('A`)と歯車の都のようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 12:44:02.22 ID:Xq8Tr1Vn0
歯車の都で行われる祭りは一年を通して、大小合わせ約十二ある。
一ヵ月に一回のペースで行われる催し事のほとんどは、主に表社会が率先して主催するものだ。
例えば一月の頭、新たな年の始まりには"企業祭"と呼ばれる祭りがある。
企業祭は、表社会の各企業がその年の初めに発売する新商品を発表するのと、自社の名を都に広めるのがその目的だ。

毎年、歯車の都にある十五階建てのビルを丸々一つ貸し切って行われる為、企業"祭"とは言っても閉鎖的であり、祭りとは俄かに言い難い。
"この祭りで上手く自社の名を馳せ、その年の成功をほとんど確実なものとする事"が祭りなのかと問われれば、主催者側は答えに窮するだろう。
一般人向けではなく、主に社会の歯車の中でも高い地位にいる者達の為の祭りである為、都の住民はそれ程この祭りに興味を抱いていない。
だが、ごく一部の変わり者達は参加費を払い、この祭りに参加している。

企業によっては金の掛かったサンプル商品を配っている為、それを手に入れる事を目的に参加しているのだ。
未発売のサンプル商品をいち早く手に入れ、それを転売する事を専門にしている者達にとっては、確かに列記とした祭りであると言える。
この転売行為が効率のいい売名行為になる事を知っている企業は、あえて転売行為を咎めず、サンプル商品に力を入れる事で毎年それなりの利益を得ている。
しかし、そうとは知らずにサンプル商品を配らなかった企業の売上は毎年悲惨な事になり、新たな企業と入れ替わりに都を退くことになるのだ。

続く二月の半ばには、大手食品会社が挙って新商品を発売する。
季節限定商品を発売する企業はあまりなく、どちらかと言うと一年を通じて、可能ならば自社の看板商品として継続的に販売が可能な商品を出す。
この商品の大規模な試食会が、大通りの一角で大々的に行われる。
歯車城の周りに出される試食ブースは毎年、多くの人で溢れ返り、交通整理をしなければ人が道路に溢れ出る始末だ。

祭りにまで発展する大規模な試食会を目当てに、外の都からは毎年多くの観光客がこの地に足を運ぶ。
試食会を目当てにしているのは何も、観光客だけではない。
普段は裏通りの路地裏でゴミ漁りをしている者達まで来るのだから、それはもう凄まじい光景である。
企業ブースを一回りすれば、その日は食事をしないでも済む程の量の試食品が手に入るからだ。

持っている者は一帳羅を着込み、決して周囲から浮かないようにする。
一帳羅を換金してしまい、よそ向けの服を持たない者は、それでも体中に付いた垢と臭気を洗い流すぐらいの努力をする。
そうでもしなければ、会場の雰囲気を乱す者として見なされ、警備員に容赦なくつまみ出されてしまう。
こうして彼等は身形を整え、この時とばかりに喰い溜め、そしてある者はスリをする。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 12:48:01.35 ID:Xq8Tr1Vn0
最も、試食をするだけならまだしも観光客の財布に手を出して無事に済む者はまずない。
何故なら、裏社会がその面汚し共を掃除する為に、専門の人間を大量に雇っているからだ。
窃盗行為をした者は見せしめの為に両腕を根元から切断され、裏通りの適当な場所にあるゴミ捨て場に捨てられる。
運よく生き延びたとしても、その一年を両腕なしで生き延びる事は不可能である。

彼等の間でその事が知れ渡っている為、今では窃盗行為をするのは新参者以外にはない。
表社会と裏社会の共存を円滑にする為には、裏社会は容赦を知らない。
当然、それは表社会の企業に対しても言えることだ。
図に乗って裏社会に"ちょっかい"を出した企業は、その翌日、もしくは最低でも三日以内には会社の重役一同が変死体で発見される。

最終的にそれは事故死、もしくは自殺として処理されるが、当然ながらその死には裏社会が関与している。
利潤を追求すると言う点では、裏社会の人間の方が純粋なのかもしれない。
だが、規模と経営思想の根幹が異なる事もあり、利益率についてはそれ程差が無い。
裏社会で多くの資金を持つ組織は、クールノーファミリーを筆頭とする御三家以外にはそう多くなかった。

こんな調子で三月、四月と続けて祭りが催されることもあり、歯車の都には毎年、毎月多くの観光客が訪れる。
それぞれの祭りが持つ意味は異なり、また趣旨も異なっている為、観光客の目的も客層もバラバラだ。
だが、それらバラバラの客層が区別なく一斉に集まる祭りがある。
それは、雨季を過ぎた都全体で行われる世界でも最大規模の祭り。

都で最大の祭りは何かと問われれば、それはもう一つしかない。
"歯車祭"。
歯車の都を発展へと導いた"始まりの歯車"を作った、ノリル・ルリノ。
もとい、"歯車王"に対して感謝をする為の祭りだ。

相容れない存在であるはずの表社会も裏社会も、この時ばかりは完全に協力し合う。
この祭りが生み出す利益は、他の祭りを全て合わせてもまだ足りないぐらいの額になる。
そんな祭りともなれば、大概の者は己の利益を優先するあまり、勝手に自滅してしまい、皆の取り分が減る。
だから、その前例を知らぬ者にその事をそっと耳打ちするだけで、協力は驚くほど円滑に進んだ。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 12:52:01.87 ID:Xq8Tr1Vn0
表社会は自社のイメージアップや、自社の商品の宣伝を。
裏社会は少しだけ勘違いされた黒い印象を払拭するついでに、裏社会での地位を確立する為に。
互いの目的を上手く処理しつつ、全てが歯車のように廻ってこの祭りは初めて成功するのだ。
今年も、何事も無く成功するかと思われた。

だが。
今年に限って、その協力は完全な対立へと変わってしまった。
表社会の代表と、裏社会の全面的な抗争が祭りに合わせて勃発してしまったのだ。
発端はあろうことか、穏便な手段を好んできた表社会。

先入観から、抗争に巻き込まれた多くの観光客達は、この騒動を裏社会の仕業だと考えてしまった。
まさか、この一連の流れが全て表社会の計画通りだとは思いもしなかっただろう。
荒巻コーポレーションを始めとする表社会の代表達は、この時の為に実に綿密な計画を練っていたのだ。
一先ず、普段から裏社会に不満を持つ民衆を扇動することには成功した。

次に、確実に裏社会の息の根を止める為、彼等は歯車王が独占して持っている技術である機械化を参考に、独自の技術を開発した。
機械化と人体構造が持つ無駄を省き、かつ人間らしさを残した設計思想はまさに未来のそれである。
資金や材料には事欠かず、彼等はその技術を応用し、そして実用化にまで漕ぎ着けた。
それが、"ゼアフォー"と呼ばれる独自の思想を持つ戦闘システムの事だ。

ゼアフォーシステムの思想は、既存の戦闘システムとは明らかに一線を画している。
個々の戦闘能力の高さを求めるのではなく、情報にこそ力を見出したのだ。
何ともないような発想だが、"力"よりもあえて"知"を重視する考えに至るのは容易な道ではない。
システムを開発する為に参考にした既存の戦闘システムは全て、"力"に重きを置いていたからだ。

足りない力を補う為に、戦術データリンクを介して彼等は互いの情報を共有する事により、全員が同じ戦闘知識、経験値を持つことになった。
更に、人間の死体、保存状態が良ければ脳をも利用した。
その結果、一度は死んだ人間でも駒の一つとして再利用する事が出来た。
記憶を司る海馬が無事であれば、生前の記憶を移植できるのが特徴の一つだ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 12:56:01.12 ID:Xq8Tr1Vn0
課題の一つである体に関しては、軽量かつ頑丈な金属が素材として用いられた。
大抵の鉛玉を弾く強度と、運動性を損なわない程の重量を満たす金属は、貞子鉄鋼業が製造、提供する事によって解決した。
高い運動性能を得る為に、人工筋肉を使用。
これが、ゼアフォーの基本となる体の構成である。

こうする事によって、ゼアフォーの戦闘能力は高いまま、連携能力等の知能も保つ事が出来た。
各個体が持つ"力"を効率よく的確に使用する"知"を重視する事で、"力"に対抗する事が出来た。
共有と言う発想こそが、ある意味ゼアフォーシステムの真価とも言える。
その辺りを得意とするFOX社の協力があって、このシステムは完成を見た。

計画の成功の為、念には念を入れて、表社会は都で手持ち無沙汰となっていた軍を利用した。
高額な報酬と引き換えに、それまで仕えていたクライアントを裏切らないかと、軍に持ちかけたのだ。
日頃から安い給料で訓練しかすることが無い軍は、報酬とリスクを天秤に掛け、迷うことなく決断した。
当然、彼等のクライアントだったのは歯車の都を統べる歯車王である。

それを踏まえても尚、表社会が提示した金額は危険に見合うものだったらしい。
元々、都で軍に所属するような人間と言うのは、どこか性格が歪んでいる。
銃を撃つのが好きな者や、人を傷つけるのが好きな者、真性のサディスト等の掃き溜めとも言えるのが、都の軍だ。
それらどうしようもない輩を効率よく安全に縛りつけて置く為の軍でもあった為、味方に引き入れるのは簡単だった。

表社会はゼアフォーの強化の為、ブルパップ式の最新の武器を大量に購入した。
ただし、大量に購入したのは"超欠陥商品"のアサルトライフル。
これが、彼らが犯した失敗の一つ目である。
武器の仕入れ元である武器商人が、まさかこんな売れ残りの欠陥商品を売るとは思いもしなかった。

その武器商人の名は、モララー・ルーデルリッヒ。
そして、その双子の弟である、またんき・ルーデルリッヒだった。
この二人は裏社会が歯車王暗殺に失敗した後に、即金で雇い入れた。
提示金額は前金で約五千万。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:00:06.68 ID:Xq8Tr1Vn0
何故、この二人にそこまでの金を注ぎ込んだのか。
理由は簡単だ。
情報を持っているからである。
またんき、そしてモララー共に歯車王の情報を持っていた。

またんきは僅かな期間雇われ、顔は見ていないが歯車王と面識がある。
何かの際、歯車王と面識があると言う事は有利に働く。
モララーは歯車王の力を目の当たりにしていた。
少しでも歯車王に関しての情報が欲しい表社会としては、この二人は貴重な人材だった。

が、二人も馬鹿ではない。
情報を聞き出し、表社会の企みを漏洩させない為に殺される可能性は十分あった。
故に、二人はその時が来てから情報を提供すると言った。
渋々ながらも表社会は、二人を武器商人と戦闘要員を兼ねて雇うことで同意した。

実は、表社会がこの二人に接触できたのは偶然だった。
どこで聞きつけたのかは知らないが、二人はフォックスに接触し、協力すると言って来たのだ。
突然舞い込んで来た幸運に飛びつかない筈もなく、表社会は快く承諾。
こうして、貴重な情報を持つ二人を仲間に引き入れたのである。

表社会は他に保険を掛けていた為、銃器の欠陥はさほど大きな失敗ではないと考えた。
英雄の都から、凄腕のエースパイロットを雇っていたのだ。
空を舞う彼等の援護によって、裏社会に壊滅的な打撃を与えられると確信していた。
流石の裏社会でも、戦闘機を相手にできるとは到底思えない。

その自信を後押ししたのが、百機を越える戦闘ヘリコプターだ。
これで、地上への細かい攻撃も可能にした。
如何に対空攻撃の手段を持っていたとしても、所詮は地上からの発射。
小回りが利くヘリコプターが、それらの輩を見つけ次第、一掃する。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:04:07.56 ID:Xq8Tr1Vn0
空を制圧するのは確定事項として、残るは地上。
そこで地上には、最新型の戦車を大量に配備した。
ゼアフォーに軍人、そして戦車を大通りに配備することで、効率のいい制圧が望めた。
準備万端、至れり尽くせりとは、正にこの事であった。

これだけの準備をしていた為、油断が無かったと言えばそれは嘘になる。
しかし、表社会の代表はあくまでもそんな考えは杞憂と考えた。
万全の備えで挑む奇襲作戦の為、打破されることはまずあり得ないからだ。
相手が事前に奇襲の情報を入手し、対抗策を用意していない限り、であるが。

彼らが犯した最大の失敗は、裏社会の実力を過小評価していた事にあった。
過小評価とは言っても、自分達よりか少しだけ厄介な相手、と認識していたに過ぎない。
だが、それこそが大間違いだった。
自分達では話にならない、同じ舞台には上がれないと認識を改める必要があったのだ。

裏通りへと駒を進めた完璧を自負する部隊は、最大の弱点を突かれ、無残にも破れ去ることになった。
制空権を手に入れる筈だった英雄の都のエースパイロットとハインドは、元英雄である"空を舞う虎"に喰い殺された。
しかも、"空を舞う虎"は偶然とはいえ、長年の因縁に決着を付けたのだ。
表社会側からしたら、あまりにも馬鹿馬鹿しくて信じられる話ではない。

最新式の戦車は、"クールノーの番犬"率いる義者達によって悉く破壊された。
あれだけ硬い装甲を持つ戦車でも、油断があれば破壊されるには十分だったのかもしれない。
奇襲返しによって優勢を失った戦車は、最終的にただの威嚇用のそれへと失墜してしまった。
そうなってしまったら、もう救いようが無かった。

大通りに配置していた自慢のゼアフォー達は、常識外れの戦乙女によって蹂躙された。
槍の一振りで、歴戦の猛者に匹敵するゼアフォーを吹き飛ばし、続く二振り目で薙ぎ払った。
終わってみれば、その戦乙女には傷一つ付けることが出来ていなかった。
数多の兵でも、一騎当千の戦乙女には敵わないと言うことらしい。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:08:05.50 ID:Xq8Tr1Vn0
戦乙女についての戦闘情報を全て手に入れたと思っていたが、まだまだ未知の領域が多いようだ。
パンドラが開いたとされる箱の話が可愛らしいジョークにしか思えない程の災厄振りに、もう笑うしかなかった。
再戦の機会はもう二度とないが、出来る事ならもう二度と戦いたくは無い。
それが、戦乙女と戦ったゼアフォー達の最後の感想としてログに残されている。

この大騒動の決着を決定付けたのは、やはり計画者達の死だ。
決起した表社会の代表の頭脳でもあるフォックスも、それに協力した貞子、シュール。
貞子は焼け死に、シュールは転落して潰れて死んだ。
フォックスに至っては、全くノーマークの男に射殺される始末だ。

つまりは、用意したありとあらゆる手が打ち砕かれていた。
これで生じた表社会の損失額は、一般人の想像の及ばない域にまで達してしまっている。
少なくとも、これまでに三つの大企業がその社長を失った。
副社長が後を引き継げばいいのだが、それを裏社会が黙って見過ごすかどうか。

黙って見過ごす確率は精々、自動拳銃で行うロシアンルーレットを十回連続して生き延びる程だろう。
そう考えればまだ、絶望的とは言えない。
もう決定的だ。
まず、見過ごすことはありえない。

だが。
まだ手は残っていた。
表社会と裏社会の双方の手には、それぞれ一枚のカードが握られている。
それは、ワイルドカードと呼ぶには、あまりにも強力な一枚。

表社会が最後に用意したのは、執念深い復讐の一枚。
異様なまでに黒く、執拗なまでに練り上げられた強力な切り札。
長年の復讐の為だけに、このカードは効果を発揮する。
最後の一枚が生み出すのは、完璧な報復。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:12:01.81 ID:Xq8Tr1Vn0
裏社会が用意したのは、起死回生の一枚。
それは、何が起こるか予測する事が出来ない一枚。
矛盾の一枚と言い換えてもいいであろう、奇怪なカードだ。
この一枚は未だ、その機会を窺っている。

双方のカードが激突する時、そこに生まれるのはこの騒動の結末。
大騒動の果てにあるのは、絶望的な勝利か、希望的な勝利か。
どちらにしても、結末は見えている。
果てにあるのは、裏社会の逆転勝利。

使われてきたカードの数と質が、それを雄弁に物語っている。
これは、もう揺るぎようのない結果だ。
ただ、それはあくまでも結末の話。
これから始まるのは、経緯の話である。

その結末に至る道程だけは、暗く、全く見える事がない。
表社会が一矢報いるのか、裏社会がそれを一蹴するのか。
大きな犠牲を払い、得る勝利なのか。
はたまた、最小限の犠牲で得る勝利なのか。





成就されるのは長年の執念か、それとも―――





18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:15:01.08 ID:Xq8Tr1Vn0





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('A`)と歯車の都のようです
       第二部
      都激震編
       最終話

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19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:19:26.00 ID:Xq8Tr1Vn0
コンクリート・ジャングル。
歯車の都はほとんど全ての場所が例外なく、高層ビルによって構成された人工のジャングルと比喩する事が出来る。
むやみやたらに乱立しているように見えるビル群は、実は意外と規則正しく配置されていた。
日照権云々の面倒事を回避するため、この都では建築技術の発展も著しい。

新しい素材。
新しいビルの設計。
そして、その設計思想。
そのどれをとっても、他の都のそれとは一線を画している。

建築業界の有名な技術者の間では、歯車の都の建築技術は後数年の内にオーバーテクノロジーの域に達するとさえ言われている。
彼等も、長年かけて培ってきた自らの建築技術の腕には自信がある。
だが、歯車の都程効率よく、かつ的確な設計思想を自力で抱くにまでは至っていない。
あの都は進化しすぎていると、彼等は苦笑混じりに揃って口にする。

何が進化の要因かと言えば、それはただ一つ。
歯車の技術だ。
今の時代では旧世代の遺産とさえ言われているが、歯車の都で急成長した歯車の技術は確実に時代を変えた。
そしてその恩恵が、今の歯車の都を作っている。

コンクリート・ジャングルと呼ばれる密集したビル群が見下ろす、とある通り。
明かりと呼べるものは無く、周囲はほの暗い。
大通りの明かりが漏れてきていなければ、視界はゼロだっただろう。
綺麗に舗装されたアスファルトの道路の上に、二人の男がいた。

互いに睨み合い、何事かを口にして。
同時に、懐から拳銃を取り出した。
そして、咆哮と同時に発砲。
発砲すると同時に、二人は即座に移動していた。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:23:27.09 ID:Xq8Tr1Vn0
二人の動きは、まるで鏡合わせのように酷似している。
だが、決定的に異なるのはその容姿。
そして、その動きの根底にある思惑だった。
鉄で作られた仮面の様に硬い表情の男はただ、行動の雛型に沿って動いているだけ。

対して、相対する男は感情を持ち合わせ、それに従い、動いていた。
目の前で機械の様に動く男とは、大きく異なるその外見。
眼帯の様に右目の上に掛けられた暗視装置。
顔中に巻いた包帯の隙間から覗く左の碧眼は、この状況下でははっきりとは見えない。

だが、一度その瞳が光の元に晒されれば、誰もが目を細めんばかりの蒼穹を連想するだろう。
純白の包帯とは対照の位置にある黒い髪が、移動の際に風に靡く。
それと同様に、男が身に纏っている黒のロングコートも風に舞う。
手にした銃は、フルオート射撃が可能な機関拳銃、スチェッキン。

背負っているのは、夜空の様に黒い棺桶。
何の為の棺桶かは、それを背負う男が一番よく知っている。
異様な格好をした男の輪郭を、手元から生まれるマズルフラッシュの閃光が照らす。
男は名を、棺桶死・オサムと言う。

【+  】ゞ゚)

オサムの構えるスチェッキンの銃口が狙うのは、鉄の表情の男。
その男は短く刈り揃えられた黒い髪をしていた。
そして、その下にあるガラス玉の様に硬く、冷たい色を帯びた青い瞳がオサムを反射している。
多少乱れてはいるが、しっかりと着込んだ軍服。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:27:01.49 ID:Xq8Tr1Vn0
手にする銃は、奇しくもオサムと同じスチェッキン。
だがしかし、こちらのスチェッキンはオサムのそれとは大きく異なる。
おおよそ、考え得る限りの付加装備を施されたそれは原形を留めていなかった。
性能と機能を重視した機械と同じ思想の銃なのに、元は一昔前の機関拳銃と言う矛盾。

まるで、仕方なくこの銃を使っているかのような、そんな気がしてならない。
そうでなければ、わざわざこの銃を使う意味が無いからだ。
古い型のスチェッキンでなくとも、機関拳銃は世に何挺も存在する。
グロックはその最たる例で、わざわざ原形を失う程の改造をしなくとも、十分に要求を満たす筈だった。

その銃を使う男は、名をブーンと呼ばれていた。

( ^ω^)

オサムは右に。
ブーンもまた自分から見て、右手方向に大きく廻り込むように動く。
互いに廻り込むようにして反対方向に移動した結果は、一つ。
互い違いに行き違った銃弾は、それぞれの敵を仕留める事は無かった。

命を脅かす銃弾がすぐ脇を通り抜けた音が、互いの耳に届く。
先程から続いているのは、生易しい銃撃戦ではない。
互いに手にした得物は、短機関銃と言い換えても遜色ない程の連射能力を持つ。
その能力は、セミオートの拳銃では当然比較対象にすらならない。

音速を超える弾丸を避ける為には、兎にも角にも動き続ける事が求められる。
常に相手の急所に狙いを定め、常に正確かつ素早く撃ち、そして走る。
そうしなければ、殺られるのは集中力を欠いた方だ。
下手な素人ならば、発狂し兼ねない程の精神的重圧。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:31:03.12 ID:Xq8Tr1Vn0
素人と玄人の違いは、数多くある。
場数、実力、生来の才能などだ。
その中でも、場馴れと言うのは実戦の中でしか得る事の出来ない物だ。
つまりは、精神が崩壊してもおかしくない状況に慣れていると言う事が、素人と玄人の最大の違いである。

こと、殺し合いの場ともなるとその重圧は計り知れない。
一歩間違えれば殺される。
だが、間違えなければ殺されないかと言うと、そうでもない。
互いの手の内を読み合い、その上で最善の一手を繰り出す。

これを常に一瞬の内に判断し、実行に移さなければならない。
もっとも、これはあくまでも第三者からの視点である。
殺し合いをしている当の本人達からしてみれば、そんな事を考えているのかどうかは、それが終わってからしか分からない。
美味なワインの一口目の感想のように、それは複雑なのだ。

その重圧に臆することなく、二人は撃ち合っていた。
二人は間違いなく、殺し合いの場に慣れた玄人である。
傍目に見れば、主導権をどちらかが握っていると言う風には見えない。
だからこその、殺し"合い"なのだ。

銃撃戦が始まってから、二人は無言だった。
だが、銃声だけはやたらに大きく響いている。
その点ではある意味、二人は雄弁だった。

( ^ω^)「……」

【+  】ゞ゚)「……」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:35:04.62 ID:Xq8Tr1Vn0
言葉は無くとも、その胸に秘めた思いをこうして表現する点に於いては、両者は他者よりも優れている。
不器用と言えばそうなのかもしれない。
二人が用いる言葉は、銃声と真鍮製の薬莢が地面に落ちる音。
それと、殺意を込めて放たれた銃弾が壁を砕き、空気を切り裂く音。

その言葉の意味を全て理解するためには、一度その身に銃弾を受けなくてはいけないと言う難点がある。
それはしかし、当たらずともほとんど理解は可能なものだった。
二人は、無言の内に存分に語り合っていた。
その事は、初弾で互いに―――

―――否、銃撃戦を通してオサムだけが理解していた。

【+  】ゞ゚)「……っ!」

反転。
一旦背を目の前の"ブーン"に向け、オサムは飛んで来た凶弾を棺桶で防ぐ。
再びその前身がブーンに向くと同時に、銃爪を引く。
セミオートなどとケチな事は言わない。

フルオートで、銃弾の驟雨を。
夕立すら霞んで見える銃弾の驟雨を浴びせかける。
薬莢が作り出す雨音の中、オサムは姿勢を低くした。

( ^ω^)「……」

オサムの放った弾丸を上半身の動きだけで避け、ブーンはオサムの顔面に目掛けて銃弾を撃ち込む。
だが、事前に姿勢を低くしていたオサムに弾丸は当たらず、空しく夜闇を切り裂き、壁や地面を穿つに止まる。
ブーンの方はセミオートで、一発ずつ確実に狙って撃っていた。

【+  】ゞ゚)「……」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:39:09.06 ID:Xq8Tr1Vn0
( ^ω^)「……」

しかし、弾切れのタイミングは同時だった。
空になった弾倉を捨て、新たな弾倉を装填。
遊底を引く動作も、そこから銃口を相手に向ける動作も同時。
銃爪を引くのも、同時だった。

【時刻――02:40】

二人の男がいる場所は、ある意味歯車の都の表社会では有名な場所だった。
取り分け、ビジネスマンと呼ばれる歯車のように働く者達の間では、この場所を知らない者はいない程だ。
人呼んで、"歯車通り"。
歯車の都の、"歯車達"にこそ相応しい呼び名だ。

何故、このような呼び名が付いているのか。
それには、至極簡単な理由がある。
この通りに密集して立ち並ぶビルは、その姿形は数年前から塗装工事以外では手を付けられていない。
だが、中身は半年毎に変動していた。

後者が前者を押し出すように、この通りに立ち並ぶビルの所有者は変わっている。
その様がまるで歯車のように見える事から、この通りは歯車通りの名で呼ばれているのだ。
こうして次々とビルの所有者が代わっているのは、仕方が無い事だった。
この通りは、歯車の都の中で数少ないグレーゾーンに位置するからだ。

表社会と裏社会。
双方の激戦区がちょうど重なった地点が、この通りなのだ。
表社会の激戦区と、裏社会の激戦区では意味が異なる。
当然、後者の方が物理的に恐ろしい。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:43:07.33 ID:Xq8Tr1Vn0
前者、表社会の激戦区が意味するのは、商業的な意味合いの激戦区である。
人気店同士が小競り合いを繰り返す地域、それがここだ。
一週間に二回程身投げがあるのは単に、経営不振に陥った会社の社員が未来に絶望し、コードレスバンジーを決行している為だけではない。
他にも、他社が雇い入れた殺し屋がライバル会社の重役を自殺に見せかけて突き落としたからというのもある。

一方、裏社会の激戦区の意味は、文字通りの意味である。
表社会に面するこの場所は、同じ商売人である彼等にとってもいい餌場なのだ。
クールノーファミリーなどの御三家は手を出していないが、その下で虎視眈々と利益を狙っている組織がここに店を出している。
が、安定した収入を確保できる餌場を求める組織は当然、一つや二つで済むわけが無い。

小規模な組織から大規模な組織まで、利益を求めてこの通りに出店する組織は数知れない。
店の出す場所や、その種類を巡っては、"喧嘩"がよく起こる。
喧嘩と言えば聞こえがいいが、早い話が抗争だ。
御三家に禁止されている派手な抗争は起こらないが、拳銃の弾が飛び交う抗争はよく起こる。

定期的に起こる小規模な抗争。
―――小規模とは言っても、銃弾が飛び交う事には変わりが無いのだが。
消音器を付けた拳銃を撃ちまくるのだから、五年前の抗争を嫌でも思い出させる。
あの抗争を知っている、もしくは経験している者からすれば、それは恐怖以外の何物でもない。

極端な例としては、恐怖した会社の社員数名が恐怖のあまり銃を乱射して社員を皆殺しにした、と言う事件が起きた程だ。
その抗争に耐えかね、移転を余儀なくされた表社会の店は数知れず、物理的に潰れた裏社会の会社はその比ではない。
言わずもがな、裏社会の店の経営者が変わる頻度は表社会よりも高い。
入っては出て、出ては入っての繰り返しだ。

しかし、後釜は幾らでも居る。
むしろ今は、人口も店も増加の傾向にある為、問題は何もない状態だ。
弱肉強食のこの通りで一年間以上営業する事が出来たなら、その企業はどこに行っても生き延びる事が出来るだろうと言われている。
それが出来れば、苦労はしないのだが。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:47:06.35 ID:Xq8Tr1Vn0
今のところ、この通りでそれが出来ている企業は三社のみ。
表社会に属する宝石などの貴金属を取り扱う、"メロダット社"。
表社会と裏社会の中間に属する灰色の企業で、派遣企業に分類される"メルタトービル社"。
裏社会に属する、武器専門の販売業者"ジャンゴ社"。

メルタトービル社のビルの向かいに、メロダット社のビルが。
メロダット社のビルの隣に、この通りでは珍しいジャンゴ社が所有する一階建の建物がある。
この三社だけは、この場所に店を構えて一年が過ぎても尚健在している強力な企業だ。
他の企業は、悉く撤退を余儀なくされ、未だ真新しい企業が多い。

そしてその三社の内、最初に犠牲となったのはメロダット社だった。

【+  】ゞ゚)「……むっ!」

オサムが避けたブーンの弾丸は、メロダット社の入り口に下ろされていたシャッターを穴だらけにした。
仮にもメロダット社は、高価な貴金属を取り扱う店。
その店のシャッターは、当然のことながら鉛弾程度では壊れない構造をしている。
だが、ブーンの弾丸はそれに穴を開けた。

ただの弾丸ではない。
高い威力を秘めた弾丸だ。
つまり、あの弾は鉄を貫通する事が出来る徹甲弾などの特殊な弾丸。
当たれば、無事では済まない。

ガラスが砕け、その破片が床に落ちる音がシャッター越しに聞こえる。
もっとも、オサムからしたらシャッターに穴が開こうが、店が爆発しようがどうでもよかった。
即座に応じて、オサムは銃爪を引く。
放たれた弾丸の悉くはブーンには当たらず、メロダット社の正面に店を構えるメルタトービル社の入り口に吸い込まれていった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:51:18.64 ID:Xq8Tr1Vn0
メルタトービル社は、丸々一つのビルを所有している。
十五階建てのビルは、元々は別の企業が赤字覚悟で建設したものだ。
その構造をそのまま引き継いでいるとはいえ、仮にもこの通りに建てる以上、防犯の為に増設されている。
出入り口に優先して強靭な新素材を使っているのは、言わずもがな当然のことだ。

そのおかげで、メルタトービル社はオサムの放った弾丸によってシャッターを破壊されることは無かった。
跳弾した弾丸がその付近の地面を砕くだけで済んだ。
ただの鉛弾では、あのシャッターに傷を刻む事も敵わない。
双方の銃は同じだが、弾丸の威力は大きく異なっていた。

更に、オサムの放った弾丸の全てが、ブーンに避け切られている。

( ^ω^)「……」

無数の弾丸を避けたブーンの反応速度は、もはや人間の域を完全に超えていた。
弾丸を視認するとまではいかなくとも、マズルフラッシュを確認してからの移動速度。
それに合わせる身体能力。
全てが、異常だった。

飛ぶようにしてオサムの弾丸を避けたブーンは、手にしたスチェッキンの銃爪を引く。
正確無比な弾丸を、だがしかしオサムは見事避けて見せる。
避け切れなかった弾丸は、背にした棺桶が防ぐ。
それから、反撃に転じる。

傍から見れば、状況は辛うじて拮抗しているように見えた。
だが、実際に立ち合っている二者はそう感じていなかった。
戦闘能力の天秤が僅かにだが、片方に傾いているのだ。
それも、オサムの方ではない。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:55:03.43 ID:Xq8Tr1Vn0
ブーンの方に、その天秤は傾いていた。
弾の消費速度。
そして一発毎の正確さ。
桁外れの反応速度。

オサムと比較して、ブーンの能力値はほとんどオサムのそれよりも高かった。
だがそれでも、オサムはその差をそれ以上開かせることはしていない。
それは、単にオサムが本来持っている実力の高さが関係している。
確かに、機械が職人を上回る事もあるだろう。

それでも、職人の方が総合的に優れている場合があるのだ。
熟練の職人の技は、時として機械では測れない数値を生み出す事がある。
ただ機械的な正確さだけでは、その域には達する事が出来ない。
同じ物でも、作り手が機械と職人とでは仕上がりは雲泥の差だ。

人間は、決して機械には負けない。
しかし、機械も人間には負けない。
人間は、感情と疲れを知っている。
一方、機械は感情と疲れを知らないのだ。

一長一短と言うのだろうか、疲れを知らず、感情を知らないのでは短所が残ったままだ。
そのおかげで、オサムはこうしてブーンとの差を最小限に止める事が出来ている。
もっとも、天秤の差が僅かにでもあれば何時かは終わりが来てしまう。
片方の死で告げられる終わりを回避するために、オサムの思考は先程から戦いながらもフル回転していた。

( ^ω^)

目の前にいる男の全身が機械である事は、初撃で分かり切っている。
むしろ、まともな状態でない事だけは一目見た瞬間から分かっていた。
この男に関する情報は、相棒であるツンから色々聞かされている。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 13:59:10.83 ID:Xq8Tr1Vn0
【+  】ゞ゚)「……っ」

それを元に装備を整え、オサムは対抗策を幾つか用意していた。
鉛弾では、目の前の男に掠り傷程度しか与えられない。
だから、普通の鉛弾ではない物を用意した。
貫通力を高める為に、高速徹甲弾の中に鉄心を入れたものがある。

三十発の弾が入っている弾倉が、一つ。
もしもの時に備えて、一つだけ用意してあった。
この弾があれば、防弾仕様の車も易々と蜂の巣にできる。
人間相手にはそこまで有効ではないが、鉄の様に硬い物になら有効だ。

( ^ω^)「……何故」

撃ち合いが始まってから、正面の男が初めて口を開いた。
しかし、銃声は止まない。
拳で語ると言う言葉があるが、この際は弾で語ると言う言葉がしっくりくるだろう。
オサムは銃爪を引き、銃弾を避けつつ応射し、呟くような小さな声で返答した。

【+  】ゞ゚)「……何だ、機械人形?」

たっぷりの皮肉を込めた言葉に、しかし対処したブーンの声は冷静そのものだった。

( ^ω^)「何故、あの女はお前を……」

予想外の質問に、オサムは鼻で笑った。
全くもって、下らない質問である。

【+  】ゞ゚)「知らんな……
       知ろうとも思わない……」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:03:06.51 ID:Xq8Tr1Vn0
( ^ω^)「この姿を忘れたのか……」

【+  】ゞ゚)「……下らん」

弾倉を先に交換したのは、オサムだった。
もう、目の前の男の下らないお芝居に付き合っている暇は無い。
さっさと殺して、ツンと合流する事が重要だ。
一つしか用意していない弾倉に入れ替え、オサムは言い捨てた。

【+  】ゞ゚)「本当に、下らない奴に成り下がってしまったな……!」

怒号にも似た声。
その怒号が、両者の銃声に塗りつぶされる。
オサムの思考の一端に、怒りが生まれた。
必殺の弾丸を、顔に狙って撃ち込む。

( ^ω^)「何故……」

しかし、ブーンはそれを難なく避けた。
避ける際、オサムに銃弾を撃ち込む余裕すら見せた。
その弾に、当たってやるわけにはいかない。
オサムの逆鱗に、ブーンは触れたのだ。

夜空と同色のロングコートを翻し、弾の軌道を僅かに逸らし、そして避ける。
包帯の下から覗く碧眼が、忌々しげにブーンを睨みつける。
蒼穹とは無縁の、怒りの炎がそこには宿っていた。
焦燥にも似たその炎を収める事を、今のオサムには出来ない。

この男を生かしてツンに接触させるわけには、断じていかなかった。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:07:10.92 ID:Xq8Tr1Vn0
【+  】ゞ゚)「逆に訊こう……
       何故、貴様が生きている……!」

そうだ。
目の前にいる男は、ラウンジタワーで死んだはず。
だのに何故。
こうして目の前にいるのだ。

( ^ω^)「……答える必要はない。
     こちらの質問にだけ答えればいい」

【+  】ゞ゚)「断る」

否定と銃声。
そして、オサムの放ったそれをブーンは苦も無く避ける。
応じて返って来た銃弾を、オサムは棺桶で防ぐ。
跳弾した弾が、周囲の建物や地面を抉った。

( ^ω^)「ならば失せろ、棺桶屋」

直後、オサムはブーンの行動に目を見開く事になる。
ブーンが、こちらに向かって肉薄して来たのだ。
この状況なら銃撃戦だけで済むと思っていたのに、接近戦に持ち込む相手の行動の意図が読めない。
兎にも角にも、オサムは迎撃できるよう構えを変えた。

構えを変えるその隙を、ブーンは見逃さなかった。
オサムのスチェッキンの銃口から逃れる為、姿勢を低くし、そこからガラ空きの腹部に向けての蹴り。
防ぐ間もなく、オサムは激痛に苦悶の声を漏らす事になる。

【+  】ゞ゚)「ぅづぁっ……!」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:11:01.49 ID:Xq8Tr1Vn0
が、それでも倒れはしない。
蹴りを見舞った姿勢のままのブーンに向け、スチェッキンをフルオートで放つ。
この距離、この姿勢。
今度は、こちらが有利だ。

だが、しかし。
ブーンはそれを、避けようともしなかった。
否。
"避けた動作が見えなかった"のだ。

【+  】ゞ゚)「……っ!」

気付いた時には、オサムの腹部に再度激痛が襲っている。
口から血を吐き、忌々しげに目の前の男を睨みつけた。
ブーンは蹴りを見舞った体勢のまま、こちらが崩れ落ちるのを待っているように見えた。
腹に深々と喰い込んでいるブーンの足を、握り潰す程力を込めて左手で掴む。

【+  】ゞ゚)「なるほど……改造してあるのか……」

様々な憶測の末、一つの結論に至る。
従来持つ反則とも言える性能の高さをそのまま利用し、更にはそれを強化したのだ。
何とも迷惑極まりない話である。
スチェッキンを握る右手の甲で口元に付いた血を拭い、オサムは呟く。

厄介な相手を引き受けた事よりも、今はどう対処するべきかを考える事が先だった。
オサムは迷いなく、ブーンの心臓にスチェッキンの銃口を向ける。
手は一つ。
殺すだけだ。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:15:06.60 ID:Xq8Tr1Vn0
目の前の男を殺す。
そう思いを込め、銃爪を引いた。
オサムが銃爪を引く直前、残されたもう片方の足がオサムの手首を蹴り、銃口を逸らしている。
それだけでも驚愕なのに、その勢いのまま、足首を掴んでいたオサムの手を蹴った。

強烈な反撃に、オサムは思わず左手に掴んでいたブーンの足を離してしまう。
一旦距離を置こうと、オサムは腹を左手で押さえて後ろに大きく飛び退く。
が、ブーンは逃がさないとばかりにオサムを目掛け、勢いよく地面を蹴った。
この追撃を許したら、拳銃でも当てられない距離に踏みこまれてしまう。

その距離に入られるよりも疾く、オサムは左肩の力を抜いて、体を反時計回りに回転させた。

【+  】ゞ゚)「噴っ……!」

遠心力がオサムの左肩から棺桶を奪い取る。
ハンマー投げの要領で、オサムは棺桶をブーンの横面に叩きつけた。
ブーンの銃弾すらも弾き飛ばす強度を持つ棺桶の一撃は、高速で接近するブーンにとっては予想外の威力と効果を発揮しただろう。
機械に浮かんだ微かな動揺を顔に出しつつ、ブーンの体は文字通り横に吹き飛ぶ。

辛うじて受け身は間に合ったものの、ブーンの体は何度も地面に叩きつけられ、ようやく静止した。
オサムが追撃を掛けなかったのは、棺桶を背負い直しているのもあるが、今撃っても当たらないと確信したからだ。
相手の力量が分かった以上、無駄に弾を消費してはいけない。
オサムは、まだ三分の一程残っている弾倉を取り出し、通常の鉛弾が入った弾倉に交換した。

銃身内に一発だけ残っている弾を、遊底を引いて取り出す。
それをポケットにしまいこみ、オサムは銃口を今し方立ち上がったブーンに向けた。

( ^ω^)「……糞」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:19:23.50 ID:Xq8Tr1Vn0
その時、オサムは気付いた。
ブーンの様子が、明らかにおかしくなっている事に。
オサムからしてみれば、ようやくと言った所だ。
ようやく、この状態にまで戻せた。

【+  】ゞ゚)「諦めるつもりは無いんだな?」

分かり切っている事だが、とりあえず訊いておく。

( ^ω^)「皆無だ」

【+  】ゞ゚)「……そうか」

二つの銃声が、同時に響いた。
そして、両者ともそれを避け、次の手に出る。
大きく動いたのはオサムではなく、またもやブーンの方だった。
ゴテゴテに改造されたスチェッキンしまいこんだかと思うと、再度オサム目掛けて肉薄して来たのだ。

オサムは、直観的に体を"横"に逸らした。
その直後、オサムの背後にある防弾シャッターが爆音と共に大きく凹んだ。
一瞬で何が起きたのか、考えるまでも無い。
ブーンはこの期に及び、このタイミングで懲りずにフェイント攻撃を仕掛けてきたのだ。

ブーンは、この大胆な行動にオサムが油断し、バックステップで距離を置くと考えていたのだろう。
もしオサムがそうしていれば、シャッターの代わりにオサムの胴体が吹き飛んでいたはずだった。
だが、オサムが横に逸れた事によって、ブーンが放った"榴弾"は避けられた。
オサムとの距離を半ばまで縮めた状態で、ブーンは露骨に舌打ちをした。

( ^ω^)「ちっ」

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:23:04.63 ID:Xq8Tr1Vn0
奇抜な行動でオサムの油断を誘ったらしいが、そう易々と引っ掛かりはしない。
これで分かったのは、相手が武器をいくつか隠し持っていると言うことだ。

【+  】ゞ゚)「……隠し芸大会の優勝を狙っているのか?」

オサムは、ブーンが如何にして榴弾を発射したか、それの正体を探していた。
そして、それを即座に見つけた。
硝煙を燻らせる発射機は、ブーンの右膝にあった。
むしろ、埋め込まれていると言った方がいいだろう。

全身が機械になっているのだから、このぐらい出来て当然の芸当だ。
他にも何か備わっていると見て、まず間違いない。
オサムはブーンの動きの一つ一つから、違和感を探す。
各関節の動かし方、構え方、それらを観察する。

人間のように滑らかな動きを見せるブーンだが、よくよく見ると、どこかギコチがない。
それ以上は見せまいと、ブーンが動く。
左膝が開いたかと思うと、そこからもう一発、榴弾が放たれる。
オサムは横飛びになり、それを避ける。

背後のシャッターが、吹き飛んだ。
そして、そこでオサムは気付いた。
ブーンの狙いは、榴弾でこちらを爆殺することではない。
背後のシャッターに用があったのだ。

オサムの眼の前、ブーンの背後にあるビルはメルタトービル社。
そして、メルタトービル社はメロダット社の正面。
そのメロダット社の横は―――

―――武器が山のように用意されている、ジャンゴ社。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:27:18.89 ID:Xq8Tr1Vn0
【+  】ゞ゚)「……っ!」

ジャンゴ社のシャッターを破壊したのは、つまりは店に置かれている武器が目的だったのだ。
あの舌打ちは、一発目でシャッターが破壊できなかった事に対して。
しかし、距離的にはオサムの方がジャンゴ社には圧倒的に近かった為、店に入るのは容易ではない。
だが、オサムは榴弾が自身に向けられていると考え、横に移動してしまった。

ブーンが肉薄したのは、身体能力の差で埋められない距離を縮める為。
つまりそれを言い換えれば、この距離でならブーンにハンデなどないと言う事。
己の迂闊さを呪う前に、オサムは咄嗟にスチェッキンの銃爪を引く。
が、ブーンはただの鉛弾では止まらない。

頬を掠め飛んで行った銃弾と狼狽するオサムを全く意に介さず、ブーンは破壊したシャッターの奥へと砲弾のように駆ける。
横を通り抜ける際、微かに笑われた気がした。
オサムはそれを追おうと、体を反転させる。
ブーンの後を追う姿勢になったが、速度が違いすぎて意味が無い為、ジャンゴ社の手前10メートル程の場所で追うのを止めた。

洞窟のように真っ暗なシャッターの向こうへと消えてしまい、オサムは追おうにも追えなくなった。
何が来るのか、予想が出来ない。
何せ、武器庫に逃げ込まれたようなものなのだ。
店に置かれている武器の種類は、体に仕込まれているそれとは比べ物にならない程豊富にある。

グレネードランチャーでも持ち出されたら、守りの一手になってしまう。
銃口をシャッターの向こうに向ける。
何を持ち出し、何を使ってくるのか。
全神経を視覚情報に集中させ―――

【+  】ゞ゚)「……づっ!?」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:31:02.89 ID:Xq8Tr1Vn0
―――その直後、オサムの肩に激痛が走った。
目をそこにやると、銀色に輝く細い棒状の物が突き立っている。
これは、ボウガンの矢だ。
ボウガンは、銃弾も火薬も使用しない為、銃声もマズルフラッシュも無く放つ事が出来る。

オサムは体を捻り、棺桶をシャッターに向ける。
案の定、軽く金属同士がぶつかる音が聞こえて来た。
が、それも一度だけ。
こうしている限り、攻撃を受けないが相手の動きが見れない。

すぐさま体を元に戻し、目を凝らす。
だがしかし、暗視装置を掛けているオサムの眼でも、シャッターの向こうは暗過ぎてよく見えない。
下手に距離を開ければ、それを付け狙われる。
暗視装置付きの狙撃銃でも持ち出されては、ひとたまりも無い。

矢を肩から引き抜き、投げ捨てる。

【+  】ゞ゚)「……」

逃げると言う選択肢は存在しない。
何としても、ツンと接触される事を止めなければならないのだ。
スチェッキン一挺では、正面から戦う事は困難である。
と、オサムが思案を巡らせていた矢先。

閃光が、オサムの眼を襲った。
目を庇い、オサムは追撃を防ぐため、即座に背を向ける。
失念していた。
武器屋と言う事は、護身用の名目で様々な道具が置いてある。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:35:01.53 ID:Xq8Tr1Vn0
スタンガンやテーザーガン、バタフライナイフに催涙スプレー、そして閃光手榴弾もまた然り。
数秒の間だけだが、オサムの視界を奪うのには十分過ぎる代物だ。
暗視装置を掛けている右目も無事とは言えないが、安全装置が作動した為、肉眼で閃光弾を見たのと同じ程度の被害しかない。
真っ白に漂白された視界の中、役に立つのは視覚を除いた全ての感覚器官と経験のみ。

背負った棺桶越しに、凄まじい衝撃がオサムを襲った。

【+  】ゞ゚)「ぐぉっ?!」

衝撃と爆音は同時であったが、あまりにも唐突過ぎた為、オサムには衝撃しか把握できなかったのだ。
冗談のように"吹き飛んだ"オサムは、ギリギリの所で受け身が間に合った。
混乱から立ち直ったオサムの思考は、すでにブーンが撃った武器を推測し始めていた。
辿り着いたのは、RPG-7かパンツァーファウスト等の対戦車擲弾発射筒の類。

先程奪われた視界が、徐々に戻り始める。
一度強烈な光を見たせいで、それまで慣れていた暗闇がより一層濃くなってしまった。
再び目が暗闇に慣れるまでには、しばらく時間を要する。
立ち上がったオサムの背を、先ほどと同じ強烈な衝撃が襲う。

【+  】ゞ゚)「ぬぅっ……!?」

受け身が間に合わない。
オサムは吹き飛んで顔から倒れ込み、顔面を強打する。
その際、右目の暗視装置が衝撃に耐えかね、壊れた。
棺桶に着弾して爆発した対戦車擲弾の威力は、大型車に撥ねられるかそれ以上の衝撃があった。

とは言っても棺桶の守りがある以上、一般販売向けに"威力制限処置"の施された武器では殺られる事はない。
強いて問題があるとするならば、威力等の殺傷力は処置によって幾らか減ってはいるが、着弾の際の衝撃だけはそのまま襲ってくると言う点である。
あれがそのままの威力を有していたら、オサムの体は棺桶だけを残して無残に吹き飛んでいただろう。
その時、耳に届いた棹桿操作の音はオサムの意識を死合いの場に引き摺り戻した。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:39:01.23 ID:Xq8Tr1Vn0
片手で思い切り地面を突き飛ばし、うつ伏せの状態から反転し、仰向けになる。
重量のある棺桶を背負っている為、片手で動くのはこれが精一杯なのだ。
しかし、それで十分だった。
それまでオサムの足があった場所に、ライフル弾が次々と撃ち込まれる。
オサムは、もう一度地面を突き飛ばし、反転させる。

今度は背負った棺桶が上を向く形となる為、棺桶の守りがオサムの身を守る。
棺桶が上を向くのと同時に、数発、棺桶がその弾を受け止めた。
このまま甘んじて弾を受け続ける趣味は無い為、オサムは痛みの走る腕を慮ることなく力を込め、立ち上がる。
皮肉なことだが、激痛がオサムの思考から焦燥を消し去った。

肩に出来た矢傷は、思いのほか深かったらしい。
焼けるような痛みが疼く。
失血は酷くないが、左腕を動かすとそこから激痛が全身に走る。
これはいよいよ、右腕のスチェッキンだけが頼みの綱だ。

騙し騙しで繋いできた偽りの均衡が、遂に崩壊してしまった。
壊れ、役に立たない暗視装置を外して捨てる。

【+  】ゞ゚)「くっ……!」

棺桶を楯にする為には、その都度攻撃が来る方向に背を向ける必要がある。
背を向けている間は、ある程度の攻撃には耐える事が出来る。
しかし、反撃する為には否応なしに正面を向かなければいけない。
店の奥から間髪いれずに放たれた銃弾を、オサムは姿勢を低くして背の棺桶で受けるしかなかった。

次なる攻撃に備え、オサムはしばらくその姿勢を保つかどうかを考える。
出た結論は、否、であった。
立ち止っていても、オサムの精神と体力が確実に削り取られるだけだ。
接近するか、この距離を保つかの二択。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:44:05.34 ID:Xq8Tr1Vn0
それも、この状況が続けば、の話なのだが。
状況は常に変化している。
特に、相手が武器屋に陣取っているとなればサーカスのように局面は変わり続ける。
考え込んでいたせいで銃声が止んだ事にオサムが気付くのには、五秒の時間を要した。

【+  】ゞ゚)「……ん?」

重機関銃でも持ち出すのか、とも思ったが、それはまず無い。
銃弾だけではなく、榴弾の衝撃すら防ぐ棺桶をこちらが持っていると分かった以上、いくら大口径の弾でも使う意味がまるで無い。
仮にも、あちらは効率重視を常とする機械なのだ。
学習機能と言うものが備わっていると考えるのが、普通である。

そんなオサムの考えを遮るかのように、重々しい跫音がシャッターの向こうから聞こえて来た。
跫音の主に向き合う形に戻り、そしてオサムは思わず眉を顰めた。
ブーンの格好が、先程までと一変していたのだ。
言うなれば、"コマンドー"でシュワルツェネッガー演じたメイトリクスも真っ青の重装備。

四連装携行型ロケットランチャーを両肩に掛け、大量の手榴弾と大振りの軍用ナイフを収納しているベストを纏い。
両手には、二挺の軽機関銃を持っている。
強いてまともな部分を挙げるとすれば、顔にペイントをしていないと言うことぐらいだろうか。
何とも形容しがたいその姿に、オサムは一瞬だけ気を逸らされた。

それだけで、ブーンにとっては十分だったのかもしれない。
少なくとも、オサムを窮地に追い込むのには十分過ぎた。
気付いた時には、ブーンが両手に構えている軽機関銃が容赦のない一斉射撃を浴びせかけている。
姿勢を低くしつつも咄嗟に背を向けられたのは、ほとんど奇跡としか言えない。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:49:02.18 ID:Xq8Tr1Vn0
対戦車砲に比べれば遥かに軽いが、先程の銃弾に比べれば大分重い衝撃。
冷や汗を全身に浮かべながらも、オサムは覚悟を決める。
このままでは、一方的に殺されてしまう。
軽機関銃の斉射が止む頃には、オサムは死んでいるだろう。

と言うのも、明確な理由がある。
ブーンがあえて軽機関銃を二挺構えにしたのは、両手が塞がっているというのを強く印象付ける為だ。
途中で軽機関銃を一挺に持ち替えても、オサムはそれを気にする余裕が無い。
その間に、背負っているロケットランチャーなり手榴弾なりを有効に活用すれば決着はつく。

では、それを回避するためにはどう動けばいいのか。
正解はほとんど無いに等しい。
その為の制圧射撃なのだ、今はこうして姿勢を低くして足を撃ち抜かれないようにするのが精一杯。
遮蔽物が身近にあれば、まだ話は違った。

しかし、遮蔽物が無いオサムに対しての制圧射撃はかなり有効な手段だった。
下手に動きが取れず、かといって横に移動すれば足を撃たれるのは必至。
冷静な状態でなければ、活路を見出すことは不可能だ。
オサムが冷静であるかと言えば、正確な所はそうではない。

むしろ、その逆。
焦る心を強引に押さえつけ、冷静になろうと必死になっていた。
それでもオサムは、この状況を打破する手立てを見出していた。
それは完全に常識から逸脱し、ほとんど無茶苦茶としか言えない方法。

だが、相手が機械であるが故に有効な方法だ。
表の裏、つまり正攻法とはかけ離れた非常識な行動を取ればいい。
一度しか使えない方法だが、それでこの危機を回避できるのならば十分だった。

( ^ω^)「っ!?」

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:54:07.15 ID:Xq8Tr1Vn0
気配だけで、相手が狼狽したのが分かる。
それはそうだろう。
何せ、逆の方法を取ったのだから。
そう。

―――棺桶を楯に後ろに向かって進めば、常識で動いている機械ならば当然驚くだろう。

対処方法を考えても、そう簡単には分からない。
例えるなら、"追っていた脆弱な草食動物が突然毒牙を向き、空を飛んで襲い掛かって来た"のと同じぐらい、滅茶苦茶で予測不可能な状況。
瞬時に思考が追いつかない。
機械ならば多くの事例や雛型を元に行動している為、まともな判断を下すまでには、下手をすれば人間以上に時間が掛る。

( ^ω^)「フォローデータリンク」

ここが、活路。
これが数少ない、ひょっとしたら、唯一かもしれない活路だ。
オサムは大きく五歩分の距離を詰めることに成功し、後ろを顧みることなく回し蹴りを放った。
狙い通り、ブーンの軽機関銃を二挺とも蹴り飛ばす事が出来た。

ここから先が、未知の領域。
瞬時の判断が、結果を決める英断になる。
その点なら、機械であるブーンの方が経験値的に有利だろう。
オサムは、直前の状況を打破する事に必死だった為、ここからは何も考えていなかった。

しかし、思考の出発点は両者とも同じ。
スタートのタイミングが同じならば、どうにか出来る。
少なくとも、スタートしてから数瞬の間は同じ位置にいるのだ。
そこまでが、契機。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 14:59:03.20 ID:Xq8Tr1Vn0
後は、自分次第。
回し蹴りを放った遠心力の影響で、体の正面がブーンに向く。
胴体に撃っても意味が無いならと考えていた為、オサムはこの戦いの最中は、スチェッキンを高めに構える事に決めていた。
狙うは、人体の構造をした物ほとんどに共通する急所、"顔面"。

人体を模した機械ならば、当然急所も人体と同じはず。
すなわち、人体同様に剥き出しになっている両目。
そして、模す上で必要不可欠な口腔。
この二つの内、どちらかに弾を当てる事が出来れば、ダメージを与えられる筈だ。

ほぼ一瞬の内に銃口をブーンの顔に向けていたオサムは、次の一手を考えることなく、迷わず銃爪を引いた。
ブーンはバックステップで距離を置こうとするが、顔面を穿とうと直進する銃弾相手にバックステップはまるで意味が無い。
数十発の鉛弾の雨を、ブーンは全て顔面に受け、仰け反りながら倒れた。
その際、両肩に背負っていたロケットランチャーが、大きく音を鳴らす。

【+  】ゞ゚)「……」

弾倉を交換しながらも、オサムはブーンの動きから目を離さない。
倒れてから、まるで死んだように動かない。
しかし、あれで死ぬはずも、ましてや、壊れる筈も無かった。
それを証明するかのように、ブーンがゆっくりと上半身を起こす。

先程よりも一層機械めいた動きで立ち上がると、虚ろなガラス玉でオサムを睨みつけて来た。

( ^ω^)「……」

顔の皮膚の一部が剥がれ、そこから金属の骨格が覗いている。
両目は無傷らしい。
この様子だと、口も無事だろう。
皮膚の一部を削いだところで、相手は機械。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:04:04.37 ID:Xq8Tr1Vn0
痛みに怯む事は無い。
圧倒的に不利な状況。
だとしても、それでも。
目の前の脅威から目を逸らして逃げる事だけはしない。

オサムは、呼吸を静かに整える。
格闘戦に持ち込んでの勝算は、少なくとも、全く役に立たないスチェッキンよりかは高いだろう。
そんなオサムの考えを読んだのだろうか。
ブーンが、大きく後ろに跳躍して距離を開けた。

そして、両肩に背負っていた四連ロケットランチャーを両肩に乗せて構え、一斉に放った。
こうなれば、避けるか防ぐしか対処のしようが無い。
計八発のロケット弾を、背を向けたオサムは棺桶を使って防ぐ。
近くに着弾した際に生まれた爆風が、オサムの体を容赦なく殴りつける。

( ^ω^)「亀の真似か?」

【+  】ゞ゚)「……あぁ、歩みが確実なんでね。
       命令なしじゃ、動けない人形とは違ってな」

しっかりと三戦で踏ん張っていた為、転ぶことは無かったが、冗談のように数メートルは後ろに押された。
だが、着弾の際に生じた衝撃と、飛んで来たコンクリートの破片がオサムの体に打撲傷を与えている。
肩の痛みと全身の鈍痛とが合わさって、オサムはまともに動けない。
激しい動きや大きい動きは、しばらく出来ないだろう。

対一で背を向けての立ち往生は、あまりにも危険だ。
本来ならハンデが欲しい立場なのに、逆にオサムはブーンにハンデを与える形になっている。
危険要素をどうにかして減らさなければ、勝機はない。
ロケットランチャーによる攻撃が終わったのを計らい、オサムは向き直る。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:09:01.59 ID:Xq8Tr1Vn0
目の前で、ブーンはロケットランチャーを捨て、大振りの軍用ナイフを片手に抜き放った。
銀色の刃が、オサムの顔を反射する。
頼まずとも、近接戦に持ち込んでくる腹積もりらしい。
鉈程の大きさのそれは、切り裂くと言うよりかは、重さを利用して叩き斬るのに適している。

( ^ω^)「切り刻む」

【+  】ゞ゚)「そのナマクラで?」

違うだろう。
切り刻むのであれば、それでは違う。

( ^ω^)「寸断する」

【+  】ゞ゚)「お前に出来るか?」

本来の武器は、それではないだろうに。

( ^ω^)「切断」

ゆっくりと、ブーンはオサムに歩み寄る。
空いている方の手で、新たなナイフを逆手に構えた。
そして、一気に駆ける。
オサムの装備にナイフは無く、仮にあったとしてもそれを構える猶予は無かった。

突き出された刃を、オサムは横に躱す。
その躱した体目掛けて、もう一方のナイフが振り下ろされた。
スチェッキンの銃身で、それを受ける。

【+  】ゞ゚)「ぬ、ぬぅっ……!」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:14:11.11 ID:Xq8Tr1Vn0
受けた隙に、ブーンは躱された方のナイフをオサムの脇腹に突き出す。
足で刃を横に蹴り、それを逸らす。
想定の範囲内だったのだろうか、ブーンは万力の様な圧倒的な力で素早くオサムを組み伏せた。
オサムの上に馬乗りになり、ブーンは両手のナイフを一旦引く。

そして、心臓目掛けて思い切り振り下ろす。
右手のスチェッキンを捨て、左肩の激痛を堪え、両腕でブーンの手首を掴んだ。
じわりじわりと迫る刃先を、心臓からどうにか逸らそうと試みる。
だが、動かない。

【+  】ゞ゚)「く、ぐっ……!」

ロングコートの上からでも分かる両腕の筋肉の盛り上がりが、オサムの両腕に込められた力の凄まじさを物語る。
横に開こうと力を込めるが、刃は後十センチ程の距離にまで迫っている。
左肩の激痛が、いつの間にか麻痺にまで変化していた。

( ^ω^)「大人しく死ね、間男」

【+  】ゞ゚)「誰……が間男だ……って!」

ブーンの腹を蹴り上げ、身を捻る。
力の行き場を失った刃先が棺桶の側面に弾かれ、ブーンはバランスを崩した。
ブーンを振り落とし、オサムはスチェッキンを拾って立ち上がり、反撃に出た。
右手に持つスチェッキンの銃床で、ブーンの眼の上を殴って怯ませる。

攻撃力の高い踵で、倒れているブーンの顔面を踏みつけた。
そして、足のつま先で目を蹴りつける。
ここまで攻撃しても、本体にダメージがあるかないか。
あったとしても、軽微な筈だ。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:19:06.42 ID:Xq8Tr1Vn0
しかし目を潰せれば。
この偽モノの眼を潰せれば、多少は事態が好転するかもしれない。
そう気合いを込め、渾身の蹴りを繰り返す。
脆弱な眼球を狙って、何度も執拗に見舞う。

ガラスが砕けるような音と共に、ドロリとした液状の物がオサムのつま先に付着した。

( ゚ω^)「間男の分際で……よくも」

右目を押さえながら、ブーンは呟いた。
ゆらりと立ち上がると、ナイフを振り回してきた。
二振り。
それを上半身の動きだけで避け、オサムは足払いを―――

―――する事は、遂に出来なかった。

【+  】ゞ゚)「しまっ……!?」

呆気なくナイフを捨てたブーンが見舞ったのは、オサムよりも早い蹴り。
古傷のある腹部に容赦のない回し蹴りが喰い込み、オサムの体が後方に吹き飛ぶ。
たっぷりと五メートルは跳躍し、そして、オサムの体は背中からジャンゴ社のシャッターの奥へと蹴り込まれた。
これがサッカーだったなら、観客総立ち、拍手喝采のロングシュートだっただろう。

商品棚やその他諸々を破壊しながら、オサムの体は壁に激突してようやく停止した。
即座に体を起こそうと意識だけが起き上がるが、意に反して体は動かない。
落下の衝撃や、腹部に受けた強烈な蹴りのせいでロクに動かせないのだ。
喉元まで込み上げて来た血を気合いで飲み込み、取り落としたスチェッキンに右手を伸ばす。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:24:04.00 ID:Xq8Tr1Vn0
が、届かない。
後少しなのに、届かない。
伸ばした手が、何時からそこに来ていたのか、スチェッキンの手前でブーンに踏まれる。

【+  】ゞ゚)「ぐぬ……!」

( ゚ω^)「……」

静かに左目だけで見下ろすブーン。
もう片方の潰れた右目は、その奥に赤い光点が窺えるだけだ。
右手を踏む足を退かそうとするも、ビクともしなかった。
ブーンは懐からスチェッキンを取り出し、床に転がるオサムのスチェッキンに銃口を向けた。

そして、銃爪を引く。
スチェッキンの銃身が、呆気なく撃ち砕かれた。

( ゚ω^)「……ふんっ」

鼻で笑うと、ブーンはその破片を蹴り飛ばした。
撃鉄や遊底が、店のショウウィンドウにぶつかり、乾いた音を上げる。
あれでは、修復は不可能だ。

【+  】ゞ゚)「不良品が……」

( ゚ω^)「……ちっ」

ブーンはオサムの手から足を退け、何やら懐から取り出し、それをオサムの首筋に当てた。
これは―――

【+  】ゞ゚)「っが、ああああああああああ!?」

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:29:06.89 ID:Xq8Tr1Vn0
正体が分かった時にはオサムの全身に五万ボルトの電流が走り、絶叫を上げている。
護身用と言えば聞こえがいいが、それは明らかな武器だ。
だが、護身用のスタンガンだったからこそオサムは死なずに済んだ。
全身の筋肉が一時的に痙攣を起こし、まともに呂律が回らないだけだった。

首筋からスタンガンを離し、ブーンはそれを投げ捨てた。

【+  】ゞ゚)「……」

( ゚ω^)「間男が」

それだけ言い残し、ブーンは立ち去る。
残されたオサムは、立ち上がって追いかけようと懸命に体を動かす。
徐々にだが、体が動き始めた。
所詮は護身用。

動きを奪うのは一時的な物だ。
多少負傷してはいるが、大丈夫。
急いで起き上がり、ツンの元へと急がねば。
これでは、これでは―――

―――そんな事、冗談ではない。

【+  】ゞ゚)「……っ!?」

立ち上がった時、オサムはブーンが何故自分に止めを刺さなかったのかを理解してしまった。
目の前の床に、丸い何か大量に転がって来ている。
つまり、投げ込まれた数十個の手榴弾が―――
―――一斉に爆発した。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:34:02.25 ID:Xq8Tr1Vn0
店に空いた大穴から、何かの破片やガラス片と共に爆風が吹き出す。
それだけでは済まなかった。
店から少し離れた場所から、ブーンはどこからか取り出した起爆装置のスイッチを躊躇い無く押した。
店中に仕掛けた破壊力抜群のプラスチック爆弾の爆発は、堅牢な作りのジャンゴ社の建物を倒壊へと導いた。

立ち昇る粉塵を背に、ブーンは歩き出す。

( ゚ω^)「ツン……」

そう呟き、ブーンはその場を後にした。
残されたのは、大量の薬莢。
損壊した建物の壁。
割れたガラス片。

豪雨の後に出来た水溜りを、気にする事も無く踏み越える。
薬莢を踏み潰す。
建物の壁の破片を、蹴り飛ばす。
ガラス片を踏むと、粉々に砕けた。

右目から涙の様に垂れていた液体は、もうない。
一度だけ、確認の為に背後を振り返る。

( ゚ω^)「……」

生きている人間の息遣いはおろか、瓦礫の下には僅かな動きもそこには見て取れない。
暗視モードに切り替えていた視界を、赤外線モードに変える。
片目だけとはいえ、赤外線モードの機能は停止していなかった。
例え棺桶に隠れていたとしても、この目からは逃れられない。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:38:02.86 ID:Xq8Tr1Vn0
―――死んだのか、それとも肉片になったのかは定かではないが、人間の体温並みの反応は窺えない。
いずれにしても、体温並みの赤外線反応が無いと言う事はその場に存在しないと言う事。
あれだけ痛めつけられて建物内から爆発より早く移動する事など、物理的に不可能だ。
現に、オサムが背負っていた棺桶は瓦礫の下に残されており、その温度がハッキリと見えている。

棺桶の中の温度も見えている。
そこには、人間の体温は見えない。
これで、オサムの命が終わったのだけは確かだ。

( ゚ω^)「赤外線反応無し。 状況終了を確認。
     作戦の継続に支障無し。 行動を再開する」

赤外線モードを暗視モードに戻し、自分自身に報告するようにそう言ったブーンは、顔を正面に向き直して歩き出す。
しばらくして、ブーンの口元が歪む。
それはあまりにも歪すぎ、傍から見れば笑みの形だと気付くのには大分時間を要するだろう。
歪んだ口元から、壊れた機械の声がノイズ混じりに漏れる。

( ゚ω^)『ハハハハハハハァッ!』

その声と、姿が消えてからも。
崩れ落ちた瓦礫の下からは、何も聞こえない、何も動かない。
結局あの棺桶は、誰の為の物だったのだろうか。
そんな事、ブーンはどうでもよかった。

今はただ、己の欲望を満たす為だけに。
ツンを犯し、汚す為だけに。

【時刻――03:00】

ラウンジタワーの亡霊が、クールノーファミリーのゴッドマザーの愛娘を追い始めた。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:44:03.28 ID:Xq8Tr1Vn0
【時刻――02:40】

路地裏の暗闇を、白いハイビームのライトが切り裂く。
そのハイビームに照らされる大小様々な水溜りが出来たコンクリートの地面を、二輪のタイヤが踏みしめる。
そしてその白光を放っているのは、銀色のネイキッドバイク。
ホーネットの名の通り、スズメバチの羽音にも似た特徴的な甲高いエンジン音。

バイクの速度は、先刻に比べて大分落ちていた。
だがそれでも。
計器の針が示す速度が、時速100kmを下回る事は無い。
銀色の閃光が白い光を残して走るその様は、どこか神々しい。

と言うのも、銀色のバイクに跨り、それを駆る人間が桁違いの美しさと神々しさを持ち合わせているからだ。
流れるように風に靡く、眩いばかりの金色の髪。
その下で細められている、吊り上がった蒼穹色の碧眼。
彫像のように整った細い顔立ち。

最上級の絹のように白い肌。
アクセルスロットルを掴んで捻る指は、細く、女神のそれだ。
しかし、その身が纏うのは黒いロングコート。
コートの裾を髪と同じように靡かせる姿は、さながら地獄からの使者が早馬を走らせているかの様に不気味だった。

地獄の死者がその姿を女神に似せるのは当然であり、それが女神よりも尚美しいのはもはや当然を通り越して常識である。
肩に提げているのは消音器付きの狙撃銃、VSSヴィントレス。
アクセルスロットルを掴んでいない左手が持つのは機関拳銃、スチェッキン。
銃で武装し、黒の服に身を包む美しい女性。

銀色のバイクを駆るうら若い女性は名を、クールノー・ツンデレと言う。

ξ゚听)ξ

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:47:05.02 ID:Xq8Tr1Vn0
オサムと別れてから、ツンは"カトナップ"に与えられた任務を継続する為に、一人バイクを駆っていた。
本来ならオサムとの二人組で行う筈だった任務の内容は、大通りの敵を引っ掻き回して混乱を招き、他の味方に及ぶ驚異を減らすことにあった。
だが、オサムが欠けた今、それを継続できるのはツン一人だけである。
効率は下がるが、任務の継続はどうにか可能だ。

オサムが欠けてしまったのは予想外だったが、オサムならば生じた穴をどうにかして埋め合わせしてくれるだろう。
今、ツンが危惧しているのは相棒の事が第一。
続いて、目の前にあるこれからの事が心配だった。
そもそも、この"カトナップ"がツンとオサムの二人一組だけで編成されているのには、歴然たる訳がある。

大通りには大量の敵兵がおり、更には戦車までいる。
戦車の相手はギコ率いる"パンドラ"がする予定だが、歩兵の相手は"ヤーチャイカ"と"カトナップ"の役割だ。
敵を全滅させることは今の物量的に不可能であり、デレデレの作戦通りに連中を大通りに釘付けにするのが"カトナップ"で、それらを駆逐するのが"ヤーチャイカ"である。
そしてその為に、"カトナップ"は小回りの利くバイクを使った撹乱を行う。

問題だったのは、マニュアル操作のバイクを使うと言う点だ。
車と違い、バイクはアクセルスロットルを手で捻らなければ走らない。
それだけではなく、チェンジペダルと後輪のブレーキ以外の動作を全て手で行わなければならないのだ。
相当な速度を出して走行し、加えて蛇行運転にも近い走行を余儀なくされる為、片手運転は非常に危険だった。

デレデレの作戦通りに敵の半分以上が"デイジー"に向うように仕向ければいいので、"カトナップ"の人員は少数でいい。
一人では少なく、逆に多すぎると、こちらの作意を勘繰られてしまうからだ。
"ヤーチャイカ"と"パンドラ"に及ぶ影響を減らし、そのついでに"ジングル"への注意を削ぐ。
高脅威の駒が一つ、場にあるだけでも大分印象は違う。

だからこそ、"カトナップ"は二人一組なのだ。
連携の取れた二人一組ならば、片方が運転に集中し、もう片方は安全に装填作業が行える。
しかし、その片方が欠けたと言う事は、運転と装填作業、そして射撃。
この三つの仕事を、同時に一人で行わなければならなくなってしまっていた。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:53:09.02 ID:Xq8Tr1Vn0
作戦続行の為には、ホーネットで大通りを駆けまわる間の装填を諦める他、ツンに手立ては無かった。
一応、先程速度を落とした際に自力で装填を行った為、弾切れまでは装填作業はしなくてもいい。
ツンの持つスチェッキン"砂の盾"は、装弾数を二倍にした特別な弾倉を使用している。
残念なことに、ヴィントレスはバイクを運転している間は"長物"扱いになる為、使い物にならない。

その為、一度に使用できる弾の数は合計で80発。
大通りにいる敵の数は、弾倉内の弾丸と桁が三つは違う。
とてもではないが、気休めにすらならない弾数だ。
それでも、殲滅が任務ではないので弾数は問題ではない。

それに、一発一発を確実に使いつつ逃げれば、弾倉内の弾だけで二十分は耐えられる自信がある。
装填の度に一旦路地裏に逃げ込めば、更に相手を混乱させ続ける時間は伸びるだろう。
兎にも角にも、大通りに戻って任務を再開する事が今の最優先事項だった。
左手に持つ"砂の盾"を決して離さぬよう、ハンドルを握る手に力を込めた。

目指すは大通り。
祭りの為に用意された証明のおかげで昼のように明るい大通りは、10分程前から大混乱が始まっていた。
銃声と怒号の飛び交う大通りは、一歩足を踏み入れてしまえば如何に手練と雖も臆し兼ねない。
ツンも、僅かながら単身でそこに向かう事に対して不安を感じていた。

一緒にいた相棒がいないだけで、こうも不安になる物なのかと思うが、考えすぎだと言い聞かせる。
ただ、風避けと弾避けと運転手と観測手と話し相手がいなくなっただけだ。
一人でもやれる。
今までそうして来たように、これからもそれは変わらない。

相棒も一人で大丈夫なのだから、自分も一人でも大丈夫に決まっている。
そう思わなければ、自分以上に相棒が心配になって仕方が無い。
元はと言えば自分の不始末が原因なのに、それをあの男は我が事のように請け負った。
後ろめたいと言うか、どこか申し訳ない気がしてならないのだ。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 15:58:03.15 ID:Xq8Tr1Vn0
貸し借りを作るのは好きではない。
それが好きな人種は、高利貸しの類か政治家ぐらいだろう。
義を重んじるようにと昔から教えられているツンとしては、一方的な借りが気に入らないのは仕方が無い話だった。
借りは、どんな形であれ必ず返す。

その為には、互いが生きていなければそれは成立しない。
果たして、相棒の方は本当に大丈夫なのだろうか。
そんな思いと共に、スロットルを捻る。
疑念を吹き飛ばすようにして、ホーネットが突き進む。

ξ;゚听)ξ「……っ!」

大通りへと戻った一瞬、ツンは目の前の光景に息を飲んだ。
ほんの十分程しか目を離していないと言うのに、大通りは先刻よりもより苛烈な戦場へと変貌していたのだ。
大軍相手に少数で奮闘している裏社会の面々の様子からは、裏社会の人間が如何に場馴れしているかがハッキリと窺い知れる。
しかし奇妙だったのは、大通りにいた敵兵士の数が気のせいか予定よりも幾らか減っている事だった。

死体となっているのならばいいが、死体の数がそこまで無いので、どうにも違うらしい。
あくまでも予定の数である為、敵が別の場所に人員を幾らか割いていたとしても何ら不思議ではない。
何事も、全て予定通りとはいかない。
その事を弁えているツンは、大通りでの自分の仕事が幾らか楽になるとだけ考えた。

そして、ホーネットのエンジン音を聞き咎めた敵兵士達がようやくこちらを指さし、何事かを叫ぶ。
が、それは既に背後。
何を叫んだのかは、結局聞こえなかった。 無論、聞くつもりは毛頭ない。
西の路地裏から飛び出て大通りの東側に来たツンはバイクを体ごと倒し、中央に寄りつつ思い切り大通りを南に向かって曲がる。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:02:02.58 ID:Xq8Tr1Vn0
周囲がこんな状態なのに速度を落として狙い撃っていれば、ものの十秒も経たない内に全身蜂の巣だ。
銃弾と爆音と怒号が飛び交う中、ツンは姿勢を低く、バイクに押し付けるような体勢で車体を元に戻した。
辛うじて左手のスチェッキンを構え、狙いを定めようと試みる。
―――しかし、狙っていた相手はあっという間に後ろに過ぎ去ってしまう。

疾すぎる。
まだこの速度に慣れていない身としては、当てるのを前提にして撃つのはかなり辛い。
フルフェイスのヘルメットがあれば、まだ良かったかも知れない。
疾さの代償として吹きつける風が強く、目をまともに開けていられない為に狙いが付けられないのだ。

これでは照星が標的に合わさった時には、その相手は遥か後方である。
潔く構えていたスチェッキンを解き、ハンドルを握る手に再び力を込める。
ツンは、そのまま南に向かってホーネットを走らせた。
確か、この方角にはヒート達"ヤーチャイカ"がいる筈。

反対側の北には、ギコ達"パンドラ"がいる。
あそこに戦車が集結する手筈となっている為、ツンとしては近寄りたくない。
餅は餅屋と言うレベルではなく、専門分野の次元が違うのだ。
とりあえず、ヒート達の正確な位置を掴んでから援護をしつつ、予定通り場を滅茶苦茶にする事にした。

どこに"ヤーチャイカ"がいるのかは、少し考えればすぐに分かる事だった。
反則と言っていい程のワイルドカードが二枚もいるのだ、敵も馬鹿ではない。
すぐに叩き潰そうと、多くの兵を向かわせるだろう。
つまりは、一番敵が集まっている場所の中心に"ヤーチャイカ"はいるのだ。

そしてそれは、すぐ左前方に見つかった。
遠巻きから背の高い女が何やら周囲の兵に指示を出しており、次々と仮面を被った兵士達が一箇所に殺到している。
中心部分は見えないが、間違いなくあの台風の目にヒート達がいる。
ふと、背の高い女の周囲にいた数十の兵士がツンの接近に気付き、顔を向けた。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:06:18.85 ID:Xq8Tr1Vn0
今回の接近は場所を把握する為であって、無理をして撃つ必要はない。
左前方に見えていた光景が遥か後方に移動した辺りで、ツンは方向転換。
後輪が音を立てて地面を擦り、前輪を中心点として半回転。
勢いを殺すことなく一瞬で方向を北に変えたツンは、速度を上げる。

速度に慣れれば、一先ず"当てる"のは可能だ。
それまではこうして移動し続け、状況を逐一把握することに徹するのが得策である。
後は、風をどうにかすれば。
十秒と目を開け続けていられない程の向かい風をどのように攻略するか、それが課題。

フルフェイスのヘルメットはおろか、風を防ぐ為のサングラスも無い。
いつまでも目を限界まで細めたままの状態では、正確に狙い撃つことはできないのだ。
オサムの背が風を防ぐ意味での壁となっていた事の重要さに、舌打ちと共に今更ながら感謝した。
"ヤーチャイカ"のいる場所の前を素通りし、ツンは歯車城の手前まで来て進路を変更する。

先と同じ要領で素早く南に向き直り、直線を稲妻のように駆け抜けた。
後方の上空から、ハインドのローターの回転音が聞こえてくる。
オサムがいた時はどうにか撃墜出来たが、今は不可能。
これはいよいよ、早急に対策を考える必要があった。

振り返らず目線だけをバックミラーに向け、背後の様子を窺う。

ξ゚听)ξ(……あっ!)

ハインドの姿を目に捉えたその直後、ツンに向かおうと機首を下げたハインドが宙で爆散した。
見れば、ハインドの居た位置に向かって伸びている白い煙の帯がある。
建物の屋上から放たれた携行式地対空ミサイルのそれだと、一瞬で理解した。
視線を前に戻し、可能な限り速度を落とさずに、そこら辺に墜ちているハインドの残骸を避ける。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:10:18.89 ID:Xq8Tr1Vn0
"ヤーチャイカ"を囲む集団が、再び左手に見えて来た。
あれだけ密集していれば、狙わずとも当てられる。
そう確信したツンは、ホーネットを更に加速させた。
そして、集団の横を通り過ぎた瞬間、ブレーキを掛ける。

時計回りに車体が滑りながら半回転し、その際に左手のスチェッキンを持ち上げ、銃爪を引く。
遂に側面から一撃浴びせかけ、一瞬で方向を変えることに成功したツンは、逃げるようにしてその場から去る。
確かな手応えを感じる事の出来た今の一撃は、中々に不意を突けたようだ。
スチェッキンを使う場合には、今ぐらいの距離を保ちながら撃てばいいだろう。

これで、一先ずの問題は解決した。
何度も使えない方法だが、一時的な凌ぎの技として考えておけばいい。
使えなくなる前に、また新たな方法を考えなければならないのだが。
今は、贅沢を言っている余裕はなかった・

それを考慮しつつ、今の攻撃を再度、今度は背面から仕掛けることにした。
歯車城の前に来てから半回転、そして加速。
先刻と同じ動作だったが、今度ばかりは相手は馬鹿ではなかった。
二度も同じ手を喰らわないとばかりに、ツンに向けて遠距離から撃ってきたのだ。

弾を避ける為に車体を倒しながら大きく西に曲がり、楕円を描くようにツンは弓なりに進む。
当然、これだけの速度で走りまわっているのだ、弾が当たる筈が無く、ホーネットが通り過ぎた地面を穿つだけだ。
"ヤーチャイカ"の近くの敵は仕留められないが、進んだ先にも敵はいる。
むしろ、この大通りならばどこにでも敵はいる。

的に困る事は無い。
視線の先で瞬く間に弾切れになった男が、マニュアル通りに弾倉を交換しようと空になった弾倉を外した。
その男の装填作業の隙を突き、素早く廻り込んで正面に捉える。
前輪を持ち上げ、そのままそれを槌の様に叩きつけた。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:14:53.42 ID:Xq8Tr1Vn0
( ∴)「ごゃっ?!」

奇妙な叫びと共に、男の体が押し潰される。
その横にいた男が銃口をツンに向けようとしていたが、それは間に合わない。
前輪が男を押し潰すのと同時に前輪でバランスを取り、反動を利用して僅かに持ち上げた後輪をバットのように回転させ、男を後輪で殴り飛ばす。
悲鳴を上げながら地面を転がり、男はそのまま動かなくなった。

( ∴)「っゃご?!」

その動作で、前輪の下敷きになっていた男に対して更なる追い打ちが加わった。
硬い何かを力任せに千切ったかのような暴力的な音が上がるも、それはホーネットのエンジン音が掻き消し、ツンの耳には届かない。
音の正体は、ホーネットの前輪が男の首元を抉る様にして廻り、強引に半分程引き千切った為に上がったもの。
半分千切れた首元から上がる火花が、男の再起不能を雄弁に物語っている。

だが、ツンはそんな事には構わずにホーネットを走行させ、後輪で男にトドメを刺した。
その前に後輪で蹴り飛ばした男のいる方向へと、向き直る。
男は、生まれたばかりの小鹿が立ち上がる様に全身を震わせながら、健気にも両手で立ち上がろうと試み始めていた。
前輪を持ち上げ、そのまま進む。

両手両膝を付いた体勢の男の後頭部目掛け、一切の慈悲なく前輪を落とした。

( ∴)「びぶっ!?」

頭部が潰れた衝撃で何処かの神経系回線がイカレたらしく、うつ伏せに倒れている男の体が滅茶苦茶に動き始めた。
もっとも、その頃にはツンを乗せたホーネットが南へと向かっており、それの様子はバックミラーで見たのであるが。
都の南部に近付くにつれ、敵の数が徐々に減っている事に気付いた。
減っているとは言っても、未だ数百単位で敵がいる為に油断は全く出来ない。

ξ゚听)ξ(……ァック!)

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:18:21.04 ID:Xq8Tr1Vn0
ここまで酷い状況なら、文句の一つや二つは遠慮なく声に出して叫びたい所ではあった。
が、この速度の中でまともに口を開ける筈も無く、心の中で叫ぶだけに止める。
道路の真ん中に墜ちていたハインドの傍を大きく廻り、再び北に向かう。
スチェッキンの銃口を右に向け直し、ホーネットをフルスロットルで走らせた。

ニトロエンジンが積まれている事を知らないツンは、ホーネットの異常なまでの加速性に何ら違和感を覚えない。
フルスロットルで駆ける銀色のホーネットは、まさに化物を殺す銀の弾丸だ。
スズメバチの羽音を響かせて走るホーネットが、ヒート達を囲む集団の横を通り過ぎる。
その半瞬前。

フルオートで放たれた弾丸が、無防備にも背を向けていた者の背を穿つ。
ホーネットに乗るツンに顔を向け、無礼にも銃口を向けていた者はその顔を。
ツンを乗せたホーネットが通り過ぎた時には、弾丸をその身に浴びた者達が一斉に倒れた。
あれだけ集まっていれば、狙うまでも無かった。

次なる一撃の方法を考える。
一撃毎に違った攻撃方法を考えるとなると、時間が圧倒的に足りなかった。
元々、最善の方法として二人一組の行動が挙がっていたのだ。
その方法は、デレデレが考えたものだった。

それ以外の方法は検討されておらず、ここから先はツン一人の思考だけが頼りである。
果たして、可能なのだろうか。
自分一人の力でこの状況をどうにかする策を思いつく事は、可能なのか。
否―――、可能、不可能の問題ではない。

可能にしなければならないのだ。
現状を考え、そこから策を思い浮かべる。
それでも足りない。
可能にするためには、思考力と集中する為の場が足りない。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:22:48.30 ID:Xq8Tr1Vn0
こんな鉛弾の飛び交う危険な場所で、悠長に考え事に専念するだけの余裕はない。
デレデレならばどう考える。
この状況。
デレデレが考え付いた最善の策と符合する程の策。

―――そう言えば。
作戦を説明している時、デレデレは言っていた。
"状況に応じて作戦を変更しても良い"、と。
つまり、他に手があるのだ。

本当にどうしようもない場合、デレデレはちゃんと言ってくれる。
家族相手に多少の意地悪はするが、根拠のない嘘だけは吐かない。
それを信じるならば、この状況下でも考え付く作戦がまだ残っているはず。
作戦を変更するような事態が生じても、考え付く作戦。

答えを急いではいけない。
この間、考える事は二つだけ。
"弾に当たらないよう動き続ける事"。
そして、"答えを自力で見つける事"。

滅茶苦茶な軌道を描きつつ、ツンはホーネットを銃弾の雨から逃がす。
一発でも燃料タンクに当たってしまえば、引火して爆発してしまうかもしれない。
体を低く。
目を細める。

速度はそのままに。
しかし、軌道はより複雑に。
思考は冷静に。
しかし、その回転はより高速で。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:27:08.86 ID:Xq8Tr1Vn0
間もなく至る。
固定概念を捨てた、その作戦に。
つまり―――

ξ゚听)ξ(狙撃でも、十分混乱はさせられる……!)

そう。
何も、バイクで走り回る事に固執しなくてもいいのだ。
ホーネットを使っているのは、独特のエンジン音と眩い車体で敵の注意を惹きつける為。
そして、弾が当たらないように考慮する為。

では、それらを他の行動で補えるのかと言われれば。
答えは可。
補える。
多少の無茶を承知すれば、十分補える。

高所に移動し、そこから狙撃をする。
敵がこちらを見つけない限りは、確実に混乱するだろう。
あれだけの人数が固まっている中での狙撃は、機械の心にも焦りを生じさせるには十分だ。
ホーネットで現場を駆け廻るという考えに固執しなくても良い。

高所を移動し続け、そこから弾が許す限りの狙撃を。
その頃には、敵は姿の見えないツンを探して躍起になる。
それは、ホーネットが生む混乱と遜色ない程の効果が期待できた。
となれば、ツンはこの場から移動する必要があった。

この大通りにいる限り、敵の眼は常にツンの姿を捉え、そして狙い撃ってくる。
こうして移動を続けるのも、燃料が許す限りだ。
決断は迅速に。
実行はより速く、だが、確実に。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:31:18.73 ID:Xq8Tr1Vn0
仮に、ここで焦ってさっさと移動したとして。
その代償として払わなければならない物を考えると、釣り合わない。
狙撃手は、その位置を知られてはならないのだ。
知られないが故に脅威であり、恐怖なのだから。

知られてしまえば、自らを窮地に追い込んでしまう。
支払う犠牲は、その脅威のレッテルと身の安全だ。
狙撃手の価値が失われる事を考えれば、多少の時間を割いた方がいい。
焦りで目的の真意を見落とすな。

今は未だ、"当初の予定通り"敵の注目がある。
デレデレの予定を打ち消す。
打ち消しの行動は、ツンが知らぬ内に自ら起こしていた。
あまり敵を殺し過ぎない、手を出し過ぎない。

つまり、ツンを虚仮威しだと思わせればいい。
その後、すぐ狙撃援護につけばこの間に失われた時間の帳尻が合う。
このまましばらくの間、疾さに身を委ねていれば敵の関心は薄れるだろう。
風である事に徹すれば。

言い聞かせる。
それに成り切るよう、他の誰でもない自分に向けて。
一発の弾丸に。
縦横無尽に地を駆ける弾丸に。

一筋の流星に。
眩いばかりの流星に。
一陣の颶風に。
弾丸ですら、避けて通る颶風に。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:36:18.03 ID:Xq8Tr1Vn0
駆ける。
それだけに徹する。
弾丸に、流星に、颶風に。
誰も捕らえられない領域へ。

北へ、北東へ。
東へ、東南へ。
南へ、南西へ。
西へ、西北へ。

スズメバチの名を冠したバイクが、大通りを蹂躙するかのように駆ける。
だが、その針は誰も傷つけない。
最初の内は焦っていた兵士達も、次第にツンが攻撃してこないのだと理解すると、その興味を欠いた。
とはいえ、心の隅に留めておく程度の事はしているだろう。

しかし、所詮は風。
強い風が吹いて、そこまで気にする者はいない。
風であるが故に、ツンを脅威と感じる者はいない。
風がスズメバチに変わった時、初めて脅威となる。

ξ゚听)ξ(このままいけば……)

加速する世界に目が慣れるにつれ、周囲の状況が次第に鮮明に映る。
敵の動きが分かる。
やはり、何もしてこないツンに対して明らかに興味を失っていた。
今は、相手にとって最悪のワイルドカードである"ヤーチャイカ"にお熱の様だ。

ξ;゚听)ξ「……っ!?」

―――三人を除いては。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:40:21.47 ID:Xq8Tr1Vn0
(*゚∀゚)

一人は、金髪の若い男だった。
黒い軍用外套をだらしなく身に纏っている姿は、どう見てもそこら辺にいるチンピラだ。
だが両腰に差しているのは、ツンも見た事が無い程に大振りのナイフ。
下卑た笑いを浮かべながら、男はツンの横を"並走している"。

爪゚∀゚)

もう一人は、茶髪の少年だった。
金髪の男と同様の格好をしているも、その容姿はまだ幼い。
小学校低学年と言っても確実に通用する容姿とは裏腹に、その小さな背には不似合いなショットガンが提げられている。
さながら、小学生が性に目覚めたかの様な気色の悪い笑みをツンに向けながら、少年もツンの横を並走していた。

爪゚A゚)

最後の一人は、白髪の混じった黒髪の女だった。
年の頃は三十代後半、言わずもがな他の者と同じ格好をしている。
他の二人とは違い、特に目立った得物を持っていない。
底意地の悪い表情を浮かべ、女はツンの背を追っている。

有り得ない、と喉元まで上って来た言葉を飲み込む。
有り得ているから有り得るのだ。
この連中は、ヒートが"パンドラの箱"を終えた時に報告していた連中に相違ない。
亜音速で行動する機械仕掛けの兵士。

この三人だけが、ツンに興味を示したかのように行動を起こしていた。
そして、一人が口を開いた。

(*゚∀゚)「へへっ、君、可愛いねぇ」

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:43:11.70 ID:Xq8Tr1Vn0
反吐が出るような声だった。
値踏みするかのようにツンの体を観察する男の視線が、気持ち悪い。
確かこの男。
ギコを刺してペニサスに殺された筈。

爪゚∀゚)「くくっ、生意気で気の強そうな顔してるねぇ」

気に入らない餓鬼の声だった。
新しい玩具を目の前にしたか子供のような目で、ツンを見ている。
子供はいいが、こう言った餓鬼はどうにも嫌いだ。
今スグに殺すか、それが叶わないなら殴りたい。

爪゚A゚)「ふふっ、くふふ、相変わらずむかつく顔だわぁ」

壊れている。
この女は、頭のどこか大事な部分が壊れている。
笑い声だけでそれが判断できる程に、女は壊れていた。
だが、それに反して眼だけは気味が悪い程に生き生きとしている。

連中の最大の問題は、"時速300km"で走るツンと並走している言う事。
こいつ等は攻撃が可能かもしれないが、ツンは手が出せない。
むしろ、ツンよりも疾く動ける筈だ。
予想外の脅威の出現に対して、しかしツンの見せた反応は素早かった。

銃器による迎撃が不可能と判断し、ツンは速度を更に上げた。
それに応じ、敵も速度を上げ―――
―――そこで、ツンは急ブレーキを掛けた。
逃げ道を前方にだけ絞っていたと油断していたらしく、左右を並走していた二人が先に抜ける。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:46:15.19 ID:Xq8Tr1Vn0
が。
このままでは後ろの一人がホーネットのリアテイルに激突してしまい、ツンの身が危うくなるのは必至。
しかしそれは、相手から避けてくれた。
何せ、相手は機械だ。

自ら進んで破滅の道を進むわけがない。
速度がその域に達すると言う事は、その速度の中でも反応が出来る能力があったとしても何ら不思議ではない。
反射的にホーネットを飛び越え、壊れた笑い声を上げる女は前方に着地。
一方のツンは、素早くギアを変えてホーネットを再発進させている。

目指すは都の西部。
敵の手が及んでいない、表通りへと進める。
こうなった以上、大通りでの戦闘は不可能だ。
それだけではない。

彼らがツンに差し向けられたと言う事は、ツンを相手にするには彼らだけで十分だという考えの表れ。
あれが、敵がツンに向けた注意と対応の凝縮された物だと考えていいだろう。
随分と舐められたものである。
こんな―――

―――こんな、鉄屑にも劣る三人を差し向けて。
これだけで、本当に足りると思っているのか。
まぁ、それならそれでいい。
後悔先に立たずと言う言葉の意味を、授業料の鉛弾と一緒に教えてやればいい。

テイルランプの尾を引いて、表通りへと続く路地に侵入したツンは、間もなく幅の広い道路に出た。
そこは大通り程ではないが、表通りの中でも中々に繁栄した通りだった。
大型のデパートが数多く立ち並び、その合間に衣料品店、雑貨屋などの小さな店が建っている。
しかし、この通りに明かりと呼べる物は街灯ぐらいしか無い。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:50:03.56 ID:Xq8Tr1Vn0
当然だ。
この三日間、大赤字覚悟の値段設定をして店を開いても、閑古鳥が鳴くだけなのだ。
店を開くだけ損をしてしまう。
となれば、電気代を惜しんで店を閉めていた方がまだ利口である。

それに、表通りで名を馳せる店の大部分は、大通りに屋台を出している。
で、あるからしてこの通りに残っている人間は警備の仕事か、それとも余程の物好きだけだ。
唯一の光源となったホーネットのハイビームのライトが、陸橋の下に出来ている巨大な影を照らす。
自転車なども走ることの出来る立派な陸橋の掛かる交差点の下に来た時に、ツンは横目でミラーを見た。

ξ゚听)ξ「……ちっ」

黒い影が一つ見え、それが瞬く間にツンへと迫っている。
残る二つの影が遅れてその後ろに続く。
まずは一人が様子見、と言ったところか。
一人目でツンが手古摺る様なら、残りの手出しは不要と言わんばかりに。

当たり前の事だがここには、ハインドも戦車も、敵の兵士もいなかった。
邪魔がいない。
ある意味、大通りよりもずっと動きやすい。
ならば、手古摺る事は有り得ない。

表通りは、裏通りとは違って道が入り組んではいない。
故に迷うことは滅多になく、更にはほとんどの道路がある程度の幅を持つ。
車体を倒し、大きく右に曲がる。
遂に敵が、ミラーに映る影の輪郭と表情が分かるまでの距離に迫って来た。

(*゚∀゚)「待ちなよ、俺とお喋りしようぜ!」

ナイフを抜き放ち、金髪の男が先陣を切って迫ってくる。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:53:23.05 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「……」

言葉を返すのも面倒くさい上に、口を聞くのも嫌だった。
何を思ったのか男はニヤリと白すぎる歯を見せ、作り笑いを浮かべる。
ツンは無言で、眉一つ動かさずにミラーに映った"それ"から目を逸らす。
その態度が不満だったのか、遂に左横に並んだ男が立て続けに喋り始めた。

(*゚∀゚)「まぁまぁ、俺さ、こう見えて結構顔が広いんだ。
    芸能界にコネあってさ、俺と話しても損はないと思うんだよね。
    俺が少し後押しすれば、あっという間に芸能界デビューでき―――」

ξ゚听)ξ「―――出来るから、だからそれが何?」

目線は前に固定したまま、ツンは嫌々口を開いた。

(*゚∀゚)「ひゅー、いい声だねぇ!
    俺、君の事もっと知りたいんだよね。
    だから、今の所は大人しく捕まってくれないかな?
    それからさ、ホテルにでも行ってゆっくり―――」

ξ゚听)ξ「失せろ」

スチェッキンの銃口を並走する男の鼻面に突き付け、それと同時に銃爪を引いた。
喋る暇があるなら、少しは警戒するべきだったのだ。
銃口を向けられた時に浮かべた驚愕に満ちた表情のまま、男は顔から派手に転んだ。
顔面を銃弾に撃ち砕かれただけでなく、男は勢い余って跳ね、何度も顔を地面に打ち付ける。

転がる勢いが止まる頃には、その胴体に首は付いていなかった。
数十メートル後ろに落ちている首からは、神経の尾の様にケーブルが剥き出しに飛び出ている。
一方の胴体も、今では遥か後方に遠ざかっている。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:56:08.88 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「……」

まだ一人目。
残るは二人。
一人目は馬鹿だったのであっさり殺れたが、残る二人が馬鹿だと言う保証はない。
溜息は後回しにして、他の二人の姿を探す。

大通りと違い、明かりがほとんど無い為相手の姿が上手く見えない。
広めの交差点を右に曲がった所で、その姿を見咎めた。
100メートル程先にある陸橋の上にあった二つの影が、消えた。
違う、消えたのではない。

跳躍したのだ。
低く。
斜め下方に向け、弾けるような跳躍。
狙いが丸分かりである。

ξ゚听)ξ「……せっ!」

エンジン音とは異なる甲高い音。
タイヤと地面が擦れ合い、ホーネットの速度が落ちる。
直後、タイヤの跡を残して一瞬で方向転換したツンは、地面に勢い良く着地した二人を置き去りに走り去った。
来た道を戻り、陸橋に通じる階段へ向かう。

当然、バイクで陸橋に上がる為だ。
しかし、ホーネットはオフロードタイプのバイクではない。
サスペンションなど、オフロードタイプのそれと比べたら気休め程度の物しかついていない。
しかも、タイヤの大きさと車高を考えたら、階段を登るなど―――

ξ゚听)ξ「……っしょ!」

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 16:59:09.96 ID:Xq8Tr1Vn0
―――階段でなければいいだけの話だった。
階段の間に作られた自転車用のスロープを、ツンは迷いなく走らせた。
自転車も利用できる陸橋ならば、当然自転車を押しながら登れるよう設計されている。
自転車が登れるならば、バイクで登れない筈がない。

陸橋の頂上に至ると同時に、遂にヴィントレスを構えた。
光学照準器を覗き込み、銃爪を引き絞るのにツンは一秒も時間を割かなかった。
狙いは移動目標ではない。
交差点の隅、歩道の端に設置されている消火栓だ。

今、ツンの持つ銃器に装填されている弾丸は徹甲弾並みの威力を持つ。
ゼアフォー達の装甲を撃ち砕ける弾なら、消火栓程度は軽く貫通できる。
消火栓から勢いよく水が噴き出し、水の十字架を作り上げた。
その水圧は、人間を軽く吹き飛ばせるだけの力がある。

暴徒鎮圧の為に、放水が行われる事がある。
傍から見れば健気な攻撃に見えるが、高水圧によって放たれているのは水の拳。
それを、高速で駆け抜ける物が側面から受けたらどうなるか。
答えは明々白々。

転倒。

爪;゚∀゚)「どぅおわっ!?」

爪゚A゚)「……ちぃ!」

一人はまともにそれを受け、無様に転んだ。
"糞餓鬼"が受けたおかげで、もう一人は問題なく水に殴られることなく駆け抜けた。
そして、ツンのいる陸橋まで跳躍。
女はホーネットに対峙する形で、音も無く着地した。

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:02:03.03 ID:Xq8Tr1Vn0
爪#゚A゚)「クールノー……!
     やっぱりむかつく……!
     未熟な小娘風情が、生意気な!」

ξ゚听)ξ「あら、中年行き遅れ阿婆擦れ女が何か言った?」

ハイビームのライトに照らされながらも、女は瞬き一つしない。
その顔が、怒りに歪んだ。
皺が目元、口元にハッキリと浮かぶ。
適当に言ってみたのだが、やはり阿婆擦れ女だった。

怒りに震える声で、女は言った。

爪#゚A゚)「何……言ってんの?
     私が……行き遅れ?
     ……殺す、殺す、殺すぅ!」

ヒステリーを起してしまった。
これだから性格が破綻した中年女は困る。

ξ゚听)ξ「五月蠅いわね。
      行き遅れ女の滑稽な声をこれ以上聞かせないで。
      耳障りなの、黙りなさいよ」

遂に女は無言になり、両手を腰に回す。
金属同士が擦れ合う音と共に、女は腰から二振りの戦斧を取り出した。

爪゚A゚)「はあぁぁぁぁぁっ……」

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:06:40.37 ID:Xq8Tr1Vn0
深く息を吐き、女は腰を落とす。
両手を大きく広げて構え、女の眼が怪しく光る。

爪゚A゚)「しっ……!?」

瞬間。
女が一際は大きく腰を落としたかと思うと、女の足元が大きく爆ぜた。
何が起きたのかを理解には、目ではなく耳が役立った。
爆ぜる直前、盛大な銃声が響いていたのだ。

その銃声の発生源は陸橋の約50m向こう、左下から。
数十秒前に消火栓から吹き出た水に吹き飛ばされていた餓鬼の手にある、ショットガンだ。
正確な種類までは分からない。
が、今撃たれた弾の種類なら分かる。

散弾ではなく、スラッグ弾。
当たればひとたまりも無い。

爪゚A゚)「邪魔……しないで!」

味方に狩りを邪魔された女は、眼下の餓鬼を糾弾する。
それを受けて餓鬼は、愉快気に答えた。

爪゚∀゚)「うるせぇんだよ、ババア!
    仕事を忘れてんじゃねぇよ!」

爪;゚A゚)「うぅ、あ……!」

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:09:03.23 ID:Xq8Tr1Vn0
何か言い返したいのだろうが、餓鬼の言い分が正しいようだった。
ポンプアクション独特の装填音が聞こえると、銃口が自分に向けられるのが分かる。

ξ゚听)ξ「……って、あれ?
      ひょっとして、あんた、ぬー・ラリーヒョンドル?」

女の狼狽した顔で、ツンは記憶のゴミ箱の中に捨てていた者の名を思い出した。
そうだ。
この中年阿婆擦れ女、ぬー・ラリーヒョンドルはツンが狙撃して殺した女だ。
いつもは御三家のご機嫌伺いと、結婚活動に邁進していた組織の首領だったと記憶している。

が、あまりにも目障りである為にデレデレが祭りの前に狙撃を指示。
豪雨の中、結婚活動に向かう途中で眉間を撃って射殺した。
それが今、こうして目の前にツンの進路を妨害する石ころとして存在している。

爪゚A゚)「……え?
     今……思い出したの? こ、この、この私を?
     自分が殺した人間の事を、忘れていたって言うの?」

信じられないといった様子で、女はツンを睨みつけた。

ξ゚听)ξ「殺したゴキブリの顔をいちいち覚えている人間が、この世にいるとは思えないけど。
      なんだ、やっぱりそうなの。
      あんたみたいな中年阿婆擦れ女が世の中に溢れてるせいで、どうにも覚える必要性を感じなくてね。
      地獄の住民にも見捨てられたのかしら?

      そりゃあそうよね、あんたみたいな腐れ尼と結婚するぐらいなら過労死した方がましだもの。
      あら? 何で震えてるの? 中年女によくある尿漏れってやつかしら、ヤダヤダ、汚い。
      漏らすなら向こうでやってよ、汚いから。
      言葉の意味も分からないのかしら?」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:12:04.33 ID:Xq8Tr1Vn0
爪#゚A゚)「あんたぁあああああああああああああ!!」

爪゚∀゚)「あっはっはっは!
     汚ねぇ!
     言えてる、確かにそのオバサン汚ねぇもん!
     あーっはっはっは!」

爪#゚A゚)「づー!笑うなぁああああああ!!」

片方の手が持つ戦斧を、笑い転げる餓鬼目掛けて投擲。
づーと呼ばれた餓鬼は、難なくそれをショットガンで撃ち落とした。
到達する前に砕け散った戦斧の破片が、花火の様に散る。

爪゚∀゚)「何すんだよ」

顔は笑っているが、声は笑っていない。
いきなり、仲間割れでも起こしてくれるのだろうか。
だが、仲間割れに乗じて目の前の敵を殺したとしても、下からショットガンで撃ち殺される危険性がある。
逆もまた然り。

この絶好のチャンスを黙って見ているのは時間的に惜しいが、今はこうして機を窺うのが賢い選択だ。

爪#゚A゚)「あんたぁ、餓鬼のくせに大人をからかうの?!」

爪゚∀゚)「先に仕事を忘れてキーキー言い出したのはお前だろ。
    他の連中に迷惑が掛かるんだよ。
    止めてくんないかな、そう言う自分勝手な行動はさぁ。
    ほんと、オバサンは皆自分勝手だな」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:15:09.50 ID:Xq8Tr1Vn0
爪;゚A゚)「べ、別に……いいじゃない!
     他の奴らがどうなろうが、私には関係ないわ!」

ツンとしては、下にいる餓鬼の意見に同意である。
中年女の多くは感情論で動く。
一時の感情に流され、周囲を巻き込み、やがて開き直る。
出来る事ならばこの喧しい中年女を殺してから、下の餓鬼の相手をするという提案をしたいところだ。

だが、それを下の餓鬼が呑むとは思えない。

爪゚∀゚)「……もう一度、死んでみるか?」

爪゚A゚)「あんたこそ、もう一度死んでみる?」

ツンそっちのけで、勝手に殺意をぶつけ合う二人。
もう少しだ。
もう少し加熱してくれさえすれば、勝手に潰し合ってくれる。
では、ツンに何が出来るか。

十分過ぎる程熱した油に、火を投じてやればいい。

ξ゚听)ξ「……脳漏れ女」

鼻で笑いながら、そう呟く。
それを耳聡く聞き咎めた目の前の女は、鬼のような形相で睨み付け。
そして、手にした戦斧を振り被り―――

爪゚A゚)「ぬぶるぁ?!」

―――顔を吹き飛ばされて、壊れた。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:18:30.59 ID:Xq8Tr1Vn0
爪゚∀゚)「……馬鹿が」

撃ったのは向こうにいる餓鬼。
当然の判断だ。
作戦を阻害する要素がいるのならば、味方であってもそれを阻止する。
ましてや、それに対して話が通じないとなれば殺すしかない。

見てくれは餓鬼だが、思考は機械。
厄介な相手である。

ξ゚听)ξ「……で、あんた達は私を殺すつもりはないのかしら?」

勝手に仲間割れをしてくれたのだから、礼はいらない。
ポンプアクションで薬莢を排出しながら、餓鬼が陸橋に歩み寄る。
その気になれば一瞬で距離を詰められるだろうが、あえてそれをしないと言う事は何か考えがあるのだろう。
相手の動きを見ながらも、ツンはその裏で思考を巡らせていた。

何を狙う。
スラッグ弾で、何をするつもりだ。
散弾なら広範囲に対して攻撃が出来る。
威力が落ちるとは云え、一つでも当たれば人体には確かなダメージとなる。

その利を、理解していない筈がない。
機械はいつでも効率重視だ。
高威力なスラッグ弾に、何かの意味がある。

爪゚∀゚)「一応、そう言うことになってる。
     だから、ねぇ?
     僕は出来る事なら、五体満足で捕らえたいんだ。
     お姉さんも痛いのは嫌でしょ?」

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:21:04.85 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「むしろ、あんたみたいな糞餓鬼にお姉さんって呼ばれるのがこの上なく不愉快なんだけど」

考える。
散弾では出来ず、スラッグ弾ならば可能な事。

爪゚∀゚)「ははは、強気だねぇ」

違う。
逆だ。
考える順序が逆。
今考えるべき事は、相手の思考そのものではなく。

相手の思考の裏だ。
つまり、何が出来ないのか。
散弾には出来て、スラッグ弾に出来ない事。
それが答えだ。

それが分かれば、機先を制する事が出来る。

ξ゚听)ξ「何が狙いなのかしら?」

爪゚∀゚)「僕は知らない。
     本当さ。
     じゃあ、僕の質問にも答えてよ」

ξ゚听)ξ「断るわ。
      答える義理が無いもの」

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:25:11.82 ID:Xq8Tr1Vn0
散弾は広範囲に点をばら撒く。
スラッグ弾は一点集中。
この二種の弾丸は、威力と範囲が決定的に異なる。

爪゚∀゚)「そんな事言わないでよ。
    "気持ちのいい事"を沢山されたら、お姉さん、喋る元気も無くなっちゃうよ?
    僕も、気持ちいい事した後で喋るのは嫌だもん」

馬耳東風。
相手の話す言葉を全て聞き流す。
今は、眼下の糞餓鬼が何を言おうが関係ない。
そんな口は、すぐに黙らせられる。

相手の宣言が確かだと仮定したら、相手の目的はツンの捕縛。
その後の処置は考えないとして、捕縛の方法が鍵だ。
目の前で死んだ女も、最初の男も手にしていた得物は刃。
しかし、この糞餓鬼だけは銃器。

それも、ポンプアクション式のショットガンと言う一癖ある銃だ。
そんな物を持ち出すと言う事は、考え難い事であるがこいつ等は"ツンを捕らえる為だけに組まれた部隊"、としか思えない。
一瞬だけ有り得ないと思ったが、それで思い出した。
作戦説明の際、デレデレは言っていた。

今回の騒動に、荒巻スカルチノフが関わっていると。
しかも、荒巻はこちら側に恨みを持っている。
五年前の恨みを晴らすとなれば、確かに執拗にツンを狙うのは理解できる話だ。
荒巻が真に復讐したいのは、現御三家の首領達、取り分けデレデレだ。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:29:04.45 ID:Xq8Tr1Vn0
デレデレに直接手を出さない方法での復讐は、いくらでもある。
デレデレと親しい者に手を出し、辱めるなり殺すなりすれば復讐は成就される。
荒巻スカルチノフの復讐。
……成る程、そうか。

―――そう言うことか。

それならば納得がいく。
わざわざ散弾ではなく、スラッグ弾を使った理由も。
一人だけショットガンを使う理由も。
相手の狙いの大まかな部分を理解し、荒巻ならばやりかねないと納得した。

そして、一つの核心に至る。
やはり、自分は結果的には間違っていなかったのだと。
それまで胸につかえていた疑念が、全て氷解した。
自力で導き出した答え。

自分の眼は節穴ではなく。
自分の眼も、心も本当は正常だったと。
ただ、一時的に惑わされただけだったのだ。
最初から、眼に頼らなければよかったのだと。

惑わされてしまった自分を叱咤した。
惑わされなかった心に感謝した。
そして、別のものに感謝した。
だから今はもう、何も迷わなくていい。

149 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:33:50.09 ID:Xq8Tr1Vn0
それだけ分かれば十分だ。
詳細はどうでもいい。
それが分かっただけで、今は十分だった。
十分過ぎた。

ならば、尚更こいつらに付き合っている暇はない。
ツンはゆっくりと口元を緩め、笑みを浮かべた。
微笑と呼ぶにはあまりにも小さい笑み。
その笑みに、糞餓鬼風情では気付く事も出来ない。

風で乱れ、目に掛った髪を左手で軽く漉き上げた。
それから溜息を吐き、歩道橋の手すりに身を乗り出してこう言った。

ξ゚听)ξ「……気が変わったわ。
      一つだけ答えてあげる。
      ただし、質問は十秒以内で」

それまで答える素振りすら見せなかっただけに、糞餓鬼は驚いたような反応を示した。

爪゚∀゚)「へへへっ。
    じゃあさ、おね―――」

言葉は最後まで続かなかった。
開いた口に放たれた銃弾は、そのまま喉を貫通。
機械の命である神経系が詰まった脊髄を破壊。
血のように赤い循環剤を喉から吹きだしながら、崩れ落ちた。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:37:06.83 ID:Xq8Tr1Vn0
何故、ショットガンに装填しているのがスラッグ弾だったのか。
その理由は二つ考えられた。
味方に当てない事と、間違ってもツンを殺さない事。
それ以外、捕縛の際には全く意味が無い。

散弾は敵味方関係なく、無差別にその射程内にある物目掛けて飛んで行く。
小さな散弾を避ける事は機械と雖も不可能であり、ツンの近くに味方がいた場合に援護が出来なくなる。
更に、ツンが予想外の動きをした場合に誤って殺してしまうかもしれない。
他二人が刃を使っていたのは、ツンを殺さないよう手加減が出来るから。

あの荒巻が、ただツンを殺すだけで満足するはずがない。
スラッグ弾なら、手足を吹き飛ばすのには十分事足りる。
加えて味方に被害も出ない。
ならば、恐れる事は無かった。

ツンの至った推論、それは正解だった。
髪を漉き上げながらも、ツンはヴィントレスの銃口をさり気無く餓鬼に向けることに成功した。
そこから、後は適当に注意を逸らせばいい。
質問に答えると見せかけ、口を開かせた。

後は、シンプルに撃つだけ。
しかもツンは身を乗り出し、急所の面を大きくした。
ツンを生きたまま捕えると言う名目がある以上、急所には撃ってこない。
目論見が見抜かれた以上、眼下の餓鬼に出来る事は何もなかった。

ξ゚听)ξ「ったく、無駄な弾と時間を……」

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:41:05.99 ID:Xq8Tr1Vn0
アクセルを捻り、ツンは陸橋を渡り切る。
そしてスロープを下ると同時に、一気に加速。
大通りに面している"デパート"の中でも、最も高層のそれへと向かう。
この都で生まれ育ったツンは、都の建物が如何なる発展を遂げているかを熟知している。

高層ビルが多く並ぶ都の建築物が持つ、独自の発想。
そして、その実用性の高さ。
これらを利用しない手はない。
だからこそ、ツンは移動しながらの狙撃を思いついたのだ。

それを生かす為には、最も高いビルが適しているのだ。
目指すは、白木財閥が経営する高級デパート。

―――"ゴング・オブ・グローリー"。

【時刻――03:00】

白木財閥の歴史は浅い。
その為、他の財閥がしてきた様に、数十世代にも渡って今の地位が築かれていると言う事がない。
僅か三世代だけで他の財閥を凌ぐまでに成長し得たのは、創始者である白木幹乃介の育ちにあると言われている。
彼は若い頃にボクシングで培った不屈の根性を生かし、見事に成功したのだと。

今、その財閥を動かしているのは彼ではない。
老体である白木幹乃介は、既に引退。
隠居した幹乃介氏に代わってその地位に就いたのは、孫娘の葉子である。
白木葉子と言えば、今でこそ財界でもトップの人間として知られているのだが。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 17:42:16.22 ID:Xq8Tr1Vn0
かつては、世間知らずで変わり者の娘として知られていた。
当時、祖父である幹乃介氏の名は政界にまで及ぶ程の影響力を持っていた。
その氏の孫娘ともなれば、当然周囲からは利害を抜きにした眼で見られる筈も無かった。
近寄って来る者のほとんどは、金か幹乃介氏とのコネクション目当ての者ぐらいであった。

しかしそのような環境下にありながら、当時の彼女は誰が見ても"立派"な性格をしていた。
少なくともその時は、将来、彼女は幹乃介氏の跡を継ぎ、まともな経営をすると思われていた。
だが、ある事件がきっかけとなり彼女の性格は変わり始める事になる。
現在の夫である、"狂犬"矢吹丈との出会いだ。

手の付けられない不良少年であった矢吹は、"和の都"の首都の吹き溜まりであるドヤ街に流れ着いた。
矢吹が養護施設から脱走し流れ着いたドヤ街とは、日雇労働者達の住まいが密集した場所の名称である。
来て早々、矢吹はそこで暴力問題を起こすことになった。
が、それもまた一つの運命の歯車。

ひょんなことから丹下段平と出会い、ボクシングの魅力の片鱗を知ることになる。
しかし、生来の野獣である矢吹が問題を起こさない筈もなく、来て間もなく募金詐欺を働く。
その詐欺の被害者だったのが、他ならぬ白木葉子だ。
あくまで振り込みでの詐欺被害であった為、矢吹と直接出会ったのは判決を下された裁判所の法廷だった。

運命の歯車は巡り、矢吹が収監された東光特等少年院で二人は再び出会うことになる。
思えば、矢吹の行く先々には常に運命が待ち構えていたのかもしれない。
東光特等少年院に居た少年の一人、矢吹の生涯最大の好敵手との出会いがそこでは待っていた。
今でも拳闘界にその名を残す、力石徹だ。

白木葉子がその少年院に慰問演劇会に訪れた際、彼女は矢吹から痛烈な批判を受けることになる。
彼女の行為全てが、恩着せがましいと。
なまじ、的を射た発言であっただけに、葉子は思わず言葉を失ってしまった。
その際、矢吹と度々衝突していた力石が歩み出て一触即発の状況になるも、丹下段平によって決着の方法が提案される。


164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 18:52:26.39 ID:Xq8Tr1Vn0
それこそが、ボクシングだった。
二人が見せた壮絶な試合が、次第に葉子の心を変えて行くことに繋がる。
本人は気付いていないことだったが、この時から葉子は矢吹の野性味溢れる生き方に惹かれていた。
美女が野獣に恋をするのは自然な事である。

出所後、矢吹は晴れてプロボクサーになった。
やがて、友人であり好敵手であった力石との決着を見ることになる。
因縁の勝負の果てに、矢吹は力石を死なせてしまった。
それが原因で矢吹は顔面を打てないと言うトラウマを抱え、ボクシングから身を引く。

だが、それを引き戻したのはコーチの段平でも友人の西でもない。
白石葉子その人が、矢吹を拳闘界へと引き戻したのだ。
その後も、ボクシングを通じて矢吹に接触する内に葉子は自分の気持ちに気付き始める。
パンチドランカーと診断された矢吹が挑んだ最後の試合の直前、彼女は胸の内とその想いを矢吹に告げた。

矢吹が見せた死闘は、今でも拳闘界の伝説として語り継がれている。
見る者全てを熱狂させたあの試合は、和の都でボクシングを爆発的に広めることになった。
試合後、矢吹と葉子は数年の交際を経て結婚した。
だが、全てを出し切り、白い灰になった矢吹の体は、もうボクシングはおろか、仕事の出来ない体となっていた。

そこで、仕事のできない彼に代わり、葉子は財閥の仕事に本腰を入れ、事業の成功を確実な物へと導いた。
その甲斐あって今では二人の子宝にも恵まれ、何一つ不自由のない生活をしている。
何かとボクシングと縁の深い白木財閥が歯車の都に店を構えたのは、今から四年前。
クールノーファミリーと水平線会の抗争が終わり、都が落ち着き始めた時期に巨大なデパートを出店した。

おそらく、白木財閥史上最大のデパート。
それが敷地面積46755平方メートル、綺麗な五角形をした全面ガラス張りの20階建の建築物。
ショッピングモールと言い換えても過言ではない程の巨大高級デパート、"ゴング・オブ・グローリー"。
食品、衣類、雑貨は勿論の事。

165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 18:56:17.87 ID:Xq8Tr1Vn0
家電、園芸、果ては車から物件まで、ここで揃わない物は無いとまで言われている程の品揃えだ。
銃や弾丸まで売っているのは、流石にどうかとも思うが。
それが上手い事防犯の役割を兼ねていると分かれば、そう悪い事でもない。
大通りに面していない方の入口の前に、ツンを乗せた銀色のホーネットが停車した。

ξ゚听)ξ「相変わらず、でっかいわね……」

思わずそう呟いてしまう程に、その建物は巨大だった。
ラウンジタワーに比べれば霞んでしまうが、それでもやはりデカイ。
エンジンを掛けたままホーネットから降り、小走りで入口へと近づく。
入口に下ろされたシャッターに手を伸ばそうとして、ツンはその手を止めた。

ξ゚听)ξ「……やっぱり、電流が走ってる」

この辺りのデパートは、泥棒や強盗対策に並外れた警備態勢を敷いている。
電流の走るシャッターもまた、防犯用の物として大変有効な手段だった。
ツンがそれに気付けたのは、低く唸るような電流の流れる音をシャッターから聞き咎めたからだ。
それの対策を考えていないツンではない。

ホーネットの元へと戻り、エンジンを空吹かしさせる。
正面が駄目なら、裏口からと決まっている。
徒歩で行くより、ホーネットで走って言った方が早い程にこのデパートは巨大だ。
細い道を進み、やがて見えて来た小さな従業員用の扉の前に停め、エンジンを切る。

右上に最新式の監視カメラが設置されていた為、ツンはそれをスチェッキンで撃って壊した。
そのまま、目の前の扉のドアノブに銃口を向け、撃つ。
どれだけ堅牢な扉であろうと、こちらの弾丸なら撃ち抜ける。
あっさりと壊れた扉を足で開け、ツンは静かに侵入した。

【時刻――03:05】

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:00:01.16 ID:Xq8Tr1Vn0
ゴング・オブ・グローリーの内部は、仄暗かった。
流石に日中とまではいかないが、それなりに視界は確保できている。
と、言うのもこの建物は大通りに面しているからである。
昼間の様に明るい大通りから来る光は、この建物の内部を照らすのには十分過ぎると言う訳だ。

段ボールや商品の積み上げられた従業員用の細い通路を進み、ツンはその時に気付いた。
奇妙だ。
いくら節電しているとは言っても、何故非常口へと誘導する案内灯の明かりまで消えているのだ。
そこまで電気代を節約する必要が、果たしてあるのだろうか。

しかも、白木財閥ともなればそんな"みみっちい"事をする必要がない。
その疑問がますます濃くなる。
右手にヴィントレス、左手にスチェッキンを構え、ツンは周囲の影を凝視しながら進む。
迷いなく従業員用のエレベータの前に来て、上昇する為のボタンをヴィントレスの銃口で押した。

その時、疑問は確信へと変わった。
反応が無い。
何度押しても、エレベータが降りて来る様子も昇って来る様子も無い。
―――停電している。

これは、故意に停電させられていると見て間違いない。
一体何が目的なのかは知らないが、限りなく迷惑な話だった。
何せ、このビルは20階層もある。
そして、屋上までは文字通り自力で進むしかない。

エレベータの横にある、非常用階段を兼ねた従業員用の階段へ向かう。
それを目の前にした時、ツンは思い切り溜息を吐いた。

ξ゚听)ξ「……糞っ!」

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:04:01.44 ID:Xq8Tr1Vn0
目の前にある分厚い鋼鉄の"自動ドア"を、これでもかと蹴りつける。
爆弾でも落ちたかのような、暴力的な音が辺りに響く。
閉店している時は、こうして戸締りをするのが基本。
自動ドアでなければ、ここに侵入した時と同じように扉を破壊して侵入できたと言うのに。

考えが甘かった。
それを悔やんでも仕方がない。
と、なれば。
エスカレーターを階段代わりに使うしかない。

運動は嫌いではないが、今の状況で階段上りをして時間をどれだけ失うか分かったものではない。
時間だけならまだいい。
時間以外にも、味方の命が削れてしまうかもしれない。
"パンドラ"の中には、ツンの知り合いもいた。

"デイジー"に至っては、旧知の仲の者もいる。
世話になった者の数で言えば、とてもではないが数え切れない。
デレデレの築いた人脈は、ツンの成長過程で大いに役に立った。
母が忙しい時は、多くの者が仕事の合間にツンの世話をしてくれたのだ。

ただ、自分達がデレデレに世話になったと言うだけで。

ξ゚听)ξ「急がなきゃ……」

焦る理由は他にもあった。
今はまだ、それを我慢する事は出来る。
兎にも角にも、さっさとエスカレーターを駆け上がらなければ。
ツンは店内へと続くスイングドアを蹴って開き、巨大な店内に踊り込んだ。

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:08:13.86 ID:Xq8Tr1Vn0
そこには、腰までの高さがある長方形の平台が規則的に並んでいた。
ほとんどの平台の上には、銀色のシートが被さっている。
だが、半分以上の平台には何も置かれていない。
ここ一階は、生鮮食料品売り場。

野菜と肉、そして鮮度が命の魚。
今はまだ、魚を仕入れていない為、そこまで生臭い匂いはしない。
ほんの少しだけ、野菜の匂いがする。
が、ここに一度魚が仕入れられれば、ここは人と魚の生臭い匂いで満ちてしまう。

この店では、早朝に限って仕入れた魚を競売形式で販売している。
何でも、和の都で実際に行われる競のスタイルをそのままここで再現しているとのこと。
迫力ある競を一目見ようと、早朝から多くの者が飽きずに来店する。
当然、競を目的にしている業者も来ているからこそ、その光景は成り立つのだが。

青果売り場の奥の扉から出て来たツンは、外から差し込む光に照らし出されている店内を軽く見渡す。
そして、一歩踏み出しかけた所で不意に足を止めた。

ξ゚听)ξ「……何か用でも?」

闇に紛れて壁に背を預けていたその男に、ツンは迷わず声を掛けた。
並みの人間だったら、見逃していたかもしれない。
男はあえて、外の明かりで出来た濃い陰に身を隠していたのだ。
それでもツンの眼を欺けなかった。

ゆらりと影が揺れ、男がゆっくりと歩み寄って来る。
黒いスーツ、黒いネクタイ、黒い手袋、黒い中折れ帽子。
右頬に刻まれた深い傷跡。
次第に鮮明になる男の容姿に、最初抱いていた警戒の念をツンは次第に解き始めた。

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:12:05.22 ID:Xq8Tr1Vn0
遂にその男の剣呑そうな表情が完全に見えた時には、ツンは懐かしさに顔を綻ばせた。

ξ゚听)ξ「権藤さん、こんなところで何をしてるんですか?」

(ノ´_J`)「おやっ、誰かと思えば、ツンお譲じゃあないですか。
      お久しぶりですねぇ」

向こうもようやくこちらの正体に気付いたらしく、片手を挙げて笑みを浮かべる。
ただし、権藤の笑みはツンのそれとは少し異なった。
ツンを幼い時からよく知っている者が浮かべる、親心からくる懐かしさを含む笑みだ。
事実、権藤はツンがまだ幼い頃に何度か世話をしてくれた事がある。

それは、十年以上も昔の話だ。
そして、権藤に会うのは十年ぶりだった。
十年と言う時の流れは、ツンを一人の女に変えるのには十分だった。
逆に十年の歳月は、権藤にとってはあまりにも早いものだった。

"ゴロマキ権藤"の名で通っていた権藤は、二十年前にここに流れ着いた。
和の都にいた彼は、各地を転々とするヤクザの用心棒として名を馳せていた。
この都に来てから権藤は、一時的にクールノーファミリーで雇われていたとデレデレから聞かされている。
何でも、何かの講師として雇ったらしいが、詳しい事は聞かされていない。

(ノ´_J`)「いや、なにね。
      葉子お譲がここで店を開くって言うんで、"タイガー"と一緒に警備の仕事をさせてもらってるんでさぁ。
      歯車祭の時に物盗りにあったんじゃあ、堪んないって言うんでね。
      そう言うお譲こそ、こんな所でどうしたんですかい?

      ……大通りでのドンパチと何か関係が?」

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:16:40.97 ID:Xq8Tr1Vn0
羨ましいぐらいに冷静で察しのいい権藤に、ツンは歩み寄りながら答えた。
権藤はデレデレも一目置く程の男だ。
何か力になってくれるかもしれない。
右手のヴィントレスを肩に掛け、左手のスチェッキンはホルスターに戻す。

ξ゚听)ξ「えぇ、ちょっとここの屋上に特急で行きたいんですけど。
      ビル全体が停電してるみたいで、エレベータが動かないんです」

(ノ´_J`)「なるほど、分かりました。
      詳しい事は訊きません。
      何か、おれに手伝えることはありませんかい?
      この権藤に手伝えることであれば、遠慮なく申しつけてください」

ξ゚听)ξ「屋上に行く方法は、エスカレーターを上っていくしかないんですか?」

権藤は少し考え込む仕草を見せた。
そして、上着のポケットに手を入れ、そこから金属で出来た鍵を取り出す。
空いた手で腰に提げていた一本の鍵を取り、2つの鍵をツンに差し出した。

(ノ´_J`)「生憎と、ビル全体の電源が落とされてるんじゃあ、エスカレーターを上る以外に方法はありません。
      ……お譲の事ですから、きっとこいつを上手く使ってくれるでしょう。
      こいつは、このビルのマスターキーと屋上の鍵です。
      このマスターキーなら、建物の中のどの扉も簡単に開けられますぜ。

      それと、この建物の中にある物は何でも使ってくだせぇ。
      葉子お譲には、自分が何とか話をつけますんで」

権藤の前まで歩み寄ったツンはそれらを受け取った。
鍵をロングコートの内ポケットにしまい、礼を言おうとして、片手で制される。
浮かんでいた笑みが権藤の表情から消え、代わりに浮かんだのは険しい表情。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:20:03.27 ID:Xq8Tr1Vn0
(ノ´_J`)「……今は、礼を言うよりも、急いで行った方がいいです。
      お譲、どうやら厄介なことになりそうですぜ」

その言葉はツンに向けられていたが、視線はツンの背後に向けられていた。
ツンを自らの後ろに行かせ、権藤はツンに背を向ける。
フロアの中心にあるエスカレーターを指さし、権藤は鋭く囁いた。

(ノ´_J`)「ここはこの"ゴロマキ権藤"が時間を稼ぎましょう。
      お譲、お急ぎください!」

―――追手だ。
跫音は聞こえないが、殺気で分かる。
息を顰めている相当な数の人間が、ツンが通って来た従業員用の通路にいる。
何時の間に尾行されていたのか。

ツンを捕縛する為にここまで人間と手間を裂くなど、常識では考えられなかった。
だが、あの荒巻スカルチノフの思考は常識に当て嵌まらない。
このままでは、作戦の続行は困難である。
作戦の継続を断念する事も、少しは考慮しておいた方がいいかもしれない。

ξ゚听)ξ「……すみません」

スチェッキンを抜きつつツンは短く告げ、権藤を残して駆けた。
建物の中心にある巨大な吹き抜けの真下にあるエスカレーターを目指し、ツンは駆けた。
ツンがエスカレーターに足を乗せた時、背後から大量の跫音が耳に届いた。
それでも振り返らない。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:24:07.21 ID:Xq8Tr1Vn0
ツンにはやる事がある。
このまま屋上まで駆け上ろうと思えば出来る。
だが、吹き抜けになっているエスカレーターを上るツンを下から狙い撃ちにするのは、あまりにも容易だった。
おまけに、知られてはいけない狙撃の位置を敵に知らされては、元も子も無い。

自らを追う驚異を排除してから作戦を続行する事に決めた。
権藤が時間を稼いでくれる間に、ツンは迎撃の準備を整えればいい。
停電の影響で、ただの階段に成り果てたエスカレーターを、ツンは悔しさに歯噛みしながら駆け上った。

【時刻――03:08】

帽子を取り、上着を脱いだ権藤は指の付け根を小気味よく鳴らした。
バキバキと指を鳴らして準備を整えるのは、随分と久しぶりの事だ。
歳を取ったとはいえ、未だゴロマキ権藤の名は廃れていない。
では、その実力が歳と共に衰えたかと言えばそんな事も無い。

衰えるどころか逆に、権藤の力は和の都にいた時よりも更に鍛え上げられていた。
"ゴロをマク"のが商売である以上、この都は絶好の練習場所だったからだ。
ツンの為に時間を稼ぐことぐらいなら、どうにかできるはずだ。
権藤が睨みつける視線の先、暗闇から姿勢を低くした影が複数湧き出て来た。

格好、身のこなし、そして歯車と剣をモチーフにした紋章。
歯車の都の軍隊の証だ。
軍靴を鳴らして出て来た敵の数は、なんと十五人以上。
ツンに何があったのかは知らないが、嫌な予感がする。

(ノ´_J`)「軍隊の人間が、揃って買い物にでも来たのかい?
      だったら表の看板を見て来るんだな、しばらくは店じまいだ。
      それともアルバイトの面接にでも来たのか?
      なら、今すぐ帰りな。 手前等みたいな屑は、不採用だ」

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:28:07.68 ID:Xq8Tr1Vn0
権藤はこれ以上進めさせまいと、エスカレーターを背に立ち塞がった。
だが、数が数だ。
たかが権藤一人の為に、軍人が全員止まる筈も無い。

 ∧_∧
/__´∀`ヽ
〃/ハ)ヽヽ
リハ´∀`ノゝ「そう見えますか?」

変な帽子を被った女。

∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ ゚д゚ノリ「そう見えるの?」

同じぐらい変な帽子を被った女。

∧_∧
/ _,,,゚Д゚ヽ
(ノリ_゚_-゚ノリゝ「見えんのかよ?」

デザインの異なる三種類の帽子を被った三人の女が、権藤の前に立ち塞がった。
他の十数人は、ツンを追って走ってゆく。
権藤の相手は三人だけで十分と見られたらしい。
アサルトライフルを持つ者が丸腰のこちらを見れば、確かにそう思うだろう。

(ノ´_J`)「女だからって、おれはヤワ男と違って手を抜きませんぜ。
      ……おじゃましますよ、っと!」

180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:32:31.65 ID:Xq8Tr1Vn0
カービンモデルとは言っても、いきなり懐に踏み込まれれば堪ったものではない。
その辺を理解している権藤は、手前にいる女へと一気に距離を詰めた。
そして、眼を白黒させている内に腹部へ強烈なボディーブローを見舞う。

∧_∧
/ _,,,゚Д゚ヽ
(ノリ_゚_-゚ノリゝ「おごっ?!」

そして、腹部の激痛に腰を屈めた所へ渾身のアッパー。
拳が女の鼻を容赦なく砕き、鼻血が噴水の様に高々と吹き出る。
権藤がこの至近距離にいる為、発砲しようにも味方に当たる危険性がある為に出来ない。
手が出せない事を知っている権藤は、浮き上がった女の顔を掴んで首を思い切り捻る。

頸椎を破壊された女は口からどす黒い血を吐き出し、失禁しながら崩れ落ちた。
全ては、数秒の出来事だった。

(ノ´_J`)「どうしたんです?
      その鉄砲は、アクセサリーなんですかい?」

言われてようやく、二人の女は銃口を権藤へと向ける。
過酷な訓練を経て軍人になった彼女達の方が、力量は上の筈だ。
そう思ってしまったのも無理はない。
一人殺ったとはいえ、所詮はゴロマキ。

喧嘩屋風情が軍人を二人、相手に出来るなどとは考えられない。
確かに、その推論は合っている。
ただのゴロマキなら、だ。
権藤はただのゴロマキではない。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:36:05.43 ID:Xq8Tr1Vn0
和の都だけに留まらず、世界各地を転々としたヤクザの用心棒だ。
彼が身につけた喧嘩殺法は、マーシャルアーツよりも尚実践的。
歯車の都に来てより洗礼されたその殺法は、もはや完成の域にまで到達していた。
速攻、不意打ち、先制攻撃、ダーティープレイは彼の十八番である。

向けられた銃口に怯むことなく、権藤は姿勢を低くし、その体勢から強烈な足払いを二人に放った。
転倒こそしなかったが、二人は揃ってバランスを崩してしまう。
当然のことだが、銃口は権藤から逸れた。

(ノ´_J`)「失礼!」

右の女の胸骨の中心点に向けて、権藤は右ストレートを放つ。
女性だけが持つ乳房の防御は、その部分に関して言えば男女等しく皆無だった。
権藤が狙ったのは胸骨の中心、壇中と呼ばれる急所は豊胸のツボとも言われている部位だ。
この部位には筋肉が無く、軍人でも鍛える事が出来ない。

 ∧_∧
/__´∀`ヽ
〃/ハ)ヽヽ
リハ;´∀`ノゝ「づっ!?」

遠慮無しに放たれた右ストレートの一閃は、女の壇中を破壊。
衝撃に銃を取り落とし、胸を押さえながら倒れた。
もう一人の女に対して権藤は、女が持つアサルトライフルの上部に装着されていたダットサイトを掴み、そして奪った。
そして、硬いストックで女の顔面を殴打。

∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「ひぎっ!」

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:40:03.32 ID:Xq8Tr1Vn0
(ノ´_J`)「そらっ!」

同じ攻撃を同じ場所に、もう一撃。

∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「ぎぃいいい!」

今度は眼球を潰す。
女が眼を押さえる前に、今度は剥き出しになった歯に。

∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「あがっ!?」

次は喉。
ここまで壊せば、もう戦意は無いだろう。
所詮は女。
権藤はアサルトライフルを振りかぶり、ストックを女の脳天目掛けて振り下ろした。

∧_∧
/__ ゚Д゚ヽ
〃,,从 从,)
从リ;゚д゚ノリ「……ぎひゅっ」

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:44:03.18 ID:Xq8Tr1Vn0
頭蓋骨を割られ、女は倒れ伏した。
あっという間に軍人三人を屠った権藤は、奪ったアサルトライフルで倒れている三人の頭を吹き飛ばす。
これで、間違っても背後を取られることは無い。
アサルトライフルを投げ捨て、権藤は乱れた服装を整えた。

床に落ちていた帽子を拾い上げ、埃を払って被り直す。

(ノ´_J`)「軍人さんも、結局は本番慣れしていないと意味がないってことですな。
      どれ、お譲の助太刀にでも行きますか
      ……ん?」

その時。
権藤の視界が、ゆらりと傾いだ。
権藤は最初、足を滑らせたのだと思った。
だが、そうではない。

(ノ´_J`)「なん……?」

足の感覚がない。
違う。
足だけではない。
下半身、上半身。

今、権藤の脳が知覚できるのは視覚情報のみ。
その点では、幸いだったのかもしれない。
権藤の視界に移る世界が、下へ下へと落ちて行く。
落ちる?

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:48:03.48 ID:Xq8Tr1Vn0
その奇妙な感覚の意味を、権藤は最後まで理解できなかった。
落ちるのが終わった権藤の目に、自らの体が映る。
高々と血の吹き出す権藤の体には、あるべき筈の首がない。
そこで、権藤の視界と記憶、感覚は消え失せた。

頭を失った権藤の体が、血溜の中に沈む。
その体を、乱暴に蹴り飛ばす者がいた。
それは、一人の男だった。
否、男ではない。

女でもない。
人間ですらない。
男を模した機械が一体、そこにはいた。
この機械が、権藤を殺した張本人に他ならなかった。

だが、手には何も握られていない。
権藤の首を刎ねたと言うのに、刃物が見当たらない。
片目で辺りを見渡し、権藤以外に地に伏せて絶命している女を見つけた。
"物"になった女の死体を、機械は蹴って引っ繰り返す。

息をしていない。
生命活動は、既に停止している。
どこかの三流俳優が演じたかのような、わざとらしい落胆の溜息を吐く。
そして、"それ"の頭を踏み潰した。

脳漿や脳髄、歯や眼球が飛び散る。
残りの二つも、同様の処理をした。
遂に機械の男は、権藤の死体へと歩み寄った。
血で濡れた服を掴み上げ、生物の死体を観察する学者の様に見る。

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:52:15.87 ID:Xq8Tr1Vn0
何もないと分かった機械の男は、それを地面に叩きつけた。
"ゴロマキ権藤"を、ものの数瞬で屠った機械の男。
ブーンと呼ばれているその機械は、ツンの上ったエスカレーターを見上げる。

( ゚ω^)「……後、少し」

【時刻――03:10】

焦ることなく、その機械はゆっくりと歩き始めた。

【時刻――03:15/"ゴング・オブ・グローリー"五階】

日用雑貨品を取り扱う五階で、ツンはエスカレーターを上るのを止め、商品棚が森の木々の様に並ぶ売り場に駆け込んだ。
ここには武器になり得るものが数多く揃っており、一番奥の場所には銃器もある。
弾があるかどうかはさておき、ヴィントレスとスチェッキンだけでは対処し切れない。
小振りなナイフも、あることにはある。

だが今必要なのは、弾数の多い武器。
欲を言えば軽機関銃の類。
短機関銃でも構わない。
一瞬で連中を叩き潰せる武器が必要だった。

ツンが武器を取り扱っている店まで来た時、跫音がエスカレーターの下から聞こえて来た。
数は十数人分。
こちらの姿は立ち並ぶ商品棚が壁として機能している為、相手には見えていない。
しかし、見つけるのにはそこまで苦労しないだろう。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 19:56:10.77 ID:Xq8Tr1Vn0
この階層で降りたとなれば、自ずとこちらの行きそうな場所は見当がつく。
百円均一の店にツンが寄る筈も無く、となれば必然的に武器になるような物が置いてある店に足を運ぶ筈。
少し考えればすぐに分かる話だった。
その少しの間で、ツンは出来る限りの装備を調達しなければならなかった。

天井まで届く金属製の商品棚にズラリと飾ってある最新式の武器には目もくれず、ツンはショットガンが飾ってある棚に急ぐ。
こう言った店の場合、弾倉にあらかじめ弾丸を込めて販売されている事はない。
購入したその場で乱射でもされたら堪ったものではない為、当然と言える。
弾は店の奥にしまい、注文に応じてケース単位で売っているはず。

アサルトライフルや拳銃の弾を弾倉に一発ずつ込めていたら、それが終わる頃には捕まっているだろう。
そこで、ツンは一発だけでも広範囲に弾をばら撒ける種類の銃を選ぶことにした。
散弾を撃てる銃は、自ずと種類が限られてくる。
ツンが選んだのは、レミントンのポンプアクション式散弾銃。

邪魔になるタグをナイフで切り外し、後は弾を調達するだけだ。
弾はカウンターの奥の部屋にあると見て、間違いないだろう。
耳を済ませ、神経を尖らせたままツンはカウンターの奥へと進む。
カウンターを乗り越え、奥にあった扉を権藤からもらったマスターキーで開くと、その先は真っ暗だった。

流石にここにまで外の明かりが入る事は無く、強いて言えば天井付近にある小窓から入っているおぼろげな明かりだけだ。
それを頼りに時間を掛ければ弾を探せるだろうが、そんな事をしているだけの余裕は持ち合わせがない。
予想とは裏腹に、膨大な種類の弾の中から目的の散弾を探すのは、分かりやすく整理されていたおかげで思いのほか容易だった。
棚に積み上げられていた12ゲージの弾が入ったケースを手に取り、開ける。

レミントンの銃身下から弾を素早く入れ、最後にポンプアクションで装填。
スチェッキンをホルスターに戻し、レミントンを構える。
その時、タイミング良く店の近くに敵が来たのが分かった。

「……俺達は後、ここと向こうを見るだけだよな」

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:00:03.10 ID:Xq8Tr1Vn0
「あぁ、でも油断はするなよ。
相手は"あの"クールノーの娘だ。
何をしてくるか分からん」

徐々に跫音と声が近づいてくる。
跫音は、カウンターの近くにまで来た。
装備が擦れ合う音が、すぐそこに聞こえる。
相手の呼吸を見計らい、ツンは動いた。

ξ゚听)ξ「まったく、その通りね」

カウンターの奥から音も無く登場したツンに、二人の敵は度肝抜かれた表情を浮かべる。
そして、ツンが腰だめに構えているショットガンを見て、二人の男は悲鳴にも似た声を上げた。

(;^Д^)「いぃっ!?」

(; ゚∀゚ )「げぇっ!?」

好き放題言われたお返しとばかりに銃爪を引き絞り、ツンは男の顔を吹き飛ばした。
ポンプアクションで排莢、次弾を装填。
隣にいた男の顔は既に半分程削れているが、それでも構わずもう一撃。
排莢、装填。

二つの銃声がフロア全体に響き渡り、どこからか、怒号が聞こえて来た。
ツンは冷静にレミントンをカウンターの上に置くと、カウンターを乗り越え、死体となった二人からアサルトライフルと弾倉を奪い取る。
都の軍が正式採用している、ダットサイトとライトを装着したM4A1だ。
銃身内と弾倉に弾が入っている事を素早く確認して、ツンはカウンターに戻ってそれを肩付けに構える。

(; ,,^Д^)「ど、どうした!
      ……でえっ!?」

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:04:12.58 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「……」

二発の弾丸は、男の眼球を貫通して脳髄を破壊。
銃口を素早く横に動かし。商品棚の奥に見えた陰に狙いを定める。
フルオートで射撃。
弾倉内の弾丸全てを撃ち尽くし、弾倉を取り外すのと同時に、それまで銃声で掻き消えていた悲鳴が耳に届いた。

|;;;;| ,'っノVi ,ココつ「ひぴ、ぴぃぃ!?」

ξ゚听)ξ「喧しい!」

装填を終え、床に転がって喚く男に向けて再度フルオート射撃。
男は、口からこの世の元とは思えない声を発して絶命した。
反響する跫音が、敵が続々とこの場所目掛けて迫って来るのをツンに教えた。
他の場所で探索していた連中だろう。

ツンはアサルトライフルの弾倉を交換して、カウンターの上に置いていたレミントンに持ち替えた。

( ̄二二)
゙-'´ノハノ))
li イ;゚ -゚ノl|「いたぞるぶぁっ!?」

勢い余って遮蔽物から身を出した女の体を、散弾が吹き飛ばす。
派手に吹き飛びはしたものの、距離があった為に致命傷には至っていない。
だが、戦闘に参加する事は叶わない代わりに、女は絶叫を上げてのた打ち回る。
ツンはレミントンを連射して制圧射撃を加えると、急いでアサルトライフルと持ち替えた。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:08:07.90 ID:Xq8Tr1Vn0
新たな武器を調達する為に、ツンは姿勢を低くしてカウンターを飛び出る。
そして、あらかじめ目を付けていた銃器の飾られているショウウィンドウの前に滑り込む。
それを一応の遮蔽物にして、アサルトライフルで牽制射撃。
返ってきた銃弾が、ショウウィンドウをこれでもかと叩く。

しかし、ショウウィンドウは細かいヒビが蜘蛛の巣状に走っただけで割れてはない。
高級デパートに出店するだけの事はあり、防弾仕様なのは当然と言えた。
だからこそ、ツンはこれを壁代わりにしたのだ。
もう一つ、狙いがある。

こうして相手が弾を撃ってくれれば、苦もなく防弾ガラスを破壊できるため、ツンの目論見通りショウウィンドウの中身が取れる。
応射し、相手をその場に釘付けにする。
相手も馬鹿ではない。
ツンが集中している方の反対側に、数人が息を顰めて待機しているのが分かった。

徐々に距離を詰めてはいるが、気配から容易に見つけられた。
遂に、ショウウィンドウが真っ白になるぐらいにヒビが入る。
応射して、ツンはショウウィンドウを銃床で殴り壊した。
そして、タイミングを狂わせた牽制射撃。

アサルトライフルを片手に持ち替えて一発ずつ撃ち、左手でショウウィンドウの中身を取る。
後は弾を調達する為に、先程の部屋に戻ればいい。
それまでとは逆の方向、つまり息を顰めて距離を詰めていた連中に銃口を向け、残った弾を全部撃つ。
弾倉を落とし、それを床に捨てる。

カウンターの裏に逃げ込み、カウンターの上に置いておいたレミントンを手に取る。
最後の一発を撃ち、ツンは弾の置かれている部屋へと逃げ込んだ。
ツンがショウウィンドウから取ってきた銃は、世にも珍しいサプレッサー付きの機関銃。
この銃の存在を知る者は、そういない。

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:12:04.10 ID:Xq8Tr1Vn0
五年前の抗争時に、この機関銃が大いに活躍した事は今でも記憶に新しい。
AEK-999"バースク"。
距離がなければこのサプレッサーは、フラッシュハイダー程度の役割しか果たさない。
それでも、この銃をツンが選んだのには理にかなった理由がある。

この場を切り抜け、屋上に出た際。
これが大変役に立つ。
一旦、バースクを冷たい床に置いて、スチェッキンをホルスターから抜く。
左手で構え、入口の扉の向こうに銃口を向ける。

右手で棚を探り、バースクの弾を探す。
左目で前を見据え、右目で棚を見る。
種類別に分類され、更に口径別に並べ変えられている棚からバースクの弾を探すのはそう難しくない。
目の前のカウンターの裏に、何かが投げ込まれたのをツンの眼が捉えた。

目を瞑る。
直後、瞼越しにも分かる強烈な光が生まれた。
事前に瞼を閉じていたツンは、光が収まるのと同時に目を細く開く。
影が、カウンターを越えてこちらに向かって来ようとしているのが見え、ツンは迷いなく照準を合わせ、銃爪を引き絞る。

一発目は肩。
二発目は頭。

(゜д゜;@「みぼるぁっん!?」

もう一人いる。
一人目の後ろから姿を現した影に向かって、一発。
僅かに狙いが逸れてしまい、喉に当たった。

ヽiリ;,,゚ヮ゚ノi「ごふぁ!」

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:16:02.92 ID:Xq8Tr1Vn0
籠城戦は好ましくない。
ツンは遂に見つけた弾を棚から二ケース落とし、それを素早く拾う。
ロングコートのポケットにそれを強引にしまい、床に落ちているバースクの銃身の下に、つま先を潜り込ませる。
リフティングの要領でそれを蹴り上げ、開いた右手で掴んだ。

スチェッキンをホルスターに戻し、ヴィントレスに持ち替える。

ξ゚听)ξ「ったく」

空いた肩に、バースクを提げる。
これで装備は整った。
ようやく、スタートラインに並び直す事が出来た。
ヴィントレスの弾は、少なくとも今スチェッキンの弾倉内の弾よりかは予備がある。

女だからと言って、見下されるのは気に食わない。
が、女軍人とは苦労の差が違う。
戦争に行く事も無く、ただ日々をだらだらと過ごしているだけの都の軍人など、裏社会の人間に比べたら素人同然。
実戦では、"経験した実戦の数が物を言う"。

右手に持つヴィントレスを肩付けに構え、ツンは部屋から飛び出した。
瞬時に相手の位置を探る。
棚の裏に待ち構えているのが、二人。
他はいない。

それは、まだ来ていないと言うだけの事だ。
これだけ広いフロアの端から端までを完全装備の状態で走れば、最低でも三分は要する。
後少し経ったら、相手が全員この場に揃うだろう。
その前に、ケリをつける。

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:20:10.76 ID:Xq8Tr1Vn0
一躍でカウンターを飛び越え、相手が壁にしている商品棚に向かってツンは飛び蹴りを放った。
倒れこそしないが、衝撃と音で相手が動揺するには十分。
呼吸音から正確な位置を割り出し、ツンはヴィントレスで棚越しに二人を撃つ。

<(' _';<人ノ「みりゅ?!」

リ;´−´ル「めぴゃ!」

上半身の、比較的高い位置を狙った為、二人はもう助からないだろう。
ツンは全力でエスカレーターに向かって駆け、到達すると同時に一気に駆け上る。
遅れて、それまでツンがいた店に向かって複数の影が向かうのが見えた。
その頃にはもう、ツンは六階に到着している。

彡 l v lミ「ちぃ! 逃がすな!
       逃がすと俺達がヤベぇ!」

( l v l)「分かってるよ、いちいち指図するんじゃねぇ、グズ野郎が!」

彡 l v lミ「んだと?!
       手前にグズ呼ばわりされたかねぇや!」

追手との差は、丁度一階分。
屋上に着くのはツンの方が早い。
連携力の無い軍人程情けない物も無かった。
追手の数も大分減らしたことだし、次に降りた場所で一気に終わらせる事にしよう。

ξ;゚听)ξ「くぬっ……!」

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:24:04.77 ID:Xq8Tr1Vn0
機関銃と、その予備の弾。
更には狙撃銃、拳銃とその弾。
それらの合計重量は、女であるツンには辛い物があった。
気合いでどうにかできる問題ではない。

先程よりも駆ける速度が落ちてしまうのは、致し方なかった。
体力的に、そろそろキツイ。
が、先はまだまだ長い。
ここから先は、長距離ランナーの精神で走るしかない。

ξ;゚听)ξ「っ……こな糞っ!」

自らを激励する事は無く。
目標を明確に定める。
そこに到着すれば楽になれると、自らに言い聞かせる。
走る速度を上げ、階段を駆け上る。

【時刻――03:20/"ゴング・オブ・グローリー"十九階】

呼吸を整える暇も無い。
ゴング・オブ・グローリーの十九階は、ゲームコーナー。
最新式の設備の整った、都でも屈指のゲームセンターと言い換えてもいい。
そこに着いたツンは、ここを迎撃の為の最後の場所と決めた。

深く息を吐き出す。
そして深く息を吸う。
今度は、平地を駆ける。
このフロアは、アーケードゲームの装置が規則正しく、かつ密接に置かれている。

207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:28:03.61 ID:Xq8Tr1Vn0
つまり、遮蔽物には困らないと言うことだ。
問題なのは、相手も自分も、この迷路の様に入り組んだフロアで上手く立ちまわれるかと言う事。
このような場所での立ち振舞いは、ツンはあまり経験したことがない。
何せ、ツンの得意分野は狙撃。

主に相手の姿が見え、そして自分と相手の位置は圧倒的に離れている状況が主だったからだ。
遠距離、中距離は平気だが、遮蔽物を上手く使っての戦闘は正直苦手だった。
だが、この場で好き嫌いを言っていられる程の余裕はない。
エスカレーターの降り口が見える適当な機械の裏に陣取り、ツンはヴィントレスを構えた。

流石に、相手も馬鹿ではないらしい。
光学照準器の向こうに、何かが放られた。
煙を噴き出しながら回転し始めたそれは、スモークグレネード。
ツンの視界を奪ったのだ。

デレデレであれば当てられるだろうが、あの煙の中に向かって正確に当てられる技量は今のツンには無い。
闇雲に撃っても意味がない。
ツンは場所を変える事を素早く決定し、卵型のゲーム機の内部に隠れた。
プレイヤーの姿が見えないこの機械は、絶好の潜伏場所だ。

絶好故に見破られそうだが、見破られる前に移動すればいい。
店で頂戴した弾を取り出し、機関銃の上部に弾を挟み、余った弾帯を体に巻きつける。
ヴィントレスを肩に掛け、バースクを構えた。
キャリングハンドルを掴み、銃把を握る手に力を込める。

残った敵の数はそう多くない。

ξ゚听)ξ(……見つけた!)

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:32:09.67 ID:Xq8Tr1Vn0
ツンの視線の先、スロットマシンの陰に隠れる影を見つけた。
静かにゲーム機の扉を開け、ツンは跫音を殺して静かに忍び寄る。

ξ゚听)ξ(……むっ!)

声が聞こえ、咄嗟に近くのゲーム機の陰に隠れる。

彡 l v lミ「……おい、いたか?」

( l v l)「いいや、だがこの場所にいるのは確かだ。
     それと、あまり喋るんじゃない。
     聞かれているかもしれないぞ」

彡 l v lミ「まさか、だが用心しておくか」

それ以降、相手の会話は止んだ。
後はハンドサインで会話しているのだろう。
とは言っても、ハンドサインにも限界はある。
現在相手二人は、ツンの前方約15メートルの場所にいる。

しかし、まだ他の敵はいるだろう。
こうしている間に、反対側に廻られているかもしれない。
移動しようと思った矢先、目の前の二人が動いた。
跫音が近づく。

仕方がないと諦め、棹桿操作をした。
先手必勝。
見敵必殺。

彡 l v lミ「いひっい!?」

210 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:36:02.80 ID:Xq8Tr1Vn0
( l v l)「たぁありほぉう!?」

サプレッサーに押さえられているとは言っても、ここは室内。
おまけに近距離。
ツンの手元のバースクから、盛大な銃声が鳴り響く。
全身くまなくハチの巣にされた男二人が、仰け反って吹き飛ぶ。

ξ゚听)ξ「ちっ! もう来やがった!」

振り返り、そちらに銃口を向け、撃ちまくる。

||;‘‐‘||レ「フーバー!」

i!iiリ゚ ヮ゚ノル『なち、ビビんじゃないわよ!』

  /⌒)
⊆==卍|_
ハソ ゚−゚リ『ヤー!』

即座に遮蔽物に身を隠したのは、声から察するに三人の女。
あれで追跡者は最後だ。
ツンは遮蔽物などお構いなしにバースクを乱射する。
グレネードなど投げさせない。

当然、援護などさせはしない。
弾を撃ち尽くし、ツンはバースクを手放した。
そして、素早くヴィントレスを構える。
光学照準器を覗き込んで、一発。

援護射撃をしようとしていた女の右脳を撃ち抜く。

213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:39:03.13 ID:Xq8Tr1Vn0
||‘‐‘||レ「うぶっ」

遮蔽物から、頭の一部を失った体が崩れ落ちる。

i!iiリ;゚ ヮ゚ノル「あぁ、カウ!
       何てこと……何てこと!
       あぁ……!」

相手の位置を声から想定。
貫通狙撃。
仲間が目の前で死んだ事に動揺した女が、脳漿を撒き散らしてその死体の上に折り重なった。
あっという間に死体が二つ出来上がる。

ゲーム機程度の遮蔽物なら、こちらの弾は貫通できる。
それを見せつけられた最後の一人が、我慢の限界とばかりに叫んだ。

  /⌒)
⊆==卍|_
ハソ;゚−゚リ『くそっ!
      ……おい、頼むからちょっと話を聞いてくれ!』

ξ゚听)ξ『あぁん?』

光学照準器を覗き込んだまま、ツンは答える。
女が話しているのは、この都の公用語ではない。
が、小さい頃にデレデレが多くの言語を話しているのを聞いていた為、少しぐらいなら分かる。
確か、ビール好きの住人が集まる都の言語だったと記憶している。

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:42:02.66 ID:Xq8Tr1Vn0
 /⌒)
⊆==卍|_
ハソ;゚−゚リ『私にはもう、戦う意思がない。
      降伏する、私の負けだ
      ほら、銃も捨てる。
      ……どうだ?』

宣言通り、女は手にしていた銃の弾倉と、本体を別々に放り捨てた。
降伏するのが早すぎるとも思うが、所詮は都の軍隊。
都の軍隊は、こういう連中の集まりなのだ。
根性無しや、役立たず、そして屑の掃き溜め。

味方の仇を討とうなどとは、考えもしないのだろう。
そんな事を、この都の軍人に期待するのは無駄である。

ξ゚听)ξ『あんたが降伏しようが何しようが、私には1セントの得にもならないのだけど。
      と言うより、何言ってるのかよく分からないのよ。
      簡単な言葉で喋れなければ、公用語で喋りなさい。
      とりあえず分かったら、大きな声で"ジークハイル"って言ってくれないかしら?』

  /⌒)
⊆==卍|_      勝 利 万 歳     !
ハソ;゚−゚リ『じ、ジィィィィィクハァァァァァイル!』

そのまま頭を吹き飛ばされ、女はその場に崩れ落ちた。
あまりにもお粗末な結果に、ツンは小さく溜息を吐く。
すっかり呼吸は元通りになり、準備は整った。
ヴィントレスをスリングベルトに預け、床のバースクを拾い上げる。

ξ゚听)ξ「っしょっと」

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:45:09.32 ID:Xq8Tr1Vn0
大分体力を消費しているのが、バースクを持ち上げる時に分かった。
それでもツンは、バースクの弾を交換しながらも歩き続ける。
これで、バースクの弾は最後。
棹桿操作で弾を装填して、それを肩に掛ける。

ズシリとした重みが、途端にツンの体から活力を奪う。
つい先まではアドレナリンが過剰に放出されていたから、そこまで重みを感じることなく戦えた。
代わりにヴィントレスを構え、可能な限り早く走る。
エスカレーターを一段上る毎に、体力が削れるのが分かる。

ξ゚听)ξ「まだ、なのかしら……」

何も、体力が削れているのは何も重い装備で駆けまわったからだけではない。
相棒の安否が未だに分からない事が、ツンの心労の原因となっていた。
その事を、もはや否定する気は起きない。
ふと、その時思い出した。

インカムがあるではないか。
折角なので、ここでようやく使うことにした。

ξ゚听)ξ「聞こえる?」

ぶっきらぼうに、インカムにそう話しかける。
だが、返答はない。
誰かと通信中なのか、それとも壊れて通じていないのか、砂嵐の音がただ空しく聞こえるだけだ。
インカムから期待した声が返ってこない事に、ツンは舌打ちをした。

ξ゚听)ξ「……ッ」

218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:48:02.16 ID:Xq8Tr1Vn0
ツンの脳裏に、一瞬だけ最悪の可能性の片鱗が浮かんだが、それは直ぐに消えた。
一階層上の二十階に到着し、周囲を見渡す。
この階層は、不動産を取り扱っているフロアだ。
フロア全体に建っている白い円柱以外には、これと言って何もない。

しかし一度ここに電源が入れば、あの円柱にびっしりと不動産の細かい情報が映し出される。
客はそれを指と声で操作し、知りたい情報を的確に知ることが出来る。
ここから先は、これまでとは経路が異なる。
屋上へは、エスカレーターもエレベータも、非常階段でさえも繋がっていない。

不動産フロアの四隅、その四ヶ所に設置された階段を使う必要がある。
その階段は、鍵の付いた堅牢な扉によって非常時とイベント時以外は常に閉ざされている。
何せ、この高さを物珍しがって遊びに来た子供が屋上の柵を乗り越え、紐なしバンジーを決行。
その責任を白木財閥に取れと裁判を起こされたのだから、当然の対処と言えた。

判決は白木財閥の勝訴。
裁判を起こした両親は、翌日謎の不審死を遂げたそうだ。
両親が殺された事は、言うまでも無い。
何せ、その仕事を請け負ったのは他ならぬクールノーファミリーだったからだ。

権藤の借りもあると言う事で、デレデレがその依頼を快く引き受けたのを、ツンは今でも覚えていた。
ツンは駆け足で部屋の隅に設置された階段を閉ざす扉の前まで来て、ポケットに手を入れる。
そこから取り出した屋上用の鍵を鍵口に差し込み、三秒程待つ。
小さな音が鳴り、電気を用いない第一ロックが解除される。

後は錠を回し、第二ロックを解除。
開いてすぐ右手にあった鉄製の階段を、ツンは上り始めた。

【時刻――03:30/"ゴング・オブ・グローリー"屋上】

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:52:06.71 ID:Xq8Tr1Vn0
屋上へと続く扉を開けた時、ツンの顔に強烈な風が吹き付けた。
豪奢な金髪が風に靡く。
都の夜空と同じ色をしたロングコートもまた、バタバタと風に靡いた。
目を手で庇い、ツンは走った。

コンクリートが剥き出しの屋上の中央には、貯水タンクの他にもう一つ大きな装置が置かれている。
その装置こそが、ツンの狙い。
だが、今は使わない。
屋上の縁の柵の前に膝立ちになり、大通りをヴィントレスの上に装着した光学照準器で覗く。

間に合った。
多少遅れはしたものの、まだ裏社会の部隊は健在である。
それどころか、何やら大逆転劇が起きている始末だ。
照準器の中に映し出されているそれを見咎めた時に、ツンは目を見開いた。

( ∵)

あの仮面男達は、見紛うことなく歯車王の私兵部隊。
ラウンジタワーで大分苦戦させられた記憶が鮮明に蘇る。
しかし、今彼等はどう見ても裏社会の援護に廻っていた。
今回は敵ではないのか。

というか、何故援護しているのだ。
考えてみれば、歯車王も迷惑しているのだから共通の敵を持つ者同士、今回は共闘しようと言いだしても何ら不思議ではない。
今はそう考える事にして、ツンは一先ず的の様に立ちつくして混乱している者を狙い定めた。
銃爪を引き絞り、数拍遅れて仮面が砕ける。

222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 20:56:05.51 ID:Xq8Tr1Vn0
そのすぐ近くで銃を乱射している男の頭に照準を合わせ、銃爪を引く。
結果を見ることなく手応えだけで成否を判断し、その隣。
ほとんど間を開けずに、続けてもう一発。
そして、少し離れた位置の敵を連続して撃ち殺す。

これだけ慌てていれば、ツンの狙撃はこの上ない混乱の材料になるだろう。
案の定スコープの向こうに、仮面を被った敵兵が無様に慌てふためいている様子が窺える。
ツンは立ち上がりつつ弾倉を交換し、ヴィントレスを肩に提げた。
振り返り、屋上の中央に設置されている特殊な装置の元まで駆ける。

その装置は、高さ、奥行き共に一メートル弱の正方形に、丸いバルブが付いていた。
この装置こそが、歯車の都で生み出された独自の進化の一つだ。
水密扉に付いているような大きなバルブを回し、扉を開ける。
中から巨大な銛を発射する銃の様な物を引っ張り出し、それを肩に乗せて構えた。

狙いは、隣のビルの屋上に付いている同様の装置。
銃本体が装置に固定されており、更に最初から狙いが付いている為、素人でも簡単に撃つ事が出来る。
銃爪を引き、圧縮空気で発射された"アンカー"がワイヤーの尾を引いて飛んで行く。
設定通りに飛んで行ったアンカーは、その先にある装置の背に突き刺さり、強力な磁石によって完全に固定される。

しっかりと突き刺さったアンカーが外れない事を確認して、ツンは開かれた扉から別の物を取り出す。
一見してそれはゴツイ握力計を連想させる把手だった。
取り出した二つをピンと張ったワイヤーに引っ掛け、ツンはそれをしっかりと握る。
助走を付け、一気に走りだした。

ξ゚听)ξ「せっ!」

225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:00:01.68 ID:Xq8Tr1Vn0
屋上の縁を飛び越えたツンの体が、一瞬だけ宙に浮く。
だが、それはすぐに終わる。
重力によってツンの体が、地面に向かおうとする。
それに抗うべく、ツンは掴んだ装置を強く握る。

遠目に見れば、ビル間をツンが飛んでいるようにも見えた。
ワイヤーを伝って滑り、飛ぶようにして隣のビルの屋上へと着地。
この間、僅か数秒。
その間にツンの姿を見た者は、誰一人としていない。

―――"ワイヤー・エスケープシステム"
ビル火災や、何かしらの原因でビルに閉じ込められた場合に使用される、緊急用の装置。
背の高いビルから避難する場合、最上階と地階では避難する時間と危険度に大きな差が生まれる。
特に、高層ビルで起きる火災の場合は最上階の生存確率は極めて低い。

火の手から逃れる為に屋上まで進んでも、結局は助からない場合が多い。
焼け死ぬぐらいならせめて、と飛び降りる者は少なくない。
一瞬だけ空を飛んだ者達の末路は、例外なく即死。
そこで求められたのが、災害に見舞われたビルの屋上、もしくは高階層からの脱出の手段だ。

多くの建築家やその手の装置を考える者達は、非常に難儀した。
何せ、高所から安全に脱出する方法などそうない。
一度考えられたのが、大量のパラシュートを設置すると言うもの。
だが、都のビルの密集度を考えれば、パラシュート降下が可能なビルは大通りに面している建物に限定される上に、下手をすれば自殺行為になる。

何より、パラシュートが無くなってしまえばそれまでだ。
消耗は少なく、救える人数は多く、何より実用的でスペースを取らないもの。
その構想を実現させたのが、他ならぬ歯車の都の業者だった。
隣に並ぶビルとの距離が150メートル以内の場合でのみ、使用が可能な装置。

227 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:04:04.79 ID:Xq8Tr1Vn0
危険なビルから、何もいきなり地上に逃げる必要はない。
要は、危険地域から逃げ出せればいいのだ。
そうすれば、後はヘリコプターを使うなり、何をするなり好きにすればいい。
その一番手っ取り早い方法が、ビル同士を一時的に直接繋ぐ事だった。

最終的に、より実用的なものとして強靭なワイヤーが挙げられた。
ワイヤーの素材に特殊な金属を混ぜ、把手に仕込んだ装置が電磁誘導。
移動が完了したら、把手は自動的に元のビルへと戻る。
この装置が、ツンの見出した活路だった。

ビル間を素早く、そして確実に移動するのにこれを利用しない手はない。
着地してすぐ、ツンはその屋上の端まで駆け、バースクのバイポットを開いて屋上の縁に置く。
簡素な作りの金属照準器をうつ伏せになって覗き込み、弾を地表に向けてばら撒く。
この位置からなら、いくら五月蠅いバースクとは言っても位置を把握されない。

全弾必中とはいかず、弾帯を三分の一程消費し、立ち上がって例の装置に向かって走る。
中央部に置かれた装置の扉を、同じ手順で開く。
隣のビル目掛けてアンカーを放ち、把手を装着。
だが、ツンはまだ行かない。

再び屋上の縁へと戻り、バースクのバイポットを畳む。
縁に銃身を乗せ、盲撃ちとも言える適当な乱射。
撃ち尽くしたバースクをその場に放棄し、ツンは装置まで戻った。
把手を掴み、移動、そして着地。

今度のビルは、これまでの建物よりも高く、身を隠せる物が多くあった。
この装置の強みは、より高所の位置にまで容易に移動できる点にある。
ゴング・オブ・グローリーと比べれば低いが、それでもこの高度。
珍しく屋上にフェンスも策も無い為、狙撃には最適な場所だった。

228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:07:09.14 ID:Xq8Tr1Vn0
先程バースクを撃ちまくって投棄したのは、ここに移動する速度を上げる為だ。
電磁誘導とは言っても、軽い方が早く移動できる。
機関銃を持ったままでは、移動が遅くなってしまう上に腕にかかる負担が大きい。
軽くなった体を堪能する間もなく、ツンは屋上の縁の上にヴィントレスを乗せる。

光学照準器を覗き込み、手頃な獲物を探す。
大分、大通りの敵が減っているのが分かった。
歯車王の私兵部隊の損害は皆無で、暇を持て余しているのか、破壊した敵の兵士の残骸を律儀に積み上げている者までいる。
ツンの出番は、もう必要ないのかもしれない。

とりあえず、生存している者を片端から撃ち殺す事にした。

――――――――――――――――――――

システムの中枢をハッキングされ、戦術データをフォーマットされたゼアフォー達の中には、生前の記憶を取り戻した者が僅かにだが存在していた。
彼等に共通しているのは、海馬を損傷していない状態で改造手術を受けたと言う事。
そして、その者達の中には"生きている時"に自ら進んで改造を申し出た者もいる。
大破した戦車の陰にうずくまる男、スクイー・ノン・グラータもその内の一人であった。

スクイーは元々、表通りの出身者だった。
両親が大企業の重役を務める、表社会でも裕福な家庭に生まれ、何一つ不自由なく育った。
彼が欲しいと強請った物は、何でも買い与えられた。
玩具、犬、車。

成長するにつれ、彼が欲する物は次第に常識から逸脱し始めていた。
だが、それまで子宝に恵まれなかった両親が、一人息子であるスクイーを溺愛するのは仕方のない事だった。
故に、どれだけ高額な物でも強請られるがままに買い与え続けた。
その中でも最も常軌を逸した買い物の例が、女だった。

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:10:19.91 ID:Xq8Tr1Vn0
売春という意味合いの買い物ではなく、性奴隷としての意味で女を強請ったのだ。
しかも、スクイーが指定した女は、彼が一方的な想いを寄せる学校の同級生。
当然、両親はそれを躊躇った。
いきなり自分の娘を売れと言われて、本当に売る両親がこの世の中にどれほど少ないか。

世界中を探しても、特定の地域の限られた条件を満たす家族でない限り、スクイーの要求は通らない。
ましてや、この界隈でも屈指の名門校に通う女生徒ともなれば、それは不可能である。
彼の両親は問題の娘の両親が頼み込んだが、当り前の事ながら門前払いをされ、更には警察を呼ばれた。
保釈金を山のように積んで釈放された両親は、スクイーの望みをどうすれば叶えられるのかを考えた。

正攻法は不可能。
で、あるならば、道は一つ。
非合法な方法で、その娘を手に入れるしかない。
両親は裏社会の人身売買専門の組織に、目的の娘の誘拐を依頼した。

準備期間僅か一週間と言う早さで、両親はまんまと娘を手に入れる事に成功した。
そしてスクイーは、その娘に昼夜を問わず性的な暴行を嬉々として繰り返した。
最終的にスクイーが娘の体に飽き、縊り殺しにするまで、この事件は公にならなかった。
では、何故公になったのか。

それは、死体処理の際に"掃除屋"を雇わなかったからだ。
その辺りの事情に疎いスクイーの両親は、事が露見しないようにと自分達の手で死体を処理してしまったのだ。
裏社会の掃除屋に任せておけば、その辺りの情報が漏れる事はまずない。
こうなってしまったのは、単に両親が他人を信頼する事を知らなかった為に他ならない。

素人が考える様なお粗末な死体遺棄をした結果、その日の内に裏通りの乞食によって発見されてしまった。
事件の情報提供による報酬制度を知っている乞食は、それを警察に報告。
スクイーの両親から見たら端金でしかない報酬を受け取り、あっけなく事件が発覚。
初代歯車王の作った"DNA登録式犯罪抑止法"のおかげで、スクイーの犯行である事も当日の内に分かった。

230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:13:31.31 ID:Xq8Tr1Vn0
娘の体内に、スクイーの体液が残されていたのだ。
一切の証拠を消し去って死体を遺棄しなければ、この都では髪の毛一本、指紋一つから誰の物かすぐに判別できる。
それを理解していなかったのだから、当然の結果と言えた。
警察はスクイーとその両親を逮捕。

裁判の結果、両親は銃殺刑。
残るスクイーに対しては、懲役1年。
最後に彼の両親が買い与えたのは、減刑と言う名の自由であった。
裁判に関わる者達へ賄賂を渡し、凄腕の弁護士を雇った事で、スクイーの刑は信じられない程軽い物となった。

それまで寄生虫の様に両親の金で生きていたスクイーは釈放され、一人で生きて行く事になる。
一応、両親の蓄えていた金の存在を知っていた為、刑務所から出てきても最初の二ヶ月はこれまで通りに過ごせた。
が、金遣いの荒さと我儘さは微塵も直っておらず、出所三ヶ月目に入ってから、その生活は早々に終わりを告げた。
僅か三日で、残りの金を全て使い果たしてしまったのだ。

その原因が自分にあるとは考えず、スクイーはサラ金に手を出そうか考えたが、彼の矜持がそれを拒んだ。
搾りカス程度の矜持を捨てる事が出来なかったスクイーは、住み慣れた我が家を売った。
もう一ヵ月ほど遊んで暮らせるだけの金を得て、今度こそは計画的に、と決意。
不服ではあったが、その金を持って大通りに繰り出した。

繰り出した初日、太陽が沈みかけ、ただでさえ暗い都がより一層の闇に包まれてゆく中。
スクイーが道に迷って、細い路地に入った時のことであった。

爪'ー`)y‐『僕と一緒に、何もかもを変えてみないかい?』

背後から、中年の女に声を掛けられた。
妖艶という言葉がしっくりくる姿の女はスクイーの趣味ではないが、中々そそる物がある。
これが、熟し切った女の持つ魔性の魅力と言う奴なのか。
18歳にも満たないスクイーがその女に惹かれたのは、単に異性に関して無知だったからだ。

231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:16:04.15 ID:Xq8Tr1Vn0
彼は、"想像"の中でしか異性を知らない。
本来なら、幼少期に漫画やアニメ、ゲームや小説を介して異性が如何なるものかと言う片鱗を知る。
スクイーの両親は、18歳になるまで彼には健全な本。
例えば、経済学や哲学の本や、有名な知事が書いた小説だけを読ませ、漫画やゲームは一切与えなかった。

歪みに歪んだ彼の異性に対する知識の中には、このような熟し切った女は存在しない。

『変える?』

ひょっとしたら、自分の持つ大金を目当てに声を掛けて来たかもしれないと考え、胡散臭げに聞き返す。
すると、その女は気味が悪いくらいの笑みを浮かべて、こう言った。

爪'ー`)y‐『そうだ、変えるんだ。
      この都にある、何もかもを、だ。
      君は、今に満足してるかい?
      僕にはとてもそうは見えないね、スクイー君、そうだろう』

『どうして、俺の事を知っている』

爪'ー`)y‐『ふふふ、僕に知らない事はない。
      僕は何でも知っている。
      だが、僕は知り過ぎた』

疑いの目を向ける。

『何を?
どうして、俺なんだ。
俺以外にも優秀な人間はいる。
それとも、あの会社の情報が欲しいのか?』

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:20:04.61 ID:Xq8Tr1Vn0
もし、目の前の女の目的が彼の両親が務めていた会社の機密情報であるならば。
それ相応の金を要求できる。
そうしたらまた、何でもできる。
情けない話だが、その期待が声に出ていたのかもしれない。

爪'ー`)y‐『ふふふ、そう興奮しなくても良い。
      あの程度の会社、僕がその気になればいつでも潰せる。
      僕が欲しいのは、数だ、力だ、知だ、質だ。
      力は僕が与えよう。

      知も質も、僕が与えよう。
      だが、数だけはどうにもならない』

『……どういうことだ?』

爪'ー`)y‐『何かを変えるには、何かを壊さなければならない。
      法律、機械、人間関係、そして常識も例外ではない。
      そして、僕はこの都の"全て"を変えたいんだ。
      常識や倫理、これからは、欲望が全てになる。

      その為には、あぁ、どうしても必要なんだよ。
      数が、そう。
      数だけが足りないんだ。
      協力してはくれないかな、スクイー君。

      無論、君が協力してくれれば、僕の言葉は狂言ではなくなる。
      狂言が実現すれば、それは名言になるんだ』

甘い匂いのする紫煙を、女はゆっくりと吐き出す。
気がつけば、スクイーは女の言葉に耳を傾けていた。

233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:23:10.37 ID:Xq8Tr1Vn0
爪'ー`)y‐「もし、僕の計画が実現したとしたら、今後、君は何ができると思う?
       奪えるんだ。
       そう、奪えるんだよ。
       金を、地位を、信頼を、女を、貞操を、何もかもを。

       君の生き方を認めなかった者達から、全てを奪い取ってもいいんだよ。
       僕に協力すれば、それは認められる行為になる。
       逆に君は、何も奪われることはない。
       どうだい、奪い、壊し、穢し、欲望のままに生きてみたいとは思わないかね?」

『お、俺に、何が出来るっていうんだ?』

その言葉に、女は妖艶に笑む。

爪'ー`)y‐『なぁに、君は何も考えなくていい。
      ただ、壊す事だけを考えてくれていれば、それだけでいいんだ。
      必要な物は全て、僕が与えよう。
      力も、知も、質も、武器も女も!

      だから、僕に手を貸してくれないかい?』

女の眼が怪しく輝く。
もう、スクイーは女が何者だろうと構わなかった。
この女なら。
この女の言う事に従えば、全てが手に入る。

それまで渇望していたものが。
羨望でしかなかったものが。
全てが、現実の物となり、我が物となる。
これだ。

235 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:26:11.75 ID:Xq8Tr1Vn0
これを、求めていた。
自分が何をしようが、誰も咎める者はいない。
それが実現するのであれば、この女が何者であろうと関係ない。

『……その話、詳しく聞かせてくれ』

そう言って、手を差し出したのである。

―――それが、今から約三ヶ月前の事。

今は、その事を心底後悔していた。
それもこれも、あの女のせいだ。
自分は悪くない。
頭の中に残された生存本能に従い、スクイーは背にしていた戦車の車体の下に移動する。

冗談ではない。
自分に責任がない以上、この場から逃げても咎められないだろう。
いつものように、きっと誰かが助けてくれる。
今、この場で生き延びる事が出来れば。

車体の下から見える光景は、地獄絵図に他ならなかった。
上半身は見えないが、下半身の動きだけでどちらがどうなっているのかぐらいは分かる。
前進せず、情けなく後退しているのがスクイーの仲間のそれだ。
残りは当然、それらを狩る者の足である。

視線の先で次々と体を切り裂かれ、仲間だった者達が血溜まりに沈む。
首を切り落とされたのか、視線のすぐ先で力なく膝から崩れ落ちる者が居た。
僅かに遅れて、刎ねられたと思わしき首が落下した。
落下した首の正面が、ゆっくりとこちらを向く。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:29:06.93 ID:Xq8Tr1Vn0
その虚ろな眼が、スクイーを静かに反射していた。

スクイー「……ひ、ひぃっ!」

虚ろな眼に見つめられ、スクイーは情けなくも悲鳴を上げてしまった。
咄嗟に口を押さえる。
聞こえなかっただろうか。

( ∵)「……」

謎の敵は、ゴミを拾うような気軽さで落ちた首と胴体を引き摺り始める。
そのまま敵は、どこかへ行ってしまった。
スクイーは、自らの傍らに置いてあるアサルトライフルの存在を思い出した。
それを縋る様に掴み、胸元まで運ぶ。

今は、この鉄の冷たさがありがたい。
冷静になる為の、唯一の道具だった。
今、スクイーに与えられた選択肢は一つ。
こうして、銃を抱きかかえて震え、隠れているだけ。

余計な事は決して口にせず、余計なことは一切しない。
ガチガチと、歯が鳴る。
その音を聞き咎めたのか、跫音と共に敵の足が戦車に近付いて来るのが見えた。
下唇を強く噛み、歯が鳴るのを押さえる。

それでも、呼吸が荒くなるのは押さえられなかった。

( ∵)「……」

238 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:33:01.27 ID:Xq8Tr1Vn0
ゆっくりと男は腰を落とし、戦車の下を覗き込んだ。
眼が合う。

( ∵)「……」

呆気なく髪を掴まれ、外に引き摺り出されてしまった。

スクイー「た、た、たすけてっ……くだ、くださ……」

鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、スクイーは命乞いをした。
が、その言葉が届いていないのか、それとも聞く気がないのか、おそらく両者であろう。
男はスクイーの髪を掴んだまま、ズルズルと引き摺り歩く。

スクイー「ひ、ひいいいい!」

逃れようと抵抗するも、全く効果がない。

スクイー「ごめんなさい、ごめんなさいいいい!」

謝って許してもらえるとは思わなかった。
それでも、何もしないよりかはいいと判断した。

( ∵)「……」

男は無言で、スクイーを一瞥した。
仮面に空いた穴の奥には、何も窺えない。
そこにある穴は、ただ、夜の闇が人を見るかのように冷たくスクイーを見つめているだけだ。

スクイー「許してくれぇ…… 頼むよぉ……」

239 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:36:13.77 ID:Xq8Tr1Vn0
遂に、スクイーは子供の様に泣き出してしまう。
泣いて懇願する姿は、哀れを通り越して無様であった。

( ∵)「……」

何も聞こえていない筈なのに、仮面の下で溜息を吐かれた気がした。
そして、大通りの真ん中辺りまで来た所で、スクイーは唐突に解放される。

スクイー「ひ、ひぃっ!」

あまりにも唐突過ぎ、スクイーは何が起きたのか咄嗟に理解できなかった。
が、背を向けてその場を悠然と去る仮面の男に、これ以上スクイーに攻撃を加える気配はない。
つまり、見逃してもらえたのだ。
わざわざ道路の真ん中にまで連れて来てくれたおかげで、後は適当な場所まで走って逃げれば助かる。

スクイー「ありがとう、ありがとうございばすっ!」

去ってゆく男の背に上辺だけの感謝の言葉を送る。
助かったとなれば、もう用済みだ。
余計なことは考えずに走って逃げよう。

スクイー「へ、へへへっ!」

どうやら、まだ悪運は尽きていないらしい。
立ち上がり、即座に駆け出そうとした。
その時だった。
体が上手く持ち上がらない。

安心したせいで腰でも抜かしたのか。
―――もう少しだけ理性が働けば、スクイーは自らの体が機械である事を思い出しただろう。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:39:05.08 ID:Xq8Tr1Vn0
スクイー「い、いけねぇ……へへっ、なにやってんだよ俺は」

苦笑して、もう一度。
しかし、やはり立ち上がれない。
上半身だけは上がるが、下半身が言う事を聞かなかった。
何度か挑戦し、やっとのことでスクイーは立ち上がる事が出来た。

スクイー「あ、あれ?」

視界がおかしかった。
何か、異様に低い。
そう。
この視線はまるで、膝立ちをしているように低い。

急に身長が縮んだのか。
そんな馬鹿な話があるか。
異常の正体を知ろうと、足元に目を向ける。

スクイー「あ、あははっ!
      ……なんだよ、こりゃあ」

震える声で笑うスクイーの脚は、膝から下が無くなっていた。
膝から溢れ出る赤黒い皮下循環剤が足元に溜まりを作り始め、スクイーはそれに触れる。
温かかった。

スクイー「なんだよ、せっかく……
      せっかく助かったと思ったのによぉ……」

241 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:42:37.37 ID:Xq8Tr1Vn0
一瞬で希望を消されたスクイーは、笑うしかなかった。
せめて最期に、乾いた笑い声を上げようと空を仰ぎ見る。
そこには、分厚い雲に覆われた真っ暗な空があるだけ。

スクイー「あha―――」

笑い声は、最初の一言だけしか上がらない。
声帯を撃ち抜かれたスクイーは、自ら作り上げた溜まりに仰向けに倒れる。
倒れ行く中で、スクイーは大通りの中央にある建物の上で、何かが一瞬だけ光ったのを見た気がした。
勢いよく倒れ込んだ影響で、溜まっていた皮下循環剤が周囲に飛散した。

それでも、スクイーはまだ生きていた。
ただし、恐怖を伴って。
頑丈な作りが、彼に簡単な死を与えないのだ。
自らの長所が、こんな所で仇になるとは。
回線の一部が壊れてしまい、口がパクパクと開いては閉じてを繰り返す。

瀕死のスクイーの眼に映るのは、絶望の色をした黒い空だけ。
スクイーは予備電源が落ちるまで、そうして死の恐怖に怯えたままだった。

【時刻――03:40】

弾倉を三つ程使い切った辺りで、ツンは腕時計を見た。
作戦開始から一時間以上が経過している。
一時間弱で形勢を逆転して見せたのは、正直驚きだ。
幾らか犠牲が出ているだろうが、それでもこの結果は上出来。

ツンの視界の中に動く敵の姿がほとんどいなくなり、ツンは溜息を吐く。
油断はまだできない。
ツンの考えが正しければ―――

243 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:45:43.15 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「……っ?!」

―――その考えは、直後に聞こえた爆音が肯定した。
爆音の位置は、背後にあるここへと通じる扉から。
爆発の衝撃で吹き飛んだ扉がツンの横を通り抜け、屋上から大通りへと転がり落ちた。
振り向きざまにヴィントレスを構え、銃口が扉のあった場所を向いた時、ツンは自らの失態に気付く。

まだ、弾倉を交換していない。
弾倉内には、確か残り三発程度しか残されていない。
突入してくる腹積もりなら、三人までは殺せる。
肩付けして右手で構えつつ、左手で新品の弾倉を取り出す。

視線の先には、あれから変化がない。
弾倉を交換しても大丈夫だろうか。
決断は早急に。
二発撃ち込み、相手の動きを制する。

そして、弾倉を交換。
その直後、ツンの視界を強烈な閃光が襲った。
やられた、と思ってももう遅い。
視界が真っ白に漂白され、目を瞑ってもまだ明るい。

ヴィントレスを持つ右手はそのままに、左手で思わず目を覆ってしまう。
恐れていたと言うか、事前に予期していた事態が遂に始まってしまった。
身を低くして、耳を済ませる。
階段を上る跫音が、三つ。

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:48:12.53 ID:Xq8Tr1Vn0
音を頼りに撃とうにも、相手の動きが予想よりもずっと早い。
屋上の床を踏みしめた音を聞き、駄目元で数発撃つ。
跫音が聞こえなくなり、ツンの視界が徐々に戻り始めた。
未だ完全に戻っていない視力ではなく、鮮明な記憶を頼りに、遮蔽物になりそうな物の陰へと滑り込む。

遮蔽物は記憶していた位置と寸分違わず、ツンはそれに背を預け、ゆっくりと目を開く。
一瞬だけゼロになった視力は、この時には元に戻り始めていた。
どうやら、今ツンが遮蔽物にしているのは、ツンの腰の高さ程のコンクリートで覆われたエアコンの排気孔のようだ。
そこにヴィントレスを立てかけ、ホルスターからスチェッキンを取り出し、弾倉を交換する。

他にも、今ツンが持っている弾薬全てを足元の地面に置いた。
状況を整理する。
敵の数は三人。
手際の良さから、都の軍人ではない事が分かる。

装備、性別、体格共に不明。
唯一相手の事で分かるのは、その目的だけ。
ツンの捕縛。
もう一つ、確認しておくことがある。

今、ツンが身を隠している場所は屋上の端、大通りに面した東の方向。
端から数メートル離れた場所にある、コンクリートで囲われた排気孔を壁にしている。
相手の位置はツンの背後、屋上へと繋がる扉の近くにあった背の高い貯水槽と脱出用の装置を陰にしている。
ツンは試しに、空になったスチェッキンの弾倉を陰から出してみる。

銃声と共に、それはツンの手から文字通り弾け飛んだ。
そのまま弾け飛んだ弾倉は、屋上から大通りの空へと舞う。
それは重力に逆らうことなく、ツンの視界から消え失せた。

ξ゚听)ξ(ちっ……!)

245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:51:18.85 ID:Xq8Tr1Vn0
相手の射撃の技量から、ツンがこの場に釘付けになるのは必至だった。
行動を制限されたツンに出来る事は、多くない。
ヴィントレスで狙い撃とうにも、それよりも先に向こうが撃ってくる。
頭を吹き飛ばされることはないだろうが、腕の一、二本は持って行かれるだろう。

盲撃ちをしても、相手は遮蔽物を楯にして、更に"身を隠している"から大して意味がない。
一見して、所謂詰みの状態とも言える。
だからどうした。
鉄をも貫く弾がある。

命がある。
揺るがぬ意志がある。
まだ、何も失っていない。
ならば、まだやれる事がある。

いつものように目の前に立ち塞がる壁は、撃ち抜けばいい。
これは、"予期していた事態"だ。 今は、考えろ。
相手は貯水槽、そして脱出装置を壁にしているのが容易に分かる。
そして、そこから狙い撃っている。

先に潰しておいた方がいいのは、貯水槽。
貯水槽はツンから見て左手方向にある。
盲撃ちでも、まだ出来る事があった。

ξ゚听)ξ「その腐った頭でも冷やしてなさい!」

人に当てるのは難しくても、貯水槽に当てるのはツンにとって造作もない。
貯水槽の厚みの鉄板など、こちらの弾の前には意味を成さない。
ツンは貯水槽の上部を狙い、三発撃った。
蓄えられていた水が、穴の開いた個所から漏れ出る。

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:55:07.07 ID:Xq8Tr1Vn0
そして、それを遮蔽物にしていた者の頭上に蓄えられていた水が容赦なく降り注いだ。
この時期だからそれ程冷たくはないが、突然水を浴びせかけられたら誰だって驚く。

「うおわっ! って、み、水かよ……」

驚きのあまり、声を出した者がいる。
貯水槽の裏に一人。
聞こえて来た低い声に、ツンは聞き覚えがあった。

ξ゚听)ξ「……え?」

随分と昔。
少なくとも、五年前には聞いた事のある声だ。
最後に聞いたのは、五年前の抗争時。
まさか、生きていたのか。

ξ゚听)ξ「"追放者"?」

"追放者"、スキジック・ギコタイガー。

<゚Д゚=>「おや、覚えていたトラァ?
     へへへっ、こいつぁ光栄トラァ!」

数多くの組織を転々として、最終的に荒くれ者の集まる水平線会へと流れ着いた生粋の糞野郎。
裏切りと寝返りに関して、こいつ程上手くやる奴はいない。
この男は、かつての水平線会で第五位の地位にあった。
だが、五年前の抗争中、この男は突然消息を絶った。

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 21:58:11.35 ID:Xq8Tr1Vn0
てっきり死んだものだと思っていたのだが、ゴキブリの類は等しくしぶといらしい。
五年前から全く変わらない卑屈な笑い声に、ツンは聞えよがしに舌打ちをした。
"追放者"が生きていると言う事は、当然。

「よかったなぁ、後でその声をオカズにマス掻けよ!
でひひはぁっ!
久しぶりだなぁ、えぇ?
クールノー!」

ξ゚听)ξ「……"パララックス"!」

「クールノー……の……ムス……メ……
グ……フ……ひさし……ぶり!」

ξ゚听)ξ「おまけに"ビヒモス"までいるの……
      なに? ここで同窓会でもするつもり?
      ……最悪、あぁ、本当に最悪ね」

声だけで、残りの二人の正体を把握するのは容易だった。
かつて水平線会が誇った"五本指"が、ここに集結している。
道理で、ここまで場馴れしている筈だ。

<_プー゚)フ「でひひ! こりゃあたまらねぇな!
        あの時よりもイイ声になってるじゃねぇか!
        でもよぉ、泣き叫んで命乞いする時はもっとイイ声なんだろうなぁ!」

真性のサディストである、"パララックス"エクスト・プラズマン。
人を嬲り殺しにするのが何よりの楽しみとし、そこに美しさを追求する性格破綻者。
荒巻が水平線会の会長をしていた時代の、事実上の第四位。
ギコタイガーと同様に、抗争中に消えた男だ。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:02:20.79 ID:Xq8Tr1Vn0
(・(エ)・)「グフ……フ!」

精神障害者、"ビヒモス"クマー・デルレイッチ。
精神を病んでいる代わりに、その腕力は旧水平線会でも屈指の物。
女子供を好んで縊り殺す事で知られていたこの男は、旧水平線会の第三位。
抗争の半ばで瓦礫の下敷きになり、死んだはずの男。

ξ゚听)ξ「同窓会なら、ここよりもいい場所を知ってるわ。
      下水処理場か火葬場、好きな方を選んでここから消え失せてくれないかしら?
      二次会は地獄でカラオケでもやって、好きなだけシャウトすればいいわ」

<_プー゚)フ「久しぶりだっていうのに、相変わらずつれねぇなぁ。
        それに、まず一次会は女を喰ってからって決めてるんでよぉ。
        丁度、目の前に初物がいるんでねぇ。
        美味しくいただかせてもらうぜ」

(・(エ)・)「お前……犯す……」

エクストとクマーは装置の裏。
ヴィントレスで必殺の距離にいる。
ただ、問題なのは狙う時間がないと言う事。

ξ゚听)ξ「竹輪かブタでも犯してたら?
      あんたらのポークビッツには、それが一番お似合いよ」

<゚Д゚=>「随分な言い草トラァ。
     でもまぁ、気丈な態度がたまんねぇトラァ」

251 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:05:40.30 ID:Xq8Tr1Vn0
膠着状態で、なお且つ人数的にはこちらが不利。
どう動く。
とりあえず、ツンはスチェッキンの銃口を水平にして、排気孔の上から出す。
これだけ小さな標的なら、見つかる事も無いし撃たれる事も無い。

ξ゚听)ξ「……」

フルオートで、必殺の弾を撃ちまくる。
装弾数二倍は伊達ではない。
あちらこちらから、コンクリートが砕ける音や金属に穴が開く音、弾が跳弾する音が響く。

(・(エ)・)「う、撃った……!
     クールノー、撃った!
     ころ、殺す!」

<_プー゚)フ「こ、このっ馬鹿野郎!
        今出るんじゃねぇ!
        頭吹っ飛ばされて死にてぇのか!」

三つの銃口から、一斉に応射が来る。
ツンはスチェッキンを引っ込め、弾倉を交換。
向こうの射撃が止むのに合わせ、もう一度。

(・(エ)・)「ウガ、ウガアァアア!」

クマーの叫ぶ声が聞こえる。
目の前に獲物がいるのに、襲いかかれない事に苛立っているらしい。
あの男は、我慢や抑制と言うものを知らない。
犯そうと決めていた女に手玉に取られているのが、気に入らないのだろう。

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:08:19.15 ID:Xq8Tr1Vn0
見えないから分からないが、向こうは弾痕で凄い光景になっているはずだ。
射撃が止む。

ξ゚听)ξ「そのカタワ野郎に蒟蒻でも買い与えたらどう?」

<゚Д゚=>「……真面目に考えておくトラァ」

下らないやり取りを終え、今度はツンも交えて両方から同時に銃弾が飛び交う。
あっという間に撃ち尽くし、弾倉を交換。
遊底を引いて初弾を装填。
再びフルオートで応射。

(・(エ)・)「グル、グルファアアア!」

<_プー゚)フ「あぁ、くっそ、涎を撒き散らすんじゃねーよ!
        うわっ! 汚ねぇ、手についたじゃねぇか!
        クソッたれ、もう知らねぇ!
        手前一人で勝手にやりやがれ!」

(・(エ)・)「ヒ、ヒヒャッラアアア!」

雄叫びなのか、それとも解放された喜びの咆哮なのか。
どちらにしても、ツンに向かって迫る跫音の主が何を考えていようと、どうでもいい。
銃だけを後ろに向け、ツンは一度だけ銃爪を引いた。

(・(エ)・)「ぶ、ぶふあ!」

254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:12:14.71 ID:Xq8Tr1Vn0
急所こそ狙えなかったが、内臓は潰せたはずだ。
着弾の衝撃で倒れ込み、痛みに苦しむ獣の声が喧しい。
放っておいても、後数分で死ぬだろう。
今は、トドメを刺す為に使う弾と時間でさえ惜しい。

<_プー゚)フ「ほら見ろ、言わんこっちゃねぇ!
        手前はそこで一生そうしてな、このグズが!」

ξ゚听)ξ(連携力ゼロね)

所詮、どれだけ個々人の能力が高くても連携力がこれではあんまりだ。
だが、取り乱して勝手に自滅したクマーは精神障害者。
元から、連携が出来るなど期待していないのかもしれない。
向こうから見れば、足手纏いが一人減っただけだ。

事態は、あまり進展していない。
むしろ、相手の足手纏いが居なくなったここからが厄介と言える。
足元に置いていた残りの弾倉を確認する。

ξ゚听)ξ(……げっ!)

スチェッキンの弾倉は残り一つ。
ヴィントレスの弾倉が残り二つ。
今現在、状況的に使えるのは機関拳銃であるスチェッキンだけ。
その弾を、後先考えずに撃ちすぎた。

最後の一つとなってしまった弾倉に交換して、ツンは考える。
そこまで焦る必要はないが、どうしたものだろうか。
数発撃ち、弾が少ない事を相手に気取られないようにする。
向こうの会話が無くなったことから、どちらかがカバーに回って残りが移動をするつもりなのだろうか。

255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:15:12.90 ID:Xq8Tr1Vn0
ならばと、ツンは撃つのを止めた。
屋上にある遮蔽物は限られている。
その遮蔽物をどのように利用してくるのか、それを考える。
それを邪魔するかのように、銃声が響く。

ξ゚听)ξ(さて、どうしよう……)

適当に応射しつつ、考えを巡らせる。

ξ゚听)ξ(……でも、それにしては妙ね)

考えてみると、相手の行動は妙だった。
何故、閃光手榴弾で眼を潰した時、早急にこちらを捕縛しなかったのか。
三方向に分散すれば、ツンを捕らえる事など容易だったはず。
まだ、ツンが予想していない事を向こうは企んでいるのだろう。

そこで、ツンは時計の歯車を合わせるように思考を巡らせた。
今先自分が辿り着いた相手の目論みと、現状を照らし合わせる。
導き出されたのは、あまりにも陳腐な目的。
それでいて、性根の腐った荒巻らしい作戦だった。

タネが分かった以上、わざわざそれに付き合っている時間はない。
相手の狙いは、ツンを"その時まで"ここに釘付けにする事だ。
つまり、相手は移動していないし、今の段階でツンに手出しをするつもりはない。
相手が移動していると思わせ、今にもツンを捕らえるかのように演じているだけだ。

この場所、出来ればこの建物から移動したいが、そうはいかない。
脱出用の装置は向こうが盾にしている為、使用は不可能。
大通りを背にツンから見て右手、北にある隣のビルまでの距離は、5メートル弱。
高さは、隣のビルの方10メートル程高い。

257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:18:11.46 ID:Xq8Tr1Vn0
向こうから飛んで渡って来る事は出来るが、こちらからジャンプで渡るにはあまりにも高すぎる。
脚部限定の機械化を施していたとしても、それは不可能に近い。
ヒートならばやりかねないが、ツンはヒートではない。
ありもしない事を考えるのを止めた。

ξ゚听)ξ(……糞っ)

ロープがあれば、ここからそれを利用して下の階に移動出来る。
しかし、ツンの身の回りにロープの代わりになる物が一つもない。
周囲にある物で、何か出来ないかどうかを考える。
二メートル程の高さがあるアンテナが、だが、屋上に通じる唯一の階段の上に設置されているぐらいだ。

他に利用できそうなものはそれ以外になく、唯一利用できそうなアンテナは、相手のすぐ近くにある為、利用は不可能。
考え得る限り、今ある物だけで対処するしかなかった。

<_プー゚)フ「いつまでそうしてるんだ!
        さっさと諦めてよぉ、服脱いでよぉ。
        股おっぴろげておねだりしろよ!
        でひゃひゃひゃ! ひゃっ?!」

声が聞こえる位置を頼りに、ツンは問答無用とばかりに数発撃つ。
その弾は偶然、エクストの近くに着弾したようで、途端にエクストは黙りこんだ。

<゚Д゚=>「おお、おお!
     いいねぇ、強気なだけ犯し甲斐があるトラァ!」

一方、貯水槽を楯にしているギコタイガーは余裕を見せていた。
エクストと違い、こちらの方が場馴れしているのが分かる。
いくらツンが撃った所で、余程運が悪くない限りは当たらない事を知っているのだ。
加えて、姿勢を低くしている為、ギコタイガーには当たらない。

258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:21:10.30 ID:Xq8Tr1Vn0
<゚Д゚=>「どうしたよ、えぇ?
     早くしないと、怖い人達が来ちまうぜ!」

ξ゚听)ξ「怖い?
      ひょっとして、臭くて気持ち悪いキチガイ連中の言い間違い?」

<゚Д゚=>「はっはぁ!
     今の内に強がれるだけ強がればいいトラァ!」

ギコタイガーの声が、銃弾と共に飛んでくる。
殺す気はないが、牽制して釘付けにする為だ。
これのせいで、移動する事が出来ない。
結局、相手の思惑が分かっていてもどうする事も出来ないのだ。

あまりにも歯痒い。
で、あるならば。
今は、相手の思惑通りに立ち回るのが賢い。
そうしていれば、相手の思考が容易に読めるからだ。

ξ゚听)ξ「あんたこそ、いつもみたいに逃げる準備でもしてたら?
      あぁ、安心して。
      後ろから撃たないなんて、安い台詞は言わないから。
      どこを向いて何をしてようが、関係なく撃ち殺すわ。

      背骨? 心臓?
      あぁ、それともその腐った頭がいいかしら?」

<゚Д゚=>「じゃあその前に、手前のプッシーに俺のビッグマグナムを突っ込んでやるトラァ!
     奥まで突いて、天国までイカせてやるトラァ!」

261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:24:03.24 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「ビッグマグナム?
      く、く、あははは!!
      冗談は顔と存在だけにしてよ。
      あんたのそれ、デリンジャーの間違いじゃなくて?

      貧相で弾数も少ないから、あんたにはぴったりね。
      それに、自家製の皮ホルスターに入ったままだと、その貧相な銃が暴発するわよ。
      でも豚の尻を掘るには、丁度いいかもしれないわ。
      もっとも、火薬が湿気てて使い物にならないけどね」

ギコタイガーの下品な言葉に対して、ツンは全く怯まない。
ましてや、怒る事も無い。
この辺りの話術は、全てデレデレ仕込みの技だ。
それに、この程度でいちいち反応する程ウブではない。

何せ、身近に"グレートピンクエロス"の渾名を持つ凄腕の娼婦がいるのだから。
ツンよりも年上の彼女からは、様々な知識を教え込まれていた。
男の下品な言葉に対して、どう言い返せば怒るのかは初歩中の初歩だ。
案の定、ギコタイガーは怒りを露わにした。

<゚Д゚=>「手前! この野郎……!」

そうこうしている内に、新たな跫音が続々と聞こえて来た。
階段を駆け足で上って来る跫音の数は、十以上。
瞼を下ろす。
ギコタイガーが何か言っているが、それはもう聞こえない。

<゚Д゚=>「〜〜ッ!」

263 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:27:16.72 ID:Xq8Tr1Vn0
静かに呼吸を整え、耳から雑音を消し去る。
鉄を踏んでいた跫音が、コンクリートの地面を踏みしめる音に変わる。
軍人ではない。
跫音がバラバラだ。

それが意味するのは、統率がとれていないと言う事。
しかし、やる気だけは明らかに満ち満ちている。
そして、慌ただしい跫音が消えたかと思うと、最後にゆっくりとした跫音が聞こえて来た。
地面を擦るような跫音の主の正体は、もう分かり切っている。

「いつまでそうして隠れているつもりだ」

この世の全てを呪う為に喉が潰れるまで呪詛を叫んだ者がいるとしたら、このような声をしているのかもしれない。
しわがれ、地を這うように低い声。
その声の主は、紛う事無き水平線会"前"会長。
―――荒巻スカルチノフ。

/ ,' 3「クールノーの娘ならば、正々堂々とこちらを向いたらどうだ?」

ツンはその場から動かず、ゆっくりと瞼を上げる。

ξ゚听)ξ「糞野郎に対しては、正々堂々とする必要はないって教育されてるの。
      特にそれが、耄碌した糞ジジイの場合は相手にしなくていい、ってね」

/ ,' 3「はっ! 強がりか!
   いいぞ、ますますいい!」

確かに、強がりだ。
何せ、人数的な優位性ではこちらが圧倒的に不利。
おまけに、武装でも負けている。

266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:31:36.22 ID:Xq8Tr1Vn0
/ ,' 3「じゃが、無駄な強がりは止めるんじゃな。
   貴様に逃げ道はない」

ξ゚听)ξ「逃げる気はないわ。
      叩き潰す気ならあるけど」

/ ,' 3「えふっ!」

ツンの言葉に反応を示したのは、荒巻だけでは無かった。
荒巻が鼻で笑うと、それに続いて屋上のあちらこちらから冷笑が聞こえて来た。
気にする必要はない。
と、言うより。

逆に、嫌な意味で懐かしかった。
昔の水平線会のメンバーは、こう言った下品な手合いが大勢いた。
ヤンキーはヤンキーらしく、建物の壁に落書きでもしていればいいと言うのに。
下品である事に関してだけ言えば、彼等は一流である。

ξ゚听)ξ「何?
      皆して鼻くそでも詰まってるのかしら?
      それなら耳鼻科よりも、あんたらの場合、まずは脳外科と精神科に行くのね」

/ ,' 3「えふっ、えふっ、えふぁふぁふぁ!
   威勢の良さと口の悪さは母親譲りだのう」

不愉快な笑い声を上げ、荒巻は未だ隠れているツンに向け、声を掛けた。

/ ,' 3「どれ、そろそろ出てきたらどうじゃ?
   貴様とて、あの雌狐の娘だろう?
   それに、貴様もワシに幾らか恨みがあるのならば、尚更じゃ」

270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:35:01.91 ID:Xq8Tr1Vn0
確かに、荒巻の言う通りだ。
荒巻が会長を務めていた時代に生きていた人間は元より、今の水平線会にも奴に恨みを持つ者は多い。
水平線会と最も激しく対立していたクールノーファミリーの幹部であるツンもまた、その内の一人だ。

ξ゚听)ξ「そうね、あの日の事は一瞬でも忘れた事はないわ」

/ ,' 3「えふぁふぁ!
   そうじゃろう、そうじゃろうのう!
   ならば、ワシに一矢報いる為にも姿を晒せい」

ξ゚听)ξ「晒した瞬間に頭を吹っ飛ばされたんじゃ、文句も言えなくなっちゃうわ。
      あんたのようなチキン野郎の言う事をいちいち聞いてたら、命がいくつあっても足りないもの」

あの日の事を、決して忘れはしない。
五年前に起きた、水平線会とクールノーファミリーの抗争。
抗争が終結を迎えた日。
その日に起きた、あの忌まわしい出来事を。

未だ、あの事件の傷跡は消えていない。

ξ゚听)ξ「……でも、私は確かにあんたを殺したいわ。
      えぇ、出来るなら今すぐにでも」

怒りを前面に出した声は、荒巻にだけ向けられている。
そこいらにいる三下程度なら、この声だけで逃げ出しかねない。
しかし、荒巻には臆した様子が無かった。

/ ,' 3「えふぇふぇふぇ!
   ワシとしては、生きたままの状態を犯したいのでな。
   安心せい、殺すのはその後じゃ」

273 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:38:13.66 ID:Xq8Tr1Vn0
荒巻の言葉は全く信用できない。
だが、奴の言う事には一理ある。
デレデレへの復讐が荒巻の目的であれば、ツンをすぐに殺したりはしない。
荒巻の理想としては、デレデレの眼の前で殺すのが一番なのだろう。

/ ,' 3「損得勘定が出来ないわけではあるまい?
   強引に貴様を引きずり倒して犯すのもいい。
   が、やはり少しは抵抗してもらわねばこちらとしても犯りがいが無いのでな」

ξ゚听)ξ「あんたら、頭の中にはそれしかないの?
      だったら養鶏場にでも出向くのね。
      チキン野郎には、チキンのケツ穴がお似合いよ」

/ ,' 3「父の無念を晴らすのであれば、口より先に足を動かして立ち上がれ。
   そして、こちらを向くのじゃな。
   それからで遅くはないじゃろう、のぅ……」

荒巻を殺せばツンはようやく、"父"の前に立つ事が出来る。
謝罪と感謝の言葉と共に、眼を見て父を父と呼べるのだ。
それまでは、父が許そうとツンが自分の事を許さない。
未だ、父の体に残る傷跡。

あれを見る度、ツンの心は痛んだ。
自らの浅はかさと、父の愛情の深さを痛感した。
五年前、炎に全身を焼かれた父親。
その名を―――

/ ,' 3「でぃの娘ならば、ワシに一矢報いてみせい!」

ξ゚听)ξ「……蛆虫風情が、その名前を気安く呼ぶなよ」

276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:41:19.88 ID:Xq8Tr1Vn0
―――水平線会現会長、でぃが全身に負った重度の火傷。
あの火傷は、他ならぬツンを庇った際に出来たものだ。
そして、負わせたのは言わずもがな荒巻である。
故に、荒巻は父の仇。

/ ,' 3「えふぇふぇっ!
   まぁ、そう興奮するな。
   ……その様子だと、まだ知らんようじゃの」

ξ゚听)ξ「あんた等の脳みそが交換時だって事なら分かるけど?」

/ ,' 3「ところで貴様は、奴の本名を知っておるか?」

ξ゚听)ξ「……」

唐突に投げかけられた質問に、ツンは答えられない。
答えないのでは無く、答えられない。
これだけは、母親からも、でぃと親しい間柄の者達からも教えてもらっていないのだ。
ただ、知っているのは、でぃ、と言う名前と彼が父親と言う事実だけ。

/ ,' 3「知らぬのならば、教えてやろう。
   奴の名前は―――」

そして、荒巻は僅かの間の後、その名を言った。

/ ,' 3「―――内藤・でぃ・ホライゾン。
   どうじゃ、この名前に少しぐらい聞き覚えがあろう?
   のぅ、クールノーの娘よ」

ξ゚听)ξ「……えぇ」

279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:44:09.37 ID:Xq8Tr1Vn0
ツンは出来る限り、動揺が声に出ないように努力した。
こんな所で父の名前を知る事になるとは思いもしなかった。
それだけに、ツンの受けた衝撃は計り知れない。
一瞬だけ全身に冷たい物が走ったが、次の瞬間にはいつものツンに戻っている。

ξ゚听)ξ「どうして、あんたがその名前を知ってるのよ?」

/ ,' 3「えふぁふぁふぁ!
   ……なぁに、悔しがる必要はないぞ。
   ワシも、この事を知ったのはあの抗争の後じゃからな」

でぃは、かつて水平線会でNo2の座にいた程の男だ。
その彼の本名を当時の会長であった荒巻が知らなかったのは、正直意外だった。
何か、本名を隠さなければならない事情があったのか。

/ ,' 3「他にも、この名前に聞き覚えがあろう?」

―――ここで、そう繋げて来たか。
堪らず、ツンは冷笑を浮かべる。

ξ゚听)ξ「内藤・ブーン・ホライゾン。
      あいつの事を言いたいんでしょう?」

ツンの動揺を誘う為に、荒巻はわざとでぃの本名を晒したのだろう。
一瞬だけとはいえ、動揺したことは事実だ。
だが、一瞬だけならば、問題はない。
相手の目的分かっていたからこそ、ツンは冷静に対処する事が出来たのだ。

荒巻としては、もっと狼狽えて欲しかったに違いない。
ツンの反応に、荒巻は馬鹿にしたような笑い声を上げた。

283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:47:05.87 ID:Xq8Tr1Vn0
/ ,' 3「えふぇふぇふぇっ……、流石じゃ。
   そこまで狼狽えないか、まぁいい。
   つまり、どういう事か分かるか?」

ξ゚听)ξ「……」

/ ,' 3「分かっているのに黙り込むか。
   ならばワシが言ってやる!
   ……奴、ブーンは貴様の"家族"だということじゃ!」

それを聞いた時、ツンは瞬き一つしなかった。
ただ、そうなのか、とだけしか思わない。
ひょっとしたら、ブーンとは従姉弟なのかもしれない。
ツンの抱いた感想は、思いのほか淡泊だった。

ここで動揺しても得はない。
動揺と共にある種の感情が生まれることぐらい、ツンには分かっている。
その感情こそが、荒巻の目的なのだ。
わざわざ、荒巻の喜ぶ事をしてやる必要はない。

/ ,' 3「ふぇふぇふぇ……
   それでのぅ、少し前にワシの庭に奴が迷い込んで来てなぁ。
   貴様との関係を根掘り葉掘り聞こうと思ったんじゃが、生憎記憶を無くしているようでの。
   今、ワシが保護しておる」

ξ゚听)ξ「で、それが何?」

/ ,' 3「ワシの気分次第では、貴様に預けてやらんでもない。
   のぅ、じゃからワシの話を聞けぃ。
   世の中ギブ・アンド・テイクと言うではないか」

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:50:13.27 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「じゃあ無理ね。
      それに、あんたが保護してる奴なんてこっちから御免よ。
      廃品回収にでも出しておくのね」

了承した所で、結果は同じ。
ツンは既に覚悟を決めている。
それに、荒巻は気付いていないのだろうか。
自ら犯した致命的な矛盾に。

/ ,' 3「全てが終わって、精液臭くなったその口が何と言うか、今から実に楽しみじゃのう。
   ……お前たち、武器は使うな。
   安全装置を掛けて床に置け、いいな。
   もし逆らえば、分かるな?」

「……へへっ、分かりました」

荒巻の指示に、嬉々とした声で男達は答えた。
素手で、しかも大人数で女を相手にするのであれば、このぐらいのハンデが丁度いいと考えたのだろう。
連中からしたら、得物を使った一方的な狩りよりかは、無力な女を素手で嬲りながら追う方が楽しいのかもしれない。
地面に銃やナイフと言った、金属の類が置かれる音が次々と響く。

/ ,' 3「……やれ。
   ただし、顔は傷つけるなよ。
   萎えるからな。
   それから、味見はワシがする」

荒巻の言葉と共に、一斉に跫音がツンに向かって殺到する。
こうなってしまったら、ツンも黙って座っている訳にもいかない。
スチェッキンを素早くホルスターに戻し、ツンは大通りを背にして立ち上がった。
そして、ヴィントレスを構える。

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:53:08.20 ID:Xq8Tr1Vn0
ξ゚听)ξ「あんた達、口が臭いのよ!
      気安く私に近寄るんじゃないわよ!」

横薙ぎに連射。
胸や腕を撃たれた男達が倒れる。
運よく銃弾から逃れた者達は、ツンのすぐ傍まで接近していた。

(*●ω○)「ひゃっはぁっ! 一番乗りぃ!」

右目に眼帯を掛けた一人の男が、奇声を上げてツンに飛び掛かる。

ξ゚听)ξ「あっ、そう! じゃあそのご褒美に、スーパーマンにしてあげるわ!」

ヴィントレスと合気を利用して、飛び掛かって来た男を屋上から投げ飛ばす。
男の体は、地面に向かって自由落下して行った。

(;●ω○)「ひゃあああああああ!!」

絶叫だけが空しく響く。
男は他にもまだ大勢いる。
ツンは格闘戦に備え、ヴィントレスを短く構え直した。
今度は左右二方向から、同時に襲い掛かって来る。

それを軽く躱し、ヴィントレスの銃床で一人の頬を横から殴りつける。
頬骨の折れる音と共に、男は屋上から落下。
もう一人の男の喉元には、ヴィントレスの銃口を突き出す。
喉仏が潰れ、ツンが駄目押しの回し蹴りを放ち、悶絶しながらその男も屋上から落ちた。

ξ゚听)ξ「ほら、男なんでしょう?
      意地はないのかしら、意地は!」

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:56:21.18 ID:Xq8Tr1Vn0
連続して放った回し蹴りで、近付いてきた男の首を破壊。
倒れた男の体に、運悪く躓いてしまったもう一人の男の鼻面を、ヴィントレスの銃床で砕く。
ヴィントレスをまるで槍のように扱い、男共を薙ぎ倒す様はまるで―――

「どうなってるんだ!
クールノーの娘が、女スティーブン・セガールだなんて聞いてないぞ!」

そう言いながら繰り出された拳を、ツンはスウェーバックで避ける。

ξ゚听)ξ「……っんだと?」

失言した男の足を払って転ばせ、顔面を踏み砕く。
その横から、ツンの鳩尾に向かって拳が飛んで来た。
回避が不可能と判断し、ツンはその拳を肘と膝を使って止める。
拳を突き出して来た男の胸を勢いよく蹴り飛ばして、ビルから落とした。

ξ゚听)ξ「誰が!」

後ろから迫って来た男の存在を察知し、ツンは後ろに向かって右足を蹴り上げる。
すると、丁度その踵は男の股間に直撃。
体外に出ていてなお且つ守りの無い内臓、即ち睾丸を砕かれ、男は悲鳴を上げることなくショック死した。
男の最大の弱点である睾丸を砕かれては、犯すどころの騒ぎではない。

ξ゚听)ξ「女!」

睾丸を砕いた足を、振り子の様に前に蹴り出す。
前方で、その光景を見て絶句していた男の股間を、ツンの爪先が砕く。
男はこの世のものとは思えない絶叫を上げ、股間を押さえて膝を付いた。

ξ゚听)ξ「セガールだって?!」

294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 22:59:03.02 ID:Xq8Tr1Vn0
飛び膝蹴りをその男の顔に直撃させ、ツンはそれを踏み台にして飛び越え、屋上の中央に向かって走り出す。
包囲網を脱すれば、ゼロに近い可能性が生まれる。
この時、ツンの勇ましさと決断力の速さは称賛に値した。
だが、それでも。

ξ゚听)ξ「……くっ!」

限界は、来てしまうのだ。
先程は大通りを背にしていた為、一度に背後を除く約6方向を相手にすれば事足りた。
合気を利用すれば、位置の関係で突っ込んで来た相手を簡単に処分できたのだが。
移動してしまった為、ツンは同時に背後を含む約12方向、下手をすればそれ以上を相手にしなければならない。

相手にするのは、物理的に不可能だった。
踏鞴を踏んだツンを中心に、輪を描くように囲まれる。
しかし、すぐには手を出してこない。
どうやら、味方の睾丸が容赦なく潰された光景が目に焼き付いているらしく、躊躇っているのだろう。

<゚Д゚=>「余計な手間こさえさせやがって……
     それなりの覚悟はできてるんだろうなぁ?」

集団から一歩進み出たギコタイガーが、邪悪な笑みを浮かべる。
残った相手の人数は、30。
ここまで、粘った方だろうか。
手にするヴィントレスは先程、何度か激しい打撃に使った為に正確な射撃は期待出来ない。

しかも、弾倉内に弾は無い。
ヴィントレスを銃床から地面にゆっくりと置く。
ツンは両手を胸の前で組んだ。

/ ,' 3「貴様等はそいつを取り押さえておけ、最初に犯るのはワシじゃ」

297 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:02:07.97 ID:Xq8Tr1Vn0
ギコタイガーの横から、荒巻が姿を現す。
そして、荒巻の言葉にエクストが喰いついた。

<_プー゚)フ「え、いやいやいや。
        荒巻さん、ちょっと待ってくださいよ。
        ここは俺に譲ってくれませんかねぇ?」

荒巻に対峙する形で歩み出たエクストは、媚びへつらうような笑みをその顔に浮かべる。
が、荒巻は表情一つ変えずに言い返した。

/ ,' 3「ああ?
   すまんの、よく聞こえん。
   とりあえず、そこをどけい。 邪魔じゃ」

エクストの横を、荒巻が通り抜けようとする。
それを、エクストは体を移動させて強引に防いだ。

<_プー゚)フ「もう一度、大きな声で言いますぜ。
        最初に味見する権利は、俺に譲ってくれませんかぃ?」

大きく、恫喝するような声。

/ ,' 3「若造が、出しゃばるな。
   折角、ワシが聞かなかった事にしてやったんじゃ、大人しく退け。
   貴様等はワシの後じゃ」

<゚Д゚=>「まぁ、待ってくださいトラァ。
     荒巻さん、どうしても俺達に譲る気はないんですトラァ?」

/ ,' 3「……くどいのぅ」

301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:05:13.58 ID:Xq8Tr1Vn0
溜息と共に吐き出された声は、年老いた獣の唸り声の様だった。
かつては都のチンピラを率いていただけの事はあり、その実力は未だ健在だった。

<_プー゚)フ「……ちっ」

<゚Д゚=>「エクスト、手前、どうするトラァ?」

<_プー゚)フ「この耄碌爺の後は御免だぜぇ。
        いっつも中で出して汚すから、後の連中が迷惑するんだ。
        種付けするなら、自分のおもちゃだけにしとけってんだ。
        輪姦す時もそんな調子なんだ、やる時、気持ちわりぃんだよ」

<゚Д゚=>「だよな。
     ……おい、お前らはどうするトラァ?」

ギコタイガーが、後ろに控えている男達に声を掛けた。

「正直に言えば、そうっすね。
汚れてたら嫌っすもん。
やっぱ、お下がりでも綺麗な方がいいっす」

/ ,' 3「貴様等ぁ、ワシに逆らうとどうなるか、分かって言っているのか?」

<_プー゚)フ「嫌だなぁ、逆らうなんて"まだ"言っていませんよ。
        そこで提案がありまさぁ。
        どうです?
        早い者勝ちってことで、ここはひとつ」

<゚Д゚=>「へっへへ、それなら平等だトラァ。
     荒巻さんも、これだったら文句はありませんよねぇ?」

304 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:08:03.55 ID:Xq8Tr1Vn0
ここで文句があると言えば、間違いなく荒巻は殴り殺される。
それか、屋上から生きたまま投げ捨てられるのは必至だった。
荒巻が忌々しげに頷いたのは、状況的に仕方がないと言えた。
何故なら、エクストもギコタイガーも、おそらくはこの場に揃っている男達は皆、ツンに負の感情を抱いているからだ。

その負の感情を無理に押さえつけようとすれば、倍になって反発するのは当然と言える。

/ ,' 3「……では、先に言っておくぞ。
   ワシに最初の権利を譲った者には、七千万渡そう」

荒巻が言い終えた時、どこからともなく、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。
それを契機に、ツンを囲んでいた男達が動き始める。
目には狂気の色が浮かび、口元は歪む。
飢えた獣の手が伸びる。

獣達の下半身は滾り、ズボンの上からでも分かる程に肥大化していた。
おぞましい。
気持ち悪い。
吐き気を催す。

獣の群れが欲望を発散する対象に向かい、襲い掛かる。
犯せ。
犯す。
犯しつくすと、声にならない叫び声を上げながら。


―――そして、悪夢が始まった。


309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:11:41.78 ID:Xq8Tr1Vn0
――――――――――――――――――――

全く抵抗する素振りを見せないツンに、最初に到達したのはエクストだった。
勢いよくツンを押し倒し、組み伏せる。
他の仲間が、素早くツンの両手足を押さえつける。
少し強く倒しすぎた気もしたが、気にしない。

どうせ、楽しみ終わったら嬲り殺しにするのだ。
後頭部を強打して重傷になろうが、犯っている間に死ななければ問題はなかった。
屍姦は趣味ではないが、ツン程の美人なら悪い気もしない。
一先ず、ツンの前髪を掴んで顔を持ち上げる。

顔を近づけ、ツンの頬を舐める。
ゆっくりと。
獲物の味を確かめるようにして、エクストはツンの頬を舐めた。
ツンは、気持ち悪そうに顔を顰める。

堪らない。
この女を、もっと壊したい。
続いて、ツンの唇に自らの唇を重ねる。
強引に口内に舌を入れ、舐めまわす。

歯を閉じられている為、その奥に舌が届かない。
エクストは一旦唇を離し、ツンの頬をやや強めに平手で叩いた。
その後、もう一度唇を重ね、ようやく開いた口内に舌を侵入させた。
ここでエクストの舌を噛んだら、どんな事をされるかぐらいは分かっているらしい。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:15:18.18 ID:Xq8Tr1Vn0
それでも、自発的に動こうとはしなかった。
エクストだけが、ツンの舌に自らの舌を絡ませている。
下品に音を立ててツンの唾液を啜り、自らの唾液を送り込む事を忘れない。
口の中全てを舐めまわし、ようやく唇を離す。

ツンの強気な眼が、エクストを許すまいと憎悪を込めて睨みつける。
そうだ。
まだ諦めるな。
こうでなくては、楽しくないのだ。

ツンの着ていた服の胸元を横に引き裂くと、白い下着が現れた。
下着が邪魔なので、それを剥ぎ取った。
想像より少し大きめな乳房が露わになり、エクストは舌なめずりをする。
ピンク色の突起を、指で強く摘まむ。

歯を食いしばって苦痛に耐えるツンの表情が、エクストの嗜虐心を刺激した。
突起から指を離し、乳房全体を握り潰す。
前戯とはとても呼べない行為は、事実、前戯ですらない。
強気な女の苦痛に耐える表情が、エクストは大好きなのだ。

後に他の者が控えているので、今ここで壊してはいけない。
ツンの下腹部へと手を伸ばし、邪魔なベルトを外す。
ズボンを引きずり下ろし、ツンの陰部を守るのは薄い下着一枚となった。
ずらすか、それとも下ろすか。

どちらの方が、より興奮するのだろうか。
考えた末、エクストは下着を取る事にした。
結合部をツンに見せつければ、素晴らしい反応を見せてくれると考えたのだ。
乱暴に下着を千切ると、そこに現れた光景にエクストは思わず笑ってしまった。

314 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:18:20.54 ID:Xq8Tr1Vn0
無毛だ。
それを見た他の者達も、一斉に笑いだす。
エクストは、ツンにも笑うよう言った。
しかし、ツンは笑わない。

エクストは唐突に、ツンの腹部に思い切り拳を振り下ろした。
眼が大きく見開かれ、ツンの顔が苦痛に歪む。
もう一度同じ事を言った。
だが、反応は同じだった。

こうでなくては。
クールノーの娘ならば、こうでなくてはいけない。
こうでなくては、楽しめない。
これでこそ、壊し甲斐があると言うもの。

満足げにエクストは笑い、そして。
自らのズボンのチャックを下ろし、興奮でそそり立つそれを取り出した。
子供の握り拳並みの太さがあるそれは、欲望を爆発させる瞬間を今か今かと待っている。
一瞬、それを見たツンの顔が恐怖に強張ったのをエクストは見逃さない。

性交に慣れた者ならばまだしも、処女でこれを受け入れるのはまず不可能だろう。
だがそれはエクストには一切関係がなく、ましてや容赦するような間柄でもない。
握ると言うよりかは掴むようにして、エクストはそれをツンの陰部に押し当てた。
ロクに前戯もしていない為、ツンの陰部は全く濡れていない。

これはますます、壊れる可能性が高かった。
が、最初に挿入するのは他ならぬエクストだ。
自分の番さえ楽しめれば、他の者が壊れたおもちゃで遊ぼうと構わない。
かと言って、濡れていなければ自分の陰茎が危ない。

317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:21:04.96 ID:Xq8Tr1Vn0
仕方なく、エクストは自分の指を唾で濡らして、ツンの陰部にそれを塗りたくる。
これで、一応は大丈夫なはずだ。
少なくとも、エクスト自身は、だが。
少しずつ力を込めて腰を突き出し、ツンの中に陰茎を埋めてゆく。

押し広げながら進む度、ミチミチと何かが引き裂かれるような音が鳴る。
エクストの陰茎は、未だツンの処女膜には達していない。
つまり、ツンの陰部が裂けているのだ。
それでも声を漏らさないのだから、流石としか言えない。

裂けた場所から血が流れ、傍から見れば気が滅入る光景だった。
女の血を見て興奮するようなサディストを除けば、だが。
陰茎が半ばまで進んだ辺りで、それまでとは違う感触を僅かに感じ取った。
これから、その膜を引き裂く事をツンに宣言。

一気に、貫いた。
血液が潤滑液として作用し、想像よりも比較的スムーズに貫けた。
が、流石は初物。
潰されるかと思うほど強烈な締め付けに、エクストは思わず呻き声を上げる。

ツンの顔を見る。
薄らと、涙が浮かんでいた。
最高だった。
本日最高の気分であった。

ツンの腰を掴んで、陰茎を引き抜いては突く。
相手の事を考えず、己の欲望を発散する為の単純なピストン運動。
その度、ツンの体が大きく揺れる。
結合部から、鮮血が滴り落ちる。

320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:24:02.77 ID:Xq8Tr1Vn0
油断をしていれば、すぐに射精してしまう程の快楽を耐える。
ツンの小さな体が壊れて行く。
運が悪ければ、ツンの生殖機能はこれで駄目になったかもしれない。
それを想像して、あまりの気持ちよさにエクストは笑い出した。

ふと、エクストは面白い事を考え付いた。
結合部に手を伸ばし、ツンの陰部にある小さな突起を爪で抓ったのだ。
途端に、エクストの陰茎を包む肉壁が収縮する。
そろそろ絶頂だ、とツンに告げた。

一番奥にまで突き入れ、そして引き抜く。
それを数回繰り返した時、遂に限界が訪れた。
限界に達する直前に引き抜き、ツンの腹の上に射精した。
血に染まった陰茎から白い精液が大量に放たれ、エクストの全身に電気が走ったかのような快感が満ちる。

ツンの腹部は、あっという間に白い液体で汚された。
ツンの上から退き、後続の者に譲る。
そして、ツンの顔のそばに屈みこむ。
どんな気分だと尋ねても、ツンは答えない。

エクストはツンの金髪を掴み、それで自らの陰茎を拭き始めた。
壊すならば、徹底的に。
そして、穢すならば容赦なく。
それが、エクストの信条である。

精液と血を拭った金髪で陰茎を包み、エクストは自らの陰茎を扱き始めた。
尿道に残っていた精液が、ツンの髪に付着する。
綺麗な物を汚すのは、酷く興奮した。
エクストはもう一度ツンの髪で陰茎を拭い、順番が回って来るまでツンが犯される様を遠くから眺める事にした。

323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:28:55.01 ID:Xq8Tr1Vn0
今でこそまだ強気な眼をしているが、果たしてどこまで耐えられるか。
エクストの次に控えていた男は、狂ったように腰を振っている。
まだ二回目だ。
締まりは悪くないだろう。

一周した後には、それは期待できない。
だが、そこから先はツンの体を壊しながら犯せば問題はなかった。
締まりが悪くなる度に骨を一本折れば、二周は出来る。
折る骨が無くなれば、少しずつ肉を削げばいい。

どうやら大通りでの作戦は失敗したようだが。
こちらの作戦は成功した。
荒巻スカルチノフの復讐。
もう一つ用意していたサプライズがあったのだが、それは間に合わなかったらしい。

出来ればそれを見てみたかったが、まぁいい。
そのおかげで、こうしてツンの処女を奪う事が出来たのだ。
どうせこの後、エクスト達は殺されるだろう。
それを考えると、やはり一番最初にツンを壊せたのは僥倖だった。

楽しんだ後は、別に死んでも構わない。
その分は既に楽しんだ。
五年前に飲まされた煮え湯の恨みは、こうして発散する事が出来た。
向こうの連中がツンの事に気付くまで、こうして輪姦していればいい。

嗚呼。
気持ちいい。
自らが望んだ通りの展開になると言うのは、麻薬を使った時よりも気持ちがいい。
全身が気だるい。

326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:32:30.89 ID:Xq8Tr1Vn0



足元がおぼつかない。
―――何か妙だ。
幾ら気持ちいいからと言って、ここまで脱力してしまうものなのか。
きっと、少し疲れただけだろう。

久しぶりに、少々はしゃぎ過ぎたか。
何故か、体が妙な浮遊感に包まれている。
それでいて、性交時よりも気持ちいい。





エクストは、そのまま正体不明の快楽に包まれ、闇に落ちて行った。





329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:35:33.95 ID:Xq8Tr1Vn0
――――――――――――――――――――

悪夢だった。
眼の前で起き始めた異常事態は、紛れもなく悪夢であった。
ツンに襲い掛かるかと思われた男達が、何を思ったか自分達の仲間に襲い掛かったのだ。
しかも、襲い掛かる、の意味は変わっていない。

女を襲うのと同様、性欲に駆り立てられて襲い掛かっていた。
男が男の上に跨り、服を剥ぎ、平らな胸を揉み、陰茎を弄っている様など吐き気すら覚える。
一番乗り気だったエクストは、ギコタイガーの上に跨って何やらフレンチキスまでしている始末だ。
気持ち悪いとしか言えなかった。
  _,
ξ;゚听)ξ「……な?」

それしか言葉が出なかった。
眼の前で起きている事態を説明するなら、地獄絵図。
悪夢が現実になった、地獄絵図だ。
その手の者ならば歓喜する光景だろうが、ツンにはそのような趣味は無かった。

最悪だったのは、その悪夢の乱交パーティーはツンを囲むように行われているのだ。
何がどうしてこうなったのか、ツンには思い当たる節がない。
まさか、揃いも揃って一瞬で男色家になるウィルスにでも感染したのか。
しかし、それをツンに見せつけられても困る。

仲がいいのは結構なことだが、女に見せて何がしたいと言うのか。
全く理解不能である。
ところどころで、おぞましい男達の喘ぎ声が聞こえる。
組み敷かれている者の中には、白目を向いて口から血の泡を吹いている者までいた。

333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:38:48.28 ID:Xq8Tr1Vn0
食事前後でなくて、本当に良かったと安堵した。
ツンとしては、一刻も早くこの阿鼻叫喚の乱交パーティーから逃げ出したかった。
だが、包囲されている為に逃げようがない。
幸運なのか、それとも不幸なのか。

反応と判断に困ったツンは、冷静になる事にした。
聞くに堪えない男の喘ぎ声を無視して、一先ずヴィントレスを拾い上げる。
最後の一つとなった弾倉に交換して、棹桿操作をした。
照準器を調節。

距離を短めに設定し、精度がどれぐらい落ちているのか確かめる事にした。
手頃な距離に倒れている男―――死体と化していたクマーである―――の米神を狙い、銃爪を引く。
顎だけを残して頭が綺麗に吹き飛び、舌がだらしなく垂れ下がる。
グロテスクな死体となったクマーは、荒巻に犯されていた。
が、荒巻はそれが見えていないのか、全く構う気配がない。

あまつさえ、顎だけとなったクマーの顔を殴り出したではないか。
ここで今すぐ荒巻を殺る事は容易だが、奴には相応の死を与えると決めている為、今は殺さない。
快楽の中で死なれても困るのだ。
しかし、一体何が起きていると言うのか。

皆、何かしらの幻覚を見ているのは間違いなさそうだが。
ふと、視界の端でエクストが立ち上がった。
下半身を晒したまま、何かに導かれるようにフラフラと屋上の端へと歩いて行く。
そして、何を思ったのか、いきなり身を投じた。

エクストが犯していたギコタイガーを見る。
別の男が、エクストよりも更に乱暴に犯していた。
ギコタイガーは白目を向いて、舌をだらしなく出し、失禁までしている。
どう見ても、ギコタイガーは死んでいた。

336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:41:04.71 ID:Xq8Tr1Vn0
一応、ツンはギコタイガーの頭を撃ち抜いた。
何処かに道を作れば、この乱交パーティーの場から抜け出せる。
せっかくなので、ギコタイガーを犯している男も撃ち殺した。
油断していると、別の男が死体を犯そうと群がって来るので、ツンは急いで開いた穴から外に出た。

屋上へと続く階段のそばに来たツンは、後ろを振り返る。
ツンなど眼中にないかの様に、男達は互いに犯し合い、呻き声を上げていた。
階段の近くにある、ツンのせいであちらこちらに穴の開いた脱出装置を開き、アンカーを発射する装置を取り出す。
狙いを定め、銃爪を引いた時だった。

銃爪を引いていると言うのに、アンカーが発射されない。
貫通した弾のせいで、発射装置を壊してしまったのか。
何もこんな時に壊れなくてもいいのにと、ツンは舌打ちをしようとして気付く。
―――違う。

これは、壊れているのではない。
"二次事故防止の為の安全装置"が作動しているのだ。
では、何故作動しているのか。
答えは一つ。

このビルに向かって、接近している者がある。
遂に来た。
急いで装置から離れ、ツンは装置に突き刺さっているアンカー。
正確には、その後ろに付いているワイヤーを撃とうとする。

しかし、遅かった。
ピンと張ったワイヤーに狙いが定まった時には、それはもうこのビルに着地している。
ツンの居る場所のちょうど反対側に着地したそれは、着地した姿勢のまま動かない。
更に、悪い事は連鎖するものらしい。

339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:44:45.55 ID:Xq8Tr1Vn0
それまで気色の悪い乱交をしていた者達が、その動きを止めたのだ。

/;,' 3「……な、なんじゃ、こりゃあ。
   ……男?
   お、おおおおおおおとっこおおおお!?」

「ひへっ?!な、何でお前が……!!
おい、大丈夫か、おい!!」

「おっ、男?!
うわっ、うわああああああ!!
先っちょにいいいいい!」

どうやら、皆揃って正気に戻ってしまったらしい。
結局、状況は元通りになると言うことか。
強いて大きな変化があったと言うのならば、ギコタイガーやその他の男達が死んでくれた事だろう。
だがそれを帳消しにするぐらい最悪な者が今、脱出装置を挟んでツンの眼の前に現れていた。

それが、ゆっくりと立ち上がり、ツンを見る。

( ゚ω^)「……」

ξ゚听)ξ「……何の用?」

後ろに一歩下がり、ツンは眼の前のそれに尋ねる。
荒巻達はツンから見て左手側、大通りに面する東側にいる為、下がっても問題はない。
背後にあるのは、このビルよりも10メートルほど高い建物。

( ゚ω^)「助けに来たんだお」

342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:47:10.73 ID:Xq8Tr1Vn0
もう一歩、ツンは下がる。
と、同時に。

( ゚ω^)「思い出したんだお」

眼の前のそれが、意味不明な事を口にした。

ξ゚听)ξ「はぁっ? 何を?」

( ゚ω^)「全部をだお。
     だから、今からツンを助けるお」

ξ゚听)ξ「いつ、誰が、あんたに助けてくれなんて頼んだ?
      それと、気安く人の名前呼ぶんじゃないわよ、屑が」

( ゚ω^)「……」

/ ,' 3「……どうした?
   記憶が戻ってそうそう、いきなり仲間割れか?
   はっ、所詮は野良犬だったか、とことん使えん奴め!」

ズボンを履き直し、愉快気そうな声を出す荒巻。
あんな事をしていたと言うのに、その態度は冷静だった。
その理由を、ツンは知っている。
荒巻は焦ってなどいないし、焦る理由がないのだ。

むしろ、荒巻にとっては喜ばしい事態になっていると言っても良い。
眼の前の糞野郎が現れた事は、荒巻の予想の範疇。
荒巻の差し金と言っていいだろう。
ツンの言葉を理解できていないのか、目の前のそれは言った。

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:50:30.37 ID:Xq8Tr1Vn0
( ゚ω^)「じゃあ、あいつらを倒すお。
     それで、信じてくれるかお?」

ξ゚听)ξ「片目で? 冗談でしょ?
      足手纏いはさっさと失せろよ。
      大体、私があんたを信じる理由が一ミクロンだってないのよ」

( ゚ω^)「一緒に戦ってくれお」

キザったらしいその言葉で、ツンは遂に噴き出した。
行動の目的が全て知られているのに、それを知らずに茶番劇を続ける様を見るのは、こんなにも愉快なのか。
相手は、何故ツンが笑い出したのか分かっていない。

ξ゚听)ξ「助けに来たとかほざいてたのに、急に一緒に戦ってくれ?
      言ってる事が滅茶苦茶ね。
      下らない事言ってないで、さっさと溶鉱炉に落ちて親指立てて溶けろ」

ツンの言葉を無視して、それは目の前の脱出装置を避けてツンに歩み寄った。
同じ歩数、同じ距離だけツンは下がる。
そして、ツンはヴィントレスを構えた。
銃口を向けられ、それはツンの目の前10メートルの地点で立ち止る。

( ゚ω^)「……撃つのかお?」

ξ゚听)ξ「当然」

言うのと同時に、それの顔に向けて三発撃ちこんだ。
突然の事に、それは両手で顔を押さえてうずくまる。

(//‰゚)「ナ……ゼ……?」

348 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/04(日) 23:58:01.71 ID:Xq8Tr1Vn0
不意打ちの攻撃に、だがそれは無事だった。
この距離なら対物ライフル並みの破壊力がある弾丸でも、致命傷には至っていない。
顔の皮膚が剥がれ、金属の骨格が露出。
大きな弾痕が、金属の骨格に傷を付けているだけだ。

どうやら、急所の装甲は他とは別物らしい。

ξ゚听)ξ「だから、あんたを信じる理由がどこにもないって言ってんのよ。
      ……荒巻、後少しで成功だったのに、残念だったわね。
      生憎、三文芝居の台本の中身はもう分かってるのよ。
      ネタバレした三文芝居を、まだ続けるのかしら?」

ツンは大げさに溜息を吐き、荒巻を睨みつける。
さながら、バジリスクに睨まれた蛙のように荒巻は身を強張らせた。
額に汗が浮かび、その手はしきりに開閉を繰り返す。
明らかな動揺だった。

それを誤魔化すかのように、荒巻は逆に睨み返してきた。

/;,' 3「な、何の事じゃ!
   ワシは貴様等に何があったかなんて知らん!
   い、いきなりワシに話を振るな!」

この状況でもハッキリと分かる程に顔を真っ赤に染め、荒巻は怒鳴り散らす。
当然だろう。
絶対に気付かれないと思っていた罠に、ツンが気付いていたのだから。
ツンは視線を一旦眼の前にいる"それ"移し、それからその後ろにいる荒巻に移した。

350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:00:43.64 ID:8f5I62SD0
ξ゚听)ξ「あんたの考えそうなことよ。
      あんたが誰かを精神的に叩き落とそうとするなら、一旦上げてから、一気に落とす。
      大方、私のピンチにこいつが助けに来る、っていう粗筋だったんでしょう。
      で、私がこいつを信じた途端、こいつが裏切る。

      後は、あんたの好きそうな事を一緒に犯る。
      まぁ、大まかな筋書きはこんな所でしょ。
      違うかしら?
      ここまで、上手くやったものね。

      あぁ、自信を持っていいわ。
      情けないけど、私も途中までは騙されてたから。
      まぁ、最終的には自力で気付けたけど。
      ……こいつは、ブーンなんかじゃない」

/ ,' 3「何が……言いたい?
   では、そいつがブーンでないなら、な、何者だと言うんじゃ!」

荒巻の声は、焦りや狼狽を通り越し、怒りの色で染まっていた。
どこまでも否定したい気持ちが強く出ているのが、よく分かる。
長年の計画が、今眼の前で水泡に帰そうとしているのだから。
それも、こんな小娘一人に。

相手からしたら、絶対に認めたくないは筈だ。
ふと、ツンは何かに気付いたかのように口元に笑みを浮かべた。

ξ゚听)ξ「くふっ……そうね。
      たぶん、ラウンジタワーで私達を襲ってきた歯車王の私兵じゃないかしら?
      それの外見をあいつに似せて、後は適当にいろんな部分を肉付け。
      どっかの誰かさんが、それらしいヒントを大声で言ってたもの」

353 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:04:54.63 ID:Xq8Tr1Vn0
ツンが言っている誰かとは、またんきの事だ。
フォックスがツンの眼の前に現れ、一旦消え、そしてこいつが現れた時に言った言葉。
その言葉と、荒巻の目的。
この二つを合わせると、幾つかの真実が垣間見えて来る。

そして、それらは全て正解だった。
荒巻の所有するラウンジタワーをツン達が狙撃に使ったのは、荒巻達にとっては予想外の事であった。
重ねて予想外だったのは、そのラウンジタワーに複数の死体が残されていた事だ。
仮面を掛けた歯車王の私兵部隊が複数。

―――そして、息絶えていたオワタである。
オワタの生命活動は停止していたが、奇跡的に生きていた部位が存在する。
それは、機械化の施された脳であった。
高度な技術の結晶である機械化は、欠損した部位を補う事が出来る。

例えそれが、一度撃ち抜かれた脳であっても例外ではない。
"生前"のオワタの死因は、抗争時に脳を損傷した事が直接の原因である。
損傷した脳を補うには、機械化は必然的に脳に施される。
結果、オワタの脳は通常とは構造が異なり、また、機能も頑丈さも異なっていた。

オワタの脳は、ゼアフォーシステムのプロトタイプに使用する材料として回収された。
その過程で、荒巻は監視カメラに写っていた男。
ツンの心に足を踏み入れる事を許可された数少ない男、ブーンに目を付けた。
フォックスに相談し、ツンを絶望の底に叩き落とす策を巡らせた。

栄えあるプロトタイプの型は、オワタの残骸を使用し、ブーンを模した物となった。
人工的な"記憶喪失の記憶"を埋め込み、更には様々なプログラミングを施した。
こうして生まれたのが、ブーンの姿をしたゼアフォー、その名を"ブーン"。
機械化とゼアフォーシステムの融合によって誕生した、荒巻の切り札である。

356 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:08:43.98 ID:8f5I62SD0
ξ゚听)ξ「ご丁寧に、"スクラップ"やら"産業廃棄物"呼ばわりしてたからね。
      それにしても、随分と手の込んだ芝居だったわね。
      ここまで証拠が揃っても気付かないのは、そこら辺の尻軽女ぐらいでしょうけど。
      どう? これでもまだ、糞下らない芝居を続けて滑稽な姿を晒すのかしら?」

(//‰゚)「……」

/ ,' 3「くっ、ぐぬぬぬ……!」

心底悔しそうに、荒巻は唸る。
怒りで歯を鳴らし、手は拳を作って震えていた。
一体何年がかりの計画かは知らないが、いい気味だ。

ξ゚听)ξ「私を騙して、当然、それ相応の覚悟は出来てるんでしょうね?」

/ ,' 3「調子に乗るなよ、小娘!!
   こちらにはまだ人数がおるわ!」

ξ゚听)ξ「そうね。
      足腰と尻が大変そうだけど、役に立つのかしら?
      あら?
      何であんたら、揃いも揃って股間に糞を付けてるの?

      最近の流行は、よく分からないわね」

ツンの声は、雪解け水の様に澄んでいた。
一方の荒巻はと言えば、嵐の様に荒れた声だった。
荒巻の立場からしたら、この状況で冷静でいられる筈がない。
何もかもが、成就する前に見破られたのだ。

359 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:11:29.59 ID:8f5I62SD0
完璧だと思っていた罠が見破られた今、当初と同じ効果を期待する事は出来ない。
絶望の内にツンを犯すと言う荒巻の楽しみが、あと一歩と言う所で。
荒巻は声を荒げ、オワタに命令した。

/ ,' 3「黙れぇええええええ!
   オワタ!
   その女の両足を切り落とせ!
   生きている内に犯し殺してやる!」

(//‰゚)「了解」

オワタと呼ばれた機械の両手の甲から、見覚えのある長剣が飛び出た。
その長剣は間違いなく、ラウンジタワーで見たのと同じ物だ。
あの時は室内だったが、今は遮蔽物の少ない屋上。
少々厄介だった。

ξ゚听)ξ「年甲斐も無く男の尻を喜んで掘ってたくせに、良く言うわね!」

ツンはヴィントレスを腰だめに構える。
肩付けでは、あまりにも隙が大きくなるからだ。
瞬間、オワタの姿が掻き消えた。
しかし、ツンの対応はそれよりも疾く、そして冷静だった。

一歩引くのではなく、大きく一歩前に踏み出したのだ。
その動作は、オワタが動くのとほぼ同時に繰り出されていた。
つまり、ツンは相手の動きを予想していたのだ。

(//‰゚)「ッ!?」

362 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:15:04.54 ID:8f5I62SD0
足を切れと言われている以上、その他の部位を傷つけるわけにはいかない。
故にオワタは、接近して来たツンに一瞬だけ両手を振るうのを躊躇った。
その躊躇いは、オワタの顔面にツンの足を直撃させるのに十分な時間を与えた。
高速で突っ込んで来たオワタが、ただ蹴られただけで、後ろに吹き飛ぶ。

ツンは、"軽く飛び蹴りを放った"だけ。
カウンターである。
向かってくる大きな力に対して、小さな力で的確に迎え撃つ事で、強力な効果を発揮する。
オワタの場合、それは顕著に表れた。

蹴り飛ばされたオワタは、背後にあった脱出装置に背中から激突。
顔から崩れ落ちるも、両手の剣を杖代わりにして素早く立ち上がる。
そして、立ち上がったオワタは目の前で起きた事態に、瞠目した。
荒巻も、遠くからその様子を見る男達も。

皆、ツンの取った行動に我が目を疑った。

/ ,' 3「な、何をするつもりじゃ……」

ξ゚听)ξ「あんたらの目的を実行できなくすれば、私の勝ち。
      違うかしら?」

/;,' 3「自ら死を選ぶつもりか?!」

屋上の縁に両足で立つツンを、皆が凝視する。
ツンの後ろには、フェンスも何もない。
あるのは、虚空。
強風が吹いてバランスを崩せば、あっという間に落下し兼ねない。

落下すれば、待っているのは死。

365 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:19:02.05 ID:8f5I62SD0
ξ゚听)ξ「さぁ、どうなるかしらね?
      運が良ければ植物人間になれるかもしれないわ」

/ ,' 3「馬鹿か、貴様は!
   この高さから落ちて、助かる訳がない!」

確かに、そうだ。
この高さから落ちれば確実に死ぬ。
だが、荒巻の目的である凌辱が確実に阻止できるだけでなく、"殺される"事も無い。
これが、ツンの考えた最良の手だった。

ξ゚听)ξ「助からなかったとして、だからどうしたの?」

(//‰゚)「……ヤメロ」

ξ゚听)ξ「黙れ」

/;,' 3「くそっ、誰かそいつを止めろ!」

ξ゚听)ξ「無理ね」

そう。
無理だ。
誰も、ツンを止められない。
止まるつもりは無い。

ツンはゆっくりと、足を後ろに動かす。
足元の縁に残された幅は、精々三歩がいい所。

―――後、二歩。

368 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:22:34.87 ID:8f5I62SD0
(//‰゚)「ヤメロオオオオ!!」

ツンは勝ち誇ったように笑う。
オワタが駆けようとするも、距離的に間に合わないと判断したのか、駆けようとした姿勢のまま動かない。
賢明な判断だ。
ここで突っ込んでも、ツンを押し出してしまう可能性がある。

―――後、一歩。

/ ,' 3「えぇい、構わん!
   撃て、誰かそいつの足を撃て!」

荒巻の部下と、捨てた銃の距離はオワタとツンよりも離れている。
当然、間に合わない。
勝った。
ツンの、勝ちだ。

ξ゚听)ξ「……任せたわよ」

それだけ言って、ゆっくりと瞼を下ろす。
そして―――



【時刻――04:00】


―――そして、黒のロングコートを靡かせながら、その体は宙を舞った。


372 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:27:49.54 ID:8f5I62SD0
――――――――――――――――――――

(´・ω・`)「……ふむ」

一人の特徴的な垂れ眉の男が、屋上にいた。
上質な黒いスーツを着こなす様は、やり手のサラリーマンのように見える。
だが、こんな時間にサラリーマンは普通、屋上にいない。
事実、男はサラリーマンでは無かった。

書類の上では精神科医。
便宜上は手品師。
口頭上は道化師。
本当の職業を知る者は、そう多くない。

男は、この建物の屋上から約10メートル下の光景を眺めていた。
一対多数。
女が一人、後は男が多数、それに機械人形が一つ。
圧倒的に不利な状況にもかかわらず、女は臆していない。

(´・ω・`)「流石、あの人の娘だ」

頷き、腕時計をちらりと見る。
後30秒程で、時刻は四時になろうとしている所だった。
ふと、男は何かに気付いた様に時計から眼を上げた。
背後にある非常階段の出入り口の扉が、勢いよく放たれる。

(´・ω・`)「……行くのかい?」

返事はない。

374 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:30:02.22 ID:8f5I62SD0
(´・ω・`)「なら、急いだ方がいい」

跫音が背後から迫る。
荒い息遣いが聞こえてくる。

「……短い間だったが、世話になった」

横を通り抜ける際、そう言葉を掛けられた。
それは、男の声だった。

(´・ω・`)「そんな些細な事は気にしなくていい。
      さぁ、今は一秒でも時間が惜しい。
      僕にできるのは、ここまでだ。
      後は、君にしかできない。

      いや、君達と言うべきかな」

垂れ眉の男は、駆け抜けて行った男の背にそう言った。
返答はない。

(´・ω・`)「……今度、気が向いたら二人で一緒に遊びに来ると良い。
      あの人も喜ぶし、皆も喜ぶ。
      その時は、僕が美味しい紅茶と茶菓子を用意して待っているよ」

「あぁ、楽しみにしておく」

(´・ω・`)「では、また逢おう」

376 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:31:44.83 ID:8f5I62SD0
そう言って、垂れ眉の男は踵を返した。
屋上を駆ける男は、黒いロングコートを着ていた。
顔には白い包帯を巻いて、その背には何よりも大切な信念を背負っていた。
その瞳は、都の黒雲の上に広がる蒼穹の色をしていた。

――――後、三歩。

―――後、二歩。

――後、一歩。

屋上の縁に足を掛け、一気に跳ぶ。














―――そして、男は黒いロングコートを風に靡かせ、その体を虚空へと投げ出した。



379 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:34:44.89 ID:8f5I62SD0
【時刻――04:00】

屋上の縁ギリギリで踏みとどまったツンの眼の前に、それは何の前触れなしにいきなり現れた。
あまりにも唐突で、予測不可能な展開に、ツンを除いた周囲は動揺する。
ツンの前に、一人の男がどこからともなく。
―――否、背後のビルからここに向けて跳んで来たのだ。

高低差を考えて、どうにか届くと言った距離。
しかし、10メートルの落差がある。
並みの人間なら、恐怖で足が竦む様な高さだ。
それでも、男は跳んで来た。

もし、ツンが後ろに下がっていなければ着地する事は出来なかっただろう。
こうする事を通信で事前に伝えられていたからこそ、ツンは移動していたのだ。
ギリギリまで下がったおかげで、男は着地を可能にした。

/;,' 3「なっ……!」

ようやく声を発したのは、荒巻だった。
発したとは言っても、それはどうにか絞り出したと言った方がいい。

/;,' 3「な……何者だ、貴様は!」

男は荒巻の質問に答えようとはしない。
ツンの前に壁の様に立ち、動こうともしない。
黒いロングコートが、ビル風に靡く音だけが聞こえる。

(//‰゚)「……馬鹿ナ、何故」

唯一オワタだけが、ようやくまともな反応を示していた。

381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:37:29.13 ID:8f5I62SD0
(//‰゚)「赤外線デ確認した筈ダ……
     確かニ、あの時は何も無かっタ」

両手の剣を、その男に向ける。

(//‰゚)「何故ダ。
     答えロ、棺桶死オサム」

【+  】ゞ゚)「気になるなら、その節穴でもう一度見てみるんだな」

ツンの前に現れたのは、棺桶を背負った男。
棺桶死オサム。
しかも、今までの声量と比べ、若干大きくなっている。
強風の中でも、何を言っているのかハッキリと聞き取れた。

(//‰゚)「……ッ。
     そうカ、対赤外線繊維ダナ……」

狼狽するオワタに、オサムは言い放つ。

【+  】ゞ゚)「その通り、残念だったな。
       お前が馬鹿で本当に助かった」

オサムとツンが身に纏っているロングコートは、ただのロングコートではない。
元はハインドの赤外線暗視装置を逃れる為に着ていたのだが、それが思わぬ形で効果を発揮する事になったのだ。
赤外線の反応がないから死んだと、安易に答えを出したオワタの失態だ。

【+  】ゞ゚)「……この棺桶も、中々馬鹿に出来ないな。
       今度、あいつに茶菓子でも持って行くとするか」

382 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:40:39.83 ID:8f5I62SD0
見せつけるように、オサムは棺桶を背負い直す。

(//‰゚)「ダガ、あの瓦礫からドうやって逃げ出したのダ」

然り。
ジャンゴ社崩落の前。
手榴弾がオサムの眼の前で爆発する直前、オサムはこの棺桶に入って難を逃れたのはまず間違いない。
問題だったのは、その後だ。

崩れ落ちて来た瓦礫の山は、オサム一人でどうにか出来る重さと量ではない。
あの場から脱出する為には、誰かの手を借りる必要がある。
重機でも持ち出さない限り、あの瓦礫は撤去できる筈がない。

【+  】ゞ゚)「さぁな、それを貴様に教えるつもりはない」

ξ゚听)ξ「……それで、貴方は何をしに来たのかしら?」

ツンは、少し嬉しそうな声でそう言った。
何かを期待しているようなその声に、オサムは迷わずに答える。

【+  】ゞ゚)「護りに来た」

ξ゚听)ξ「何を?」

徐々に、ツンの口元が緩む。
この答えを、待っていたのだ。
声が弾むのが押さえられない。

386 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:43:48.04 ID:8f5I62SD0
【+  】ゞ゚)「約束を」

ξ゚ー゚)ξ「そう……
      それで、私はどうすればいいのかしら?」

ツンは、挑発的な笑みを浮かべる。
その問いに、オサムはどう答えてくれるのか。

【+  】ゞ゚)「俺に出来ない事をしてほしい」

ξ゚ー゚)ξ「それは何?」

【+  】ゞ゚)「ツン、俺にお前の槍を貸してくれ。
       "眼の前にある全てを貫く槍"があれば、足りない物はない」

ξ゚ー゚)ξ「私が手を貸すとして、貴方は何をするの?
      それと、これからは"どっち"の名前で呼べばいいのかしら?」


【+  】ゞ゚)「……どっちでも、好きな方で呼んでくれ。
       俺は約束を。
       そして、ツンを―――」


そう言って、オサムは顔に巻いていた包帯に手を掛ける。
端を掴むと、それを一気に引いた。
オサムの顔を包んでいた包帯が全て解け、オサムの素顔が露わになる。
だが、ツンに背を向けている為、ツンからは見えない。

390 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:48:05.81 ID:8f5I62SD0
しかし。
ツンはもう分かっていた。
オサムの。
否、"彼"の正体を。

―――オサムの顔を隠していた包帯が、その手を離れ、夜が明け始めた都の空に舞う。

/;,' 3「ば、馬鹿な!
   なぜ、何故貴様が、生きている!?
   あ、有り得ない! 貴様は死んだ筈じゃ!
   どう、どうしてここに!」

荒巻の言葉を遮る様に、その男は棺桶を地面に置いた。
短く刈りそろえたオールバックの黒髪が、小さく風に揺れる。
蒼穹色の瞳が、眼の前で狼狽える荒巻とその一同を睨みつけた。
荒巻はたじろぎ、後退る。

ゆっくりと笑みを浮かべ、男はハッキリとした声で堂々と言い放った。





( ^ω^)「護り抜く」






394 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:51:05.15 ID:8f5I62SD0





――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
   第二部【都激震編】
     最終第34話
 『貴女の為に、楯を持つ』

    34話イメージ曲
『everything, in my hands』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=OKPBM26Ec3s
――――――――――――――――――――






398 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:54:17.84 ID:8f5I62SD0
荒巻は、眼の前の事態が未だに信じられないのか、頭を振って事態を把握しようと努力していた。
しかし、いくら目頭を押さえ、頭を振っても変わらない。
半ば自棄になり、どうにか事態を飲み込んだ。

/;,' 3「な、何故じゃ……
   貴様は吹っ飛んで肉片になった筈じゃ!
   ナイチンゲールの資料にも、そう書いてあった!
   DNAを誤魔化すことなど、ふ、不可能のはず!」

荒巻の言う事はもっともだ。
ラウンジタワーで発見されたのは、オワタの残骸。
そして、ブーンのDNAが確認された肉片だ。
DNAは誤魔化しがきかない為、肉片がブーンの物であると判断するのは至極当然のことだった。

( ^ω^)「確かに、"鉄壁"はあの時に死んだ。
      だが、死体がないのなら、本人が死んだと思わない事だな。
      生憎と、世の中は不思議でいっぱいなんでな。
      そしてここにいるのは、ただの内藤・ブーン・ホライゾンだ」

それを聞いても、信じられないだろう。
何せ、DNAの判別をしたのは、医療設備やその他最新鋭の機材が揃っているナイチンゲール。
肉片が本人の物でない事は、幾ら偽っていたとしても、すぐに分かる筈だった。
そこまで考えて、荒巻は声を上げた。

/;,' 3「……ま、まさかっ!」

一つだけあった可能性に、荒巻は気付いた様だ。

/;,' 3「そうか、あの男が仕組んだのか!
   貴様が死んだと、わざと書かせたのだな!」

401 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 00:57:02.68 ID:8f5I62SD0
可能性があるとすれば、それは。
"病院側が診断書を偽装した可能性だけ"。
ブーンとでぃは家族なのだから、それぐらいの融通は利くのだろう。
そうとしか、考えられなかった。

( ^ω^)「耄碌爺にしては上出来だ。
      だが、足りないな。
      20点だ。
      無論、千点満点で、だがな」

しかし、そうする理由が分からない。
わざわざDNA鑑定の結果を偽るメリット、目的。
全てが不明だった。
荒巻程度には、分かる筈も無い。

/ ,' 3「ほざくな!」

荒巻の声に合わせて、いつの間にか武器を手にした男達が一斉に銃口をブーン達に向ける。
理解する事を諦めた老害とキチガイ女の行きつく先は、感情に任せる実力行使。
もっとも単純で、説得力のある行動である。
だが、まともに動けているのは三人だけしかいない。

他の者たちは皆、肛門を破壊されて悶絶しているか、自分が男を犯していた事を未だに信じられないのか、茫然としている。

/ ,' 3「この状況、貴様に打破できるか!
   殺され足りぬのならば、もう一度殺してやる!
   オワタ!」

(//‰゚)「了解」

403 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:00:01.24 ID:8f5I62SD0
機械人形が、一歩踏み出す。
ブーンもまた、一歩踏み出そうとした。
その時、ツンの言葉がそれを引き止めた。

ξ゚听)ξ「ちょっと、待ちなさいよ。
      ……これ、貸しておくわ」

ツンはオサムへと歩み寄り、ホルスターから一挺の拳銃を抜き取り、それを手渡した。
その拳銃の名前は、"砂の盾"。

( ^ω^)「助かる」

/ ,' 3「殺れぃ!」

荒巻の指示を受け、銃爪に掛る男達の指に力が込められる。
この距離、そして体勢的にもブーンの動きでは間に合わない。
しかし、ブーンは信じられない程に落ち着き払っていた。
まるで、これから何が起きるのかを全て知っているかのように。

「ひぶっ?!」

突然、銃口を向けていた男の内、一人の顔が爆ぜた。
顔の中心を吹き飛ばされた男が、背中から倒れる。
あまりにも突然の事に、残された二人は一瞬だけ目線をそちらに向けた。
次いで、もう一人の顔の半分が吹き飛ぶ。

不思議な事に、銃声はしない。
ツンの持つヴィントレスは、確かにサプレッサーが付いている。
だが、この距離なら銃声は聞こえる筈だ。
誰が撃ったのか、周囲はおろか、当事者達でさえも分からない。

406 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:03:16.90 ID:8f5I62SD0
残された一人も、喉に穴をあけられ、絶命した。

(//‰゚)「何ガ……」

( ^ω^)「槍が"一本"だけだと、誰が言った?」

その言葉の意味を一瞬で理解できたのは、ツンだけだった。
銃声が聞こえないのではなく、あまりにも小さすぎる上に、風に掻き消されていると言うだけなのだ。
着弾から音が届くまでの時間から計算すると、射手は約1km離れた場所にいる。
そして、この超遠距離射撃を正確に行える人間に、ツンは心当たりがあった。

ξ゚听)ξ「……お母さん?」

ζ(゚ー゚*ζ『あら? あらあら!
       お母さん、って、呼んでくれたのよね!
       ツンちゃん、やっと自然に呼んでくれるようになったのね!
       あぁ、もう!

       ツンちゃんっ、お母さん、とっても嬉しいわ!』

インカムから聞こえて来る母の声は、春の日だまりのように優しげだった。
優しくも強い母の声を受け、ツンの緊張が氷解して行く。
これほどに力強い援護は、そうないだろう。
デレデレとブーンが居る限り、ツンは負けない。

全てを貫く槍と全てを護り通す楯が揃った今、荒巻に勝ち目は皆無だ。

/;,' 3「馬鹿な! "女帝"が援護に来たのかっ!?
   ……足止めすら出来んとは、あいつらはどこまで使えんのだ!
   糞っ、雌狐が!」

409 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:06:02.55 ID:8f5I62SD0
ツンの次に事態を理解したのは、意外な事に荒巻だった。
理解したからと言って、荒巻は逃げようとはしなかった。
むしろ、デレデレを嫌悪しているからこそ、逃げても無駄だと熟知しているのだ。
荒巻が逃げ出そうと背を向けた瞬間、銃弾が己の命を奪い去ると、荒巻は五年前に嫌と言うほど学んでいた。

更に、ブーンの後ろにはツンが控えている。
ヴィントレスの銃口は、正確に荒巻の心臓を捉えていた。
逃げるか、それとも参戦するか。
そんな事をすれば、荒巻の足か腕が吹っ飛ぶだろう。

今は成り行きを見守るほか、荒巻になす術はない。

( ^ω^)「さて、そこの鉄屑。
      ……覚悟はいいか?」

(//‰゚)「黙レ」

オワタは両手の長剣を目の前で交差させ、姿勢を低くした。
対するブーンは、ツンから借り受けた"砂の盾"を構えた。
銃口は真っ直ぐ、オワタの急所を狙い定める。
両者、共に動かず、沈黙。

その沈黙の間、両者は思考を巡らせていた。

(//‰゚)「……」

先に動くとどうなるか。
後に動くとどうなるか。
相手が先に動いた場合はどうするか。
自分が先に動いた場合はどうするか。

411 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:09:10.87 ID:8f5I62SD0
先に動くとして、後に動く相手はどのような行動を取るのか。
迎え撃つとして、先に仕掛けて来る相手はどのような手を使うのか。
相手はどこまでこちらの動きを予測し、どの手を防ぐため、どのような手を使うのか。
相手はどのような手を使い、こちらの予測を裏切るのか。

先に動いた方が負けと言われる所以は、ひょっとしたらこのような点にあるのかもしれない。
何せ、先に動けばそれだけ相手にヒントを与える事になりかねないからだ。
逆を言えば、迎え撃つ側は相手が与えたヒントを頼りに思考を巡らせてしまう為、先に動いた方の思惑にハマってしまうかもしれない。
だからと言って、膠着状態でいるのは利口ではない。

オワタの利点は、機械化によって得た高い身体能力、そして、ゼアフォーシステムの導入による高い知識。
最善の手を即座に判断する事など造作も無いだろう。
それ故に、オワタは動けなかった。
優先度、効率を重視した戦術なら、ブーンに見破られていてもおかしくはない。

そこで、オワタは戦術システムの中でも優先度の低い物から、新たな戦術の材料となる物を検索していた。
意外性が高ければ高いほど、オワタの成功確率は高くなる。
オワタの得物は近・中距離向けの長剣が二振り。
しかも、立ち位置はオワタに有利な距離だ。

一方のブーンは、スチェッキンが一挺。
ヴィントレスの弾丸を止められはしたが、もう一度撃たれたらどうなるか、オワタは死をもって理解する事になる。
だがそれも、ブーンが銃爪を引く前に腕を切り落とせば問題はない。
それをブーンが許すかどうかが、問題だった。

身体能力なら、確かにオワタの方が高い。
圧倒的と言っても良い。
要は、読まれない動きを選択して、実行する事が必要なのだ。
それが出来れば、誰も苦労はしない。

413 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:12:40.96 ID:8f5I62SD0
幾ら戦術データリンクが搭載されているとは言っても、一騎打ち。
おまけに拳銃対長剣のデータなど、ロクなのがない。
ブーンの持つスチェッキンに装填されている弾は、拳銃弾ではない為、そのロクでもないデータは役に立たない。
つまり、既存のデータを元に、自分で新たな戦術を一から作る必要があった。

その戦術を、更には削り直さなければいけない。
オワタが"ブーン"として、ブーンが"オサム"として戦った時とは、状況が違う。
今、総合的に有利なのは。
―――オワタだ。

オワタには、そう思える自信があった。
両腕から生えている長剣は元々、オワタの得意とする得物。
ブーンを出し抜けば、勝てる。
では、どうやって出し抜くか。

それを考えた時、ブーンに反応があった。

(;^ω^)「っ……」

僅かに、ブーンの体が動いた。
一瞬、オワタはそれがブーンの罠だと思い、反射的に仕掛けようとしたのを止めた。
ブーンは何が目的だったのか、それを把握する為、相手の状態を観察する。
よく見れば、ブーンの呼吸は僅かに乱れ、その額には珠のような汗が浮かんでいる。

とても演技とは思えない。
先の戦闘のダメージがまだ残っているのだろう。
と、言う事は。
ブーンの反応速度は、少なからず落ちる。

414 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:15:50.40 ID:8f5I62SD0
ならば、ブーンの意表を突く意味でも有効な攻撃方法は一つ。
正面から斬る。
流石に、ここまで思考を巡らせる時間があったのだ。
ブーンなら、こちらの行動の裏を読んでくれるはず。

自らの思考の沼にハマり、自滅の道を歩むのは眼に見えている。
裏の裏は表。
思考の沼に足を踏み入れた者に、未来はない。
オワタは、ブーンが体勢を整える前に仕掛けた。

(//‰゚)「シァッ……!」

オワタが両腕の長剣を振るった段階で、未だブーンは動いていない。
勝利を確信し、オワタは両腕を振り切った。
巨大な鋏で斬ったかのような胸の悪くなる残響音と共に、長剣が風を切り裂いた。
―――長剣は、ただ眼の前の空間を切り裂いただけだった。

(//‰゚)「?!」

それが、オワタの見た最後の光景であり。
そして、直後に耳元で響いた銃声が、オワタの聞いた最後の音である。
至近距離から放たれた特殊な弾は、堅牢な装甲に守られていた頭部を貫通。
ゼアフォーシステムの命であり、人の命である脳を完全に破壊した。

( ^ω^)「……自分の飼い主が誰だったか、よく思い出すんだな」

それは、傍から見ていれば、奇妙な光景だった。
それまで睨み合っていたかと思えば、オワタが突然動き出したのだ。
ツンも荒巻も、それは先手を取り、一気に勝負を終わらせる行動に見えた。
だが、違った。

417 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:18:26.92 ID:8f5I62SD0
まるで制御のできない暴風の様に、オワタはブーンの横に斬撃を繰り出した。
一撃必殺を確信していたのだろう、その一撃は次手の事を全く考えていない一撃だった。
あれを食らっていれば、上半身と下半身は痛みを感じることなく分断されるだろう。
それは、自らわざと外したとはとても思えないほどに、殺意の籠った一撃だった。

なのに。
オワタは、それを外した。
まるで、"幻影"でも見ていたかのように。
そうなると、理解できない部分がある。

機械化され、更にはフォックスの改造手術まで受けているオワタが、幻影など見るのだろうか。
先程、ツンに襲いかかろうとして、勝手にホモパーティーを始めた連中が幻影を見ていたのは理解できる。
何せ連中は、生身の人間だったからだ。
そこで、ブーンの言葉が鍵となった。

オワタの元々の飼い主は、歯車王だ。
ツンは先程、大通りで歯車王の私兵が戦っているのを見ている。
この大騒動を収める為、歯車王が動いているのだとしたら。
機械化されている部下を操るのは、あまりにも容易いことだ。

機械化を施せるのは、歯車王ただ一人。
そして、都にある全ての歯車を操作できると言われている"始まりの歯車"を持つのも、歯車王だけだ。
オワタの視覚に何らかの誤作動を起こさせるなど、朝飯前なのだろう。
それしか、オワタが空振りをした理由は浮かばなかった。

荒巻も、まさかこれほど呆気なくオワタが殺されるとは予想していなかったらしい。
そして、荒巻が恐る恐る後ろを振り返る。
本来ならその視線の先には、"頭"のある荒巻の部下達が転がっている筈だった。
今は、一人の例外も無く頭を失い、血の海に沈んでいる。

418 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:21:43.18 ID:8f5I62SD0
/;,' 3「ああっ、このっ、役立たず共がっ!」

ξ゚听)ξ「自分で自分の事が役立たずだって理解できたなら、一歩成長ね」

荒巻に向かって、ツンはゆっくりと歩み寄る。
一歩一歩は決して大きくなく、早くも無い、至って普通の歩みだ。
だが、威圧感だけは母親が持つそれと同等。
下手をすれば、それ以上の威圧感があった。

/ ,' 3「……ワシを撃つか?
   貴様は撃たんじゃろう。
   丸腰のワシを撃っても、面白くないからのう」

荒巻の手前、5メートルの場所でツンは立ち止った。

ξ゚听)ξ「えぇ、そうね。
      あんたの自信をブチ壊してから、ゆっくり殺したいわね。
      ハンデでも付けましょうか?
      流石に素手じゃ哀れだからね、ナイフぐらい、くれてやるわよ」

/ ,' 3「はっ、小娘が。
    得物ぐらい、常に持ち歩いておるわ!」

荒巻は、腰に手を伸ばす。
と、同時に。
すぐ足元のコンクリートが砕け散り、破片が荒巻の足を直撃する。

/ ,' 3「ちっ!
   あの雌狐に言え!
   ワシもそこまで馬鹿ではないと!」

420 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:24:08.25 ID:8f5I62SD0
今のは、デレデレからの警告の一撃。
もし、不審な真似をすれば次に砕け散るのは、荒巻の頭だと言わんばかりに。

ξ゚听)ξ「信用がないからね、当然よ」

/ ,' 3「喧しい!
   恨みを晴らしたいのではなかったのか?
   ここでワシを簡単に殺しても、貴様も満足しないだろう?」

ξ゚听)ξ「チェーンソーがあれば一発解決なんだけどね。
      いいわ、銃でもナイフでも使っていいわよ」

/ ,' 3「えふぇふぇっ。
   話が分かって助かるわい」

荒巻はそう言って、腰から一挺の拳銃を取り出した。
何の変哲もない、コルト・ガバメント。
それを持ったまま、両手を上げ、今は撃つ気がない事を強調する。

/ ,' 3「早撃ちで勝負をしよう。
   三歩進んで振り返った時に撃つ、どうじゃ?
   こんな勝負、今までした事が無いから逃げるか?」

荒巻が提案したのは、西部劇にしか登場しないような決闘方法。

ξ゚听)ξ「ガンマンの真似?
      まぁ、何でもいいんだけど。
      それでいいわ」

/ ,' 3「ふぇふぇふぇ、後悔しても知らんぞ……」

422 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:27:07.30 ID:8f5I62SD0
荒巻はツンに背を向ける。
この時、荒巻には勝算があった。
その為に、わざわざこの勝負方法を選んだのだ。
早撃ち対決には、必勝法が存在する。

"一歩進んだ所"で撃てばいいのだ。
律儀に三歩歩いて振り返るなど、愚の骨頂。
思いもよらぬ僥倖に、荒巻は内心で舌なめずりをした。

ξ゚听)ξ「いいわよ、それじゃあ、始めましょうか」

背中から、ツンの声が投げかけられる。

/ ,' 3「ふん。
   一歩進んだ所で撃つなどと言う事はせんじゃろうな?」

ξ゚听)ξ「あんたじゃないんだから、見くびらないで」

/ ,' 3「念の為じゃ」

荒巻は笑いをこらえるのに必死だった。

/ ,' 3「……では、行くぞ。 いちぃっ!」

それを合図にして、荒巻は小さく一歩を踏み出す。
一歩進んだ所で、荒巻は勝利を確信し、振り返った。
同時に、荒巻の右手が持っていたコルトごと吹き飛ぶ。

/;,' 3「っ?!
   き、きひいいい!」

424 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:30:06.09 ID:8f5I62SD0
銃声は、やはり遅れて聞こえた。
右手を庇う様にして、荒巻は背を丸める。

/;,' 3「ひゃっ!
   ぎいいいいい!」

右足の爪先が吹き飛んだ。
今度の銃声は、荒巻の爪先を吹き飛ばすのと同時に聞こえていた。
サプレッサーに押さえられた銃声は、ツンの持つヴィントレスの物だ。

ξ゚听)ξ「あら、どうしたのかしら?
      まだ一歩しか歩いていないでしょ?
      何で振り返ってるのよ?
      ほら、さっさと後二歩進みなさいよ」

素知らぬ顔で、ツンは顎でしゃくって見せた。

/;,' 3「貴様ァァァ!」

足の痛みに耐えかね、荒巻の体が前に傾く。
それを踏みとどまり、鬼の形相でツンを睨みつける。

/;,' 3「騙したのかアアアア!」

ξ゚听)ξ「騙す?
      冗談はよしてよ。
      言った通り、一歩も進んでないわよ。
      ねぇ、私、何か間違ってる?」

( ^ω^)「いいや、何も間違っていない」

427 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:33:50.55 ID:8f5I62SD0
ξ゚听)ξ「でしょうね」

ツンの思考の方が、荒巻よりも上を行っていた。
一歩も動かず、かつ振り返ってもいない。
振り返ったのは、荒巻だけだったのだ。
そもそも最初から、ツンは荒巻と正々堂々と勝負する気は毛頭なかった。

荒巻は、ツンの掌の上で踊らされていたに過ぎない。
出し抜いたつもりが、結局はツンに出し抜かれたのだ。
変な欲を掻いたせいで、荒巻は自らを窮地に追い込んでしまった。

/;,' 3「この、ビッチがあああああ!」

( ^ω^)「黙れ」

一気に接近したブーンの放ったアッパーが、荒巻の鼻の骨を砕いた。
仰け反る様にして、荒巻は後頭部から倒れる。
その鼻からは、真っ赤な鼻血が流れていた。

/;,' 3「何故、何故ぇ……!」

倒れたまま、荒巻は起きようとはしない。
それ程に、荒巻はこの展開を信じられなかったのだ。
完璧だったはずなのだ。
荒巻にとって、この計画は荒巻の人生の全てだった。

顔に刻みこまれた傷への怒り。
五年前に味わう事になった屈辱。
それらに対する復讐の計画が、全て灰燼に帰した。
積み上げて来た何もかもが、ここで全て灰燼になってしまったのだ。

428 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:36:12.46 ID:8f5I62SD0
/;,' 3「何故じゃ……
   何故、こんな事に!」

年甲斐もなく、荒巻は涙を流した。

/;,' 3「ワシの全てが!
   ワシの、ワシのぉおおおお!」

叫んでみても、何も変わらない。
吹き飛んだ手と足から流れ出る血が、荒巻の周囲に血溜まりを作る。

/ ,' 3「……のぅ、葉巻を一本、吸わせてはくれんかのぅ?
   どうせワシは死ぬんじゃ、この死に底ないの老いぼれ頼みを、聞いてはくれんか?」

突然、それまでの怒り様が嘘のように、荒巻はブーンとツンに提案した。
生意気にも、最期の一本を吸ってから死にたいらしい。
荒巻にそのような事を許可するのは、ツンにとっては不本意だった。
返事をしないでいると、ブーンが口を開いた。

( ^ω^)「……いいだろう」

/ ,' 3「すまんのぅ」

荒巻は無事な左手を懐に入れ、そこからシガレットケースを取り出す。
もしこの時、荒巻が不審な動きを見せていれば即座に射殺する準備はあった。
だが、荒巻は普通にシガレットケースを取り出し、そこから葉巻を一本口に咥えるだけだった。
何か、妙だった。

431 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:40:43.49 ID:8f5I62SD0
あの荒巻が、ここまで大人しくなる物か。
この短時間で改心したとは思えないし、ましてや悟りを開いたとは到底思えない。
鍋の底にこびり付いた焦げの様にしつこい性格の荒巻が、この程度で終わるのか。
荒巻に銃口を向けているブーンは、その事に気付いているのだろうか。

しかし、これはツンの杞憂なのかもしれない。
倒れている荒巻の傍にいるブーンなら、荒巻の不審な行動を察知できるだろう。
ならば、ヴィントレスをいつでも撃てるように構えるしか、ツンには出来る事がなかった。
シガレットケースを捨て、荒巻はもう一度懐に手を伸ばす。

今度取り出したのは、銀色のジッポライター。
それを見た時、ツンの背筋に冷たい物が走る。
悪寒。
一見して普通のジッポライターに、何故ツンは悪寒を感じたのか。

理由は分からない。

/ ,' 3「感謝するぞ」

荒巻がそう小さく呟いてフタを親指で開ける。
フリントホイールに親指を乗せ、荒巻は叫んだ。

/。゚ 3「このお人よしめが!」

勢いよくフリントホイールを回したかと思うと、荒巻は突然笑い出した。

/ ,' 3「えふぁっ、えふぁふぁふぁふぁふぁ!
   ワシの勝ちだ!
   聞こえるか、女帝!
   見えるか、この雌狐!」

433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:43:09.23 ID:8f5I62SD0
ツンもブーンも、何が起きたのかさっぱり理解できない。
荒巻は、ただフリントホイールを回しただけ。

―――回した、だけ。

炎はおろか、火花すら上がっていない。



/ ,' 3「このビルもろとも、貴様の子供が死ぬ様を、よく見ておくんじゃな!
   えふぁふぁふぁふぁふぁふぁふぁ!」



目を大きく見開き、歯をむき出しにして荒巻は笑い続ける。
死の恐怖に精神が壊れたと言う訳ではなさそうだ。
気になったのは、荒巻の言葉。
―――ビルもろとも。

その言葉が意味する物は、この世に一つしかない。
荒巻が取り出したのは、ジッポライターでは無かった。
あれは、ジッポライターの形を模した起爆装置だったのだ。
荒巻は最期の最後に、とんでもない事をしでかした。

ブーンは急いで荒巻の元から離れ、ツンの横につく。
その時、耳に掛けたインカムから、デレデレの声が聞こえて来た。

436 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:46:07.37 ID:8f5I62SD0
ζ(゚ー゚*ζ『ツンちゃん、緊急かつ重要な事だから、よく聞いて。
       そこの耄碌爺は、そのビル。
       いいえ、そのビルを含めて10か所に爆弾を仕掛けているのが、ついさっき分かったわ。
       C4が各階層にたっぷりと。

       仕掛けられた爆弾の内、7か所に解体班を向かわせられたんだけど、そこのビルを含めて、まだ3か所残ってるの。
       今からそこの爆弾を解体して時間を稼ぐのは物理的に不可能、タイマーもセットされてるらしいわ。
       ……時間は、表示上は後2分だそうよ。
       降りて逃げるのは、まず間に合わないわ。

       ブーンちゃんが後の事を対処してくれるから、今はその爺を置いて脱出して頂戴。
       気持ちは分かるけど、そうして、ね?』

諭すように言われ、ツンは反論しようとした。
今ここで荒巻を殺さなければ、ツンはどの面下げて、でぃと向き合えると言うのか。
こればかりは、幾らデレデレの命令と雖も素直に受け入れるわけにはいかない。
それを知らないデレデレではないだろう。

知っていて尚、命令して来たのだ。
だが、このままでは。
このままでは、でぃが報われない。
荒巻が自爆するのは勝手だが、せめてこちらが殺してから自爆してもいいではないか。

そう言おうと、ツンが口を開いた時だった。

ζ(゚ー゚*ζ『急な事だけど、今はこうするのが最善なの。
       まぁ、安心して。
       楽には死なせないから』

437 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:49:22.53 ID:8f5I62SD0
最後の言葉は、とても自然だった。
荒巻に対して恨みを持つのは、デレデレだって同じなのだ。
それも、ツンの比ではない。
ツンが生まれる前から積りに積もった恨みを考えれば、今こうしてデレデレが冷静でいられるのは驚きだ。

そして、その想いの全てが凝縮された一言は、圧倒的なまでの説得力を持っていた。
我儘を言う訳にもいかない。
ツンは、大人しく引き下がる事にした。

ξ゚听)ξ「……っ、分かりました。
      でも、どうやってここから?」

ζ(゚ー゚*ζ『言ったじゃない、ブーンちゃんが対処するって。
       ブーンちゃん、私の娘を任せたわよ』

( ^ω^)「了解です」

そう言って、ブーンはツンの手を引いて走り出した。
爆発までの時間が迫っている今、問答は無用。
屋上の縁にまで来て、ブーンは立ち止った。
一旦手を離して、すぐ近くに置かれていた棺桶を背負い、再び手を繋ぐ。

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「……」

二人は無言。
ブーンはツンを引き寄せ、両手で抱き抱えた。
そして。
虚空に向かって飛び出した。

440 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:52:03.26 ID:8f5I62SD0
/ ,' 3「馬鹿か?! この高さから心中か!」

荒巻は目の前で身を投げた二人の背に、そう言葉を投げかけた。
高さ450メートル。
落下すれば、確実に死ぬ高さだ。
そんなこと、ツンは重々承知している。

だがブーンがこうすると言った以上、それに従うだけだ。
何せ、ブーンはツンの楯。
楯は、主人を護る為にこそ存在する。
身を投げるのと同時に、棺桶の蓋が勢いよく吹き飛んだ。

―――遂に、棺桶の中身が露わになった。

特殊な繊維で作られた頑丈で巨大な布が、風を孕んで一気に膨れ上がる。
その正体は、パラシュートである。
落下速度を一気に殺し、二人の体をゆっくりと地面へと降ろす。
二人分の体重があるのにも関わらず、その速度は実に緩やかだった。

低高度の場所からの降下に特化したこのパラシュートは、どの市場にも出回っていない。
歯車の技術を用いて開発されたこれは、まだテスト段階の試作品であり、売り物ではない。
では、近い将来販売されるかと言えば、答えは否である。
これは、ブーン、"オサム"の為に開発された装備なのだ。

従来の低高度用のパラシュートよりも軽く、丈夫で、そして得られる減速効果は倍という優れ物。
それを格納する堅牢な外装。
外装の重量と、使用者の体重を足しても落ちない性能を求めた結果、この装備に掛かった費用は高級自動車を三台買ってまだお釣りが来るほどに膨らんだ。
だが、結果としてブーンの命を何度も危機から救い、今こうして役に立っているのだから悪い出費ではない。

ツンを抱き抱えたまま、ブーンは無事に大通りの真ん中へと着地した。

441 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:55:13.88 ID:8f5I62SD0
――――――――――――――――――――

二人が飛び降りた後の様子を、仰向けに倒れたままの荒巻は見る事が出来なかった。
それでも、二人が心中したのだと思うとそれだけで満足だった。

/ ,' 3「えふぇふぇふぇ、ふぇ。
   どれ、ワシもボチボチ逃げるとしようかの」

未だ、このビルの脱出装置は生きている。
荒巻は、ビルと共に自爆する気は毛頭なかった。
ゆっくりと這いずり、脱出装置まで進む。
設置していた爆弾のタイマーは、表示は2分だが、実際は5分に設定してある。

そもそも、あの爆弾はこの時の為に設置した物ではない。
別の用途の為に設置していたのだ。

/ ,' 3「えふぇっ」

この大騒動において、荒巻の目的は復讐しかなかった。
御三家の首領達に対しての復讐。
取り分け、デレデレに対しての復讐心は一番高かった。
デレデレに復讐できるなら、荒巻はどんなリスクも背負う気概でいた。

それほどまでに、デレデレが憎かった。
だから、荒巻はその娘を復讐に利用する事にした。
荒巻が復讐専用の独立部隊を作ったのは、その為だ。
ツンを捕らえ、そして凌辱の限りを尽くし、殺す。

443 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 01:58:02.06 ID:8f5I62SD0
思えば、全ての過ちは数十年前。
でぃを水平線会に入れたのが、そもそもの間違いだった。
いや、少し違う。
でぃを入れ、そして、ブーンを入れたのが全ての過ちだったのだ。

最初、荒巻はブーンを水平線会に入れると聞いた時、断固として反対した。
別にそれは、ブーンが幼かったからではない。
幼いと言う点では、当時のでぃもそうだった。
問題だったのは、その名前だ。

裏社会の古参、その中でもごく一部の限られた人間はその名を良く知っている。
水平線会の創立者。
その者の名は。
"白髭"、内藤・シラヒーゲ・ホライゾン。

ブーンがシラヒーゲの家族である事は、まず間違いなかった。
そして、シラヒーゲが作り上げた水平線会を乗っ取ったのは他でもない、荒巻だ。
ブーンを入れると言う事は、危険因子を抱き込む事と同義である。
だが、利用価値が無い訳ではない。

何より、ブーンを連れて来た者に対して、荒巻は絶対の信頼を置いていた為、最終的には了承した。
その者こそ、荒巻の人生を狂わせる歯車であると気付かずに。
内藤・シラヒーゲ・ホライゾンの実子、内藤・でぃ・ホライゾンこそが、ブーンを水平線会へと招き入れた張本人。
後に知った事だが、ブーンはシラヒーゲが経営していた孤児院から引き取った養子だそうだ。

つまり、荒巻は知らなかったとはいえ、シラヒーゲの家族を二人も抱え込んでいた事になる。
いつの日か裏切られるのは、火を見るよりも明らかであった。
かと言って、今さらそれを悔やんでも意味はない。
故に、恨みを持つ全てに対して、復讐を望んだのだ。

446 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:01:04.37 ID:8f5I62SD0
最初から作戦通りに事が進んでいれば、開始早々大通りでツンを捕らえる事が出来たのだ。
歯車城に取り付けられている巨大モニターに、凌辱の様子を映し出す予定もあった。
仕掛けていた爆弾は、それらが終わった後にどさくさに紛れて爆破するつもりだった。

/ ,' 3「えふぁっ」

一見して無作為に仕掛けているように見える爆弾であるが、しっかりと考えあっての配置だ。
表社会の大企業、上位四社にとって、下位にいる会社は決して無害な存在ではない。
仕掛けたのはそれら脅威となり得る企業のビル。
今荒巻がいるビルも、その内の一つだった。

それらは今となってはもう、心底どうでもいい事だった。
とりあえず、今はこのビルから脱出すればいい。
脱出した後で、再び復讐を試みればいい話だ。

/ ,' 3「えふぉっ」

自ら作り上げた血溜の上を這いずるものだから、血が線を引く。
失血量が酷く、荒巻の視界が霞み始める。

/ ,' 3「えふぃっ」

脱出装置まで辿り着いた荒巻は、装置にしがみつく様にして立ち上がる。
オワタがこのビルに来る時に使った把手を左手で握った。
その時。
無情にもワイヤーが切れ、荒巻はバランスを崩して転倒した。

/;,' 3「えふぅっ!」

448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:04:03.43 ID:8f5I62SD0
違う。
切れたのではない。
断たれたのだ。
一発の銃弾によって。

この、ビル風の吹き荒ぶ中。
ワイヤーだけを正確に、一発で断って見せたのだ。
これが"女帝"の実力。
唯一の脱出手段を奪われた荒巻であったが、こうなる事は分かり切っていた。

そもそも、作戦が失敗した時点で生き延びられるとは思っていなかった。
だが、ツンもブーンも、屋上から飛び降りて死んだのが唯一の救いだ。
いい気味である。
女帝の悲しがる顔が目に浮かぶようだ。

ツンを凌辱出来たら、もっといい顔が見れただろう。
荒巻の股間が、妄想と生命の危機から自然と膨れ上がる。

/ ,' 3「ひぃ、いひひひっ」

思わず笑みがこぼれた。
後3分もすれば、このビルを含む10か所のビルが爆発する。
そうなれば、周囲にいる者を巻き添えに出来る特典付きだ。
しかも、割とまともな死が選べる―――

―――筈だった。

それは唐突に発生し、そして現れた。

/;,' 3「っ?!」

451 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:07:03.00 ID:8f5I62SD0
まずは、屋上の上に真っ白な霧が発生した。
都の名物である濃霧は、瞬く間に荒巻の視界を白に染め上げる。
目を開いていても、何も見えない。
自らの体が辛うじて見えるほどに濃厚な濃霧は、辺りを幻想的に包み込む。

何も見えないと言う恐怖の中、荒巻は背にしている脱出装置に背を押しつけた。
こうでもしなければ、気がどうにかなってしまいそうだったからだ。
何が、起きているのか。
何が起きたのだ。

すると、濃霧が薄らと晴れ始めた。
突如発生したかと思うと、いきなりこれだ。
有り得ない。
霧がここまで早く晴れる事など、有り得ない。

/;,' 3「なぁっ!?」

次に濃霧が晴れ、荒巻の眼の前に現れたのは、背の高い人影だった。
身の丈、約二メートル。
黒いロングコートを身に纏い、初めからそこにいたかのように立っている。
ロングコートと同じ色か、それよりも深い腰まで伸びた黒髪がロングコートの裾と共に、風に靡く。

―――そして、その顔は鋼鉄の仮面が覆い隠していた。

その者こそ、歯車の都を統べる唯一の王。
歴史の中に存在し、今なお語り継がれ、そして現在に生きる王。
都の人々は、尊敬と畏怖の念を込めて、こう呼ぶ。

/;,' 3「は、歯車王?!」

454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:10:02.47 ID:8f5I62SD0
|::━◎┥『……』

歯車王は無言だった。
腕を胸の前で組み、静かに荒巻を見下ろしている。

/;,' 3「ば、馬鹿な! な、なんじぇここに!」

|::━◎┥『貴様は』

老若男女、喜怒哀楽。
全ての声色、年齢が同時に重なった声は短く告げる。

|::━◎┥『私達の娘に、手を出そうとした』

/;,' 3「はぁ、はぁぁぁあ?!」

荒巻の思考は、この展開に追いつけない。
ブーンが生きていて、オワタを殺され、デレデレに退路を断たれ、濃霧が発生したかと思ったら、いきなり歯車王が現れた。
この展開はなんだ。
何の冗談だと言うのだ。

しかも、歯車王は今、何と言った。
娘、と言ったのか?

|::━◎┥『万死に値する』

そう言った歯車王のロングコートが、僅かに膨らんだかのように見えた。
その時には、荒巻の体が宙に持ち上げられている。
歯車王の背中から、何かが伸び、それが荒巻の四肢を掴んでいるのだ。
これは、複腕だ。

456 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:13:21.81 ID:8f5I62SD0
/;,' 3「あが、あがああああ?!」

荒巻の四肢を掴んだ複椀が、徐々に力を込め、荒巻の体を引き裂こうとする。
生きながらに四肢を引き千切られようとする感覚は、想像を絶する物だった。
失神しそうになるも、激痛がそれを許さない。
皮膚が、肉が、音を立てて千切れて行く。

骨が外れ、引き裂かれた皮膚から鮮血が吹き出す。
捻りを加え、苦痛を増やす。
眼は飛び出るのかと思うほどに大きく見開かれ、白目を向く。
目からは涙が、鼻からは鼻血、口の端からは涎が流れる。

荒巻の絶叫は、かすれて声にならなかった。

|::━◎┥『……ふむ』

歯車王は、荒巻の両脚を無理やり横に開いた。
関節が外れ、引き裂かれた股から血が流れる。
そんな事は関係ないとばかりに、歯車王は更に横に裂く。
足の付け根から裂かれた荒巻は、口を大きく開いたまま。

肉を引き裂く湿った音はビル風が掻き消す。
荒巻の腹部の半ばまで引き裂いた歯車王は、荒巻を放り投げた。
壊れた人形のように落下した荒巻は、ヒクヒクと痙攣している。
辛うじて生存していると言った様子だ。

|::━◎┥『まだやり足りないが、私は多忙でね』

459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:16:13.74 ID:8f5I62SD0
それだけ告げると、歯車王は荒巻が先程まで背にしていた脱出装置に歩み寄る。
そして、そっと装置を撫でたかと思うと、アンカーが勢いよく射出された。
アンカーが向かう先にあるのは、ブーンが飛び降りて来たビルの屋上。
あのビルには、爆弾は仕掛けられていない。

|::━◎┥『ではな』

そう言い残して、歯車王は把手を掴み、その場から去った。
一人残された荒巻は、何がどうなっているのか、思考を巡らせることもしない。
正確に言えば、出来ない。
ただ、体に刻まれた激痛に呻くだけだ。

/;,' 3「……ぎ、ぎひ。」

叫び過ぎてかすれた喉から漏れる声は、風に消える。
荒巻にもう少し根性があったとしても、何もできなかっただろう。
生きながらに体を裂かれたのだ。
その痛みは想像を絶し、筆舌に尽くし難い。

死ぬほど痛いという言葉が、荒巻の思考を塗り潰す。
風が吹けば傷跡が痛み、骨が軋む。
股間から腹部に掛けて引き裂かれた傷は、一際酷い痛みを荒巻に与えていた。
思考を苦痛が支配する。

最早、荒巻の頭の中にあるのは耐えがたい激痛のみ。
数分ないし、後数十秒で何もかもが終わる。
脳の一部が壊れ、荒巻の全身から力が抜けた。
荒巻のプライドは、灰燼へと帰した。

連続した爆発と共に、ビルが倒壊を始めた。

461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:19:04.11 ID:8f5I62SD0
【時刻――04:30】

大通りに着地したツンとブーンは、すでに移動を完了していた。
爆発する予定の建物から離れ、二人は今、歯車城の傍に来ていた。
轟音と共に崩壊を始めたビルを遠目に、二人は無言で空を見上げる。
そこには、いつものように灰色に染まり始めた都の空があった。

周囲は明るいが、空だけは暗い。
そんな一風変わった風景も、こうして見てみると何処か幻想的だった。
視線を戻した大通りの隅の方には、幾つかの山が出来上がっていた。
それらは全て、敵の残骸である。

道路に残されているのは、大破した戦車と、血の跡。
そして、弾痕。
ここで行われた戦闘の激しさを物語るそれらを、ツンはどこか遠い眼で見ていた。

ξ゚听)ξ「……まるで、長い悪夢から覚めたような気分よ」

ポツリと、ツンは呟く。
別に、返事や反応が欲しい訳ではない。
何の気なしに、思った事を口に出しただけだ。

ξ゚听)ξ「……」

再び、ツンは黙り込む。
次に静寂を破ったのは、ツンの横にいるブーンだった。
降下の際に使用した棺桶は、降下地点に置き捨てていた。
その為、二人の格好はほぼ同じだった。

( ^ω^)「……それは良かった」

463 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:22:31.69 ID:8f5I62SD0
短く、ブーンはそう言った。

( ^ω^)「……」

今度は、ブーンも黙り込んだ。
聞こえるのは、風の音。
ツンの視線の先で、負傷者が担架に乗せられ運ばれてゆく。

ξ゚听)ξ「……ねぇ」

負傷者を乗せた担架が救急車に乗せられた時、ツンは口を開いた。

( ^ω^)「……ん?」

ξ゚听)ξ「あんた、少し太った?」

歯車王暗殺の時と比べて、ブーンの体つきは一周りほど大きくなっていた
それが太ったと、本気で思っている訳ではない。
ただ、話すきっかけが欲しかっただけである。

( ^ω^)「……筋肉がついたと言ってくれ」

ξ゚听)ξ「後、その喋り方は何?
      前は語尾に変な言葉を付けてたけど、あれ、やめたの?」

( ^ω^)「変な癖がついただけだ。
      その内、元に戻る」

465 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:25:04.50 ID:8f5I62SD0
"棺桶死・オサム"としてツンを護っていた時の癖が、未だ抜けきっていない様だ。
確かに、前の喋り方だとすぐに特定されてしまう危険があった。
そう考えると、仕方がないとも言える。
しかし、腑に落ちない。

ξ゚听)ξ「そう言えば、何であんな格好をしてたの?
      おまけに、その事を私に黙ったままで」

最大の疑問は、やはりそれだ。
生きていたなら、わざわざ変装する必要はなかっただろうに。

( ^ω^)「……それは、教えられない」

ブーンにも、彼なりの事情と言うものがあるのだろう。
詮索をするつもりはない。
ましてや、それを訊く意味がどこにもなかった。

ξ゚听)ξ「……そう」

ツンの眼の前では、歯車王の私兵達が死体を黙々と積み上げている。
細かい破片や、何かの一部が落ちているのを除けば、大分綺麗になっていた。

( ^ω^)「すまない」

短く謝罪の言葉が告げられる。

ξ゚听)ξ「いいのよ、気にしないで」

467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/05(月) 02:28:13.02 ID:8f5I62SD0
自分でも驚くほど、ツンの声色は優しかった。
その声はまるで、彼女の母親の様に柔らかく。
初夏に吹く優しい風を想起させた。
そして、ツンは自分に欠如していたものに気付いた。

だが、それは口にしない。
今は口にするようなものでもないし、する気も無い。
それを口にする日は、そう遠くないだろう。
しかし、もう少しだけ。

もう少しだけ、気持ちを整理する時間が欲しかった。
ツンはそれから逃げるように、空を仰ぐ。
そこにあるのは、やはり灰色の空。
ツンは瞼を下ろす。

何も見えない。
黒だ。
暗闇だ。
けれども今は。




傍らに相棒がいるだけで、その暗闇も少しだけ、悪くないと思えるのであった。




第二部【都激震編】
 第三十四話 終


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