- 80 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:10:50 ID:AQ2yOVC2O
-
目の前の男が憎かった。
理由は特にない。
電車に乗りこみ、ゆっくりと発車したところで、目の前に座る男が無性に憎くなった。
殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。
頭の中にいる「誰か」が叫ぶ。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
頭の中を、「誰か」が蹂躙していく。
- 81 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:11:46 ID:AQ2yOVC2O
-
しかし、頭の中にいるまた別の「誰か」が、必死に引き止める。
殺してはダメだ。
それは私の望むことじゃない。
頭の中で意見が錯綜する。
頭の中で人間が錯雑する。
震える両手が、男の首へと伸びていく。
──
- 82 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:12:41 ID:AQ2yOVC2O
- ●
vol.3
大原ワカッテマス(31歳 自営業)
●
- 83 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:13:33 ID:AQ2yOVC2O
- ──
(;<●><●>)「ここは……?」
( ^ω^)「生と死の境ですお」
気がつくと、ワカッテマスは見知らぬ薄暗い部屋のソファーに座っていた。
状況を把握するために、自分に言い聞かせるように呟くワカッテマス。
しかし、向かいのソファーに座る見知らぬ青年が、淡白な口調でそれに答えた。
それも、何やら妙なセリフで。
(;<●><●>)「生と死の境…?」
( ^ω^)「ええ。ちなみに私、現世媒体師のブーンといいますお」
- 84 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:14:25 ID:AQ2yOVC2O
-
聞いたことのない職業だ。
そんなことより、この青年が最初に発した言葉のほうが、ワカッテマスには非常に気にかかった。
(;<●><●>)「その…もう一度聞きますけど、ここはどこなのですか?」
( ^ω^)「生死の境ですお」
(;<●><●>)「……」
悪い夢だ。
あまりにも寝覚めの悪そうな、そして心地悪い夢。
生死の境ということは、古い表現をすれば三途の川、ということなのだろうか。
いずれにしても、冗談が過ぎやしないか。
(;<●><●>)「真面目に答えてください。私は……」
( ^ω^)「ワカッテマスさんは選ぶことができますお」
必死の反論をすぐさま妨げられた。
口が止まったワカッテマスに対し、ブーンが続ける。
- 85 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:16:53 ID:AQ2yOVC2O
-
( ^ω^)「選択は二つに一つ。現世に戻って生き返るか」
感情のないブーンの目が、ワカッテマスの大きな瞳を捕らえる。
( ^ω^)「そのまま死ぬか」
背筋がゾクリとする。
冗談にしては、やけに重い選択かもしれない。
しかし、こんなもの考えるまでもない。
(;<●><●>)「冗談が過ぎますよ。こんなもの、生きるに決まって──」
- 86 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:17:52 ID:AQ2yOVC2O
-
生きるに決まってる。
この短い台詞が、何故か言い切れなかった。
何故だ。何かがひっかかる。
死にたいわけでは決してない。だが──
( ^ω^)「その選択を、本人が納得いく決定ができるように手伝う。それが僕の仕事ですお」
(;<●><●>)「!」
いつの間にか下がっていた顔が、不意に上がる。
その先には、不気味に顔を歪ませるブーンの姿が在った。
( ^ω^)「ワカッテマスさんには一日だけ現世に戻っていただきますお。ただし…」
( ^ω^)「僕に乗り移った状態でね」
──
- 87 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:18:51 ID:AQ2yOVC2O
- ──
( ^ω^)「さあワカッテマスさん、どこに行きますかお?」
( <●><●>)『……』
ワカッテマスが住み慣れた、のどかな住宅街。
その中に立つブーンに、乗り移ったワカッテマスが呟く。
( <●><●>)『…私の家までお願いします』
( ^ω^)「わかりましたお」
その住宅街のほぼ中央に位置する通りに、ワカッテマスの住居はある。
二階建ての細長い家。
一階は手作りのパン屋で、二階が住居となっている。
実家のパン屋を受け継ぎ、立派な職人として働いているワカッテマス。
しかし、いざそのパン屋に着くと、まだ昼前だと言うのにシャッターが閉じられていた。
- 88 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:20:27 ID:AQ2yOVC2O
-
( <●><●>)『おかしいですね…』
怪訝そうな声が思わず漏れる。
聞き返したブーンに、ワカッテマスが続ける。
( <●><●>)『ウチは基本的に無休なんです。何か特別な日でもない限り…』
( ^ω^)「そうなんですかお」
( <●><●>)『お手数ですがブーンさん、二階に上がってくれませんか』
( ^ω^)「了解ですお」
ワカッテマスの指示のもと、店の裏から階段で二階に上がる。
小綺麗な扉の前に立ってチャイムを鳴らすと、初老の男性がやけに警戒しながら出てきた。
- 89 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:21:41 ID:AQ2yOVC2O
-
( ゚д゚ )「…どちらさん?」
ひどくやつれた顔で出迎えた男。
ワカッテマスの父親であることは容易に想像できた。
( ^ω^)「はじめまして大原さん。僕はワカッテマスの友人のブーンといいますお」
( ゚д゚ )「ワカッテマスの…」
ワカッテマスに似た大きな目で、ブーンの姿をじろじろ眺める。
途端、警戒心の表れた張り詰めた顔が解け、「入んな」と中へすすめた。
──
- 90 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:22:52 ID:AQ2yOVC2O
- ──
( ゚д゚ )「いやね、ここんとこ嫌な来客が多くて困ってるんだ」
ブーンに茶を淹れながら、朗らかに喋る。
一階の店を閉めているのも、その来客が多すぎて商売にならないからだという。
ワカッテマスの父親──ミルナが茶を置き、ブーンにすすめる。
何度か頭を下げながらそれを受け取り、ブーンはミルナに「客」について聞き返した。
( ゚д゚ )「…警察やらマスコミやら、そんな奴らだよ」
( <●><●>)『え?』
警察、マスコミ?
そんなものが何故家に来るんだ。
ワカッテマスが訴えかけるも、ミルナには無論伝わっていない。
ミルナは溜め息をつくと、目を伏せながら語り出した。
- 91 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:23:42 ID:AQ2yOVC2O
-
( ゚д゚ )「アンタもあいつの友達なら知ってるだろう?」
大きな目が、ブーンと向き合う。
( ゚д゚ )「…あいつの病気を」
(;<●><●>)『病気?』
なんだ。何の話だ。
そこまで深刻になるほどの病気など、かかったことがない。
( ゚д゚ )「普段は良い息子なんだ。妻が死んだ時、俺とアルバイトの連中だけじゃ店は無理だろうって、わざわざ実家に戻って店を継いだ」
( ゚д゚ )「家族想いの優しい息子さ。俺にゃ勿体ないくらいだ」
( ゚д゚ )「…"普段"はな」
- 92 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:24:32 ID:AQ2yOVC2O
-
普段。
ミルナが強調するこの単語が、何か得体の知れない恐怖をワカッテマスに植え付ける。
全く自覚のない「病気」と、身に覚えのない「普段と違う自分」。
寒気がする。
一体何の話だ。
( ゚д゚ )「あいつに罪はねえんだ。むしろ……」
話を続けようとしたミルナの口が止まる。
( ゚д゚ )「……いや、これ以上あいつの話をするのはよそう。気の毒だ」
( ^ω^)「わかりましたお」
- 93 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:25:48 ID:AQ2yOVC2O
-
( <●><●>)『……』
その後は他愛のない雑談が続き、暫くの後にようやく家を出た。
陽が傾きつつある。
( <●><●>)『ブーンさん、私の体がある場所に行ってくれませんか』
( ^ω^)「はいですお」
自分がなぜ生死の境にいるのかは覚えてないが、自分の体を見ればなんとなくわかる気がした。
ブーンはその場でタクシーを捕まえ、市立の病院へと向かった。
──
- 94 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:26:46 ID:AQ2yOVC2O
- ──
病室に入ると、ワカッテマスは自分の体を見て絶句した。
自分がこうなった理由は思い出せないが、それにしても酷い。
(;<●><●>)『……』
首を強く絞められたのだろうか、その首には大袈裟なまでの包帯が巻かれており、顔色が悪い。
呼吸も苦しそうだ。
憶測に過ぎないが、記憶にないということは、恐らく突然首を絞められたのだろう。
自分じゃない「誰か」に。
- 95 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:27:54 ID:AQ2yOVC2O
-
( ^ω^)「…ん?」
ふとブーンが歩き、ベッドの横にある紙を手に取った。
どうやら新聞の切り抜きのようだ。
( ^ω^)「ワカッテマスさん、これ…」
大きく枠の取られたその記事には、電車内で急に首を絞められるという事件が書かれていた。
その犯人は──
( <●><●>)『え?』
──大原ワカッテマス。
- 96 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:28:40 ID:AQ2yOVC2O
-
「え?」
頭の中で、誰かが声をあげる。
誰だ。
頭の中にいるお前は誰だ。
( <○><○>)
誰かがワカッテマスの目を、脳を覗き込む。
お前は、誰だ。
──お前は私じゃない。
──そして私はお前じゃない。
私の名は。
大原──
- 97 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:29:34 ID:AQ2yOVC2O
-
( ^ω^)「ワカッテマスさん」
(;<●><●>)「!!」
ブーンの呼びかけに、はっと顔を上げる。
すっかり赤くなった空を指差すブーン。
もう戻る時間だ。それを認識した途端、ワカッテマスの意識はあの薄暗い部屋に戻っていった。
──
- 98 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:30:25 ID:AQ2yOVC2O
- ──
( <●><●>)「ブーンさん…」
薄暗い部屋の中に座る二人。
ワカッテマスは何か腑に落ちないような、すっきりしない顔を下に向けた。
( <●><●>)「生きるか死ぬか、私に選択権があるわけですよね?」
( ^ω^)「ええ」
( <●><●>)「いろいろとすっきりしないことがありましたが…私は死にたくはないです」
( ^ω^)「……」
人間として当然の選択。
しかし、それでもワカッテマスの顔は晴れない。
- 99 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:31:38 ID:AQ2yOVC2O
-
( ^ω^)「ワカッテマスさん」
顔を上げる。
ブーンはテレビをつけながら、説明口調で続けた。
( ^ω^)「…今から流れる映像は、ワカッテマスが此処に来る直前の記憶ですお」
( <●><●>)「直前の記憶……」
そうだ。それならわかる。
事件の謎も、恐らく父親が言っていた「病気」の意味も。
食い入るように画面を見つめる。
映像は、電車に入っていくところから始まった。
- 100 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:32:24 ID:AQ2yOVC2O
-
座席の埋まった車内。
仕方なく吊革を掴み、電車が動くのを待つ。
途端、小さな音声がその映像に加わった。
聞き覚えのある声。
…いや、これは自分の声だ。
(;<●><●>)「ぶ、ブーンさん!音量を上げてください!早く!」
( ^ω^)「はいですお」
テレビの音量を上げ、再度映像に食いつく。
途端、ワカッテマスの目つきが変わった。
- 101 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:33:31 ID:AQ2yOVC2O
-
『殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる』
『憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い』
( <○><○>)「なあーんだ…」
ソファーに深く座り直し、ワカッテマスが呟く。
( <○><○>)「いつものことじゃねえか」
そう、いつものことなのだ。
止むことのない殺意。
それだけを糧に生きてきた。
別に珍しいことじゃない。
目の前に座る男が憎らしく、どうしようもないくらい、殺したくなっただけ。
- 102 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:34:24 ID:AQ2yOVC2O
-
映像の中で、ワカッテマスが吊革から手を離し、両手を伸ばす。
目の前に座る男の首に、手が伸びていく。
( <○><○>)「そうだ、殺せ!早く殺せ!!」
その映像に、まるでスポーツ観戦をするかのように、声を上げるワカッテマス。
『ダメだ』
( <○><○>)「!」
ワカッテマスの動きが、ピタリと止まる。
部屋の中で、映像の中で。
『殺してはダメだ。それは私の望むことじゃない』
- 103 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:35:20 ID:AQ2yOVC2O
-
『黙れ』
ワカッテマスの口から、二役の声が流れていく。
『止めるな。それ以上余計な口を出したら……』
『お前を殺す』
(;<●><●>)「やめろ!!」
映像の中で、ワカッテマスの両手が、目の前の男を締め上げた。
一斉に周りの乗客が何かを叫び、ワカッテマスを抑える。
- 104 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:36:15 ID:AQ2yOVC2O
-
『ああ、あああああ!!!』
周りの手をほどき、自らのズボンからベルトを外し、それを首に巻き付ける。
周りの乗客が、またもワカッテマスを抑えにかかる。
天井や乗客の姿がかすれていく。
映像は、そこで終わっていた。
( ^ω^)「…ワカッテマスさん」
呆けた顔で、目だけをブーンに向ける。
( ^ω^)「あなたの病気は……」
- 105 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:37:28 ID:AQ2yOVC2O
-
( <●><●>)「わかってます」
自分でも驚くほどの落ち着いた声が、ブーンを制する。
( <●><●>)「二重人格症状、ですね」
二重人格。
父親のミルナが「病気」と称していた、ワカッテマスの別の人格。
( ^ω^)「二重人格にしては珍しいですお。別の人格を認識していなかったとは」
( <●><●>)「…私も、驚いています」
二重人格に見られる、別の人格の認識や記憶の共有。
それが全く無かったため、ワカッテマスには二重人格の自覚が無かったのだ。
事件の瞬間までは。
- 106 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:38:36 ID:AQ2yOVC2O
-
( <●><●>)「もう一つの私は、ひどく暴力的な男」
まるで自分自身に確認するように、ワカッテマスが呟く。
( <●><●>)「憎悪、殺意、それだけで生きてきた」
( ^ω^)「……」
( <●><●>)「ブーンさん、私は…」
( ^ω^)「その前に、一つ聞きたいのですが」
命の決断。
それを口にする前に、ブーンが疑問を投げかける。
( ^ω^)「あの時、ワカッテマスさんの中で、二つの人格が争っていましたね」
( <●><●>)「ええ…」
- 107 名前: ◆uS/yIRKACM 投稿日:2011/08/31(水) 00:39:42 ID:AQ2yOVC2O
-
( ^ω^)「では、実際に座席にいた人の首を絞めたのは、誰ですかお?」
空気が止まる。
見るものすべてが、止まって見える。
全身から、血の気が引いていく。
(;<●><●>)「ブーンさん──」
(;<○><○>)「俺は──」
すべてを悟り、両手で髪の毛を鷲掴みにしながら、ワカッテマスが小さく呟いた。
直後、ワカッテマスは白い光に包まれていった。
vol.3
「人が死ぬと、人が生きる」
終
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