ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
460 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:09:45 ID:kLA0APMA0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





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461 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:11:03 ID:kLA0APMA0




 第六問。
 暗記問題編。

 「菊花の約」





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462 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:12:10 ID:kLA0APMA0




 音に聞きて 一人で探る 君の影



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463 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:13:03 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――よく『家族だから』みたいな言い回しがあるけど、よくよく考えてみるとそれって訳が分からないよね」
 

 家族であるということ。
 それはどういうことなんだろう。


「『だから』という言葉は順接の接続語だから……あ、“だから”って使っちゃった、まあいいや。とにかく『AだからB』という文の場合、AがBの理由になってるってわけだね」


 言い換えれば「Aである故にBである」。
 会長さんが言うようにAはBの原因で――逆に言えばBはAの結果と言える。

 家族だから、○○。


「ちなみに君は家族仲は良かったのかな?」

li イ*^ー^ノl|「はい。とても」

「そう。……それは“家族だから”仲が良かったの?」

464 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:14:11 ID:kLA0APMA0

 この学校で一番空の近いこの生徒会室。
 階数で言えば五階とか六階とかになってしまうこの場所は「時計塔」とも呼ばれている。

 校舎から真上に突き出した長方形。
 そこにあるのはこの生徒会室と、外壁の大時計をメンテナンスする為の部屋と、倉庫くらいのものだ。
 そしてここの主と言って差し支えない会長さんは窓辺で佇み、遥か下、正門の辺りを見下ろしつつそんなことを口にした。

 私は少しだけ悩み、答える。


li イ*゚ー゚ノl|「いえ――きっと家族でなかったとしても仲良しだったと、思っています」


 少なくとも、私は。
 実の兄に恋をしていた私は、そう思いたい。


「ふぅん。それは重畳だね」


 もちろん、そんなことは言わなかったけれど会長さんは知った風に頷いた。
 この人は本当に「知った風」であることが多い。
 それが知ったかぶりなのか、本当に何もかもお見通しなのかは誰にも分からない。

465 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:15:03 ID:kLA0APMA0

「でもきっと氷柱ちゃんみたいな家族は稀で、大抵の家族は『家族だから仲良し』なんだと思うよ?」

li イ*゚ー゚ノl|「それは儒教の流れを汲んでいる以上、仕方のないことです」

「儒教、儒教か。あの爪や髪の毛さえ親の物であるみたいな変な考え方の宗教」


 会長さんの儒教のイメージは限定的過ぎたけれど別に間違ってはいなかったので訂正はしない。
 というよりも、直後に自分で訂正を加えた。
 まあ僕が家族意識の希薄な人生を送ってきたせいなのかもしれないケド、なんて。

 家族は大切にしないといけない。
 家族だから、仲良くしないといけない。 


「でもね、どうなのかな?」


 それは、視線の先の誰かの境遇を思い浮かべるような、そんな声音。


「家族って、いつ『家族』になるんだろう。親子や兄弟姉妹なら分かるけど、夫婦や……あと養子とか。あの人達はいつ家族になるんだろう」

466 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:16:03 ID:kLA0APMA0

 家族だから○○。
 じゃあ、その原因である『家族』ってどういうこと?

 ××だから家族の“××”には何が入る?


「結局、その関係性に血や名前は関係ないのかもしれないね」


 家族のような人間関係。
 家族みたいな人間関係。


「家族は縁の切れない他人だと誰かが言っていたケド……僕は違うと思うな」


 家族になるかもしれない人間関係。
 家族になりたかった人間関係。

 他人はいつ、どんな要素で家族に変わるんだろう。

467 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:17:05 ID:kLA0APMA0

「ちなみに氷柱ちゃんは『家族』ってなんだと思う?」

li イ*^ー^ノl|「……決まってますよ」


 訊かれるまでもなく、言うまでもないこと。
 私にとっては本当に当たり前なこと。

 少し特殊な家庭に育った私は、血も名も繋がっていないかもしれない兄や姉を、それでも『家族』だと言い張る為にこう定義した。



li イ*-ー-ノl|「―――積み重ねた時間と想いが『家族』である証明です」



 私はいつでも、家族のことを想っている。
 夢で逢えてしまうほど強く。

 昔も、今も。

468 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:18:03 ID:kLA0APMA0
【―― 1 ――】


 先輩がいなくなって。
 その先輩を殺した人がいなくなって。
 彼女もいつの間にかいなくなって。

 沢山の人が色々な事情で退場した世界は今も当たり前に生きていて、それが余計に虚しく。
 きっとそれは全員が全員、退場させられたからでもあって。

 なんだかよく分からない気持ちの午後は緩やかに過ぎる。


ミセ* -)リ「…………」


 彼等の間には何かがあったのかもしれず、彼等の過去には何かがあったのだろう。
 私は結局何も知れないまま、ただ事件が終わるのを見届けただけ。

 真相なんて、分からない。
 何が真実だったかも。
 犯人が誰とかどうやって殺したとか、そんなものだけを明らかにしても、なんにも変わらない。

 終わらない。

469 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:19:10 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「ミセリさん……」

ミセ* -)リ「…………」


 きっと私は一生その真実を知ることはない、けれどきっと一生彼等のことを思う度に思い出すのだ。
 何一つ終わらないままに閉じてしまった密室を。

 あの長刀を持った黒髪の少女は知っていたのだろうかと、それだけが少しだけ気になった。


ミセ* ー)リ「……よしっ」


 ―――だけど。

 なくなってしまった軽音部も。
 死んでしまった先輩達も。
 もう戻ってこない、様々な情景も全て置いて行こう。

 ここに置いて行こう。
 心に――置いて行こう。

470 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:20:05 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「―――あ〜、よく寝たっ!」


 心の何処か、片隅にしまっておこう。
 だって私は生きているんだから――立ち止まってばかりいられない。

 さてそうと決まればと私が決意した瞬間だった。


(*^ー^)「おはようございます水無月さん。授業中に堂々と睡眠宣言だなんて良いご身分ですね」

ミセ;゚ -゚)リ「は、はは……。おはようございます……」


 声を出したのがマズかったのか。
 それとも伸びをしたのがいけなかったのか。
 見れば、目の前に担任がいた。

 硬直する私、ロリ顔教師はとても良い笑顔で告げる。


(*^ー^)「授業はもう終わりですが、水無月さんはこの後職員室にどうぞ」

ミセ; ー)リ「はい……」


 ……心機一転、大失敗。

471 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:21:16 ID:kLA0APMA0
【―― 2 ――】


 私は昔から授業参観という学校行事が大嫌いだった。

 高校にもなって家族に自分の勉強風景を見せたいと思う人がいるだろうか、いやいない。
 反語表現。

 そもそも「授業参観」という非日常になっている時点で普段の学校生活を見せているとは言い難い。
 生徒の方も教師の方もだ。
 申し訳程度に行われるこの定例行事は、ほとんど親達の交流の為――あるいは服のセンスやら貴賎やらその他を値踏みし合う為――のようだった。


ミセ*-3-)リ「そんなこと思っちゃうのは私にいないからかもしれないけど」


 そして最も大きな理由として「自分には関係ない」のだ。
 どうせ誰も来ないのだから。
 いや、「誰も来ない」なんて言い方をしてしまうとまるで来るべき誰かがいるかのようなので訂正しよう。

 私には授業参観に来るべき家族が一人もいない。 


(#゚;;-゚)「ミセリさんは誰が来られるんですか?」

ミセ*-3-)リ「いつもどーり、誰も来ないよぉ」

472 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:22:06 ID:kLA0APMA0

 授業参観日、当日。
 いつもより少しだけ騒がしい教室といつも通りの私。

 机に突っ伏しつつアヒル口で答える。
 寝たフリのような姿勢。
 実はこのポーズは胸が大きいと胸部が圧迫されて苦しいのだが、まあ幼い頃からの癖なので止める気にはならない。 

 そもそもこの寝たフリ自体、幼く可愛かった頃の私が誰も来てくれない授業参観を乗り切る為に生み出したものだし。
 今使わないで、いつ使うというのだ。

 いや、今も私は可愛いけれど。


ミセ*-ー-)リ「おかーさんが病死で、おとーさんが色々あって小さい頃に死んで……だからもう来る人はいない」


 より正しくは「一度だって来る人はいなかった」だけど。


(#゚;;-゚)「ですが、それならば保護者の方が……」

ミセ;-ー-)リ「女がお金を稼ぐ方法は幾らでも――あ、ウソウソ、嘘だからそんな目をしないででぃちゃん」

473 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:23:26 ID:kLA0APMA0

 端正な顔を名状し難い表情に変えた隣の席の彼女に急いで前言撤回。
 「ならば良いですが」なんて、まるで保護者みたいなことを呟くのはもちろんでぃちゃんだった。

 大きな傷の残る、そしてそんな傷でも損なわれようがないほど清楚そのものな顔立ち。
 尻尾のようなポニーテール。
 幼さの残る声音と折り目正しい一挙手一投足。 

 彼女、朝比奈でぃ。
 私の隣の席に座る人間と猫又とのハーフの美少女。

 そんな彼女も、本当に珍しいことに、今日はそわそわしているように見える。


ミセ*゚ー゚)リ「一応、保護者は伯父さんってことになってるけど、忙しい人だから」


 どうでもいい設定を告げるだけ告げて私は再度机に突っ伏す。
 自分で言った冗談はちゃんと冗談だと伝えておかなければならない。


(#゚;;-゚)「そうなのですか、意外なのです」

ミセ*゚ー゚)リ「いがい?」

474 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:24:22 ID:kLA0APMA0

(#゚;;-゚)「いえ……ある意味では予想通りなのです」


 妙なことを言う。

 両親とは死別し今は一人暮らし。
 私のそういう家庭状況を話すと大抵の人は居た堪れないような顔をするのだが、でぃちゃんは違った。
 むしろ何か安心したかのような――そんな風。

 その疑問はすぐに解消されることになった。
 「私だけ聞くのは公平ではないと思うのでお話しますが……」という前置き、そして。


(# ;;-)「私の父はある家の嫡男で、将来を誓い合った仲の相手がいたにも関わらず私の母――つまり人の姿をした化け猫ですが――と一夜を共にし、」

ミセ;゚ー゚)リ「え、あの、」

(;# ;;-)「それで私が生まれたのですが、良かったねなどとなるわけはなく、それで……」

ミセ;>д<)リっ「あーっ、わーストップ! なしなし、この流れなしっ!!」


 思わず叫ぶ。
 次いで覆い被さるように口を塞ぎにかかる。

475 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:25:24 ID:kLA0APMA0

 自分から「私両親死んでるから授業参観誰も来ないんだ」と言っておいて作った流れを強引に止めた。
 超が付くほど自分勝手。
 聞く立場になって分かったが、友達の家の込み入った事情なんて聞きたい類のものじゃない。

 ごめん、今までの私の友達。


(;#^;;-^)「ま、まあつまり私も授業参観は馴染みがないということです」

ミセ; ー)リ「うん……みたいだね……」


 笑顔で結論を言われてしまったが、こちらは気が気ではない。
 「それで」だったことから恐らく後一つ二つ重たい過去があるのだろう。

 マジでごめん、かつての私の友達。


ミセ*゚ー゚)リ「んじゃあ、今日はその折り合いの悪いお父さんが?」

(;# ;;-)「いえ違います……折り合いが悪いのは悪いのですが……」

476 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:26:22 ID:kLA0APMA0

 冗談だったのに本当に悪いらしかった。

 ……よし。
 もうこの話題は二度と出さないでおこう。


(;# ;;-)「今日は、その……あの……」


 でぃちゃんが話し出す前に始業のチャイムが鳴った。
 騒がしかった皆も一様に席に戻る。

 次は五限、いよいよ授業参観である。

477 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:27:58 ID:kLA0APMA0
【―― 3 ――】


 何故だか知らないが授業参観は母親の方が来ることが多い。
 連絡用のプリントには「父兄」と書かれているのに、父親が来る家庭はほとんど見たことがない。
 たまに夫婦で来ることもあるが……それだってかなり稀だろう。

 だから言うまでもなく、父親一人で来るのは更にレアケース。
 そして有り得ないことだが、


「え、アレ誰の家の人?」

「わっか、お父さんじゃ……ないよね」

「大学生くらいかな」

「カッコいー」


(;#// -/)「ううぅぅぅ……」


 どう見ても父親に見えない男性――兄ならまだしも夫なんかが来るのは、国中探しても彼女一人だろう。

478 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:29:08 ID:kLA0APMA0

 授業自体は恙無く終わったが、その後。
 若くても三十代後半、大抵は四十代や五十代のお母さん達の中に一人混じったスーツの男性。 

 百七十センチくらいの少し低めの身長に、男の人には珍しい可愛らしい童顔。
 親しみやすい笑みを湛え。
 優しげな雰囲気の、話題の中心である彼は―――。



(,,-Д-)「でぃちゃん駄目だよ、今日ずっと窓の外ばっかり見てたじゃん。先生の話はちゃんと聞かないと」

(;#// -/)「分かりました! 分かったのです!だからお願いですから早く帰ってください!!」



 朝比奈擬古。
 でぃちゃんの好きな人であり、夫である。


( ・∇・)「…………誰アレ」

ミセ;゚ー゚)リ「でぃちゃんの……家族、かな?」

479 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:30:03 ID:kLA0APMA0

 なつるの問いは尤もで、保護者の為の授業参観なのにギコさんは少しも保護者には見えない。
 精々、お兄ちゃんだろう。
 実態は保護者でも兄でもなく夫なんだけど。

 しかし保護者って、夫含むのかなあ?


⌒*リ´・-・リ「朝比奈さん……その人って、朝比奈さんの」

(;^Д^)「ギコハハハ。初めまして、でぃちゃんのおっ――うぐぅっ!?」


 自己紹介をしようとした瞬間、鳩尾に文字通り化物の速度で肘打ちを喰らうギコさん。
 でぃちゃん、動きが完全八極拳だった。


(;#// -/)「“お兄ちゃん”! ね、『でぃちゃんのお兄ちゃん』と言おうとしたんですよね?ねっ!?」

(;-Д゚)「いや、俺はでぃちゃんのおっ―――」


 猫耳少女の姿が、ブレた。
 常人の目では捉えられない速度の超高速の掌底が放たれたらしいことは、その後ろ、呼吸すら怪しくなっていそうなギコお兄さんの姿でよく分かった。
 暴力系ヒロインだったのか、真っ赤な顔をしながら容赦がない。

480 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:31:10 ID:kLA0APMA0

(;#// -/)「お兄ちゃん! お兄ちゃんですよね、お兄ちゃん以外有り得ないのです!!」

(; Д)「もうそれでいいよ、もう……」

(;#// -/)「ほらお兄ちゃん! わざわざ来てくれてありがとうございます!でもお兄ちゃんは大学の講義があるから帰らないといけませんね!いけないのです!!」


 女子やお母さん達に惜しまれながらも、ギコさんは自称妹に引き摺られるようにして教室を出ていった。
 傍目には腕を組んで仲良さげだが、知る人が見れば関節を決めていることが分かるだろう。


( ・∇・)「…………アレ、本当に兄貴なの?」

ミセ;^ー^)リ「家族ではあるよね」


 話しつつ教室の外を見遣ると、我が担任が教室前に設置された机の上の用紙を回収しているところだった。
 何処の家の方が来たか分かるように保護者名を記す紙。
 そのシステムが必要なのかは分からないが、多分不審者が入ってくるのを防ぐ為のものなんだろう。

 先生は用紙を摘み上げ、心底不思議そうな顔で名前欄を見ていた。


(;*゚ー゚)「名前、朝比奈擬古。朝比奈でぃの保護者、生徒との関係…………夫?」


 ……でぃちゃんが必死で隠そうとした家庭事情は、存外近いうちにクラスの皆に知られてしまうかもしれない。

481 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:32:18 ID:kLA0APMA0
【―― 4 ――】


 さて。
 私の家族はいないので来ない、でぃちゃんは一応家族(夫)が来た、ということでそれぞれにやや面倒な家庭の事情が浮き彫りになった感じだったが、もう一人。
 親愛なる私の幼馴染、「魚群なつる」も授業参観は好きではないらしかった。

 らしいと言うか多分嫌いだ。
 私と同じように。


( ・∇・)「…………」


 今日も今日とて授業参観の間、なつるはずっと机に肘をついたまま、ぼーっと先生の話を聞き流していた。
 これは十年くらい前から毎年見られる光景で、そう言えばコイツと仲良くなった理由は「授業参観に誰も来ない」という共通点からだったなあ、なんて昔のことを思い出して苦笑する。

 私のように両親がいないわけではない。
 なつるの両親は健在だった。
 ……問題は父親が妙典型な仕事人間であることと、母親が義理であるということだった。

 父親が数年前に再婚した若くてキレーな女の人が彼の今の母親。

482 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:33:18 ID:kLA0APMA0

ミセ*-3-)リ「(コイツ好みの美人で……それがまた嫌なんだろうなあ)」


 なんだかんだと言って、男の子は母親に懐くものだという。
 たとえ死別していたとしてもそれは変わらない。
 また幼い頃は父親が仕事が忙しく滅多に家に帰って来ないのもあったのか、なつるは大変なお母さんっ子だったのだ。

 その人は、なつるが反抗期を迎える前に亡くなってしまったけれど……きっと。
 一人息子である彼の中では、もしかすると夫婦であった父親よりも強く、色濃く残っているのかもしれない。

 だから多分、一緒に過ごして数年、そして彼女が病身で床に臥せっている今でも――義理の母親と仲良くすることなんてできないのだろう。



( -∇-)「…………」

ミセ*゚ー゚)リ「なつる。私、帰るよ?」


 放課後の教室。
 可愛い幼馴染のそんな申し出にも「ああ」なんて素っ気ない返事しかしない。
 視線を合わせようとしないのは放っておいて欲しいというポーズ。

483 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:34:03 ID:kLA0APMA0

ミセ*-ー-)リ「……はぁっ」


 何がスイッチなのか知らないがブルーに入ってしまった幼馴染を置いて、私は教室を出る。
 生みの母はもういない、父親は仕事、今の母親は病気なんだから仕方ないじゃないかと心の中で彼のウジウジさにツッコミを入れて乱暴に歩みを進めた。

 こういう女らしいところがなかったら、ねぇ?
 バーっと、こう。
 ギスギスした家庭もどうにかなって私にも告白してさっさと色々なしがらみをチャラにできるだろうに。

 反実仮想。まあ無理だろうけど。
 不可能願望かな?


ミセ*-3-)リ「……アイツ、初対面の相手には歯の浮くような台詞を笑いながら言えるクセに、毎日会う相手にはどうも奥手なんだよな」


 父親は家に帰って来れないんだから、義理だとしても母親を見舞いに行けるのは自分だけなのに。
 血は繋がってないとしてもたった一人の家族なんだから。

 ……そんなにお母さんが好きだったのかなぁ。

484 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:35:04 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「確かに前のお母さんは優しかったけど、今の母親だって同じくらいに優しい人だと思うけど」


 実の母親は豪胆でガサツな感じで今の母親は硝子細工のように美しい。
 タイプは全く違うが、私が見る分にはどちらも十分優しい良い人だ。

 いや、違うの……かな。
 むしろ義理の母親が優しいことが嫌なのかもしれない。
 非の打ち所がないところが。

 いっそ無愛想に扱ってくれれば、こっちだって他人のように扱えるのにって。


ミセ*゚ー゚)リ「…………」


 それは、私が親類に対して感じている感情でもある。

 「アンタ他人だろ」と。
 「私に直接関係ない人じゃん」と。

 優しい言葉をかけられる度、気を使われる度、微笑みを向けられる度に心の奥の傷跡がジクリと痛む。
 笑ってしまうほどに繊細で子供っぽい感傷。
 本物の家族と違ってどうしても元は他人であるそういう関係は、素直になるのが難しい。

485 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:36:03 ID:kLA0APMA0

 素直な方が良いってことはカミジョーさんに説教されるまでもなく分かっているんだけど、ねぇ?

 寂しがり屋のくせに、他人に率直な好意を向けられるのは怖い。
 気づかないフリをする。
 聞こえないフリをする。
 逃げる。茶化す。誤魔化す。拒絶する。
 自分は好かれてなどいないのだと、自分の心にさえ嘘を吐く。



ミセ* ー)リ「……あ〜あ」



 社交的でポジティブな方だと思ってたんだけど。
 私もなつるも、友達を作る部活である隣人部にでも入って人との付き合い方の練習をした方が良いのかも。

 一人で進む廊下は、何故か二人の時とは違って妙に冷たく見えた。

486 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:37:03 ID:kLA0APMA0
【―― 5 ――】


 ぼんやりとした曇天のような心持ちで下駄箱まで辿り着き、靴を履き替えて外に出たところで誰かにぶつかった。
 明らかに私の不注意だったので「あ、すみません」と一歩下がりつつ頭を下げる。

 と、見ると。


(#^;;-^)「いえ、大丈夫なのです。こちらこそ申し訳なかったのです」


 そう言って私の前で笑っていたのはでぃちゃんだった。
 ……笑う、というより微笑む、か。
 彼女が声を出して笑う時は、なんとなくの単なるイメージだけど、「おほほほ」という感じで手どころか扇子で口元を隠しそうだ。

 お淑やかというか……お嬢様っぽい?
 あはははと笑ってバシバシ机とか人の背中とかを叩いちゃう私とは大違いだ。

 閑話休題。


ミセ*゚ー゚)リ「でぃちゃんまだ帰ってなかったの?」

(;#゚;;-゚)「今し方、少し気になるものを見たので、どうしようかとごしゅ……お兄ちゃんと相談していたのです」

487 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:38:04 ID:kLA0APMA0

 ……無理に直さなくてもいいんじゃないかなあ。
 そう思って、でもすぐに流石に公共の場、しかも学校で「ご主人様」はマズいかなと思い直す。
 今の「お兄ちゃん」もそこはかとなく犯罪的だけど。

 世話焼きな妹みたいな感じがするもんね、でぃちゃん。
 正直に言うとロリっぽい。


 そんな妹キャラの後ろから、彼女のお兄ちゃんことギコさんが目を細めながらやって来た。
 難しそうな顔をしていてもその童顔の所為であまり深刻そうには見えない。
 この人は甘えん坊の末っ子が似合いそうだ。

 彼は一息ついて、話し出した。


(,,-Д-)「ん……なんて言うかさ、僕個人としては気にする程ではないと思うんだけど、周囲との関係的にはポーズだけでも必要かなって」

ミセ*゚ー゚)リ「?」


 キョトンとする私を見て「縄張りの関係だよ」と付け加える。
 多くを語らないことから察するに(そして心なし嫌そうなのを推し量るに)お仕事のことなんだろう。

488 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:39:15 ID:kLA0APMA0

 朝比奈擬古という名の彼はただの神道系の大学に通う大学生ではなく、同時に非正規の家業である妖怪変化の専門家でもあるのだ。
 それが好きでやっていることなのか嫌々やっていることなのかは置いておくとしてもとりあえず事実ではある。
 ……優秀かどうかはちょっと分からないけれど。

 至極一般的な女子高生である私はこないだまで怪異が現実に存在すること自体知らなかったのだ、専門家として有能かどうかなんて分かるわけがない。


 より正確には、怪異が引き起こした現象を、一度は確かに目にしていたのに私は信じようとしなかった。
 訳の分からないことを――問題を、そのままにしておいた。

 そう言えば、とこうして世界の裏側を垣間見、自分の問題を解決しようと思い始めた今は改めて疑問に感じる。
 あの時私を助けてくれた、あの剣士さんは退魔師か何かだったのだろうかと。
 もうロクに顔も思い出すことはできず、姿かたちも朧気にしか覚えていないけれど、刃のように鋭い目付きと携えていた長い日本刀はちゃんと記憶に残っている。

 「名乗るほどの者ではない」なんてカッコ付けたことを格好も付けず言っていた彼女は今も生きているのだろうか。


ミセ*゚ー゚)リ「ちなみに今日はどんな問題なんですか?」


 いつか機会があれば彼女のことも訊いてみよう。
 そんなことを思いつつ、私は目の前の専門家さんに問いかけてみる。

489 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:40:12 ID:kLA0APMA0

 ギコお兄さんは口ごもりながら答える。


(,,-Д゚)「『問題』とも言えない問題、かな。存在の基準……うーんと、セイヨウタンポポはあって良いかみたいな」


 なんだそれ。


(,,-Д-)「俺は好きだから別にあっても良いと思うんだけど、でも世の中には外来種なら迷わず処理する人もいて……」

ミセ*゚ー゚)リ「ふむふむ」

(,,゚Д゚)「別にそれはそれで正しいけど、俺はちょっと嫌だから、なんて言うか『ここは俺の持ち場です』と周囲に主張して……」


 全く分からない。
 話は途中から聞き流していた。

 最近になって気づいたことだけど擬古さんはあまり頭の良く回る方ではないみたいだ。
 今も一人称が「僕」から「俺」になってしまっているし、どうやらこの末っ子キャラは根本的に小難しいことが苦手らしい。
 当然、説明するのも上手いとは言えない。

490 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:41:14 ID:kLA0APMA0

 九尾の時、私に「でぃちゃんと友達になって下さい」なんて説明せず巻き込むような形にしたのは、単に説明するのが苦手だったからなのかも、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……んー」


 クラスメイトの方を見遣る。
 こちらに気づいた彼女は私を一瞥すると、すぐに視線を前に――校門の方へ――戻す。
 そうして、


(#゚;;-゚)「分からないのなら、『分からない』で良いですよ」


 一言、静かな口調で告げた。


(;-Д-)「ごめんね……。俺、説明下手だからさ……」

ミセ*^ー^)リ「いえいえ。私も理解するの遅い方なんで、おあいこです」

(;#゚;;-゚)「それにミセリさんには馴染みのない話で…………!」

491 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:42:03 ID:kLA0APMA0

 そこまで言って。
 でぃちゃんが、唐突に言葉と動きを止めた。

 両目と瞳孔が限界まで広がっていた。
 まるで信じられないものを見たような――たとえば普通の人が、怪異を見てしまったような、そんな感じ。
 彼女自身が人外である以上それはありえないが、そう思わせるくらいに、彼女は。

 一瞬の後、驚きで身を小刻みに震えさせた。



(;#゚;;-゚)「ご、主人さ、ま……。あ、そこ……!!」



 呼び方を繕うのも忘れ、震える手で指を指す。
 ギコさんはその言葉で全てを悟ったのか勢い良く振り向いた。

 そして、

492 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:43:06 ID:kLA0APMA0

(,, Д)「……!」



 震えこそしなかったがでぃちゃんと同じように動きを止めた。
 目を見開き、それを見ていた。

 私も咄嗟にその視線を辿ったがただ普通の風景が広がっているだけだった。
 生徒達が各々友達と、あるいは今日に限っては両親と仲良さげに帰っていくその光景。
 普段ではありえない風景だが、それでも特筆すべきところはない…………いや、ちょっと待て。


 ―――また不釣合いな人が一人いる。
 和やかな風景にそぐわぬ、妙な風体の奴が。



「……」



 校門の外に立つその男は妙にガタイが良かった。
 筋肉質な身体にジーパンにジャケット。
 ライオンのように逆立っている濃い茶色の髪の毛も相俟って、見るものに野生的な印象を抱かせる。

493 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:44:04 ID:kLA0APMA0

 笑みを浮かべる男の立ち姿で最も特徴的なのが、肩にストールのようにかけられている毛皮だ。
 髪と同じ色合いのその毛皮を見ると、なんか紀元前のバーサーカーにしか見えない。
 いやその服装も冬ならまだ分かるけど今梅雨だぞ。


ミセ*゚ー゚)リ「……? あの人が、何か?」

(,,-Д-)「…………うん」


 軽く手を振ってくる男。
 ギコさんは何故か悲しそうに「俺の知り合いだよ」と言った。

 そうして、あるいは、と前置き。



(,,゚Д゚)「―――あるいは俺の家族だよ」



 と、沈痛な面持ちで、言った。
 本当の家族なのか、それとも義兄弟という意味での家族なのかは分からなかったが、深い関係であることは分かった。

494 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:45:15 ID:kLA0APMA0

 だから、私は。


ミセ*゚ー゚)リ「その問題は問題じゃないんですよね? 気になるだけで」

(,,゚Д゚)「え?」

ミセ*^ー^)リ「それで、あの人は『家族』――なんですよね。だったら、行かないと」

(# ;;-)「…………」


 行ってあげないと。
 次にいつ会えるかも分からないんだから。
 もう会えないかもしれないんだから。

 ……縁起でもないけどね。

495 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:46:12 ID:kLA0APMA0

 暫く悩んでいたギコさんだったけど、でぃちゃんに袖を引かれて、彼女の縋るような目を見ると「分かった」と小さく頷いた。
 心配性なでぃちゃんが無視しても良いレベルと判断した、家族の方を優先したいと思う程度の問題なのだ。
 きっと大したことはない、誰に危険が及ぶでもない、本当にちょっとしたことだったのだろう。

 そして。


ミセ*^ー^)リ「それじゃ」


 私は背中を押すようにそれだけを言って。


(#^;;-^)「はい」

(,,-Д-)「ありがとう、ミセリちゃん」


 走っていく二人を見送った。
 その関係性が家族だというのなら、きっと積もる話があるはずだ。

496 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:47:24 ID:kLA0APMA0
【―― 6 ――】


 さて、と二人を見送ってこれからどうしようかと伸びをしたその時に、私は視界の端に気になるものを捉えた。

 来客用の玄関から校舎に入っていく背の高い女性。
 ハイヒールを履いてシックな色合いの服に身を包んでいる、白い肌と黒い髪のコントラストが美しい彼女を私は知っていた。
 硝子細工のように美しい、その人を。


ミセ*゚ -゚)リ「定子さん……?」


 その女性は、件のなつるの母親。
 彼の義理のお母さんである定子さんだったのだ。

 尤も、なつる本人は「お母さん」なんて絶対に呼ばないけれど。


ミセ*゚ -゚)リ「授業参観……? あれ、でももう終わったしなあ……」


 授業を見に来たのであれば三十分ほど遅かった。
 そうでないのなら何故ここにいるのかが分からない。

497 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:48:08 ID:kLA0APMA0

 ……うん。
 多分、時間を勘違いしていたのだろう。
 彼女はそういううっかりしたところもある人だ。

 しかし折角病身を押してここまで来てくれたのだ。
 授業はもう終わっているけど、子供と一緒に帰るくらいはしても良い。


ミセ*-ー-)リ「……なつるは、嫌がるかな」


 どうだろう。
 それが本心からのものでない、照れ隠しであると良いんだけど。


 ……少し考えて、私は定子さんの後を付けることにした。
 好奇心の為ではなく私の為。
 幼馴染がどういう風に義理の母親と付き合うかを見ることで自分も考えようと……そういうこと。

 半分は、その理由。
 もう半分は単純に心配だからだった。

498 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:49:08 ID:kLA0APMA0

 なつるは他人だけど、なつるのことは他人事ではない。


ミセ*-ー-)リ「結婚したら私の母親にもなるんだしね」


 結婚の約束だけならもう交わしてあった。
 「家族になろう」という指切り。
 授業参観の思い出と同じくらい古い出来事をアイツは覚えているだろうか。

 まあ、覚えてなくたって良い。
 改めて結べばいいだけの話。

 そんな馬鹿なことを、バカップルみたいで子供地味たことを呟きつつ、私は踵を巡らす。

499 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:50:14 ID:kLA0APMA0
【―― 7 ――】


 授業参観が終わった後の校舎はいつもよりも明らかに人が少ない。
 ほとんどの部活は今日は休みなので(教師陣が会議なのだ)生徒は家族と一緒に帰るか、それか早く帰れることを喜んで友達と遊びに行くかのどちらか。

 それでも、一部の熱心なクラブは活動しているらしく、廊下や教室にはチラホラと人が見えた。


 構内に響く様々な楽器のチューニング音が私の耳に届く。
 あと十分もすれば今校舎中で行われているこのパートごとの基礎練習が終わるので、演奏会用の楽曲練習が始まるのだろう。
 聞いた話では、次の公演はまだ一ヶ月以上先らしいのに真摯な人達だ。

 その間を縫うようにし聞こえてくるのは教室に残ってお喋りをする女の子の笑い声。
 何処に遊びに行こうか、なんてことを雑談しながら相談している内に時間がなくなってしまうのだ。
 それで結局は何も変わったことをせず、いつもと同じように笑いながら帰る。

 友達と一緒にいるだけで楽しい私達にはよくある日常だ。


ミセ*-ー-)リ「……♪」


 ふと、窓の外を伺ってみれば、部活が休みのはずの野球部とサッカー部の自主練組が争っている。
 ……キックベースで。

500 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:51:20 ID:kLA0APMA0

 こういう多くの運動部が休みの日には自主練組はよくキックベースをしている。 
 理由はと言えば、単に楽しいからではない。
 練習場所が同じ野球部とサッカー部は、ああして勝負してどちらがグラウンドを使うのかを決めているのだそうだ。
 交互に使ったり半分にしたりしない辺りが体育会系的な馬鹿さ(部活に対する熱心さと考えのなさ)が垣間見える。

 見た感じでは、今日は野球部側が勝っているらしい。
 負けた方は自動的にランニングや筋トレといったつまらない練習になるので両方共必死だ。


 まさに蒼い春といった感じの情景。
 五感が学校中に満ちる若々しさを拾ってくる。



ミセ;゚ー゚)リ「……あれ、」



 と。
 そんなことを考えていたら定子さんの姿を見失った。


ミセ;゚ー゚)リ「あれ、あっれー……?」

501 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:52:12 ID:kLA0APMA0

 階段を上った辺りまでは前にいたのに、ちょっと目を話した隙に影も形もなくなっていた。
 我ながら自分の注意力散漫具合に呆れてしまう。

 やれやれだ、"Not again"。


 諦めるかどうかを本気で検討し始める一歩手前で、廊下の掲示板にポスターを貼り付けている新聞部を見つけた。
 学園モノでよくあるそれとは違い、この学校の新聞部は情報通はいないし噂好きというわけでもないしというか活動をほとんどしていない。
 基本的な活動は今やっているような校内の掲示物の貼り替えと行事の宣伝だ。

 吹奏楽部の演奏会のことだって私は新聞部が作ったポスターで知った。

 ……しかしそれは本来、教師がやるべき仕事なんじゃないかな?
 そんなことを思いながらも、黙々と作業を続けている部員に話しかける。


ミセ*゚ー゚)リ「あのー……」

/ ゚、。 /「はい?」


 長身ながら人に威圧感を与えない、穏やかそうな顔をしたこの先輩はなんて名前だったっけ。
 三年生で……。
 前まではよく同じ新聞部の小さな人と一緒にいた……。

502 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:53:04 ID:kLA0APMA0

 「名前なんて別にどうでもいいか」と思い直して私は訊ねた。
 なんなら後で生徒会長に訊けばいいんだし。


ミセ*゚ー゚)リ「さっき、この辺りでハイヒールを履いた黒っぽい服の女の人を見なかったですか?」

/ -、_ /「うーん……ごめんなさい、分からない」


 名も知らない先輩は本当に申し訳なさそうにそう言って、直後に近くの教室から出てきた女子生徒に事情を話した。
 画鋲を取りに行っていたらしいそっちの人の方は私も知っている。


li イ*^ー^ノl|「水無月さん、お久しぶり」

ミセ*>ー<)リ「お久しぶりですっ!」


 やや垂れ目で、半ばから緩やかにカーブした長い黒髪を持つ彼女は「幽屋氷柱」という三年生の先輩だ。
 去年の運動会で組分けが同じでお世話になった。

 弓道部であるはずの彼女が何故新聞部を手伝っているのかは氷柱先輩の双子の姉が関係している。
 お姉さんの方は「幽屋哀朱」という名前で、双子だからと言って必ずしも似ているとは限らないということを教えてくれる、落ち着いた氷柱先輩とは違うとても明るい人だ。
 よくは知らないけれど、何かの事情があって彼女もたまに新聞部を手伝っている。

503 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:54:08 ID:kLA0APMA0

 長身の先輩から事情を聞いて、氷柱先輩は私に訊ねた。


li イ*゚ー゚ノl|「その女の人っていうのは、ご父兄の方ですよね?」

ミセ;゚ー゚)リ「はい。多分、授業参観に来たんだと……。終わっちゃったけど……」


 じゃあ、と氷柱先輩は言った。



li イ*^ー^ノl|「息子さんか、娘さんの教室に向かったんじゃないかな」

ミセ;゚ー゚)リ「…………あ」



 …………。
 それもそうだ。

 どうやら私には注意力だけではなく他にも色々な物が足りないらしい。

504 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:55:04 ID:kLA0APMA0
【―― 8 ――】


 そっと教室の中を覗い、人影が一つしかないのを確認して中に入った。
 その影、なつるは私と別れた時と変わらずぼんやりと窓の外を眺めている。

 まだ定子さんはやって来ていないらしい。


( ・∇・)「……どうした?」

ミセ*^ー^)リ「いやちょっと、気になっちゃって」


 私の言葉になつるは「ふぅん?」なんて言って訝しむような表情をし、やがてまた視線を窓の外に移す。
 心なしか彼が嬉しそうに見えるのは目の錯覚だろうか。
 そうであるとしたなら一体どうして、何について喜んでいるんだろう。

 まさか、私が戻ってきたことにかな?
 そろそろそういうデレがあっても良い頃なんだけど。

 "It is time +主語+仮定法過去"。

505 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:56:14 ID:kLA0APMA0

( -∇-)「なあ、ミセリ」

ミセ*^ー^)リ「なに?」


 弾む声音を抑えながらの返答にも彼はこちらを見ない。
 代わりに指先をちょいちょい、と動かして「こっちに来いよ」という意思を表す。

 私は黙って彼の隣に座った。
 ひょっとしたらキスでもされるかな?と思ったけど、そうはならず、どうやらただ単に傍にいて欲しいだけだったみたいだ。
 それは単純に身体を重ねることよりも嬉しい、親愛の証左。

 そうして、私の幼馴染はぽつりぽつりと話し出す。


( -∇-)「お前さ……伯父さんとは、どう?」

ミセ*-ー-)リ「どうって?」


 少し考えて、彼は再び問いかける。

506 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:57:23 ID:kLA0APMA0

( ・∇・)「どんな話、するんだ?」


 気が付いた。
 なつるが変だった理由。
 授業が終わった後もこうしてずっと待ち続けている理由が。


ミセ*゚ー゚)リ「色々だよ」

( ・∇・)「色々って、その色々を訊いてんだよ」

ミセ*-ー-)リ「友達と話すような内容」

( ・∇・)「お前は俺に義母に向かって『今日暇ならお前ん家でヤろうぜ?』とか言えってか」


 克服しようとしてるんだ。
 埋めようとしているんだ。 

 お母さんとの、どうしようもない距離を、どうにかしようと思ってるんだ。

507 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:58:43 ID:kLA0APMA0

ミセ*^ー^)リ「私に言う台詞じゃなくて、普通の友達に言う台詞だよ」

(;-∇-)「『今度映画行こう』って? 映画はなあ……」

ミセ;゚ー゚)リ「別にそっくりそのまま使わなくてもいいんだよ? 細部は変えてもいいんだよ?」


 何が彼の考えを変えたのかは分からない。
 でも今確かに彼は、折り合いの悪かった母親と話そうと努力している。

 親子だから。
 家族だから。
 かけがえのないものだから。

 最初はそうでなかったんだとしても――今、そうなろうとしている。


ミセ*^ー^)リ「今日学校でこんなことあったよー、とかさ!」

( ・∇・)「小学生か。ってか、お前は伯父さんとそんな話するのか」

ミセ*゚ー゚)リ「しないけど」

(;-∇-)「いい加減なこと言うなよお前……」

508 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 03:59:24 ID:kLA0APMA0

ミセ*゚ー゚)リ「それより唐突にどうしたの? 心変わり?」

(  ∇)「いや……今日、来るらしいからさ……。遅れるかもしれないけど、って……。だから……」


 他人はいつ、家族に変わるんだろう。
 抱き続けてきた疑問の答えが出たような気がした。


ミセ*^ー^)リ「テキトーでいいんだよ、そんなの。話したいことを話せばさ」


 コツコツコツコツ……。

 コツコツと、足音が聞こえる。
 チューニングが途絶えた静かな校舎の中にハイヒールの音が響く。
 音が段々と近付いてくる。

 定子さんはハイヒールを履いていた。
 きっと、この足音はあの人の生み出したもの。


ミセ*-ー-)リ「いいんだよ、適当で。家族なんだから……変に気を使わなくても、いいんだ」

509 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:00:32 ID:kLA0APMA0

 カツカツや、カッカッというような強く踏み締める感じではない。
 人柄を表しているかのような優しく、控えめな靴音。

 そして。



ミセ*゚ー゚)リ「ほら――来たよ」



 その足音が止んだ時。
 私達は扉の方へ振り返った。

510 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:01:14 ID:kLA0APMA0
【―― 9 ――】


 控えめな微笑みが――見えた。



川ー川



 少し長過ぎる感じもあるロングヘアーの間から彼女の笑みが覗いてる。
 目にはとても優しい光が宿っていた。
 脆く儚い美しさの中には母性が見え隠れする。

 彼女は手を、振る。


(; ∇)「あ、えっと……」


 ガタリと腰掛けていた椅子を倒しながら立ち上がった少年は、とても小さな、消え入りそうな声で。
 でも確かに声に出してその言葉を言った。

 「かあさん」――と。

511 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:02:06 ID:kLA0APMA0

川*ー川



 血の繋がらない息子から初めて母親と認められたその人はまた微笑んだ。
 今度は控えめなそれではない、本当に嬉しそうな笑顔だった。

 唇が僅かに、動く。


 紡ぎ出されたのはたったの一言。
 五文字の言葉。
 声にならないその想いを息子はちゃんと受け取った。

 ……彼女はこう言っていた。

512 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:03:09 ID:kLA0APMA0



  あ
 
  り

  が

  と

  う
   


 ―――「ありがとう」と。



.

513 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:04:04 ID:kLA0APMA0

 本当に嬉しそうに。
 今までのすれ違いが全部帳消しになってしまったかのような幸せそうな表情で。

 頬の一筋の涙が流れるのが見えた。
 彼女は堪えられないという風に口元を抑え、眉間に皺を刻み、上を向いた。
 けれど感情の欠片は留まることを知らないで幾筋もの涙として現れる。

 私も泣いてしまいそうだった。
 隣にいる彼はきっと泣いていた。



川*ー川



 最後にもう一度、彼女は泣き笑いをしながら頷いて、また何かを言った。

 今度も声にはならなかった。
 今度は唇さえも見えなかった。

 けれど、私達には彼女が何を伝えたかったのかが分かった。

514 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:05:03 ID:kLA0APMA0

 ―――本当に、ありがとう。

 彼女はそう言っていた。
 鼓膜を揺らす言葉ではなく、心を揺らす想いで以て。



 そして急に彼女は踵を返した。
 涙の粒が舞って、キラキラと宝石のように輝き落ちた。

 恥ずかしくなったのかもしれない。
 みっともなく思ったのかもしれない。
 何か思うところがあったのだろう。 

 彼女の姿が、視界から消えた。



 息子は手で涙を拭うと母親を追いかけるように走り出した。

 私もその後を追った。

515 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:06:19 ID:kLA0APMA0

 教室の外に出て、辺りを見回した。

 彼女は何処にもいなかった。

 まるで最初から存在していなかったかのように、影も形も見当たらなかった。



 そして、携帯が鳴った。




(  ∇)「…………え?」




 彼女の足音はもう聞こえない。

 先程まで彼女が立っていた場所には、落ちた涙の雫があるだけだった。

516 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:07:07 ID:kLA0APMA0
【―― 10 ――】


 病室のベッドに横たわる彼女――定子さんは、なつるが来た時にはもう冷たくなり始めていた。
 白く美しい肌は生前と同じで、その硝子細工のような美しさは命が絶えた今となっても全く変わることがなかった。 

 昨日までは、元気だったという。
 病院側が外出の許可まで出せるほどに。
 ……授業参観に行くという約束ができるほどに。

 それが消え去る前に一際強く輝く炎と同じだとは誰も気付くことはできなかった。


(  ∇)「…………」


 けれど、だとするならば私達が見た定子さんは幻覚だったのだろうか。 
 少なくとも、幽霊……ではないだろう。

 足があるとか涙の雫が残っていたとかいうことではなく――“彼女が息を引き取ったのは、携帯が震えたすぐ後だったのだから”。

 ハンガーラックに綺麗に掛けられたシックなレディーススーツはクリーニング屋から受け取った時のままのようだ。
 その下に置いてある箱の中身はあのハイヒールだろう。
 戸棚に化粧品が見えることからも、本当に直前まで授業参観に行くつもりだったということが分かった。

517 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:08:08 ID:kLA0APMA0

ミセ* -)リ「…………なつる」

(  ∇)「悪い……」


 涙声で彼は言った。
 「一人にしてくれ」と。

 なつるは跪いて、母親の手を取った。
 まだ暖かさの残るその右手を。
 本当ならば今日一緒に学校から帰る時に繋ぐはずだった――彼女の手を。

 生きているうちは結局一度も握ることはなかった、その右手を。



 病室から出て、扉を閉めた。
 ……それでも静かに啜り泣く声は私の耳に届いた。

518 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:09:05 ID:kLA0APMA0
【―― 11 ――】


(,,-Д-)「―――『面影』」


 病室の外、病院の廊下には家族との再会を終えて戻って来たギコさんが立っている。
 彼の言葉に私は「面影に立つ」という慣用句を思い出す。
 今、目に見えないはずの誰かの姿を見る、という意味のその言葉を。


(,,-Д-)「日本の東北地方の一部に伝わっている伝承でさ。その幽霊は足がある、って言われてる」


 幽霊と言うか実は生霊なんだけどね、と補足を加えた。


(,,゚Д゚)「誰かが死ぬ直前に……重病患者とかが多いらしいんだけど、そういう人達が死ぬ直前に親しい間柄の誰かの前に現れる」

ミセ* ー)リ「…………」


 そうして。
 “ふと現れた彼等は手を振ったり、下駄の音を立てたりする”――らしい。
 微笑んで見せることも、あるらしい。

519 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:10:23 ID:kLA0APMA0

 死期を悟った人間が怪異として今生の別れを告げる。


(,,-Д-)「死後の未練を果たす為に幽霊になる話は多いけど、死ぬ直前で怪異となるのは珍しいよね」


 だから。
 きっと。
 それほどまでに彼女は息子のことを想っていたのだ。

 血が繋がらない、短い付き合いの相手だとしても。
 最後の瞬間に「約束を果たしたい」と願った。

 ギコさんは言った。



(,, Д)「本当に……大切に想っていたんだと思う。一人の『家族』として、彼女も彼のことを」



 言葉は、ただの気休めかもしれなかった。
 やはり現れた彼女は、ただの幻覚なのかもしれなかった。

520 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:11:14 ID:kLA0APMA0

 だけど、定子さんは言ったのだ。
 「ありがとう」――と。
 泣きながら、涙を流しながら笑顔を浮かべて。

 自分のことを母親と認めてくれたなつるに向かって――「本当にありがとう」と。


ミセ* ー)リ「母親っていうのは……強いなあ」


 呟きながら、なつるに話してあげようと思った。
 気休めでもいいからきっと言おうと。
 間に合ったんだと、言葉には遂にすることはできなかったけど、お互いに想い合っていたんだと。

 なんて言えば上手く伝わるだとうかと、考えて。
 その時にやっと私は、目の前にいたギコさんだけじゃなく自分も泣いていることに気がついた。



 血は繋がっておらずとも母親は母親。
 家族は、家族だった。

 それは最後の瞬間だけだったかもしれないけれど、それでも確かにあの二人は『家族』だったんだ―――。

521 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:12:11 ID:kLA0APMA0
【―― 0 ――】


「―――『人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く』っと」


 会長さんはいつものように窓の外を見ながら、いつものように知った風に呟いた。

 彼女の嫌いな儒教の説話の一節だ、「范巨卿鷄黍死生交」という話に出てくる言葉。
 ……もしかすると会長さんとしては漢語文学ではなく、古文の作品の方から引用したつもりなのかもしれない。
 その漢文を元にした物語――『雨月物語』より「菊花の約」。

 それはある男が親友と会うという約束を果たす為に幽霊となるお話だった。
 情と約束の重さを教える為の草紙。


li イ*^ー^ノl|「儒教は嫌いなんじゃなかったんですか?」

「嫌いとは言ってないよ。僕には合わないと思ってるだけ」


 言葉の意味は、自分以外の人には合う人間もいるだろう、ということ。
 会長さんが思い浮かべている彼等のように。

522 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:13:06 ID:kLA0APMA0

「ここの言葉での『千里』は漠然と遠い距離を表すらしいケド、当時は友情に男色も混じってたんだってね」


 次いで、今も混じってるのかな、と言い笑う。


「でもさ、そもそも感情って『○○だ』とか『××だ』とかはっきり言えないものなんじゃないかな?」

li イ*-ー-ノl|「……かもしれません」


 私が実の兄に抱く感情は本当に恋慕なのだろうか。
 たまに、分からなくなる。

 ……ああ。
 そう言えば、その兄の知り合いがいつだったかこんなことを言っていた。
 「愛情は人によって違って、相手によって違うんだ」と。

 本来は絶対に伝わらないはずのたった一つの愛を、どうにか伝えようとして――人は人を愛するのだと。


li イ*゚ー゚ノl|「実際は、曖昧なものなのかもしれませんね」

523 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:14:04 ID:kLA0APMA0

 愛のような、恋のような。
 情のような、あるいは他の“何か”のような。

 何かはよく分からないけど、大切な何か。


 ……そんな風に漠然と思った私の心を読み取ったのかもしれない。
 会長さんは私の方に振り返り、悪戯好きそうな笑みを浮かべてこう言った。

 『家族』と同じように?――と。


li イ*゚ー゚ノl|「……会長さんは『家族』ってなんだと思うんですか?」


 私は、積み上げた時間と想いが家族である証明だと思っている。
 私に訊ねてきた彼女はどう思っているのかと気になった。


「決まってるよ」


 と。

524 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:15:02 ID:kLA0APMA0

 彼女は、そう言って。
 私が予想していた「分からない」とか「知らない」とか「どうでもいい」ではない答えを、また知ったように口遊ぶ。



「『家族』っていうのは――結局、“家族である”ってことだよ。それだけでしょ?」



 ……なるほど。
 それは同語反復でしかなく、循環定義でしかないけれど、真理だった。


 元より不完全な存在である人間は、何を定義するにしてもその根幹の部分で「○○だから○○」という言葉を使わざるを得ない。 
 「××だから○○」と定義できるのは二次以降の概念だけなのだ。
 定義自体を定義することは不可能だし、最小単位を分割することも同じく不可能。

 ならば、儒学において人間関係の基礎と考えられた『家族』を改めて定義したり説明したりする必要は何処にもない。
 どう思うかは様々だとしても、どうであるかは唯一だ。

525 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:16:07 ID:kLA0APMA0

 つまり――『家族』は“家族”だ、と。


li イ*-ー-ノl|「…………」

「より簡単に、現実に即した形で直すとすれば、『家族とはお互いが「家族」と思っている関係のこと』になるんじゃないのかな」


 血が繋がっていなかったとしても。
 どんなに短い時間の間柄でも。
 本人達が、お互いのことを『家族』と認めるのなら――それは家族。

 家族のような人間関係――は『家族』だし。
 家族みたいな人間関係――も『家族』なのだ。

 改めて確認するまでもなく、それは確かに『家族』なのだ。


「だから、多分ね」

526 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:17:03 ID:kLA0APMA0

 彼女が次に何を言うのかは自然に分かった。
 きっと「他人はいつ『家族』になるのか?」という問いの答え。

 そして――それは。



li イ*^ー^ノl|「他人同士がお互いに『家族になろう』と思った時……既に彼等は『家族』になっている、でしょ?」

「あー、もう僕の台詞取らないでよっ!!」



 あの幽霊さんが言葉を声に出さなかったのは当たり前だ。
 だって家族というものは、想いが言わなくても伝わるからこそ、『家族』なんだから。






【――――そこまで。第六問、終わり】

527 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/05(月) 04:18:03 ID:kLA0APMA0


 「音に聞きて 一人で探る 君の影」


【歌意】
あなたのことを噂で耳にして、私は一人であなたの影を探し求めています。

【語法文法】
『音に聞き』は「音に聞く」という言い回しを連用形に変化させたものである。
意味としては「噂で耳にする」「噂に高い」のどちらかだが、今回は前者。
次の『て』は連用形に繋がる接続助詞。単純接続・原因・理由・逆接などの用法があるのだが、多くの場合は現代語の「〜て」のように訳せる。
『一人』は現代語と同じく「ひとり」や「独身」。稀に副詞として「自然に」という風にも使われる。
続く『で』は格助詞。厳密には四種類程度に分類できるが、先ほどの『て』と同じく大抵は現代語と同じように訳せる。
『探る』はラ行四段活用「探る」の連体形。終止形も同じく「探る」なものの接続されているのが体言なので連体形と分かる。
これは「指先で触って調べる」「尋ね求める」ような意味。
体言の『君』は代名詞で現代語と同じく「あなた」。名詞の場合は「主君」「天皇」と訳す。ただ和歌の場合は前者のことが圧倒的に多い。
『の』は格助詞で、これも現代語の「の」と同じ。
古語では最後の『影』の意味がかなり多く、バリエーションとしては「空間に浮かぶ姿」「姿形」「面影」「陰影」「光」「霊魂」など。
現代語でも同じく様々なニュアンスを有する単語なのであえて上記でも訳していない。

【特記】
参考にした歌は特にない。元々は「おとに聞き 一人で探す 君の影」という現代語の川柳だった。
現代語と同じ意味の言葉が多く出てきているのはその為である。


532 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/09(金) 06:17:04 ID:eBS2hVw20



 第六問。
 模範解答。



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533 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/09(金) 06:18:12 ID:eBS2hVw20

・《面影》
 秋田県に伝わる生霊。
 人が死ぬ直前にその魂が本人そのものの姿になって親しい間柄の相手の元に現れたり下駄の音を立てたりするという。
 またこれは幽霊でありながら足のある姿で現れるとされる。
 似た伝承は岩手県や青森県にも伝わっており、特に戦争中などでは盛んに噂されていた。

 現実的に解釈をすれば、戦地や病院にいる大切な人のことを考えているうちに街を往く他人にその人の姿を重ねてしまって……というものなのだろう。
 だがなんにせよ人の情や絆を思わせるロマンチックな伝承ではある。 
 もしかすると、ここにいないはずの誰かの姿を見るという意味の慣用句「面影に立つ」はこの霊が由来なのかもしれない。
 

・《菊花の約》
 上田秋成によって著された妖怪小説「雨月物語」に納められた話の一つ。
 漢語作品の「范巨卿鷄黍死生交」という説話を原案に持つ。
 時代設定や人物は変更されているがどちらも友人と会う約束を果たす為に命を絶つ男の物語である。
 作中で引用されている「人一日に千里を往くこと能わず、魂能く一日に千里をも往く」はそれに関係している。

 この作品の主題は「交りは軽薄の人と結ぶことなかれ」という原作中の一文の通りである。
 軽薄な者と親交を持つべきではない(≒親交を持つのは約束を必ず守るような誠実な相手が良い)ということでその為に重い友情の比喩としても使われる。

534 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/08/09(金) 06:19:04 ID:eBS2hVw20

・《家族》
 住居を共にし纏まりを形成した親族集団。
 血縁関係を基礎にして成立する小集団。
 辞書的な定義では、上記のようになっている。

 社会を構成する基本単位ではあるが、この『家族』という概念は今も研究が続いている。
 そもそも類型すらないのではないかという意見もある――家族は家族なのだ。


・《怪異》
 この作品『怪異の由々しき問題集』のテーマの一つ。
 化物、妖、物の怪などとほぼ同じニュアンスで使われる。
 妖怪というものが存在しないと仮定して考えると、このような諸々の伝承は自然に対する畏敬や感謝の念、若しくは人の想いあるいは勘違いが形となったものであると言える。

 伝承は科学的視点や合理的根拠が欠かれたものが殆どであるのだが、教訓や背景を持つ話も多い。
 例えば「夜に口笛を吹くと悪いものが来る」という伝承は、一説ではかつて人身売買の売人を呼ぶ合図が夜中に口笛を吹くことだったため、とされる。
 また口裂け女などの都市伝説が広がった背景には、遅くまで塾に通うようになった子ども達に寄り道せず早く家に帰ってきて欲しいという家族の願いがあるとも言われている。
 怪異は科学的でも合理的でもないが、それを広める人間や社会は説明できることも多い。

 この作品においては、当然、怪異は存在する。
 が、現実でのその背景を考えつつ楽しんで頂ければ幸いである。


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