('A`)首吊りパラノイアのようです

2 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:11:09 ID:LQ58hwh60



先日、友人が首を吊って死んだ。
人気の途絶えた深夜、街の外れの寂れた公園で、楠からぶら下がったそうだ。
遺書はなかったと聞いた。お前たちに語ることなどない、ということなのだろう。
彼らしいと思った。


人間という概念について突き詰めて考えると、最終的には発狂に到る。
人間であろうとすればするほど、俺たちは人間からかけ離れていくからだ。
知恵の実を齧った最初の人が、楽園を追われた理由が、俺には、よく分かる気がする。


死んだ友人の名は、ドクオといった。


.

3 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:11:33 ID:LQ58hwh60
一.

学食で一番安い、二百八十円のカレーをかきこんでいると、隣にドクオがきて、座ってもいいかと聞いた。

('A`)「それ、美味い?」

( ^ω^)「安い」

('A`)「そうだね」

( ^ω^)「うん」

ドクオは俺の隣で、コッペパンをさして美味くもなさそうな様子で、いつものようにもそもそと齧っていた。
当たり前のことだが、昼時の学生食堂というものは騒々しいの一言に尽きる。
飯を食いにきたのか、誰かが吐き出した言葉を食べにきたのか、時々分からなくなるほどだ。

( ^ω^)「なんで野菜ジュースなんか飲んでんの?」

('A`)「健康第一」

( ^ω^)「馬鹿」

何がきっかけで親しく口を利くようになったのか、あまり記憶が定かではない。
確か、喫煙所で火を借りたか貸したかでもしたのだと思う。どちらにしろ、あまり大したことではない。
ただなんとなく、内向的な性分の俺でも話しやすいような、そういう雰囲気のあるやつだった。

4 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:11:47 ID:LQ58hwh60
('A`)「あのさ、」

( ^ω^)「うん」

('A`)「亀が死んだんだ」

( ^ω^)「うん?」

('A`)「そう。亀が死んだんだ」

( ^ω^)「何それ」

('A`)「ペットの亀」

( ^ω^)「へえ……」

5 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:11:59 ID:LQ58hwh60
('A`)「掃除しようと思ってさ、水槽」

( ^ω^)「うん」

('A`)「たらいに水張って、ベランダに出しといたまま、忘れちまってた」

( ^ω^)「ひどいな」

('A`)「うん。暑かったろう、昨日。熱にやられたらしくてさ」

( ^ω^)「ひどい」

('A`)「死んじゃった」

( ^ω^)「ひどい」

('A`)「そうだね」

大した思い入れもなさそうな様子で、ドクオが肯いた。
野菜ジュースを飲みながら、器用にその紙パックを潰していく。変な癖だと思った。
少し間をおいて、続ける。

6 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:12:21 ID:LQ58hwh60
('A`)「つまりさ」

( ^ω^)「あん?」

('A`)「似たようなもんだよな」

( ^ω^)「何が?」

('A`)「……別に」

理解するまでに、少し時間がかかったし、気がついて、驚いた。
素面でそういう話をしたことはなかったし、かといって、昼日中から酔っ払うようなやつでもなかったからだ。

ぼそぼそとつぶやくような俺たちの会話はそこで、周りの喧騒にさえぎられるようにして一度途絶えた。
食器がぶつかり合う音と、おしゃべりの大合唱。
何か意味のあることを言うべきなのか、それともただ単に、口を滑らせただけなのか。
返答に詰まって結局、聞き流すことにした。

( ^ω^)「荒巻の講義、出る?」

('A`)「出るよ」

( ^ω^)「代返しといてくんね?」

('A`)「分かった」

俺が、ありがとう、と言うとドクオは、なんだかとても照れくさそうに笑ったことを、今でもよく覚えている。

7 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:12:51 ID:LQ58hwh60
二.

コンビニに向かう途中、二車線の道路をジグザクに走り回っている猫が居た。
猫は、走り過ぎる車の騒音に追われて、二本の車道をものすごいスピードで行ったりきたりしていた。
少し勇気を出して道の片側によってしまえば、そのどうしようもない状況から抜け出すこともできたのだろうが、
きっと轢殺される恐怖に怯えて、何がなにやら分からなくなっていたのだろう。
ただ延々、何度も中央車線をまたぎながら、車から逃げて、ぐるぐると走り回っていた。

歩道を歩きながら、横目で猫を眺めていた。
狂ったように駆け続ける、もしかしたら実際に、恐怖に押しつぶされて狂ってしまったのかもしれないその猫がなにか、とても悲しかった。
いつか、そう遠くない先のこと、あの黒と白のやせ細った体がナンバープレートに跳ね上げられ、バンパーにぶち当たり、
破れた内臓から鮮血を噴出しつつ、空中に舞って挙句、硬いアスファルトに叩きつけられて、猫は死ぬのだろう。

可哀想だなと、思った。

8 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:13:07 ID:LQ58hwh60
三.

二人で、さして飲めもしない酒に酔いながら、ダーツをするのが好きだった。
一週間と空けずに通っていたダーツバーは、カウントアップ一ゲーム百円で、ドリンク代は別勘定。
三千円もあれば一晩遊べてしまうので、特定のガールフレンドも居ない俺たちは、よく朝までそうやって男二人で暇をつぶした。
腕前はお互い似たり寄ったりで、下手なりに飽きもせず、延々勝ったの負けたの言いながら、円状の的に矢を投げ込んでいた。
楽しかった。

あれはいつだったか、ちょうど深夜の三時くらいの時分、いい具合に酔っ払ってテンションもあがりきった俺が、
的のど真ん中に三連投で矢を当てる、ハットトリックという小技をかまして見せたときだった。

('A`)「何してくれてんの」

( ^ω^)「これは勝った……掛け金上げようぜ」

('A`)「ふざけろし」

満面の笑みでスローラインから引き下がる俺と入れ替わりに、ドクオが、少々芝居がかった気負い調子で矢を構えてみせる。
そのまま息を詰めるようにして一投目を、投げた。
放たれた矢がきれいな曲線を描いて、的の真ん中に吸い込まれるようにして突き刺さった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:13:21 ID:LQ58hwh60
( ^ω^)「お、やるじゃん」

('A`)「まだまだ」

間を空けずに、二投目を投げた。
録画映像を再生するかのように、先ほどと同じ軌跡を描いて、矢が飛んでいく。二投目も、ブルに入った。

( ^ω^)「……へえ」

('A`)「うん」

時々こういうことがある。
俺たちは別にプロではないし、三投して一発真ん中に当たれば満足というようなゲームをしているので、
そう何度も連続して的の中心を射るなんてことは珍しいのだ。
俺がハットトリックを決めて、ドクオが二投目までブルに入れたので、都合五投連続でブルを叩いていることになる。
普段の俺たちの技術からいって、この流れは奇跡に近い。

('A`)「……」

( ^ω^)「……」

なんとなく、声が出なかった。
後ろから眺めていて、的に向かって身構えるドクオの周囲の空気が、一瞬でぎゅっと凝縮するように感じる。
何かが起こりそうな、気がした。

10 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:13:34 ID:LQ58hwh60
静かに、ドクオは投げた。指先から放たれた銀色のダーツの矢が、完璧な軌道で、的に向かって飛んでいく。

('A`)「……よしっ」

( ^ω^)「おおっ」

ダーツが的に刺さった瞬間、派手な音を立てて、筐体が賑やかに輝いた。
三投目もブルに入ったのだ。ハットトリックだった。

( ^ω^)「……何してくれてんの?」

('A`)「掛け金、あげるか?」

上機嫌でテーブルに戻ってくるドクオに苦笑いしながら手を振って、煙草に火をつけた。
次は俺の投げるラウンドだったが、流石に今度はハットトリックも出せそうにない。
もう少し、今目の前で起きた奇跡のような出来事に浸っていたかったのだ。

11 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:13:49 ID:LQ58hwh60
無言のまましばらく、ピカピカ光る筐体を眺めていた。奇跡のような、連続ハットトリック。
そういうことに意味を求めてしまうのは、恥ずかしいことだと、自覚はあるのだが。

( ^ω^)「……神様って、いるんかね」

自然に呟いてしまってから、後悔した。
酒を飲むと時々そういう阿呆なことを言ってしまうのが俺の悪い癖だ。
アルコールで頭が緩んで、油断してしまうのだ。

慌てて咳払いをしてごまかしたのだが、ばっちり聞こえていたらしい。
俺と並んで煙草に火をつけながら、ドクオが答えた。

('A`)「そりゃいるでしょ、神様」

( ^ω^)「……いるかね?」

('A`)「いると思うよ、俺は」

ガラス製の灰皿のふちで、トントン、と煙草の頭を叩きながら、ドクオが真顔で言った。

12 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:14:06 ID:LQ58hwh60
( ^ω^)「それにしちゃ、いろいろ、ひど過ぎるんじゃね」

('A`)「そりゃ、まあね」

それがどうした、といった様子で、眠たそうな目で一度こちらを見て、続ける。

('A`)「俺たちだってさ、足元の虫けらが何してようが、興味ないだろ?」

( ^ω^)「……」

('A`)「それと一緒だよ。興味ないんだ」

気持ちよさそうに紫煙を吐き出しながら、ドクオがそう言った。
妙に、納得してしまった。たしかにその通りかもしれない。

取るに足らない虫けらに、俺たちは興味を抱かない。
せいぜいが、気まぐれにいたぶることがあるくらいなもので。

13 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:14:19 ID:LQ58hwh60
四.

夏の暑い盛りに、ドクオは死んだ。
それほど交友の広いやつでもなかったから、もしかしたら最後に口をきいたのは俺かもしれなかった。
事件性もないということで、大した話題にもならなかったが、それでも俺とドクオが親しかったことを知っていた幾人かは
分別くさい顔に痛ましそうな、それでいて少しの好奇心を押し隠した表情を浮かべて、
どうしてドクオは自殺したのだろう、などと控えめな態度で俺に聞いた。

そういう時俺は、決まってただ首を振って、分からないとだけ返事をした。
本当は分かっていたが、誰かにそのことを知ってもらいたいとは思わなかった。

そしてそのうち時間がたって、誰もドクオのことを思い出さなくなった。
だからそういう風にして、ドクオは死んだ。

一度だけ、ドクオが首を吊った公園に足を運んだことがある。
さして広くもない敷地内に申し訳のように腐ったブランコと滑り台、砂場があって、公園の真ん中に楠が一本、生えていただけだった。
つまらない場所だった。

14 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:14:33 ID:LQ58hwh60
五.

テーブルの上にはくしゃくしゃの煙草のケースと、水滴の浮いた冷えたグラス。
壁に語りかけるような具合で、酔ったドクオがしゃべりだした。

('A`)「想像力がさ、欠けているんだ」

( ^ω^)「想像力」

('A`)「そう、欠けているんだ。
   だから、自分と違う人間がいるということが理解できないし、しようとも思わないんだろう」

( ^ω^)「へえ」

('A`)「目の前に血が流れないと、気がつかないのさ。自分が何をしているのかすら」

( ^ω^)「そういうことはあるかもしれないな」

('A`)「問題なのは、本当に問題なのはさ……」

( ^ω^)「うん」

('A`)「もうずうっと、その繰り返しなんだ。俺たちは」

疲れたようにそういって、ドクオの肩が落ちた。
それが、俺たちの最後の、意味のある会話だった気がする。
俺たちは、酔っ払ったときくらいしか、そういう話をしなかった。

15 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします[sage] 投稿日:2011/08/02(火) 03:15:09 ID:LQ58hwh60







明けぬ夜はないのだと、誰かが言った。それは、嘘だ。






                                   第一話 了


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