(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
887名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:03:41 ID:.mVDc3Vo0


静かに、しかし確実に広まっていた錬金術の闇。
病魔のように世界各地をゆっくりと悪意に染めていく。




ホムンクルスは生きるようです


      【戦争編・後編】

888名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:05:44 ID:.mVDc3Vo0



(´-ω-`) 「う…………」

身体を起こそうとしても、力が入らない。
眩しい日差しが、指すら動かせずに寝ている目にささる。

何度も瞬きを繰り返して、強い光に眼を慣らす。
その間に黒い影がいくつも空を横切っていく。
それが見たことない種類の海鳥だとわかるまで、しばらくかかった。

ここはいったいどこだろうか。
立ち上がろうとしても、体には力が入らない。

全身を投げ出したまま、動かせる場所だけに意識を向けて、状況確認をする。

ゆっくりと視線を横に向ければ、痩せ細った腕がそこにあった。

力を入れると、今度は指先が少し震える。
腕は、すぐに修復されてあるべき姿に戻り、
握っていた欠片が、柔らかな砂の上に落ちた。

(´・ω・`) 「ここは……?」

889名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:07:30 ID:.mVDc3Vo0

寄せては返す波の音。鼻をつく潮の香。ざらつく柔らかい地面。
僕が横になっているのは人気のない砂浜で、
下半身がずぶ濡れになっていることに気付くまで少しの時間を要した。

全身の筋肉が硬直しているのか、動こうという意識に身体がついて来ない。
心と体が分離してしまっているかのように。
ホムンクルスの不死性は完全無欠なものであるが、回復性には小さな欠陥がある。

僕の意識そのものが存在の根本にあるせいか、今までも何回か同じようなことがあった。
空腹で倒れた時は、一晩ほど動けなくなる。
状況によっては意識を失ってしまうこともあった。

だが、今は空腹だけが原因ではない。おそらくは、長い間波にのまれていたせいだろう。
呼吸ができないことで全身の機能が著しく低下し、海中では再生も思うように進まなかった。
そのため、筋肉の動かし方を忘れてしまっていたのかもしれない。
陸に打ち上げられてからどれだけの時間が経過したのかわからないが、今はもう身体が再生しきっている。

それよりも、問題は別にある。
自分がなぜ、この場所に横たわっているのか思い出せないことだ。

890名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:09:38 ID:.mVDc3Vo0


…………怖い。


心臓が激しく脈を打つ。
その度に、全身の温度が下がっていくようにも感じる。


今は一体いつなのか。
最後におぼえている時間からどれだけ過ぎているのか。


人間は、未だ存在しているのか。


(´ ω `) 「……」

海を漂っている間に、人類は滅びてしまっていないだろか。
この場所から見えるのは、岩礁によって海流の荒れた海だけ。


人の営みが感じられるものは何一つ────ない。

891名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:11:18 ID:.mVDc3Vo0


(´ ω `) 「っ……」

両腕に力を入れ、上体を起こす。
各関節の動きを確認しながら、少しずつ動く。
最初は這うようにして、次第に全身の筋肉に意志がいきわたる。
両足を体の前にひきつけ、四つ足で波に濡れない場所にまで移動した。

(;´-ω・`) 「はぁ……はぁっ…………っふー……」

大きな溜息を一つ。
今はまだわずか数歩の距離を進むのがやっとだ。

海沿いに並ぶ樹木の一つに身を預け、目の前に広がる光景を考える。


光り輝く水平線は、視界の中心で一直線に空と混じり合っている。
どうやらこちら側に陸地はないようだ。

892名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:13:37 ID:.mVDc3Vo0

(´・ω・`) 「あれは……岩礁亀か」

岩のように巨大な姿を持つ亀。
海中に空気を送ることができる苔が群生している浅瀬でしか生存できない種族で、
大きすぎる躰で、動くのは年に数回ほど。
その度に潮流が変わり、それが原因で自ら滅びてしまうことすらある希少な生き物。

錬金術の知識は失っていないことで、少なからず冷静さを取り戻せた。
どうやら、僕が忘れているらしいのは、この身に起きた直近の出来事。
こうして誰も人がいない島に、流されてきた理由。

空を見上げて考えても、その答えは見つからなかった。


(´-ω-`) 「………………」

僕は、他に何を忘れてしまって、何を覚えているのだろうか。
昔のことは、一つとして忘れていないようにも思えるけれど、
言いようのない不安に駆られて、一つ一つ確認していく。

893名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:15:33 ID:.mVDc3Vo0

僕はホムンクルスのショボン。
主人から永遠の命を与えられた不死の生き物。

ある女性を探して旅をしている。
彼女もまた僕と同じ不老不死のホムンクルス。
ただ僕と違い、彼女は人間がベースとなっている。

過去のことは覚えていた。
大切な記憶は、今でもすぐに思いだせる。

……大陸に戻らなければいけない。
僕にはやるべきことがある。大切な女性を見つけ出すという目的がある。
こんな辺境の島でのんびりとしていることはできない。

(´-ω・`) 「ぐっ……」

立ち上がろうとしたとき、腰に妙な引っ掛かりを覚えた。

(´・ω・`) (……双剣なんて持っていたか?)

常に旅を共にしてきたのは、一振りの剣だったはずだが、
手にした双剣は身に覚えがない。

894名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:16:41 ID:.mVDc3Vo0

鞘は金で覆われており、所々に水晶や翡翠などを用いているが、
残念なことに、長く塩水に浸っていたせいか刀身はあちこち錆びてしまっている。

錬金術によるものなのは明らかだが、どういう効果があるのだろう。
剣の鍔には、濁った珠が埋め込まれており、時折蠢いてるようにも見えた。
単に光の当たり方だけかもしれないが……。

海岸には流木と海藻の他には何もない。
島内を探して脱出の手段か役に立つ道具を探さなければ……。

(´・ω・`) 「よし……」

樹に手をつき立ち上がる。
砂は足を取られて歩きにくいが、岩場に比べれば幾分ましか。
荒波で削られた鋭い岩礁を、裸足で歩くのは遠慮したい。

数時間かけて移動と休憩を繰り返しながら、
島の外周に沿って歩いていると、いくつかのことが分かった。

島の中心部には数百本の樹木と植物が群生しており、
少しなら食用の実がなっているということ。

895名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:18:38 ID:.mVDc3Vo0

島を覆うように岩礁亀が点在しているせいで、複雑な海流が島を護っている。
西側、つまり僕が最初に倒れていたのと逆側には、遠くに島の影が見えた。

漁船が何艘か浮かんでいるのはわかるが、小指の爪ほどの大きさ。
声や動きでは気付いてもらえそうにない。

恐らくだが、複雑すぎるこの島の海流に阻まれて、この付近の海では漁ができないのだろう。

島を一周してわかった一番重要なことは、まだ生きている人間がいるということ。
意識がないうちに数千、数万の時が過ぎ去っていました、ということが有り得たが、
舟の形も最後に記憶がある時とそう変わっていない。
百年単位で過ぎ去ってしまったということはなさそうで一息つく。

(´-ω-`) 「よかった……」

安心で膝が崩れ、柔らかい地面の上に横になった。
人のいない世界で生きていくなんて考えただけで、気が狂いそうになる。
もっとも、後伸ばししているだけでいつかは取り組まなくてはならない課題だが。

これで問題はただひとつに絞られた。
この島をどうやって脱出するか。

896名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:19:57 ID:.mVDc3Vo0

当然泳いでいける距離ではないし、舟を作ろうにも道具がなく、
島に根を張る植物の強度では、荒波を抜けることはかなわない。

それならば、外洋を航海して来る人々とコンタクトをとるしかないが、
此方側に来ることが有るだろうか。

定期便などが近くを通るまで待っているだけじゃなくて、向こうから見える合図を送らなければ。
生えている樹はそこまで高くないが、細く柔らかい。
手持ちの錆びた双剣で十分に切り倒せる。
明確に数が減っていれば物好きが様子を見に来るかもしれない。

明日から取り掛かろう。
今日はまだ本調子ではないし、急いだところで何か変わるわけでもない。

指先から腕に、徐々に力をいれていく。
戦闘を想定して体をひねり剣をふるう。
動いているうちに、上半身と下半身の感覚を取り戻していく。

身体全体をほぐすように、負荷をかけては休憩を繰り返していた。
陽が沈むころには、体力も回復してほぼ普段の状態に戻る。

897名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:21:25 ID:.mVDc3Vo0

ベッドはないが、寄せ集めた草で寝床を作り一晩を明かした。
波は静かに寄せては返し、岩礁亀が二、三度震えたくらいで、夜は終わる。

朝、打ち上げられた漣栄螺が波の音を囁きながら海に帰っていく。
意識を取り戻してから二日目を迎えた。

(´・ω・`) 「さて、もう一度島を回ってみるか」

目を覚ましてからの体調は頗る良かった。
昨日はほとんど見なかった島の中心を探索する。

生えている植物は主に数十種類。
その中でも二つ、文献ですら見たことがない植物があった。

背が低く、一本の細い幹から枝分かれをしている。
葉は手のひらほどあり、形は様々。
特徴的なのはその色で、植物には珍しい白色。

味は……苦く芯が口の中に残る。
食べられないことはなさそうだが、生食には向いていない。

898名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:22:37 ID:.mVDc3Vo0

二つ目は小さな黄色い花。
花弁の部分のみが地面から出ていて、葉と茎がない。
根はグループ単位で共通しているようだ。
蜜は甘いにおいがするけれど、おそらく人間には毒だ。
他の植物には食い散らかされた後が見えるけれど、この植物だけは虫すら齧っていない。

(´・ω・`) (あれ……?)

二度目に島を一周して気づいた違和感。
その大元を調べるように島の外周から内側に向かって歩いていく。
海の青、砂の白、草の緑、土の黒。
変化していく色を見て、それは確信に変わった。

(´・ω・`) 「この島は……人工的に作られたのか……?」

気づいてみれば、なぜ昨日のうちにわからなかったのかが不思議なくらいだ。
島の外周は歪であるが、そこから内側に向かって存在している"層"の間隔はどの場所でも同じ。

最も外側には砂浜。
次に主に雑草などの背が低い植物。
中心部には間もそこそこに細い樹が立ち並び、中心点から数百歩分は円形の黒い地面が広がっている。
そうしてみた時、この島の中心と言える場所に人工物があることに気付いた。
枯れ草に埋まっていて、注意して探さなければ見逃してしまうだろう。

899名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:26:39 ID:.mVDc3Vo0

石に削られた文字は、風化してしまってほとんど原型がない。
かろうじて読めたのは、ネムルの三文字。

(´・ω・`) (これは墓だ)

名前の部分に当たるところは五列もあり、一人ではなく複数人のためのもの。
台座が砕けてしまったせいで、その上に立っていた石もまた、倒れて埋もれてしまったようだ。

だがなぜかわからない。
墓を作るのは、誰かが悼むため。
それは当たり前だ。

しかし、墓を作るためだけに島を用意できる人間がどれだけいる?
人が容易に侵入できないよう岩礁亀を無数に住まわせ、
海の浸食にすら耐えれるような設計がなされている。

(´・ω・`) (なんだろ?)

墓の下、土をどけると厚い鉄板がひかれていた。
取っ手がついてあり、体重をかけて引っ張ってみるとどうやら動きそうだ。

900名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:27:51 ID:.mVDc3Vo0

軽く祈り、墓の台座も隅へ避けた。
鉄板をずらしてみると、人が下りれるだけの広さがある階段が続いている。

地下に向かう階段には、明かりの類いはなく、なんの道具も持っていない状態で降りていくのは躊躇われた。
人工の島にある墓、その下に存在している地下通路。
壁の材質は岩。島の地盤と同じものだろう。

(´・ω・`) 「あー」

目の前にぽっかりと口を開けた入口。
興味は多大にある。
素手だろうが裸足だろうが、そんなことは関係ないほどには。

僕を迷わせていたのは、装備の不足よりもむしろ、気持ち的なものだった。
奥から漂ってくる錬金術独特の雰囲気。
いつも肌で感じるそれが、今回は特に強い嫌悪感を感じる。
人間的好奇心を押さえ込むほどの動物的危機感。

地下への入口は、鉄の蓋を引っ張って閉めた。
少なくとも、今すぐ降りるのはやめておく。
島を見回れば、もう少しあの先を予想できるものが見つかるはずだと。

901名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:29:01 ID:.mVDc3Vo0

倒れた墓を元通りに立てる。

(;´・ω・`) 「っ!!」

墓石の後ろ側に彫られていたのは、もっとも憎悪すべき証。
数字の"はち"の形に象られた蛇。
長年の劣化で銀の装飾はほとんど剥げていたが、
すべての幸せを僕から奪っていった、忘れることのできない忌々しい存在がそこにあった。

(´-ω-`) (ここに、その死体が?)

頭は冷静だった。
だけど、島をもう一度探索するなど悠長なことをする必要はないと決断を下していた。

墓石を蹴倒し、再び地下への道を曝す。
確かめるように一歩を踏み下ろしたが、ひんやりとした感覚が足の裏にひろがるだけ。
二歩、三歩、進むがなにかが動いた様子はない。
そもそも、外から侵入されることは考慮していないのかもしれない。

地下に降りていく道は暗く、背中の光も自分で遮ってしまい足元すらほとんど見えない。
ただ、知りたい。
ここに何があるのかを。
その意思だけが足を進ませる。

902名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:32:34 ID:.mVDc3Vo0

階段が終った時、入口の光は手のひらよりも小さくなっていた。
ただ、全くの暗闇ではなく、いくつかの錬金術とおぼしき装置が薄暗く照らしている。
まっすぐ廊下が続き、扉をあければ、一つの空間に出た。
暗さに慣れた目が、痛みを訴える。

何処からか、油と空気の供給があるのだろう、幾つものランプが静かに室内を照らしていた。

墓所。
そう呼ぶのがふさわしいだろう。
並んだ棺桶は数十もある。
その一つ一つに名前と蛇の印が彫られている。
地上のものと違い風化していなかったが、そこに見知った名前はなかった。

(´・ω・`) (奥に何かある)

部屋の最奥、もう一つの扉を開けると、墓所よりも大分狭い場所に繋がっている。
入った途端、その部屋の足元が不安定であることに気付いた。
柔らかく温かみのある地面。墓所の部屋の足場とは異なり、程よい弾力で踏んだ部分がわずかに沈む。
中心には、古びた机。壁にはたくさんの紙束が無造作に突っ込まれている。

903名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:35:24 ID:.mVDc3Vo0


そのうちのいくつかを手に取って中身を読む。
書いてあったのは背筋が凍るような実験の数々。
その結果が詳細に書かれている。


───


≪オーバーサイズ・プロジェクト≫


実験の目標 : 生体の巨大化。

生物にはその骨格や強度に適したサイズがある。
その限界を超えた場合、自身の重量や動きに耐えられず、自壊すると予想されていた。
現実はその通りになり、幾つかの工夫を要した。
錬金術による骨格や筋力の強化。
この実験で得られた経験値は、今後役に立つことが有るかもしれない。

904名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:38:02 ID:.mVDc3Vo0

第一の実験……兎草、その他植物
兎草の肥大化には苦労なく成功した。
だが、本来兎草が持ちうる強い生命力が失われてしまった。
濁った水や、虫食いなどの僅かなストレスで枯れてしまう。
食用の種類であれば、大きくするだけ味や食感を損なった。
植物の巨大化は簡単ではあったが、メリットは得難い。


第二の実験……蟻
植物の錬金術が安定してくるようになり、次の段階に移行することにした。
つまり、生物である。
植物と比べて構造が非常に複雑であるため、巨大化は困難を極めた。
数年の試行錯誤により、ついに我々は巨大な蟻を生み出すことに成功した。
しかし、暴れる蟻を抑え込むことができず、殺処分を行う。


第三の実験……人間
当初は、巨大蟻の暴走により死んだ人間の死体を利用。
その後、生存する個体でないと不可能だという意見に纏まり、
奴隷を購入。実験を続けた。
その殆どすべては失敗。
唯一の成功も、知能は衰え、人間としての記憶も失ってしまった。
ただ動く大きな肉の塊となり、しばらくは"飼って"みることにした。

素体その後の記録は、別の冊子に記す。

905名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:47:26 ID:.mVDc3Vo0


≪リーンフォースドソルジャー・プロジェクト≫


戦争において最も恐ろしいのは、死をも恐れぬ軍隊である。
我々の目的にはそれが必要不可欠である。

結論から言うと我々の集大成をして、強化兵士を創り出すことはかなわなかった。
数十年以上の経験と知識を持つ錬金術師が、複数人集まったにも拘らず、
結果は同じであった。

だがある日、謎の男が我々に協力を申し出てきた。
男が創り出そうとしていたのは、不老不死の存在だという。
それを我らは笑ったが、気にした風はなくただ無償での協力を申し出てくるだけだった。
これ幸いと男によって持ち込まれた知識と技術を活用し、ようやく我々は強化兵士への足掛かりをつかんだ。

骨格の強化、変化はもとより、
より俊敏な体格へ、より強大な筋肉へ、
志願した兵士は少なく、奴隷で補充せざるを得なかった。

906名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:48:29 ID:.mVDc3Vo0

無数の失敗を経て、我々はついに成功に至った。
人間の意識を失わず、強化兵士へと肉体を昇華させる。
ただ、それには貴重な素材が必要なため、数をそろえることができなかった。

より手に入りやすい素材と簡易な錬金術による同様の効果を求めて試行錯誤するも、上手くいかず。
さらに悪いことに、成功した個体も病に侵され一桁にまで減ってしまった。

今後も継続して研究していくが、望みは薄い。


その後の数ページは破かれており、読むことはできなかった。
手に取った冊子を机の上に投げる。

この研究は一端に過ぎない。
奴らは、影に隠れて実験し続けいたのだ。

残虐な錬金術を。
人を苦しめ、世を狂わす錬金術を。

907名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:53:08 ID:.mVDc3Vo0

(´・ω・`) 「……!」

本棚の一番上、未だ埋まり切っていないそこは最新の研究が保管されているのだろうか。
そこに見つけた背表紙を見て、手に取らずにはいられなかった。


───


≪ホムンクルス・プロジェクト≫


紙は新しく、つい最近まで利用されていた形跡がある。
見開きには、こう書かれていた。


不老不死の研究データ

モララルド著

908名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:57:02 ID:.mVDc3Vo0

瞬間、頭が痛む。
濁流のように脳裏を過ぎ去っていく光景。
その最後に見えたのは、僕を見下ろす少年の瞳。


(;´・ω・`) 「モララルド!」

誰もいない部屋で叫んでしまう。

忘れていた記憶は、かつての少年の名前を引き金に明確に思い出す。

同時に、自分の愚かさも。
あの時、敵の錬金術師の命を奪っていれば、こんなことにはならなかった。

失ったものは大きく、得られたものは何もない。

覚悟していたはずだった。
最悪の結果を防ぐために、人の命を奪うことを。
戦争だと自分に納得させ、より多くを護るために。

だけど失敗した。
モララルドの父親は、刺激にたいして発生する毒物を盛られていたのだろう。
最初から助かる見込みはなく、僕らを追い詰める罠として利用されていた。
奴らの目的はホムンクルス。

909名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 13:59:15 ID:.mVDc3Vo0

男の言葉を疑わないのであれば、僕らを捕まえて解剖なり実験なりするつもりだったのだろう。

そして……モララルド

幼いながらモララルドの知識には目を見張るものがあった。
父親が有望な錬金術師であったこともあり、狙われていてもおかしくはない。

人食い教会で連れ去られた後、彼はどうしていたのだろうか。

視線を本に戻す。
字体は崩れていて読みにくい。
けれどホムンクルスに対する考察は目を見張るものがあった。
一つ、疑問が生まれる。

まだ幼さの残る少年に、錬金術の実験結果を詳細に書き残すことができるかどうか。
答えは否。
つまり、僕が崖から落ちて意識を失ってから、
数年間もしくは数十年間の時間が経過しているのは間違いないと言うこと。

(;´-ω-`) (はぁ……)

910名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:00:31 ID:.mVDc3Vo0

思ったよりも時間が経過していないのではと、安堵している自分がいた。
人間にとっての十年は長い期間に違いないが。
それこそ、何かを変えてしまうには十分なほど。

モララルドは、僕のことをどう思っているだろうか。
ふと、不安が心をよぎる。

いや、考えるのはやめよう。
彼のことを想像したところで、問題が解決するわけじゃない。

落ち着かない気持ちを手元の冊子に無理矢理向ける。

錬金術の里襲撃と十三代目書庫番の拉致に関しても伝聞形式で書かれていた。
達成不可能と思われる目標と、騎士協会からの圧力、
様々な要素から実験に協力する錬金術師が不足していたのだ。
だからリスクを冒した。錬金術師に対する挑発ともとれる里の襲撃を行った。

結果に関しては書いていなかったが、あまりうまくはいかなかったのだろう。


何がしばらくすれば脱出できる、だ。
随分と暢気なことを考えていた。
僕は一刻も早く大陸に戻らなければならない。

911名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:03:07 ID:.mVDc3Vo0

戦争は今どうなっているのか。
もう終わったのか、それとも……。

深呼吸をひとつ。心臓の鼓動が全身に響き渡る。早鐘を打っていた脈動は、ゆっくりと落ち着いていく。
気持ちだけが逸っても、事態は好転しない。
落ち着いて対処していかなければ、過去の二の轍を踏んでしまいかねない。

ブーンは無事なのだろうか……。

書庫番を背負っていた姿は思い出せる。
その後、ブーンは逃げおおせたのか。

モララルド著、と書いてある書物をもう一度手に取る。
書いてある内容は、不老不死に関するものであり、ホムンクルスに対する実験結果などは見当たらない。
本棚にある冊子もすべて目を通す。

仮にブーンたちが捕らえられていて、実験材料とされていたなら、ここにその資料がないのはおかしい。
本の多くはいまだ空白のページであり、書き足す余地は大いにあるにも関わらず、新しい冊子を作るだろうか?
考えられる可能性としては、今現在進行形で研究をしている場合くらいだろう。

912名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:04:52 ID:.mVDc3Vo0

はっきりしたことがある。
ここは研究資料の保管場所であり、奴らにとって重要な場所であるということ。

これらの研究書は百害あって一理ない。
人間を傷つける錬金術の実験結果など不要。

(´・ω・`) 「処分させてもらうよ」

個人的な憤りがないわけではない。
それだけではなく、これらの情報を放置しておくのは危険だと判断した。

明かりに一束の羊皮紙を近づける。
火はすぐに燃え移り、煌々と火の粉を散らすそれを本棚に投げた。

保管場所として利用されていたせいもあってか、湿気は少なく、炎が壁面をなめはじめた。
赤く彩られた壁面は、焦げ臭い煙を室内に吐き出していく。

(;´・ω・`) 「!?」

地面が大きく震え、斜めに傾いた。
部屋に入った時から足元に伝わる振動の間隔が、少しずつ早くなっていく。

913名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:05:39 ID:.mVDc3Vo0

(;´・ω・`) 「何が……?」

本棚が崩れ、火は部屋中に拡がっていく。

煙から逃げるように棺桶の並ぶ部屋に戻ってみれば、
先程の振動で隅に寄せ集められたように散らばっていた。
固定されていなかった蓋が外れ、バラバラに骸が混ざり合っている。
途轍もない惨状の部屋に、長居することはなかった。

尚も揺れは大きくなり、低い唸り声が空間を満たす。
両手を使い階段を何とかして登り終えると、海が激しく泡立っていた。
それは恐らく、海底の苔に含有されている空気が一斉に放出されたために起きている現象。

それに呼応して、周囲の岩礁亀が目を覚ました。
無数の渦と複雑な海流に囲まれた島は、その周囲を彼らの移動によってさらに激しくかき回される。

一際強く、足元が動いて島は大きく傾いた。

(;´・ω・`) 「なっ!?」

くぐもった声の理由は、水中で発せられていたため。
地下にある部屋の床の感覚が、妙に生々しかったのは、生物の上だったから。

914名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:10:17 ID:.mVDc3Vo0

(;´・ω・`) 「でかい……」

荒れ狂う海を二つに分けるように、それは現れた。

黒ずんだ太く長い深緑色の首。
灰色がかった人間ほどもある巨大な瞳。
神話で語られる海に住む化け物と比べても遜色ない、通常の岩礁亀の数十倍はある巨大な生物。


その頭は長く、空を劈く叫び声をあげ、再び水中へとその頭を隠した。

足場の揺れは収まり、近くの岩礁亀も次第に動きをやめていく。
うってかわって静寂が訪れた。

地下にあったオーバーサイズプロジェクトの内容を思い出す
岩礁亀が実験材料に使用された挙句、
利用方法も見つからず、島に偽装させ、書物の保管庫としていたのだろう。

だが、連中に助けられたことも一つ。
これだけ派手に動いたんだ。
もし、本当に奴らに関係があれば数日もしない内に様子を見に来る。
その舟を奪って脱出すればいい。
早くブーンやクールと合流しなければ……。

915名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:15:34 ID:.mVDc3Vo0

乱れた海流は、なかなか収まらず、その日中海を荒らしていた。

(´-ω-`) 「お腹へったな……」

一段落つくと、疲れと空腹が押し寄せてきた。
意識が戻ってからもう二日も経っているし、その間何一つ口にしていない。

食用の実を集めに島内を散策する。
先程暴れたせいもあって、海水があちこちに貯まっている。
巨大岩礁亀が今以上に深いところへ沈まなかったのは幸いだった。

海底に潜ってみなければわからないが、こいつや他の亀も足場が制限されているのだろう。
そうすることで無闇やたらと移動されることも防げる。

野苺をいくつか採って、西側の島が見える場所に向かう。

今日も海上を漁に勤しむ者達がいる。
昨日よりも、広い範囲に広がってはいるものの、こちらとの距離はむしろ遠くなっているようにも見える。

916名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:17:39 ID:.mVDc3Vo0

それも当然か。
ただでさえ危険な海域だ。
向こうの島からもこちらで何かあったことくらいはわかっただろう。

昔、東の国で教えてもらった言葉をふと、思い出した。

君子危うきに近寄らず、だったか。
海の危うさをよく知っている男達が、わざわざ近づいてくることもない。

野苺の味は悪く、量も十分とは言えないが、腹は満たされた。
後は焦った訪問者を待つだけだ。



・  ・  ・  ・  ・  ・

917名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:20:10 ID:.mVDc3Vo0

五日後の夜、見慣れない装備で身を固めた男達が上陸してきた。
思ったよりは遅かったのは、準備のためだろうか。
全身を覆うローブの背中には、銀の刺繍。その形は蛇。

代表格の一人がなにか話している。
警戒しているのか、声は小さく、闇夜のせいで口許は見えない。

話し終えたのか、男が片手をあげたのを合図に、それぞれが武器を構え、こちらへ向かってくる。
島の中心に近いところで伏せていた僕の姿は、まだ見つかっていない。

( ノAヽ) 「くまなく探せ、生きている人間がいれば殺しても構わない!」

「はっ!」

警告のつもりか、最後の言葉だけは島中に響いた。

彼ら一様に片手で明かりを持ち、もう片方に武器を携え、侵入者の形跡を探している。
ゆっくり、一歩ずつ慎重に歩く。
わずかな痕跡すら見逃さまいと。

918名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:21:32 ID:.mVDc3Vo0

伏せっている僕の心音は少しずつ音を強める。
見つからないように心を落ち着かせるように自分に言い聞かせ、息を潜めて待つ。
鼓動を小さくするために、静かに深い呼吸を繰り返す。


「ノーネさん! こっちです!!」


僕から後十歩の距離にまで近づいたとき、後ろの方で男が声をあげた。

その声に息が止まる。


「扉が!」

目の前の男は、その声に反応しすぐさま駆けて行った。
僕の真横を通りすぎ、島の中心部へ。
開けっぱなしにされた、秘密扉の元へ光が集まる。
まるで甘い蜜に群がる蜂のように。

919名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:22:23 ID:.mVDc3Vo0

( ノAヽ) 「二人はここに残れ。他の者は私について中に向かう。警戒を怠るな」

「了解しました!」

明かりが一つずつ、島の中に消えていく。
残ったのは二つ。
ふらふらと、不規則に周囲を照らしていたが、すぐにそれも動かなくなった。

音をたてないように起き上がり、見張りの背後で双剣を構える。

狙うのは喉。
致命の一撃であり、中に降りていった連中に気づかれることもない。

小型のナイフの方が適しているが、贅沢を言ってはいられない。

(´・ω・`) 「ふっ」

「っ!!」

(;´・ω・`)  「なっ」

錆びついた剣には、かつての錬金術の欠片すら残っていなかった。
傷を与えない斬撃は存在せず、男は喉元から大量の血を吹きだしながら倒れた。
まだ意識があるのか、指先が震えている。

920名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:45:10 ID:.mVDc3Vo0

「きさっ!!」

(;´-ω-`) 「くそっ」 

咄嗟の判断であったが、声をあげられる前に喉を貫いた。
殺すつもりはなかったと、そんな言い訳は許されない。

二度目に剣をふるったときの結果は明らかだったのだから。
殺さなければ、殺されていた。
そんなことはわかっていても、自分なら……そう考えてしまう。

(´-ω-`) 「……」

考えに時間を使うだけ、リスクが増えていく。
僕は当初の予定通り扉を閉め、もう動かない二人をその上に乗せた。
中からはまだ声は聞こえてこない。

今のうちに奴らの舟を頂くとしよう。
泥に汚れて黒く不気味に輝く明かりを拝借し、海岸に走る。
舟は二隻。
どちらも同じ作りで、一人でも動かすことはできそうだ。

921名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:46:09 ID:.mVDc3Vo0


自分の使わない舟の底にいくつかの穴を開けておく。
そうこうしているうちに、鉄のぶつかり合う音が聞こえてきだした。
連中が罠にはめられたことに気づいたのだろうが、もう遅い。

両手で力一杯櫂を動かす。
複雑な海流は、この数日間で十分観察した。
決められた流れに乗れば、漕がずとも島から離れることができる。

口汚い罵り声が島から聞こえてくる。
既に脱出用の海流に乗った僕は明かりを消していた。
彼らからはどうあがいても僕の姿は見つけられない。

舟は波にぶつかっては揺れる。

(´-ω-`) 「眠り心地は相当悪そうだな」

922名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:47:37 ID:.mVDc3Vo0

しかし、こんなにもうまくいくとは正直思ってもいなかった。
一つだけ除いて……。


三日間で僕が仕掛けたのは単純な仕掛け。
島の中心から少し離れ、かつ海岸からも一番遠い茂みに、
一人潜れるだけの穴を堀り、植物を丁寧に埋め直した。

人が来るとすれば、行動が目立たない夜であろうことは容易に予想できたし、
その人数は多くても四人ほどだと考えていた。

大所帯になれば統制がとれにくいし、この島の存在は末端の兵士たちにあまり知られたくないはずだからだ。
万が一のことも考え、舟は二隻。
一人で動かせる小型の舟は四人乗るのが精一杯。

まさか八人も来るとは思っていなかったが、それが逆に功を奏した。

島の中心部、お墓の下の地下通路はあえて分かりやすいように荒らしておく。
せっかちな一人が叫んだおかげで、皆の意識がそちらに削がれた。

後は地上に残った見張りを始末し、地下に蓋をするだけだ。

波の音も眠りについたかのような静かな海で、一人漂う。

日が昇るまでは、まだ時間がかかる。
ゆっくり考える時間はありそうだ。

923名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 14:58:50 ID:.mVDc3Vo0













17 ホムンクルスと絶海の孤島  End


927名も無きAAのようです:2015/02/01(日) 15:59:47 ID:.mVDc3Vo0
【時系列】

ホムンクルス生誕
   ↑
   ↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです   
8 ホムンクルスと少女のようです
   ↑
   |
   |
   ↓
1 ホムンクルスは戦うようです
   │
2 ホムンクルスは稼ぐようです
   │
3 ホムンクルスは抗うようです
   │
4 ホムンクルスは救うようです
   │
5 ホムンクルスは治すようです
   │
9 ホムンクルスは迷うようです
   |
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末

17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
    │
    │
16 ホムンクルスは試すようです


戻る  次へ

inserted by FC2 system