- 1 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:27:15 ID:PEgUgA5gO
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媒体【ばいたい】
@物理学で、仲立ちとなる物体。
A情報を伝えるときの仲立ちとなるもの。手段。メディア。
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- 2 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:28:48 ID:PEgUgA5gO
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つまらない人生だった。
幼い頃に父が他界し、それが原因で小学校ではイジメに遭っていた。
それは中学になるとさらに悪化し、14歳になったあたりから引きこもりがちな生活が始まった。
なんとか中学を卒業すると、母親の反対を押し切って進学ではなく就職への道を歩んだ。
しかし、コミュニケーション能力が皆無のためか仕事すら上手くいかず、また家に引きこもる生活に戻った。
気がつくと、年齢は21にまでなっていた。
無気力な毎日。そんなある日の夜、僕は──
- 3 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:30:03 ID:PEgUgA5gO
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Vol.1
鬱田ドクオ(21歳 無職)
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- 4 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:31:23 ID:PEgUgA5gO
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──
('A`)「……」
変な夢でも見てるのか。というのがドクオの最初の感想だった。
何故なら、見知らぬ質素な部屋の中に、いつの間にか自分は居たからだ。
とりあえず部屋の中を見渡してみる。
薄暗い空間、灰色の壁。
自分が今座っているソファー、その目の前にはテレビが一台置かれた低いテーブル。
そして、テーブルを挟んだ向かいにあるソファーと。
( ^ω^)
ソファーに座る、見知らぬ青年が一人。
- 6 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:32:19 ID:PEgUgA5gO
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('A`)「…あんた誰」
向かいのソファーに座るその青年に、ドクオが呟くように尋ねる。
( ^ω^)「初めましてドクオさん。僕は現世媒体師のブーンといいますお」
('A`)「はあ…?」
少しでも状況が理解できるよう期待しての質問だったが、ブーンと名乗る男の返答は更にドクオを混乱させた。
その媒体師とやらは何らかの職業だろう。それはいいとして、また別の質問を投げかけてみる。
('A`)「…ここどこ?」
( ^ω^)「ドクオさんは今、生死の境にいますお」
('A`)「は?」
- 7 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:33:25 ID:PEgUgA5gO
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言ってる言葉が理解できず、思わず聞き返した。
対するブーンは表情一つ変えず、説明を続ける。
( ^ω^)「ああ、死んでいるわけではないのでご安心を。ドクオさんは今、この世とあの世の境にいます」
(;'A`)「お、おい待てよ、一体何の冗談で…」
( ^ω^)「ドクオさんは"命の選択"をすることができますお」
ブーンの言葉に遮られ、思わず口を閉じる。
( ^ω^)「選択は二つに一つですお。現世に残って生きるか…」
( ^ω^)「そのまま死ぬか」
- 8 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:34:26 ID:PEgUgA5gO
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(;'A`)「待て、ちょっと待ってくれ」
冷や汗をかきながら、苦笑いのような引きつった顔をブーンに向ける。
(;'A`)「あーなんだ、つまりその、ブーンさんが言うには」
(;'A`)「とりあえず俺は生死の境にいると」
( ^ω^)「そうですお」
(;'A`)「そんで、俺は生きるか死ぬかを選べると」
( ^ω^)「素晴らしい理解力ですお」
(;'A`)「あのさあ…」
溜め息をつきながら、ドクオは呆れたようにブーンを見る。
何のつもりだろうか、ブーンは真顔を此方に向けている。
- 10 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:36:13 ID:PEgUgA5gO
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(;'A`)「えっと…百歩譲ってだ。百歩譲って俺が今死にかけてるとして、何で生きるか死ぬかなんて選ばせるの?」
( ^ω^)「此処に来る人間は、大いなる方が生かすべきか死なすべきかの判断を迷われた人間ですお」
('A`)(厨二にも程があるだろ…)
一時は焦ったが、段々とブーンの話を聞くことに冷めてきたドクオ。
呆れた顔で聞き返す。
('A`)「その大いなる方(笑)って何?神様みたいな?」
( ^ω^)「そんな感じですお」
('A`)「でさー、俺は生きるか死ぬかを選べるんでしょ?」
( ^ω^)「はい」
('A`)「そんなん決まってるだろ。生き──」
- 11 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:37:59 ID:PEgUgA5gO
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待て。ちょっと待て。
万が一だ。万が一これが現実だとして、本当に自分は生きたいのか?
あんな人生、生きてる意味はあるのか?
ひょっとしたら、本当は……
( ^ω^)「繰り返すようですが、僕は現世媒体師ですお」
(;'A`)「!」
はっとして、顔を上げる。
ブーンは一切表情を変えないまま、話を続けた。
( ^ω^)「大いなる方が生死の判断を迷った場合、その生死は本人に決めてもらうんですお」
( ^ω^)「本人が正しく、自分の判断で決められるように、その決断を手伝うのが僕の"主な"仕事ですお」
- 12 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:38:54 ID:PEgUgA5gO
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(;'A`)「…どうやってだよ」
反論する気になれず、ドクオはブーンの話に真剣になっている自分に気付いた。
しかし、これは夢にしても現実にしてもただ事じゃない。
命の選択なんて、そうそう出来るものではない。
( ^ω^)「ドクオさんには、1日だけ現世に戻ってもらいますお。ただし…」
ブーンの顔が、不気味に歪んだ。
( ^ω^)「…僕に乗り移った状態でね」
──
- 13 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:39:59 ID:PEgUgA5gO
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──
( ^ω^)「現世媒体とは、即ち僕を媒体して現世に降りることですお」
('A`)『…』
( ^ω^)「今僕は"普通の人間"としてここにいますお。ドクオさんは僕に乗り移っているので、勿論周りには見えませんお」
ドクオが生まれ育った町、そこにドクオはブーンに乗り移った状態で居る。
此処に来て初めて、ドクオは自分が生死の境にいるという話を信じる気になった。
( ^ω^)「さあ、どこに行きたいですかお?夜には戻りますお」
('A`)『俺の体は今どこにあるんだ?』
( ^ω^)「市内の中央病院ですお」
('A`)『そこに頼む』
- 14 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:41:23 ID:PEgUgA5gO
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中央病院。
鬱田ドクオさんの病室は、とブーンが受付に尋ね、その足で病室に向かう。
病室の中に入ると、ドクオの姿を確認する前に数人の若者がベッドを囲んでいるのが見えた。
(;゚A゚)『!?ブーン!隠れてくれ!!』
( ^ω^)「え?」
(;゚A゚)『あいつら、俺を虐めてた連中なんだよ!!』
( ^ω^)「大丈夫ですお。僕は関係者じゃないし、僕に取り憑いているドクオさんの姿は彼らに見えない」
(;'A`)『そ、そうか…』
( ^ω^)「こんにちはー」
昏睡状態のドクオを囲む若者達に、ブーンが気軽に話しかける。
しかし、振り返ったその顔は、ドクオの予想に大きく反していた。
- 15 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:42:42 ID:PEgUgA5gO
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(,,;Д;)「あっ…う…」
(;'A`)『!!』
( ^ω^)「……」
どういうことだ。
自分を虐めていた連中が、自分を苦しめて笑っていた連中が、泣いている。
( ^ω^)「ドクオのお友達ですかお?」
(,,;Д;)「…テメエ誰だよ」
( ^ω^)「僕はドクオの親戚で、内藤といいますお」
(,,;Д;)「……」
( ^ω^)「大事なお友達、だったんですかお?」
(,,;Д;)「…俺、謝りたかったんだ」
- 16 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:46:04 ID:PEgUgA5gO
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('A`)『…』
震えた声で、その若者は絞り出すように続けた。
(,,;Д;)「こいつ、子供の時に父親が死んで、俺らがそれをからかってしまったんだ」
(,,;Д;)「それから本格的なイジメを始めてしまった。そのせいでこいつは高校にすら行けなかった」
(,,;Д;)「俺のせいだ…俺がこいつの人生を狂わせてしまった。だから成人式や同窓会があるたびに謝ろうって思ってた」
(,,;Д;)「でも、こいつは一切姿を見せなかった。それほどまでにこいつの心の傷は深かったんだ…」
( ^ω^)「…それで、やっと会えたと思ったら、ドクオは昏睡状態ですかお」
(,,;Д;)「……」
若者が俯き、さらに涙を流し続ける。
ドクオを虐めていたことに対する罪悪感。その気持ちに、嘘偽りはないようだった。
- 17 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:47:04 ID:PEgUgA5gO
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('A`)『…もういい』
( ^ω^)「?」
('A`)『もういい、出よう、頼む』
ブーンの中で、ドクオが懇願する。
心なしか、その声は微かに震えていた。
( ^ω^)「……それじゃあ僕はこれで失礼しますお」
(,,;Д;)「見てやんなくていいのかよ」
( ^ω^)「ええ、とりあえず無事は確認できたので」
(,,;Д;)「…また来てやってくれ」
病室を出て、早足で病院からも出て行くブーン。
ドクオの口から、こぼれ落ちるように声が洩れていく。
- 18 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:48:11 ID:PEgUgA5gO
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( A )『あいつらだけは…あいつらだけは絶対に許さねえと思ってた』
( A )『たとえ万が一、あいつらが謝ってきても、それを足蹴にしてやろうと思ってた』
( A )『なのに……』
( ^ω^)「……」
( A )『…俺んちに向かってくれ。母ちゃんの姿が見たい』
( ^ω^)「わかりましたお」
無表情で歩き続けるブーン。
少しだけ、陽が傾き始めていた。
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- 19 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:49:48 ID:PEgUgA5gO
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──
夕方。
ドクオの自宅であるアパートに、ブーンは訪れた。
( ^ω^)「ごめんくださーい」
いつでも穴が開いてしまいそいなドアを、丁寧に叩く。
暫くすると、五十代半ばくらいの女性が、ひどく疲れきった顔で現れた。
J( 'ー`)し「はい…?」
( ^ω^)「突然お邪魔してしまってごめんなさい。僕はドクオくんの友人で内藤といいますお」
J( 'ー`)し「ドクオの…」
少し驚いたような顔でブーンを見上げ、そして俯く。
ドクオの母親は、今にも消えてしまいそうな声で返した。
J( 'ー`)し「…ドクオなら病院ですよ」
- 20 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:50:57 ID:PEgUgA5gO
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( ^ω^)「ええ、先ほど見舞いに行ってきました」
対するブーンは、相変わらず無表情で返す。
( ^ω^)「ドクオくんは呻きながら言ってましたよ」
( ^ω^)「"母ちゃんに会いたい"って」
J( 'ー`)し「!」
はっと顔を上げ、涙を浮かべる母親。
涙を見られたくないのだろう。母親はすぐに顔を逸らし、ブーンに一礼しながら扉を閉めた。
( ^ω^)「これでよろしかったのですかお?ドクオさん」
その場に立ったまま、ブーンがドクオに呼びかける。
しかし、その声はドクオに届いていないようだった。
- 21 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:52:11 ID:PEgUgA5gO
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随分短い面会だったが、ドクオには充分だったようだ。
(;A;)「母ちゃん…」
心配してくれている。落ち込んでくれている。
涙を流してくれている。
母親にとって、ドクオは大切な存在なのだ。
そのことさえ理解できれば、ドクオはそれで良かった。
( ^ω^)「…夜になりますお。もう戻りましょう」
(;A;)「うん…」
それを最後に、ドクオの意識はまたあの部屋へと戻っていった。
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- 22 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:53:32 ID:PEgUgA5gO
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──
薄暗い部屋。
テーブルを挟んだ二つのソファーに、ドクオとブーンが向かい合って座る。
( ^ω^)「それでは…」
('A`)「もう決まってる」
ブーンの言葉を待たず、ドクオが口を開いた。
その目に迷いはない。
('A`)「俺を虐めてた奴らとはちゃんと向き合う。仲直りとまではいかないかもしれないけど、ちゃんと話し合えるようにする」
('A`)「母ちゃんはこれ以上悲しませたくない。今度は俺が母ちゃんを大切にする番だ」
('A`)「ブーンさん…俺は生きるよ。生きて、仕事探して、母ちゃん一人は養える男になる」
- 23 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:54:43 ID:PEgUgA5gO
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ブーンという体で現世に戻ってみて、始めてわかった。
自分は生きてていい。自分には生きる資格がある。
過去と向き合う決意も、これからを見据える勇気も持った。
もう、迷うことはない。
( ^ω^)「ドクオさん…」
('A`)「ああ、生かさせてくれ。もう俺は……」
( ^ω^)「まだですドクオさん。僕の話を聞いてくださいお」
なんだ、とブーンの方を見る。
ブーンはテーブルにあるテレビをつけながら、話を続けた。
( ^ω^)「貴方は覚えてますかお?」
('A`)「?」
( ^ω^)「なぜ、自分が生死の境にいるのか」
- 24 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:55:45 ID:PEgUgA5gO
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どくん、と心臓が跳ね上がる。
何故自分は死にかけている?
何故、こんなところにいる?
思い出してはいけない気がする。
( ^ω^)「これはドクオさんが此処にくる直前の意識を、映像として具現化させたものですお」
テレビの画面に目を向ける。
そこには、見慣れたドクオ自身の部屋と、いつものパソコンの画面。
その日、ドクオはネットゲームに精を出していた。
( ^ω^)「……」
- 25 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:57:29 ID:PEgUgA5gO
-
不意に、ドクオの部屋のドアが開いた。
そこには、俯いたままのドクオの母親の姿がある。
『…ノックくらいしろよ』
吐き捨てるように呟き、視線をまたパソコンに向ける。
途端、視界が大きく上下し、キーボードに赤い何かが垂れた。
『…母……ちゃ…?』
J( 'ー`)し『お別れよ、ドクオ』
真っ赤に染まった包丁を、仰向けに倒れたドクオに向かって振り下ろす。
何度も。何度も。何度も。
自分を育ててくれた母親が、自分の返り血で、その服や顔が赤く塗られていく。
- 26 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:58:43 ID:PEgUgA5gO
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J( 'ー`)し『あんたが憎かった。この十数年間、あんたをいつ殺してやろうか毎晩考えていた』
それでも、包丁を振り下ろし続ける。
血に紛れて、赤い塊も飛び出てくる。
J( 'ー`)し『父さんが死んで、家が苦しくなって、逃げ出したいほどの苦痛。それでもへらへら生きてるあんたが、何よりも憎たらしかった』
視界がかすみ、暗闇が包み込む。
『あんたが父さんを殺したのよ』
テレビの画面は、そこで切れた。
──
- 27 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/15(月) 23:59:35 ID:PEgUgA5gO
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──
( A )
思い出した。思い出してしまった。
何故、ドクオは生死の境に存在しているのか。
あの時、包丁で何度も刺されたのだ。
愛してくれていたはずの、実の母親に。
( ^ω^)「さあ、選択の時ですお」
ブーンの目が、真っ直ぐドクオに向く。
( ^ω^)「鬱田ドクオさん。貴方はどっちを選びますかお?」
( A )「……」
- 28 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/16(火) 00:00:40 ID:HGuDyyWAO
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( ^ω^)「現世に戻って生きますか?それとも…」
( ^ω^)「そのまま、死にますか?」
命の選択の時。
小さく唇を震わせた途端、ドクオは白い光に包まれ、部屋から消えた。
( ^ω^)「……」
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- 29 名前: ◆vVv3HGufzo 投稿日:2011/08/16(火) 00:02:44 ID:HGuDyyWAO
-
──
『先週月曜、市内に住む鬱田ドクオさんが何者かに刺され、病院に搬送された事件で、昨夜未明、鬱田ドクオさんの母親である鬱田カーチャンさんが逮捕されました』
『鬱田容疑者は、部屋に引きこもっていたドクオさんを包丁で刺し、発見者を装って警察に通報』
『その後、警察の任意の取り調べの際に容疑を自白、逮捕されました』
『被害に遭ったドクオさんは、搬送先の病室で、一週間後に死亡が確認されました』
vol.1
「愛は憎しみに変わり、狂気は人に代わる」
終
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