(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
- 371 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:01:13 ID:ZpoDLxFs0
24 テニイレタキセキ
- 372 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:05:36 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) 「おはようございます」
( <●><●>) 「……」
どうやら外で待っていたらしいワカッテマス様を見つけ、挨拶をした。
向こうは何も言わずにただ頭を軽く下げるだけ。
会話一つすらなく先行きは不安だが、天気は良好。
現状を考えずに言うなら、まさに旅行日和だ。
雲一つない青空は、しかし森の中に入ってしまえばほとんど見れない。
長い旅になる。今のうちに眼に焼き付けておかなければ。
僕が屋敷を出てきてしばらくした後に、裏口から御主人様とデレーシア様が出てきた。
(`・ω・´) 「待たせてしまったみたいだな」
(´・ω・`) 「いえ……」
(`・ω・´) 「これを持っていきなさい。困った時の助けになるはずだ」
- 373 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:06:39 ID:ZpoDLxFs0
渡されたのは、白い剣。
鞘の装飾一つ変わっていないように見える。
若干軽くなったような気がするのは、ここ一週間の修行の成果だろうか。
剣を持つことに慣れてきたのかもしれない。
(´-ω・`) 「これは……」
鞘から取り出し、朝日に掲げたその刃は、うっすらと淡い光を纏っている。
最も大きな違いは、刃がついていること。
一振り、二振り、試してみる。
軽く振っただけで生み出されるのは、空気すら切り裂くような鋭い一撃。
(`・ω・´) 「雪山にある白狼銀という金属、そしていくつかの素材を加えて錬金術を行った。
生半可なことでは切れ味ば落ちないし、動物に対して特に有効性が高くなっている。
森の動物に多い硬い毛や厚い脂肪を易々と貫くことができるはずだ。
森に向かって思いっきり振ってみてくれるか?」
(´・ω・`) 「……? わかりました」
- 374 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:08:00 ID:ZpoDLxFs0
質問をする前に、やってみろと御主人様の眼は語っていた。
若干の不安を残しつつ、言われた通りにする。
(;´・ω・`) 「!?」
剣先が通り過ぎた場所に白い光の線が残る。
空中に書かれた落書きのように、はっきりと存在感を示す。
(`・ω・´) 「白狼銀の特長でね。通り過ぎた所に粒子を残し剣線を創り出す。
触れれば切れるが、少ししかもたずにすぐに刀身に戻ってしまう。
そこらの動物であれば十分に効果的だ」
たった一週間。
それだけの期間しかなかったにも関わらず、御主人様は無銘の剣を至宝の域まで高めてしまった。
僕が追いつくことができるとすれば、きっとこれから百年以上も後のことになる。
その確信だけが、胸の奥底に刻まれた。
(´・ω・`) 「有難うございます」
- 375 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:08:54 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「後は、新緑元素の状態や在処の予想図。
他にも錬金術の資料を保存しているところから、控えを送ってもらった。
予定では一、二週間もあればたどり着けるはずだ」
( <●><●>) 「そろそろ行きますよ」
(´・ω・`) 「あ、はい」
全ての荷物を受け取った後、森へ入ろうとした直前にデレーシア様に呼び止められた。
振り向くと、渡された二つの小さな布袋。
ζ(゚ー゚ ζ 「……無事に帰ってきてね」
(´・ω・`) 「ええ、必ず」
片方をワカッテマス様に渡すと、素直に受け取ってもらえた。
ポケットにしまい、二人並んで森の中へ足を踏み入れる。
後ろでは小さく手を振るデレーシア様と、その横に佇む御主人様。
- 376 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:09:59 ID:ZpoDLxFs0
新緑元素の採取は娘の人生に関わること。ほんとは自分で探しに行きたいはずだ。
だけど、僕とワカッテマス様ではデレーシア様にもしものことが有った時に対応できない。
なればこの編成は仕方なく、僕らは何としてでも手に入れなければならない。
万が一にもならないよう、もっとお互いに信頼すべきなのだが、
僕らの間に会話などなく、ただひたすら奥に進んでいく。
数時間歩き続けても、ワカッテマス様は疲れた素振りすら見せない。
純粋に体力があるのか、疲労を隠しているのかはわからなかった。
(´・ω・`) 「そろそろ、休憩しませんか?」
御主人様から預かった地図を見れば、先はまだ長い。
今からペースを上げすぎてしまうと、帰りが怖い。
( <●><●>) 「いいでしょう」
- 377 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:12:17 ID:ZpoDLxFs0
手ごろな大きさの樹にもたれて休息をとる。
御主人様から預かった水分の入った筒から一口仰ぐ。
錬金術で造られた特製品で、泥水を濾過することだけでなく、
水分の多い植物から水を精製することもできるらしい。
僕とワカッテマス様に各一本ずつ。
荷物の中には他にも様々な錬金術品が無造作に詰め込まれている。
確認しただけでも十数点ほど。
中には何の役に立つのか僕にわからないものもある。
(´・ω・`) (それにしても、ほんとに無口な人だな……)
向かい合うように少し離れた樹に背中を預けているワカッテマス様。
目を閉じてはいるが、寝ているわけではなさそうだ。
話しかけるな、という意味合いだろうか。
最低限必要な会話以外、ほとんど喋らない。
こんな旅があと二週間以上も続かと思うと、少し気落ちする。
お喋りすぎてもそれはそれで迷惑だけど……。
- 378 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:15:44 ID:ZpoDLxFs0
( <●><●>) 「 」
そんなことを考えていたものだから、自分が話しかけられたのだと気付かなかった。
言葉は風の中に消え、不愉快そうな顔をするワカッテマス様。
(´・ω・`) 「すいません、考え事をしていたもので……」
( <●><●>) 「ええ、いいでしょう。私はそろそろ出発しますか、と聞きました」
(´・ω・`) 「あっ、はい。ワカッテマス様さえよければ」
( <●><●>) 「この先には湖があります。
そこまで行ったら、そこで夜を明かしましょう」
(´・ω・`) 「はい」
それから数時間歩き通した。
あれ以降会話はなく、ひたすら無言で歩くというのは、
僕にとってなかなか苦痛なものであったが、ワカッテマス様は違うようだ。
- 379 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:18:56 ID:ZpoDLxFs0
相変わらず普段と変わらない表情。何を考えているのか一切わからない。
無言で見つめるその先には、森の中にも拘らず広大な湖があった。
辿り着いたのは、小さな町がすっぽり収まるほどの開けた地。
その中心部およそ八割を満たすのは、底まで透けて見えそうなほど清浄な湖。
湖畔には無数の白い花が咲き乱れている。
ワカッテマス様はそこを森の中を探索する時のベースとしているらしい。
そこは名前すらも付けられず、ただの目印としてだけ存在していた。
美しい風景に心を奪われていると、ワカッテマス様はすでに眠りについている。
静かな寝息が、月の光を反射して輝く湖に沈んでいく。
水の撥ねる音。
一匹の魚が水面を揺らした。
錬金術の素材にはならない、食材として有名な魚。
どうやらこの湖を住処としているようで、それだけではなく、あちこちに様々な種類の生物がいた。
- 380 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:23:04 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) (月夜に巡り合えたのは運が良かったかもしれないな……)
( <●><●>) 「……寝ないのですか?」
後ろから投げられる声。
起きていたことに若干驚きながらも、振り返り答えた。
眠る必要があまりないのだと。
彼は考えるように少しの間目を瞑る。
( <●><●>) 「ホムンクルスとは、便利なようで不便ですね」
それはただの独り言だったのかもしれない。
疲れからくる寝言であったかもしれない。
なぜか僕には、それが問いかけに聞こえた。
老いない身体
死なない身体
- 381 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:25:43 ID:ZpoDLxFs0
ホムンクルスであるということは、自己の喪失に対する怯えを持たなくてよいということ。
自己の喪失とは、人間の最も恐れる根源的な恐怖。
死。
取り返しのつかない、やり直すことのできない、元に戻ることのないもの。
誰もが知っていながら、深く考えないようにしているたった一回限りという人生。
その終着点にたどり着いた時、果たして自分は自分であるのか。
答えが出ることはなく、深く静かな泥沼の如き闇。
その恐怖から解放されて、しかし別の恐怖におぼえることをワカッテマス様は指摘したのだろう。
即ち、孤独。
(´・ω・`) 「ええ、そう思います」
- 382 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:30:04 ID:ZpoDLxFs0
僕を不憫に思ったわけではないだろう。
同情したわけでもない。
ワカッテマス様は、確認をしたかったのだ。
孤独が僕を苦しめるのかどうか。
だから、僕の答えは肯定。
人は一人で生きていけない。ホムンクルスであろうと、それは同じなのだ。
その答えに満足してくれたのかはわからないが、また寝息が聞こえてきた。
そもそも質問ですらなかったのかもしれないが……。
考えることをやめ、僕も横になることにした。
さほど眠くはないが、疲れは取っておくに越したことはない。
明日からも徒歩で旅しなければいならないのだ。
- 383 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:32:18 ID:ZpoDLxFs0
・ ・ ・ ・ ・ ・
( <●><●>) 「構えてください」
薄暗い森の中、唐突に足を止める。
つられて、半歩ほど後ろで立ち止まるが、その言葉にはさほど注意を払っていなかった。
(´・ω・`) 「!!」
弓矢のように、右腕をかすって森の中に消えていった生き物。
早すぎて、まともに目で追うことすらできなかった。
前を見れば、ワカッテマス様の足元に転がる小型の動物の死体。
真っ赤な血液を吹き出しながら、腹の辺りで半分にちぎられていた。
( <●><●>) 「矢鼬」
- 384 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:33:22 ID:ZpoDLxFs0
短く一言だけ、発せられた言葉。それだけで何が起きたのかすぐに理解できた。
(´・ω・`) 「巣の近くに来てしまったのですか?」
( <●><●>) 「ええ……。どうやら森のなかで異変が起きているようです……」
話している間にも、二匹。
ワカッテマス様の振るう黒剣の餌食になっている。
(メ´・ω・`) 「ぐっ……!!」
余所見をしている余裕などないはずだった。
会話に気をとられ警戒心が薄れてしまった代償が、腹に空いた風穴。
じたばたと動き、腹から抜け出そうとする鼬を斬って捨てる。
矢鼬は細長く鋭い角を持った鼬の仲間であり、夜、巣に近づく者を攻撃してくる習性がある。
強靭に発達した両後ろ足と、流線型のフォルムから、
はじかれた弓矢のように敵に攻撃を加える集団型一撃離脱の戦い方。
- 385 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:36:18 ID:ZpoDLxFs0
夜行性で昼間は滅多に姿を見せないはずなのだが……。
( <●><●>) 「数が、多いですね……」
話しながらも何度も剣を振るう。
飛来する矢鼬を一撃で仕留めていく。
(;´・ω・`) 「キリがない……」
それに比べ、僕はただ闇雲に剣を振り回す。対人で覚えた動きなど、今は全く役に立たない。
残光のおかげでまだ何とか対抗できているだけ。
それでもすべては防ぎ切れず、服のあちこちが切り裂かれてしまっていた。
それでも、傷が再生するという能力をいかし一匹一匹を確実に仕留めていく。
猛攻は、あっという間に終わった。足元に転がる死体の数は二十と少し。
飛来した矢鼬の数は数えきれなかった。
- 386 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:36:58 ID:ZpoDLxFs0
( <●><●>) 「やはりおかしいですね」
(´・ω・`) 「何がでしょうか?」
( <●><●>) 「様子が普段の森とは違います。先程の湖。いつもですと蛍が群生しています。
ですが、昨日は一匹もいませんでした。貴方にも何か分かることがあるのでは?」
動揺のせいか、いつもより.明らかに口数が多い。
普段は話しかけても返事すら返ってこないことがあるのだが……。
( <●><●>) 「…………」
驚き、返事することを忘れていたら、自らの饒舌に気づいたのか、口を噤んでしまった。
(´・ω・`) 「森の雰囲気、というのでしょうか。今まで剣を鍛えてもらっていた広場は端の方だったので、
あまり比較にならないかもしれませんが……」
森の中の空気は、濃いというよりは……澱んでいる。汚れた海の底を歩いているかのように。
それに加えて、身体中に纏わりつくような不快感。
- 387 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:37:56 ID:ZpoDLxFs0
( <●><●>) 「なるほど……」
恐らくは、僕がホムンクルスであることが関係しているはずだ。
錬金術に関するもので埋め尽くされたこの森に、
錬金術の結晶とでもいえるホムンクルスが長時間していることで受ける影響も少なからずあろう。
( <●><●>) 「それは私にはわかりかねますが……気をつけて進んだ方が良さそうですね」
(;´・ω・`) 「……後ろです!!」
とっさにワカッテマス様を突き飛ばす。
構えてすらいなかったお陰で、なんとか間に合った。
一瞬前まで立っていたその場所は、白煙をあげつつ焦げた臭いを発している。
(;´・ω・`) 「ぐぅぅ……」
遅れてやってくる痛み。
少しだが、腕にもかかってしまった。
爛れた皮膚は、一拍を置いて元通りになる。
- 388 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:39:30 ID:ZpoDLxFs0
( <●><●>) 「……酸狐」
肉食だが、穏やかな狐。
必要以上の狩りはせず、腹がふくれているうちは人にすらなつく珍しい獣だ。
四本の足にある小さな爪から、強力な酸を出すことができる。
(;´・ω・`) 「なぜ……」
僕らの様子を窺っている瞳には生気がなく、爪から分泌された酸は、足元の雑草を溶かしている。
確かに強力な酸を有するが、 狩りに使うといった情報は聞いたことも見たこともない。
巣作りの為に樹を溶かすときに分泌されるはずだ。
( <●><●>) 「ぼーっとしないでください」
既に立ち上がって、黒剣を構えているワカッテマス様。確かに、原因を考えることは後でもできる。
今はこの獣に対処するのが先だ。気合いを入れ直し、対峙する。
二対一の状況でも、気が抜けない。
- 389 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:40:24 ID:ZpoDLxFs0
お互いが睨みあったまま動かず、一分程度が経過した。
最初に動いたのは僕。
どうせ怪我をしても再生するのであれば、盾にでもなる。
そう思っての行動だった。
(;´・ω・`) 「っ!!」
降り下ろした剣先は易々とかわされ、両足に幾条かの引っ掻き傷を受けた。
熱を持ったかのような鈍い痛みのせいで、立っていられなくなる。
傷口を通して酸が体内に入ってきたのだと気づいたときには、視界すらぼやけていた。
( <●><●>) 「しゃがめ! ショボン!」
言葉の意味を辛うじて理解し、そのまま重力に身を任せた。
倒れていく体の上を黒い物体が二度通りすぎていく。
ぎぃぃぃぃ
(;´・ω・`) 「ふぅ……」
- 390 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:41:43 ID:ZpoDLxFs0
再生を終えた時、両目を潰された酸狐が呻いていた。
ワカッテマス様が近づき、首を突き刺した。数秒の間もがいていたが、そのまま動かなくなる。
( <●><●>) 「やはり……」
狐の死骸の腹を裂くと、中から消化途中の肉が出てきた。
その量は胃に収まりきらないほどもあり、空腹だったとは言いがたい。
(´・ω・`) 「たまたま気性が荒い個体だったのでしょうか」
( <●><●>) 「私達が知らない情報の可能性もありますが……その可能性は低いでしょう」
森に入ってから既に五日が経過してた。
これだけ動物から襲われるのであれば、気を引き締めなければ。
僕はともかく、人間であるワカッテマス様は掠り傷ですら致命傷になりうる。
(´・ω・`) 「行きますか」
- 391 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:42:55 ID:ZpoDLxFs0
・ ・ ・ ・ ・ ・
それからの道中は、嘘のように静かだった。
ただそれに反して、御主人様の地図に示された場所に近づくにつれて、違和感は強くなっていく。
五感で感じられるものではなく、自分がホムンクルスという存在であるからこそ、
直接響いてくるなにか。
ワカッテマス様には全く影響を与えていないように思えるが、実際はわからない。
考えを遮ったのは、ワカッテマス様の一言。同時に鉄が擦り合わされる静かな高い音。
( <●><●>) 「近くまで来ているはずです」
新緑元素は、深い緑の液体。
限られた森の最奥にしか存在ぜず、百年でたった数滴分しか生み出されない。
森の器と呼ばれる天の葉に貯まっている。
それが事前情報だが、書き残されているのは誰が残したのかもわからない資料。
いくら信用性が高いものだとしても、現在に至るまで発見されたことがないとすら言われている素材だ。
本当に存在するのかすら疑わしいが、御主人様は全く疑っていなかった。
- 392 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:43:38 ID:ZpoDLxFs0
資料を随分と信じているようだったが、あれほどの術師である御主人様ですら参考にしている本は、
一体いつ、だれによって調査、研究されたのか。
しかし、僕の不安をよそに、現実は全く恐ろしいくらいに資料通りであった。
( <●><●>) 「あれですね……」
ワカッテマス様が茂みの先にある巨大な草を指差す。
大人がゆうに入れるほど大きく、それが空に向けて葉を広げている。
薄い葉の中で光が乱反射し、美しく輝いていた。
(;<●><●>) 「動かないでください……」
掠れるほど小さな声で、茂みから出ようとする前に静止をかけられる。
浅い呼吸と、暑くもないのに流れる汗が、極度の緊張状態にあると教えてくれる。
その原因は明らかだった。
ただの岩かと思っていた物質は、毛皮で覆われた生き物が寝ている姿。
森の中で最も強く、最も恐ろしい生物。
- 393 名前:名も無きAAのようです 投稿日:2015/06/07(日) 19:46:29 ID:ZpoDLxFs0
(;´・ω・`) 「………………森を徘徊する者」
.
- 394 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:47:20 ID:ZpoDLxFs0
人間の二倍以上ある巨体。
全身に生えた土色の苔。大木もなぎ倒してしまいそうな重厚な爪。
丸くなっている体の下は、時間を早送りしているかのように雑草が成長していく。
眠っているのか、微動だにしない。
(;<●><●>) 「最悪ですね……」
創森熊
森林の中で最大の脅威
動き回る天災
グローイング・グリズリー
その存在をは、遥か昔から畏怖の対象として見られてきた。
千以上の呼び名を持ち、太古の昔から存在する森の守り神。
体に纏う苔の色の違いから、片手数ほどの個体がいるのではないかと言われている。
- 395 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:49:14 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) 「なぜここに……いや、ここにいるのが当然……か」
( <●><●>) 「新緑元素、森の生命の源。
全ての植物を統べる王であるからこそ、新緑元素を守っているわけですか」
(;´・ω・`) 「近づいても大丈夫でしょうか」
( <●><●>) 「頭から齧られたいのであれば、止めはしません」
創森熊が人間を襲うのは、森に対して害を為していることが見つかった時。
落ちた木の実を拾うことすら、創森熊が近くにいれば命がけなのだ。
森の宝である新緑元素を奪うことなど、言うまでもない。
決して森の中から出てくることはないため、外に逃げきることが出来れば助かるのだが、
この場所でそれは見込めない。
錬金術による攪乱や攻撃が通用するとも思えない。
そもそも、創森熊がいる森は錬金術の素材に溢れていると聞く。
(;´・ω・`) 「……しまった」
- 396 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:50:20 ID:ZpoDLxFs0
気づいた時にはもう遅かった。
錬金術の素材に対する何らかの要素を持っていてもおかしくない。
そして、それは錬金術で生み出されたホムンクルスに対して適応されるとすれば。
黄色く濁った瞳と目が合う。
(;<●><●>) 「っ!!」
巨体がゆっくりと起き上がり、それだけで森の温度が一段階下がったかのような威圧感がある。
(;´・ω・`) 「僕がひきつけます。その隙にワカッテマス様は新緑元素の採取をお願いします」
( <●><●>) 「わかりました」
と言ったものの、抜身の白い剣はあまりにも頼りない。
精一杯、その双眸を引き付けるように高く構える。
その意図が伝わったのか、牙を見せて低く唸る創森熊。
(#´・ω・`) 「行くぞっ」
- 397 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:52:47 ID:ZpoDLxFs0
足が竦まない様に、腕が震えない様に、胸いっぱいに吸い込んだ息を声とともに吐き出す。
真正面からの振り下ろした両腕。
(;´・ω・`) 「ぐっ!?」
剣は当たることなく、両腕と共に弾き飛ばされた。
すぐさま回復した腕で地面に落ちた剣を拾う。
創森熊もまた僕が人間ではないことに気付いていたのか、未だその視界は僕を捉えて離さない。
(;´・ω・`) 「どれだけ力の差が有ろうとも、諦めるわけにはいかない」
再び構えなおす。樹が全く生えていない広場では僕が不利。
森の中に誘い込めれば、動きも多少は鈍くなるはずだ。
誘導しようと後退しているところに、猛烈な突進。
勢いを殺す間もなく、跳ね飛ばされた。
意識を取り戻して剣が手を離れていないことを確認する。
(メ´・ω・`) 「ぐぅっ!」
- 398 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:55:07 ID:ZpoDLxFs0
まだ反撃は出来る。
即時に体勢を整え、前に向き直る。
後ろ足で立ち上がった塊が、両腕を広げて待ち構えていた。
(#´・ω・`) 「ふっ!」
カウンター気味に振り払った剣先は、創森熊の爪に当たり片腕が痺れるほどの強い衝撃。
驚きは、僕だけのものでなかった。
創森熊の太く、硬い爪にひびが入っていた。
手応えなど全くなかったはずだが、有効打となっているようだ。
痛みはないのか、創森熊すら困惑しているように見える。
(;´・ω・`) 「いける……か?」
刃が通るのであれば、少しはまともに戦える。
殺さずとも、追い返すことが出来れば十分。
今は姿を隠しているワカッテマス様が新緑元素を手に入れれば、あとは逃げ切るだけ。
- 399 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:57:45 ID:ZpoDLxFs0
(;´・ω・`) 「っ!」
咄嗟に耳をふさぐ。
大地を揺らすような鳴き声。
鳥が一斉に飛び立ち、森の中、他の生き物の声が消えた。
(;´・ω・`) 「嘘……だろ……」
罅の入った爪が崩れ落ち、新しい爪に生え変わる。
創森熊……神と崇められた大熊をそう易々と打ち倒せるわけもない。
一歩、一歩近づいてくる。
絶望という名の巨体。
その後ろ脚が地面にぶつかる度に、足元の植物が成長していく。
(メ´-ω `) 「ぎっ!!」
- 400 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 19:59:53 ID:ZpoDLxFs0
目を離したつもりなどなかった。
だが、現に僕の身体は高く打ち上げられ、内臓をまき散らしながら落下した。
骨の砕ける音が全身に響く。
ただ重力以外の力で、身体が何度も何度も打ち付けられていること以外に何も理解できない。
大木に、地面に、荒々しい大渦の中を流れていくかの如く。
上下左右の間隔は既にない。
再生も間に合わず、意識すら途切れ途切れ。
オオオオォオオオオオオォオォォォ
雄叫びが再び森を揺する。
一体僕は何処にいるのだろうか。
生い茂る無数の植物、樹木は全く見たことがない配置にある。
いくら殺しても死なない僕に、何度も何度もその爪を突き立てる。
腕が、脚が、頭が、腹が、潰され、千切られ、喰われた。
- 401 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:01:45 ID:ZpoDLxFs0
ただ狂ったように、破壊し続ける。
その眼に映る狂気に、神としての尊厳は感じられない。
( <●><●>) 「お待たせました」
創森熊が急に叫び声をあげた。
今までの威嚇とは明らかに違う、悲痛な叫び。
(メ´-ω・`) 「ワカッテマス様……」
( <●><●>) 「新緑元素は採取し終わりました。囮役、ありがとうございました」
その手に握られていたのは三つの試験管。
一つですら人間を十回殺す劇薬を、三つ纏めて頭部に被せられていた。
その効力は、創森熊すら苦しめる。
( <●><●>) 「長くは効きません。すぐに逃げますよ」
(;´・ω・`) 「危ないっ!」
- 402 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:02:26 ID:ZpoDLxFs0
振り下ろされた丸太のような腕は、地面を多く穿った。
辛うじて破城槌のような一撃を避ける。
長くは、どころではない。数秒も経たずに創森熊は回復していた。
先程と明らかに違うのは、怒りが全身が満ちているということ。
抵抗が苛立ちを呼んだのか、それとも新緑元素を持っていることに気付いたのか。
先程の記憶は鮮明に残っていて、指先今でも震えている。
だけど、僕はただやられているだけではなかった。
(;´・ω・`) 「背中に珠が半分ほど埋まってるのが見えました」
果たして、森の神に弱点というものが存在するのだとすれば、
それは決して狙い易いようなものではないと思う。
だが、苔に埋もれた黒と茶の中に、白く光る塊。
それが元来そこに存在したものだとは思えない。
- 403 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:08:56 ID:ZpoDLxFs0
振り下ろされた丸太のような腕は、地面を多く穿った。
辛うじて破城槌のような一撃を避ける。
長くは、どころではない。数秒も経たずに創森熊は回復していた。
先程と明らかに違うのは、怒りが全身が満ちているということ。
抵抗が苛立ちを呼んだのか、それとも新緑元素を持っていることに気付いたのか。
先程の記憶は鮮明に残っていて、指先今でも震えている。
だけど、僕はただやられているだけではなかった。
(;´・ω・`) 「背中に珠が半分ほど埋まってるのが見えました」
果たして、森の神に弱点というものが存在するのだとすれば、
それは決して狙い易いようなものではないと思う。
だが、苔に埋もれた黒と茶の中に、白く光る塊。
それが元来そこに存在したものだとは思えない。
- 404 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:10:53 ID:ZpoDLxFs0
( <●><●>) 「わかりました。あなたに賭けましょう」
(;´・ω・`) 「何とか隙を作ります」
とは言ったものの、先程までの油断も見えない。
この巨体、どうすればその背を狙えるだろうか。
(#´・ω・`) 「こっちだ!!」
剣と鞘を打ち鳴らす。
甲高い金属音が静かな森の中に響き渡る。
(;´・ω・`) 「……っ!」
横一直線に薙ぎ払われた腕は、付近の草も木も根こそぎ吹き飛ばした。
ただの風圧に捲れ上がる地面。
当たらなかったとは言え、その威力に恐怖すらも凍る。
(#´・ω・`) 「おおおおおっ!!」
- 405 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:11:34 ID:ZpoDLxFs0
それでも両の足に鞭を打ち、無理やり前に出る。
視界が開けたおかげで、逆に狙いやすい。
喉元、生物にとって最も弱い個所。
目の上まで降りてきたそこに向けて白き刃を突き出す。
(´・ω・`) 「……………………」
錬金術によって鋭さと強度を極限まで鍛え上げられた白き剣。
史上最高の錬金術師の手による究極の一振り。
それが今、神を相手に証明された。
(;´・ω・`) 「!?」
創森熊の首元、切っ先が僅かにかすった程度。
あふれ出てきたのは、真っ赤な血液ではなかった。
ドロドロとした緑の液体。
- 406 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:14:03 ID:ZpoDLxFs0
首から零れ地面にぶつかった瞬間、高い樹が育っていく。
根を拡げ、幹をより太く。
唸りながらも、数歩後退する。
害虫としかとらえていなかった者に、確かに傷を負わされた。
その事実だけが、驚きを与えているように見えた。
(´-ω-`) 「流石、御主人様です」
厚い脂肪と硬い毛皮を貫くことができるのは証明された。
巨体に匹敵する武器があれば、戦える。
後は如何にして膝をつかせるか。
御主人様が用意してくれた薬品は、まだ残っている。
効率的に使えば、数分程度の足止めができるかもしれない。
回復した創森熊の振り下ろし。
水面に滴を落としたかのように、森の地面が波立つ。
バランスを崩さないよう、付近の木で体を支える。
- 407 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:15:11 ID:ZpoDLxFs0
不死と不死では生半可な方法では決着をつけることができない。
やるなら徹底的に、完膚なきまで、だ。
(´・ω・`) (薬の種類は……)
思い出せるのは数種類だけ。
効果のわからないものを、運任せで使う必要はない。
零哭、悼離は完全に咲き終わり、哭くことをやめた≪離哭≫から生み出された毒物。
空気感染することはないが、皮膚や粘膜から一度吸収されると、人間は助からない。
未槻と書いてある瓶に入っているのは、≪満槻≫の成分を利用した神経毒。
人間であれば一滴目で両手足の自由を、二滴目で全身の自由を、三滴で神経を完全に麻痺させてしまう。
焦鶯と腐貂はともに動物の死骸から創り出された錬金毒。
森の生き物に有効だと、御主人様が特別に錬成してくださった。
(´・ω・`) (一つずつや無闇やたらと投げつけても、さほど効かないはず……)
- 408 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:17:07 ID:ZpoDLxFs0
それは先ほどのワカッテマス様の行動でわかっていた。
(;´・ω・`) 「っ!!」
暴雨風のように弾け飛ぶ木々。
直撃だけを避けながら、頭を働かせる。
根こそぎ引きちぎられた大樹は、創森熊の足元ですぐに生えて来る。
尽きることのない弾を得た森の神は、逃げ場など与えてはくれない。
(メ´-ω・`) 「ごふっ……」
飛来した人間大の岩に肺を叩き潰された。
身体は吹き飛びながらも、意識だけは薬の相乗効果を計算する。
背中に冷たい大地を感じながら、やっと活路を導き出した。
今できる最大限の組み合わせによる攻撃。問題は、それがどこまで通用するか。
(;´・ω・`) (やってみるしか……ない!)
- 409 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:18:06 ID:ZpoDLxFs0
何度でも立ち上がる僕に嫌気がさしたのか、創森熊の攻撃が止んだ。
獣が何を考えているかなど分かるはずもないが、あの眼に浮かんでいるのは間違いなく苛立ち。
(´・ω・`) 「覚悟しろ」
宣戦布告の言葉は、意味など通じるはずもない。
だが、創森熊はこの挑発を受け取ったようだ。
両の後ろ足で立ち上がり、木々の間を潜り抜けて悠々と近づいてくる。
(#´ ω・`) 「ああああああっ!」
掲げた剣は錬金術の極致。
振りぬけば生まれる残光は、留まり触れるもの全てを両断する。
四度振るって創り出した光の刃は、創森熊の爪が当たれば、音もなく崩れ去る。
数歩下がり、二度目に斬り出したのは八の刃。
その光は薄暗い森の中で輝く。
- 410 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:19:04 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) (いくら神と揶揄されるような化け物であっても、生物である以上、
痛みや毒に対するキャパシティが存在するはず)
その枠を超えてしまうことが出来れば、跪かせることすら理論的には可能。
光を盾に、創森熊の横に抜ける。
巨体故にハイパワーだが、その実、速度は意外に出ていない。
ただ迫り来る大きさのせいで、僕が誤解していただけだ。
さらに、成長する木々のせいで、足元の地形は常に変わっている。
不安定な足場を畏れ、此方が相手の全体を捉えようとある程度の距離を保っていたこと。
それが僕の過ち。
それは、創森熊にとっての最適距離だった。
だから変える。
戦いの場を自分に有利なものへ。純粋な力押しで勝てないのであれば、知識を用いること。
それが人間の戦い方であり、錬金術師である僕の得意分野。
- 411 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:19:45 ID:ZpoDLxFs0
数秒で植物が生え変わる敵の足元であれば、自身の安定と引き換えに視界から外れることができる。
(´・ω・`) 「まずは……焦鶯っ!」
燃え盛る炎は創森熊の足元を一瞬で焦土と化すだけにとどまらず、その全身を覆い尽くす。
飛び散る火の粉の一つ一つが、意志ある生き物かの如く。
成長する植物とそれを炭に変える紅炎。
視界を埋める多量の煙と、紅く弾ける高熱の中でさえ、創森熊は漫然と立つ。
一種類では効果が望めないのはよくわかっていた。
(´・ω・`) 「腐貂!」
分厚い毛皮を焼き切った後は、その分厚い脂肪が護っている腹部から脚部にかけて狙いをつける。
使用する錬金術は物質を腐食させる性質をもつ腐貂。
焦げ臭い真っ黒な煙と共に、肉の一部が剥がれおちていく。
この時、初めて創森熊は苦痛のような声を出した。
足元で細かく動き回り、無造作に振り下ろされる爪を避ける。
力が入りにくい足元、闇雲に振り回される腕であれば、さほど脅威ではない。
- 412 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:20:50 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) 「未槻……」
精神をかき混ぜるほどの強烈な錯乱効果を持つ錬金術は、骨が見え神経が露出した後足に。
瞳孔を開き、大きく傾いた創森熊に対し、さらにダメ押しの錬金毒。
(#´・ω・`) 「これで……倒れろッ!」
錬金術で創り出した薬品、悼離は猛毒。
僕の計算では、未槻との相性も相当に悪いはず。
ついに両前足を地面にまでおろし、苦しげに呻いている創森熊。
即席の錬金術連携程度はこれが限界。
だけど……今なら背中を狙える。
(;´・ω・`) 「ワカッテマス様!」
( <●><●>) 「わかってます……」
上から降ってきた声と共に、甲高い音が響く。
突き刺すように創森熊の背部を襲う黒剣。
- 413 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:42:50 ID:ZpoDLxFs0
予想を裏切り、水晶はいとも容易く、粉々に砕け散った。
それは粒子となって、陽の光に煌きながら風に消える。
( <●><●>) 「ごほっ……」
(;´・ω・`) 「大丈夫ですか?」
( <●><●>) 「着地に失敗しただけで……げほっ……」
(;´・ω・`) 「……倒したのでしょうか」
転がり落ちたワカッテマス様の傍に駆け寄る。
背中に攻撃を受けてから、森創熊は動かない。
痛みがあるようには見えないし、脚の傷は既に苔に埋もれて見えなくなっている。
息が整わないワカッテマス様を背に庇うように、白き刃を向たまま待つ。
オオ……オオオオ……アアァァァァ……
- 414 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 20:46:29 ID:ZpoDLxFs0
- 一時中断失礼
- 417 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:24:14 ID:ZpoDLxFs0
森全体を吹き抜ける大音量の鳴き声。
だがそれは、命のやり取りをしていた先程の攻撃的なものとは違う。
どこか温もりすら感じるほど優しく響いていく。
長い長い叫びを終えた後、此方を一睨みだけすると、
森創熊はゆっくりとその背を向け、森の中へ帰っていく。
(;´・ω・`) 「何が……」
(;<●><●>) 「……わかりません」
去っていく後ろ姿を、僕らは見守ることしかできなかった。
どれだけの時間がたっただろう。
森の中に再び音が戻ってきた。
鳥の囀り、虫の息吹。
喧騒を取り戻した森の中心で、僕らは未だ動けずにいた。
森創熊から逃れることができた安堵と、疑問。
手元にあるのは、僕らが欲しくて仕方なかったもの。
- 418 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:25:34 ID:ZpoDLxFs0
新緑元素
森の宝を盗んだ僕らを、なぜ見逃すのか。
その理由は、考えて見つかるものではなかった。
結局のところ、僕らはわからないということで納得するしかなく、
悪戯に時間を浪費してしまったことに気付く。
( <●><●>) 「帰りましょう。兄さんとデレーシアが待ってます」
(´・ω・`) 「はい」
手に入れた新緑元素を失わぬよう、大事にしまい込む。
クッション材で覆っておけば、少々の衝撃程度で壊れることもない。
万が一の時に身代わりで守れる僕が荷物を背負い、屋敷の方角へと歩き出した。
- 419 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:28:58 ID:ZpoDLxFs0
・ ・ ・ ・ ・ ・
(`-ω-´) 「助かった……本当に、助かった。
二人とも、ゆっくりと休んできてくれ。あとは私の仕事だ」
( <●><●>) 「では、部屋に戻ります。何かあれば、呼んでください」
そう言い残すと、部屋から出ていった。隣にある自分の研究室ではなく、私用の部屋に向かったのだろう。
(`・ω・´) 「ショボンも休んできなさい」
(´・ω・`) 「いえ。僕は大丈夫です。手伝えることがあるかもしれないので、ここにいさせてください」
僕らが森から帰ってきたのは、出発から二十二日後の昼。
屋敷の中では、大きな変化がひとつだけあった。
デレーシア様の体調が優れず、ベッドから起き上がることができなくなっていたこと。
時に鋭い痛みがあるようで、御主人様が錬成した痛み止めと睡眠薬を併用していた。
- 420 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:31:20 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「新緑元素が手に入るのがあと一か月遅ければ、デレーシアの命に関わっていたかもしれない」
(;´・ω・`) 「それほど危険な状態なのですか?」
(`・ω・´) 「出発の前に倒れたことがあっただろう。あれから、どうも既存の薬が効きにくくなっていたようだ。
二人が帰ってくるまでに調べていてわかったことだが、
千娘糸葉には物体の状態を不安定にする効力があることがわかった」
(´・ω・`) 「それで、デレーシア様の体に影響が……」
(`・ω・´) 「直接触れた程度では大事にならないはずだったのだが、なにせタイミングが悪かった。
デレーシアが飲んでいる薬を数週間前に変えていてね。
彼女の体力が少しばかり落ちていたのだ」
白いベッドに、今は静かに眠る少女。その腕には痛々しい跡を隠すように、包帯が巻かれている。
(`-ω-´) 「薬の副作用だ」
(;´・ω・`) 「腕だけが……?」
- 421 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:32:55 ID:ZpoDLxFs0
包帯の下には赤黒い斑点がいくつか浮かび上がって見えた。
(`・ω・´) 「今のところは。だが、新緑元素さえあればこんな薬も使う必要はない」
(;´・ω・`) 「新緑元素はどのように使うのですか?」
試験管の中で揺れる液体は、光の辺り具合でその輝きを変化させる。
(`・ω・´) 「異なる手間を加えた何種類かを用意し、もっとも効能が高く落ち着いたものを使用する。
私も新緑元素を錬成するのはこれでまだ二回目でしかない。故にその性質は書物便りだ」
机の上に開かれている古びた本。
本と言っても、束ねた紙を繋いでいるだけの簡素なものだ。
錬金術師にとっては、たった一ページ見るだけでも数回の人生分ほどもの価値がある……らしい。
他の錬金術師と話したことがない僕には、その価値はいまいち分かりにくい。
それだけ重要な書物の中で、後ろ三十枚は、特に貴重な素材について記されている。
研究次第では、一欠片で街一つを消してしまうほど危険なものや、世界の法則に囚われない便利なものを創り出せる。
(`・ω・´) 「さて、それでは手伝ってくれ。先ずは新緑元素を五つの容器に分ける。
四つは今回使う。一つはもしものために残しておこう」
- 422 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:34:54 ID:ZpoDLxFs0
言われた通り、五つの試験管を用意し、目分量で分けていく。
心なしか最後の一瓶だけ多くなってしまった。
もしものために、そう言われると無意味とわかっていても気にしてしまう。
(´・ω・`) 「出来ました」
(`・ω・´) 「二つに分化液を加えて」
指示を出しながらも、御主人様は正確に素材を用意していく。
言われた通り分化液を加えると、緑の濃い煙が研究室に立ち込める。
換気のために窓を開け、煙を逃がす。
(`・ω・´) 「前から用意してた、二番と三番の瓶を順番に加えて。よく混ぜながら」
(´・ω・`) 「はい」
二番の透明な液体と、三番の粘っこい液体、両方を加える。
しっかり混ぜていると、段々と白い粒子が現れ始めた。
- 423 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:35:47 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「粒を回収して、向こうのテーブルにあるガラス皿に分けておいてくれ」
(´・ω・`) 「粉が入ってるやつですか?」
(`・ω・´) 「そうだ」
作業途中に御主人様の手元を盗み見ると、何やら複雑な動きをしていた。
素材から必要な成分だけを取り出す作業だ。
錬金術による強制的な分離が可能なものもあれば、手作業で拾っていかなければならないものある。
(;`-ω・´) 「ふぅ……」
作業を開始してから、既に数時間が経過していた。
(;´・ω・`) 「何か軽い食事でも持ってこさせましょうか」
(;`・ω・´) 「ああ、そうしてくれると助かる」
四種類の異なる大きさの試験管。
それぞれに、錬成途中の新緑元素が入っている。
- 424 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:37:01 ID:ZpoDLxFs0
所狭しと棚に並ぶのは百を越える素材。海や山、森や地下。あらゆるところから集められたもの。
今回のような時のために、御主人様はワカッテマス様と昔から準備していた。
貴重な素材は、新緑元素だけではない。
幽鳴石英
あの世とこの世を繋ぐ道と呼ばれる黎明洞窟。
その深部でしか見ることのできない石英。
打ち砕かれたときに鳴る音は、この世を漂う幽かな存在を呼ぶと言われているが、定かではない。
実際には全く逆で、持っていると精神を落ち着かせる効果がある。
妖哭獅子の心臓
呑まず食わずで数日間も走り続けることができる獅子の、強靭な心臓。
乾燥させてすり潰せば、体力回復、気力回復。
万能の気つけ食材だが、手に入れるためには戦って倒さなければならない。
- 425 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:39:40 ID:ZpoDLxFs0
八天極樹───双天聖鳳の翼燐
生を司る双天聖鳳は、翼のように左右に枝を伸ばし花を咲かせる。
薄橙色の花弁は、指先ほどの大きさしかもたないが、隙間もないほど咲き乱れ見る者を魅了する。
その効果は見た目に勝るとも劣らない。
翼燐とは、数千枚に一枚しか存在しない花びらのこと。
これで創り出した薬を口にした者は、十年の寿命を得ると言われるほど。
八天極樹───牢祖の芯
抑圧の象徴である牢祖は、無数の枝を絡み合わせ巨大な球体としての姿になる。
花は殆ど咲かせず、眺めて過ごすには些かつまらない。
しかし、採取の難易度は低く、いくつ束ねても軽いまま。丈夫で柔軟性も高い。
防具として利用されることが多いが、毒素を分解する力もたけている。
薬とすれば、長く体内にとどまり、回復の一助となる。
事実、デレーシア様の病気は、今まで牢祖と双天聖鳳を用いた薬で抑えてきた。
それらの薬を新緑元素と他の素材で効果を強めるのが目的だ。
研究室を出て、台所に向かう。
冷めた昼御飯が机の上に並べられていた。
白いタオルで覆われており、埃やゴミが入らないようにされている。
少し火にかけて暖めれば、十分食べられるものになるだろう。
- 426 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:40:45 ID:ZpoDLxFs0
わざわざメイドを呼び出してきて頼むまでのことではない。
そう思って薪に火をつけると、鉄鍋にスープを移した。
煮立つまで、軽くかき混ぜつつ待つ。
再び木皿に分けて盆に乗せる。
二人分のパンを切り、それらをもって研究室に戻った。
(`・ω・´) 「ありがとう」
(´・ω・`) 「いえ、お待たせしました。すぐ食べられますか」
(`・ω・´) 「丁度一息ついたところだ。ショボンもそこに座りなさい」
研究室にある座り心地の悪い丸椅子にかけて、机の上の実験器具を避けて場所を作る。
温かいスープと、パンを齧りながら部屋の中を見渡す。
先程までの分離作業は終わったらしく、いくつか見慣れない素材がおいてあった。
(´・ω・`) 「あれはなんですか」
- 427 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:41:45 ID:ZpoDLxFs0
冷気のような白い煙を発している、統一された大きさの透明な固体。
一見するとそれは氷に見えるが、時たまその中心に何か動いているように見える。
(`・ω・´) 「悪魔の氷、わたしはそう呼んでいる」
(´・ω・`) 「悪魔の氷……?」
(`・ω・´) 「デレーシアの血液から、病原菌だけを抽出し、錬金術で氷の中に閉じ込めたものだ。
氷自体もただの水ではなく、牢祖の花の蜜をいれている。
常温ではよぽどのことがない限り溶けない」
(´・ω・`) 「あれが……。
デレーシアを苦しめているものの正体」
棚にもう一つ置いてある氷も、きっと同じものだろう。
中で蠢ている黒の質量は、こちらのものよりだいぶ荒々しい気もするが。
(`・ω・´) 「大丈夫、あれは回りの温度を奪って生きている。氷が溶けることはない」
(;´・ω・`) 「あ、いえ……」
感染の心配をしていると、そう思われるような顔をしていたのかもしれない。
僕に病原菌が影響を与えるどうかはわからないが、人間である御主人様にはほぼ確実に感染してしまう。
扱いには細心の注意が必要だ。
- 428 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:43:08 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「さて、ご飯も食べたことだし、そろそろ休憩も終わりにしよう」
その日から錬金術漬けの日々が続く。
二十四時間見張りが必要なため、夜の番は僕が、午前中も可能な限り手助けをした。
こういう時に人よりも睡眠時間が少なくてすむ体は便利だ。
日中のわずかな時間に寝るだけで、一日分の体力が戻る。
錬金術に没頭しほとんど家の外に出ることもなかったが、季節の変化を肌で感じるようになってきた。
陽気な日々が終わって、冷たい風が多くなってきた気がする。
季節の変わり目はもうとっくに過ぎていたはずなのに。
静かに雨が続くある日の夜、デレーシア様は目を覚ました。
ζ(-ー- ζ 「パパ……?」
か細く消えてしまいそうな声が呼んだのは、その父親。
声を出すことを忘れてしまったかのように、その後はなにも発しない。
ただ寝ぼけ眼で虚空を眺めている。
(;´・ω・`) 「デレーシア様、少しお待ちください。すぐに呼んできます」
- 429 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:44:35 ID:ZpoDLxFs0
部屋に向かい、扉の外から声をかけると寝間着のまま出てきた。
急ぎ二人で研究室に戻る。
そこでは、痩せ細った少女がベッドの縁に座っていた。
(`・ω・´) 「デレーシア、横になっていなさい」
ζ(゚ー゚ ζ 「ううん、パパ。今は少し楽なの。
……私はどのくらい寝てた?」
(`・ω・´) 「一月半ぐらいだよ」
ζ(-ー- ζ 「そんなに……」
ζ(-ー- ζ 「ねぇ、私不思議な夢を見たの。誰だかわからないけれど、夢を見ている間ずっと傍にいてくれた。
変よね……夢なのに」
(`・ω・´) 「変なことが起きるのは夢の中だけだよ。明日には薬ができる。あまり長く起きていると体に障る」
ζ(゚ー゚ ζ 「わかったわ」
少女にしては素直に、忠告を聞いてベッドに横になる。
楽だと言ったが、それは嘘だろう。
じっと横になっているだけなのに、少女の額には汗が浮かんでいる。
- 430 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:45:16 ID:ZpoDLxFs0
ζ(゚ー゚ ζ 「ショボン」
(´・ω・`) 「なんでしょうか」
ζ(-ー- ζ 「手を…………握っててほしい」
(´・ω・`) 「わかりました」
陶器のような小さく細い指は、今までにもまして儚げに見える。
そっと、両手で片手を包みこむ。
驚くほどに冷たい手は、微かに震えていた。
ζ(-ー-ζ 「あったかい……」
(`・ω・´) 「ショボン。そうしてあげてくれ。私は薬を完成させる」
(;´・ω・`) 「ですが……」
動こうとした時、小さな手のひらに握り返され、再度腰を下ろす。
どうやらデレーシア様はすでに寝ているようだ。
だけどその寝息は、ここ数日ないくらい落ち着いている。
- 431 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:46:11 ID:ZpoDLxFs0
ただこうしているだけで少女の助けとなるのなら、それ以上のことはない。
(`・ω・´) 「最後の仕上げくらいなら一人でできる」
机の上に並べてある二つの容器。
真っ黒に塗ってあるため、中の様子はわからない。
仕上げに必要だったのは、一週間以上光を断った陽の実を擂り潰して加える作業。
陽の実はとんでもなく固い。そのため、潰すには霊峰涙の中に沈めてする。
毎日飲むことで病気と無縁に生活できるとも言われている霊峰の湧き水。
それをさらに凝縮し、数年寝かせた霊峰の涙。
結晶状態で店に並ぶことが多く、錬金術師には馴染み深い素材だ。
ほのかに甘く、飲料水として利用している富豪もいるらしいが……。
潰した陽の実から溢れる果汁は、空気に触れるとすぐに蒸発していく。
それを慣れた手つきで新緑元素が入っている容器の中に流し込み密閉する。
(;`-ω-´) 「っふー……」
- 432 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:47:21 ID:ZpoDLxFs0
どうやら、全ての作業は終わったようだ。
(´・ω・`) 「出来ましたか」
(`・ω・´) 「焦るな。間違いなく完成したとは思うが、一日は置かないと駄目だ」
(;´・ω・`) 「そう……ですか……」
(`・ω・´) 「休んできたらどうだね」
(´・ω・`) 「いえ、それをデレーシア様が飲まれるまでは安心できませんので……」
有難い提案だったが、断ることにした。
ここまで死力を尽くしたのだから、最後まで付き合いたい。
これは僕の我儘だったが、御主人様は何も言わず、ただ少女の寝顔を眺めていた。
翌日、少女のための薬は遂に完成する。
少女の枕元に置かれた小瓶、その中にはお世辞にも綺麗だとは言えない液体で満たされていた。
灰色がかった靄が水の中に沈んでいる。
(`・ω・´) 「さて、準備はできた。これを飲めば、しばらく病気に苦しめられることはないよ」
ζ(゚ー゚ ζ 「うん……」
密閉された容器から小さなグラスに移さられた薬。
見た目に反して、心休まる香りが部屋の中に満ちていく。
- 433 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:48:02 ID:ZpoDLxFs0
ζ(-ー- ζ 「んっ……はぁっ……」
ゆっくりと、自分のペースで飲む。
咽込んだりもせず、味はまともなようだ。
寝ている間はずっと食事をしていなかったせいか、じっくりと時間をかけて、
やっとのことで飲み干す。
(`・ω・´) 「あとは一晩寝れば元気になる」
ζ(゚ー゚ ζ 「わかった」
(´・ω・`) 「おやすみ、デレーシア」
(`・ω・´) 「ショボン、君も少し休みなさい」
(´・ω・`) 「わかりました。それでは、失礼します」
根を詰めすぎたせいか、まぶたが重く全身に倦怠感がある。
ホムンクルスであっても疲労と無関係でいられないのはわかっていたつもりだったれど、予想以上に疲れているようだ。
研究室から自分の部屋に向かい、そのままベッドに横になった。
少し読み進もうと思って手に取った本を二、三ページ読んだが全く頭に入ってこず、
そのまま深い闇の中に落ちていった。
- 435 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 21:59:10 ID:ZpoDLxFs0
・ ・ ・ ・ ・ ・
「しょーぼーん!」
「ねぇ、ショボンってば!」
深い眠りから引き戻したのは、もう長いこと聞くことができなかった澄んだ声。
瞼を開くと、上から覗き込む幼い顔。
顔色は格段に良くなり、頬がふっくらと柔らかみを帯びた丸みを取り戻している。
僅かに上気して紅く染まっているのは薬の副作用だろうか。
(´-ω・`) 「おはようございます」
ζ(^ー^*ζ 「もうお昼よ?」
- 436 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:00:18 ID:ZpoDLxFs0
どうやら寝過ごしてしまったことに気付かないほど深い眠りだったようだ。
疲れているとは思っていたが、寝過ごしてしまうとは。
我ながら情けない。
ζ(゚ー゚*ζ 「下に降りましょう? パパがお祝いを用意してくれているの」
(´・ω・`) 「わかりました」
デレーシア様の後を追い、階下へ向かう。
普段は飾り気のない食堂だが、今日はいつもと様子が違った。
少女の快気祝いの為に、幾つかの鮮やかな花が並べられている。
(`・ω・´) 「やっと降りてきたか」
(;´・ω・`) 「すいません」
(`・ω・´) 「朝ご飯は用意してあるものを片付けてくれ。晩御飯の用意で家政婦は忙しいのでね」
ζ(゚Λ゚*ζ 「かたい……」
- 437 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:00:59 ID:ZpoDLxFs0
一口サイズに切り分けられたパン。
その一つをつまみながらデレーシア様は呟いた。
それもそのはずだ。一か月以上眠っていてまともな食事もとっていないのだから。
(´・ω・`) 「ゆっくり食べてくださいね」
自分の分の取り置きを齧る。
甘いブルーベリージャムには、果実がたっぷり入っている。
ζ(゚~゚*ζ 「今から晩御飯が楽しみ」
(`・ω・´) 「この前から材料を買っていた。豪華な晩御飯を約束するよ」
ζ(^ー^*ζ 「えへへへ」
屈託なく笑う少女には、病気の影は全く見えない。
御主人様の錬金術は見事成功し、デレーシア様を完治させたのではないかと思うほどに。
ζ(゚ー゚*ζ 「そういえば……ワカッテマスは?」
- 438 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:05:48 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「……」
その疑問に、御主人様はすぐに答えない。
ワカッテマス様の姿は僕も見ていなかったが、どうせいつもの通りに一人で研究室に篭っているか、
素材の採取にでも行っているのだろうと思っていた。
どうやら違うのだと、その沈黙で察した。
(`・ω・´) 「私もここ数日会っていないのだよ。夜中にごそごそと動いている音は聞こえるのだが……。
家政婦たちに聞いても誰も姿を見ていないという。食事もどうしているのやら」
ζ(゚ー゚ ζ 「そう……せっかくだからみんなで楽しみたかったのに」
(`・ω・´) 「ワカッテマスもそのうちひょっこり出てくるだろう」
(´・ω・`) 「剣の訓練もまだしてもらわなければいけないですから」
まだ一本すらとれていないのだから、これで終わりにするのは納得がいかない。
せめて両手持ちのワカッテマス様と渡り合えるくらいの実力が欲しい。
御主人様やデレーシア様の盾となり剣となる役目。
それをこなすためにも、相応の実力を身に付けなければ。
- 439 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:06:28 ID:ZpoDLxFs0
(`・ω・´) 「デレーシア、晩まではどうするつもりだね」
ζ(゚ー゚*ζ 「本を読むわ。動くと疲れちゃいそうだし。ショボンも私の部屋に来るわよね」
返事は遮られた。他でもない御主人様の言葉で。
(`・ω・´) 「ショボンには少し話がある。後で部屋に行ってもいいかな?」
ζ(゚~゚*ζ 「むぅ……わかった。パパが言うんなら……先に行って待ってるから」
殆ど皿に残したまま、食堂を出ていった。
やはりまだ食べる行為自体が大変なのだろう。
二回の扉が閉まる音が聞こえてくるまで、御主人様は黙ったままだった。
デレーシア様にはあまり聞かれたくない話なのだと察しが付く。
(`・ω・´) 「……ワカッテマスのことだ。どうも森から帰ってきて様子がおかしい。
何か変わったことがなかったか?」
(´・ω・`) 「いえ……特には……」
- 440 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:08:31 ID:ZpoDLxFs0
デレーシア様の薬を錬成しながらも、森で起きた出来事のほぼ全てを話していた。
創森熊との戦闘や、新緑元素を手に入れた後の帰り道のことまで。
(`・ω・´) 「そうか、いや、それならいいんだ。私の勘違いかもしれないしね。
さて、話は終わりだ。デレーシアのところに行ってあげてくれ」
(´・ω・`) 「一つだけ、聞いてもいいでしょうか」
本人がいない以上、ここで勝手に話したところで何の意味もない。
そのことは二人ともよくわかっていた。
そして僕は、ワカッテマス様のことよりも気になることがあった。
(`・ω・´) 「なんだね」
(´・ω・`) 「デレーシア様の病気は……完治したのでしょうか」
(`・ω・´) 「……デレーシアの病は原因が一つではないことは知っているだろう。
幾つかの厄介な病原体が引き起こした複合的な症状が、彼女を苦しめている。
故に、この薬で完治したとは残念ながら言えない」
- 441 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:09:37 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) 「では……」
(`・ω・´) 「だが、全身を襲う痛みや気怠さ、そういった体調不良からは解放されるだろうし、
突如として体調を崩すこともなくなる。
少なくとも、これまでの病が原因で命を落とすことはないだろう」
それはつまり、デレーシア様は普通の少女と全く同じ生活ができるようになった、ということに他ならない。
(´・ω・`) 「よかった……」
(`・ω・´) 「これからもよろしく頼む」
(´・ω・`) 「はい、それでは失礼します」
食堂を出て、二階への階段を上る。
デレーシア様は、これからどうされるのだろうか。
しばらくすれば街に遊びに行くことも許可されるだろう。
同世代の女の子たちと交流し、友達を作ることもできる。
- 442 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:10:30 ID:ZpoDLxFs0
少女が望むのならば、錬金術師としての道もあるかもしれない。
偉大な錬金術師である御主人様が師匠となれば、腕も上達する。
現時点ですら並みの錬金術師よりは知識がある彼女が、適切な指導を受けることが出来れば……。
やっと、デレーシア様は希望を持って未来に向くことができるようになった。
そのことが自分のことのようにうれしいのは何故だろう。
僕と彼女は付き合いでいえば決して長くない。
僕が生まれてから、おおよそ三か月ほど。
知識だけはある頭でっかちな僕に、色々と教えてくれた。
妹なのか、それとも姉なのかは判断に困るところだが……。
そんな彼女が不安定で不確実だった未来というものを、少しだけ形にすることが出来るようになった。
そのことが、僕にとって嬉しいことなのだろう。
扉を叩くと、すぐに返事が聞こえた。
ζ(゚ー゚*ζ 「入っていいわよ」
- 443 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:15:32 ID:ZpoDLxFs0
(´・ω・`) 「失礼します」
ζ(゚ー゚*ζ 「どうしたの? なんか変な顔してる」
(´・ω・`) 「えっと……そうでしょうか?」
ζ(゚ー゚*ζ 「うん、何かいいことでもあったの?」
先程まで考えていたことが、顔にまで出ていたようだ。
正直に言うのは……照れ臭い。
そんな感情を自分が持っていることに多少驚きながらも、そのことは心の中にとどめておく。
だから、一言だけ少女に伝えた。
(´・ω・`) 「病気、よくなってよかったですね」
ζ(^ー^*ζ 「うんっ!」
飾り気のない言葉だったけれど、デレーシア様は、満面の笑みでこたえてくれた。
- 444 名前:名も無きAAのようです[sage] 投稿日:2015/06/07(日) 22:21:50 ID:ZpoDLxFs0
22 テニイレタキセキ End
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