('A`)と歯車の都のようです

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:00:02.37 ID:UdtIvCnC0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

―――長い。
長い、夢を見ていた。
辛くて、痛くて、暗い夢だった。
覚醒し始めた曖昧な意識でも、それだけは鮮明に覚えている。

体がドロドロに溶けて、水になったようにだるい。
意識が酩酊している様にハッキリとしない。
耳元で鳴り続けている目覚まし時計を掴んで、薄眼で時間を確認した。
もう、朝の六時半だった。

朝の冷たい空気から逃げるように布団に潜り込むが、気合いを入れて一気に起きる。

('A`)「あー……
   何だかすんげぇ疲れた……」

独り言ちながら寝ぼけ眼を擦り、ベッドの上に敷いた布団から出た。
酷い夢のせいだろうか、いまいち意識がハッキリとしない。
自室から出て、ドクオは洗面所に向かった。
顔を洗えば、少しは目が覚めるだろう。

冷水で洗顔したが、頭は霞みがかったかのようだった。
ぼんやりとしたままで一日を過ごすのかと思うと、少し憂鬱な気分になった。
リビングに向かうと、途中で包丁がまな板の上をリズミカルに叩く小気味のいい音が聞こえて来た。

('A`)「おはよう」

袖をまくった寝間着の上に、白いエプロンを掛けて台所で料理をしているのは、長女の銀だ。
姉に挨拶をすると、いつものように返事が返ってきた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:04:19.85 ID:UdtIvCnC0
イ从゚ ー゚ノi、「おう、おはよう」

丁度、味噌汁に入れる長ネギを切っていた様だ。
一瞬だけ中断されたが、すぐにまた小気味のいい音が再開する。

イ从゚ ー゚ノi、「よく眠れたか?」

料理を作る手を止めず、銀はそう尋ねた。

('A`)「変な夢を見てたせいで、あんまり」

イ从゚ ー゚ノi、「それは災難じゃったな」

切り終えたネギをまな板から味噌汁の入った鍋へと移し、軽く混ぜた。
蓋をして、手を洗う。

イ从゚ ー゚ノi、「じゃが、夢はいつか覚めるものじゃ。
       そして、時が経てば忘れるものでもある」

手を拭きながら、ドクオの前にまで来る。
ドクオの頭に手を乗せて、優しく撫でてくれた。

イ从゚ ー゚ノi、「よーしよし」

('A`)「……ありがと」

イ从゚ ー゚ノi、「ふふふ、辛い時はいつでも言うがいい」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:08:02.98 ID:UdtIvCnC0
昔から、両親に代わってドクオ達の世話をしている銀は、ドクオにとって母親の様な存在だった。
社会人として働く傍ら、毎日こうして家事をしてくれている。
誰にでも誇れる、立派な姉である。

イ从゚ ー゚ノi、「さて、そろそろ飯が出来る。
       千春を起こしてきてくれんか?」

('A`)「分かった」

毎朝遅刻ギリギリまで寝ている三女を起こしに、ドクオはリビングを出た。
自室の隣、そこが千春の部屋である。
閉じられた扉を二回ノックするが、返答は無い。
このノックで素直に返答があった試しがない。

いつもの事だ。

('A`)「おーい、飯だよ」

返事は無い。
眠りの深い千春を起こすのは至難の業だ。
音や声だけでは起きない。

('A`)「入るぞー」

そっと扉を押し開くと、気持ちよさそうな寝息が聞こえて来た。
寝息の聞こえてくる布団を見ると、規則正しく布団が上下している。
猫の様に丸まって寝ているのが、千春だ。

('A`)「ねーちゃん、起きろって」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:12:09.52 ID:UdtIvCnC0
枕元に来て、布団を揺さぶりながら声を掛ける。
変化なし。

('A`)「起きないと遅刻するぞ」

肩に手を乗せて、ぐらぐらと揺さぶる。
すると。

从´ヮ`从ト「ん……
      来週から……頑張……る」

('A`)「今が頑張る時だって。
   ほら、たぬ吉も起きろって言ってるぞ」

床に置いてあった狸のぬいぐるみを千春の顔に押し付ける。

从´ヮ`从ト「……むぅ」

('A`)「起きてくれタヌゥ」

从´ヮ`从ト「黙れよ」

布団の下から千春の拳が飛んできて、ぬいぐるみを殴り飛ばした。

(;'A`)「おわっ!」

ドクオの手を離れて宙を舞ったぬいぐるみは、無事ゴミ箱に頭から落下した。
二度寝を決め込まれる前に、勝負を仕掛けないと、朝食に遅れる。
カーテンを開き、窓を全開にする。
朝の柔らかい日差しと、冷たい冬の空気が部屋に流れ込む。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:16:02.96 ID:UdtIvCnC0
寒そうに身を震わせ、千春は布団を巻き込んで更に丸くなった。

从´ヮ`从ト「こらぁ。
       寒いからしめなさいよー。
       ねーちゃん怒るよ」

('A`)「じゃあ起きてくれよ」

从´ヮ`从ト「やだー。
       明日、明日からちゃんと起きるからさぁ。
       今日はねーちゃんと一緒に寝ようよー、そうすれば問題ないってー。
       ぬっくぬくだよ、ぬーっくぬく」

丸くなった千春の足元の布団を掴む。
そして、一気にめくり上げた。
寝間着を纏っただけの素足が露わになる。

从;´ヮ`从ト「ちょーっ!?」

脚が冷気に晒され、千春は文字通り飛び起きた。

('A`)「飯の時間だよ」

从´ヮ`从ト「あ、ご飯?
       今日のご飯何よ?」

何事も無かったかのように会話する。
これも、いつもの事だ。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:20:21.93 ID:UdtIvCnC0


('A`)「さぁ?
   多分、味噌汁と漬物じゃないかな」

一先ず、千春を置いて先にリビングへと戻った。
既に朝食の準備は整っていて、机の上に並べられている。
白米と味噌汁からは湯気が立ち上り、朝陽に照らされ、ゆらゆらと揺れているのがよく見える。
鰹節が乗せられた、ほうれん草の御浸しと、タッパーに入った白菜の漬物も並んでいた

イ从゚ ー゚ノi、「ほれ、冷める前に食うぞ」

席に着くと、丁度、千春も来た。

从´ヮ`从ト「おはよー」

イ从゚ ー゚ノi、「うむ、おはよう」

('A`)「おはよう」

全員が食卓に着き、三人声を揃えて『いただきます』と言った。
小皿に盛られた御浸しに、鰹節の上から醤油を少し垂らす。
醤油が染みた鰹節が落ちないよう、少し慎重に持ち上げ、口に運ぶ。
噛み心地もいいが、ほうれん草の甘みが何とも美味だ。

一口分しか用意されていないのが悔やまれるが、美味さの前には小さな問題だった。

从´ヮ`从ト「くきくきしてる」


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:24:11.73 ID:UdtIvCnC0

隣でほうれん草を食べた千春も、ご満悦の様である。
ネギと豆腐の入った味噌汁の椀を持ち上げ、まずは汁を啜った。
出汁や具が合わさった豊かな味噌の香りが、鼻を突き抜ける。
塩味も丁度良く、味も申し分ない。

具は程良く火が通っていて、素材の食感が生きている。
そこで白い湯気の上がる白米を一口。
噛めば噛むほど、じわりと甘みが出てくる。
米の甘みと味噌汁の塩味が合わさって、見事な調和がとれる。

しかし、米と味噌汁以上の調和を実現する物がここにはある。
白菜の漬物だ。
冬にしか味わえない、銀のお手製の逸品だ。
見かけは地味だが、味は最高である。

御浸しが乗っていた小皿に醤油を垂らし、タッパーの横に置かれていた小瓶を開ける。
オレンジ色のペースト状の物の中に、まばらに赤い粒が窺える。
小瓶の中身の正体は、柚子胡椒だ。
これを箸で一摘まみ、醤油に溶く。

タッパーに詰まった漬物の、芯と葉のバランスがいい物を選んで摘まみ取る。
柚子胡椒の溶けた醤油にそっと撫でるように付け、食べる。
醤油の塩気、柚子胡椒の辛味、柚子の風味が混然一体となった味は、形容し難い。
それを一噛みしようものなら、芯から弾け出た甘みも合わさり、得も言われぬ味となる。

箸が進む。
幸せそうに食事をしているドクオを見て、千春と銀が微笑んでいる事にも気付かない。
決して、豪勢な食事でも、贅を凝らした華やかな食事でもない。
それでも、ドクオは満足だった。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:28:11.60 ID:UdtIvCnC0

一粒の米も残さずに完食して、ようやく箸が止まった。

(*'A`)「……ほ」

从*´ヮ`*从ト「ほふぅ……」

食後の緑茶を飲み干し、一息つく。

イ从゚ ー゚ノi、「まったりしている所悪いんじゃがの。
       時間は大丈夫なのか?」

('A`)「おっと、そろそろ急がないとな。
   ごちそうさま、姉さん」

時計を見ると、そろそろ準備をする頃合いだった。
食器を流しへと片付け、ドクオと千春は部屋へと戻る。
歯を磨き、身嗜みを整え、学校指定の制服に袖を通し、後は通学に使っているイーストフェイスのデイパックの中を確認するだけだ。
その時、部屋の扉がノックされた。

('A`)「はい?」

扉を開けて入って来たのは、髪を後ろで一つに縛り、スーツに身を包んだ銀だった。

イ从゚ ー゚ノi、「今日は、弁当を二つ持って行くんじゃろ?
       ほれ」

('A`)「あぁ、ありがとう」

布で包まれた文庫本ほどの大きさの弁当箱を二つ重ねて渡され、ドクオは両手で受け取る。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:32:38.74 ID:UdtIvCnC0

イ从゚ ー゚ノi、「じゃあ、儂は先に行って来るぞ」

('A`)「行ってらっしゃい」

薄らと笑みを残して、銀は仕事へと向かった。
玄関の扉が閉まる音がした後、制服に着替え、マフラーを巻き、手袋を装着した千春が部屋から出て来た。
歳が一つ違う千春は、ドクオと同じ学校に通っている。
その為、基本的には二人で一緒に学校に行く事になっていた。

从´ヮ`从ト「さぁって、私達も行きますか」

('A`)「ちょっと待ってくれ、今弁当をしまうから」

从´ヮ`从ト「おいおい、準備ぐらい前日に終わらせておこうぜ」

('A`)「弁当をどう準備しておけと?」

文句を言いつつ、ドクオはデイパックに手早く弁当箱を水平にしまった。
教科書やノートの類は全て教室に置いてある為、ペンケースが入っているかどうかだけを確認して、ジッパーを閉じた。
デイパックを背負い、いざ部屋を出ようとした時。

从´ヮ`从ト「おっと、マフラーは使わないの?
       今日は寒いよ、すんごい寒いよ。
       ねーちゃん、朝から体感したから分かるもんね」

('A`)「俺、マフラー持ってないんだよ」

从´ヮ`从ト「じゃあ、ねーちゃんのを貸してやろう」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:36:12.30 ID:UdtIvCnC0

言いつつ、千春は首に巻いていたマフラーをドクオの首に巻き直してやる。
マフラーは、千春の体温で温まっていた。

从´ヮ`从ト「貸してあげるから、遅刻しない様にしてよ、運転手さん」

('A`)「誰かさんが素直に起きれば簡単なんだけどな」

苦笑しながら、ドクオと千春は玄関で靴を履いて、家を出た。
戸締りを確認してから、家を離れる。
三階建のマンションの最上階から、駐輪場までは30秒ほど。
学校までは、自転車で15分程かかる。

一人の場合は、だが。
二人になると、重量の関係もあって20分は最低でも掛かってしまう。
駐輪してあった自分の自転車の錠を外し、ドクオがそれを押して駐輪場から出てくる。
外で待っていた千春が、ショルダーバックを前カゴに入れ、すかさず自転車の荷台に飛び乗った。

从´ヮ`从ト「れっつごー!」

(;'A`)「漕ぎにくくなるから、俺より先に乗るなって言ってるだろ!」

続いてドクオもカゴに鞄を入れ、自転車に跨り、重いペダルを漕ぎ始めた。
最初はゆっくりとしていて不安定だったが、速度が上がるとすぐに安定した。
心なしか、今日はいつもよりペダルが重い気がする。
似たような事を以前何気なく口にしたら、首の後ろに冷えた手を突っ込まれたので、何も言わない。

从´ヮ`从ト「ららら〜♪」


36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:40:09.13 ID:UdtIvCnC0
鼻唄を歌いながら、ドクオの腰に軽く手を回し、千春は周りの景色を眺めている。
都会とは駅が一つ離れている程度だが、この辺りはまだまだ自然が多く残っている。
たった駅一つ越えるだけで、都会から田舎へとやって来たと錯覚する者は少なくない。
便利な都会も悪くは無いが、やはり、こうして季節と自然を味わえる場所の方が、ドクオには合っている。

高く、澄み渡った空の下、ドクオもいつしか景色を楽しみながら自転車を漕いでいた。
どこまでも、どこまでも突き抜けるように高い空。
薄らと見える白い満月が、幻想的だった。

从´ヮ`从ト「ん〜♪」

畑道を抜けると、市街地に出る。
車の交通量は少なく、この時間帯では歩行者もほとんどいない。
市街地から工場地帯を通って、大通りへと進む。
大型のスーパーや、飲食店が道に沿って立ち並ぶ。

二車線通行の形を取っているだけあり、大通りを利用する車は多い。
歩道を利用せずに車道を使うと、二人乗りの自転車では危ない。
安全性を確保するためには、歩道が一番だった。
追い風に乗って、ドクオは風を切って進んだ。

目指す学校までは、このまま直進していればいい。
何故かやたらと車屋が並んでいて、車道を挟んで向かい側にライバル社が、何てことがある。
歩道故に小さな段差等があり、二人を乗せた自転車がガタガタと音を立てる。
段差を前にすると、落ちない様に千春はドクオの腰に回した手に力を入れた。

しばらくの間は平坦な道が続くが、途中から坂道に変わる。
加速するならば、この平地を置いて他にない。
腰を少し浮かせ、脚に力を込める。
ぐん、と加速した。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:44:03.12 ID:UdtIvCnC0
ここで悪戯に時間を消費すると、遅刻になってしまう。
ただでさえ遅れているのだから、ここが正念場だ。
速度が増し、千春が腰に回した手に込めた力を弛めなくなった。
落ちられると困るので、ドクオとしてもありがたい。

仮に落ちたら、グーでタコ殴りにされた挙句、プロレス技を試され、何か高額な菓子を要求されるからだ。
遂に坂に差し掛かり、ドクオは脚に一層力を込めた。
坂を上り切り、十字路の前で信号につかまってしまう。

从´ヮ`从ト「いいね〜、いいね〜。
       いいタイムだよ」

激励なのかそれとも別の意味があるのか知らないが、ドクオは兎に角遅刻だけは避けたかった。
自分は遅刻しても良いが、千春が遅刻してはいけない。
受験生が遅刻して、少しでもそれが成績に響く事があるといけないからだ。
信号機の色が青に変わった瞬間、ドクオは一気にペダルを漕いだ。

反対側の信号では、遅刻しまいと走ってきたであろう生徒の姿が多数窺える。
中には諦めたような顔をしている者もいたが、脚に自信のある数人の眼はまだ死んでいない。
自転車の速度の有利を生かし、ドクオは坂を下った。
駐輪場に到着するまでは、1分程度。

それを30秒に短縮すれば、千春だけでも遅刻を免れられる。
ブレーキを最低限使用して、カーブを曲がる。
曲がる際、カーブミラーで歩行者や車の有無を確認する事は忘れていない。
どうにかこうにか、30秒で駐輪場まで辿り着く事が出来た。

速度をそのままに駐輪場に滑り込み、ドリフトしながら停車。
慣れた物で、千春は遠心力を利用して見事に自転車から飛び降り、着地していた。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:48:08.99 ID:UdtIvCnC0
(;'A`)「ここは俺が……っ!」

从´ヮ`从ト「あっりがとねー!」

それだけ言い残して、千春はさっさと校舎に走って行った。

(;'A`)「……最後まで言わせろよ」

施錠して、その時に気付いた。

(;'A`)「鞄忘れてるし……」

自分の鞄を背負い、千春の鞄を手にドクオも昇降口へと急いだ。
靴を履き換えた時、丁度チャイムが鳴り響いた。

(;´_ゝ`)(´<_`;)『ち、ちょっと待ったああああ!!』

懇願しながら駆けてくる生徒の前で、無慈悲に扉が閉ざされた。
ここまでくれば、中に居る生徒はもう大丈夫だ。
階段を気持ち急ぎ足で駆け上り、三階にある教室へと向かう。
教室の前にいた友人が、ドクオを見て近寄って来る。

( ^ω^)「おっ、ドクオおはようだお」

('A`)「おう」

( ^ω^)「あれ?
      何で鞄二つも持ってるんだお?」

('A`)「ねーちゃんのだよ」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:52:03.78 ID:UdtIvCnC0

話しながら教室に入る。
窓際にある自分の席に着き、担任が来るのを待つ事にした。
間もなく、前の扉が開き、教師が入って来る。

(゚、゚トソン「はい、皆さんおはようございます」

眠そうな、或いは気だるげな挨拶がまばらに返される。
担任教師であるトソンが連絡事項を伝えている間、ドクオは窓の外を見た。
見慣れた筈のスカイブルーの空が、何故か新鮮に思えた。

(゚、゚トソン「……と云う事で、連絡事項は以上です。
     では、何かある方は?」

ドクオは、トソンの視線が自分に向けられている事に気付いた。
無言でドクオが頷くと、目で了承してくれた。
服の裾を翻し、トソンが静かに教室を出て行く。
教室中に騒がしさが戻って来る少し前に、ドクオは千春の鞄を持って席を立った。

横の席に座っている女子が、不思議そうにドクオを見たが、その手が持つ鞄を見て納得した様に笑んだ。

ノパー゚)「相変わらず、いいねーちゃんだな」

苦笑して、ドクオは教室を出た。
一階下にある千春の教室は、もう行き慣れていた。
何度も何度も忘れ物をする千春の為、ドクオは上級生の教室に行かざるを得なかったのだ。
階段を下り、教室の前に到着すると、顔馴染みの上級生がドクオに気付いた。

( ゚д゚ )「おっ、ドクオじゃんか。
     ねーちゃんか?」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 21:56:05.75 ID:UdtIvCnC0

('A`)「あ、はい。
   ミルナ先輩、すみませんけど姉を呼んでもらえますか?」

( ゚д゚ )「ちょっと待ってな。
     ……おーい、弟さんが来てるぞ」

千春のクラスでは、弟と云えばドクオの事として伝わる。
教室の一角で屯していた千春が、目を向けた。

从´ヮ`从ト「いえっす!
       流石私の弟だ!」

(=゚д゚)「出来のいい弟ラギね。
    ウチにも一人欲しいラギ」

ドクオの後ろから、頬に二本の傷を持つ上級生が現れた。
ぽん、と軽く頭に手を乗せられた。

(=゚д゚)「犬神、一日でいいからウチの妹と交換しないラギか?」

鞄を取りに来た千春は、その提案を笑い飛ばした。

从´ヮ`从ト「はっはっは。
       トラギコ君の可愛い妹は貰えないよ。
       それに、私が便利な弟を手放すわけないじゃないか。
       誰にも渡さないよ」

(=゚д゚)「ちぇっ。
    じゃあ、またな、ドクオ」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:00:02.57 ID:UdtIvCnC0
無事に鞄を届け終え、挨拶を済ませてドクオはその教室を後にした。
途中、トラギコの妹と階段で擦れ違った。

ミセ*゚ー゚)リ「あ、おはようございます」

('A`)「あ、あぁ、お、おはよう」

二、三度面識があるだけなので、ドクオはまだまとも話せない。
挨拶だけ交わして、ドクオは教室に戻った。
授業開始の鐘の音と同時に、ドクオは教科書を机の中から引っ張り出した。

ζ(゚ー゚*ζ「はーい、皆さんおはよー。
       昨日の夜ね、でぃったらね……」

一限目は、世界史の授業。
歴史的な事実を、様々な観点から学ぶことのできる授業は、この学校でも人気の教科だった。
教師の人気は、間違いなくこの学校で一番だ。

(#゚;;-゚)「……おはよう。
    おい、どうして皆ニヤけている?」

二限目、国語の授業。
先程の英語の教師の旦那であり、分かりやすく授業を進める事を大切にしている。
顔に負った火傷の痕の理由は、誰も知らない。

(゚、゚トソン「この後、待ちに待った昼食です。
    ですので、どうか集中力を持って授業に挑んで下さい」

三限目、外国語の授業。
授業が半ばまで進んだ時、ドクオは静かに鞄を持って席を立った。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:03:04.69 ID:UdtIvCnC0
(゚、゚トソン「では、今日の分は明日プリントを渡しますので」

とだけ言って、教師はドクオを見送った。
クラスの皆も、非難の言葉や不満を口にする様な事をしなかった。
教室を出て、誰もいない廊下を一人進む。
昇降口で靴に履き替え、千春の下駄箱へと足を運ぶ。

靴の中に自転車の鍵を入れて、ドクオは裏門に向かった。
道中、理解の無い教師に遭遇しないよう、遠回りをして行く。
人があまり通らない校舎裏を進んで行くと、一人の男子生徒がそこにいた。
校舎に凭れかかって煙草を吸い、ぼんやりとしている。

ドクオの接近に気付いて煙草を灰皿に押し付けて消し、コンビニのビニール袋を持って立ち上がる。
  _
( ゚∀゚)「よう」

('A`)「ジョルジュ先輩……」

彼との出会いは、確か、そう。
ドクオが入学してから、すぐだった。
クラスに馴染めず、"あの事"もあって、この場所で項垂れていた時。
煙草を吸いに来たジョルジュが、ドクオに手を差し伸べてくれたのだ。

どうすればクラスに馴染めるか。
どうすれば虐められず、喧嘩で強くなれるか。
色々な事を、ドクオに教えてくれた。
感謝してもしきれない。
  _
( ゚∀゚)「また、行くんだろ?
    ほれ、これ、持って行け」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:06:02.99 ID:UdtIvCnC0

ビニール袋をドクオに突き出し、そう言った。
中に入っているのは、ペットボトルに入ったお茶が二本。
後は、チョコレートが一枚。

('A`)「いつもすみません……」
  _
( ゚∀゚)「なぁに、気にすんな。
    ウルサイ奴が来る前に―――」

言い掛け、ジョルジュの言葉がそこで止まった。
ドクオの後ろに向けられた視線には、殺意にも似た敵意が込められている。


爪'ー`)「何をしているんだい?」


聞こえて来た声は、蜂蜜にガムシロップを混ぜた様な甘ったるい物だった。
吐き気を催す程の声には、毒が見え隠れしている。
風に乗って流れて来た濃すぎる香水の匂いに、少し咽た。
  _
( ゚∀゚)「何でもねぇよ」

爪'ー`)「何でも無いわけないだろう。
     君の足元、それだ、そう、それ。
     それに、この辺にもまだ匂いが残ってるねぇ。
     知らないとは言わせないよ」

中年の女教師が指さす先には、灰皿の上に乗った煙草の吸殻が二本あった。
状況証拠が完璧に揃っている以上、言い逃れはできない。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:09:04.42 ID:UdtIvCnC0
  _
( ゚∀゚)「あぁ、そうだよ。
    俺が吸ったんだよ。
    これでいいか?
    生徒指導室でも何処でも連れて行けよ」

それぐらい、ジョルジュも分かっていたのだろう。
ジョルジュは軽く肩をすくめて見せ、潔く指示に従う意思を表した。


爪'ー`)「分かってるなら話は早いね。
     だけどね、今回は君だけじゃない。
     そっちの君もだ。
     こんな時間に、どうしてここにいるんだい?

     どうせ、君も一緒に吸ってたんだろ。
     君も一緒に来なさい」


全く身に覚えがない。
と云うより、何を言っているのか一瞬分からなかった。
  _
( ゚∀゚)「こいつは関係ねぇよ」

爪'ー`)「君には訊いていない。
     黙っていなさい」
  _
(#゚∀゚)「っんだと?」


73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:12:04.48 ID:UdtIvCnC0
今にも掴みかかりそうな剣幕を露わにしたジョルジュだったが、自分の行動がドクオの首を絞める事になると分かったのか、怒りを押さえ込んだ。
ドクオは、こう云った手合いに事情を説明するのが嫌いだった。
理解を示すつもりでもないのに、やたらと説明を求める。
家庭の事を自分の価値観だけで判断して、そして批判するからだ。

以前、別の体育教師の渋沢に見つかった時も、口調は違えど内容は今と同じだった。

('A`)「早退です。
   担任に許可は貰っていますし、ついでに言うなら煙草も吸っていませんよ」

爪'ー`)「嘘だね。
    じゃあ、どうしてこんな人目に付かない所にいたんだい?
    許可をもらっているなら、正々堂々としたらいいじゃないか」

確認もせず、ドクオの話は一蹴された。

('A`)「正々堂々としていても、何度か呼びとめられた事があったので。
   面倒事は嫌いなんです」

遠慮していても意味がないので、正直な事を喋る。
余計な話をしていては、無駄な時間が増えてしまう。

爪'ー`)「ふぅん、そう。
     じゃあ、どうして君は早退するんだい?」

('A`)「家庭の事情です」

爪'ー`)「詳しく言うと?」

('A`)「言いたくありません」

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:15:07.56 ID:UdtIvCnC0


即答した。
拒絶の意志を込めた一言に、一瞬、女教師が笑みを凍りつかせた。

爪'ー`)「言いなさい」

('A`)「嫌です」

爪'ー`)「言えない、の間違いだろう。
     家庭の事情何て云うのは嘘も嘘、大嘘だね。
     担任を騙して、ここでこうして煙草を吸っていた。
     違うかい?」

('A`)「残念ですが、掠るどころか一つも合っていません」
  _
(*゚∀゚)「プッ」

ドクオの返答に、ジョルジュが吹き出した。
女教師が睨むが、全く気にしていなかった。

爪'ー`)「……兎に角、指導室に来なさい」

('A`)「断ります。
   言っている様に、自分は家庭の事情で早退している途中なので」

どれだけ自分の意見を言っても無駄だと断定したドクオは、相手にしないようにした。
相手にするだけ疲れる。


79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:18:06.57 ID:UdtIvCnC0
爪'ー`)「あー、分かった、分かった。
     話は後で聞いてあげるから。
     とりあえず今は僕の言う事に従いなさい。
     君が協力すれば、すぐに終わるから」

案の定、ドクオの意見では無く自分の意見を押し通そうとしてきた。
いい加減、ドクオの堪忍袋の緒が切れた。

('A`)「いえ、わざわざ先生のお手を煩わせる事はありません。
   自分が先生の話を、後日ゆっくりと聞いて差し上げます」

爪'ー`)「大人をからかうもんじゃないよ、君。
     無駄な手間と時間を掛けさせないでくれないかな」

('A`)「からかってなどいません。
   そうする時間も惜しいから言っているだけです」

爪'ー`)「僕は家庭の事情の詳細さえ聞けば、それで納得すると言っているんだよ?
     なのにどうして、そう云う言い方をするんだい?」

それが嫌だと何度も言ったが、まるで話を聞いていない。
妥協案を出しているように聞こえるが、話した所で納得する筈がない。

('A`)「先生に言っても無駄ですから。
   無駄な手間と時間を省いているだけです」
  _
( ゚∀゚)「っつーわけでさ、オバサン。
    熟女の趣味は無いんだけどさ、こうなったら仕方ねぇよな。
    諦めて俺と一緒に指導室に行こうぜ」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:21:34.49 ID:UdtIvCnC0

いいタイミングで、ジョルジュが場を閉めようとした。
ジョルジュも、これ以上ここで時間を浪費するのに我慢ならなくなったのだろうか。

爪'ー`)「……百歩譲って。
    君の早退の事情が正当だとしよう。
    だけどね、喫煙を認めるわけにはいかないな」

(;'A`)「は?」

あまりにも唐突な話の変わり様に、ドクオは声を出して驚いた。
いや、呆れたと言った方が当てはまる。
煙草を吸っていないと云う、ドクオの話を全く聞いていなかったのだ。

爪'ー`)「喫煙だよ、喫煙。
     煙草、吸ったんだろ?
     だったら、どっちにしろ指導室行きだ。
     残念だったね」

(;'A`)「いえ、だから自分は吸ってませんよ」
  _
(;゚∀゚)「おいおいおい、何言ってんだよ、オバサン。
    気でも狂ったか?
    こいつが煙草を吸うわけ無いだろ。
    吸ったのは俺だけだぜ」

爪#'ー`)「うるさい、ウルサイ、煩い、五月蠅いなぁ。
      社会の歯車にもなれない底辺の屑が、僕に意見するんじゃないよ。
      グルになって僕を騙そうったって、そうはいかないぞ。
      お前らは煙草を吸ったんだよ」

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:24:12.97 ID:UdtIvCnC0
  _
(#゚∀゚)「いい加減にしておけよ、おい」

爪'ー`)「ほら、そうやってすぐにムキになるのがいい証拠だ」

勝ち誇ったように笑う教師の胸倉を、ジョルジュが掴んだ。
教師の目は怯えていたが、口だけは達者に廻った。

爪;'ー`)「ふふふ、僕に暴力を振るうか?
     そんな事をすれば、即、退学だ。
     いいのかい?
     困るだろうねぇ、今の世の中で中退なんて。

     君の親御さんが悲しむよ」
  _
(#゚∀゚)「……もういい、十分だよ。
     いい加減手前は黙ってろ!」

顔に叩きつけようと、きつく握りしめた拳を振り上げた。
叩き込まれる直前、その拳を、後ろから掴む者があった。


ζ(゚ー゚*ζ「はぁ〜い。
       何してるのかしら?」

  _
(;゚∀゚)「で、デレデレ先生……」

あのジョルジュが、一瞬で拳から力を抜いた。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:27:17.48 ID:UdtIvCnC0

ζ(゚ー゚*ζ「サンドバックなら、もっといいのが神心会部の部室にあるわよ?
       加藤君なんか、あれに詰まってぐっすり寝てたんだから。
       どうしてもって言うなら止めないけどね。
       メリケンサックぐらいは貸してあげるわよ、トゲ付きの」

爪;'ー`)「ち、丁度良かった。
     先生からも何か言ってくださいよ。
     この二人がここで喫煙を―――」

ジョルジュから解放された教師の言葉の途中で、デレデレが割り込むように続ける。

ζ(゚ー゚*ζ「したのかしら?」
  _
( ゚∀゚)「俺だけですよ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それはいけないわね。
       私と一緒に指導室に行きましょうか。
       それで、ドクオ君の方はどうしたの?
       鞄を持ってるってことは、早退かしら?」

('A`)「はい、そうです。
   担任の方には許可を貰っています」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ問題ないわね。
       ここを通るってことは、時間を無駄にしたくない事情があるのでしょう。
       ごめんなさいね、時間を無駄にさせちゃって」

爪;'ー`)「ちょっ!?
     彼も喫煙していたのですよ!」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:30:23.17 ID:UdtIvCnC0
ζ(゚ー゚*ζ「してませんよ」

爪;'ー`)「そんないい加減な!
     指導者として、生徒が間違った事をしていたらまずはそれを指摘しなければ!」

熱っぽく語る教師とは対照的に、デレデレは冷静に、どこか呆れた様な声で答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「煙草の匂いが、彼からしませんもの。
       それで分かるでしょう、普通。
       あら、花粉症でしたか?
       自分の体臭も分からないぐらいですものね、毎日大変でしょう。

       毎日養豚場の肥太った豚みたいに必死に鼻を鳴らしているお姿は、見ているこちらもいい気がしませんから」

爪#'ー`)「ふざけないでください!
     第一ですね、デレデレ先生は生徒に人気があるからと云って―――」

デレデレが話を最後まで聞くことは無かった。
もう飽きたと言わんばかりに顔を背け、ドクオとジョルジュを見据えた。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、ドクオ君はもう行っていいわよ。
      煙草を吸ったジョルジュ君は、指導室に行きましょうか。
      何故かしら、ここ、何だか性根が腐った独身中年女の臭いがして嫌だわ。
      お説教が長くなるから、コーヒーでも買ってあげるわね」
  _
( ゚∀゚)「あ、はい」

ζ(゚ー゚*ζ「いい返事ね」

('A`)「あ、ありがとうございました」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:33:02.92 ID:UdtIvCnC0
ζ(゚ー゚*ζ「どういたしまして。
       でもね、お礼なんかいいのよ。
       こっちが勝手にしたことなんだから。
       ドクオ君が本当にお礼を言うとしたら、ジョルジュ君に、ね?」

('A`)「先輩、本当にありがとうございました」
  _
( ゚∀゚)「よせよ、そんなに改まって言うような事じゃねぇよ。
    俺とお前の仲なんだ、これぐらい気にすんなって。
    困ったらいつでも手ぇかすぜ」

照れ隠しなのか、ジョルジュはドクオの肩をバンバンと叩く。
気のせいか、嬉しそうな顔をしていた。

爪#'ー`)「僕を置いて、話を勝手に進めるんじゃなあい!
     デレデレ先生も、僕の話を最後まで聞いてください!
     キャリアは僕の方が長いのですから、少しは敬ったらどうですか!!」

ζ(゚ー゚*ζ「遠慮しておきます。
      必要無いですから」

今の内に、とドクオは目立たない様にその場を退散する事にした。
怒り狂う教師を置いて、ジョルジュとデレデレは笑顔でその場から去った。
残されたのは、ヒステリックに叫ぶ教師だけだった。
裏門から学校を抜け出したドクオは、そこでようやく溜息を吐いた。

目的の場所までは、学校から徒歩で10分程。
ゆっくり行きたかったが、思わぬ邪魔のせいでそうも言っていられなくなった。
気持ち、歩幅を広げて人気のない住宅街を歩く。
ポカポカとした日差しが、とても心地いい。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:36:04.54 ID:UdtIvCnC0
坂を下り、道路を渡り、大通りから離れた道を選んで進んだ。
葉の散った街路樹が並ぶ道の先に、それはあった。
長い坂道の上に見える白く巨大な建物。
大学付属の、巨大な病院だ。

平日の昼近くに、ここを利用する者は少なくないが、学生服の格好をしている者はドクオだけだ。
坂を上る途中、顔見知りの女性とすれ違った。

(*゚ー゚)「こんにちわ」

('A`)「あ、どうも」

軽く会釈だけして、ドクオは上り、女性は下って行く。
病院の待合室には見舞客や患者がまばらにいて、それぞれの時間を過ごしている。
受付に行き、見舞いに来た事を伝える。

(*‘ω‘ *)「それじゃあ、このカードを首から下げて欲しいですっぽ」

('A`)「はい、ありがとうございます」

渡された黄色いカードを首から下げた。
これがないと、院内で自由に動けない。
エレベーターを使って、5階にある病棟へと上がった。
白く、汚れ一つない院内に漂う空気がドクオは苦手だった。

綺麗過ぎるのだ。
異常なほどに。
そして、この病棟にいる患者のほとんどが浮かべている表情は、嫌いだった。
辛気臭い、絶望している、達観したような顔。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:39:03.27 ID:UdtIvCnC0
気に入らない。
全てが、気に入らない。
とどのつまり、言い方は違うが皆、諦めているだけなのだ。
例外は、今の状況を何とも思わず、ここに来る前と何一つ変わらない生き方をしている者だけだ。

これからドクオが向かう病室には、そんな女性が待っている。
犬神、と書かれたドアプレートの前で立ち止り、深呼吸。
マフラーを取って鞄にしまってから扉を三回ノックすると、中から返事が返ってきた。

「どうぞー」

扉を開けて中に入ると、そこには半臥の状態で窓の外を眺めている一人の女性がいた。

('A`)「姉さんの弁当を持って来たよ」

外の景色からドクオに視線を向けて、その女性は歯を見せて笑った。

('A`)「姉貴」

リi、゚ー ゚イ`!「おう、待ちかねたぜ!」

二女、狼牙の姿を見て、ドクオも綻んだように笑みを浮かべた。
ドクオが8歳の時、両親は子供四人を残して何も言わずに消えた。
孤児院行きになるかと思われたが、 遠い親戚に当たるロマネスクと云う人が経済援助を申し出て、一家離散の危機は免れた。
不幸中の幸いとして、銀は高校卒業間近だった。

両親に代わって歳の離れた銀が家事を担当し、高校を卒業すると同時に就職した。
言わば、銀がドクオ達にとっての親だ。
それ以上の存在だと言っても過言ではない。
学費や食費を稼ぐ一方で、家事もこなす。

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:42:02.65 ID:UdtIvCnC0
それなのに、ただの一度も不平不満や弱音を吐いた事がない。
銀の苦労を見て育ったドクオ達は、少しでも負担が掛からないよう、自分達なりに努力した。
中学生の時は、ドクオは朝刊の配達をして金を稼いだ。
四人は一丸となって、互いに助け合った。

両親が消えて間も無い頃でも、ドクオは寂しいとは思わなかった。
姉達がいれば、それで十分だったのだ。
親の代わりに銀がいるし、狼牙も千春も、ドクオと遊んでくれた。
寂しくないよう、気を使ってくれたのだろう。

外に連れ出して、散々走り回り、遊び回った。
泥だらけになって帰って来たドクオ達を見て、銀は安心した様に呆れていた。
服を泥だらけにして汚しても、一度も怒られた事はなかった。
大切な事は、全て姉が教えてくれた。

狼牙は姉達の中でも、ずば抜けて快活だった。
運動神経はピカイチで、高校への入学も、特待生扱いで全額免除となった。
太陽の様に明るく、優しく、だけど厳しく。
そんな狼牙が、皆大好きだった。



―――狼牙が末期の癌だと分かったのは、去年の事だ。



体調不良を訴え、運ばれた病院で精密検査をして初めて癌だと分かった。
その時には癌は狼牙の体を蝕み、手の施しようがなかった。
残された手段は、新薬の投与による治療だけ。
治るかどうかも分からないが、可能性が増える。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:45:09.51 ID:UdtIvCnC0
狼牙は、自分の意志でその可能性に懸けた。
可能性を得る為の代償は、大きかった。
副作用が誘発する、耐えがたい嘔吐感。
背骨に走る、焼ける様な痛み

毎夜訪れる寒気。
抗癌剤とは別の、癌事態が引き起こす内部から体を破壊される激痛。
その苦痛は、筆舌に尽くし難い。
全身から湧き上がる痛みは、時には人格まで変えてしまうという。

狼牙は、昔と何一つ変わらずにいた。

リi、゚ー ゚イ`!「どうだ、学校は楽しいか?」

('A`)「うん」

リi、゚ー ゚イ`!「彼女は出来たか?」

('A`)「気配すらないな」

リi、゚ー ゚イ`!「そりゃまた、残念だ」

ベッドと一体になっている机を、狼牙の胸の前に降ろす。
壁に立てかけてあったパイプ椅子を開いて、そこに座る。
鞄を下ろし、そこから弁当を二つ取り出した。

('A`)「はい、これ」

赤い布に包まれた一つを、机の上に乗せた。

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:48:08.02 ID:UdtIvCnC0
リi、゚ー ゚イ`!「いやー、どうも病院食ってのは味気なくていけねぇ。
       姉貴の飯が一番だな、やっぱり」

('A`)「そうだ、これ、またジョルジュ先輩がくれたんだ」

コンビニ袋の中からお茶のペットボトルを出して、弁当箱の横に置いた。
チョコレートは後で食べればいい。

リi、゚ー ゚イ`!「今度、あいつに何かお礼を買わなきゃな」

('A`)「そうだね、何か買って渡しておくよ」

自分の分の弁当を膝の上に乗せ、包みを解く。
言うまでも無く、狼牙の弁当包みはとうに解かれ、蓋も開けられていた。

リi、゚ー ゚イ`!「いただきます」

('A`)「いただきます」

弁当箱には、白米、唐揚げ、ミートボール、ポテトサラダが入っていた。
ゆっくりと、美味しそうに狼牙は咀嚼している。
以前より、食べるペースが落ちていた。
銀の料理を、純粋に味わっているのかもしれない。

病院食を狼牙に食べさせられた時、ドクオは自分の味覚を疑った。
旨味どころの騒ぎでは無い。
味気がなさすぎた。
これを毎日食べろと言われたら、一週間で嫌気が差す。

ちなみに、狼牙は二日目にしてプリッツ・サラダ味の誘惑に負けていた。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:51:41.15 ID:UdtIvCnC0
リi、゚ー ゚イ`!「今度はお前の弁当が食ってみてぇな」

ぽつり、と狼牙が呟いた。

('A`)「ん?
   どうして俺なんだよ?
   俺、そこまで料理上手くないの知ってるだろ」

リi、゚ー ゚イ`!「知ってるよ。
       でもさ、少しは自炊できた方が女にはモテるぞ」

('A`)「姉貴は、俺が料理できた方がいいのか?」

リi、゚ー ゚イ`!「飯の味の種類が増えるのはいい事さ。
       それが可愛い弟の飯だったら、大歓迎だよ」

('A`)「じゃあ、今日の夜にでも練習してみるよ」

リi、゚ー ゚イ`!「千春にでも教わってみるといい。
       ああ見えて、あいつも結構練習してるんだぜ。
       まぁ、もっぱら菓子専門だけどな」

喋っていて喉が渇いたのか、狼牙はペットボトルを開け、お茶を飲んだ。
満足げに溜息を吐き、弁当を食べるのを再開した。
全部食べ終えるまでに、たっぷり一時間を要した。
弁当箱を包み直し、ドクオは鞄にしまった。

リi、゚ー ゚イ`!「学校は?」

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:54:10.59 ID:UdtIvCnC0

('A`)「早退して来たんだ。
   大丈夫、先生は分かってくれてるから。
   テストも問題ないし」

リi、゚ー ゚イ`!「そっか。
       なぁ、ドクオ、ちょっとこっち来い」

言われるがまま、ドクオは椅子から立って、顔を寄せる。
筋肉が落ちて、細くなった狼牙の手が首の後ろに回された。
弱い力が込められ、胸に抱かれた。


リi、゚ー ゚イ`!「無理はすんなよ」


昔、ドクオが転んで泣いた時。
よくこうして、慰めてもらった事が思い起こされる。
あの頃と、何一つ変わらない温もりが抱いてくれた。
泣きたくなるぐらいに温かく、懐かしい。

頭の後ろを梳くように撫でる感触が、気持ちよかった。
狼牙の心臓の鼓動が聞こえる。
出来る事なら、ずっとこうしていたい。
恥も外見も、そんな物はいらない。

時が許すなら。
狼牙の体に巣食う忌々しい癌が無ければ、それは叶ったかもしれない。
それは、許されなかった。
そしてそれは、叶わなかった。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 22:58:07.37 ID:UdtIvCnC0

癌は狼牙の体を内部から破壊し、死へと導く。
狼牙はどうしようもない理不尽に、病魔に殺される。
悔しかった。
何もできず、ただ、こうするしか出来ない自分が不甲斐なかった。

授業を早退して、見舞いに来て。
弁当を持ってきて、狼牙の話し相手になる。
ただそれだけ。
それだけしか出来ない。

無力だった。
己の無力さに歯噛みした。
結局、こうして慰められているのは自分なのだ。
狼牙がいなければ、ドクオは何もできない。

リi、゚ー ゚イ`!「お前がいてくれるから、あたしはこうしていられるのさ。
       ただ、いてくれるだけでいいんだよ。
       傍にいて、あたしに甘えてくれるお前が、あたしにとって最高の薬なんだ。
       お前がいて、甘えてくれるから、あたしは何時だってお前の姉貴でいられる」

ドクオの内心を察したのか、狼牙が優しげな声でそっと耳元に囁く。

リi、゚ー ゚イ`!「やっぱり、まだまだ心配だからよ。
       お前が一人前の男になるまでは、ってな。
       あたしの為にお前が無理しても、あたしはちっとも嬉しくないんだ」

ゆっくりと胸から顔を上げ、ドクオは赤く充血した眼で狼牙を見上げた。

リi、゚ー ゚イ`!「ほーら、そんな顔するなって」

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:01:43.93 ID:UdtIvCnC0

ドクオの頬に手を添え、額にそっと口付けをする。
それから、ドクオの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

リi、゚ー ゚イ`!「……ったくよ。
       ちょっとは落ち着いたか?」

('A`)「ごめん……」

リi、゚ー ゚イ`!「なぁに、これぐらい気にすんなって。
       ん?
       なんだ、ドクオ、お前寝不足なのか?」

('A`)「あぁ。
   昨日、変な長い夢を見ててさ」

リi、゚ー ゚イ`!「変な夢、ねぇ。
       なぁなぁ、それって今も覚えてるか?」

興味を示した狼牙の眼が輝いている。
そして不思議な事に、ドクオは今でも夢の中身を覚えていた。

('A`)「嫌なくらいハッキリと覚えてるよ」

リi、゚ー ゚イ`!「聞かせてくれねぇか?」

毎夜、吐き気と激痛に苛まれて夢を見るどころでは無いのだろう。

('A`)「何の面白味もない夢だよ」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:04:07.47 ID:UdtIvCnC0

リi、゚ー ゚イ`!「まぁまぁ、そう言うなって。
       恥ずかしいのか?」

妙にリアリティのある夢だっただけに、それが自分の願望を反映していたのかもしれない。
それを話すのは、相手が幾ら狼牙と雖も恥ずかしい。
むしろ、狼牙だから恥ずかしいと感じてしまう。
気恥ずかしげに笑いながら俯いたドクオを見て、狼牙は言った。

リi、゚ー ゚イ`!「じゃあさ、文章にしてみてくれよ。
       小説みたいな感じでさ」

予想外の一言に、ドクオは口を開けたまま狼牙を見た。

リi、゚ー ゚イ`!「いやー、こりゃあ丁度いいや。
       最近さ、やる事が無くて困ってたんだよ」

('A`)「本でも読めばいいじゃないか。
   下の売店に、本ぐらい売ってるだろう」

リi、゚ー ゚イ`!「不気味なぐらい、人生論と闘病日記の本のラインナップだけはいいな。
       あぁ、あと宗教の本だな。
       あれ買うなら、大人しくティッシュか折り紙でも買った方がいい」

('A`)「文庫本とかさ、漫画とかあるでしょ」

リi、゚ー ゚イ`!「アラーキーの漫画は五部まで読んだけど、置いてある文庫は何だかなぁって感じだよ。
       丸々一ページに"ぎゃー"って書いてあったり、"まさか"で三行使ったりしててさ。
       それに、だ。
       あたしの毎日の楽しみが一つ増える」

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:07:02.98 ID:UdtIvCnC0
(;'A`)「でも、俺、文章書くなんて読書感想文ぐらいしか経験が無いよ。
   絶対、酷い文章になるから嫌だよ」

リi、゚ー ゚イ`!「そりゃあ誰だって最初は酷い文章なんだ。
       あたしは気にしないさ」

(;'A`)「それでも恥ずかしいよ」

リi、゚ー ゚イ`!「おいおい。
       あたしはお前をキング・オブ・チキンハートに育てた覚えはねぇぞ」

卑怯だとドクオが言えないのを分かっていて、狼牙は言っている。
出来ない事ではない。
少しの勇気を出して、努力すれば、難なくこなせる話だ。

('A`)「一日や二日じゃ、とても書き切れないよ?」

リi、゚ー ゚イ`!「ちょくちょく書いてくれれば、構いやしないさ。
       第一、すぐに終わるんじゃ味気ないだろ。
       長くても待つ楽しみが増えるんだ、いいことだ。
       ……へっへっへっ」

不意に、狼牙が含み笑いをした。
嬉しい様な、可笑しい様な。

('A`)「どうしたの?」

リi、゚ー ゚イ`!「これで、お前の見た夢があたしも見れると思うとさ。
       何だか胸の辺りが変な感じがするんだよ。
       楽しみだ、ほんと、楽しみだなぁ」

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:10:07.32 ID:UdtIvCnC0
どうやら、狼牙の中では既にドクオが書くことに同意した事になっているようだ。
楽しそうにする狼牙に負けて、ドクオはこう言うしかなかった。

('A`)「分かったよ、書いてみる」

リi、゚ー ゚イ`!「急ぐ必要はないからな。
       お前のペースでいい」

('A`)「でも、他の人には見せないでくれよ、頼むから。
    俺の黒歴史になって、今後ネタにされ続けるに決まってるんだ。
    特に千春ねーちゃんだよ」

リi、゚ー ゚イ`!「安心しろって、誰にも見せやしねぇよ。
       じゃあ、約束だ。
       ほれ」

小指を差し出され、ドクオは自分の小指をそれに絡ませた。

リi、゚ー ゚イ`!「これは、あたしとお前だけの約束だ」

('A`)「う、うん……」

リi、゚ー ゚イ`!「もう一つ、これだけは絶対に約束してくれ。
       あたしとの誓いだ」

真っ直ぐにドクオの眼を見て、狼牙は言った。

リi、゚ー ゚イ`!「何があっても、どれだけ楽でも、諦める道を選ぶんじゃないぞ」

('A`)「分かった、絶対に諦めない」

163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:13:19.27 ID:UdtIvCnC0

リi、゚ー ゚イ`!「よっし、いい子だ。
       忘れるなよ、お前の夢の話も、今の誓いも」

狼牙は悪戯っぽく笑みを浮かべ、ドクオと誓いを交わした。
軽はずみの言動に見えたかもしれないが、決していい加減な気持ちで誓った訳ではなかった。
今でも信じているのかもしれない。
いい子にしていれば、きっと、狼牙が元気になってくれるかもしれないと。

それから、ドクオは狼牙と何の変哲もない会話を続けた。
学校で起きた面白い話や、変わった話をドクオがすると。
病院での出来事を色々と話してくれた。
三時になった時、ドクオはジョルジュから貰ったチョコレートを狼牙に渡した。

半分に割って、狼牙がそれをドクオに渡してくれる。
会話が無くなっても、気まずくはならなかった。
狼牙と一緒に、こうしているだけで満足だ。
日が傾き、窓の外の景色が刻一刻と変わって行く。

空が暗くなり始め、黄昏時が迫る。
夕空に無数の星が瞬き、綺麗な満月が見える。
夜の帳が下りようとしている。
名残惜しいが、面会時間の時間は限られている。

そろそろ、看護婦が知らせに来るだろう。

('A`)「じゃあ、また明日来るよ」

リi、゚ー ゚イ`!「おう、帰り道、暗いから気をつけろよ」

164 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:16:11.75 ID:UdtIvCnC0

別れを告げ、ドクオは病院を後にした。
来る時に上って来た坂を下り、徒歩で家路につく。
学校の前まで戻って来た時には、空は黒に染まっていた。
月光で雲が照らされ、月に近い部分が淡く明るくなっていた。

行き交う車の量が増えている事が、大通りから聞こえてくる音で分かる。
大通りと学校は、数軒の家屋を挟んだ距離にある。
空気が凍りついた様に冷え、千春に借りたマフラーを鞄から出して、首に巻こうとした時。

从´ヮ`从ト「ヘイ、弟!
       ねーちゃんと一緒にドライブに行かないかい?」

とっくに授業が終わっている筈の千春が、何故か正門の前にある街灯の下にいた。
他にも、千春の周りに数人集まって話している。

('A`)「こんな時間までなにしてるのさ?
   何で先に帰って無いのよ?」

从´ヮ`从ト「え?
       いやぁ、まぁ、ねぇ?」

口籠る千春に代わって、周囲の人達が答えた。

ハハ ロ -ロ)ハ『そいつぁ簡単な質問ですよ、弟さん。
        私達、進路指導があって遅くなってましてね。
        お先真っ暗って言われちゃって、思わず言っちゃいましたよ。
        "ジーザスファッキンクライスト"って。

        HAHAHAHAHA!!』

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:19:18.88 ID:UdtIvCnC0
(;'A`)「え、えっと……」

メガネを掛けた、金髪の女子生徒が早口で外国語を口にする。
何を言っているのか、さっぱり聞き取れなかった。
困惑しているドクオに助け船を出してくれたのは、千春のクラスメイトだった。

('、`*川「進路指導よ、弟君。
     ついさっき終わって、皆で話してたところよ」

(`・ω・´)「来年、君もこうなるさ」

('A`)「なるほど、分かりました」

ノパ听)「そうだ、忙しくて大変なんだぞ」

('A`)「……って、あれ?」

(`・ω・´)「ヒート、何で君がそれを言うんだい?」

('、`*川「多分、シャキン君を見てるからじゃないかしら?」

ハハ ロ -ロ)ハ『シャキン、このおのろけ野郎め。
        クソッたれ、あぁ、クソッたれのファッカー。
        尻の穴舐めやがれってんですよ、Peッ!』

今度は、何を言っているのか、大体分かった。
皆で笑い、思い出したようにドクオが切り出す。

('A`)「おっと、そうだ。
   ねーちゃん、そろそろ帰らないと姉さんが心配するぞ」

173 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:22:03.42 ID:UdtIvCnC0
从´ヮ`从ト「そこで君の出番だ、弟よ」

('A`)「漕げと?」

从´ヮ`从ト「分かってるじゃないか。
       幸い、帰り道は下り坂だしさ」

('A`)「別にいいけどさ。
   じゃあ、行こっか」

千春から自転車のハンドルを受け継ぐ。
既に乗せられている千春の鞄の上に自分の鞄を乗せ、ライトを点灯させる。
サドルに跨ると、すかさず千春が後ろの荷台に乗った。
首に掛けた途中のドクオのマフラーをしっかりと巻き直してやり、ぽんぽんと肩を叩く。

从´ヮ`从ト「そうこなくっちゃ。
       みんな、まったねー」

('A`)「姉がお世話になりました」

挨拶を済ませ、ドクオはペダルを漕ぎ始めた。
朝に通って来た道を戻ろうと、十字路で信号を待つ。

从´ヮ`从ト「久しぶりに、裏っかわの方から帰ってみない?」

妙な提案だった。
最短ルートでは無く、少し遠く、人気のない畑ばかりの道を行こうと云うのだ。
断る理由も無い為、ドクオは快く了承した。

('A`)「分かった」

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:25:06.04 ID:UdtIvCnC0
真っ直ぐ進むべき道を、左に曲がって進む。
街中を通って、隣の地区と繋がっている道へ向かう。
しばらくは平坦だが、急な下り坂が待っていた。
ブレーキをかけつつ、慎重に、だがバランスを崩さないよう速度は落とし過ぎない。

無事に下り切り、住宅密集地を抜け、線路沿いの道に出た。

('A`)「ここで一旦降りてくれるか?」

从´ヮ`从ト「お断りだ」

(;'A`)「このままじゃ上れないんだよ!」

傾斜角約30度はあるだろう坂を、一人ではおろか、千春を乗せたまま自転車で上るのはドクオの脚力では不可能であった。
青春映画で男が必死になって上る場面を想像したが、それが如何に愚かな行動か、今なら分かる。

从´ヮ`从ト「仕方ないなぁ。
       そこまで言うなら降りてあげよう。
       ……よっ、と」

走行中の自転車から千春が飛び下り、華麗に着地を決めて見せた。
ドクオも自転車から降り、自転車を押して千春と並んで歩く。

从´ヮ`从ト「次は上れるようにしておいてね」

('A`)「じゃあ、毎日、目覚ましなしで朝の六時に起きてくれよ。
   そうしたら考えておく」

从´ヮ`从ト「ねーちゃんは別にいいの。
       だって、ドクオがいるもん」

179 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:28:45.75 ID:UdtIvCnC0
('A`)「どんな理由でそうなるんだよ……」

从´ヮ`从ト「信頼関係?」

('A`)「確かに、ねーちゃんが一人じゃ起きられないのは信頼してるよ」

从´ヮ`从ト「ねーちゃんは、ドクオが起こしてくれるって信じてるよ」

苦笑するドクオを見て、千春は楽しそうに笑い声を上げた。
坂を上り切った場所には、信号機があった。
丁度青になっていたので、二人で渡る。
この道程を選んだ際は、左側では無く右側を進んだ方が安全なのだ。

('A`)「行こっか」

从´ヮ`从ト「あいさー」

いつもの順序で自転車に乗り、漕ぐ。
緩やかな下り坂を、二人を乗せた自転車が軽やかに進む。
大通りの反対側に位置する道なだけあって、歩行者は皆無だった。
坂が終わり、平地に戻る。

しかし、問題はこの先にあった。
歩道にある段差は、ほとんどが60度近く傾斜している。
車輪のあるものでそこを通ろうものなら、激しい衝撃が待ち受けていること必至だ。
心なしか、千春がドクオの腰に回した手に力を込めた。


制服越しに、千春の温かい息と体温が伝わる。

182 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:31:28.95 ID:UdtIvCnC0

从´ヮ`从ト「おぉ〜、あったけぇ。
       ぬくぬくだ」


人の事を天然カイロか何かだと思っているのか、千春が更に力を入れて体全体を押しつけて来た。
ドクオも背中が千春の体温で温まるので、文句を言わなかった。
例の傾斜に差しかかり、ドクオは速度を限界まで落とした。

从´ヮ`从ト「オウ、スロゥリイ。
       ユーアープッシー」

('A`)「……」

馬鹿にされたのは分かった。
そこで、ドクオは一気にペダルに乗せた脚に力を入れ、千春を驚かせようと試みた。
ぐん、と速度が上がり、段差で落ち、そして上がる。
直後、肋骨が軋むぐらいに強く千春の腕に力が込められた。

从´ヮ`从ト「ばかっ!」

怒られた。
歩道が途絶え、右手側に急な下り坂が現れた。
危なくないよう、適度な速度に減速してその坂を下る。
この辺りには人家しかなく、街外れにあるので、人も車も見当たらない。

細い道を曲がり、二人を乗せた自転車は急に開けた場所に出た。
小さな橋を渡り、短いが急な斜面を気合いで上った。
上り切った坂の上には何もなく、ただ、雑草と道があるだけだ。
街灯も疎らで、ほとんど無いに等しい。

185 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:34:28.51 ID:UdtIvCnC0
あるのは、只管に田園だ。
坂の上の道を進み、坂を下る。
後は、真っ直ぐに進めば家の近くに着く。
ふと、ドクオは思った疑問を千春に投げかけていた。

('A`)「何かあったの?」

从´ヮ`从ト「……やっぱり、分かっちゃう?」

('A`)「弟ですから」


从´ヮ`从ト「ちょっとゆっくり行こうか」


ブレーキで減速し、ペダルをゆっくりと漕ぐ。

从´ヮ`从ト「皆とさ、進路の話してたんだけどね。
       私、何も決まって無いんだよ。
       ただ漠然としててさ、大学に行くにもお金がかかるし、就職するにしてもどこに行けばいいのか分からないし」

ぽつり、ぽつりと千春は語ってくれた。
悩みを語ってもらえると、信頼されている気がして嬉しかった。

('A`)「ねーちゃんは何をしたいの?」

从´ヮ`从ト「うーん、今のところ何にもないんだよね。
       その事を話したら、先生も困っちゃって」

('A`)「だったら、大学に行けばいいじゃん」

186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:38:30.57 ID:UdtIvCnC0

从´ヮ`从ト「お金がねぇ。
       銀お姉ちゃんに負担を掛けるわけにもいかないし。
       学校に行くのだって、交通費やらでお金が必要なんだよ」

('A`)「じゃあ俺、卒業したら就職するよ。
   そうすれば、ねーちゃんは心配しないで大学に行けるよ」

从´ヮ`从ト「ばーか。
       そんなことされても、ねーちゃんは嬉しく無いぞ」

('A`)「でもさ、ねーちゃんが悩んでるのを見るのは俺、嫌なんだよ」

空を見上げ、白い息を吐きだす。
宝石箱をぶちまけた様に、夜空には無数の星が輝いている。
空気が澄んでいるのだろう、とても鮮明に星空が見えた。
それに、この辺りに人家が無い事が幸いして、星明かりの邪魔をする要因が無い。

千春が後ろで溜息を吐く。

从´ヮ`从ト「はぁ……
       ほーんと、優しいねぇ」

('A`)「呆れてるのか?」

从´ヮ`从ト「すっごい嬉しいよ。
       でも、ねーちゃんだって、ドクオが無理をしてるのを見るのは嫌だよ」

('A`)「無理なんてしてないさ。
   家族が幸せなら、俺はそれでいいんだ」

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:41:11.56 ID:UdtIvCnC0
从´ヮ`从ト「それ、本気で言ってる?」

('A`)「ねーちゃんが自分の事を喋ってくれたんだから、俺だって本当の事言わないと」

从´ヮ`从ト「まったく、もう。
       ……愛い奴、愛い奴め」

ぎゅっ、と千春がドクオの背中に抱きつく。

从´ヮ`从ト「ありがとう、ドクオ。
       でも、ねーちゃんもう少し考えてみるよ。
       どうしようも無くなったら、その時はドクオにお願いする」

('A`)「いつでもいいから、悩んだ時はこうして相談してくれよ」

从´ヮ`从ト「うん、そうする」

小さな坂を越え、目の前に集合団地の明かりが見えて来た。

从´ヮ`从ト「ねぇ、茶化さずに聞いてくれる?」

('A`)「うん?」

从´ヮ`从ト「ねーちゃんは、ドクオが大好きだよ。
       ドクオは、私の自慢の可愛い弟だ」

('A`)「そうかい、ありがとう」

団地の前に来ると、そこは今朝通った道と繋がっていた。
途中から同じ道程で駐輪場へと向かう。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:44:06.67 ID:UdtIvCnC0

('A`)「停めるから、この辺で下りてくれ」

駐輪場の手前でそう言うと、珍しく千春がドクオの言葉の後に行動した。
手前に空いた場所に停め、鍵を閉めた。

从´ヮ`从ト「さーって、かえるべーよ」

('A`)「おう」

足並みを揃えて、二人は月光と星明かりの下を歩く。
家までは無言だった。
それでも、互いの心の中では悩みを共有出来た事に対する満足感が芽生えていた。
階段を上って家の扉を開け、無事に帰宅した。

それぞれの部屋に戻って荷物を置き、部屋着に着替える。
すると、僅かの差で玄関の扉が開かれる音がした。

イ从゚ ー゚ノi、「ただいま」

('A`)「おかえり、姉さん」

着替え終えたドクオが部屋から出て来て、銀に声を掛ける。

イ从゚ ー゚ノi、「うむ。
       今から飯を作るから、風呂を洗っておいてくれ」

('A`)「分かった。
   あ、そうだ。
   後で、俺に料理を教えてくれない?」

193 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:47:33.07 ID:UdtIvCnC0

イ从゚ ー゚ノi、「無論じゃ」

理由を訊かないでくれたのは、気を利かせてくれたからだろう。
それから、ドクオは手洗いうがいを済ませ、洗面所と繋がった風呂場に行き、浴槽の掃除を始めた。
掃除を終わらせ、熱い湯を張る。
洗面所を出て、リビングと繋がった台所に向かう。

リビングに置かれたエアコンから、温かい風が出ていた。

('A`)「姉さん、終わったよ」

顔を覗かせると、部屋着姿の銀は丁度料理を作り始めている途中だった。

イ从゚ ー゚ノi、「御苦労さん。
       これから飯を作るんじゃが、少し見ておくと良い。
       と云っても、簡単なものじゃがの」

確かに、いつもに比べて使う食材の量が少ない。
ドクオに合わせて、わざわざ献立を変更した可能性も否定できない。
分かりやすく丁寧に説明を踏まえながら、銀は調理を始めた。
魔法の様に野菜が切り刻まれ、先にある程度炒めた豚肉と共にフライパンの上で踊る。

その手付きは流れるように優雅だった。
出来上がったのは、豚肉入りの野菜炒めだった。
キャベツともやし、それとニンジン。
味付けは塩コショウのみ。

イ从゚ ー゚ノi、「これは基本中の基本じゃ。
       難しい事をする前に、まずは基礎をしっかりとしておかねば料理は出来ん」

195 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:50:28.70 ID:UdtIvCnC0
そう言いつつ、銀は今朝の味噌汁が入った鍋をコンロに乗せ、火を点けた。

イ从゚ ー゚ノi、「もし、弁当も作ってみたいなら、明日は早めに起きねばならんが、どうする?」

('A`)「何時ぐらいに起きればいいの?」

イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、そうじゃのう。
       五時半ぐらいに起きれば十分じゃ」

('A`)「わかった」

イ从゚ ー゚ノi、「皿を出してくれるか?
       大皿と味噌汁を入れる椀と、後は飯の茶碗じゃ」

テキパキと指示を出す銀に従い、ドクオは皿を食器棚から出した。
大皿は野菜炒めを盛るので、銀に直接手渡す。
味噌汁の椀は重ねてガス台の横に置いた。
しゃもじをつかって炊飯器の中の飯を茶碗に盛り、両手で三つを運び、レンジに入れる。

タイマーをセットして、起動させた。
味噌汁が温まれば、食事の支度はほぼ終りである。
平皿を人数分机の上に置いて、次の指示を待つ。

イ从゚ ー゚ノi、「よし。
       千春を呼んできてくれ」

大皿に野菜炒めを盛り付け終えた銀が、ドクオにそう言った。
その大皿を受け取って、リビングの食台の上に置いてから、廊下に顔を出す。

('A`)「ねーちゃん、飯だよ」

199 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:53:23.10 ID:UdtIvCnC0
从´ヮ`从ト「あいよー」

着替え終えた千春が部屋から出て返事をした。
扉をそのままに、ドクオはレンジの前に向かう。
数秒残っていたが、扉を開け、取り消しボタンを押す。
一つずつ茶碗を持って、机の上に並べた。

いつのまにか、大皿の横に漬物と納豆が置かれていた。
台所から、味噌汁を盆に乗せて銀がやって来る。

イ从゚ ー゚ノi、「さぁ、飯じゃ」

それぞれの前に置いて、銀が席に着く。
千春とドクオは、それに続いて席に着いた。

('A`)「いただきます」

从´ヮ`从ト「いただきます」

イ从゚ ー゚ノi、「いただきます」

湯気の上がる温かな食事。
そして、温かな食卓。
目の前にあるのに、どうしてか、それらがドクオには遠い物に感じ取れた。

从´ヮ`从ト「野菜炒め?」

イ从゚ ー゚ノi、「これが野菜炒め以外に見えるのか?
       視力が落ちたか?
       後でミケプルーンでも食べるか?」

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:56:05.31 ID:UdtIvCnC0

从´ヮ`从ト「いや、そういうんじゃなくて。
      珍しいね、オカズがこれだけなんて」

('A`)「俺が言ったからこうなったんだよ」

从´ヮ`从ト「にゃーにぃ?
       無性に餃子が食べたくなる気持ちなら分かるけど、野菜炒めは初めて聞いたよ」

('A`)「料理を教えてくれって頼んだんだ。
   それで、姉さんは俺でも分かるのを作ってくれたんだよ」

平皿に野菜炒めを取り分け、早速食べてみる。
シャキシャキとした歯応えの残る野菜炒めは、単純な味付けにも拘わらず美味しかった。

从´ヮ`从ト「ほほぅ。
       ほっほっほう。
       お姉ちゃん、どう思う?」

イ从゚ ー゚ノi、「何がじゃ?
       別にいいではないか。
       むしろ、男が料理を覚えたいと言ったんじゃ、感心すべきじゃぞ」

从´ヮ`从ト「そうじゃないって。
       これって、あれじゃない?
       恋?」

イ从゚ ー゚ノi、「何がどうして恋になる」

呆れた眼で銀は千春を見るが、千春は気にしていないかのように続けた。

202 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/29(火) 23:59:11.57 ID:UdtIvCnC0

从´ヮ`从ト「男が料理作るって言ったら、それぐらいしかないじゃない」

('A`)「ねーちゃん、それは偏見だ。
   と云うより、むしろ逆でしょ。
   女が料理、って云ったら恋に結び付くんじゃないのか?」

从´ヮ`从ト「そうかね?
       じゃあなんで、料理したいって言い始めたの?」

('A`)「姉貴が俺の飯食いたいって言ったんだよ。
   だから、今度弁当を持って行こうかなって」

イ从゚ ー゚ノi、「ほぅ」

わしわしとご飯を食べていた銀が、それを飲みこんでから短く反応した。
理由については、銀も気になっていたのだろう。

从´ヮ`从ト「なーんだ。
       やっぱりそうじゃん。
       ドクオは狼牙お姉ちゃんが好きだからねー、ねー?」

悪戯っぽい笑顔で、千春がドクオを茶化す。
無視する事にした。

イ从゚ ー゚ノi、「明日にでも作るか」

('A`)「助かるよ、姉さん」

从´ヮ`从ト「おまわりさーん、ここにシスコンがいますよー」

205 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:02:21.51 ID:mas1RMMR0
('A`)「何を持って行こうか?」

イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、野菜炒めは決定じゃが。
       後は、そうじゃのう。
       卵焼きと適当な何かでいいじゃろ」


从´ヮ`从ト「やーい、やーい。
       しすこーん」


('A`)「卵焼き、俺にも出来るかな?」

イ从゚ ー゚ノi、「出来るとも。
       儂の弟じゃからな」

从´ヮ`从ト「やれるやれないじゃねぇ、やるんだよ」

妙に会話が噛み合っていない。
どう見ても、千春が原因だった。

イ从゚ ー゚ノi、「せっかくじゃから、儂等の弁当も作ってもらおうかの」

('A`)「うん、いいよ。
   ねーちゃんの分も作るけど、いい?」

从´ヮ`从ト「マジでっ!?
       やったね!」

('A`)「あんまり期待しないでよ」

211 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:05:18.15 ID:mas1RMMR0
イ从゚ ー゚ノi、「安心せい。
       儂がしっかり手取り足とり教えてやるからな」

从´ヮ`从ト「明日、皆に自慢しよーっと。
       へっへっへー、きっと、トラギコ君辺りが羨ましがるぜぇ」

(;'A`)「それ、自分の立場を危うくするだけだと思うんだけど」

从´ヮ`从ト「ねーちゃんの立場は揺るがないからいーの。
       それに、ドクオは誰にもやらないから安心しなさい。
       この先ずーっと、養ってもらう計画なんだから」

(;'A`)「ごめん、その壮大な計画に極力俺を巻き込まないでくれ」

イ从゚ ー゚ノi、「儂もその計画に一枚噛ませて貰おうかの」

微笑しながら、銀もそう言った。
困った顔をするドクオを見て、千春も銀も、笑っていた。
釣られて、ドクオも笑った。



('A`)「あ、あとさ。
   姉さん、もう一人分の弁当箱ってあるかな?」



イ从゚ ー゚ノi、「ん?
       まぁ、あるにはあるが。
       どうしてじゃ?」

213 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:08:07.79 ID:mas1RMMR0

从´ヮ`从ト「おぉっ、女だ、今度こそこれは女だよ、お姉ちゃん!
       ドクオの眼が恋する乙女の眼になってるもん!
       相手は?
       ねーちゃんの知ってる人?

       ひょっとして、ハニーブロンドなハローちゃん?」







('A`)「残念だけど、男だよ。
   ジョルジュ先輩に渡そうと思うんだ」








空気が凍った。
銀は箸を止め、千春は笑顔のまま固まっている。
食卓に気まずい空気が流れる。



218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:11:03.57 ID:mas1RMMR0

(;'A`)「いや、違う、違うんだって!
   まずは話を聞いてくれ!
   きっと勘違いしてるから!」

从´ヮ`从ト「ひゃー」

イ从゚ ー゚ノi、「……っ。
       儂は差別したりせんからな。
       コーヒーが好きな者もいれば、紅茶が好きな者もいる。
       の、のう、千春?」

从*´ヮ`*从ト「う、うん。
        そうだよ、ドクオ。
        ねーちゃん達はドクオの味方だよ。
        例え男が好きでも、嫌ったりえんがちょしたりしないからね?」

微妙に頬を赤らめて、千春は恥ずかしそうにしていた。

(;'A`)「だから違うんだよ!
   俺はホモじゃないって!」

从´ヮ`从ト「何と、バイなのか?!
       そりゃヤバい」

イ从゚ ー゚ノi、「分かっておる。
       愛の形は人それぞれと聞く。
       決して恥ずかしがる事は無いぞ」

(;'A`)「何一つ伝わってねぇ!」

220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:14:03.64 ID:mas1RMMR0

从´ヮ`从ト「で、それで。
       どうしてジョルジュ君なの?
       何処に惚れたのか、ねーちゃんに教えなよ」

(;'A`)「あのね、惚れてるとか惚れてないとかじゃないの」

イ从゚ ー゚ノi、「愛しているのか?」

从*´ヮ`*从ト「きゃーっ!
        やっべぇ、こいつはやべぇ!
        愛、これが愛なのか!
        愛に性別も血筋も関係ねぇってか!」

仮にも、食事中だったが、千春のテンションはそれどころでは無かった。

(;'A`)「時々お世話になってるから、そのお礼だよ」

从´ヮ`从ト「お世話?
       どこの?」

イ从゚ ー゚ノi、「これ、千春。
       今は食事中じゃぞ」

从´ヮ`从ト「大丈夫だって、ウィンナーとか松茸とか無いし」

イ从゚ ー゚ノi、「それもそうじゃな。
       で、具体的には?」

(;'A`)「姉さんも納得しないでよ!」

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:17:04.15 ID:mas1RMMR0
从´ヮ`从ト「人には言えないあーんな事や、こーんな事だってさ」

イ从゚ ー゚ノi、「なんと……」

(;'A`)「もうヤダ……」

ドクオの反応を面白がって、二人でからかっているのは分かる。
今日学校で起きた事を話すのは、今ではない。
だから、ドクオは理由を言えずにいるのだ。

イ从゚ ー゚ノi、「さて、ドクオをからかって楽しんだ事じゃし、飯を食おう」

食事が終わると、丁度、風呂に湯が張り終わった事を告げる電子音が聞こえた。
全員分の食べ終えた食器を重ね、流しへと運ぶ。
千春と銀は、食後のお茶を飲んでリラックスしていた。

イ从゚ ー゚ノi、「誰が先に入る?」

从´ヮ`从ト「私は別に後でもいいよー」

('A`)「俺は最後でいいよ。
   先にこれ洗うから」

イ从゚ ー゚ノi、「ならば千春、お主が一番風呂じゃ」

从´ヮ`从ト「よっしゃ、分かった」

千春が嬉々としてリビングを出て行き、しばらくして、風呂場の扉が開かれる音がした。
ドクオは黙々と皿を洗う。
シャワーの音が聞こえた辺りで、銀がドクオの後ろに来た。

225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:20:04.20 ID:mas1RMMR0

イ从゚ ー゚ノi、「で、今日は何か変わった事はあったか?」

('A`)「これと云って無かったよ。
   いつも通り、平和だった」

平和。
その言葉に、また違和感を覚え、意識が一瞬だけぼやけた。
だが、それは一瞬の事。
皿洗いを終え、お湯ですすぐ。


イ从゚ ー゚ノi、「そうか」


ドクオがすすいだ食器を、銀が受け取って乾いた布で水気を拭きとる。
食器棚に戻し、また新たに受け取っては拭きとる。
作業は驚くほど早く終わった。
最後に手をお湯で洗って、タオルで手を拭った。

リビングへ戻り、銀がテレビの電源を入れる。
映し出されたのは、ドキュメンタリー番組だった。
ちょこんと座って、銀はそれを見始めた。
楽しそうでも、悲しそうでもなく、ただ、見ているだけだった。

その姿が、ドクオには疲れている様に映った。
一体、銀の為に自分に何ができるのかを考えた。
結局思いついたのは。

イ从゚ ー゚ノi、「……ん」

228 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:23:44.24 ID:mas1RMMR0
銀の頭を撫でる事だけだった。
普段、ドクオ達の為に働いている銀は、職場での疲労と気苦労をどこかで発散する時間が殆どない。
それに、大人である銀が褒められる機会は皆無に等しかった。
大人は、誰かに褒められたいから頑張るのだと、デレデレが言っていた。

褒めることぐらいなら、ドクオにも出来る。
心からの感謝を込めて、頭を撫でた。
最初は擽ったそうにしていたが、気持ちよさそうに眼を細めた。

('A`)「いつもありがとう、姉さん」

イ从゚ ー゚ノi、「なに、礼を言われる様なことではない」

ドクオが銀の頭から手を離すと、銀が振り返った。

イ从゚ ー゚ノi、「家族とは、こう云うものじゃからな」

家族と云う単語を聞いた時、再び、意識が僅かにぼやけた。
あの夢を見てから、どうにも頭が上手く廻らない。
靄が一層濃くなったような気がして、それがドクオの顔に出たのだろう。

イ从゚ ー゚ノi、「儂等は、お主を残してどこかに行ったりせん」

今度は、すっと立ち上がった銀がドクオの頭をくしゃくしゃと撫でつけた。
手から伝わる温もりは、頭の靄を少し薄れさせた。
涙が出るほどの優しさだったが、ドクオの涙腺は反応しなかった。


从´ヮ`从ト「ちぇーんじ・バスタイム!」

231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:26:26.36 ID:mas1RMMR0
寝間着に着替えた千春がやって来た。
風呂から上がってすぐに来たのだろう、肩にタオルを乗せ、顔は火照っている。

イ从゚ ー゚ノi、「これこれ、髪はしっかりと乾かさんと、風邪を引くぞ」

从´ヮ`从ト「大丈夫ダイジョーブ。
       エアコンの方が早く乾くらしいから」

いつの間にか、千春はエアコンの温風が当たる場所に立っていた。
タオルで髪を拭きながら、温風で髪を乾かす。
呆れたように笑いながら、銀はドクオの頭から手を離してリビングから出て行った。
銀が着替えを持って風呂場に行くのを見届けてから、唐突に、千春がニヤリと笑った。

从´ヮ`从ト「……えっへっへー。
       みーちゃったみーちゃった」

('A`)「な、何をだよ?」

从´ヮ`从ト「おいおい、ねーちゃんの眼はごまかせないぜぇ。
       いやー、えへへ。
       ドクオはまだ甘えたい年頃なのか、そうなのか」

頭を撫でられている現場を見た事を言っているのだろう。
冷静になってみれば、顔から火が出るほど恥ずかしい。

(;'A`)「え、いや、その……」

どんどん声が小さくなって、何も言えなくなる。
明らかに何かを企んでいる千春の眼が、ドクオの眼を見ていたからだ。

232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:29:26.36 ID:mas1RMMR0
从´ヮ`从ト「いや、いやいや。
       ねーちゃんは分かってる、うん、分かってるよ。
       例え弟が甘えん坊でも、私はからかったりしないよ」

(;'A`)「ちょっとは俺の話を聞いても損は無いと思うんだけど」

从´ヮ`从ト「いいや、損だね」

断言された。

从´ヮ`从ト「時間は無限じゃないんだぜ。
       やりたい事をやらなきゃ、次はいつ出来るか分からないでしょうが。
       ってなわけで、まぁ、私にも頭を撫でさせなさい」

(;'A`)「ごめん、話が良く分からないんだけど」

从´ヮ`从ト「いいんだよ、分からなくて」

髪が大分乾いたのか、タオルを首に掛け直し、千春が近付いて来る。
ふわり、とシャンプーの匂いがした。
思わずくらりとしかけたが、どうにか理性を保つ。
まるで動物の頭を撫でるかのような乱暴な手つきで、千春がドクオの頭を撫でた。

手を動かす度、千春から石鹸とシャンプーの混じった香りが鼻をくすぐる。
先程よりもよっぽど、こっちのほうが恥ずかしかった。
心がむず痒く、照れくさくて顔が赤くなる。

从´ヮ`从ト「弟が頑張ってるんだから、ねーちゃんが褒めてあげよう。
       これは、さっき相談に乗ってくれたお礼だよ」

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:32:06.48 ID:mas1RMMR0
('A`)「う、うん……」

从´ヮ`从ト「さぁって、と。
       ねーちゃんはこの後、やることがあってね。
       ドクオも何かやることがあるんじゃない?」

確かに、ある。
今朝見た夢を、文章にして狼牙に見せると云う約束が。


('A`)「……うん、あった。
   ちょっと部屋に戻るよ」


去り際、ぐちゃぐちゃになった髪を千春が手櫛で梳かしてくれた。
部屋に戻って、机の上に置かれた白いノートパソコンを開き、電源を入れる。
軌道が完了するまでの間、ドクオは部屋に置かれたオイルヒーターのスイッチを入れた。
徐々にオイルヒーターが熱を発し始めた頃には、パソコンの起動は完了していた。

初期設定のままの壁紙のデスクトップには、ショートカットアイコンが数個だけ並んでいる。
その内、青い色をしたショートカットを選んでダブルクリックした。
ワードソフトが立ち上がる。
全くの白紙の状態で、ウィンドウが開かれる。

全体的に青を主体としたデザインに浮かぶ白紙は、とても寂しい物に見えた。
さて、いざ何か文字を打ち込もうとキーボードに手を伸ばすが、何から書いていいのか分からない。
あまりにも漠然としているからだ。
何を書くのか、それは決まっている。

240 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:35:26.38 ID:mas1RMMR0

あの夢だ。
今なお色褪せずに記憶している、あの夢を書き記して、それを狼牙に見せる。
それだけだ。
単純な作業だ。

覚えている事を口頭で伝えるのと、文章で伝えるのではその難易度が大きく異なる。
無論、口頭の方が簡単だ。
正しく文法を守る事が要求される訳でも、単語が正しく書けているかどうかが重要になる訳でもないからだ。
その点、文章になると難しくなる。

文章を書いた経験が読書感想文程度のドクオには、難題だった。
腕を組んで考えるも、浮かばない。
書き始めの一文さえ出来れば、何てことは無い。
要領は知らないが、どうにかなると思った。

音楽再生ソフトを起動させ、お気に入りの歌手の音楽を流す。
席を立って、本棚から適当な本を五冊程度手に掴んで席に戻った。
文庫本や小説を読んで、少しでもヒントを得ようとしたのだ。
読むにつれ、自分に合った書き方が見えてくる。

そして、ようやくドクオはキーボードの上に指を乗せた。
が。
やはり、書き出しの文句が浮かばない。
続く言葉は思い浮かぶが、なかなか始められなかった。

考えて、考えて、思い出す。
まずは、夢の情景が浮かんだ。
空は灰色で、青空とは無縁の場所。
辺りは濃霧に包まれ、視界が悪い。

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:38:03.76 ID:mas1RMMR0
情景の中心には、巨大な城があった。
周りには様々な商店街があって、文字通り何でも売っていた。
夢の舞台となる都には、王がいて、裏社会にも三人の王がいた。
ドクオはその都で、何でも屋として働いていた。

夢での出来事を思い出すと、不思議な気分になる。
茶でも淹れてから冷水で顔を洗おうと、パソコンを一旦スリープモードにしてから、ディスプレイを閉じる。
ドクオは席を立ち、部屋から出た。
台所に向かう途中、風呂からは銀が風呂に入っている音が聞こえたので、洗顔は時間が経ってからする事にした。

茶葉があることを確認してから、ドクオは、ふと思いついた。
千春の分の茶を淹れても、迷惑ではないだろうか。
ヤカンに二人、いや、三人分の水を入れて火を点けた。
どうせなら、皆の分を淹れようと思ったのだ。

"ポットに一杯"の紳士的な精神は無いので、丁度人数分でいいのだ。
湯が沸くまでには時間がある。
一応、千春に確認を取る事にした。
彼女の部屋の前に行き、三回ノックする。


('A`)「ねーちゃん、お茶飲む?」


すると、中から千春が返事をした。

从´ヮ`从ト「おう、飲むぜ!」

('A`)「分かった」

247 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:42:01.61 ID:mas1RMMR0

台所に戻る。
三人分のマグカップを出して、二人分のカップに砂糖を大さじ一杯入れた。
これは、ドクオと千春の分だ。
陶器のティーポットに紅茶のティーバッグを二つ入れ、準備を整える。

腕を組んでお湯が沸くのを待つ間、ドクオは考えた。
気を抜くと、意識が何処かに飛んで行きそうになる。
頭を振ってそれを吹き飛ばした。
今は紅茶の事だけを考えればいい。

そうこうしていると、湯がガラガラと音を立てて沸いた。
火を止めて、ポットに注ぐ。
蓋をして、また、腕を組んで待った。
今度は、意識が何処かに飛ぶような錯覚に襲われなかった。

現実感が、どうしても湧かないだけだ。
こうして茶を淹れている時でさえ、それは変わらない。
朝から、ずっとこうだった。
全てはあの夢のせいだとしか思えない。

どうして、あんな夢を見たのか。
原因となる事は、何一つとして記憶にない。
前夜にジェームズ・ボンドの映画を見た訳でも、ハードボイルド小説を読んでもいない。
自分でも気付いていない、心にある憧れだろうか。

分からない。
理由を探れば探る程、思考に掛かる靄は濃度を増した。
後少しで、何かを思い出せそうな気がしてならない。
日常生活に影響が出る夢なら、今すぐにでも忘れたい。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:45:07.70 ID:mas1RMMR0
ところが、忘れようにも、狼牙との約束がある以上忘れるわけにもいかない。
事ある毎に、夢の情景がフラッシュバックの様に蘇る。
いち早く狼牙との約束を果たして、あの夢を忘れたかった。
ポットから各自のマグカップに、静かに紅茶を注ぐ。

イ从゚ ー゚ノi、「ほう、紅茶か」

風呂から出て来た銀が、注ぎ終えたばかりの自分のマグカップを手に取った。

('A`)「あ、姉さん。
   そうだよ、丁度良かった」

イ从゚ ー゚ノi、「ありがとう、ドクオ。
       さぁ、やることがあったのじゃろう。
       後回しにしても、楽なのは今だけじゃぞ」

ぽん、と背中を叩かれてドクオは送り出された。
自分と千春の分を持って、ドクオは一先ずリビングを抜けて千春の部屋に向かった。
両手が塞がっているので、声を掛ける。

('A`)「ねーちゃん、茶がはいったよ」

从´ヮ`从ト「おーう。
       入っていいよー」

脚で扉を押し開ける。
布団の上で、千春は寝そべって本を読んでいた。
ブックカバーに覆われ、何を読んでいるのかは分からなかった。

('A`)「ほい」

252 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:50:42.35 ID:mas1RMMR0
从´ヮ`从ト「どもども」

身を乗り出してカップを受け取る。


从´ヮ`从ト「ありがとね、ドクオ。
       やること、あるんでしょ?
       諦めないでちゃーんとやるんだよ」


二人とも、ドクオが何かの作業をしているのを察していた。
顔に出ているのだと思い、ドクオは苦笑して部屋を出た。
風呂に入るのは、少し後になりそうだった。
部屋に戻って、パソコンの横にマグカップを置く。

一先ず、キリのいい所まで書いてから、風呂に入る事にした。
スタンバイ状態を解除して、また、あの白紙に戻る。
啜る様に紅茶を飲むと、文字が頭の中に浮かび上がった。
情景を書く。

暗い様子を表す為に。
底無しの暗さが溢れた情景を。
文字が、少しずつ白紙の上に現れる。
頭の中に、夢で見た景色が鮮明に蘇った。

気付けば、情景の描写が終わっていた。
拙い表現だが、ドクオが見た夢の、大まかな部分はこれで書けた。
ここで、もう一つの問題がある事に気付いた。
名前を考えていなかったのだ。

255 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:55:22.37 ID:mas1RMMR0


一応、狼牙が小説の様な形式と言った以上、タイトルが必要だった。
まさか、人生でこのような経験をする事になるとは。
だが、それもこれも、狼牙のためだ。
頭を一つの単語がよぎる。


歯車。
一際強く、思考がぼやけた。
しかし、これがまた妙にしっくりとする。
数行改行して、その単語を打ち込んだ。


足りない。
これだけでは、不十分だ。
狼牙の為にドクオが書く物語は、その単語だけに収まりはしない。
だから、ドクオは皆が夢の中で呼んでいた舞台の名前を使う事にした。





ドクオは遂に、タイトルを打ち終えた。
こうして、これから先、ドクオは長い時間を掛けてこの物語を書いて行く事になるのだろう。
狼牙との約束を守る為に。


              あの、夢の話を書いて行くのだ―――

262 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 00:59:09.67 ID:mas1RMMR0










      ('A`)と歯車の都のようです

         最 終 第 三 部
           【終 焉 編】
          -Episode Final-

            『Gear』
            Image song








266 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 01:04:34.30 ID:mas1RMMR0












                 否。

               断じて否。















271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/03/30(水) 01:10:29.39 ID:mas1RMMR0









      ('A`)と歯車の都のようです

         最 終 第 三 部
           【終 焉 編】
          -Episode Final-

            『Gear』
            Image song
     『戦う君よ』THE BACK HORN

ttp://www.youtube.com/watch?v=rgBoyDCJEi8&playnext=1&list=PLAE7C9CFC57C08BD9











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