- 242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 01:54:16.19 ID:aPdjr4NI0
- その日は珍しく仕事が無かった。
午後からは私用で仕事を入れられない為、本日、男の仕事が出来る時間帯は午前に限られる。
朝から男に仕事を依頼する人間は、緊急の用事でない限りまずいない。
陽が暮れてから、電話か電子メールで依頼をしてくる場合がほとんどだ。
以前なら家賃や生活費を稼ぐために走り回っていたが、その負担がいささか減った今、そこまで仕事をする必要に迫られていない。
そこで、男は今日一日仕事をしない事にした。
午前中に食材の買い出しやその他家事をこなせば、丁度いい時間になる。
男、ドクオ・タケシは寝ぼけた頭でそう考え付いた。
薄らと瞼を上げ、ゆっくりと瞬き。
頭を横に向けて、枕元に置かれている携帯電話の時計を見る。
時刻は朝の六時。
布団に潜り込み、まどろむ。
起きなければと云うのは分かっているが、やはりこの温かさには勝てない。
そのまま数分が経過。
('A`)「ね、眠い……」
そう呟きながら、ドクオはゆっくりと起き上がる。
布団から名残惜しそうに出て、洗面所に向かう。
昨夜は遅くまで仕事をしていた為、頭が上手く廻らない。
ふらふらと廊下を進み、洗面所の前までどうにか辿り着く。
扉を開いて、中に入り込もうとした瞬間。
(;゚A゚)「はうっ?!」
- 245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 01:57:01.31 ID:aPdjr4NI0
- 足の小指を扉にぶつけてしまった。
ぶつけてしまった部分を押さえながら、ドクオは声にならない絶叫を上げる。
皮肉な事に、それで頭が覚めた。
(;'A`)「お、おおお……」
とりあえず洗面台の前にまで行き、ドクオは蛇口をひねってお湯を出す。
手早く洗顔を済ませて、特に寝癖が無いか見る。
髪質のおかげで寝癖は無かったが、適当に手櫛で梳かす。
一通り終え、ドクオは洗面所を後にした。
('A`)「何があったかな、っと」
目と頭が覚めたドクオは、冷蔵庫を開いて中を見ながら、そう呟く。
最近は仕事の都合で外食が多かった為、冷蔵庫の中はスカスカだ。
しかし、朝は何かしら口にしておかないとその日一日が駄目になる。
とりあえず、パンは冷凍庫に保存してある。
だが、パンだけをそのまま食べるのはあまりにも侘しい。
せめて何かあればと思ったのだが、冷蔵庫にはこれと言ってめぼしい物が無い。
マヨネーズとチーズ、そしてピザソースとプレスハムぐらいしか使えそうになかった。
無い物ねだりは良くないので、今朝はそれで我慢する事にした。
冷凍庫から取り出した四枚切りのパンの上に、ピザソースをたっぷりと掛ける。
その上にマヨネーズで細い線を幾重にも描き、安いプレスハムを二枚乗せた。
最後にチーズを乗せて、それをトースターに入れ、摘まみを回す。
これで、主食の準備は終了だ。
- 247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:00:05.12 ID:aPdjr4NI0
- 後は茶を淹れれば、朝食はそれで完成。
ヤカンに水を入れてガスコンロの上に乗せ、着火。
パンの焼き上がり具合を見て、まだ時間がある事を確認。
マグカップとインスタント珈琲のビンを食器棚から取り出し、マグカップに砂糖を山盛り一杯入れる。
珈琲の粉をマグカップに適量入れると、運がいいのか悪いのか、ビンが空になった。
どうやら、今日は色々と買い足さないといけないらしい。
午後にある用事は、時間の指定をしている訳ではない為、ある程度は遅らせる事が出来る。
午前から正午を少し過ぎた辺りまで、買い物をする事にした。
そう決断した時、丁度、トースターが焼き上がりを教えた。
いそいそと食器棚から皿を取り出し、トースターから焼き立てのパンをそこに乗せる。
綺麗な焦げ目と、トロリと溶けたチーズ、所々から覗く赤いピザソース。
ほのかなチーズの香りと、ピザソースの香りが混ざり、そこにマヨネーズのアクセントが加わって食欲をそそる。
我ながら美味そうな仕上がりだ。
ヤカンがカラカラと音を立て始め、ドクオはガスを止め、お湯をマグカップに注ぐ。
砂糖と珈琲の粉がしゅわりと音を上げて溶ける。
そうして、パンの乗った皿とマグカップを手に、ドクオはキッチンからリビングへと移動した。
一人で使うには大きすぎる机の上に、皿とマグカップを置く。
以前の持ち主も、きっと今と同じかそれ以上の気持ちだっただろう。
('A`)「いただきます」
腐っていない飯が食えて、雨風が凌げる場所がある。
それがどれだけ贅沢な事か、ドクオは身に染みて理解していた。
このように一人で食事をする事にも、当然慣れている。
ただ。
- 252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:04:36.72 ID:aPdjr4NI0
- この家は、少し広すぎる。
確かに、ドクオは広い家を望んでいた。
しかし、いざそれが実現してみるとどうだ。
こんなにも空しい。
窓の外から、早くも商店街の喧騒が届いて来る。
連なって建つ御三家の程近くに位置するこのマンションは、元はと言えばドクオが金を出して買ったものではない。
ジョルジュ・長岡と言う男の物だったのだが、それをドクオが譲り受けたのだ。
必要な金は全て支払われていた為、この家で生活するのに必要なのは一人分の光熱費や食費だけ。
それでも、ドクオは少し寂しいと感じてしまう。
そう感じるようになったのは、ここ最近だ。
これまでは一人でも寂しいとは感じなかったし、むしろ一人が好きだった。
一体何がその原因かは、自分でも分かっている。
ある事件をきっかけに、ドクオは決まった人間達と行動を共にする事が多くなっていた。
多くの場数を共に過ごし、同じ仕事をこなす内に、いつしかそれが楽しいと思ってしまったのだ。
クールノーファミリーでも、水平線会でもない。
ましてや、ロマネスク一家でもないフリーランスの人間であるドクオにとって、それは無縁だったのに。
どの組織にも属さないドクオは、一人だ。
どれだけ気に入られても、結局は一人。
一時はいらないとさえ思えたそれが、今では欲するまでになっている。
そんな事を考えながら食事をしていたからだろう。
気がつけば、珈琲もパンも無くなっていた。
当然、味は覚えていない。
('A`)「……」
- 254 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:07:01.52 ID:aPdjr4NI0
- 席を立ち、ドクオはさっさと用事を済ませる事にした。
使い終えた皿とマグカップを流し台に置いて、自室にしている部屋へと行く。
寝巻を脱ぎ捨て、クリーニングから帰って来たばかりのワイシャツに袖を通す。
弾倉を確認して、左脇に提げたホルスターに安全装置を解除したM84をしまう。
セントジョーンズの腕時計を左の手首に巻き、懐に携帯電話、尻ポケットには財布。
首に回した暗い色のネクタイを、慣れた手付きで綺麗に結ぶ。
着慣れた黒のスーツで身を纏うと、そこにいたのはいつもの陰鬱気な表情を浮かべるドクオだった。
('A`)「さて、そろそろ行くかな」
腕時計の時間を確認。
裏通りの商店街の店が全て開いている時間である事を確かめてから、ドクオは家を出た。
【時刻――07:00/裏通り-商店街】
表通り程ではないが、やはり裏通りの商店街の朝は賑わっていた。
多少誤解されているが、この商店街には、違法な品以外に食料品なども売られている。
無論、まともな商売人も数人だけだが確かにいる。
その内の一人、"狼"ロレンはドクオが時折利用する"スパイシーウルフ"の店主だ。
('A`)「よぉ、景気はどうだい?」
店先から声を掛けられ、店の奥で座って何かの作業をしていたロレンはその作業を中断し、ゆっくりと立ち上がる。
齢四十代のロレンは、十代半ばの少女と共にいそいそと出て来た。
ドクオの顔を見るや、ロレンは商人らしい大げさな笑顔を浮かべた。
ロレン「おや、ドクオさんじゃないですか。
御蔭さまで、どうにか潰れないでやっていけてますよ」
- 255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:10:12.70 ID:aPdjr4NI0
- 立派な灰色の顎鬚を扱きながら、ロレンは笑って見せる。
"狼"の渾名の通り彼は凄腕の商人だ。
店が潰れるどころか、彼は他の店を潰す程の実力を持っている。
ロレン「昨日は遅くまで荷物の運搬、御苦労さまでした」
('A`)「いや、別にいいさ」
凄腕の商人との雑談は、正直なところ精神的にいいものではない。
常に腹の裏を読まれている様な不快な錯覚を抱き、冷静な判断が下せなくなるからである。
ロレン程の商人ともなると、何気ない雑談の過程で高級品を買わせる事も可能だ。
ロレン「ところで、今日はどのような御用件で?」
露骨に下手に出ないのは、いい商人の証。
いかなる時も商売の事を忘れない事を付け足せば、尚いい。
('A`)「ちょっと買い物を。
この前買った"あれ"を、また買いたいんだが、まだあるか?」
その言葉を聞いて、ロレンは顎鬚から手を離した。
腕を組んで少しだけ考える仕草を見せる。
一瞬だけ、ロレンの目線が横の少女に向けられたのをドクオは見逃さない。
少女もまた、一瞬だけロレンの目を見た。
ロレン「あぁ、"あれ"ですか。
丁度良かったですね、ちょっと量を仕入れすぎましてね、値段はこの前の半額でいいですよ」
- 256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:13:17.24 ID:aPdjr4NI0
- ('A`)「じゃあ、"あれ"をこの前よりも少し多めに。
それから、あの時に買ったやつも一つ。
二つとも後で取りに来るから、適当に包んでおいてくれ。
料金は先払いだったな」
尻ポケットから財布を取り出し、ドクオは高級紙幣を五枚手渡す。
それを受け取ったロレンは、少し驚いた表情を浮かべた。
ロレン「これは、また……
何か大儲けでもしたんですか?」
('A`)「そういう訳じゃない。
今日はちょっと、な」
ドクオは釣銭を受け取り、財布をしまって、その場を立ち去ろうと踵を返す。
すると。
ロレン「ドクオさん」
後ろから呼び止められた。
ロレンにしては珍しい。
数歩進んだ所で、ドクオは立ち止った。
ロレン「……今度、男二人で一緒に飲みましょう」
ドクオは片手を上げて、その場から去った。
これはいよいよ珍しいと、ドクオは内心で驚いていた。
しかも、いつも行動を共にしているあの妻を抜きにして飲もうとは、一体どのような心境の変化なのだろうか。
悪い気はしないが、なんとなく気になる。
- 257 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:16:13.93 ID:aPdjr4NI0
- ('A`)「……珍しい事もあるもんだ」
そう呟き、曲がり角に入った。
徐々に商店街の喧騒から離れ、ドクオが向かっているのは表通りだ。
このまましばらく進んで大通りを越えれば、そこは堅気の集まる場所。
目的地は、ゴング・オブ・グローリー。
シャッターを下ろした店が立ち並ぶ道を、ドクオだけが歩く。
灰色の空と、モノクロの静かな雰囲気。
太陽の光は届かず、いつも都は仄暗い。
大通りに来て、初めてモノクロ以外の色が目に飛び込む。
信号の赤と青。
車の多様な色彩。
横断歩道を渡り、止まり、また渡る。
大通りを渡り切り、無心でゴング・オブ・グローリーを目指した。
そして、立ち並ぶ高層ビルの合間からゴング・オブ・グローリーが見えた、その時だった。
ドクオの顔に、冷たい何かが触れた。
それはあっという間に顔と言わず、ドクオの全身を濡らし始めた。
(;'A`)「くっそ、こんな時に雨かよ!」
バケツをひっくり返したかのような大雨に見舞われ、ドクオは急いで雨宿りが出来そうな場所を探す。
右前方に、小さな商店街に掛かるアーケードを見つけた。
取り返しがつかなくなる前に、ドクオはそこに駆け込んだ。
ドクオの後ろから、同じようにして雨から逃れる人が続々とついて来る。
- 259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:19:37.56 ID:aPdjr4NI0
- 一瞬にして小さな商店街は人で満ちた。
まだ朝だが、社会の歯車達に時間はそれほど関係がない。
定職に就くと言う事は、時間に縛られると言う事。
ドクオの様に自由な行動は滅多に出来ない。
スーツ姿の男女が、口々に言う。
「あーあ、会社どうしよ……」
「マジで最悪。
あー、今日もう帰ろうかしら」
出勤途中の人間からしたら、この豪雨は天災だ。
鞄の中の精密機器は勿論の事、防水加工のされていない携帯電話は、雨に打たれていれば五分で壊れる。
こんな時こそ、商売のチャンスと見たのか、ちらほらとシャッターが開き始めた。
そこから出て来たのは、ビニール傘を持った店主達。
「さぁ、ビニール傘はいかがですか!」
元値の1.5倍で売り始められた傘は、飛ぶように売れていた。
ドクオも傘を買いに行こうと思ったが、目の前の群衆が肉の壁となって立ちはだかり、進むに進めない。
しかも、周囲が全てそんな状況になっている為、動けもしない。
ようやく辿り着いた時には、傘を売っていた店主の手元には小さな傘が一本だけ残されていた。
「どうします?」
ニヤニヤと笑う店主。
今この状況でドクオが断ったとしても、別の買い手は山の様にいるのだ。
金が入るのが遅いか早いかの違い。
ドクオは大人しく現金を支払って、小さな傘を手に入れた。
- 261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:22:23.23 ID:aPdjr4NI0
- 「まいどあり」
傘を購入した者達が商店街から流れる様にして消え去り、残されたのは傘を買う事が出来なかった者とドクオだけ。
いつの間にか、先程の店主達はシャッターを下ろしてしまっていた。
激しい雨音が聞こえる。
嫌な思い出が蘇りかけ、ドクオは頭を振ってそれを消し飛ばした。
ふと視線を上げると、新たに一人、商店街に避難して来た者がいた。
その姿に、ドクオは見覚えがあった。
('A`)「って、あれ?」
服に付いた水滴を払いながら、視線の先で顔を上げ、ドクオと目線が合う。
向こうも気付いた様だ。
从´ヮ`从ト「あら? ドクオさん?」
それはロマネスク一家の女中。
犬里千春、その人であった。
- 264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:25:20.59 ID:aPdjr4NI0
――――――――――――――――――――
('A`)と歯車の都のようです
第二部、第三部【接合部】
『Other Mind ,Another Kindness of Enchantress』
OMAKEイメージ曲『Rainman』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=DbDyphqHPLw
――――――――――――――――――――
- 265 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:27:07.54 ID:aPdjr4NI0
- 从´ヮ`从ト「いやー、助かりました」
そう言いながら、千春はドクオの元へと歩いて来る。
(;'A`)「まだ何も言ってないぞ!」
从´ヮ`从ト「えー」
不服そうにそう言うが、千春は明らかに嬉しそうだった。
子供の様な純粋な目で、ドクオを見つめる。
元が美人なだけあって、その仕草の威力は絶大である。
ドクオも例外ではなく、結局折れてしまう。
本当は、それだけでは無かったのだが。
('A`)「……ったく、もう。
でも、俺はこれから行くところがあるんだよ。
どうする?」
从´ヮ`从ト「おや、デートですか?
ひゅー、ドクオさんって意外と隅に置けませんね」
肘で鳩尾を強く突かれ、一瞬だけ呼吸が止まる。
そのせいでドクオは咳込み、危うく傘を取り落とす所だった。
(;'A`)「そ、そんな相手いねぇよ!
飯の材料買わなきゃいけないから、ゴング・オブ・グローリーに行くんだよ!」
- 269 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:30:26.65 ID:aPdjr4NI0
- 理由を話すと、千春は疑わしげなジト目でドクオを見てきた。
口が笑みの形をしている辺り、彼女らしいと言えば彼女らしい仕草だ。
ドクオの言っている事が本当だと分かっていて、あえてそう言っているのだろう。
その事をドクオも分かっているからこそ、千春の言葉を本気にはしていない。
それに、こうして知り合いと話すのは嫌いではなかった。
从´ヮ`从ト「えぇー、ほんとですかぁ?
それなら、私も一緒に行きますよ。
実はですね、私も食材を買い出しに来たんですけど、どこで何を買えばいいのかさっぱりで」
('A`)「あれ?
ロマネスクさんの護衛はどうするんだよ?
銀は今、入院してるんだろ?」
千春が買い出しの為にロマネスク一家から外出するのは、別に不思議でも何でもない。
しかしそれは、銀が無事だった場合だけである。
ロマネスクの身の回りの世話や護衛が、最低でも一人はいなければならないのだ。
三下や二流の者では務まらず、一流の中でもより上の人間にしかそれは務まらない。
今現在、事実上のNo2は繰り上がりで千春の筈だ。
No2は基本的に、常にロマネスクの護衛に付いていなければいけないと決まっている。
その千春が買い出しとは、如何なる訳か。
从´ヮ`从ト「それは、まぁ色々とあったんですよ。
一先ずロマネスク様の護衛は大丈夫ですから、安心してください。
さぁ、さっさと買い出しに行きましょう」
('A`)「別にいいけどさ……
この傘、小さいぞ」
- 276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:47:44.16 ID:aPdjr4NI0
- そう言って、ドクオは傘を広げた。
広げた傘は小さく、例え傘を差したとしても、肩が濡れる程である。
子供になら、この大きさで丁度いいかもしれない。
从´ヮ`从ト「あらら、ほんとですね。
で、何か問題でもあるんですか?」
('A`)「いや、だからさ。
濡れても良いなら貸すけど、って事を……」
从´ヮ`从ト「あっはっは!
なぁんだ、そんな事ですか。
それじゃあまるで、私が餓鬼大将みたいじゃないですか!」
何を今さら、と言おうとしたのをドクオはギリギリで止めた。
それを口にしたら、何をされるか分かったものではない。
从´ヮ`从ト「愛々傘をしましょう」
('A`)「はい?」
突然の提案に、ドクオは思わず聞き返してしまった。
今、千春は何と言ったのか。
从´ヮ`从ト「だーかーら、愛々傘ですよ。
知りませんか?
ナウでヤングな男女が時々やる、傘を共有し合うあれですよ」
(;'A`)「それは知ってる!
あのな、さっきも言った通り、この傘は小さいんだよ!」
- 277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:50:09.73 ID:aPdjr4NI0
- ドクオの言うとおり、彼の購入した傘は一人が使用しても尚足りないほどなのだ。
それを共有すると言う事は、最低でも体の半分はずぶ濡れになると言う事。
それなら、どちらか片方が傘を所有した方が賢い。
何も、無理に二人で使う必要はどこにもないのだ。
从´ヮ`从ト「おや〜?
ひょっとしてドクオさん、恥ずかしいんですか?
そりゃあ分かりますよ、えぇ、分かりますとも。
こんな美人さんと一緒に愛々傘できるなんて、そう滅多にあることじゃないですものね」
(゚A゚)「普通、自分でいう……なばるっ?!」
ドクオが最後まで言う前に、千春の拳が腹に食い込んでいる。
手加減されているとは言っても、効果は抜群だった。
从´ヮ`从ト「あらあら、顔が真っ赤ですねぇ?
図星ですか?」
(;'A`)「お、お前が俺の腹を殴ったからだ!」
腹を押さえながら、ドクオは抗議した。
が、千春は笑顔のまま気にもしていない様子だ。
実際気にしていないのだろう。
从´ヮ`从ト「まぁまぁ、そんな事言わずに」
(;'A`)「分かった、分かったから拳をぐりぐりするな!
その前に、一つ訊いても良いか?」
ドクオの腹から拳を離し、千春は腰に手を当てて胸を張る。
- 279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:53:17.19 ID:aPdjr4NI0
- 从´ヮ`从ト「なんでしょうか?
やだ、ひょっとしてスリーサイズですか?
それとも、恋人の有無ですか?
残念ですが、どっちも秘密です♪」
頬を赤らめて身動ぎしながら、千春は悪戯っぽくそう言った。
それに対してドクオは、こう言ったのであった。
('A`)「……なんで、メイド服なんだ?」
――――――――――――――――――――
漬物などの瓶詰の食品が陳列された棚が、まるで雑木林の様に立ち並ぶ。
数百種類は下らない商品の中から目的の食品を探すのは、至難の業だ。
店員は専用の危機を使用する事によって、素早く商品を探し出す事が出来る。
一方の客はと言えば、細かく分類、表示された多々の中から自力で探さなければならない。
店員が使用する機器は高価であり、白木財閥が資金力豊かだとは言っても、それを客一人一人に配る訳にはいかない。
資金的な面を考慮した結果、より安価に、より確実に商品を見つけ出す方法が考案された。
機器では無く、そのシステムの一部を利用客に商品の情報を提供すると言うものだ。
その方法とは、携帯電話のアプリケーションとして商品検索システムを配布する事であった。
これによって、商品棚の雑木林の中からも、正確に目的の商品を探し出すことが可能となった。
携帯電話を持ち、なお且つインターネットに接続できる環境さえあれば、誰でも利用は可能だ。
アプリケーションのダウンロードの際に生じる通信料を除けば、完全に無料で使える。
ゴング・オブ・グローリーを利用する客のほとんどが、このシステムを利用していた。
ドクオもまた、そのシステムを利用している客の一人である。
携帯電話の画面に表示される指示を見ながら、ドクオは目的の棚へと進む。
その横で、千春は買い物カゴを乗せたカートをカラカラと押していた。
- 280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 02:57:04.95 ID:aPdjr4NI0
- ('A`)「……なぁ」
目的の棚の前に到着したドクオは携帯電話を閉じ、横で笑顔を浮かべている千春に話しかけた。
半身だけずぶ濡れになっているのが一目で分かるドクオとは違い、何故か千春はそこまで濡れていないように見える。
从´ヮ`从ト「はい、なんでしょう?」
('A`)「何で俺が、お前の買い物をしなきゃならんのだ」
从´ヮ`从ト「ちっ、うるせぇな」
('A`)「……」
何を言っても無駄な事が分かっている為、ドクオはこれ以上何も言わない事にした。
無言で商品棚から目的の商品を手に取る。
先程千春から受け取った買い物のメモを見て、間違いがないかどうかを確認する。
問題ない為、そのままカゴに入れた。
从´ヮ`从ト「あ、こら!
この私を無視しますか!」
('A`)「……出来る事なら他人のフリをしたいんだ」
そうなのだ。
先程から感じる周囲の痛い視線。
その視線の大部分は千春の姿に注がれ、残る一部はドクオに向けられている。
メイド服を着て平然と買い物をする人間と、その連れ。
- 282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:00:16.66 ID:aPdjr4NI0
- おそらくこの光景を見た者は、数日は話題の提供に困る事は無いだろう。
裏社会では有名な千春も、表社会では一人の女性としてしか見られていない。
女の外見は恐ろしいと、ドクオはしみじみと思った。
从´ヮ`从ト「へー、ふー、ほーん」
('A`)「……」
未だ何か言おうとしている千春を無視し、無言でドクオは自分用にも何か買おうと、商品を物色する。
すると。
(;'A`)「……っ?!」
背中に、異質な感触を感じ取った。
この感触に、ドクオは覚えがある。
从´ヮ`从ト「どうです、分かりますか?
当ててるんですけど、何か感じませんか?」
直ぐ耳元で、千春が甘ったるい声でそう囁く。
今ここで動いたり、千春から離れたりしたら大問題だ。
(;'A`)「ごめんなさい、お願いですから勘弁してください」
素直にそう謝ると、ようやく千春はドクオから離れた。
同時に、あの違和感も離れる。
買い物客達は誰も気付いていない様で、ドクオはほっと胸を撫で下ろす。
- 284 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:03:19.15 ID:aPdjr4NI0
- 从´ヮ`从ト「んっふっふ。
素直で大変よろしい、大いによろしい。
さぁ、一緒に買い物をして、雑談をしましょう」
(;'A`)「一つ、約束してくれ……」
先程ドクオの背中に押し当てられていた物。
それは。
千春の―――
(;'A`)「頼むから、何かある度に銃を出さないでくれ」
―――愛銃であるグロックの銃口であった。
幾ら巨大なデパートとは言っても、おいそれと銃を晒していい訳がない。
買い物客や、そこらに配置されている私服警官にでも見つかりでもしてみれば、混乱は避けられない。
タダでさえ、この都の住民は銃には人一倍敏感なのだ。
五年前の抗争の傷跡が癒え、そして最近の大騒動。
ロレンに聞いた話によれば、ここ数カ月で、表社会での銃の売り上げが倍になったとか。
更に問題なのが、千春のグロックだ。
特徴を趣味に置き換えた"撃鉄付き"のグロックは、一目でカスタムガンだと分かる。
一般人にとってはカスタムガンであろうが無かろうが、銃は銃だ。
从´ヮ`从ト「それはドクオさん次第ですね。
……あれ、それはラー油ですか?」
('A`)「あ、あぁ。
ほら、なんか最近このラー油が話題になってるからさ」
- 285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:06:45.79 ID:aPdjr4NI0
- ドクオが手に取って見ていたのは、ここ最近爆発的に人気が出た"食べられる"ラー油であった。
が、白米をあまり食す機会がないドクオは、これを買うか否かで迷っていたのだ。
从´ヮ`从ト「……実はですね。
私、この前"飲める"ラー油を作ったんですよ」
('A`)「は?」
ラー油を作る。
しかも、料理音痴の千春が、だ。
俄かには信じ難い話である。
おまけに"飲める"ラー油など、聞いた事がない。
从´ヮ`从ト「漫画を読んでいたら、丁度ラー油の話が出てたんですよ。
その漫画の通りに、えいやっ!とやったら、ちょっと問題が起きまして」
ラー油を作って、問題が起きた。
ますます訳が分からなくなったドクオは、怪訝そうに眉を顰める。
从´ヮ`从ト「いやー、まさかラー油が爆発するなんて」
その言葉は遂に、ドクオの持つ理解力の限界を越えた。
ただ単に、ドクオの想像力が低かっただけなのかもしれない。
事実、千春の表現は、あながち間違いではなかったのだ。
从´ヮ`从ト「御蔭さまで、ロマネスク様に怒られちゃいましたよ、あっはっは!」
大笑いをしながら、ドクオの手からラー油を奪い、棚に戻す。
- 286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:10:03.07 ID:aPdjr4NI0
- (;'A`)「お、おい!
今買うかどうか考えてたんだぞ!」
从´ヮ`从ト「今度お裾分けしてあげますから、こんなのは買っちゃ駄目です」
問答無用とばかりに、千春はカートでドクオの背中を押してゆく。
ドクオは果敢にも抵抗しようかと思ったが、それが無駄だと直ぐに気付き、諦める事にした。
――――――――――――――――――――
ゴング・オブ・グローリーで傘を買い、その後二人は裏通りへと戻っていた。
当然、荷物持ちはドクオである。
千春の荷物もそこに含まれている事は、説明の必要はないだろう。
両手が塞がっているドクオの代わりに、先程購入した大きめの傘を千春が差してくれている為、二人とも雨に濡れる事は無い。
从´ヮ`从ト「で、次はどこに行くんですか?」
('A`)「後は、ゴドー亭に行って終わりだ」
从´ヮ`从ト「あれ? ゴドー亭ですか?
珈琲でも買うんですか?」
('A`)「あぁ、あそこで買った方が安いし美味いんだ。
インスタントだけどな」
"逆転の成歩堂"が経営する珈琲ショップ、ゴドー亭。
そこには世界各国の珈琲豆が売られているだけでなく、自家製のインスタント珈琲も置いてある。
売れ残った珈琲豆を再利用して作られている為、コストは非常に安い。
それが値段に反映されているのが魅力の一つだ。
- 288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:14:16.09 ID:aPdjr4NI0
- 从´ヮ`从ト「ほほぅ、じゃあ私もそれを買わせていただきましょうかね」
('A`)「爆発させるなよ?」
他愛のないやり取り。
時折、ドクオの荷物に手を出そうとする輩がいたが、千春の一睨みで逃げ出した。
裏通りに来れば、千春の名と実力は広く知られている。
その千春と談笑しているドクオに手を出せばどうなるか、答えは火を見るよりも明らかだ。
いつもとは違い、両手が塞がっていても安心して歩ける。
千春がいるだけで、こんなにも心強い。
女性に護られていると思うと男として情けないが、実力に性別は関係ない。
それに、千春に護られるならば、不思議とそこまで悪い気はしなかった。
気がつけば、二人はゴドー亭の前に到着していた。
从´ヮ`从ト「お、珈琲のいい香りがしますね。
ふむん、流石と言うべきでしょうか」
ドクオが軒下に入るまで傘を差していた千春は、自身も軒下に入り、傘に付いた水滴を外側に向けて一振りで払う。
両手が塞がっているドクオに代わって、千春が木製の扉を押し開いた。
扉の上に付けられていたベルが、チリンと来客を告げる。
店外にまで漂っていた珈琲の香りが、より一層強く鼻をくすぐった。
裏通りに店を構えているのに、この店内だけはまるで別世界の様だった。
ワックスでコーティングされ、落ち着いた色を浮かべる木の床、壁の棚に置かれた珈琲豆の詰まった瓶。
隅々まで掃除の行き届いた店内の空気は、それだけで売り物になると言っても過言ではない。
雨音さえ、まるでこの店で掛けられているBGMの様に感じる事が出来た。
落ち着いた雰囲気の中、二人の来客に対して、店の奥から一人の男が出て来る。
- 291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:17:26.18 ID:aPdjr4NI0
- 「おや、ドクオさん、いらっしゃい。
前回の証拠品の件、ありがとうございました」
白いエプロンを掛け、少しだけ白髪の混じった黒髪の男はドクオの姿を見るなりそう言った。
この男が、ゴドー亭の主、"逆転の成歩堂"である。
('A`)「いや、気にしないでください。
今日は"いつでも珈琲"を二袋」
成歩堂「かしこまりました」
店の奥に戻って行き、大きめの紙袋を二つ抱えてすぐに帰って来た。
ゴドー亭のインスタント珈琲、"いつでも珈琲"はその名とは違い、いつでも店先に並んでいると限らない。
珈琲豆が売れ残っていなければ、この商品は並ばないのだ。
数日の売り上げが影響してくる商品の為、こうして尋ねてようやく手に入る。
知る人ぞ知る一品とは、正にこの事。
時折成歩堂の本職の手伝いをしているドクオは、この事を店が出来た時から知っていた。
しかも、ドクオの場合購入金額は通常の20%オフ。
何でも屋として働いていて良かった点の一つが、これだ。
成歩堂「そうだ、新商品の珈琲飴も一袋オマケしておきました。
今度また、何か仕事を頼むかもしれませんので」
('A`)「こりゃどうも。
それじゃ、真宵さんによろしく」
ドクオは料金を支払い、物珍しそうに棚を物色していた千春と共に店を出た。
先に傘を差し、千春はドクオが雨に濡れないように軒下の先に立つ。
この辺りは十分にメイドらしいのだが、その他の部分が壊滅的なのが傷である。
- 292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:20:15.27 ID:aPdjr4NI0
- 从´ヮ`从ト「ドクオさん、飴貰ったんですよね?」
('A`)「あぁ、さっきの紙袋の中に入ってると思うぞ」
傘の中にドクオが入ってから千春は、ドクオの持つ買い物袋の中にある先程の紙袋に手を突っ込む。
そこから取り出したのは、飴が入っていると思われる袋だった。
千春は嬉しそうにその袋を開ける。
从´ヮ`从ト「いぇー」
ただの珈琲飴なのに、珈琲の香りが本物の珈琲並みに強烈だ。
個別包装をしておらず、保存に便利なチャックが付いている。
琥珀の様な色をした飴を摘まみ取り、千春はそれを一粒口に含んだ。
途端に千春の顔がぱっと明るくなる。
从´ヮ`从ト「むむぅっ!
これは美味です!」
片方の頬を膨らませて飴を舐める千春。
彼女の口から、ほんのりと珈琲の香りが漂う。
ふと、何か面白い遊びを思いついたかのように、千春は邪悪に笑んだ。
从´ヮ`从ト「おやぁ?
その物欲しそうな顔は何ですか?」
(;'A`)「この顔は生まれつきだ!」
从´ヮ`从ト「むっふっふ。
ちゃんと分けてあげますから、そんな顔しないでくださいよ」
- 294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:24:04.82 ID:aPdjr4NI0
- そう言いつつ、千春は袋から新たな飴を取り出した。
从´ヮ`从ト「はい、手を出してください」
('A`)「……よく見てくれ。
不思議な事にどっかの誰かさんのせいで、俺の両手は塞がってるんだ。
何か心当たりはないか?」
これ見よがしに両手の荷物を掲げる。
从´ヮ`从ト「頑張ってもう一本ぐらい増やせませんかね?」
(;'A`)「無理だよ!」
从´ヮ`从ト「ドクオさんなら背中から、こう、にょっと……」
(;'A`)「生えねぇよ!」
その言葉で、千春は嬉しそうに笑い始めた。
釣られて、ドクオも笑う。
ひとしきり笑うと、千春は目じりに浮かんだ涙を拭った。
从´ヮ`从ト「あっはっは!
いやー、やっぱりドクオさんはからかい甲斐がありますね」
そう言って、千春はドクオの口に飴玉を入れてやる。
口に入れた瞬間、口内を上品な珈琲の香りが満たす。
口腔から鼻腔へ突き抜ける様にして、その香りが抜け出る。
これを朝に舐めたら、きっといい眠気覚ましになるだろう。
- 295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:27:02.59 ID:aPdjr4NI0
- ('A`)「そりゃあ良かった。
ところで、この後どうするんだ?」
从´ヮ`从ト「へ? 何をどうするんですか?」
ドクオの言葉の意味が理解できていないのか、千春は首を傾げる。
ドクオは千春に持たされている荷物を見て、それから千春へと視線を移す。
('A`)「この荷物だよ。
一家の本部まで持って行くのか?
俺は午後から用事があるから、あまり長くは付き合えないんだ」
从´ヮ`从ト「あ、それなら大丈夫です。
家まで持って行ってください」
('A`)「家?」
千春が家を持っているなど初耳である。
銀も含めて、ロマネスク一家の幹部達は皆本部に寝泊まりしていると思っていたのだが。
どうやらそれは勘違いだったようだ。
从´ヮ`从ト「決まってるじゃないですか。
ドクオさんの家ですよ」
その言葉を聞いたドクオは、口を開いたまま硬直する。
合わせて、傘を差す千春は歩みを止めた。
(;'A`)「はいい?!」
千春は何を考えているのか、ただニコニコと笑っているのであった。
- 299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 03:30:04.19 ID:aPdjr4NI0
- ――――――――――――――――――――
結局。
ロマネスク一家の本部まで行くわけにもいかず、ドクオは千春を自分の家に上げる事にした。
濡れてしまったスーツを着替え、身形を整える。
('A`)「いいか?
家にある物は勝手に使っても良いが、壊さないでくれよ」
从´ヮ`从ト「分かってますってば」
ちょこんと正座して話を聞いている千春に、ドクオは念押しした。
本当であれば人を残して一人だけで外出するなど、色々と不安要素が残る。
例えば家具を失敬されたり、金を取られたり。
だが、千春はそのような事をしないと知っているので、残すことに不安は無かった。
強いて不安があるとすれば、何かしらの拍子で家具を破壊されるかもと言う事だけ。
('A`)「頼むから、大人しくしててくれよ」
从´ヮ`从ト「へいへい」
('A`)「それから、タオルは風呂場に置いてある。
シャンプーと石鹸は、俺のでよければ使っていいから。
乾燥機は洗濯機の横にあるから、風呂に入ってる間に服を乾かしておくといい。
後は……」
- 321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月) 07:17:36.86 ID:2kep5Qdv0
- ドクオは着替えたからいいのだが、千春の場合はそうもいかない。
何せ、千春はこれでも女なのだ。
同じ空間で異性に服を着替えられると、やはりいい気がしない。
だが、そう言ったのはドクオだけで、本人は別に構わないと言っていた。
ドクオが外出している間に風呂に入り、着替えておくようにと説得するのに、10分。
幾つかあった問題を少しずつ解決していくのを合わせて、30分を要した。
そのせいで、ドクオは時間的に少し余裕を失っていた。
从´ヮ`从ト「ベッドの下の引き出しに隠しているエッチな本とゲームを見なかった事にする」
('A`)「あぁ、それそれ。
……って、ちょっと待て。
何でその事を知ってるんだ!」
从´ヮ`从ト「えへへー」
問い質したいところだったが、時間が迫っている。
遅くなりすぎたら、色々と面倒な事になってしまうのだ。
時計を見て、ドクオは玄関に向かって少し大股で行く。
その後ろから、千春が静々と付いて来る。
雨に濡れていない皮靴を履きビニール傘を手に持ち、玄関のドアノブに手を掛けた時。
从´ヮ`从ト「ドクオさん、いってらっしゃい」
背中から、気さくにそう言われた。
心がむず痒かった。
だからドクオは振り返らず、少しだけ恥ずかしそうに言った。
- 322 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:20:07.27 ID:2kep5Qdv0
- ('A`)「……行ってきます」
マンションを後にしたドクオは、急ぎ足で再び裏通りの商店街へと向かう。
朝来た時とは違い、商店街は人でごった返し、活気で溢れ返っていた。
慣れた動きで、その喧騒の中を進む。
この人混みに慣れていないと、裏通りの商店街ではまともに行動する事は敵わない。
ここまで混雑していると、スリが多くなる。
その辺りにも注意しながら、無事、ドクオはスパイシーウルフに辿り着く事が出来た。
来た時に頼んでいた物を受け取り、ドクオはロレンに頼んでタクシーを呼んでもらい、それに乗車。
おかげで、目的の場所まで滞りなく行く事が出来た。
目的地に到着し、少し多めの料金を支払ってタクシーの運転手に待つように言う。
時刻は午後の三時と、丁度いい時間帯だった。
ドクオの目的地。
それは、裏通りにある共同墓地。
('A`)「……」
ドクオの手には、一本の酒瓶が握られている。
そしてその胸には、大きな花束が抱えられていた。
両手が塞がっているので、傘は差せない。
車内に傘を置き、ドクオは豪雨の中へ躊躇うことなく身を晒し出した。
流石に、この豪雨の中墓地に来ている人間はいない。
おかげで、ドクオは誰にもその姿を見られる事はなかった。
髪から伝って目に入る雨雫を気にもせず、ドクオは無言で歩いて行く。
共同墓地の隅にある寂れた墓標の前に来て、ドクオは花束を傍らの地面に置く。
- 323 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:25:10.54 ID:2kep5Qdv0
- ゆっくりとしゃがみ込み、墓標に付いていた汚れを軽く手で払う。
心なしか、先程よりかは少しだけ綺麗に見えた。
それでもやはり、墓標は汚れたままである。
手に持っている酒瓶の蓋を外し、中身を墓標に惜し気も無く振りかけた。
三分の二程注いで、蓋を閉める。
墓標の前にそれを置いて、ドクオは瞼を下ろした。
五秒の沈黙を終え、地面に置いていた花束を抱えて立ち上がる。
('A`)「じゃあ、またな」
去り際にそう言って、別の場所へ向かう。
今度やって来たのは、ロマネスク一家の専用墓地。
何度もここに通う内に、守衛とはすっかり顔なじみになっていた。
突然の訪問にも拘わらず、守衛は快く扉を開いてくれた。
高い鉄柵で囲まれた専用墓地は、この外と比べて、非常に綺麗に整えられている。
青々しくも柔らかい芝生は適度な長さに刈られ、まるで高級な絨毯の上を歩いている様な感触が、皮靴の底から伝わる。
どの墓標にも目立った汚れは無く、定期的に掃除されている事が直ぐに分かった。
その中でも、一際綺麗な墓標まで行く。
不思議と、一歩ずつ心臓の鼓動が静かになっていく気がした。
名前の無い墓標の前に来て、ドクオは手にしていた花束をその前にそっと置く。
ふわりと柔らかい花の香りが周囲に咲き、一瞬で豪雨に消される。
墓の前に屈んで、ドクオはしばらくの間無言でそうしていた。
('A`)「花より団子だってのは知ってるけどさ。
でも流石に、団子を置く訳にはいかないんだよ。
今度は食べられる花を持ってくるから、それまで我慢してくれ」
- 325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:31:17.63 ID:2kep5Qdv0
- 笑いながらそう言って、ドクオは重い腰を上げる。
ドクオに別れを告げるかのように、白い花びらが一枚落ちたのを、踵を返したドクオは見る事が出来なかった。
雨に打たれながら、ドクオは共同墓地を後にした。
――――――――――――――――――――
家に帰ると、温かい空気がドクオを包みこんだ。
と、同時に。
从´ヮ`从ト「あ、おかえりなさい」
パタパタと千春が、バスタオルを持って駆けて来た。
('A`)「た、ただいま」
普段言い慣れていない言葉を口にしたドクオは、肩や腕に付いた水滴を払い、上着を脱いだ。
それを自然な動作で千春が受け取り、代わりにバスタオルを手渡す。
少し驚いたが、ありがたくそれを使う事にした。
濡れた髪の毛をゴシゴシと拭く。
使い終えたタオルを、千春に返すと。
从´ヮ`从ト「んー。
それじゃあ、まだ拭き足りないですよ」
と言って、千春はドクオの頭にタオルを乗せた。
顔まで隠れてしまったせいで、前が見えない。
从´ヮ`从ト「はいはい、少し大人しくしててくださいね」
- 326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:35:17.52 ID:2kep5Qdv0
- 気配と声と跫音で、千春が数歩近寄ったのが分かる。
ドクオの頭の上に置かれたタオルに手を乗せ、乱暴に拭き始めた。
从´ヮ`从ト「むむ、このままじゃやり難いですね……
ちょっと失礼しますよ」
突如、ドクオの鼻腔に嗅ぎ慣れない香りが届いた。
柔らかく、甘く、心地いい香り。
その正体が何であるか、ドクオは直ぐに理解した。
千春の香りだ。
先程よりもドクオの傍に接近した千春から漂う香りに、ドクオは困惑を隠せない。
顔が隠されていて、つくづく良かったとドクオは内心で安堵した。
今、この顔を見られてしまえば、からかわれる事は必至だ。
(;'A`)「も、もういいから!
風呂に入るからそこまでしなくても良いって!」
逃げる様にして、ドクオは玄関から上がる。
从´ヮ`从ト「あ! ちょっと、床が濡れちゃいますってば!」
更衣室に逃げ込んだドクオは、扉に鍵を掛ける。
ほとんど間を置かずに、扉が外から叩かれる。
从´ヮ`从ト「こらー! あけなさい!」
何が千春をそこまでさせるのか分からなかったが、一先ずは安泰だ。
やがて、ようやく諦めたのか、千春の気配が扉の向こうから遠ざかった。
- 328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:39:24.65 ID:2kep5Qdv0
- (;'A`)「ったく、なんなんだよ……」
溜息を吐いて、ドクオは濡れた服を脱いでゆく。
その途中、タオルの山の上に置かれたドクオの着替えが目に留まった。
ドクオがいつ風呂に入っても着替えに困らないようにとの配慮が、今では恐ろしくもあった。
脱いだ衣服を丸めて洗濯かごに投げ込み、ドクオは風呂場に入った。
風呂場の空気が温かかったのは、少し前まで千春が入浴していた証である。
だからと言って、それに恥ずかしがるような年齢ではない。
風呂椅子に腰掛け、シャワーの蛇口を捻る。
雨に濡れて冷えていた体を、温かいお湯が解きほぐす。
先に頭を洗おうと、掌にシャンプーを押し出した時。
何か、変な音が聞こえた気がした。
('A`)「ん?」
反射的に、ドクオは風呂場の鍵を掛けた。
シャワーを止め、耳を済ませる。
だが、何も聞こえてこない。
気のせいだったようだ。
気を取り直してシャワーを出し、頭を洗い始める。
すると。
「だんだらだんだん〜♪」
- 329 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:42:44.28 ID:2kep5Qdv0
- 気のせいでは無かった。
某スパイ映画のメインテーマの鼻歌が聞こえて来た。
何事かと、薄らと開いた目を曇りガラスの向こうに向ける。
そして。
ドクオの目の前で、更衣室の扉が開いた。
(;'A`)「なん……だと?」
確かに、ドクオは更衣室の鍵を施錠した。
安心したのは事実だが、断じて解錠していない。
と言う事は、即ち。
"ピッキング"されて、無理やり解錠されたと言う事。
開かれた扉の向こうから、白と黒のシルエットが入って来るのが見えた。
モノクロのメイド服。
間違いない。
今、家にいる人間であの恰好をしている者は一人しかいない。
从´ヮ`从ト「ちゃら〜ちゃっちゃ〜♪」
曇りガラス越しに、千春の姿が鮮明に映し出された。
そして、ドアノブが何か嫌な音を鳴らし始めているのを、ドクオは見ているしか出来ない。
自分が今何をすべきか。
何を言うべきか、真っ白な頭では考え付かない。
从´ヮ`从ト「は〜い、ご対面!」
(゚A゚)「きゃああああ!!」
- 332 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:45:07.81 ID:2kep5Qdv0
- 叫んだ時、その拍子で眼にシャンプーが入った。
(;゚A゚)「眼が、眼があ゛あ゛あ゛?!」
それでも、ドクオが風呂桶を手に取り、それで大事な部分を隠す事が出来たのは見事としか言えない。
仕事で培ってきた反応速度が、このような場面で役に立つとは思いも掛けなかった。
ドクオは、弾けるようにして風呂椅子から飛び退く。
瞼を強く閉じたままドクオは風呂を背に、千春の入って来た方向を向く。
(;゚A゚)「ななな、何入って来てるんだよ!
出ていけ、今すぐ風呂場から出て行け!」
从´ヮ`从ト「へっへっへ〜。
兄ちゃん、随分とウブな反応だねぇ。
こういうのは初めてかい?」
この状況で悪ノリをされても困る。
从´ヮ`从ト「いや、そんな期待しないでくださいよ?
背中を流そうかな〜と思いましてね」
(;゚A゚)「いらない、そんなのはいらない!」
从´ヮ`从ト「まぁまぁ、そう遠慮しないでください。
別にドクオさんのコルトを見ても何とも思いませんから」
さらっと侮辱された。
从´ヮ`从ト「……てりゃ!」
- 333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:48:14.08 ID:2kep5Qdv0
- 突如、ドクオの顔にシャワーから出る温水が浴びせかけられた。
おかげで、眼に入っていたシャワーが流れ落ちた。
が、千春は止めようとしない。
(;゚A゚)「も、もういいっぷ?!」
口を開いて何か言おうにも、シャワーのせいでまともに喋れない。
从´ヮ`从ト「はっはっはっ!
さぁ、大人しく背中を流されなさい!」
風呂桶を持っていない方の手で、ドクオはどうにか顔と口を庇う事が出来た。
これで少しは凌げる。
―――その考えが、甘かった。
(;゚A゚)「ひゃぁっ?!」
それまで温水だったのが、いきなり冷水に切り替えられたのだ。
この季節で水浴びをすれば、確実に風邪を引く。
ドクオに残された道は、一つだけだった。
(;'A`)「分かった、分かったからもう止めてくれ!」
从´ヮ`从ト「んふふ〜。
最初からそう言えばいいんですよ」
楽しそうにそう言って、冷水が温水に切り替わった。
ドクオも男だ。
言った以上、それを護るぐらいの事はする。
ただし、一つだけ付け加えて、だ。
- 334 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
07:51:11.94 ID:2kep5Qdv0
- (;'A`)「せめて、タオルを一枚だけでもいいから渡してくれ」
从´ヮ`从ト「はいはい、これをどうぞ」
小さめの白いタオルを渡され、ドクオはそれと風呂桶で大事な部分を隠す。
从´ヮ`从ト「ほれ、近う寄れ、近う寄れ」
千春は嬉しそうに風呂椅子を叩き、メイド服の袖をまくってドクオを呼ぶ。
覚悟を決め、ドクオは大人しくそこに座った。
風呂桶を適当な場所に置き、今、隠すのは布一枚だけ。
気にしているのが自分だけとは分かっているが、恥ずかしい物は恥ずかしいのだ。
まだドクオの頭にシャンプーの泡が残っていた為、千春はそれを利用して、ドクオの頭を洗い始める。
細い指がドクオの髪をしっかりと洗い、頭皮を適度に刺激した。
目に泡が入らないよう、ドクオは前に屈む。
从´ヮ`从ト「痒い所はないですか?」
まるで床屋のようなセリフを言いつつも、千春は優しく丁寧に髪を洗っている。
ここまでされては、不満なところなど何一つ無かった。
無言の肯定を受け、千春は温水で濯ぎに入る。
濯ぐ間も、ドクオの頭をマッサージするようにして指で刺激した。
気のせいか、いつも自分で洗うよりも頭がさっぱりした気がした。
顔の水滴を両手で拭う。
从´ヮ`从ト「は〜い、それじゃ、お背中流しますよ〜」
石鹸で泡立てたボディタオルで、ドクオの背中をゴシゴシと擦る。
- 336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
08:00:05.00 ID:2kep5Qdv0
- 从´ヮ`从ト「おぉ、こうしてみるとドクオさんの背中って結構傷だらけですね。
古傷が多いようですけど、これはどうしたんですか?」
(;'A`)「べ、別にいいだろ?」
誰にでも、言いたくない事はある。
それを察したのか、千春はそれ以上詮索しようとはしなかった。
丁寧に、そして力強くも優しくドクオの背中を洗う千春。
悔しくて恥ずかしいが、気持ちよかった。
ある程度、ドクオの背中や肩を洗い終え、千春は言った。
从´ヮ`从ト「じゃあ、次は前を……」
(;'A`)「駄目、それだけは絶対にダメ!」
そして。
ドクオは思った。
こんな日も悪くない、と。
今までの生活からは、とてもではないが想像も出来ない様な日常。
多くは望まない。
優しくて。
温かくて。
"家族"のいる生活。
これは、そんなささやかな夢を見た男のとある一日。
で、あるが故に男はまだ知らない。
この先、この都に何が起きるのか。
誰に何が起き。
- 337 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/04/26(月)
08:04:03.11 ID:2kep5Qdv0
- そして。
自分自身に何が起きるのかも。
男は、何も知らない。
そう、それは単純な理由だ。
何故なら。
男もまた、この都を廻す歯車の一つなのだから。
第三部【終焉編】
OMAKE 了
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