('A`)と歯車の都のようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:01:17.00 ID:Wwwmg9nbO
その日、ライアンはいつものように、モニター室に置かれた椅子に深々と凭れかかっていた。
キーボードや雑誌が置かれた机の上に足を乗せ、ライアンはその上に広げた新聞をモニターの明かりを頼りに眺めている。
事前の予定通り、新聞の記事の内容が操作されている事を確認し、ライアンは鼻で笑う。
記事の半分以上が都の大通りで起きた騒動の事で埋め尽くされ、その情報は歪曲されて記載されていた。

今、この都で起きている騒動の正確な情報を知る者はそういないだろう。
市街を効率よく制圧するためには、そこに住む民衆の操作が絶対だ。
元から印象の悪い裏社会の者達の印象を更に悪くするのは、とても簡単だった。
こうして単純な情報操作をしてやるだけで、民衆はあっという間にそれを信じてしまうのだ。

ラウンジタワーの警備員であるフラク・ライアンは咥えていた煙草の灰を、苦笑と共に床に落とした。
このモニター室での仕事は、部屋に置かれた五百台以上のモニターの映像を監視する事だ。
万が一侵入者がいれば、すぐさま警報機を鳴らさなければいけない。
とは言うものの、侵入者が入ってきた事は既にビル全体に知れ渡っている。

あれだけ堂々と侵入すれば、馬鹿でも気付く。
ライアンは事務的に警報装置を慣らして、後はこうしてゆっくりと過ごすだけで良かった。
新聞をめくり、新たな記事に目を移す。
何も、モニターが映しているのは、一階から二百階までの各フロアに設置された監視カメラの映像だけではない。

ラウンジタワーの地下に設置された監視カメラの映像も映している。
しかし、ライアンはその辺りの映像には見向きもしないどころか、興味も示さない。
そんな映像に時間を割くなら、こうして新聞の紙面に目を走らせて教養を高めた方がよほど利口だ。
口に咥えた煙草の灰が、紙面に落ちる。

この仕事を始めてもう三年以上になるが、訪問者がこの地下設備に来た事は一度も無い。
居もしない侵入者の為に、こうして新聞を読んでいるだけで月50万の給料は魅力的な仕事である。
給料も良く、仕事内容も簡単な為、ライアンはこの仕事を気に入っていた。
強いて不満があるとすれば、勤務中は常に一人と言う所だけだ。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:05:04.78 ID:Wwwmg9nbO
その為、この仕事に暇潰しの道具は必要不可欠な存在である。
時折、監視用のモニターにゲーム機を繋いで遊ぶ事も多々あった。
しかし幾らゲームをしても、常に一人で暇を潰さなければいけないと言うのは、正直退屈だった。
ライアンは新聞の芸能欄に書かれていたジョニーズ事務所のタレント失踪の記事から目を離し、新聞を畳んだ。

紫煙を深く吸い込み、短くなった煙草を机の端でもみ消す。
鼻と口から紫煙を吐き出し、ライアンは一応の職務を果たす為に、部屋の貴重な光源となったモニターに目をやる。
ラウンジタワー全体が停電しているとはいえ、セキュリティ機器の電源と一番下の階だけは独立した発電機で動いている為、映像だけはしっかりと映っているのだ。
それぞれの階層で犬神三姉妹が暴れ始めた映像から目を逸らし、ライアンは懐から煙草の箱を取り出した。

すっかり皺だらけになった紙箱を、慣れた手つきで上下に揺する。
一本だけ飛び出た煙草の吸い口を咥え、引き抜く。
箱を机の上に投げ出して、今度はライターをポケットから取り出した。
安物のオイルライターだが、使い勝手はいい。

だが、そこで問題が起きた。
オイルが底をついていたのだ。
これでは煙草を楽しめない。

ライアン「ちっ……
      火はねぇかな……」

机の上を見渡すも、マッチやライターはおろか、火を生む物も何一つ無かった。
大人しく煙草を吸う事を諦め、ライアンは煙草を咥えたまま舌打ちをした。
代わり映えしないモニターの映像が、ライアンを笑っているように感じた。

ライアン「くっそ、馬鹿にしやがって」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:09:26.46 ID:Wwwmg9nbO
こうして一人で仕事をしていると、大きな独り言が多くなる。
ライアンは机の上に置いてあったリモコンを手に取り、画面を切り替えた。
監視モニターの映像が、音楽番組に切り替わった。
煙草が吸えない以上、まともに仕事をする気も起きない。

これは仕方のない事だと、自分の中で言い訳を済ませ、ライアンは音量を上げる。
防音仕様のこの部屋で、何をしようが鍵さえ掛けていれば咎められはしない。
そこら辺で誘拐してきた娘を犯していようが、アダルトビデオを見ていようが、外からこの部屋の音を聞くことはできないのだ。
その辺はしっかりしていて、ライアンはいつもこの部屋の扉に電子錠を掛けている。

画面いっぱいに映し出されている"アブトマット47"の歌に合わせ、ライアンは足でリズムを取る。
下手な鉄砲なんとやらをコンセプトに結成されたこのアイドルグループの歌唱力は、一人一人は非常に低い。
だが、47人の歌声が合わさればそんな事は気にならなくなる。
正に塵も積もれば山となる、だ。

小学生の合唱が、そこまで下手に聞こえないのと同じ要領だろうか。
とりあえず、ライアンは画面の中の女性達、取り分けミニスカートで露わになった細い脚を食い入るように見つめる。
あの中の十人ほどと、ライアンは性的な関係を持った事があった。
FOX社に勤めている利点は、こうして多くの芸能人を好き放題できる事にある。

首を絞めて犯したり、蝋を垂らしたりして犯した事を思い出し、ライアンは下品な笑みを浮かべた。
こうして画面越しに見る分には、誰も彼女達の痴情を想像しないだろう。
泣きながら犯されているなどとは、夢にも思うまい。
ライアンは久しぶりに、彼女達を犯したい衝動に駆られた。

彼女達の出番が終わり、次に出て来たのは実力派のロックバンドだった。

ライアン「おお!」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:13:07.60 ID:Wwwmg9nbO
ライアンは、すかさず音量を最大まで上げる。
このロックバンドは、ライアンが大のファンなのだ。
ファンならば、この音を最大音量で聴くのが礼儀であろう。
ピアノで静かに始まる演奏。

静かなドラムがそれに合わせ、シンバルも合流する。
ギターの音がゆっくりと。
そして、壮大な演奏に変わる。
まるでパレードのような曲調。

ボーカルの声。
静かに始まる、本番。
ドラムがリズミカルに叩かれ、ギターが奏でる。
ガラリと変わった曲調。

ライアン「Sometimes I get the feeling she's watching over me.
     And other times I feel like I should go.
     And through it all, the rise and fall, the bodies in the streets.
     And when you're gone we want you all to know.」

合わせて、ライアンも歌う。
ライアンは手でドラムを叩く仕草をした。
しばらくして、曲調がパレード調に戻る。
しかし、反して声は大きくなる。

演奏が膨らむようにして変わる。
そして、叫ぶ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:17:15.88 ID:Wwwmg9nbO
ライアン「Do or die, you'll never make me
     Because the world will never take my heart
     Go and try, you'll never break me
     We want it all, we wanna play this part」

演奏が終わり、ライアンは拍手をした。

ライアン「へっへへ。
     やっぱりいいねぇ……」

次に出て来た人物に、ライアンは途端に不機嫌になった。
出て来たのは、すっかり歳を取った男のロッカーだ。
もうそろそろ85歳だと言うのに、元気なものである。
しかし、ライアンは彼の事を老害にしか感じていなかった。

ロックの神様だとかちやほやされているが、自分が時代遅れの遺物だと考えないのか。
今の時代、ギター一本で演奏する時代は終わったのだ。
大人しく引退して、隠居生活でもしていればいいのに。

ライアン「ちっ、糞ジジイが」

ライアンは悪態を吐き、唾を画面に吐きつけた。
咥えた煙草を噛みちぎりそうになり、ライアンは我に帰る。
ここでイライラした所で、何にも利点はない。
だが、煙草を吸えない事が彼を更に苛立たせた。

ライアン「あああ、退屈だ、退屈だぁ!」

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/01/31(日) 20:22:04.44 ID:Wwwmg9nbO
叫んでみても、事態は一向に良くならない。
ようやく演奏が終わり、次の奏者が出て来る。
それ程興味のない奏者だった為、ライアンは溜息と共に椅子に思い切り凭れかかった。
ギシ、と椅子が軋む。

新しく買ってからまだ一年程しか経過していないが、日頃乱雑に扱っていたせいでもうガタが来ていた。
このような備品も、FOX社は直ぐに買い変えてくれる。
だから、こうして乱暴に扱う程度がここでは丁度いい。
そうすれば、常に新しい物が使えるからだ。

ライアン「くそ、肩がいてぇな」

首をコキコキと鳴らし、ライアンは独り言ちる。
確かに、ライアンの肩は酷く凝っていた。
同じ体勢でテレビや新聞を長時間見ている事が多い為だろう。
この仕事は、凝りとは切っても切れない関係にある。

こうして仕事を疎かにしているからだとは、ライアンは考えた事は無い。

ライアン「今度、美人の整体師でも呼ぶか」

ここで起きた事は、全て秘密裏に処理する事が出来る。
整体師に美人の女を指名して、ここで好きなだけ犯すのもまた良いかもしれない。
何せ、こちらはストレスが溜まっているのだ。
ストレスと共に欲望を吐き出し、体の凝りを取るのが女の整体師のあるべき姿だろう。

歪みに歪んだ考えをしていると、ライアンの股間が盛り上がってきた。
先ほどのアブトマット47の妄想の事もあり、しばらくの間は収まりがつかないだろう。
明日辺り、メンバー全員と乱交するのもいいかもしれない。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:26:19.59 ID:Wwwmg9nbO
ライアン「お客さん、"こちらの方も凝っていますね、今楽にしてあげますね"、ってか。
     ……やっべぇ、本当に今度呼ぼう」

彼がこの前見たアダルトビデオの台詞を、己の股間に向かってそう言った。
こんな台詞を考えた人間は、ある意味天才だと思う。
自分で言って、ライアンは思わず噴き出してしまった。
―――それが彼の最後の言葉となるなど、誰が考えただろうか。

「"今度"なんて遠慮するな、俺が"今スグ"楽にしてやるよ」

その言葉と共に、ライアンの首に手が添えられたかと思うと、ライアンの視界が90度傾ぐ。
骨が折れる音と共に、ライアンは絶命した。
力を無くした体が、ずるずると椅子から落ちる。
目を見開いたまま崩れ落ちたライアンに向かって、男は清々したように言った。

「本当だ、結構凝ってたな」

頸椎を折ってライアンを殺した男は、死体を机の下に蹴って押し込む。
最後に椅子で乱暴に蓋をして、万が一の事態に備える。
こうしていれば、少しの間だけ時間を稼げるからだ。
ついでに、男は机の上のキーボードを慣れた手つきで操作し始めた。

音楽番組を映していた目の前のモニターが、黒く切り変わる。
そこに幾つもの文字が並び、次の操作を要求していた。
男は焦ることなく、だが素早くキーを叩く。
最後にエンターキーを軽く押し、男の操作は終わった。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:30:10.11 ID:Wwwmg9nbO
すると、それまで映像を映していたモニターの電源が次々と落ちる。
部屋に光源が無くなり、辺りは闇に包まれた。
どうして、この男はこの部屋に入ってこれたのだろうか。
それは、停電が大きく関係していた。

停電の影響で、ライアンが掛けていた電子錠が解除されたのだ。
おまけに、ライアンは大音量でテレビに夢中になっていた為に、部屋に侵入されていた事に気付かなかった。
度重なる失敗のせいで、ライアンは結局自らの命を絶つ事となったという訳だ。
首の骨が折れた音も、ご自慢の防音仕様のおかげで聞こえはしない。

例えここで銃を使っても、だ。

「あぁ、そうだ。
代金の事なら心配するな。
"チャック・ベリー"を馬鹿にする奴を殺す場合は、無料でする事にしてるんだ。
今回は特別に、これも驕ってやる」

ライアンを殺した男はそう言い捨て、死体の顔に一発の鉛玉を撃ち込んだ。
その一瞬。
弾丸が炎と共に吐き出され、薬莢が宙を舞う一瞬。
マズルフラッシュの閃光が瞬く一瞬の間だけ、男の顔が照らし出された。

獣が。
愚直の英雄が。
否、それだけではない。
都の裏社会中の手練達が、この男の為に闘っている。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:34:07.88 ID:Wwwmg9nbO
水平線会が。
ロマネスク一家が。
クールノーファミリーが。
この都で起きている大騒動を終わらせる為に、選んだ男。

目を少し隠す程度に伸びた黒髪。
その下から覗く、気だるげに垂れた黒い瞳。
手にした黒い小型の拳銃は、ベレッタM84。
普段は裏社会で、何でも屋を営むその男。

都奪還の作戦である"トリックスター"の要にして。
この作戦の行く末を左右する存在。
しかし、フォックス達はその存在を危惧するどころか気にも留めていない。
だが、裏社会の手練達は彼の中にある何かを認めている男。

短く言い換えれば、まさに"切り札"たる男。
その男は、ゆっくりと深呼吸した。
鼻腔に届くのは、煙草と硝煙の香り。
そして、血の匂い。

男は手にしたM84の銃口を下ろした。
その銃口からは、未だ硝煙が揺蕩っている。
今の射撃が、この銃を手にして初めての射撃だったので、男は少し不安した。
不安とは裏腹に結果は、かなり使い勝手がよかった。

踵を返し、部屋の出入り口に足を向けた男―――

('A`)

―――ドクオ・タケシは、その部屋を後にした。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:38:34.55 ID:Wwwmg9nbO




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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第三十三話『切り札』

三十三話イメージ曲『???』

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43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:42:07.53 ID:Wwwmg9nbO
【時刻――02:40】

非常階段を使って地下一階にやってきたドクオは、犬神三姉妹に感謝した。
彼女達が上で大騒ぎをしているおかげで、地下の警備はかなり手薄になっている。
ひとまずはモニター室を制圧する事に成功し、これで監視カメラの陰に怯える必要はない。
これで、人の眼だけを欺けばドクオはその存在を認知されることは無いと言うことだ。

おまけに、今このラウンジタワー全体は停電している。
非常口の看板でさえその明かりを落としており、廊下は文字通り真っ暗闇だった。
事前に目を慣らしていたドクオにとっては、それ程苦になる状況ではない。
それに、暗闇には慣れている。

都の住民の特技がこんな所で役に立つとは、夢にも思わなかった。
スターライトゴーグルも使わずにこの闇の中で不自由なく行動できるのは、ある種の特異体質である。
その利を生かし、ドクオはこうして行動出来ていた。
人の声や跫音がしないとはいえ、油断はできない。

今優先してやることは、自分の行く道の安全を確保する事である。
その為には、各階層を念入りに調べ、万が一にも下に誰も降りて来ない様に仕向ける必要があった。
敵の殲滅、とまではいかない。
精々、その動きをマヒさせる程度でいいのだ。

幸いにも、犬神三姉妹と言う強力なワイルドカードがドクオの援護についている。
それを最大限利用して、迅速に作戦を終わらせればいい。
一先ず。
千春が大暴れしている階層から、まだ一階層しか下っていない。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:46:01.35 ID:Wwwmg9nbO
しかも、ここまで来るのに五分も掛かってしまった。
音を立てずに非常階段を下るのは至難の技だったし、何より。
敵が溢れる見ず知らずの場所を気軽に移動できる程、ドクオは大胆ではない。
そんな事をして万が一作戦の目標であるフォックスに逃げられてしまえば、ドクオの人生は終わりだ。

己の人生を、あんな厚化粧女の為に終わらせるわけにはいかない。
そもそも、こうなったのは全てあの女のせいだ。
あの女が変な気を起こさなければ、ドクオは簡単な仕事で高い給料をもらえた筈だったのだ。
それを、あの女が滅茶苦茶にしたかと思うと、とてつもない怒りが込み上げて来た。

手にしたM84で、フォックスの額を撃ち抜いてやる。
ドクオはそう心に硬く決め、廊下を慎重に歩き出した。
跫音を消し、気配を消す。
目を凝らし、耳を澄ませる。

出来る限り壁寄りに、だが扉からは離れて歩く。
慎重に、慎重に。
ゆっくりと、だが素早く。
急がねば、この作戦に関わっている味方全員に影響が及んでしまう。

そうなる前に、さっさと全てを終わらせてやる。
ちょうど陰になった場所の壁に背を付け、ドクオは深呼吸をした。

【時刻――02:41/地下一階"コントロールフロア"】

コントロールフロア。
取り分け、地上の各階層の様々なシステムを管理しているこのフロアの名称である。
ここでは主に監視カメラやその他の警備関係のシステムを管理しており、このフロアの要所を押さえておけば、ドクオにとって有利に事が運ぶ。
言うなれば、今後の進行を円滑にする為の下地作りだ。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:50:28.01 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「……」

今や、全階層に設置されている監視カメラの脅威は無い。
この階層に残る警備システムを潰せば、上の階にいる犬神三姉妹にとっても大きな助けとなるだろう。
その為には、少しの寄り路も致し方なかった。
だが、問題がある。

電源を完全に切断している為、その部屋の場所が分からないのだ。
先ほどの部屋を見るに、監視システム等だけは別の電源で稼働しているらしい。
しかも、モニター室は明かりの洩れで分かったが、警備システムの部屋はそう容易に見つけられないだろう。
警備システムの部屋に光源があるかどうかまでは、流石に分からない。

悠長に部屋を探して回る暇も余裕も無い為、ドクオは何かしらの方法でその場所を確実に把握する必要があった。
こうしている間にも、警備システムが作動しているのだ。
上階では違うだろうが、この地下ではけたたましくサイレンが鳴っている。
このサイレンが鳴っている間、敵は犬神三姉妹を屠る為に次から次へと上階を目指しているだろう。

逆を言えば、サイレンの音を止めさえすれば敵の動きが鈍るはずだ。
彼等が行動基準にしているのは、この音なのだ。
もっとも、そうしてしまえば敵は通常配置に戻り、ドクオの道中の障害となるだろう。
しかし、あの三姉妹にこれ以上迷惑は掛けられない。

間違っても、上の階に行った者が戻って来ると言う事は有り得ないだろう。

('A`)(……どこだ、どこにあるんだ)

思考を巡らせる。
警備システムは、先ほどのモニター室とは違って音を取り扱っている。
つまり、その部屋は防音仕様の壁で囲まれている筈だ。
だが、それだけでは足りない。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:54:13.66 ID:Wwwmg9nbO
('A`)(……!)

ドクオはそこで、ある事に気付いた。

('A`)(隣の部屋か……!)

ここのフロアがコントロールフロアである以上、その構造に無駄がある筈がない。
となれば、防音壁を分散して設置する利点はどこにも無い。
おまけに、警備システムとモニター室は近く、もしくは同室にするのが妥当の筈。
つまり、警備システムの部屋は隣の部屋の可能性が非常に高い。

ドクオは隣の部屋の扉に手を掛け、ゆっくりとドアノブを回す。
音を立てないよう、慎重にノブを回し切った。
そこで扉を開かなかったのは、この部屋が防音仕様であるが故だ。
防音仕様であるならば、外部の音が大きく聞こえる筈がない。

ましてや、"これまで以上の音量"になる事など有り得ないのだ。
ドクオは右手のM84の撃鉄が起きている事を確認し、短く息を吐く。
同時に、扉を押し開いた。
ドクオの視界に飛び込んだ人間の数は、二人。

揃ってドクオに視線を向けている。
左手で扉を閉めたのと同時に、ドクオのM84が火を噴いた。
最初に、コンソールを弄っていた男の心臓に一発。
何事かを叫ぼうとした男の右脇腹に一発。

二人は侵入者を告げる事も出来ず、血を吐きながら倒れた。
だが、まだ息がある。
ドクオは脇腹を撃った男の頭を、撃ち抜く。
心臓を撃った男の頭も、一応撃ち抜いた。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 20:58:29.08 ID:Wwwmg9nbO
地面に転がった四つの薬莢を踏み潰しつつ、ドクオは血の付着したコンソールの前に立った。

('A`)「えーっと、確か……
   こうして、こうやって、こうだったかな?」

裏社会の何でも屋として働いていたドクオは、当然のことながら警備の仕事をした経験がある。
その経験から、ドクオはこのような機器の使い方を知っていた。
コンソール上に表示された様々なアイコンを操作し、やがて一つの画面に辿り着く。
そして、画面に表示されていたアイコンを指で軽くはじいた。

すると、それまで鳴っていたサイレンが静まり返る。
代わりに、女性の声で機械的な放送が流れた。

『増援要請、終了。
繰り返します。
増援要請、終了。
各員、持ち場に戻ってください』

これで、上階への増援は止むだろう。
コンソールに三発の銃弾を撃ち込み、ドクオは素早く扉に背を付けた。
耳を扉に当て、外の様子を探る。
微かに聞こえる音の中に、人の跫音は無い。

気配も無い事を確認し、ドクオはゆっくりと部屋を出た。
出ると同時に扉に背を付け、様子を窺う。
すると、右の方から跫音が一つ聞こえて来た。
飛び出して撃てば殺れるが、如何せん発砲音が聞こえてしまう。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:02:15.49 ID:Wwwmg9nbO
先ほど敵を撃ち殺した場所は、防音壁の部屋だった。
今度ばかりは、サイレンも鳴っていない為撃ったら誤魔化しが効かない。
ドクオは腰のホルスターにM84を戻し、代わりに胸元の鞘に入ったナイフの柄に右手を伸ばした。
跫音が近付く。

擦れる金属の音は、その軽い音からして短機関銃だ。
幸いなことに、擦れる音が聞こえると言う事は銃を構えている可能性は非常に少ない。
不意を突けば、ばれることなく殺れる。
白いマグライトの光が、ドクオの正面の道を照らす。

呼吸を止め、音を消す。
瞬間、ドクオは姿勢を低くして敵の前に飛び出した。
暗闇に乗じた事で、男はドクオの姿を認知するのに時間が掛ってしまった。
その刹那、ドクオは胸元のナイフを男の喉元に投擲した。

声を上げる事も出来ずに、喉を刺された男はマグライトを取り落とし、崩れ落ちる。
ドクオは男が音を立てて倒れ切る前に、それを支えた。
邪魔な光を出しているマグライトを踏み潰し、男の体を担いで先ほどの部屋に戻る。
男を部屋の床に放り投げ、男のUZI短機関銃を拝借する事にした。

予備弾倉を三つと、スタン警棒を一本、そして無線機を拝借する事を忘れない。
防音仕様の部屋なので、とりあえず男の頭にUZIの銃口を合わせ、銃爪を引いた。
顔を血塊へと変えた男は、もう何も言葉を発する事は無い。

('A`)「まぁまぁ、か」

M84と比べて銃声が大きい為、必要な時以外はまず使えない。
精々、お守り程度としての価値しかないが、無いよりかはましだ。
スリングベルトに肩を通し、UZIを肩に提げる。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:06:12.11 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「給料分しっかりと仕事をしてくれよ。
    じゃあな」

そう言って、ドクオは今度こそ部屋を出た。
これで、この階層に用は無い。
非常階段へと続く扉を開き、ドクオは静かに下り始めた。

【時刻――02:45/地下二階"コントロールフロア2"】

構造こそ先ほどのフロアと同じだが、その中身は全くの別物だ。
ここは、このラウンジタワーの命とも言える緊急用の発電設備があるフロアである。
最深部はそこ単独で発電しているが、それ以外の非常用電源は全てここで賄われている。
つまり、ここを完全に潰せば最深部以外、全てのフロアのあらゆるシステムを遮断する事が出来るのだ。

だからだろうか。
このフロアに、数人の警備員がいるのは。

('A`)(まいったな……)

ドクオの装備に、音を発さないで相手を殺せる道具は二つしかない。
ここでUZIやM84を使ってみれば、あっという間にゲームオーバーだ。
となれば、ナイフを使った戦闘もしくはスタン警棒を使った肉弾戦。
その二つの方法が妥当な選択だろう。

ツーマンセルならばナイフが好ましいが、相手が単独行動ならばスタン警棒で潰せばいい。
二つを上手く使い分ければ、どうにか行けるだろうか。
残念なことに、正確な数が分からない為、警備の態勢が分からなかった。
出来る事ならばこのフロアは飛ばしたいところだが、この作戦はそんなに都合よくいかない。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:10:11.43 ID:Wwwmg9nbO
こうして非常階段の裏で構え続けていても、何も変わらない。
跫音の数は、少なくとも二つ以上ある。
問題なのは、その距離だ。
互いの姿が見える位置にいられると、非常に厄介だ。

この暗闇とは雖も、油断はできない。
だが、その暗闇にドクオは活路を見出した。
非常階段の扉を、小さく二回叩く。
同時に、ドクオ自身は扉の裏に姿勢を低くして隠れる。

「ん?」

その音に反応したのは、非常階段に最も近い一人だった。
近くで聞こえていた跫音が、扉の前で止まる。

「ソール、どうした?
美女の喘ぎ声でも聞こえたか?」

もう一人、共に行動しているようだ。
おかげで数が分かった。
扉の近くにいるのは、二人だけだ。
しかも内一人は、かなり鈍感である。

思ってもみない僥倖だ。

ソール「なぁガモット、今そこで音がしなかったか?」

一人だけ、微妙に鋭い者がいた。
これでいい。
このまま展開が進めば、ドクオの望んだ通りの展開になる。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:14:12.56 ID:Wwwmg9nbO
ガモット「まさか、こんな所にイ左川急便でも来たって言うのか?
     それだったら今頃どっかに行ってるさ。
     そんなことより、早く電源を復活しねぇかな」

鈍感な男は、こんな時にも冗談を言った。
イ左川急便は、そのサービスと対応の悪さに定評のある運送会社の事である。
男の冗談は、中々的を射ていた。

ソール「いや、待ってくれ。
     どうにも少し気になるんだ」

もう一度、叩く。

ガモット「……確かにしたな。
     ミキー・マウスが笑いながら視察に来た、って訳でもなさそうだ」

それまで冗談を言い合っていた二人の声色は、変わらない。
まだ信じていないようだ。
"こんな所"にまでやって来た、男の存在を。

ソール「ちょっと見て見ようぜ。
    ひょっとしたら"差し入れ"かもしれん」

男の声が、微かな劣情を孕んだ。
その理由を、ドクオは知らない。
だが、次に続いた男達の会話からドクオはその意味を理解した。

ガモット「今度はどこの娘だよ。
     そろそろ俺はガキを喰いてぇな。
     出来れば十歳ぐらいの、青いのをよぉ」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:18:17.64 ID:Wwwmg9nbO
ソール「へっ、このロリコン野郎が」

ガモット「まぁいいじゃねぇか。
     どれ、俺が見るからお前は一応、バックアップに入ってくれ」

ソール「へいへい」

やる気のない返事をして、それに合わせ、ドアノブが回り。
扉が、開かれた。

ガモット「あれ?
     誰もいねぇぞおっ?!」

それだけ言って、男の動きが止まる。
その眼は、確かにドクオを見据えている。
だが、声が出ない。
出せるわけがなかった。

横合いから口内に向けられた刃が、言葉よりも確かな脅迫を男にしたのだ。
"数キログラムの力がドクオの指に込められれば"、男は小脳を失う事になる。
それまでの口の軽さはどこへ行ったのか。
途端に無言になった男の仲間は、訝しげに声をかけた。

ソール「どうした?
    幼女が全裸で股を開いて誘惑でもしてたのか?
    だったら精神病院に行って来い。
    それとも何か、薬のやり過ぎで景色が膣にしか見えないのか?」

その声が、男の背後に重なったのを確認して、ドクオは"それ"を押した。
悲鳴は、鈍く低く小さく響いた。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:22:05.01 ID:Wwwmg9nbO
ガモット「ひぎゅっ……!」

ソール「お、おい、どうした?」

男の視力がもう少し良ければ、気付けただろう。
小さな悲鳴を上げた男の頭から、"刃"が生えていた事に。

ソール「おい―――」

その男も、飛んで来たナイフに額を貫かれて即死した。
ドクオが両手に持っているのは、刃を失ったナイフの柄。
貴重なスペツナズナイフを全て消費して、ドクオはこの二人を屠ることに成功したのだ。
しかも、ほとんど音は出ていない。

二体の死体を非常階段の扉の裏の隅に立てかけ、ドクオは一つ溜息。

('A`)(まだいる可能性があるな。
    でも待てよ……)

"柄"を捨て、最後の一本となったナイフを抜き、逆手に構える。

('A`)(……)

ドクオは、この闇を利用する事を考えた。
この闇の中では、相手の"影"を見る事は出来てもライトがない限り"顔"を見る事は出来ない。
しかも、この二人はライトを持っていなかった。
この階層の人間は、ライトを持っている可能性が非常に低い事がそこから窺えた。

ならば、一つ面白い事をしてみるとしよう。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:26:17.31 ID:Wwwmg9nbO
('A`)

ドクオは、思い切って非常階段の扉から身を乗り出した。
そして、左右を確認する。
やはりそうだ。
ライトの光がない。

肩から提げていたUZIフを構え、ナイフを胸元の鞘に戻してから、ドクオは慎重に廊下を進んだ。
跫音は極力消すが、それでも完全には消さない。
曲がり角を曲がる際、出来る限り大周りで曲がった。
そして、最初の曲がり角。

そこを曲がった時、ドクオはいきなりビンゴを引き当てた。
大きな扉の前に、屈強な体付きをした男が二人いる。
ドクオの影を見て、その体が僅かに動く。
しかし、ドクオは焦らない。

('A`)「よお」

(HнH)「どうした?
      交替の時間か?」

一人は、いかにもと言った風体のボディガード。

〃∩ ∧_∧
⊂⌒(  ・ω・) 「やぁ、お疲れ様」
  `ヽ_っ⌒/⌒c

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:30:36.78 ID:Wwwmg9nbO
もう一人は、何と寝転がって雑誌を広げている肥満気味のボディガード。
呑気な声とその格好から、ただの無職上がりである事が容易に想像できた。
こんな暗闇の中でも、どうしても雑誌を読みたいらしい。
生憎と、この空間ではグラビアアイドルの乳房どころか雑誌のタイトルすら見えない。

('A`)「ってあれ?
   他の連中はどうした?
   まだいると思ったんだが」

男達は、完全にドクオを味方だと勘違いしている。
当然だ。
この暗闇で個人を区別する方法は、声と仕草だけだ。
それと、装備。

ドクオが手にしているUZIや腰に提げたスタン警棒は、彼らの装備と同じである。
つまり。
そのシルエットを見ただけでドクオの顔を見ずとも、味方だと考えたのだ。

(HнH)「他の連中?
      あぁ、あいつらか。
      俺達以外は皆、あっちから上に行っちまったよ」

('A`)「なるほどね。
   仕事熱心な事で」

ここの連中の仕事ぶりを見たが、あまりにも杜撰だった。
つまり、彼等は仕事が好きなわけではない。
ただ単に、給料がいいからしているに過ぎないのだ。
だからドクオは、彼らが同意しそうな皮肉を言った。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:34:07.26 ID:Wwwmg9nbO
〃∩ ∧_∧
⊂⌒(  ・ω・) 「そだね〜。 御苦労さまだね〜」
  `ヽ_っ⌒/⌒c

(HнH)「お前の方こそどうした?
      相棒は何してる?」

('A`)「向こうでトリップ中さ。
   今頃、あいつ好みのロリを妄想の中で犯してるだろうな。
   いきなり喘ぎ出したから、こっちに逃げて来たんだ」

親指で背後を指す。
先ほどの会話を聞いておいて正解だった。
こうする事で、ごく自然に味方を装える。

(HнH)「ははっ、仕方ねぇな。
      ところでお前、火を持ってないか?
      煙草を吸いたいんだが、ライターがなくて困ってるんだ。
      仕事は楽でいいんだが、退屈でいけねぇ」

('A`)「……あぁ、あるぜ。
   とびっきりご機嫌なのがな」

ドクオは声色を変えず、UZIを腰だめに構えた。
男達は理解できない。
それどころか、警戒すらしなかった。
銃爪を引き、目の前の無防備な二人を容赦なく撃つ。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:38:10.34 ID:Wwwmg9nbO
〃∩ ∧_∧
⊂⌒(; ・ω・) 「ひっご!?」
  `ヽ_っ⌒/⌒c

(;HнH)「ありゃぎゃっ?!」

胸元を薙ぎ払う様に撃った為、彼らの無線機は壊れた。
これで、連絡は出来ない。

('A`)「あぁ、お前はいいや」

残りの弾が少ない為、ドクオはUZIの銃口を男の頭に合わせ、銃爪を引いた。

(;HнH)「ひぶっ!」

カエルが潰れたような声を上げ、男は絶命した。
残された肥満の男は、必死に体を動かして何かをしようとしている。
ドクオはその男の脚に、残された弾を全て撃ち込んだ。

 ∩ ∧_∧
⊂⌒(; ・ω・) 「た、助けてぇ……」
  `ヽ_っ   c

ドクオは腰のM84を引き抜き、男の心臓に照準を合わせる。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:42:40.72 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「いいかよく聞け、この糞デブ野郎。
   俺はただのデブなら許せる。
   汗臭くて社交的でないデブも、まぁ許せる。
   協力的で話の分かるデブなら大歓迎だ。

   だけどな、非協力的で話の分からない糞デブ野郎だけはどうしても許せねぇんだ。
   お前がどのデブかは知らないが、一度しか言わないからよく聞けよ。
   発電設備の扉を開けろ。
   時間がないんだ、返事は三秒でしろ」

 ∩ ∧_∧
⊂⌒(; ・ω・) 「わわわ、分かりました」
  `ヽ_っ   c

男は足の痛みを忘れたかのように、胸元をまさぐり始めた。
恐怖で震える手が、懐の何かを掴んだ。
それを捧げるようにして、ドクオに差し出す。

 ∩ ∧_∧
⊂⌒(; ・ω・) 「こ、これです。
  `ヽ_っ ■c これがキーです。 これでそこの扉を開けられます!」

それは、一枚のカードキーだった。
ドクオはほとんど奪い取る形で、乱暴にそれを取る。

('A`)「よし、いい子だ。
   いい子にしたご褒美に一つ、いい事を教えてやろう」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:46:13.19 ID:Wwwmg9nbO
心臓に向けていた銃口を、男の頭に合わせる。

 ∩ ∧_∧
⊂⌒(; ・ω・) 「ちゃ、ちゃんと渡したじゃないですか!
  `ヽ_っ   c 話が違う!」

('A`)「俺は卑屈なデブも嫌いなんだ。
   よかったな、今度から気を付ければ俺に撃たれなくて済むぞ」

その言葉は、銃声と重なって響いた。
額を穿たれた男の顔は、絶望と驚愕に目を見開いたままだ。
ドクオはそれらの死体を越え、奥の扉の前へと歩み寄る。
扉の左に設置されたカードリーダーに、カードを通す。

赤く点灯していたランプが、緑に点灯する。

('A`)「……どうなってんだ、こりゃ」

扉の向こうでドクオを待っていたのは、ドクオの身長程の大きさがある黒い箱だった。
五台のそれが壁に沿って立ち並び、ほの青く発光している。
流石のドクオも、自家発電設備のある場所での仕事経験は無い。
一番手っ取り早い方法は、銃弾を撃ち込んで壊すことだが。

それでは確実とは言い難い。
そもそも、一体何で発電しているのかが分からない事には何とも言えなかった。
ドクオは来た道を戻り、死体から弾倉とUZIを回収して、発電機の前に戻った。
こうなれば方法云々などどうでもいい。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:50:08.81 ID:Wwwmg9nbO
壊れて止まればそれでいいのだ。
弾倉を交換したUZIを両手に構え、一台目の箱に向かってフルオートで銃弾の雨を浴びせかけた。
すると、半分程撃った所で箱から火花が散り、小さく爆発した。
その調子で、隣のもう一台を破壊する。

回収した弾倉を全て撃ち尽くし、五台の箱全てがその機能を停止した。
一瞬だけだが、ドクオは千春の気持ちが分かった。
銃爪を引く動作や、リコイル、発砲音、薬莢の落ちる音全てが心地よく体に響いたのだ。
とはいえ、千春まで行くともはや病気である。

('A`)「残ったのは結局、これだけか」

ドクオの銃器は、M84一挺だけ。
しかし、この銃の使い勝手はこれまで使ってきたどの銃よりも良かった。
銃爪の引きやすさ、グリップの握り心地。
流石は、あのヒートが使っていただけの事はある。

弾倉を取り出し、残弾を確認する。
弾倉内の残りは三、銃身内に一発。
まだ大丈夫だろう。
腰のホルスターに戻し、ドクオはナイフを構える。

('A`)「うかうかしてられねぇな」

ドクオは自分自身に言い聞かせるようにして、その場から走り出した。

(;'A`)「って、あら?」

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:54:07.30 ID:Wwwmg9nbO
この階層の果てに来たのだが、行き止まりになっていた。
これでは仕方がない。
誰もいない廊下を駆け、元来た道を素早く戻る。
そして、ドクオが非常階段の扉を開け、数歩下った所でその足は止まった。

(;'A`)「おいおいおい!
    ……うそだろ、おい」

―――階段の続きは、そこになかった。

【時刻――02:55】

ラウンジタワーの地下は、二階まではどうにか行くことが出来る。
だが、その先はエレベーターでしか進めない構造になっている。
これは、もし侵入者がいたとしてもそう簡単に最深部に到達できないように設計されている為だ。
その事を、ドクオは非常階段の壁に貼られた地図を見て理解し、後悔した。

(;'A`)「まずい、まずいぞ!
    このままじゃ仕事が、俺の命が!」

発電機は自分が壊してしまったし、これでは成す術がない。
元よりエレベーターは稼働していなかったので、ドクオのせいと言う訳ではない。
だが、発電機があれば何かしら変わった気がしてならなかった。

(;'A`)「……って、待てよ」

何かがおかしい。
そうすると、フォックス達は緊急時にどのようにして脱出するつもりなのだろうか。
その方法が、何処かにある。
つまり、この非常階段が侵入者を欺く為の物だとしたら、どうだ。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 21:58:16.67 ID:Wwwmg9nbO
それ以前に、千春達に向かっていた援軍の兵達はどこから湧き出ていたのか。
例えば。
増設された階層や、極秘裏の階層が存在するとしたら。
そこに繋がる絶対安全な道が、あるとしたら。

('A`)「でもそれをどうやって……」

ドクオは考えた。
目で見える場所には無い。
つまり、隠し扉があるのだ。
非常階段の繋がっていない階層へと繋がる、扉が。

その扉をどのように発見するのかが、最大の関門である。

('A`)「そうか、そうかそうか!」

その時、ドクオは先ほどの会話を思い出した。
ドクオは急いで、発電機のある部屋へと急ぐ。
その部屋の前に転がっている死体の元へ来ると、死体の胸元を漁り始めた。
案の定だ。

('A`)「悪いな、これは貰っておくぞ」

ドクオが手に入れたのは、煙草の箱だった。
ライターは持っている。
ドクオは煙草を咥え、ライターで火を点ける。
それをどうするつもりなのか。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:02:06.07 ID:Wwwmg9nbO
煙草を咥えたまま、ドクオは廊下を走る。
この階層の果て、行き止まりの場所へと辿り着くと同時に、ドクオは煙草を床に置いた。
しばしその状態で待機する。
すると、煙草の煙が揺れた。

煙が揺れると言う事は、風があると言う事。
そして、ドクオが動かない以上風は絶対に発生しない。
何せ、エアコン等の電源も切れているのだ。
風の発生源は、ドクオの正面。

一見してなんの変哲もない壁から、風が吹いていた。

('A`)「と、すると。
   ……あった、ここか」

ナイフを壁に突き立てる。
壁に、細い縦の線が入った。
そのままテコの原理を利用して、徐々に線を広げてゆく。
指が入る程の幅を確保したら、後は力技で押し広げる。

('A`)「ビンゴ!」

ドクオが見つけた道は、魔女の劣兵達が使用した通路だった。
発電機が停止したことにより、"自動ドア"の機能も停止していたのだ。
これでは、一見したらただの壁だ。

【時刻――03:00/地下二階"連絡通路"】

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:06:54.96 ID:Wwwmg9nbO
その日、フタグ・ローレントは妙な胸騒ぎを感じていた。
ラウンジタワーの秘密警備員として働き始めて、かれこれ二年になる。
勤務態度は真面目とは言い難かったが、それでも彼はこの建物内で起きている騒ぎ以外に、別の何かを感じ取るぐらいは出来た。
何かとんでもない見落としをしているのではないか。

そんな違和感が、頭から離れない。

ローレント「な、なぁ」

ローレントは、傍らで共に警備をしているケアック・オーティーに声を掛けた。
ケアックは南の方の出身者で、肌が黒い。
その事で度々同僚から差別的な発言をされていたが、ローレントだけはケアックに対して友好的に接している。
と言うのも、ローレントの"人種"もかつては迫害を受けており、今でもその名残があるからだ。

同族には優しく接しておいて、損は無い。
暗闇とほとんど同化している同僚が、口を開いた。

ケアック「どうした、兄弟?
      トイレにでも行きたいのか?」

白い歯を見せて笑うケアック。
どうやら彼は、ローレントが感じているような違和が無いらしい。
随分肝っ玉が太いようで、羨ましい限りだ。

ローレント「ち、違うよ。
       お前は何か感じないのか?
       なんかおかしな感じがしないか?」

ケアック「いいや、全然」

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:09:03.71 ID:Wwwmg9nbO
即答する。
確かに、ケアックは身体能力が高く、それに正比例して戦闘能力も高い。
有事の際には彼が頼みの綱だ。
実力に伴ったその度胸に、ローレントは内心で惜しみのない拍手を送った。

だが、今は臆病な自分の方が正しい気がしてならない。

ローレント「停電するし、犬神三姉妹は来るしで、おかしなこと続きだろ?
       ……正直、怖ぇんだよ」

ケアック「犬神三姉妹?
      誰だ、それは?」

ローレント「あぁ、ケアックは知らないのか。
       この都に来て何年だっけ?」

ケアックは少し黙って考え込み、首を捻った。

ケアック「一、二年ぐらいだな」

随分親しくしていたから、時間の経過を忘れていた。
そうだ。
ケアックは一昨年、この都に出稼ぎに来たのだ。
肌の色で差別されて困っていた所を、ローレントが見つけ、共にここに来たのだ。

ローレント自身はこの都に十年近く住んでおり、都の事情のほとんどは理解しているつもりである。
二年しか都に居ないケアックが犬神三姉妹を知らないのも、無理からぬ話であった。
犬神三姉妹の名を知る為には、裏社会に関わる必要がある。
ケアック自身も、犬神三姉妹の情報は資料か人伝いにしか聞いたことがない。

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:12:06.86 ID:Wwwmg9nbO
ローレント「じゃあ仕方ないな。
       いいか、ケアック。
       犬神三姉妹はな、ロマネスク一家の人間なんだ」

ケアック「ロマ……ネ?
      あぁ、あぁ!
      ロマネスク一家なら知ってる、あの怖い組織だ」

訛り気味の標準語で、ケアックは思い出したかのように声量を上げた。
彼の人種は、このように感情をよく表に出す。
それが長所であり、短所でもあった。

ローレント「そうだ、あの怖い組織の人間なんだ。
       顔は良いんだが、人殺しを平気でする鬼のような奴らなんだよ。
       そいつらが、今、上の階にいるんだってさ。
       ライオンの檻の周りで愉快にマイム・マイムを踊れる勇気は、俺にはないよ」

ケアック「じゃあフォークダンスでも踊ればいいさ」

ローレント「ははは、それはいいな。
       でも、真面目な話。
       犬神三姉妹は相当強いらしい。
       俺とお前が束になっても勝てないぐらいにさ」

するとケアックは、大声で笑い始めた。

ケアック「大丈夫だ、俺も強いぞ。
      犬の首なんか、こう、簡単に折れる。
      なぁに、その時は俺が守ってやるよ、兄弟」

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:15:08.94 ID:Wwwmg9nbO
バンバンと肩を叩くケアック。
ローレントは、少し言い返したい気持ちもあったが、ケアックがここまで言う以上、もう何も言わないことにした。
ケアックの握力はリンゴを軽く潰せる。
とにかく、ケアックも強いのだ。

おそらく、ローレントの同僚の中でも五本の指には入るだろう。

ローレント「頼もしい限りだよ、ホント」

ケアック「ははは!
      ローレントは怖がりだ。
      そうだ、ローレント。
      "シゲー"持ってないか?」

ローレント「"シガー"、な。
       っと、待ってろ。
       確かこのあたりに……」

どうにもケアックは、まだ標準語に慣れていないらしい。
その為か、ケアックは時々よく発音を間違える。
日常会話も訛りが残っている。

ローレント「ほら、丁度残り二本だ」

一本をケアックに差し出す。
ケアックはそれを受け取り、口に咥えた。
ローレントはライターも手渡す。
ケアックは慣れた手つきで火を点け、ライターを返した。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:18:05.38 ID:Wwwmg9nbO
ケアック「ふぅー。
      いつも悪いな」

ローレント「そう思うなら、煙草を買えばいいじゃないか」

煙草を咥えながら、ローレントは笑いながら言った。
火を点け、ローレントも紫煙を吸う。

ケアック「お前も知ってるだろ、俺が仕送りをしてるのを」

ローレント「ははは、冗談だよ、冗談。
       カミさんと娘さんは元気だって?」

紫煙を吐き出し、ローレントは尋ねた。
ケアックは故郷に妻と二人の娘がいる。
その家族を養う為に、ケアックはこうして出稼ぎに来ているのだ。

ケアック「あぁ、上の娘にボーイフレンドが出来たらしい。
     カミさんは浮かれてるが、俺は早く行ってそいつをぶん殴ってやりたいよ」

ローレント「止めとけ、今話題の家庭内暴力扱いされるぞ」

ケアック「大丈夫だ。
      まだ家族じゃない」

二人で同時に笑いだす。
ケアックは煙草を咥えたまま、シャドーボクシングを始めた。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:22:09.54 ID:Wwwmg9nbO
ケアック「まずはタマからもぎ取る!」

ローレント「お次はサオを折っちまえ!」

ケアック 「だーっはっははは
ローレント はははっはははっ!」

ひとしきり笑い終え、二人は警備を続ける。
とは言っても、誰も来ない場所での警備は退屈だ。
こうして冗談でも言い合っていないと、する事がない。

ケアック「……ん?」

ふと、ケアックが背後を振り返った。

ローレント「どうした?」

ケアック「いや、何でもない。
      気のせいだよ」

聞くところによると、ケアックはかつて祖国で国境警備の仕事をしていたらしい。
その経験からか、ケアックは何かの変化に非常に敏感だった。
彼が何かに気付いた時は、高確率で何かがある。
ローレントは肩に提げていたUZIを構え、歩みを止めた。

ローレント「後ろに何かがあるのか?」

今はこんな仕事をしているが、ローレントは一年だけ都の軍に居た経験がある。
訓練期間の途中で脱落しなければ、今頃は大通りで暴れていたかもしれない。
そんな根性と実力がなかったから、今はこうしているのだが。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:26:21.56 ID:Wwwmg9nbO
ケアック「あぁ、何かがいるような気がしてな」

ローレント「暗くて何も見えねぇな」

ローレントはUZIを右手に構えながら、左手でオイルライターを取り出した。
二、三度フリントホイールを回し、火を点けた。
温かなオレンジ色の炎が、辺りを照らす。
それを上に掲げ、ローレントは視界の先に広がる闇を、目を凝らして見つめた。

ローレント「どうだ、何か見えるか?」

ややあって、ケアックが口を開く。

ケアック「何も見えないな。
     やっぱり気のせいだったみたいだ」

カチンと音を立てて蓋を閉め、ライターを戻す。
ローレントは安堵の溜息を吐き、向き直った。

ローレント「ふぅ、少しビビっちまったよ。
       "あの売女"が視察に来たのかと思った」

ケアック「まさか、あの人はそこまで熱心じゃないさ。
      熱心だったら今頃俺達はここにいないよ」

ローレント「違いねぇ」

UZIを手放し、二人は警備を再開した。

ケアック「あの人はまた、"男"を犯してるのか?」

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:29:09.81 ID:Wwwmg9nbO
ローレント「さぁな。
       ところで、警備はどこまで行く?」

彼等の仕事はこうして適当に警備をする事だ。
他の仲間達がたむろしている場所に行ってもいいが、それはケアック次第だった。
仕事仲間には、ケアックを汚い物を見るような目つきで見る者がいる。
ケアックに唾を吐きつけたり、馬鹿にしたりするのはもはや日常茶飯事だ。

ケアック「どうせなら、下まで行こう。
     喫煙室があったはずだ。
     そこで休もう」

ケアックが先導して、二人は緩やかな傾斜を下り始める。
この先は、仕事に慣れている者でも迷う程複雑な構造をしている。
一本道を間違えるだけで、大惨事に繋がりかねないのだ。
常に二人一組か、地図情報の入った携帯端末を持っていないと、この場所は歩けない。

そして、彼らが目指す喫煙室もまた、入り組んだ道の一角にある。
そもそもこの空間は、彼等警備員が有事の際に使用する為の連絡通路だった。
だが、人員の増加に伴って拡大工事をした結果、今のような複雑な構造になったのだ。
その代価として、給料はいい。

ついでに、この場所の設備も充実している。
200メートル毎に自動販売機とトイレが設置され、警備員が退屈しないような作りがされていた。
この空間の全貌は、それこそまるで蟻の巣のようになっている。
最深部の一歩手前まで続く道の長さは、総計でkm単位だ。

紫煙が、二人の通った道に漂う。

ローレント「そういや、ケアックはアクション映画を見た事はあるか?」

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:32:10.46 ID:Wwwmg9nbO
ケアックの国は、未だに百年以上続く内戦を繰り広げている途上国だ。
彼が映画を見た事がない可能性は、あり得なくもなかった。
親しい間柄でも、知らない事は多くある物だ。

ケアック「あぁ、何度もあるぞ。
      一番好きなのは、やっぱり007のジェームズ・ボンドだ。
      コネリーの時代が最高さ。
      彼は何をやらせてもクールだ」

ローレント「ならこの前、テレビでやってたあれは見たか?
       えーっと……」

ケアック「"ザ・ロック"だろ?」

途端に、ケアックの声が明るさを増した。

ケアック「あぁ、あれはいい映画だったよ。
      ニコラスの演技も、コネリーの演技も輝いてた」

それからしばらく、二人は映画の話を続ける。
最近の映画は観に行ったか、とか。
あの監督は駄目だ、とか。
他愛のない話をしながら、二人は奥へと進む。

喫煙室の場所をこの暗闇の中で把握するためには、とある法則を使わなければいけない。
その位置に規則性がある為、彼等はその目標となる物を探していた。
それは、自動販売機だ。
喫煙室は自動販売機から20メートル進み、そこを右に曲がればいい。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:35:08.08 ID:Wwwmg9nbO
ローレント「っと、ケアック、先に喫煙室に行っててくれ。
       小便したくなってきちまった。
       トイレに行って来る」

ケアック「道は分かるか?」

ローレント「なぁに、火があるさ」

そう言って、ローレントはライターで火を灯して見せた。

ケアック「だったら、俺はここで待ってる。
      残念だけど、俺は火を持ってない」

そう言われてみればそうだ。
こんな暗闇でもケアックならどうにかできると思っていた自分を恥じ、ローレントは頭を掻いた。

ローレント「そうだな、じゃあ待っててくれ」

火を灯したまま、ローレントはそれを松明代わりに廊下を照らしながら進む。
無機質な廊下に浮かぶ影は、何故か生き物のように揺らめいている。
映画の話をしていたからだろうか、自分がインディー・ジョーンズのように思えて、内心で笑った。

トイレへと続く道を左に曲がり、ローレントは男性用のトイレへと足を踏み入れた。
背後から、ケアックの小さな歌声が聞こえた。
その声でさえ、ローレントを驚かせるには十分だった。
歌詞を口ずさんでいるのか、それともハミングなのか。

いずれにしても、心臓に悪い。

ローレント「ったく、驚かせやがって」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:39:41.27 ID:Wwwmg9nbO
ローレントは小便器の上のスペースにライターを置き、チャックを下ろす。
一人しかいない上に、停電して真っ暗なトイレの雰囲気は不気味の一言に尽きた。
静寂。
ただ、ライターの炎が揺れる"音"だけが、ローレントの耳には届いている。

ふと、ローレントは動くのを止めた。
尿意は消えていないが、それでも我慢できない程ではない。

ローレント「ん?」

先ほども感じた何かを、ローレントは再び感じた。
正体不明の違和感が、ローレントを不安にさせる。
せめて正体が分かればいいのにと、ローレントは懇願した。

ローレント「あぁっ! ったくよ!」

変な考えを振り払うかのように、ローレントは放尿した。
小便を済ませ、ローレントはチャックを上げる。

ローレント「ふぅ……」

膀胱が空になった虚無感に、ローレントは快感を覚えた。
小さいながらもしっかりとローレントを照らしていたライターを回収し、洗面台に行く。
蛇口を捻り、水を出す。
流れ出る水に手を伸ばし、軽く洗った。

ローレント「どうにもこうにも……」

その時、ローレントは何の気なしに鏡を見た。
―――見てしまった。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:42:37.85 ID:Wwwmg9nbO
ローレント「ひっ?!」

反射的に、ローレントは振り返る。
そこ、"誰か"がいた。
叫ぼうと口を開けるも、結局ローレントの声帯は震える事は無かった。
代わりに、そこにもう一つの口が開く。

出そうと思っていた悲鳴と同じか、それ以上の血が吹き出る。
無駄だと知っていても、切り裂かれた喉に手を伸ばし、傷口を押さえた。
止まらない。
止まる筈も無い。

視界がぼやけ、意識が朦朧とする。
そして、自ら作った血溜まりに倒れ込んだ。
腰の携帯端末を、"誰か"に奪われる。
遅れて、ケアックが駆けて来る跫音が響いた。

ケアック「おい、何かあっ……!」

ライターが照らし出す同僚の変わり果てた姿に、ケアックは言葉を失った。
数分前までは元気に談笑していたのに。
込み上げてくる何かを押さえる為に、ケアックは口を右手で覆う。
震える左手で、腰の無線機を掴んだ。

ケアック「こ、こちら"ラック1"っ!
      こちら……っ!」

だが、幾ら無線機に呼びかけても無意味だった。
肝心の電源を入れ忘れていたのだ。
三回程繰り返し呼びかけて、ケアックはようやくそれに気付いた。

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:45:40.93 ID:Wwwmg9nbO
ケアック「く、くそっ!
     くそっ、くそっ、くそっ、何てことだ!
     あぁ、ローレント!」

もしこの時ケアックがもう少し冷静でいたなら、状況は確実に変わったはずだ。
ケアックは親友とも言える同僚を失ったショックで、冷静になどなれなかった。
今はただ、悲しみと怒りが彼の思考から"冷静"を消しているだけ。
だから、ケアックは気付かなかった。

―――彼の背後にいる、怨敵に。

気付いた時には、ケアックを九十万ボルトの電圧が襲っていた。

ケアック「あがががががっ?!」

白目を向いて泡を吹き、失禁しながらケアックは同僚の上に倒れ込んだ。
既にケアックの心臓は、ショックで停止している。
だが、そのケアックの体に、もう一撃電気ショックが与えられた。
死体となっているローレントとケアックの体が、ビクビクと痙攣した。

何かが焦げる匂いがした辺りで、電気ショックは止められた。
スイッチを切った"スタン警棒"が、二人の上に捨てられる。
思った以上の威力に、スタン警棒で攻撃を仕掛けた者は目を見張った。
これを自分が食らったらと思うと、恐ろしくて使えない。

('A`)「道案内御苦労さん。
   仲良しなお前らに、お勧めの就職先を教えてやるよ。
   地獄でプラカードを持って立ってる仕事だ」

【時刻――03:10/地下2階"連絡通路"】

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:48:23.29 ID:Wwwmg9nbO
廊下を駆ける。
音も無く駆ける。
周囲の音を聞く。
周囲の状況を把握する。

とにかく走った。
下り坂を只管に走った。
最深部までどのくらいの距離があるのかは、ドクオは知らない。
だが、それでも走るしかなかった。

急がなければ、ドクオの命は間接的に終わってしまう。
途中で転びそうになるが、それを堪える。
ここで転べば、時間をロスしてしまう。
それに運が悪ければ、誰かに見つかってしまうかもしれない。

とにかくドクオは駆けた。
駆ける以外に選択肢は無く、駆ける以外に出来る事がないからだ。
携帯端末に表示される道に従い、駆ける。

(;'A`)(くっそ、まだかよ……!)

犬神三姉妹に、これ以上借りを作るわけにはいかない。
廊下には、ドクオが静かに駆ける音だけが響いていた。
そして、その事に気付いている者は。

―――誰も、いなかった。

【時刻――03:14/地下10階"発電室"】

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:51:08.75 ID:Wwwmg9nbO
一言で言い表すなら、その部屋は"棺桶屋"だった。
約五十メートル四方の部屋の中に、規則正しく等間隔に立ち並ぶ黒い箱。
時折青く淡く発光をするその箱は、ドクオが上の階で見た物よりも二周りほど大きかった。
ドクオの身長の二倍程だろうか。

まるで棺桶の森の中に迷い込んだような錯覚を、ドクオは覚える。
それだけならまだしも。
この部屋は、何故か異常に暑かった。
ところどころで陽炎のように空気が歪み、より一層暑さを演出している。

薄暗く、暑い部屋。
ここが、このラウンジタワー最深部の要。
地下発電設備である。

(;'A`)「あ、あちぃ……!」

こんなサウナ室みたいな場所に誰かいる筈も無く、ドクオは汗を拭いながら感想を吐き捨てた。
とりあえず、この暑さの根源である黒い箱を破壊するとしよう。
ドクオは腰のM84を抜き、目の前の箱に向かって弾倉内の弾丸を全部撃った。
が、弾丸は空しく箱の表面に変形して貼りつくだけ。

(;'A`)「ちっ、流石に9mmじゃ駄目か……」

弾倉を交換し、遊底を引いて初弾を装填する。

('A`)「どうしたもんかね」

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:54:06.87 ID:Wwwmg9nbO
これしか武器がないのに、この箱を破壊できる筈も無い。
それに、これと同じ箱はまだ数十台以上残っている。
労力と時間と弾は大切にした方がいい。
そう思い、ドクオがM84をしまおうとした時。

ドクオは、それを止めた。
途端に黙り込み、ドクオは箱に背を素早く密着させ、姿勢を低くする。
M84を真っ直ぐに構え、視線だけを左右に動かす。
そして、ゆっくりと右に移動を開始した。

その間、ドクオは箱から背を離さない。
この状況で背を離す事は、即ち崖っぷちで強風に吹かれるのと同義だ。

('A`)「……っ」

ドクオの視界には生物は映っていないが、それでも分かっていた。
今、ドクオを誰かが見ている。
それも、この部屋の中で。
どこにいるのか分からない以上、ドクオに出来るのは自らの死角を無くす事である。

「ほほぉ、最初の頃と比べると大分成長したな」

その声は、とても落ち着き払い、渋みを帯びたものだった。
燻銀の声は、男のそれだ。
声のした方向に目を向けると、そこには黒い戦闘服を着た一人の男が箱に背を預けて立っていた。

('A`)「こいつは驚いたな……
   死んだと思ってたんだが、俺の勘違いだったのか?
   何故手前が生きてここにいる!」

158 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 22:57:25.87 ID:Wwwmg9nbO
躊躇いなく銃口をその男の顔に向ける。
撃鉄は起きているし、安全装置は掛かっていない。
M84の銃口が覗いているのは―――






('A`)「……えぇ!モララー!」

( ・∀・)「よう、元気だったか?」






―――歯車王暗殺の際、武器調達を担当した男。
モララー・ルーデルリッヒ、その人だった。

【時刻――03:15/地下10階"発電室"】

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:00:44.08 ID:Wwwmg9nbO
FOX社製独立型高性能発電機、"タワー"。
これ一基で、一般家庭一世帯分に必要な電力を供給する事が可能だ。
それを五十メートル四方の部屋に、五メートル間隔で設置されたこの発電室は、フォックスのいるフロアの電力を供給する為だけに存在する。
如何なる自然災害にも耐え得るよう設計されたその頑丈な装甲は、対物ライフルや爆薬でなければ破壊する事は出来ない。

鉛玉程度では、精々傷を付けるのが精一杯だ。

( ・∀・)「ふむ。
      いや、見ない間に随分と雰囲気が変わったな。
      まるで一人前の男だ」

銃が向けられても尚、モララーは冷静そのものだった。
モララーの手にも、一挺の拳銃が握られている。
45口径の自動拳銃、Mk23"ソーコムピストル"。

('A`)「質問に答える気は無いのか?
   武器屋が、どうしてこんな場所にいる。
   大通りの騒ぎで、武器の値段がデフレでも起こしたか?
   こんなところにまで、わざわざ出張販売に来た訳じゃないだろ」

( ・∀・)「どうして?
      あぁ、そうか。 お前は知らないんだったな。
      なに、簡単なことだよ。
      仕事だよ。

      お前がここにいるのと同じ、仕事だ。
      ただ違うのは、お互いの立場と立ち位置だな」

モララーは"タワー"から背を離し、ゆっくりとドクオの方を向く。

162 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:04:28.59 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「つまり、フォックスの側ってことか」

( ・∀・)「然り、正解だ。
      金払いだけはいいんだ、あの女は。
      で?
      お前はフォックスを殺しに来たんだろ。

      その前に、俺を殺してみな。
      こっちも仕事なんだ、気に入らないがフォックスを殺させるわけにはいかない。
      いや、本音を言えば今スグに死んでほしいんだがな。
      信用第一、そう言うことだ」

('A`)「そうかよ!」

ドクオはモララーの言葉が終わる直前に、銃爪を連続して引いた。
悠長に話を聞く気はない。
相手が油断している今こそが、チャンス。
だがしかし、ドクオは信じられない光景を目にした。

(;'A`)「んなっ……?!」

距離にして、五メートルはあるだろう。
一瞬だ。
一瞬で、モララーはドクオの正面、五メートル先の"タワー"の前へと移動していた。
当然、先ほど撃った弾丸は、モララーが凭れかかっていた"タワー"に当たって潰れている。

この一瞬の間。
断じて、ドクオは瞬きをしていない。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:09:34.08 ID:Wwwmg9nbO
( ・∀・)「どうした?
      おいおい、まさかこれが精一杯とか言わないだろ?」

(;'A`)「ちぃっ!」

相手の位置が分かった以上、もう背を守らなくていい。
今は、移動し続ける事が必要だった。
M84よりも先に、モララーのMk23が銃弾を吐き出す。
ドクオは"タワー"を楯に、その身を逃がす。

この"タワー"を上手く使えば、西部劇の真似事はしないで済む。
"タワー"の端から銃を出し、銃爪を引く。
だが、銃口の先から悲鳴も苦悶の声も聞こえてこない。
金属に銃弾がぶつかった音だけが、ドクオの耳に届いた。

その場から動こうとしたドクオの眼に、またしても信じられない光景が映った。
手前、一メートル。
モララーが、出現していた。

( ・∀・)「いい銃だ。
      だが、撃ち手が銃に追いついてないな。
      場数が足りないだけか、それとも使い慣れていないだけか。
      銃は当たらなければ意味は無いぞ」

(;'A`)「なぁっ?!」

咄嗟に伏せたドクオの頭上を、モララーが抜き放ったナイフが通り過ぎる。
伏せたドクオの顔の前に、Mk23の銃口が現れた。
即応してM84の銃床で銃口を逸らしていなければ、ドクオの顔は確実に吹き飛んでいた。
顔のすぐ横を、銃弾が通り過ぎる。

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:12:38.68 ID:Wwwmg9nbO
背後の"タワー"に当たり、それは弾かれた。

( ・∀・)「俺を失望させてくれるな?
      せっかくの撃ち合いなんだ、楽しませてくれよ!」

ドクオはモララーの下から、M84をその胸に向けて撃つ。
この距離なら、必中だ。
胸に八発の銃弾を受け、モララーは背後に倒れ込む。
だが、ドクオは油断することなくその場を素早く駆け出した。

弾倉を捨て、新たに装填。

(;'A`)「防弾チョッキか!」

背後でゆらりと起き上がったモララーを見て、ドクオは舌打ちをした。
が、その姿が消える。

( ・∀・)「いきなりヒデぇじゃねぇか、おい」

その声が、ドクオのすぐ横から掛けられた物だと理解した時には、ドクオの顔にモララーの拳が迫っていた。
回避は不可能。
横面を殴られ、ドクオは"タワー"に激突する。
起き上がると同時に、ドクオはモララーの姿を探した。

―――いない。

(;'A`)「どうなってんだよ、それ!」

( ・∀・)「どうなってるんだろうな?
      自分の頭で考えてみろ!」

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:15:14.36 ID:Wwwmg9nbO
銃声よりも先に、ドクオは"タワー"の影に飛び込んだ。
遅れて、床を銃弾が抉る。
こうして隠れても、ドクオは全く安心できない。
如何なる原理かは知らないが、モララーは瞬間移動紛いの技を使えるらしい。

機関銃でもあればどうにか出来そうだが、今は自動拳銃しかない。
そんなドクオをあざ笑うかのように、側面から連続して銃声が響いた。
目の前の"タワー"の影に、急いで逃げ込む。
弾丸が肩を掠めて飛んで行った。

突撃銃を使ったらしい。
特徴的な銃声から、それがH&K社のXM8である事が分かった。

( ・∀・)「そうだ。
      それでいい!」

XM8を手に、モララーがどこからか声を上げる。
ドクオは声の出所を探そうと耳を済ませたが、辺りに音が反響している為それは出来なかった。

('A`)「この糞野郎が!」

ただでさえ暑いのに、こんなに走りっぱなしでは堪った物ではない。
突撃銃の銃撃に身を晒すわけにもいかず、ドクオは逃げるしかない。
もしくは、隠れる。
―――と言う選択肢だけは、今のドクオには有り得なかった。

正確に言えば、与えられていない上に、与えられる事がなかった。

( ・∀・)「ほーら、逃げるなよ!」

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:18:55.80 ID:Wwwmg9nbO
モララーの顔が、すぐ正面の"タワー"から銃口と共に出る。
そして、銃声と共にモララーの声がドクオに向けられた。

(;'A`)「……くっ!
    男に追いかけれる趣味はねぇ!」

半ば、こうなる事を予想していたドクオはモララーよりも先んじて銃爪を引いていた。
モララーの顔のすぐ横、"タワー"に銃弾は着弾する。
後もう半瞬早ければ、モララーの顔を弾丸が穿っていただろう。
生憎、そうはならなかったのが現実である。

一瞬だけ顔を出して、すぐに引っ込めた為にモララーの姿がドクオの視界から消える。
ほとんど確信めいた予測から、ドクオはそこにもうモララーはいないと考えた。

('A`)「どうなってやがる……っ?!」

咄嗟に頭を竦める。
鋭く鋭利な銀色の輝きが、ドクオの頬をうっすらと裂いた。
頬に血が滲む。

( ・∀・)「反応は悪くない。
      ただ、反撃能力がいまいちだ」

('A`)「お前は俺の先生かよ!」

ドクオの声掛けと銃声は、同時だ。
兎にも角にも、向こうの銃声だけがその場所を教えてくれる。
何処かの都の軍隊の規律ように、撃たれなければ撃てない。

( ・∀・)「……先生、か」

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:21:34.92 ID:Wwwmg9nbO
その言葉は、何故か自分に問うているように聞こえた。

( ・∀・)「少し違うな。
      雇われの教師、強いて言うなら、家庭教師ってところか。
      なぁに、安心しろ。
      優しく教えてやるぞ、丁寧にな」

自問の答えは、酷く落ち着き払ったものだった。
あまりにも冷静で、そしてあまりにも自然。
だから、それがどうしても嘘には聞こえなかった。
だが、意味は分からない。

その真意も、全く理解できない。

('A`)「生憎、勉強は苦手でね。
   経験しないと学習できないんだよ!」

隙を狙い、撃つ。
が、またもモララーの姿は別の場所に出現している。
弾が当たらない。
音速を超えた弾丸が、当たらない。

弾倉が空になり、遊底が後退し切る。
排出。
装填。
スライドストッパーを外す。

( ・∀・)「じゃあ、痛みにはどれぐらい慣れがあるんだ?」

プラスチックでできたXM8の弾倉が、床に落ちる軽い音が耳に届く。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:24:13.83 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「嫌って程!」

( ・∀・)「上出来、十分だ!」

背後。
コッキングレバーを引く音が、聞こえた。
振り向きざまに仰け反り、M84を左手に持ち替える。
互いの銃口が、一瞬だけそれぞれの急所を捉えた。

モララーの銃口はドクオが仰け反ったせいで体から外れたが。
ドクオのそれは、モララーの急所を逸れても体を捉えていた。
連続して銃爪を引く。
幾ら防弾チョッキを着ていても、衝撃そのものは防げない。

肋骨が折れてくれれば上出来だが、何にしても撃つしか選択肢は無かった。
着弾の直前、モララーの体が消える。
またもや、弾を避けられてしまう。
こちらの弾も無限ではない。

残りの弾倉はまだ十分だが、この状態がいつまでも続けば"弾"が無くなるより先に"タマ"が無くなってしまう。
体勢を戻し、ドクオは姿勢を低く走り出す。
その跡を追う様にして、銃弾が次々と撃ち込まれた。
体力が先か、はたまた弾か、それとも命が尽きるのが先か。

どれも御免である。
ドクオは銃口を、目の前に広がる薄暗い空間から、天井で頼りなさ気に輝く蛍光灯に向けた。
一発でそれを破壊し、別の蛍光灯にも銃口を転じて破壊する。
傍から見れば、ドクオは気を違えただけのように見える。

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:28:04.75 ID:Wwwmg9nbO
だが、ドクオには考えがあった。
こうなれば、せめて相手の視界を妨害する事によって自身の身に及ぶ危険を減らしたかったのだ。
暗闇なら、ドクオの方が慣れている。
ここに来るまでの間に散々目は闇に慣れていた。

この部屋に来てからも、蛍光灯などの明かりを直視しないよう心がけていた。
撃つ時ばかりはどうしようもないが、それでもドクオは自分の眼に自信があった。
モララーが如何なる人生を過ごしていたのかは知らないが、"明かりのない生活"を何年も過ごした事は無いだろう。
蛍光灯の数は全部で十六。

今破壊したのは二つ。
残りは、十四。

( ・∀・)「おいおい、何してんだよ。
      弾が当たらないからって、八つ当たりか?
      止めとけ、経費が無駄に掛かる」

銃身内に一発だけ残して、弾倉を交換。
これで、今M84の中には蛍光灯と同じ数だけの銃弾が入っている。

('A`)「これは手前の給料から天引きだ!」

動く相手ならそうはいかないが、動かない"マト"相手なら、当てられる。
銃口は人差し指の延長。
目視さえできれば、この距離であの的を外す道理がない。
オートマチックの利を最大限に使い、ドクオは蛍光灯を次々と破壊した。

最後の一つを破壊し、弾倉を交換する。

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:31:29.35 ID:Wwwmg9nbO
( ・∀・)「ほほぅ、自分の"場"を作ったか。
      面白い。
      やってみろ」

XM8が火を吐く。
薄暗いから暗闇へと変わった部屋が、マズルフラッシュと火花に照らされる。
位置は、一目瞭然だった。
だが、撃たない。

撃てばせっかくの暗闇の利が減ってしまう。
わざわざ居場所を教えては、ドクオの努力と弾の無駄だ。
そうさせない為にも、ドクオは静かに、だが素早く移動する。
モララーもマズルフラッシュが居場所を教えるマーカーになる事を理解したようで、発砲が止んだ。

暗闇の中に、静寂が満ちる。
聞こえるのは"タワー"の稼働音と、自分の息遣い。

('A`)(どうする、どう動く……!)

手がない。
あんな瞬間移動は反則だ、と内心で愚痴る。
弾が当たらなければ、拳で戦うしかない。
だがしかし、ドクオはそこまで肉弾戦を得意としていなかった。

ナイフがあれば別だが、ここに来る道中で全て使い果たした。
取って置きのスペツナズナイフも使った。
武器は銃と己の体。
そして、頭脳だけ。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:34:27.59 ID:Wwwmg9nbO
思考する事を止めない。
"タワー"に背を預けていれば、ドクオは三方向。
正面、右、左に目を向けているだけで一応の対処は出来る。
そのドクオの考えを嘲笑うかのように、声が掛けられた。

―――上から。

(・∀・ )「はっはぁ!
      見つけたぞ!」

ドクオの背後、"タワー"の上から、モララーは声を発していた。

(;'A`)「ちいっ!」

横に飛び退く。
間一髪。
脳天に穴が開く事は避けられた。
しかし、まだ硝煙を燻らせる薬莢が、ドクオの頭部に当たった。

更に数発は、ドクオの背中に入ってしまう。
撃ちたてホヤホヤの薬莢は、相当熱い。

(;'A`)「あっつ!」

( ・∀・)「はははっ!
      ナイスリアクション!」

(#'A`)「あぁ、ありがとうよ!
    御蔭さまで目が覚めた!」

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:37:17.10 ID:Wwwmg9nbO
その会話の中で、ドクオはある奇妙な違和感を覚えた。
だが、その正体はよく分からない。
とりあえず、モララーの影に向けて無駄だと知りつつも銃弾を撃ち込んだ。
しかしやはり、モララーが姿を消す方が早い。

(;'A`)(武器屋風情がどうしてこんな手品みたいな真似できるんだよ……!)

武器屋ならそれなりの兵器を有しているだろうが、こんな瞬間移動が出来る装置が開発されているなどと耳にした事も無い。
こと、この都の裏社会の住民の場合はそう言った情報にかなり敏感だ。
度重なる抗争の果てに、多くの者はより性能の高い、より弱点の知られていない、より性能のいい兵器を求めた。
その結果が、歯車王の技術の賜物とも言えるナノギアを使った"光学不可視化迷彩"などが挙げられる。

これらの兵器に掛かる費用は相当な物だが、一度の抗争で得る収益やその他の利益を考えれば安い物だ。
数年前、かの大国の中でも名を馳せるマフィアがこの都に進出した事があった。
その際、彼等はまだ販売されていない試験運用段階の銃器を手にしていた。
今、モララーが手にしているXM8がそれだ。

最も、そのマフィア達の最大の失敗はこの都にいる裏社会の人間達を舐めた事だ。
最弱の組織でも、一応はこの都の裏社会に"滅ばずに"居座っている。
それが示すのは、自然淘汰の果てに彼等の組織が滅ばなかったという事。
少なくとも言えるのは、"大国の温い環境でヌクヌクと育った温室育ちのヤンキー"には負ける道理がない。

そんな次第で、この都では武器商人と言う特殊な商売が成り立つ。
安価で多く、精巧で単純、強力で簡易。
女子供、果ては年寄りまでが扱え、子供の小遣いでも買えるような兵器。
それが、この都の武器マーケットには求められている。

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:40:21.42 ID:Wwwmg9nbO
表面上、一般市民。
表社会の面々は武器とは無縁に思える。
しかし事実は違う。
彼等のすぐ裏では銃撃戦が日常茶飯事の光景と化している以上、武器と無縁とは行かない。

コルト・ガバメントや、グロックの自動拳銃は一家に一挺。
少し用心深い者は、そこに突撃銃かショットガンを加える。
だが、一般市民に買えるのは銃器が精一杯だ。
"兵器"ともなると、そうはいかない。

何せ、高価なのだ。
金持ちだけに許される高級嗜好品や骨董品とは、訳が違う。
光学不可視化迷彩を彼らが買った所で、使用用途は女風呂の覗きが関の山だ。
裏社会の組織全てが、値段の高い安い、大小に関係なく"兵器"を有している。

今、モララーが使っているのは明らかに兵器だ。
しかもここまで高性能となると、その額はドクオの想像を遥かに超えるだろう。
それを、モララー個人が持っているのが理解できなかった。
仕入額、整備費、その他一つの兵器に掛かるコストを考えると、どうにもおかしい。

ここで戦っている以上、モララーがフォックス達に雇われているのは分かる。
だが、"ここまで高性能"な兵器が果たして、裏社会の誰にも知られることなく存在して得るのだろうか。
そう言えば、とドクオは思い出した。

('A`)(待てよ……
    こいつのこれ、確か前に見たことあるぞ)

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:43:30.32 ID:Wwwmg9nbO
思い至ったのは、"歯車王暗殺"の仕事で呼び寄せられたあの日。
紫煙の満ちる部屋で起きた、あの一件。
初対面とは云え、手練達が一堂に会していたあの場で起きた、あの事。
そう。

―――またんきと名乗った男が、これと同じ芸当を見せていたはずだ。

('A`)(でもあの時、やられていたのはモララーの方だったな)

そうだ。
あの時、組み敷かれたのはモララーだった。
まさか、あの兵器は二つ存在するとでも言うのか。
それこそ冗談ではない。

( ・∀・)「よぅ、考え事は動きながらしたらどうだ?」

ドクオの思考を邪魔するようにして、モララーがXM8をすぐ近距離で撃って来る。
この部屋の熱気の中、元気な物だ。
と、感心する間もなくドクオは逃げるしかない。
距離を開け、"タワー"を楯に策を練るのが今この場で出来る唯一、有意義なことだった。

('A`)(冷静に、冷静になれ!)

制圧射撃とまではいかずとも、威嚇射撃は出来る。
それもせずに、ドクオは考えた。

('A`)(そうだ!)

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:47:18.66 ID:Wwwmg9nbO
思い出した。
千春から受けっとった巾着袋を。
何か困ったことがあれば開けろ、と言っていた。
今がまさにその時ではないか。

流石は凄腕女中集団の犬神三姉妹。

('A`)(ヒュー!
    こいつはありがたい。
    新兵器か、それともクレイモアか?
    グレネードかな……な?)

内心で口笛を吹きつつ、巾着袋を開け。
絶句。
XM8の銃声を一瞬だけ忘れる程に、ドクオは絶句した。

('A`)「は、はははっ……」

乾いた笑いが、口から漏れ出た。

('A`)「金平糖かよ!
   こりゃあ、ありがてぇ!
   こいつがあれば元気百倍だ!
   とんだ爆弾だよ、畜生!」

もう笑うしかなかった。
色とりどりの金平糖がぎっしりと詰まった巾着袋を片手に、ドクオは駆けた。

( ・∀・)「ほう、金平糖か。
      懐かしいな、俺達も小さい頃はそれが好きだった!」

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:51:03.11 ID:Wwwmg9nbO
('A`)「手前には絶対!
    何があってもやらねーからな!」

とりあえず貰った以上、タダで敵に譲るわけはない。
銃声と共に金平糖を要求してきたモララーなら、尚更だ。

( ・∀・)「そいつは残念。
      出来れば血の味がする前に食したいんだが、そうはいかないか?」

('A`)「これは俺のだ!
   へっ、手前にくれてやるぐらいならこうしてやる!」

巾着袋を逆さまにして、下品に金平糖を貪った。
口の端から大量に零れ落ちる金平糖。
不思議なことに、まだまだ巾着袋の中身は残っている。
味は、中々に美味であった。

糖分が、ドクオの思考回路に燃料を送る。

( ・∀・)「あーあ、勿体ない」

駆けた先、二メートルの場所にある"タワー"の陰からモララーがXM8と共に顔を出す。
言葉と共に、弾を放った。
横に飛ぶだけで、一応この部屋では銃弾を避けることはできる。
薙ぎ払う様に撃っても、"タワー"が壁となってくれるからだ。

ドクオは耐える。
このプレッシャーに。
臨死体験もかくやというこの状況に。
そこで、戦い、耐えている。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:54:15.24 ID:Wwwmg9nbO
そして、考える。
どうすれば、この状況を打破できる。
逃げの一手は、やがて終わりを告げる。
その前、寸前でもいい。

とにかく、死ぬ前に殺す。
殺すしかない。
死ぬ以外の道は、それしかない。

( ・∀・)「……ったく、あんまり時間を掛けさせるなよ」

そうだ。
時間が。
時間がない。
犬神三姉妹が耐えられる時間。

負担を、減らさなければ。

('A`)「じゃあ提案だけど、俺に撃たれて死んでくれないか?」

( ・∀・)「当然、却下」

背面上部。
XM8の銃床が、ドクオの後頭部に打ち付けられる。
撃たれなかっただけ、僥倖。
しかし、体が崩れ落ちる。

(;'A`)「ってぇ……」

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:57:04.62 ID:Wwwmg9nbO
最近何故か後頭部に痛みを感じる事が多くなっていた事もあり、モララーの一撃は耐えられた。
気を失わずに済んだ。

( ・∀・)「おろ?」

('A`)「……なっ!」

そしてその頑丈さは、モララーにとって計算外だったらしい。
まだ、ドクオの視界から消えていない。
モララーの脛目掛け、倒れかけた体勢から銃床を振り向きざまに叩きつけた。

(;・∀・)「いだあああああ?!」

脛を押さえて屈むモララー。
その頭に、ドクオはM84の銃口を押しつけた。

('A`)「ようやく捕らえたぞ!」

( ・∀・)「誰が誰を捕らえたって?」

声が、背後から掛けられた。
振り向き、そこにモララーの姿を確認する。
目を動かし、銃口が向いている空間を見る。
モララーは、いなかった。

この状況。
簡単かつ分かりやすく、短めに言うなら。
絶体絶命だった。
非の打ちどころも無い程に、絶体絶命。

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/01/31(日) 23:59:57.57 ID:Wwwmg9nbO
黒いカラーリングの施されたXM8の銃口が、ドクオの頭に向けられている。

('A`)「……テンプレートをどうぞ」

( ・∀・)「動くな、安全装置を掛けて銃を床に置け、両手を頭の後ろで組め、下手な行動はするな。
      お前には黙秘権がある、弁護士を呼ぶ権利があり……
      ……こんな所か?」

ドクオは両手を上げ、手にしていた巾着袋だけを落とす。
金平糖が、袋から零れ落ちた。
だが、銃だけは手放さない。

( ・∀・)「っておーい。
      お前がテンプレート言えって言ったんだろ。
      銃を捨てろよ」

('A`)「……」

弾倉内には、まだ弾が残っている。

( ・∀・)「ったくよ!」

モララーが、XM8のコッキングレバーを大げさに引いた。
そのせいで、大きな音が響く。
その刹那。
ドクオは聞いた。

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:03:08.63 ID:+H9RdvA1O
確かに。
聞いた。
モララーにとって、致命的なそれを。
はっきりと聞いたのだ。

考えた。
すぐに理解した。
可能だ。
ドクオの考えた推論は、実現可能。

この間、一秒にも満たない時。
モララーの引いたコッキングレバーが弾を吐き出し、新たな弾を噛み込んだ一秒未満の時の中。

( ・∀・)「ほら、面倒を掛けさせるな」

モララーが手を伸ばす。
M84を奪い取ろうと。
銃口が、僅かに下を向いた。
急所を逸れている。

('A`)「まぁ待てよ」

( ・∀・)「あん?」

('A`)「こいつを渡すと、俺がヒートに殴られるんだ。
   こいつだけは勘弁してくれないか?」

あまりにも馬鹿げた提案に、モララーは呆れ顔。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:06:09.02 ID:+H9RdvA1O
( ・∀・)「おいおい、どっちかって言うとそれはお前の体よりも重要なんだよ。
      それがある以上、お前は反撃の鍵を持っていることになる。
      俺が、それを許すとでも?」

幸いなことに、モララーは気付いていない。
ドクオに、既に逆転の鍵が握られており、更には反撃の鍵も手にしている事に。
気付かれてはいけない。
ギリギリまで。

"相手が動くまで"待つ。
そう。
待つのだ。
動くまで、待つ。

( ・∀・)「……まぁ、これも仕事だからな。
      従わないってんなら、仕方ねぇ。
      じゃあな、半端者の大馬鹿野郎」

瞬間。
ドクオの視界に異常が起きる。
否、異常ではない。
これは正常。

正常だが異常な光景なのだ。
普段見慣れていないだけの世界。
"いつもは見ていない世界"。
"普通に生きていれば見える事のない世界"。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:09:08.93 ID:+H9RdvA1O
空気の流れを。
熱を帯びた熱の流れを、頬に、腕に、全身に感じる。
声の震えを。
モララーの声帯を震わせて発する声の震えを、耳に、目に、全身に感じる。

一秒がコンマ五秒。
コンマ五秒が半分。
更にその半分。
視界に映る全ての映像が、肌に感じる全ての現象が。

全てが、スローモーションの世界に変わる。
モララーの指に込められた力が見える。
浮き出た血管が、銃爪に掛けられた指の色が。
全てが鮮明、詳細に映る。

モララーの口の動きが読める。
そこから発せられる声があまりにも遅く、何を言っているのか分からない。
唇が震え、舌が動いているのが見える。
口の周りに生えている無精髭を観察する余裕もある。

空間の異常が見える。
陽炎が見える。
"モララーの顔に陽炎が見える"。
"モララーの体に陽炎が見える"。

よく視て見ろ。
異常を。
この暗闇にある異常を。
"目の前の男にある異常を"。

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:12:21.78 ID:+H9RdvA1O
周囲の異音が聞こえる。
呼吸音が聞こえる。
限りなく殺されているが、呼吸音がする。
"背後から聞こえる、この呼吸音が"。

優先順位を考える。
前か、後ろか。
武器商人か、それとも。
それとも―――

―――それとも、後ろにいる"ジャンキー"か。

動く。
右手を動かす。
腰を落とす。
目を凝らす。

足を動かす。
腕を動かす。
首を動かす。
指を、動かす。

銃声が、ドクオをその世界から引き戻した。

(・∀ ・;)「ぐふっ!?」

先に後方。
反動を生かし、次いで前方。

(;・∀・)「ぐふっ!?」

219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:15:10.93 ID:+H9RdvA1O
全く同じと言っていい程に、二人のリアクションは似ていた。
仰け反る仕草も。
何もかもが、似ていた。
まるで二つで一つであるかのように、二人はまさに似ていた。

後方にいた男、またんきも。
前方にいた男、モララーも。
"顔"と"体"の陽炎が、無くなっていた。
防弾チョッキに守られていない太ももを撃った為、二人は激痛に悶絶している。

同じ色、形のXM8が二挺床に落ちている。
それを遠くに蹴り飛ばした。

('A`)「そうだろうな、そうでないとおかしいからな。
   あの日、最初に"手前等"に会った日に気付くべきだった」

固定概念こそが、あの場にいた皆を欺いたのだ。
何も、光学不可視化迷彩の使用用途は一つだけではない。
光学不可視化迷彩は、周囲の映像を映し出し、同化する兵器だ。
だが、その特性。

"映像を映し出す"事を応用するとすれば、どうだろう。
風景と同化して視認されなくするのではなく。
"誰かの服装"を映し出したり、"誰かの顔"を映し出したりしたら、どうだ。
より完璧な同化。

つまりは、完璧な擬態。

223 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:18:21.41 ID:+H9RdvA1O
('A`)「最初、そこのジャンキーを見た時、少し陽炎が立ったように見えた。
   だけど、その時は気付かなかった。
   光学不可視化迷彩を解除したのに、何で陽炎がまだあったのか、にな」

あの日、またんきは警備の者に偽装してロマネスク一家の本部に潜入していた。
ドクオと最初に挨拶を交わした時、またんきは光学不可視化迷彩を使っていた。

('A`)「次はモララーがヒントをくれていた。
   何で、投げられたナイフが"ハンドメイド"だって分かったんだ?
   あの一瞬で、それを判別するなんて不可能だったはずだ。
   幾ら武器屋って言っても、流石にそれは無茶苦茶。

   でも、あの場合は気付けなくても仕方なかった。
   何せロマネスク一家に侵入者。
   それどころじゃなかったからな。
   誰かの一言の中から、必要な単語だけを聞いていた。

   矛盾があろうとなかろうと、誰も気付けないし、気にも留めない」

全てが、繋がった。
瞬間移動などではない。
彼等二人がしたのは、手品と同じ原理。
一方が消え、あらかじめ待機していたもう一方が姿を現す。

それだけだ。
それだけで、人間の思考は簡単に騙される。
消えた物と同じ姿が別の場所に現れたら、誰だって勘違いしてしまう。
ただ、要したのは並外れたチームワーク。

片方の動きに合わせ、状態に合わせ、心境に合わせる事が求められる。

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:21:05.97 ID:+H9RdvA1O
(;・∀・)「ちっ、しくじったな……」

(・∀ ・;)「初めてだね、これがバレたの」

('A`)「途中で口調がおかしくなったのにも、違和感があった。
    でもな、確信を持ったのは―――」

二人から距離を離す。
銃口をすぐどちらにでも転じれるよう、二人の間に向ける。

('A`)「―――金平糖だ」

そうだ。
ドクオがモララーに銃口を向けられ。
モララーが威嚇のようにコッキングレバーを引いた、あの瞬間。
あれは単に、威嚇の為では無かったのだ。

あれは、背後で窮地に陥っていていた"またんきが起き上がる音"を消す為の行動。
だが、金平糖を踏んだのが運の尽きだった。
もっと言えば、金平糖を手放し、銃を手放さなかったドクオの行動が"歯車"なのだが。

(・∀ ・;)「あちゃー、やっぱり聞かれてたのか。
      わりい、俺のせいっぽいや」

(;・∀・)「ぽい、じゃない。
      でも、それ以前にドクオを捕らえられなかったのが失敗か……」

(・∀ ・;)「だってさ、金平糖ってどうよ?
      金平糖だぜ、コンペイトウ。
      砂糖の塊じゃねーか」

228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:24:41.94 ID:+H9RdvA1O
('A`)「……それは同意する」

しかし、その金平糖に救われたのもまた事実。
何だかんだ言って、千春に助けられた。

('A`)「さぁて、俺は無宗教の無神論者なんだ。
   生憎、これまで安息日と祝祭日、ついでに言うなら月曜日独特の憂鬱感が無くてね。
   したがって、仕事も24時間365日、年中無休だ!」

( ・∀・)『はははっ、それじゃあ、もう一働きしようか!』(・∀ ・)

分かっていた。
彼らが、"この程度では終わらないと言う事を"。
向こうの得物は―――

45口径の、H&K社製Mk23。
対してこちらは、9mmのM84。
―――得物による差は、無い。
勝敗を決するのは、至極単純な要因。

実力。

('A`)「ぬっ!」

迷う必要はない。
その暇も無かった。
二人は、ドクオの眼の前で同時に光学不可視化迷彩を起動した。
標的は二。

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:27:48.53 ID:+H9RdvA1O
ドクオは一先ず、より手の内が知れているモララーではなく。
"未知数"の、またんきに狙いを付けていた
そして、二人の姿が完全に消える半瞬前。
ドクオの人差し指は、銃爪を引いた。

が、銃弾は空しく床に弾かれただけ。
弾倉を取り出す。
そして新たな弾倉を装填。
同時に、伏せつつ駆ける。

相手の身体能力は、並外れて高い。
"タワー"も、彼等にとってはそれほど障害ではないのだろう。
しかし、明らかに機動力は鈍っているはずだ。
何せ、二人とも太ももを撃ち抜かれている。

出血多量で、満足に動けないはずだ。
おまけに血痕が、ドクオに姿なき敵の存在を教えてくれる。
地の利は、ドクオにあった。

( ・∀・)「はぁい!」

(・∀ ・)「ちゃーっす!」

挟撃。
地の利と状況から、彼等二人が選んだ戦術は正しかった。
正しいからこそ、ドクオはそれを予測出来た。
二人の得物は、ナイフと拳銃の二種類。

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:30:49.11 ID:+H9RdvA1O
こちらの手数に難あり。
今二人が構えているのは、またんきがナイフ、モララーがMk23。
ドクオがどう動いても対処できるよう、二人はそれぞれが異なるリーチの得物を選んだのだ。
その光景を見るドクオの視界は、正常そのもの。

あの"走馬燈"は、見えていない。
つまり、まだこの状況はドクオにとってどうしようもない物ではないと言うことだ。
では、対処方法はどうする。
決まっている。

このM84を使うに決まっている。
ヒートが託した、このM84を。
またんきの振り払うナイフを、特徴的なトリガーガードを利用して受け流す。
同時に訪れるMk23の攻撃は、"未だ"捨てていなかった空の弾倉をモララーの眼に投げつけ、照準を逸らすことによって回避した。

('A`)「往生際が悪いんだよ!」

またんきの喉元。
防弾チョッキの保護のない、そのガラ空きの急所。

(・∀ ・;)「ごあっ!?」

血飛沫が舞う。

(;・∀・)「またんき!」

('A`)「手前もだ!」

235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:33:40.69 ID:+H9RdvA1O
連携力が力の者が相手なら、それを崩せばいい。
一方が欠ければ、もう廻らない。
彼等の歯車は、廻らないのだ。
モララーの胸骨を、ドクオの銃弾が撃ち砕く。

その直前、モララーは両腕を眼前で交差させた。
9mmの弾では、貫通には至らない。
腕二本を犠牲に、モララーは窮地を脱した。

(;・∀・)「せぇい!」

回し蹴り。
M84で防ごうとするも、間に合わない。
右脇腹に、強烈な痛み。
骨の軋む音が聞こえた。

(;'A`)「ぐっ……!」

耐える。
倒れ込み、激痛にのた打ち回りたい衝動を耐える。
耐え切れば。
勝つ。

(#'A`)「っだらぁ!」

弾倉内の全ての弾丸を、モララーの体に浴びせかける。
防弾チョッキの上に撃ちまくり、衝撃でモララーが倒れる。
弾倉を交換。
遊底を引く。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:36:40.90 ID:+H9RdvA1O
初弾を装填。
銃爪を、引く。

(;・∀・)「ぐっ……ぼぁ!」

こうなったら、外しはしない。
胸部に一発。
モララーの口から、苦悶の声と血が吐き出された。

('A`)「で、最期の言葉は?」

モララーの眉間に、照準を合わせる。

(;・∀・)「あぁ……一先ず。
      またんき……を楽にしてやってくれないか?
      話はそれからでも……がっ!?」

咳込むモララー。
ドクオは頷き、振り返る。
そこには、既に虫の息になりつつあるまたんきが転がっていた。

('A`)「ってわけだ。
   じゃあな、ジャンキー」

(・∀ ・;)「あ……ばよ……」

言い終えたまたんきの額に、穴が開く。

238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:39:09.20 ID:+H9RdvA1O
('A`)「……さて、モララー。
   殺す前に、色々聞かせて欲しい事があるんだが。
   いいか?」

(;・∀・)「答えられる範囲で……なら、まぁいいだろう。
      で……なんだ?
      フォックスなら……あの糞アマなら、この部屋をずっと……真っ直ぐ行った先にいる」

('A`)「それもそうだが……」

モララーの言った通り、部屋の一箇所に扉があった。
そこの事を言っているのだろう。
だが、知りたいのはそれ以外にもある。

('A`)「歯車王の事について、だ」

( ・∀・)「……あぁ、歯車王ね」

その時、モララーの声から温度が消えた。

('A`)「俺らの中で、歯車王に"一番近く"接触したのは、あんたと素直クールだけだ。
   でも、あの情報屋は"首を取られて"死んだそうだな。
   だとしたら、あんたしか聞く相手がいない」

( ・∀・)「あんな光景を思い……出せってか?
      まぁ……いいさ。
      一言で言って、あれは……ヤバい。
      悪いな、それしか……言えん」

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:42:36.48 ID:+H9RdvA1O
何か、嫌な物でも思い出したかのように、モララーの声が冷気を帯びていた。
光景だけで、ここまで恐れる相手と言うことか。
息も絶え絶えと言った様子のモララーに、ドクオは言った。

('A`)「ふざけてる、って訳ではないんだな」

( ・∀・)「当たり前だ……ろ。
      ここで……嘘言って俺に徳があるか?
      さて……俺の仕事は、これで……終わりだ……

      ……俺の役割は、これで終わりだ」

無言で、ドクオはモララーの額に照準を合わせる。

('A`)「……あばよ、武器商人」

( ・∀・)「じゃあな……
      …………これで……」

モララーが最期に呟いた言葉は、果たして何だったのだろうか。
その答えを、ドクオは知らない。
一つ響いた乾いた銃声と。
モララーの命を奪った弾丸だけが、その答えを知っている。

数々の手練の集う部屋から逃げ。
"クールノーの番犬"からも逃れる事の出来た、武器商人。
モララー・ルーデルリッヒと、またんき・ルーデルリッヒ。
それを、その文句無しの"手練"を。

―――ドクオは、一人で撃ち破った。

242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:45:28.55 ID:+H9RdvA1O
【時刻――03:30/地下10階"会議室"】

爪;'ー`)y‐「くそっ!えぇい、くそっ!」

モニターが映す信じがたい逆転劇の映像を見向きもせず、フォックス・ロートシルトは毒づいた。
有り得てはいけない光景。
有り得る筈かなかった光景。
そして、この展開。

何故、歯車王の私兵部隊がこの逆転劇に参加しているのだ。
そんな展開、"ある筈がない"。
御三家、もといデレデレに歯車王と連絡を取る時間は無かったはずだ。
それだけでなく、こちらで用意した手駒が悉く負けている。

何の為に高い金を払って、英雄の都から傭兵を雇ったと思っているのだ。
それに、こちらの兵の不甲斐なさ。
負ける要因すらない程に改造したあの体で、あの性能で、何故負けるのか。
じぃには元々期待していなかったが、あそこまで酷いとは思わなかった。

渋沢も、ダイオードも然り。
張り子の虎にすらなっていない。
戦車は何だ。
あそこまで使えないなら、ラジコンの戦車の方が安上がりだった。

上の階に勇んで行った二人もそうだ。
貞子もシューも、あの兵器を使って負けている。
こちらで開発した生物兵器も負けた。
となれば、こちら側に残された戦力は何もない。

逃げるしか、選択肢はなかった。

245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:48:34.73 ID:+H9RdvA1O
(・´ω`・)「ふ、フォックス様!
      どちらに行くでござるか?!」

フォックスに残されたボディーガードは、五人。
その内の一人が、狼狽しながら問うてきた。
フォックスは舌打ちして、睨みつける。

爪#'ー`)y‐「逃げるに決まってるだろ!
       こんな所にいたら、何時連中が来るか分かったもんじゃない!」

(・`ω´・)「ですが、上に逃げても犬神三姉妹がいますぞ!」

先の男の双子が、問う。

爪#'ー`)y‐「言われなくても分かっている!
       奴らがここに気付かないうちに、さっさと屋上から逃げるんだよ!」

ラウンジタワーの屋上に、万が一に備えてハインドを待機させてある。
あれを使えば、逃げられる。
この都から逃げれば、再起も可能だ。
その時は、英雄の都と戦争でもしてもらえばいい。

今は、逃げるのが優先だ。
非常用の発電機があるおかげで、フォックス達専用のエレベーターは稼働している。

爪#'ー`)y‐「モララーとまたんきはどうした!」

ボディーガードのあの二人。
二人が揃えば、楯は七人になる。
楯は多い方がいい。

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:51:10.39 ID:+H9RdvA1O
(・´ω`・)「そ、それが……
      トイレに行って来ると言って、30分程前から連絡が……」

爪#'ー`)y‐「えぇい! 金を払っているのはこっちなんだぞ!
       こんな時に役に立たないでどうする!
       今スグ連れて来い!」

(・´ω`・)「ですが、万が一用を足している最中だったらどうしましょう……」

フォックスは咥えていた葉巻を、噛み千切った。

爪#'ー`)「それぐらい貴様が考えろ、役立たず!
      糞をしていようが小便垂らしていようが、ここに連れて来い!
      それともなんだ、ここで僕に殺されたいのか!」

激昂するフォックスが、懐から小型の自動拳銃を取り出した。
男の足元に数発撃ちこみ、銃口を男の顔に向けた。

(;・´ω`・)「わ、分かりました!」

逃げるようにして、男は唯一の出入り口に駆けて行く。
その間、フォックスは歯を剥き出しにして吠える。

爪#'皿`)「糞っ、糞っ、糞っ、あぁ糞っ!
      他の連中がここまで使えないとは思いもしなかった!
      役立たずの屑が、塵が、糞共がぁっ!」

机の上に置かれていたノートパソコンを叩き壊す。
それを机の上から払い落した。
ノートパソコンの横に置かれていた資料の紙が、派手に舞った。

250 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:54:19.99 ID:+H9RdvA1O
爪#'ー`)「何が歯車王だ、何が歯車の都だ!
      こんな滅茶苦茶な肥溜、あぁあああああっ!
      糞おぉぉぉぉぉ!」

不愉快な映像を映すモニターに、銃弾を撃ち込む。

(;・`ω´・)「お気持ちは分かりますが、落ち着いてください!
      ……いっ?!」

フォックスは、男に銃口を向けた。
途端に男は黙り込む。

爪#'ー`)「お前も、僕に逆らうのか?
      逆らうのか、逆らわないで従順な下僕として生きるのか!
      お前はどれだ!
      言え!」

(;・`ω´・)「じ、従順な下僕として生きます!」

生きるには一択しかない。
男は不服であったが、後者を選んだ。
生きる為だ、仕方がない。

爪#'ー`)「よぅし、だったら今ここで全裸になれ!」

(;・`ω´・)「はいぃっ?!」

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 00:57:08.41 ID:+H9RdvA1O
最早、正気とは思えない。
フォックスの眼に宿る光は、狂気のそれだ。
しかし、逆らえば殺されてしまう。
死ぬよりかはいいと、男は大人しく服を脱いだ。

爪#'ー`)「そうだよ、皆そうすればいいんだ!
      僕の思う通りになればいいんだ!
      どうして連中は、それが分からない!」

(;・`ω´・)「……」

下手な事は何も言えない為、男は無言。
すると、フォックスが歩み寄って来た。

爪#'ー`)「這いつくばれ。
      両手を床について、尻を突き出せ!」

こんな時に、フォックスの異常性癖衝動が発動してしまった。
仕方なく、男は言われた通りにする。
ここで働いてからと言うもの、フォックスは頻繁にこうした行為を強要してきた。
だから、男はこうする事に慣れていた。

どうしようもない。
大金がもらえるのだ。
この屈辱的な行為に耐えるだけで、目の眩むような大金が。

(;・`ω´・)「……っ」

爪#'ー`)「大人しくしてろよ」

257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:00:15.66 ID:+H9RdvA1O
フォックスの言葉と共に、男の肛門に冷たい感触。
銃口だ。
徐々に冷たい感触が、男の体に入って来る。

爪#'ー`)「……おい、お前」

(;・`ω´・)「は、はいっ!」

半ばまで埋まった所で、フォックスが声を掛けて来た。

爪#'ー`)「豚の真似しろよ」

(;・`ω´・)「え、えっ?」

爪#'ー`)「二度は言わない」

男は、言われるがまま豚の声真似をした。

(;・`ω´・)「む、むひぃ」

爪#'ー`)「それのどこが豚だぁっ!」

発砲。
男の肛門に突っ込まれた銃口が、何度も火を吹く。
遂に遊底が引き切り、弾倉が空になる。

爪#'ー`)「あぁっ、少しもスッキリしない!
     どうしてこいつ等は僕の思う通りに動かない、立ち振舞わない!」

263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:03:08.60 ID:+H9RdvA1O
銃が肛門に突き刺さったまま絶命している男の体を、フォックスは蹴った。
新たな銃、コルト・ガバメントを取り出し、死体に向かって撃つ。
死体が跳ねる。
だが、装弾数が少ない為、数度でそれも終わる。

爪#'ー`)「くそっ!」

慣れない手つきで、フォックスは装填作業をした。

爪#'ー`)「あいつはまだかっ!」

残された三人に声を掛けるも、三人は無言で首を横に振った。

爪#'ー`)「あの糞豚野郎、何してるんだ!
      トイレから馬鹿二人を連れて来るだけじゃないか!
      それとも何か、自分の故郷に帰って涙してるってか?
      あぁ、なんて糞感動長編だ、泣かせるね!」

「全くだ」

その声は、先ほどモララー達を迎えに行った男のものではない。
フォックスが聞いた事のない男の声だった。
声の方向に、目をやる。
後ろの三人も、その声の主を見ていた。

爪#'ー`)「誰だい、君は?
      僕は今怒ってるんだ、悪いけど、君の人生相談の相手は出来ないな」

267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:06:20.72 ID:+H9RdvA1O
フォックスの視線の先にいる男。
黒い髪。
黒い瞳。
そして暗い表情。

確か。
この男は。
裏社会の中でも。
"特に注目していなかった男"。

賞金は最低額。
危険度も最低。
一応、あの賞金一覧表に載せていただけの男。
それが、どうしてここにいる。

有り得ない。
これこそ有り得ない。
御三家は勝利を。
フォックスを殺したいのではないのか。

こんな。
こんな"雑魚"。
こんな雑魚を、自分に差し向けたと言うのか。
信じられない。

何故、上階に犬神三姉妹がいて、ここにこいつがいる。
普通に考えて、逆ではないだろうか。
犬神三姉妹の時間稼ぎの為に、こいつが上で戦うべきではないのか。
おかしい。

272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:09:07.60 ID:+H9RdvA1O
デレデレが居ながら、どうしてこいつを選んだ。
明らかな人選ミス。
よりにもよって―――



('A`)「なぁに、そんな大層な者じゃない。
   お前に地獄への片道切符を渡しに来たんだ。
   御三家の依頼でな」



―――ドクオを。

爪'ー`)「……はい?」

耳を疑った。
目を疑った。
次に起こったのは、怒りと嘲笑だった。

爪#'ー`)「はっ! 冗談だろ!
     君のような糞にも劣る底辺野郎が、僕を殺す?
     下らない冗談に付き合っている暇は無い!
     さっさと来た道を帰るんだ!」

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:12:09.09 ID:+H9RdvA1O
手で追い払う仕草をする。
が、ドクオは無表情のままだった。
怒る様子も、笑う様子も無い。
ましてや、逃げる様子も帰る様子も無い。

('A`)「あぁ、そうさせてもらうさ。
   お前を殺してからな」

ドクオの手にある銃が、フォックスを向く。
種類までは分からないが、何とも小さな銃だ。

爪#'ー`)「おい、僕は帰れと言ったんだ!
      言う事を聞けないのか?」

('A`)「聞く理由がない」

ドクオは、自然と短くそう答えた。

爪#'ー`)「おい、さっさとこいつを殺せ!」

フォックスの呼びかけに応じ、それまで沈黙を守っていた三人の男が動き出す。
変わった仮面を掛ける彼等は、白装束を纏い、手にはFA−MASを持っている。
高速機動戦闘を得意とする、渋沢が率いた演奏隊の最終進化形態。
量産までには至らなかったものの、その性能はゼアフォーシリーズの中でも最高の物だ。

278 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:15:07.37 ID:+H9RdvA1O
Θ「ほう」
Θ「ようやく」
Θ「我等が」

ΘΘΘ『呼ばれまシータ!』

Θ「おや」
Θ「相手の」
Θ「実力は」

ΘΘΘ『我々よりシータ!』

Θ「なら」
Θ「フォックス様の」
Θ「命令は」

ΘΘΘ『分かりまシータ!』

Θ「うん?」
Θ「あれ?」
Θ「ほほう?」

ΘΘΘ『呆れられまシータ!』

Θ「これは」
Θ「流石に」
Θ「ちょっと」

ΘΘΘ『怒りまシータ!』

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:18:46.94 ID:+H9RdvA1O
連続して放たれた三発の銃弾は、例外なく三人の急所を穿ち、絶命させた。

爪;'ー`)「し、シータスリーが……
     う、嘘だろ……
     君みたいな、何の取り柄も無い屑が……
     僕のシータスリーを……!」

信じがたい光景だった。
仮にも演奏隊の最終進化形態。
ドクオのような、三下の屑風情がどうにかできる筈がない。
しかも、瞬殺。

('A`)「じゃあその屑に殺される手前は何だって言うんだ?」

ドクオの声は、物言わぬ凄みを帯びている。
戦闘や殺し合いとはほぼ無縁のフォックスですらが、それをはっきりと理解できた。
理由不明の汗が、フォックスの背中から滲み出る。
冷たい。

銃口を向けられているだけなのに。
全身が氷漬けにされたかのように、冷たい。
普段自分が他人に銃口を向けている時は、こんな事は全く感じなかった。
おかしい。

凌辱しつくして殺しても、こんな感情抱いた事は無い。
そこでようやく、フォックスは自分も拳銃を握っている事に気付いた。
口径的には、こちらが圧倒的優位。

爪;'ー`)「う、ふふふっ!」

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:21:08.53 ID:+H9RdvA1O
だからどうした。
この時、この瞬間まで。
フォックスは。
"殺した事しかない"。

"殺し合った経験"は、皆無だ。
確かに、企業の戦略的なやり取りなら何度もした。
そう言った意味での殺し合いは幾度もしたが、はっきりとした命のやり取りはない。
幾ら三下の屑が相手とはいえ、経験値は向こうの方が豊富だ。

となれば、勝てる道理がない。

爪;'ー`)「……」

('A`)「考え事は終わったか?
   だったら分かるはずだ。
   "命令だけで、行動しない奴"じゃ、俺には勝てない」

その通りだ。
人間なんて、鉛玉を急所に食らえば誰でも死ぬ。
考えるしかない。
死なない為には、生き延びる為には考えるしかない。

そうだ。
まだ、モララーとまたんきの二人がいる。
あの二人なら、こんな男を殺すのは造作も無い筈だ。
フォックスは、可能な限り時間を稼ぐことにした。

290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:24:10.21 ID:+H9RdvA1O
爪;'ー`)「どうしてこんな事をするんだい?
     復讐かい?
     報復かい?
     よしなよ、報復も復讐も何も生まない。

     やられたからやりかえす、それじゃ堂々巡りだ。
     そんなの、間違っているだろう?」

('A`)「黙れよ。
   復讐も報復も、やりたいからやるんだよ。
   今回の騒動は、手前のした事だ。
   しっかりと、"落とし前"を付けてもらうぞ」

問答無用と言った所である。
流石に、この手の綺麗事で心が揺らぐとは思っていない。
もう少しだけでも、時間を稼げれば。

爪;'ー`)「まぁ、まぁ待ってくれ。
     僕等は互いに勘違いしているようだ。
     話し合えば、きっと互いに最良の結果になる」

('A`)「……時間稼ぎなら、意味は無いぞ。
   モララーとまたんき、それと後はよく分からん奴なら、俺が殺した。
   手前と話し合う気は、毛頭無い。
   何せ、"性格のねじ曲がった中年女と話し合う程、無意味で非生産的"なことは無いからな」

爪;'ー`)「な、にっ……!?」

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:27:09.97 ID:+H9RdvA1O
馬鹿な。
裏社会の手練達を翻弄したあの二人が、負けただと。
しかも、目の前にいるこいつが殺したと言うのか。
それが事実となると、もう、フォックスには手が無かった。

爪;'ー`)「……幾らだい?」

震える声で、フォックスはその言葉を口にした。

('A`)「はい?」

爪;'ー`)「金だよ、金。
     幾らで見逃してくれるんだい?」

裏社会の人間なら、金で動く。

爪;'ー`)「あぁ、安心してくれ。
     幾らまで、何てケチなことは言わない」

そう言って、片腕を懐に入れ、そこから紙を取り出す。
小切手だ。

爪;'ー`)「ほら、これに好きな額を書いていい。
     この都を出て、蒼海の都で一生遊んで暮らしても使いきれない額の金だっていい。
     どうだい?
     僕等はまだ、話し合えるだろう?」

その魅力的な提案に。
ドクオは―――

294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:30:08.47 ID:+H9RdvA1O
('A`)「……本当に、幾らでもいいのか?」

―――動いた。

内心で、フォックスは歓喜に打ち震えた。
駆け引きに勝った。
幾らの損失になるかは分からないが、生き残れる。
向こうが放った刺客が自分を見逃すのであれば、殺されることは無い。

爪;'ー`)「あぁ、あぁ!
     端から端まで、ぎっしり数字を書いてくれ」

嬉々としてボールペンを取り出す。
小切手と共に、フォックスはそれを机の上に置いた。

('A`)「で、どこに書くんだって?」

ドクオはこちらの提案に、完全に喰いついている。
これで生きる。
これで生き残る。
この肥溜の都から、生還できる。

爪;'ー`)「こ、ここだ。
     ここに好きなだけ書いてくれ」

そう言いつつ、小切手の記入欄を指さす。
そこに書いた数字が、そのまま金となる。

297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:33:42.43 ID:+H9RdvA1O
爪;'ー`)「そうだ、女も付けよう。
     とびきりの美人を何人も付けよう。
     望むなら、"グラビアアイドルから聖林女優の綺麗どころでも、好きなだけ君好みの女を用意する。
     全員、君の好きなように出来る用手配できる。

     性奴隷として飼うもよし、恋人として侍らすもよしだ」

これで、ドクオの心は確実に固まるはずだ。
男を誘惑するには、欲望を刺激するのが最適。
所詮、ドクオも"雄"に過ぎないと言うことか。
そう思ったフォックスの人差し指が、銃声と共に吹き飛んだ。

爪;'ー`)「ぎっ……!」

('A`)「それが、俺の欲しい金額だ」

小切手の記入欄には、銃痕がある。
丸い、銃痕が。

('A`)「金なんかいるかよ。
   言っただろ? 手前と話し合う気は毛頭無いって」

爪;'ー`)「ひ、ひいいいぃっ!!」

背を向け、フォックスは逃げ出そうとした。
だが、その足を激痛が襲い、フォックスは転倒している。
両足に銃弾を撃ち込まれ、立ち上がる事すらできない。
上半身だけを起こし、フォックスはドクオを指さし、喚き散らした。

302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:36:09.68 ID:+H9RdvA1O
爪;'ー`)「逃げる僕を後ろから撃つなんて……!
     き、君にはプライドは無いのか!」

('A`)「悪いな、それなら餓鬼の頃に糞と一緒にトイレに流しちまってな。
   気になるなら、バキュームカーのタンクの中を探してみろ。
   俺のじゃないが、お前の言ってるその"プライド"と同じのなら沢山あるぞ。
   そもそも、俺は依頼を受けて仕事してるんだ。

   そっちはどうだが知らないが、こっちは信頼が第一なんでね。
   手前がどんな条件を出しても、俺はそれを飲む気は無い。
   さぁ、余興を終わりにしようか。
   つまらん祭りは、これで終わりだ。

   くだらない夢の続きは、銃声の後に見るんだな」

爪;'ー`)「た、助けてくれぇ!」

フォックスの精神が、音を立てて壊れた。
フォックスの矜持が、音を立てて崩れた。
フォックスの生命が、音を立てて消えた。
フォックスの人生が、音を立てて終わった瞬間である。

そして、銃声が響く。
眉間に一発。
狂った目を見開いたまま。
フォックスは、後方に倒れ込み、痙攣することなく絶命した。

('A`)「……おい」

(;・´ω`・)「は、はい!」

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:39:08.91 ID:+H9RdvA1O
助ける事と引き換えにここまで道案内をさせた男が、おずおずと出て来る。

('A`)「帰りは、このエレベーターを使えばいいんだな?」

(;・´ω`・)「そ、そうです!
      ……こ、これで、約束通り助けてくれるんですね?」

男の武装は全て解除してある。
反撃は出来ない。
フォックスを殺すまで、男には大人しくするよう指示していた。
今では、随分とドクオを信頼している。

何せ、男の双子の兄弟の仇を討ってくれたのだ。

('A`)「ああ、その事だがな。
   悪いな、ありゃあ……嘘だ」

最後の言葉と共に、ドクオは銃弾を男の顔面にくれてやった。
果たして、男は最後の言葉を聞けただろうか。
そんな事、ドクオはどうでもよかった。
弾倉を交換して、ドクオは深く長い溜息を吐く。

('A`)「ふぅ……
   ……さて、帰るか」

踵を返し、部屋を後にする。
エレベーターのボタンを押し、ゴンドラが降りて来るのを待つ。

('A`)「疲れた、本当に、心底疲れた……」

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:42:24.95 ID:+H9RdvA1O
今日一日、走りっぱなしだった。
そして、鉄火場に長くいた。
出来る事なら、もう修羅場、鉄火場、その他疲れる場面は御免である。
願わくは、後一ヵ月は何もないと嬉しい。

帰ったら、美味い飯を食いに行きたい。
ジョルジュと祭りの出店巡りをしたい。
今回入る報酬で、何か新しい家具を―――
―――それ以前に、住まいをどうにかしなければ。

いつまでも、ジョルジュの家に世話になるわけにもいかない。
安いアパートにするか、それとも少し奮発してマンションにするか。
いずれにしても、ここから脱出する事が前提である。

('A`)「あいつらは、大丈夫かな……」

上階でドクオの為に足止めをしてくれていた三姉妹の事を思い出し、ドクオはそれを口に出していた。
あの三姉妹の事だから、きっと大丈夫だろう。
近いうちに、お礼をしなければ。
千春にはお菓子を買えばいいが、狼牙と銀は何を買えばいいのだろうか。

('A`)「……」

【時刻――03:35/地下10階"会議室"】

そこら辺の事は、三姉妹と合流してから聞けばいいか。
エレベーターが、低い唸りを上げて到着した。

【時刻――03:35/緊急用エレベーター内】

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:46:25.41 ID:+H9RdvA1O
理由は分からない。
でも、そうしなければいけない気がしたのだ。
そしてそれが正しいと思った。
事実、それは正解だった。

('A`)「千春、今何階にいる?」

インカムの向こうに、呼びかける。
少しの間を開け、返答が来た。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト『……ドクオさんですか。
       一先ず三階に来てください』

('A`)「あぁ、分かった」

通信を終え、ドクオはエレベーターを動かす。
あの発電機を破壊しなくてよかったと、ドクオは安堵した。
もっとも、壊せなかった、の間違いなのだが。
ドクオを乗せたエレベーターが、静かにドクオを三階にまで連れて行く。

数十秒で三階に着き、エレベーターの扉が開く。

【時刻――03:36/地上三階"フードコート"】

('A`)「おっ」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「……あっ、ドクオさん!」

315 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:49:07.31 ID:+H9RdvA1O
エレベーターから降りてすぐの場所に犬神三姉妹の三女、千春がいた。
そして、ドクオがエレベーターから降りて来るや否や、すぐに駆けよって来る。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「あー、よかった。
       ドクオさん、無事だったんですね」

気のせいか、千春の表情と声がいつもと違う。
単に、疲れているだけだろう。
いつもは真っ白のエプロンドレスが、血や埃で汚れている。

('A`)「……あぁ、無事ってほどでもないけど」

ドクオも疲弊していた。
幸いと言うか奇遇と言うか、この階層はフードコートだ。
疲労回復の為の食事には困らない。
千春はわざわざ、エレベーターの前で待っていてくれたらしい。

他の二人は、その場に見当たらなかった。

('A`)「あれ? 他の二人は?」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「あ、向こうにいますよ。
       ……あぁ、間に合ってよかった」

('A`)「ん?」

何のことだろうか。

317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:52:15.73 ID:+H9RdvA1O
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「いや、取り返しのつかない事にならなくて良かった、ってことですよ」

千春が、目を細めてドクオの頭を撫でた。
いきなりの事だったので、ドクオは慌てふためく。
頬が熱を帯びていた。

(;'A`)「な、なんだよ、いきなり……」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ふふふ……
       さぁ、行きましょう。
       お姉ちゃん達が待ってますよ」

('A`)「あ、あぁ……」

千春に手を引かれて、ドクオはとあるレストランに連れて行かれた。
どこか、いつもの千春らしくない。
いつもとは言っても、それほど長く一緒にいたわけではないのだが。
だが、鉄火場を共に過ごせば少なからず分かる。

連れて行かれたレストランの、長いソファに二人はいた。
狼牙がソファに寝そべり、銀はその脇に立っている。
ドクオと千春が入って来ると、銀が真っ先に振り向いた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「おぉ、間に合ったか」

('A`)「よく分からんのだが、とりあえず間に合ったみたいだな」

320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:55:01.31 ID:+H9RdvA1O
ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「そっちは、大丈夫?」

その言葉は、銀に投げかけられたものだ。
銀は、静かに。
だがしっかりと肯く。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「うむ」

銀らしくも無い。
ドクオは視線を巡らせる。
机の上に、軽食が置かれていた。
きっと、この事を言っているのだろう。

(;'A`)「って、二人とも大丈夫なのか?!」

その時気付いたのだが、銀と狼牙が相当な手傷を負っている。
銀はまだしも、狼牙は平気とは思えない。
ドクオは二人の元に急ぎ足で歩み寄る。
それを、銀は片手で制した。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そんなに慌てるでない。
       それより、そっちはどうじゃった?」

(;'A`)「御覧の通り大丈夫だけど―――」

その時、ソファで寝ていた狼牙が声を発した。

328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 01:58:28.41 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「そうじゃない、お前の頑張りの内容だよ……」

擦れた声だったが、ドクオは言葉の内容を聞きとれた。
そんな事を聞いて、どうするのだろうか。

(;'A`)「え、いやそんな」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「いいから、しっかりと答えてやれ」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「私も聞きたいです、ドクオさんの頑張り」

('A`)「わ、分かったよ……」

それから、ドクオは語り始めた。
あの後、どのようにして移動したか。
モララーとまたんき、その二人と戦った事。
フォックス達を屠った事。

かいつまんでだが、しっかりと事実を語った。
語り終えると、ドクオはある事に気付いた。
三人が、ドクオの眼を見ている事に。

(;'A`)「な、なんだよ、嘘は言ってないぞ!」

信じられないのだろうが、それはドクオだってそうだ。
よくあそこまで頑張れたと、今になって思う。
もう一度やれと言われたら、絶対に出来ない。

331 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:00:16.94 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「そうか、そうか……」

しっかりと、狼牙は小さく何度も頷く。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……なるほどのう」

銀は一度だけ、深く頷く。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「これはまた、随分と凄いですね……」

千春は感心している。
いつもと調子が違うと、どうにもやりにくい。
これがいつもだったら、三人揃ってドクオの事を揉みくちゃにしているはずだ。
何故、今日に限って三人ともこんなに真面目な顔をしているのだろうか。

('A`)「そんなことより、狼牙、本当に大丈夫なの……かっ?!」

一歩踏み出した時。
ドクオはその足に、"水たまり"を踏んだ感触を感じ取った。
ぱしゃり、と何か液体が跳ねる音が聞こえた。
匂いが、する。

鉄の匂い。
噎せ返るような、この匂いは。
間違いない。
これは、血の匂いだ。

336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:03:15.53 ID:+H9RdvA1O
視線を下げて見れば、そこには何かが溜まっていた。
黒々としたその溜まり。
つまりは。
血溜りだ。

(;'A`)「お、おいおいおいおい!」

狼牙の元に駆けよって屈み込み、顔を見る。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「……どうした?
       そんな慌てて」

声に力が無い。
顔に生気が無い。
この顔は、いけない。
この顔だけは、いけない。

(;'A`)「急いで病院に行かなきゃ……
    ……どうして放っておいたんだよ!」

ドクオは、銀と千春を交互に見る。
怒りや驚きよりも、純粋な疑問だけがドクオの中に芽生えていた。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「……」

いつもはよく喋る千春は無言。
答えたのは、すぐ傍らに控えている銀だった。

338 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:06:09.22 ID:+H9RdvA1O
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……間に合わないからじゃ」

短かった。
冷たかった。
どうして。
どうして、そこまで冷静に、短く言える。

(;'A`)「そんなことないだろ!」

仮にも、犬神三姉妹の次女だ。
そう簡単に。
"そんな事"があっていいものか。
あってたまるか!

(;'A`)「おい、今から病院に連れていくから、しっかりしろ!」

狼牙を抱き起そうと、ドクオは手を伸ばす。
が、狼牙はその手を優しく払った。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「いいんだ……あたしが頼んだんだよ。
       お前が来るまで……ここにいるって。
       それに、自分の事だ……自分がよく分かってる……」

(;'A`)「どうして!
    俺なんか放っておいて、どうして行かなかった!
    自分の身の方が大切だろ!」

狼牙は、小さく首を横に振る。

340 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:09:07.22 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「へへっ……
       そんな事はないぞ……
       あたしはな……お前の未来に命を懸けたんだ……
       それが間違っていないかどうか……

       この目で……見たかったんだが……
       へへへっ…… いけねぇな……
       目が……霞んで……よく見えねぇ……」

(;'A`)「そんな弱気になるなよ!
   しっかりしろよ!
   諦めるなよ!」

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「……ちょっと、顔をよく見せてくれよ」

ドクオは狼牙に言われるまま、顔を近づける。
呼吸は浅く、今にも消え入りそうだ。
眼はうっすらと開かれ、いつものような力強い光は宿っていない。
しかし、しっかりとドクオの眼を見ている。

狼牙は両手を伸ばして、ドクオの顔に触れる。
輪郭をなぞる様に。
そこにある全てを優しく撫でまわす。
その手が触れた物を覚える様に、ゆっくりと。

343 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:12:08.48 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「あぁ……
       少し見ない間に……
       すっかり、一人前の男の顔に……
       なってるじゃねぇか……

       良かった……
       ……本当に、よかった。
       立派に……なって……よかった」

狼牙は、ほっとしたような笑みを浮かべる。
とても安心したような笑顔は、ドクオを不安にさせるだけだった。

(;'A`)「……っ」

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「なんだよ……
       何で……泣きそうなんだよ?
       おいおい……せっかく、あたしが褒めて……るんだぜ?
       笑って……喜べよ……」

笑える筈も、喜べるはずもない。
顔に触れる狼牙の手が、冷たいのだ。
ほっそりとした、女の手。
優しく触れる狼牙の指が、ドクオの眼もとに伸びる。

その手を、ドクオは掴んだ。
もう、涙を我慢できなかった。

(;A;)

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:15:08.84 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「だから……泣くなよ……
       ……な?」

溢れた涙を、狼牙の指が拭う。
零れた涙が、狼牙の頬に落ちる。
声が。
泣き声が、出ない。

喉に何かが詰まったかのように、声が出ない。
声を出そうとすれば、何かが破裂してしまいそうな気がして。
ドクオは、声を出せない。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「まったく……
       世話の焼ける……奴だな……」

(;A;)「……っ」

笑んだ。
狼牙が、優しく笑んだ。
彼女のこんな笑顔は、初めて見る。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「なぁ……あたしの頼み……
       一つ……だけ、聞いてくれ……るか?」

ドクオは何度も頷く。

350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:18:14.93 ID:+H9RdvA1O









ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「いい子……だ……
       ドクオ、あたしを……お前の手で……
       ……殺してくれ」









357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:21:08.89 ID:+H9RdvA1O
時が。
止まった。
音が。
消えた。

血の気が失せる。
手から、顔から、全身から。
何を言っているのか、理解できなかった。
でも、はっきりと聞こえてしまった。

千春と銀は、黙ったまま。
ドクオだけが、動揺している。

(;A;)「なん……で……」

ようやく声が出た。
狼牙の冷たい手を、温めるようにドクオは強く握る。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「あたしは……お前に殺されたいんだよ……」

意味が分からない。
それを悟ったのか、銀が説明する。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「このままでは、狼牙は淳シュールに殺されたことになる。
       だが、ドクオ。
       お前が殺せば、狼牙は"お前に殺された"ことになる。
       言っている意味が分かるか?」

361 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:24:38.51 ID:+H9RdvA1O
理解したくも無い。

(;A;)「冗談じゃない!
   どうして俺が……!」

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「狼牙お姉ちゃんが認めたからですよ。
       自分が信じた未来に殺されるなら、文句は無い。
       そう言う事です」

(;A;)「俺じゃなくてもいいだろ!
   お前らの方が相応しいだろ!」

帰って来たのは、寂しげな声。

ィ∩ハリ∩,
从´ヮ`从ト「ドクオさん、私達は狼牙お姉ちゃんを殺せません。
       私達は、そこまで強くないんです。
       ですが、ドクオさんなら。
       ドクオさんになら、出来るはずです。

       狼牙お姉ちゃんが認めた、ドクオさんになら」

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「ぐっ……」

苦しそうに咳込み、血を吐く狼牙。
血飛沫が、ドクオの頬に付着した。

362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:27:55.62 ID:+H9RdvA1O
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「狼牙がここまで死なずにいるのは、ほとんど奇跡に近い。
       それはな、ドクオ。
       お主に殺されたいからじゃ。
       その為に、耐えているのじゃよ。

       分かってくれ、ドクオ。
       もうこれ以上、狼牙を苦しませないでくれ。
       もって、後数十分。
       間に合ったと言ったのは、こう言う意味じゃ」

(;A;)「……」

可能性を考える。
狼牙が助かる可能性を。
無い。
そんな方法は、無かった。

不甲斐ない。
なんと無力な。
こんな時に、何もできないなんて。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「頼むよ……ドクオ。
       最後ぐらい……私の我儘に付き合ってくれよ……?」

その優しい声が、ドクオの心の底に響く。
喰いしばる。
歯が砕ける程に力強く喰いしばる。

367 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:30:10.03 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「……よし、いい子だ」

ドクオの決意を、狼牙は感じ取ったのだろう。
ドクオの涙を拭き取ってやり、またあの笑みを浮かべる。
眼は赤く充血し、瞼は泣き腫れているが、ドクオはどうにか泣くのを止めた。

('A`)「……分かった」

震える声でそう言って、ドクオは腰からM84を取り出す。
遊底を引いて、弾を装填する。
銃身に入っていた弾が、床に落ちた。

('A`)「……」

それまで、想像すらしなかった。
こうして、犬神三姉妹に本気で銃口を向けるなんて。
しかし、手は震えていない。
銃口は、狼牙の心臓を向いている。

ここまで衰弱しているのだ。
心臓を撃てば、即死だろう。

ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「ドクオ……約束してくれ……」

ドクオの頬に手を添えたまま、狼牙は囁く。
ドクオは、目で頷いた。

373 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:33:14.73 ID:+H9RdvA1O
ィ∧ハ∧,
リi、;゚ー ゚イ`!「泣くのは、今日で最後にしてくれ……
       あたしの認めた男が……これ以上泣くのは、耐えられねぇ……
       明日からは……もう……泣かないでくれ……
       ……な?」

('A`)「分か……った……」

駄目だ。
声が震える。
涙声になってしまう。
再び涙が、込み上げてしまう。

だが、今だけは。
せめて、狼牙を見送る今だけは。
今この時だけは、狼牙の認めた男であろう。
泣くな。

人を殺すのに、泣いてどうする。
自分の非力に泣くのか。
それとも。
この離別に泣くのか。

泣いてはいけない。
今だけは。
堪えろ。
耐えろ。

377 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:36:06.41 ID:+H9RdvA1O
狼牙の為に。
それだけが、彼女に報いる唯一の方法。
彼女を心配させない為にドクオが出来る、最善の方法。
後は、銃爪を引くだけだ。

ここまで銃爪が重いと思った事は、一度も無い。
こんなに重い銃爪は、初めてだ。
まだか。
まだなのか。

長い時間。
ドクオは、その数秒の間を、数時間に感じていた。

ィ∧ハ∧,
リi、 ー イ`!「ありがとう……」

優しい声だった。
眩しい程に、優しい笑みだった。
それは、とても。
とても、美しかった。

ドクオにとって、狼牙は姉のような存在だった。
厳しい事を言うが、それらは全てドクオを思っての事。
粗暴な振る舞いも、ただそれは狼牙が不器用なだけ。
本当は、とても優しい人だったのだ。

こんなに優しくしてもらっていた事に、今になって気付いた。
後悔しても遅い。
でも。
回想することぐらい、いいではないか。

382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:39:07.93 ID:+H9RdvA1O
彼女との思い出を。
彼女の優しさを。
彼女の全てを。
それらを、回想することぐらい。

ィ∧ハ∧,
リi、 ー イ`!「……じゃあ……な」

今は、それぐらいは許されるはずだ。
別れの言葉は告げない。
言葉で告げても意味がない。
行動で示せ。

態度で示せ。
結果で示せ。
そして、今示せ。
狼牙が生きている内に。

彼女の最後の願いを、叶える。
それだけが、彼女に向けられる最後の声無き言葉。
想いを指に。
銃爪に込めた指に、別れの言葉と想いを込める。




―――頑張れよ、ドクオ。
     お前は、私が認めた男なんだから―――

385 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:43:11.20 ID:+H9RdvA1O
銃声が一つだけ、部屋中に響いた。
そして。
一つの命が。
ドクオの手によって、消された。

ドクオは、犬神三姉妹次女。
犬良狼牙を、殺した。
頬に触れていた狼牙の手が、力なく床に落ちる。
もう、声は聞こえない。

「うぁっ……うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それは、悲鳴だった。
それは、絶叫だった。
それは、嗚咽だった。
それは、一人の男の泣き叫ぶ声だった。

自らの手で、自分を信じた獣を殺した男の叫び。
泣いた。
ドクオは、これでもかと言うぐらいに。
狂ったように、泣き叫んだ。

亡骸に顔を埋め、泣いた。
泣いて、叫んだ。
叫んで、泣いた。
泣き叫んだ。

390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:46:40.11 ID:+H9RdvA1O
【時刻――03:50】

この都には、獣がいた。
優しい獣がいた。
己の信じた者の為に、命を懸けた獣がいた。
その獣は、今はもういない。

だが、獣は確かな物を残した。
獣が信じた者に、確かな物を残したのだ。
ひょっとしたら、獣の役割はその為にあったのかもしれない。
獣は、それでもいいと思った。

信じた者の成長を見て。
その者が持つ何かの断片を、垣間見れた。
だから、獣は満足だった。
自分が残したそれを、受け取ってもらえたから。

―――優しく。
     お人よしな、その者に。

だから獣は、笑って逝けたのだ。
獣の死は、犬死にではない。
獣の名は、犬良狼牙。
狼のように気高く、そして強い女性だった。

395 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/01(月) 02:50:39.74 ID:+H9RdvA1O






―――全ては、歯車が廻る様に
   その者に受け継がれた。






三十三話イメージ曲『BRIGHTEN US』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=tRWadaZ4bnk
第二部【都激震編】
第三十三話 了


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