(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
- 937 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:45:05 ID:Gkb9tC9Q0
0 記憶
- 938 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:46:52 ID:Gkb9tC9Q0
落ちていく。
深く深く。
底は見えず、天井も存在しない空間。
ただ自由落下による重力が身体を捉えている感覚だけがあった。
両手もない。両足もない。体もなく、頭もない。
あるのはただ意識のみで、身動きすらできない不自由落下。
僕は本当に、ショボンという名の人間なのだろうか。
シュールの屋敷で、でぃに過去の記憶を呼び起こされているはずのホムンクルスは……僕・……?
記憶が混濁し、意識が歪曲していく。
ついさっきまでの事実に確信が持てなくなり、自分自身の存在の不確かさに不安が拭えない。
- 939 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:47:43 ID:Gkb9tC9Q0
今考えている意識は僕自身なのかどうか。
不毛な心配をする時間は、いくらでもあった。
終わりはないとさえ思えるほど長く感じる落下時間。
脈打つ音すら聞こえない静寂。
意識がはっきりした時、
なにかに衝突した衝撃を感じ、柔らかな光に包まれた僕は宙に浮いていた。
もがくための腕も脚もなく、ただ意識だけがそこに存在し、世界を……過去を認識している。
一人の少年が、人ごみの中を走り抜けていく。
ぶつかりそうになりながら、忘れもしない、球体がある広場を。
- 940 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:49:39 ID:Gkb9tC9Q0
辺りを行き交う人は多く、騒がしいのはそこが観光地であるから。
ウィムナース教会前は、子供には恐ろしい場所だろう。
立ちふさがる人の壁を潜り抜け、少年は遂に目的の相手を見つけた。
とうさん、と叫び男性に飛びついた。
「行こうか。お母さんとデレーシアが待っている」
「うんっ!」
ホムンクルスの僕に子供時代があるはずもない。
これは過去の記憶ではないのだろうか。
それとも、想起の鈴の不具合よる記憶の齟齬だろうか。
冷静だったはずの脳内は、再び混乱の渦の中に叩き落とされた。
少年と手を繋ぐその男性の顔は、確かにシャキン・フォン・ホーエンハイムその人。
僕の御主人様であり、優秀な錬金術師。
デレーシア様の父親に間違いなく、ワカッテマスの兄である存在。
- 941 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:51:23 ID:Gkb9tC9Q0
しかし、僕が知るはずの姿よりもずっと若い。
血の記憶には僕以外の記憶が存在するはずはない。
シャキン様によって生み出されたホムンクルス。
その血の中に混じるこの記憶は、一体誰の持つものなのか。
答えは得られぬまま、虚構の世界は時を刻む。
僕にそっくりな見知らぬ少年とその父親は、少女と話していた女性と合流した。
「おにいちゃん!」
「ごめんね、デレーシア」
「ううん、だいじょうぶ!」
「さて、それじゃあ教会の中に入ろうか」
「「はーい」」
- 942 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:52:28 ID:Gkb9tC9Q0
御主人様は、女性と二人手を繋ぎながら歩く。
その周りを、幼い少女と少年が駆け回る。
ウィムナース教会の中は、僕が知っている時代よりもずっと賑わっていた。
「おにいちゃん!」
「なに?」
「私ね、またみんなでここに来たいな!」
「きっと来れるよ」
「うんっ!」
四人の家族は教会を出た後、帰路についた。
貸し切り馬車の中で、子供たちは疲れ切って眠っている。
女性は、隠すように小さな咳をしていた。
- 943 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:55:42 ID:Gkb9tC9Q0
「大丈夫か」
「ええ……」
デレーシア様の母親は病で亡くなっていたはずだと、咄嗟に思い出した。
「本当は一泊でもしていきたかったんだが」
「ごめんなさいね、私の体調が悪いせいで……」
「なに、仕方ないさ。治ってからまたいつでも来れる」
「あなたにかかれば、すぐに治っちゃうかしら」
「ああ、帰ったらすぐに薬を調合しよう」
「ごほっ……」
「っ! すまないが急いでくれ」
- 944 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:57:10 ID:Gkb9tC9Q0
御主人様の声に応え、御者は速度を上げた。
揺れが強く細かくなるが、子供たちは目を覚まさない。
雲行きは次第に悪くなり、雨が降り始めた。
泥を弾き飛ばしながら馬車は進む。
その光景を見ながら、一つ不安に思うことがあった。
この記憶は、ひたすらに続くのだろうかという疑問。
もしそうならば、僕はデレーシア様の姿から計算してもこれからの数年を体感しなければならないということになる。
それに、あの光景を見るのは出来るならば避けたい。
ワカッテマスの暴走が起きたあの日のことを。
そもそも、どうやってこの夢から覚めればいいのかもわからない。
焦る気持ちは、世界に歪みをもたらした。
絵具に水滴をこぼしたかのように世界は滲む。
暫くして崩れかけた血の世界は元に戻った。
- 945 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 21:59:04 ID:Gkb9tC9Q0
おかげで、一つの仮説が導き出せた。
僕自身の精神とこの記憶世界は連動しているのではないか、と。
そして実際に強く意識することで、
雨はやみ、馬車は消え、四人家族が一つの家で食事をしている記憶にまで意識が移動した。
願えば、必要な情報だけを抜き取ることができるはずだと、理解した。
それならば、僕はシュールの出会った時さえ確認すればいい。
問題はどうやってその日を特定するか、だ。
僕が生まれる少し前くらいから調べていけばいい。
そう願ったことがトリガーとなって、記憶のページがめくられていく。
その日は地面が沈むほどの大雨。
- 946 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:00:17 ID:Gkb9tC9Q0
(` ω ´) 「私は……ここにいるよ」
(` ω ´) 「ショボン……」
毛布から零れた片手に、御主人様は両手を重ねていた。
その疲れ切った顔の原因は年月だけじゃない。
愛する妻と息子を病で亡くし、娘すら奪われそうになっている。
その心労は想像に難くない。
柔らかな寝床の上に少年が眠っていた。
寝息は無く、ピクリとも動かない。
そのベッドの傍では、僕の知っている御主人様が項垂れていた。
その状態を見てもまだ、僕は何が起きていたのか理解していなかった。
机の上に置かれたカレンダーは、僕の記憶にある最初の日の僅か数か月前。
- 947 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:02:26 ID:Gkb9tC9Q0
僕はホムンクルス。
不老不死の、錬金術による生命体。
じゃあ、これは誰だ。
身長は僕よりもずっと小さくて
見た目は僕よりずっと幼くて
同じ名前を持つ
僕と瓜二つの少年
- 948 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:03:25 ID:Gkb9tC9Q0
ふと、扉が叩かれる音が静かな世界に雷鳴を伴って響いた。
(;`・ω・´) 「あ、な、何か用ですか……」
lw´‐ _‐ノv 「いやー雨宿りをさせてほしくって」
訪ねてきたのは、女性。
フードを目深に被っているせいで顔は見えないが、身なりからすぐに錬金術師だとわかった。
豪雨の中を歩いてきたのか、全身余すところなくずぶ濡れ。
家主であるシャキン様の返事も聞かずに、ずうずうしく部屋に上がり込む。
濡れたフードを後ろにおろした時、僕は驚きと共に声を出しそうになった。
ここは記憶世界であって過去ではないのだから、一つアクションを起こしたところで、何か変わるわけでもないのに。
僕の存在や行動が与える影響力は皆無なのだから。
その女性は、後に僕とデレーシア様が街に向かったときに出会っていた女性の錬金術師。
その後、街で悪漢に襲われた僕らは、彼女から逃げるための資金をもらった。
そして今、僕の身体の傍らに立っているはずの女性。
華国で錬金術師をしている女性と、見間違えるほどにそっくりであった。
- 949 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:04:15 ID:Gkb9tC9Q0
思い出した。
あの女性こそが、シュールの意識を受け継いでいた。
あの時話した意識こそが、シュールの意識。
lw´‐ _‐ノv 「助けてあげよう」
シュールの意識を内包したシウルという名の女性は、御主人様にそう話しかけた。
心にあいた大穴を埋めようとするその発言は、御主人様にとって悪魔の囁きにも聞こえただろう。
lw´‐ _‐ノv 「時間がないよ。どうする?」
(;`・ω ´) 「本当に……助かるのか……?」
逡巡している時間は、決して長くなかった。
lw´‐ _‐ノv 「ええ、少年は、ね」
- 950 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:05:40 ID:Gkb9tC9Q0
(;`・ω・´) 「どういう……ことだ……」
lw´‐ _‐ノv 「女の子は助けられない。その病気を治す薬は持ってないからね。
でも、男の子のための薬ならある」
(`-ω-´) 「嘘だ……」
lw´‐ _‐ノv 「嘘じゃない」
死んだ者に与える薬があると、シュールは言った。
伊達や酔狂じゃない、はっきりとした言葉で。
lw´‐ _‐ノv 「何もいらないよ。ただ数か月、あなたが言われたことをすればいいだけ。
薬が完成するかどうかは、あなた次第」
ζ(゚ー゚ ζ 「パパ……?」
家の異変を感じたのか、少女が歩いてリビングに入ってくる。
目を覚ますことのない少年が横たわる部屋に。
少しばかり成長した少女の容姿は、僕の知っているデレーシア様とほとんど一致した。
それを認識したことで悪寒が背筋をはしる。
- 951 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:06:44 ID:Gkb9tC9Q0
この先の過去を、知りたくないと思った。
それでも過去の世界が終わらないのは、一方で知りたいと思っている自分自身がいるということ。
葛藤する僕の心とは切り離されたかのように、世界は進む。
(`-ω-´) 「すまない……お前も必ず助ける。だから、今は……」
lw´‐ _‐ノv 「それじゃ、これ。はい。これにかいてある通りにしてね」
シュールが渡した冊子には見覚えがあった。
それは、御主人様が持っていた最高位の錬金術の素材を纏めた本。
新緑元素についての扱い方も記してあった。
いつか、ワカッテマスが言っていたことがある。
一人だけで完成させたのではなさそうだ、と
- 952 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:08:35 ID:Gkb9tC9Q0
今にして思えば、あの冊子に記述してあった内容だけでは、新緑元素を扱いきることなんて到底できない。
たとえ一度錬成に使ったことがあったとしても。
たったそれきりで理解できるほど、単純なものではないのだから。
(`-ω-´) 「あ、ああ……」
lw´‐ _‐ノv 「この雨が止むまでは手伝ってあげるよ」
シュールがあさる鞄の中には、見たこともない素材、錬金術が無造作に詰め込まれていた。
引っ掻き回すようにして取り出したのは、小瓶に入った錠剤。
lw´‐ _‐ノv 「っと、見つけた。いる? いや、いるって答えると思うよ」
それを手のひらに乗せ、男に向けて差し出す。
小瓶に入っている液体は僅かに発光している。
(`・ω・´) 「なんだそれは」
lw´‐ _‐ノv 「忘却剤。ただし、私特製の。忘れたい内容を指定できるよ」
(`・ω・´) 「どういうことだ」
- 953 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:09:18 ID:Gkb9tC9Q0
lw´‐ _‐ノv 「あなたの息子は、もうあなたの息子じゃないから」
.
- 954 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:09:58 ID:Gkb9tC9Q0
そのたった一言で、断片的な欠片全てが一つにつながった。
同時に押し寄せる不快感。
もし今ここに身体があれば、吐き出してしまっていたに違いない。
僕は理解してしまった。
与えられたショボンという名の意味を。
ホムンクルスであって、ホムンクルスではない自分を。
lw´‐ _‐ノv 「目を覚ました時、それまでの記憶を何一つ覚えていない」
(`・ω・´) 「……」
lw´‐ _‐ノv 「ま、代償っていうとそうなるのかな?
今まで生きてきた記憶をすべて失っても、それでも生きていてほしいなら」
- 955 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:12:00 ID:Gkb9tC9Q0
(`・ω・´) 「生きていてさえくれればいい」
lw´‐ _‐ノv 「そう、それともう一つ。あなたの息子は、人間じゃなくなるよ?」
(;`・ω・´) 「人間じゃ……なくなる……?」
lw´‐ _‐ノv 「あなたの息子が得るのは……不老不死の新しい命。その意味は分かるんじゃないの?」
(`・ω・´) 「まさか」
lw´‐ _‐ノv 「冗談を言ってるように見える? まぁ、勿論、あなたの記憶は引き継げるよ。
あなたの記憶として、だけどね」
死体から生み出された命。
その命に宿った魂は……意識は……一体、どこから来た。
僕は、僕自身なのか、それともショボンという少年の残り滓なのか。
- 956 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:13:30 ID:Gkb9tC9Q0
千年が揺らぐ
人生が、崩れていく
家族を失い、愛を知り、人の営みを真似し
最愛の人と離れ離れになり、あてどなく世界を彷徨って
数多の記憶と経験を得て、星の数を超える出会いや別れを超えて
他者を護る為に戦い
憎しみの傀儡となって復讐し
今再び愛する人の為に歩み始めたその全てが
一瞬で、音もなく瓦解した。
- 957 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:15:20 ID:Gkb9tC9Q0
後に残ったのは、ちっぽけな自分という不安定な存在だけ。
.
- 959 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:17:14 ID:Gkb9tC9Q0
いつの間にか、過去の世界は止まっていた。
思えば、もっと早く気が付くべきだった。
シャキン・フォン・ホーエンハイムが、なぜ娘や妻の病気を治すことができなかったのか。
───不老不死の秘術はホムンクルスは、彼一人の手によるものではなかったから。
心臓や頭、頸椎を破壊されても再生する異常なほどの生命力。
さらに瞬間的な破壊に限らず異物による連続的な破壊からすら逃れ、再生するほどの。
剣を習えば、一年と経たず達人級。錬金術を行えば、右に出る者はいない。
恐ろしいまでの技術に対する習得力の高さ、錬金術に対する吸収力の強さ。
人間らしくあるために柔軟で、永く生きるために摩耗しない精神。
矛盾する二つの状態を持ち合わせた心。
- 960 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:18:07 ID:Gkb9tC9Q0
それらは、現代に存在している錬金術では到底不可能。
ディートリンデと出会ったとき、僕は錬金術によって封をされた匣を開けた。
その時に必要とされる錬金術は、きっと僕が僕として生まれた時にシュールによって仕組まれた。
だからこそすんなりと開けることができた。
シュールは言っていた。
血液から情報を得ようとしても、何世代も経過することで次第に薄れていってしまう。
その対策として、彼女は世代を繋がない人間を作った。
おそらく、錬金術適正の高さを考慮し、あの時代で有数の錬金術師だった、
シャキン・フォン・ホーエンハイムの息子の死体を利用した。
だからそう、この過去の記憶の先には、彼女の残したかった事実がある。
それを見ることが、僕に課せられた……僕が生きている意味。
- 961 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:18:54 ID:Gkb9tC9Q0
僕はただの保管庫。
朽ちず、錆びない記録の揺り籠。
貴重な情報を過去から未来へ運ぶことを強いられた道具。
意識すら、シュールによって都合のいいように造られたものかもしれない。
だとすれば、だとすればリリに対する気持ちはどうなる。
それすらも作り物だとわかってしまったら、僕は……。
固まってしまった過去の世界は、でぃに警告されていた状態。
過去に囚われてしまった人間は、自力で抜け出すことはできない、と。
もう、別にいい。
- 962 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:20:49 ID:Gkb9tC9Q0
自我すら偽物かもしれないのだ。
生きる意味なんてない。
永久に、記憶の狭間に取り残されて、何も感じずに、朽ちていく。
死ぬことができないホムンクルスにとって、最初で最後の死ぬ希望。
それがこの記憶世界。
死とは、こうも安らかなものなのだと。
この世に残してきた全てのしがらみから解き放たれ、
あらゆる義務は存在せず、ただ死んでいればいい。
死に続けていればいい。
意識が闇に紛れて消えかけた時、一際強い光が音となって僕を貫いた。
- 963 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:22:25 ID:Gkb9tC9Q0
「ショボン!!」
.
- 964 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:24:30 ID:Gkb9tC9Q0
「っ!!」
明確に聞こえた、その声。
温もりすらも思い出させるような響き。
埋もれかけていた意識は、覚醒した。
なぜ、今になって彼女の声が聞こえたのか。
単純な理由だった。
何よりも深く、誰よりも強く、刻み込まれている記憶だったからこそ。
魂の深淵に、記憶の嵐を貫いて届きえた。
たった一言で十分だった。
彼女の僕を呼ぶ声は、僕が僕である理由になる。
たとえ僕自身が作り物だったとしても、この気持ちすら与えられたものだったとしても、
運命すら仕組まれたものだっとしても、僕が僕であることとは関係ない。
彼女を救う。
- 965 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:25:14 ID:Gkb9tC9Q0
そのためには、この過去から前に踏み出さなければならない。
そう決意した瞬間、停滞していた過去の空間はガラスの様に砕け散った。
あれから数か月、結局シュールはずっとシャキン・フォン・ホーエンハイムを手伝っていた。
幾つかの錬金術を試しながら、より完成系のホムンクルスを生み出すために。
lw´‐ _‐ノv 「そう、新緑元素の錬金術は思い切りが大事」
(`・ω・´) 「ああ……」
lw´‐ _‐ノv 「後は、私が持っている秘薬を加えれば完成する。
正直、ここまでハイクオリティなものができるとは思っていなかったよ。
私は、私の現役時代を完全に超えたかな」
- 966 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:26:06 ID:Gkb9tC9Q0
(`・ω・´) 「現役時代……?」
lw´‐ _‐ノv 「あ、こっちの話ー」
シュールは封のされた壺を机の上に置いた。
雑多なものが散らかっている研究室は、吐いた息が白くなるほどに寒く設定されている。
それは、少年の死体の状態を悪くしないため。
(`・ω・´) 「……」
lw´‐ _‐ノv 「どうしたの?」
(`・ω・´) 「彼は……この子は、ショボンなのか?」
lw´‐ _‐ノv 「いや、それは違うよ。前にも言ったけど、姿かたちや声は似ていても、全くの別人。
錬金術をもってしても、死んだ人間を生き返らせることは出来ない」
(`・ω・´) 「それなら……この子の魂は……意識はどうなる」
- 967 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:27:24 ID:Gkb9tC9Q0
lw´‐ _‐ノv 「新たに形成される……と思う。正直あんまり正確には予想できないかな。
私たちができるのは、身体を与えることだけ。
これから何を経験して、何かを得て、失って、そうやって成長していく。
人間の子供と同じようにね。覚悟はできた?」
(`・ω・´) 「……ああ」
史上最高の錬金術師による究極の錬金術。
不老不死の秘術。
死体を利用することにより、幾つかの改編をされたその薬に、シュールは最後の素材を加えた。
記憶と呼ばれる、一欠片。
lw´‐ _‐ノv 「それじゃあ、黙って聞いて」
(`・ω・´) 「何を……」
lw´‐ _‐ノv 「私の我儘で、迷惑をかけるけど、これは未来に持っていって。あなただけにしかできないことだから」
彼女は、僕に話しかける。
- 968 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:29:17 ID:Gkb9tC9Q0
分割した二つの意識のうち、
片方はコキラ一族に代々受け継がれていく。
もう片方は水晶の中に閉じ込め、何処とも知れない山中に捨てた。
それが百年以上も昔のこと。
そしてつい最近、最後の残り滓をティラミアに封じた。
もし、彼女の意識が目覚めてしまったら、世界に暗い影を落とすことになる。
欠片一つでさえ、人間一人の精神を崩壊させるには十分すぎるだろうね。
錬金術の知識が氾濫するようになって、争いの規模が激化し、
最悪、旧大陸で起きた悲劇と同等かそれ以上の事が起きる。
君には、それを止めてもらいたい。
あまりにも重い役割だと思う。でも、君にしかできない。
そのための武器は、全て君の知識の中にある。
- 970 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:35:43 ID:Gkb9tC9Q0
戦うための強靭な肉体と、考えるための柔軟な精神。
経験するたびに強く、賢くなり、
錬金術そのものである君は、錬金術に対して鋭敏な感覚を有する。
素材と錬成については、イヴィリーカの知識の欠片すら与えた。
彼女の水晶は、シスターヴァの生きた一体を使った錬金術。
破壊するためには、同じ七大災厄の素材が必要になる。
テンヴェイラの鋏を用いる方法が最も簡単だと思う。
粉末にした鋏を素材に加えた刃であれば、幾つか工夫は必要だけれど水晶を破壊できる。
水晶という居場所を失った精神は、放っておいてもいずれこの世から消滅する。
もしできるなら、エルファニアをその場に呼び出せばいい。
跡形もなく消し去ってくれるだろうから。
- 971 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:37:23 ID:Gkb9tC9Q0
ただ一つ、彼女の居場所はまだつかめていない。
巧妙に姿を隠しているのか、それともまだその存在が明らかにされていないのか。
彼女の意識を見つけるためのヒントを幾つか伝えておく。
私が彼女への対策として用意していた古代錬金術に関わる可能性が高いこと。
目を覚ました彼女は必ず錬金術師の近くにいる。それも相当に優秀な。
それだけではなく、彼女にもイヴィリーカの特別な知識が一部紛れ込んでいる。
何処かで錬金術の驚異的な発展が起きるかもしれない。
百年になるか、千年になるかわからない。
もしかしたら、ただの杞憂であって無限の苦しみを与えてしまうかもしれない。
これは酷く自分勝手な願い。
どうかこの世界のために生まれて、生きて。
生きて、生き続けて。
- 972 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:39:21 ID:Gkb9tC9Q0
lw´‐ _‐ノv 「シャキン、あなたの血を」
(;`・ω・´) 「あ、ああ」
記憶を得たのは、シャキン・フォン・ホーエンハイムの血液。
そしてそれは、不老不死の錬金術と共に僕の身体へ。
lw´‐ _‐ノv 「ひと月ほどで目を覚ますと思う。失敗はしていないだろうけど、経過観察はよろしく」
(`・ω・´) 「あ、ああ。シウルはどうする」
lw´‐ _‐ノv 「私? 私は街に戻ってひっそりと暮らすよ。
困ったことがあればいつでもおいで。あと、残りの忘却剤は置いておく。
必要な時にいつでも飲めばいいさ」
(`・ω・´) 「礼を言うのは筋違いだろうな……」
lw´‐ _‐ノv 「さよなら、共犯者」
シュールはにっこりと笑い、雲に覆われた空の元歩いて出ていった。
残されたシャキン・フォン・ホーエンハイムは、ただただ息子の抜け殻を見守っていた。
声にならない謝罪を繰り返しながら。
- 973 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:40:01 ID:Gkb9tC9Q0
0 記憶 End
- 975 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:45:14 ID:Gkb9tC9Q0
- 【時系列】
0 記録 → 0 記憶
↑
↓
22 アタラシキイノチ 誕生編
23 フシノヤマイ
24 テニイレタキセキ
25 シズカナムクロ
↑
↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです 少女編
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです
8 ホムンクルスと少女のようです
↑
|
↓
1 ホムンクルスは戦うようです
│
2 ホムンクルスは稼ぐようです
│
3 ホムンクルスは抗うようです
│
4 ホムンクルスは救うようです
│
5 ホムンクルスは治すようです
│
9 ホムンクルスは迷うようです
|
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末
17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
18 ホムンクルスと怨嗟の渦動
19 ホムンクルスと戦禍の傷跡
20 ホムンクルスと不在の代償
21 ホムンクルスと戦争の終結
- 976 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2016/03/15(火) 22:45:59 ID:Gkb9tC9Q0
- │
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
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