ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです
573 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:54:20 ID:QwDmC5Uo0




ミセ*゚ー゚)リ 怪異の由々しき問題集のようです



※この作品には性的な描写が(たまに)出てきます。
※この作品は『天使と悪魔と人間と、』他幾つかの作品と世界観を共有しています。
※この作品は推理小説っぽいですが、単なる娯楽作品です。
※この作品はフィクションです。実在の逸話を下敷きにした記述が存在しますが現実とは一切関係ありません。





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574 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:55:07 ID:QwDmC5Uo0




 第七問。
 選択問題編。

 「幽屋氷柱の殺人」





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575 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:56:08 ID:QwDmC5Uo0




 霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる





576 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:57:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 0 ――】


「―――恐ろしいことに他殺ではなく事故死でもなく、もちろん寿命その他が原因ではない不審死は自動的に『自殺』になるらしいよ?」


 一つ例を挙げると、
 「火の気のない玄関で人体自然発火現象を起こして燃え尽きるまで気管に煤が入らないようじっと息を止めて焼身自殺(東京)」など。

 本当の事例かどうかは浅学な私には分からないが、もし本当だとするなら世界でも随一という日本の警察も信用ならない。
 そんな死に方は常識的に考えてありえないのだから。
 どう考えても、私には理解もできないようなトリックか、あるいは常人ではまず不可能な大掛かりな仕掛けの元で達成されたに決まっている。


「そしてこの世界には魔法がある。けれど、大部分の人はそれを知らない」

リパ -ノゝ「…………まだしも陰謀論の方が救われる話ですね、」


 知った風に話すそれにすげなく言い放つ。
 そして携えていた長刀をちらと見た。
 『人斬り』と呼ばれる私達の、ほんの些細な決まり事を思い出した。

 それは“自分(絣)に殺されたと分かるように殺す”――ということ。
 だから私達は、「殺したのか?」と訊かれた際に嘘を吐かない。

577 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:58:08 ID:QwDmC5Uo0

 けれど、魔法は。


リパ -ノゝ「…………あなたは魔術師達が、大衆が奇跡の存在を知らないのを良いことに、私利私欲の為に魔法を使ってきたと?」

「だからこその君達なんじゃないかな? 違った?」


 違わない。


リパ -ノゝ「…………『魔法』というものが公的に存在しないことになっている以上、犯罪として立証もできません、」

「今更世界レベルで社会システムを変えるわけにもいかないしねっ」


 数こそ少なくなってしまったが、現在も魔法は世界に存在している。
 言うまでもなくそれを使って成される犯罪も。

 いや――犯罪ではない、のか。
 立証できなかった犯罪は法学上では罪ではない。
 ただの結果だ。

 それは例えば「人が一人殺された」という、それだけの事実。

578 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 03:59:09 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………しかしだからこその私達です。尋常ならざる犯罪相当行為を雪ぐ、公儀隠密です、」

「うん、凄いね」


 両手の親指と人差し指で長方形を作り、ちょうどカメラマンの方が構図を決める時のように辺りを見る。
 制服を身に纏ったそれは、ここ――淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校の屋上に申し訳程度に設置された鉄柵に座っていた。
 常識知らずにもほどがある、両足を中空に投げ出すような形でだ。

 今背中を押せば、これを殺せる?
 いや、そんな簡単な相手ではないだろう。

 この化物女は。


「けどさぁ……ユキちゃん」

リパ -ノゝ「あなたにそんな親しげに呼ばれる筋合いはありません」


 「おーこっちゃって」なんて嘲笑するように言った彼女が狂気的な笑みを浮かべたことが分かった。
 早朝の日差しに照らされる姿はまるで全身に血を浴びたようで。
 そして、いつかの日々と同じように、幻想的で破滅的な美しさを有していた。

579 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:00:07 ID:QwDmC5Uo0

「話戻しちゃうけど、それって結局魔術師達がやってることと変わらないんじゃないかな?」

リパ -ノゝ「………………」

「私利私欲の為ではないにせよ、大多数の人間の与り知らぬところで、しかも存在しないはずの手段で以て世界に干渉する」


 君達は本質的には君達が憎むべき敵と同一なんだよ、と。
 歌うように、そして謳うようにそれは言う。

 私に、揺さぶりをかけるように。


「今日も近くで誰かが人を殺したらしいケド……君はどうするのかな?」

リパ -ノゝ「無論、その罪を雪ぎます」

「あははっ。上から目線だねー」

リパ -ノゝ「存在する位相が違うだけです」

580 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:01:13 ID:QwDmC5Uo0

「違うのはレベルじゃないかな? 『人間は自分のレベルに応じた形でしか世界を見ることができない』って」

リパ -ノゝ「レベルではなくステージでしょう。あるいは定位か」

「自分で分かってもない言葉を使っちゃダメだよ? 馬鹿に見えるから」

リパ -ノゝ「人を殺すことしかできない人間を馬鹿者でないとするのならこの世に馬鹿者は存在しませんね」


 まだ君は『人間』を名乗るんだね、と彼女は笑った。
 まだあなたは『化物』でありたいんですね、と私は笑わなかった。


「人間だの化物――人外だのって、結局そんなことは本人の認識次第だと思うケド」

リパ -ノゝ「それに関しては私も同じ意見ですが」


 人間。
 人外。
 誰かにとって、私達は何に見えるのだろう。

581 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:02:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………なんにせよ、私の動揺を誘っても無駄ですよ、」


 踵を返し、背を向けつつ私は言った。
 夕陽と彼女の視線が背中に当たっているのを感じた。
 後者は気のせいかもしれなかった。


「君は、どうして人を殺すのかな?」


 彼女は問いを投げかけた。


リパ -ノゝ「仕事だからです。……少なくとも公的には」


 私はその飽きる程問いかけられた質問に当たり前のように返した。
 そして、次いで私は言った。



リハ -ノゝ「――――あなたとまた遭えることを、私は心の底から祈っています」

582 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:03:07 ID:QwDmC5Uo0

 それは。
 我ながら珍しい言葉だった。
 普段なら、ありえない言葉だった。

 けれどそれは――彼女は大して気にする風でもなく「そう」と上機嫌な様子で言い。
 直後に呟くようなとても小さな声で、でも明らかに私に向けたと分かるような声音で、口遊ぶ。



「…………あの人はどぉして人を殺したんだろうね?」



 そんなことは知ったことではなかった。
 知らなかった。
 知るべきことでもなかっただろう。

 今のこの世界で私がやるべきことは秩序を乱した尋常ならざる人殺し共を一人残らず駆逐すること。
 つまりは、遥か昔からやってきたことと大方変わらない仕事だった。

583 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:04:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 1 ――】


 梅雨らしい梅雨になった。
 六月が梅雨らしくない、あまり雨の降らない雨季だったことに関係しているのか、今、七月の始めは雨が降りまくる梅雨らしい梅雨だ。
 この夏らしくない初夏が終われば夏らしい夏がやってくるのだろう。

 雨の通学路、並んで歩む二つの傘。
 隣を歩いていた幼馴染、魚群なつるに考えていたことを言うとこんな言葉が返ってきた。


( -∇-)「お前、『いしあたまな石頭』みたいな言葉を使う感覚的に生きてる人間だな。つーか頭が悪い」


 ……とりあえず、中途半端にワックスがつけてある頭をグシャグシャと掻き回しておいた。
 いつの間にか二人の間には結構な身長差ができてしまっていたので、背伸びをして、覆い被さるような形になっての強襲だ。


 先月義理の母親を亡くしたなつるは一週間ほどは落ち込んでいたものの、案外早く立ち直り普通に戻った。
 「死んだ母さんが望んでない、なんて言うつもりはないけど、もうすぐ俺の季節だから」だそう。
 果たして誕生日が近いことが元気を取り戻す理由になりえるのかと言えば、それはかなり疑問なとこだけど。

 いやならないだろう。
 反語表現。

584 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:05:07 ID:QwDmC5Uo0

 そう言えばコイツの名前って「夏が流れる」と書いて「夏流(ナツル)」なんだよなあ、なんて。


ミセ*゚ー゚)リ「……アレ、夏が流れるんなら夏じゃないんじゃない?」

( ・∇・)「初夏に生まれたから夏が巡って来て広がって行くって意味で『夏流』なんだよ」


 面倒そうに夏男は言った。

 なるほど、そう考えると「夏流」も中々に雅やかな名前だ。
 「水無月ミセリ」も「水無月美芹」と書けば結構……いやでも芹って草だしなあ。
 前にあの病葉先生が言っていたような意味があるとしても私だって恋が叶わない名前なんて嫌だ。
 
 と、そこまで考えてふと思う。
 隣の席の女の子のことを。


ミセ*-3-)リ「……『朝比奈でぃ』」

( ・∇・)「ん?」

ミセ*゚ー゚)リ「いや、でぃちゃんはなんででぃちゃんって言うのかなって」

585 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:06:06 ID:QwDmC5Uo0

 ロミオとジュリエットかよ、と幼馴染は肩を震わせ笑う。
 傘に乗っかっていた水滴が幾つか落ちた。

 早朝から降り続いていた雨はほとんど止んでいて、今はもう纏わり付くような霧雨があるのみだ。
 周囲に人は誰も見当たらない。
 それは人通りの少ない通学路を選んでいるということもあるが、一番の理由は「もう一限目が始まっているから」だった。

 要するに遅刻だ、二人して。
 ……二人共が寝坊した理由は説明しなくてもいいかな?


( -∇-)「なんでって……さあ、親か誰かが付けたんだろ?」

ミセ*-ー-)リ「親とは仲が良くないらしいけどね」


 そうだ、と自分から振った話題をぶった切るように私は言う。


ミセ*゚ー゚)リ「……手、繋がない?」

( ・∇・)「は? 名前の話は?」

586 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:07:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「それはもういいから。……手だよ手。繋ごうよ〜」

( -∇-)「お前脈絡なさ過ぎんだろ。馬鹿かよ」


 溜息を吐きながらも、なつるは右手を差し出した。
 私はそれを取ることはせず、代わりに彼の後ろをぐるりと回るようにし場所を変える(ちょうど左右が入れ替わった形だ)。
 そうして利き手で持っていた傘を持ち替え、空いた自分の右手を幼馴染の前に出す。


( ・∇・)「傘握ってんのが見えないのかお前は」

ミセ*-ー-)リ「右手で持てばいーじゃん」


 渋々、といった風に彼は傘を右手に移動させる。
 そうして左手で乱暴に、まるでひったくるように私の手を握った。


ミセ* ー)リ「やんっ」

( -∇-)「気色悪い声を出すな」

ミセ;゚ -゚)リ「冗談だよ……。ってか気色悪いって……」

587 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:08:06 ID:QwDmC5Uo0

 地味に傷ついたぞ。


( -∇-)「あー、もうお前の馬鹿話に付き合ってたら二限にさえ間に合いそうにないんだけど」


 言葉に、私は右手にはめた腕時計を見る。
 ……確かに少し厳しいかも。


( ・∇・)「そういやお前右利きなのになんで右手に時計してんの?」

ミセ*゚ー゚)リ「テスト中に見やすいから」

(;-∇-)「左手に付ければ紙を押さえる時自然に見えるだろうが……」

ミセ*^ー^)リ「左手は肘ついてるから、む・り」

( ・∇・)「何処までも真面目に授業を受ける気がない奴だな」

ミセ*-3-)リ「それはそっちだってそうじゃん?」

( -∇-)「違いない」

588 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:09:16 ID:QwDmC5Uo0

 雑談を続けながら、こんな話してるからどんどん遅れるんだろうなあ、と私は思った。
 なつるの方もそれには気づいていたと思う。
 だけどお互いに「なんならもっとゆっくりでもいいかな」とも思っていた。

 隣を歩む彼の気持ちは分からないけど、きっと思ってくれていた。
 私が左手を取った理由を察してくれているのなら、多分。

 そうでありますように、"May +主語+原形...!"。



「もう面倒になってきたし、学校行かずに帰るか……」

「どんなに遅れても放課後までには行かないと。先輩にCD返さなきゃ」

「……それ学校じゃなくても良くね?」



 お母さんの代わりにはならないけど寂しいのならいつでも傍にいてあげるからね。
 そんなことを心の中で呟きながら、私は指を絡ませた。

589 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:10:22 ID:QwDmC5Uo0
【―― 2 ――】


 放課後。
 帰路につく生徒と部活動に向かう生徒の流れに逆らうように私は歩いていた。
 目的地は高等部三年特別進学科十三組の教室だ。

 当初の予定では借りていたCDは昼休みに返しに行く予定だったんだけど、最終的に学校に到着したのが昼過ぎだったので已むなく放課後に変えたのだ。
 ……しかし、我ながらのんびりし過ぎた。


ミセ*゚ー゚)リ「えーっと……十三組は一番奥、っと」


 持ち主である幽屋氷柱先輩は弓道部やら剣道部の助っ人やら新聞部や生徒会の手伝いなどと忙しい人なので、軽く早足で進む。
 別に今日返さないといけないわけではないんだけど、できることなら早く返したい。
 忘れない内に。
 私は大雑把というか、忘れっぽいタチなのだ。

 と。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ、会長?」

590 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:11:24 ID:QwDmC5Uo0

 珍しく他のクラスと同じ時間に授業が終わった特別進学科十三組。
 その教室のすぐ外で、『一人生徒会』の彼女が廊下の窓枠に腰掛けていた。
 私に気づくと、「んー」と右手を挙げて挨拶の代わりとした。

 ……ていうか普通に危ないよその姿勢は。
 身体の三割くらいが外に出てるよ。
 私が出来心で会長の豊満な胸(私と同じかそれ以上)を押したら真後ろに真っ逆さまに落ちてしまいそうだ。

 考えて、やっぱり私は言うことにする。


ミセ;゚ー゚)リ「会長危ないですよ、うっかり落ちたら即死ですよ」

「ちゃんと両手でサッシ掴んでるから落ちないよ」

ミセ;゚д゚)リ「どう考えてもその姿勢で両手のみで全体重支えるのは無理ですよ!!」


 よしんばそれが可能であったとしてもさっき会長右手離してたじゃん!! 


「片手でも平気なんだよ。僕、片手で懸垂できるから」

ミセ;-ー-)リ「それは凄いですけど女子としてはどうかと思いますよ……?」

591 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:12:41 ID:QwDmC5Uo0

 また右手を離し、力瘤を作ってみせる会長に私は呆れつつ言った。
 けど、白く肌理細やかな肌が眩しい彼女の腕は、太くは見えないけれど、今のように力を入れた状態では確かに鍛えられた様が見て取れる。
 ……ていうか普通に力瘤がムキッと盛り上がっていた。 

 会長の身体はいつだったかテレビで見たキックボクシングの女子プロ選手のよう。
 前に彼女の裸を見たことがあるが、腹筋が薄く割れていて、背中や脚には綺麗に筋肉が浮き出ていた。
 完全なアスリート体型だ。
 無駄のない肉体は純粋に彫刻のように綺麗だし、それでいて柔らかいところは柔らかいし、そういうのが好きっていう男の人もいるのだろう。

 あれ、でもこの人運動部だったか……?


「それで本題だけど、」


 と、弓道部にも一応籍を置いている会長は切り出してきた。
 無論状態はそのままである。


ミセ;゚ー゚)リ「えっと……何かお叱り事ですか?」

「叱られるようなことしたのかな?」

ミセ;-ー-)リ「一番最近では、今日は昼過ぎ登校でした……」

592 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:13:25 ID:QwDmC5Uo0

 それは僕が怒るようなことじゃないよ、と会長は笑った。
 それもそうだ。
 ……というか、よく考えると会長に怒られたことなんて一度もなかった。

 前の地域環境研究会の視察の件で苦言を呈されたくらいかなあ。
 ちなみにアレはめでたく廃部になった。


「そうじゃなくてさ、」


 ぴょん、と飛んでやっと窓枠から下り廊下に立った会長は言う。
 今の腕の力のみで全身を持ち上げた気がするけど、面倒なのでもうツッコまない。


「氷柱ちゃんが今日休みだから、それを伝える為に待ってたの」

ミセ*゚ー゚)リ「え?」

「『今日は会えないと思う、ごめんね』だって」


 どうやらメールで受け取ったらしいメッセージをそのまま再生した会長。

 珍しいこともあるものだ。
 氷柱先輩は健康というか体調管理はしっかりしている感じの人なのに。

593 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:15:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*゚ -゚)リ「えっと、風邪か何かですか? 私、先輩のアドレス知らないから……」

「いや風邪じゃあないよ」


 それより酷い、と続ける。


ミセ;゚ -゚)リ「酷い病気……ということ?」

「酷いのは状況だよ」


 そうして。
 会長は大きく伸びをして、話の深刻さに全く不釣り合いなのんびりとした口調で、簡潔に状況を説明した。



「氷柱ちゃんは今朝方に死体の第一発見者になったから容疑者として警察に拘束されてる」

ミセ;゚ -゚)リ「…………え?」



 ……はい?

594 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:16:14 ID:QwDmC5Uo0
【―― 3 ――】


 私が犯行現場に到着したのは昼前でその頃には既に粗方の捜査は済んでいた。
 別件で出張っていて遅れた私にも捜査員達は頭を下げてくれる。

 こんな若い女が上司だと不服だろうにありがたいことだ。


(‘、‘ノi|「しかし大きな家だ」


 背筋が伸びてしまうのは私がスーツを着ているせいではないだろう。
 純日本風の邸宅。
 それも家の敷地内に道場が――警察の剣道場よりも大きなサイズのものが――ある屋敷である。

 広い割に豪邸という感じがしないのは建築物の特性も勿論あるだろうが、おそらくは住んでいる人間の人柄の故だ。
 耳に挟んだ限りでは被害者は武道家なのだとか。

 捜査員達に会釈を返しつつ犯行現場に向かう。
 現場はその道場だという。
 じめじめとした空気を押し退けるようにして池を尻目に庭の奥へと向かう。

595 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:17:07 ID:QwDmC5Uo0

 さて。
 と、いよいよ武道場の前に辿り着いた時に、入り口の前に弓が落ちているのを見つけた。
 証拠品であるらしく保存用の袋に入れられ番号が振られている。

 私は近くにいた若い男に声をかけた。


(‘、‘ノi|「……なあ、おい」

( ノAヽ)「これは警視。お疲れ様です」


 一際丁寧な礼をしてきた捜査員に礼を返し「これはなんだ?」と問いかける。
 彼はポツリと言った。


( ノAヽ)「弓ですね」

(‘、‘ノi|「それは見れば分かる」


 そこまで無知ではない。

596 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:18:24 ID:QwDmC5Uo0

( ノAヽ)「失礼しました。梓で出来た梓弓です」


 また軽く頭を下げつつ彼は説明した。
 なんというか適当な説明だ。


(‘、‘ノi|「梓弓だから梓でできているのは当たり前ではないのか」

( ノAヽ)「『梓弓』は和弓そのものを指す場合がありますので……。近年の弓は一般的に真竹、黄櫨で造られるそうなので、『梓で造られていない梓弓』も有り得なくはないのです」

(‘、‘ノi|「難しいな」

(;ノAヽ)「……難しかったですか?」
 

 「いや大丈夫だ」と答えておいた。
 よくよく考えてみれば問題はそこではなかった。
 私が訊きたかったのは弓の名前や材質ではなくこれが凶器であるかどうかだ。

 咳払いをし、閑話休題をする。

597 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:19:19 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「わざわざ残してあるということはこれが凶器ということか」

( ノAヽ)「かも……知れません。その可能性があるので警視がいらっしゃるまで触らないでおいたのです」


 ただでさえ無意味に現場を掻き回し気味なのにそれは申し訳ないことをした。
 人の力は数の力なのだから私のようなスタンドプレーとワンマンプレー主体の人間は警察組織ではどちらかと言えば迷惑だ。
 以後は遅れないよう気をつけよう、と心に刻む。

 しかし言い方が引っかかる。
 「かもしれない」というのはどういうことだ。


(‘、‘ノi|「凶器の特定はできていないのか」

( ノAヽ)「正面から何かで一突きにされた後、日本刀で心臓の原形がなくなるほど幾度となく刺されたようなので。傷口からの特定は難しいですね」


 それはまたゾッとする死に方だ。


(‘、‘ノi|「つまり、その一撃目がこの弓であるかもしれないから残してあったということか」

( ノAヽ)「傷口が滅茶苦茶になっていたので『正面から一突き』というのも曖昧なのですが」

598 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:20:17 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「死体は仰向けだったのか」


 言いながら歩みを進め道場の中へと入る。 
 普段は厳粛であるはずのその場所は今は「騒然」が正しいような有様だった。

 死体こそなかったが一目見てここが犯行現場だと分かった。
 血塗れだった。
 道場の奥、刀が貫通したのか床に幾つも残る跡とそれを中心に広がる赤色。

 スプラッター映画のような有様だ。
 見たことはないが、おそらくこのような感じなのだろう。


( ノAヽ)「日本刀は被害者の持ち物だったそうです。殺害された時も手に持っていたらしいので」

(‘、‘ノi|「蒐集家か、居合道家か……」


 あの弓が凶器だった場合。
 まず被害者は弓で胸を射抜かれ、倒れたところで刀を奪われ、メッタ刺しにされた、と。

 ……いやおかしいな。

599 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:21:16 ID:QwDmC5Uo0

(‘、‘ノi|「矢の方は見つかっていないのか」

( ノAヽ)「あの弓は第一発見者である女子高校生のものなのですが、手入れの為に持って帰っただけなので矢は持っていなかった……と」


 つまり死体に驚いて落としてしまったものを証拠品として抑えられているわけか。


(‘、‘ノi|「だが……その子供が犯人だとするならば、凶器である矢を隠滅した可能性があるのか」


 あるいはもっと他のもの……たとえば、槍か。
 傷痕を分からなくする算段があったのなら包丁でも構わないだろう。

 が、その時。
 私の隣にいた男が眉をひそめて言った。
 如何にも困った、という風に。


(;ノAヽ)「いや……その少女では、少し犯行は難しいと思いますよ」

(‘、‘ノi|「何故だ」

600 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:22:26 ID:QwDmC5Uo0

 そりゃそうですよ、と彼は続ける。



( ノAヽ)「被害者は剣道八段の範士。しかも同時に居合道の達人です。……そんな人間を真正面から串刺しにできる高校生は流石にいないでしょう」



 被害者が真剣を持っていた謎は分かった。
 ただ、より難解な謎が出てきてしまった。

 掛け値なしの武道の達人を――――正面から何を使って、どうやって一突きにしたんだ?

601 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:23:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 4 ――】


 冗談みたいな広さを有する淳高の一角。
 高等部と中等部の境、それでいて高校生も中学生も近寄らないような人目のつかない所にそれはある。

 部室棟から進んだ場所。
 落葉樹に隠されるようにポツリとある物置き小屋。
 使われていないその倉庫の傍らに、時代の流れから取り残されたような古めかしい焼却炉があった。

 私と会長はその焼却炉の前にやって来ていた。
 本題、氷柱先輩の話に入る前に雑務を終わらせたいと会長が言ってきたので、私は了承し彼女の仕事を見学しているのだ。


「最近は法律も厳しくなっちゃって、学校で燃やせるゴミが少なくなっちゃったから」


 言いながら会長は大きなゴミ箱傾け、何処となくパン工場を思い出させる穴に回収したゴミを入れていく。
 中身は木片や紙の切れ端が多い。
 つまり、それが彼女の言う「学校で燃やせるゴミ」なんだろう。

 会長が生徒会を実に地味に執行する中、私はぼんやりと話を聞いていた。
 ふと一つ質問してみる。

602 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:24:12 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「じゃあ、もう焼却炉は撤去しちゃっていいんじゃないですかぁ?」

「ゴミの処理費用は学校の予算から出てるから、できるだけ少ない方がいいんだよね」


 そうなんだ……知らなかった。


「それに、ここは聖域だから。勝手に変えちゃ駄目なんだよ」


 ゴミ箱を下ろして足元に置いてから、会長は何かを想うようにそう言った。
 神様が誤植したような凄惨な美しさを持つ、『一人生徒会』たる彼女の言う聖域。

 言われて私は周囲を見回してみる。
 小さな森は天露に濡れ、水滴は木漏れ日に輝き、学校という圧倒的な現実から離れた雰囲気を纏っている。
 その神秘さは、確かに『聖域』と言っても過言ではない。

 なんて幻想的なんだろう、"How +形容詞...!"。


ミセ*-ー-)リ「……綺麗な場所ですねぇ。なんだか、神社みたい」

603 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:25:31 ID:QwDmC5Uo0

 澄んだ雰囲気を率直に表しただけの言葉を会長は気に入ったようで、「そうだね」なんて相槌を打ち笑う。
 いつもの嘲笑じみた笑いではない、本当に思わず零れてしまったようなその笑みは、凄惨な太陽の美しさはないけれど、心動かされるものがあった。
 可愛らしい、女の子らしい笑顔だった。

 同性の私ですらドキリとしてしまうほどなのだ、まして並の男子であれば尚更だろう。
 "Aすら且つB、況んやCを乎"、抑揚系。


「神社の参道って言うのはさ、空間的な距離よりも心理的な距離が大事なんだってね」

ミセ*^ー^)リ「あ、それは知ってますよ。『奥』の話ですよね」

「……アレ? 僕、話したことあったかな?」


 こちらを向いて不思議そうな顔をする会長に私は言う。


ミセ*>ー<)リ「前にやった現国の過去問がそんな話でした!」


 理数科目が壊滅している代わりに文系科目は常に偏差値70前後。
 不真面目なのに成績優秀なのは、私の人生においての数少ない自慢と言える。

604 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:26:35 ID:QwDmC5Uo0

 会長は「これは一本取られちゃった」とまた笑う。
 ……なんだか今日の会長はご機嫌だ。
 いつも笑っているけれど、今日は特によく笑っている気がする。


「じゃあもう説明するまでもないかもしれないケド……聖域というのは、空間的ではなく心理的な隔たりによって神聖化される場所なんだよ」


 結果ではなく、曲がりくねった参道を進む過程にこそ、意味がある。
 私が読んだ文章ではそう指摘していた。
 目的地に至るまでの過程により神秘性が演出され私達は深奥を感じるのだ、と。


「ちょっと違うけど道場なんかもそうだよね。普通の人は近寄り難い――だからこそ神聖に思える」

ミセ*゚ー゚)リ「会長が弓道をやる弓道場もそうなんですか?」

「どうだろうね。学校程度の道場じゃあんまりかも。それでも、神聖な場所ではあるけど」


 厳格で、静謐な。
 外界から遮断された空間。

605 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:27:28 ID:QwDmC5Uo0

「この森には普段誰も来ないから。だから神社みたいに思えて……あの芸術家が好むんだよ」

ミセ*゚ -゚)リ「ゲイジュツカ?」


 いきなり出現した単語に私は戸惑う。
 芸術家……何かの比喩だろうか。

 心の中で生まれた私の疑問に彼女は指を指すことで答える。
 物置き小屋。
 この森の主はいつもあそこにいるんだよ、なんて。


「尤も今日は二週間に一度の焼却炉を使う日だし、いないんだけどね」


 どうやらデリケートな方みたいだ。
 そんなことを思ったその時、こちらに歩いてきた会長が唐突に怪訝そうな顔をした。
 私から見て向かって右、森の奥、樹木の一つに近づいていって、そうして振り向かないままで私に訊いた。


「君……この木の枝折ってないよね?」

606 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:28:15 ID:QwDmC5Uo0

ミセ;゚ -゚)リ「えぇ? 折ってないですけど……そう言えば、折れてますね」

「折れてるね。怒るかなぁ」


 桜によく似た、灰色の樹皮を持つ落葉樹。
 その枝の一つが根元がら折られて薄茶色の内面を晒している。

 会長は目を細め、黙って傷口を撫ぜた。
 手当てでもするように。
 植物を愛でるタイプの女の子ではないと思っていたんだけど……。


ミセ*゚ー゚)リ「桜……じゃあ、ないですよね?」

「『水目桜』とは言われたりするけど桜ではないよ。科も属も違うし。特徴的な匂いに由来する『ヨグソミネバリ』って呼び方の方が有名かな?」

ミセ*-ー-)リ「それはぶっちゃけどうでもいいですけど……」


 呟いた私に会長は確認を取るように訊ねた。


「……本当に折ってないよね?」

607 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:29:07 ID:QwDmC5Uo0

ミセ*-3-)リ「折ってないですって。私、毛虫とか苦手で、そういう木とか触らないようにしてるんです」


 昆虫系全般が苦手なタイプの女の子である私は、幼い頃友達が子供故の無邪気さで虫を殺しているのを見て、顔を顰めていたものだ。
 二割は「よくあんなもの触れるな」という気持ち、残り、大部分は「可哀想」という思い。

 感情移入する為には相手がある程度自分と似ている必要があるそうだけど……私って、昨日読んでた本の主人公みたいに虫系なのかなあ?
 いや、きっと感受性が豊かなだけだ。
 そういう感性があるからこそ、文系科目を得意としているんだろう。

 そんなことを会長に言うと、


「人間には珍しいくらいに優しいね。普通、愛着がないなら人間は人間以外をどうとも思わないのに」


 なんて、彼女はまた笑う。
 本当に今日は機嫌が良いようだ。


ミセ*-3-)リ「じゃあ会長は戯れに虫とか潰す方?」

「大した思いもなく殺しちゃうことは――道を歩いてて踏んじゃうみたいなことは――あると思うケド……。まあ、『いただきます』はちゃんと言う方、かな」

608 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:30:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……今時、そっちの方が珍しいんじゃ?


ミセ*゚ー゚)リ「ていうか、会長。人間には、って……人間以外を知ってるんですか?」 

「君も知ってるでしょ? 『化物』ってやつ。『人外』と言ってもいいのかな」


 今の今まで、聞きそびれていたけど。
 この人は――この人も、『怪異』を知っているのだろうか。

 世界の真実を。
 社会の裏側を。
 歴史の暗闇を。

 そういうものを――知っているのだろうか。


「いや、よく知らない」


 と。
 私の予想を裏切り、彼女ははっきりと言った。
 そんなものはよく知らない、と。

609 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:31:07 ID:QwDmC5Uo0

 その代わりに。
 呟いて、その少女は知った風に続けた。



「人間みたいな化物と化物みたいな人間のことなら――――とてもよく、知っている」



 その時の彼女の表情は、まるで。
 笑顔なのに、まるで。
 あえて、そして、しいて笑っているような。

 いつだったか誰かが浮かべていた、表面上は笑顔なのに、今にも泣き出してしまいそうな。
 悲しい気持ちを全部押し殺してしまったかのような。

 あまりにも彼女に不釣り合いな――笑顔だった。


ミセ* ー)リ「…………そうなんですか」


 彼女の抱えている問題も。
 私の問題を解決してくれると約束したあの人達は、どうにかしてくれるだろうか。

610 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:32:07 ID:QwDmC5Uo0

 そんなことを、思った。 


「今日は朝から久しぶりにそういうのに会って話をしたんだよね。人間は容赦なく殺すクセに虫は殺したがらない、変な奴とさ」


 しんみりとした気分になった私など知らないようで本物の笑顔に戻った彼女は続けてそう言った。

 なるほど。
 今日異常に機嫌が良さ気だったのはそういうことか。
 昔馴染に会って、嬉しかったんだ。

 人間離れした能力と天使近い容姿を持つ、我が校の黒●めだかこと『一人生徒会』が。
 知り合いに会って話しただけで一日上機嫌になっている。


ミセ*-ー-)リ「(会長、可愛いトコあるじゃん)」


 この人も人間なんだ、なんて。
 当たり前のことを当たり前に思う。

 きっとほとんどの人が知らない彼女の一面を見て、私も嬉しくなった。 
 ほんの少しだけ会長が近くに感じられて。
 私と彼女の似ている部分を、共通項を見つけられて、感情移入して、嬉しくなった。

611 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:33:08 ID:QwDmC5Uo0

 ……いや、うん。
 本当にほんの少しだけど。
 私には容赦なく人を殺すような知り合いはいないしね。

 そんな人間がいてもらっては困る。
 もう嫌だ。
 私はもうあんな思いはしたくないのだ。
 あの仲良さげだった軽音部の人達のことは私の心の片隅に確かに残っている。

 しかし、「人間は容赦なく殺す」って、その知り合いは軍人かそれか殺し屋なのかなあ?
 まさか私が知っているはずもないけれど。


ミセ*゚ー゚)リ「用事が終わったなら早く行きましょうよ」

「うん。分かった」


 そうして私達はその小さな聖域を後にした。
 少し名残惜しくもあったけれど、今はここで寛いでいる場合ではない。

612 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:34:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 5 ――】


 一目見て分かる異常者というのは存外に少ないものだ。
 三十代にはまだ遠い年齢で警視になった私でも一目見て分かる異常者はほとんど見たことがない。
 警察官として日々犯罪者として接している我々でもそうそうお目にかかることはない。
 恐らくはこれからもそうだろう。

 無垢で無辜な一般人諸子は勘違いしがちであるが大抵の事件は昨日まで一般人だった人間が起こす。
 多くの場合は突発的に、ごくたまには計画的に。

 彼等(犯罪者)の動機を私は逐一記憶しているわけではないし、そもそれは警察の仕事ではないので記憶しようともしていないが、とにかく。
 何人も、何十人も、呼吸をするように人を殺した凶悪な犯罪者はやはり数人しかいなかった。
 それでも数人はいたのだが、それでも全体から見ればごく少数だ。

 「きっと人間は人を殺すようにできていないんだ」と今まで関わってきた事件の見直しをする度にそう思う。
 それは幸運なことだし同時に不幸だ。
 何故ならば本来人を殺すはずのない人間が殺人を犯すということはそうせざるをえないような異常な背景があったということだからだ。

 犯罪者にだって犯罪の理由はある。
 当たり前のことだ。

613 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:35:08 ID:QwDmC5Uo0

 いつだっただろうか。
 私は酒の席でそういう話を古い友人としていた。

 こんな話は縦令酒が入っていたとしても他人にするものではないが彼だけは別だ。
 学生時代からの性別を越えた親友である彼は、まあ所謂「職業軍人」というやつで、言ってしまえば私より人殺しに詳しい。
 そういうこともあって私は話題に出し彼も「そうだね」と相槌を打った。


『君の疑問に答えるとすれば、さあ。呼吸をするように人を殺す人間は数種類しかいないんだよ。だから大部分の人間は人を殺さない』


 ワインと日本酒を交互に口に運びながら彼は言う。
 まずありえない選択だがそういう妙なところも愛嬌だと思っていた。

 確か私は「数種類もいるのか」と返した。
 すると彼は、


『じゃあ三つかな』


 目を伏せて前言を補足した。
 三つならまだ分かるかもしれないと思いつつ先を促した。

614 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:36:08 ID:QwDmC5Uo0

『一つ目は……欠陥人間、かな。罪悪感がなかったり、そういうの』

『二つ目は?』

『殺人が日常である人間――僕みたいな人間。多分、さあ。昔の人は皆そうだったんだと思う』


 僕の先祖もそうだったと思う、と続けた。
 私が警察官の家系であるように彼は軍人の家系だった。
 そして強要されたわけではなく、どちらも好き好んでその仕事を選んでいるわけだから血は争えない。

 カエルの子はカエルではなくオタマジャクシだが。
 人間の子は人間だ。


『三つ目はなんだ? なあ、おい』

『三つ目は人を殺したという自覚がない人間。大した殺意もなく人を殺す、人間の範囲が著しく狭い人間』


 疑問が顔に出ていたのか、彼は説明を加えた。


『昔の宗教家とか、さあ。自分は人じゃなくて蛮族を殺したんだと思っていただろうね』

615 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:37:09 ID:QwDmC5Uo0

 人でなしを殺しただけ。
 少なくとも彼等の認識ではそうだった。

 「人を人とも思わない」という文句は異常者には適切ではなく、そういった人間にこそ相応しい。
 殺した相手をそもそも人と思っていなかった。
 タチの悪い悪役のようだな、と私は呟き、しかし考えてみればそういう人間は現代にも沢山いると気付く。

 そんなものなのだろうか。



『そんなものだよ。誰でも殺す人間は……人をなんとも思っていない』



 それはまた、箴言だ。
 その時私はただ、そんな風に感じていた。

 その当時はまだ、そんな人間を私は知らなかった。

616 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:38:08 ID:QwDmC5Uo0

 ―――彼との会話を思い出したのは、道場から出て、身体がぶるりと震えた時だった。


(、 ;ノi|「ぐっ……」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘;ノi|「気にするな。なんでもない……わけではないが、大丈夫だ」


 いる。
 そう思った。

 何がいるのかは言うまでもない。
 見るまでもない。
 私の知る数少ない「一目見て分かる異常者」があそこにいる。

 そしてあろうことか、そいつはその友人の妹だった。

617 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:39:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 6 ――】


 門のすぐ外にそいつは立っていた。
 こちらを認識し会釈をする様を見ると「本当に見た目だけは可愛らしいな」と思う。


リパ -ノゝ「…………お手数をおかけ致します、」

(‘、‘ノi|「いや、」


 構わない、と返した。
 本心とは真逆の言葉だった。

 黒檀の如く黒い髪は短く、庇護欲を唆る可愛らしい顔立ちと小柄な体躯が相俟って中学生にしか見えない。
 身に纏った闇に溶け込む軍服がなければ、だが。
 どちらにせよ前髪とガーゼに隠されている左目とどろどろに濁った右目の所為で「普通の少女」には見えようもない。

 そして、これだ。


(、 ノi|「……っ」

618 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:40:12 ID:QwDmC5Uo0

 この視認するまでもなく感じられる、向かい合えば余計に分かる、異常な雰囲気。

 武道家は殺気や敵意を気取ることができると聞くが、少し感覚の鋭い人間なら彼女の危険性は自然と理解できる。
 漂わせている鬼気と殺気が底なし沼に足を踏み入れてしまったかのような錯覚さえ起こさせる。
 底なし沼なんて入ったこともないが。

 しいて他のものに喩えるとするなら「迷宮」だろうか。
 無限回廊の暗闇に、この少女は似ている。


( ノAヽ)「……この女の子は?」


 警視のお知り合いですか?
 そういうニュアンスを含んだ問いかけに私は、


(‘、‘ノi|「軍部……諜報機関の方だ。所属が違う我々が諂う必要はないが協力はしてさしあげろ」


 とだけ答えておいた。
 怪訝そうな顔をした若い男は「はあ」と返事をし、その少女、絣はクレジットカード大の身分証明証を懐から取り出し見せた。
 事務局だか対策室だかそんなよく分からない部署が記されているそれを見、初めて彼は納得したらしく敬礼をした。

619 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:41:07 ID:QwDmC5Uo0

 若きエリートは一部の男性には堪らないであろう甘く小さな声で訂正を加える。


リパ -ノゝ「…………正しくは私の所属は『中央情報局特異点対策室特定条件下における特殊作戦執行部隊通称「第十三小隊(ジュウサン)」』です、」

(;ノAヽ)「………………え?」

(‘、‘ノi|「聞き直すなよ、おい。どうせ二回聞いたぐらいじゃ分からない」


 大事なのはこの少女が特殊部隊の人間であるということだけだ。
 特定の重大事件しか担当しない、特務機関の人間がここに来たということだけだ。
 つまり。


(‘、‘ノi|「被害者、あるいは加害者がテロリストであるということか」


 独り言のような私の言葉に絣は「違います」と答える。


リパ -ノゝ「…………今回の被害者がある重要な文書を持っていたらしく、その確認です、」

(‘、‘ノi|「文書だと?」

620 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:42:07 ID:QwDmC5Uo0

リパ -ノゝ「…………はい、」


 聞けば、被害者はその文書とやらを常に持ち歩いていたという。
 何かを書き写したものであるそうで媒体は不明だが、少なくとも遺留品の中にはそんなものはなかった。

 そう伝えると、


リパ -ノゝ「…………そうですか、」


 彼女はなんの感慨もなさげに呟き頭を下げた。
 用件はそれだけだったらしい。

 立ち去ろうと踵を返した絣は三歩進んだところでもう一度身体を反転させる。
 まだ何か用か?
 私が疑問を言葉にしようとしたその瞬間、いや僅かに数瞬先んじて少女が口を開いた。


リパ -ノゝ「…………つかぬことをお伺いしますが、」

(‘、‘ノi|「なんだ」

621 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:43:12 ID:QwDmC5Uo0

 屋敷の中を見透すように門を見て、彼女は言った。


リパ -ノゝ「…………被害者の苗字を教えて頂けないでしょうか、」


 なんだ。
 そんなことも知らずに現場へやって来たのか。
 私は言った。


(‘、‘ノi|「大神だ。大きな神と書いてオオガミ。それがどうかしたか?」


 いえ、と絣は続けた。


リハ ーノゝ「…………謎が全て解けただけですから。お気になさらず、」

622 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:44:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 7 ――】


 氷柱先輩がその惨殺死体を発見したのは今日の早朝だったという。
 朝練に行く前、ちょっとした用事があって――剣道家でもある先輩が、高名なその先生に稽古のお願いをする為に――被害者さんの家に寄った。
 先輩は事前にその先生から「来るなら朝に来てくれ。その時間帯なら道場にいるから」と言われていた。
 当日は門の鍵もかかっていなかったので起きているんだと思い、門をくぐって道場まで行き、死体を見つけた。

 そうして警察を呼んだ先輩は学校の鞄一つの制服そのままで事情聴取に行ったらしい。
 あくまで任意同行なので帰ろうと思えばいつでも帰れたのだが、学校で騒がれるのは嫌だったようで応じられるだけ取り調べには応じ、家に帰ったそうだ。


「弓を持ってたのが不味かったよね。矢はなかったにせよ」


 知ったように笑いながら会長は言った。
 心配している様子はまるでない。


ミセ*゚ -゚)リ「……あれ。でも会長、氷柱先輩のこと容疑者って言ってなかったですっけ?」

「言ってたケド……それがどうかした?」

ミセ;゚ー゚)リ「容疑者って犯人のことじゃないんですか?」


 違ったっけ?

623 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:45:08 ID:QwDmC5Uo0

「全然違うよ。『容疑者(≒被疑者)』は捜査の対象となった人間を指す用語だから」

ミセ*゚ー゚)リ「じゃあ犯人は?」

「犯人かどうかは関係ないけど、逮捕されて起訴された人は『被告人』になるね。ちなみに『被告』だと民事事件にしか使えない」


 更に言えば『参考人』は被疑者ではないが調査の為に事件に関係する情報を訊かれた者のこと、であるそうだ。
 だから氷柱先輩は参考人として事情聴取され、逮捕はされていないけど……まあ、被疑者でもある。

 しかしなんでも知ってるなあ、この会長。
 「なんでもは知らない、知っていることだけ」みたいな。
 よく考えるとその台詞当たり前なんだけど、知ってることが多いのは素直に凄いと思う。

 そんなことを考えていた私に彼女は「それに」と前置いて、言った。



「今回の事件で氷柱ちゃんが犯人ということは、ありえないんだよ。絶対に」



 ……やっぱり心配してたみたいだ。 
 その時の私は会長の言葉を聞いて素直にそう思っていた。

624 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:46:10 ID:QwDmC5Uo0
【―― 8 ――】


 彼女がここ、現在では俺達の家になっている旧高岡診療所にやって来た時、俺の中には二つの思いが到来した。 
 一つ目の「良かった」は彼女、人づてに事件に巻き込まれたと聞き及んでいた幽屋氷柱ちゃんが無事であること――逮捕されていないことに対しての安堵。
 もう一つの「どうしたんだろう?」は文字通り、ここを訪れるという彼女の意外な行動に対しての驚きだ。

 俺達を嫌っているわけではないとは、思う。
 だから依頼をすることはないわけではないけれど、今回は依頼内容が予測できなかったのだ。

 単純に遊びに来ただけ、そんな可能性はこの真剣な表情ではありえないだろう。


li イ*゚−゚ノl|「……ギコさん。あなたは何でも屋さんでしたよね?」


 垂れ目の人はなんか悪巧みをしているように見える。
 そんな話を小耳に挟んだことがあったけれど、目の前に座る氷柱ちゃんがいくら垂れ目でも、この真摯な眼差しでは「悪巧みしてそう」なんてつゆも思えない。


(,,-Д-)「いや、違うよ。俺はただの事件屋だから」


 俺はそう返してお茶を薦めた。

625 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:47:09 ID:QwDmC5Uo0

 半ばから緩やかにカーブしたヘアースタイルは双子のお姉ちゃんと見分けがつくようにする為らしい。
 これに限らず、彼女は常に姉とは違う髪型をするようにしている。
 だけど真正面から改めて見ると、「やっぱり双子だけあってそっくりだなあ」なんて当たり前なことを感じてしまう。

 瞳の奥に隠された熱さと冷たさの混濁も、そう。
 ドライアイスに触れた時に近しい、火のような超低温。


(,,゚Д゚)「俺は怪異専門の事件屋で……何でも屋でも請負人でもないよ」

li イ*゚ー゚ノl|「問題を――解決するだけ?」


 そうだよ、と短く返答する。
 熱いのか冷たいのか分からなくなる、感覚を濁らせる彼女の雰囲気に負けてしまわないように。


(,,-Д-)「俺は怪異に関しての問題が起きた時にそれを解決するだけ。無害な妖怪を祓ったりはしないし、人間の問題を請けたりもしない」


 それが俺の立ち位置だから。
 言い聞かせるようにして断言した。

626 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:48:09 ID:QwDmC5Uo0

 この中立が俺の場所。
 事件屋として、怪異に関する問題を解決することが――俺の仕事。
 でぃちゃんと決めた俺の現在だ。

 けれど氷柱ちゃんは困ったように微笑んで言った。



li イ*^ー^ノl|「でも結局、優しいあなたは助けてしまうんでしょう? 仕事ではなく、私事として」



 その通りだった。

 俺は何も言い返せなかった。 
 ただ、負け惜しみにも聞こえるような弱々しい声音で、


(,, Д)「…………勝手に、身体が動いちゃうんだよ……」


 溜息混じりに言い訳をしただけだった。
 ……我ながら情けないなあ。

627 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:49:08 ID:QwDmC5Uo0

 そんな俺を見て、氷柱ちゃんは今度は手を口に添えクスクスと笑う。
 そうしてからコップに入った緑茶を一口飲んだ。
 意図してのことではなかったけれど、むしろやり込められてしまった感じだけど、彼女の緊張が解けたのは良かった。


li イ*^ー^ノl|「本当に……どうして善良な人ほど、自分の善良さを嫌うんでしょうねー」


 柔らかな笑顔を浮かべて、誰かを思い出すようにそう言う氷柱ちゃん。
 あの身を裂くような冷たさは、もう何処にもない。


(,,-Д-)「はあ……。分かったよ、聞くだけは聞いてあげる」


 妥協して言った言葉に追撃が来た。


li イ*゚ー゚ノl|「聞くだけですか?」

(; Д)「いや……。話を聞いたら請けちゃうと……思う……」

li イ*^ー^ノl|「でしょうね」

628 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:50:07 ID:QwDmC5Uo0

 ……もうそろそろ「このまま問答を繰り返しても結局はこの問題解決することになるんだろうなあ」と思い始めてきた。
 どうせ乗り出すのなら、早いに越したことはない。
 諦めて、大人しく俺は氷柱ちゃんから依頼内容を聞くことにした。


 殺人事件、遺体の第一発見者になった彼女。
 でも氷柱ちゃんが犯人ということはありえない。

 どれほど怪しくても。
 凶器を持っていたとしても。
 彼女だけは犯人ではない。

 警察は今も疑っているだろうけど、少なくとも俺と生徒会長のあの子は確信している。
 犯人じゃないのなら、その内、容疑だって晴れるだろうと思う。

 なら、一体どんな問題が解決されることを望んでいる?


li イ*-ー-ノl|「大神先生の件は残念だったと思いますが……私の依頼はあの人の死去に、直接の関係はありません」


 殺した犯人を捕まえて欲しいわけではないと彼女は言った。
 そして続ける――“けど、誰よりも早く犯人は見つけて欲しいんです”。

629 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:51:07 ID:QwDmC5Uo0

 何故ならば。



li イ*゚ー゚ノl|「先生を殺した犯人が、先生が持っていたある文書を持っているはずなんです。私はそれを取り返さないといけない」

(,,-Д゚)「……取り返す?」

li イ*^ー^ノl|「はい」



 あれは本来、私達が預っているべきものですから。
 最後にそう言って彼女はまた笑った。

 ぞっとするような、笑みだった。

630 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:52:08 ID:QwDmC5Uo0
【―― 9 ――】


 …………は?
 謎は解けた、だと?


(‘、‘;ノi|「なあ――おい! 絣っ!」


 気がつけば怒鳴るような声音で呼び止めていた。
 恥ずべきことだが、私は年下の女に事件の真相を先に看破され憤っていた。
 警察官としてのプライドを傷つけられた気がしてしまったのだ。

 しかし私の声に振り向いた彼女はその達観、あるいは超然という言葉が相応な態度を貫いたままだった。
 そしてもうやるべきことは終わったというような顔で言う。


リパ -ノゝ「…………なんでしょうか、」

(‘、‘ノi|「謎が分かったとはどういうことだ」

リパ -ノゝ「…………そのままのことです、」

631 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:53:09 ID:QwDmC5Uo0

 ただし私の抱えていた謎とあなたの抱えている謎は同じではないと思います。
 絣は濁った瞳で私を見据えそう断りを入れた。

 続けて訊く。


リパ -ノゝ「…………被害者である大神さんの祖先はどの国の出身だったか分かりますか?」

(;ノAヽ)「は? いえ、そこまでは調べていませんが……」

(‘、‘ノi|「何処出身も何も、そんなものは事件になんの関係もないだろう」


 いいえ、と絣は言う。


リパ -ノゝ「…………私と、犯人にとってはとても重要なことでした、」


 国籍が重要?
 なら、やはり文書は国家機密に関係するものか?

632 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:54:08 ID:QwDmC5Uo0

 眉に皺を刻む私の顔を見、彼女はどう思ったのだろうか。
 「あなた達には関係がありませんが」と前置いて、更にこんなことを言った。 


リパ -ノゝ「…………私は被害者はモンゴルかトルコか、そうでないのならアラスカ辺りの血が混ざっているものと思いましたが、犯人は違ったのでしょう、」


 絣はそこで言葉を切った。
 どういうことなのかは質問しても答えてくれないだろう。
 彼女が言わないということはそのまま私が知る必要がないということだ。

 少なくともコイツの兄はそういう奴だった。
 不必要なことは言おうとしないが、面倒でも説明すべきことは説明してくれる奴だった。


(、 ノi「……分かった」

( ノAヽ)「警視?」

(‘、‘ノi|「今回の捜査に関係がないのであれば、とりあえずその話は聞き流しておくことにしよう」

リパ -ノゝ「…………そうですか、」

633 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:55:09 ID:QwDmC5Uo0

 私がそう言うと絣は頭を下げた。
 無言の礼は「プライドを傷つけてしまって申し訳ありません」と言っているようで癪に障ったが、きっとそれは私の被害妄想だ。
 気にしないことにしよう。

 そうして彼女は「もう一つだけ」と呟いて私に言った。


リパ -ノゝ「…………幽屋氷柱は犯人ではありません、」

(‘、‘ノi|「なんだ、知り合いなのか?」

リパ -ノゝ「…………個人的な知り合いですが、それは関係なく。彼女は犯人ではありません、」


 そして。
 絣は曇り空を見上げながら核心に触れる。


リパ -ノゝ「…………多分、犯人は自転車に乗っています、」

634 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:56:07 ID:QwDmC5Uo0
【―― 10 ――】


 お見舞いというのも変だけど、会長と氷柱先輩の家に行こうということになった。
 一介の後輩でしかない私が行っていいのかなとは思ったけれど、「氷柱ちゃんなら歓迎してくれるよ」という会長の言葉に後押しされ、私も同行することにしたのだ。

 靴を履き替え、自転車を取ってから校門へと向かう。
 会長は徒歩なので私も愛車を押して歩く。
 授業が終わって三十分は経っているので人影はもう疎らだった。


ミセ*゚ー゚)リ「そう言えば会長は何処に住んでるですか?」

「僕? 秘密」

ミセ*-3-)リ「えぇ〜……なんでですかぁ?」


 雑談をしつつ、二人でのんびりと歩く。
 灰色の曇天は朝よりもマシになっていて、切れ間からは心地良い太陽の光が差し込んでいる。
 朝方は纏わり付くようだった湿った空気も多少は緩和されていた。

 朝は、私の家より学校に近い、なつるの家からの歩きでの登校だから傘だったけど、自転車通学生は雨が降るとカッパを着ることになる。
 雨自体は嫌いじゃない私もあの暑苦しくてゴワゴワしたやつは大嫌いだった。
 傘差し運転をしたいところだけど、この学校の風紀委員長は厳しいし、何より危ない。

635 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:57:08 ID:QwDmC5Uo0

 特に女子。
 男子なら転んで顔に傷がついてもガ●ツみたいでカッコいいけど、女子で顔に傷があるのは致命的だ。

 ……こう考えると、でぃちゃんがどれほど整った顔をしているのかがよく分かる。
 鼻を横切るような傷があっても可愛いのは二次元だけだと思ってた。


ミセ;゚ー゚)リ「ねえ会長? そう思いま、せ……!」


 と。
 右隣を歩いていた会長を見たその時だった―――。



ミセ;゚ -゚)リ「え…………?」



 視界の端に――何かが、あった。

 私の右手にいた会長、その更に右側を、自転車に乗った男子生徒が通り過ぎた。
 濃い茶色の髪で彫りの深い顔立ちの人だった。
 彼は、口笛を吹きながらご機嫌そうにペダルを漕いでいて。

636 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:58:09 ID:QwDmC5Uo0

 そして――――“カゴに無造作に入れてある学生鞄から、重油のように醜悪で黒く淀み切った魔力が漏れ出していた”。



(‘_L’)「〜〜♪」



 聞こえてくる口笛が酷く不釣合いだ。

 なんだアレは。
 なんだアレは。
 冒涜的で悍ましく単なる怯えより複雑な吐き気をもよおすこの世のものならぬ理解を絶する底知れぬ暗澹たる――恐怖。

 ペニちゃんを見た時だって、ここまでじゃなかった。
 あの時の恐怖だって、これには匹敵しない。

 これは。 
 これは……怪異とかそういうレベルのものじゃ、ない。
 私が今まで、いや私以外のほとんどの人も見たことがないような――絶対。


:ミセ; -)リ:「あ……う、あ……」

637 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 04:59:07 ID:QwDmC5Uo0

 持っていた自転車も構わずに両腕で震える全身を抱いて蹲る。
 それは本能的な行動だった。

 視界が歪んでいる。
 今まで信じていた大事な何かが、根こそぎ崩されてしまったような、そんな。
 息が、上手くできない。

 あんな僅かな小匙程度の魔力で――こんなにも暴力的に絶望を理解させるなんて。
 あんなものがあっていいはずがない。
 あんなおかしなものが、この現実に存在して良いはずがない―――!

 アレは、一体―――?


「……自転車に揺られる衝撃でちょっとだけ封印が解けちゃったみたいだね。本人は気にしてないみたい、ううん、気付いてないのかな?」


 私の代わりに愛車を支えながら会長は知った風に呟く。
 悪魔のような笑みを浮かべたまま、まるでなんてことはないように。

 同じものを見ているはずなのに。
 面白いものを見つけた、と。
 彼女は、そんな認識でしかないような表情をしている。

638 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 05:00:07 ID:QwDmC5Uo0

 あんなものは取るに足らないと言外に主張しているかのように――笑ったままで。


「そうだよ」


 化物のような嘲り笑いを浮かべたままで。
 とても私との共通項なんて見つかりそうもない嘲笑のままで。

 彼女は、言う。



「アイツがナントカさんを殺し、魔導書を奪った――――犯人だ」



 その言葉を最後に。
 私の意識は、途切れた。






【――――そこまで。第七問、終わり】

639 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2013/09/19(木) 05:01:08 ID:QwDmC5Uo0


 「霧れる雨 ふる我が思ひ もぞ知るる」


【歌意】
雨が降り、霧がかかっている。
長い間抱え続けたこの思いが知られてしまっては困るなあと私が思う最中、涙は溢れ、目も霞んでいる。

【語法文法】
『霧れる雨』の『霧れ』はラ行四段活用「霧(き)る」の已然形か命令形。
意味としては「霧や霞がかかる」「霞む」と「涙で目が霞む」。付いているのは存続や完了を表す助動詞「り」の連体形『る』。
『雨』はそのまま雨だが、雨は比喩として「涙」という意味でも使われることがある。
次の『ふる』は動詞であり、掛詞として様々な形として使われる。
今回は小野小町の歌と同じくラ行四段活用終止形「降る」、そしてハ行下二段活用の動詞「経(ふ)」の連体形が掛かっている。
代名詞と格助詞で成り立つ『我が』は「が」が主格か連体格かで意味が異なるが、今回は連体格。「私の」と訳す。
『思ひ』は「考え」「希望・願望」「愛情・思慕」「心配」など複数の意味を持つ名詞。その為に訳していない。
係助詞の「も」に「ぞ」が付いた『もぞ』は良からぬ事態を心配する意を表し、「〜したら大変だ」「〜するといけない」という風になる。
最後の『知るる』は知るではなく知られる。ラ行下二段活用の「知られる」という意味を持つ動詞。
本来は終止形になるべき部分だが前述の『もぞ』の係り結びで連体形になっている。

【特記】
参考にした歌は特にないので文法が合っているか不安である。
雨を涙の比喩にする和歌は多いが、個人的に「涙雨」や「涙の雨」のように分かりやすく読み込んでしまうのはあまり好きではない

思わず涙が溢れてしまうような感情。
それはどのようなものだろう。
誰が、何に対して、あるいは誰に対して抱く『思ひ』なのだろうか。



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