('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 19:40:47.31 ID:hh7bL5as0
―――歯車の都には、四人の王がいる。
まず、裏社会を統べる王が三人。
ロマネスク一家の"魔王"、クールノーファミリーの"女帝"、水平線会の"帝王"。
この三人の王が俗に呼ばれる、"御三家"の首領達である。

力の"帝王"、知の"女帝"、義の"魔王"。
三人の王の力により、裏社会は絶妙な均衡を保つ事が出来ていた。
非合法な薬や、その他諸々の取引などを彼らが統括する事によって、表社会に"汚れ"が出ないように配慮しているのだ。
表でも裏でも厄介者扱いされる異常者を、秘密裏に処分する事もまた、裏社会の仕事の一つであった。

異常者の代表格であった"グール・ザ・コンクリート"が生きながらにして蝋人形にされたのは、表社会でも比較的有名な話だ。
意外な話だが、殺人が合法とされている裏社会でも、彼のような真正のキチガイは特に疎まれている。
キチガイは放っておいても被害が出るだけなので、"御三家"の指示により処分が決定された。
その際、彼の捕獲を命じられたのはクールノーファミリーが誇る、"クールノーの番犬"。

"智将"ペニサス、そしてその義弟である"獅子将"ギコ。
この二人の暗躍により、"グール・ザ・コンクリート"は捕らえられ、そして処分されたのだ。
だが、異常殺人者である"グール・ザ・コンクリート"を捕らえるのは、流石に骨が折れる話である。
誰だって、"好き好んでキチガイと遊びたい"とは思わないだろう。

"精神科医達でさえ諦めた程の真性"ともなれば、尚更お断りだ。
殺しに慣れている裏社会の人間と雖も、そう言った手合いと関わり合いになるのは御免である。
何が起きるか分からない上に、これといった旨味もない。
それどころか、ハイリスク・ローリターンだ。

だが、"クールノーの番犬"だけは二つ返事でこの仕事を引き受けた。
彼等だったからこそ、それほど面倒事にもならずにこの仕事は終わった。
裏社会の人間ですら眉を顰める屑を捕らえたペニサスの策は、呆れるほどに単純だった。
"キチガイ"に喧嘩を売ればいいのだ。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 19:44:02.59 ID:hh7bL5as0
もともと不良グループ上がりの"グール・ザ・コンクリート"なら、確実に喧嘩を買う。
例えそれが、出所直後だとしても、だ。
習性として身についたそれを、簡単に変えられるはずがない。
タイミングと場所を考えておけば、後はゴキブリホイホイの要領で全て片が付くという寸法であった。

"グール・ザ・コンクリート"が裏通りに現れたとの情報が入って来たのは、彼が釈放されてから実に一時間程経ってからの事。
待ち構えていたギコが喧嘩を売ると、向こうは狙い通りに喧嘩を買ってきた。
運がなかったのは、裏社会のデビュー戦の相手がギコにだった事だ。
確かに、人体実験等で筋肉のついた"グール・ザ・コンクリート"は強い。

事実、彼は"表社会"のストリートファイトでは、負けなしだった。
ところが、ギコは"裏社会"の中でも一、二を争う程に素手での喧嘩が強い。
右ストレートの一発を頬に受け、顔面を骨折した"グール・ザ・コンクリート"は、呆気無く失神してしまった。
両手両足を粘着テープで縛って捕らえる際、ギコの独断により"グール・ザ・コンクリート"の両手足が潰された。

実は、その事はあまり知られていない。
知っているとしたら、それは"グール・ザ・コンクリート"に家族を殺された者ぐらいだ。
強いて言えば、後は"グール・ザ・コンクリート"の家族だけだろうか。

―――"グール・ザ・コンクリート"本名、ザールング・クーリコト。

彼は、都の犯罪者史上最も冷酷な、―――否、残酷にして残虐な快楽殺人鬼である。
逮捕当時の年齢はなんと18歳。
文句無しの未成年だった。
そして同時に、真性のキチガイであるクリーコトが裏社会ではなく、表社会の出身だと言う事も広く知られている。

クリーコトは、表社会でも屈指の名医の下に生まれ、何一つ不自由なく育った。
不自由のない生活の、何が不満だったのだろうか。
思春期を過ぎたクリーコトは、不良グループの頭として次第に道を踏み外し出した。
裏社会の裏路地生まれの者からしたら、到底理解出来ない展開だった

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 19:48:06.39 ID:hh7bL5as0
クリーコトは、最初に子猫を何匹も嬲り殺し。
次に、犬を蹴り殺し。
そして、人間を半殺しにした。
ここまでは、裏社会の者からしたら何て事ない、"調子に乗った屑のする馬鹿な行動"だ。

裏社会の人間が粗暴である事は否めない。
だが、むやみやたらに犬猫を殺したりはしない。
殺すのだとしたら、それは食材として食う為である。
犬猫の肉を専門にした店が、数件裏社会にある程だ。

当然、"人間を半殺しにするぐらいなら完全に殺す"。
それは、半殺しにする事によって、余計な恨みを買わない為だ。
裏社会は裏社会なりの、暗黙の"決まり事"がある。
何も、彼等は好き放題やっているわけではない。

しかし、そんな粗暴な裏社会の人間から見ても、クリーコトは確実に狂っていた。
問題だったのは、"他人に対して、どこまで惨くなれるのか"を己のステイタスとして誇りにしていた事である。
そんな糞の役にも立たないステイタスを掲げ、クリーコトは不良グループの頭であり続けていた。
更に、周囲の人間は誰も彼を咎めなかった事が彼を調子付かせた。

何故なら、皆、怖かったのだ。
クリーコトの狂気の矛先が、自分に向く事が。
両親ですらがクリーコトの凶行を見逃し、放置した。
結果、クリーコトは井の中の蛙も同然に成長し、凶行はピークに達した。

逮捕されるまでの間、クリーコトが快楽の為に殺した女の数は、実に二十人以上。
クリーコトの犯行内容は、正常な人間のそれを完全に逸していた。
犯行の手口はまず、標的の女を車で軽く跳ね、そして病院に送ると言って拉致。
その後、女を監禁し、当然の如く執拗なまでに女を犯した。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 19:52:03.81 ID:hh7bL5as0
犯し飽きた辺りで、女の体を使って非道な"生体実験"を加えた。
泣いても、殺してと懇願しても止めはしなかった。
そして最後に、瀕死状態の女をドラム缶にコンクリート共に詰めた。
これが、"グール・ザ・コンクリート"の呼び名の由来だ。

コンクリート詰めにされた女は、ドブ川に捨てられ、川底に沈んだ。
遺体発見の困難さ、そしてその犯行の非情さは最悪としか言えない。
遺体は完全に腐敗しており、それを見た遺族が嘔吐をした程に酷い状態だった。
もはや、遺族は涙すらも出なかったと言う。

未成年という事もあり、都の裁判所はクリーコトに対して懲役五年の判決を言い渡した。
当然、この判決に彼の両親が関わっていた事は言うまでも無い。
マスコミが少しだけ騒いだ後、この事件は次第に風化していった。
―――クリーコトが出所しても、誰も気に留めないほどに。

だが、御三家だけは見過ごさなかった。
彼のような屑が行きつく先は、裏社会以外にない。
となれば、裏社会の治安に少なからず影響が出る事は明白だ。
どこかの組織が彼を拾えば、それはそれで厄介になる。

そこで、御三家は彼の処分を決定。
"獅子将"の制裁により、クリーコトは達磨へと成り果てた。
遺族達の不満を僅かだが晴らしたギコであったが、それでも物足りず、達磨と化した男を引きずって遺族の前に連れて回った。
結果として、クリーコトは遺族達にリンチされ、まさに虫の息になったのだ。

しかし、当然、遺族達の怒りはそれだけでは収まらなかった。
そこでデレデレの提案により、クリーコトには死よりも辛い苦痛を与える事にした。
"生きたままゆっくりと蝋人形にして"、彼の家族の元へと送り付けた事によってこの事は公になったのだ。
同時に、裏社会の恐ろしさも知れ渡り、最終的に御三家はその力を都中に再認識させた。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 19:56:02.95 ID:hh7bL5as0
それもまた、デレデレの目的の一つであった事を知る者は、表社会には一人しかいない。
このように、表では公に出来ない仕事を、裏社会の王達が請け負っている。
"グール・ザ・コンクリート"の事件は、その一部にすぎない。
御三家は文句なしに、裏社会で最も強力な力と権力をもった支配者だ。

さて、残る王は一人。
歯車の都の表社会を一人で統べる王の名は、"歯車王"。
その正体は今のところ不明だが、何故か噂の種類だけは膨大だ。
今でも他国の諜報部や新聞社、果てはオカルト研究の学者などが、その正体を暴こうと血眼になっている。

都の住民も、初めの頃はその正体を知ろうとしたのだが、今では誰もが完全に諦めていた。
それは、子供から大人になる過程で小さな事に対する興味を失うように、自然な事だ。
もう少しだけ確かな情報があれば、話は違っただろう。
滅多に人前に現れない歯車王に対して住民が興味を失うのは、仕方の無い話だった。

しかし。
歯車王が直に大衆の前に現れる行事が、例外的に一つだけ存在する。
初代歯車王、ノリル・ルリノを敬い、尊び、その功績に感謝する祭り。
"歯車祭"の二日目に控えている行事で、歯車王は大衆の前に姿を現わすのだ。

与えられた時間は極僅か。
大衆の前に現れ、歯車王が手を振る。
―――たったそれだけだ。
手を振ったら、歯車王はすぐに姿を消してしまう。

それだけの間で、歯車王の正体に関する情報を入手するのは不可能だ。
どれだけ"頭のいい高校生探偵"でも、何も分からないだろう。
ここまで絶望的に分からなければ、誰だって調べるのを諦める。
よっぽど諦めの悪い者でもない限り、だ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:00:01.99 ID:hh7bL5as0
謎の多い歯車王の性別は、女とも男とも言われている。
性別に関して言えば、機械であるから性別はない、との意見もあった。
だが、それが正解かどうかを知っている者は限りなく少ない。
知っている者がいたとしても、間違いなく五指に収まる人数だろう。

二メートル近くある身長は、おそらくシークレットブーツか何かを使っての偽装。
故に実際の身長も、未だに分かっていない。
腰まで伸びた長い黒髪も、カツラではないか、との説もある。
つまるところ、歯車王の正体は何一つ分かっていないのだ。

現代科学の粋を凝らした装置を用いても、性別も体格も、正確な身長も、体重も声も分からない。
一説では歯車王は普段、都の住人として過ごし、有事の際にだけ姿を現すのではないかと言われている。
そう考えれば、歯車王が姿を滅多に表さない事に対して説明が付く。
しかし、それが本当だとしても、納得の行く理由がない。

何故歯車王は、住人として過ごすのか。
何故歯車王は、姿を現さないのか。
何故歯車王は、裏社会と密約を交わしているのか。
何故歯車王は、仮面を被っているのか。

歯車王はその存在自体が、まるで謎だ。
無色透明な謎を理解するのは不可能。
自然と皆は考える事を止め、ただ流されるがまま。
結果、誰もが歯車王の正体についての模索を諦め、社会の歯車として過ごす事を選ぶのである。

―――漆黒の外套、もしくは漆黒のマントを身に纏い。
腰まで伸びた長い黒髪を風に靡かせ。
一つ目の奇妙な仮面を被っている。
それだけが唯一、歯車王に関して分かっている事だった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:03:44.19 ID:hh7bL5as0
今から約500年前に、歯車の都として誕生したこの地。
天才科学者、ノリル・ルリノが生み出した"始まりの歯車"の恩恵が、この都を急速に発展させた。
まさに、この都は歯車王によって成長し、そして存在していると言っても過言ではない。
そして、今。

歯車の都の大通りに、その功績を蹂躙する者達がいた。
さながら、"寄生虫が宿り主の腸を食い破って体外に出る"様に、そいつらには遠慮がない。
―――否、寄生虫よりも達が悪い。
何故なら、宿主の体そのものを乗っ取り、我が物としようとしているのだ。

しかし、奴等は無知だった。
巨大な陰謀の歯車に、自分達が"巻き込まれている"事にも気付かず。
それを自分の意志と勘違いしているのだ。
ならば、奴等に下るのは相応の報い。

死の淵で自惚れを自覚し、絶望の内に死に至る。
王に逆らう生意気な虫螻は、地を這いつくばって息絶えるのがお似合いだ。
幾ら抗っても、それは変わりようのない事実。
どれだけ強力な武器を持とうと、兵を集めようと意味をなさない。

所詮、奴等も小さな歯車の一つに過ぎない連中だ。
そう。
歯車だからこそ、彼らは永遠に逆らえない。

何故ならここは―――

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:07:12.94 ID:hh7bL5as0





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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十八話『情義の為に、銃を持つ』

二十八話イメージ曲『ラストメロディー』鬼束ちひろ

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23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:11:02.90 ID:hh7bL5as0
手にしたダブルアクションリボルバー、ルガー・レッドホークを、男は器用に指先で回転させた。
一回転の後、今度は逆回転。
先ほどからそれの繰り返しだ。
男にとってこの動作は欠伸と同じように、無意識の下で行われるものであった。

真の銃遣いとは、銃を己の体の一部のように扱う事が出来る。
男もまた、レッドホークを己の一物並みに使い慣れていた。
まるで銃自身が意志を持っているように、男の手の中で銀色のレッドホークは回る。
男はその最中で、自分の半生を振り返っていた。

幼少期から、男はある目的の為だけに裏社会に身を投じてきた。
時には死にかけた事もあったが、男の目的は命と同じぐらい重要なものだった為、耐える事が出来た。
しかし遂に、その辛い経験が報われる日が来た。
その事を知ったのが、つい先日。

そして、それが叶うのは今日この日。
長い人生の中で、これほど喜ばしい日は未だかつて無い。
この日の為に、男は銃の腕を磨いてきたのだ。
―――たった一つの目的の為だけに。

特徴的な眉毛。
シンボルとも言えるリボルバー。
―――この男は、名をジョルジュ・長岡と言う。
  _
( ゚∀゚)

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:15:03.15 ID:hh7bL5as0
ロマネスク一家の地下会議室で、ジョルジュはデレデレの説明する作戦概要を、浮ついた心で聞いていた。
デレデレの作戦は非常識にも程があったが、不思議と信頼に足る作戦であった。
ジョルジュにとって、デレデレの作戦は非常に重要である。
何故なら、今後ジョルジュがどのように動くかによって、"目的"の進め方に影響が出るからだ。

確かに、デレデレは聡明だ。
だが、逆を言えば。
"その作戦の真意"を相手に知られてしまえば、意味を成さない。
それは敵味方、どちらにも言える事だ。

如何に情報を使うか、それが勝敗の鍵である。
ある意味、ジョルジュはその鍵だった。
この大騒動の行く末を握る鍵。
ジョルジュには、その自覚があった。

だからこそ、ジョルジュには慎重に行動する事が求められる。
しかし、ジョルジュの心は既に決まっていた。
だから、ジョルジュは浮ついた心でデレデレの作戦を聞く事が出来ていた。
何せ、デレデレの作戦の九割は、ジョルジュに関係がないからだ。

ジョルジュにとって重要なのは、作戦の一割だけ。
そこさえ分かれば、後は知らなくてもいい。

ζ(゚ー゚*ζ「―――で、作戦の説明はおしまい。
       何か質問は?」

デレデレの説明が終わり、彼女の周りに居た屈強な男達が肯いた。
男達の正体は、裏社会に縄張りを持つ各組織のトップ。
即ち、御三家傘下の組織の代表者全員がこの場所に揃っている事になる。
正義感の強い警察官がこの場を見たら、発狂するような光景だ。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:18:32.96 ID:hh7bL5as0
一人頭に掛っている賞金は、最低でも一億を下回る事はない。
ここにいる全員を捉えるか、屠れば一晩の内に一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入る
最も、命あっての何とやらとは良く言ったものだ。
彼らは全員、凄腕の手練達である。

一筋縄で彼らに懸った賞金が手に入るハズが無い。
だからこそ、彼らは組織のトップであるのだ。
もっとも、御三家に比べれば霞んで見えるのだが。
そんな事を、ジョルジュはふと思った。

ζ(゚ー゚*ζ「特に質問もなさそうだから、さっさと作戦の準備に入りましょう。
       手筈は、渡したプリントを見てね。
       この作戦を阻害する者が居た場合、女子供であろうとも容赦なく排除して頂戴」

デレデレの言葉を受け、男達はその場を急ぎ足で後にする。
後に残されたのは四人。
ロマネスク、でぃ、デレデレ、そしてジョルジュ。
このメンバーだけが揃う時を、ジョルジュは待っていた。

裏社会を統べるこの三人の王に、ジョルジュは用があったのだ。
それ以外の裏社会の人間には、用は無い。
それは単に、他の裏社会の人間では不十分なのだ。
"求められた条件"を満たすこの三人でなければ、ジョルジュの目的は達成出来ない。

談笑する三人へ、ジョルジュはゆっくりと歩み寄る。
あくまでも冷静に。
ここからが、ジョルジュにとっての"勝負"だ。
自分の人生の全てを賭けた、大勝負。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:22:14.76 ID:hh7bL5as0
例え、愚かと罵られようとも構う事は無い。
これで全てが終わらせる事が出来るのだ。
ジョルジュの生きてきた目的も。
―――全て報われ、叶うのだ。

ジョルジュの接近に気付いた三人が、一斉に視線をジョルジュへと向ける。
でぃは無表情。
ロマネスクも無表情。
デレデレだけは、笑顔だった。

手のひらに、汗が滲む。
呼吸が、自然と荒くなる。
回転させるのを止めたレッドホークを、懐にしまう。
これが活躍するのは、まだしばらく先の話だ。

心臓の鼓動が早い。
だが、ジョルジュはそれが表面に出ないように抑え込む。
正確に言えば、ジョルジュの全身がそうさせた。
焦ってはいけない。

背中に滲む冷や汗を無視し、背筋を伸ばす。
手汗ごと、強く握りしめる。
呼吸は、自然と整っていた。
一つ喉を鳴らして唾をのみ込み、そして言った。
  _
( ゚∀゚)「……皆さん、お話があります」

この言葉が、全てを始め、そして終わらせる。 まさに、鍵。
ジョルジュの言葉に答えたのは、デレデレだ。
御三家の中で一番人当たりの良い彼女がジョルジュの言葉に反応したのは、当然だった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:26:03.22 ID:hh7bL5as0
笑顔のまま、デレデレはジョルジュを見つめる。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの、ジョルジュちゃん?」

疑う事を知らない少女のような笑顔が、今のジョルジュにはあまりにも眩しい。
今は、デレデレがまるで天使や女神のように見えた。
その姿に後押しされる形で、ジョルジュは意を決した。
もう、迷いは微塵も残っていない。

未練も、何もない。
今のジョルジュは、意を決した漢。
これまでの人生の中でも、これほどに澄み切った心持になった事は無い。
不思議な感覚だった。

失敗は無駄な死を招く。
しかし、失敗する気がしない。
それは決して、自信過剰や慢心ではない。
ジョルジュの人生経験そのものが、大丈夫だと言っているのだ。
  _
( ゚−゚)「実は―――」

それから、ジョルジュは語り始めた。

――――――――――――――――――――

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:30:06.74 ID:hh7bL5as0
"パンドラ"達の総勢は、僅か五十人。
しかし、その全員は文字通りの猛者達。
数十以上もある裏社会の組織から選りすぐられた彼らに与えられた任務は、ただ一つ。
大通りに居座っている戦車の破壊、である。

人間が戦車に挑むなど、愚の骨頂としか言えない。
対戦車用の装備で身を固めたとしても、精神的な恐怖には逆らえないのが一般常識だ。
一般常識に当て嵌まらない者ならば、確かに挑めるかもしれない。
だが仮に、戦車に挑むのが可能だとしても。

戦車に勝つ、となると話は違ってくる。
対戦車砲や、対戦車地雷などの対戦車装備が数多く出回っている現代。
それを如何に利用し、如何に活用するのか。
それを考えて、初めて人間は戦車に"立ち向かう"事が出来るのだ。

もっとも、それで勝てるかと言われれば難しい。
いざとなれば、人間の心など簡単に挫ける。
百戦錬磨の猛者で構成される"パンドラ"と雖も、流石に戦車相手は分が悪い。
主砲の直撃を受ければ文字通り木端微塵、殺傷効果範囲内に入っていれば地獄の苦しみを味わう事になる。

そんな任務にも、恐れる事なく―――否、恐れる心を押し殺して参加するのが、五十人。
精鋭にして屈強、強靭な狂人が五十人もいれば、それはとても心強い戦力である。
強いて問題があるとするならば、彼らは頭脳を使った戦いが出来ない。
五十人の精強な男達を率いるのが、"獅子将"ギコ。

彼ら全員の頭脳として指示を出すのは、"智将"ペニサス。
合計で二十六台の戦車と、人間が"闘える舞台"を作り上げるのが、彼女の任務だ。
後は、彼女の義弟であるギコに掛っている。
"獅子将"の渾名を持つギコは、確実にペニサスの期待通りの働きを見せるだろう。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:34:03.04 ID:hh7bL5as0
そもそも、ギコに"あの"戦闘の教育をしたのは、ペニサスではない。
水平線会のトラギコとミルナに気に入られた当時のギコは、来る日も来る日も彼らから戦闘の訓練を受けてきた。
結果、皆の予想以上の成長を見せ、遂には"獅子将"の渾名が与えられるまでに至ったのだ。
持ち前の才能もあったが、やはり二人の教育が良かったのだろう。

元軍人、しかも"英雄"を目指していた者から受ける教育は、英才教育と言っても過言ではない。
当時は敵対していた組織の人間だったが、人間的な繋がりにおいては敵対していなかった。
ギコよりも後に裏社会の人間となったトラギコとミルナは、敵対組織であったクールノーファミリーのギコに興味を持った。
いじる相手ができた事を喜んだ二人は、密かにギコに対して戦闘の教育を施したのだ。

この事は、当時の水平線会の会長でさえも知らない事だった。
まぁ、知られていればトラギコとミルナは処分されていただろう。
トラギコの弟分としての立場を得たギコは、今もトラギコの事を兄と呼び慕っている。
斯くしてギコは、裏社会の人間の中でも指折りの猛者として名を馳せる事となったというわけだ。

(,,゚Д゚)「やい手前等! 準備は終わってるんだろうな!」

"獅子将"ギコは、目の前に居る筋肉質の男の集団―――
―――傍から見れば、ボディービルダーの見本市に向かって、彼らの筋肉に負けないほど強く声を張り上げた。
ギコの言葉を聞いて、筋肉達はそれまで動かしていた手を止める。
筋肉達の手元にあるのは、対戦車用の武器一式。

ジャベリンからパンツァーファウストまで、最新式の戦車に対抗する為の、最新鋭の装備の数々。
自慢の筋肉をここぞとばかりに発揮し、彼らはそれらを運搬し運用するのだ。
むさ苦しい室内でその時を待って、すでに三時間以上が経過していた。

(,,゚Д゚)「戦車は陸上最強の兵器だ!
    鋼鉄の装甲に、無限軌道、巨大な主砲に機銃!
    デカイ図体のくせに地味に早い、油断してたら轢殺されるぞ!」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:38:06.50 ID:hh7bL5as0
むさ苦しさの原因でもある、部屋の温度が異様に高い理由は、言わずもがな筋肉達から発せられる汗と体温である。
ギコのような男になりたいと憧れ、男達は日々筋肉を練磨していた。
この筋肉なくして、この部隊は成り立たない。
だが結果としては湿度も高くなり、非常に不快な空気が部屋中を満たす事となってしまった。

(,,゚Д゚)「近距離に行けば轢殺、遠距離にいれば爆殺だ。
    じゃあ、俺達に必要な距離はなんだ?!」

彼らは今、歯車の都の地下に張り巡らされた下水道の、所謂詰め所に居た。
本来ならそこには、下水道に住み着いた浮浪者を駆逐する為の警備員がいるはずなのだが。
裏社会のやり方で、そこにいた警備員達は今頃ドブネズミの餌になっているだろう。
拳銃に手を伸ばさなければ顔面複雑骨折程度で済んだのに、つくづく哀れな連中である。

(,,゚Д゚)「超近距離だ! 超遠距離だ!
    男は気合いだ! やれる、やれないじゃない、やるんだよ!」

力説するギコ。
残念ながら、ギコの勇ましい言葉に説得力は皆無である。
むしろ、支離滅裂で意味不明だった。
だが、ギコの言葉の真意は確かに筋肉達には届いていた。

頭を使うよりも、彼らは肉体言語で語る事に長けている。
体育会系独特の理解能力で、ギコの言わんとする事は十分すぎるほどに伝わっているのだ。
もっとも、この場でギコの演説に水を差すような愚か者は一人としていない。
誰でも、何でもいいから彼らは頼りたいのだ。

自分一人ではどうにもならない事に直面した時、人は無意識の内に宿り木を探す。
それは、臆病でも依存でもない。
仕方のない事なのだ。
だからこそ、人は親友を、類友を、恋人を、家族を欲する。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:42:16.71 ID:hh7bL5as0
一人で生きていく事は出来たとしても、一人で"立ち向かう事"は難しい。
心の拠り所があって初めて、人は何かに立ち向かう事が出来るのだ。
結局彼等も、人より度胸と筋肉があるだけで、人である事には変わりがない。

('、`*川「全員、準備が出来たところで、本題に入るわよ」

むさ苦しい空間で唯一、華と呼べる存在が口を開いた。
妖艶な垂れ目、艶やかな黒髪、そして脇に下げた革製のホルスターに収まったリボルバー。
"クールノーの番犬"の片割れ、"智将"ペニサスだ。
本来なら彼女の髪型は、黒髪を肩まで伸ばしているだけなのだが、今回は違う。

髪を後頭部に高く束ねて垂らす、所謂"ポニーテール"だった。
長い黒髪を後ろで縛っているペニサスの姿は、どこか新鮮だった。
これから激化する戦闘の最中、ペニサスの髪は邪魔になってしまうのだから当然の配慮である。
参謀役として彼らを束ねるペニサスも、これから鉄火場に足を踏み入れるのだ。

"智将"の渾名も有名だが、"リボルバー・ペニサス"の渾名も負けず劣らず有名である。
あくまでも参謀が本業であるペニサスが、無理をして出張る必要はない。
しかし、少しでも即戦力が欲しい今の状況で、実力を有する者を出し惜しむ余裕はなかった。
文字通り総力戦で立ち向かっても、勝率は限りなく0に近い。

その0を覆すだけの作戦を、デレデレが立てた。
この作戦には、誰も予想出来ない"災厄"が用意されている。
作戦を成功させる為には、全ての歯車が上手く噛み合う必要がある。
"トリックスター"は、誰も欠けてはいけない、誰も狂ってはいけないのだ。

('、`*川「戦車の位置と潰す順番は覚えたかしら?」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:45:33.32 ID:hh7bL5as0
腕を組んで声高らかにペニサスは問うた。
筋肉達の顔が、微妙に強張る。
ペニサスは"あの"ギコですら尻に敷く女弁慶だ。
流石の筋肉達の肝っ玉でも、ペニサスは恐怖の象徴だった。

筋肉男達風情では、ペニサスの覇気に勝つ術は無い。
強張ったままの表情で、男達が震える声で肯定の言葉を口にした。
ペニサスよりも体格のいい男達が縮こまるその光景は、とても奇妙なものだった。

('、`*川「よろしい。
     "デイジー"に対しての被害を最小限にする為に、裏通りに最も近い戦車から潰す。
     じゃあ、無限軌道と主砲、優先的に潰すのはどっち?」

まさかの問いかけに、筋肉達は狼狽えた。
筋肉達は、横や後ろに居る筋肉同士でヒソヒソと話し合いを始める。
だが、結局は二択。
意見は二つに別れたままだ。

('、`*川「……あんた達、脳みそまで筋肉で出来てるの?
     ギコ、答えを言いなさい」

傍らのギコに、ペニサスは正解を促した。
ペニサスの横に立ち並び、ギコは一つ咳払いをする。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:49:03.05 ID:hh7bL5as0
(,,゚Д゚)「まず、戦車の命は無限軌道だ。
    こいつは対戦車地雷で簡単に吹っ飛ばせる。
    だが、主砲は別だ。
    主砲自体もそうだが、その周りも硬い。

    ひとまずは、無限軌道の破壊が優先だ。
    例え主砲を先に吹っ飛ばしても、奴等は突撃してくるぞ。
    そうなれば、俺達は轢殺だ。
    あんなでっかいのが来てみろ、チビるぞ、真剣で」

ギコにしては珍しく、理に適った説明を終えた。
模範解答を言い切った出来の悪い生徒の様に、ギコは胸を張る。
どうだ、と言わんばかりにギコは傍らのペニサスを見た。
ペニサスは少し不満げな顔をして、ギコの説明を補う。

('、`*川「そうね、戦車が"目を覚ました場合"。
     優先的に無限軌道を破壊して頂戴。 主砲はその後。
     無限軌道はあぁ見えて、とても脆いからね。
     戦車の数少ない弱点よ」

悪路などを走破する為に開発された無限軌道だが、限りなく優秀というわけではない。
エンジンへの負担が大きい為、速度はあまりでない。
そして、たった一箇所でも履帯の結合部を破壊されてしまえば使用不可能となるのだ。
そうなってしまえば、戦車は移動が出来なくなる。

そこを、対戦車砲などで攻撃すればいいのだ。
ジャベリンとパンツァーファウスト、この二種類で事足りるだろう。
むしろ、事足りないと困る。
予備の弾は、用意されていないのだから。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:53:03.72 ID:hh7bL5as0
正確に言えば、武器の特性上用意する事が出来ないのだ。
予備の弾の大きさと重さは、確実に彼らの機動力を落とす事となってしまう。
それは好ましくない。
"ミサイルを背負って戦場を闊歩する"余裕は、彼らには無かった。

('、`*川「部隊は十人一組で構成するわ。
     つまり、合計で五組。 一組当たりのノルマは五台ね」

初撃で確実に五台を破壊する事は出来る。
その後が、問題だ。
敵は戦車だけではない。
某国の海兵隊並みの戦闘力がある敵兵が、大量に控えているのだ。

('、`*川「いい? "ヤーチャイカ"と"カトナップ"に掛る負担を減らすのが、そもそもの目的だからね。
     後は、"デイジー"と一緒に作戦通りに―――」

ペニサスは、何時だってギコの義姉であった。
それは人間的にも、精神的にも、だ。
常にギコを導き、そして支える存在。
それが、"智将"ペニサスである。

対して、ギコは何時でもペニサスの義弟であった。
それは精神的にも、人間的にも、だ。
常にペニサスに従い、時には支える存在。
それが、"獅子将"ギコである。

そして、屈強な精鋭達は義侠の徒。
彼らは、情義の為に命を懸ける。

('、`*川「―――パンドラの箱が開けられるのを、待つだけよ」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 20:57:03.07 ID:hh7bL5as0
――――――――――――――――――――

ζ(゚ー゚*ζ「……ふーん。
       で、それは本当なのね?」

ジョルジュの言葉を聞いたデレデレの反応は、思いのほか淡泊だった。
さして驚いた様子も無く、何でもない世間話を聞いたように落ち着いている。
別に、デレデレは驚きを隠しているわけではない。
むしろ、感心していた。

ジョルジュの語った内容は、これからの作戦、果ては結末に大きく影響を与えるものだった。
そこまで重要な情報を、このタイミングで言おうと計っていたのだ。
しかも、この四人だけに語るのを狙っていたとなると、尚更感心する。
ジョルジュはジョルジュなりに、色々考えての行動だったのだろう。

デレデレの反応を見て、ジョルジュの反応もまた淡泊だった。
淡泊というよりは、あらかじめ予想していた、という感じである。
そうでなければ、ジョルジュはデレデレ達に話したりはしない。
  _
( ゚∀゚)「えぇ、本当です。 で、どうでしょうか?」

ジョルジュの言葉に、偽りは伺えない。

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… 表通りの初撃が終わり次第、私達はそこに行きましょうか。
       指揮系統は、まぁ予定通りに進行すればいいから問題ないし」

考え込む事も無く、デレデレは即決した。
ジョルジュの提案を無下にすれば、チャンスを逃す。
ここで引く手は無い。
当然の判断だった。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:01:03.36 ID:hh7bL5as0
  _
( ゚∀゚)「わざわざすみません、お手数をおかけして」

深々と頭を下げるジョルジュ。
それを、デレデレは片手で制した。

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、気にしないで。
       それだけの価値がある、そうよね?
       でぃ?」

傍らで沈黙を守っていたでぃに、デレデレは同意を求めた。
でぃは、ただ静かに頷く。

(#゚;;-゚)「あぁ……」

その声に、微量の怒りが込められている事に、ジョルジュだけが気付けなかった。
それだけを言い残し、漆黒のコートの裾を翻して、でぃはその場を後にした。
ロマネスクも、香木の杖をつきながらゆっくりと部屋を出る。
デレデレは、でぃを追いかけるようにして部屋を出て行った。

残されたジョルジュは、扉が閉められるのと同時に大きく溜息を吐いた。
これで、後に残すのは"あの仕事"だけだ。
肩の荷は、まだ半分しか降りていない。
ジョルジュの仕事が全て終わるまでは、まだもう少し時間がかかる。
  _
( ゚∀゚)「……後、少し」

知らず、声が漏れていた。
まだ、歓喜の余韻に浸れない。
これは、再度決意を固める為の行為。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:05:03.31 ID:hh7bL5as0
  _
( ゚∀゚)「あと少しで、俺は……」

言いつつ、ジョルジュもその場を後にした。
地下会議室から、ロマネスク一家の内部へと戻ると、そこにはやはり大勢の姿があった。
皆一様に戦闘服に着替えており、半分の人間はAKS74-U、クリンコフ突撃銃を持っている。
残りは、光学照準器とサプレッサーを付けたM14自動小銃を持っていた。
  _
(;゚∀゚)「ここは何処かの軍隊かよ……」

その異様な光景は、マフィアには似つかわしくない、軍隊じみたものだった。
軍の知識に疎いジョルジュでも、彼らが軍人だと錯覚してしまうほどだ。
ライフルの種類が統制されているのは、有事の際にマガジンを共有出来る為。
良く見れば、極僅かな人間はRPG-7のランチャーを持っていた。

その背中には、弾頭が入ったリュックが。
どこかの民兵、もといゲリラ達よろしくの装備の数々だった。
どうせRPG-7を使うなら、パンツァーファウストVを使ったって罰は当たらないだろう。
一部使い捨てのパンツァーファウストは、装備としては確かに嵩張るかもしれない。

それでも、よりよい装備を用意して戦いに臨むのは軍隊の常ではないのか。
  _
( ゚∀゚)「あ、軍隊じゃないんだった……」

自分で言って自分で気付いた。
しかし、ジョルジュの誤解はある意味仕方がない事だ。
日常的に抗争を繰り返すうちに、マフィアなどは自然と高い戦闘力を有するようになった。
これは、この都独特の文化が影響している。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:09:05.62 ID:hh7bL5as0
表社会の王と、裏社会の王が手を組んでいるという特殊な環境。
それが生み出した文化は、かなり異質だった。
生物が進化するように、裏社会の人間達も進化している。
これこそが、この都独特の文化だ。

歯車によって独自の発展を遂げた都。
その裏では、人を殺す事によって発展した文化もあった。
こうした文化もまた、この都にとっては歯車の一つにすぎない。
幾つもの文化、思想、思惑、陰謀、策謀が歯車のように互いに噛み合い、進む。
  _
( ゚∀゚)「……ま、頑張れよ」

今日で、ジョルジュはこの都と別れを告げる。
こんな肥溜のような酷い都に、何時までも居る義理は無い。
ジョルジュには、行くべき場所がある。
先に"理想郷"へと行く者の立場から、ジョルジュは優越感に浸っていた。

その優越感から、ジョルジュの口からは労いの言葉が漏れ出ていた。
普段なら、ジョルジュは絶対にこんな事は口にしない。
気に入った者にだけ、ジョルジュはこういった事を言う性分だ。
ドクオも、そんな者の内の一人だった。

ジョルジュは性格上、反発する者をあまり好まない。
取り分け、生意気な者ともなるとそれこそ射殺し兼ねないほどに、だ。
ところが、ドクオときたらどうだ。
適度な反発、それでいて妥協点も心得ている。

その部分は、他の者も気に入っている様子があった。
犬神三姉妹が、その代表だ。 特に、千春はドクオを弟のように弄りまくっている。
恋愛感情は微塵も無いだろうが、見ていて面白い。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:13:33.52 ID:hh7bL5as0
ジョルジュ以外の者も感じているが、ドクオには何かがある。
それは決して、表面上のものではなく、内面的な何か。
ある種の可能性であり、ある種の希望。
ドクオは、可能性のある男だ。

根性もある。
射撃の腕は、まぁ平均値。
決して悪くは無いが、これといって秀でた部分も無い。
しかし、何故だか感じてしまうのだ。

ドクオに可能性がある、と。
それは、鉄火場を多く経験した猛者にしか分からない感覚だった。
  _
( ゚∀゚)(あいつの飯、もう一度食いたかったな……)

一度しか食べた事がないが、ドクオの料理は不思議と美味しかった覚えがある。
メニューとしては寂しいものだったが、どうしてか、美味しかったのだ。
紅茶もそうだが、ドクオの料理はジョルジュにとってはこの上ない御馳走だった。
  _
( ゚∀゚)(それも、これも、今日で全部終わり、か)

自分の行動一つで、何もかもが変わるかと思うと、身震いを抑えきれない。

∂('゚l'゚)「ん? どうした、あんた。
     小便なら向こうだ、ここで漏らすなよ。
     洒落にならないからな」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:17:20.49 ID:hh7bL5as0
結果、勘違いされてしまった。
しかし、尿意を微妙に催していた事もあり、ジョルジュは礼を言ってトイレへと行く。
ホテルのトイレ並みに凝った内装を見て、ジョルジュは我が目を疑った。
ここは本当に、マフィアの本部なのか。

幸か不幸か、トイレにはジョルジュしかいなかった為、驚いた姿を見られることはなかった。
  _
( ゚∀゚)「ん?」

小便器の前に来て、ジョルジュは自分以外の人間がトイレに入って来た事に気づいた。
跫音から察するに、ブーツを履いた誰かだ。
果たして、トイレにやって来た人間は―――

(#゚;;-゚)

―――水平線会会長の、でぃだった。
ジョルジュの横に並び、でぃは黙ったまま。
何とも言えない空気に、ジョルジュは己の一物を取り出す事を忘れていた。
沈黙。

長い、沈黙。
何か喋った方がいいのだろうか、この場合は。
沈黙を破ろうと、ジョルジュが一人思い悩んでいると。
でぃが、先に沈黙を破った。

(#゚;;-゚)「お前は……」
  _
(;゚∀゚)「は、はい?!」

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:21:27.15 ID:hh7bL5as0
再び、沈黙。
でぃはただ、ジョルジュの目を真っ直ぐに見据えているだけ。
一方のジョルジュは、どうしていいかも分からずたじろぐ。

(#゚;;-゚)「……変わっているな」

長い沈黙の代償は、呆気の無い言葉だった。
  _
(;゚∀゚)「え、そ、そうですか?」

三度目の沈黙は、ジョルジュの言葉で終わった為、ジョルジュはただ待つだけだ。
しかし、でぃが口を開く様子は無い。
先ほどのやり取りで、会話は終了したのだろうか。
ならば、と。 ジョルジュはチャックを下ろして、ようやく自分の一物を取り出そうとする。

その直前。

(#゚;;-゚)「……お前は、何の為に銃を持つ?」

その問い掛けは、ジョルジュの心の底に届いた。
ジョルジュは、随分前から決まっていた答えを口にする。
  _
( ゚∀゚)「自分の、"義"の為に銃を持ちます」

それを聞いて、でぃは薄く笑った。
なんとなくだが、そんな気がする。

(#゚;;-゚)「ならば、その時は迷うな…… 躊躇わずに、銃爪を引け」

水平線会会長はそれだけを言い残し、その場を悠然と去った。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:25:37.68 ID:hh7bL5as0
――――――――――――――――――――

濃霧が大通りを満たすのと同時に、"パンドラ"は動き出した。

霧が満たす大通りは、まるで都全体が眠りに着いたかのように静かだ。
当然である。
何せ、今大通りに居るのは仮面を被った機械人形達なのだ
その静寂を破り裂く為、彼ら"パンドラ"は行動を起こす。

電波妨害の根源であるECMが破壊された事により、彼らパンドラは離れた場所でも連絡を取り合う事が出来ていた。
"ダスク"の仕事が成功していなかったらと思うと、ぞっとする。
敵はまだ、ECMが破壊された事に気付いていないらしい。
これと言って、上で騒いでいる様子は聞き取れない。

予定に狂いはない。
全て、予定通りだ。
となれば、各自のタイミングを合わせ、早急に作戦を開始するのが吉。
"智将"の合図を受け、"パンドラ"は一斉に行動を開始した。

マンホールの蓋を同時に開け、そこから続々と各組が這い上がる。
そして、対戦車地雷を抱えた四人が、各々の目標である戦車へと接近。
無限軌道の両脇に、しっかりとそれを設置し終えると、四人は戦車から離れる。
残った六人の内、二人が対戦車砲の砲口をその戦車へと向けた。

―――時が、満ちる。

【時刻――02:30】

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:29:05.74 ID:hh7bL5as0
戦車の装甲は、とてつもなく硬い。
だが、その装甲は無敵というわけでもない。
戦車の装甲の、上部。
ここは比較的、他の部分に比べて装甲が薄くなっている事は有名な話だ。

その上部に対して攻撃を仕掛ければ、如何に堅牢な戦車と雖も破壊は免れられない。
トップアタックモードで発射された対戦車ミサイル、ジャベリンの弾頭は容赦なく五台の戦車をほぼ同時に破壊した。
その衝撃で、無限軌道の両脇に置かれた対戦車地雷が誘爆し、戦車を完全に破壊する。
これで、万が一にも戦車が動く事はあり得ない。

おまけに、周囲から大音量で流れる音楽のおかげで、爆発音は周囲に聞こえていない。
"カトナップ"の仕事は、彼らにとって非常に重要なものだった。
このままなら、相手はしばらくの間戦車が破壊された事実に気付かない。
味方の戦車が、"背後で爆発"しているのにも関わらず、だ。

―――歯車城の周囲に居座っている六台の戦車。
これが、デレデレに指定された最優先の破壊目標だった。
詳しい理由はペニサスにも伝えられておらず、デレデレのみが知っている。
デレデレの言う事なら、必ず意味があると自信を持って言えるので、ギコ達は何も言わなかった。

しかし、今のままでは同時に攻撃しても一台余る。
"それ"は、ギコの仕事だ。
撃ち終えたジャベリンを再装填する事無く、ギコを除いた"パンドラ"の各員はそれをその場に投棄。
次なる指示に従い、北上を開始した。

大通りの南部に居る戦車は、"ダスク"のミルナが遠距離からの攻撃で破壊する算段となっている。
となれば、北部の戦車を狙うのは当然の流れだ。
濃霧が晴れてしまえば、全ての部隊は死地に立たされる。
しかし、今は濃霧の利がある。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:33:05.73 ID:hh7bL5as0
都で長い事暮らしてきた彼等は、有る程度なら濃霧で塞がった視界の中でも方角を見失わずにいられる。
その勘を頼りに、彼らは進むのだ。
例え、死が待ち構えていたとしても。
彼らは、進むしかない。

濃霧の利がある内に、彼らは可能な限り進むのだ。
だが、濃霧は待ってはくれない。

【時刻――02:31】

背後で起きた大混乱を、"パンドラ"は背中で聞いていた。
今、彼らが相手にするのは残された二十台の戦車。
"ダスク"には"デイジー"の援護もある為、南部に居る戦車の破壊は後回しとなっている。
彼らは万が一の事も考え、全ての戦車を相手にする覚悟でいた。

そして、歯車城によって分かたれていた東部と南部の部隊が合流し、北部の戦車隊に対する攻撃が始まった。
北部に陣取る戦車の数は、十台。
南部に陣取る戦車の数も、同じく十台。
彼らはまず、北西の戦車隊。

つまり、大文字のアルファベットで区切られた方向から戦車を潰す作戦に出た。
大文字アルファベットのエリアは、"ギコ達の焼鳥屋があるA、B、C、D、バーボンハウス出張版のあるE"。
この五ヶ所を、優先して制圧するのには意味がある。
それは、ドクオの部隊である"ジングル"への配慮だ。

あくまでも、この一連の大騒ぎは敵の目をドクオから背けさせる為にある。
仮に敵がドクオの事に気付いたとしたら、この戦車隊が真っ先に駆けつけるだろう。
そうなると、ドクオの援護についている犬神三姉妹に多大な負荷が掛ってしまう。
それを懸念して、彼らは北西の戦車隊を潰す事を優先したのだ。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:37:06.29 ID:hh7bL5as0
しかし、"デイジー"達が主に暴れ回っているのは都の東。
北西部に居る相手の歩兵達の相手は、こちらが請け負う事になってしまう。
援護は、当然ない。
幾ら腕に自信のある筋肉達でも、重装備の上に、"拳銃"しか持っていないとなると勝てる要素は皆無だ。

ここで、"智将"の腕が発揮された。
ペニサスはまず、戦車を破壊するという概念を捨て、敵戦車を乗っ取るという考えを打ち出した。
しかし、それを実行出来る者は少なくとも筋肉達の中にはいない。
生身の人間が戦車を乗っ取るとなると、それなりの覚悟が必要なのだ。

そこで、この作戦の実行はギコに任された。
"一人で一台の戦車を破壊した"この男なら、敵戦車を乗っ取るなどそう難しくは無い話だからだ。
歯車城の周囲に居た六台の内、五台は筋肉達の活躍によって破壊された。
そして、戦車が一台だけ余る。

それを破壊したのが、他ならぬギコその人である。

(,,゚Д゚)「野郎ども! ここからだ!
    ここからが、俺達の正念場だ!
    "漢"になる準備はいいか!?」

そう叫びつつ、ギコは自分の背中に両手をまわした。
そして、"それ"を掴んで両手に構える。
それは、巨大な拳銃のシルエット。
―――否、拳銃ですらないのかもしれない。

あまりにも巨大で、あまりにも重々しい。
世界最強の自動拳銃がデザートイーグルだとしたら、これはおそらく世界最強の拳銃に部類されるだろう。
だが全長60cm、重量7kgの拳銃など、この世にあっていいはずがない。
既存の狩猟用の拳銃、ツェリザカを改造した"対戦車用拳銃"。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:40:08.83 ID:hh7bL5as0
通称、"ライオン・ハート"。
真正面から戦車に喧嘩を売れる、世界でも数少ない武器だ。
かつて起きた水平線会との抗争時も、この武器は容赦なく水平線会の防弾仕様の車を破壊してきた。
二挺構えでそれを持ち、仁王立ちする様は、まさに獅子将の名に相応しい。

両手にそれを構え、半拍置いた後、ギコは駆け出した。
Eブロックに駐在する戦車は、その事にまだ気付いていない。
ギコが駆けるのと、筋肉達が腰の拳銃を引き抜くのはほとんど同時。
筋肉達の構えた拳銃の銃口は、大通りの露店側。

裏通りのある東と、表通りのある西に向けられている。
数人姿勢を低くし、パンツァーファウストを構えていた。
流石に、人間相手にジャベリンのような高性能な兵器は"不釣り合い"だ。
一応人間相手にも使えるパンツァーファウストを構え、戦車を潰す時のみ、ジャベリンを使用するのだ。

こうして東と西に意識を向けておけば、万が一の事態が起きても対処出来る。
その万が一とは、言わずもがな大通りにズラリと並ぶ敵の兵士がこちらに向かってくる事だ。
そうなった場合、対戦車装備は使えない事になる。
つまり、拳銃のみで戦うと言う事である。

アサルトライフルを持った敵兵と、彼らがまともに戦い合えば、九割の確率で全滅してしまう。
例え、"クールノーの番犬"が居ても、だ。
それを回避するためにも、一刻も早く戦車を奪取する必要があった。
単身で戦車へと向かった"獅子将"の無事を、"パンドラ"の誰もが願う。

当たり前だが、義姉であるペニサスはその中の誰よりもギコの身を案じていた。
普段はギコを限界まで弄っているが、それは愛情の裏返し。
本当は誰よりもギコを愛し、ギコの事を想っているのだ。
それは普段表に出ていないだけであって、彼女はさり気ない態度でそれを示している。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:43:53.62 ID:hh7bL5as0
ギコもそんなペニサスの愛情表現を理解しているから、彼女の様々な言動にも耐えられるのだ。
実はギコも知らない事であるが、ペニサスはこう見えて、精神的にギコに依存していた。
まるで、少女から大人の女になる過程でどうしても手放せなかったぬいぐるみのような存在。
いくら頼っても壊れないし、迷惑がらない。

ペニサスが溺愛するギコもまた、精神的にペニサスを必要としている。
歪な絆で結ばれた二人だからこそ、その相性は最高なのだ。
とはいえ、義弟に頼り過ぎるのは義姉の立場としては問題である。
そんな事ぐらい、ペニサスは理解していた。

だが、依存に近い信頼こそが彼ら"クールノーの番犬"の強みだ。
ギコならば、出来る。
この場の誰もが、それを信じているし、知っている。
そしてギコもまた、自分が信じられている事を知っている。

だからこそ、ギコは大丈夫。
彼は"獅子将"。
幾千の期待と信頼を一身に背負い、闘う獅子。
理由などなくとも、彼には戦う意味がある。

(,,゚Д゚)『おーい、誰か早く来てくれ!
    俺、戦車の動かし方なんて知ら―――』

全員のインカムにギコの声が聞こえたかと思うと、それは直後に響いた砲声に掻き消された。
皆一斉に、その音の方へと目を向ける。
視線の先、約400メートルと言ったところだろうか。
そこには、一台の戦車がいた。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:48:21.28 ID:hh7bL5as0
あの戦車が砲声の発生源である事は、誰にでも推測出来る。
問題は、朦々と煙の上がる着弾点が、敵の歩兵が密集していた場所だと言う事だ。
そして、食後に煙草を一服するようにして、戦車の主砲からも煙が出ている。
ここまで状況証拠が揃えば、皆が一様に抱いた嫌な予感は確信へと変わってしまっていた。

戦車の操縦を知らないギコが、勝手に動かした揚句主砲をぶっ放したのだ。
たまらず頭を押さえるペニサスだったが、これはこれで、有る意味僥倖だと考え直した。
ギコの奇行は時として、ペニサスに思いもよらぬ作戦を思いつかせる。
そう言った意味でも、二人はいいコンビだ。

しかし、必ずしもギコの奇行がいい方向に進むというわけでもない。
今回は偶然いい方向に進んだが、悪い方向に進んだ場合は最悪だ。
味方の全滅はおろか、作戦の破綻は免れられなかっただろう。
ギコがゴキブリ退治の際に高級な机と椅子をセットで破壊した事は、まだ記憶に新しい。

('、`*川「……ほら、何ぼーっとしてるの!
     戦車の操縦に一組、残りはあいつの援護!
     急ぎなさい!」

ペニサスの迅速な指揮を受け、筋肉達は急いで戦車の元に駆ける。
だが、戦車砲の直撃を免れられた相手も、馬鹿ではない。
ペニサス達の視界の隅に、その姿が映っていた。
戦車からある程度距離を取っていたのが、彼等の幸運であり不運でもあった。

離れていたからこそ、砲弾の殺傷範囲から外れていた事が、彼等の幸運だった。
不運だったのは、離れていた為にギコの接近に気付かず、戦車を乗っ取られたという事である。
陸上最強の兵器にして、彼等の切り札が奪われたとなれば、流石に大問題だ。
事態が悪化するより早く鎮静化する為、兵士達は問題の戦車へと束になって駆け出していた。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:51:20.26 ID:hh7bL5as0
先に、ギコの戦車に辿り着かれる訳にはいかない。
向こうより早くこちらが辿り着き、ギコの援護に着かなければ。
筋肉達に護られる陣形で、ペニサス達も駆けていた。
どちらが先に着くのか、それは距離と速度の問題である。

距離は互角だが、駆ける速度はこちらがやや遅れていた。
過剰なまでの筋肉が、ある意味彼等の枷となっているのだ。
短距離を駆け抜ける為の筋肉ではなく、他の筋肉を鍛えていたのが問題だった。
まるで徒競争のようにして、両者は一斉に戦車に群がる。

―――最悪な事に、先に余裕を持ってギコの戦車に辿り着いたのは向こうだった。
ギコの戦車を囲み、突撃銃の銃口を向けている。
無駄なのは知っているが、どうにも嫌な光景だ。
舌打ちをするのを抑え込み、ペニサスは手にしたリボルバーの撃鉄を起こした。

戦車までの距離は、残り100メートル。
走りながらの上に、この距離では到底必中を狙えない。
向こうの銃なら、こちらを狙い撃ちに出来る筈だ。
それを今すぐ実行してこないのは、ギコの戦車が未だ健在だからである。

つまり、ギコがこの奇妙な均衡を保っているという事でもある。

(,,゚Д゚)『え、え、え?!
    ど、どうなってるんだよ、コラァ!』

その声が聞こえた瞬間。
"戦車に意識を向けていた全ての者"が、その動きを止めた。
感情を排除しているはずのゼアフォーでさえ、駆け寄っていたペニサス達を放置している。
しかし、それはペニサス達も同じ。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:54:07.42 ID:hh7bL5as0
目の前で起きた出来事は、彼ら全員の思考から常識やその他諸々の概念を排除するには十分だった。
なるほど、とペニサスだけがこの状況を納得した。
やはりギコは、どうしようもなくギコなのだ、と。
何をどう間違えたのかは知らないが、ギコは戦車を見事に動かした。

それは認めよう。
"動かした事だけ"、は。
操縦したとは、何が何でも認めるわけにはいかない。
"何の罪も無い目の前の出店に突っ込んだ挙句、砲塔をヘリコプターのローターのように回転させている"のは、操縦でも運転でもない。

その光景は、奇妙を通り越してシュールだった。
ソシュールがどうのとか、シュークリームがどうのとかは知らないが、ペニサス達は皆、共通の感情に支配されていた。
"何をやっているんだ、ギコは?"

(,,゚Д゚)『ははは! 見ろよ!
    挟まっちまった!』

( 、 *川「ギコ……、あんたねぇ」

呑気に笑うギコに対して、インカムに向けられたペニサスの声はもはや閻魔大王と同じぐらいの凄みを帯びていた。
その声は、ギコの心に"姉の恐怖"を思い起こさせるには十分過ぎた。
インカム越しにも、ギコがガチガチと歯を鳴らしているのが聞こえる。

(;,,゚Д゚)『ぺ、ペニ姉!
    じ、冗談だよ!冗談!』

言い訳するようにして、ギコは再度戦車を動かした。
出店を薙ぎ倒し、ギコの乗る戦車の前部がこちらを向く。

('、`;川「はぁっ?!」

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 21:58:19.98 ID:hh7bL5as0
( ∴)「?!」

幸いにも、最初の犠牲者の声は、自身の体が戦車に轢殺される不愉快な音によって上塗りされた。
足が砕け、体が砕け、銃が砕け、最後に仮面が砕ける。
無邪気な子供が甲虫を踏み潰すようにして、戦車はペニサス達に向かって前進してきた。
大多数で戦車を囲んでいたゼアフォー達にとって、これほど意外な事は無い。

何せ、データによればギコは"極度の運転音痴"のはずなのだ。
ギコが戦車を動かす事など、計算にも入れていなかった。
となれば、呆気にとられた彼らが轢殺されるのはもはや必然であった。
愉快に轢殺を繰り返し、ギコがペニサス達の前で戦車を停止させた時には、その履帯は朱に染まっていた。

ハッチから顔を出し、ギコは爽やかに言った。

(,,゚Д゚)ノ「ペーニーねぇー!
     これで許してくれるよねー?」

ペニサスは無言で、ギコを睨みつけた。

(,,;Д;)「そ、そんなに睨まなくてもいいじゃない……」

涙目になったギコだったが、次の瞬間には元通りになる。
戦車から降りたギコに代わり、五人の筋肉達が戦車に搭乗した。
先ほどのとんでも運転とは打って変わり、筋肉達の乗る戦車は華麗に後退し、敵の歩兵に向かって突っ込んだ。
機銃と主砲を上手に使い、次々と死体を作り上げている。

その後ろに、他の筋肉達が付いて行く。
建物からの攻撃がないのは分かっているので、互いの死角だけをカバーしている。
後は、彼らが首尾よく敵兵から逃れ、戦車を適量奪うのを願うばかりであった。
遠のく銃声と怒号。

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:02:07.47 ID:hh7bL5as0
どんどん北上して行くので、自然と彼等は囮の役割も果たしていた。
もっとも、ギコとペニサスは彼らを囮にする気は毛頭ないのだが。
その場に残された二人の周りには、敵兵が居ない。
あの戦車を最優先の目標とし、追跡を掛けているのだ。

(,,゚Д゚)「で、ペニ姉。 次は何をすれば?」

筋肉達を見送り、ギコは傍らのペニサスに問い掛ける。
ペニサスの指示があるからこそ、ギコは安心して戦えるのだ。
指示がなければ、ギコは基本的に壊す事しか出来ない。

('、`*川「……あんたのせいで、いろいろ変わったわ。
     部隊を二手に分けましょう」

その言葉は、ギコとインカムの向こうに居る筋肉達に掛けられたものだった。
リボルバーを持っていない方の手の指を、二本立てる。

('、`*川「ギコ、あんたは私と一緒に北東の戦車を片付けに。
     残った部隊は、今ある戦車を楯にしつつ、作戦を遂行して頂戴。
     くれぐれも、ギコみたいな真似はしないように」

(,,゚Д゚)「え?」

('、`*川「向こうの戦車は"ギコが責任を持って"全滅させるから。
     あんた達は、こっちの戦車に集中して」

"責任"の部分を強調したペニサス。
流石のギコでも、その意味を理解していた。

(,,゚Д゚)「え? え?」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:06:29.86 ID:hh7bL5as0
('、`*川「何よ?」

通信を終えたペニサスに声を掛けたギコ。
対して、ペニサスは意味ありげに口元に微笑を浮かべてギコを見た。
この表情は、いけない。
ペニサスのこの表情は、ギコにとってはあまり良くない予兆だった。

これは、ギコを弄る時の表情だ。

(;,,゚Д゚)「いや、その、あの……
    流石に、あの数の戦車を俺一人で片付けるのは大変というか……」

何かの実験と称し、肛門に異物を挿れられた事を忘れはしない。
前立腺がどうのとかペニサスは言っていたが、ギコはそのせいで布団を被って丸一日寝込んだ事がある。
布団に包まってビクビクと震えるギコを見て、ペニサスが高揚とした笑みを浮かべていたのを聞いた時は、生きた心地がしなかった。
その事を思い出し、ギコは額に汗を流す。

('、`*川「そもそも、誰のせいでこうなったと思ってるのよ?
     それとも何?
     あんた、"あんな奴等の相手も出来ないの"?」

挑戦的な口調に、ギコの思考から義姉に対する恐怖が消えた。
単純な思考をしているだけに、ギコは乗せられやすい。
この点は、トラギコと一緒に指導をしてくれたミルナの影響が強かった。

(,,゚Д゚)「で、出来ますよ!
    楽勝、常勝、必勝ですよ!」

('、`*川「じゃあいいじゃない。
     ほら、時間が無いのよ、急ぐわよ」

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:08:47.89 ID:hh7bL5as0
ギコを促しつつも、ペニサスは周囲に目と耳を配る。
どうやら、筋肉達の方はそれなりに奮闘しているらしい。
銃声が二種類聞こえる内は、まだ大丈夫のはずだ。
だが、拳銃で突撃銃を相手にするのは幾らなんでも無理がある。

彼らの腕を考えれば、精々一時間生き延びれば上出来だ。
だからこそ、彼らには鋼鉄の兵器が必要だった。

(,,゚Д゚)「ガッテン!」

解き放たれた二頭の番犬の顎は、ただ。
―――"敵の喉元"を食い千切る為だけに。

【時刻――02:28】

部屋の窓から見下ろす大通りには、活気が一切感じられない。
大通りに陣取っている連中は何が楽しいのか、一時間前からその場を一ミリも動いていなかった。
石像が置いてあるのかとも思うが、連中が手に持っているアサルトライフルがそれを許さない。
豪雨の中でも、それらは文句の一つも言わずに警戒に当たっていた。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:11:05.59 ID:hh7bL5as0
その様子を"一時間以上前から見られている"とも知らずに。
しかも、連中の額に銃口が向いているなどとは夢にも思っていないだろう。
それもそのはず。
連中の思考の根源に、デレデレの作戦が予測出来るはずがないからだ。

連中の思考の根源。
それは、戦術データリンクシステム。
フォックスの自社に管理されている巨大なサーバーを介して、彼らは行動する。
その強みにこそ、付け入る隙が存在していた。

データに無い戦略を用いれば、彼らは対処出来ない。
未体験の状況を打破するためには、これまでに蓄積されてきたデータを元に戦略をはじき出す。
流石にそれを一瞬で行うのは無理だが、少なくとも相手の未知の初撃は完璧に成功する。
この弱点を付くとしたら、その初撃で可能な限り多くの敵を駆逐するのが当然の選択だ。

そこで、デレデレは同時一斉狙撃による駆逐を提案した。
だが、それには問題が一つあった。
濃霧で視界が完全に効かない状況での狙撃は、素人には絶対に成功しない。
軍人でも傭兵でもないマフィアの人間ともなれば、尚更だ。

彼らは白兵戦や室内戦に長けてはいるが、狙撃は専門外だった。
クールノーファミリーの一部の人間は狙撃を行なえるだけの技量をもっているが、視界が効かない中での狙撃は経験した事が無い。
そんな曲芸的な芸当は、デレデレとツンにしか出来ない。
―――それを疑似的にだが可能にするとなれば、話は別だった。

つまり、敵を視認出来ていればいいのだ。
言い方を変えれば、"敵の姿がどこにあり、敵の急所がどこにあるのか"、それさえ分かれば狙撃は出来る。
そんな事を言えば、誰にだって狙撃は可能になる。
だがそれこそが、デレデレの考えた作戦の狙いだった。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:15:17.34 ID:hh7bL5as0
相手がある意味馬鹿であるからこそ、この作戦は可能になる。
そう。
連中が"馬鹿"であるが故の作戦。
連中が馬鹿である事は、一時間以上前からしっかりと確認済みだ。

なるほど。
飼い主からその場を警戒しろ、と言われれば、大概の人間はその場を警戒する。
しかも、全く根拠のない嫌な予感がすれば、その予感を探ろうとするだろう。
彼らは、馬鹿ではないからだ。

だが、馬鹿な連中はその場に棒立ちになっているだけ。
結果、侵入者に気付かなかったり、計器の故障などの事態に対応出来なかったりするのだ。
その馬鹿に、慢心を入れればゼアフォーが出来上がる。
感情と呼べるものが無いからこそ、彼らは馬鹿なのだ。

"一時間以上も同じ姿勢で、同じ場所で立っている者"を馬鹿と言わずに何と言う。
つまり、作戦はこうだ。
"視界が効く内に、敵の位置と姿勢を覚えて、それを撃つ"。
まるで射的の的を狙い撃つようにして、彼らは脅威を減らすのだ。

窓縁に乗せたM14自動小銃の狙点は、しっかりと固定されている。
"デイジー"の狙撃陣は今、大通りを見下ろせる位置に陣取っていた。
その位置とは無論、大通りに面した民家などの建物の内部だ。
こうして民家で構える事によって、敵に発見される可能性は格段に減る。

実に全体の30%の人員がこの狙撃に駆り出され、他の人員は所定の場所に待機していた。
一人最低二殺。
このノルマをクリアすれば、都の東部。
f、g、hの歩兵を全滅させる事が出来る。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:18:40.86 ID:hh7bL5as0
そうなれば、"カトナップ"と"パンドラ"に掛る負担が減る事となり、自然と作戦は成功するという事だ。
作戦開始まで、マフィアの各々はそれぞれのやり方で集中力を高めていた。
観測手が居ない上に、密集しての狙撃。
一人二殺の目標をクリアする為に、先ほどからずっと敵の姿を見ていた。

瞼を下ろしてもその姿が見えるほどに、今の彼等の神経は研ぎ澄まされている。
煙草を咥えていた者が皆、タイミングを計ったかのようにそれを口から外した。

【時刻――02:30】

デレデレの狙い通り、僅か数十秒の内に七千体弱のゼアフォーはスクラップとなった。
それぞれの報告をインカム越しに聞きつつ、デレデレは"女帝の槍"をスリングベルトに預けながら民家から姿を現した。
彼女も狙撃に参加し、一人で有る程度のゼアフォーを始末したのだ。
そして、彼女が濃霧の満ちる裏路地に足を踏み入れた瞬間、都中の霧が晴れた。

【時刻――02:31】

大騒ぎとなっている大通りを背に、デレデレは悠然と歩く。
こんな状況でさえ、彼女の美貌は微塵も霞む事は無い。
当然、彼女の心が恐怖で震える事も無い。
彼女は、"女帝"。

誰もが恐れ敬う存在である彼女に、恐怖は無縁の存在だ。
それは決して大げさな事ではなかった。
事実、彼女は"女帝"を名乗るのに相応しい資格を全て満たしていた。
むしろ、お釣りが来ると言ってもいい。

(#゚;;-゚)「……」

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:22:10.43 ID:hh7bL5as0
無言で建物の影から姿を現したのは、水平線会会長の"帝王"でぃ。
黒いロングコートの裾を風に靡かせながら、彼はデレデレに合流した。
デレデレは自然な動作で、でぃの腕に自身の腕を絡ませた。
その様は、仲のいい恋人、もしくは夫婦だ。

二人が裏社会の御三家の首領だと、誰が考えようか。

ζ(゚ー゚*ζ「ロマは?」

幼馴染同士の呼称で"魔王"の名を口にしたデレデレに、でぃは短く答える。

(#゚;;-゚)「……予定通りの場所でくつろいでいる。
    玄米茶の入った水筒を持って行ったから、しばらくあの場所に居るだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、相変わらずね。
       ますますお爺さんに近付いちゃって、ねぇ?」

軽く笑みを浮かべ、デレデレはでぃを見上げる。
彼の顔には、表情と呼べるものは浮かんでいない。
しかしデレデレは、彼が微笑を浮かべている事に気付いていた。
伊達に幼馴染と言うわけではない。

(#゚;;-゚)「俺達はせいぜい、"ロマおじさん"に心配を掛けないように立ち振舞うだけだ。
     そうだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。 最近白髪が増えてきて、ロマもショックを受けてたし。
       この面倒くさいトラブルを片付けて、さっさと祭りの続きをしないとね」

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:26:13.44 ID:hh7bL5as0
大通りから響く爆音と銃声をBGMに、裏社会の王二人は裏通りを進む。
目指す場所は、ジョルジュから指定された場所だ。
ジョルジュ本人は先にその場の安全を確保する為、別行動を取っている。
提案をしてきた本人なりのケジメらしい。

ζ(゚ー゚*ζ「……珍しいわね。
       でぃがこんなに嬉しそうだなんて」

唐突に、だが自然とデレデレは口を開いた。
デレデレの言葉を聞いたでぃは、短く言葉を発する。

(#゚;;-゚)「……む」

傍から見れば、でぃはいつも通りの無表情だ。
瞳に宿る光の強さも、その色も変化はない。
ましてや、彼の顔に目に見える表情の変化が浮かぶ筈も無かった。

(#゚;;-゚)「むぅ……」

でぃは唸って、溜息を吐いた。
その行動が肯定か否定か、それを知るのは数少ない幼馴染のみ。
ただ一つ、確定している事はある。
それは、ごく近い未来、彼の持つ大型自動拳銃"帝王の牙"が獲物を噛み殺すという事だけだ。

それっきり、でぃは黙り込む。
同時に、デレデレも黙り込んだ。
二人の間に、多くの言葉は必要ない。
こうしているだけで、二人は互いの事がよく分かるからだ。

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:29:37.87 ID:hh7bL5as0
狭くて暗く、湿気の多い路地裏を進む二人。
その姿を見た者は、誰もが平伏し頭を垂れる。
そして、二人の怒りを買った者は地をのた打ち回り、命乞いをして許しを請い。
人生で最大にして最後の後悔を抱いて、恐怖と絶望の内に死に至る。

"帝王"と"女帝"の揃い踏みは、二人を知る者からしたら悪魔の行進以上に恐ろしいのだ。
世紀末が来たとしても、この二人なら生き延びるに違いない。
むしろ、逆に世紀末を利用して世界を掌握しかねない勢いだ。
二人にその気がない以上、それも杞憂に終わる。

最も恐ろしいのは、彼等が本気で怒った時だ。
どちらが怖いか、などと考える暇もなく、怒らせた張本人はひたすら後悔するだけである。
普段は温和な二人だが、彼等の家族に手が及んだとなると話は別だ。
いつもの温和さが嘘のように、彼等は冷酷になる。

角を曲がり、周囲の建物から現在位置を割り出す。
裏通りで迷えば、それこそ取り返しがつかない。
しかし、裏社会の王である二人が迷うことはなかった。
あるコツさえ掴めば、迷うことはないからだ。

そのコツとは、都の王のみが知っている。

ζ(゚ー゚*ζ「……あ、ここだわ。
       話通り、"宝の山"ね」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:33:48.12 ID:hh7bL5as0
路地裏を抜けて二人の着いた先は、裏通りのスクラップ工場だった。
もっとも、裏社会の一部の人間はこの場所を"宝島"と呼ぶ。
スクラップにされた車や、歯車仕掛けの機械などを細かく分解して、その部品を売って生計を立てている者は少なくない。
山となって積み上げられたスクラップの森を進み、少し開けた場所で二人は立ち止まる。

そこには、ジョルジュが居た。
スクラップの森を見上げるようにして、彼は立ち竦んでいた。
ジョルジュは二人が来るのを見て、ゆっくりと歩み寄る。
でぃの目の前まで来ると、その歩みを止めた。
  _
( ゚∀゚)「お待ちしていました。
    わざわざすみません、お手数をお掛けして」

(#゚;;-゚)「構わんさ……。
    ……さて、俺達をここに呼び出した理由はなんだ?」

珍しく、でぃが先に口を開いた。
  _
( ゚∀゚)「えぇ、簡単な事ですよ……」

瞬間。
その場の空気が凍りついた。
果たして、誰がこの展開を予測出来ただろうか。
有り得てはいけない展開。

―――ジョルジュの裏切りを。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:37:13.09 ID:hh7bL5as0
(#゚;;-゚)「……」

早撃ち、早抜きの技量に関してはジョルジュの右に出る者は都に居ない。
その最速の技で抜き放たれたレッドホークの銃口は、でぃの眉間に向いていた。
銃口を向けられたでぃは、驚きを微塵も浮かべずに黙る。
でぃと腕を組んでいるデレデレも、そのまま固まっていた。

違う。
動かないのだ。
動けば殺られる。
それぐらい、この状況ならば誰にだって理解出来た。
  _
( ゚∀゚)「あなた達には悪いが、俺は"俺の義"の為に銃を持たせてもらう」

銃口を逸らす事なく、ジョルジュは言った。
その言葉に、迷いはない。
この行動は彼の本心からの行動だという事が、痛いほど伝わってくる。

「よーし。 上出来、上出来」

その声は、ジョルジュの斜め後にあるスクラップの山の影から聞こえてきた。
幼い少女の声。
しかし、悪意ある少女の声だった。
敵意のパンに、悪意の蜂蜜を塗りたくったようなその声の主。

爪゚ー゚)「へっへへ。
    なんだ、やれば出来るじゃないか、眉毛」

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:41:05.20 ID:hh7bL5as0
それは、"銃神"じぃ・バレット、その人の声だった。
その姿を見たでぃの表情に、明らかな変化が見られた。
変化の正体は、"怒り"。
"激憤"と言い換えた方が正しいかもしれない。

さながら、己のテリトリーに侵入して悠々と寛ぐ不届き者を発見した獣の如く、でぃは睨みつける。
それを受けても、じぃは怯まなかった。
むしろ、逆だった。

爪゚ー゚)「そう言うわけで、悪いねぇ、お二人さん。
    あんたらには一生、フォックス様の性奴隷としての生活が待ってるからよ。
    自分達の腹の中の寄生虫にも気付けなかった間抜けな豚として、無様に生きるんだな!
    ギッヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

じぃは心底可笑しそうに、腹を抱えて笑い始めた。
しかし、腹から手を外した時にはその手に、二挺の拳銃が握られていた。
鈍色に輝く二挺のベレッタM93Rの銃口は、真っ直ぐにデレデレとでぃに向いている。
彼女もまた、凄腕の拳銃遣い。

爪゚ー゚)「おい眉毛! さっさとそいつらをこっちに渡しな!」

じぃは完全に勝ち誇った顔に、サディスティックな笑みを浮かべた。
この後に待つ余興に舌なめずりをしつつ、どうにか平静を保とうとする。
勝利を確信した者にのみ分かる葛藤は、じぃを余計に興奮させた。
だが、じぃの要求にジョルジュは首を縦には振らなかった。
  _
( ゚∀゚)「その前にこっちが先だ」

せっかく絶頂を迎えようとしていた快感を台無しにされ、じぃは舌打ちをした。
それは男女の営みを邪魔された時に生まれる、殺意とほぼ同義の感情だ。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:45:09.59 ID:hh7bL5as0
爪゚ー゚)「いいや、手前が先だ。
    さっさとしろや、糞が」

飼い主の言う事を聞かない犬を睨みつけるようにして、じぃはジョルジュを見る。
しかし、それでたじろぐほどジョルジュは弱くない。
仮にも彼は、鉄火場を潜り抜けてきた銃遣いなのだ。
調子に乗ったじぃを、逆に睨み返した。
  _
( ゚∀゚)「調子に乗るんじゃねぇよ、哀乳が。
    ガキは大人の言う事を聞けばいいんだよ。
    こっちが、先だ」

爪#゚ー゚)「……んだと?
     手前、私達の事が信用出来ないって言うのか?」

結局、先に負けたのはじぃだった。
所詮は子供だ。
口喧嘩では先に感情的になった方が負けるという事を、知らないのだ。
  _
( ゚∀゚)「あぁ、信用出来ないね。
    その信用を得る為にも、さっさと―――」

ジョルジュは一つ大きく息を吸い込み、叫ぶ。
  _
( ゚∀゚)「―――俺の弟に会わせろ!」

その声こそが、ジョルジュの"義"の正体。
彼が銃を持つ理由にして、彼が裏社会に身を投じた最大の理由だった。

――――――――――――――――――――

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:49:54.78 ID:hh7bL5as0
予測し得なかった初撃によって大打撃を受けた魔女の軍団であったが、流石は魔女の兵士。
伝家の宝刀である戦術データリンクの力は偉大であった。
感情を撤廃している事もあり、彼らは実に冷静に状況を把握した。
初撃を仕掛けてきた者の位置を素早く確認し、それを仲間に転送。

ハインドによる狩りを決行するも、生憎とそれはスティンガーなどによって阻止されてしまった。
だが、こちらには数と質の利がある。
先ほどから続々と落とされているハインドは、もう当てにはならないだろう。
フォックスの切り札の一枚がこうも呆気なく潰されるとは想像していなかったが、それを差し引いてもこちらが有利なのには変わりがない。

各ブロックの警戒に当たっていた仲間を、"データリンクが指示した場所"に向かわせている。
指示した場所は、裏通り方面全域。
連中はまだ、都の東部から移動していない。
となれば、話は早い。

時間が早まっただけで、当初の予定通り、裏通りの人間を駆除する作戦が始まった。
まず手始めに、大通りに面した建物の一室に陣取っている"狙撃手紛い"の始末だ。
性能のいいライフルを持っているが、こちら側も優秀な突撃銃を持っている。
つまり、問題は技量だ。

( ∴)「室内に居る敵を優先して始末。
   ……状況開始」

大通りではまだツンとヒート、その他少数が暴れ回っている。
このままあの手練達を放置しているのは得策ではないが、かといってあれらに戦力を注ぐ必要はない。
拠点を制圧し、帰る場所を消してやれば後は簡単だ。
弾切れ、燃料切れ、体力切れ。

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:53:43.42 ID:hh7bL5as0
そうなった時に、いつでも抑えられる。
それに、だ。
ヒートの相手は、ダイオードと彼女の部下、そして演奏隊がしている。
ツンに関しては、ラウンジタワーで回収したあの男と、荒巻が相手をする。

つまり、彼らは別に慌てる必要はないのだ。
最終的に、彼らの目的は御三家の首領と歯車王の抹殺。
それが実現してしまえば、その間に何が起ころうとも問題は無かった。
"灰燼の女王"は、味方の灰燼でさえ支配するのだ。

銃口を建物に向け、肩付けに構えたエンフィールドの照準器を覗き込む。
今、この場にいるゼアフォー達を統率している隊長格の男は、銃爪を引いた。
照準器に捉えた男を射殺した隊長格の男は、かつて"一度殺された"経験がある。
その男の名は、セントジョーンズ。

死体として霊安室に放り込まれるはずだった彼を引き取ったのは、貞子・ノーマスだった。
そして、彼女はセントジョーンズに対して改造を施し、完全なる機械人形としての生を与えたのだ。
第二の人生を、セントジョーンズは快楽の為に捧げる事を決めた。
好きな時に女を犯し、好きな時に殺す。

実にすばらしい人生だと、セントジョーンズは思った。
事実、この体になってからというもの、彼はやりたい放題の日々を送っていた。
表通りで気に入った女がいれば、言葉巧みに誘い出して犯し、そしてその過程で縊り殺した。
使い捨ての性処理道具のように、彼は女の体と命を弄んだのだ。

これが実に気分がいい。
そして、彼の飼い主であるフォックスがこの都の王になった暁には、もっと自由にやれるとの約束がある。
その為に、セントジョーンズは喜んで闘う。
己の快楽の為だけに。

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 22:57:23.57 ID:hh7bL5as0
先ほどまで引っ切り無しに響いていた銃声が、遂に止んだ。
大通りに面した建物に潜伏していた敵は全滅したらしい。
一応、周囲の建物に警戒しながらも急いで裏通りの方面へ足を進めた。
だが、油断は出来ない。

万が一、建物内に残っていた場合味方に負担が掛る。
そこでゼアフォーの戦術データリンクは、彼らに建物内部の捜索を命じた。
今では減ってしまったが、まだ残りのゼアフォーは約五万もいるのだ。
一つの建物に一部隊を回しても、お釣りが来る計算だった。

裏通り鎮圧の為に続々と集まり始めた部隊の総勢は、何と四万の大人数だ。
大通りの騒ぎを治めるのは一万と、まさに数と質の津波。
全てを灰燼に帰す為の作戦が、遂に始まったのだ。
敵手の内が全て出尽くした以上、これ以上の脅威の出現は有り得ない。

裏通りへと続く狭い道を、彼らは横隊で進む。
左右に立ち並ぶ高いビルが、不気味に彼らを見下ろしていた。
ここから先は、表社会とは無縁の世界。
ヘドロと糞にまみれた汚らしい屑の世界だ。

そう思った瞬間、ゼアフォーの視覚システムが建物からこちらを覗く銃口を捉えた。
だが、その時には遅い。
セントジョーンズの横に居たゼアフォーが、体中に穴を開けて倒れ伏した。
それを契機として、続々と建物の窓や屋上、路地裏から銃声が響く。

どうやら、待ち伏せされていたらしい。
その場で腰を低くし、遮蔽物になりそうなものを探す。
残念ながら、遮蔽物になりそうなものは全く見当たらなかった。
しかたなく低い姿勢のまま、反撃に転じる。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:02:13.21 ID:hh7bL5as0
それが、思わぬ形となってセントジョーンズを助けた。
背後から連続して爆発音が響いたかと思うと、ビルが音を立てて倒壊を始めたのだ。
粉塵から顔を庇いながら、何事かと、そのビルに突入した部隊に連絡を試みた。
しかし、反応は無い。

そこでセントジョーンズは、何が起きたのかを理解した。
敵は万が一に備え、ビルの内部に大量の爆薬を仕掛けていたのだ。
こちらが突入しても、それまでに失った人員の帳尻を合わせる為にビルを崩した。
どこまでも食えない連中だ。

もっとも、その考えが間違いである事にセントジョーンズが気付くのは、もう少し先の話だった。
倒壊したビルは、ゼアフォー達が進んで来た道を塞いでしまっていた。
もともと退く予定はないし、そのつもりもないのでこれと言って困らないのだが。

( ∴)「各部隊へ、作戦に変更は無い。
   ヤクザ共を血祭りに上げろ」

――――――――――――――――――――

この世界のどこに、戦車に正面から喧嘩を売る馬鹿がいるだろうか。
いるとしたら、それはよほどの命知らずか、それとも豪傑かの二択だ。
ギコは後者、それも桁違いの豪傑だった。
戦車に向かって突っ込んだギコは、両手に構えた"ライオン・ハート"の銃口を一台の戦車に定めた。

銃爪を引くと、"爆発"が起きた。
特殊な銃に、特殊な弾。
この二つが揃い、そしてそれがギコの手に渡った瞬間、それは最強の兵器となる。
同時に放たれた二発の弾丸が、戦車の装甲に当たった。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:06:10.86 ID:hh7bL5as0
本来、戦車の装甲を拳銃の弾が貫通する事などまず有り得ない。
だが、ギコの"ライオン・ハート"は例外だ。
対戦車拳銃である"ライオン・ハート"が撃ち出した徹甲弾は、現代戦車の追加装甲すらも容易く貫通する事が出来る。
エンジンと操縦手が吹き飛ばされ、被弾した戦車のエンジン部から火が上がった。

まだ砲手が生きている以上、この戦車は脅威としての価値がある。
立て続けに、ギコは銃爪を引いた。
一発毎に戦車の車体が揺れ、そして内部は地獄絵図と化した。
"血と肉と臓物の入った水風船"が至近距離で爆発すれば、どんな場所でもたちまち地獄のそれと化す。

ギコは輪胴弾倉をワンアクションで取り出し、銃口を上に向けて空薬莢を排出した。
予備の弾を装着したローダーを使って弾を素早く装填し、ワンアクションで輪胴弾倉を戻す。
撃鉄を起こし、援護に来た別の戦車に狙いを付ける。
だが今度はそう簡単にはいかない。

機関銃と主砲が、ギコの銃よりも先にギコを睨み付けていた。
先に機関銃が機能し、ギコのそれまでいた場所の地面を容赦なく抉る。
両手で14kgの銃を持ちながらも、ギコの駆ける速度は落ちない。
主砲がギコの逃げる先に向く。

しかし、その主砲が別の意味で火を噴いた。
文字通り、と言えばいい。
敵が主砲を使う事を誘発してやれば、後はペニサスの射撃で主砲を使用不可能にする事が出来る。
砲身の奥でペニサスに撃ち抜かれた砲弾が爆発し、二台目の戦車が炎上し始めた。

それでもまだ機能停止、もしくは使用不可能には至っていない。
ギコがすかさず合計して四発の弾丸撃ち込むと、遂に二台目は爆発を起こした。
彼の腕力なくして、この"ライオン・ハート"は使用出来ない。
常人がこの銃を使えば、銃爪を引いた指は折れ、運が悪ければ"反動で後方に吹っ飛んで来た銃"に頭をやられる。

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:10:40.57 ID:hh7bL5as0
破壊力の代償は、あまりにもデカイ銃本体とその反動だった。
それを使いこなすからこそ、彼は"獅子将"なのだ。

('、`*川「ギコ! 急いで!」

(,,゚Д゚)「分かってる! ……っ!」

答えている途中で、ギコが上空を見上げた。
爆音と轟音が響いている空から、それは現れた。
轟音を纏って現れたのは、ハインド戦闘ヘリ。

('、`*川「ちぃっ!」

その機銃がギコに向くより早く、ペニサスはリボルバーの銃口をハインドが吊り下げているミサイルに向けた。
向けるのと同時に発砲、そして爆発。
後数秒遅れていれば、ギコの体は間違いなく肉片と化していた。
冷や汗を掻きながらも、ペニサスは落下していったハインドを見送る。

(,,゚Д゚)「ペニ姉、何か乗り物は無いですか?!」

('、`*川「そんなもんあんたに渡すぐらいなら、セグウェイに乗ってヒマラヤ登った方がまだマシよ!
     走りなさい!
     あんたには足が付いてるでしょう!」

(,,゚Д゚)「いよっしゃあ!」

全力で駆けるギコの後ろを、ペニサスが付いて行く。
三台目の戦車を視認した時、戦車の砲口から砲声が響いた。
条件反射で二人は左右に展開し、爆風の殺傷範囲から退避する。
二人の体を吹き飛ばす代わりに、放たれた砲弾は直前まで二人が居た場所にクレーターを作るに止まった。

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:14:12.46 ID:hh7bL5as0
(,,゚Д゚)「舐めるんじゃねぇ!」

"ライオン・ハート"の銃口を持ち上げ、操縦手のいる場所に狙いを定める。
だが、向こうの二射目の方が早い。

(,,゚Д゚)「そぅ……らぁ!」

それでもギコは逃げる事なく、銃爪を引いた。
先に飛んでくる砲弾。
後に飛ぶ弾丸。
その二つが、空中で激突した。

爆発した砲弾を貫通し、ギコの弾丸は戦車の装甲に当たった。
威力と狙いがズレはしたものの、ギコは戦車の主砲を自力で避け切ったのだ。
今度は、ギコの二射目の方が早い。
続けて三射、四射と発砲。

戦車の装甲を貫通し、内部の人間を吹き飛ばす。
まだ後一人いると睨んだギコは、その戦車に駆け寄り、そして飛び乗った。
ハッチを強引にこじ開け、中に侵入する。
地獄絵図の中で唯一生きていた装填手の頭を、ギコは銃床で殴り付けた。

嫌な音と共に有り得ない方向に首が曲がった装填手の男は、無残な最期を遂げた。
律儀に砲弾を装填してくれている事を確認し、ギコはニヤリと樮笑む。
砲身を動かし、隣の戦車にその照準を向ける。
無限軌道の辺りに照準を定め、そして発射。

狙い通り、その戦車の無限軌道は吹き飛んだ。

(,,゚Д゚)「やるねぇ、俺!」

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:18:07.66 ID:hh7bL5as0
ハッチから急いで出て、ギコは別の戦車を破壊しようとする。
だがそれは、今し方合流したペニサスによって制された。

('、`*川「あんたには壊す以外の選択肢がないの?
     それに、特攻したってリスクが高いだけよ。
     この戦車を使いましょう」

装甲に大穴が開いている事と、中がかなりグロテスクになっている事を除けば、居たって普通の戦車だ。
使えない事も無いが、本当に使うのだろうか。
使うのだろう。
ペニサスはこう言う時に冗談は言わない。

('、`*川「運転は私。
     あと全部あなた。 完璧じゃない。
     さっさと中のそれ退けなさい」

ゴミを扱うようにギコは、中に居た死体を外に放り出す。
こうしている間にも、戦車の装甲から何やら嫌な音がする。
どこからか銃弾を撃ち込まれているらしい。
ペニサスはその弾を食らう前に、さっさと中に入る。

ハッチを閉め、ギコは慣れない装填作業を始めた。

('、`*川「とりあえず、周りの戦車はまだ生きてるわ。
     潰すわよ!」

ペニサスが何やら操作をすると、戦車の無限軌道の片側だけが動いた。
無限軌道の場合、車輪とは異なる動きで方向を転換する。
例えば、右に曲がりたい場合は右の無限軌道を止め、左の無限軌道を前進させる。
多少の慣れと経験がなければ、無限軌道の乗り物は乗りこなせない。

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:22:08.43 ID:hh7bL5as0
(,,゚Д゚)「あの戦車どうします?
    なんか動いてますが」

('、`*川「動いてるって、何が?」

(,,゚Д゚)「主砲が動いてますよ。
    あ、こっち見た。
    お?」

この戦車の装甲が、正面だけでなく側面も頑丈だった事が、幸いした。
戦車そのものが殴られたかと思う程の衝撃が、車体を揺らす。
とてつもない爆発音に、二人は耳を塞いだ。

('、`*川「ギコ! さっさとあれを潰しなさい!」

ペニサスの言葉が全て終わる前に、ギコは主砲を動かしていた。
そして、ペニサスが言い終わると同時に発射。

(,,゚Д゚)「着弾確認、ははは、あいつ半分になってる!」

('、`*川「笑い事じゃないでしょ!
     次からはもっと早く動きなさい!」

(,,゚Д゚)「出来る限り頑張ります!」

言いつつ、装填。

('、`*川「あんた達、戦車に何か目印を付けておきなさい。
     これから乱戦になるわよ!」

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:26:04.18 ID:hh7bL5as0
インカムに向かって怒鳴るペニサス。
耳に掛けたインカムの向こうから、すぐさま返答がくる。

『了解です!』

('、`*川「ちなみに、そっちの状況は?」

『ゲイリーとゴートンの部隊が殺られちまいました……
それ以外は、どうにか指示通り戦車に乗ってます』

あの状況から、よく頑張った。
これは褒めるに値する功績だ。
しかし、それは全てが終わってからする事である。
今は、生き残って作戦を成功させるのが優先だった。

('、`*川「鮨詰めにしている程今は余裕がないの。
     何人か戦車の上からジャベリンを撃たせなさい」

『それは言われなくても、今エドとハリスがやってます』

突如、インカムの向こうから叫び声が聞こえた。
最初は何を言っているのか理解出来なかったが、次第に解り始めた。

『痛てぇ、痛てぇよおぉぉぉ!』

『シット! ハリスが撃たれた!
あぁ、ひでぇ…… おいハリス、暴れるな! 余計に血が出る!
ジョージ、早く止血しろ! 俺が外に出る!』

('、`*川「本当に大丈夫なの?」

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:28:18.72 ID:hh7bL5as0
『だ、大丈夫でさぁ、ペニサスの姉御!』

その声は、ついさっき叫んでいた男のものだった。
男の名は、ハリス。
クールノーファミリー傘下の組織である"モンレロン・ハート"に属しており、腕っ節の強さが自慢の大男である。
図体の割に涙脆く、ギコの生き様に影響された男の一人であった。

強がる所まで影響しなくてもいいのにと、ペニサスは内心で溜息を吐いた。

('、`*川「……ならいいわ。
     いい? 大通りの戦車の全滅が目的よ。
     私達の全滅じゃないわ。
     それを決して間違えないように」

――――――――――――――――――――

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:45:44.94 ID:hh7bL5as0
"デイジー"が裏通りに配置した精鋭の人数は、約七千人。
彼らは民家の一室や、屋上、路地裏にその姿を隠していた。
部隊は細かく分けられ、最大で十人、最低で七人の少人数で構成されている。
それらの部隊は、裏通りの各場所に配置され、それぞれの役割を持っていた。

(`゚U゚)『こちらワイルド2!
    これからワイルド1と合流する!
    連中かなりヤバイぞ! ワイルド1の連中が七人殺られた!
    気をつけろ!』

('゚V゚)「こちらワイルド3。
    了解」

敵のECMが破壊された以上、彼らは自由気ままに無線を使う事が出来た。
同時多数の会話を可能にした特殊なインカムから聞こえる内容は、敵が確実に進んできているという事である。
次第に銃声が近くなるにつれ、その銃声に最も近い部隊の隊員は否応なしに緊張した。
右手に持ったクリンコフ突撃銃をしっかりと握り直し、左手に持った望遠鏡を使って屋上から戦闘の様子を確認する。

敵の先頭がぞろぞろと進んでくるのを見咎め、ワイルド3の隊長は息を飲んだ。
銃声と爆音。
そして悲鳴と絶叫がどんどん現実味を帯び始めてきた。
交戦までは、まだ僅かだが時間がありそうだ。

彼等は先鋒のワイルド1と合流し、共に後退を余儀なくされている。
にもかかわらず、その二部隊は後続の部隊の負担を減らす為に可能な限り奮闘しているのだ。
だが、何時までも交戦は出来ない。

(`゚U゚)『こちらワイルド2!
    撤退を開始する。
    ワイルド3、援護を頼む!』

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:49:34.95 ID:hh7bL5as0
地上を進むワイルド2への援護は、煙幕が最適だ。
下手に榴弾を撃ち込んで、万が一にも味方に被害を出すわけにはいかない。

('゚V゚)「こちらワイルド3。
    了解、可能な限りここから援護する。
    スモークを展開して退路を確保しろ!」

その無線を聞いていたワイルド3の隊員達は、ランチャーを使って一斉にスモークグレネードを発射した。
着地した場所から発生した白煙が両者の視界を遮り、相手側だけを混乱に導く。
この隙を利用し、ワイルド1と2は予定通り撤退を開始した。
撤退の進行状況を聞き、ワイルド3の隊長は皆に指示を出す。

自身と数人の部下を引き連れ、彼等は素早く屋上から地上へと降りる。
3階建ての建物から地上に辿り着くまでに、それほど時間を要さなかった。
ワイルド3の隊長の合図で、彼等は路地裏から飛び出し、撤退してきたワイルド2と合流する事に成功した。
クリンコフの銃口を追手に向ける。

('゚V゚)「射撃開始!」

それに合わせ、地上と屋上から一斉に銃声が響く。
まだ晴れ切っていない白煙の影響で、めくら撃ちとなってしまっているが、それなりの効果が期待出来る。
あれだけ密集していれば、一発ぐらいは当たってもいいだろう。
ところが、逆だった。

この一手を読んで射線上から素早く脱したゼアフォー達に、まぐれの一発は当たらない。
逆に、その銃声でこちらの位置を察知し、正確な射撃をしてきた。
耳元と目先を飛んでゆく弾丸に恐怖しつつ、ワイルド3の隊長は味方に状況を伝える事を忘れなかった。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:53:28.80 ID:hh7bL5as0
('゚V゚)「こちらワイルド3よりワイルド4!
    これからワイルド2と合流して、そっちに撤退する。
    すまねぇ、敵の勢いと数が予想以上だ!」

撤退してきたワイルド2合流し、彼等は予定より早い撤退を開始した。
情けない話だが、下手をすれば全滅してしまう程に相手の火力が濃いのだ。
室内にいる者が殿となり、撤退を援護する。
彼等は屋上に掛けられた簡易橋を渡り、予定通りの道を進む手筈となっていた。

そうなれば、こちらの援護をしているどころではない。
そこで、彼らの撤退を援護するのは彼等の後続の部隊だ。
つまり、ワイルド4である。

('゚V゚)「こちらワイルド3!
    ワイルド4、聞こえてるか?!」

(`Ci)『こちらワイルド4。 もうしばらくの辛抱だ、堪えてくれ!』

('゚V゚)「了解!」

空になったクリンコフの弾倉を捨て、装填する。
コッキングレバーを引き、相手の姿も見ずにフルートで乱射した。
片手で構えた為、反動を押さえる事が出来ない。
威嚇射撃程度の意味しかなさない射撃ではあるが、この場合は仕方がなかった。

少しでも足を緩めてしまえば、彼等の人生はそれまでとなってしまうからだ。
屋上にいた彼等の仲間から、RPG-7の援護が加わる。
続いて、もう一発。
流石の相手も、RPG-7相手になると怯んでいた。

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/06(日) 23:57:13.78 ID:hh7bL5as0
だが、バックブラストで射手の位置を把握したのだろう。
数発の銃声が響いたかと思えば、屋上から悲鳴が聞こえてきた。
早くも空になった弾倉を取り外し、予備の弾倉をまさぐる。
しかし、その時に彼は気付いた。

予備の弾倉が、残り2つしかない事に。
もっとも、そんな事を危惧していても何も変わらない。
弾倉を手に取り、装填。
再び相手の姿を見ないでの射撃を開始した。

(`Ci)『待たせたな! 野郎ども、主賓のお出ましだ、失礼のないようにお出迎えしろ!』

その声を聞くのと同時に、彼らの頭上の建物から銃声が響いた。
ワイルド4の援護射撃だ。
数体の敵が倒れ伏すものの、それは砂漠の砂が一握り減った程度の事である。

(`Ci)『ワイルド3、今の内に予定のルートで撤退しろ!』

――――――――――――――――――――

機関銃と突撃銃の一斉射撃は、ワイルド3を追っていた連中を容赦なく薙ぎ払う。
左右の建物から一斉に浴びせかけられた弾丸の驟雨。
流石の連中も、この雨の中ではまともな反撃も出来ないようだ。
ワイルド3が完全に撤退するのを確認出来るまでは、この援護射撃を止めるわけにはいかない。

彼等ワイルド4に与えられた武装は、重機関銃と突撃銃だけだ。
RPG-7などの武器がない代わりに、広範囲に長時間の射撃が可能だった。
丁度、こちらが弾倉を取り換えている時の事だった。
インカムから、ワイルド3撤退完了の合図が聞こえてくる。

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:01:26.77 ID:mlA1lvFS0
弾丸の帯を挟み終え、ワイルド4の隊長は棹桿操作をしたM2重機関銃を撃つのを再開した。
援護が終わった以上、彼等は本格的な攻撃を仕掛けなければいけない。
再度、斉射を開始したワイルド4。
今はまだ連中を釘付けに出来ているが、それもいつまでもつ事やら。

デレデレからは臨機応変に即時撤退を命じられている。
こうしている間にも、連中は早くも体勢を立て直しつつある事は、容易に想像出来た。
頬を掠め飛んで行った弾丸に後押しされる形で、ワイルド4の隊長は撤退を決意した。
通信の為に、一旦射撃を止める。

(`Ci)『主賓はお怒りの様だ、M2に付いてる奴ら以外は撤退しろ。
   残りは弾を撃ち尽くすまでは銃座を離れるな!』

言い終え、ワイルド4の隊長は射撃を再開する。
クリンコフを持った味方が、彼の横を走って行く。
その際、肩をポンと叩かれた。
どうやら、突撃銃を持った味方の撤退組は彼で最後の様だ。

10人で構成されたワイルド4の内、機関銃組は彼を含めて4人。
撤退がスムーズに行くのは当然だった。
弾幕が薄くなり、いよいよ連中の反撃がやって来た。
思わず銃座から離れそうになるも、どうにか踏みとどまる。

相手の撃つ弾丸の全てが、彼の体を掠め飛んで行くのだ。
このままでは、何時頭を吹き飛ばされてもおかしくない。
込み上げる恐怖を押さえつけ、彼は残りの味方に撤退を命じた。
残りは、彼一人だ。

彼自身がようやく撤退を決めたのは、左肩に二発目の弾丸が撃ち込まれてからの事だった。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:05:04.04 ID:hh7bL5as0
(`Ci)『ワイルド4よりワイルド5!
    これからそっちに奴らが行くぞ!
    準備しておけ!』

少数で大多数を相手にするには、ゲリラ戦法が最も有効な手段である。
まともに相手にしていては、まず勝てない。
可能な限り無駄な戦闘を避け、即座に撤退。
度重なる待ち伏せで、ある程度損耗させ、向こうが反撃を開始したら撤退。

これを何度も繰り返す事が、彼らの任務だった。
ワイルド5の隊長は、そこらに伏せている味方に合図を出す。
彼らは、民家の屋上とその内部に隠れていた。

(゚D゚)『こちらでも敵を視認した。
    無理はするな。
    ……お前らはいつも無理をするからな。
    ドール婆さんの時だってそうだっただろ?』

M2重機関銃の初弾を装填し、ワイルド5の隊長は軽口を叩く。
各ワイルドの隊長は、裏社会の組織のトップ、もしくは重鎮である。
隊長同士の会話は、言わば会合に匹敵するほどの価値があった。
ワイルド4の隊長である男は、普段は地上げなどを専門にした所謂ヤクザ稼業だ。

(`Ci)『今、あの婆さんの話をするな!
    沼地みたいな土地を買ってやるって言ってるのに、一向に譲らないからいけないんだ!』

どこか愉快気に返した声の後ろから、絶え間なく銃声が響く。
ワイルド5の隊長は、部下にRPG-7で援護するよう指示を出す。
屋上伝いにワイルド4のメンバーが撤退してきた。
遅れて、数人。

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:09:11.21 ID:mlA1lvFS0
最後の一人、今通信している男がまだ来ていない。

(゚D゚)『だからって、家の周りに風俗店を乱立させるなよ。
    ロマネスクさんに言われた事を忘れたのか?』

(`Ci)『老人に風俗は毒、だろ』

(゚D゚)『妙に説得力があったな、あの台詞には。
    さて、近づいてきたぞ……』

――――――――――――――――――――

ワイルド5の隊長はそう呟き、重機関銃の銃把を握りしめた。
金属照準器の向こうに、敵の姿を捉える。
同時に、ようやくワイルド4の隊長が彼の横を通り過ぎた。
ワイルド4の撤退が完了したのを、ワイルド5の隊長は味方に告げる。

(゚D゚)「……ようこそレストルームへ。
   ワイルド4の撤退を確認した!」

屋上から見える敵の数は、冗談としか思えなかった。
しかし、それで臆する彼らではない。

(゚D゚)「お前ら!
    後で倒した敵の数だけ酒を奢ってやる!
    行くぞ!」

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:13:01.09 ID:mlA1lvFS0
一斉に響いた銃声。
雨のように吐き出される弾丸。
一つに繋がって聞こえる薬莢の落下音。
硝煙の香りが、辺りに満ち始めた。

しかし、同時に。
彼らの足元のコンクリートが弾け飛んだり、何人かの腕や足、運の悪い者は頭に弾丸を食らったりしていた。
次第にこちらの位置を把握してきているのだろう。
約400メートル先から突撃銃で弾を当てて来るのは、正直予想外だった。

早くも弾切れになったワイルド5の隊長が、後ろに控えていた男に機関銃の弾を要求する。

(゚D゚)「アパム!アパム!弾!弾持ってこい!アパ―――ム!」

アパムと呼ばれた男は、泣きべそを掻きながら駆け寄って来た。
彼はかつて、抗争の際に弾倉を渡す事なく逃げた経験があり、今回はその罪滅ぼしとしてこの作戦に参加していた。
本人の希望ではないのだが、彼のボスから直接言い渡されたら仕方がない。
両目を抉られるか、ここで皆の役に立つかと言われれば道は一つだけだ。

アパム゚)「も、持ってきました!」

(゚D゚)「さっさとそいつをよこせ!」

今にも死にそうな顔をして、アパムは弾倉を手渡す。
それを受け取って装填すると、再度機関銃が火を噴いた。
まだ距離が空いている為、そこまで正確な射撃、つまりは脳天をいきなり吹き飛ばされたりはしないはずだ。
となれば、弾数と弾幕がモノを言う。

204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:17:05.03 ID:mlA1lvFS0
絶え間なく浴びせかける弾丸に、敵はそろそろ遮蔽物が欲しい頃だろう。
機関銃の集中砲火により、連中が視線の先でそこら辺にあった遮蔽物に身を隠したのを、見咎めた。
―――それを待っていた。

(゚D゚)「アパム! 今だ、奴等を吹っ飛ばせ!」

アパムは、どこからか取り出した装置のボタンを押す。
敵もまさか、遮蔽物に爆弾が仕掛けられているとは思いもしなかっただろう。
アパムがボタンを押すのに合わせ、遮蔽物が景気よく吹き飛んだ。
何人かの敵兵が、遮蔽物にしていた廃車と共に宙を舞っていた。

(゚D゚)「よし、スモーク!」

こうなった以上、彼等は余裕を持っての撤退が出来る。
四方八方から、スモークグレネードを発射し、彼らは白煙で敵の視界を封じた。

(゚D゚)「ワイルド5からワイルド6。
    所程通りn」

機関銃を持っていた男、ワイルド5の隊長は途中で口を閉ざした。
そのまま糸の切れた人形のように倒れ込み、血の海に顔を沈める。

アパム゚)「「あ、あわわ……」

アパムはその光景をまともに見てしまい、腰を抜かした。
ワイルド5の隊長は、後頭部を銃弾に穿たれて死亡したのだ。
見たくも無いお味噌を見てしまい、アパムは恐怖に固まる。
そんなアパムを敵が放って置く筈も無く、アパムの後頭部もまた、同様に穿たれた。

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:21:25.32 ID:mlA1lvFS0
(iE)『どうした!
   答えろ、ワイルド5リーダー!
   ……くそったれ!』

ワイルド5の隊長のインカムからは、空しくワイルド6の隊長の声が響いていた。
だが、ワイルド6の隊長は怒りに身を任せて突撃をするような愚か者ではない。
こうなる事は、事前に皆覚悟していた事だ。

――――――――――――――――――――

(iE)『ワイルド6よりワイルド7!
   ……おい、返事はどうした?!
   お―――』

ワイルド6の隊長の声は、直後に響いた爆音と重なり、誰にも届かなかった。
ワイルド6の視線の先、裏通りのある一角で激しい銃撃戦が展開されていた。
どこの部隊が誰と戦っているかは知らないが、まだあの仮面の男達が裏通りを侵略したとの情報はない。
別の誰かが別の誰かと戦っているのだと、ワイルド6の隊長は考えた。

返事がない以上、ワイルド7はもう全滅させられていると考えてもいい。
冷静にデレデレの言葉を思い出し、ワイルド6の隊長はインカムに向かって怒鳴った。

(iE)『ワイルド5と7が殺られた!
   各部隊、一撃離脱を徹底しろ!
   本格的にやばい!
   近くの部隊は残存勢力を連れて、合流地点まで下がれ!

   ワイルド5の保護を忘れるな! 誰も置いていくなよ!
   ……クソッたれが!』

210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:25:06.15 ID:mlA1lvFS0
こうなると、彼らは煙幕を展開して少しでも敵の足を緩める事しか出来ない。
質と量を兼ね備える敵に、彼らのゲリラ戦法はあまり意味をなしていなかった。
これと同じような光景が、裏通り方面で二十近く展開されていた。
特別、どこかの部隊が不運というわけではない。

これが、戦場だ。

【時刻――03:00】

彼らは戦車相手に、実に良く闘った。
ここまで闘えた事自体が奇跡と言ってもいい。
奪った戦車を利用し、ギコの力とペニサスの知でどうにか大通りの戦車を全滅させる事は出来た。
だが、それまでだった。

奪った戦車を動かしていた五つの部隊は、ここに来るまでの過程で大打撃を受けていた。
幸か不幸か、全滅はしていない。
精々、死者が三十人程度で済んだだけましだ。
しかし、残りは全員例外なく重症だった。

当然、それはギコとペニサスも例外ではない。
今でこそ、こうして戦車の陰に隠れているが、いつ殺されてもおかしくは無い状況だった。
左腕に一発、右足に三発、右肩に一発。
止血は済ませたが、出血のせいでロクに走り回る事も出来ない。

ペニサスはと言えば、ギコが身を呈して護った甲斐もあり、左足に二発で済んでいた。
だが、彼女の自慢の早撃ちはもう出来ない。
足の軸がしっかりしていないのに、まともな射撃を期待する方が無理だった。
戦車の陰から牽制程度の射撃をするのが関の山。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:29:06.00 ID:mlA1lvFS0
幸いだったのは、敵の歩兵の九割が大通りから移動した事だった。
不運だったのは、敵の歩兵の一割が残っていた事。
そのせいで負傷し、そのせいでこうして生きている。
ペニサスは空になった弾倉から、薬莢を排出した。

胸ポケットのローダーを取り出し、面倒くさげに装填。
一挙動で装填を終えた輪胴弾倉を銃身内に戻し、銃爪を引く。
こうして牽制射撃をしていても、埒が明かない事は理解していた。
むしろ状況は悪化するだけだ。

弾は無限ではない。
残りの予備弾は、六発。
つまり、後一回の装填で弾切れになるという事だ。
だからといって、悠長に弾を温存出来る身分でもない。

この牽制射撃をしなければ、西部に控えている敵の歩兵が一気に押し寄せるだろう。
"カトナップ"と"ヤーチャイカ"の援護も望めない。
向こうは向こうの仕事がある。
ペニサスの最大の誤算は、敵の学習能力が桁違いに高かった事だった。

最初の内は順調だったのだが、次第にこちらのパターンを読み始め、今の状態にまで押し戻されてしまった。
それでも、流石は"クールノーの番犬"だった。
ギコの"ライオン・ハート"と、ペニサスのリボルバーで道を開き、負傷者を安全な場所にまで移動させたのだ。
ただし、その代償として二人が敵の注目を一斉に受け、命からがらこうして戦車の陰で応戦しているという次第である。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:33:18.38 ID:mlA1lvFS0
六発しか入らないペニサスのリボルバーは、呆気なく弾切れになった。
最後の一つのローダーで装填をして、惜し気の無い牽制射撃。
この牽制射撃で、どれだけの敵が屠れただろうか。
撃った弾の数だけかもしれないし、ひょっとしたら一人も殺れていないかもしれない。

('、`*川「ギコ、あんたのそれ貸しなさい」

戦車の無限軌道に背を預けてぐったりしているギコに、ペニサスは声を掛けた。
弾の無くなったリボルバーをしまいつつ、ギコの肩を揺らす。

(,,;Д;)「痛い! 痛いから揺らさないでよ、ペニ姉!」

涙目で抗議するギコを無視して、ペニサスはギコの手から"ライオン・ハート"を奪い取ろうとする。
だが、ギコはそれを離さなかった。
痛みに耐え、ギコは震える声を漏らす。

(,,゚Д゚)「ペニ姉は休んでてくださいよ。
    ここは俺が囮になりますから、先にあいつらを連れて"デイジー"と合流してください」

('、`*川「……」

本来なら、ビンタの一つと共に罵倒文句を言うところだが、ペニサスはそうしなかった。
代わりに、ギコの瞳を覗き込む。
ギコの瞳には、力強い意志が宿っているのが見えた。
蝋燭はその炎が消える直前、輝きを増すという。

ギコの瞳は、まさにそれと同じ輝きを持っていた。
何も言うまい。
誰よりもギコを理解しているペニサスだからこそ、ここは堪えたのだ。
ギコの意地を、心遣いを無駄にしてはいけない。

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:37:13.71 ID:mlA1lvFS0
('、`*川「ちゃんと、帰ってくるのよ」

(,,゚Д゚)「へへへっ、すいません。
    じゃあ、また後で」

ペニサスは胸ポケットから、スモークグレネードを取り出す。
ピンを抜き、それを投げた。
勢いよく吹き出る白煙に身を隠して、ペニサスは振り返らずにその場を走り去った。

(,,゚Д゚)「こりゃあ、死ぬわけにはいかねぇな」

ギコはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
苦笑とも、自嘲とも受け取れる笑みを浮かべつつ、両手に構えた大型拳銃の撃鉄を起こす。
弾はまだどうにかなりそうだが、その前に体が保たないだろう。
決死の覚悟で挑めば、ペニサス達が"デイジー"と合流する為の時間を稼げるかもしれない。

頭の良くないギコは、細かい事を考えるのを止めた。
そろそろ、スモークグレネードの煙幕が切れる頃合いだ。
ぐずぐずしてはいられない。
一つ、深呼吸。

(,,゚Д゚)「ゴルアァァァァァァ!!」

そして咆哮。
戦車の陰から飛び出し、ギコは雄叫びと共に銃口を前に向けた。
これからギコ達を始末しようと固まっていたのが、彼らの犯した失敗だった。
獅子将はなにも、対大型車の戦闘にのみ長けているわけではない。

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:41:11.62 ID:mlA1lvFS0
この銃をもってすれば、同時に五人を相手にする事だって可能だ。
一発で戦車の装甲を正面から撃ち抜く特殊で巨大な弾丸の直撃を受ければ、人間などプリンも同義。
それを今、見せつける。
右手の人差し指が銃爪を引き、爆音と大差ない銃声を響かせた。

当然のように、その銃口から吐き出された弾丸は人間を"破裂"させる。
まるで冗談のように文字通り吹き飛んだゼアフォーの残骸が、宙を舞う。
あまりにも馬鹿げた威力を目の当たりにし、ゼアフォーは遮蔽物に身を隠した。
だが、ギコはその遮蔽物に狙いを定め、銃爪を引いた。

ちなみに、ゼアフォーが遮蔽物として選んだのは破壊された戦車の残骸だったのだが。
放たれた銃弾はそれを貫通し、その向こうに居たゼアフォーを吹き飛ばした。
他のゼアフォーが、ギコの四肢を狙って銃弾を浴びせかける。

(,,゚Д゚)「甘いんだよぉ!」

重量のある銃を利用して、コマのようにくるりと回った。
その際、体を低くする事を忘れない。
正確に放たれた銃弾を避け、ギコは銃を構える。
しかし。

(,,゚Д゚)「お、ごおっぁ?!」

無茶な動きをしたせいで、足と腕に激痛が走った。
たまらずよろめいたギコの隙は、あまりにも致命的過ぎた。
両手の銃が撃たれて弾かれ、ギコの右足に激痛が走る。
右足のブーツの爪先に、親指ほどの穴が開いていた。

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:45:16.75 ID:mlA1lvFS0
倒れそうになるも、ギコは歯を食いしばってそれを堪える。
右腰のホルスターに差していた愛用のリボルバーに、素早く右手を伸ばした。
だが、今度は右手の甲に激痛。
大きく肉を削がれた右手から、おびただしい量の血が流れ出す。

(,,゚Д゚)「……っ、舐めるんじゃあねえぇぇぇ!」

獅子将の意地は、ゼアフォーのデータを越えていた。
まだ動く左腕で、右腰の銃に手を伸ばす。
今度は、左肩に衝撃と激痛。

(,,゚Д゚)「ぐ、うぅぅぅぁぁぁぁぁあああああ!」

再度、ギコは咆哮した。
その咆哮は、手負いの獅子のそれではない。
怒りに身を震わせる獅子の咆哮だった。
近付こうものなら、噛み殺すと言わんばかりの気迫に、ゼアフォー達は距離を取る。

息が荒くなり始めたギコの出血量は、常人なら立っている事すら不可能なほどの量だった。
おまけに、ギコが受けた苦痛は気を失っても何ら不思議ではない。
下手をすれば、そのまま死んでいたかもしれないほどの激痛である。
彼が"獅子将"故に、今こうしてギコは立って睨んで咆哮する事が出来た。

それも、そう長くは無い。
出来るだけ早く治療を受けなければ、間違いなくギコは失血多量で死ぬ。
それでも、ギコは恐れない。

(,,゚Д゚)「ゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:49:14.07 ID:mlA1lvFS0
彼は、"獅子将"。
死と常に隣り合わせの生を生き。
死に牙を剥く獅子にして、死に挑む胆力を持ち合わせる、獅子なのだ。
ギコはただ、義姉と彼の同志を護る為だけに吠えていた。

そんな虚勢じみた行動に、何時までも臆しているゼアフォーではない。
武器も、戦う手段も無い負傷した人間に警戒する事も無いと判断したのか、銃口を下げながらギコに近付いてきた。
しかも、あえてゆっくりと近づく事によって、ギコにプレッシャーを与えるという悪質ぶり。

(,,゚Д゚)「死ぬわけには……
    死ぬわけには、いかねぇんだぁぁぁぁ!」

目は、逸らさない。
目を逸らす事は、逃げると言う事だ。
逃げはしない。
最後の瞬間まで、戦い貫く。

( ∴)「標的をこれより捕縛する。
    生かしたまま捕えろ」

何やら不気味な事を口走ったゼアフォーを、ギコは睨みつける。

(,,゚Д゚)「誰が誰を捕らえるって!?
    冗談じゃねぇ!」

そうは言っても、ギコの四肢はもう動かない。
彼の気力をもってしても、どうしようもなかった。
殴る事はおろか、銃爪を引く事も出来ない。
精々、意識を保っていられるのが精一杯だ。

223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:53:07.64 ID:mlA1lvFS0
( ∴)「……クスクスクス。 無様だなぁ、えぇ?おい
   なぁにが"獅子将"だ?
   手前は精々、野良猫が妥当だろうが」

(,,゚Д゚)「言ってくれるじゃねぇか、この変態仮面が!」

( ∴)「今はそうやって生きがっていられるだろうな。
   だが、お前の義姉が捕らえられて凌辱される様を、特等席で見せつけられたらどうなる?
   お前は必死に止めろと叫ぶだろう。 無様に涙と鼻水を垂らしながらなぁ!」

ゼアフォーの嘲笑が、不気味に木霊する。
発言したゼアフォーが、ゆっくりとギコに歩み寄る。
他のゼアフォーはそれを見て、クスクスと笑っていた。
これからギコに何が起きるのか、それを知っている者の下卑た笑いだ。

( ∴)「でもなぁ、そうはさせねぇよ。 お前はここで、死んでもらう。
    映画や漫画じゃ、生かして置いた奴が思いもよらない邪魔になるからな。
    天国でマスでも掻いてな!」

手にしたライフルの銃口を、ギコの眉間に突き付ける。
弾倉が空という事も無く、銃爪を引くだけでギコの人生は幕を閉じる。
周囲を囲んでいるゼアフォーの配置は、万が一にも邪魔が入らないようにされていた。
もはや、ギコにも、ペニサスにも、"御三家の用意したどの部隊"にも打つ手はなかった。

他の部隊が援護に駆けつける可能性も有り得ない。
それでもなお、ギコは臆する様子を一切見せなかった。
死の淵に居ても、彼は"獅子将"という事だ。
目を閉じる事なく、ギコは笑みを浮かべた。

―――そしてゼアフォーは、ギコに向けた突撃銃の銃爪を引いた。

227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 00:59:04.96 ID:mlA1lvFS0
【――同時刻】

裏通りに続く道は、戦場と化していた。
市街戦はゼアフォーの得意とする分野であったが、マフィアの連中もどうやら得意な分野だったらしい。
ソマリアの民兵もかくやと言う建物からの襲撃。
しかも一撃離脱を心得ているようで、ゼアフォー達の攻撃を柳のように受け流していた。

だがそれでも、海兵隊並みの実力がある彼らの敵ではない。
時折路地裏から飛び出して撃ってきた愚か者を、容赦なくハチの巣にするのは朝飯前である。
確実に互いの戦力を削るも、もともとの兵力差からしたら確実に負けるのは裏社会。
このまま進んで、一気に裏社会の人間を駆逐するのは時間の問題だった。

その様子が映し出されたスクリーンを、黒いスーツに身を包んだフォックスは満面の笑みで見ていた。

爪'ー`)「クフフ…… 素晴らしい、実にすばらしい光景だ。
     そうは思わないかい?」

フォックスは視線を、自分の足元に向けた。
そこには、一人の長髪の男が居た。
男の顔立ちは非常に整っており、世の女達が好き好みそうな美形だった。
事実、男はその顔を生かして表社会で芸能活動をしている。

ジョニーズ事務所と言えば、誰でも知っているぐらい有名な芸能プロダクション会社だ。
そこの人気No.1である男は今、フォックスの足元に全裸で跪いていた。
男の首には犬用の首輪が巻かれ、それに繋がった鎖はフォックスが握っている。
よく見れば、男の体中に鞭で叩かれた跡があった。

ところどころに血が滲み、見ているだけで痛々しい。
両手は手錠をかけられ、後ろに回されている。
それだけでなく男は、フォックスの股間に顔を埋めていた。

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:03:26.66 ID:mlA1lvFS0
爪'ー`)「おい、犬。
     僕の質問に答えろよ」

文字通り犬のように、フォックスの股間を舐めまわす男に対し、フォックスは冷たい言葉を掛けた。
男の首に巻いていた首輪の鎖を、無理やり上に引っ張る。
苦しげに顔を歪め、男は掠れた声で答えた。

「は……い……」

爪'ー`)「ふむ……
     僕一人だけで楽しんでたら、不公平だね。
     ……遊んであげよう」

その声は、ゾッとするほどに優しかった。
男の首に繋がった鎖を握った手に込めた力を緩め、男を蹴り飛ばす。
床に倒れた男は、小さな悲鳴を上げた。
最初の頃の威勢は、今では欠片も残されていない。

もう、フォックスに逆らうと言う思考すら出来なかった。

爪'ー`)「さて、まずは君の緊張を解きほぐしてあげようじゃないか。
     御主人様に感謝しなよ?
     ほら、いつもみたいにオネダリしなよ」

言いつつ、フォックスは履いていた赤いハイヒールを脱いだ。
ハイヒールの下にあったのは、フォックスの細い足。
黒いストッキングが、その足を怪しげに見せた。
そしてフォックスは、何食わぬ顔でその右足を男に差し向ける。

「う……あ……」

230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:07:07.41 ID:mlA1lvFS0
男の呂律は、上手く回っていない。
が、それでも男はフォックスの足を見ると、途端に生気を取り戻したかのように起き上がる。
壊れた人形のように、ギコチがない。
両手を後ろに回されている為、男は芋虫のように這いずり、フォックスの足へと寄った。

―――そして、男は信じられない行動に出た。

「ん、んむ……っ」

なんと、フォックスの差し向けた脚先をしゃぶり始めたのだ。
気が狂っているのはどことなく理解できるが、それでもこれはひどい。
正気だった頃からは、到底想像出来ない。
傲慢で、自信家だったあの男の面影は、そこにはなかった。

赤ん坊が母親の乳房にしゃぶり付くように、男はよりにもよってフォックスの脚先を口にしている。
ストッキング越しだとは思わせないほどに、男は無我夢中で脚先をしゃぶる。
その様子を見て、フォックスは恍惚とした笑みを浮かべた。

「いいねぇ、そうだよ。
それでいいんだよ。
人間の生は、性につながる。
そうだろう?」

もう、男の耳には何も聞こえていないらしい。
フォックスの問い掛けに反応することもなく、男は足をしゃぶっていた。
どれだけ味覚が狂った者でも、ここまで美味しそうにしゃぶりはしないだろう。
人の足を、それも、ストッキング越しに、だ。

「んぶ、ぬぐ」

233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:11:13.10 ID:mlA1lvFS0
フォックス「くくく……
       どれ、飼い犬にはご褒美を上げよう」

椅子に腰掛けたまま、フォックスは開いた左足を男の下部に伸ばした。
そこには、羞恥心と快楽の虜となった男の意志があった。
生命の危機に反応するのと同じように、男の恥部は痛々しいほどに反応していた。
天を貫かんと反り立つそれに、フォックスは左足で触れる。

それがビクリと反応し、男の息づかいが荒くなる。
男が口にしているストッキングは、すでに唾液でグッショリとしている。
滲み出る蜜を舐め取り、そして吸う男。
これは、もう。

人間ではない。
性欲に生きるただの豚だ。
家畜だ。
ゴミだ。

これが、人間の生への執着の一つの形である。

フォックス「僕の足をしゃぶって興奮するなんて、君は変態だねぇ。
       それに、足で触られただけで、ほら……」

左足を、男の亀頭にそっと乗せ、摩る。

「も、もぶぉ、もが!」

喘ぐ。 滑稽に喘ぐ。
快楽に喘ぐ。
はしたなく喘ぐ。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:15:11.44 ID:mlA1lvFS0
それでもなお、足から口を離さない。

フォックス「こんな汁を出すんだから、君は救えないなぁ……」

摩っていた左足を亀頭からどけると、触れていた部分から糸を引いていた。
男の先走り汁だ。
粘液性のそれを見せつけるようにして、フォックスは左足を上げる。

フォックス「そうだ、確かどこかのエコロジストが言っていたね。
       資源は大切に、だっけ?」

再び男の亀頭に左足を乗せ、先走り汁をローションのようにして、亀頭全体を刺激する。

「もぶぁ、ぶばっ!」

あまりにも強すぎる刺激に、男の体が痙攣を起こしたように震えだした。

フォックス「あれ? もうイっちゃうのかい?
      足で摩られただけで、イクんだぁ…… 早いなぁ、早漏君」

嗜虐的な声色と目遣いで、フォックスは男の羞恥心についた火を更に激しく燃やす。
罵られるだけで、この快楽。
威勢から受けるこの扱いと相まって、男の性欲のタガは完全に外れていた。

「がもっ、うごっ……もばぁっ!」

男はようやく、フォックスの足から口を離した。
唾液が溢れ、男の胸に垂れる。
が、問題なのはそれではない。
男の股間から、勢い良く白濁とした体液が噴射されたのだ。

239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:19:27.12 ID:mlA1lvFS0
それをフォックスの左足が受け止め、ストッキングに染み込む。

フォックス「おやおや、もう射精したのか。
       でも、まだ大丈夫だよねぇ?」

フォックスは返事を聞かず、今度は両足を男の股間に伸ばした。
まだ萎えていない男のそれを両足で包み、上下に擦り始める。
射精したばかりで敏感になっているのに、更なる追い打ち。

「う、うあぁっ」

直接的刺激意外にも、男が興奮しているのには理由がある。
フォックスの姿勢と、男の体勢の関係上、フォックスの下着が丸見えなのだ。
視覚的にも刺激され、男が快楽に抗う術はない。

フォックス「ほら、ねぇ? 僕を楽しませてよ。
      楽しませてくれれば、もっと気持ちよくしてあげよう」

「あふぁっ!」

返事の代わりに、二回目の射精。

フォックス「おいおい、興奮しすぎだろう。
       ふふふ…… まぁいい。
       そろそろ、僕も気持ちよくしてもらおうか」

愛犬の粗相に目くじらを立てる事はせず、フォックスは笑む。
男の精液が付着したストッキングをそのままに、男を蹴り倒す。
仰向けに倒れた男の上に、フォックスは飛び乗った。
自らの上着の胸元を肌蹴させ、そこから赤い下着とそれが覆う挿入が露わになった。

241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:23:13.89 ID:mlA1lvFS0
馬乗りの状態で、フォックスは下半身の下着に手をかける。
恥部を覆う部分を横にずらし、未だに反り立つ男のそれを当てがった。

フォックス「くふっ、くふふっ。
       じゃあ、いただこうか」

そして、フォックスは腰をゆっくりと降ろし始める。
既に愛液がフォックスの恥部を濡らしていた為、挿入はかなりスムーズに行われた。
魔物に食われるように、男のそれがフォックスの恥部に埋まる。
その性交の様子は、禍々しさすら感じられた。

さながら、悪魔と魔女の営みと言ったところか。
吐き気を催す程に生々しく、そして汚い。
二者の間にあるのは、快楽を求める雄と雌の衝動。
それだけだ。

狂ったように腰を上下させ、フォックスは舌をだし、快楽に酔う。
男は喘ぎ、そして求める。
食欲を、睡眠欲を、家族を、何もかもを犠牲にしてまでも得たいと思う快楽を。
ここにいるのは、快楽の虜となった人間の成れの果て。

どちらが絶頂を迎えても、尚も続く狂気の宴。
終わってみれば、その部屋には精液と愛液と、汗と唾液の臭いが充満していた。
が、誰も気にはしない。
むしろ、心地よい香りだと言うだろう。

爪'ー`)「……ふぅ」

243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:27:09.72 ID:mlA1lvFS0
不満気とも満足気とも取れる溜息を吐いて、フォックスは組み敷いた男の顔を見る。
短時間の間で、男は精力と体力を相当消費していた。
顔には疲労の色が浮かんでおり、しばらくは続けられなさそうだ。
腰を上げ、恥部から男のそれを排除する。

男が数十回と射精した精液が、恥部から漏れ出た。
それを見て、フォックスは妙案が浮かんだと言わんばかりの表情を浮かべる。
先程まで座っていた椅子に腰掛け、未だに仰向けに倒れている男に向かって、言った。

爪'ー`)「舐めなよ」

何を、とは言わずとも分かるだろう。
フォックスの恥部だ。
狂気の宴を始める前に舐めさせていたとは言え、今しがた男に汚された。
ティッシュを使うのも、シャワーを浴びるのも面倒くさい為、フォックスは命じたのだ。

「は……い……」

その返事に不服だったのか、それとも逆に満足したのか。
フォックスは、男の顔を殴り付けた。
女の力でどうにかなるわけではないが、男の心を折るにはそれだけで十分だった。

爪'ー`)「ほら、さっさと続けろよ。
    美味しそうに舐めるんだ、分かってるよね?
    君が汚したんだ、しっかりね」

鎖を引っ張り、男の顔を体ごと持ち上げる。
そして、胸の高さまで持ち上げた男の顔に自分の顔を近づけた。
嗜虐的な笑みを浮かべ、フォックスは男の顔を舐めた。
男は虚ろな目で肯くと、再びフォックスの股間に顔を埋める。

245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:31:06.45 ID:mlA1lvFS0
爪'ー`)「人は脆い。 実に脆い!
    目の前で現実を見せ付けるだけで、こうも簡単に壊れてしまう!
    あぁ、なんて素敵なんだ! 人の心を壊すのがこんなに素敵な事だなんて!」

目の前の巨大なスクリーンに映し出される戦場の光景に、フォックスは嬉々として見入る。

爪'ー`)「もうすぐ散る命ほど美しいものはない!
     目の前で消えゆく命ほど美味なものは無い!
     そして、歴史が変わる時ほど心躍る時は無い!
     それが自分の手で変わるとなると、尚更心躍る!」

そう言って、フォックスは両足で男の首を固定した。
当然、フォックスの股間に押し付けられた男の口と鼻は塞がり、呼吸器官が空気を欲する。
だが、男がもがき苦しむも、フォックスは力を緩める気配はない。
逆に力を込め、男の顔面が蒼白になっても尚フォックスは力を込め続けた。

四肢を動かして必死に離れようとするが、無駄だった。
次第に力がなくなり、やがて男は動かなくなった。
そこでようやく、フォックスは足を解いて力を抜いた。

爪'ー`)「無能な犬はいらない。
     君は、もっと美味しそうに、無様に、丹念に僕を悦ばせるべきだった。
     ……今度は別の犬を飼うとするかな」

目を見開いたまま絶命した男が足元に崩れ落ち、フォックスは溜息を吐いた。
家族と恋人を人質に取ったはいいが、この男が強情でなければ余計な手間が省けたのだ。
目の前で恋人を徹底的に犯して、その過程で殺してしまったのがいけなかったのだろうか。
何にしても、あの女の壊れた時の表情ときたら、結構そそるものがあった。

爪'ー`)「各部隊、状況はどうだ?」

248 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:35:16.63 ID:mlA1lvFS0
『全て予定通りです。
敵を裏通りの奥にまで追い詰め、今し方、全部隊が合流しました』

爪'ー`)「ふむ…… 呆気ない、実に味気ない。
     僕は、"女帝"の事を過大評価しすぎたのかな?」

どこからか取り出した最高級の葉巻を咥え、マッチで火を灯した。
深く空気を吸い込み、優雅に紫煙を吐き出す。
訝しげな顔をするも、すぐに妖艶な笑みへと転じる。

爪'ー`)y‐「向こうの手は全て出尽くした。
      他に何か伏兵が居る筈も無い。
      ……やはり、僕の勘違いか」

フン、と鼻で笑うと、フォックスは再度葉巻を口に運ぶ。

爪'ー`)y‐「おい、上の階の三姉妹はどうなっている?」

『銀、狼牙共に上階で戦闘中。
残る千春は一階で戦闘中。
いずれも、こちらが地下に居るとは気付いた様子はありません。
むしろ、逆方向に進んでいます』

その報告を聞き、フォックスは笑んだ。
フォックスの所有するゼアフォーの部隊は全て大通りに向かわせている為、このラウンジタワーには生身の人間しかいない。
三姉妹がこちらの居場所に気付いていたら問題だったが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。
あの三姉妹は愚かにも、フォックス達が上階にいると考えているようだ。

他に侵入者もいないし、このままこうしていればあの三姉妹も時機に捕らえられる。
いよいよ、チェックメイトだ。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:40:43.73 ID:mlA1lvFS0
爪'ー`)y-「少しは楽しませてくれたが、所詮は有象無象の馬鹿の集まり。
      下水道のゴミ虫共を駆除するのは、優れた者の役目だ。
      全部隊、当初の予定通り"灰燼の女王"を完遂しろ。
      この都の歴史に終止符を打て!」

フォックスは葉巻を足元の死体の頭に押し付けて消し、狂った笑みと共に叫んだ。
魔女の命令に、画面の向こうから短く肯定の返事がくる。
フォックスの作戦は大詰め。
全力で、全軍で一気に終わらせる。

爪'ー`)「この勝負、この舞台、この戦!
    僕の勝ちだ、女帝!」

高らかに勝利宣言。
その顔には、先程の性交でも見られなかった色が浮かんでいた。
快感に狂う女の色だ。
長年の鬱憤を晴らし、都を、世界を手に入れる。

フォックスの目指す、快楽の世界の為に。
全てを快楽で染め、己の欲望のままに生きる。
それら一切が許容された世界を、作り上げる。
誰が呼ぶともなく、"魔女"。

快楽と欲望をこよなく愛する魔女こそが、灰燼の女王。
フォックス・ロートシルトなのだ。

251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:44:48.18 ID:mlA1lvFS0
【――同時刻】

ジョルジュ・長岡には、生き別れの弟が居た。
顔も、名前も知らない弟。
その弟を探す為、ジョルジュは銃を手にし、裏社会に身を投じた。
だが、幾ら裏社会に生きても弟の情報は一つも手に入らなかった。

雨の日も、雪の日も、どんな日も欠かさずに弟の情報を探し回った。
それでも、駄目だった。
己の非力さを嘆くも、ジョルジュはその時間すらも惜しんで情報を探した。
そしてついに、ジョルジュの弟を知る者が現れた。

それが、フォックス・ロートシルトだった。
ネットワーク会社の社長ならば、多くの情報に精通していてもおかしくない。
ジョルジュと彼女の出会ったのは、ごく最近の事。
そのきっかけは、"パンドラの箱"。

あの作戦が終わった後、ジョルジュは自分の上着に一枚の手紙が入っていた事に気付いた。
開いて見ればそこには、"弟の身柄はこちらが保護"しており、もし再会を果たしたければ。
"もしもの場合、でぃとデレデレの二人を指定の場所にまで連れて来い"、と書いてあった。
ジョルジュはその紙に従い、あの大通りでの騒ぎをやり過ごした。

そして、"もしもの場合"が発生した今。
ジョルジュは二人を連れてこの場所に来ていた。
彼はただ、己の義を果たす為だけに。
  _
( ゚∀゚)「交換条件のはずだ。
    そっちが俺を弟に会わせれば、約束通りこの二人を引き渡す」

でぃに銃を突き付けたまま、ジョルジュは冷静に言い放った。

253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:48:08.82 ID:mlA1lvFS0
爪#゚−゚)「そんな事知らねぇよ!
     そっちが渡せば、さっさと会わせてやるって言ってるだろ!」

先ほどから両者は一歩も譲らない。
冷静さを欠いたじぃと、あくまでも冷静なジョルジュ。
生きてきた理由を求めるジョルジュと、決着を急ぐじぃ。
どちらも、互いの命が掛っている。

譲れるはずがなかった。
  _
( ゚∀゚)「だから小便臭いガキは嫌いなんだ。
    ほら、夜更かしすると寝小便するから、早く帰って寝てろ」

爪#゚−゚)「おいこら、手前、私に喧嘩売ってるのか?!」

何か嫌な事を思い出したのか、じぃは完全に冷静さを失っていた。
ただ、じぃが思い出した嫌な事と言うのは別に寝小便の事ではない。
ラウンジタワーで回収した廃棄寸前の男に犯された際、失禁してしまった事を思い出したのだ。
もともとプライドが高いだけに、じぃの怒りが収まるはずがない。
  _
( ゚∀゚)「布団に世界地図を描くのは結構だが、臭いのはかなわねぇ。
    アンモニアもスカトロも好きじゃねぇんだ。 弟に会わせて、この二人を連れてさっさと消え失せろ」

そんなじぃの怒りを感じ取っても、ジョルジュは挑発を止めなかった。
むしろジョルジュは、じぃを余計に怒らせているように見えた。
まるで、じぃの怒りが爆発する瞬間を待っているかのように。
じぃはその事に気付いていない。

爪#゚−゚)「っ!上等じゃねぇか!
     その二人より手前を先にぶち殺してもいいんだぜ?」

254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:52:04.80 ID:mlA1lvFS0
銃口はそのままに、じぃはジョルジュを睨む。
  _
( ゚∀゚)「それとも何か、先に会わせられない理由でもあるのか?
    大人の世界じゃなぁ、信頼ってもんが大切なんだ。
    いつまでも小便娘のワガママに付き合ってるほど、俺は暇じゃない。
    ……弟が先だ」

爪゚−゚)「ぐっ……!」

ジョルジュの言葉が正論なだけに、じぃは言葉を詰まらせた。
フォックスにも言われていた事だが、じぃはワガママが過ぎる節がある。
そのせいで、じぃはフォックスに教育と称した虐待を受けていた。
もっとも、その性格が直っていればこんな事を思い出す事も無かったのだが。

爪゚−゚)「…………」

痛いところを突かれたじぃは、しばし黙り込む。
戦術データリンクの独立端子を持つじぃは、いちいちサーバーに接続しなくてもあらゆる情報を手に入れる事が出来る。
他にもこの端子を持つ者はいるが、費用が掛る為、数は限られている。
こういった状況の場合、する事は一つだけ。

データリンクに保存されていた、とある項目を見て、気を落ち着かせた。

爪゚ー゚)「……いいぜ、会わせてやるよ」

それまでの怒りが嘘のように静まり返り、じぃは笑みを浮かべる。
そうだ。
この場合は、"冷静"になった方が勝つ。
  _
( ゚∀゚)「最初からそうしていればいいんだ」

256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 01:57:57.71 ID:mlA1lvFS0
ジョルジュは呆れ顔でそう言った。
直後、じぃの浮かべた笑みは、フォックスのそれに酷似していた。
それもそのはず。
―――じぃは、フォックスのDNAを元に作られたクローン人間なのだから。

爪゚ー゚)「その前に、私のストレスを解消させてもらうぞ」
  _
( ゚∀゚)「勝手にしろ。 言っとくが、俺はガキの放尿やオナニーを見ても全く興奮しないからな。
    するなら、向こうの隅っこの方で黙ってひっそりとやってくれ」

親指でスクラップの山の影を指す。
ジョルジュの言葉を完全に無視し、じぃの目線はでぃとデレデレに向けられた。

爪゚ー゚)「仲間に裏切られた気分はどうだ?
    さぞや驚いただろうよ。 なぁにが絆だ、なにが義だ!
    その吐き気がするような言葉、笑わせるねぇ!」

ただ単に、じぃはこの二人を罵倒する事によってストレスを発散しようとしているらしい。
しかし、じぃの言葉に二人は期待通りの反応を示さない。
逆に、二人はじぃの逆鱗を逆なでする反応を示していた。
でぃは相変わらずの無言の無表情、そして無反応。

それは、子供の戯言を受け流す大人の反応だった。
デレデレに至っては、クスクスと笑っていた。
じぃはそれを、悪足掻きだと受け止めた。
この状況でそんな余裕ぶった所で、何一つ状況は変わらないからだ。

爪゚ー゚)「ショックで壊れちまったか? 安心しろよ、手前等はこれから―――」

ζ(゚ー゚*ζ「黙れ」

258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:01:39.01 ID:mlA1lvFS0
短く、鋭い恫喝の声。
それは、じぃの持つ感情全てを停止させ、思考までも支配した。
女帝の言葉に黙ってしまったじぃであったが、すぐに口を開こうと試みる。
だが、開かない。

魔法にでもかかってしまったかのように、じぃの口は固まったままだった。

ζ(゚ー゚*ζ「あなた、勘違いしすぎね。
       ―――いいわ、特別に教えてあげる」

嫣然と笑みを浮かべるデレデレは、明らかに上から目線で物を言っていた。
それが当然であると言わんばかりに、圧倒的に、かつ優雅に。

ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュちゃんがあなた達と接触した事は、こうなるより前に気付いていたわ。
       もっと詳しく言うなら、ジョルジュちゃんがあなた達と繋がっていた事、かしら。
       だって、そうでしょう?」

間を置き、デレデレは口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「あの懸賞金リストに、ジョルジュちゃんの名前だけが無かったんですもの。
       誰だって疑うわ。
       それに、大通りでの騒ぎでただ一人だけ、全く戦う事なく避難したっていうのも怪しすぎた。
       千春がハッキリと見ていたのよ、その現場を」

言い終え、デレデレはクスリと笑う。
そして、傍らのでぃを見つめる。

(#゚;;-゚)「お前らはジョルジュが捕まらないようにしたのだろうが、それが逆に目立つ事になった。
    "仕掛けた罠の様子を狩人が見に行けば、どんなに鈍い獣でも"気が付く」

262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:05:13.01 ID:mlA1lvFS0
爪゚ー゚)「だからどうしたって言うんだよ?
    手前等の生殺与奪権は、この私が握ってるんだぞ!
    早死にしたくなければ、私のご機嫌をとる事だな!」

依然として、じぃの優位は変わらない。
事実、じぃがその気になれば二人を撃つ事など訳のない事だ。
デレデレともあろう者が、それを知らないはずがない。

ζ(゚ー゚*ζ「ああ、どうか、それ以上喋らないでくれるかしら?
       小便臭いのよ、あなた。
       自覚がないんでしょうけど、本当に臭いわ」

爪#゚−゚)「立場ってものを理解させてやろうか?
     マネキンみたいな足で歩きたくないだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「臭いって言っているでしょう、便器娘さん。
       それともなぁに?
       耳に糞でも詰まったのかしら?
       だとしたら、バキュームカーでも呼ぶ事をお勧めするわ」

瞬間、じぃの理性が吹き飛んだ。
怒りに身を任せたじぃが銃爪を引こうとするが、それを止めたのは意外な人物だった。
  _
( ゚∀゚)「その通りだ、便器娘。
    望み通りストレスは流せたか?
    ほら、さっさと弟に会わせろよ」

必死に笑いを堪えている様子で、ジョルジュはそう言った。
しかし、煮え切らない怒りを抑え込めるほど、じぃは大人ではない。

266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:09:03.95 ID:mlA1lvFS0
爪#゚−゚)「邪魔するんじゃねぇよ!
     この糞アマを撃たなきゃ、私の気が済まねぇ!」
  _
( ゚∀゚)「そんなのは知らねぇよ、便器。
    それとも何だ?
    まさかとは思うが、弟がいるっているのは嘘だとか言うんじゃないだろうな」

爪゚ー゚)「……オーケィ。
    分かった、もういい」

笑顔でそう言うと、じぃはでぃに向けていた銃口をジョルジュに向けた。
本来なら、こうするのはもう"少し先の予定"だったのだが、そんな事を考える余裕はじぃには残されていない。
じぃの心に、自制心は欠片も残されていなかった。

爪゚ー゚)「もう面倒だ。
    手前も、そいつらも今ここで私が殺す。
    ……よかったな、眉毛。
    あの世で弟と感動の再会が出来るぞ」

ハッキリとした決別の宣言に、だがジョルジュは顔色一つ変えなかった。
むしろ、やっとかと言う溜息さえ聞こえてきそうなほどに、余裕で満ち満ちている。
  _
( ゚∀゚)「……やっぱり、か。
     あの時、お前らの紙に小便かけておいて正解だった」

ジョルジュも、目にも留まらぬ速度でレッドホークの銃口を背後のじぃに向けた。

爪゚ー゚)「やっぱり?
    分かってたらなんで、ここに来たんだ?」

267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:13:42.81 ID:mlA1lvFS0
じぃの質問に、ジョルジュは鼻で笑った。
そして、次にジョルジュが口を開いた瞬間。
彼の眼には、うっすらと涙が滲んでいた。
  _
( ゚∀゚)「俺の弟が死んでるかもしれない事ぐらい、知ってたさ。
    それでも、俺はあいつに会いたいんだよ。
    どれだけか細い可能性でも、俺はそれに賭ける。
    まぁ、これで諦めがついた。

    ……一応、礼を言わせてもらうぜ」

爪゚ー゚)「……あーもー。
    訳わかんねぇよ!
    おまえらみんな面倒くさいんだよ!」

銃口を向け合っていても、じぃに余裕があるのには訳がある。
彼女の体は、すでに人間のそれではない。
軽量の特殊合金によって形成された骨格に、それを覆う硬い皮膚。
ジョルジュのレッドホークの弾丸では、掠り傷程度しか付けられない。

つまり、事実上じぃとジョルジュは銃口を向けあっているものの、凶器を向け合っているというわけではない。
故に、じぃは余裕を持って三人を前にする事が出来ていた。
今こうしてジョルジュに銃口を向けているが、これはあくまでもフェイク。
相手にするのは、"女帝"と"帝王"。

初めから、ジョルジュなど眼中になかった。
当初の予定では、二人を捕獲した後、ジョルジュを始末するはずだったのだが、順序に狂いが生じてしまった。
だからと言って、それに問題がない事は先ほど戦術データリンクが教えてくれた。
じぃが両手に構えた機関拳銃の装弾数は、合計で四十発。

269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:16:49.36 ID:mlA1lvFS0
3点バーストをフルオート射撃に改造したこの銃に、負けは有り得ない。
勝利を確信したじぃは、二人の王がハチの巣になるのを幻視しつつ、銃爪に力を込めた。

爪゚ー゚)「これで、全部!
    お終いだぁああああああああああ!!」

フルオートで放たれた銃弾の雨は、銃口が覗くもの全てを撃ち払う。
引き裂かれる衣服。
舞う鮮血。
穿たれる肉。

遊底が完全に引き切り、全弾撃ち尽くした事を告げる。
硝煙の揺蕩う中、じぃの顔は驚愕と呆れに満ちていた。
足元に転がる薬莢の数は、撃った弾丸の数と同じだ。
全弾撃ち尽くしたという事は、四十発を撃ったという事。

仮にも"銃神"の名を持つ以上、じぃの腕はフルオート射撃中でも変わらない。

爪;゚ー゚)「ば、馬鹿か、お前は!」

その全ての弾丸を一身に受け止めた者に、じぃは怒鳴りつけた。
受け止めた者は口から血を吐き出しながらも、笑顔を浮かべたまま。
震える口で、言った。
  _
( ゚∀゚)「ざまぁ……見ろ……
    これが……俺……の義だ……!」

満足げな笑みを浮かべつつ、ジョルジュはその場に倒れ込む。

爪;゚ー゚)「?!」

274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:20:19.91 ID:mlA1lvFS0
ジョルジュが取った予想外の行動に、目を奪われるじぃ。
何を考え、この男はこのような行動を取ったのか。
それを思考するより先に、じぃのセンサーは自らに向けられた大口径の銃口の存在に気付いた。

(#゚;;-゚)「……」

並みの大口径の銃でも、じぃの装甲は撃ち抜く事は出来ない。
だが、例外もある。
例えば、そう。
遮蔽物すらも噛み砕く"帝王の牙"が相手となれば、じぃの装甲とて無事では済まない。

ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュちゃん、御苦労さま」

でぃの二挺拳銃に守られながら、デレデレは倒れ込んだジョルジュの元に屈みこんだ。
浅い息をするジョルジュは、その声に目を細める。
まるで、デレデレの事を天使か何かだと思っているような、そんな目だ。
  _
( ゚∀゚)「……あと、は……」

咳込み、血を吐き出す。
その血が、デレデレの顔に飛んだ。
だが、デレデレは全く気にしない様子でジョルジュの頭を撫でた。

ζ(゚ー゚*ζ「後は、私達が請け負うわ。
       約束通り、貴方は弟君と同じお墓に入れるから、安心して頂戴」
  _
( ゚∀゚)「す……ま、せ……」

ζ(゚ー゚*ζ「謝らないで、ジョルジュちゃん」

275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:25:32.43 ID:mlA1lvFS0
徐々に、だが確実に。
ジョルジュの瞼が落ちてくる。
  _
( -∀-)「あ、……り…が……と…………す」

瞼が完全に落ちるのと。
ジョルジュの命が消え去るのは、果たしてどちらが先だったのだろうか。
ただ一つ言えるのは、彼の死に顔は安らかなものだったという事だけだ。
体中に穴を開けられても、人間はこのような顔で死ねるらしい。

ζ(゚ー゚*ζ「……お疲れ様、そしてお休みなさい」

悲しげに眼を伏せたデレデレは、ジョルジュの亡骸を抱き上げた。
力なく垂れた四肢が、ジョルジュの死を雄弁に語っている。

爪;゚ー゚)「どうなってるんだよ!
     なんでそいつが!」

装填作業もせずに、じぃはその光景に目を奪われていた。
どうして、ジョルジュは命を投げ出して二人を助けたのか。
咄嗟の行動とは思えない。
だとしたら、事前に話がついていたとしか考えられなかった。

しかし、そんな事が有り得るのだろうか。

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:29:10.51 ID:mlA1lvFS0
ζ(゚ー゚*ζ「だから、言ったじゃない。
       勘違いしているって。
       私達はジョルジュちゃんに騙されてここに来たんじゃないの。
       ジョルジュちゃんの"提案"を聞いて、それでここに来たのよ。

       つまり、貴女が来る事も、何もかもが分かっていた事。
       "全部、予定通り"なのよ」

そう。
有り得るのだ。
―――否、正確に言えばその可能性は、有り得ていた。
この大騒動の行く末の鍵を握っていた男は、その鍵をデレデレに託したのだ。

あの時、ジョルジュは全てをデレデレ達御三家の首領に話した。
自分がフォックスから取引を持ちかけられた事も、自分の気持ちも。
何もかもを話した上で、ジョルジュはそれを利用した作戦を提案した。
それは、相手の仕掛けた罠を逆手に取った提案だ。

まず、二人はジョルジュに騙されたフリをして指定の場所に来る。
そこで、向こうの指定した条件である、"二人の身柄を交換する段階"にまで持ち込む。
当然、相手は先に二人の身柄を要求する。
その時に大人しく差し出さず、先にジョルジュの目的を要求する。

それにより、向こうは確実にその要求を退けようとするだろう。
この段階にまで来たという事は、向こうにとっては言わばチェックメイトの一手前と同じ。
多少の冒険をする余裕はあるが、不可能を受理する余裕はない。
どうにかしてジョルジュの要求を後回しにする為、向こうは交渉を始めようとする。

279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:34:56.32 ID:mlA1lvFS0
その際、相手を怒らせる事により、時間を稼ぐ。
相手は、チェックメイトまで後一手という焦りを抱き始め、次第に冷静さを欠く。
ここで生じる"油断と隙、そして時間"。 それこそが最も重要だった。
この三要素があれば、デレデレの作戦は確実に成功するからだ。

あくまでも、こちらが相手の罠に気付いていないと思わせるのが、今回の目的だった。
ジョルジュの取り分は、弟の身柄、もしくはその安否の情報だけ。
万が一の場合、二人を危険に巻き込んだ責任を取ってジョルジュが楯になる。
そしてその際、ジョルジュの骸は彼の望み通りの場所に埋葬する手筈となっていた。

御三家の誇りに懸けて、ジョルジュのこの提案は受理されたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュちゃんの"義"は、つまりはそういう事よ。
      この子の義は、決して無駄にはならないし、するつもりもないわ」

爪゚ー゚)「はっ! 何が義だ!
     こう言うのを、ただの無駄死にって言うんだよ!
     大層な言葉を使って美化するのはいいが、現実を教えてやる!
     手前等の部下は、もうボロボロの瀕死なんだよ!」

ようやく新たな弾倉を装填したじぃは、スライドストッパーを外す。
初弾が装填され、撃鉄の起きた状態の機関拳銃の銃口は、依然として二人を捉えたままだ。

爪゚ー゚)「もう手前等に勝つって言う可能性はないって事さ!
     ギッヒヒヒヒヒヒヒヒ!」

高らかに笑い声を上げるじぃ。

ζ(゚ー゚*ζ「……本当かしら? じゃあ、聞かせてちょうだい。
       私達の部下って、誰の部下の事を言っているの?」

284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:41:11.71 ID:mlA1lvFS0
爪゚ー゚)「痴呆になったのか?
    手前等の部下って言ったら、お前ら"御三家"の部下の事だろうが!」

呆れた声で答えたじぃには、デレデレの質問の真意に気付いた様子がない。
デレデレは続けて、もう一つの質問をした。

ζ(゚ー゚*ζ「貴方達が喧嘩を売った王は何人かしら?
       そしてこの都には、何人の王がいるのかしら?」

爪゚ー゚)「そりゃあ"四人"……だ…ろ……」

先ほどと同じ調子で答える途中で、じぃの体から血の気が完全に引いた。
戦術データリンクが、混乱を起こす。
当然の事だ。
頼りにしていたデータリンクが考えもしなかった展開が、起きてしまったのだ。

そう。 この都の王は"三人"ではない。
裏社会を統べる王は確かに、"三人"だ。
がしかし、王はそれだけではない。

表社会を統べる、都の王。
歯車王を含めれば、その王の数は―――
―――"四人"になる。

爪;゚−゚)「あ、あ、あぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「今さら気付いたところで、もう遅いわよ。
       貴女が馬鹿だったおかげで、随分と時間が稼げたわ。
       ……それじゃあ、"逆転劇"を始めましょうか」

287 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:45:09.67 ID:mlA1lvFS0
【時刻――03:10】

―――裏通り。

ウサギを狩る狩人の気持ちで、ゼアフォーはマフィア達を追っていた。
奥へ奥へと撤退する者を狩るのは、正直面白みに欠ける。
それでも、やはり嗜虐心を抑える事は出来ない。
無論、抑えるつもりも毛頭なかった。

それにしても、逃げられ続けると言うのも腹が立つ。
時々思い出したように撃ってくる弾丸に当たるヘマはしないが、耳元で蚊の羽音がすれば誰だって苛立つだろう。
民家や路地裏、様々なところからちょっかいを出すが如く撃ってくるマフィアを殺さなくなって、久しい。
弾が当たる前に奴等は皆、逃げ消えたのだ。

だが、大人数と質の利がある以上、焦る必要も無かった。
それでも一応、彼らは戦闘のプロ。
戦術データリンクから、最適な作戦をダウンロードする。

( ∴)「フォローデータリンク」

サーバーに接続し、その返答を待つ。
いつもなら、それは瞬く間に終わるのだが、今回はどうやら回線が混み合っているらしい。
独立端末を搭載していれば、こんな手間は省けるのだが、そうはいかない。
高性能とはいえ、所詮は量産型。

コストを削減する為に共有という手段を取るのは、至極自然な話だった。
しかし。
妙だ。
いくら混み合っていると言っても、これは混み過ぎだ。

290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:50:04.54 ID:mlA1lvFS0
いや、違う。 これは混んでいるのではない。
"何かが起きている"のだ。

( ∴)「デーダリングニセツ続。
   ……タスクコンプリート」

そんな思考も、そんな予感も。
何もかもが、彼らの頭から消え去った。
―――フォーマット、即ち初期化。
彼らに残されたデータは、新兵同然の白紙の状態だった。

当然、彼らを率いていたセントジョーンズも例外ではない。
完全に初期化された彼等は、自分の居る場所も、目的も分からない。
ただ、手に持った銃の使い方なら分かる。
それ以外は、全く分からない。

自分達が"この場に誘き寄せられた"事など、分かるはずも無かった。
無駄に残された感情も、この場合は全く役に立たない。
となれば、彼らはただ棒立ちになって状況を確認する事しか出来ない。
戦場で棒立ちになる事が、如何に危険か。

ましてや、ここは。
"危険極まりない裏通り"なのだから。
―――建物の陰と言う陰から、"そいつ等"は現れた。
手に持った戦斧と、漆黒の外套。

そして、三つの穴が開いた白い仮面。
戦斧に頭を割られたゼアフォー達が倒れる様子を、"そいつ等"は無言で見つめていた。

( ∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)∵)

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:54:30.07 ID:mlA1lvFS0
―――某所。
机の上には、二台のノートパソコンが置かれていた。
画面に表示されているのは、一つのウィンドウ。
そこには、幾つもの文字が規則正しく羅列されている。
素人が見ても、その文字列の意味を理解する事は不可能だ。

何故なら、これは。
"ゼアフォーの戦術データリンク"そのものだからである。
複雑に暗号化したデータを、更に暗号化する事によって外部からの干渉を不可能にしているのだ。
だが、これは本来ならFOX社のサーバーにあるべき情報である。

それが何故、こんなノートパソコンに表示されているのだろうか。
答えは一つ。
"外部からの干渉に成功したから"である。
しかし、仮にも堅牢なセキュリティに守られているFOX社のサーバに、ノートパソコン如きがアクセスできるものなのだろうか。

それが出来たからこそ、今こうして戦術データリンクの内容がディスプレイに表示されているわけだが。
どう考えてもおかしい。
ゼアフォーシステムは物理的に他のネットワークから独立しているのだ。
つまり、直接システムに接続する為には、FOX社にあるサーバーに足を運ぶ必要がある。

その手間を省いたのは、他でもないゼアフォー自身だった。
全てのゼアフォーがシステム端末だと仮定すれば、彼ら自身が高性能な電子機器そのもの。
それを使えば、なんて事はない、いともたやすくサーバーに接続する事が出来るのだ。
"渡辺が回収したゼアフォーの首"。

それを利用して、内部からのハッキングに成功したのだ。
画面に映し出されているのは、ゼアフォーシステムの中核とも言える"ブラクラ"。
これに対して、ある命令を下せば、それは瞬く間に広がり、システムの恩恵を受けている端末全てに影響する。
ある命令とは当然、システムの初期化。

293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 02:58:05.40 ID:mlA1lvFS0
「おk、ブラクラゲット」

システムの初期化は、ゼアフォーにとってはある意味銃弾よりも確かな"死"だ。
言うなれば、OSの無いパソコン。
その戦闘情報こそが強みなのに、それが失われてしまえばゼアフォーの力は途端に無くなる。
初期状態のゼアフォーは、新兵レベルの戦闘力しかないのだ。

その状態に戦術と言う鎧と、戦闘情報と言う銃を持たせて初めて、ゼアフォーは海兵隊並みの実力になる。
それを奪われたとなれば、ゼアフォーの心臓は何者かに鷲掴みにされているも同然だった。
彼らの心臓を鷲掴みにした者は、その二台のノートパソコンの前に腰かけていた。
二人とも黒のスーツを隙なく着こみ、陰鬱気な表情をしている。

その眼に宿るのは、好奇心に満ちた光。
その顔に浮かぶ表情もまた、好奇心旺盛な子供のそれだった。
良く見れば、二人の男の顔立ちは非常によく似ている。
双子、もしくは兄弟の類だろうか。

惜し気も無く、かつ躊躇いなく、ノートパソコンの前に居た二人の男は実行キーを押した。
直後、画面に映し出されていたゼアフォーシステムの文字列が、全て消えた。
最後に映し出されたのは、"初期化完了"の文字。
それを見るや否や、二人の男は互いに見つめ合う。

そして、ハイタッチ。
小気味のいい音が、部屋に響く。
二人の男は、事前にタイミングを計っていたかのように、同時に口を開いた。
その口から紡がれた言葉と声は、完全に重なって聞こえた。

( ´_ゝ`)(´<_` )『流石だよな、俺ら』

297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:02:08.17 ID:mlA1lvFS0
―――大通り。

ギコに向けられた銃が火を噴く事は、遂になかった。
何故なら、その銃は"変態紳士が妙な意地を通してまでも使う事を決めた銃"なのだから。
よもや、在庫処分を決定した武器商人の口車に乗せられてこんな銃を買ったとは、夢にも思わなかった。
そう、銃が火を吹かなかったのは、奇跡でも何でもない。

必然だった。
この銃が弾詰まりを起こすのは明確。
当然にして必然。
弾が詰まった銃の銃爪を幾ら引こうと、弾が飛びでないのは当たり前だった。

それを見ていたからこそ、ギコは笑顔だったのだ。

(,,゚Д゚)「へへへっ、どう……したよ?
    "幸運の女神に尻穴でも掘られたような顔"をして?
    尻穴を掘られる気分はどうだい?」

舌打ちをして、ゼアフォーはライフルを投げ捨てた。
周りを囲んでいたゼアフォーの銃が健在である以上、ギコの死は遠のく事はない。
ライフルを投げ捨てたゼアフォーは、胸元の鞘からアーミーナイフを抜き放つ。

( ∴)「丁度、ライオンの毛皮の足拭きマットが欲しかったんだ。
    どこから皮を剥がしてほしい?
    おススメは腹からだ」

銀色の切っ先に、ギコの顔が反射する。
銃とナイフ。
向けられて怖いのは、言わずもがなナイフである。
痛みを想像出来る分、ナイフの方が威圧感は高かった。

302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:07:29.84 ID:mlA1lvFS0
それが大振りのアーミーナイフともなれば、尚更だ。
刃をギコの頬に当てつつ、ゼアフォーは仮面の下で笑みを浮かべた。
人の皮を生きながらに剥ぐのは、未経験の境地だ。
両手両足を切り落として女を犯した事はあるが、皮を剥いだ事はない。

如何なる種類の快楽が待っているのか、楽しみである。

( ∴)「それじゃあ―――」

その後の、ゼアフォーの言葉はギコの耳に届かなかった。
幾ら意識が朦朧としているとは言え、ギコの聴覚は健在だ。
無論、嗅覚、味覚、触角、視覚共に問題はない。
ゼアフォーの言葉は、直接的に掻き消されたのだ。

その正体が、"チェーンソーのエンジン音"だと理解するのにそう時間は掛らなかった。

「―――さようなら」

それは、涼しげな女の声だった。
黒髪ショートカットの女が手に持つチェーンソーは、文字通り、ゼアフォーの上半身を切り落とした。
女がどこから現れたのかは、この際問題ではない。
女の出現と共に、周囲のゼアフォー達の様子がおかしくなり始めた事の方が問題なのだ。

まるでゼアフォー達は、記憶喪失になったどこかの男のように、辺りを見渡している。
そして、今し方男を伐採した女が、何事も無かったかのように口を開いた。
ある時はギコを救った謎の女。
―――またある時は、焼鳥屋の従業員。

(*゚ー゚)「ごきげんよう、ギコさん。 大丈夫ですか?」

304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:11:05.22 ID:mlA1lvFS0
【時刻――03:15】

勝負とは、先に手の内を全て曝け出した方が負ける。
その法則は、今も昔も変わらない。
デレデレが最初に展開した複数同時の大騒動。
フォックスは、それがデレデレの全ての切り札だと勘違いしてしまった。

当然、フォックスは全力でデレデレを潰しにかかる。
その際、持てる全てを動員して徹底的に潰すというフォックスの性格が反映された事が、この不足極まりない事態に発展したのだ。
相手は御三家だけだと思い込んでしまった事が、致命的な敗因。
忘れてはいけない者を忘れてしまった代償は、あまりにも大きすぎた。

都の各地に、次々と出現した歯車王の私兵であるビコーズの実力は、ゼアフォーのそれよりも遥かに高い。
ましてや、新兵同然に成り下がってしまったゼアフォーなど相手にすらならない。
限界ギリギリまで粘ったデレデレの作戦は、フォックスの作戦を物の見事に打開したのだ。
フォックスが喧嘩を売った都の王達は、生半可な実力者ではない。

実力に伴い、そしてそれを行使する知恵を持つ。
だから、彼らは王なのだ。
最後に残された切り札を使用した王の一手は、フォックスがそれまで描いていたチェックメイトまでの構図をぶち壊しにする。
もう、誰にも止められない。

―――歯車は動きだしてしまったのだ。

フォックス・ロートシルト。
淳シュール。
貞子・ノーマス。
荒巻・スカルチノフ。

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:15:15.85 ID:mlA1lvFS0
王に楯突いた四人の愚者を地獄へと誘う為の歯車は、もう回ってしまっているのだ。
逃げる事など不可能。
生き延びる事など、夢のまた夢。
思惑と、陰謀と命を擦り潰す歯車には、誰にも逆らえない。

後は、文字通りこの大騒動に終止符を打つ男に掛っている。
誰も逃してはいけない。
逃げると言う選択肢を与えてはいけない。
特に、フォックスは四人の王の怒りを買った張本人なのだ。

フォックスが逃げるのが先か。
それとも、ドクオが魔女を殺すのが先か。
その勝負の行方は、誰にも予測は出来ない。
しかし、多くの実力者はドクオが先だと賭けていた。

彼には、何かがある。
死んだジョルジュも、御三家の首領達も感じている何かがあるのだ。
御三家の部下達は、その可能性に命を懸けた。
故に、この展開が有り得ているのだ。

"ダスク"、"サラマンダー"、"ヤーチャイカ"、"パンドラ"、"カトナップ"、"デイジー"、そして"ジングル"。
全ての部隊は、ただ一人の男が全てに決着を付ける為だけに。
命を懸け、命を賭し、戦ったのだ。
ここまで全てが順調だったわけではない。

"ダスク"にも、"サラマンダー"にも。
全ての部隊に、トラブルが生じていた。
それでも。
彼らはそれを乗り越え、ここまで舞台を支えたのだ。

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:20:07.90 ID:mlA1lvFS0
誰も咎めないだろう。
誰も笑わないだろう。
誰も疑わないだろう。
これは全て、"代償"あっての展開。

舞台裏を知る観衆はいない。
完璧に見える舞台も。
その裏は、違うのだ。
しかし、知られずとも舞台は進む。

"トリック・スター"。
この作戦が、たった一人の為だけに用意されたものだと。
誰が信じるものか。
観衆は皆、舞台の上しか見ていない。

頭脳戦は、舞台の裏を想像し、考え、思考する。
相手の用意した陳腐な舞台に上がる事なく、如何に自分の舞台で物語を完遂するか。
それが、頭脳戦だ。
相手の思惑通りに事を進めてはいけない。

先に舞台を完結させるのではない。
"最後に"舞台の幕を下ろすのだ。
焦った者が負け、契機を狙った者が勝つ。
いくら序盤で勝っていても、結局は最後が肝心である。

―――戦況は、完全なる逆転を果たした。

310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:24:29.95 ID:mlA1lvFS0
―――公園。

あちらこちらで響いている銃声や爆音など全く意に介さず、ロマネスクはベンチに腰掛けていた。
ロマネスクの居る公園は、裏通りの片隅にある、知る人ぞ知るみすぼらしい公園である。
ブランコ、シーソー、滑り台。
最低限の遊具だけが置かれ、他にあるのは砂場と雑草の生えかけた地面だけ。

景観を重視する者からしたら、見るに堪えない光景だった。
だが生憎と、ロマネスクの瞼は深く下ろされている。
間違っても汚い景色を見る事はない。
公園の片隅に一つだけ置かれたベンチに腰掛けているロマネスクは、まるで老人のようだった。

しかし、年齢も外見もそれに近付いているだけに何も言えない。
白髪も徐々に増え始め、いちいちそれを抜いていては間に合わない程だ。
趣味も変わり、ロマネスクは周囲からますます老人扱いされていた。
特に幼馴染達ときたらその辺りを容赦なく言うので、ますますロマネスクはその自覚を抱きつつあった。

特に、身体能力に関しては大分落ちている。
犬神三姉妹と会った時よりもずっと弱くなったのは、言い逃れようのない事実だ。
だからこそ、ロマネスクはこうして公園で一人寛いでいた。
両目が使えない上に、戦闘に参加するだけの余裕も無い。

精々、一対一が関の山だ。
相手が一人以上になると、もう対処が出来ない。
弱い相手ならば問題はないが、この場合はそこまで弱い相手は居ないだろう。
ずいぶんと心配性になってしまった。

昔は、こうではなかったのだが。

( ФωФ)「む……」

314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:28:32.56 ID:mlA1lvFS0
ふと、ロマネスクは手に持った水筒の蓋をベンチの上に置いた。
溜息を吐き、呟いた。

( ФωФ)「いつまで隠れている?
       吾輩しかいないのに、わざわざ隠れる必要も無かろう」

ロマネスクの呟きが、公園に木霊する。
しばしの静寂の後、闇から返事が来た。

「ほぉ、流石は"魔王"だな」

その声は、あまりにも渋かった。
いい感じで歳を取った中年の男の声が、ロマネスクの眼前にある闇から聞こえて来る。
徐々に近づく気配。
そして、跫音。
 _、_
( ,_ノ` )「たまには散歩もしてみるもんだな。
    思いもよらない発見がある」

フォックスの配下で唯一。
単独行動に出ていた渋沢昭夫は、どこか嬉しげに嘯いた。
懐から安物の煙草を取り出し、それにジッポライターで火を点ける。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「だから人生ってやつは、面白いんだ。
        いきなりで悪いが、あんたの人生をここで終わらせてもらう。
        何か、言い残す事はないか?」

渋沢なりの気遣いをするも、ロマネスクは表情一つ変えずに言った。

( ФωФ)「調子に乗るなよ、若造が」

317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:32:04.86 ID:mlA1lvFS0
それを聞いた渋沢は、噴き出した。
ひとしきり笑い終え、渋沢は呼吸を整える。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「還暦を越えた人にその台詞を言われるとは、思いもしなかったな。
        俺も還暦になったら、その台詞を使わせてもらおう。
        でもな、"魔王"よ。
        あんたも分かっているだろ、この場に居るのが俺だけじゃないって事ぐらい」

( ФωФ)「そうだな……
        お主の部下が二人、吾輩の後ろにいるのだろう?
        それも、男と女だ」

感心したように渋沢は目を見張った。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「すごいな。
        気配だけで数と場所と性別まで当てるのか。
        最近のじいさんは据え恐ろしい」

答えるようにして、ロマネスクの背後に二つの陰が浮かび上がる。
一人は女。
もう一人は男だ。
共通しているのは、二人とも"忍者"の格好をしている事ぐらいだろう。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「紹介しよう。
        ハゲシク・"ビート"・ニンジャと、その妹弟子のクノイチだ。
        俺の最古参の部下でもある」

頼んでもいないのに、渋沢は二人の紹介を始めた。

318 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:36:06.07 ID:mlA1lvFS0
|/゚U゚|

黒い忍者の衣装に身を包む男は、無言でロマネスクを睨みつける。
口元を隠している為、その表情は窺えない。
日本刀を逆手で構えた真意の程は分からないが、相当な手練である事は分かる。

|/‘_‘)

対して、柿色の衣装に身を包む女は渋沢の言葉に耳を傾けていた。
こちらは口元を開けている為、表情が窺えた。
ただ、無表情な為あまり意味はないのだが。
手に持つ手裏剣と同じ、鈍色の表情だ。

( ФωФ)「なるほど。
       疾さと連携力で吾輩を潰すのか」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「そこまで分かっているのなら、話は早い。
        俺もこいつ等も、並みの速さじゃない。
        下手な抵抗をしないでもらえると、手間が省けて助かるんだがなぁ」

( ФωФ)「……年を取ると言うのは、やはり寂しいな。
        昔なら、お前らを一分で屠れたのだが、今はそれも出来ない。
        今の吾輩では、お主ら三人には勝てぬ。
        残念だが、吾輩は手を出さん」

玄米茶に手を伸ばし、ロマネスクはそれをゆっくりと啜る。
渋沢はそれを黙って見つめ、自身も煙草をゆっくりと吸う。

( ФωФ)「逆転の対価、と言ったところか?」

319 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:41:20.90 ID:mlA1lvFS0
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「世の中、なんでもタダでは済まないってことさ。
        ところで、煙草、吸うかい?
        安物だが、生憎と持ち合わせはこれしかない。
        味は悪くないぞ」

( ФωФ)「遠慮しよう。
        せっかくの玄米茶が不味くなる。
        それに、寿命を縮ませたくはないのでな。
        老人は健康に悪い事はするな、と幼馴染達がうるさいのだ」
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「面白いジョークだ。
        それじゃあ、そろそろお別れの時間だ。
        言い残す事は?」

昔ながらの堅物軍人である渋沢は、ロマネスクに問うた。
ロマネスクは、二言三言呟く。
それは渋沢の耳には届かなかった。
あくまでも形式として問うたので、聞こえなくとも問題はない。
 _、_
( ,_ノ` )y━・~「それじゃあ―――」

安物の煙草が、火花を散らしながら宙を舞った。
 _、_
( ,_ノ` )「―――あばよ」

音速で肉薄する渋沢の手には、得物が握られていない。
彼の武器は、何も日本刀や手裏剣ではないからだ。
彼の最大の武器は、己の拳。
亜音速で撃ち出す事の出来る打撃技は、ヒートに対抗する為に生み出されたものだ。

321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:45:14.06 ID:mlA1lvFS0
しかし、何もヒートにだけ使う必要はない。
一般人相手でも十分通用する技だ。
"拳神"渋沢昭夫の拳は、人間の動体視力では視認する事すら出来ない。
おまけに、ロマネスクの背後からは日本刀を振り被る忍者と、手裏剣を投擲しようとしているくノ一が迫っていた。

ロマネスクに、打つ手はない。
渋沢の拳の直撃を受ければ、無事では済まない。
"魔王"とはいえ、三人の手練を一度に相手にするのは物理的に不可能だった。
傍らに置いてある仕込み杖に手を伸ばす事もせず、ロマネスクはお茶を啜る。

渋沢は、それを諦めと考えた。
死に際は潔く。
流石は裏社会の王というわけだ。
尊敬に値する。

が、そんなものの何もかが今ここで終わりを告げる。
生きては魔王、死しては死体。
人間、死んでしまえば皆等しい。
だからこそ、生きている内に満足いく戦いを。

これは、その戦いの中の一つだ。
誇りも、夢も、権力も、金も、名声も。
全ては、この拳が打ち砕く。

―――拳が、ロマネスクの顔を撃ち抜くように突き出された。

324 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:49:10.67 ID:mlA1lvFS0
鮮血が舞い、短い悲鳴がこぼれた。
だがそれは、ロマネスクのものではない。
"どこからか投擲されたチンクエデア"に額を穿たれた、忍者二人のそれだ。
独立端末を搭載したファーストゼアフォーとはいえ、その一撃は避けきれなかった。

ロマネスクに届く事なく落ちる二人だが、問題は渋沢の拳である。
この拳を止める事など、常人には不可能だ。
―――そう、"常人"には。
 _、_
(;,_ノ` )「ほぅ……
    これは驚いたな。
    この俺の拳を止められる奴が、ヒート以外にこの都にいるとは」

ロマネスクの顔を撃ち抜く直前で止められた拳は、言い換えれば砲弾だ。
砲弾を止められる人間など、ヒートぐらいしか考えられないが、彼女は今大通りで戦っている。
 _、_
(;,_ノ` )「おまけに、お前は……」

その者は、風を纏って現れた。
渋沢の拳を止めたその者の動きは、音と風を完全に置き去りにしていた。
その者の手には、"鉤爪"があった。
猛禽類の爪のように鋭く、そして血よりも尚暗い深紅。

月のように眩い銀髪が、風に舞う。
その下から覗く赤い瞳には、怒りの色が窺えた。
それでも、その者は笑んでいた。
嫣然と、悠然と。


ロマネスクを庇うように介入したその者の右手は、渋沢の拳を正面から受け止めていた。

327 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:53:34.06 ID:mlA1lvFS0
 _、_
(;,_ノ` )「……俺の部下二人を殺した上に、俺の拳まで止めやがった。
    9回裏で一気にツーアウトにされた上、マウンドに居るのが野球の神。
    冗談としか思えない状況だ……」

明確な殺意を全身に感じつつ、渋沢は拳を引こうとする。
だが、動かなかった。
万力にでも挟まれたかのように、渋沢の拳はビクともしない。
目の前の者の細腕に、それほどの力があるとは到底思えなかった。
 _、_
( ,_ノ` )「だが、まだツーアウトだ。
    野球の神だろうが、なんだろうが、俺の敵じゃない。
    怪我をしたくなければ、そこをどきな、"お譲ちゃん"!」

渋沢の脅しに、目の前の"女"は無言のまま。

( ФωФ)「……こうして直接話すのは久しいな」

玄米茶を飲みながら、ロマネスクは女に話しかけた。
途端、女の顔に満面の笑みが浮かぶ。
渋沢の問いかけにさえ無反応だった女は、ロマネスクの言葉を聞いただけで幸せだったらしい。

( ФωФ)「渡辺、大丈夫か?」

从'ー'从「はい、問題ありません。
     ロマネスク様は寛いでいてください。
     この"不逞の輩"は、私が排除いたしますので」


"雌豹"、渡辺・フリージアはそう言うと、目の前の渋沢を睨みつけた。

328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 03:57:55.30 ID:mlA1lvFS0
从'−'从「……貴様の失敗は一つ。
     ロマネスク様に手を出そうとした事だ。
     奈落の底で心底後悔させてやる」

恫喝と呼ぶには柔らかい声だが、その声に込められた殺意は絶対零度の冷たさを孕んでいる。
怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった事を、渋沢は知らなかった。
元ロマネスク一家No.2の渡辺が本気で怒った場合、少なくとも半径500マイル以上に避難するのが得策だと言うのに。
しかし、渋沢が実力者であるのもまた事実。
 _、_
( ,_ノ` )「はっ、雌豹だろうがなんだろうが。
    俺からしたら女は皆、子猫ちゃんさ。
    多少手荒だが、飼い馴らしてやろう!」

"拳神"の名は、伊達や酔狂ではない。
数多くの戦場を渡り歩き、渋沢が対立する敵を最終的に最も殺したのは、銃でもナイフでもない。
どんな緊急事態でも常に持ち歩いている、彼の拳。
彼が殴り殺した者は数知れず。

故に、彼は"拳神"の渾名を与えられたのだ。

从'−'从「屑が、図に乗るなよ。
     死を持って、立場を教えてやる。
     我が主は生涯ただ一人。
     ……貴様如き弱者に、私は飼えない!」

渋沢の拳を開放したかと思うと、渡辺は両手に付けた鉤爪、"ケードル"を広げる。
その格好は、まるで体全てを使ってロマネスクを庇っているようにも見える。
渋沢は、解放された拳を握り固めた。
拳闘の構えを取り、渋沢はニヤリと口元を吊り上げた。

331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/07(月) 04:01:22.62 ID:mlA1lvFS0
久しぶりの好敵手の出現に、渋沢の心は昂っていた。
この最速の拳が、どこまで通用するのか。
期待と好奇と恐怖の混じった心境で、渋沢は地を蹴る。


最速を誇る二者が、激突した。


愚者の女王も。
類火の謀略も、魔女の姦計も。
戦乙女に憧れた者も、拳に命を賭けた者も。
所詮は、歯車の一部にすぎない。






その事を知る者は―――

―――歯車王、ただ一人である。





第二部【都激震編】
第二十八話 了


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