('A`)と歯車の都のようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:07:25.89 ID:nhOfUZtQ0
歯車の都の裏通りには、奇妙な一角が存在する。
都の裏を取り仕切る大小合わせて50を越える組織の頂点に位置する、上位三組織の本部が連なって建っているのだ。
力の"帝王"率いる水平線会、知の"女帝"が従えるクールノーファミリー。
そして、義の"魔王"を尊ぶロマネスク一家。

上記三つの組織が俗に言う、御三家である。
この三組織は5年前の水平線会元会長、荒巻スカルチノフの失脚以来、表だって友好的な関係にある。
それもそのはず。
御三家の首領は皆、歳は違うが気心の知れた幼馴染であるからだ。

おまけに水平線会の現会長とクールノーファミリーのゴッドマザーは、さながら夫婦の様な関係にあった。
両者は共に同い年で、成人を向かえた娘と息子がいる。
娘は二人の実子だが、息子は血の繋がりが全くない養子だった。
この事実を知る者は限られており、組織内でも古参の者しか知らない。

例えば。
クールノーファミリーが誇る、強力な二人の側近。
"クールノーの番犬"の異名を持つ、ペニサス伊藤とギコ・マギータの二人組もそれを知る者の内の数少ない一人である。

(,,゚Д゚)「はい」

"獅子将"ギコは、手に持っていた黒塗りのアタッシュケースから一枚の書類を取り出し、机の上に置いた。
書面にはフォントサイズの小さな文字がズラリと並び、最後に直筆の署名と拇印が押されている。
一番上の部分には、土地権利書と書かれていた。
紙面を注意深く見ると、拇印の色が不自然に赤黒い事に気が付く。

観察力の鋭い者が見れば、それが血の拇印であることに気付くのに、そう時間は要さない。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:11:10.86 ID:nhOfUZtQ0
('、`*川「はい」

"智将"、"リボルバー"の二つの渾名を持つペニサスは、脇に持っていたクリアファイルをギコの書類の横に置いた。
こちらもフォントサイズが小さい割に文字の数が多く、読む気力を一気に失う効果がある。
これは契約者に書類の内容を最後まで読ませない為の、小さな技術の一つだ。
契約を早めに終わらせるためには、このような工夫の積み重ねが効果を発揮する。

こちらの書類には契約書と太字で書かれていて、血の拇印は無かった。
代わりに、達筆とは言い難い筆記体でサインがされていた。
想像力豊かな者が見れば、何かで脅されて書かされたサインだと思うだろう。
実際、これはペニサスが傍らで44口径のマグナム銃をちらつかせながら、あくまでも自分の意志で書かせた書類だった。

サインさえあれば、後でどのような事を言われても無関係を通せばいい。
彼等裏社会の人間は時として、実力を行使する事が度々ある。
場合によっては、死者が出る展開も決して珍しくは無い。
あくまでも殺すのは最終手段であり、万が一殺すとしたら、相手が銃を向けて来た、こちらを欺こうとした、情報をリークして裏切ろうとした場合などだけだ。

交渉はあくまでも穏便かつ迅速に、がクールノーファミリーの定めた原則である。
幸いなことに、二人が請け負った仕事は一人の死人も出さずに済んでいた。
ちなみに。
発砲した数で言えば、ペニサスが0発なのに対し、ギコは6発。

交渉術の技量の差は、発砲数から分かる様に明らかだった。
肘掛けの付いた高級な椅子に深々と腰を下ろしていた金髪碧眼の女性が、机の上に置かれた書類を一瞥して満足げに頷いた。
書類から顔を上げ、女性は柔らかな笑みを浮かべつつ、ギコとペニサスの瞳を真っ直ぐに見る。

ζ(゚ー゚*ζ「凄いじゃない!
       今回も御苦労さまでした、ペニ、ギコ。
       いつもありがとうね、おかげでとっても助かっているわ」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:15:04.81 ID:nhOfUZtQ0
十代半ばの少女の様に若々しく、呼吸さえ忘れてしまう美しい容姿。
世界中の彫刻や絵画の中にいる女性が嫉妬と羨望を覚える程の、圧倒的な美貌と理想的な体型。
優しげな眼をしたこの絶世の美女こそが、クールノーファミリーのゴッドマザー、クールノー・デレデレ、その人である。
ここ、デレデレの私室にはギコ、ペニサス、そしてデレデレの三人だけしかいない。

偽りや上辺だけの労いの言葉では無く、デレデレの言葉には確かな感謝の念と誠意が込められていた。
誠意のある言葉だからこそ、二人の働きは最終的に報酬では無く満足感で締めくくられる。
無論、報酬は今回の仕事に関わった者全員に、その働きに応じて支払われていた。
最も、クールノーファミリーに属するほぼ全ての者は、高額な報酬よりもこの労いの言葉の方が貴重だと思っている。

デレデレに褒められたいという一心から従う者も、決して少なくない。
と云うのにも、理由がある。
クールノーファミリーに所属する者達の中には孤児が多い。
一昔前の都で生まれた世代には、別に珍しい話でもない。

無計画で無責任な親が多く、産んでは捨てるか、変態に売るかが平然と行われていた時代があった。
孤児院が捨て子で溢れ返る時期もあったが、今ではそれも収まり、最盛期に比べると大分減っている。
産まれながらに親に捨てられた手合いは皆、親の愛情を知らずに育ち、それに飢えていた。
クールノーファミリーの母であるデレデレは、そう言った者達にとって唯一絶対の母親であった。

母に褒められた事がない者は、それに憧れ、求める。
それ故に、デレデレを"我が母"と呼んで慕う者は後を絶たない。
ペニサスとギコも例外ではない。

('、`*川「いえいえ、この程度の仕事なら簡単ですよ、我が母」

(,,゚Д゚)「ですから、どうかお気になさらず」

絶妙なタイミングで、息の合った言葉を繋ぐ。
義姉弟ならではの阿吽の呼吸こそが、二人が"クールノーの番犬"として恐れられている所以である。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:19:02.84 ID:nhOfUZtQ0
ζ(゚ー゚*ζ「うふふ、謙遜しないの。
       最近出たエビスのイイやつが冷蔵庫に入ってるから、今回の仕事に参加してくれた皆で飲んでちょうだい。
       久しぶりに長い仕事だったから、みんな疲れているでしょう?」

実は、交渉を得意としているクールノーファミリーにしては珍しく、今回の交渉に三日も掛けてしまっていた。
仕事を終えて帰って来た途端に眠りについた者がいる事から、この三日間が如何に過酷だったか推察できるだろう。
交渉相手が一筋縄でいけば当日の内に片がついた筈だったが、今回の相手はいずれも厄介な類に分類される輩だった。
ギコが担当したのは、歯車通りで武器販売を営んでいたジャンゴ社に対する立ち退き要求及び、その土地の購入。

ジャンゴ社の社長は、守銭奴として一部の企業家達の間では有名人だった。
最近の騒動で盛大な被害を被った際、売り物は無断で好き放題使用され、挙げ句は店が物理的に倒壊。
完璧に店を破壊されてこの先商売が再び軌道に乗るのは些か無理があり、ジャンゴ社が毎月の必要経費だけで倒産するのは時間の問題だった。
土地を売れば一応の事態は解決するが、ジャンゴ社の存続が不可能になるため、売却は最後の手段として見送られていた。

仮に土地を売った場合でも、社長の手元に入る金は無事に経営していた頃よりも一回り低くなる。
それでも一財産と言うに値する金額だが、一度湧き上がる金の味を覚えた者が、そう簡単に金の泉を手放すわけがない。
土地の売り時を推測するのはこの都では難しい事ではないが、やはりある程度の上限がある。
金に魅入られたジャンゴ社の社長は、その上限より更に上の金額でなければ売るつもりは無かった。

社長曰く。

"いつか、いつの日か。
ジャンゴ社が力を取り戻せれば、この日々は終わる"

だそうだ。
今まではここまで壊れていなかったが、やはり先の騒動で店を台無しにされてからは、ずっとこの調子だった。
表通りにある仮設の店の社長室で一人呟き、ぼやく日々。
過去の栄光に救いを求め、最近は依存性の高い薬物にも手を出したという情報が、薬屋からクールノーファミリーに提供された。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:23:24.03 ID:nhOfUZtQ0
加えて、月に数百万の謝礼金を社長に払う事が条件に盛り込まれており、あまりの横暴さに誰も手を付けようとはしていなかった。
喉から手が出るほど欲している企業は数多だが、社長の提示した条件を満たせる企業は数少ない。
用意出来たとしても、それだけのリスクを払ってもリターンは良くてそれと同額かそれ以下。
賢い経営者達はジャンゴ社の社長が死ぬか失脚するかを、虎視眈々と待っているしかない状況だった。

それが、つい先程までの話。
膠着状態にあった状況を変える為に行動を起こしたのは、表社会の面々では無く裏社会のクールノーファミリーだった。
最初の二日はギコ達が苦手とする交渉、最後に用いたのは暴力による実力行使。
屈強な十数人の男達を引き従え、ギコがジャンゴ社の社長宅に訪問。

銃をちらつかせ、社長の股の間に6発のマグナム弾を撃ち込み、恐怖で失禁した社長の額に熱を持った銃口を押し付け、全てが終わった。
泣き叫びながら社長は売却を承諾。
馬鹿げた条件を取り下げさせたが、売値は社長の希望通りの金額にした。
最後に、権利書に血の拇印を押させて、ギコ達の仕事は終わった。

一方のペニサスはと言えば、流石としか言えない無駄の無さだった。
選りすぐりの5名の女達を引き連れ、ペニサスが担当したのはギコが買収した土地の転売だった。
権利書をまだ手に入れていない段階での売りの為、これは先売り扱いにされる。
先売りのもたらすリスクと金額のせいで、多くの企業はペニサスの話に乗るか否かと手を拱いていた。

デレデレの保証付きとなれば、相手に必要なのは長年の経験で培った素早い決断力だけだった。
そして、最初に乗り出したのはメルタトービル社だった。
クールノーファミリーの提示した条件を全て飲むかと思われたが、やはり優れた経営者は違う。
代わりに、一つだけ条件を出してきた。

メルタトービル社の警備に、クールノーファミリーの人員を貸してくれと言って来たのだ。
確かに、並みの警備員よりも優れた戦闘力と武器を持つクールノーファミリーの面々だが、それはお門違いだった。
警備は警備会社に任せればいい。
これが交渉を長引かせる原因となった。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:27:07.51 ID:nhOfUZtQ0
クールノーファミリーはあくまでも、デレデレの為。
つまり、自分達が慕う首領の為に働く。
企業の金持ち達を護る為に働くなど、彼等は心の底からお断りだった。
ペニサスの仕事は、転売を成功させ、相手の条件を却下する事。

最初の二日は、交渉が予想以上に長引き、徒労に終わった。
だが、最終日。
ペニサスは一人の女性を連れて行き、交渉を始めた。

ハハ ロ -ロ)ハ『You wanna employ fucking guards, don't you?』

それが交渉と呼べたかどうかは定かではないが、効果はあった。
娼館を営むミセリ・フィディックの部下である、ハロー・サン。
彼女の過去には謎が多いが、噂では、幼くして娼館に売られた経歴があるらしい。
人間として大切な歯車を一つ程欠落している事を除けば、彼女は非常に優秀な人材である。

その事は、一度彼女と共に仕事をした者ならば分かる。
狂っているのは人間としてだけであって、仕事の場合はまるで別人の様に立ち振舞う。
ワイン色のフレームをしたメガネの奥にある瞳は、その時ばかりは正気を取り戻し、鋭い輝きを宿らせる。
ただし、仕事中に話かけでもすれば、やはり彼女は"クレイジー・ハロー"だと再認識させられる。

質問文を言い終わった時のハローの瞳は、明らかに狩人のそれだった。
ハローが向かいに座るメルタトービル社の交渉人を見た時、交渉相手の顔が変わったのをペニサスは見逃さなかった。
明らかに、ハローの実力を知っている顔だ。
その隙を逃さず、相手の条件に対してペニサスが逆に提案したのは、こうだ。

('、`*川『クールノーの者はやれませんが、こちらの方が何かと便利ですよ』

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:31:07.50 ID:nhOfUZtQ0
銃を堂々とぶっ放す娼婦。
ミセリの配下には、そのような勇ましい娼婦が多くいた。
皆顔立ちが良く、男受けする様な仕草は完璧、女心も分かっている。
それを警備として雇えば、客の印象が良くなるのは確実だ。

しかし、と何かを言いかけた経営者は、次の瞬間には無言で何度も頷いていた。
ペニサス達が懐から一斉に得物を取り出したのを見てしまえば、そうする他なかったのだ。
斯くして交渉は終わりを告げ、三日間に及ぶ交渉は幕を閉じたのである。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、そうだ。
       今ウチの皆と連絡は取れる?」

ふと、思い出したかのようにデレデレが二人に尋ねた。
答えたのは、ペニサスだった。

('、`*川「はい、いつでも可能です。
     何か御用でも?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、とても大切なことよ。
       勿論、あなた達も含めてね」

ギコとペニサスの背中が、鉄板でも入れたかの様に一層ピンと伸びる。
デレデレの言う大切は、彼等にとって死活問題になる場合がほとんどだ。
一言一句聞き逃さないよう、二人は気を引き締め、耳に神経を集中させた。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:35:04.20 ID:nhOfUZtQ0
ζ(゚ー゚*ζ「全員に、今夜は都でどんな騒ぎが起きても絶対にそれに介入しないよう伝えて頂戴。
       爆発しても、銃声が聞こえても、どこかに攻め込まれない限り絶対に手を出しては駄目。
       久しぶりに皆で休んでいてくれればそれでいいわ。
       なんだったら、でぃの家に遊びに行っても良いわよ。

       もし行くなら、お土産ぐらいは持って行ってね。
       私はちょっとナイチンゲールに用があるから出かけて来るけど、お願いね」

(,,゚Д゚)「でしたら、俺が一緒に」

デレデレの護衛を申し出ようとしたギコだが、デレデレは小さく首を横に振った。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、でぃも一緒だから。
       心配してくれてありがと、ギコ」

そう言ってデレデレはゆっくりと腰を上げ、二人の前に歩いて行く。
二人の前に来たデレデレは満面の笑みを浮かべ、両手を二人の頭の後ろに回して豊満な胸にぎゅっと抱きしめた。
突然の事に、二人は何をしていいのか分からず、眼を白黒させる。

ζ(゚ー゚*ζ「うふふ、何年ぶりかしらね、貴方達をこうやって抱きしめるのは」

頭の後ろに伸ばした手で、二人の頭を撫でる。
母が子を抱きしめ、愛しむような優しげな手つき。
甘い香りと柔らかな温もりに、二人の体から力が抜けて行く。

(,,゚Д゚)「う、うぁ」

('、`*川「……っ」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:39:57.95 ID:nhOfUZtQ0
この歳でこれをされるのは非常に恥ずかしかったが、安らかな心地から離れるのも惜しかった。
やがてデレデレが二人を解放するまで、二人はデレデレの胸に抱かれたままでいた。
名残惜しげに二人を離したデレデレが、付け加える様にして言う。

ζ(゚ー゚*ζ「そうそう、二人とも。
       台所にオニギリがあるから、皆で食べてちょうだいな。
       お漬物は冷蔵庫の野菜室ね。
       私は着替えてから出かけるから」

ギコの耳が、ピクリと反応した。
デレデレの作った料理は、クールノーファミリー内では殴り合いに発展する程の人気がある。
特に、オニギリともなれば流血沙汰になるかもしれない。
皆に知らせなければならないが、それは三つほど食べてからでもいいだろうと、ギコは一瞬で考えていた。

('、`*川「では、せめて見送りだけでも」

ζ(゚ー゚*ζ「だーめ。
       今は、食べて飲んで休んで笑う時なのよ」

デレデレは可愛らしくそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
柔らかな声は、二人の耳朶を優しく擽る。
それはまるで、春風の様に優しくて心地いい。
短く礼をして、二人は部屋を後にした。

二人を見送ってから、デレデレは急いで外出の支度を整え始めた。
"クールノーの番犬"は、その事に気付いていない。

今は、まだ。

――――――――――――――――――――

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:43:22.44 ID:nhOfUZtQ0
水平線会にある、一つの薄暗い部屋。
必要最低限の家具だけが置かれたその部屋に、三人の男がいた。
部屋の所有者である一人は肘掛けのついた椅子に腰を下ろし、残る二人は机を挟んで直立している。
水平線会会長、内藤・でぃ・ホライゾンは見積書に向けていた目線を上げ、机の前で直立不動の姿勢を取っている二人に目を向けた。

(#゚;;-゚)「……」

血の様に赤く鋭い眼が見るのは、二人の腹心の男。
金髪の男、トラギコ・バクスター。
茶髪の男、ミルナ・アンダーソン。
二人とも元軍人であるにも拘らず、でぃの視線に僅かだが怯んだ様子を見せた。

戦場で敵の銃口に晒されることは幾度もあったが、軍人時代にここまで怯んだ事は一度しかない。
ミルナは密林で500を超える民兵に待ち伏せにあって追われた時、トラギコは帰還途中で遭遇したエースパイロットとドッグファイトをした時。
あの時感じた圧迫感や緊張感よりも、でぃの視線の方がよっぽど二人を怯ませ得る。

(;=゚д゚)「……」

(;゚д゚ )「……」

でぃに渡した書類に、これといって不備は無い筈だった。
二人で繰り返し読んで、念入りに確認したのだ。
ひょっとして、仕事の成果に不満があるのだろうか。
無言の圧力に耐え兼ね、遂にミルナが重い口を開いた。

(;゚д゚ )「な、何か問題がありましたか?」

その言葉を言うだけでも相当な勇気が必要で、ミルナの背中には冷や汗が浮かんでいた。

(#゚;;-゚)「……」

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:47:02.11 ID:nhOfUZtQ0
ミルナの言葉を反芻している様子も無く、でぃは無言のままだ。
続いて、トラギコも口を開く。

(;=゚д゚)「か、会長。
    問題があれば何なりと言ってくださいラギ」

トラギコの掌から汗が滲み出す。

(#゚;;-゚)「……」

が、やはり無言。
でぃは二人から目線を逸らして、また書類に戻した。
ややあって、でぃがようやく気恥ずかしそうに言葉を発した。

(#゚;;-゚)「……上出来だ」

その時、でぃの口元が僅かに笑みの形を作ったのを、二人は見逃さなかった。
15年前に出逢ってからずっと付き合いのある二人なら、これぐらいは出来て当然だ。
だからこそ、でぃの笑顔のありがたみをよく知っていた。

(;=゚д゚)「……よ」

(;゚д゚ )「よかった……」

緊張を解いて思わず安堵の溜息を吐いた二人の非礼を、でぃは咎めようとしない。
長い付き合いだ、この程度の些事は気にならない。
でぃにとって、自分を父と慕ってくれるミルナとトラギコは家族も同然。
せめて、家族しかいない場所では気楽にしてもらいたいと、でぃが密かに思っている事はデレデレしか知らなかった。

(#゚;;-゚)「ご苦労だったな」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:51:16.46 ID:nhOfUZtQ0
書類を机の上に置いて、でぃが二人に向き直る。
再び、二人の体が緊張に強張った。

(#゚;;-゚)「……何か、訊きたそうな顔をしているな。
    ミルナ、言ってみろ」

(;゚д゚ )「え?」

迂闊にも、ミルナは態度と声に出してそれに反応してしまった。
でぃの言った通り、ミルナは今回の仕事について一つ訊きたい事があったのだ。
今回、ミルナとトラギコが行った仕事。
それは、ナイチンゲールの補修工事の依頼だった。

大騒動の少し前、入院中のギコ達を人質に立て篭もった馬鹿共を制圧する為、大掛かりな作戦が展開された。
思えば、あれはハインリッヒやジョルジュの実力を測る為でもあったのかもしれない。
その際、ナイチンゲールの内装は銃弾と爆弾で破壊され、ロビーの床には大穴が空いた。
あの穴が、後の大騒動で役に立つとは、あの時はデレデレ達以外誰も想像しなかっただろう。

修理は当分見送られる予定であったが、数ヶ月前、何の前触れも無く突如として修理が決定された。
その仕事の依頼をするため、ミルナとトラギコはミセリの弟子である"穴掘り"阿部の元を訪れた。
ゲイバーを営む傍ら、阿部はこう言った修理や破壊の仕事を密かに請け負っており、ロビーの床の破壊も、彼等の仕事だった。
問題があるとすれば、それはやはり阿部の存在そのものだった。

男色家である阿部の元に"男"である二人が行けば、何をされるか分かったものではない。
女であれば問題は無いのだが、水平線会で現場に出るのは基本的に男しかいない。
筋骨隆々の男色家の群れに囲まれては、大の男でも涙目になってしまう。
以前、"あの"ギコがナイチンゲール爆破の件で菓子折を持って行った所、泣きながら帰って来たそうだ。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:55:13.94 ID:nhOfUZtQ0
それ以来、各組織の間で阿部の元に訪問する際は必ず二人以上の屈強な男で行くべしと決まったのは、記憶に新しい。
仕事でミルナが感じた疑問は一つ。
理由だった。

(;゚д゚ )「あの、どうして今さらナイチンゲールを?」

大騒動の影響もあって、廃墟と化していたナイチンゲール。
何故、今それを修復する必要があったのか。
このタイミングに、何か意味があるのだろうか。

(#゚;;-゚)「……む。
    なに、簡単だ。
    この先、必要になるからだ」

意味有り気な発言を残すと、でぃが立ち上がった。

(#゚;;-゚)「……ミルナ、トラギコ」

( ゚д゚ )「っ!」

(=゚д゚)「っ!」

でぃの呼びかけに、二人揃って軍人時代の癖が出た。
直立不動の姿勢。
反り返る程真っ直ぐに伸ばした背中。
命令を待つ忠実な番犬が如く、二人は言葉の続きを待つ。

(#゚;;-゚)「今すぐ、ウチの者全員に伝えろ。
    今夜は、都でどんな騒ぎがあっても、絶対に介入するなと。
    ……他所に出かけている連中にも伝えられるか?」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 20:59:50.74 ID:nhOfUZtQ0
"帝王"の命令に、二人は短く、しかしハッキリとした口調で答えた。

( ゚д゚ )「無論です、我が父!」

(=゚д゚)「三分で、いや、一分で終わらせますラギ、我が父!」

(#゚;;-゚)「……む」

そう唸ると、でぃは席を立った。
静かに二人の前にやって来ると、でぃは薄く微笑んだ。

(#゚;;-゚)「いつも……ありがとう。
    おかげで助かっている」

言って、でぃは二人の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
不器用ながらも、その感謝の気持ちは二人にしっかりと伝わった。
トラギコもミルナも、一瞬は狐につままれたような顔をしたが、次の瞬間には元通りになっている。

( ゚д゚ )「……っ!
     では、今から取りかかります!」

(=゚д゚)「ミルナ、違うラギ!
    今すぐやるラギ!」

泣きそうなほど喜んだ表情で、二人はでぃの私室から急いで出て行く。
扉が閉まり、一人残されたでぃは小さく呟いた。

(#゚;;-゚)「……すまないな」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:03:15.20 ID:nhOfUZtQ0
机に戻り、指紋認証の錠が付いた引き出しを開く。
そこには、一つの白い封筒があった。
それを取り出し、机の上に置く。
封筒の中にあるのは、二枚の便せん。

一枚目に記されているのは、今後の水平線会についての指示を書き綴ったもの。
これから起こる事態の後、どのようにして立ち回るか。
誰が何をして、どのようにするのかが事細かに書き記されている。
残る一枚は、ミルナとトラギコに対しての手紙。

(#゚;;-゚)「……」

ネクタイを外し、あらかじめ用意してあったネクタイに結び直す。
慣れた手つきで素早く、だが綺麗に結び目を作り、それを軽く締める。
ワイシャツの第一、第二ボタンは予め外しあるので息苦しくは無い。
スーツの上着に袖を通し、コートスタンドに掛けておいたロングコートを羽織る。

(#゚;;-゚)「……」

でぃは無言で、誰にも気付かれることなく、夜の静けさに同化するようにして水平線会を後にした。
トラギコとミルナは、その事に気付かない。



今は、まだ。



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74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:07:15.86 ID:nhOfUZtQ0
御三家の本部前にある通りは、いつになく静かだった。
いつもなら聞こえて来る筈の、誰のものかも分からない呻き声や野良犬の遠吠えすらも、今夜は聞こえてこない。
少し肌寒い風が吹き、雲行きは怪しく、色はどす黒くて分厚い。
ふと、水平線会とクールノーファミリーの敷地から、それぞれ一人分の人影が出て来た。

(#゚;;-゚)

水平線会会長、"帝王"内藤・でぃ・ホライゾン。
そして、クールノーファミリーゴッドマザー、"女帝"クールノー・デレデレ。

ζ(゚ー゚*ζ

特に何も言うでもなく二人は互いに歩み寄って並び、手を繋いで同じ方向を見つめて歩き出した。
目指すは、都で最高の医療設備が取り揃えられていたナイチンゲール。
この時、二人の格好を見た者がいたら、首を傾げざるを得なかっただろう
―――何故なら、二人の服装は紛れも無く、喪服であったからだ。






               ただし、二人の姿を見咎めた生物はその場にただの一つも存在しなかった。







80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:10:43.53 ID:nhOfUZtQ0



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('A`)と歯車の都のようです
   第三部【終焉編】
    -Episode03-

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84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:14:06.27 ID:nhOfUZtQ0
ナイチンゲールの補修工事は、朝から夕方に掛けて行われる。
騒音が周囲の民家に与える影響を考慮しての事もあったが、最大の理由は治安だ。
屈強で唸る"穴掘り"の部下は、裏社会に属していると言っても風俗に携わる人間だ。
銃の扱いや、殺し合いは基本的に専門外である。

不逞の輩の肛門を破壊する事に長けていても、銃で風穴を開けるのはどうにも好まないらしい。
一方、阿部の師匠であるミセリは、自分は元より、娼館で働く娼婦全員に銃の扱いを徹底していた。
時折、娼館を利用する客の中にはどうしようも無い荒くれ者が来る場合がある。
大事な家族である娼婦が成す術も無く客に犯されるようでは、この都では生きて行けないからだ。

工事期間中、ナイチンゲールの周囲には高いフェンスが設置されている。
そして、夜間になるとそのフェンスには高圧電流が流れるようになっていた。
人が触れれば即死するだけの電流が流れるフェンスの向こうに行くには、正面にある関係者用の入り口から入るしかない。
日毎に変わる15桁の暗証番号と指紋認証、そしてカードスキャンを終えて、初めて内部に入る事が出来る。

滞りなく暗証番号を撃ち終えたでぃは、指紋認証を終え、懐から銀色のカードを取り出し、スキャナーを通した。
それまで赤く点灯していたランプが、緑色に点灯する。
ゆっくりと内側に開いた扉をくぐり抜け、人が通り抜けた事を識別した扉が自動で閉められた
再びランプが赤く点灯し、施錠された事を示す。

手を繋いで、でぃに寄り添っていたデレデレが、口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「でぃ、大丈夫?」

(#゚;;-゚)「……む」

ζ(゚ー゚*ζ「私も、よ」

言葉と云うより、でぃの心中を察したデレデレが寂しげにそう言った。
浮かぶ笑顔の下に、ちらりと暗い影がよぎる。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:18:05.52 ID:nhOfUZtQ0
(#゚;;-゚)「……むぅ」

心配そうに唸ったでぃ。
努めて明るい声で、デレデレはハッキリと言った。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、決めた事はやり通す。
      そうよね?」

(#゚;;-゚)「……ん」

肯定するように、でぃが答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「昔、私に言ってくれたじゃない」

(#゚;;-゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「"頑張らなくても良いんだ"、って」

指を絡めて繋いだ手に、デレデレは少しだけ力を込めた。
同じ力で、でぃは握り返す。
二人はガラスが張られていない正面入り口から内部に入り、そのまま進んで行く。
電気は通っているが肝心の電灯が付けられていない為、内部はひどく暗い。

道中の暗闇で眼が慣れた二人に、それは支障にならなかった。
ロビーの大穴は半分が修復されており、二人は崩落していない安全な場所を選んで通った。
さしたる問題もなく、エレベーターの前に来てボタンを押す。
それに反応して扉が開き、二人はその中に入る。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:22:44.48 ID:nhOfUZtQ0
でぃは屋上行きのボタンを押して、扉を閉めた。
二人を乗せた昇降機が、最上階を目指して静かに上昇を始める。
屋上に到着した昇降機から二人が降りた時、その手は得物を握りしめていた。

(#゚;;-゚)

喪服と同じように光沢は無く、ただ鈍い黒色をしたそれは、巨大な自動拳銃。
鉄塊すら砕く威力を秘めたその拳銃は、現水平線会会長の証。
破壊力に重きを置いて改造を施したデザートイーグル、"帝王の牙"。
二挺構えのその姿からは、"帝王"の渾名に引けを取らない威厳と威圧感が漂っていた。

ζ(゚ー゚*ζ

デレデレが持つ拳銃の銃口の下部には、小振りで鋭利な銃剣が取り付けられている。
それは、トラギコとミルナが普段使用している自動拳銃。
撃つだけでなく、突き刺す事も出来るよう設計、改造された拳銃はベレッタM8000"クーガー"。
鈍い光を放つ銃を持つ手は、ミロのヴィーナスの失われた腕にさえ思えた。

屋上は風が強く、二人の髪と服の裾が風に踊る。
デレデレは、眼に掛かった金髪を後ろに漉き上げた。
殺風景な屋上にはベンチが一つと、自動販売機が一つしかない。
二人の視線は、それらではなく目の前に向けて固定されていた。

ζ(゚ー゚*ζ「待ったかしら?」

視線の先には、屋上に設けられた背の高いフェンス越しに都を見下ろしていた二人の人間がいた。
二人の到着に気付いたのか、声を掛けられるより前に、その二人は顔をデレデレ達に向けた。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:26:03.04 ID:nhOfUZtQ0
( ゚∋゚)「いやいや、それほど待ってないでごわすよ」

一人は、巨大な筋肉を搭載した巌の様な男。
上半身は裸だが、その異常な量の筋肉がそんな事を些細な事に見せる。
身に纏っているのは、自前の筋肉で作られた強靭強力な鎧。
数メートル横に、ひっそりと立っていた者も口を開く。

(*゚ー゚)「私達も、ついさっき来たばかりですよ」

ユリの花の様に慎ましやかな笑み。
今にも朽ち果てそうな太古の寺院が持つ、奇妙で儚げな美しさ。
少女の様な笑みで、女性はデレデレの言葉に答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「そう、それならよかったわ。
       ちょっと待っててね、今、電話するから」

そう言って、デレデレは拳銃を持っていない方の手で携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけ始めた。
数分後、数ヵ所に電話を入れ終えたデレデレは携帯電話を懐に戻した。

ζ(゚ー゚*ζ「これで、よし。
       ヒートちゃん、私のプレゼント喜んでくれると嬉しいんだけど、どうかしらね?」

( ゚∋゚)「大丈夫でごわすよ。
    ヒートどんは、絶対に喜んでくれるはずでごわす。
    このおいどんが、かっちり保証するでごわす」

分厚い胸を叩いてそう豪語した男、クックル・アームストロングの上半身の周囲の大気が微かに揺らいだ。
信じがたい事に、それは全てクックルの体から発生した熱が生み出した現象だ。
鉄の様な皮膚に、ホースの様な血管が次々と浮かび上がる。
心なしか、クックルの体が一際大きくなったように見えた。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:30:10.81 ID:nhOfUZtQ0
( ゚∋゚)「……」

(#゚;;-゚)「……」

どちらともなく、でぃとクックルは互いの眼を見た。
両者の落ち着き払った瞳は、これから殺し合いをする者のそれとは思えないほどに静かだった。

( ゚∋゚)「昔よりもずっといい感じでごわすね、でぃどん。
    やっぱり、ツンどんとブーンどんの影響でごわすか?」

(#゚;;-゚)「……ん」

( ゚∋゚)「そうでごわすか。
    いやいや、父は強い生き物でごわすなぁ。
    羨ましいでごわす」

感慨深げに頷いたクックルは、最後にこう言った。

( ゚∋゚)「じゃあ、おいどんも負けていられないでごわすな」

クックルの声は、鈍く、そして重く、鋭いものだった。
一瞬にして、空気が重みを増した。
それっきり無言になり、クックルは丸太のように太い両腕を上に構え、一撃毎に全力を出す構えを取る。
金属かと見紛う程に、その腕は逞しかった。

ζ(゚ー゚*ζ「クックルは仕方ないからいいのだけれど。
       貴女も、私達を止めるつもりかしら?」

そんなクックルから視線を横に移し、デレデレは女性に問うた。
デレデレの問いに、女性は即答した。

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:34:18.94 ID:nhOfUZtQ0
(*゚ー゚)「えぇ。
    私は、まだ生きたいですから」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、しぃちゃん、最初に約束したでしょう?
       自分の為に生きて、歯車王の為に死ぬ覚悟はあるかって」

諭すようにしてデレデレは言ったが、しぃと呼ばれた女性は首を横に振った。

(*゚ー゚)「それでも、私は生きたいんです」

それが純粋な願いであることは、明らかだった。
そして、その決意が揺るがない事は、即答したことからも明白。
いつ、どこから取り出したのだろうか。
両手で構えた歯車式静動チェーンソーが、低い唸りを上げていた。

数十にも及ぶ小さな鋼刃が帯に沿って廻り、その鎖刃は潤滑油によって不気味な輝きを放っている。
あからさまな対立の姿勢を取る女性を見て、デレデレは小さく溜息を吐いた。

ζ(゚ー゚*ζ「……なるほど、それなら仕方ないわ。
       残念ね。
       少し早いけど、ここで貴女の歯車は止まってもらうわ。
       最初から、筋書きは出来ているの、邪魔はさせないわ」

"女帝"が静かにそう告げると、しぃの顔から笑みがすっと消えた。
まるで、今まで浮かべていた笑顔が仮面であったかのように、その表情は硬く、冷たい。
死ぬよりも辛く、そして限りなく死に近い体験をした者だけが浮かべられる表情。

(*゚−゚)「デレデレ様達が相手でも、私は私の命の為に、私のするべき事をします。
    例え、歯車王様との契約を破ろうとも、私は生きます」

114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:36:08.41 ID:nhOfUZtQ0
チェーンソーの鎖刃を一際強く回転させ、しぃは切っ先をデレデレに向けて突き付けた。
それを受け、デレデレは笑顔のまま、こう言い放った。

ζ(゚ー゚*ζ「……貴女が経ち塞がるなら、私達はそれを振り払って進むだけよ。
       歯車も籠の鳥も、自分勝手に動く事は許されないの。
       あ、でも」

何かを思いついたのか、デレデレは言葉を区切った。
そして、最後にこう付け加えた。



ζ(゚ー゚*ζ「夢を見るのは、自由だけどね」




117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:40:11.73 ID:nhOfUZtQ0




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('A`)と歯車の都のようです
第三部【終焉編】
EP03『Dream of Caged birds』

EP03イメージ曲『月光』鬼束ちひろ
ttp://www.youtube.com/watch?v=BkqO6QRcYuE
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121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:44:39.58 ID:nhOfUZtQ0
―――水平線会の創立者が荒巻スカルチノフと誤解される事があるが、それは間違いである。
荒巻はあくまでも水平線会を乗っ取っただけであり、元はと言えばでぃの父親。
裏社会の住人、"白髭"内藤・シラヒーゲ・ホライゾンが設立した組織だ。

( ´W`)

そのシラヒーゲを殺して会長に就任したのが、荒巻スカルチノフである。

/ ,' 3

この都には珍しい任侠者であったシラヒーゲの息子である内藤・でぃ・ホライゾンは、その意志をしっかりと受け継いでいた。
シラヒーゲは筋の通らない事が嫌いで、父親と同様、でぃもそれを嫌悪していた。
己ではどうしようもない状況に陥った者を放ってはおけず、一人で厄介事を抱え込む事が度々あった。
ただし、でぃは生まれつき感情の起伏の乏しく、思った事を表に出さない性格だった。

でぃを産んで間もなくこの世を去った彼の母親の不在が、彼に少なからず影響していたのかもしれない。
男手一つで育てるには、昔から多忙だった当時のシラヒーゲには困難だった。
そこでシラヒーゲは、産まれたばかりのでぃを自ら経営していた孤児院に預けることで、問題を解決しようとした。
母親の愛情が必要だと考えたシラヒーゲの判断は、結果的に見れば間違っていない。

ただ、父親の愛情を感じられる時間が薄かった事を除けば。
兎にも角にも、生まれながら孤児院に預けられたでぃだが、そこには出逢いが待っていた。
そう。
人生を共に歩んで行くパートナー、デレデレとの出逢いである。

立って歩くより前に、二人は出逢った。
運命だとか、そう言った類では無い。
偶然。
あまりにも純粋な偶然の一致。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:48:10.76 ID:nhOfUZtQ0
今では、都でも指折りのクールノーファミリーのゴッドマザーをしているデレデレであるが。
―――デレデレは、捨て子だった。
でぃが孤児院に預けられた日、デレデレは産まれて間もない状態で段ボールに入れられ、孤児院の前に置き捨てられていた。
運よく孤児院前を通り掛かった人がそれを発見して、施設に知らせたのだ。

発見が早かった為、幸いにも命に別状は無かった。
デレデレと言う名が与えられ、彼女は丁度同い年だったでぃと共に育てられる事になった。
育つ過程で都の公用語を学び、遊びを通じて人の心を学んだ。
それでも、彼女には何かが足りないままだった。

当時のデレデレは、何をされても笑顔を絶やさない女の子だったと、当時を知る者は口を揃えて言う。
悪質な意地悪をされても、陰湿な悪口を言われても涙一つ見せず、不平さえ口にしない。
幼くして自らの境遇を知っていた彼女は、彼女なりに己の立場を弁えていたのだろう。
ここで事を荒立てては、親代わりの職員達に迷惑がかかると考えたのだ。

虐めは回数を重ねる毎にエスカレートした。
最初の頃は靴を隠す程度だったが、無抵抗なデレデレを面白がって靴に画鋲や泥を入れ始めた。
デレデレは泣かなかったが、それを見ると困ったような笑顔を浮かべていた。
そんなある日、職員の眼の届かない所で行われていた嫌がらせを止めさせたのは、でぃだった。

虐めに参加していた数人を相手取って一人で喧嘩を挑み、でぃは傷だらけになりながらもデレデレを護り通した。
その後そこで何が起きたのかは、当事者達しか知らない。
ただ、それから二人の距離が急激に縮まり、何かの歯車が廻り始めたのだけは言える。
その日を境に、二人はロマネスクを含む多くの人と出逢い、若くして裏の世界に足を踏み入れる事になった。

そこに至った理由は知られていないが、少なからずロマネスク達の協力と影響があった事は、容易に想像できる。
裏社会の人間に対して恐れることなく、子供とは思えない立ち振舞いを見せ、デレデレは人脈を広げていく事が出来た。
彼女の持つカリスマ性と才能に魅了され、小さな組織やフリーランスの者達が幼い彼女の元に集い始めた。
デレデレの掲げた理想は、彼等にとっても理想であったから自然な流れと言える。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:52:14.68 ID:nhOfUZtQ0
"白髭"が荒巻に謀殺されてから数年、孤児院の経営は苦しくなる一方だった。
孤児院を出たデレデレによってクールノーファミリーが作られ、時を同じくして、でぃは身分を隠して水平線会に加入。
若干13歳のゴッドマザーの誕生を機に、都の裏社会は大きな変動期を向かえる。
後の数十年間裏社会を支配する、御三家と呼ばれる三組織の誕生である。

デレデレとロマネスクの方針は変わらずだが、水平線会の方針は今とは大きく異なった。
当時の荒巻が重視していたのは、"力による支配"だ。
クールノーファミリーとロマネスク一家はそんな荒巻の方針を忌み嫌い、蔑んだ。
ロマネスクは荒巻を無視し、デレデレは罵倒した。

抗争が起きる度にその激しさは増し、治安は順調に悪化の一途を辿った。
しかし、水面下では着々とこの事態を収束させる為の計画が進められていた。
水平線会では、荒巻の信頼を得たでぃの元に三人の腹心が揃う。

(=゚д゚)

( ゚д゚ )

英雄の都の空軍に所属し、エースパイロットだった経験を持つ男、トラギコ・バクスター。
その盟友、英雄の都の陸軍に所属していたミルナ・アンダーソン。
屈強な傭兵達を生み出す事で有名な英雄の都の出身者が、同時に二人。

( ^ω^)

最後に、養子の内藤・ブーン・ホライゾンを護衛として加えた。
その一方。
クールノーファミリーでは後に"番犬"の呼び名で恐れられる二名の側近。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 21:56:04.51 ID:nhOfUZtQ0
('、`*川

(,,゚Д゚)

デレデレ並みに頭の回転がよく、リボルバーの扱いに精通しているペニサス伊藤。
ペニサスの義弟、腕力が取り柄のギコ・マギータの二人を招き入れる。

ξ゚听)ξ

そして、狙撃の技術で母であるデレデレを凌ぐ才能を持つ、デレデレとでぃの愛娘であるクールノー・ツンデレを加える。
以上三名が、その後のクールノーファミリーを支え、発展させるのに大きく貢献する事になったのは、語るまでも無い。
三組織で最も強大な力を持つロマネスク一家には、当時の都を騒がせていた犬神三姉妹。

イ从゚ ー゚ノi、

リi、゚ー ゚イ`!

从´ヮ`从ト

居合切りの達人、犬瓜銀。
トンファー遣い、犬良狼牙。
銃愛好家の犬里千春。
この三人に加えて、優れた暗殺能力を持つ渡辺・フリージア。

从'ー'从

出生を伏せて一家に入り、瞬く間に第二位の地位に君臨したシャキン・ションボルト。

(`・ω・´)

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:00:17.14 ID:nhOfUZtQ0
計五名の優れた家族が揃う。
義を忘れず、義に重きを置くロマネスクを慕う彼等は、ありとあらゆる状況を打破した。
こうして各組織に、それぞれの組織の今後を担う事になる家族が集った。
やがて、機は熟した。

それが、今から五年前。
クールノーファミリーが仕掛けた奇襲に合わせ、水平線会内のでぃ率いる反荒巻派が呼応した。
長らく続いた抗争を終わらせる為の抗争が、遂に勃発。
消音器と減音器を存分に用いた音のない戦争の終わりであると同時に、長く続いた抗争の最後の日である。

最終的にロマネスク一家がクールノーファミリー側に加勢し、反荒巻勢力と共に水平線会を叩き潰しにかかった。
予想外だったのは、暇を持て余したフリーランスのヒートがシャキンと出逢い、彼の左脚を奪った事。
それともう一つ。
当時、会長であった荒巻を取り逃がしてしまったことだ。

―――抗争最終日。
水平線会本部、荒巻スカルチノフの私室。
そこにはロマネスク、でぃ、デレデレ、ツン、渡辺、そして荒巻の計六人がいた。
当然ながら、会合などでは断じて無い。

窓際に荒巻を追い詰めた五名は、荒巻の処遇について話し合っていた。
不吉で暴力的な単語が飛び合い、殺気立った空気が充満する中。
荒巻が、近くに置かれていた趣味の悪いデザインの置物にゆっくりとその手を伸ばしていても、誰も気に留めなかった。
精々、置物を投げるぐらいしか出来ないと判断したからだ。

投げられても対処は出来る。 それが、彼等の失敗だった。
一見して何かの獣を模した悪趣味な置物だが、その実は異なる。
設計上一度しか使えないが、それは強力な火炎放射器だったのだ。
特注で作らせ、誰にも知らせていなかったその存在は、側近にまで上り詰めたでぃですら知らなかった。

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:05:16.27 ID:nhOfUZtQ0
荒巻がニヤリと笑い、置物の首を捻る。
獣の口腔が赤く染まったのを最初に見たのは、置物の正面にいたツンだった。
偶然、比較的距離が離れていたロマネスクと渡辺、そして別方向にいたデレデレは火炎放射の射程外。
炎に包まれるのは、消去法でツンとその横にいるでぃだけだ。

しかし。
何をしていいのか分からないまま立ち尽くしていたツンはでぃによって押し飛ばされ、炎から遠ざけられた。
代わりに、灼熱の炎がでぃを包んだ。
衣服を身に纏っているせいで、炎は全身に容赦なく燃え広がった。

高熱の炎は瞬く間にでぃの皮膚を焼き焦がし、爛れさせる。
全身が炎に包まれ、呼吸は出来ない。
眼を見開く事すら出来ない。
それでも。

それでも、でぃは声一つ洩らさず、その場に立っていた。
決して倒れず、家族を、娘を、ツンを護るために。
父として、それは決して譲れない意志。
揺るぎない信念が、そうさせた。

人が焼ける異臭が部屋中に広がるよりも前。
炎が置物から噴き出した瞬間に、既にデレデレの顔には怒りが浮かんでいた。
対処のしようがない事に憤りを感じつつも、最優先で行動すべき事を実行に移す。
でぃの全身が炎に抱かれる直前、デレデレは叫んだ。

それは、ロマネスクも同じだった。
見えずとも状況を判断して、デレデレと同じ行動を全く同時に取った。
全ては僅か数秒の間で同時に起きた出来事だと言うのに、迷いは微塵も無かった。

『渡辺!』

143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:09:34.17 ID:nhOfUZtQ0
名を呼ばれてからの渡辺の行動は疾かった。
命を受ける前には既に加速の状態に入り、命を受けると同時に動いていた。
一瞬で荒巻の正面に現れ、ケードルを振るう。
ここで、起きてはならない事が起きた。

怒りで力むあまり、渡辺のケードルは荒巻の顔を深々と抉り、そして背後に吹き飛ばしてしまったのだ。
致命傷になり得なかった傷を負った荒巻は、背にしていた窓ガラスを突き破り、建物の外に落ちた。
渡辺が急いで下を覗き込むと、気を失って失禁した荒巻を数人の人影が持ち去って行くところだった。
水平線会を襲撃した際、行方が分からなかったクマー等によって荒巻は回収され、結局殺すことはできなかった。

炎の抱擁から解き放たれたでぃは、立って俯いたまま動かない。
焼け焦げた肌は黒ずみ、ほぼ全身がそのような状態になっていた。
呼吸は浅く、生気は希薄だ。
やがて、ツンがでぃを呼ぶ悲鳴じみた声が響いた。

でぃは愛娘の無事を確認するようにしてから、ゆっくりとその場に膝を付き、前のめりに倒れた。
直後、この部屋へと続く扉からブーン、トラギコ、ミルナ、ペニサス、ギコの五名がツンの悲鳴を聞いて駆け付けた。
事情を聞くよりも先にペニサスは救急車を呼び、ミルナとトラギコが応急処置を施した。
その間、でぃが瞼を開ける事は無かった。

奇跡的に一命を取り留めたが、彼の全身には消え去ることのない痛々しい火傷の痕が残されている。
この事件を機に、ツンはでぃとこれまで以上に距離を置いた。
母の愛する人に怪我をさせたのは、他ならぬ自分の油断だと考えての行動だ。
でぃの事を父と呼ぶまでには、その事件のせいで長い歳月を必要とした。

諸悪の根源である荒巻はそれから数ヵ月潜伏し、突如表社会に浮上。
荒巻コーポレーションなる会社を立ち上げ、瞬く間に成長を遂げた。
すっかり名を馳せた荒巻を殺す機会は少なく、ほぼ皆無と言ってよかった。
復讐を望む者が歯噛みしていたのは、言うまでも無い。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:13:13.54 ID:nhOfUZtQ0
――――――――――――――――――――

(#゚;;-゚)

二つの銃口をクックルに向ける。
所有者と同じく、二挺の拳銃は静かに沈黙を守っている。
銃爪を引けば、獰猛な獣の叫びがその口腔から発せられる。
即ち、破壊の声。

( ゚∋゚)

丸太などでは到底足りない太さの腕には、渾身の力が込められていた。
力み。
剛腕こそが強さだと言わんばかりの力。
解放までは、そう長くない。

一方。

ζ(゚ー゚*ζ

M8000は構えられておらず、デレデレは銃口を下に向けたまま。
戦意がないのではと思われそうだが、そう感じたならばデレデレの擬態に騙されている。
この構えは、相手の動きを制限する為の行為。
デレデレの中では勝負の行方、延いてはこの作戦全体の結末まで出来上がっている。

結末が訪れるのが早いか、遅いかの違いだ。
余計な時間を使うつもりはなく、デレデレはこの殺し合いを短時間で終わらせるつもりでいた。
長い時間を掛けて準備して来た歯車は、絶対に止まらない。
止まらせない。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:16:04.73 ID:nhOfUZtQ0
"女帝"を前にしても尚、しぃは冷静なままだった。
断固たる決意を固めた彼女に、後退の二文字は無い。
後悔も無い。

(*゚−゚)

望むのは、生きる事だけ。
その為になら、命の恩人でも容赦はしない。
威嚇するようにしてチェーンソーの回転を早め、低い位置にそれを構える。
女性の細腕には重いチェーンソーだが、しぃには機械化された体がある。



しぃは密かに回想していた。
あれは、10年以上昔の話だ。




150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:17:52.25 ID:nhOfUZtQ0
――――――――――――――――――――

当時の水平線会会長、荒巻スカルチノフは己の欲望に忠実に生きていた。
性欲、食欲、支配欲。
更なる快楽を求める為に、荒巻はありとあらゆる行為に及んだ。
一流ホテルのシェフを監禁して料理を作らせたり、有名女優を金と暴力で支配したりと、好き放題だった。

取り分け、荒巻の性欲に対する関心は度を越して異常だった。
見境なく女を犯し、凌辱の限りを尽くした。
最初は独り善がりの暴力的な性交。
次に道具を使っての性交、一巡して殴る蹴るの暴行に及ぶ。

最終的に、死に至らしめる程の乱暴な性交にまで発展した。
事実、死人が出た事もある。
出血多量や暴行によるショック死、首を絞められたこと等による窒息死。
だがある意味で、そう言った者達は幸せだっただろう。

生きていくのですら、呼吸するのでさえ苦痛にならずに済んだのだから。
その不幸な少女の一人が、当時10歳になったばかりのしぃだった。
両親が賭博で作った膨大な借金を返済する為、しぃは荒巻に売られた。
不運な事に、当時荒巻の性癖は最悪を極め、死ぬ寸前まで嬲るのが荒巻の好みだった。

しぃが来る前にいた少女は、死ぬ寸前にその腸を引きずり出され、それも使われた。
まだ18歳だったと言う。
水平線会に連れて来られたその日に、しぃは荒巻に犯された。
その際、腹を殴られ、顔を叩かれた。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:21:06.15 ID:nhOfUZtQ0
殴られた傷跡も痛むが、幼いしぃに対して何の配慮も無く性交に及んだ荒巻の影響で、下半身には抉られたような痛みが残っている。
破瓜の血とは別に、肉が裂けた個所からも血が出ていた。
与えられた暗く汚く狭い部屋で、しぃは一人啜り泣いていた。
友人も家族も、たった一日で失った悲しみ。

(*;−;)

訳も分からず両親に捨てられ、非道な暴力を振るわれ。
劣悪な環境下で、生きて行けるのだろうか。
そんな考えも、一週間もしたら無くなっていた。
もう、どうでもよくなっていたのだ。

日常的継続的に振るわれる暴力は、肉体よりも先に精神を破壊した。
精神の崩壊は肉体的苦痛から精神を護る上で、最も効果がある。
最初から壊れていれば、これ以上壊れる事がないからである。
自らの名を忘れるまでは、後少しと言ったところだった。

絶望の淵で、自我を保てたのは一つだけ救いがあったからだ。
たった一人。
一人だけが、彼女に対して人間らしい扱いをしてくれた。
暴力を振るうでもなく、犯すでもない。

ただ、彼女の境遇を不憫に思ったのだろう。
日に三度与えられる残飯の様な食事を運んでくる際、周囲の眼を盗んでまともな食事と取り換えてくれた。
夕飯には必ず、甘いデザートを付けてくれた。
傷が酷い時には傷薬を塗り、熱が出た時には解熱剤を服用させ、痛みで寝付けない時には痛み止めと睡眠薬を持ってきた。

156 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:25:04.00 ID:nhOfUZtQ0
しぃに対して唯一親切に接してくれた者の名は、でぃ。
本名は知らない。
無口で無表情。
何を考えているのかは分からないが、水平線会の中でその存在は異質に見えた。

体力と体調は相変わらずだったが、しぃの精神は徐々に回復し始めていた。
荒巻の行為に体が順応したのか、それとも痛覚がイかれたのか。
定かではないが、明らかに慣れていた。
当初の初心な反応が薄れたことに対して、荒巻は面白くなかったのだろう。

遂に、しぃに薬物を投与し始めた。
投与されてしばらくの間は触れられるだけで絶頂を迎えたが、薬が切れると幻覚が見えた。
数百、否、数千、数万に匹敵する気色の悪い虫が全身を這い上がる光景に恐怖し、失禁した。
泣きながら全身についた幻影の虫を払い落すが、次から次へと体の中から湧き出て来る。

荒巻は満足げに、恐怖で泣き叫ぶしぃを犯した。
幻覚の次は、幻聴だった。
叫び声や嬌声、昔聞いた両親の笑い声。
床の下から何かが引っ掻いている音。

幻覚と相まって、それは次の段階である妄想を助長した。
壊れる寸前を見計らって薬物を投与し、徐々に薬漬けにし始めた。
投与された薬物の依存性は高く、恐怖と不安に耐え兼ねて薬を求めそうになる事が幾度もあった。
今はまだ直前の所で思い留ってはいるものの、後は時間の問題だ。

痣と傷が体中に出来た頃、それは前触れもなく訪れた。
いつものように、でぃがまともな物に取り換えた夕飯をトレイに乗せて持ってきた。
貪る様に食事を食べ終えると、皿の底に何かが書いてあるのに気付いた。

"ここから逃げたければ、この皿を裏返しておけ"

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:29:07.27 ID:nhOfUZtQ0
短く、そう書かれていた。
逡巡を巡らせるまでも無く、しぃは皿をひっくり返した。
最近、思っていた事がある。
荒巻の暴力と凌辱を受けても、未だしぃが健在なのは少し考えればおかしいと気付かれるのは時間の問題だ。

食事や薬の事が明るみになれば、でぃに迷惑がかかるかもしれない。
薬物に漬かり切る前にここから逃げる事が出来たら、或いは。
或いは、もう一度幸せを望めるかもしれなかった。
淡い希望だと知りながら。

翌晩、遂にその時が訪れた。
でぃが持ってきたトレイの上に、一枚の紙とこの部屋の鍵があった。
この部屋は外側から鍵を掛ける方式で、内側からは鍵がない限り開ける事は出来ない。
性奴隷が逃げ出さない為に拵えた部屋だ、これは当たり前の配慮と言える。

去り際にでぃが言った言葉を、しぃは決して忘れない。

『俺に出来るのはここまでだ……
ここから先は、お前の選択が歯車になる。
……じゃあ、な』

直接ハッキリと声を聞いたのは、初めてだったかもしれない。
でぃが部屋を後にして、しぃは急いで紙を開き見た。
水平線会本部の地図及び、ルート、そして警備が手薄になっている場所。
脱出には十分な情報が、11歳になろうかという歳のしぃにもそれが分かる様、そこには記されていた。

食事が済み、いつもの様に荒巻の性処理の時間まで30分となった。
これは、彼女の体内時計が弾きだした数値であり、正確な物ではない。
逃げるには、それでも十分だった。
薬の影響による禁断症状は、今の所ない。

169 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:33:46.64 ID:nhOfUZtQ0
今しかチャンスは無い。
そう判断したしぃは、紙の指示に従って水平線会本部を走り回った。
やがて遂に、誰にも見つかることなく本部から逃げる事に成功した。
自由を手にした時の喜びは、思わず歓喜の声を上げそうになったほどだ。

―――そしてそれは、あまりにも短い夢だった。

路地裏に逃げ込んだ時、しぃの自由は唐突に非情の終わりを告げた。
恰幅のいい男がしぃの前に現れ、ニヤリと下卑た笑いを浮かべる。
引き返そうと、急いで体の向きを変える。
が、いつの間にか背後に別の男が現れており、男の胸に顔をぶつけてしまう。

衝撃で尻もちを付いてしまうが、それどころではない。
男の後ろから別の男が、そのまた後ろから男が。
続々と湧き出て来た男達はしぃを囲み、気持ちの悪い声でクスクスと笑っている。
恐怖に顔が青ざめ、歯の根が合わない。

男達の間をすり抜ける様にして、一人の女性が姿を現した。
当時はフリーランスの殺し屋として名を馳せていた、赤い瞳の銀髪の女性。
渡辺・フリージアである。
荒巻から指示を受け、脱走したしぃの処分を命じられたのだ。

数十人のゴロツキを引き連れて現れた渡辺だったが、後は任せると言い残して、その場を逃げるようにして去った。
その後。
飢えた肉食獣が弱った野兎に襲い掛かる様に、男達は一斉に幼いしぃに群がった。
ボロボロの衣服を引き裂き、その未発達の身体に汚い手を這わせる。

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:37:52.68 ID:nhOfUZtQ0
一度に数人の男がしぃの体を貪った。
荒巻並みの手荒な扱いをする者ばかりで、体中に新しい傷が増えた。
男達の間を一巡する頃には、その体は傷だらけになり、自力で立ち上がる事は出来なくなっていた。
体は血と唾と泥、そして男達の体液で汚され、眼に光は宿っていない。

取り分け汚れと傷が酷かったのは、下半身だ。
血と体液が入り混じった液体が、そこから垂れ、腹には真新しい痣がある。
腹を殴って反応を楽しみ、締まりが緩まないように苦痛を与える。
顔の一部に傷を負っているが、赤く腫れている程度だったのは、気分と性的興奮が萎えないようにする為だろう。

最初の頃は痛みに反応を示していたが、今では殴っても蹴っても、呻き声を上げるだけだ。
サディストの集まりである男達からしたら、期待している反応がないのはあまり面白くない。
おまけに、体液で汚れたしぃを再び犯すのは、いささか気が進まない。
汚い絵を汚しても汚いままだが、綺麗な絵をめちゃくちゃに汚すのとでは達成感が違う。

二巡目に入ろうとしたその時、一人の男が恐ろしい事を提案した。
汚れた穴に嫌々突っ込んでも仕方がないし、楽しくない。
だったら、新しい穴を開けてやればいい。
そう、提案したのだ。

少しの迷いも無く、一人の男がナイフを取り出し、別の男が倒れたまま動かないしぃの顔を持ち上げた。
流石に、ナイフの光沢を見たしぃは恐怖に顔を歪めた。
死の恐怖に歪む顔に、周囲の男達は不気味に笑む。
かすれた声で、しぃは懇願した。

止めて、やめて、と。
だが男は笑うだけ。
徐々にナイフを眼球に近づけ、遂に瞼の下の皮膚に刃先が軽く食い込む。
泣き叫ぶだけの気力は無くとも、涙は流せるし、懇願もできる。

178 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:41:14.77 ID:nhOfUZtQ0
しぃは力の限り懇願した。
何でもするから、それだけは止めてくれと。
無駄だった。
むしろそれは、全くの逆効果だった。

止めてと言われたら、意地でもやり通す。
男は分かった素振りを見せるため、刃を一旦しぃから遠ざけた。
周囲は男がこれから何をするのかを知っているので、あえて残念がる。
絶望の淵にいるしぃが僅かな希望を抱いた表情を見て、男達は全員冷笑を浮かべた。

次の瞬間、しぃの右目に深々とナイフが突き立てられた。
一斉に、笑い声とも歓声とも区別がつかない声が上がる。
しぃの絶叫はその声に負けず劣らず高く響いたが、男達の声はますます高くなった。
強引に抉った眼球は、引き抜く際にナイフに突き刺さったまま取れた。

神経の尾が繋がっていたので、男は手でそれを引き千切った。
ナイフに刺さった眼球をナイフから抜き取り、しぃの口元に運ぶ。
泣きながら首を横に振るも、別の男がしぃの腹を思い切り蹴り飛ばし、強引に口を開かされた。
すかさず口の中に眼球を入れられ、口を閉じさせられ、鼻を摘ままれる。

周囲からコールが響く。
食え、噛め、そして飲め。
右目の激痛のせいで、しぃは半ば気を失っていた。
口を押さえられた上に鼻を摘ままれ、呼吸は出来ない。

死なない様に酸素を得るには、己の眼球を飲み込むしかない。
こんな時でも、生存本能はしぃを生かした。
酸素を求めるあまり、遂に眼球を飲み込んだのだ。
ゴクリと喉が鳴り、弾力性に富んだ眼球が喉を通って胃に落ちる。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:44:19.42 ID:nhOfUZtQ0
その時、何かが壊れる音がした。
音はしぃの心。
今まで精神崩壊を防いでいた最終防壁とも呼べる物が、遂に壊れた。
壊れて、しまった。

まず。
痛みを忘れた。
これはいらない。
呼吸をするのに、痛みは使わない。

次に。
自我を忘れた。
これもいらない。
呼吸をするのに、自我は必要ない。

次々に崩壊の連鎖が起こる。
どのような状態でも、生きる事が出来れば。
その直前で、しぃの思考が。
矜持とも呼べる、最後の壁が声帯を震わせ、狂ったように同じ言葉を口にする。

殺して。
お願いだから。
殺して。
殺してください。

涙が流れ落ちる。
こんな苦痛を味わってまでも、生きたくない。
でも体は許さない。
眼窩に男の陰茎が挿れられても、死を許さなかった。

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:49:07.04 ID:nhOfUZtQ0
男が腰を引く度、赤い血が飛び散った。
文字通り血の涙を流すしぃを他所に、周囲の興奮は最高潮に達している。
狂宴。
サディスト達による狂宴の見物は、眼姦。

死の懇願を無視して、男達は次々にしぃの全身を犯し始めた。
両目を犯さなかったのは、しぃの己の状態を見せる為。
両手の指は当然として、腕も折られ、両脚、肋骨。
兎に角、全身の悉くは性的な快感を得る為に破壊された。

犯す場所が無くなると、今度は遊びに転じた。

『ひひひっ、俺達のじゃもう満足できないだろう?
お前にはこいつがぴったりさ』

汚れて血まみれのしぃの陰部に、男が拳をあてがう。
何をするのか、想像するのはあまりにも簡単だった。
想像した時には、男の拳がしぃの小さな膣を突き進み、子宮へと到達した。
しぃはあまりの衝撃と激痛に、男達の体液の混じった液体を嘔吐した。

意味のない言葉を叫び、泣き叫んだ。
拳はどんどん奥へと突き進み、肘まで入った。
のたうつ度、飛び散った自らの吐瀉物が顔を汚した。
男が拳を引き抜くと、それは真っ赤な血で染まっていた。

荒巻の指示通り、彼等はしぃを完全に壊し、存命を不可能にしたのだ。
誰も犯す気が無くなり、しぃはその場にゴミの様に捨てられた。
こうしていれば、路上生活者の中にいる変質者が拾うか、野犬が喰ってくれる。
余計な掃除代を払わずに済む。

194 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:53:06.48 ID:nhOfUZtQ0
無。
その時のしぃの思考は、完全に無だった。
何も考えず、何も感じない。
生きると云う事に追随して、最後に辿り着く境地。

ただそこに在る。
命と言うよりかは、ただの物。
考えず、感じず、動じない。
精神と肉体を凌辱され、破壊されつくしたしぃは、最早ただ息をする肉塊に成り果てていた。

早く死にたかった。
全身に広がっている苦痛が、それを望ませる。
眼球が失われた眼窩からは、涙の様に血と男達の体液が流れた。
そうして、どれぐらいの時間が流れただろうか。

一分。
いや、十分。
実は一時間だったかもしれない。
いずれにしても、しぃが感じていた時間の長さは本来の長さの二倍はあった。

生ぬるい路地裏に籠っていた獣臭が、一瞬で消えた。
代わりに、より力強い匂い。
こちらは不愉快な臭いでは無く、どちらかと言えば野生の匂いがする。
野犬、ではないだろう。

直後に聞こえて来た重い跫音が、野犬では無い事を雄弁に物語っていた。
人間と同じ、二足歩行の跫音。
ずしり、ずしりと音が近づく。
地面が微かに揺れ、しぃの体も同じように揺れた。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 22:57:09.68 ID:nhOfUZtQ0
物であるしぃに、最早跫音の方向に眼を向ける意志も残されていなかった。
あるがまま、感じるまま、考えない。
死を望んだ以上、自らに降りかかる全てを受け入れる。
―――はずだった。

「ありゃ!?
だだだ、大丈夫でごわすか!?」

酷くうろたえた様子の男の声が、聞こえて来る。
跫音は早まり、しぃを目指してやって来る。

「た、大変でごわす!
おお、お、落ち着くでごわすよ、おいどん!
確か、掌にこうして……」

少し静かになったが、すぐに男は叫んだ。

「だあああっ、そんなことしてる場合じゃないでごわす!
―――どん、どうするでごわすか!?」

誰の名を呼んだのか、偶然にしては出来過ぎた強風がその名を掻き消した。
強風は周囲の匂いを消し、空気を変えた。
決して比喩や例えでは無く、本当に周囲の空気が変わった。
凍える程に冷たい。

それは、ぼやけた意志と意識を強制的に覚まさせるような、強烈な変化だった。
そして、聞こえた。

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:01:46.69 ID:nhOfUZtQ0
『一先ず、お前は落ち着け。
……なるほど、―――の言った通りだったな。
おい、小娘。
死んではいないな?

ならば聞け』

ありとあらゆる声色と性別が混ぜられた、機械の声。
それがしぃを呼んでいるのだと分かるのに、少し時間が掛った。

『生きる事を、本当に諦めたか?』

声は聞こえるだけ。

『本当に、無様な死を望むか?』

構わず、声は続ける。

『人生を悟るには、小娘、お前はまだ幼すぎる。
故に、選ぶ機会をくれてやる』

その後の言葉を、しぃは死ぬまで忘れない。

『自分の為に生き、私の為に死ぬ覚悟はできるか?』

口が動いた。
微かに、擦れるように。
声にならない。
ただ唇が動いただけだ。

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:05:30.20 ID:nhOfUZtQ0
最初は小さかったが。
徐々に、霧が晴れる様に口の動きが大きくなる。
やがて、声になった。
一言。

たった、一言。
いまにも風が吹き払ってしまう程に小さかったが、確かに紡げた。

「まだ……死にたく……な……い」

『いいだろう、ならば私と共に来い。
今日、この時からお前は私の歯車だ』

僅かに間が空き、息を吸ったのが分かる。


『……ようこそ、歯車の都へ』


その時から、しぃは巨大な歯車を回す為の小さな歯車としての生を受けた。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:09:09.72 ID:nhOfUZtQ0
――――――――――――――――――――

仮初の静寂は、やはり長くは続かない。
ましてやそれが殺気立った者達の間に流れる静寂であれば、崩壊は必然と言える。
アクションを起こしたのは、巨体のクックル。
構えていた右の拳を、勢いよく突き出した。

( ゚∋゚)「どっせい!」

しかし、脚は大きく踏み出しておらず、このままでは眼前のでぃに拳は届かない。
虚仮威し。
否、虚仮威しにあらず。
クックルの拳圧は、それだけで空気の砲弾となる。

以前、ドクオもこの拳圧で"殴り飛ばされた"。
塊となった空気の拳が、唸りを上げてでぃに飛来。
でぃはクックルがその体勢に移行した段階で、回避行動を取っていた。
姿を持たない空気の拳は、 網目状のフェンスに直撃し、繋がっていた屋上のフェンス全体を揺らした。

所詮は空気であるため、網目状のフェンスを破壊する事は出来ない。
大振りの右の一撃に続いて、左の拳が繰り出される。
一撃目を大きく左に避けたでぃに向けて、クックルはそれの照準を正確に変更。
一秒足らずの内に、二撃目。

フェンスに対して効果は薄いが、人体に当たればフェンスまで飛ばす事が出来る。
飛び道具が無くても、クックルには筋肉がある。

(#゚;;-゚)「むっ……」

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:13:06.04 ID:nhOfUZtQ0
仰け反る様にして、でぃは二撃目を辛うじて避けた。
避けただけでなく、その体勢から反撃を与えた。
50口径の巨大な弾丸が、クックルの胸に命中。
分厚い筋肉に阻まれて心臓まで到達できず、致命傷も与えられていなかった。

だが、特殊加工を施した弾丸は胸を大きく抉り、そこから鮮血を出す事は出来た。
鉄塊を粉々に砕く"帝王の牙"でも、クックルの筋肉を前にしては苦戦してしまう。
むしろ、称賛すべきはクックルの筋肉の硬さではない。
血を流させるに至った弾丸の威力と、緊急時でも正確に当てたでぃの技量こそが、称賛に値する。

(;゚∋゚)「おー、結構痛いでごわすね」

胸から流れていた血が、早くも止まっているのにでぃは気付いた。
親指が二本は入ろうかと言う穴が空いて、もう血が止まっている。
と云う事はつまり、アドレナリンが過剰分泌されているのだ。
闘争心剥き出しだ。

(#゚;;-゚)「……」

体勢を戻したでぃが、クックルを見つめる。
追撃は掛けず、相手の出方を待っていた。
視線の先で、クックルが僅かに挫きかけた脚を戻す。

( ゚∋゚)「あ、気にしないでいいでごわすよ。
    問題はないでごわす。
    もーまんたい、ってやつでごわすよ」

(#゚;;-゚)「……ん」

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:17:31.72 ID:nhOfUZtQ0
両者が同時に動いた。
クックルは拳圧による攻撃を止め、肉弾戦に切り替える。
持ち前の筋肉を生かすには、やはり接近して殴りかかるしかないと判断したのだ。
戦槌の様に振り上げた両拳を、でぃ目掛けて振り下ろす。

でぃは片足を軸に身を逸らしギリギリでそれを避け、隙だらけの腹部に向かって撃つ。
着弾寸前に、その腹部が異形の形に歪んだ。
クックルが腹筋を本気で固めたのだ。
5発の弾丸は腹筋に僅かにめり込んだが、赤い痕を残すだけで、変形して空しく地面に落ちた。

( ゚∋゚)「いてて……
    おいどんが本気で腹筋に力を入れれば、まぁこんなもんですたい」

地面に触れる寸前の所で停止させていた拳を持ち上げ、一息に薙いだ。
当たれば必殺。
水平線会会長はバックステップで距離を取って直撃を免れたが、拳圧が生んだ暴風に捉えられた。
横薙ぎの強風が、でぃのバランスを崩した。

姿勢に構わず、でぃは大木の様なクックルの腕に銃弾を撃ち込む。
力んだ状態の腕に当たった銃弾は、どうにかダメージを与える事が出来た。
その腕が、大きく旋回した。
さながら、巨大な戦槌が備わった風車の様な力強い旋風。

体勢を立て戻していなかったでぃの体を、見えない拳が横薙ぎに払った。
巨竜の尻尾に当てられた小竜のように、呆気なく後方に吹き飛ぶ。
フェンスに背中から激突して、くぐもった声を上げる。

(#゚;;-゚)「ぐっ……!」

( ゚∋゚)「もう一発ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

226 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:21:10.55 ID:nhOfUZtQ0
柔軟性に富む網目状のフェンスが仇となり、でぃの体がそこに捉えられたまま。
すかさず、離れた距離からそこに向けてクックルが拳を突き出した。
空気の塊が、でぃの全身を容赦なく強打した。
大気を満たす空気全てが、クックルの砲弾。

一際深くフェンスにめり込んだ。

(#゚;;-゚)「……むぅっ」

弾は無限にある。
確実に距離を縮めながら、クックルはもう一度振り被る。
距離が近ければ近い程、あの攻撃は威力を増す。
鈍痛の走る体に鞭打って、でぃは急いでフェンスから体を解放させた。

拳が突き出される前に、条件反射的に銃爪を引く。
だが、右腕を振り被り、全身に力を入れているクックルには目立った効果は無い。
一度動き出した列車砲の様に、クックルの上体がでぃを向く。
二人の距離は、もう十分にクックルの拳の射程内。

今度は、空気砲ではなく実体を持った拳の攻撃。
フェンスから離れて攻撃したばかりのでぃに、それを回避するだけの時間は無かった。

( ゚∋゚)「じょるああああ!!」

砲声の代わりに、クックルの雄叫びが響く。
雄叫びに掻き消される様にして、拳の先で別の音が上がった。

――――――――――――――――――――

229 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:25:16.13 ID:nhOfUZtQ0
絶叫にも似た唸りを上げるチェーンソーが振り下ろされ、寸前までデレデレがいた地面に刃を食い込ませた。
都の技術で作られた歯車の回転が鋼刃に伝わり、コンクリートの地面を容赦なく切り刻む。
デレデレは最小限の動きでそれを避けたが、発砲はしなかった。
最前線を離れているとは言っても、やはりクールノーファミリーのゴッドマザー。

知力と魅力、そして人望だけではなく、技量も持ち合わせていなければその座にいられない。
狙撃手として超一級の技量を持つと云う事は、拳銃使いとしての心得も持っていると云う事。
チェーンソー相手に、接近戦を許すという愚行は間違っても犯さない。
一秒間で12mの速度で回転している鎖刃に巻き込まれれば、触れた個所は今し方切り刻まれたコンクリートよりも悲惨な目に合う。

一撃の威力は絶大だが、隙も大きい。
自らの身長の半分ほどの長さがあるチェーンソーは、その重さでしぃの華奢な体を僅かに傾かせてしまう。
クックルとは違い、しぃの機械化は完全ではない。
欠損した個所、存命に必要な処置を除いては、極力機械化を施さずにしている。

そこまで損傷のなかった腕に関しては、並み以上の力しか与えられていない。
デレデレはそれを知っているからこそ、軽やかな立ち回りが可能となっている。
しぃの体のどこが機械化されていないか、機械化の影響が薄い個所は何処かも、全て知り尽くしていた。
情報があるとないとでは、ここまで勝負に影響が出る。

デレデレにとってみれば、この勝負は所謂詰将棋。
決められた場所に、決められた動きを。
それだけで、全てが終わる。
そんな事、しぃは百も承知だ。

クールノーファミリーのゴッドマザーは、現役時代と大差がない。
子を持つ母が強い様に、デレデレはいつでも強いのだ。
それでも、しぃは己が生きる為に闘う。
地面から抜いたチェーンソーを、そこから抜刀するようにして振り上げる。

233 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:29:04.92 ID:nhOfUZtQ0
コンクリート片と共に振り上げられた刃は、やはり空しく夜の闇を斬り払っただけ。

ζ(゚ー゚*ζ「慣れない事はしない方がいいわよ?」

指摘されて、しぃの闘争心はより一層燃え上がった。
生きる事を阻まれてなるものかと、己に言い聞かせ、恩人に無理やり作り出した殺意を向ける。
一向に銃口を向ける気配がないデレデレは、代わりに哀れむような笑みを浮かべていた。
そういった全てを振り払う様にして、しぃはチェーンソーを振るう。

風を切って薙ぎ払う。
デレデレは避ける。
意表を付いて、突く。
横に避けられ、涼しい顔をしている。

(*゚−゚)「くぅっ!!」

無駄だと知りつつも、有効だと信じて薙ぐ。
当然、無駄だ。
何よりしぃを苛立たせているのは、デレデレの態度だ。
何故、一発の銃弾も、一振りの斬撃も加えてこない。

反撃する必要はない。
そう言っているのか。
まるで、しぃは己が馬鹿にされている様な気になった。
チェーンソーを後ろに構え、高速回転を続ける鎖刃を地面に当てる。

火花と共に、コンクリートの破片が飛び散った。
そして、一気に駆けた。
遠心力と得物の重さを利用して、力の限り振り回す。
努力は、徒労に終わった。

237 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:33:02.82 ID:nhOfUZtQ0
横一線に走らせた斬撃を、デレデレは半歩下がって避けた。
返す刃は、もう半歩。
合計一歩で、しぃの攻撃は全て回避された。
背後にフェンスが迫りつつあるのを察したのか、デレデレは振り返ることなく退路を左右へと変更した。

その動きは、まるで舞踊。
ワルツを踊る様に静かで優雅なデレデレに対し、しぃの動きは荒々しく醜い。
狂ったように踊るしぃは、毒に犯され、タランテラを踊っているような心地になった。
皮肉にも、生を望んで、しぃはステップを踏んでいるという点で、それは間違いでは無かった。

戯れるように、デレデレはそれを避ける。

(*゚−゚)「しゃあっ!!」

しぃの体力には制限と呼べる物がないに等しい。
生身のデレデレとは違い、こうして重量のある得物を振り回しても体力は尽きない。
成す術がないからこうしているのではなく、こうするしか闘う術がないのだ。
攻めて、攻めて、只管に攻める。

隣では、クックルとでぃが激しい攻防を繰り広げていた。
クックルは自慢の筋肉を使って、空気の拳を飛ばしている。
時折、流れて来た風がしぃとデレデレの髪を靡かせた。
一際強い風が吹いた、その刹那。

ζ(゚ー゚*ζ「……っ」

デレデレが、両目を閉じた。
恐らく、両目にゴミが入ったのだ。
好機。
今後、あるかないかの絶好の好機。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:35:05.52 ID:nhOfUZtQ0





しぃは、全身の筋肉に力を入れ、一気に接近した。
チェーンソーを振り上げ、肉薄する。
最初で最後かもしれないこの好機に、しぃは全力を賭ける事にした。
鎖刃が空気を撹拌し、デレデレの美貌へと迫る。



絶叫の様な回転音に掻き消されるようにして、別の種類の音が響いた。
同時に、クックルとでぃの方からも、同じ種類の音が聞こえた。




245 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:39:09.97 ID:nhOfUZtQ0
――――――――――――――――――――

クールノーファミリー内にある食堂は、戦場と化していた。
デレデレの握ったオニギリを一つでも多く食べようと、男も女も関係無しに我こそがとオニギリに群がっている。
押し合い、退け合い、一部では殴り合いが起きていた。
運よく食べる事が出来ても油断はできない。

隙を見て、食べかけのオニギリを奪い去る者がいるからだ。
阿鼻叫喚の中心。
そこには、顔と手に米粒を大量に付けた"獅子将"の姿があった。
口いっぱいにオニギリを頬張りつつ、片手には真新しいオニギリを掴み、空いた手でもう一つオニギリを手にしようとしているのだ。

渦中から少し離れた場所では、女達が協力して手に入れて来たオニギリを一つの皿に盛り、皆で分けて食べている。

(,,゚Д゚)「もがぁっ!」

一人一つは食べられたが、日頃から体力精神を使う彼等はオニギリ一つでは満たされない。
ましてやそれがデレデレの手作りともなれば尚の事。
体格のいいギコは、人一倍よく食べる。
兎に角食べる。

その微笑ましい様子を眺めていたペニサスは、何の気なしに腕を組んだ。
すると、服の下で何かが、くしゃり、と音を上げた。
音から察するに、紙の類。
上着に紙の類をしまった記憶がなく、ペニサスは懐に手をやった。

確かに、上質な紙が入っているのが指を通して分かった。
少しだけそれを引き抜き、目線を向ける。
白い封筒に、黒いペンで綺麗な筆記体の文字が書かれていた。
影になっていて全ては読めないが、ペニサスの名前とギコの名が書かれているのは分かった。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:43:43.51 ID:nhOfUZtQ0
周囲に気付かれないように息を飲むと、ペニサスは封筒を戻した。
この字は、デレデレの字だ。
つまり、ペニサスとギコ宛てに書かれた手紙。
おそらく、この手紙がペニサスの懐に入れられたのはあの時。

デレデレが抱きしめた時だ。
幸い、ペニサスに注意を払っていた者はおらず、微かに浮かぶ同様の色を見られていない。
ギコにこの事を知らせなければ。
呼び付けては不自然に思われるかもしれない。

アイコンタクトを試みようにも、ギコの眼はオニギリに釘付けだ。
付近に手頃な物。
投げて当たって、鈍感なギコが気付く物がいい。
硬く、小さく、投げやすい。

そんな都合のいい物は、付近に置かれていなかった。
包丁では危ないし、フライパンはでかすぎる。
強いて言えば、塩胡椒の入った瓶ぐらいだ。
仕方なく、胡椒のビンの蓋を外してそれを使う事にした。

狙いを定める。
ギコは好き放題に動き回り、周囲の男達が障害物になっていた。
当てるのは至難の業だ。
ペニサスの思惑を察したのか、それを見た者達は射線から退いて成り行きを見守る。

オニギリ争奪戦の最中にいる者だけが、それに気付かない。
振り被って、ペニサスは蓋を投擲した。
すっかり熱くなっていたギコは、ビンの蓋の飛来に気付いていない。
蓋が顎に綺麗に当たり、そのままギコは倒れた。

252 名前:>>251 ありがてぇ……ありがてぇっ!! 投稿日:2010/08/15(日) 23:47:10.28 ID:nhOfUZtQ0
この時、油断し切っていたギコの頭蓋骨内部では脳が内壁に数回叩きつけられ、意識を失わせた。
気絶しても尚、オニギリだけは手放さなかったが、手つかずのオニギリはたちまちの内に周囲の男達に奪われた。
あまりにも唐突にギコを倒したペニサスを、男達はオニギリを頬張りながら怯えた目付きで見る。
次は、何だ。

('、`*川「……」

ペニサスが人差し指で指示を出すと、数人の男がギコの両手足を持って運び始めた。
白目を向いて気絶しているギコを受け取り、肩に背負って、ペニサスは食堂を後にした。
後ろでは、デレデレのオニギリと漬物を巡って争いが再燃焼していた。
ギコを背負ったままデレデレの私室に行き、鍵を閉める。

ギコを床に落とすと、眼を覚ました。

(,,゚Д゚)「はっ、お、俺はいったい……」

('、`*川「ギコ、一先ず落ち着いて話を聞きなさい。
     いい?」

いつもとは異なる声色で、緊急事態だと云う事を伝える。
狼狽を一瞬で頭から消し、ギコの頭が澄み渡る。

('、`*川「私達に手紙よ。
     ……デレデレ様から」

(,,゚Д゚)「なっ……!」

驚くギコを他所に、ペニサスは封筒から手紙を取り出した。
三つ折りにされていた五枚に及ぶ白い上質紙には、黒いインクで文字がずらりと並んでいた。
丸みのある筆跡からして、デレデレの文字に間違いない。

256 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:51:33.16 ID:nhOfUZtQ0
('、`*川「……」

(,,゚Д゚)「……」

ペニサスが読み、ギコはそれを横から覗きこむようにして読む。
読み進める内、二人の表情が驚きに満ちる。
やがて、その表情が崩れ、別の表情に変わった。
全ての手紙に目を通し終えた時、二人の眼には涙が浮かんでいた。

(;、;*川

(,,;Д;)

涙を拭い、ペニサスは手紙を畳んで丁寧に封筒にしまう。

('、`*川「ギコ、トラギコさん達に電話して。
     急いでここに来るように伝えて頂戴」

涙を流しても、ペニサスは冷静さを欠かなかった。
指示を受け、ギコは懐から携帯電話を取り出し、トラギコに電話を入れた。
直後、ペニサスの懐で携帯電話が着信を告げた。

――――――――――――――――――――

( ゚д゚ )「会長、皆に伝えました……よ?」

水平線会本部の、でぃの部屋にやって来たミルナは、その異変に真っ先に気付いた。
でぃの姿がなく、また、空気が違う。
いつも漂っている重々しい空気ではなく、どこか異なった空気。
嫌な予感を抱きつつ、ミルナは部屋を見渡した。

258 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:55:07.60 ID:nhOfUZtQ0
いつものように、必要最低限の家具。
そして、机の上に置かれた封筒。

( ゚д゚ )「……おい、トラ」

(=゚д゚)「んあ?」

後ろから入って来たトラギコも、部屋を見渡して、その空気に気付く。
同時に、封筒の存在にも気付いた。

(=゚д゚)「……なぁ、ミルナ。
    俺は今、ものすんごい嫌な予感がするラギ」

後ろ手で部屋の扉を閉め、内鍵を掛けた。

( ゚д゚ )「奇遇だな、俺もだ。
     こりゃあ、トソンさん達を呼ぶのは後回しにした方がいいな」

机へと二人は近づき、置かれていた封筒を手に取る。
開けるかどうかを迷ったが、ペン立てに入っていたペーパーナイフを使って封を切る。
中には、二枚の便箋が入っていた。

(;゚д゚ )

(;=゚д゚)

二人とも、全身の血の気が失せ、毛穴が開くのが分かった。

(;゚д゚ )

260 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/15(日) 23:59:17.70 ID:nhOfUZtQ0
まずは一枚目。
水平線会の今後についてでぃが書いた手紙に、眼を走らせる。
軍人時代の影響で、二人は速読に長けていた。
あっという間に読み終え、二人揃って眼を合わせる。

内容は、あまりにも衝撃的だった。
言葉を失った二人は、もう一度重要な個所を読み返す。
何度読み返しても、そこに書かれている内容は変わらない。

(;゚д゚ )「真剣かよ、おい……」

(;=゚д゚)「でぃさん、ここまで考えてたラギか……」

(;゚д゚ )「とりあえず、こいつぁクールノーファミリーに伝えた方がいいだろ。
     ギコとペニさんに伝えるか」

(;=゚д゚)「そうラギね。
    でもその前に、もう一枚を読むラギ」

机の上に読み終えた一枚を置き、もう一枚に眼を走らせる。
二人に宛てて書かれた手紙だと気付くと、二人は息を飲んだ。
一文字、一単語、一文節をしっかりと読み、記憶に留める。
読み終える頃には、二人の眼からは滂沱の涙が流れていた。

ここまで。
まさか、ここまで二人の事を想ってくれているとは。
水平線会の会長は、二人の事を本当の家族だと思ってくれていた。
手紙に書かれていたのは、これまでの感謝。

264 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:03:49.92 ID:FWP3i1a30
二人がいてくれたから、こうしていられた。
二人がいなければ、こうはならなかった。
二人は、自慢の息子だと書いてくれていた。
英雄の都にいる英雄狂の両親は、こんな事を言ってくれた事は無い。

涙を拭い、目を真っ赤にしたミルナが言った。

( ゚д゚ )「と、兎に角、ペニサスさん達と連絡を取らないと」

(=゚д゚)「そ、そうラギね」

携帯電話を懐から取り出し、アドレス帳からペニサスの名を探す。
通話ボタンを押そうとしたその時。
ギコから、トラギコに電話が掛って来た。
丁度開いた状態であった為、直ぐに取る事が出来た。

(,,゚Д゚)『あ、トラに……』

(=゚д゚)】「おう、ギコ。
     丁度良かった、お前らに話が……」

だが、次に返って来た声はギコのものでは無かった。

('、`*川『トラギコさん、ミルナさんと一緒にクールノーに急いで来てください。
     ……恐らく、そちらにも有ったのですね、手紙が』

(=゚д゚)】「こっち、ってことはそっちにも有ったラギか?」

267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:08:50.20 ID:FWP3i1a30
('、`*川『えぇ。
     この事は速やかに、かつ慎重に進めなければなりません。
     更に、幾つものピースが"偶然"にも欠けています。
     そしてつい先程、病院から連絡がありました。

     ツン様とブーンが、重傷を負って病院に運ばれている、と』

危うく、トラギコは携帯電話を取り落としそうになった。
ツンとブーンが、怪我を負った。
それも重傷。

(;=゚д゚)】「そ、それで、二人は大丈夫ラギか?!」

('、`*川『落ち着いてください。
     怪我は酷いですが、命に別状はないそうです。
     そちらの手紙と、こちらの手紙に書いてある事は恐らく同じことだと思います。
     今必要なのは、手紙の指示をこなす事です。

     二人の心配は、その後でも大丈夫です』

冷たい物言いだが、ペニサスの言ったことは正論だ。
命に別条がない以上、後は入院している二人の問題だ。
それに、これからトラギコ達が解決しようとしているのは、二人に関わる話である。
案じるのならば、解決するのが先決。

(=゚д゚)】「分かったラギ。
     今から、ミルナを連れてそっちに行くラギ」

('、`*川『それと、もう一つ』

270 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:12:27.89 ID:FWP3i1a30
(=゚д゚)】「ん?」

これ以上、何かあったか。
自分の頭の中には、これと言って問題も用事も無い。
頭の回転の速い"智将"のことだ。
恐らく、トラギコでは考え付かない事を言うつもりだろう。

少しの間を開けて、ペニサスは言った。

('、`*川『ミセリさんとトソンさんも連れて来てください。
     あの二人の協力が必要になります』

ハンドサインで、傍らのミルナに電話を掛けるように指示を出す。
既にミルナの手は携帯電話を握っており、トラギコはトソンに電話を繋ぐよう伝えた。

(=゚д゚)】「了解したラギ、それじゃあ」

そう言って電話を切り、ミセリとトソンをクールノーファミリーに呼ぶように口頭で言った。
無意識の内に、トラギコは心の内を口に出していた。


(=゚д゚)「……何が起きてるラギ?」


272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:16:46.50 ID:FWP3i1a30
――――――――――――――――――――

二メートル強は有ろうかと言う巨体に、300キロを越える筋肉の搭載。
右椀が繰り出す攻撃に掠りでもしたら、その部位の骨は確実に砕ける。
クックルの攻撃は、正に必殺だった。

(#゚;;-゚)「ぬぅっ……」

だが、攻撃の対象となったでぃは生きている。
確かにクックルは攻撃を繰り出した。
拳がでぃを捉えていないのを除けば、完璧な構図だった。
空気の拳で飛ばされ、フェンスに深々と埋まったでぃの両手は、"帝王の牙"をしっかりと構えている。

そして銃口からは、未だ硝煙が揺蕩っていた。
拳が当たる寸前に、でぃは両手の銃を発砲したのだ。
結果として、その銃撃はクックルの必殺の攻撃を到達させず、代わりに空気の拳を至近距離で食らうに止めた。
全身に打撲の様な鈍痛があるが、致命傷では無い。

(;゚∋゚)「な、なる……ほど。
    その手があったでごわすね」

届かざる右腕を突き出したまま、クックルは膝を付いた。
膝には、大きな穴が開き、赤黒い血と肉が覗いている。
筋肉で全身を覆っていても、膝の皿には筋肉がつかない。
そこを撃ち抜けば、自重も相まって立ってはいられない。

自らの筋肉の重さが仇となり、クックルは移動が不可能になった。
上半身からの攻撃に、下半身、特に踏み込みの強さは多大な影響力を持つ。
それを失えば、持ち前の攻撃力は格段に下がってしまうだけでなく、攻撃を中断せざるを得なかった。
踏み込みが出来ない以上、クックルの行動は完全に止まってしまった。

275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:20:04.29 ID:FWP3i1a30
勝負は決した。

(#゚;;-゚)「……最後の勝負は、俺の勝ちだな」

( ゚∋゚)「がっはっは。
    そうでごわすね、今回はおいどんの負けでごわすよ。
    でも、合計したらおいどんの方が勝ってるでごわす」

負けたと言うのに、クックルは悔しそうな素振りを見せない。
それどころか、清々しさすら感じられた。

(#゚;;-゚)「あぁ、結局は俺の負けだな。
    ……なぁ、クックル」

倒れているクックルに、でぃが手を貸す。
クックルの大きな手が、その手をしっかりと掴んだ。
手を引いて、クックルを立ち上がらせる。
両膝の負傷の影響か、僅かに体が傾ぐ。

( ゚∋゚)「ごわ?」

(#゚;;-゚)「お前は……その……、楽しかった、か?」

そう言って肩を貸して、でぃはクックルをベンチまで運ぶ。
クックルの巨体をしっかりと支えながら、でぃはゆっくりと歩く。
体重の十倍近くあるクックルを支えても、足取りはしっかりとしていた。
ベンチの手前に来た時、クックルが答えた。

277 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:24:08.07 ID:FWP3i1a30
( ゚∋゚)「ははは、勿論でごわすよ。
    おいどん、でぃどんや皆に会えて、本当に楽しかったでごわすよ。
    それに、ヒートどんが元気そうなのが分かって良かったでごわす。
    おいどんに勝ったんでごわす、あれなら、この先もずっと元気なままでごわすね。

    何かあったら、おいどんの代わりに助けてあげて欲しいでごわす」

(#゚;;-゚)「当たり前だ。
    祭りの時、ブーンやトラギコが世話になったからな」

( ゚∋゚)「いいでごわすよ。
    あれぐらいなら、朝飯前でごわす。
    それに、祭りの時は、でぃどんのおかげで楽しませてもらったでごわすからね。
    じゃあ、これでおあいこにするでごわすよ」

ベンチに座らせ、でぃはクックルの横に腰かける。
身長、体格差は大きいが、風格からか、あまり違和感はない。
友人か兄弟がそうしている風に、二人は座り、話している。

(#゚;;-゚)「何か、飲みたいのはあるか?」

( ゚∋゚)「おいどん、久しぶりにあのシュワシュワするのを飲みたいでごわす。
    昔、でぃどんと飲んだあれでごわすよ。
    あれでもいいでごわすか?」

(#゚;;-゚)「ん」

280 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:28:25.16 ID:FWP3i1a30
短く答え、でぃは腰を上げた。
近くに置かれている自動販売機で、サイダーを二本購入する。
両手にサイダーの缶を持ち、クックルの隣に戻った。
クックルの膝から流れていた血は、もう止まっていた。

(#゚;;-゚)「ん」

( ゚∋゚)「おう、これはどうもでごわす」

プルタブを引くと、ぷしっ、と小気味のいい音が鳴る。
どちらともなくそれを軽くぶつけ合い、一口飲む。

( ゚∋゚)「ぷほっ。
    いやぁ、シュワシュワは美味いでごわすね」

(#゚;;-゚)「あぁ」



そう言って、でぃとクックルはサイダーを大きく呷った。



283 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:32:05.80 ID:FWP3i1a30
――――――――――――――――――――

しぃは絶句していた。
初めから、デレデレはこうするつもりだったのだ。

(*゚−゚)「……卑怯です」

両膝を付いて、しぃはデレデレを見上げた。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、そう?」

涼しげな顔でデレデレは言うと、足元に落ちていたチェーンソーの電源を切った。
鎖刃の回転が止まり、チェーンソーは鈍器へと成り下がった。
それを遠くに蹴り飛ばし、硝煙の上がるM8000を適当な場所に放り捨てる。
銃身下の銃剣が地面に突き立ち、独特の残響音が上がった。

ζ(゚ー゚*ζ「最初に言ったじゃない。
      止まってもらう、って」

何も、デレデレ達は殺さなくてもよかったのだ。
あくまでも邪魔をする二人を行動不能に陥らせれば、それだけで十分。
わざわざ苦労してまで、二人を殺す必要がない。
デレデレ達は、最初から相手の脚を狙っていたのである。

(*゚−゚)「くっ……うんっ!」

無茶を承知で、撃ち抜かれた膝で立ち上がろうと、しぃは体を動かした。
だが、負傷した膝でそのような事をすれば―――

(*゚−゚)「……ゃっ」

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:36:16.45 ID:FWP3i1a30
―――有り得ない方向に、両足が折れ曲がった。
その足で、しぃは立とうと試みる。
駄目だ。
立てない。

デレデレはその様子を、静かに見ていた。
手を貸すでもなく、嘲笑うでもなく。
ただただ、しぃが諦めるのを待つかのように静かに見守っていた。
足元に落ちた影よりも濃い液体が、しぃの周りに広がる。

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、しぃちゃん」

荒くなっていた呼吸が落ち着き、しぃが立つ事を諦めた辺りで、デレデレは声を掛けた。

(*゚−゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「貴女、自分の為にしっかりと生きた?」

これ以上の抵抗が無駄だと分かったのか、しぃは諦めたように眼を伏せる。
デレデレの言葉をしっかりと反芻する様な動作は、数分続いた。
ややあって、静かに瞼を上げ、躊躇いがちに口を開いた。

(*゚−゚)「自分なりに生きたつもりです。
    でも、まだ生き足りないんです。
    好きな人も、好いてくれる人も作れなかった。
    人並みの幸せを手に入れることだって、私にはできませんでした」

硬い声で語られた言葉は、感じた事を極力短くまとめている証拠だ。
もっと言いたい事もあるのだろうが、それを削っているのは明らかだった。
それらの言葉を発するまでに掛かった時間の半分にも満たない時間で、デレデレは返答した。

291 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:40:14.02 ID:FWP3i1a30
ζ(゚ー゚*ζ「うふふ。
       しぃちゃん、それは違うわ。
       貴女の言う"幸せ"は、誰かの言う"幸せ"でしょう?
       そんなもの、あるわけないじゃない」

あの僅かな時間で、簡単で分かりやすい言葉を選んでいたのかもしれない。
滑らかに紡がれたデレデレの言葉に、しぃは眼を丸くした。
まるで、己の夢が、努力が無駄だったと宣告されたかのように。

(*゚−゚)「え?」

ζ(゚ー゚*ζ「酸素の薄い山頂で空気の大切さに気付くのと同じ、幸せは空気と同じでどこにでもあるの。
       満ち足りていれば気付かないし、気付こうと思わなければずっと気付けないわ。
       幸せって言うのは、自分でそうやって気付くものなのよ。
       貴女はただ、真夜中の空に在りもしない太陽を探していたの。

       ね? そうは思わないかしら?」

一瞬、しぃは忘我した。
幸せになりたいが為に、ここまで頑張って来た。
その為の努力は、考え付く限り全てしたつもりだった。
実際、歯車王はしぃの行動に制限を掛ける事は無く、時折指示が出される程度だ。

自分の為に生きる時間は、あの日から多くあった。
そこで、自分なりに幸せになる為に行動を起こしていた。
例えば飲食店で労働したり、街に繰り出したり。
彼女と同年代の女性達が誰でもしている事を、しぃは僅かにだが遅れて始めた。

296 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:44:07.13 ID:FWP3i1a30
見様見真似だったが、それが幸せになる方法だと信じていた。
でも、幸せを感じることはできなかった。
感じ取れたのは、楽しいと云うことだけ。
長らくその感覚を忘れていたしぃにとって見れば、それだけでも収穫だった。

それらの努力が、全て意味がなかった。
デレデレに言われて、しぃは初めて気付いた。
追っていたのは理想で、自分の望む幸せではない。
自分の望む幸せと言うものが、今のしぃには想像できなかった。

本来であればそれを考え付いてから行動に移すのであろうが、その過程を省いた。
省いた、とは僅かに違う。
知らなかったのだ。
幼い故に。

幼くして、暗闇に身を堕とされた故に。
模倣する他、方法が無かった。
探そうとはしなかった。
されるがまま、与えられるがまま。

信じていた。
信仰していた。
偶像と同じ存在である、他人の決めた幸せの存在を。

ζ(゚ー゚*ζ「自分の為に生きても、自分一人だけでは気付けない事なんて沢山あるのよ。
       貴女は、その辺を誤解していたのね。
       少しだけ遅かったわね、気付くのが」

301 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:48:01.23 ID:FWP3i1a30
少しだけ乱れた服を正し、デレデレは来た時と同じように隙のない格好に戻った。
屋上で吹いている風と踊る髪を片手で押さえ付け、空いた手をしぃに差し伸ばす。
差し出された手に、自分の手を伸ばしてしっかりと掴んだ。
両膝を負傷して立つ事が出来ないしぃの背中と脚に手を回して、抱き上げる。

(*;−;)「わ、私……」

頬を伝って、涙が零れ落ちた。
塞き止められていた、これまでの涙。
歯車王に救われたあの日以来、流さなかった涙が、溢れた。
止まらない。

涙は止まらない。
壊れた様に流れる。

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、うふふ。
       どうせだから、もっと思いっきり泣いていいのよ?」

涙で服が汚れているのを気にすることなく、デレデレはそう言った。
しぃの体を、クックルとでぃの座っているベンチまでゆっくりと運ぶ。
母親に泣きすがる娘のように。
幼い子供が、親を求めて泣き叫ぶように。

子供の様に泣いた。
声を上げて。
産声の様に大きくて、力強い鳴き声。

(*;−;)「うっ、えぐっ……」

305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:52:47.87 ID:FWP3i1a30
落ち着いた頃合いを見計らって、デレデレはしぃをベンチに座らせた。
座っても軽く泣きじゃくるしぃの髪を、優しく撫でる。

ζ(゚ー゚*ζ「しぃちゃん、後少ししか時間は無いけれど、その間にも幸せは見つけられるかしら?」

屈んで、座っているしぃに目線を合わせる。
泣きながらも、しぃは何度も何度も頷いた。

ζ(゚ー゚*ζ「よしよし。
       ……でぃ、名残惜しいけど、行きましょうか」

クックルとソーダを飲んでいたでぃが、缶をゴミ箱に捨てて立ち上がる。

(#゚;;-゚)「あぁ。
    だが、少しだけいいか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、勿論」

もう一度自動販売機の前に行き、飲み物を二本買ってでぃが戻ってきた。
一本をクックルに、もう一本をしぃに手渡した。

(#゚;;-゚)「クックル、しぃ」

クックルに渡したのは、缶コーヒー。
金色のラベルで、黒字で印刷された名前。
通常の缶コーヒーの三倍近く値が張る代わりに、その味は確かだ。
事実、この缶コーヒーはでぃの気に入っている銘柄の一つである。

しぃに渡したのは、果汁だけで作られた正真正銘のオレンジジュースだ。
これがしぃの好きな飲み物だと、でぃは知っていた。

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 00:56:59.93 ID:FWP3i1a30
( ゚∋゚)「……」

(*;−;)「……」

クールノーファミリーとロマネスク一家。
そして、水平線会。
この御三家の首領の中で、でぃは別れを誰よりも惜しむ。

(#゚;;-゚)「……」

それ故に、口ごもる。
言い辛いことだが、言わなければならない。
デレデレはでぃのそう言った部分を、しっかりと理解していた。
傍らに寄り添い、そっと指を絡める。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

無言だったが、言いたい事、伝えたいことはでぃに通じていた。
一つ息を吸って、静かに吐き出す。
意を決したかのように、でぃは告げた。
デレデレも、それに合わせて同時に言う。

(#゚;;-゚)「お前達に逢えて、本当によかった」

ζ(゚ー゚*ζ「あなた達に逢えて、本当によかったわ」

最後に、こう付け加えるのも忘れない。

(#゚;;-゚)「寂しいが。 さようなら、だ」

313 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:01:06.14 ID:FWP3i1a30
ζ(゚ー゚*ζ「悲しいけど。 さようなら、ね」

手を繋いだデレデレと共に、踵を返す。
二人の背に、クックルとしぃが言葉を掛ける。

( ゚∋゚)ノ「おいどん、本当に楽しかったでごわすよ。
     今まで、ありがとうでごわした。
     逢えて嬉しかったでごわすよ!」

諦めている訳でもなく、クックルは手を振って別れの言葉を口にする。
これまで生きて来た事に悔いがないのか、淀みのない口調だった。
実際、悔いがあればこのような表情は出来ないだろう。
潔く、そして優しい表情。

彼の名は、クックル・アームストロング。
望まぬ体に生を受け、ヒートの遺伝子情報の基となった一人の男である。

(*;ー;)ノ「さ、さようなら!」

泣きながら、しぃも手を振って別れを告げる。
顔に浮かぶのは、笑顔と涙。
残り僅かの人生に、幸せを探す幸せを見出せたしぃ。
新たに得た命の中で、最初に見つける事の出来た本当の幸せだったのかもしれない。

彼女の名は、しぃ・サン。
両親から捨てられたショックと、幼い妹を失ったショックで正気を失い、狂人になったハロー・サンの血を分けた妹。
絶望と穢れに沈められ、幸せが何たるかを知る事が出来なかった少女。
それでも最後は、笑顔で別れを言う事が出来た。

デレデレとでぃは振り返ることなく、その場を静かに去った。

316 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:05:09.26 ID:FWP3i1a30
――――――――――――――――――――

二人の姿がエレベーターの扉の向こうに消え、屋上には風の音だけが残された。
同じベンチに並んで座るクックルとしぃは、しばらくの間無言でいた。
クックルは特に思う事は無かったが、しぃは多くの事を思い、感じていた。
瞼を下ろして、幸せそうに口元を緩める。

これまでは人形の様な美しさがあったが、今では人間らしい生に満ちた美しさが溢れていた。
気付くのが遅かったとはいえ、気付けたのだ。
やがて、ゆっくりと瞼を開けた。
泣いて赤く充血した瞳で、真っ直ぐ前を見る。

生まれてから一度も本物を見た事は無いが、きっと星空はしぃの眼に映る景色と大差がないのだろう。
図鑑に載っていた写真と違うのは、色の多さ。
赤、青、黄色、緑、白、ピンク。
それら光の一つ一つが、命の輝き。

大通りに沿って流れるように動く光の中心、青白くライトアップされた歯車城。
この後、歯車城は全てが終わりを告げ、始まりを宣言する場所となる予定だ。

(*゚ー゚)「……」

残された時間は少ない。
その間に、一体どのような幸せを見つけられるだろうか。
何気なく、傍らのクックルを見上げた。

(*゚∋゚)「ほふぅ」

コーヒーを飲んで幸せそうな溜息を吐いていた。
その仕草が可愛く、しぃはくすりと笑った。

320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:09:04.05 ID:FWP3i1a30
(*゚ー゚)「クックルさん、意外と可愛いんですね」

(;゚∋゚)「ごわっ?!」

しぃの言葉に驚いたのか、口の中にあったコーヒーを盛大に噴き出しそうになり、クックルは咽こんだ。

(*゚ー゚)「それに優しい」

(;゚∋゚)「い、いきなりどうしたでごわすか?
    おお、おいどんのコーヒーが欲しいんでごわすか?
    少しだけなら、飲んでもいいでごわすよ」

恐る恐る缶を差し出そうとするクックルに、しぃは薄く笑う。
首を軽く横に振って、こう言った。

(*゚ー゚)「こんなに沢山、優しい人達と出逢えていたなんて、私は幸せ者だったのですね」

例えば、これもささやかながらも一つの幸せ。
手に持っていた缶のプルタブを開け、中身をゴクリと飲む。
甘いオレンジの風味が、口いっぱいに広がる。

(*゚ー゚)「美味しい」

( ゚∋゚)「それは良かったでごわす。
    よぅし。
    しぃどん、おいどんが楽しい事をしてあげるでごわす。
    なぁに、さっきおいどんを褒めてくれたお礼ですたい。

    ちょいと失礼するでごわす」

325 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:13:48.11 ID:FWP3i1a30
缶を傍らに置いて、クックルはしぃの小さな体を片手で軽々と持ち上げた。
何が始まるのか、遊園地に来た少女の様に期待をするしぃを、クックルは己の首の後ろに乗せた。
両脚は首の横から出して、安定感を高める。
肩車である。

( ゚∋゚)「どうでごわすか?
    高いでごわしょ、楽しいでごわしょ?
    昔、ブーンどんをこうしてあげると笑ってくれたでごわす」

クックルの頭の上から見える景色は、フェンスに隔てられることのないものだった。
フェンス越しよりも遥かに鮮明で、新鮮だった。
思い返せば、肩車が何であるかは知っていたが。
肩車をしてもらったのは、これが初めてである。

何と愉快なのだろうか。
自力では到達できない高みから、こうして世界を見下ろすのは心が躍る。
隔てる物は何もない。
果てしなく広がる眼窩の光景に、しぃはすっかり魅了された。

(*゚ー゚)「楽しいです、クックルさん!」

それを聞いて、クックルは嬉しそうに笑った。
しぃもまた、釣られて笑った。

(*゚∋゚)「がっはっは!
    それはよかったでごわす!
    おいどん、皆のそう言う声を聞くのが大好きでごわす!」

クックルの笑いに合わせて、しぃの体が跳ねる。
その度、しぃは笑った。

328 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:17:26.09 ID:FWP3i1a30
(*゚ー゚)「あははは!」

二人の笑い声が屋上に木霊し、風がそれを攫って都の上空へと散らす。
もう。
しぃの顔に、愁いの色はない。
ここで、彼女の歯車は止まった。

どこにもない幸せを探す為に廻っていた歯車は動きを止め、彼女は振り返る機会を得た。
そこに、幸せがあった。
昔得られなかった幸せを、今こうして得る事が出来たのだ。
どれだけ小さな幸せでも、しぃにとっては幸せである事に変わりない。

もう。
残されている時間は少ないだろう。
全ては予定通りに進んでいるのだ。
歯車王の企みをどうにか妨害しようとしたしぃの努力は、結局無駄に終わった。

誰も止められない。
利害が一致してしぃが協力した者も、それを知っているだろう。
知っていても、止められない。
止めるわけにはいかないのだ。

事実、しぃは後悔していない。
生きる為に、やる事をやった。
それだけだ。
ならば、後はこの流れに身を委ねるだけ。

330 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:21:17.97 ID:FWP3i1a30




自らも一つの歯車である事を自覚して、しぃは諦めたように溜息を吐いた。
同時に、巨大な歯車の一つである事に感謝した。
全ては。
そう、この都で起こる全ての出来事は。




歯車が廻る様に動いているのだ。





333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:25:50.03 ID:FWP3i1a30
――――――――――――――――――――

クールノーファミリーにある会議室。
そこに、裏社会を牛耳る各組織に置いて、絶対的な信頼を得ている六名の姿があった。
この建物を所有しているクールノーファミリーの二名は当然として、水平線会から二名。
そして、風俗店を経営している二人の姿もある。

ミセリ・フィディックと、都村トソンである。
全員、円卓を囲むようにして腰を下ろしているが、誰一人としてリラックスしていない。
張りつめた緊張の中、最初にペニサスが口を開いた。

('、`*川「……状況は話した通りよ。
     それで、貴女達の意見を聞かせてもらいたいの」

部屋の空気を緊張させていたのは、先程、デレデレとでぃの残した手紙の内容を話したからだ。
あまりに衝撃的な内容は、"鉄仮面"の渾名を持つトソンですら驚きを隠せなかった。
しばしの間を置き、ミセリが話す。

ミセ*゚−゚)リ「私は……」

絞り出す様にして、続ける。

ミセ*゚−゚)リ「私は、トラギコさんと一緒がいいです」

('、`*川「そう、分かったわ。
     トソン、貴女はどうするのかしら?」

(゚、゚トソン「……私も、ミルナさんと共に行かせていただきたいです」

336 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:29:17.00 ID:FWP3i1a30
二人の回答は、ペニサスにとっては予想の範疇。
予め、次に言う言葉は決まっていた。

('、`*川「二人が居なくなった後、あの店と従業員はどうするつもり?」

答えたのは、トソンだった。

(゚、゚トソン「問題ありません。
     私達が居なくとも、ハローが上手く経営してくれます。
     万が一の際は、と前もって皆にも伝えてありますので」

事務的な処理は元より、高級娼館における経営のほとんど全てに関わっているトソンの言葉は信頼できる。
ミセリと共に幼い頃から娼館で働いていただけあって、その腕は確かだ。
もっとも、彼女は客相手の商売をせずに裏方に徹していたので、ミセリよりも長い経験を持つ。

('、`*川「そう、じゃあ問題の二人に訊くわ。
     トラギコさんとミルナさん、貴方達はどうします?」

鉄の様に冷たい目線が、名を呼ばれた二人に向けられる。
二人はその目線に怯むことなく、こう言った。

( ゚д゚ )「でぃさんは、俺達の恩人です」

(=゚д゚)「だからこそ、俺達はそっち側には行けないラギ。
    こっち側で、受けた恩を少しでも返させてもらうラギ」

('、`*川「……」

何か言おうと口を開いたペニサスに先んじて、ミルナが言った。

339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:33:12.94 ID:FWP3i1a30
( ゚д゚ )「手紙に書いてある事は何回も読みましたし、理解もしています。
     でも、俺達はやりたいからやるんです。
     ……トソンさん達の意見は正直ありがたいです」

(=゚д゚)「ありがたいけど、気持ちだけ受け取っておくラギ。
    ミセリ、お前はもっと明るい場所で伸び伸びと生きて行けるラギ。
    俺に付き合わなくても、お前が元気なら俺はそれだけで十分ラギ」

( ゚д゚ )「トソンさん、そう言う事です。
     ですので……」

(゚、゚トソン「ミルナさん、それは出来ない提案です。
     私、いえ、私達もお二人と同じです。
     やりたいからやるのです」

ミセ*゚ー゚)リ「そうですよ、トラギコさん。
      私も、トラギコさんと一緒に居たいから、そうするんです」

ミルナもトラギコも、全く同じ表情をした。
嬉しいのだが、どこか申し訳なさそうなその顔を見て、ペニサスは溜息を吐いた。

('、`*川「諦めてください、ミルナさん、トラギコさん。
     それに、どちらか一方に固まった方がリスクは少ないです」

(,,゚Д゚)「トラにぃもミルナにぃも二人の事を心配してるんですよ、ペニ姐」

('、`*川「そんな事は、言われなくても分かってるわよ。
     だからこそ、一緒の方が何かと都合がいいのよ」

頭の上に見えない筈の疑問符が浮かびそうなギコに、トソンが説明をした。

342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:37:44.31 ID:FWP3i1a30
(゚、゚トソン「裏の人間と繋がりのある人を利用するのは、常套手段です。
     職場が逆であれば、その事を察知するのに時間がかかりますし、伝えるのにも時間を要します。
     どうにかしようとすれば、また時間が掛り、間に合わないかもしれないです。
     御理解いただけましたか?」

ようやく理解したのはギコだけで、ミルナとトラギコは既に理解していた。
だからこそ有りがたくもあり、申し訳ないとも思うのだ。
出来る事なら、この二人には平和な世界で生きてもらいたい。
それでも願えるのであれば、共に生きたい。

心の中で葛藤を繰り広げたが、最終的には相手側の意志が重要なのだ。
先程二人の心の内を聞けたミルナとトラギコは、内心で安堵していた。
ただし、喜んでばかりもいられない。

('、`*川「じゃあ、これで後は予定通りに事を進めるだけね」

そう。
この時、都では大きな変化が起きていた。
表社会でも、裏社会でも。
裏表を問わず、都全土を巻き込む大きな変化の渦。

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/08/16(月) 01:41:27.80 ID:FWP3i1a30





             例えば。

裏社会の御三家として名を連ねている水平線会。


             それが。

明日の朝には消滅すると言うのもまた、一つの歯車。







都に本当の終焉が近づいていると言う事に、まだ、この場にいる誰も気付けていなかった。







Episode03 - Dream of Caged birds -
         End


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