( ^ω^)は島を守るようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 20:49:18.68 ID:Oedsn3/e0

セイクリッドの発見者である故ハロー・セイクリッド博士は、元々は考古学の分野の人間であった。
その経緯は明らかにされてはいないが、セイクリッドの発見は一説には有史以前の古代遺跡からだとも言われている。

あらゆる点において既存のエネルギーより優れていたセイクリッドが、世界の全てに行き渡るにさしたる時間は
必要なかった。

安価で得られるエネルギーのお陰で、人々の生活水準は底上げされ、発展の一途を辿った。

一躍世界的な偉人の仲間入りしたハロー博士は、その栄華を極めることなくひっそりと隠遁生活を送ったという。
それ以降、当人が如何様な暮らしぶりをしていたのか、詳しく伝わった物は存在しないが、その死の間際言い残した
一つの言葉はよく知られている。

“フェイスが訪れるその日まで、セイクリッドの光は人類の希望となるだろう”と。

ハロー博士のこの言葉が、現在フェイスと称されている異形のそれを指していたのかは定かではないが、
名付けられた所以はハロー博士のこの言葉に因る。

ただ、ハロー博士は希望と絶望の入り混じった箱を開けた事だけは間違いない。

先に希望、後に絶望。

パンドラの箱を逆さに開けたのだと。

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 20:50:21.15 ID:Oedsn3/e0

( <●><●>)「失礼します」

きっちりとしたスーツを着込んだ黒目がちの男が、正式には日本国第三特別防衛基地VIP島司令部司令官室という
長ったらしい名称の部屋のドアをノックする。

「ああ」

一拍の間の後、内部から聞こえるくぐもった声を確認すると男はドアを開け、司令室内に入る。

( <●><●>)「おはようございます、司令」

( ゚д゚ )「おはよう、相変わらず早いな、ワカッテマスは」

部屋の奥、眼下に島と海を臨む窓際の一つだけ置かれた席に座ったまま、この部屋の主であるミルナは鷹揚に応じた。

( <●><●>)「既に司令室におられる方にそう言われるのもどうかと思いますが……昨夜はこちらに?」

( ゚д゚ )「ん……まあな」

黒目がちな男、ワカッテマスはゆっくりと首を振り、一旦部屋を辞した。
程なくして戻って来たその両手には、二つのコーヒーカップが握られている。

( ゚д゚ )「すまんな……うん、目が覚める」

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 20:52:21.28 ID:Oedsn3/e0

( <●><●>)「多忙なのはわかってますが、夜はお帰りになられた方が宜しいかと」

ご息女が心配なされますと、ワカッテマスは言う。

( ゚д゚ )「わかってるさ……」

ミルナはそこで言葉を一旦切り、無言でじっと前を見詰める。
その眼光は鋭く、子供が泣くからあまり見ないでくれと、よくオペレーターの面々に諫められる。

(;゚д゚ )「やはり怒ってるだろうか?」

( <●><●>)「そうですね……と、言いたい所ですが、今日ぐらいまでは平気でしょう」

恐らく、彼の方を心配しているでしょうからとワカッテマスは少々申し訳なさ気に言う。

( ゚д゚ )「ああ、それもそうか」

得心がいったという表情で、ミルナは大きく頷く。
しかし、頷いたまま、下がった顎に手を当て、何かを考え込む様な顔をする。

( <●><●>)「どうかされましたか?」

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 20:54:20.34 ID:Oedsn3/e0

(;゚д゚ )「いや、それはそれで親としては少し寂しいかなと……」

( <●><●>)「ならば常日頃からちゃんとお帰りになって、家族サービスというものをすれば宜しいでしょうに」

呆れた様にワカッテマスは首を振り、話を変えて手元の資料をミルナに手渡す。

( <●><●>)「先日の被害報告です」

( ゚д゚ )「うむ……」

ミルナは受け取った資料にざっと目を通すが、ミルナ自身も戦闘の際に司令部で指揮を取っているのだ。
大体の状況は把握している。
急務に関わる件以外は、この基地の副司令であるワカッテマスに任せておけば問題はないだろう。

( ゚д゚ )「惜しい人物達を亡くしてしまったな」

ただ、SA二機とその搭乗者二名を失った件はこの報告の中での急務に値する。
ミルナ自身が今後について何らかの方針を固めなければならない。

( <●><●>)「ギコさんもプギャーさんも優秀な戦士でした」

普段はあまり表情を変える事のないワカッテマスが、その眉根を寄せ、低い声音で搾り出すように言う。
基地の存続や部隊の運用以前に、彼らは仲間であり、友であり、家族だったのだ。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 20:58:09.78 ID:Oedsn3/e0

( ゚д゚ )「特にギコ君は、皆の精神的支えでもあったからな……」

SA部隊のリーダーで、皆を指揮する立場であったギコの死は、今後のSA部隊の運用の根底に関わる問題だ。
それに加え、現在まともに稼動できるSAは四機。
今回のような物量で押されたら今のままではとてもじゃないが対応しきれないだろう。

( <●><●>)「とは言え、機体の代えもなければ、乗れそうな人員もいませんからね」

( ゚д゚ )「なに、いざとなったら俺が乗るさ」

( <●><●>)「無茶な事を言わないでください」

もう若くないのですからと、ワカッテマスはミルナに大きな釘を刺す。

(;゚д゚ )「失敬な、まだ三十代だ。全然行けるさ」

( <●><●>)「司令を乗せる位なら私が乗りますよ。これでも有事に備えて身体は鍛えてますので」

そう言ってワカッテマスはほっそりした腕を曲げ、力こぶを作ってみせる。
その腕にはスーツの上からでもわかるくらい、全く変化は見られない。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:00:54.25 ID:Oedsn3/e0

(;゚д゚ )「いや、君、体力全然なかったよね?」

参考までに言うと、ワカッテマスの50m走の記録は中学生女子の平均並だ。
体力があるかないかで言えば皆無と言える。

(;゚д゚ )「ついでに高所恐怖症じゃなかったかなかな?」

( <へ><へ>)b「成せば成りますよ」

(;゚д゚ )(いや、ならんだろ……)

良い笑顔で親指を立てるワカッテマスに、ミルナは有事の際はやはり自分がという決意を固める。
その気持ちは有難いが、適材適所というものがある。

彼、ワカッテマスにはこの基地全体の事務的な事や管理等、やってもらいたい事は山ほどあるのだ。
彼が欠ける事も、ギコ達が欠ける事と同様大きな問題になる。

( ゚д゚ )「この件はひとまず保留だな。当面は装備の増強で補う方向になると思う」

( <●><●>)「それが一番現実的でしょうね」

ワカッテマスは真面目な顔で頷き、別の資料に何かを書き留める。
書かなくてもこの場のやり取りを全て覚えていられる程の頭脳は持ち合わせているが、彼は万全を期すタイプだ。

11 名前:PCトラブル再起動すみません 投稿日:2009/07/21(火) 21:07:08.99 ID:Oedsn3/e0

ワカッテマスはそこで司令室を辞し、管制塔、所謂、ブリッジに向かう。
艦船というわけでもなく、基地が変形する様な荒唐無稽な設計もされてないが、島全体を船に見立てて
便宜上、この部屋をブリッジと呼んでいる。

ブリッジは戦闘指揮に使われるだけでなく、島全体の管制設備も備えられているので、有事でなくても
そこに詰めているスタッフはいる。
ワカッテマス自身も普段の執務はそこで済ます事が大半だ。

「おはようございます、副司令」

通路を曲がり、ブリッジの前辺りで反対側の廊下から歩いて来た女性に声を掛けられた。
よく通る落ち着いた声が普段より多少高めだが、オペレーターのトソンのものである事は間違いない。

( <●><●>)「おは……ようございます」

("、"トソン「お早いですね。先日も遅くまで詰められてたはずですが」

重役らしくもっとゆっくり来れば宜しいのにと言うトソンの冗談交じりの言葉も、トソンの顔を見て硬直している
ワカッテマスには届いていなかった。

(;<●><●>)「ひょっとして徹夜されましたか?」

("、"トソン「よくおわかりになりましたね……、ええ、色々と追い付きませんでしたので」

そりゃわかるだろと突っ込みたくなる衝動を抑え、ワカッテマスはやんわりとトソンに帰宅を促す。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:08:21.86 ID:Oedsn3/e0

戦闘時はオペレーターとして働くトソンだが、平時においては管制室の事務全般を一手に引き受けている。
他の二人のオペレーターが全く事務向きでない所為でもあるが、全般的にどの部署でも
人手が不足している状況なので、そう珍しい事でもない。

さらに言えば、この基地以外の仕事も兼任しているものも少なくない。
基地での仕事もこの島を守るために必要な事だが、人が人らしく生きる為にはより多くの事が必要になる。
ただ生命を保つ為だけなら、水と食料、日光や適度な運動など最低限のもので事足りる。

しかし、それで本当に生きていると言えるだろうか。

基地司令であるミルナのその一言で、当初は島民全てを挙げて軍務に当たる流れだったのを今の形に落ち着かせた。
いくら生き延びる為とはいえ、子供達を戦いに巻き込みたくはないと島の誰もが思っていた事だ。
その思いは受け入れられ、島民皆が自分の暮らしを持ちながらも、この基地の存続に全力を挙げて協力している。

無論、トソンもそんな思いを抱く一人だ。
だからこそ、何の文句も言わず黙々と与えられた仕事をこなす。

先にミルナに渡した資料の作成の一部もトソンの手によるものだ。
こんな事ならそのくらいは自分でやるべきだったとワカッテマスは若干後悔の念を覚えた。

("、"トソン「いえ、今から学校ですので、ちょっと行って来ますね」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:10:21.16 ID:Oedsn3/e0

(;<●><●>)「いや、学校って……無理ではないですか、それでは?」

ワカッテマスはトソンの目を指差すが、トソンはその手自体が見えていないのか、首を一つ傾げ右手を振って
大丈夫だという意を示す。

("、"トソン「いえいえ、全然平気ですよ。それに昨日はお休みさせて頂いたのですから、今日は行ってあげないと」

そう言ってトソンは微笑むが、どう見ても目はちゃんと開いてなく、足元も覚束ない。
しかし、トソンの生来の頑固な性格を考えれば、ここでワカッテマスが何を言ったところで聞き入れはしないのも
わかっている。

(;<●><●>)「そうですか……。では、これを」

そう言ってワカッテマスは、スーツのポケットから一本の茶色の小瓶を取り出しトソンに手渡す。

("、"トソン「これは?」

(;<●><●>)「栄養ドリンクですよ。私にはこんな事しか出来ませんが、授業がんばってください」

("ー"トソン「いえ、お心遣いありがとうございます。では、行って参りますね」

トソンはワカッテマスにより手に押し付けられたドリンク剤を受け取ると、大きく一礼をし、去っていった。
目がちゃんと開いてなくても身体が覚えているのか、意外と危なげなく廊下を進むトソンを見てワカッテマスは
安堵のため息を一つ吐く。

(;<●><●>)「事務スタッフの増強も急務ですね……」

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:12:16.45 ID:Oedsn3/e0

ない袖は振れない現状だが、それでも何とか割り振って個々の負担を軽くしなければ倒れてしまう人間が
続出するだろう。
そういった細かな人員調整もこの基地の副司令であるワカッテマスの仕事だ。

( <●><●>)「開発部署……いや、整備部署……いっそ老人会の皆さんに協力を打診しますかね」

事務作業程度なら自宅で出来るものもある。
通信端末を老人達に扱えるかは疑問だが、そう広い島ではない。
直接紙媒体を回収してもさほどの手間はないだろう。

( <●><●>)「子供の漢字の書き取りの練習に……流石に無理がありますね……」

取り留めなく浮かぶアイデアを頭の中で整理しつつ、ワカッテマスはブリッジの一角にある自分の席に着く。
副司令室も用意されてはいるのだが、ワカッテマスにはこちらの方が何故か落ち着きを感じる。
現場の空気を感じていた方が頭が刺激され、良いアイデアが浮かぶからなのかもしれない。

それを落ち着くと言うかはさて置き、自分も共に戦い、守っているという気持ちは持てるというものだ。

( <●><●>)「……と言いますか、トソンさんが帰ったら今、ここ、私一人ですかね?」

本来ならトソンの交替要員、この場合は同じオペレーターのペニサスかミセリのどちらかだろうがその姿は見えない。
大方寝坊だろうと見当をつけて、ワカッテマスはPCのモニターに目を落とす。
ひとまずの急務、装備増強についての話を開発部に打診しておく事にした。

( <●><●>)「……戦えば傷付くのは当然の事なのですが」

ワカッテマスは改めて失ったものの大きさに挫けそうになる気持ちを奮い立たせ、装備についての提案書を
作成し始めた。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:14:12.31 ID:Oedsn3/e0



約20数km四方の小さな島、VIP島。
平地は少なく、山間部の小さな町でがあるだけの、これといって特色もない過疎の一途を辿るだけだった
日本の南よりの東の海上に浮かぶ何の変哲もない島。

セイクリッドの普及、各国のパワーバランスの変化、それにより地域紛争の多発と、本来軍隊を持たないはずだった
この日本という国もいずれ来るであろう避けられぬ戦いの為に、秘密裏に軍備の増強を行っていた。

その際、日本の四方を囲む様に、四ヵ所の島にそれぞれ軍事基地が建設された内の一つがこのVIP島にある。

基地の建造は徹底した秘密主義が貫かれ、島民ですらフェイスの侵攻でこの基地が止む無く運用せざるを得なかった
日まで、ほとんど知る者はいなかった。

現在、VIP島基地はそのほとんどが島民によって運用されている。

基地の建設に携わった政府の要人達は、未完成だったこの基地を運用するよりは国外に逃亡する事を優先させ、
VIP島基地を放棄したが、その逃亡の途中でフェイスにより要人達の乗った艦船は沈められた。

本土との連絡は途絶え、また、他の三ヶ所の基地もフェイスによって壊滅させられたと判断せざるを得ない状況の中、
人々はこの基地に生命を託すしかないと判断した。

故に現在は島から逃げるという手も失い、また島から離れる事を良しとしない島民と、敢えて残った一部の政府の人間が
この島に住み、いつ終わるとも知れないフェイスとの戦いを続けている。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:16:15.93 ID:Oedsn3/e0



VIP島の中央辺りに基地は存在する。
今でこそ、その建物は露出しているが十ヶ月前まではただの山であった。

その周りを囲むように、古くからある島民の住居や公共の施設などがまばらに立ち並んでいる。
有事の際には防護壁が迫り出し、建造物を守るように設計されてはいるが、今の所防護壁が役立ったことはほとんどない。
内藤達SA部隊の働きにより、島への直接攻撃はその大半を防ぐ事に成功している。

そんな島の中ほどにある小さな一軒家。
平屋作りのその建物が内藤ホライゾンの生家であり、現在の住処だ。

( -ω-)「……んお」

( うω-)「朝かお……」

生活音が何も聞こえない部屋で、内藤は眠い目を擦りながら時計を眺める。
あの戦闘の直後からほとんど丸一日眠っていた為、身体に多少の凝りは感じるもののこれといって問題はない様だ。

内藤は布団から出て洗面所に向かい顔を洗う。
もう一日ぐらい寝ておきたい気もするが、それはそれで皆が心配するだろう。
あんな事があったのだ。
きっと落ち込んでいると思われてしまう。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:18:21.60 ID:Oedsn3/e0

( ^ω^)「そりゃ落ち込んでるけどね……」

内藤は鏡に映る自分をじっと見つめる。
まだ若いその顔に、疲労の色は見られない。
いつも通り、皆が言う所の緊張感のない顔が映っているだけだ。

( ^ω^)「落ち込んでても仕方がないんだお」

そう力強く言い放ち、内藤は台所に向かう。
冷蔵庫を開けると、いつの間にか真新しい食材が一人暮らしにしては多過ぎるぐらい押し込められている。

( ^ω^)「様子見に来てくれたんだおね」

気付かずにずっと眠ってしまっていたが、戦闘の後は大体そんなものだ。
向こうもそれを察して、声もかけずメモも残さず食材だけを届けてくれたのだろう。

( ^ω^)「何か作るかお」

内藤は冷蔵庫の中からハムとレタスを取り出す。
流石にこれだけの食材を朝だけで全て消費する事は難しいだろうが、何も減らしてないと彼女は心配するだろう。

( ^ω^)「マスマヨサンドイッチ最強」

パンにマスタードとマヨネーズを塗り、洗って適当に切ったレタスとハムを挟む。
昼食分も作るつもりで多めに用意した。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:20:47.97 ID:Oedsn3/e0

( ^ω^)「飲み物は……お、アイスティー作ってくれてるおね。これにするお」

内藤好みに砂糖多目、さらに輪切りのレモンも詰めて作られたアイスティー入りの容器を取り出しコップに注ぐ。
夏の蒸し暑い日には最高の飲み物だ。

居間にサンドイッチとアイスティー入りのコップを運び、窓を開ける。
夏の朝の太陽が、強めの光で内藤を照らす。
部屋に戻り、そのまま中央のテーブルの前に腰を下ろす。

正面にはテレビはあるが、今となってはただのモニターだ。
一応は基地から映像も受信できるが、朝のニュース等やっているはずもない。

一人暮らしの内藤の家には、早朝から性の出る蝉の声と冷蔵庫の低い振動音ぐらいしか聞こえてこない。

( ^ω^)「いただきますお」

サンドイッチをぱくつき、アイスティーを流し込む。
自他共に認める大食漢(本人は育ち盛りと主張)の内藤は、瞬く間全てのサンドイッチを平らげてしまう。

(;^ω^)「お、しまったお……昼食の分まで食べちゃったお」

食べてしまった物は仕方がないので、昼は別の何かにするとして、内藤は食器を流し台に沈める。
食器は帰ってから洗う事にしよう、内藤はそう思い時計に目を向ける。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:21:47.22 ID:Oedsn3/e0

( ^ω^)「そろそろ出ないと遅刻するおね」

内藤が通う学校までは徒歩でもさほどかからない。
島全体が小さいのだ、極端な話ほとんどの場所が歩いてでも行ける距離にある。

内藤は制服に着替え、適当に教科書を詰めた鞄を持つ。

( ^ω^)「私服で良いのではないかと常々思う」

夏は特に内藤はそう思う。
白いカッターシャツと黒いズボンという古いスタイルの制服は、あまり通気性というものに優れない。

( ^ω^)「……出かけなきゃだお」

身体の疲れは取れたと思う。
だがしかし、やはり気が思いのはどうしてなのか、考えるまでもなく理由は思い当たる。

( ^ω^)「ギコさん……」

内藤はそう呟き、誰もいない居間に目を向ける。

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:23:30.80 ID:Oedsn3/e0

同じく一人暮らしだったギコは、戦闘の後などは時折訪れては不恰好な朝食を用意してくれる事もあった。
あのサンドイッチもギコに教わった食べ方だ。
今となっては内藤の方がだいぶ上手く作れるようになってはいたが。

( ^ω^)「学校……行かなきゃだお」

時々、学校など行かずに訓練をしてもっと強くなるべきなんじゃないかと思う事がある。
仲間を失った時は特に。
自分がもっと強ければ、もっと上手くシュトルヒを扱えてれば死なせずに済んだのではないかと。

無論、そんな簡単な話ではないのはわかっている。
内藤が以前、そんな思いをギコにぶつけた時にギコはその大きな手で内藤の頭を撫で、こう言った。

強さは力だけではないと。

言われたその時はよくわからなかった内藤だが、ギコの言葉に従い平時は普通の高校生と過ごす内に、
その言葉の意味が少しずつわかって来たような気がした。

<ピンポーン♪

( ^ω^)「お?」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:25:54.66 ID:Oedsn3/e0

思考の海に浸っていた内藤を、玄関から聞こえてきたチャイムの音が引き起こした。
内藤が玄関に向かい鍵を開けるより早く、ドアは外から開かれる。

ξ゚听)ξ「あら、ちゃんと起きてたわね。おはよう、ブーン」

釣り目がちで気の強そうな少女が、内藤を昔から呼び慣れたあだ名で呼ぶ。
内藤はそんな彼女ににこやかな表情で挨拶を返す。

( ^ω^)「おはようだお、ツン。学校行くお」

内藤は靴を履き、幼馴染の少女、ツンを押し出すようにして家を出る。
まだ慌てるような時間ではないのだが、何となくあの部屋には先ほどまでの自分の逡巡が立ち込めているように
感じられ、他人に見られたくはなかったのだ。

ξ゚听)ξ「ちょっと、押さないでよ」

( ^ω^)「いいから行くお。遅刻するお」

内藤はツンの横をすり抜け、小走りで学校に向かう。
尚も悪態を吐いていたツンだが、内藤がギコの事で沈んだ心を無理にでも奮い立たせようとしているのだと判断し、
調子を合わせる事に決めた。

ξ゚听)ξ「まだ普通に歩いて行っても間に合うわよ。それよりちゃんとご飯食べた?」

( ^ω^)「食べ過ぎてお昼の分まで食べちゃったお」

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:27:46.67 ID:Oedsn3/e0

内藤達はたわいのない、ごく普通の高校生らしい会話をしながら学校へ向かう。
テレビは元よりラジオすらない島だ。
そう話題は豊富にあるわけでもないが、それでも仲の良い若い二人が並べば、話す事は尽きる事無く浮かび上がる。

(´・ω・`)「おはよう、ブーン、ツン」

( ^ω^)「ショボン、おはようだお!」

川д川「おはよう、ブーン君、ツンちゃん」

ξ゚听)ξ「おはよう、貞子」

( ><)「おはようなんです! ブーン兄ちゃん! ツンお姉ちゃん!」

o川*゚ー゚)o「おはよう、ブーン兄! ツン姐さん」

( ^ω^)「おー、今日も元気だおね、ビロード、キュート、おはようだお」

ξ゚听)ξ「ねえ、キュート? 何か私の呼び方に違和感があったんだけど気の所為?」

学校に近付くに連れ、数少ないクラスメート達や下級生達と出会い、一緒に学校に通う。
いつも通りの平凡な日常。
内藤にとっての、心休まる平和な一時。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:29:15.35 ID:Oedsn3/e0



( ^ω^)「さて、ショボン、早速だけど宿題見せてくれお」

(´・ω・`)「またかい? 少しは自分でやった方が良いと思うんだけど……」

平屋作りの小さな木造の校舎に辿り着き、教室に入るとすぐ内藤はショボンに声をかける。
ショボンはその下がり気味の眉をひそめながらも、大人しく一冊のノートを内藤に差し出す。

( ^ω^)「サンキューだお、ショボ──」

ショボンの方へ伸ばした手を、何者かが叩く。
同時にノートもその手によりさらわれてしまう。

ξ゚听)ξ「あんたねぇ、宿題は自分でやんなきゃ意味ないでしょうが」

(;^ω^)「ああ! 僕のノートが!?」

(´・ω・`)「うん、僕のノートだけどね」

慌ててツンの方に手を伸ばし、ショボンのノートを取り返そうとするが、その手も丸めたノートにより叩かれる。

ξ゚听)ξ「写すの禁止。時間かかってもいいから自分でやりなさい。先生にはちゃんと説明しとくから」

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:31:38.75 ID:Oedsn3/e0

(;´ω`)「おー……僕のノート……」

(;´・ω・`)「僕のだからね。ツンも手加減してね」

尚も縋ろうと手を伸ばすが、ツンにきつく睨まれると内藤はがっくりとうなだれ、大人しく席に着く。
ツンは肩をすくめ、丸めたノートを広げてショボンに渡すと自分の席に座る。

(;´ω`)「ええっと、この英文を日本語に訳しなさい……?」

ξ゚听)ξ「……」

ツンはちゃんと宿題を自分で解き始めた内藤に満足すると、自分も宿題を取り出し、難しそうな問題の簡単な解説を
書き始める。
今の内藤の学力では全部は自分で解けないだろう。
ヒントぐらいは出してやろうと思った。

川д川「そんな回りくどい事するなら、最初から答え教えてあげれば良いのに……」

ツンの作業の意図を察した、前の席に座る貞子が小声でツンに話しかける。
ツンは、そういうわけにも行かないと同じく小声で返す。

ツンは別に内藤に意地悪をして宿題を写させなかったわけではない。
宿題を写させてしまっては、内藤が学校に通っている意味を少なからず減らしてしまうからだ。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:33:53.73 ID:Oedsn3/e0

ツンを含め、内藤の周りの人間達が内藤に対し特に気を使っている事、それは内藤を必要以上に特別扱いしない事だ。

先日の戦闘のあと、丸一日眠っていた内藤が宿題をやっていなくてもそれは当然の事だ。
宿題以上に重要な役目をこなして来た内藤の宿題を免除するのは、ある意味当然の措置かもしれない。

しかしながら何事に置いても特別扱いし、皆とは違う学校生活を送らせてしまっては内藤が学校に来る意味、皆と同じ
時間を過ごす意味が薄れてしまう。
それでなくてもこの学校でただ一人戦いの場に赴き、皆とは違う二重生活を行っている内藤だ。
せめて同じ時間を過ごせる時ぐらいは、内藤を皆と分け隔てなく扱ってあげたいと思う親心でそうしている。

内藤自身もその事は理解しており、同時に感謝もしているが、宿題ぐらいはいいのではないかと思う甘えがある辺りは
健全な高校生なのだろう。

また、当然先ほどツンに話しかけた貞子もその事を理解しているが、あれはどちらかと言えばツンをからかったに過ぎない。
元々意地っ張りのツンは、普段は内藤に対してあまり心配している素振りは見せない。

だが実際は幼馴染に対し、ともすれば過保護になりかねないほど心配して気を使っているツンが、自分を律して内藤に
厳しく当たるツンがいじらしくて仕方がないのだ。

川д川「そろそろブーン君、煮詰まりそうだよ?」

(;´ω`)「I am red cyclone. えっと……大地をお前の血で赤く染めてやろうか?」

ξ;゚听)ξ「もう? 予想より早いわね」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:35:50.52 ID:Oedsn3/e0

再び小声で内藤の様子を伝えてくれる貞子に呆れた表情で応じ、内藤の方へ向かう。
貞子はそんなツンの様子に笑みを浮かべ、幸せな気分で一限目の授業の準備を始める。

ξ#゚听)ξ「そうじゃないでしょうが! 何でそんな変な訳仕方すんのよ?」

(;´ω`)「おー?」

川ー川「フフフ……」

(´・ω・`)「やれやれ……」

<ガラガラガラ

「皆さん、おはようございます」

騒がしい朝の教室の空気を、開かれた扉の音と共に飛び込んできた高めの声が遮る。
声の主はこの学校に一クラスしかない高等部の担任のトソンであるが、その顔を見た皆の表情が一様に固まる。

("、"トソン「昨日は自習にしてしまってすみません」

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ「……」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:38:23.47 ID:Oedsn3/e0

("、"トソン「何とか向こうの目処はつきましたので、今日は張り切ってまいりましょう」

(´・ω・`)「……」

川д川「……」

("、"トソン「はい、では教科書の……あら? 教科書はどこに置きましたっけ?」

教科書を探すトソソだが、どう見ても手ぶらで入って来ていたのだから教科書はどこにも存在しない。
見兼ねたツンがやんわりとトソンに尋ねる。

ξ゚听)ξ「あの、先生、先日はお休みになられましたか?」

("、"トソン「人間、多少は眠らなくても大丈夫に出来ているのですよ」

ツンの質問に胸を張って答えるトソンだが、その顔は明後日の方に向いている。

(´・ω・`)「どう見ても大丈夫じゃないよね」

(;^ω^)「トソン先生、また無茶な仕事振りを……」

小声で話し掛けてくるショボンに、内藤はため息を吐きながら頷く。
毎回戦闘の後は事務処理に追われるトソンだが、今回の仕事はこれまでになく大変だった様だ。
その原因の一端が自分達の戦いによるものだとわかっている内藤は、心からすまなく思う。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:41:34.29 ID:Oedsn3/e0

("、"トソン「えっと、一限目は数学でしたっけ? あれ? 現国?」

川д川「英語ですよ、先生」

ξ--)ξ「……こりゃダメね」

ツンは首を振り、ゆっくりと立ち上がりトソンの下へ向かう。

ξ゚听)ξ「あ、先生、教科書足元に落ちてますよ?」

("、"トソン「あら? いつの間に落としたのでしょうね?」

ξ゚听)ξ「ハッ!」

身を屈め、足元を探るトソンの首筋に手刀を一閃、ツンはトソンを気絶させた。

("д"トソン「きゅぅ……」

ξ゚听)ξ「よし。貞子、ちょっと手伝って。保健室に運ぶから」

川д川「はいはい、相変わらずお見事だね」


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:44:09.50 ID:Oedsn3/e0

(;^ω^)「もうちょい平和裏に何とかならんもんかお?」

頬に汗を浮かべ、毎度の事とは言え幼馴染の容赦ない一撃に内藤はやんわりと提案する。
しかし、ツンは顔をしかめて言う。

ξ゚听)ξ「理詰めでこの人を納得させられる気がしないでしょ?」

自分達の為にがんばってくれるのは有難いが、無茶をして倒れられたら皆が困る事になるとツンは続ける。
内藤もツンが最善の行動を取っている事はわかってはいるし、確かに舌戦なら勝ち目はないので
それ以上は反論しなかった。

( ^ω^)「まあ、いいお。とにかく今日は自習だおね」

ξ゚听)ξ「その間に宿題は終わらせなさいよ? あと数学と現国の宿題もあるんだからね?」

( ^ω^)「ショボン、ノート──」

ξ゚听)ξ「勿論、自分でやるのよ?」

ショボンに小声で助力を頼もうとした内藤に、ツンは手刀を構え、大きな釘を刺す。

(;´ω`)「おー」

(´・ω・`)「まあ、時間はあるからがんばろうね」

結局内藤は所々ツンやショボンに教わりながら、午前中いっぱいかかって昨日までの宿題を全て終わらせた。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:47:27.80 ID:Oedsn3/e0

(;´ω`)「疲れたおー」

ξ゚听)ξ「たったこの程度の宿題で情けないわねー」

(;´ω`)「頭がショートしそうだお」

ξ゚听)ξ「普段からちゃんと使ってないからそうなるのよ」

(´・ω・`)「まあまあ、その辺で。ブーン、お疲れ様」

さらに続きそうだったツンの小言をショボンが遮る。
いつもの事なので放っておいても構わないのだが、自分が間に入ってなだめるのもいつもの事なのだとショボンは思う。

ξ゚听)ξ「まあ、いいわ。ちゃんと終わらせたのは褒めてあげるわ。お疲れ様」

(;´ω`)「そんな事よりお腹空いたお」

ξ#゚听)ξ

(;´・ω・`)「じゃ、じゃあ、昼食にしようか。今日の授業は午前中だけだし、どうする? 家に帰って食べる?」

内藤のデリカシーを欠いた発言でまた小言が再開しそうな状況に、ショボンは慌てて話題を変える。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:51:02.91 ID:Oedsn3/e0

生徒も先生も数が少ないこの島の学校は、ほとんどの授業が午前中に終わる。
今の状況では小中高とエレベーター式の上、それ以降の受験勉強等は必要ない。
したがって学ぶべき事も一般常識寄りの事がほとんどだ。

どちらかと言えば、学校で学んでいるという空気を感じる為に学校で勉強をしているのかもしれない。
それがミルナの言った、生きているという実感をもたらすのだろう。

( ^ω^)「食堂行くお!」

内藤は力強くそう宣言する。

内藤が言う食堂とは、この学校から少し山を下った場所にあるVIP食堂の事だ。
自炊生活者が多いこの島では、内藤達の様な昼時の学生かギコ達の様な独り身の人間しかあまり利用しない。
見た目も中身も古い定食屋か学食の延長の雰囲気である。

(´・ω・`)「そっか、じゃあ僕もそうしようかな。ツン達はどうする?」

川д川「私はこれから子供達の相手だからご飯もそっちでかな」

そう言って貞子は小学生の教室を指差す。
貞子は親が基地の仕事で忙しい子供の面倒を見る仕事を受け持っている。
貞子に限らず、ショボンや内藤の他のクラスメート達もそれぞれ何かしら仕事やその手伝いをしている。

ミルナの方針では、彼ら高等部の学生も子供だから好きにさせるつもりだったのだが、彼らは同じクラスの内藤が
戦っているのを見て自発的にこの島の為に働く事を決めたのだ。

好きにさせると言った以上、断る事は出来ないとミルナは苦笑を浮かべながらも彼らにそれぞれ役割を振った。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:54:18.55 ID:Oedsn3/e0

ξ゚听)ξ「VIP食堂ねぇ……今日はあいつがやってんの?」

ツンは難色を示しつつも貞子に別れの挨拶を述べ、坂道を下り出す。
その足がVIP食堂の方へ向いている所を見ると、彼女もそこで昼食を取るつもりなのだろう。

(´・ω・`)「ちゃんと働いてるならいるんじゃないかな」

ショボンはツンに応じ、同じ様に貞子に別れを告げ坂道を下り出す。

( ^ω^)「んじゃ、貞子、また明日だお。ガキ共の相手、がんばってお」

川д川「うん、また明日。内藤君もあんまり無理しないでね」

内藤は貞子に手を振り、二人を追って歩き出す。
二人が、そしてクラスの皆が自分に気を使ってくれている事は、あまり人の心の機微を覗う術に長けていない内藤でさえも
理解出来ている。

だが内藤は、それが自分に対して守ってもらっている恩だとか、島の方針としてだとかは考えていない。
皆の目が友達の目で自分の事を見てくれているから、内藤はあの空を飛べるのだと心からそう思う。

守りたいものがここにあるのだ。
内藤はギコの言葉の答えを、そう結論付けている。

ξ゚听)ξ「ほら、食堂行くんでしょ? 置いてくわよ」

( ^ω^)「お、待ってくれお」

内藤は歩を早め、二人に並んで歩き出した。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:57:19.63 ID:Oedsn3/e0



('A`)「……俺、ここにいる必要なくね?」

ドクオは素のままで疲れている様に誤解される顔でそう呟く。
油の匂いの染み付いた狭いスペース。
一般的には厨房と称される場所にドクオは一人立ち尽くす。

('A`)「客来ないんだから閉めちまうかな……」

今日に入って一度も開かれていない正面の扉を眺めながら、ドクオはまたも一人愚痴る。
ドクオは生まれてこの方二十四年、この島に来るまではバイトすらした事もなく、一度も働いた事はなかった。
高校までは卒業したが、大学受験に失敗、以後ずっと家に引き篭もるという人としては甚だ宜しくない生き方をしていた。

だが今はクレーエに乗り、島を守るために戦い、平時はこうやって厨房に立っている。
当初は有事の際は戦っているんだから、普段は寝ててもいいんじゃないかと考えていたドクオだが、クレーエに乗る
羽目になった時以来、頭の上がらないオペレーターのペニサスに半ば強制的に働く事を促された。

料理なんてやった事もなかったが、食べられる材料を使った規定通りの作業、というペニサスの言葉を信じて
厨房に立つ事を決めた。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 21:59:37.62 ID:Oedsn3/e0

毎日働いているわけではないが、それでもずっと引き篭もっていたドクオからすれば多大な進歩だ。
まだやりがいを感じる所までは至っていないが、それでも自分の居場所がある事は、少なからずドクオの心に安らぎを
もたらしていた。

('A`)「月水金は客がものすごく少ない、不思議!」

ドクオの担当日は毎週月水金である。
料理の腕はクレーエの操縦と同じ様にはいかない様だ。
それでも来てくれる常連さんはいるので、不平は漏らすもののおいそれと店を閉めようとは本心では思っていない。

( ^ω^)「おいすー」

ξ゚听)ξ「お邪魔するわよ」

(´・ω・`)「こんにちは」

昼を過ぎた頃、正面の扉がガラガラと音を立て馴染みの三人が顔を見せる。
若干の残念さと、嬉しさが入り混じった感情でドクオは客を迎える。

('A`)「なんだ、お前らか。客来ないから折角閉めようかと思ってたとこなのに」

ξ゚听)ξ「それがお客に対する態度? つーか、真面目に働きなさいよ」

口の悪いドクオと口に遠慮がないツン。
顔を合わせれば悪態を吐き合う間柄だが、別に仲が悪いわけでもない。
単にお互いがそういう性格なだけなのだ。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:00:20.14 ID:Oedsn3/e0

( ^ω^)「そんなこといいからご飯だお! 今日は何があるんだお?」

('A`)「今日か? 今日は……ハンバーグと……何か魚煮たやつと……あと何かといつものだ」

ξ;゚听)ξ「何かって何よ? 適当過ぎるわよ」

(´・ω・`)「まあまあ。あ、僕は魚の煮付けを」

早々と料理を頼むショボンを横目に、ツンは勝手に厨房に入り料理を調べる。
日によって変わるメニューは、近隣の家庭から持ち寄られた料理をドクオが温めなおして出しているだけだ。
厨房を覗けばメニューはわかる。

ξ゚听)ξ「何かじゃなくて鮭のムニエルじゃないの。私はこれでいいわ」

('A`)「ああ、そのムニなんとか。んで、ブーンはどうするんだ?」

( ^ω^)「僕はハンバーグがいいお! それと──」

('A`)「それと?」

( ^ω^)「ドクそば頼むお!」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:02:41.61 ID:Oedsn3/e0

('A`)「ドクそばなんてメニューねえよ。あるのはただの焼きそばだ」

( ^ω^)「おっおっお」

ドクオは仏頂面でそう言うと厨房の奥に引っ込む。
内藤はそのまま笑顔でドクオを見送り、ツンの隣の席に腰を下ろす。

ξ゚听)ξ「あんた、よくドクそばなんか頼めるわね」

ツンは眉をひそめ、内藤に言う。
ドクオ本人の言葉通り、この店にドクそばというメニューは存在しない。
単なる焼きそばなのだが、料理が下手なドクオが作ると焦がしたりしてして色合いが毒々しい仕上がりになるので、
内藤達、主にツンがそう呼んでいるだけだ。

この店では作り置き以外にも何品かメニューがある。
焼きそばやラーメン、野菜炒め等、誰もが簡単に作れる類のものだ。
ドクオが言ったいつものというメニューがこれに当たる。

ξ゚听)ξ「それに、本人めんどくさそうにしてたじゃないの」

(´・ω・`)「それはどうかな」

水の入ったコップを三つ持ったショボンがツンの感想に異を唱える。
確かに渋面を作ってはいたが、本当は少し嬉しいのだと時々この店を手伝うショボンは知っている。
ショボンはそんなドクオの後姿を見ながらわずかに微笑む。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:05:00.78 ID:Oedsn3/e0

(   )「……ったく、めんどくせーな」

( ^ω^)「そんなこと言わずに頼むお」

ξ--)ξ「どうだかねぇ……」

与えられた簡単な作業だけをこなしていれば済む方が楽、客が来ない方が楽、ドクオ自身も最初はそう思っていた。

だが、時折店に来ては食事をしながら自分に話しかけてくれる近所のお年寄りや、どう見ても失敗作でしかない
自分の料理をがんばったと褒めてくれるおばさん達と接する内に、こういうのも案外悪くないと思えるようになっていたのだ。

生来の卑屈さから、それも自分がクレーエに乗り、戦ってこの島を守っているからだと疑いもした。
しかし、その人達は自分をこの島の住人、そして家族の様に見てくれているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。

細身のドクオを心配して毎日の様に差し入れられる食事やお菓子。
自炊で済むところを、わざわざ家族で食べに来て話しかけてくれる人達。
孫に聞かせるように思い出を話してくれる老人達。

皆の目が、温かかった。

受験に失敗したぐらいで引き篭もり、家族に迷惑をかけ続け、挙句の果てに自分だけが生き残ってしまった親不孝な自分を、
この島の人達は温かく迎え入れてくれた。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:07:28.63 ID:Oedsn3/e0

ドクオにとって、この店が、この島が、自分の守るべきものになって行くのにそう長い時間はかからなかった。

そして──

('A`)「ほれ、煮魚と鮭、それにバーグと焼きそば」

( ^ω^)「待ってましたお!」

ξ゚听)ξ「このムニエル、松中さんかな? あの人洒落たもの作るわよね」

(;´・ω・`)「あれ、この魚ひょっとして家の? 失敗したな……晩ご飯もこれかな?」

( ^ω^)「お腹ぺこぺこだおー。食べるお!」

ξ;゚听)ξ「てか、見事に黒いわね……」

(;´・ω・`)「ドクオさん、前より下手になってません?」

(;'A`)「う、うるせーな。ちょっと失敗したんだよ」

( ^ω^)「まあ、食べられる味だお。今日のは味付けは悪くないから、後は焦がさなきゃ大丈夫だお」

(*'A`)「そ、そうか? 悪かったな、焦がしちまって。次はちゃんとやるからよ」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:10:02.03 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「これはちょっと焦がしたってレベルじゃないわね……あ、一口プリーズ……味はまあ、でもまだまだね」

ξ;゚听)ξ「──って、ペニサスさん!? いつの間に?」

('、`*川「よ、おそろいで。こんにちは」

いつの間にか内藤の横に腰掛け、焼きそばをつまむペニサス。
ドクオをこの店で働かせる事にした張本人は、何かの折にこうやって様子を見に来ている。

( ^ω^)「こんにちはですお」

(;'A`)「いきなり来てひでーな」

(´・ω・`)「こんにちは。今日はどうされたんですか?」

('、`*川「ひどいのはこんな黒焦げ焼きそばを作るお前の腕だ。いや、単に回覧板届けに来ただけよ」

そういってペニサスは紙のボードをひらひらと振ってみせる。

(;'A`)「ここは民家じゃねーんだから、回覧板はいらなくないか?」

ドクオの言う事も最もだが、ペニサスは読むのは家ではなく、人なのだからいいのだと自論を展開する。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:13:18.64 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「あんたんち届けても、そこから先が回らなくなるでしょ?」

だからここで読ませて次の家に届けるのだとペニサスは言う。

('A`)「へいへい、サインすりゃいいんだろ? 全く、こんなものメールかなんかで届けりゃ済むだろうに……」

不平を述べるドクオだが、その言い分はわからなくもない。
事実、基地関連の重要な事項などは各世帯にメールでも配信されている。
お年寄りだけの世帯もあるが、受信して閲覧する程度なら教われば問題なく出来る。

('、`*川「風情ってもんがあるでしょうが。こういう風習は残すべきものなのよ」

それほど説得力があるとは言えない物言いだが、ドクオを除いた皆は納得したように頷く。
島で生まれ、幼少期を過ごした内藤達三人は、回覧板は見慣れた存在なのだ。
機能としてはなくてもいいのだが、回覧板を届けた先でした世間話やお菓子をもらった記憶等、良い想い出も
沢山残っている。

こんなささやかなもので、人と人との繋がりが作られたりもするのだ。

('A`)「まあ、別にいいけどさ……はい、書いたよ」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:15:24.08 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「いや、読めよ」

サインをして付き返そうとしたボードを再び押し返される。
ドクオは渋々中身に目を通す。

('A`)「どうでもいい事ばかりじゃないか……お、あの家の猫、子供産んだのか……へえ……」

不平を言いながらもちゃんと読んでいるドクオにペニサスは満足な笑みを浮かべる。
出来の悪い弟を持った姉といった気持ちなのだろう。

('A`)「……ん? 祭りなんかやんの?」

ξ゚听)ξ「あ、夏祭り、やる事になったんだ」

ドクオが上げた疑問の声にツンがいち早く反応した。
そしてドクオから回覧板を取り上げ、机の上に置き、内藤とショボンもそれに目を通す。

('、`*川「そうよ。規模はちょっと小さくなるだろうけどね」

この島で毎年八月にある夜祭。
精々夜店が出たり盆踊り大会があるぐらいの小さな祭りだが、それでも娯楽の少ないこの島では、
例年楽しみにされていた。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:17:49.15 ID:Oedsn3/e0

だがこんな状況下だ。
当初は開催を自重する方向であったが、時には羽目を外す事も必要という事で開催が決まったようだ。

(´・ω・`)「そっか、やるんだ。楽しみだなー」

('、`*川「雨天、フェイス順延だけどちゃんとやるわよ」

ξ*゚听)ξ「お祭りかー。浴衣、ちゃんと着れる様にしとかなきゃね」

( ^ω^)「そんな事より出店は? ちゃんと出るのかお? 何が出るのかお?」

ξ#゚听)ξ

再び内藤のデリカシーを欠いた発言で、ツンの顔に怒りの色が走る。
慌てて取り繕うおうとするショボンより先に、ペニサスが面白そうに呟く。

('、`*川「やれやれ、この子は色気より食い気ね。ツンちゃんも苦労するわね」

ξ;゚听)ξ「べ、別に私は……そんなんじゃ……」

( ^ω^)「お? 何の話だお?」

(;´・ω・`)「ブーン? このサラダあげるから君はこれでも食べて少し黙ってて」

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:19:54.71 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「そうそう、出店といえば出店よ、ドクオ」

('A`)「あ?」

ペニサスはそう言って回覧板のある部分を指差す。
ドクオがそれに目を向けると、そこには出店の出店者は一週間後、集会所に集まれと記されている。

('A`)「これがどうかしたのか?」

('、`*川「忘れずに参加しなさいよ」

(;'A`)「は?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔でどういう意味なのか聞き返すドクオに、そのままの意味だとペニサスは答える。
そのまま解釈すれば出店者は集合、つまりドクオも出店しろという事だ。

('、`*川「焼きそばぐらい作れるでしょ? メニューにあるんだし」

そういってペニサスは、既に綺麗に平らげられた内藤の前の焼きそばの皿を指差す。

ξ;゚听)ξ「ドクそば出すの? 客来ないでしょ?」

(;'A`)「ドクそばじゃねーっつってんだろが。……だが、ツンには同意する。俺の腕じゃ出しても売れないだろ」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:24:39.68 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「まあ、確かに今のままじゃきついわね」

ペニサスの言葉に大きく頷くドクオとツン、少し残念そうに頷くショボン、ポテトサラダを頬張る内藤。
少しは上達して来ているが、本来ならまだ客に出すような出来ではないとドクオ自身も自覚はしている。

(´・ω・`)「いくら祭りの雰囲気があるといっても、フォローには限界があるからね」

ξ゚听)ξ「場の空気で美味しさ変わるわよね。海の家で食べる焼きそばとか美味しさ三割り増しよね」

(;'A`)「……わかっちゃいたが、そんなに俺の焼きそばは不味いのか」

打ちひしがれるドクオにペニサスは人差し指を突き付る。
ドクオはこれまでの経験上、その指に更なる悪い予感しか覚えなかったが大人しくペニサスの言葉を待った。

('、`*川「ダメなら練習あるのみ。まだ祭りまで一ヶ月あるのよ?」

(;'A`)「めんどくせえ……」

異を唱えても既にこの件は決定事項にある。
ペニサスと出会ってからこれまで、ペニサスの決定に逆らえた事のなかったドクオはそう考えざるを得ない。
だがその大半がドクオの為であり、間違った事も言っていない事にドクオは気付いてもいた。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:27:14.71 ID:Oedsn3/e0

('、`*川「早速今日から練習ね。試食は私か、ミセリかトソンにやらせるから」

(;'A`)「へいへい……。ちゃんと胃薬は用意させとけよ」

その事に気付いた時からなのか、それとも出会った時からなのかはわからない。
ドクオは、この少々度の過ぎたとも言えるお節介なペニサスに心惹かれる想いがあった。

ξ゚听)ξ「ごちそうさま。さて、行くわよ」

ツンは小声で内藤とショボンに伝え、代金を机に置き、尚も言い争いを続ける二人に一礼し店を出た。
そういう勘は良い方のツンは、ドクオの気持ちに気付いている。
最もショボンも気付いている様だから、ドクオはそれなりにわかりやすい反応を見せているのだろう。

気付かない内藤やペニサスが鈍いだけなのだ。
内藤はともかく、その想いの相手に気付かれないドクオを多少不憫に感じるツンであった。

( ^ω^)「んじゃ、僕らは基地に向かうお」

(´・ω・`)「僕は一旦帰るよ。後から基地には行くけど、まあ、別行動だろうね」

ξ゚听)ξ「書類整理?」

(´・ω・`)「まあ、トソン先生があんな調子だったから、ワカッテマスさん大変なんじゃないかなと」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:30:58.58 ID:Oedsn3/e0



内藤達二人はショボンと別れ、来た時とは別の道で坂を登る。
程なくして山肌にある鉄の扉の前のリーダーにカードキーを通し、基地内に入る。

ξ゚听)ξ「司令室?」

( ^ω^)「いや、格納庫に直接向かうお」

そういって内藤はツンと同じエレベーターに乗り込み、地下へのボタンを押す。
ギコの件、今後の機体運用の件、整備部や開発部の人間と話さねばならない事が多々あった。

( ^ω^)「おいすー」

ξ゚听)ξ「お疲れ様です」

エレベーターが地下にある格納庫に辿り着き、ゆっくりとその扉が開く。
内藤は努めて普段の調子で挨拶をしながら部屋に入る。

内藤達SA搭乗者が一番馴染みの深い場所。
死んだギコとプギャーと、一番仲の良かった人達がいる場所。

( ´_ゝ`)「おお、ブーン、同伴出勤とは中々見せ付けてくれる」

(´<_` )「おや、ブーン、もういいのか? 身体の疲れは取れたか?」

89 名前:saru 投稿日:2009/07/21(火) 22:48:08.25 ID:Oedsn3/e0

全く同じ顔で、全く異なる挨拶を返す二人組。
SAの装備の開発を行う開発部の主任の兄者と、SA全般の整備を行う整備部の主任の弟者は双子の兄弟だ。

ξ゚听)ξ「相変わらず阿呆面で阿呆な事言いますよね、兄者さんは」

( ^ω^)「大丈夫ですお。若いから一日寝れば元気になりますお」

それぞれにそれぞれの反応返す内藤達。
この双子は顔こそ瓜二つだが、その性格は多少以上異なる。

ξ゚听)ξ「私は奥で作業してるわね」

( ^ω^)「うんお。お疲れ様だお」

そう言ってツンは格納庫の片隅にあるコンピュータルームに姿を消す。
コンピュータに一角の知識があるツンは、ここでSAのシステム制御関連プログラムやサポートAIの整備などに
携わっている。

幼い頃に母をなくし、父は多忙であまり会えず、また内藤が小学校を卒業する間際に本土に去ってしまってからは、
もっぱらPCが暇つぶしの手段となってしまったツンは、いつしかその方面に興味を持ち、技術を学んでいた。
それが今こんな世界で役に立っているというのは、人間、何が幸いするのかわからないものだ。

( ´_ゝ`)「さて、ブーンよ」

( ^ω^)「お」

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:50:25.72 ID:Oedsn3/e0

(´<_` )「当然考えなければならない事がある」

内藤達ににやけ気味の笑顔向けていた二人が真面目な顔で話し始める。
当然考えなければならない事、内藤がここに来た目的。

これから先の戦いについて。
進化を続けるフェイスへの対応。

(´<_` )「さっきまで三人で話してたんだが、少々煮詰まり気味でな……」

( ^ω^)「三人?」

「お、内藤も来たか。丁度いい」

聞き慣れた陽気な声が格納庫の入り口の方から響く。
気分転換に飲み物を取りに行っていたジョルジュの姿がそこにあった。
  _
( ゚∀゚)「お前も対応を考えに来たんだろ?」

( ^ω^)「お、ジョルジュさん。その通りですお」

ジョルジュはその手に持っていた缶コーヒーを内藤に投げ渡す。
もう一本を弟者に、そしてもう一本の蓋を開ける。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:52:14.16 ID:Oedsn3/e0

( ´_ゝ`)「あれ? 俺のは?」

(´<_` )「副司令の提案では、装備の増強で対応するとあったんだが……」

( ^ω^)「それしかないでしょうね」
  _
( ゚∀゚)「だな。人員の補強なんて望めないんだ。機体も同じく」

( ´_ゝ`)「俺の缶コーヒー……」

そこまではワカッテマスに言われるまでもなく、全員一致の見解であった。
その具体案もいくつか浮かびはしたが、実用化においての問題で困っていると弟者は言う。

(´<_` )「機体の絶対数が減った事もあり、これまで通りの戦法は難しい」

( ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「……まあな」

仲間の死。
心に重く圧し掛かるだけでなく、これから先、生き抜く為の手段にも大きく影響を及ぼす。
内藤は改めて失ったものの大きさに目眩を覚えるが、今はそれを嘆き悲しむ時ではない。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:54:10.24 ID:Oedsn3/e0

(´<_` )「そうなると考えられるのが……兄者よ、コーヒーはあとで持って来てやるから会話に参加しろ」

( ´_ゝ`)「……砂糖入りのやつだぞ? うん、それで今考えられる戦法は二つ」

弟者の言葉に機嫌を直した兄者が右手の指を二本立てて言う。

( ´_ゝ`)「目標の早期発見による電撃作戦」

目標、クラックポイントをいち早く発見し、フェイスが大量に湧き出す前に破壊する戦法だ。
目下の所、フェイスの最大の脅威はその物量だ。
理に適った作戦と言えるが、問題がないわけでもない。

(´<_` )「当然、レーダーの強化が必須となるが、クラックの性質もよくわからない現状、厳しいものがある」

他にも、クラック・ポイントが複数出現した場合、結局はガーダーを駆除する時間も掛かる為、密接して存在した場合は
今回とさほど変わらない状況になる事が予想され、確実な手とは呼べないと弟者は続ける。
  _
( ゚∀゚)「あの音響壁がなー」

( ^ω^)「接近戦で辛うじて、ってとこですからね。あれ自体が強化されることも考えないとですお」

ガーダーが放つ音響壁はSAの射撃武器を無効化する。
内藤が言うように、これまで進化を続けてきたフェイスが、弱点を補って来る事も念頭に置いておかなければならない。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:56:30.80 ID:Oedsn3/e0

( ´_ゝ`)「そこで第二案だ」

そう言って兄者は、格納庫に並ぶ整備中のSAのある一機を指差す。
SA03、レルヒェ。
今この場にはいないハインリッヒの搭乗機体だ。

( ´_ゝ`)「高出力の射撃武器による遠距離からの目標の破壊」
 _
(;゚∀゚)「おいおい、今射撃武器は効かないって話をしたばかりじゃねーか」

(´<_` )「それは現在の射撃武器の話だ。兄者が言ってるのはもっと高出力の武器を想定している」

(;´_ゝ`)「てか、ジョルジュ、さっきその辺まで話したよな?」

そうだったっけと、とぼけるジョルジュに弟者は首を振ってため息を吐く。
聞いてはいたがあまり理解していなかったのだろうと判断し、兄者は話を続ける。

( ´_ゝ`)「まあいい。とにかくそういう話だ。こちらの方が現実的だが、問題もないわけじゃない」

( ^ω^)「具体的にはどのくらいの威力を想定しているんですかお?」

(´<_` )「サークル……とまでは行かずとも、少なくとも、今のライフルの五、六倍だな」

弟者の言葉に、ギコが消えた白く輝く閃光を思い起こし、一瞬苦しげな表情を浮かべた内藤だが、何事もなかった
かの様に続きを促す。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:57:29.71 ID:Oedsn3/e0

(´<_` )「それだけの出力を出す為には問題が多々あるが、特に大きな問題はこれも二つだ」

弟者は兄者とよく似た仕草で左手の指を二本立て、そこにいる面々を見回す。
兄者は右利きだが、弟者は左利きだ。

(´<_` )「一つは単純に燃料の問題」

高出力の射撃武器を扱うためには、当然それに見合う多量の燃料が必要となる。
その為、機体に大量に燃料パックを積むのは様々な点において問題が生じる。
 _
(;゚∀゚)「まあ、大量に燃料パック抱えて戦いたくはねーな……」

( ´_ゝ`)「積載等が増えればその分動きも鈍るしな」

クラックを発見次第機体の換装に戻るという手もあるが、遠距離とはいえ射程距離内に移動する前でにフェイスとの
通常戦闘がないわけでもない。
他の機体に護衛に当たらせればその問題は片が付くのだが、機体の絶対数が少ない事が前提での話だ

護衛に機体を割けば、その分本来の防衛拠点である島の防護が疎かになりかねない。

(;^ω^)「確かに……難しい話ですおね」

内藤は顎に手を当て考え込む。
武器はまだしも、流石に燃料を射出するわけにはいかない。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 22:59:10.61 ID:Oedsn3/e0

(;´_ゝ`)「現地で補給がベストなのだが……」

空中での補給が可能な輸送機の類はこの基地には存在しない。
さらに言えば、輸送機を飛ばすなら結局護衛は必須となるので一旦基地に戻るのと大差はない。

ξ゚听)ξ「SA自体が輸送機をやればいいんじゃないの?」

从 ゚∀从「燃料タンク抱えてか? それだと通常戦闘がやべえんだって」

突如割って入る二つの声。
先ほど奥に引っ込んだはずのツンが、Tシャツにジーンズというラフな姿のハインリッヒと共に
四人のそばに歩み寄って来た。

( ^ω^)「ハインさん、おいすー。お仕事終わったんですか?」

从 ゚∀从「今日の分の配達は終わったよ。それよっか今の話、アタシ抜きでやる話じゃねーだろ?」

ハインリッヒはレルヒェを指差し、その後自分を指差す。
この戦法の要となる自分を差し置いて決めるのは筋が通らないと主張する。
  _
( ゚∀゚)「単にお前が仕事でいなかったからこっちで話してただけだって」

从 ゚∀从「わーってるよ。弟者、すまんがもう一度最初からお願い出来るか?」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:00:24.49 ID:Oedsn3/e0

(´<_` )「三度目だが、まあ、仕方ないか……」

弟者はハインリッヒとツンにこれまでの流れを簡単に説明する。

ジョルジュとハインリッヒは普段は島で郵便配達の仕事をしている。
今日はハインリッヒが担当だったので、先にジョルジュだけがこの場に来ていた。
二人は元々長距離トラックの運転手で、久しぶりに故郷であるこの島に帰って来た時にフェイスの侵攻に遭遇した。

当然、本来ならSAに乗る立場ではなかったが、内藤達同様、数奇な運命によりそれぞれSAに乗る事になった。

( ^ω^)「あっちの方はもういいのかお?」

ξ゚听)ξ「よくはないけど、こういうのは数がいた方がアイデアは出るでしょ?」

どうやら作業をしながらも時々こちらの様子を覗ってくれていた様だ。
内藤達が煮詰まってるのを敏感に感じ取ったツンは、仕事を終えて格納庫に来たハインリッヒを伴いこの場に参加
する事にした。
.  _,
从 ゚∀从「なるほどな……確かに今より機動性が落ちた状態であいつを飛ばすのはきついな」

プギャーのアルバトロスならまだしもと、ハインリッヒは言う。
ハインリッヒが乗るレルヒェは、狙撃によるサポートがメインで機動性はそう高くはない。
アルバトロスも立ち位置的には似た様な感じだが、設計思想がレルヒェとは大きく異なる。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:01:27.94 ID:Oedsn3/e0

本来アルバトロスは高火力射撃武器と厚い装甲による拠点防衛が主な運用目的だった。
二機の差は移動砲台と固定砲台のそれに近い。

(´<_` )「確かに、本来ならアルバトロス向きの仕事だな……」
  _
( ゚∀゚)「ない袖は振れねーんだ。こいつでやれる事を考えよう」

弟者の呟きに、ジョルジュの甲高い声が重なる。
弟者は一言、すまないと謝り、ジョルジュも無言で首を振る。

泣き言は言わない。
彼らが生き延びる為には、後ろを振り返っている時間はないのだ。

( ´_ゝ`)「……で、ツンちゃんさっきの話だけど」

先ほどハインリッヒによって中断されたツンの話を兄者は再び振る。
聡明なツンが、ダメだとわかり切った意見を出すとは思えないと兄者は踏んでいる。

ξ゚听)ξ「言葉通りよ。SAから直接補給する。二機を繋げてね」

(´<_` )「……なるほど」

( ´_ゝ`)「流石だな」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:04:07.00 ID:Oedsn3/e0

ツンの言葉に、即座にその意味を理解した兄者達はツンに賛辞を送る。
すぐさま弟者が立ち上がり、PCに向け実現可能かの判断の為の数値の入力を始める。
そして兄者は、まだよくわかっていないと思われる内藤達三人に向かって噛み砕いた説明を始めた。
  _,
( ゚∀゚)「なるほど……それで、どういう事だ?」

(;´_ゝ`)「いや、なるほどって、全然わかってないじゃん?」
.  _,
从 ゚∀从「このバカ兄貴は……」

( ^ω^)「ジョルジュさん、つまりあれですお」

ただ一人理解できないジョルジュを前に困惑する兄者に内藤が助け舟を出す。
ジョルジュの思考は長らく共に戦って来た内藤にはよくわかっている。

( ^ω^)「合体攻撃」
  _
( ゚∀゚)「おー、なるほどな」

内藤が人差し指を立て、ジョルジュにそう一言説明すると、ジョルジュは納得して大きく頷く。
いささか乱暴な説明だが、大きく外れてはいないので兄者もハインリッヒも特に訂正はしなかった。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:05:21.24 ID:Oedsn3/e0
  _
( ゚∀゚)「なるほど、合体攻撃か。何かかっけーな」

( ^ω^)「必殺技って感じがしますお」

無邪気に笑う二人を呆れた顔で眺めるハインリッヒ達。
男はいくつになっても子供なのだと、どこかで聞いたような台詞が思い起こされる。
. _
(*゚∀゚)「しかも何かエロいな、合体」

(*^ω^)「おっおっお」
.  _,
从 ゚∀从

訂正。
いくつになってもバカなのだと、ハインリッヒは握り締めた拳をバカ二人に振り下ろす。

(*´_ゝ`)「兄妹合体……ハァハァ」
.  _,
从 ゚−从

ハインリッヒは無言で三度目の拳を振り下ろした。

110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:07:51.49 ID:Oedsn3/e0

ξ#゚听)ξ「何やってんのよ……」

弟者と共に数値計算の手伝いをしていたツンが、その様子を見て頭を抱える。
どうやら計算は終わった様で、その結果もどうやら目処が立ったようだ。

(´<_` )「あー、ハイン、取り敢えず作業出来るぐらいは生かしといてくれよ」

从 ゚∀从「心配すんな。脳みそ以外お前の兄貴は正常だ」

地に伏した兄者を一瞥し、吐き捨てるようにハインリッヒは言う。
いささか表現に問題があった兄者の言葉だが、実際、現状を考えるとその燃料タンクの役目はジョルジュの
シュヴァルベが適役となる。

搭乗者同士の相性もあるが、どの位置からも最速で合流出来るが、防衛任務には向かないシュヴァルベが
その役割を担うのが最も効率が良いだろう。
  _,
( ゚∀゚)「てか、その後はどうすんだ?」

射撃後、燃料を使い切ったシュヴァルベは独力で帰投、補給の後再出撃という流れになる。

(´<_` )「なるべく幅は広めに取るから、複数のクラックを撃ち抜ける位置を取ってもらう必要はあるな」

一応、シュトルヒやクレーエからも供給できるようにし、またレルヒェ単体でも打てるようにするが、流石に
単体の場合はかなり出力は劣る事になると弟者は言う。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:09:37.93 ID:Oedsn3/e0

从 ゚∀从「ふむ、了解した」

ξ゚听)ξ「まあ、今はそれが最善かしらね」

( ^ω^)「お! 問題解決ですお」

(´<_` )「いや、一応これで副司令に打診してみたが、その前にもう一つ問題がある」

高出力の射撃武器を使うための問題点。
先に弟者は二つの問題があると言っていたのを内藤はすっかり忘れてしまっていた。

(´<_` )「もう一つも同じく燃料の問題なんだが……これは多少意味合いが違ってくる」

セイクリッドの全体供給量。
この基地、そしてこの島全体が供給出来るセイクリッドの量の話だ。

(´<_` )「これだけ大量のセイクリッドを使うんだ、少なからず島全体の運用に関わってくる」

いくらセイクリッドが効率の良いエネルギーだとしても、それが無尽蔵に使えるわけではない。
最終的には、どこかで節約するか、供給量を増やすしかないだろう。

幸い、現在稼動していないセイクリッドの供給設備は残されている。
単純に供給を増やす事自体の手段には問題はない。
しかし──

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:11:15.25 ID:Oedsn3/e0

( ´_ゝ`)「供給を増やす、イコール、フェイスに目を付けられやすくなるだからな」

昏倒から復活した兄者が、難しい表情を浮かべて言う。
その言葉に皆は一様に押し黙る。

セイクリッドを全て捨て、原始の狩猟や農耕を主とした暮らしに戻るという意見も、フェイス目的が判明した時点で
何度となく主張された。
だがしかし、そういった暮らしに戻るには人々はセイクリッドの恩恵を受け過ぎて切り離せなくなっていた。

セイクリッドを捨てるという決断は、遠からず餓死者を出すという見解がセイクリッドを捨てる事を許さなかった。

( ゚д゚ )「増産するしかないだろうな」

(´<_` )「司令」

ξ゚听)ξ「お父さん」

いつの間にか格納庫内にこの基地の司令であり、ツンの父親であるミルナが来ていた。
先の報告を読んですぐ来たのだと、その背後に控えていた副司令のワカッテマスは言う。

( ゚д゚ )「我々はセイクリッドと主に生きる決意をしたのだ。必要ならばそうするさ」

( ´_ゝ`)「そんな簡単に決めちゃっていいんですか?」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:13:21.37 ID:Oedsn3/e0

( ゚д゚ )「ちゃんと各部署を交えて話はするが、君達の結論ではそれしかないんだろ?」

ならば話は通すと、ミルナは強めの口調で宣言した。
心配性の兄者達はそれがもたらす影響に多少以上の危惧を抱き、その顔は優れない。
  _
( ゚∀゚)「ま、そんなに心配しなくてもいいんじゃないの?」

適当で、と言うジョルジュに少し呆れながらもハインリッヒが同意する。

从 ゚∀从「兄貴はもうちょっと心配しろと言いたいとこだが、俺もその意見に賛成だな」

( ゚д゚ )「うむ、皆の気持ちは一つだからな」

島に生きる全ての者が、この戦いを生き抜くために協力している。
生き延びる為に心は一つなのだと、ミルナは言う。

( <●><●>)「多少の根回しはしますが」

(;゚д゚ )「あれ? いつもそんなことしてたの?」

根回しという言い方はあまり適当ではないが、事態がよくわからないお年寄りや子供の為にわかりやすい解説書を
作ったり、心配性な人の為に根拠のある説明をしたりと細かい配慮をワカッテマスは行っていた。

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:15:20.31 ID:Oedsn3/e0

( ´_ゝ`)「わかりました。ではその方向で進めます」

(´<_` )「それなら、各機の通常装備の出力も見直しを行いたいと思います」

( ゚д゚ )「ああ、任せるよ。他の皆もご苦労様。今日はもう帰って休みたまえ」

ミルナは満足そうに頷くと、ワカッテマスと共に格納庫を出る。
途中、ツンに話しかけていたが、何故かがっくりと肩を落とし、とぼとぼと去っていった。

从 ゚∀从「司令は何て?」

ξ--)ξ「別に大したことじゃないわ」

ツンに答える気が無いと判断したハインリッヒは肩を一つすくめ、ジョルジュに声をかけ出口へ向かう。

从 ゚∀从「んじゃ、あとは任せた。アタシのレルヒェ、きっちりと改造してくれよ」
  _
( ゚∀゚)「息抜きしたきゃ連絡しろよ。今度飲みに行こうぜ」

二人はそれぞれ兄者達にねぎらいの言葉をかける。
兄者達が片手を上げ、それに応じるのを見て二人は満足気にエレベーターに乗った。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/07/21(火) 23:34:58.68 ID:Oedsn3/e0

(´<_` )「ブーンは帰らないのか?」

( ^ω^)「お腹空いたし帰るお。ツンはどうするんだお」

ξ゚听)ξ「私? そうね……あんた、今日の晩ご飯はどうするの?」

( ^ω^)「ツンが昨日買って来てくれた材料があるからそれで何か作るお」

ξ゚听)ξ「そっか……じゃあ、私が作ってあげようか?」

( ^ω^)「ホントかお? 助かるおー」

ツンの言葉に、内藤は嬉しそうな表情を満面に浮かべる。
その返事に、ツンもそれ以上の嬉しそうな表情を浮かべるが、ニヤついた兄者の顔に気付き、表情を引き締める。

ξ--)ξ「そ、そうと決まればさっさと帰るわよ。あんたいっぱい食べるだろうから、作るのに時間掛かるのよ」

( ^ω^)「……お、その前に一つ寄る場所があるお」

ξ゚听)ξ「寄る場所?」

ツンは首を傾げ、内藤の顔を見るがそのにこやかな笑顔からは、どこに向かうのか見当はつかなかった。

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:36:32.98 ID:Oedsn3/e0



( ^ω^)「こんにちは、渡辺のおばあちゃん、お花をくださいお」

从'ー'从「あら、ブーンちゃん、こないだはご苦労様。お花ね、ちょっと待っててね」

内藤とツンは、兄者から借りたセイクリッド永久機関テスト用という怪しげなラベルの貼られた自転車に乗り、
基地から西の方へ向かい走り出した。
途中で花屋に寄り、花束を二つ買う。

花屋の店主渡辺はずっとこの島に住む最年長の老婆だ。
しかしながら、今もかくしゃくとして元気に働いている。
この島の置かれている事態も全て理解して、この島に残ることを決めた一人だ。

ξ゚听)ξ

ツンは既に内藤が何の目的でどこに向かうのか見当は付いていたが、何も言わずに内藤の行動を見守った。
手馴れた様子で花を選ぶ姿は、ある種の儀式のようで自分がみだりにに手を伸ばしてはいけないものだという気がした。

从'ー'从「今日はツンちゃんも一緒なのね、こんにちは、二人はいつも仲良しでいいわね」

ξ゚ー゚)ξ「こんにちは、渡辺さん。まあ、幼馴染ですからね」

流石のツンも、古くからツン達の事を知る渡辺には頭が上がらない部分もあり、いつもよりは大人しめの調子で
言い訳をする。

131 名前:3dome 投稿日:2009/07/21(火) 23:55:30.49 ID:Oedsn3/e0

二人は幼馴染で、仲の良い友達。
公にはそういう風にツンは話している。

ただの友達だと。
本心がどうであれ。

そんなツンの気持ちを、鈍過ぎる内藤が全く気付く事がないとしても。

从'ー'从「はい、これはおまけね。今日も暑いからね」

( ^ω^)「おー、チューチューだお! ありがとだお」

ξ゚听)ξ「ありがとうございます」

二人は渡辺に手渡された、二つの花束と一本の棒状のプラスチックのケースに入ったジュースを凍らせたものを受け取り、
礼を述べて再び自転車にまたがった。

( ^ω^)「真ん中から折るお」

ξ゚听)ξ「それ、チューチューって名前なの?」

( ^ω^)「知らんけど、じいちゃんはそう言ってたお」

ツンは自転車の荷台に座り、内藤から手渡されたアイスを受け取り口に運ぶ。
何味だかわからない、不思議な味がどこか懐かしく感じられた。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/21(火) 23:59:29.43 ID:Oedsn3/e0

ξ゚ー゚)ξ「風が気持ちいいわ」

だいぶ傾き掛けた夏の日は、それでもまだ容赦なく照り付けては来るが、同時に海沿いの山道は涼しげな潮風ももたらす。
潮でべたつき、あとの手入れが大変という弊害はあるものの、吹く風になびく髪がより涼しさを増してくれるように感じられる。

(;^ω^)「二人分の体重をでペダルが重くて汗だくな件」

対照的にその言葉通り汗だくで自転車のペダルを漕ぐブーン。
セイクリッド永久機関テスト用という触れ込みの割には、普通の自転車と大差ないペダルの重さが恨めしい。

ξ゚听)ξ「あんたが重いのがいけないんでしょうが」

(;^ω^)「ツンも絶対前より重く──」

ξ#゚听)ξ「ハッ!」

(;^ω^)「ちょ、手刀は止めてお!? 転ぶって!」

内藤は幼き日、小学生時代にツンを自転車の後ろに乗せた時の事を思い出し、そのときに比べて重くなったと当たり前の事を
言ったつもりだったのだが、そんな事が当然伝わるはずもない。

139 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:01:19.17 ID:0QlP54yk0

ξ゚听)ξ「これのどの辺がセイクリッド永久機関テスト用なのかしらね?」

(;^ω^)「わからんおー。でも、兄者さんが作ったんだからわけわからなくても当然だお」

さらっとひどい事を言う内藤だが、確かに兄者のセンス及び嗜好はよくわからないとツンも思う。
曲りなりにも開発部の主任なのだから、SAの武器開発の責任者がそれではまずい気もするが、その辺りは弟者が
うまく調節してくれている様だ。

形式上は開発部と整備部に分けられてるが、基本的に同じ部署のようなものだ。
手が足りない時はその手伝いをもう一方が行っている。
その結果、どちらも同じ仕事が出来るようになっている。

ξ゚听)ξ「兄者さんなら、シュトルヒにペダル付けて、これが永久機関だとか言いそうだもんね」

(;^ω^)「言いそうだけど、それはただの人力だお。勘弁して欲しいお」

内藤の心底嫌そうな言い方に、ツンは二人は声を上げて笑い、それを見た内藤も釣られて笑う。
二人を乗せた自転車は、順調に坂道を走る。

程なくして自転車は坂を登り切り、平坦な道に出る。
この道をまっすぐに行けば、もう間もなく内藤が目指した場所に辿り着く。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:03:27.20 ID:0QlP54yk0

( ^ω^)「到着だおー」

ξ゚听)ξ「お疲れ様」

自転車を降りたツンは、内藤をねぎらい、自転車のかごの中から二つの花束を取り出し内藤に渡す。

( ^ω^)「ありがとだお」

ξ゚听)ξ「……ここで待ってようか?」

( ^ω^)「お? どうしてだお? ツンも来てくれた方が皆喜ぶお?」

おずおずと内藤の顔色を覗うように言ったツンに、内藤はいつもと変わらぬ屈託のない笑顔で不思議そうに首を傾げる。
自分で言い出したとはいえ、申し出を断られた事にツンは少なからず安堵していた。
ここにいるのはSAに乗り、戦場を飛ぶ内藤ではなく、幼馴染のブーンなのだと。

内藤はまっすぐに歩き出す。
視線を前に向けたまま、ただまっすぐに歩き、小さな石造りの門をくぐり、立ち並ぶ石の前に立つ。

( ^ω^)「おいすー。ちゃんと一日ぐっすり寝て、学校も行ってから来たから遅くなったお」

島の西のはずれ、海を臨む小高い丘の上にある小さな空間。
そこは空に散った内藤の仲間達が眠る墓場であった。

145 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:05:30.42 ID:0QlP54yk0

( ^ω^)「お、ドクオさん達はもう来たんだおね。僕が最後かお。遅くなってごめんお」

内藤は墓前に供えられた多くの花を見て言う。

先日の戦いでなくなったギコとプギャーは昨日の内に埋葬された。
ツンも埋葬には立ち会ったのでその事は知っている。
多くの人が二人の死を惜しみ、厳かに送られた。

内藤達SA搭乗者達は戦いの疲れを癒し次の戦いに備える為、昨日は全員家で休んでいた。
ドクオ達は午前中の内にここに来て花を手向けていったのだろう。

( ^ω^)「プギャーさん、お疲れ様でしたお」

( ^ω^)「プギャーさんにはお酒の飲み方とか、煙草の吸い方とか、ろくでもない事ばっか教わった気がしますお」

( ^ω^)「どれも自分には合いませんでしたが、ってか普通に法律違反ですお」

( ^ω^)「僕の家のお酒はちゃんと片付けていって欲しかったですが、あの本だけは有効に使わせてもらいますお」

( ^ω^)「でも、あと三年ぐらいしたらちゃんと付き合えるんで、その時はここで一緒に酒でも飲みましょう」

( ^ω^)「今までありがとうございましたお」

内藤はプギャーの墓前にそっと花束を手向ける。
いつもの笑顔のままで、その表情を変えることはなく。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:07:50.40 ID:0QlP54yk0

内藤はその隣にある墓の方へ足を向ける。
空に消えた彼らの遺体、遺骨は当然この中には存在しない。
あるのは平時に取っておいた遺髪だけだ。

それでもここが、彼らの眠る場所であり、帰る場所なのだと内藤は思う。

( ^ω^)「ギコさん、お疲れ様でしたお」

( ^ω^)「ギコさんには言いたいことが山ほどあるお」

( ^ω^)「でもまあ、普段から遠慮なく言えてたから、大体いつも通りの事だお」

( ^ω^)「平和になった島で、一緒に船釣りに行くって約束は果たせなくて残念だけど、もう一つの約束はちゃんと守るお」

( ^ω^)「僕がこの島を守るお」

( ^ω^)「だからギコさん、安心して眠っててお」

( ^ω^)「今までありがとうだお」

( ^ω^)「僕はギコさんに出会えて本当に良かったお」

潮風が緩やかに吹き込む。
よく手入れの行き届いた短い草を揺らし、墓前の花を揺らし、髪を揺らす。
ツンは風の中に佇む制服姿の内藤の背中から目を離す事が出来なかった。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:09:06.88 ID:0QlP54yk0

悲しみを背負った真っ白い背中。
自分と同じ年の、まだ成熟していないはずの背中はとても大きく、そして遠くに感じた。

( ^ω^)

きっと泣いているのだと思った。
でも、振り向いた内藤の顔にはいつも通りの穏やかな笑みが浮かんでいた。

ξ゚−゚)ξ「……泣かないんだね」

( ^ω^)「それも約束したんだお」

辛くとも、悲しくとも泣かない。
泣いても何も変わらない。
自分が守りたいものは、泣いていても守れないのだから。

特定の誰かと約束したわけではない。
ただ自分が、この場所に立ち、共に戦い、散っていった仲間の前で決めただけの事だ。
自分自身とそう約束した。

全てが終わるまで、もう泣かないと。

153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:11:09.46 ID:0QlP54yk0

ξ゚−゚)ξ「どうしてそんなに強くなれるの?」

自分と同じ年のはずの幼馴染。
自分が知り様もない、過酷な空を飛ぶ内藤が自分より強くてもそれは当たり前なのかもしれない。

それでもツンは悲しかった。

一人強く立つ内藤が、自分とは別の世界にいるようで。
涙を見せない内藤が、本当はとても悲しく、辛いのを歯を食いしばって堪えているように見えて。

ξ;−;)ξ「どうして……そんなに……」

そう思うと、いつしかツンの頬を涙が伝っていた。
それは止め処なく溢れ、島に落ちる。

( ^ω^)「守りたいものがあるからだお」

ξ;−;)ξ「え……」

いつの間にかツンの目の前に内藤が立っていた。
その手には白いタオルが握られて、ツンの方に差し出されている。

155 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:13:11.58 ID:0QlP54yk0

( ^ω^)「この島を、皆を守りたいから、強くなれるんだお」

内藤は言う。
ツンのよく知る幼馴染のブーンの顔で。
ツンのよく知る幼馴染のブーンならそう考えるであろう答えを。

本当は聞くまでもなく、ツンはその答えを知っていた。
内藤が強くなれる理由、この空で戦う理由を。

( ^ω^)「守りたいんだお。島の皆の笑顔を。そして……」

ξ;−;)ξ「そして?」

( ^ω^)「泣けない自分の代わりに、泣いてくれる心優しい女の子を」

内藤はツンの手に白いタオルを押し付ける。
ツンは頷き、白いタオルで涙を拭く。

ξう−;)ξ「……ちょっと汗臭い」

(;^ω^)「お……? ずっとズボンのポケットに入れてたからだお。一応、洗濯したやつを今朝入れてたんだお」

ξうー;)ξ「でも……温かい……」

( ^ω^)「おっおっお」

157 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:15:37.00 ID:0QlP54yk0

それからしばらく、ツンが泣きやむまで二人はその場に立ち尽くしていた。
無言で、ただじっと。

二人だけの時間を、静かに蒼を湛える空の下で。

( ^ω^)「そろそろ帰ろうかお?」

ξ--)ξ「……そうね」

どのくらいの間そうしていたのかわからない。
日は傾き、蒼かった空は茜色に染まりつつあった。

( ^ω^)「お腹空いたお」

ξ゚ー゚)ξ「あんたはそればっかね」

二人は笑う。
何の変哲もない、たわいもないやり取りに。

( ^ω^)「さあ、帰るお。帰って晩ご飯だお」

ξ゚听)ξ「はいはい。何か食べたいものはある?」

ツンが自転車の荷台に乗り、自分の腰に手を回したのを確認すると内藤はゆっくりと自転車を走り出させた。
坂道を下る自転車は、行きよりは速い速度で家路を走る。

160 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2009/07/22(水) 00:17:37.20 ID:0QlP54yk0

内藤は、ブレーキを強めにかけながら速度が上がり過ぎないように自転車を走らせる。
この穏やかな時が長く続くように。

ξ゚听)ξ「そう言えばさ、プギャーさんのお墓の前で言ってたあの本って何?」

(;^ω^)「お!? な、何の話だお?」

ξ゚听)ξ

(;^ω^)

ξ゚−゚)ξ「……何の本?」

(;^ω^)「え……あ……え……ろ……六法全書?」

ξ゚−゚)ξ

(;^ω^)「いや、平和になったら僕、弁護士を目指そ──いたっ!? ちょ、痛いお! 手刀は止めてお!?」

二人を乗せた自転車は、茜色の空下を緩やかに滑るように走る。
いつまでも続くようでいつかは終わりが来るこの道を。

自分達の帰るべき場所へ向かって。



    ( ^ω^)は島を守るようです  中編 終わり


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