!「いやー、久しぶりにインスタントの麺を食ったけど、悪くないな。
       正直、姉貴の料理よりか美味しいぜ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「儂に喧嘩を売っておるのか、狼牙?
       まぁ、事実じゃがの」

('A`)「カップうどん以下って、どんな料理だよ……」

【時刻――02:00】

食事を終えた一同は、食後休みを取り終えた後、いよいよ作戦を実行に移すべく移動を開始していた。
エレベーターを使用する事は禁止されている為、自らの足で階段を上がっていた。
流石に一階から五階まで階段を使うと、足に来る。
ドクオのように日頃運動をしない者からしたら、これは拷問にも近い。

必死に思いで到着した時には、ドクオの呼吸は乱れに乱れていた。
ナイチンゲールの5階は、一般病室が並ぶ階である。
廊下にはバリアフリー用の手すりや、様々な仕掛けがあった。
その手すりに、狼牙はロープを縛りつけた。

開け放たれた窓の外には、疎らな明かりしかない。
ついでに、雨が降っていた。
都の名物である大雨だ。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:13:02.98 ID:l/7MMcij0
('A`)「なぁ、本当にこの雨の中行くのか?」

ドクオは窓の外を眺めながら、狼牙に問うた。

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「当たり前だろ? お前は馬鹿か?
       雨だからってコンビニが休むか? 休まないだろ。
       そう言うことだ」

改めてフォレストを装着した狼牙は、そっけなく答えた。
しっかりとロープが結ばれている事を確認し、ロープの先を下に放る。
眼下に広がるのは、真っ暗な闇。
ドクオの視界には何も映らない。

('A`)「視界が利かないぞ?
   悪いが、俺の両目は1.0だ」

ドクオの言葉に答えたのは、狼牙の後ろで同じようにして窓の外を眺めていた銀だった。
銀も、狼牙と同様にフォレストを被っている。

ノト∧ハ∧,
イ从<▽>ノi、「安心せい。 儂等のフォレストにとって、この程度の暗闇は暗闇ですらない。
        儂等三人でがお主を導く故、心配はいらんぞ」

うっすらと口元に笑みを浮かべた銀は、横に控えていた千春に同意を求める。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「そうですよぉ。 ドクオさん、私達は泣く子も黙る犬神三姉妹。
       ドクオさん一人を無事に送り届けるぐらい、容易いのですよ」

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:18:03.21 ID:l/7MMcij0
胸を張って言う千春。
流石はロマネスク一家が誇る犬神三姉妹だ。
この状況でも緊張の欠片も見受けられない。

('A`)「頼もしい限りだ」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「でも、私達はドクオさんを"送り届ける"だけです。
       そうそう、作戦を簡単に確認しましょうか」

('A`)「確認も何も、俺は―――」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「だまらっしゃい。
       ドクオさんは向こうに到着し次第、急いで地下に向かってもらいます。
       無論、非常用の階段を使って」

ドクオの意見を完全に無視し、千春は作戦を話し始めた。
"ジングル"に与えられた役割は、この騒動の一切を終わらせるものだ。
敵の総大将であるフォックスを殺し、全部隊に及ぶ被害を最小限に済ませる。
ドクオの実力を考えれば、まったくもってナンセンスな任務である。

しかし、その隙にこそ付け入るのがこの作戦だ。
ドクオはラウンジタワーに到着した後、非常階段を使ってフォックスの居る地下まで一人で行く。
その間、豪華すぎる囮達がラウンジタワーの上階で思う存分暴れまわる。
敵からしたら、犬神三姉妹はフォックスを探して上の階を探し回っているように見えるだろう。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:22:03.24 ID:l/7MMcij0
だが、そうすることによって、敵の思考からドクオの存在を完全に消すことが出来る。
つまり、デレデレの作戦"トリックスター"は、ドクオの行動が主軸として回っている事になるのだ。
失敗は許されない。
報酬の取り消しとかで済む問題では、断じてない。

('A`)「って、ちょっと待て。
   俺一人か? 俺一人でフォックスを殺りに行くのか?
   流石に警備とかあるから、誰か一人ぐらい途中まで援護にまわってくれよ」

犬神三姉妹はドクオのサポートと聞いていたが、階層が完璧に離れ離れになるとは思いもしていなかった。
ある一定の場所まで三姉妹がサポートして、最後の最後でドクオがフォックスを仕留めるモノとばかり思っていた。
まぁ、そんな甘い話が有るわけがない。
もしもそうだとしたら、ドクオの存在意義は完璧に失われてしまう。

だが、ドクオ一人で警備を突破するのは非常に難しい。
三姉妹の内誰か一人でもドクオの援護に回れば、難易度は一気に下がる。
それを期待して、ドクオは提案した。
しかし、返って来たのは―――

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「あまったれてんじゃねぇよ!
        こっちはこっちで仕事があるんだ。
        手前だけが大変なわけじゃねぇんだよ!」

―――狼牙の恫喝だった。

(;'A`)「う……」

正論なだけに、ドクオはこれ以上何も言えない。
敵の攻撃から、果たしてドクオは生き残れるのだろうか。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:27:03.28 ID:l/7MMcij0
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「……よーし、ここはこの私が一肌脱ぎましょう。
       ドクオさん、これをあげましょう。
       一度だけ、どうしようもなくなった時にこれを開けてください」

そう言って千春が手渡したのは、握り拳大の巾着袋だった。

('A`)「ん? 何が入ってるんだ?」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「素敵アイテムですよ。
       でも、何でもない時に開けては駄目です」

そう言われると、無償に開けたくなるのが人間の性。
これが、人間のサガか、とドクオは内心で呟いた。

('A`)「……分かった」

腰に巾着袋を結び付け、ドクオは気を取り直す。
懐にある硬い銃把の感触を確かめ、深呼吸。

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!「こっちが早めに終わったら、そっちの手伝いに行くからよ。
        せめて、それまでは頑張れ、な?」

狼牙なりの励ましを受けたドクオは、自分が如何に愚かな発言をしたのかを思い知らされた。
これは仕事であり、それ以外の何でもない。
仕事に私情を持ちこめるほどの技量は無いし、そんな度胸も無い。
そんな中で、ドクオは先ほどあまりにも身勝手な発言をしたのだ。

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:32:03.53 ID:l/7MMcij0
狼牙なりの励ましを受けたドクオは、自分が如何に愚かな発言をしたのかを思い知らされた。
これは仕事であり、それ以外の何でもない。
仕事に私情を持ちこめるほどの技量は無いし、そんな度胸も無い。
そんな中で、ドクオは先ほどあまりにも身勝手な発言をしたのだ。

狼牙に殴られなかっただけでも、感謝である。
おまけに、千春にフォローまでされた。

('A`)「……悪かった。 危うくヘタレになるところだった。
   さぁ、行こうぜ」

狼牙に謝罪し、ドクオは腕時計を見る。

【時刻――02:26】

ナイチンゲールの外壁に垂れ下がったロープを、ドクオはしっかりと握った。
汗や雨で滑らないよう、意識を手に集中する。
予定時間までは、あと少し。
ロープ降下に要する時間は1分。

残された時間は、ラウンジタワーまでの移動に使われる。
そして、ナイチンゲールまでの道のりは犬神三姉妹がエスコートする手筈となっている。
この降下が始まれば、もう戻れないし止めれない。
むしろ、すでに引き返せない場所にドクオは居た。

ここで躊躇うのは、ただのヘタレだ。
人を殺すことに戸惑ったり、抵抗感を抱いたりするのと同義。
男なら、ここは腹を決めろ。
こういう時、男の決意は文字通り自身の力となる。

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:37:04.36 ID:l/7MMcij0
それはまるで、陸上の選手が本番前の緊張から手に入れる力。
生来の実力と、これまでの努力が完全に発揮される瞬間にも似ている。
今、ドクオの全身は得体の知れない力に満ちていた。
全身の筋肉が緊張しているのか、僅かに指を動かすだけでもその筋肉の動きが分かる。

ドクオは開け放たれた窓の縁に足を掛け、背を外に向けた。
窓縁に立ち、短く息を吐く。
そして、跳躍。
体が虚空に投げ出され、ドクオは豪雨と共に地面に向かって落ちる。

外壁に足を付け、弧を描いてもう一度跳躍。
それを何度も繰り返して降下する一連の動作は、まるで特殊部隊のようだった。
最後の一回は大きめに跳躍し、一気に地面に降り立つ。
心配とは裏腹に、思いのほか呆気なくドクオは壁を乗り越えた。

さて、外壁に垂れ下がったロープは一本。
上から三姉妹が降りてくる気配はしない。
では、彼女等は如何にしてドクオをラウンジタワーまで導くのだろうか。
答えは至極簡単。

―――ナイチンゲールの五階から、3つの影が飛び降りた。

ィ∧ハ∧,
リi、<▽>イ`!

ノト∧ハ∧,
イ从<▽>ノi、

ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:41:09.22 ID:l/7MMcij0
音も無くドクオの傍らに着地した三姉妹は、無言で頷き合う。

【時刻――02:29】

ラウンジタワー正面入り口。
内部から漏れている明かりは、ドクオ達にとってはまるで誘蛾灯のように見えた。
何故なら、あの光が彼らにとってのゴールであり、そして目印でもあるからだ。
しかし、明かりが見えるまでの距離に来るのには、ドクオ一人では不可能だった。

豪雨と暗闇のせいで、何も見えない。
暗視ゴーグルでも貸してくれれば、とも思ったのだが。
作戦の都合上、ドクオは暗闇に目を慣らさなければならなかったのだ。
ドクオは出来る限り光から目を避け、地面を見つめていた。

ドクオの両脇と、正面は犬神三姉妹によって厳重に守られている。
そして、先頭を走る狼牙の速度に合わせ、ドクオも共に走っていた。
息が上がる直前の速度で走り続けるのは、中距離や長距離ランナーが用いる走法である。
陸上競技者でないドクオからしたら、この走り方はかなりきつい。

ふと、右横を並走していた千春が、何かを取り出した。
それは、何かのスイッチなのだろうか、ジッポライターほどの大きさの鉄の箱の上に、赤いボタンが付いている。
それを、千春が押した。
直後、目の前にあったラウンジタワーの明かりが一斉に消える。

と、同時に。
ドクオ達はラウンジタワーの正面入り口の前に到着した。
速度をそのままに、狼牙が入り口を殴り飛ばしたおかげで、四人が一斉に内部に入り込むことに成功した。

ノト∧ハ∧,
イ从<▽>ノi、「手筈通りに行くぞ!」

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:45:11.07 ID:l/7MMcij0
その号令と同時に、銀と狼牙の二人は上階に続く階段に駆ける。
残されたドクオと千春も、それぞれの所定に移動する。
その別れ際、ドクオは確かに聞いた。
千春が、ドクオに激励の言葉を掛けたのを。

ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト『どんと・びー・あふれいど、ですよ、ドクオさん』

ドクオは闇に慣れた目で、『非常用階段』と書かれた看板を見つけ出した。
千春達の登場で、相手は確実に混乱している。
このチャンスは逃がさない。
急いで看板の下にある扉を開け、その奥に続く暗い階段を下りはじめた。

そのドクオの姿を、千春はフォレスト越しに見ていた。

ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト「さて、これからどうなることやら」

そっと呟いた千春の口元は、珍しく硬い。
しかし、それはほんの一瞬。
次の瞬間には、普段通りのやわらかい笑みを口元に浮かべていた。

ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト「―――この場所を、硝煙香る素敵な場所に変えるとしましょう!」

言って、千春は両袖から飛び出たグロックを握りしめる。
奥の部屋から、警備員達が駆ける足音が聞こえてきた。
思いのほか、対応が早い。
だが、千春にとっては関係ない。

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:50:03.64 ID:l/7MMcij0
この場所は、千春の戦場だ。
一階に陣取り、地下と上階に行こうとする全ての敵を殲滅する。
足止めの役割を一手に引き受けた千春の負担は、甚大だ。
推定で1000人以上の敵を、たった一人で足止めするとなると、生きて帰れる保証はない。

それでも、ドクオが予想以上に早く仕事を終わらせれば、問題はない。
全ては、ドクオに掛っている。
ヒートがドクオに可能性を見出したように、千春もまたドクオにある種の可能性を見出していた。
ドクオは将来、確実に化ける。

実は、ロマネスク達御三家の面々もドクオに可能性がある事を言っていた。
ドクオは、キーマンである、と。
それは歯車王暗殺の際に、三人がそう話していたのを千春は確かに聞いた。
あの男の将来に対して、今の内から投資するのは存外悪い気がしない。

例えそれが、命がけの投資であったとしても。
決して損な投資だとは思えないのだ。

ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト「私が相手である事を喜んでください、三途の川の渡り賃は私の奢りですよ。
       ただ―――」

歌うように紡がれた千春の声に、今までの雰囲気は微塵も感じられなかった。
千春の声は硬く、そして冷たい。
その声は、さながら銃弾のように冷徹で、無感情で、そして無慈悲。
これが、"鉄狸"の名の由来の一つである。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/09/28(月) 01:55:22.79 ID:l/7MMcij0





ィ∩ハリ∩,
从<▽>从ト「―――支払いは、鉛玉ですけどね!」






【時刻――02:30】

銃声が、高らかに物語の始まりを告げた。

第二部【都激震編】
第二十七話 了


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