('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:03:17.93 ID:LxPPr5Od0
―――ミルナ・アンダーソン。
凄腕の精鋭達が集う水平線会の中でも、彼ほど市街戦を得意とする者はそういない。
英雄の都出身である彼は、時として、砲撃以外の任務をこなしてきた経験を持っていた。
ビルの密集する市街戦は砲兵隊の援護が不要である為、その際は歩兵として作戦に参加していた。

その際に使用していた装備はMP5K短機関銃と、M8000自動拳銃。
彼は主に、前線で戦う味方を支援する為の作戦をこなし、仲間を"英雄"に仕立て上げる手助けをしていた。
その経験上、ミルナは市街戦における戦闘に長けているのだ。
五年前の抗争時にも、ミルナはその実力を余すことなく発揮した。

抗争が最高潮に達した五年前、クールノーファミリーの手練達を次々と屠ったのも彼だ。
水平線会の中にもクールノーファミリーの中にも、その当時の事を恨んでいる者はいない。
あの抗争では、どちらもそれなりに殺し合い、すでに手打は済んでいる。
そして今、ミルナの経験と実力が彼の身と、味方の命を助ける事になった。

ミルナに与えられた、と言うより回って来たと言った方が正確なのだが、彼の任務は戦場を整えることにある。
つまり、都に仕掛けられたECMの発見、及びそれの破壊。
デレデレが特注で作らせたインカムは、"トリック・スター"には欠かせないものであり、それを完全に使用可能にするのが"ダスク"の任務だ。
もう一つの任務は、ホテルニューソクから大通りへの遠距離の援護。

本来はトソンがECMを破壊し、ミルナが大通りへの砲撃を行う予定だったのだが、諸事情により変わってしまった。
もっとも、そのような不測の事態にも対処してこその手練である。
現段階でミルナは、破壊する必要のあるECM全てを発見していた。
それを破壊する手段であるC4も設置し、下準備は完璧だった。

一つだけ、彼にとって不測の事態があったとしたら。
それは、ECMの設置されていた場所だ。
まさかとは思ったが、敵は民家の一階にECMの装置を仕掛けていた。
大がかりなECMを破壊する為のC4の量では、間違い無く民家は倒壊する。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:08:00.36 ID:LxPPr5Od0
そうなれば、余計な被害が出ることになり、水平線会としても裏社会としても、あまりいい展開とは言えない。
そうは言っても、どうしようもないのが現実だった。
ECMの破壊には、どうしても高性能なC4を外すことは出来ない。
ここは、民家の住人に諦めてもらう他無かった。

全てのC4は、ミルナの持つ遠隔起爆装置のボタン一つで同時に爆発する。
設置したC4の数は、全部で二十個。 設置されていたECMの数も、同じく二十個。
その中で良かった探しをするなら、それは設置されていた民家が全て都の東部側、つまり裏通り側にあったことだ。
表通り方面に設置されていたとなると、ミルナは三途の川を渡る事を余儀なくされ、難易度が一気に跳ね上がってしまう事を意味する。

二十個もあるECMを探す手間と労力、そして発生するリスク。
それがいくらか減っただけでも僥倖だった。
むしろ、東部に設置されていた装置を時間内に全て見つけ出せた事に、当の本人が一番驚いている。
元軍人としての勘を頼りに探し、それが見事的中したのだから。

それら諸々を考えれば、今の状況はまだマシな方だった。
敵が民家に仕掛けたのは、何も道楽の為ではない。
こちらの通信を妨害する規模のECMを使用する為には、膨大な電力を使用する。
その電源を確保する一番手っ取り早い方法として、敵は民家を選んだのだ。

おそらく、家の人間には大金を渡してあるのだろう。
裏社会の住人の家屋が倒壊したところで、正直な話、ミルナの心はこれっぽっちも痛まない。
ただ、厄介なのは恨みの行き先だ。
これが御三家に向くのは、あまりいい事ではない。

風評を害う事になれば、彼ら御三家の地位に傷が付いてしまうからだ。
しかし、それを危惧したところで何かが変わるわけでもない。
あのECMを破壊して、味方が通信可能になればこの戦場は大きく変わる。
それと比べたら、風評などゴミも同然だった。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:13:02.95 ID:LxPPr5Od0
( ゚д゚ )「……」

時計を見る。
まだ、少しの余裕があった。
武器のチェックをもう一度するぐらいの時間は残されていたので、ミルナは大人しく銃の調子を見た。
銃口に取り付けられたサプレッサーを外すか、それとも付けたままにするか。

考えた末、ミルナは拳銃と短機関銃に付けていたサプレッサーを外した。
これで、銃声がまともに響く事になる。
だが、それこそがミルナの狙いだ。
こうすれば、"万が一の場合"敵の注意をミルナに集める事が出来る。

この作戦はおそらく、成功するだろう。
ただし、無傷では終わらない。
いくらかの犠牲を払って、ようやく成功する作戦だ。
そのような作戦の中で、トソンが危険に晒されるのは明らかだった。

トソンは足を怪我しているだけでなく、ホテルニューソクで慣れない砲撃をしなければならない。
彼女が危険な目に遭うのを黙っているほど、ミルナは我慢強い人間ではなかった。
だからこそ、ミルナはサプレッサーを外して銃声を出すことにより、トソンへの負担を減らす事を考えたのだ。
代わりに、自分の身が危険に晒されても、ミルナは一向に気にしない。

惚れた女の為ならば、ミルナは命を懸ける覚悟があった。
例えどれだけ惨い死が待っていようとも、臆する事はない。
ミルナにとっての初恋であり、これはきっと最後の恋になる。
ならば、微塵の未練も残さずに散った方が気分もいいはずだ。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:18:11.92 ID:LxPPr5Od0
ミルナは、これまでの経験に感謝した。
英雄としての教育に。
英雄としての戦争に。
そして、英雄としての最期に。

外したサプレッサーをしまい、ミルナはこれからの作戦を思い出した。
トソンに無反動砲などの使い方を教えたから、大通りへの援護はまず大丈夫だろう。
強いて不安があるとしたら、やはり装填作業の事だった。
無反動砲の弾は比較的軽く、女でも十分装填は出来る。

だが、屋上に設置してある120mm砲となると、そう容易くはない。
榴弾砲の砲弾は、女の力では簡単には持ち上げる事はできない。
主にデスクワークを得意とするトソンの力では、それはあまり期待できなかった。
負傷した足でECMをハインドに見つからずに探すよりか可能性は高いが、それがミルナの唯一の不安だった。

ともあれ、心配ばかりしていても事態が好転する事も無い。
出来る限りの事をして、可能な限り早くトソンの元へと行く事だけを考えればいい。
そうすれば、作戦が終わり次第すぐにでもトソンと一緒に都の復興が出来る。
ふと、ミルナの耳が異音を聞き咎めた。

ミルナは嫌な予感を感じつつも、窓の外に目を向ける。
―――ミルナが今居る場所。
それは、なんてことない廃工場の一室だ。
元は何処かの大手電機会社の生産工場だったのだが、残念なことに裏社会からの洗練を受け、僅か一週間で廃工場となったいわくつきの場所である。

ここにもECMが仕掛けられており、当然のことながらそれにC4を設置した。
C4の爆風の被害が及ばない場所に隠れ潜み、ミルナは時間が来るのをただひたすらに待っていた。
どうやら、ミルナの居るこの部屋は、元社長の部屋だったらしい。
だった、と言うのには訳がある。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:23:01.07 ID:LxPPr5Od0
何せ、この部屋には家具と呼べるものはおろか、何一つとして物が置かれていないのだから。
今頃、ここに置かれていた高級な椅子やらは誰かの手に渡り、見知らぬ者に使われているだろう。
高級家具などは、裏のマーケットに売られ、その品の入手方法は当然盗みだ。
廃工場となった以上、ここは宝の山だった。

ネジ一本残らず盗まれ、売られ、そして使われている。
歯車の縮図のようにそれは循環し、また初めに戻る。
そんな都だからこそ、ミルナのような者が生きて行けるのだ。
そして、ミルナは窓の外を見た事を後悔した。

―――部屋窓の外に見えたのは、数十にも及ぶ人影と懐中電灯の明かりだった。

それは、あまりにも唐突だった。
驚きのあまり声を出さなかった事にも驚きであるが、それだけではない。
人影の背格好は、明らかに大通りに居た連中ではなかった。
隙が多すぎる。

つまり、この人影の正体は。
―――民間人だ。

「確か、ここだって言ってたよな……」

若い男の声だ。
歳はおそらく、二十代前半。

「あぁ、間違いない。
ここが俺達の拠点だ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:28:00.69 ID:LxPPr5Od0
若い男の声に答えたのは、少し渋みの掛った男の声。
こちらは若い男とは違い、年齢は三十代後半と言ったところだ。
渋みの掛り具合から察するに、怒鳴る事が得意な職に就いているのだろう。

「……おい、ここに有ったぞ。
この銃、本当に使えるんだろうな?」

"銃"と言う単語に、ミルナは息を飲んだ。
そんなものがここにあるなんて、ミルナは知らない。
何処かに隠してあったのか。

「試しに撃ってみるか?
そうだ、俺達まだ銃なんて撃った事無いんだ、少し射撃の練習しようぜ」

「確かにそうだな。
いざって時にあの害虫共を殺せなきゃ、意味がないからな」

金属同士がぶつかり合う音が幾重にも響き、廃工場に木霊する。
おそらく、今彼らが触っているのが問題の銃だ。
大通りで敵が持っていたのと同じ突撃銃だとすると、些か不安だ。
というより、なんでここに銃があるのだろうか。

「試しに、そこの部屋に撃ってみるか」

声が向けられた方向を理解したミルナは、咄嗟に伏せた。
その判断が、結果としてミルナの命を救った。
一斉に響いた銃声。
そして、先ほどまでミルナが居た場所の壁が無残にも穿たれた。

(;゚д゚ )(……ヤバい、ヤバいぞ、この状況は)

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:33:03.77 ID:LxPPr5Od0
時計を見る。
後数秒で、作戦開始時刻になる。
ここでC4を起爆させるのは抜かせないが、起爆した後が問題だった。
ここにこの自警団気取りの連中が居ると言う事は、ミルナの逃亡の際に何かしらの支障を来たすということだ。

市街戦は得意だが、"見つからずに事を遂行する"分野に関しては、ミルナの力は素人に毛が生えた程度だった。
"ワンマン・アーミー"の訓練は、残念ながら英雄の都ではまだ習っていない分野だったのだ。
何人かを相手にするのであれば、確かに大丈夫だ。
だが、相手は数十人規模の団体。

まともに殺り合うのは、どう考えたって無理な話である。
かといって、爆破時刻を遅らせるわけにもいかない。
仮に連中がC4を見つけたとしても、解除出来る筈がない。
一番の問題はやはりミルナの逃走経路の確保であり、それを実現できない事にはトソンへの援護もままならないのだ。

「おい、今何かそこの部屋から音がしなかったか?」

耳聡い輩がいたらしい。
ミルナが伏せた時の音に気付いた輩が、その場の連中に同意を求めた。
何人かはやはり銃声で聞こえなかったと言った。
しかし、念のために見てみよう、とも提案した。

(;゚д゚ )(くっ……!)

短機関銃の安全装置を解除し、構える。

【時刻――02:30】

起爆装置のスイッチを押した瞬間、凄まじい衝撃が工場全体を襲った。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:38:02.07 ID:LxPPr5Od0





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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第二十九話『絆の為に、彼はゆく』

二十九話イメージ曲『帰り路をなくして』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=h1trSOeENgA
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31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:43:01.08 ID:LxPPr5Od0
空気と大気と壁と床を振動させ、都中に設置されたC4が景気よく爆発した。
当然、ただの一般市民達で構成された有象無象の輩はたちまちパニックを起こす。
すっかりミルナの事を忘れ、連中は状況を把握する事すらしなかった。
このような場合、何よりもまず状況を把握する事が最優先だと言うのに。

「……ば、爆発だ!
裏社会の害虫共、ひでぇ事をしやがる!」

これを機として、ミルナは低い姿勢で出入り口の扉に向け移動を開始した。
だが、冷静に考えてみてもミルナの置かれた状況は変わらなかった。
パニックを起こした連中が、この工場内をどう動くか。
それが把握できない事には、この部屋を出るに出られない。

この社長室は、三階建の工場の一番上、つまりは三階にある。
幸いなことに、この部屋は階段のすぐ正面に位置し、出入り口は階段の正面に一つ、建物内を見渡せる窓も右手に一つだった。
後は、背後に窓があるぐらいだろう。
つまり、この部屋に居る限りミルナは正面と右の二方向に注意を注ぐだけでいい。

―――もっとも、そんな生易しくて単純な状況ではないのだが。

運がなかったのは、この部屋が"三階"にあることだ。
この構造上、ミルナは極力見つからずに一階まで降りなければならなかった。
しかも今、工場内は未知数の敵で満ちている。
社長室の前にある、無駄に広い踊り場に数十人。

他の人間が別の階に居る可能性は十分にあった。
先ほどの爆破で何人か吹き飛んでくれていればいいのだが、そう上手くいくとは思えない。
連中の言葉を思い出すと、その可能性は低い事が窺える。
"武器はこの踊り場にある"。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:48:05.46 ID:LxPPr5Od0
つまり、連中が用も無いのに爆破場所に近付く理由は何一つないのだ。
素早い決断が求められる中、ミルナは背後にある窓からロープを使っての脱出を考えた。
だがその考えは、ものの数秒で消え去った。
ロープの持ち合わせはおろか、ここにはロープになるようなものがないのだ。

あると言えばあるが、如何せん太さが足りない。
やはり、有効で確実な手段は階段を下る以外に他なかった。
出入り口のドアの前で思案している暇があれば、さっさとトソンの援護に就きたいという焦燥が生まれる。
それでも、一か八かの賭けに出るのは、どうしようもなくなった最後の時に使う手段だ。

ミルナの手札に、カードはもう一枚ある。
片目に暗視装置を掛け、短機関銃の銃床でドアを強く三回ノックした。

「っ!? な、何だ?」

跫音が近づき、扉の前で止まる。
恐る恐ると言った様子で、扉が開かれた。
獲物がまんまと罠に掛った事に、ミルナはよし、と頷く。

「だ、誰か居るのか?」

懐中電灯の光が、ミルナの足元を照らす。
男がゆっくりと部屋に一歩を踏み入れた瞬間、ミルナは男を強引に室内に引き入れ、素早くその背後に回り込んだ。
片足でゆっくりと扉を閉めつつ、男の後頭部に短機関銃の銃口を突き付け、凄みを利かせた声で囁いた。

( ゚д゚ )「死にたくなければ、黙って、静かに銃を俺に渡せ……」

こんな単純な脅しであれば、如何に脅され慣れていない者でも理解できるだろう。
自分が、罠に足を踏み入れてしまった事を。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:52:01.64 ID:LxPPr5Od0
「ひぃっ?!」

震える手で、男は素直な態度でミルナに銃を手渡す。
左手でそれを受け取り、ミルナはその銃を使って男を羽交い絞めにした。
こんな糞みたいな性能に定評のある銃は、こうするに限る。
万が一、男が余計な事を口走らないよう、喉仏を強く押し潰す。

死なれても困るが、余計な事をされるともっと困るのでこうする他ない。
他人と自分の命を天秤に乗せれば、当然自分の方に傾く。
それが最愛の人であれば、それは当然ではなくなるのだが。
今の状況的には、男の命はミルナの中ではそこらに落ちているゴミ屑と同等だった。

銃口を男の後頭部から外し、ミルナは男を楯のようにして扉の外に出た。
扉を蹴破ったのは、何も両手が塞がっていたからと言うだけの理由ではない。
扉の向こうに何者かが居た場合、それを排除する手間を省くためだ。
他にも幾つかの理由があるが、その中の幾つかを同時に処理したのは、ミルナの経験の賜物だ。

ミルナの鍛えられた脚力により、扉の向こうに居た何者かが、思い切り吹っ飛んだのが扉越しに分かる。
何かが床に倒れる音が聞こえた。
扉の外に体を出すも、完全には出ない。
もし出切ってしまえば、ミルナの死角から銃弾が飛んでくる可能性があるからだ。

今こうして男を楯にしていれば、少なくとも正面と側面からの銃弾を防ぐ事が出来る。
懐中電灯と民間人の視線が、一斉にミルナの姿を捉えた。

( ゚д゚ )「余計な事は言わない、手短に言うからよく聞けよ。
     大人しく道を開けて、さっさと家に帰れ!」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 21:56:02.68 ID:LxPPr5Od0
主張は大声で、威圧するように。
かつ、出来る限り分かりやすく、それでいて短く。
命令の基本形である。

「こ、こいつ、何時の間に!」

周囲は、突然の展開に戸惑う。
ミルナとしては、これは理想的な展開だった。
相手が冷静だった場合、迷うことなく撃って来るだろう。
そうなってしまえば、交渉の余地どころの話ではない。

少しでも時間を稼げれば、ミルナにとっては御の字だ。

( ゚д゚ )「こいつの首が折れても俺は別にどうでもいいんだが。
     目の前で首をへし折られて死んだ奴を見たら、夢に出るぞ」

言いつつミルナは左手に力を込める。
男は喉を圧迫され、掠れた絶叫を上げた。
首の骨が折れた音を聞いた日には、それこそ、その日の夜に悪夢を見る事は必至だ。
男の喉が、嫌な音を立てて潰れ始める。

( ゚д゚ )「なぁ、どうする?」

恐怖で動かされた群衆なら、恐怖で動かし返せばいい。
これは大多数と少数で闘う場合の定石だ。
水面に漂う木の葉の如く、彼らは恐怖に左右される。
ただ、これはあくまでも一時的な逆転劇であり、完全な逆転は無理だ。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:00:08.18 ID:LxPPr5Od0
完全な逆転をするには、あの魔女のそれよりも更に大規模で派手な演出が必要だった。
しかし、それを実現する為にはあの魔女よりも用意周到な準備が求められる。
何日、何週間、何ヶ月、何年前から計画していたかは知らないが、即興でそれが出来るほど世の中は甘くない。
奇跡とは、そこに至る過程を知らぬ者の言葉である。

起こるべくして起こり、起きるべくして起きる。
そこに多少の偶然を混ぜれば、万点である。
それこそが、奇跡の正体だ。

「まてよ、確かこいつ……」

若い声の男が、懐から紙を取り出し、懐中電灯でそれを照らして読み始めた。
群衆の中で冷静さを最初に取り戻したのは、この男が最初だった。
紙に書かれたある場所で目がとまり、そして見開かれる。

「間違いない、こいつに賞金が出てるぞ!」

紙面とミルナを何度も見比べ、男は叫んだ。
それに食らいついたのは、横にいた男。
懐中電灯が照らす何かを覗き込むが、どうやら見えなかったらしい。
若い男の肩を揺らし、急き立てる。

「何?! いくらだ!」

「ご、500億だ!」

次々とざわめきが連鎖を起こし、それまで同情の光が宿っていた男達の眼が邪悪に染まる。
そうだ。
あの魔女は賞金を掛ける事によって、ミルナ達を民間人に捕らえさせようとしていた。
つまり、敵対する民間人はそう簡単には動じないよう保険が掛けられていたのだ。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:04:00.39 ID:LxPPr5Od0
日頃の恨みやら不満やらも相まって、その保険の効果は堅牢なものと化す。
やはり、あの魔女は只者ではない。
デレデレ程ではないが、頭が回るようだ。
その事を僅かながらも失念していた事に、ミルナは舌打ちした。

「た、助けてく……れ!」

掠れた声で助けを求める男。
この状況の場合、それは全く意味をなさない。
全くもって使えない男だ。

「悪いな、見ず知らずのあんたの命は、500億の価値があるとは思えねぇ。
じゃあな! 恨み事は、そこのゴミ虫野郎に言ってくれ!」

ミルナは真っ先に楯にしていた男を開放して蹴り飛ばし、両手に構えた短機関銃と突撃銃の銃口を群衆に向ける。
両手の銃の弾倉の中にある弾の数は、銃口の先に居る群衆の数に届いている。
しかし、この射撃はあくまでも怯ませる事が目的だ。
一斉に響いた数十の突撃銃の銃声より数瞬だけ早く、ミルナの両手に構えられた銃が火を噴いた。

左右に広げて構えた銃から放たれた弾丸は、その先にいた人や壁を容赦なく穿つ。
撃ちながら後ろに跳び、ミルナは先ほど居た元社長室へと背中から飛び込む形で戻った。
蹴り飛ばされた男がミルナの視線の先で、ミルナの盾となって穴だらけになったのを見咎める。
数発の弾丸は、ミルナの顔を掠め飛んで行った。

部屋に入ってすぐに扉を蹴って閉め、扉に向けた二挺の銃の銃爪を引いた。
扉の向こうから、人の叫び声と倒れる声が響く。

「い、いでぇ! いでぇよ!」

「指ぃ、俺の指がぁぁぁ!」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:08:00.75 ID:LxPPr5Od0
「ごっ、あぁつがっいたあいいいよぉぉぉぉお!」

ミルナは弾切れになった左手の突撃銃を捨て、右手の短機関銃の弾倉を装填する。
マガジンクリップに新しい弾倉を留めていた為、素早い装填が行えた。
コッキングレバーを引いて装填作業を終える。

(;゚д゚ )「くそがっ!」

扉を足で押さえつつ、ミルナはMP5Kの銃口を右の窓へと転じた。
その先を見ずに、ミルナは銃爪を引いた。
凄まじい勢いで連射された弾丸が、銃口の先にある物を撃ち抜く。
窓の向こうから入り込もうとしていた輩が、叫びながら倒れた。

(;゚д゚ )「……やりたくはなかったけど、この際仕方ねぇ!」

MP5Kをスリングベルトに預け、ミルナは右手でホルスターから自動拳銃M8000を引き抜く。
左手でグレネードを取り出し、ミルナは立ち上がる。
口でグレネードのピンを抜き、それを窓の向こうへと放り投げた。

「うわっ、うわぁああああ!」

悲鳴を爆音が上塗りした。
密集していた事が仇となり、何人かまとめて肉片と化しただろう。
もしくは、瀕死の状態だ。
殺傷範囲内に居た民間人は、悪くて軽傷、もしくは重症は避けられない。

ミルナはそれを気に留める事もせず、M8000の銃口を扉へと向ける。
二、三発撃ち込み、ミルナは扉を蹴破った。
二度目の蹴破りに、その扉は耐え切れなかったらしい。
先ほどの銃撃の傷の影響もあり、扉は粉々に砕け散った。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:13:19.11 ID:LxPPr5Od0
(;゚д゚ )「……っと!」

扉を挟むようにして待ち構えていた男達の銃口が、ミルナを捉える。
だが、所詮は急造の民兵だ。
銃爪を引くのを忘れ、ミルナが数歩駆け出すのをみすみす見逃した。
その見逃しは、ミルナに十分過ぎる時間を与えた。

目の前にある階段までの距離は、後数メートルの場所。
迷っている暇はなかった。
両手で頭を庇いながら、ミルナは階段に向けて全力で飛び込んだ。
ようやく追いついた思考が、民兵と化した者達に銃爪を引かせた。

直前までミルナの居た場所に撃ち込まれた弾丸は、何の意味も成さない。
ミルナの心臓や内臓の代わりに、階段の踊り場は粉微塵となった。
その数瞬前、階段を前転の要領で転がり落ち、ミルナは痛みを堪えて体勢を整え。
一動作で再度、階段を転がり落ちていた。

二階の踊り場に転がり落ちたミルナ。
それと同時に、ミルナは駆け出した。
後ろから聞こえる間抜けな声を、ミルナは聞く暇も無かった。
ミルナは階段を飛び降りるようにして、駆け下りる。

何が彼をそうさせているのか。
答えは一つだ。
"民間人"が"民兵"と化して動き出してしまった事態が、ミルナを急かしているのだ。
魔女の仕掛けた作戦がこのタイミング、この場所で効果を発揮するのは予想の斜め上を行っていた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:17:01.54 ID:LxPPr5Od0
確かに、マスコミ等の報道機関を優先的に操ったのだから、こうなる事は分かっていた。
しかし、早すぎる。
あの民兵の中にサクラが紛れ込んでいる可能性は十分にあるが、それを指摘した所で何の意味も無い。
普段から溜まっていた不満が燃え尽きるまでは、連中は止まらない。

民兵は間違いなく、目立った場所への攻撃を始めるだろう。
わざわざ危険を冒して大通りの激戦区に突っ込むほど、奴等に度胸があるはずがないからだ。
となれば、この状況で大通りの次に目立つ場所と言えば。
―――花火を打ち上げている場所に決まっている。

つまり、トソンの居るホテルニューソク。
それだけは何としても止めなければいけない。
トソンの負担がこれ以上増えれば、もう、どうしようもないのだ。
ミルナは一気に一階まで下り終えると、階段のすぐ脇に屈みこむ。

バックパックから取り出した対人地雷を階段の降り切った位置に設置し、出口に向かって走り出す。
その時、ミルナは左腕に違和感を覚えた。
"冷たい痛み"。
この表現が一番当て嵌まっているだろう。

脊髄を犯すようにして、その冷たい痛みは全身に広がる。
悪寒。
そう、悪寒にも似た痛み。
冷たい痛みが治まると、直後に訪れたのは熱い痛みだった。

そこでようやく、ミルナは痛みの正体とその原因に思い至った。
痛みの正体は、まず間違いなく骨折。
その原因は、階段を前転した時だ。
むしろ、左腕で済んだだけでも奇跡に近い。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:21:01.11 ID:LxPPr5Od0
使い物にならなくはないが、下手に動かすとロクなことにならない。
工場を出たミルナは辺りを見渡し、ひとまず付近の陰に隠れることにした。
添え木になりそうなものをその周囲に探すが、何もない。
骨折を意識した途端、痛みが徐々に増してくる。

(;゚д゚ )「くっそ……」

持ってきた装備の中に、医療品らしきものと言えば消毒液と三角巾ぐらいしかない。
"背中を撃たれるつもりはねぇよ"。
と言えるぐらいの命知らずであれば、ミルナは背中の防弾プレートを使っただろう。
そんな事を言った戦友がその日の内に死んだ事を思い出し、ミルナは苦笑した。

何か、何かないのか。
ふと、ミルナは不要な装備の存在を思い出した。
筒状のサプレッサーだ。
丁度二つある。

添え木としては少し短くて頼りないが、贅沢を言っている猶予はない。
無事な右手と口を使って三角巾を畳み、その上に添え木を二つ、丁度左腕の下に来るように置く。
その上に左腕を乗せ、三角巾を縛る。
ミルナはM8000をホルスターに戻し、その代わりにMP5Kの銃把を手に掴んだ。

スリングベルトを左肩に回し、右手で構える。
これなら、取り落とす事も無い。
膝を使ってコッキングレバーを軽く引き、銃身内に弾が入っている事を確認した。
弾倉も外し、そこに弾が詰まっている事を見て、元に戻す。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:25:01.79 ID:LxPPr5Od0
まだ数十発残っている弾倉は、十分に利用価値があった。
弾倉の交換は、そう易々とするものではない。
セレクターを三点バーストに切り替え、銃把から手を離した。
代わりに右手を、右耳に掛けているインカムへと伸ばす。

( ゚д゚ )「ミルナよりトソンさんへ。
     状況はどうですか?」

通信が回復した事の確認も含めて、ミルナはトソンに状況を聞いた。
しばしの間の後、ミルナのインカムに反応。
ノイズも無くインカムから聞こえた声は、紛れも無くトソンの声だ。

(゚、゚トソン『作戦通りです。
     強いて言えば、弾が重いぐらいですね。
     スティンガーのおかげで、ハインドもどうにか。
     そちらは?』

背中で対人地雷の爆発音を聞きつつ、ミルナは自然に答える。
今自分が置かれている状況を悟られないよう取り繕うのは、ミルナの十八番だ。

( ゚д゚ )「何も問題はありません。
     引き続き、大通りへの援護をお願いします。
     出来る限り早くそちらに行きますから」

自分でも驚くほど平然とした声が出た。

(゚、゚トソン『了解しました。
     支援要請があれば、すぐにでも』

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:29:01.46 ID:LxPPr5Od0
( ゚д゚ )「あぁ、いえ。
     こちらの援護は大丈夫ですから。
     では、また後で」

そう言ってミルナは、重い腰を上げた。
クレイモアが爆発したという事は、連中が一階まで降りて来たということだ。
うかうかしていられない。
この工場からホテルニューソクまでは、直線距離で約6km。

ミルナの足で、一時間と言ったところだ。
道中の事を考えれば、軽く一時間半以上は要しそうだった。
工場の出入り口から、大量の跫音。
続いて、複数の人声。

「おい、500億はどこに行った!」

「分からねぇ、暗くて何も見えねぇよ!」

「まだ遠くには行ってないはずだ、探し出して捕まえるぞ、野郎共!」

ぞろぞろと出てきた民兵達。
まるでハチの巣を突いた様に出てきたその総勢は、ミルナの目算で数百人。
冗談ではない。
むしろ、冗談であってほしかった。

「俺達の生活を無茶苦茶にしたツケは、きっちり返させてもらうぞ!」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:33:06.19 ID:LxPPr5Od0
ところが、そう上手くは行かないらしい。
勇ましいのはいいが、馬鹿なのは困る。
生活を無茶苦茶にしたのは、他ならぬあのフォックスだと言うのをすっかり忘れているようだ。

(;゚д゚ )「工場前に陣取られると面倒だな……」

この状況は、工場の裏口から出て迂回するルートを選ぶべきか。
それとも"ランボー"よろしく突撃するかの二択だ。
しかしそうなると、それに要する"時間"が選択肢を決定する為の鍵を握っている。
分単位の時間だが、それは"砂漠の水"並みの価値があるものだ。

「ちょっと、あれ見てみろよ!
あの建物の屋上、何か撃ってねぇか?」

「ありゃあ、ホテルニューソクだ!
そうか、賞金の掛ってる奴は他にもいるんだった!
さっきの奴は後回しだ、今はあの建物に居る奴をぶっ殺すぞ!」

(;゚д゚ )(はぁっ?!)

ミルナは我が耳を疑った。

(;゚д゚ )(どうしていきなりそうなるんだよ!
      今は俺を探せよ、この糞野郎!)

「確か、リストには女も載ってたな。
丁度いい。
女だったら、日頃の恨みを発散させてもらおうぜ!」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:37:19.49 ID:LxPPr5Od0
下品な笑い声に、ミルナは怒りを抑え込むのに必死だった。
どうしてそんな方向に思考が行くのだろうか。
今すぐ飛び出して皆殺しにしたい衝動を抑え、ミルナは急いで裏口から迂回する事にした。
時は一刻を争う。

(;゚д゚ )(冗談じゃねぇ!
      そんな事、させてたまるかよ!)

一度護ると決めた以上、ミルナの決意は固かった。
これまで、こんな気持ちで戦った事があっただろうか。
否、ない。
ミルナはこれまで、誰かに言われて戦ってきた。

戦争も、抗争も。
全て、誰かの意志に従って戦ってきた。
しかし、今は違う。
ミルナは自分の意志で、自分の気持ちに従って戦うことを決めたのだ。

愚かな考えだが、例え、何があってもこの作戦を成功させなければとも思う程に。
自分の犠牲一つで済むなら、安いものだ。

「行くぞぉおおおおおお!!」

民兵が猛り叫ぶ。

(;゚д゚ )(間に合え、間に合えよ!)

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:41:09.12 ID:LxPPr5Od0
【時刻――02:00】

トソンの代わりにミルナがC4を爆破する三十分前。
足を負傷したトソンは、豪勢絢爛なホテルの内装を見て回る事も出来ず、階段のすぐ横の部屋にいた。
ベッドに腰掛け、トソンはココアを飲んでいた。
そして、彼女は泣いていた。

"鉄仮面"の渾名を持つ彼女が涙を見せるなど、誰が信じるだろうか。
普段抑え込んでいた感情が溢れだしたかのように、トソンは泣いていた。
声も出さずに、トソンは泣いていた。
その原因を、彼女は理解していなかった。

ただただ、彼女の眼からは大粒の涙が溢れていた。
涙だけが、流れていた。
ミルナの事を知り、ミルナの事を理解したのは彼女にとって喜ばしい事だ。
しかし、何故か涙が止まらない。

原因は何かと自分に問うも、答えは返ってこない。
寂しさに涙を流しているのか、それとも喜びに涙しているのか。
答えは、誰にも分からない。
トソンの涙は止まる事を知らず、枯れ果ててしまうのではないかと言うほど溢れ出す。

(;、;トソン

嗚呼。
何と悲しいのだろうか。
愛する者が戦地に赴くのを、ただ見ているだけと言うのは。
こうも悲しいものなのか。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:46:04.18 ID:LxPPr5Od0
嗚呼。
何と喜ばしいのだろうか。
愛する者と心を通わせ、唇を重ねると言うのは。
こうも喜ばしいものなのか。

分からない。
トソンには分からない。
彼女もまた、愚直なのだ。
真っ直ぐ故に、自分の気持ちが分からない。

これまでの人生は、幸福とも不幸とも言い難いものだった。
ミセリの母親、グレン・フィディックとトソンの母親が幼馴染で、トソンは母親の手伝いをしていた。
当然、あのフィディック家の仕事と言えば、娼館。
早い話が風俗店だ。

そんな人生を過ごしてきた中で、ミルナの存在はトソンにとって数少ない興味の対象だった。
彼の事をもっと知りたい。
彼の事をもっと近くで見ていたい。
それが恋だと気付かずに、トソンはミルナを見ていた。

嗚咽にも似た泣き声が、上がった。
―――怖い。
そうだ。
涙の正体が、ようやく分かった。

怖いのだ。
死ぬのが怖い。
死なれるのが怖い。
恐れが怖い。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:50:04.50 ID:LxPPr5Od0
何もかもを投げ出せたらと、トソンは願った。
全てを失ってもただ、彼だけが居ればどんな代償も厭わない。
それ以外は何もいらない。
恐い、怖い。

でも。
彼が強いのは誰よりも知っているつもりだ。
トソンがミルナと過ごした時間は、一瞬たりとも無駄ではない。
涙をぬぐう。

まだ目が潤むが、先ほどのように涙は流れていない。
嫌なら、自分が変えればいい。
自分が導いて、最良の結末に持っていけばいいだけの話だ。
すっかり冷めてしまったココアを、手近な机の上に置く。

(゚、゚トソン

いつもの"鉄仮面"に戻ると、トソンはミルナの置いて行った装備を手に取る。
厚手のグローブに、耳栓、その他諸々の装備があった。
ひとまず、トソンはインカムを付けていない方の耳に耳栓を詰め、グローブを装着した。
これで、あの120mm榴弾砲の弾込めの際に手を傷つけることはない。

耳栓は、砲声で鼓膜が破けるのを防ぐ為のものだ。
その他の装備は、もしもの場合に使う為、ボストンバックに閉まったままにしておく。
細かいセッティングは千春がしていてくれたので、そこは気にしなくてもいい。

(゚、゚トソン「ありがたい事ですね、本当に」

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 22:55:08.25 ID:LxPPr5Od0
御三家の首領達もさることながら、その部下の能力もかなり高い。
どうやってここの屋上に大砲を設置したりしたのかが気になるところだが、まぁいいだろう。
"あの"千春なら、きっと非常識極まりない方法で設置したのだろう。
こと、武器に関して言えば千春に不可能はないのだ。

腕時計を見て、時間を確認する。
後、一分。
足を痛めないように、トソンは出来る限り急いで屋上へと向かった。

(゚、゚トソン「初めにする事は、まず……」

口に出して内容を確認し、トソンは肯く。
最初にトソンが攻撃する対象は、都の南部に居座っている戦車だ。
距離は約8km。
生憎とジャベリンの射程は、2.5kmだ。

では、どうやって破壊するか。
それは決まっている。
―――120mm榴弾砲だ。

【時刻――02:30】

120mm榴弾砲を撃った感想は、"うるさい"の一言に尽きた。
ミルナから教わった通りに撃った砲弾は、山なりに飛んでゆき、そして着弾、爆発した。
レバーを引いて砲弾を撃った時の衝撃と音は、これまでトソンが体験したどの武器のそれよりも大きかった。
しかし、その威力もまたこれまでのとは桁違いだ。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:00:50.46 ID:LxPPr5Od0
次弾を装填する為に空薬莢を排出、新たな砲弾を取り出す。
取り出す、と言うよりかは弾を持ち上げたと言う方がしっくりくる。
重たい弾を、トソンはどうにかして砲身に入れた。
だが、すぐには撃たない。

足を庇いながら屋上から降り、一階層下の部屋の窓辺に戻り、新たな武器を手に取る。
今の砲撃で、トソンの位置を把握した者が居るからだ。
それは、ハインド戦闘ヘリだ。
ヘリコプターなら裏通りの複雑な路地も関係なしに、ここに来る事が出来る。

そうなれば、120mm砲が破壊されたり、トソン自身の体に危険が及んだりする事になる。
それを避ける為、地対空ミサイルによる先制攻撃をするのだ。
窓を開け、窓辺に置いていたスティンガーを担ぐ。
覗き込んだ照準器が捉えたのは、こちらに向かってくる二機のハインド。

まずは、一発目。
スティンガーは、発射するまで相手に気付かれることはない。
相手の操縦手が気付いた時にはもう、スティンガーミサイルは回避不可能な位置にまで迫っていた。
派手な爆発が起き、ハインドが墜落する。

撃ち終えたスティンガーをその場に投棄し、新たなスティンガーを構える。
もう一機のハインドは、すぐ目の前で味方が撃ち落とされたのを見て、フレアを撒きつつ上昇を図る。
構わずもう一発。
だが、これはフレアに邪魔され、明後日の場所で爆発した。

焦らず、別のスティンガーを構えた。
だが、上昇したハインドの姿が見えない。
軽く舌打ちすると、トソンはスティンガーを構えたまま移動を開始した。
廊下に出て、床に伏せる。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:04:42.30 ID:LxPPr5Od0
直後、計ったかのようにハインドのローター音が大音量で響く。
窓のすぐ傍に急降下してきたハインドは、トソンが居ないにもかかわらず機銃を乱射してきた。
更に、吊っていたロケットランチャーも火を噴く。
集中砲火を浴びても尚、トソンの居る廊下にまでその衝撃が来ても砲火が及ぶ事はなかった。

流石は高級ホテルの壁だ。
レールガンの直撃などには耐えられなくとも、この程度は耐えられるということだ。
―――実は、千春が密かに各部屋の壁に鉄板を仕込んでいたのだが。
それをトソンが知る由もない。

何はともあれ、敵のハインドはトソンがハチの巣か肉片になったのだと思ったのだろう。
ゆっくりと180度回頭し、ハインドは大通りへと向かった。
それを音だけで判別し、トソンは立ち上がった。
部屋の出入り口にあった扉が、無残にも吹き飛んでいた。

丁度いい。
トソンはその扉の上に片膝を付き、スティンガーを構えた。
今し方、ここに"ワーグナーを流しながら"斉射を加えたハインドは、スティンガーの有効射程の範囲内に居た。
一機相手に、スティンガーを二発も使ってしまうのはもったいない気もしたが、あの厄介なのが減るならば惜しくはない。

よもや、斉射を加えた部屋からまだスティンガーが飛んでくるとは思いもしないだろう。
背後から迫って来たスティンガーミサイルがハインドのテイルローターを吹っ飛ばすのと、ハインドがフレアを撒いたのは同時だった。
今さらフレアを撒いたところで、何の意味も無い。
ヘリの命とも言えるテイルローターを吹っ飛ばされ、ハインドはクルクルと回りながら墜落した。

その場に撃ち終えたスティンガーを捨て、トソンは屋上へと移動を開始した。
手摺りを伝って階段を駆け上り、屋上に設置されている榴弾砲の元へと急ぐ。

(゚、゚;トソン「っ……!」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:08:25.87 ID:LxPPr5Od0
扉の前に来て、トソンは呻いた。
挫いた足の痛みが、増している。
たったこれだけの動作で、ここまで悪化するとは思いもしなかった。
どうやら、階段の上り下りがいけないらしい。

ミルナのテーピングがなければ、ここまで歩く事も出来なかった。
今度は出来る限り無理をしないようにして、トソンは扉を開いた。

(゚、゚;トソン「うわっ……」

作戦開始から、まだそんなに時間は経っていない。
だが、眼下に広がる光景は壮絶極まりなかった。
その中で一番賑わっていたのは、当然大通り。
あそこは、また祭りを再開したのだろうかと思うほどに賑わっていた。

爆音と銃声が混然一体となり、大通りは大混乱を起こしていた。
北部の戦車の爆発しかり、東部の銃撃戦しかりだ。
まだ南部の戦車隊が残っているのを思い出し、トソンは榴弾砲へと歩み寄る。
照準器を覗き込み、弾道の計算をする。

戦車に直撃させられるほどの技量はまだない為、トソンはその砲弾が戦車の足元に落ちるように狙いを定めた。
口を開けて、レバーを引く。
盛大な砲声。
思わず閉じでいた両目の内、右目だけを開き、着弾の様子を見やる。

どうやら、成功したらしい。
照準器の先では、黒煙を噴きながら戦車がひっくり返っていた。
厄介なことに、視界の端にまたもやハインドを捉えた。
だが、この距離からなら屋上で迎え撃つ装備がある。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:12:03.79 ID:LxPPr5Od0
トソンは榴弾砲の脇に置かれていた"それ"の銃口を、ハインドに向けた。
"それのスイッチ"を入れると、"砲身"が回転を始めた。
そして、一つに繋がって聞こえるほどの銃声が響く。
薬莢が延々と排出され、銃口からは秒間100発と言う冗談レベルの速度で弾丸が放たれた。

曳光弾の描く光の線が、ハインドのコクピットのみならず、その機体にも穴を開ける。
本来は戦闘機に搭載されているこの兵器は、ハインドにも十分に通用した。
その正体は機関砲、"バルカン"だ。
攻撃する事すらも出来ずに、ハインドは空中で爆発を起こす。

―――ふと、トソンのインカムに反応が。

( ゚д゚ )『ミルナよりトソンさんへ。
     状況はどうですか?』

ミルナの声だ。
いつもの調子の声に、トソンはほっと胸を撫で下ろした。
まだミルナは怪我もしていないし、トラブルに見舞われていない事が分かっただけで、トソンは心底安堵した。
それを表に出さずに、トソンもいつもの調子で答える。

(゚、゚トソン「作戦通りです。
     強いて言えば、弾が重いぐらいですね。
     スティンガーのおかげで、ハインドもどうにか。
     そちらは?」

言いつつ、トソンはバルカン砲から離れ、榴弾砲の弾を装填する作業に移った。
まだ、大通りの南部には戦車が大量に残っている。
あれを潰さなければ。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:16:04.86 ID:LxPPr5Od0
( ゚д゚ )『何も問題はありません。
     大通りへの援護をお願いします。
     出来る限り早くそちらに行きますから』

装填作業を終えたトソンは、ミルナの優しさに込み上げる感情を抑えきれない。

(゚、゚トソン「了解しました。
     支援要請があれば、すぐにでも」

偽りのない言葉を掛けるも、ミルナはやはりその誘いを断った。

( ゚д゚ )『あぁ、いえ。
     こちらの援護は大丈夫ですから。
     では、また後で』

ミルナの性格は、おそらく都に来てから己の経歴を隠す為に歪な形に変わったのだろう。
どこかよそよそしく、決して人に頼らない。
だが、その本心をトソンは聞いていた。
誰かを巻き込むのを、ミルナは嫌っているのだ。

―――通信を終え、トソンはそんな思いを振り払うようにして榴弾砲のレバーを引いた。

――――――――――――――――――――

民兵達よりも先にホテルニューソクに続く道に出たミルナは、辺りを見渡した。
まだ、この場所に民兵は居ない。
右手で構えていたMP5K短機関銃の銃口を、すっと下げる。
ダットサイトもフラッシュライトも、レーザーサイトも付いていない単純な装備。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:21:05.86 ID:LxPPr5Od0
これが、今のミルナの相棒だ。
どこか寂しい気もするが、あの民兵紛いの素人集団を相手にするなら、これで十分だった。
まともに殺り合わなければ、ミルナが死ぬ危険はない。
ミルナの耳が、どこからか聞こえてきた微かな跫音を捉えた。

駆け足で路地裏に隠れ、その跫音が近づくのを待つ。
ある程度の距離になったら、ミルナが飛び出して銃弾で牽制し、トソンへの注意を散らす為に逃げ出す。
今できる範囲内で、トソンの安全を確保するにはこれ以外に方法はない。
MP5Kの銃把を右手だけで、汗で滑らないようしっかりと握りしめる。

遂に、跫音がはっきりと耳に届いた。
―――多い。
しかし、臆している暇も余裕も無い。
ミルナは意を決し、単独のゲリラ作戦を決行した。

路地裏から飛び出し、MP5Kの銃口を民兵に向ける。
その銃口の先に居たのは、女だった。
女だけではない。
―――女子供だ。

ミルナが一瞬銃爪を引くのを躊躇った事は、誰も咎められない。
軍人として、そして裏社会の人間として生きてきたミルナにとって、民間人の女子供は殺しの対象に入らない。
むしろ、殺傷を避けて通って来た。
それがどうだ。

女子供が戦闘に立ち、銃を掲げているではないか。
"モグ"での戦闘でも、女子供はここまでアグレッシブではなかった。
銃爪を引くか引かないか、それを躊躇う事は戦場では自殺行為だ。
向こうがミルナに照準を合わせる寸前で、ミルナはやっとそれを思い出して銃爪を引いた。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:25:15.41 ID:LxPPr5Od0
無駄弾を撃たないよう狙いを定め、数発ずつ細かく分けて撃つ。
それぞれの弾丸は急所を外れはしたものの、脆弱な女子供の戦意を削ぐには十分だった。
悲鳴を上げ、何もない方向に銃を向けて乱射したり、味方を誤射したりと、散々だ。
流石は素人。

ミルナは残り二つとなったグレネードを一つ手に取り、ピンを歯で抜いて密集している場所に放り投げた。
悲鳴と爆音と、肉が弾ける音が響いた。
これで、ある程度の足止めと注目が得られただろう。
ミルナはわざとホテルニューソクとは別方向に走り出した。

案の定、民兵は怒り心頭と言った様子でミルナに狙いを変えた。
相手が単純で助かった。
ミルナは内心でそう笑むが、トソンの危険も背負ったミルナの負担は、桁違いだ。
一人であの数を相手にするのが無理であるのは分かっているが、ではどうしようか。

―――どうしようもない。
普通なら、ここは最寄りの部隊に援護を要請するのが妥当な手である。
しかし、援護を要請する事が出来ても、"援護が容認されるかどうか"は分からない。
それぞれの部隊はそれぞれの役割を持っている。

もともとこちらの不手際でこうなったのだから、迷惑を掛けるわけにもいかなかった。
つまり、ミルナ一人で事態を収拾しなければいけないということだ。
それは分かっているが、どうにか援護を回してほしいのが本音だった。
今頃、全部隊は定位置についているはずである。

(;゚д゚ )「おわっ!」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:29:31.25 ID:LxPPr5Od0
弾丸が耳元を掠め飛んで行く。
このまま連中が追ってくれれば、ミルナの勝ちだ。
だがこれは、心臓に悪い。
右手の短機関銃を後ろに向け、数発単位で分けて撃つ。

9mm弾とはいえ、殺傷能力は十分にある。
次々と血を噴き出して倒れる民兵。
しかし、それでも止まらない。
500億と言う"大金が目の前に居る"以上、彼らは下手な信者よりも諦めが悪かった。

全力で駆けるミルナを追う民兵達は皆一様に奇声を上げており、"金の亡者"と化していた。

「ご、ごひゃああああああああっくぅうううう!」

(;゚д゚ )「シット!」

仲間が目の前で撃ち殺されても衰えない。
脳漿を顔に浴びて叫ぶその様は、もはやホラー映画のワンシーンだ。
そんなB級映画の主人公になるのは、誰だって御免である。
ミルナは短機関銃の銃把を握っていた右手を、胸元に移動させる。

そこにあったスタングレネードを手に取り、口でピンを抜く。
真上に思い切り投げ、ミルナは目を庇った。
直後、真昼の太陽が―――とはいってもこの都ではまず見かけないのだが―――落下したかのような閃光が走った。
大音響で炸裂したスタングレネードは、ミルナを追っていた民兵達の大半を戦闘不能にした。

一時的とはいえ、その効果は十分だった。

「あぁああああああ?!」

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:33:18.58 ID:LxPPr5Od0
閃光に目を焼かれ、民兵は悶える。
逃げるならここで煙幕を展開するところだが、ミルナの目的は民兵をトソンから遠ざけることだ。
出来る限り敵の怒りと注目をミルナが集め、時間を稼ぐ事に意味がある。
―――もう一つ、ミルナには目的があった。

それは、ミルナがこの大多数を相手に勝つ為の手段。

「……くぉっ、この野郎、ぶっ殺してやる!」

(#゚д゚ )「おぉう上等だ!
     手前等全員の名前を墓碑銘に刻んでやるよ!」

と言いつつ、ミルナは全速力で逃げる。
当然、民兵は銃を乱射しながらミルナを追っていた。
どうやら奴等の予備弾倉は、事前に十分用意されていたか、味方の死体から拾い上げたものらしい。
先ほどから一切砲火が止まないのは、そのわけだ。

乱射魔はどうにも厄介である。
狙って当てようとしている乱射魔なら、尚更だ。
今のところ、ミルナの作戦は順調だった。
だが、時間的な事を考えれば今の状況は効率的ではなかった。

必要なのは、"ホテルニューソク以外の場所"に後ろの民兵を連れていく事であり、相手をする事ではないからだ。
冷静に考えてみれば、何もそれをするのはミルナでなくてもいい。
ミルナを追って、"ある場所に連中が足を踏み入れれば"、ミルナの勝ちだ。
つまり、民衆を扇動する誘導係がいれば問題はない。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:37:32.45 ID:LxPPr5Od0
その為に誘導係に求められる能力は、数と力、何よりも小回りだ。
理想としては、係の数は五人以上。
力は並み以上。
問題の小回りと速さは、都の裏路地を難なく進めるだけの力が必要だ。

それらを満たした誘導係がいれば、トソンの身に危険が及ぶ前に、ミルナがホテルニューソクに到着する事ができる。
しかし、そんなに都合よく条件を満たした者がいるだろうか。

(;゚д゚ )(誰か、誰かいないのか?!)

考える。
ふと、ミルナはある事を思い出す。
"デイジー"の中に、それらの条件を満たしている連中が一組だけ居た。
だが、彼らに手を貸してもらえるのだろうか。

向こうは向こうで、かなり大掛かりな作戦を持っている。
そんな状況で彼等に援護を要請するのは、かなり無理な話だ。
デレデレの立てた作戦の一部を書き換えるような内容だと思ったが、今こうしていること自体が書き換え行為に他ならない。
一縷の望みを掛け、ミルナはインカムの向こうに話しかけた。

( ゚д゚ )「飛葉ちゃん、聞こえるか?」

飛葉『お? ミルナか、どうした?』

ミルナの呼びかけに答えたのは、人のよさそうな若い男の声だった。

( ゚д゚ )「無理を承知で頼むんだが、俺に手を貸してくれないか?
     後、もう一つ頼み事がある。
     ……どうだ?」

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:41:01.37 ID:LxPPr5Od0
"デイジー"が細かな部隊に分けられているのは、ミルナも知っている。
その部隊の一つを借り受けられれば、ミルナはこの民兵を一網打尽にした上、トソンの元に辿り着ける。
たかが一部隊とは云え、"デイジー"に多大な負担が掛るのは明白だった。
飛葉と呼びかけられた男は、呆れたように溜息を吐いた。

飛葉『おいおい、こっちはこっちで忙しいんだぞ!
   ヘボピー! 交戦予定まで後何分だ?』

今度は、飛葉が別の男に話しかけた。
近くに控えていたのか、すぐに返事が来た。

ヘボピー『もうそんなに時間はねぇな。
      すぐそこまで連中が来てやがる。
      俺達がミルナの所に行ったら、帰ってくるまでかなり時間が空くぞ』

ヘボピーと呼ばれた男は、どこか焦った声をしていた。
ミルナの耳にも、その原因が聞こえていた。
民兵のそれとは別場所から響く銃声。
向こうは大通りに陣取っていた兵士の相手をしているのだから、焦っていても不思議はない。

飛葉『オヤブン―――』

オヤブン『分かってるって、飛葉ちゃん。
      俺達はミルナに助けてもらった借りがある。
      それに、困ってる仲間が居るんだ、助けるのは当然だろ?』

飛葉『って事だ。 ミルナ。
   場所を教えてくれ、すぐに駆け付ける!』

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:45:38.91 ID:LxPPr5Od0
( ゚д゚ )「恩に着るぜ、飛葉ちゃん。
     今から"タートヴァン"に向かう。
     後数分だ、頼んだ!」

飛葉『了解だ。
   その時に、お前の作戦を聞かせてもらうぞ!』

飛葉の言葉の直後、バイクのエンジン音が高らかに響いた。
相変わらず頼もしい連中だ。
だが、それと同時にミルナはある種の不安を抱いた。
本当に、大丈夫なのだろうか。

こちらのミスを補う為、わざわざ部隊を一つ借り受けると言うのは、どうにも罪悪感がある。
しかし、言ってしまった以上もう後には引けない。
ここは彼らの実力を信じ、頼る他ない。

( ゚д゚ )「……ほらほら、どうした!
     俺を捕まえるんじゃないのか!」

MP5K短機関銃の銃爪を引きながら、ミルナは走る。

【時刻――02:50】

タートヴァンが近づくにつれ、ミルナの耳に銃声と怒号以外の音が聞こえてきた。
これは紛れも無く、複数のバイクのエンジン音だ。
そして、その音は目の前から聞こえている。
短機関銃の予備弾倉は、つい先ほど入れ替えたので最後。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:50:03.17 ID:LxPPr5Od0
つまり、短機関銃の弾は予備弾倉に入っている30発のみである。
もっとも、頼みの綱であるその弾も、今は秒単位で無くなりつつあるのだが。
どうにか間に合ったらしい。
完全に弾切れとなった予備弾倉を取り捨て、その銃把から手を離す。

変わりに、自動拳銃を抜き放つ。
このまま威圧射撃をしていれば、ミルナの方が先に弾切れになるのは必至だった。
だが、それまでの弾が無駄でなかった事が分かった以上、問題はない。
あのエンジン音は、ミルナが援護要請をした部隊のそれだからである。

そう。
水平線会傘下の組織、"B・キング"が誇る手練七人衆。
人は彼らをこう呼ぶ。
―――野生の七人、"ワイルド7"と。

飛葉「ミルナ! 急げ!」

少年のような顔立ちの男が、先頭のバイクに跨っている。
手にしたコルトウッズマンをミルナの後ろの民兵に向けて撃ちながら、飛葉は叫んだ。
どうやら、ミルナの後ろの民兵の勢いは彼らの予想以上だったらしい。
飛葉の周りで援護射撃をしていた六人の顔に、僅かだが焦りが浮かんでいた。

(;゚д゚ )「悪ぃ! あの馬鹿共を押さえこんでくれ!
     それと、急いでホテルニューソクまで頼む!」

ミルナが急いで飛葉の後ろに飛び乗ると、飛葉は思い切りアクセルを捻った。
だが、動いたのは彼一人で、他の六人はその場で銃撃戦を繰り広げ始めた。
対戦車ライフルやら拳銃の銃声が、豪華なオーケストラの演奏会と化す。

ヘボピー「飛葉ちゃん!ミルナを頼んだぞ!

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/13(日) 23:55:14.25 ID:LxPPr5Od0
恰幅の良い大男が、モーゼルミリタリーを装填しつつ、大声を張り上げた。
飛葉はそれに対して、左手を上げて答える。

飛葉「ミルナ、俺達はどうすればいい?!」

(;゚д゚ )「まず、あいつらを"蜘蛛の巣"まで誘導してくれ!
     そうしたら、後は"油すまし"達が片付けてくれる!」

飛葉「なるほどね、分かった! 丁度いいや、俺達もそこに用事があるんだ。
   聞いたな、お前達! 連中を地獄までエスコートしてやるぞ!」

飛葉は急ブレーキを掛け、バイクを降りた。
コルトの弾倉を交換しつつ、背後に顔を向ける。
その先には、まだヘボピーやオヤブン、両国達が戦っているのが薄らと見えた。
派手な爆発音が連発している辺り、どうやら両国が六連装ロケットランチャーを撃っているようだ。

ミルナはバイクを降り、そちらに向かって駆け出そうとしている飛葉に声を掛けた。

(;゚д゚ )「……っておい、何やってるんだ?」

飛葉「こいつはお前が使ってくれ。
   ……なぁに、大丈夫さ。
   俺達を誰だと思ってる?」

そう言うなり、飛葉は笑顔を浮かべた。
彼の実力は、ミルナよりも下である。
だが、彼には仲間が居る。
飛葉は馬鹿だが、愚かな馬鹿ではない。

ミルナと同様、仁義に生きる優しい馬鹿だ。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:00:02.92 ID:WGhrpiE/0
( ゚д゚ )「本当にすまない、……飛葉ちゃん。
     じゃあ、後は任せた!」

飛葉が駆け出し、ミルナは飛び乗ったバイクのアクセルを捻る。
左腕の激痛など、気にしている場合ではない。
今は、ただ進む時。

【時刻――02:51】

何も、ミルナが焦っているのはトソンへの恋心だけと言うわけではない。
仮にも元軍人である以上、その辺りの分別は付けられる。
感情的に動けば、分かる事も分からなくなってしまう。
だからこそ、ミルナは焦っていた。

果たしていつまで、連中がホテルニューソクで砲撃をしている者を放っておくだろうか。
仮にも、デレデレに喧嘩を売る程の知恵の持ち主だ。
しかも、相手の兵士が全員海兵隊並みの戦闘力を有していると言う事は、それ並みの知恵を持ってると考えていいはずだ。
それだけではない。

ミルナが大通りから撤退する際、裏通りに都の軍人が居た。
つまり、裏通りの数ヶ所には軍人が居ると言うことになる。
それは即ち、どこの部隊よりも早くホテルニューソクへと辿り着けるということだ。
作戦開始から、すでに20分弱が経過していた。

これだけの時間があれば、最寄りの部隊がホテルニューソクに到着するには十分だ。
脅威は何も民兵だけではなかった。
それすらもトソンに告げていなかったのは、大通りへの援護の重要性を重視しての事。
自らに二重の危険が迫っているとなれば、トソンは必ず対処をする。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:05:02.98 ID:WGhrpiE/0
その際に生まれた隙は、大通りにとっては致命傷である。
となれば、ミルナに出来る事はトソンに危険が及ぶ前にそれらの脅威を排除する事だ。
飛葉の愛車であるCB750FOURならば、この位置からホテルニューソクまで5分もあれば十分だ。
アクセルを捻り、更に速度を上げる。

速度は、時速100kmを越え、150kmに達していた。

【時刻――02:54】

ヘッドライトのハイビームが、暗い路地を切り裂く。
何かを踏む度、ミルナの体がバイクと共に跳ねる。
サスペンションが付いているとはいえ、これだけの速度を出していればこうなるのも無理はない。
ほとんど力技でバイクを押しつけ、ミルナはバランスを保つ。

五分以内にホテルニューソクに到着出来た事を、ミルナは飛葉に感謝した。
彼の協力とバイクがなければ、こうはいかなかった。
普段から彼がこれの整備を怠っていないだけあり、バイクに対して不具合はおろか不満すらない。

速度を落とそうと、ブレーキに手足を伸ばした時だった。

(;゚д゚ )「っ!」

ミルナの視線の先には、ホテルニューソクの正面玄関があった。
その扉は固く閉ざされ、営業停止中の看板がぶら下がっている。
しかし、営業していないホテルの玄関前に怪しげな人影がいるのを、ミルナは見過ごさなかった。

軍人「?!」

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:10:10.49 ID:WGhrpiE/0

今まさに、建物内に突入しようとしていた5人の軍人達をそこに見咎め、ミルナは躊躇いなくバイクを一人の軍人に突っ込ませる。
当然、その軍人は避けようと横に動く。
だが、バイクの方が早い。
前輪に顔面を轢かれた軍人は、叫ぶ間もなく轢殺された。

衝突の衝撃は、バイクごとミルナを宙に持ち上げた。
飛ばされて落ちないよう、ミルナは右手のハンドルをしっかりと握りしめる。
どうにか体勢を立て直すことに成功したのは、単純にこのバイクだったからである。
流石はワイルド7の特別仕様車だ。

折れた左腕に、信じられない程の激痛が走った事を除けば、何も問題はない。
強引な形でブレーキを掛け、ミルナはバイクから飛び降りた。

軍人「……っ! 撃て、撃て!」

ようやく思考が追いついた軍人が、他の仲間に指示を出した。
その時にはもう、ミルナと軍人達の間に十分な距離が生まれている。

(;゚д゚ )「おおっと!」

右手で自動拳銃を抜きつつ、ミルナは姿勢を低く横飛びになる。
ミルナの急所を撃ち抜く代わりに、放たれたライフル弾はミルナの左手の親指を吹き飛ばすに止まった。
この程度で、ミルナは悲鳴を上げない。
これぐらいなら、まだ耐えられる。

親指の一部を犠牲にして、どうにか生き延びたミルナは、その身をホテルニューソク内へと逃がした。
相手が突入しようと扉の左側だけを破壊していた事が、幸いした。
ここを出る際、ミルナは頑丈な錠を掛けていたのだ。
それを扉ごと破壊してくれていたおかげで、解錠する手間が省けた

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:15:06.31 ID:WGhrpiE/0
頑丈な鉄製の扉は、銃弾の直撃程度には耐えられるだろう。
つまり、遮蔽物として使えるはずだ。
中に入るなり、ミルナは素早く無事な右の扉に背を付けた。
遅れて、背にした扉に弾が撃ち込まれる。

微かな衝撃が、扉と伝ってミルナの背を叩く。
ミルナは冷静に、右手に構えた自動拳銃の銃口を外に向け、銃爪を連続して引いた。
適度な間隔を開けさえすれば、自動拳銃でも牽制はできる。
本来なら背に扉があるのだから、左手で構えたいところだったが、そうはいかない。

負傷の都合上、どうしても右手で構えざるを得ないのだ。
背を壁から離し、身を転じようとすれば、その隙を狙われるだろう。
歯痒い状況を忘れさせるようにしてすぐ耳元で、手にしたM8000の銃口から銃声が響く。
片手で構えていても反動が少ない為、変な所に弾が飛んで行く事はない。

軍人「ぐぅおっ?!」

隠れるのが遅れた軍人が、胸を撃たれてくぐもった悲鳴を上げた。
どうやら、隠れるのを諦めて単独で突入しようと試みていたらしい。
単独行動の代償は、あまりにも痛すぎた。

軍人「いぐぁ! いぐぁいご!」

右手の薬指で空になった弾倉を排出。
左手でどうにか予備弾倉を取り出し、装填。
歯で遊底を引き、初弾を銃身内に装填させた。
悲鳴を上げてのたうつ軍人の体に二、三発撃ち込むと、軍人は悲鳴を上げるのをあっさりと止めた。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:20:03.45 ID:WGhrpiE/0
更に数発扉の外に向かってミルナが牽制射撃を試みるも、それは突撃銃の斉射によって阻まれた。
こうして斉射した後に来るのは、グレネードを放り込むか、別の人間が突入してくるかの2パターンだ。
どちらにしてもこの場に居るのは賢い選択ではなく、ミルナは階段へと移動せざるを得ない。
壊れた扉に銃口を向けながら、ミルナはゆっくりと後ろに下がる。

( ゚д゚ )「っ!」

ミルナから見れば、本職の軍人と雖も素人である。
同じ英雄の都の出身者であればそうではないが、それ以外の軍人はミルナにとってはただの素人。
行動を先読みされるのは、必然だった。
牽制射撃が止んだのを機に、彼等はミルナの様子を窺おうと行動した。

その先鋒の男が、そっと扉の陰から顔を出したのを、ミルナは見逃さない。
照門と照星を、一瞬で男の顔に合わせる。
自動拳銃から放たれた三発の弾丸は、ただの一発の無駄も無く、扉の向こうにいた軍人の顔を撃ち抜いた。
そのまま、顔が変わってしまった軍人が崩れ落ちる。

今撃ち殺したのを合わせて、合計で三人殺した事になる。
残りは、二人である。

( ゚д゚ )「……」

階段の上という場所が、階段下と比べて有利な地位であるという事は広く知られている。
それは、上から見下ろす事によって視野が広がり、思いもがけない発見。
もしくは、相手が何を狙っているのかが分かるからである。
強いて弱点を上げるとしたら、一度でも見つかってしまえばその場所の価値が大暴落を起こすという点であった。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:25:11.54 ID:WGhrpiE/0
その事を知っていたミルナは、残りの軍人が突入してくる前に階段を駆け上がる事にした。
ミルナの判断が正しかった事を証明したのは、他ならぬ数拍置いて突入してきた軍人達であった。
彼らは目の前で、殺された仲間を目の当たりにした事もあり、慎重に突入する事を選んだ。
それもまた、ミルナの予想の範疇である。

もしも連中が悠長に味方の到着を待っていたら、ミルナがトソンと合流する事になる。
それは即ち、向こう側の作戦を完全な破綻へと導く歯車の始動を見逃すということだ。
彼等にとって幸運だったのは、今相手にするのが一人だけ済むと言う事であった。
そこで彼等は互いの死角を補い合うよりも、一人が先頭を行き、もう一人がその援護に回る形の隊形を選んだ。

この隊形なら、一人相手に後れを取らない。
対して、ミルナは一階から二階へと続く階段を上がり切った場所にいた。
そこから下に見えるのは、折り返し地点の壁と踊り場だけである。
ここからでは、相手の跫音が聞こえてきてはいても、隊形が見える事はない。

ミルナは最後の一つとなったグレネードを手に取り、ピンを抜いた。
それを思い切り折り返し地点の壁に当て、ピンボールの要領でグレネードを階段下に送り込む。
この方法なら、わざわざ身を敵の前に晒さなくてもグレネードを利用する事が出来る。
しかも、爆発するまでの時間が微妙に調整されると言う特典付きだ。

軍人「おヴぅあぇ?!」

爆発と悲鳴が同時に響いた。
今まさに階段を上がろうとしていた軍人にとって、この一撃は不可避のそれだった。
目の前で炸裂したグレネードの破片と衝撃を顔面で受け止め、男の顔は吹き飛んだ。
不運な事に、それは致命傷ではあるが致死傷ではない。

もがき苦しみ、苦痛を味わい、そして死に至る傷だった。
こうなってしまえば、後は一対一。
あっという間にミルナが有利な状況となった。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:29:01.45 ID:WGhrpiE/0
軍人「おい、大丈夫か!」

仲間の意識を保たせるために声を上げるのは律儀な事だが、それは敵に自分の位置を教える行為。
つまり、自殺行為である。
ミルナは階段を少し下り、その様子をそっと窺う。
顔を押さえて悲鳴を上げている仲間の傍らに、無傷の軍人が屈みこんでいた。

軍人「ジョージ、もう少しで仲間が来る、それまで堪えるんだ!」

ジョージ「お、おぐおごおあっあお……!」

ミルナは二人の手元に視線を移す。
二人とも、突撃銃の銃把から手を離していた。
すかさずミルナは階段の陰から、手にした自動拳銃の銃口を無傷の軍人に向けた。

軍人「なぁ!」

銃口の存在に気付いた時には、もう遅い。
銃爪に掛ったミルナの人差し指に込められた僅かな力が、銃爪を引いていた。
銃声。
そして、湿った音。

ジョージ「わぐっ、ぐおおっ!」

すぐ傍らでモノ言わぬ屍と化した仲間に、瀕死の軍人が喚く。
ミルナは無表情のまま、銃口をその男に向ける。
顔を押さえている手ごとその顔を撃ち抜き、辺りにようやく静寂が訪れた。

(;゚д゚ )「ちっ、やっぱりここに来るのか……」

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:34:26.77 ID:WGhrpiE/0
上から響いた砲声は、止む気配がない。
となると、この場所の特定は確実にされていると考えていいだろう。
しかも、先ほど殺した男が言っていた事もある。

(;゚д゚ )「……」

状況は最悪だった。
ミルナに出来る事は一つ。
"トソンを逃がして、残った仕事を一人で完遂する"。
それだけだ。

何も、ミルナの独りよがりの為ではない。
この選択は、先を読んでの選択である。
仮に、ミルナがトソンと共にこの建物から大通りへの援護を続けたとしよう。
大通りに居座っている戦車を潰すのは確かに大切だ。

しかし。
"怪我をしている二人"が、いつまでも屋上に立て籠っていられるわけがない。
上からはハインドが、下からは軍人がやって来るのである。
二人揃って人質にでもなってみれば、それこそ大問題だ。

その問題を少しでも緩和する為にトソンを逃がし、残りの仕事をミルナ一人で片付ければいい。
ハインドの攻撃は凌げるとしても、多人数の軍人相手となると流石に無理がある。
予備弾倉の問題もあり、何時までも気長に籠城は出来ないのだ。
ではどうするかと言えば、その答えはとても簡単だ。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:38:07.46 ID:WGhrpiE/0
このビルごと、突入してきた連中を潰せばいい。
幸いなことに、爆薬には事欠く事はなかった。
このビルの適当な階にプラスチック爆弾を仕掛けておけば、爆破後は自重で倒壊する。
そうすれば、連中は建物の下敷きになり、ミルナ達を追う事は出来ない。

ただ、この方法には一つ問題がある。
建物の爆破前に、大通りへの援護を終えることだ。
それは生半可な作業ではない。
砲弾を運び、装填し、狙いを付け、そして撃つ。

この一連の動作を不備なく進め、素早く終わらせる必要があった。
問題は、トソンが大通りへの援護をどの程度終わらせているかと言う事だ。
それによっては、別の作戦を考えなければいけない。
今は、トソンを信じる他なかった。

―――気が付いたら、ミルナは駆け出していた。

階段を二段飛ばしで駆け上がり、息を切らせて駆ける。
長い。
長い階段。
長い道程、そして時間。

本当はどれもそれほど長くはないのに、今のミルナには全てがあまりにも長過ぎた。
道中、階数が書かれた看板を見る事を忘れなかったのは、焦りつつもミルナの意識がはっきりしていた為だ。
目的の階まで来たところで、ミルナはC4を取り出す。
それを的確な場所に取り付けに走り、素早く取り付ける。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:42:31.15 ID:WGhrpiE/0
C4の設置位置が的確であれば、少量とはいえ高性能なプラスチック爆弾の威力でもビルの倒壊は可能だ。
歯車王暗殺の際にツンに開けられた大穴などの影響もあり、今ミルナが持っているC4でもそれは可能だった。
その辺りを心得ていたのは、やはりミルナの軍人としての経験からである。
時として、大国が戦争の理由に自国のビルを爆破して、それをテロの仕業と決めつける事があった。

世界的に有名な"双子塔テロ"の真相も、ミルナ達がテルミットで行った仕事である。

(;゚д゚ )「これで、……よし。
     後は、……ん?」

ふと、ミルナの懐が振動した。
懐に携帯電話を入れていた事を思い出し、ミルナはそれを取り出す。
液晶画面を見ると、そこには"トソン"の文字が。
つまり、トソンの携帯電話からの着信と言うことである。

インカムがあるのに、どうして携帯電話なのかとも思ったが。
その時間が惜しい。
ミルナは階段を駆け上がるのを再開しながら、通話ボタンを押した。

( ゚д゚ )「もしもし?」

(゚、゚;トソン『ミルナさんですね、申し訳ありません。
     インカムが壊れてしまって……
     何やら下で爆発音が聞こえたのですが、あれはミルナさんがやったのですか?』

( ゚д゚ )「えぇ、そうです。
     今そちらに向かっているので、もう少し耐えてください」

(゚、゚;トソン『ありがとうございます。
     それでは……』

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:47:32.52 ID:WGhrpiE/0
通話を終え、ミルナは携帯電話を懐に戻した。
何が原因かは分からないが、トソンのインカムが壊れたのはある意味僥倖である。
自分のインカムを代わりに渡すことにより、トソンがミルナに通信を入れる事が出来なくなる。
それはつまり、ミルナの状況、目的を知られないで済むと言う事だ。

目的等を知られてしまえば、トソンが何か予想外な行動を取る可能性は否めない。
その影響で作戦に支障が出る事だけは、何としても避けなくてはならない。
ミルナにとって、自分の命よりもこの作戦を成功させることの方が重要だからだ。
もっとも、死ぬつもりも無いのだが。

あのインカムさえあれば、他の部隊と常に連絡を取り合う事が出来る。
そうすれば、トソンは万が一の場合にも対処できるはずだ。
その万が一を起こさせないよう、ミルナが努力をするのだ。
そんな事を考えていると、ミルナは屋上の一階下にまで来ていた。

屋上へと続く扉の前に来て、立ち止る。
左手の三角巾とサプレッサーを取り、三角巾を親指に巻いた。
軽く血が三角巾に滲むが、外の暗さを考えれば気にする事も無いだろう。
これで、一応外見上は大丈夫なはずだ。

トソンには突き指したとでも言っておけば、余計な心配を掛ける事も無いだろう。
今は一刻も早く、トソンをこのホテルから逃がさなければ。

【時刻――03:00】

背後で扉が開く音が聞こえ、トソンは振り返った。
そこには、息を切らせたミルナの姿があった。
体力に定評のあるミルナがこうも息を切らせているのは、珍しい光景だ。
少しだけ声を大きめにして、トソンは問いかける。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:52:01.81 ID:WGhrpiE/0
(゚、゚トソン「ミルナさん、大丈夫ですか?」

まるで、マネージャーが選手に労いの声を掛けるようなその仕草。
どこか他人行儀で、だがどこか親しみの籠った仕草で、トソンはミルナの様子を窺う。

(;゚д゚ )「いや、まぁ……
    大丈……夫で……す……」

息も絶え絶えに、ミルナはトソンに歩み寄る。
ミルナが口を開いて何かを問おうとするより先に、トソンがその答えを口にした。
今の状況でミルナが聞きたい事など、そう幾つも無い筈だ。
その中で一番可能性の高いものを選べば、ミルナよりも先に答える事など造作も無い。

(゚、゚トソン「大通りの戦車は全滅しました。
     ひとまず、私達の作戦は終了です。
     でも……」

トソンは顔色一つ変えず、事務的な声で続けた。
"鉄仮面"は如何なる状況下でも、冷静さを失わない。
それは、冷静さを失った所で何一ついい事がないからだ。
ましてや、今はミルナが目の前に居る。

彼の前で失態を晒すなど、トソンは決してしない。

(゚、゚トソン「"パンドラ"が相当な打撃を受けています。
     どうにか出来ませんか?」

ミルナとしては他にも色々と聞きたい事もあったが、今はトソンの質問に答えるのが先である。
ミルナは呼吸を整え、インカムを外した。
そして、ゆっくりと告げる。

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 00:57:01.85 ID:WGhrpiE/0
( ゚д゚ )「それは、自分がやりましょう。
     トソンさん、ひとまず自分のインカムを使ってください。
     これがあれば、他の部隊と連絡が出来ます。
     そうだ、後トソンさんの持っている拳銃のマガジンとグレネードを幾つかいただけませんかね?

     それとお願いばかりですみませんが、先にこのホテルから非常階段を使って移動していてくれませんか?」

言いつつ、ミルナはそれまで耳に掛けていたインカムを取り外し、差し出した。
それを素直に受け取り、トソンは耳に掛ける。
代わりに、トソンはミルナに拳銃の予備弾倉1つと、グレネードを2つ手渡した。
移動するとなった以上、重量を増やすだけの余計な装備は必要ないからだ。

(゚、゚トソン「分かりました。
     ですが、私も何かお手伝いができると思います。
     流石に、全てをミルナさん一人でやるのは大変かと」

( ゚д゚ )「いえいえ、大丈夫ですよ。
     すぐに終わります。
     ですから、トソンさんはホテルから出た後、適当な建物の中に……
     ……そうだ、ここのすぐ近くに"グレースメリア"って言う家具屋があります。

     そこの三階で合流しましょう」

トソンの提案をやんわりと断り、ミルナはいかにも男らしい、不器用な笑みを浮かべた。
ここまでされては、それを無下にしてまでもトソンが残る必要はない。
トソンはミルナの言葉を信じ、肯いた。
"グレースメリア"の位置なら、トソンにも分かる。

(゚、゚トソン「無理だけはしないでください。
     もし、ミルナさんに何かあれば私は……」

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:02:04.26 ID:WGhrpiE/0
トソンが言いたい事を言い切る前に、ミルナがそれを遮った。

( ゚д゚ )「本当に、大丈夫ですよ。
     こう見えて、自分は悪運が強いんです。
     さぁ、トソンさん。
     時間がありません。

     ……道中、どうかお気をつけて」

ミルナの言葉を受け、トソンは足を庇いながら屋上を後にした。
自分があの場に残っていれば、ミルナの足手纏いになる事は確実だ。
それを分かっていたからこそ、トソンは大人しく引き下がったのである。
そうでなければ、何が何でもミルナのそばに居ただろう。

階段を急いで駆け降り、非常階段へと続いている扉まで行く。
建物の内部に設置された非常階段は、見取り図を見ても素人は分からないようになっている。
裏通りに高級ホテルを建てるには、これぐらいの用心が必要なのだ。
非常階段の出入り口から裏通りに生きる"蜘蛛"達が入り込む可能性を危惧し、設計者はその出入り口すらも巧妙に隠した。

最も、それが意味を成したからこそホテルニューソクの内装はそのままになっていたのだが。
トソンは事前に得た資料から非常階段等の位置を正確に把握しており、その点で困る事はなかった。
非常階段を駆け下りる最中、トソンは胸のざわめきを感じ取っていた。
何か、嫌な予感がする。

あくまでも予感の段階である為、足を止める事はしない。
確信に至れば足を止める事をするかもしれないが、ミルナが行けと言った以上、トソンはこの建物からの脱出が最優先事項となっている。
となれば、不確定な予感で足を止めていてはミルナとの約束に反してしまう。
ミルナが大丈夫と言えば大丈夫なのだ。

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:06:06.04 ID:WGhrpiE/0
彼は何時だってそうだ。
約束を破った事がない彼なら、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、トソンは痛む足を懸命に動かして階段を下る。
ただ、ミルナとの絆を信じ、トソンは進む。

例え何があろうと。
この愚直の絆だけは揺るがない。

―――トソンが建物の外に出るのとほぼ同時に、正面入り口から大量の軍人が入れ替わるようして建物内に突入した。

――――――――――――――――――――

( ゚д゚ )「はぁ……」

ミルナは溜息を吐いた。
もう、これで大丈夫だ。
この場所が、ミルナにとっての死に場所である。
言い換えれば、ここが正念場。

ここで耐えれば、ミルナは晴れて全てを手にする事が出来る。
だがしかし。
もしここで倒れれば、それまでだ。
ミルナの人生もろとも、時限式で設置したプラスチック爆弾が爆発する。

もしもの際は、リモコンでの爆破もできる。
耐えれば勝ち、折れれば負け。
実にシンプルな話だ。
トソンに頼まれた"パンドラ"への援護だが、これはどうしようもない。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:10:01.75 ID:WGhrpiE/0
ミルナとて、自らが手塩にかけて育てた義弟の窮地を見過ごすのは気分のいい話ではない。
だが、どうしようもないのだから仕方がなかった。
インカムをトソンに預けた以上、ミルナは他の部隊と連絡を取る事が出来ない。
ギコ達の位置も分からないのに、砲撃をする程ミルナは愚かではなかった。

上空を飛んでいた100機余りのハインドも、今では飛んでいない。
"ダスク"、もといミルナに与えられた最後の作戦。
それは。
"都の軍人の一掃"。

これを成功させることによって、失った時間や仲間の帳尻を合わせる事が出来る。
民兵達は今頃、"蜘蛛の巣"でいい夢でも見ているだろう。
あの"油すまし"の事だ、えげつない手段で狩りをしているに違いない。
男は殺し、女は犯す。

シンプルで分かりやすい思考なだけに、ミルナはある意味安心して民兵を任せる事が出来た。
飛葉たちの安否が気になるところだが、今はそれを考えるのは止めにする。
屋上に続くただ一つの扉。
ミルナは、この一点にのみ意識を集中させた。

屋上にある武器で、今使えるものは何一つ無い。
スティンガーの発射機やら、120mm砲やらバルカン砲やらがあるが、それらは扉に向かって使う事が出来ないからだ。
ミルナの武器は、腰のホルスターに入れたM8000自動拳銃ただ一挺。
15発の9mm弾の入った予備弾倉は、全部で残り5つ。

今銃に入っている弾倉内の7発と合わせて、82発。
右手でM8000をゆっくりと抜き、構える。
確実に近づいてくる多数の気配に、ミルナは笑みを抑えきれなかった。
懐かしい感覚。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:15:01.73 ID:WGhrpiE/0
この感覚があったからこそ、ミルナは"英雄"を目指したのだ。
緊張と恐怖、そして歓喜の入り混じった複雑な感覚。
全身がその炸裂の瞬間を待っているかのような、不安定な感覚。
準備はできている。

覚悟なら、随分昔に済ませた。

( ゚д゚ )「そう簡単に……」

扉のノブが、僅かに動く。
汗が額に浮かぶ。
扉がゆっくりと開く。

( ゚д゚ )「殺られるかよ!」

扉が完全に開け放たれるのと、ミルナが銃爪を引くのは同時だった。
連続して銃爪を引いたミルナの視線の先には、今まさに突入した姿勢のまま崩れ落ちる軍人の姿が。
その後ろに別の男が居るのを、ミルナは見るまでも無く理解した。
中指でマガジンリリースボタンを押し、空になった弾倉を落とす。

左手ですでに構えていた予備弾倉を素早く入れ、再び銃爪を引く。
銃身内に一発だけ残しておくことにより、素早い射撃が可能となる技術を体得しているミルナに、装填中の隙など皆無だ。
素早く二人目の顔を撃ち抜き、一つしかない屋上への出入り口がすぐに死体で塞がった。
この地形で戦況が膠着した場合、多人数の方が不利である。

だが、多人数の利と言うものもある。
向こうがその気になれば、突撃銃の連射性を生かしてミルナに特攻する事も可能だ。
それをしないと言う事は、向こうは何か機を窺っているということだ。
では、ミルナは何をすればいいか。

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:19:07.58 ID:WGhrpiE/0
( ゚д゚ )「読めてるんだよ、素人が!」

ミルナは先んじて、骨折した左手でグレネードを取り出し、口でピンを抜いて扉の向こうに投じた。
それは、クリップを飛ばすタイミングを計り、爆発する時間を計算しての投擲。
このような場合、相手は高確率でグレネードを使っての攻撃を仕掛けてくる。
それを予測したミルナは、相手よりも早くグレネードを投じ、その行動を制したのだ。

しかも、それだけではない。
ミルナのグレネードが相手のそれよりも早く投擲されたという事は、つまりは先に爆発すると言うことである。
グレネードを投じる者が列の最前に位置するのは定石であり、それも熟知したミルナの投擲は相手の予想の上を行った。
爆発したグレネードが、グレネードを投じようとしていた軍人の体を吹き飛ばした。

当然、その軍人の手と言わず体中から力が抜ける。
握っていたグレネードは自然にその手から落ち、クリップを離す。
そして、点火。
その後に訪れる結末は、とても簡単である。

そう。
ミルナはただ何も考えずにグレネードを投擲したのではない。
ミルナの狙いは、軍人の長所を付く事にあった。
床を何度か跳ね、グレネードは階段へと転がり落ちる。

「うわぁあああああ!!
おい! どけぇ、どけくんだぐぉ?!」

―――点火後の手榴弾の運命は、爆発の一択。
当然、階段やその付近に固まっていた者たちはグレネードの殺傷効果範囲内に含まれており、もろに爆風と硬質鉄線の餌食となった。
どこかのB級映画並みの展開だが、それは単に、都の軍人達の実戦経験が乏しいからである。
むしろ、実戦経験などある者がいるかどうかも怪しい。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:23:03.21 ID:WGhrpiE/0
都では基本的に何もせず、本当に有事の際にのみ仕事をするだけなのだ。
そんな事だから、"元・英雄"であるミルナ一人に、素人の集まりである軍人との間で実力に差が出るのも当然だ。
問題なのは、ミルナの引き時だった。
残り4つとなった予備弾倉の存在もそうだが、何より退路の確保が出来ていない。

それに、このビルに可能な限り軍人を詰め合わせて爆破する必要もある為、引くタイミングを上手い事見つけ出すのは至難の業である。
時限式で設置したプラスチック爆弾は、後5分で爆発する。

【時刻――03:10】

トソンに貰った最後の一つのグレネードのピンを歯で抜き、クリップを押さえて左手に構える。
対して、右手にはM8000自動拳銃。
残弾数は4発。
今、それが3発に減った。

決して屋上に突入されないよう、ミルナは少ない弾と拳銃で牽制を絶やさない。
骨折した左腕でいつまでもグレネードを持っているのは、かなり辛い。
それだけならまだしも、親指の先が吹き飛んでしまっているのもかなり致命的だった。
三角巾で巻いているとはいえ、失血による意識の低下は避けられなかった。

微かに、だが確実に視界に影響が出ている。
左手に持った最後のグレネードを、扉の向こうに投じた。
爆発音と絶叫が耳に届いた時には、ミルナの左手は予備弾倉に伸びている。

―――が、しかし。

中指でマガジンリリースボタンを押し、弾倉を落とした瞬間。
ミルナの左手が掴んだはずの予備弾倉もまた、その手から落ちていた。
血で滑ったのか、あるいは力が入らなかったのか。
原因は定かではないが、結果は分かっている。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:27:15.79 ID:WGhrpiE/0
やってはいけない失敗をしてしまった。
例えるなら、リレーのアンカーがバトンを取り落とした瞬間。
その瞬間に感じる絶望感。
そして、喪失感。

ミルナの射撃が止むのを待っていた軍人達が、肩付けに突撃銃を構えながら屋上に突入してきた。
銃口はミルナの体を正確に捉え、逃げ場はない。
こうなっては、もうどうしようもない。
右手のM8000をゆっくりと地面に置き、両手を上げた。

( ゚д゚ )「……どうした? 殺れよ」

何の迷いも無く、ミルナはそう言った。
強がりでも投げやりでもない、ミルナの本心。
もう十分だ。
もう、十分過ぎるほどに生きた。

想い人は生き、作戦も成功する。
これ以上、何がある。
ビルの倒壊に巻き込まれて死ぬのは良い気がしないが、作戦が成功するのだ。
―――全て、終わる。

ミルナのその様子に、ミルナを取り囲んだ軍人達が眉を顰める。

軍人「散々暴れておいてそれかよ、この糞野郎が!」

どうやら、彼等は味方が目の前で爆殺されたりした事に腹を立てているらしい。
それを理解したのは、目の前の軍人が怒鳴りながら突撃銃の銃床でミルナの顔を殴りつけてからだった。
だが、ミルナは顔を思い切り殴られても足一つ動かさなかった。
首を捻って衝撃を受け流しはしたものの、やはり痛い。

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:31:05.57 ID:WGhrpiE/0
( ゚д゚ )「……ってぇな」

口の端から、血が流れる。
まだ、大丈夫。
この程度なら、まだ強がれる。
まだ、時間を稼ぐ事が出来る。

軍人「―――ッ!」

もう一撃、ミルナの頬が銃床で殴られた。
バットのように銃を振り回し、男は狂ったようにミルナの顔を何度も殴る。
その衝撃で、ミルナの奥歯が欠けてしまった。
ついでに口の中も切ったようで、口の中が血の味で満たされていた。

軍人「はぁっ、はぁっ……」

( д )「終わり……か?」

口の中の血と一緒に、ミルナは欠けた奥歯を吐き捨てた。
その仕草に、遂に男の忍耐袋が破裂した。
手にした突撃銃の銃口を、ミルナの額に押し付ける。
冷やりとした銃口の感触が、伝わる。

軍人「あぁ、お望み通り終わりにしてやるよ」

この男の行動は突発的なものだったらしい。
周囲から、冷静になれと男に声が掛けられる。
しかし、男は銃口を外そうとしない。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:35:02.82 ID:WGhrpiE/0
軍人「どんな気分だ、あぁ?
    こうして銃口を突き付けられる感想は?
    まだ、強がりは言えるか?」

優越感に浸っている男の眼は、焦点が合っていなかった。
ふと、唐突に男が銃口を外した。
何がしたいのかと、ミルナが思った瞬間。
男が銃口をミルナの左腕に向け、銃爪を引いた。

(;゚д゚ )「がっ?!」

ただでさえ骨折している左腕に、ライフル弾を撃ち込まれては、流石に悲鳴は抑えきれない。
激痛が、神経を焼き尽くす。
燃えるような痛みが、ミルナの体中に広がった。
気力で押さえ切れるものではない。

右腕で、"穴のあいた"場所を強く押さえつける。
歯を食いしばり、男を睨み上げる。
そんなミルナの様子を見て、男は口元を釣り上げた。

軍人「どうれ、これならどうだ?」

今度は、ミルナの腹に照準を合わせる。
銃声と衝撃は、同時に訪れた。

(;゚д゚ )「あ……ぐ……っぁ……!」

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:39:14.54 ID:WGhrpiE/0
堪らず、ミルナは腹を押さえつけ、膝を付く。
防弾繊維と防弾プレートもろとも撃ち抜かれた弾丸が、ミルナの腹すらも撃ち抜いたのだ。
もう一つ何かがあれば弾は止まっただろうが、そうはならなかった。
腹部に感じる激痛と違和感に、ミルナは苦しそうに顔を歪める。

血を吐き、奇妙な呼吸を繰り返す。
足が震え、全身を寒気が包む。

軍人「いい悲鳴だ。
    どれ、断末魔はどうかな?」

そう呟き、男は銃口をミルナの胸元へと移す。

軍人「おい、止めろ、やり過ぎだ! 殺すな!」

殺す事は許可されていないようで、もう一人の軍人が止めに走る。
が、遅い。
銃爪を引く速さと、もう一人の軍人が止められる時間は圧倒的に違う。
絶望的ではなく、これは確定的だ。

分かる。
間違いなく、撃たれる。
そして、何をしても間に合わない。
そもそも、こんな腕と体では何もできない。

ミルナは、数秒の間に覚悟を決めた。
せめて、生涯最後の瞬間ぐらいは。
望んでもいいだろう。
見てもいいだろう。

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:43:13.28 ID:WGhrpiE/0
決して叶わない望みぐらい。
決して果たせない夢ぐらい。
こんな時ぐらい、いいだろう。
トソンと共に歩めたかもしれない未来を、願っても良いだろう。

でも、もう。
トソンの元へと、帰る路は―――

軍人「……もう遅い」

―――そして、一発の銃声が響いた。

放たれた銃弾は、ミルナの防弾チョッキと、その奥にあった防弾プレートを貫通し。
そして、その奥にあった物を破壊した。
ミルナは衝撃に声も上げず、ゆっくりと顔から崩れ落ちる。
うつ伏せに倒れたまま、ミルナは動かない。

( д )

―――不思議とその口元には、満足げな笑みが浮かんでいる。
口を開く事も、呼吸する事も忘れたのか。
違う。
ミルナは―――

誰が彼を罵れようか。
彼は己の信念に従い、命を懸けたのだ。
彼こそは、真の愚直の男なり。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/12/14(月) 01:49:24.86 ID:WGhrpiE/0
【時刻――03:15】

轟音を響かせ、豪奢な内装も何もかもを巻きこみ、ホテルニューソクは倒壊した。
周囲の建物に影響を及ぼす形で、ビルは沈む。
泥の沼に沈む釘のように、ビルはその姿を消した。
舞い上がる粉塵。

その光景を見て、トソンは思わず口元を手で覆った。
目は驚きに見開かれ、手の下では口は開いたまま。
何か言葉を口にしようとするも、声にならない。


(゚、゚;トソン「ミ……」


ようやく、声が出た。





(゚、゚;トソン「ミルナ、さん……?」





第二部【都激震編】
第二十九話 了


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