- 57 名前: ◆qQn9znm1mg[sage] 投稿日:2012/06/14(木) 17:23:29 ID:qQ39tfW6O
-
第二話「vs【劇の幕開け】」
アラマキ=スカルチノフは、内藤の言葉を聞いて驚愕した。
この世界の『作者』であるというのは先ほど信じたつもりだったが、
詳しく現状を聞いてみると、思いも寄らぬ所まで熟知していたのだ。
内藤は、嘗てアラマキが深手を負わされた相手、
【連鎖する爆撃《チェーン・デストラクション》】と名乗った男の話をした。
圧倒的な知能指数と滑らかな身のこなし、そして全盛期のアラマキと
互角に戦えるであろう戦闘力の持ち主であるその『能力者』の
名を告げたところ、アラマキは目を丸くした。
( ^ω^)「その男の通り名は、ゼウス」
( ^ω^)「裏社会の統括者……だお」
/;,' 3「……やはり、そうか」
.
- 58 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:27:22 ID:qQ39tfW6O
-
小説の舞台となる王国は、政治がまともに機能していない世界となっていた。
王の持つ兵力が、裏社会の持つ勢力に劣り始めていたのだ。
対抗すべく軍事力に金を費やそうと、国は手を替え品を替え農民から搾取を続けた。
むろん国民からは反感を買い、一方で軍事力を付けようと
裏社会の強大な力には立ち向かえず、衰退の一途を辿る事になった。
アラマキ元帥はそんな国軍の最高権力者で、
実質的な政治の主導権をも握っていた。
当然アラマキは裏社会の人間とは
顔を見せ合う関係であり、彼は何度も暗殺されかけた。
そのたびに【則を拒む者《ジェネラル・キャンセラー》】の
効力でピンチを免れてきたが、油断できない日々が続いた。
そのアラマキだが、どうしても一人、勝てない人間がいた。
それが裏社会のボス的存在である、ゼウスという男だった。
しかも、この名は世を忍ぶ仮の名であり、正体は不明とされている。
彼の手足となる人間が、裏社会にて暗躍している、ということだった。
アラマキが現役時代に襲われた日以降、
どういった因縁かまた一度、会うことがあった。
その時の相手――ゼウス――は、自らを【連鎖する爆撃】の使い手だと名乗らないでいた。
だからアラマキも二人が同一人物であると知らないまま、今までを過ごしてきていた。
それを知った今、アラマキは驚いた、という訳だ。
.
- 59 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:29:46 ID:qQ39tfW6O
-
/ ,' 3「あやつには……ゼウスには、決して先手をとられてはいかんのじゃ」
( ^ω^)「だけど、闇討ちはゼウスの十八番だお」
/ ,' 3「だから、儂じゃて抗うだけで精一杯なんじゃ」
( ^ω^)「だお」
/ ,' 3「……そうじゃ、『作者』なら当然知っているんじゃろう?」
/ ,' 3「【連鎖する爆撃】……その実態を」
( ^ω^)「お……」
内藤は一瞬口ごもった。
彼が『作者』であるのは言うまでもないのだが、
果たして、その内容を言っていいのだろうか。
言うことで未来が変わり、パラレルワールドの食い違いの
進行がひどくなっていくのではないのだろうか。
そういった事が懸念されたのだ。
まだこのパラレルワールドの実態を明かせていない以上、言うのが躊躇われた。
言葉を詰まらせていると、アラマキが質問をかえた。
/ ,' 3「言いにくいならば、こうしよう」
/ ,' 3「儂が相見えた二度の経験を元に、推理する。
合ってたら、教えてくれんかの。
儂かてある程度は目星がついとるんじゃ」
( ^ω^)「……」
.
- 60 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:32:11 ID:qQ39tfW6O
-
内藤が肯かないうちに、アラマキは続けた。
国軍在籍時での闇討ち、以降一度だけ経験した戦い。
その二度の経験に基づいた、ゼウスの能力についての、推理を。
/ ,' 3「あやつは、互いが何も干渉しあってない状況ならば、無力。
じゃが、一発でも相手にダメージを与えた場合、能力が適用される」
/ ,' 3「傷を負わせた相手に零距離で爆発を起こす……じゃろ?」
( ^ω^)「……」
/ ,' 3「それも、一度ではない。
ゼウスの気が済むまで、無限に爆発を引き起こす」
/ ,' 3「一度でも敵を攻撃した場合、以降はゼウスの任意のタイミングで、
その敵を爆風で襲う、それが【連鎖する爆撃】……違うかの?」
アラマキの二度の戦いで得た共通点が、それだった。
ゼウスは相手の近辺で爆発を起こす能力を持つ。
だが、それが無傷ならば、爆発は起きない。
浅い傷だろうと、なにか負傷を負ってなければ、ゼウスは能力を使えないのだ、と。
逆に、少しでもダメージを負うと、地獄を見る事になる。
自分を、連続で爆発が襲うのだ。
一度喰らうだけで、熱風により肌が焦げ鼓膜が破れるのに、それを無限に行える。
正しくガード無視の攻撃で、また爆発もとを探れないため対策や避難すらできない。
つまり、ゼウスに先手をとられる事は、死を意味する、という事なのだ、と。
.
- 61 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:38:30 ID:qQ39tfW6O
-
( ^ω^)「……」
/ ,' 3「どうじゃ、ブーンく――」
( ^ω^)「――合ってるっちゃ、合ってるお」
/ ,' 3「! やはりそうか」
内藤は肯いた。
ここまで知っているのであれば、隠す意味もない。
アラマキこれ以上を知ったところで、何も変化は生じない。
そう判断したのだ。
( ^ω^)「【連鎖する爆撃】は、手負いを『連鎖(チェーン)』させる《特殊能力》。
言っちゃえば、ただの追撃だお」
/ ,' 3「……」
( ^ω^)「だけど、あんたは先手を取られないように
振る舞う事で精一杯になり、
まともにゼウスと戦えなかった」
( ^ω^)「……それが、二度も負けた敗因だお」
/ ,' 3「……」
/ ,' 3「………」
淡々と話し続ける内藤を前に、アラマキは黙った。
思考に耽っているようだったので、これ以上は言わなかった。
アラマキとしても思うところがあるのだろう。
敗北と言っても、生きて帰ってこれた。
ゼウスから二度も生還できたのは、小説内ではアラマキだけなのだ。
だから、内藤は彼の敗北を責めるつもりは毛頭なかった。
.
- 62 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:40:16 ID:qQ39tfW6O
-
アラマキは、プライドが許さなかったのか、
改めてゼウスの恐ろしさを実感したのか。
口を噤み、目を細めた。
( ^ω^)「(でも……)」
( ^ω^)「(それでも、序盤にアラマキが出るのはおかしいお……)」
( ^ω^)「(この調子だと、ほかの終盤に出てくるキャラも出てきちゃいそうだお)」
小説と物事の起こる順序が違うのは、ここがパラレルワールドだからだ、と暫定的にだが納得できた。
だが、それでも、自分の隣に味方のアラマキが
いる事における違和感は拭いきれないでいた。
アラマキは最初の敵だが、二番目以降がおかしいのだ。
当然だが、終盤に近づくにつれ、敵の能力が強くなっていく。
いま、そういった敵が増えるのは、内藤としても辛かった。
/ ,' 3「……止まれ」
( ^ω^)「?」
内藤も思考に耽っていると、アラマキがちいさく制止した。
何だと思って振り返った瞬間、内藤に衝撃が走った。
.
- 63 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:43:25 ID:qQ39tfW6O
-
( ;゚ω゚)「ッ!」
振り向くと、アラマキが遙か後方にまで吹き飛ばされていた。
それも、ここから随分先のベンチまで。
その黄色いベンチは真っ二つに壊されて、中央にうなだれたアラマキが見えた。
はっとして、内藤は現状の把握に努めた。
真っ先に気づいたのは、先ほどまでアラマキが
立っていた位置に、別の人間が立っていた事だ。
肩まで伸びた白い髪の女が、不敵な笑みを浮かべて内藤を見ていた。
体勢からして、この女が瞬く間にアラマキを蹴飛ばしたようだった。
从 ゚∀从「……」
(;^ω^)「アラマ――」
从 ゚∀从「おい」
(;^ω^)「!」
女は体勢を戻し、低い声で内藤に呼びかけた。
あまりに唐突な出来事のなか、現状を把握しきれて
いないため、彼女を認識するのに時間がかかった。
慎重が一五〇センチあるかわからない程度の彼女は、内藤に詰め寄った。
咄嗟に、内藤は距離をとった。
アラマキを蹴飛ばしたその脚力が尋常でないのを見て、
常人ではない――つまり『能力者』である――と思ったのだ。
その判断は、間違ってなかった。
.
- 64 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:46:50 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「あんた、博識なんだな」
(;^ω^)「……な、なんの事だお」
从 ゚∀从「しらばっくれちゃあいけねぇな。
私は茂みの奥で聞いてたぞ?」
从 ゚∀从「――――この世界を創った『作者』?だっけか」
(;^ω^)「……っ」
内藤はひどく後悔した。
迂闊だった。
人がいないものだと思い大きな声でぺらぺらと
話したせいで、様々な情報が漏洩されていた。
この世界には、『能力者』が数多く潜んでいる。
そして、内藤の話を聞けば、この世界の何から何までを知り得る事ができる。
『能力者』に言わせてみれば、内藤は是非味方に引き入れるべきなのだ。
この世界のどんな情報屋にも勝る最強の情報量を誇るであろう、『作者』の内藤を。
逆に言えば、内藤の存在が知れ渡ると、常に『能力者』との接近が懸念される。
そのたびに、死が目の前に迫ってくるのだ。
それを今の今まで考えてなかった。
从 ゚∀从「私、ゼウスの事についてちょっと聞きたいんだけどなー」
(;^ω^)「……何も知らないお」
从 ゚∀从「嘘つけ」
(;^ω^)「!」
.
- 65 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:48:31 ID:qQ39tfW6O
-
内藤がその事に気づいたのは、その時だった。
はっとして視線をおろすと、自分の胸倉が掴まれていた。
内藤が視認できなかった程の速さで、腕を伸ばしたと言うのか。
心臓の鼓動の間隔が、徐々に短くなっていった。
緊張のせいで自然と喉が締まり、声が出しづらくなった。
女は、自分が掴みかかったのを漸く理解した内藤を見て、ほくそ笑んだ。
どこまでもとろい人間よ、と女は思っていた。
从 ゚∀从「私が誰だか、知ってるよな?」
(;^ω^)「……知らない、というより……わからないお……」
これは本心だった。
自分は、確かにこの世界の全てを創り出した。
しかし、各キャラクターの容姿や声なんかには触れていないのだ。
そういったキャラクター設定の想像は、読者に委せるタイプの小説家だった。
読む人の数だけ浮かぶ世界がある、それが内藤のモットーだった。
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- 66 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:50:24 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「そっか。じゃ、ヒントあげる」
(;^ω^)「お……?」
女は、掴んでいた手を離した。
なにをするのかと思っていたところ、彼女は後ろに振り返った。
アラマキが飛ばされた先の黄色いベンチには、アラマキの姿はなかった。
いや、内藤が黄色いベンチにまで視線を遣る必要がなかった。
アラマキはのそりのそりと歩いて、
自身を蹴った女の二十メートル手前まで迫っていた。
背を曲げ俯いているので、顔色が窺えない。
だが、とてつもない殺気だけは感じ取れた。
/ ,' 3「儂に自ら喧嘩を売るとは……度胸だけは褒めてやろう」
从 ゚∀从「はん! 抜かしやがれアラマキ」
アラマキは少しだけ動揺を見せた。
.
- 67 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:52:02 ID:qQ39tfW6O
-
/ ,' 3「儂を知っておるのか」
从 ゚∀从「ゼウスを潰す者として、知らない訳がないぜ」
从 ゚∀从「ゼウスのライバルとされる、あんたをな」
/ ,' 3「……ほぅ、儂がライバルか。過大評価じゃな」
アラマキは笑ってみせた。
だが、二人の間に、互いに歩み寄ろうとする雰囲気は感じ取れなかった。
ぎすぎすとした空気が、内藤には痛かった。
続けて、女が言った。
从 ゚∀从「そういうあんたは私を知らないのか?」
从 ゚∀从「第三勢力『レジスタンス』のリーダー、この私を」
.
- 68 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:53:52 ID:qQ39tfW6O
-
/ ,' 3「!」
(;^ω^)「!」
国軍と裏社会が抗争を続ける一方で、徐々に力を付けている勢力があった。
その名を「レジスタンス」。
元々歌劇団の長女として生まれた彼女は、『劇』を
嗜むのもそこそこに、女優としてデビューを決めた。
特に、子供向けの特撮ヒーロードラマで主演となったのが、彼女が人気になる契機となった。
タレントとして多くのバラエティー番組にもゲスト出演し、
彼女を知らぬ者は一人としていなくなったのだ。
そして、ついには政治活動も頻繁に行うようになった。
彼女の知名度が後押しして、彼女の持つ政党は与党となった。
彼女の掲げるマニフェストは、国軍と裏社会との抗争を取り払い、
国の持つ軍事力を抑えさせて平和な暮らしを約束するものだった。
当然このマニフェストにおける国民からの支持は高い。
国民にとって、国民と裏社会の抗争ほど治まってほしい戦争はないのだ。
国民の後押しを受け、彼女は目下マニフェストを実行中である。
.
- 69 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:56:51 ID:qQ39tfW6O
-
これが、彼女の「表の顔」だ。
世間では彼女は『英雄』となっているが、実際は違った。
そもそも、マニフェストからしてすぐに裏社会の人間に消されそうな
彼女が、今ものうのうと生きているのはおかしいのだ。
普通の人間があのような事を言うのであれば、
間違いなく次の日には裏の世界で消されてしまう。
現に、何人もの有力な政治家が政界から姿を消している。
だが、彼女は違った。
マニフェストを掲げて三ヶ月、未だに彼女は存命である。
その理由は、至極単純だった。
(;^ω^)「まさか……【劇の幕開け《イッツ・ショータイム》】の……ッ!」
彼女も、『能力者』だったのだ。
尋常のない脚力と反則並の能力を有する彼女が、そう簡単に消される訳がない。
また、彼女の背後には強力な『能力者』がまだいる。
彼女たちが集えば、ゼウス相手でも対等に戦えるだろう、という見解を、
裏社会の人間と「レジスタンス」の人間の両方が抱いている程なのだ。
.
- 70 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 17:58:48 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「ぴんぽーん!」
从 ゚∀从「私はハインリッヒ。またの名を、カゲキ」
从 ゚∀从「アラマキよ、あんたうちに来ないか?
ゼウスを殺す同志として、歓迎するぜ?」
国軍、裏社会に続いて頭角を現した第三勢力「レジスタンス」は、
リーダーのハインリッヒ=カゲキが掲げたマニフェストに忠実に従っていた。
しかし、当初の公約と違う点がある――
否、どちらかと言うなれば共通点が一つしかなかった。
それは、ゼウスの殺害。
ゼウス率いる名も無き裏社会の縦列図を崩す事を目的としていた。
それ以外はハインリッヒが公に掲げた約束とは異なる点で埋め尽くされていた。
現在の国家を悉く潰し、クーデターを起こす。
しかし、国民の目にはあくまで平和的行動としか捉えられない。
ごく自然な様子で国家を乗っ取り、新たな王国を築き上げるのだ。
そして強大な武力王国を作り上げ、世界の他の国を鎮圧する。
それが、「レジスタンス」の終着点だった。
.
- 71 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:01:01 ID:qQ39tfW6O
-
つまり、国軍にとって「レジスタンス」とは、
手を組み裏社会を根絶やしにする関係ではなかった。
寧ろ、裏社会以上に厄介な敵だったのだ。
だから、アラマキがその誘いにのる事はなかった。
/ ,' 3「断らせていただこう」
从 ゚∀从「元帥も退いたんだろ? いいじゃんかよ」
/ ,' 3「自らの手で国家を潰す気にはなれんからの」
いくら政治が破綻し国民を苦しめている現国家でも、
元国軍総大将としては手を貸す気にはなれなかった。
そもそも、政治が機能しなくなったのは
ゼウス率いる裏社会が暗躍するようになったからだ。
元凶さえ打ちのめせば、政治はまた元通り復活する。
アラマキは、そう信じている。
从 ゚∀从「ま、そういうと思ってたけどよ」
(;^ω^)「……お?」
ハインリッヒは踵を返し、内藤に一歩、詰め寄った。
吐息がかかる距離のため、内藤は思わず後ずさった。
だが、ハインリッヒは内藤の左手を握った。
柔らかな肌でそれを握りつぶす事なく、
横目をアラマキに遣わせて美姦は言った。
从 ゚∀从「私はこいつを連れてアジトに帰るぜ」
(;^ω^)「!」
.
- 72 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:02:21 ID:qQ39tfW6O
-
瞬間、ハインリッヒは目にも留まらぬ速度で内藤の足を払った。
体重の行き場がなくなった内藤は、惨めにも落下する。
それを、ハインリッヒが抱きかかえた。
そしてそのまま持ち前の脚力を用いて、駆け出そうとした。
从 ゚∀从「じゃあな」
しかし、アラマキは笑っていた。
/ ,' 3「蹴りによって生じる反動を、『解除』しよう」
.
- 73 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:05:11 ID:qQ39tfW6O
-
从;゚∀从「うおッ!」
ハインリッヒが地を蹴り、跳ぼうとした瞬間だ。
宙に浮くはずの身体は、今も平生と変わらぬ視線を保っている。
この一瞬で変わったものは、地面だった。
何気なく地を蹴っただけだったのに、
その場にはクレーターができていた。
それは半径が三メートル程もあり、また小さな地割れが起きている。
その周辺には、これらの衝撃によって盛り上がった土が見えていた。
跳んだと思っていたハインリッヒは思わず狼狽した。
同時に、アラマキが地を一蹴りし、
二十メートルはあった距離を一瞬で詰めた。
/ ,' 3「あんたが地を蹴った反動で跳ぼうとしたその力は、
全部地面が吸収したんじゃよ」
从;゚∀从「―――ッ」
これも、アラマキの能力だった。
なにも、【則を拒む者】が適用されるのは自身の皮膚上だけではない。
この世界に存在するありとあらゆる力を、自由に『解除』できるのだ。
それを知ったハインリッヒは、感嘆の息を漏らした。
.
- 74 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:07:51 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「じゃああれか、今アラマキは地面にかかる作用の力の
向きを解除して、ここまで跳んできたってのか?」
/ ,' 3「そうじゃな」
从 ゚∀从「歩いてじゃないと私は帰れないのか」
/ ,' 3「帰らせやせんよ。まずはその男をおろしなさい」
(;^ω^)「……」
从 ゚∀从「……ふん」
ハインリッヒは鼻を鳴らして、内藤の顔をみた。
大変筋肉を強張らせている。
すぐに去る事ができないとされた今、内藤を抱いていると
手荷物になると判断したのか、ハインリッヒは内藤をおろした。
生きた心地がしない内藤は、慌てて二人から離れた。
単純にハインリッヒが恐ろしかったというのもあるのだが、主立った理由はそれではなかった。
内藤は、直感的に理解したのだ。
これから、戦闘が起こると。
/ ,' 3「……」
从 ゚∀从「……」
数度顔を前に傾け、影をつくってみせた妖しい笑みを浮かべるハインリッヒと、
背中を曲げ腕をぶらんと垂らしたアラマキとが、睨み合っている。
戦闘の予感は誰だってするものだが、内藤が懸念したのはそれではなかった。
それのもっと奥の深い位置に眠る問題だった。
(;^ω^)「(おかしいお! どうしてこの二人が……)」
(;^ω^)「(作中の強敵同士が、鉢合わせするんだお!)」
.
- 75 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:10:47 ID:qQ39tfW6O
-
内藤がその答えを導き出す前に、ハインリッヒが動きを見せた。
姿勢を限りなく低くして、股を広く開き、獣のような体勢をとった。
クレーターの中心で唸る狼のようにも見えた。
「はッ」とちいさく掛け声を発したかと思うと、
クレーターの中心から彼女は消えていた。
内藤が驚くと、アラマキは無心で後ろに裏拳を放った。
ドクオが相手の時には微塵にも進んで動かさなかった両手を、躊躇いなく攻撃に用いた。
その辺り、拳を交えるまでもなくハインリッヒの実力が
凄まじいものであるとアラマキも察したのだ、そう窺えた。
今まで幾多もの場数を踏んできたアラマキだからこそわかった、強者のオーラだった。
裏拳の描く軌道のすぐ下に、ハインリッヒはいた。
しゃがみこんだ姿勢になっているが、裏拳を予測して背を低くしたものだった。
というのも、当初の獣のような姿勢ではなかったのだ。
.
- 76 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:13:37 ID:qQ39tfW6O
-
左の掌を地につけ、それを軸にして下半身を回転させ、
ハインリッヒの右脚は視認不可の速度でアラマキの腰を狙った。
その瞬間、アラマキは裏拳の勢いを止めないで軽く右足をあげた。
そして
/ ,' 3「ふん!」
从;゚∀从「なッ!?」
アラマキが強くハインリッヒを睨んだかと思うと、ハインリッヒの動きは止まった。
【則を拒む者】でハインリッヒに働く慣性の力を『解除』したのだ。
アラマキの腰の数ミリ手前で止まった脚を、すぐにハインリッヒはおろした。
が、アラマキの方が速かった。
少し上げた右足で、ハインリッヒの頭を強く蹴った。
脳震盪をも起こしかねない強烈な衝撃で、
ハインリッヒは十メートルほど吹っ飛んだ。
地に頭蓋骨が接する前に、手で地を払って受け身を取った。
砂埃が舞い上がり、ハインリッヒの姿が少しぼやけて見えた。
それほどまでに強い衝撃だったにも関わらず、
ハインリッヒは大して苦痛で顔を歪めていなかった。
寧ろ、清々しそうな笑みを浮かべていた。
.
- 77 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:15:31 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「いたた……。
コンマ一秒足らずの蹴りですら、止めただと?」
/ ,' 3「まだ老い耄れちゃおらん。スローモーションで見えたわ」
从 ゚∀从「……ふふ」
ハインリッヒが、少し顔を綻ばせた。
純粋に可愛らしく見えた笑顔だったが、
それに見惚れる者はこの場にはいなかった。
そして、ハインリッヒは声高らかに笑い上げた。
从*゚∀从「ふっはははははははッ!
さすがアラマキ、国軍最強の戦士!」
( ;゚ω゚)「(来るッ!)」
从*゚∀从「いいねぇいいねぇそそるねぇ!」
/ ,' 3「……?」
アラマキはハインリッヒの態度の真意がわからなかった。
急に笑い出し、感情の昂揚を抑えないでいる。
強敵に巡り会えて発奮している、程度にしか、感じ取れなかった。
.
- 78 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:17:00 ID:qQ39tfW6O
-
从*゚∀从「アラマキに手加減無用!
じゃあ派手にいっちゃいましょう!」
从 ゚∀从「―――『イッツ・ショータイムッ!』」
彼女の白い髪の向こうで、眼が朱く染まった。
.
- 79 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:18:52 ID:qQ39tfW6O
-
◆
(;^ω^)「じーさん離れるお!」
/ ,' 3「は?」
二人から離れ木々のなかに隠れた内藤が、コートを翻し頭に被せた。
そして警告したが、アラマキにはわけがわからなかった。
それも仕方のない事なのだ。
ハインリッヒの能力の実体を、アラマキが知り得る筈もない。
だから、わからなかったのだ。
内藤がハインリッヒに畏れを抱く、その訳を。
気がつくと、十メートル程離れた場所にいたハインリッヒが
次に立っていた場所は、アラマキの後ろだった。
一瞬という言葉では説明不足となる。
時が進んだと同時に、ハインリッヒは移動していた。
まさに瞬間移動、と呼ぶに相応しかった。
.
- 80 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:22:12 ID:qQ39tfW6O
-
/;,' 3「がはッ!」
アラマキの腹は、ハインリッヒの右脚が捕らえていた。
脚を薙ぎ、アラマキをすぐ左隣の木に飛ばす。
三つに連なった木々が、アラマキのせいで一瞬にして折られた。
尚もハインリッヒは攻撃の手を休めない。
アラマキの方へ低く跳ね、宙に浮いた身体を一回転させた。
弧を描くように回された踵は、アラマキの頭蓋骨に向けられた。
/;,' 3「させるか!」
すぐさま、アラマキの脳天にハインリッヒの踵落としが見舞われた。
が、その瞬間に、己にかかる力を全部ハインリッヒのもとに追い返した。
ドクオの金属バットの時に見られた、彼にしかできないカウンター技だ。
当然、ハインリッヒの脚力では、その踵はもげるだろう。
だが、実際はほんのりと踵が弾かれた程度で、変化はみられなかった。
それどころか、踵を弾いたと同時にハインリッヒの
もう片方の足がアラマキの左頬に見舞われた。
アラマキは踵落としを跳ね返す事しか眼中になかったため、その蹴りを防ぐ事はできなかった。
/;,' 3「むおッ!」
从 ゚∀从「踵落としはフェイクだ」
.
- 81 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:25:14 ID:qQ39tfW6O
-
アラマキがカウンターをするだろうと読んだ
ハインリッヒは、踵が脳天に触れる直前に勢いを殺した。
案の定アラマキは【則を拒む者】を適用させたが、
それによるハインリッヒへのダメージは皆無。
能力を発動させるのに出た一瞬の隙を突いて、
ハインリッヒが思いきり蹴飛ばしたのだ。
右隣にあった木々もまとめて蹴り飛ばされた。
不意打ちだったためか、その威力は喰らうはずだった
踵落としよりかは減るが、それでも大きい事に変わりはなかった。
もし喰らったのがアラマキではない普通の軍人だったなら、
間違いなく首を持っていかれただろう。
それほどの威力だった。
アラマキが受け身をとって立ち上がった。
頬が赤く腫れるが、もう闘えないという訳ではなさそうだった。
着地したハインリッヒはにやにやしてアラマキを見ている。
アラマキには訳がわからなかった。
明らかに、先ほどまでとは動きが違うのだ。
移動速度も、蹴りの速さと重さも段違いに増している。
少しして、それが彼女の能力ではないのか、とアラマキは察した。
.
- 82 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:28:06 ID:qQ39tfW6O
-
/ ,' 3「もしや……【劇の幕開け】とは、自己強化の能力か……?」
脳震盪は起こらなかったようで、頬をさすりながら元の姿勢に戻った。
そして、小鳥の囀りのような声を出した。
内藤には聞き取れなかったが、ハインリッヒには聞こえていた。
从 ゚∀从「ぴんぽ――いや、惜しい」
/ ,' 3「惜しい?」
从 ゚∀从「良いことを教えてやる。私の能力発動中は――」
从 ゚∀从「私が『英雄(ヒーロー)』なんだ」
内藤は頭を抱えた。
先ほど懸念していた事柄は、まさにこれだった。
国軍の頂点に位置する者アラマキ、
及び「レジスタンス」の頂点に位置する者ハインリッヒ。
言うまでもなく、物語序盤で出ていいような安い敵ではないのだ。
単身での戦闘力、及び有する能力ともにとてつもなく強力である。
アラマキの方は前述したが、ハインリッヒも劣らず反則並の能力を持っている。
それが【劇の幕開け】だった。
『劇(ショータイム)』の最中は、ハインリッヒが『英雄』になる。
『英雄』とは、『悪役(ヒール)』を退治し、正義をもたらす、
さながら児童向けアニメのそれのようなものだ。
そして、それの意味するところが、能力の内容となっている。
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- 83 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:30:08 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「正義は正々堂々がモットー! だから教えてやるよ!」
从 ゚∀从「『劇』の最中、私は『英雄』となる」
从 ゚∀从「そう、この能力が続く限り――」
从 ゚∀从「『英雄』である私が、『優先』される世界となる」
児童向けのヒーローアニメは、決まって最後に勝つのは正義だ。
中盤では負けていた『英雄』も、必ず最後には勝利する。
それには、様々な要素が絡んでくるのだが、
決まって「ご都合主義」が『英雄』を救うのだ。
隠されていた能力が覚醒しただの、
『悪役』に負けるタイミングで新兵器を使うだの、
後付けしたような展開が待っているように。
『悪役』を倒すべく、『英雄』に有利な展開が次々と待ち受けるのだ。
彼女の身体強化も、それに当たった。
.
- 84 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:32:35 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「やられればやられる程、不屈の精神が燃え上がる。
結果、『英雄』はどんどん強くなる」
从 ゚∀从「さっきの蹴りのせいで、私のなかの何かが目覚めちゃったんだなー」
/ ,' 3「……!」
アラマキが能力を発動するには、対象の事象を押さえる必要があった。
バリアーを張るかのように能力を適用させる事はできず、
あくまでピンポイントで迎え撃たなければならなかった。
だから、今のように強烈な一撃を見舞われたのだ。
そのピンポイントが押さえられなければ、
アラマキが勝つ確率はないに等しくなってしまう。
アラマキは一筋の汗を流した。
从 ゚∀从「さぁて、おしゃべりはここまでだ」
从 ゚∀从「『やい、怪人アラマキ!
罪なき人々を戦争で苦しめた罰、いま与えてやろう!』」
.
- 85 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:35:00 ID:qQ39tfW6O
-
ハインリッヒが啖呵を切り、駆けていった。
いや、瞬間的にアラマキの前に移動した。
アラマキはそれを視界に捕らえていたようで、動揺せずに迎え入れた。
(;^ω^)「だめだお……」
内藤に、強敵同士がぶつかり合うのを見届ける勇気はなかった。
この二人が出逢う構想など、練った事がなかった。
もし二人が衝突するとどうなるか、想像もつかなかった。
だから、内藤は結果の如何に関わらず、見届けたくなかった。
――いや、衝突するとどうなるか。
それの想像は、ついていた。
(;^ω^)「ハインリッヒが一人で居るなら=c…」
(;^ω^)「間違いなく、ハインリッヒが死んでしまうお……!」
.
- 86 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:38:58 ID:qQ39tfW6O
-
◆
内藤がそう呟き、目を遣った先では早速死闘が繰り広げられていた。
とても物語序盤に見られるような代物ではなく、
終盤、最後の敵の前座に近い戦いだった。
ハインリッヒの蹴りを、アラマキの能力で弾き返す。
刹那やってくるもう片方の蹴りを殴り、浮いてる
ハインリッヒにかかっている上へと向かう力を解除し、
落とすと同時にアラマキが右足で蹴る。
更にその勢いをも解除し、左膝で
蹴り上げてから右のストレートで突き飛ばした。
だがハインリッヒも負けてはおらず、瞬間移動を駆使して立ち回り、
地面に叩きつけられる度にフェイントを交えて受け身をとる。
単純に受け身をとっていては、地面を叩く力の
向きが解除され、自分の手首が吹き飛ぶからだ。
/ ,' 3「ッつぇい!」
从 ゚∀从「……ちッ」
強気で出てみたのはいいものの、脚を使った大技が
得意なハインリッヒは、徐々にアラマキに押されていった。
とても、アラマキからその大技を見舞わせるための隙を見出せないのだ。
アラマキの水平蹴りを跳んでかわそうとすると、
その地面を蹴ることで生じる反動の力が解除され、
またも小規模ながらも人為的なクレーターができた。
そしてハインリッヒの位置が下にずれ、
こめかみにアラマキの蹴りが向かっていた。
.
- 87 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:41:34 ID:qQ39tfW6O
-
从;゚∀从「ちィッ!」
アラマキの蹴りは、大岩は勿論鋼鉄でできた盾をも貫く。
ハインリッヒのような能力でも、額を蹴られれば
頭蓋骨が砕け脳をぶちまけられる事は必至である。
だから、この蹴りをしゃがむ事でしか回避する術はなかった。
それをアラマキが狙っていた。
/ ,' 3「もらったッ!」
軸にしていた左足を地から離し、アラマキは宙に浮いた。
かと思うと、自身にかかったその浮くための力を『解除』し、重力に従って体躯を落とした。
右の正拳を構え、重力に手伝わせて渾身の一発を、放った。
しゃがんだ体勢で、またジャンプが封じられている今、
ハインリッヒにその拳を避ける未来など、本当は存在しなかった。
内藤は、思わず目を瞑った。
だが、この一瞬起きた出来事は内藤にも理解ができなかった。
从 ∀从「重力に『優先』!」
/;,' 3「!?」
.
- 88 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:45:48 ID:qQ39tfW6O
-
俯いたハインリッヒがそう言ったかと思うと、彼女はふわりと
――否、さっと、アラマキを避けるように宙を舞った。
急にハインリッヒが飛び上がったため、放った拳は
空を切り、アラマキは一瞬狼狽の色を見せた。
予想すらしなかった展開に、アラマキは呆気なく地に落ちた。
受け身をとれなかったのは、完全にこの一撃で終わらせるつもりだったからだ。
波動をも生み出す正拳が避けられた事、またジャンプとは
違う浮遊術を使われた事で、アラマキから余裕は消え失せていた。
咄嗟に距離をとって、アラマキは肩で
息をしているハインリッヒに問うた。
/;,' 3「今のも能力か!」
从; ∀从「ひゅー……」
アラマキの問いかけに無言で応え、額の脂汗を拭った。
アラマキは今の技の正体が掴めないと迂闊に踏み込めないし、
ハインリッヒとしても少し脚を休めたかった。
だから、自然と一時ばかりの休憩が入った。
从;゚∀从「重力で押しつけられてる私を、
重力に『優先』させた、結果浮かび上がった。
そういうことだよ」
从 ゚∀从「本当は、窮地に至るまで使っちゃいけない技なのに」
/ ,' 3「……『優先』……」
从 ゚∀从「よそ見してる暇が、あんのか?」
.
- 89 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:49:07 ID:qQ39tfW6O
-
アラマキがぼそっと口にした瞬間、ハインリッヒは駆け出した。
今の数秒の会話で、もう疲れがとれたように見えた。
ハインリッヒがジャンプして足技を使おうとしたので、
構えをとりながらその反動の力を『解除』した。
いや、正確に言えば、『解除』しようとした=B
だが、発生しなかったその力を『解除』するのは≠ナきなかった。
/;,' 3「ぬ!?」
从 ゚∀从「重力に――そして」
从 ゚∀从「人体に『優先ッ!』」
アラマキが力を『解除』したにも関わらず、ハインリッヒは跳んだ。
いや、実際は「飛んだ」。
重力よりも自分の存在を『優先』させ、結果浮かんだのだ。
なんの力も発生してないため、アラマキにそれを止める術はなかった。
またアラマキが驚いたのは、今まで脚のみだった攻撃に、手が加わった事だ。
浮かんだと同時に、ハインリッヒの正拳が迫った。
勘と経験だけで咄嗟に右に顔を反らした事が、功を奏した。
正拳が顔に直撃することは免れたからだ。
.
- 90 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:51:39 ID:qQ39tfW6O
-
だが、あまりに不意を突かれたため、
完全には避ける事はできなかった。
それはアラマキとしては問題なかったのだが、
左の頬を拳が掠めた時に、違和感は生じた。
/#,' 3「ぐおおおおッ!」
この違和感の詳細までは掴めなかったが、手で触れずともその実態はわかった。
頬骨が、ハインリッヒの拳が通った軌跡に従うように歪んだのだ。
これには思わずアラマキも苦悶ゆえに吠えた。
从 ゚∀从「もういっちょ!」
/;,' 3「!」
続けて、ハインリッヒの蹴りがアラマキを襲った。
しゃがんでやり過ごし、右の掌を地につけ足払いをする。
この間僅か一秒足らずで、片足を上げている
ハインリッヒがこれを避けるには、跳ねるしかないだろう。
しかし、その上に向かう力を『解除』することで
確実に足払いを決められ、アラマキのペースに持っていけた。
.
- 91 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:54:55 ID:qQ39tfW6O
-
だが、それはアラマキの脳に浮かんだただの空論のようだった。
ハインリッヒは跳ねる様子すら見せず、咄嗟に声を発した。
从 ゚∀从「――ッ!」
/;,' 3「ぬ!?」
つられて咄嗟に足払いを止め、出していた足の爪先を地に
つけそれを軸に上体を逃がす、そんな達人芸ができなければ、
恐らくアラマキの左足はねじ曲がっていただろう。
悪寒が走ったが故の行動だったが、
結果それは最善のものだった。
後方に低くバック転を決め、着地した
アラマキはハインリッヒと距離をとった。
姿勢を低くするアラマキは、
笑みが消えないハインリッヒを睨んだ。
その眼光は、獲物を決して逃がさない猛禽類のそれに近かった。
/ ,' 3「ひとつ訊こう」
从 ゚∀从「なんだよ」
/ ,' 3「もし、今の一瞬に儂が蹴りを決めていたら、
骨はねじ曲がっておったか?」
从 ゚∀从「よくわかってんじゃねーか。そうだよ」
.
- 92 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 18:58:30 ID:qQ39tfW6O
-
これもハインリッヒの能力だと言うのか、
そう思い、アラマキは固い唾を呑み込んだ。
ハインリッヒの肉体を人体より『優先』させる、
そうする事でアラマキの脚がハインリッヒの肉体に触れた時、
その脚の骨よりハインリッヒの肉体が優先され、骨は肉体に触れず、
アラマキの蹴りの強さ次第ではその部分だけ凹むかもげる。
使用者の任意で『英雄』を『優先』させる能力、という事だった。
理屈がわかった途端、アラマキは焦りと昂揚が抑えられなくなった。
というのも、何事にも優先度を付けられては、ハインリッヒに手出しできないのだ。
殴ろうが蹴ろうが、その前にハインリッヒの肉体が
『優先』されるものとなると、必ず打ち負ける。
嘗てない強敵に出会い、負けるかもしれないという焦燥と
久方ぶりに戦いを楽しめそうだという昂揚が、アラマキを満たしていた。
/ ,' 3「……ふぉっふぉっふぉ……」
从 ゚∀从「あん?」
アラマキは、低く断続的に笑った。
片足を上げ振り下ろしたかと思うと、地を抉って小さな石を手に取った。
.
- 93 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:02:21 ID:qQ39tfW6O
-
/ ,' 3「そろそろ、儂も本気を出そうかの」
从 ゚∀从「今更強がりか?」
ハインリッヒは嘲笑した。
『劇』中の『英雄』というものは決まって無敵で、
『悪役』のアラマキにもすっかり勝った気でいた。
そんなアラマキが、まだ実力を見せてないなどと
言ってきたので、馬鹿馬鹿しくなったのだ。
ハインリッヒも姿勢を低くし、いつでも
駆け出して蹴りをお見舞いできるよう体勢を整えた。
アラマキはというと手にした小石を見つめ、
ぎゅっと握りしめていた。
そして、一言呟く。
/ ,' 3「さすが『レジスタンス』の頭領だけあるわ。
じゃが、実に惜しい」
从 ゚∀从「虚勢を張る前に早く来いよ」
ハインリッヒも顔は笑っているが、内心は少し焦りを見せ始めていた。
アラマキは、情勢的に見て圧倒的に不利であると自覚している筈なのに、
その焦りを見せないで、寧ろ楽しんでいるようにすらハインリッヒは感じさせられたのだ。
なにか裏がある、本能的にそう察していた。
/ ,' 3「今ゆくよ」
そして数歩後退り、近場にあった木の数歩手前で立ち止まり、背を向けた。
軽く跳ね、両足を揃えたかと思うと、アラマキは背後の木にドロップキックを決めた。
そして、能力を発動した。
/ ,' 3「木にかかる作用の力を、『解除』するッ」
从 ゚∀从「……!」
.
- 94 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:05:53 ID:qQ39tfW6O
-
从 ゚∀从「……!」
アラマキのドロップキックは、通常の蹴りの倍近い威力を誇っており、
国軍の兵士が持つ盾程度なら、あたかもそれが紙のように蹴破れる。
それを脆そうな木に放ったというのに、木は折れなかった。
アラマキが、木に向かう力を全部自分へと押し返したのだ。
宙に位置するアラマキに力が加えられると、
その向きにアラマキが飛ばされるのは言うまでもない。
しかし、その速度が尋常ではなかった。
それも当然だった。
アラマキの渾身の一撃を、自分で喰らったようなものなのだから。
アラマキは、【劇の幕開け】以降のハインリッヒの動きの
何倍も速いスピードで――つまり音の壁を超えて――ハインリッヒに向かって突進した。
常人じゃないハインリッヒですら、この動きを捕らえる事はできなかった。
タックルを喰らってしまったハインリッヒは、
腹の中のものを全部吐き出したかのような声を漏らした。
しかしここでアクションを取らないと、一瞬で
死がやってくるであろう事は容易く想像できる。
ここでされるがまま後方に下がると、
アラマキの能力で慣性を殺され、連撃を喰らう。
となると、向かうべき場所は、上だ。
.
- 95 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:10:21 ID:qQ39tfW6O
-
从;゚∀从「重力に『優せ――」
自分の身体を重力より『優先』させ、一瞬で上空に上がった。
追撃すべく、アラマキも空高く跳んだ。
二人の距離は、目測五メートル。
この距離で、しかも空ならばアラマキの攻撃を防ぐ自信はある。
何事においても自分を優先させれば、必ずアラマキを迎撃できるのだ。
身体を半回転させ、下にいるアラマキと向き合った。
高度十メートルの高さでは、やはり上にいる者が有利だろう。
ある程度の余裕を持ってハインリッヒが攻撃を図ろうとした時だ。
アラマキが、先に行動に出た。
いや、ちいさく言葉を発した。
/ ,' 3「ハインリッヒにかかっている重力≠、『解除』する」
从;゚∀从「!?」
その瞬間、ハインリッヒの体勢が崩れた。
今まで自分を縛っていた紐が解けたような感じだった。
アラマキを迎撃しようとしたハインリッヒは、
瞬く間に遙か上空に浮かび上がった――とばされた。
なぜ自らの意思に反し浮かび上がったのか、答えは単純且つ明快だ。
ハインリッヒにかかっていた重力が『解除』された。
重力とは、俗にこの星が物体を引き寄せる力を指す場合が多い。
星の上に直立していられるのは、この力と自らの垂直抗力が相殺し合うからだ。
その重力を『解除』すると、当然ながら
相手は星の外に追い出されるように、飛ばされる。
その先に待っているのは、宇宙、そして死。
それを、ハインリッヒも一瞬で理解した。
.
- 96 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:15:16 ID:qQ39tfW6O
-
从;゚∀从「飛翔に『優先』っ!」
自分が飛ばされているなかから自分を『優先』させ、
飛ばされる勢いから解放されたハインリッヒは地上へと突進してきた。
それは重力が復活した訳じゃないため、地上にぶつかると
再び空へと向かう訳だが、とにかくこうするしかなかった。
しかし、その降下した先には、アラマキが待っていた。
右手で拳を構え、やってくるハインリッヒを今か今かと待ちかまえている。
ここで殴られると自分の死は確定的なものなので、拒むしかなかった。
从; ∀从「人体に『優先』!」
/ ,' 3「かかったな!」
从;゚∀从「ッ!?」
アラマキが拳を構えた時、同時にとったもうひとつの行動があった。
攻撃を仕掛ける前に拾った小石を、ふわりと宙に浮かせたのだ。
そして、ハインリッヒが能力を発動したのと同時に、
その浮かせた小石を、左手ではたき、力を石に押し返した。
猛烈な速度で迫ってくる小石が、ハインリッヒの額を狙っていた。
.
- 97 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:17:28 ID:qQ39tfW6O
-
同時に優先事項を作り出せるのは、ひとつのみ。
今ここで骨に対して優勢な身体を作り出そうが、
そのままでは無防備となっている小石には無力だ。
また、弾丸と化した小石をもろに喰らっては、やはり死に繋がってしまう。
重力を『解除』された今、無駄な動きが全て
空中移動に関わってくるため、避ける余地もなかった。
だから、一旦自分の身体を、アラマキの拳ではなく
迫り来る弾丸に対して優先させるほかなかった。
そして、それこそがアラマキの狙い目だった。
その時、ちょうど上昇するアラマキと
下降するハインリッヒの高度は、逆転していた。
从;゚∀从「石に―――」
/ ,' 3「……勝った」
アラマキは、高く振り上げた両手の指を絡め、まるでひとつの大きな石に変えた。
無防備なハインリッヒの背中に、重い一撃を、振り下ろした。
从; ∀从「っギィ!」
.
- 98 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:19:43 ID:qQ39tfW6O
-
殴りつけられ、ハインリッヒはまるで隕石のように地面に叩きつけられた。
地面が彼女を跳ね返す事はせず、湖一個分に
相当する巨大なクレーターを作り出した。
地、土、岩に埋められ、それが彼女の慣性と相殺しあったかと
思う頃に、アラマキは『解除』した重力を元のように『入力』した。
アラマキも地に降り立ち、クレーターの中心部へと歩み寄る。
靴の裏から感じられる柔らかい土が、どれだけ
深いクレーターを作り出したかを物語っていた。
ハインリッヒの顔に掛かっていた土を払いのけた。
頭部は打たなかったため、まだ息はあった。
だが、背骨を折っているので、戦闘不能には違いなかった。
/ ,' 3「儂の勝ちじゃ」
从 ;∀从「……」
ハインリッヒは涙を流していた。
死を恐れたのか、敗北が悔しいのか。
アラマキがその涙を咎める事はなかった。
.
- 99 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:22:19 ID:qQ39tfW6O
-
本来のアラマキなら、ここですぐに相手を殺していただろう。
だが、完全に動きがとれないと思われた
ハインリッヒには、それをする必要はなかった。
いや、それに加えてアラマキは彼女から聞きたい事があったのだ。
頬の傷をさすって、話を切り出した。
/ ,' 3「おぬし、ゼウスの事をなにか知っておるのか?」
从 ;∀从「……」
/ ,' 3「答えぃッ!」
从 ;∀从「………」
彼女の顔はくしゃくしゃになっていた。
はじめて敗北を味わったかのような心地で、
ハインリッヒは嗚咽を響かせていた。
彼女に抗う気力はなく、アラマキ勝とう、という気構えもない。
重力の『解除』なんてされては、勝ち目がないからだ。
余りにも速すぎるこの戦闘に腰を抜かしていた
内藤が、漸く我に返って茂みから飛び出した。
内藤の存在などすっかり忘れていたアラマキとハインリッヒだが、
別段驚くような素振りは見せなかった。
元はと言えば、これは内藤を巡った戦闘とも言えるのだ。
やはり、内藤にも、罪悪感は芽生えていた。
.
- 100 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:24:42 ID:qQ39tfW6O
-
だが、それを口にしなかったのは理由がある。
ハインリッヒに問いたい事、言いたい事がふたつあったからだ。
歩み寄り、嗚咽で身体全体を時折震わせるハインリッヒの顔を覗き込んだ。
彼女は、この世の終わりとも言えるような面構えをしていた。
从 ;∀从「……ヒーローは負けないのに……」
( ^ω^)「あんたは、小説のなかではトップクラスの実力者だお。
ただ、相手も同じくトップクラスの実力者だっただけなんだお」
ハインリッヒの涙もだが、内藤のこの言葉も本心だった。
ドクオなんかが相手だったら、全ての攻撃を前に
自身を『優先』させるだけで、勝ったも同然なのだ。
全ての攻撃を受けきり、瞬間移動してから
蹴りを喰らわせるだけで、ドクオの首など吹っ飛ぶ。
しかし、今内藤の目の前にいる彼女は、そのようなオーラを漂わせてはいなかった。
とても、トップクラスの実力者とは思えなかった。
从 ;∀从「殺さないで……お願い……ッ」
/ ,' 3「じゃあ答えるんじゃな」
.
- 101 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:27:31 ID:qQ39tfW6O
-
内藤とは対照的に、アラマキは冷酷だった。
『能力者』の抹殺を図る段階で、とても穏やかだとは言えないのだが。
この調子では、躊躇いなくハインリッヒを殺してしまいそうだった。
从 ;∀从「ゼウス…知らないよ……ッ」
( ^ω^)「アラマキ、彼女の言葉は本当だお。
作中でもハインリッヒは無知同然なんだお」
/ ,' 3「……」
アラマキはハインリッヒを見下ろしたまま、腑に落ちない様子を見せていた。
この場に内藤がいなかったら、ハインリッヒを殺していただろう。
それをしなかったのは、内藤の言葉に説得力が宿っていたからだ。
( ^ω^)「それよりもハインリッヒ、聞きたい事があるお」
从 ;∀从「……」
( ^ω^)「あんた、途中で『英雄の優先』を発動したおね?」
从 ;∀从「なにさ……、…っ」
( ^ω^)「おかしいんだお。
その能力、まだ小説には出してないんだお」
从 ゚∀从「……!?」
/ ,' 3「な……なんじゃと!?」
.
- 102 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:30:05 ID:qQ39tfW6O
-
涙を流していたハインリッヒは、その瞬間目を見開いた。
すぅー、と涙が横に流れる。
合わせて、アラマキも狼狽を見せた。
己を苦しめた能力が、内藤の書く小説に
まだ登場してないと言われたのだから。
まだハインリッヒは半信半疑だが、この世界は内藤の小説を
ベースにしたパラレルワールドではないか、とされている。
ドクオ=ダラーの【もので釣る】も
アラマキ=スカルチノフの【則を拒む者】も
ハインリッヒ=カゲキの【劇の幕開け】も。
全て、内藤の小説が元になったものなのだ。
逆に言うと、内藤の小説に書かれていない事が起こり得る筈がない。
それが起こり得てしまったため、内藤はあの能力が発動された時、思わず目を疑ったのだ。
从;゚∀从「普通に使えたぞ……」
( ^ω^)「……そうかお」
ハインリッヒは、嘘を吐いているようには見えなかった。
小説に出してないと言われても、実際に使えたのだ。
どうして、などキャラクターの彼女が知る筈もない。
.
- 103 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:31:31 ID:qQ39tfW6O
-
それを察した内藤は、それ以上追究しなかった。
パラレルワールドの所為だろうと理由付けをした。
続けて、足早に二つ目の質問を投げかけた。
内藤としては、寧ろこちらの質問を聞きたかったのだ。
( ^ω^)「ハインリッヒ……、まさかとは思うけど……」
(;^ω^)「妹……連れてきてないおね?」
内藤は、ちいさく呟いた。
焦りを見せ、あたかもそれが起こり得ては
ならない事であるかのように。
ハインリッヒが首を傾げると、内藤はぎょっとした。
背後の方から、急に声が聞こえたのだ。
.
- 104 名前: ◆qQn9znm1mg 投稿日:2012/06/14(木) 19:33:41 ID:qQ39tfW6O
-
「『かくして、ヒーローハインリッヒは、
怪人アラマキに完膚なきまでに敗れ去った』」
「『果たして、ヒーローハインリッヒは
このまま息絶えるのであろうか?
平和を、正義を貫けないのであろうか?』」
( ;゚ω゚)「ッ!」
从 ゚∀从「この声……」
「『いいや、そんな筈はない。
ヒーローは決して敗れないのだ』」
ノパ听)「『このまま【大団円】を迎える筈はない』――ってね」
.
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