- 37 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:49:30 ID:tRFnJgic0
体の周りをうすい膜のようなものが覆っていて、その膜が私をこの世界から致命的に隔てている。
そのために私はある種の流れから完全に疎外されていて、
そして、身の回りで起こる出来事がすべて、リアルな存在感を失している。
しかし同時にその膜は私に、孤独という名のある種の特権的な空間を与えてくれる。
その居心地のよさはおそらく捻じ曲がった優越感に由来するものと思う。
私とお前は違うのだという、原初の、論理。だから孤独は私の敵ではない。
私が我慢ならないのは、
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- 38 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:49:48 ID:tRFnJgic0
- 一.
川 ゚ -゚)「病んでるよ、私。凄く病んでる」
ウェブカメラに向かって矢継ぎ早に捲くし立てながら、流れていくログに目を走らせていた。
川 ゚ -゚)「基地外はほめ言葉だから。基地外はほめ言葉だからね」
PCの画面上に踊る洗練された記号の羅列。
二進数から機械語に変換されて、今暗闇の部屋のなかでディスプレイを流れていくそれらの言葉の奔流は、
血と肉に彩られたリアルの人間たちが吐き出す耐え切れないほどの生臭い言葉より何百倍も、私にとって受け止めやすい。
川 ゚ -゚)「はい、じゃあ、クーちゃんいっきまーす」
剃刀の刃を、カメラに映りこむように差し出した手首の内側に当てて、ゆっくり、ゆっくり、引き降ろしていく。
ぷつり、と描かれた赤い線から瞬く間に血液があふれ出していき、
血液が皮膚の上を伝ってひじの辺りまで這うようにして流れて、鮮血の川になった。
川 ゚ -゚)「ふぅ……きもちいーなぁ、ホント、気持ちぃ」
LIVE配信を見ながら、回線の向こう側で誰が何を思っているか、私には分からない。
流れていく言葉の羅列から反応をうかがうことは出来るが、そこにあるのは血の通わないただの言語だ。
人間ではない。
川 ゚ -゚)「死なないよ、慣れてるから」
どれだけの力加減で切ればいいのか、もう何度も繰り返していることだから、踏み誤るようなことはしない。
最近、リストカットは私にとって、自戒の役割を果たしているのだと、ようやく気がついた。
私は、人間が嫌いなのだ。
- 39 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:50:03 ID:tRFnJgic0
- 二.
私はただ見ていただけだ。
その男の子は、文字通りクラス中から虫のように扱われていた。
どうしてそういうことになったのか、私は知らない。
ただ、皆が、その男の子のことをひどくいじめていた事は確かだ。
時にはそれを嗜めるべき教師までもが、一緒になって。
小突かれたり、持ち物を滅茶苦茶にされたり、ひどい罵声を浴びせられたり。
見ている限りで散々な仕打ちをされていたから、
人の目の届かないところでは何をされていたのか、想像に難くない。
苛められていた本人は、何をされてもいつもへらへらして笑っていた。
そしてある日唐突に、校舎の屋上から飛び降りて死んだ。
学校中が蜂の巣をつついたような騒ぎになったのも一時のことで、
急遽全校集会が開かれ、校長が目を赤くしながら、生命の尊さを訴え、
お祭り騒ぎのようなひと悶着が過ぎて、年度途中で担任が変わり、
自殺した生徒を一番ひどく苛めていた生徒が、今度は苛めらる側に回った。
それだけだった。
そして、すべてがまた元の通りに治まった。
何も、変わらなかった。
別に興味がなったのでどうでも良かった。
私はただ、見ていただけだ。
- 40 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:50:18 ID:tRFnJgic0
- 三.
ドアノブに縄の端を縛り付け、扉を閉める。
ひさしの下からこちら側に垂れたその先端は輪になっていて、ちょうど私のくびより少し上の位置にたれ下がっている。
川 ゚ -゚)「……少し、高いな」
ドアに手をかけて、つま先だって頭から輪をくぐる。
首に触れたざらついた縄の感覚が、そんなわけもないのに、冷たかった。
試みに少し足の力を抜くと、締まったロープに頸部が良い具合に圧迫されて、耳のなかで動脈が音を立てて鳴る。
川 ゚ -゚)「……ぐぇ」
遺書は書こうかどうか迷ったが、結局よした。
何を書けばいいか見当がつかなかったし、何を書いても嘘みたいに思えたからだ。
理解されないことは悲しいことだが、理解されるくらいなら死んだほうがましだ。
誰の、言葉だったか。
どうでもいい。
川 ゚ -゚)「……ふう」
怖いとも、思わなかった。
未練も何もなかった。
ただ、悔しかった。
川 ゚ -゚)「……はい、じゃあ、クーちゃんいっきまーす」
そのまま床に倒れこむようにして、私は全体重をその一本の縄に任せた。
- 41 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:50:35 ID:tRFnJgic0
- 四.
( ∀ )「……」
駐輪場で、マタンキが、制服のズボンを膝までずり下げられた情けない格好で、力なく校舎の壁に寄りかかっていた。
ボロボロのリュックサックがひとつその傍に転がっていて、泥まみれの教科書やノートが、辺りに散乱していた。
川 ゚ -゚)「……大丈夫?」
腰をかがめて手早くそれらの物を拾い集めてマタンキに差し出す。
マタンキはその場に座り込んだまま、いつも通りのへらへら笑いを浮かべて、それを受け取った。
(・∀ ・)「……ありがとう。でも、僕にかまうとクーデレさんまで、嫌な目にあうよ……」
川 ゚ -゚)「……私は、頭がおかしいと思われているから、大丈夫だよ。ほら、あのこともあるから」
高校にあがってすぐ、人当たりの悪い、集団から浮く癖のある私は、格好のいじめの的になった。
なりかけた、といった方が正しいかもしれない。
私にしつこく絡んでいた豚みたいな女をある日、カッターナイフを振りかざして教室中追い掛け回したら、
それ以来、ピタリとそういうことはなくなった。
想像力のない馬鹿はいつでもそうだ。物事が少しでも自分のコントロールを離れると、何も出来なくなる。
(・∀ ・)「……そうだね。クーさんは、強いから……」
川 ゚ -゚)「……」
私が強いんじゃない、お前が弱いんだと、言いかけてやめた。
- 42 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:50:52 ID:tRFnJgic0
- (・∀ ・)「……あーあ、泥だらけだ……」
マタンキが立ち上がってホコリをはたきながらズボンをはき直した。
諦めたような、どこか拗ねたみたいなその笑いが、何故か癇に障る。
そうだ、私はお前とは違う。
そうだ、私はお前たちとは違う。お前たちみたいな馬鹿で、群れないと何も出来ないような連中とは違うんだ。
多分、そういう思いが、私に余計な一言を言わせたんだと思う。
川 ゚ -゚)「……斉藤君も、嫌なら、自分で何とかしなよ。男のくせに、だらしない」
(・∀ ・)「……」
その言葉にマタンキは、不思議そうな顔をして少し目を細めて、私をじっと見つめ返した。
暗い光に満ちた両の瞳は底知れず濁っていて、生気を感じさせない。
少しして何かに気がついたようにその顔に、いつもとは違う、確かな意志を感じさせる笑みが、じわじわと浮かび上がってくる。
ニタニタと、下品で、確かな悪意が満ちた、厭らしい笑い。
(・∀ ・)「何いってんのさ、クーさんだって、同じなくせに」
川 ゚ -゚)「っ!!」
その意地悪な笑み、そのとげのある言葉が、強固に固められた私の個人的な領域に、一足飛びに斬り込んできて、瞬間全身の血液が沸騰したかのように体が熱くなった。
ひた隠していた恥を、こんなに簡単に見透かされてるなんて。
一番言われたくないことを、よりにもよってこんな虫に。
前後の見境もなく激昂した私は、勢いよくマタンキを突き飛ばして、振り返らずに逃げた。
そしてそれから三日たって、マタンキは屋上から飛び降りて死んだ。
あの時の、あの下卑た笑い顔が、今でも私の脳裏にこびりついて離れない。
- 43 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:51:08 ID:tRFnJgic0
- 五.
川 - )「ん……」
目を開けると、白い天井が広がっていた。
( ゚д゚ )「……気がついたか」
ぼんやりと室内を見渡すと、疲れた顔をした父親と目が合った。
( ゚д゚ )「どうした、クー……お父さん、本当に心配したんだぞ」
疲れた顔のまま微笑んだ父親が、そっと腕を伸ばし、仰向けになった私の髪を優しく撫でる。
川 - )「……ぅ…」
ああ、まだ、生きてるんだ。首に巻かれたコルセットをそっと撫でて、気がついた。
死ねなかったんだ。そう思った瞬間、我知らず、涙があふれてきた。
川 - )「……ぁう」
( ゚д゚ )「いいんだ、いいんだ……父さん全部分かってるからな。大丈夫、大丈夫だぞ」
言葉を詰まらせてしゃくりあげる私を、父はただ、疲れた顔で、幼い子供にそうするように、あやし続けた。
川 ; -;)「ああうぅ……」
違う、そう叫びたかったが、声にならなかった。こんなに近いのに、何ひとつ伝わらない。悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。
生きているから泣いているのでは、ない。
- 44 名前:以下、名無しにかわりましてブーンがお送りします 投稿日:2011/08/08(月) 17:51:22 ID:tRFnJgic0
私が我慢ならないのは、
第三話 了
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