( ^ω^)内藤文太郎祓い物控のようです

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:36:50.52 ID:pZRI0JL70
鋼を打ち合うかの如き甲高い音、小気味良く鳴り響くこの楽の奏者は一対。

一人は白衣白袴に槍を担ぎ、一匹は八肢八眼異形の大蜘蛛。

この大蜘蛛、殻の堅さはまるで具足、穿たれる八肢はさながら矢の雨の如し。
対する白衣の者は軽やかに蜘蛛の脚を避け、穂先で脚を払い、石突で紅い眼を叩き潰す。

身の丈何倍もあろうかという物怪であったが、攻めは虚しく地を突き宙を薙ぐ。
相手はまるで風の様に脚の間を流れ、槍が車輪の様に回り身殻を削ぎ落とす。

気圧されるように後退る大蜘蛛、片側四肢は柔らかい関節を狙って切り落され、足取りは覚束ない。

今や白衣が振るう槍の白刃は蜘蛛の一挙一動を操り、蜘蛛は白衣に導かれるようにある場所へ辿り着く。



気付けば辺りは石畳、四方に鮮やかな朱の鳥居。

物怪退治、祓いの儀はその最終手順を迎える。



石畳の中心で蜘蛛はついに残った脚をも切り落され、巨躯は地に縫い付けられた。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:38:59.44 ID:pZRI0JL70

槍が上段に構えられ、札の様な穂先が蜘蛛の胸へ向けられる。

鳥居は地に満ちる妖気の流れを整え、妖気は渦を巻く。

渦の中心は槍が穂先。

槍は妖気を喰らい、薄ら紅く文様が浮かぶ。


「祓いを行う、流れを正す」


槍の名を戦者札と云う。

かつて、朝廷がある陰陽師に授けた、妖気を操り怪異を屠る妖槍である。


その槍は今、京より遠く離れたこの地、妖気満ちる緋津府に在った。


3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:42:02.40 ID:pZRI0JL70





内藤文太郎祓い物控のようです

第一編





4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:45:53.96 ID:pZRI0JL70

時は明治初期。

実に二百年余りに渡り政権を握った江戸幕府であったが、終わってしまえば呆気無いものであった。
まだ明治維新と叫ばれて間もなく、身の回りにそれらしい変化は、よくよく探して見なければ分からない程度にしかない。

場所は日本のどこか、緋津府と呼ばれたかつての小さな藩、緋津府県。

この地は百年に一度、妖気満ち溢れる「満妖」の年を迎えていた。



(´・ω・`)「ヤアァッ!」

一本目、撥脚。
打槍上段、仕槍下段。
間合に入り、仕槍中段に変化、打槍の大上段から撃ち出された穂先を撥ね上げ、突いて勝つ。

( ^ω^)「エイィッ!」



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:48:26.80 ID:pZRI0JL70

代々内藤を名乗り、藩内の神事の一端、特に祓を担う神職の一系があった。
古くは平安、時の征夷大将軍 坂上田村麿の蝦夷征伐から京より東へ赴き、緋津府に封ぜられた一族である。

緋津府、この青々とした木々に覆われた、山がちな険しい地。
この地は交易的にも軍学的にも要衝とは成り得ず、奪取したものの当初は重視されていなかった。

しかし、武士達が北へ向かい、朝廷による植民が始まったことで、その認識は一転する。

強い妖気を帯び、溜め込む性質を持つ土地のことを妖気溜まりと云う。
地勢の調査の結果、緋津府はその土地の全てがまさにそれであると判明したのだ。

妖気は怪異の源となり、妖気溜まりと云われる土地は、須らく心霊妖怪といった怪異を招き寄せる。
緋津府ほど巨大かつ強力な妖気溜まりは前代未聞であり、その放置は魑魅魍魎の跳梁跋扈を意味した。

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:52:17.52 ID:pZRI0JL70

(´・ω・`)「ヤアァッ!」

二本目、流木。
打槍上段、仕槍中段。

( ^ω^)「ヤッ!」

間合に入り、打槍仕槍の右面を切らんとする、仕槍穂先を張り、これを制す。

(´・ω・`)「ヤッ!」

打槍合わさった穂先を撥ね落とそうとするも、仕槍穂先を浮かし、これに乗る。

打槍は槍を殺され、仕槍突いて勝つ。

( ^ω^)「ヤッ、エイィッ!」



そこで、朝廷は緋津府に有力な管理者を置くことを画策する。
その結果、京都守護の一翼を担っていた陰陽師 阿部 高和、文明兄弟が封ぜられることとなった。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:56:03.82 ID:pZRI0JL70

二人は陰陽師でありながらも、奇妙なことに武芸も好んだ。
兄の高和は剣、体術、弟の文明は矛の操法に精通。
帝より賜った退魔の神剣、妖矛を陰陽術と共に用い、京を襲う怪異を退けた。

緋津府に移り住み、二人は怪異を祓いながら子をなし、緋津府に阿部の血脈を遺す。

やがて、高和側の子孫は戦国期の動乱により途絶えてしまうのだが、高和の剣術は文明の矛術流派が併合。
これを機に文明の子孫が名を内藤と改め、緋津府に内藤家が出現する。

内藤家は阿部家に伝えられてきた高和の剣術を神傳祓妖阿部流剣術、そして文明の矛術を神傅祓妖内藤流槍術として形式化。
さらに阿部家伝陰陽術と併合、内藤流陰陽祓妖術として、一子相伝、退魔の秘術を完成させた、

と伝えられている。

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/13(土) 23:59:58.35 ID:pZRI0JL70

(´・ω・`)「ヤッ!」

三本目、飛猿。
打槍仕槍、相中段。

( ^ω^)「ヤッ!」

遠間より打槍小手調べに突き、仕槍これを払い除け、打槍槍をしごき戻す。

(´・ω・`)「ヤアァッ!」

互いの間合に入り、打槍槍をしごき撃ち出す、仕槍これを引き付け払い、右へ転化し、槍の石突で打槍の左面を穿ち、勝つ。

( ^ω^)「ヤッ、エイィッ!」


今、僧侶風の男と槍型を打つ青年。

内藤文太郎はこのような歴史を持つ旧家、内藤家に生を受けた一人の若者である。

緋津府陰陽師は怪異の監視、取締を御役目としており、その仕組みはその発足時から殆ど変わらず受け継がれ続けている。

無論、文太郎もその仕組を成す歯車として生まれてきたのであった。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:13:49.77 ID:EYKIXEaW0

(´・ω・`)「相変わらず数の少ない簡素な槍型だな」

( ^ω^)「馬鹿な大物妖怪相手に槍型を吟味していったら、最終的にこの三本しか残らなかったそうでして、ほぼ原形は留めておりませんお」

時の朝廷が緋津府の地に建立した、いわば緋津府の妖怪管理所、阿部神社。
ここは一族の血を引く文太郎の家であり、また、鍛錬の場でもある。
広過ぎず、狭過ぎずの適度な敷地内には神社としての建物の他、武術稽古場が設けられていた。

週に何度か、文太郎は昼下がりのこの時間帯に鍛錬を行っていた。

(´・ω・`)「……それってほぼ失伝してるっていうぞ?」

( ^ω^)「あー、えーっと、うん、はい、そうともいいますね!」

文太郎の相手を務めていたこの僧侶風の男、本物の僧侶で、名を日安院 正梵という。
緋津府の仏教信仰の中核を成す日安寺の住職であり、人々からは正梵和尚と呼ばれている。

和尚は今は亡き文太郎の父、武太郎と親交があった。
その縁からか、昔からよく文太郎に武芸の稽古をよくつけてやっている。

和尚は、剣は一刀流をはじめ、槍を宝蔵院流等諸派に広く学び、僧侶でありながら武芸をよく好む。
たまに内外から武芸者が手解きを求めてやって来る等、実力は相当のものであった。

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:17:33.15 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「まあでも、実際大物相手に戦者札持ってくと、この三技と簡単な棒術でどうにかなるんですお、不思議な事に」

(´・ω・`)「ふむ……考えてみれば、確かに相手の膂力は桁外れ、真っ向から受けたら人の身じゃもたないわな。そりゃ厳選したら払いと浮木、転化になるか……」

( ^ω^)「用途が妖怪退治ですから、型稽古より実戦稽古重視に変わってきたみたいですお、この形式がもう云代続いてるのはご存知かと」

(´・ω・`)「うむ、その実戦稽古重視で代々内藤の主の勝ち口が違うのもな。先代は御主と違って、長槍を好み、重厚な槍の遣い手であった」

和尚は稽古用の木槍を立て、肩に拠らせ、腕を組んだ。
瞼を軽く閉じ、脳裏に生前の文太郎の父を思い描いていた。

( ^ω^)「父は背が高く、膂力がありましたしね。私は母似で背が低く膂力が無いから、父の勝ち口は真似出来ませんお」

(´・ω・`)「短く詰めた槍を持って近間で打ち合うわ、槍を棒の様に回して打つわ、とてもあの男の息子とは思えぬわ……」

(*^ω^)「いやあ、それほどでも……


(´・ω・`)「褒めてねーよ、掘るぞ」

( ^ω^)「おひっ、怖い怖い」

無表情の口撃に、文太郎はおどけた態度をとってみせる。
悪びれた様子は全く無く、恐らく慣れたやりとりなのだろう。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:24:55.87 ID:EYKIXEaW0

(´・ω・`)「まったくこの小僧は……戦者札をまた一尺詰めたそうだな? あの二間槍が今や八尺槍、もう手槍同然か……」

( ^ω^)「ええ、今は八尺ですが、今後も必要に迫られれば……」

(´・ω・`)「そんなに槍を詰めて、何がしたいのだ?
     御主は確かに先代と比べ体格は貧相、しかし、武芸の才覚は有り余るものを持っとる。
     長槍とて容易に使いこなせよう? 何故槍から棒への回帰を望む?」

和尚の言葉に、文太郎の表情が暗くなる。
またおどけられるかと待ち構えていた和尚は、肩透かしを食らったかのように目を見開き、押し黙った。

やがて、文太郎が口を開く。
今まで緩んでいた顔は引き締まり、真剣な眼である。

( ^ω^)「……先祖代々の記録では、満妖の年には多くの人が怪異と化し、先祖の祓いで命を奪われていますお。
     ですが、彼らはただ、人の身には強過ぎる妖気にあてられてしまっただけで、殆どは何の罪も無い市井の人々ですお」

(´・ω・`)「……」


( ^ω^)「満妖に惹かれ現れ、人に害を為す悪妖は、ただ一刀一槍の元に祓い屠ればよいのですお。
     ですが、元が罪無き人々だというのならば、その命を祓い奪うようなことは、けして在ってはなりませんお。
     内藤の陰陽師の刀と槍は、緋津府の民を護る為にあるのですから」

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:28:25.99 ID:EYKIXEaW0

(´・ω・`)「なるほど、怪異と化した人を殺さず、ただ妖気を掃うのみを以って、祓いを為したいと申すか。
     そのための遠近自在、生殺与奪の棒術、と」

( ^ω^)「人と等身大の怪異を斬り殺す技は、神傳祓妖阿部流剣術に伝わっております。
     ですが、等身大の怪異を捕らえ、妖気を拭い去ってやる技は、刀にはありません」

内藤の主、緋津府陰陽師の主戦力が代々扱う神剣、神矛と呼ばれた神器がある。
現在は幾多の鍛え直しを経て妖刀 従五位高和、妖槍 戦者札と呼ばれる物となっている。

この二つの得物は共に妖気の流れ、密度を操る異能を持ち、只の鉄では刃が立たない怪異――妖怪を難なく屠ることが出来る。

文太郎はこの神器と呼ばれる凶器も、使いようによっては化物となった人間を、殺さず救えるものと信じていた。

( ^ω^)「近頃は体躯に物を言わせてる大きな怪異より、人の様な小さな身に強大な力を溜め込む怪異が増えております。
     己が務めを考えるならば、伝統だのなんだのと言っている場合では無い、私はそう思うのですお」

(´・ω・`)「文太郎……大きくなったな」


和尚は目を細め、感心した面持ちで、満足そうに頷いた。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:31:13.76 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「もう二十になりますお、あと少しで残りの人生も半分を切ると考えれば、私も随分年を取りましたお」

(´・ω・`)「ははっ、何を言うか、御主なんぞ俺に比べればまだまだ小僧よ!」

( ^ω^)「
和尚は確か、今年で六十でしたかお……いやあ、これからもどうかお元気で」

(´・ω・`)「鬼の寿命は人より長いからな、まだ生きるさ」

( ^ω^)「ご健勝をお祈りしますお」

(´・ω・`)「では、また来る」

( ^ω^)「後日また、よろしくお願いしますお」


稽古場を後にした和尚を、文太郎は阿部神社入口の大鳥居まで見送りに出向いた。


('A`)「おーっす、さっき和尚とすれ違ったけどもしかして稽古後?」


そこでまた、新たな来客を迎えることになった。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:34:06.53 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「型を数回繰り返し打った程度、稽古後というほど稽古後といった感じではないお」

('A`)「そいつぁ良かった、今すぐ犬狩りの準備をして来てくれ、お仕事だぜ」

出で立ちは黒灰色の詰襟の上下、同じく黒灰のマントと、いわゆる制帽。
マントの裾から細い黒鞘の先が顔を覗かせている。

男の顔立ちは日本人そのもので、背丈も文太郎とさほどは変わらない。
しかし、線が細く手足が少し長いためか、舶来の洋装を見事に着こなしていた。

日本人でありながら、時の高級品に身を包むこの怪しさ溢れる男、名を空木 独男という。

とある事情で市井への耳を奪われた文太郎を助ける、自称地獄耳の兎である。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/14(日) 00:40:40.72 ID:EYKIXEaW0

('A`)「南町のどっかの犬神が満妖様にあてられて子沢山、一家の数を超えた犬共が町に溢れ出してる。
   何匹か力を付けて骨と肉が付いたって奴も見た、見た分は全部始末したが、あの様子だとまだまだいるだろうな」

( ^ω^)「子犬は新しい子犬を産んでいたかお?」

文太郎は白衣白袴、白襷に白鉢巻、鞘を被せた八尺槍を担ぎ、独男と緋津府の町を駆ける。
白黒の二人組が走り抜けていく様子は、実に良く人目を引いた。

('A`)「いや、子作りに励んでるのは母親一匹だけらしい。
   子犬共は生まれたばかりで、まだ新しい犬神を作るほどの妖気は得てないんだな」

( ^ω^)「なら、先ずは元を断つお」

('A`)「大体の目星は付けてあるぜ」

( ^ω^)「南町のは瀬川商店あたりかお?」

('A`)「あぁ、うん、よく分かったな」

( ^ω^)「南町の犬神の発生源っつうとあそこしかねーんだお、ちなみにこれ曾爺さんの代からの知恵」

二人は南町の商店街の一画、は瀬川商店へ足を運ぶ。

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします投稿日:2010/02/14(日) 00:46:36.61 ID:EYKIXEaW0

▼・ェ・▼「アオーン!」

( ^ω^)「ほうらお」

('A`;)「うっわ、でけえ小型犬……」

(;^^ω)「な、何とかしておくれホマ!」

文太郎の予想は的中し、店に押し入れば、そこには腰を抜かした店主。
さらには体躯凡そ七尺、肉体を持つに至った、巨大な犬神が居た。

犬神は侵入者を警戒し身構えているが、二人が踏み入るその直前まで子犬を産んでいたらしく、周囲を小さな犬の霊体が漂っている。

( ^ω^)「居座ってるし、石畳に追い込むのは無理そうだお……あ、は瀬川さん、この犬祓いますね?」

(;^^ω)「う、ううう……贅沢言ってられないホマ、さっさと頼むホマ!」

犬神持ちの家は富み栄える。
は瀬川家はこの犬神がいたお陰で、流れてきたこの緋津府で商売を成功させた家であった。
この犬神を祓うということは、残さず消し去ることであり、は瀬川家から犬神が消えることを意味する。

彼はこの瞬間、今後の商売と身の安全を、強制的に天秤に掛けさせられてしまった。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:51:05.59 ID:EYKIXEaW0

('A`)「子犬掃除行って来るわ」

( ^ω^)「把握、さーて」

▼・ェ・▼「グルルルル……」

文太郎が担いでいた戦者札を構え、鞘を取り払う。
槍を中段に持ち、じりじりと、犬との間を詰める。

文太郎は犬が一度に接近出来る限界を仮定し、それを相手の間合とした。
穂先を相手と自分を結ぶ直線上に置くことで、相手を牽制しつつ近付く。

犬の妖怪の類は、その動きは基本的に真っ直ぐであり、相手の正面を制しながらの戦いとなる。
内藤流が伝える教え、その対怪異の基本の一つである。

あまり近付き過ぎると、相手の餌食になる。
近付き過ぎず、こちらの一挙手一投足で、容易に相手を引き出せる間合が理想。

この場合、適切な引き出し方は単純明快、間合は先程の仮定を頼るしかない。

文太郎は自らが適切と判断した間合に入ると、正面を制していた穂先を下げ、下段となった。

すると、まるで檻から解き放たれたかのように、犬神が文太郎に飛び掛かった。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:55:18.03 ID:EYKIXEaW0

よしきた、心の中でそう呟き、文太郎はすぐさま身を翻す。

左に開いた文太郎の目の前を横切り、勢い余った犬神が戸へ突っ込む。

▼・ェ・▼「ギャウン!」

丁度上半身が板を突き抜け、下半身が屋内に残る形となった。

無防備な尻が文太郎に向けられ、上段に構えられた穂先が犬神の中心、尻の向こうの胸を狙う。


( ^ω^)「祓いを行う、流れを正す」


撃ち出された穂先は尻を貫き、犬神の魂が収まる場所へ。

▼;ェ;▼「ギャワン! アオォォォ……」

妖槍は瞬く間に妖気の塊、犬神の魂を吸い尽くすと、肉片の一つすら残さなかった。

妖気を喰らった関係で、穂先には薄らと紅い文様――戦者札の名の由来が浮かび上がっていた。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:00:21.17 ID:EYKIXEaW0

('A`)「子犬掃除終わったよ」

( ^ω^)「ご都合主義ご苦労さん、こっちも終わったお」

(;^^ω)「我が家の犬神が……ホマァ……」

子犬を生み出す母犬の消滅、これが決め手となった。
非力な子犬神は独男や僧侶らの協力によって駆逐され、犬神事件は収束へ向かう。


しかし、満妖が生み出す怪異としては、これはまだまだ序の口であった。


28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:10:55.75 ID:EYKIXEaW0

南町犬神事件より数月後、緋津府中央警察署署長室。


署長室は真新しいものの、木造の質素な造りの洋室であった。
置かれている家具も華美過ぎず、落ち着いた外観の物が選ばれている。
とは言え、革張りのソファなど、一つ一つを良く見れば、それらを集めるのに一体幾らの金が注ぎ込まれたのかが分かる。

この署長室に置かれている品々は、とても地方警察署長の薄給で揃えられる物ではない。

ξ゚听)ξ「ハァイ署長」

そこへ、轟音と共にドアを開け放ち、一人の華美な女性が入って来た。

この落ち着いた空間に凡そ似つかわしくない、派手な彩りの服に身を包むこの女性。
津出宮 麗という名の大金持ち、最近緋津府に入って来た女陰陽師である。

(´・_ゝ・`)「これはこれは津出宮様、ようこそお越し下さいました。ささっ、どうぞお越しをお掛けになって下さい」

署長席に腰掛けていた盛岡署長は立ち上がり、やたら低姿勢で津出宮に席を奨めた。

ξ゚听)ξ「用って何よ? つまらない事だったら殺すわよ」

津出宮はそれに対し、当然といった風でソファにふんぞり返った。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:15:34.16 ID:EYKIXEaW0

(´・_ゝ・`)「つまらぬ事ではございませぬ……実は私、先日行商からあるものを入手致しまして……こちらでございます」

ξ゚听)ξ「あら、これは……ふふっ、流石私の署長だわぁ……どうもありがとう」


署長の懐から取り出され、津出宮に渡された物、それは赤黒い、何かの欠片である。

ξ゚听)ξ「間違いないわぁ、本物……あはっ、本物の殺生石の欠片!」

殺生石、かつて人間に打ち倒された大妖怪、九尾の狐の成れの果て。

石は砕かれ欠片となるも、その一片すら強力な妖気を放つ。

ξ゚听)ξ「狂羽が全国飛び回って三つ見つけたって言うし……これでもう完成間近ね、あははっ!」

津出宮はこの殺生石の欠片を集め、緋津府で殺生石を元の姿に戻そうとしていた。

ξ゚听)ξ「貴方が物分りの良い人で良かった……邪魔な土着陰陽師共を失脚させてくれるだけじゃなく、こんな素敵な贈り物まで……」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:18:44.12 ID:EYKIXEaW0
(´・_ゝ・`)「お気に召されたようで、光栄です……へ、へへっ、それでなんですがね、津出宮様……」

ξ゚听)ξ「ふふっ、皆まで言わなくとも分かってるわ……いいでしょう、こちらへおいでなさい」

(*´・_ゝ・`)「え、えへっ、げへっ……んいひぃっ!」

土着陰陽師とは、紛れも無く文太郎のことである。
この女は警察署長を買収し、従来の警察組織と内藤家の連携を破壊。
内藤家から無理矢理、緋津府陰陽師としての実権、補助を奪い取ったのである。

何故、彼女はこのような狂行に及んだのか。
何故、緋津府で殺生石片を集めるのか。

ξ゚听)ξ「狂羽は今夜、三つの殺生石片を私の許へ持ってくる……ふふふ、楽しみだわ……」


そしてこの夜、三つの殺生石片が緋津府へ持ち込まれる。


また、予期せぬ一つの殺生石片が緋津府へ迷い込んだ。


33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:22:10.82 ID:EYKIXEaW0

翌日、早朝。

( ^ω^)「うーん、清々しい朝だお……ゴミはいねーがー」

文太郎の朝は早く、日の出直前の薄暗い時間帯から一日が始まる。

手には箒を持ち、境内に落ちているゴミを探す。
こうして毎朝、参拝客が来る前に掃き捨てているのだ。

( ^ω^)「まあそれほど毎朝ゴミが落ちてるって訳じゃないから、結局朝の散歩みたいなもんだお……」

しかしながら、緋津府住民の阿部神社への信仰は厚く、また、捨てるようなものも無いためか、境内に塵芥の類が落ちていることは希であった。


ノハ  )「た、食べ物……」


だが、この日の阿部神社は一味違う。
餓死寸前の人間が転がっていた。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:26:40.33 ID:EYKIXEaW0

(;^ω^)「……ゴミってか、え、人?」

ノハ  )「ひもじ……しぬ……」

(;^ω^)「え、ちょ、ま……なにこの展開!」

('A`)「おいおいおはよう文太郎! 風の噂が郊外の夜回り警官惨殺だってよ、これは事件の臭い! おー怖――って死体!?」

一瞬恐慌状態に陥っていた文太郎であったが、あることに気付き、すぐに冷静になった。
この人を担いで家に運び込み、火を起こし、造り置きを温め、朝食を与えた。

独男は面倒臭そうだ、と言って巣に帰った。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:38:04.45 ID:EYKIXEaW0

ノハ*゚听)「いやーお恥ずかしい……貴方のお陰でこの命、助かりました」

(;^ω^)「あー、いやいや、困ってる人を助けるのは、人として当然の務めですお」

大人三食分の朝飯を軽く平らげ、再起したのは年若い少女であった。
見た目は文太郎より幾つか年下程度で、格好は襤褸切れのようになっているが、どうやら良く見れば忍の装束のようである。
頭に油の類は付いておらず、短めに切られた髪を結わずに下ろし、すっきりとした印象を持たせる。

ノハ*゚听)「おおお……なんて立派な……貴方こそ正しく、在りし日の父が私に説いた真の侍、真の男!」

少女は文太郎の受け答えに豪く感心した様子で、瞳を輝かせ文太郎を見据えた。
少々胡散臭い言い回しで文太郎を褒め称えるが、何やらその様子は真剣そのもの。

ノハ*゚听)「申し遅れました、私は砂尾 狒十と申します、武家の生まれで、今は十七になります。
      すな に しっぽ で砂尾、ひひ に じゅう で狒十と書きます。
      武芸は家伝の砂尾流忍術を修めております、以後、よろしくお願いします」

彼女、砂尾狒十はやはり忍の者であった。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:42:25.79 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「えーっと……内藤 文太郎と申します、一応神職の一系ですお。
      内藤は……まあ普通の内藤で、文太郎は ふみ の字にあの太郎です。
      武芸は家伝の内藤流陰陽術を……あ、剣槍術が並伝なんですお、よろしくお願いします」

ノハ*゚听)「文太郎さん、素敵な御名前ですね! あ、私のことは愛と親しみを籠めて ヒート と呼んで下さい、是非!」

(;^ω^)「あ、はい……えっと、じゃあ、ヒートさん」

ノハ*゚听)「はい、文太郎さん」

ヒートはキラキラと輝く瞳で、文太郎を見つめている。
思わずやり難いと声が漏れそうになったが、文太郎は喉仏で押し留めた。



(;^ω^)「……何故行き倒れていたんですか?」

ノハ*゚听)

ノハ;゚听)「えーっと、それはですね……やんごとなき事情が……」

単刀直入な問い掛けに、ヒートは突如顔色が悪くなり、冷や汗が滲んだ。
やはり、行き倒れていたのには、芳しくない事情があるようだった。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:46:16.38 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「黙秘とかくかくしかじかは禁じ手ですお」

ノハ;゚听)「くっ、命を助けて貰った義がここで仇なすとは……」

ヒートは義理堅い人情の持ち主のようで、命の恩人には逆らえないようであった。

ノハ;゚听)「……我が砂尾家は、倒幕以前は小藩に仕える貧乏旗本でした

     それが尊皇攘夷で内乱が頻発、幕府が倒れ、藩の財政は破綻。
     明治の世になって、一族は路頭に迷ってしまったのです。
     昔の身分、生活を捨て、新たな暮らしを得るため、一族は全国に散り、私はこの地に辿り着きました」

やがて、少し間を置いて、とうとうと語り始める。

ノハ;゚听)「長年、町から町へ流れては職を探しましたが、女ということで職は皆無。
     体を売っては、家名に泥を塗ってしまいます。
     故に、真に恥かしながら、苦し紛れに畑に盗みに入ったり、店から盗ったりして道中を凌いでおりました」

一言一句から、惨めな境遇への悔しさが滲み出る。
文太郎は頷きながら、黙って耳を傾けていた。

43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:48:10.19 ID:EYKIXEaW0

ノハ;゚听)「しかし、この辺りの山々を超える中、食料は何一つ辺りに無く……
     数日間山を彷徨った挙句、茂みを抜け、偶然鳥居に辿り着いた所で、ついに倒れた、ということなのです……」

( ^ω^)「ふむ……それは難儀でしたお、しかし、だからと言って盗みは良くないですお」

ノハ;゚听)「うっ……それは、その……ごめんなさい……」

文太郎が面を上げ、ヒートをじっと見つめる。

( ^ω^)「私に謝っても仕方が無いですお?
     畑の作物も、お店の品も、全て人々が生きるために作って、売っている物。
     それを盗んだとなれば、本当なら袋叩きにされていてもおかしくないくらいなのですお」

ノハ;゚听)「うう……」

ヒートの顔色はすっかり悪く、文太郎は真っ直ぐな視線を注ぐ。
堪らず、ヒートは眼を逸らし、俯いてしまった。

貧乏旗本と言えど、仮にも旧士族の生まれ。
やはり盗みに対し、罪悪感は感じていたのだろう。

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:50:28.59 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「それが未だにこうして生残って、巡り巡ってこの緋津府に辿り着いた。
     命があるということは、まだ償う猶予を、貴女は持っているということですお」

ノハ;゚听)「!? そ、それはどういう……」

ヒートは、自らの罪を糾弾されるとばかり思い込んでいた。
そのためか、文太郎の口の転調に、驚いて面を上げて、虚を突かれたような顔を見せた。

( ^ω^)「町に、人々に奉公することで罪を償うのですお。
     貴女が働くことで生まれた利益が、きっと巡り巡って盗みを受けた人々に届きますお。
     食い扶持と住まいは、仕事が安定するまで私が面倒を見ますから」

ノハ;凵G)「ぶ……文太郎さん……いえ、文太郎様……!」

ヒートの眼から涙が溢れ出し、思わず、彼女は膝を詰め合っていた文太郎の手を、両手で取って握った。

( ^ω^)「出来ますかお?」

文太郎はそっと握り返し、穏やかな口調で問いかける。

ノハ;凵G)「はい! その命、心に刻んで必ずや!」

ヒートはぐしゃぐしゃになった顔で、力いっぱい答えた。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:52:38.59 ID:EYKIXEaW0

このやりとりの後、文太郎はヒートを連れて和尚と独男の元へ向かった。

和尚は緋津府のやくざ者を束ねており、独男は町の便利屋紛い。
この二人ならば、何らかの仕事を紹介出来ると踏んでの事であった。


('A`)「和尚からいい仕事斡旋して貰った方が禄は高いぞ? じゃなくていいならここで雑用で雇うが」

( ^ω^)「どうするお?」

ノパ听)「便利屋って要するに、何処の馬の骨とも知れない何でもやる無職紛い、ですよね?
     こんな仕事の片棒を担いでは砂尾の名折れ、折角なのですが、丁重にお断りさせて頂きます」

( ^ω^)「だってお」

('A`)「泣くぞ俺?」


46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 01:54:59.17 ID:EYKIXEaW0

(´・ω・`)「女子向けじゃないが、狒々山鉱脈開発の人手が不足しておってな、やる気があるなら斡旋するぞ、嬢」

ノパ听)「力仕事ですか! 得意分野です、是非やらせて下さい!」

( ^ω^)「だってお」

('A`;)「職業差別だ! お高く留まりやがって!」

( ^ω^)「……高いか?」


こうして、ヒートの仕事が決まった。

(´・ω・`)「それじゃあ今日中に話通しとくから、明日の朝にはここへ行っとくれ」

ノパ听)「御意!」

この後、文太郎とヒートは和尚の家で食事を馳走になったのだが、
独男は、ヒートの態度が文太郎、和尚、自分で明らかに違ったことに、今尚変わらぬ身分絶対社会を痛感。
一人打ちひしがれつつ、とぼとぼと家路に着いた。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:05:11.61 ID:EYKIXEaW0

翌日には早速仕事があるということなので、ヒートは日の出前から起床した。
軽い運動で体を暖めると、文太郎が作った朝食を取り、緋津府北西にある現場へ向かった。



「おぞましいき このちのにおい」

「おかえりである おかえりである」

「おおざるさま かえってこられた」



犬神事件以来大きな仕事はなく、文太郎は程々に暇な日々を過ごしていた。
日も高く上がり昼前程になった頃、独男が神社にやって来て空腹を訴えて来たので、文太郎は重箱に弁当をこしらえ、二人で狒々山の開発現場に行くことにした。

( ^ω^)「いや、良い天気だお」

('A`)「全くだ、一晩枕を涙で濡らし、この空は今正に晴れ渡る俺の心」

( ^ω^)「気持ち悪い」

狒々山は緋津府の北西部に位置する、緋津府を囲む山々の一系である。
その名の如く猿が非常に多く棲む山で、付近の村々には朝廷の殖民以前からの猿を神使とする狒々信仰が根強く残っている。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:08:30.60 ID:EYKIXEaW0

内藤神社に伝わる資料では、狒々山は過去の満妖で度々人喰い大狒を輩出。
歴代の当主は伝書や口伝により、数々の先の満妖を担った先代達から、重々注意するよう言い付けられていた。

当然ながら文太郎と早世した先代も、先々代から狒々山に気を付けろと、耳にタコができる程言い聞かされている。

('A`)「何故だろう、気持ち悪いとお前に言われても全く傷付かないのに、昨日は初対面にボロクソ言われて酷く欝だったこの違い」

( ^ω^)「相手が女子だからだろう」

('A`)「なるほど!」

自然豊かな大山一つ、全て丸々猿の巣なのである。
この猿にとって安定した環境は、緋津府の地勢と相まって、力のある個体を生み出し易い。
満妖の年にその強力な個体があてられ、人喰い大狒となるのだ。

しかし、文太郎はある資料から、この理屈が今の時代に通ずる物なのかどうかと、疑問を抱いていた。

('A`)「ところで、なんで職と住の世話をしようと思ったんだ?」

( ^ω^)「倒れていた彼女の懐から、禍々しい妖気を感じたんだお」

('A`)「ふむ」

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:10:47.17 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「彼女自身は普通の人間のようだが、何か相当曰く付きの物を持っているお。
     ここ緋津府でそんなもん放っておいたら、何が起きるかは明白、故に目が届くよう動かせて頂いたお」

('A`)「お仕事の一環ということですか、流石」

殖民以来の地道な開拓により、近代の緋津府は町が大きくなり、人口も増加。
それに伴う木材等の需要増を受け、江戸の中後期には地元の反対を押し切った藩による自然開発が始まる。

今に至り、狒々山を始めとする緋津府の自然は、減少しつつあった。

文太郎は収集した過去の資料から、今昔の狒々山の猿を比較。
自然開発と共に猿の体格が悪化していること、凡その頭数が減っていることを確かめていた。

これは猿の安定した生育環境が揺らいでいるということの印であり、これでは力ある個体は生まれ難い。

文太郎はこのことから、今回の満妖で大狒被害は出ないのではないか、と考えているのだ。

もし、大狒が出なくなった代わりの何かが出るとすれば、それは。

('A`)「しかし、この舶来品に身を固めた優男の明らかな高貴さに物怖じせず蔑んでくるとはな、驚いた驚いた」

( ^ω^)「見た目が胡散臭いんだお、お前近所で見た目が胡散臭いって言われてるの知らないのかお?」

('A`)「まじですか」


文太郎は、それは恐らく人災の類であろう、と考えていた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:13:23.83 ID:EYKIXEaW0

ノパ听)「あ! 文太郎様! ……と無職紛い!」

工事の現場に辿り着くと、丁度、ヒートが掘り出した土を捨てに行く途中に出くわした。
他の工夫達がほぼ褌一丁になって作業しているのに対し、ヒートは相変わらずのボロ忍装束であった。

('A`)「いやさ、もはや喧嘩売ってるよねこれ……」

( ^ω^)「ヒート、この空木独男という男は西洋剣術を修め、その腕前や天下一流の剣士に劣らず。
      無職紛い等と不名誉な呼び名は止して、せめて空木とか独男とか名前を呼び捨てにしてやりなさいお」

いつの間にか文太郎は、ヒートの事をヒートと呼び捨てにするようになっていた。

ノパ听)「では、これからは空木と呼び捨てることにします」

('A`)「文太郎、お前、今持ち上げたと見せて落としたよな……」

独男は会って二度目の年下女に、呼び捨てにされるようになった。

( ^ω^)「ヒート、弁当を作って来たから、三人で一緒に食べるお」

ノハ*゚听)「本当ですか! ありがとうございます! 直ぐにお休憩を頂いて来ます!」

弁当の二文字にヒートは埃塗れの顔を輝かせ、担いだ棒ともっこもそのままに、来た道を駆け戻ってまた戻って来た。

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:16:21.06 ID:EYKIXEaW0
三人は手頃な岩や切り株に腰掛け、文太郎が風呂敷から重箱を取り出す。
三段重ねの重箱で、弁当一人分が箱一枚に詰められていた。
文太郎は独男とヒートに弁当を渡すと、水筒の茶を三つの杯に注いだ。


( ^ω^)「仕事はどうだお?」

ノハ*゚听)「はい! 監督殿より工夫の方々の三倍働けると褒められました!」

( ^ω^)「それは凄い」

ノハ*゚听)「この調子で一層気を引き締め、力を入れてお仕事に取り組みます! ご馳走様でした!」

ヒートはあっと言う間に弁当を平らげる、茶を飲み干し、現場へ戻って行った。

文太郎の視線は終始ヒートに注がれており、傍目から見れば女子をじろじろ見る助平男。
しかし、その姿も見るものが見れば、違った感想が出て来るだろう。

目付けは遠山であり、どこか一点を注視することはない。

文太郎はヒート全体を観察することで、妖気が発せられる元を探っていた。

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:19:25.94 ID:EYKIXEaW0



「おおざるさま おめざめでない にんげんらとともにあり」

「よる ここへ きっと おめざめになる」

「いかに ここへ」

「なんなき われらがてくせ いとわるし」



54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:24:13.18 ID:EYKIXEaW0
文太郎と独男は重箱を片付け、神社へ戻ることにした。
狒々山から阿部神社はさほど遠くは無いが、近くも無い距離。
他愛ない話をしながら、二人は町を歩く。

( ^ω^)「胸だ、胸、間違いないお」

('A`;)「は?」

突然の文太郎の独白に、たじろぐ。

('A`;)「お前、まさか本当はそういう目で……」

( ^ω^)「ちげーお、胸の辺りから妖気が出てるっつってんだお」

('A`)「あ、ああ、そういうこと」

釈明にほっとし、独男は胸を撫で下ろした。

('A`)「胸元っつーと、首飾りじゃないか」

( ^ω^)「自分もそう思うお、服の下に収まって外に見えない、小さく簡素な首飾り。
     満妖で彼女に何か起きるとすれば、間違いなくそれが発端となるお。
     目が届く時はいい、けども、目が届かない時は……頼むお」

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:37:00.77 ID:EYKIXEaW0

('A`)「ああ、分かってるよ、そのための俺の耳、お前の刃だ、利害の一致は崩れてないさ。
   ところで文太郎、最近穏やかだったろう、腕の方に鈍りは無いかな?」

( ^ω^)「鈍りが出ないよう、鍛錬には日々万全を期しているお。
      要するに、相手をしろ、と言いたいんだお?」

('A`)「御明察、ただし、従五位高和と薄刃蜻蛉で、だ。
   木剣より、真剣寸止めの方が身も気も締まって良い稽古になる」

独男の手が柄頭を撫で、マントに隠れた細剣が揺れた。
文太郎は顔をしかめ、複雑な表情で暫し押し黙ったが、これを了承した。

( ^ω^)「……承ったお」

('A`)「よし、殺すなよ」

( ^ω^)「こっちの台詞だお」

気付けば二人は阿部神社の大階段の前まで来ており、そのまま稽古場へ向かうこととした。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:39:13.15 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「……」

('A`)「……」

文太郎は稽古着に着替え袴を腿立ち高く取り、独男はマントを脱ぎ蘭服姿を晒していた。

二人は向かい合うと黙って刀を抜き、構えた。

文太郎が青眼に構えた妖刀、従五位高和は反り高で太刀然とした刀であり、鎬には刃元から切先まで紋様が掘り込まれている。

対する独男が握る刀、薄刃蜻蛉は反りが殆どなく、切っ先は槍の様に尖り身幅は狭い。
柄も通常の日本刀のそれとは比べ物にならぬほど細く、西洋の細剣のようである。

そして、独男自身もこの刀を片手で持ち、半身になって西洋剣術風に構えていた。

初めに動いたのは独男であり、剣先が触れ合うより早く、遠間から突きを放った。
準備運動とでも言わんばかりの軽い突きであり、撃っては引いて、何度も連続して放った。

文太郎は、この小手先調べに放たれた五月雨の如き刺突を、全て難無く打ち落とした。

若干詰まった間合で、今は得物の先端部が絡み合い、ちりちりと鎬を削っている。

文太郎が、吸い込んだ息を飲み下すように、静かに腹の底に溜めていく。
丹田に力を籠め、慎重に気を練り、全身に巡らせる。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:42:25.68 ID:EYKIXEaW0

('A`)「……」

( ^ω^)「……」

少しでも気を抜こうものならば、この鎬を削り合う相手は容赦無い。
兎の様な低く、素早い跳躍に乗せて、具足をも貫く一突きを見舞ってくれるだろう。

しかし、また、相手も同様な心境であった。
迂闊に飛び出せば自身が白刃の餌食になり兼ねない、文太郎も独男も、互いの力量は知っていた。

切先三寸の攻め合いは、早くも膠着状態に陥る。
やがて、どちらかが心を動かし、そこを打たれる。

真剣を構え合うこの状況、互いの心に多大な緊張を生み、双方の額に脂汗が滲む。

一歩間違えれば死を招いても何ら不思議ではなく、故に雌雄を決するは心の駆け引き。
剣技を以って死の恐れを以下に克服するか、それが剣法であり、戦の心法なのだ。



勝負の行方や、何処に。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[thanks] 投稿日:2010/02/14(日) 02:47:32.23 ID:EYKIXEaW0

('A`)「……」

対峙の最中、独男が脚への重みの掛け具合、踏み締める位置を変えた。
視界で捉え得る変化ではなく、文太郎は気付いてはいない。

変化を以って膠着を打ち破る、そのような腹積もりである。

すっと半身を前に出して来た独男を捉え、文太郎はすかさずその右半身に斬り掛った。

肩を起点とした一拍子の打ちが、独男の半身を捉えたと思われた。
しかし、それがある筈の位置から、独男の右半身は消えていた。

これが独男の狙いである。

( ^ω^)「!」

筋操作により、重心を刺突に適した位置から左への転化に適した位置へ。

瞬時の左転化が右半身を引き、斬撃を抜く作用を生む。
死を潜り抜けた薄刃蜻蛉を左手が掴み、構えも脇構え、西洋剣術ではなく日本剣術のそれへと変わった。

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[thanks] 投稿日:2010/02/14(日) 02:49:46.14 ID:EYKIXEaW0
間髪入れず腕が振り上げられ、独男は大上段。
今にも刀を振り下ろさんとしている。

対する文太郎は抜かれ崩れた体勢を立て直すも、刀を振り被る独男に地摺り青眼。
上段に対し下段、従五位高和はあたかも死太刀であり、勝敗は決したかに見えた。


('A`)「ィイヤァッ!」


打ち下ろされる薄刃蜻蛉を目前に、文太郎の体が動く。

地を指していた従五位高和が、瞬時に天高く振り上げられる。


('A`)「!」


振り上げられた刀は、振り下ろされる刀と衝突。
その一瞬を逃さず、文太郎の手の内が働き、従五位高和の鎬へ伝わる。


下から跳ね上げた刀が、仕手へ殺到する薄刃蜻蛉を弾き飛ばした。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 02:52:43.02 ID:EYKIXEaW0


( ^ω^)「ぬんっ!」


この振り上げで半拍子、そこからの振り下ろしに半拍子、計一拍子の見事な打ちが、独男の面前で静止していた。

( ^ω^)「日安院正梵和尚直伝、一刀流擦り上げ面」

('A`;)「あいや参った、お見事」


文太郎は日頃から和尚との稽古で一刀流の手解きを受けており、この勝利はその成果であった。

しかしながら、独男が見せた西洋剣術から日本剣術への一瞬の転化も真に見事なもの。
これに心を動かす事無く、捨て身の一心で擦り上げを放った文太郎が勝負を制したが、二人の実力は甲乙は付け難い。

二人はこの後内藤家の居間に移動すると、稽古の反省を中心に武術談義に花を咲かせた。

この話はやがて、史上最強剣客決定戦から全国最強流派決定戦なる不毛の討論へ発展、日没以後まで続く大論戦がここに勃発した。


そして、数日後。

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:00:02.69 ID:EYKIXEaW0

「お疲れさん、これが今週の給料、大事に使うんだよ」

ノパ听)「ありがとうございます! 大事に使います!」

日が沈んでからの狒々山工事現場は、幾つもの松明に照らされている。
一日の仕事が終わって、工夫達は掘立小屋に集まり、作業の責任者から一週間分の給料を貰っていた。

ノハ*゚听)「初給料……へへっ」

手掴みで渡された数枚の銭を両手に広げ、それを嬉しそうに眺めながら歩く。

ヒートは途中から仕事に入れて貰ったということもあり、額は他の工夫よりは少なかった。
しかし、働いて得るお金というのはこれが初めてであり、一族離散からの悲願でもあった。

行く行くは稼ぎを元手にお家再興、ということも考えてみたことはある、ヒートは意気揚々と阿部神社へ向かった。

(ю:)「キー!」

ノパ听)「ん、猿?」

その道中であった。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:03:14.85 ID:EYKIXEaW0

(ю:)「キキー!」

ノハ;゚听)「あ、こらっ! 返せ!」

突如目の前に躍り出て来た猿に、ヒートは迂闊にも給料を掠め取られてしまった。

(ю:)「キキキッ!」

猿は素早く身を翻し、ヒートが元来た道を駆け去る。
つまり、狒々山へ向かって行った。

ノハ;゚听)「待て! 待てったら!」

ヒートは慌てて猿を追い駆け、狒々山の方へ。

猿の足は速く、とても常人では追い付けない。
さらに辺りは暗く、動き回る猿を眼で追うのは困難であった。

しかし、ヒートは砂尾流に伝わる早駆け法、さらには暗視法を無意識に用いてこれを追跡。
猿に劣らぬ速度で町を駆け抜け、精確に行路を見抜き、夜の狒々山に辿り着いた。

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:05:56.53 ID:EYKIXEaW0

(ю:)「キーッ!」

ノハ;゚听)「待てよこの猿! こらーっ!」

工夫達が居なくなった狒々山工事現場には、代わりに夜の現場を見張る警官隊が置かれていた。
夜目の利かない彼らは闇を駆け抜ける猿には気付かず、遠くから駆けて来るヒートには気付いた。

「止まれ!」

現場の入口に立つ警官二人が長棒を構え、猿を追うヒートの進路を塞ぐ様に立つ。

猿は警官達の死角から一気に飛び出し、交差した棒の下を潜り抜けた。

「こ、こら! 止まれと言っている!」

ノハ;゚听)「ごめんなさい! 猿にお金を盗られて!」

ヒートは速度をそのままに警官達に突っ込む。
ぶつかる寸での所で棒の一端を掴み、それを支軸に身を翻し、まるで猿の様に警官の制止を抜けた。

「お、おい! 侵入者だ、応援を呼ぶぞ!」

「ああ、詰め所に言って来る!」

侵入を許してしまった警官二人は、警官隊の詰め所に急いだ。
詰め所に溜まっていた警官達が起き上がり、小屋が慌しくなる。

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:08:32.80 ID:EYKIXEaW0

(ю:)「キキッ! キーッ!」

ノハ;゚听)「捕まえたっ!」

ヒートは現場から離れた、狒々山の深い所へ辿り着き、そこでようやく猿を捕まえた。

ノハ;゚听)「よしっ、取り戻した、警官さんに謝らないと……?」

ヒートはここで初めて、事態の異常性に気が付く。


何故猿が金を盗んだ、猿に金は要らない。

何故猿は此処で捕まった、もっと深い所へ入れば幾らでも逃げ仰せられよう。

何故。

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:11:49.58 ID:EYKIXEaW0


「おかえりである おかえりである」


「おかえりである おかえりである」


「おかえりである おかえりである」


ノハ;゚听)「なに……ここ……?」


69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:13:07.97 ID:EYKIXEaW0

何故こんなにも多量の猿が、眼を紅く輝かせ、この身を取り囲んでいるのか。



(ю:】「おめざめになられよ おおざるさま」



渦巻く妖気。

猿共の眼。

石の片の首飾り。


ノハ;゚听)「あ、ああ……ああああああああああああああ!」


山を奪われし猿の怨嗟、満妖の力を呼ぶ。

狐が残怨これに呼応し、依り代と結ぶ。



大山鳴動、血より蘇るは古の魔獣。

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:14:18.24 ID:EYKIXEaW0



ノハ )「……」


ノパ ゚)「……」



砂尾が祖、砂尾の大狒。


72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:25:50.90 ID:EYKIXEaW0


('A`)「……文太郎!」

阿部神社境内、内藤家居間。
独男の地獄耳が、異質な音を捉えた。

断続的に発せられる男性の悲鳴、その周囲を取り巻く、猿叫の様な怒号。

その位置は、大狒々山。

( ^ω^)「式を飛ばして和尚に連絡するお、急ぐぞ」

懐から取り出した紙片が、一筆を加えられると鳥の様に羽ばたき、闇夜へ消えた。

文太郎は従五位高和を差し、戦者札を掴み、マントを羽織った独男と狒々山へ駆け出した。


73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:29:02.65 ID:EYKIXEaW0

「ひ、ひぃっ! 痛っ、痛いっ! ぎゃあぁっ!」

ノパ ゚)「……」

「あ、あがっ! ひぎっ、ひぃぃ!」

狒々山工事現場は阿鼻叫喚、倒れた警官に猿が群がり、殴り、噛み付き、掻き毟る。

ヒートは猿達の先頭を歩き、この地獄絵図の演出に一役買っていた。

向かって来た勇敢な警官が居れば、それを軽くいなし、棒を絡めて叩き伸し、猿の中に放り込む。

逃げようとする警官を見つければ、早駆けで間を一気に詰め、四肢の末端を折り砕いた。

眼は虚ろで、顔は茫然自失、彼女を動かしているのは彼女ではない。
胸元の紅く輝く石片と、それに呼び起こされた彼女を薄ら覆う巨霊、大狒が彼女を乗取っていた。

( ^ω^)「ヒート!」

('A`)「大狒の霊体……!」

駆け付けた文太郎と独男は、ヒートの変貌に身を強張らせる。
彼女の胸元の紅い輝きが、予想の的中を示していた。

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:35:02.16 ID:EYKIXEaW0

ノパ ゚)「この娘の知り合いか」

声はヒートから発せられているようで、そうではない。
胸元の石から、あるいは、霊体の大狒から発せられていた。

( ^ω^)「緋津府陰陽師内藤文太郎、その娘は分け合って某が預かりたる娘。
     願わくば鎮まり、娘を返されたまえ、狒々山の大狒よ!」

無駄と分かっていての、名乗り口上と請願であった。
これで引くような相手ではない。

ノパ ゚)「無駄也、この体無くして、子らが悲願達成ならず」

子ら、とは大狒を呼び起こした狒々山の猿達のことであろう。
相手は幾度も緋津府を震撼させて来た大狒、文太郎が、今年は出ないと予知した筈の大狒なのだ。

('A`)「……胸元が赤く輝いてる」

( ^ω^)「やはりあれが原因となったかお……」

独男と文太郎の視線がヒートの胸元、紅い輝きへ行く。
二人は身構え、相手の動向を注視する。

ヒートを乗っ取った大狒は、一歩一歩踏み締めるように近づいて来る。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 03:38:10.71 ID:EYKIXEaW0

('A`)「文太郎……」

( ^ω^)「ああ……」

両手はだらりと垂れ下がり、背は丸く猫背。

ノパ ゚)「抜けば斬殺」

二足で歩きこそしているが、姿は猿そのもの。

ノパ ゚)「抜かねば轢殺」


('A`;)「来るぞ文太郎!」

( ^ω^)「ああ!」


ノパ ゚)「ましらの前には二つに一つ!」


満妖にあてられた狂猿が今、文太郎達に襲い掛かった。

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 04:38:16.79 ID:EYKIXEaW0

遠間からの急襲に対し、文太郎は戦者札を短く持ち、鋭く薙ぐ。

ノパ ゚)「!」

大狒は進路上に現れたその一撃を急停止によって回避し、警戒して後に退いた。

通常通りに長く持って薙げば、大狒を宿したヒートには簡単に避けられ、懐に入られてしまうと踏んでのことである。
間を短くして薙ぐことで、相手の進路に一撃を置くことが出来る。
一時的な足止め程度にしかならないが、今はこの一時が欲しかった。

文太郎は全力で走り出し、独男がそれを追う。
向かったのはそこら辺にある茂みであった。

( ^ω^)「独男! 山道を抜けて石畳に誘き出すお!」

('A`;)「何!? この暗闇の中をか!?」

( ^ω^)「道に出れば式が自然な感じで照らしてくれる、問題ないお!」

二人は茂みを掻き分け、とある獣道へ出た。

( ^ω^)「灯!」

文太郎の言葉と共に、真っ暗だった道が微妙に明るくなった。
この獣道は歴代が狒々山から大狒を神社へ誘き出すために作った道であり、式を用いた仕掛けが施してあった。

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 06:01:00.28 ID:EYKIXEaW0

ノパ ゚)「逃がさんぞ!」

後を追って来た大狒が、文太郎の側面へ躍り出る。

(;^ω^)「!」

拳が振り上げられ、振り向いた文太郎の顔を捉える。

ノパ ゚)「っ!」

だが、目前を縦に薙ぎ払う一撃が、拳を阻んだ。
間に割り込んで入った、独男の薄刃蜻蛉である。

再び攻撃を妨害された大狒の霊体に、苛立ちの表情が募る。

('A`)「そう簡単にやらせはしねえよ! 文太郎! 走るぞ!」

(;^ω^)「すまんお!」

再び二人は駆け出し、道を遥か阿部神社の方へ。

ノパ ゚)「そう易々と逃げ仰せられると思ってか!」

大狒はそれを、逃走の意図を解さぬまま、本能的に追う。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 06:03:58.72 ID:EYKIXEaW0

独男は元々足が速く、文太郎は飛脚から習ったという早駆けを使用。
凄まじい速さで獣道を駆け抜け、阿部神社を目指す。

しかし、大狒の足はそれをも上回るようで、追いつかれては交戦、そして逃走を繰り返すこととなった。

途中、独男が機転を利かせ、石を拾って投げてみたが効果はなく、逆にヒートの手裏剣術で石を投げられる羽目にもなった。

矢の様に通り過ぎる投石を潜り抜け、二人は死ぬような思いで獣道を駆け、やがて、目的の地へ辿り着いた。


(;^ω^)「ついたお!」


阿部神社奥領、祓殿四方鳥居。
広大な石畳と四方を囲む巨大鳥居が、そこに在った。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:23:33.22 ID:EYKIXEaW0


ノパ ゚)「ァァァァァェェィ!」

大狒は樹を掴み、足蹴にし、推力を得る。
猿叫を上げ、間合の中の文太郎に飛び掛った。

(;^ω^)「っ!」

石畳の中心に走っていた文太郎だったが、急襲を察知し右に振り返る。
左手に持っていた戦者札に右手を沿え、右回転の勢いを利用、石突側での打ち落としを試みる。

しかし、大狒がかざしていた左手により間合を見誤り、打突は腕に。
腕を畳まれ、打突を透かされ、文太郎は逆にその左腕を右に掴まれてしまった。

文太郎の左腕の掌握と同時、大狒は体を捻り着地、尚推力は有り余る。

その全力を、捻った腰の回転と合わせ、右手が唸りを上げた。

(;゚ω゚)「おおおおおおおおお!?」

('A`;)「なっ!? 文太郎!」

文太郎は掴まれた左腕ごと体を振り回され、豪快に前方へ投げ出された。

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:26:37.37 ID:EYKIXEaW0

勢いは凄まじく、地に墜ちてからも体は転がり続ける。
文太郎は鳥居の柱に背中から叩き付けられ、ようやく止まることが出来た。

(; ω )「がぁっ、はっ……」

強烈な衝撃が全身を走り、全ての空気を無理矢理抜かれたような感覚に陥る。
脳を揺さぶられ意識が朦朧とするが、戦者札を杖になんとか立ち上がった。

ノパ ゚)「次はお前だ!」

('A`;)「ぐっ!」

よろめく文太郎を追撃しようとはせず、大狒は独男にその矛先を向ける。

出鱈目な身体能力、大狒となっても冴える体術、独男は対策を練ろうとするが、予断は許されない。

得物を抑えられては、先程の文太郎の二の舞となる。
そうならないよう立ち回るとすれば、機敏かつ細やかな太刀捌き、もしくは一切の隙を見せない重厚な剣風が求められる。

独男が取るとすれば後者は柄ではなく、前者であった。

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:31:28.29 ID:EYKIXEaW0

大狒に先を取られるのを防ぐため、独男は抜き放った薄刃蜻蛉を片手半身に構え、立て続けに三回、浅く鋭い突きを放った。

大狒は僅かに身を引き、突きが届かないギリギリの間合を保つ。
三回の刺突の内、初めと最後の二回を捉えようと手を動かしたが、前後に高速で振動するそれを抑える事は出来なかった。

文太郎はよろめきながら大狒と独男の元へ向かうが、投げの衝撃が後を引くのか、足取りはたどたどしい。

独男は剣先を小刻みに揺らし、じりじりと詰めて来る大狒に対し、刺突による牽制と後退で間を保っていた。

怪異を殺し、それを以って祓いと為すのは、困難では有るが独男にも出来る。
しかしながら、相手は人の体を乗っ取った化物であり、これを殺すとなればヒートを殺すことになる。

ヒートを殺さず、害悪を為す大狒のみを取り除くには文太郎が受け継ぐ陰陽術が不可欠。

故に、独男の狙いは、自然と文太郎が戻るまでの時間稼ぎとなった。

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:37:01.59 ID:EYKIXEaW0

ノパ ゚)「小賢しい技を使いよる……」

大狒は乗取ったヒートと知識、技術を共有しており、使う技の数々は砂尾流のものであった。

砂尾流は他の忍術と毛色を異とし、戦国の世に在りし頃は、夜闇に紛れての破壊活動、敵陣への奇襲強襲が忍軍の主な活動。
それを体系化した戦闘技術の総称が砂尾流忍術であり、ここに諜報、暗殺技術の類は一切無い。

('A`)「その娘に聞いてみな、舶来品は初めてか? ってよ!」

ノパ ゚)「っ!」

独男の入り身と刺突は同調しており、極めて素早い。
刀身を抑えようとするも、刀身は来たと思えば既に退いている。

砂尾流が戦国時代に編まれた技法、流派である以上、その戦闘技術が相手と想定しているものは国内の剣槍術。
故に独男の西洋剣術は初見であり、日本剣術の刀法と異なる使い方、技への対応は難しく、強く苛立っているようであった。

ノパ ゚)「……致し方あるまい」

一方的な刺突に手を拱いていたが、大狒が動いた。
対策を練り出したか、はたまた自棄かは定かではない。

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:39:27.13 ID:EYKIXEaW0

一瞬で身を沈め、重力の利を得る。
倒れるか、倒れないかの瀬戸際で地が蹴られる。

重力と脚力が推力となり、大狒の体は地表を滑り、独男に迫る。

('A`;)「!」

独男は咄嗟に下方へ突きを放ち、牽制を試みる。

これが、仇となった。

ノパ ゚)「捉えたぞ!」

('A`;)「なっ、腕を……!?」

突き出された薄刃蜻蛉は、掌に垂直に突き刺さり、刀身を掴まれていた。

大狒は左腕を捨てることで、無理矢理間を詰め切ったのだ。

独男は薄刃蜻蛉を掴まれ、思わず握り込んだ柄ごと体を引き込まれた。
負傷している筈の左腕は、凄まじい握力で刀を離さない。

体の損壊は意に介さず、依り代が死なない程度であれば、最悪どのようなこともするようであった。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:41:28.34 ID:EYKIXEaW0

('A`;)「ぬぐぁっ!?」

引き込まれた独男の右腕を大狒の右手が掴み、捻り上げ、激痛に独男の右手が緩む。
刀が大狒に刺さったまま手を離れ、独男はうつ伏せ、後ろ手に組み伏せられた。

捻り上げられた腕が足蹴に留められ、体を起こした大狒が、空いた右手で刀を抜く。

ノパ ゚)「不様だな、人間」

大狒は逆手で刀を持ち、独男の首に切っ先を向けた。
腕が高く持ち上げられ、振り下ろせばすぐにでも独男の命を貫ける体勢となる。

('A`;)「……っ!」

ノパ ゚)「死ね」


独男はこの時、死を覚悟した。



92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:51:48.88 ID:EYKIXEaW0


(; ω )「ッ……!」

時は僅かに遡り、独男が土壇場に追い込まれる直前。

予想以上に損害を受けた体は歩く度に軋み、まともに戦える状態とは言えなかった。

視界の向こうで独男が時間を稼いでいるのは確認出来、それが自分のためとも理解出来た。

それに応える為にも少しでも早く回復し、駆け付けねばならない。
しかし、体はそれどころではなく、言うことを聞かない。

(; ω )「こうなったら……」

状況を打開するのに、文太郎の脳裏に浮かんだ方法はただ一つ。
実行以外に、手は無かった。

(; ω )「……陰気を呼び込む」

それは、内藤流陰陽術に伝わる奥の手の一つ。

(; ω )「陽気を祓う……」

戦者札の力を使い、体を巡る陰陽の気を操る。

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 07:54:08.51 ID:EYKIXEaW0

(; ω )「流れを変える、変化を呼び込む」

鳥居から妖気が流れ、戦者札へ。
戦者札が生命に漲る正の妖気、陽気を抜き、体へ怪異を為す妖気、陰気を呼び込む。

( ゚ ゚)「抜け」

体に無理矢理陰気を詰め込み、妖怪に近い存在となる禁術。

内藤流陰陽術 戦者札操法 禁手、その名を 抜け 。


文太郎が超常の力を得たと同時、独男が組み伏せられる。

( ゚ ゚)「……!」

禍々しい気を纏い、文太郎は駆けた。


95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:01:06.46 ID:EYKIXEaW0

ノパ ゚)「……!」

薄刃蜻蛉は振り下ろされることなく、大狒は独男の上から跳び退く。

死を覚悟した矢先、何事かと思えば、直後に自分の上を高速の穂先が通り過ぎ、上げようとした首を慌てて引っ込めた。

一撃のみならず、間髪入れぬ追撃が大狒に迫る。

素早い入り身で突き出された穂先を、左へ開いて避け、槍の首元へ左手が伸びる。
強力な怪異故か、掌の傷は貫かれた当初より浅く、驚異的な速度で治癒が始まっていた。

文太郎はそれをわざと掴ませ、向上した脚力にものを言わせた強引な右転化、槍を大きく左回しに、掴んだ大狒を投げ飛ばした。

ノパ ゚)「!?」

自身が宙に浮かされたことに動揺しつつも、大狒はくるりと体を回し、石畳の上に着地した。
投げられた飛距離は、先程自身が文太郎を投げ飛ばした距離より遥かに長い。

いつの間にやら手放していた薄刃蜻蛉が、からんと地に転がった。

動揺もそのままに、文太郎がまたも目前に迫る。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:04:24.22 ID:EYKIXEaW0

上段に構えられた戦者札が扱きと共に高速で突き出され、大狒は後ろ宙返りにこれを避ける。

着地し、上から下への突きを誘うつもりで、低く間を詰める大狒。
文太郎がこれに上手く乗れば、視界の斜め上から来る穂先を跳んで首元を押さえ、文太郎に抱き付き絞め殺すであった。

しかし、実際に攻撃がやって来たのは注意が緩慢になっていた視界の下方。

ノハ;゚ ゚)「がっ……!?」

自身よりさらに低く地を這ってきた石突が、大狒の腹を穿ち、撥ね上げた。
突きと同時に前後を入れ替えた右手が石突を押し出し、回し、石突が つ の字を描くように一撃を見舞ったのだ。

腹部から全身に回る激痛に、今度は器用に宙返りして着地することも出来ない。
大狒は石畳に仰向けに叩き付けられ、動きが一瞬止まる。

文太郎はその瞬間を見逃さず、追撃を駆ける。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:07:14.82 ID:EYKIXEaW0

抜けによって得た妖怪同然、超常の脚力は一瞬の間詰めをよしとし、大狒は起き上がることすら許されず、腹に足蹴を叩き込まれた。

ノハ;゚ ゚)「ぁぐぁっ!」

溜め込んだ空気が腹から一気に抜ける音、怯む声、さらに停まる動き。
好機と見て、文太郎の右手がついに怪異の大元、胸元の紅い輝きに伸びた。

服の上からこれを掴み、服ごと紐を引き千切る。

石の欠片の首飾りがついに露になり、文太郎はこれを天高く放り投げた。


( ゚ ゚)「祓いを行う!」


欠片は形こそ違えど、それは紛れも無く先日、警察署で女陰陽師の手に渡ったものと同じ品、殺生石の欠片であった。


( ゚ ゚)「流れを正す!」


落ちる石片に戦者札が叩き込まれ、石片の妖気を戦者札が赤ら顔で喰らう。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:10:08.54 ID:EYKIXEaW0
石片は粉々に。


ノハ;゚ ゚)「がああぁあぁぁえぇぇぇぁぁぁぁぁぁ!」


ノハ )「あ、あ、ぁ……」


大狒は消え、戦傷が生々しいヒートがそこに残された。


99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:13:40.44 ID:EYKIXEaW0

(;゚ω゚)「っ、はぁっ……はっ……」

祓いを終えた文太郎は、息も絶え絶えに立膝を突いた。

抜けは体の陰陽の均衡を陰に崩し妖怪に近付く荒技であるが、禁術とされていることはあり、著しく体を蝕む。

術後は均衡を元に戻すのであるが、陰気が満ちている所に陽気を注ぎ込むのは、これは想像を絶する苦痛を伴う。

戦者札を相手に穿ち、妖力操作の力で相手の陰陽均衡を崩し葬るのが内藤流の祓いの原理。
抜けを戻すということは、自身にこれを行っているのと同じことなのである。

('A`;)「文太郎!」

一連の流れを見ていた独男が、心配して駆け寄って来た。
捻り上げられていた右腕が痛むようで、左腕で抑えている。

('A`;)「すまん、俺が不甲斐ないせいで……」

(;^ω^)「いや、自分の不手際、間合を惑わされてしまったお」


(´・ω・`)「文太郎! 独男!」

(;^ω^)「和尚!」

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:17:02.91 ID:EYKIXEaW0

('A`)「猿害は大丈夫でしたか?」

(´・ω・`)「ああ、日安組総出で猿狩りしてな、怪我人は出たが、被害は僅かなもんだ。
     狒々山現場に倒れてた警官共も、なりは酷いが一応生きとる。
     ところで御主ら、あの嬢、あんな所に放っておいていいのか?」

ノハ )「うう……」


ヒートは呻き声を上げ、無意識に腹を押さえながら、仰向けに気絶していた。

文太郎は独男に肩を借りなければ歩くこともままならないようで、結局ヒートは和尚がおぶって内藤家まで連れて行った。

ヒートの手当てと看護は日安組の女性が引き受けてくれ、三人はヒートが目覚めるまで別室で待つこととなった。

その間、文太郎は和尚にこれまでの事を話し、手を煩わせてしまった事を詫びた。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:20:10.31 ID:EYKIXEaW0

(´・ω・`)「んなことで一々詫びんじゃない、親の手と思ってどんどん使え。
     あいつが居なくなった今、己は御主の親代わり。
     それに、緋津府と日安組は車の二輪、緋津府なくして日安組無しよ」

和尚はそう言って文太郎の頭を拳骨で一打すると、からからと笑って酒を飲み始めた。

文太郎は拳骨が相当効いたようで、顔面から畳に突っ伏すと、暫く起き上がらなくなってしまった。

独男はそれを起こそうともせず、和尚と共に酒盛りを始めた。
酒が内藤家に在った物であることは、言うまでも無い。

文太郎が意識を取り戻すのは、奇しくも翌日、ヒートが目を覚ますのと同時であった。

部屋は酒臭く、文太郎が辺りを見回すと、独男と和尚を始め、日安組の男衆が何人も転がっており、文太郎は思わず何事かと叫んでしまった。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:23:22.03 ID:EYKIXEaW0

文太郎は独男と和尚と共にヒートの居室へ入り、人払いをすると、ヒートと向き合って座った。

独男は部屋の隅に、和尚は障子戸の前に座した。
和尚の背後には事情に通じた小間使いが、障子越しに控えている。

文太郎はヒートの身に起きた事、祓うまでの経緯を説明し、石が砕け散り紐を残した首飾りを見せた。

ノハ; )「一度ならず二度までも命を助けて頂き、本当に申す言葉も御座いません……・
     この身に起きた事は朧気ながら憶えております、皆さんにお掛けしたご迷惑も」

( ^ω^)「謝罪は要らんお、満妖は天災、落石にでも遭ったと思いなさいお。
     それよりもヒート、真人間の君に大狒を結んだこの首飾り、如何なる品だったんだお?」

ノハ;゚听)「その首飾りは……幼少の折に、父から頂いた物です。
     昔は体が弱く、よく病を患っては寝込んでいたのですが、父からその飾りを頂いてからは、病の類は一切寄り付かなくなりまして……」

(´・ω・`)「御守りに持っていた、と」

ノハ;゚听)「はい……その通りで御座います」

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:25:58.50 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「御父君は、これについて何か言い残されてはないかお?」

ノパ听)「えっと……確か、せっしょうせき なる石の欠片で、我ら砂尾に流れる祖先の血を呼び起こしてくれる、と」

( ^ω^)「せっしょうせき……ああ、殺生石かお」

(;^ω^)「って、え、殺生石?」

('A`;)「殺生石だと……?」

文太郎、独男、両名の顔に冷や汗が滲んだ。

ノハ;゚听)「?」

神事や呪術、妖怪といった超常に疎いヒートは、二人の血の気が引いた理由が分からない。
それを汲み取った和尚が、ヒートに簡単な補足をしてやった。

(´・ω・`)「鳥羽上皇に憑いた白面金毛九尾の狐、玉藻前の成れの果て。
     猛毒を放ち近寄った人間を殺す石、故に殺生石。
     実際は生命に毒な程の、強力な妖気の塊よ」

ノハ;゚听)「そ、そんな危ない物だったのですか……父は私の体が良くなるようにと、渡してくれたので……」

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 08:29:22.99 ID:EYKIXEaW0
(;^ω^)「ふむ……ヒート、その砂尾の祖先の血、というのは?」

ノパ听)「はい、砂尾家は戦国時代に家を興した忍の一門なのですが、その出自にはある言い伝えが残っておりまして」

ノパ听)「我ら砂尾は祖に砂の尾を曳く狒々、即ち、砂尾の大狒を戴く、というのです」

('A`)「猿の妖怪が祖先ってことか……まあ、在り得ない話じゃないな」

( ^ω^)「殺生石片を持ってから体が良くなったというのも、その話が本当なら、頷けるものはあるお」

(´・ω・`)「文太郎、書庫を借りるぞ。
     過去に似たような例がなかったか調べる」

('A`)「あ、俺も行きます」

( ^ω^)「どうぞ、よろしくお願いしますお」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 09:27:59.23 ID:EYKIXEaW0
和尚は立ち上がり、障子戸に手を掛ける。
開けようと力を籠める寸前、ヒートが声を出した。

ノハ;゚听)「あの……文太郎様、和尚様」

口調は重く、震え、どこか怯えているようである。

(´・ω・`)「?」

( ^ω^)「どうしたお?」

ノハ; )「私は……もうこのまま此処に居ることは……」

言葉を搾り出す度に、顔が俯き、表情が見えなくなっていく。
ぽつぽつと雫が落ち、畳を濡らしていた。

(´・ω・`)「ふむ……おい文太郎」

( ^ω^)「……ヒート」

ノハ; )「はいっ、文太郎様」

( ^ω^)「いつまでもうだうだぐじぐじしてんじゃんねーお」

ノハ;凵G)「!?」


俯いていた顔が持ち上げられ、いつか見たぐしゃぐしゃの顔がそこに在った。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 09:30:18.18 ID:EYKIXEaW0

( ^ω^)「自分はお前に、天災と思え、落石にでも遭ったと思えと言ったお?
     お前には何の非も無い、やましい事なんか一分たりとも在りはしない。
     だから自分の居場所が無くなったなんて、絶対に思うなお」

ノハ;凵G)「で、でも……!」

( ^ω^)「ここまで言われてまだ分からないようなら、そんな脳味噌足らずのお前にはこう言ってやるお。
     忍の者 砂尾狒々十、その技ここ緋津府の国で社会奉仕、並びに怪異討伐に存分に活かせ!
     これはお前の命を助け、預かった者としての命令である!」

ノハ;凵G)「ぶ……ぶんたろうさまぁ!」

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/02/14(日) 09:32:09.77 ID:EYKIXEaW0




ノハ;凵G)「この御恩! 一生、一生お仕え致します! 一生懸けてお返しします!」

(;^ω^)「のわっ! 急に跳び付くなお!」




殺生石がもたらした事件を通し、新たに芽生えた縁と絆。

不殺の信念、選ばぬ手段、結びし実は緋津府の平和か、己が破滅か。

時期は初夏、満妖の終りまで道程長し。

内藤文太郎が祓いの記録、未だ終わることは無し。


('A`)「これにて一件、落着かな」


第一編、了。


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