('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 19:59:14.47 ID:IMM0CFd60
その日は久しぶりに、とても静かでいい夜だった。

"ファミリエ"は、ゴング・オブ・グローリーの12階に出店している高級レストランだ。
店内に流れるジャズの生演奏は店の雰囲気とよく溶け合い、落ち着いた空気を醸し出している。
暖色系の明かりに照らされるのは、白いテーブルクロスの掛けられた小さな円卓と椅子が数十組。
円卓の上には色取り取りの料理が置かれ、料理と店の雰囲気を味わいに来た各々がその料理に舌鼓を打っていた。

店内には一組の男女と男一人の合計三人の客しかいないせいか、食器同士のぶつかり合う音がやたらと大きく感じる。
どちらの卓にも、これと云って会話がない。
料理が不味くて会話が途絶えたと云う事では無く、店の雰囲気と料理をじっくりと味わっているようだ。
一口毎に料理の味を確かめ、しっかりと飲み込む。

奇妙な事に、一組の男女が座る卓の上に置かれたグラスの中を満たすのは、ワインでは無く水だった。
確かに、水は料理の味を邪魔する事が無く、無難な選択とも言えるが、ワインと共に飲んでも悪い組み合わせでは無い。
だが、女の後ろにいるもう一人の客は、ワインと共に肉料理を存分に味わっていた。
二人が未成年だから酒を頼めない、と云う理由からであれば、そもそもこの店には入れない。

無論、格好が不適切な場合でも入店はやんわりと拒否される。
この場合の適切な格好とは、スーツを指し示す。
間違ってもオーバーサイズのパーカーにダメージ・ジーンズで来店しようものなら、店の入り口に近寄る事さえ許されない。
店にいる三人がスーツなのは、そう言った暗黙のルールがあるからだ。

ξ゚听)ξ「……いい店ね」

黙々と料理を食べていた、ダークスーツに身を包む金髪碧眼の若い女性が、やおら口を開いた。
女の声はジャズの演奏を邪魔しない為か、呟くように小さい。
唯一その声を聞いたのは、目の前に座ってステーキにナイフを突き立てていた男だ。
短く刈り揃えた黒い髪を持つ男の瞳は、女の碧眼と同じ色をしている。

( ^ω^)「……そりゃそうだお」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:03:17.38 ID:IMM0CFd60
短い会話を終えた二人は、再び食事に戻る。
傍から見れば、その様子は倦怠期の恋人では無く、多くの苦楽を共にしてきた夫婦の様に映るだろう。
意思の疎通が出来ていれば、多くの言葉を交わさずとも気まずい空気にはならない。
一口に収まる大きさに切り分けた肉を、男は口に運ぶ。

肉汁の滴る柔らかな肉を噛み締め、それをおかずに横に置かれた白米を食べる。
適度な塩気と肉の旨味が口中に広がり、それを白米が丁度いい濃さに調節する。
噛めば噛むほど、肉からは旨味と共に肉汁が染み出す。
肉本来の美味さもさることながら、焼き加減も見事だった。

火を通し過ぎず、なお且つ肉の持つ豊かな味を殺さない絶妙な焼き加減。
それでいて、焼き立てを出すのではなく、少し落ち着かせた肉を出していた。
ステーキの横に添えられているのは、茹で上げた鮮やかな黄色をしたコーンと粒マスタードだ。
コーンの一粒が持つ豊かな味は決して肉の風味を阻害せず、心地いい甘さを持っている。

マスタードをナイフで肉に塗って食べれば、得も言われぬ味わいが口中に広がる。
見事なまでに仕上げられたこれらの料理は、ただの一点も手抜きが見当たらなかった。
驚くべきは、それら全てを一人の料理人が調理していると云う点である。
そういう意味では、客が少なくて助かったとも言える。

ξ゚听)ξ「……」

対面して座る女性が食べているのは、豊かな土壌を彷彿とさせる色合いをしたビーフシチュー。
シチューの水面に浮かぶ濃いオレンジは、親指ほどの大きさに切られたニンジンの色だ。
半ば隠れるようにして浮かぶのは、溶け掛けた玉葱。
一際目を惹く大きめの具は、シチューの味と色が染みたジャガイモである。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:07:59.26 ID:IMM0CFd60
素材の旨味が芯まで染み込んだ牛肉は、すでに全て食べ終えてしまった後だ。
噛んだ途端に口中に得も言われぬ味が溢れ出した時は、思わず声を失ってしまった程である。
傍の籠に入っているスライスされたバゲットは、注文を受けてから焼き上げたのだろう、焼き立てのいい香りがした。
未だ残るほのかな甘い匂いは、その残り香だ。

軽くトーストされたバゲットは小さく千切ってシチューに浸し、シチューが滴り落ちないように食べる。
そのまま食べても十分美味いバゲットだが、やはり何かに浸けて食すのが好ましい。

( ^ω^)「……」

ステーキを食す男、内藤・ブーン・ホライゾンが付け合わせのコーンにフォークを伸ばした時。
目の前に座る釣り目の女、クールノー・ツンデレは口元に付いたシチューをナプキンで拭い取り。
その後ろに座る一人の男が深紅の液体の入ったグラスを傾け。
演奏されていた音楽が丁度、寂しげな曲調へと変わった。

ξ゚听)ξ「……ほんと、いい店ね」

音楽に耳を傾けつつも、冷めない内にシチューを静かに啜る。
つい最近、このシチューをどこかで食べた気がしたが、思い出せない。
後少しで思い出せそうなのだが。
大人しく思い出す事を諦め、ツンはこの時間を満喫する事にした。

うっとりとする様な雰囲気は、この都ではなかなか味わえない貴重な物だ。
日頃殺伐とした世界で生きていることもあって、美味い料理を落ち着いて食す機会はそこまで多くない。
この時間を得られるのであれば、高い金を出しても損は無いとツンは感じていた。
今度は、父親と母親と共に訪れよう。

その日は久しぶりに、とても静かで気分のいい夜だった。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:11:21.58 ID:IMM0CFd60





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('A`)と歯車の都のようです
   第三部【終焉編】
    -Episode02-

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12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:15:08.09 ID:IMM0CFd60
そもそもの発端は、ツンからの提案だった。
この場合は提案と云うよりかは、誘いと言い換えた方が適切だろう。

ξ゚听)ξ「……シチュー」

( ^ω^)「はい?」

ξ゚听)ξ「美味しいビーフシチューが食べたいわね」

( ^ω^)「……どうぞお好きに」

ξ゚听)ξ「どこか、いい店を知らないかしら?」

ここ最近、ツンはブーンを引き連れて食事に出る機会が多くなっていた。
どこかに出かける際、二人は必ず荷物を持つ事にしている。
徒歩数分の場所にあるコンビニに行く時でも、それは変わらない。
ブーンは銀のジュラルミンケースを二つ、ツンは木で作られたヴァイオリンケースを一つ。

流石に動きやすい夜戦服を着て出歩くわけにはいかず、着馴れたスーツを着て出かけた。
常に神経を尖らせる日々が続けば、気の休まる時が少しでも欲しいと感じてしまう。
一体いつ、作戦が始まるのか。
それを知るのは、作戦の全てを握るツンの母親だけだ。

( ^ω^)「一応、知ってると言えば知ってるけど……」

ξ゚听)ξ「何よ?」

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:19:05.29 ID:IMM0CFd60
ブーンは何か言うのを躊躇っているようで、必死に言葉を選んでいるのが露骨に分かった。
態度に出過ぎである。
もう少し出し惜しみと云うものを知っていても損はないのではないか、ともツンは常々密かに思っていた。
が、それがこの男のいい所と云えばそうなる。

良くも悪くも、不器用なのだ。

( ^ω^)「また、一緒に行っても……?」

ξ゚听)ξ「……あのね、一体何回あんたと食事しに行ってると思ってるの?」

呆れる様な溜息と共に、ツンは腰に手を当ててブーンを睨む。

( ^ω^)「えっと……
      12、3回ぐらい?」

ξ゚听)ξ「18回よ」

言ってから気付いたが、もうそんなに食事を共にしていたのだ。
あまり実感がなかっただけに、ツンは内心で少し驚いた。

ξ゚听)ξ「それに、今さらじゃない。
      あんたと飯を食べたのが19回になろうが100回になろうが、もう関係ないわよ。
      いちいち断る必要はないわ、それぐらい分かりなさいよ」

ブーンと食事をするのは嫌ではないし、むしろ好ましい時間に感じる。
しかし、それだけが理由と云う訳ではない。
行動を共にする事によって、互いの呼吸や動き、考えを自然に知る事が狙いだ。
何よりも肝心なのは、常に二人でいると云うことだ。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:23:09.67 ID:IMM0CFd60
いついかなる時でも二人でいれば、歯車王暗殺の通達がされても素早く対処できる。
観測手の知識は秀でているとは言い難いが、護衛の能力に関して言えば都随一だとツンはブーンを認めていた。
その能力を認め、ツンはブーンと作戦を協力して遂行する事にしていた。
最も、歯車王暗殺が実行に移される際、観測手を使った行動は予定していない。

狙撃をするにしても、歯車王が居る位置と行動を正確に把握していない事にはどうしようもないからだ。
予定としては、一時間前の連絡を受けてから歯車城を目指して静かに移動を開始。
大通りの中心にある歯車城には、人通りの少ない入り口と云うものが存在しない。
どこからどう目指しても、必ず人目に付くよう設計されている。

侵入者は大通りを渡り、古めかしい作りをした歯車城の門を潜らねばならない。
門は東西南北の四方向に設置され、その高さは十メートルにも及ぶ。
特殊合金製の門は既に酸化が激しく、元の色を完全に失っている。
厚さは資料がない為、正確な値は分からないが以前ノックをした所、30センチは下らない事が判明した。

固く閉ざされた門の上には、自動追尾機能を備えた監視カメラが互いの死角をカバーできるよう配置されていた。
一番の問題点はそれだった。
自動追尾機能を持つ監視カメラの最大の特徴は、"動く物"を認識して、それに合わせてカメラが自動で移動すると云う点だ。
複数の動体を感知した場合は自動的に追尾を止め、より広い視野の映像を撮影するように切り変わる。

拡大等の機能に加えて解像度も高く、悪天候の中でも鮮明な映像を記録する事が出来る。
ただでさえ死角が少ないのに、その数少ない死角を高性能なカメラで補われていては、その眼を欺くのは困難を通り越して不可能だ。
見つからずに歯車城内部に侵入するには、方法を考えなければならない。
考えた所で答えが出るかは分からないが、しないよりかはマシだった。

ξ゚听)ξ「だいたい、まだどうするか考えてないんでしょう?」

まだ、問題は残されている。

ξ゚听)ξ「考えるついでと思ってくれればいいわよ」

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:27:12.36 ID:IMM0CFd60
このまま最良の方法が考え付かなければ、残念ながら正面から"礼儀正しく"訪問する他ない。
菓子折を持って行ったとしても、門が開くとは思っていない。
インターホンを押したら応対してくれるだろうか。
ひょっとしたら、インターホンがないかもしれない。

そうだとしたら、プラスチック爆弾とブリーチングチャージで手荒なノックをするしか手はない。

( ^ω^)「じゃあ、支払と店は任せてもらおうか」

ξ゚听)ξ「美味しかったら……そうね、私が6割払ってあげるわ」

いつもの装備を整え、最後はダークスーツに身を包む。
少し肌寒い風が吹いている為、その上に上質な黒の外套を羽織る。
派手な色を嫌うツンは、いつものように黒で統一した格好に着替え直した。
ブーンもツンと同じように身なりを整え、彼女と肩を並べてクールノーファミリーの本部を後にした。

クールノーファミリーの本部からゴング・オブ・グローリーまでは、決して近い距離では無い。
おおよそ、徒歩で一時間近く掛かってしまう。
いつになくひっそりと静まり返った道を、無言のまま二人で進む。
その道程も、存外悪くはない。

気付けば無言のまま、様々な記憶が詰まったゴング・オブ・グローリーの前に到着していて、ふと空を見上げた。
都の住民ならこの暗闇でも分かるが、雲行きが怪しい。
分厚く黒い雲は、いつもよりその濃さを増している気がした。
この様子なら、一時間もしない内に一雨くるだろう。

( ^ω^)「ここの上に……って、何か問題でも?」

ξ゚听)ξ「いえ、何でもないわ。
      気にしないで」

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:31:07.82 ID:IMM0CFd60
斯くして、二人は"ファミリエ"へとやって来たのだ。
外套は預けたが、持ってきた荷物は足元に置いた。
この荷物は、いかなる時でも傍に置いておかなければ意味を成さない。
そして、今に至る。

「これを、どうぞ」

注文した食事が終わり、エスプレッソを飲んで一息ついていると、この店唯一の料理人がデザートを持ってやって来た。
これから頼もうとしていた矢先の出来事である。
優しげな表情をした垂れ眉の料理人は、どことなく雰囲気がシャキンに似ていた。

ξ゚听)ξ「まだ頼んでいないのだけれど?」

「いや、このデザートはサービスだから気にしないでいいよ」

綺麗にカットされた小さなカクテルグラスの上に、ピンポン玉程度の大きさのアイスクリームが乗っている。
薄い緑のアイスの表面には、濃い茶色の点がいくつも付いている。
横にそっと添えられているフレッシュのミントが、丁度いい彩のアクセントになっていた。
所謂、チョコミントアイスだ。

「君達の口に合えばいいんだけどね……」

そう言ったコックの気恥ずかしそうな表情を見て、ツンはようやく思い出した。
この店の味は、でぃと歯車祭で食べたビーフシチューのそれと同じだ。
料理の感想を告げた際に会った、あの垂れ眉の料理人に相違ない。
特徴的な眉毛が、記憶を開く鍵だった。

「このアイスは、僕の自信作なんだ。
だから、是非とも君達に食べてもらいたい」

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:35:19.07 ID:IMM0CFd60
妙に親しみのこもった喋り方に、ツンは何かが引っ掛かった。
記憶の奥底にある何かが、少しだけ釣られて動く。
悪い意味ではない。
デジャブ、なのだろうか。

どうしても思い出せそうになかった。

ξ゚听)ξ「後ろの人の分はいいのかしら?」

「ははは、いいんだよ。
これは、僕から君達へのプレゼントと思ってくれればいい」

ξ゚听)ξ「どうして私たちなの?」

料理人の男は、ツンとブーンの前に皿を置いてから、少し考える仕草を見せた。
垂れていた眉毛が、少しだけ上がる。
気に障る事を言ったつもりはなかったが、余計なことだったか。
ツンがそう思いかけた時、男は静かに口を開いた。

「難しい質問だね。
でも、まぁいいか。
僕はね、君達がとても気に入っているんだ。
変な意味じゃないから安心してほしい。

君達が満足してくれれば、僕も満足する。
それだけさ」

嘘や冗談ではなさそうだ。
ますます、この料理人の思考と目的が理解出来ない。
が、好意はありがたく受け取っておいても損はないし、何より断る理由がない」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:39:16.23 ID:IMM0CFd60
ξ゚听)ξ「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

( ^ω^)「……」

目の前に置かれたアイスを見つめたまま、ブーンは無言になっていた。

ξ゚听)ξ「何?
      あんた、チョコミントアイスが食べられないの?」

( ^ω^)「いや、何でも無い……」

そう言って、ブーンはスプーンでアイスを削り取って食べ始めた。
ツンもそれに続いて食べ始める。
爽やかなミントの香りが口中に広がって、それが鼻腔から突き抜ける。
チョコの甘みと苦みが程良く効いており、文句無しに美味い。

手軽に食べられる大きさの為、量は少し物足りないぐらいに感じる。
しかし、これをもう一つ食べようとは思わない。
客側にとって、これは嬉しい量だ。

ξ゚听)ξ「あと、もう一杯ずつ珈琲を貰えるかしら?」

「少し、待っていてくれ」

料理人は、跫音一つ立てずに奥にある厨房に消えて行った。
その姿が消えたのを見計らって、ツンは声を顰めて言った。

ξ゚听)ξ「何があったの?」

辺りを見渡し、ブーンはツンに顔を近づけ、口を開いて―――

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:43:10.30 ID:IMM0CFd60
「お待たせしたね、はい、珈琲」

―――丁度、料理人の男が珈琲をトレイに乗せて戻ってきた。
二人が飲み終えたエスプレッソのカップと、珈琲の入ったカップを入れ替えるようにして置く。

ξ゚听)ξ「……どうも」

間の悪い時に戻ってきてしまった。
まるで狙ったかのような出現に、ツンは小さな疑念を抱いた。
少し、考え過ぎだろうか。
ここ最近、神経の休まる一時と云えば、こうしてブーンと食事をする時ぐらいしかない。

疲労の蓄積は思考力と判断力を鈍らせる。
近々、何かの形でこれを発散したいものだが、歯車王を殺すまではどうやらそれはお預けのようだ。
ブーンは言うのを諦めたらしく、首を小さく振って何でも無いと伝えた。
代わりに、黒塗りの携帯電話を机の上に置いた。

頑丈さが取り柄のそれは、つい最近ミルナの命を救ったとして噂が広まり、爆発的に売れ行きが伸びた機種だ。
備えあれば憂いなし。
あのような幸運が、誰の身にも降りかかるとは到底思えないが、確かに持っていないよりかは心強い。
ツンの携帯電話も色違いではあるが、同じ機種を最近新調した。

何故、ブーンが机の上にそれを置いたのか。
その理由を知ったのは、珈琲を飲み干してから三十分が経過してからのことだ。

( ^ω^)「……!」

ξ゚听)ξ「……!」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:47:06.49 ID:IMM0CFd60
机の上に置かれたブーンの携帯電話の着信を告げるランプが、ゆっくりと点灯し始めた。
サイレントマナーモードに設定してあるのか、振動はない。
赤系の色が代わる代わる灯り、フェードアウトするようにして消えては点く。
これが何を意味するのかは、一目瞭然だ。

遂に、作戦が始まったのだ。
正確には一時間後だが、もう始まっていると考えていい。
移動の間も、この一時間全てが作戦の内の一つなのである。
釣銭を受け取る手間を惜しんで、ツンは机の上に十枚近くの高級紙幣を置き、脇に置いていたヴァイオリンケースを手に席を立った。

ブーンも両手にジュラルミンケースを持って立ち上がるが、周囲をしきりに見回している。
緊張するなとは言わないが、この時点から緊張していては身が持たないだろう。

ξ゚听)ξ「ごちそうさま、美味しかったわ。
      料金はそこに置いたけど、お釣りはチップとして受け取っておいてちょうだい」

出口近くに置いてある木製のコートスタンドに掛けた自分達の上着を取ろうと、ツン達がそちらに体を向けた。
その時、料理人が二人の前にゆっくりと立ち塞がった。

ξ゚听)ξ「……料金が足りなかったのかしら?」

ただならぬ気配に、ツンは気付かれぬよう、さり気無く身構える。
懐にしまった財布の横には、フォーブスホルスターが吊り下げられている。
そこにしまったスチェッキン"砂の楯"の銃把に、自然な仕草で手を伸ばす。
細い指が銃把を握り、いつでも抜き放てる状態になった。

必要とあれば、紙幣の代わりに鉛弾で料金を精算する羽目になってしまう。
他の客は、未だにワインを飲む男が一人だけ。
目撃されても問題はないが、可能な限りこの料理人を殺したくはない。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:51:13.35 ID:IMM0CFd60
「いや、料金は十分過ぎるぐらいだよ。
僕がこうしているのは簡単な話さ。
君達と同じ、ただの"仕事"だよ」

ξ゚听)ξ「……なんで、私達の"仕事"が分かるの?」

こちらは電話に出ていないし、仕事の話は一切していない。
即座に浮かんだ可能性を否定せず、ツンはそれを受け入れる。
答えは、それしか考えられない。

「そうだよ、君の考えた通りだ。
まずは、自己紹介からしようか」

つまり、この料理人は―――

(´・ω・`)「僕の名前はショボン、親しみを込めて"ショボンおじさん"と呼んでくれると嬉しいね。
      歯車王様の……そうだね、家族さ。
      悪いけど、このまま君達を歯車王様の所には行かせるわけにはいかないんだ」

―――歯車王の関係者。

男が自己紹介を終える直前、ツンは安全装置を解除したスチェッキンを電撃的な速さで抜き放っていた。
銃爪に指が掛かり、いつでもショボンと名乗った男の眉間を穿てる。
では何故、それをしなかったのか。
理由は二つあった。

一つは、それまで演奏されていた音楽が突如として止んだ事。
状況の突然の変化に、銃爪を引くのが遅れたのはコンマ数秒。
そしてもう一つの要因が、銃爪を引き絞らせなかった。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:55:11.24 ID:IMM0CFd60
「大人しく、そうしていてもらえると助かるんです」

「まぁ、こうなる事は分かってました」

その声が聞こえるのと同時に、二つの気配がブーンとツンを挟むように現れたからだ。

( ^ω^)「やっぱり、あんたらが相手か……」

現れた二人は顔見知りなのか、ブーンは相手の顔を見ようともせず、ネクタイを緩めつつ真っ直ぐにショボンの眼を見ている。
冷静に考えてみれば、歯車王がブーンを助けたのだから、その際にこの面子と面識があっても何ら不思議ではない。
歯車王の私兵が、三人。

( <●><●>)「おや、流石はブーンさんですね。
        やはり分かっていましたか。
        せっかくの機会なので、自己紹介をしておきましょう。
        私の名前はワカッテマス・ビロード。

        まぁ、どうせ二度と使わない名ですから、覚えていただかなくても結構です」

( ><)「じゃあ僕も自己紹介するんです!
     僕の名前はワカンナイデス・ビロード。
     ショボンさんとワカッテマス君と同じで、歯車王様の家族です!」

現れたのは、店内で演奏していた二人の男。
どこからか取り出した大振りの戦斧をその手に持ち、黒い外套を隙なく着込む姿に、ツンは見覚えがある。
違いは、仮面をしているか否か。
ラウンジタワーでツン達を襲ったかと思うと、大通りで起きた騒動ではフォックスの私兵を殺していた連中にそっくりだ。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 20:59:03.44 ID:IMM0CFd60
ショボンは武器らしき物を持っていない。
正面に注意を払いつつ、左右にいる二人の動きを特に警戒する。
ヴァイオリンケースを握る手に汗が滲んだ。
彼等は間違いなく、手強い。

しかし、三人相手ならまだ―――

「おおっと、俺を忘れないでくれよ。
せっかくだ、俺も混ぜてくれ」

後ろから、全く予想外の声が上がった。
それまでワインを飲んでいた男が、ふらりと立ち上がる。
聞き覚えのある若い男の声に、ツンは咄嗟に振り向く。
それを見て、一瞬だけ集中が乱れるも、すぐさま立てなおした。

ξ゚听)ξ「……あんた、生きてたの。
      てっきりハンバーグの具になったのかと思ってたわ」

ショボンに向けていた銃口を、そちらに向けた。
青色の瞳には怯えの色が微塵も浮かんでおらず、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
微かな違和感を覚えながらも、ツンはそれを表に出さなかった。

( ´_ゝ`)「おいおい、久しぶりの挨拶がそれかよ。
      まぁいい。
      よぉ、お二人さん。
      相変わらず、お仲がよろしいことで」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:02:05.30 ID:IMM0CFd60
そこにいたのは、死んだと思われていた流石・兄者だった。
ツン達の援護に入る気配はまるでなく、ツン達の背後に立塞がったままだ。
微かな殺意を感じ取り、戦力の数に修正が入る。
これで、相手は四人になった。

( ´_ゝ`)「流石に四人相手は厳しいんじゃないか?
      なぁに、大人しくしてくれていればこれといって面倒な事は言わないさ。
      どうだ、皆で友好を深める為に、下の階でツイスター・ゲームでも買ってきて、一緒にやらないか?
      ラブジェンガでも構わんが、俺はあれがどうにも苦手でなぁ」

ξ゚听)ξ「はっ、冗談きついわね。
      あんたらに負けるほど、まだ私―――」

言いかけて、ツンはニヤリと口元を一瞬だけ笑みの形に浮かべた。

ξ゚听)ξ「―――いえ、"私達"は落ちぶれちゃいないわよ」

( ^ω^)「全くだ」

呆れるようにそう言った二人は背中を合わせ、ゆっくりと回転しながらその場を移動する。
こうしていれば、不意打ちを受けたとしてもツンが撃ち落としてくれるからだ。
左右を固めていた男達から離れるにつれて、徐々に離して相手を正面の視界に収める。
やがて、壁を背にして、四人を正面に捉えた所で二人は完全に彼等と向き合う形になった。

( ^ω^)「それじゃあ」

両手に持っていたジュラルミンケースの把手を、ブーンは一定の間隔で強く握り込む。
すると、把手を残して外装が音を立てて外れた。
現れたのは、マガジンクリップで固定された拡張マガジンが取り付けられたMP5K。
ケースに収納しても取り出しやすいよう、上部にはケースの把手に模して造られたマウントベースが装着されている。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:06:07.91 ID:IMM0CFd60
軽くそれを放り上げ、素早く銃把を掴む。
そして両手の銃口を、戦斧を持つ男二人に向けた。

ξ゚听)ξ「多少予定が早まったけど」

手にしていたヴァイオリンケースの下部を、軽く蹴り飛ばす。
木製のケースが、ツンの方に向けてゆっくりと開く。
ブーンが相手を見ている間に、ツンはケースの中から一挺の銃と弾倉を幾つか取り出した。
取り出した銃は、四倍固定倍率のACOGスコープが装着された、ヴィントレス。

弾倉を服とズボンのポケットにしまい、腰だめにヴィントレスを右手で構え、左手にスチェッキンを構えた。
狙うのは、ショボンと兄者。

(´・ω・`)「用意はいいかな?」

( ´_ゝ`)「ここから先は待ったなしだ。
      よろしいか?」

ショボンは何も構えない。
兄者は、懐からコルトガバメントを一挺取り出し、ツンに向けた。

( <●><●>)「この先どうなるかは、もう決まっているのです。
        ですので、どうか予定は狂わせないようお願いしますよ」

( ><)「でも、やれることはやるんです!
      それが、僕たちの仕事なんです!」

瓜二つの二人が、同じタイミング、同じ動作で戦斧を構えた。
戦斧の鋭利な切っ先が風を斬り、胸の悪くなる音を上げる。
興味深げな二人の視線は、ブーンに注がれていた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:10:11.85 ID:IMM0CFd60



( ^ω^)「……始めようか」


ξ゚听)ξ「……始めましょう」




四人の敵を前にしても臆することなく、二人は悠然と向き合っている。
その姿に、二人の両親の面影が重なって見えた。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:13:03.94 ID:IMM0CFd60





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('A`)と歯車の都のようです
第三部【終焉編】-Episode02-
    『Two as One』

Episode02イメージ曲
『Mars, the Bringer of War』
ttp://www.youtube.com/watch?v=luy4dL6SyhQ&feature=related
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58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:16:18.68 ID:IMM0CFd60
火蓋を切ったのは、二挺のMP5Kが奏でる盛大な銃声だった。
運よくこの銃撃で敵対する者達を仕留められれば、とは微塵も思っていない。
これはあくまでも、相手を分断する為の銃撃だ。

( ^ω^)「そっちは任せた」

ξ゚听)ξ「任せなさい」

不意打ちとも言えるブーンの銃撃を受けながらも、戦斧を持つ二人の見せた行動は素早かった。
銃弾を戦斧で弾き、斬り払い、そして防ぎながらこの店から外に出る。
それを追って、ブーンも爆ぜるような勢いで店から出て行く。
残された三人は、あっという間に遠ざかって行く跫音に耳を済ませていた。

跫音が消えた頃合いを見計らってか、ショボンが口を開いた。

(´・ω・`)「……ありゃりゃ。
      さて、と、早速だけど、これは困ったな。
      ブーンも中々考えたね。
      上手く分断されてしまったよ、あっはっは」

さほど困った様には聞こえない口調で、ショボンは頬を掻きつつ苦笑いを浮かべる。
兄者は怪訝そうな顔つきになり、銃口と視線はそのままにショボンに尋ねた。

( ´_ゝ`)「どうした?
      何か問題でもあるのか?」

(´・ω・`)「悪いんだけど、僕と今のツンでは勝負にすらならないんだ」

( ´_ゝ`)「ほほぅ。
      珍しく、随分と強気じゃないか」

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:20:03.53 ID:IMM0CFd60
茶化す様にして、兄者が口笛を吹く。
兄者が何を思ってそう言ったのかは、残念ながら分からなかった。
が、次にショボンの口から出て来た言葉がそれを完全に裏切ったのだけは分かる。

(´・ω・`)「違うよ、逆だよ、逆。
     このまま僕とツンがぶつかれば、間違いなく僕が殺られるんだ。
     彼女なら、眼を瞑ってもできるだろうね。
     僕にできるのは、精々フライパンでテニスの真似事をするぐらいさ」

( ´_ゝ`)「……なんだって?
      お前の"あれ"を使えばあっという間だろ」

(´・ω・`)「いや、普通はそうなんだろうけどね。
      "あれ"は串カツと同じで、二度漬けは出来ないんだ。
      しかも、彼女の場合はちょっと特殊でね。
      唯一の例外だ。

      あぁ、安心してくれ。
      だからといって、何もしない訳じゃない。
      こう見えて、ピンポンと野球は好きなんだ。
      ちょっと待っててくれ、今、フライパンを取って来る」

ツンが居るのも忘れて、兄者が遂にショボンの顔を見た。
本気でフライパンを取りに行こうしたのか、ショボンは身を厨房に向かって翻した。
その肩を兄者は掴み、強引に顔を向けさせる。
兄者の顔に浮かぶ表情は、演技とは思えないほどに必死の形相だった。

(;´_ゝ`)「ちょっと待て、じゃあなんでここにいるんだよ!」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:24:11.36 ID:IMM0CFd60
指で地面を指して怒鳴る兄者。
一方、ショボンは落ち着き払った態度で答えた。

(´・ω・`)「僕なりに考えがあったんだけどさ。
      如何せん、ブーンにしてやられてしまったからね、パーだ。
      大丈夫。
      フライパンは中華包丁と同じぐらい優秀な道具だ。

      何だったら、中華鍋にでもしようか?
      でも一応、様式美って言うのがあるからさ。
      ほら、僕、今こんな格好してるだろ?
      西洋料理人の格好をして中華鍋を持つと、僕の美意識に反するんだ」

( ´_ゝ`)「分かった、オーケー、よく分かった。
      ……そう言うわけで、悪いな。
      どうやら、俺が手を抜く暇はないらしい」

ξ゚听)ξ「……」

呆れて言葉が出てこないとは、正にこの事。
二人が相手だと思ったら、一人になってしまった。
否、少し違う。
1人半が相手か。

兄者は手を抜く云々と言っているが、このインテリ風の優男が本気でツンと殺り合うつもりなのだろうか。
冗談にしか聞こえなかった。

( ´_ゝ`)「おおかた、お前はこう思ってるんだろう。
      こんなインテリ野郎が何を言っているんだ、ってな。
      それが大きな誤解だと、その身に教えてやるよ」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:28:04.31 ID:IMM0CFd60
―――そう言い終えた直後。
兄者の手にあったコルトが、ツンに向けられた。
疾い。
疾いがしかし。

ツンがスチェッキン銃爪を引く方が、一拍疾かった。
予め構えていた差が、勝負の明暗を分けたのだ。
心臓の辺りに銃弾をまともに受けた兄者の体が、後方に吹き飛ぶ。
硝煙の上がるスチェッキンの銃口を、ゆっくりと下げた。

ξ゚听)ξ「口ほどにもないわね」

( ´_ゝ`)「……そうでもないさ」

倒れていた兄者から、声が上がり、次いで銃声も上がった。
その銃声はスチェッキンのでは無く、兄者の持つコルトのそれだ。
辛くも銃弾はツンの肩を掠めただけで済んだが、受けた精神的な衝撃は大きい。

( ´_ゝ`)「……あの根暗女、結構いい物作るな。
      さて、最初に会った時に見たのが俺の実力だと思ったら、大間違いだ。
      兄って言うのは、いつでもどこでも気軽に本気を見せたらいけない生き物なんでな。
      第一、あの時は本気を出す必要がなかった」

胸を押さえながら起き上った兄者は、スーツに空いた穴を見て溜息を吐いた。
目線をツンに移し、その銃口が少し遅れてツンに向けられる。
ハッとしたのも束の間、鍛え上げられたツンの肉体は無意識の内に即応し、傍にあった机の影に銃声より先んじて飛び込んでいた。
間一髪のところで弾を避ける事に成功し、目標を失った弾丸はそれまでツンが居た空間を空しく撃ち抜いた。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:32:04.88 ID:IMM0CFd60
続け様に兄者はもう数発、ツンが楯にした机に向かって撃ちこむ。
木製の机が破片を撒き散らして砕け、銃弾が机を貫通してくる。
45口径の威力の前には、木の机など大した意味がない。
駆けるようにして立ち上がり、別の物影を探して走った。

それを追って、コルトの銃弾が次々と足元の地面を抉って行く。

( ´_ゝ`)「どうした、逃げてないでさっさと……」

言われるまでも無く、ツンは手近な机を派手に倒し、それを新たな楯にした、スチェッキンだけを上から出して撃ちまくった。
フルオートで射撃出来る利点を生かし、余計な口を叩く暇を与えない。
撃ち尽くし、弾倉を抜かずにスチェッキンを地面に置く。
代わりに、ヴィントレスを構えて机の上から少しだけ身を出した。

ACOGを覗き込むが、視界に兄者とショボンは映っていない。
気付かない間に幾つか机が倒されていて、どこに隠れたかの判別が出来ない。
恐らく、銃声のせいで倒した音が聞こえなかったのだろう。
スコープから目を離し、広い視界を確保して怪しげな場所を適当に狙って撃つ。

減音器に抑えられた銃声が一つ鳴り、机を砕いた。
反応は無い。
一つ隣の倒された机の影から、コルトだけがこちらに向けられるのを見咎めた。
素早く銃口を横にずらし、レティクルにそれを捉える。

距離を考えて狙いを定め終わるまでに一発撃たれたが、髪を数本と机の一端を掠めただけで当たるに至らない。
逆に、一発コルトに向けてお見舞いしてやる。
しかし、兄者は如何なる手段で察知したのか、こちらが銃爪を引くのとほとんど同時に腕を引っ込めてしまった。
銃弾は壁を抉り、高そうな壁紙に一際目立つ斑模様を付けた。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:36:03.46 ID:IMM0CFd60
( ´_ゝ`)「お前は頭がいいが、それが弱点だな。
      悪いがこのまましばらく付き合ってもらうぞ」

ξ゚听)ξ「御断りよ」

兄者が隠れていると思わしき机の、やや半ばを狙う。
貫通して上手くいけば、上半身のどこかに当てられるからだ。
声を頼りに、大雑把な調整をする。
銃爪を引き絞り、撃つ。

( ´_ゝ`)「おおっと、危ない」

机を大きく砕いたが、予想に反して血飛沫も悲鳴も上がらなかった。
ひょうひょうとした声を上げ、少しも驚いた風には聞こえない。
運が良かったのか、それとも避けたのかは定かではない。
まさか、あの兄者がここまでやれるとは。

ξ゚听)ξ「……何で、あんた生きてるのよ」

まずはそれだった。
歯車王暗殺に失敗した後、兄者は肉片で発見された筈だ。
先程銃弾を受けて起き上がったのを見るに、機械化を施されているのか。
その割には、現実離れした強さを感じられない。

機械化の影響に個人差はあれども、対象者に異常なまでの能力を付加する。
例えば、疾さや力がそうだ。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:40:05.93 ID:IMM0CFd60
( ´_ゝ`)「ん? あぁ、そうか。
      お前は知らないんだったな。
      どうする、ショボン。
      教えても構わないか?」

(´・ω・`)「まぁ、今さらだしね。
      僕としては君が来てくれて助かったからね、そのぐらいは大目に見るよ。
      ところで僕はいつ、フライパンを取ってくればいいのかな?
      把手の取れるいいのをこの前買ったんだが、あれはいい。

      ティフ―――」

横にいるのか、兄者声がしたすぐ近くからショボンの声がした。
が、兄者はショボンの質問には反応せずツンのそれに答えた。

( ´_ゝ`)「あれはあ、俺の肉じゃない。
      俺は、"最初から"歯車王の味方だったからな。
      あの後、DNA情報をいじるなんて朝飯前だ」

この都におけるDNA情報の管理は、歯車王が一手に担っている。
その情報はデータベース登録され、犯罪抑止や身分証明の為に使われる。
そこで、繋がった。
ブーンも同じ方法で死を偽装されていたのだとしたら、辻褄が合う。

ナイチンゲールの出したDNA鑑定の結果を偽れたのは、こう言う訳だ。
だが、理由が分からない。
偽装して、一体何の役に立つ。
何の利点があるのか、予測も出来なかった。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:44:05.49 ID:IMM0CFd60
( ´_ゝ`)「さて、種明かしはここまでだ。
      今はまだ、歯車王を殺させるわけにはいかない。
      別に殺す必要はないんだが、こっちにもこっちの事情ってもんがあるんだ。
      時間はたっぷりと稼がせてもらう」

撃たれる前に撃つが、弾が当たった感触がない。
声は確かに机の裏から聞こえ、コルトもその上から出て来た。
これだけ撃っているのに兄者に弾が当たらないのは、如何なる訳か。
フルオートで撃てば、まだ当たるかもしれない、と一瞬だけ浮かんだ考えを即座に否定する。

自らの狙撃の腕を信じているからこそ、この事態が有り得ないと感じたからだ。
無駄な弾を撃つのは控え、ツンは机の裏に身を潜めて考える事にした。
考えている間にも、コルトの弾丸が数拍の間を置いて連続で放たれる。
机を砕き、高級そうな絨毯の敷かれた地面に穴が開く。

手を伸ばせば届きそうな距離に出来た穴を凝視しつつ、ツンは相手の実力を冷静に分析する事にした。
射撃の腕は標準的だが、それ以上でもそれ以下でもない。
何が脅威なのか。
それは、相手の頭脳だ。

火薬と磁力を用いるハイブリット式のレールガンを作り上げただけあり、兄者の頭脳は一級。
悔しいが、ツンよりも知能は上である。
ひょっとしなくても、技術面の知能であればデレデレよりも上かもしれない。
今相手にしているのは、そんな奴だ。

こうしている間にも、兄者の目的が着実に達成されている。
時間稼ぎが目的ならば、相手はその為の準備は万端に違いない。
兄者程の頭脳の持ち主がツンのような手練を相手に時間を稼ぐとなったら、腕っ節以外の方法を取るだろう。
頭がいいのだから、わざわざリスクの大きな方を選ぶ筈がないからだ。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:48:12.17 ID:IMM0CFd60
補う方法があるとしたら、それは道具だ。
幸いにもここは、世界でも最高峰の技術が溢れる都。
自ずと、答えが出て来た。

ξ゚听)ξ「……はっ、古典的な手を」

聞こえないようにそう呟き、ツンは床に置いていたスチェッキンの弾倉を交換した。
普段から装備を用意することを心掛けていて助かった。
コートスタンドに掛けている外套には、予備弾倉が幾つか残されている。
ここからコートスタンドまでは15メートル程距離が離れている為、弾の補給は無くなる直前でいいだろう。

兄者に弾が当たらない、その理由が分かった。
あそこには、そもそも兄者はいないのだ。
居ない人間に弾を当てるのは誰でも不可能。
先程から兄者があの場所にいると考えていた、その判断材料は声だけだった。

兄者の姿を直接見た訳でも、そこに隠れた瞬間を見てもいない。
では、どのようにして撃ち返してきたのか。
それは実に簡単だった。
机の裏に、兄者以外のもうが一人いるからである。

役立たずと思われたショボンがいるのだ。
兄者が用意したのはおそらく、音声をノイズなし、ラグなしで伝達する装置。
当の本人はどこかに移動しているか、すでに安全な場所に隠れているだろう。
ツンはまんまと、偽の餌を追わされていたと云う事になる。

(´・ω・`)「おや、もう気付いたかい?
      流石、あの人の娘だね」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:52:08.12 ID:IMM0CFd60
微妙な間から、正解に辿り着いたのが分かったのか、ショボンが感嘆の声を上げる。
どうにも、この男の考えている事は分からない。
言っている事がいちいち意味ありげで、決して気楽に無視できない。

(´・ω・`)「やっぱり僕には銃は向かない。
      フライパンか包丁が一番だよ。
      食材は徹甲弾なんか撃ってこないし。
      ……っと、危ない」

では、兄者はどこにいるのか。
広い店内を見渡すには、身を乗り出さなくてはならない。
身を隠す事の出来る場所は多くあり、当てずっぽうでどこか一箇所に絞るのは至難の業だ。
考える。

兄者とショボンは別々の場所にいて、ショボンの場所はツンの正面で倒した机を楯にしている。
そうなると、そこに一つの小さな矛盾がある事に気がつく。
何故先程、ツンの銃撃を予期してコルトを引っ込められたのか。
場馴れした者が持つ、直感であろうか。

否、それが間に合わない程の疾さと正確さでこちらは動いた筈だ。
互いに机の裏に隠れているのに、相手の動きがそこまで正確に予期できるわけがない。
事前に誰かが教えていれば話は別だが、いくらなんでも限度がある。
見えない相手の動きが、どうして分かったのか。

答えは、ツンが考えているよりも単純なのではないだろうか。
一見して複雑そうな事も、距離を置いて冷静に観察してみると意外と単純な事がある。
ショボンはツンの攻撃を察知したのではなく、誰かに教えてもらっていたのだとしたら。
それを教えた張本人が兄者であるならば、その居場所は限られてくる。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 21:56:16.49 ID:IMM0CFd60
ツンの姿が見え、姿が隠せる場所にいる。
立たなくとも机に隠れたツンの姿を確認できるのは、ツンの横。
正面では目立つし、背後はそこに動くだけの時間が無かったから除外する。
横に目を走らせ、何か変わった場所がないかを探した。

多くの机が綺麗に立っている中、これといっておかしな場所は無い。
見当が外れたか。
他に可能性は―――

( ´_ゝ`)「なかなかいい所まで当てられたが、おしいな。
      もう一歩足りなかった」

―――あった。
陽炎の様な物が視界の先に生まれ、そこから兄者の姿が露わになる。
それを目撃したツンは大きく目を見開き、舌打ちした。
光学不可視化迷彩。

事前に道具が用意されているなら、このような物も持っていて何ら不思議ではない。
コルトの銃口がツンの心臓に向けられ、兄者は短く言った。

( ´_ゝ`)「じゃあな」



無慈悲な銃弾が、ツンの胸に撃ち込まれた。



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91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:00:21.57 ID:IMM0CFd60
店から出た二人を追って、ブーンは廊下を駆けていた。
赤く柔らかい絨毯の上を走っても、それほど大きな跫音は響いていない。
が、悲鳴は耳を塞ぎたくなるぐらいにそこらから響いていた。
銃声を聞きつけ、何事かと集まっていた野次馬達が身勝手にもパニックを起こし始めている。

大振りの戦斧を持つ男二人が駆け、銃を持つ男が必死の形相でそれを追い掛けているのだ。
銃を見慣れている住民でも、本物が目の前で使われようとすれば流石に叫ばずにはいられない。
蜂の巣を突付いたように騒ぎ、慌てふためいて逃げ惑う客達を掻分け、ブーンはその間を縫う様に駆ける。
逆方向に進んで来る客は速度を殺し、横合いから飛び出してくる客はブーンの進行を阻害していた。

それが余計な体力を使うことになってしまい、早くも息が上がってしまっている。
辛うじて、二人の姿を見失わないように走る事だけは出来ていた。
ショボンから離れようとしているのと同じように、この二人はツンとブーンを引き離そうとしている。
それはそれで助かるし、ブーンの思惑通りと言えばそうなる。

何が何でも、ブーンはショボンと対峙するわけにはいかなかった。
対峙したら、確実に負ける。
負けるだけならまだしも、自分の存在がツンにとっての障害になる可能性が高い
それを回避するには、殺されるか、こうして離れるしか他ないのだ。

(;^ω^)「くそっ!」

見かけ以上に、二人が人混みの間を駆ける速度は疾かった。
ブーンは、100メートルを11秒台で走る脚力を持っている。
格好や靴の問題を差し置いても、そう易々と置いて行かれる脚力では無い。
がしかし、距離は縮まるどころか少しずつ離れて行く一方だ。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:04:05.37 ID:IMM0CFd60
あげく、両手のMP5Kの照準を眼だけで定めようとしても、正面から迫ってくる客が邪魔で定まらない。
撃つ事も出来ままならず、ブーンは完全に置いて行かれている。
時折正気を失った客が正面からぶつかり、止まらざるを得ない状況が幾度もあった。
肩がぶつかった男の一人が、ブーンの肩を掴んで引き止めた。

男「おい、どこに目付けてるんだ!
  謝れよ!」

両手のMP5Kが眼に入っていないのか、パンチパーマの男は尚も捲くし立てようとする。
それを律儀に聞いている暇も義理も、ブーンには持ち合わせがない。

(;^ω^)「うるさい!」

短くそう怒鳴り付け、MP5Kの銃床で男の鼻面を殴打した。
男はブーンの肩から手を離して鼻を押さえ、呻きながらその場に大げさにうずくまる。
顔を正面に戻し、迫って来る邪魔な客を殴って脇に退ける。
文句を言いながら掴みかかって来た客は蹴り飛ばした。

廊下の真ん中で立ち止って泣き喚く子供を避けてから視線を前に向け、顔を顰めた。
一連の出来事のせいで距離は大きく開き、遂には姿を見失い、勘を頼りに追いかける羽目になってしまったのだ。
少しだけ顔を後ろに向け、諸悪の根源たる男を見ると、うずくまった体勢のせいで避難する者達に蹴られて転んだのか、踏み潰されていた。
―――まだ、諦めるには早い。

この状況で最も幸いだったのは、二人の目的地が屋上であると言う大まかな予想が立てられる事だ。
ビロード兄弟の最大の武器は、その卓越した連携力だ。
障害物がない方が、彼等にとって有利な場所になり得る。
それは唯一、屋上しかない。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:08:15.03 ID:IMM0CFd60
ゴング・オブ・グローリーの各階層には多くの店舗が出店しており、理想的な場所とは言い難い。
おかげで、別れ道でも迷うことなく進む事が出来た。
幅の広い階段を駆け上がり、踊り場の隅にある非常階段に通じる鍵を撃ち壊し、ドアを蹴り破る。
普段から鍵の閉められている非常階段に一般人はおらず、走る速度がいくらか上昇した。

両手のMP5Kの重さが、この先どんな不利に働くか分からない。
速度を緩めつつ片方のMP5Kから弾倉を抜いて、利き手では無い方のMP5Kをその場に投棄した。
片手で持つ方が狙いも定まるし、装填作業も早い、何より弾の節約に繋がるからだ。
マガジンクリップで止めている弾倉の中には、まだ半分以上の弾が残されている。

予備の弾倉は、残念ながら店内に残してきた外套の内ポケットの中だ。
取りに帰る暇もなく、取りに行ってしまえばせっかくこうしてショボンから離れた意味が無くなる。

(;^ω^)「男と……追いかけっこをする趣味は……
      無いんだけど……な」

休憩する事を許されなかった為、流石に息が切れて来た。
肺活量や脚力にはそれなりの自信があったが、階段を上るのは見かけ以上に辛い物がある。
独り言ちたかと思うと、予想外の出来事が起きた。

( <●><●>)「おや、脚と息が辛いのは分かってますが、もう少し頑張れませんか?
        時間が押しているんですよ」

18階に向かう階段の途中、ワカッテマスの声が上から聞こえてきたのだ。
どうやら、二人はブーンを撒くつもりで非常階段を使用していたらしい。
思わぬ出来事だったが、今さら焦る事は無かった。
どんな僥倖が巡って来たとしても、やることをやるだけだ。

(;^ω^)「お気遣いどうも。
      じゃあ、さっさと行くとこ行ってくれ……!」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:12:22.52 ID:IMM0CFd60
( ><)「じゃあ、置いてかれないようにしっかり付いて来るんです!
      そうしないと、あの人がどうなるか、分かんないんですか?」

余裕たっぷりにそう言って、二人はさっさと駆けて行った。
軽快に駆け上がる跫音が遠ざかり、残響がまるで嘲弄の様に聞こえる。

(;^ω^)「クソッタレ!!」

ゴング・オブ・グローリーの最上階まで一気に駆け上がらずとも、エレベーターを使用すると云う選択肢があった。
しかしそれを使えば、ワカッテマスとワカンナイデスの二人はブーンを無視してツンの元へと向かうだろう。
流石のツンも、四対一では分が悪すぎる。
持って数分、悪くて数十秒で決着がついてしまう。

最悪の展開を回避する為にやれることは、こうして追いかけるしかない。
焦ると呼吸が乱れてしまい、余計に苦しくなってしまう。
口と鼻の両方を使って呼吸運動をして、酸素を多く取り入れることで問題は幾らか解決した。
手摺を巧みに使い、二段飛ばしで階段を駆け上がり、大きなストライドと早いピッチで廊下を駆けた。

屋上までの道中で、ブーンは結局一発の弾丸も撃てずにいた。

( ^ω^)「……」

屋上へと通じる扉の前で、乱れた呼吸を整える。
荒い呼吸のまま戦って、勝てるような優しい相手ではない。
弾倉の中を確認してから、銃身内に一発入っている事も確認した。
戦斧で錠を破壊されていたドアノブに手を掛け、一気に開いた。

(;^ω^)「おおっ、さぶっ!」

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:16:06.27 ID:IMM0CFd60
久しぶりのゴング・オブ・グローリーの屋上は、湿った空気が流れていた。
おまけに、かなり冷蔵庫並みに冷え込んでいる。
比較的厚手の服を着ているので胴体は温かいが、晒されている手と顔は無論、裾や襟から入って来る風は氷のように冷たい。
予てから屋上に出て戦う事は想定していなかった為、歯車の技術で作られた温度調節機能を持つ高性能な衣類を身に纏っていなかった。

以前にも使った事のあるその衣類は、ナノギアの技術を応用して作られる一品だ。
ナノギアを素材にして作られる光学不可視化迷彩同様、信じられないぐらいに値が張る。
ただし、寒さ、暑さ、風、気圧など、ありとあらゆる環境条件に対応して使用者の体を最適な状態に保つ機能が備わっている。
寒ければ風を遮断して温かくなり、暑ければ風通しを良くして涼しくなり、遂には気圧が低ければ自動で加圧するモデルまで登場していた。

もっとも、以前に使用した場所は屋上も含め、例え最上階の窓ガラスが割れたとしても人の行動できる環境が保たれるよう設計されていて、ありがたみは薄かったのだが。
それを可能にしたナノギアとは本来、このように少量を薄く分散して環境を調整するのに用いられるのだ。
これがなければ、あの馬鹿げた高さの建造物は有り得ない。
歯車王が生み出した発明は、都に生きる人々の生活を支えるのに無くてはならない存在となりつつあった。

一応、水平線会もクールノーファミリーも、その素材で作られた衣類を数枚だけ所有している。
基本的に誰も使わないので、使いたければ申請するだけで事足りる。
たった一枚の衣類でこの寒さを凌げるのなら、面倒臭がらずに申請して着て来るべきだった。
これこそ後悔先に立たず、だ。

それはさておき、腰を低く落としながら、ブーンは周囲を警戒しつつ屋上を素早く移動した。
強い風が吹き荒れているせいで、跫音や息遣いは耳に届かない。
代わりに二人分の存在を感じ取り、姿を見咎めた。
二人は、屋上に設置されている脱出装置の裏から、両脇にゆっくりと身を出したところだった。

手にした戦斧―――よく見ればそれは、歪な形をしたギターだった―――を、二人は肩に乗せている。
左右一対、鏡映しの構え。
これが、この二人の基本。
そして、必殺の構え。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:20:08.09 ID:IMM0CFd60
( <●><●>)「ブーンさん、準備はいいですか?」

ワカッテマスの不気味なほどに大きな瞳が、ブーンを見据えている。
心の奥底まで見透かされている様な錯覚を覚えるが、冷たく湿った風のおかげでそれを忘れられた。
鳥肌が立った理由を誤魔化すことが出来るだけありがたい。
金属照準器しか備わっていない為、肩付けにMP5Kを構え、銃口をワカッテマスに向けた。

( ><)「僕達の準備はいつでも大丈夫なんです!」

その横にいたワカンナイデスが細い眼をこちらに向け、ニコリと笑いかけた。
無害そうに見えるが、そんな事は無い。
もし無害なら、まずは武装解除をしてから、親睦を深める為にガーデンパーティの準備をしているだろう。
その証拠に、全身の毛孔が開き冷や汗が滲み出ている。

反射的に、ワカッテマスからワカンナイデスに銃口を移した。
この二人の実力と人間性を、ブーンはよく知っている。
子供らしいと言えばそうなるが、子供は無邪気で残酷な一面を持つ。
何よりも厄介なのは、二人の連携力だ。

二人で一人と思える程の連携力は、デレデレとでぃのそれを彷彿とさせる。
越えはしないが、同等なのかもしれない。
あの領域に至るには、自分は未熟。
今は、まだ。

( ^ω^)「……」

返事の代わりに、銃爪に掛けた指に力を込めた。
連続して吐き出された弾丸は直前までワカンナイデスの体があった空間を貫き、虚空へと消えて行った。
銃爪を引くのとほぼ同時に、静かに地を蹴りつけて二人は左右に展開しつつ、加速していたのだ。
一瞬で肉薄する二人に短機関銃一挺で応じるには、時間と手が足りない。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:24:04.13 ID:IMM0CFd60
戦斧―――歪なギター―――が二方向から振り下ろされるも、ブーンは上半身を逸らして二人の斬撃を寸前の所で避けた。
薄らと頬に赤い線が浮き上がり、血の一滴が珠となって浮かび上がる。
二人は避けられた戦斧を即座に構え直し、一瞬の隙も躊躇いも無く追い打ちをかける。
頭上に振り下ろされた刃は体を横に捻り、動かした位置に振り下ろされた刃は後ろに飛び退いて、皮膚の数ミリを犠牲に避ける事に成功。

距離を取ろうと、ブーンはバックステップで一歩下がり、9mm弾をワカンナイデスに撃ち込んだ。
離れた場所にいたワカンナイデスに当たるかと思われた銃弾は、その手前にいたワカッテマスの斜めに構えられた戦斧で防がれてしまう。
後ろに下がって距離を開けつつも数発続けて撃つと、丁度弾切れになった。
マガジンクリップで止められていた弾倉を素早く取り出して新たな弾倉を挿入し、コッキングレバーを引いて薬室に初弾を送り込む。

距離を取りながら撃ったが、銃弾の悉くはワカンナイデスの戦斧に弾かれたか、ワカッテマスの戦斧によって真二つに斬り払われてしまった。
だがおかげで、どうにか安全な距離を開ける事が出来た。
50発以上の弾丸が一瞬で無駄になったが、この距離には代えられない。
戦斧の射程外ならば、どちらが有利かは明白だ。

だと云うのに、対峙するビロード兄弟は全く焦る様子を見せない。

( ><)「……うーん、なんか違う気がするんです」

( <●><●>)「そうですね。
        ……やはり、"楯"だけでは意味がないと言う事でしょう。
        ですが、仕方ありません。
        僕達はやるべき事をやるだけです」

ブーンにギリギリ聞こえる声量で、二人は互いに見合って囁く。
ワカッテマスはブーンの視線の先で戦斧を背負い、代わりに腰からマイクロUZIを取り出した。
飛び道具を用意している事を、迂闊にもブーンは考えていなかった。
冷や汗が、一瞬で額に浮かび上がる。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:28:10.71 ID:IMM0CFd60
( <●><●>)「まぁ。
        ブーンさんが有能か無能かは、直ぐに分かります。
        いずれ、全ては分かるのですから」

その声は、風に邪魔されずにしっかりと耳の奥にまで届いた。
あえて聞こえるように言ってくれたのだろう。
ワカッテマスとは、そう云う男なのだ。

( ^ω^)「勝てば有能、死ねば無能ってことかお?」

( <●><●>)「絶妙におしいですね。
        勝った人間が、必ずしも有能と云う訳ではないのです。
        生きて勝ってやることをやれば、それが有能。
        何もできないまま死ぬのが無能なのですよ」

( ^ω^)「あぁ、そりゃいい事を聞いた。
      じゃあ、どっちもお断りだ。
      勝たなくても、護れればそれで充分なんでね」

発射速度の速い短機関銃同士の撃ち合いは、拳銃同士のそれに比べて高い集中力と精神力が要る。
集弾率から来る命中精度の良さでは、ブーンの方が勝っているが、やはりばら撒く点では向こうに分がある。
銃器による優劣の差は、あまり期待できなかった。

( ><)「そうでなくちゃいけないんです!
      そうでなければ、僕達も頑張り甲斐がないんです!」

UZIの弾を防げる遮蔽物を目線の動きだけで探し、直ぐに諦めた。
まともな遮蔽物となるのは、脱出用の装置ぐらいしか見当たらない。
後は手摺ぐらいだ。
頼みの綱である脱出装置までは少しばかり距離があるし、手摺が遮蔽物になるなんて聞いた事がない。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:32:06.55 ID:IMM0CFd60
焼き肉用の網だけでお好み焼きをする様な物だ。
遮蔽物は期待しない方がいい。

( <●><●>)「何をしようと思っているのかは、分かってますよ。
        ですがブーンさん、どうかこの場は頑張ってください。
        私達に殺されないように、ね」

言い終わった直後、マイクロUZIの銃口が火を吹いた。
発砲する前に走り出したブーンは、唯一の遮蔽物を無視して、兎に角、時計回りに走る事に徹した。
マイクロUZIの発射速度は毎分1000発以上と、集弾率を犠牲にしただけあってかなり高い。
つまりそれは、弾切れが早いと云う事でもある。

背後を銃弾が通り抜けて行く不気味な音が止み、今度は脱出装置を背にしたブーンがMP5Kを撃つ。
機械化した相手が前提となっている弾丸は、特注して作らせた特別製の徹甲弾だ。
並みの防弾チョッキでは、段ボール程度の防弾効果しか発揮できない。
だが、またもや銃弾は防がれてしまった。

今度は逆。
ワカンナイデスが、ワカッテマスを庇う様にして戦斧を斜めに構えて防いだのだ。
流石に、あの分厚い戦斧は撃ち抜けない。
まるで、二人で一人であるかのような連携の疾さが、ブーンの銃撃を嘲笑っていた。

( <●><●>)「人生の大先輩として、また、友人として一つアドバイスを」

戦斧に護られながら、ワカッテマスはUZIを再装填した。
狙いをずらして撃とうとして、ブーンは弾倉に弾が入っていない事に気付いた。
こんな致命的な事にも気付けない程に、ブーンは焦っていたのだ。
一人で二人を相手にして、冷静でいられる方が異常なのだ。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:36:05.26 ID:IMM0CFd60
( <●><●>)「自分一人で何もかもが出来ると、過信しない事です。
        皆、何かしら欠けているのが当たり前なのです。
        それを補う為に、人は繋がりを、絆を求める。
        恐らく、ツンさんは分かっていると思いますが。

        残念ながら、気付くのが些か遅かったみたいですね。
        予定よりか随分早いですが、どうやら歯車王様の予想が外れたようです。
        では……」

ワカッテマスはそう言って、銃口をブーンに向ける。
逃げられない。
避けようがないと悟ったブーンは、指一つ動かせなかった。
UZIから放たれた十数発の銃弾が全て胴体に命中し、ブーンは苦悶の表情を浮かべる。



そして、その場に前のめりになり、膝を付いて崩れ落ちた。




121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:40:04.88 ID:IMM0CFd60
――――――――――――――――――――

あの日は、とても静かな夜だった。

オワタの長剣に腹部を貫かれ、血溜に膝を付いた、あの日。
即ち、"鉄壁"の死んだ日だ。
激痛と失血で目が霞み、意識が薄れ、死が目前に迫っていたのをぞっとする程鮮明に覚えている。
死を覚悟し、意識を手放そうとしたその時だった。

(´・ω・`)「やぁ、久しぶりだね、ブーン。
      ショボンだけど、覚えてるかな?
      あ、いや、覚えてたらそれはそれで大変なんだけどさ」

一人の垂れ眉の男が現れたのだ。
歳は三十前後と、比較的若い。
気の良さそうな顔の男に、敵意は感じられなかった。
返事をする気力は無く、光を失った目で男の姿を見る。

(´・ω・`)「おっと、これはいけない。
      もう少し頑張ってくれよ」

そう言って小さな注射器を取り出して、男はブーンの首筋にそれを打ち込んだ。
意識が覚醒したように戻り、途端に眼を大きく見開いた。
陸に揚げられた魚が酸素を求めるように、ブーンは口をパクパクとさせる。
体中が熱く、弱まりかけていた心臓の鼓動が強くなっている。

痛みは意識と同じぐらい鮮明になり、今度は激痛に呻く事になった。

(´・ω・`)「よい……しょっと」

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:44:08.15 ID:IMM0CFd60
垂れ眉の男はオワタの腕を小振りなナイフで軽々と切り落とし、ブーンを抱き上げた。
腹に刺さっている長剣が痛々しいが、抜くと失血が著しくなる上に内臓を余計に傷つけてしまう。
男が急ぎ足でその場を後にした時、背後で爆発が起きた。
音はやたらと大きかったが、爆風はそこまで大きくなかった。

(´・ω・`)「さぁ、事後処理は任せたよ。
      僕は急いでブーンを連れていかなければならない。
      予定通りによろしくね」

( <●><●>)「分かってます」

それまでどこに隠れ潜んでいたのか、一人の男が廊下の影から姿を現した。
手に持っていた鞄から何かを取り出し、そこら辺におざなりに投げ捨てると、垂れ眉の男と並行して歩く。

(´・ω・`)「よし、これでいいだろう。
      ブーンは少しの間、眠っているといい」

( <●><●>)「ショボンさん、ワカンナイデス君がそろそろ到着する様です。
        予定の場所に行きましょう」

(´・ω・`)「よし、上出来だ。
      じゃあお休み、ブーン」

男の声が幾重にも反響したかと思うと、ブーンの意識は途絶えた。
それ以降、体は揺れを感じることなく、極度の疲労を感じて眠っている感覚がしていた。
瞼が重い。
そうしてゆっくり、ゆっくりと夢の中へと落ちて行く。

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:48:06.11 ID:IMM0CFd60
―――暗い闇の夢の中、ブーンは理由も無く彷徨っていた。
大切な何かを無くして、それを探しているのだ。
だが、落とした物は黒く塗られていたのか、形は分かるが姿が分からない。
触れたかと思うと、それは霧のように掻き消えてしまった。

手を伸ばしてみたが、何も掴めない。
だから、我武者羅に叫んだ。
すると意外な事に、伸ばした手が温かい手によってそっと包まれた。
懐かしいその温もりに、不安が安らいだ。

―――妙に懐かしい夢は、そこで終わった。

ゆっくりと瞼を上げると、ブーンの眼に入って来たのは記憶にない既視感のある天井だった。
頭の裏に感じる柔らかい枕の感触。
体の上に掛けられた白い布団。
どうやら、生き永らえる事が出来た様だ。

自分の置かれた状況を把握しようと、数回瞬きをして周囲を見渡そうとして。

(´・ω・`)「おや、起きたかい?
      どうだろう、今、林檎を剥いているんだが食べられるかい」

枕元で赤い林檎をしょりしょりと剥いていた垂れ眉の男が、そう問いかけた。
首を動かし、ぼやけた眼でそちらを見る。

(´・ω・`)「この林檎、結構美味しいんだよ。
     外交はさて置き、和の都の食に対する情熱は、みんな見習った方がイイね。
     あそこは食べ物が美味しい」

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:52:05.05 ID:IMM0CFd60
そう言って、綺麗に切り分けたリンゴの一つを美味しそうに食べた。
人の良さそうな垂れ眉の男。
確か、ショボンと名乗っていたと記憶している。
不思議な事に、その名前を聞くのは初めてではない気がした。

( ^ω^)「……あんたは?」

(´・ω・`)「ん?
      あぁ、これはすまないね。
      僕の名前はショボン、ショボン・ションボルトだ。
      で、そちらの人は―――」

言われてようやく思い出した。
ブーンの手を、まだあの懐かしい温もりが包んでいる。
そちらに目を向け、文字通り絶句した。

|::━◎┥『……』

(´・ω・`)「歯車王様だよ。
      君をここに運んでから、ずっと看病していたんだ」

黒い髪、奇妙な仮面。
理解するのには、それだけで十分だった。
こんな奇妙な格好をした人物は、歯車王以外に存在しない。
赤い光を灯す単眼が、ブーンをじっと見ている。

|::━◎┥『ショボン、余計なことは言わなくていい。
      ……久しぶりだな、ブーン。
      こうして近くで見るのはもっと久しぶりだが、少し痩せたか?』

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:56:35.02 ID:IMM0CFd60
ありとあらゆる声色が混じった声には、親しみが込められていた。
訳が分からない。
ベッドから跳び起きたい衝動に駆られる。
何故、歯車王がここにいるのだ。

( ゚ω゚)「ど、どうして……!」

|::━◎┥『……むぅ。
      覚悟はしていたが、悲しいものだな。
      まぁ、仕方がない。
      ショボン、後は任せた』

名残惜しげにブーンの手を離すと、歯車王は跫音を響かせながらその場を後にした。
手にはまだ、温もりが残っていた。
何がどうなっているのか、今のブーンには何一つ分からない。

(´・ω・`)「というわけで、君はその傷を癒した方がいい。
      それとも、"思い出す"のを先にするかい?」

( ^ω^)「思い出す?」

(´・ω・`)「うーん、つまり……」

林檎を皿の上に置いて、ショボンはパチンと小気味よく指を鳴らした。
たったそれだけ。
本当に、それだけだった。
が、その音が耳に届いた途端、奇妙な変化を生じた。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 22:59:26.64 ID:IMM0CFd60
一旦消えたかと思われた音が静かに反響。
洞窟で石を落したような、そんな反響の仕方だ。
幾重にも重なり、じわりじわりと心に沁みる。
何かを溶かす様にして、それは心の中のある一箇所。

記憶の部分に、深く響いた。
そこにあった氷が、溶けて消える。

(´・ω・`)「……こう云う事」

しばらくの間、呆けたように虚空を見つめていたブーンは、数回瞬きをして、ショボンを見た。
分かる。
自分は、この人を知っている。
かつて何をしてもらったのか、何を言われたのかまで、全て思い出した。

どうして忘れていたのか。
こんな。
こんなにも重要な事を。

(;゚ω゚)「し、ショボン、おじさん……?」

(´・ω・`)「おっ。
     よかった、思い出してくれたか。
     思い出してくれなかったらどうしようかと思ったよ、あっはっは」

直後、ブーンは強烈な疲労感に襲われた。
疲労は強い睡眠を誘い、眼を開けていられない。
まだ聞きたい事があるのに。
霞みゆく意識と視界の中、ショボンの声がやけにハッキリと聞こえた。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:03:05.25 ID:IMM0CFd60
(´・ω・`)「思い出したばかりだから、余程意志が強くない限り仕方がないよ。
      今は休んでおくんだ。
      後で料理を持ってくるから、お腹いっぱい食べてくれ」

意識が消え、次に目を覚ましたのは夕方の5時手前だった。
腕時計の文字盤から目を離し、ぼんやりとした眼で数回瞬きしてから周囲を見渡した。
後ろから差し込む都の明かりが、暗い部屋で仰向けに寝たブーンの腹の辺りを照らしている。
意識はまだ、靄が掛った様にぼやけている。

広い部屋。
そして高い天井。
この天井の事も、この部屋の事も思い出していた。
ここは、歯車城だ。

部屋を眺めながら記憶を整理していると、不意に戸がノックされ、そこからショボンが入って来た。

(´・ω・`)「やぁ、起きたかい?
      ところでさっき聞きそびれたんだけど、晩御飯のリクエストは何かあるかな?
      久しぶりの再会だから、ブーンの好きな料理を作ってあげるよ。
      それに、今日は皆集まるから、きっと楽しい晩御飯になるだろう」

( ^ω^)「皆?
     皆って、まさか」

その問いに対して嬉しそうに含み笑いを浮かべたが、ショボンは答えを言わなかった。

(´・ω・`)「ふふふ。
      さて、起き上がって歩けるなら向こうに行こう。
      大丈夫かい?」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:06:05.69 ID:IMM0CFd60
ベッドから出ようと上半身を捻った時、腹部に激痛が走る。
思わず小さな悲鳴を上げ、枕に倒れ込んだ。
それを見て、ショボンは腕を組み、少し考えてから言った。

(´・ω・`)「ありゃりゃ、こりゃ、動けそうもないか。
      じゃあ、ここに料理を持ってこよう。
      それまで少し、ゆっくりとしていてくれ」

踵を返そうとした時、ショボンの背後から二人分の跫音が聞こえて来た。

( <●><●>)「おや、起きたようですね」

( ><)「おっ! お久しぶりなんです!」

ショボンを押しのけるようにして、二人の男が部屋に入って来た。
一人が扉の近くにあった電燈のスイッチを入れると、天井一面が白く発光した。
眩しすぎると云うことはなく、寝起き状態の人の目にも優しい明るさだ。

( <●><●>)「いやぁ、本当にお久しぶりですね。
        何十年と会っていませんでしたが、あの頃の面影がしっかりと残ってますね」

( ><)「本当なんです!
      でも、少し痩せてるんです!」

枕元に来た二人は、ブーンの顔をしげしげと観察するように見ている。
いや、観察とは少しだけ違う。
昔と今を比べている目だ。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:11:57.34 ID:IMM0CFd60
(´・ω・`)「こらこら、嬉しいのは分かるけど、少しはブーンを休ませてあげなきゃ。
     ブーン、この二人を覚えてるかい?
     小さい頃、よく遊んでもらっていただろう」

( ^ω^)「ワカッテマスさんと、ワカンナイデスさん……かお?」

目の前にいる二人は、"あの時"から何一つ変わっていない。
声も、瞳も、仕草も性格も。
記憶にある姿と、何一つ、だ。

( <●><●>)「覚えていてくれましたか。
        あ、いや、思い出してくれた、と言った方が適切でしょうか」

( ><)「細かい事はいいんです!」

ふと、新たに跫音が近付いてきた。
この重々しい跫音の主を、ブーンは知っている。
筋骨隆々の優しい男。
背を丸めて部屋に入って来た、全身傷だらけの男の名は―――

(;゚∋゚)「おぉ……まだ体中が痛いでごわす……
    おまけにおいどん、久しぶりに緊張してしまったでごわすよ。
    少しだけ、でぃどんの気持ちが分かった気がするでごわす。
    いちち……」

―――クックル。

(´・ω・`)「なんだい、結局皆集まってきちゃったか。
      クックル、丁度ブーンが起きたよ」

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:14:10.40 ID:IMM0CFd60
(*゚∋゚)「なんと、本当でごわすか!?
    って、おおぉ! ブーンどんでごわす!
    懐かしいでごわすなぁ!
    おいどんのこと、覚えてくれているでごわすか?

    昔、おいどんは、よくブーンどんを担いで走り回っていたんでごわすよ。
    少し痩せたでごわすか?
    小食はいけないでごわす。
    そういえば、ツンどんはいないでごわすか?」

巨躯を弾ませる様にしてブーンに近寄って来たクックルは、さっそく昔の様にブーンの肩を力強く何度も叩いた。
喋るのがそこまで得意ではないクックルは、よくこうしてボディランゲージで意思表示をしていたものだ。
その度に幼かったブーンは打撃に対する耐性を付け、丈夫に育った。
今は怪我の影響もあって痛かったが、それすらも懐かしいと思える。

(´・ω・`)「流石に彼女がここに来たらマズイよ。
      どっかの馬鹿のせいで、この先、予定が大きく狂うのは好ましくなくなったんだ。
      詳しくは後で説明するよ。
      今回は、まぁ、怪我の功名って感じだったから大丈夫だったけどね」

( ゚∋゚)「どうせなら、渡辺どんもここに呼ぶでごわすか?
    さっき、しぃどんと帰ってきたところでごわす」

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:18:30.33 ID:IMM0CFd60
(´・ω・`)「そうだね。
      ……さて、ここで話すのは食事を持ってきてからにしよう。
      幸い、話の種には困らない。
      料理を運ぶのと準備を、みんなで手伝ってくれないかい?

      ブーン、少しだけ待っていてくれ。
      これから腕に縒りを掛けた料理を持ってくるから、それまでの辛抱だ。
      今夜は、君の大好きな芋グラタンを作ったんだ」

ショボンの得意料理で、ブーンの好物である芋グラタンは、単純ながらも非常に美味な料理だ。
薄くスライスしたジャガイモを重ね、その間にチーズを敷き詰め、また幾重にも重ねる。
最後に卵と生クリーム、そして塩と胡椒を混ぜた物をたっぷりと掛けてオーブンに入れ、内側に火が通り、表面がこんがりと焼ければ出来上がりだ。
たったそれだけの料理だが、その単純な工程からは想像が出来ないぐらいに美味く、一度食べたらその味は忘れられない。

皆が続々と部屋を後にして、結局ブーンは一人取り残された。
ゆっくりと上半身を持ち上げ、半臥の状態になって気持ちを落ち着ける。
まだ、だいぶ頭の中が混乱しているのが自分でも分かった。
このような状況の場合、今自分が置かれている状況を把握して、それから何をするべきか順序立てて考えるのが賢明だ。

メモ帳でもあれば幸いなのだが、枕元には背の低い丸椅子と机しかない。
ふと、机の上に写真立てが伏せて置かれているのに気付いた。
木の縁の写真立てを持ち上げ、そこに収められている写真を見ようとしたが、思い止まった。
果たして、これを見ることは正しいことなのか。

一部の記憶を取り戻したブーンは、あまりにも多くの秘密を知りすぎてしまった。
記憶に違いがなければ、この写真には―――

(´・ω・`)「いや、お待たせした」

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:22:08.14 ID:IMM0CFd60
料理を乗せたワゴンを押すショボン達が、タイミング良く戻ってきた。
上げかけていた写真立てを、素早く伏せる。
ある意味で、見ないで正解だった。
見てしまえば、後戻りは出来ない。

(´・ω・`)「……賢明だね」

見られていたのか、ショボンは無表情にそう言った。
クックル達はワゴンを置くと、慣れた動きで机や椅子をブーンの寝るベッドの周りに置き始める。

(*゚ー゚)「お久しぶりです、ブーンさん」

記憶が戻っていなかったとしても、水平線会時代に見知っていた女性がブーンの前に小さな病人用の机を置いた。
これさえあれば、半臥の状態でも難なく食事が出来る。

(*゚ー゚)「私の事、"覚えて"いますか?」

短く整えられたショートカットの黒髪、そしてあどけなさの残る顔。
忘れる筈がない。
荒巻スカルチノフが会長だった時代の水平線会にいた者ならば、誰でも知っている。
不幸な少女、確か名前は、しぃと呼ばれていたはずだ。

( ^ω^)「しぃ……?
     生きていたのかお?」

そう。
彼女、しぃは死んだと思われていた。
ゴミ捨て場に捨てられ、野良犬の餌になったか、変態共の玩具になったか。
いずれにしても、生きていられるような状態でなかったのだけは確かだ。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:26:04.25 ID:IMM0CFd60
と言う事は、機械化が施されていると考えてまず間違いない。
明らかに成長していることから、どうやら使用不可能だった部位だけを補ったようだった。

(*゚ー゚)「ふふふ、生きている、とは俄かに言い難いですけどね」

上品な笑みは、あの頃からは想像も出来ない。
絶望に打ちひしがれ、光と笑顔を失っていたしぃ。
ここでの生活が、彼女に笑顔を取り戻させたと考えていいだろう。

从'ー'从「あら、本当に来ていたんですね」

そのしぃの後ろから、影のように姿を現した女性に目を疑った。
どうして生きている、と口に出すのを堪えられたのは、自分でも驚きだ。
ロマネスク一家の元No2、"雌豹"渡辺・フリージア。

从'ー'从「ふふふ、どうして生きているのかと聞きたいのでしょう?」

見抜かれた。
いや、誰でも分かる。
渡辺は殺された筈だった。
ロマネスクを裏切り、重要な情報をどこかに流そうとした為だ。

口封じの為に殺す事は多々あることだが、それがロマネスク一家の元No2となれば話は別だ。
絶大な信頼を得ていた渡辺が、どうしてロマネスクを裏切る事になったのか。
裏切りが発覚した直後、その事は裏社会の七不思議に新たに追記されていた。

从'ー'从「秘密です」

短くそう言って、視線の先で渡辺は机の位置を整え始める。
聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量で渡辺は独り言ちる様にして言った。

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:30:11.56 ID:IMM0CFd60
从'ー'从「……今はまだ、ね」

意味ありげな発言の真意は、結局聞けなかった。
その関心が、新たな関心に上塗りされたからだ。

( ´_ゝ`)「ほほぅ、こいつは驚いた。
      生きてるか?」

歯車王暗殺のメンバーの兄者が、シャンパンを両手に現れた。
薄く開かれた瞼から覗く青い瞳は、一旦ブーンに向けられてからシャンパンを置く場所を探す為に他所へと向けられた。
マグナムサイズのボトルは、大人数で飲む事を前提にしているからだろう。

(´<_` )「はははっ。
     あまり怪我人に負担を掛けるなよ、兄者。
     見ろ、兄者がいきなり登場するから驚いているじゃないか。
     歯車王様から散々言われただろう?」

その横から、兄者に瓜二つの男が両手にワインを持って現れた。
兄者と似ているが、こちらは瞳の色が綺麗な緑色をしている。
この二人の内一人は面識があるが、もう一人は見た事も無い。
兄者がここにいる理由が、全く分からなかった。

ますます混乱に拍車がかかり、微かに頭痛を覚えた。
次々と料理が机の上に並べられ、グラスにシャンパンが注がれる。
ブーンの前の机に大盛りのグラタンとサラダ、そしてシャンパングラスが置かれた。
配膳をしてくれたのは、ショボンだった。

(´・ω・`)「さて、大体揃ったかな。
      後は歯車王様が……、お、来たね」

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:34:15.32 ID:IMM0CFd60
こつ、こつ、と跫音がすると皆が音を発するのを止めた。
静かな時間が流れる。
体感時間は数十分に匹敵したが、流れた時間は十数秒程度だ。
跫音は扉の前に来て、ゆっくりと扉が開かれた。

|::━◎┥

現れたのは、この城の持ち主。
都の支配者。
そして、ブーン達が殺そうと狙っていた張本人。
歯車王だ。

湯気の立ち上る食事と、歯車王の放つ異様な雰囲気が奏でる不協和音に、ブーンの全身から冷や汗が吹き出した。
知っている。
ブーンは、歯車王の正体を知っている。
知り過ぎていると言ってもいい。

仮面と背丈、声等はあくまでも偽物だ。
あの写真立てに収められているのは、歯車王の素顔。
その素顔を、ブーンは知っている。

|::━◎┥『食事の前に、先に面倒事を済ませよう』

唐突にそう切り出した歯車王は、滑らかな口調で滞りなく続ける。

|::━◎┥『ブーン、私に協力してくれ。
      これがお願いでは無いのは、分かっているな?』

167 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:38:39.85 ID:IMM0CFd60
お願いでも、要望でもない。
これは、明確な命令だ。
昔から歯車王はこうだった。
己の決めた事に真っ直ぐで、決して揺るがない。

|::━◎┥『体調が戻り次第、お前にはやってもらいたい役がある。
      いいか、よく聞くんだ』

それから、歯車王は短く説明を始めた。
余計な事を一切省き、用件だけを要約して伝える。
本当に、昔からこの人は変わらない。
歯車王の指示は、こうだった。

正体を隠してロマネスク達の仲間に今一度加わり、然るべき時に備える。
その時が来るまでの間、決して正体を悟られないように立ち振舞いつつ、ツンを護る。
追加の指示と情報は、逐一追って連絡をする。
―――これだけだった。

|::━◎┥『……渡辺。
      お前も同じように行動を共にして、ブーンを監視しつつ、皆の援護に徹しろ。
      出来るな?』

強く言ったのは念を押す為か、それとも期待を込めて言ったのかは定かではない。
機械で変換された歯車王の声は、そこから感情や性別、年齢に至るまで何もかもが判断できないようになっているからだ。
ただ、雰囲気で分かった。
歯車王は、渡辺に対して何かしらの感情を抱いている。

渡辺は首を縦に振って頷いた。

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:42:07.58 ID:IMM0CFd60
|::━◎┥『兄者、弟者。
      可能な限り、この二人をバックアップしろ。
      他の者は、先日言った通りに行動をして、何か問題があれば惜しみなく彼等に手を貸せ』

言い淀むことなく、会話に不自然な隙間を生むことなく指示を終え、歯車王はブーンに歩み寄って来た。
仮面の赤い眼が、ブーンを見下ろす。


|::━◎┥『……思い出して、気付いたか』


ぽつり、と歯車王が言ったのに合わさる様にして、雨が降り始めた。
バケツをひっくり返したような豪雨が、都中に降り注ぐ。
しばし無言で、歯車王はブーンの顔を見つめていた。
謎めいた仮面のせいで、歯車王の表情は分からない。

不意に、歯車王の眼が外を眺められる窓に向けられた。
窓に叩きつける雨の音だけが唯一、この場の静寂を破ってくれる。


|::━◎┥『……雨音を聞くと、心が落ち着く。
      そうは思わないか?』


遅れて到着した客人達が加わり、賑やかな食事が始まった。
ショボンが腕に縒りを掛けて作った芋グラタンは、絶品だった。
連日出された美味な料理のおかげで、ブーンの体型が力強いものに変わったのは、言うまでも無い。

――――――――――――――――――――

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:46:08.16 ID:IMM0CFd60
( ´_ゝ`)「……意外と、呆気なかったな」

兄者の持つコルトからは、未だ硝煙が揺蕩っている。
うつ伏せに倒れたツンに落としていた視線を、ショボンに向けた。

(´・ω・`)「……」

ショボンは無言で、ツンを見下ろしている。
コルトを懐にしまった兄者は一つ深い溜息を吐き、己の顔に手を伸ばした。

(´・ω・`)「君は、人を撃った事はあるかい?」

やおら、ショボンが意味深な質問を投げかけた。
兄者は伸ばしかけていた手を胸の前で組んで、答えた。

( ´_ゝ`)「はははっ、あぁ、あるさ。
      今だ」

足元のツンを指さして、兄者は自嘲気味に笑った。

( ´_ゝ`)「初めてだったが、意外と何てことないな。
      どうやら、あのジョークは本当らしい。
      人を撃った時に最初に感じるのは、銃の反動だったよ。
      それがどうかしたのか?」

(´・ω・`)「そうか、なら仕方がないか。
      君よりも、彼が来た方が良かったのかもしれないね。
      それだけだよ」

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:50:08.44 ID:IMM0CFd60
そう言い残すと、ショボンは厨房へと小走りで駆けて行った。
残されて呆けていた兄者が、ようやく意識を取り戻す。

(;´_ゝ`)「何故だ、ショボン?
      今俺はしっかりと……っぐ?!」

直後。
兄者の足元から、強烈なボディブローが炸裂した。
油断していただけに、その威力は絶大だった。
内臓器官がパニックを起こし、腹部から全身に掛けて激痛が走り、吐き気を催した。

兄者は腹を抑えて床に倒れてのた打ち回り、意味の無い言葉を発している。
悶絶。
苦悶の表情を浮かべ、視線の先で胸元を押さえながらゆっくりと立ち上がった影を見上げた。
ボディブローを放った張本人、クールノー・ツンデレは顔を顰めながらその様子を見下ろしていた。


ξ゚听)ξ「……痛たかったじゃない」


そう言って胸元を押さえていた手を外すと、そこには丸い穴が空いていた。
ただし、穴は服にだけ空いている。
Yシャツにポッカリと開いた穴の奥に、鈍い光沢を持つ弾丸が埋まっていた。
防弾服。

歯車王をいつでも殺しに行けるよう、準備していたのは何も武器だけでは無い。
50口径まで耐えられる防弾繊維で編まれた、薄手の防弾服はいかなる時でも常に身に着けていた。
丈夫だが薄手の為、衝撃は大きく伝わってしまう。
それを除けば、非常に優秀な防弾服だ。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:56:06.33 ID:IMM0CFd60
肋骨に軽くヒビぐらい入ったかもしれないが、ツンの全身に駆け廻るアドレナリンが痛みを一時的に忘れさせた。
出し抜かれた揚句、撃たれた。
ツンの怒りはあっという間に沸点に達し、今や噴火寸前。
殺されかけて怒らない者がいるとしたら、それは聖人では無く真性のマゾだけだ。

(;´_ゝ`)「な、なん……」

ξ゚听)ξ「あんただって似たような事したでしょ?
      さて、先にあんたから死んでもらうわ」

質問を先んじて制し、ツンは不快感を露わにした。
実際、ツンの機嫌はグラフの底を突き抜けて不機嫌だった。
歯車の都の裏社会では、怒って一番恐ろしいのはデレデレだと密かに言われている。
その愛娘であるツンが怒れば、デレデレに匹敵する程に恐ろしいのは当然だ。

手に持つスチェッキンの銃口が、兄者の頭に向けられる。
胴体は駄目だ。
先程撃った時、弾は貫通しなかった。
つまり、かなり高い硬度を持つ素材で作られた特殊な防弾服を着ていると考えていい。

ならば、顔だ。
顔はヘルメットやヘッドギアでも付けていない限り、いつだって弱点であり、急所であるからだ。



ξ゚听)ξ「……流石に、光学不可視化迷彩は防弾効果を持っていないでしょう?」



(;´_ゝ`)「っ!」

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/20(日) 23:59:11.00 ID:IMM0CFd60
兄者が驚いたのは、これから顔に弾を撃ち込まれる事が確定したからではない。
見破られたからだ。
命を懸けた、この大芝居を。
そう。



―――兄者を演じた、この大芝居を見抜かれた。




(;´_ゝ`)「な、何を言っているんだ?
     俺は兄者、流石・兄者だ」

ξ゚听)ξ「あんたが何者なのか、どこの誰なのかは頭をふっ飛ばした後に確認するから安心していいわ。
      じゃ、さよなら」



一発の乾いた銃声が、店内に響いた。



189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:02:18.95 ID:IMM0CFd60
――――――――――――――――――――

流石ファミリー。

この世界のどこを探しても、そんな組織は実在しない。
大規模な組織から小規模なまで根気よく探したとしても、その存在を見つけることは出来ないだろう。
あくまでもこの名前は、周囲に合わせる為にでっち上げた架空の組織だったからだ。
使い捨てのコンタクトレンズの様に期間限定でこの世に存在し、役割を終えた時にはこの世から跡形もなく消え去る。

では、それを偽装した彼等はいったい何者で、その理由は何なのか。
流石ファミリーの正体を知った者は、少なからず落胆を隠せないだろう。
流石・母者、兄者、弟者、そして妹者。
どこにでもいる、どこにでもある一家族。

それに名前を付けて書類を整えれば、流石ファミリーが出来上がる。
インターネット上の情報を操作して、架空の組織を作り上げてやれば完璧だ。
何故このように面倒極まりない事をしたかと言えば、全ては家族の為だった。
金、ではない。

全ては、奇跡に匹敵する医療技術の為だった。
どこの医者もが見捨て、死を待つしかない哀れな妹者を救うための技術。
最先端の医療技術では助かりようのない、不治の病。
脳に出来た腫瘍が成長すれば、やがては妹者の命を奪い取る。

妹者はまだ8歳。
こんな馬鹿な話があっていいのだろうか。
医者はさじを投げ、歳の離れた妹者は日に見えて衰弱して行った。
そして口癖のように、こう言うのだ。

l从・∀・ノ!リ人『おっきくなったら、兄者達のお嫁さんになってあげるのじゃ!』

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:06:15.14 ID:DqcwrMPM0
己の命が短い事を知らない妹者は、未来の話をする。
妹者がその話をする度、双子の兄弟は涙を堪えて妹者の頭を撫で、強く抱きしめた。
何故、妹者なのか。
恋も、夢も、花嫁が何であるかも知らない無垢な妹者が、何故。

世界中で、自殺をする者は後を絶たない。
何かに絶望したから、何かに裏切られたから。
それだけで、命を絶つと云う。
愚か、愚かにも程がある。

いや、厭味だ。
こうして、死を待つしかない者に対する厭味でしかない。
もしも、誰かの命で妹者を救えるなら悪魔にだってなってやれる。
別に自分達の命でもいい、この妹だけは見逃してくれと、双子の兄弟は切望した。

妹者を救うため、兄弟は死に物狂いで勉強をした。
もっと、もっと時間を。
勉強をして、知識を付け、知恵を身につけなければ。
その一心で勉強に打ち込んだ二人は、一部の学者や技術者からは秀才と一目置かれた。

だが、どうにもならなかった。
医療の勉強をする傍ら、二人は医療用の器具等の発明にも取り組んだ。
それでも妹者を救う発明は出来なかった。
そんなある日、二人の才能にいち早く注目した医学界の権威が、有益な情報を提供してくれた。

遠く離れた歯車の都には、現代医学を遥かに凌ぐ高度な医療技術が存在するという。
曰く、歯車王だけが行える奇跡にも等しい技。
それが最後のチャンスだと分かった双子の兄弟は、妹者を連れてすぐさま歯車の都に飛んだ。
都一の病院であるナイチンゲールに妹者と弟者が残り、兄者が一人だけで歯車王の元に向かった。

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:10:04.97 ID:DqcwrMPM0
最先端の高層ビルが並ぶ大通りや表通りには目もくれず、濃霧の立ちこめる都の中心に聳え立つ歯車城に真っ直ぐ足を運んだ。
突然の来訪にも拘わらず、歯車王の部下は話を聞くと直ぐに中に入れてくれた。
外見は中世風の城だが、内装の一部には現代の物が使われていた。
この先に、妹者を救ってくれる人がいる。

緊張と期待で体中に力の入った兄者は、遂に歯車王のいる部屋の前にまで案内された。
部下がノックをして先に入り、兄者を部屋に招き入れる。

|::━◎┥

噂通りの外見。
単眼の奇妙な仮面、腰まで伸びた艶やかな黒髪。
高い身長、そして黒い外套。
不気味にさえ思えるその容姿は、だが見方を変えれば王の威厳が確かにあった。

挨拶もそこそこに、兄者は早速用件を伝えた。
どれだけ自分達が妹者を案じているか。
その覚悟を、余すことなく伝えた。
歯車王は数秒だけ沈黙して、こう言った。

|::━◎┥『……自分達の為に生きて、私の為に死ぬ覚悟はできるか?』

答えは、決まっていた。
何度も頷き、涙を流して感謝した。
すぐさま弟者に連絡を取り、ここに連れて来るように伝えようと、二つ折りの携帯電話を取り出す。
しかし結局、電話をする事は無かった。

|::━◎┥『いや、それには及ばない』

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:14:05.57 ID:DqcwrMPM0
そう言って、歯車王はゆっくりと歩き出した。
歩きながら、兄者を案内した部下に短く告げる。

|::━◎┥『ショボン、少し外出してくる。
      後は任せたぞ』

すると。
有り得ない事が起こった。
―――濃霧だ。
城の中に、視界全体を白に染め上げる濃霧が発生したのだ。

歯車王の跫音はやがて何処かへと消え去り、濃霧も合わせて消えた。
呆然と立ち尽くす兄者の肩を、先程の部下がぽんと叩く。

(´・ω・`)「そう言えば、君の事をよく聞いていないね。
     君は何者で、何ができる?」

( ´_ゝ`)「……流石・兄者。
      技術関係の事なら、俺に任せてくれ」

(´・ω・`)「君は弟さんがいるんだったね?
      実はね、僕にも弟がいるんだ。
      いや、少し違うかな。
      まぁ、血を分けた弟の様なのがいるんだけど。

      短い間だけど、兄同士仲良くしよう。
      僕の名前はショボン・ションボルト。
      ショボンと呼んでくれればいい」

握手を求められ、兄者はそれに応じた。

204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:18:30.46 ID:DqcwrMPM0
(´・ω・`)「それじゃあ、君の弟君が来るまでに僕からこの先の予定を伝えよう。
     君から弟君に伝えてくれると、僕としては助かるんだけど。
     どうだろうか?」

( ´_ゝ`)「あぁ、分かった。
      任せてくれ」

(´・ω・`)「数ヶ月後に、ちょっとしたドンパチを企画していてね。
      君にはその場に参加してもらいたい。
      そうだな……流石ファミリーの、流石・兄者としてね」

( ´_ゝ`)「流石ファミリー?」

(´・ω・`)「それなりの肩書がないと、その場所には参加できないんだ。
      大丈夫、流石ファミリーの存在は後で作っておくけど、君も手を加えてくれると助かるね。
      ただし、弟君は君のバックアップで、君が出席するんだ。
      台本があるんだけど、いるかい?

      君の場合、口頭よりもこっちの方が分かりやすいかもしれない。
      台詞は、適当な場所に君が適当な言葉を書きこんでくれればいいよ。
      ちなみに……」

ショボンは少しもったいぶる様にして言葉を区切り、兄者の内心を見透かしたように言った。


(´・ω・`)「妹さんの事なら、心配はいらないよ」


――――――――――――――――――――

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:22:05.65 ID:DqcwrMPM0
( <●><●>)「……残念です」

明らかな落胆と感嘆の色を帯びた声で、ワカッテマスは嘆くように呟いた。
一瞬だけ空を軽く振り仰ぎ、視線をブーンに向けた。

( <●><●>)「あれで殺れたと思ってしまったのは、やはり老いでしょうかね。
        それとも、使い慣れない武器を使ったからでしょうか。
        銃はどうにも、手応えを感じられませんね。
        しかし、流石はブーンさんです」

他でもない、自分自身の浅はかさに落胆し、ブーンの用意周到さに感嘆したのだ。
かつて"鉄壁"の渾名で呼ばれていたのは、決して作り話や尾ヒレがついた誇張表現では無かった。
強靭な繊維で編まれた防弾服を着込んでいたブーンに、9mm弾は致命傷になり得ない。
鍛え上げられた肉体の持ち主である彼には、精々打撲程度の衝撃しか与えられていない筈だ。

今は、ツンの為だけに存在する優秀な楯。
そう。
その存在が砂で作られた楯の様に儚く脆いことから、彼女の持つスチェッキンと同様、"砂の楯"と呼ぶのが相応しいだろう。
僅かでも死ぬ危険性を減らす為に防弾服を日常的に着るのは、彼が己の役割を理解しているからに他ならない。

ここで死ぬはずがない。
そして、それは許されない。
生きてツンを護るのが、ブーンの役割だ。

(;^ω^)「いてててて」

胸を押さえながら、視線の先でブーンが立ち上がった。
ブーンは転がって安全を確保しようとはせず、ワカッテマスもUZIの銃口を下ろしたままだった。
弾の入っていないUZIでは何も出来ないし、危害を加えられる心配も無い事を両者とも分かっていたからだ。
ブーンのMP5Kも同じく弾切れを起こしているが、ブーンはそのMP5K躊躇うことなく捨て、両腰に手を伸ばしていた。

212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:26:08.06 ID:DqcwrMPM0
そこから抜き放ったのは、ロングマガジンが装填された二挺のグロック18。
スチェッキンよりも軽い、フルオート射撃が可能な自動拳銃だ。
千春の愛銃としても名高いが、基本的に銃を取り扱っている店ならどこにでも見かけられる。
あのブーンがサブウェポンを持っていない筈が無いとワカッテマスは確信していた為、銃口を向けられても驚かない。

ワカッテマスもマイクロUZIを捨て、背負っていた戦斧の柄を握りしめた。
音をさせて戦斧を構えたが、その構え方は先までとは大きく異なる。
刃を下に、柄を上にさせ、胸の前に赤子を抱くようにした構え。
いつの間にか、ワカンナイデスも同じ構えをしていた。

( <●><●>)「それもまた貴方の実力。
        気付かせないと云うのも、一つの力です。
        それに敬意を表して、一曲贈らせていただきましょう」

大振りな戦斧に見えるが、それがギターである事実はブーンも知っている。
何故ギターなのか、その理由は知らないが。
これから何か一曲演奏しかねない雰囲気に、ブーンは反応に困った。

( ><)「さて、何を弾きましょうか?」

( <●><●>)「レクイエム、でいきましょう」

( ><)「分かりました!」

二人はピンと張った弦に指を掛け、つま弾くようにして演奏を始めた。
華麗な指捌きは、指がそれぞれ独自した意志を持っているように弦の上を走る。
あたかもバレエダンサーが踊るようなそれは、卓越した技術を持つ演奏者に見られる動きだ。
だが、ブーンにとってそれはバレエ公演の開演では無く、生き地獄の始まりであった。

(;゚ω゚)「あ、がぁああああああ?!」

215 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:30:09.47 ID:DqcwrMPM0
グロックを持った手で耳を押さえ、ブーンは喉の奥から絶叫を上げた。
否、悲鳴だ。
二人はそんなブーンに関係ないと云った風に、演奏を続ける。
が、見事な指捌きにも拘らず音は鳴っていない。

少なくとも、ブーン以外には何も聞こえていない。

( <●><●>)「どうです?
        音の攻撃を受けるのは、流石に初めてでしょう?」

そんな声すらも届かない。
頭がザクロの様に弾けて、そこで焼けた鉄の棒が芋虫のように這いまわり、顔が引き裂かれる不快極まりない感覚。
狂った平衡感覚の中で立っているのがやっとで、更に意識を保つのは困難を極めた。
耳を塞いでも音は止まず、鋭い音が苦痛を与えていた。

小脳を引き裂かれる。
大脳を切り裂かれる。
海馬を砕かれる。
脊髄を擦り潰される。

ありとあらゆる苦痛が、同時に鼓膜から脳に侵入し、ブーンの体を疑似的に破壊してゆく。
ブーンは知らない事であるが、この攻撃は以前ミルナ・アンダーソンを救う際に使用された事がある。

(;゚ω゚)「ぎっ、ひぐうぅぅ……!!」

本能的に両手が耳を塞いでしまう為、グロックで二人を撃つ事は考えの内に入らなかった。
気を違えてしまいそうな頭痛の中、ブーンは背後にある脱出装置に向かって必死に移動する。
途中で倒れ、よろり、と立ち上がって歩くのを再開した。
装置の裏側まで来たが、音は唯一の遮蔽物を完全に無視してブーンの頭の奥に攻撃を仕掛ける。

219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:34:05.38 ID:DqcwrMPM0
何を思ったのか、ブーンが両耳から手を離した。
防衛本能を無視した行動に、二人は一瞬だけ気を取られたが、演奏を中断しなかった。
赤く充血した眼から涙を流すブーンは、両手のグロックを装置の裏から出して、二人目掛けて一気に撃った。
称賛に値する精神力であるが、それだけだ。

必死の思いで撃ったのであろう弾丸は、二人に掠りもしない。

( <●><●>)「そんな攻撃が当たらない事は分かってます。
        ワカンナイデス君、落ち着いて行きましょう」

このまま演奏を続ければ、痛みに耐えかねて先に折れるのは間違いなくブーンだ。
焦る必要はどこにもない。
弾が切れて銃声が止むと、ブーンは再装填をして片手のグロックで撃ってきた。
流石に音に耐えられなかったようで、もう片方の手は耳を押さえているのか、出してこなかった。

( ><)「ん?」

不意に、ワカンナイデスが声を上げた。

( <●><●>)「どうしました?」

( ><)「今、変な音がしませんでしたか?
      向こうの方から……」

遅い。
気付いた時には、すでにブーンは行動に移っている。
建物の端に向かって駆け出し、それを見てブーンの思惑に気付いた二人は演奏を中断せざるを得なかった。
追いつこうと、二人は地を蹴る。

(;><)「ああっ、待つんです!」

222 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:38:08.13 ID:DqcwrMPM0
嘲笑う様にして、ブーンは手摺を乗り越えて屋上から飛び降りた。
脱出装置に繋がっている、強靭なワイヤーをその手に握りしめて。

(;<●><●>)「くっ!
        油断しました……」

遅れて到着した屋上の淵から、眼下を覗き込む。
丁度、ブーンは適当な階の窓ガラスを撃ち抜き、そこから侵入した所だった。
それを見送った二人は、しばらく黙りこむ。

( <●><●>)「……案外、私達が思っているよりも成長しているのかもしれませんね」

嬉しそうにそう言ったワカッテマスに、ワカンナイデスが同意の声を上げた。

( ><)「いつの間にか、僕達が抜かされてしまっているんです。
      嬉しいやら、寂しいやら、誇らしいやら。
      兄貴分としては、複雑な心境なんです」

( <●><●>)「そうですね。
        これで私達を越えてくれれば、心配事は何もないですからね。
        それだけに、私達の役割は重要です。
        手を抜いては、二人の為には成りませんし、私達も納得できません。

        ツンさんと合流しても、下にはショボンさんと弟者さんが控えています。
        ショボンさんがいる限り、そう簡単には行かないでしょう」

二人は外套を脱ぎすて、身を軽くした。
夜風が二人の火照った体を冷やす。
肺の中の空気を夜の冷たいそれへと入れ替え、二人は歩き出した。

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:42:22.44 ID:DqcwrMPM0
( <●><●>)「……ところで、ワカンナイデス君」

来た道を引き返し始めたところで、ワカッテマスが問う。

( <●><●>)「矛盾、と云う言葉の意味を知っていますか?」

扉の前に来て、ワカッテマスは戦斧でその扉を両断した。
開ける手間を一気に省いたのだ。
歩く速さをそのままで、二人はゆったりとした足取りで階段を下り始める。

( ><)「辻褄が合わない事ですか?」

( <●><●>)「そうです。
        ですが、こんな見方も出来るとは思いませんか?」

階段を下り切り、20階のフロアに出た。
エレベータの扉が並ぶ場所に向かいつつ、ワカッテマスは続ける。

( <●><●>)「最強の鉾も楯も、一つでは意味を持たないと云う事です。
        二つ揃って初めて効果を成し、片方だけでは"最強"とならない。
        であるからして、商人が別々に売っていたのでは、辻褄が合わない。
        まぁ、強引な解釈の捻じ曲げですが、あの二人にはそうであって欲しいですね」

( ><)「えーっと、つまり……」

すでに到着していたエレベータの扉を開き、12階のボタンを押す。
扉が閉まりきる直前に、ワカンナイデスはこう締めくくった。

( ><)「二人で一人、ってことですね!」

228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:46:08.04 ID:DqcwrMPM0
――――――――――――――――――――

銃声は、ツンの手元からではなく、騒ぎを聞きつけて現れた一人の警備員が天井に向けて撃った威嚇用の物だった。
MP5短機関銃を持った警備員が、その後からぞろぞろと湧き出て来る。
数は五人。
屈強な体つきとその顔から、彼らがそれなりの実戦経験を積んだ者であることが分かった。

一方、足元の兄者もどきは最初の威嚇射撃で気絶していた。
敵ながら、何とも情けない。

警備員「全員動くな!
     安全装置を掛けて銃を床に置くんだ!」

ξ゚听)ξ「ファック!」

小声で悪態を吐いたツンは、スチェッキンの銃爪に力を込められなかった。
撃てばこの兄者もどきを殺せるが、撃った途端、警備員が撃ってくる。
だからと言って、銃を捨てるわけにはいかない。
スチェッキンとヴィントレスを捨てると云う事は、ツンの攻撃手段の全てを手放すと云う事に他ならないからだ。

幸運な事に、警備員達はこの突然の状況にもかかわらず冷静さを保ち、撃ってくる事は無い。
何故なら、未だ死者は出ていないからだ。
死者が出ていれば、相手を発見し次第、射殺してもいい事になっている。
それは、相手が話の通じない大馬鹿者か、人殺しかの二択だと言える。

逆を言えば、死者が出ていないで銃を乱射しているのであれば、まだ会話の余地があると考えられた。

警備員「落ちつけ、いいな。
     銃をゆっくりと床に置けば……」

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:50:07.83 ID:DqcwrMPM0
(´・ω・`)「……これは僥倖。
     丁度いいや」

厨房の奥からフライパンを持って出て来たショボンが、警備員の姿を見てそう呟く。
塞がっていない方の手を、すっと前に出す。
手には何も握られていない。
指を重ね合わせ、パチン、と音を鳴らした。

その瞬間、警備員達の様子が一変した。
眼は虚ろになり、"眼の前の光景を見ていない"。
表情は強張り、体が緊張に固まる。
まるで、最前線に放りこまれ、強敵と対峙した新入りの様相を呈していた。

即ち、何かに恐怖していた。
先程までの冷静さが嘘のように、男達の顔はみるみる青ざめる。
視線の先には依然としてツンがいて、銃口は固定されていた。
極限まで張りつめていた緊張の糸が、音を立てて切れる。

警備員「ひ、ひいっひいいっい!!」

恐怖を誤魔化す様に叫びながら、一人の警備員がいきなり乱射し始めた。
狙い澄ました射撃では無く、本当にただ、パニックを起こした新入りの様に滅茶苦茶に撃っている。
兄者もどきに構わず、ツンはその場から急いで離脱。
銃口はしっかりとツンの姿を追うが、一発の銃弾もツンに掠っていない。

が、遮蔽物として役に立っていた机と椅子が無残にも砕け散った。
机の上に置かれていた皿も砕け、ツンの通った後を銃弾が容赦のない洗礼を浴びせている。
釣られる形で放たれた100発以上の弾丸を避け、ツンが狙っていたのはショボンだった。
この男が、警備員達に何かをしたのは議論するまでも無い。

237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 00:55:10.42 ID:DqcwrMPM0
ならば、先に殺すべきはこの男だ。
スチェッキンをショボンに向け、頭二発、心臓三発の合計五発を撃つ。
だがしかし、銃爪を引く直前にショボンが投擲したフライパンがその狙いを阻害し、銃爪を引いた時に銃口はショボンを向いていなかった。
遅れて、飛んで行ったフライパンが店の壁に当たる。

(´・ω・`)「うん、いい判断だ」

称賛を送るショボンの手が握っているのは、フライパンの把手だけだ。
先程言っていた、把手の取れるフライパンとはこのことだったらしい。
スチェッキンの弾が当たらなくとも、すでにツンの体はショボンに向かって肉薄している。
飛び蹴りを見舞おうと踏み込んだ、その刹那。

ξ;゚听)ξ「ぐっうぅっ?!」

肋骨に耐えがたい鈍痛が走り、思わず立ち止まって膝と手を付いてしまった。
呼吸をする度に痛みがじわりと湧き上がり、荒い息になる。
アドレナリンが与えてくれた一時の無痛の代償は、生きた様に感じ取れる苦痛だった。
痛みを意識すればするほど、その痛みは鋭さを増す。

(´・ω・`)「無理は良くない。
      諦め……」

ξ゚听)ξ「……冗談じゃ、ないっての」

肩に提げていたヴィントレスを杖代わりに、ツンは静かに立ち上がった。
瞼を下ろし、ゆっくりと開く。
ツンの表情には、痛みからくる曇りが微塵も浮かんでいない。
再び、右手に持つスチェッキンの銃口をショボンに向けようとした時、背後から警備員が悲鳴じみた声を上げながら警棒を振りかざして迫って来た。

242 名前:>>239さん 今日は比較的早めに終わります 投稿日:2010/06/21(月) 00:59:32.58 ID:DqcwrMPM0
無言、そして無表情のまま肩越しに銃口を背に向け、銃爪を引いた。
警備員の眉間に綺麗な穴が空き、背後に脳髄と骨片をぶちまけて即死した。
結果を確かめる為に一瞥した顔は依然として恐怖に引き攣ったままで、恐怖から解放された喜びが微かに口元に窺える。
一体何を見た―――

―――この疑念に、覚えがあった。

ξ゚听)ξ「まさか、あの時屋上で荒巻達を狂わせたのは、貴方だったの?」

男の顔から眼を離し、ショボンを見る。

(´・ω・`)「おお、凄い、よく分かったね。
      うん、そうだよ。
      あれは僕がやったことだ。
      君が危なかったからね、あれしか方法がなかった」

ξ゚听)ξ「味方だったり敵だったり、忙しそうね」

二人の警備員が、再装填を終えたMP5をツンの背中に向けた。

警備員「し、死ねぇえええ!!」

銃声より一瞬だけ疾く伏せ、振り返りざまに低い姿勢から二人の急所を一発で正確に撃ち抜く。
鈍痛は相変わらず収まらず、脈打つように痛んだ。
しかし、死ぬよりかはマシだった。
死ねば、何もかもが終わりなのだ。

246 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:02:23.32 ID:DqcwrMPM0
生き残った二人の警備員が、泣きながら撃ってきた。
床を転がりつつも、弾倉内の弾全てを一気に叩きこむ。
内数発は急所以外に当たったが、内臓や首筋を傷つけ、やがては死に至る傷を残した。
十数分だけ与えられた死への覚悟の最中も、彼等は正気を取り戻せずにいた。

痛みは正気を導くには至らないと云うことだ。
荒巻達も、互いに傷つけあっていても正気には戻っていなかった。
何はともあれ、駆けつけた警備員を全員始末する事が出来たので、済んだ話だ。
残るは兄者もどきとショボンのみ。

スチェッキンをホルスターに戻し、ヴィントレスに持ち替え、ショボンに向ける。

ξ゚听)ξ「……」

ショボンには尋ねたいことがあったが、それは己の胸に留めておくとしよう。
今や武装していないショボンに、勝機は無い。
一見すればそうだが、あの不可解極まりない攻撃がまだ残されている。
仕組みが分からない以上、下手な手出しが出来ないのもまた、忌々しい事実であった。

深追いは禁物だが、それでも追って獲物を狩ろうと思うならば、一つ以上の罠か切り札を用意すべし。
デレデレが時折ツンに言って聞かせた言葉を思い出し、それが銃爪を引かせなかった。
安易に殺せる状況には、何かしらの背景がある。
単純に相手が弱いのであれば考えるまでも無いが、ショボンは喰わせ者だ。

一筋縄ではいかない事は証明済みの上に、こちらは罠も切り札も用意していない。

(´・ω・`)「お母さんの言う事をしっかり聞いている様だね。
      いい子に育ってくれて、僕はとても安心したよ」

ξ゚听)ξ「……っ」

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:06:08.01 ID:DqcwrMPM0
動揺が顔に出てしまったのも、無理はない。
デレデレの忠告を知っている者は、デレデレと親しい者しかいないからだ。

(´・ω・`)「ふふふ、そこまで驚く事じゃないさ。
      今はまだ、ね」

ショボンの言葉が持つ衝撃に、ツンは背後で立ち上がった男の存在に気付けなかった。
断固たる意思と目的を持ったその男の眼は、まだ死んでいない。
男の名は、流石・兄者―――





―――を演じている、流石・弟者だった。





――――――――――――――――――――

253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:10:30.92 ID:DqcwrMPM0
時は遡る。
歯車城で歯車王が終焉の宣言をした時の、数時間後。
ナイチンゲールから移送された妹者の傍らに、二人の兄弟がいた。
流石・兄者とその弟である弟者だ。

ベッドの上で安らかに眠りについている妹者の寝顔を見ながら、兄弟は複雑な心境だった。
やがて、兄者が外に出て話をしようと身振りで言ってきたので、弟者はそれに従った。
深夜の病院で出歩いているのは、誰もいない。
病室から歩いて少しの場所にある談話室に立ち寄り、周囲に人が誰もいない事を確認するようにしてから、兄者は言った。

( ´_ゝ`)「このままで、本当にいいのか?」

弟者が予想していた通りの言葉だった。

(´<_` )「さっき言われただろう、俺達はもう役割を果たしたって」

だから、あらかじめ用意されていた答えを出した。

( ´_ゝ`)「確かにそうだ。
      だが、俺は今でも納得していない。
      お前だってそうだろ?」

(´<_` )「……」

弟者は答えられなかった。
兄者の言う事は、非の打ち所が無く、全てが正しいからだ。
眼の前に出された分不相応の褒美に何の疑問も持たずに手を伸ばして、いい気はしない。

256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:14:01.52 ID:DqcwrMPM0
( ´_ゝ`)「妹者の命と、俺達のやった行動はイコールなのか?
      ……あぁ、わかってるさ。
      これが欺瞞だっていうのは、よく分かってる。
      ただな、自己満足するにはまだ足りないと思ったんだ」

(´<_` )「何が言いたいんだ、兄者」

弟者の問いかけをはぐらかす様に、兄者は近くにあった自動販売機へと歩み寄った。
少し間を開け、弟者もそれに続く。
硬貨を入れて、適当な飲み物のボタンを二つ押す。
出て来た内の一つを弟者に投げて渡し、兄者は自分の分を取った。

プルタブに二人同時に指を掛け、一気に開けた。
弟者はコーヒー、兄者はカフェオレ。
二人が自動販売機で優先的に飲むのは、決まってこれだった。
手近なソファに並んで腰を下ろし、兄者が重い口を開く。

( ´_ゝ`)「……お前に頼みたい事がある」

兄者はカフェオレを一口飲み、口の中を湿らせ、喉を潤わせた。
そして、爆弾を落とした。

( ´_ゝ`)「妹者を、先に連れて帰ってくれ。 
      俺はこの都で、まだやり残したことがあるんだ。
      借りを返しきらないままじゃ、どうにも納得できない。
      金は俺の持ってきた鞄の中に入ってるから、妹者に何でも好きな物を買ってやってくれ」

(´<_` )「……」

( ´_ゝ`)「馬鹿な兄で、すまなかったな」

259 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:18:03.81 ID:DqcwrMPM0
薄く笑った兄者。
いつも見せている陽気な姿は、家族を支える者としての仮面だ。
決して表に心の内を出さず、心配事を表に出さない兄者を、弟者は密かに尊敬していた。
兄者が死ぬ気なのは、明らかだった。

(´<_` )「待てよ、兄者」

( ´_ゝ`)「ん?
      おいおい、お別れのキスなんて止めてくれよ。
      俺の分は妹者に取っておいてあるんだ」

こんな時でも、弟者に心配を掛けまいと振る舞う。
どこまで行っても、兄者は兄者、弟者の自慢の兄に変わりは無い。
決して敵わない。
で、あるからこそ。

(´<_` )「俺が行く」

( ´_ゝ`)「妹者の婿か?
      だったら俺を越えていくんだな。
      そう簡単には渡さんぞ」

(´<_` )「俺が、兄者の代わりに行くと言っているんだ。
     だから、兄者が妹者を連れて先に帰るんだよ」

流石に、兄者の顔から余裕が消えた。
聞き分けのない子供に言い聞かせるように、兄者はゆっくりと、だがしっかりと言葉を発した。

262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:22:06.85 ID:DqcwrMPM0
( ´_ゝ`)「……いいか、お前はこの都の連中にそこまで面が割れていない。
      面が割れれば、生き残っても直ぐに殺し屋が向けられるだけだ。
      特に、クールノーなんて云うおっかない連中が相手に廻ったら、お前だけじゃなく妹者まで危ない。
      その点、俺は一旦死んだ事になってるし、最初から面が割れてる。

      お前らに振りかかろうであろう問題は全て、俺の名、俺の顔が背負う。
      そしてこれは、もう俺達の自分勝手な自己満足の為の行動だ。
      リスク管理ぐらい分かるだろ?」

(´<_` )「要は俺の顔が分からなければそれでいいんだろ?
     簡単だ。
     光学不可視化迷彩を使えば、大抵のことはできる」

( ´_ゝ`)「駄目だ。
      いいか、お前は俺の弟なんだ。
      頼むから、俺の言う事を聞いてくれ。
      お前がいなくなったら妹者が悲しむ」

即座に、弟者は切り返した。

(´<_` )「それは兄者でも同じ事だろ。
     なぁ、兄者よ。
     今度は俺の番だ。
     いつまでも兄者にばかり面倒を処理させてたら、俺はいつまで経っても兄者に甘えたままの弟だ。

     それに、俺達は家族だろ!」

気付けば、弟者の声は湿り気を帯びていた。
涙声で抗議する弟者を見て、兄者は深い溜息を吐いた。
これ以上の問答が時間の無駄なのは、明らかだ。

264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:26:04.66 ID:DqcwrMPM0
( ´_ゝ`)「……分かった、分かったから泣くな。
      でもその代わり、三つだけ約束しろ。
      一つ、装備と準備を整える際、俺も立ち会う。
      二つ、何があっても決して諦めない。

      そしてこれが一番重要だ。
      妹者の結婚式には、ケチしないで絶対に上等なスーツを着て来るんだぞ」

言い換えればそれは、生きて帰って来いと云う事。
時間が経ってからでもいいから、帰って来いと言っていた。

(´<_` )「はははっ、なぁに、妹者の婿が決まった時点でそいつを殴りに行くさ」

( ´_ゝ`)「あぁ、そうだな。
      何せ、"俺達"が命を懸ける妹だからな。
      そう簡単には渡さないさ」

にっ、と笑い合い、手にしていた缶を軽くぶつけ合った。
翌日から、兄者は弟者に銃を渡し、射撃の練習をさせた。
銃とは無縁の世界で生きて来た弟者は、まずはそこから始めなければならなかった。
心配をよそに、瞬く間に銃の腕を上げた弟者は次に装備を整える事にした。

弟者が恐らく闘うであろう相手が持っている銃の弾丸は、徹甲弾以上の威力がある。
となれば、一般的な防弾チョッキでは意味がない。
そこで兄者が持ち出したのは、貞子鉄鋼業の遺作とも言える特殊な金属だった。
受けた衝撃の分だけ硬度を増すそれがあれば、相手の弾丸を防げる。

266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:30:08.21 ID:DqcwrMPM0
より改良を重ね、軽量化に成功。
スーツの下に着ても目立たない程の薄さを実現し、装備は整った。
次に、どのようにして場所を把握するかと云う問題が出たが、それは直ぐに解決できた。
日程は事前に分かっていた為、目標の行動を把握していれば問題なかったのだ。

様々な事を考慮した結果、ツンとブーンの二人が目標に設定された。
そして。
その時が来た。
二人がゴング・オブ・グローリーに向かっているとの情報で、兄者と弟者は動き出した。

兄者は妹者を連れて故郷へ。
弟者は二人を待ち構える店へ。
それこそが、ショボンのいる店だった。
最初、弟者が来店した時、ショボンは眼を丸くして驚いていた。

(´・ω・`)「あれれ?
      あっれ〜?
      どうしてここに?」

事情を手短に説明して、弟者は光学不可視化迷彩のスイッチを入れた。
瞬く間に、弟者は兄者へと変わった。

(´・ω・`)「……ふむ。
     いいよ。
     人数が増えるのはむしろ歓迎だ。
     ある意味、君は関係ないとは言えないからね。

     ただ、ここから先は君達を一切庇えない事を理解しておいてくれよ。
     二人も、それならいいね?」

268 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:34:01.69 ID:DqcwrMPM0
( <●><●>)「えぇ、断る理由がありません。
        短い間ですが、またよろしくお願いします」

( ><)「脚だけは引っ張らないでほしいんです!」

( ´_ゝ`)「はははっ、大丈夫だ。
      兄者の姿は、二十年以上ずっと見てきているんだ。
      真似なら誰にも負けないさ」

最後に、兄者に扮する弟者は、こう付け加えた。






( ´_ゝ`)「譲る気は、毛頭ないがな」





――――――――――――――――――――

271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:37:53.17 ID:DqcwrMPM0
背後で男が立ち上がったのに気付いたツンは、ショボンに向けていた銃口を動かそうか判断に迷った。
先程から銃口は忙しなくその標的を変え、銃爪を引くタイミングが訪れない。
一対二の構図は、これが厄介だ。
前後に展開されると、移動に支障が出る。

動くとしたら横。
それも即座に向きを反転させ、二人を同時に視界に捉える格好にならなければならない。
一度に二人を視界に収める事が、何よりも重要だった。
正面にいるショボンは銃器を持っていないのに対して、背後の兄者もどきは銃を持っている。

背を見せても危険かどうかは、直ぐに答えが出た。
ショボンは後回し。
先に、兄者もどきを処理。
一瞬の間に考えをまとめ、即座に行動に移した。

銃口が転じて、兄者もどきの顔を捉える。

ξ゚听)ξ「いつまでそうやってるのよ?
      よりにもよって、あんな男の真似事なんかして」

(;´_ゝ`)「五月蠅い、俺は兄者、流石・兄者だ!
      俺を、俺を馬鹿にするな!」

何を必死になっているのか、兄者もどきは正体が見破られているにも拘らず、頑なに兄者だと主張した。
そこに何の意味があったとしても、ツンに関係がなければどうでもいい。
銃爪を引き絞って、ヴィントレスが弾丸を吐き出した。
ギリギリで兄者もどきはそれを避けたが、顔の傍を掠め飛んだ銃弾は光学不可視化迷彩を払い落した。

兄者もどきの素顔が、露わになった。

274 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:40:54.25 ID:DqcwrMPM0
(´<_`;)「くっ……!」

手に持つコルトをツンに向けようとしたので、ツンはそれを右手ごと撃ち抜いて防いだ。
手首から先が吹き飛び、コルトを握ったままの右手が床に落ちる。
驚いた事に、兄者によく似た男は悲鳴を上げずにそれを耐えた。
空いた手で止血を試みようとした為、左肩を撃ち抜く。

(´<_`;)「……っぐぅ!」

大きな穴の空いた左肩は、一瞬だけ皮一枚で繋がっていたが、自重に耐え兼ねて落ちた。
これで、この男の行動権は剥奪した事になる。
格闘が得意そうな顔には見えないし、激しい動きをすれば余計に血を失って死が近づくだけだ。
そうでなくとも、止血が出来ない体になっている為、放っておいても勝手に死ぬだろう。

ξ゚听)ξ「で、自称兄者さん。
      あんた、どこの誰なのよ?」

(´<_`;)「へへへっ、さて、誰……だろ―――」

減らず口を叩かれる前に、ツンは男の太股を撃った。
一瞬だけ体勢を崩しかけたが、意外な事に倒れない。
もう片方の足も撃とうとした時、ショボンが溜息を吐いて制止の声を掛けた。

(´・ω・`)「……その辺で止めてあげてくれるかな?」

276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:44:28.22 ID:DqcwrMPM0
話を聞く理由は無かったが、何故か断ろうとも思わなかった。
撃ち殺さなくても、この兄者もどきは時間が経てば死ぬからだ。
それに、ショボンが進んで正面に動いてくれるのであれば助かる。
一旦ショボンに銃口を向け、さっさと行くように促す。

(´・ω・`)「ありがとう。
      ……こんな事を言いたくはないんだけど。
      やっぱり、君は来るべきじゃなかったのかもしれないね。
      でもおかげで、大分助かったよ、ありがとう」

両手を上げて無抵抗を主張しながら、男の元に歩みよる。

(´<_`;)「知って……たさ、そのぐらい。
      自分の得意不得意……ぐらい、よく分かってる。
      まぁ、人を……殺さずに済んだだけ……良かったさ。
      ……すまない」

夥しい量の血が、男の足元に血溜まりを作っていた。
ショボンが血溜に一歩を踏み入れると、それが波紋となって男の足元に集まる。
男の顔は失血で青ざめ、表情に精気は無い。
だが、涙はあった。

(´・ω・`)「その銃創だと、もって後数分だね。
     その前に、一つだけでも君の願いを叶えてあげよう。
     これは僕からのお礼だ。
     すまなかったね、こんな事に巻き込んでしまって」

男は親指と人差し指を合わせ、それを男の目の前に差し伸ばした。

(;<_; )「……うっ」

279 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:47:05.96 ID:DqcwrMPM0
男の顔から、滂沱の涙が流れ出した。
頬から伝わり落ちた涙が、足元の血溜に落ちる。
ここで頭を吹き飛ばして楽にしても良いが、寝覚めが悪くなってしまうとの理由で、ツンは撃たずにおいた。

(´・ω・`)「……お休み、そしてお疲れ様」

パチン、と指が鳴る。
男が、力なく血溜に崩れ落ちた。
虚ろな眼は天井に向けられ、次第に笑顔を浮かべ始めた。
擦れる様な声が、男の口から洩れた。

(;<_; )「あ、あぁ……ああっ……
     あ……に、じゃ……
     約束……守った……ぞ……
     い、一番……上等な……スーツで……」

呼吸が浅くなり、男の言葉は途切れ途切れに紡がれる。

(;<_; )「……あ、あぁ。
     見ろ……よ、兄者……
     綺麗だ……な……綺麗になった……なぁ……
     本当……に、綺麗だなぁ……」

手を失った右腕を、天井に向けて伸ばす。
まるで、そこにある何かを掴むように。
男は果たして、せめてその幻想の中で何かを掴めたのだろうか。
表情を見れば、それは考えるまでも無い。

(;<_; )「……幸せ……に、幸せになって……くれよ。
      俺達の……自慢の……」

285 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:51:10.46 ID:DqcwrMPM0
一際大きく息を吸った時。
ふつりと言葉が途切れ、男は動かなくなった。
ゆっくりと息が吐き出され、伸ばしていた腕が血溜に落ちる。
眼を見開いたまま、幸せそうな表情で、男は死んだ。

結局名前は分からなかったが、兄者の関係者だった事だけは分かった。
これで、残るは一人。

(´・ω・`)「……さて、どうしたものかな」

開いたままの男の瞼を下ろしてやりながら、ショボンは言った。

ξ゚听)ξ「そいつの後を追ってみる?」

銃口はもうショボンの頭を捉えている。
これで、生殺与奪権はツンの手の中。
銃爪に掛けられた人差し指に、全てが委ねられた。

(´・ω・`)「生憎だけど、僕は君と同じで神も仏も天気予報も信じていないんだ。
      僕は死ぬわけじゃない。
      止まるだけだよ、永久にね」

ξ゚听)ξ「……ところで、貴方は何で私にあの奇妙な技を使わないのかしら?」

ショボンの眉毛が、困った様に一層垂れた。

(´・ω・`)「今はまだ使えないんだよ。
     今は、ね。
     僕は使い時って言うのを考えているんだ」

288 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:54:01.36 ID:DqcwrMPM0
ξ゚听)ξ「出し惜しんでいる暇は、与えないわよ。
      じゃ、さっさと―――」

( <●><●>)「そうはさせませんよ、ツンさん!」

背後から、ぞっとするような声が聞こえた。
反射的にヴィントレスを顔の前に掲げて振りむいた時、木製の銃床が綺麗に両断された。
切り離された銃傷を捨て、一瞬でストックレスになったヴィントレスを男に向け、フルオートで放つ。
弾倉内の弾丸が全て吐き出されるのに、三秒とかからなかった。

弾倉には、数発しか残されていなかったのだ。
斜めに構えた戦斧の鎬で、銃弾は弾かれてしまった。
背後にはショボンがいる為、バックステップで下がらずにサイドステップで横に移動する。
ショボンの能力値は未知数だが、この距離でも攻撃を仕掛けてこないのを考慮すると、どうやら接近は不慣れらしい。

あまり脅威として認識できないが、放っておくわけにもいかない。
それよりも、一体ブーンはどこに行っているのだ。

( ><)「後ろいただきなんです!」

ξ゚听)ξ「舐めんじゃないわよ!」

易々と二度背を取られては、"神槍"の名折れだ。
こうなる事を半ば予期していたツンは、身を低く伏せ、振り返らずに馬の様に蹴り上げた。
その際、肋骨の辺りに熱を持った痛みが走ったが、歯を食いしばって耐えた。

( ><)「おわっ?!」

290 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 01:57:06.05 ID:DqcwrMPM0
繰り出した脚は運よくワカンナイデスの鳩尾に命中し、そのまま後ろに蹴り飛ばした。
前方から、ワカッテマスが戦斧を振り上げて肉薄してくる。
ヴィントレスの弾倉は、今は空だ。
再装填の時間は無い。

( <●><●>)「せいっ!」

気合い一閃。

(;<●><●>)「ぬあっ?!」

その一閃がツンの首に触れる前に、ワカッテマスの背を無数の銃弾が襲いかかった。
入口で息を切らせ、遊底の引き切ったグロックの弾倉を交換するのは、ツンの窮地を救った張本人。

(;^ω^)「待った……かお?」

呼吸を整えながら、ブーンがツンの傍に駆け寄る。
二人は身を寄せ合いながら後ずさりして、三人から離れる。
ブーンがいる間に、ツンはスチェッキンとヴィントレスの弾倉を交換して両手に構えた。
そうしてから、少しだけ嬉しそうに言う。

ξ゚听)ξ「……少しだけ」

最強の"楯"と最強の"槍"が、ここに揃った。
それを見て、ショボンは薄らと笑う。

(´・ω・`)「うん、分かっていても来たね。
      そうでなければ、僕としても遣り甲斐がない。
      じゃあ、見せてもらおうか。
      君達の強さを」

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:01:06.31 ID:DqcwrMPM0
指を合わせ、ショボンが構える。

( ^ω^)「……ツン」

ξ゚听)ξ「ん、何?」

( ^ω^)「もし、"楯"が邪魔になることになったら……
      迷わずに―――」

言葉の途中で、ショボンの指が音を鳴らした。
突然、ブーンは体をくの字に折り曲げ、床に膝から崩れ落ちた。
頭を押さえ、声にならない絶叫を上げ始める。
その様子を見て、ツンは眉を顰めた。

ξ゚听)ξ「……ったく、なんなのよ、もう」

ショボンの指が音を鳴らすと、対象者に何らかの影響が出ると考えて間違いない。
兄者もどきの男、警備員、荒巻達、そしてブーンだ。
共通点と云えば、皆男と云うことぐらいだ。
それは対して有益な共通点とは言えず、性別に関係なく通用するだろう。

痛みでは眼を覚まさない事は既に知っている為、強引にブーンを元に戻す方法は分からない。
諸悪の根源を殺しても、元に戻るかどうかの保証はない。
下手に殺せないのが厄介だった。
一体、ブーンはどのような幻覚を見ているだろうか。

出来れば、刃向ってくるのだけは勘弁してほしい。

( ゚ω゚)「あっ……が……」

293 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:04:41.59 ID:DqcwrMPM0
(´・ω・`)「さて、これで2.5対1だ。
     この状況、どう切り抜ける?」

試験監督が試験開始を告げる様な一言は、殺し合いの合図。
ビロード兄弟が、左右に展開しながら一気に迫って来る。
ブーンはそれには反応を示さず、未だ床の上でもがき苦しんでいた。
動くか、否か。

答えは決まっている。
動かなければ、殺されてしまう。
故に、動く。
その決意がアドレナリンを分泌させ、痛みを和らげた。

ξ゚听)ξ「しっ!」

両手の銃口を、それぞれに向け、銃爪を引く。
二人は銃弾を弾きながらも、一切速度を落とさない。
ツンは迎え撃つようにして、二人の間に向かって走り出した。
案の定、二人はブーンに構おうとせず、ツンに向かって足首の動きだけで進路を変更。

ワカッテマスが切り上げ、ワカンナイデスが切り下げる。
見事な連携だ。
二人が健在な限り、この連携は決して揺るがないだろう。
それはつまり、片方が欠ければ大分楽になると云う事。

二人の繰り出した斬撃が生み出した僅かな隙間に、躊躇うことなくツンは飛び込む。
生まれついての動体視力の良さと男顔負けの潔さが、ツンの行動の助けとなった。
間一髪で避けるのに成功すると、ツンは立ち上がりざまに二人の背中に銃弾の雨を浴びせかける。
先程、ブーンが銃弾を浴びせていたワカッテマスの体が、大きく仰け反ってバランスが崩れた。

294 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:07:05.90 ID:DqcwrMPM0
(;<●><●>)「ぐぅっ?!」

だが、まだ胸を撫で下ろすには早い。
あくまでもワカッテマスは仰け反っただけで、行動不能に陥った訳ではない。
おまけに、ワカンナイデスは狼狽することなく冷静なまま、ワカッテマスの援護に入っていた。
信じがたい意志力の強さと連携力だ。

だが、こちらの思考を巡らせる速度は更にその上をゆく。
遅い早いに拘わらず、援護に入る事は予想の範囲内だ。
これ以上予想外の事態が起きれば、どうしようもない。
そうはさせない。

ξ゚听)ξ「……む!」

大振りな戦斧だが、攻撃用の武器である以上、どうしても護れない個所が発生する。
細い柄の部分と、戦斧の届かない場所だ。
この二か所を素早く、かつ事前に予想して撃てば、弾を当てられる可能性はある。
相手が優先的に防ぐ場所は、決まっていた。

一撃でも食らえば死に至る急所。
つまり、心臓と頭だ。
そこを防ぐ間、無防備になるのは下半身。
取り分け狙うべきは、脚だ。

足は行動の要所であり、支えであるからだ。
援護に入ったワカンナイデスの無防備な足にスチェッキン。
ワカッテマスの急所を護るその戦斧をそこに釘付けにする為、ヴィントレスはあえてそこに向けた。
まずは、ワカンナイデスの脚を撃ち抜いてから確実に機動力を奪い取って、それから血祭りに上げる。

コンマ一秒にも満たない時間で分析、判断をしたツンは、両手の銃爪を同時に引いてそれらを実行に移した。

296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:10:54.20 ID:DqcwrMPM0
(;<●><●>)「まぁ、そう来るでしょうね」

( ><)「むしろ、そう来なかったらどうしようかと思っていました」

ξ;゚听)ξ「なっ!?」

驚愕した。
二人の連携力を見込んで、その隙を突いたはずの銃撃が。
それすらも見通され、裏を読まれた。
信じ難い光景が、眼の前では起きていた。

ワカンナイデスの戦斧はその役割を果たし、ツンの銃弾からワカッテマスを守った。
ワカッテマスの戦斧は、ワカンナイデスの足元で構えられていたのだ。
二人の見せた数少ない隙に目を奪われ、肝心な事を見逃していた。
戦斧は、二振り存在するのだ。

体勢を崩して隙の生まれたと思われたワカッテマスの戦斧が、ワカンナイデスの脚を守ったのだ。
それは構える、とは少し違ったかもしれない。
恐らく、柄を握っていた手から力を抜いただけだろう。
だからこそ、予測できなかった。

見た時には、弾丸は店の壁を抉り取った後だ。
まんまと援護に成功したワカンナイデスが、ワカッテマスを支える。
その時、ブーンに動きがあった。

(;゚ω゚)「ぐお、おおおお!!」

299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:14:19.87 ID:DqcwrMPM0
血走った眼が三人を睨みつつ、ブーンは雄叫びを上げながら立ち上がり、ふらふらと近づいて来た。
三人はその姿に目を奪われ、その先で、ブーンは両手のグロックを三人に向ける。
敵味方の区別がついていないのか。
それとも、ツンを狙っているのか。

答えは、銃声の後に分かる。
スリリングなクイズショーをするつもりはないので、ツンはブーンが与えてくれたこの隙に、二人に対してもう一度銃撃を行った。
ツンの意図に気付いた二人は、即座に銃口が狙う場所を互いにカバーし合う。
そこに、ブーンのグロックが横に走る雨を浴びせかけた。

一度にカバーできるのは一方向である為、二人はまともに銃弾をその身に浴びてその場に転倒した。
正気を失っていたと思われていたブーンが、まともに行動した。
非の打ちようのない、完璧な不意打ちだ。

(´・ω・`)「おおっ、凄い。
      いやはや、恐れ入った。
      ……どうやら、僕達は君達を少し見くびっていたらしい。
      いい意味で、予想を裏切られたよ。

      ブーンもなかなかどうして、男らしくなったじゃないか。
      お父さんと同じで、土壇場の意地はすごいね。
      僕達が思っているよりも、君達はずっと強くなっていたんだね」

(;゚ω゚)「ひぎっ、うあああ!!」

身を捩り、ブーンは両手のグロックを遂に取り落とした。
まるで、体中を炎に焼かれている様な、全身に走る痛みに耐える様な、悲痛な叫びが上がる。
転倒した二人の喉に、ツンは照準を合わせて銃爪を引いた。
この隙は、ブーンの意地が作ってくれた貴重なものだ。

300 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:17:31.45 ID:DqcwrMPM0
一瞬たりとも無駄にはしない。

(;><)「……う、ぐ……あぁっ」

ワカンナイデスの喉は穿てたが、ワカッテマスは地面を転がって回避した。

(;<●><●>)「しっ!!」

あれだけの銃弾を浴びていながら、よくここまで動けるなと感心した。
両手の銃の弾倉が空になったのが分かると、ツンはヴィントレスを捨て、スチェッキンの弾倉を取り出した。
最後の一つとなった予備弾倉を装填しかけた、正にその時。
ワカッテマスが、地面から爆ぜるようにして飛んで来た。

(;<●><●>)「そんなこたぁ、分かってました!!」

頭上に構えた大振りの戦斧が、振り下ろされる。

(;゚ω゚)「あぁぁぁ!!」

当たるかと思われたその斬撃は、横合いから突如現れたブーンによって防がれた。
ツンの前に楯のように現れたブーンは、ツンを庇って右肩から袈裟切りにされた。
防弾服が幾らか防いだが、深い切創から鮮血が溢れ出す。
危うく骨が切れる所だった。

致命傷のギリギリ手前、と云った傷だ。

(;゚ω゚)「ぬっ、あああっ!!」

302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:20:26.62 ID:DqcwrMPM0
それでも倒れない。
槍を護る為の楯、それがブーンだ。
この苦痛を耐えなければ、今後、後悔するのは楽な道を進んだ者である。
どれだけ痛くても、これだけは護り抜く。

ワカッテマスは振り下ろした戦斧をもう一度掲げ、左から袈裟切りに振り下ろす。
傷を負ったブーンに、避けるだけの余力と気力は残されていなかった。
鋭利な切っ先が、首筋を狙う。
黒曜石の様な輝きを放つ刃が迫る。

そして―――

ワカッテマスの視界から、ブーンが消えた。
否。
横に蹴り飛ばされ、単に視界から外れただけだ。
誰が蹴り飛ばしたのか。



それは、一人しかいない。



(;<●><●>)「なっ!?」

ワカッテマスの予想に、この展開は無かった。
また、見ていたショボンも予想できなかった。

(;´・ω・`)「にっ!?」

305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:24:13.49 ID:DqcwrMPM0
まさか。
よりにもよって。

―――あのツンが、"槍"が"楯"を庇った。

ξ;゚听)ξ「……!!」

斬撃は、左の額から右頬に向けて、致命傷ではないが深い傷を残した。
驚いた事に、ツンは悲鳴一つ、呻き声一つ上げていない。
驚愕の面持ちのワカッテマスは、内心で感動していた。
何と強い絆であろうか。

( <●><●>)「……よく、ここまで」

初弾が装填されたスチェッキンが、ワカッテマスの顔に向けられ、至近距離から一気に弾が撃ち込まれる。
顔の半分を失ったワカッテマスは、背中からワカンナイデスの横に倒れた。

(;><)「よ、かっ……」

喉を穿たれたワカンナイデスも、息絶えた。
血の流れ出る傷口を押さえ、ツンは言った。

ξ∩-゚)ξ「っつ……
       後は、貴方で終わりね」

硝煙の立ち上るスチェッキンを、ショボンに向ける。

(´・ω・`)「……そうか、これで終わりか
      案外、早かったなぁ。
      いや、長かったけど、短かった」

307 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:27:20.69 ID:DqcwrMPM0
窓の外から、救急車のサイレンの音が聞こえて来る。
誰かが連絡したのだろう。
丁度いい。
ブーンを病院に連れて行かなければ、手遅れになってしまう。

(´・ω・`)「さて、止まる前にブーンを元に戻そう」

そう言って指を鳴らすと、ブーンの眼に光が戻った。
今度は切創に苦痛の声を漏らし始めた。
つくづく難儀な男である。

(´・ω・`)「止血剤とかは、レジの下にある。
      早めに使っておかないと、大変な事になってしまうよ」

ショボンの声は、落ち着き払っていた。
静かな声は、これから殺されようとしている男の物とは思えない。

(´・ω・`)「最後は君だよ、ツン。
      15年ぶりになるけど、君に返そう。
      もう話す事は無いから、これだけは言っておこうかな。
      やり残しはよくない。

      ……本当に、立派になったね。
      口元と目元は、お父さんそっくりだ。
      顔立ちや髪はお母さん譲りだね。
      君達の成長した姿を見れて、僕達はもう十分満足した。

      この先、二人で一緒に頑張るんだよ。
      それじゃあ寂しいけど、"さようなら"、だ」

308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:30:40.71 ID:DqcwrMPM0
笑顔のままショボンが言い終わり、指を鳴らす。
それと同時に、スチェッキンの銃声が響く。
銃弾は、ショボンの眉間を撃ち抜いた。

ξ∩-゚)ξ「っ!?」

記憶が。
封じ込められていた記憶が、ツンの奥底から湧きだしてきた。
思い出した。
全て、思い出した。

その時にはもう、ショボンは満足げな表情を浮かべたまま死んでいる。
茫然とした。
スチェッキンが手から落ちる。

ξ∩-゚)ξ「ショボン……おじさん……?」

死んだショボンに声を掛けても、当然返答は無い。
先に殺したワカッテマスとワカンナイデスを見るが、やはり同じく絶命していた。
知っている。
二人は双子で、よく遊んでくれた。

思い出し、取り返しのつかない事をしたと知った時にはもう全てが終わった後だ。
溜飲仕掛けた後悔の言葉を飲み込み、ツンは眼を逸らした。
這った姿勢で粉末止血剤の袋と格闘しているブーンの元に近付き、その手から袋を奪い取る。
代わりに開けてやり、屈みこんで服を脱がせ、ブーンの傷口にその中身をたっぷりと振りかけた。

ブーンは痛みを堪え、喉の奥で悲鳴を上げる。
新たな止血剤を取り出し、またそこに掛ける。

310 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:33:24.94 ID:DqcwrMPM0
(;^ω^)「……」

秘密が発覚してしまった子供の様にバツの悪そうな顔をして、ブーンはツンを見上げた。
分かっている。
ブーンに悪意があった訳ではないことぐらい。
それでも、訊かずにはいられなかった。

ξ∩-゚)ξ「……あんた、知ってたの?」

静かにそう問いかけながらも、ツンはブーンの手当てを続ける。
包帯を取り出し、ブーンの体に袈裟がけにぐるぐると巻く。

(;^ω^)「……」

ξ∩-゚)ξ「……そう」

無言を肯定と捉え、ツンは包帯の端を結んだ。
そして、ブーンの眼を真っ直ぐに見つめて言った。

ξ∩-゚)ξ「いいわ、言いたくないなら言わないでも」

(;^ω^)「あっ、あの……」

急いで何か言おうとするブーンを差し置いて、ツンは続ける。

ξ∩-゚)ξ「その代わり」

遠くから、バタバタと跫音が近づいて来る。
ガチャガチャと装備が鳴る音から、救急隊員だと確信した。
ツンはブーンの肩を担ぎ、持ち上げる。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/06/21(月) 02:36:27.39 ID:DqcwrMPM0
ξ∩-゚)ξ「一つだけ、約束して」

ブーンと肩を並べて店の出口に向かうツンが、静かに囁いた。

ξ∩-゚)ξ「この先、無茶だけはしないで。
       あんたに死なれたら、私が困るのよ」

廊下に出ると、眼の前から救急隊員が駆けよって来た所だった。
最後に、ツンは付け足した。



ξ∩-゚)ξ「私達は、二人で一人なんだから」



その日は、泣きたいぐらいに悲しい夜だった。
だが、ツンは涙を見せない。
その代わりだったのか。
それとも、どこかにいる別の誰かの代わりだろうか。


―――都の空から、大粒の雨が泣き声を上げて降り始めた。
    その泣き声は、長く、長く続いたのだった。


Episode02 -Two as One-
      End


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