最期の挨拶のようです

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/22(水) 23:58:43.69 ID:mG7SEXQpO

Case4( ФωФ)



じめじめとした空気が籠もるこの部屋、窓はなく、陽の光すら入ってこない。今が朝なのか、夜なのかさえ分からない。


唯一ある扉は金属性で、この足が粉々になるまで蹴り続けたとしても傷一つさえ入らないだろう。

室内にあるものといえば、昭和の台所を思わせるちゃぶ台の様な机に、1週間寝れば腰を痛めてしまうほどの硬いベッド。後は排尿排便用の剥き出しになった水洗トイレだ。


負のオーラに溢れた、部屋と呼んで良いのかも分からないこの場所は



留置場だった。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/22(水) 23:59:31.75 ID:mG7SEXQpO


何故こんなことになったのか。

私はこの部屋の中で、何度も、何度も思い返していた。
その時間は、十分すぎる程にあったのだから。


思えば私の犯した罪、それは十五年前、私がまだ超常現象の存在を心から信じ、テレビに登場する悪の組織に激怒し、正義のヒーローに憧れていた頃に帰結する。

「正義のヒーローマスク仮面!ただいま参上!!」

幼い私は、憧れていた。正義のヒーローに。地球を守という使命に。

成りたかった。出来るものなら正義のヒーローに成りたかった。

しかし

今の自分の不様な格好に反吐が出た。

昔から正義感が強いとは言われ続けていた。友達が喧嘩をすれば身を呈して止めに入ったし、バスや電車でマナーが悪い乗客を見つけたら誰だろうと注意した。

それで満足していた。

注意するたびに、自分の憧れであった正義のヒーローに近付けた気がしたから。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:00:39.72 ID:GfeqhjFNO


何度も何度も、留置場という理想の自分とは程遠い今の自分を客観的に見直してみて、自分の正義感が明らかに過剰な程であったと思い知った。


周りから白い目で見られていた事に私は気付かないフリをした。


でも私の根底は揺るがなかった。正しい自分を押し通してこその“正義”だ。

それは今でも変わらない。だから、自分は人として、人間として生きていられる。

しかし

裏を返せば、この地球に客観的常識を覆す出来事が起こり、正義が悪となり、悪が正義となるようなことがあれば、たちどころに自分は、自分ではいられなくなるだろう。


「はぁ」


溜息を吐き出す、この平和と悪意に満ちた地球でそんなことが起こり得るはずが無い。


「……それが一番良いのだが」


こうして私は今日もまた、ベッドの中に潜り込んだ。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:03:08.37 ID:GfeqhjFNO


腰の痛みは既に体が馴染んでしまったのだろう、全くと言って良いほど感じなくなっている。

それが逆に、自分がこの中に拘束されてきた年月の長さを思い出させた。

後三日だ。三日でここから解放される。

それが

私の正義を支えていた。



瞼を閉じあの日を思い出す。毎日の日課となっていた。それは自分の犯した罪に対する戒めでもあった。



『ロマネスク、お前は本当に親不孝者だ』


あの日の父の目が頭から張りついて離れない。


『ああ、どうして……』


あの日の母の涙が私を責め続ける。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:04:01.66 ID:GfeqhjFNO


だが私の正義は揺るがなかった。

「言っただろう、こんな汚れた世界の、世俗的な仕事をするのは嫌だと。私は自分で生きていく。

不能な上司に頭を下げ、誰とも分からぬ輩に媚びを売り、私の手が汚されていくことに、私の心は耐えられない」

この世界には様々な職が存在する。

自衛官、消防士、警察官、医師、弁護士、学校の先生、枚挙に暇がない。

しかし、この中で自分の信念を貫ける物など無い。

どこかで妥協し、諦め、目を瞑らねばならない。

そしていつの間にか自分の持っていた真っすぐな心意気はくねくねにひん曲がってしまう。

自分には耐えられない。

頬に衝撃を感じたのはその瞬間だった。

打たれた。

父に

初めてだった。父に打たれたのは。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:06:19.38 ID:GfeqhjFNO

今まで自分は正しいと思った道をただひたすら真っすぐに進んできた。

父が思い描く道と、自分が思い描く道は一致していた。だから父に打たれるなんて経験はなかったし、打たれるなんて心にも思っていなかった。

しかしあの時、遂に違えた。

気付けば私の足元には血塗れになった父が弱々しく転がっていた。

手にしていた椅子に血が付いていたのを見て、自分がやったのだと悟る。

父の頭からはドクドクと湧き出るが如く血が溢れだし、痛々しく裂けた真新しい傷口が自分の罪深さを物言わぬまま示していた。

父を助けなければ、そう思い一歩踏み出そうとすると足を取られ激しくつんのめった。


母が必死な形相で自分の脚を掴んでいる。


「違う、違うんだ……」

声になったかどうかは分からない。だが父の手当てをしなければ。


医療に携わった事の無い自分にも不味いと思えるほどの激しい出血だった。

それでも母は手を離さない。

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:08:16.91 ID:GfeqhjFNO

父はよろよろと立ち上がり、這うようにして電話機に向かった。


そして、3つのコールナンバーを押したのだった。


『……息子に、息子に殺されます……』


私の頭は真っ白になった。そこからはよく覚えていない。警察が来て私に手錠をかけた。父は救急車によって運ばれていく。

それから私は、何度も同じような質問を取調室なる所でされた。

『どうして父親を殴った』

『今まで家族仲は悪かったのか』

私は首を振ることしか出来なかった。


どうして父を殴ったのか。

わからない。


今まで家族中は悪かったのか。


決して違う。私達家族は今まで言い争いすらしたことが無かった。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:09:19.13 ID:GfeqhjFNO


私に言い渡された罪は決して軽い物ではなかった。


「ふぅ……」


しかし、後三日だ。後三日で私はここから出られる。長かった、長すぎた。

司法の在り方が揺らいでいる今日、私の罪が妥当だったのかどうかは私には分からない。

ただ、今私は悔やんでいる。後悔している。

あと三日。

謝ろう、自分の過ちを。

許しを請おう、父に。

そうして私の人生、最後の夜は静かに更けていった。





15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:09:57.31 ID:GfeqhjFNO

次の日の朝、独房の朝は早い。叩き起こされ私達はいつもの様にラジオ体操を強制されていた。

こんな生活にも慣れた。それ程長くここにいた。

後三日、後三日だ。

『よう、お前後三日で出所か?』

いつの間にか口に出していたようだ、隣で体操をしていたいかにもちゃらけた雰囲気の男が話し掛けてきた。

「あぁ、あと三日で出られる」

『そうか、良かったじゃねーかwところでお前さん何の罪でここにブチ込まれたんだ?』

私は随分と長い間ここにいた。しかし出来るだけ他人とのコミュニケーションを避けていた為に周りの人間は自分の思っていた以上に私の情報を知らないようだ。

『あっ?俺か?』

考えているうちに私は男の方を見ていたのだろう、自分の罪を聞かれているのだと彼は勘違いしたようだ。

「いや、私は殺人未遂だ……」

『うげぇwまじかよ、アンタも真面目そうな顔してやるねぇww』

私は曖昧な顔をして場を濁した。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:13:04.94 ID:GfeqhjFNO

彼は自分の罪状を語ろうとするが私は手を挙げて制す。

もし彼の罪が他人を傷つけたり、陥れたりするような物であれば私は耐えられないだろう。

迷わず彼に掴み掛かってしまうに違いない、それで出所が延びるというのは遠慮被りたい。

「はぁ……」

この独房に入って私の心意気もひん曲がってしまったのだな、と溜息を吐いた。

以前の私なら自分の状況等顧みずに掴み掛かっていただろう。

でも今はどうだ、自分が一番大切になってはいないか。

私の自嘲的な思考は朝の作業終了を示すチャイムによって断ち切られた。






18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:13:43.44 ID:GfeqhjFNO


おかしい、昼の作業再開のチャイムは疾うに鳴った。

なのに看守の影すら見えない。本来ならもう既に畑仕事をしている頃なのだが。

他の囚人達も異常を感じ取ったのか全員檻に顔を限界まで近付けて周囲の様子を探っている。

荒々しいドアの開く音がした。

囚人達は一斉に檻から離れる。

『……皆に、伝えなくてはならないことがある』

よく見ると一人ではなかった。所長と思しき人物までいる。

『この地球は……明日、午前零時を以て消滅する』

沈黙が辺りを包む、一人の怒号がそれを破った。

『ふざけるな!!!!』

『静粛にしろっ!!!!!これは事実だ。受け入れろ、幸いこの区域にいる君達は比較的軽い罪であったり、出所間近である者が殆どだ』

『家族に会いたいものも居るだろう、謝りたい人だって居るだろう』

『だから私は君達を解放しようと思う』

誰も声を上げない、本来なら夢のような話だ。今すぐにここから出られるなんて、誰も有り得ないと思っていたのだから。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:16:34.39 ID:GfeqhjFNO


しかし、世界が消滅すると聞かされた今、その夢は霞んだ、なんの魅力もないものになってしまった。


『私は君達をどこまでも人間として見てきた、どれだけ重い罪を背負っていようと立ち直れるんだ、そう信じてきた。それが正しかったのかどうかは分からない』

『だが、それは今日はっきりする!』

『出そう、ここから』


私達に選択権はなかった。いや、元よりそんなものは存在しなかった。

私達は流されるままに檻の外へ出された。

そこには何時もと変わらぬ街が存在していた。

いや、年月による変化は勿論あった。

だが、話を聞かされた当初に予想していた混乱はなかった。

しかし

「人がいないな」

奇妙な所といえば全く人影が見えないところであろうか。

一緒に出された囚人達は皆戸惑っているようだ。それが私には、巣の場所を忘れて迷子になっている雛鳥のように思えた。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:18:33.17 ID:GfeqhjFNO


「……私は違う」


帰るべき場所がある。


逢いたい人がいる。


謝りたいことがある。






私は真っすぐ、自分の家へと向かった。







22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:21:40.55 ID:GfeqhjFNO

世界が終わるとい事実は、私にとってどうでも良いことだった。私にはもっと大切なことがある。

もしこれから両親に謝罪をしたとして、拒絶されてしまえば、私の世界はそこで終わってしまうから。

息絶え絶えに走り【帰るべき場所】を目指す。

そう遠くはない、全力で走れば半時間とかからないだろう。

すれ違う人は皆、虚ろな目をしていた。

皆、行き場のない不安と憤りを抱えているのだろう。世界が終わる、こんな非現実的な事態に陥るだなんて誰も思っても見なかったのだろう。

チクリ、と胸が痛む。

そうだ、この人たちの表情が私を確信付けた。

世界は本当に終わるのだと。

四つ角の向こうに懐かしの我が家を見たとき、私の肺は限界に達していた。

もう幾分も走れないと弱音を吐きかけたら、家の前に立っていた。

「はぁ……はぁ……」


言葉にならなかった。決して荒い息の所為ではない。込み上げる感情を押さえることが出来ないのだ。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:22:13.59 ID:GfeqhjFNO


帰りたかった場所が目の前にある。

謝りたかった相手があの中にいる。

瞳に熱い物を感じた。


なんと言えば良いのかは分からない。十五年ぶりに会うのだから。


両親は一度も私に会いに来なかった。

私が罪に服している間、一度もだ。

絶望していた。

だが私は希望に縋りついた。
きっと両親は許してくれる。そう信じた。信じたかった。

そして私は言葉を紡ぐ。

( ФωФ)「……ただいま」

ドアは開いていた。



24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:26:03.90 ID:GfeqhjFNO

疑問が浮かぶ。何故鍵がかかっていないのか、私は恐る恐る靴を脱ぎリビングに向かった。

かつて父に私の信念を熱く語った場所。

かつて父に頬を打たれた場所。

何も変わっていない。不自然な位にあの時なままだった。

ただ、花瓶が一つ粉々に割れていた。

両親達も相当取り乱したに違いない。
花瓶が物語っていた。

付けっ放しのテレビに割れた花瓶、両親の姿はどこにも無かった。



見放されたか。


漠然と心に浮かんだ、裏切られたのではない。裏切ったのは私だから。

見限られたのだ。

世界が色を無くした。全てが白黒に見える。

この世界が終焉を迎える前に、私の希望が終わってしまった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:26:50.67 ID:GfeqhjFNO

「……ははは、ははははは」

乾いた笑い声が漏れる。見限られた、父に、母に、誰の所為でもなく、自分の所為だ。

世界が終焉に向かう、今、両親は私を置いていってしまった。


それなら


「死のう……」

一足先にあの世に向かおう、そして二人を待とう。額を地面に擦り付けたままで二人が来るのを待っていよう。

そして謝るんだ。

あの日の罪を、いつまでも。

何か手ごろなものはないかと部屋を探した。

「これは……」

そして見つけたのだ。

「懐かしいな」

そこには綺麗に畳まれた変身セットがあった。

|::━◎┥

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:28:28.91 ID:GfeqhjFNO

懐かしい、私が十六歳の誕生日に父にねだったものだ。

父は渋々ながらに買ってくれたが、確かに今思えば十六の青年がねだる物ではないと分かる。

幼かったのか、私は。

夢だった、悪の組織と戦い、迫り来る怪人を悉く薙払う、そんな正義のヒーローになる事が私の夢だった。


ふふふっ、なんと青いことか、今の世の中で正しさを追及し続ける事なんて出来るはずがないじゃないか。

気付け、あの時の自分。

悔いれ、今の自分。


何も言わず、それに袖を通した。

|::━◎┥「はは、少々キツいな」

身体は少しなりとも成長していた。十六の頃ぶかぶかだったこの衣装が、今では少し小さい位だ。

|::━◎┥「死のう、正義のヒーローとして」

今、この世界に溢れている行き場の無い怒りと悲しみを全て受け入れる正義のヒーローとして、散ろう。

それが私に出来る最後の罪滅ぼしではないか。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:29:13.73 ID:GfeqhjFNO

『キャー!!!!』

私の倫理的、哲学的思考は窓の外から聞こえた悲鳴によってかき消された。

身体が勝手に反応する。牢にいた間に曲がったと思っていたものは、決してまだ死んではいなかった。

高さは3メートル、恐怖は無い。

私は死なない。

何故なら

今の私は【正義のヒーロー】だから。

窓からさっそうと現れた私に、男は面食らったのだろう、アスファルトに伏せながら涙を流す女性とその前に立ち尽くす男。男の手には冷たく光る包丁があった。

どちらが悪かなんて火を見るよりも明らかだ。

男、お前が悪いんだな。

私は男に掴み掛かった、まだ動揺が解けていないようで簡単に押し倒すことに成功する。

何か叫んでいるが聞こえないし聞く気もない。

人の人権を無視して他人を傷つけるような輩に自分の意見を主張する権利など無いのだ。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:29:50.26 ID:GfeqhjFNO

我ながら古典的な方法だと思ったが、マウントをとって執拗に拳を繰り出すだけ。それで簡単に勝負はついた。


「私がいる限り悪はy」


決め台詞の途中で後頭部に衝撃が走った。

泣き崩れていた女性に蹴られたのだ。

「なっ……」

『アンタ!!人の旦那に何してくれんのよっ!!』

なん……だと

旦那?どういう事だ?頭の中で思考を繰り返すが一つしか答えは浮かんでこない。それも飛びっきり認めたくないものだ。

「誤解……ですか?」


『そうよ!!なに勝手に勘違いしてんのよ!!』

どうやら完全に自分の誤解だったらしい。女性は昏倒している男性に駆け寄りワンワンと泣き出した。

「すいません、勘違いしてしまいました」

私は素直に非礼を詫びた。悪いことをすれば謝る。これは正義の味方という以前に、人としての義務である、と私は考えるからだ。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:30:46.33 ID:GfeqhjFNO

『アンタ!!馬鹿じゃないの!?もうすぐ皆死ぬってのにそんな格好で、もう皆馬鹿よ。どうしようもない、救いようのない馬鹿ばかり』

言い返す言葉もない。それは至極全うな意見だ。世界の終わりにコスプレをする、それが正しいなんて誰も思わないだろう。


ただ、自分が今していること、自己満足、自らのエゴの為に、人を助けようとしている自分を、私は否定することが出来ない。

私は正義の味方にはなれないのかもしれない。かつて見たあのアニメの様に。不器用に、そして不様に、幾度となく困難にブチ当たりながらも己が正義を貫いた、あの人の様には決してなれない。


ただ、一つだけ。私は今この瞬間に、私は一つ勝ち得た。

『ちょっと!!貴方!!起きて!!!お願いよ!!!!』

『………うぅん?』

『貴方!!……良かった、気が付いたのね』

『……は!?お前は!?お前は大丈夫なのか!?何もされてないのか!?』

この美しい世界を救えるのならば、私は喜んでこの命を差し出そう。例え誰もそれに気付いてくれなくても。

私はこの世界を守るためならば、なんだってやれる。

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:31:32.73 ID:GfeqhjFNO


それから私は二人に誤解であったことを謝罪した。

女性の方は敵を見るような目で私を見ていたが、男性はあっさり許してくれた。

その時に、何故か小声で『ありがとう』とお礼を言われたのだが、なんの事を言っているのかはよくわからなかった。


アスファルトで舗装された道を一人歩く。ひとっこ一人いないゴーストタウンと化した我が故郷。時々目を背けたくなるようなモノが道端に転がっていたりするのだが、今のところ生きている人間とは会えていない。

『……世界の終わり、か。現実になると酷く呆気ないな』

誰もが絵空事と思っていた事態が遂にやってきた。

マンガやアニメの世界だけだと思っていた、終焉。

ただ、想像していたのとは大分違っているようだ。

建物が荒れ放題だったり、銃を乱射するような奴が現われたり、新興宗教の信者による暴動。

そんな物はない。この町にあるのは絶望と諦め。

悪者が居ない、ただの薄っぺらな世界。

正義のヒーローが居ない、ただの味気ない世界。

『しかし、こんな世界のほうがまだまともなのかもしれないな』

ただ、救いはない。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:32:53.65 ID:GfeqhjFNO


国道沿いの人通りが多い道を歩いて、初めて出会ったのは乳母車を押した婆さんだった。

『婆さん、こんな時に散歩かい?』

「わっ!?……こりゃたまげたねぇ。なんだい、その格好は?」

『ああ、我輩は今、正義のヒーローなのだ』


恥ずかしさは無かった。世界の終わりに直面している今、そんな感情は必要ないと、自然と頭が理解していたのかもしれない。

「あんたも可笑しいねぇ」


『そういう婆さんだって浮いているぞ。もう時間も少ないというのにどこに行こうというのだ』

いやぁねぇ、婆さんは恥ずかしそうな顔を私に見せた。

「孫がねぇ、生まれたんだけど。こんな事になっちまって。居ても立ってもいられなくて、こうしてノソノソ来ちまったわけさ」

『……そうか』

涙が出そうになるのを堪えた。随分と自分は涙もろくなったものだと笑えた。

他人の哀しみに涙を流す自分など、以前では想像できなかった。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:34:48.80 ID:GfeqhjFNO


「じゃあ行くわねぇ、このままじゃ夜までに着けるかも分からないからねぇ」

『そうか、ではまたな。婆さん』

「アンタも頑張りんさいよ、正義の味方さん」

『ああ』

婆さんはまたギコギコと乳母車を押して国道を下っていった。

何度か振り替えると、婆さんは少し進むたびに乳母車に座って休憩していた。

ノロノロと、亀のように。進んでは座り、また進んでは座りを繰り返していた。


『おい、婆さん。そんなんじゃあいつまで経っても家に着かんぞ』

私は呆れながらまた婆さんのところに引き返した。

「あらっ、またあったねぇ。今度はどうしたんだい?」

婆さんの顔は笑顔だったが、疲れによる翳りは隠せていない。

『婆さん、もしかしてどこか悪いのかい?』

婆さんは一瞬驚いたような顔をしたが、またすぐに笑って

「たいしたことないよ、小さな頃から畑仕事ばっかりやっててね。今じゃこの通り。自分の体を満足に動かすことも出来ないのさ」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:37:04.55 ID:GfeqhjFNO

確かにお婆さんの腰は酷く曲がっていた。

私は迷った。このまま婆さんを放っておくのか否か。

『ふふっ、いいんだよ。本当は家にいるかどうかも分からないんだよ』

はっ、とした。

『電話したんだけどね、繋がらなかったのさ』

この人も私と同じなのかもしれない。家族に棄てられたのかもしれない。


「……婆さん」



「でもねぇ、やっぱり最期は自分のしたいように生きたいのさ』

自分のしたい事、婆さんのしたい事というのは孫と一緒に最期を迎えるということなのだろう。


私の迷いは無くなった。


「婆さん、我輩が連れていってやろう」

婆さんは、かなり驚いているようだ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:37:53.19 ID:GfeqhjFNO

「我輩が婆さんを家まで連れていってやる」

『でも、アンタにもしたいことがあるんじゃ……』

「ああ、我輩は人助けがしたい。かつての……」


―――かつての自分の罪を贖罪する為に


こちらの様子を察してくれたのか、それは分からなかったが


『それじゃ……お願いしようかね』


「ああ」


それが今日見た、最初の、笑顔だった。


『大丈夫かい?重くないかい?』

「何を言っている。我輩は正義のヒーローだぞ」

『ふふふ、そうだったね』

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:38:40.49 ID:GfeqhjFNO

婆さんの身体は驚くほど軽かった。

私は背中に婆さんを負ぶり、言うとおりの道を進んだ。


『アンタは……家族とか、いないのかい?』

婆さんは遠慮がちに聞いてきた。

「ああ、いたんだがな。どうやら棄てられてしまったようだ」

『なんだって!?棄てられたってどういう事だい!?』

別に隠すつもりはなかった、家族の事も、自分の罪も。
「我輩は、昔、とんでもない罪を犯した。残りの人生をすべて賭けても贖えないほどのな」

『それで家族に棄てられたのかい?』

「……わからん」


分からないのではなく、認めたくないのだ。酷く自分がつまらない人間に思えた。

『……そうかい、アンタも色々あったんだねぇ』


「どうする?ここで別れるか?」

それも致し方ない事だ。犯罪者と一緒に行動をとるという事がどれほどまでに人を不安にさせるかを、私は留置場で学んだ。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:39:24.85 ID:GfeqhjFNO

『なに言ってんだい!!アンタ正義のヒーローなんだろ!?そんな無責任な事しちゃ駄目だよ!!』

「しかし、私は犯罪者。殺人未遂だ。私の犯した罪は。そんな人間と一緒にいて怖くないのか?」


婆さんはそれでも表情一つ変えなかった。

『あたしゃねぇ、小学校にも通ってない。読み書きは独学で覚えたけど難しい漢字は分からないからねぇ。車の免許すら取れなかった。
敗戦間近の頃に生まれて、ろくに飯も食べさしてもらえなかった。汚い事も一杯したよ。盗みなんて日常茶飯事。道の上に今みたいに死体が転がってた頃さ』


婆さんは私に静かに語り掛けた。


『学も何もない、ただ畑を耕すだけの人生だったけどねぇ。一つだけ、アタシは特別な物を手に入れたのさ。それはねぇ……』


―――人を見抜く力だよ


婆さんは恥ずかしそうに頬を掻きながら、私にそう言った。

『それを使って私は大切なものを、また一つ手に入れたのさ、家族っていう宝物をね』



婆さんの家はすぐ近くだった。負ぶりながら歩いて三十分ほど、閑静な住宅街、いや、人っこ一人見当たらないのだから閑静というのはおかしいかもしれない。

だが立派な一軒家だった。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:42:46.26 ID:GfeqhjFNO


『ありがとねぇ、本当に、アンタはあたしの正義のヒーローだよ』

嬉しかった。誰かに感謝される事がこれ程までに充実感を与えてくれるという事を私は忘れていた。


「いや、我輩も貴方と話せて少しだけ許された気がした」

『そうかい?いつでも相談に来なよ』

「ああ、機会があればまたお願いしよう」

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:43:31.77 ID:GfeqhjFNO
では、と別れようとして引き止められた。

『待ちなよ、もうちょっとだけ付き合っておくれ』


「いや、我輩は一人でも多くの人を助けたいんだ」


『老い先短い老婆の心を踏み躙るのかい?』

老い先って、どうせ皆明日には―――


言おうとしたが口には出せなかった。

「しかし、我輩にも……」

『良いじゃないかい。あたしにも人生最後の孫自慢をさせておくれよ』


「……わかった」

私が頷くと、婆さんはパアッと笑顔になった。

若々しい、年に似合わぬその笑顔。なにより、純粋で曇り無く、私が了承した、ただそれだけの事が、この人をこんなに笑顔にした。

それがなにより嬉しくて


私はマスクの下であの時以来の笑顔をこぼした。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:44:07.11 ID:GfeqhjFNO

この絶望に満ちた世界でも、まだこんな笑顔を見ることが出来る。

そしてなにより、自分がこの笑顔を取り戻したのだと思うと、気持ちが抑えられなかった。


しかし、この時の私は気付いていなかった。


笑顔を取り戻すのが簡単なように、その笑顔をぐちゃぐちゃの泣き顔に変えることも、また簡単なのだという事に。



この世界は脆かった。どこまでも壊れやすく、どこまでも絶望的で、私達が思った以上に残酷に出来ていた。

「お邪魔します」

『御上がりなさい』

それは、私の手に入れた一輪の花を、簡単に


『ああっ!?』


散らせてみせたのだ。


「どうした!?う……うぅ、これは……」

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:44:39.95 ID:GfeqhjFNO


中に横たわっていたのは三つの死体だった。

お腹から真っ赤に血に染まったそれを挟むように、二つの死体が横たわっていた。


『ああっ!?あぁ、ああ!!』


不味い、このままではこの人の心が壊れてしまう。

私は呻き声とも叫び声とも呼べぬ声を上げる婆さんを、無理矢理に外に連れ出した。

「………」

『うぅっ………』


婆さんは言ってた。連絡がとれないと。

少なくともその時点で最悪の状況として、これは予測できていたのだろう。

それでも、この人は諦め切れずに、ここまで来てしまった。そして見つけてしまったのか。



44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:45:51.52 ID:GfeqhjFNO

正義のヒーロー、またはそれに準ずるなにかが居るというのなら、今すぐ出てこい。

そして私に証明して見せてみろ。

私の命と引き換えにこの家族を救ってみせろ。

一人の命では足りないと言うのなら誓おう。

私は未来永劫、輪廻転生を望まない。

生物の循環の環からはみ出しても構わない。


―――だから


『坊やが……坊やが……』


今、目の前で泣いているこの人を笑顔にしてみせろ。


『なんで、こんな事に……』


45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:49:04.37 ID:GfeqhjFNO

やはり、出来ないのか。やはりヒーローはいないのか。

それとも、この人を笑顔にするだけの力が彼らにはないのだろうか。


ならば、私が救ってみせよう。そして私はお前達を超えてやる。


『婆さん、仕方ないんだよ。誰も責めてやることは出来ないんだ』

「私の孫が……私の息子が……私の娘が……」

『婆さん、息子さん達だってしたくてしたことじゃないんだ。悲しくて、悔しくて、どうしようもなくて、仕方なかったんだ』

「……どうして皆私を残して逝ったんだろうねぇ」

『婆さんの息子さんが大人だったからさ。アンタから立派に独り立ちしたからだよ』

「せめて……電話くらい、死ぬ前に電話ぐらい掛けてくれたって!?」

『悩みぬいた結果なんだ、何も言わないでおいてやろう』

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:50:33.02 ID:GfeqhjFNO

そして、婆さんは何も言わなかった。


たった一言だけ。

私に、再び

『御上がり』

とだけ言った。


テーブルに座らされ、婆さんがお茶を運んできた。

『飲みなさい』

お茶を勧めてくれるが、飲む気は全くおこらない。


その様子を察したのか、婆さんは語りだした。

『息子は責任感の強い子でね、小学校の頃から委員長やらなにやらでいつも急がしそうにしてたよ。

遅生まれでねぇ。アタシも夫も随分と甘やかしていたけど、立派に成長してくれた』


私は黙って婆さんの話を聞いた。それが婆さんの別れの儀式であるのだと、なんとなくだが分かったから。


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:51:21.20 ID:GfeqhjFNO
『アタシもこの子のために一生懸命に働いたよ、そりゃ死に物狂いだったさ。

この子を大学に通わせるために、親戚中に頭を下げて、必死で働いてお金を工面したよ。

夫はその時に無理をしすぎてポックリ逝っちまった』

『それでも嬉しかった。この子を大学にやれた。それがアタシの誇りだった。

息子は、父親が自分の所為で死んでしまったと大分悩んだみたいだったけど。

アタシをこれから父親の分まで大切にするって、だからありがとうって言ってくれたのさ』


『それから数年してアタシに新しい娘が出来た。

息子が連れてきた人だ。どんな人でもアタシは喜んで迎え入れた。

それに娘もアタシを大切にしてくれた。よく“そろそろお義母さんも一緒に住みませんか?”って聞いてくれてたよ』


『アタシは断ってたけど、多分息子夫婦はずっとアタシの事を気に掛けてくれていたんだろうねぇ』

『それから、また家族が一人増えた。目に入れても、本当に痛くないような、可愛い、可愛い、アタシの孫』

『絵を描くのが好きでねぇ、よくアタシの顔を描いてくれてたよ』

『小さな、小さな、どこにでも居るようなアタシの家族。でも、それがアタシの全てだった』

そこまで話すと彼女は再びむせび泣いた。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:53:40.94 ID:GfeqhjFNO

『本当に……いとおしくて……大切で……なににも代えがたい……私の家族』


一口だけ、茶を啜った。


死体の隣で飲むお茶は、驚くほど不味かった。


『正義のヒーロー、最期のお願いだよ』


どんなことでも聞く、どんなことでも力になろうと、私の心は簡単に決まっていた。













『穴を……掘ってくれないか』

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:54:56.47 ID:GfeqhjFNO



私は一心不乱に穴を掘っていた。

以前の私ならどんな理由があろうと自分の家族に手をかける等、犬畜生のする事だと思っただろう。

だが、今は違った。

分かったから。人にはそれぞれの理由があり、それぞれの事情がある。

だから、私はひたすらに穴を掘り続けた。


婆さんが手伝おうとしたが、私はそれを拒絶した。


せめて最期まで人間らしく死んでほしい、それが彼女の願いだった。


掘り終えた穴は大の大人が優に五人程入れる大きなものだった。


「婆さん、終わったぞ」


家から私の声を聞いて出てきた婆さんの格好を見て、私は絶句した。


真っ白。真っ白な着物を着た婆さんがそこに立っていた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:56:09.84 ID:GfeqhjFNO



それはどう見ても


「婆さん、どういうつもりだ?」


死に装束だった。

『ありがとねぇ、掘ってくれたんだねぇ』

「あぁ、掘ってやったが我輩が掘ったのは死人を眠らせるための穴で、生きてる人をいれる物ではないぞ」

それでも彼女は、ありがとう、ありがとうと呟くばかりだった。


「アンタまさか……」

『この子たちだけを置いてはいけないよ』

「じゃあ、アンタは最初からそのつもりで?」

『……悪いことをしたねぇ。でも分かっておくれ。アタシにはもう生きる希望も、意味もなにもないのさ』

「………」

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 00:58:09.06 ID:GfeqhjFNO



一緒に


――――アタシも埋めておくれ


涙が溢れた。とめどなく、流れだした。マスクを着けたまま、私は誰にも気付かれぬ涙を流し続けた。

婆さんは、孫を胸に抱き、息子と娘の間に横たわる。


『アンタには悪いことをしたと思ってるよ。でもね、これはアタシにとっての救いなんだよ。

………だから』


―――お願い


掘るには時間が掛かったが埋めるのは驚くほど早かった。

すぐに四人の腕が見えなくなり、次いで脚、胴と土に埋もれていった。

そして、最期に残された、四人の顔。



55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:01:23.82 ID:GfeqhjFNO

「……本当に、本当にこれしかないのか!?もっと別の方法が」

『言わないでおくれ、頭の悪いアタシにはこれぐらいしか思いつかなかったんだよ……』

「私も探すよ!!アンタと一緒に、最期まで。生きる意味って奴を探すから、だから」

『いいんだよ、アンタはアンタを待つ人のところに行きなさい』

「だが、私は、家族にも棄てられて」

『大丈夫、子を見捨てる親なんて、いないよ。自分の身体を痛めて生んだ大切な子なんだ。

きっとアンタにはまだ理由が残ってる』


「本当に……いいんだな?」

『ええ、お願い』


四人の顔が消えていく、その度に自分の大切なものが壊れていく音がした。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:03:05.12 ID:GfeqhjFNO
『最低な世界だったけど、アンタに逢えたのは、アタシにとって幸運だったわ。

こんな世界の中で、アンタはアタシに希望をくれた。アタシにとって貴方は……』


――――世界で一番優しい正義のヒーローよ



『最期に、そのマスク。とって下さらない?』


「ああ……」


『嫌かしら?』


「いや……」


―――もう涙が隠せないなと思って




57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:04:20.18 ID:GfeqhjFNO




( ФωФ)「………」







『うふふ、綺麗な目』




58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:05:03.66 ID:GfeqhjFNO

何が正しくて、何が間違っているのか。自分の中で明確だった線引が嘘のように揺らいでいる。

ザクザクと、土を掘る音がいつまでも頭に響いていた。

婆さんは最期まで笑顔で、最愛の家族に囲まれながら逝った。

「家族……かぁ」

私の家族は皆どこに行ってしまったんだろう。

どこだって良い。ただ、少し気になった。

行くアテもない、人もいない。

ただ、私はひたすらに歩き続けた。

すると遠くに人込みが見えた。

何事かと近寄ってみると、そこはこの町の市役所だった。

暴動を興すでもなく、泣いて叫ぶでもなく、ただ、そこに立っていた。

皆、決して生きることを諦めてはいないのだと分かった。

国の機関である市役所ならばなにか方法があるのではないか、という淡い希望を持っているのだろう。

その中に見知った顔を見つけた。

今朝会った夫婦だった。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:07:44.76 ID:GfeqhjFNO

夫の顔からは絶望が簡単に見て取れた。

嫁の顔からは何も感じない、ただの無、なんの意志もない無表情。

そしてその手には

「おい!!お前!!なにを考えてるんだ!?」


暗く、鋭く光る包丁があった。

『来ないで!!それ以上近づいたら私、死んでやる!!!』

『いい加減馬鹿な事はやめるんだ!!』


二人のやりとりで気付いた。私はまた誤解をしていたようだ。

今朝の二人は痴話喧嘩などではなかった。

恐らく、今のような状況だったのだろう。

女性が自殺しようとしていたのを男が止めていたのだ。

『もう、もう良いわよ。在りもしない希望に縋り付くのはもう沢山なの……』

『諦めるな!大丈夫だから!!きっとなんとかなる!!』

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:09:31.60 ID:GfeqhjFNO

『嘘よッ!!!もう、分かってるから。いいのよ。もう』

『駄目だ、絶対にさせない』

『……貴方、私、貴方と出会って幸せだったわ』


―――だから


『私と一緒に死んで!!』


驚くほど身体は速く動いた。まるで自分の身体でないような、そんな感覚。

これ以上の悲しみは見たくなかった。

その強い想いが、私に力をくれたのかもしれない。

正義のヒーローとしての、最期の力を。


『……!?』


『…………』


彼女の突き出した悲しい刄は、私の胸を一突きに刺した。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:12:58.58 ID:GfeqhjFNO

「かふぅっ……」


凶刃が、深々と私の胸を抉っている。だが不思議と痛みはない。勿論恐怖もない。

「あぁ……あぁ……」


声はまだ出る。

凄く胸が熱い。傷が熱を持ち私の命を蝕んでいるのがよく分かった。


『アンタ、あの時の……』

「……はは、また会ったな」


『どうして、オレを庇ったんだ』


「なにを世迷い事を、正義の……ヒーローは、いつでも」


血溜りを吐き出す。意識はしっかりしていても、身体はやはり限界のようだ。


66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:13:59.80 ID:GfeqhjFNO
「……おい、お前。ちょっと来い」


もういくつも喋れないだろうな。だがここで果てる訳にはいかない。

私にはまだ救うべき人が居るのだから。


『ヒッ!?ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』


女は最初呆然としていたが、冷静になったのか、自分のしたことに気が付いたようだ。


「……いい、怖くなんて……ない。怒っても……いな、いから」


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』


「良い、謝る……必要なんて、ない。ただ、少しだけ……我輩の、話を聞いて、くれ」


『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』


「我輩は、正義の……ヒーローだ、死なない。心配……しなくて、良いから」


男の方が、女の背中をさすり落ち着かせてくれる。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:14:53.40 ID:GfeqhjFNO

『うぅっ……』


「我輩は、凄く、つまらなくて、卑怯な人間だ」


「男を、庇ったのは、罪滅ぼし、だった」


「自己中心的、だった、あの頃を、償いたいがためだ」


「だから、本当に、気にしない、で欲しい」


二人の顔が滲んできた。もう本当に限界のようだ。


しかし、まだ心は折れていない。


だから、まだ、死なない。


69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:15:48.40 ID:GfeqhjFNO

「過去の罪を、これで、償えたか、そんな事は、わからん」


「だが、この傷は……」



―――だから


――――――この傷は


「私が、残した、懺悔の、証だ」


だから、だから


「触れてみてくれ」


女が、恐る恐る私の傷口に手を伸ばす。


「どうだ、熱いか」


『……うん、とっても』

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:16:25.49 ID:GfeqhjFNO


私はまだ生きている。私はまだここに居る。


熱い血潮は、生きている証。


生きとし生ける物、全てが持つ、生きている、生きてきた証。


「皆が、まだ持っている、んだ。その、熱いモノを」


もう、限界、か。


しかし、もう良い。もう全て伝えた。


「お前達に、まだ熱が、あるならば……生きてくれ。最期まで、不様で良い、それでも良いから……」


―――生きて、くれ


そして、私は意識を手放した。


71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:17:28.43 ID:GfeqhjFNO


『――√\√^……ますか?ハロー、ハロー、聞こえますか?届いてますか?私の声が
最後の挨拶を……――√\√』



|::━◎┥「我輩は、正義のヒーローに、なれたのだろうか?」


Case4|::━◎┥


END


74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:21:38.28 ID:GfeqhjFNO

―――ここから少し蛇足―――


※注意※ ここからは別に読まなくても良いです。ただもう少し、この物語の先を知りたい方、この物語に救いを見いだしたい方のみ御覧ください。

飛ばしたい方は次へ

『――√\√^……ますか?ハロー、ハロー、聞こえますか?届いてますか?私の声が
最後の挨拶を……――√\√』



Case4.5 (   )

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:23:23.51 ID:GfeqhjFNO

ニュースを聞いて愕然とした。妻の顔をここからでは窺う事も出来ないが、やはり私と同じような顔をしていただろう。


世界が明日滅ぶなどという、馬鹿げた、そんな非現実的な事を、どうして信じることが出来るだろう。


だが、信じざろうを得なかった。


あのキャスターの顔を見て、あの真剣な目を見て、嘘だなんて思えるはずが無い。


そして、浮かぶ一つの顔。私達の息子。


どうしようもなく馬鹿で、どこまでも真っすぐな、アイツの顔。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2008/10/23(木) 01:25:06.60 ID:GfeqhjFNO


「……貴方」


「ああ、そうだな」


私達はそれだけ言うと、電話に駆け寄った。


しかし、いくら掛けても返ってくる言葉は同じ。


『只今、大変混雑しているため、お繋ぎする事が出来ません』


私達は駆け出した。息子の下へ。なにも知らない息子に会うために、私達は駆け出した。


息子とは十五年、会ってはいない。


これは私と妻との二人で決めたことだ。


後悔していた、ずっと、十五年間、アイツの事を考えない日なんてなかった。


会いに行かなかったのは、私たちに対する戒めだった。

97 名前: ◆IgPB3k.W/o 投稿日:2008/10/23(木) 02:06:48.25 ID:GfeqhjFNO

途中、市役所の前で妻がなにかを見つけた。


「貴方、あれ……」


どうやら誰かが刺されたらしい。周りに人集りができている。

だが、そんな事はもう珍しくもなんともなかった。

「ちがうのよ、よく見て!!」


妻の余りの剣幕に、私も視線をそちらに遣った。


「……泣いてる?」


異様な光景だった。周りにいる人が皆一様に涙を拭っている。

98 名前: ◆IgPB3k.W/o 投稿日:2008/10/23(木) 02:07:48.22 ID:GfeqhjFNO


「行ってみましょう」


「……ああ」


そして、私達は見付けた。


十五年間、会いたいと願い続けた、息子を。


『ごめんなさい、本当にごめんなさい……』


『………』


ただただ、言葉を失うばかりだった。


息子は、私が買ってやったマスクを着け、腹を真っ赤に染めていた。


涙が溢れた。抑えようともしなかった。

99 名前: ◆IgPB3k.W/o 投稿日:2008/10/23(木) 02:08:32.32 ID:GfeqhjFNO


色んな人達が泣いていた。


私と同じように、涙を隠そうともせずに、ただ泣いていた。


そこには、私達の息子しかいない。


皆が、私達の息子に涙を流している。


この、絶望に満ちた世界で、ここには確かに、悲しみがあった。


『……私、生き、ますから。貴方の、貴方の分まで……』


そして、希望があったのだ。


マスクを取ってやると、そこにはやはり息子の顔があった。


100 名前: ◆IgPB3k.W/o 投稿日:2008/10/23(木) 02:08:57.90 ID:GfeqhjFNO


『――√\√^……ますか?ハロー、ハロー、聞こえますか?届いてますか?私の声が
最後の挨拶を……――√\√』




「ロマネスク、なれたんだな。正義のヒーローに」



Case4.5 (   )&( ФωФ)


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