('A`)と歯車の都のようです

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 14:44:06.22 ID:pY+tth2Q0

始まりの歯車としての生を受けたクールノーは、産まれて暫くの間自我と呼べる物を持っていないに等しかった。
機械的な教育を受け、それが自然だと教えこまれた。
膨大な数の知識を一度に教えられ、それをすぐに実践に移す事が出来た。
一つの情報が十になり、やがては百の知恵となる。

ノリル・ルリノに言われた通り、彼女は始まりの歯車として全ての歯車を完璧に管理していた。
ナノギアを含めれば、一遍に管理する情報は最低でも数百兆を下らない。
見たくもない物、知りたくもない物までも管理しなくてはならず、精神的な苦痛にしか感じられなかったと、クールノーは語る。
無論、それを拒絶する事は不可能であった。

彼女の体にとってそれは、呼吸をするように、瞬きをするように自然な行為。
抗いようがない苦痛に苛まれながら、クールノーは文句一つ言わずにその役割を果たし続けた。
一時間、一日、一週間、一ヵ月、そして一年が過ぎると、何も考えないように努めた。
外の景色を眺める事は無かったが、一度だけ見た青空は、しっかりと脳に記憶されていた。

10年が過ぎ、20年が過ぎた。
自分と云う概念が消え、何も考えない事が普通になった。
しかし、変化が訪れ始めている事には気付いていた。
明らかに、ノリル・ルリノの精神が病み始めていた。

疑心暗鬼になり、情緒不安定の状態が続いた。
その姿を見て、クールノーは少しずつ学習を続けて行った。
孤独がもたらす影響。
傲慢さに隠れる人間の弱さ。

誇りや名声の価値。
心の脆さ。
どれだけ優れた才能を持つ人間でも、孤独には勝てないのだと云う事を知った。
一応、クールノーは変わり果てたノリル・ルリノの身を地下深くに作られたシェルターに移し、そこで世話をする事にした。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 14:48:04.99 ID:pY+tth2Q0

しかし、近付くだけで怯えた眼を向け、何をしてくるか分からなかった為、近付かないようにした。
流動食のような物に、ノリルが開発した体調管理用のナノギアを混ぜ、食べさせた。
その他一切の世話はせず、極力殺さないように努めた。
だがある日、唐突にその考えが浮かんだと、話を続ける。

ナノギアの制御に関して、どれだけの制限が掛けられているのだろうか、と。
自己進化の欲求から、クールノーはそれを試してみることにした。
一日毎にナノギアの働きに変化をつけ、ノリル・ルリノの体調の変化を観察した。
それは、面白いぐらいに結果を得られた。

罪悪感を覚えることも無く、クールノーはノリル・ルリノの望んだ通りの進化を続けた。
少しずつ、少しずつ。
自らを偉大と称する天才科学者は、全く予期しなかった形でその体と心を蝕まれていった。
分かった事が一つあった。

殺さない程度なら、確かにナノギアはクールノーの思いのままに動かせる。
精神を病むのは、彼女の責任にはならない。
制限が掛かる場合、それ以上動かす事が出来なくなった。
これ以上目ぼしい成果が得られないと分かると、その日の実験はそこで終わった。

クールノーの容姿は、二十代後半で完全に成長が止まった。
遺伝子に細工をされていた事が、自己分析の結果分かった。
それから時が流れた。
得られる実験の結果が無くなり、何も得られない日が続いた。

そして、何年経ったかも忘れた日の夜。
歯車王と謳われる女の白髪は不毛地帯に生える雑草の様で、その下に見える顔は地割れの痕の様に見えた。
最早、そこに居たのは嘗ての栄光に眼を輝かせるだけの汚らしい豚だった。
初めて、クールノーは嫌悪感を抱いた。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 14:52:00.10 ID:pY+tth2Q0

ノリルが籠っていた部屋の床は、一面糞尿で汚れていた。
あまりにも酷い光景と匂いに、眉を顰め、眼を逸らした。
部屋の中心で、ノリルはのたうちまわり、絶叫を上げていた。
体調管理に使うナノギアからは、様々なデータが伝わって来る。

そろそろ終わりだと云う事が、はっきりと分かった。
悶絶して、眼を大きく見開いて、ノリル・ルリノは死んだ。
自ら垂れ流した糞尿に埋もれて。
その光景を見た瞬間、クールノーの中にある始まりの歯車に変化が起きた。

何か、重い枷が外れたような開放感が彼女を満たした。
ノリル・ルリノの死を見届けたクールノーは、その事実を少し湾曲して表に流した。
偉大な天才の死を多くのメディアが報じている間、クールノーは例の部屋をコンクリートで埋めていた。
あそこまで糞尿が蓄積して匂いが染みついた部屋は、必要無かったからだ。

常に何かの処理をしている事にも慣れ、別の事を計画するだけの余裕ができた。
何を計画するかは、全く考え付かなかった。
そこで、クールノーは密かに城外に出て都の様子を見て回る事にした。
一人の女性としての見た世界は、全てが新鮮だったと、嬉しそうに話を続けた。

文献や知識として知っていても、実際にそれを体感するのとでは大きな差がある。
出来るだけ目立たないよう、彼女はその生活を楽しんだ。
工芸品を見て回ったり、雑誌を読んだりもした。
読書は新しい知識を与えた。

だが、どうしても分からない事があった。
小説に見られる、感情の描写だ。
喜怒哀楽が、どのような時に見られるのかは分かる。
しかし、それがどのような気持ちになるのか、実際にどれが喜怒哀楽と呼ばれるのか、経験が無かった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 14:56:39.77 ID:pY+tth2Q0

都には煌びやかな物が溢れていたが、どうしてか、寂しさが付き纏っていた。
五年程そうして見て回って、少し分かった気がした。
一人だからだ。
文字通り、クールノーの周りには誰もいない。

城へ帰っても、誰もいない。
その孤独が嘗てノリル・ルリノを狂わせた事を思い出し、どうすればいいのかを考えた。
家族が、欲しかった。
何か有益な情報をノリル・ルリノが残していないか、研究室に残された研究結果の資料などを調べて回った。

資料が残されていた部屋城の一階にあり、そこには綺麗な状態で資料が保管されていた。
日付順に並べたファイルや、その資料には写真や考察も書かれている。
ここに、ノリル・ルリノの全ての成果があると言っても過言ではないと、クールノーは確信した。
一日で全てを見て回るのは不可能と判断して、一つずつ資料を手にとって、それを隅々まで読んだ。

目的を叶える物を見つけ出したのは、一週間が経過した時だった。
特殊な溶液で保存された、実験の材料の存在。
クックル、ビロード兄弟、ショボン、そしてまだ生まれていないシャキン。
保存されている場所は、その研究室に繋がっている別室だった。

すぐにでも見てみたいと思い、クールノーはその部屋に向かった。
埃っぽく薄暗い部屋には、薄く青白い光を放つ4つの円柱の水槽があった。
その水槽の中には、胎児の様に体を丸めている人間がいた。
彼等の容姿はクールノーと同様、それぞれにばらつきはあるが、二十代で完全に止まっていた。

長い間放置されてはいたが、装置は機能していた。
生きているのか死んでいるのか、それは分からない。
皆、眠っているかのように眼を閉じ、身じろぎ一つしない。
保存状態の大変いい死体かもしれないし、そうでないかもしれない。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:00:21.75 ID:pY+tth2Q0

コンマ1秒だけ考え、四人をその状態から解放する事を選んだ。
駄目なら駄目で、諦めるだけだった。
解放用のスイッチを押すと、水槽の中の液体が急速に排出された。
水槽の底に丸まっていたが、背中が動いていて、呼吸していた。

生きていた。
体温が低下している事が分かり、四人の体を、副椀を使って運ぶ事にした。
困った事に、寝室が自分の分しかなく、寝具もそれしか持っていなかった。
一先ず自分の部屋に四人を寝かせてから、暖炉に火をくべた。

必要な物をすぐに考え、買い物に出かけた。
食事と衣服、そして寝具の一式を買い揃えなければならない。
寝具を売っている店に行き、服屋に行き、そして食料品店に向かった。
巨大な袋に全てを満載して、それを軽々と持ち上げる。

意図的に濃霧を発生させて、目立たない様に城へと持ち帰った。
帰って来ると、部屋はだいぶ暖まっていた。
四人は穏やかな寝顔を浮かべ、身を寄せ合って寝息を立てている。
ショボンとビロード兄弟が寝ている間に衣服を着せても、三人は起きなかった。

問題が一つ起きてしまった。
クックルの体が巨大過ぎて、服が入らなかったのだ。
裁縫の知識は何一つ知らず、どうすればいいのか困った。
考えた末、服を巻きつけることで解決させた。

買ってきた高級羽毛布団を上に掛けると、中々様になった。
家族と言っても、クールノーは何が家族なのか、その定義が分からなかった。
血が繋がっている事が家族の定義であれば、ノリル・ルリノはクールノーの母親と云う事になる。
しかし、何一つそれらしい事は教えられず、家族として認識されてもいなかった。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:05:57.33 ID:pY+tth2Q0

つまり、血の繋がりはそれほど重要ではないと分かった。
その日は、答えが分からないまま過ぎた。
四人が眼を覚ましたのは、翌日の昼過ぎの事だ。
最初に起きたのは、ショボンだった。

(´・ω・`)「……?」

目の前の光景を理解できていない様子だった。
二人目と三人目は、ビロード兄弟だった。

( ><)「……?!」

( <●><●>)「……??」

この二人も、理解できていなかった。
二人は四人の中でも、容姿が最も若い。
最後は、クックルだった。

( ゚∋゚)「……」

茫然としていた。
今自分の身に起きている状況を理解できる者は、誰もいなかった。
言語の習得率はどの程度か、確認する必要がある。
話しかけようとした時、四人がほぼ同時に咳込み、赤黒い血を吐いた。

冷静に状況を把握する間にも四人は苦しみ、白い布団が血で汚れた。
あの装置に問題があったとしか思えない。
実験もせずに運用したのだと、容易に想像がついた。
原因が分かったものの、どうすれば彼等を救えるのか。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:09:31.87 ID:pY+tth2Q0

考えている間にも彼等は苦しんでいる。
確実に救える方法を模索して、一つ見つけた。
自分が持つ知識を利用して、彼等にある手術を施すのだ。
現在、クールノーの体に施されているのと同じ技術を使えば、或いは。

迷っている時間は無かった。
都に漂っているナノギアの一部を利用して、瀕死の状態の彼等にその手術を施した。
体の内部に入り込んだナノギアは、足りない部分を補い、弱い部分を強くする。
彼等の体内は全ての臓器が限界に達していた為、殆どをナノギアで補強しなくてはならなかった。

この手術は後に、機械化と呼ばれる事になる。

手術は、数時間で終わった。
同意なしで行ったが、判断に間違いはなかった。
こうして、四人はクールノーと同じ体になった。
寿命では決して死なず、老いることも病む事もない体へと。

改めて眼を覚ました四人は、誰も文句を言わなかった。
それよりも、今の状況を知りたがっていた。
状況を説明すると、ショボンが尋ねてきた。

(´・ω・`)「僕達は、生きても良いのですか?」

川 ゚ -゚)「……」

クールノーは、答えに迷った。
ここで頷く事も出来るが、首を横に振る事も出来る。

川 ゚ -゚)「お前達は、生きたいのか?」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:14:06.72 ID:pY+tth2Q0

だから、尋ね返す事にした。

(´・ω・`)「はい。
     僕は、永遠で無くても良い。
     生きて、いろんな物を感じてみたいです」

( ><)「僕も永遠じゃなくても良いから、生きたいんです。
      生きて、いろんな物を知ってみたいんです」

( <●><●>)「私もです。
        生きて、いろんな物を理解したいです」

( ゚∋゚)「おいどんもでごわす。
    生きて、いろんな物に触れてみたいでごわす」

生まれながらに不要の烙印を押され、強制的に眠らされ、その上、起きてみれば瀕死の状態だった。
確かに、自らの生を否定されたと思うのも無理はない。

川 ゚ -゚)「生きたいのならば、生きればいい」

それから。
互いの自己紹介を済ませ、彼等は家族としての生活を始める事になった。
家族とは何かも分からなかったが、皆、それを求めていた。
クールノーとて例外ではない。

幸いにして、時間は沢山あった。
各々がやりたい事を、出来る範囲で助け合って、実現して行った。
損得勘定で動く者はおらず、互いの為に手助けする事が、嬉しかった。
これが、家族だとクールノーは何となく理解した。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:18:00.12 ID:pY+tth2Q0

見ず知らずの人間と話す方法を彼等は誰も知らず、友人は一人もいなかった。
友人とは何かも知らなかった。
クールノー達は人間的な事を除く多くの事を知って、その時代に適応するだけの知識を得た。
外で知った事、経験した事を家族で共有する事が、いつの間にか楽しみへと変わっていた。

一方で、体内に組み込まれた始まりの歯車によって、クールノーは都を統治するべく動かざるを得なかった。
別に、これは苦痛でも何でも無かった。
ノリルがいなくなれば、自動的にこうなる様に最初から仕組まれていた。
やる事は簡単だった。

ただ、名乗りを上げればよかったのだ。
新たな歯車王として名乗り出る時に、素顔が知られるとリスクが生まれる。
音声を変え、素顔を隠す仮面を作り、それを被った。
周囲の反応は予想していたが、より効果的に自分の存在が認められる為に、その時は確たる証拠を提示しなかった。

人間らしさを取り戻しつつも、始まりの歯車は常に思考に横槍を入れて来た。
より効果的に。
より効率的に。
何を考えるにしても、もう一つの意識があるかのように、常にそれが割り込んでくる。

極力思考から排除しようとしても、それはどうしようもなかった。
自分の意志とは無関係に、始まりの歯車の意志が優先された。
十分な間を開けて、効果的な演出の準備が整い、クールノーはナノギアの存在を世に発表した。
始まりの歯車が世間に知れ渡ってから、この時、約100年の月日が経過していた。

ナノギアの発表から、長い時が過ぎ去った。
悠久とも思える時間の中で、クールノー達はやるべき事を効率的にこなし、空いた片手間で家族との時間を楽しんでいた。
まだ、何かが足りないままだった。
全てが変わる出会いが彼女の身に起きたのは、今から63年前の事で、その日の事を、クールノーは鮮明に記憶している。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:22:02.05 ID:pY+tth2Q0
裏社会と表社会が共に繁栄する一方で、犯罪の数が増え、都の治安が悪化していた。
幾らノリルの法律があろうとも、都に居る警察は仕事をしていなかったのだ。
クールノーとしては、どのような形であれ、発展さえしてくれればそれでいいと云う考え方をしていたので、困らなかったのだが。
一応、その辺りに手を抜くと問題が起き、後々で面倒な事態に発展しかねない。

そこで街に赴き、どのような対策をすべきか考える事にした。
表社会をどうにかするのは簡単な話だったが、裏社会を統治するのは困難を極める。
無法者、恐れを知らない愚か者の集まり。
ヤクザやマフィアが闊歩する、混沌の社会だ。

未知が溢れるその社会の統治は、久しぶりに手に入れた難題だった。
裏通りに足を運んで周囲を眺めている内、迂闊にも道に迷ってしまった。
日常的に建物が増えては減り、一日として同じ風景を保てない。
ナノギアのおかげで地理を把握しているつもりだったが、どうやら読み違えたようだ。

地図に頼らず、自分の眼で見て回る事も悪くないと思い、クールノーはそのままでいた。
そんな時だ。
一人の少年がクールノーの前に現れたのは。

川 ゚ -゚)「……どうした、少年」

時折現れる物乞いや、強盗の類では無かった。
何かを求めるような眼では無く、その眼は、澄んだ黄金色をしている。
身なりは綺麗で、健康状態も悪くない。
裕福な家庭か、それに準ずる家の育ちだろう。

少年は、無言でクールノーに近付いて手を差し伸ばしてきた。
この少年は、何をしたいのだろうと、クールノーは考えた。

川 ゚ -゚)「……」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:26:07.67 ID:pY+tth2Q0

「……お姉さん、迷ったんですか?」

訛りの無い、綺麗な公用語だった。

川 ゚ -゚)「そうだ」

「何処に行きたいんですか?」

川 ゚ -゚)「家だ」

「家はどこですか?」

川 ゚ -゚)「秘密だ」

「……むぅ」

少年は困った様に俯いて、だがしかし、その手は戻さなかった。
意外と、諦めが悪そうだ。

「でも、お姉さん困ってます」

川 ゚ -゚)「そうでもない」

何時でも地図を参照して、現在地を把握する事が出来る。
その気になれば今すぐにでも帰れるが、今はそうしないだけ。

川 ゚ -゚)「どうして、私に話しかけた?」

「……困ってそうだったので」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:30:00.71 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「勘違いだ」

どう接していいのか分からず、意識せずして、クールノーの口調は冷たい物になっていた。
別に悪気があった訳ではない。
接し方が分からなかっただけだ。
そんな事を、発対面の少年が知る由もない。

「ううっ……」

川 ゚ -゚)「別に咎めている訳ではない。
     そんな顔をするな、少年」

しゃがんで目線の高さを合わせ、そう言った。
と、同時に、クールノーは少年の浮かべた表情の微細な変化に気付いた。
怯えの色が、僅かに浮かんでいた。

川 ゚ -゚)「何故怯える。
     怯えさせてしまったのならば、謝罪しよう」

「ち、違う。
お姉さんは悪くないです」

首を横に振って、必死に否定していた。

川 ゚ -゚)「気遣いなら無用だ」

「本当です」

川 ゚ -゚)「そうか」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:33:16.53 ID:pY+tth2Q0

「はい」

会話が途切れた。
ようやく、少年は伸ばした手を戻した。
服の裾を掴んで、意を決した様に口を開いた。

「あの」

川 ゚ -゚)「なんだ」

「僕の話、聞いてくれますか?」

川 ゚ -゚)「駄目だ」

「あぅ……」

分かりやすく落ち込んでしまった。
説明が不足している為、勘違いをされてしまったようだ。

川 ゚ -゚)「この場所では聞き耳を立てる者もいれば、覗き見る者もいる。
     少年、大切な話なのだろう。
     ならば、ここで話すのは利口では無い。
     だから駄目だと言ったのだ」

今度は、クールノーが手を差し伸べる番だった。
身体能力の差が、逃げる際に支障をきたすからである。
別に逃げる必要はないのだが、孤独の王が起動すると後が面倒だ。
正体を知られてしまえば、都を見て回るのが困難になる。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:36:25.97 ID:pY+tth2Q0

伸ばした手を、少年が恐る恐る掴んだ。
初めての握手だった。

川 ゚ -゚)「……」

温かな体温が、手を通じて伝わった。
鋼鉄の心かと思ったが、どうやら、そうではない事が分かった。
立ち上がって、周囲に脅威がいない事を確認する。
武器を持った人間は、いなかった。

川 ゚ -゚)「どこか、落ち着いて話せる場所を知らないか?」

離さないよう、握る手に力を入れた。

「喫茶店、とか?」

川 ゚ -゚)「いいだろう。
     案内してくれ」

名も知らぬ少年に手を引かれ、クールノーは裏通りにある一軒の喫茶店を訪れた。
裏通りにある喫茶店にしては、比較的綺麗なものだった。
愛想笑いを浮かべる店員に二人だと告げ、窓際の端の席に連れて行かれた。
手を離して向い合って座るのかと思ったが、少年は手をつないだままクールノーの横に座った。

拒絶する理由が無いので、そのままでいた。

川 ゚ -゚)「何を頼む?」

「え、い、いいです……」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:39:35.17 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「そうか、ならば水でいいか?」

「……うぅっ。
やっぱりオレンジジュースで」

川 ゚ -゚)「私もそれにしよう」

二人分の注文は、滞り無く届けられた。
グラスに注ぐ場所がここからでも見える距離と場所にあるので、早いに決まっている。
濃縮還元のオレンジジュースはよく冷えていた。
外は寒いが、店内は暖房が効いていて、冷たい飲み物も苦にならない。

注がれたジュースを三分の一ほど飲んでから、少年は切り出した。
相槌もせず、クールノーはその話を聞いた。
聞けば、少年は高名な医者の一人息子らしい。
さして興味もない医学の勉強を強要され、跡取り以外の選択は無いと言われているそうだ。

そして、少年はそれが嫌で嫌で仕方がないと云う。
あの場に居たのは偶然で、塾の帰りだったようだ。

川 ゚ -゚)「嫌なのか、医者が」

「嫌、じゃなくて、なりたくないんです」

川 ゚ -゚)「確かに激務だが、年収はいいぞ。
     将来性はあるし、患者に感謝される」

「僕、もっと別の事をやってみたいんです」

川 ゚ -゚)「やればいいじゃないか」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:45:01.47 ID:pY+tth2Q0


「でも、そんな事、父様は許してくれない……」

川 ゚ -゚)「やりたいことは、誰かが許可をしなければならない物なのか?」

その辺の常識を、クールノーは知らない。
自分に経験がない以上、問うたのである。

「そ、そんなことはないです、けど……」

川 ゚ -゚)「私は知らないが、少なくとも法で定められてはいない。
     破った所で、誰も咎めないぞ。
     罰則も無ければ、補導もされない」

「……」

川 ゚ -゚)「やりたければ、やればいい。
     やりたくなければ、やらなければいい。
     実現するかどうかは知らないが、選択するのは自分自身だ。
     その権利は、少年にあるのではないか?」

少年は、正に目から鱗が落ちたような顔をしていた。

「選ぶ、権利……」

その言葉を反芻して、少年は眼を輝かせる。

川 ゚ -゚)「……」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:48:24.80 ID:pY+tth2Q0
これ以上言う事も無いので、クールノーはその様子を観察する事にした。
子猫の様な毛並みで、気弱そうなこの少年。
この先、どのような成長を果たすのか、少し、楽しみになった。

「僕、今、やりたいことが出来ました」

川 ゚ -゚)「ほぅ。
     私に教えてくれるか?」

「お姉さんの役に立ちたいです!」

元気のいい、子供らしい声だ。
無垢な眼差しに、心がくすぐったくなった。

川 ゚ -゚)「そうか」

「何か、困ってる事ありますか?」

どこから取り出したのか、少年は紙と鉛筆を構えていた。
言っても問題はないと判断して、少年にだけ聞こえる声量で、ゆっくりと言った。

川 ゚ -゚)「この辺りが、もう少し統制されて欲しい事かな」

「と、う……えっと」

川 ゚ -゚)「と、う、せ、い、だ」

単語の一つ一つを書き記し、それを読み返しては頷いている。
ぱぁ、と表情が明るくなっていた。
自分の口元が、微笑の形を浮かべている事に、クールノーは気付かなかった。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:51:13.35 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「そうだな、もし少年が手助けしてくれたら、少年が知りたい事を何でも一つだけ教えてやろう」

「ほ、本当ですか!」

川 ゚ -゚)「本当だ」

「お姉さん、今日はありがとうございました」

川 ゚ -゚)「あぁ。
     気にしなくていい」

クールノーは自分が少年に興味を持っている事に気付き、何気なく尋ねる事にした。

川 ゚ -゚)「少年、名は何だ?」

「名前、ですか?」

川 ゚ -゚)「いつまでも、少年、ではおかしくはないか?」

「ま、また逢えるんですか?」


川 ゚ -゚)「そうだな、逢えるかもしれないな。
     私は、クールノーだ」


「僕は……」


46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:55:11.99 ID:pY+tth2Q0











                少年は口にする。

        後に、裏社会の頂点に君臨する者の名を。




            「杉浦、杉浦・ロマネスクです」











50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 15:59:14.10 ID:pY+tth2Q0

気の弱そうな少年の名を、クールノーは覚えた。
時の流れが気になり始めたのは、この頃からだった。
以前までは一時間も一日も同じ感覚だったが、ロマネスクと出逢ってからは、それが変わった。
彼の成長を、見届けてみたいと思う様になったのだ。

初めてかもしれない感情の正体も、まだ、分からなかった。
それから、10年が経過して、一つの変化が起き始めた。
裏社会の様子が、少しばかり変わって来たのだ。
なんでも、新しい組織が誕生して、クールノーが都を統治する上で邪魔な組織を、それこそ片っ端から潰していると云う。

組織の若き首領は、17歳の青年だとか。
その組織の名を聞いた時、クールノーは驚いた。
ロマネスク一家。
首領の名前は、杉浦・ロマネスク。

あの、気弱そうな少年の名前と同じだった。
一目見てみたくなり、クールノーはその姿を見る為に都に出かけた。
裏通りは10年前よりも安定した治安の悪さを維持していて、これなら統治はしやすいと言える。
これらが全て、ロマネスクの影響だと思うと、どこか誇らしい気持ちが湧き上がってきた。

人眼を掻い潜って、クールノーはロマネスク一家の本部へ向かった。
作られてから数年しか経っていない組織だったが、その建物は立派な佇まいだった。
警備の人数は少なかったが、彼らが皆戦いに慣れているのは良く分かった。
体の周囲にナノギアを集め、光学不可視化迷彩と同じ効果を作りだし、姿を消した。

背の高い柵を助走無しで飛び越え、音も無く着地。
難無くロマネスク一家の本部へと潜り込み、ロマネスクを探した。
一番奥の部屋に向かい、扉を開く。
そこに居たのは、あの日少年が浮かべていたのと同じ眼をした青年だった。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:03:05.33 ID:pY+tth2Q0

これが、あの気弱そうな少年だとは、想像もつかなかった。
だが、その黄金色の瞳に宿る光は同じ。
面影が僅かだが残っているが、多くの戦いを経験したからだろう、刃の様に鋭い顔つきになっていた。
机の上に広げた書類に向けていた眼を、誰の姿も無いのに独りでに開いた扉に向ける。

ナノギアの効果で姿は完璧に消してある。
激しい動きでもしない限り、その姿は視認されない。

「……誰だ?」

しかし、ロマネスクは気付いた。
人の姿の映っていない空間を睨み、椅子から立ち上がる。
ピンと伸ばした背。
まだ若さの残る顔には、敵意や殺意は滲み出ていない。

「そんな所に居ないで、こっちに来たらどうだ?」

壁際に置いてあった客用の椅子を手にとって、それを部屋の真ん中に運んだ。
それを手で勧める。
攻撃する意思がない事を示す様に、ロマネスクは両手を上げて数歩下がった。
跫音を立てないよう、静かに近付き、座った。

椅子が軋む音さえしない。
少しの間を開けて、クールノーは声を発すると同時に偽装を解除した。

川 ゚ -゚)「久しぶりだな、ロマネスク少年」

「……お、おぉっ!
クールノーさんではないか!」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:06:16.12 ID:pY+tth2Q0

少年の様に顔をぱっ、と明るく輝かせて、ロマネスクはクールノーに小さなその手を差し出した。
今度は、しっかりと握手を交わした。

「本当に久しぶりだ、あぁ、本当に。
十年ぶりだと云うのに、貴女は変わっておられぬな」

川 ゚ -゚)「まぁな」

例え10年経とうが、100年経とうが、今の容姿から変わる事はない。
最も身体能力が高い時期で容姿の成長を止める事によって、能力を高いまま維持する事が出来る。
これも、ノリルの研究所にあった書類に書かれていた。

「貴女のおかげで、今の吾輩があるのだ。
本当に、心から感謝している」

川 ゚ -゚)「そうか。
     まさか、あの時の少年が一組織の首領になるとは驚きだ。
     世の中は何が起こるか分からんな」

「あの時、役に立ちたいと言ったではないか。
あれから、我輩なりにこの裏社会を統治する方法を考えたのだ。
それが、これだ」

川 ゚ -゚)「……本気だったのか」

「馬鹿だと言って、笑ってくれてもかまわん。
だがな、我輩は……」

川 ゚ -゚)「馬鹿にする理由がない」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:09:12.93 ID:pY+tth2Q0

「本当か?」

川 ゚ -゚)「あぁ、本当だ。
     これでも褒めている」

医者の家系から、マフィアの首領になるのは、生半可な覚悟と努力では実現しない。
ある種の才能と、実力を兼ね備えた者でなければ、この年齢で首領など夢のまた夢。
大人数の猛者を引き従えると云う事は、人を惹きつける何かがロマネスクにはある。
ロマネスク一家は、この先、今よりも成長する事だろうと、クールノーは考えていた。

「そうか、それは嬉しいな。
ところで、あの時の約束はまだ有効なのだろうか?」

川 ゚ -゚)「知りたい事を一つ、だったな。
     いいだろう」

本来なら自分の仕事であったが、それを手伝ってもらったのは間違いなく事実だ。
交換条件は成立している。

「……お主は、何者なのだ?」

川 ゚ -゚)「……」

答えるのは容易だ。
だが、この時、クールノーは二つの意味で恐れていた。
正体を答える事によって、今の関係が崩れる事。
もう一つは、正体が知れ渡る事によって今の生活が困難になる事。

どちらかと言えば、前者の方が厭だった。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:14:43.82 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「何故、そんな事を知りたい?」

誰かの弱み。
秘密。
都と歯車に関わる全てを、クールノーは知っている。

川 ゚ -゚)「大金を得る様な情報や、誰かを貶める情報も私は知っている。
     私の事なんかより、もっといい情報を選んでいいのだぞ」

「それでも、我輩はお主の事を知りたいのだ。
実はこの十年、我輩なりにお主を調べていたのだが、謎が多すぎてさっぱり分からなくてな。
なんだか……」

川 ゚ -゚)「……」

「距離が遠い気がして、少し、寂しいのだ」

川 ゚ -゚)「寂しい?」

「お主は、我輩の憧れの女性だ。
我輩は、そんな女性と少しでも近い場所にいたいと思う。
おかしいだろうか?
あ、勿論、嫌なら答えなくても構わない」

再び、クールノーは考えた。
何を言っているのか、理解できなかったからだ。
寂しいと云う感情が、どのような気持ちになるのか。
文献でしか知らない。

川 ゚ -゚)「済まない、その寂しいと云う感情が私には分からないんだ」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:17:50.11 ID:pY+tth2Q0

「ん?」

川 ゚ -゚)「私は、感情が何たるかを文字では知っている。
     だが、分からないんだ」

「むぅ、クールノーさんも大変だったのだろうな」

川 ゚ -゚)「そう、だな」

「我輩では、支えにはなれないか?」

若いが、苦労を知らない筈がない。
先程握手した時、掌の皮が一部硬化しているのを知っている。
裏でこそこそとやらずに、現場で仕事をしてきた事を雄弁に物語っていた。
嘘を吐いてもクールノーにはすぐに分かる。

今のロマネスクは、嘘を吐いていなかった。
彼なら或いは、とクールノーは考える。

川 ゚ -゚)「どうだろうな」

「無理に、とは言わない。
我輩の恩人に、その様な事が言える筈がない」

気遣われていると分かる度、心が締め付けられる様に痛んだ。
分からない。

川 ゚ -゚)「……いいだろう」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:21:07.51 ID:pY+tth2Q0

心が、頭より先に行動を起こさせた。
その行動は、クールノーの気持ちを楽にした。

川 ゚ -゚)「耳を貸せ」

言われるがまま、ロマネスクはクールノーに近付き、耳を寄せる。
誰にも聞かれないように、囁く。

川 ゚ -゚)「私は―――」

それから、クールノーはロマネスクに全てを話した。
歯車王である事と、始まりの歯車である事。
共に歯車城で生活する家族がいる事。
全てを言い終えると、胸に引っ掛かっていた何かが取れた気がした。

「……そう、だったのか」

川 ゚ -゚)「信じるのか?」

「信じるとも」

少なからず、ロマネスクはショックを受けてる様子だった。
残念だが、これでもう、ロマネスクと会う事は無いだろう。
そう思った時だった。

「では、我輩と一緒に飯を食いに行かないか?
丁度今、一仕事終わった所でな」

川 ゚ -゚)「飯?」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:24:03.49 ID:pY+tth2Q0
「うむ。
なら、その失った分の人生を取り戻す手伝いを、我輩がしようではないか」

川 ゚ -゚)「何が言いたい」

「以前は、我輩がクールノー殿に人生を救われた。
いや、生きる意味を与えられたと言うべきだな。
だから、今度は我輩の番だ。
なんなら、お主の家族も一緒に行こう。

そうだ、それがいい。
飯は大勢で食った方が美味いからな」

川 ゚ -゚)「人数で飯の美味い不味いが決まるものなのか?」

「そうだとも」

きっぱりと断言した。
生き生きとした眼で、期待に満ちた表情を浮かべ、クールノーを見ている。

川 ゚ -゚)「私は喋るのに慣れていない。
     私といても、楽しくないぞ」

「そんなことはない。
今こうして一緒に居るだけで、我輩は十分楽しい」

川 ゚ -゚)「そうか」

予想もしていない方向に話が進んだ事に、クールノーは表情に出していなかったが、驚いていた。
好ましい方向に進む事を初めから計算していなかったのは、どうしてか。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:27:06.13 ID:pY+tth2Q0
「では、少し待っていてくれ」

そう言って机に向かい、机の上に置かれていた電話を取った。
内線番号だろうか、ボタンを一度だけ押す。

「我輩だ。
出かけて来るから、その間は任せたぞ」

受話器の向こうの相手の反応から察するに、隠語等の類を使ってはいない。
用件を伝え終え、ロマネスクは受話器を置いた。
いそいそと外套を着て、クールノーの前に戻ってきた。

「さぁ、出かけよう。
酒は飲むか?」

川 ゚ -゚)「飲んだ事がない」

「ならば飲んでみるか?」

川 ゚ -゚)「そうだな」

体験するのとしないとでは、また違ってくる。
この時、クールノーはロマネスクに興味を抱いている事を、改めて認識した。
姿を消したクールノーは、ロマネスクと共に本部を後にした。
店の場所が分かると、ショボン達に連絡を入れた。

6人で居酒屋の一室を貸し切って、初めて食事を楽しんだ。
酒は心の緊張を和らげ、気持ちが良かった。
クックルとショボンは酒が気に入っていたが、ビロード兄弟にはいまいちだった。
ロマネスクは、決して下に見たりなどせず、同じ人間としての立場で会話をした。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:30:05.61 ID:pY+tth2Q0

どんなに素朴で、常識的な質問にもロマネスクは真摯に答えた。
一つ一つ、丁寧な答えは、彼等が長年知らなかった疑問を解決していった。
結局、彼等は店の閉店時間を大幅に過ぎてからも会話を楽しんだ。
店はロマネスクの事を知っているようで、文句一つ言わなかった。

12時間以上も店で会話をしていたが、アルコールが廻ったのか、ビロード兄弟が眠ってしまった。
寝顔は、楽しげな表情のままだった。
初めて過ごした、家族以外との時間は彼等にとって忘れられない時間となった。
別れ際、ロマネスクは寝入ったビロード兄弟も含め、全員と握手を交わした。

最後は、クールノーと硬い握手を交わした。

川 ゚ -゚)「飯も美味かった、酒も美味かった。
     本当に、いい時間だった」

「我輩も楽しかった。
また合おう、クールノー。
……いや、これでは駄目だな。
友人らしく、クーと呼んでも?」

川 ゚ -゚)「友人?」

「お主だけでは無い、クックルやショボン、そして今は眠っているが、ビロード兄弟もだ。
迷惑だろうか?」

川 ゚ -゚)「いいや、構わない。
     これからもよろしく、ロマネスク。
     ところで、どうしてロマネスクは私にここまでしてくれるんだ?」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:33:16.51 ID:pY+tth2Q0

酒のせいか、ロマネスクの顔が赤い。
一目で分かるぐらいに焦り、一組織の首領らしからぬ慌てぶりを見せている。

「そ、その、だな……」

川 ゚ -゚)「……」

「ほ、惚れて、い、いるからだ」

川 ゚ -゚)「惚れる?
     誰に?」

「そそそ、それは、クーに決まっているだろう」

川 ゚ -゚)「……」

「いいいいいい、今のは忘れてくれ、後生だ」

飲み終わったのに、ロマネスクの顔は真っ赤だった。
喋っている途中で舌を噛んでいるのは、アルコールの影響からだろうか。
足取りはしっかりしているのに、不思議だ。
意外と酒に弱いらしい。

川 ゚ -゚)「忘れはしない。
     お前の言葉、しっかりと聞いたぞ、ロマネスク。
     返事は、私がその言葉を理解した時に改めてさせてもらおう。
     ここは、私もロマと呼ばせてもらうことにしよう」


71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:38:20.29 ID:pY+tth2Q0

産まれて初めて、クールノー達に友人が出来た。
これが今から53年前の事である。
何度も会って食事を重ね、6人の距離は近付いて行った。
その中で、クールノー達は感情を学ぶ事が出来た。

楽しい、と云う感情にも何種類もある事。
この日々があったから、クールノーは頭の片隅に何時もあった始まりの歯車の存在を気にしなくて済んだ。
以前よりは都の人間と話す機会が出来たが、顔を覚えられない様に務めた。
何10年も歳を取らないと、不審がられるからだ。

人間らしさを取り戻すにつれ、彼女は気付き始めた。
自分が、ロマネスクに惹かれている事に。
家族に感じるのとは別の、愛しいと云う感情が胸を締め付けた。
会える時間は少なかったが、忙しい間に暇を見つけては、ロマネスクは時間を割いてくれた。

どこかに待ち合わせをするようにしていたが、クールノーからロマネスクに会いに行く事によって、少ない時間を有意義に使う事が出来た。
一時、クールノーは自分が始まりの歯車である事を忘れた程、その時間は楽しかった。
楽しい時間は、長く続かないと云うのに。
それが起きたのは、ロマネスクが20歳の時だった。

いつものように会って話をしていた時、クールノーは不意に、嫌な予感を覚えた。
長らく本来の目的を果たしていなかった孤独の王が、起動体勢に入っていたのである。
予感では無く、それは予測に近かった。
人間の持つ六感的なものと、始まりの歯車として推測、推察、予期した結果だ。

メンテナンスか、何かの類だと思った。
始まりの歯車を防衛、保護する目的で備わった副椀は、本人が意図していなくても勝手に起動する。
散布されたナノギアから伝えられる情報を元に起動するが、今は、クールノーを狙う脅威を探知していない。
つまり、防衛目的以外での起動しか、その時の彼女には考えが浮かばなかった。

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:43:09.60 ID:pY+tth2Q0
ロマネスクとの談話をしていた刹那、クールノーは孤独の王が攻撃態勢に入ったのを感知した。

川 ゚ -゚)「ロマ!」

叫んだのは、孤独の王の一対のドリルがロマネスクの両瞼の上を抉るよりも、一瞬だけ遅かった。
多くの鉄火場を経験したロマネスクは、クールノーの叫びよりも早く身を後退させていたが、孤独の王の攻撃を回避する事は出来なかった。
ロマネスクに攻撃を加えた孤独の王は、それきり沈黙した。
自分の意志とは無関係に、孤独の王がロマネスクを傷付けた。

深い絶望感が、胸を潰した。
この時、クールノーは何故ノリルが天才と呼ばれていたのか、よく分かった。
人間故の弱点、それは心にある。
何も、始まりの歯車を襲う脅威は物理的な攻撃では無く、精神的な攻撃も含まれる。

本来の仕事を忘れさせるような人間が、ノリルにとって好ましい者かどうかは、考えるまでもない。
孤独の王は始まりの歯車を守る為、自動的にロマネスクへ危害を加えた。
殺さずに傷付けることで、クールノーに罪悪感を植え付け、人間と親しくなる事に対して恐怖感を与えた。
そしてロマネスクには、二度とクールノーに近付かないよう、深い傷を与えた。

「む、ぐっぅ……」

突然の事にも拘わらず、ロマネスクは悲鳴を完全に抑え込んでいた。
反撃するでも、距離を取るでもない。
片膝を突いて、瞼の上を押さえて止血している。
どんな言葉を掛ければいいのか、どんな行動をすればいいのか、半ば放心状態の思考では考え付かない。

時間が経てば経つほど、クールノーは罪悪感に苛まれた。
良心を蝕むこの感情が、ノリルの望んだ物だと分かったが、どうにも出来ない。
心の奥底に浸透するのを待つように、思考は放心状態から回復するのを拒んだ。
悪質な計算に基づくノリルの考えは、完璧だと認めざるを得なかった。

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:48:04.20 ID:pY+tth2Q0
一瞬の内に様々な事を考えてしまったクールノーの中から、全ての楽しみと感情が消えた。
悔しいという気持ちも、ロマネスクと出逢ってから積み上げた何もかもが、津波に飲みこまれたかのように、一瞬で、だ。
クールノーの悲痛な叫び声を聞いたロマネスクの部下が、部屋の扉の向こうから声を掛けて来た。

「ロマネスク様、どうしました?」

終わりだ、とクールノーは内心で呟いた。
少しでもこの時間を楽しんだせいで、ロマネスクを傷つけてしまった。
やはり、自分は道具として生きるべきなのだと思いを改めようとして―――

「なんでもない」

―――真っ直ぐに向けられた黄金色の瞳がそれを遮り、クールノーに感情を取り戻させた。

( ФωФ)「気にするな」

有無を言わせぬその言葉は、扉の向こうの部下と、クールノーの両者に対して向けられた。
幸いにも、ロマネスクの眼球は傷を負っておらず、薄らと開かれた瞼の下からクールノーを見つめていた。
怒りや悲しみの色は、そこには窺えない。
部下はロマネスクの言葉を信じ、その場を去って行った。

血の涙を指で拭って、ロマネスクは腰を上げた。

( ФωФ)「もう、大丈夫か?」

それは、クールノーに向けられた言葉だった。
孤独の王はこれ以上ロマネスクに危害を加えようともせず、沈黙を守っている。
逃げたい気持ち、後ろめたい気持ちが、脚を動かそうとするも、意志がそれを拒んだ。

川 ゚ -゚)「……すまない」

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:53:18.32 ID:pY+tth2Q0
ようやく謝罪の言葉を口にできた。
ナノギアで、傷の止血を施す。
拒まないでくれた。

( ФωФ)「悲しそうな顔をするな。
       お主の意志ではないのだろう?」

頷く。

( ФωФ)「それはよかった。
       嫌われた訳ではなかったのだな」

ロマネスクは、安心した風に溜息を吐く。

川 ゚ -゚)「本当に、すまない」

( ФωФ)「よいのだ、別に。
       我輩も、一つお主に謝らなければならない事があってな」

川 ゚ -゚)「……」


( ФωФ)「我輩は、お主を置いて先に逝ってしまう。
       いつかは分からないがな」


それは、人間全部に言えることだ。
死は絶対で、そして、理不尽でもある。
覚悟はしている。
今の仕事上、それがいつ訪れるか分からないが、少なくとも、クールノーがいる内は決して手を出させない。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 16:58:11.47 ID:pY+tth2Q0
( ФωФ)「心臓を病んでしまっていてな。
       先が長くない」

敵は、外にも内にもいなかった。
護りたいと心から思っているロマネスクの心臓が、敵だった。

川 ゚ -゚)「いつからだ」

( ФωФ)「去年分かった。
       もう、手遅れらしくてな。
       次に発作が起きたら、我輩は助からんそうだ」

悪い事は、どうしてこうも連続して起こる。
偶発的に、なのに、連続的に。
どこまで、クールノーの心は弄ばれればいいのだろうか。

(´ФωФ)「むぅ、だからそんな悲しそうな顔をしないでくれ。
       仕方ない事だ」

川 ゚ -゚)仕方がないで済ませられる問題では無い」

( ФωФ)「と、言ってもなぁ」

川 ゚ -゚)「何故、今言った。
     もっと早く、どうして言ってくれなかった」

( ФωФ)「怒っているか?」

自覚できる程、クールノーの声には怒気が込められていた。
感情の抑制が上手く出来ない。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:03:20.13 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「当然だ」

( ФωФ)「そうか。
       怒ってくれるのか」

悪びれた様子を見せるどころか、嬉しそうだった。
いや、ロマネスクは何も悪くない。
教える義務など、どこにもないのだ。

川 ゚ -゚)「……っ。
     ロマを傷付けたんだ、怒れる立場にいないことは分かっている。
     だがそれでも、私は言って欲しかった」

( ФωФ)「心配を掛けたくなかったのだ。
       出来れば、今言いたくも無かった。
       しかし、いつかは言わなければならない事だ。
       クーに何も言わずに逝くのは、我輩の義に反する。

       お主は、何一つ悪く無い。
       だから、何も気に病まないでほしい。
       丁度いい機会をもらったのだ、だから使わせてもらった。
       この傷は、その代償として受け取っておく。

       いいな?」

卑怯な言い回しだった。
何も言い返せない。
諦めて、ロマネスクの提案を甘んじて受ける事にした。
怒りと悲哀の混じった感情を表に出す代わりに、問うた。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:08:11.99 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「なぁ……
    人間は、みな死ぬのか」

( ФωФ)「ああ。
        そう云う風に、出来ているのだ」

川 ゚ -゚)「お前も、いつかは死ぬのだろう」

( ФωФ)「そうだな、我輩もただの人間だ。
       遅かれ早かれ、この世を去る」

欲しかった答えを、ロマネスクは与えてくれた。

川 ゚ -゚)「お前は、私の人生を取り戻してくれると言ったな」

( ФωФ)「覚えているとも」

川 ゚ -゚)「ならば、お前が死ぬ前に、私に死を与えてくれ」

ロマネスクは押し黙って、クールノーの眼を見つめた。
何度も瞬きをして血を眼球から出して、やがて、ロマネスクは重い口を開いた。

( ФωФ)「……人間として生きるから、か?」

発言の意図を、ロマネスクは理解してくれた。
人として生きると云う事は、その終わりがあると云う事。
歯車として、道具として生まれ、400年以上の時を経て、今、ようやくクールノーは人としての生を得たのだ。
それを与えたのは、他ならぬロマネスク。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:13:21.55 ID:pY+tth2Q0
様々な物を取り戻した今となっても、手に入り難い物、それが、死だ。
自殺行為は不可能。
誰かが襲撃を仕掛けるにしても、それは成功しないだろう。
都中に散布されたナノギアが危険を察知して、孤独の王と連動して始まりの歯車を全力で守る。

孤独の王の範囲外からの攻撃でも、ナノギアがその者の武器、或いは肉体を自動で破壊する。
機械化を可能にするナノギアなら、殺すぐらいは造作もない。
彼女にとって、死は最も遠い存在だった。

川 ゚ -゚)「理解が早くて助かる。
     お前が死んだら、きっと、私は道具に戻るだろう。
     そんな人生、もう、耐えられない。
     ロマのいない人生なんて、私はいらない」

想像するだけでも胸が痛い。
一度知った温かい感覚を失う事は、これ以上に無いぐらい恐ろしい。
手放したくないと思う気持ちが、知らない内に湧き上がってしまっていたのだ。
いざ失う、と云う段階になって初めて気付けたのは、皮肉な話である。

( ФωФ)「我輩としては、お主には少しでも長く生きてもらいたのだが」

川 ゚ -゚)「私は十分過ぎるほどに生きた。
     お前のおかげで、私は人生に意味を持つ事が出来た。
     一通りの事は経験してきたつもりだし、これからも人並みの経験を積むだろう。
     最後の瞬間を除いてな」

何時だったか、ロマネスクが教えてくれた感情を、クールノーは理解する事が出来た。
愛する、想う。
知識だけでは決して理解できない、体験者だけが理解できる感情を得た。
一時の感情では無く、長い時間を掛けて積み重ねた想いは、何よりも硬い。

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:18:26.71 ID:pY+tth2Q0

分かっていて、ロマネスクはその提案をしたのだ。
勿論、受け入れたい気持ちがある。

川 ゚ -゚)「しかし、それではお前が……」

唯一の問題は、それを知る前にロマネスクが死ぬ可能性の方が高い事だ。
問題は、解決していない様に思われた。


( ФωФ)「もう一つ、これが重要だ。
       我輩の心臓を、お主の手で機械化してほしい」


川 ゚ -゚)「……心臓だけ、か」

( ФωФ)「そうだ。
       これで、我輩はお主の支えになれるだけの時間を得られる。
       最期まで、我輩が付き合おう。
       迷惑だろうか?」

川 ゚ -゚)「いいや。
     その提案、受けよう」

早速、体内にナノギアを侵入させ、ロマネスクの心臓に機械化を施す。
銃弾如きではビクともしないよう、特別頑丈にその作業を行った。

( ФωФ)「我輩なりに、方法を考えておく」

川 ゚ -゚)「私も考えてみよう」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:23:16.67 ID:pY+tth2Q0
候補は幾つか、既にあった。
だがその内の一つは、好ましくない方法だった。
どれだけの時間があるかは分からなかったが、それは最後の手段として温存する事にした。
自分がノリルと同じ道に進むのだけは、厭だったからだ。

( ФωФ)「よし。
       ならば、我輩はお主が心から笑んで逝けるその時まで付き合おう。
       それまで、今のお主の顔を瞼の裏に焼きつけておく。
       次に見るのは、クーの笑顔だ」

そう言って、ロマネスクは傷ついた瞼を眠る様に深く降ろした。


川 ゚ -゚)「……ロマ、お前の身の回りの安全は私に任せろ」


眼に頼らない生活をする人間を狙って、何時何処で誰が襲ってくるか分からない。
鍛え上げた感覚は、時には視覚情報に勝ると聞くが、今のロマネスクはまだそこまで至っていない。
組織に居る護衛が必ずロマネスクを護り切れるとは限らない。
この時、クールノーは一つの大きな決断をした。

考え出したのは、機械化を施し、身体能力を飛躍的に上昇させた、クールノーの私兵部隊を作り上げることだった。
ただの私兵部隊では無い。
一般市民の中から、不治の病を患った者、体の一部を欠損した者を選び出す。
彼等に新しい命と人生を約束すると代わりに、ロマネスクの護衛を含め、クールノーの命令に従う事を求めようと考えた。

都中に護衛を忍ばせることで、不測の事態にも迅速に対処出来る事が可能になる。
強要はせず、本人の自由意思で決めてもらう。
承諾しなかったとしても、クールノーには相手の記憶を操作する術がある。
些か強引な手段になるが、これが最善の手段だった。

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:29:06.43 ID:pY+tth2Q0

都に私兵を置く事で、ロマネスクの護衛以外にもう一つの効果が望めた。
孤独の王の攻撃を回避する事は、非常に困難である為、特定の人間を探す必要があったのだ。
つまり、ノリルの遺伝子を受け継ぐ者。
子孫を探す事にしたのだ。

400年前には、確かにその存在を確認している。
遺伝子登録を義務化した事によって、その存在が明らかになったのだ。
確かに軽視できない問題ではあったが、都の統治を始めていた時期だった事もあり、そこまで問題視していなかった。
事実、その子孫は何も起こさなかった。

ところが、10年前を最後に、その遺伝子情報がぷっつりと途絶えていた。
子孫が途絶えた、と見るべきか、それとも別の要因かは断定できない。
都のどこかにその子孫が残っている可能性は、大いにあった。
高い確率でクールノーを殺せる、貴重な存在が残っているかもしれない。

普通人で殺せる方法を模索する一方で、切り札的な人間を探す。
無論ではあるが、仮に見つかったとしても、その人間が死を与えるのに相応しいかどうかを確認する必要がある。
外道や馬鹿に殺されたのでは、どうしたって納得が行かない。
殺されるのに値する人物かどうかを、この眼で確認してから、計画を実行に移す。

先程、最後の手段として考えていたのは、遺伝子操作によって意図的にノリルの遺伝子を持つ子供を作ることだった。
設備も道具も、全て揃っている。
いつでも実行に移せるのだが、それをすれば自分はノリルと同じ事をする羽目になる。
故に、クールノーはこの方法を極力選ばない道を選択した。

傷の手当てと心臓の機械化を済ませ、改めて、クールノーとロマネスクは謝罪の意を込めて、無言で抱き合った。
クールノーが死ぬ時、ロマネスクも死ぬ。
何故なら、始まりの歯車は都中の歯車を動かす装置なのだ。
その装置が壊れれば、当然、それまで摩耗も劣化も無かった歯車は動きを止める。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:35:02.05 ID:pY+tth2Q0
機械化された臓器も、体も、動く事は無くなる。
ロマネスクの心臓が止まるのと同じように、機械化されたショボン達の体も止まる。
城に戻って、この事をショボン達に告げると。


(´・ω・`)「分かりました、僕は構いません。
     終わりがあるから、命を有意義に使う事が出来ます」


( ゚∋゚)「おいどんもいいでごわすよ。
    残った人生、精一杯使わせてもらうでごわす」


( <●><●>)「いいではありませんか。
        元々私達の命は、クールノーさんに救われたのです。
        文句など、言う筈がない」


( ><)「それに、このほうがロックな人生を送れるんです!
      パンクロックなんです!」

誰も、異論を唱えなかった。
それどころか、彼等も都でそれぞれの生活を過ごす事で、協力する事となった。
ショボンは小さな料亭で働き、その腕を磨いた。
彼の持つESPの能力など使わなくとも、人の心を動かす術が料理にある事を見出したのだ。

クックルは持ち前の筋肉を生かし、建設現場で存分にその力を発揮した。
働く事の気持ちよさも悪く無かったが、クックルは別の物に惹かれた。
労働の後に飲む酒の美味さと、共にその時間を過ごす楽しさ。
居酒屋の持つ独特の魅力に惹かれ、焼鳥屋で働き始めた。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:41:18.03 ID:pY+tth2Q0

ビロード兄弟は、都で流れていた音楽に感動して、音楽家の道を目指した。
何度も指にマメを作って、日が暮れても練習を欠かさなかった。
スタジオで機材の搬入や、音響の手伝いをしつつ、ギターのテクニックを習い続けた。
歯車祭では、彼らが演奏するのが決定した。

クールノーは、時間の許す限りロマネスクと行動を共にした。
市場に出回っているような光学不可視化迷彩は、激しい動きに対応していない。
陽炎の発生が、光学不可視化迷彩の存在を周囲に知らせる。
以前やったのと同じように、自身の体の周囲をナノギアで覆う事で、一切の欠点も無い不可視化を実現させた。

抗争の場や、交渉の場。
様々な場に同席する事で、クールノーは裏社会の仕組みを間近で見る事が出来た。
私兵はその数を増し、500人以上も揃い始めていた。
裏通りを歩くだけでも、数人の姿が見受けられる理想的な状態になりつつあった。

例の一件以来、ロマネスクとクールノーの心の距離は、日を重ねる毎に、ますます縮まって行った。
やがて、互いに求め合い、二人は肌を重ね合わせた。
姿を見れない事を、ロマネスクは酷く悔やんで少し涙ぐんでいた。
きっとあれは、心底悔しがっていたのだろう。

各々が都で働き、日々を過ごす。
安アパートに住んだり、料亭に住み込みで働いたり。
人と触れることで、感情と心と経験を豊かにして行く。
時代の変化に眼を向け、その変化を楽しみもした。

何故ロマネスクの眼が傷を負い、杖を突く生活になったのか、当時は誰も分からなかった。
そして、常に瞼を下ろしていることからロマネスクが失明していると周囲は考えた。
そんな事も忘れさせるほど、多くの抗争をロマネスクは勝ち残った。
弱小な組織をまとめ上げ、傘下に加え、徹底的に教育し直した。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:46:19.12 ID:pY+tth2Q0
いつしか、ロマネスク一家は都随一の組織へと変貌していた。
全ては、クールノーへの負担を軽減する為だけに。
優秀な人材がロマネスクの元へと集いつつある一方で、また、別の変化も生まれていた。
以前から何度かロマネスクを手伝っていたシラヒーゲと云う男が、独自の組織を立ち上げようと、ロマネスクの元を離れたのだ。

後の水平線会創立者は、幼少期、ロマネスクと勉学を共にした間柄の男だった。
実はこのシラヒーゲは、ロマネスクの父親が経営していた病院の副委員長の息子であった。
ロマネスクが裏社会に進出している頃、彼はロマネスクに代わって病院を運営していた。
経営が安定してくると、ロマネスク一家の仕事を時折手伝ってくれた。

数年の手伝いの報酬として、シラヒーゲは孤児院設立の際に一部の資金を補助してくれと頼んだ。
この時はまだ、人脈を広め、人材と資金を集める段階だったのだ。
様々な事業を手掛けるシラヒーゲであったが、どれも利益を目的としたものでは無かった為、資金調達は思いの外難航していた。
人に頼る事を好まないシラヒーゲがロマネスクを頼ったのは、それが最後だった。

孤児院の資金の一部が補助されたおかげもあり、孤児院は無事に建てられた。
資金集めの負担も軽減され、必要な金額が溜まりつつあった。
人材も、任侠を"重んじる"シラヒーゲの下に任侠に"憧れる"若者達が、裏社会から多く集うようになっていた。
規模の大きさとその成長速度は、流石"白髭"。

若くして病院の経営を成功させるだけあり、その手腕は確かな物だった。
水平線会が誕生すれば、裏社会はまた一つ変化を起こす。
この水平線会と云う組織は、都に対して大きな影響力を持つ事が予想された。
いよいよ水平線会が設立されるかと云う、忙しい時期。

シラヒーゲは妻との間に子供が生まれたが、その妻が息子を産んで間もなくこの世を去ってしまった。
その事は、ロマネスクにしか伝えられていない。
悲しみくれる一方で、多忙だったシラヒーゲは素性を隠して我が子を孤児院に預ける事を選んだ。
水平線会の会長の息子と云う立場を隠す事で、息子が安全に生きれるようにと配慮した結果でもあった。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:51:05.91 ID:pY+tth2Q0

そして何よりも、世話をしてやれない事が、子供にとってどれだけ悪影響かを知っている。
孤児院に預けられた子供が、内藤・でぃ・ホライゾンである。
奇しくも今から33年前の、でぃが産まれたのと同じ日。
シラヒーゲの経営する孤児院、"ホライゾン孤児院"の前に、一人の子供が捨てられていた。

その子供を発見したのは、誰あろうロマネスクとクールノーであったのだ。
事の発端は、ロマネスクが孤児院の様子とシラヒーゲの息子を見に行きたいと言い出した事だった。
姿を消したクールノーも同行して、いざ孤児院の前に着くと。
産まれて間もない赤ん坊が、段ボールの中に入れられて泣き声を上げていたのだ。

流石にこれを傍観している訳にもいかず、クールノーは偽装を解除。
ロマネスクと共に、孤児院に急いで知らせた。
命は取り留め、二人はほっと安堵の息を漏らした。
この時勢、親は平気で子を捨てる。

売られた方が幸せなのか、それとも捨てられた方が幸せだったのか。
分かるのは、時が経って自分で判断できるようになってからである。
名前も知らない赤子がそうなるかどうか、それは誰にも分からない。
でぃの横の揺篭に並べて寝かせられた赤子はデレデレと名付けられ、泣き疲れたのか、すぐに眠りについた。

二人は名乗らずに孤児院を後にして、その日はそれで終わった。
それから一年後、遂に水平線会が歯車の都に誕生した。
だがしかし、その歴史的な光景を、シラヒーゲは見る事が出来なかった。
彼の眼が見ていたのは、暗い地下室の壁だった。

そう。
荒巻スカルチノフによる、シラヒーゲの監禁である。
創立者としてシラヒーゲの名は残されているが、事実上の会長の座には荒巻が就任した。
"白髭"の腹の中に潜んでいた寄生虫は、この時を虎視眈々と待っていたのだ。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 17:56:09.03 ID:pY+tth2Q0

集っていた組員達の中には、任侠と云うよりも、ヤクザ稼業に憧れていた若者が多くいた。
己の犯した失態を悔やむ間もなく、シラヒーゲは荒巻に拘束され、地下室に監禁された。
両手足を鎖でつなぎ、食事を渡す為の小さな鉄格子以外、一面がコンクリートで覆われた部屋。
殺そうと思えば、誰にも知られずに殺せた。

荒巻が何故シラヒーゲをすぐに殺さなかったかと言えば、彼の持つ資産を手に入れる為には様々な権利書が必要だったのだ。
資産、土地、建物。
全ての財産を根こそぎ奪う為だけに、シラヒーゲは生かされていた。
クールノーもロマネスクも、シラヒーゲが行方不明になった事と、荒巻が会長として就任した事に関連性があると考えた。

探したいのは山々だったが、長い時間を掛けて作り上げられた水平線会がそれを阻んだ。
長い時間を掛けてロマネスクが作り上げて来た統制を、三日でブチ壊しにしたのだ。
略奪、凌辱、殺人、強盗。
あらゆる暗黙のルールを破り、あらゆる統制を踏みにじった。

怒り狂いたい衝動を、ロマネスクは抑えた。
それこそ、荒巻の思う壺だ。
混沌の渦にロマネスク一家が加われば、もう裏社会は誰にも手が付けられなくなる。
表社会を侵食して、この都は無法の都になってしまう。

一家の誰も、ロマネスクの姿勢に文句を言わなかった。
精鋭ぞろいの彼等は、ロマネスクの判断に同意していたのだ。
彼等は皆、この都が好きなのだ。
表社会と裏社会があって初めて、彼等の仕事は成立する。

彼等に彼等の生活がある様に、表社会にも表社会の生活がある。
絶妙なバランスで、長い年月を掛けて此処まで成長して来た都を、みすみす目茶苦茶にされたいと思う者はいなかった。
黙って見ている者も、いなかった。
大きな組織が介入する事が荒巻の目的である為、ロマネスク一家は傘下の組織を通じて対抗した。

132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:33:03.67 ID:pY+tth2Q0
おかげで大きな被害は無かったが、被害が止まる事も無かった。
でぃが産まれてから三年後。
行方不明となっていたシラヒーゲの死体の一部が発見された。
死後三日以内。

間違いなく、その肉片はシラヒーゲの物だった。
遺伝子情報から明らかになった事実を、ロマネスクは公表しなかった。
更なる混乱を招くのは必至で、好ましい物では無い。
クールノーの助言もあって、ロマネスクは適切な選択をし続けた。

日に日に勢力を増す水平線会と他国から来た組織との抗争が、小規模ながら裏社会の至る所で発生していた。
ロマネスクの身辺にも危険が迫る事が増え、クールノーは思案した。
隠れずともロマネスクを守れる存在が、必ず必要になるだろうと。
一騎当千の手練が求められた。

しかし、多くの優秀な手練は度重なる抗争でその数を減らしていた。
未だにクールノーを殺すに至る者が見つからないのに、そんな手練が見つかるのだろうか。
既に、見つけていた事に思い至った。
その資質ある手練は、まだ産まれていないだけ。

―――つまり、シャキンである。

産まれる前に冷凍保存され、研究室に保管されている。
兄のショボン同様、理想的な体力と筋力を備えているのだ。
受け継がれているかどうかは分からないが、ESPの能力があるかもしれない。
それに、未だ産まれていないと云う事は、機械化を施さなくても良いと云う事。

自然の状態で、ロマネスクを護る存在になり得るのだ。
彼には産まれる権利がある。
悩み抜いた末に、クールノーはその事をロマネスクに話した。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:38:22.92 ID:pY+tth2Q0
( ФωФ)「我輩は構わない」

即答であった。
城に向かい、ショボン達にも相談した。
一番興味を示したのは、やはり兄のショボンだった。

(´・ω・`)「僕の……弟……
     あ、あの、差し出がましい様なのですが……」

いつもは物静かなショボンが、その時は積極的に発言していた。

(´・ω・`)「暫くの間、僕が育ててはいけないでしょうか?
      幸い、僕の店は表通りですし、その、えっと……」

言いたい事が言い切れていない。
ショボンにしては珍しい光景だった。
色々な事を考え過ぎている時、人間は本来持つ判断能力が鈍ってしまう。
今がその状態だった。

(´・ω・`)「い、いいんですか?」

懇願に近いそれを断れるほど、クールノーは頑固でも意地悪でも無い。

川 ゚ -゚)「構わんが、そうだな。
     クックル、ワカッテマス、ワカンナイデス。
     この三名も、ショボンに協力してやってくれ」

(´・ω・`)「あ、ありがとうございます!」

140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:43:39.54 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「シャキンの件はお前達に任せる。
     私は、ロマの近くにいる。
     何かあれば言ってくれ」

その日、クールノーは研究室に赴き、作業に取り掛かった。
長い時間がかかる事は、容易に想像出来た。
先行して産まれたショボンには、母体があった。
だが、このシャキンには母体が用意されていない。

母体の提供者を募ると云う手段もあったが、それは選びたくは無かった。
事情を知っている人間は少ない方が良いに決まっている。
肝心の母体が用意できないのであれば、その代わりになる装置を探すか、作るかする必要があった。
最終的には、前にショボン達が入っていた装置を利用する事で、その問題は解決した。

冷凍状態のシャキンを、ゆっくりと時間をかけて蘇生、成長させた。
一年後、遂にシャキンが誕生した。
クックルもショボンも、ビロード兄弟も新しい弟の誕生を喜んだ。
残念ながら、クールノーは誕生の瞬間に同席する事は出来なかった。

母親がいない代わりに、ショボン達は自分の兄弟として親愛の情を注いでシャキンを育てた。
時を同じくして、クールノーとロマネスクはホライゾン孤児院にでぃの様子を見に行く機会が出来た。
シラヒーゲの一人息子の様子を見に行った先で、二人はある現場に遭遇した。
孤児院の建物の裏手、人目に付きにくい場所から声が聞こえてきたため、二人は何事かと見に行ったのだ。

(・o・)「なんだよ!
    お前、そいつの味方なのかよ!」

「……」

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:48:00.97 ID:pY+tth2Q0


ζ(゚、゚*ζ「……ぅ」



明らかな敵意を持つ5人の男児。
対峙するのは、シラヒーゲの息子のでぃと、その背に隠れる金髪の女児だった。
二人は、建物の影に隠れてその様子を見護る事にしたが、何かあればすぐに動くつもりだ。
眼を使わずとも、ロマネスクはある程度の状況を把握する事が出来る。

動作の一つ一つ。
果ては、瞬きの音や浮かべている表情までもが分かるのだ。
風景等の細かい部分を除けば、実際の光景とは大差なかった。

(・o・)「何か言ってみろよ!」

「……」

(・o・)「何も言えないのかよ。
   そんな気持ち悪いやつの味方するんだったら、お前だって敵だぞ」

「べつにいい」

ようやく口を開いたでぃの声は、震えるどころか、クールノーでさえ眼を見張るほどの迫力があった。
声に込められた怒りと覚悟の桁は、下手な大人よりも上に違いない。

「もう、これ以上余計な事をするな」

(・o・)「うるせーんだよ!」

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:53:05.99 ID:pY+tth2Q0
リーダー格らしき男児が、勢いよく殴りかかった。
でぃは、その右拳を顔に受ける。
だが、微塵も退いたり逃げ出したりする気配は見せない。
調子づいた様子で、左拳を振りかぶり、もう一撃。

反対側の顔を殴られ、でぃの体が傾いだ。
手を出したり口を出したりしようとは、クールノーは考えもしなかった。
まだ、でぃの眼は諦めていないし、あの眼は何かを狙っている。
蹴りを放とうと、少年が脚を浮かせた、その一瞬。

でぃの握りしめていた拳が、その少年の鼻を砕いた。
全力の一撃。
油断し切った一瞬を狙った攻撃に、少年は後ろに倒れた。

(;・o・)「あっ……が……!
    ひいいああああ!?」

一撃で十分だった。
鼻を押さえて、殴られた少年は痛みに泣き喚いた。
勝利の余韻や、反撃に満足した様子も見せず、でぃは残りの四人の少年達に眼を向けた。

「お前らがデレデレにしてきたことは、こんなものじゃ済まない」

デレデレ。
二人の脳裏を過ったのは、孤児院の前に捨てられていた赤子だった。
あの時の赤子が、今、でぃの後ろに居る女児。
様子を窺っていたクールノーは、またもや驚きに目を見張った。

女児の瞳に、怯えの色が浮かんでいないのだ。
多数対少数の状況で、どうしてあのような。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 19:59:11.74 ID:pY+tth2Q0




ζ(゚、゚*ζ「でぃ……」





あのような、冷静な目をしていられるのだろうか。
瞬時に、二人は理解した。
デレデレと云う女児は、今の状況を冷静に理解が出来ているのだ。
自分の置かれた境遇も、何もかもを理解している眼。


何より、二人の間には確かな信頼関係が築かれていた。
護ると云う意志。
護られると云う信頼。
弱さも、強さも全て理解し合っている関係だと、一目で理解できる。


いつしか、二人はでぃとデレデレと云う二人を、子供として見なくなっていた。
この二人を、尊敬に値する人間として見る様になっていた。
魅入られた、と言った方が適切だろう。
500年近く生きている王と、裏社会の王が魅入られたのは、二人の絆その物だった。



152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:03:21.47 ID:pY+tth2Q0







     「……俺が」





でぃが、両手の拳を握りしめた。





     「デレを、護るから」








155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:07:14.54 ID:pY+tth2Q0
歩数にして三歩。
武術の心得も、実戦の経験も、それほど無いだろうとその歩みだけで分かった。
幼い子供らしい、真っ直ぐな戦い。
純粋な敵意と闘志を持って、でぃは四人に向かって進んだ。

人数の差から来る余裕からか、四人は苦笑しながら迎え撃つ。
手数はでぃが負けていた。
文句なく、圧倒出来だった。
では、威力はどうだったろうか。

心に余裕のある拳と、そうでない拳。
一つは木の棒で叩かれる程度の威力。
残るもう一つは、鉄の棒で叩く程の威力。
数に勝る、その質と威力を、でぃは持っていた。

腹を殴られ、顔を蹴られても。
絶対に、膝を突いたりはしなかった。
倒れず、体勢を立て直し。
よろめき、殴りかかった。

一人。
また、一人。
戦意を失った少年が、泣きながら友人を見捨てて逃げ出す。
最後に残されたのは、最初にでぃに倒された少年だけとなった。

(;;o;)「も、もう止め……」

「駄目だ」

胸倉を掴んで立ち上がらせ、一発。

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:11:35.20 ID:pY+tth2Q0

(;;o;)「た、助け……!」

「謝れ」

(;;o;)「ごめ、ごめんなさい!」

必死の形相で少年は言ったが、でぃが求めている謝罪と違う事は、ロマネスクには分かった。
父親譲りの性格が、よく伝わっている。

「俺に謝るんじゃない。
デレに謝るんだ」

ボロボロに傷ついて。
息も荒く、眼はまともに開かれていない。
そんな形相で、でぃはデレデレに対しての謝罪を求めた。

(;;o;)「ごめんなさいごめんなさい!
    もう二度としません!」

鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにして、少年は必死に謝った。
デレは顔色一つ変えずに、言い放った。

ζ(゚、゚*ζ「本当に悪いと思ってる?」

(;;o;)「はい、はいいい!!」

ζ(゚、゚*ζ「そう。
      でも、私は許さないわ。
      絶対にね」

159 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:15:07.44 ID:pY+tth2Q0

刺し貫く様な視線で少年を見下し、デレデレは少年の頬を平手で強く打ち付けた。

ζ(゚、゚*ζ「私だけじゃなく、でぃを傷付けた貴方を、私は許さない」

恐怖に声を失い、少年は生存本能に従って逃げ出した。
ロマネスクとクールノーの前を通り過ぎたにもかかわらず、少年は二人の存在に気付かないぐらい必死だった。
跫音が遠ざかると、ロマネスク達はでぃとデレデレにゆっくりと近づいて行った。

ζ(゚、゚*ζ「……誰」

今度は、デレデレがでぃを抱きしめて庇った。
これ以上、でぃを傷つけさせない、戦わせないと言わんばかりに。
大人二人に対して、一歩も譲らないその姿勢。

川 ゚ -゚)「私は、クールノー。
     デレデレ、と言ったか。
     お前達の覚悟、見せてもらったぞ」

( ФωФ)「我輩はロマネスクだ」

ζ(゚、゚*ζ「……」

警戒心を微塵も解いていない。
探る様な目付きで、ロマネスクとクールノーを交互に見つめる。

川 ゚ -゚)「……」

その視線を、クールノーが受け止めた。
互いの目線が交差する。

161 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:19:07.74 ID:pY+tth2Q0
ζ(゚、゚*ζ「……でぃ、怪我してるの」

川 ゚ -゚)「見れば分かる。
     擦り傷と打撲だな。
     ロマ、救急箱を借りて来てくれ」

( ФωФ)「うむ、しばし待たれよ」

ロマネスクが院に借りに行っている間、クールノーとデレデレは無言で見つめ合っていた。
デレデレに抱かれたでぃも、目線をクールノーに向けていた。

( ФωФ)「待たせたな」

川 ゚ -゚)「あぁ、待ったぞ」

5分後、片手で杖を突き、もう片手に救急箱を持ったロマネスクが帰って来た。
三人の視線が、ロマネスクに向けられた。
クールノーの言葉に、ロマネスクの眉毛がしょんぼりと垂れていた。




(´ФωФ)「……」


川 ゚ -゚)「冗談だ」




163 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:23:03.86 ID:pY+tth2Q0
再び、クールノーは視線をデレデレに向けた。

ζ(゚、゚*ζ「でぃ……」

「ん……」

そっと抱擁を解いて、でぃの体を離す。
ロマネスクから救急箱を受け取り、クールノーはでぃの体の様子を見た。
子供同士の喧嘩にしては、大分酷い怪我だった。
涙も浮かべず、泣きごとも言わない。

強い、その一言に尽きた。

川 ゚ -゚)「痛むようなら言え」

「ん」

消毒液と包帯、そして湿布を使って適切な処置を施す。
鍛えているのか、歳の割に体付きがしっかりとしていた。
だから、あのようなパンチが繰り出せたのだ。

川 ゚ -゚)「よし、終わりだ」

「ありがとう……」

ζ(゚、゚*ζ「ありがとう、ございました」

川 ゚ -゚)「気にするな」

( ФωФ)「うむ」

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[>>162YES!YES!YES!] 投稿日:2011/04/03(日) 20:27:17.98 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「しかし、お前達二人は凄いな。
     私は、お前達二人を尊敬している。
     羨ましいとさえ思う」

ζ(゚、゚*ζ「……え?」

意外な言葉に、デレデレはきょとんとした表情を浮かべた。

川 ゚ -゚)「互いに信頼し合っている。
     その歳で、いや、失礼。
     まだ若いのに、そこまで深く信頼し合う仲の者を、私は今まで見た事が無い」

ζ(゚、゚*ζ「そう?」

川 ゚ -゚)「そうだ。
     是非、話を聞かせてはくれないだろうか?」

ζ(゚、゚*ζ「……でぃ?」

自分一人の判断で聞かせるわけにはいかないと判断したのか、でぃに確認する。
でぃは、短く頷いた。

「……ん」

ζ(゚、゚*ζ「いいよ」

デレデレが語ってくれたのは、とても短い話だった。
自分が虐められていた事。
無口なでぃに友達がいない事。
二人は、いつの間にか一緒に居た事。

168 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:32:44.78 ID:pY+tth2Q0

でぃだけが、デレデレを護ってくれた事。
デレデレだけが、でぃに話しかけた事。
護る為にでぃが強くなろうとしていた事。
支える為にデレデレが強くなろうとしていた事。

そして、今日。
デレデレに対する日頃の虐めに我慢できなくなったでぃが、虐めグループに喧嘩を売ったと云う事。
結果は、二人が見ていた通りだ。

川 ゚ -゚)「そうだったのか」

ζ(゚、゚*ζ「うん」

川 ゚ -゚)「……むぅ」

何か、言いたい。
久しぶりに感じた新たな感情は、その正体が分からなかった。
代弁してくれたのは、ロマネスクだった。

( ФωФ)「どうだ、我輩達と友達にならんか?」

ζ(゚、゚*ζ「友達?
      ……どうして」

( ФωФ)「我輩は、お主達と友達になりたい。
       そう思っただけだ。
       それ以外、何かいるか?」

ζ(゚、゚*ζ「ううん、いらないよ」

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:36:14.96 ID:pY+tth2Q0
( ФωФ)「ほれ、クーも自分で言わねば」

川 ゚ -゚)「あ、あぁ。
     私と、その……友達に、なってくれないか?」

「……いいよ」

二人とも、頷いてくれた。
警戒心を解いたデレデレが、笑顔を浮かべた。
可憐で清楚な華を想わせる笑顔に、クールノーの心が揺れた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、遊ぼうよ」

川 ゚ -゚)「遊ぶ……
     済まない、私は誰かと遊んだ事が無いんだ。
     ロマは、流石にあるだろう?」

(´ФωФ)「……」

川 ゚ -゚)「……ないのか。
     と云う訳で、ルールを教えてくれないか?
     不甲斐ない話だが、私達は遊んだ事が無いんだ」



ζ(゚ー゚*ζ「いいよ、私達が教えてあげる」



「ん……」

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:40:06.18 ID:pY+tth2Q0

ボールを使った遊び。
道具を使った遊び。
何も使わず、体だけで出来る遊び。
デレデレとでぃは、実に多くの遊びを知っていた。

初めての体験に、クールノーは驚きの連続だった。
実に効率的で、合理的な遊びのルール。
単純なのに面白い。
順番は狂ったが、確かに、これも人生の一部だった。

日が暮れるまで遊び、別れ際に改めて自己紹介をし合った。


川 ゚ -゚)「私の事は、クーと呼んでくれ」

( ФωФ)「我輩はロマで構わん」


ζ(゚ー゚*ζ「うん!
       クーに、ロマ、覚えた!
       私の事は、デレって呼んで」

「……でぃ、でいいよ」


このようにして、歳の離れた幼馴染が誕生した。
四人はその日から、年齢差を全く気にしないで共に遊んだ。
二年が経過して、完全にデレデレとでぃが警戒心を解いてくれた頃に、クールノーは自らの正体を明かした。
正体を知ってからも、二人は接し方を変えなかった。

176 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:44:00.36 ID:pY+tth2Q0
話そうかどうか迷ったが、自分の望みとショボン達の事も教える事にした。
意外な事に、二人は拒まないで、その望みとショボン達を受け入れてくれた。
後日、ロマネスクが二人をロマネスク一家の本部に招いた。
最初、ロマネスク一家の皆はデレデレとでぃの事を、ただの子供として見ていたが、すぐに自分達が間違っていた事に気付かされた。

どれだけ歳が幼くても、ロマネスクと対面して怯えた様子を全く見せない。
如何に場馴れした猛者でも、ロマネスクの前に立てば竦んでしまう。
ところがどうだ。
子供にして、全く恐れていない、竦んでいない。

無知な訳ではなく、ロマネスクの事を良く知っているからこそ、あのような態度を取れるのだと分かった。
客人として、首領の友人として、一家の者は二人に接した。
孤児院とロマネスク一家の本部を行き来するのも時間がかかる。
そこで、ロマネスクの部下が自主的にデレデレとでぃを完全防弾仕様の高級車で迎えに行った。

車内でデレデレと話す内、彼等はデレデレの持つ才能と魅力の片鱗を感じ取った。
ある日、ロマネスク一家で会合が行われている時、その場にデレデレが居合わせた事があった。
仕事の邪魔をしないと云う約束で同席したデレデレとでぃは、大人しく奥の席でジュースを飲んでいた。
クールノーも、姿を消してデレデレ達の横に座って、デレデレとチェスをしていた。

その日の会合の内容は、やはり水平線会の事についてだった。

( ФωФ)「……で、今のところ何人やられた?」

ロマネスクと向かい合って座っているのは、二人。
規模は小さいが、組織を束ねる首領の地位に居る男達だ。

「ウチは5人」

「十人だ」

180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:48:02.41 ID:pY+tth2Q0
( ФωФ)「ふむ……
       早急に対策をしないと、数が増える一方だな」

裏通りで好き放題、力による欲望の行使を続ける水平線会に、多くの組織が腹立ちを覚えていた。
最近では、風俗店の従業員に手を出した事を咎めただけで、咎めた店員が撃ち殺された。
組織の人間が殺されただけでなく、その店の客足が途絶え、売上にまで影響が及んだ。
彼等は黙って見過ごすつもりは無かったが、手を出せないでいた。

全力で報復をするだけの覚悟はあったが、事情があった。
如何せん、その規模と人数が大きすぎた。
恨みを持つ組織が一丸となれば、数日の内に壊滅に追い込むことは可能だ。
そうなってしまえば、都全土を巻き込んだ大騒動に発展してしまう事は必至だった。

彼らがこうしていられるのは、この都があるからである。
微妙な均衡を守っている状態を維持する事が、彼等の利益を生む。
不用意に土台を荒らせば、待っているのは破滅だ。
荒巻と共に破滅の道を歩むのは、誰だって嫌に決まっている。

皆が頭を悩ませる中、明日の天気を考えるような気軽さで、デレデレは思考を巡らせていた。
横に居るクールノーにだけ聞こえる声で、デレデレはルークを動かして尋ねた。

ζ(゚、゚*ζ「ロマ、困ってるの?」

川 ゚ -゚)「あぁ。
     私も何度か提案したが、どれも上手く行かなかった」

クールノーも、これまで何度か策を巡らせた事があった。
私兵部隊を密かに用いて、水平線会の馬鹿共を黙らせようとした。
だが、火に火で対抗しても、意味は無かった。
馬鹿の思考は度し難く、如何に頭脳が良くとも、その思考を読む事は出来なかったのだ。

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:52:00.48 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「困ったものだよ」

ビショップを動かし、デレデレの番を待つ。

ζ(゚、゚*ζ「そう? 簡単だよ」

ポーンでナイトを取ったデレデレが、そう言った。
すかさず、そのポーンが開けた隙間からデレデレのルークを、ルークで奪い取る。

川 ゚ -゚)「話し合いは意味がないし、買収は却下だぞ」

クイーンを進め、デレデレは拗ねたように呟く。

ζ(゚、゚*ζ「違うよー」

川 ゚ -゚)「ほう、どれ、私に教えてくれ」

ルークを動かし、ビショップを取る。

ζ(゚ー゚*ζ「いいよー」

そっと呟かれたデレデレの提案は、実にシンプルだった。
有効かどうかは、試してみなければ分からなかったが、試す価値は十分にある。
問題は、どのようにしてそれを試すか、だったが。
それもデレデレが答えを用意していた。

川 ゚ -゚)「……悪い事は言わない、止めておけ」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、クー困ってるんでしょ?」

187 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 20:56:27.06 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「困っているのは事実だが、お前を巻き込む訳にはいかん」

「……」

無言で、でぃがデレデレの手を握った。

「一人じゃ……ない」

川 ゚ -゚)「……でぃもか」

ζ(゚ー゚*ζ「まぁまぁ。
       たまには、私にも任せて」

デレデレがクイーンを動かし、チェックメイト。
この勝負は、デレデレの勝ちだった。

川 ゚ -゚)「むむ……」

止める間もなく、デレデレはロマネスクの元へと向かって行った。

( ФωФ)「デレ、どうした?」

ζ(゚ー゚*ζ「解決策、あるよ」

「おい、今は……」

言いかけた男の言葉を、隣の男が止めた。

「まぁまぁ。
どれ、おじさんたちに聞かせてくれるかな?」

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:00:06.12 ID:pY+tth2Q0

そして、デレデレは先程クールノーに言ったのと同じ内容を話した。
一言目で、二人の男はデレデレの言葉に聞き入っていた。
デレデレの声と言葉には不思議な力があり、魅力があった。
子供の口から語られる言葉だとは思えない、心を魅了して止まない何かがある。

デレデレの案は、第三の勢力による水平線会への武力行使だった。
時が来るまで、その正体を決して明かさない。
姿を隠し、銃声さえも隠す。
静かな反撃によって、恐怖と打撃を与える事を狙った物だったのだ。

得体の知れない恐怖の存在によって、水平線会の命知らずの馬鹿でも、次に何が起きるのかが本能に刷り込まれる。
問題だったのは、どの組織がそれを行うか。
誰が、それを行うかにあった。
デレデレは、何てことない風に言った。

ζ(゚ー゚*ζ「私がやるわ」

聞き入っていた二人の男は、耳を疑った。
ロマネスクは眉一つ動かさない。
代わりに、一つ質問をした。

( ФωФ)「自信と覚悟はあるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「無ければ言わないわよ、こんなこと」

( ФωФ)「だがデレよ、お主は銃を撃った事はおろか、人を殺めた事もないのだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「まだ、ね」

190 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:04:17.38 ID:pY+tth2Q0

( ФωФ)「一人、護衛をつけよう。
       試してみる価値はあるが、まずは射撃の練習をするところからだな。
       デレの考えを実現するとしたら、そうだな、狙撃が適しているだろう」

護衛、とはこの時、クールノーの事を意味していた。
誰かの眼に着く事無く、射撃の練習が出来る場所は限られている。
的確なアドバイスや得物を調達するのにもこの方が、何かと都合がいい。

( ФωФ)「この事は、他言無用だ」

部屋に居る全員に、ロマネスクはそう言った。
二人の首領も、今は黙って見守る事にした。
総合的に考えて、ロマネスクと親しい人間が護身術を身につけるのは、決して無意味ではないと分かっていたからだ。
その日から、人を殺す術、身を護る術をデレデレはクールノーに、でぃはクックルに教わった。

―――同年、思いがけない事件がクールノーに起こった。
射撃場を確保する為、クールノーは歯車城にある研究室を使う事にした。
研究資料や遺伝子情報が記述された紙が邪魔だったので、全て電子化してパソコンに取り込む事で、場所を整理させたのだ。
ついでだったので、いろんなレシピを知りたいからインターネットに接続しようと、クックルが提案して来た。

断る理由も思い浮かばなかったので許可を出し、クックルが意気揚々とパソコンをいじっていた時、それが起きた。
どこかの物好きな研究者が、研究資料の詰まったパソコンに侵入して来たのだ。
クックルは対処法が分からず、思考している間に、遺伝子情報が一つ盗まれてしまった。
奇しくも、最初の研究成果であるクックルの物だった。

一件ダウンロード完了、と出た時点で、クックルはパソコンを殴り壊した。
結局、資料は段ボールにまとめて収納する事で解決したが、下手に燃やすわけにもいかず、邪魔極まりなかった。
最初にデレデレの狙撃の才能を確認したのは、クールノーだった。
用意した全ての銃器―――精度が悪いと評判の銃を含めて―――を、一射目で感覚を掴み、二射目で的の真ん中に当てて見せたのだ。

192 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:09:19.87 ID:pY+tth2Q0
一ヵ月後、クールノーの下で射撃の訓練を終えた二人の様子は変わっていなかった。
デレデレは相変わらず笑顔を絶やさず、代わりに多少毒舌を心得ただけで、でぃは口数が増える事は無く、純粋に精神と体が鍛えられていた。
目に見える明らかな変化は無かったものの、一つ、大きな変化があった。

水平線会の動向が、微量だが大人しくなったのだ。
これこそが、後に波及する変化の予兆そのものだった。
狙撃手が一人、観測手が一人。
そこに、援護と護衛役二人で計四人。

それが三グループ作られ、デレデレの提案した作戦が密かに実行されていたのだ。
ある時は闇夜に紛れ、また、ある時は白昼堂々と。
いざこざを起こし得る、もしくは既に起こした水平線会の面々を遠距離から襲った。
屋上からの狙撃で、一人目の太股を撃って動きを止める。

狙撃だと気付いた他の者は、その頭か喉を吹き飛ばした。
一人だけ殺さずに生かしておき、その惨状を他の者に伝えさせる。
これを、一日に数回繰り返した。
次第に水平線会内の人間に恐怖が伝染して、何時自分が襲われるかと、怯えるようになった。

率いたグループの人間は、その全員が水平線会に恨みのある者達だった。
心理的な面からの攻撃は、驚くほど有効だった。
正体が分からない為に報復のしようが無く、報復しようとしてもたちどころに察知され、その芽を紡がれた。
事情を知る者達は、皆デレデレの明晰さと狙撃の才能を認める他無かった。

でぃは、デレデレの護衛として共に殺しの場に赴いた。
冷徹な紅い瞳は、微塵も揺るがずにデレデレを狙う敵を殺した。
特殊な訓練は一切受けていない。
二人が持つ、生来の才能だった。

後に御三家として名を連ねる、クールノーファミリーの前身が誕生した瞬間であった。

196 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:14:05.87 ID:pY+tth2Q0
人格、性格共に、人を惹きつけて止まないデレデレは、多くの猛者に慕われた。
多くの組織から彼女の下に人が集い、彼等の忠誠心は水平線会の比ではない。
心の底からデレデレに敬服した彼等は、デレデレの言いつけを一度も破らなかった。
水平線会を影から怯えさせる一つの組織を、僅か七歳の少女がコントロールしていたなど、誰も想像し得ない。

四人の幼馴染の関係が知れ渡っていなかったのは、事情を知る者がデレデレとロマネスクに迷惑がかかると察し、黙っていた事が大きく影響している。
彼等は、秘密を守ったまま死んで行った。
誰でもいつかは必ず死ぬ。
デレデレやでぃと親しかった者が死ぬ度、クールノーはその事を改めて思った。

人はいずれ死ぬ。
だから、繋げるのだ。
命を、想いを。
そして、生き様を。

人と機械の体であると同時に、半分は始まりの歯車であるクールノーは、命を繋ぐ事が出来ない。
子供を産めず、作れない体の構造をしているのだ。
愛するロマネスクとの間に子供が産まれないのは、そう云う訳だった。
時が流れる度、クールノーはそう云った事を痛感せざるを得なかった。

情勢が安定してくると、デレデレは鉄火場に赴かなくなった。
デレデレとでぃが孤児院を出なければならない年齢が近付いた、ある日。
今から20年前のその日の事は、四人は今でも色褪せず覚えている。
話があると言われ、幼馴染四人がロマネスクの私室に集まっていた。

ζ(゚ー゚*ζ「……クー、ロマ。
       言わなきゃいけない事があるの」

13歳のデレデレは、あどけなさをそのままに、魅力的な少女へと成長していた。
でぃも顔つきが大人びて、シラヒーゲの面影が随所に見られた。

198 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:18:35.95 ID:pY+tth2Q0
ζ(゚ー゚*ζ「私のここにね、いるの」

愛おしげに下腹部を擦るデレデレの意図が、ロマネスクとクールノーには最初分からなかった。

( ФωФ)「……え?」

ロマネスクの第一声は、間の抜けた声だった。

(;ФωФ)「ほ、本当に?」

思考が追いついたロマネスクが、そう問うと、デレデレは笑顔で頷いた。

(;ФωФ)「ちなみに、何ヵ月だ?」

川 ゚ -゚)「なんだと?」

ようやっと、クールノーも理解が出来た。
デレデレは、妊娠していたのだ。
言われてみれば、確かに、デレデレの下腹部が大きくなっている様にも見える。

ζ(゚ー゚*ζ「10ヶ月よ」

川 ゚ -゚)「ロマ、貴様……」

(;ФωФ)「ち、違う!
       我輩じゃない!」

「……俺だ」

201 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:23:04.67 ID:pY+tth2Q0
川 ゚ -゚)「なんだ、それならそうと、最初に言え。
     ロマが言わないせいで、変な誤解をしてしまった」

(´ФωФ)「……」

出産までの平均的な日数と、デレデレの口から出た日数が殆ど一緒だった事に気付いた。
幼い母体で、出産するとなると、相当のリスクを背負う事になる。
健康体の子供が生まれる確率や、母体にかかる負担。
成熟し切っていない体での出産は、命の危険と隣り合わせなのだ。

本来なら、嗜めたりするべきなのだろう。
だが、デレデレがこう云ったリスクを考えていない筈がない。
何もかもを承知で妊娠して、今に至っているとしたら、嗜めたり咎めたりするのは間違いだ。
自分なりに結論を出したのだから、それを尊重するのが普通である。

全ては本人の意志で決まるのだから。
代わりに、クールノーは尋ねたいことがあった。

川 ゚ -゚)「何故、今なんだ?」

でぃと愛し合っているのは知っているが、それでも子供を欲しがるには早すぎると思ったのだ。
せめて、もう三年ぐらいは我慢してもいいであろうに。

ζ(゚ー゚*ζ「いつ死ぬか分からないから、って云うのが一番の理由よ」

生き物の本能に根ざして、デレデレは子供を残そうとしたのだ。
裏社会の一員になるには、彼女はあまりにも若すぎた。
誰が悪い訳でもなく、ただ、環境がそうさせたとしか言えなかった。

川 ゚ -゚)「丁度いい機会だ、これを機に裏社会から手を引くか?」

204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:27:02.83 ID:pY+tth2Q0

母子共に無事でいられるのが一番だ。
それに越した事は無い。
例え裏社会の一員で無くとも、デレデレとでぃが、二人にとって友人である事に変わりは無いのだから。

ζ(゚ー゚*ζ「私は引かないわ。
       お腹の中の子の為にも、この都を変える必要があるのだもの」

( ФωФ)「それは我輩達が」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ。
       私は、もう人を殺しているのよ。
       何の為に、とは言わないけれども、それに意味ぐらいあっても良いんじゃないかしら?
       それに、ロマ達だけに負担を掛けさせるわけにはいかないわ」

川 ゚ -゚)「……」

クールノーは考えていた。
一体、自分に何ができるのだろうかと。
ここまで自分達の事を想ってくれる最愛の友人に、一体、何が。

川 ゚ -゚)「……母体に掛かる負担は、どうするつもりだ」

一つ、あった。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしようもないわ。
       でも、それも承知で産むの、私は」

川 ゚ -゚)「私が手を貸そう。
     頼むから断らないでくれ、デレ」

207 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:31:03.93 ID:pY+tth2Q0
ナノギアや、歯車の技術があれば、母体に負担を掛けずに出産する事が可能だ。
それぐらい容易い。

ζ(゚ー゚*ζ「……断りなんて、しないわよ。
       ありがとう、クー」

川 ゚ -゚)「よかった。
     痛みは残しておくか?」

ζ(゚ー゚*ζ「当然よ」

迷わず、デレは答えた。
母親になった自覚を一番感じる瞬間は、出産時の痛みだ。
激痛を伴う、命の誕生。
筆舌に尽くし難い痛みを越えて、新しい命が産まれる。

川 ゚ -゚)「産んだ後、どうするつもりなんだ?
     自分の為の時間は、無くなるぞ?」

育児を続けながら、今の様な生活をするのは難しいだろう。
シラヒーゲがそうしたように、どこかの施設に預けるのが無難な選択だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「誰かに知られない様に育てて行くわ。
       私のせいで危険に晒すなんて、出来ないもの。
       10歳になったら、私の娘として周りに紹介するつもりよ。
       それに、自分の全てを子供に注ぐ覚悟が無ければ、親になんて成れないわよ」

川 ゚ -゚)「では、5歳までの間、私に任せてはもらえないだろうか?
     幸い、ウチは広いし安全だ。
     クックルやショボン達もいるから、遊び相手には事欠かないはずだ」

209 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:35:08.96 ID:pY+tth2Q0

5歳まで、とクールノーが決めたのには根拠があった。
長い間母親から離して育てるのは、子供にとって良いとは言えないからだ。
だから、手が掛る5歳までの期間をクールノーが育て、それ以降はデレデレが育てる。
クールノーが育てる間は歯車城で、デレデレが育てる番が来ると、歯車城を離れ、デレデレの元へと移す。

その後の事も、クールノーは提案した。
光学不可視化迷彩を応用して、クールノーがデレデレに扮する。
片方が組織を指揮する間、もう片方が産まれてくる子供の世話を交代でする。
この提案を、デレデレは快く了承してくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、クーも忙しいんでしょう?」

川 ゚ -゚)「問題無い。
     そうだろう、ロマ」

( ФωФ)「うむ。
       デレやクーのおかげで、大分こちらも仕事がしやすくなっているからな。
       自分の好きなようにしてくれて一向に構わん」

女性同士の会話から距離を開けていたロマネスクは、そう言った。
実際、ロマネスクの仕事はロマネスクが執り行うから意味があるので、クールノーは殆ど見ているだけだったのだ。
必要な時には提案したり、手を貸したりもするが、基本は静観である。
都の政はそこまで介入しなくとも勝手に動いているし、結論から言えば、クールノーは政治に手を付ける必要がなかった。

これから忙しくなるのであれば、自分が率先して動くのが当然である。
危険から完璧なまでに隔離された理想的な環境を生かせるのは、こう云った時ぐらいしかない。
目前に控えている問題は、実はもう一つあった。

川 ゚ -゚)「孤児院の方はどうする?」

212 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:40:25.08 ID:pY+tth2Q0

孤児院を出る際、引き取り手の様な存在がいない場合、デレデレとでぃは路頭に迷う事になる。
でぃよりも、デレデレの方が深刻だった。
デレデレを首領とした新たな組織の誕生は、既に秒読みの段階に入っていると言ってもいい。
一組織の首領が名前だけと云う事になると、変に勘ぐられ、出生の秘密を探られてしまい、でぃとの関係もいずれは明るみになる。

名前が、デレデレには必要だった。
白紙の状態のデレデレの苗字は、必然的に引き取り主の名が冠せられる。
可能性の一つに、ロマネスクが引き取ると云う手がある。
しかしそれは、幼馴染の関係を周囲に告知するようなもの。

荒巻率いる水平線会が、これを利用してくるのは火を見るよりも明らかだった。

ζ(゚ー゚*ζ「あのね、クーにお願いがあるの」

川 ゚ -゚)「なんだ?
     私にできる事なら、何でもいいぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「名前を、くれないかしら?」

川 ゚ -゚)「名前?」

ロマネスクが駄目なら、クールノーがいる。
確かに、それは問題ない。

川 ゚ -゚)「私なんかの名前でいいのか?」

新たに名前を作るのであれば、偽装工作は一時間も掛からずに終了する。
そのつもりでこの問題を考えていたのだが、改めて考えてみれば、デレデレはいつもクールノーの予想を裏切っていた。
よくある事だ。

214 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:44:22.83 ID:pY+tth2Q0

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。
       そうすれば、クーの名前が繋がって行けるじゃない」

死後、この世に残せる生きていた証は、何も功績だけでは無い。
最も簡単で、最も分かりやすい証、それは名前だ。
偽名ではなく、クールノーの名前を残す事。
ノリル・ルリノの子供や、道具としてではなく、"クールノー"と云う純粋な形で残る事が出来る。

何も残せないと思っていたのに、このような方法で、クールノーは存在の証明が残せる。
自分でも諦めかけていた事を、デレデレは気に掛けていたのだ。

川 ゚ -゚)「……そうか。
     分かった。
     今日中に手続きを済ませておく」

諦めていた事が、一つ、叶った。

ζ(゚ー゚*ζ「後、もう一つ。
       これはね、でぃとちゃんと話して決めた事なの」

「……」

ζ(゚ー゚*ζ「この子の名前を、クーとロマに考えて欲しいの」

これには、流石のロマネスクも驚きを隠せなかった。

( ФωФ)「我輩達が決めていいのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「二人に、決めて欲しいの」

216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:49:16.07 ID:pY+tth2Q0

デレデレの眼は真剣そのものだった。
蒼穹色の瞳は揺るがず、クールノーとロマネスクに向けられている。
断る理由は無いが、こればかりは理由を知りたかった。

川 ゚ -゚)「どうして、私達なんだ?」

「……俺達が、クー達の事を人として、友人として尊敬しているからだ」

理由を口にしたのは、でぃだった。

「それに、俺達だけじゃこの子は産まれない。
二人がいてくれたから、産まれる事が出来るんだ」

( ФωФ)「我輩は、そんな大層な事をした覚えがないのだがな」

「自覚がないだけだよ、ロマ」

川 ゚ -゚)「しかし、本当にいいのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論」

( ФωФ)「ぐむぅ……」

ロマネスクが決めあぐねている理由を、クールノーは分かっている。
二人とも、名付けた経験がないのだ。
クールノーは番号から名前を付けられ、ロマネスクは自分の名前の由来を知らない。
間違っているかも分からないし、どのようにして名前を決めるのかも分からない。

川 ゚ -゚)「……産まれるまでに、決めさせてもらおう」

218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 21:55:06.55 ID:pY+tth2Q0
しかし、クールノーは失敗を恐れても尚、受けた。
デレデレとでぃは、二人を信頼してくれたからこそ、こうして頼んでくれたのだ。
二人に出来るのは、その信頼を裏切らない事だけだ。

川 ゚ -゚)「いいな、ロマ?」

( ФωФ)「……あぁ。
       そうだな、デレとでぃが信頼してくれたのだ、それに応えよう。
       ところで、どっちだ?」

男と女では、当然、名前もそこに込める意味も変わって来る。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、クー、ロマ。
       ふふ、それでね、どっちかどうかは産まれてからのお楽しみにしてるの。
       だから、二通りの名前を考えてくれるかしら?」

川 ゚ -゚)「ロマ、今日から毎晩考えるぞ」

( ФωФ)「問答無用なのだな」

川 ゚ -゚)「駄目か?」

( ФωФ)「いいや、構わん。
       では、クーよ。
       少しの間、デレ達の事は任せたぞ。
       我輩はこっちの方を整えておく」


「……俺から、一つ話がある」

221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:00:29.39 ID:pY+tth2Q0

クーの眼を見て、でぃがそう言った。
真剣な眼差しが、これからでぃがする話の重要さを雄弁に物語っている。

川 ゚ -゚)「なんだ?」

「俺は、水平線会に入る。
あそこは、外からじゃ簡単に変えられない。
……俺が、変える」

川 ゚ -゚)「おいおい、今日は随分と驚く事が続くな。
     ロマ、丈夫な心臓でよかったな」

( ФωФ)「いや、この話は以前にでぃから聞いていたのでな。
       我輩はそれでいいと思う」

川 ゚ -゚)「男同士、内緒話か?」

( ФωФ)「ふふふ、まぁな。
       この件に関しては、我輩が責任を持ってバックアップをする。
       心配はいらん。
       最近ちと、体がなまっていてな。

       運動を兼ねて、今後は我輩が直に外に出る。
       そうすれば、でぃの負担も少しは軽くなるだろうよ。
       無論、名前を考える時間は作る」

川 ゚ -゚)「ロマが手を貸すなら、私も別にこれ以上言う事は無い。
     ただ、皆無理だけはするなよ」

225 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:05:05.48 ID:pY+tth2Q0

この話し合いの翌日。
孤児院から引き取られたデレデレは、予定通りクールノーの名を冠する事になった。
でぃも同時に引き取られたが、内藤・でぃ・ホライゾンと云う名は伏せ、でぃ、とだけ名乗る事にした。
水平線会に入るのであれば、内藤の苗字は不利に働くからである。

それから三日後。
遂にその日がやって来た。
陣痛を訴え、破水したデレデレは、直ちにクールノーの元へと運ばれた。
これまで生きて時間に比べて、それはあまりにも短い時間だった。

しかし、とても長い時間に感じられた。
生命の誕生の瞬間に初めて立ち会ったクールノーは、ずっとデレデレの手を握りしめていた。
体に過負荷がかからない程度の補助をして、後はデレデレの体力と精神力に委ねた。
友人として出来るのは、こうして手を握ることぐらいしかなかった。

身を引き裂くような痛みに、デレデレは悲鳴に近い叫び声を上げた。
産気づいてから、ロマネスクとでぃが遅れてやって来た。
まだ産まれていなかった事を伝えると、二人はほっと胸を撫で下ろした。
だが、二人は何やら複雑そうな顔をしていた。

その出産は三人が見守る中、半日近くかかった。
でぃとロマネスクがデレデレの手を握りしめ、クールノーが助産した。
産まれて来たのは、元気な女の子だった。
その女の子の上げた産声は、聖歌隊の唄声が雑音に聞こえるほど耳に心地よかった。


ξ´凵M)ξ


231 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:10:15.07 ID:pY+tth2Q0
へその緒を切り、手にとって持ち上げると、その重みが両手に掛かった。
クールノーは100キロの鉄塊ですら楽々と持ち上げられる腕力を持っているが、それでも、女の子は重かった。
この世に生を受けて間もない女の子を、クールノーは壊れやすい宝物を受け継ぐ様にデレデレに渡した。
それは、神聖な儀式のようにも見えた。

感嘆の溜息を吐くデレデレの額には、球の様な汗が浮かんでいる。
二人で考えた名前を、デレデレは気に入ってくれるだろうか。
一抹の不安さえ過ったが、クールノーはその名を口にした。

川 ゚ -゚)「……ツン。
     この娘の名前は、クールノー・ツンデレだ」

ζ(゚ー゚*ζ「……こんにちわ、ツンちゃん」

柔和な表情で、デレデレは我が子の名を呼んだ。
ふと、クールノーがロマネスクとでぃに目を向けると。
ロマネスクは号泣していて、でぃは目に薄らと涙を浮かべていた。
でも、二人とも笑顔だった。

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、クー。
       貴女も、この娘を抱いてあげて」

川 ゚ -゚)「あぁ」

恐る恐る受け取り、優しく抱き上げる。


川 ゚ -゚)「重いのだな……」


232 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:15:23.90 ID:pY+tth2Q0
ずしりとした重みを、両手に感じた。
命の重みの正体は、決して体の機関やその内臓物だけではない。
理屈は知らないが、クールノーはそうだと感じた。


川 ゚ -゚)「……命とは」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。
      それが、私達四人の娘の命の重みよ」

川 ゚ -゚)「私達の、娘……」

ζ(゚ー゚*ζ「二人で名前を考えてくれたんでしょう?
       だったら、二人の子供でもあるのよ。
       だから、四人の娘なの」

川 ゚ー゚)「娘、か」

クールノーが自然に浮かべた笑顔を見たのは、その時、デレデレだけだった。
次にでぃ、最後にロマネスクの順番でツンを抱きかかえ、そしてデレデレの腕に戻った。
その場の全員が、ツンの誕生を喜んだ。
だが相変わらず、ロマネスクとでぃは複雑な表情がその笑みの下に浮かべていた。

川 ゚ -゚)「二人とも、どうしたんだ?」

( ФωФ)「あー、それがな……」

「むぅ……」

二人とも顔を見合わせ、でぃが口を開いた。

236 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:20:26.82 ID:pY+tth2Q0

「実は、その……」

でぃらしくもなく、言い淀んだ言い回しだった。
答えはその場の四人では無く、部屋の外から来た。
赤ん坊の泣き声だ。

川 ゚ -゚)「……なに?」

(´ФωФ)「つまり、だな。
       ……拾っちゃった、のだ」

川 ゚ -゚)「犬猫じゃないんだぞ、どこで拾った?
     怒らないから正直に言ってみろ」

(´ФωФ)「孤児院の前……で」

叱られ、ロマネスクは子供の様にしょんぼりとしてしまった。
ツンの泣き声に負けないぐらい、その泣き声は大きかった。
健康な証だ。
でぃが、デレデレの頭を一撫でしてから席を立つ。

部屋を一旦出てから、でぃは赤ん坊をその腕に抱いて戻ってきた。

( ´ω`)

「……男だ」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、その子も、私達の子供にしましょうよ。
       やっぱり、兄弟がいた方がいいと思うの」

242 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:24:00.42 ID:pY+tth2Q0
柔軟な思考ができるのがデレデレの強みだが、柔軟過ぎて時々クールノーにも理解できない事がある。
だがそう云う時は大抵、その時に理解が出来ないだけで、結果的にはデレデレの思考が正しい事が多い。
戸惑う事が多いのが問題だった。
新しい命を目の当たりにして、手に持った直後と云う事もあり、今回は、クールノーは断るつもりはなかった。

道理で、二人が複雑そうな顔をしていた訳だ。
新しい命が生まれる半面で、新しい命が捨てられていたのだから。

( ФωФ)「ならば、名前はもう決まっているな。
       ツンデレに負けず勝らずの、良い名前がある」

川 ゚ -゚)「そうだな、せっかく私達の子供の為に考えたんだ。
     ロマ、お前から言ってくれ」

連れて来た赤ん坊を、ツンと共にデレデレはその腕に抱きしめた。
二人分の泣き声と笑顔が、部屋中に満ちている。


( ФωФ)「その子は、ブーンだ」


四人は、ブーンに内藤の苗字を付ける事に決めた。
今後、水平線会との抗争が予想される中で、あえて、殺された創始者の名前を付けたのには理由がある。
荒巻は未だシラヒーゲの遺産を全て奪い尽しておらず、必要な権利書等を探している段階だ。
そんな中、シラヒーゲの子息だと分かる者が現れれば、荒巻は間違いなくその者を手に入れようと試みるだろう。

欲望を逆手にとって利用することで、逆にブーンを保護させようと云う考えだった。
クールノー・ツンデレと内藤・ブーン・ホライゾンは、こうして産まれた。
そして。
後の御三家に名を連ねる、クールノーファミリーが誕生したのもこの日であった。

244 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:25:57.68 ID:pY+tth2Q0
ツンとブーンの為に、クールノーは歯車城の一部を二人の遊び部屋に改装した。
土木建築の経験豊かなクックルの手を借りて、それは即日完成した。
クックルもショボンもそうだが、ビロード兄弟もシャキンも二人を心底可愛がって育てた。
ブーンは、特にクックルとよく遊び、ツンはクールノーの仕草を真似したりした。

本当に、その時間は幸せそのものだと、クールノーは感じ取る事が出来ていた。
時折、交代で都に二人を連れて行った。
いつまでも城の中では、豊かな感情や経験は身に着かないからだ。
自分達が得られなかった物を、この二人には与えてあげたいと、誰もが想って接していた。

でぃは水平線会に入る事が叶い、荒巻の信用を勝ち取るべく密かに奮闘していた。
鉄火場を踏む数が無い日なかったが、命にかかわる怪我は負わなかった。
大口径の銃を取り扱う事で、銃の腕が鍛えられ、磨かれた。
デザートイーグルを二挺構えにする姿勢は、自然と形作られた

瞬く間に成長を遂げたクールノーファミリーは、日を置かずに大組織同士の会合に参加していた。
人相の悪い男達の中に、一人だけ13歳の少女がいる様子はあまりにも奇妙な光景だった。
取り分け、実力者達は早い段階でデレデレの才能と実力に気付き、違和感を覚えなくなった。

ζ(゚ー゚*ζ「臭いから黙れよ、老害」

荒巻に対して放たれたこの一言で、荒巻は激怒した。
面子を潰されまいと、荒巻はデレデレを敵対視するようになる。
同年、デレデレはペニサスとギコを招き入れ、クールノーファミリーの地盤を固め始めた。
デレデレとでぃは、時間を作ってはツンとブーンに会いに行った。

よく、でぃとロマネスクは二人の子供を膝の上に乗せた。
理由をクールノーが尋ねると、二人は気恥ずかしげ同じ答えを口にした。

こうして膝に乗せてもらった記憶が、自分達にはないから、と。

249 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:35:05.07 ID:pY+tth2Q0
子育てとマフィアを両立させているだけでなく、四人の幼馴染達はもう一つの事を忘れてはいなかった。
クールノーに死を与えられる人間を探していた。
最も有効な手段である歯車王の子孫の探索を継続していたが、それらしい証拠は見つけられずにいた。
私兵の数も増え、事故で瀕死の状態にあったモナーとレモナ、エイズに感染した阿部等が加わった。

ツンが産まれてから一年後、都にサーカスが来た際、そこで見世物にされていた半身が結合したシャム双生児の兄弟がいた。
またんき・ルーデルリッヒと、モララー・ルーデルリッヒだ。
手術と引き換えに二人に協力を頼んだところ、二人は機械化を施さないと云う変わった条件で合意した。
当時十代の半ばの二人に頼んだのは、武器の調達だった。

今いる私兵の為の武器を、周囲に悟られない範囲で一新する時期が来たのだ。
二人は喜んでその仕事を受け、見事に武器商人として都に溶け込む事が出来た。
更に、二人は今後、クールノーの指示さえあればどのような事でも手を貸すと言ってきた。
断る必要が無かったので、クールノーはそれを受け入れた。

それから二年後、裏社会だけでなく世間を騒がせていた犬神三姉妹がロマネスク一家に参入。
それからまた一ヶ月後、一家の幹部であったウルザが抗争中に死亡した。
裏通りを一人散歩していたロマネスクが、ハンカチを手にクールノーの元を訪れた時。
全てが動き始めたのだと、クールノーは語った。


川 ゚ -゚)「何だ、怪我でもしたのか?」


ロマネスクの持っていたハンカチを指さして、クールノーが尋ねた。

( ФωФ)「ん?
       いいや、我輩は見ての通りだが。
       何故だ?」

253 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:40:04.74 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「ハンカチに血が付いている。
     古くなっているがな。
     それはどうしたんだ」

( ФωФ)「これはウルザのハンカチだ。
       以前会った少年に、今日たまたま再開してな。
       借りたから返す、と。
       ドクオ、とだけ名乗っていた」

川 ゚ -゚)「ドクオ?
     苗字は何だ?」

( ФωФ)「ふふ、それがな、どうしても名乗りたくなさそうにしていてな。
       代わりに、ドクオ・タケシと名乗りおったわ。
       ウルザに憧れているようでな、中々に将来有望な少年だった。
       仕事がなさそうだったから、丁度人手が足りなかった飯屋を紹介しておいたのだ」

嬉しそうにその少年の事を語るロマネスクが、クールノーは気になった。

川 ゚ -゚)「気に入ったのか?」

( ФωФ)「あぁ。
       あの少年、このような場所でもまだ純粋な心を持っていてな。
       久しぶりにこの先、どんな男になって行くのか、期待させられてしまったわ」

川 ゚ -゚)「ふむ……
     ちょっと、そのハンカチを貸してみろ」

( ФωФ)「漂白なら銀達に任せて置くぞ」

261 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:45:27.93 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「洗濯機が壊れるだろ」

( ФωФ)「今朝壊れたばかりだ。
        流石、和の都の品物だな、一ヵ月も壊れなかったんだぞ」

記憶が確かなら、先月で10台目になる筈だった。
何をどうして壊しているのか、クールノーでさえ見当がつかない。

川 ゚ -゚)「その血が、少し気になった」

( ФωФ)「ん、何故だ?」

川 ゚ -゚)「ウルザのハンカチを少年が持っていたのであれば、その血は少年のものだろう。
     ついでだ、少年が何者か、少しばかり調べてみよう」

( ФωФ)「別に必要無いと思うんだが」

川 ゚ -゚)「すぐに済むさ」

差し出されたハンカチを手に取り、そこに付着している血から遺伝子情報を読み取り、都で保管されているデータベースと照会する。
該当は、一件も無かった。

川 ゚ -゚)「……」

代わりに分かった事が一つだけあった。
その事実は、クールノーの体を芯から震え上がらせた。

( ФωФ)「どうだった?」

267 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:50:09.55 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「該当はない。
     だが……
     ……驚いたな」

( ФωФ)「お、おい。
       どうした?」

心配そうにロマネスクが尋ねて来て、クールノーは嬉しそうに答えた。


川 ゚ -゚)「やっと、見つけたぞ」


間違いなく、その遺伝子にはノリル・ルリノと同じ遺伝子情報が入っていたのだ。
遂に、クールノーは歯車王の子孫を見つけた。
自分に死を与えられる、唯一の存在を。
それが、ドクオだった。

この事実は、すぐさま幼馴染達に伝えられ、クックルやショボン達にも伝えられた。

ζ(゚ー゚*ζ「でも、まだ8歳なんでしょう?
       人を殺すとか、抵抗感があるんじゃないかしら?」

川 ゚ -゚)「奴は、自分の父親を撃ち殺している。
     身元不明の死体の中に、ノリルの遺伝子を持つ男がいた。
     それからしばらく家出していた所で、ロマと逢ったと云う訳だ」

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら。
       意外と、将来有望なのかもね」

271 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 22:55:07.32 ID:pY+tth2Q0

川 ゚ -゚)「何も、今すぐに実行に移す必要はない。
     ドクオが、私を殺すのに相応しい人間かどうか、じっくりと見させてもらう。
     今はまだ見護る段階だ。
     無論、死なない様にな」

( ФωФ)「ふむ、まぁそれなら今のところは心配なさそうだな」

川 ゚ -゚)「あぁ。
     死なれると困る」

ドクオの発見から一年後、事態は思わぬ方向へ動いた。
水平線会の一派が、ドクオの働いていた飲食店で銃撃戦を繰り広げたのだ。
幸い、裏通りを巡回していたデレデレ率いるクールノーファミリーが途中でその騒ぎを聞きつけ、店に駆け付ける事が出来た。
姿を消したクールノーとロマネスクも合流して店に向かうと、それまでとは異なる銃声が一発、店内から聞こえて来た。

店の扉を開くと、二発目の銃声が聞こえた。
銃声は、小さな少年の手が持つワルサーから放たれた物だった。
水平線会の男が喉を穿たれて倒れ込み、残った一人がその少年に銃口を向ける。
すかさず、クールノーファミリーの人間がその男を撃ち殺した。

生き残っていた水平線会の人間も全員殺し終え、デレデレは部下に指示を出して行く。
ふと、その少年を見た。

ζ(゚ー゚*ζ「あら?
       この子は?」

( ФωФ)「ん?
       おお、ドクオか。
       久しいな」

272 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:00:31.02 ID:oBa/jAml0
ロマネスクは、勤めて平静な声でその少年の名を呼んだ。
そして、クールノーとデレデレの二人に向けて小さく呟いた。

( ФωФ)「デレデレ、この少年が例の……」

ζ(゚ー゚*ζ「……なるほど。
       ねぇ、ドクオ君。
       怪我は無いかしら?」

少年は、自分に怪我はないが、厨房に怪我人や死人がいると言った。
それを聞いた部下が数人、駆け足で厨房へと向かった。

( ФωФ)「すまんな、仕事がなくなってしまったな。
       荒巻には、我輩から言っておこう。
       デレデレ、何かいい案はないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「仕事、ねぇ。
       そろそろウチも忙しくなるから、そこまで面倒は見れないわね。
       あ、そうだ。
       ドクオ君、君はどんな仕事ならできる?」

これまで、店で料理や宅配をしていたと、少年は言った。
その経緯を踏まえ、デレデレは今後の事も考えてこう尋ねた。

ζ(゚ー゚*ζ「何でも屋って、知ってる?」

料理人が人を殺すのは、セガールが出演している映画ぐらいだ。
現実問題として、このままドクオが料理人になった場合、クールノーを殺す機会はほぼ無いに等しい。
そこでデレデレは、ドクオの職が無くなった事を利用する事にした。
ドクオが今持っている経験を生かしつつ、人を殺す機会を得るとしたら、この都には何でも屋かヤクザの鉄砲玉しかない。

275 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:05:01.72 ID:oBa/jAml0
何でも屋が何であるかをドクオに教え、デレデレはクールノーと共に店を出た。


ζ(゚ー゚*ζ「これで、少しは変わる筈よ」


ぽつり、とデレデレが囁く。
それから、ロマネスクを通じてドクオには多くの仕事をこなしてもらう事になった。
運送業や清掃業、そして殺しも。
極力手を出さない様に決めていたが、それは無駄な心配だったようだ。

多くの事を経験したドクオは、それらを吸収して行った。
その吸収率の高さ以外では、ドクオにノリルの面影を見る事は無かった。
時々、ドクオは本当にノリルの子孫なのかと疑いたくなる事があった。
プライドと呼べる物を持たず、それを嫌悪している辺りなど、まるで正反対だ。

次第に、クールノーはドクオに興味を持つようになった。
冷静に考えれば、ドクオはクールノーにとって果てしなく遠い血縁だ。
家族の情が僅かに芽生え、仕事がない日が続いた時は、何か仕事を与えた。
やらなければならない事は、まだ残されていた。

ツンとブーンだ。
ドクオが何でも屋を始めてから一年後。
5歳になった二人は、当初の予定通り、クールノーの元からデレデレの元へとその身を移す事になった。
ところが、二人はこれまで遊んで来たクックル達と別れる事を頑なに拒んだ。

住む場所が変われば、クックル達と会う機会はほぼ皆無に等しくなる。
何かの機会があれば会えるだろうが、これから二人は、裏社会の一員としての生活を始めなければならない。
幼い二人にはあまりにも酷な話だと云うのは、最初から分かっていた事だ。
分かっていてもどうしようもない事など、この世には幾らでもある事を、クールノー達は痛感させられた。

276 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:10:20.86 ID:oBa/jAml0

( ;ω;)「いやだお!
      くっくる達もいっしょにくるんだお!」

ブーンは泣き叫んだ。

ξ;;)ξ「やだやだ!
      しょぼんおじさん達もいっしょに行くの!」

ツンも泣き叫んだ。
これには、流石のクールノー達も困り果ててしまった。
無理やりに引き離すのは、気が引けてしまったのだ。
下手をすれば、心に大きな傷を残してしまう。

そんな事をする為に、二人を育てたのではない。
誰も、強引に別れたくなどなかった。
笑顔で別れる事が出来れば、それが最良の結果だった。

(;゚∋゚)「お、おいどんもそう思うでごわすけど。
    ほら、ブーンどん、おいどんの取って置きの、シュワシュワするペロペロキャンディーあげるでごわすから。
    だから泣かないでくれでごわす」

クックルの巨体を、ブーンはポカポカと叩いて拒否した。
しまいには、クックルにしがみ付いて泣き始めた。

( ;ω;)「おーん!」

(;<●><●>)「むむむ……
        これは困りました」

282 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:15:22.38 ID:oBa/jAml0
;><)「どどど、どうしましょう?
      と、とりあえずクックルさん、ブーン君を―――」

( ;∋;)「おーん!」

滝の様な涙を流して、クックルまで泣き始めた。

(;`・ω・´)「ど、どうしよう……」

シャキンも、二人の世話をしていた内の一人だ。
初めての経験に、幼いシャキンは戸惑っていた。

(´・ω・`)「はははっ、どうしたもんかね」

(;`・ω・´)「にーちゃん、そんな笑ってないでどうにかしようよ」

(´・ω・`)「あっはっはっは」

川 ゚ -゚)「……」

実を言うとこの時、クールノーもショボンも別れを惜しんでいた。
だからこそ、少しでも時間を伸ばそうと何もしないでいるのだ。
必ず別れが来る事は分かっていた。
覚悟を済ませていたと思っていたが、どうやら、それは間違っていたらしい。

川 ゚ -゚)「……ショボン、二人の記憶の一部を消す事は出来るか?」

(´・ω・`)「えぇ、出来ますよ。
      ただ、消すって云うよりかは閉じ込めると言った方が合ってますけど。
      勿論戻せます」

286 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:20:19.42 ID:oBa/jAml0

近い将来、シャキンをそうしなければならない為、この事は予てより話が済んでいた。
ショボンの能力を使って他者の精神に干渉して、無理やりに記憶を閉ざさせる。
丁度、扉を閉ざして鍵をするように。

川 ゚ -゚)「二人の中から、私達の記憶を消すんだ」

(´・ω・`)「いいのですか?」

川 ゚ -゚)「戻せるのだろう。
     ならば構わない。
     ……仕方がない事だ。
     これ以上、二人が泣く姿は見たくない」

そう言って、クールノーは二人に背を向けた。
ツンが、クールノーの外套の裾を握った。

ξ;;)ξ「クーおかあしゃんも、いっしょじゃないの?」

川 ゚ -゚)「……」

何か、最適な答えは無い物かと、クールノーは考えようとした。
頭の中は真っ白で、何も考えられなかった。
感情が高ぶるのが分かった。
目頭が焼けるように熱い。

じわりと、溢れ出て来る熱い液体が、頬を伝って床に落ちた。
五年間。
たった五年だ。
我が子が、これから行くべき場所に移る。

292 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:25:05.69 ID:oBa/jAml0
それだけの話だ。
分かっている。
分かってはいるのだ。
親は何時しか経験しなければならない。

ξ;;)ξ「デレおかあしゃんも、ロマおとうしゃんも、でぃおとうしゃんも、みんないっしょがいいよ」

頬を伝って落ちた涙が、次々に床に吸い込まれる。
この床も、この空間も。
全て、二人の為に作った物だった。
五年と云う短い歳月しか使われなかったが、思い出がそこかしこに刻み込まれている。

これらが全て過去の物へと変わり、もう二度と使われる事は無いだろう。
それが堪らなく寂しかった。
ツンが握ったコートの裾が、小さく引かれた。
力は強くない筈なのに、クールノーはそれに逆らう事が出来なかった。

振り返って、崩れ落ちるように膝を突いてツンを抱きしめた。

川 ゚ -゚)「大丈夫、一緒にいるよ、ツン」

クックルが気を利かせて、ブーンを抱き上げて連れて来た。
涙と鼻水で、クックルの顔はぐしゃぐしゃになっていた。
床に降ろされたブーンも、泣きながらクールノーの元に走って来た。
拒まず、クールノーは二人を力いっぱい抱きしめた。

二度と忘れない様に。
腕にその感触を刻みつけるように。

川 ゚ -゚)「二人とも、これだけは忘れないでくれ」

295 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:30:01.03 ID:oBa/jAml0

胸の中で、二人は頷いた。

川 ゚ -゚)「私達は、お前達を愛している」

その言葉の直後、ショボンは指を軽く鳴らした。
これを合図に、二人は眠りに落ちるように大人しくなった。

川 ゚ -゚)「これが今生の別れでは無いだろう、泣くのは今日だけにしておくんだ」

二人を抱きかかえて、クールノーは立ち上がった。
王の威厳はそこには無く、代わりに母の強さがその顔に浮かんでいた。

川 ゚ -゚)「行って来る」

光学不可視化迷彩を使用して三人分の姿を消し、クールノーファミリーの本部へ向かう。
足取りは重かった。
柵を飛び越え、デレデレの私室へと向かう。
打ち合わせ通りに部屋へ入ると、そこではデレデレとでぃ、そしてロマネスクが待っていた。

偽装を解除して、クールノーは事情を説明した。
出来れば何もしたくなかったが、あのままだとツンとブーンの心を傷つけてしまう。
絶対に、クールノーはそれだけはしたくなかったのだと。
話を聞いた三人が、悲しそうな顔を浮かべる。

川 ゚ -゚)「……これが、最善の選択だった」

ζ(゚、゚*ζ「……そう」

デレデレは、呟く様にそう言った。

299 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:35:09.32 ID:oBa/jAml0

ζ(゚、゚*ζ「ねぇ、教えてくれる?」

川 ゚ -゚)「何だ」

ζ(゚、゚*ζ「ツンちゃんと、ブーンちゃんの事は好き?
      忘れられたとしても?」

川 ゚ -゚)「ツン達が私を嫌悪しても、私は二人を愛している」

答えを聞いたデレデレが、嬉しそうに笑んだ。
悪戯っぽく目を細める。

ζ(゚ー゚*ζ「よかった」

それ以上、デレデレは何も訊かなかった。
そして、話していた通り、クールノーはデレデレに扮し、クールノーファミリーを指揮し始める。
仕事から解放されたデレデレは、我が子達と思う存分遊び、時にはクールノーを手伝いもした。
クールノーがツンに会いたいと言えば、デレデレは喜んでそれに応じた。

二人の人間が、一人の人間として一家を統率している事に、誰も気付けなかった。
この年、水平線会に二人の人間が新たに加わった。
英雄の都から逃げ出した、トラギコ・バクスターと、ミルナ・アンダーソンである。
抗争は激しさを増す一方で、数多くの手練が生まれ、そして死んだ。

順調に成長を遂げるドクオの様子は、ロマネスクを通じてクールノーの耳に届いた。
何でも屋として働き始めたドクオは、抗争に巻き込まれることなく、着実に仕事をこなす機会が増えていた。
殺しの回数は、早くも二桁に到達していた。
学も身に付いているようで、順調に成長をしていた。

302 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:38:31.92 ID:oBa/jAml0

ツンとブーンが10歳になり、いよいよ、その時が来た。
裏社会の一員としての教育を一通り終わらせ、後必要なのは、実戦と経験だけだった。
それだけが唯一、二人を成長させる。
デレデレはペニサスやギコ達、信頼のおける部下達の前に二人を披露した。

やや戸惑った物の、最終的には皆がデレデレと二人をサポートする事で話は締めくくられた。
三日と云う短期間の中、ペニサスとギコは実によく二人を鍛えた。
狙撃に必要な計算などを、ツンは必要としなかった。
ツンは、母親を凌駕する狙撃の才能を持ち合わせていたのだ。

その際に使われた銃が、VSSヴィントレス。
拳銃の扱いから、近距離での格闘術。
更には銃を使った術など、ペニサスはツンに徹底的に教え込んだ。
飲み込みが早く、ツンは殺し合いの場で足手纏いになる様な醜態は晒さない程度の力を得た。

一方、ブーンはあらゆる面で凡才だった。
射撃、格闘。
どちらも、ツンの様に特出した部分は見られなかった。
担当したギコは、どうにかしてブーンに何かしらの才能を見出そうとした。

見つかったのは、意外な才能だった。
自分自身は勿論の事だが、誰かを護ると云う技術に関して、ブーンは優れていたのだ。
その部分を伸ばす為、ギコは組織の人間達に協力を要請し、その才能を更に伸ばす事に成功した。
僅か三日の内で、"クールノーの番犬"は二人の子供を鉄火場に五回連れて行き、生還させた。

言わずもがな、万が一に備えてクールノーも同行した。
それから数カ月、二人の存在が知られる前に、デレデレは行動を起こした。
予てより話に挙がっていた、ブーンを水平線会に入れたのだ。
荒巻の信頼を得ていたでぃのおかげもあり、特に必要な根回しや工作は無かった。

306 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:42:16.84 ID:oBa/jAml0

予想外だったのは、ツンの反応だった。
長い間共に過ごしたブーンは、ツンから見れば兄弟同然の存在だ。
それ故に、ツンが寝ている間にデレデレはブーンを水平線会へと送り出す事にした。
この方が、少しは心の傷も少なくて済むと考えての決断だった。

ところが、それが思いもよらない結果を招いてしまった。
目が覚めて事実を知り、あまりにもショックを受けたツンは涙一つ流さなかった。
そして、次の瞬間には、ツンの記憶からブーンの存在が完全に消えていた。
自分達の目的のためとはいえ、我が子を巻き添えにすると云う事は、あまりにも心が苦しい事だった。

可能であれば、巻き込む事などしたくは無い。
それが親心だ。
子供には平穏無事に、幸せに暮らしてもらいたい。
デレデレもでぃも、ロマネスクもクールノーも、皆そう思っている。

ここが、この都が、そう云った場所であったなら、それも叶ったかもしれない。
ありとあらゆる欲望が渦巻き、何もかもで満ち溢れているこの都に限って、それだけは有り得なかった。
親として彼等に出来る事は、この先、彼等がこの都で生きて行ける環境を整えてやる事だけ。
苦渋の選択をし続ける事を、彼等は昔に決意していた。

だから、こうして今がある。
裏社会全体を巻き込んだ抗争の激化でさえ、彼等の気持ちを一ミクロンも揺るがす事は敵わなかった。
渡辺がロマネスク一家に参入し、No2の座についた。
彼女が持つ実力とその忠誠心を見込んで、ロマネスクは渡辺に一家を継いでほしいと頼んだ。

この先、ロマネスクが死んだ後、一家を纏める人間が必ず必要になる。
義を重んじる人間で構成されたロマネスク一家だが、彼らが認めた人間でなければ彼等は仕えない。
先に仕えている者達の中で、首領の座に就きたいと思う者は皆無だった。
今の段階で、彼等の主はロマネスクただ一人だからだ。

309 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:46:27.45 ID:oBa/jAml0
そのロマネスクが認めた人間であれば、彼等は疑うことなく従うだろう。
そう云った事を考え、ロマネスクは自分の心臓の事、歯車王が始まりの歯車である事。
正体までは明かさなかったが、必要事項は伝えた。
一応、渡辺は了承して、一家のNo2の座を降りた。

入れ替わる様にして、遂にシャキンがロマネスク一家に参入した。
これまでの記憶を全て消し去ったのは、シャキンは知り過ぎていたからだ。
今後、シャキンにはやってもらいたい事があった。
彼の記憶を封じたのは、兄のショボンだった。

ロマネスクの身辺が慌ただしくなり、シャキンは瞬く間にその才覚を発揮。
参入したその日の内に、No2の座に就いた。
"鉄足"シャキン・ションボルトの名は、一夜にして裏社会全体に知れ渡る事となる。
抗争が終わる数週間程前、シャキンが片足を失ったのは、誰も予想し得なかった事態だった。
部下を引き連れていたのだが、運悪く濃霧で散り散りになってしまったのだ。

当時のシャキンは、一人で十人以上を同時に相手にする事が出来た。
彼の心に慢心が無かったと言えば、それは嘘になる。
一対一で戦いを挑んで来たのは、盗まれたクックルの遺伝子を元に作られた、一人の女だった。
それが、素奈緒ヒートである。

彼女の正体は、この都に入る時に登録された遺伝子情報を照会して、すぐに分かった。
全く持って予想外の人物の登場に、だがしかし、喜ぶ者がいた。
クックルからしてみれば娘の様な存在に当たる為、彼は大はしゃぎだった。
そして今から五年前、長く続いた裏社会の抗争に終止符が打たれた。

でぃが全身に重度の火傷を負ってしまった事と荒巻の逃亡を許してしまった二点を除けば、予定通りだった。
情勢が落ち着いて来た頃合いを見計らって、遂に四人の幼馴染は計画を発動させる事を決意した。
全ては、彼等の最愛の友人に死を与える為に。
歯車の都中を巻き込んだ、巨大な陰謀の歯車を廻し始める。

312 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:50:06.85 ID:oBa/jAml0

武器屋として雇っていたモララー。
妹の病気を治す事を条件に、その高い技術力と頭脳を貸す事になった流石兄弟。
抗争中に死亡した男を、ビコーズ達の司令塔として実験的に改造して蘇らせたオワタ。
でぃが逃がそうとしたものの、運悪く追手につかまり、凌辱の限りを尽くされて死の淵に居たしぃ。

クールノーの元には、十分過ぎるほどの駒が揃った。
後は、この駒を使って立ち振舞うだけだ。
計画は、デレデレが考案した。
ドクオだけに拘るのではなく、クールノーに関係のある人間で、相応しい者に殺してもらおう、と。

ヒート、ツン、ブーン、そしてドクオの四人が選ばれた。
御三家が歯車王の暗殺をこの四人に依頼して、残りはあらかじめこちらで用意した人間を充てた。
自分を殺す可能性のある人間の顔を直に見る為、クールノーも素性を偽ってその場に参加する事となった。
歯車王の素顔を知るのは、幼馴染とクックル達だけであるので、誰も疑わなかった。

モララーと兄者には、素直クールは歯車王のメッセンジャーだと伝えて置いた。
人員の選抜が終わり、後は時を待つだけとなった時、渡辺がこの計画を妨害する為、しぃと接触を試みると云う事件が起きた。
何が何でも妨害される事を防ぎたかったロマネスクは、ドクオに渡辺の始末を依頼。
結果として、それは失敗に終わった。

事情を知らない渡辺がクールノー元に機械化を依頼しに来た時、正直どうしたものかと考えた。
これから先の事もあるが、一人の人間として、渡辺の行動は尊敬に値した。
結局、クールノーは渡辺の体を機械化する事にして、自分の目的だけを教えた。
様々な問題を乗り越え、その日がやって来た。

最初にクールノー達が試す事にしたのは、観察力と洞察力の部分だった。
あえてヒートと同じ読みの名を名乗り、面識がないにも拘らずその字が違う事を指摘する。
誰も、その行動に疑問を持つ者はいなかった。
続いて試したのは、咄嗟の状況からの冷静な分析力及び行動力。

317 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:55:02.75 ID:oBa/jAml0

侵入者役のルーデルリッヒ兄弟の見せたトリックを見破る事は出来なかったが、反応と対応に関しては合格だった。
しかし、その日のテストで分かったのは、選んだ四人は未だ不完全だと云う事だ。
今のままでは、誰もクールノーを殺せない。
少しばかり焦ってしまった事を反省し、クールノーは長期に渡ってこの計画を進める事を決定した。

暗殺決行の日、クールノーは私兵とクックル達を導入して、四人の精確な実力を把握しようとした。
唯一、ヒートだけが期待以上の結果を残した。
ドクオは論外だった。
平均以上の実力があるのだろうが、模造品の渡辺ぐらいは撃退してほしいところだった。

ブーンとツンの二人も、残念ながら期待以上の結果は残せなかった。
元々ブーンに攻撃力を求めていなかったが、オワタの攻撃からツンを護り抜いたのだけは、期待通りだった。
二人はまだ若く、実力が成熟していない事が明らかとなった。
深手を負ったブーンを治療する為、ショボン達に回収してもらった。

人員配置を意図的に細工し、更には自分の姿を模した人形を使い、歯車王の姿でそれをモララーの前で壊して見せた。
素直クールの死をモララーは信じ、"歯車王"はモララーに次の仕事の指示を出すまで身を隠しているように伝えた。
思いもよらず、その光景をヒートが目撃していたおかげで、素直クールが死んだと云う事に信憑性が増した。
一夜明け、クールノー達幼馴染は次の計画で、四人を成長させる事を主な目的にする事にした。

そこで考えられたのが、モララーとまたんきを使った"霧裂きジャック"と云う作戦だった。
兄者の死体や、ツン達が潰した死体を利用して、架空の殺人鬼を作り上げ、それを始末させると云うものだ。
だが、下準備が終わった所で、大問題が発生してしまった。
フォックス達、表社会の人間による謀略である。

モララー及びモナーが、フォックス達の企みをクールノーに教えた。
だがその情報がクールノーに伝わった時には、新たに揃えた人員の元に、フォックスの私兵が襲撃を仕掛けていた。
全く新しい技術。
歯車に頼らず、既存の技術を進化させた物だった。

321 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/03(日) 23:59:19.55 ID:oBa/jAml0

急遽予定を変更し、その対応に追われる事になる。
此処からは、ドクオもよく知っていた。
ナイチンゲールで、モララーの模造品に殺されそうになった時、あの場にクールノーはいた。
と云うより、万が一に備えてあの作戦に参加していたと言うのだ。

ヒートとドクオが別れたのを狙い、尾行を始めようとしたところで、あの場面に出くわしたと言う。
止むを得ず偽者を破壊するついでに、ドクオにそれを見られないよう、後頭部をドリルで強打。
その際、背中の部分をドリルが巻きこんでしまい、破けてしまった。
まだドクオには早いと判断して、クールノーがロマネナイフを回収。

結果として、ドクオは命を救われ、ロマネナイフを没収される事になった。
知らなかったのは、モララーとまたんきの事だけだった。
あの二人は指示を待たず、自主的にフォックス達の元に潜り込んだのだ。
その先、自分達がどうなるかぐらいは理解していただろう。

だから、あの時。
モララーは、雇われの家庭教師と言ったのだ。
単独でルーデルリッヒ兄弟を打ち破り、そして目的であったフォックスを殺した。
最初の頃とは違い、ドクオの成長には目を見張る物があったと、クールノーは続ける。

更にその後のドクオの成長を後押ししたのが、狼牙の死だ。
自らの手で狼牙を殺す事によって、ドクオは一つ、大きな線を越えたのだ。
幼馴染達も、ツンも、ブーンも、ヒートでさえもその一線は越える事が出来ていない。
愛する者をその手で殺すと云う、その一線を。

度重なる予想外の事態が終わり、クールノーはドクオ達の成長を確信し、最後の賭けに出た。
今なら、賭けをしても問題がないと判断した為だ。
決して、分は悪くない。
図らずも、フォックスの起こした騒動を通じて、四人にこれまで欠けていた実力が備わっていた事が、この決断を後押しした。

326 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:02:23.18 ID:kKKkoakf0


ブーンとツンは、他を圧倒する連携力を。
ヒートは、その技と力に更なる鋭さを。
中でも著しく成長を遂げたのは、ドクオだった。
銃の技術と、特異な技を身に付けただけでは無い。



狼牙の死によって精神面でも強くなったドクオは、四人の中で一番成長していた。
機は熟した。
これ以上は、もう期待できない。
長きに渡る計画と願いは、その四人の内、誰かが叶える。



シャキンはその思いを成就させる為に。
ビロード兄弟とショボンは、ツンとブーンの成長を見届け、奪った記憶を返す為に。
しぃは生きる為、クックルは最期にでぃと白黒つける為に。
渡辺は、ロマネスクを死なせない為に。



それぞれが、他でもない自分達の目的の為に殺到する。
人として死ぬ願いを叶えるために、都中を巻き込んだ最後の作戦。
平和に暮らしていた人間の平穏を踏みにじり、蹂躙する。
全ては終焉の為に。

だからこそ、この作戦は"インベイジョン"だったのだ。

333 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:08:23.46 ID:+6lBxjjj0




そして最後に、クールノーは付け加えた。
戦っている時、どうして、ドクオに例の現象が起きなかったのかを。
殺す気が無かったから、答えは、それだけだった。
言われて、ドクオは初めて気付いた。


何度も攻撃はあったが、どれも、命を奪う様な攻撃では無く、意識を遠ざける為の攻撃だった。
ドリルの刺突は、ドクオが回避できると想定して繰り出された攻撃であって、刺突が当たる事は無く、打撃を加えるだけだったと言う。
頭では分かっていなくとも、体がそれを分かっていたから、ドクオの思考は加速する事は無かったのだ。
では何故、最後にドクオがあの幻想を見れたのか。


それは、ドクオの肉体が徹底的に追い詰められたからである。
幻覚によって意識が朦朧としている中で接近するドリルを見たものだから、体が死を覚悟した。
結果、ドクオの才能が重い腰を上げ、幻覚をあの短時間で看破した。
あれで駄目だったら、それこそ死ぬ寸前まで攻撃を加えるつもりだったと、クールノーは笑いながら言った。



――――――――――――――――――――



339 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:11:06.98 ID:+6lBxjjj0

一気に語り終えたクールノーは、疲れた様に溜息を吐いた。

川 ゚ -゚)「……ふぅ。
     これが、全てだ」

ドクオは、言葉が出せなかった。
何を言っていいのか、この状況では思いつかない。
つまり、ドクオは最初から最後まで、この四人の手の上で踊っていた。
何もかもが、クールノー達の思惑通りだったと云うわけだ。

仕事で請け負った以上、ドクオは別にそれでも構わなかった。
例え利用されていたと知った今でも、怒りを感じる事は無く、ただ感じていたのは。
驚きと。
そして、深い悲しみだった。

川 ゚ -゚)「どうした……
     そんな……顔をして?」

('A`)「……何でも、ねぇよ」

血の繋がりを持つ家族を殺すのは、これが初めてではない。
だが、ドクオが感じている悲しみは、狼牙を殺した時に感じたそれに似ていた。
同じ種類だと言い換えてもいい。
殆ど拘わり合いにならず、だが、ドクオに危害を与える事も無く。

目的はさて置き、クールノーは本当の意味でドクオを見守っていたのだ。
彼女がロマネスクと出逢っていなければ。
デレデレとでぃと出逢っていなければ。
どれか一つでも欠けていれば、今こうしてドクオが生きている事は無かった。

342 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:14:10.24 ID:+6lBxjjj0

父親に殴られ続け、何も考えずに生きていたに違いない。
生きる事を与えてくれたのは、この四人なのだ。
だから、恨む理由がない。

ζ(゚ー゚*ζ「怒ってるかしら?」

('A`)「まさか」

本音を言うと、ただ、寂しかった。
時間と機会が許すのであれば、クールノーともう少し話をしたかった。
家族同士が話す様に、自然な話題を。
今なおドクオが憧れ、望んでいるのは、そう云った物だったが。

やはり、それは憧れで終わってしまう様だった。
この仕事が終われば、千春や銀との繋がりも終わってしまう。
明日からは、また、独りで生きて行かなければならない。
いつも通りの日常に戻るだけだと云うのに、ドクオは、それを未練がましく思ってしまう。

(#゚;;-゚)「そうか……」

離れた距離に居たドクオは、ロマネスクにどうしても聞きたい事があった。
ふらふらとロマネスクに近付くドクオを、デレデレとでぃは黙って見ている。

('A`)「……ロマネスクさん、あの日、どうして俺を助けてくれたんですか?」

あらゆる意味でドクオを救ってくれたロマネスクの、あの日の行動。
裏社会では"魔王"と恐れられるロマネスクが、どうしてドクオを助けてくれたのか、知りたかったのだ。

( ФωФ)「ほぅ、知りたいのか?」

345 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:17:06.18 ID:+6lBxjjj0
嬉しそうな響きを含ませた声で、ロマネスクは尋ねた。

('A`)「えぇ、是非」



( ФωФ)「我輩が、お主を気に入ったからだ。
       お主は、若い頃の吾輩にそっくりでな。
       ただ、それだけだ。
       他意は無い」



それと、と言ってロマネスクは、一つだけ付け足した。

( ФωФ)「お主は、お主が思っている以上に皆に気に入られているのだよ」

裏社会最大の組織の首領は、今、この時ばかりは"魔王"ではなく。
真剣な話をする、一人の男の顔をしていた。
ロマネスク一家の人間が皆、ロマネスクを慕う理由が、何となくだがドクオは分かった気がした。

( ФωФ)「ドクオ、少し、耳を貸してくれるか?」

ドクオは返事をする代わりに、ロマネスクの前に跪いて耳を向けた。
伝えられた言葉に、ドクオは大きく困惑した。
反射的に言い返そうとするドクオに、ロマネスクは笑顔を向けた。
考えさせてくれとだけ言って、ドクオは明確な返答を避けようとした。

だが、不思議と断ろうとは思わなかった。
このタイミングでそんな事を頼むと云う事は、ロマネスクがドクオを認めてくれている事の証に感じたのだ。

350 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:20:06.51 ID:+6lBxjjj0
( ФωФ)「ふふ、全てはお主次第だ。
       断るもよし、受けるもよし、だ。
       一応、下準備は全部済んでいる。

       どうする?」

ロマネスクが、その手をそっと差し伸ばした。
ゴツゴツとして、傷だらけで、すっかり硬化した掌。
それは、積み上げて来た歴史と苦労を雄弁に物語る。
震える手で、ドクオはその手を握った。

固い握手を交わしながら、ロマネスクが言う。

( ФωФ)「これは、男と男の約束だ。
       頑張れるか?」

('A`)「そう、狼牙と約束しましたから」

( ФωФ)「よし」

一際強くロマネスクが手を握り、ドクオもそれに応える様に手に力を入れる。
身分も年齢も関係なく、一人の男同士として、その握手は交わされた。
気付けば、震えは止まっていた。

川 ゚ -゚)「……ドクオ」

握手を終え、名残惜しげに手を離す。
待っていたかのように、すっかり弱々しくなった声が、ドクオの名を呼んだ。

('A`)「ん?」

358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:23:00.09 ID:+6lBxjjj0
家族に接するように、ドクオは気遣う様な声で答える。

川 ゚ -゚)「済まなかった……な、巻き込んで……しまって」

('A`)「いいさ、別に。
   怒っても無いし、恨んでもいないよ」

嘘や気休めではなく、ドクオは本心からそう言った。
家族の望みを叶えた。
それは、狼牙を殺したのと、何ら変わりがない事だったからだ。
ロマネスクの肩に頭を預け、クールノーは目を薄く細めた。

今にも眠ってしまいそうなほどに。

川 ゚ -゚)「そう……か……」

一つ息を吸い、クールノーは嬉しそうに言った。
きっと、気にしてくれていたのだろう。
自分の目的を叶える為に、ドクオを利用した事を。

川 ゚ -゚)「悪いが……そろそろ……
     眠く……なって、来た……」

( ФωФ)「そうか。
       では、共に寝るとしよう、クー」

クールノーが、その指でそっとロマネスクの瞼の上の傷を愛おしげになぞった。
今、約束が果たされようとしている。
聞こえるのは風の音だけだった。
始まりの歯車がその動きを止めると云う事は、都中の歯車が止まると云う事。

364 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:26:03.38 ID:+6lBxjjj0



余計な物は、何も動かない。

離れた場所の歯車から、それは始まっていたのだ。

例えば、ライフラインの供給に使われている歯車。

そして、延命の為の装置も例外では無かった。



――――――――――――――――――――


 都の随所で、歯車の技術を使った装置が停止を始めていた。

 発電所から送られてくる電気は、途中で途絶えた。
自家発電機を持っている者は助かったが、一般家庭や会社では何の前触れも無しに停電した。
ガス、水道も例外では無く、全てのライフラインが遮断される。
一瞬にして、ノリル・ルリノの残した歯車が、都中で動きを止め始めた。



375 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:32:27.04 ID:+6lBxjjj0











 とある少年が、容体が急変した祖父母の名を呼ぶ。
その少年の親族も、その名を叫ぶ。
声は届かない。
少年の祖父母は、二度と返事をする事は無かった。



    命に終わりがある事を、少年は痛感した。











378 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:34:04.71 ID:+6lBxjjj0










 シャキンとヒート、そしてツンとブーンが搬送された病院では、非常用電源が動きだし、歯車の技術が使われていない装置が辛うじて動いていた。
一部の手術道具と装置が使えない以外、特にこれと云った問題は起こっていない。
負傷したヒートとシャキンは、窓の外に広がる異様な景色を眺めていた。
シャキンは記憶を取り戻し、ヒートに全てを話し始めた。



            月明かりと星明かりが、二人の悲しげな顔を照らしていた。











381 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:36:03.06 ID:+6lBxjjj0










 別の病室に、ツンとブーンの姿があった。
手術が終わり、顔に巻かれた包帯の隙間から、ツンは隣で眠るブーンの顔を見た。
そして、空に浮かぶ大きな満月と星空を見て、全てを理解した。
溢れ出した涙で、包帯が濡れた。




       涙は止めど無く溢れ、声にならない嗚咽が漏れた。











383 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:38:35.95 ID:+6lBxjjj0









 ナイチンゲールの屋上で、クックルとしぃは満月と星空が見せる圧倒的な光景に感動していた。
屋上のフェンスに背中を預け、二人は無言で空を見上げていた。
しぃはクックルの肩の上から見る空に、涙を流して感動している。
二人は、今まで感じた事のない安らぎに包まれ、静かに息を引き取った。




        穏やかな笑顔を浮かべ、まるで寝ているようだった。












388 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:40:04.00 ID:+6lBxjjj0











 裏通りの居酒屋で酒を飲んで騒いでいた阿部達も、その空を見ていた。
皆が言葉を失い、涙を流した。
意識がぼやけ、力の抜けた体で、彼等は誰からともなく抱き合った。
逢えてよかった、話せてよかったと。



    一人残らず別れを告げ終えた時、その店には満足そうな死に顔を浮かべた者達しか残されていなかった。











396 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:42:03.65 ID:+6lBxjjj0










 銀と千春は、ロマネスク一家の屋上から夜空を見上げていた。
雲一つない夜空が意味する物を、二人はロマネスクから聞かされていた為、驚く事は無かったが、喜ぶ事も無かった。
これから、二人はロマネスクに託された仕事を片付けなければならない。
これまで仕えて来た主との別れを悲しむのは、その後でも構わないのだ。



         でも、涙は流れてしまった。












399 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:44:01.31 ID:+6lBxjjj0



 デレデレとでぃは、二人の友人の願いが成就される瞬間を、無言で見守っていた。
余計な言葉は要らないと、そう、決めていたのだ。
別れは何時だって辛いが、これはクールノーとロマネスクが望んだ事。
人として、満ち足りた人生を成就させる為に必要なことだった。

クールノーファミリーも、ロマネスク一家も。
元はと言えば、その為に作られた組織なのだ。
友人として、二人はクールノーにもロマネスクにもまだ死んで欲しくは無かった。
本人が望んだ事とは雖も、永い間共に過ごした友人がいなくなるのは、やはり、悲しいのだ。

もう、逢えなくなる。
もう、話せなくなる。
もう、触れられなくなる。
でも、思い出す事は何度でもできる。

友として。
家族として。
また、一人の人間として。
二人は、クールノーとロマネスクを心から尊敬し、愛していた。

望みが叶ったのなら、それは喜ぶべき事だ。
別れを惜しむ時間もあったし、やり残す事がない様に過ごしてきた。
激動の人生を精一杯、全力で生きた二人は、ここで終わる事に未練を感じていない。
だから。



401 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:46:02.85 ID:+6lBxjjj0














だから、二人は最後の言葉を送る事にした。


       お休みなさい、と。












405 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:48:11.73 ID:+6lBxjjj0




 ドクオは、自分が導いた終焉に、何の罪悪感も抱いてなかった。
恩人が望んだ事を叶えた、それだけだ。
義に生きる事を決意できたのも。
家族の温もりを知る事が出来たのも。

あの日のままでは、どれ一つとして手に入らなかった。
二人の恩人が死に行く様を、ドクオは黙って見る。
穏やかな空気が、二人の間には流れていた。
きっと、未練も後悔も無いのだろう。

決して泣かないよう、ドクオは掌から血が出るほど強く、強く拳を握りしめた。
声が震えていない事を願って、ドクオも最後に言葉を送った。







         ありがとう、と。






408 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:50:11.73 ID:+6lBxjjj0

 友人達の言葉を聞いて、ロマネスクはゆっくりと瞼を上げた。
50年ぶりに見た世界で、最初に黄金色の瞳が見たのは、クールノーの浮かべる笑顔だった。
これを見たかった。
この笑顔の為だけに、ロマネスクは人生の全てを捧げた。

幼少期、決定づけられたと思っていた自分の人生を変えてくれた恩人に、今、ようやく恩返しができた。
満足感と充足感、そしてクールノーの笑顔に、ロマネスクは笑みながら涙を流した。
報われ、満たされた。
友人達に看取られながら死ねる幸運に、感謝した。

決して楽な人生では無かった。
遠かった。
ここに来るまでの道のりは、本当に遠かった。
でも、決して辛いだけの人生では無かった。

己の義を受け継ぐ者が生まれ、愛する者と共に逝ける。
ここまで生きた事は、全て無駄ではなかったのだ。
自らの死は、訪れるべくして訪れ、受け入れるべくして受け入れる。
既に、心は決まっていた。

もう、思い残す事は何もない。
これ以上、何も望めない。



        感極まって、ロマネスクは渡辺の亡骸とクールノーを強く、強く抱きしめたのだった。



414 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:52:01.94 ID:+6lBxjjj0

 クールノーは無意識の内に、笑顔を浮かべていた。
本当に。
幸せで、幸せで。
これ以上にないぐらい、幸せに満ち溢れた笑顔を浮かべた。

永い。
悠久とも思える時間を過ごし、そして、夢を見た。
人として、最期は愛しい人の元で死を迎えたいと。
そう、願った。

その願いが。
遂に、叶うのだ。
娘と息子を持つ事も叶い、強く育ってくれた。
他には、もう何も望まない。

500年間続いた歯車としての役割は、今日で最後なのだから。
想うのは、安らかな眠りだけだった。
ロマネスクを抱き返し、その唇に、自分の唇を重ねる。
その瞬間、クールノーの体は、重い枷から解放された様に楽になった。

体から力が抜け落ちる感覚。
唇を伝って感じる、ロマネスクの温もりだけしか考えられない。
愛する人と抱き合い、口付けを交わすだけで、こんなにも幸せな気持ちになれる。
瞼が、とろんとしてきて。

もう、これで。
誰にも邪魔されずに。
ゆっくりと、休める。
歯車として産まれ、人として生きて、一人の女性として死ねる。

419 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:57:39.52 ID:+6lBxjjj0





たった一言。
クールノーは、心の中で思った。



"満足な人生であった"、と。



涙の味と、ロマネスクの笑顔を最後に、全身の感覚が雪の様に溶け―――




―――二人が眠る様に息を引き取った直後、500年続いた歯車の都の歴史が、静かに終わりを告げた。





('A`)と歯車の都のようです
  最終第三部【終焉編】
  -Episode Final-『Gear』
Ending Song『King of Solitude』鬼束ちひろ
                            END

423 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 00:59:13.30 ID:+6lBxjjj0










                 Epilogue










433 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:03:11.09 ID:+6lBxjjj0

午前十一時、一台の黒い三菱・ランサーエボリューションが、サルバトーレ・ハイウェイを疾走している。
次々に車を抜き去るその様は、黒い風の様に颯爽としている。
運転手のジョージ・フィラデルフィアは、アクセルを踏み込んで、更に車を加速させた。
浅黒い肌に短髪と云う、典型的な南米系の血を引くジョージの荒っぽい運転は、最初は戸惑うものの、次第に慣れ、やがてはこれが癖になる。

車内には音楽は無く、楽しげな会話の代わりに沈黙があった。
風を切り、タイヤが軋む音だけが、唯一の音だった。
最も、車内でそれを気にする者など、一人もいない。
これは、楽しいピクニックや愉快なハイキングではないからだ。

助手席でサングラスを掛け、外の景色を眺めている白人のハリス・ベネ・アンディは、この運転に十年以上付き合っているだけあって、静かな物だった。
前を走っていた黒のアウディを接触ギリギリのところで追い越した際、スキンヘッドの運転手に睨まれても、肝を冷やす事は無い。
彼の肝を冷やし得るのは、45口径以上の銃と奥さんの手料理。
そして、後ろに座っている彼の上司だけだと、職場ではよく言われている。

ジョージとハリスの上司に当たる、対外地情報局長官アノニマス・ウンベルト・コールドブラッドは、後部座席で腕を組んで目を閉じていた。
齢28歳だと言うのに、その容姿はまだ10代後半の青年その物だった。
気苦労の絶えない部署に配属されても白髪一本生えておらず、外見だけで判断するならば、彼は苦労を知らずに育ったと誤解するのも、無理からぬ話だ。
事実、ジョージとハリスの二人も、部下として初めて彼に会った時は、良い印象を抱いていなかった。

ジョージ達の部署は、デスクワークは経験豊かなベテランが担当して、体力のある若手は現場が主な職場となる。
当然、上司はベテランの、例えばジョン・マクレーンの様な凄腕だと、相場が決まっている。
上司に対する不満は、組織全体に歪みを生む原因となり、組織の歪みは任務に支障をきたす。
彼の配属された部署が、パソコンを扱うだけの事務職なら不満の声は上がらなかった。

組織の中は、大きく"内"と"外"の二つに別けられ、ジョージ達の部署は体を使う"外"の方だった。
巨大な麻薬組織の摘発や、テロリストの捕縛、国にとって不利益な人間の始末など、兎に角腕っ節が物を言う。
ところが、やって来たアノニマスは色白で、体つきは貧相だった。
数人の女性からは、あれならアメフトの選手を雇った方がマシだとさえ、初日から言われていた。

439 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:07:03.23 ID:+6lBxjjj0
銃を撃てば腕が折れるのではないかと、皆、冷ややかな目でアノニマスを見ていた。
死ぬか自主退職をするかで、署内では博打にまで発展していた。
実際に何度も現場で共に仕事をする内、彼等はアノニマスに対する評価と認識を改め、どうしてここに配属されたのかを理解した。
アノニマスは確かに力は無いが、その代わりに、残忍さと狡猾さを持っていた。

任務の障害となるのであれば、例えそれが無関係な人間であろうとも排除した。
必要なら言葉巧みに利用し、証拠を残したくない場合は躊躇うことなく始末して、任務を遂行させた。
それまで滞っていた任務の多くは、アノニマスの就任と共に解決した。
一ヵ月ほどで、アノニマスは署内の女性から絶大な支持を得ていた。

人間的な面はさて置いて、組織にしてみれば、彼ほど優秀な人材も珍しい。
倫理や道徳観等は、彼にしてみれば単なるしがらみでしかなく、彼には通用しないのだ。
だからこそ考え付く事があり、今回の任務も、彼の発案だった。
任務とは言うものの、情報を収集する事では無く、それは新たなビジネスを売り込みに行くことだった。

最近、経済的に打撃を受けた彼等の大国は、彼等の所属する組織の予算を大幅に削減した。
予算が減ると、必然的に彼等の仕事に支障をきたし、悪循環が始まってしまう。
そこでアノニマスが提案したビジネスとは、人身売買だった。
フットワークの軽さと、事後処理の豊かな経験を生かして、孤児や誘拐した子供を売り飛ばして、金を稼ごうと思いついた。

正に、逆発想。
今までは、自分達がそう言った人間や組織を捕まえ、殺す立場にあったが。
逆を言えば、彼等はその手口を知りつくしており、誰かに知られない限り、真実は永久に闇に葬り去る事が出来る。
倫理と道徳を無視できるからこそ浮かび上がる発想に度肝を抜かれ、彼の上司は万一の際には関与を否定すると云う条件の下、許可を与えた。

大きなリスクがあるが、人身売買は仕入れが安く、高く売れるので純利益が大きい。
彼等はそのリスクをもみ消す事が出来る、数少ない組織だ。
だとすれば、やらない理由がない、そう云う事だった。

「ジョージ、後どれぐらいだ?」

443 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:11:16.77 ID:+6lBxjjj0

ハリスが尋ねる。
また一台抜いてから、ジョージは答えた。

「お前がマス掻いて、一回イクぐらいだ」

呆れた風に、それじゃあ明日になるな、と呟いて、ハリスは頭を振った。
目指す場所は、このハイウェイの先にある。
ふと、ハリスは目の前の空の色が違う事に気付いた。
ある地点を境に、青空と灰色の空で別れている。

サングラスを外して確認しても、その差は明らかだ。
局地的な雨が降っていそうな、そんな怪しげな雲。
二人の注意が空に注がれた一瞬の内に、後ろから追い上げて来た白いプジョー406に追い越された。
瞬く間にそのプジョーは視界から消え、後には爆音だけが残された。

やがて、五人を乗せたランサーはトンネルに入った。

「おい、ビーチパラソルは持ってきてるか?
今日は日焼けしそうな天気だぞ」

ジョージが、そんな事を言う。

「それよりサンオイルを貸してくれ。
肌を小麦色にしたいんだ。
なぁ、コツは何だ?」

「コーヒーを飲みな、ブラックで」

「ホット・チョコレートでもいいか?」

448 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:14:02.70 ID:+6lBxjjj0

「駄目だ。
甘っちょろい奴になる」

冗談を言い合っている内、車はトンネルを抜け、不毛な大地の上に掛かる一本の橋に出た。
一気に開けた視界に見えたのは、幻想的と云わざるを得ない光景だった。
思わず二人は口を閉ざし、その光景に見入ってしまう。
あれが、歯車の都だ。

高層ビルがひしめきあう様に立ち並び、さながら、ビルの森。
不気味な威圧感を覚えるのに、どうしてか興奮してしまう。
ビルの麓は雲の様に白い靄が覆い隠し、都全体が雲の中にあるかのようだった。
ただの濃霧だと分かっていても、霧には思えない。

現代美術と、幻想が見事に一つになっている。
最初に口を開いたのは、ハリスだった。


「……すげぇな」


あの空間だけ、まるで別の世界の様に見える。
だが、それはあながち間違いでは無かった。
一年前に起きた大事件の後でも、歯車の都はどの国とも国交を持っていない。
完全に独立した、一つの都市国家。

幾つもの国が、事件後に都の支配者に接触を試みたが、接触できた者は皆無だった。
ハリス達の国の大統領も、その内の一人だ。
歯車の都の支配者、歯車王は一年に一回行われる歯車祭を除いて、絶対に公の場に出ない。
中には、歯車の都をテロ支援国家に指定すると云う国もあったが、どのような圧力に対しても決して反応を示さなかった。

453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:17:06.81 ID:+6lBxjjj0

結局、どの国も歯車の都に手を出す事は敵わず、今日に至っている。
そこで、彼等の出番だ。
人身売買のビジネスを通じて、都との間にパイプラインを作り、そこから徐々に影響力を持って行く。
気付いた時には、彼等も都の一員として迎え入れられ、他国に比べて事を有利に運ぶ事が出来る様になっていると云う算段だ。

もっとも、彼等にとってしてみれば、それは"ついで"であり、本命はあくまでも人身売買による資金の獲得。
パイプライン云々は、上層部に恩を売って潤沢な予算を得る事が目的だ。
正直な話、国交や国益よりも、彼等は自分達の利益の方が優先だった。


「ボス、見えてきました」


ジョージが、ルームミラーでアノニマスを見て、そう言った。
アノニマスは口元に笑みの形を作った。

「ジョージ、"シューティングスター"の準備はどうなってる」

「今朝の最終連絡によれば、異常は無いそうです」

満足そうに頷き、車内に静寂が訪れた。
検問所が近付いてきたところで、アノニマスは自身をより知的に見せる為のフレームレスのメガネを掛けた。
ジョージもハリスも、無言でサングラスを掛けた。
都に入る車と、出て行く車の多さは彼等の母国のハイウェイの優に5倍位だろうか、とジョージは思った。

六日後に控えた歯車祭が大きく影響している事は、容易に想像出来た。

「そうか、ならいい」

458 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:20:08.20 ID:+6lBxjjj0

やがて、検問所で搭乗者の遺伝子情報を採取され、次回から有効なパスカードを受け取り、彼等は遂に歯車の都に車を進めた。
見渡す限りの摩天楼に圧倒されながらも、誰一人として、車内で口を開く者はいなかった。
言い換えれば、圧倒されたあまり、言葉さえ出なかった。
豪胆で通るアノニマスでさえ、表情から驚きが読み取れるほど動揺していた。

聳え立つビルがあまりにも巨大で、自分が小さくなったのではないか、ビルに潰されてしまうのではないか、とジョージは思った。
ハリスもそれは同様で、時代の最先端を進んでいた都の持つ重圧感は、流石の一言に尽きる。
都の中を走る車は疎らで、これは、午後から行う歯車祭の準備の為の交通規制が影響していると思われた。
予定時刻になれば、大通りに残る車は例外なく運送業者のそれに統一される。

世界には多くの祭りがあるとは雖も、短期間で行われる大規模な祭りは珍しい。
去年の観客数を聞くと、予定の人数を遥かに越え、軽く1000万人に達していたのではないかと推測されている。
店側のスタッフやボランティアの人数だけで25万人を動員したのだから、それぐらいは軽く行くだろう。
今年の予定は、2000万人だとか。

大通りを進み、適当な一角でジョージは車を停めた。
時刻は、間もなく正午。
だと云うのに、空は夜の様に暗く、都全体は靄がかった様に薄暗い。
薄らとぼやけた町並みに浮かぶ街灯の明かりが、妙に心強い。

これから昼食を摂り、一時間後に、彼等は大切な仕事を控えている。
人身売買の商売を持ち込むのは、この都の暗部に巣食うマフィア。
一年前までは、この都の暗部、裏社会を支配していたのは三つの組織だった。
水平線会、クールノーファミリー、そしてロマネスク一家。

ところが、一年前、例の事件が起きた翌日、水平線会は裏社会から消え去った。
理由は未だに不明で、だがしかし、裏社会のバランスが崩れたと云う情報も無かった。
裏社会の頂点に君臨していたロマネスク一家は、初代首領の死後、別の人間が後を引き継いだと云う。
そして、彼等が今回交渉をするのは、裏社会で最大の派閥である、ロマネスク一家だった。

461 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:23:05.68 ID:+6lBxjjj0

ロマネスク一家の首領の名は、確か―――


――――――――――――――――――――

強風の吹く中、狙撃手、"ハンマーG"ブロッケン・オーランドは双眼鏡を覗き込みながら、タバコをふかしていた。
歯車の都に来て、一ヵ月。
ようやく、彼の仕事の日がやって来た。
この日の為に、ブロッケンは相棒の観測手、"マッド・アイ"リリ・グレイブディガーと共に耐えて来た。

時に、彼等は任務とあれば、どのような場所にでも足を運び、現地を詳細に調べ上げ、特徴を理解した。
風、湿度、天候による様々な変化等、必要以上に綿密に調べる必要があった。
全ては、狙撃の為だった。
一撃必殺を常とする二人に、この行動は当然の事だ。

砂漠や湿地帯、寒冷地での狙撃を経験しても尚、この都の天候は狙撃手にとって難しい物だった。
森や林は無いが、ビルやアンテナ、電線等が視界を遮り、湿度は日々変化している。
特に、風が厄介だった。
高いビルが多く密集しているせいで、風が出鱈目に吹き荒れる。

北西の風だと思っていたら、次の瞬間には南の風に変わる。
特徴や癖を掴むのに苦労したが、ようやく、把握できた。
もう、風は怖くない。
今や親友である。

思えば、ここまで風に苦戦したのは初めてだったかもしれない。
彼等の教官は優秀な人間で、生前、口癖のように風のもたらす影響について説明していた。
狙撃の成功の有無は、風が左右すると。
故に、味方につければ、己の気配さえ完全に自然と同化させる事が出来ると、熱っぽく語っていたのを、良く覚えている。

463 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:26:01.77 ID:+6lBxjjj0

戦場で吹く風と、街中の風は別物だ。
都市部の風と、田舎の風も又然り。
季節、交通量、周辺にある建物の種類等、風の種類を数えればきりがない。
だから、こうして現地に赴いて特徴を掴む事と、観測手の存在が狙撃手には必要だった。

世界大戦終結時にその重要性が認められるより以前に、英雄の都では既に戦時中に狙撃手と観測手の二人一組の形態に着目していた。
単独行動が生む弊害を軽減できるし、単独行動が常だった狙撃手の生存確率を高める事も出来る。
もっと早い段階で気付き、本格的にその体制を導入していればと、老練の英雄達は口を揃えて言う。
でなければ、"独裁の都"で、英雄の都出身の狙撃手達が23名も殺される事は無かった。

時代の推移と共に、彼等傭兵の居場所は戦場から街へと推移した。
国同士が起こす大きな戦争が無い時は、小国で起きた内戦への干渉、暴動の鎮圧、民衆の虐殺等に加担した為だ。
昔から変わらず求められているのは、要人の護衛と標的の暗殺だった。
何時の時代も、権力を持つ者程自分の事しか考えていないと云う事は、この事から明らかだった。

傭兵として英雄の都から派遣された二人に課せられた任務は、依頼人が交渉に失敗した際の安全確保だった。
相手はマフィアの首領。
交渉の失敗は、即ち、死にも等しい物として捉えなければならない。
真っ先に交渉相手を殺し、動揺を誘い、後は残りを撃ち殺すだけ。

今作戦で、二人は"シューティングスター"と云う名で行動している。
今まで何度も経験して来た任務ではあったが、ブロッケンは油断なく下準備を進めて来た。
厳めしい顔つきを不安げな顔に歪めたブロッケンは、無意識の内に疼き出した胸の傷を手で押さえていた。
嫌な予感がした。

昔から、この古傷が疼く時は決まって予定外の事が起きる。
一種のジンクスだ。
古傷から手を離して、自らの禿頭を撫でる。
そんなブロッケンの横で、相棒のリリは言った。

466 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:29:09.32 ID:+6lBxjjj0


⌒*リ´・-・リ「大丈夫よ、ケン」


長年、観測手としてブロッケンを見て来たリリは、彼の心中を察していた。
多くの戦場を共に生き抜いてきた二人の間には、硬い信頼関係が築かれている。
精神的な面で、ブロッケンはリリに何度も救われてきた。
14年前の、南米で起きた内戦に介入した際は、伝染病で苦しんでいるブロッケンを基地まで運んでくれた。

途中で敵対勢力の兵に襲われたが、リリは臆することなく、それらを排除した。

「あぁ、そうだな」

⌒*リ´・-・リ「万が一の時は、私が守ってあげる」

「そいつは頼もしい」

リリの顔立ちは昔から幼いままで、実年齢との差が10歳近くある。
幼児体型と云う事も相まって、リリにそう言われると、どうしても頬が緩んでしまった。
彼にとって、リリは何物にも代えがたい存在だった。

⌒*リ´・-・リ「まずは、腹ごしらえをしましょう。
       時間はまだあるわ」

そう言いつつ、スコープから目を離したリリは、傍らに置いていた紙袋を持ち上げた。
ブロッケンも、双眼鏡を外し、そちらに目を向ける。

⌒*リ´・-・リ「丁度、下で美味しそうなサンドイッチが売っていたの。
       結構大きいわよ」

469 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:32:04.72 ID:+6lBxjjj0
取り出したのは、子供の腕ぐらいの長さと太さのあるサンドイッチだった。
はみ出している具を見る限り、生ハムやレタス、マヨネーズにチーズと云った物が使われている。
灰色の迷彩柄にカラーリングされたチェイ・タックM200の横に、二人揃って腰を下ろした。

「毒は?」

⌒*リ´・-・リ「ないわ」

「なら、食べよう」

受け取ったサンドイッチを、口を大きく広げて一気に食べる。
軍隊で育った二人は、上品な食べ方をするよりも先にこの食べ方を学んだ。
時間を短縮し、食べられる時に食べる。
そうしないと、ハートブレイカーマン軍曹から凄まじい罵倒文句と共に、情け容赦のない制裁を受けなければならない。

あまりにも凄まじい訓練課程で、脱落者はいなかったが、数十人単位で死者が出た。
だが、軍曹の言葉は全て正しかった。
悠長に食事をしていて、突如として戦場に向かう事は多々あった。
基地に帰るまでは、手持ちの軍用食料と水筒の水だけと云う事は珍しくなく、運悪く水筒に銃弾が当たった場合は最悪だ。

数週間戦場に残る事もあり、空腹と喉の渇きに悩まされる兵士は少なくなかった。
狙撃兵として前線を支える二人は、人一倍そう云った事を経験しており、同時に、その重要性も理解していた。
街中での任務でも何が起きるか分からず、援軍や救援は来ないものとして考えている。
戦場で過ごした日々に比べれば、今こうして狙撃の対象が現れるのを待っている時間と云うのは、実に平和だ。


「美味いな」


⌒*リ´・-・リ「でしょう?」

475 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:35:03.45 ID:+6lBxjjj0
急いで食べ過ぎたのか、リリが少し咽る。
リリの口元に赤っぽい液体が付いているのを見て、ブロッケンは思わず笑ってしまった。

――――――――――――――――――――

アノニマス一行が入ったレストランは、昼食時と云うのもあり、多くの客で賑わいを見せていた。
大通りにあるこのレストランにいる客は、スーツ姿のビジネスマンやOLがほとんどだ。
店の奥の席に行こうとしたが、生憎先客がいた為、窓から出来るだけ離れた、壁際の席を取った。
ボディーガードの仕事も兼ねているジョージとハリスは、油断なく周囲に目を配らせる。

特に怪しい人間も見当たらず、人の多さも相まって、二人は警戒を解除した。

「問題はありません」

非常口の位置などは、しっかりと把握している。
いざとなれば、アノニマスだけでも逃がす事が出来る。

「よし、それじゃあ飯を食おう。
二人とも、何が食べたい?」

その言葉は、二人の部下に対して向けられたものでは無かった。
アノニマスの横、壁際に詰めて座っている、二人の少女に対してだ。

*(‘‘)*「……」


( '-')「……ぁぅ」

「おいおい、何時までそうしていじけてるんだ?
いい加減、諦めろ」

480 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:38:07.24 ID:+6lBxjjj0

仕事を円滑に進める為には、やはり、サンプルの存在は欠かせない。
潮騒の都で起きた津波で両親を失った二人の少女は、今回の商品サンプルとして相手方に差し出す為に、わざわざ連れて来たのだ。
随分と酷い時代になったと、アノニマスは嘆く。
本当に、酷くて素晴らしい時代だ、と。

引き取り先の親族が、自分達の借金返済の為に引き取った子供を売り飛ばすなど、可笑しくて笑えてくる。
金の無い人間が増えると、子供をわざわざ誘拐しなくとも、こうして格安で買い集める事が出来る。
それを転売すれば、まるで錬金術の様に金が生み出せた。
悪いとは思わないし、これがビジネスだ。

現実の世界は綺麗事では無く、金で動く。
愛で腹は満たされないし、世界を救うなど、噴飯ものの戯言だ。

「お前らの叔母さんは、お前らを売ったんだ。
どうしてそれが分からない?」

最初は二人とも、自分達が売られたとは信じなかった。
何時か叔母が迎えに来ると信じ、姉妹で励まし合っている様を見て、アノニマスは爆笑していた。
二人ようやく理解したのは、叔母が得た大金で車や家を買っている様子を見せられてからだった。
あの時の顔を思い出すだけで、アノニマスは興奮した。

「これから食えなくなるかもしれないんだぞ」

買い取り先の人間の趣向によって、二人の境遇は大きく変わる。
良識のある変態なら、まぁ、臭くとも飯ぐらいは食べさせてもらえるだろう。
サディストの元に行った場合は、運が無かったと諦めてもらう。
元より、二人がこの先どうなろうと、アノニマスには一切関係ないのだが。

注文を尋ねに来たウェイトレスに、ハリスはランチセット三つとお子様ランチ二つを注文した。

484 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:41:07.29 ID:+6lBxjjj0


「まぁ、俺は構わないが、お前らがやせ細ってるとウケが悪くなる。
そうすると、俺が困る」



絶望で目の光を失った二人は、無言で項垂れたままだ。
少しは反応が欲しいと、アノニマスは内心で舌打ちをした。
反応があれば、まだ潰せたのに。

「しかし、ここは本当に妙な場所だな……」

興味深げに周囲を見ていたジョージが、他所の席で食事をしている男女を見てそう呟く。
若い女性と向かい合って座っている男の頬には、二本の傷があった。
背を向けているので、男の方の顔は見えない。
女性は顔立ちが良く、人懐っこそうで、清純そうな印象を受けた。

「何が珍しい?」

「あ、いえ。
何でも無いです、ボス」

「いいから、言ってみろ」

「はい。
これだけ発展してるのに、どうして国と繋がりを持たないのかな、と」

「さぁな
途上国の猿共の考えなんて、俺が理解できる訳ないだろ」

493 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:44:03.61 ID:+6lBxjjj0

自分達よりも年下のアノニマスが垣間見せる残忍さに、ボディーガードの二人は安堵した。
つくづく、この男が自分達の味方でよかったと。
敵に回ったら、この男程恐ろしい者はいない。
アノニマスの敵は、彼にとって見れば人間ではなく、猿だ。

猿は動物園か山に居るべきであり、それをどうするかは、より優れた人間が決める事。
良くも悪くも、アノニマスは意識が高く、それ相応の実力を有していた。

「動物園は好きか?
お前らは、これからそこに行くんだよ。
良かったなぁ、運が良ければ見世物になるぞ。
ほら、天国で笑って見てるパパとママに祈らないのか?

好きなだけ祈っていいんだぞ」

何度でも、アノニマスは言葉によって少女達の精神を壊した。
現実と絶望を教え込む事によって、逃げる気力、反抗する気力を削ぐ。
肉体的に傷つけるよりも、そちらの方が女子供にはよく効くからだ。
彼が最も得意とする手だった。

腕力よりも知力、アノニマスはそう云う男だ。
ウェイトレスが来た途端、ガラリと声色と表情を変え、それに対応した。
こうして見る分には、彼の性格が歪んでいるとなど、誰も分からない。
目の前に置かれた食事を、見て、僅かにアノニマスの眉が歪んだ。

伝票を置いて去ったウェイトレスに聞こえない声量で、アノニマスは忌々しげに呟く。

「……くそっ、よりにもよってフィッシュ・アンド・チップスだと?
こんな物を食い物だと云い張る奴等の気がしれん」

495 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:47:03.08 ID:+6lBxjjj0
汚い物を取り扱う様に、ナイフの先端でいじる。
食べる様子は無く、皿を机の端に退けた。
サラダとスープ、後はガーリックトーストだけとなった。

「まぁいい。
で、"スターダスト"と"スターライト"は?
ここで合流する予定だろ」

作戦には万全を期す。
上層部の持つコネを生かして、アノニマスはもう二組、英雄の都から傭兵を雇い入れていた。
交渉の際、アノニマスの身の安全を守る為の"スターライト"。
そして、万一の際のバックアップとして控える"スターダスト"。


|||゚ - ゚||「待ちましたか?
     "ホロスコープ"」


ノ)) - 从「……」


声は、アノニマスの後ろの席から掛けられた。
既に現地入りしていた"スターライト"だ。
二人の歳は十代の半ばと、非常に若い。
渾名を得るには至っていないものの、紛争地帯や戦場を単独で生き抜いてきた経験は、伊達ではない事を示している。

英雄の都の傭兵が年齢や見かけで判断できない事は、現代の戦場では常識になりつつある。
陸でも、海でも、勿論、空でも。

「ほぅ、流石、早いな」

498 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:50:07.84 ID:+6lBxjjj0
二人が派遣された背景には、現場経験を多く積ませたいと云う英雄の都側の思惑があった。
やや精神的にも若さが消え切っていない、金髪の青年が、フーリッシュ・フーリン。
一年に一度散髪をしているか疑わしい長さの黒髪を持ち、余計な事は一切喋らない青年がノーフェイス・ノーマン。
多くの場数を踏めば、二人は"英雄"へと昇華する。

今はまだ、英雄候補、と言ったところだ。

「で、この場合誰が最後なんだ?」

今度は、アノニマスの向かい側の席から。
某国で勃発した内戦で、500人の市民を一人で殺した"英雄"。
"鉄男"クィンシー・ソープ。
若い二人の指導も兼ねて、彼もこの作戦に参加していた。

"シューティングスター"のブロッケンとリリを含め、英雄は三人。
英雄候補が二人の、計五人。
訓練も兼ねているから、一人分の金額でここまで揃える事が出来た。

「ふふっ、頼もしい連中だ」

邪悪な笑みを浮かべ、アノニマスは横の少女を一瞥した。

「さて、悪いが仕事の時間だ。
互いの顔をよく覚えておけよ。
これで最後かもしれないからな」

出された食事を一口も食べずに、アノニマスは席を立った。
食べている途中のジョージとハリスも、フォークとナイフを皿の上に置いて立ち上がった。
伝票に記されている料金を見て、あまりの安さに驚き、一先ず釣りの出る紙幣を一枚置いて店を出て行く。
英雄が一人、英雄候補が二人いたが、彼等の誰一人として、気付いていなかった。

503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:52:02.22 ID:+6lBxjjj0










        頬に傷のある男と、その連れの女性客が、店内から音も無く消えている事に。










505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:54:23.10 ID:+6lBxjjj0
――――――――――――――――――――

ソープの用意した4WDに車を乗り換えた一同は、そのまま裏通りへと車を走らせた。
大通りの賑わいをそのままに、みるみる治安が悪くなって行く。
食品や偽ブランドを売っていた出店が、銃器や薬物を売り捌く店に代わる。
左右を"スターライト"に守られたアノニマスが、嘲笑するように鼻を鳴らした。

「はっ、酷いところだ。
よくこんな所で生きていけるな。
俺なら一日だって御免だね。
死んだ方がましだ」

目指すホテルまでは、そこまで遠くない。
"スターライト"は油断なく目を光らせ、何か、敵意のある者がいないかどうか気にしていた。
三列目の席に、二人の少女とソープが座り、運転席と助手席にはジョージとハリスの二人がいる。

「そろそろだが、準備は本当に大丈夫なんだろうな」



|||゚ - ゚||「勿論です!
     私達の仕事に、不備と不満と不足はありません!
     絶対です!」



その剣幕は、両親や自分を罵られた時よりも、ひょっとしたら殺気立っていたのかもしれない。
少なくとも、英雄の都に住む人間は"英雄"に心酔している。
言わば夢であり、目標だ。
傍から見ればドン・キホーテの集まりだが、彼らには実力が備わっているのが、最大の違いとも言える。

508 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 01:57:23.34 ID:+6lBxjjj0
夢を疑われて怒る気持ちも分からなくもないが、この反応は異常としか言えない。
目は殺気立ち、鼻息は荒く、今にも掴み掛りそうな所を辛うじて理性が止めている姿が異常でないなら、きっと何だって正常だ。
いつその理性が失われるか分からず、雇い主に対してこの様な態度を示す以上、それは遠くなさそうだった。
仕事を控えている身である以上、興奮されると面倒だった。

恫喝の意を込めて、アノニマスは冷たい目線をくれてやった。
予想に反し、フーリンは動揺するどころか、逆に喜びの顔を浮かべた。
気味が悪くなり、アノニマスは諦めた。
フーリンも満足したのか、腕を組んで窓の外に目を光らせた。

やがて、ホテルが見えて来て、いよいよ車内に緊張の空気が満ちる。
上手く成功すれば、後は前もって用意されたレールの上を走るだけ。
失敗すれば―――あってはならない事だが―――、面倒を被る事になる。
技術部が作り上げた時計型盗聴器と、小型の拳銃を装備して、アノニマスは準備を整えた。

彼が銃を抜く事は無いだろうが、万が一、と云う事がある。
車がホテルの前に停め、ジョージが振り向いた。

「ボス」

「あぁ。
それじゃあ、始めようか。
ビジネスタイムだ」

"スターライト"に左右を固められ、その後ろから二人の少女を引き連れた"スターダスト"が続く。
交渉場所に選んだホテルの中に、六人は消えて行った。

――――――――――――――――――――

一気に寂しくなった車内で、ハリスがカーオーディオのスイッチを入れ、音楽を掛け始めた。

512 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:00:02.85 ID:+6lBxjjj0
「どうなると思う?」

ハリスが訊いた。

「さぁな。
ボスなら上手くやるだろう」

「でも、相手はマフィアの首領だぜ?
いきなりぶっ放す可能性もあるだろ」

「アル・カポネじゃないんだ、大丈夫さ。
第一、今までボスがしくじった事があったか?
嫁選びも、離婚の時の弁護士選びも、全部完璧だっただろ。
なぁ、ハリス。

大丈夫、いつも通りさ。
スナイパーがいて、ボディーガードまでいる。
おまけにそいつらは、英雄狂の連中だ。
死ぬ事なんて、怖いどころか奴等にとっちゃご褒美だ。

喜んで弾に当たりに行くって。
盗聴器もあるし、状況は逐一こっちに聞こえてくる。
いざとなりゃあ、後ろに積んである機関銃を持って、ボスだけでも助けに行けばいい」

確かに、後ろのトランクには機関銃とショットガンが積んである。
手榴弾もいくつかあるし、防弾チョッキもある。
アノニマスだけを救うのであれば、英雄の都の連中が時間を稼いでいる間に、彼等二人で救出すればいい。
ハリスは頭では分かっていた。

「そうだな」

517 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:03:10.28 ID:+6lBxjjj0

だから、気のない返事をするしかなかった。
ジョージがそんなハリスを見て、懐から煙草の箱を取り出した。

「一服するか?」

「安物だろ?」

「そう言うなって」

友人の気遣いに感謝して、ハリスは煙草を一本取って、口に咥えた。
すかさず、ジョージが古めかしいライターで火を点す。
車内に紫煙が漂う。
僅かだけ、ハリスの気持ちが落ち着いて来た。

「悪くないな」

「だろう」

自分も煙草を咥え、今度はハリスがジョージの煙草に火を点してやった。
口いっぱいに吸い込んだ紫煙を、ゆっくりと吐き出す。

「でも、良くもないな」

と云うハリスの言葉に、ジョージは苦笑交じりにこう返した。

「俺のカミさんと一緒だ。
最初は悪い所だらけだが、長く付き合えば、気にならなくなる」

「そういや、娘さんは幾つになったんだ?」

519 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:06:08.50 ID:+6lBxjjj0

「あぁ、来月で18歳だ。
何かプレゼントでも買ってやろうと思うんだけど、最近俺に冷たくてなぁ。
色気づいて化粧までして、あれじゃあまるで先住民族だ」

「女は男を狩る生き物なんだよ。
娘さんには、ブランド物の鞄でも買ってやればいい。
若い女っていうのは、結構簡単なもんさ。
大切に想われてる証拠が欲しいのさ、目に見えて、手に持てる物が一番だ。

本当なら金が一番なんだが、それをやると女のプライドってやつが傷つくらしい。
そんでもって、機嫌を直してもらう為に、また金が掛るって寸法さ。
だから、ブランド物の鞄なり、財布なりが一番なんだよ」

「お前の経験上の話か?」

「まぁな。
こう見えて、ハイスクールの時は結構なプレイボーイでね。
"リトル・バズ・ライトイヤー"とか、"リーサルウェポン・ウッディ"って呼ばれてたもんさ」

「今じゃ、輝かしい青春時代を振り返る冴えない独身男、か。
"ジャーマン・ポテトヘッド"にでも名前を変えたらどうだ?」

「悪いな、先週、新しく彼女が出来たのさ」

「熟女か?
保険金詐欺だと思われるぞ」

「へっへっへ、18歳だ。
ロゥ・スクールのお嬢様だよ、ブロンドのナイス・バディさ」

523 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:09:02.55 ID:+6lBxjjj0
「弁護士と言い訳は考えておけよ、念の為」

声を上げて二人で笑い合った時、車外からノックされた。
顔は見えないが、スーツの男が指で地面を指して、次に前に指を向けた。
そこには、駐停車禁止の看板があった。
はて、あのような看板があっただろうかと、二人は首を傾げた。

看板の横にはスーツ姿の凛とした女性が立っていて、如何にも役所の人間に見える。
少しの間待ってもらう為にハリスは窓を開け、軽い衝撃を受けた。

――――――――――――――――――――

部屋の前には、スーツを着た二人の男が立っていた。

ノシ゚_≧゚)「どちら様でしょうか?」

「アノニマス・ウンベルト・コールドブラッドです」

(゚<_゚シノ「お待ちしておりました。
     中へどうぞ」

案内され、三人が室内に入る。
ソープは、部屋の前に待機して万一に備えた。
有事の際、一対二なら負ける理由がないと、ソープは二人の少女の腕を掴んで、しばしリラックスする事にした。
一方、中に通された三人を迎えたのは、同じ数の人間だった。

一目見て、誰がロマネスク一家の首領なのか分かった。
腕を組んで席に腰を下ろしている人物が、それだ。
残りの二人はその横に立ち、沈黙を守っている。
気持ちは既に切り替わっており、アノニマスはニコリと、笑顔を浮かべた。

526 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:12:03.62 ID:+6lBxjjj0

相手は、眉一つ動かさず、口一つ開かない。
勧められなかったが、アノニマスは構わず対面する窓際のソファに座った。
気持ち前に向かって体を傾け、やる気がある事をさり気無くアピールする。
笑顔は顔に張り付いたまま。

第一声は、やはり、アノニマスからだった。

「本日はお時間を―――」

「用件は?」

そして、アノニマスの第一声は相手の第一声で上塗りされた。
この程度では動揺しない。
素早く相手の性格を分析し、会話の内容を考える。

「単刀直入に言いますと」

一拍の間を開ける事を忘れない。

「我々がこの裏社会に進出する事を、認めていただきたいのです」

反応は無い。
話を続ける。

「後から来る以上、先に居る方達に話を通すのが当然かと思いまして」

「……で、何をしたい?」

ようやく、反応を示した。

531 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:15:01.97 ID:+6lBxjjj0



「人の売り買いです」




分析によれば、目の前の人間の性格上、嘘や隠し事。
変に遠回しな言い方をするのは、マイナス効果だ。




「勝手にすればいい」




「そうではないのです。
ロマネスク一家の首領であるあなた様に、認めていただきたいのです」




――――――――――――――――――――




534 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:18:02.06 ID:+6lBxjjj0

狙撃銃の銃把を握り、ゆっくりと照準器を覗きこんだ。
拡大された視界の先、ガラス越しに標的の姿を確認した。
観測手の指示に従い、微妙に照準を変える。
後は、待つだけだった。

風は友ではない。
風は、自分の体の一部。
理解できない筈がない。
弾道の歪みは考えるのではなく、感じるのだ。

風に靡く髪をそのままに、じっと狙撃の姿勢を保つ。
静かに呼吸をして、照準が揺れない様にする。
会話の内容を、口を読んで大まかに把握する。
今のところ、全て順調に進んでいる事が分かった。

それから二人は、何気ない会話を始めた。
昨日の話。
この後の予定。
明日の予定。

今は、銃爪を引く瞬間を待つだけだった。

――――――――――――――――――――

目的と利益配分。
全てを説明し終え、アノニマスは反応を待っていた。
悪い話は何もないはずだ。

「……」

540 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:21:02.88 ID:+6lBxjjj0

だが、期待通りの反応は得られなかった。
無表情、無言。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
些か順番が狂うが、この際は仕方ないと諦めた。

「実は、手土産を持ってきていまして」

その言葉を合図にして、部屋の外に待機していたソープが少女を連れて入って来た。

*(‘‘)*「……」


( '-')「……」

俯いたままアノニマスの横に連れて来られ、無理矢理に顔を上げさせられる。
怯えきった表情で、目の前に居るロマネスク一家の首領を見た。

*(‘‘)*「……あ」


( '-')「……ぁ」

魅入られたように、二人は首領の眼を見つめる。
予想外の反応に、アノニマスは理由を考えたが、何も思いつかない。

「……」

首領は、静かに二人の視線を受け止めていた。
それから視線をアノニマスに向け、口を開いた。

548 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:24:05.33 ID:+6lBxjjj0




「この二人はどうしたんだ?」




興味を示したと考えたアノニマスは、水を得た魚の様に得意げになって喋り始める。
両親が潮騒の都で起きた津波で死に、引き取り先の叔母が借金苦で売り飛ばした。
そして、二人が手土産であり、彼等が取り扱う商品のサンプルであるとも説明した。



「無論、金はいただきません。
今回の話を受けていただけるのであれば、この二人は差し上げます。
受けていただいた暁には、優先的に格安で他の商品も提供しますよ」



「……そうか」



不意に、首領は笑い始めた。
合わせてアノニマスも笑い、これで、交渉は無事に終わったと気分を切り替えた。
実に清々しい気分だった。


555 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:27:03.39 ID:+6lBxjjj0
――――――――――――――――――――



二人の少女―――ヘリカル・沢近とヨウジョ・沢近―――は、もう、希望は無いと思っていた。
両親を失った悲しみから立ち直れない内に信じていた叔母に捨てられ、散々酷い事を言われ、精神的にボロボロだった。
何をされるかは知らないが、自分達が人間と同じ扱いをされない事だけは、確かに分かっている。
歯車祭の素敵な思い出のあるここで、そんな事になるのは、本当に嫌だった。

姉であるヘリカルは、せめて妹のヨウジョだけは守らねばと、覚悟を決めていた。
例え、どんなに酷い事をされても、妹だけは、と。
唯一の肉親となった妹を守ると云う義務感だけが、彼女の精神を支える最後の支柱だった。
どれだけ耐えられるかは、分からないが。



そう、思っていた。



でも。

違った。

大間違いだった。




――――――――――――――――――――

560 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:30:02.70 ID:+6lBxjjj0
ひとしきり笑い終えたところで、首領は言った。

「人生、何が起こるか分からないもんだ」

「えぇ、そうですね。
本当に」

握手を求めて、アノニマスは手を伸ばす。
ところが、首領は手を伸ばさない。
アノニマスの笑顔に、若干の戸惑いが浮かぶ。
その様子を見て楽しむように、首領は笑っている。

業腹な事だが、一時の感情で交渉を破綻させる訳にはいかない。
培った精神力で、怒りを封じ込めようと、アノニマスは奥歯を食いしばった。
無意識の内に、苦笑いになっていた。


「下衆と握手する趣味はない。
いつまでその汚い手を出している?
さっさとしまえ、目障りだ」


笑顔が、首領の顔から一瞬で消え去った。
代わりに首領が浮かべた表情を見て、アノニマスは元より、その後ろに控えていた三人。
フーリン、ノーマン、そしてソープも例外なく戦慄した。

「ど、どう云う事でしょう?」

護衛の三人が、素早く戦闘態勢に入る。
首領の後ろに控えている二人は、指一本動かさない。

563 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:33:37.61 ID:+6lBxjjj0
「最初から交渉するつもりはない。
お前がどんな風に踊るのか、見たかっただけだ。
実に滑稽だったよ。
だがもういい、不愉快だ、今すぐ退場しろ」

「後悔しますよ?
我々と手を結ばなかった事を」

「結ぶ手があればいいな」

これ以上は我慢できないとばかりに、三人はほぼ同時に銃を懐から引き抜いた。
銃口は首領に向いているが、首領は勿論のこと、傍らの二人も動揺する様子を見せない。
最後まで笑みを絶やさず、アノニマスは席を立ち、出口に向かう。
生憎と、"シューティングスター"の援護がある。

手出しをする様な仕草を見せたら、すかさず狙撃するように指示してある。
心に多少の余裕があっても良い物だが、今はそれを感じる余裕さえなかった。

|||゚ - ゚||「お前も、そう言える口があるといいな、チンピラ」

ノ)) - 从「……」

護衛の二人はゆっくりと、銃口を向けたまま慎重に下がる。
ソープは二人の少女を楯にして、アノニマスの退路を確保しようと決断した。
楯にしようと少女達に手を伸ばした瞬間、異変が起きた。
窓側から音がしたかと思うと、ソープの頭が下顎を残して吹き飛んだのだ。

|||;゚ - ゚||「なっ?!」

最初に喋る口を失ったのは、"鉄男"クィンシー・ソープだった。

565 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:36:02.48 ID:+6lBxjjj0






         Epilogue
        【歯車の都】
       -Image song-
『ブラックホール・バースデイ』THE BACK HORN

ttp://www.youtube.com/watch?v=-aeCafmSw_g







569 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:38:04.31 ID:+6lBxjjj0

狙撃手は照準器から目を離し、ゆっくりと立ち上がった。
昼食を食べていた間抜けな狙撃手と、役立たずの観測手で二発。
そして、今の一発。
合計で三発の強装弾で、三人の命を奪い去った。

豪奢な金髪を靡かせ、蒼穹色の瞳はホテルの一室に向けられている。
芸術品かと見紛うばかりに整った顔立ちの女性は、溜息一つ洩らさず、振り返った。
女性の顔には、大きな傷があった。
左の額から、右頬までに、一筋の切り傷。

その傷から、彼女は"疵面"と渾名されていた。
現クールノーファミリーの首領。
名は、クールノー・ツンデレ。

ξ゚ノ-゚)ξ

"女帝の槍"を肩に掛け、目にかかった髪を漉き上げる。
これで、借りを一つ返した。
頼まれていた仕事は、一先ずこれで終わり、上出来だ。
元々、この仕事は彼女達の組織にとっても無関係とは言い難かった。

他所の国が介入しようと試みるのであれば、それを叩き潰す。
それが、この都のルールだ。
彼女の名付け親が残した都を、汚させはしない。
硬い信念と決意を胸に、ツンは後ろを向いた。

そこに居るのは、相棒にして観測手。
そして、クールノーファミリーのもう一人の首領でもある。
名を、内藤・ブーン・ホライゾン。

574 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:41:04.46 ID:+6lBxjjj0
( ^ω^)

対象の死亡を確認したブーンは、ツンに賛辞の言葉も掛けなかった。
二人に多くの言葉は不要であり、また、これは賛辞する程の事でもない。

ξ゚ノ-゚)ξ「ご飯、行きましょう」

( ^ω^)「あぁ」

肩を並べ、屋上に続いていた扉を潜った。
クールノーファミリーが所有しているビルからの狙撃を済ませ、階段を下る途中、ツンはインカムで部下に状況を聞いた。
万事、問題無し。
死体の処理も、証拠も全て消し去ったと報告を受け、隠しておいたライフルケースに"女帝の槍"をしまう。

それをブーンに手渡し、誰にも見咎められることなく建物を後にした。
建物を出たところで、四人の男女が現れた。
頬に二本の傷を負った男、円らな瞳をもった男。
あどけなさを残した女性と、静かな表情の女性。

(=゚д゚)「仕事、御苦労さまラギ」

レストランで情報を収集していた男。
元英雄にして、元水平線会幹部。
"空虎"トラギコ・バクスター。

( ゚д゚ )「こちらの方も、無事終わりました」

ジョージとハリスの二人を射殺した男。
トラギコと同様、元英雄にして、元水平線幹部。
"砲煙灰霧"ミルナ・アンダーソン。

577 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:44:03.00 ID:+6lBxjjj0

ミセ*゚ー゚)リ「この後、どうします?」

トラギコと共に情報を収集していた女性。
風俗界では名の知れた、元高級娼婦。
"グレートピンクエロス"ミセリ・フィディック。


(゚、゚トソン「予定までは、まだ時間があります」


駐停車禁止の看板を用意して、ジョージ達を欺いた女性。
"鉄仮面"都村・トソン。
彼等は皆、現クールノーファミリーの幹部と云う共通点を持っていた。
一年前の、あの日。

都中の歯車がその動きを止めた翌日。
当時の会長の引退を期に、水平線会は裏社会からその姿を消した。
クールノーファミリーと統合して、一つの巨大な組織になったのである。
新たなクールノーファミリーを指揮する事になったのは、クールノーファミリーのゴッドマザー、クールノー・デレデレの娘と息子。

つまり、ブーンとツンが、二人で組織を動かす事になったのだ。
デレデレが建設したドルチェを本部とし、勢力の大きさは、これまでで最大規模。
一人の首領が動かすには、あまりにも大きすぎた。
そこで、首領を二人にする事で、負担を分散する事になった。

当時、入院していた二人は自分達が首領になった事に驚きを隠せなかった。
だが、デレデレとでぃがそうなる様に取り計らっていた事を知ると、多少の抵抗感はあったが、最終的にはそれを受け入れた。
問題は、首領が不在の組織を狙う輩がいた事だ。
これまでクールノーファミリーや水平線会に怯えていた組織が、守りの緩くなっている縄張りを奪おうと、一斉に動き出した。

581 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:47:11.84 ID:+6lBxjjj0
指揮系統が不完全な状態にもかかわらず、クールノーファミリーは縄張りを全て守り切った。
首領の不在を補う為に、トラギコを初めとする多くの幹部達が協力した。
負傷者が相次いだが、幸いにして死者は出なかった。
大量の死者を出したのが相手側だけで済んだのは、クールノーファミリーの人間が優秀なのも理由の一つに挙げられるが、一番の理由は、別にあった。

ロマネスク一家が、何も言わずにクールノーファミリーに手を貸したのだ。
現在の首領の指示によって、弱小組織は瞬く間に蹴散らされ、壊滅した。
大きな借りが出来ると同時に、ツンとブーンは改めて繋がりの重要性を認識させられた。
今回の作戦でもそうだ。

トラギコ達の協力がなければ、ここまでスムーズに事は運ばなかった。
彼等の協力があったから、事前に狙撃手を始末する事が出来たし、安心して狙撃に専念できた。
まだまだ一人前とは言い難く、こうした作戦を通じて、ツンもブーンもそれを実感した。
何にしても、これで六日後の歯車祭に変な問題を残さずに済む。

一年前とは、違う。

ξ゚ノ-゚)ξ「ブーンと二人で食事をしてから合流します。
      皆さんも、お疲れ様でした。
      準備に備えて、ゆっくりと休んでください。
      では、後の会合でまた」

歳月は人を変え、人が変われば、関係も変わるのだ。
ブーンとの関係も、彼女の母親と父親の様に親密になっていた。


――――――――――――――――――――

狼狽を、すぐさま攻撃の意志へと転じたのはノーマンだった。
銃爪に掛けた指に力を入れ、敵の首領に向かって発砲。

587 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:50:07.52 ID:+6lBxjjj0

ノ)); - 从「っ?!」

される事は、遂になかった。
人差し指がない事に気付かないまま、ノーマンの胸を強く蹴る足があった。
首領の傍らに控えていた、和服の女だ。
蹴り飛ばされ、そのまま窓にぶつかるかと思われたが、結果的にはぶつかる事はなかった。

いつの間にか、窓ガラスが綺麗に切り取られていたからだ。
何もする事は敵わず、重力に従ってノーマンの体は下で待っていた車のボンネットに落下した。
即死だった。
車内からジョージ達が出てくる事はない。

二人は、米神に小さな穴を開けて絶命していた。
反対側の米神から飛び出した脳漿が、窓ガラスに付着している。
窓の外に消え去った仲間を見て、フーリンは狼狽したままだった。
そんなフーリンであったが、体に染みついた戦闘本能は本物だった。

伊達に戦場を生き延びただけあり、何はともあれ銃爪を引いたのだ。
任務を放棄すると、隊全体に影響が出る事は、熱帯の密林で嫌と云うほど味わった。
飛び交う銃弾の中、塹壕の中でパニックを起こした兵が、味方から容赦なく撃ち殺された光景は、目に焼き付いている。
それ以来、どんな時でも恐怖を殺し、任務を全うする事だけを考えるようにしてきた。

その経験が、今回、フーリンの体を動かした。
銃は、沈黙を守っていた。


|||;゚ - ゚||「出ろよ、出ろよ!」


593 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:53:01.96 ID:+6lBxjjj0
パニックを起こしてしまうのは、無理もない。
絶対的に信頼していた武器が、うんともすんとも言わないのだ。
人差し指は確かに銃爪を引いているのに、弾が出ない。
弾が装填されていないのではと思い、急いで装填作業を行おうとする。

その時になって、フーリンは自分のベレッタの撃鉄が失われていることに気付いた。
肋骨に水平二連ショットガンの硬い銃口が押し当てられ、次の瞬間、フーリンの体は血と内臓と骨片を反対側に撒き散らしながら吹っ飛んだ。
ノーマン同様、窓から外に向かって落ちて行く。
車の上に頭から突き刺さり、重みに耐え兼ねた上半身と下半身が千切れ、物云わぬ屍と化す。

全ては一瞬。
瞬きをする間に英雄の都の精鋭三人が目の前から消え去った事実を、アノニマスは受け止められなかった。

――――――――――――――――――――

アノニマス一行が裏社会から熱烈な歓迎を受けている時。
ツンとブーンが狙撃を終え、二人きりで食事に向かっている時。
トラギコ、ミルナ、トソン、そしてミセリの四人が車で移動している時。
表社会の王は、裏通りにある共同墓地にいた。

ただ、その者達が表社会の支配者である事を知っているのは、限られた人間だけだ。
補佐をする人間を除いたら、水平線会とクールノーファミリーの一部、そして、ロマネスク一家の首領とその側近の二人ぐらいだろうか。
二人の王は、降ろしていた瞼をゆっくりと上げた。

ζ(゚ー゚*ζ

"女帝"の渾名で敬われた、クールノーファミリーのゴッドマザー、クールノー・デレデレ。
その足元には、白い花束が置かれている。

(#゚;;-゚)

596 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:56:07.20 ID:+6lBxjjj0

"帝王"の渾名で恐れられた、元水平線会の会長、内藤・でぃ・ホライゾン。
喪服に身を包む二人が、今、歯車王として都の表社会を支配していた。
元から歯車王は人前に出る機会が少なかったこともあり、歯車王が入れ替わっている事に気付く者などいない。
気にも留めていないのかもしれない。

空気中に漂うナノギアが完全に停止せず、朝から夕方にかけて活動を続けている事以外、全ては予定通りだった。
歯車王の死後、都が混乱に陥るのを、生前のクールノーを含めた四人の幼馴染達は望んでいなかった。
混乱に乗じてハイエナの様に他国が介入を試みる事を防ぐ為、手を打つ必要があった。
要は、これまで歯車の技術に依存していた人間が、その技術を失っても大丈夫かどうかを知りたかった。

失われた技術に頼ることなく生きていければ、他国の介入は不要だと一蹴出来るからだ。
これまで通り、この都は他国の思惑に左右されることなく存在する。
だから、クールノーはフォックスの大騒動で荒れた都の復興を助力なしで達成させることで、それを試した。
結果は、成功だった。

二ヶ月と云う期間で復興を終え、クールノーは、歯車の技術が失われても、人々は復興できると確信した。
確信が裏切られる事はなく、現にこうして、都は見事に復興する事が出来た。
白木洋子の母国である和の都でも、都市部が歴史的な大地震に見舞われながらも、着実に復興を続けている。
何度か必要な物資や資金を白木財閥経由で送り、影ながら歯車の都もそれに貢献した。

と云うのも、和の都には何度かボランティアを派遣して貰った恩があり、その恩を返すのは当然だったからだ。
復興で忙しい時に政治的な事を持ちかけて来ないところに、デレデレ達は好感を持っていた。
礼儀を欠いた数多の大国が会見をしようと頻繁に連絡を取ってきたが、密かに歯車王となったデレデレとでぃがそれらを全て一蹴した。
これまで続いていた物を狂わせるのは、何時だって他所者なのだ。

余計なルールや倫理観を押し付けに来る、害虫の様な存在はこの都には必要ない。
そう考えているのは、デレデレ達だけでは無い。
表社会と裏社会の全体が、そう考えていると言っても過言ではなかった。
今のままを維持するのではなく、今の状態からよりよく、住みやすく。

599 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 02:59:04.39 ID:+6lBxjjj0
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、行ってくるわ」

まだ真新しい墓の下に埋まっている二人の幼馴染と一人の女性に向け、デレデレはそう言った。
一瞬だけ、彼女の顔に悲しみが過る。

(#゚;;-゚)「……行ってくる」

二人はそう言い残して、踵を返した。
デレデレの顔には、もう、愁いの色はない。


―――黒い御影石の墓標には、こう、刻まれている。

"強く、優しく生きた男、ここに眠る"
 クックル・アームストロング

"歌と共に生きた、歌をこよなく愛した双子、ここに眠る"
 ワカッテマス・ビロード、ワカンナイデス・ビロード

"酒と料理に魅入られ、和やかな人生を過ごした男、ここに眠る"
 ショボン・ションボルト

"愛を貫き通したロマネスクの娘、ここに眠る"
 渡辺・フリージア

"義を重んじ、義に生きた男、ここに眠る"
 杉浦・ロマネスク

"最愛の夫と共に、ロマネスクの妻、ここに眠る"
 杉浦・クールノー

606 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:03:29.70 ID:+6lBxjjj0
"小さな幸せを愛した少女、ここに眠る"
 しぃ

風が吹き、二人は押されるようにして共同墓地を後にした。
墓地の入口の前に、一台のベンツが停まっていた。
その前には、二人の男女。

ζ(゚ー゚*ζ「行きましょう、ペニ。
       私達の舞台に」

('、`*川「えぇ、我が母」

"智将"ペニサス・伊藤。

(#゚;;-゚)「ギコ、ツン達は?」

(,,゚Д゚)「万事問題ありません、我が父」

"獅子将"ギコ・マギータ。
"クールノーの番犬"の名で恐れられた二人は、クールノーファミリーの首領が変わった時に、デレデレ達の補佐役として組織を抜けた。
運転手やボディーガード等の役割をこなす一方、秘書の様な仕事も時々任された。
争いの場に赴く事は無くなった代わりに、別の忙しさが待っていた。

歯車王一同は車に乗り込み、人知れず、歯車城に向かう。
後には、静けさだけが残された。
祭りまで、後六日。
まずは、立派に成長した愛娘達と会合をして、祭りの詳細について話し合う必要がある。

結婚の報告をいつ受けるのかと、二人の王は密かに期待していた。

610 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:06:05.26 ID:+6lBxjjj0
――――――――――――――――――――

自分を守る人間がいなくなり、アノニマスの顔面が蒼白になって行く。
いつの間にか、少女達はソープの死体の傍から消え、窓から離れた場所にいた。
そこには英雄候補を殺した二人の女性もおり、少女達を庇う様にして立っている。
得物をアノニマスに向けながら。

「こ、こんな事をして、どうなるか分かっているのか?」

こんな時でもまだ、アノニマスは上位に立とうとしていた。
交渉は既に決裂していても、優勢に立てば打開する道が開けると考えたのだ。

「この都が戦場になるぞ!」

大嘘だ。
予め、上司から失敗した際の対応について説明されていたのを、忘れた訳ではない。
大国の一機関の人間だからこそ可能なハッタリだ。

「ほぉ、それは困るな。
後少しで祭りがあってな、俺も楽しみにしているんだ」

「だったら―――」

「だったら、なんだ?」

椅子から腰を上げた首領は、面倒くさげで、何処か怒りの色を孕んだ声でそう言った。
無論、アノニマス如きがその迫力に抗う術もなく、気押されてしまう。
武器を何一つ持たず、全裸で凶悪な肉食獣を前にしているかのような心地で、アノニマスは口を開く。

「っ、わっ、私に手を出さない事だ」

612 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:09:02.20 ID:+6lBxjjj0
震える口調で言い終えたアノニマスは、震えでずれたメガネの位置を直した。
手も震えているので意味はなく、むしろ、逆効果だった。
見るからに怯えているのに、無理に余裕ぶろうとする様は、滑稽でしかない事に、アノニマスは気付けない。


「手を出さない、と来たか。
あぁ、勿論だ。
お前にそんな事をする訳ないだろ」


刹那の時間さえ、安心は許されなかった。
表情をそのままに、首領は一瞬の内に拳銃を構えていた。
断じて、断じて、アノニマスは瞬きをしていない。
彼の信仰する神に誓っても、彼は首領の挙動から目を逸らしていない。

銃口が自分を向いている事に対する恐怖より、混乱の方が勝った。

「な……!?」


「手は出さない。
お前に触るなんて、頼まれてもごめんだからな」


「わ、私を殺すのか?」

「言っただろ?
人生何が起きるか分からないって。
お前が連れて来た二人だけどな、俺の知り合いなんだ。
そんな野郎を生かしておくと、本気で思うか?」

621 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:12:35.45 ID:+6lBxjjj0
銃口から逃げるようにアノニマスは振り返ろうとして、ソープの死体に躓いて顔から転んだ。
メガネが砕け、破片が彼の顔を傷つける。
雪を踏むように静かな跫音が近付いて来る。
やがて、跫音はアノニマスの耳元で止まった。

髪を掴んで起き上がらされ、アノニマスは涙目で訴えかける。

「ま、待ってくれ!
私が死んだら、本当に……!」

「望むところだ」

眼光に射抜かれ、アノニマスは声を失う。
窓際まで引き摺られ、窓際に一人で立たされる。

「最初の威勢はどうした?
一人じゃ何もできないのか?
立派なのは口だけらしいな。
ほら、少しは意地を見せてみろ」

「く、クソぉぉぉ!!」

抗う様に叫び、アノニマスは懐から、警察学校時代以来二回しか使った事のないコルトを抜いた。
首領が見せた鮮やかな手つきに比べれば、鈍重極まりなかった。
銃口を首領の頭に向け、銃爪を引く。

「あ゛っ?!」

「安全装置も分からないのか?
救い難い馬鹿だな」

625 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:15:01.91 ID:+6lBxjjj0
「あ゛あ゛あ゛!!」

怒りのままに、安全装置に親指を掛ける。
銃声と共に、アノニマスの左わき腹に焼けるような痛みが走り、銃を手放した。
その部分に手を当てると、生温かい液体が手を濡らし、内臓がはみ出しているのが分かった。
血で染まった手を見て、アノニマスは泣き叫んだ。


「血?!
ひぃっ、ひいいぃ!!
し、死ぬ、死ぬうぅぅっ!!
やだ、嫌だ、死にたくない、死にたくないぃぃぃ!!

ママ、助けてよ、マンマァァァ!!」


「黙れよ」

最後に、もう一発の銃声を聞いて、アノニマスは何も感じなくなった。
窓から落ちた体は、部下達同様、車に激突した。

――――――――――――――――――――

「……さて、と。
怪我はないか?」

男は、振り返ってそう言った。
沢近姉妹は、小さく頷き、怪我がない事を伝えると、男は嬉しそうに目を細めた。

「そうか、それはよかった」

630 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:18:03.23 ID:+6lBxjjj0
自分達を庇ってくれた二人にも、礼を述べる。
三人が人を殺した瞬間を目撃したのに、沢近姉妹は怯えるどころか、安堵していた。
言うまでもないが、二人は人殺しの瞬間を今日初めて見た。
映画の様に沢山の血が出て、でも、すぐに終わった。

安堵したのは、きっと、顔見知りの人が生きていて、二人を守ってくれたから。
前に会った時も、その男は二人を助けてくれた。
和服の女性が、安心させる様な口調で言う。

「ふふ、もう安心してよいぞ。
連中は急ぎの用とかで、飛んで逝ったわ」

落ち着いて見てみると、綺麗な銀髪を腰まで伸ばした、若い人だった。
変わった口調だが、優しげな声色。
今まで見た中で、一番の美人だった。
例えその背中に、背丈よりも長い刀を背負っていたとしても、だ。

「飴、舐めますか?
オレンジ味とか、レモン味とかありますよ」

嬉しそうに言いつつ、もう一人の女性が屈みつつ、赤い巾着袋を差し出してきた。
その中には、色取り取りの飴がぎっしりと入っている。

「飴はですね、頭にとてもいいんですよ。
お姉さんは飴が大好きでしてね、ほら」

そう言われては断れず、二人はイチゴとオレンジ味の飴をもらい、早速舐めた。
甘くて、優しい味がした。
柔らかい茶色の髪と、柔和そうな顔。
彼女の浮かべる笑みを見て、二人も釣られて自然に笑んだ。

637 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:21:04.84 ID:+6lBxjjj0
「さて。
久しぶりだな。
俺の事は覚えているか?」

今度は、男の方に向き直り、駆け寄った。

*(‘‘)*「は、はい!」


( '-')「ぁ、ぁぃ」

「そいつは光栄だ」

薄らと、その人が口元に笑みを浮かべた。
膝を突いて視線を二人に合わせ、そのまま語りかける。

「ところで、お嬢さん達。
この後、どうする?」

売り飛ばされる事は免れても、全てが解決したわけではない。
捨てられた二人が再び潮騒の都に帰ろうと思う筈もなく、だからと言って、行き先がある訳でもない。
二人の年齢を足しても、辛うじて10歳を超える程度だ。
無言でいると、その人が言った。

「心配するな。
俺は知り合いに無理強いをしないし、さっきの屑とは違う。
元いた場所に帰りたいなら、その手配をしてやる。
だが、もし、帰る場所がなくて、どうしようもないのなら」

その男の気遣う様な口調が、どうしてか、ヘリカル達には心地よかった。

641 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:24:02.29 ID:+6lBxjjj0










         「俺達の家族にならないか?」










645 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:25:47.62 ID:+6lBxjjj0
――――――――――――――――――――

四方を海に囲まれる様にして、豊かな自然を持つ一つの先進国がある。
植民地にされた経験が無く、その国は何処か閉鎖的だが、あらゆる意味で開放的だった。
宗教の自由が確約されていたり、肌の色の違いによる差別も殆どない。
国際的な立場で言えば、そこまで強くは無いが、内戦もなく平和な国だった。

その国の都市部に、一つの家族がある。

l从・∀・ノ!リ人「おっきい兄者、サッカーに行くのじゃ!」

冬だと云うのに、その少女は半袖半ズボンと、見るからに寒そうな格好をしていた。
子供は風の子とはよく言った物で、少女は正に、風の様に自由奔放だった。
数ヶ月前まで病院のベッドの上にいた事が信じられない。

( ´_ゝ`)「おぉ、いいぞ。
     どうれ、今日も俺の華麗な足捌きであっと言わせてやろうじゃないか。
     昨日、俺が密かに練習したファントムドリブルを見るがいい」

遊び盛りの妹にせがまれ、その兄は喜んでそれを受けた。
不治の病と言われていた病気から回復した妹は、外で体を動かして遊ぶ事を満喫していた。
これまで出来なかった事を取り戻すかの様に、毎日疲れ果てるまで遊び回っている。
最初は、怪我をしない様に兄が付き添っていたのだが、今は目的が変わり、一緒に遊ぶ為に付き添っていた。

妹と同学年の子供達と遊ぶうち、兄は彼等から絶大な支持を得るようになっていた。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「あんまり大人げない事するんじゃないよ!」

651 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:28:34.35 ID:+6lBxjjj0
兄妹の母親が、玄関で靴を履いている二人にそう言った。

( ´_ゝ`)「おいおい。
      世の中の厳しさを教えてやるのは、大人の仕事だろ?」

ニヒルな笑みを浮かべようとした兄を、母が一睨み。
一瞬、パンチパーマの鬼に見えた。
ゴジラに睨まれた人間の様に、兄は身を震わせた。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「ナマ言ってると、ぶっ飛ばすよ。
     何だったら、あたしがあんたに教えてやろうかい、厳しさってやつを。
     今ならオマケで、敗北も教えてやるよ」

母親は拳を鳴らし、悪魔の様な形相を浮かべた。
長い主婦生活によって、母親の肉体は一流アスリートの様に強靭に鍛えられている。
興奮させる事は、非常によくない。

(;´_ゝ`)「わ、分かったよ!
      本気は出さない、精々7割で戦う、これならいいだろ?
      だからその振り上げた拳を下げてくれ、オーケー?」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「ったく、最初からそう言えばいいんだよ。
     ほら、飯まではまだ時間があるから、さっさと行きな!」

l从・∀・ノ!リ人「ねー、母者ー」

658 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:31:08.69 ID:+6lBxjjj0
不意に、妹が母親を見上げて尋ねた。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「ん? なんだい?
     昼飯はラーメンだよ。
     こーんなでっかいチャーシュー乗っけた奴さ」

母親の態度は、それまでの兄に対する態度とは180度違った。


l从・∀・ノ!リ人「そうじゃないのじゃ。
         小さい兄者は、いつ帰って来るのじゃ?」


妹には兄が二人いて、兄には弟がいた。
いた、のだ。
今はもう、この世にいない。

( ´_ゝ`)「おいおい、リトルマイシスター、言っただろう?
      弟者はお前を治してくれた先生の弟子になって、世界中でいろんな人を治療してるんだって」

l从・∀・ノ!リ人「むー。
         後どれぐらいで、それは終わるのじゃ?」

無垢な妹の質問は、兄を悩ませた。
真実を語るには、妹はまだ幼い。

( ´_ゝ`)「そうだなぁ、千人は最低でも治療するって言ってたぞ」

663 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:34:02.92 ID:+6lBxjjj0
l从・∀・ノ!リ人「千人切りなのじゃ!
         小さい兄者は凄いのじゃ!
         ブシドーなのじゃ!
         辻斬りなのじゃ!」

(;´_ゝ`)「確かに千人切りだけど、それじゃあおっかないな」

でも、と兄は付け加える。


( ´_ゝ`)「お前の結婚式には、きっと帰って来るさ」


l从・∀・ノ!リ人「本当に?」

( ´_ゝ`)「あぁ、ビデオレターを貰ったからな、一昨日」

一週間前から、兄は密かにビデオレターを作成していた。
完璧に弟に扮し、弟の声と仕草で、妹へのメッセージを込めたのだ。
思いのほか時間がかかってしまったが、満足のいく仕上がりとなった。
完成したのは今朝だった。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「……あんた、何でそれを言わないんだい?」

( ´_ゝ`)「ネトゲーで忙しくてな。
      すっかり忘れてた。
      後で見るか?
      俺は何回も見たからな、もう飽きたぜ」

667 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:37:05.20 ID:+6lBxjjj0
 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「目の下のクマは、ゲームが原因だと?」

( ´_ゝ`)「おおっ、流石俺の母!」

母親も事情を知っているが、あえていつも通り振る舞う事で、妹に悟られない様にしているのだ。

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「妹者、少し目をつむって耳を塞いでな」

l从・∀・ノ!リ人「え、何でじゃ?」

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「ラーメンに、卵をつけたげるよ」

l从-∀-ノ!リ人「これで良しなのじゃ!」


 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「さて、覚悟は?」


(;´_ゝ`)「ちょ、ちょっと待った!
     グーはヤバいって、グーは!
     って、チョキは反則でしょ、チョキはぁぁぁ!!」

672 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:40:01.84 ID:+6lBxjjj0

 @@@
@#_、_@
 (  ノ`)「邪っ!」

きっと、遠い将来。
小さな妹が、兄の死を知っても、それを乗り越えてくれると、母と兄は信じている。
妹の幸せを、心から願いながら。
流石一家は、今日も平和だった。


――――――――――――――――――――


歯車の都から、遥か遠くにある、とある国。
発展途上のその国で生活している者の多くは、遊牧民だ。
四方を山々に囲まれ、突き抜けるような青空には、柔らかそうな白い雲が浮かんでいる。
大地は青々とした草を敷き詰め、緩やかな風に合わせて、さわさわと音を鳴らす。

ポンチョの様な機能重視の民族衣装を着た一人の女性は、自分の瞳と同じ色をした空を見上げていた。
腰まで伸ばした赤茶色の髪は、後ろで一つに束ねられている。
左腕は、肘から先が無かった。

「なぁ」

「ん?」

女性の傍らには、車椅子に座った男性がいた。
両足は無く、また、右腕も無い。
彼に残された四肢は、左腕だけだった。

675 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:43:02.12 ID:+6lBxjjj0
「今日の昼飯、何だ?」

「うーん、何がいい?」

男性は空を見上げたまま。
女性も、そうしている。

「お前の料理なら、何でもいいよ」

「そっか。
じゃあ、羊のカレーはどうだい?」

「いいねぇ。
よっし、じゃあ、今日も手取り足とり教えてくれよ」

「あぁ、勿論だよ」

そう言って、初めて、二人は視線を交わした。


ノパー゚)「行くか」


(`・ω・´)「うん」


女性が、男性の車いすを片手で器用に押して行く。
誰にも邪魔されない、平穏な生活。
激しい戦いを通じて愛を確かめ合った二人は、もう、争いの世界とは無縁の日々を送っていた。
二人の力だけでは、この様な平穏な生活は決して叶わなかった。

679 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:45:14.55 ID:+6lBxjjj0



一度裏社会に足を入れた者が、あの都からそう簡単に抜け出せる筈がない。
手を貸してくれた組織があったのだ。
いや、少しだけ違うか。
手を貸してくれた男が、いたのだ。



望む場所、望む生活。
全てを無償で手配してくれた事に、二人は感謝している。
この先、あの都に行く事があるとしたら、その時はその男がどうなっているかを見てみたい。
赤茶色の髪を持つ女性、素奈緒ヒートは密かに期待を寄せていた。



車椅子の男性、シャキン・ションボルトも、一人の男として、成長を楽しみにしていた。
ロマネスク一家の現首領の、その男の成長を。
自らの義を重んじ、どこか、お人よしな男の、その将来を。



――――――――――――――――――――



688 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:48:02.81 ID:+6lBxjjj0
ロマネスク一家の首領を補佐する、二人の女性。
その正体は、今なお裏社会では恐怖の象徴として知られている女中だった。
和服を着た女中、"銀狐"犬瓜銀。
そして、エプロンドレスを着た女中、"鉄狸"犬里千春。


イ从゚ ー゚ノi、「……」


銀は無言で、二人の少女の返答を待っている。
ロマネスクが死んでから1年。
新たな首領の事を助けてやってくれと頼まれて、もうそんなに経ったのだ。
日に日に首領としての威厳と実力を身につける今の首領を、銀は誇らしく思っている。


从´ヮ`从ト「……」


同じく、千春も無言で待っていた。
それにしても、と千春は思う。
本当に、この首領はお人よしだな、と。


「でも、普通の生活は出来ないぞ。
人を殺す時もあるし、殺されるかもしれない。
それでも、それでも、だ」


優しげで不器用な笑みを、首領は浮かべた。

695 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:51:02.45 ID:+6lBxjjj0














          ('A`)「俺達と一緒に生きて、家族の為に戦う覚悟はできるか?」













現ロマネスク一家首領、ドクオ・タケシが差し伸ばした手を、少女達は強く握った。
繋がった新たな歯車は、ゆっくりと廻り始める。

707 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:54:04.00 ID:+6lBxjjj0


            【六日後】



世界中が注目する中、歯車祭は一分後にその瞬間を控えていた。
前回以上の規模で店が立ち並び、500万人以上の観光客が今か今かと待っている。
30万人を越える店側の人間も、その瞬間を心待ちにしていた。
釣り銭も、食材も、食器も、人員も、全て問題は無い。

都中の建物から、全ての明かりが突然消えた。
僅かにどよめき、月と星に照らされた都を、すぐに静寂が包む。
そして。
歯車城の屋上から、何かが空に向かって、勢いよく撃ち上げられた。

皆、音の方に首を向ける。
上がって行く。
どんどん、星空に向かって。
何が起こるのか、誰も想像できない。

瞬間。
空気を大きく振るわせ、巨大な爆発音が空から聞こえた。
巨大な。
あまりにも、巨大な花火。

その大きさは、見上げた空全てを包む程。
地上に向かって、青白い火の粉が星屑のように落ちて行く。
幾億の光の雨を浴び、人々は歓声を上げた。
続けて、今度は歯車城の両脇から同時に上がる。

712 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:56:11.51 ID:+6lBxjjj0

先程よりも低い位置で、それは爆発した。
電気の明かりがなくとも、月明かりとそれで都は十分過ぎるほどに明るく照らされた。
大通りに沿って、9500万発の打ち上げ花火が絶え間なく発射される。
聞こえるのは、爆発音と割れんばかりの歓声だけ。

見えるのは、眩いばかりの光に照らされた光景。
誰もが心を奪われ、その光景に心を躍らせる。
花火が終わっても、人々は歓声と拍手を止めなかった。
それを遮る様に、歯車城が白く照らし出される。

城に設置された巨大なモニターに、最上階の様子が映し出された。
王が、いた。
昔と変わらず、奇妙な風貌の王が。


|::━◎┥『それでは』


性別や年齢を知られない為に変えられた声が、短く、そしてハッキリと響いた。
皆、口を閉ざして王の言葉に聞き入る。


|::━◎┥『始めよう』


短く、簡潔な言葉を歯車王が残すと、爆発的な拍手がそれに応えた。
―――受け継がれた鋼鉄の仮面の下で、内藤・でぃ・ホライゾンは練習した甲斐があったと、密かに安堵していた。

――――――――――――――――――――

719 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 03:59:22.83 ID:+6lBxjjj0

そんなでぃの様子を、ドクオは人ごみの中から見上げていた。
ドクオの前には、ヘリカルと手を繋ぐ千春、ヨウジョと手を繋ぐ銀の姿がある。
視線を四人に移して、ドクオは尋ねた。

('A`)「次は何処に行きたい?」

*(‘‘)*「え、えっと。
    た、たこ焼き屋さん、とか?」


( '-')「ぅん、ゎたしも」

六日間の間で、二人は見違えるようになった。
恐らく、これが本来の二人の姿なのだろう。
祭りの準備も率先して手伝い、早くもロマネスク一家内では二人のファンクラブが出来ているとか。
二人を家族として招き入れたドクオの評価が、一部の部下達の間では急上昇したとの噂まであるが、どちらも真偽のほどは定かではない。

暇な時間を見つけては、千春を筆頭に銃の取り扱いを教え、銀や他の部下がこの都での心得を教えた。
飲みこむ速度は悪くなく、むしろ、今までの生活と一変したのに、よく受け入れられていると驚くほどだ。
後は時間が経てば、二人は立派な裏社会の人間として成長するだろう。
ドクオがそうだったように。

从´ヮ`从ト「トラギコさんの所のお好み焼きとかいいんじゃないですか?」

イ从゚ ー゚ノi、「ハロー殿のウナギ屋も捨てがたいな。
       トロロが付いて来るそうじゃぞ」


( '-')「……ぁぃぅも」

723 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:02:02.24 ID:+6lBxjjj0
*(‘‘)*「もんじゃ焼きも……食べたい……です」

('A`)「頼むから、意見の統一ぐらいはしてくれ」

从´ヮ`从ト「ドクオさんの奢りってことは皆知ってますよ。
       ほら、統一されてますよ」

イ从゚ ー゚ノi、「安心しろ、儂等は財布を持ってきておらんぞ。
       どうじゃ、これで二つも統一されておる」

(;'A`)「……ぐぬ」

家族と巡る初めての祭りに、ドクオは戸惑いながらも、その温かさに幸せを感じていた。
一家の首領としての毎日は忙しいが、やはり、悪い物ではない。

('A`)「でも、行き当たりばったりで店を決めないでくれよ」

从´ヮ`从ト「おっ!
      向こうにジンギスカンアイスとかありますよ!
      行きましょうよ!」

(;'A`)「言ってる傍から!」

イ从゚ ー゚ノi、「まぁ、いいではないか。
       のぅ?」

*(‘‘)*「うん!」


( '-')「ぅん!」

728 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:04:07.77 ID:+6lBxjjj0













           ('A`)「……まったく、もう」



やがてドクオは、呆れた様な、困った様な笑みを浮かべ、はにかんだのだった。












734 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:07:07.50 ID:+6lBxjjj0
――――――――――――――――――――



その都は、霧に紛れるようにして存在している。


その都は、綺麗事を忌み嫌う。


その都は、外部の干渉を許さない。


その都は、来る者を拒まない。


その都に、正義は無い。


その都に、悪は無い。


その都に、不足は無い。


その都にあるのは、純粋な、取り繕わない生への活力。

743 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:10:02.33 ID:+6lBxjjj0



嘗て、その都は歯車の技術で名を知らしめた。


だが。


今は違う。


歯車の技術は失われた。


それでも、尚。


その都の名は、変わらない。


何故なら。


その都では。


誰もが、誰かの歯車なのだから。


751 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:13:03.66 ID:+6lBxjjj0



例え、吹き溜まりに生きる者でも。


例え、光の当たる場所に生きる者でも。


例え、富まない者でも。


例え、富む者でも。


例え、孤独に生きている者でも。


誰かがいる限り、歯車は廻り続ける。


歯車達が廻り、その都は歯車によって支えられている。


今日もまた、誰かの歯車が誰かに繋がり、続いて行く。




761 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:16:02.44 ID:+6lBxjjj0


                       故に。


       人々は、その都を今でも、そしてこれからも、こう、呼び続ける。




















                     歯車の都、と。



768 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/04/04(月) 04:19:03.20 ID:+6lBxjjj0













           ('A`)と歯車の都のようです

                  Fin















戻る 次へ

inserted by FC2 system