- 1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2010/02/15(月) 20:36:56.26 ID:Fm5S0/m80
彼女の肌は月の色をしていた。
肌色よりもさらに白く、病的に薄い月の色だ。
手を伸ばしても届かない距離だけれど、声は届くし姿は見える。
おまけに地続きだから会おうと思えばすぐに会える。なにせお隣さんだ。
けれども僕と彼女の間には、家を取り囲む塀よりも高い仕切りがあった。
超えようとすれば、お互いになにかを失うような境界だ。
日々の暮らしの中で少しずつ自分を削りながら、アームストロングは地球で眠る。
月の上で踊る少女が、空の青さを知っているのか訊けないまま。
- 2 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 20:49:06.37 ID:Fm5S0/m80
♭地球
プレゼンテーションが無事に終わってから、随分と長い間、退屈と闘っていた。
他の班が作成した資料を斜め読みし、窓から見える建物のアンテナの数を数え、天井の木目でアートを描いた。
真面目に聞いていた方がよほど有意義だったが、どうにもやる気がおこらなかった。
冬で寒いからだろうか。勉強に対しての姿勢が問題なのか。
答えを探すのも億劫なほど、体に精力が無かった。
(-@∀@)「はい、じゃ、終わりです。えー評価シートは次回の授業時に配り、ます。
じゃ、えー今日の発表はこれまで、です。お疲れ様でした」
授業の終わりの言葉を、都合のいい耳が聴き取った。
レジュメの塊を無造作に鞄に放り投げて、人の波の先頭に立って実験室を出た。
- 3 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 20:53:37.11 ID:Fm5S0/m80
( ・∀・)「おい」
モララーが歩きながら肩を掴んできた。
同じ学科、同じ授業の同じ班で、やる気の無さも同じやつ。
( ^ω^)「おう」
( ・∀・)「飯食わない?」
( ^ω^)「いいお」
( ・∀・)「他に誰か誘う?」
( ^ω^)「どっちでも」
モララーは少し考えを巡らせている表情をしたが、やがて無表情になった。
誰を誘おうか考えたが、面倒になったのでやめにした、というところだろう。
- 4 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 20:58:30.28 ID:Fm5S0/m80
( ^ω^)「学食がいいお」
( ・∀・)「ん」
大学に入った頃は学生食堂をよく利用していた。
二年に上がり、モララーが車を手に入れてからは、ほとんど校外に食べにいくようになった。
毎日新しい店を探して、値段と味を評価して回るのがそれなりに楽しかった。
しかし最近になってまた学生食堂が多くなってきた。
理由はやはり面倒だからだ。
( ・∀・)「プレゼンどうだった?」
興味なさそうな顔で訊いてくるモララーに、
( ^ω^)「よかった」
とだけ答えた。モララーは頷きもしなかった。
- 5 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:03:29.33 ID:Fm5S0/m80
食堂はがらがらだった。
荷物を席に置いてから注文に行った。
一番安い白身フライ定食を持って席に座る。
対面に座ったモララーのさらに奥に、見慣れた顔があったので、手を振った。
( ・∀・)「誰?」
ちらっと後ろを振り返ったモララーに、サークルの友達だと説明した。
( ・∀・)「食ったらどっか行く?」
( ^ω^)「行きたいところでもあるのかお?」
( ・∀・)「いや、無い……あー、カラオケとか」
- 6 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:07:52.85 ID:Fm5S0/m80
( ^ω^)「カラオケはいいや」
( ・∀・)「ビリヤード」
( ^ω^)「勝てないからいいお」
( ・∀・)「ボーリング」
( ^ω^)「(値段が)高い」
( ・∀・)「やっぱり早く家に帰りたい?」
言葉に詰まった。
モララーは、僕が同棲しているのだと勘違いしていた。
( ^ω^)「うん」
だが帰りたいのは本当だった。
寒いからか、家が好きだからか、金が無いからか、レポートが溜まっているからか。
その全てなのか。
- 8 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:14:48.47 ID:Fm5S0/m80
( ^ω^)「いっとくけど、同棲はしてないお。まえに一週間泊めただけだお」
( ・∀・)「ああ、そうなんだ」
モララーは非常に聞き分けがよかった。
最初から僕たちの関係に興味なんて無かったのだと、そのとき知った。
寮に帰ったのは十九時半だった。
この寮は僕の通っている大学とは別の大学の寮である。
大学から少し遠いのだが、格安で値段の割に部屋もいいので気に入っている。
防音もしっかりしているので、よほど大きな音を出さない限りまず音は漏れない。
寮にしては規則も緩く、異性を部屋に上げることについて罰則は無い。
強いて言えば隣の家から部屋の中が丸見えで、常にカーテンを閉めておかないと
落ち着いていられないという部分がネックだ。
- 10 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:21:00.79 ID:Fm5S0/m80
ジャージに着替えてから、パソコンの電源をつけた。
起動している間にエアコンのスイッチを入れ、こたつをオンにし、テレビをつける。
帰ってきたときは殺風景だった部屋に、生活の暖かさが戻った。
実験のレポートは三日後の十七時が期限である。
今日中に実験のデータをエクセルに纏め、必要になる資料をピックアップし、問題点をざっと探す。
プレゼンテーションの日程とレポート課題が同時に出されたときは
どうなることかと思ったが、学生生活も三年目となると大分要領はよくなっていた。
携帯を開いた。プレゼンテーションが始まるまえに電源を切っておいたことを思い出した。
電源をつけてメール問い合わせを行う。
キューちゃんからメールが来ていた。
- 12 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:27:43.36 ID:Fm5S0/m80
「夜にビデオ借りにいこ」
すぐに返信を出さずに、携帯をこたつの上に置いた。
机の上のパソコンはすでにデスクトップ画面になっていたが、
今は少しの間だけでも、こたつの中でまどろんでいたかった。
キューちゃんにはあとで電話をかければいい。
机の上からコードごとパソコンを引っ張ってきて、こたつの上に乗せた。
実験用のフォルダを開き、レポートのひな形として作ったワードのファイルを起動した。
( ^ω^)「……」
テレビではバラエティ番組をやっていた。ガヤらしき声が聞こえてくる。
音量を小さくし、チャンネルを変えた。
- 13 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:32:24.13 ID:Fm5S0/m80
o川*゚ー゚)o「じゃあもう暇になったの?」
キューちゃんはそればかり訊いてきた。
実験で忙しいから、という理由を頻繁に使っていたあだが回ってきたのだ。
( ^ω^)「ごめんお。まだレポートが残ってるお」
o川*゚−゚)o「ふうん」
o川*゚ー゚)o「あ、そういえばさ」
切り替えの早い彼女は、いつデートに連れて行ってくれるかという話題から、
サークルの追いコンの話に移っていた。
彼女と僕は大学こそ違うが、同じサークルに入っている。
- 14 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:36:47.05 ID:Fm5S0/m80
o川*゚ー゚)o「日程もう決まってるんだよ。バイト入れたりしないでね」
( ^ω^)「バイトは先週やめたお」
o川*゚ー゚)o「えーどうして? けっこう気に入ってたんじゃなかったの?
似合ってたよ制服。パスタ作らせてもらえなかったの?」
( ^ω^)「店長がうざかったから」
o川*゚ー゚)o「髭の人?」
( ^ω^)「そう」
o川*゚ー゚)o「なんで?」
なんでだろう。理不尽に怒られたり、サービス残業をさせられたりはしなかった。
しかし僕は確実に、あのイタリア人気取りの店長を嫌っていた。
- 15 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:40:42.39 ID:Fm5S0/m80
( ^ω^)「あ……」
o川*゚ー゚)o「……ん?」
( ^ω^)「イタリア人気取りだったからだお。
日本人を馬鹿にしたり、女の子の話題を頻繁にしたり、そういう部分が……」
嫌いだったのだ。
そもそも日本人のくせに日本人を馬鹿にするのは、性格以前に頭が悪い。
o川*゚ー゚)o「女好きっぽかったもんね。私すっごい見られてたし」
キューちゃんと話すと、必ず発見がある。
ささいなことから大きなことまで。いいことから悪いことまで。
彼女は僕に無い部分を持ちあわせていた。
自分に無いものを持っている人間に惹かれると、過去に聞いたことがある。
誰が言っていた言葉だったっけ。
- 17 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:44:53.68 ID:Fm5S0/m80
o川*゚ー゚)o「ブーンのうち行っていい?」
( ^ω^)「いいお」
でも僕は、自分と同じものを持っている人間同士の方が、よほど強く惹かれあうと思っている。
僕がモララーと親しい理由もそれだ。
会話が途切れた。肩がぶつかるほど、お互いの距離は短い。
キューちゃんの手を握った。
o川*゚ー゚)o「冷たいよ」
( ^ω^)「僕は暖かいお」
手が冷たいと、心も冷たいらしい。
いや、逆だったかな。どうでもいいか。
- 18 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:52:14.23 ID:Fm5S0/m80
二時頃になると、キューちゃんはベッドの中から這い出ていった。
下着から身につけていき、徐々に文明を帯びていくと共に、色気がぐっと下がっていく。
o川*゚−゚)o「あんま見ないでよ」
キューちゃんが着替え終わってから、僕も服を着だした。
上下ジャージに、厚手のジャケットを羽織った、まさしく一人暮らしというスタイル。
( ^ω^)「送るお」
手を取って部屋を出た。扉を開けると同時に、エアコンの効いた室内に冷たい空気が流れ込んだ。
軽く繋いでいたキューちゃんの手がもぞもぞと動きだし、指と指を絡めた繋ぎ方に変わった。
- 19 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 21:57:00.67 ID:Fm5S0/m80
o川*゚ー゚)o「コンビニまででいいよ」
( ^ω^)「家まで送るお」
o川*゚ー゚)o「ありがと」
車の通りが無くなった大通りを並んで歩いた。
キューちゃんの歩幅は狭く、動きもとろい。
部屋の中で暖まっていた体はすぐに冷たくなっていった。
o川*゚ー゚)o「つまんなかったね」
( ;^ω^)「え?」
o川*゚ー゚)o「ビデオ」
かなり焦った。
そういえばあのお笑いのビデオがあまりにもつまらなかったから、
観ている途中から始めたんだっけ。
- 21 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:03:41.36 ID:Fm5S0/m80
( ^ω^)「好きだったんじゃなかったの? あのコンビ」
o川*゚ー゚)o「好きだよ。顔が。かっこいいじゃん。突っ込みの方」
( ^ω^)「そんなにかっこよかったっけ?」
o川*゚ー゚)o「かっこいいじゃん」
( ^ω^)「そう……」
薄暗い空を見上げて、月が出ているかどうかうかがった。
星ひとつ見えない空に、気分が滅入った。
o川*゚ー゚)o「――――――」
彼女の声が遠く聞こえた。
自分の相づちさえわからなくなるくらい、意識がかすんでいた。
- 23 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:11:05.96 ID:Fm5S0/m80
♭月
家に着いたのは二時半過ぎだった。
エアコンをつけっぱなしにしておいたおかげで部屋は暖かい。
こたつとパソコンの電源をつけて、こたつに潜った。
座椅子にもたれると、腰辺りの関節部分がぎしぎしと頼りない音を鳴らした。
実験用のフォルダを開き、途中まで作成していたレポートを開いた。
キューちゃんから連絡が来なければ、今頃はもう寝ていただろうと、
意味の無いことを考えてしまった。
- 24 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:18:02.07 ID:Fm5S0/m80
章ごとに分かれた実験のデータを一つずつエクセルに入力する。
途中、眠気が襲ってきたので音楽をかけた。
マイナーなレーベルのマイナーなバンド、安っぽいメロディに
どこかで聞いたような歌詞を英語に直しただけの音楽が、なぜか好きだったりする。
単調な作業にリズムが混じると、いくらかは能率が上がった。
少し気分も高揚し、タイピングする音に自然と鼻歌が混じった。
英語なので歌えない、だからリズムだけを刻んでみる。
飽きたら自作の詩を乗っけてみる。
( ^ω^)「だるい、めんどい、クソつまらん。実験、死ね、教授くたばっちまえこのやろう。
ああ、奴隷、奴隷、俺は奴隷だ教授の。死ね。OH、死にたくなーい、OHOH」
下らなすぎて笑えた。
- 25 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:25:24.10 ID:Fm5S0/m80
エクセルの入力が終わり、次に実験の概要を纏める作業に移った。
時刻は三時を過ぎている。この時間帯になると、何時間寝られるかというのが非常に気になってくる。
マーカー片手に、実験用のテキストをしばらく眺めていたが、
ぷつりと頭の中でなにかが切れ、テキストを床に放り投げた。
ラックの一番下に置いてあるカセットコンロに手を伸ばす。
コーヒーが飲みたかったのだ。
やかんを乗せるまえに、試しに火をつけてみる。つかない。
カセットを確認した。ガスが無かった。
またぷつりと、頭の中でなにかが切れた。
普段ならこういうとき、まくらを振り回したり、シーツを被って叫んだりするが、そんな気力さえない。
( ^ω^)「あ……」
何気なく見たカーテンのすき間から、空に浮かぶ月が見えた。
立つ気力はあるだろうか。カーテンを開けてベランダに出る気力は。
一分ほど葛藤したあと、こたつから這い出て、気力を振り絞ってカーテンに近づいた。
- 27 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:26:45.18 ID:Fm5S0/m80
月が見えた。
ξ゚听)ξ
月の色をした少女が見えた。
- 28 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:34:28.86 ID:Fm5S0/m80
カーテンを開けようと伸ばした手を慌てて引っ込め、
室内灯の明かりを暗くした。
カーテンのすき間から彼女の様子をうかがう。
ぶかぶかのダッフルコートを羽織り、裸足のまま空を見上げている。
彼女は寮の隣に住んでいる少女だ、と思う。
家から出たところを見たことは無いし、ましてや話をしたことすら無いが、
月の出ている夜、必ず彼女はその家の庭で空を見上げている。
年齢は分からない。
高校生くらいに見えるが、ひょっとしたら僕とあまり変わらないのかもしれない。
ξ゚听)ξ「……」
こんな時間になにをしているのか、検討もつかない。
まさか、本当に月を見ているだけなのだろうか。
- 29 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:42:43.24 ID:Fm5S0/m80
宗教の類か、心の病気なのか、単なる変人なのか。
ひょっとしたら幽霊かもしれない。
まともな神経をしていたら、真冬の深夜に何時間も空を見上げていたりはしないだろう。
幽霊であってくれた方がよほど理解しやすい。
わかることといえば、彼女がかなりの美人で、とても色白であるということだけだ。
( ;^ω^)「……ん」
軽い衝撃が走り、背中をひきつらせた。
カーテンのすき間から顔を離し、深呼吸をする。
目が合った気がしたのだ。
恐る恐るもう一度覗いてみる。
彼女の視線は空にはなく、やはりこちらを向いていた。
- 31 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:52:21.05 ID:Fm5S0/m80
まずい状況になった。
覗いていたことを管理人に告げ口でもされれば、
警察沙汰とまではいかないだろうが注意を受けることになり、自分の心証も悪くなるだろう。
そんな恥ずかしい面倒は避けたかった。
もう一度深呼吸。
体の緊張をほぐさぬままカーテンを開けた。
ベランダへのガラス扉を、音がしないように慎重に開けた。
冷たい空気が体を覆った。
踏み出してはいけない一歩を踏み出す。
超えてはいけない壁を越えて、触れてはいけないものに触れて。
罪悪感と好奇心、嫌な予感といい予感、未知と既知の入り交じる空間に放り出された気分だった。
ああ、これは久しぶりの、どうにでもなれ、という感覚。
( ;^ω^)「こんばんは」
- 32 名前:( ^ω^)と月面遊覧飛行のようです 投稿日:2010/02/15(月) 22:57:14.20 ID:Fm5S0/m80
返ってきた答えは、
ξ゚听)ξ「うるせえブタ。消えろ」
辛辣過ぎて反応を忘れるほどの第一声だった。
わかったのは、彼女が口の悪い少女であるということと、
声も綺麗なんだということと、幽霊ではなかったということ。
それと、月はカーテンのすき間から見るより、ベランダから見た方が見やすいということだ。
♭終わり
戻る 次へ