(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
597 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2015/09/19(土) 22:27:40 ID:TVqnRl6k0












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599 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:33:03 ID:TVqnRl6k0

「お兄ちゃん!」





「お兄ちゃん!」





「お兄ちゃん! 聞いてる?」


「ああ、聞いてるよ」

600 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:33:55 ID:TVqnRl6k0

「じゃあこっちに来てよ。もうあんなに花が咲いてる!って、何してるの?」

「何って、拾ってるのさ」

「落ちた花なんか拾って何が楽しいの?」

「父さんが使うかもしれないだろ? 落ちた花だって、価値はあるんだ」

「下ばっかり見ないで、上も見たらいいのに。綺麗な花が咲いてるから」

「確かに、綺麗だね」

大樹の周りを走るのは、二人の子供。
利発そうな少年と、可愛らしい少女。

兄と妹。

一生懸命落ちた花びらを拾い集める少年。
その背中に、少女が勢いよく飛びつく。
少年はそれに怒ることもなく、散らばった花びらをそのままに立ち上がった。

601 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:38:17 ID:TVqnRl6k0

「お兄ちゃん……」

「なんだい?」

「お母さん、元気になるかな……」

「大丈夫だよ。きっとよくなる。なんたって、お父さんがいるからね」

「うん……」

俯く少女の両手を、優しく包み込む。
そのぬくもりに、少女は少し笑みを取り戻した。

「さ、もう帰ろう」

「うん!」

手を繋ぎ、丘をゆっくりと下る兄妹。
少年は、少女の歩幅に合わせるようにゆっくりと。
妹は、兄に追いつこうと足早に。

仲の良い二人は、暮れゆく空を背に、家に向かう。
父と母が待つ場所へ。

602 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:39:03 ID:TVqnRl6k0


煙突から上がる煙は、ご飯の合図。
二人はいつも通り、時間ぴったりに戻ってきた。

「おかえり」

出迎えてくれるのはは、母親。
白く透き通った肌と、細い腕。

弱々しく笑いながら、二人の子供を順に抱きしめる。


「「ただいま」」

少年は、心配をかけない様にしっかりと。
少女は、不安そうな声で。

「二人とも、机においで」

向こう、リビングから聞こえるのは父親の呼び声。
母が病床に伏してからは、食事を作るのは専ら彼の仕事である。

「「はーい」」

603 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:41:38 ID:TVqnRl6k0

どたばたと、足音を響かせて部屋に向かう少年。
少女は、母親と手を繋ぎながら、ゆっくりと。

机の上に並べられたのは、お世辞にも綺麗とは言えない料理。
木の実の皮が残ったまま、野菜の大きさは不揃い。
味は雑で、塩と胡椒、それと幾つかの調味料。

計量など勿論されておらず、同じ味付けになる日はない。
それでも、四人は笑いながら食卓を囲む。

「今日は何をしてたんだ?」

父親が問うと

「花びらを集めてきたよ」

少年が答えた。

「あら、どんな花が咲いていたの?」

母親が聞くと

「んーっとね、こーんな大きな花。綺麗な黄色なの!」

少女が笑う。

街より離れた所、草原と森の境にある建物で、
四人の笑い声が聞こえたのは、その日が最後だった。

604 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:45:33 ID:TVqnRl6k0

どたばたと、足音を響かせて部屋に向かう少年。
少女は、母親と手を繋ぎながら、ゆっくりと。

机の上に並べられたのは、お世辞にも綺麗とは言えない料理。
木の実の皮が残ったまま、野菜の大きさは不揃い。
味は雑で、塩と胡椒、それと幾つかの調味料。

計量など勿論されておらず、同じ味付けになる日はない。
それでも、四人は笑いながら食卓を囲む。

「今日は何をしてたんだ?」

父親が問うと

「花びらを集めてきたよ」

少年が答えた。

「あら、どんな花が咲いていたの?」

母親が聞くと

「んーっとね、こーんな大きな花。綺麗な黄色なの!」

少女が笑う。

街より離れた所、草原と森の境にある建物で、
四人の笑い声が聞こえたのは、その日が最後だった。

605 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:47:19 ID:TVqnRl6k0

・  ・  ・  ・  ・  ・



「くそっ! どうして!」

壁にたたきつけられたグラスは、乾いた音を立てて砕け散った。
愛する妻を病で失い、二人の子供もまた病で臥せっていた。
高名な錬金術師であって、その名誉を捨ててまで移動してきたこの地で、
病を治すことを自分自身に誓った。

しかし、現実には研究は全く進まず、病状は進行するばかり。
必死の延命処理も、虚しく過ぎ去っていく時を止めることは出来ない。
特に兄の病は酷く、もってあと数日だということが、男にははっきりとわかっていた。

目を瞑ったまま動かない少年。
時たまに上下する胸の動きが無ければ、死んでいるのかとさえ思ってしまうほど。

「すまない……妻を救えず、お前たちも助けられないかもしれない……」

「おとう……さん……」

少女は、ベッドから起き上がり、父親に抱き付く。

606 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:52:46 ID:TVqnRl6k0

「すまない……すまない……」

もはやどうしようもない。
男が諦めかけたもの無理のないことであった。

三人がかかった病は、治療法が存在せず、医者ですらも感染を恐れて近寄らない。
豊かな資源のある森の中ですら病気の進行を遅らせるのがやっと。

錬金術の力をもってしても、二人の生存は絶望的であった。
そのことを、男は理解していた。

誰に助けを求めることもできないと。
神も、悪魔も、縋っても意味のないことだと。

男は、理解していた。
もうすでに自分の力及ばぬ領域であると。
ただ、二人が力尽きた時、自らも後を追わなければならないと。

奇跡など、起こるわけがないのだと。

その日は朝から大雨で、雷がひっきりなしになっていた。
太陽の光は厚い雲に遮られ、昼間だというのに薄暗い。

激しい雨音が窓を叩き、それ以外の音がすべて失われたかのような世界の中で、
長らく眠ったままだった少年が、薄っすらと目を開けた。

607 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 22:55:21 ID:TVqnRl6k0

男がそのことに気付いたのは、何もできず、ただずっと傍にいたからであった。

「とうさん……」

「なんだ? なにか欲しいものがあるか?」

呼びかけに答えるために、骨と皮になった少年の手を持ち上げる。
かすかに残る体温が、男の手の平にじんわりと染み込む。

「ありが……と……」

父親が掴んだ手は、ゆっくりと温もりを失っていく。
胸の動きは、だんだんと小さくなっていく。

やがて、その鼓動が完全に止まった時、何者かが家の扉を叩いた。
まるで死神が訪ねてきたのかと、少年の父親は怯えた。

まだ少女は生きている。
彼女だけは連れて行かせまいと、扉の前に立つ。
震える手で開けたその先には、予想だにしない状況であった。

背格好は小柄で、ともすれば子供とも勘違いされないほど。
降りしきる雨を防ぐものは身に付けておらず、指先までびしょぬれになった女。

608 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:00:08 ID:TVqnRl6k0

面食らった男は、思わず一歩下がる。
何とか声をかけたのが、精一杯の抵抗であった。

「あ、な、何か用ですか……」

「いやー雨宿りをさせてほしくって」

それを気にした様子もなく小さな笑顔を見せ、答えを聞かずに家の中に入り込む。

女は、今家の中で何が起きているか知る由もない。
しかし、その暢気な声に、男は我を忘れて怒鳴ってしまう。
それを意にも介さず、女はずけずけと部屋に上がる。

鞄から出したタオルで頭を拭くが、それも濡れてしまっているので意味がない。
歩いた場所に水溜りを作りながら、物色するように家の中を歩く。

慌てて少女の前に立つ男に、女は笑いかけた。

「助けてあげよう」

あまりにも唐突な発言と、突拍子のない内容に、男の思考は奪われた。
目の前の女は、たった一目、見ただけでわかったと言わんばかりに両手を広げる。

「時間がないよ。どうする?」

609 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:02:13 ID:TVqnRl6k0

「本当に……助かるのか……?」

そう聞き返した男は、さらに驚愕することとなる。

「ええ、少年は、ね」

たった今、自らの手の中で消えさった命。
愛する妻との間に生まれた、大事で大切な子供。

「どういう……ことだ……」

「女の子は助けられない。その病気を治す薬は持ってないからね。
 でも、男の子のための薬ならある」

「嘘だ……」

死んだ人間は生き返らない。

そんなことは当たり前だ。
それを覆せるのだとすれば、神か悪魔しかいない。
果たしてこの女はどちらなのだろうか、そう考えた時、男は冷静でなくなっている自分に気付いた。



「嘘じゃない」

610 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:06:06 ID:TVqnRl6k0

強い言葉で返され、目の前に立つ女を見つめなおす。
人間を助けようとする神などいない。
いるのは、耳障りのいい言葉で誘惑し、代償を要求する悪魔だけであると。

自らに言い聞かせ、その言葉を断ろうとした。
息子は死んだのだと、心の中で強く自らに言い聞かせる。

「何もいらないよ。ただ数か月、あなたが言われたことをすればいいだけ。
 薬が完成するかどうかは、あなた次第」

「……」

決意に固まりかけた心が、再び揺らぐ。
やってみてもいいんじゃないかと、心の中で自分が囁いていた。
どうせ嘘であったとしても、失うものは何もないのだと。

「パパ……?」

「すまない……お前も必ず助ける。だから、今は……」

「それじゃ、これ。はい」

611 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:07:32 ID:TVqnRl6k0

手渡されたのは、表紙が破れてしまっている冊子と深緑色の液体。
錬金術師である男は、その液体に惹きつけられていた。

「これにかいてある通りにしてね」

「あ、ああ……」

「この雨が止むまでは手伝ってあげるよ」

そういうと、女は荷物の中をあさりだした。
試験管のようなものがいくつも零れるが、それを気にせずに女は何かを探す。

「っと、見つけた」

取り出したのは三粒の錠剤。
小瓶の中で、液体に沈められて保存されている。

「いる? いや、いるって答えると思うよ」

手のひらに乗せ、男に向けて差し出す。

「なんだそれは」

612 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:08:50 ID:TVqnRl6k0

怪訝そうに男が問うと、女は満面の笑みでこたえた。

「忘却剤。ただし、私特製の。忘れたい内容を指定できるよ」

「どういうことだ」

「あなたの息子は、もうあなたの息子じゃないから」

婉曲的な表現。
それを理解することは男にはできなかったし、
そもそも女はわざわざわかりにくいように遠まわしに言っていた。
その態度に苛立ちながらも、男は根気よく尋ねる。

「目を覚ました時、それまでの記憶を何一つ覚えていない」

「……」

「ま、代償っていうとそうなるのかな? 今まで生きてきた記憶をすべて失っても、それでも生きていてほしいなら」

「生きていてさえくれればいい」

「そう、それともう一つ。あなたの息子は、人間じゃなくなるよ?」

「人間じゃ……なくなる……?」

613 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:10:37 ID:TVqnRl6k0

「君の息子が得るのは……不老不死の新しい命。その意味は分かるんじゃないの?」

「まさか」

男は笑っている自分に気付いた。
不老不死などという夢物語にすら、頼ろうとしてしまっている自分自身の不甲斐なさに。
不可能と呼ばれる伝説に縋りついてしまいみじめな自分自身に。

「冗談を言ってるように見える? まぁ、勿論、あなたの記憶は引き継げるよ。
 あなたの記憶として、だけどね」

「………………」

再び目を覚ました息子が、自分の記憶がないとなるとどうなるだろう。
男は考える。
どう考えても悪い結果しか思いつかず、それでも最良の方法を。

記憶がなく、自らの過去を人の目を通したものとして与えられた時、
果たしてそれを素直に信じることができるだろうか。
もし、仮に自分自身が同じ立場に置かれたらどうするか。

「疑うだろうな……」

自分は、本当に記憶の自分なのか。
ただ、記憶を与えられただけの人形ではないのか、と。

614 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:12:37 ID:TVqnRl6k0

そこに考えが至った時、男は一つの提案をする。

「記憶は、最低限。錬金術に関する私の知識と記憶だけを与えることにする。そして……すまない」

「パパ……?」

男は決断した。
自らの息子を救うために、自らの息子を失わせることを。

「私の我儘を赦してほしい」

「はい、どうぞ」

「全て、忘れるんだ。私の子供は、お前たった一人」

まるで呪いのように。

言葉をつぶやきながら、手渡された薬、それを少女に飲ませた。
抵抗することなく、少女は小さな粒を飲み込む。
数秒も経たず、その小さな体はベッドに倒れ込んだ。

「!」



「大丈夫。起きてきたらすべて忘れているよ。さ、始めようか」

615 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:15:01 ID:TVqnRl6k0
]













0 記録  End


617 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/09/19(土) 23:21:56 ID:TVqnRl6k0
【時系列】

0 記録 → ???
   ↑
   ↓
22 アタラシキイノチ 誕生編
23 フシノヤマイ
24 テニイレタキセキ
25 シズカナムクロ
   ↑
   ↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです 少女編
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです   
8 ホムンクルスと少女のようです
   ↑
   |
   ↓
1 ホムンクルスは戦うようです
   │
2 ホムンクルスは稼ぐようです
   │
3 ホムンクルスは抗うようです
   │
4 ホムンクルスは救うようです
   │
5 ホムンクルスは治すようです
   │
9 ホムンクルスは迷うようです
   |
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末

17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
18 ホムンクルスと怨嗟の渦動
19 ホムンクルスと戦禍の傷跡
20 ホムンクルスと不在の代償
21 ホムンクルスと戦争の終結
   │
   │
16 ホムンクルスは試すようです


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