('A`)ドクオが川 ゚ -゚)八尺様に出会ったようですのう

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:07:23.02 ID:yySogl2H0
(近い将来。僕は、駄目になるかもしれないな)

世界の何処か。
パソコンの前に座るスーツ姿の男性が、真面目腐った表情をして背もたれに背中を預けた。
ぎしりと椅子が軋む。男性は男にしては繊弱な身体付きで、神経質そうな面持ちをしている。

(……)

腕を組みながら、男性は周囲を見回す。彼が住む空間は白く、中空に沢山の文章が浮かんでいる。
彼の胸には、幾ばくかの焦りがある。自分が此処から消え失せてしまうのでは、という焦燥感だ。
時間が経過するにつれて、その焦慮は痛みを増して行く。男性は、視線をディスプレイへと遣った。

『風車館で撮った写真を繋げた動画をうpしたんだが、大して再生数が伸びないでやんの』

チャットに入室している知り合いが、ぼやいている。風車館。屋敷の内部を、動画で観た事がある。
あそこには、幽霊が棲んでいる。正体は分からないが、男性は悪鬼が潜んでいるのに気付いている。
知り合いは憑かれなかったようだが、随分と危険な橋を渡ったものだ。彼は苦笑して、返信をした。

『二番煎じも良いところだからな。それに、静止画じゃ面白くないんだろうね』

『ちぇっ。ああ。バイトでもして、デジタルビデオカメラでも買おうかな』

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:09:49.61 ID:yySogl2H0
たわい無い会話である。男性が入室しているチャットは、怖い話が好きな者が集う場所なので、カテゴリーに沿った会話をする。
それは、夜中の一時を過ぎた頃まで続いたのだった。他の者達は就寝をすると言って、チャットから退室をしていった。
チャットには、男性のみが居る状態である。寂として話し相手が居ない。男性は、誰も居なくなったチャットルームに文章を打ち込む。

 “一昔前に流行した怖い話だが”

まるで独り言だ。キーボードのキーを指で叩く男性は、次第に興奮が高まっていくのを感じた。
遮る者は皆無である。明日、誰かが訪れた時、驚くだろうか。やい。暴走するな、と笑うだろうか。
彼は最後に句点を付けて、文章を書き終えた。楽しかった。自分という存在を知らしめたのだ。

『ねえ。起きているかい?』

ライブメッセンジャーを起動させて男性は、オンライン表示になっている知人に話しかけた。
相手は彼の連れ合いの女性である。男性と女性が交際をし始めて、かれこれ五年ほどが経つ。

『何』

短い言葉が返ってきた。女性はネット上では素っ気無い態度を取る。二人で居る時はもっと表情が豊かなのだが。
そういう性格の人物は、インターネット上に山ほど存在しているが、少しばかりつまらない。

一頻り、目を細めて考えを巡らせてから、男性は静かに両手を動かせた。

『世界を、僕達の色で染めてみないか――』

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:10:12.23 ID:yySogl2H0

           副題:世界を一色に染めようだなんて、胸が熱くなるな。        


6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:11:49.51 ID:yySogl2H0
ノハ*゚听)『ドクオ……』

('A`)『ヒート』

ドクオとヒートの二人は、不埒な欲望を掻き立てる赤い照明で染められた一室に居る。
小学生程度の背丈のヒートが、綺麗なシーツが敷かれたベッドの上で慎ましく座っている。
格好は矢絣着物に緋袴と、旧い服装である。ドクオは彼女へとそっと躙り寄り、口付けを交わした。

ノハ////)『ん……』

淫靡な声が室内に響く。かなりの身長差があるカップルが、これからするのはセックスである。
ドクオがヒートを押し倒して、小さな身体に覆い被さった。彼女は不安げな表情を浮かべる。
青年は紳士なので、その不安を解くのは当然の事である。ドクオは彼女の耳元で囁いたのだった。

('A`)『心配するな。優しくしてあげるから、子作りしようか』

ノハ*゚听)『……うん!』

頷いて、ヒートは緊張をしていた身体を解いた。さて。服を脱いで、脱がせて続きをしよう。
そうしようとしたその時、ドクオの脇腹に強烈な痛みが走った。彼は腹を押さえてもがき苦しむ。
次第に周囲の景色が現実味を帯びてきた。デスク。パソコン。本棚。ドクオは目を覚ました――。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:13:07.95 ID:yySogl2H0
(;'A`)「ハッ!?」

上擦った声を上げて、眠っていたドクオは瞼を開けた。脇腹が痛い。見ると、細い足が蹴っていた。
視線を登らせて行くと、上布団をあちらに蹴飛ばしてしまっているヒートが寝息を立てていた。
彼女に脇腹を蹴られたのだ。ヒートとセックスをする夢を見た。ドクオは悪夢に魘(うな)されていた。

(; A )(律儀に勃起までしてやがる。死にたい)

ドクオはイライラして壁を殴りそうになった。いきり立つ股間を押さえ、彼はヒートに背を向ける。
風車館での冒険から四日が経過しており、紆余曲折があって鬱田家には四人の怪異が住んでいる。
怪異達の中に悪霊が二人居る。クーとハルトシュラー。彼女らにとり憑かれた彼は、淫夢――悪夢を見易いのだ。

('A`)(……)

けったいな体質になったものだ。ヒートが居るお陰で症状は和らいでいるけれど、それでも身体が重く、とても辛い。
ドクオは高校一年生であるが、まだまだ若いのに両肩が凝って仕方が無い。年寄りのそれだ。惻隠の情を禁じ得ない。
しかし、それ以上にドクオは幸せを感じている。不思議な人生の緞帳が、開かれているのである。

('A`)「起きるか」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:13:51.64 ID:yySogl2H0
勃起が収まったドクオは、のそりと上半身を起こした。両腕を上げ、背筋を伸ばして周囲を見回す。
隣に、緋色のパジャマ姿のヒートが居る。その向こう、ベッドでは銀髪の少女がすやすやと眠っている。
黒いベビードールを着たハルトシュラーである。生地が薄く下着が透けていて、とても扇情的だ。

鬱田家は女性の数が増えた。母親を除けば、娘のデレだけだったのが四人も住み始めたのだった。
ただ、クーとハインはあまり姿を見せない。ハインは飯時にふらりと現れるが、クーは滅多に出て来ない。
一人きりを好むタイプだ。常時姿を具現しているのは、ヒートとハルトシュラーの二人だけである。

(*'A`)(黒か)

ハルトシュラーは壁に身体を向けて眠っているので、ドクオの視点からは、鮮明に把握が可能だ。
何をって、下着をです。上布団をどかせて立ち上がったドクオは、彼女の下着をじろじろと眺める。
……表情が締まりの無いものになりかけるがしかし、いかんいかんと、彼は顔を何度も左右に振った。

ドクオはクーの事が好きなのだ。他の女にうつつを抜かしていれば、嫌われてしまうだろう。
好感度は、既に地の底だけれどね。ともかく、一人の女性のみを愛して行かなければならない。純情でなければならない。
目の前の甘美な物に心を奪われてはいけないのだ。寝間着姿のドクオは、パソコンの前に座った。

('A`)「んんん」


14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:18:04.82 ID:yySogl2H0
昨晩、ドクオはあまりの微睡みで電源を切らなかったので、パソコンは起動されたままである。
マウスに触れると、通常の画面へと変わった。モニタの電源が自動に切れるように設定してあるのだ。
モニタには、ドクオが通っているチャットが映し出されているのだが、何だか様子がおかしかった。

('A`)(ありゃ。厨房に荒らされてやがる)

チャットのコメント欄が、意味を持たない文字列で埋め尽くされている。今は学生は夏休みである。
きっと、暇な性質の悪い奴が荒らしたのだ。時折、このような事が起こるので、ドクオは然して驚かない。
タブを閉じて、彼はパソコンの内臓時計で時刻を確かめた。午前十時を少し過ぎたところだった。

今日は何処にも行く予定は無い。ドクオは、一日中家で寛いでいるつもりである。課題など知らん。
彼は背もたれを軋ませて、部屋の様子を確かめた。女性が同居しているので、片付けられている。
少し前までの無秩序さが嘘のようだ。しかしながら、別な意味では秩序が保たれてはいないが……。

後ろの二人はよく眠っている。この四日間で分かった事だが、彼女らの生活ははちゃめちゃで、
決まった時間に起きるという事は有り得ない。特に、ヒートは何時起きるのか分かった物ではない。
口うるさいのが静かなのは、ドクオには嬉しい事である。寝る子は育つと云うし、そっとしておこう。

('A`)(しかし、この部屋は閉塞感がするな。まるで長い説明の合間に挟まれた台詞のようだ)

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:18:45.42 ID:yySogl2H0
ハルトシュラーも起こさないで良いだろう。彼女は何でも一人で出来てしまう、優麗な幽霊である。
子供の集合体のような存在なので、朝に弱いだけなのではないか。寝姿だけは自重して欲しいが。
そうひしひしと感じ、童貞のドクオはモニタへと視線を戻した。どうやって、暇を潰そうかね。

('A`)(久し振りにネトゲでもするか)

ドクオはデスクトップにあるアイコンをダブルクリックした。起動画面が表示され、ログインをする。
彼がプレイしているネインターネットゲームは“ビッパーオンライン”と云い、同時接続数の多いゲームである。
怪談チャットに常駐しているメンバー達を誘って、彼は最初期の頃から遊んでいる。謂わば古参プレイヤーだ。

彼が駆るキャラクターの職業は、騎士(ナイト)である。一キャラしか育てていないのでレベルが高い。
長い期間プレイしているがゆえ、装備も揃っている。名前はハンドルネームと同じ、“暗黒大帝”だ。

さて。ビッパーオンラインは3Dでファンタジーな世界観なのだが、職業に設定が存在している。
ドクオが扱う騎士の場合、王国に忠義を尽くし、民(NPC)をモンスターから守るという設定である。
しかし、ドクオの騎士は違う。プレイヤーキルを平気で働くし、女性キャラクターのみしか守らない。

――このナイト。ノリノリである。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:19:46.90 ID:yySogl2H0
……ドクオは、チャットのメンバーを率いるギルドマスターだ。どうにも頼りなくはあるが。
前回登場した“おっぱい”、“茂良らー”、“S.T.R”という名前のメンバーが接続率が高い。
ドクオと彼らとは、怪談のチャットを通して知り合い、随分と親密な関係にまで発展している。

“おっぱい”。彼はドクオと同い年であるらしく、一等仲が良い。女性の胸が好きだそうだ。
ネットゲームでは“乳房”という名前で活動しており、サーバ内で最もBANに近いウィザードである。

“茂良らー”。本名をハンドルネームにしていて、落ち着いた物腰の人物だ。器量も良い。
年齢が相当上なのではないかと、ドクオは踏んでいる。ゲーム内でも同じキャラクターネームだ。
ドクオは彼から本人が写った画像を貰った事があるが、整った顔付きをしていて好青年風であった。

“S.T.R”。彼は謎が多い。どうやら、日本人では無いらしい。その癖、オタク趣味がある。
鬱陶しい友人が居るらしく時々愚痴るが、彼と喋る度、ドクオは日本のオタク文化を誇りに思う。

以上が、接続率の高いメンバーである。朝から誰か居ないものかと、ドクオは接続を確かめる。

('A`)(ジョルジュが居るな。朝っぱらから何をしているんだ。コイツ)

ドクオは友人の存在を確認すると、チャット欄に文章を打ち込み始めた。まずは挨拶である。
何時如何様の時でも、挨拶はしないといけない。人間関係を円滑に築くには必要不可欠なのです。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:21:16.08 ID:yySogl2H0
暗黒大帝:乳房。おはよう。こんな時間から狩りか? 怠惰な夏休みを送っているな。

乳房:お前にだけは言われたくねえよ。おはよう。俺は昨日の夜中から狩りをしている。

                                        ”



凄まじい精神力だ。朝から晩まで休まずにネットゲームをする人間が居るが、ドクオは理解が出来ない。
何百時間もかけて自分のキャラクターの能力を高め、アイテムを収集する。無理無理。一銭の得にもならない。
ドクオはネットゲームは息抜き程度に考えている。どうしても廃人にはなれない性質なのである。良い事だ。




暗黒大帝:チャットが荒らされているワケだが。

乳房:またか。飽きずに。あれ、実は幽霊がやってるんじゃねえの。なんつってな。

                                       ”


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:21:59.57 ID:yySogl2H0
('A`)(幽霊ね)

以前ならば失望と共に失笑をしていたところだが、今のドクオは違う。同意してしまいそうになる。
ヒートがチャットを荒らしている姿を想像をしても、おかしくはない。おかしくはないのである。
もしかするとおっぱい――ジョルジュ長岡と云う本名だそうだが、実は彼がお化けの可能性だってある。




暗黒大帝:んな事があるか。どこぞの厨房がやっているんだ。

乳房:大帝ってさ。草生やさねえから怖いな。……そうそう。昨日、変な物を見たんだが。

暗黒大帝:変な物? 姿形はどう見てもおっさんなのに、おっぱいが付いてたりとかか?

乳房:ちげえwwwwwwwwwネトゲ内でだよ。あれは、四時頃の事じゃったか――。

暗黒大帝:おい。その昔話みたいな語り出しは何だ。

                           ”


21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:25:42.87 ID:yySogl2H0
何か始まりやがった。ジョルジュは、明るい性格だ。所謂、ムードメーカーという奴である。
逐一ボケていないと気がすまない。やり過ぎる場合も間々ある。云ってしまえば、馬鹿なのだ。
それが良い方に作用するかは分からないが、ドクオは彼を気に入っている。陽と陰は惹かれ合う。

ジョルジュが見た“変な物”とは、一体どういう物なのだろうか。ドクオは文章を待つ。




乳房:俺らの溜まり場の隣のマップがあるじゃん。浜辺になっているところ。

暗黒大帝:ああ。次のアップデートで、あそこから新ダンジョンに繋がるらしいな。

乳房:そうそう。んでさ。昨夜、沖の方に見えたんだわ。

暗黒大帝:死兆星が?

乳房:アホか。真面目に聞け。あのな――霞がかった巨大な城が、一瞬だけ見えたんだよ。

暗黒大帝:嘘乙。

          ”

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:26:59.51 ID:yySogl2H0
ジョルジュが云うには、深夜に海岸のマップで狩りをしている中途、沖に巨城を視認したらしい。
それは一瞬だったそうだ。呆然として、気付けば城は消えていたと云う。とても胡散臭い話である。
きっと、担ごうとしているのだ。それか、友人は寝惚けていたのだと、ドクオは推測する。




乳房:あ、さては信じていないですね? 良いんだ。良いんだ。別に信じて貰わなくても。

暗黒大帝:まだ何も言ってないが。あ、ちょっと待ってくれ。

                              ”

背後で布生地が擦れ合う音が聞こえたので、ドクオはジョルジュに告げてから後ろへと顔を向けた。
ハルトシュラーが身体を起こして、彼を真っ直ぐに見ている。従って、二人の視線が衝突する。
ネックレスに施された小さな木箱が、胸元に垂れている。敗北を喫した彼女の力は弱まっている。

('A`)「おはよう」

jl| ゚ -゚ノ|「……」

ハルトシュラーは挨拶を返さずに、部屋を出て一階へとていった。ドクオは両肩を竦める。
丁寧に挨拶を交えるのは善人のみで、悪霊は範疇に収まらないのだ。マイペースな者共である。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:28:17.05 ID:yySogl2H0
彼女は綺麗好きなようだから、シャワーを浴びに行ったのだろう。女性が居ると窮屈なので助かる。
とりわけ、彼女は露出の多い格好ゆえ、ドクオは性欲を押し込めなくなる。股間が熱くなるな。
ドクオはハルトシュラーの事を妹的な存在としているので、女性と意識をしたくないのである。

見てくれが子供なヒートとハインも妹としている。彼女らを女性とすれば、マジで危ない話になる。
登場している女性の数が随分と多くなっているがつまり、彼が女性として見ているのはクーだけだ。

('A`)(ジョルジュは落ちてしまったか)

顔をモニタへと戻せば、ジョルジュは「そろそろ寝るわ」と文章を残してログアウトしていた。
知人が居るか確かめる為にログインしただけなので、ドクオは同じくログアウトをする事にした。
……小腹が空いた。彼はパソコンの電源を落とし、私服へと着替えてから自室を出たのだった。

('A`)(……)

ダイニングに入ったドクオの目に、テーブルの上に置かれたトーストが映る。彼はパン類が嫌いだ。
ラップがされた皿の前に座る。もはや何も云うまい。ラップを取り、彼は冷めた朝食を食べ始めた。
部屋が不気味なほど静かである。両親は働きに行っている。デレは自室で課題をしているのだろうか。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:29:18.61 ID:yySogl2H0
('A`)(霊能力者ねえ)

晴れて守護霊が憑いたドクオは、鬱田家が属しているという“六道派”に加入する事になったが、
別段感慨は湧いて来ない。霊能力者の集いに入ったから、どうしたと云うのだ。悪霊を祓うのか。

ドクオは、怪奇に遭えるだけで充分である。だがそれは、茨の道へと足を踏み入れんとする事だ。
人間と同様に、幽霊も意思を持っている。ヒートを見て欲しい、彼女はプライドが高い事夥しい。
己が意思を有しているからには、相手にも意思があるのだ。相容れるのは容易な業ではない。

風車館の一件で、それをドクオは心得ている。ハルトシュラーが、本気で殺しに掛かってきた。
あれは恐ろしかったがしかし、今は普通に憑いて来ている。一つ、彼は憧れているものがある。

それは、自分の背後に大勢の幽霊を引き連れるというものである。
漫画やアニメでありそうなシーンだ。それを成し遂げるからには、幽霊を討ってはいけないのだ。
まだまだ若い彼は、夢見がちで甘い思考をしているが、なかなかに意思を曲げない曲者である。

夜中、自分を筆頭者となり幽霊達を連れている光景を想像して、ドクオが悦に入っていると、
階段が軋む音が聞こえて来た。
木造の鬱田邸は建設されてから長い月日が経過しているので、朽ちかけている箇所がある。

二階から降りて来るのはデレかヒートか、はたまたクーかハインか。ドクオは予想を立てる。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:30:12.21 ID:yySogl2H0
ζ(゚ー゚*ζ「おはよう。お兄ちゃん。今日も遅い朝ごはんだね」

('A`)「おはよう。最近、夜中まで課題をやってて仕方が無いんだ」

ζ(゚、゚*ζ「嘘ばっかり」

ダイニングに姿を見せたのはデレだった。ヒートだと思っていたドクオは、ボッシュートとなります。
考え直せば、ヒートがやって来るならばもっと騒々しい筈である。浅はかな予測だったのだ。
デレは冷蔵庫を開けて、冷えた烏龍茶が入ったペットボトルを取り出し、蓋を開けて飲んだ。

('A`)「デレは夏休みの課題をやっているのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうだったんだけど、さっき電話がかかって来て遊びに誘われちゃったの。
      友達の家、ちょっと遠いところにあるから帰りが遅くなりそうでさ」

言葉を区切って、デレはペットボトルを冷蔵庫に仕舞った。妹は極々普通の洋服を着ている。
目立った服装を好まない。肩掛け鞄を掛けている事からして、今から友達の所へと行くのだろう。

ζ(゚、゚*ζ「あたし、お母さんから御使いを頼まれているの。掃除機の集塵袋。
      電気屋さんにあるんだって。……お兄ちゃん、代わりにお願い出来ないかな?」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:31:02.74 ID:yySogl2H0
この暇そうな兄なら頼まれてくれる。デレは可愛いだけではなく、強かさも持ち合わせている。
というか、四人の妖怪を同時に始末してしまった経歴があるので、驚くべき事でもないだろう。
可愛らしい妹だ。デレの本心には気付けず、ドクオは破顔して御使いを代わってあげるのだった。

('∀`)「良いぜ。どうせ暇だしな。家でじっとしていたら、体力が落ちてしまいそうだ」

ζ(-、-*ζ(やっぱり)

デレは、母親から預かっていた二千円と、集塵袋の型番が書かれたメモをドクオへと手渡した。
「御釣りは自由にして良いらしいよ」と伝えると、ドクオは大いに喜んだ。頼りになる兄である。

暫くして、デレは出掛けていった。ドクオも使い終えた食器を片付け、外出の準備をする。
準備と云っても、ショルダーバッグを取りに自室に戻っただけだ。頭髪なんて整える必要は無い。
ドクオが玄関で靴を履いていると、背後にハルトシュラーが寄った。気配に気付き、彼は振り向く。

('A`)「どうした? 一緒に来るのか?」

jl| ゚ -゚ノ|「うむ。私(わたくし)は、小説を執筆せねばならない。そこに理由等は無い。
      原稿用紙が在り、筆が在るから書くのである――ドクオ君は異常事態を好むようだ。
      君の後行かば、知識の会得に困る事は無さそうだ。つまり、ネタを作ってくれる」

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:32:45.08 ID:yySogl2H0
('A`)「そう」

歩くネタの宝庫みたいに云われたドクオは、がっくりと肩を落とした。まあ、その通りだが。

jl| ゚ -゚ノ|「そうだよ」

自分が棲んでいた風車館に迷い込んだ彼は、あまり動じなかった。むしろ、好奇心を滾らせていた。
その事から鑑みて、ドクオが多少狂った人物だとハルトシュラーは見ている。強ち外れてはいない。
この人間に憑いて行けば、必ずやトラブルに遭遇する。よって、彼女は外出を共にしたいのだ。

('A`)「今日も暑いな」

玄関扉の鍵をかけたドクオは、燦々と燃え上がる太陽を仰いだ。日光がじりじりと地面を焼いている。
灼熱地獄の中を歩かなくてはいけないのか。「うへえ」と呟いて、ドクオは足を動かせ始めた。
ハルトシュラーは黒い日傘を差して続く。ゴシックドレスも黒いので、上から下まで黒尽くめである。

('A`)「ハルティは、そんな格好で暑くないのか?」

jl| ゚ -゚ノ|「死ねば涼しくなれる。ドクオ君も、試しに涼しくなってみるか?」

('A`)「なにそれこわい。遠慮しておく……

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:34:23.19 ID:yySogl2H0
ドクオ達は歩く。ハルトシュラーは慎ましくドクオのやや後ろを歩いているのだが、異様な光景だ。
何もかも、彼女の服装の所為である。やはり、炎天下に黒くふりふりとした特殊な服装は似合わない。
顔見知りと出会ったら、どう説明しようか。考えていると、ふとハルトシュラーが立ち止まった。

jl| ゚ -゚ノ|「あれ。あれを見繕って欲しい。なあに。種類はどれでも好い」

('A`)「あれって」

ドクオが振り返れば、ハルトシュラーが指を指していた。その示す先には一軒の駄菓子屋がある。
いや。正確にはアイスクリームの冷凍機を指している。彼女はアイスクリームが食べたいのである。

前にも述べたが、幽霊達は食料を補給しなくても生きて行ける。(既にこの世の者ではないが……)
但し、欲望はあるのだ。アイスクリームが食べたいと云ったら食べたいの! そういう事である。
ハルトシュラーは極めて気難しいが、子供っぽいところがある。ドクオは駄菓子屋へと寄った。

jl| ゚ -゚ノ|「ふうん。目一杯あるな。私は世俗に疎い。流行っている奴を選んでくれ」

(;'A`)「世俗」

アイスクリームに大げさな。とは云えども、冷凍機には沢山の種類のアイスクリームが収納されている。
どれを選んだものだろう。以前、ヒートが「アイス通はスイカバーを選ぶ」と宣りたまっていた。
うん。彼女の云った通りにしましょう。ドクオはスイカバーを取り出して、駄菓子屋の中へと入った

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:35:01.25 ID:yySogl2H0
('A`)「すんませーん。おばちゃん、これ欲しいんだけど」

ドクオが低い声で挨拶をしたが、誰も居なかった。店内は電気が消されており、薄暗くなっている。
ちゃぽん、と蛇口から滴る水の音が聞こえる。今度は大き目の声を出したが、彼への返事は無かった。
まるで、世界から人が消え去ったかのような寂寥感が漂っている。つまり、異質な感じがするのだ。

jl| ゚ -゚ノ|「不在。ドクオ君は俄かに怪異を期待しているのだろうが、単なる人間の不在だよ」

('A`)「んんん。お金とメモを残して行くか。昔、度々そうしていたから大丈夫だろう。
    おばちゃんもそれで良いと言っていたし。法律的にゃあ、どうなのかは分からんがね」

ドクオは、駄菓子屋のおばちゃんの広量さに甘える事にした。小さなメモ帳に商品名を記して、
破り取った紙切れとお金をカウンターの上に置いておく。お駄賃があるので、懐は痛くない。

jl| ゚ -゚ノ|「……?」

ドクオの動作を眺めていたハルトシュラーが、横目で店外へと視線を遣った。ふと気配を感じたのだ。
人間の気配ではない。微量の幽鬼の気配である。霊能力に開眼したドクオも、はたと身体を翻した。
しばし、二人が注目していると、一人の女性が右から歩いて来た。その女性は珍奇な格好であった。

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:35:44.56 ID:yySogl2H0

    __
  ヽ|__|ノ    モォ
  ||‘‐‘||レ   _)_, ―‐ 、
  /(Y (ヽ_ /・ ヽ     ̄ヽ
  ∠_ゝ  ` ^ヽ ノ.::::::__( ノヽ
   _/ヽ      /ヽ ̄ ̄/ヽ


(;'A`)「なん……だと……」

カウガールチックな服を身に纏った女性が、牛を引き連れている。つーか、カウガールだろ、アレ。
ドクオは眩暈を起こしそうになった。正体は不明ではあるが、一瞥しただけで女性が妖怪だと分かる。
だって、彼女が放つ雰囲気が証明しているのだから。たじろぐドクオは、女性と視線が合ってしまった。

(;'A`)(やべ)

ノリ ‘‐‘)「うん?」

立ち止まり、女性は小首を傾げてドクオを眺める。物珍しいものを見付けた表情をしている。
やがて女性は、左手に握っていたリードを手放し、さささと駆け寄ってドクオとの距離を詰めた。
殺される――。そう心底肝を冷やしたドクオだがしかし、女性は意外な行動を取ったのだった。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:36:51.16 ID:yySogl2H0
(;'A`)「あの……」

ノリ ‘‐‘)「これはこれは」

胸ポケットから虫眼鏡を取り出して、女性はドクオの顔を背伸びをして真下から確認している。
身体が密着しているのだが、女性は胸が豊満な為、ドクオのドクオが反応してしまいそうになる。
これはいけない。彼は女性の両肩を握って身体から離させた。本当に性的な描写が多い物語ですね。

ノリ ‘‐‘)「あなた。死相が出ているわ。悪霊にとり憑かれている」

('A`)「はあ」

女性は虫眼鏡をポケットに戻して、開口一番に云った。自分には悪霊が二人も憑いているのだ。
そりゃあ、死相の二つや三つくらい出ているだろう。ドクオは髪の毛を掻きながら女性を観察する。

奇天烈なファッションに、栗色の髪。愛嬌の良さそうな顔立ちをしている。そして、巨乳である。
左の耳朶に、蜘蛛を模した趣味の悪い銀色のピアスをしている。年齢は二十歳代前半くらいに見える。
それと、携帯で見ると若干おかしいかもしれない特徴もある。あ、何でもないです。すみません。

殺意は無いようだけれど、女性は何者だろう。はてな。牛を引き連れる妖怪なんて居ただろうか。
ドクオが記憶を手繰り寄せるが、該当する存在は思い浮かばなかった。妖怪の数が膨大過ぎるのもある。
悩んでいるドクオをちらりと見遣って、黙していたハルトシュラーが口元に手を当てて云った。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:37:26.95 ID:yySogl2H0
jl| ゚ -゚ノ|「私には君の本質が視える。これ、鬼よ。貴女(きじょ)は何のつもりだ」

ノリ;‘‐‘)「おんやあ? こちらは」

女性は再び虫眼鏡を出し、眉を顰めてハルトシュラーをねめ回した。頭の頂点から靴の先まで。
何がしたいのだろうか。蹴り上げてやろうかとハルトシュラーが思っていると、女性は立ち上がった。
ふふんと鼻息を漏らし、そうして、両手の指を首元で組んで楽しそうな声色で云ったのだった。

ノリ*>ワ<)「分かった! あなた達は人間と悪霊のカップルなのね! だから死相が出ている」

ドクオとハルトシュラーは顔を見合わせた。カップルなのね。女性の言葉の意味が分からない。
取り敢えず、彼女は鬼であるらしいが温かい人物なようだ。警戒をしなくても大丈夫な気がする。
表情を和らげて、ドクオは女性に敬語で問う。年上で正体不明ゆえ、刺激する口調は止めておく。

('A`)「あの。それで、お姉さんは俺に何か用があるんスか?」

ノリ ‘‐‘)「無いよ。あたしに気付いたから、近寄っただけ。本物の霊能力者は珍しいからね」

現代、本当の霊能力者は少ないのだと女性は答えた。興味を惹かれたからドクオに話しかけたのだ。
女性はホルダーから拳銃を抜き、くるくると器用に回し、ハットの縁を銃口で上げて自己紹介をした。


41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:43:22.69 ID:yySogl2H0
ノリ ‘‐‘)「こんにちは。あたしはカウガール。
      立派な名探偵に成り上がるため、世界を巡る旅をしています」

('A`)「頑張って下さいね」

いかん。マジで意味が分からぬ。名前がカウガールという事もそうだが、懐いている夢もおかしい。
妖怪が名探偵を目指している? 変わった青写真を持った妖怪である。ドクオは頷くだけに留まった。
女性――カウガールは眼前に立っている二人の顔を順々に見てから、拳銃を腰のホルダーに収めた。

ノリ ‘‐‘)「あ。さては、妖怪なのに何を考えているんだって思ってるでしょう?」

(;'A`)「いや。そんな事は無いッスよ。ちょっと珍しいな、って」

ノリ ‘‐‘)「ふうん。まあ、良いわ。探偵と云っても、小説とかで見る探偵とは違うの。
      謎を解き明かし、犯人を炙り出す――其処までは一緒だけど、その後が大きく違う」

('A`)「違う?」

ノリ ´ワ`)「その悪を殺すのよ。あたしは、元々は極悪非道の妖怪と人間に畏れられていたの。
      でも、年を経るにつれ、殺戮に飽いちゃった。今は邪悪を見付け、始末をしているの。
      それも妖怪専門にね。素晴らしい考えでしょう。あたしが人間を守ってあげている」

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:44:47.87 ID:yySogl2H0
(;'A`)(……)

カウガールは両腰に手を当てて、笑顔で強烈な思想をぶつけた。悪人は始末してしまっても良い。
昔は人間を殺し、現在は妖怪を殺戮している。どんなに小さな悪事でも、彼女は逃しやしない。
余程、力量に自信があるのだ。ドクオは何となく敬語で話したのだが、正解だったのかもしれない。

ドクオがハルトシュラーの顔をちらりと見遣ると、彼女は冷淡な表情を浮かべていた。
“とてつもなく下らない話を聞かされた”、とでも云わんばかりの表情である。……そう言えば、
彼女は女性を正体を見破ったらしい。無事にこの場をやり過ごせば訊いてみようと、彼は思った。

('A`)「……お姉さんは、この街で何をしているんスか?」

ノリ ‘‐‘)「さっき云った通り、あたしは諸国を旅しているんだけれどね、この街、おかしいわ」

('A`)「おかしい?」

ノリ ´ワ`)「土地神が不在なの。其処彼処に霊道が通っているし、事件の匂いがします」

カウガールという女性は、笑顔になるタイミングがおかしい。きな臭い場面で一笑をするのだ。
見て呉れの通り、陽気な人物である。そして、非常に妖怪らしい強気な思考回路をしている。
カウガールは菓子屋の外へと出て行く。ドクオとハルトシュラーを徐に彼女の後ろに続く。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:46:03.64 ID:yySogl2H0
ノリ ´ワ`)「つまりは、妖怪や幽霊が集まり易いって事ね。うん。これは殺生のチャンスだわ。
      だから、暫くの間は街に滞在するつもり。町外れの廃病院を根城にしてね」

('A`)「ああ。山の中の病院ッスね」

一昨日、チャットの仲間達が話し合っていた事で知り、ドクオが足を運んだ廃病院である。
あの時は結局、何者にも出くわさなかったのだが、カウガールは出払っていたのだろう。
彼女は手綱を握って休んでいた牛を御し、起こさせた。牛の巨体は近くで見れば圧巻である。

('A`)「ところで、どうして俺にさっきの話を聞かせたんですか」

ノリ ‘‐‘)「うーん」

カウガールは頬に手を当てて、僅かの時間思いを巡らせたあと、微笑んで質問に答えた。

ノリ ´ワ`)「君とは縁がありそうだから、かな。じゃあ頑張ってね。年少の霊能力者さん」

('A`)「あ! 待って下さい」

手をひらひらと振って去ろうとするカウガールを、ドクオが呼び止めた。
彼はショルダーバッグからデジタルカメラを取り出して、にこやかな表情で頼み込んだのだった。

('∀`)「一枚、写真を撮らせて下さい」

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:47:12.25 ID:yySogl2H0
一分後。カウガールの写真を写したドクオは嬉々とした眼差しで、保存したデータを見つめている。
デジタルカメラでカウガールを写した。そう。ドクオは新たな心霊写真を手に入れたのである。
勿論、ドクオに憑いている幽霊達の姿も撮っている。とても大切な、彼のコレクションなのだ。

jl| ゚ -゚ノ|「ドクオ君は呆れた人間だな。心霊写真などを得て、何が愉快なのか」

('A`)「ハルティだって、小説を書いてるじゃん。俺もあれの楽しさが分からん」

jl| ゚ー゚ノ|「ほほう! ドクオ君も中々に云うねえ。正しく、見上げた度胸である」

(;'A`)「笑顔で褒めるのはやめて! 悪霊が笑う時は、碌な事を考えていないんだ……」

カウガールも笑顔で不穏な言葉を口走っていた。しかし、彼女の正体は何だったのだろうか。
今は遠くの景色へと去って居なくなったカウガールの事を、ドクオはハルトシュラーに訊ねた。

('A`)「カウガールはどんな妖怪だったんだ? お前は鬼って言っていたが」

jl| ゚ -゚ノ|「あれは、彼奴は“牛鬼”だ。主に西日本に伝わっている妖怪である」

(;'A`)「マジかよ……」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:48:12.29 ID:yySogl2H0
数々の伝承があるが、牛鬼とは牛の頭を持ち、鬼の胴体を持っているとされる妖怪である。
非常に残忍な性質で、人間共を祟り、数多く食い殺したそうだ。真実に妖怪、といった感じだ。
女に化けるとも云われている。カウガールは仮初の姿なのだろう。本当は化け物の躯である。

ドクオはカウガールがしていたピアスを思い出した。蜘蛛を模した悪趣味なピアスをしていた。
先に牛鬼の姿について書き記したが、牛の頭で蜘蛛の胴体を持っている場合もある。恐ろしい。
ドクオが敬語を使ったのは、正しい選択だったと云えよう。何を考えるか不明な妖怪である。

jl| ゚ -゚ノ|「縁が有るかもしれないそうだ。オカルトマニア冥利に尽きる。好かったね」

('A`)「ははは……はあ。アイスを食ったら? 早くしないと融けてしまうぞ」

Σjl| ゚ -゚ノ|「忘れていた」

それから、ドクオ達は二十分ほどテクテクと歩いて、町外れにある電気店に辿り着いた。
ハルトシュラーはそうではないが、ドクオは汗だくである。自転車で来なかったのを後悔した。
しかし、余った御釣りが貰えるのだ。掃除機の集塵袋なんて、高々五百円くらいに違いない。

jl| ゚ -゚ノ|「大きな建物だ。改変して、迷宮化させたら嘸(さぞ)や面白いだろうな」

('A`)「何を考えている……」

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:49:09.85 ID:yySogl2H0
総合電化製品店は、ドクオが住む住宅街から離れた大通り沿いに建っており、広大な敷地面積を誇る。
彼らが暮らしているビップ市は、決して大きな都市ではないので、果たして採算が取れているのか。
まあ、あると便利なので閉店して欲しくは無い。ドクオ達は自動扉を開けて、店内へと移動した。

(*'A`)「あー、涼しい。生き返るようだ」

店内はクーラーがしっかりと効いていて、暑さで干からびていたドクオの活力が蘇った。
案内図を探していると、ドクオは自分達が店内に居る人間達に注目されている事に気が付いた。
ハルトシュラーの外見の所為だ。銀髪で黒色のゴシックドレスを着ているのだから当然である。

これからハルトシュラーと行動する度に、異質な物を見る視線に貫かれるのだろう。いや、待てよ。
ドクオは憑いている者共の姿を思い返す。長身の女性が一人。和服の子供が二人。変な奴らばかり。
奇妙なのは彼女だけではない。他人に視線を注がれるのが苦手なドクオは、密かにため息を吐いた。

jl| ゚ -゚ノ|「? 案内図なら此方にあるぞ」

('A`)「ああ」

ドクオ達は案内図を頼りに、掃除機が売られているコーナーに来た。集塵袋なら此処だろう。
やがて、ドクオは集塵袋を発見したのだが、大層驚いた。物の値段が予想を上回っていたのだ。
千二百円。掃除機の内部にセットして埃を溜めるだけの物が千円を超えている。ぼったくりか。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:50:43.37 ID:yySogl2H0
('A`)(そうだよな。そうでないと二千円も渡さないよな。漫画一冊分くらいしか御釣りが無いか)

鬱田家の裏の顔は然もあれ、表の顔は平凡なのでお金に関しては甘くない。考えが生温かった。
ドクオは商品を手にとって足早にその場から離れた。一つ、他に見ておきたい物があるのだ。
彼は音楽再生機を売っている場所に訪れる。こういう場所には往々にして、ヘッドホンも売っている。

高価そうなヘッドホンを鹿爪らしい顔で選んでいるドクオに、ハルトシュラーは冷たく云った。

jl| ゚ -゚ノ|「ははあ。アイツに贈ろうと思っておるんだろ。やめておけ。やめておけ。
       アレは受け取る玉ではないし、あの様な腐れ外道に贈ってやる必要も無い」

('A`)(仲が悪ぃな)

座敷童子が加護していたとはいえ、格下に敗れたハルトシュラーは、クーを散々な呼び方をする。
名前で呼ぶ事は無い。この先もそうなのだろう。悪霊と悪霊が睦まじくする光景は想像が難しい。
それはそうと、ハルトシュラーに云われた言葉は正答である。ドクオはプレゼントを選んでいる。

だが、クーが掛けている骨骨しヘッドホンは上等な物と見る。相当に値段が張るのではなかろうか。
ドクオはバイトをしていないので貯金が無い。高価が過ぎる商品は買えないのである。
ふとドクオはセールの対象となっているヘッドホンを発見した。水色の可愛らしいヘッドホンだ。

千九百八十円。ギリギリ許されるかという値段である。これをあげたとして、クーは喜ぶか。
心が篭っているから嬉しいわ。ありがとう。使うわね。……絶対に有り得ない。あったら怖い。
ドクオが逡巡をしていると、不意に声をかけられた。彼が振り返ると、友人が傍らに立っていた。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:51:36.94 ID:yySogl2H0
(´・ω・`)「やあ」

('A`)「おお。ショボンも来ていたのか」

ドクオが、地味な服装をしたショボンと挨拶を交わす。彼は右手にビニール袋を提げている。
ビニール袋にはこの店の店名が印刷されている。何か買い物をしたのだろうか。ドクオは訊ねた。

('A`)「何を買ったんだ?」

(´・ω・`)「今まで使っていたウォークマンが壊れてしまったのさ。ほら。それを買ったんだよ」

そう云って、ショボンは近くにあった売り物を指差した。値段が二万円と表示された商品がある。
彼の家庭は裕福なので、親にお金を出して貰ったのだろう。ドクオはとても羨ましく思った。

(´・ω・`)「それよりも」

言葉を区切って、ショボンがハルトシュラーをちらちらと視界に入れた。彼女が気になっている。
風車館の事件の際、ショボンは暢気に眠っていたので、事件を実行した人物を見た事が無い。
これが初めての出会いである。――ショボンは、ハルトシュラーに会いたくて仕方が無かった。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:52:25.86 ID:yySogl2H0
四日前。無事に風車館から抜け出したあと、帰りの電車に乗っている時に、ショボンは呟いた。
「僕も見たかったなあ」。極めて悔しそうな風の彼を見たドクオは、疲労困憊ながら吃驚した。
ショボンはオカルトになんて全く興味が無いと思っていたからである。

ブーンとツンは懲り懲りとしていて、金輪際、肝試しになんてついて行かないと云っていたが、
ショボンは是非にお供になろうなどと申し出た。普段は現実的な彼が見せた、意外な一面だった。
とまれかくまれ、オカルト嗜好の人間が身近に増えたのは、ドクオにとって喜ばしい事である。

(´・ω・`)「ハルトシュラーさん、よろしく」

ショボンはハルトシュラーに手を差し出した。目を細めて考えてから、彼女は出された手を握る。
握られると次第に、ショボンの手の体温が急速に奪われて行く。耐えかねて、彼は手を離した。

('A`)「こいつら、側に居るだけで冷やされるからな。あまり触れない方が良いぜ」

人を冷房機みたいに。ハルトシュラーが緑の眼球を動かせて睨むが、ドクオは上の空である。
幽霊の心など露ほども知らない彼は、今日はずっと暇なので、ショボンを遊びに誘うとした。

('A`)「これから遊ばないか? この前、心霊スポットに行きたいって言っていただろ。
    次は何処に行こうかと考えているんだが、一緒にあれこれ探してみようぜ」

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:53:26.65 ID:yySogl2H0
(´・ω・`)「ごめん。昼から用事があるんだ。伊藤さんに誘われててね」

('A`)「そうか」

伊藤とは、ショボンが交際をしている少女である。彼女は隣町の私立高等学校に通っており、
ショボンが中学生の頃に通っていた学習塾で知り合ったそうだ。ドクオは幾度か会った事がある。

地味な少女。嫉妬深いドクオだが、二人に対しては何も思わない。ひっそりとした交際だからだ。
ブーンとツンみたく、不意に目の前で接吻を繰り広げる性質ではない。それは、良い事柄である。
そりゃあ、逢瀬(おうせ)の時は熱い抱擁をしているかもしれないが、表面に現れないのは肝要なのだ。

女性との受難が予想される、ドクオにとってはね。

(´・ω・`)「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。今度、他の人達にも会わさせてくれよ」

('A`)「ああ。約束をする。それじゃあな」

ドクオはショボンと別れた。店外へと出て行くショボンを見終えてから、彼はヘッドホンを取った。
女性の心を意識するなど、下心やつまらない感情は捨てて、ただプレゼントを贈るだけにしよう。
それならきっと、受け取ってくれる。満足した面持ちでレジへと向かおうとすると、異変が起きた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:54:54.97 ID:yySogl2H0
(;'A`)「な、なんだあ?」

突如として、店内の全ての明かりが消えたのである。停電。真っ暗で、一寸先の景色が見えない。
店員や客のざわめき声が聞こえる。慌てつつも、ドクオはすぐに復旧するだろうと考えていたが、
一分程が経過しても電気が点かない。暗闇を見回していると彼は、明かりがある一角を見付けた。

ノートパソコンが展示されたコーナーだ。内臓されているバッテリーで、起動を保っている。
おっかなびっくりに、ドクオがそちらへと近付く。光が在る方が、人間は安心が出来るものである。
液晶画面を見れば、ブラウザが立ち上げられており、一つポップアップ広告が表示されていた。

何の気なしにドクオはタッチパッドを操作して、広告を閉じた。それと同時、店内の照明が復旧した。
一体、どうして停電したのだろう。今日は晴天で、雷を伴う豪雨は降っていない。原因が不明だ。
彼が腕を組んでいると、いつの間にか眼前の長椅子に腰掛けているハルトシュラーが口を開いた。

jl| ゚ -゚ノ|「今のは中途に寄った駄菓子屋の時とは違い、誰か、幽霊が近くを過ぎった現象である」

('A`)「何?」

付近に幽霊が居たようだ。視界の黒さに気を取られていて、ドクオは気配を察知が叶わなかった。
肖像画のヒートの時のように、人間を驚かせる悪戯をしただけだろうか。彼は視線を横に向ける。
そこには、先程彼が操作したノートパソコンがあった。コンパクトで持ち運びが楽そうな機種だ。

側のチラシに、“回線の速度をお試しください”と太く赤い文字で書かれている。回線の宣伝だ。
だから、インターネットに繋がっていたのだ。今時、ポップアップ広告が表示されるなんて珍しい。
こちらは人間の悪戯か。ドクオは気分的な問題で、広告が開かなくなるように設定をしておいた。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:56:24.15 ID:yySogl2H0
jl| ゚ -゚ノ|「早く引き上げよう。私は草臥れている。昼間の光の中は、動き難くていかん」

('A`)「えっ。自分がついて来るって言っておいて、なにこのわがままな子」

jl| ゚ -゚ノ|「子供は何をしても許して貰えるのだ。それが例え、悪逆の災禍だとしても」

('A`)「いやいや……。他のご家庭ではそうかもしれないけど、鬱田家では絶対に許しませんから」

とは云ったものの、ドクオも多少疲れていた。授業以外でスポーツをしない彼は、あまり体力が無い。
ただ背が高いだけの青年である。ハルトシュラーと同様に、早々に家に帰って身体を休めたかった。

('A`)「ふう。さっさと物を買って、家に帰るか。お前は小説を書きたいんだろう」

jl| ゚ -゚ノ|「うむ」

ドクオはレジで清算をして、帰路に就こうとする――がしかし、弱った事に小雨がぱらついていた。
来る時は、あれだけ夏の猛暑を見せ付けていたのに。自動扉を出た二人は、呆然と立ち尽くした。
潔癖なハルトシュラーは、鈍色の空を煩わしそうに見上げている。ドクオは肩掛け鞄を開けた。

('A`)「これ。一本しかないけれど、お前が使ってくれ。俺は濡れても良いし」

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:57:51.31 ID:yySogl2H0
ドクオは、ハルトシュラーへと一張の折り畳み傘を手渡した。
廃墟を訪れた際に、突然の雨に身を打たれないよう、彼が常日頃から鞄に入れている傘である。
彼女は手首に日傘をかけ、折り畳み傘を広げた。そして形の良い目を細め、得意げな表情をする。

jl| ゚ー゚ノ|「ふん。忝(かたじけな)い。今後も、私を恐れ、畏れ続ける事だな」

('A`)「へへえ。大悪霊たる、ハルトシュラー様の良い通りに扱われますって」

そうして二人は歩き始めた。まだまだ降雨は弱弱しいので、地面が水で染まってはいない。
天からの光が雲に遮られ、灰色に陰っている大通りを彼らは進む。心成しか、人や車の通りが少ない。
デジタルカメラが鞄の中にあるので、雨が強くなっては具合が悪い。ドクオは少しだけ早足になる。

jl| ゚ -゚ノ|「雨が気になるのなら、傘を返してやろうか? 私は姿を消せば好いのだし」

('A`)「別に良いよ。……姿を消せば濡れないのか。どういう仕組みになっているんだ」

jl| ゚ -゚ノ|「うん。幽霊が姿を現すという現象には、大雑把に分けて三つのパターンがある。
       一つは、霊能力者以外の人間が、幽霊を視る事が適わなくなるという現象である。
       大体の怪異は、此方の状態が多いね。人間を襲う時しか姿を現さないのだ。
       もう一つは、霊能力者すら察知されなくなる状態。同様の存在でしか気付けない。
       消滅に近く、存在が希薄になる。森羅万象の影響を一切、その身に受けなくなる。
       但し、襲う事が不可能になる。不便利ゆえ、普通の精神を持した幽霊なら前者を選ぶ。
       そしてもう一つは簡単簡雅。誰にでも見える状態である。一般人にも見える」

('A`)「ふうん。つまり、クーとハインは存在感が薄い状態になっているワケか」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:58:38.63 ID:yySogl2H0
jl| ゚ -゚ノ|「そうだね。アイツらなら、君が自宅を出た時からずっと後を付けていたよ。
       今は電気屋に居残ったままだがね。何やら、商品を物色するのに忙しくなった様だ」

(;'A`)「へ」

贈り物を選んでいるところを、クー達に見られていたのか。気恥ずかしさで、ドクオは萎縮する。
何故だか、クーと顔を合わせ辛くなった。純朴な青年は気持ち悪く頬を朱に染めて、足を動かせる。
彼に沸々と照れ臭さが湧くので、クー達の穏やかでない行動を示した言葉は有耶無耶になった。

jl| ゚ -゚ノ|「……ん」

ふとハルトシュラーは足を止めた。傘で表情を覚られないように隠して、ちらりと後ろを向く。
電柱の影に、黄色の傘を差した少年が居る。少年も傘布で顔を忍ばせている為、人相を窺えない。
束の間、沈黙をしていたハルトシュラーは前を向き、早足になって先を行くドクオと肩を並べた。

jl| ゚ -゚ノ|「ドクオ君に朗報がある。君、今正に悪霊に命を狙われておるよ」

(;'A`)「全然朗報じゃねえええ! ……何処に居る?」

jl| ゚ -゚ノ|「余りキョロキョロするでない。相手方が興味を持ってしまうではないか。
       このまま真っ直ぐに自宅に帰れば好い。君の家には馬鹿烏が棲みついている。
       彼奴はあの様な体たらくではあるが、神鳥のはしくれ。一介の幽霊なら遁走する。
       そう。君を狙っているのは、微量にしか力を持っていない、所謂低級霊だよ」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 18:59:46.22 ID:yySogl2H0
「陳腐な怪談の脇役かすら疑わしい」。ハルトシュラーは注意をして、ドクオの顔を前方に向かせた。
謎の幽霊はドクオ達を追う。やがて二人は大通りから外れて、鬱田宅のある町内へと入った。

ドクオが住んでいる地区は、家と家との間隔があるし、田畑の風景の広がりが点在している。
だが、家屋は新築のものが圧倒的に多い。微妙な発展をしている町の中を彼らは往くのである。

('A`)「んんん。人気の無い場所に誘って、後ろに居る奴と話してみたいなあ」

jl| ゚ -゚ノ|「物好きめ。自由にして好いが、見す見す諍いが始まっても、私は手助けはせんぞ。
       悪霊が人間を助けるなど言語道断。……そう考えてはいない輩も居るようだが、
       私は甘くはない。態々手を穢す必要性が感じられない。自分の手で打破したまえ。
       憑依ならばしてやっても好いが、果たしてドクオ君は私の身体を弄べるかな」

('A`)「……仕方ねえ。家に帰るか」

ドクオは昨日、ハルトシュラーの憑依を試しに体験した。彼女が憑依をした姿は弓である。
満月の輪郭の如く弧を描いた赤い月の弓だが、それをヒートのようには扱えなかったのだった。
神鳥に憑依されるのとは、勝手が違う。“呪われた力を持った悪霊”を、その身に背負うのである。

全身に寒気や気だるさが襲い、心臓を鷲掴みにされた感覚が生じる。生半可な力量では扱えない。
おふざけでハルトシュラーに憑依を頼んだドクオは、己の非力さを存分に思い知ったのである。
これでは戦えない。後をつけている幽霊との対話を諦め、ドクオは家へと足を動かせるのだった。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:00:34.12 ID:yySogl2H0
('A`)「はあ。電気屋にお使いに行っただけなのに、何だか疲れたわ」

自宅の門前に着いたドクオは呟いた。一時間という短時間の内に、妖怪と出会い、幽霊に狙われた。
デレが、プライベートではオカルトから離れたがる理由が分かる気がする。意外と怪異は多いのだ。
彼は門扉を開けて自宅の敷地内に入る。そうして、辺りを確認してからドアノブを回したのだった。

('A`)「ヒートは起きているかな」

時刻は正午を過ぎた頃である。ぐうたら兵衛のヒートでも、流石に起きているだろう。
ドクオは玄関で靴を脱ぎ散らかして、ダイニングのテーブルの上に買った物を置こうと廊下を歩む。
ダイニングに入る。テーブルにビニール袋を置いて、彼が隣の和室へと顔を向けるとヒートが居た。

('A`)「おいおい。そんな所で何をしているんだ? 新たな儀式でも編み出しているのか?」

ノハ;゚听)「ちげえ! ちげえよ! 勝手に入って来るなよ!!」

部屋の隅で、ヒートが畳に両膝をつけ、両腕を広げて慌てている。何かを一身で隠しているようだ。
だが、彼女は子供の姿をしている為、それを隠しきれていない。二体の人形と玩具の家が見える。
デレが幼少の時分に使っていた玩具だ。ヒートは一人で、幼児向けの玩具で遊んでいたのであった。

('A`)「……お前、まさか」

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:01:35.06 ID:yySogl2H0
ノハ;゚听)「ちげえって言ってるだろ! この人形共に、悪しき魂が宿っていたから祓っただけだ!」

霊能力者の家庭で、その言い訳は通用し難い。しかし、ドクオは彼女の言葉を鵜呑みにした。
ドクオが鬱田家という家系の質を失念していた上に、ヒートの演技が真に迫っていたからである。
ヒートはいそいそと玩具を押入れの箱の中に戻し、ダイニングの椅子に腰掛けた。昼飯をくりゃれ。

ノパ听)「さっさと昼飯を出してくれ。供物が無いと、アタシは見守ってやらんぞ」

守護霊(笑)は、お供え物を要求する。ヒートは強気で怖がりで――どういう性格なのか表し辛い。
とにかく、喧しいのだけは間違いが無い。ドクオはパンが嫌いゆえ、白米と味噌汁を作る事にする。
彼は料理が出来ないので、白米も味噌汁もレトルトの物で見繕った。至って質素な昼食である。

ノパ听)「やい! アタシを祀っている神社の供物とは、天と地との差がある供物だな」

('A`)「鬱田家の昼飯は天だろ」

ノパ听)「阿呆。これではドクオを守れるか不安だな。力が湧いてくるか甚だ疑問である」

なにこのうるさい子。アニメなどのキャラクターランキングで、最下位を得てしまいそうな妖怪だ。
ぶつくさと呟きながらも、ヒートは味噌汁ご飯を掻き込んで行く。余程腹を空かせていたのだろう。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:02:29.08 ID:yySogl2H0
ハルトシュラーはご飯は食べずに、紅茶を啜っている。ドレス姿の彼女が端を使ったら滑稽である。
ドクオは自分の分の料理をテーブルの上に載せて、ヒートの前の席に座り、小声で語りかけた。

('A`)「ハルティと電気屋に行って来たんだが、中途で牛鬼という妖怪と出会ってさ」

ノパ听)「……牛鬼だと? ドクオ。お前、よく殺されなかったなあ」

箸を休めて、ヒートは上目遣いでドクオを見遣る。赫焉の両眼が、赤い前髪に覆われている。
ヒートは最近の怪談――都市伝説の知識は皆無に近いが、古くから伝わっている妖怪なら詳しい。
マジでよく死ななかったな。そう思っているヒートに、ドクオは味噌汁をかき混ぜつつ口を開く。

('A`)「カウガールと言って、女の姿をしていた。人間を祟るのを止めて探偵を目指しているそうだ。
    探偵つっても、悪事を働いた妖怪を殺めるんだと。また変わった思考の妖怪だったな。
    やっぱり、他の妖怪にも本来の性質からかけ離れている奴って居るのか? 教師になりたいとか」

ノパ听)「居るね! 例えば、この味噌汁。毎日食わされたら、いつしか飽きが来るだろう。
     それと同様にして、日々の生活に変化をつけたくなる。妖怪も魂という物を持っている。
     教師。もしかすると、人間に紛れて就業をしている奴が居るかもしれんな! おそろしや」

そう云って、ヒートは再び箸を握っている手を動かせ始めた。妖怪にも色々な存在が居るようだ。
ひょっとすると、街で何気なくすれ違った人間が、実は幽霊かもしれないのだ。夢がありますね。
それから数分の間、一同は会話をせずに黙々と昼食を認めた。やがて、二人は昼食を終える。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:03:31.23 ID:yySogl2H0
('A`)「そう言えば、帰り道で幽霊につけられていたんだわ。人気者は辛いねえ」

使い終わった食器を流し台で洗いながらドクオは、背後でジュースを飲んでいるヒートに喋りかけた。
ハルトシュラーは低級霊と云ったが、何者だったのだろうか。ヒートはテーブルにコップを置いた。

ノパ听)「ふむ。気を付けろよ。怪異共にとって、霊能力者の霊気を持った血肉はご馳走なのだ。
      大概の霊能力者は悪霊を退けられる方法を会得しているが、ドクオはそうではない。
      妹と違って、まだまだ修行不足だ。不浄霊はしつこいから、暫く家に引き篭もっていろ」

('A`)「暫くって、どれくらいの間だ?」

ノパ听)「三日くらいかな。それだけ無視を決め込んでいれば、幽霊も草臥れてしまうだろう」

(;'A`)「長過ぎるわ! 明日は都会の電気街まで行って、遊ぼうと思っているのに」

ノハ--)「やめとけ。やめとけ。一晩で退くものか。のう。ハルトシュラーや」

jl| ゚ -゚ノ|「是非是非、行った方が好いぞ。私の楽欲が満たされる事件にまで発展しそうだ」

ノパ听)「だあめだ、こりゃ」

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:04:26.98 ID:yySogl2H0
悪霊に善悪の道理は通用しない。やれやれ。大袈裟に両肩を竦めて、ヒートはため息を吐いた。
そんなヒートの眼球に、ふとビニール袋が映った。ドクオが母親に頼まれた集塵袋が収められた物だ。
これは何かな。ヒートはビニール袋を指で引っ掛け、自分の元に手繰り寄せて、中身を取り出した。

ノパ听)「掃除機の袋と、これは、ヘッドホン。ヘッドホン? ……ははあん。ドクオ、さては」

(;'A`)「あ! てめえ、勝手に出してんじゃねえよ! 返せ、馬鹿ガラス!」

ノハ*゚听)「安心しろ。アタシがクーに渡してやるよ! 『こんなにも愛しているんでーす』ってな!」

('A`)「貴様」

宝珠が邪悪の手に渡った。ドクオが濡れた手をシャツで拭き、和室へと逃げたヒートを追いかける。
そこでヒートは彼に気を取られて躓いた。座敷の真ん中で転んだのである。顔面からの滑り込み。
ドクオはヒートの上に圧し掛かり、胸元に抱いているヘッドホンが入ったケースを奪おうとする。

ノハ#゚听)「こらあ! 何処を触っているのだ! 神の雷を喰らわすぞ!」

(#'A`)「じゃかましいわ! 断崖絶壁の癖に! やれるモンならやってみろ!」

ノパ听)「アタシは、もうキレちまったよ。さっさと表に出ろや」

この二人が、同じ時、同じ場所に存在していると、必然的に騒がしくなる。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:05:04.73 ID:yySogl2H0
从 ゚∀从「何だあ、ありゃ。昼間から熱く抱き合っていやがるぜ」

ドクオとヒートが低レベルな云い争いをしていると、後ろから柄の悪い低い声が両者の耳に届いた。
ヒートのアホ毛がぴょこんと反応し、ドクオの左目を鮮やかに突く。アホ毛は生き物かよ、此畜生!

畳の上でのたうち回る彼を他所に、ヒートが起き上がって振り向くと、ハインリッヒの姿があった。
座敷童子たる彼女は夏の暑さに耐えかねて、着物ではなく洋服を着ている。デレが着用していた服だ。

ノパ听)「お前さんが姿を見せるのは珍しいな。……ああ。昼飯時だったか」

从 ゚∀从「そうそう。それもあるが、ちょっくらちょいと生活の必需品とやらを手に入れてね。
      試してみたいんだ。おい、クー。ブツを和室の仕切りのとこらへんに置いてくれ」

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

大きな箱を抱えたクーが、鴨居に頭をぶつけてしまわないように注意をして、和室に入って来た。
彼女は面倒臭そうな表情をしている。常にハインが側に居るので、鬱陶しくて仕方が無いのだろう。
逆らわないのは、彼女に僅かな良心があるからである。クーは徐に畳の上に箱をどさりと置いた。

('A`)「扇風機。そんな物を買って来てどうしたんだ?」

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:06:25.14 ID:yySogl2H0
巨大な箱の四方の面には、扇風機の写真がプリントされている。従って、箱の中身は扇風機である。
クーは丁寧に箱を開けて、中から一台の扇風機を取り出した。そして、プラグをコンセントに挿す。
彼女が備え付けられたボタンを押すと、ピッと電子音が鳴って、ハインを涼しい風が包み込んだ。

从 -∀从「あー、涼しい。台所にゃクーラーが無いから、飯を食う時暑くてウザかったんだよ。
     しかし、これで解決が成されたな。鬱田家の食事風景は幸せな物に早変わりしました」

幸せとは、誰かの不幸で出来ている。
ハインはそういうやや偏った理論を掲げているが、今回は誰が不幸になってしまったのだろうか。
……彼女らが、扇風機を買えるお金など所持している筈がない事を、ドクオは忘却していたのだった。

从 ゚∀从「さあて。ドクオや。このハインリッヒ様に飯を仕度するべきだ。四十秒でな」

('A`)「時間が少ねえよ。三分くらいくれ。……クーはいらないのか?」

川 ゚ -゚)「ぽ」

いらない。誰がお前の世話になってやるものか。クーはぷいと顔を背けて、縁側に寄って座った。
葦簀(よしず)が立てかけられているので、彼女の全部が幽暗に染まる。孤独の人物は、暗所を好む。
ドクオが縁側の向こうに視線を遣ると、少量の雨が降っていた。外で構えている幽霊は大丈夫なのか。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:07:17.41 ID:yySogl2H0
('A`)「それじゃあ、ご飯を作りましょうかね。何も無いから簡単な物だが」

从 -∀从「良きに計らえ」

ノパ听)(何様のつもりだよ。この幸御魂は)

この様に、幽霊達は極めて不遜な人物ばかりではあるが、ドクオの胸中は多幸感で満ち溢れている。
友人の少なかった彼なので、わいわいとしている状況は嬉しいのだ。しかも、彼女らは人間ではない。
怪異達は各々癖が強く、呆れてしまう時が多いがしかし、それ以上にドクオは楽しんでいるのである。

从 ゚∀从「おっ。味噌汁か。ドクオは俺の好みを分かっているな」

ドクオが実に簡単な料理をハインリッヒの前に差し出すと、彼女は病的な青白い頬を弛ませた。
オレンジ色の髪の毛と名前が日本人離れをしているが、彼女は和食が好みで、パン類が苦手である。
ドクオと同じだ。あの咀嚼を繰り返した後の飲み込み難さが苦手なのだと、ハインリッヒは云う。

('A`)「電気屋で停電があったが、ハインの仕業じゃないだろうな」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:08:17.27 ID:yySogl2H0
ハインリッヒとヒートの前の椅子に座ったドクオが、電化製品店での事変を思い出して訊ねた。
クーは幼稚な事をしないだろうが、ハインは分からない。無罪なのに疑われた彼女は、眉根を寄せる。

从 ゚∀从「何? もしかして吉凶自在の俺様をディスってんの? 命知らずも良いところだぜ。
     弱っちい幽霊がした事だ。電気が落ちる瞬間に微かな霊気を感じたし、間違いは無い」

('A`)「そうか。疑って悪かったな。しかし、どんな奴がやったんだろうなあ」

一抹、台所に居る誰もが口を開かなくなった。ハインの箸の先が茶碗をかする音だけが聞こえる。
人数が多くても、しじまが支配する時は度々ある。天使が通るなどと云うが、どうだって良い。
つまり、静かなのだ。それはハインが昼食を摂り終え、茶碗をテーブルに置くまで続いたのだった。

从*-∀从「ふぃーい。食った、食った。食器を片してくれよな」

('A`)「お前らが育って来た環境を知りたいよ。まともな物では無さそうだが」

立ったり座ったりと、忙しい日だ。ドクオは鼻歌を奏でながら、流し台で食器を清潔に洗う。
他にも使用された後の食器類が流しにあったので、それらも同様にする。とても親孝行な青年である。
そうしていると、ゆっくりと紅茶を飲んでいたハルトシュラーが、コップを置いて彼に話しかけた。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:08:51.29 ID:yySogl2H0
jl| ゚ -゚ノ|「店の電気を落としたの。帰路で君を狙っていた輩の仕業じゃあ、ないか?」

('A`)「成る程。そうかもしれないな。丁度あの時に、俺に憑いて来たのかねえ」

ドクオは布巾で手を拭って、椅子に座った。ハルトシュラーの云う通りなら、時間的に納得が出来る。
今頃もまだ、家の外で構えているのだろうか。そう考えるドクオとハルトシュラーの顔を見比べて、
ハインは小首を傾げた。二人が交わした会話に、心当たりがあるのだった。彼女は静かに声を出した。

从 ゚∀从「ドクオを狙っていた幽霊っつーのは、雨の中、アホみたいに玄関先で佇んでいた奴か?
      ソイツならクーに仕留めさせて、玄関に転がしておいたぞ。もう虫の息かもしれんが」

(;'A`)「おま! それは逸早く教えるべき事柄だろう!」

从 ゚∀从「だって、訊かれてないんだもーん」

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:09:37.37 ID:yySogl2H0
椅子を倒れさせる勢いで腰を上げ、ドクオは押っ取り刀でダイニングを出、玄関へと向かった。
玄関のシューズボックスの前に、青年が倒れている! 青年は糸に縛られていて身動きが取れない。
青年に駆けり、ドクオがクーの紡いだ霊力の糸を解こうとすると、ヒートが大声で彼を制止させた。

ノハ;゚听)「待て! その糸に徒手で触れたら、指が千切れ飛ぶぞ!」

(;'A`)「しかし、苦しそうだぞ。どうすれば良いんだ……」

糸が青年の身体に食い込み、今にも裂かれそうだ。ヒートは脇の電話台に置かれていた鋏を取った。

ノパ听)「糸を切るには刃物に決まっているだろう! ドクオは頭が回らない人間だなあ!」

('A`)「さもありなんッスね」

鋏を受け取ってドクオは、青年の衣服や皮膚を傷付けないように、丁寧に糸を切り取って行く。
やがてほとんどの糸が解かれると、青年は両の腕を動かして、糸を邪魔臭そうに振り払った。

(;-_-)「た、助かった……。あの女、背後からなんて卑怯にも程がある……」

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:10:24.27 ID:yySogl2H0
ドクオは咳込む青年を観察する。骨の上に皮膚を貼り付かせたかの如く、ひどく痩せぎすである。
紺色のジーンズと白いTシャツを着ているが、青年の体格に合っておらずゆとりが大きくなっている。
彼がドクオを狙ったのだが、どうにも非力さが全身から放たれている。低級な霊なのは正答だろう。

('A`)「大丈夫か?」

(-_-)「君は……」

自分が狙っていた奴じゃないか。経験不足の霊能力者を発見し、勇んで後ろをつけていたのだが、
悪霊が傍らに憑いているとは知らなかった。……しかし、今こそチャンスというものではないか。
目標との距離は短い。青年は、床に置かれている鋏を握り締めて、気勢良く右腕を振り上げた。

('A`)「あ、ルイズだ」

(; _ )「なん……だと……」

今しがたまで、青年は背中を向けていたので知られなかったが、Tシャツは無地ではなかったのだ。
正面を向いた彼のシャツには、桃色がかったブロンドの頭髪をしたアニメチックなキャラクターが描かれている。
ゼロの使い魔というライトノベルのヒロインであり、大きな子供達から絶大な人気を誇っている

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:11:02.03 ID:yySogl2H0
それを言い当てられた青年は、口をあんぐりと開けて慄然とした表情でドクオを指差した。

(;-_-)「き、君は、
     ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールちゃんを知っているのか」

('A`)「知っているとも。スフィー・リム・アトワリア・クリエールちゃんの次くらいに好きだ」

(;-_-)「何て事だ……。僕は、同族を手に懸けようとしていたのか。ああ、何て事……!」

一体、何が琴線に触れたのかは知らないが、青年はドクオを殺しかけた事を後悔しているようだ。
ドクオが青年の扱い方を模索していると、彼は鋏を捨てた。そして、両手でドクオの右手を包んだ。

(-_-)「僕はヒッキー。無礼を許して欲しい。どうしても同族を殺める事は出来ない……」

(;'A`)「は、はあ。どうも」

ヒッキーが云うところの同族とは、“オタク同士”という意味である。人間が暮らす世界と同じく、
オタク趣味の幽霊は少数派である。痩せこけた青年的には、オタクとの出会いを大切にしたいのだ。
誰かと似たように根暗な性分なので、ヒッキーはこの日の、突然の邂逅をとても喜ばしく思った。


76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:16:21.01 ID:yySogl2H0
('A`)(……)

まあた、変な奴が現れたぞ。幽霊という存在には、一般常識を弁えた人物は居ないのだろうか。
と、自身の膨らんだ股間を女性に見せ付けたりした、あまり常識人ではないドクオさんは思った。
ヒッキーと名乗った幽霊は闘争心は一握も無さそうだ。それならば、変に警戒をしなくても良い。

ドクオは気持ち悪く握られている手を振り払って、何時ものアルカイックスマイルを零したのだった。

('∀`)「俺はドクオだ。よろしくな。……それでヒッキーは何者なんだ?」

ドクオが気になるのはヒッキーの正体である。ハルトシュラーは、怪談の登場人物かも疑わしい
などと云っていたが、もしかすると力を隠した悪霊の可能性もある。彼らは全体的に胡散臭い。
ヒッキーは一度だけ目線を脇に逸らして、ドクオの顔を見上げて枯れた小声で呟くように云った。

(-_-)「……僕の怪談はあるよ。恥ずかしいから、あまり口に出したくないけれど」

('A`)「恥ずかしい?」

(-_-)「そのお話では、女の子という事になっているのさ……。ああ、恥ずかしい」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:17:26.07 ID:yySogl2H0
頬に手を添えるヒッキーをよくよく見据えれば、輪郭の線が細くて病弱な娘のようにも見える。
長い前髪に隠された黒い瞳もくりくりとしていて可愛らしく、女性の雰囲気が醸されているのだ。
女性と見間違えられるのも無理はないかもしれない。詮索を止めて、ドクオは立ち上がった。

ヒッキーもそろりと腰を上げる。そうしてから彼が言い放った言葉は、ドクオを驚かせたのだった。

(-_-)「先客が居るみたいだけれど、僕も一緒に憑いても良いかな。趣味の話し相手が欲しい」

(;'A`)「えっ。ちょっと待ってくれ」

ドクオの周りには、既に四人の幽霊が居る。怪異を多く引き連れている状態を憧れてはいるが、
これ以上増えたら鬱田家の暴走が始まってしまう。デレのストレスもマッハになるのは必至である。
――しかし、ドクオは自身の好奇心を抑える事は出来なかった。思考した時間は、たったの五秒だった。

('A`)「よし! よろしく。俺もオタク趣味の友人が欲しかったしな。周りは一般人ばかりだ。
    でも、メシハ、ジブンデヨウイシテネ。幽霊じゃなくて、厄病神になってしまう……」

二人はきちんと握手を交わす。ヒッキーの細い手は、人間のドクオとは対照的に、凄く冷たかった。
そんな二人の下で、ヒートが思う。『また軽々しく悪霊と知り合うて、どうなっても知らないぞ』。
狙われていたのにも関わらず、気が良すぎる男だ。こうして、ドクオは仲間を増やして行くのだ。

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:18:40.63 ID:yySogl2H0
ドクオがヒッキーと出会ってから、三時間が経過した。彼は自室でインターネットで楽しんでいる。
ハインリッヒ以外の異界の住民達も、彼の部屋に集まっている。何とも薄ら寒さが漂う空間である。

クーは隅でヘッドホンで音楽を聴き、ハルトシュラーはドクオの勉強机で文章を書き、
ヒートはベッドで暇そうに漫画を読んでいる。ヒッキーは床に座って、部屋の様相を見回している。

('A`)(あれ? モララーが居ないな。いつも常駐しているのに)

ドクオが毎度訪れている怪談好きが集まるチャットに、常に入室しているメンバーが居なかった。
“茂良らー”が見当たらないのだ。珍しい事もあるものだ。ドクオは小首を傾げて挨拶をした。
すると、ジョルジュだけが返事をしてくれた。彼は、他の奴らに嫌われているのではと疑心を抱く。

……きっと、他のメンバーは忙しくて手が離せないんだ! ドクオはネガティブな思念を捨てた。
根暗な青年ではあるが、気分の変え方にかけては一流なのだ。プロフェッショナルと云っても良い。
ドクオが背もたれに背中を預けて話題を考えていると、他の者達からもちらほらと返事があった。

良かった。嫌われたワケではなかったのだね。危うく、ダークサイドに身を委ねるところだった。
安堵感を覚えると、ジョルジュが耳打ちをしてきた。耳打ちとは、特定の相手とする内緒話である。

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:19:36.13 ID:yySogl2H0


おっぱい:おい。ネトゲの晒しスレを見てみろよ。面白い事になっているぜ。

暗黒大帝:晒しスレ?                  

                                   ”


とうとうジョルジュが、卑猥なキャラクターネームをしている事で晒されてしまったのだろうか。
だが、それなら彼が面白がる筈がない。ドクオは釈然としない面持ちで、掲示板を開いたのだった。

晒しスレとは、陰鬱な空気が占める場所である。ネットでのマナーなんて物は無用な物である。
ボスを狩っていただけで晒された書き手が云うのだからそうだ。イライラして壁を殴っちまった。
……つまりはノーマナーな人物を発見して、その人物と接触しないように注意を喚起する所だ。

このような場所が、面白い事になっていると知り合いは云った。悪い意味で楽しいのだろうか
とにかく、スレッドを開いてみないと分からない。ドクオは該当のスレッドをクリックした。

(;'A`)「これは……」

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:20:27.78 ID:yySogl2H0
スレッドを確認したドクオは、思わず呻いた。誰一人として、迷惑なプレイヤーの話をしていない。
本来の機能を壊したのは、たった一つの話題の提示である。海岸のマップで古城を見たという話だ。
朝方、ジョルジュが云っていたのと同じである。その霞の城を見た人間が、大勢居るそうなのだ。

ビップオンラインに関連した他のスレッドを覗いてみると、やはり其処でも話題に上がっていた。
彼は夢を見ているようだった。オンラインゲーム内に怪奇スポットが現れるとは、思いもしなかった。
しかし、これは面白い。好奇心旺盛な青年は、すぐさまオンラインゲームを起動してログインした。

('A`)(何も無いじゃん)

ドクオは件のマップまでキャラクターを操作して、砂浜に座らせたが海の向こうには何も無かった。
彼がプレイしているゲームには、天候や時刻によって空の色が変わる機能が搭載されている。
朝昼夜。待てども暮らせども古城は出現しない。数多くの人間が嘯(うそぶ)いているのだろうか。

オンラインゲームにも怪異が住んでいるとドクオは踏んだのだが、どうやら肩透かしだったらしい。
最初の発言をネタにして、皆遊んでいるのだろう。インターネット上では度々そうなる事がある。
(それにしては、規模が大き過ぎるような感じも受けるが……)

彼はログアウトをして、椅子に背中を預けた。キイと椅子が軋む。ドクオは横目でクーを一瞥した。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:21:28.89 ID:yySogl2H0
川 ゚ -゚)「〜♪」

クーは壁を背にして、座りながら楽曲を聴いている。椅子から見る彼女の横顔は、美麗だった。
相変わらず最大音量で音楽を楽しんでいるので、ヘッドホンから音が漏れている。爆音である。
彼女は一度耳に慣れた音楽と出会うと、ずっと同じ物を繰り返しに聴くという変わった気質がある。

現在、クーの聴いている楽曲をドクオは知っていた。人気のフラッシュに使われていた曲で、
タイトルは“サウザンド何とか”だったか。彼はクーの気を惹こうと、元のフラッシュを開いた。
しかし、彼女は何一つ反応を示さなかった。ヘッドホンで耳が塞がれているので当然である。

ヘッドホン。そう云えば、ヘッドホンに関連した事で、大切な事柄を見過ごしてはいないだろうか。
ドクオが必死に思い出そうとしても、重大な事実はするりと手から抜けて行く。彼はとても愚鈍だ。
――ドクオがクーに渡そうと考えていたヘッドホンは、ヒートの手に因って既に事後なのだった。

('A`)(やっぱり、この部屋は謎の閉塞感があるな。人数が多い所為か)

ドクオはチャットの会話に加わらず、呆然と流れだけを見詰める。またジョルジュが馬鹿をしている。
彼の底抜けな明るさは、陰気なドクオには羨ましい限りである。だが、ドクオにも長所はあるのだ。
背が高い事、オタクな事(?)。そしてオカルト知識に長けており、幽霊と共に暮らしている事だ。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:22:09.91 ID:yySogl2H0
('A` ) チラッ。

ドクオはヒッキーを見遣った。彼は自分の正体を口にしたくないと云っていたが、何者なのか。
今になって、ドクオは気になってしまった。ヒッキーは拒むに違いないが、彼はそれとなく訊ねる。

('A`)「ああ。ええっと。ヒッキーって、どんな怪談に出演しているんだ?」

ノハ;゚听)「ど直球じゃないか! 少しは工夫をして訊ねろ!」

他者の心を読めるヒートが突っ込みを入れると、ドクオはてへりと舌を出して戯けてみせた。
二人の様子を眺めていたヒッキーは「ううん……」と低く唸り、その痩せこけた頬を動かせた。

(-_-)「……“ひきこさん”って知っているかい? それが僕の真名だよ」

('A`)「真名――」

“ひきこさん”とは、マイナーな怪談に登場する怪異である。因みに本名を森妃姫子と云う。
醜い顔をしており、両親や級友に虐げられた彼女(彼)は、ずっと自室に引き篭もっていた。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:22:56.44 ID:yySogl2H0
但し彼女は雨の日が好きで、雨天時は家を抜け出し、傘で視界の狭くなった小学生児童を襲う。
『私は醜いかぁー!!』と叫びながら全速力で追いかけ、捕まると両足を持って地面に引き摺られる。
それは新たな児童を発見するまで続く。捕われた人間が漸く解放されるのは、肉塊になった頃だ。

撃退する方法は多々ある。ひきこさんは顔が醜いとの噂なので、鏡を見せられるのを酷く嫌う。
いじめられっこなので、いじめっ子の如く、「引っ張るぞ」と三回唱えるのも効果的である。
それと、自身と同様の虐められている子供は襲わない。様々な形態を持つ、よくある性質の怪談だ。

(※この説明を読むよりも、検索した方が詳しく載っています☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡)

('A`)「ああ。あの映画化されたヤツか。すげーじゃん」

(;-_-)「凄くなんて無いよ。女の子と間違えられて、気にしているんだから」

ヒッキーは掘り下げた話をしたくないようなので、ドクオは切り上げてモニタへと顔を向けた。
そうすると、漫画を楽しんでいたヒートが寄って来てドクオの膝の上に乗った。子供らしい仕草だ。
彼の胸元の辺りでアホ毛が左右する。もしや、リチウム電池でも内臓されているのではないか。

ノパ听)「お前がやっている“いんたーねっと”とやらは、生活を捧げる程に楽しいのか?」

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:23:32.98 ID:yySogl2H0
四六時中、機械と睨めっこをして何が面白いのやら。ヒートがドクオを真似てキーボードを弾く。
チャットのコメント欄に、意味不明な文字列が刻まれて行く。慌てて、ドクオは彼女の腕を握った。

('A`)「こら。駄目だろ。悪戯をしちゃあ。子供はあっちで遊んでいなさい」

ノパ听)「一遍死んでみるか? いやいや。百万遍くらい死んでみるか?」

('A`)「口の悪い神鳥だな。……インターネットは、趣味に合うサイトを見付けたら面白いかもな」

ノパ听)「“さいと”って何ぞ?」

ヒートが首を傾ける。パソコンの用語を素人に説明をするのは、どうしてこんなに難しいのか!
おざなりに説明をして、ドクオはヒートの椛の様な右手を握って、マウスを操作させてみせた。

ノパ听)「おお! 矢印が動いているぞ! 手品みたいだのう」

('A`)「ハハッワロス。俺にもお前のような時代があったのかなあ。純粋な青年だった時が――。
    ……ちょっと知りたいんだが、これみたいな画面の中にも、幽霊は存在しているのか?」

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:24:17.99 ID:yySogl2H0
ドクオは、自身がプレイをしているオンラインゲームでの騒動が思い浮かび、ヒートに尋ねた。
んんん、と口を一文字にして考え込んだ後、ヒートはドクオの胸に背中を寄りかからせて答えた。

ノハ--)「よう分からんが、可能性としてはあるな。ありとあらゆる物に魂は宿っている。
     実際八百万の神々なんて言葉もあるし、この箱の中にも幽霊が潜んでいるのではないか」

('A`)「んんん。それじゃあ、どんな奴らが棲んでいるのかねえ。一度会ってみたいもんだ」

ノパ听)「またお前は無闇に好奇心を働かす。逝ってしまっても、アタシは責任は取らんからな。
     ……今日の昼間だけで二人の怪異と遭遇しただろ。それで充分という事にしておけ」

('A`)「はあい。ヒート先生」

ヒートに面倒を掛けている。ドクオも、己の簡単に昂ぶってしまう好奇心を律せようとはしている。
なのだが、どうしても興味の方が勝利を手にしてしまうのだ。いかんなあ、と彼はため息を吐いた。

ノハ;゚听)「うわああ……。首筋に吐息がかかった。気持ち悪っ!」

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:24:49.91 ID:yySogl2H0
話すべき事柄が無くなった。ドクオは腑抜けた面でモニタを見つめ、他の者達も黙々としている。
窓の外ではしとしとと雨が降っており、蝉の鳴き声は聞こえない。静謐に、或いは徒に時は流れる。
ヒートはドクオの膝の上で舟を漕いでいる。鳥類の睡眠時間は、こんなにも長かっただろうか。

('A`)(ただ惰眠を貪っているだけだな)

寝ている時のヒートは可愛らしい。何だかんだ愚痴を云っているが、ドクオは子供が嫌いではない。
彼は未来予想図を脳内に組み立てる。自分とクーとの間に子供が出来ている光景を思い浮かべるのだ。
素晴らしい未来だ! にへら。彼が不気味な笑みを浮かべているとハルトシュラーが顔を向けた。

jl| ゚ -゚ノ|「先程。君は明日、電気街に赴くと云っていたね。私を連れて行って欲しいのだが。
       長期間、館に篭っていたから身体が鈍っているし、そして見聞も広めなくてはいかん」

(-_-)「僕も行きたいな。夏コミ(大規模同人即売会)のカタログを買わないといけない」

('A`)「ああ。良いぜ。ちょっと、パソコンのメモリを付け足そうと思っていてな。
    クーも来ないか? 其処には大きなCDショップもあるし、多分楽しめると思う」

川 ゚ -゚)「……ぽ」

ヘッドホンを外して、漏れる音を耳にしながら週間雑誌を読んでいたクーは、短く一言を云った。
考えておいてやるよ。音楽が必要不可欠なクーは、答えは決まっているのに素っ気無い返事をした。
相変わらず彼女の言葉が分からないドクオは、了承をしてくれたものとして、勝手に悦気した。

そうして、これ以上は何も起こらずに、七月二十八日という日は悠然と過ぎて行ったのだった。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:25:26.89 ID:yySogl2H0
――――。

あくる日。七月の二十八日は快晴だった。夜半まで降っていた雨は止み、日光が地面を焼いている。
午前八時過ぎ。ドクオは通常よりも早めに朝食を摂り、着替え、自室にて出発の時刻を待っている。

ドクオが住んでいる街から都市部の電気街までは、電車を乗り継いで二時間程度もかかってしまい、
目的地の店舗群が業務を始めるのは十一時なので、九時頃の出立を予定している。少し暇隙がある。

(;-_-)「ハルトシュラーさんの格好の所為で、よく眠れなかったよ……」

('A`)「だよな。俺も好きなんだ、いや。困っているんだ」

ハルトシュラーは、黒いスリップを着てベッドで眠っている。扇情的で、二人の青年は参っている。
彼女とクーは時間になれば起きるとして、問題は二人の足元で鼾(いびき)をかいているヒートである。
その内に鼻ちょうちんでも出しそうな眠りっぷりで、彼女を起こすのは、至難の業なのは明らかだ。

('A`)「ヒッキー、起こしておいてくれないか。俺はちょっと用事がある」

(-_-)「え……あ、うん……」

ドクオはヒッキーに重要な任務を与えて、パソコンの前に座った。彼の用事なんてちゃちな物で、
今日も今日とて、インターネット上を周遊するだけである。彼は御馴染みのチャットへと訪れた。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:26:07.92 ID:yySogl2H0
('A`)(今日はモララーが居るな)

昨日はどうしてか不在だった“茂良らー”が、チャット内で他の面子と晴れ晴れと会話をしている。
ドクオが入室の挨拶をして、返事を待つ。散発的に返って来る挨拶が、小心者のドクオを安心させた。
最後にモララーの返事の文章が、チャット欄に刻まれる。それは少し奇妙で、ドクオは眉を顰めた。



茂良らー:やあやあ。おはよう。ところで、僕の事は好きかな?

暗黒大帝:ふへ?


                             ”

どういうことなの……。人間的な意味でなのか、それとも男性的な意味でなのか。
ドクオがモララーの質問にたじろいでいると、その様子を見守っていた人間達が話しかけた。



おっぱい:モララーは、人が入室する毎に訊いているんだよ。悪い物でも食ったんじゃね?

佐藤:きめえ、きめえ。心の底からきめえ。死ねば良いのに。

                                         ”

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:26:42.77 ID:yySogl2H0
おっぱいは前述のジョルジュで、佐藤はうら若き女性らしいのだがとても口の悪い人間である。
二人の言葉を聞いて、モララーは茶目っ気を漲らせてからかっているのでは、とドクオが考えた。
此処は一つ、人生の先輩であろうモララーに合わせてやるか。彼はキーボードに指を走らせる。




暗黒大帝:モララーさん。愛しています。結婚を前提にお付き合いして下さい。

おっぱい:ウホッ! ウホホホーイ、ウホホ!

佐藤:汚いチャットだなあ。こんな場所、今日中に消えてなくなれ。

おっぱい:とか何とか言って、本当はこのチャットの事が好きな癖に。

佐藤:私は、そんな砂糖菓子の様に甘くはない。

おっぱい:さとうなのに?

佐藤:死ね、カス。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:27:24.13 ID:yySogl2H0
ジョルジュと佐藤が騒ぎ始め、モララーのおかしな問いかけは曖昧となり、仕舞いに消えて行った。
ドクオが朝からテンションの高い人間達に付き合いきれなくなっていると、モララーが退室をした。
三十分ほどして、ドクオも退室をして、パソコンの電源を落とした。モニターが真っ暗になる。

(;'A`)「まだ、起きていなかったのか……」

ヒッキーがヒートの身体を揺すっているが、彼女はうんともすんとも微動だにせず瞼を開けない。
別に放っておいて外出をしても良いのだがしかし、『どうしてアタシを連れて行かなかったのだ!』、
と後々煩く罵声を浴びせかけられそうである。試しにドクオは、彼女の両脇を擽ってみる事にした。

(*'A`)「こちょこちょこちょこちょこちょこちょ……」

ノハ´〜`)「んんん……きゃははははははは!」

(; A )「んがっ!?」

執拗に擽っているとヒートが暴れて、ものの見事にドクオの顎を蹴り上げた。凄まじい打撃力だった。
自分の身体に何事があったのか。彼女が上半身を上げて周囲を窺うと、ドクオが床を這っていた。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:28:06.13 ID:yySogl2H0
ノハ;゚听)「お前は早朝から何をしとるんだ! ……野狐にでも憑かれたのか!?」

(;A;)「お前の所為なんだぞ! クソッ! まるでツいてねえ」

ノハ;゚听)「???」

(-_-)(今のは、どちらかと言えばドクオが悪いんだけれどね)

ベッドにもたれて、ドクオは赤くなっている顎を撫でる。ヒートは、とんでもない馬鹿妖怪だよ!
彼が憎悪に似た感情をヒートに向けていると、騒ぎに気付いたのか、ハルトシュラーが起きた。
彼女はきょろきょろと顔を左右に動かしたのち、何の反応も示さずに廊下へと出て行ったのだった。

(-_-)「彼女。可愛いよね」

ハルトシュラーの後姿を見送ったヒッキーがぼそりと呟いて、無造作に伸びた髪の毛を掻いた。
ドクオは彼の言葉を聞いて厭らしく笑い、痛む顎から手を離して人を食うような声調で云った。

(*'A`)「ははあん。さてはヒッキー、ハルティの事をほの字なんだな」

(;-_-)「そ、そんな筈は無いよ。……僕は先に外で待っているね」

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:28:44.15 ID:yySogl2H0
ヒッキーが一階へと降りて行き、誰も居なくなった廊下に親指を向けて、ドクオは話しかける。

(*'A`)d「へっへっへ。これはいぢらしい恋が生まれる予感だぜ。ワクテカする」

ノハ--)「ドクオは他人の恋路を心配するより、自分を案じろ。クーは強敵だぞ」

('A`)「クー」

鈍感なドクオだが、クーは自分の事を嫌っているのではないかと、漸く思い至ってきたところである。
それだと非常に具合が悪い。ドクオは彼女に優しく接し、より一層の愛をあげなければならない。
だから昨日――昨日、何だ? ドクオはヒッキーとの出会いで、大切な記憶を吹き飛ばされている。

('A`)「ヒート。昨日、何かしようとしてなかったっけ? しこりが残った感じがする」

ノパ听)「またまた意味不明な言葉を呟きおって。頭を洗うのを忘れているのではないか?」

('A`)「それだ」

ノハ;゚听)「まじかよ! 汚いな。今すぐに洗って来い!」

('A`)「無理だ。ハルティがシャワーを浴びに行ったから。それともう少ししたら出かけるしな」

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:29:17.58 ID:yySogl2H0
ノパ听)「出かけるって何処へ?」

('A`)「都会の電気街へ出かけるんだ。昨日に話をしていたんだが、ヒートは眠っていただろう。
    お前を家に一人きりにするのは可哀想じゃん。だから、起きるまで待っていたんだぜ」

ノパ听)「ドクオ」

ヒートはじいんと胸を打たれた。出会って四日目で、ドクオがとうとう甲斐甲斐しさを見せたのだ。
そうそう。人間はアタシを畏まらないといけない。ヒートは立ち上がり、大きく背伸びをした。

ノハ*゚听)「ううん。快調。快調。さあて、出かける準備をしようではないか!」

('A`)(連れて行かなかったら、絶対にうるせえしな。このアホカラス)

そうしてヒートは大正浪漫溢れる服へと着替え、ドクオもショルダーバッグを肩にかけて自室を出た。
廊下の中途でハルトシュラーを共に引きつれて、一行は玄関で靴を履く。運動靴、草履、ブーツ。
彼が玄関扉を開けて外に出ると、爽やかな風が吹き付けた。雨上がりの朝は、一種の爽快感がある。

クーとヒッキーは家の前の道路で佇んでいた。ハインは人前には出ない。ドクオは二人に呼びかけた。
昨日と同じくヒッキーは、アニメキャラクターが大きくプリントされたTシャツを着ており、
クーは薄茶色のロングスカートと白いブラウスを身に纏い、水色のヘッドホンを首にかけている。


                     !?              

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:29:55.24 ID:yySogl2H0
やっと、ドクオは胸を靄つかせる気持ちの悪いしこりの原因を思い出した。水色のヘッドホンだ。
クーにどうやって贈ろうかと考えている途中、ヒートに奪い取られたままになっていたのだった。
あれがクーの手に渡っているという事は、ヒートが打ち明けてしまったのだ。彼は頬を引き攣らせた。

(; A )「……ヒートちゃん。どういう事か説明してくれるかな?」

ノパ听)「何を? そんなに肩を戦慄(わなな)かせて、発作を起こしたのか?」

実は、ヒートもクーにヘッドホンを渡したのを忘れている。長命な妖怪は細かい事を気にしない。
強烈な事件でも起こらない限り、作事に自分がした記憶なんて忘却の彼方に流されてしまっている。
あれだよ、あれ。憤るドクオが電柱の影に佇んでいるクーに向けて、彼女に見えない様に指を指す。

ノパ听)「ああ。ヘッドホンの事か。良かったな、ドクオ。付けて貰っているぞ」

(# A )(コイツ。悪びれもせずに)

しかし、現実にクーがヘッドホンをしてくれているのならば、意外と好感触なのではないか。
……それなら許してやろう。ドクオは気分を一新して、一同の先頭に立った。彼が道先を案内する。

('A`)「これから都市部まで電車で行くが、二時間はかかる。皆、俺から逸れてしまわないように」

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:30:53.22 ID:yySogl2H0
(-_-)「あ……。日傘、僕が持ってあげるよ」

jl| ゚ -゚ノ|「むむむ。ヒッキーは見所のある幽霊だな。それでは、お願いしよう」

ノパ听)「スイカバーが食べたいなあ。道中で買ってくれよ」

川 ゚ -゚)「ぽぽ」

ノパ听)「いや。だから、スイカバーが一等だと云っておろう!」

('A`)(……)

一同の心は一枚岩となっています。それぞれ思い思いに話をしながら、彼らはビップ駅に辿り着いた。
ドクオ達は改札機で切符を買う。遠くの都市まで行くので、往復の値段は学生の懐を深々と抉った。
クー達は素晴らしい資金の在り処を知っているがゆえに、高々千円程度の金額など容易く出せる。

素晴らしいのです。

('A`)「じゃあ、電車に乗るか。忘れ物はしていないだろうな?」

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:31:30.24 ID:yySogl2H0
ドクオが確認をすると、他の者達は頷いた。それから皆々改札口を抜け、ホームで電車を待つ。
空を見上げると透きぬけており、今日は雨とは無縁である。……怪奇とも無縁なのだろうか。
やがて来る電車が、地獄行きだったりして。無いな。片腰に手を当て、ドクオは正面に顔を向けた。

ノハ--)「ああ、眠い眠い。列車の中で眠れるかなあ」

('A`)「三度乗り換えないといけないし、無理だ。しっかし、ヒートはよく眠るな」

ノパ听)「ふふん。お前には悪霊が憑いているだろう。ソイツらが放つ瘴気を防いでいるのだ!
     だから、ドクオはアタシに感謝をするべきだ。平身低頭して、畏まりまくるが良い」

(;'A`)「そ、そうだったのか。俺はてっきり、惰眠をしているだけかと思っていたぜ……」

ノハ#><)「百万遍死ね!」

ヒートが、以前に申しておられた『庇護をしてやる』という言葉は本当だったのだ。有言実行である。
勘違いをしないで欲しいのだが、彼女は異常に怖がりなだけで、悪霊を屈服させる力を持っている。
一日中、愚かな行動をするドクオを守護しているので、力を蓄える為に彼女は眠っている事が多いのだ。

とうとう、動作の選択肢を慎重に選ばなくてはいけなくなって来た。ドクオは苦そうな面持ちになる。
興味との距離感は大事である。そう云った趣を有する心的傾向は、時に身を滅ぼしてしまいかねない。
ドクオが考えあぐねていると、赤く塗装された二両編成の電車がホームに入って来た。乗客は少ない。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:32:12.97 ID:yySogl2H0
長身のドクオとクーや、他の者達は奇妙な格好をしているので、電車内が空いているのは幸運である。
根暗な青年は人の視線を気にするのだ。とは云っても、都市部に近付くにつれ人間の数は多くなる。
やがて時間を経て、目的地の繁華街まで来ると、彼は大勢の人目に晒される事になったのだった。

(;'A`)(ハルティとヒートの服装がヤバイな。ヒッキーは電気街の風景に溶け込んでいるが)

電気街はその線の趣味の者が集まる土地柄なので、ヒッキーのオタク丸出しの格好は可である。
彼も多少は一般人の視線を引いているが、ハルトシュラーとヒートよりは、まだまだマシな感じだ。
彼女らはコスプレと呼んで良いレベルである。少数派は、多数派の奇異の感情に飲み込まれるのだ。

『小さい子に変な格好をさせて。親は何を考えているのかしら』。『あの長身の人が親じゃないか?』。
『まあ! まだまだ若いじゃない! これだから若年の結婚は駄目ね』。そう思われていそうだ。
ドクオは視線から逃げるように、そそくさと駅の構内を抜け出した。外は彼にとっての聖地である。

jl| ゚ -゚ノ|「いつの間にか、現世は凄まじい発展を遂げていたのだな」

ずっと新速邸に引き篭もっていたハルトシュラーは、ビルが建ち並ぶ景観に素直な感想を吐露した。
そう。このNという電気街はドクオと住んでいる小さな町とは違って、都市然としているのである。
巨大なビルの中程の高さに備え付けられている大型のモニターを、ドクオは何の気なしに見上げた。

モニターには映画の宣伝が流れており、現在の時刻が片隅に表示されている。午前十一時十五分。
大した事件が起こっておらず、平和な一時である。ドクオ達は混雑する前に昼食を摂ってから、
行動を開始した。パソコンパーツショップ、書店、音楽CDショップ、子供向け玩具売り場……。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:33:06.04 ID:yySogl2H0
午後十四時頃には、各々買いたい物を“買って”、豪奢な駅に前にある簡素な公園までやって来た。
奇蹟的に空いていたベンチに座って、ドクオはビニール袋に収められた戦利品をチェックする。
メモリだけではなく、漫画も数冊買ってしまった。今月はもう、これ以上は散財をしてはいけない。

来月の中旬に大規模な同人即売会が控えているので、彼は常日頃よりも倹約家として生活をするのだ。
嬉しさと憂いが混じった表情をしている彼を見て、ヒートが閃いた。クーと二人きりになりたいのか。
思いっきり勘違いをして、ヒートはベンチから腰を上げて、ハルトシュラーの冷っこい手を取った。

ノパ听)「トイレに行きたいのだが、連れて行ってくれないか」

jl| ゚ -゚ノ|「……ん」

いきなり何を云っているんだ。何時もは子供扱いされると嫌がるのに、この心(うら)、の変わり様は。
ドクオ君に頼めば好いではないか。ハルトシュラーは拒否の姿勢を示すが、ヒートは折れなかった。
やれやれ。ハルトシュラーは一度だけ瞼を開閉させて、ゆとりのある所作でドクオに背中を向けた。

jl| ゚ -゚ノ|「……手水(ちょうず)は何処が近いんだ?」

('A`)「その正面のデパートの二階にあるぜ。俺達は此処で待っているよ」

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:33:32.08 ID:yySogl2H0
ハルトシュラーは頷き、ヒートの手を握って公園から離れる。日傘を持つヒッキーも追いかけた。
彼女がビルの角を曲がって入り口へと向かおうとすると、唐突にヒートが強く腕を引っ張った。

jl| ゚ -゚ノ|「何? 斜交いの菓子屋に入りたくなったのか」

ノパ听)「違うわ! お主までも子供扱いしよって。此処からドクオ達の様子を覗いてみよう」

(-_-)「ドクオとクーさんを、二人きりにさせようと考えたんだね」

ノパ听)「そうそう。アタシの完璧な策に翻弄されて、見事にお前達はついて来たワケだな」

jl| ゚ -゚ノ|「どうやったら、そこまで傲岸不遜になれるのか知りたいよ」

巨大な建物の角から頭を出した三人は、公園のベンチで座っているドクオとクーを覗く。
今は会話をしていないようだ。ドクオは恥ずかしがりな性格なので、早々に行動は起こさないのだ。
彼女らは一様に奇抜な服装をしており、一点に視線を合わせているゆえに、通行人が振り返って行く。

ノパ听)「おっ。『ヘッドホンを使ってくれて有り難う』だってさ!」

とうとうドクオはクーに話しかけた。ヒートは心を読めるので、側に居る二人にばらしてしまう。
とても便利な妖怪である。元々は彼女の性質ではないが、その特技にかけては他の追随を許さない。
ヒートは小悪魔の如く悪戯っぽく笑い、いじらしくクーに話しかけるドクオの言葉を打ち明けて行く。

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:33:59.50 ID:yySogl2H0
ノパ听)「ん?」

しばらくそうしていると、ふとドクオとクーが腰を上げて、二人して険しい顔で中空を見上げた。
二人の胸中には疑問が多く占めている。何か、同時に情動を誘う物でも見付けたのだろうか。
ドクオが空中に向けて指を差している。面妖、と感じたヒートは急いで二人の元へと駆け寄った。

ノパ听)「どうかしたのか?」

(;'A`)「あ、あれを。映像が突然に切り替わって、それで――」

ノパ听)「あれ?」

ヒートがドクオの指差す先へ視線を登らせて行くと、ビルに取り付けられた巨大なモニターがあった。
応接間らしき部屋にて、安楽椅子に居丈高に座ったスーツ姿の男性が映っている。ヒートは驚いた。
男性にではなく、地面に横たわる死体にぎょっとしたのだ。男性の足元に数体の屍が転がっている!

jl| ゚ -゚ノ|「映画の宣伝、では無いな。アイツらは正真正銘の死体である。しかし」

聡明なハルトシュラーは、モニターだけではなく周囲も見回した。ショッキングな映像にも関わらず、
誰一人としてモニターを注目していない。つまり、恐らくドクオ達しか謎の映像が観えていないのだ。
この事実が何を意味するか。椅子に座る男性は幽霊で、とんでもない悪戯を暗に仕掛けているのである。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:34:34.24 ID:yySogl2H0
( ・∀・)『人間達』

映像の男性が語り出した。キレの長い目を細めて、ドクオ達を――いや。人間達を見下ろしている。

( ・∀・)『人間達は覚えているだろうか。僕という悪霊の事を。うん。きっと覚えている筈さ。
      あれだけ鮮烈だったのだからな。僕を恐れ、酷く寝辛かった日々もあっただろう』

男性は、偉そうに云う。言葉の内容から鑑みるに、男性は己の力に余程の自信があるようだ。
少しの間演説が途絶えさせ、男性は足元にある屍骸を右足で転がした。死体には蛆虫が湧いていた。

( -∀-)『昔は猛威をふるった物だ。誰もが僕の事を知っていたし、怖がってくれた。でも――』

区切って、男性は背もたれに背中を預け、足を組んだ。すらりとした細い足である。

( ・∀・)『昨今は僕の存在が忘れられかけている。その内に消滅をしてしまいそうで、僕は怖い。
      そう。今は人間達に恐怖をしているのさ。本来とは正反対である。笑い話になりやしない。
      消えるのは嫌だ。だから最後の力を振り絞って、世界に僕の存在を刻み付けようと思う』

男性はスーツのポケットから、手の平に収まる大きさの機械を取り出した。赤と青のボタンがある。
手の中で機械を器用に回して遊んだ後、映像を見ている全ての者達に向けて、腕を伸ばした。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:35:24.20 ID:yySogl2H0
( ・∀・)『霊能力者諸君。一つ勝負と行こう。十七時になれば、僕は迷い無くこのボタンを押す。
      そうすると、世界が僕の色に変わる。なあに、騒ぎなんて一つも起こらないさ。無害だ。
      遥か昔から、世界はその色だったと、概念を変えるのだからな。誰も不思議に思わない。
      それが気に入らないのならば、本日の十七時までに僕を見事に探し出し、訪ねるが良い。
      まあ、誰も僕を見付けられないだろうがね。――それでは、楽しみに待っているよ』

クックックと不敵な嘲笑を残して、映像は元の映画の宣伝に変わった。ドクオ達は呆然としている。
今しがたの出来事を正常に処理が出来ているのは、ハルトシュラーのみである。賢明な彼女が云う。

jl| ゚ -゚ノ|「今の悪霊は、近年の自分に過激な惨めさを感じ、最後の呪いを行使しようとしている。
       多分、誰にも知られずに、世界をあの悪霊に関する色で染めてしまうつもりだろう。
       つまり、期が満ちれば、私達は男の世界の中で過ごす破目になる。……気に入らないな。
       とても気に入らない。私は悪霊を倒す意志があるがしかし、彼奴の居所が掴めない」

('A`)「居所なら分かるぜ」

ただただ佇んでいたドクオは感情の色を取り戻し、強い口調で言い切った。皆の視線が集中する。
彼は映像の男性が居住をしている場所が分かると云う。先程の少ない情報で、どうやって知れたのか。
ヒートが鹿爪らしい表情で、真下からドクオの自信有り気な顔を覗き込み、理由を問い質した

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:36:17.34 ID:yySogl2H0
ノパ听)「何故分かる。ドクオは、さっきの悪霊と知り合いだとでも云うのか?」

('A`)「そうだよ。あの人はモララーと言って、俺がいつも通っているチャットの常連だ。
    以前、あの人が写った画像を貰った事がある。本物か疑っていたが、さっきの男と同じだ」

クーとハルトシュラー、そしてヒッキーの現代の都市伝説達は、ドクオの言葉を瞬時に理解した。
古めかしい知識しか持ち合わせていないヒートは、何の事やらと首を竦めた。イミフが過ぎる。

(-_-)「……じゃあ、ドクオは彼の住所を知っているんだね。仲良くなる過程で教えて貰った」

('A`)「いや。流石に住所は教えてくれなかったよ。最近はネットに絡む事件が多いからかな。
    ……だが、映像に流れていた応接間の様な場所を知っているんだ。俺の記憶が確かなら」

(-_-)「なら?」

('A`)「――ドヴァ帝国の領土内に建つ、貴族の家だ」

ざわ……ざわ……。
クー、ハルトシュラー、ヒッキーの三人は、ちらちらと視線を交し合う。ドヴァ帝国って何処だよ。
聞いた事のない地名である。三人に死んだ魚の様な目を向けられたドクオが、大きく咳払いをした。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:37:02.88 ID:yySogl2H0
(;'A`)「ゴホン! ゴホン! ドヴァ帝国ってのは、俺がプレイをしているネトゲの地名なんだ。
    そのネトゲ内で、俺と知り合い達が溜まり場にしている場所が“貴族の家”というわけ。
    ついさっき観た映像の部屋は、貴族の家にある応接間とそっくり其の儘、造りが同じだった」

jl| ゚ -゚ノ|「成る程。彼奴は“貴族の家の応接間”にて、阿呆らしい演説を盛大に仕出かしたのか。
       霊能力者共に、啖呵を切った強気な姿勢に納得が行く。そんな場所、誰も気が付かんよ。
       ……仮にそうであれば、モララーという男、ネット上に潜む悪霊の可能性が大きい」

川 ゚ -゚)「ぽぽぽぽ、ぽぽぽぽぽ」

ノパ听)「『現実世界とはまるで法則が変わっているから、力が激減すると思う』。そうだろうね!
     このアタシですら把握が及ばないだから、お前達弱小霊には厳しい物があるに違いない」

クーは、“サイバー上の世界では、現世とは在り方が異なっているので力を出し切れない”と云った。
ふとドクオは思う。彼女は、ネットの世界に飛び込む方法を、然も知っているかの言い方だった。
ひょっとして、現世とインターネット上との往復が可能なのか? そうだとしたら物凄い事実だぞ。

画面の向こうの女の子が出て来てくれるかもしれない!
前回でも触れたが、多数の大人達が狂喜乱舞しそうな話である。ルイズちゃんと触れ合える。
世界が窮地に立たされている時に、夢見がちな青年は微笑む。ハルトシュラーは彼の顔を見上げた。

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:37:33.13 ID:yySogl2H0
jl| ゚ -゚ノ|「……ドクオはモニター越しの片恋が、ついに成就するものだと考えているのだろうが、
       それは不可能だ。あちら側の住人共には、現世に移動する為の器が用意されていない。
       二つの世界を行き来出来る存在は、人間の身体を器としてとり憑く幽霊くらいだね」

(;'A`)「ばっ、馬鹿。俺はそんな事は考えていない。それで、どうやって向こう側に行くんだ?」

ドクオが問うと、ハルトシュラーは人差し指を立てた。

jl| ゚ -゚ノ|「先ず、パーソナルコンピュータの前に座る」

('A`)「ふむ」

ハルトシュラーは、中指を立てる。

jl| ゚ -゚ノ|「幽体離脱をする」

('A`)「ふむふむ」

そして、彼女は薬指を立てた。

jl| ゚ -゚ノ|「最後に、画面の中に飛び込むのだ。これで、電子世界へと旅立つ事が可能だ」

('A`)「ふむふむふむ。二番目が凄まじくハードルが高いな!」

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/08/12(木) 19:38:14.94 ID:yySogl2H0
幽体離脱とは、肉体の感覚が外界へと抜けて、自由に行動が出来るようになる不思議な現象である。
自分の意思通りに幽体離脱をしている人間が居るらしいが、実際のところはどうなのでしょうね。

ともあれ、ハルトシュラーがドクオに教えた方法は、二番目から難易度が高みへと跳ね上がっている。
幽体離脱なんて、どうすれば良いのだ。ドクオが疑問を感じていると、彼女は視線を横に向けた。

jl| ゚ -゚ノ|「此処いらに、パソコンが置いてある場所は無いか。それが無いと話は進まない。
       ドクオ君。まだまだ年歯(ねんし)も行かない君が、暗中模索をして世界を救うのだ」

('A`)「世界を守るのか」

世界を救ってしまおう。英語にしても聞こえの良い言葉である。現世を、モララーが云う色に染めてはいけない。
青年ドクオは逸る気持ちを抑えながら、パソコンがあり、且つ人目に付かない場所を一同に教えた。

('A`)「近くにインターネットカフェがある。二三度行っているので、会員カードを持っている。
    お前達は見えないように姿を消しておいて、俺が案内されたブースに後から集まってくれ」

ドクオは雑居ビルにある怪しい雰囲気のインターネットカフェに足を踏み入れた。五時間程度滞在することを店員に告げ、
指定されたブースへと入った。安いインターネットカフェなので狭い。此処に四人も収まったのだから息苦しさを禁じ得ない。
ドクオはインターネットゲームにログインをして待機をする。幽体離脱など出来るなんて今日はなんて恵まれた日か。

('A`)「で、どうやって幽体離脱をするんだ」

川 ゚ -゚)「ぽ」

任せとけ! クーはドクオの頭を思い切り殴りつけた。するとドクオの頭からふわりと霊魂が浮かび上がった。
そして彼の霊魂はパソコンのモニターの中に入っていった。これにてインターネットへの侵入の完了である。

――――。


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