('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:21:07.62 ID:J4d/yKDu0
知っている建物の特徴だけを伝えると、男は少しだけドクオの言葉を反芻するようにしてから、頷いた。

( ФωФ)「よし分かった。
       我輩がそこまで連れて行ってやる。
       そう云う訳で、我輩は先に行くが、ウルザ、問題は無いか?」

(■_>■)「問題ありません。
      了解いたしました、我が父」

サングラスの男は先程の男達の元へと向かい、今度は足首を掴んで二人を運び、そのまま何処かへと行ってしまった。
二人きりになると、杖を突いた男が小さく溜息を吐いた。

( ФωФ)「最近この辺りは物騒でな。
       夜だけでなく、出かけるのであれば誰か一緒に行動した方がいい。
       お主の様な小僧が一人なのは感心せんな」

そう言って踵を返すと、男は静かに歩き始めた。
振り返ることなく告げる。

( ФωФ)「来い。
       小僧が分かる場所まで連れて行ってやる。
       来なくても良いが、それは自由に決めるがいい」

ぶっきらぼうな声であったが、決してドクオに配慮していないと云う訳ではない。
不器用な優しさが、その声には確かに込められていた。
何かを企んでいる訳でも、ドクオの機嫌を窺う訳でもない。
幼い動物が人間の赤子と接する様な、自然な優しさである。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:25:02.23 ID:J4d/yKDu0
大きく感じた男の背中は、20年近く経った今でもドクオの網膜に焼き付いている。
頼もしさが滲みでる様な背中が先へと進み、ドクオはそれを何の疑いも無く追った。
心地の良い香りの正体は、手に持つ杖から漂ってくるのだと分かった。
不思議な男であった。

( ФωФ)「……」

終始、男は無言だった。
聞こえるのは一人分の跫音と、遠くから聞こえる市場の呼び込みの声。
気まずくは感じなかった。
会話がないのはドクオの日常ではよくあることだが、それとこの無言の空気は別物だ。

まるで。
大きく、偉大で、厳しく、優しい何かが目の前を歩いている様に感じたからだ。
当時は知らなかったが、それは、人間が冷厳で途方もなく巨大な高山に抱く、尊敬や畏敬を越えた感情に非常に類似していた。
どのくらいの時間が経過したのかも分からぬまま、二人はドクオの見知った通りへと到着した。

( ФωФ)「ここからなら、もう家に帰れるな?」

ドクオは頷いた。

( ФωФ)「いいか、寄り道をするでないぞ。
       今回は偶然助けたが、次は知らん。
       霧のある間は外出しないことだな」

踵を返して来た道を引き返そうとした男に、ドクオは人生で初めて心から礼を言った。
不慣れな言葉であったが、それを聞いた男は口元に笑みを携えた。
歩き出してから、7歩進んだ所で言葉を発した。

( ФωФ)「"少年"よ、縁があればまた逢おう」

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:29:05.55 ID:J4d/yKDu0
"小僧"ではなく、"少年"と呼んだ男。
それから一拍の間を置いて。

( ФωФ)「……我が名はロマネスク。
       お主の名は、何と云う?」

ドクオは、自分が知るただ一つの名前。
苗字では無く、名前である"ドクオ"と名乗った。
顔は見えなかったが、男が少しだけ笑った様な気がした。
この日、ドクオは人の死を見るだけでなく、偉大にして尊厳な裏社会の王、ロマネスクと出逢った。

―――ドクオはロマネスクの言いつけを守り、霧が濃い時は決して外出しないようにした。
ただし、それは一ヵ月と保たなかった。
途中で挫折したり、妥協したりしたからでは無く、単純な理由からだった。
強制的に外出を強いられたからである。

強要出来るのは、一人しかいない。
父親だった。

(・父・)「オイ」

ドクオが怯えた表情で反応を示すと、父親は紙幣を投げつけるようにして渡してこう言った。

(・父・)「酒とツマミ買って来い」

今までは母親が買いに行っていて、毎回買いに行く手間を省く為に、常に一か月分の貯蔵がされていた。
母親が逃げてからと云うもの、父親はその貯蔵を着実に消費した。
新しく酒や食材を買い足す者がいない中で消費すれば、その貯蔵は減る一方だ。
遂にその貯蔵が底を尽いた時、外出を極度に嫌う父親はドクオに酒を買ってくるように命じた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:33:20.75 ID:J4d/yKDu0
前回外出して酷い目にあった事もあり、気が進まない話だった。
第一、無駄に消費していたのは父親なのだ。
ドクオが食べたのは、日に二回、最低限の食事だけ。
床の上に投げ捨てるようにして与えられた食料で、ドクオは食いつないでいた。

缶詰の場合、それはドクオの顔に向けて投げられた。
当たると痛いが、中身は美味い。
父親は、無言を反抗と解釈したらしく、怒りに震える声で言った。

(#・父・)「何だよ、オイ!
     その目は何だ?!」

何時までも動こうとしないドクオに業を煮やし、父親は勢いよく掴みかかった。
ドクオの首を掴んで壁に叩きつけ、持ち上げて行く。

(#・父・)「何だって訊いてるんだよ!!
     この俺の命令が聞けないのか!?
     ……逆らうのか?」

ドスの利いた声で父親は言った。

(#・父・)「この、この!
      ……ルリノに逆らおうって言うのか!!
      歯車王の子孫の、このルリノに!」

ルリノ。
酔った際、父親の口からうわ言の様に呟かれる名前。
歯車の都の歴史を変えた、初代歯車王ノリル・ルリノの名前と同じ。
同じだが、所詮は名前。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:37:12.35 ID:J4d/yKDu0
名前はどこまで行っても、ただの名前でしかないとドクオは常々思っている。
ノリル・ルリノの偉業の数々は知っている。
だが、それは"ノリル・ルリノ"が行ったのであって、決して、ルリノの名を持つ人間が行った訳ではない。
だから、父親が自分を敬えだとか、自分は偉いだとか言っているのを聞くと、不思議で仕方がなかった。

戯言や妄言としか考えられなかった。

(#・父・)「俺は偉いんだよ、凄いんだよ、偉大なんだよ!!
     その俺の命令が聞けないってのは、どう云う了見だ!!」

知った事ではない。
この男が何をして、偉くて凄くて偉大な人間を謳っているのか。

(#・父・)「ルリノは誰よりも優れてるんだ!
     誰よりも、誰よりもだ!
     手前の様な糞餓鬼でも、一応その血が流れてるんだ!
     だが俺よりも若い!

     だったら俺の言う事だけを聞けばいいんだ!
     ここにこうしていられるのは俺のおかげだ!
     俺がいなけりゃ、手前なんか産まれてねぇンだ!
     分かったか、俺は、お前の、恩人なんだ!」

窒息死する寸前に、父親はドクオを解放した。
喘ぐように咳込んで、空気を肺に送り込む。
地面に落ちていた紙幣に手を伸ばし、ドクオは掴もうとした。
酸素が不足していた脳は上手く働かない。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:41:19.64 ID:J4d/yKDu0
手は伸ばせず、微かに指先が動いただけだった。
苦しさと悔しさ、そして理不尽さに涙が流れ始めた。
喉を絞められ苦しかった。
何もできない自分が悔しかった。

自分の名前と体に流れる血を理由に命令され、蹂躙される理不尽さ。
ふつふつと怒りがこみ上げ、だが、どうしようもない事は分かっていた。
相手は大人。
自分は子供。

何より、親の持つ金のおかげで、自分が飢え死にしないで済んでいる事実。
親と云うよりかは、金に依存して生きていられることは分かっている。
依存が悪いとは思わない。
誰であれ、依存せずにはいられないのだ。

最低でも金に依存せず生きている人間は、この世にいない。
この世に溢れる数多くの物は金なしでは手に入らないし、思い通りにならない。
自分が偉いと豪語しているあの男でさえ、酒を買う為に金に依存している。
震える手がようやく動き始め、這いずりまわる蟲の様な動きから、蛇の様な動きに変わった。

紙幣に指先が触れ、それを手に引き寄せる。
くしゃくしゃになった紙幣。
ただの紙なのに、その紙が持つ力は偉大だった。
自らを偉大と云う父親に比べたら、遥かに偉大だ。

何も言わないし、威張りもしない。
決して命令をする事は無く、決して文句も言わない。
使用用途は所有者に委ねられるくせに、力は絶大なのだ。
無言で無表情の金は、寛大な精神を持ち合わせた道具だと、ドクオは認識していたが、今、改めて再認識させられた。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:45:07.60 ID:J4d/yKDu0
どうにか紙幣を握りしめた前後で、体全体に自由が戻り始めた。
思考がまともに動き始め、一体何がここまで父親を嫌悪させるのかを考え、一瞬で答えが出た。
誇り、一言に纏めると"プライド"だ。
自分の何かを誇り、自尊心を何よりも大切にしているからだ。

この日以来、ドクオは"プライド"を心底忌み嫌った。

―――その日の事は、よく覚えている。

朝の空気。
起きた時の心地。
濃霧と集合住宅、高層ビルが作り出す幻想的な風景。
それらは全て、"ドクオ・タケシ"の人生が始まった時の景色として記憶に刻み込まれている。

朝。
空気は冷たく、酸素の送り込まれた脳と肺を覚醒させた。
ドクオが小学校に入学する予定だった日から、既に一年が過ぎていた。
一年間で、ドクオは多くを学び、習得した。

言語に関してはほぼ完ぺきに学習して、難しい言い回しの言葉の意味も分かる様になった。
様々な店に行って、そこで注意を受ける度に言葉を覚え、品物を見る度に単語を覚えた。
一を知れば十を知る勢いで一人成長を続け、学校に通わずともドクオは学ぶ事が出来ていた。
事実、ドクオはたった一つの単語からでも構文や新しい単語を学んだ。

学校で学ぶ事を、ドクオは私生活で学んでいたのだ。
基本である四則演算は心ある店主から教えられ、それ以外は全く知らなかった。
外国の歴史や地理、生物や化学反応は興味も無かった。
図画工作や音楽などは当然として、体育も学ぶ事は無かった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:50:02.84 ID:J4d/yKDu0
走って帰るに連れて体力がつき、時には買い物帰りに襲ってきた同い年ぐらいの子供を殴って腕力を身に付けた。
日常こそがドクオにとっての学校に値した。
確かに、この環境は学校に近い。
むしろ、学校よりもより実戦的で社会的、そして現実的な事を学べる場でもあった。

恐るべき学習能力と適応力を持ち合わせたドクオには、ある一つの特異な能力があった。
他の子供に比べて、ではなく、"他の人間"に比べて、秀でた能力。
その能力の助けもあり、記憶能力は桁違いだ。
だからこそ、鮮明な映像としてその日の事を記憶出来ているのだ。

起きてから何をしたのか。
何をしてから、どこに出かけたのか。
その日はいつものように食パンを食べてから、濃霧が晴れるのを寝室で待っていた。
父親はいつものようにリビングで大の字になって寝転がり、高いびきをかいて寝ている。

朝食を終えてから、外出の支度を済ませてドクオは布団を被って丸まっていた。
これが一番安全な方法であって、危害を受けず、リスクを冒さずにすむ方法であった。
寝室にある窓から外を見て、濃霧が晴れて行くのを見咎めてから、そっと起き上がる。
それから音を立てない様に扉を開き、汚れてくたびれた靴を履いて外出した。

霧が晴れた裏通りは、徐々に賑わいを見せ始めた。
ドクオの住んでいる場所からでも聞こえるのは、カラシニコフと野菜、それと鮮魚を勧める売子の声だ。
濃霧の晴れた裏通りは、さながら、潮の引いた海の様な光景を見せていた。
山のある地域では雲海と云う言葉があるが、ここではその言葉が霧に置きかえられ、霧海という言葉が街中で使われる。

露わになった路地を歩き、ドクオは僅かな金を探した。
食料を買うにも、何をするにも金が必要だからだ。
"あの女"が逃げるまでは、そこまで金を使う機会は無かった。
少なくとも、食料に関しては管理をしていた人間がいた為、わざわざドクオが買い出しに行く必要が無かったからである。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 20:55:06.12 ID:J4d/yKDu0
いつものように探して、気がつけばすっかり夜になっていた。
昼飯を食っていない為、空腹に腹が鳴る。
ドクオの様な子供がこの時間に外にいると危険な事は学んでいた為、諦めて帰ろうとしたその時。
破裂音が、連続して鳴り響いた。

爆竹をまとめて点火して、そして破裂させたような破裂音の嵐。
反射的に振り返り、そちらの方に向かって走り出した。
周りに立ち並ぶ家屋から漏れる光を頼りに、薄らと照らされた路地を進んだ。
入り組んで視界が悪いが、ある程度は路地裏の道を把握しており、迷う事はまずない。

知っている道だけを進んで、音が聞こえた場所へと向かう。
生ごみが山のように積まれたゴミ置き場を右に曲がり、遂に到着した。
一本の街灯が立っていて、その下に広がる光景を鮮明に照らし出している。
そこは一面血の海と化していた。

既にその場で息をしている者はドクオしかおらず、地面に仰向けに倒れているのは恐怖に目を見開いた者達だけだ。
彼等は皆、呼吸はおろか、身じろぎ一つしない。
死の意味を理解していたドクオは、その光景が意味する者が何であるか、一瞬理解に苦しんだ。
一度に多くの死体を目にするのは初めてではないが、意味を知ってる時と知らなかった時とでは、受ける衝撃は段違いだった。

黒いスーツは血で濡れ、手にはいつか見た黒い物体が握られていた。
よく見れば、全体的に少しだけ形が違うが、同じ種類の物である事が想像出来た。
大きさは一周り小さく、先端に円錐状の物体は付いていない。
拾い上げようかどうか考えていると、後ろから跫音が近付いてきた。

振り返った瞬間、ドクオの頬を何かが掠め飛んで行くのと同時に、破裂音。
何が起きたのか考えず、ドクオは本能に基づいて頭を低くした。
今度は頭上で破裂音。
耳鳴りが止まず、痛みさえ感じる。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:00:05.84 ID:J4d/yKDu0
見えたのは黒いズボンと鏡の様に磨き上げられた靴。
その靴に映った自分の顔を見ていると、それが顔を蹴り上げ、ドクオはボールの様に地面を転がった。
鼻血が吹き出し、痛みで涙が流れた。
どうして、と考え、答えは出なかった。

鼻を押さえながら立ち上がり、ドクオを蹴った相手の顔を見上げた。

( ^^ω)「ちっ」

舌打ちが聞こえ、男は手に持っていた物をこちらに向けた。
小さな穴が覗いている。

( ^^ω)「避けるなホマ」

人差し指にゆっくりと力が入っている。
動けない。
動けと、動けと頭は命令している。
でも、脚が恐怖に竦んで動けなかった。

何が起きるのか分からない。
未知への恐怖。
分かるのは、これで自分の人生が終わる事。
絶望に顔を歪め、ドクオは声を出そうとした。

助けてと。
誰でもいいから、助けて、と。
言葉が出ない。
出そうとした言葉は、僅かに擦れた声が出ただけだった。

男の人差し指が最後まで引かれる直前、男の横から影が飛び出した。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:05:08.45 ID:J4d/yKDu0
(■_>■)「させません!」

鋭い右のストレート。
打ち抜く様に男の顎を砕き、勢いで男の手は下を向き、破裂音が手元から鳴った。
不意を突かれた男は目を白黒させたが、次にサングラスの男が放ったアッパーカットは砕けた顎を更に粉砕し、衝撃は脳震盪を誘発した。
ふらり、と頭が揺れ、その頭頂部の毛髪を鷲掴みにして、地面に叩きつけた。

鮮やかな一連の動作は瞬く間に終わり、地面とキスしている男は指一つ動かさなかった。
サングラスの男はドクオが無事なのを見てから、直ぐに視線を地面の男に移し、その手が握っている黒い物体を蹴り飛ばし、拾い上げた。
先程男がドクオにしたように、それを男の頭に向け、サングラスの男は人差し指を引いた。
破裂音と共に、男の頭が爆ぜた。

(■_>■)「ふぅ……
      無事ですか、そこの少年?
      えぇと、確かドクオ君、でしたね」

何度も頷く。

(■_>■)「ドクオ君、君はどうして、いつもピンチに巻き込まれているのでしょうか。
       トラブルメイカーには見えませんが。
       ひょっとして、トラブルが好きなのですか?」

首を横に振った。

(■_>■)「そうですか。
      それにしても、また、どうしてここに?」

一連の経緯を説明すると、男は少し考え、口を開いた。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:10:28.36 ID:J4d/yKDu0
(■_>■)「ふむ。
      ドクオ君、さっきからパンパン鳴っていたのは、銃声と云うものです。
      銃が何か、知っていますか?」

銃、と云う単語は、実は数回だけ聞いた覚えがあった。
すれ違った人が会話の中で使っていたが、ドクオには意味が分からなかった。
サングラスの男は手に持っていたそれを見せ、言った。

(■_>■)「これが銃です。
      そしてこれが銃爪で、これを引くと弾が出ます。
      撃つと丁度、さっき私がやった様な感じになります。
      パンっと鳴る銃もありますし、鳴らない銃もあります。

      大変危険な物なので、先程のパンッ、つまり、銃声を聞いたらそっちに行かない方がいいです」

ドクオはとりあえず頷いたが、では、どうしてそちらがここに来たのかを訊いた。

(■_>■)「あぁ、いえ、私は仕事の途中でして。
      あれだけ撃ちまくるとなると、ただ事ではない、そう思ったのです。
      ひょっとしたら私の家族が撃たれているかもしれないので、こうして馳せ参じた所、君がいたわけです」

男は手に持っていた銃を懐にしまうと、死体の山に目をやった。
サングラスの下に、どんな目を浮かべているのか。
ドクオは、少し気になった。

(■_>■)「ふぅ……
      殺されたのはどうやら、私の家族では無かったみたいです。
      素直に喜べませんが、それでも、よかった」

ほっと胸を撫で下ろした男は、片膝を突いて目線の高さをドクオに合わせた。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:17:29.73 ID:J4d/yKDu0
(■_>■)「ドクオ君も、気を付けてください。
      ここで朽ちるには、まだ若い、若すぎます。
      そして、そんな目をするのはよくない。
      諦めた目と云うのは、何もかもを投げ出し、何もかもを捨てた人間がするものです。

      まだ君は、完全に諦めたと云う訳ではなさそうですね。
      この先、ドクオ君がどうなるか、私には分かり兼ねますが、全ては君次第です。
      何かまた縁があれば……
      む、これは失礼」

懐から白いハンカチを取り出すと、ドクオの顔に付いていた鼻血を拭き始める。
血は止まっていたようで、これ以上流れて来る様子は無かった。

(■_>■)「もしあれば、家に帰って消毒した方がいいでしょう。
      ふむ、幸い、骨は折れていないようですね。
      では今度こそ、何か縁があれば生きて逢いましょう。
      その時に、ドクオ君の目が変わっている事を期待していますよ」

ドクオはどうしても彼の名を知りたくて、名を尋ねた。

(■_>■)「私の名前、ですか。
      ウルザです。
      ウルザ・ラース・タケシ。
      もし次に逢った時には、気軽にウルザと呼んで下さい」

血の付いたハンカチをドクオに預け、男は静かにその場を去って行った。
頭に残る手の感触と、掛けられた言葉が耳に残っていた。
溢れ返る死体に目を向け、ある物を探す。
それは、直ぐに見つかった。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:20:19.27 ID:J4d/yKDu0
どの死体も、その手に持っているか、近くに落ちている。
血に濡れ、汚れてはいるが間違いない。
教えてもらったばかりの事だ、忘れる筈がない。
使い方も教わった。

出来るだけ小さな銃を選んで拾い上げ、彼がしていた様に、ドクオも構えた。
狙いは、あのドクオを蹴った男に向ける。
人差し指に力を入れて行くが、どうにも上手くいかない。
後ろにある小さな部品が、力を入れるにつれて下がって行く。

一気に力を入れ、手元で凄まじい音と衝撃が起きた。
衝撃の際、銃の後ろの部品が勢いよく戻り、叩きつけたのを見た事から、あれが衝撃の原因である事が推測できた。
男の体の近くに、真新しい穴が出来ていた。
外した。

外しはしたが、理解をした。
ドクオの手に余る衝撃を生み出す銃の破壊力は、石畳を砕けるし、人の頭も砕ける。
つまり、非力なドクオでも人を殺せる。
殺す事に関しては、ドクオは未経験だったが、殺した人間がどうなるのかは、今もここで見た。

何も喋らず、何も感じず、何もできない。
かつてのドクオも、ほとんど死体と同じ様な物だった。
しかし今は違う。
自分の意志を持ち、自分の思考で物事を考え、自分の選択で行動ができる。

その手が持つのは、殺傷能力を秘めた銃。
銃が手にあるだけで、可能性が生まれる。
全部は、ドクオ次第だ。
冷たく、血に濡れた銃把の感触は忘れない。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:25:04.51 ID:J4d/yKDu0
最初に引いた銃爪の硬さは、人差し指が記憶する。
反動はドクオの小さな背を後押しする様に。
響いた銃声は、激励する祝砲の如く。
薬莢が地面を叩く音は、今この時、新たな人生を手にするかもしれないドクオの一歩目の跫音。

ずしりと重い銃を服の下にしまって、ドクオは家に向かう事にした。
早く、この銃を使いたかった。
使う事だけを考え、その後の事など考えもしない。
無論、使う相手は決まっている。

今の今まで、ドクオの人生を己の道具として使ってきた、あの父親。
異常なまでにプライドに執着する忌々しい存在を、今すぐに消したい。
目覚める度に身の安全を心配しなければならず、事ある毎に殴られる。
何かと理由を付けては買い物に行かせ、そのくせ、自分は何もしない。

ドクオの生活からいなくなっても、何一つ困らない。
むしろ、消した方が少しは良くなるのではないだろうか、とさえ思っていた。
これから自分がしようとしている事を想像するだけで、ドクオの息は自然と上がった。
家の前に来て、ドクオは立ち止って部屋を見上げた。

銃を取り出し、構えた。
手が震えていた。
凍えた時、悔しくて泣いた時。
原因はそのどちらとも違う。

手が言う事を聞かない。
怖い訳でも、寒い訳でもない。
何を恐れる。
何を感じている。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:30:03.26 ID:J4d/yKDu0
自分の体に起こっている事態を理解できず、呼吸が乱れた。
緊張しているのだと分かると、次は何に対して緊張しているのかを考えた。
倫理に反する事から来る背徳感は有り得ないとして、他にどのような原因が挙げられるか。
失敗する事。

一理ある。
殺すのを失敗した場合、あの男は絶対にただでは済まさない。
それこそ殴り殺されるか、嬲り殺されるかしか道は無いだろう。
だとしても、このまま何もしなかった所で、殺されないという保証があるわけでもない。

殺る殺らないに拘わらず、ドクオの命は常に危険に晒され続ける。
今すぐにその危険を除去するだけの力が、ドクオの手には握られている。
ならば、恐れる必要などないだろうに。
分かっている、頭では分かっている。

頭と体は、全く別の考えを持っているかのようだった。
腕の震えは収まらず、不安がよぎる。
もし失敗したら、絶対に殺される。
どれだけ酷い事をされるのかを想像するだけで、背筋が凍る思いだ。

背中に冷たい氷柱を突っ込まれたかのように、感覚が途切れ、寒気がする。
何もしないと云う選択もある。
それは、今までと同じ日常を過ごすと云う選択。
つまるところ、逃げると云う選択である。

痛みを恐れ、危険を冒すリスクを消すと云う点で言えば、賢い選択だ。
だが、この機会に臆して逃げるようでは、この先死ぬまでドクオはあの男の道具として生きる事になる。
許せるはずがない。
そんなに簡単に、自分の人生を諦められる筈がなかった。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:34:03.13 ID:J4d/yKDu0
美味い飯も、暴力に恐れて過ごさなくていい日常も欲しい。
欲するのだから、諦めない。
自分自身に言い聞かせる言葉は、殺せ、ではない。
諦めるな。

である。
決断する事を。
実行する事を。
そして、自分の人生を。

意を決したドクオの表情は、最早先程までの子供の顔では無かった。
一人の男が、そこにいた。
ゆっくりと、余裕と呼べる雰囲気さえ醸し出すかのような足取りで、ドクオは家へと向かった。
垣間見えた威厳は、その血が持つ物だったのかは、定かではない。

家に帰って来たドクオを迎えたのは、父親のいびき声だった。
帰宅にも気付かずに寝ていたが、ドクオが靴を脱いで上がると、いびきが一瞬だけ止まった。
酒浸りの生活をしているが、動物的な本能の一部は残されていた。
奇跡的にも危険を察知したのだが、酒に酔って鈍った感覚は目を覚まさせるには至らない。

もしくは、目を覚ます事で恐怖しながら死ぬ事を回避させる為、起きなかったのかもしれない。
距離を確実に詰めて行き、ドクオは父親の肩書を持つ男の横に立った。
無様な姿だった。
これが今まで威張り散らし、ドクオを道具として利用して、暴力を振るってきた男の姿だ。

腰を落とし、銃を父親の腰に当てた。
両手でしっかりと構え、反動で銃が飛ばない様にする。

(-父-)「……ん?」

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:38:02.60 ID:J4d/yKDu0
異様な雰囲気に気付かれた時、ドクオは直ぐに銃爪を引いた。
反対側の腰から、血と肉片が飛び散った。
銃声が一つと、悲鳴が一人分。

(;・父・)「は、っ、ぎゃああああ?!」

突然走った激痛に目を白黒させ、直ぐに視線をドクオに転じる。
最初は信じられないと云う目をしていたが、ドクオの手に銃を見咎めると、目に怒りの色が浮かんだ。

(#・父・)「こ、この糞ガッ!?」

もう一発、今度は腹に向けて撃った。
これで起き上がれない。
痛みに泣き叫ぶその顔からは酔いが消え、代わりに絶望が張り付いていた。

(;・父・)「まて、ま、待て!
     おおお、俺はお前の父親だぞ!
     ルリノの子孫なんだ、こんなことして許されると思ってるのか」

返事の代わりに、ドクオは銃を父の心臓に向けた。

(;・父・)「……っひ!
     や、やめ……!」

殺す直前に浮かんだ顔は、今まで見た事もないぐらいに恐怖にひきつり、怯えきっていた。
命乞いを最後まで聞く事はせず、ドクオは銃爪を引いた。
狙った場所の近くが破裂して、そこから鮮血が弾ける。
体が跳ね、動かなくなった。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:42:08.36 ID:J4d/yKDu0
目は大きく見開いたまま、顔は絶望の表情を浮かべている。
緊張から解放されたドクオは、思わず床にへたり込んでしまった。
三回も撃っただけあり、手に痺れが残っている事に今更気付く。
床に広がりつつある血は、濃密な匂いとして鼻につく。

胸はスッキリともしなかったが、後悔に押し潰される気配も無かった。
残ったのは、空しさにも似た解放感。
しかし、次に自分がするべき事は分かっていた。
銃を床に置いて、"物"になった死体の脚を掴んで、玄関まで引き摺って行く。

運動をせず、外出もしなかったそれは肉と脂の塊だ。
一回一回休みながら、芋虫が這う様な速度で運ぶ。
玄関の扉まで運ぶのに、優に一時間は掛かった。
口で息をする度、血の匂いが肺に送り込まれ、不快な気分になる。

引き摺った跡には血が残り、少し蛇行していた。
先に扉を開いて、運ぶのを再開する。
家の前に死体を運び終えてから、ドクオは一旦家の中に戻り、家の中を物色し始めた。
これから先、ドクオは自分がするべき事を決めていた。

この家には、もういられない。
今の銃声で、誰かが通報した可能性がある。
大して機能していない警察が動かないとも限らず、家に留まるのは適切な判断とは言えなかった。
それに、血と酒の匂いが染みつき、嫌な記憶しかない場所にいるのは嫌だった。

引き出しを探している内に、財布とそこに入っていた五枚の紙幣を見つけた。
酒代として残していたのだろう、ありがたくそれを貰う事にした。
台所にはこれといって目ぼしい物は無かったが、ライターが見つかった。
ドクオはそこで、鞄を探す必要がある事を思い出した。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:46:02.35 ID:J4d/yKDu0
鞄は肩掛け式ではなく、背負える物の方がいい事は、幼稚園で学んだ。
肩掛け式だと移動に不便で、肩が痛くなってしまう。
家の構造は把握していた為、押し入れやその他の場所を虱潰しに探す内、やっと見つけた。
小さなデイパック。

そこに財布、ライター、そして銃をしまう。
他にもまだ必要な物があった。
これから、ドクオは安全な家を飛び出し、都の裏通りへと住処を変えなければならない。
自分の身は自分で護り、自分の事は自分でする。

ロープや雨具、他にも自分で必要だと考える物を探した。
小振りのナイフや食器、防寒具も忘れない。
全ての必要な物を揃え終えた頃には、デイパックは容量の限界を迎えた。
この季節、外は凍えるように寒い。

準備を全て終え、ドクオは服を何重にも重ね着して、最後にフリースを着る。
この服が、今のドクオに用意できる精一杯だ。
元から服はあまり買い与えられなかったので、持っている服だけでこの季節を越さなければならない。
そして、最後に。

ウルザがドクオに貸してくれた、薄らと血の付いた白いハンカチを入れた。
洗濯機の使い方が分からず、必死に手と石鹸で洗ってみたが、どうしても血の跡が取れなかったのだ。
出来るだけ綺麗にしたハンカチを、いつかまた彼に逢った時に返すと決めていた。
デイパックを背負い、ドクオは家を出た。

死体を踏みつけ、アパートから出て行く。
今まで何度も繰り返してきた事なのに、妙に新鮮に感じてしまう。
それは、これが本当の意味でドクオの人生が解放されたからだった。
誰にも利用されず、誰も利用しない。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:50:02.64 ID:J4d/yKDu0
完全に解放された状態のドクオは、その解放感に浸らなかった。
浸る暇があれば、ドクオは一歩でも進んだ。
目的地はない。
これから、ドクオの住処はこの都全域に広がるのだ。

言い換えれば、ドクオの世界はこの時を契機に広がったと言える。
世間一般的に言えば、この時を迎えるのは、一人暮らしを決断した時ぐらいな物だ。
少なくとも言えるのは、ドクオの年齢でこんな経験をするのは、非常に稀なことだった。
大体は娼館や変態の下に送られるか、孤児院に行くのが普通だ。

誰かに頼らずに生き延びられる子供と云うのは、何かしらの才能を持って産まれた者に限られる。
ドクオも例外では無く、本人が自覚していない才能を一つ持っていた。
兎にも角にも、ドクオが家を出て、家が見えなくなる場所に来て立ち止った。
呆気ない終わりは、果てしない始まりを告げる。

何の気なしに、空を見上げる。
黒い。
どこまでも黒い。
厚みのある黒は、何も言わない。

露出した肌の部分に感じるのは、凍てつくような寒さ。
この格好で、ようやく耐えられるぐらいの寒さだ。
服を着ていても、まだ肌寒い。
風が建物の間を吹き抜ける音が、静けさを演出し、寂しさを一層際立たせた。

だが、この風は逆に心地よく感じられた。
人を殺めた。
それも、一応は家族を殺したのだ。
火照っていた体を冷やす風は、ドクオの体だけでなく、思考も冷やしてくれた。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:53:28.87 ID:J4d/yKDu0
脳が冷却されても、後悔はしていないことが改めて分かった。

―――路地裏で生活を始めたドクオは、多くの事を学んだ。

段ボールは温かく、新聞紙を丸めて服の中に入れるとこれまた温かい。
どこの料理店の廃棄が多く、どこが美味いか。
荷物を抱きかかえて眠る際、チャックは常に利き手側に向けて閉めておく事。
深く眠ってはいけないこと。

環境がよさそうなのに、誰かが寝泊まりした後がない場所は避ける事など、様々だ。
過酷な環境下で特に興味が湧いたのは、料理だった。
高級料理店の残飯に比べて、定食屋の方がドクオの口には合った。
貴重な金を使って、数回、その定職屋に足を運んだ。

一回一回の食事で、ドクオは気に入った食事の作り方を聞いた。
店主も最初は考えたが、次第にドクオの熱意と飲み込みの速さに気を良くして、料理を教えた。
十数品の作り方を覚えたドクオであったが、それを実行するだけの財力も、材料も、そして機会も無かった。
知識として料理の作り方を習得したドクオは、そのまま毎日を過ごした。

親の庇護も無く、働く事もない。
その代わり、毎日を必死に生きた。
凍死しそうなほど寒い夜は、体を抱きしめて、決して寝ない様に努力した。
何度か死にそうになった事もあったが、どうにかこうにか死なずに死んだ。

ロマネスクと再び逢ったのは、ドクオが家を出て一年が過ぎてからだった。
入学していれば、新しい学年に進級している歳。
偶然だった。
たまたまドクオが路地裏を歩いていて、財布を見つけた事が、ロマネスクと再開する一つの切っ掛けになった。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 21:57:14.52 ID:J4d/yKDu0
黒い縦長の財布には、はち切れんばかりに紙幣が詰まっていて、カード類も多く入っていた。
実を言うと、ドクオは財布を拾うのは初めての経験だった。
これまでは硬貨や紙幣を拾い、時には使えそうな物を拾いもした。
ただ、財布は拾った事が無かった。

落とした人間はさぞや困っている事だろう。
何せ、これだけ紙幣が入っているのだ。
これだけあれば、好きな物が好きなだけ買える。
今まで見たことのある金を全部合わせても、これには到達しない。

財布を持ったまま、ドクオはこれをどうするか考えた。
他の誰かに見つかれば、殺し合いに発展しかねない額だ。
一先ず、自分が普段寝泊まりしている場所に行ってから考えようとした。
その時である。

(´ФωФ)「むぅ……」

如何にも困った顔で、杖を動かすロマネスクの姿が目に映った。
ドクオの存在に気付いたのか、10メートルは離れた場所から、声を掛けて来た。

( ФωФ)「そこの少年。
       少しいいか?」

目の前にまで近付いてきて、ロマネスクは、おっ、と声を上げた。

( ФωФ)「おぉ、奇遇だな、いつぞやの少年か。
       ドクオ、だったな。
       実はな、うっかり財布を落としてしまってな。
       知らないか?」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:01:14.31 ID:J4d/yKDu0
財布を探していると云うロマネスク。
ドクオの手には、財布。
隠し通すこと無く、ドクオは財布を拾ったことをロマネスクに言った。

( ФωФ)「おお、そうか。
       すまんが少し確認してもよいかな?」

差し伸ばしたロマネスクの手に、ドクオは財布を乗せた。

( ФωФ)「ふむ、確かに我輩のだが。
       だが、我輩は見ての通りでな、ひょっとしたら我輩の物ではないかもしれない。
       のう、ドクオ。
       我輩はどうしたらいいと思う?」

試す様な表情に気付かず、ドクオは考え、拙い言葉で自分の意見を述べた。
自分の物にしたい気持ちもあるが、それでも。
落とした人間が困るから、自分が持っている訳にはいかない、と言った。
きっと、ウルザならこうするだろうと思ったのだ。

ロマネスクは驚いた風に眉を上げ、満足そうに笑った。

( ФωФ)「くくく、いいな。
       ここで生きていても尚、そんな気持ちが持てるとはな。
       いつか、その気持ちが命取りになるやもしれんぞ。
       まぁ、だが悪くは無い。

       ドクオ、我輩はお主が気に入った。
       この財布は、確かに我輩の物だ。
       試してすまなかったな。
       礼をしたいのだが、何かあるか?」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:04:18.09 ID:J4d/yKDu0
何かあるか、と言われてもその時は何も思い浮かばなかった。
そこでドクオは、ウルザはいないのか、と訊いた。
眉間に少し皺が入り、声のトーンが落ちる。

(´ФωФ)「ウルザか……
       あいつは、先日死んでしまってな。
       ところで、どうしてお主がウルザの名を知っているのだ?
       最初に逢った時に覚えた訳ではあるまい」

以前、彼に助けてもらった事をロマネスクに言うと、一層悲しげな影が顔に落ちる。
デイパックからハンカチを取り出して、ロマネスクに手渡す。
受け取ったロマネスクは、深い溜息を吐いた。

(´ФωФ)「そうか、そんな事があったのか。
       ウルザらしいと言えば、ウルザらしいな」

一人で大丈夫かどうかを、ドクオは尋ねた。
目が見えないハンデは、私生活に様々な制限を課す。
だからこそ、ロマネスクは杖をついているに違いないと、ドクオは考えていた。

( ФωФ)「心配には及ばん。
       最近入った三人が、面倒を見てくれているからな。
       ……ドクオ。
       お主、今何か仕事をしているか?」

正直に答えるかどうかドクオが迷っているのが分かったのか、ロマネスクは返事を待たずに続ける。

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:07:16.84 ID:J4d/yKDu0
( ФωФ)「どうせ、まともな仕事をしていないのだろう。
       この辺りでお主の様な子供が出来る仕事など、そうないからな。
       今まではどうにかなったかもしれないが、これから先はどうにもならんだろう。
       そこで、だ。

       お主が独り立ちできるまで、我輩が仕事を紹介してやろう。
       無理な仕事をさせはしないが、決して楽な仕事ではない。
       それ相応の報酬を払う。
       どうだ?」

仕事が貰えると云う事は、金が貰えると云う事。
最初に手にした紙幣は当の昔に使い果たし、毎日死なないよう努力しているドクオにしてみれば、夢の様な提案だった。
決して、これまで働こうとしなかった訳ではない。
一日の内、時間があれば何処かの店に赴き、仕事をさせてくれと頼んでいたが、ドクオの身なりが汚い事と、年齢で断られ続けていた。

身元の分からない子供でも雇う様な店は、総じて怪しげな店だった。


( ФωФ)「我輩がお主の為に出来る事と言ったら、こんなことぐらいだ。
       それとも、金の方がいいか?」


ドクオが金では無く、仕事をさせてくれと言うと、ロマネスクは嬉しそうに頷いた。

( ФωФ)「いいだろう。
       では、まずはドクオ。
       お主の名は何と言う?
       名前がドクオ、だけではないだろう。

       苗字も教えてくれるか?」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:10:24.38 ID:J4d/yKDu0
こればかりは、正直に答えたくは無かった。
ロマネスクがドクオに悪意を持っていない事は分かるし、敵でない事も分かる。
しかし、ここでルリノの名を出す事は、どうしても嫌だった。
あの男が誇った名前が、ドクオは嫌いだったのだ。

ルリノと云う単語を口に出すのさえも、不愉快に思えた。
しかしロマネスクはドクオの苗字を知りたがっている。
考え、考え、考えて。
ドクオは、ある人物の名前を思い出した。

尊敬に値する人物であり、ドクオを助けただけでなく、優しく接してくれた人。
損得勘定では無く、彼の意志でそうしてくれたのが、何よりも嬉しかった。
そこから一つだけ名前を借りる事にして、こう、名乗った。
いつの日か、彼の様な人間になりたいと云う想いを込めて。

ドクオ・タケシと。

( ФωФ)「……くっ、くはははっ」

その名を聞いた瞬間、ロマネスクは低く笑い声を上げた。

( ФωФ)「貧乏人は好んでファーストネームを二つ持つと聞くが、お主は名前が二つなのか。
       ますます気に入ったぞ、ドクオ。
       例え偽りの名だとしても、我輩は構わん。
       名前など、呼ぶ時ぐらいにしか使わないからな。

       大切なのは名前では無く、そこに込めた想いだ。
       のう、そうは思わんか?」

一つ呼吸を挟んで、ロマネスクは静かに言った。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:14:05.77 ID:J4d/yKDu0
( ФωФ)「ウルザは義を重んじた。
       誰に強いられた義でも、世間が言う義でもない。
       自分自身の義に正直な男だった。
       いつかお主も、ウルザの様な男になるのを楽しみにしているぞ」

返事を一つ。
それを聞いて、ロマネスクは嬉しそうで、誇らしげな笑みを浮かべた。

( ФωФ)「だが、その前に一つ」

いきなり真面目そうな顔に戻る。
釣られて、ドクオも気を引き締め、次の言葉を待つ。

( ФωФ)「我輩と、銭湯に行くぞ。
       悪いが今のままだと汚くて、どこの仕事場にも連れてはいけないのでな」

家に居る時でさえそこまで風呂に入れる機会は無かったし、家を出てからは雨以外で水を被った経験は無い。
体臭が酷いのは自覚していたが、生きる上では不要と思っていたので、特に対策はしていなかった。
そして、銭湯と云う聞いた事のない単語にドクオは首を傾げ、単語の意味を尋ねた。

( ФωФ)「簡単に言えば、でかい風呂だ。
       兎に角、一緒に来い。
       そうすれば分かる」

断れず、ドクオはロマネスクの横に並んで一緒に歩き始めた。
ロマネスクの言う銭湯が如何なるものか、ドクオは久しぶりに胸を躍らせていた。
到着したのは、表通りに位置する巨大な施設だった。
外側から見ただけでは、何の建物かは分からない。

多くの親子連れや、恋人達でその建物は賑わっていた。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:17:22.24 ID:J4d/yKDu0
( ФωФ)「ここだ。
       行くぞ」

逸れない様に手を繋がれ、ドクオはその施設に入った。
不思議な匂いのする建物の中には、変わった服を着ている人で溢れている。
紐の様な物で腰の辺りを巻いているだけで、着ている服は、どうやら上下が一緒になっているようだった。
辺りをキョロキョロと見渡しているドクオをよそに、ロマネスクはさっさと受付で手続きを済ませ、ずんずんと奥に進んで行く。

天井から掛けられていた布を潜ると、そこには裸の男が多数いた。
筋骨隆々の男から、骨と皮だけかと見紛う男まで、様々だ。

( ФωФ)「ここが脱衣所だ。
       皆、ここで服を脱ぐ。
       脱いだ服は、このロッカーにしまう。
       まぁ、一先ず脱げ」

言われるがまま、ドクオは大人しく服を全て脱ぎ、ロッカーにしまって鍵を閉めた。
体中にある痣や傷は、ロマネスクに見られる心配は無い。
周囲の視線が気になり、ドクオは俯いた。

( ФωФ)「さて、我輩も脱ぐとするか」

ロマネスクも服を全て脱ぎ、綺麗に畳んでロッカーにしまう。
彼の体にある傷は、ドクオの傷よりも遥かに多かった。
深い傷から浅い傷まで、まるで、傷の見本市だ。
それまでドクオに注がれていた視線は、全てロマネスクに注がれた。

ニヤリ、とロマネスクが笑った気がした。

( ФωФ)「ほれ、行くぞ」

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:20:30.81 ID:J4d/yKDu0

二人分のボディタオルを手に、ロマネスクはドクオの背中を押して曇りガラスの向こうへと導く。
開くと、まず視界に飛び込んで来たのは濃密な蒸気だった。
次に見えた巨大な湯船を見て、なるほど確かに、と納得した。
優に50人以上の人間が、その湯船につかり、気持ちよさそうにしている。

( ФωФ)「よいか、風呂に入る前にはまず体をよく洗わねばならん。
       これは風呂場の掟だ。
       絶対に守れ、いいな?」

荒い目のボディタオルをドクオに渡し、ロマネスクは湯けむりの向こうに歩いて行く。
その背中を追って、ドクオも行く。
着いた場所にあったのは、向こうの壁まで続く長い、長いシャンプー台だった。
目を丸くして驚きつつも、手近なところに座ったロマネスクの横に、ドクオも座った。

( ФωФ)「石鹸もシャンプーもある。
       念入りに、足の指一本一本まで洗うのだ」

ロマネスクの真似をして、ドクオはボディタオルに石鹸を擦り付け、よく泡立たせる。
腕を洗い、胸を洗い、首、耳の後ろを洗う。
そして、言われた通りに足の指も丁寧に洗った。

( ФωФ)「そうだ、いいぞ。
       その調子で、全身をよく洗え」

一人である程度洗い終わり、いざ、シャワーで洗い流そうとした時。

( ФωФ)「むぅ。
        温いな。
        それでは、まだ駄目だな」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:23:04.61 ID:J4d/yKDu0
何か間違いをしでかしたのだろうか。
怯えるドクオの手からタオルを奪い取り、ロマネスクは命じた。

( ФωФ)「背中を向けろ」

素直に従う。
すると。
ごし、ごし、とロマネスクが背中を洗ってくれた。

( ФωФ)「いいか、背中は手が届きにくいが、その分しっかりと洗ってやるのだ。
       もっと、これぐらい強くていいぞ」

満遍なく背中を洗ってもらい、ロマネスクは最後にシャワーで洗い流した。
洗い終わった背中を、ロマネスクがぺしん、と叩く。

( ФωФ)「うむ、これでいい」

次に、ロマネスクはシャワーの温水をドクオの頭に掛けた。
目に水が入らないよう、硬く目を瞑る。
太くて、ゴツゴツとしたロマネスクの手が頭に乗せられ、頭を洗い始めた。
指を立て、わしゃわしゃと髪が洗われる。

( ФωФ)「痒い所があれば言ってみろ」

目が痒いと言ったら、ロマネスクは笑った。

( ФωФ)「ふふっ、もう少し我慢しろ。
       男だろう?」

念入りに洗い終わった髪を、ロマネスクがよく濯ぐ。

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:26:33.48 ID:J4d/yKDu0
( ФωФ)「どうだ?
       さっぱりしたか?」

服を一枚脱いだ心地だと、ドクオは言った。
体が軽く、これまであった陰鬱な気持ちも、心なしか少し晴れた気がした。

( ФωФ)「よし。
       次は我輩の背中も洗ってくれるか?」

ロマネスクからタオルを受け取り、ドクオは力を入れて背中を洗い始めた。

( ФωФ)「うむ」

自分がしてもらった時と同じように、頭も洗う。
手が小さい為、ロマネスクの様に上手く行かない。
ようやく洗い終え、シャワーでよく洗い流した。
最後は、ボディタオルを洗い、綺麗に折り畳んだ。

( ФωФ)「これでよし。
       風呂に入るぞ。
       いいな、静かに入るのだぞ。
       飛び込んだりしたら、そのまま沈める」

言われるまでも無く、ドクオは騒ぐのが嫌いな為、その様な事はしなかった。
折り畳んだボディタオルを頭の上に乗せ、間違っても湯船に付けてはならないと、忠告された。
足先からゆっくりとお湯に沈め、最後は肩まで浸かる。
自然と、口から溜息が洩れた。


(*ФωФ)「……ほぅ」

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:30:08.31 ID:J4d/yKDu0
ロマネスクは気持ちよさそうに溜息を吐いた。
体中の疲れが、一気に流れ出る様な気分だ。
これなら、確かに、金を払う価値はある。

( ФωФ)「おぉ、そうだ。
       これも覚えておくといい。
       銭湯や風呂場では、皆裸だ。
       包み隠さずに本音を話すには、絶好の場所なのだ」

銭湯とは、何とも不思議な空間だと、ドクオは感じた。

( ФωФ)「何があったかは聞かないがな、これだけは言わせてもらうぞ。
       ……お主には、期待しているぞ、ドクオ」

斯くして、ドクオは仕事を得られる事となる。
子供のドクオにロマネスクが与えた仕事とは、裏通りにある料理店の雑用だった。
皿を並べたり、皿を洗ったり。
宅配の手伝いや、厨房の掃除などだ。

専門的な知識はほとんどいらず、住み込みで仕事をさせてもらえるだけでなく、食事も提供された。
朝から晩まで働いたが、決して苦にはならなかった。
誰もドクオを虐めないし、理不尽なことで手が飛んでくる事もない。
稼いだ金は、全てドクオの物になった。

一年が過ぎ、ある程度仕事を覚えて来ると、次第に別の仕事も任されるようになった。
食材の下ごしらえ、調理。
和、洋、中、様々な料理の基本をここで学んだ。
しっかりとした食生活のおかげで顔色も良くなり、働く内に体が鍛えられたドクオは、見違えるようになった。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:33:08.27 ID:J4d/yKDu0
目は鋭く、だが、どこか気だるげ。
筋肉も同じ歳の子供と比べて、無駄が無く強靭だった。
礼儀作法も心得て、店の中では最年少と云う事もあり、厳しく、そして優しくされた。
だが、ある日。


―――裏社会の抗争に店が巻き込まれた事から、事態は一変した。


店内で派手な銃撃戦が繰り広げられ、流れ弾に当たった従業員が多く死んだ。
厳しく、滅多に笑顔を見せなかった店長はドクオに逃げろと言ったのが、最期の言葉だった。
皿を早く磨く術や、料理のコツ、酒の味を教えてくれた兄の様な料理人は、体中を血に染めて死んでしまった。
面白い話やドクオの知らない事を聞かせてくれた女性は、もう何も喋ってはくれなかった。

生き残った人間と厨房に避難していたドクオは恐怖よりもまず、怒りを覚えた。
防犯用に隠されていた拳銃を手に取り、皆が止めるのにも拘わらず銃撃戦が終わりかけている店内に進んだ。
義が何かは、まだ分からない。
分からなかったが、こうする事が義であると感じた。

世話になった人間を殺されたら、例え危険だと言われても、これが自分の義なのだから。
襲撃された方の組織の人間は、ほとんどが死んでいたが、僅かな人間が生き延びていた。
片方が撃つ度、その数倍の銃弾と銃声が返された。
残された人間は、凄まじい応射によって死んで行った。

全滅寸前の状況を見ても、ドクオは何も感じなかった。
無言のまま、ドクオは数の多い方の人間を見た。
あちら側が仕掛け、そして店員を含む多くの人を巻き込んだ。
怒りを向けるべきは、その者達。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:36:19.01 ID:J4d/yKDu0
両方の内どちらもまだ、ドクオの存在には気付いていなかった。
銃を構え、銃爪に力を込めた段階で、ようやく敵の一人が気付いたが、遅かった。
一発で頭を吹き飛ばされ、銃声でドクオの方を見た人間の喉は二発目の銃声と共に穴が空いた。
驚くべき集中力で二人の人間を殺し、報復の銃口が向けられる。

自分がそうした様に、撃たれる。
義を果たした以上、もう、撃たれても構わないと覚悟は済んでいた。
幸福な人生では無かったが。
不幸な人生でも無かったと、ドクオは思った。

しかし、敵の銃爪が引かれる事は無かった。
黒い服を着た第三の組織が介入し、瞬く間に店内で優位にいた組織の人間を屠ったのだ。
圧倒的な武力を従えて現れたのは、綺麗な金髪の若い女性と見知った顔だった。
銃を下ろし、ドクオは呆気に取られた表情で立ち尽くした。

( ФωФ)「……また水平線会の馬鹿共か。
       やられたのはどこの組織だ?」

答えたのは、ロマネスクと並んで現れた若い女性だった。

ζ(゚ー゚*ζ「タルスンね。
      誰か連絡してくれるかしら?」

それが、若干17歳のゴッドマザーだと知ったのは、少し先の話。
彼女の言葉に従い、近くに控えていた黒服の男が電話を掛けた。
ふと、透き通るような碧眼がドクオを見つめた。

ζ(゚ー゚*ζ「あら?
       この子は?」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:39:10.32 ID:J4d/yKDu0
( ФωФ)「ん?
       おお、ドクオか。
       久しいな」

開かれていない目で、ロマネスクはドクオを見た。

( ФωФ)「デレデレ、この少年が例の……」

ζ(゚ー゚*ζ「……なるほど。
       ねぇ、ドクオ君。
       怪我は無いかしら?」

自分に怪我はないが、厨房に怪我人や死人がいると言う。
それを聞いた黒服の男が数人、駆け足で厨房へと向かった。

( ФωФ)「すまんな、仕事がなくなってしまったな。
       荒巻には、我輩から言っておこう。
       デレデレ、何かいい案はないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「仕事、ねぇ。
       そろそろウチも忙しくなるから、そこまで面倒は見れないわね。
       あ、そうだ。
       ドクオ君、君はどんな仕事ならできる?」

店での経験を伝えると、女性は笑顔になった。
そして、こう言ったのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「何でも屋って、知ってる?」

――――――――――――――――――――

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:42:56.69 ID:J4d/yKDu0
何年ぶりにか呼ばれた本名は、やはりいい気持ちがしなかった。

川 ゚ -゚)「どれだけ名前を隠そうとも、私に隠し事はできん」

('A`)「趣味の悪い女だ」

自らの素性が、全て知られている。
だが、だからと云って事態がこれ以上悪くなるとも思えない。
あくまでも相手が知っている事を知ったのはドクオだけで、素直クールにしてみれば既知の事実。
精神衛生上良くないだけの話だった。

川 ゚ -゚)「ロマネナイフの有無で、貴様は殺し合いを放棄するのか?
     それとも、これは殺し合いでは無いと言うか?
     出し惜しみはよくない、実によくないな」

('A`)「殺し合いの時に出し惜しむほど、俺は馬鹿じゃあない。
   へっ、ナイフぐらいで尻込みしてたら、リンゴの皮も剥けないぜ」

先手を打つ隙は、十二分にあった。
が、ドクオは先手を打つ事はしなかった。
無駄だと理解しているからだ。
あれだけ撃っていれば、嫌でも理解する。

歯車王、素直クールの背から伸びている副椀は強力な武器であると同時に、強力な楯。
全ての腕を自在に動かす事が可能で、なお且つ素直クールが自ら確認しなくとも自動で迎撃を行う。
極めつけは何と言ってもロマネナイフの存在だ。
攻撃特化では無いのがせめてもの救いだが、遣い手によっては、あれは凶悪な武器になる。

川 ゚ -゚)「来ないなら、私がエスコートしてやる」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:46:29.15 ID:J4d/yKDu0


('A`)「優しく頼む。
   ここに来る途中に随分と乱暴な扱いを受けてね、危うく女性恐怖症になるところなんだ」


表情一つ変えずに、素直クールは駆け出した。
六本の腕は走るのに邪魔にならないよう、背中に戻った。
今が好機。
この好機を決して逃さないよう、ドクオは前に向かって走り出した。

ロマネナイフが通常のナイフと異なる部分は、その構造にこそある。
殺しの場で、ナイフには大きく分けて二つの用途がある。
斬る、そして刺す。
皮膚を斬るもよし、急所を刺すもよし。

ところが、ロマネナイフでは刺すと云う動作が出来ない。
独立して動く12の刃は、僅かな力でその形を変える。
強みでもあり、そしてそれは弱みでもある。
常に形状が異なる刃の得意とするのは、素直クールがやって見せた様な芸当だ。

対象を絡め取り、切り裂く。
狙うとしたら、その点だ。
あちらの攻撃は、全て線で行われる。
一回攻撃を外せば、ロマネナイフの様に癖の強い武器の場合、二撃目にラグが起きるかもしれない。

可能性が生まれるかどうかの話なので、確実とは言えない。
しかし、何もしないでいるより、よほど建設的な決断だ。
正面から迫って来る素直クールの速度は、ドクオよりも疾く、そして銀やヒートと比べて遅い。
決して、目で追えない速度では無い。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:50:18.27 ID:J4d/yKDu0
対応はできる。
形状上、ロマネナイフは受け流す事が出来ない。
受け流そうとした武器は絡め取られ、奪い取られる。
M84でそれをしようものなら、ドクオの手もろとも切り取られてしまうだろう。

厄介な武器を相手に、ドクオが選んだ攻撃は肉体を駆使した攻撃。
打撃戦に持ち込もうと考えていた。
拳や蹴りを使った攻撃だけでなく、銃床を利用する術は知っている。
この攻撃方法しか、今のドクオに考え付かなかった。

目と鼻の先にまで来て、先に動いたのは素直クールだった。

川 ゚ -゚)「っふ」

軽く振るったロマネナイフは、僅かの所でドクオに届かなかった。
よもや、歯車王ともあろう者が距離を見誤ったのか。
わざと外すとは考えられず、ドクオはこの僥倖を銃撃では無く打撃に充てた。
ここまで距離が接近すると、M84を使う時間が惜しい。

背中で控えている副椀を警戒してのことだ。
あれが出てくる前に出せる攻撃となると、至近距離から放つ掌底以外にない。
腰を落として強く踏み込み、不慣れだが、決して不格好では無い掌底をドクオは腹部目掛けて放った。
定石通りの一撃は、果たして、当たる事は無かった。

予め距離を開けられていたかのように、掌底は届かなかったのだ。
突き出した左手をすぐに引戻すと、直前まで手首があった場所をロマネナイフが通過した。
危うく絡め取られる所だった。
掌底をあの場所に放つと予測していて、初撃を外したのだとしたら、こちらの行動が読まれている可能性は高い。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:53:21.54 ID:J4d/yKDu0
攻撃を当てられなかったドクオは、ロマネナイフの射程距離から脱する為、大きく地面を蹴って後ろに跳んだ。
地面から脚が離れた直後、素直クールの回し蹴りが腹部を捉え、当人が予想していた以上に飛ぶ結果になった。
防御が間に合う間に合わない以前の問題で、ドクオは相手の攻撃を察知できなかった。
撤退に意識を集中していた為、その辺の観察と予測が疎かになっていたのだ。

予定通りに射程圏外に脱せたが、腹部に突き刺さるような痛みが残り、思わず左手で腹部を押さえる。

(;'A`)「ちっ、く……」

内部から込み上げる凄まじい痛みに、ようやく出た声は最後まで続かない。
体を斜めに倒して、素直クールを睨むように見上げる。
睨んだのではなく、ただ、その姿を見ただけだった。
痛みのせいで睨むような形になっているだけだ。

川 ゚ -゚)「おいおい、大丈夫か?」

(;'A`)「やって、おいて……この……」

攻め込んで来ない上に、こちらを気遣う様な言葉。
挑発されたドクオは、心を落ち着ける為に深呼吸をする。

川 ゚ -゚)「血を吐かなければ、まぁ、大丈夫だろう」

素直クールはロマネナイフを動かし、残響音を鳴らす。
無数の音が重なって、幻想的な響きとなるが、明らかな威嚇の音だ。
不気味としか言えない。

(;'A`)「どんな基準だよ」

川 ゚ -゚)「男の子の基準だ」

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 22:56:23.67 ID:J4d/yKDu0
分かった事があっただけ、実りある収穫と言えよう。
代償を払った価値があるかどうかは、別問題だが。
如何なる理由か知らないが、副椀は銃を使わない限り、接近戦では反応しない様だ。
肉弾戦を挑んだ方が、弾は無駄にはならない。

ドリルで殴られたりしないのに比べれば、蹴られたり殴られたり、ナイフで脅されたりした方がいい。
動くだけで殴られた場所が疼く様に痛む。
耐えられない痛みでは無い。
殴り合いを想定して、M84をホルスターにしまう。

('A`)「だったら、俺が何て言うか分かってるだろう?」

川 ゚ -゚)「無論だ」

('A`)「男の子はなぁ!」

川 ゚ -゚)「諦めが」

('A`)「とことん悪いんだよ!!」

今度は、ドクオの方がスタートは早かった。
陸上競技においても言えることだが、スタートは短距離走での要だ。
加速は疾さ。
疾さは力へと転化される。

非力なドクオの打撃でも、速度が加われば幾らか強化される。
当たれば、の話だが。
兎に角、両者は走り出した。
変わらず無表情で、素直クールはロマネナイフを柔らかく握って迫り来る。

126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:00:14.05 ID:J4d/yKDu0
勢いはドクオの方が上だ。
拳を痛めないよう、掌底を素直クールの整った顔目掛けて突き出す。
ロマネナイフを使うまでも無く、素直クールは片手で軽くそれを弾き、その手首を掴んだ。

川 ゚ -゚)「そらっ」

見た目には軽く動いただけだったが、手首を掴まれたドクオの体がなす術も無く持ち上がった。
2メートル程の高さに体が持ち上げられ、そこから地面に叩きつけるように投げ飛ばされる。
背中から落下したドクオは、どうにか後頭部を守る事だけは出来た。
だが、石畳の床の上に落とされた体は、一回跳ね上がった挙句、五回も地面を転がる羽目になった。

呻き声を上げるのでやっとだ。
自らの勢いを利用され、自らの不注意が招いた結果だった。

(;'A`)「ぐ……あっ……」

起き上がれはしたが、直ぐに反撃するだけの余裕はない。
何をするにも、今は全てが精一杯。

川 ゚ -゚)「淑女の顔にいきなり手を出すとはな。
     まずは礼儀を知れ」

副椀が無くとも、素直クールは十分過ぎるほどに強い。
腕力では無く、単純に格技術の能力値がドクオよりも上だった。
技術的にここまで圧倒的な差があったのは、相手が悪かったと言う他無い。
何せ、ドクオはこれまで本格的な格闘術を学んだ事がないのだ。

128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:03:06.48 ID:J4d/yKDu0
格闘術は全て実戦を通じて学んだり、本を読んだりして身に付けた。
時には戦った相手の技術を盗みもした。
決まった型など無いに等しく、技のバリエーションも少ない。
攻撃に対応する技を知らない以上、ドクオに出来るのは殴る、蹴る、掴む等の単純な動作だけに限られる。

川 ゚ -゚)「ふむ。
     丁度いい機会だ、貴様の体に女の扱い方を直接教えこんでやろう」

不気味な言葉を残して、素直クールの姿がドクオの視界いっぱいに広がる。
右腕で顔を、左腕で腹部を庇った。
ロングコートが大きく靡く音が聞こえ、ドクオの脚に軽い衝撃が走る。
子供が殴る程度の力が加えられただけだったのに、蹴られた脚が呆気なく浮き上がった。

ただの足払いでも、その技の切れ味は抜群だった。
転べば後がない事を知っている為、踏み止まるべく、腰を落とす。
腹部を庇う左腕の事などお構いなしに拳がそこに叩き込まれ、骨が折れたと錯覚する程の鈍痛が襲った。
腕越しに腹部も攻撃され、目を見開いた。

一撃で酸素を全て吐き出し、苦しさに咳込んだ。
慌てて数歩下がる。
顔を庇っていた右腕を下ろし、回し蹴りを放った姿勢のままの素直クールを見る。
その姿に、奇妙な既視感に似たもの覚えた。

何時の間にかロマネナイフは素直クールの手から消え、両腕は胸の前で組まれている。
片足を上げ、何時でも強烈な蹴りが放てる姿勢を取っている。
奇妙な既視感の正体に気付き、無意識の内に口からその答えが出ていた。

(;'A`)「……ヒートの……技か?」

根拠と呼べる物は無いが、その構えにはヒートの面影がどことなく残っている様に感じたのだ。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:06:41.95 ID:J4d/yKDu0
川 ゚ -゚)「素晴らしい観察力だが、惜しいな。
     しかしある意味では正解だ。
     これは"鉄足"の技だ」

"鉄足"、シャキン・ションボルト。
直にその闘いを見た事は無いが、噂ならば幾らでも聞いている。
曰く、一撃で車を破壊する蹴りの持ち主。
曰く、ロマネスク一家の最高の世継ぎである。

そして、ヒートと対等に戦えるであろうと謳われる、数少ない人物。

川 ゚ -゚)「ヒートもこの技を知っていて当然だろう。
     何せ、シャキンが片足を失ったのはヒートとの戦闘が原因だからな。
     影響を受けていない方がおかしい」

(;'A`)「流石、情報屋だな。
   ゴシップ誌でも書いたらどうだ?」

ヒートの想い人がシャキンである事は知っていたが、その様な過去は初耳である。

川 ゚ -゚)「耳聡いだけさ」

素直クールは上げた片足で地面を砕く勢いで踏み込んで跳び、たったの一歩で距離を詰める。
後ろに下がろうとしたが、脚を動かした途端、体中が悲鳴を上げて拒絶した。
動けないドクオの体に、容赦のなく鋭い飛び後ろ回し蹴りが放たれた。
回避行動が困難だと判断したドクオは、倒れるのを覚悟して体を右に大きく傾けて対処した。

間一髪。
左耳の横を凄まじい風圧が撫でただけで、ドクオは蹴りを喰らわなかった。
傾いだ体は立て直せず、地面に倒れる。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:10:03.64 ID:J4d/yKDu0
川 ゚ -゚)「ふっ」

一撃を避けられたからと云って、それで終わりではない。
外した脚を、ドクオの頭目掛けて戦槌の様に振り下ろす。
これは予想していたので、ドクオが転がって距離を開ける事で回避出来た。
立ち上がらなければ、いずれ終わる。

気合いを込めて上体を起こし、ダウン寸前のボクサーの様に立ち上がった。
殴り合いが状況の悪化を変えられない事を学習したドクオは、M84をホルスターから出して両手で構えた。
結局、ドクオにはこれしかない。

川 ゚ -゚)「それで私を撃ってみるか?
     どうなるかぐらい分かっているだろ」

('A`)「あぁ、分かってるさ。
   でもな、俺はこっちの方が使い慣れてるんだ」

川 ゚ -゚)「最初から拳で無く、そちらを選んでおけば痛い目を見ないで済んだかもしれないな。
     随分辛そうだが、湿布でもいるか?」

('A`)「御親切にどうも」

副椀が展開していない事をさり気無く確認してから、ドクオは脚を狙って二発撃った。

川 ゚ -゚)「おいおい、いきなりだな」

涼しい顔でサラリと言った素直クールの足元には、幻の様に現れた二本の副椀が覗いていた。
無論、銃弾が当たった様子は無い。

川 ゚ -゚)「悪い子には」

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:13:20.60 ID:J4d/yKDu0
(;'A`)「くっ!」

川 ゚ -゚)「お仕置きが必要だな」

風を切る音を立て、素直クールの背後から六つの影が走る。
瞬時に狙いを決め、M84を連射して迎撃する。
一発当たる度、副椀は怯んだ様にその動きを一旦止めた。
弾倉を一つ消費すると、副椀はその攻撃の姿勢を解除して、素直クールの周りに戻った。

川 ゚ -゚)「なんだ、やればできるじゃないか」

再装填したドクオの腕からは、攻撃を受けた直後に比べて痛みが引いていた。
幸いな事に、素直クールの蹴りで腕は折れずに済んでいた様だ。
酷い打身の様な痛みは完全には消えてはくれず、辛うじて耐えられる痛みの状態のままだった。

('A`)「だろう?
   殴り合いなんて、やっぱり俺には向いてない」

川 ゚ -゚)「言っておくが、私は殴り合いをけしかけてないからな」

('A`)「安心しろ、分かってる。
   次からは相手を見て決めるさ」

川 ゚ -゚)「まぁ、もっとも、私にとってはどちらも変わらないのだがな。
     別の手があるなら見せてみろ。
     何もないのならば、さぁ、男の子らしく挑んで来い」

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:16:03.10 ID:J4d/yKDu0
今の体の状態を考えると、そうもいかない。
殴られ、投げられ、蹴られた体には休みが必要だ。
僅かな時間でもいい、時間を稼ぐ事が重要だった。
時間稼ぎが見破られるのは時間の問題だろう。

川 ゚ -゚)「……時間を稼いで体力回復をしようと思っただろう。
     よせ、時間が勿体ない。
     短いのも問題だが、長すぎるのも苦痛らしいぞ、女には」

あっという間だった。
この間に取り戻せた体力は、ごく僅か。
とてもではないが、準備万端とはいかない。
素直クールと闘い始めた頃と鑑みると、体力は減り、相当なダメージが蓄積されている。

そんな体で、どう戦えばいいのか。

川 ゚ -゚)「図星か。
     自主的に来ないのならば、仕方がない」

ぞっとする程静かな声と共に、六本の副椀が襲いかかって来た。
目で追う事が出来、そして距離が近い物から優先的に撃ち止める。
撃った隙を狙って飛んでくる他の副椀は、焦らずにギリギリの場所で狙い撃った。
残念ながら目で追えなかった腕に関しては、横に飛び退く事で回避する他無い。

転がる様に攻撃を回避してから、ドクオは反撃に転じる。
間をほとんど開けない連射にも拘わらず、その射撃は精確そのものだった。
針に糸を通すような心地で確実に副椀の間を狙い撃っているが、一発も素直クールに到達できない。
攻撃を終えた副椀が主の所に戻って、撃った弾丸を一発残らず防いだからである。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:19:19.23 ID:J4d/yKDu0
めげずに弾倉を交換して、ドクオは自分の立ち位置を間違わぬように距離を開けた。
接近しての戦闘は避けるべきだ。
相手の技量は、明らかにドクオの上を行く。
仮に火炎放射器や機関銃を用いたとしても、その差が埋められない程、歴然としている。

その場限りの奇策として、死ぬ覚悟を持って捨て身で挑んだ所で、運が良くて相手を一瞬驚かせるだけで終わるのは、火を見るよりも明らかだ。
策は無い。
それでも挑むしかなく、他の道はどこにもない。
銃爪を引き絞って、ドクオはまた銃弾を浴びせかけた。

ポップコーンの様に薬莢が宙に舞う。
銃声が繋がって聞こえる程の連射。
想像を超える存在に対する恐怖の表れか、それともこれから訪れるかもしれない死に対する反発か。
発射炎に照らされるドクオの表情には、焦りが浮かんでいた。

(;'A`)「金のかかる女だ」

大した損害も与えられないまま、弾倉を交換する。
足元には、薬莢が霰のように落ちていた。
これがいつもなら、無駄になった弾代を考えただけで溜息が出ている所だ。
今や、溜息の代わりに出せるのは、文句だけだった。

川 ゚ -゚)「お前から来れば、少しは安くなるかもしれん」

('A`)「そうしたいのは山々だがな。
   手癖の悪い奴に近付くとロクな事にならない。
   女なら尚更だ」

川 ゚ -゚)「おいおい、よしてくれ。
     お前は、銃を持った腰ぬけじゃないだろ」

144 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:22:04.10 ID:J4d/yKDu0
素直クールは、銃を脅威の対象として見ていない。
水鉄砲の類と同等に、自分に危害を加えられない物と確信しているかのように。
副椀がある限り、素直クールに向けて放たれる銃弾は弾かれる。
動きを牽制するためには、撃ち続けているしかなく、それだけが最上の手だ。

銃弾に限りがなければ、それも一つの手段としてアリだった。
千春から貰った弾倉は道中の待ち伏せもあり、既に半分以上を消費していた。
残された弾倉の正確な数は分からないが、無駄に撃っている余裕がない事だけは確かだ。
皮肉な話だが、弾倉が一つ減る度に身が軽くなって、一つ一つの枷が外れて行くように動きやすくなっている。

川 ゚ -゚)「お前がその気になるまで、私がリードしてやる」

再び、副椀が一斉に襲い掛かる。
後退しつつ、M84を構え、狙いを付ける。
狙いが定まろうとした刹那、副椀の迫る速度が増した。
銃爪に掛けた指から力を抜き、銃口を移動させる。

ドリルを優先的に狙い、動きを止めた。
その隙に四本の腕が持つ爪が、ドクオを引き裂かんと迫る。
前後を挟まれ、前の二本を撃って止めた。
対処し切れなかった残りの二本が、背中を袈裟掛けに引き裂く。

しかし、ドクオは痛みを感じながらも、無様な姿を晒す事は無かった。
背中への攻撃は、昔から慣れている。

川 ゚ -゚)「いいコートだ。
     大切に着ろよ」

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:25:11.75 ID:J4d/yKDu0
背中の肉と皮膚の代わりに、千春が用意したロングコートが裂けていた。
交差して裂けたコートの下には、自前の防刃仕様のスーツがある。
二重の備えが、相手の攻撃が肉を引き裂く事を防いだ。
これで、背面の攻撃に対する守りを失い、次の攻撃は確実に肉を削ぐ。

雨の様な銃弾からでもドクオを守ってくれたロングコートは、十分過ぎるほどにその役割を果たしていた。
その中で最も面積の大きい部分が失われた事は手痛く、精神的な面でも守られていた事に、ドクオは気付かされた。

川 ゚ -゚)「おかげで命拾いしたな。
     千春に後で礼を言っておけよ」

攻撃を終えた副椀が戻って行く。

(;'A`)「男をいたぶって楽しいか?」

何度も殺せた筈なのに、ここぞと云う所で攻撃は止められる。
戦意を奪うつもりなのか。
奪った所で何の意味があるのかは、分からない。

川 ゚ -゚)「憎い相手なら別だが、人をいたぶって楽しい訳無いだろ。
     お前が来ないから、私がこうするしかないんだ」

同意するように、もぞもぞと副椀が動く。

('A`)「そいつはどうも!」

言い終える前に蠢く副椀を撃つ。
着弾した一瞬だけ怯んで、やはり素直クールの傍から離れない。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:28:02.82 ID:J4d/yKDu0
川 ゚ -゚)「……はぁ。
     少し、過大評価しすぎたか?
     本当にこんなものなのか、お前は」

言葉を考えていると、素直クールが続けた。

川 ゚ -゚)「違うだろ?」

素直クールの口調は、どうしてかドクオに信頼を寄せているように聞こえた。
何か信頼を得る様な事をした覚えは無い。

('A`)「あぁ、そうだよ、その通りだ!
   こんなもんじゃあない!」

いい加減、一方的に攻められるのは我慢ならなかった。
弾倉を一つずつなどと言わず、ありったけで行く。
一つずつで意味がないなら、違うのは遅いか早いかだけで、結局は同じ事。
左手に持てるだけの弾倉、指の間に4つ、そして手が一つ。

合計五つの弾倉をコートの内側から取り出し、右手のM84を真っ直ぐ構える。
副椀がゆっくりと前に出る。
発砲次第、攻撃を仕掛けてくる腹積もりだと推測した。

('A`)「好きなだけ奢ってやるよ!」

今のM84にある弾は三、四発。
すぐに装填作業に移らなければならない。
銃爪を二回引いて、素直クールに弾丸を撃ち込む。
副椀が防御に入ったのを確認して、空の弾倉を落とす。

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:31:16.67 ID:J4d/yKDu0
左手の持つ弾倉を装填すると同時に、銃爪を引く作業を再開した。
これが市販されているような安物の拳銃なら、とっくに銃に異常が起きていてもおかしくない。
豪雨の中に晒したり、止めど無く強装弾を発砲したり、斬撃を受け流したり等、酷使しているのだ。
酷使に次ぐ酷使にも、M84は悲鳴一つ、文句一つ上げていない。

己の手の一部として馴染んだこの拳銃は、どんな純正品や量産品とは違う。
どれだけ過酷な状況でも、遣い手が望んだ時に銃弾を吐き出してくれる。
かつて素奈緒ヒートが愛用し、犬里千春が調整したM84に酷使と限界と云う言葉は無い。
あるとしたら、それは遣い手に対してだろう。

諦めたり、逃げ出したり、間違った判断をすれば、遣い手だけが壊れる。
ドクオの右手は銃から伝わる熱で火傷していて、人差し指に出来た水ぶくれは潰れていた。
反動を受け止め続ける右腕は痺れ、関節部が軋みを上げる。
構わずに銃爪を引く。

副椀は、器用に動き回って銃弾を片端から止める。
僅かな隙間、僅かな死角を狙って撃つ。
狙いが、少し上にずれている。
銃の精度が落ちたのではなく、右手が痛みのせいで思う様に動かないのだ。

痛いだけだと言い聞かせ、強引に狙いを修正する。
まだ弾倉はある。
全弾撃ち尽くすまでは、この手は止まらない。
二つ目の弾倉に交換する。

発射炎のせいで前がよく見えない。
硝煙も視界の邪魔をする。
目に残る光を光で上塗りし、その先にある素直クールの姿と副椀を想像する。
想像の標的に向かって撃つ。

154 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:34:10.03 ID:J4d/yKDu0
三つ目、四つ目、五つ目。
持っていた弾倉を使い果たし、新たらしくコートから4つ取り出す。
足元に落ちる空の弾倉が増えるにつれて、連射速度は確実に落ちていた。
掌の感覚が消えると、いよいよ銃弾を弾く音すらが、疎らにしか聞こえなくなった。

防ぐ必要も無い弾が出て来たと云う事だ。
そして、遂に。
その時が来た。
新しい弾倉を取り出そうとコートをまさぐるが、見つかったのは一つだけで、他のどこにも弾倉の感触が無い。

重みすら感じられなかった。
予備の弾が、最後の弾倉一つを残して尽きた。
尽きるほど弾を撃ったのに、どうだ。

川 ゚ -゚)「まぁ、その頑張りは認めてやる。
     頑張りだけは、な」

素直クールは、傷一つ負っていない。
それだけならまだしも、副椀は多少の傷を負っていたが稼働に支障はない様で、健在だった。
遊底が引いたまま固定されたM84を、力無く降ろす。
硝煙の匂いが鼻に突く。

半ば、ドクオは放心状態だった。
左手が持つ最後の弾倉の存在さえ、忘れていた。
百発以上の弾を撃ったのに、一発も掠らなかった事実を前に、弾倉が一つだけでは何の気休めにもならない。
自ら招いた結末とは言っても、いざそれを目の当たりにすると、何も考えられなかった。

川 ゚ -゚)「人間が最も心を痛める時は、どんな時だと思う?」

質問は耳に届いているが、返答する気力が湧かない。

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:37:30.03 ID:J4d/yKDu0

川 ゚ -゚)「望む結果を手に入れる為に」

三対の副椀を背に戻し、素直クールが近付いて来る。

川 ゚ -゚)「最善の努力と最高の結果を想像して」

優しげな声が近付いて来る。

川 ゚ -゚)「そして、それら全てが無駄になった時だ」

近付いて来る。

川 ゚ -゚)「今、お前は自ら認め掛けている」

冷たい仮面を被った死が。
手を伸ばせば届きそうな距離にまで迫る。

川 ゚ -゚)「お前の努力が、無駄になったとな」

視線がドクオの心臓を射抜く。

(;'A`)「……っ」

素直クールの右手が微かにぶれ、そこにロマネナイフが握られていた。
12の刃が、それぞれドクオの姿を映す。

川 ゚ -゚)「完全に認めた時、お前は何もかもを諦めるだろう」

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:40:24.01 ID:J4d/yKDu0
諦める。
その言葉が、ドクオの意識を覚醒へと導き、体を動かす。
弾倉を交換し、遊底を解放して構えた。

(;'A`)「……」

言葉が何も出ない。
これでもやっとだったのだ。
恐怖心を殺して動くのは、容易い事ではない。
辛うじて構えられても、撃っても意味がないのではないか、と思ってしまう。

川 ゚ -゚)「さっきまでの威勢はどこへ行った、とは訊かないでやろう。
     ほら、どうした。
     この距離なら当てられるんじゃないのか?」

言われるがまま、ドクオは銃爪を引いた。
ドリルを備えた副椀が、銃弾を阻んだ。
円錐の先端に突き刺さった銃弾を振り落とし、副椀は元の位置に戻る。

川 ゚ -゚)「もう一度やってみろ」

銃爪を引き絞る。
阻まれる。

川 ゚ -゚)「もう一度だ」

引く。
阻む。

川 ゚ -゚)「もう一度」

172 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:43:11.61 ID:J4d/yKDu0
絞る。
弾く。

川 ゚ -゚)「……」

気付けば、何も言われずにドクオは銃爪を引いていた。
撃っては弾かれ、阻まれ、防がれ。
繰り返し。
繰り返した。

川 ゚ -゚)「何度でもやってみるがいい」

繰り返す。
弾が許す限り。
無心で銃爪を引き続け、撃った弾丸が無駄になった音だけを聞いていた。
弾が切れ、遊底が後退し切っても銃爪を引いた。

何も起きない。
ただ一つの変化もない。
同じ動作だけを繰り返す人形の様に。
もしくは、歯車の様にドクオは繰り返すしか出来なかった。

川 ゚ -゚)「もういいぞ」

ドクオは銃爪を引くのを止めた。

(;'A`)「……」

川 ゚ -゚)「何か分かったか?」

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:46:02.67 ID:J4d/yKDu0
ロマネナイフをドクオの顔に突きつける。
風で揺れる刃が、音を鳴らす。
しゃらん、しゃらん、と。
透き通った音は、場違いなほど耳に心地よい。

川 ゚ -゚)「諦めるか?」

もう一度、諦める、と云う言葉がドクオの体を動かした。
火傷をしていない左手で、渾身の力を込めて素直クールの顔を殴る。
その寸前で、またもや副椀がそれを防いだ。
ドリルでは無く、長い爪を持つ手だ。

川 ゚ -゚)「……諦めないのか」

嬉しそうな響きを含ませ、素直クールは呟いた。
確かに体は諦めかけている。
どうしてか、頭では諦めていなかった。
掴まれた左腕を、副椀ごと強引に押し込もうとする。

ビクともしない。
巨大なビルの壁に拳を突き出しているかのような、圧倒的な力で止められ、押し返され始める。

(;'A`)「そりゃあ……そうさ……」

自分の言葉が、意識せずに口から漏れ出る。


(;'A`)「諦めたらよぉ……」


186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:49:05.69 ID:J4d/yKDu0
押し返される拳に、更に力を込めた。
じわじわと押し返され、突き出した拳は肩の上にまで戻される。
歯を剥き出しにして、肺の中にある酸素を全て使い、ドクオは吠えた。

(;'A`)「……呆れられちまうだろうが!!」

取り繕った様な言葉では無く、本心から思う事が口から出た。
自らを鼓舞する言葉に、諦めかけていた体が思い出したように応える。
苦しげに酸素を取り込んで、荒い息をするドクオを素直クールは無言で見つめていた。
ドクオの手を解放して、言った。

川 ゚ -゚)「諦めずに戦意と正気を取り戻したか。
     ……どうやら、私は勘違いをしていたみたいだな」

ロマネナイフを、そっと振り被る。


川 ゚ -゚)「もっと厳しく教え込んでもいいだろう」


12もあるのに、刃が一つも見えなかった。
風を斬る音が聞こえた。
そして、振るう手の動きは見えた。
それだけを頼りに身を屈め、斬撃を回避した。

低い姿勢を利用して、ドクオは足払いを見舞う。
鋼鉄の柱を蹴ったかのように揺がず、弾き返される。

川 ゚ -゚)「温い攻撃だ。
     蹴りとはこうする物だと、教えただろ」

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:52:06.55 ID:J4d/yKDu0
瞬時にヒート、いや、シャキンの構えに入り、廻し蹴りが放たれた。
右肩を捉えた回し蹴りの威力は、ドクオの体がボールの様に宙を舞った程だ。
屋上の淵に、狙った様にギリギリで落下する。

(;'A`)「は……ぐっ……」

口の中を派手に切ってしまったのか、血の味が口中に溢れ、口の端から血が流れる。

川 ゚ -゚)「立て」

休む間もなくドリルの備わった副椀が、凄まじい勢いで突き進んでくる。
飛び起き、前に向かって飛び込む。
間一髪で、ドリルはドクオの頭上を通過した。
ドリルが追撃して来る様子は、今の所無い。

(;'A`)「言われなくてもそうするさ」

立ち上がったドクオの手には、まだしっかりとM84が握られていた。

川 ゚ -゚)「弾の無い銃をいつまで持っているつもりだ?
     殴るのに邪魔だろう」

(;'A`)「貧乏性だからな、手放したくないのさ」

川 ゚ -゚)「その内、答えが変わるさ」

状況的に、ドクオは追い詰められていた。
後ろにある地面は、遥か眼下。
落ちれば即死だ。
道は、前だけに絞られた。

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:55:03.31 ID:J4d/yKDu0

だが前には素直クールがいる。
もう一度あの蹴りを食らえば、ドクオの体は虚空に投げ出されること請け合いだ。
安全な場所に戻り、そこから体勢を整えるのが先決だった。
反撃はその次だ。

こちら側の思惑を素直クールが考えない筈が無い。
防ぐ為に何をしてくるのか、皆目見当もつかない。

('A`)「そうかもな。
   その時はその時だ」

川 ゚ -゚)「……少しは、体力が戻ったか?
     諦めていないのなら、さぁ、来い。
     安心しろ、お前を付き落としたりはしないさ」

言われてみれば、確かに、ドクオは自分の体力が少しだけ戻っている気がした。
敵対する人間を観察するだけの余裕が、素直クールにはまだあるのだろう。
余裕に対して恐れを抱くどころか、ドクオにとっては、気遣われた事の方が驚きだった。


('A`)「ありがとうよ」


素直クールも驚いたのか、微笑した。

川 ゚ -゚)「ふっ……まさか、礼を言われるとはな。
     その言葉はまだ早い。
     大切に取っておけ」

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/28(月) 23:58:17.85 ID:J4d/yKDu0
意味深な言葉を最後まで聞くことなく、ドクオは大股で進んだ。
折角回復した体力を消費して、無意味に走る愚は犯さない。
不本意ではあるが、殴り合いで素直クールを圧倒しなければ道は無い。
向かい風に目を細め、確実に距離を詰める。


川 ゚ -゚)「それでは、授業を始めよう」


長い髪とコートの裾を靡かせ、素直クールも優雅に前へと進む。

川 ゚ -゚)「レッスン1」

接近され、ほんの一瞬ドクオは躊躇った。
そのドクオの目と鼻の先に迫った素直クールは、ロマネナイフを持っていない方の手をドクオの胸に、とん、と添えるように置いた。
超至近距離。
打撃の威力は下がる、そう思った瞬間。

(;゚A゚)「が……っ?!」

鈍い痛みが胸を襲った。
たたらを踏んだドクオの襟首を、素直クールはすかさず掴んだ。

川 ゚ -゚)「レッスン2」

急に体が軽くなった錯覚がドクオを襲った。
そう思った時には既に、ドクオの体は後ろに投げ飛ばされた後だった。
屋上の淵から中央にまで一気に投げられ、ドクオは後頭部を庇って落下した。

(;'A`)「俺はおもちゃじゃねぇ……ぞっ?!」

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:01:10.67 ID:VzY9MW5T0
頭を擦っていたドクオは、歩いて近づいて来る素直クールに気圧され、急いで両足で立ち上がった。
距離が開けたのに、接近を許してしまった。
失態と迂闊さを呪うより早く、素直クールが右膝に走らせた蹴りによって、ドクオはバランスを崩していた。

川 ゚ -゚)「レッスン3」

右手首を握られ、微量の力が込められた。
体に電気が走ったかのように、ドクオの体が真っ直ぐに伸びる。
手首を解放して、がら空きの腹部に素直クールの掌底が放たれた。
内臓機関がパニックを起こし、呼吸が出来ない。

川 ゚ -゚)「復習だ」

また至近距離に迫られ、胸部に手が置かれた。
襲った衝撃は先程同様だったが、おかげで呼吸が回復した。
襟首に伸びて来た手首を掴み、ドクオは投げられるのを防ぐ。
殴られる方がまだ耐えられる。

川 ゚ -゚)「いいぞ。
     では次だ」

手首を掴まれている事を感じさせず、素直クールはその腕でドクオを難なく持ち上げた。
最初から、投げ技は防げなかったのだ。

川 ゚ -゚)「レッスン4」

次にドクオの身を襲ったのは、技とは呼べる代物だったのか。
分かったのは、力任せに上空に放り投げられていた事だけ。
勢いのあまり掴んでいた手首を離し、驚きに目を見張る。
空中では身動きが取れず、バランスを安定させる事は出来なかった。

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:04:13.71 ID:VzY9MW5T0
出来る事が限られたドクオは、腕を十字に交差させ、そのまま素直クールの前に落下する。
咄嗟の判断が的確な判断へと変わったのは、未だ落下途中のドクオを衝撃が襲った瞬間だった。

川 ゚ -゚)「レッスン5」

交差させた腕の上に受けた衝撃は、破壊的な威力を伴っていない代わりに、巨大な衝撃力を持っていた。
衝撃だけを与えられたドクオは、文字通り吹き飛ばされた。
勢いよく地面を転がるドクオに、素直クールの言葉が聞こえた。

川 ゚ -゚)「レッスン6」

縁に顔から激突して、その言葉の意味がようやく分かった。

川 ゚ -゚)「どうした、まだ授業は終わっていないぞ」

(;'A`)「くっそ……」

手探りで縁に手を掛けて立ち上がり、毒づく。
このまま投げられ続けると落下の衝撃で壊れかねないので、M84をホルスターにしまう事にした。
血が付いた口の端を手の甲で拭う。
今、口の中は血の味しかしない。

(;'A`)「本当だったな」

川 ゚ -゚)「な、答えが変わっただろう」

何も持たない右手を、強く握り、力を緩める。
殴り合いに支障はない事を確かめ、人差し指から順に折り曲げ、握り拳を作った。

川 ゚ -゚)「準備はできたか?」

203 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:07:17.64 ID:VzY9MW5T0

('A`)「個人レッスンならもう結構だ!
   クーリングオフは出来るんだろうな」

川 ゚ -゚)「そうつれない事を言うな。
     授業は10まで残っているんだ、そう焦るな」

激突した額に左手を当てると、そこまで酷い傷を負ってはいないようだった。
怪我の具合を確認し終え、ドクオは両手で構えた。

川 ゚ -゚)「そうでないとな。
     家庭教師を雇った意味が無くなる」

('A`)「……?
   家庭教師?」

川 ゚ -゚)「こちらの話だ。
     さて、再開しよう」

ドクオの様に構えず、素直クールは自然体のまま歩いて来る。

川 ゚ -゚)「レッスン7」

('A`)「断ると言っただろ!!」

教訓を生かし、大きな歩幅で接近すると同時に右ストレートを顔へ。
さほど気にする様子も無く、首を傾けるだけで避けられた。
こうなる事は分かっていた。
左手の掌底を腹に打ち出す。

207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:10:08.16 ID:VzY9MW5T0
だが、掌底が何かに触れた感触は無かった。
目の前にいた素直クールが、いつの間にか消えている。
背後に気配を感じ、振り返った。
誰もいない。

視線を再び前に戻すと、そこにいた。

川 ゚ -゚)「レッスン8」

右肩。
次に、左肩を殴られた。
肩が痺れたせいで、即座に拳が出せない。
ドクオが焦っていても、素直クールの眼は沈着だった。

サディストでも無ければ、観察者の眼でもない。
楽しむ事も無く。
憐れむ事も無く。
悲しむ事も無い。

何を見ている。
一体、何を。

川 ゚ -゚)「何を呆けている」

その言葉で、反撃が不可能だったならば、下がるべきだったと気付かされた。
顔を正面から平手打ちにされ、一瞬視界を奪われる。
威力は低いが効果はある。
抜き手の様な、鋭利な攻撃が脇腹に突き立った。

突き立ったまま、素直クールは抉る様にその手を捻った。

208 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:13:13.94 ID:VzY9MW5T0

(;゚A゚)「ぎっ……!?」

視界が戻る。
腹には、素直クールの四本の指が埋まっていた。
想像通り、抜き手だった。
腕を動かした時、素直クールがそっと囁く。

川 ゚ -゚)「レッスン9」

ロマネナイフが不気味に音を鳴らす。

(;'A`)「それはいらん!」

駄目元で、ドクオは腹に突き立った手首を掴もうとする。
掴む寸前で手を戻され、掴もうとした手が空を切った。

川 ゚ -゚)「遠慮するな」

鞭のように撓らせて、素直クールがロマネナイフを振り下ろす。
片足を軸にして体を半回転させ、間一髪でそれを回避した。

('A`)「これでレッスンは終わりだぜ!」

川 ゚ -゚)「おいおい、何を言っているんだ?」

回避に成功したと同時に、素直クールの容赦のない足払いが軸にしていた脚に当てられた。
防ぎようがない。
バランスも取れない。
その場で背中から落ち、軽く後頭部を打ってしまう。

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:16:17.38 ID:VzY9MW5T0

川 ゚ -゚)「これが、レッスン9だ」


倒れたドクオの腹を、素直クールの踵が踏みつけた。
衝撃で弓なりに仰け反り、ここに来る時に使った出入り口が一瞬だけ見え、視界が一瞬だけ黒く染まる。
踵が退けられると、暗い夜空が視界いっぱいに広がる。
視界が戻ったのだと分かったのは、夜空が単なる黒一色では無く、濃淡のある黒だったからだ。

(; A )「―――っ!!」

一撃で止めてくれたが、その威力は絶大だった。
悲鳴も絶叫も上げられず、背中を丸めて嘔吐感と激痛に耐え、悶絶する。
執拗に腹部ばかりを狙われたせいで、呼吸をする事が困難になっていた。
突かれたり踏まれたりした箇所を手で押さえ、ドクオは擦れた声で言った。

(;'A`)「へ……
   人によっちゃあよ、こいつぁ……
   ご褒美……だぜ」

川 ゚ -゚)「顔を踏み潰されたいなら最初からそう言え」

脚を持ち上げ、ドクオの顔に降ろす。
辛うじて顔を移動させ、その攻撃を避ける。
踏み砕かれた地面を見て、息を飲んだ。

(;'A`)「冗談だ……よ……」

川 ゚ -゚)「そうか、冗談だったのか。
     危うく次にタマを潰すところだった」

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:19:17.44 ID:VzY9MW5T0
起き上がろうとしたが、腹筋に力が入らない。
入る事には入るが、激痛が勝って起き上がれなかった。
動揺するドクオの鼻先に、ロマネナイフの切っ先が当てられた。
さっと、全身の血の気が引く。

川 ゚ -゚)「詰みだ。
     この状況、どうする」

身動きが取れず、相手はいつでも攻撃できる。
起き上がっても、今の体の状態と装備なら、あっという間に打ちのめされ、起き上がれなくなるだろう。
今度こそ、文句無しに詰みだった。
返事をしないドクオの心中を見透かしたのか、素直クールは小さな溜息を吐いた。

川 ゚ -゚)「諦めるか?」



どうしても諦めたくない。
意地でも諦めたくない。
絶対に諦めたくない。
死んでも諦めたくない。

心は拒絶した。



川 ゚ -゚)「ここまで頑張ったんだ、諦めてもいいと思わないか?
     誰も、責めはしない。
     責められたところで、お前は聞く事は無いだろう。
     お前は、どう思う」

217 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:24:09.69 ID:VzY9MW5T0
諦めて終わらせたい。
諦めて休みたい。
諦めて眠りたい。
諦めて楽になりたい。

体が懇願した。


川 ゚ -゚)「諦めるのならば、手を貸してやる」

ロマネナイフを引くと、ドリルの備わった一対の副椀が現れ、狙いをドクオの心臓と頭に狙いを定めた。
鋭角がもたらす圧迫感に耐えられず、思わず逸らしたくなるが、体は動かない。
意識に反して、ドクオの体は死を受け入れる準備が整っている。

川 ゚ -゚)「だが、諦めないのも一つの選択だ」

強制はしていない。
素直クールは、選択権をドクオに与えているだけだ。
軽く指を鳴らして、素直クールは付け加えるように言った。

川 ゚ -゚)「選ぶのはお前だ、好きにしろ」

不意に、強烈な眠気がドクオを襲った。
目に映る光景が二重になり、三重になる。
聞こえる音が反響して、全ての音の境目が曖昧になる。
瞼が下りてくる。

耳元から電子音が聞こえる。

川 ゚ -゚)「どうしても自分で選べないのならば、私が決めてやるぞ」

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:29:05.20 ID:VzY9MW5T0



何かを言わなければいけない。
でも、口が動かなかった。
動いたのかもしれない。
声が出ていないだけだ。



いや、ひょっとしたら、ドクオに聞こえないだけで声も出ているのかもしれない。
やがて、聞こえるのは連続して鳴る電子音だけになった。
視界の先が、滲んでよく見えない。
黒い人影がぼやける。



夜空との境目が消え、人影が消えた。
黒いキャンパスには、灰色のドリルが二つ浮かんでいた。
それは、刻一刻と大きさを増している。
迫っている。



224 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:33:27.90 ID:VzY9MW5T0





心臓と頭を狙って。
貫こうとしている。
殺そうとしている。
死に至らしめようとしている。



指が動かない。
脚が動かない。
体が動かない。
頭が働かない。



これで終わってしまうのか。
これで休めるのか。
これで眠れるのか
これで楽になれるのか。






230 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 00:39:06.78 ID:VzY9MW5T0










      「さぁ、最後のレッスンを始めよう。
      諦めるか、諦めないか。
      お前なら選べるだろう、ドクオ」





   その声を最後に、ドクオの意識は闇に沈んだ。










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