- 4 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:18:51.00 ID:iWa4jYkm0
- 【前日 伊藤ペニサス 23:01:16 蛇ノ目坂地区 荒郷商店街】
――りりりん、りりりん…りりりん、りりりん。
('、`*川「んー……」
眠りの壁の向うから響いてくる微かな音に、うっすらと目を開ける。
豆電球の橙色の小さな明かりの中で身を起こすと、その音が明瞭さを増した。
“りりりん…りりりん…りりりん…りりりん…”。
('、`*川「電話…?」
目をこすり、ぼんやりとした意識のままに枕元の目覚まし時計を見る。
短針と長針が指し示すのは真夜中。
こんな時間に、一体誰だろうか。
気にはなったが、安眠を妨害された事でいらついた私は、そのまま布団の中で無視を決め込む事にした。
(う、`*川「かあが…出るべ…」
頭から毛布を被り再び目を閉じる。
時代遅れの黒電話のベルは、そんな私の行動を知ってか、更にその音を強めたような気がした。
- 5 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:21:19.20 ID:iWa4jYkm0
- ('、`*川「勘弁してよ…明日も早いんだから…」
私の切なる願いなど知らん顔で鳴りつづける黒電話。
階下の両親が起きだしてくる気配も無い。
観念した私は芋虫のように寝床を抜け出すと、明りの消えた階下に向かって階段を下りて行った。
みしみしと鳴く板張りの廊下を渡り、土間の手前に置かれた“安眠妨害の元凶”の前まできて、溜息を一つ。受話機を持ち上げた。
(う、`*川「もしもし、伊藤です」
『あ、伊藤先生ですか!?』
('、`*川「そうですけど…どちらさま…」
受話機の向うからの切迫した女の声に顔を顰めながら聞き返す。
『ビロードが!ビロードの姿が見当たらねんです!』
その一言で、電話の相手が誰かが分ると共に、私の眠気は吹き飛んだ。
('、`;川「な――!本当ですか!?」
- 7 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:23:22.81 ID:iWa4jYkm0
- 『ホントだんし!部屋さも、居間さも…えのながさがしだども、どごさもいねんし!』
よほど混乱しているのだろう。
半ば叫ぶようにして訴えるお母さんを宥めて、詳しい事情を聞きだす。
相手が焦っている事で、逆に自分は冷静になれた。
('、`;川「何時頃から居ないんですか?」
『晩御飯の時はいだんだども…二階さ上がって行ってがらはわがらねんし…』
('、`;川「最後に見たのは何時です?」
『わがらね…八時くれだべか…わがらね…わがらね!』
('、`;川「お母さん落ち着いて下さい!」
『す、すいません……』
('、`*川「これから連絡網を回して、みんなで捜してもらいましょう」
『は、はい……』
('、`*川「お母さんは駐在さんに電話をして下さい」
外を窺う。
トタン屋根を叩く雨の音は、土砂降りのそれに近かった。
- 11 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:28:06.45 ID:iWa4jYkm0
- ('、`*川「この雨じゃ、あまり遠くには行けない筈です。大丈夫、すぐに見つかりますよ」
適当な気休めで会話を締めくくると、私は受話機を置かないまま直ぐにダイヤルを回す。
('、`*川「夜分にすいません、学年主任の伊藤です…はい…今、ビロード君のお母さんから電話があって……」
手短に内容を告げ受話機を置く。階段を駆け上がり、自室に飛び込み、服を着替えて、再び階段を駆け降りる。
「どうしたの…こんな夜中に…」
襖の向うから母親の声。
('、`*川「ビロード君が行方不明だって!」
「え!?ホントに!?」
('、`*川「私はこれがら捜しに出るから、かあは村の男衆さ電話してけろ!」
雨具かけに下がった雨合羽を引っ掴み、長靴を履き、下駄箱の上の懐中電灯を取ると、勝手口を飛び出した。
外に出た瞬間、大粒の雨が頬を打つ。
慌てて雨合羽のフードを被ると、後手に勝手口の戸を閉めた。
- 13 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:30:28.70 ID:iWa4jYkm0
- ('、`;川「すごい雨……」
小路を抜け、店の前に回る。
街灯も殆んどない荒郷商店街は、土砂降りの雨と夜の底に沈んでいるようだった。
それでも、私が懐中電灯のスイッチを入れると同時に、眠りについた商店達の二階に点々と灯っていく。
田舎の連絡網の速さは光回線に比肩するんじゃないか、なんてぼんやりと思った。
「ペニちゃん!ビロ坊がいねぐなったってホントが!?」
豪雨に負けない大声を上げながら、村の男衆が閉まった店々から続々と出てくる。
こういう時、横の繋がりが強い此処に残っていて良かったなと思う。
('、`*川「ホントだど!さっき、お母さんから電話があって……」
「かああ…わがった。せば、みんなして手分げすべ」
「まさが山さ入ってねべな…」
「いがら行ぐど!」
口々にビロードの名を叫びながら、男衆は村の各所に散らばっていく。
雨に煙る夜の闇の中を、懐中電灯の光がサーチライトのように動き始めた。
私もこうしては居られない。
あの子の行きそうな所はどこだろうか。
- 14 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:32:32.06 ID:iWa4jYkm0
- ('、`*川「……わかるわけねえべ」
考えてみるまでも無かった。
あの子の事を真に理解している人間など、この村に一体何人居ると言うのか。
彼の両親ですら、あの子の事をまともに知らないというのに、私なんかが分る筈がない。
('、`*川「ふう…教師失格だべよ」
どうしたものか、と頭を抱えた時、ふと一人の人物の顔が頭をよぎった。
……あの人ならば、もしかしたら分るかもしれない。
雨合羽をたくしあげ、ズボンのポケットからケイタイを取り出すと、電話帳からその番号を呼び出す。
通話ボタンを押して耳に当てると、ほどなくしてコール音が鳴り始めた。
('、`;川「お願い……」
祈るような気持ちでケイタイを握りしめる。
何度目の呼び出し音の後だろうか。
ぷつり、という音が、相手が呼び出しに出た事を伝えた。
('、`;川「もしもし!あの…!」
- 16 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:34:34.99 ID:iWa4jYkm0
- “かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
- 17 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:36:09.11 ID:iWa4jYkm0
- ('、`;川「……え?」
硬質でいて抑揚のないこれは、鐘の音だろうか。
聞こえてくる筈の電話の持ち主の声は、どこにもない。
“かぁーん”
“かぁーん”
“かぁーん”
一定のリズムで、断続的に、何度も、何度も、それは繰り返し。
ぶつり。
という音と共に、唐突に途切れた。
('、`;川「なに…今の……」
後に残ったのは、回線が切れた事を知らせるつー、つー、という音。
何が起こったのか、まるで理解できなかった。
発信履歴を確認してみるも、最後の発信は一日前に掛けた自宅の番号が残っているだけ。
それじゃあ、私は今、誰に電話をかけたのだ?
- 20 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:38:10.43 ID:iWa4jYkm0
- 胸の底に、言いようもなく不快な何かが蟠る。
予感めいたそれに、下腹を冷たい感触が走った。
('、`;川「……」
粘つくような土砂降りの中。
気がつけば、先まで聞こえていた男衆達の声がはたと止んでいて。
急に、この闇の中に一人で居る事が心細くなった私は走り出していた。
('、`;川「ビロードくーん!ビロードくーん!」
大声であの子の名前を呼ぶ。
そうでもしていないと、平静を失ってしまうような、そんな気がした。
('、`;川「何処に居るのぉー!?出てらっしゃーい!」
誰でもいい。誰か。誰かに、返事をして欲しかった。
叩きつける雨はその勢いを僅かに潜め、夜の闇は赤黒く変色させる。
……赤黒く?赤黒い闇?
('、`;川「……え?」
懐中電灯の光の輪の中に浮かぶ世界に目を疑う。
血をぶちまけたように赤く染まったアスファルトに目を疑う。
顔を上げて辺りを照らす。
朱色に染まった商店街の家々に、言葉を失った。
- 21 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:40:22.08 ID:iWa4jYkm0
- ('、`;川「あ…あっ……あぁ……」
何だ、これは。何が起こっているんだ。
自分が一体、今、何を見ているのか分らない。
気がついた時には、世界は赤く染まっていて。
深紅の夜の中で、私は一人、立ち尽くした。
何かを叫ぼうとする喉が、だらしなく痙攣する。
理性が麻痺して、上手く思考が回らない。
駆けだそうとする足も、意に反したままに竦んで。
だから。
「ペニ…ちゃぁん……」
背後から掛けられたその掠れ声に、私はすがる気持ちで振り向いた。
- 23 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:42:32.10 ID:iWa4jYkm0
【アーカイブに「マタキチストラップ」が追加されました】
- 24 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:44:35.78 ID:iWa4jYkm0
- 【第1日目 五柳ギコ 02:39:18 落人地区 山小屋方面】
――真っ赤に染まった両の掌を見つめても、俺はまだこの現実を飲み込めないでいた。
「ぜっ…ぜっ……。――っぁああぁぁあ……」
奥の部屋から聞こえる荒い息遣いが、自分の幻聴だったらどれだけ良かった事か。
現実逃避しそうになる気持ちを、それでもぐっと押し殺す。
もう一度、「さっき見た事」について考えを巡らせた。
(,,;゚Д゚)「あれは…いってぇえ、何の傷なんだ……?」
頭からつま先まで血まみれの姿で倒れ込んできたモララーさん。
慌ててその体を支えた時に見えた首筋。
赤黒く染まった肌の中でも、より一層赤く、黒く口を開けたその傷。
戸を開ける前までは、山道で事故にあったのかと思っていた。
事故にあっただけなら、どれだけ良かった事か。
(,,;゚Д゚)「……」
三つ並んだ穴。
ずたずたに抉れた、その傷口。
まるで獣の牙が食らいついたように、傷口周辺の皮膚には裂傷が見受けられた。
- 26 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:46:31.07 ID:iWa4jYkm0
- 熊か?――いや、違う。熊に襲われたなら、裂傷だけではすまない。あそこまで傷が深いなら、普通は肉ごと抉られる。
爪だろうが、牙だろうが、とにかくあれは熊につけられた傷じゃない。
消去法は、どうしても最悪な答えに辿りついてしまう。
(,,;゚Д゚)「“誰に”…襲われたんだ……」
刃物のようなものを持った黒い人型のシルエットが、頭の中で動き出す。
殺人未遂。
過疎化が進む陸の孤島には似つかわしくない単語が、頭の隅をいったりきたりする。
雨の夜。孤立した山小屋。
しぃの大好きな三文小説じゃないんだ。そんな事あってたまるか。
あり得ない。あり得るわけがない。
(,,;゚Д゚)「……そんなわけ…」
じゃあ、あの傷は何だというのか。
熊でも、人間がつけたものでは無いのなら、何だというのだ。
- 27 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:48:19.38 ID:iWa4jYkm0
- もしかして、転んだ拍子に木の枝に刺さったのでは?
自分で考えて、そんな馬鹿なと一蹴する。
結局の所、自分に都合のいい答えなど存在しないのだ。
モララーさんは、“誰か”に襲われ、その“誰か”は、もしかしたら、まだ、この山の中に潜んでいる。
口の中に溜まった唾を飲み込む。
粘つく悪寒が背筋をゆっくりと這い進む。
びゅう、と風が吹く。ぎぃ、と小屋が軋む。
(,,;゚Д゚)「……」
そう言えば、戸に鍵は掛けただろうか。
丸太に手をつき土間から立ち上がると、この小屋唯一の出入り口の施錠を確認する。
アルミの掛金が降りているのに溜息をついた時だ。
背後の宿直室から物音がした。
(,,;゚Д゚)「ぐっ…!」
声にならない呻きを漏らすも、直ぐにモララーさんが起きたのだと自分に言い聞かせる。
小屋に入るなり意識を失ってから、もう二時間以上も経つのだ。
そろそろ起きてきてもおかしくない。起きてくれなければいけない。
- 30 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:50:24.16 ID:iWa4jYkm0
- (,,;゚Д゚)「……モララーさん?」
曇りガラスの向うに声をかける。
返事は無い。
(,, ゚Д゚)「モララーさん?」
数秒待つ。やはり返事は無い。
(,, ゚Д゚)「モララーさん?起きてるんですか?」
十秒待つ。返事など無い。
目を凝らす。
曇りガラスの向うに浮かぶ毛布のシルエットは、平坦だった。
モララーさんを寝かせた筈の布団は、ぺったりと平坦だった。
(,,;゚Д゚)「えっ…!?」
曇りガラスに、人のシルエットは映っていない。
慌てて襖を開ける。
(,,;゚Д゚)「そん…な……」
八畳しかない宿直室に、モララーさんの姿は無かった。
- 31 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:52:07.30 ID:iWa4jYkm0
- 部屋の隅では、二時間前に点けた巻きストーブがまだ赤々とした火を小窓から覗かせている。
流しには、血にまみれたモララーさんの上着が、二時間前と同じ格好で突っ込まれたままだ。
ささくれ立った畳の上に敷かれた煎餅布団。
二時間前、意識を失ったモララーさんを寝かせたそこに、彼の姿は無い。
掛け布団が乱れた跡すら無い。
今はただ、開け放した窓から侵入した雨が、掛け布団を――掛け布団を――。
(,,;゚Д゚)「あっ――あっ――」
赤い。布団が赤い。枕が赤い。畳が赤い。
――雨が、赤い。
(,,;゚Д゚)「っはっ――あっ――」
呻きは、声にならない。叫びは、喉を震わさない。
混乱で混線した頭が混沌としたこの状況についていけずに混迷して――。
(,,;゚Д゚)「――窓!?」
本能的な動きで首を巡らす。
赤い雨が入り込んでくる窓枠。
そこから覗く赤い闇の中。
いやに白い後ろ姿が、遠ざかって行くのが見えた。
- 33 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:54:07.14 ID:iWa4jYkm0
【アーカイブに「広報あらさと」が追加されました】
- 34 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:56:25.53 ID:iWa4jYkm0
- 【第1日目 内藤ホライズン 00:58:49 国道398号線 荒郷橋周辺】
――傘を持ってくればよかったかな。
ぼんやりとそんな事を考えながら、赤い雨の中を一人歩く。
懐中電灯が照らす闇の中に浮かぶのは、両脇に広がる杉林。
湿った土の感触をスニーカー越しに感じながら往く夜の闇は、とても静かだった。
( ;^ω^)「デレ…ちゃん…何処に……」
赤い闇の中をふらふらと、彷徨うように歩く。
何が起きているのかは分らないが、とにかく彼女を見つけ出さなければ、どうしようも無かった。
懐中電灯を左右させ、声を張り上げて彼女の名を呼ぶ。
聞こえてくるのは、降りつづける雨の音。
返事は何処からも返ってこない。
( ^ω^)「デレちゃーん!デレちゃーん!」
赤い林の中を、どれくらいの時間そうやって歩き続けただろうか。
雨以外の音が、微かに聞こえ始めた。
( ^ω^)「……ん?」
雨とはまた違う水音。
流れるそれに、近くに川がある事を知った。
誘われるようにそちらへ足を向けると、予想通り直ぐに石造りの小さな橋が目の前に見えてきた。
一本の街灯に照らされ、赤黒い世界にぼんやりと浮かぶ石橋。
その上、橋の中央。
赤い傘をさした人影が立っていた。
- 37 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 21:58:51.42 ID:iWa4jYkm0
- こんな時間に、誰が?
田舎の夜は早いと聞くけど…なんて、思った時、その人影がこちらを振り返った。
( ;^ω^)「デレちゃん!?」
白い肌に栗色のツインテール、猫のような目をした彼女は間違いなくデレだ。
駆けよってその肩に手をかけるまで、僕はそう思っていた。
ξ゚听)ξ「……え?」
( ;^ω^)「あ…と……」
違う。とてもよく似ているけど、その顔はデレのものではない。
目の前の彼女はもうすぐ秋も終わるというのに赤いワンピースを着ている。
デレはピンクのセーターを着ていた筈だ。
( ;^ω^)「すいません……人違いでしたお」
近くで見るとわかる。とてもよく似た彼女は、それでもどこかデレとは違った雰囲気がある。
どこが違うのかは自分でもよくわからない。
分らないが、彼女がデレでないという事だけは断言できた。
ξ゚听)ξ「そうですか」
訝しげに眉を顰め、目の前の少女は呟く。
デレじゃないとはいえ、この異常事態の中で初め出会った人だ。
内心で安心しながら、改めて彼女に向き直った。
- 39 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:01:06.60 ID:iWa4jYkm0
- ( ^ω^)「あの、僕…人を捜して……」
待て、と。そこでやっと理性が警鐘を鳴らした。
ξ゚听)ξ「……?」
何故、こんな真夜中に彼女はこんな所に一人で立っているのだ?
それ以前に、赤い雨が降るという異常事態の中、どうして彼女はこんなにも冷静でいられるのだ?
ξ゚听)ξ「人探し、と言いましたか?」
( ;^ω^)「え…と……」
赤いワンピースと、赤い傘。
古典的な幽霊像そのままの彼女が、こちらに近づいてくる。
ノースリーブのワンピースから伸びる妙に青白い腕が、僕に向かって伸ばされる。
ξ゚听)ξ「今、人探しと言ったんですか?」
赤く薄い彼女の唇が、別の生き物のように動いて言葉を紡ぐ。
ξ )ξ「それは……」
足が、震える。
動けない。魅入られたように、僕はその場に釘づけになって――。
- 40 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:03:19.40 ID:iWa4jYkm0
- ξ )ξ「……それは奇遇ですね。私も、人を捜してるんです」
からからになった口を開いて、僕はたどたどしく訊く。
( ; ω )「それは、どんな…人…ですかお……?」
彼女は、僕の顔を覗き込み――。
ξ゚听)ξ「私の、妹です」
( ^ω^)「い…もうと……?」
ξ゚听)ξ「ええ、妹です」
――いもうと。妹。ああ、妹か。
( ;^ω^)「ああ、はぁ……」
張り詰めていた背筋が、じんわりと弛緩する。
「お前だ!」と指を突き付けられるのではないかと身構えていたが、取り越し苦労に終わった。
緩んだ緊張の糸は、それでも元に戻さなければいけない。
目の前の少女が異質な存在である事に変わりは無いのだ。
( ;^ω^)「それで、その……」
何と質問したらいいものか。
頭を捻っていると、背後で足音がした。
- 42 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:05:23.00 ID:iWa4jYkm0
- 反射的に振り返る。
街灯の明かりが届かない赤黒い闇の先。
ぼんやりとした人影が、こちらにゆっくりと近づいてくるのが見えた。
こんな時間に、“こんな雨の中を”歩いているのは、これで二人目になった。
もしかしたら、荒郷村では赤い雨が降るのは珍しい事じゃないのかもしれない、などと考える。
黄砂の影響が強すぎる地域なのかもしれない、などと考える。
人影は、妙にぎこちない足取りで近づいてくる。
怪我人なのかな、などと考える。
だとしたら早く手当てをしなきゃ、などと考える。
人影は、よろけながらも街灯の光の中に入ってこようとしている。
( ^ω^)「あの、だいじょ――」
ξ;゚听)ξ「逃げて!」
背後で、件の少女が頓狂な叫びを上げた時、その人影が光の下に歩み出た。
- 43 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:07:06.52 ID:iWa4jYkm0
【アーカイブに「月刊ヌ― 創刊記念号」が追加されました】
- 45 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:09:12.37 ID:iWa4jYkm0
- 【アーカイブ No.04 マタキチストラップ】
・取得者/不明
・取得条件/鐘の音を聞く
・日時/前日 23:00
荒郷村のご当地キャラクター、「マタキチ」をあしらった地域限定販売のケイタイストラップ。
荒郷商店街の伊藤商店の軒先で発見された。
ストラップのワイヤーが切れている事から、元は携帯電話につけられていたものが、何かの弾みに千切れて落ちたものと思われる。
「マタキチ」とは、この地域で古くから活躍する阿仁マタギ(猟師)を可愛く、かつゆるくデフォルメしたキャラクターで、湯沢市観光協会が一般から募って昭和78年に採用されたキャラクターである。
右手に村田銃を握り、左手に熊の毛皮をぶら下げ、頭にスゲガサを被って、なんとも言えない笑顔を浮かべたマタキチの姿は、地元の女子高生の間で密かにブレイクした。
しかし、阿仁マタギは元々北秋田市の周辺が発祥であり、それを一般市民から指摘された事により湯沢観光協会はこのキャラクターをご当地キャラクターから解任。既に幾つものバリエーションとして発売されていたマタキチグッズの製造も中止された。
このような経緯から現在は入試困難なこの「マタキチストラップ」の当時の値段は税込み350円。
現在、マニアの間では原価の百倍以上の値段で取引されている。
- 47 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:11:20.06 ID:iWa4jYkm0
- 【アーカイブ No.05 広報あらさと】
・取得者/五柳ギコ
・取得条件/宿直室の床を調べる
・日時/第1日 02:00
荒郷村役場が週に一度のペースで発行している地方紙。発行日は二週間前となっている。
“五柳夫妻に五つ子ちゃん懐妊、少子化問題も解決か”
―― 一昨年、狐塚地区在住の五柳ギコさん(26)、しぃさん(24)夫妻の間に待望の第一子が誕生した…と思ったのも束の間、またもや五柳一家から当編集部におめでたの知らせが届いた。
しかも今度はなんと五つ子だというのだから驚きである。まんずたまげた。
五柳ギコさんの父親であるフサギコさん(65)は、何時もの仏頂面を少しだけ緩め、「多ければいいってもんじゃね」と吐き捨てた。
これに対してお孫さんのでぃちゃん(02)が「じいじ、昨日一人でお酒飲みながら“えがったなぁ”って泣いてたよ」と“証言”したことにより、一家と取材陣の間に笑いが巻き起こった。
予定では、出産は来月中ということだったが、気の早い杉浦神父(42)は出産祝いとして夫婦に赤ワインのヴィンテージボトルを贈ったそうだ。
杉浦神父は取材陣を前にして「とっても美味しいワインなのである。村の皆さんにもおわけするので、是非とも飲んで欲しい」とコメントを述べた。
五柳夫妻には、是非とも元気な五つ子ちゃんを生んで欲しいものである。
- 49 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:16:03.56 ID:iWa4jYkm0
- 【アーカイブ No.06 月刊ヌ― 創刊記念号】
・取得者/不明
・取得条件/「赤い雨」を目撃する
・日時/第1日 01:00
世界の超常現象やUMA、UFOなど幅広いオカルト分野を取り扱った雑誌。
読者投稿コーナーに葉書が採用されると、巨大ペンダグラムが貰える。
キャッチフレーズは「世界の謎とロマンを追いかけるハイパーミステリーマガジン」。
“異界からの落し物?――ファフロッキーズ現象の謎に迫る――”
――ある日いきなり空から札束が降ってきたらいいのに……読者諸兄は、そんな空想をしたことは無いだろうか?今月は、そんな空からの不思議な落下物について紹介したいと思う。
初めに断わっておくと、残念ながら過去に空から札束が降った前例は無い。空から降ってくるのは雨や雪ぐらいで、稀に旅客が煙を上げながら落ちてくるぐらいだ。
しかしながら、世界ではその他に普通では考えられない物が降ってきたという記録が幾つも残っている。
1954年イギリス、バーミンガムのサトンパークでは海軍のセレモニーの最中、雨とともに何百匹、何千匹というカエルが空から降って来て見物人たちの傘にぶつかり、地面に落ちたあともピョンピョンと飛び跳ねていたという。
近年の例では1989年オーストラリアのクィーンズランド州で民家の庭に1000匹のイワシが降ったとされる。
- 50 名前: ◆fkFC0hkKyQ 投稿日:2010/02/18(木) 22:18:10.08 ID:iWa4jYkm0
- これらは超常現象研究家チャールズ・フォートにより「ファフロッキーズ(FAllS FROM THE SKIES)現象」と名付けられ、この他にも石やバナナ、果ては血の雨が降ったという記録も存在する。
これまでにこの現象の原因として様々な仮説が上げられてきた。
サイクロンで巻き上げられたものが落ちてきたとする「サイクロン説」。
人為的な悪戯だとする「トリック説」。
ワームホールに吸いこまれた物質が、空中に転移した結果とする「ワームホール説」。
他にも、飛行機の積み荷が落ちたからだとか、枚挙に暇がないが、結局のところこの現象の原因は未だ不明なままだ。
本誌としては、この現象の名付け親であるチャールズ・フォートの提唱したワームホール説を支持したい。
何故って?異界からの落し物、と考えた方が浪漫があるからに他ならない。
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