- 59 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/04(木) 23:08:08 ID:KjQ6rfnA0
- 薄暗くて、じめじめしていて、とても嫌な臭いがする。
狭く圧迫感のある室内を見渡すと、所狭しと並んでいる個室の扉が目に映った。
そこは、学校の女子トイレだった。
*(‘‘)*<なんで、みんなこんな場所を、好き好んでたまり場にしたがるんでしょうね?
右側の壁にずらりと並ぶトイレの扉。
それらを背にして、小さな少女は誰もいないその空間にぽつりと呟いた。
(,,゚Д゚)<はて……そう言われてもわたしには分かりかねますが
ふ、とあたりに少年のような声が響く。
しかし、その風景のどこにも人間の姿はない。
少女以外でその空間にいるのは、四本の足でタイル張りの床を歩く、
一匹の、青い毛並みをした猫だけだった。
*(‘‘)*<トイレって汚くて臭いし……
掃除当番を割り当てられたくない場所第一位みたいなところじゃないですか?
でも、女の子はわりと休み時間にここに来たがるんですよね。
それもだれかと一緒に。
恋の話とか、だれかの陰口とか……そんなもの教室でもできるはずなのに
そんなことを目の前の猫に言いながら、少女はときおり、ちらちらを上を見上げている。
まるで何かを探しているように、頻繁に天井を見上げては視線を下ろす、それを繰り返している。
そして顔を下げるたび、少女はなぜかほっとしたような表情をするのだった。
(,,゚Д゚)<べつにそんなことをどこで話そうが、本人たちの勝手ではありませんか?
*(‘‘)*<それは……たしかにそうですけど
- 60 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:08:54 ID:KjQ6rfnA0
(,,゚Д゚)<なぜ、あなたはそんなことを疑問に思うのでしょう?
首をかしげながら、青い猫は、目の前の少女を見上げる。
*(‘‘)*<それは……誰だって一度は疑問に思ったりするでしょう?
自分を見つめてくる、猫の目。
まんまるな金色に、真っ黒な瞳。
小さな少女は、その真っ黒な瞳が、
なぜか底の見えない深淵へとつながっているような気がして、思わず目を逸らした。
(,,゚Д゚)<「誰だって一度は」ですか……それはなぜです?
*(;‘‘)*<え、いや、なぜって……
少女が猫へ目を戻すと、先ほどまで無表情だった猫は、
打って変ってその顔に表情らしきものを浮かべていた。
(,,゚Д゚)<だって、それはあなたがたにとって、
疑問にするのもばかばかしいくらい当たり前のことなのでしょう?
そんなことを気にせざるを得ない状況、というのはどういったものなのです?
こちらを馬鹿にしているような、どこか羨ましがってもいるような、
そんなあやふやな表情。
「笑っているのか?」なぜか少女はそんな風に思った。
- 61 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:09:57 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*<「気にせざるを得ない」って、
べつにそんな、強制的に考えさせられてるとかじゃないと思いますよ?
(,,゚Д゚)<ならなぜ、あなたはそんなことを考えてしまうのです?
*(;‘‘)*<だ、だから理由とかとくに無いですって。
ほんとになんとなく、そんなことを考えちゃうときがあるってくらいで
再び天井に視線をやりながら答える少女。
それを見ていた猫は、ふいに二本の後ろ足で立ち上がると、そのまま二足歩行で歩き始めた。
(,,゚Д゚)<「理由がない」……ですか、さて、理由がないことなど、本当に存在するのか否か
猫は壁際に設置されたトイレのドアの一番右端に歩み寄ると、
灰色であるとも、そうでないとも言えるような、なんだかパッとしない色のそれを
右の方の前足でぽんぽんぽん、と三回叩いた。
―――返事はない。
*(;‘‘)*<あるでしょう、それくらい。
っていうか、全てのことに理由があるとしたら、そんなこと……
そんなどうでもいいことの原因をいちいち探してたらキリがないですよ
少女が天井に目をやる頻度が高くなる。
猫はそんな少女に見向きもせず、
無言で右から二番目のドアに歩み寄ると、再びぽんぽんぽん、と三回叩く。
―――やはり、返事はない。
それを確認し終わって、猫は少女の方に振り向いた。
(,,゚Д゚)<だから、あなたは出会ってしまった
- 62 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:10:39 ID:KjQ6rfnA0
*(;‘‘)*<へ?
猫の顔には、相変わらずあのなんとも言いようのない笑顔が張り付いている。
(,,゚Д゚)<少なくとも、あなたが"こうなってしまった"ことに理由があることくらい、
ネコのわたしでもわかりますよ
*(;‘‘)*<<なッ……!?
猫の言葉に、少女は一瞬硬直し、顔を下に向けぶんぶんと左右に振って、
なんとか意識を落ち着かせると、猫に問いかけた。
*(;‘‘)*<<どういうことです? わたしは……わたしはどうして……ッ!!
戸惑っているようでもあり、あるいは憤っているようでもある
とにかく明らかに動揺している声で言う少女。
それに対し、しかし猫は淡々と答えた。
(,,゚Д゚)<出会わなければ、気付くことさえできなかったから
*(;‘‘)* ?
何を言われているのか分からない。そんな表情の少女に背を向け、
猫は右から三番目のドアに、肉球のついた前足を伸ばした。
(,,゚Д゚)<べつに分かる必要なんてないのです―――
- 63 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:11:11 ID:KjQ6rfnA0
―――どうせ、それもあなたとっては、
『どうでもいいこと』の一つでしかないのでしょうから
ぽんぽんぽん、と三回扉をノックすると、猫は少女のほうを振り返ってそんなことを言った。
.
- 64 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:11:36 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*学校の怪談のようです【二夜】
「トイレの花子さん」
.
- 65 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:13:36 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*
放課後の教室で、今年小学6年生になったわたし、ヘリカル沢近は、
頬杖をついたまま、ぼーっと外の風景を眺めていました。
夕陽に照らされた校庭には、ボール遊びをする生徒の姿がちらほらと見られます。
別に見ていて、特に楽しいってわけでもないんですけどね。
でも、やっぱりわたしは座っている席を離れず、ぼーっと外の風景を眺めていました。
ちなみに今、わたしが座っているのは自分の席ではないのです。
ここは、ほんの二ヶ月前までクラスメートの席だった場所。
―――いや、厳密にいえば、ここはまだ彼女の席なんですけど。
ここに座っていた人の名前は、ハインリッヒ高岡さん。
ぶっちゃけ、わたしはとくに彼女と親しかったわけではないです。
それでもわたしは、彼女が学校にこなくなって以来、なぜかよくこの席に座ってしまうのです。
*(‘‘)*(べつに、とくに座り心地がいいとか、そういうのでもないんですけどね)
つ、とわたしは机に大きくつけられた傷跡を指でなぞりました。
サインペンで黒く塗られた、傷跡。
たぶん彫刻刀で削ったあとから、その跡に入念に色をつけたんでしょう。
よくやるよ、とわたしはため息を吐きました。
傷跡から指を離し、わたしは改めて机全体を見渡してみました。
机に彫刻刀で彫り込まれ、黒く塗りつぶされた線の集合。
それは結構前に必死で覚えた漢字一文字と、ずいぶん前に必死で覚えたひらがな一文字からなる語。
『死ね』
机には、でかでかとそんな言葉が彫り込まれていました。
- 66 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:14:10 ID:KjQ6rfnA0
- 高岡さんへのいじめが始まったのは、たしか今年の5月ごろ。
新しくなったクラスに、新しくなった人間関係。
調度みんなの心が不安定だった時期に、高岡さんの家庭の不和が噂になり、
あとは、よくあるいじめの筋書き通りにことが進みました。
*(‘‘)*(高岡さんが学校に来なくなってから、もう二ヶ月も経つのに……)
『死ね』と書かれた机に置かれている、白い花瓶が目に映ります。
飾られているのは、キクの花。
毎週誰かが取り替えているらしく、この花が枯れたところをわたしは見たことがありません。
つ、とわたしは人差し指で花をなでてみました。
黄色いキクの花の一部が、ぽろりと落ちて、
机に書かれた真っ黒な『死ね』の二文字を、少しだけ黄色く染めます。
ぱたり、とわたしは机に突っ伏しました。
ため息と共に、吐き出された言葉は―――
*(‘‘)*<退屈ですねえ……
―――おおよそ、先ほどまで感傷に浸っていた少女のものとは思えないものでした。
- 67 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:14:41 ID:KjQ6rfnA0
- 小学6年生になって、数ヶ月経った今日この頃。
わたしはなんとなく『人間』という生き物が分かってきたような気がしています。
学校というこの空間は、人間の姿を見学するには最高の場所です。
考えてみれば入学してから6年間、色々なことを通してわたしは、様々な人間の姿を見てきました。
授業、休み時間、レクリエーション。
従属、敵対、反抗。
集団、孤立、またまた敵対。
環境破壊、正しい性行為、憲法第九条。
……最後はちょっと違いますね。
まあいいでしょう。どっちにしろそれだって授業中に習っただけの、
つまらなくてくだらないものの一部にすぎませんし。
結論から言えば、わたしがこの6年を通して知ったことといえば、
人間というのは、いつだってだれだって似たようなことしかせず、
いつだってだれだって、そんなに変わらないまま大人になるらしいということだけでした。
別に、社会の時間で習った戦争問題のことで思うところがあったとかではなく、
そんな大きすぎて遠すぎる、実感のわかない問題より、
ずっと身近なところに、わたしをそんな結論に導かせる材料はあったのです。
それは、いじめという小規模な戦争。
- 68 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:16:27 ID:KjQ6rfnA0
- 小さな戦争の小さな参加者は、皆さまざまな面を持っている個性ある人々でした。
おおざっぱに分ければ、いじめ反対派といじめ賛成派。あと教師。
この三勢力に分かれて、三者は互いに互いの心を削り合っていました。
反対派は正義の味方ぶって、相手に理解されない正しいだけの理屈を賛成派へ叩きつけ、
賛成派はただ自分たちが対象を気に食わないという、どうでもいい感情論を武器にそれに対抗する。
本来ここで仲裁役を務めるはずの担任は、まったくかやの外。
いじめがあるという事実も子どもたちに隠ぺいされたまま、
彼が何もしないうちに、ハインリッヒ高岡という人間は、この教室から消えました。
―――まったく、なんて退屈なんでしょう。
高岡さんの机に突っ伏したまま、わたしは再びため息を吐きます。
なんで、わたしの周りはこんなに退屈なんでしょう?
ドラマや漫画なんかでは、ここでいじめられ役を肩代わりする生徒やら、
なんかやたらと暑っ苦しい熱血教師がでてきて、
見事いじめを解決、みんな仲良くなってめでたしめでたし、となるところではないのでしょうか?
*( )*(なんで『現実』ってこんなにつまんないのかなあ……)
気がつけば、小さなころ夢にみていた白馬の王子様やら魔法のステッキやらは、
いつの間にか跡かたもなく消え去ってしまっていました。
代わりに訪れたのは、月に一回来る、腹の奥で重い鉛がぐらぐらとうごめいているような、
いやな感じのする例のアレと、性に目覚めた男子がときおり教室に持ち込む、汚らわしい本です。
まったく、子どもたちに夢を、とか言ってるやつらを残らず張り倒したい気分です。
子どもたちに夢を見せたなら、
少しはそれに近いと言えるような現実を用意して待ってろっていう話ですよ。
- 69 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:17:28 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*(さんざん期待させといたわりには……今もつまんないし、
大人たちを見る限り、未来にもとくに希望とか無さそうですよねえ)
わたしは、再び机の上にでかでかと書かれた『死ね』の文字をなぞります。
―――いっそ死んでしまいましょうか?
そんな言葉が頭に浮かびました。どうせ生きてたってどうせ面白いこともないのだし、
新聞の一面を堂々と飾って目立てるし、なかなかいいアイデアではないでしょうか?
しかし、それもバカバカしいとわたしは首を振ります。
妄想の中の新聞の見出しに、でかでかと『小学生自殺、原因はクラスメートのいじめか』
と、見出しがついているのが見えたからです。
なんだって大人というやつは、こうも子どもをバカにしきっているのでしょうか?
子どもが何かすれば、大人はなんだって『いじめ』とか『学校教育』とかに重ねたがりますよね。
とりあえずそういうことにしとけば、自分たちは安心できるという下心が丸見えなんですよ。
つまり子どもが自分たちにも理解できないことをするのは、
子どもを取り巻く環境のせいで、『子ども』そのものに罪はないとか信じ切っているんです。
子どもが悩むのは、自分たちにとってとるに足りないことであって、
子どもは自分たちの理解の及ぶことしか考えないし、行動にも移さないと信じ切っていやがるんです。
わたしがこんな『退屈』に辟易していることなんて、そんな大人たちには理解できるはずもないでしょう。
死んでまで逃れたいと思うこの苦しみを、
馬鹿な大人たちに安っぽく解釈されることは、わたしには耐えられませんでした。
- 70 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:18:11 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*<何かないかなあ……
この退屈を跡かたもなく吹き飛ばしてくれるような、面白い何か
ぼやきながら、わたしはまた、『死ね』の文字を何度となく指でなぞります。
わたしのなかで、高岡さんへのいじめはかなりエキサイティングな記憶として残っていました。
あの張りつめた空気と、クラスのみんなが、
大人に張り付けられた『子ども』という仮面を脱いで、
ぴりぴりといがみ合うさまは見ていて飽きなかったし、楽しかったのです。
高岡さんが学校にこなくなった今、そういう緊張感みたいなものは、ある程度緩和されてきています。
でもまあ、これもそう長くは続かないでしょう。
高岡さんの机への八つ当たりでことがすんでるうちはいいですけど、
でも、ため込まれたフラストレーションはいずれまた必ず、
生きた生身の人間へ向かうことになるでしょうから。
*(‘‘)*<わたしが次の標的になってみたりしたら面白いでしょうか?
小さな声でぽつりとつぶやき、わたしはくすくすと笑います。
さすがに、それはごめんこうむりたいです。
ああいったものは第三者の目線で、
賛成派に組みしながら反対派の的にもならないベストポジションで傍観しているから楽しいのですから。
自分があの空気の中心になるなど、それは確かに楽しいかもしれないけど……
*(‘‘)*<……あれ?
とくん
胸の奥で、何かが疼きました。
- 71 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:18:58 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)* ?
いったいこれはなんだろう、とわたしは首を傾げます。
そのとき胸に生じていたのは、
違和感とも、恐怖ともとれるような、奇妙な感覚。
意味不明で正体不明なその感覚を、
しかしわたしは"確かに知っている"ような気がしました。
*(‘‘)*<ぁ……あ?
とくん
胸の疼きがさらに大きくなります。
なぜでしょう? これ以上この"疼き"が大きくなるのはまずい気がします。
これ以上、この疼きが大きくなれば、わたしは"それがなんなのか"に気付いてしまう。
*(‘‘)*(え、いや、なんです? ……なんですか、これは)
頭の中でそんな言葉を繰り返しながらも、わたしはどこかそんな自分にしらじらしさを感じていました。
まるで、それはすでに分かりきっていることを、ただ分からないふりをしているだけのような……
いけない。わたしはぶんぶんと首を振り、頭のなかに浮かびかけていた何かを振り払いました。
いったい何を考えているのでしょうわたしは。
余計なことは考えるべきじゃない。
違う、こんなことを考えてしまうのは退屈のせいです。
そうに決まっています。すべては、この『退屈』が悪いのです。
- 72 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:20:16 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)* ?
いったいこれはなんだろう、とわたしは首を傾げます。
そのとき胸に生じていたのは、
違和感とも、恐怖ともとれるような、奇妙な感覚。
意味不明で正体不明なその感覚を、
しかしわたしは"確かに知っている"ような気がしました。
*(‘‘)*<ぁ……あ?
とくん
胸の疼きがさらに大きくなります。
なぜでしょう? これ以上この"疼き"が大きくなるのはまずい気がします。
これ以上、この疼きが大きくなれば、わたしは"それがなんなのか"に気付いてしまう。
*(‘‘)*(え、いや、なんです? ……なんですか、これは)
頭の中でそんな言葉を繰り返しながらも、わたしはどこかそんな自分にしらじらしさを感じていました。
まるで、それはすでに分かりきっていることを、ただ分からないふりをしているだけのような……
いけない。わたしはぶんぶんと首を振り、頭のなかに浮かびかけていた何かを振り払いました。
いったい何を考えているのでしょうわたしは。
余計なことは考えるべきじゃない。
違う、こんなことを考えてしまうのは退屈のせいです。
そうに決まっています。すべては、この『退屈』が悪いのです。
- 73 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:20:50 ID:KjQ6rfnA0
・ヒント1:わたしは『退屈』しているせいで、何か考えてはいけないことを考えてしまっている
.
- 74 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:21:20 ID:KjQ6rfnA0
*****
昼。教室の中では今日も、話好きの女子たちがおしゃべりに花を咲かせています。
「それでね……その子がずっと付けてたスカーフをとると……」
「首がコロッっと」
「それがコロコロその家の階段を転がって」
「これがほんとの『かいだん』……なんちゃって」
からからと教室に響く笑い声。
まったく、いまどきよくそんなくだらない話で笑えますね。
わたしは彼女たちに聞こえないように、小さくため息を吐きました。
*(‘‘)*(それにしても……なんだったんでしょう、昨日のアレは)
ぼんやりと、わたしは昨日感じた『妙な感覚』について考えかけ、
そしてまた、いけないと首を振って、頭に浮かびかける気味の悪い感覚を振り払いました。
*(‘‘)*(退屈しているから、わたしはこんなことを考えてしまうんですよね。
じゃあ、今すぐこの『退屈』をなくさないと……)
わたしはきっと、頭に浮かびそうになっているこの感覚に壊されてしまう。
なぜかわたしは、そんなことを確信していました。
さて、しかしこの『退屈』を消すにはどうすればいいのでしょう……?
- 75 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:22:11 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*(『退屈』を消すには、今のこの状態を退屈しないものに変えないと。
でも、今のところはクラスでいじめが再発するみたいな気配もないし……)
つぎに標的になりそうなのは誰だろう?
気付けばわたしはクラスメートを、まるで獲物を探す野生動物みたいな目で眺めまわしていました。
「でね、この話が面白くてー……」
さきほどから明るく楽しそうに話している、この人とかどうでしょう?
今は仲良さそうに振る舞っているこのグループですが、
陰では互いの悪口を言い合っていることを、わたしは知っていました。
うまく互いが争うようにコントロールしてやれば、あるいは……
*(;‘‘)*(ってだめですよ、わたしは飽くまで第三者!
安全圏から、教室がぴりぴりしているのを楽しみたいだけの人間で……)
とくん。
*(;‘‘)* !?
―――またあの、違和感。
*(; )*(どういうことですか? なんでこのタイミングで……)
わたしは、わたしはまさか……
- 76 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:22:42 ID:KjQ6rfnA0
ヒント2:わたしは、もう第三者という立場では満足できない。
.
- 77 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:23:31 ID:KjQ6rfnA0
- ぞわり、と生ぬるい何かが背中を伝うような感覚がありました。
胸の違和感が、どんどん重いものになっていきます。
*(; )*(そんな……そんなばかな。わたしは―――)
違う。と、わたしは頭のなかで、何かを必死に否定し続けていました。
わたしはあくまで第三者。
関係ない立場で、起こっている出来事を客観的に観察するだけのはずなのに。
わたしは、あくまでただの傍観者。起こっている出来事に感情移入なんかしない。
そのはずなのに……
*(; )*(わたしは……わたしは"当事者なんかじゃない"……)
高岡さんのいじめを遠巻きに見ながら、わたしはいつだって思っていたのです。
こいつらはばかだって。
ばかだからつまんないことで争って、つまんなくて退屈なことしかできないんだって。
わたしは、あくまで第三者。
いじめるばかとも、いじめられるばかとも関係がない、傍観者。
だから違うんだ。わたしは、わたしは……
*(; )* ……。
気がつけば、わたしは席を立っていました。
向かう先は、トイレ。
別に用をたしたかったわけではなく、
ただ、ひとりになりたかったのです。
- 78 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:24:12 ID:KjQ6rfnA0
- トイレの個室に入り、鍵をかけます。
学校という、絶えず他人とのかかわりを強制される場所で、唯一ひとりになれる、この場所。
わたしは、少しだけ冷静さを取り戻せた気がしました。
*(;‘‘)*(そうですよ、わたしは高岡さんになにもしてなかったじゃないですか)
わたしは、ただあの状況を楽しんでいただけ。
いじめという面白い見世物を見物していただけの、ただの傍観者。
だから、わたしは悪くない。ましてや、あのばかものどもと同類なんかではない。
深呼吸をしてみます。
臭くて汚い空気が気持ち悪いですが、それでも少しだけ気が楽になりました。
*(;‘‘)*(全部、今の『退屈』な状況が悪いんです。
あの状況が、いじめのあるあの状況があんまり面白かったから、
だからいま、あの状況を再現できれば、わたしは……)
―――「これがほんとの『かいだん』……なんちゃって」
先ほどのクラスメートの言葉が、なぜかわたしの頭をよぎりました。
*(‘‘)*<かいだん……怪談、ですか
自然と口から言葉がでてきて、そしてわたしは名案を思いつきました。
*(‘‘)*<そういえば、この学校に怪談ってなかったですよね
知らず知らずのうちに口元を釣り上げ、わたしはトイレの鍵を開け、教室へと歩きだしました。
胸のなかでは、未だに何かを否定し続ける「違う」という言葉がずっと響き続けていました。
- 79 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:25:26 ID:KjQ6rfnA0
ヒント3:わたしは、この状況が続くことを快く思っていない
.
- 80 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:25:55 ID:KjQ6rfnA0
*****
放課後の女子トイレの、三番目の個室。
鍵をしめて、息をひそめて、わたしはそこにいました。
*(*‘‘)*(成功しますかね……)
胸の違和感をかき消してしまうほど、大きな鼓動の音が耳に響いています。
今わたしは、ある悪だくみの最中です。
*(*‘‘)*(そろそろ時間……あ、足音)
さきほど教室にもどったわたしは、怪談話にもりあがっていたクラスメートに、
『この学校の怪談』について話しました。
それは放課後、この時間帯になるとこの女子トイレの三番目のドアが、
なぜかいつもしまっている。という、ただそれだけの話です。
しばらくして、こんこんこん、とトイレのドアが三回ノックされました。
学校の怪談で三番目のトイレと言ったら、誰だって連想するのは『トイレの花子さん』でしょう。
結論から言えば、わたしは今、それを演じているのでした。
「はーなこさん」
少し怯えたような声が、ドアの外から聞こえてきました。
わたしは、鼻をつまんでそれに答えます。
- 81 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:26:47 ID:KjQ6rfnA0
*(*‘‘)*<はーあーいー
室内にいるわたしには見えませんでしたが、
おそらく扉の前にいる彼女は、一瞬何も考えられなかったに違いありません。
その証拠に、一瞬の間ののち、扉の外から女の子が走り去る音が聞こえてきました。
成功した。とわたしは口元を釣り上げます。
これで、あの子は今日のできごとを、明日みんなに話すことでしょう。
それで、おそるおそる確かめに行ったみんなが見るのは、
ドアの開いたあけっぱなしのトイレ。
『トイレの花子さん』がいると言われて、確かめに行くがそこには何もない。
みんなは、彼女のことを嘘つきだと思うのではないでしょうか?
やつあたりできる高岡さんがいなくなって、
いまフラストレーションを知らず知らずのうちにためているクラスメートたちにとって、
怪談好きで、目立ちたがり屋の少女というのは、格好のカモになるでしょう。
*(*‘‘)*(これで、いじめが再開される。
これで……『退屈』は消えてくれる。
……これで、わたしは"壊れなくてすむ")
ほっ、と胸をなでおろし、わたしはトイレから出ようとしました。
- 82 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:27:16 ID:KjQ6rfnA0
*(;‘‘)*(え?)
わたしは、開けかけていたドアをあわてて閉めました。
トイレのそとから、何人かの人間の足音が聞こえてきたからです。
「えー気のせいでしょー?」
「いや、ほんとなんだって、試してみてよ」
*(;‘‘)*(……え?)
こんこんこん、というノックの音。
そのあと、聞こえてくるのは、お決まりのセリフ。
「はーなこさん」
*(;‘‘)*ハッ<はーあーい
ふ、と我に返ったわたしは、あわてて声に答えました。
「え、うそなにこれ!?」
「みんなー来てみなよー」
*(;‘‘)*(み、みんな!?)
- 83 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:27:58 ID:KjQ6rfnA0
- 混乱しているわたしをよそに、トイレの中に何人かの人間が入ってくる音がします。
こんこんこん
「はーなこさーん」
*(;‘‘)*<は、はーあーい
まずい、とわたしは思いました。
考えてみれば、なんでこんなことに気がつかなかったのでしょう?
いつも他人とつるんでいる人間が、
怖い出来事があると言われてひとりでくるはずがないじゃないですか。
こんこんこん
「はーなこさん」
*(; )*<はーあーい
がくがく、と身体が小さく震えはじめました。
「……なんか声、小さくなってるんですけど?」
「中に誰かいるんじゃん?」
吹き抜けになっている扉の上に、クラスメートの手がかけられました。
扉の上からなかを見られれば、わたしは一巻の終わりです。
- 84 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:28:29 ID:KjQ6rfnA0
*(; )*(どうしよう……)
身体の震えが大きくなります。
どうすればいい……?
わたしは必死に考えますが、しかしそんな短時間で名案が浮かぶはずもなく。
気がつけば、扉の上に身を乗り出したクラスメートが、こちらを見ていました。
「……」
*(; )* !!
―――目が、合いました。
もう終わりだ。わたしが覚悟を決め、そして―――
「……」スッ
*(;‘‘)*(え?)
意外なことにクラスメートは、わたしともろに目が合ったにも関わらず、
とくに反応せず、すぐに顔をひっこめました。
「ほんとになんにも居ないや、まじだね、これは」
扉の外から、そんな声が聞こえてきます。
どういうことでしょう? 彼女は、ひょっとしてわたしをかばってくれるというのでしょうか?
……一体、なんのために?
- 85 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:29:10 ID:KjQ6rfnA0
「え、え? うそでしょ? 中にだれかいるんでしょ?」
「いや、ほんとうだってば……」
焦ったような声と、それに返す声。
ひょっとしたら、助かるかもしれない。
そんな淡い希望は、クラスメートの次の一言で、無残にも打ち砕かれました。
「……うそだと思うなら、たしかめてみなよ」
*(; )* !?
明らかに悪意が籠った声。
わたしがそれに違和感をもつよりさきに、
おそるおそるといったかんじにドアの上から覗きこんできた別のクラスメートと目が合いました。
彼女は、にたあと笑って、言いました。
、、、、、、、、、、、
「ほんとだ、ほんとにだれもいないね」
背筋に冷水が流されているような、そんな言い表しようのない恐怖が、わたしの心を満たしました。
- 86 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:29:41 ID:KjQ6rfnA0
「こわいなー、ほんとにいるんだね、トイレの花子さん」
「そうだね、ほんとにこわいよねえ」
わざとらしい、彼女たちの口調。
それになにか危険なものを感じたわたしは、鍵を開け、個室の外に飛び出そうとします。
*(; )*(開かない!?)
鍵が開いて、わたしが個室から出ようとするのを察知したのでしょう。
トイレの個室は、外から強い力がかかっていてびくともしません。
*(; )*<<な、なにをするんですか! やめてください!!
「花子さんがなんか言ってるけど?」
「だめだよー、霊の言葉に耳を貸しちゃダメってテレビで霊能者さんがいってたよ?」
*(; )*<<ちょ、ちょっと待って、わたしは……
わたしが何か言おうとする前に、トイレの個室内にノックの音が響きました。
こんこんこん
「はーなこさん」
- 87 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:30:11 ID:KjQ6rfnA0
こんこんこん
こんこんこん
こんこんこん
こんこんこん
「はーなこさん」
「はーなこさーん」
「はなこさーん」
こんこんこんこんこんこんこんこん……
- 88 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:31:00 ID:KjQ6rfnA0
*(; )*<<いやああああああああああああああ!!!!
わたしは、頭を抱えてその場にうずくまりました。
*(; )*<<やめて、やめて!!!
こんこんこんこんこんこんこんこん……
耳をふさいで音を遮断しようとしても、だんだん強くなるノックの音は耳に入ってきてしまいます。
*(; )*(どうして……)
もはやノックというよりは殴りつけているような、ひどく耳に優しくない音の中でわたしは考えます。
どうして、なんでこんなことになったのだろうか? と。
どんどんどんどんどんどんどんどん……
*(; )*(わたしは……わたしは……『退屈』で、『退屈』……で)
がんがんがんがんがんがんがんがん……
ひどくうるさい音が聞こえてきます。
この音から逃げたい。この小さな空間から逃げ出したい。
思わずわたしは、唯一の逃げ道である、
扉と天井の間の、わずかなスペースに目を向けました。
- 89 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:31:28 ID:KjQ6rfnA0
*(;‘‘)*<……え?
.
- 90 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:31:57 ID:KjQ6rfnA0
- はたしてその小さな呟きが声になったのかどうか、わたしには分かりません。
しかしそれに気付いたときわたしは、
今この空間に響いているうるさい音のことなんて、どうでもよくなってしまいました。
*(; )*<なんで……?
天井には、真っ黒な線が彫られていました。
*(; )*<ちがう、ちがいますよ、高岡さん……
天井に深く彫り込まれ、黒く塗りつぶされた線の集合。
それは結構前に必死で覚えた漢字一文字と、
ずいぶん前に必死で覚えたひらがな一文字からなる語を描いています。
『死ね』
.
- 92 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:32:28 ID:KjQ6rfnA0
*(; )*<ちがいます、わたしは、わたしは……
自分の喉から出てきた声が、あまりにか細くて、
わたしは一瞬それが誰の声なのかわかりませんでした。
*(; )*<わたし……は
天井から、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と木の屑が落ちてきました。
見れば、先ほどまで何もなかった部分にまで新しい『死ね』の文字が彫られていきます。
*(; )*<……わたし、も
ぽろぽろ、ぽろぽろ、と次々に降ってくる木の屑。
見上げるたびに天井に現れる『死ね』の文字は、
まるで紙にインクが染みるときのように、みるみるうちに真っ黒に染まっています。
*(; )*<わたしも……『当事者』……?
ぽつりと呟き、上を見上げたわたしが見たのは、
『死ね』の文字に覆い尽くされ、真っ黒に染まったトイレの天井でした。
- 93 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:32:58 ID:KjQ6rfnA0
*****
(,,゚Д゚)<……わたしが彼女から聴いたのは、ここまでです
薄暗い女子トイレのタイルの上を、青い猫が四本足で歩く。
もうすでに時刻も遅いのだろう。
使われていない個室は、みな一様にドアを開き、中に誰もいないことを見る者に知らせている。
―――ただひとつ、重く閉ざされた3番目のドアをのぞいて。
(,,゚Д゚)<彼女のその後、ですか? はて、とんと分かりませんね。
わたしは、ヒトではなく、ネコですから
言い訳になっているようで、まったくなっていないようなことを言いながら、
猫はその二本の後ろ脚で立ち上がると、とてとて、と閉まっているドアに近づく。
(,,゚Д゚)<ただ、その後、彼女の学校にも怪談というものが生まれたそうですよ
ぽんぽんぽん、と、肉球のついた手で猫は扉を3回ノックした。
(,,゚Д゚)<ほら、耳を澄ませてください。……聞こえるでしょう?
猫に言われてそうしてみると、なるほど、確かに聞こえてくる音があった。
- 94 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:33:38 ID:KjQ6rfnA0
「違う、違う、違う……」
扉の奥から断続的に聞こえる声は、弱弱しくか細い。
しかしそれは、確実に何かへの敵意に満ちていた。
.
- 95 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/04(木) 23:34:08 ID:KjQ6rfnA0
*(‘‘)*学校の怪談のようです【二夜】
「トイレの花子さん」
おわり
.
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