('A`)と歯車の都のようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:45:24.90 ID:0XqDZLzv0
ドクオはその日、ジョルジュとオサムと共に表通りの商店街に足を運んでいた。
悲しくも、野郎三人がこうして商店街に足を運んでいるのには訳がある。
ロマネスクに依頼された仕事さえなければ、各々好きな事をして有意義に時間を過ごしていたはずだった。
ドクオは一人酒に浸りたい衝動を、ため息を連発することでどうにか誤魔化している。

とはいえ、ドクオがこれまで一人酒に浸っていた店は跡形もなく潰されてしまっているため、そのささやかな夢は叶わないのだが。
ロマネスクに依頼された仕事、それはドクオの一人酒にも関係していた。
先日襲撃者によって破壊された"バーボンハウス"、その新居地の模索。
そして、"新バーボンハウス"の商売道具である酒の仕入れだ。

ちなみに、裏通りには一等地もあるし、酒もある。
だが、今後また襲撃によって破壊される危険性を考慮して、表通りの土地を使うことになった。
酒は、裏通りの物は全く信用できない。
ウィスキーを買ったはずが、着色された消毒用アルコールだった事など日常茶飯事だ。

新居地は先ほど、不動産屋を脅して一等地を手に入れたため解決済みだ。
今回の仕事の最大の難問、それは酒の仕入れだ。
ロマネスクの舌だけならまだしも、シャキンの舌をも唸らせる酒でなければ意味がない。
同じ銘柄の、同じ酒でも違いが出る事をドクオは熟知していた。

最も分かりやすい例をあげると、陽に晒したビールと、そうでないビールの違いだ。
つまり、保存方法次第で酒の味は格段に違ってくる。
ビールは業者から直接仕入れるため、陽晒などということはまずない。
問題は、その他の酒だ。

扱いを知らないアマチュアの場合、酒の本質よりも売り上げを重視した形で酒を置く場合が多い。
先ほど覗き見た酒屋など、ワインの入ったケースを乱暴に取り扱っていた。
乱暴というのは語弊があるかもしれない、坂屋の店主はただケースを置いていただけなのだから。
ところが、それこそが初歩的な間違いなのだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:48:05.64 ID:0XqDZLzv0
ワインもそうだが、酒を取り扱う際は世間知らずな令嬢を取り扱うようにしなければならない。
手を軽く取って踊りに誘うように、酒を取り。
細い腰に手を回すかのように、酒に手を回す。
これは一流のソムリエを見ていれば、どことなく理解できることだ。

一軒目の酒屋が、表通りの中でも指折りの酒屋だっただけに、ドクオの不安は募っていく一方だ。
そして、つい先ほど二件目を見終わった時点で、ドクオの不安は揺るぎないものへと変わった。
二件目の酒屋は、荒巻コーポレーションの直営店"ジャンスタイ"。
表通りの中でも、一位の座に君臨する酒屋だ。

店の中は、こだわりの内装で煌びやかに彩られていた。
高級品の豪奢なシャンデリアは店内を明るく照らし、ワインは銘柄ごとに丁寧に立てて並べられていた。
おしゃれな内装とは裏腹に、置かれている酒は通常の店よりも一割ほど安い。
そして、専門のソムリエを酒のコーナーに置き、顧客の意見を取り入れ、適切な酒を提供している。

('A`)『…これはひどい』

店内を見渡して思わず、ドクオは愚痴をこぼしてしまった。
もしこの場に酒に精通している者がいれば、ドクオの意見に同意しただろう。
だがしかし、ジャンスタイのソムリエはそうではなかった。
ドクオのこぼした愚痴を聞き咎め、ドクオの元に営業スマイル全開で歩み寄ってきた。

( "ゞ)『お客様、失礼ですが。 なにがひどいのでしょう?
     もしよろしければ、この私にお教えしていただけないでしょうか?』

奇しくも、ドクオの元に歩み寄って来たのは、ジャンスタイのソムリエの長だ。
都のソムリエの中でも筆頭に挙げられる程の有名人であるデルタ関ヶ原は、テレビにも頻繁に出演するほど著名である。
しかし、ドクオにとって彼が有名人であろうとも、酒の前ではそんなことはどうでもいい問題でしかなかった。
ただドクオは、酒を理解するはずの者が酒を愚弄することだけはどうしても許せなかったのだ。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:50:01.07 ID:0XqDZLzv0
('A`)『手前、仮にもソムリエなら解るだろ?
    この店にシャトー・ラフィット・ロートシルトがあったとしても、この店ならスーパーにあるメルシャンと同価値だ』

( "ゞ)『はてさて? 何故ですかな。
    メルシャンとロートシルトが同価値とは理解に苦しみます』

深い赤色の液体、香り高い赤ワインでもあるシャトー・ラフィット・ロートシルトは、通称"赤ワインの女王"と呼ばれている。
高級ワインとして名高いそれが、スーパーで無造作に放置されているメルシャンと同価値と非難されて怒らないソムリエはいないだろう。
それはワインに対するの冒涜であると同時に、ソムリエに対する冒涜でもある。
当然、ソムリエであるデルタは憤りを抑えるので必死の様子だった。

('A`)『ワインはお譲様だ。 そのお譲様を明るく照らし出すとは何事だ?』

( "ゞ)

ドクオの言うとおり、ワインは光を嫌う酒である。
ワインのボトルが濃い緑色などである理由が、まさにこれなのだ。
たとえ、優しく運んだとしてもこれでは三文の価値も無くなってしまう。
ドクオの言葉を、デルタが冷や汗を流しながら聞いていることに気付いたのはジョルジュとオサムだけだった。

二人は、各々の愛飲する酒を探していながらも、ドクオとデルタのやり取りを終始観察していたのだ。
ちなみに、ジョルジュの愛飲するのは"ラッテ・リ・ソッチラ"という黒いラベルに白いガイコツが書かれているリキュールだ。
ただでさえ酒に弱いジョルジュが、アルコール度数75・5度というこれを飲むのには訳があった。
この"ラッテ・リ・ソッチラ"が、"まま母のおっぱい"という意味だからである。

オサムの愛飲する酒は、"レモンハート"、"ロンリコ"というラムだ。
それこそ、火を吐きかねないほど強い酒なのだが、オサムはジョルジュと違い酒が強いため、特に問題は無かった。
強いて問題点をあげるとすれば、それをショットガンと呼ばれるスタイルで飲むことぐらいなものだ。
ショットガンは一人でやると虚しさ倍増、悲しさ三割増しにもかかわらず、オサムは一人でこれをよくやる。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:51:13.44 ID:0XqDZLzv0
('A`)『そしてもう一つ、お譲様を立たせるなんて、お前は本当にソムリエか?
   お譲様は寝かせるんだよ、解るか?』

( "ゞ)

ワインを保管するに当たって重要なこと、それは寝かせて保存するということだ。
よくスーパーなどで、ワインを立てて売っているが、それはとんでもない間違いだ。
立てていないとしても、斜めにしている店もあるが、それも良くない。
そして、このジャンスタイではスーパーと同様に、ワインを立てて売っていた。

ワインを寝かせるのには重要な意味がある。
ワインが生き物であるのと同様に、瓶に栓をするコルクもまた、同じ生き物なのだ。
当然、樹の皮であるコルクは、水分がなければ乾いて縮んでしまう。
そうすると、コルクとの間にわずかな隙間が生じ、ワインが空気に触れて気が抜けてしまうのだ。

コルクは水と空気を遮断する素材のため、別段寝かせておいていても問題はない。
むしろ、寝かせて置くことによってコルクに水分を与えることになるので、ワインの気が抜けるリスクが無くなる。
気の抜けたワインなど、いくら高級なものであってもその価値が大暴落することは必至である。
だから、ワインセラーではワインを寝かせる形で置いているのだ。

('A`)『最後に、お譲様にこの温度は暖かすぎないか?
    お譲様は冷暗所に置くのが鉄則だろ』

そして、ワインは保管する場所の温度にも気を配らねばならない飲み物だ。
暖かすぎてもだめ、寒すぎてもだめ。
絶妙な温度と湿度管理がされた場所での保存が最も好ましい。
つまり、この店はワインをダメにすることしか考えていないと感じ取れるのも普通だ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:53:48.88 ID:0XqDZLzv0
( "ゞ)『…私はソムリエです。 ソムリエにも意地があります』

そう言って、デルタは一枚の名刺を懐から取り出した。
それを丁寧にドクオに渡す際、デルタは忌々しげに囁いた。
それがデルタの本音であることを、デルタの眼が語っている。

( "ゞ)『私の意見など、この店の経営者にとっては糞同然なのです。
     私だって、脅されていなければこんな店とっくに辞めていますよ……
     それと、……このお店なら、あなたの眼鏡にかなう酒が揃うことでしょう』

デルタの手渡した名刺には、店の名前と地図が描かれていた。

('A`)『"タートヴァン"…?』

タートヴァンとは、ソムリエがワインのティスティングの際に用いる銀の道具だ。
底の浅い紅茶カップを想像してもらえればいいのだが、最大の違いはその内側にある。
内側が凹凸面になっていて、光が当たってワインの色を鮮明に見る事が出来るのだ。
銀製の物が主流だが、ステンレス製の擬物が出回っていることも珍しくない。

その名刺を手に、ドクオたちは店を後にした。
ところが、そこから先が大変だった。
入り組んだ道をすり抜け、途中でチンピラに絡まれ、物言わぬ死体を数体作り、目的の店に到着した時にはすっかり宵の帳が下りていた。
目的さえなければ決して見つけられないような場所に、ひっそりと佇むその店を見つけた時にはジョルジュが声を上げて喜んだほどだ。
  _
( ゚∀゚)「着いた! 着いたぞおおおおおおおおおおおおお!!」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:55:25.46 ID:0XqDZLzv0
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('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第五話『戦乙女』

五話イメージ曲『LITTLE BEAT RIFLE』鬼束ちひろ
ttp://jp.youtube.com/watch?v=7j97Ap5GsLE

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13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 21:57:49.97 ID:0XqDZLzv0
ヒートはその日、珍しく表通りの商店街に足を運んでいた。
大抵の買い物なら裏で済むのだが、その日ばかりは表通りに行かざるを得ない事情があったのだ。
前回、追跡されたことと変な目で見られたことを根に持っているため、ヒートは今回は出来るだけ目立たない格好を心掛けている。
頭からすっぽりと、草臥れたぼろ布のような物を被っていた。

ノパ听)

だが、その格好は余計に人の目を引きつけてしまっていることに、ヒートは驚きを隠せないでいた。
ヒートを不審者のように見る視線は、とても耐えられるものじゃない。
おまけに、ヒートを見た何人かの市民は律儀に警察に話しかけている。
最近、表でも銃撃戦が頻繁に起きるため、いよいよ警察もやる気を出したらしい。

この都には、一応警察機関がある。
治安維持隊という名目で、この都の治安を適当に維持している彼らは、影で税金泥棒と悪口を叩かれていた。
彼らとて、曲がりなりにも正義にあこがれたこの職業に就いた以上、わずかな正義感は持ち合わせていた。
しかし、この都で起こる事件の多くが、裏社会がらみのため、下手に手が出せないのだ。

だが、不審者の一人や二人、とっ捕まえられなくて何のための正義か。
そう心に言い聞かせ、フサギコ警部は草臥れてよれよれになった茶色のコートの襟を詰め、ヒートの後ろをつけて行く。
フサギコはこれでも、若いころは名を轟かせた凄腕の刑事だった。
年を取ってもなお、そのセンスだけは衰えていない。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:00:20.42 ID:0XqDZLzv0
ミ,,゚Д゚彡(この匂い、こいつぁ… 原初の血が騒ぐ匂いだ)

常人離れした嗅覚は、匂いだけでその者の性癖を言い当てられる程精確だった。
そして何より、フサギコの最大の特技はその追跡技術にある。
かつて、反省房からの脱獄を試みた際、フサギコは一つの伝説を作っていた。
看守のすぐ後ろにピタリとつけ、動きを完全にトレースし、呼吸を合わせる。

そしてそのまま、何食わぬ顔で見事に反省房からの脱獄に成功したのである。
無論、次からさるぐつわをされ、手錠と足枷を付けられたのは言うまでもない。
兎にも角にも、フサギコは自身の追跡能力だけは誰にも負けない自信があった。
すでにヒートとの間合いは髪一本程度、完璧な距離だ。

ノパ听)「噴」

唐突にヒートが裏拳を繰り出したせいで、フサギコは鼻を殴られて後ろに軽く吹き飛んだ。
鼻血を噴水のように吹き出しながらも、フサギコは気合で着地してみせた。
その光景を見ていた周囲の人々は、何やらいそいそと店の裏やら建物の陰に身を伏せている。
恐らく鼻の骨が折れたのだろう、止まる気配すら見せない鼻血をもろともせず、フサギコは腰に手を伸ばす。

ミ,,゚Д゚彡「動くんじゃねえ!」

ノパ听)「手前がな」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:02:10.68 ID:0XqDZLzv0
フサギコが慣れない手つきで腰につるしたリボルバーの銃把を握るより早く、ヒートはフサギコの背後に立っている。
ちょうど心臓の真後ろに当たる指の感触は、フサギコにとっては理解しがたいものだった。
自分が抜くより早く動いてみせたのに、ヒートは自分を脅す手段として素手を選んでいる。
実力は明らかにヒートの方が上、しかし、獲物の差で行けば―――

ノパ听)「馬鹿な考えはよしな、警部さん」

フサギコの考えを読んだのか、ヒートは面倒くさげに呟いた。
フサギコの代わりに、ヒートがリボルバーの銃把を握り、それを抜き取った。
そのままそれを、持主であるフサギコの後頭部に突き付ける。

ミ,,゚Д゚彡「ち、畜生!」

その時点で、すでに健全な買い物客は姿を消している。
そう、"健全な"買い物客は―――

( ゚_J゚)「動くナ」

ヒートたち二人の周囲から、撃鉄を起こす音と共に男の声が聞こえた。
正確にいえば、"男たち"のだが。

( `_J´)「素奈緒ヒート、だナ? 我々と共に来てもらおウ」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:03:40.52 ID:0XqDZLzv0
それまで買い物客として扮していたのだろう、男たちは次々と店の中や、路地から姿を現す。
それぞれ手にした得物は、この都でもめったに手に入らないような新型の銃器だった。
G36、G3A3、SG552、AK-47βSPETSNAZ、MC51、FA-MAS、MP5それらはヒートが一目見て把握できた武器だった。
恐らくは、店の屋上にも何人か狙撃手がいるはずだ。
それを裏付けるように、ヒートの耳に上から響いたボルトアクションの装填音が聞こえた。

ノパ听)(ちっ、面倒なことになったな…)

ミ,,゚Д゚彡「手前等! 俺は警部だ、俺を見逃してくれ!」

プライドという文字を頭の辞書から抹消したフサギコは、素早くヒートの後ろに回り込んだ。
警察学校時代に学んだ拘束術を駆使し、ヒートの腕をねじあげる。
男たちに怒鳴り散らしながらも、懐から警察手帳を取り出して見せつける。

ミ,,゚Д゚彡「ほら、この女が目当てなんだろ? びっくりするほどあっさりと受け渡すからよ、俺だけは―――」

プライドを捨てた肉塊となったギコは、結局言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
手加減抜きで繰り出されたヒートの裏拳をまともに食らっては、鉄板でさえ穴が開くほどだ。
それを人体に、それも人中に当てたとなれば、肉塊にならざるを得ない。
ヒートの行動が完了した直後、男たちがヒートの足もとに向けて数発の銃弾を撃ち込む。

( ゚_J゚)「動くナ、そう言ったゾ?」

FA-MASを構えた男は、その照準をヒートの急所に合わせている。
今現在、ヒートは四方八方を敵に囲まれ、おまけに屋上の狙撃手にも狙われていた。
そんな状況下なのにもかかわらず、ヒートはたじろぐ様子一つ見せない。
布の下で、ヒートが薄く微笑を浮かべたのに、気づいた者は皆無だった。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:05:54.74 ID:0XqDZLzv0
FA-MASを含め、ブルパップの銃器には利点がある。
そもそもブルパップはアサルトライフルなどの銃器の欠点である、銃身を短くすることを前提に開発されたものだ。
従来は銃把の前に弾倉を装填する形だったのだが、ブルパップは発想を逆転して銃把の後ろ、即ちデッドスペースとなっていた部分に弾倉と機関部を移した。
これによって、大幅に銃身を短縮することに成功したのだ。

近接戦闘においても、小銃並の扱いやすさが実現し、その性能は脅威だった。
ちょっとやそっとの近距離ならば、FA-MASが負ける道理はない。
その自信と、銃器の性能に頼ってしまうのは仕方がないともいえる。
男たちの生涯最後の失敗を、ヒートは決して見逃さなかった。

直後、ヒートの着ていた布切れが微かに揺れた。
それは、風に靡いたものだと錯覚してしまうほど微々たるものだったが、ヒートの正面に立っていた男は自らの眼を疑った。
直前まで確かにヒートがいたはずなのだが、布の中にヒートの姿がないのだ。
思わず声をあげようとして、男は口を開いた。

(;゚_J゚)「―――っ!」

だが結局、男がの口が言葉を紡ぐことは無かった。
男の失敗は三つあった。
一つは、得物の性能に頼っていたこと。
もう一つは、ヒートに対してさっさと発砲しなかったことだ。

そして最後に、ヒートを敵に回したことだ。
背後から後頭部を鷲掴みにされ、男の頭は握りつぶされた。
グロテスクな肉塊になった仲間の死体が崩れ落ちた時、他の男たちは一斉に銃口をヒートに向けた。
―――否、正確には、"ヒートがいた場所"にだ。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:07:19.22 ID:0XqDZLzv0
いち早く反応した男は、手にしたAK47ヴェータ・スペツナズの引き金を引いている。
放たれた7.62mm弾は虚しく地面を抉り、石畳に小さなクレーターをいくつも造った。
ヴェータ・スペツナズは従来のカラシニコフの欠点を改善したモデルだ。
他の銃器に比べて、比較的安価ながらもその性能と信頼性は決して他に引きを取らない。

(゚G_゚;)「なっ―――?!」

しかし、いかに高性能といえど、当たらなければ意味がない。
倒れている仲間の死体の手から、FA-MASが消えていることすら気づかずに、男は咄嗟に振り返った。
そこにあったのはFA-MASの銃口。
そして、5.56mmNATO弾によって脳天を撃ち抜かれた男は虚しく倒れこんだ。

FA-MASを奪い取ったヒートは、そのまま銃を横に倒し、薙ぎ払うように弾をばら撒いた。
あっという間に30発を撃ち尽くし、ヒートはFA-MASを放り捨てると同時に横に飛んだ。
直後に飛来した7.62mm弾が、それまでヒートの頭があった位置を貫く。
それは、屋上にいる狙撃手のモシン・ナガンから放たれたものだ。

先ほどヒートの耳に届いたボルトアクションの装填音は、まさにその銃から聞こえたものだった。
狙撃手には、決して破られてはならないことが二つある。
一つは、自らの位置を把握されないこと。
そしてもう一つは、一射目を外さないことだ。

どちらか一つでも破れれば、狙撃手はたちまち窮地に陥ってしまう。
その為、狙撃手は常に一撃必殺を心掛けている。
よほどの事がない限り、その一撃は避けられるものではないのだが、相手が悪すぎた。

(;^_J^)「ウソだろ、おい…」

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:09:08.69 ID:0XqDZLzv0
光学照準器から目を離し、狙撃手は狼狽の声を上げた。
今のでヒートに狙撃位地が把握されたのは明白である、となれば、こんな所にいつまでもいられるわけがない。
その場から移動しようとした男が僅かに体を起こした瞬間、男は脳天を穿たれて絶命した。
ヒートが銃器を捨てたことに油断した男の間違いは、銃器がなくとも銃弾は撃てるということを忘れていたことだ。

指で雷管を叩いただけで、その指が撃鉄の役割を果たすなど予想できるはずもないが。
事前にヒートの素性を聞かされていたとはいえ、ヒートの強さは人智を遥かに越えていた。
仮にヒートが"機械化"していたとしても、その限界を超えているのは確かだった。
もしもヒートが"あの"得物を手にしていたのならば、百人以上の機械化された兵士が相手になろうが負けないだろう。

ノハ#゚听)「手前等、あたしは今最高に怒ってる……
      せっかくのオフなのに、あたしの休日を、あたしの楽しみを奪った罪!
      腸を食いちぎって生き返れぬようにしてくれるわ!!」

雄叫びをあげるヒートに対して、男たちは背に冷や汗を流した。
より正確にいえば、それしかできなかったのだ。
草食動物が肉食動物を恐れるように、男たちは同族であるはずのヒートに恐怖している。
同様に、恐怖に身が固まってしまっていた。

(^G_^;)「あ、あああ…… うわああああああああああああああ!!」

一人だけ、例外がいた。
恐怖に駆りたてられたネズミも、猫を噛むという。
情けないのか勇敢なのか、男は手にしたG3をフルオートでヒートに向けて撃ち放つ。
その凶弾を前にしても、ヒートは決して動揺しない。

弾丸の一発一発を確認するかのように、ヒートは銃弾の雨を掻い潜る。
装弾数は20発のG3A3は、フルオートで撃てばあっという間に弾切れになってしまう。
ヒートを銃弾で倒そうとするなら、重機関銃かガトリングガンでも持ってこなければ可能性すら生まれない。
弾切れになったにもかかわらず、男は叫びながらも虚しく引き金を引き続けている。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:11:23.43 ID:0XqDZLzv0
ノハ#゚听)「せいやああああああああ!!」

ヒートが本気でパンチを繰り出せば、それこそ対戦車砲並の破壊力がある。
そしてそれを、人体がまともに受ければ、フサギコの二の舞どころの騒ぎではない。
爆散と言う表現が最もふさわしいだろう、頼りにならない楯にしたG3A3ごと砕け散った男の肉片が周囲の建物に張り付いた。
建物だけでなく、出店の商品にもかかったのは言うまでもない。

(;`_J´)「ちっくしょう! 化け物ガ!」

男たちの中でもリーダー格の男が、構えたSG552を撃ち撒きながら駆けだす。
男の動きは、リーダー格なだけはある。
フルオートではなく、単発でヒートの動きをけん制している。
その男の動きを援護するように、周囲にいた男たちもようやく各々の得物の引き金を引く。

(;^_U^)「ダダダダダダダダダダダダダダダ!!」

G36を乱射する男は、まさか次にヒートが自分を狙ってくるなどとは夢にも思わなかった。

(;^_U^)「ダダダダダダダ…… だああああああああああああ?!」

次の瞬間、ヒートはどこからか取り出した醜悪なナイフを男に向かって振り下ろしている。
距離にして約100メートルはあったはずの距離が、瞬く間に縮められたことよりも、男はその醜悪なナイフに目を見張った。
肉食獣の牙を彷彿とさせる刃には、不気味な彫刻が施されている。
そして、その刃が自らの脳天に突き刺さって男は全ての意識を失った。

男たちは知らなかった。
ヒートの体に、様々な凶器が隠されていることを。
男の頭に突き立てたナイフを乱暴に引き抜き、そのナイフをヒートは後ろも見ずに投げた。
店の影でヒートを殺そうとしていた男は結局、飛んできたナイフに喉を切り裂かれて、手にしていたMC51の引き金を引いたまま絶命した。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:13:54.77 ID:0XqDZLzv0
ノハ#゚听)「疾っ!」

その場に素早く伏せ、ヒートは両脚に付けたホルスターから二丁の拳銃を引き抜いた。
引き抜くと同時に左右に両手を広げ、目を向けることなく引き金を引く。
最強の拳銃と名高いデザートイーグルは、マグナム弾をオートマチックで撃てる強力なものだ。
装填されている弾のせいで、装弾数は7発しかない。

だが、それと引き換えに手に入れた50口径の弾丸は、オートマチック用拳銃弾として最高の威力を有している。
引き金を引く度に訪れる衝撃は、非力なものなら脱臼するほどのものだ。
それを片手で、しかも両手に構えてもなお反動を抑えきっているのは、ヒートの腕力の賜物だった。
遠巻きにヒートをけん制していた男たちは、例外なく急所を吹き飛ばされて撃ち殺された。

デザートイーグルを撃ち尽くした時には、襲撃者たちは一人を残して全滅していた。
両脚を撃ち抜かれたリーダー格の男は、無様にも逃げる格好のまま倒れている。
手元に落ちた得物に手を伸ばし、SG552の銃把に指が触れた。
そのまま、ヒートが指ごと思い切り踏み潰したせいで、男の指は銃把と一体となって潰れた。

(;`_J´)「うわ、うわあああああああああああああああ?!」

骨が折れて肉を突き破り、男の手から白いものが見えている。
それをわざと踏むように、ヒートはつま先でけり飛ばした。

(;`_J´)「ひぎゃあああああああああああ!!」

ノパ听)「手前等、何の用があってあたしを捕らえようとした?
     返答によっちゃ、次に潰すのは手前のタマだぜ」

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:16:05.65 ID:0XqDZLzv0
そう言いつつ、ヒートは男の無事な手に足を乗せる。
そして、先ほどと同様に、踏み潰す。
今度は出来るだけゆっくりと、時間をかけて手を潰したため、男は目玉が飛び出るほど大きく目を見開いた。

(;゚_J゚)「あぎゃああああああああああああ!!」

ノパ听)「ちゃんとした言葉をしゃべれよ? あんただって、自分の一物は大切だろ?」

目線を男の股間にくれてやりながら、ヒートはサディスティックな笑みを浮かべた。
その眼が本気であることは、男は本能的に理解できた。
だから、男が大人しく目的を言おうと決心したのは仕方のないことだった。

(;`_J´)「言う、言うから助けてくレえええええ!!」

ノパ听)「言う? 何を?」

(;`_J´)「あんたの知りたいことを、全部、言うから… 命だけは…」

結局、男は目的を言葉にすることなく絶命した。
それは、直後にどこからか飛来した分銅によって脳天を砕かれたからだ。
男の脳天が砕かれるより早く、ヒートは横に飛んで分銅の追撃を回避する。
案の定、男の脳天を砕いた分銅は地面に当たるなり方向を変え、それまでヒートがいた位置をすり抜けた。

分銅の根元に鎖が付いているのを見咎め、ヒートはそれが鎖分銅であることを確認した。
鎖の先にあるのは、分銅かそれを操る者だけだ。
そのため、ヒートは鎖が続く方へと駆けだした。

ノパ听)「甘いわあああああああああああああ!!」

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:18:25.34 ID:0XqDZLzv0
鎖分銅は生き物のように動かすことによって、敵にその動きを読ませないことがセオリーだ。
にもかかわらず、この鎖分銅の持ち主はそれをせずに、真っ直ぐに鎖を回収しているではないか。
それによって相手の位置が簡単に判明した。
ヒートの目の前のビルの間、その路地裏から投擲されたのだ。

胸の谷間にしまっていた小型のナイフを取り出しつつ、ヒートは慎重かつ迅速にその路地裏に肉迫する。
常人なら尻尾を巻いて逃げだしかねないのだが、相手はヒートが肉迫してもなお逃げる気配がない。
その理由を、ヒートは至極単純に考えていた。
腰でも抜けて、ヘタレてしまっているのだろうと。

ノパ听)「!!」

相手を視認するその刹那、不可視の一撃がヒートを襲った。
もしヒートが本能的にナイフを掲げていなければ、ヒートの頭はグロテスクな肉塊になっていただろう。
ナイフの刃先でぎりぎり受け止められている分銅は、ナイフの刃を半分ほど削っている。
すぐにナイフを捨て、ヒートは両袖から新たな得物を取り出す。

投擲用にしては長いナイフを、抜く手も見せずに路地裏に投げつける。
コンクリートの壁に反射して、姿を見せない相手に対して投げつけたヒートの行動の素早さは、賛嘆に値した。
だが、直後に聞こえたのは叫び声でもなければ肉を抉る音でもない、"鎖がナイフを止めた音"だ。
ヒートの聴力は、常人のそれの三倍近くはある。

その為、今しがた屋上から響いたボルトアクションの音も聞き逃さない。
バックステップで距離を置きつつ、ヒートは屋上にいる狙撃手への対処を思案した。
今回、ヒートが隠し持っている武器は、全て近接用の武器だけだ。
表通りで爆発物や銃を使えば、後で困るのはヒートだからだ。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:21:10.54 ID:0XqDZLzv0
その事を知ってか、相手の狙撃手はヒートを囲むように三つの建物の屋上にいることが分かった。
全員ボルトアクションライフルを使用しているのは、腕によほどの自信があるためだろう。
ボルトアクションは、手動で薬莢の排出、弾の装填を行うものだ。
オートマチックとの違いは、装填さえ間違わなければ決して弾詰まりを起こさないところにある。

オートマチックとて完璧ではない、何千発に一回は不具合を起こして弾詰まりを起こす。
それは狙撃手にとってあまりにも致命的であるため、一撃必殺を心掛ける狙撃手は好んでボルトアクションライフルを使う。
だが、ボルトアクションにも弱点はある。
それは装填に要する時間だ。

一発毎に手動で薬莢を排出するため、二発目までの動作が致命的に遅くなる。
もし初弾を外せば、それこそ自身を危険に招く。
そして、ヒートを狙っていた三人の狙撃手は、全員初弾を外してしまった。
まさかヒートが、こちらが引き金を引くのと同時にバックステップをするなど想定していなかったのだ。

Ω「…っく!」

驚愕に目を見開きながらも、男は次弾を装填する。
真鍮製の薬莢がコンクリートの床を叩き、独特の音を上げる。
すぐさま光学照準器を覗き込み、男はそのままの格好で骸へと変わった。
地弾という自然を使った攻撃方法を知らなかったのが、男の生涯最後の不覚だった。

地弾は、地面に落ちている石を指で弾いて弾丸のようにする攻撃方法だ。
文字通り、地の弾を使うため、この名が宛がわれている。
この技を使うには、指の力が常人離れしていなければならない。
なにせ、石ころ一つで人一人を殺すのだから。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:23:02.78 ID:0XqDZLzv0
そして、ヒートは光学照準器の輝きを視認するや否や、弾丸が抉った石畳の破片を地弾へと変え、光学照準器に向かって放ったのだ。
モシン・ナガンにも金属照準器が付いているが、男はそれを使わずに光学照準器を使った。
確かに、それは狙撃の精度を上げるが、同時に僅かな心の隙をも生む。
光学照準器を覗くのは、当然狙撃手の眼だ。

目の奥にあるのは人体で最も大きな急所、脳がある。
それを失念していたことを、咎められる者は多くはない。
光学照準器にも一応は、反射対策は施されているが、ヒートに対してそれは無意味だ。
ヒートは肉眼で、一キロ先の本を朗読できる視力を有している。

一人目の狙撃手がやられた時点で、二人目の狙撃手は素早く身を屈めた。
直後に飛来した地弾が、男の髪を掠め取って行った。
まるで銃弾が掠め飛んで行ったかのような音を立てていった地弾は、もし男が身を屈めるのが少しでも遅れていれば必殺の一撃になっていたことを証明した。
這いつくばりながらもボルトアクションで排出、装填を行う。

そして、銃だけを屋上の縁に乗せてみる。
間髪入れずに、地弾が光学照準器のレンズを砕いた。

Ω(に、人間なのか?! あいつは?!)

使えなくなった光学照準器を見咎め、男はそれを手元に引き寄せた。
狙点のちょうど真ん中を撃ち抜かれ、もはや復旧など不可能だ。
つまり、男は金属照準器を用いてあのヒートに狙撃をしなければならない。
今までの経緯からして、それが自殺行為にも等しいことだというのは分かっている。

だから男が、わずかながらも躊躇ってしまった。
ふと、生涯最後の勘を頼りに空を見上げた。
そこにあったのは、鎖がつながった分銅。
そして、それが吸い込まれるように男の顔へと落下する。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:25:56.60 ID:0XqDZLzv0
そこまでの映像を他人事のように眺めていたが、分銅が男の額に触れた時には男の意識は現実に引き戻されていた。
分銅が頭がい骨を砕き、男の脳みそを蹂躙する。
その時には既に男の意識はおろか、命も途絶えていた。
ちなみに、その分銅はヒートが投擲したものではない。

( ∀ )

路地裏に潜む何者かが、男に向かって投擲したのだ。
それを光学照準器越しに見ていた最後の狙撃手は、声を上げて狼狽した。
男が狼狽したのも無理はない、何故なら、鎖分銅を用いている者は男たちの仲間だからだ。
男はヒートよりも先に、裏切り者であるその者に照準を合わせる。

Ω「うおおおおおおおお!!」

引き金に指を掛け、怒りを込めて引き金を引く。
撃鉄が雷管を叩き、弾丸が放たれる。
だがしかし、そこで男の命は絶えた。

Ω「おべぁ?!」

狙撃手が感情に振り回されて立ち上がるなど、愚行にもほどがある。
当然のようにヒートの地弾によって脳天を穿たれ、男は血の混じった脳漿を背後に撒き散らしながら背中から倒れた。
男の放った弾丸が、鎖の間で止められるという常人離れした技を見届けることなく息絶えたのは、ある意味幸いだった。
こうして、ヒートは鎖分銅を得物にする者と二人きりになってしまった。

むしろ、それこそが鎖分銅を手にする者の目的であるとは、流石のヒートも考えつかないことだった。

ノパ听)「出てきなよ、鎖野郎」

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:28:10.38 ID:0XqDZLzv0
*attention!
ここから前回投下以降の話になります

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:30:03.02 ID:0XqDZLzv0
ヒートが人気のない路地裏に声を投げかけると、そこから一人の女が生まれ出た。
背丈はヒートよりも高く、大柄な女だ。
肌の色は白く、その顔からは感情と呼べるものが読み取れない。

/ ゚、。 /「……」

短く切りそろえられた茶髪の下にあるの表情は、自身とヒート以外に関心がない様にも見える。
糊の効いた緑色のトレンチコートを着込み、その袖からは鎖分銅が垂れ下がっていた。
首元までボタンが詰めて体を隠してはいるが、己の得物は隠さない主義なのだろう。
それまで口を開く気配すらなかった女の口が、動いた。

/ ゚、。 /「私の名前は、鈴木ダイオード。 貴女を捕えるために参りました」

両手を前に突き出し、手にした鎖分銅を見せつける。
そして、両手に持った鎖分銅の両端を高速で振り回し、ヒートを威嚇する。
風が切り裂かれる音と共に、ヒートの足もとを何かが抉り取った。
それがダイオードの繰り出した分銅であることは、音でしか判別できない。

続いて、ヒートの顔のそばを分銅が通り過ぎる。
当てる気はないのだろうが、もし一歩でも間違えればただでは済まないだろう。
手元に引き寄せた分銅を再び、回転させる。
それは銃弾の脅しよりもタチが悪い。

/ ゚、。 /「抵抗しなければ、我々はあなたに手荒な真似はしません。
      もし、抵抗するのであれば、手足の二、三本は―――」

ヒートの太ももに巻きつけられていた二本の凶刃が、ヒートの手元で怪しく光った時には、ヒートの姿はダイオードの視界から消失している。
本来なら、その動きによって困惑している間に、ヒートの凶刃がダイオードの急所を切り裂いているはずだった。
しかし、ダイオードは眉の一つも動かさずに、鎖分銅で周囲を薙ぎ払う。
これなら、例えヒートが高速で移動していたとしても、ダイオードに接近することは叶わないだろう。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:32:14.55 ID:0XqDZLzv0
案の定、ダイオードの左前方で火花が散った。
そこにいたのは、醜悪な凶刃で分銅を防いでいるヒートの姿だ。
驚愕に目を見張っているかと思いきや、ヒートは笑みを浮かべていた。
その笑みが手にした得物に怪しく反射している。

取っ手の部分には指を通すためのサックがあり、その先には猛禽類のような爪が備わっている。
刃渡りは30cm弱、白銀ではなく鉄色のそれは、悪魔が持っていても不自然ではないだろう。
それを順手と逆手で構え、凶悪な笑みを浮かべるヒートを見て、ダイオードの眉が微かに動いた。
それは憤りなのだろうか、引き戻して今一度繰り出された鎖分銅による薙ぎ払いは、先ほどよりも遥かに速度が上がっている。

この速度なら、鎖が当たっただけでもただでは済まない。
だがしかし、ヒートはその攻撃を見てもなお、怯んだ様子がない。
むしろ―――

ノハ ゚∀゚)

嬉々としてるではないか。
手にしたナイフを、勢いよく地面に向かって振り下ろす。
直後に響いたのは、刃と鎖がぶつかる音だ。

/ ゚、。 /「なっ?!」

その時初めて、ダイオードが感情を表に出した。
鎖は鉄の輪が連なって構成されているのだが、その輪の穴に刃先を通して地面に固定するなど、人間技ではない。
神技すらも超越していると言っても過言ではないだろうが、幸いダイオードは鎖分銅は両手に持っていた。
ならば、残るもう片方の鎖分銅でヒートを今度こそ仕留めれば何ら問題はない。

/ ゚、。 /「しゃあああああ!!」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:35:05.26 ID:0XqDZLzv0
/ ゚、。 /「しゃあああああ!!」

気合いをこめた掛け声と共に、ダイオードの手から分銅が勢いよく放たれた。
まるで銃弾のようなそれは、何故か真っ直ぐに飛んで行く。
当然、ヒートはそれを横飛び出回避する。
それを狙って、ダイオードは手元の鎖をうねらせる。

猛獣使いを彷彿とさせるその動きで、先端の分銅が宙に上がった。
同時に引き寄せ、上空からヒートに対して攻撃を繰り出す。
まさに鞭のような一撃が、上空からヒートに降りかかる。

/ ゚、。 /「死ねええええええええ!!」

鎖分銅に死角は無い。 そう思っていた時期がヒートにも一瞬だけあった。
死角がない様にも思われる鎖分銅だが、それには致命的な欠点が存在する。
両端についた分銅の一撃は確かに脅威ではあるが、それだけだ。
鎖が役に立つのは中距離戦闘においてだけ、それが近接戦闘にもなると、役に立たない。

ノハ ゚∀゚)「死合う時は!」

/ ゚、。 /「っ!」

瞬く間にヒートの姿がダイオードに肉迫する。
ヒートの後ろで、自らが放った一撃が虚しく地面を穿ったのを見咎めた時には、回避不可能な位置にまでヒートが迫って来ていた。
咄嗟に鎖でヒートの攻撃をからめ取ろうとするが、ヒートの手にした凶刃を防ぐことは叶わなかった。
音を立てて砕かれた鎖の先にあるのは、ダイオードの心臓だ。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:38:07.28 ID:0XqDZLzv0
ノハ ゚∀゚)「声を出さずに死合え!」

ヒートのナイフが吸い込まれるように心臓に―――

ノハ;゚听)「なにっ?!」

突き刺さることは無かった。
甲高い音を上げて折れた刃先を、驚愕に見開いた眼で見る。
金属でさえ切り裂く凶刃が容易く折れたということは、ダイオードの体は金属以上の何かで覆われているということだ。

/ ゚、。 /「見誤りましたね。 私が生身の人間だでも思いましたか?」

余裕たっぷりにダイオードはヒートを見下ろす。
ダイオードはヒートが最後に近接戦闘で来る事を知っていたのだ。
そしてその際、急所を狙うことも。

ノパ听)「手前、何者だ?」

ヒートがドスの利いた声でダイオードを睨み上げる。
その恫喝に対して、ダイオードは小さく口の端を上げて鼻で笑った。

/ ゚、。 /「貴女と同じですよ。 ねぇ?」

/ ゚、。 /「素奈緒ヒート、いいえ…… 歯車王」

ノパ听)「……」

ダイオードの言葉を聞き、ヒートが浮かべたのは―――

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:41:51.58 ID:0XqDZLzv0
ノハ ゚∀゚)

邪悪な笑みだった。

――――――――――――――――――――

(゚A゚* )「いらっしゃい」

扉を開けて聞こえて来たのは、気さくな店主の声だった。
店主の第一印象は、人の良い中年男性。
そして、店内に漂うのは良質な木の香りだ。
長いこと使い込んでいるだけでなく、きちんと手入れをしていなければこのような香りになるはずがない。

('A`)(まずは合格、か)

店は細長いテーブルが二組、あとはカウンター席しかないが、それでも十分落ち着いて酒は飲めそうである。
兎にも角にも、店主の腕を確かめる事をしなければここに来た意味がない。
もしここも駄目だったとなれば、ジョルジュが発狂しかねない。
ここに来る途中も、ひたすらに胸の話を聞いてもいないのに語っていたのだ、そのネタが尽きれば残された道は発狂しかない。

(゚A゚* )「何にしますか?」

( 'A`)「ビールをくれ」

別に、ドクオはやる気がないわけではない。
ビールは入れ方一つで全てが左右される酒だ。
つまり、店主の腕を図るにはうってつけの方法なのだ。
ドクオはひとまず、お絞りで手と顔を拭った。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:43:37.30 ID:0XqDZLzv0
(゚A゚* )「銘柄は?」

ふと、店主であるのーちゃんが自然とドクオにビールの銘柄を尋ねた。
まずは第一関門、客にビールの銘柄を尋ねる。
これをしないということは、店は一種類のビールしか置いていないことになる。
つまり、自分の好みに合った酒が飲めないのだ。

('A`)(まずは合格、か)

( 'A`)「じゃあ…」

(゚A゚* )「ちょっと待ってください。 当てて見せます、あなたが頼もうとしている銘柄を」

これはドクオにとって、完全な不意打ちだった。
他人が飲もうとしているビールの銘柄を当てるなど、シャキンですら出来ない芸当だ。
そしてもう一つ、ドクオは自分が頼もうとしていたビールを当てられない自信があった。
何故なら、ドクオが頼もうとしていたビールはこれまでに、バーボンハウスでも一度しか存在しなかったビールだからだ。

それを当てるなど、正気の沙汰ではない。

(゚A゚* )「うーん……」

('A`)(ムリムリ、当てられるはずが…)

(゚A゚* )「ベルリナー・ワイス、ですね」

( ゚A゚)

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:46:54.89 ID:0XqDZLzv0
その単語が聞こえた瞬間、ドクオは鳥肌立っていることに気がついた。
有り得ない、有り得ない、有り得るはずがない。
明日の天気を言い当てるように気楽に、店主はドクオの心の中を読み当てたのだ。
それだけでなく、その銘柄は当てられることなど不可能に近いものである。

ベルリナー・ワイスはベルリン限定のビールだ。
低アルコール度のそれは、大型のブランデーグラスのような物に入れられるものだ。
濃い色のビールを、ストローで飲むという奇抜なスタイルを取るのが特徴である。
さわやかな酸味に満ちたそれは、飲むだけで頭の中が透き通るような錯覚に陥るほどだ。

なぜこれが絶対に当てられないか、その理由はきちんとある。
これはドイツの各々の店が白ビールに独自のブレンドをして作るものであって、絶対に既製品が存在しない。
ベルリナー・ワイス(ベルリンの城)の名を冠するだけに、これはベルリンでしか飲めないのだ。
かつて一度だけ、シャキンが超特急便で取り寄せた際に、ドクオも一口飲んだきりだ。

ビールは気抜けすると、その価値を失ってしまう。
超特急便を使ってどうにかなる程度なのだが、その料金が高すぎたため、シャキンはそれきりベルリナーを仕入れなくなったほどだ。

(゚A゚* )「当たりですか?」

( ゚A゚)「あ、あぁ… でも、置いてあるのか、この店?」

ドクオのその言葉を打ち消したのは、店主が笑顔で差した指だ。
その指は、カウンター席の端にあるビールサーバーを差している。

(゚A゚* )「あそこにある分しかありませんが、置いてありますよ」

もはや、ドクオはこの店主を試す気力も失ってしまった。
だからドクオは、正直な事を店主に打ち明けることにした。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:49:32.47 ID:0XqDZLzv0
( 'A`)「…このメモにある酒を、用意できるか?」

そう言って、ドクオは懐からメモ帳を取り出した。
メモ帳を受け取り、店主がそれを流し読みする。

(゚A゚* )「アブサンはちと厳しいけど、全部いけるよ」

( 'A`)「そうか、じゃあこれを」

再び懐に手を入れ、ドクオが掴み出したのは一枚の小切手だ。
それはロマネスク名義の小切手で、金額は記載されていない。

( 'A`)「ここに好きな金額を書いてくれ」

カウンターにそれを置き、金額の部分を一緒に取り出したボールペンで叩く。
ボールペンを手にして、店主は軽く金額を記載した。
そこに書かれた数字は、ドクオが思わず目を疑うほどのものだった。

(;'A`)「安すぎないか? もっと色をつけてもいいんだぜ?」

まともな店で頼めば、もう一つ桁が増えるはずだ。
この額では、この店の利益は確実に0だ。
だが、店主は相変わらずの気さくな声でこう言った。

(゚A゚* )「酒と金は別さ。 酒が飲みたい奴には色をつけない値段で提供する。
    それが俺のルールだ」

こうして、ドクオは目的を見事に果たすのと同時に、新しい酒飲み場を見つけたのだ。

――――――――――――――――――――

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:52:35.06 ID:0XqDZLzv0
ダイオードは自らの体を過信しすぎていたことを、改めて認識させられた。
ヒートの手にしているナイフよりも、こちらが手にしている鎖鎌の方が優勢だと考えていた節もあったが、そんなことはどうでもいい。
対戦車砲の直撃にすら耐えうるチョバム・アーマーの装甲が、全く機能していないのだ。
いくら装甲が頑丈といえど、吹き飛ばされれば元も子もない。

先ほどヒートの蹴りを喰らい、たっぷり100メートルは飛翔しただろうか。
そのまま地面に叩きつけられたせいで内部の機関のいくつかが、衝撃に耐えられずにエラーを出してしまっている。
このまま引き下がりたいところだったが、ヒートの追撃を避けるのは至難の業だ。
鎖鎌の最大の特徴である鎖分銅を使用するには、距離を開けなければならない。

鎌でヒートと闘うなど想定していなかったため、ダイオードは引き下がることしかできない。
辛うじてヒートの攻撃を避けてはいるが、その攻撃が当たるのは時間の問題だった。
すでに脚部のサスペンションは悲鳴を上げ、蹴りを受けた腹部に内蔵されていたシステムの一部が機能を停止している。
ふと、ヒートの攻撃が止んだ。

何事かとヒートを見れば、止まったまま体をねじらせている。
脚が向く先はダイオードにもかかわらず、その上体は背後を向いていた。
好機とばかりに、ダイオードは袖から伸びた鎖でヒートの動きを止めようとする。
そして、一迅の颶風がダイオードの頬を殴りつけた。

質量と実態を持った颶風の正体が、ヒートの突き出した拳から発生したことは、高性能カメラでなければ捕らえられなかっただろう。
幸いにも、ダイオードの眼は超高性能カメラだったため、辛うじてその様子を確認することができた。
音速を超えた拳が、ダイオードの顔面に吸い込まれる様を他人事のように傍観する。
次の瞬間にはチョバム・アーマーをも変形させる一撃が、ダイオードの視界と意識を破壊した。

冗談のように吹き飛び、ダイオードが民家の壁にめり込む。
そのダイオードの顔はすでに原形をとどめておらず、顔の真ん中にはヒートの拳の跡がくっきりと残っている。
昆虫の標本のようになっているダイオードを一瞥し、ヒートは何事もなかったかのように歩きだした。
その顔に終始笑みが浮かんでいたことは、誰も知らない。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:54:55.74 ID:0XqDZLzv0
ノパ∀゚)

ヒートはそのまま、路地裏の影へと消えて行った。


――――――――――――――――――――

ラウンジタワーには、地下への階段が密かに設置されている。
一般人はせいぜい地下二階どまりなのだが、特殊なカギを使うことによって存在しない地下十階へと行くことができる。
地下は意外にも、地上と違って温度の移り変わりが激しくない。
むしろ、外が寒くとも地下は暖かいぐらいだ。

地下十階に行くためには、専用のエレベーターに乗る。
あっという間に着くのは、地下二階と十階の間に何も階層がないからだ。
カプセル型のそのエレベーターの扉が開き、一人の男が姿を現した。

( ・∀・)

背後に蜃気楼を従え、ゆっくりと歩む男はモララーに相違なかった。
金属質の床を踏むたびに、独自の音が残響する。
そして、モララーの目の前には一つの円卓が存在していた。
それを囲んで座っているのは、表社会の大富豪たちばかりだ。

爪'ー`)y‐「やぁ。 モララー君、会いたかったよ」

最初に声を上げたのは、魔女のような妖艶さを持つフォックスだった。
甘ったるい匂いを振りまき、フォックスは大げさにモララーを迎え入れた。
三大財閥の第三位に位置しているにもかかわらず、その挙動は一位の者に引けを取らない。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 22:57:46.28 ID:0XqDZLzv0
三大財閥とは、頂点に荒巻コーポレーションを置いた財閥の名前だ。
その為、三大と銘打っているが、実際は四大財閥なのである。
荒巻コーポレーションを別格とした場合、フォックスの位置は第二位。
決して低い位置ではない。

実質的な二位は、貞子鉄鋼業の創始者である貞子である。
しかし、貞子はモララーには眼もくれず、黙々と手元のパソコンをいじっている。
画面に映し出されているのは、何かの設計図だ。

爪'ー`)y‐「おいおい、君たち。 僕一人だけ騒いでると、まるで馬鹿みたいじゃないか」

だが、魔女の声に耳を傾ける者はその場にいなかった。
第四位のシュールはどんぶり一杯の白米を食べているし、第一位の荒巻の場合はもっとひどい。
二人の美女を侍らせ、性欲を解き放っている真っ最中だ。

( ・∀・)「…俺は、あんたらと慣れ合うつもりはない。
     言われたとおりの武器、弾薬を用意した。 以上だ」

にべもなく呟き、モララーは来た道を戻るべく振り返った。

(0∴)

そこにいたのは、仮面をつけた大柄の男。
黒い軍用外套を身にまとい、直立不動の体勢で待機している様はまるで石像だ。
仮面の横にはナンバリングのためだろうか、数字が書かれている。
それに目を奪われていると、モララーの疑念にフォックスが答えた。

爪'ー`)y‐「あぁ、そうだ。 ゼアフォーシステムが完成したんだよ。 まだプロトタイプだが、性能は保証する」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:01:28.62 ID:0XqDZLzv0
そう言いながら、フォックスはハイヒールで音を鳴らしながら、モララーのそばに歩み寄る。
近くに来てはっきり分かったのは、フォックスの煙草から蜂蜜の香りに混じって大麻の匂いがすることだ。
異様に眼を輝かせ、フォックスは吸っていた葉巻を仮面の男に吐きかけた。
その瞬間、モララーは我が目を疑った。

仮面に弾かれて落ちた葉巻が、真っ二つに切り裂かれているのだ。
モララーは決して瞬きをしていない、となれば、男は視認できない速度で葉巻を両断したことになる。
そして、フォックスは男に近づいて行く。

爪'ー`)「ゼアフォーシステム、その記念すべき第一号は彼がやることになった」

そう言って、フォックスは男の仮面を取り外す。
今度こそ、モララーは言葉を失った。

( ^ω^)

仮面の下にあった顔、それは間違いなくブーンの物だった。
違いがあるとすれば、その顔には血の気がなく、表情が固定されているということぐらいだ。

爪'ー`)「ラウンジタワーに転がっていたのを、使ってみたんだ。
      素材としては上出来。 性能も最高だ。 それにね、彼は―――」

( ^ω^)「記憶ヲ、くれオ… 記憶ヲ…」

抑揚のない平坦な声で、ブーンは機械的に呟き続ける。
まるでそれしか知らないように、それしか欲していないかのように。

爪'ー`)「まだ、生きているんだよ」

フォックスは新たな葉巻を取り出して、それに火を灯した。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:02:55.62 ID:0XqDZLzv0








第二部【都激震編】
五話 了

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:44:06.12 ID:0XqDZLzv0
( ФωФ)「……むむむ」

ロマネスクは悩んでいた。
別にそれは、最近白髪が増えてきましたね、と言われたからではない。
無論、バーボンハウスで襲われた際、密かに隠しておいた秘蔵の酒が駄目になったとの報告を聞いたからでもない。
最近、表でも裏でも治安が悪化していることについて悩んでいるのだ。

ロマネスク一家の本部は、クールノーファミリーの隣にある。
つまり、裏社会の三大勢力の本部は仲良く連なって建っているのだ。
それまでは、クールノーも水平線会も、別の場所に本部を構えていた。
五年前の抗争が終わってから、クールノーも水平線会も一緒にロマネスク一家の本部の横に新たに越してきたのだ。

その三大勢力は、裏社会の治安の管理を密かに任されていた。
無論、慈善でやっているわけではない。
裏社会の治安を守る代わりに、裏社会で起こる不祥事の一切を黙認する条件付きだ。
そのため、三大勢力はこれまで裏社会で起こった事件を悉く解決し、治安をそれなりに維持してきた。

だが、最近それが追い付かないぐらい治安が悪化している。
主に、若者―――、チンピラと呼ばれる類の連中がその大きな要因だ。
これまでは三大勢力の力に怯えていた彼らが、何故ここで治安を乱す行為をするのだろうか。
その理由が全く分からず、ロマネスクは悩んでいた。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:47:17.99 ID:0XqDZLzv0
( ФωФ)「……ぬぬぬ」

この様な時は、一人で考えていても埒が明かない。
とは言うものの、この事は四人で話し合ったが一向に理由が出ないでいた。
ふと、ロマネスクは突っ伏していたデスクから起き上った。
手探りでデスクの上に置いたベルを、三回鳴らす。

すると、ロマネスクの正面にある扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは、春の陽だまりのような笑顔を浮かべる女中だ。

从´ヮ`从ト「およびですか〜?」

春が擬人化したら、おそらくはこんな感じだろう。
モノクロのメイド服に身を包む女中は、耳の付いたカチューシャをつけている。
それが生き物であるかのように動き、ロマネスクの言葉を一言一句聞き逃すまいとしていた。

( ФωФ)「ミセリの元に行くぞ」

从´ヮ`从ト「はい〜」

間の抜けた返事をした女中が部屋を出ようとしたとき、ロマネスクの声が閉めかけた扉を叩いた。

( ФωФ)「別に、鉄火場に行くわけじゃないのである。
        背中に差したそのアンチマテリアルライフルは持っていかなくてもいいぞ」

从´ヮ`从ト「えへへ〜、わかりました〜」

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:50:21.70 ID:0XqDZLzv0
女中が背負っている銃は、物騒な銃の中でも五指に入るほどおっかない銃だ。
12.7mmの弾は、建物の壁を貫通して敵を殺傷できるだけでなく、2km先までの狙撃が可能である。
対物ライフルの直撃を受ければ、人体などひとたまりもない。
そしてこの銃は、女が取り扱うような銃ではない。

ロマネスク一家のNo5である女中、犬里 千春(いぬさと ちはる)は武器の扱いに関しては天才的な才能があった。
対物ライフルは反動が大きいため、二脚を設置するのが常識だ。
しかし、彼女は対物ライフルを持ち上げた格好で狙撃することができる。
その技術には、デレデレも一目置いているほどだ。

ロマネスクに指示されたとおり、千春は背負っていたそれを、渋々壁に立て掛けた。
自分の身長ほどもあるその銃を置いた時、ずしりとした音が聞こえた。
流石に13キロもある銃を置けば、それなりの音が鳴る。

( ФωФ)「ついでに、太ももに吊り下げてるソウドオフショットもであるぞ」

从´ヮ`从ト「ぎくり」

エプロンドレスのメイド服の下、千春の太ももには二丁のソウドオフショットが吊り下げられている。
用途に応じて、散弾やスラッグ弾などが撃てるすぐれものだ。
ポンプアクション式で、装弾数は八発。
ギリギリまで銃身と銃床を切り取っているため、二丁吊り下げていても問題は何もない。


ロマネスクに言われたとなれば、取り外さないわけにはいかない。
大人しく閉めかけていた扉を開け、部屋に戻る。
そして、何を思ったか頬を赤らめながらスカートに手を掛ける。
ゆっくりと、焦らすかのようにたくし上げ出した。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:54:41.05 ID:0XqDZLzv0
从*´ヮ`*从ト「あわわ…」

白いガーターベルトが露わになり、同時に千春の純白の下着が―――

( ФωФ)「なぁにやってんの」

間髪入れずに突っ込みを入れ、ロマネスクは呆れ顔で千春を見た。
いつの間にか、千春は吊り下げていたショットガンを床に捨てている。
開かれていない眼でそれを確認し、ロマネスクはため息をついた。

( ФωФ)「…… まぁ、後は何が起こるか分からないからいいか。
        よし、千春。 出発であるぞ」

そう言って、ロマネスクは立て掛けてあった杖を手に取る。
香木から削り出されたその杖は、ただの杖ではない。
香木の香りによっていくらか誤魔化されているが、香木の鞘にしまわれているのは一振りの刃だ。
それはかつてロマネスクが使っていた、ロマネ・ナイフを作った職人が手掛けた刀だ。

そして、置いてある家具にぶつかることなく千春の元に歩み寄る。
ロマネスクが手を差し出すと、千春はその手を取った。
そのまま部屋を後にして、二人は夜の都に繰り出した。

――――――――――――――――――――

歯車の都には、人の欲望を刺激する店が多々存在する。
夜の都は、基本的に観光客向けではない。
ある一定の時間になったらほとんどの店がシャッターを下ろし、かつてあった抗争の悪夢から目を逸らす。
開いている店は、限られた風俗店だけである。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/03(土) 23:56:11.79 ID:0XqDZLzv0
ミセリの経営する風俗店は、都のいたるところにその規模を広げている。
表通りにも堂々と店を構え、裏通りともなるとその数は業界随一だ。
無論、数だけでなくその店にいる娼婦達の質もさることながら、性技の腕は業界最高である。
それは、経営者であるミセリ直々の指導の賜物だった。

ミセリ自身は今では娼婦の仕事を辞め、娼婦達を養う立場になっている。
ミセリが現役の娼婦だった時には、一般人では手が届かない金額で体を売っていた。
金額に見合うだけの美貌と性技を持ち合わせていたため、誰も文句は言わなかった。
娼婦を辞めるきっかけとなったのは、クールのファミリーのゴッドマザー、デレデレの影響だ。

それは三年前のある日、デレデレがミセリを買った時のことだ。
金さえ積まれれば、女だろうが男だろうが相手をするのが娼婦であるため、ミセリは嫌な顔一つせずにいた。
柔らかいベッドに腰を下ろし、ミセリはタオル一枚でその裸体を覆い隠していた。
そして、シャワールームの扉が開くと、そこにいたのはバスローブを着たデレデレだ。

これほどバスローブが似合う女性はそうそういないだろう、濡れた豪奢な金髪を優雅に梳いている。
そして、その両手には何故か缶ビールが握られていた。
客の中には、瓶などを入れてくる変態もいると、従業員から聞いたことがあった。
流石にそれを聞いて、目の前で笑みを浮かべながら缶を持つデレデレを見たらミセリも苦笑を洩らすしかない。

ミセ;^竸)リ「ははは…」

ζ(^ー^*ζ「にへ〜」

冗談でもそういうプレイだけは御免こうむりたいと思っていただけに、ミセリはどうやってそれを回避しようか思案を巡らせる。
だがデレデレは、ミセリの気も知らないで笑いながらミセリに近づく。
そして、手にした缶ビールをミセリの頬に押し付ける。
突然の事だったために、ミセリは可愛らしく声を上げた。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:00:13.84 ID:KqoHAZiq0
ミセ*><)リ「きゃん!」

そのままビールをミセリの太ももの上に置き、デレデレ自身はミセリの隣に腰かけた。
眼をパチクリとさせ、デレデレを見ているミセリはさながら小動物のようだ。
デレデレは笑顔のままビールのプルタブを開け、ミセリに向きなおった。
そのデレデレの目には、悪意のかけらも見受けられない。

ζ(゚ー゚*ζ「何してんのよ〜? ビール、温まっちゃうわよ?」

促されるまま、ミセリは太ももに置かれたビールの蓋を開ける。
それにすかさずデレデレが自らの缶をぶつけ、勢いよくビールを呷った。
デレデレの喉から聞こえてくる音は、聞いていて清々しいほどのものであると同時に、ビールを飲みたい衝動を誘発するものだ。
大人しくミセリも呷り、思わず幸福に満ちたため息をついた。

ミセ*>ー<)リ「くわ――!!」

ζ(^ー^*ζ「うむうむ、いい飲みっぷりね〜」

言いながら、デレデレもビールを呷る。
そんな調子で、ミセリが一本飲み終える頃にはデレデレは五本も飲み終わっていた。
それでも、デレデレの顔には一切変化がない。
ミセリはそれほど酒が強くないため、ビール一杯を飲んだだけでも顔が赤くなる程だ。

行儀よく缶を机に置くミセリとは対照に、デレデレは缶を机の上に散乱させている。
ふと、デレデレがミセリを胸元に抱き寄せた。
いよいよ行為が始まるのか、そうミセリが覚悟した時、デレデレはミセリの肩を優しく叩いている。
母親が我が子を慰めるかのようなその行動は、ミセリもかつて経験したことがあった。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:03:40.27 ID:KqoHAZiq0
だが、ミセリにそれをしてくれた母親は、二年前の抗争で死んだ。
大規模な娼館を経営していた母親が殺されたため、必然的にミセリがその後を継ぐことになった。
若いながらもその経営術は、目を見張るものがあった。
性技も含めて、それら全ては母親がミセリに教えてくれたことだ。

そして今、二度と経験できないであろう母の温もりを味わうことになった。
あまりにも心地よかったため、ミセリもデレデレに抱きつく。
優しい夢の中にいるかのように柔らかく、しかし現実であることを感じながらミセリはデレデレの胸から顔を上げた。
見上げた先にあるデレデレの顔は、母親であり、姉のそれであった。

ζ(^ー^*ζ「ねぇ、ミセリ?」

慈愛に満ちた声が、ミセリの耳をくすぐる。
その声を聞いているだけでも、ミセリは不思議な幸福感に満たされた。
惚けているミセリが、かろうじてデレデレの声に反応すると、デレデレは嬉しそうに続ける。

ζ(゚ー゚*ζ「この仕事は楽しいかしら?」

その言葉で、ミセリの意識は現実に引き戻された。
だが、戻ったのは意識だけで、体が言うことを聞かない。
心の中では、まだデレデレに甘えたいと思っているのだろう。
とりあえず、ミセリはもうしばらくこの感覚を味わうことにした。

ミセ*゚ー゚)リ「そりゃあ、まぁ…… 面白い、ですわ…」

嘘だった。
ミセリはこの店で自らの体を売るという行為が、あまり好きではなかった。
娼婦達のほとんどが、ミセリによって調教されているため、体を売るという行為に快楽を得ている。
だが、ミセリ自身はどうしても好きになれなかったのだ。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:07:11.80 ID:KqoHAZiq0
ζ(゚ー゚*ζ「嘘はだ〜め。 あなたが面白いと思っているのはもっと別の事。
       そうでしょう?」

ミセリは呆気にとられてしまった。
何故この人は自分の事をそこまで理解しているのだろうか、まだ出会って数分の、この自分を。
この人に嘘はつけない、そう思ってミセリは本音を打ち明けることにした。

ミセ*゚−゚)リ「経営をするのは面白いと思ってますわ。 でも、体を売るのだけはどうにも…」

ζ(゚ー゚*ζ「うふふ、よく言えました」

そう言って、デレデレはミセリの頭を優しく撫でる。
この時ミセリは、猫が撫でられて目を細める理由が何となく分かった気がした。
撫でるという行為は、最も簡単な愛情表現だからだ。

ζ(゚ー゚*ζ「嫌なことはイヤ、それでいいじゃない。
       このお店の経営だけすれば、あなたは体を売らないで済むわ」

それはミセリもかつて考えたことだった、しかし、それでは部下の娼婦達に示しが付かない。
自分も体を張っているのだと、他の者に証明する必要がある。
それが指導者であり、上司の務めであると、母親から言われたからだ。

ミセ*゚ー゚)リ「…それはできませんわ。 私は―――」

ζ(゚ー゚*ζ「母親にそう言われたから、でしょう?」

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:09:18.35 ID:KqoHAZiq0
ミセ;゚ー゚)リ「え?!」

何故それを、そう聞き返そうとしたミセリに答えたのはデレデレだ。

ζ(゚ー゚*ζ「私はね、あなたのお母様の古い友人なの。
       彼女の死に際に立ち会ってね、あなたへ言い伝えることがあるの」

言いながら、ミセリは胸の谷間から一枚の紙を取り出した。
それをミセリに見せる。
その紙に書いてあったのは、紛れもなくミセリの母親の字だった。
中身を暗記しているのだろう、デレデレはそれを見せながら、書いてあることを声に出して読んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「――――――、―――」

ミセ;゚ー゚)リ

ζ(゚ー゚*ζ「―――、――――――――」

ミセ*;ー;)リ

もはや声にならなかった。
声も上げず、ミセリは涙を流す。
そして、ミセリはデレデレの胸に顔を埋めた。

ミセ* - )リ「どう…も…… ありが…とう」

その日から、ミセリは経営に徹して自らの体を売ることを辞めた。
ただ、その代わりに一つだけ新たに始めたことがあった。
それは―――

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:11:41.15 ID:KqoHAZiq0
――――――――――――――――――――

('A`)と歯車の都のようです
第二部【都激震編】
第六話『魔王とドレス』

六話イメージ曲『everyhome』鬼束ちひろ
ttp://jp.youtube.com/watch?v=1SZvpH0_az4

――――――――――――――――――――

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:14:32.06 ID:KqoHAZiq0
夜の都は、一部を除いて全ての店がシャッターを下ろしている。
五年前の抗争が終わったにもかかわらず、住民の夜に対する警戒は一向に溶ける気配がない。
人通りの多い通りでは、街灯が一メートル毎に設置されている。
だが、裏通りでは街灯は五メートル毎に置かれている。

その中を、一台の高級車が走り抜ける。
嬉々とした表情で運転席に座るのは千春だ。
後部座席でサンドイッチを頬張り、上機嫌なのはロマネスクだ。

( ФωФ)「時に千春。 このサンドイッチ、どうやって作った?」

口元についたマヨネーズを舐め取り、ロマネスクは運転に夢中の千春に問いかけた。
今食べていたサンドイッチは、車に乗る際に千春がロマネスクに手渡したバケットの中に入っていたものだ。
バケット一杯に入っていたにもかかわらず、それをぺろりと平らげてしまったロマネスクは、どこか物足りない表情をしている。

从´ヮ`从ト「うひょひょ〜。 このエンジンのビートがたまらんぜよ〜」

完全に悦に入っている千春だったが、半拍置いてはたと気づいた。

从´ヮ`从ト「それですか〜? じつはですねえ゛?!」

突如、千春がブレーキを踏んだ。
直後に車を襲ったのは、何かを弾き飛ばした衝撃だった。
フロントガラスに人が乗り上げ、車が停車したのに合わせて転がり落ちた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:17:20.10 ID:KqoHAZiq0
从´ヮ`从ト「…… シャキンさんおすすめのしょくざいでつくったんです〜」

何事もなかったかのように陽気に答えるが、時すでに遅し。
千春の前方不注意が原因だったのか、それを咎めるより先にロマネスクは正直な感想を洩らした。

( ФωФ)「……撥ねたな」

从´ヮ`从ト「はねましたね〜」

悪びれもせずに、千春は相変わらずの調子だ。
ヘッドライトに照らしだされているのは、ぐったりしている男の顔だった。
微かに息をしているところを見れば、まだ生きているのらしい。
実にしぶといやつだ、と千春は心の中で呟いた。

( ФωФ)「なぁにやってんの」

从´ヮ`从ト「うんてんをですね〜」

このままアクセルを踏めば、男の顔面を引き潰して誰も何も咎めない。
轢殺された死体は、銃殺された物よりも悲惨な場合が多い。
後で掃除屋を呼ぼうかどうか、千春が密かに画策していると。

( ФωФ)「呼吸音が微かに聞こえる… まだ生きているのであるか」

そう言いながら、ロマネスクは指で千春に指示を出す。
その指示に従い、千春は車の扉を開いた。
二人で撥ねた男に近寄り、つま先で蹴飛ばしてみる。

(;TДT)「い、痛い…」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:20:35.65 ID:KqoHAZiq0
男が生きているのを確認し、千春は袖口からグロックを取り出す。
その銃口が向いているのは、男の額だ。

从´ヮ`从ト「どうします? ちりょうしますか?」

撃鉄を起こし、いつでも男を殺せるように引き金に指を掛ける。
だが、ロマネスクはそれを杖で制した。

( ФωФ)「まぁ待つのである。 おい、男。 生き延びたいか?」

(;TДT)「た、頼む… 病院に連れて行って…」

男は苦しげに咳き込み、赤い液体を吐きだした。
その量を見れば、男が瀕死の状態であることは容易に想像できる。
男の答えを聞き、ロマネスクは笑みを浮かべた。

( ФωФ)「治療してやれ」

(;TДT)「あんたモガアア?!」

ロマネスクの声と、銃声が響いたのはほぼ同時だった。
眉間を穿たれ、男は泣きながら絶命した。
まだ硝煙の上がるグロックを手にしている千春は、男の心臓、内臓、喉にそれぞれ弾を撃ち込んでいく。
その度に、男の体が奇妙に跳ね上がる。

从´ヮ`从ト「ちりょう、おわりました〜」

( ФωФ)「うむ、後で掃除屋でも呼ぶか」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:23:32.04 ID:KqoHAZiq0
そっけなく言い放ったロマネスクが、車に戻ろうとして止まる。
まるで野生の獣が異変を感じ取ったかのようなその動きは、誰もが緊張してしまうほどだ。
それは千春も例外ではなかったが、それを表に出すという愚行はしない。
手にしたグロックの銃把を握りしめ、辺りに静寂が訪れる。

ガトリング砲独特の音と共に、静寂が引き裂かれた。
連続して響く銃声は、もはや爆音と言い換えても過言ではない。
本来は攻撃機に搭載されるはずのガトリング砲は、地上では爆音にしか聞こえない。
GAU-8 Avenger(復讐者)は30mm口径のガトリングである。

その銃口からは、毎分4200発、毎秒70発という速度で銃弾が放たれる。
薬きょうは弾倉に回収されるため、地面を真鍮の薬莢が叩く音は無い。
だが、代わりに聞こえるのは暴力の塊が石畳もろとも人体を打ち砕く音だ。
その銃撃が向かいの路地裏の暗がりから放たれていることは、マズルフラッシュが丁寧に教えてくれている。

初弾が地面を抉るより早くその場から飛び退いたロマネスクと千春は、すばやく射線上から離れる。
ロマネスクも千春も、着地した瞬間に駆けだした。
劣化ウラン弾の驟雨は、建物の壁などいとも簡単に破壊する。
相手が劣化ウラン弾を装填していることを予測していたため、ロマネスクも千春もその場にとどまることはしない。

劣化ウラン弾にかかれば、戦車ですら破壊できるのだ。
それを受ければ、人体などいとも簡単に破裂してしまう。 それは先ほど撥ねた男の死体が証明してくれていた。
運よく直撃を免れたとしても、掠っただけでその部位を引きちぎられてしまう。
千春は逃げながらもグロックの引き金を引くが、劣化ウラン弾の前では豆鉄砲同然だった。

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 00:26:12.00 ID:KqoHAZiq0
从´ヮ`从ト「はぁ〜 ごきんじょのみなさますみません〜」

そう言って千春は、エプロンドレスの裾から拳大の何かを取り出した。
それを思い切り敵に向かって放り投げ、千春は間髪入れずに裾から円錐形の物体を取り出した。
先ほど千早が投擲したフラッシュグレネードが破裂し、辺りに太陽が落ちたかと思うような光があふれる。
敵はそれをまともに見てしまったのだろう、先ほどまで千春を追っていた銃弾が明後日の方向に飛んで行く。

その隙を突き、千春は手にした円錐形の物体を、背中から取り出した筒に装填する。
円錐形の物体の先端に付いていたピンを外し、筒を両手で構える。
光学照準器を覗き、敵の乗る六輪装甲車を視認した。
狙いを定めると同時に、引き金を引く。

六輪装甲車といえど、RPG-7の弾をまともに食らってしまってはひとたまりもない。
派手な爆発が起き、六輪装甲車が宙を舞う。
多量の爆薬を積んでいたのだろうか、通常以上の爆発が連続しておき、その度に装甲車は宙を舞った。

从´ヮ`从ト「そうこうしゃですか〜 ぶっそうですね〜」

( ФωФ)「千春の方がよっぽど物騒であるぞ…」

――――――――――――――――――――

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:01:34.77 ID:KqoHAZiq0
ロマネスクの渾名が"魔王"となったのは、今から三十年近くも昔のことだ。
その当時、水平線会とロマネスク一家はまだ創立されたばかりで、それ以外にも多くのマフィアが肩を並べていた。
それら塵芥のマフィアを蹴散らし、裏社会のトップに君臨した当時からロマネスクの眼は固く閉じられたままだ。
幼少の頃に負ったとされる眼の上の傷は、常人なら失明していて当然だ。

それを差し置いても、ロマネスクの強さは異常だった。
ロマネナイフを持たせれば、百人の刺客とて敵わない。
若干二十歳ながらも、ロマネスクが示したのは戦闘の才能だけではなく、人を従えるカリスマ性だ。
そのカリスマ性で、かつては荒くれ者だった渡辺すら従えてしまったのだ。 故に"魔王"。

从'ー'从『私、ロマネスク様に一生ついて行きますね〜』

その頃からだろうか、渡辺の性格が丸くなりだしたのは。
それまでは手のつけられない悪党だった渡辺は、さっぱりとその銀髪を切り、極上の笑みを浮かべた。
その仮面の下にあるのはいったい何なのか、それを知るのは渡辺のみである。
ロマネスクは気付いていたが、渡辺はロマネスクを慕っていたのだ。

慕っている以上に、ひょっとしたら恋をしていたのかもしれない。
それ以降、ロマネスク一家の二番手として渡辺は様々な仕事をこなしてきた。
横断歩道で困っていた老人を助けたり、路面電車内では優先席に我が物顔で腰かけていた若者を外に放り捨てた。
カルテルが善からぬことを企てていると聞けば、一夜にしてカルテルを全滅させた。

そうして得た渾名が、"雌豹"である。
他にも、流れ者の無頼者達を従えた時点で、ロマネスクの渾名は本当の意味で"魔王"となったのだ。
以来、ロマネスクの名は表社会にまで浸透し、ロマネスクの姿を見たら幼子ですら押し黙るほどになった。
当然、それは裏社会の娼婦達も例外ではない。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:05:51.58 ID:KqoHAZiq0
突如として現れたロマネスクに、ミセリの部下達は困惑を隠せないでいた。
ミセリの側近であるトソンは、ポーカーフェイスを保ったままロマネスクに歩み寄った。
受付にいた女に、トソンを呼ぶように伝えた。
ベルを鳴らし、階段を足早に駆け下りて来たのはスーツを着込んだトソンだ。

トソンはミセリと同じく、店の経営に専念しているため体を売ってはいない。
きちんとスーツを着こなしているトソンは、さながらOLのようだ。
そして、ロマネスクの姿を見るや否や、その場にいた娼婦達に目で語りかけた。

(゚、゚トソン(ゲット・アウト)

その場にトソンを残し、全ての娼婦が立ち去る。
無言でロマネスクを促し、階段へと手を取って導く。
その際、千春も手伝ったおかげでロマネスクは難なく階段をあがりきった。
ミセリの書斎は、二階の一室に隠された階段を上がらなければたどり着けない。

一番奥の部屋、トソンの書斎の扉のくぐり、トソンが後ろ手で扉を閉めた。
そして、トソンが呟いた。

(゚、゚トソン「……」

それは呼吸音に掻き消されてしまうほど小さい呟きであったが、千春の耳には届いていた。
千春のカチューシャは、ただのカチューシャではない。
一種の補聴器の役割を果たしているため、些細な音も聞き逃さない。
一キロ先のおばさま方の井戸端会議から、今まさに宿内で響き渡る嬌声を余裕で聞き取れる程だ。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:09:08.57 ID:KqoHAZiq0
トソンの呟きに呼応し、天井から階段が下りてきた。
それをゆっくりと上がり、ロマネスク達はミセリの書斎へと足を踏み入れる。
トソンが最後に上がり、階段を閉じた。
ミセリの書斎は、意外にもこじんまりとしていた。

部屋には小さな窓が一つと、必要最低限の家具だけしかない。
その中で、ミセリは机に向かって何かを書いていた。
ふと、ロマネスク達に気がついたのか、そちらを見やる。
一瞬だけ声が漏れたが、ミセリはすぐに笑みを浮かべた。

ミセ*゚ー゚)リ「あら、ごきげんよう。 今日はいかがな用事で?」

トソンに目配りをし、客人をもてなす準備を整えさせる。
ミセリが大の紅茶好きであるため、客人に振舞われるのは必然的に紅茶になる。
無論、デレデレが来た時だけはとっておきの酒をふるまうのだが。
ロマネスクはアルコール中毒まがいではないため、紅茶でも十分満足するだろう。

(゚、゚トソン「いい茶葉が手に入ったんです。 ストレートで構いませんか?」

( ФωФ)「うむ。 千春もそれでいいか?」

傍らに控えていた千春に同意を投げかけたが、帰って来たのは否定の言葉だった。

从´ヮ`从ト「あ、わたしはおさとう、たくさんおねがいします〜」

(゚、゚*トソン「はい、かしこまりました」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:12:16.07 ID:KqoHAZiq0
一瞬だけ、トソンの顔に笑みが浮かんだのに気づいたのは、ミセリだけだった。
長年一緒にいるミセリでなければ気がつかないほど微細な笑みの正体は、やはりミセリしか知らない。
トソンは千春の事を、実の妹のように可愛がっている節がある。
かつて、千春にペロペロキャンディーを買い与えている様子が目撃されていた。

その時目撃した者の証言では、これまで見たことのないような笑みだったそうだ。
そして、目撃者を見るや否や、あっという間に元の顔に戻ったそうだ。
目撃者であるハロー・サンはそれをミセリに告げると、翌日からただでさえ危なっかしい言葉使いがより乱れてしまった。

ハハ ロ -ロ)ハ『Fuck, yes fuck! Fuck me please!』

恐らく、トソンによる性的な拷問を夜通しでやられたのだろう。
ハローは一日中そんな調子だった。

( ФωФ)「これからする話は、とても重大なことである。
        盗聴などの心配はないか?」

ミセ*゚ー゚)リ「その辺は抜かりないつもりですわ。
      トソンさんが一日三回、そう言った物の類を探していますわ」

トソンは淹れ終わった紅茶を各人に渡し、小さくうなずく。
確かに、トソンは暇さえあれば盗聴器などの類を探していたため、一日三回以上は探している。
事実、ミセリの書斎にはこれまで一回もそれらは仕掛けられたことはなかった。
無論、この部屋の壁は防音性の高い壁である為、聞き耳を立てようとも、決して聞き取れるはずがない。

だが、千春とロマネスクだけは違った。
そこまで徹底して探していようとも、盲点があることに二人は気付いていた。
それを口にはできないため、千春は胸の谷間から一枚のメモ用紙を取り出して、そこに書き記す。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:15:51.08 ID:KqoHAZiq0
从´ヮ`从ト「このこうちゃ、あまくておいしいです〜」

紅茶の話題を振りながら、千春はさりげなくメモ用紙をトソンに手渡す。
千春の意図を読み、トソンは笑みをその鉄仮面の下にしまい込む。

(゚、゚トソン「それはなによりです。 ミセリ様、いかがでしょうか?」

それをミセリに手渡し、この部屋には暗黙の規則ができあがった。

( ФωФ)「最近、吾輩は悩んでいるのである。
        飼い猫もそうなのだが、近所の猫たちに"ノミ"が横行してな」

ミセ*゚ー゚)リ「その話なら、知っていますわ。 随分と悪質で、量が多いそうですわね」

今この瞬間から、部屋で交わされるのは隠語だけになっている。
傍から聞けば他愛のないノミの話だが、そのノミの正体がチンピラであることは言うまでもない。

( ФωФ)「どうにも、ノミたちの中でもリーダーがいるらしくてな。
        それの正体がわからんのだ。 ついでに、目的もな」

ミセ*゚ー゚)リ「ノミは所詮ノミですわ。 目的は血を吸う、それぐらいですわね。
      とはいえ、それの影響かも分かりませんが、私も最近困ってましてね」

わざとらしく話題を逸らし、ミセリはロマネスクの疑問に答える。

ミセ*゚ー゚)リ「どこの演奏隊かはわかりませんが、市場でトランペットが大量に買われましてね。
      あぁ、そうそう。 パイナップルも、アップルも買い尽くされてしまいましたの」

( ФωФ)「なんだと?」

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:22:06.31 ID:KqoHAZiq0
ミセ*゚ー゚)リ「他にもそういった類を買い占められましてね、私凹みましたの。
      それはもう大変凹みましてね、ロマネスクさん。
      ノミ退治のついでに買い占めた連中を調べてもらえませんですか?」

――――――――――――――――――――

風に黒髪をなびかせ、歯車王は歯車城の最上階に佇んでいた。
鉄の仮面の下の表情はおろか、性別すら分からない。
ただ、解るのは、歯車王の機嫌がいいということだけだ。
それが解るのは、歯車王の直属の配下である者たちだけである。

歯車城の最上階は、ラウンジタワーよりも低い位置にあるが、そこからの眺めは引けを取らない。
当然、吹きつける風の強さも半端ではない。
歯車王が佇む中、その後ろで恭しく構えていたしぃの表情が僅かに歪んだ。
注意して見ていても気がつかない程度の変化だったが、歯車王は振り返ることもなくそれに気づいた。

|::━◎┥『どうした? しぃ、渡辺』

それまで二人しかいないかと思われた空間に、新たな人影が出現した。
一体どこから来たのだろうか、そんな疑問が自然に湧いてくるほどだ。
しぃの二歩後ろ、そこに渡辺がいつも通りの笑みを浮かべて立っている。
左右に分けた髪が風になびき、渡辺は耳にかかった髪を掻き上げた。

从'ー'从「気になる情報を耳にしたので、それを報告しに参りました」

渡辺といえど、歯車王の前では流石に緊張するのだろう、その背がピンと伸びている。
固くなった姿勢のまま、渡辺はどこからか取り出した紙封筒を歯車王に差し出す。
それを受け取り、歯車王は中に入っていた紙を取り出した。
流すようにそれを見て、すぐにそれを封筒に戻す。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:25:21.56 ID:KqoHAZiq0
|::━◎┥『都中の武器屋から大量の武器が流れ出ている…… なるほど。
      ついでに、人口も…… しぃ、渡辺、これをどう読む?』

まるで楽しいゲームを見つけたかのような陽気さで、歯車王は二人の従者に問いかけた。
機械で変えられた声は、決して喜怒哀楽も性別も読み取らせることはない。
しかし、その時ばかりは確実に歯車王の声から陽気さが聞いてとれた。
その歯車王の問いに真っ先に答えたのは、渡辺ではなく、しぃだ。

(*゚ー゚)「おそらく、大規模な戦闘の準備かと」

|::━◎┥『渡辺は?』

从'ー'从「同感です。 しかし、それとは別に何かがあると」

歯車王は双方の意見を聞き、含み笑いを漏らした。
歯車王が笑うのは珍しく、しぃも渡辺も驚きを隠せない。
ひとしきり笑い、歯車王はひどく上機嫌に言った。

|::━◎┥『クククッ… これは予想外の事だ。
      いいだろう、策謀を巡らせる愚か者の、愚策を見届けるか』

|::━◎┥『渡辺、引き続き"彼ら"と行動を共にしろ。
      彼らはしばらくは私に手を出さない。 私が次に呼ぶまでは所定を続行するんだ』

がらりと調子の変わった歯車王の様子に、たじろぎながらも渡辺はしっかりと首を縦に振った。
その眼には決して揺るがない光と、悲壮な決意が宿っている。
ふと、渡辺が自身の銀髪を一総、左顔に垂らす。
そして、渡辺が顔を伏せ、次に顔を上げた時に、そこにいたのは別人だった。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:29:43.11 ID:KqoHAZiq0
从 ゚∀从「では、私はこれで」

蜃気楼と共に渡辺―――否、ハインリッヒは闇に溶けて行った。
それを見届けたところで、しぃは大げさにため息をついた。
苛立たしげに親指の爪を噛み、しぃはどこか遠くを見ている。
だが、それは長くは続かなかった。

|::━◎┥『さて、しぃ。 我々も繰り出そうじゃないか、この素晴らしき都に』

しぃを抱きかかえ、歯車王はそのまま闇と同化した。
誰もいなくなった歯車城の最上階には、ただ歯車が軋む音だけが残響していた。
そして残ったのは、歯車王の象徴でもある黒髪の鬘だ。

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ロマネスクは本部に戻り、ミセリから聞いたことを整理してみることにした。
ミセリの副業は、"武器屋"である。
そのミセリが、買いつけの為に店に行ったら、FA-MASやグレネードの類が売り切れていたという。
FA-MASは、トランペットという愛称があり、グレネードにはアップル、手榴弾にはパイナップルという愛称がある。

それをさりげなく会話に混ぜ、ロマネスクに伝えたのには訳がある。
千春がミセリに渡したメモには、こう書かれていた。

【特殊な盗聴器を用いて、ガラス越しに会話を聞いている者がいます】

ガラスの振動を利用して、盗聴をする装置はこの都に限らず高級品である。
それを、使っている者の存在を、千春もロマネスクも察知していたのだ。
路地裏の暗がりにあったごみ箱、そこからステルス迷彩越しに盗聴していた者は帰りに始末したが、おそらく会話の内容は転送されていただろう。
その者もやはり、そこらにいるチンピラだった。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:35:35.00 ID:KqoHAZiq0
ただし、チンピラでは手の届かないはずの高級品であるステルス迷彩と盗聴器を持っていたということは、確実に何者かによって雇われていたということになる。
そして、ロマネスクにはもう一つだけ分からないことがあった。
道中で襲ってきた六輪装甲車に積まれていたアヴェンジャーは本来、戦闘機に積まれるべき物だ。
それを六輪装甲車に装着し、あまつさえ劣化ウラン弾を使ってきたともなれば敵はかなりの財力を有していることだけは確実だ。

だが、その目的があまりにも不透明なのだ。
もしロマネスクを殺すつもりだったのなら、ミセリの書斎にいる時に襲えばよかったのに。
敵はそれをしてこなかった。
まるで、何かをごまかすかのように。

そういえば、裏切り者であると判明したモララーだが、その行き先が妙だった。
ラウンジタワーで隠れられる場所は、少なくともロマネスクは知らない。
一瞬だけ、ラウンジタワーの所有者がモララーを匿っているのではと思った。
だから先日、数人の配下をラウンジタワーにやった。

結果は、残念ながらそのような場所は確認できなかった。
ただし、一つだけ奇妙なことがあったそうだ。
ロマネスク一家のNo4である犬良 狼牙(いぬよし ろうが)は、神妙な顔つきでこう言った。

リi、゚ー ゚イ`!『ここ数日の間に、あのタワーで蜂蜜入りの葉巻を吸った者がいます』

一日で何千人と来客者が来るのだから、葉巻を吸っている者の一人がいても不思議ではない。
だが、蜂蜜入りの葉巻はそう簡単には手に入らない。
そして、この都でその葉巻を好んで吸っている者をロマネスクは知っていた。
そのロマネスクの考えを読んだのだろうか、ロマネスク一家のNo3である犬瓜 銀(いぬうり ぎん)が口を開いた。

イ从゚ ー゚ノi、『妙ではないか? ロマネスク殿。
       フォックスは荒巻とは犬猿の仲と聞く。 そのフォックスがあそこに行った理由はなんじゃ?
       さらに、葉巻の香りと共に麻薬の香りがした』

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 01:38:39.85 ID:KqoHAZiq0
つまり、フォックスと荒巻が何らかの目的のために手を取っていることが解る。
麻薬の香りの正体は分からないが、なにやら不穏な事が起ころうとしているのだけは確かだった。
何やら物騒なことが起こる前触れなのだろうか、分からないことだらけだ。

( ФωФ)「むむむ…」

唸り声を上げながら、ロマネスクは机に突っ伏した。
何か問題が起こらなければいいのだが。
だがそれは、結局叶うことはなかった。

―――同時刻、ラウンジタワー地下会議室―――

爪'ー`)y‐「さてさて、諸君。 モニターを見てくれ」

そう言って、フォックスは蜂蜜入りの葉巻を灰皿に落とした。
荒巻たちの目の前、フォックスの背後には巨大なスクリーンが幕を下ろしている。
そこに映し出されているのは、どこかの建物の見取り図のようだ。
骨組みから、部屋の位置まで正確に描かれている。

爪'ー`)「これから、全てを始めるよ」

言いながら、フォックスは手元にあった薄いキーボードを叩く。
それに合わせて、スクリーンの映像が変わった。
映し出されたのは、先ほどの画像とは違い、動画だ。

『こちらαリーダー、所定についたニダ』

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/01/04(日) 02:04:48.78 ID:KqoHAZiq0
映像はおそらく、インカムに付けられたカメラから流れているのだろう。
画素数は少ないが、それがリアルタイムで流れていることは明白だった。
そして、そのカメラが映し出しているのは一つの大きな建造物。
水平線会が所有する病院、"ナイチンゲール"だ。

続いて、同じように動画が別枠で開かれる。

『γリーダー、配置完了アル』

間髪入れずに、次々と動画が開かれ、仕舞いにはスクリーンには10近くの枠が開かれている。
それぞれの動画は、全く別の位置から撮影されているのだが、やはり映し出しているのは同じだった。
ナイチンゲールの外部から撮影されている動画を背後に、フォックスは口元を薄く上げた。
紫色のルージュが、怪しく輝く。

爪'ー`)「作戦決行時間まで、その場に待機。
     ……さて、いよいよだ」

懐から新たに葉巻を取り出し、それにマッチで火を灯す。

爪'ー`)y‐「夜明けと共に、この都の歴史に新たなページが追加される」

そして、全てが動き出す。
歯車の都史上、最も静かな作戦が始まろうとしていた。

第二部【都激震編】
六話 了


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