(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
805名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:03:58 ID:r7qD9sG60












16 ホムンクルスは試すようです

806名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:05:49 ID:r7qD9sG60

旅の途中にあった酒場で静かに飲んでいたら、隣の話し声が聞こえてきた。
周りを警戒してか、かすれるような小さな声に、僕はつい耳を澄ます。



古代錬金術の遺産が発掘された、と。



男は確かにそう言った。


錬金術師の間では、もはや一種の神話となっている古代錬金術。

海を渡り、山を越え、複数の地域に跨がり発見されるそれらは、
現代錬金術では、到底再現できないものばかり。

それらは僕が生まれた時代、つまり現在史実として残っている錬金術の最初期と思われる頃よりも、
なお古い時代に作られていたのではないかと考えられている。
出土する時代、錬成された物質の効果は様々でありながら、必ず一つの共通点があった。

807名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:07:48 ID:r7qD9sG60

石で作られた匣に入っていること。
今まで見つけられた匣の数は知らないが、いくつかは錬金術師の集落にある大罪館で保管されている。
ワタナベクスの許可がなければ鍵の解除に取り組むことすらできない。

故に、術師の間で話に上がる古代錬金術の物質は、個人で解錠されたものだけだ。
僕の記憶にあるもので、たった二つ。噂で聞いたことがあるものをあわせても、二桁にはならない。

それほど貴重なものであるからして、隠し持っている術師もいるだろう。

酒場には仕事を終わらせて帰ってきた者たちが、浴びるように酒をあおっていた。
葡萄酒、ラム酒、ビール。アルコールは一様にして体の疲れを忘れさせてくれる。
酔っ払いの声に紛れるようにして、男達は続ける。

「俺の生まれではな、ずっと前から奇妙な噂があった」

「喋る猫の話か?」

「ああそうだ。人間の言葉を理解する猫は財宝への道案内をしてくれる。
 お前らには何度か話をしたことがあったな」

808名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:09:15 ID:r7qD9sG60

「それがどうした?」

彼は僕が聞いていることに気付いていない。

「この前、山で迷った奴が猫を見つけてな。後をつけたら洞窟を見つけたらしい。
 そこには、不思議な台座と、光る匣、それに、こいつがたくさん散らばっていた。
 匣はそいつが持って行っちまったが、これならそこらじゅうにある」

「高く売れるのか?」

「わからんが、錬金術師の親父が言うには古代錬金術関連だそうだ」

古代錬金術の情報を、これほど早く手に入れることができた僕は、運が良かったのかもしれない。
そう思った直後、それは訂正しなければならないと知った。

男が手に持っていた真っ赤な鉱物を見て。

(;´・ω・`) 「おい!!! それを捨てっ……」

喧騒で溢れていた酒場は,、それを上回る爆音と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。
そこにいた多くの人間は血と肉の塊になり、僕は壁際に打ち付けられた。




(メ´-ω・`) 「くそっ……」

809名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:11:16 ID:r7qD9sG60

飲みかけだったグラスは手元になく、
壁に飾られたワインボトルは、全て床に落ちて砕けている。
洒落た蝋燭立ても、木のテーブルも、跡形の残っているものはほとんどない。

(;´・ω・`) 「逃げるしかないか……」

爆心地から離れた所から聞こえるのは、直撃を免れた者達のうめき声。
出来るなら生存者の手当てをしてやりたいが、
こんな状況で無傷なまま見つかれば、神か悪魔か、ろくな扱いをうけない。

爆破事件の犯人として、磔にされるのはごめんだ。

幸いにして建物の崩壊には至っておらず、裏口の扉は残っていた。
騒ぎを聞きつけてすぐに人が集まってくるはずだ。
煙が晴れる前に、僕はその場所を離れた。

(´・ω・`) (正確な採掘場所を聞き損ねたな……)


男は血のように赤い塊を手に握っていた。
ある程度の錬金術の知識があれば、それが如何に危険なものかを察知できたはずだが……。
無知な男はその品を古代錬金術と信じていた。

810名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:12:14 ID:r7qD9sG60

古代錬金術は、その貴重さゆえ非常に高く売れる。
一晩で一山の財産を築くことができる夢のような存在だ。

ただし、高価で貴重なものであるということは、同時に危険と隣り合わせということでもある。
今回のように、命に係わることも少なくない。

男が持っていた鉱石は、砂漠で採取され、見た目は赤黒く、石のようにも見える。
しかし、温度が上がっていくごとに、ゆっくりと純度の高い赤色に変化していき、
ある一定の温度以上といくつかの条件が重なると、急激に気化する鉱物。

気化すれば、熱と反応し大爆発を引き起こす。
その結果、酒場は吹き飛び多くの人間が死んだ。

男はそんな危険なものが大量にあると言っていた。
それらを放置していて同じ過ちが繰り返されてしまうことは阻止したい。
件の古代錬金術への興味もある。

(´・ω・`) 「しゃべる猫、か」

唯一残されたヒントは、言葉の端にあった妙な話。
噂になっているなら、探しようはあるはずだ。

811名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:13:37 ID:r7qD9sG60

三方を山に囲まれ、山の先の集落との中継地として発展してきたため、
この街は地域の中ではかなり大きい部類に入る。
そのため、夜中でも月明かりがあれば、人通りは少なくない。
酒場やサロンのような情報交換ができる場所もある。

(´-ω-`) (地道な聞きみか作業か……)

溜息をつき、別に酒場に向かった。



・  ・  ・  ・  ・  ・



幸いにして、噂の出所はすぐにたどることができた。
近辺では有名な話らしく、北方へ山を三つ超えたところが、その地だそうだ。

街はずれの廃墟を借り、旅の準備を整える。
荒れ放題になっていた屋敷は、人を雇いなんとか住めるように掃除をしてもらう。
ついでに、必要な錬金術の素材と道具をいくつか揃えた。

812名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:14:29 ID:r7qD9sG60

(´-ω-`) (どんなものがいいだろうか……)

男の話を信じるのなら、古代錬金術は既に所有者がいるだろう。
ならば交渉に応じてくれた場合、それと交換できるようなものを用意しなければならない。
所有者にとって価値の高いと思われるもの。

純金は外せないが、それ以外にも何か用意しておくべきだろう。
山中の村で喜ばれるものといえば、新鮮な魚介類だが……無理か。

この街から海は遠く、生の魚自体がほとんど流通していない。
仕入れルートをつくったところで、そのうち権力者に握りつぶされるのがおちだ。

ならば、生産性の高い食物でどうだろうか。
少ない土地でより多く実る植物は、交渉材料になりうる。

(´・ω・`) (それじゃあ……うーん)

必要な素材は多くある。
街で購入できるものはいいが、そうでないものは採取しにいかなければ。

813名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:17:29 ID:r7qD9sG60

何はともあれ、まずは錬金術の店に行かなければならない。
内陸の主要地であるだけあって、錬金術関連の情報や店舗は充実していた。
すっかり馴染みになってしまった店を尋ねると、
僕に気付いた店主が愛想のよい顔をして声をかけてきた。

「やあ、ショボンさん。今日も何か探しものかい?」

(´・ω・`) 「はい、そうです。一夜蔦と深海茸の胞子、後は……檻鶴の血液」

「ちょっと待っててな……あー檻鶴の血液は切らしてるな、すまない」

(´・ω・`) 「いえ、でしたら大丈夫です。代わりに……焔蝙蝠の番と生きた千年蝉の幼虫は?」

「それだったら両方あるよ」

(´・ω・`) 「いくらになります?」

「サービスさせてもらってこのくらいだ」

店主が出してきた伝票分を金貨で支払い、礼を言って店を出た。
家に帰ってきてから、すぐに錬成の下準備を始める。

814名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:19:43 ID:r7qD9sG60

一夜蔦は細かく刻んで、水に漬けておく。
透明だった液体が濃い緑色になったら、専用の紙でろ過する。
一夜蔦は、一晩で森を埋め尽くすほど成長力が強い。
反面、日の光の中では三日ももたないほどの脆弱性を併せ持つ。

(´・ω・`) (その成分は根菜に与えると爆発的な影響を及ぼす)

それだけでは一年もしないうちに土が枯れてしまい意味がない。
栄養分と成長をコントロールすることが重要になってくる。

深海茸の胞子は真珠のように白く小さな球体。
時期になれば、海に浮かび入り江を埋め尽くす。
そのまま海を漂い、そのうち沈んで新たな茸となるが、
栄養価が高すぎるため、ほとんどは外海に出る前に魚の餌になってしまう。

胞子はすり潰して、乾燥させる。
そうすることで地面に撒きやすくなり、栄養分が偏らない。


焔蝙蝠は皮を剥ぎ、肉を切り出す。
十分に熱した後、細かく刻み千年蝉の幼虫の餌にすればいい。

土を食べて生きている幼虫は、栄養のあるものであれば何でも食べる。
一週間ほど放置して、肉を食べた後の幼虫からエキスを絞る。
それは一夜蔦と混ぜてから小瓶に入れて保存した。

815名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:20:43 ID:r7qD9sG60

ジャガイモの種芋とアーモンドの苗木を用意して、錬成を施した後、荷の中に詰め込む。
噂を聞いてからすでに二週間は経っているが、あれから新たな爆発騒ぎは聞いていない。
とすれば、この情報はまだ他の錬金術師や盗掘者の耳には入っていないのだろう。

(´・ω・`) (さて、出発するか)

街の端は山の裾に隣接しているため、街を出るとすぐに山道になる。
だが道中は思ったより整備されていて、三日ほどで目的地にたどり着くことができた。

長閑な田舎といえば聞こえはいいが、実際にはほとんど人が住んでいないのが一目でわかる。
山の中腹に見える家々は、全部を数えても百ほどしかない。

(´・ω・`) 「すいません、この町で不思議なものが見つかったと聞いたのですが」

近くで畑作業をしていた老婆に聞くと、指をさして教えてくれた。

「不思議なもの……はぁ……。そういえば、あすこの家のもんが何か見つけたと喜んでおったのぉ」

小さな村であれば噂話はすぐに広がる。
警戒心の薄い村人たちは、話をすれば大抵のことは教えてくれるし
親切で人がいい。

これが都市だったとすれば、目的の家を虱潰しに自分で探し当てなければならない。

816名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:22:47 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

畑を横切り、急な坂道を下り、なんとか家の前にたどり着く。
玄関を叩くと、不健康そうな青年が迎えてくれた。
肌は青白く、頬は痩せこけている。
病気ではなさそうだが、ひどく怠そうな顔をしていた。

「なにか……? 親父なら出かけてますが」

(´・ω・`) 「古代錬金術についてお聞きしたいことが」

青年の警戒色が強まる。
空気が張り詰めたように重たくなった。

「……帰ってくれ」

足を挟んで扉が閉じられるのを無理やり止める。

(´・ω・`) 「待ってください。私は錬金術師のショボンというものです。
       あなたが手に入れた古代錬金術の産物。ぜひ売って頂きたいのです」

「……」

817名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:25:15 ID:r7qD9sG60

不快そうな顔を隠そうとしないが、僕が武器を持っていないことがわかると、
話ができるだけの隙間は開けてくれた。

(´・ω・`) 「どうも」

「金があるようには見えないが」

百聞は一見に如かず。
見せて証明するのが一番早い。

(´・ω・`) 「これは錬金術で創り出した液体です。これをアーモンドの苗にかけると……」

男の家から少し離れた地面に軽く植えた苗は、小瓶に入った液体を与えると強く根を張る。
地中の養分を吸収する準備ができた後、あらかじめ用意していた白い粉を一つまみ与える。
深海茸の胞子は、アーモンドが成長するための養分となった。

「!!!」

幹はすぐに人間よりも高くなり、立派な果実を実らせた。
実を一つ千切り、薄い果肉を二つに割けば、
中から十分な大きさに成長したアーモンドが出てくる。

818名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:30:43 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「これが食用であることも証明した方がいいですか?」

「……錬金術師というのは本当のようだな。
 売れるかどうかは親父と相談しないとわからないが、話くらいはしよう。あがってくれ」

(´・ω・`) 「失礼します」

家の中にはベッドが一つ。干草がまとめておいてあるだけの簡単なものだった。
テーブルの周りに手作りの椅子が三つ。
そのうちの一つは長いこと使われていないように見える。

「そこに座ってくれ」

勧められた椅子に腰かけ、話題を切り出す。

(´・ω・`) 「それで、見つけた古代錬金術とはどのようなものでした?」

男はゆっくりと話始めた。

819名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:31:23 ID:r7qD9sG60

発掘された石の箱は、どのような仕掛けが施されているのだろうか。
村一番の力自慢ですら、傷一つ付けることができなかった。

両手で持てるくらいの大きさ。
重さは、見た目通り。

蓋に当たるであろう部分には三つの窪み。

表面には、幾重にも文様が刻み込まれていて、
それぞれが極僅かながら、色分けされている。
赤、青、黄、の三色が、それぞれの窪みから複雑に匣の全周を彩っているそうだ。

手に入れた青年の父親は、当初開けようと試みたものの、
すぐに諦めることになった。

それも当然だろう。
おおよそ彼らが思いつく方法では、その匣は決して開けることができない。

「こんな感じだ。本当に古代錬金術のもので間違いないのか?」

(´・ω・`) 「ええ、ほぼ間違いないでしょう」

気づかれないように部屋を見回したが、匣は見つけられなかった。
質素な部屋の中で、隠し場所はそう多くはないはずだが。

820名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:32:46 ID:r7qD9sG60

「それで、いくら支払ってくれる?」

(´・ω・`) 「拳の大きさ程度の金塊と、知恵と技術でお支払いしたいと思います」

「知恵と技術……?」

金だけで支払うことも容易だが、大量の金は彼らの生活を脅かしかねない。
誰もが簡単に使えることができるものより、用途は決まっていても、
持ち主しか利用できないもののほうがずっといいはずだと僕は考えた。

(´・ω・`) 「お話のお礼と言っては何ですが、あなたの役に立つものを差し上げます」

包みから取り出したのは見た目は普通のものと変わらない種芋。
但し、錬金術によって、数十倍、数百倍の成長速度を与えている。

「種芋なら、十分足りている」

表にあった畑には多くの野菜が植えられているのが見えた。
だが、あれらを管理するのは大変だろう。
その点、多少の難はあるが、この種芋であれば大抵の問題は解決できる。

821名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:33:50 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「この種芋は一度土に埋めれば、およそ十年間は毎年収穫ができると思います。
       もちろん、栄養だけは土に巻いてもらう必要がありますけれど」

「それを信じろというのは、あまりにも荒唐無稽だな」

(´・ω・`) 「ですので、これを埋めさせてください。
       最初の一度だけ、三日後に収穫出来るようにします」

疑われるのは仕方ない。
たいして錬金術を知らない人間からすれば、神の奇跡を起こします、と言われているようなものだから。
いや、知っていても信じてもらえないな……。

自分で言うのもなんだが、ここまで完成された錬金術には、人の寿命では到底たどり着けない。
無限の研究時間を有しているからこその成果だ。

「はぁ……それなら……」

(´・ω・`) 「では、畑をお借りします」

立ち上がり、家の外に出る。
男はゆっくりと後ろをついてきた。

「このあたりなら埋めてもあっても構わない。
 ちょうど土を休ませていたからな」

822名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:36:32 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「どうも」

種芋はナイフで半分に切り、間隔をあけて二つを埋めた。
養分は少し多めにしておこう。
小指の大きさほどの薬瓶を二本、埋め終わった種芋の上に突き刺す。
その後、一握りの白い粉を振りかける。

(´・ω・`) 「三日後、またお伺いします」

「三日待たないといけないのか。錬金術とやらで明日にすればいいではないか」

三日でも早すぎるくらいだ。
植物を無理やり成長させるなんてことは、
非常に不安定な橋の上を駆け抜けさせるようなものだ。

少しバランスが狂ってしまうだけで、
この辺り一面の植物が過剰に成長し、樹海と変えてしまいかねない。
勿論、そうはならないように十分な予防策はとっているけれど。

823名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:40:31 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「三日ほどがちょうどいいんです、今回の場合は」

「……まぁ、わかりました」

(´・ω・`) 「それでは、失礼します」

「この闇夜の中で帰るのか?」

ああそうか、今宵は新月か。空を見上げて、初めてそのことに気付いた。
付近が明るかったのは、村の風習か松明がいくつか掲げてあったからだ。
曇り空のせいで星明かりはほとんどないが、逆にその方が都合がいい。

(´・ω・`) 「ええ、色々としなければならないことがあるので」

持参したランプに明かりを灯す。
足元に気を付けながら山を下りないと。

(´・ω・`) 「そういえば、どこで石匣を見つけたかを教えてもらってもいいですか?」

「道なりに山を下っていけば途中、分かれ道にぶつかるはずだ。
 左に行けば、親父らが採掘をしていた場所に向かっていく。
 ただ、夜に向かうのは……」

(´・ω・`) 「心配していただいてありがとうございます。
       でも大丈夫ですよ」

824名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:47:08 ID:r7qD9sG60

「……気をつけて」

言葉に手振りだけで応え、山道に足を踏み入れた。
暗闇から森の息遣いを感じる。
昆虫の鳴き声と、風に揺れた枝葉は森を全体を生き物としてしているかのようだ。

(;´・ω・`) 「っと、危ない危ない……おっ……」

ランプに照らされた足元でに蠢く影を見つけて足を止めた。
道をゆっくり横断していたのは、紐のように細く長い蛇。
その見た目通り、非常に弱く、踏んでしまえばそこから千切れてしまう。
頭さえ無事であれば元通りになるが、千切れる度に一回り太くなる。

個体によっては、頭は小指ほどの大きさでありながら、全身は人間の腕よりも太くなるらしい。
そこまで成長してしまうと、食事可能なの量と体の維持に必要なエネルギーとのバランスが崩壊し、
長くは生きられない。

(´・ω・`) 「蛇頭龍尾。珍しい奴がいるな。
       やっぱり、古代錬金術に関係してるのかなぁ……」

錬金術が施された物質は、往々にして存在するだけで他に影響を与えることがある。
例え術師が意図していなくても。

825名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:50:13 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「捕まえるか」

こいつの頭は錬金術の素材になる。
身体もこれだけ細いなら、まだ数回程度しか再生していない。

(´・ω・`) 「細い身体は貴重なんだ。無駄にはしないよ」

一撃で頭を切り落とす。
尾の側は血を吹き不出しながらのたうち回っているが、すぐに動かなくなる。
小粒のような赤い瞳が恨みがましくこちらを見ているような気がするのは、僕の勝手な思い込みだろう。
頭はそのまま、尾は丸めて袋に入れる。

夜が明けるまでに、匣が埋められていた場所につくだろうか。

地図はなく、土地勘は無いに等しい。
一晩彷徨い歩くことになるかもしれないことも覚悟しておく。

(´・ω・`) (道案内でも頼めばよかったなぁ……)

826名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:50:57 ID:r7qD9sG60

生い茂る木々。
一人歩いていれば、闇に吸い込まれていくかのよう。

「……ゥゥ」
 
ちょうど分かれ道に差し掛かったころ、虫の音にまじって、唸り声が聞こえてきた。
外套の裏に隠していた小型のナイフを構え、足音をたてないよう慎重に声のする方に近づく。
茂みに蹲っていた小さな影に振り下ろした。



柔らかな肉を抉り、硬い骨を砕く手ごたえは、なかった。

「危ないのぉ」

草木の奥から聞こえた人の声にナイフを握りなおす。

(´・ω・`) 「誰だ!」

「人に名を尋ねるのであれば、自ら名乗るのが礼儀ではないか?」

返事は、至極まともなもので、気が緩むのを意識して抑えなければならなかった。

827名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:51:45 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「ショボン。錬金術師のショボンだ」

「人間のような受け答えをするのじゃな、化け物よ」

(;´・ω・`) 「!?」

僕の手元の灯りは、森の中で唯一の光。
相手からは僕の姿が見えているだろう。

それ故、僕が人間であると判断を下したのなら理解できる。
なぜ人間でないとわかった。
場合によっては看過できない。

「なぜ、ぬしのことがわかったのか、不思議そうな顔をしているな」

(;´・ω・`) 「……」

「そう構えずともよい。わらわもまた、ぬしと同じじゃからじゃよ」

828名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:53:30 ID:r7qD9sG60



同じ………………。



まさか………………。


茂みから出てきたのは、薄汚れた白猫。


 ∧  
(゚、。`フ 「驚いたか?」


(;´・ω・`) 「猫……?……喋ってる……!?」

噂は所詮噂だと、猫が人語を解するわけがないと思っていたが……。
ああ、僕はついに頭がおかしくなってしまったのか。
終わりのない世界を彷徨い続けている日々もこれまで。
脳の機能に限界が来てしまったのだろう。

829名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:58:00 ID:r7qD9sG60
 ∧  
(゚、。`フ 「ぬしよ、わらわは既に数百年生きておる。
       唯、見た目だけで猫と呼ぶのはやめてもらいたいの」

さよなら、リリ。死んで星の一部になったとしても、きっと僕らまた会えるよなね
それとも、もう待ってくれているのかい。
すぐにそっちに行くよ。
 ∧  
(゚、。`フ 「…………聞いておるか?」

人間のように不快そうな顔を浮かべる。
やっと現実を飲み込んだ僕は、返事をするのがやっとだった。

(´-ω・`) 「ああ、聞いてるよ」

猫が自然にしゃべるようになるなんてことはあり得ない。
例え百年経とうが千年経とうが。
ならば考えられる原因は一つ。
 ∧  
(゚、。`フ 「ふむ、まぁよい。このような夜遅くに何をしている?」

830名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 13:58:48 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「古代錬金術の発掘品が見つかった場所に行こうと思って……」

何を馬鹿正直に答えているんだ、僕は。
相手はよくわからない猫もどきだぞ。
 ∧  
(゚、。`フ 「失礼なことを考えているのぉ。まぁ、それも仕方ないことか。
       どのくらいまで想像しとるんかわからんが、わらわはもとはただの猫じゃった。
       暢気にの、野山を駆け回っておった。
       その時によくわからない人間につかまっての、意識を失うた。
       それから気づけば、何年生きても死なぬ。ついぞ今に至る」

(´・ω・`) 「不老不死……」
 ∧  
(゚、。`フ 「不死ではないと思うぞ。試したことはないがの。
       怪我の治りはさほど変わらんかったように思う。
       長く生きておったら、いつの間にか人の言葉を理解し、語るようにもなっておった」

(´・ω・`) 「その人間が、錬金術師だったということか?」
 ∧  
(゚、。`フ 「知らぬ。当時のことなどとうに忘れたわ」

831名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:00:35 ID:r7qD9sG60


遥か昔、僕は動物を使ってホムンクルスを殺す研究をしていたことがあったが、
あれはたしか兎だったはずだし、結局完璧な不老不死とはならず死んでしまった。

(´・ω・`) 「動物に賢者の金属を与えても、なぜか不老不死にはならなかった」
 ∧  
(゚、。`フ 「ところで、頭の良いわらわはいつも暇を持て余しておる。
       ぬしの行く先まで同行してもいいかの?」

(´・ω・`) 「僕としては、道案内がいれば助かるけれど……」
 ∧  
(゚、。`フ 「ここら一帯であれば、知らないことはないの。
       ぬしが目指しているなんじゃ、錬金術のなんたらかが見つかった場所なら、
       ここから数刻歩いた先にある」
 
(´・ω・`) 「なんでそんなことまで知っている?」
 ∧  
(゚、。`フ 「さっき暇じゃと言うたぞ? 人が出入りしとる場所なら大抵知っておる。
       あやつら、甘い鳴き声で近寄ればいくらでも飯をくれるからの」

じゃが、毛は触らせないのがわらわのプライドじゃ、と猫は続けた。
高貴なんだか、下賤なんだか。
この身勝手さは間違いなく猫の習性だな。

(´-ω-`) 「はぁ……」

832名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:01:26 ID:r7qD9sG60

放っておいたらいくらでも喋りそうだ。
 ∧  
(゚、。`フ 「さぁこっちじゃ。遅れぬようについて来るがよい」

長い尾をゆらゆらと揺らして歩く後ろ姿は、同種のそれと大差ない。
この一匹だけが特別な理由は、外面には見つけられなかった。



・  ・  ・  ・  ・  ・


 
 ∧  
(゚、。`フ 「それで、それで」

(´・ω・`) 「偽物の壺はほとんど失われてしまったよ」

まるで幼い子供のように、はしゃぐ猫。
さんざん話しておきながら、疲れたのか、今度はこちらに話せという。
我儘な態度と口調は金持ち屋敷の令嬢を彷彿とさせる。

833名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:02:16 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) (本当に、猫……なんだよな……)
 ∧  
(゚、。`フ 「なるほどのぉ……。錬金術師とはただの人間なのじゃな。
       わらわはそういう種族じゃと思っておった」

(´・ω・`) 「……錬金術師は神や、まして悪魔でもない。ただの人間だよ」

僕らを除いては。
その言葉は口に出す前に溶けて消えた。
理解してほしいわけじゃない。
 ∧  
(゚、。`フ「ところで、ぬしの正体は一体何なんじゃ?
      人のようでひとでなし。わらわは何故か知っているような気もする。
      じゃが、会ったことはないはずじゃな」

(´・ω・`) 「出会ったことはない。
       喋る猫のことをさすがに忘れたりしないさ」

僕よりなお不思議な存在であるこの獣に、隠すほどのことでもないか。

834名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:06:01 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「僕は…………ホムンクルス。人のカタチをした不老不死」

老いず、衰えず、死なず、悠久の時を生き続ける。
人に造られ、人を超えた存在。
 ∧  
(゚、。`フ「なるほどの。同じにおいがしたのはそのせいやもしれぬな。
      どれくらい生きておるのじゃ?」

(´・ω・`) 「正確には覚えてないよ。数百年は間違いがないけどね」
 ∧  
(-、_`フ 「ッ……」

突如足を止め、黙り込む。

(´・ω・`) 「どうした?」
 ∧  
(-、。`フ 「少し頭が痛んだだけじゃ。気にするほどではない」

(´・ω・`) 「ところで、そろそろ名前を教えてくれ。不便なんだよ」
 ∧  
(゚、。`フ 「名はない、というかあったようにも思うが忘れた。
       好きなように呼ぶがよい」

835名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:07:13 ID:r7qD9sG60

頭痛は収まったのか、再び猫は足を進める。
いつの間にか右手は崖になっていた。
眼下の木々には、所々橙色の柔らかい光が見える。

星蜂の巣か。
食べる獲物の種類で巣の色と性質が異なる蜂。

暖色系であれば攻撃的な肉食、寒色系であれば穏やかな草食であることから、
狩人や旅人には必須の情報だ。

(´-ω-`) 「うーん……それなら」
 ∧  
(゚、。`フ 「む、でぃ……うむ、でぃと呼ぶのじゃ」

人がせっかく考えていたというのに、その答えも聞く前に自分で決めたのか。
まぁいいさ……。

(´・ω・`) 「それで、でぃ。件の場所まではあとどのくらいだ」
 ∧  
(゚、。`フ 「もうじきつ……ふにゃ」

836名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:08:05 ID:r7qD9sG60

間抜けな声で鳴き、両足をバタバタと動かして暴れまわる。
だが、次第に動きが小さくなっていく。
ついに動けなくなったのか、恨みがましそうに顔だけをこっちに向けた。
 ∧  
(゚、。`フ 「見てないで助けるのじゃ」

(´・ω・`) 「ああ、怠け蜘蛛の巣か」

粘着性が強く、一本一本が強靭な巣は、大型の動物や鳥類ですら捕まえてしまう。
ただ、普段は巣の近くの穴で寝ていることが多く、
数か月も捕まえた獲物を放置することがある。
 ∧  
(-、。`フ 「にゃ、にゃにをする気……」

(´・ω・`) 「我慢しろよ」

水筒の中身を全部ひっくり返す。
 ∧  
(+、_`フ 「…………」

小刻みに震えて、水滴を飛ばす。身体中に張り付いていた粘着性の糸は、力なく垂れた。
怠け蜘蛛の巣は、水に濡れていると粘着力が極端に弱くなる。
それでも残っている糸は取ってやった。

837名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:10:23 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「さて、もう近いんだったな」

恨みがましい眼で睨んでくる猫を横目に、茂みをかき分けると、
急に目の前が開けた山の斜面になっていた。
そこだけは植物の緑が一切無く、灰と黒の色だけが照らし出される。
地面が裂けているのかと錯覚するほど、山の腹には巨大な入り口が開いている。


不気味な横穴に、でぃは躊躇わず潜っていった。

(;´・ω・`) 「おい、待てよ」

「早く来るのじゃ。でないとおいていくぞ」

でぃの後ろ姿はもう見えない。
少し掲げた手元の灯りは、裂け目に吸い込まれていく。
足元はわずかに湿っているて、ひんやりと冷たい空気が吹き込んでいる。
滑らないように注意しながら、後を追って中に入った。

(´・ω・`) 「どのくらいの広さがあるんだ?」

問いかける声は反響して、方向感覚を狂わせる。

838名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:13:08 ID:r7qD9sG60
 ∧  
(゚、。`フ 「黙ってついて来るのじゃ」

ふと、足元から目をそらして、前を確認した時、
想像だにしていなかった光景が飛び込んできた。


照らされた壁に見える地層は、幾万年もの積み重ねによって出来上がっていることが一目見て分かった。
洞窟の中、光が届く限界まで、連綿と続いていく。
燃えるような赤土、脆い灰、硬い土砂、金属、骨……。

それぞれが数百年の時代の変化の象徴であり、
その断面図はめったに見ることができないもの。

ここまで美しく、かつ大規模なものは僕ですら初めて見た。
言葉に表すことはできないほどの衝撃。
口をついて出てきたのは、言い訳のような言葉だけだった。

(;´・ω・`) 「ただの……洞窟かと……」
 ∧  
(゚、。`フ「なんじゃ、着いて来んから戻ってきてみれば」

(;´・ω・`) 「すまない…………」

839名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:13:56 ID:r7qD9sG60
 ∧  
(゚、。`フ 「初めてこの洞窟見た人は皆一様に感動するが、主のようになったのは初めてじゃな。
       唯の地層がどれほどのものじゃ。馳走なら飛びつくのも吝かではないが……」

(´・ω・`) 「ははは、そうだな」
 ∧  
(゚、。`フ 「……まぁよい。この道を下まで降りれば、すぐに祭壇がある。
       その上に飾られておった」

下り道は随分と長かったように思う。
所々、罠のように空いている穴を飛び越え、周り、下りていく。
採掘のために造られたのだろうか、塗装された木製の足場は比較的新しいようにも見える。

(´・ω・`) 「これが祭壇か」

祭壇というには、あまりにも質素な石の台。
窪みは二つあり、一つは四角、もう片方は丸型をしている。
 ∧  
(゚、。`フ 「四角の方に入ってあったやつを人が持って行った。
       丸には何が入ってあったか知らんの。
       わらわが気づいたときには、既になかったように思う」

(´・ω・`) 「四角い匣と対称もしくは相関関係にあるものだと思う。
       もし双方ともに古代錬金術の品であれば、ね」

840名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:14:48 ID:r7qD9sG60
 ∧  
(゚、。`フ 「わらわにはわからん、隅の方でゆっくりしておる。
       好きなだけ探索するがよい。ただし、地面にあいた穴に落ちるなよ。
       深さがどれくらいあるのかもわからないのじゃから」

(´・ω・`) 「気を付けるよ」

長方形の台座の周りは石を削り取っただけの簡素なもの。
仕掛けがなされているようには見えない。

(´-ω-`) (そういえば……)

古代錬金術は二種類の方法で隠されている、と言うことをワタナベクスから聞いたことを思い出す。
一つは様々な罠が仕掛けられている道を突破すること。もう一つは古代錬金術の隠された入れ物を開けること。

前者は人海戦術によって手に入れることが可能だけれど、
後者は錬金術によって封をされた匣の中に入っているため、
手段を特定できない限り、永遠に開けることができないという。

「これが解錠のための鍵か……?」

台座の中心に描かれた複雑な紋様。
その中には見知った錬金術の式と、匣を開けるためのものだろうか、文字が彫られてある。
匣と同じ場所に鍵が隠されているのは、何か理由あってのことだろうか……。

841名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:15:29 ID:r7qD9sG60
 ∧  
(゚、。`フ 「で、何かわかったのかの?」

(´・ω・`) 「少しは。時間さえかければ、封を解くことはできると思う」
 ∧  
(゚、。`フ 「ふむ、大層な自信じゃな。他には?」

(´・ω・`) 「僕が生まれるより前に、これだけの仕掛けを考えた錬金術師がいたということ、かな」

これだけの頭脳と技術があれば、世界を支配することすら容易かっただろう。
滅ぼすことも然り。
 ∧ 
(゚、。`フ 「それほどかの?
       そこまですごいものには思えないんじゃが」

(´・ω・`) 「もし、この錬金術師が悪意しか持ち合わせていなければ、世界はとうに滅びてるよ」

いったい、これほどの錬金術をどうやって身に付けたのか。
先行くものなどなかったはずなのに。

(´・ω・`) (それとも、錬金術は一度途絶えたのか?)

842名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:17:27 ID:r7qD9sG60

現存する錬金術よりも、さらに高度な古代錬金術。
その力が存分に発揮されていれば、世界はもっと発展していたはずだ。

だが、実際には錬金術というものが認知されはじめたのは僕が生まれた頃の話。

何らかの理由があって、以前の錬金術師は、自らの知識を封印した。
もしくは、錬金術を継承する方法が完全に失われてしまった。
そう考えるのは論理の飛躍だろうか。

ただ単に一人の優れた錬金術師がいただけかもしれない。
 ∧ 
(゚、。`フ 「なんじゃ、不躾にじろじろ見て」

それじゃあ、この猫は?
古代錬金術の番人というわけではなさそうだし……。
秘密を守るうえで、喋る獣ほど都合の悪いものはない。
……考えてもわからないことばかりだ。

(´・ω・`) 「取り敢えず、解錠の方法を探すとしよう」
 ∧  
(゚、。`フ 「変なやつじゃな」

(´・ω・`) 「全部写し終わった。麓に降りて、準備をしなきゃ」

必要な素材は採取しなきゃいけない。
調合にも時間がかかる。
六日後に匣を手に入れたとして、開けるのには一週間以上かかるだろう。

843名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:22:22 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「でぃはどうする?」
 ∧  
(゚、。`フ 「どうせ暇なのじゃから、ぬしの苦悩する様でも見て楽しむことにするかの」

(´・ω・`) 「ずいぶん性格の悪い猫だな。まぁいい。帰るぞ」

一人と一匹で来た道を引き返す。
洞窟から外に出たときは、朝陽がゆっくりと顔を出したところだった。



・  ・  ・  ・  ・  ・



六日後、再び青年を尋ねると、見事なジャガイモ畑が出来上がっていた。

「ちょうど親父も帰ってきてる。あんたの話を聞きたいそうだ」

(´・ω・`) 「わかりました」

844名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:23:14 ID:r7qD9sG60

畑で芋を収穫していた青年。
血色は多少良くなっているものの、足取りは頼りない。

家に招かれると、ベッドには体格のいい男が座っていた。
肌は黒く、背は低いのに腕の太さは僕の二倍はあろうかというほど。
青年と親子だとは信じられない。

いかにも鉱夫だと思える姿形をした男は、


右足が、無かった。


「お前がロニーの……息子の言っていた錬金術師か」

(´・ω・`) 「ショボンです。息子さんから話は聞いていると思いますが……」

「ああ、聞いている。俺の見つけたものを買いたいそうだな。
 見ての通り、俺はもうカタワだ。まともに働けやしねぇ。
 息子も昔から体が弱くてな。正直、これからの生活に困っていたところだ」

足の傷跡は、まだ新しい。
包帯には血止めの錬金術が施されている。
街で処方してもらったのだろうか。

845名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:27:44 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「足は、もしかして……」

「錬金術師ならわかるんだろうな。例の鉱石にやられちまった。小さい欠片だったから命は助かったがな。
 さて、同情されても仕方ねぇ。商売の話をしようや」

(´・ω・`) 「古代錬金術の品を譲っていただきたい。対価は金塊と食糧でどうでしょうか」

「おい、持って来い」

父親から声をかけられた青年は戸惑っていた。

「だけど親父……」

「この錬金術師はうちの前に芋を植えてくれたんだろ?
 少なくとも、話が通じなければ力づくで、って人間じゃない」

「わかったよ……」

暖炉の底から渋々取り出したのは、昼の陽の中でも、微かに光っていることが分かる黒い匣。
三日前に説明を聞いた通りのものだった。

846名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:29:01 ID:r7qD9sG60

「で、こいつは本当に古代錬金術なのか?」

(´・ω・`) 「見せてもらってもいいですか?」

「構わねぇ」

顎で青年に合図する。
僕は受け取り、素材を確かめながら調べる。

匣は冷たく、ずっしり重い。
蓋は固定されているというよりは、匣と一体化しているといった感じか。

過去に聞いたことがある特徴と一致する。

(´・ω・`) 「間違いなく、これは古代錬金術によるものだと思います」

「そうか、それは僥倖。で具体的にはどの位支払ってくれるんだ?
 わかってると思うが俺らにとっちゃ生命線なんだ」

(´・ω・`) 「金塊はこれを」

持ってきたのは手のひらくらいの純金板、数十枚。
一枚で金貨およそ三十枚ほどの価値があるだろう。
金貨は場所をとるし、大量に保有するのは面倒が多い。
そう考えて用意したものだ。

847名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:36:00 ID:r7qD9sG60

「こいつは、本物だな……」

僕が持ってきたうちの一枚を手に取り、重さを確かめていた。
たったそれだけで見抜けるのは、鉱夫としての長年の経験か。

「これなら物々交換に使えるか。で、食料というのは、表のオリーブとジャガイモか?」

(´・ω・`) 「いえ、オリーブの方は毎年普通に実を作るだけですが、
       芋は、この袋に入った粒をまいてやる必要があります。一袋で一年分、計二十袋。
       撒くだけで今のように大量にできます」

「俄かには信じられねぇが、表の様子を見る限りじゃあ嘘は言ってねぇな」

(´・ω・`) 「気を付けていただきたいのは、年に何度も袋を撒かないこと。
       土が痩せ細り、うまく育たなくなる恐れがあります」

「そうか…………。二十年……俺はそこまで生きはしないだろうが、息子のことを考えるとな。
 見ての通り、こいつは体が弱い。ジャガイモの収穫すら覚束ない。
 金と食糧、あんたの持ってきたもんで大体満足だが、なんとかもう一つ。
 息子の助けになるようなものを錬金術で作ってはくれないか?」

848名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:36:55 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「お気持ちはわかりますが……」

病気が原因であるなら、それを取り除いてやれば身体は次第に良くなる。
だけど生まれつきの身体の弱さを治そうとすることは、人体禁術にあたる。

出来ないことはないが、後遺症が出る可能性もあるため、長く面倒を見てあげなければならない。
そこまでの時間を割くことはできない。

「無理を言ったな……。まぁ、これだけの芋と金があれば、物々交換でやっていけるだろう。
 こいつを持って行ってくれ」

手渡された古代錬金術の匣。
両手に収まるだけの大きさしかないそれは、探求心を強く刺激する。
自分ですら解けないかもしれない難題が、
自分ですら考えたこともない錬金術が、
この小さな匣に入っているかもしれないと思うと、胸が躍る。

(´・ω・`) 「ありがとうございます」

「なに、麓で売ろうと思ったんだがな、どうにも錬金術についてわからん。
 買い叩かれるような気がしてな、交渉を蹴ってきたところだ。
 俺らには全く価値のわからねぇものに、なんでこれだけの大金を支払う?」

849名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:37:47 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「僕ら錬金術師は未知を解き明かすことが大好きな生き物なんですよ。
       まだ見たことのないものを見たい、聞いたことないものを聞きたい、知らないものを知りたい」

「わっかんねぇなぁ……」

(´・ω・`) 「だと思います。では、この匣はいただきます。本当にありがとうございました」

「ああ、せいぜい中身があんたの役に立つものであることを祈っとくよ」

(´・ω・`) 「それでは、失礼します」

荷物の中に匣をしまったせいだろうか。
来た時よりもずっと重く感じられた。



・  ・  ・  ・  ・  ・



 ∧ 
(゚、。`フ「やっと帰ってきおったか」

850名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:42:09 ID:r7qD9sG60

研究用の机の上で丸まっているのは、世にも不思議な喋る猫。
自らをでぃと名乗ったが、その名前すらもあやふやだという。

(´・ω・`) 「……勝手に居座っておいて、よくそんなでかい口が叩けるな」

ふあぁ、と欠伸をしながら半目で睨んでくる動作は、他の同族と全く同じだ。
 ∧ 
(゚、。`フ「で、成果は?」

(´-ω-`) 「はぁ……これだよ……」

取り出した匣は、今も薄く光っている。
 ∧ 
(゚、。`フ「ふむふむ、なんとなく懐かしいような感じじゃな。で、中はどうなっておった?」

(´・ω・`) 「まだ開けてないから、なんとも。
       これからいろいろ試してみるのさ」
 ∧ 
(゚、。`フ「開けられるかどうかは、主の力量かの。
      なんとも頼りない……」

(´・ω・`) 「好き放題言いやがって。まぁ、おとなしく見てろ。
       まずはこの暗号を解読する」

メモを広げる。
書き写してきたのは、祭壇の間にあった文章。

851名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 14:43:13 ID:r7qD9sG60



満たせ盃 英知を注げ

暗き油は許されぬ
眼を逸らす 闇夜を払ってみせてみよ

臭き滴は許されぬ
葉を枯らす 汚濁を拭ってみせてみよ

硬き涙は許されぬ
地を揺らす 堅固を奪ってみせてみよ

我が試すは其の知識 得難き物はなし

全てが揃いし主なれば 忘れしことも思い出さん

852名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:12:02 ID:r7qD9sG60
 ∧ 
(゚、。`フ「訳が分からぬ……」

(´・ω・`) 「錬金術師じゃなければわからないさ。解読自体はその辺のやつでもできる。
       だけど、解錠するのは無理だな」
 ∧ 
(゚、。`フ「なぜ断言できる?」

(´・ω・`) 「僕の知る限り、これらの錬金術を完成させた実例がない。
       さらに言えば、実用性がほとんどなくて誰も研究していない分野でもある」
 ∧ 
(゚、。`フ「なるほどのぉ。つまりこの匣の製作者は、
      今この時代、遥かな未来においても、
      この錬金術は研究されておらぬと予想しておったわけじゃな」

(´・ω・`) 「少なくともこの匣を完成させた術師は、これらの錬金術が行えただろうと思うよ。
       その経験から、簡単ではないだろうことも知っていたんじゃないかな」
 ∧ 
(゚、。`フ「で、ぬしにはそれらが出来るのか?」

(´・ω・`) 「やってみせるさ」

853名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:14:56 ID:r7qD9sG60

まずは三つの素材を手に入れなければならないが、
苦労することはない。

我が試すは其の知識 得難き物はありもせぬ

その言葉通り、素材はどこでも簡単に手に入れることができる。
さしあたっては、いつのも店に行くとしよう。



・  ・  ・  ・  ・  ・



(´・ω・`) 「ただいま」
 ∧ 
(゚、。`フ 「遅かったにゃ」

(´・ω・`) 「メインの三つ以外に、何がいるかわからないからね。
       それに、当分ひきこもっての研究になる。保存食は用意しとかないと。
       ……用意しすぎたかもしれないけど」

両手に握った袋をとりあえず床の上に置く。
結構な重さに悲鳴を上げていた両肩の痺れは、すぐに治った。

854名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:16:33 ID:r7qD9sG60
 ∧ 
(゚、。`フ 「で、何を買ってきたんじゃ?」

(´・ω・`) 「えーっと、乾燥肉、野菜、木の実……」
 ∧
(゚、。`フ 「ちがうちがう! 主の言っておった三つの品のことじゃ」

(´・ω・`) 「ああ、見た方が分かりやすいかな」

ガラスの容器は三つ。
そのどれもが厳重に密閉してある。

万一こぼれでもしたら、他の錬金術素材を汚染してしまうか、
周囲に甚大な被害を与えてしまう。

855名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:20:27 ID:r7qD9sG60

ひとつは≪月呑み湖の泥≫

ふよふよと湖の中に浮かんでいる暗黒の球体。採取も保存も簡単で、容器の中に湖から掬って入れるだけ。
泥と呼ばれてはいるものの、その実態は不明。
光を飲み込んでしまったような黒き物体は、今だ正確に観測できた者がいない。
その黒さは世界の終わりをも飲み込んでしまうという伝承すらある。


ふたつめは≪溜まり樹海の瓢箪≫

深く円形に沈んだ巨大な窪み地。生い茂る木々は光を遮り、
入り込むものすべてを栄養として成長する巨大な────樹海────。
その名に恥じない、巨大な森の端に育つ卵のような瓢箪。
その森ですら許容できない不要物をその実に宿し、太陽の光と熱でゆっくりと浄化する役割を持っている。


みっつめは≪燃ゆる乾荒原の珊瑚≫

古代錬金術が置かれていた祭壇の周りに散らばっていた鉱石。
あれは、侵入者除けのためだけではない。
匣の解錠に必要な素材だった。

856名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:23:35 ID:r7qD9sG60
 ∧ 
(゚、。`フ 「ふーむ、わらわには初めて見るものばかりじゃ……」

(´・ω・`) 「とりあえず、≪泥≫から始める」

容器から出した暗い泥は固体と液体との中間ほどの感触。
指で突けばふるふると揺れる。

(´・ω・`) 「求められているのは、≪泥≫から液体にすること」

───闇夜を払ってみせてみよ

(´・ω・`) 「それも透明な、ね」
 ∧ 
(゚、。`フ 「時間がかかるのか?」

(´・ω・`) 「基本的にはトライアンドエラー。一つずつ試していくしかない……」
 ∧ 
(゚、。`フ 「何年かかることやら……」

(;´・ω・`) 「自分でもわからないんだけどさ、この錬金術の手順。
        何故か覚えている、いや思い出したといったほうが近いかも」

手段さえわかれば、誰でも実行できるような簡易な錬金術。
この匣を開けるためにに必要とされていたのは、発想の柔軟性。

857名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:24:24 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) (僕が生まれてから、この素材で、この手順で、錬金術を試したことはない)

ならばなぜ、僕はこの手段が間違いでないと知っていて、確信しているのか。

答えは一つしかない。
僕を創り出した錬金術師。
僕にすべてを与えてくれた主人が、この錬金術に関する知識も与えたのだ。


何か理由あってのことだろうけど、今の僕には皆目見当がつかない。


≪泥≫、≪瓢箪≫、≪珊瑚≫

そのすべてに対する錬金術を、細部にいたるまで明確に理解している。
だからこそ、そのために必要な素材はすべて集めておくことができた。

858名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:29:27 ID:r7qD9sG60

≪月呑み湖の泥≫は水銀の中に沈める。
数分経ってから取り出せば、それは表面を銀色に覆われた団子状態になっている。
木箱の中に≪泥≫を入れた後、その銀色の塊が見えなくなるまで、
すり潰した動物の骨を隙間なく詰めたら、高温に熱した窯の中に放り込む。

待ってる間に、≪溜まり樹海の瓢箪≫の錬金術をする。
≪瓢箪≫のヘタに小さな穴をあければ、
涙が溢れるような強い刺激臭と、黒い煙がゆっくりと出てくる。
絶えず立ち昇る煙を逃がさないよう、穴から凝固蝋を流し込む。

≪瓢箪≫の中が一杯になったのを確認してから、容器に貯めておいた水の中で冷やす。
これも時間がたつまで、次の工程に移れない。

≪燃ゆる乾荒原の珊瑚≫は熱に強く、鉄より硬い。
にも拘らず非常に不安定で、変化を起こしやすい素材でもある。

(´・ω・`) (液化させるためには、珊瑚礁に生える岩喰い仙人掌の根元に埋めるだけでいい。
  時間が経てば、自然と仙人掌が成長し、成分が吸収される。
  以前の成長剤を使えば、時間は短縮できるだろう)
 ∧ 
(゚、。`フ 「……ふみゃぁーお。ブツブツ一人で何を言ってるんじゃ。
       わらわには何がなんだかさっぱりじゃ」

859名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:30:39 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「僕にも分らない……。一度もしたことないし、
       記憶にもないはずの錬金術の手法が、頭の中に浮かんでくる。
       匣自体も普通のものではないかもしれない」
 ∧ 
(゚、。`フ 「ふーむ、わらわは随分長い間、じゃと思うが、
       その匣をみても触ってもなにも感じぬがの」

(´・ω・`) 「村にいた親子も変わった様子がなかったよ。
       僕の気のせいかもしれないけど……」
 ∧ 
(゚、。`フ 「そういえば、一つだけ。その中にはわらわに関係のあるものが入っておるかもしれぬ」

(´・ω・`) 「関係のあるもの?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「どうも匣の中身の存在が感じられるような時があるのじゃ。
       遠くに離れていると、定期的に呼ばれているような……」

(´・ω・`) 「なるほど……でぃはあの匣の守猫ってところか。
       役に立ちそうもないけど……」
 ∧ 
(゚、。`フ 「むっ……まぁ開けてみればわかることじゃ。さっさとせい」

(´・ω・`) 「わかってるさ」

860名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:31:34 ID:r7qD9sG60

ほぼ十日を費やし、錬金術の工程は前半分ほど終わった。
残りに取り組むには、一月ほど寝かせて待たなければいけない。
 ∧ 
(゚、。`フ 「鬼が出るか蛇が出るか、楽しみじゃの」

(´・ω・`) 「出来ればもっといいものが欲しいね」
 ∧ 
(゚、。`フ 「古代の錬金術師がわざわざ封印するほどのものじゃぞ?
       そうなれば悪鬼悪霊の類に決まっとる」

(´・ω・`) 「にしては、ずいぶん余裕じゃないか」

ふん、とつまらなそうな鼻息をつくでぃ。
 ∧ 
(゚、。`フ 「煽りがいがないの」

(´・ω・`) 「危険なものが封じられてるのだとすれば、開封の仕方を残したりはしないからね。
       素人に悪用されてしまったら困るほどの錬金術。
       もしくは、それに類する素材や技術であって、後の世に必要になると考えられているもの」
 ∧ 
(゚、。`フ 「随分と限定的で希望的観測じゃな」

861名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:33:02 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「今ある情報から、今後の結果を予想する楽しみは錬金術師として当然だろ。
       さらに言えば、中に入っているのがのちの世に残すべきものだとすれば、
       それは役に立つものでないはずがない……と思う」

そうであってほしい、という願望だ。
実際のところ何が入っているかは、ほとんど予想がつかない。

(´・ω・`) 「さて、残りの素材を準備して待つとしよう」
 ∧ 
(゚、。`フ 「何か手伝えることでもあるかの?」

(´・ω・`) 「特にないよ。好きに時間をつぶしてくれ」
 ∧ 
(゚、。`フ 「それなら、ここで見ておることにするか」

窓の下、月の光が差し込む棚の上に、でぃは横になる。
こうしてみると、ただの野良猫そのものだな。
憎まれ口さえ叩かなければ、少しは心癒されたものを……。

(´・ω・`) (必要な素材は……と)

862名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:34:22 ID:r7qD9sG60

メモに書き残しておく。
今日は朝から通しで錬金術をしてきたせいか、少し疲れた。
酒でも飲みながら休憩をしよう。

足りなかったものは明日揃えに行けばいい。

買ってきたばかりのお酒は、少々値が張るこだわりの品だ。
普段あまり飲まないから、店主に進めてもらったものをそのまま売ってもらった。
栓を抜けば甘酸っぱい香りが部屋の中にひろがる。

濃い紫色の液体を一口あおる。
喉を過ぎるのはひんやりとした程よい甘味。
アルコールの度数は高すぎることもなく、飲みやすい。

気持ちのいいほろ酔い気分を感じながら、瞼を閉じた。



・  ・  ・  ・  ・  ・



(´・ω・`) 「さて、開けるよ?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「長いこと待ったかいがあるかの」

863名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:41:26 ID:r7qD9sG60

準備をはじめてからおおよそ一月半。
錬金術もすべて終わり、目の前には三つの小瓶がある。

光を飲み込む≪月呑み湖の泥≫は透明な液体に。

草を枯らす≪溜まり樹海の瓢箪≫は無臭の液体に。

鉄より硬く危険な≪燃ゆる乾荒原の珊瑚≫は無害な液体に。



匣の上部にある窪みは三つ。


珊瑚を

瓢箪を

泥を

それぞれ液化したものを注ぐ。

864名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:42:35 ID:r7qD9sG60


液体と反応し、光が箱の全周を走っていく。
光の線が絡み合い混じり合い、一瞬だけ強く明滅した。

カチリ、と小さな音と共に光の溝にそって匣は解体された。
 ∧ 
(゚、。`フ 「!!!」

中に入っていたのは金色の鈴。
細いが丈夫そうな紐に二つ括り付けられている。
もっとよく見ようと手を伸ばしたとき、隣で見ていた猫に静止がかけられた。
 ∧ 
(゚、。`フ 「触るのは待て」

(´・ω・`) 「どうしてだ?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「ぬしが匣を開けたとき、わらわは全てを思い出したからじゃ。
       その鈴が一体どういうものであるかも、の」

鈴と僕の間を遮るようにでぃは机の上にたった。

(´・ω・`) 「それは触っちゃいけない理由と関係があるのか?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「触る前に見極めなければならぬ。ぬしにこの鈴を持つ資格があるかどうか」

865名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:45:53 ID:r7qD9sG60

でぃの声は真面目そのもので、思わず言うことを聞いてしまうほどの迫力があった。
無理を通して鈴を掴むのは簡単だが、話を聞いてからでも遅くない。

 ∧ 
(゚、。`フ 「まずは、わらわの本当の名を名乗っっておくべきか
       わらわの名は ディートリンデ・クリンゲル。番人の一人じゃ」

(´・ω・`) 「番人?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「わらわ達は、古代錬金術の中でも、特に危険な可能性を秘めたものを護っておる」

(´・ω・`) 「それなら、僕が鍵を解除するのを黙って見ていたのはなぜだ?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「この鍵を開けることができる者ならば、話す価値があると判断されるからじゃ。
       匣が開けられたとき、わらわの記憶も蘇るようになっておった。
       ここにあるのは【想起の鈴】」
     
(´・ω・`) 「それだけで番人をつけることが必要なほど重要なものとは思えないが」
 ∧ 
(゚、。`フ 「話は最後まで聞け。【想起の鈴】はわらわの存在が近くにあれば、
       自らと血の繋がる祖先の過去まで知ることができるようになる。
       それは、つまり」

つまり、人間の脳では処理しきれない情報が強制的に叩き込まれるということ。
よくて人生の意味に絶望し無気力になる程度、最悪の場合は廃人になると、でぃは言った。
 ∧ 
(゚、。`フ 「自らのもの以外の過去のことなぞ、今を生きる上で知る必要はない。
       知れば苦しみ、怒り、後悔し、虚無に陥るだけじゃ」

866名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 15:49:28 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「ではなぜ、この鈴は存在しているのですか?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「わらわの友人はの、これが必要になることがあるかもしれぬ、そう考えたのじゃ。
       まだ、彼奴が心配したような事態は起きておらぬのじゃろうが、
       その片鱗は見えておる」

(´・ω・`) 「片鱗とは?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「錬金術の大衆化じゃ。多くの者が知るほど、より多くの可能性が生まれる。
       善意のあるものが利用すれば発展し、悪意のあるものが利用すれば、世に禍を齎す」

人間一人の知識や知恵は限られているし、後の世代に伝えられる情報も多くはない。
直列の情報伝達は人間の不得意分野であるのと逆に、
並列のそれは想像をはるかに超える。
 ∧ 
(゚、。`フ 「自身のために、そして未来の世界のために。
       ……そんな彼女にわらわ達は力を貸すことにしたのじゃ」

(;´・ω・`) 「………………」

話が壮大すぎてついていけない。
つまり、古代錬金術師は錬金術が悪用された時の対策のために、
錬金術の遺品を残し、わざわざ見張り番を残したというのか。

867名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 16:01:14 ID:r7qD9sG60
 ∧ 
(゚、。`フ 「もっとも彼女が憂いていたのは、自分自身じゃったがな……」

(´・ω・`) 「?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「まぁよい。匣はぬしによって開けれらた。
       錬金術の腕前は証明され、鈴を手にする一つの関門は突破したわけじゃ。
       あとは、わらわの選択じゃが……特別悪意を感じることもなし、
       鈴はぬしの好きにするがよい。わらわはそれがどこにあろうと見つけ出すことができるしの」

(´・ω・`) 「僕がこれを破壊するとか思わないのか?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「好きにするがよい。壊せるものならの」

皮肉たっぷりに笑った猫は、開いた窓から外を眺める。
遠くを見る瞳に映るのは、いったい何だろうか。
 ∧ 
(゚、。`フ 「さて、そろそろお別れじゃ」

(;´・ω・`) 「ま、待て、まだ聞きたいことがある。
       アニジャとオトジャという二人の番人のことは知っているか?」
 ∧ 
(゚、。`フ 「懐かしい名じゃ……あやつらとも会ったことが有るのか」

868名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 16:05:33 ID:r7qD9sG60

(´・ω・`) 「数十年前にね」

その時は古代錬金術師にかかわる詳しい話は教えてもらえなかった。
ただ僕らの目的が一致し、そのために協力してもらっていただけだ。
あの二人は今も恐らく、クールの下にいるのではなかろうか。
 ∧ 
(゚、。`フ 「ふっ……番人のうち二人も会っておるのか。
       ぬしはこれから大変なことに巻き込まれるかもわからぬな」

(´・ω・`) 「それはどういう……?」

 ∧ 
(゚、。`フ 「知らぬ方がよいということもある。それにの、時が来ればわかること。
       鈴を持つということは、そういうことじゃ。
       匣が開けられる者の手に渡ったということも……の」

それだけ言い残すと、でぃ家の外に飛び降りた。
後を追うように外を見れば、小さな後ろ姿は長い尾を揺らしながら駆けていく。
すぐに山間に入り込み、言葉を話す奇妙な猫は見えなくなった。

(´・ω・`) 「なんだったんだ……」

唐突に現れ、何も説明せぬまま僕の前から姿を消した猫。
彼女の残した不吉な言葉だけが、僕の胸に残って渦巻いていた。

869名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 16:08:16 ID:r7qD9sG60

振り返り、匣の中にあった鈴を手に取ると、
透き通った鈴の音が部屋の中に響き渡った。



────────────────────────────────







────────────────────────────────



(´・ω・`) (今何かが……あったような……)

瞬きするほどの間、意識を失っていたように感じる。
記憶が僅かに途切れたような違和感。

(´・ω・`) 「原因はこの鈴か……?」

片手の上に乗せた鈴は、親指の爪ほどの大きさが二つ。
赤い紐で一括りにされている。

よくよく見れば、匣の裏側には言葉が彫ってあった。
それは、解錠した者へのメッセージなのだろう。

870名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 16:10:30 ID:r7qD9sG60













想起の鈴

記憶のカギを持つ者よ
汝の血の導きが、混迷する世に光明を齎さんことを


873名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 18:59:12 ID:r7qD9sG60


錬金術の鈴は失くさないよう、旅行用の荷袋に仕舞う。
匣を開けるために用意した素材は、適切な場所に片付けておけばいい。
普通の人間には全く価値のないものばかりだ。

もうこの地に用はない。


(´・ω・`) 「さて、出掛けようか」


扉には鍵もせず、僕はまだ訪れたことのない土地を目指して家を後にした。

874名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 19:00:57 ID:r7qD9sG60













16 ホムンクルスは試すようです  End

877名も無きAAのようです:2015/01/29(木) 19:05:06 ID:r7qD9sG60


【時系列】

ホムンクルス生誕
   ↑
   ↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです   
8 ホムンクルスと少女のようです
   ↑
   |
   |
   ↓
1 ホムンクルスは戦うようです
   │
2 ホムンクルスは稼ぐようです
   │
3 ホムンクルスは抗うようです
   │
4 ホムンクルスは救うようです
   │
5 ホムンクルスは治すようです
   │
9 ホムンクルスは迷うようです
    |
10 ホムンクルスと動乱の徴候
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末
    │
    │
  戦争編・後編
    │
    │
16 ホムンクルスは試すようです


885名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 00:44:14 ID:.mVDc3Vo0

・一夜蔦 栄養のある土と日の光の当たらない湿気た森の中で自生している。
      他に類を見ない成長速度を持つが、ちょっとした環境の変化ですぐに枯れてしまう。

・深海茸 海底に生える茸。波の静かな入り江に群生し、夜になると薄く発光する。
      不定形なカサ部分には毒があり、人間が摂取すると数日間は痺れて動けない。

・深海茸の胞子 夏の夜になると、海面を埋め尽くす白く柔らかな球。
           栄養価が高いため、外洋に流れ出ると魚の餌になってしまう。

・檻鶴 翼を開くと縦に格子状の模様がある純白の鶴。非常に臆病で、
    長命と言われる鶴の中で最も寿命が短く、産まれてから移動する距離が狭い。

・檻鶴の血液 摂取すると、成長が制限される黒い血液。
         生きている檻鶴から採血しなければならないため、手に入れることは難しい。

・焔蝙蝠 燃えるように真っ赤な蝙蝠。子供の手ほどの大きさしかないが、
      数百数千の群れを作り、極稀に人を襲うこともある。

・千年蝉の幼虫 栄養のあるものであれば、どんなものでも食してしまう頑強な歯と顎を持つ。
           食べたものによって身体の組成を変化させることができる。

・蛇頭龍尾 頭さえ無事であれば、体を何度でも作り直すことができる生命力が強い蛇。
        千切れるたびに一回り太くなるため、主な死因は栄養失調である。

・怠け蜘蛛 巣を張って獲物がかかるのを待っている巨大蜘蛛。
        動きは緩慢で、餌がかかってもなかなか現れない。別名を昼行燈蜘蛛とも言う。

・月呑み湖の泥 月呑み湖に浮かんでいる暗黒の球体。
          ふわふわと柔らかいが、どのような物質であるのか未だ解明されていない。

・溜まり樹海の瓢箪 中がとんでもなく臭い瓢箪。食べることもできるが、味は……。
              主な使用用途は山道を行くときの動物避けである。

・燃ゆる乾荒原の珊瑚 珊瑚という名がつけられてはいるが、その実は赤黒い鉱石である。
               非常に危険なもので、保存方法を間違えれば爆発してしまう。

・岩喰い仙人掌 岩の上に生える小粒の仙人掌。
           これに埋め尽くされた岩は少しずつ小さくなり、いつの間にかなくなってしまう。

錬金術一覧

・想起の鈴 番人(ディートリンデ・クリンゲル)がいるところで使用すると、自らの血筋を辿って記憶を得ることができる古代錬金術の遺品。


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