ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです

242 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:49:52 ID:cSkX3lNM0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





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243 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:51:08 ID:cSkX3lNM0




 第四問。
 証明問題編。

 「不完全犯罪」





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244 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:52:41 ID:cSkX3lNM0




 命だに 絶えてなからば 悲しからまし





245 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:57:29 ID:cSkX3lNM0
【―― 0 ――】


「―――因果応報なんてものがあるけど、アレほど当てにならないものもないと思わない?」


 学校の屋上だった。
 時刻にして六時半過ぎだった。
 二人の人間。

 ぼくと――その人。


「小説なんかが良い例だよ。結局ああいうのは作者の、あるいは読者の『こうなるべきである』というのの集大成みたいなものでしょ?」


 夕陽を背にして立つその人はこの学校の一応の頂点――生徒会長。
 対し、ぼくは一介の生徒。


「だからね、世の中が因果応報……『こうなっているのが正しい』という世界なら、小説なんて流行ってないと思うんだよ」

246 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:58:10 ID:cSkX3lNM0

 呼び出された時点で、分かっていた。
 ここに来た時点で気付いていたのだ。 

 でも、来てしまった。
 ぼくは、ここに。
 やって――来てしまった。


「悪い奴は見つからないし、見つからないから改心しないし、改心しないからずっと誰かが傷つくハメになる」


 生徒会長は微笑んでぼくを見ている。
 見透かしたような笑み。


「僕としてはそんなことはどうでもいいんだけど……でも一応これは言っておかないと、って思って。様式美だよね」


 背後には屋上への出入口がある。

 逃げてしまおうか?
 いっそ、今ここで背を向けて帰ってしまおうか。

247 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 05:59:13 ID:cSkX3lNM0

 ……いや、無理だ。
 無理というより、無駄だそれは。 
 だって。

 だって――――会長は。


「うん。じゃあちょっと恥ずかしいケド……言うね?」


 そうして会長は、ポケットに入れたままだった右腕を緩やかに上げ。
 その白く嫋やかな指。
 人差し指で呪うようにぼくを指し示し。

 詠うように。
 いや、謳うかのように――言った。

248 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:00:10 ID:cSkX3lNM0



「―――犯人は、お前だ」




 逃避も。
 弁解も。
 謝絶も。
 無意味で無駄で無価値だった。

 だって会長は、ぼくが犯人だと分かっていたんだから。

249 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:01:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 1 ――】


 可愛らしい新入生諸君は高校にも慣れ段々と小憎たらしくなってきている、六月も初め。
 そしてそれも終盤に差し掛かり過ごしやすい気候が続いている。

 ここ、VIP州西部は温暖多湿。
 四季がはっきりとしていて風流な地域と言えば聞こえはいいものの、実際は梅雨はじめじめしていて冬は雪がやたらと降って、それが毎年となると本当に嫌になる。
 だからこんな朗らかな季節の合間のすぐに過ぎ、一週間もしないうちにあの鬱陶しい梅雨前線がやって来るのだろう。

 というか現在でもこの無意味に広い学校の一部の場所では床が湿って滑りやすくなっていて危険だ。


ミセ*-3-)リ「ホント、嫌になっちゃいますよねぇ」

(;^Д^)「…………えっと水無月さん、それで何か俺に用事ですか?」


 学校の正門、その前。
 小さな花壇になっているそこに腰掛けている私を大学の研修だったか研究だったかで来ているらしい雨斎院先生(イケメン)が困り顔で問いかけてくる。

 しかし分かってない男だ。
 尤もらしく話しかけているが用事なんてないに決まっている。
 私はイケメンを漁りに来ただけ。

250 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:02:09 ID:cSkX3lNM0

 イケメンを漁りに来ただけ!
 ……大事なことなので二回言いました。


ミセ*^ー^)リ「やだなぁ、先生」


 と、私は魅力一杯の笑顔を作り。


ミセ*゚ー゚)リ「私は先生と話がしたいから……ここにいるだけですよ」


 サラリとそんなことを言ってみた。
 下校時刻も過ぎ、校門には部活動をやってる生徒が散見されるのみ。
 つまり実質二人きり。

 このチャンスを物にしない道理がない。
 私の性的魅力溢れる身体でイケメン大学生を虜にするのだ。


ミセ*゚ー゚)リ「それとも先生はこの後ご用事でも?」

(;^Д^)「いや、それはないんだけど……。あー……まあ、いいか。相談事は受けてやれって言われてるし」

251 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:03:09 ID:cSkX3lNM0

 軽くワックスをつけているらしい髪を弄りながら呟いていた雨斎院先生は時計を一度確認すると、「よし」と一言。
 その気怠そうな印象が拭い切れてない顔を上げて私の方を向いた。


( ^Д^)「まあ三十分程度なら……」

ミセ*^ー^)リ「やったっ!」


 私は跳ねるように勢い良く立ち上がり、ついでに先生の腕を絡め取った。
 そうしておいて、さも無自覚な風に胸を当てる。
 胸元が見えやすいように予めボタンも一つ外してあるし……うん、完璧だ。

 私が自意識過剰な小娘でない確たる証拠。
 やらしー身体の美少女である証明、早速の効果として。


(;*^Д^)「うぐ……」


 という小さな呻き声を聞きつけ、これはいけるんじゃねーのひょっとしてこの先生巨乳好きかコラとか思っていた私のその背後から。

252 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:04:07 ID:cSkX3lNM0


「―――雨斎院さん」


 やや尖った感じのする、でも心地の良い声。
 心当たりがあって振り返る。


(-、-トソン「雨斎院さん、宝ヶ池先生が探してらっしゃいましたよ」


 ノンフレームの眼鏡。
 鋭めの目元。
 でもそれぐらいじゃあ隠し切れない、ふんわりと香る可愛らしさを持つ女性。

 女性にしてはかなりの長身とスレンダーで引き締まった白い四肢。
 味のある黒髪を軽く一纏めにしたその人、雨斎院先生と同じく研修か研究だったかで来ている病葉先生がそこに立っていた。

 『病葉(わくらば)』という単語は普段はあまり見ないけど、確か「色付き始めた葉」とかいう意味だ。


(;^Д^)「あー、そうだった! うん。水無月さん、悪いね」

253 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:05:09 ID:cSkX3lNM0

 私にそう言い、「危なかったありがとう」と顔に出まくりで彼女に手刀を切る。
 当然腕も振りほどかれた。


ミセ*-3-)リ「え〜……」

(;^Д^)「ほら! トソさ……トソンさんが相談事とか雑談なら相手してくれるから! じゃっ!」


 そうして、思わずアヒル口になる私を残しイケメンは校舎へ走って行った。

 ……逃した。
 くそ、あるかないか分からないレベルの貧乳が邪魔しやがって。


(^ー^*トソン「何か言いましたか?」

ミセ;゚ー゚)リ「…………い、いえ。ナンニモ?」


 とてつもなく可愛いのに何故だか背筋が凍りつく笑みが向けられ、私は硬直した。
 なんだろう、口には出してないはずのことに返事をされた気がする。

254 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:06:11 ID:cSkX3lNM0

(-、-トソン「次に『まさかねぇ……』とあなたは言う」

ミセ;-ー-)リ「まさかねぇ…………ハッ!」


 いや。
 いやいやいやいや――「ハッ」じゃねーよ!
 我ながら!

 なんだこの人!?
 何いきなりジョ●ョネタ使ってみてんの!?

 乗ってる私もアレだけどさ!
 驚きだ。
 "unbelievable"である。


 ……この人、苦手なんだよね。
 凄い可愛いけど、なんか。

255 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:07:08 ID:cSkX3lNM0

ミセ;゚ー゚)リ「病葉先生……何者?」

(-、-トソン「水無月さん、一つ言っておきますが」

ミセ;゚д゚)リ「仮にも生徒の問い掛けをガン無視ですか!?」


 アンタそれでも教員を目指す人間か。

 ……流石に今度のツッコミ(心の声とも言う)は分からなかったのか、病葉先生は気取った動作で眼鏡を上げると物憂気な溜息を一つ。
 女性なのにスカートも履かずかっちりとしたスーツを着こなす彼女には似合いそうな仕草なのに、この人にはあんまり似合わない。
 もっと可愛いのが似合う気がする。


(゚、゚トソン「雨斎院さんは、アレでも恋人持ちなので誘惑するのは……」

ミセ*゚ -゚)リ「むぅ」

(-、-トソン「無駄――ではなく、その二つの膨らみはこれ以上ないくらいに彼に有効ですが、できれば止めて欲しいかなと……」


 ……有効なのかよ。
 有効なのかよ!

256 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:08:07 ID:cSkX3lNM0

 それはまた、病葉先生の中の雨斎院先生の認識がなんとなく分かる言い回しだった。
 今回の活動でたまたま一緒になったわけではなく、私生活でも普通に友達なのかもしれない。
 彼女さんなのかな?

 しかし、そうか。
 彼女……いるんだ。


ミセ*-3-)リ「くっそぉ……なんだよなんだよ」

( ^ν^)「おう、水無月。その顔じゃまた上手く行かなかったんだな?」 

ミセ#゚д゚)リ「またとはなんだ!」


 通りかかった知り合いの茶化しを一喝。
 大丹生のウザったいザラザラした声も今日は一段と鬱陶しく感じる。 


*(‘‘)*「もぉ、さっさと行こうよ。誰、その子?」

( ^ν^)「単なる知り合いだって。じゃあな水無月ー」

ミセ*-3-)リ「はいはい。せいぜい彼女と仲良くね〜」

257 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:09:08 ID:cSkX3lNM0

 追い払うようにひらひら手を振り、バカップルに別れを告げる。
 いちゃいちゃと私に見せつけるように腕を組み二人は学校前の坂を下っていく。
 大丹生と……沢尻?とかいうあの二人は付き合って半年くらいだが、倦怠期はまだまだ先らしく今日も幸せそうだ。

 …………忌々しい。
 ちくしょうめ、"Damn it"。


 よくよく思い出してみれば最近は学校に慣れてきた新入生の中に混じり、仲睦まじげに歩く男女(そして偶に男々、女々)が見て取れた。
 春も過ぎたが恋するお年ごろな私達は熱に浮かされてばかりなのだ。
 そんな中で私は一人……ということで気紛れで適当に彼氏でも作ろうというのが今日の趣旨だったのだが。

 でぃちゃんもギコさんとラブラブみたいだし、なんだか取り残されてしまった気がする。


ミセ*゚ー゚)リ「私も彼氏、欲しいなあ。ねぇ先生」

(゚、゚トソン「…………」

ミセ*゚ -゚)リ「先生?」

258 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:10:14 ID:cSkX3lNM0

 何処となく爬虫類系な目を細め、形の良い唇を引き締め立っていた病葉先生は「そうですね」と如何にも相槌といった感じの返事をした。
 いわゆる、生返事。

 何か悩み事かな?と一応は悩み事を相談するという名目で話していた私が思っていると。


(-、-トソン「……ですが、『皆がそうだし』みたいなゆるゆるな理由で彼氏を作ろうとするのはやめた方が良いですね」

ミセ*゚ー゚)リ「せんせい?」

(゚、゚トソン「まあ真摯過ぎる愛も考えものですが、でもやはり恋愛は清くあるべきだと思います」


 人差し指を立て、それを唇の前に持って行って、「シーッ」みたいな仕草。
 浮かべるのは思わず息が止まってしまう蠱惑的な笑み。
 私が男子だったならば、いや女子である今でもゾクゾクしてしまうような笑顔。

259 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:11:08 ID:cSkX3lNM0

 ……ああ、そうか。
 何かこの人おかしいと思ったら、魅力だ。

 ペニちゃんが持っていたような人を惹きつける訳の分からない力――そういうのがふんわりと漂っている。



(゚ー゚トソン「先生との、約束ですよ?」



 だから私は。
 その子供扱いな言い方にも何も言い返せず頷くしかなかったのだ。

260 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:12:09 ID:cSkX3lNM0
【―― 2 ――】


ミセ*-3-)リ「…………と、言われててもなぁ……」


 欲しいものは、欲しいのだ。

 夕方、HRで先生からの来週授業参観がありますとかだるいことこの上ない連絡を聞き流しながら私はぐでーっと机に突っ伏した。
 授業終わりの教室は時間のせいだろうか、涼しくて心地良い。
 他のクラスメイトは「ええー」とあからさまな不満の声を上げたり、近くの席の友達と「サボタージュしようぜ」と小声で言い合っている。
 私はと言えば、どうせ誰も来ない私には関係のないことだと伸びをしていた。

 知り合いが誰も来ないとしても、それでも教室の後ろとか廊下とかに人がいるのは変な感じ……。
 というか鬱陶しいし嫌なので授業参観は研究授業に次ぐ嫌いな学校行事の一つだ。
 彼氏をどうするかをぼんやりと考えながら「その日はサボろう」と心の中で決定する。

 そこらの不良と違ってなまじ半端に頭の良い不良である私などはちゃんと出席日数を計算して自主休講するという姑息っぷり。
 そして計算の上では一日二日休んでもまだ何ら問題はない。

261 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:13:10 ID:cSkX3lNM0

 学校生活で私に問題があるところとすれば……まあ色々あるけど。
 色々あるけども!
 けれど私自身が困っている問題は勉強する気が全く起きない理科と数学の成績だけなのだった。


 ……ところで「研究授業」って、他の学校でもあるんだろうか。

 他の学校の先生達が授業参観みたいに他校の授業を見に来る学生にとってはいい迷惑なあの行事。
 行事っていうか……風習?


ミセ*゚ー゚)リ「ね、でぃちゃんの中学では研究授業ってあった?」

(#゚;;-゚)「え?」


 律儀に先生の話をメモ帳に書き留めていた隣の席の女の子は一度手を止め、小首を傾げる。


ミセ*^ー^)リ「だから、研究授業だって。なんか先生が沢山来る」

262 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:14:07 ID:cSkX3lNM0

 女の子、朝比奈でぃ。 

 顔に残る傷、右頬に薄く残っている斜めの傷痕などは化粧で隠せるだろうが、鼻の上を通るようにある一文字の傷は誤摩化しようがない。
 けれどそんなものでは何ら損なわれることがない清楚な顔立ちは正直羨ましいほど可愛らしい。
 セミロングくらいの長さの髪をポニーテール状に一纏めにした髪型は、彼女が真剣を振り回すところを見たせいか、何処か昔の剣客っぽく思えた。

 尻尾のように揺れる黒髪の束は触ったら心地良さそうだ。
 もちろん「尻尾のように」というのは比喩、専門用語で言うところの直喩法だが、彼女の尻尾を私は知っているのでまあ結構、現実味のある喩えと言えるかもしれない。


(#゚;;-゚)「研究授業……ですか、」


 幾度か頷き、咀嚼するように言葉を繰り返すでぃちゃんは人ではない。
 より正しくは「完全な『人間』ではない」。
 人間と猫又のハーフである彼女は漫画によく出てくる『半妖』というものであるらしく、気を抜いてる時や有事の場合は猫の耳と尻尾が出、瞳が縦に裂けるのだ。

 嘘のような本当の話。怪異。
 その目で見なければ信じられない――それなのに限られた人でしか見ることが叶わない――彼女の秘密。

263 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:15:11 ID:cSkX3lNM0

 私は色々あって彼女のそれを見ることができてしまい、色々あった後に彼女と少しだけ仲良くなった。


ミセ*゚ -゚)リ「やっぱなかった? 私の通ってた中学だけの行事だったのかなぁ……」

(;#゚;;-゚)「あ、いえ、というか……。その……」


 馴れ馴れしい感じな私の話し方に、リアルに「美少女が刀を持って化物と戦う」というアニメみたいな設定を持つでぃちゃんはおどおどとしている。
 あの日の勇ましい姿が嘘のよう、今時珍しい奥床しい系の女の子。

 いやでも、あの竹刀を英語に訳したタイトルの漫画に出てくるちっこい剣道少女も普段はこんな感じだったし、強い人は普段は抜けているものなのかもしれない。


ミセ*-ー-)リ「(そういやあの時に会った剣士さんも……普段はぼけぼけな人だった)」

(;#゚;;-゚)「……あの、」


 遥か彼方の遠い昔。
 私を救い出して、荒唐無稽な私の体験談に唯一真面目に耳を傾けてくれた彼女のことを思い浮かべていると、でぃちゃんに袖を引かれた。

264 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:16:08 ID:cSkX3lNM0

 とても控えめなその動作に耳を近づけることで返す。


(# ;;-)「……これは一応秘密のことなのですが、」

ミセ*゚ -゚)リ「ふむふむ」


 無茶苦茶小さい声に身体を傾け、目を閉じ耳を澄ます――その次の瞬間。


⌒*リ´・-・リ「…………プリント」

ミセ;゚д゚)リ「ふわっ!?」


 前の席から無造作に回されてきた紙が鼻にぶつかり、思わず妙な声を上げてしまう私。
 それはざわざわと騒がしかったHRの教室でも際立ってしまって「水無月さん、どうかしましたか?」と担任に訊ねられてしまう。


ミセ;^ー^)リ「いえ……別に。すみませんでした」


 嫌味じゃなくて本気の心配だから余計に困る問い掛けに対して笑顔で会釈し返した。

265 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:17:08 ID:cSkX3lNM0

( -∇-)「どーせまたしょーもない冗談を朝比奈さんに言ってたんだろ」

ミセ#^ー^)リ「なつる、小指折ってあげようか?」


 振り向き、でぃちゃんにプリントを手渡しながらの些細な言葉に割とマジなトーンで返す。

 コイツはいつも私を苛立たせることしか言わない。
 お前それでも私の幼馴染かよ、もうちょっとなんかないのか。

 私達のいつものやり取りを深刻に受け取ってしまったのか、でぃちゃんはおずおずと口を挟み。


(;#゚;;-゚)「魚群さん、ミセリさんに話しかけたのは私で……」

( ・∇・)「いーんだよ。どーせ、コイツ常日頃から電波なことしか言わないんだから」

ミセ#^ー^)リ「…………覚えてろよ?」


 ……くそ。
 この野郎好き勝手言いやがって……。

266 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:18:07 ID:cSkX3lNM0

(*^ー^)「―――はいはい! 皆さんそこまで、HR終わりますよ。質問はありませんね?」


 担任の手を打つ音で私達の会話を始めとした教室中の雑談が一時中断される。
 文系進学科十一組の可もなく不可もないメンツはどちらかと言えば天才肌の人間が多いので、授業を真面目に受けている人間は少ないものの、こういうところでのケジメはしっかりしていた。

 「情けは人の為ならず」という言葉をちゃんと正しい意味で理解し、実践している連中だった。
 要するに小賢しい。
 つまり自分達が静かにしていればHRがさっさと終わることを知っているのだ。


(*゚ー゚)「ではこれで連絡を終わります。他のクラスでは階段から落ちた人や車に轢かれかけた人もいるそうです。新学期にも慣れてきたからといって気を抜かないようにしてください」


 アンタもなロリ顔教師、と多分クラスの全員が思っていた。

 横目で窓の外を伺う。
 中庭の一角、授業参観の際には保護者の駐車場として使われるその場所には、先日学校を出る時にスリップしたとかで派手に傷が残った担任の愛車があった。

267 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:19:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 3 ――】


 放課後。
 クラスメイト達との雑談も終わり、机に置いたままだった手提げを持って廊下に出ると、窓辺で格好つけてなつるが立っていた。

 「格好つけて」は流石に言い過ぎだったかもしれないが、少なくともいつもの様子とは違った。
 外をぼーっと眺めて。
 なんだか悩んでいるような、そんな。


( ・∇・)「よっ」

ミセ*゚ -゚)リ「あれ、なつる。今日部活は? 軽音部」

( -∇-)「なんか中止だってよ。いつも通りの部長の我侭。……ったく、大掃除終えての三日ぶりの部活だったのに」

ミセ*^ー^)リ「そ」


 話しかけるかどうか悩んでいたら先に話しかけられてしまい、そのまま雑談をしつつ二人で廊下を歩く。
 一応さっきまで私は怒ってたわけだからフツーに一緒に下校しようとしているのはおかしいかもしれないけれど、まあそこら辺は長い付き合い故の阿吽の呼吸みたいなものだ。

268 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:20:10 ID:cSkX3lNM0

 魚群なつる。
 私のファースト幼馴染。

 中学校時代にできた初彼氏で、初ちゅーの相手でもある。
 笑ってしまうような理由で別れて、疎遠になるかと思っていたら特にそういうわけでもなく、今も週一レベルでいちゃいちゃ――セフレとして遊んでいる。
 そういう傍から見れば無茶苦茶変な関係なんだけど、それでも切れないのが私達だった。


( -∇-)「まっ、その掃除もほとんど部長のカノジョ……沢近さんがやったんだけどさ。おかげで最早模様替え後状態、何が何処にあるか分かんねー」

ミセ*゚ー゚)リ「アレ? あの人そんな名前だったっけ?」


 沢尻じゃなかったのか。


( ・∇・)「そうだよ。沢近。あの部長に毎日弁当作ってきて、挙句の果てに今度旅行だってよ。フグ食べに行くんだと」

ミセ*>ー<)リ「いいなあー! 焼酎と一緒に食べると美味しいよねぇ」

( ・∇・)「お前未成年だろうが……とにかく、あの二人は仲良いんだよ。こないだも部長、俺に彼女から貰ったっていう香水自慢してきて……」

269 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:21:09 ID:cSkX3lNM0

 心の底からどうでもいい話をしながら階段を下りていく。
 幼馴染。
 もう彼氏ではないけれど、それでも一番心を許せる相手はコイツなのかもしれない。

 ……まあ、身体なんか許しまくりだし。
 はっはっは。


( -∇-)「はあ、もう。お前といい、熊谷さんといい……どうして俺の周りには風紀が乱れまくりな奴しかいないのかね」


 やれやれ、と言った具合に手を広げる。
 こっちからすると「お前も私というセフレ作ってんじゃねーか人のこと言えねーよ」なのだが。


( ・∇・)「…………そんなんだから」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 冗談めかした言葉の中に、一瞬の本気。
 ほんの刹那の深刻なトーンが気になって踊り場で振り返る。

270 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:22:07 ID:cSkX3lNM0

 「どうしたの?」と訊く私。
 「なんでもねー」と返す彼。

 ……こういうことがあると昔ほど許し合えてはないことを実感する。
 昔は何でも話せていたのに。
 いつからか、至近距離な間合いに微妙な溝ができていた。

 どうしてだろう? 


ミセ*-ー-)リ「(『どうしてだろう?』って、それはもちろん私がビッチになっちゃっただからだろうけど)」


 自分の幼馴染が清楚とは言い難いものになってしまっていては、コイツとしても何かしら思うところがあるのだろう。

 ……まったく。
 うじうじ悩んでるくらいならもう一度私に告白して自分のモノにしちゃえばいいのに。
 流石に彼氏ができたら浮気はしないよ……多分。

 世の中には女子高生なのに人妻な子もいるんですぜ、なつるさん。

271 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:23:08 ID:cSkX3lNM0

( ・∇・)「というわけで、今日は一緒に帰るか」

ミセ*゚ー゚)リ「え? 私は既にそのつもりだったんだけど……」


 階段に落ちていた雑巾を避けるように飛んで、一気に一階まで。
 落下。
 じーん、と足が痺れる感じ。

 性的に恥知らずになったこと以外は全く変わらない私に何を思ったのか。


( -∇-)「……そうだな。俺も、そのつもりだ」


 なつるは呆れたように。
 けれど安心したようにそう呟いた。

272 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:24:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 4 ――】


 その後も、部長の大丹生は虫嫌いだから暖かい季節は不機嫌だとか、
 今度軽音部で一曲演奏してやるよとか、
 そう言えば実習生(研究生?)の人達はそろそろ終わりだねとか、
 病葉って先生は凄い美形で最初見た時男だと思ったとか、そんな感じの世間話をしていた。

 幼馴染で帰り道も同じだけど、こうしてダラダラとしゃべるのは久しぶりだった。
 コイツ(というか地域環境研究会の男子勢)、少し前は遊ぶどころじゃないほど調子が悪かったしね。


( ・∇・)「……そういやお前、俺が腹痛で死ぬほど苦しんでる時見舞いどころか心配すらしなかったらしいな」

ミセ;゚ー゚)リ「ぎくっ」

( ・∇・)「効果音を口に出すほど図星か」


 いやいやいやいや……心配はしてましたよ?
 それよりも好奇心が優っていたけれど。

273 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:25:10 ID:cSkX3lNM0

 でも、もう数日ぐらい寝込んだままで病状が深刻になっていってたら、多分相当狼狽しただろうとは思う。
 あんな部活はどうでもいい。
 だけど、この幼馴染は大切だ。

 絶対に本人には言わないし普段は意識しないけど。


ミセ;^ー^)リ「…………それだけ信頼してるってことです」


 そう言って適当にはぐらかして追及を避けて、自分の心に蓋をする。
 無理に冷静になろうとして逆に冷酷になるような、なんだか改めて考えると酷く不器用な私の精神。 

 なつるが倒れた時は「へーそう?」くらいだったけれど。
 実際コイツが死ぬ時は、それこそ死ぬほど泣き叫ぶんだろうなーとも思う。 
 要するに素直になれないのだ。

 どうすれば、もう少し自分に正直になれるだろうか。


ミセ*-ー-)リ「(今度、でぃちゃんにでも相談してみようかな)」

274 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:26:11 ID:cSkX3lNM0

 ふと、思いつき。
 自転車を取る為に校舎の角を曲がって―――。



ミセ*゚ー゚)リ「あ。」

(#゚;;-゚)「……どうも」



 いつかのようにまた出会った。

 自転車小屋近く、所在なさげに佇んでいるのはでぃちゃんだった。
 私に恭しく会釈する彼女はいつだって奥床しい。
 「もう授業終わって結構経ってるけどまた本でも読んでたのかな」と、私がイメージに基づいた勝手な推測をしかけた時、その後ろにいる人が見えた。

 実習だか、研究だかでこの学校にやって来ている大学生。
 雨斎院先生だった。

275 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:27:09 ID:cSkX3lNM0

ミセ*゚ -゚)リ「でぃちゃん……と、何してるんですか?」


 校舎裏で密会?
 口説き中?
 ひょっとして邪魔しちゃった?


( ^Д^)「いや、ちょっとね。久々に会ったから、久し振りって声掛けてただけ」

ミセ*゚ー゚)リ「久々って……先生、でぃちゃんと知り合いなんですか?」

( ^Д^)「知り合いっていうほど知り合いではないか。顔見知り程度」


 そうなのです、とでぃちゃんも同意する。
 ……どうも浮気と見られていないか心配らしい。


( ^Д^)「そう言えば、この間から言おうと思ってたんだけど、俺は別に『先生』じゃないぞ」

ミセ*゚ー゚)リ「へ?」

( -∇-)「あー、なるほど。教育実習生だから先生見習いってことですね」

276 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:28:08 ID:cSkX3lNM0

 なつるの言葉に納得するが、直後に「そういうことでもない」と先生は笑いながら否定する。


(;^Д^)「アレ……説明されてないのかな? 俺やトソさんは教育実習生じゃなくて、スクールカウンセラーの仕事を見学する為に来てるんだけど」

ミセ*゚ー゚)リ「そうなんですか?」


 研究とか研修とかで来ているとは聞いていたけど……。
 そう言えばそんな説明も、あったような、なかったような……。

 先生(じゃない人)は続ける。


( ^Д^)「あと、研究って面もある。今の高校生はどんな生活してて、どんな悩みを持っているのか……みたいな。そんな感じ」

( -∇-)「大学生は大変っすね。皆そんなことやってんのか……」

( ^Д^)「いや全員が全員、そういうことやってるわけじゃないと思う。それぞれだよ、それぞれ」


 あと二年も先には、私達もこの人のように大学生をやってるわけだ。
 思えば「大学生って大人だなぁ」と漠然と考えていたけど、自分も数年後にはそうなってるわけで。
 ……多分。

277 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:29:10 ID:cSkX3lNM0

 いや合格するよ?
 浪人はしないよ?

 どの大学に行くかは決めてないけど……とにかく、二年先の私は大学生になっているはずだ。
 花の大学生、夢のキャンパスライフの為にも苦手な教科だって少しずつで良いから勉強して行かないといけない。
 深く考えると憂鬱だけど、未来に目を向ければ頑張れる気もする。

 ふと思いつき、私は訊ねた。


ミセ*゚ー゚)リ「先生は、何になりたいんですか?」

( ^Д^)「え……? どうだろうな、俺は何になりたかったんだろう。今は何になりたいんだろう。分からないからこそ、こういうことやってるのかも」

( ・∇・)「ははっ、いい加減っすね」

( ^Д^)「でも何者かにはなりたいよな。誰だってそうじゃないか?」

ミセ*^ー^)リ「そうですね……」


 と、私が呟いた――――その瞬間だった。

278 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:30:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 5 ――】



 ―――ガシャンと、聞こえてきたのは何かが割れる音。

 ほぼ同時に誰かの叫び声。

 そしてドンドンドン!と激しく扉を叩く音。



(;#゚;;-゚)「ッ!」


 瞬間、佇んでいたでぃちゃんが猫のように――猫の動きで見を翻し、一目散に走り出す。

 彼女が半妖であることを知った際についでに知ったのだが、猫又の血を引くでぃちゃんは人間の状態の時でも相当耳が良いらしい。
 あの体育館裏で会った時も人の殴られる音を聞きつけて……って。


ミセ;゚ー゚)リ「それ、なんかヤバくない……?」

279 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:31:08 ID:cSkX3lNM0

 見れば先生も彼女を追って駆け出している。

 なんだ?
 何が……?

 頭に浮かんだはてなマークはなつるも共通だったのか、顔を見合わせ、次の瞬間には二人で後を追っていた。
 言葉などいらなかった――これも阿吽の呼吸みたいなもの。


 さっき来た方向とは反対に向けて走る。

 少し先を走る先生を追うように。
 角を曲がって、渡り廊下。
 無駄に広い校内の中にある幾つもの校舎、その一つに飛び込む。



『―――ぃ! 大丹生!おいッ!!』



 野太い声の誰かがドアを乱暴に叩きながら怒鳴っている。
 そこへ行く途中、小柄な誰かとすれ違った。

280 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:32:07 ID:cSkX3lNM0

ミセ;゚ー゚)リ「今の……」


 顔面蒼白になって走っていったのは大丹生の彼女、沢近だった。

 見ればここは西校舎の一角。
 私にはあまり馴染みのないこの場所は、なつるには通い慣れたあの場所だ。


 雨斎院先生。
 でぃちゃん。
 なつるの先輩の大男、熊谷さん。

 その全員がいる場所――――その扉は。


(;・∇・)「俺の部室じゃねぇか……!」

(;・(ェ)・)「お前のじゃねぇよ!!」

ミセ#>д<)リ「そこはどうでもいい!」

281 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:33:12 ID:cSkX3lNM0

 そう、ここは軽音部部室前。
 騒音対策の為に校舎の端に割り振られた部屋の前。
 端過ぎて誰も近寄らないこの場所。

 こんな状況、説明されずとも大体分かる。
 扉が開かないのだろう。

 そして、中で――何かがあった。


(;・(ェ)・)「そうだお前! 部室の鍵はどうした!?」

( ・∇・)「今日は部活ないって言うから教室に置いてきましたけど……」

(;・(ェ)・)「鍵を置きっぱにするなよ!何考えてんだお前!?」


 物凄い最もなツッコミをする軽音部の先輩に「じゃあ先輩鍵どーしたんですか」と逆切れ気味に訊ねるなつる。
 ……言葉に詰まらせた所を見るにこの人も持ってないらしい。

 人のことは言えない。

282 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:34:08 ID:cSkX3lNM0

(;#゚;;-゚)「部室の中で大きな音と叫び声が聞こえて……でも扉が開かないそうなのです」


 場も弁えず口喧嘩を始めた軽音部二人を放置し、でぃちゃんが私に事情を説明した。
 どうやら沢近さんは職員室か事務室まで鍵を取りに行ったようだ。
 クリップを伸ばして鍵穴に突っ込んでいる先生はピッキングを試みているらしい。

 彼女や熊谷さんが焦っているところから推測すると、中にいるのは軽音部部長の大丹生なのだろう。
 あの男が一人になりたいからと言って部室に閉じ込もるのは中学時代から変わらないが、こういう場合は面倒なことになる。

 以前も部室に蜂が出たとかで大騒ぎして、でもその時はすぐに中から開いたから大事には至らなかったんだけど……。


(;^Д^)「くそっ、もうちょい兄貴にちゃんと習っとくんだった……これじゃあ扉を蹴破った方がまだ早いか……?」


 と、焦って素の口調が出始めた先生の肩に手が乗る。

 結婚指輪が嵌められた白く美しい指先。
 僅かに残った傷さえも彩りとなっているような、その人は。

283 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:35:08 ID:cSkX3lNM0


(-、-トソン「……何をグズグズしてるんですかプギャーさん」



 騒ぎを聞きつけてやって来たらしいその人――病葉トソン先生は、事情を知らない故か極めて冷静な様で雨斎院先生を押しのけた。
 退いてください、と冷たい声音で言いつつポケットからバタフライナイフを取り出す。


(゚、゚トソン「こういうのはですね、」


 クル、カチッ。
 手馴れた動作で展開された刃渡りほんの数センチの凶器が彼女の双眸を写す。
 爬虫類みたいな、その瞳。

 艶かしい光彩と――纏われた呪力。


(ー トソン「こうすれば――――いいんですよっ!」


 妖怪や化物よりもよほど恐ろしいその力に私が驚いている最中で彼女は自然に、ほんの少し本を読もうかとページを開くような、そんな日常の一部にのように。
 思い切り、刃を鍵穴に突き刺した。

284 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:36:09 ID:cSkX3lNM0

 金属と金属が擦れる嫌な音が響くのも構わず、病葉先生は無理矢理手を回し――同じく無理矢理に鍵を開けた。




 ―――密室が、開かれる。




 そこで私が見たのは。

 開け放たれた扉。
 アパートの一室のような長方形の部室。
 綺麗に片付けられた室内。
 一番奥にはソファー。
 正面には大きな長机。
 並んで、周りにはパイプ椅子。
 上には筆記具が刺さったスタンドと束ねられた楽譜。
 左手には幾つかの楽器が鎮座していて右手には棚。
 天井に近い一番上の段にはカップが二つ。
 棚の前には古びた踏み台があって、踏み台の近くには割れたカップとガラス製の容器。
 
 その破片、キラキラと輝く欠片、近くにドロドロと――――血。

285 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:37:07 ID:cSkX3lNM0

 ソファーの前にあるアンプの角にこびりついた血。
 そして。




(  ν)




 頭から血を流して仰向けに倒れている中学時代からの先輩の姿だった。

286 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:38:08 ID:cSkX3lNM0
【―― 6 ――】


 病葉先生が指示を飛ばす。
 なつるへは保健室の先生を呼んでくるようにと。
 熊谷さんには救急車を呼べと。

 その間、雨斎院先生は大丹生の近くに行き、散らばった破片に気をつけてしゃがむと頭部を動かさないようにハンカチで頭を抑えた。
 続いて伸ばされていた両の手、右手を取って脈を測る。

 それと同時にソファーの上の窓が割られた。
 沢近さんは鍵を取りに行くよりも外から窓を開けた方が早いことに気づいたらしいが、そのせいで血塗れの恋人を近くに見ることになって絶叫した。


(;#゚;;-゚)「っ……」

(; (ェ))「もしもし!? ここ学校で……あの、友達が血塗れで……。はい、お腹を押さえて意識もないみたいで、今先生が見てるんですけど……」

ミセ;゚ -゚)リ「嘘…………え、だって」


 私は思わず駆け寄ろうとして、それをでぃちゃんに引き止められた。
 首だけで振り返ると、ふるふると彼女が首を小さく振った。

 指を指す。

287 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:39:07 ID:cSkX3lNM0

(#゚;;-゚)「…………あそこ」

ミセ;゚ー゚)リ「っ!」


 息を、呑む。
 倒れ伏した大丹生のだらりと伸びた腕には蛇が巻き付いていた。

 刺青などではないし、本物でもない。
 靄のように朧気な蛇の霊。 
 濃い紫の色合いの邪悪な蛇は大丹生に噛みつかんとしてなのか顔に近づいていく。

 このままでは大丹生だけではなく雨斎院先生までも危ない――と。


(-、-トソン「……まったく」


 そんな心配は杞憂に過ぎなかった。
 私を引き止めたでぃちゃんが動かなかった理由は、ここが学校だから半妖とバレるかもしれない行動は慎みたかった、などではなく。

 単に――動く必要がないと知っていたからだったらしい。

288 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:40:07 ID:cSkX3lNM0

 脇に立っていた病葉先生は上品に屈むと、牙を見せ威嚇してくる蛇の頭をナイフで一突き。
 ストン。
 床を指す小さな音と共に地面に縫いつけてしまった。

 蛇の霊はしばらく苦しそうに悶えていたが、やがて空気に溶けるように消えて行った。


(-、-トソン「なんですかなんなんですか、この現代で憑き物とか。憑物語ですか」


 馬鹿らしい、と。
 霊的存在であるはずの蛇の憑き物を単なる力技、呪文とか魔除けとかそういうアレコレを使うプロセスをすっ飛ばし、何事もないかのように殺してしまった彼女は短く溜息をついた。
 言わば幽霊を殴って成仏させたようなもの――常軌を逸している。

 なんだ……この人は。
 なんだこの人!

289 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:41:08 ID:cSkX3lNM0

( ^Д^)「…………トソさん」

(゚、゚トソン「分かりました。水無月さん、熊谷さんに電話を変わるように伝えてください」


 辺りにもう蛇の霊がいないことを確認して、病葉先生は私に言う。
 熊谷さんから携帯を受け取るとお礼を言って、そして。


(-、-トソン「ええはい。そうですね、警察は必要ないと思いますよ?」


 こんなのはただの不慮の事故ですから、と全く感情のこもっていない声でそう言った。

290 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:42:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 7 ――】


(,,-Д-)「彼女は『病葉トソン』といって……なんて言うかさ、僕達専門家の界隈では鬼札みたいに扱われてる存在なんだよ」


 もう宵闇も濃くなってきた街の外れの元診療所でギコさんはそんな風に語った。

 教師陣、救急車や警察も駆けつけての事件。
 当事者である私達も簡単に事情を聞かれた後、一度帰るようにと言われた。

 大丹生は……駄目だったらしい。
 雨斎院先生の話では、部屋に入った時点で既に脈はなく。
 救急隊員も手の施しようがなかった、そうだ。


ミセ*゚ー゚)リ「…………」

(,,゚Д゚)「触れないものは殺せない。ならば触れるものは、殺せる。そういう目――『魔眼』と呼んで差し支えない霊能力を持っててね、だから強引な祓い方ができてしまう」


 私がここ、でぃちゃんの自宅である元高岡診療所にいるのは、私が今日一人であったせいだ。
 保護者である伯父さんは家にほとんどいない。
 あんなシーンを見て精神が不安定になっている学生を一人にするのはまずいということで、私の及び知らない場所で何らかの相談が行われた結果、こうしてこの家に泊まらせてもらうことになった。

291 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:43:08 ID:cSkX3lNM0

(,,-Д-)「……と、まあ」


 こんな話、今日はいいや。
 私の正面に座っていたギコさんはそう言うと、続けて「もう休みなよ」と私に勧める。


ミセ*゚ー゚)リ「…………え、でも」

(,,^Д^)「気づいてる? さっきからさ、ミセリちゃん、全然表情動いてない。笑顔のまんまだ」


 いつもはあんなにコロコロ変わるのにさ、と彼は言って。


(,,-Д-)「それが君の処世術なのかもしれないし……そうであるなら否定はしないけれど、でも俺は」


 でも俺は。
 辛い時は泣いた方がいいんだと思う――と。

 そんな風に言った。

292 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:44:08 ID:cSkX3lNM0

 ……人は自分の為にしか涙を流せないという。
 泣く、という行為は、何か悲しい出来事を見て感情移入した自分自身を「可哀想だ」と思っているに過ぎないんだ。

 だけど、それでも。

 泣くことを我慢し続けて、緩やかに壊れていくのは、誰も望んでいない。
 そんなことは、誰も。
 そうであるくらいならば自分の為でもいいからちゃんと涙を流すべきなんだ、と。


(,, Д)「……君はまだ泣けるんだからさ」


 それだけを私に告げて。
 彼は部屋を後にした。


(# ;;-)「…………あの、」


 入れ違いのように入ってきたでぃちゃんは私の隣に座ると、聞いてしまいました、と無礼を詫びた。
 盗み聞きされて困るようなことは言ってなかったはずなんだけど、何故だか酷く恥ずかしい。

 泣きそうに――なっていたからだろうか。

293 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:45:09 ID:cSkX3lNM0

(#゚;;-゚)「私は、学校に行ったことがなかったのです」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」


 これでも妖怪ですから、と続けて。


(#゚;;-゚)「だから中学時代の話を訊かれても、何も言うことはできません」

ミセ*゚ー゚)リ「…………」

(#゚;;-゚)「ミセリさん。あの大丹生さんという方は、中学時代からのお知り合いだったのでしょう?」


 コクリ、と頷く私に優しく微笑んで彼女は更に言う。
 私には全く分からないことなんですが、なんて申し訳なさそうに前置いて。


(#゚;;-゚)「学校にほとんど行ったことのない私にはそういう――先輩とか、後輩とかはよく分かりません」

294 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:46:09 ID:cSkX3lNM0

 でも。


(#゚;;-゚)「でもほんの少しでも言葉を交わし、同じ時間を過ごした人が辛い目に遭って……それは悲しいことだと思います」


 そして悲しい時には。
 泣くべきなんだと思います、と。

 その言葉は、とても。


ミセ* ー)リ「あーあ……」


 ……あーあ。

 本当に、もう。
 べっつに友達とかじゃなかったんだけどなー……あんな奴。

 ノリはウザいし、ベースは下手だし。
 っつーかつまらない。
 面白い系の男子には致命的なほどギャグのセンスがなくて、どうしようもない奴だったし。

295 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:47:08 ID:cSkX3lNM0

 だけど、なあ。 


ミセ* ー)リ「あんな奴……ただの先輩で、友達ですらなかったけど」


 高校に入学した当時、あの馬鹿みたいに広い敷地で迷っていた私を見つけて。
 「お、水無月じゃん」とか後ろに“www”が付きそうなかっるいノリで話しかけてきて。
 バイト代が入ったところだとか缶コーヒーとか奢ってくれて。

 ちゃんと一年生の教室まで送り届けてくれたのは、あの人だったのだ。


ミセ* ー)リ「あのチビ、ノリはウザいしムカつくし……良いところなんて何もないような奴だったけどさ」

(#゚;;-゚)「…………」


 だけど。
 それでも。

296 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:48:09 ID:cSkX3lNM0

 でも――やっぱり。


ミセ*;ー;)リ「そーんな馬鹿でも……死ぬと悲しいものなんだねぇ……」


 ああ……忘れてたな。

 別に幼馴染とか。
 そういう特別な存在じゃなかったとしても、人が死ぬと、悲しい。



ミセ*っー;)リ「ちっくしょー……」



 しとしとと雨が降り始めた中。
 私はつい最近友達になった相手に、そんな当たり前なことを思い出させてもらったのだった。

297 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:49:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 8 ――】



(;^Д^)「あのトソさん……いやこれ、マズいんじゃないっスか?」

(-、-トソン「何を今更。マズいに決まっています」


 深夜に勝手に事件現場に入るだなんて。

 非常識な私でも流石に分かる。
 「これって表向きは事故なんだから無問題♪」とかそういうことではなく、人が亡くなった現場に入るのは常識的に考えて如何なものかと。

 それ以前に学校自体への不法侵入罪。
 大学にバレたら多分、マズい。
 口にした時の「マズい」よりも遥かに重いレベルで良くない。


(゚、゚トソン「でもですよ、プギャーさん。よく考えてみてください」


 血を避けるようにソファーの前まで飛んで、次いで振り返り一回生の頃からの友人をニックネームで呼んで続ける。

298 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:50:12 ID:cSkX3lNM0

(゚、゚トソン「犯罪をすることが罪なのか、罪が犯罪なのか」

(;^Д^)「は?」

(-、-トソン「人を殺すのが悪いことなのは『人を殺すと法を犯したことになるから』ですか? 違うでしょう?」


 倫理→法律。
 法律→倫理は……少し頷きかねる。

 より正しく言えば、倫理1+倫理2+…+倫理x という風に個々人の価値観を束ねていった結果として法律があるんだと思う。
 他にも色々要素はあるだろうがとりあえずはこれで正しいはずだ。
 だから人によっては法律で決まっていることでも「悪くない」と思う。
 その個人の価値観で行動すると――これは誤用の方でも、誤用じゃない方でもどちらでもいいんだけど――確信犯という風に呼ばれる。

 さて、それを踏まえて考えた場合。


(゚ー゚トソン「法律には規定されていなくとも、大多数の人間が『悪い』と思うことは……果たして罪なのでしょうか」


 たとえば魔法。
 現代ではそれで人を殺しても法律を犯したことにはならない。

299 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:51:09 ID:cSkX3lNM0

 が、それでも悪いことは、悪いはずだ。


(-、-トソン「つまりは……そういうことですよ」

(;^Д^)「いや分かりましたけど、トソさん。それって今あなたが不法侵入してることとなんの関係もないですよね?」

(゚、゚トソン「ないですね」

(;^Д^)「言い切った!?」


 うるさいですね、あなたも共犯なんだから捕まりたくなかったら黙ってください――なんて、ややキツい言葉を浴びせつつ私は調査を開始した。

 別に正義感の為ではない。
 早々に事故と断定してしまった警察の代行ではない。

 ただ単純に――興味深いのだ。


(-、-トソン「(なんとなくだけど……犯人は分かっている)」

300 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:52:08 ID:cSkX3lNM0

 確信があるのだ。
 これが事故ではなく事件である確信が。

 殺人犯がいるという確信が。


 机の上に散らばったポップスの楽譜を眺め見る。
 視線を移しながら、未だドアの前から動こうとしない友人に私は訊いた。


(-、-トソン「この部屋って、私が鍵を壊すまでは密室だったんですよね?」

( ^Д^)「ええ、まあ。開かなかったですし……最初から壊れていたーみたいなオチがない限りは鍵が閉まってたんでしょうね」

(゚、゚トソン「合鍵はどうですか?」

( ^Д^)「本来は二つみたいですね。事務室にある予備と、顧問から部長が預かっていたものと」


 ソファーに座るには絶妙に邪魔な位置(足が伸ばせないのだ)にあるアンプを調べながら、「本来は?」と鸚鵡返し。
 角度的にも位置的にも血痕的にも、これで頭を打ったのは確からしい。

301 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:53:09 ID:cSkX3lNM0

( ^Д^)「ほら、よくあるじゃないっスか。部室の鍵を勝手に複製するのって」

(゚、゚トソン「ありますか?」

( ^Д^)「ありますよ、割と。……んで、そういうので部員全員が持ってたらしいです」


 もう一度血を避けるように、今度は大きく跨いでそのまま棚の前の古びた木製の踏み台に乗る。
 「古びた」というより「古い」踏み台だったようで、私が乗ると軋んだような音がした。
 壊れないか心配だが、よく考えれば多少小柄ながら男子高校生が乗っても壊れなかったものなのでまあ大丈夫だろう。

 ……私が被害者の男の子より重いなんてことがなければ。
 それはゾッとする。いやさ――ゾッとしない。


(-、-トソン「……っと。じゃあこれ、密室殺人でも何でもないじゃないですか」

(;^Д^)「事故直後に全員から鍵は――あの子達が言った通りの場所、一人は教室、もう一人は自宅から回収されているので……ってだからこれ密室殺人じゃないですって」


 棚の一番上は引き戸になっていて、中はお菓子などが入っているようだ。
 二段目、私の頭くらいの高さの棚はティーセットが納められていた。
 不自然に空いたスペースは被害者の子が倒れた拍子に中身を落としてしまったのか、事故の時には足元に陶器の破片とガラス片が落ちていたし。

302 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:54:08 ID:cSkX3lNM0

 ところで軽音部なのになんで当たり前にお茶する為のものが一式揃っているんだろう。
 コイツらは放課後にティータイムか。


(゚、゚トソン「じゃ、その自宅に鍵を置いてた子が犯人ですね。『自宅から持ってきた』と言って、実は最初から持ってたんですよ」

( ^Д^)「あー、それはないでしょ。だって鍵持ってきたの母親らしいですし、その時あの子達事情聴取されてましたし」


 そう言えばそんな光景も見たような気がする。
 事件直後、その母親が初老の刑事さんに鍵を直接渡している場面。


(-、-トソン「……部長の子の鍵は?」

( ^Д^)「制服のポケットの中でした」

(゚、゚トソン「なら最初に駆け寄った人がそれとなく鍵を……」

(;^Д^)っ「いや最初も何も、遺体に近寄ったのは俺とトソさんだけですよ。その後は保健室の先生と……それで救急隊員の人と」

303 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:55:13 ID:cSkX3lNM0

 三段目には楽譜の束。
 四段目にはその他のもの……収納されているものに特におかしなところはない。

 ふむ……。


(゚ー゚トソン「一応訊いておきますけど――キミ、犯人じゃないよね?」

(;^Д^)「さりげなくドラマのパロディを使わないでください! そして俺が犯人なわけないでしょ!?」


 陶器の破片はカップ。
 ガラスの方は……被害者の男の子がチョコレートが好きらしいから、それの容器だろう。
 曇りガラスで中が見えないってことは中を見なくても良いってことで、きっとあの子は同じ種類のチョコしか食べないのだ。

 いやぁ、なるほどなあ。
 ……そんなこと推理してどうするって言うのだ。


( ^Д^)「……そもそもトソさん。これが事件だったとしても、それが呪いの結果なら証拠なんて見つかりようがないですよ」

(-、-トソン「まあ、そうですね。呪いの実物見ちゃってますし」

304 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:56:13 ID:cSkX3lNM0

 ああ、そうか。
 あの蛇を殺さずに後を追えば呪いの犯人は掴まえられたのか。
 しまった。
 

(゚、゚トソン「でもですよプギャーさん。目の前で人死にが出たわけです。思うところはないですか?」

(;^Д^)「いや確かに犯人には捕まって欲しいと思いますが……どうしようも、ないでしょ」

 
 否定の言葉は弱々しかった。
 彼は私のように人の死に慣れた人間ではない、無理なからぬことだろう。

 様々な経験で、自殺にも殺人にも慣れ過ぎている私とは違うのだ。


(-、-トソン「……申し訳ありません。やはり私は死神です」

(;^Д^)「いやそんな! そんなことは……」


 ソファーに散らばったガラス片――こちらは叩き割られた窓の方――を見つつ、探偵に協力していた一般人、くらいの微妙なポジションの友人を見やる。
 目の前で人が死ぬのは、嫌なものだ。
 死んでいたとしてもまだ温もりのあるうちに……脈を測らないと死んでいるかなんて分からない状態の人間を。

305 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:57:08 ID:cSkX3lNM0

 ……む。
 話は戻るけれど、あの時あの蛇を殺したのは正しい判断だったのか。

 まだ死んでいるかどうか分からなかったんだから。


(-、-トソン「……でも安心してください」

( ^Д^)「え?」


 落ち込み気味のプギャーさんに、私は言った。


(゚ー゚トソン「犯人。掴まえられるかも知れませんよ?」

(;^Д^)「本当ですか!?」

(-、-トソン「法で裁けるかどうかは微妙ですが……少なくとも、自白と反省くらいはさせられるでしょうね」


 ぐるりと大きく部屋を回って、考える。
 扉の前まで戻ってきて、手近にあったケトル(瞬間湯沸し器)が置かれた小さな棚に手を置いて、黙考。

306 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:58:13 ID:cSkX3lNM0

 状況の意味。
 密室ができる時は何かの意図があるはず。
 今回は「呪殺ではなく事故に見せかける為」が一番妥当な線だが、そもそも人を呪い殺すのなら密室なんて作らない方が良い。

 怪しいじゃないか。
 どう見ても。


( ^Д^)「あ、それなら分かりますよ」


 私の言葉でやや元気を取り戻したのか、一歩踏み出すようにして彼は言う。


( ^Д^)「部長の子は最近陰湿な嫌がらせをされてたらしいです。生徒に聞いたんですけどね」

(゚、゚トソン「嫌がらせ?」

( ^Д^)「はい。なんか悩み事とかがあると鍵閉めて閉じ込もる子だったらしくて……そういうことでしょうね」


 要するに……偶然?
 呪いを掛けた人間は密室を作る気なんてなく、ただ被害者が鍵をかけてしまった?
 それで、この奇妙な状況?

307 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 06:59:11 ID:cSkX3lNM0

 なるほど。
 そういうのもアリか。

 警察によって事情聴取や現場保存が行われたのは、そういうことか。


(-、-トソン「…………なるほど。だいぶ分かってきました」


 だいぶ、どころか。
 ほぼ確信した。

 これは明白に――――殺人事件だと。

308 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:00:10 ID:cSkX3lNM0
【―― 9 ――】


(#゚;;-゚)「ご主人様……」

(,,-Д-)「……うん」

(#゚;;-゚)「たとえこれが呪いによる殺人だったとして、そしてあなたが怪異の専門家であったとして……全ての問題を未然に防げるわけではありません」


 警察官は全ての犯罪を未然に防ぐことができるだろうか?
 そんなわけはない。
 それどころか一介の専門家でしかない俺にはそもそも防ぐ義務すらないのだと。

 分かっている。
 分かっていた。


(,,-Д-)「分かってるよ」


 その通りだ。
 慰めとも取れる意見は、正しい。
 だけど……。

309 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:01:16 ID:cSkX3lNM0

(,, Д)「俺はさ……でぃちゃん」


 そういうことじゃ、なくて。
 理屈はどうだとかそういうのは正直どうでもよくて――単に。



(,,-Д-)「俺の見える範囲で、誰かが傷つくのが……嫌なんだよ」



 最初から世界を変えてやろうなんて思っていない。
 もう誰も彼もを救おうだなんて考えていない。
 自分の手の届く、両手を広げたその小さな世界さえも守れなかった俺だから。

 俺には、何も残っていないけれど。
 何も残っていないからこそ……目の前で零れていく何かを、拾ってあげたいのだ。

 あの時は何もできなかった俺に、何かできることがあるのなら―――。

310 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:02:35 ID:cSkX3lNM0

(# ;;-)「……止めてくださいよ」


 ぴしゃり、と。
 溢れていく感情を羅列したような支離滅裂な言葉に耳を傾けていた彼女が、いきなり俺を抱き締めて。


(# ;;-)「何も残っていないなんて言わないでください。何もできなかったなんて思わないでください。私はちゃんと、ここにいるのです」


 あなたのおかげで――ここにいるのです、と。

 ……そう言った。
 座っている俺を胸に埋めさせるように。

 頭を、撫でて。


(,,-Д-)「…………うん。そうだね」


 懐かしいような心地の良い匂い。
 できればずっと昔のように甘えていたかったけれど、俺は無理して彼女を引き離し立ち上がった。

311 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:03:25 ID:cSkX3lNM0

 そうだ。
 何も残っていないわけじゃ、ないけど。

 でもやっぱり――昔とは違うから。


(,,-Д-)「じゃあ、早速明日にでも……この問題を解決することにしよっか」

(#^;;-^)「……はい」


 昔とは、違うのだ。
 なあなあで過ごしているうちに色々なことが起こって結局は全部上手く行くような、そんな時代はとうに終わった。

 俺の仕切りだ。
 俺の問題だ。
 だったら俺が解決しないといけない。

312 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:04:08 ID:cSkX3lNM0

 だから、俺は言おう。
 精一杯格好つけて。



(,,-Д-)「この世には完全なものなんて一つもないってことを――思い知らせてあげるよ」



 さあ、この不完全犯罪を解決しよう。

313 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:05:07 ID:cSkX3lNM0
【―― 10 ――】


(゚、゚トソン「被害者の子は小柄でしたけど、でもあんなに少ない出血で死ぬものなのでしょうか」

( ^Д^)「そう言えばちょっと少なかったですね、血」

(-、-トソン「む、頭部打撲による脳梗塞ならば目に見える出血量は関係ないんですね……」


 さて、夜が明けるまではあと数時間。
 どうなることやら。


 今まで私は数え切れないほどの『死』に触れてきた。
 私自身が一つの『怪異』なのかもしれないと思う。

 無自覚に無意識に『死』を引き寄せてしまう――『死』に引き寄せられてしまう私はきっと、『死神』なのだ。

 だけど人が死ぬ場面に遭遇するということは、同時にその人を助けられる(かもしれない)ということで、その人の無念を晴らすことができるということだ。 
 だからこそ、いつからか私はこういう風に探偵の真似事をやるようになった。
 続けていく内に人が死ぬことは少しだけ少なくなった。

 ……いや、本当のところはやはり興味本意で足を突っ込んでいるだけなのだろう。
 別に私は知りもしない誰かが死んだところでどうとも思わないのだから。

314 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:06:13 ID:cSkX3lNM0

 私のことを『人でなし』と呼ぶ人がいた。
 私のことを『殺人鬼』と罵った人がいた。
 どの呼び名も正しかったが、人でなく鬼である私にも心がある。

 ……さて。
 今日の私は何を思っているのだろう?


( ^Д^)「……っつーかトソさん、本当に謎は全部解けたんですか?」

(-、-トソン「無論です」


 そうして私は思い切り格好つけてこう言った。



(-、-トソン「そもそもこの世に謎なんてありませんよ――――あるのは論理的解決だけです」






【――――そこまで。第四問、終わり】

315 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/06/22(土) 07:07:50 ID:cSkX3lNM0


 「命だに 絶えてなからば 悲しからまし」


【歌意】
命というものさえまったくなかったならば、こんなに心が痛むことなんてなかっただろうに。

【語法文法】
『命』は通常「生命」「一生」という風に訳すが、他にも「命を支えるもの」「唯一の拠り所」という意味もある。
次の『だに』は強調(最小限希望)・類推・添加とあるが、今回は現代語の「さえ」と同じように訳している。
最小限希望として訳す用法は未来に関することか若しくは願望についてでしか用いず、またこの最小限希望の用法は『だに』にしかない。
『絶えて』は副詞。「(下に打消を伴って)まったく」「すっかり」「特に」などと訳し、今回は在原業平の歌と同じく「まったく」としている。
『なからば』は形容詞ク活用「無し」の未然形。
和歌に何度も出てくる『ば』は接続助詞で、未然形に接続した場合は順接仮定条件として「〜ならば」「〜だったら」を意味する。
続く『悲しからまし』は『悲しから』で一つの語。形容詞シク活用「かなし(悲し・哀し)」の未然形。
最後の『まし』は頻出の反実仮想を表す助動詞。「〜だったなら、〜だろうに」という風に事実に反した仮定を表現する。
「〜ましかば、〜まし」「〜ませば、〜まし」「〜せば、〜まし」「〜ば、〜まし」という四種類があるのだが、今回は比較的分かりやすい最後のもの。

【特記】
参考にした歌は古今和歌集に収録された離別歌「命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし」。
また在原業平の有名な歌である「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」。
私の命さえなかったならば、掛け替えのないものがなかったならば、こんなに辛くはなかっただろうに。

……どうでも良いですがク活用とシク活用って活用表の左側に位置する補助活用(カリ活用)が覚えにくいのは作者だけでしょうか?
自分は最後まで覚えられなかった(今も覚えてない)ので、受験生の皆さんは気を付けて下さい。


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