(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
- 350 名前:名無しさん 投稿日:2016/07/24(日) 19:26:51 ID:XuZMeezA0
35 港の都市
- 351 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:28:54 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「これが鍵ねぇ……」
シュールから借りていたのは、手のひらに収まるサイズの金属片。
所々錆びついていてとても鍵には見えないが、
かつて彼女が使っていた研究室の一つらしい。
最後の準備を済ませるために、貸してくれるということだった。
それがあるのは東西の貿易の要、恐らく世界最大級の港湾都市国家であり、
僕たちが目指している場所に至るための最短経路上にある国。
コルキタ。
この地に集められた各地の特産物は、陸路と海路で運ばれていく。貿易の中継地点であり、
街中の道路は必要以上に幅広く、その両側には数多くの倉庫が立ち並ぶ。
( ^ω^) 「はぁー……噂には聞いたことがあったけど凄いおね」
(´・ω・`) 「前に来た時の倍くらいになってる気がする……」
東西南北に通る道で綺麗に区画整理されており、ブロックごとに名前が付けられている。
そのうちの一つ、目当ての通りを見つけてその角を曲がった。
メインストリートから入って少し歩いた先、真昼間にも拘らず全てのカーテンを閉め切った家。
- 352 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:30:06 ID:XuZMeezA0
それが彼女に指定された場所だと気付くのに時間はいらなかった。
預かった鍵をドアノブの下、無造作に開けられている穴に差し込む。
カチリと軽い音がして、扉が開いた。
一階部分は多くの実験器具が整然と並んでいる研究室。
二階に上がれば、簡易ベッドが一つだけあった。
( ^ω^) 「これがシュールの研究室かお。長いこと使ってなかった割には綺麗だおね」
(´・ω・`) 「埃一つないね。まったく、どうなってるんだか」
シュールとの待ち合わせまであとどのくらいあるのか。
彼女は神州に行ってからこちらに来るように言っていたが、その日程までは教えてもらっていない。
もし海岸沿いの道を通っていれば、僕らと同様に遠回りせざるを得ないだろう。
取り敢えずは部屋の中を物色する。
邪魔になるものは捨てていいと言われていたが、そんなものは見つからない。
恐らく、何を保存しいてどんな状況にしていたか彼女自身も覚えていないのだ。
使い捨てガラス容器は一階倉庫に大量に揃っていた。
保存のきく錬金術の素材もまた棚に並んでいる。
ほぼ全部が完璧に近い保存状態であったが、幾つかは痛んで駄目になってしまっていた。
- 353 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:30:43 ID:XuZMeezA0
(´-ω・`) 「百年椰子が枯れてる……何年使ってないんだよ」
( ^ω^) 「ん……? ショボン! こっちに資料があるお」
研究室の一角、壁に偽装されていた本棚に気付いたブーンは、その仕掛けを開ける。
中に並んでいる書物の筆跡はすべて同一人物のもの。
最後のページには達筆な字で、シュール、とだけ書かれていいた。
目についた一冊を手にとって軽く流し読みをするだけでも、どれほど貴重な研究書であるかは一目瞭然。
世に出るだけで人々の生活を一つも二つも変えてしまいかねない。
( ^ω^) 「おー発想だけじゃないおね。
それを形にする知識と実力まで兼ね備えてるって、まさに錬金術師の頂点だおね」
(´・ω・`) 「年季が違うさ」
意識だけの存在になったシュールは、記憶力も感性も衰えているはずだ。
それでいて、表に出ていられる制限時間もある。
そんな状況で行っていた研究であるとは俄かに信じられない。
( ^ω^) 「全部読みたいけど、ちょっと後にするかお」
- 354 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:31:48 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「色々と終わった後にしてくれよ。
まずはテンヴェイラの素材を手に入れなくちゃいけない。そのためには超圧縮水がいる。
他にも何か足りないものがあれば研究室を使っていいとも言っていたけど、どうだ?」
磨かれた実験台の上から、後ろに立っているはずのブーンに視線を移した。
つい先程まで本棚を物色していた男は、剣先を首元に向けられたまま両手をあげていた。
その視線から露骨に感じる救済アピールを気づかないふりをしながら、身体ごと玄関の方へ向く。
僕がもっている剣は半ばから折れてしまっているため、抜いたところで大した脅威にはならない。
捨ててしまうのが忍びなく持ってきただけの剣の柄を一応握る。
同じ制服を着た男達の間に少しばかりの緊張が走ったように見えた。
(´・ω・`) 「何か用ですか」
出来るだけ穏やかに、事を荒立てるつもりはないと言うように問う。
「この家はもうかれこうれ百年以上留守にされています。勿論、正当な所有者がいるからですが。
あなた方は違いますね? 所有者は女性だと聞いていますから」
(´・ω・`) 「ああ……それは……」
「いえ、結構。話は後で聞きますから」
- 355 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:33:03 ID:XuZMeezA0
説明しようとした言葉は遮られた。
取り付く島もなく、なだれ込んできた男達に両腕を抑えられ、剣は没収された。
抵抗して事を荒立てるわけにもいかず、ただ為されるがままに引っ張られる。
馬車に無理やり乗せられ、数人の監視と一緒にたどり着いたのは、巨大な建造物。
その門をくぐってすぐに、どういう場所なのか理解した。
( ^ω^) 「あー……なんか懐かしい感覚だお」
金属の錠が落ちる音がして、僕らはやっと解放された。
とは言っても、非常に狭い部屋の中でのみという意味だが。
(´・ω・`) 「やめてくれ、僕も常日頃から捕まっているみたいに思われるだろ」
門番をしている二人の男に聞こえるほどの大きさで話してみるが、反応はない。
( ^ω^) 「ショボンは捕まったことないのかお」
(´・ω・`) 「無いと言うと嘘になるけど、断じて君と同じ理由じゃないよ」
( ^ω^) 「おー僕だっていつもいつも女の子に悪戯して捕まってるわけじゃないお」
(´・ω・`) 「そうじゃなくて、だ。どうすんだよ、鍵も取り上げられて……唯一の証拠だったのに」
- 356 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:34:46 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「あの様子だとたぶん荷物も検分にあってるおね」
正直、荷物の中に入った錬金術の旅道具が壊されたりしていないかどうかの方が心配だ。
僕らはなるようになるだろうし、最悪脱出もできるだろうけど、
あれらの錬金術を作り直すのは骨が折れる。
何せ素材も仕様書も何もない。
この都市であれば数多くの素材が手に入るだろうけど、それらを買うだけのお金も必要になる。
お金を作るには錬金術で商売するのが一番手っ取り早いが、
脱獄してお尋ね者になってしまえばそう簡単にはいかない。
(´・ω・`) 「待つしかないかなぁ」
( ^ω^) 「これだけしっかりした国ならそう短絡的なことはしないと思うけど」
(´・ω・`) 「わからないよねぇ……っと、来た来た」
金属の檻の向こう、廊下を歩く足音。
暫くして現れたのは小柄な老人。
およそ牢獄に最も似つかわしくない人が、僕らの檻の前で止まった。
その両脇には門番の男達。
手に持つ槍は鋭く、人間程度であれば容易に貫けるだろう。
- 357 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:35:23 ID:XuZMeezA0
「どうやってあの家に入った」
白い顎鬚を伸ばした老人が先に口を開いた。
( ^ω^) 「鍵でだお」
その質問に素直に答えていいものか逡巡していると、ブーンが答えてしまった。
嘘ではないのだが、証拠となるカギは既に没収されてしまっている。
仮に僕らの所有物だと認められたとしても、襲って奪ったとでも勘違いされてしまえば意味がないけれど。
(´・ω・`) 「持ち主から預かったものです。シュールと言う女性です」
駄目もとでブーンの後に続ける。
どうせ証拠も何もないのだから、言ったもの勝ちだろう。
「疑ってはいない。二人を上の団欒室にまで案内しなさい」
「ですが……」
「無実の人間をいつまでもこの牢に閉じ込めておくつもりか?」
「分かりました……。それでは、暴れるかもしれませんので、お先にお上がりください」
- 358 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:36:35 ID:XuZMeezA0
「目を見ればそんなことをするつもりはないとわかる。
いいから、今すぐにこの二人を自由にしなさい」
門番の一人がしぶしぶ手に持っていた鍵で檻を開く。
僕らはそのまま廊下まで出て、老人と対面した。
僕らの胸程までしかない小柄な体でありながら、その内に秘めた意志は随分と強いらしい。
この都市でもかなりの地位にあるのだろうと予想はつく。
杖を使いながら歩く老人の後に続き、階段を上る。
二階まで、という割には長い段差を登り、一つの部屋に案内された。
柔らかな椅子をすすめられ、二人と向かい合って座る。
「迷惑をかけたな」
(´・ω・`) 「いえ、とんでもない」
「まぁ、連中の気持ちもわかってやってほしい。あの家は長年誰も住んでいない状態だったからな」
( ^ω^) 「誰も住んでいないだけで?」
「周囲の家々との違いに気付いたか?」
- 359 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:37:33 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「はい」
「十年ほど前に大火事があってな、あの一角が全て焼けた。あの家を除いて、全て。
それがどれだけ異常なことかはわかるだろう」
( ^ω^) 「錬金術で保護されてるのかお」
「恐らくな。窓ガラスも割れない、玄関も破れない。それであのままだ。
もうかれこれ二百年くらいだろうか。全く劣化する様子も見せん」
(´・ω・`) 「それで、僕らは解放してもらえるということですか?」
「本題を忘れていたな。残念ながら、何の条件もなしに、とはいかなかった。
鍵を持っていたと主張したところで、それが奪ったものではないとの証明は出来ないからな。
あの研究室を使って構わない。一週間以内に、議会を納得させる錬金術を作ってくれ」
(´・ω・`) 「どんなものでもいいのですか?」
「大量破壊兵器を作るわけでなければな。それに、見張りもつく」
(´・ω・`) 「見張りですか……」
- 360 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:38:35 ID:XuZMeezA0
一般人であれば理解できないだろうが、錬金術の過程を観察されるのは好きではない。
研究内容は錬金術師にとって命と等価のものである。
そう易々と他の人間に見せていいものではない。
残念ながらあの研究所を自由に使うためには、拒否権は無いようだが。
( ^ω^) 「一週間も貰えるなら余裕だお」
(´・ω・`) 「むしろ一週間もかけたくないけどね。創り出した錬金術を確認した後は、返してもらえるのですか」
「構わない。錬金術師としての腕前を確認したいだけだからな。
ただし、生半可なものでは納得させることは難しいぞ。この都市には高名な錬金術師も多くいる。
審査をする人間達の眼もそれなりに肥えているだろうからな」
(´・ω・`) 「わかりました。もう戻っても?」
普段は自由に使える時間も、今は一分一秒が惜しい。
すぐさま研究所に戻って、錬金術の準備をしよう。
具体的な目標は決まっていないが、創り出したいものはある。
この前砕けてしまった白い刃を持つ剣。
テンヴェイラの捕獲に向かうのに無手では流石に頼りない。
その代わりになるものを作りたかった。
- 361 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:39:11 ID:XuZMeezA0
「ああ、すぐに見張りのものが行くと思うが、あまり気にするな。メモなども取らせないようにしておく」
(´・ω・`) 「お気遣い感謝します。それでは」
( ^ω^) 「失礼しますお」
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「で、どういったものを創るんだお?」
(´・ω・`) 「正直丈夫であれば鍛冶錬金術を付与する必要はないんだけどね」
シュールの研究所には、新鮮な素材が山と積まれている。
用意しておいた路銀で三日間かけて揃えた素材の品々。
交易都市なだけあって、あらゆる地方のあらゆる特性を持った素材を手に入れることができた。
これだけあれば、錬金術を行うのに困りはしないだろう。
問題は、どのような形にするかと言う事だけ。
- 362 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:39:57 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「前と同じでいいんじゃないかお」
(´・ω・`) 「正直に言うと、あれと同じものは難しいかもね」
( ^ω^) 「お? でも、あの錬金術はショボンが行ったんだお」
(´・ω・`) 「素体が良かったんだ。あの白い剣は御主人様から貰ったものだったんだけどね、
白牙山に生えている剣だから」
( ^ω^) 「白牙山って、あの? どこにあるのか知ってるのかお?」
(´・ω・`) 「僕もどこにあるのか知らないし、それこそ誰も知らないんじゃないかな。
白き剣が天より降り注ぎ、一夜にして森が全て失われた、ってのは伝説だけど」
極稀に市場に流通することがある白牙山の剣。
既に刀身として存在し、その種類は両手剣、片手剣、短剣、刺突剣、細身剣と多彩。
中には人間では到底振り回せないほど巨大なものがあるとも聞く。
共通しているのは、全てその刀身が真っ白であるという事。
値段は相応に高く、誰が手に入れて、誰が販売しているのかも不明。
高価な剣のせいで逆に命を狙われることも多く、所有していること自体を隠している錬金術師もいるとか。
身を護るための剣のせいで危険に曝されるなど本末転倒ではあるが。
- 363 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:40:39 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「それなら納得だお。でも白牙山の場所を知らないのはがっかりだお……」
(´・ω・`) 「儲けようとか考えてたんじゃないだろうね」
(; ^ω^) 「うっ……」
(´・ω・`) 「わざわざそんなところへ行くより、ブーンなら錬金術の便利な道具を作った方が楽に儲かるだろうに」
( ^ω^) 「働かずに儲けるのは僕の理想だお」
(´・ω・`) 「……まぁいいよ。とりあえず、錬金術の内容は決めた。後はいくつか試してみよう。
ブーンは適当に研究しててくれていいよ」
一戸建てがそのまま研究室になっているため、二人が同時に研究するだけの場所は充分にある。
素材にもどうせ余分なものが出てくるだろう。
( ^ω^) 「んー、でも華国で結構好き勝手したし、今回はショボンの手伝いでもするお」
(´・ω・`) 「それは助かる。とりあえず、研究道具を並べてくれ。
まずは剣の素体になる金属を作る。溶鋼用の小型炉を三つ。冷却台とフラスコを一セット。
試験管を十本横並びに固定して」
( ^ω^) 「了解だお」
- 364 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:42:11 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「僕は素材を用意するから」
ブーンほどの実力を持つ錬金術師との共同作業は非常に楽だ。
全てを説明せずともやりたいことが伝わるから、まるで自分が二人いるみたいに錬金術に没頭できる。
乱雑に置かれた素材の山から必要なものだけを取り出していく。
切れ味は風断ちの洞窟から産出した風斬鉱。
細く薄い空洞を多く持ち、吹き抜けた風は鎌鼬となって周辺を切り刻む。
原因が解明されないうちは何人もの犠牲者を生み出した魔の鉱石。
硬度は枯渇海の底から採れる龍紋岩。
天変地異によってかつて存在した海の全ての水が消え去った枯渇海。
その最底部に眠る神秘の硝子の硬度は、他の金属を容易に上回る。
二つの素材を抵抗なく混ぜ合わせるために使うのは市販の混合剤に一工夫加えたもの。
市販のものでも製造元によってはそれなりに信頼がおけるが、
大量生産されているためかどうにも効果が弱い。
そのため、何処でも手に入る兎草をすり潰して濾した純水を混ぜるのだが、
たったそれだけのことで数段扱いやすくなるこの方法は、意外と知られていない。
- 365 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:43:05 ID:XuZMeezA0
剣に与えるための特性は、形状記憶。
必要な素材は、雲を形成していると言われる球体。
雲の魂蔵は今回の素材の中で最も高価だった。
非常に脆く壊れやすいが、瞬時に元の形状を取り戻す不思議な素材だ。
その原因を解明できた者はおらず、ただ錬金術の素材として用いたときの効果だけが文献に残されている。
他幾つかの素材を使用予定の順番に並べ、下処理を行っているうちにブーンの準備も終わっていた。
所々で手を借りながら、必要な錬金術を順番にこなしていく。
純化溶剤に沈めた二種類の素材を密閉して加熱する。
金属すら溶かしてしまうほどの強火力バーナーの原料は、細かく砕いた火石と王油の混合物。
一秒でコップ一杯分が燃え尽きるほどの熱量は、殆ど全てが小型炉に吸収される。
ドロドロに溶けた風斬鉱は青白く、龍紋岩は透き通った光を放つ。
それぞれに固形剤を数滴だけたらし、粘性を調整する。
量が多すぎれば剣の形に加工できず固まってしまい、少なすぎれば剣の形を保てない繊細さが要求される作業。
喉が焼けるほどの熱気を放つ壺の中を覗き込みながら、粘性を確認する。
- 366 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:43:56 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ブーン、龍紋岩に不純物が多い。取り除いてから加熱し直す必要がある」
( ^ω^) 「こっちでやっとくお」
(´・ω・`) 「頼んだ」
風斬鉱に刃硝子の粉末を混ぜながら振りかける。
結晶の一つ一つが鋭い形状をした特殊な硝子素材。
青白い光が落ち着くまで、熱した壺の前でグルグルと片手を動かし続ける。
汗が噴き出し、地面に落ちるまでに蒸発するほどの異常な温度。
水と言うよりはもはや白湯に近い状態のグラスを傾けて水分をとる。
丸々一時間近く、ひたすら無言で作業をしていた。
監視役の人間は涼しい顔をして部屋の隅に座っている。
それを横目で睨みながら、錬金術を行う。
必要なのは根気と丁寧な作業。ただその言葉だけを心の中で念じ続ける。
頭がくらくらとして、かき混ぜる手が止まりかけた頃に、ブーンが処理の終わった流紋岩を持ってきた。
( ^ω^) 「ショボン、少し交代するお」
(;´・ω・`) 「ああ、すまない」
- 367 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:45:10 ID:XuZMeezA0
熱量は小型炉の周辺でとどまり続けるようになっており、
立ち上がって小型炉を少し離れただけで、汗は一気に引いていく。
寒気を感じるほどの室温に鼻をすすりながら、火照った身体を氷水を飲み干すことで無理やりに冷やした。
「錬金術というものは、随分と大変なのですね」
壁際に座り、ずっと黙っていた男が話しかけてきた。
どうやら錬金術に関する知識はほぼ無いらしく、先程から僕らの作業をじっと見ているだけだ。
メモを取っている様子はあったが、どれも書きかけのままで黒く塗りつぶされている。
(´・ω・`) 「場合によりますけどね。金属系の錬金術は高温処理が必須なところがありますから。
大きな固体のままだと素材同士の親和性が低いので。
粉末にでもできればまた違いますが、流紋岩は容易に砕けないほど堅いですから」
「触ってみても?」
(´・ω・`) 「構いませんが、指を切らない様に」
「あ、どうも……。こんなに軽いんですか」
(´・ω・`) 「見た目からはなかなか想像できないですよね。
錬金術はそういった特性を丁寧に取り出して用いるんです。
一筋縄ではいかないことも多いですからね、研究し甲斐があります」
- 368 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:45:41 ID:XuZMeezA0
「自分は頭を使うのはからっきし駄目ですから、おっしゃっていることの半分も理解できていないと思いますが。
やはり錬金術師と呼ばれる方々は特別な気がします」
(´・ω・`) 「……同じ人間ですよ」
返す言葉に迷い、一言だけ答えておく。
この男に僕らの素性が分かるとも思えないが、馬鹿丁寧に説明する意味もない。
会話が途切れたため手元に集中しようと思ったとき、ブーンに呼ばれた。
(; ^ω^) 「ショボンー、そろそろ戻ってきてくれお」
(´・ω・`) 「わかった」
(; ^ω^) 「ここまでできたけど、次はどうするお?」
壺の中で揺れる銀色の液体は、二種類の素材が完全に混ざった状態。
そこに試験管に量っておいた素材を注いでいく。
順番を間違えない様に、慎重に。
(;´・ω・`) 「最後、雲の魂蔵」
(; ^ω^) 「ほい」
- 369 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:46:36 ID:XuZMeezA0
人間の頭ほどの大きさがある白い滴が壺を満たし、激しい蒸気を吹きだした。
熱を遮断する対テンヴェイラ用の手袋で壺を持ち上げ、型枠の中に流し込む。
溢れるほど注ぎ、ブーンと二人でようやく持ち上げられる重さの蓋をする。
(; ^ω^) 「終わり、だお」
(;´・ω・`) 「後は完成した後に取っ手を加工するだけかな」
(; ^ω^) 「ふぅー久々に神経削ったお。あんまり細かい調整は普段からやらないから疲れたお」
(´・ω・`) 「よくそんな適当にして錬金術が完成するね……」
( ^ω^) 「運……かお」
(´・ω・`) 「あながち否定できない。さて、こいつがゆっくりと冷めるまで待たなきゃいけない。
丸一日はかかるでしょうが、どうしますか?」
「一日ですか……上からの命令はあなた方の錬金術を見張れ、ということでしたが、
その錬金術がほとんど終わってるのであれば特に問題はないと判断します。
明日、再度お伺いします」
- 370 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:47:49 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「それは助かります。何をするでもないのにずっといるのも面倒でしょうからね。
僕らは少し出かけてくることにします」
( ^ω^) 「お? 休憩するんじゃないのかお」
既に椅子に深くもたれていたブーンが驚き腰を浮かす。
(´・ω・`) 「テンヴェイラを捕獲して戻ってきた時には観光する時間は無いだろうしね。
せっかくできた時間だ。少しくらい歩いて回ったところで罰は当たらないだろ」
( ^ω^) 「おー僕はいいお。眠いから留守番でもしとくお……」
(´・ω・`) 「わかったわかった」
「それでは、私はここで」
(´・ω・`) 「お疲れ様」
( ^ω^) 「また明日だおー」
男が出ていくのを見送り、階段を上って二階の部屋に向かった。
衣装棚に仕舞ってあったただのマントを羽織い、
極力錬金術師とばれないように荷物を減らして、一階に降りてきた。
- 371 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:48:43 ID:XuZMeezA0
椅子に凭れたブーンは涎を垂らしながらいびきをかいている。
鍵と少しの金貨をポケットに入れ、シュールの研究室から出た。
陽が傾き始めてはいるが、暗くなるまでもう少し時間はある。
特に目的も無く、大通りを行って帰ってくるぐらいのつもりでふらふらと歩いていた。
行き交う馬車はきちんと列をなし、大通りを走り抜けていく。
北向きは真ん中にある分離帯の向こう側を、南向きは僕のすぐ隣を通り、お互いの進行方向が干渉しない様に。
四つもの荷台を運んでいる力強い馬が荒々しく駆ける。
歪に膨れ上がった筋肉と、虚ろな瞳。
それは錬金術による身体能力の強化による影響。
動物に対する錬金術の扱いは地域によって大きく異なる。
多かれ少なかれこの都市では許容されているのだろう。
それでも
(´・ω・`) 「個体にバラつきが多い……」
鬣の先まで浸透する程の繊細な錬金術をその身に受けた馬もいれば、
今にも息絶えそうなほどアンバランスな錬金術の影響下にあるのもいた。
一人二人ではなく、多くの術師が生体強化の錬金術を取り扱っているということか。
- 372 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:49:26 ID:XuZMeezA0
交易都市としてこれほどの規模を持てば、それだけ多くの人間が集まるのは当然だ。
人間が多ければ多いほど、錬金術師の数も多くなる。
研究も華国に匹敵するレベルかもしれない。
(´・ω・`) 「晩御飯でも買って帰るか……」
殆ど店じまいをしていたパン屋の店主に声をかける。
適当な残り物を見繕ってもらう。
まけてくれるつもりはないようで、正当な対価を支払い受取った。
袋を抱えながら歩いていると、また一台馬車が横を走り抜けた。
今にも死にそうな馬が必死に荷を運んでいる。
あまりに酷な扱いに思わず舌打ちが出た。
あの御者にとっては替えの効く道具でしかないのだろう。
そんなことを考えながら、田舎者の様に街の様子を見回していた。
だからこそ、人々の合間を縫って歩くローブの姿が偶然目に入った。
その肩口に刺繍された銀色の蛇。
咄嗟にその背を追いかけ、横道に入ったところで肩を掴んで引き留めた。
振り向いたのがまだ幼さの残る女性であったとき、停止しかけた思考を無理やりに動かす。
- 373 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:49:53 ID:XuZMeezA0
「っ!! なんですか!? 離してください! いやっ!」
(;´・ω・`) 「っ! ごめん、ちょっと話を聞きたいんだけど」
驚き目を見開いている女性。動揺が伝わってくる。
悲鳴をあげられたらどうしようかとの心配は杞憂に終わった。
丁寧な態度が功を奏したのか、元から人当たりのいい性格なのか、
一日に二回も牢屋に叩き込まれることだけは回避できたようだ。
「……?」
(´-ω-`) 「ご、ごめん」
肩に乗せたままだった手を焦って引き戻す。
「いえ……」
(´・ω・`) 「その服……どこで手に入れたの?」
「服……ですか……?」
女性もまた予想していた質問内容と違ったのか、
困惑しながらも答えてくれた。
- 374 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:50:28 ID:XuZMeezA0
「私がいつもお祈りに行く教会で貰ったものですが……」
(´・ω・`) 「それは何処にあるの?」
「大通りを真っ直ぐ北に向かって、霞通りとぶつかったところを東に歩いたところです。
ここからだと三十分ほどで着きますよ。高い塔が見えるからわかると思います」
(´・ω・`) 「ありがとう。引き留めてごめんね。これ、ちょっとしたお礼だから」
「え!? こんなの貰えません……」
(´・ω・`) 「いいよ気にしないで。驚かせちゃったし。それじゃ」
協会は陽が沈めば誰もいなくなってしまう。
今からでも走れば間に合うはずだ。
少女に金貨を無理やり握らせて、教えてもらった道を走る。
走る馬車の合間を縫って道路を横断し、尖塔を目指す。
道行く人々の視線を振り切るように。
全力で走った数分は、思った以上に体力を奪っていた。
- 375 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:51:03 ID:XuZMeezA0
辿り着いた教会の前で乱れた呼吸を整え、彫刻の刻み込まれたアーチをくぐる。
門は開けっ放しにされており、西日がステンドグラスから教会内を照らす。
並ぶ椅子にはもう誰も座っていない。
ただ一人神父と思しき男だけが、パイプオルガンの手入れをしていた。
「もうすぐ教会を閉めます。礼拝ならどうぞお早めに」
丁寧な言葉とは裏腹に、作業を続けている。
それほど熱心ではないのだろう。
その割には教会内が綺麗に整頓されている。
(´・ω・`) 「一つ、お聞きしたいことがあります」
不信感を腹の中に押しとどめ、出来るだけ平生を装って問いかける。
男の羽織ったローブに見え隠れする銀の蛇の刺繍。
その象徴に怒りを向けるなというのは無理な話だ。
「なんでしょうか」
ようやく作業をやめ、こちらへと向き直った神父。
力ない瞳は面倒事を避けようと考えているからだろうか。
- 376 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:52:21 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「この教会は何という宗派なのですか」
「……旅の方ですか。私たちは宗教ではありません。銀の蛇と呼ばれる集団に属しているだけです。
正確に言えば、ここもまた教会ではなく集会所と呼称すべきですね」
(´・ω・`) 「目的は?」
「……目的、ですか。それほど野心に満ちたものではありませんが、地域の平和と知識の活用をしております」
(´・ω・`) 「…………」
「錬金術を御存知ですか?」
(´・ω・`) 「はい」
「ごく一部の、限られた人間にしか扱うことのできな技術です。
その知識を可能な限り人々の役に立てるように扱うのが私たちの役目です」
その理念は、何度も語られたものなのだろう。
すらすらと澱みなく発せられた言葉は、嘘偽りで飾り立てたわけではなさそうだ。
(´・ω・`) 「私設の軍隊を持っていると聞いたことがありますが……」
- 377 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:53:31 ID:XuZMeezA0
一歩踏み込んでカマをかける。
神父の態度に疑わしい点はないが、
かつてのアルギュール教会とは違うのであれば、その点ははっきりさせておかなければならない。
動揺を引き出そうとした僕の試みは失敗に終わった。
「ええ」
全てを飲み込む肯定。
そこには一切の躊躇いが無かった。
(´・ω・`) 「何のために?」
「平和を守るためです。残念ながら、人類には多くの敵が存在しています。
強大な生物種に対抗するためにはどうしても力を持つ必要があるのです」
(´・ω・`) 「では人間同士の争いには干渉しないと?」
「人間同士で争うことはありません。私たちはどの国にも、どの宗教にも属さない……いえ、違いますね。
私たちはあらゆる国々に属していて、個々人の好きな信仰することができる集団です。
もしよろしければ、あなたも参加してみますか」
(´・ω・`) 「……」
- 378 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 19:53:54 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「……」
「勿論、軍隊への強制参加などはありません。彼らは皆自由意思で参加しているのです」
(´・ω・`) 「少し、考えてみることにします。どうもありがとうございました」
「いえいえ、他に聞きたいことがあればいつでもいらしてください」
(´・ω・`) 「失礼します」
「お気をつけて」
教会を後にしたとき、日はほとんど落ちていた。
夜の街中は一定間隔ごとに外灯が設置されていて、明るく照らされている。
道路を睨みながら歩いていた僕は、いつの間にか研究所に前についていた。
アルギュール教会の存在意義は、以前と異なっているのか。
それとも、多くの人々が騙されているのか。
その判断はつかないままであった。
- 380 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:08:54 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
鍵を開けて部屋に入った時、最初に聞こえてきたのは寝息だった。
燭台の蝋燭に火をつけ、椅子の足を蹴飛ばす。
(; ^ω^) 「おっ!? おっ!?」
飛び起きたブーンは暫く周囲を見回してから状況を飲み込んだようだ。
夕方から夜までの間ずっと寝ていたということを。
(´・ω・`) 「いつまで寝てるんだよ」
( ^ω^) 「おーもう夜……かお?」
(´・ω・`) 「晩御飯を買って来た。食べるか」
( ^ω^) 「もらうお」
紙袋から取り出した一塊を渡して僕も席に着いた。
グラスに水を入れてハムサンドを齧る。
乾いたパンを水で流し込むようにしながら呑み込んだ。
閉める間際の露店で選びもせずに買ったせいか、随分と雑な味だった。
- 381 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:09:29 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「目は覚めたか」
( ^ω^) 「完全に。なんか面白い場所でもあったのかお?」
(´・ω・`) 「アルギュール教会があった」
(; ^ω^) 「え?」
(´・ω・`) 「歩いてたら信者らしき人を見つけて、思わず声をかけて聞いてみた。
すぐ近くにあるらしかったから少し寄って来たよ」
( ^ω^) 「大丈夫だったのかお……?」
(´・ω・`) 「まぁ、なんともなかったね。神父に話を聞かせてもらってたんだけどね、
同じ名前の別な組織じゃないかと思ったくらいだ」
記憶にあるアルギュール教会とはあまりにかけ離れていた。
かつての面影があるのは錬金術を主体にしていることぐらいだろう。
( ^ω^) 「軍隊については何か言ってたかお?」
(´・ω・`) 「平和維持のためだとさ。本当かどうかは知らないけどね」
- 382 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:11:15 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「確かに僕も戦争に加担しているのを見たわけじゃないお。
でも、だったら誰があの状態のアルギュール教会を継いだんだお……」
(´・ω・`) 「それなんだよねぇ……キュートに聞いとけばよかったな」
( ^ω^) 「キュート?」
(´・ω・`) 「あ、いや。不老の錬金術師の一人らし……そうだ、キュートが言っていた。
ワカッテマスとは別の人間とやり取りをしていると」
( ^ω^) 「別の人間……」
最初から組織に所属していた人間が乗っ取ったのか、それとも新たな指導者が現れたのか。
手元にある情報だけでは判断しようがない。
(´・ω・`) 「とりあえず放っておくさ。どのみち今すぐに止められるわけでもないしね。
僕はもう寝るけど、ブーンはどうするの」
( ^ω^) 「流石に眠くないし、夜の散歩にでも行ってくるお」
(´・ω・`) 「あんまり目立たないようにね」
- 383 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:12:22 ID:XuZMeezA0
コルキタは眠らない。
交易都市としての役目を果たすため、主要な道路には錬金術によって照らし出され、
誰かが常に荷物を運んでいる。
不定期ではあるが、今でも道路側から車輪の音が響く。
( ^ω^) 「わかってるお」
(´・ω・`) 「鍵を持っていくといい。気を付けて」
ブーンが鍵を閉めたのを確認してから二階に上がり、柔らかなベッドに横になった。
一階の本棚から持ってきた本を枕元に積み上げ、適当に流し読みをしていく。
(´・ω・`) 「研究内容は人間離れしてるな」
実験内容とその結果もただ書かれているだけ。
そのどれもが普通の人間では思いつかないだろうし、危険すぎて試そうとすらしないようなものだ。
控えめに言っても頭のねじが外れている。
人の身体でわざわざ七大災厄の調査に乗り込むなんて。
一冊丸ごとテンヴェイラの持つ特性についてまとめれられた本。
細かなスケッチが何ページ分もあり、それに付随する情報が書き込まれている。
- 384 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:13:30 ID:XuZMeezA0
形状は蟹そのもの。
溶岩の中にのみ生存し得る七大災厄。
赤黒く燃える甲羅に、二つの不釣り合いなほど大きい鋏。
空間を抉り断つ。
彼女の研究書にある見慣れない表現。
有効範囲は鋏の先数歩程度、連続して放つことは不可能。
削り取られた部分がどうなるのかは不明。
錬金術で用意した最高硬度の金属片ですら容易に飲み込まれた。
読めば読むほどにテンヴェイラの恐ろしさが浮き彫りになっていく。
そんなものが百も千も溢れ出て来るギルン山脈は、簡単には近寄れないかもしれない。
ホムンクルスの再生能力は、七大災厄に対してさほど意味を持たないことも解っているし、
今まで以上に慎重な行動が求められるだろう。
明日の午後には完成した錬金術でもって僕らは自由の身だ。
その日中に見つけるのは難しいかもしれないが、ギルン山脈までの足を確保しなければいけない。
恐らくは船で向かうことになる。
幾らか金銭の代わりになる様なものを午前中に錬成しておくことを決め、僕は手元の明かりを消した。
- 385 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:14:11 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「ショボン、お客さんだお」
ブーンに揺さぶられて目を覚ました。
思った以上に深い眠りだったようで、ベッドから起き上がった今でも視界がぼやけている。
言葉の意味を頭の中で噛み砕き、状況を理解した。
(´・ω・`) 「あー見張り役の彼か?」
( ^ω^) 「だお、取り敢えず一階で待ってもらってるけど、どうするお」
(´・ω・`) 「取り敢えず降りる。椅子にでも座らせて少し待ってもらっててくれ」
( ^ω^) 「わかったお」
好き勝手に跳ねている寝癖を手櫛で宥め、鏡を見ながら濡れタオルで顔を拭く。
意外にも気が利くようで、コーヒーと昨日買ってきていたハムサンドの余りが置かれていた。
それらを飲み込み、一階に向かう。
- 386 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:14:43 ID:XuZMeezA0
青年は昨日と同様に傷の入っていない軽装の鎧。
腰に剣を下げているが、柄も鞘も真新しい。
まだあまり使ったことがないのだろう。
「おはようございます」
(´・ω・`) 「朝からご苦労様」
「今日はどうされるんですか」
(´・ω・`) 「錬金術はブーンがするから見ててもいいよ。僕は街に出て次の旅の準備だ」
( ^ω^) 「おっ!? 僕は留守番かお?」
(´・ω・`) 「君の方が錬金術を使って金儲けするのは得意だろ」
「では、私は一応ここにいさせて頂きますね」
(´・ω・`) 「ええ、どうぞ。それじゃブーン、よろしく」
( ^ω^) 「おーそれなら幾つか仕入れてきてほしい素材があるお。
ちょっとメモに書き込むから待ってくれお」
- 387 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:15:12 ID:XuZMeezA0
手のひらサイズのメモ用紙に書き込まれた素材は、十以上もあった。
渡された紙は折り畳んでポケットにしまう。
錬金術店に寄る時間があれば買って来ることにしよう。
シュールの研究所から海までは歩いていくには距離がある。
コルキタの主な移動手段は乗合馬車で、一定区画を動き続けている馬車に乗ればいい。
港方面への馬車は数が多く、少し待つだけで乗ることができた。
小型の窓から吹き込む風は潮の香りがする。
都市に入ってからずっと感じていた海の感覚が、次第に強くなっていく。
窓の外を眺めてわかったことだが、速度が出ている割には揺れは殆どない。
錬成された木材によって組み上げられたのであろうこの車体に、錬金術の技術力の高さが垣間見える。
これ程の移動手段が無料だというのだから驚くべきことだ。
旅人ですら自由に使えるのだから、この都市は貿易によって相当潤っているのだろう。
だからこそ人々の暮らしは快適になり、より多くの人を引き付ける。
人の流れを見ているうちに目的地へとたどり着いたようで、止まった馬車から降りれば港が見えた。
大小形も様々な交易船が泊まっており、
賑やかなのは荷物を載せ降ろしする人々の声。
運ばれていくのは無数の木箱。
- 388 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:16:05 ID:XuZMeezA0
どうやって管理されているのか、次々と乗せ換えられていく。
ここからさらに遠くへと運ばれていくのだろう。
鮮度を保つための工夫がなされた錬金術の箱がいくつも見える。
目に入るのは交易用の貨物船ばかりで旅客船は一つもない。
横一直線に広がる港には地図もなく、尋ねることが出来そうな手すきの人もいない。
右手か左手か、悩んだ結果運に任せて歩きだしたのは右手側。
小型の貨物船が多く、比較的出入りの激しい区域。
作業の邪魔にならない様に道路の隅を歩く。
海沿いに見つけた一つの小屋には、シュールの研究室にいる男と同様の鎧を身に纏っている兵士達が寛いでいた。
遠目に窓から様子を窺い、忙しそうにしていないことだけを確認する。
近くまで寄ると中から笑い声が聞こえてきた。
休憩中の邪魔をするのは申し訳ないと思いながらも扉を叩く。
「なんだー?」
返事はすぐに帰って来た。
扉を開けて出てきたのは窓から見えたうちの一人。
(´・ω・`) 「ちょっと聞きたいのですが」
- 389 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:16:38 ID:XuZMeezA0
「おう」
気さくに応じてくれた男に目的地を告げると、急に顔が険しくなった。
「やめとけ。今は火山の動きが活発なんだ。一ヶ月前も二隻出発してまだ戻ってきていない」
(´・ω・`) 「どうしてもギルン山脈に行きたいんです」
「あー……紹介してやってもいいんだが、まぁこの前の件でな。運び屋はみんな嫌がるだろうよ
どんなに金を積まれても命には代えられないからなぁ」
(´・ω・`) 「船さえあれば行くことは出来ますか?」
「……素人には無理だ。ギルン山脈に至る海路は複雑な潮流がほぼ毎日変わってる。
ベテランの船乗りでもよみ間違えるほどに難しい」
(´・ω・`) 「……」
「おい、あいつのところに行かせてやれ!」
小屋の中から聞こえた声に、男は眉根を寄せた。
- 390 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:17:16 ID:XuZMeezA0
「……どうしてもっていうなら一人紹介出来る奴がいるのは確かだ」
(´・ω・`) 「その人は何処に?」
「このまま真っ直ぐ向かうと、港の形が大きくへこんでいるところにぶつかる。
そこを海沿いに歩いて二股に別れている道を真っ直ぐ市街地に戻るように歩けば、大きな橋がある。
その下に凄腕の運び手がいるが……」
(´・ω・`) 「橋の下ですね」
「一つだけ忠告しておく。その男はまともな神経じゃない。狂ってる。
だがかつて腕は確かだった……。ここ数年、船に乗っているのなんてほとんど見ないがな……」
(´・ω・`) 「有難うございます」
礼を言って小屋を離れる。
男に教えてもらった通りの方角に歩き続けると、港が大きく陸地側に食い込んでいた。
道はすぐに二手に別れ、片方はそのまま海沿いを、もう片方は建物の間を抜けていく細い道になっている。
陽の光が届きにくく湿った路地。
- 391 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:18:01 ID:XuZMeezA0
背が高く平らな壁を持つ建物群の間を抜けひたすらに歩く。
大人がやっと通れそうな道は突然に終わり、小川にかかる巨大な橋に行き当たった。
跨いで渡れそうなほどの流れと対称的に、岩で組み上げられた頑丈な橋。
その下は日陰になっており、人が横になれるだけのスペースが継ぎ接ぎだらけの布で覆われていた。
異様な雰囲気のするその覆いを払いのけ中に向けて声をかけようとして、思わず口元を塞いだ。
強烈な酒の臭いが、布をどけた瞬間に降りかかってきたせいである。
(;´-ω・`) 「ううっ……」
頭がグラつくほどのアルコール分が漂う空間に耐えられず、飛び出して外の小川で口元をすすぐ。
何度か呼吸を繰り返して落ち着いた後、再び布の中へと入る。
男が一人、うるさい鼾をかきながら寝ていた。
酒瓶を抱いて幸せそうにしている男を起こすのも躊躇われたが、
両手で冷たい水をすくい、男の顔にかけた。
「ぶっはぁ……!? なんだ!? 何が起きた!?」
(´・ω・`) 「すいません、ちょっと用があるんですが」
「なんだお前……? 今のはお前か? 気持ちよく寝てるところを起こしやがって……」
- 392 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:18:48 ID:XuZMeezA0
今にも酒瓶で殴りかかって来そうなほどの剣幕で睨みつけられる。
寝ているところに水をかけられたら誰だって怒るだろう。
敵意がないことを証明するために両手を軽く上げ、手のひらを見せた。
(´・ω・`) 「用があって来たんですよ」
「俺に? 役人以外で今更俺に用があるやつがいるのかよ」
(´・ω・`) 「率直に言うと、あなたの腕を見込んで頼みがあります。
ギルン山脈まで海路で向かいたいんです」
「……けっ。俺はもう船乗りはやめたんだ。悪いが他をあたってくれ」
(´・ω・`) 「ギルン山脈に行ける運び手がいないんですよ」
「山ほどいるだろうが。俺が開拓した方法を真似しやがるサルどもがな」
(´・ω・`) 「真似……?」
「ああそうだ。あそこらの複雑な海流をよむ方法を見つけたのが俺だ。
ギルン山脈に用がある奴なんてめったといなかったからな。俺が遊び半分でトライしてた結果だ。
だが最近どうも向こうに用があるやつが多くてな、俺は一人で客を回せなかったから仕方なく応援を頼んだ。
そうすりゃこの通りだ。今じゃ俺はお払い箱だ」
- 393 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:19:11 ID:XuZMeezA0
捲し立てるように一気に言葉を出し尽した男は、
それで少し落ち着いたのか大きく息を吸った。
(´・ω・`) 「ギルン山脈に向かった運び手が帰ってきてないんです。
そのせいで誰も乗せてはくれないだろうと言われました」
「……はっ、事故か。ざまあみろ」
(´・ω・`) 「原因はわかりません」
「そうか、残念だな」
(´・ω・`) 「どうしても行く必要があるんです」
「そうか。頑張れよ」
男は空瓶を呷る。
数滴残っただけの酒を飲み込み瓶を投げ捨てた。
「っち、最後の酒だったんだがな……」
- 394 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:19:44 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「お酒が欲しいのですか?」
「あぁ? 酒なんていらねぇよ……あれを飲み干したら酒をやめると決めてた。
明日食っていけるかもわからねぇんだからな。さ、帰った帰った」
再び薄い毛布に包まる男。
こちらに背を向けて動かなくなった。
小さく縮んでしまった背中にかける言葉は、決まっていた。
このろくでなしは単純な言葉では変わらない。
心が歪んでしまっている。
そう言った人間を動かすことができるのは、残念ながら一つしかない。
(´・ω・`) 「報酬です」
ピクリと、男の肩が震えた。
小袋に入っている金貨を全て地面に落とす。
音が響くようにわざと高い位置から。
一つ二つと地面にぶつかる度に、固く閉ざされているはずの男の瞼が小刻みに揺れる。
(´・ω・`) 「僕らを送ってくれさえすれば、その後あなたがさらに自堕落な生活をしようと興味はありません。
今だけは力を貸してもらえないでしょうか」
- 395 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:20:38 ID:XuZMeezA0
「なんで旅人風情がそんな金を持ってやがる。それも死の大地に向かおうって奴が」
(´・ω・`) 「知る必要はないです。あなたは僕らを運んでくれるだけでいい」
「面白い……いいぜ、連れて行ってやるよ。ギルン山脈にな」
(´・ω・`) 「ありがとうございます。出発は今日の夜でも?」
「船を整備する時間がいる。随分と長い間放っておいたままだからな。この報酬、半分でいい。前払いでできるか?」
(´・ω・`) 「これが前払い分です」
「……狂ってやがるな。だがいい、一週間後の朝陽が昇る前に港に来い。
ギルン山脈までは最低十日間はかかる。その間の食料は俺の分を含めて用意しろ」
(´・ω・`) 「わかりました。それではよろしくお願いします」
「まぁ待て。これを持っていけ」
差し出されたのは塗装が剥げた木の板に穴をあけてひもを通しているもの。
手書きらしい文字が墨で書き込まれている。
- 396 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:21:01 ID:XuZMeezA0
「俺のお守りだ。船旅に出る前には必ず客に渡す。旅が終わった時に返してもらうのが俺のやり方だ。
持っておけ。何の役にも立ちはしないがな」
(´・ω・`) 「わかりました」
男は幾つかの荷物と金貨を持ってねぐらを出ていった。
慌てていたのか、靴も履かずに。
汚れた瞳の中に僅かばかり灯った炎。
その色を見た僕は、渡したお金を持ち逃げされる心配はないと確信をもってシュールの研究室への帰り道を辿る。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「さて、たった二日ばかりでどんな錬金術が出来たのか見せてもらおう。
わかっているとは思うが、それの出来次第によっては再び檻の中に行くことになるんだぞ」
( ^ω^) 「心配してくれなくても大丈夫だお」
- 397 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:21:56 ID:XuZMeezA0
錬金術が完成した夜、僕らは議会場に赴き、老人を呼び出した。
広い議会場にいるのはたった数人だけ。
僕らを檻の中から出してくれた老人と、色も形も違うローブを被った男達。
顔が見えにくいように深く。
そのうちの一人には銀色の蛇の刺繍が入っていた。
(´・ω・`) 「どうすればいいんですかね」
鞘から刀身を抜き放ち、それを構えて立つ。
「その剣の錬金術は?」
(´・ω・`) 「説明するよりは見て頂いた方が早いでしょう。ブーン」
( ^ω^) 「おっ!」
僕が構えた剣の横っ腹を、ブーンの剣が激しく打ち付けられた。
鈴を鳴らすような音を出す剣。さらに左右から何度も衝撃を与えることで、
ガラスの様な半透明の剣は粉々に砕け散った。
- 398 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:22:26 ID:XuZMeezA0
「なんと……」
光の粉となった剣は、瞬きの間に元の形状を取り戻す。
薄っすらと透ける刀身と、その中心を分かつ細長い窪み。
鉄よりも軽く、丈夫でありながら鋭利さも劣らない。
武器として全てを兼ね備えた硝子剣。
(´・ω・`) 「どうですか?」
「ふむ……今ので納得できたか?」
騒めきは未だ止まない。
恐らくは錬金術師であろう男達の動揺が手に取るように分かった。
異を唱えるものなどいるはずもなく、僕らはシュールの研究室を自由に使うことを許された。
「恐ろしいほど洗練された錬金術ですね。……弟子はとっているのですか?」
話しかけてきたのはアルギュール教会の男。
十代の後半ぐらいではないかと思うほどの若い声。
(´・ω・`) 「残念ながら」
- 399 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:23:05 ID:XuZMeezA0
「そうですか……まだこの町に滞在されるのでしたら、今度お邪魔させていただきたいのですが」
(´・ω・`) 「じきに発つことになるので、難しいかと」
具体的には一週間程度の余裕はあるのだが、家に招くような形でアルギュール教会の人間と接するのは躊躇われた。
今僕らが住んでいるのは自分の家ではないが。
「うーん……わかりました。それでは諦めることにします」
「二人には迷惑をかけたな」
( ^ω^) 「おー大したことないお」
「ギルン山脈に行くのだろ?」
(´・ω・`) 「どうしてそれを?」
「兵士達が話していた。ギルン山脈に行きたがる人間がいたとね。
よくもあの男を説得できたものだ。昔は気のいい奴だったんだがなぁ……」
(´・ω・`) 「あの男を知っているのですね」
「この都市で海運業に就く者、そしてその周辺で暮らす者にとっては有名人だ。
腕は確かだよ。何しろギルン山脈への海路を初めて無事に航海した男だからな。
さて、用は終わった。後は好きにしろ」
- 400 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:23:27 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「それでは失礼します。ブーン、帰るか」
( ^ω^) 「了解だおー」
議会場を出てから研究所に戻るまでの間、歩きながらずっと考えていた。
ギルン山脈に行くまでの浮いた一週間で何をするべきか。
結局どうするか決められぬまま、僕らは研究所に戻って来た。
- 401 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:26:39 ID:XuZMeezA0
35 港の都市 End
- 403 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 20:27:37 ID:XuZMeezA0
- │
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
35 港の都市
戻る 次へ